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球磨「面倒みた相手には、いつまでも責任があるクマ」
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358 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 22:15:07.71 ID:EipL9CIW0
「シマッタ……!」
そのまま姫の腕を接点に、木曾は姫の二の腕へと左手を引掛け、姫の勢いと木曾の脚艤装の出力を利用して手繰り、姫の身体を木曾の側面へと引っ張る。
そして、姫の側面を取った所で木曾は、姫の腕を離し、外套を纏わせながら一回転して、姫の背面を取ると同時。
「グァッ……!」
姫の背中に携えた艤装に滑り込ませる様に、姫の後頭部へと肘打ちを叩き込んだ。
次いで木曾は、続け様に姫の背中に後蹴りを、更に姫へと振り向き様に前蹴りを喰らわせ、姫を突き飛ばした。
359 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 22:16:47.55 ID:EipL9CIW0
姫は後頭部の激痛に耐えながら、木曾へと振り返ったが、既に勝負は決していた。
木曾の砲塔から放たれた直撃弾の衝撃により、姫は錐揉み状に吹き飛ばされた。
360 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 22:18:26.73 ID:EipL9CIW0
………………………………
「格闘術は、球磨姉にみっちりと仕込まれたんだ。そう易々とやられるかよ」
木曾は、仰向けのまま海面に浮かんでいる姫に言葉を投げ付けながら、沈みかけた軍刀を掬い上げ、一振り、海水を払い除け、鞘へと納刀する。
「敵ながら中々の腕だ。だが、球磨姉を殺ろうとした事については悪手だったな」
「……」
361 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 22:21:05.72 ID:EipL9CIW0
木曾は姫の元へと近付き、己が砲塔へと砲弾を送る。
重金属音が響き、何時でも発射可能の合図を木曾の砲塔は告げる。
そして木曾は、姫にトドメを刺すべく砲塔を、姫へと向けた。
その木曾の目に、迷いは微塵も無かった。
362 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 22:21:59.36 ID:EipL9CIW0
「……」
そして、その瞬間、木曾の顔を見据えた姫は。
363 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 22:22:26.22 ID:EipL9CIW0
「……」
――――ただ一つ、柔らかな頬笑みを浮かべた。
364 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 22:23:46.59 ID:EipL9CIW0
「……はぁ?」
その唐突な姫の頬笑みに、木曾は一瞬、面食った。
「……ふん」
365 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 22:25:02.23 ID:EipL9CIW0
――潔く諦めたか、それとも気でも狂ったか。
「あの世で笑ってろ」
そう考えた木曾は、思考を切り替え、その姫の笑みの意味を別段気にする事無く、背中に携えた砲塔のトリガーを引いた。
366 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 22:26:12.57 ID:EipL9CIW0
「……あ?」
しかし木曾の砲塔から、砲弾が発射される事はなかった。
「……ふ、ふざけるなっ!」
367 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 22:26:58.40 ID:EipL9CIW0
何故なら、その時の木曾の身体は、まるで金縛りにあったかの様に、次の行動に移す事が出来なかったからだ。
木曾は自身の脳裏に浮かんだ次の行動を、自身の身体へと強く連続的に司令を出し、実行に移そうとする。
しかしその司令は、木曾の心がぎゅうと司令を抑え付けた事により、実行に移される事は無かった。
368 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 22:29:35.40 ID:EipL9CIW0
「……こんな時に!」
叫び声を上げ、上手く身体が動かない自分自身に対し、苛立ちの言葉を叩き付け、木曾は無理やり身体を動かそうとした。
そう、木曾の頭の中では、次の木曾自身の行動を肯定していたが、木曾の心によって、次の木曾自身の行動が否定された。
369 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 22:30:35.76 ID:EipL9CIW0
「くっ……!」
――木曾は唇を噛み締め、心の中で叫んだ――。
370 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 22:31:20.50 ID:EipL9CIW0
コイツは敵だ。
コイツは深海棲艦だ。
コイツは球磨姉を殺そうとした奴だぞ?
そんな奴に俺は情けを掛けるつもりなのか?
敵に対してそんな感情を抱いた事が一度でもあったか?
無いだろ?
じゃあ、なんで俺の身体は動かないんだよ!
371 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 22:31:50.05 ID:EipL9CIW0
なあ、そもそもコイツのその顔は何なんだよ……。
何でコイツはこんなに満足げな表情を浮かべているんだ?
俺に殺されるのがそんなに嬉しいのか?
372 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 22:32:22.84 ID:EipL9CIW0
やめろ。
やめてくれ。
そんな笑顔を俺に向けるな!
その笑顔は……まるで……まるで……。
373 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 22:32:48.37 ID:EipL9CIW0
――球磨姉と同じ笑顔じゃねえかよ――。
374 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 22:33:44.89 ID:EipL9CIW0
「……球磨……ね……え……?」
それは無意識だった。
気が付くと木曾は、姫に対して己が長姉の名前を、ぽつりと漏らしていた。
375 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 22:34:18.37 ID:EipL9CIW0
「……やっと……話が出来たな……木曾」
そして姫は、木曾の呼び掛けに答えた。
376 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 22:35:22.83 ID:EipL9CIW0
その声色は、先程の姫の海底から唸る様な掠れた声ではない。
そう、聞き間違えようがない。
377 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 22:36:15.21 ID:EipL9CIW0
――――その声色は、木曾が知っている、紛れも無い自身の姉。
――――「艦娘・球磨」と全く同じ声色だった。
378 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 22:37:37.89 ID:EipL9CIW0
………………………………
艦娘や司令官たちから恐れられている、彼女の存在。
ある海域下での深海棲艦における司令塔の役割を担う存在である性質上、彼女の名前は「姫」と言う通り名で呼ばれていた。
379 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 22:38:25.21 ID:EipL9CIW0
――――そして彼女の在りし日の名前は、「軍艦・球磨」。
380 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 22:41:00.17 ID:EipL9CIW0
1944年1月11日にマラッカ海峡沖で沈んだ「軍艦・球磨」。
その成れの果ての姿が、其処にはあった。
381 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 22:42:01.00 ID:EipL9CIW0
………………………………
「そんな……嘘……だろ……球磨姉……」
「……」
青褪めた木曾は、海面に仰向けになっている軍艦・球磨の顔を見据えた。
対する軍艦・球磨は、申し訳なさそうな表情を浮かべながら、木曾の顔を見つめていた。
382 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 22:42:43.57 ID:EipL9CIW0
「なあ……どうして……そんな姿になっちまったんだよ……」
「……すまなかった」
「やめてくれ、謝るなよ……俺は……球磨姉の事を……確か……俺は……」
そして木曾は、身震いした。
自分が何をしようとしたのかを。
383 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 22:43:17.94 ID:EipL9CIW0
――俺は……球磨姉を……殺そうとした?
384 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 22:44:40.20 ID:EipL9CIW0
………………………………
「艦娘」は「艤装」にその身を守られている時に限り、「深海棲艦」と言う異形の怪物と同等、或いはそれ以上に渡り合える力を得る事が出来る。
しかし強大な敵へ立ち向かう事が可能になる艤装にその身を包まれている時でさえ、一つだけ守る事が出来ないモノがある。
――――それは「心」という、急所を突けばいともたやすく壊れてしまう、脆く儚いモノであった。
艦娘は艤装を取り払ってしまえば、それは只の「生身の女の子」である。
385 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 22:45:53.13 ID:EipL9CIW0
元来の木曾は、冷静沈着で男勝り、姉譲りの勝気な性格である。
どんな敵でも、どんな困難に陥っても、決して臆せずに立ち向かう事が出来るだけの、勇猛さを持ち合わせている。
例え、自分が沈む結果となりえても、それを受け入れるだけの覚悟も持ち合わせている。
戦闘時、私情を捨て去り、敵に情け容赦を掛けずに戦う、非情さも持ち合わせている。
その為、木曾が戦場、ましてや日常生活の出来事で動揺を覚える事は皆無に等しい。
だが、それはあくまで敵と対面した時や私事による、木曾にとっては日常の状況という場合である。
386 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 22:46:37.13 ID:EipL9CIW0
では、今の状況はどうだろうか。
自分が良く知っている実姉、その生き写しが敵として登場したというこの状況。
一体誰が、この非日常を想像できようか。
387 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 22:48:42.32 ID:EipL9CIW0
そして姫が、いくら「分岐したもう一人の球磨の存在」とは言え、木曾は自分自身の姉妹艦、己の姉を殺そうとした。
例え敵で、深海棲艦で、木曾が知っている姉とは別の存在であったとしても、敬愛する姉の生き写しである存在に、果たして刃を向ける事が出来るのだろうか。
刃を振り下ろす事が出来る程、姉である球磨に対しての木曾の愛は浅薄なモノだったのか。
別人で切り捨てられる程、木曾の心は強靭か、或いは既に壊れてしまっているモノだったのか。
もし、実の姉である球磨を殺せという命令が下された時、果たして木曾は命令に従っただろうか。
もし、実の姉である球磨を自身の手で殺めてしまった時、果たして木曾は動揺せず、また涙を禁じ得る事が出来たのだろうか。
木曾は、実姉の死さえも悼まない実妹だったのか。
388 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 22:49:36.69 ID:EipL9CIW0
――――そんな筈が無かった。
木曾は、自分が知っている球磨とは別人であると理解していても、「軍艦・球磨」が今浮かべている笑顔と、「艦娘・球磨」が時々浮かべる母親の様な柔らかな笑顔を思い出し、重ねずにはいられなかった。
今の木曾の目には、今目の前に居る存在が、実姉である艦娘・球磨として写っていた。
木曾は、その考えを頭で何度も否定したが、心で理解してしまった。
389 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 22:50:28.20 ID:EipL9CIW0
――――心で理解してしまった以上、もう止まらない。
そして木曾は、濁流の様に押し寄せる「球磨姉を殺そうとした」という自責の言葉を、頭の中でぐちゃぐちゃとリフレインさせた。
木曾は、身体の震えを止める事が出来なかった。
木曾は、何とも言えない嫌な汗が滲み、顔から血の気が引き、眩暈と胃液が逆流しそうな感覚を、手で口を塞ぐ事によって、必死に抑え付けた。
390 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 22:51:42.64 ID:EipL9CIW0
抑え付けた反動からか、木曾の目から、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。
言葉にしがたい悲しみや憐み、そして己の姉を殺そうとした罪悪感から、ぽろぽろと涙を零した。
それと同時に、木曾の身体から力が抜け、ばしゃりと海原に膝を突き、己が身を抱き、唯静かに嗚咽を洩らした。
391 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 22:52:10.17 ID:EipL9CIW0
――――その刹那、木曾と姫の周りを取り囲む様に、煙幕の帳が降りた。
392 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 22:52:56.18 ID:EipL9CIW0
………………………………
「撤退にゃ。敵の増援が直ぐ傍まで来ているにゃ」
煙幕の帳から水飛沫を上げて木曾へと近付き、海原に涙を落とす木曾の肩を抱いたのは、2番目の姉である艦娘・多摩であった。
393 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 22:53:48.84 ID:EipL9CIW0
「……多摩……か?」
「そうにゃ。球磨型軽巡洋艦の2番艦、多摩だにゃ」
軍艦・球磨は、孤独を抱いた表情を浮かべ、多摩に対して問いかける。
多摩は浅紫色の髪を揺らしながら姫を一瞥し、静かな口調で軍艦・球磨の問いかけに答えた。
394 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 22:55:28.91 ID:EipL9CIW0
「……そうか」
軍艦・球磨は静かに頷き、目の前で弱々しく嗚咽を洩らす木曾の頬へと優しく触れる。
木曾はその手を払う事もせず、静かに自分の両手を軍艦・球磨の手と重ね合わせた。
「……すまなかった、木曾を頼む」
「……言われなくてもそうするにゃ」
刹那、遠距離から煙幕に直撃しない様な形で、砲弾の雨が降り注いだ。
395 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 22:56:53.43 ID:EipL9CIW0
「……それと、お前たちに一目会えて嬉しかった。北上と大井にもよろしく頼む」
「……分かったにゃ」
深海棲艦の増援が間近に迫っていたのである。
もはや三人には、一刻の猶予も残されていなかった。
軍艦・球磨は、先程まで触れていた木曾の頬から手を引いた。
「……煙幕が晴れる前に早く行った方がいい。私の仲間が直ぐ傍まで来ている」
「……木曾、行くにゃ」
「いやだ……まって……待ってくれよ……!」
木曾はしゃくり上げながら無理やり言葉を発し、自分の頬から離れた軍艦・球磨の手を握ろうと、木曾は手を伸ばす。
396 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 22:57:50.09 ID:EipL9CIW0
「木曾っ!」
「ぐっ……!」
しかし多摩は、木曾の行動を静止させる為、木曾の背中に携えた艤装の横から腕を差し込み、羽交い絞めで、木曾の華奢な身体を拘束した。
397 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 23:00:39.40 ID:EipL9CIW0
「……さよならにゃ」
多摩は、軍艦・球磨に別れを告げると、木曾を抱きかかえる様に拘束した儘、脚艤装の出力を上げた。
398 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 23:02:19.35 ID:EipL9CIW0
「離してくれっ! ……球磨姉ぇ! 球磨姉ぇえええ!!」
そうして引き離されていく木曾の目に映ったのは。
399 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 23:03:17.83 ID:EipL9CIW0
「……さよならだ」
――――満足げに木曾へと投げかけられた、軍艦・球磨の笑顔だった。
400 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 23:04:45.68 ID:EipL9CIW0
………………………………
「……お前の言った通りだった」
気が付けば日は没し、辺り一面が濃い青い光に包まれ、水平線が薄暗い虹色を描いていた。
海面に仰向けになった軍艦・球磨の周りを、部下である深海棲艦たちが、おろおろと心配そうな顔を浮かべ、軍艦・球磨の事を見つめていた。
「多摩は猫っぽくて、北上と大井はとても仲が良さげだった。そして木曾は、凛々しく、威勢が良くて、それでいて……くく……なるほど、確かにお前の言った通りだ」
軍艦・球磨はくつくつと笑いながら、在りし日の事を静かに回想していた。
401 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 23:05:42.84 ID:EipL9CIW0
「……本当、木曾には悪い事をしてしまった……」
軍艦・球磨は、つんつんと心配そうに自身の脇腹をつつく、まるで魚の様な形をした深海棲艦、「駆逐イ級」の頭をそっと撫でながら、日が没し、藍色に染まった大空を、唯茫然と眺めていた。
402 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 23:06:38.67 ID:EipL9CIW0
………………………………
――――1800、日本国近海航路、海上警備ルート、地点A。
「頼むよっ! 離してくれ、多摩姉ぇ!! アイツは……! アイツは……!」
木曾を拘束していた多摩は、安全圏まで離脱したのを確認すると、肩が外れそうな勢いで暴れる木曾を離す。
多摩は、それでもなお戻ろうとする木曾の腕を引っ張り、正対した木曾の肩を両手で強く掴んだ。
403 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 23:13:48.94 ID:EipL9CIW0
「……離せよ、多摩姉……!」
「……分かってるにゃ」
多摩は自身の目を、木曾の涙を浮かべた目と重ね合わせた。
404 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 23:14:59.85 ID:EipL9CIW0
「多摩……姉……?」
そして悔しそうな声を洩らし、歯を食い縛る、実姉である多摩の様子に、強張った木曾の身体から次第に力が抜けていく。
405 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 23:16:22.26 ID:EipL9CIW0
「……生き物には良くも悪くも其々動きの中に癖みたいなものがあるにゃ。だけど生き物は、その癖を最大限に生かす事によって、その生き物にとっての癖は、最大の強みとなっていくにゃ。そして人型は、野生動物以上に、動きの違い、その個体差が顕著に現れるにゃ」
「じゃあ……やっぱり……アイツは……」
恐る恐る口を開いた木曾に対して、諭す様な口調で持論を展開した多摩は、一呼吸の後、結論を述べた。
406 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 23:18:18.85 ID:EipL9CIW0
「あの姫の動き……砲弾や魚雷を躱すあの動きの癖は……紛れも無く『球磨ちゃん』の癖だったにゃ」
「……!」
その多摩の言葉に木曾は、悲しみと無力感に耐え切れず、力なく首を前に垂れた。
407 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 23:19:18.63 ID:EipL9CIW0
「木曾」
「……大井姉」
408 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 23:20:14.80 ID:EipL9CIW0
殿として木曾と多摩を追随していた大井が、項垂れた木曾へと近付くと、優しく木曾に呼びかけた。
木曾は、それに答えるかの様に、大井の胸元へと倒れ込み、身体を預けた。
409 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 23:21:13.96 ID:EipL9CIW0
「分かってんだよ……アイツは俺の知っている……球磨姉じゃないって事は……でもさ……でもさ……!」
「……ええ」
ぽつりぽつりと悲しみを零す木曾を、大井は木曾の頭を自身の胸元に優しく引き寄せて、そっとその頭を撫でた。
410 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 23:22:39.69 ID:EipL9CIW0
「俺には、撃てないよ……いくら別人だとしても……大好きな……球磨姉の事を……!」
「……よしよし、辛かったわね」
そうして大井の胸を借りてすすり泣く木曾を、大井は強く抱き締め、そして木曾の背中をぽんぽんと、子供をあやす様に優しく叩いていた。
411 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 23:24:04.23 ID:EipL9CIW0
「う〜ん……本当……これからどうすんのさー……多摩姉ちゃん?」
その大井と木曾の様子を見ながら、同じく殿として追随していた北上は、思い悩んだ表情を浮かべ、隣に居る多摩に尋ねた。
「どうもこうもないにゃ」
多摩は大きな溜息を吐き捨てると、北上へ憂いを含んだ表情を投げかけ、そして粛たる声で答えた。
412 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 23:24:58.50 ID:EipL9CIW0
「もうこれは多摩たち、姉妹の問題じゃないにゃ。他の誰でもない、球磨ちゃん自身の問題にゃ」
413 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/24(木) 23:25:56.18 ID:EipL9CIW0
※ここまでお読み頂き、誠にありがとうございました。本日分の投稿は以上となります
414 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/24(木) 23:37:38.64 ID:6Dy/oKVXo
乙
415 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/25(金) 01:28:00.28 ID:zLMKGZOQo
おつ
416 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/25(金) 10:31:51.07 ID:wTAxSA0A0
乙
417 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/25(金) 22:13:36.49 ID:xVa5x4Ph0
こんばんは。
コメントをお寄せ頂き誠にありがとうございます。
早速ですが、本日分の投稿を開始致します。
418 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/25(金) 22:14:38.57 ID:xVa5x4Ph0
………………………………
◆第3章:めんどうみたあいてには
………………………………
419 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/25(金) 22:16:48.09 ID:xVa5x4Ph0
――――1943年11月、1630、沼南島(シンガポール)、セレター海軍基地、第101工作部。
『……』
――これで、3度目の夢だ。
暦では11月らしいが、場所が赤道直下の為、ジトジトと湿気が肌に纏わり付き、かなり蒸し暑く感じさせられた。
以前は英国軍が利用していたセレター海軍基地であったが、先の「新嘉坡(シンガポール)の戦い」にて帝国海軍が現地を占領した現在では、作戦参加艦艇の修理整備を行なう為の特設工作部として稼働していた。
そして其処には現在、一隻の軍艦が乾船渠(ドック)に入渠しており、5番主砲、航空機射出装置(カタパルト)と吊り上げ装置(デリック)を撤去し、25ミリ3連装機銃を新たに増設すると言う、改装工事が行われていた。
420 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/25(金) 22:18:00.66 ID:xVa5x4Ph0
『……!』
「……」
すれ違う水兵全員から敬礼を受け、カンカンと軍靴を鳴らしながら舷梯を上る、白衣の第二種軍装を纏った影が一つ。
舷門を潜り、上甲板へと上がり、他の水兵や整備兵を掻き分け、更には艦首付近の甲板まで歩を進める、初老の軍人の影が一つ。
そうして今は人影の無い艦首付近へと、唯一心不乱に歩を進める父親の影が一つ。
421 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/25(金) 22:18:49.06 ID:xVa5x4Ph0
「久しぶり」
そして、どこからともなく響いた少女の凛とした声色が、その男の耳に触れた。
その男は、周りを見渡し、誰も居ない事を確認すると、中空へと言葉を投げかけた。
「……久しぶりだな」
422 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/25(金) 22:20:06.84 ID:xVa5x4Ph0
初老の軍人と旧式の軍艦。
「大分、やつれたな。提督」
「……そういう貴様は、ボロボロだな。球磨」
「在りし日の提督」の姿と「軍艦・球磨」の姿が、其処にはあった。
423 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/25(金) 22:22:35.85 ID:xVa5x4Ph0
「中将になったって話を聞いた。おめでと」
「……ありがとう」
再会の喜びを孕んだ声色を投げかける球磨に対して、更に階級を上げていた在りし日の提督である「中将」は、喜びとは裏腹に何処か上の空で言葉を返していた。
そして中将は、艦首付近にある波切板を背もたれに、力なく腰かけると、球磨に言葉を投げかけた。
「……細やかながら、色々活躍して回ったそうじゃないか」
「フィリピンの海で敵艦をちぎっては投げまくった。やっぱり球磨は、意外と優秀だ。上陸作戦の際も、球磨に搭乗していた特別陸戦隊がザンゴアンガに上陸して、取り残されていた同胞を救出した」
「……そうか」
中将の眼前には、ボロボロになった日章旗が、静かに揺れていた。
424 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/25(金) 22:23:23.64 ID:xVa5x4Ph0
「……魚雷が命中したって聞いた」
「比島(フィリピン)侵攻作戦の時に米魚雷艇と戦って、その時一発が艦首に当たった。この球磨をもってしても、ここまでと覚悟した。だけど何故か魚雷は爆発しなかった。あの時は本当、もう少しで死ぬところだった」
「……そうか」
安堵の溜息を一つ吐いた中将は、憂いの表情を浮かべた儘、黄昏色に滲み始めた空を静かに眺めていた。
425 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/25(金) 22:25:46.05 ID:xVa5x4Ph0
「それよりも提督は何故、此処に居るんだ? 越南(サイゴン)司令官の仕事はどうした?」
そういえば何故、提督が此処に居るのか気になった軍艦・球磨は、中将の現状について尋ね返した。
「……2か月前に任を解かれた。流石に私も歳だ。数日前に日本への帰国命令が出たが、貴様が此処に居ると聞いて、無理を言って沼南島経由での帰国に変えた……数時間後には、日本行きの艦艇に乗艦して、帰国する手筈になっている」
「そうだったのか。それにしても……そこまでして、こんな旧式の軍艦に会いに来てくれたのは、本当嬉しい」
「……それぐらいしか、今の私に出来る事はないからな」
更に悲しみを吐き捨てた中将の姿は、とても朧であった。
426 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/25(金) 22:29:22.48 ID:xVa5x4Ph0
「帰国したら提督はどうする?」
その中将の様子が少し心配になった球磨は、更に問いかける。
「……帰国したら、予備役として昨今設置された軍需省に就けとの事だ」
「そうか、ならお互い後方任務だ」
「……そうさな、お互い後詰だな」
そうして二人は、皮肉的ながらも温かな笑みで言葉を交わした。
その二人の言葉には、何とも言えない親近感があった。
427 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/25(金) 22:30:11.29 ID:xVa5x4Ph0
だが、それが中将の憂いの種では無い事は分かり切っていた。
そう言葉を返した中将の声色や姿から、何時も纏っていた筈の覇気が、いつの間にか抜け落ちている。
この様な中将を見たのは、球磨も初めてだった。
428 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/25(金) 22:30:48.21 ID:xVa5x4Ph0
「どうしたんだ、提督? 何かあったか?」
やはりいつもと違う中将の様子に、球磨は心配になって尋ねた。
「……球磨。一つ聞きたい」
そして中将は一呼吸の後、球磨に対し、憂鬱を含んだ声で、問いを投げかけた。
429 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/25(金) 22:31:23.45 ID:xVa5x4Ph0
「球磨は、自身の存在理由について疑問を抱いた事はないか?」
430 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/25(金) 22:32:03.86 ID:xVa5x4Ph0
「無い」
だが、その中将の問いかけは、軍艦・球磨によってあっさりと否定されてしまった。
431 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/25(金) 22:33:19.29 ID:xVa5x4Ph0
「開戦前にも言ったかもしれないが、球磨はこの国を、ひいては誰かを護る為に生み出された軍艦だ。球磨は唯、お前たちの想いを乗せ、散華するその時まで戦うだけだ」
そうして真ん丸と目を見開いた中将に対して、球磨は更に力強く宣言した。
「お前たちが球磨に託してくれたその想い。それが球磨自身の想いでもあり、球磨が戦う理由だ」
その輝きは、今の中将には眩し過ぎる程、強いモノであった。
432 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/25(金) 22:33:48.64 ID:xVa5x4Ph0
「……貴様は強いな」
「当然だ」
中将の言葉に球磨は、ふふん、と愛らしげに鼻を鳴らした。
433 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/25(金) 22:34:29.86 ID:xVa5x4Ph0
――その軍艦・球磨の信念を纏った声色を聞いて、中将は思った――。
434 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/25(金) 22:35:27.44 ID:xVa5x4Ph0
これ程、気高く、一点の曇りも疑念もなく、唯自身の想いだけを信じて「戦う」事が出来る少女。
その想いを果たす為なら、この娘は嬉々として、世界にその身を捧げるだろう。
435 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/25(金) 22:36:21.59 ID:xVa5x4Ph0
砲雷撃の雷雨に耐え、戦の炎に焼かれてもなお、激動の時代を駆け抜けようとする、この娘の雄姿。
436 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/25(金) 22:36:51.26 ID:xVa5x4Ph0
この時、改めて思い知らされた。
私なんかが遠く及ばないほど、この娘は純粋で無垢だ。
この娘は気高い存在だった。
437 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/25(金) 22:37:34.13 ID:xVa5x4Ph0
――唯々清らかな器、それがこの娘だ――。
438 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/25(金) 22:40:16.92 ID:xVa5x4Ph0
そして中将は、敬意と賞賛と愛情が入り混じった感情の儘、ぽんぽんと鉄板装甲に手を触れ、その表面を優しく撫でた。
そうして触れた鉄板装甲は、先刻まで燦々と照りつけていた太陽光のせいか、幾分か熱を含んでいたが、不思議な事に触り続けられない程、熱くは無かった。
「なでなでしないで欲しい。ぬいぐるみじゃない」
軍艦・球磨は、むぅと目を細めた様な声を上げたが、中将は言葉を返そうとしなかった。
その中将の表情は、優しいながらも、悲しみに満ち溢れていた。
439 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/25(金) 22:41:08.05 ID:xVa5x4Ph0
「……提督、球磨で良ければ話を聞く。一体何があった……?」
いよいよ心配になった球磨は、中将に再び尋ねた。
「……少し前に司令部でな、ある話を聞いたんだ」
「ある話?」
そして中将は、一つ一つ悲しみを洩らす様に、話を始めた。
440 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/25(金) 22:44:26.23 ID:xVa5x4Ph0
「戦備考査部会議や第一線から、起死回生になるであろう窮余の一策、戦局を挽回するであろう戦法が挙げられた……しかもその戦法は、全て同じ様な内容だった……皆が口を揃えた訳でも無いにも関わらず、だ……」
「それは一体……」
中将は言葉を無理やり吐き出す様に。
441 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/25(金) 22:45:34.37 ID:xVa5x4Ph0
「爆薬を積んだ戦闘機なり魚雷なりに乗り込み、それを乗員が操作して、米英の敵艦に体当たりする必中の戦法」
――――それはもう泣きだしそうな程、悲痛な声で、中将はその戦法を洩らした。
442 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/25(金) 22:46:28.01 ID:xVa5x4Ph0
「それって……! それでは乗員は……!」
「……言わずもがな」
その中将が述べた戦法を聞いた軍艦・球磨は、「来るところまで来てしまった」と言うやるせなさを、ひしひしと心で感じていた。
443 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/25(金) 22:47:48.27 ID:xVa5x4Ph0
「ミッドウェー海戦以降の前線の話は常々聞いてはいたが……まさか……それ程まで、第一線の戦況は追い詰められているのか」
「……そうだ……今はまだ提案段階とは言え、既に各地前線で独断による実行例が報告されている……それに戦況は、日に日に悪化している……海軍中央部も、近々首を縦に振らざるを得ないだろう……」
「……」
「……私は」
そうして歯の食い縛りを緩めた中将は、弱々しく笑みを浮かべながら、自身の心情について、球磨に語った。
444 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/25(金) 22:49:23.29 ID:xVa5x4Ph0
「……私はな、球磨……その話を聞いた時……私の心を支配したのは……誰かを護る為に人はそこまで己を捨てられるのかという、自己犠牲に対する敬意の念と……戦争が人を兵器に変えてしまったという、戦争倫理に対する悲嘆の念だった……それで、ふと……私は思ってしまったんだ……」
中将が浮かべた弱々しい笑顔。
445 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/25(金) 22:51:33.67 ID:xVa5x4Ph0
「人は生まれたら、後は死ぬだけの存在だ……だが結局、そこまでして私は何の為に戦っているのだろうな……敗戦は免れないのに……私たちが必死になって戦った未来は、一体どうなっているのだろうか。その先に、意味はあるのだろうか……?」
その笑みは、自分自身で掲げた信念なのに、いつの間にか自分自身がその信念、生きる意味を否定し、自分自身と交わした約束と責任を反故にしようとしていると言う嘲笑。
「……情けないよな、軍人として誰かを護る想いを抱いて戦っていた筈なのに……いつの間にか私自身の想い、私自身の存在価値に疑問を抱いてしまっている」
他の誰でもない、中将自身に対しての嘲笑だった。
446 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/25(金) 22:52:42.23 ID:xVa5x4Ph0
「この戦いや私の想い……私の今まで生きてきた意味に、一体どれだけの価値があったんだろうな……」
其処には、生きる意味さえも見失った、とても弱々しい初老の男の姿があった。
447 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/25(金) 22:53:40.28 ID:xVa5x4Ph0
「てーとく」
軍艦・球磨は、堪らずその初老の男に呼びかけた。
448 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/25(金) 22:54:20.42 ID:xVa5x4Ph0
「答え合わせをしないか?」
そして自己否定の念を浮かべた中将に対して、球磨は信念の籠った声色で、言葉を紡いだ。
449 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/25(金) 22:55:15.28 ID:xVa5x4Ph0
「……答え合わせ?」
その球磨の言葉を中将は反芻した。
軍艦・球磨は大きく頷いた様な声色を上げ、口を開いた。
「球磨は軍艦とは言え、後方任務が主体だから、生き残る可能性がある」
そして軍艦・球磨は、柔らかな口調で中将に優しく語った。
450 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/25(金) 22:56:17.17 ID:xVa5x4Ph0
「もしお互い、生きて終戦を迎えたら……この戦争に、提督と球磨の想いに、どれだけの意味や価値があったのか、お互いに見つけた答えを、交わさないか?」
その声色には、かつての中将と同じく、強い信念が込められていた。
451 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/25(金) 22:58:23.75 ID:xVa5x4Ph0
「その答えがどれだけの価値を孕むモノなのかは、球磨には分からん。もしかしたら歴史や社会からしてみれば、提督の想いなど、泡沫の様に儚いモノなのかもしれない。価値が無いモノなのかもしれない。それでも……提督が己の想いを信じ、天命に従い、進み、そして戦ってきた道だ。きっと何かしらの意味が、提督の中にはあるはずだ。世間一般で言われる価値以上のモノが、その答えの中にはあるはずだ」
ふと中将は、軍艦・球磨の影を、目の前に見た気がした。
中将は目を擦り、見上げる形で、その影を見据えた。
452 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/25(金) 22:59:32.58 ID:xVa5x4Ph0
「……球磨も提督のその強い輝き、その想いに見合うだけの答えを探してやる。いや、それ以上の価値を見出してやる。だから提督……そんな顔をしないで欲しい……」
白衣の水兵服を纏い、鳶色の長い髪と瞳を抱き、頭の癖毛を揺らす、端麗な顔立ちの少女。
453 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/25(金) 23:00:17.65 ID:xVa5x4Ph0
――それが、貴様の姿か。
「……」
そして中将を見据える少女のその顔色は、中将の心の内幕を映した様に、とても切なげであった。
454 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/25(金) 23:01:00.22 ID:xVa5x4Ph0
「……分かった、球磨」
暫くの沈黙の後、中将はすっと立ち上がると、球磨の影に向かって、吹っ切れた様な笑顔を投げかけて、口を開いた。
455 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/25(金) 23:01:38.40 ID:xVa5x4Ph0
「約束しよう。終戦までに私自身、答えを探しておく」
中将のその笑顔、それは月の様な輝きを帯びていた。
456 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/25(金) 23:02:42.08 ID:xVa5x4Ph0
「そうか……!」
その中将の言葉を聞いた軍艦・球磨は、めいっぱいの笑顔を中将に投げかけた。
投げかけられた球磨のその笑顔は、太陽の様な輝きを帯びていた。
そしてその瞳は、琥珀色にも思える程、強く輝いていた。
中将はもう一度目を擦り、目の前に視線を投げかけるが、其処にはもう誰の影も無かった。
457 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/25(金) 23:04:24.86 ID:xVa5x4Ph0
「そうさな……口約束だけでは寂しかろう、これを貴様にやる」
ふいと、思いついた中将は、自身が被っていた士官軍帽を、隣に備え付けられていた揚錨係留装置(ケーブルホルダー)の上に、ぽんと置いた。
「……気持ちは嬉しい。だけど、球磨はこの身体だ。受け取れない」
その子供の様な中将の姿を見た軍艦・球磨は、少し困った声色で中将に言葉を投げかけた。
その声色には、受け取りたくても受け取れないと言う、もどかしさが含まれていた。
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