球磨「面倒みた相手には、いつまでも責任があるクマ」

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84 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:52:54.82 ID:XBnaHpLy0


「なぁに、簡単な話だクマ」


そして球磨は、信念を纏った様に熱く、凛と気高い、まるで琥珀石の如く輝く己が眼差しを、その駆逐艦娘へと投げかけて、言葉を繋いだ。

85 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:54:05.23 ID:XBnaHpLy0



「敵艦隊は球磨が引き付けるクマ」


86 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:56:45.21 ID:XBnaHpLy0


 ……………………………… 


――――1315、日本国近海航路、海上警備ルート、地点Aから北東4シーマイル。


「ごめんなさい……」


後援救助部隊および目標・駆逐艦娘小隊、戦闘海域より離脱、合流地点へと移動中。

多摩、北上、大井、木曾の後ろを追随する駆逐艦娘は、俯き、すすり泣きながら、さっきからずっと謝罪の言葉を並べていた。


「本当にごめんなさい……」


その駆逐艦娘の様子に堪え兼ねた木曾は、その場に立ち止ってから振り返る。

87 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:57:56.98 ID:XBnaHpLy0


「なぁ……さっきから何だってんだよ、辛気臭い。別にお前が謝る様な事は何もないぜ」


そして呆れた口調で、駆逐艦娘へと言葉を投げかけた。


「だって……私たちのせいで、貴女たちのお姉さんは……」

88 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:59:33.90 ID:XBnaHpLy0


――そう、この駆逐艦娘は思った――。


恐らくこの人たちのお姉さんは、私たちを逃がす時間稼ぎの為に、あえてその場に残ったのだ。

自分の身を挺して、私たちを逃がそうとしてくれたのだ。


撤退するあの瞬間、遠くから迫り来る敵艦隊の影が見えた。

駆逐艦や巡洋艦、空母だけではない。

戦艦もたくさん居たのが見えた。

89 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:00:30.32 ID:XBnaHpLy0


あれだけの数を相手だ。

艦種が「戦艦」とかなら、まだ一人で対処は出来ただろう。

でも言いたくはないが、この人たちのお姉さんの艦種は、「軽巡洋艦」であった。


――考えたくはないが、いくら頑張っても、なぶり殺しにされる――。

90 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:01:32.05 ID:XBnaHpLy0


先程、球磨に投げかけられた母が浮かべる様な柔らかな笑顔を思い出した駆逐艦娘は、心が締め付けられる感覚を急に覚えた。


「ごめんなさい……貴女たちのお姉さんではなく……私があの場所に残っていれば……!!」


その感覚に耐えきれなかった駆逐艦娘は、ぽろぽろと涙を零し、そして大きな声を上げて泣き、目の前に居る木曾に向かって叫んだ。


だがその先の言葉は、泣きじゃくる駆逐艦娘の目の前へと近付いた木曾が。

91 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:02:29.09 ID:XBnaHpLy0


「ありがとな。球磨姉の事を心配してくれて」


――――駆逐艦娘の頭に自身の手を乗せた事によって遮られた。

92 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:03:58.02 ID:XBnaHpLy0


そして、ぐしゃぐしゃと駆逐艦娘の髪を撫でながら、先程、球磨が浮かべた様な柔らかな笑顔を向けて、木曾は更に言葉を紡いだ。


「一つ良い事を教えといてやる。球磨姉の事は、別に心配しなくてもいいぜ」


その言葉の意味があまり理解できなかった駆逐艦娘は、しゃくり上げながら、木曾に真意を訪ねた。


「でも……あんなに……いっぱい敵が……」

93 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:05:11.97 ID:XBnaHpLy0


その駆逐艦娘の問いに、多摩、北上、大井が傍に近付き、木曾と同じ様な表情を浮かべ、其々が言葉を並べた。


「あの程度、球磨ちゃんなら、どうってことないにゃ」

「だって球磨姉ちゃんは、スーパー北上さまよりスーパーだからねー」

「そうね、球磨姉さんなら心配ないわ」


そうして木曾は、駆逐艦娘に向かって、己が姉を誇る様に、高らかに宣言した。

94 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:05:58.50 ID:XBnaHpLy0



「そうさ。なにせ俺たちの球磨姉は最強だからな」


95 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:07:48.63 ID:XBnaHpLy0


 ……………………………… 


駆逐艦、巡洋艦、空母、そして戦艦。

其々10数えた所で、球磨は数えるのを止めた。

敵艦隊からすれば、球磨の事はたかが軽巡洋艦の艦娘一人。

味方に置き去りにされた生贄の山羊としか見ておらず、進撃速度を緩めずに球磨へと近付いてくる。

96 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:08:34.51 ID:XBnaHpLy0


「久々に腕が鳴るクマ」


海風が舞い、波がヒソヒソと囁いている。

球磨は、その透きとおる海風と波に、そっと抱き締められていた。

97 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:09:22.06 ID:XBnaHpLy0


すう、と球磨は優しく息を吸い込む。


心身が海世界に溶け、同調し、満たされる感覚を感じながら、これから始まる戦いを前に、球磨は静かに心を燃やした。

しかし球磨の表情は、間もなく戦いの狼煙が上がるとは思えない程、とても穏やかなものであった。

98 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:10:15.75 ID:XBnaHpLy0


球磨は静かに、海鏡に反射して琥珀色に輝く自身の長い髪を海風に梳かしながら、琥珀石を抱いた瞳で、その肉薄する敵艦隊を見据えていた。

その凛とした表情で、穏やかにその時を待った。

99 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:11:44.42 ID:XBnaHpLy0


そして、雷鳴轟く敵艦隊一斉砲撃を旗揚げに。


「迎撃戦に移るクマ」


――――白波を蹴立て、球磨は加速した。

100 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:13:07.55 ID:XBnaHpLy0


左脚、右脚、左脚を前に出し、其々の脚を軸にしながら、身体を斜めに倒す重心移動操舵(セルフステアリング)のみで、ジグザグと之字運動を行い、球磨は敵艦隊へと突貫していく。

その道中、球磨へと目掛け、敵の砲弾が雨の様に降り注いだ。


到来する敵の砲弾が眼前に迫り、そして球磨に直撃するであろう、その刹那。

101 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:14:26.14 ID:XBnaHpLy0


「……当たるものかクマっ!」


球磨は、脚艤装の出力を上げ、その際に発生する反動(トルク)を利用し、傾いた身体を引き起こす事により、敵砲弾の雨を最低限の動きで掻い潜った。


「どこを狙っているクマっ!」


敵から見れば、己の放った砲弾が球磨に当たる瞬間、まるで球磨の身体が蜃気楼の如く揺らぎ、砲弾がすり抜け、後方に着弾するといった状況である。

102 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:16:19.68 ID:XBnaHpLy0


――コイツは普通の艦娘じゃない。


これにより敵艦隊も、先程までの球磨に対しての認識を改める事になる。


時折、上空から降り注ぐ艦載機の機関砲や艦爆攻撃に対し、球磨は動きに必要最低限の緩急をつけながらそれを躱すと、高角砲で敵機を正確に撃ち落としていく。

上空に気を取られている隙がチャンスだと感じた敵駆逐艦は、球磨に対して突貫攻撃を試みる。

103 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:17:32.26 ID:XBnaHpLy0


「無駄だクマ」


しかしあろうことか、球磨は上空の艦載機を落としながら、前方から迫りくる敵駆逐艦に主砲砲塔を向け、視認せず的確に射抜いた。


球磨は止まらない。

104 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:19:26.44 ID:XBnaHpLy0


――あの小娘の息の根を止めてやるっ!


それを見た敵戦艦は、艦隊の先頭に立ち、接近し幾分か狙いやすくなった球磨に対して、精密砲撃を行う。

球磨は眼前まで迫った敵戦艦の砲弾を見据えた儘、脚艤装の艦底(ソール)で海面を蹴り、空中に自身の身体を投げ出すアクセルジャンプで、砲弾を回避した。

105 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:21:26.93 ID:XBnaHpLy0


「魚雷発射クマー!」


そして着地と同時、球磨は脚艤装に装備した魚雷発射管から数発の魚雷を、敵艦隊に向かってばら撒いた。


「……!」


敵戦艦はすぐさま、雷撃防御の為、眼前の海面へと砲弾を叩き込む。

球磨が発射した魚雷は、敵戦艦が射出した砲弾で浪打った波浪に全て呑み込まれ、その鋭敏な信管が誤作動を起こし、敵艦隊の眼前で大きく水柱を上げた。

106 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:22:21.04 ID:XBnaHpLy0


――何とか凌いだか……!


魚雷直撃を免れた敵戦艦は安堵の表情を浮かべた。


しかし、その刹那。

107 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:23:35.34 ID:XBnaHpLy0


「やるなクマ。だが、そんな表情を浮かべている暇があるクマか?」


――――敵戦艦の耳に響いたのは、死霊の先触れであった。

108 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:24:30.34 ID:XBnaHpLy0


水柱を隠れ蓑に、既に敵艦隊の眼前へと移動していた球磨は、霧散した水柱から大きく飛び出した。


突如、目の前に現れた球磨。

敵戦艦も突然の出来事に動揺し、接近を許した球磨に対し、一手、行動が出遅れる事になる。


球磨は琥珀色に輝く目で、眼前の敵戦艦を捉えた。

109 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:25:47.92 ID:XBnaHpLy0


「餞別だクマ」


そして球磨は、背中に携えた艤装の格納管から魚雷を数本引き抜き、先駆けの敵戦艦の脇、すり抜け様、居合の一閃の如く、魚雷を敵戦艦の目の前へと落とし、敵艦隊列隊中枢を突っ切り、背面を取る。

敵戦艦魚雷命中轟沈の手ごたえと同時、通過した敵艦隊へと振り向いた球磨は、主砲と副砲の雨を敵艦隊に浴びせた。

110 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:29:58.56 ID:XBnaHpLy0


 ……………………………… 


こうした球磨の動きには秘密があった。


球磨は言ってしまえば、見た目通り、身体も精神も、年端のいかない「少女」だ。

今は深海棲艦と言う異形の怪物と同等、或いはそれ以上に渡り合ってはいるが、それは「艤装」という対深海棲艦装備の恩恵が大きい。


「艤装」を取り払ってしまえば、それは只の「生身の女の子」。

普通の人間の少女と何ひとつとして変わらないのである。

111 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:31:39.76 ID:XBnaHpLy0


しかし進水してからその身が沈むその瞬間までの約25年間、海を航海し続けた「軍艦・球磨」。

その海上での風と波の流れの読み方は、それだけの時間、記憶として、或いは感覚として、その「魂」に刻まれているであろう。


そして球磨は、その「軍艦の魂」を己が身に宿した、「艦娘」として生を受けた存在なのである。

112 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:33:16.88 ID:XBnaHpLy0


波を押し分けて進む、艦隊の動き。

風を切り裂いて進む、砲弾の動き。


世界を支配する重力、海に浮かぶ自身の浮力、または艤装を使用した際に生まれる揚力や推進力、或いは風の抵抗。

それらの感覚を元に、敵の動きや砲弾の風を切る気配に対し、自身の身体の動かし方における最大効率を叩き出し、それを実行する。

113 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:35:01.08 ID:XBnaHpLy0


そうした海世界全体の風や波の気配を繊細に感じ取りながら戦う、軍艦艇と人間の境界に生きる、「艦娘」本来の戦闘スタイル。

それが最高練度を極めた、艦娘・球磨の最大の強みであった。

114 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:37:41.95 ID:XBnaHpLy0


 ……………………………… 


その後も球磨は、軽巡洋艦の機動力と海上戦術を駆使して、次々と敵艦を海に沈めていった。


海原の風と波を味方につけ、対空で蚊トンボを落とし、雷撃で進路を抉じ開け、火力で敵を黙らせる。

先程まで居た敵艦隊は、ものの数十分もしないうちに、撤退を余儀なくされる程、壊滅状態であった。

115 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:39:14.68 ID:XBnaHpLy0


――霧が濃くなってきた。


気が付くと、辺り一面に海霧が広がっており、球磨の目には撤退する敵艦隊の姿が滲んで見えていた。

粗方の掃討を終えた球磨は、無線をオンラインにし、現状を報告すべく口を開いた。


だが、その瞬間。

116 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:40:13.01 ID:XBnaHpLy0


「こちら軽巡洋艦・球磨。作戦司令室、応答を……!?」


――――風を切り裂き、殺意を纏って向かってくる砲弾の気配を、球磨は背面より感じた。

117 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:41:12.04 ID:XBnaHpLy0


速やかに球磨は脚艤装の出力を上げ、左に身を翻した。

刹那、球磨の右腕を砲弾が掠め、小破とまではいかないが、掠り傷を受けた。

その直後、砲弾の発射音が海原から球磨の耳に響き渡った。


「くっ……!」

118 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:42:07.52 ID:XBnaHpLy0


――球磨は、頭のギアの切り替え速度を上げながら思った――。


狙いが恐ろしい程、正確だ。

海霧の中、しかも射程外距離(アウトレンジ)からの砲撃で、この命中精度。


――これ程の手練れは初めてだ――。

119 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:44:25.04 ID:XBnaHpLy0


直ぐに球磨は、臨戦態勢を取り、砲弾が飛んできた方向へと振り向り、先に視線を投げかける。


そして、砲弾の射手を見据えた球磨は、一見して戦慄した。


「……こちら軽巡洋艦・球磨より作戦司令室。提督、ちょっとマズい事になったクマ」


球磨は、冷や汗を一つ落とし、先程オンラインにした無線に対し、目の前の事実を語った。

120 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:46:00.81 ID:XBnaHpLy0


『軽巡洋艦・球磨。こちらも衛星から状況を確認しているが、海霧が酷い。だが、敵影を一瞬だけ捉えた』


提督は無線越しから、何時に無く真剣な声色で、球磨に言葉を返した。


『軽巡洋艦・球磨……これは命令だ、即刻撤退しろ。既に部隊は、救援目標を引き連れ、戦闘海域を離脱し、目標の引き渡しを終えている』


提督と無線を交わしつつ、海霧に見え隠れするソイツの姿を、球磨は冷静に分析した。

121 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:48:03.26 ID:XBnaHpLy0


ソイツは、長らく陽を浴びなかった様な乳白色の肌をしており、その肌上に黒衣の水兵服を着込み、更にその上から外套を無造作に纏わせている。

脚に覆っている艤装は、軽装甲ではあるものの、鉄屑を集めた様に歪な形をしており、他の深海棲艦が装備している艤装以上に、艤装の形を成しているのかも怪しいものであった。

深海棲艦特有の歯を剥き出しにした意匠の連装砲を背中から覗かせたソイツの身体は、副砲である速射砲、対空高角砲、そして魚雷発射管と思われる、まるでスクラップを集めて造ったかの様な兵装に飾られていた。

122 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:49:23.21 ID:XBnaHpLy0


ソイツは、ボロボロになった士官軍帽を被り、白銀色に輝く長い髪を靡かせていた。

ソイツは、端麗な顔立ちで、唯静かに球磨を見据え、海原に屹立していた。

ソイツは、蒼玉石の如く輝く、怪しげに光らせた瞳を、球磨へと向けていた。

123 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:50:54.17 ID:XBnaHpLy0



『ソイツは、姫級だ』


124 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:52:52.55 ID:XBnaHpLy0


 ………………………………


この世界に居る深海棲艦の中で、最も最凶最悪な敵、「姫級」。

熟練部隊でも退けるのがやっとの敵であり、姫級との遭遇時における海軍全体での第一命令は、「即刻撤退」であった。


何故なら、艦娘も無限に存在している訳ではない為、その運用リソースも限られている。

いくら倒すべき敵とはいえ、大規模作戦を除き、本来目標として通常任務に組み込まれるべきではない敵である以上、悪戯に戦力を減らす必要は無いからだ。

125 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:56:10.52 ID:XBnaHpLy0


「分かっているクマ。そうしたいのは山々だクマ。でも、完全に奴の射程内だクマ」


それは最高練度を極めた球磨に限らず、出来れば一人で相手したくない敵であった。


『……既に近場を航行している鎮守府主力部隊に応援要請を出している。こちらの部隊にも戻る様に命令してある。援軍到着まで約15分。それまで持ちこたえられるか?』

「まぁ、何とかしてみせるクマー」

『……了解した。海霧で上空から殆どモニタリング出来ない。よって無線はオンライン状態を維持。もし援軍到着までに撤退可能であれば、即刻撤退せよ』

「了解クマ」

126 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:58:08.28 ID:XBnaHpLy0


球磨は無線に言葉を投げかけた後、全ての兵装が何時でも使用可能な事を確認した。

そうして球磨は、姫との距離を遠距離に保ちながら、姫の周りをゆっくりと航行し、「さて、どう倒そうか」と考えを巡らせ、姫の出方を待った。


「……」


姫はその場に突っ立っているだけに見えるが、球磨同様、何ひとつ身体に無駄な力が入っていないのが、球磨には分かった。

戦場でこれだけ脱力した敵と相見えるのは、球磨も初めてだった。

以上の事から姫は、兵装含め、球磨と同等、或いはそれ以上の手練れであると窺える。

127 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:59:53.37 ID:XBnaHpLy0


「クマー!!」


そうして均衡を崩したのは、球磨の開幕魚雷攻撃からであった。


それと同時に球磨は、姫を中心点に、円を描く様に航行しながら、主砲を発射した。

次いで、姫の逃げ場を無くす為、更に雷撃を行い、次いで風を頼りに弾着修正射撃を行った。

128 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:01:35.57 ID:XBnaHpLy0


「……」


しかし姫は、外套をはためかせながら、球磨の砲弾と魚雷を最低限の動きで回避する。

そして球磨と同様、逆に球磨の逃げ場を無くす様に魚雷をばら撒き、主砲を連射した。

球磨も、姫の主砲と雷撃を避けつつ、カウンター気味に遠距離から砲弾を叩き込むが、姫は球磨と同じく、始めからその場に居なかった様に、砲弾を躱していった。

129 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:03:42.43 ID:XBnaHpLy0


つまるところの膠着状態である。

球磨と姫、一手間違えば決着が付くこの状況で、両者共に決定打が打てずにいた。


「くっ……!」

130 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:05:01.62 ID:XBnaHpLy0


――遠距離では埒が明かない。


そう考えた球磨は、周回運動を止め、之字運動を行いながら、姫に対して「接近」を試みた。


しかし何故、「接近」という行動に出たのか、その時の球磨には分からなかった。

15分程度で援軍が到着するなら、このまま近からず遠からずの距離を保っておけばいいだけの話だ。

そして姫が、こちらへと過度な攻撃を仕掛ける気配がないと判明した以上、砲弾の雨を掻い潜りながら、提督の命令通り、上手く逃げればいいだけの話だ。

その事を理解しておきながら、あえて球磨は、姫へと「接近」した。

131 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:05:39.00 ID:XBnaHpLy0



――――何故なら、この時の球磨は、「何が何でもこの姫を倒さなければならない」と言う、名状しがたい感情に駆られていたからだ。


132 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:07:28.19 ID:XBnaHpLy0


遠距離から副砲で牽制しながら近付くが、所詮は豆鉄砲の為、大したダメージにはならない。

一撃で勝負を決めるに至る魚雷も、最低限の動きで簡単に避けられる。


だが、副砲や当たらない魚雷は、あくまで敵に対する牽制や自身の次の攻撃へと繋げる為の布石(ジャブ)に過ぎない。

言うまでもなく目的は、自身の攻撃を絶対に外さないであろう超近距離からの、主砲砲撃による一撃必殺攻撃(ストレート)である。

133 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:08:41.05 ID:XBnaHpLy0


中距離まで近付いたところで、之字運動で接近する球磨の姿を精確に捉えた姫が、魚雷を発射する。

球磨は、魚雷と魚雷の合間を縫う様に避け、姫と同様に、最低限の動きでそれを回避する。


「……」


だがその刹那、脚艤装の反動回避の一瞬の隙を見抜いた姫から、回避不可の予測砲撃が行われた。


「ぐあっ……!」


姫の砲塔から発射された砲弾は、球磨の右脇腹を抉り、球磨は大破した。

134 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:09:53.19 ID:XBnaHpLy0


「……まだだクマっ!!」


軋む痛みにより、一層、闘志が湧き上がった球磨。

その心を反映するかの如く、球磨は主砲から砲弾を続け様に姫へと放った。


まず一発目、姫に向けて直撃弾を放つ。


「……!」


予想通り、姫は砲弾を避けた。


「そこだクマぁあああ!!」


次いで球磨は、間髪入れずに二発目を射出する。

そして球磨が二発目に予測射撃で狙うのは、姫の背中に抱えた主砲塔であった。

135 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:11:14.94 ID:XBnaHpLy0


先程から球磨は、姫に対してずっと直撃狙いの砲撃を続けていた。

その為、僅かに直撃から狙いがずれた、主砲塔狙いの砲撃は、姫の虚を突く攻撃。

姫に直撃させるよりかは、命中する確率が高かった。

当然、姫の主砲塔に砲弾を叩き込んだぐらいでは、致命傷はおろか姫級の頑丈な艤装が壊れる筈もない。


だが、いくら頑丈とは言え、背中に背負った主砲塔に砲弾が着弾した際の衝撃は計り知れない。


――果たしてお前は、平然としていられるのか。

136 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:12:27.16 ID:XBnaHpLy0


「……ッ!?」


答えは否である。

球磨の予測通り、砲弾で主砲塔を弾かれた姫はバランスを崩しかけた。

137 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:13:07.89 ID:XBnaHpLy0


――これで道が開けた。


球磨は之字運動を止め、脚艤装の出力を「最大戦速」に切り替え、姫へと至る道を直線距離で駆け抜ける。

姫は直ぐに態勢を立て直し、近距離まで直線的に押し迫った球磨に対し、主砲を放った。

138 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:14:06.52 ID:XBnaHpLy0


「なめるなクマぁあああ!!」


それに対して球磨は、海面を勢いよく蹴りつけ、身体を中空へと投げ出し、重心を右脚から左脚へと移動させる様に身体を回転させ、左脚で着地するバタフライジャンプで、その砲弾を回避した。

139 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:15:25.40 ID:XBnaHpLy0


――奴さんの主砲再装填前に、ケリをつけてやる。


そして球磨は、姫との距離、数メートル手前、波が悲鳴を上げるのを聞きながら、急停止した。

球磨の目が捉えたのは、敵である姫の表情がよく観察できる距離。


――この距離なら、まず外さない。


球磨は、姫の超近距離まで肉薄した。


「これで……終わりだクマっ!」


左肩から覗く主砲ターレットを姫へと向け、球磨はこの瞬間、勝利を確信した。

140 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:16:39.28 ID:XBnaHpLy0


「……」


だが、その様な状況にも関わらず姫は、静かに微笑を浮かべると、蒼玉色に輝く目で球磨を捉えた。

その姫の会心の笑いに、球磨の身体に戦慄が走った。

141 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:17:39.91 ID:XBnaHpLy0


――しまった、この距離は!


球磨は心の中で叫んだ。


球磨は感じていた。

自身の焦燥による、自分が犯した決定的な過ちを。

艦娘として長らく、海での戦闘経験を積んでいた事が仇となった事を。

142 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:18:59.95 ID:XBnaHpLy0


この姫の艤装は、他の深海棲艦が装備している様な、ゴテゴテとした艤装ではない。

この姫の艤装は、球磨と同じく、己が動きを最大限に生かす事が出来る軽装甲艤装である。

動きを最大限に生かせるという事は、己の身が許す可動域内で、どんな動きにも移す事が出来るという事に他ならない。


既に球磨の砲弾は、砲塔薬室へと運ばれ、装填が完了し、装薬にはバチバチと火花が走っている。

今まさに、コンマ秒後に砲弾を敵前へと吐き出さんとしている砲塔の様子を、球磨は感じていた。

だがコンマ秒は、姫にとっては十二分過ぎる時間であった。

143 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:19:56.46 ID:XBnaHpLy0


球磨は後悔した。

自身の攻撃中止が行えないこの状況を。


そして球磨は失念していた。


――――この姫との距離は、航空戦でも砲雷撃戦でも無い、「徒手格闘」の距離だという事を。

144 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:21:21.78 ID:XBnaHpLy0


姫は脚艤装の出力を全開にし、破裂する様な勢いで球磨の懐へと詰め寄った。

球磨は防御の為、咄嗟に両手を眼前に構える。


しかしそれを見た姫は、球磨のガードを円を描く様に手で払い除けると、そのまま球磨の砲塔を右手刀でかち上げ、強引に球磨の砲口をずらす。

刹那、砲塔から発射された砲弾は、姫の頭の上を掠める事なく、弧を描いて海に落ちた。


そして姫は、詰め寄った自身の勢いを利用して、球磨の胸元に左拳を叩きこみ、球磨を突き飛ばすと、逆に己が主砲を球磨へと向けた。

145 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:22:15.77 ID:XBnaHpLy0


「ナメルナ」


そして再装填が完了した姫の砲塔から放たれる、必殺の一撃。

バランスを崩していた球磨にその攻撃を避けられる筈もなく、球磨は直撃弾のカウンターをその身に叩きこまれた。

146 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:23:38.19 ID:XBnaHpLy0


 ………………………………


――これが運命か。


どんよりと白濁した意識の中、球磨は自身の艤装や身体へと意識を向けた。

主砲、副砲、魚雷はおろか、脚艤装さえもまともに動かない状態である。

半身が水に浸かり、仰向けのまま海に浮かんでいるのがやっとの状態である。


そしてバシャバシャと水音を立て、その状態の球磨に近付いてくる者が居た。

それが誰なのかは、球磨には分かり切っていた。

147 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:25:15.17 ID:XBnaHpLy0


「……終ワリダ」


白銀色の長髪を揺らし、蒼玉色に輝く目で、姫は球磨を見下ろした。

死の宣告を告げる為に、姫は球磨を見下ろしていた。


姫の背中に担がれた主砲塔から再装填を告げる金属音が、球磨の耳へと鮮明に響いた。

148 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:26:25.70 ID:XBnaHpLy0


――この球磨をもってしても……ここまで、か。


自身の死を悟った球磨は、ゆっくりと目を閉じた。


そして姫は、再装填が完了した主砲砲口を球磨に対して向け、球磨にトドメを刺す為、トリガーを引き絞った。

149 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:27:13.90 ID:XBnaHpLy0


だが、その一瞬。


『軽巡洋艦・球磨っ!! 繰り返す、応答せよ!! 軽巡洋艦・球磨っ!!』


――――無線から提督の声が漏れた。

150 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:29:02.73 ID:XBnaHpLy0


『軽巡洋艦・球磨っ! 一体、何があったっ!? 返事をしろっ! おい、球磨!』


球磨は目を瞑りながら考えた。


――手向けが提督の声になるとはな。


だが、今この状況、自分が死ぬ運命が捻じ曲げられないこの状況で、提督の呼び掛けは何も意味を成さなかった。


――皆、すまない。


球磨は心の中で提督と基地の皆、そして妹たちに謝り、姫から下される審判の時を待った。

151 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:29:41.96 ID:XBnaHpLy0


「……?」


しかし、いくら球磨が待っても、その時は訪れなかった。

球磨は不思議に思い、目を開き、眼前に映る姫を一瞥した。


「……!?」


そして球磨は、驚愕した。

152 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:31:58.16 ID:XBnaHpLy0


何故ならその時、球磨の目に映ったのは。


「……ソンナ……事ッテ……」


―――――球磨の顔を見据え、そして唯々動揺している姫の姿だったからだ。

153 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:33:05.13 ID:XBnaHpLy0


背中に抱えた砲口が、微かに震えているのが分かる。

もごもごと口を開こうとする姫の様は、球磨に対して何か言いたげであった。

しかし、それが上手く言葉に出来ないと言った様子である。


球磨からしてみれば、敵である姫の態度は、唯々不気味であった。


そして数十秒の後、意を決した様に姫は、そのまごついた口を開いた。

154 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:33:55.40 ID:XBnaHpLy0


「……オ前ノ名前……球磨……ト言ウノカ?」

「……」


姫は海底から唸る様な掠れた声で、球磨にそう尋ねた。

155 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:35:27.61 ID:XBnaHpLy0


――何故、コイツは球磨の名前を知っているんだ?


『球磨っ! 頼む、返事をしてくれっ!! 聞えないのかっ!?』


――ああ、そうか……提督の無線か。


その実、先程の姫の直撃弾、その衝撃によって球磨の無線機材が故障していた。

故に、普段だったら決して聞こえないであろう提督の声が、無線を通し、辺り一面に響き渡っていた。


そして現に提督は、無線越し、何度も何度も球磨へと呼び掛けている。


そう、提督の呼び掛けは、敵である姫にも聞こえていたのである。

156 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:36:43.81 ID:XBnaHpLy0


球磨は心の中で苦笑した。


――今から殺す敵の名前を改めて聞くなんて、中々良い趣味をしている。


球磨は捨て台詞の一つでも殴りつけようとするが、ダメージが大きすぎて思う様に口が開けない。


――殺るならさっさと殺れ。


そう球磨は思えど、姫は一向に球磨に対してトドメを刺す様子を見せなかった。


姫は唯、自身の蒼玉色の瞳を、球磨の琥珀色の瞳に重ね合わせていた。

157 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:37:25.14 ID:XBnaHpLy0


「……オ前ノ、ソノ目……」


そうして姫は、一言、球磨に対して言葉を投げかけた。

158 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:38:01.40 ID:XBnaHpLy0


その刹那。


「球磨姉ぇえええ!!」


――――閃光一閃、姫の佇んでいた場所を刀光が鋭く切り裂いた。

159 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:39:09.48 ID:XBnaHpLy0


「……!」


その閃光を姫は、大きく後退する事によって躱した。

そして其処には、軍刀を片手に構え、球磨の隣に屹立する影が一つ。


「……よう、三下奴。うちの球磨姉が世話になったな」


怒りに燃え、姉の盾となり、己が刃を持って姉を護らんとする妹。

艦娘・木曾の姿が其処にはあった。

160 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:40:51.17 ID:XBnaHpLy0


「北上さんっ!」

「いくよ、大井っち!」


間髪いれず、後続の北上と大井から放たれた魚雷群の軌跡が、タペストリーの如く海原に編み込まれ、敷かれていった。


そのタペストリーは、大破した球磨、姫と対面する木曽の傍を掠め、姫へと撃来する。

姫は後退しつつ、そのタペストリーの編み糸を解く様に魚雷を躱していき、魚雷群を全て避けきった。


しかし、距離は取れた。

161 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:41:38.87 ID:XBnaHpLy0


「煙幕展張にゃ!」


殿を務めていた多摩は、煙幕弾を射出し、直ぐに姫の視界を遮った。

海面を切り裂いて球磨に近付くと、容態を確認しながら、無線越しに言葉を投げかけた。


「こちら軽巡洋艦・多摩っ! 作戦司令室、聞こえるか!」

162 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:42:57.09 ID:XBnaHpLy0


多摩は球磨の身体を抱きかかえ、己が間隔を頼りに、姫の居る方向へと指を示し続ける。

木曾、北上、大井は、多摩が指差した煙幕で視界が遮られた方向、姫が居るであろう方向に、ありったけの砲弾を叩き込んでいた。


『多摩っ! 一体そっちはどうなってるんだっ!? 球磨は無事なのかいっ!?』

「提督、説明は後にゃ! 球磨ちゃんは、見た感じ傷は酷いけど致命傷ではないにゃー! 直ぐに離脱するにゃー!」

『そうか……よかった……!! 直ぐに救護班を手配するよ! 至急、近くを航行する鎮守府主力部隊と合流、その護衛と共に帰投してくれ!』

「了解にゃ! 各員、砲撃しながら後退にゃ!」

163 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:44:07.45 ID:XBnaHpLy0


その言葉を皮切りに、球磨を担いだ多摩が筆頭、次いで壁となる様に北上と大井、そして木曾を殿に、姫の方向に対して引き撃ちしながら後退を始める。

姫の姿は、煙幕が晴れる頃には霧中で視認出来ない程の距離にあり、十二分に逃げ切れる距離まで広がっていた。

164 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:44:48.10 ID:XBnaHpLy0


『オ前ノ、ソノ目……』


そして撤退の際中、多摩に担がれた球磨であるが。

球磨は薄れ行く意識の中、木曾が援護に入る直前、姫が球磨に対して投げかけた言葉を、唯々心の中で反芻していた。

165 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:45:51.41 ID:XBnaHpLy0



『……未だ、誰かの想いを胸に抱いて戦っているという訳か……その想いが、踏み躙られたとも知らずに』


166 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:47:23.23 ID:XBnaHpLy0



※ここまでお読み頂き、誠にありがとうございました。本日分の投稿は以上となります


■修正■

>>50

本日の軍務である近海海路の海上警備任務の為、



本日の軍務である近海航路の海上警備任務の為、


167 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/22(火) 01:39:02.99 ID:OLLeivpA0
おつです!
皆かっこいいけど、展開もなかなか早いw
168 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/22(火) 12:42:04.90 ID:bwQy79q20
169 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/22(火) 15:17:50.83 ID:po2Xo0pvo
おつにゃ
170 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/22(火) 21:49:04.65 ID:a8pmz1XW0

こんばんは。

コメントをお寄せ頂き誠にありがとうございます!
早速ですが、本日分の投稿を開始致します。
171 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/22(火) 21:50:09.52 ID:a8pmz1XW0


 ………………………………


 ◆第2章:胸秘めた想い一つ


 ………………………………

172 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/22(火) 21:52:28.24 ID:a8pmz1XW0


――――1941年11月、1520、佐世保鎮守府近郊、寺島水道、艦隊泊地。


『……うぅ……別に、退屈してない。充実してるっ』


――また、僕は夢を見た。


相変わらず天気は良く、海風は冷たく、季節は冬の初めである様に思われる。


無造作に着込んだ士官外套をはためかせ、参謀飾緒をその内側から見え隠れさせる男が一人。

「軍艦・球磨」の上甲板、その艦首付近に佇む男が一人。

以前見た夢では「大佐」と呼ばれていた男だ。

173 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/22(火) 21:53:59.04 ID:a8pmz1XW0


「……そう言う割には、随分と不服そうだな」


だがその顔は、以前見た夢の時よりも、幾分か歳を重ねており、白髪が多く見受けられた。

大佐は艦首付近の手摺鎖に両手を置き、眼前に広がる大海原を見据え、重苦しく官製煙草の紫煙を燻らせていた。

174 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/22(火) 21:55:42.44 ID:a8pmz1XW0


「うるさいっ! お前以外に喋れる奴が居ないのが悪い!」


そうして艦首付近には、大佐以外誰も居ないのにも関わらず、我儘娘が父親に「寂しかった」と噛み付く様な声色が響いていた。

175 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/22(火) 21:57:32.23 ID:a8pmz1XW0



――その声色は、僕が知っている「艦娘・球磨」の声色と全く一緒だった。


176 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/22(火) 21:59:28.33 ID:a8pmz1XW0


「それよりも参謀長の仕事はどうした?」

「視察だと言って抜け出してきた。今の私は『少将』だ。誰にも文句は言わせんよ」


以前、「大佐」と呼ばれていた男は、その上の将官である「少将」に地位を上げている事を告げた。

この階級から「閣下」「司令官」、あるいは「提督」と呼ばれるようになり、戦隊司令官、艦隊参謀長、海軍省各局長、軍令部各部長等を務めるなど、その影響力は帝国海軍の中でも絶大であった。


少将は今、艦隊泊地に停泊する「軍艦・球磨」に「視察」と言う名目で乗艦していた。

時折、慌しく歳の若い水兵たちが上甲板を往復する様子が伺えたものの、流石に自分たちの雲の上の存在である海軍少将が居る艦首付近に近付こうとする物好きは誰も居なかった。

故に少将は、誰にも話を聞かれる事無く、軍艦・球磨との会話を続けていた。

177 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/22(火) 22:03:35.72 ID:a8pmz1XW0


「それに……せっかくの娘の晴れ舞台だしな。まぁ、馬子に衣装だな」


そう言った少将は、先程まで海に投げかけていた視線を、軍艦・球磨の艦橋や奥の中央甲板、そして備え付けられた主砲へと移した。

少将の場所からは艦橋や砲塔が邪魔して見え辛かったが、件の3本煙突の隣には内火艇が搭載されている。

中央甲板奥の魚雷積み込み用吊り柱(ダビット)付近には砲弾や魚雷が均等に並べられており、先程から水兵たちがせっせと最下甲板にある弾薬庫にそれらを運んでいた。

近代化改装によって後甲板に設置された航空機射出装置(カタパルト)の上に、九四式水上偵察機が一機、何時でも発艦出来る状態になっていた。

また主砲や甲板は、普段よりもずっと手入れが加えられ、見違えるほど綺麗に磨き上げられていた。

178 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/22(火) 22:06:17.29 ID:a8pmz1XW0


軍艦・球磨は呆れた様な声色で、少将に言葉を返した。


「相変わらず少将はひねくれている。それに球磨は、少将の娘になった覚えはない」


その言葉に少将は、咥えていた煙草を噛み締め、むっとした表情を浮かべ、口を開いた。


「どれだけ貴様と一緒に居ると思っているんだ。2年近くの馬公での任務だけでは飽き足らず、艦長の任を解かれた後もだ。陸地任務で横須賀から呉に訪れた時は大体、貴様が居る。一寸前まで貴様が悠々と予備艦暮らしを送っている時もな。運命の悪戯か、私は今や貴様の生まれ故郷である佐世保の参謀長だ。これだけ長く一緒に居れば、貴様は私にとって娘の様なもんだ」


少女に対して早々と言葉を並べ、辛辣に捲し立てる少将の顔。

その言葉と声色とは相反して、むっとした表情から段々と嬉しそうな笑みを浮かべた。

そう話す少将は、どこからどう見ても反抗期の娘と話す父親の姿にそっくりであった。

179 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/22(火) 22:07:15.80 ID:a8pmz1XW0


「……それとも、私に娘と呼ばれるのは嫌かね?」


そして自身が浮かべている表情に、はっとした少将は、表情を隠す様に笑みを無表情へと変え、咳払いの後、少し悲しげな口調で少女に尋ねた。

180 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/22(火) 22:09:04.04 ID:a8pmz1XW0


「……ふっふっふっ〜、球磨を選ぶとは良い選択だ!」


だが少将の予想に反し、軍艦・球磨は歓楽の声を上げ、少将の言葉を受け入れた。

181 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/22(火) 22:11:06.60 ID:a8pmz1XW0


少女の満面の笑みの返答に、「気恥ずかしい」と言わんばかりの柔らかな笑みを浮かべた少将。

ふいと少将は、とある文豪の随筆にあった『檣(マスト)の上へ帽子をかぶつてゐる軍艦』という紀行文の一節を思い出し、少女が軍帽を被り、こちらに向かって手をぶんぶんと振いている軍艦・球磨の姿を連想した。


「ふと思ったのだが……球磨型、つまり同型艦は、球磨も含め五隻存在している筈だ」

「そうだ。多摩、北上、大井、木曾、そして球磨の五隻だ」

「球磨みたいに話せる軍艦は、この中には居ないのか?」


それもあってか少将は、軍艦・球磨に疑問を投げかけた。


「一緒になる事は多々あった。だが、いくら呼びかけても、うんともすんとも返事しない」


そう尋ねられた軍艦・球磨は、暫く考えた後に、しょんぼりと口を開いた。

182 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/22(火) 22:12:00.32 ID:a8pmz1XW0


「そうか、それは残念だな」

「……もし仮に、球磨と同じく軍艦に意志があったとしたら、どんな感じだと思う?」

「そうさなぁ……」


二本目の煙草に火を着け、煙を一口飲み込んだ少将は、腕組みをしながら、自身の考えを並べていった。

183 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/22(火) 22:13:10.92 ID:a8pmz1XW0


「多摩は猫の様な性格だろう。自由奔放、悠々自適」

「多摩だけにか? えらく安直な発想だ。にゃあにゃあ」

「吾輩は多摩である、か」


少将は青年の時に文芸誌で読んだ小説の題名を引き合いに出し、その安直な発想に自分自身で苦笑していた。

そして猫の声真似をする軍艦・球磨に対し、少将は話を続けた。

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