球磨「面倒みた相手には、いつまでも責任があるクマ」

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59 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/20(日) 21:44:51.32 ID:wQv5FyAe0


「軽巡洋艦・球磨より作戦司令室。了解した、直ぐに移動する。通信終わり」


球磨は無線を切ると、ふう、と溜息を吐いた。

そして一呼吸の後、凛とした表情で妹たちを見据え、司令を下した。


「これより本部隊は、友軍の救援に向かうクマ。戦う準備は出来ているクマか?」

60 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/20(日) 21:47:08.14 ID:wQv5FyAe0



※ここまでお読み頂き、誠にありがとうございました。本日分の投稿は以上となります


なお本作品は、既に書き溜めを終えております。
筆者の時間が許す限り、完結までちまちまと投稿させて頂きたく存じます。

少々長い作品となってはおりますが、最後までお付き合い頂ければ幸いです。
何卒よろしくお願い致します。


61 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/20(日) 21:58:44.16 ID:stfvIzYYo
(誰かレスしてやれよ…)
62 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/20(日) 22:41:45.77 ID:BH5U1HH/0

期待
63 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/21(月) 01:14:35.93 ID:9+q/5lXA0
おつおつ
64 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/21(月) 11:13:08.19 ID:ffIXmK1Ro
タイトルと最初の流れだけでなんというか、(いい意味で)今後が想像出来たので

泣く準備は整った。
65 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/21(月) 12:15:58.97 ID:nb/Vml/Ao
こういう語り口、大好物。



期待してるので、キリキリ投下しやがれください。
66 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:17:32.89 ID:XBnaHpLy0

こんばんは。

コメントをお寄せ頂きありがとうございます!
一人、コツコツと投稿する身としては、非常に励みになり、嬉しい限りです!

早速ですが、本日分の投稿を開始致します。
67 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:19:37.42 ID:XBnaHpLy0


 ……………………………… 


――――1240、日本国近海航路、海上警備ルート、地点Cから南西20シーマイル。


『嫌っ……! こないで……!』


球磨たち後援救助部隊の向かった先に見えたのは、深海棲艦の攻撃に曝される、4名の駆逐艦娘で構成された小隊の姿だった。

複数の深海棲艦からの攻撃に対し、一人の駆逐艦娘が味方を護りながら、息も絶え絶えに戦っている様子が窺える。

他の3名の仲間は既に大破しており、碌に動けない状況であった。

68 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:22:09.46 ID:XBnaHpLy0


「こちら軽巡洋艦・球磨より作戦司令室。目標並びに敵影を捕捉、攻撃を開始する」


球磨はすぐさま無線で、提督に指示を仰いだ。


『軽巡洋艦・球磨、こちら作戦司令室。並びに部隊各員へ。攻撃を許可する』


戦闘許可の命令と同時、球磨は縦一列の単縦陣で背後から追従する妹たちに、精悍な声で言葉を投げかけた。


「北上、大井。挨拶代わりだクマ、派手にぶちかましてやれクマ」

69 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:24:16.11 ID:XBnaHpLy0


その球磨の言葉を合図、艦娘・北上と艦娘・大井は、脚に装着した艤装の出力を「最大戦速」に切り替え、先陣を切って、戦闘海域へと突入する。


「おー、敵がわんさか居るねー。大体30ぐらいかなー? 大井っちはどう思う?」

「おしいわ、北上さん。正確には32だわ」


敵を見据えた北上と大井の二人は、同時に魚雷発射管の安全装置を外し、同時に角度を調整した。

70 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:27:57.07 ID:XBnaHpLy0


「20射線の酸素魚雷、いきますよー」

「九三式酸素魚雷やっちゃってよ!」


そして開幕魚雷による、二人同時の速攻攻撃。

艤装改造を経て、軽巡洋艦から重雷装巡洋艦へと艦種を昇華させた二人が最も得意とする攻撃である。


圧搾空気と共に吐き出された40発の酸素魚雷の魚群が、寸分狂いなく複線軌道を描き、救援目標の駆逐艦娘小隊の脇をすり抜け、調定深度を維持し、潜行する。

敵艦隊の足元へと到達した魚雷は儘、起爆した。


敵も突然の援軍、しかも大量の酸素魚雷の波に飲み込まれた事により、32居た敵艦隊の数を、一気に半数近くまで減らした。

71 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:30:04.40 ID:XBnaHpLy0


「砲雷撃戦! 各員散開クマっ!」


魚雷到達を確認した球磨は、凛と声を張り上げ、更なる司令を妹たちに下す。


「砲雷撃戦、用意にゃ!」

「本当の戦闘ってヤツを、教えてやるよ!」


その言葉を合図、艦娘・多摩と艦娘・木曾は、救援目標の駆逐艦娘小隊の脇をすり抜け、其々二手に分かれ、そして敵へと突貫していった。


この二人の戦い方は、対極に位置した。

72 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:32:34.95 ID:XBnaHpLy0


「そこにゃ!」


艦娘・多摩は、煙幕弾を周囲にばら撒いて敵と自分の姿を隠し、己の聴覚と感覚を頼りにした間接砲撃戦法で次々と敵艦を沈めていく。

また掴み所がない自身の動きで、相手のリズムを乱しながら敵を倒す、搦め手攻撃を得意とした。

自由奔放な戦闘スタイル。


「弱すぎる!!」


艦娘・木曾は、軍刀による突撃、主砲による砲撃と雷撃をメインに、基本に忠実、かつ鋭敏な動きで次々と敵艦を沈めていく。

オールラウンダー、基本に忠実という事は、それだけ自身のリズムが崩れる事が無い。

それはどんな状況、どんな敵でも対応できるという、戦闘においてかなり大きな強みである。

英姿颯爽な戦闘スタイル。

73 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:34:30.69 ID:XBnaHpLy0


「大井っちー、そっちに行ったよー!」

「了解よ、北上さん! 挟撃するわ!」


次いで前線に出た、艦娘・北上と艦娘・大井は、息の合ったコンビネーションで分散した敵を挟撃し、各個撃破していく。

以心伝心の戦闘スタイル。


四人は、其々の個性を最大限に生かし、其々が取りこぼした敵を他の姉妹たちがフォローしていく形で、次々と倒していく。

敵からすれば、次は誰から、どんな攻撃が飛んでくるのか、全く未知数な状況であった。

だからこそ、この球磨型四人の突貫部隊に敵う者は、此処には誰も居なかったのである。

74 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:37:22.77 ID:XBnaHpLy0


球磨は、妹たちが戦っている隙に、目標の駆逐艦娘小隊まで近付くと、妹たちが戦っているのを呆然と眺めている駆逐艦娘に声を掛けた。


「大丈夫クマか?」

「私たち……助かったの……?」


その球磨の言葉に、先程まで一人で戦っていた駆逐艦娘は、安堵により体の芯から力が抜け、倒れそうになる。

その駆逐艦娘の身体を、球磨は優しく抱きとめると、柔らかな声を掛けた。

75 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:38:53.94 ID:XBnaHpLy0


「よく頑張ったクマ」


他の駆逐艦娘たちも「自分達がもう少しで死ぬところだった」と言う恐怖、そして「助かったのだ」と言う安心から、ぽろぽろと涙を零し、球磨たちに対し、口々に感謝の言葉を並べていた。

76 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:41:33.89 ID:XBnaHpLy0


 ……………………………… 


「球磨ちゃん、こっちは片付いたにゃ」

「球磨姉、こっちも終わったぜ。まぁ、当然の結果だ」


敵艦隊の掃討が終わった妹たちは、球磨と駆逐艦娘小隊に合流し、そして球磨に声を掛けた。

77 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:43:07.86 ID:XBnaHpLy0


「お疲れクマー。多摩、北上、大井はそこの動けない3人を頼むクマ」

「了解だよー、球磨姉ちゃん」

「分かったわ、球磨姉さん」


大破して碌に動けず、意識が朦朧としていた駆逐艦娘3人を多摩、北上、大井が其々手を貸す事になる。

それを確認した球磨は、無線をオンラインにし、目標の確保を報告した。

78 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:44:37.10 ID:XBnaHpLy0


「こちら軽巡洋艦・球磨より作戦司令室。目標を確保、大破4名、内要救護者3名、轟沈なし。これより戦闘海域を離脱する」

『軽巡洋艦・球磨。こちら作戦司令室。了解した、離脱後、地点A(ポイントアルファ)へと向かえ。その娘たちが所属している鎮守府の別部隊が護衛として地点Aに向かっている。合流して、身柄を引き渡した後、そのまま帰投しろ』

「了解。通信終わり」


球磨は戦いの終りを告げる様に、一つ溜息を吐き、妹たちに撤退の号令を出そうとする。


そして口を開き、言葉を声に出そうとしたその瞬間。

79 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:45:55.80 ID:XBnaHpLy0


「……! まずいわ、球磨姉さんっ! 敵の増援よっ!」


――――大井の言葉によって、球磨の言葉は遮られた。


大井の電探(レーダー)に感あり。

そう、戦いはまだ終わっていなかった。

80 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:47:06.24 ID:XBnaHpLy0


大井は電探に煌々と光る無数の反応を、唯々忌まわしげに見据えていた。

その大井が告げた悪報に、北上、多摩、木曾が「好ましくない」と、一様に表情を浮かべ、口を開く。


「本当まずいねぇ、このまま戦おうにもチビ達庇いながら戦える自信はないよ」

「逃げようにも負傷者担ぎながらだと足も遅くなるにゃ。どう頑張っても逃げ切れないにゃ」

「……どうすんだよ、球磨姉?」

81 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:49:00.17 ID:XBnaHpLy0


いくら練度が高い部隊でも、護衛対象ありでの戦闘。

しかも対象は全員大破している。

風前の灯火である護衛対象を護りながら戦う。

当然、困難を極めるであろう事は、全員が容易に想像出来た。


例え、交戦自体は可能でも、護衛目標の喪失はまず免れない。


駆逐艦娘たちの脳裏には死神が横切り、自分達の死の幻影が鮮明に映る。

そして駆逐艦娘たちは、真っ青な表情を浮かべ「死にたくない」と呟き、唯々身体を震わせていた。

82 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:50:17.55 ID:XBnaHpLy0


しかしこの状況で、たった一人。

たった一人、艦娘・球磨だけが、涼しげな表情を浮かべていた。


「……これより本部隊は戦闘海域外まで離脱するクマ。多摩、北上、大井はそのまま要救護者3名の搬送を任せたクマ。木曾は部隊の後退の掩護を頼むクマ。離脱後、援軍到着まで地点Aにて待機だクマ」


球磨は、寸秒の熟考の後、楚々とした声で部隊に命令を下した。

83 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:51:52.73 ID:XBnaHpLy0


「ちょっと待って下さい……それじゃあ、敵艦隊はどうするのですか?」


かろうじて動ける状態にある駆逐艦娘の1人が、その震える唇を無理やり開き、球磨に問いかけた。

駆逐艦娘のその問いに球磨は、子を諭す様な優しげな笑みを浮かべ、返答した。

84 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:52:54.82 ID:XBnaHpLy0


「なぁに、簡単な話だクマ」


そして球磨は、信念を纏った様に熱く、凛と気高い、まるで琥珀石の如く輝く己が眼差しを、その駆逐艦娘へと投げかけて、言葉を繋いだ。

85 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:54:05.23 ID:XBnaHpLy0



「敵艦隊は球磨が引き付けるクマ」


86 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:56:45.21 ID:XBnaHpLy0


 ……………………………… 


――――1315、日本国近海航路、海上警備ルート、地点Aから北東4シーマイル。


「ごめんなさい……」


後援救助部隊および目標・駆逐艦娘小隊、戦闘海域より離脱、合流地点へと移動中。

多摩、北上、大井、木曾の後ろを追随する駆逐艦娘は、俯き、すすり泣きながら、さっきからずっと謝罪の言葉を並べていた。


「本当にごめんなさい……」


その駆逐艦娘の様子に堪え兼ねた木曾は、その場に立ち止ってから振り返る。

87 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:57:56.98 ID:XBnaHpLy0


「なぁ……さっきから何だってんだよ、辛気臭い。別にお前が謝る様な事は何もないぜ」


そして呆れた口調で、駆逐艦娘へと言葉を投げかけた。


「だって……私たちのせいで、貴女たちのお姉さんは……」

88 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:59:33.90 ID:XBnaHpLy0


――そう、この駆逐艦娘は思った――。


恐らくこの人たちのお姉さんは、私たちを逃がす時間稼ぎの為に、あえてその場に残ったのだ。

自分の身を挺して、私たちを逃がそうとしてくれたのだ。


撤退するあの瞬間、遠くから迫り来る敵艦隊の影が見えた。

駆逐艦や巡洋艦、空母だけではない。

戦艦もたくさん居たのが見えた。

89 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:00:30.32 ID:XBnaHpLy0


あれだけの数を相手だ。

艦種が「戦艦」とかなら、まだ一人で対処は出来ただろう。

でも言いたくはないが、この人たちのお姉さんの艦種は、「軽巡洋艦」であった。


――考えたくはないが、いくら頑張っても、なぶり殺しにされる――。

90 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:01:32.05 ID:XBnaHpLy0


先程、球磨に投げかけられた母が浮かべる様な柔らかな笑顔を思い出した駆逐艦娘は、心が締め付けられる感覚を急に覚えた。


「ごめんなさい……貴女たちのお姉さんではなく……私があの場所に残っていれば……!!」


その感覚に耐えきれなかった駆逐艦娘は、ぽろぽろと涙を零し、そして大きな声を上げて泣き、目の前に居る木曾に向かって叫んだ。


だがその先の言葉は、泣きじゃくる駆逐艦娘の目の前へと近付いた木曾が。

91 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:02:29.09 ID:XBnaHpLy0


「ありがとな。球磨姉の事を心配してくれて」


――――駆逐艦娘の頭に自身の手を乗せた事によって遮られた。

92 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:03:58.02 ID:XBnaHpLy0


そして、ぐしゃぐしゃと駆逐艦娘の髪を撫でながら、先程、球磨が浮かべた様な柔らかな笑顔を向けて、木曾は更に言葉を紡いだ。


「一つ良い事を教えといてやる。球磨姉の事は、別に心配しなくてもいいぜ」


その言葉の意味があまり理解できなかった駆逐艦娘は、しゃくり上げながら、木曾に真意を訪ねた。


「でも……あんなに……いっぱい敵が……」

93 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:05:11.97 ID:XBnaHpLy0


その駆逐艦娘の問いに、多摩、北上、大井が傍に近付き、木曾と同じ様な表情を浮かべ、其々が言葉を並べた。


「あの程度、球磨ちゃんなら、どうってことないにゃ」

「だって球磨姉ちゃんは、スーパー北上さまよりスーパーだからねー」

「そうね、球磨姉さんなら心配ないわ」


そうして木曾は、駆逐艦娘に向かって、己が姉を誇る様に、高らかに宣言した。

94 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:05:58.50 ID:XBnaHpLy0



「そうさ。なにせ俺たちの球磨姉は最強だからな」


95 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:07:48.63 ID:XBnaHpLy0


 ……………………………… 


駆逐艦、巡洋艦、空母、そして戦艦。

其々10数えた所で、球磨は数えるのを止めた。

敵艦隊からすれば、球磨の事はたかが軽巡洋艦の艦娘一人。

味方に置き去りにされた生贄の山羊としか見ておらず、進撃速度を緩めずに球磨へと近付いてくる。

96 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:08:34.51 ID:XBnaHpLy0


「久々に腕が鳴るクマ」


海風が舞い、波がヒソヒソと囁いている。

球磨は、その透きとおる海風と波に、そっと抱き締められていた。

97 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:09:22.06 ID:XBnaHpLy0


すう、と球磨は優しく息を吸い込む。


心身が海世界に溶け、同調し、満たされる感覚を感じながら、これから始まる戦いを前に、球磨は静かに心を燃やした。

しかし球磨の表情は、間もなく戦いの狼煙が上がるとは思えない程、とても穏やかなものであった。

98 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:10:15.75 ID:XBnaHpLy0


球磨は静かに、海鏡に反射して琥珀色に輝く自身の長い髪を海風に梳かしながら、琥珀石を抱いた瞳で、その肉薄する敵艦隊を見据えていた。

その凛とした表情で、穏やかにその時を待った。

99 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:11:44.42 ID:XBnaHpLy0


そして、雷鳴轟く敵艦隊一斉砲撃を旗揚げに。


「迎撃戦に移るクマ」


――――白波を蹴立て、球磨は加速した。

100 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:13:07.55 ID:XBnaHpLy0


左脚、右脚、左脚を前に出し、其々の脚を軸にしながら、身体を斜めに倒す重心移動操舵(セルフステアリング)のみで、ジグザグと之字運動を行い、球磨は敵艦隊へと突貫していく。

その道中、球磨へと目掛け、敵の砲弾が雨の様に降り注いだ。


到来する敵の砲弾が眼前に迫り、そして球磨に直撃するであろう、その刹那。

101 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:14:26.14 ID:XBnaHpLy0


「……当たるものかクマっ!」


球磨は、脚艤装の出力を上げ、その際に発生する反動(トルク)を利用し、傾いた身体を引き起こす事により、敵砲弾の雨を最低限の動きで掻い潜った。


「どこを狙っているクマっ!」


敵から見れば、己の放った砲弾が球磨に当たる瞬間、まるで球磨の身体が蜃気楼の如く揺らぎ、砲弾がすり抜け、後方に着弾するといった状況である。

102 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:16:19.68 ID:XBnaHpLy0


――コイツは普通の艦娘じゃない。


これにより敵艦隊も、先程までの球磨に対しての認識を改める事になる。


時折、上空から降り注ぐ艦載機の機関砲や艦爆攻撃に対し、球磨は動きに必要最低限の緩急をつけながらそれを躱すと、高角砲で敵機を正確に撃ち落としていく。

上空に気を取られている隙がチャンスだと感じた敵駆逐艦は、球磨に対して突貫攻撃を試みる。

103 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:17:32.26 ID:XBnaHpLy0


「無駄だクマ」


しかしあろうことか、球磨は上空の艦載機を落としながら、前方から迫りくる敵駆逐艦に主砲砲塔を向け、視認せず的確に射抜いた。


球磨は止まらない。

104 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:19:26.44 ID:XBnaHpLy0


――あの小娘の息の根を止めてやるっ!


それを見た敵戦艦は、艦隊の先頭に立ち、接近し幾分か狙いやすくなった球磨に対して、精密砲撃を行う。

球磨は眼前まで迫った敵戦艦の砲弾を見据えた儘、脚艤装の艦底(ソール)で海面を蹴り、空中に自身の身体を投げ出すアクセルジャンプで、砲弾を回避した。

105 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:21:26.93 ID:XBnaHpLy0


「魚雷発射クマー!」


そして着地と同時、球磨は脚艤装に装備した魚雷発射管から数発の魚雷を、敵艦隊に向かってばら撒いた。


「……!」


敵戦艦はすぐさま、雷撃防御の為、眼前の海面へと砲弾を叩き込む。

球磨が発射した魚雷は、敵戦艦が射出した砲弾で浪打った波浪に全て呑み込まれ、その鋭敏な信管が誤作動を起こし、敵艦隊の眼前で大きく水柱を上げた。

106 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:22:21.04 ID:XBnaHpLy0


――何とか凌いだか……!


魚雷直撃を免れた敵戦艦は安堵の表情を浮かべた。


しかし、その刹那。

107 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:23:35.34 ID:XBnaHpLy0


「やるなクマ。だが、そんな表情を浮かべている暇があるクマか?」


――――敵戦艦の耳に響いたのは、死霊の先触れであった。

108 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:24:30.34 ID:XBnaHpLy0


水柱を隠れ蓑に、既に敵艦隊の眼前へと移動していた球磨は、霧散した水柱から大きく飛び出した。


突如、目の前に現れた球磨。

敵戦艦も突然の出来事に動揺し、接近を許した球磨に対し、一手、行動が出遅れる事になる。


球磨は琥珀色に輝く目で、眼前の敵戦艦を捉えた。

109 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:25:47.92 ID:XBnaHpLy0


「餞別だクマ」


そして球磨は、背中に携えた艤装の格納管から魚雷を数本引き抜き、先駆けの敵戦艦の脇、すり抜け様、居合の一閃の如く、魚雷を敵戦艦の目の前へと落とし、敵艦隊列隊中枢を突っ切り、背面を取る。

敵戦艦魚雷命中轟沈の手ごたえと同時、通過した敵艦隊へと振り向いた球磨は、主砲と副砲の雨を敵艦隊に浴びせた。

110 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:29:58.56 ID:XBnaHpLy0


 ……………………………… 


こうした球磨の動きには秘密があった。


球磨は言ってしまえば、見た目通り、身体も精神も、年端のいかない「少女」だ。

今は深海棲艦と言う異形の怪物と同等、或いはそれ以上に渡り合ってはいるが、それは「艤装」という対深海棲艦装備の恩恵が大きい。


「艤装」を取り払ってしまえば、それは只の「生身の女の子」。

普通の人間の少女と何ひとつとして変わらないのである。

111 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:31:39.76 ID:XBnaHpLy0


しかし進水してからその身が沈むその瞬間までの約25年間、海を航海し続けた「軍艦・球磨」。

その海上での風と波の流れの読み方は、それだけの時間、記憶として、或いは感覚として、その「魂」に刻まれているであろう。


そして球磨は、その「軍艦の魂」を己が身に宿した、「艦娘」として生を受けた存在なのである。

112 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:33:16.88 ID:XBnaHpLy0


波を押し分けて進む、艦隊の動き。

風を切り裂いて進む、砲弾の動き。


世界を支配する重力、海に浮かぶ自身の浮力、または艤装を使用した際に生まれる揚力や推進力、或いは風の抵抗。

それらの感覚を元に、敵の動きや砲弾の風を切る気配に対し、自身の身体の動かし方における最大効率を叩き出し、それを実行する。

113 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:35:01.08 ID:XBnaHpLy0


そうした海世界全体の風や波の気配を繊細に感じ取りながら戦う、軍艦艇と人間の境界に生きる、「艦娘」本来の戦闘スタイル。

それが最高練度を極めた、艦娘・球磨の最大の強みであった。

114 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:37:41.95 ID:XBnaHpLy0


 ……………………………… 


その後も球磨は、軽巡洋艦の機動力と海上戦術を駆使して、次々と敵艦を海に沈めていった。


海原の風と波を味方につけ、対空で蚊トンボを落とし、雷撃で進路を抉じ開け、火力で敵を黙らせる。

先程まで居た敵艦隊は、ものの数十分もしないうちに、撤退を余儀なくされる程、壊滅状態であった。

115 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:39:14.68 ID:XBnaHpLy0


――霧が濃くなってきた。


気が付くと、辺り一面に海霧が広がっており、球磨の目には撤退する敵艦隊の姿が滲んで見えていた。

粗方の掃討を終えた球磨は、無線をオンラインにし、現状を報告すべく口を開いた。


だが、その瞬間。

116 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:40:13.01 ID:XBnaHpLy0


「こちら軽巡洋艦・球磨。作戦司令室、応答を……!?」


――――風を切り裂き、殺意を纏って向かってくる砲弾の気配を、球磨は背面より感じた。

117 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:41:12.04 ID:XBnaHpLy0


速やかに球磨は脚艤装の出力を上げ、左に身を翻した。

刹那、球磨の右腕を砲弾が掠め、小破とまではいかないが、掠り傷を受けた。

その直後、砲弾の発射音が海原から球磨の耳に響き渡った。


「くっ……!」

118 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:42:07.52 ID:XBnaHpLy0


――球磨は、頭のギアの切り替え速度を上げながら思った――。


狙いが恐ろしい程、正確だ。

海霧の中、しかも射程外距離(アウトレンジ)からの砲撃で、この命中精度。


――これ程の手練れは初めてだ――。

119 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:44:25.04 ID:XBnaHpLy0


直ぐに球磨は、臨戦態勢を取り、砲弾が飛んできた方向へと振り向り、先に視線を投げかける。


そして、砲弾の射手を見据えた球磨は、一見して戦慄した。


「……こちら軽巡洋艦・球磨より作戦司令室。提督、ちょっとマズい事になったクマ」


球磨は、冷や汗を一つ落とし、先程オンラインにした無線に対し、目の前の事実を語った。

120 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:46:00.81 ID:XBnaHpLy0


『軽巡洋艦・球磨。こちらも衛星から状況を確認しているが、海霧が酷い。だが、敵影を一瞬だけ捉えた』


提督は無線越しから、何時に無く真剣な声色で、球磨に言葉を返した。


『軽巡洋艦・球磨……これは命令だ、即刻撤退しろ。既に部隊は、救援目標を引き連れ、戦闘海域を離脱し、目標の引き渡しを終えている』


提督と無線を交わしつつ、海霧に見え隠れするソイツの姿を、球磨は冷静に分析した。

121 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:48:03.26 ID:XBnaHpLy0


ソイツは、長らく陽を浴びなかった様な乳白色の肌をしており、その肌上に黒衣の水兵服を着込み、更にその上から外套を無造作に纏わせている。

脚に覆っている艤装は、軽装甲ではあるものの、鉄屑を集めた様に歪な形をしており、他の深海棲艦が装備している艤装以上に、艤装の形を成しているのかも怪しいものであった。

深海棲艦特有の歯を剥き出しにした意匠の連装砲を背中から覗かせたソイツの身体は、副砲である速射砲、対空高角砲、そして魚雷発射管と思われる、まるでスクラップを集めて造ったかの様な兵装に飾られていた。

122 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:49:23.21 ID:XBnaHpLy0


ソイツは、ボロボロになった士官軍帽を被り、白銀色に輝く長い髪を靡かせていた。

ソイツは、端麗な顔立ちで、唯静かに球磨を見据え、海原に屹立していた。

ソイツは、蒼玉石の如く輝く、怪しげに光らせた瞳を、球磨へと向けていた。

123 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:50:54.17 ID:XBnaHpLy0



『ソイツは、姫級だ』


124 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:52:52.55 ID:XBnaHpLy0


 ………………………………


この世界に居る深海棲艦の中で、最も最凶最悪な敵、「姫級」。

熟練部隊でも退けるのがやっとの敵であり、姫級との遭遇時における海軍全体での第一命令は、「即刻撤退」であった。


何故なら、艦娘も無限に存在している訳ではない為、その運用リソースも限られている。

いくら倒すべき敵とはいえ、大規模作戦を除き、本来目標として通常任務に組み込まれるべきではない敵である以上、悪戯に戦力を減らす必要は無いからだ。

125 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:56:10.52 ID:XBnaHpLy0


「分かっているクマ。そうしたいのは山々だクマ。でも、完全に奴の射程内だクマ」


それは最高練度を極めた球磨に限らず、出来れば一人で相手したくない敵であった。


『……既に近場を航行している鎮守府主力部隊に応援要請を出している。こちらの部隊にも戻る様に命令してある。援軍到着まで約15分。それまで持ちこたえられるか?』

「まぁ、何とかしてみせるクマー」

『……了解した。海霧で上空から殆どモニタリング出来ない。よって無線はオンライン状態を維持。もし援軍到着までに撤退可能であれば、即刻撤退せよ』

「了解クマ」

126 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:58:08.28 ID:XBnaHpLy0


球磨は無線に言葉を投げかけた後、全ての兵装が何時でも使用可能な事を確認した。

そうして球磨は、姫との距離を遠距離に保ちながら、姫の周りをゆっくりと航行し、「さて、どう倒そうか」と考えを巡らせ、姫の出方を待った。


「……」


姫はその場に突っ立っているだけに見えるが、球磨同様、何ひとつ身体に無駄な力が入っていないのが、球磨には分かった。

戦場でこれだけ脱力した敵と相見えるのは、球磨も初めてだった。

以上の事から姫は、兵装含め、球磨と同等、或いはそれ以上の手練れであると窺える。

127 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:59:53.37 ID:XBnaHpLy0


「クマー!!」


そうして均衡を崩したのは、球磨の開幕魚雷攻撃からであった。


それと同時に球磨は、姫を中心点に、円を描く様に航行しながら、主砲を発射した。

次いで、姫の逃げ場を無くす為、更に雷撃を行い、次いで風を頼りに弾着修正射撃を行った。

128 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:01:35.57 ID:XBnaHpLy0


「……」


しかし姫は、外套をはためかせながら、球磨の砲弾と魚雷を最低限の動きで回避する。

そして球磨と同様、逆に球磨の逃げ場を無くす様に魚雷をばら撒き、主砲を連射した。

球磨も、姫の主砲と雷撃を避けつつ、カウンター気味に遠距離から砲弾を叩き込むが、姫は球磨と同じく、始めからその場に居なかった様に、砲弾を躱していった。

129 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:03:42.43 ID:XBnaHpLy0


つまるところの膠着状態である。

球磨と姫、一手間違えば決着が付くこの状況で、両者共に決定打が打てずにいた。


「くっ……!」

130 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:05:01.62 ID:XBnaHpLy0


――遠距離では埒が明かない。


そう考えた球磨は、周回運動を止め、之字運動を行いながら、姫に対して「接近」を試みた。


しかし何故、「接近」という行動に出たのか、その時の球磨には分からなかった。

15分程度で援軍が到着するなら、このまま近からず遠からずの距離を保っておけばいいだけの話だ。

そして姫が、こちらへと過度な攻撃を仕掛ける気配がないと判明した以上、砲弾の雨を掻い潜りながら、提督の命令通り、上手く逃げればいいだけの話だ。

その事を理解しておきながら、あえて球磨は、姫へと「接近」した。

131 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:05:39.00 ID:XBnaHpLy0



――――何故なら、この時の球磨は、「何が何でもこの姫を倒さなければならない」と言う、名状しがたい感情に駆られていたからだ。


132 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:07:28.19 ID:XBnaHpLy0


遠距離から副砲で牽制しながら近付くが、所詮は豆鉄砲の為、大したダメージにはならない。

一撃で勝負を決めるに至る魚雷も、最低限の動きで簡単に避けられる。


だが、副砲や当たらない魚雷は、あくまで敵に対する牽制や自身の次の攻撃へと繋げる為の布石(ジャブ)に過ぎない。

言うまでもなく目的は、自身の攻撃を絶対に外さないであろう超近距離からの、主砲砲撃による一撃必殺攻撃(ストレート)である。

133 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:08:41.05 ID:XBnaHpLy0


中距離まで近付いたところで、之字運動で接近する球磨の姿を精確に捉えた姫が、魚雷を発射する。

球磨は、魚雷と魚雷の合間を縫う様に避け、姫と同様に、最低限の動きでそれを回避する。


「……」


だがその刹那、脚艤装の反動回避の一瞬の隙を見抜いた姫から、回避不可の予測砲撃が行われた。


「ぐあっ……!」


姫の砲塔から発射された砲弾は、球磨の右脇腹を抉り、球磨は大破した。

134 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:09:53.19 ID:XBnaHpLy0


「……まだだクマっ!!」


軋む痛みにより、一層、闘志が湧き上がった球磨。

その心を反映するかの如く、球磨は主砲から砲弾を続け様に姫へと放った。


まず一発目、姫に向けて直撃弾を放つ。


「……!」


予想通り、姫は砲弾を避けた。


「そこだクマぁあああ!!」


次いで球磨は、間髪入れずに二発目を射出する。

そして球磨が二発目に予測射撃で狙うのは、姫の背中に抱えた主砲塔であった。

135 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:11:14.94 ID:XBnaHpLy0


先程から球磨は、姫に対してずっと直撃狙いの砲撃を続けていた。

その為、僅かに直撃から狙いがずれた、主砲塔狙いの砲撃は、姫の虚を突く攻撃。

姫に直撃させるよりかは、命中する確率が高かった。

当然、姫の主砲塔に砲弾を叩き込んだぐらいでは、致命傷はおろか姫級の頑丈な艤装が壊れる筈もない。


だが、いくら頑丈とは言え、背中に背負った主砲塔に砲弾が着弾した際の衝撃は計り知れない。


――果たしてお前は、平然としていられるのか。

136 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:12:27.16 ID:XBnaHpLy0


「……ッ!?」


答えは否である。

球磨の予測通り、砲弾で主砲塔を弾かれた姫はバランスを崩しかけた。

137 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:13:07.89 ID:XBnaHpLy0


――これで道が開けた。


球磨は之字運動を止め、脚艤装の出力を「最大戦速」に切り替え、姫へと至る道を直線距離で駆け抜ける。

姫は直ぐに態勢を立て直し、近距離まで直線的に押し迫った球磨に対し、主砲を放った。

138 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:14:06.52 ID:XBnaHpLy0


「なめるなクマぁあああ!!」


それに対して球磨は、海面を勢いよく蹴りつけ、身体を中空へと投げ出し、重心を右脚から左脚へと移動させる様に身体を回転させ、左脚で着地するバタフライジャンプで、その砲弾を回避した。

139 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:15:25.40 ID:XBnaHpLy0


――奴さんの主砲再装填前に、ケリをつけてやる。


そして球磨は、姫との距離、数メートル手前、波が悲鳴を上げるのを聞きながら、急停止した。

球磨の目が捉えたのは、敵である姫の表情がよく観察できる距離。


――この距離なら、まず外さない。


球磨は、姫の超近距離まで肉薄した。


「これで……終わりだクマっ!」


左肩から覗く主砲ターレットを姫へと向け、球磨はこの瞬間、勝利を確信した。

140 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:16:39.28 ID:XBnaHpLy0


「……」


だが、その様な状況にも関わらず姫は、静かに微笑を浮かべると、蒼玉色に輝く目で球磨を捉えた。

その姫の会心の笑いに、球磨の身体に戦慄が走った。

141 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:17:39.91 ID:XBnaHpLy0


――しまった、この距離は!


球磨は心の中で叫んだ。


球磨は感じていた。

自身の焦燥による、自分が犯した決定的な過ちを。

艦娘として長らく、海での戦闘経験を積んでいた事が仇となった事を。

142 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:18:59.95 ID:XBnaHpLy0


この姫の艤装は、他の深海棲艦が装備している様な、ゴテゴテとした艤装ではない。

この姫の艤装は、球磨と同じく、己が動きを最大限に生かす事が出来る軽装甲艤装である。

動きを最大限に生かせるという事は、己の身が許す可動域内で、どんな動きにも移す事が出来るという事に他ならない。


既に球磨の砲弾は、砲塔薬室へと運ばれ、装填が完了し、装薬にはバチバチと火花が走っている。

今まさに、コンマ秒後に砲弾を敵前へと吐き出さんとしている砲塔の様子を、球磨は感じていた。

だがコンマ秒は、姫にとっては十二分過ぎる時間であった。

143 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:19:56.46 ID:XBnaHpLy0


球磨は後悔した。

自身の攻撃中止が行えないこの状況を。


そして球磨は失念していた。


――――この姫との距離は、航空戦でも砲雷撃戦でも無い、「徒手格闘」の距離だという事を。

144 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:21:21.78 ID:XBnaHpLy0


姫は脚艤装の出力を全開にし、破裂する様な勢いで球磨の懐へと詰め寄った。

球磨は防御の為、咄嗟に両手を眼前に構える。


しかしそれを見た姫は、球磨のガードを円を描く様に手で払い除けると、そのまま球磨の砲塔を右手刀でかち上げ、強引に球磨の砲口をずらす。

刹那、砲塔から発射された砲弾は、姫の頭の上を掠める事なく、弧を描いて海に落ちた。


そして姫は、詰め寄った自身の勢いを利用して、球磨の胸元に左拳を叩きこみ、球磨を突き飛ばすと、逆に己が主砲を球磨へと向けた。

145 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:22:15.77 ID:XBnaHpLy0


「ナメルナ」


そして再装填が完了した姫の砲塔から放たれる、必殺の一撃。

バランスを崩していた球磨にその攻撃を避けられる筈もなく、球磨は直撃弾のカウンターをその身に叩きこまれた。

146 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:23:38.19 ID:XBnaHpLy0


 ………………………………


――これが運命か。


どんよりと白濁した意識の中、球磨は自身の艤装や身体へと意識を向けた。

主砲、副砲、魚雷はおろか、脚艤装さえもまともに動かない状態である。

半身が水に浸かり、仰向けのまま海に浮かんでいるのがやっとの状態である。


そしてバシャバシャと水音を立て、その状態の球磨に近付いてくる者が居た。

それが誰なのかは、球磨には分かり切っていた。

147 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:25:15.17 ID:XBnaHpLy0


「……終ワリダ」


白銀色の長髪を揺らし、蒼玉色に輝く目で、姫は球磨を見下ろした。

死の宣告を告げる為に、姫は球磨を見下ろしていた。


姫の背中に担がれた主砲塔から再装填を告げる金属音が、球磨の耳へと鮮明に響いた。

148 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:26:25.70 ID:XBnaHpLy0


――この球磨をもってしても……ここまで、か。


自身の死を悟った球磨は、ゆっくりと目を閉じた。


そして姫は、再装填が完了した主砲砲口を球磨に対して向け、球磨にトドメを刺す為、トリガーを引き絞った。

149 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:27:13.90 ID:XBnaHpLy0


だが、その一瞬。


『軽巡洋艦・球磨っ!! 繰り返す、応答せよ!! 軽巡洋艦・球磨っ!!』


――――無線から提督の声が漏れた。

150 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:29:02.73 ID:XBnaHpLy0


『軽巡洋艦・球磨っ! 一体、何があったっ!? 返事をしろっ! おい、球磨!』


球磨は目を瞑りながら考えた。


――手向けが提督の声になるとはな。


だが、今この状況、自分が死ぬ運命が捻じ曲げられないこの状況で、提督の呼び掛けは何も意味を成さなかった。


――皆、すまない。


球磨は心の中で提督と基地の皆、そして妹たちに謝り、姫から下される審判の時を待った。

151 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:29:41.96 ID:XBnaHpLy0


「……?」


しかし、いくら球磨が待っても、その時は訪れなかった。

球磨は不思議に思い、目を開き、眼前に映る姫を一瞥した。


「……!?」


そして球磨は、驚愕した。

152 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:31:58.16 ID:XBnaHpLy0


何故ならその時、球磨の目に映ったのは。


「……ソンナ……事ッテ……」


―――――球磨の顔を見据え、そして唯々動揺している姫の姿だったからだ。

153 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:33:05.13 ID:XBnaHpLy0


背中に抱えた砲口が、微かに震えているのが分かる。

もごもごと口を開こうとする姫の様は、球磨に対して何か言いたげであった。

しかし、それが上手く言葉に出来ないと言った様子である。


球磨からしてみれば、敵である姫の態度は、唯々不気味であった。


そして数十秒の後、意を決した様に姫は、そのまごついた口を開いた。

154 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:33:55.40 ID:XBnaHpLy0


「……オ前ノ名前……球磨……ト言ウノカ?」

「……」


姫は海底から唸る様な掠れた声で、球磨にそう尋ねた。

155 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:35:27.61 ID:XBnaHpLy0


――何故、コイツは球磨の名前を知っているんだ?


『球磨っ! 頼む、返事をしてくれっ!! 聞えないのかっ!?』


――ああ、そうか……提督の無線か。


その実、先程の姫の直撃弾、その衝撃によって球磨の無線機材が故障していた。

故に、普段だったら決して聞こえないであろう提督の声が、無線を通し、辺り一面に響き渡っていた。


そして現に提督は、無線越し、何度も何度も球磨へと呼び掛けている。


そう、提督の呼び掛けは、敵である姫にも聞こえていたのである。

156 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:36:43.81 ID:XBnaHpLy0


球磨は心の中で苦笑した。


――今から殺す敵の名前を改めて聞くなんて、中々良い趣味をしている。


球磨は捨て台詞の一つでも殴りつけようとするが、ダメージが大きすぎて思う様に口が開けない。


――殺るならさっさと殺れ。


そう球磨は思えど、姫は一向に球磨に対してトドメを刺す様子を見せなかった。


姫は唯、自身の蒼玉色の瞳を、球磨の琥珀色の瞳に重ね合わせていた。

157 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:37:25.14 ID:XBnaHpLy0


「……オ前ノ、ソノ目……」


そうして姫は、一言、球磨に対して言葉を投げかけた。

158 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 23:38:01.40 ID:XBnaHpLy0


その刹那。


「球磨姉ぇえええ!!」


――――閃光一閃、姫の佇んでいた場所を刀光が鋭く切り裂いた。

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