球磨「面倒みた相手には、いつまでも責任があるクマ」

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661 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 19:20:00.30 ID:xlUQQs3U0


「でもね、球磨。僕は此処に来てやっと、僕が軍人になった本当の理由が、ようやく分かった気がするんだ……無力な僕は、この瞬間の為に……君に僕の想いを託すこの時の為に、此処に居るんだと思う」


しかし、そうした表情を含んだ提督の目に迷いは無く。

662 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 19:20:47.34 ID:xlUQQs3U0



「僕はね、球磨。僕は本当に何かを成し遂げる為に、軍人になったんだと思う。誰かを護り、そして誰かを本当に救う為に、軍人になったんだと思う」


――――自分自身の清らかな想い、己が「生きる意味」を球磨へと宣言した。


663 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 19:22:33.70 ID:xlUQQs3U0


「人生は辛く、苦しい……いっそ心が壊れてしまった方が、死んでしまった方が、どんなに楽かと思う事が多々ある……人は生まれたら、あとは死ぬだけのちっぽけな存在なのに、他人と戦ってまで生きる意味があるのかと思う事が多々ある……」

「……」

「でもね……それでもなお、生き長らえているという事は、こんな僕にも成すべき事があるのではないか……生きる意味があるのではないか……自分勝手で我儘で、ひねくれ者の僕だけど……そう信じて生き続けたからこそ、此処まで生きてこれたんだと思うんだ……」


提督のその目は、とても言葉では言い表せない程、激しく熱く輝いていた。

ギラギラと血潮を滾らせた提督のその目は、貞潔な信念を纏っていた。

664 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 19:23:22.67 ID:xlUQQs3U0


「僕は今まで生きてきた分、敵味方問わず、どれだけ人を傷付けたのか……どれだけ誰かから奪ったのか……その責任として、僕は多くのモノを失ってきた……何かを成し遂げる為に『戦う』という事は、それだけの責任を負う事になるんだ……でも僕は、その責任から一度も目を背けた事はないよ」


そして一呼吸の後。

665 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 19:24:15.32 ID:xlUQQs3U0



「だからお願いだ、球磨。それを承知の上で、僕と一緒に、基地に居る皆と一緒に、最後まで戦って欲しい」


――――信念と熱量を纏った眼差しを、球磨へと投げかけ、提督は球磨に自身の想いを委ねた。


666 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 19:25:13.56 ID:xlUQQs3U0


「……やっと分かったクマー」


その提督の言葉に対して、球磨は暫くの後、母親が浮かべる様な柔らかな笑顔を提督に向けて、口を開いた。

667 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 19:26:29.32 ID:xlUQQs3U0


「提督は散々傷付いてきたクマ。だから提督は、そんなにも優しいクマ」


琥珀色に光る長い髪を夜凪に梳かしながら、艦娘・球磨は提督に告げた。


「自分の苦しみを誰かに味わって欲しくない。そう言う願いを胸に提督は、球磨よりも長い時間ずっと戦ってきたクマ」


先程浮かべていた「怖さ」の色は消え失せ、球磨は提督と同じく、信念と熱量を纏った眼差しで、提督を見据えた。

668 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 19:27:21.80 ID:xlUQQs3U0


「でも、安心しろクマ」


そして一呼吸の後。

669 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 19:28:20.84 ID:xlUQQs3U0



「もう提督は十二分に傷付いたクマ。後は、球磨に任せろクマ」


――――球磨は月明かりに輝く琥珀色の目を提督へと投げかけた。


670 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 19:29:23.83 ID:xlUQQs3U0


「……ありがとうね、球磨」

「クマ!」


提督の想い。

頭上の月輪の明かりに負けないくらいの満面の笑みを浮かべ、艦娘・球磨はその想いを胸に秘めた。

671 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 19:30:01.83 ID:xlUQQs3U0


「球磨! 出撃するクマ!」


そしてその球磨の掛け声と共に、球磨は提督から離れ、月明かりだけが道標となって照らす、海の闇へと消えていった。


離れ行く艦娘・球磨を見つめながら、提督は心の中で呟いた。

672 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 19:31:35.91 ID:xlUQQs3U0


――出来る事なら、僕が君の代わりに行きたいよ。

――だからもし、君が失敗したら、次は僕の番だからね。


提督は、球磨に内緒で執務机の中に入れた、肉親と知り合いの司令官宛てに認めた手紙の内容を想起しながら、遠ざかる球磨の後ろ姿を見据えた。

提督は、球磨の後ろ姿が見えなくなっても、球磨が進んで行った方向を、何時までも見据え続けた。

673 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 19:32:13.44 ID:xlUQQs3U0



――――そして提督は、唯、無心で、艦娘・球磨の無事を、神さまに祈った。


674 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 19:34:19.31 ID:xlUQQs3U0


 ……………………………… 


――――0450、日本国近海航路、海上警備ルート、地点Cから南西10シーマイル。


「……!」


海原に照らす月の道を進んでいた艦娘・球磨。

突如として、海原に砲撃音が響き渡り、球磨の元へと砲弾が飛来した。

675 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 19:34:59.43 ID:xlUQQs3U0


――しかし、些か狙いが甘い。


球磨は何の苦労もせず、飛来した砲弾を軽々と避けた。

そして砲弾が飛んできた方向を静かに見据えた。

676 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 19:35:41.69 ID:xlUQQs3U0


「……」

「……駆逐イ級……クマか?」


其処に居たのは、脚が生え、魚の様な魚雷の様な出で立ち、そして髑髏の様な顔を浮かべた一体の個体。

深海棲艦の中では最も戦闘能力が低いとされる敵、駆逐イ級だった。

677 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 19:36:55.08 ID:xlUQQs3U0


駆逐イ級は、金属が軋む様な唸り声を上げ、球磨に対して敵意を剥き出しにしていた。


そして駆逐イ級は、金属が潰れる様な甲高い声を上げ、球磨に対して砲撃と雷撃を放った。

678 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 19:38:01.86 ID:xlUQQs3U0


 ……………………………… 


――お願い、当たってよ!!


この駆逐イ級は、言ってしまえば深海棲艦の中でも一番弱い存在である。

戦闘能力を底上げした上位種も存在していたが、この駆逐イ級はその類の存在ではなかった。

679 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 19:41:07.17 ID:xlUQQs3U0


「敵ながら中々の腕だクマ」


しかし今のイ級は、どうだろうか。


艦娘・球磨の目の前に居る駆逐イ級の戦闘能力は、駆逐イ級と言う枠組みを軽く凌駕していた。

精密機械とも例えられる程の致命的な魚雷命中精度を持ち、その砲弾の着弾位置たるや、敵に的確なダメージを与えられる最善手である。

動きも通常の駆逐イ級とは比べ物にならない程、洗練されたものであった。


今や駆逐イ級の戦闘能力は、その上位の存在である後期型を軽く凌駕していた。

通常の戦闘部隊であったら、この駆逐イ級に苦戦を強いられたのは容易に想像がつく。

680 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 19:41:54.32 ID:xlUQQs3U0


「もうやめるクマ」

「……!?」


――――しかし、相手が悪かった。


その静止の声と共に、一発の砲弾が駆逐イ級へと落ちた。

681 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 19:42:37.75 ID:xlUQQs3U0


そして僅かに狙いが逸れた砲弾が駆逐イ級に当たり、駆逐イ級は大破した。


「悪いけど、今のお前に球磨は倒せないクマ」

682 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 19:44:14.16 ID:xlUQQs3U0


――こんなにも力の差があるなんて……!


大破したイ級は既に満身創痍であった。


――それでも……何としてでもコイツを此処で止めなくちゃ……! 此処で倒さなくちゃ……! じゃないと……!


放った砲撃と雷撃は、艦娘・球磨に尽く躱され、そして殆どを吐き切った。

683 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 19:45:04.33 ID:xlUQQs3U0


――残りの兵装は、魚雷一発だけ……。


だが、当たらない砲弾や魚雷など、何の意味があると言うのだろうか。

闇雲に魚雷を放っても、無駄撃ちに終わるのは目に見えていた。

684 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 19:45:34.20 ID:xlUQQs3U0


――何とかしてこの魚雷を当てなくちゃ……!


ふと、ある光景が駆逐イ級の脳裏を横切った。

685 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 19:46:15.93 ID:xlUQQs3U0



白銀の長髪を海風に梳かし、蒼玉色の柔和な目を投げかけながら、自分の頭を撫でてくれた、己が主の優しげな頬笑み。


686 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 19:47:21.16 ID:xlUQQs3U0


――そうか……当てさえすればいいんだ。


そして覚悟を纏った駆逐イ級は、最後の力を振り絞り、速度を上げた。

しかしその速度は、通常限界出力である「最大戦速」の更に上、自身の耐久性や艤装限界性能を一切無視した出力「一杯」であった。

687 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 19:48:22.87 ID:xlUQQs3U0


 ……………………………… 


「……クマっ!?」


唐突に異常な速度で加速した駆逐イ級は、ジグザグと之字運動を行いながら、艦娘・球磨へと肉薄した。

球磨は、こちらへと近付いてくるイ級に対し、後退しながら砲撃の雨を落とした。

しかし殺意が無い砲弾の雨が、イ級を貫く事は無かった。

688 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 19:50:39.84 ID:xlUQQs3U0


――お前は一体、何をしようとしているんだ?


既に駆逐イ級は大破状態。

駆逐イ級は、既に砲弾を撃ち尽くしており、魚雷発射管は空っぽになっていた。

また出力「一杯」でこれだけ無茶苦茶な運動を繰り返していれば当然、燃料や艤装の消耗も激しい。

今は速度面で艦娘・球磨に勝ってはいるものの、持って1、2分でイ級の燃料は空となり、艤装は破損し、やがて動けなくなるだろう。

689 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 19:51:13.13 ID:xlUQQs3U0



だが球磨には、直感的な確信があった。


――この駆逐イ級は、一本だけ、魚雷を隠し持っている。


690 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 19:51:55.85 ID:xlUQQs3U0


ならば残りの兵装は、たかが21インチ魚雷の一本だけ。

その状態で、この駆逐イ級は何をしようとしているのか。

691 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 19:52:44.85 ID:xlUQQs3U0



そんな事、先の大戦を知っている者なら誰にだって分かる事だ。


――――たかが魚雷一本で、戦艦さえも一撃で葬る、必中必殺の攻撃がある事を。


692 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 19:53:34.69 ID:xlUQQs3U0


「そっか……」


駆逐イ級の行動を悟った球磨は、吐息を一つ洩らすと、動くのを止め、駆逐イ級を見据えた。


「……!」


それがチャンスと思った駆逐イ級は、之字運動を止め、球磨に全速力で接近した。

693 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 19:54:16.78 ID:xlUQQs3U0


接触まで数十メートル。


そして球磨は、駆逐イ級に向かって。

694 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 19:54:51.16 ID:xlUQQs3U0



「……」


――――ただ一つ、柔らかな頬笑みを浮かべた。


695 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 19:56:53.23 ID:xlUQQs3U0


「……!?」


そして駆逐イ級は、あまりに唐突過ぎる球磨の行動から、思わず海面を切り裂き、球磨の目の前で静止した。

更にあろう事か、球磨は目の前で動きを止めたイ級へとゆっくり近付き、腕を伸ばし、その頭に触れる。

そうして、そっとその頭を撫でた。

696 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 19:57:33.31 ID:xlUQQs3U0


「……お前は、そこまでして誰かを護っているクマか」


球磨には分かっていた。

この子にも、護るべき想いがあった事を。

そして、まさに今、護るべき想いがある事を。


――――自分の身を挺してまで、護るべき者が居る事を。

697 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 19:58:14.09 ID:xlUQQs3U0


強靭な顎を持つ駆逐イ級に触れるなど、自殺行為に他ならない。

噛み付かれでもしたら、最悪、腕を無くす可能性もある。

だが、それ以上に危険なのは、駆逐イ級が隠し持った、魚雷の存在である。


それを知っててもなお、球磨は駆逐イ級へと触れた。

698 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 19:58:55.82 ID:xlUQQs3U0



――それを知っててもなお、球磨は思った――。


699 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 19:59:39.28 ID:xlUQQs3U0


それでもいい。


腕一本で何かが成せるなら安いモノだ。

この命で何かが残るのなら安いモノだ。

700 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 20:00:08.54 ID:xlUQQs3U0



――提督のあの強く輝く想いが残せるのなら、それでもいい――。


701 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 20:01:20.38 ID:xlUQQs3U0


 ……………………………… 


一方、駆逐イ級はこの艦娘・球磨の行動に、どうしていいか分からなかった。


――今ここで、この艦娘の腕を喰らい、引き千切るべきなのかな。

――今ここで、隠し持った魚雷の信管を叩くべきなのかな。

702 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 20:02:15.32 ID:xlUQQs3U0


しかし駆逐イ級の目には、この艦娘の頬笑みが、己が護るべき者である主の頬笑みと何処か重なって見えていた。

自分の頭を撫でる温もりが、己が護るべき者である主の温もりと何処か重なって感じていた。


だからこそ駆逐イ級はこの後、どうすればいいのか分からなかった。

703 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 20:03:17.40 ID:xlUQQs3U0


「すまないクマ。どうしても道を開けて欲しいクマ。球磨には、何が何でも会わなければならない人が居るクマ」


艦娘・球磨は、駆逐イ級の頭を撫でながら、諭す様な柔和な声で、駆逐イ級に懇願した。

その声色は駆逐イ級の、己が護るべき者である主の声色と、そっくりであった。

704 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 20:04:01.88 ID:xlUQQs3U0


「……」


そして駆逐イ級は、暫く悩んだ後、ゆっくりと後退し、艦娘・球磨に針路を譲った。


「ありがとうクマ」


お礼を言った球磨は、ゆっくりと速力を上げ、駆逐イ級の横を通り過ぎ、そのまま直進した。

705 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 20:04:48.92 ID:xlUQQs3U0


 ……………………………… 


「艦娘・球磨」の向かう先は唯一つ。

もう一人の自分である「軍艦・球磨」、その深淵へと触れる為である。

706 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 20:05:52.79 ID:xlUQQs3U0


『僕は此処に来てやっと、僕が軍人になった本当の理由が、ようやく分かった気がするんだ……無力な僕は、この瞬間の為に……君に僕の想いを託すこの時の為に、此処に居るんだと思う』


提督の想いを乗せ、海風の如く、艦娘・球磨は進んだ。


『僕はね、球磨。僕は本当に何かを成し遂げる為に、軍人になったんだと思う。誰かを護り、そして誰かを本当に救う為に、軍人になったんだと思う』


海原を駆ける疾風の如く、艦娘・球磨は進んだ。

巻き起こした疾風が、嵐となり、嵐が鎌鼬となり、やがては球磨の刃となろう。

707 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 20:06:54.40 ID:xlUQQs3U0


『僕は今まで生きてきた分、敵味方問わず、どれだけ人を傷付けたのか……どれだけ誰かから奪ったのか……その責任として、僕は多くのモノを失ってきた……』


――――その刃は何を成す為に。

――――それは、誰かを救う為である。

708 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 20:07:42.94 ID:xlUQQs3U0



――艦娘・球磨は心の中で高らかに謳った――。


709 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 20:08:48.87 ID:xlUQQs3U0


『何かを成し遂げる為に「戦う」という事は、それだけの責任を負う事になるんだ……でも僕は、その責任から一度も目を背けた事はないよ』


提督は己が命さえも厭わない、その強く輝く想いを、この艦娘・球磨に託してくれた。

ならば軍艦艇の魂を宿した一人の艦娘としてやる事は、その想いを乗せ、唯この身で、その想いを表現するだけだ。

710 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 20:09:53.06 ID:xlUQQs3U0



『だからお願いだ、球磨。それを承知の上で、僕と一緒に、基地に居る皆と一緒に、最後まで戦って欲しい』


艦娘は、誰かの強い想いさえあれば、己の身が散華するその時まで、戦う事が出来る。


711 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 20:10:29.67 ID:xlUQQs3U0



誰かを護り、そして救う事が提督や皆の想いなら。


712 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 20:11:16.17 ID:xlUQQs3U0



――「自分自身」を救わずして、一体この先、誰を救えるのか――。


713 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 20:12:19.63 ID:xlUQQs3U0


そんな提督の想いを乗せた艦娘・球磨の強く輝く琥珀色の目に、迷いは無かった。

そんな想いを乗せた艦娘・球磨は、たった一人、軍艦・球磨の元へと進んで行った。


そして駆逐イ級は、遠ざかる艦娘・球磨の背中、信念を纏ったその背中を、悲しげな目で何時までも見つめていた。

714 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/26(土) 20:15:17.02 ID:xlUQQs3U0



※ここまでお読み頂き、誠にありがとうございました。本日分の投稿は以上となります。
 なお次回の投稿で最終回となります。何卒よろしくお願い致します


■Tips■

○琥珀石(アンバー)こはく
石言葉:誰よりも優しく・大きな愛・抱擁・家長の威厳

○蒼玉石(サファイア)せいぎょく
石言葉:深海・高潔・一途な想い・平和を祈る


715 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/26(土) 21:48:38.71 ID:DIPxGrpkO
716 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/26(土) 22:10:20.18 ID:A2XLxcCYO
おつおつ
717 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/27(日) 04:42:51.26 ID:RDCEooJqo
深いぜ
718 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/27(日) 08:04:00.71 ID:z7x+FALPO
素晴らしい
タイトル回収した時は息を飲んだ
719 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 22:49:28.00 ID:bYTKMj840

こんばんは。

コメントをお寄せ頂き誠にありがとうございます。
早速ですが、最後の投稿を開始致します。
720 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 22:53:23.37 ID:bYTKMj840


 ……………………………… 


――――0550、日本国近海航路、海上警備ルート、地点Cから南西20シーマイル。


「……不思議な気分だ」

「……不思議な気分だクマ」


夜の静寂、月の光、そして星の瞬き。

海風を戦ぎ、邂逅するは、二つの影。


「まさか私の自己像幻視に出会う事になるとは。本当、世界は不思議で溢れている」

「まさか球磨のドッペルゲンガーに出会う事になるとは。本当、世界は不思議で溢れているクマ」


冬の星空、無数の想いが生まれ、そして散って星屑となったその跡地。

その最果ての空と海に映る無数の星々、その天象儀に抱かれた、二つの影。

721 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 22:55:27.73 ID:bYTKMj840


「お前もそう思うか?」

「常々そう思うクマ」


其処には、海面に映る月光の道を境に、一つで二つの存在、「軍艦・球磨」と「艦娘・球磨」が相対していた。

形は違えど、同じ「魂」を持つ者同士が邂逅し、旧知の友人と久闊を叙する様に、言葉を交わしていた。

722 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 22:56:51.25 ID:bYTKMj840


「……それにしても、一人で来るとは良い心がけだ」

「そう言う癖にお前は、えらく可愛い前哨を配置してたクマ」

「……なんだと?」

「駆逐イ級が一隻、球磨の目の前に立ち塞がったクマ。まぁ……どうやらお前のその様子だと、お前自身も知らなかったようだクマ」

「……あの馬鹿者」

723 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 22:58:03.77 ID:bYTKMj840


もう一人の自分の言葉を聞いた軍艦・球磨は、物思いに沈み、悲しみを吐き出す様に吐息を一つ洩らした。

そして顔を上げ、静かな、でも何処か悲しげな顔でもう一人の自分を見据え、尋ねた。


「お前は……アイツを沈めたのか?」

724 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 22:59:02.00 ID:bYTKMj840


その言葉に、優しげな頬笑みを浮かべた艦娘・球磨は穏やかに答えた。


「安心しろ、沈めてないクマ。戦いはしたけど、素直に通して欲しいって言ったら、ちゃんと通してくれたクマ。お前は本当、良い部下を持ったクマ」

「そうか……」

725 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:01:22.92 ID:bYTKMj840


自身の不安が杞憂に終わった軍艦・球磨は、安堵と感謝の表情をもう一人の自分へと投げかけた。


「……ありがとう。アイツの事だ、例えお前と刺し違えてでも止めてただろう」

「気にするなクマ。お前が命を投げ出してまで、球磨の妹たちに手心を加えて戦ってくれたのと一緒だクマ」

「……流石にバレてたか」


二人は気恥ずかしげな表情を浮かべ、更に言葉を紡いだ。

726 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:03:12.66 ID:bYTKMj840


「多摩にはバレバレだったクマ。途中で北上と大井も気付いたクマ。木曾も普段だったら直ぐに気付いたクマ」

「……だが、最後まで気付かなかったな」

「それだけ、頭に血が上っていたという事だクマ」

「……本当、お前は良い妹を持ったな。正直、羨ましい」


軍艦・球磨は、決して自分には届かないであろう、悠久とも言える程の距離感を感じていた。

冬空の窓の外から一人、別れた家族の面影を眺める様な疎外感に襲われていた。

727 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:04:18.79 ID:bYTKMj840


「お前の妹でもあるクマ」


それに気付いたもう一人の自分が、内側からその窓を開けてやって、そっと呼びかけた。

728 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:05:16.65 ID:bYTKMj840


「……ありがとう。そう言ってくれると、本当、嬉しい」


艦娘・球磨はニコリと笑い、あっ、と思い出した様に、もう一人の自分に対して口を開いた。

729 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:07:03.38 ID:bYTKMj840


「……そう言えば、木曾に一撃食らったと聞いていたクマ。だけどその様子だと、どうやら気遣いは無用みたいだクマ」

「そうだな、気遣いは無用だ。こっちにだって高速修復材ぐらいある。見ての通り、準備は万全だ」

「……それを聞いて安心したクマ。出来ればお前とは双方、万全の態勢で戦いたかったクマ」

「私もだ」

730 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:08:27.03 ID:bYTKMj840


ふと、二人が気が付くと、先程まで二人を包んでいた星の煌きは、輝きを潜めていた。

そして東の空は、うっすらと白み始め、完全な闇は消えかけていた。

731 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:10:49.34 ID:bYTKMj840


「夜明け前が一番暗い。だけど、日の出ももう近いクマ」


ブルーモーメント。

太陽の光と月夜の闇、その二つの世界が重なり、溶け合い、そして儚く消える蒼の時間帯。

732 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:11:46.76 ID:bYTKMj840


二人は暫しの時間、薄明の東の空を眺めながら、物思いに耽っていた。

二人は透きとおった瑠璃色を、唯ひっそりと抱き締めていた。

733 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:13:23.13 ID:bYTKMj840


「……昔、軍艦として初めて海に出た日の事を思い出した。激動と混沌の時代……中々の暗黒時代に私は産み落とされたと思った」

「……球磨も昔、艦娘として初めて海に出た日の事を思い出したクマ。動乱と混迷の時代……神さまは中々酷い世界を考える奴だと思ったクマ」

734 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:14:35.13 ID:bYTKMj840


そしてぽつりと、軍艦・球磨から言葉が漏れ、艦娘・球磨はそれに合わせる様に言葉を重ねた。

その二人の表情には、「運命」に抗う事は出来ないと言う諦観が含まれていた。

735 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:16:08.56 ID:bYTKMj840



「それでも……初めて海の上で朝を迎えて拝んだ、あの暁の水平線はとても美しかった」

「それでも……東の御空を抱くあの暁光は、とても輝かしかったクマ」


だが二人は、太陽の様な眩しげな笑顔を浮かべ。


736 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:17:22.54 ID:bYTKMj840




「軍艦として生きるのも、悪くないと思った」

「艦娘として生きるのも、悪くないと思ったクマ」


――――己が境遇、己が「運命」を誇った。



737 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:18:51.79 ID:bYTKMj840



そして、蒼玉石の瞳と琥珀石の瞳。

柔和ながらも強い信念を含んだ、二人の目線が絡み合った。


738 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:20:01.82 ID:bYTKMj840


「……気付けばお互い、随分と遠くへ来てしまったな」

「……でも、此処が最果てクマ」

739 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:21:17.53 ID:bYTKMj840


そう、誰も居ない世界の果てまで来てしまったと言う寂寥感を二人は覚えていた。

しかし、其々が抱いているたった一つの想い。

それだけが、たった一つの世界の燈火として、二人の深淵を照らしていた。

740 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:22:11.63 ID:bYTKMj840


「名残惜しいが……」

「……そろそろ始めるクマか」


清らかに対照した二人は、すう、と優しく息を吸い込む。

そして二人は、心の中の燈火を凛と鮮やかに燃やした。

741 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:23:33.15 ID:bYTKMj840



「……行くぞっ!!」

「……望む所だクマっ!!」


742 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:24:54.54 ID:bYTKMj840



誰も知らない世界の中心で。

後の世の誰もが知りえぬ場所で。


――――二発の砲弾音が水界に響き渡り、黎明を迎える鐘の音を轟かせた。


743 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:27:40.91 ID:bYTKMj840


時交えず、二人は砲雷撃の篠突く雨をお互いに降らせた。

魚雷の波浪、副砲の豪雨、主砲の迅雷。

暁闇の月下、緩急を付け、雷雨を潜り、二人はお互いの弾幕を躱していく。

ステップを踏み、身体を回転させ、海風を切り裂いて滑り、鉄弾を躱していった。

744 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:28:53.25 ID:bYTKMj840



――――二本の平行線を描く様に飛沫を上げる二人は、同航戦のまま撃ち、相見える。


745 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:30:06.92 ID:bYTKMj840


着弾した水面には、波紋が広がる。

二人は響く波紋の間隔を感じながら、神経を研ぎ澄ました。

水界線上を玉彩絢爛たる閃光が揺らめく。

746 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:33:03.16 ID:bYTKMj840



――――二人は仲を裂く様に左右へと移動方向を切り替え、同航戦から反航戦に移行する。


747 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:35:33.86 ID:bYTKMj840


二人は寸秒に一度のペースで、繰り返し、繰り返し、水面を鮮麗な火花で彩った。

鮮やかに海面を彩る火花、その一滴一滴が煌めき、一瞬を生きた大輪の花火の様に、海の暗闇と空の白明に溶けて沈んで行った。

決して潮流に遡行せず、流れの儘、二人は華奢でしなやかな身体を揺り動かした。

748 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:36:40.12 ID:bYTKMj840



――――二人は呼吸を合わせ、合わせ鏡の様に、丁字での優位を得る為に踊った。


749 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:38:21.12 ID:bYTKMj840


月下に咲く花火の下、円舞曲を踊る様に、水界の舞台をくるくると踊った。

驚くほど親密で、そして驚くほど悠遠の距離を二人は踊った。

退廃と混沌の海を、秩序づける様に、二人は規則的に舞った。

海世界で二人は踊り、唯、命を燃やしていた。

750 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:39:07.73 ID:bYTKMj840



――――そして二人は、お互いの海世界を、己が極彩色で塗り潰していった。


751 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:40:07.62 ID:bYTKMj840



お互いの長い髪が靡き、掠め、着弾点誤差数ミリの攻防戦が展開される。


752 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:41:52.78 ID:bYTKMj840


「左舷斉射クマっ!!」

「甘いっ!!」


軍艦・球磨は、砲撃を避ける為、外套をその華奢な身に絡ませ、拍子良く中空へと身体を舞わせた。

753 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:44:52.45 ID:bYTKMj840


「食らえっ!!」

「させるかクマっ!!」


艦娘・球磨は、雷撃を避ける為、己が身をしなやかなに反らせ、水切って魚雷を飛び跳ねた。

754 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:46:15.71 ID:bYTKMj840


「ぐぅ……!」

「くっ……!」


丁字有利を互いに取れぬ儘、二人は反航戦へと戻る。

755 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:47:53.51 ID:bYTKMj840


二人は、擦れ違い様、砲撃及び雷撃の嵐を起こした。

二人は、水柱と魚雷の間を縫う様にすり抜け、お互いの側面を通過した。

756 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:49:06.20 ID:bYTKMj840



お互い身体を反転させ、二人は同航戦へと移行。


――――そして再び、お互いが正対した。


757 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:50:26.46 ID:bYTKMj840



その二人の距離は、自身の攻撃を絶対に外さないであろう、超近距離であった。


758 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:51:47.18 ID:bYTKMj840



「魚雷発射っ!!」

「魚雷発射クマっ!!」


その距離の儘、刹那、二人の号令が交わり。


759 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:52:49.14 ID:bYTKMj840



「避けられるものなら……!!」

「……避けてみろクマっ!!」


――――二人は、手投げと脚艤装の魚雷を、全て発射した。


760 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:54:03.01 ID:bYTKMj840



――――そして辺り一面に氷柱が降り注ぎ、その鋭利さ故、二人は身を裂き、紅血を散らせた。


761 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:56:33.08 ID:bYTKMj840


 ……………………………… 


「はぁ……はぁ……」


痛みに耐え、呼吸を洩らす二人。

お互いの視線が静かに絡む一瞬。

二人には、その一瞬が永遠とも思えた。

762 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:58:16.60 ID:bYTKMj840



先瞬、お互い捨て身の雷撃を浴びた、軍艦・球磨と艦娘・球磨は、大破していた。


763 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:00:04.98 ID:ybY1IxA60


「ふぅ……ふぅ……」


二人はお互いを見据え、絶え絶えに白銀の息を漏らし、寒冷の海に凍らせていた。

二人はお互いを見据え、主砲塔と魚雷兵装を静かに確認した。

764 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:00:39.05 ID:ybY1IxA60



――これで撃ち止めか。


765 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:03:14.00 ID:ybY1IxA60


既に二人の主砲塔は折れ、魚雷は尽きた。

以前の時とは違い、お互いの主砲と魚雷が死んだ状態である。


艦娘と深海棲艦、その主武装たる主砲と魚雷が使えない以上、両者が矛を交えられる筈も無かった。


これ以上は、もう戦えない。

766 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:04:19.19 ID:ybY1IxA60



――だが、それが何だって言うんだ?


767 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:07:24.42 ID:ybY1IxA60


「なめるなぁあああ!!」

「なめるなクマぁあああ!!」


軍艦・球磨は右脚艤装の出力を上げ、もう一人の自分の頭を捉えた右回し蹴りを放った。

艦娘・球磨は咄嗟に左腕で頭を覆い、前のめりになって右回し蹴りを防御し、そのまま肘を立て、もう一人の自分の懐へと突っ込み、かち上げる様に顎を捉えた肘打ちを叩き込むと、続けて右掌底打ちを放つ。

軍艦・球磨は瞬時に左脚で海面を蹴り、もう一人の自分の肘打ちを回避し、更に後ろに下がりながら、右ストレートを放つ。

刹那、軍艦・球磨の右ストレートと艦娘・球磨の右掌底打ちが左右で交差し、お互いの顎を掠め、空を切った。

768 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:09:55.94 ID:ybY1IxA60



――――もう二人が武器と言えるモノは、脚に装備した艤装と己の拳のみだった。


769 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:11:25.67 ID:ybY1IxA60


「何故だクマっ!? お前は誰かを護り、そしてその先の平和を願う想いを乗せて、戦っていた筈だクマ!」


艦娘・球磨はもう一人の自分に対して、言葉をぶつけた。

770 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:15:51.15 ID:ybY1IxA60


「そんなお前が、どうしてこの国の平和を乱そうとするクマかっ!?」


艦娘・球磨は、脚艤装の出力を上げ、後ろに下がったもう一人の自分へと肉薄し、追撃の右掌底を放つ。

軍艦・球磨は、もう一人の自分の右掌底を左手で払い除け、そのまま右下段蹴りを叩き込む。

艦娘・球磨は、もう一人の自分の脚を掬い上げる様に左手を振い、蹴り脚をずらす事により、攻撃を回避した。

771 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:19:40.24 ID:ybY1IxA60


「ふざけるなぁあああ!!」


軍艦・球磨は、もう一人の自分に対して、右ストレートを放った。

艦娘・球磨は、左手で円を作る様な軌道を描き、もう一人の自分の右ストレートを散らし、ガードが空いたもう一人の自分の顎に掌底打ちを叩き込む為、腕を振るう。

軍艦・球磨は、飛んできた掌底打ちの方向へと右肩を入れ、もう一人の掌底打ちを潜る様に、避けた。

772 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:24:41.41 ID:ybY1IxA60


「誰かを護る為にその身を捧げたあの人達の想いを否定して、何が平和だっ!?」


軍艦・球磨は、右、左、右と続け様に、もう一人の自分へと拳を打ち込む。

艦娘・球磨は、一発目、二発目を左手で払い、そして三発目を払うと、拳を引くタイミングを狙い、踏み込み、もう一人の自分の右手を両手で掴み、捻って、海面へと叩きつけようとする。

軍艦・球磨は、倒される一瞬、掴まれた手を軸に、弧を描く様に空中へと身体を投げ出し、側宙でもう一人の自分の拘束から逃れた。

773 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:26:17.72 ID:ybY1IxA60


「あの人達の想いを踏み躙り、蔑ろにしてまで得た平和に、一体何の価値があるんだっ!?」


軍艦・球磨はもう一人の自分に対して、言葉をぶつけた。

774 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:27:55.66 ID:ybY1IxA60


「まるで腫物を扱う様に、私たちの戦いの時代を、闇に葬ろうとした人間が何人居たっ!?」


軍艦・球磨は、ぽろぽろと清らかな涙を零しながら、もう一人の自分へと想いをぶつけた。

775 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:29:10.23 ID:ybY1IxA60


「あの人達が行った戦いを、あの人達の想いを利用しようとした政治家や活動家が何人居たっ!?」


軍艦・球磨は美しく泣きながら、もう一人の自分へと想いをぶつけた。

776 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:30:24.35 ID:ybY1IxA60



「私たち深海棲艦とお前ら艦娘が現れるまで、大戦の事なんて過去の話だと見向きもしなかった人間が何人居たっ!? 言ってみろっ!!」


777 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:33:16.36 ID:ybY1IxA60


――――正義と悪、善悪正邪、勧善懲悪。


そんな二項対立構造では決して言い表せない、理論思考や政治的概念さえも超越した、荒々しくも温かく、粘着ながらも清らかな想いのぶつかり合いが其処にはあった。

過去から引き継がれた想い、現在から引き継がれた想いのぶつかり合いが唯、其処にはあった。

778 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:35:51.09 ID:ybY1IxA60


「アイツらは、あの人達の想いを否定したっ!!」


軍艦・球磨は、過去の想いを乗せ、駆ける、避ける、そして、拳を振るう。


「分かるかお前にっ!! 私に想いを託し、私と運命を共にした、あの人達の悲しみがっ!! 存在理由を否定された、私自身の恐怖と苦しみがっ!!」


艦娘・球磨は、その想いに応えるべく、現在の想いを乗せ、駆ける、避ける、そして、拳を振るう。

779 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:37:14.01 ID:ybY1IxA60



既にこの戦いは「体」の優劣の戦いでも、ましてや「技」の習熟度の戦いでもなかった。


どちらの「想い」が強いかという、「心」の戦いであった。


780 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:38:39.27 ID:ybY1IxA60


刹那、軍艦・球磨の放った右フックが、艦娘・球磨のこめかみを捉えた。

咄嗟に腕を上げて艦娘・球磨は攻撃を防御したが、その衝撃はガード越しからでも計り知れず。

艦娘・球磨の視界を白く染め、そしてよろめいた。

781 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:40:12.81 ID:ybY1IxA60


「……分かるクマ」


それでもなお、艦娘・球磨はもう一人の自分の蒼玉石の瞳を見据え続けた。

艦娘・球磨は、ぶらんと腕を下げ、構えを解いた。

それを見た軍艦・球磨は、思わず攻撃の手を止め、後ろに飛び退いた。

782 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:41:50.56 ID:ybY1IxA60


「お前は『球磨』自身だ」


艦娘・球磨は、もう一人の自分の言葉を優しく受け止めた。

すう、と一粒の温かな涙を落としながら、もう一人の自分へと囁いた。


「だから、もういいんだクマ」


艦娘・球磨は慈愛の笑みを浮かべ、もう一人の自分へと赦しの祈りを捧げた。

783 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:43:57.53 ID:ybY1IxA60


艦娘・球磨は知っていた。

もう一人の自分、軍艦・球磨が何故、この様な凶行に走ったのか。


「この世界は冷徹だクマ。他人の想いなんて、これっぽっちも気に留めない無情の輩が蔓延っている世界だクマ。そうした想いを否定する人間が多数を占める世界だクマ」


それでもなお、艦娘・球磨は敢えて問いを投げかけた。

784 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:45:23.99 ID:ybY1IxA60


「だけど……過去の想いを語り、未来へと受け継ぐ人間も中には居るクマ」


もう一人の自分がどれだけ世界に対して絶望していたのか。

どれだけ一人で苦しんできたのか。

どんな信念で戦ってきたのか。

785 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:46:44.33 ID:ybY1IxA60


「そして……その想いを引き継ぐ人間も中には居るクマ」


その想いを直接、その口から聞いておきたかったからだ。

786 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:47:44.32 ID:ybY1IxA60


「お前の悲しみは全て……お前自身である球磨が引き継ぐクマ。だからもう、その責任を下ろすクマ」

「……!」


その言葉に、軍艦・球磨の心が微かに揺らいだ。

787 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:49:25.43 ID:ybY1IxA60



そして琥珀石に燃える瞳で、軍艦・球磨を見据え。


「それで球磨は、『球磨』自身を……救ってみせるクマぁあああ!!」


――――艦娘・球磨は、手をぶらりと下げた儘、脚艤装から黒煙と火花を噴き上げ、爆発的に加速した。


788 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:50:42.82 ID:ybY1IxA60



「……やってみろぉおおお!!」


軍艦・球磨は、迎え撃つべく渾身の右ストレートを、神速で接近するもう一人の自分へと放った。


789 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:52:54.44 ID:ybY1IxA60


軍艦・球磨の拳が当たるその一瞬、艦娘・球磨は膝を沈め、身体を横に捻り、もう一人の自分の腕を潜り、皮一枚でその拳を躱した。

極力の一撃を潜り抜けた艦娘・球磨は、脱力からの一瞬、軍艦・球磨の胸元へと、引き付けられる様に腕を伸ばす。

そうして艦娘・球磨は、掌が触れる一弾指、腕を捻り、腰を返した。

790 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:53:57.53 ID:ybY1IxA60



――――刹那、軍艦・球磨の胸元に、主砲を撃ち込まれた様な衝撃が走った。


791 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:56:11.80 ID:ybY1IxA60


それは、爆発的な力の転換、艤装の最大出力による踏み込み、技の発動タイミング、その全てが合わさった、艦娘・球磨の掌底突きだった。


そして直撃弾を喰らった様な衝撃を受けた軍艦・球磨。

792 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:57:12.80 ID:ybY1IxA60



――――その衝撃は、軍艦・球磨の身体を、軽々と空中へと舞わせる程であった。


793 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:58:30.22 ID:ybY1IxA60


直後、太陽柱が水平線に浮き上がり、辺り一面、東の空から輝く暁光に包まれた。

そうして、二人の影は橙色に滲み溶け、混ざり合った。

794 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:59:21.46 ID:ybY1IxA60


日出る海空にその身を優しく抱かれた軍艦・球磨。

意識が遠のく寸前、その軍艦・球磨の脳裏に浮かんだのは。

795 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:59:52.77 ID:ybY1IxA60



『――大佐だ。よろしく頼むよ、球磨』


――――在りし日の提督の笑顔であった。


796 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:00:44.86 ID:ybY1IxA60


 ……………………………… 


『球磨』


軍艦・球磨は、懐かしい声を聴いた気がした。

797 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:01:58.01 ID:ybY1IxA60


『すまなかった。私の身勝手な約束のせいで、貴様には随分と面倒を掛けた』


一面に輝く白銀の光の中。


『もう約束に縛られて苦しまなくていい』


鮮やかに蘇る記憶の中。

798 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:03:20.53 ID:ybY1IxA60


『それに貴様の想いが負けた以上、貴様に残された時間はあと僅かだろう』


軍艦・球磨は、懐かしいあの人の声を聴いた気がした。

799 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:04:30.66 ID:ybY1IxA60


『だが貴様にはまだ、やる事があるようだな』


そして、大きな海風が軍艦・球磨を揺り起した。


『貴様に面倒を掛けた分、私は幾らでも待つ。私は何時でも、貴様の事を待っている』

800 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:05:44.90 ID:ybY1IxA60


――おい! 君、大丈夫かいっ!? ……おい!


『それに「もう一人の私」が貴様の事を呼んでいるようだ』


次第に遠のいていく懐かしい声。

徐々に覚醒していく意識の中。

801 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:06:58.97 ID:ybY1IxA60



『球磨。大変だろうけど、もう一寸だけ頑張れるか?』


軍艦・球磨はその声へと静かに告げた。


802 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:07:59.03 ID:ybY1IxA60




「提督。球磨、もう一寸だけ頑張る」



803 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:13:17.52 ID:ybY1IxA60


 ……………………………… 


――――0800、日本国近海航路、海上警備ルート、地点Cから南西20シーマイル。


「……」

「ああ、目を覚ましたんだね、よかった……! 彼是1時間近く目を覚まさないから心配したよ……!」


目を覚ました軍艦・球磨の目に映ったのは、心配げに自分の顔を覗き見る、壮年の男の姿であった。

その直ぐ横には、少し呆れ、けれども優しさを噛み締めた表情でその男を見つめる、ボロボロになった自身のセーラー服の上から、その男のモノであろう外套を羽織る、艦娘・球磨の姿があった。


――ああ、そうか。

804 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:14:19.26 ID:ybY1IxA60


「……お前が……」

「……え?」

「艦娘の私の提督か……?」


しげしげとその男を見つめた軍艦・球磨は、その男に尋ねた。

805 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:16:02.86 ID:ybY1IxA60


「……そうだよ。僕が『艦娘・球磨』の提督、一等海佐の――――だ」


提督は一呼吸の後、熱の籠った声色で、軍艦・球磨に己が名を受け答えた。


「そうか……」


軍艦・球磨は、溜息を静かに吐き捨てると、自分が置かれている状況を、ぼんやりとした頭で確認した。

806 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:20:01.81 ID:ybY1IxA60


「ここは……船の上か……?」


軍艦・球磨は、仰向けになって小さな艦艇の艇尾甲板の上に寝かされている。

造りと設置された武装から見るに、恐らくは軍所有の哨戒艇だろう。


冬の海の割には随分と温かいなと思ったら、先の戦闘でボロボロになった軍艦・球磨の水兵服の上から、救急用毛布が掛けられていた。

その周りには、包帯やら艤装用工具やら使い切った高速修復材やらが慌しく整頓されていた。


気が付けば朝になっていたのか、透きとおる様な寒さを抱いた淡い空色が、軍艦・球磨の眼前に広がっていた。

そして煌々と昇り行く白銀の太陽が、水上世界の全てを明るく照らしていた。

807 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:21:58.14 ID:ybY1IxA60


「気絶したお前と動けなくなった球磨を、提督が哨戒艇の上まで運んでくれたクマ」


その言葉に、軍艦・球磨はゆっくりと、もう一人の自分と提督の様子を一瞥した。


「今まで軍で培ってきた技術が、まさかこんな形で役立つとは思わなかったよ」

「人生そんなもんだクマ」


提督が纏っている常装冬服は、幾分か乾いていたとは言え、水分を吸ってやや重そうに見えた。

808 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:22:39.77 ID:ybY1IxA60


――つまりこの男は、何の装備も無しに、この寒冷の海に飛び込んだという事か。

――無茶な事をする。

809 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:24:10.46 ID:ybY1IxA60


「ふむ……」


軍艦・球磨は提督の顔を、己が抱いた蒼玉石の瞳で、まじまじと見つめていた。


――それにしても似ている。

810 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:25:27.01 ID:ybY1IxA60


「ええと……何かな……?」


その視線に気が付いた提督は、少し戸惑いを浮かべた表情で、軍艦・球磨に対して尋ねた。

その言葉に軍艦・球磨は、ふっと懐古的な笑みを零しながら、言葉を繋げた。

811 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:27:10.75 ID:ybY1IxA60


「いや、すまない……お前の声とその柔和な眼差し、アイツにとてもよく似ている、と思っただけだ……」

「アイツって……もしかして……君の提督の事かな?」

「そうだ」


軍艦・球磨は、目の前に居る提督を通し、遠い遠い昔、共に過ごした在りし日の提督の事を、しみじみと懐かしんだ。

812 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:28:49.86 ID:ybY1IxA60


「お前の声を聴くと、とても懐かしい気持ちに襲われる。お前のその眼差しは、とても安心する」


軍艦・球磨は、決して得がたいモノ、既に失われたモノが、今目の前で再生した様な気がした。

813 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:29:48.20 ID:ybY1IxA60


「そっか……」


その軍艦・球磨の答えに、提督は色彩のある、けど何処か悲しげな色を浮かべた柔らかな頬笑みを、軍艦・球磨に返した。

814 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:30:25.33 ID:ybY1IxA60



「……あれ?」


815 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:32:02.69 ID:ybY1IxA60


ふと、提督の目に留まる軍艦・球磨の姿が、微かに揺らいだ様な気がした。

見間違えだと思いながら目を擦り、提督は再度、軍艦・球磨へと視線を投げかけた。

816 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:33:29.36 ID:ybY1IxA60


――やはり、彼女の姿が霞んで見える。


気がかりになった提督は、隣に居る艦娘・球磨へと視線を投げかけた。


「……クマー?」


そして艦娘・球磨も、提督と同じ様に訝しげな表情を浮かべていた。

艦娘・球磨と提督の視線が交わり、二人は腹を括り、コクリと頷くと、軍艦・球磨へと視線を戻した。

817 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:34:12.11 ID:ybY1IxA60


「……ちょっと傷の具合を確認したいから、毛布を退かすけどいいかい?」

「別に構わない」


心配になった提督は、軍艦・球磨の身体を覆っていた毛布を静かに退けた。

818 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:34:52.04 ID:ybY1IxA60


「……クマっ!?」

「……君の身体がっ!?」


そして艦娘・球磨と提督は、一様に驚愕した。

819 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:35:54.62 ID:ybY1IxA60



軍艦・球磨の水兵服と身体は、風に舞う桜花の様に静かに、透きとおる光の粒となって、その輪郭を崩していったからだ。


820 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:37:36.49 ID:ybY1IxA60


「ああ、そっか……」


納得した様な声を上げた軍艦・球磨は、「気にしなくていい」と言わんばかりの表情を艦娘・球磨と提督に投げかけ、言葉を紡いだ。


「元々、私は想いだけで形作っていた怨霊みたいなモノだ。私の想いが負けた以上、還る時が来たって事だろう」

「そんな……! それじゃあ君は……!」


だが、心配する提督とは裏腹に、消え行く軍艦・球磨の表情はとても落ち着いた様子だった。

821 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:38:58.22 ID:ybY1IxA60


「いいんだ、私の身体はとっくの昔にバラバラだ……これは自ら然るべき事だ……それに私が知っている提督は、もうこの世界には居ないだろうしな。今更、未練なんてあるものか」


そして軍艦・球磨は、もう一人の自分を見据えた。

822 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:40:55.77 ID:ybY1IxA60


「だが、お前が知っている提督は此処に居る。それだけ分かれば満足だ」


その表情は、やっと「答え」を見つける事が出来たという、安堵と歓喜の表情。


「そして艦娘の私を見て確信した。あの人達の想いは、形は違えどちゃんと生きている。それだけ分かれば私は満足だ」


もう他に何も必要無いという満ち足りた表情、己の心が満たされた表情であった。

823 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:44:02.25 ID:ybY1IxA60


「だけど……それじゃあ、あまりにも……」


しかし提督は、やっと自分自身の手によって助けられた命の焔が、自身の目の前で消え行くのを唯、見続けるのはとても耐えきれないものであった。

提督の脳裏には、在りし頃の自分、誰かを救おうとして必死に奔走した自分自身、そしてそれでもなお誰かを救えなかった自分自身の姿がありありと映っていた。


「そうだ、この哨戒艇にはまだ高速修復材が……!」


自分のエゴとは十二分に分かり切っていたが、それでも提督は、何かせずには居られなかった。

提督は、哨戒艇に積んであった物資を取りに、立ち上がって、踵を返した。

824 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:44:56.65 ID:ybY1IxA60



「提督」


しかし提督の行動は、艦娘・球磨が、提督の制服の裾をぎゅっと掴んだ事によって妨げられた。


825 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:45:49.68 ID:ybY1IxA60


「球磨……」


艦娘・球磨のその目は、とても切なげであった。

そしてその目には、懇願が含まれていた。

826 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:46:54.62 ID:ybY1IxA60



「もう一人の球磨は、もう何十年も一人で苦しみ、彷徨い、そして戦い続けたクマ」


そして艦娘・球磨は、嘆願の笑顔を浮かべ。


827 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:47:33.05 ID:ybY1IxA60



「だからそろそろ、休ませてあげて欲しいクマ」


――――精一杯の祈りを、提督へと捧げた。


828 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:48:44.78 ID:ybY1IxA60


「……」


その艦娘・球磨の表情を見た提督は、その懇願を否定できる訳も無く、軍艦・球磨の元へとしゃがみ込み、その表情を見据える。

涙を零しそうなほど潤んだ目で、消え行く焔の姿を抱いた。

829 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:49:32.20 ID:ybY1IxA60


「……本当に……僕たちに何か出来る事は無いのかい?」


そして提督は、悲しみを押し殺した声で、軍艦・球磨に尋ねた。

830 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:50:46.36 ID:ybY1IxA60


――こういう所も、本当そっくりだ。


その提督の表情を見た軍艦・球磨は、母親が諭す様な優しげな表情を提督へと投げかけ、そして口を開いた。

831 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:52:14.72 ID:ybY1IxA60


「なら、最後に頼みがある……」


そして軍艦・球磨は祈った。

832 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:53:55.76 ID:ybY1IxA60


「あの人達の想いは、時が経てば何時かこの海風に溶けて消えていくのだろうな……」


永遠など存在しない無常の世界で。


「それでも……あの人達が護ろうとしたこの世界を護り続けて欲しい……」


誰かの想いを抱き、担い、そして戦った少女。

833 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:54:58.73 ID:ybY1IxA60


「そして……一つの時代、この国や誰かを必死になって護ろうとした、あの人達の想いを否定しないで欲しい……」


自分自身が抱いた、その想い。


「この世界を護ろうとした、あの人達の想いを忘れないで欲しい……」


自分自身の存在理由。

834 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:56:08.03 ID:ybY1IxA60



「この私の想いを……否定しないで欲しい……」


その願いは唯、自分の存在を否定しないで欲しい、忘れないで欲しいという、少女の切実な祈りであった。


835 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:57:54.10 ID:ybY1IxA60


「……分かったよ」


その願いを聞いた提督は、潤んだ目を隠そうともせず、軍艦・球磨へと言葉を紡いだ。

しかしその目の奥底には、強く輝く光が潜んでいた。

836 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:00:11.85 ID:ybY1IxA60



「ありがとうね、『球磨』。こんなになるまでずっと誰かの為に戦ってくれて……約束するよ……僕で良ければ、喜んでその責任を背負わせて貰うよ」


そして月光とも例えられる様な、柔和ながらも信念を纏った目で、提督は軍艦・球磨に約束した。


837 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:01:21.17 ID:ybY1IxA60


「ありがとう。もう一人の提督」


その提督の言葉に、軍艦・球磨は嬉しげな笑みを浮かべた。

そして隣で話を静かに聞いていた、艦娘・球磨に視線を投げかけた。

838 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:02:15.87 ID:ybY1IxA60


「そして……これは約束と言うか、私の願いなのだが……」


軍艦・球磨と艦娘・球磨の視線が絡んだ。

839 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:03:41.17 ID:ybY1IxA60


「私は深海棲艦になってから、あまりにも多くの者達から奪い過ぎた……今更、赦して貰おうだなんて都合の良い事は言わない」


一人は蒼玉石の如く輝く瞳で。


「……だからこそ艦娘の私には……この先の人生、誰からも奪わずに、さっきみたいに誰かに何かを与えられる存在で居て欲しい」


一人は琥珀石の如く輝く瞳で。

840 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:05:15.59 ID:ybY1IxA60



「そして艦娘の私には……この先、幸せに生きて欲しい」


軍艦・球磨は、自分自身に対して、この先の幸福を願った。


841 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:06:05.21 ID:ybY1IxA60


「……分かったクマ」


艦娘・球磨は、大きく自分自身に対して頷き。

842 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:07:15.91 ID:ybY1IxA60



「お前が苦しんだ分だけ、『球磨』は幸せになれるよう、精一杯、頑張るクマ。精一杯、この世界を、駆け抜けてやるクマ」


そして自己受容の笑みを浮かべ、自分自身の願いを胸に秘めた。


843 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:09:34.30 ID:ybY1IxA60


「ありがとう。艦娘の私」


もう一人の自分の笑みを見た軍艦・球磨は、にっこりと太陽の様な笑みを浮かべた。

そうして頭に被っていた軍帽をひっそりと脱ぎ、両の手で胸元に優しく抱き寄せた。

844 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:10:48.68 ID:ybY1IxA60


軍帽を脱いだ軍艦・球磨の顔立ち。

今までは軍帽の影で分かり辛かったが、その軍艦・球磨の白く儚い端麗な顔立ちは、艦娘・球磨の生き写しであると言えた。

その軍艦・球磨の顔立ちは、とても鮮やかで穏やかなモノであった。

845 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:12:20.00 ID:ybY1IxA60



そして、すう、と息を洩らした軍艦・球磨は、風に乗ってその身全てが消えゆく、その時を待った。


846 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:13:15.81 ID:ybY1IxA60



 ……………………………… 


847 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:14:59.14 ID:ybY1IxA60




「この体勢では本当……海が見えんな……」



848 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:16:14.39 ID:ybY1IxA60



――軍艦・球磨は薄れゆく意識の中、吹き行く海風に心情を語った――。


849 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:19:24.45 ID:ybY1IxA60



だけど私の目には、瑠璃色と白の濃淡が広がる、もう一つの海が広がっている。

一面に広がる大空が私を包み込んでいる。


ゆっくりと形を変え、きらきらと空を揺蕩う雲の姿は、まるで灯籠流しだ。

蒼空を優しく漂う御霊達の様だ。

私もあの中に加わる時が来たと言う事だろうか。


850 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:19:58.47 ID:ybY1IxA60




「……でも、不思議と悪い気はしない」



851 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:21:31.28 ID:ybY1IxA60



だって、世界はこんなにも。

あの人達が護ろうとした世界は、こんなにも輝かしく綺麗だって分かったんだ。

あの人達の想いはしっかりと引き継がれている事が分かったんだ。


852 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:22:04.74 ID:ybY1IxA60




「ああ……空が綺麗だ……」



853 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:23:17.38 ID:ybY1IxA60



あの御空に、白く眩く照らす太陽と淡く蒼く浮かぶ月が見つめ合っている。

あのふいと横を向いている月なんか、お前そっくりだ。

あれは、私とお前か?


854 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:24:57.97 ID:ybY1IxA60



あの御空を切り裂く様に、一筋の白線を描いて進む飛行機が見える。

この世界の果てを目指して飛んで行くのだろう。

あの日、帝国の栄光と誉、そして数々の想いを胸に、日輪が照らす水平線の果てを目指してお前と一緒に進んで行ったな。

あれは、私とお前か?


855 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:25:26.32 ID:ybY1IxA60




「提督」



856 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:27:59.77 ID:ybY1IxA60



海風が私の濡れた頬と髪を撫で、波の音を運んできた。

ああ、先程よりも鮮やかに聞こえる。

その海風が運んできた波の音と共に囁く、あの人の声が聞こえる。


857 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:29:01.81 ID:ybY1IxA60




――あの日、球磨に語りかけてくれた、提督の温かな声色が聞こえる――。



858 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:30:53.13 ID:ybY1IxA60





「球磨、やっと答えを見つけたよ」




859 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:32:47.84 ID:ybY1IxA60




その言葉に答えるかの様に、辺り一面に大きくて優しい海風が吹き込み、軍艦・球磨はその風を感じながら、ゆっくりと目を閉じた。



860 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:34:36.63 ID:ybY1IxA60




――――そして軍艦・球磨の魂は、優しげに吹く海風に乗って、蒼空へと昇っていった。



861 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:35:30.07 ID:ybY1IxA60







862 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:38:09.50 ID:ybY1IxA60


 ………………………………


 ◆エピローグ:永遠平和の為に鐘は鳴る


 ………………………………

863 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:40:52.67 ID:ybY1IxA60


――――これがこの数週間、艦娘・球磨と僕が体験した不思議な出来事だった。


この出来事を誰かに伝えなければと言う焦燥に駆られた僕は、僕が最も信頼を置いている地方総監部(鎮守府)司令官に、この一連の出来事を話した。

そしたら彼は『興味深い』と呟き、そして『この話を公表しよう。歴史に名を残すぞ』と提案してくれた。

864 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:43:42.90 ID:ybY1IxA60


正直、僕は渋った。

僕は、軍艦・球磨と在りし日の提督の話、彼女たちの話を、艦娘・球磨と一緒に、そっと胸にしまっておきたかったんだ。

何故なら、彼女たちの想いが、世間と言う現実に曝され、そして穢されてしまう事が、僕にはとてもではないけど辛くて、苦しくて、恐ろしくて、怖くて、耐えられなかったからだ。

865 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:45:54.05 ID:ybY1IxA60


でも、僕はそれでも。

彼女が生きた、あの激動の時代の出来事を。

そして彼女が担った、あの時代を生きた人達の想いを、このまま忘れさせてはいけない。

僕は、彼女との約束を守る為、誰かにこの事を伝えなくちゃいけないと言う、脅迫概念にも近い感情に見舞われたんだ。


だから僕は球磨とよく話し合って、球磨と僕の名前は伏せる事を条件に、その提案を飲み、僕が最も信頼を置いている司令官の彼に、この出来事の公表を依頼した。

僕は別に、何かを本当に成し遂げたかっただけであって、歴史に名を残したかった訳ではなかった。

866 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:47:59.08 ID:ybY1IxA60


そして僕の話は彼を通して、瞬く間に国防海軍全体へと広がった。


話の主語を伏せていた為、内容は紆余曲折を経たものの、結果として、全ての話の行き着く先は決まっていた。

867 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:49:09.41 ID:ybY1IxA60



『深海棲艦は、過去の大戦で沈んだ軍艦艇の成れの果てであり、誰かを護ろうとしたその想いを否定された無念から生まれた存在である』


868 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:50:55.62 ID:ybY1IxA60


海軍の皆がこの話に触れ、皆様々な反応を示した。

その話を聞いたある者は憐情から涙を流し、ある者は実際に起こった事なのかを懐疑し、ある者は上手い創作だと気にも留めず、ある者は己が司令官としての行いを反省し、贖罪を心に誓った。


そして僕は、とある出来事が起った事により、生まれて初めて自分が本当に何かを成し遂げたんだと言う、実感を得たんだ。

869 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:53:34.56 ID:ybY1IxA60


それは、司令官の誰かが始めた事なのか、はたまた艦娘の誰かが始めた事なのか。

誰が最初に始めた事なのかは僕には分からなかったけど、艦娘たちが深海棲艦との戦闘後に行ったある儀礼が、非公式に慣例化していったんだ。

870 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:54:48.82 ID:ybY1IxA60



――――その艦娘たちの儀礼とは、深海棲艦との戦闘後に、沈めた深海棲艦に対して献花を供え、最高礼である21発の弔砲を3度鳴らし、弔辞を捧げて、弔意を表す、洋上慰霊儀礼だった。


871 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:55:18.93 ID:ybY1IxA60



その右手には砲塔(ターレット)を。

その左手には献花(カーネーション)を。


872 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:56:05.10 ID:ybY1IxA60



純白色のカーネーション。

その花言葉は、「尊敬」「純潔」。


873 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:56:42.91 ID:ybY1IxA60



「その想いは今も生きている」。


874 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:59:20.00 ID:ybY1IxA60


この1年、艦娘たちは誰に命令された訳でも無く、必ずと言っていい程、献花である白色のカーネーションを装備品に加え、深海棲艦と戦っていた。

司令官たちは、この非公式儀礼を黙認、と言うよりは推奨していた。

何故なら、司令官や国防海軍、ひいては国民の大多数が、艦娘たちの行いに希望の光を見出していたからだった。


また、弔辞は部隊によって様々だったけど、とある英国詩人が遺した説教の一節が最も多く用いられた。

875 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:00:59.18 ID:ybY1IxA60



『貴女たちの死は、私たちの死。何故なら、貴女たちと私たちは同じ存在なのだから。それ故、あえて私たちが言う必要はない。誰の為に弔いの鐘の音は鳴るのかと。その弔いの鐘の音は、貴女たちだけのモノではない。それを聞く私たち自身の為にも、その鐘の音は、鳴っているのだから』


876 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:01:42.90 ID:ybY1IxA60



――――そうして彼女たち、深海棲艦たちは、日に日に姿を現さなくなっていった。


877 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:06:52.49 ID:ybY1IxA60


 ……………………………… 


深海棲艦との戦闘が殆ど報告されなくなった影響、また戦闘行動を止めた一部の深海棲艦の娘を、国防海軍が「艦娘」と言う扱いで人道的に保護していった影響により、「深海棲艦と戦う任務」を次第に解かれていった艦娘たちは、其々が生きる道を模索し始めた。


ある艦娘は姉妹たちと一緒に海軍を去り、今では一般人として学校に通い、立派に生活しているそうだ。

また、ある艦娘はそのまま海軍に残り、退職後の事を考慮した一般教育や職業教育を受けながら、国家公務員という立場で、今でも誰かを護る為に、心血を注いで働いてくれている。

878 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:08:47.91 ID:ybY1IxA60


そして、現在の艦娘たちの任務は、「深海棲艦と戦う任務」から、その快速と機敏さ、そして艤装の恩恵から得た丈夫さを武器に、海で発生した船舶事故の対応および救難者の救助、また水害が発生した場合は、いち早く現場に駆けつけ、住民を避難させる、「救難・救助任務」が主となっていた。


中には艦娘たちを非難する人も居たけど、大多数の人たちが、嬉々として彼女たちの存在を受け入れていた。

879 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:10:20.28 ID:ybY1IxA60


人生は戦いの連続だとも言える。

この先、彼女たちには人生という様々な戦い、困難が待ち受けているだろう。


――――だけどもう、彼女たちが武器を持って戦う事は無いだろう。

880 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:12:13.24 ID:ybY1IxA60


 ……………………………… 


また、少しずつではあるけど、深海棲艦について肯定的に捉え、歴史を学ぼうとする理知的な人達も出て来た。


喪った多くの人命は決して戻らない。

彼女たちが行った事は、道徳的に考えれば、決して許される事ではないだろう。

881 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:13:52.54 ID:ybY1IxA60


だけど、それでもなお、あの時代を生きた人達が必死になって何かを護ろうとした、その想い。

あの時代を生きた人達の想いを次の世代へと伝えようとした彼女たちの想い。

その両者の想いを、後世に残す事は出来ないだろうか。


その両者の想いを、永き平和状態の維持に役立てる事は出来ないだろうか。

882 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:16:07.16 ID:ybY1IxA60


歴史的に考えれば、戦争状態の方が自然な状態だ。

むしろ平和状態の方が異常なんだ。


人間の本質は性善ではない、性悪だ。


そう言える程、人類は戦争を繰り返してきた。

ちょっと歴史を勉強すれば、永遠平和を望むなど、思想家の非現実的な夢想でしかない。


それが夢のまた夢の話であるという事を、僕は知らなかった訳ではなかったんだ。

それに自分で考えもしないで他者に流される儘、短絡的に、そして闇雲に平和を叫ぶという事だけは、僕には出来なかったし、それだけはしたくなかった。

恐らくは、歴史を学んだ人達も、同じ想いを抱いていると思う。

883 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:17:19.30 ID:ybY1IxA60


でも、それでも。


歴史を学んだ人達は、一人一人が自分で考え、信じ、願い、そして祈ったと思う。

僕と同じく、自分で考え、信じ、願い、そして祈ったと思う。

884 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:18:20.55 ID:ybY1IxA60



――――願わくは、あの時代を生きた人達や彼女たちの、誰かを護ろうとした想いが、永き平和への礎と成さん事を。

――――願わくは、古の軍艦艇の魂を抱いた彼女たちが、平和に過ごせる事を。


885 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:22:38.47 ID:ybY1IxA60


 ……………………………… 


――――0800、国防海軍警備施設、埠頭。


『こんな所に居たクマか。執務室に居ないから、探したクマ』


日出でる早春の海、絶えず昇り続ける太陽によって、空と海は瑠璃色に輝いていた。

風光る海原、その隅っこにある軍港の桟橋にぽつりと座り、古びた士官軍帽を膝の上に乗せた男が一人。

其処には、まるでそれが仕事であるかの様に、静かな波を立てている海を呆然と眺め、黄昏ている男の姿があった。

886 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:25:00.39 ID:ybY1IxA60


「まったく……こんな所で油を売ってるなんて、提督さまは本当、良いご身分だクマ。仕事の方はどうしたクマ?」


桟橋に座っているその男、提督へと、鳶色の長い髪を揺らし、春に浮かれる様に、ふわりと近付いてくる少女が一人。

そして提督に歩み寄った少女は、己が端麗な顔立ちを提督へと投げかけた。

887 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:26:29.49 ID:ybY1IxA60


「球磨……」


提督はその声の主、艦娘・球磨へと、静かな声で答えた。

何か押込める様に目頭を押さえ、そうして笑顔を浮かべた提督は、球磨を見据えて弁明した。

888 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:27:56.56 ID:ybY1IxA60


「いや、何て言うかさ……ちょっと考え事がしたくなってね……一応、緊急連絡が受信出来る様に軍用携帯端末(PDA)は持ってきたけど……ごめんよ、直ぐに執務室に……!」

「てーとく」


その呼び掛けと共に、手を後ろに組んだ球磨は、立ち上がろうとしている提督へと身体を傾けて。

889 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:30:28.31 ID:ybY1IxA60



「お疲れだクマー。たまにはゆっくり休むといいクマー」


――――お日さまの様な温かな笑みを、提督に投げかけた。


890 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:33:08.47 ID:ybY1IxA60


「……そうだね、たまにはそうさせて貰うよ。ありがとうね、球磨」


その笑顔を見た提督は、自然と零れ落ちたお月さまの様な静かな笑みを浮かべ、球磨に返した。


「クマ♪」


そして球磨は、提督の隣にちょこんと座ると、脚を海の方へぶらぶらと投げ出した。

暫くの間、球磨と提督は、眼前に広がる水平線を、穏やかに眺めていた。

891 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:36:47.58 ID:ybY1IxA60


白銀の太陽、正対して蒼白く群青に浮かぶ月。

水平線の果てまで続く、暗雲一つない蒼空。

キラキラと白く光る、凍て溶けた浪間。

温かな息吹を運ぶ、柔らかな海風。

辺り一面を彩る、渡り鳥の旋律。


この世界の理想を映した様な、穏やかな海。


――――季節はもうじき、春。

892 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:41:19.20 ID:ybY1IxA60


「あれ? そう言えば、球磨の妹たちはどうしたんだい?」


ふと、球磨と普段一緒に居る筈の四人が居ない事に気付いた提督は、球磨に顔を向けず、問いを投げかけた。


「今日は非番で皆出かけているクマ」


同じく海原を閑やかに眺めていた球磨は、視線を交えずに、提督へと言葉を返した。

893 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:43:42.70 ID:ybY1IxA60


「ああ、そう言えばそうだったね。それにしても、球磨一人とは珍しいね。ここ1年近くは皆一緒だったってのに。特に木曾なんか、信じられないくらい球磨にベッタリだったじゃないか」

「もう1年以上前の出来事とは言え、あんな事があったから皆色々と思う所があったクマ。本当、可愛い妹たちだクマー」

「それなら尚更、球磨は一緒に行かなくてよかったのかい? 今は別に僕や基地の皆だけでも対処できるのに」


その問いかけに球磨は、柔らかな呼吸の後、母親の様な優しげな頬笑みを浮かべて、答えた。

894 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:45:23.22 ID:ybY1IxA60


「たまには一人になりたい時もあるクマ」


球磨にちらりと視線を投げかけた提督の目に映ったのは、淡い桜色で頬を染めている球磨の横顔だった。

895 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:46:08.36 ID:ybY1IxA60


「……そっか」


提督は静かに笑い、再び海へと視線を戻した。

896 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:46:40.18 ID:ybY1IxA60



暫くの間、二人の間には心地良い沈黙が降りていた。


897 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:48:25.11 ID:ybY1IxA60


「……球磨」


そして別段、言葉を探していた訳でも無かった提督であったが、海原を見つめていた顔を球磨へと投げかけ、ぽつりと球磨に呼びかけた。

898 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:49:16.14 ID:ybY1IxA60


「なんだクマ?」


その視線に気付いた球磨は、上目遣いで提督を見据えた。

二人の目線が絡み合い、提督は言葉を紡いだ。

899 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:50:18.18 ID:ybY1IxA60


「球磨はこの先、どうするか決めているのかい?」

「まだ、決めていないクマー」


その提督の問いかけに腕組みをしながら答えた球磨は、この先の展望を語った。

900 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:52:46.96 ID:ybY1IxA60


「少なくとも、妹たちの教育課程が終わるまでは、此処に居るクマ。このまま海軍に居続けるか辞めるか、大学か民間企業か……まあ、道は沢山あるし、それに当分先の話だクマ。妹たちの進むべき道については、其々の判断に委ねているクマ」

「なら当分は、此処に居るって事かな。まぁ、球磨だったらどんな道を選んでも、卒なくこなせそうだしね」

「そうクマ。球磨は意外に優秀な球磨ちゃんって、よく言われるクマ」


腰に手を当て、ふふん、と愛らしげに鼻を鳴らした球磨であった。

901 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:54:11.50 ID:ybY1IxA60


「それに……アイツとの約束もあるクマ」


そして提督の膝に置かれた、古びた士官軍帽を一瞥して、言葉を紡いだ。


「……そうだね」


海風は、二人の頬と髪を撫でる様に優しく吹き抜けていた。

902 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:55:09.60 ID:ybY1IxA60


「……なぁ、球磨」

「どうしたクマ?」

「結局、彼女は最後に答えを見つける事が出来たけどさ……」


不意に何時ぞやの夜の胸騒ぎを思い出した提督は、心配げな顔を浮かべ、球磨へと問いかけた。

903 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:55:51.87 ID:ybY1IxA60



「球磨の方はどうなんだい? 球磨も彼女と同じ様に、世界に対して絶望を……」

「提督」


904 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:56:50.97 ID:ybY1IxA60



憂虞の念を浮かべた提督に対して球磨は、「もう心配しなくていい」と言わんばかりの表情を投げかけ、言葉を紡いだ。


905 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:58:48.48 ID:ybY1IxA60



「それは可能性の一つだクマ。希望を託し沈んでいった球磨……絶望を叫び沈んでいった球磨……どっちも同じ、球磨ちゃんだクマ」


そして日光の様な力強い笑みを浮かべた艦娘・球磨は。


906 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 04:00:06.54 ID:ybY1IxA60




「今の球磨は、古の軍艦の魂、その希望と絶望の想いを引き継ぎ、そして、その想いを胸に抱いて現在を生きる、艦娘・球磨だ」


――――提督に対し、高らかに己が存在を誇った。



907 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 04:02:23.94 ID:ybY1IxA60



提督を静かに見据えた球磨の瞳。

その瞳は、太陽が乱反射する海鏡の光を抱き、きらきらと琥珀色に輝いていた。

その瞳は、海原と群青の空を抱き、きらきらと蒼玉色に輝いていた。


908 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 04:03:23.68 ID:ybY1IxA60



「……そっか」


――月光の様な笑みを浮かべた提督は、心の中で思った――。


909 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 04:04:58.51 ID:ybY1IxA60


この娘は強い。

この娘は、僕が口を出さなくても、そうした数々の想いを胸に抱いて、この先もっと、僕が思っている以上に、もっとずっと遠くへと進んでいくだろう。

910 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 04:05:48.21 ID:ybY1IxA60


その内、この娘だけの幸福を見つけるだろう。

その内、この娘だけの愛を見つけるだろう。

その内、この娘だけの生きる意味を見つけるだろう。

911 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 04:07:02.95 ID:ybY1IxA60


僕が立ち止り、人生を振り返る頃には、もうこの娘は此処には居ないのだろう。


去る者は追わず。

僕なんかが、この娘の人生に口を挟んじゃいけない。

僕なんかが、この娘の人生を邪魔しちゃいけない。

912 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 04:07:36.02 ID:ybY1IxA60


でも、それでも。

今この瞬間、この僕の想いだけは、君に伝えておきたい。

913 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 04:08:30.39 ID:ybY1IxA60


例え、僕の想いが泡沫の夢だとしても。

恐らく、在りし日の提督の想いと同じ様に。


例え、血は繋がっていなくても。

恐らく、在りし日の提督の想いと同じ様に。

914 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 04:09:23.71 ID:ybY1IxA60



君が僕の下を去るその時まで、これからも君と一緒に誰かを護り、そして誰かを救っていきたい、と。


915 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 04:09:59.18 ID:ybY1IxA60



――そして僕は、そんな君の提督、父親の様な存在、理解者でありたい、と――。


916 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 04:11:32.23 ID:ybY1IxA60


突然、提督のポケットに入っていた軍用携帯端末(PDA)から、無機質な機械音が響く。


『近海20海里(マイル)地点の船舶より救難信号を捕捉』


作戦司令室から、緊急任務の連絡が入る。

917 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 04:15:15.41 ID:ybY1IxA60


「さぁ、球磨! 休憩はお仕舞だ。今し方、救難信号を捕捉した。サポートは僕に任せてくれ!」


それを見た提督は、先程まで燻っていた火が灯った様に目を煌々と光らせ、球磨へと命令を伝達した。


「了解クマ! 球磨、出撃するクマー!」


そしてその提督の言葉を合図に、艤装を展開した球磨は、人々が紡ぎ出した光り輝く海世界へと踏み出していった。

918 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 04:16:28.40 ID:ybY1IxA60



日輪は栄え、西の方に太陽は落とされ、暗闇が世界を染める。

月輪は栄え、東の方に月は落とされ、光明が世界を染める。


――――そうして、暁の水平線に、数多の想いが刻まれる。


919 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 04:17:10.97 ID:ybY1IxA60



艦娘である一人の少女は、日出でた海原を滑走し、提督である一人の男は、その少女へと己の想いを託す。


920 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 04:19:35.18 ID:ybY1IxA60


「さて、今日も人助け頑張るクマ!」


過去の歴史、人々が必死に生きた時代、その希望と絶望の軌跡はなぞられ、やがて現在を生きる人々の想いへと募る事により、両者の想いはより一層、輝きを増していくだろう。

太陽に寄り添った月の輝き、月に寄り添った太陽の輝き。

艦娘・球磨と提督が抱いた、その強く輝く想いは今日も、水平線を駆け抜けて行くのであった。



Fin.


921 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 04:21:20.14 ID:ybY1IxA60


◇あとがき

拙文ですが、最後までお読み頂き、誠にありがとうございました。

本作品のメインテーマは「戦う者の想い」そして「想いを乗せて戦う」です。
また、バックテーマは「過去と現在を紡ぐ」「自己受容」です。

「軍艦・球磨」の軌跡を描く際の狂言回しとなった在りし日の提督のモデルにつきましては、
実際に艦長を務められた方をモデルとさせて頂きました。

その方のお名前は此処ではご紹介致しませんが、後方任務を頑張った球磨ちゃんと後詰で頑張った提督さん。
そのせいか話が膨らみ、随分と長いSSになってしまいました。

本当は球磨ちゃんの進水日である7/14に合わせて投稿したかったのですが、
とても間に合いそうにはありませんでしたので、終戦記念日直後からの投稿とさせて頂きました。

私は本作で球磨ちゃんの歴史を探ってみましたが、
皆さまも、皆さま自身が好きな艦娘の歴史をもう一度探られてみては如何でしょうか。
其処には思わぬ史実が隠されているかもしれません。

922 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 04:24:51.35 ID:ybY1IxA60


◇追記

本作品では、「大東亜戦争」あるいは「太平洋戦争」という、非常にセンシティブな歴史の一幕が題材の為、
私自身も気合を入れて、史実や証言を調べつつ、慎重に作品を描いたつもりです。

ですが私の知識が拙いせいか、それが十分描き切れたかと言いますと、
まだまだ不十分であったかと思われます。

また、この作品はあくまでも「史実モノ」に近い形を取っている作品でございます。
その為、受け取り方によっては何かしらの政治的意図があって描かれているのではないかと、
お考えの方も中にはいらっしゃるかと思われます。

しかし筆者である私の意見と致しましては、そうした政治的意図が一切無く、
そんな公の事よりも個人の想いや心情を描く事が何よりも大事であると考えおり、
この作品も極めて個人的な考えの上で描いている事を、この場をお借りして断言させて頂きます。

一先ずはどこかしらのタイミングで、過去作と今作を手直ししたものを合わせて、
小説投稿サイトに掲載するかもしれません。

最後にこの作品を作る際に参考した文献を何冊か下記に掲載致しまして、この話をお仕舞とさせて頂きます。
ご興味がある方は、是非とも図書館などで本をお手に取ってご覧頂ければ幸いです。

長々と文章を並べてしまい、大変恐縮ではございますが、
今後また、ご機会がございましたら、その時は何卒よろしくお願い致します。

【参考文献】
○木俣滋郎『日本軽巡戦史』(図書出版社、1989)
○原 為一ほか『軽巡二十五隻』(潮書光人社、2015)
○『戦艦大和&武蔵と日本海軍305隻の最期』(綜合図書、2015)
○『特攻 最後の証言』(文春文庫、2013)
○『図解 太平洋戦争』(河出書房新社、2005)
○加藤 陽子『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(新潮文庫、2016)
○E.H.カー『歴史とは何か』(清水 幾太郎訳、岩波新書、1962)
○夏目漱石「私の個人主義」(青空文庫、2017年5月閲覧)

923 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 04:25:58.48 ID:ybY1IxA60


■修正1■

致命的なミスや表記揺れなど細かなミスが多い結果となり、
大変申し訳ございません。

他にもあるかもしれませんが、私自身が気付いた本作の修正点を、
下記に書き留めておきます。


>>50

本日の軍務である近海海路の海上警備任務の為、



本日の軍務である近海航路の海上警備任務の為、


>>160

姫と対面する木曽の傍を掠め、姫へと撃来する。



姫と対面する木曾の傍を掠め、姫へと撃来する。


>>259

やっぱり球磨は、意外と優秀クマー!



やっぱり球磨は、意外に優秀クマー!


>>260

フィリピン侵攻作戦が一段落した安堵からか、



比島(フィリピン)攻略作戦が一段落した安堵からか、


今思い返してみても腹が立つクマー! クマ―!



今思い返してみても腹が立つクマー! クマー!


>>280

シンガポールのセクター軍港から『駆逐艦・浦波』と出港、



マレーシアのペナンから『駆逐艦・浦波』と出港、


>>293

流石に抱き着かれた程度では、



流石に抱き付かれた程度では、


>>315

熱が籠った目を私たちに投げかけてくるのよね、



熱の籠った目を私たちに投げかけてくるのよね、

924 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 04:26:44.01 ID:ybY1IxA60


■修正2■


>>322

独りぼっちで、



ひとりぼっちで、


>>334

多摩の指示を受けながら移動し、姫の砲弾を躱しながら、



多摩の指示を受けながら移動し、姫の砲弾を躱し、


>>358

木曾は姫の二の腕へと左手を引掛け、



木曾は姫の二の腕へと右手を引掛け、


>>395

自分の頬から離れた軍艦・球磨の手を握ろうと、木曾は手を伸ばす。



自分の頬から離れた軍艦・球磨の手を握ろうと、手を伸ばす。


>>423

比島(フィリピン)侵攻作戦の時に米魚雷艇と戦って、



比島(フィリピン)攻略作戦の時に米魚雷艇と戦って、


やっぱり球磨は、意外と優秀だ。



やっぱり球磨は、意外に優秀だ。


>>462

セクター海軍基地を後にした。



セレター海軍基地を後にした。


>>463

軍需省の管理部長の任に着いていた。



軍需省の管理部長の任に就いていた。

925 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 04:27:23.36 ID:ybY1IxA60


■修正3■


>>507

陸軍中将は、



陸軍将校は、


>>630

そう言った球磨の鳶色に光る目に、迷いは無かった。



そう言った球磨の光る鳶色の目に、迷いは無かった。


>>637

柔らかな頬笑みと鳶色に光る目を提督へと投げかけ



柔らかな頬笑みと光る鳶色の目を提督へと投げかけ


>>639

提督って実は球磨と同じく、意外と優秀クマかー?



提督って実は球磨と同じく、意外に優秀クマかー?


>>657

球磨へと言葉を紡いた。



球磨へと言葉を紡いだ。


>>683

だが、当たらない砲弾や魚雷など、

だが、当たらない魚雷など、

926 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/28(月) 05:45:04.18 ID:SiWJklNi0
乙!
いい話だった!
927 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/28(月) 11:40:51.82 ID:pju5Swnq0


よかったよ
928 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/28(月) 16:09:54.50 ID:op9VfAs+o


こうなるとわかっていても、球磨の最後に泣いた
929 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/28(月) 16:40:56.57 ID:IczJ2Q8oO
おつかれ、おつかれ
930 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/08/29(火) 00:52:52.68 ID:VDGFPfof0
とても素晴らしいお話でした
931 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/29(火) 01:51:19.33 ID:FToZbmQcO

過去作も調べて読んでみたくなった
新作もぜひ読みたい
932 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/31(木) 22:43:29.33 ID:rTW0IUC1o
「軍艦と人間、その境界で生きる」の人だったか
これは次作も期待ばい!
933 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/09/10(日) 13:47:05.26 ID:bMNuW1CC0
投稿乙です
後半涙なしでは読めませんでした
本当に素晴らしかったです ありがとうございます
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