球磨「面倒みた相手には、いつまでも責任があるクマ」

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260 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/23(水) 00:37:40.00 ID:sdjKegg/0


「部隊の仲間には『足柄』や『長良』が居たクマ。それに馬公で丁度一緒になった『摩耶』とも出撃した事があるクマ。第三南遣艦隊の旗艦の後は、再び『第十六戦隊』へと戻り、『鬼怒』とも一緒に戦ったクマ。後は『北上』と『大井』とも一緒になった事があるクマ。そう言えば……北上と大井はこの基地に居るとして、確か皆は、提督の知り合いの鎮守府に所属していた筈だクマー! 久々に会いたくなったクマ―!」


――――共に戦地を駆け抜けた戦友たち。


「フィリピン侵攻作戦が一段落した安堵からか、球磨は『水雷艇・雉』を連れて夜な夜なノロノロと航行していたクマ。だけど、それがいけなかったクマ。未明道中、米魚雷艇に遭遇、それにいち早く気付いた水兵はサーチライトを照射、同時に奴さんの雷撃が始まったクマ。そして……反航戦で衝突すれすれまで接近された球磨に対して、奴さんは魚雷二発を発射。そこで一発が艦首に当たったクマ! この球磨をもってしても、ここまでと覚悟したクマ……だけど何故か魚雷は爆発しなかったクマ。なんと命中した筈の魚雷は、ぽきりと真っ二つに折れて沈んで行ったクマー。恐らくあの場に居た全員が首を傾げていたクマ。まぁ、そんな訳で球磨は九死に一生を得たクマー。あの時は本当、もう少しで死ぬところだったクマー」


――――幸運を味方に付けた一戦。


「ある日シンガポールにイタリア巡洋艦が停泊していたクマ。だけどそのイタリア艦は、言ってしまえば裏切る可能性があったクマ。何故なら、イタリアの降伏は、既に時間の問題だったからだクマ。そしてイタリアが正式に降伏した直後、シンガポールに停泊していたイタリア巡洋艦が突如として行方を眩ませたクマ。直ぐに球磨はその巡洋艦を追いかけたクマー。だけど……奴さんがどんな手を使ったかは知らないけど、結局目標を発見できず、そのまま逃げられてしまったクマ……あの時の出来事は本当に屈辱だクマ……! その四日後には、サバンに停泊していたイタリア潜水艦の連中とも一悶着起こしたし……そもそも向こうの態度が、滅茶苦茶いけ好かなったのが悪いクマ……! ……あんのヘタリア人ども……今思い返してみても腹が立つクマー! クマ―!」


――――イタリア人に2度も酸苦を舐めさせられた事。

261 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/23(水) 00:39:42.83 ID:sdjKegg/0


「……その後は、うん……相変わらず増援輸送と哨戒が主な任務だったクマ」


まるで祖母が孫に昔の事を話す様な、優しく温かな口調で球磨は、時に笑い話を交えて、過去の出来事を語った。

それは提督が知っていた紛れの無い、光と闇が交差する「大正・昭和史」のほんの一握りの出来事であり、その激動の時代を見据え続けた「軍艦・球磨」の歴史の一幕でもあった。

262 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/23(水) 00:43:01.85 ID:sdjKegg/0


 ……………………………… 


「まぁ、こんなところクマ」


一渉り話し終えた球磨は、一呼吸の息を置いた。

球磨は自身の湯呑の内側に視線を落とすが、いつの間にか底の文様が見え、お茶の雫がその表面を潤すばかりであった。

それに気付いた提督は、机の上に置いてあった急須の横手を持ち、球磨の湯呑へと残りの烏龍茶を注いでやった。


「ありがとクマ」


そして懐古主義的な頬笑みを浮かべてお礼を言った球磨は、桜文を散らせた高田焼の湯呑をお淑やかに両手で持ち上げると、水に落とした様に艶やかな青磁色の焼き物へと一つ、接吻けした。

263 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/23(水) 00:44:27.05 ID:sdjKegg/0


――あれ?


その様子を見ていた提督は、提督が一番聞きたかった事が、まだ球磨の口から提示されていない事に気付いた。


――まだ、件の「提督」の事を聞いていない。


そして提督は尋ねた。

264 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/23(水) 00:46:04.88 ID:sdjKegg/0


「ちなみにだけどさ……艦長の事は覚えていたりするのかい?」

「……正直、覚えていないクマ。入れ替わりが激しい軍艦で一々覚えてられないクマ。あくまで球磨が覚えているのは『軍艦・球磨』としての大まかな歴史(過去)が殆どクマ」


提督の言葉を聞いた球磨は、ちょっと困った様な表情を浮かべながら提督へと言葉を返した。


「そっか……」

265 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/23(水) 00:48:04.61 ID:sdjKegg/0


――やっぱり気になるな。


そう思った提督は、更に球磨へと言葉を紡いだ。


「……でも流石に、一人ぐらいは覚えているんじゃない? 印象深い艦長は居なかったのかい?」


提督は、この時向けられていた球磨の表情。

266 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/23(水) 00:48:54.74 ID:sdjKegg/0


「……」


艦娘・球磨の「これ以上は聞かないで欲しい」という信号を、提督は察するべきであった。

267 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/23(水) 00:49:40.91 ID:sdjKegg/0



それが「艦娘・球磨」の奥深く、その心の深淵に触れてしまう話題であったという事を、この時の提督は理解してなかった。


268 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/23(水) 00:51:15.12 ID:sdjKegg/0


「……」


暫く困り顔で考え込んだ球磨は、その後、椅子から立ち上がり、消え惑いながら部屋の中央まで歩く。

そして振り向き、提督に対して笑みを振り、意を決した様に言葉を投げかけた。

269 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/23(水) 00:52:03.30 ID:sdjKegg/0


「……一人だけ、今でもしっかり覚えている艦長は居るクマ」

「へぇ、それは誰なんだい?」


その提督の問いに球磨は、一呼吸置いた後、答えた。

270 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/23(水) 00:53:05.47 ID:sdjKegg/0



「杉野修一海軍大佐」


――――その言葉を皮切りに、先程まで球磨が浮かべていた笑みに影が差した。


271 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/23(水) 00:55:00.48 ID:sdjKegg/0


球磨のその笑みを見て、そして球磨が口にした名前を聞いた提督は、自分自身の浅はかさを呪った。

提督は、自身が今まさに目の前に居る「艦娘・球磨」の深淵を覗こうとしているのだと、直感的に気付いた。


提督は直ぐに別の話題に切り替えなければと、直感的に理解した。

272 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/23(水) 00:56:55.15 ID:sdjKegg/0


そう、提督は、球磨がこの先語るであろう、この娘の「最期」を聞きたくなかったからだ。


そしてその言葉の重さに耐えられる自信が、提督には無かったからだ。

今ならまだ、何とでも言い訳をつけて、話を逸らして、逃げる事だって出来る。

273 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/23(水) 00:57:22.00 ID:sdjKegg/0



――今ならまだ、引き返せる。


274 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/23(水) 00:58:32.10 ID:sdjKegg/0


「……」


しかしあろうことか、言葉には出さずとも。

その言葉を発した球磨本人のその目が、「最期」まで聞いて欲しいと、提督に懇願しているのが、提督には痛い程受け取れていた。

275 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/23(水) 00:59:42.30 ID:sdjKegg/0



――ここで逃げたら、この先、僕は一生、この娘に顔向け出来ないだろう。

――ここで逃げたら、この先、一体誰か、この娘の深淵に光を当ててやれるのだろうか。


276 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/23(水) 01:01:41.77 ID:sdjKegg/0


提督は球磨のその目を見て、球磨の懇願に応えるべく、話の続きを聞く事を躊躇うもう一人の自分を心の中でぶん殴り、球磨に悟られない様、自身の太腿を血が滲むほど強く抓り、そして現実を見据える決心をした。


話を聞いた以上、「最期」まで話を聴くのが自分の責任であると自身に対して命令を下す。

そうして提督は、椅子から立ち上がって球磨を見据えると、自身の勇気を絞る様に、球磨へと話の続きを促した。


「その人って……確か……」

277 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/23(水) 01:03:21.16 ID:sdjKegg/0


夢で見た「少将」以上に、提督はこの人の名前を史料で知っていた。

何故ならこの艦長、「杉野修一海軍大佐」は、「杉野はいずこ」で有名な日露戦争の旅順港封鎖作戦で戦死した杉野孫七兵曹長の息子、また「戦艦・長門」の最後の日本人艦長でもあり。


「……球磨が1944年1月11日」

278 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/23(水) 01:05:25.38 ID:sdjKegg/0


そして、1944年1月11日。


「沈むその瞬間まで艦長を務めていた人だ」


――――艦長として、「軍艦・球磨」が沈むその瞬間まで、乗艦していた人の名前だったからである。

279 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/23(水) 01:06:20.29 ID:sdjKegg/0


「艦長だけじゃない、その時一緒に居た水兵たち、あの人達の事は一人一人、今でもしっかりと覚えている。あの日の出来事は、今でも鮮明に覚えている」


球磨はズボン裾をぎゅうと握りしめながら提督に言葉を連ねた。

280 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/23(水) 01:08:57.44 ID:sdjKegg/0


「その日のインド海上の空は、雲一つない快晴で、絶好の訓練日和だった……以前から『敵潜水艦がマラッカ海峡で目撃された』という情報が入っていた為、それに備えるべく、シンガポールのセクター軍港から『駆逐艦・浦波』と出港、対潜戦演習を行っていた……その訓練中、見張員の一人が潜水艦の潜水鏡が一瞬、海に出ていたのを発見した……直ぐにその事を上官である曹長に報告したが、曹長はそれを『見間違え』で済ませてしまった……それが運命の分かれ道だった……その判断を下した曹長も、悔やんでも悔やみきれないだろう……それから40分後、潜水艦から魚雷が発射された……直ぐに戦闘を告げるブザーが艦内に鳴り響き、球磨は取舵一杯で回避を始めたが……間に合わなかった……」


重苦しく、唯静かに嗚咽を洩らす様に、球磨は言葉を紡いだ。

281 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/23(水) 01:10:37.86 ID:sdjKegg/0


「右舷艦尾に魚雷が二発命中……今度は、爆発した……後部機械室と艦尾は一瞬にして火の海に包まれた……皆一様に『諦めるな』と叫んで、懸命に消化活動を行っていた……でも予想以上に火の回りは早く、甲板に搭載していた爆雷に誘爆、そして大爆発が起き、杉野艦長は直ぐに『総員退艦』命令を下した……しかし幾ら球磨が祈っても、時間は待ってはくれなかった……命令の直後、球磨は艦尾から沈んで行った……それが、たった12分の出来事だった……あっという間だった……脱出に間に合わず、球磨と運命を共にした水兵も居た……」


冷たく震え、唇を噛み締め、悲しみを押し殺しながら、球磨は言葉を連ねた。

282 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/23(水) 01:11:34.51 ID:sdjKegg/0


「そして球磨は……沈む直前まで、あの人達が抱いていた想いを……今でもしっかりと覚えている」


球磨が自身の過去を語っている姿。

提督の目に映る球磨の姿は、提督が知っている元気で勝気で一途な球磨の姿では無い。

283 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/23(水) 01:12:36.06 ID:sdjKegg/0


「あの人達は、戦いに負けると分かっていながら必死に訓練をしていた……後援部隊とは言え、あの人達は、必死だった……あの人達は、希望を抱いていた……戦いの先が大敗だとしても、愛すべき親兄弟、愛すべき郷、自分たちにも護るべき世界があると信じて、あの人達は必死に戦っていた」


艦娘でも無く、ましてや一人の女性でも無い。

284 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/23(水) 01:14:59.60 ID:sdjKegg/0


「大げさかもしれないけど、自分たちが相手に大打撃を与えれば、きっと相手も嫌になって、戦争を止めてくれる……自分たちにも護れるモノがあるんだ、と……例え自分たちが死んでも、きっと残された者たちが、自分たちの意思を継いでくれる……戦争に負けて退廃した世界を、きっと戦前や戦時中よりも良い世界にしてくれる……そして、自分たちが必死になって祖国を護ろうとして戦った想いがきっと引き継がれると……そんな希望をあの人達は抱いていた」


どこか虚ろげで儚く、今にも砕けてしまいそうな、脆弱な心を抱いた一人の少女の姿であった。

285 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/23(水) 01:16:51.92 ID:sdjKegg/0


「それでもし、生きて終戦を迎えたら、戦死した仲間に花束を手向けよう。遺品や遺骨があれば、包んで故郷の家族の元へ帰してやろう。そして、それが済んだら、祖国の復興に尽くそう、と……あの人達は毎晩、夜遅くまで、将来の期待や展望、希望の想いを抱いて話をしていた」


戦禍のうねり、歴史舞台の裏、唯独り消えていく少女の姿。

人々が沈み行くその光景を、成す術なく眺めていた少女の姿が其処にはあった。

286 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/23(水) 01:17:40.38 ID:sdjKegg/0


「そんな想いを乗せた中、球磨は沈んでいった」


そして球磨は、提督へと笑顔を投げかけた。

287 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/23(水) 01:18:32.13 ID:sdjKegg/0


「その時一緒に運命を共にした138人の魂……その想いは、今でも球磨の魂の中に生き続けている」


球磨のその笑顔。

どこか空っぽで、重く、悲しげなその笑顔は、とてもではないが年端の行かない少女が浮かべて良いモノではなかった。

288 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/23(水) 01:19:44.72 ID:sdjKegg/0


「……」


提督はその球磨の笑顔を見て、無意識にふっと球磨の元へと歩み寄る。


――――そして、そっと球磨の身体を抱きとめた。

289 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/23(水) 01:20:38.72 ID:sdjKegg/0


「……てーとく?」

「……」

290 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/23(水) 01:21:52.78 ID:sdjKegg/0


繊細で純白な絹織物でその身を覆い隠す様に、提督は己が純黒の軍衣で唯、一人の少女を抱きとめた。

少女の悲しみを掬い取る様に両の手を添え、少女の心が壊れない様に両の手で包み込んだ。

提督は唯、目の前に在るモノ、少女の心を、両の手で受け止めていた。

291 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/23(水) 01:22:49.86 ID:sdjKegg/0



そして提督は、神さまに祈った。


――――願わくは、この少女の歩んだ赤黒い道程、そしてこの先、この少女が歩むであろう青黒い道程に、光あれ、と。


292 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/23(水) 01:24:07.61 ID:sdjKegg/0


 ……………………………… 


「……ごめん」


暫くの後、提督は球磨の身体を離した。

そして赤く腫れ上がった目で提督は、球磨を見据えた後、球磨に対して頭を下げた。

293 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/23(水) 01:25:41.79 ID:sdjKegg/0


「何を謝っているクマか?」

「いやさ……嫁入り前の女性に気安く触るもんじゃないし……」

「いい歳した男が何を生息子みたいな事を。流石に抱き着かれた程度では、何とも思わないクマー」


球磨は呆れる様に提督へ言葉を返したが、提督はばつの悪そうな顔の儘、言葉を続けた。

294 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/23(水) 01:27:01.27 ID:sdjKegg/0


「でもさ……僕みたいなおじさんに抱き締められたって嬉しくないだろう」

「確かに、歳もちょっと離れすぎているクマ。まぁ、球磨は提督なんかよりも魅力と才能に溢れる男性を見つけて、提督をアッと言わせてやるクマー」


球磨の言葉に提督は、自然と零れ落ちた懐かしくも温かい頬笑みで、球磨の言葉を受け入れた。


「楽しみにしているよ」

295 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/23(水) 01:27:33.47 ID:sdjKegg/0


球磨は目を細めてうんうんと頷き、執務室を後にしようと提督に背を向け、扉へと向かう。

しかし数歩の後、球磨はその場に立ち止まった。

296 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/23(水) 01:28:05.05 ID:sdjKegg/0


「球磨……?」

「でも……」


その言葉と共に球磨は振り返ると、提督に向けて一つ、笑顔を投げかけた。

297 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/23(水) 01:29:38.00 ID:sdjKegg/0


提督に投げかけられた球磨の笑顔。

その時の笑顔は、提督の心に焼き付き、この先決して忘れる事はないだろう。

298 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/23(水) 01:30:18.79 ID:sdjKegg/0


「さっきは本当にありがとうクマ。正直、凄く嬉しかったクマ」


そう言って提督に投げかけられた球磨の笑顔には、真綿の様な貞潔が含まれていた。

299 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/23(水) 01:31:08.89 ID:sdjKegg/0


「提督は人一倍優しいクマ。それだけは本当に誇っていいクマ」


そう言って提督に投げかけられた球磨の笑顔には、聖母さまの様な慈愛が含まれていた。

300 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/23(水) 01:32:12.82 ID:sdjKegg/0


「球磨はそんな提督の事が一人の人間として尊敬できるし、球磨はそんな提督の事が大好きだクマ」


そう言って提督に投げかけられた球磨の真雪の様な笑顔で、提督は何かとてつもない存在に許された様な気がした。

301 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/23(水) 01:34:44.63 ID:sdjKegg/0



※ここまでお読み頂き、誠にありがとうございました。本日分の投稿は以上となります

【参考文献】
○木俣滋郎『日本軽巡戦史』(図書出版社、1989)
○原 為一ほか『軽巡二十五隻』(潮書光人社、2015)


302 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/23(水) 02:48:35.11 ID:z3pZYETA0

凄いな
この為に色々勉強したのか?
303 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/23(水) 07:27:01.30 ID:Eq15GoOPo
歴史物書く上で資料は必須……体に染み渡ってこれは……ありがたい
304 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/23(水) 09:02:09.14 ID:EEX0R+JH0
305 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/23(水) 21:37:28.53 ID:ZjEhUuJNO
おつおつ
306 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/24(木) 00:01:52.24 ID:YNVkaoIwo
軍艦越後の生涯を思い出した
307 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 20:57:16.57 ID:EipL9CIW0

こんばんは。

コメントをお寄せ頂き誠にありがとうございます!


>>302

正直に申し上げますと、西洋史や文学史、哲学史などは元々好きで勉強していたのですが、
「太平洋戦争」や「戦史」につきましては、若干の忌避意識があったせいもあり、
今の今まで勉強してこなかった為、付け焼刃感が否めないです。

また、「歴史」は個人の目を通して史料が取捨選択され、綴られる、かなり主観が入り混じる営みです。
その為、この作品で綴られた「歴史」が間違っている可能性も十二分に考えられます。
それにつきましては、やはり私自身の勉強不足を痛感している次第です。

それでも拙い知識を総動員して球磨ちゃんの歴史を頑張って描こうとしたのは、
球磨ちゃんに限らず、艦娘一人一人が生きた戦争にはこれだけの歴史背景や物語があったんだよ、
という事を私自身、誰かに知って欲しい想いがあったからだと思います。
それが少しでも共感頂けたのであれば、これ以上の喜びはございません。


>>303

軍艦・球磨のエピソード含め、この作品を描く際に使用した主な文献につきましては、
投稿完了後の後書きに改めて掲載させて頂きます。


>>306

お恥ずかしながら私は、まだ本書を読んでいないのです。

この投稿が完了しましたら、
読んでみようかしらんと思います。


それでは、本日分の投稿を開始致します。
引き続き、よろしくお願い致します。
308 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 20:59:19.21 ID:EipL9CIW0


 ……………………………… 


――――1630、日本国近海航路、海上警備ルート、地点E。


「ん〜?」

「どうかしたの、北上さん? そんな怪訝そうな声を上げて」

「いやさー、なんかラヴコメ……にしては、えらくシリアスなエネルギーを感じた気がしてさー」


乾風は靡くのを忘れ、朔風は何処かへと身を潜めた、穏やかな冬凪の水界。

太陽は西へと傾き、海原と御空の境界線が黄昏色に滲み始めた中。

水平線上を滑っていく四つの影があった。

309 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 21:02:17.00 ID:EipL9CIW0


「なんだそりゃ? 今頃、球磨姉とアイツが仲良しこよしやってる、ってか?」

「それは多分ないにゃ。前にも聞いたけど、球磨ちゃんは提督の事、尊敬してはいるみたいだけど、恋愛対象って立場からすれば、これっぽっちも興味ないみたいにゃ」


艦娘・多摩を先駆けに、北上、大井、木曾の四人は、本日の近海航路の海上警備任務を終え、基地へと帰投する為、決められた巡回ルートを滑走していた。

310 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 21:03:43.52 ID:EipL9CIW0


「それに、一番どう思っているのか分からないのは提督の方にゃ」

「確かになぁ……いまいちアイツが球磨姉の事をどう思っているのか分からないんだよな」


木曾は腕組みしながら、提督の顔を浮かべ、その心の内幕を捜査してみたが、どれも真に迫るものでは無かった。

311 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 21:05:32.88 ID:EipL9CIW0


「……それを言ったら、提督が私たちの事についてどう思っているのかも……正直、分からないわ」


姉妹たちが話している様子を眺めていた大井は、顎に手を当てながら、不信感にも懐疑心にも近い表情を顔に張り付かせ、そして口を開いた。


「どゆこと、大井っち?」


姉妹たちの視線は全て大井へと注がれ、大井の次の言葉を待つ。

大井は一呼吸した後に、姉妹たちに自分の考えを述べた。

312 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 21:07:14.98 ID:EipL9CIW0


「……提督のあの目よ」

「提督の目?」


大井は自分自身の身体を両手で抱き締めながら、提督の優しげな表情を頭に浮かべつつ、確かめる様に口を開いた。

313 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 21:08:47.29 ID:EipL9CIW0


「そう。提督の私たちを見る目は、異性を見る目にしては、綺麗過ぎるのよ……イヤらしさと言うか、ねちっこさが全くないのよね。男の人の目線って、もっとこう……べたべたで、ぐちょぐちょで……」

「まぁまぁ、大井っち。流石にそれは提督や基地に居る皆に失礼だよー」


世の一般女性が述べそうな意見だが、これ以上は歯止めが利かなそうだと判断した北上は、大井を宥め、諭す様に言葉を投げかけた。

314 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 21:10:05.04 ID:EipL9CIW0


「……ふふ。冗談よ、北上さん」


北上の言葉を聞いた大井は、言葉を返す。


「基地の皆は結構、提督に似ている人達や清々しい程ド直球に感情をぶつけてくる人達が多いから、正直言って、私はあの人達の事が好きよ」


そして先程までの懐疑心が嘘だったかの様に、柔らかな笑みを一つ浮かべ、今では信頼感を持った眼差しで、提督や基地の皆の姿を思い浮かべていた。

315 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 21:12:12.59 ID:EipL9CIW0


「でも……それにしたって提督の目は綺麗過ぎるのよ」

「てか、なんやかんや言って俺たちとアイツはかなり歳が離れてるぜ……あの堅物司令官の事だし、単に俺たちの事を恋愛対象だと思ってないんじゃないか?」


提督について話を戻した大井に対し、木曾は言葉を投げかけた。


「私も最初そうだと思ったら……時々言葉で言い現せない程、熱が籠った目を私たちに投げかけてくるのよね、提督は……」


だが大井は、提督に対しての疑問を拭えずにいた。

大井は、ふう、と吐息を洩らし、海風に揺らめく自身の栗色の前髪を指で流しながら、目を細め、静かな表情を浮かべた。

316 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 21:13:20.66 ID:EipL9CIW0


「本当、何なのかしらあの目は……よくよく思い返してみたら、別に嫌な視線じゃないのよ……だけど、好きな人に見つめられた時みたいに、ドキドキもしないのよね……でも、何て言うか胸がぽかぽかするって言うか……」

「あっ」

「北上さん?」


頭に点灯した電球を乗せた様に、北上は唐突に声を上げた。

317 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 21:15:21.78 ID:EipL9CIW0


「提督の目で思い出した。あれだ、ちょっと前に大井っちと一緒にショッピングに行った事があったじゃん?」

「ええ。一か月前くらいの非番の時の事よね。北上さんと一緒に冬物の服を買いに出掛けて、お店で私はオリーブ色のオーバーコートを、北上さんは確かホワイトカシミアのマフラーを買ってたわよね……それで、一緒にお茶を飲んで……天気が良かったから、その帰り道に広い公園でのんびりと散歩出来て、とても楽しかったわ」


大井はその時の事、北上と一緒に可愛い服をきゃあきゃあと選び、北上と一緒に美味しいお茶と美味しいスイーツを嬉しそうに頬張り、北上と一緒に公園内を歩きながら、たわいの無い話を連ねられる日常。

細やかながらも大きな喜びを噛み締めていた事を、にこにことした表情で思い返していた。

318 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 21:16:56.59 ID:EipL9CIW0


「そうそう。それで、その公園には私たちの他に親子連れが居たじゃん?」


その言葉に大井は、あっ、と思い出した様な表情を浮かべる。


「ええ、そうね。確か、お父さんとお母さん、それに娘さんの3人で遊んでいたわよね。とても仲睦まじそうで、見ているこっちも何だか嬉しい気持ちになったわ」

「そう、その親子連れなんだけどさ……」


北上は一呼吸置いた後、にっこりとした大らかな笑みを掲げ、口を開いた。

319 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 21:17:55.84 ID:EipL9CIW0


「提督の目、あの時居たお父さんの目にそっくりなんだよねー」


「……おしゃべりはここまでにゃ。水上偵察機に敵影を捕捉したにゃ」

320 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 21:18:49.08 ID:EipL9CIW0


だが、その多摩の言葉に、意識が現実に引き戻される。

そうして皆一様に諦観した様な顔を浮かべ、多摩を見据えた。


「大物が釣れたにゃ」


しかし多摩は、その場に居た誰よりも諦観と無常、そして憂いを含んだ顔を浮かべながら、現実を述べた。

321 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 21:19:20.28 ID:EipL9CIW0



「あの時の姫級にゃ」


322 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 21:22:08.07 ID:EipL9CIW0


 ……………………………… 


――――1700、日本国近海航路、海上警備ルート、地点Eから北東10シーマイル。


『……』


斜陽の水平線、次第に金色から深紅へと色彩をグラデーションさせた海原。

その世界にポツリと、独りぼっちで、ボロボロの士官軍帽を被り、外套を翻す弧影が佇んでいた。

323 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 21:23:27.07 ID:EipL9CIW0


「……」


その孤影の他に敵艦はおろか敵潜水艦の影さえも見当たらない。

完全単騎状態の姫の姿が、其処にはあった。


「……」


仲間も連れず、唯独り佇む姫。

その姿はまるで、誰かを待っている様でもあった。

324 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 21:24:39.50 ID:EipL9CIW0


「……!」


唐突に一発の砲弾が、明確な殺意を持って、その姫の背後へと飛来する。


姫は外套をその身に纏わせながら、身体を一回転させ、その砲弾を易々と回避した。

直後、一つの砲撃音が海原一面に鳴り響いた。


そして姫は振り向き様、その砲弾の射手へと視線を向けた。

325 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 21:25:59.82 ID:EipL9CIW0


「よう、久しぶりだな」


参謀飾緒を肩口に飾り、裾先に北方迷彩をあしらった外套を纏う艦娘。

艦娘・木曾の姿を捉えた。

326 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 21:26:46.30 ID:EipL9CIW0


「……」


そうして、お互いの視線が遠距離より交差した。


木曾はふつふつと湧き上がる怒りに満ちていく目で姫を見据え、姫はどこか歓喜と困惑を孕んだ目で木曾を見据えた。

327 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 21:27:44.42 ID:EipL9CIW0


「俺は5500トン型の軽巡洋艦、球磨型・5番艦の木曾だ」

「……!」


木曾はくく、と笑い声を立てながら、遠くに居る姫に言葉を投げかけた。

その木曾の名乗りに、姫は何て答える訳でも無く、そっぽを向き、自身が被っている軍帽のつばをすっと摘み、目元を隠す様に深く被り直した。

328 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 21:28:59.14 ID:EipL9CIW0


「……」


そっぽを向いたその時の姫の表情。

姫はその時、苦虫を噛み潰した様にも気恥ずかしげな様にも見える表情を浮かべていた。

しかし遠目からでは、その姫の表情を伺う事は出来なかった。


「ずっとお前に会いたかったぜ?」


その為、姫の行動は、木曾からしてみれば「お前など眼中にない」と言った挑発行為にも受け取れた。

故に姫のその行動は、怒りに心を燃やした木曾の神経を逆なでするのには十分過ぎた。

329 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 21:31:07.97 ID:EipL9CIW0


「この前の球磨姉に対する落とし前……ここでつけさせて貰おうかっ!!」


木曾は咆哮を上げ、全魚雷発射管門と主砲砲塔を姫へと向け、そしてトリガーを引き抜いた。

海原に響き渡る、木曾の咆哮を反映させた砲撃音と雷撃により、姫との戦いの合図を告げた。

330 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 21:33:38.67 ID:EipL9CIW0


 ……………………………… 


『よう、久しぶりだな。俺は5500トン型の軽巡洋艦、球磨型・5番艦の木曾だ』


――――戦いの火蓋が切って落とされる寸前。


「……ええとさ、作戦司令室に本当の事を報告しなくて良かったのかな? 多摩姉ちゃん」

「そんな事したら一発で提督に止められるのがオチにゃ。それに、あの状態の木曾を止めるのは一苦労にゃ。まぁ、本当に危なくなったら煙幕を焚いて、木曾を無理やり引っ張って、そのまま撤退するだけにゃ」


多摩、北上、大井の三人は、木曾から少し離れた場所で、姫と木曾の様子を伺っていた。


多摩は作戦司令室へ、通常の防衛戦闘という名目で、姫との接触を報告した。

衛星からのモニタリングによって直ぐバレる嘘だと分かっていながらも、多摩はその事を伏せて報告した。

331 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 21:35:01.88 ID:EipL9CIW0


「それに戦闘が始まってしまえば、いくらでも言い訳がつくにゃ。それより……」

「……多摩姉さん?」


そして多摩は、姫へと視線を投げかけた。

332 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 21:36:05.62 ID:EipL9CIW0



「あの姫について、ちょっと確かめたい事があるにゃ」


敵を見る目にしてはあまりにも優しく、そして憂いを含んだ目で、多摩は姫を見据えていた。


333 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 21:37:18.34 ID:EipL9CIW0


 ……………………………… 


「沈めぇえええ!」


海原に響き渡る砲撃音と、波を切り裂いて進み、所々で水柱を上げる雷撃の最中。

木曾は遠距離を保ちながら、姫へと続け様に砲撃を放った。

334 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 21:43:50.28 ID:EipL9CIW0


「北上、大井! 砲雷撃戦、用意にゃ! 木曾のサポートに回るにゃ!!」


木曾の背後に居る多摩は、静かながらも遠くまで鳴り響く、鈴が音の様な声色で、北上と大井に命令する。

飛来した姫の砲弾の着弾予測情報を、姉妹たちに共有しながら、姫の行動に合わせた偏差射撃を行った。


「了解だよ! 40門の酸素魚雷は伊達じゃないからっ!!」

「了解したわ! 海の藻屑となりなさいなっ!!」


加え、北上と大井は、多摩の指示を受けながら移動し、姫の砲弾を躱しながら、波立てる様に雷撃の波状攻撃を姫へと浴びせ続けた。

335 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 21:45:00.50 ID:EipL9CIW0


「クッ……!」


姫は以前遭遇した時と同じく、身体を揺らし、緻密な動きで、その魚雷群と砲弾を回避していく。

しかしその姫の動きには、幾分かぎこちなさがあった。


「ほら、どうしたっ! 動きが鈍いぞっ!!」

「コノ……!」


その声に反応する様に、姫は木曾に対して偏差込みの砲撃を何発も撃ち込んだ。

336 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 21:46:37.01 ID:EipL9CIW0


「当たるものかっ!」


木曾は海風に振う外套を、華奢なその身に絡ませながら、一回転、二回転と、海原を回転し、姫のその砲弾を避ける。

静止した物体や小さく動く物体よりも、より早く、大きく動く物体に注視しがちである生物の目の性質を利用し、木曾は己の外套を使い、風に舞わせ、自身の的を広狭される事により、姫の精密射撃を尽く躱していった。

337 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 21:47:47.01 ID:EipL9CIW0


「考エル事ハ一緒カ……」


だが、それは敵である姫も同様であった。

姫は木曾と同じく、左右に身体を揺らし、或いは纏っている外套を囮に、木曾、多摩、北上、大井が其々穿つ、鋼鉄の雨霰を軽々と回避した。


「チッ……やるじゃないか……!」

338 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 21:50:28.03 ID:EipL9CIW0


――だが、これなら勝てる。


深碧の髪を揺らし、精悍な顔立ちで姫を捉え続けた木曾は、勝機を掴んだ事に対する笑みを浮かべた。


苦戦を強いられてはいるが、依然として木曾が優勢であるこの状況。

相手の動きが、以前よりも鈍い事もあった。

更に数では、圧倒的に木曾が有利である。

339 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 21:51:16.43 ID:EipL9CIW0


だがそれ以上に、今の木曾には姫の動き、そしてその思考が、手に取る様に分かった。

面白い程、姫の行動が、木曾には読めていた。

340 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 21:52:19.84 ID:EipL9CIW0


しかし遠距離での撃ち合いにより、お互いがお互いの砲撃と雷撃を回避し合うというこの状況。

一種の膠着状態に陥っていた。


――このままでは埒があかない。


お互いの砲弾と魚雷を枯らすまで撃ち続ける気は、木曾には更々無かった。


「多摩姉っ! これじゃあ、埒があかねぇ! 接近するから援護を頼むっ!!」

341 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 21:53:39.48 ID:EipL9CIW0


――球磨姉を殺ろうとしたお前だけは、絶対に倒す。


頭に血が上っていた木曾は、苛立ちを含んだ声で、姉たちに援護を要請した。


「……了解にゃ。北上、大井」

「……うん、分かった」

「……ええ、了解したわ」


そして木曾は姫に対して、進撃を開始した。

342 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 21:55:04.16 ID:EipL9CIW0


「頼んだぜっ!!」


その為、普段の木曾だったら絶対に気付いたであろう姉たちの様子に気付かなかった。

343 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 21:55:32.64 ID:EipL9CIW0



――――姉たちの声色に、憂いと困惑が含まれていた事に。


344 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 21:58:08.09 ID:EipL9CIW0


多摩、北上、大井のサポートを盾に、木曾は海面を之字滑走しながら、姫の元へと突貫した。


「ソコダッ!」


その木曾に対し、姫は海底から響く様な声を上げ、砲弾の雨を降らせた。


「甘いっ!」


砲弾を着弾ギリギリまで引き付け、針路を左右に瞬刻切り返す事で木曾は回避した。

345 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 21:59:19.97 ID:EipL9CIW0


「捉エタッ!」

「くっ……!?」


そうして中距離まで接近した木曾に対して姫は、之字での切り返しが困難なタイミングを見計らい、精密砲撃を行う。

346 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 22:00:53.42 ID:EipL9CIW0


「これくらいっ!!」


眼前へと迫った砲弾に対して木曾は、軍刀を振り抜き、高速移動状態により抗力が増した海面に、スキーのピッケルの様に刀を突き立て、無理やり方向転換する事で、これを回避した。


「ぐっ……!」


直後、木曾の右腕を砲弾が掠め、鮮血が飛び散った。

だが、木曾に言わせてみれば「そんな事は知った事ではない」。

347 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 22:01:52.62 ID:EipL9CIW0


「これならどうだっ!」


木曾は、背中の格納管から魚雷を片手で数本引き抜き、海へと落とし、近距離に迫った姫へと雷撃を仕掛ける。


そして木曾は、姫へと先行する手投げた魚雷に、自らの砲弾を叩き込んだ。

348 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 22:02:38.15 ID:EipL9CIW0


「ッ!?」


直後、木曾の背面を通過した北上と大井が放った魚雷群が、先程、木曾自ら信管を叩いた魚雷に誘爆する。

白く凍て付く海原一面に、氷柱が落ちたかの如く、無数の水柱が広がった。

349 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 22:04:43.35 ID:EipL9CIW0


そして、木曾と姫の姿が銀竹林の中に掻き消えた、その刹那。


「戦いは敵の懐に飛び込んでやるもんよ……なぁ!!」

「……!」


――――水柱を掻き切り、木曾は軍刀を真っ向から姫へと振るい落とした。

350 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 22:06:15.59 ID:EipL9CIW0


「クッ……!」


姫は咄嗟に迎撃砲撃を放つが、それよりも疾く走った木曾の刃筋を避ける事に集中した為、砲塔の狙いが僅かに掠れ、木曾の横顔を掠めた。


「……外したか……!」


双方ともにガチャン、と次発装填の重金属音が海に響き渡った。

お互い一発が生きている状態。

どちらかの近接攻撃が通るか、或いは距離が少しでも開いた方が、一撃を叩き込まれる。

351 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 22:07:33.33 ID:EipL9CIW0


「……だが、まだだっ!」


木曾は瞬時に姫との間合いを詰め、上段構えから、切っ先三寸を滑らせ、姫の胴体へと刃線を走らせた。

姫は身体を後ろに引き、木曾の刀光を自身の白銀の前髪に掠せながら、木曾の斬り下げを皮一枚で避けた。


「……チッ!」


木曾は更に踏み込んで、刃を返し、下段から上段へ、姫に対して刃波を立てた。

姫は半身を切って木曾の斬り上げをあしらった。

352 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 22:08:16.96 ID:EipL9CIW0


「それで躱したつもりなのか!」


更に続く木曾の攻撃、その横一文字の薙ぎ払いを、姫は身を翻して、大きく後ろに飛び退く事によって回避した。

353 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 22:08:59.55 ID:EipL9CIW0



――――この瞬間、姫の脚が海面から浮いた事により、一瞬だけ姫に、隙が出来た。


354 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 22:09:54.25 ID:EipL9CIW0


「食らいやがれえぇえええ!!」


そして木曾は、脚艤装の出力を全開にして、顔の横に刀を添える霞の構えから腕先を伸ばし、姫の顔を狙った刺突攻撃を放った。

しかしその突き攻撃は、やや大振りであった。

355 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 22:11:20.03 ID:EipL9CIW0


「……ナメルナッ!」


死中に活を求めていた姫は、海原への着地と同時、脚艤装の出力を上げ、向かってくる木曾の凶刃へと飛び込んだ。

そして姫は木曾の突き攻撃に合わせて、側面へと半身を切り、斜めに踏み込んで、凶刃を回避し、刀を添えた木曾の手元へと腕を伸ばす。

姫はこの儘、木曾の刃を持った手を取り、同時に空いた手で木曾のこめかみに打撃を加え、掴んだ木曾の手元を捻り、海面に叩きつけようとした。


だが、姫の手が木曾の手に触れるその一瞬。

356 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 22:11:49.59 ID:EipL9CIW0



「悪いな」


――――木曾はニヤリと笑みを浮かべると、その手に持った刀を離した。


357 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 22:12:47.09 ID:EipL9CIW0


「ッ……!」


木曾の手元から重力の儘、海面へと吸い込まれていく刀を尻目に、木曾の行動を察した姫は、直ぐに伸ばした手で鉄拳を作り、木曾の顎目掛けて打撃を加えようとする。


「徒手格闘は、何もお前だけの特権じゃない」


木曾はそれよりも早く、やや木曾の手元へと伸ばし切った姫の腕に、薬指を引掛けた。

358 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 22:15:07.71 ID:EipL9CIW0


「シマッタ……!」


そのまま姫の腕を接点に、木曾は姫の二の腕へと左手を引掛け、姫の勢いと木曾の脚艤装の出力を利用して手繰り、姫の身体を木曾の側面へと引っ張る。

そして、姫の側面を取った所で木曾は、姫の腕を離し、外套を纏わせながら一回転して、姫の背面を取ると同時。


「グァッ……!」


姫の背中に携えた艤装に滑り込ませる様に、姫の後頭部へと肘打ちを叩き込んだ。

次いで木曾は、続け様に姫の背中に後蹴りを、更に姫へと振り向き様に前蹴りを喰らわせ、姫を突き飛ばした。

359 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/24(木) 22:16:47.55 ID:EipL9CIW0


姫は後頭部の激痛に耐えながら、木曾へと振り返ったが、既に勝負は決していた。

木曾の砲塔から放たれた直撃弾の衝撃により、姫は錐揉み状に吹き飛ばされた。

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