神通「カリブの、海賊?」【艦これSS】

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409 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:53:42.80 ID:sE/Vv+Mi0



ジャック「ヘクター! その便利な剣で舵取れないのかっ!」



敵に囲まれながらバルボッサに叫ぶ。



バルボッサ「無理だぁ!」



バルボッサはバルボッサで、中央甲板から引き連れてきてしまった敵一団を相手取っていた。
その数もまた多く、バルボッサも剣に専念しなくてはならなくなった。



ジャック「なんで!」



片手での応戦を横目で見ながら、そろそろバルボッサが舵から手を離しそうだと感じたジャックは
力いっぱい剣を払い、亡者の喉をかき切る。



バルボッサ「まだそこまで使い慣れていないっ!」



410 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:54:09.22 ID:sE/Vv+Mi0



バルボッサに3人の亡者が剣を振り下ろしてくる。バルボッサは剣を横にして、二人分の剣をなんとか片手で受け止め、
受けきれなかったもう一人を、ジャックが走ってきて後ろから突き刺す。


それを見て、バルボッサが舵から手を放す。
一切の間断なくジャックはその舵を握り、また泊地水鬼からの砲撃を避ける。


両手が使えるようになったバルボッサは二対一などものともせず、力づくで鍔迫り合いを押し込んでいき、船縁から突き落とした。



バルボッサ「フン、俺にだって出来ないことくらいある」

ジャック「あら、珍しい。お前、そういうのを認めるタチだっけ?」

バルボッサ「お前なんかに見栄を張っても意味はないだろう?」



411 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:54:45.70 ID:sE/Vv+Mi0



敵の襲撃は止まない。また性懲りもなく一団が突っ込んでくる。


いなし辛い突きで突進してきた亡者の攻撃をなんとか避けるジャック。


敵はそのまま勢い余って船の壁に突っ込み仰向けに失神した。


哀れにも、そんな隙を見逃すはずもなく、バルボッサは勢いよく義足で頭を踏みつけ砕くと、
ジャックの元に走ってくる。ジャックは左舷階段を上ってくる一団を追い払うため、
舵から手を離すと、それを今度はバルボッサ引継ぎ、船を動かす。


仲間となったり、共闘したり、殺しあったり……、二人の関係は何とも複雑なものだが、
いずれにせよ長い付き合いである。互いにとって実に不本意ではあるだろうが、
一切のアイコンタクトや口頭指示もなく、この死地で互いが互いの苦境をカバーし、
雰囲気で舵取りの限界を察知し交代するその様は、一種の老夫婦のような関係にあった。







412 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:55:32.42 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 甲板//




そうして、ジャックとバルボッサの連携は続き、こうした交代劇が3度も続く頃には、
流石に体力が落ちてきた。唯一の朗報は、この間に泊地水鬼と距離ができたことだけだ。


バルボッサ「斬っても斬っても……、なんだ、こいつらは! イグアナのなり損ないか!」

ジャック「こいつらは玉無しのなり損ないさ」


二人は互いに大きく剣を振るい、お互いの後ろにいた亡者を切り払う。



バルボッサ「玉無しというよりも魂無しという方が正しいな」

ジャック「なるほど、いい考えだ」



二人は揃って海面を見て、苦い顔をする。
海面と船体側面に広がる、まだまだ夥し程の青白い光、光、光。
ホタルイカでももう少し慎ましやかに発光するだろう。



413 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:56:17.12 ID:sE/Vv+Mi0



ジョーンズ「流石に埒が明かんぞ」


顎の触手で器用に顔の返り血をぬぐいながら、ジョーンズも後方甲板に来た。
ジャックが全体を見渡すと、船の上は惨状といえる様子であったが、
幸いにも船の損傷は少なく、船上の敵は死に絶え、同乗者も全員無事のようだった。



ギブス「うぉ、こりゃ酷ぇ。一斉に来られたら死ぬな」


一足遅れて海面をのぞき込んだギブスは、舌を出して顰めた。



ベケット「奴もそれほど焦っているということだ」


確かに、最初よりも明らかに泊地水鬼の声が引き攣ったような印象を受けるし、
何よりも艦娘たちの砲撃のおかげか、攻撃した際の返り血の量が多くなってきた。
敵の外殻を破り、生身の部分に達しつつあるのかもしれない。



414 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:56:47.74 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「では……、ん?」



ベケットは一同に指示を出そうとするが、視界の端に、まだ息のある亡者が見えた。
自前の拳銃で仕留めようと腰に手をやるが、そこにあるはずの拳銃が無くなっていた。

苛烈な近接戦の中で落としてしまったかもしれない。仕方なくベケットは軍刀で
倒れた亡者に止めを刺し、痙攣が終わったのを見計らうと、何事もなかったように
ジャックらに向かって言った。



ベケット「亡者は想定外だったが、問題ない。敵は弱っている。
     今作戦の総仕上げと行こう。……吹雪君!」


船底に繋がる入口から、ベケットは大声で吹雪を呼ぶ。
慌てて来たのか、一瞬ゴン、とどこかにぶつかるような音がした後、
入口部から吹雪が出てきた。



415 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:57:15.71 ID:sE/Vv+Mi0



吹雪「っ、は、はい! ベケット提督代行! お呼びでしょうか!」


ベケット「そういうのは良い。戦地だ。手短に」


吹雪「はいっ!」



ベケット「天龍殿にあれの用意を。次の接敵で決めるぞ」


吹雪「! 畏まりました!」



ベケット「君は作戦伝達後、ここに戻って船底へ通じる入り口の守備に尽きたまえ」


吹雪「はいっ!」




キビキビと敬礼をして甲板下に戻っていく吹雪を見送ると、
一同はもう一度戦闘のために剣を構えた。



416 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:57:45.93 ID:sE/Vv+Mi0



嵐の真っ只中で使う言葉ではないかもしれないが、
この一時的な休憩状態と、海面に満ちていく殺気。
嵐の前の静けさ、という言葉が一番似合う一瞬である。




ギブス「来るか……」


作戦遂行のため、指示に従って配置につく一同。
中でもギブスは一段と緊張している。



ジャック「安心しろ、ギブス君。お前は舵だけに注意していればいい」

ギブス「あぁ……」



417 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:58:28.40 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「海軍、海賊と長く海にいた君ならば、この程度の荒波の操舵は
     わけもないだろう? ギブス君」

バルボッサ「その通り。この作戦の要は、期せずして君になった。
      存分に辣腕をふるってくれたまえギブス君?」

ギブス「あ、あぁ……」

ジョーンズ「今この瞬間だけは、ここにいる5人、いや、下も合わせて9人分の
      魂の価値が貴様にはあるぞぉギぃブス君!」


ジャック「あ、なら108人分だ」

ジョーンズ「何ぃ?」

ジャック「ほら、俺の魂って100人分に釣り合うんだろう?」



昔、ジャックはパール引き上げてもらう代わりに100年間ダッチマンでの労働を課せられる契約をした。
その後、それを踏み倒し、代わりに誰かほかの人間を連れてこようとしたが、ジャックの魂は
100人の水夫に匹敵すると言って、代わりの生贄を100人用意するよう迫ったことがある。


418 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:59:13.92 ID:sE/Vv+Mi0


バルボッサ「なら307人分だ。俺はジャックの倍の価値はある」

ジャック「なら相対的に、俺一人で300人分の価値になる」

バルボッサ「ならば俺は必然的に400人だ!」

ジャック「なら500人!」

バルボッサ「600人!」

ベケット「なら、20億人だ」



ギョッとした目でジャックはベケットを見る。


ベケット「ここを突破されれば日本はおろかアジア一帯の制空権を握られ、防衛線は内から崩れる。
     この作戦は、このアジアに住む全ての人命を賭すものだ」



ジャック「あ、そりゃズルい」



419 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:59:49.86 ID:sE/Vv+Mi0



戦争で大きく減ったとは言え、まだこの一帯の国々には力強く生き抜く人間が沢山いる。
制海権と制空権を奪われるということは、この国々を危機にさらすことと同義であった。


ギブス「なら、とりあえず俺の価値は20億と1100人ちょっと分の価値があるってことで、
    俺の魂がダントツで一番ってことだな?」



ジャックとバルボッサは白い目でギブスを見る。
ただ、幸いなことに、余りにハードルが上がりすぎたのかギブスの緊張は取れていた。



ベケット「さぁ、ここにいる誰も彼も、ここより後は無いぞ」




軍刀を抜き、掲げる。


ベケット「皇国の興廃この一戦にあり。各員一層奮励努力せよ!」



420 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:00:19.91 ID:sE/Vv+Mi0



それは、かつて絶体絶命の日本海海戦にて、ロシア・バルチック艦隊を破った名参謀、秋山真之の言葉。
全軍の士気を鼓舞するために、アルファベットの最後である「Z」を意味する旗を掲げ、
後のない背水の闘志を以て帝国海軍を歴史的勝利を導いた。そんな縁起の良い言葉にあやかったのだ。

とはいえどれだけの効果があるのやら。


少なくともこの言葉の真意を理解する者はこの甲板には居まい。
そして、後がないことを象徴する「Z旗」などという洒落た旗もこの船にはない。




唯一ブラック・パールに掲げられているのは、海賊旗。

ドクロの下に剣が二本交差する、死と勇ましさと力を象徴。




後なき逆境を笑って進む、命知らずの旗である。










421 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:04:25.34 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 後方甲板//







泊地水鬼『ウ゛アァァア゛アアアア!!!』






壊れた怒声がジャックらの腹に響く。もはや音のレベルを超え、衝撃に匹敵している。
そしてそれに呼応するように、再び亡者たちが集ってくる。



ジャック「来るぞ!」








四人が一斉に剣を構える。舵をとるギブスを中心に、
ジャック、バルボッサ、ベケット、ジョーンズの四人が背中合わせに四方に向く。


かつて殺しあった者同士であるが、……いや、死力を尽くして殺しあった者同士だからこそ、
互いの実力の程は分かっている。ギブスもそれを知る者の一人である。
背中を預けて舵に集中するには申し分のない安心感があった。




水面が荒れる音がする。すぐに船の側面がバタバタと音を鳴らし、
一瞬だけ軋む音がすると、青い目を光らせ、亡者たちが次から次へとよじ登ってきた。

ジャックらは船縁から豪快に飛び乗ってきた一群を切り伏せ、串刺しにする。
側面を這い上がり、階段を駆け上がり、とどまることなく敵が押し寄せる。



だが高さを利用して侵入を留め続ける4人を抜くことはできていない。




彼らはかつてのカリブの海で、世界の海の趨勢を担った主役たちである。
その辺の亡者とは、役者が違う。








422 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:05:01.42 ID:sE/Vv+Mi0



ギブスはジャックから手渡されたコンパスを見ながら、海流と風を読んで、操舵する。
針の示す方に近づいていくと、正面から船の横を砲弾がすり抜けた!
亡者たちのせいで再び補足されたようだ。だがここまでは予想通り。
念のために蛇行運転をしていた甲斐がある。


ギブスは面舵へ大きく回すと、船が軋み上げて転進を始める。
泊地水鬼もそれを追ってきている。荒れ狂う風であるが、今は追い風。
パールは追い風ならだれにも負けない。ギブスは長く乗ってきたこの船の力を信頼していた。



ロデオの様に揺れる波に乗って、パールと泊地水鬼とつかず離れずの距離を保つ。

勿論、泊地水鬼もそれをただ見ているだけではない。
逃がすまいと後ろから何度も砲撃を放ち、その度に巨大な水柱を上げさせる。
危うい場面は何度もあった。しかし、直撃はしない。

単純に、経験の違いだ。


423 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:05:30.45 ID:sE/Vv+Mi0



ギブスたちには知る由もないが、ベケットだけは剣を振りながら何となく理由を察していた。


この泊地水鬼はセイロン島作戦で初めて存在が確認された、比較的新しい深海棲艦だ。
いつ生まれたかまでは知らないが、敵の情報は全世界で共有している。
今まで戦場で発見されたことがない以上、少なくとも、戦闘経験は無に等しいだろう。


圧倒的な火力と、泊地に由来する防御力。そして搭載した膨大な艦載機。
これが泊地水鬼の強みだ。通常であればスペックに任せて蹂躙でき、こんな骨董船では5秒と保たなかったろう。



それが、この視界なき海で、雨と風に纏われ、荒波に足を取られる。
経験が少なければ、どれだけハイスペックでも十全に力を発揮することは絶対にできない。


故に、いくつもの嵐を超えてきたパールとギブスを、泊地水鬼の未熟な砲撃が捉えられないのは当然であった。




ギブス「よしよし、いい子だ、付いてこい……!」



ギブスはひたすら前を向く。
亡者の光によってパールの位置が探られているが、逆にそれはパール側にもメリットがあった。

微弱な発光であるが、無数の亡者の両目が、薄暗くだがパール周囲の海上を見えるようにしていた。



424 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:05:58.67 ID:sE/Vv+Mi0



ギブス「何処だ、何処だ何処かにあるはずだ!」



砲撃回避もいつまで続くかわからない。一刻でも早く泊地水鬼の懐に入り込む必要がある。
しかし補足された今、減速して泊地水鬼に並ぶのは自殺行為だ。
だから、それをなんとかするために、ギブスは海面を凝視していた。


長い海上生活、海の機嫌を伺うのは慣れたものである。
こんな荒れた海の日には、きっとあれがあるはずだ。


これだけ強烈な海流が海をひっかきまわしていれば、
そして海中に大きな岩の地形でもあれば、それはどこかにあるはずだ。




見逃せば死ぬ。ギブスの腕の見せ所である。







425 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:06:29.19 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 船底//




天龍「漣! まだか!」


漣「分かってます! 無駄に機構が多いんだからもぉー……!」

神通「こっちのケーブルですか?」

漣「あぁ、それより先にここをドッキングさせて下さい。嵩張りますから」


漣の指示で、神通が天龍に艤装を装備させていく。
いつ何時反攻の機会が来るかわからない今、装備にまごついている時間はない。



漣「くっそぉー、手順が複雑すぎますねぇ。試作品ってのはこれだから……」

天龍「おい、漣――」


漣「あぁ、大丈夫大丈夫! 絶対間に合わせます! 
  こういうの慣れてますから。プラモとか得意ですしね!」



426 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:06:58.09 ID:sE/Vv+Mi0


いつものように軽口を叩く漣だが、その目は真剣そのもの。
額から流れる汗も気にせず、自分も小さなジョイントを繋いでいく。



漣「ま、どっかり構えててくださいよ!」


天龍「……、任せた」


漣「任されました! ……神通さん! ここのボルトは後で締めますのでやり直しです!」



漣は戦闘においては、充分に活躍できる素養はないかもしれない。
しかし、幾多にも渡る彼女の得意分野においては、時折一流の力を発揮する。

設備が十分な鎮守府工廠の工兵でさえ、殆どやったことがないであろう作業。
それを漣は瞬く間にクリアしていく。艦娘としての腕力と、実際に艤装を装備される側の
知識と経験がある分、工兵よりも有利とはいえ、その作業速度は圧倒的だった。




427 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:07:27.49 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 中央甲板//




圧倒的といえば、船底に至る入口を守る、吹雪もまた、敵を圧倒していた。


亡者「ウヴアァ!」


下に天龍達がいることを知ってか知らずか、ジャックたちのいる舵方向と同じくらいの
亡者たちが、吹雪にも襲い掛かってくる。



吹雪「せいっ!」


しかし、身体能力が圧倒的に違いすぎた。
この甲板の上では、船へのダメージが怖くて砲も機銃も撃てない。



428 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:07:55.54 ID:sE/Vv+Mi0



そこで吹雪は軍属故に鍛えられた柔道で敵を封じ込めていた。


ただそれは教わった内容とは大きく異なる。
軍で教わったのは、暴徒化する民衆を怪我無く抑え込む為の練習であった。

しかし今は、締める要領で頸椎を折り、関節を極める要領で靭帯を切り、投げる要領で頭蓋を叩き割る。
手加減なしで艦娘としての身体能力を合わせた柔道の技は、完全に殺人技術と化していた。



吹雪「はぁっ、……っ!」


真面目だが、心根の優しい吹雪である。ここまで危険な技を使ったことなど一度もない。
ましてや、彼らは元は日本の軍人や国民だったのだろう。亡者になったとはいえ、
それを一方的に殺害していくたびに、吹雪の心に動揺が走っていった。


429 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:08:31.88 ID:sE/Vv+Mi0



亡者「ウヴアァ!」



吹雪「っ、ああああぁっ!」



不意打ち気味に襲い掛かってきた亡者の首を右手でつかみ、左手を添え力づくで持ち上げる。
ジタバタと暴れるのを気にも留めず、そのまま大きく弧を描いて甲板に叩きつけた!
通称、喉輪落とし。柔道ではなくプロレスの技。亡き師匠である川内に教わった近接格闘術だった。


吹雪「ここは、通しませんっ!」



師匠は、夜戦が得意だった。
吹雪は彼女の一番弟子である。
ならば、この月の光も射さないこの夜に、動揺などしていては笑われる。



怯える心にグッと活を入れ、吹雪は敵集団に向き直った。






430 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:09:04.25 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 後方甲板//






ギブス「……見つけた!」





喜色満面の表情で、ギブスが叫ぶ。


船首の位置を調整する。反撃のチャンス。死が後ろから迫り、生が目の前にある。
文字通り生きるか死ぬかの状況。このスリルに、ギブスの口が歪む。



真剣な目で、凶悪な笑みを浮かべてスリルを乗り越えるその姿は、紛うことなき海賊のそれ。



431 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:09:57.11 ID:sE/Vv+Mi0





ギブス「行くぞ行くぞ行くぞ、来いっ来いぃっ!!」




唾を飛ばしながら真っ赤な顔で叫ぶギブス。泊地水鬼が近づいてくる。
それを見たギブスは風に乗り、パールを加速させる。


風を味方にしたパールは一直線に目的地へ進んでいく。






その先には、大渦。










ギブス「皆つかまれえぇぇぇ!!!」





戦闘に集中していた面々は、ギブスの声を聞いて、一目散に近くの手すりにしがみつく。
船は渦の外周に巻き込まれ、渦の流れに沿って船の進路が急激にグルっと大きく回転する。




船にいた亡者たちは突然の重力に耐えきれず飛ばされ、海面にいた者たちはそれに飲まれる。


船首が180度回転したところで、取舵一杯に舵を回し、渦から無理やり抜け出し、直進する。




急激な転進をするパール。泊地水鬼と向き合った。





432 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:10:28.02 ID:sE/Vv+Mi0



予想外の動きに泊地水鬼は急に止まれない。



ようやくもって、オーダー通りの立ち位置。



ギブスの奇策が、操舵の腕が、経験が、絶好の状況を作り出した。



ブラック・パールが泊地水鬼の領域へ突入する。







二つの船が、超至近距離で交差する!









433 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:11:12.23 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 船底//






吹雪「皆さん! 今です!」



甲板上でその光景を見ていた吹雪は、急いで天龍達の下に戻ってきた。
相対していた亡者たちはほとんど船から振り落とされていた。



漣「よっしゃあ! The end!!」


時、同じくして、漣の作業が完了する。




天龍「おし! よぉし! 総員、オレを支えろおぉ!!」





434 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:13:57.56 ID:sE/Vv+Mi0





その艤装は、余りに巨大だった。






機関部分も、主砲も、何もかもが常軌を逸していた。



本来の規格通りでは、この艤装は天龍では扱えない。
実験用の変換器具を多数使い、無理やり起動させたそれは
あり得ない程、天龍の体格に見合わない巨大な艤装。


文字通り規格外の艤装の出力上げる為に、天龍の一気にエネルギーが吸われる。
一瞬意識が飛びそうになるが、奥歯をかみしめ、耐える。


天龍は獰猛な目つきで、船外の泊地水鬼を睨みつけた! 




巨大な艤装の内部機構がガリガリと凶悪な出力音を上げる。


しかし彼女はそれを不敵な笑みで押し込めて、叫ぶ。



その音は本当の持ち主でない天龍への警告にも聞こえた。




435 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:14:58.52 ID:sE/Vv+Mi0







天龍「喰らいやがれクソがっ! 天龍様の攻撃だ!」










それもそのはずだ。


その艤装の本来の持ち主の名は、大和。






戦艦大和。




主砲の名は試製46cm連装砲。





海軍工廠砲熕部が極秘開発した世界最大最強の戦艦の砲撃が、
轟音を上げて泊地水鬼を貫いた!









436 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:15:36.44 ID:sE/Vv+Mi0
























437 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:17:17.87 ID:sE/Vv+Mi0
太平洋 海上//





泊地水鬼『ヴ、グ、ァ……、……!』



大和の主砲の最大射程は40km。
試製であるから多少は及ばないとはいえ、1.4tの質量を持った砲弾が、
音速を超えて、超至近距離から放たれた。

生き物どころか、地形すら一瞬で変えてしまうその一撃を喰らい、
泊地水鬼の胴体からは夥しい量の血と、そして瘴気のようなものが噴き出していた。




???『――』


瘴気はぼんやりと女の形を作ると、嵐の風に溶けていく。
その正体は、泊地水鬼がセイロン島から瀕死になっていた逃亡していた時に、
その怨念と結びついた、海の女神であるカリプソである。



438 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:18:02.92 ID:sE/Vv+Mi0



泊地水鬼『マ、マッテ……ッ!』



カリプソと精神が分離し、泊地水鬼としての意識が明瞭になっていく。
呪いに塗れた叫び声しか上げられなかった彼女は、
肉体が壊れ、高位存在であった女神との精神結合が解けることで、思考を取り戻したのだ。

だが、いいことばかりではない。
敵の攻撃の度に身体を直し、嵐を操って基地同士を分断し、別の場所から一団や亡者を呼び寄せ、
羅針盤やレーダーをジャミングできたのは、他ならぬ融合していた女神の力だ。



泊地水鬼『ワタシ、ハ、……フクシュウヲ!! モット! コロシテヤルノヨ!!』



大破炎上をする泊地水鬼の目から血涙が流れる。
それを見たのか、海の一部がカリプソを象り始め、泊地水鬼と向き合った。



439 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:18:39.36 ID:sE/Vv+Mi0



カリプソ『安らぎを持たぬ憎しみの徒よ。その生に意味はあるかしら?』



泊地水鬼『エエ!』


女神の声が低く響く。それはクジラの声のようだった。

泊地水鬼はカリプソの問いに、血を吐きながら笑って即答する。
小気味よいその答えに、表情のない海水の塊が、確かに笑った気がした。


カリプソ『お前もまた、波の泡に消えゆくニンフ。幾多の愛と深刻な惨禍を目にした海。
     また一人の女がそこに身を投じる決意をした』


海の塊となったカリプソが泊地水鬼に触れると、貫通した胴体が徐々に治りゆく。



カリプソ『アリアドネー パイドラー、アンドロマケ、ヘレ、スキュラ、イオ、カッサンドラ、メーデイア。
     名前を今さら挙げる必要などあるのだろうか? それらみながこの海を渡り、何人かはそこに留まった。
     精液と涙にまみれた海のことを、思わないではいられない』



朗々と語るカリプソ。融合が分かれたことで止むかと思われていた嵐は、
ここに来て勢いを増す。



440 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:19:29.67 ID:sE/Vv+Mi0




泊地水鬼『ワタシノ ウミ ハ、チ ニマミレタ、セイロンノ……ウミ ダケヨ!』



この世に初めて生を受けたセイロン島。

そこは彼女の始まりの地で、終わりの地。短い彼女の人生は、硝煙と血に塗れた者。
ギリシャの女たちとは異なり、男も知らず、愛も知らず、ただ戦いと憎しみを抱えて、
ついに届かなかった空への思いを今でも未練に思い、海に全てをゆだねた女。



そんな泊地水鬼に、カリプソは微笑んだ。




カリプソ『傷はこれきりだけど、あなたが死なない限り、嵐は止まないわ……』



気づくと、胴体は傷一つなく綺麗なものになっていた。
泊地水鬼は疑問に思う。精神が融合していただけあって、カリプソの意思くらいは知っている。


彼女は好いた男を呼び寄せる為にこの世界に転移した。そこで泊地水鬼と事故のような形で融合した。
愛を知らない泊地水鬼だが、理屈くらいはわかる。なぜ好いた男にとって不利になるようなことをするのか。
なぜこの女神は味方をしてくれたのだろう。




441 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:20:15.06 ID:sE/Vv+Mi0



疑問に思った泊地水鬼だが、カリプソは答えないだろう。
泊地水鬼は、その程度には彼女の人となりも知っているのだ。



カリプソ『私にとって価値のあるものは、今も全てあの洞窟の中にある。
     女神たちにどんな説得をされても、心だけは今もあそこに置いてきたまま……。
     老い先短い人間は、未来こそが全てという。間違いではないでしょうが、
     永遠の命を持つ私からすれば、……必死に過去を向いて生きるその姿、美しい魂の火が灯って見えるわ』



再び、カリプソが海に溶けていく。



カリプソ『過去への復讐も、未来への前進も。きっとみな等価値よ。
     さぁ、生きてその燃え盛る魂の価値を証明してごらんなさい』



もう会うこともないだろう。
泊地水鬼の相貌は、暗闇のどこかに居るブラック・パールに向けられる。



カリプソ『あぁ、全ては波の泡』




女神は海に混じり、その暴れる感情の奔流を嵐に変えていく。








442 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:20:51.29 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 船底//






天龍「ぐえ」


天龍が尻餅をつく。



吹雪「やった! 天龍さん! やった! やりましたよ!」



無邪気に喜びの声を上げる吹雪。
一瞬の交差の後、船はすぐに離脱。後方に少し離れたところで、泊地水鬼が炎を上げて大破している。


その様子に漣も安心した表情で艤装を取り外しにかかった。
戦艦大和の試製艤装を、変換用のケーブルや器具を使って無理やり軽巡の天龍に接続したが、
無茶が過ぎたのだろう。天龍は一気に憔悴し、艤装も無理な挙動に煙を上げている。


443 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:21:20.69 ID:sE/Vv+Mi0



漣「それにしても、よくこんなレア物ありましたね」


吹雪「えぇ、こんなこともあろうかと、ベケット少尉が掛け合って保管してたみたいですね」


大和は現在、帝国最強の戦艦として、オセアニア海域奪還作戦の帝国海軍旗艦を務めている。
それをいいことに、前線の後ろだからと、大和の型落ちである予備の装備を置く倉庫としてグアム基地を使わせた。
根回しや内部工作を行わせれば、ベケットは現代でも随一の策略家だ。



漣「でも、こんな風に壊したのがバレたら首が飛ぶでしょ。物理的に」


天龍「ハッ、この化物を倒した功績なら、お釣りがくるぜ」



穏やかに話をする三人。
その様子を神通は感情の読めない顔で黙ってみていた。


神通「…………」



444 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:22:13.75 ID:sE/Vv+Mi0



泊地水鬼は、死んだのだろうか。ならば、仕方ないのだろう。
きっとここは死ぬべき場所ではなかったのだ。


内心でそんな独白をつぶやいて、沈みゆく泊地水鬼に目をやる。



神通「……?」



あれだけの砲撃を受けて、泊地水鬼はまだ沈んでいなかった。
漏れた燃料の影響だろう。自身の身体と周囲の海を燃やしながら、
それでもまだ奴は健在だった。

どうなっているのだろうかと砲門の窓から泊地水鬼をじっと見る。
その周囲に、何かが見えた。あれは、



神通「まさか――!」




神通の上を、けたたましいエンジン音が突っ切った。





445 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:22:53.58 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 甲板//







ジャック「駄目だ、死んでない!」




泊地水鬼『フッ……、イタイ…イタイワ……ウッフフフフフフ……!』



ゾッとするような女の声が船に届く。
人魚のような、美しくもどこか人外じみたその声に、ジャックはひるんだ。







ジョーンズ「おい! カリプソはどうした!? あれはなんだ!」






ハサミが指すその先には、泊地水鬼を取り囲む、多数の戦闘機。




446 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:23:37.95 ID:sE/Vv+Mi0



ほぼ空域を制圧した戦闘に、戦闘機を送る必要もなかったのだろう。
周囲の基地攻撃に送られず、艦載されたままだった戦闘機が、
泊地水鬼から彼女の身体を覆うようにして次々と現れた。


話が違う! ジャックはベケットを睨みつけて掴みかかる。



ジャック「おい嘘つきめ! あの飛ぶ奴は出てこないって言ったはずだぞ!」

ベケット「普通夜戦では艦載機は飛ばん! 視界が確保できず、着艦もできん。
     ましてやこの嵐では猶更だ」

ジャック「だったら何でだ!?」

バルボッサ「生還する必要がないからだ……」



ベケットがバルボッサに振り返る。敵はこの夜嵐の中、決死の特攻を決め込んだのだ。
通常であればあり得ない戦法だが、そうせざるを得ない程に、敵を追い込んでしまった。
先の砲撃で、一撃で殺せなかった報いがここに来た。


447 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:24:18.86 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「では視界の確保は? 亡者無き今、あの高度からでは我々は見えん」

バルボッサ「馬鹿かお前は! さっさと撤退だ!
      見えなくともいいんだ。あの数で撃ちまくって当たればそれでいいんだからな!」


天龍「おいっ! なんだありゃあ!」




事態を察した艦娘の4人が船底から駆け上がってくる。
空を見ると、炎を上げる泊地水鬼の周りを一機、また一機と戦闘機が囲んでいく。

倒したと思った敵が奥の手を発揮してこようとしていることに気づき、漣は顔を青くした。
戦闘経験の多い天龍でさえ顔をしかめ、実務経験の浅い吹雪は茫然とその光景見上げていた。



448 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:24:47.09 ID:sE/Vv+Mi0





神通「夜……、艦載機……」




唯一怯えを見せていなかったのは神通。意味深な言葉をつぶやき、空を見上げている。
ほとんど誰もが敵を見ていたからだろう。そのつぶやきを聞くことが出来ていたのは近くにいたジャック一人であった。



神通「…………」

ジャック「おい、お前……」



聞かれていたことに気づいたか、神通はジャックに顔を向ける。その表情からは何を思うか全く想像ができない。
だが、それでも何かを感じることはできたのだろう。ジャックは軽く舌打ちをし、舵を取ろうと後方甲板へ急ぐ。



神通「…………」




神通の眼には、何処か妖しい光が宿っていた。
戦闘狂の様な血に飢えた目ではない。それは、死に飢えた目。
自身の死を求めるものが、それを目の前にして宿す、目の輝きであった。




449 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:25:36.50 ID:sE/Vv+Mi0




バルボッサ「畜生! 少しでも闇に紛れるぞ!」




バルボッサの指示で全員が動き出す。流石に争う暇もないとわかっているジャックは懸命に舵にとりつく。
ギブスは少しでも身軽になるようにと、ブラック・パールの不要な荷物を海に投げ捨てていた。

ベケットは艦娘たちに、再び甲板下で身を隠すよう指示した。
対空砲火をさせてもよかったが、それをすれば居場所がばれる。
そしてそうなればすべてを墜とせる程の戦力は整っていなかったのだ。



神通「少尉、お言葉ですが、このような木造船、狙われればハチの巣です。
   泊地水鬼に肉薄する許可を」


神通の判断は、半分正しかった。あそこまで大破寸前に追い込んだ敵の攻撃を
一方的に受ける意味など無い。戦力差が如何に大きくとも、このまま艦娘だけで戦闘を続ければ
敵が沈む方が早いのではないか。それ理屈としては正しかった。問題は、カリプソが回復させたことであったが。




ベケット「……」


勿論ベケットもそんなことは知る由もなかったが、彼の直感がそれを止めた。
通常、大破した空母は艦載機が出せないという。無理に離艦させたのかとも思ったが、
それにしては数が多い。これは何かある。慎重になるべきだと思っていた。



450 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:26:08.30 ID:sE/Vv+Mi0



だが、その姿をみて、神通は深く頭を下げた。



神通「少尉、申し訳ありません」


ベケット「? 何だ――」




神通は、ベケットが止める間もなく、船を飛び降り、波を滑るようにして泊地水鬼の下へ駆け抜けた。



451 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:26:45.48 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「っ!」


吹雪「神通さんっ!!」


天龍「あの馬鹿野郎!」



天龍は一瞬身体をよろめかせ、慌てて船外の神通を追いかける。




漣「ちょ、待ってください! 海に出たら捕捉されて死にますよっ!」


天龍「分かってる! あの馬鹿を連れ戻すだけだ! 危ねェから漣と吹雪は待ってろ!」




天龍が勢いよく加速し、海を滑走する。




452 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:28:03.83 ID:sE/Vv+Mi0




しかしトラブルはここで終わらない。
二人の艦娘が離艦したのがバレたのだろう。すぐさま敵のレーダーがそれを捉える。
そしてその離艦元であるパール目掛けて、多数の戦闘機が唸りを上げて押し寄せてくる音がした。


ベケット「不味いっ!」


本来は対艦用ではない戦闘機とはいえ、こちらは木造船だ。
機銃一つでも簡単に穴が開く。一撃では沈まないだろうが、対空戦闘もほとんどできないこの船では、
一度取りつかれれば、それは死を意味する。





ジョーンズ「……、仕方あるまい」



パールの面々を見て、ジョーンズはそう呟く。
一瞬だけ嵐の空を見上げて目を瞑り、見開いて大声で叫んだ。



ジョーンズ「船長たる俺の意思に従い、……来いっ!」



453 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:28:43.67 ID:sE/Vv+Mi0



ジョーンズは叫びとともに、海に飛び込む。
気でも違ったかと慌てて船外に目を落とす一同。

その荒れ狂う海に身を飲まれてしまうと恐れたが、
なんとジョーンズは、艦娘たちと同じように水面に立っていた。




これには全員が驚く。




ジャック「何してんだタコ野郎!?」


ジョーンズ「不本意ながらぁ、化物を殺す為にもブラック・パールを沈めるわけにはいかん。
      よって実に不本意だが、この私が手を貸してやる。不本意ながらな!」





途端に、ジョーンズの足元の海が大きく盛り上がる。


その波しぶきを激しく散らし、現れたのはフライング・ダッチマン号!
船長の意思に従い自由に動く幽霊船。ジョーンズは海面下に呼び出したダッチマンの船首の先に乗っていたのだ。





ジョーンズ「さあ行けダッチマン!」




ダッチマンは号令とともに向かい風をも難なく走り去っていく。









454 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:29:21.94 ID:sE/Vv+Mi0
フライング・ダッチマン号 甲板//





上空に居れば確実にパールを見落とすかもしれない。
その懸念を解消するため、戦闘機は海面ギリギリを滑空していた。

すれ違えば流石に船の存在に気付けるだろう。


だが、そんな意図もむなしく、低空飛行の戦闘機は一撃で撃墜される。



ジョーンズ「クハハハハッ! さぁ死ねぇ! 回転式の三連式カノン砲ぉ!」


いつもは部下に稼働させていたカノン砲に砲弾を詰めていく。
船の真正面しか捉えられないその連射砲だったが、その質量弾は
上手く敵戦闘機に直撃し、墜落させ、その周囲にいた編隊にもダメージを与える。



ジョーンズ「ハハハーッ!」


まさかの攻撃に慌てて回避行動をとるも、距離が近すぎた。
上昇するまでに軽く3機はカノン砲に撃墜された。
最新鋭の兵器である航空機を、大航海時代の海賊船が落とした。
言うまでもなく、とんでもない快挙である。



455 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:29:47.60 ID:sE/Vv+Mi0



しかし、快進撃もここまで。


カノン砲の砲炎と音に気付いたのだろう。
夥しい数のエンジン音がダッチマンに迫り、機銃を一斉掃射させた。


ジョーンズ「チィイ!!」


レーダーにかからない木造船ではあったが、
いかんせん砲炎に気づいた敵が多すぎた。
機銃は一部が当たったにすぎないが、それでも数百発の銃弾が船を貫通。



健闘むなしく、ダッチマンは瞬く間に沈んでいく。



ブラック・パールの囮という目的を果たして。







456 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:30:18.24 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 甲板//




遠くでジョーンズの駆るダッチマンが炎上し、沈んでいく。
ジャックたちの時代では最強を誇ったその船が、瞬く間に、易々と葬られる。


これがこの時代最強の、航空機という兵器の力。


ジャック、ギブス、バルボッサはその恐ろしさを目の当たりにし、絶句した。




ベケット「呆けている暇は無いぞ諸君!」


ベケットの声に反応し、三人は意識を切り替える。
殆どの飛行機が馬鹿みたいにダッチマンの下に集結している。
ジョーンズが不本意ながら稼いだこの時間。無駄にするわけにはいかない。




ベケット「第一作戦は失敗した。作戦は予備の第二作戦に移行する」




それは、事前に話し合った作戦の一つにして最終作戦。

万が一、大和級の砲撃が通らなかった場合に実行が予定されていたもので、
ほとんど使うつもりのない、更に博打要素の高い作戦だ。
これも外せば、今度こそ逃げるしかない。逃げ切れるかはさておき。




457 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:31:01.87 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「では各自、行動開始!」


ジャック「反対! 断固として反対!」




ベケットがジャックを睨みつける。だがジャックもそれを睨み返す。




ベケット「時間がないことくらい分からないか、海賊?」


ジャック「んなもん子供でも分かる。だけど、この作戦は反対する。
     大体、これをやらせない為にわざわざ船を出してやったんだぞ?」



表情を変え、いつものようにヘラヘラとベケットを煽るジャック。
ベケットは額に青筋を浮かべた。



ベケット「この作戦は事前に了承を得ていた筈だが?」


ジャック「多数決でな。だけど、今やればどうかな?」



基地で決を採った時には、ジョーンズもいた。彼を含めて2対3。
ジャックとギブスの反対を、三人の賛成で押し切ったのだ。


458 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:31:39.87 ID:sE/Vv+Mi0


ジャック「作戦に反対の人。はーい!」

ギブス「おう」


二人は示し合わせたように、同時に手を上げる。
斬り殺してやろうかと心がささくれ立つベケット。



ジャック「こりゃ決まりそうもないな。でもこっちは、いつまでも多数決してて構わないんだぜ?」


ベケット「私に対する負債、……ツケがあることを忘れたか?」


ジャック「こんだけ働いてやったんだ! これ以上何を求める!?」



両手を広げて大きくアピールする。



ジャック「気に入らなければ降りてくださってもいいんだがね、提督?」



ベケット「……、……わかった。吹雪君!」


吹雪「はいっ!」


459 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:32:08.03 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「砲撃を許可する。パールを燃やしたまえ」


ジャック「おいおいおいおい! 待て待て待て待て!」


ベケット「何か?」


ジャック「何かじゃない! パールを燃やすのはナシだって約束したろ!」


ベケット「くだらない取引を仕掛けてきたのは君だ。やれ、吹雪君」


460 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:32:35.67 ID:sE/Vv+Mi0



吹雪「任されました! 少尉!」

漣「手伝いましょう!」


ジャック「任されるな! 手伝うな!」


ベケット「選びたまえ。パールをとるか、作戦をとるか」


ジャック「……あぁクソ!」


無論、ジャックにとって自由の象徴であるパールを捨てることなどできない。
作戦を実行するために、ジャックはハチェット(手斧)を持ってマスト頂上へとよじ登る。



ベケット「損のない商取引だったぞスパロウ君。全ては互いの利益のためだ」



ジャックは聞こえよがしに舌打ちをした。



461 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:33:19.73 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「万が一の接近戦に備えて、念のため残りの艤装の数も確認しておく。
     漣殿、生きている艤装はどれか教えてくれ」


漣「了解しました。散らかってるので注意してくださいね」


漣に先導されて、ベケットが船の下層部に降りていく。


残ったバルボッサたちは、昇っていくジャックを下で監視している。




そんな中、吹雪は一人目を海に向ける。
時折機銃の音に混じって、小さな砲音が聞こえる。


神通と天龍はこの海を走り回っている。


妖精技術に反応する深海棲艦のレーダーは、
こんな真っ暗な海の中でも天龍と神通に反応している。


事実、敵戦闘機はそちらに気を取られ、
空のあちこちを飛び回っていた音はパールから離れている。


結果として、ジョーンズと天龍、神通が囮となって
パールの危機を回避した形となる。



462 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:33:56.11 ID:sE/Vv+Mi0



この最後の作戦とやらが早期に成功しなければ
暗闇の中で二人は人知れず沈んでいくかもしれない。


吹雪「神通さんは、大丈夫でしょうか?」


その呟きは、誰に向けたものか。
独り言かもしれないし、ベケットや漣に向けた言葉かもしれない。



しかし、それに耳ざとく反応したのジャックだった。



ジャック「……」



ジャックは目を瞑って逡巡し、もう一度悩む。
何かに葛藤するような表情を経て、その末に苛立った溜息をついた。



463 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:34:29.35 ID:sE/Vv+Mi0



ジャック「おい、一つ結び!」


ジャックがマストを上りながら思い切り呼びかける。
搭乗員がそれぞれキョロキョロと顔を見合わせ、一人に視線が集まった。


吹雪「え? あ、私ですか!? 吹雪です!」


ジャック「お前、あのジンツウを止められるか?」


吹雪「? どういう意味ですか!」


ジャック「あいつはお前の何だ?」


雨風にあおられ、必死で踏ん張りながら、ジャックは叫ぶ。
意図の読めない質問だが、吹雪は正直に答えた。


464 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:35:08.24 ID:sE/Vv+Mi0



吹雪「大切な、先輩です!!」


ジャック「命よりもか?」




風の音にかき消えそうになりながらも、その一言は不思議と明瞭に耳に入った。




ジャック「ジンツウは死ぬ気だ」


吹雪「……え」




ジャック「あいつは死地を求めている。そういう目をしてる」


吹雪「え? ……え?」


バルボッサ「チッ!」



465 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:36:34.32 ID:sE/Vv+Mi0



その言葉にバルボッサは舌打ちをした。



バルボッサ「死にたい人間には好きにさせておけ! その命で俺たちが助かるなら猶更だ!」

ジャック「黙ってろヘクター!」


バルボッサ「人の命の大切さを説くタマかお前が! いつの間に宗教に感化されたっ!」


ジャック「うるせぇ! 俺は覚悟もなく死に急ぐタマ無しが大っ嫌いなんだ!!」



二人の怒鳴りあいを茫然と眺める吹雪に、ジャックは叫んだ。




ジャック「フブキ! 必要なのは何ができて、何ができないかを知ることだ」



吹雪の視点が、ジャックに向く。
業を煮やしたバルボッサは懐からフロントリック銃を取り出し、ジャック目掛けて銃口を向ける。

しかしとっさにギブスに腕を抑えられ、銃弾は明後日の方向へ飛んでいく。
睨みつけるバルボッサに、ギブスも険しい目つきで睨み返す。



ジャック「お前にジンツウを止める腕っぷしはあるか。あいつを背負う覚悟はあるか」



466 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:37:07.72 ID:sE/Vv+Mi0



この戦いの前、確かジャックとこういう話をしていたことを思い出した。
救うか救わないか、誰が彼女を救うことができるか。
その結論として、自分では無理だと判断した。自分には、神通に寄り掛かってもらう頼りも、
無理やり救いきる腕っぷしもないからだ。


ジャック「あの面倒くさい女を、邪険にされながら何度も救う覚悟はあるかって聞いてんだ!」


でも、そうだ。諦めないことはできるはずだ。
彼女が再び死地に身を投じるのなら、その度に救いにいけばいい話。
そうしてどれだけ悪態をつかれても、それすらも背負っていけばいい話。

人を救うということは、そこまで背負って初めて一人前になれるのだ。



吹雪はうつむいて目を瞑り、そして見上げる。




ジャック「……よぉし! さっさと行けぇ!」




吹雪は大きく頷き、甲板を駆け抜け、荒波に飛び乗った。









467 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:37:42.17 ID:sE/Vv+Mi0
太平洋 海上//





レーダーで捕捉されているのか。
分かっていたことではあるが、敵の攻撃は苛烈だ。

こっちのレーダーはホワイトアウトしているのに、
相手の探索はこちらを一方的に狙えるとは、なんというペテンだろう。



神通「!」



前方スレスレのところを機銃の弾が飛んでくる。

神通は弾の来た方向に対空砲火を放ち、戦闘機を墜落させた。


一瞬の爆発で空が照らされる。

夥しい数の戦闘機の影が見て取れた。



468 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:38:21.98 ID:sE/Vv+Mi0



神通「ぅ、」



神通の脳裏に、二人の姉妹の顔がよぎった。



史実の川内は、最期は夜戦で沈んだ。
史実の那珂は、最期は敵の航空機の大攻勢で沈んだ。

川内は米艦隊の砲撃で、那珂は爆撃機の攻撃で、と現在の状況とは違う点はあるものの、
共通点は多い。さらには史実の自分の様に味方の為に囮となって死ねる。



こここそは、先に沈んでしまった姉妹たちの分も贖える、
自分が求めた最高の死に場所だ!




469 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:38:51.34 ID:sE/Vv+Mi0



神通「ぅ、あああぁぁぁっ!」




敵の機銃が一斉掃射される。
暗闇の中では見えないが、銃弾がまるで壁の様に押し寄せてくる。

神通は、発砲音がした方向に突き進む。
身体を無数の傷と痛みが苛む。

機銃では簡単に沈まないとはいえ、いずれは沈む。
先の短い特攻。



何度も夢にまで見てしまった、自分の罪を清算する死に場所。


神通の顔には笑みが浮かぶ。……筈だった。




神通「ああぁっ! うわああぁぁ!!」





470 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:39:18.56 ID:sE/Vv+Mi0



その表情は悲痛。あれほど望んでいた筈の死地。
いざ前にすれば、心は奮いあがるか、静謐になるか、どちらかだと思っていた。


だが、現実は、恐怖。


日本屈指の突撃隊、二水戦。その指揮官を務めていた彼女は、
過去に何度かこれほどの窮地を超えている。

だがそのどれもとは違い、身体は震え、固くなり、
涙がボタボタと零れ落ち、口からは意図せず恐怖の声が上がる。


死ぬ覚悟を決めて立ったはずの贖罪の戦場。


しかしその思いとは裏腹に、死の恐怖が身体を支配する。



神通「ぅ、あ……!」




頬を銃弾が掠める。切り裂かれ、小さな傷口からは血が垂れる。




決めたはずの覚悟が、音を立てて崩れていく。





471 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:39:56.08 ID:sE/Vv+Mi0



















472 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:40:24.43 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 甲板//





ベケット「何故止めなかった!!」


まともに稼働する艤装がないということを確認したベケットは、
船を軽くするために、漣と共に艤装を海に投げ入れた。

それが終わり甲板に戻ってくると、なぜか吹雪が居ない。


ギブスに問い詰めると、ジャックに唆されてこの荒波に飛び込んでいったという。
ベケットは怒りの余りギブスの胸倉をつかんだ。



ギブス「ま、待てよ! 俺は関係ねえだろ!」


ベケット「こんな、こんな海を行くなど自殺行為に等しい!」


473 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:41:20.86 ID:sE/Vv+Mi0



バルボッサ「だからどうした! 過保護も大概にしろ。
      あれは自分で行くと決めた。全てあいつに責任がある」


ベケット「唆したのは貴様らだ」


バルボッサ「唆されるような教育をしている方が悪い」



バルボッサはそういうと、機嫌が悪そうに顔を他所にやった。
これ以上話しても、建設的な会話は望めないだろう。
また、ベケット自身、こうなってしまえば彼自身は何もできない。



ベケット「……っ」



ベケットは知らぬ間に手をきつく握りしめていた。








474 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:41:49.03 ID:sE/Vv+Mi0
太平洋 海上//





吹雪「神通さん……! どこに……!」



吹雪が海を滑走する。

時折、遠くの海で爆炎が一瞬灯るが、天龍も神通も高速移動をしながらの戦闘をしている。
その場所にたどり着く頃には、敵味方問わず誰も居なかった。




吹雪「あ――、ぐっ!」


周りに気を取られていたせいだろう。
吹雪の肩を一発の銃弾が貫通した。見上げるが暗闇。
自分も対空砲火で応戦するが、手ごたえはない。逃げられたようだ。



痛む肩を押さえ、再び神通を探し始める。



475 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:42:26.83 ID:sE/Vv+Mi0



早く船に連れ戻さなければ。
吹雪の目は必死だ。



吹雪「神通さん……!」





あの日、神通を助けたのは吹雪である。

コロンバンガラを戦う前と後の神通の差を一番よく知っているのは彼女だ。



吹雪がまだ訓練課程についていたころに、先任の一人だったのが神通だ。
訓練は厳しかったが、心優しく、穏やかで、姉妹を愛し、後輩も心から気にかけてくれる人。
吹雪は、彼女の目が好きだった。暖かく、それでいて強い意思を持った輝く目。



だからこそ、救助して、手術を成功させた後の神通を見たときは愕然とした。
病床の、あの虚ろな目からこぼれた涙に、心が締め付けられ、吹雪は見舞い一つできなかった。



愛する姉妹と、仲間を一斉に失った彼女にかけられる言葉なんてなかった。




476 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:43:26.63 ID:sE/Vv+Mi0



吹雪「……でも、」


辛いことは、分かる。
生きていても辛いことはあるだろう。ましてや戦争中だ。
そんなことを思う人はいくらでもいるだろう。

内勤と訓練ばかりの吹雪では知らない地獄があるのだろう。

でも、それでも。吹雪は神通が生きていることを否定したくなかった。



まして吹雪は知っていたのだ。神通は、心の底から死にたいとなんて思ってないと。




吹雪「だって、今でも鮮明に覚えてる……」




477 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:43:56.06 ID:sE/Vv+Mi0



志願して訪れたコロンバンガラの救助活動で、吹雪は、即死した那珂の横に、
折れ曲がって血まみれになった神通を見つけた。


もう助からないと、そう思って、そのまま、安らかに沈んでいった方が良いんじゃないかと、
そんなことすら思った。




吹雪「それでも、あの時」








  吹雪『神通さんっ!!』



  神通『ぁ……』










吹雪「神通さんは言ったんだ」










  神通『ぁ、り、がとぉ……』










478 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:44:33.48 ID:sE/Vv+Mi0



消え入るほどか細い声で、口から血を流しながら。それでも視線だけはしっかり吹雪を見て、
安堵の表情を浮かべ、神通は確かにそう言ったのだ。



それから吹雪は必至で奔走した。本陣となっていた島に戻り、休む間もなくベケットに掛け合い、
裏から手を回してもらって、大本営に大手術を行わせた。そして一睡もせずに方々を駆けまわり迎えた
5日目の夕方、神通の手術が成功し、一命をとりとめたことを知った。



生きることを押し付ける気はない。でも、あの時の神通は確かに生きたいと思っていた筈だ。
吹雪は決して、そのことを否定したくはなかったのだ。


黒い波に揺られて辺りを見渡す。神通の姿どころか、パール号も、泊地水鬼も見えない。
それでもこの嵐の中で、自分だけは神通を見つけられるはずだと奮い立った。





吹雪「神通さん――、」






あなたを助けられたことは、私の誇りです。






そんな言葉を胸にしまい込み、吹雪は艤装のエンジンの回転数を上げた。










479 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:45:14.15 ID:sE/Vv+Mi0
















480 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:45:55.96 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 甲板//






ベケット「戦闘音が近づいて来たな……」



計画通りとはいかない。当初予定していたよりもかなり想定外の要素の方が多い。
しかし、それでもやるしかない。ベケットはバルボッサに指示を出す。



バルボッサ「ギブス! 繋いだか!?」

ギブス「準備万端だぜバルボッサ!」


バルボッサ「よぉし! では邪魔だどけギブス!」 




ギブスが走ってその場を離れる。ギブスがいた場所には、ジュラルミンで出来た1〜2メートル四方の大きい箱があった。
それを網で覆い、縄で結び、メインマストの頂上に括り付けていた。




ギブス「はぁ、なんちゅう最終兵器だ……」



何を隠そう、これが泊地水鬼討伐の最終手段である。




481 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:46:32.00 ID:sE/Vv+Mi0



ギブス「水が入ってなきゃもうちと軽かったんだがな」

ベケット「9割超が水だからな」

ギブス「水をこんなに入れる必要あったか?」

ベケット「重さがなくては飛ばんのだよ」



バルボッサ「さぁ行くぞぉ! 俺たちの勝利を飾ろう!」



482 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:47:31.59 ID:sE/Vv+Mi0



バルボッサが片手で剣を掲げる。

するとそれに呼応して、箱をつけたロープが意思を持ったようにドンドン宙に上がる。
満足そうな顔を浮かべると、バルボッサは剣を大きく振り回した。


ミシミシと音を立てながら、マスト頂上を中心にロープ付きの箱が大きく回転する。


それは徐々に遠心力を得て、鈍い風切り音を立てながら船の上をブンブンと回り始めた。
帆やその周りにある大量のロープに引っかからないよう、大きく回りながら水平を保つ。


下でこの光景を見ていた漣は、まるでハンマー投げかジャイアントスイングの様に見えた。




バルボッサ「外すなよぉ! ジャァック!!」




バルボッサが叫ぶ。







483 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:48:06.38 ID:sE/Vv+Mi0
太平洋 海上//





神通「あ、ぐぅ!」


神通は、後ろから撃たれた。
銃弾は左のふくらはぎを綺麗に貫通し、そこから血が流れる。
弾が体内に残らなかったのは唯一の幸いだが、骨に当たったのだろう、
足が折れてしまっており、力が入らない。


冷静になり切れない頭で、それでも経験が身体を動かして
迎撃態勢に移る。放たれた弾は敵の戦闘機を貫き、爆破炎上させる。

爆発の光が、また多くの敵戦闘機を照らす。



神通「……ぁ、」



一斉射撃。先ほどとは違い、全弾が神通目掛けて飛んでくる。



神通「……」




神通は目を閉じる。
死を前にして、思考が停止する。
何も考えられず、静かに目を閉じた……。



484 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:48:45.31 ID:sE/Vv+Mi0





吹雪「うぁぁああああああぁああ!!」





吹雪が、神通に向かって突進する。



神通「!」


吹雪「神通さんっ!!」




死地の神通へ、吹雪が最大船速タックルした。


銃弾が吹雪のすぐ後ろの波に突き刺さる。


二人の身体が一瞬宙に浮き、海面にしたたかに叩きつけられる。
一歩間違えれば衝突事故。そうでなくても銃弾降りしきる状況。



しかし吹雪は神通を手放さなかった。



485 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:49:12.06 ID:sE/Vv+Mi0



吹雪「助けに来ました!」


神通「え、あ」



状況が読み込めなかった神通は、現状を理解するまでに時間を要した。
吹雪は無理にでもその手を引き、危機を脱する。



神通「なんで」




何で、助けたの? それは以前吹雪に問いかけたのと同じ言葉。
他に言いたかったことなんていくらでもあるのに、そんな言葉が口をついてしまった。

だが、吹雪は動じず、真っすぐ前を見つめて叫ぶ。



吹雪「分かりません! なんて言えばいいのか、なんて答えるべきなのか!」


486 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:49:44.90 ID:sE/Vv+Mi0



あの時も、そして今も、吹雪はその答えを持っていなかった。
皆が思いつくような答えならいくらでも答えられた。
だが、それを上手く言い表せない。強いて言えば、思いつくその全てが、彼女を動かした理由だ。



吹雪「難しい話なら後にしてください! 
   とにかく伝えたいことが一杯で、何から言えばいいのか、分からないけど!」



ニッと、吹雪はいい笑顔で神通に振り向く。
もうその表情には、神通へのわだかまりは消え失せていた。



吹雪「理由なら明日必ず言いますから! それまで待っててください!」


吹雪が方向転換のさなかに、空いた左手を使い、空中に向かって撃つ。


砲弾が通過した衝撃で、迫ってくる一機が掠めてバランスを崩させる。
しかし、敵はその勢いのまま吹雪と神通に向かって墜落してきた。


487 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:50:14.24 ID:sE/Vv+Mi0



吹雪「まず――!」



再装填、間に合わない。
だがそんな冷や汗も束の間。燃え盛り特攻してくる敵戦闘機の横腹を一発の砲弾が貫通した。

吹雪たちが目を見やると、気づけば天龍がすぐそこまで来ていたのだ。



天龍「吹雪! 神通!」

吹雪「天龍さん!」



破顔する吹雪。この地獄ともいえる空の下、なにも見えない暗闇の海で、
三人は奇跡的に合流できた。


488 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:50:43.76 ID:sE/Vv+Mi0



天龍「よく言ったな、吹雪!」

吹雪「う、聞いてたんですか」



天龍「お前の名演説、聞きやすかったんで良い目印なった、いや耳印か?」

吹雪「耳印って、家畜につける識別印ですよ」


天龍「おう! 難しい話なら後にしてくれ!」



寄ってきた戦闘機を落とす。
戦闘に反応して、艦載機がどんどんやってくる。

彼女たちは脚を止めずに動きながら落としているが、多勢に無勢。徐々に囲まれていく。



天龍「あー、畜生、船はどこなんだよ!」


神通「……」



このままでは三人とも沈んでしまう。神通は責任を感じて苦しそうに目を伏せる。



489 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:51:15.31 ID:sE/Vv+Mi0



神通「私が囮になります」



その言葉に、天龍が鋭い目で振り返る。



天龍「いいか! 俺はお前を死なせねえ!」


突然の大声に、神通は面を喰らった。
が、気を取り直して説得を続けようとする。



神通「で、でも!」


天龍「誰かに守られた分際で! 勝手に命を粗末にしてんじゃねえ!
   死ぬなら守ってくれたそいつらに許可とってから死ね!」


神通「なっ……! もう死んでるんだから、そんなこと、できないですよ!」


天龍「じゃあお前はもう生きるしかねえんだよ、ざまあみろ!」


神通「このっ……!」


490 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:51:49.01 ID:sE/Vv+Mi0



吹雪「ちなみに、今のところ神通さんの命を2回救ってる私としては、
   ぜーったい許可しませんから! 神通さん! ざまあみろ、ですよ!」


神通「吹雪さんまで!」

天龍「んだよ文句あんのか!?」


神通「ありますよ! 大体あなたは前から――」



天龍「今忙しいんだ! 文句なら聞いてやるよ、明日な!」


吹雪「私も、神通さんに一杯文句がありますので! それも明日に!」


神通「……。二人とも、覚悟していてくださいよ、明日」



491 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:52:17.81 ID:sE/Vv+Mi0



三人は互いに背中を合わせ、三方に砲撃を放つ。
散発的だった反撃が小規模ながら組織立つ。


帝国海軍の本領は夜戦にある。中でも、長く前線に立った天龍と、
精鋭を率いた神通と、夜戦のプロを師匠に持つ吹雪。


この三人の目は、とっくに夜の視界に適応していた。


寄ってくる戦闘機が順に、順に堕ちていく。

時たま起こるだけだった爆発が、加速度的に増えていく。



いける。吹雪は勝利の感触をつかんでいた。





その爆発に気づいた泊地水鬼の主砲が、向けられていることに気づかないまま。




砲撃まで、あと10秒。



492 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:53:27.50 ID:sE/Vv+Mi0
太平洋 海底//





吹雪たちが人知れず危機に陥っている海上。




海底では、荒れ狂う海流に身体を引っ張られ、押され、流されそうになりながら、
ジョーンズは全身をつかって船中央の装置を動かしていた。


キャプスタンと呼ばれるそれは、例えるなら、大人数の奴隷たちが酷くのろのろと
力一杯で回す重い石臼のようなものだ。当然これも、多くの船員たちで動かす装置。
だが本来と違うところは、彼は今これを、海中で一人で動かしているところだ。


課せられた苦行に耐える奴隷の様に、贖えない罪を清算し続ける受刑者のように、
その身が如何に軋もうと、砕けんばかりに歯を食いしばり、ボロボロになったダッチマンで、
どんなに海に苛まれても、足を前に出し、キャプスタンを必死で回し続ける。



493 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:53:54.93 ID:sE/Vv+Mi0



何が彼をここまで突き動かすのだろう。


冷徹で、気まぐれな裏切りの女と罵ったカリプソの為に、ここまでする必要はあるのだろうか。


何度でもそう思える機会はあったはずだ。そしてその度に、カリプソを見限ることが出来たはずだ。
しかし、冷徹で、気まぐれな裏切りの女、カリプソを、それでも愛してしまったのだ。


かつて彼は、ウィル・ターナーとエリザベスを前に、愛の脆さを語った。



  ジョーンズ『あぁ、愛か! 愚かな、気の迷いだ。そしてまた、いとも簡単に引き裂かれる!!』



そうやって、愛の愚かさと脆さを嬉々として語った。だが皮肉にも、そんな彼が一番愛に囚われているのかもしれない。
むしろ愛に囚われているからこそ、愛の脆さもよく知っていたのだ。


494 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:54:59.75 ID:sE/Vv+Mi0



デイヴィ・ジョーンズの愛はどうだろう。


確かに、愚かで、気の迷いで、脆いものなのかもしれない。
しかし、それは少なくともこの程度、海水に身を引き裂かれ、渾身の余り筋肉が千切れ、歯が砕け血を流す、
そんな程度で崩れるような愛は、彼は持ち合わせていなかった。


また一歩、足を踏み出す。


常人であれば装置一周どころか最初の一歩であきらめるその歩みを、彼はもう五周も
回している。歩数にすれば、もう100歩を超えている。


何度も愚かさを呪い、気の迷いを繰り返し、その末にまだ心に愛が残ったから、
彼の身体も、心も、この程度の苦難では引き裂かれたりはしなかった。





ジョーンズ「!」



キャプスタンを回しているジョーンズの足が止まる。


何か手ごたえを感じたのだ。ジョーンズが凶悪に笑う。口から泡と血あぶくを吹かせながら、
大いに笑い声をあげる。




ジョーンズ「さぁ来い! 今再びこの俺に仕えろぉ!」



495 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:55:33.76 ID:sE/Vv+Mi0



ジョーンズの手からキャプスタンの抵抗がなくなる。
次の瞬間、船底に大きな衝撃が走り、それが海中全体に伝わる。


嵐を避け、岩の影に避難していた魚や甲殻類たち、全ての海の生き物が何事かと慌てだす。
そんな中、その音に導かれるようにして、悠然とジョーンズの元に泳いでくる生き物が一匹。


慌てる魚たちは、その存在に気づかなかった。



それを同じ「生き物」と認識するには、あまりに大きすぎたのだ。



深き海。底の底。陸上の生物は一匹として生存を許さぬ海の領域。
そんな地獄に船を引きずり込む存在。




ジョーンズ「クラーケンッ!!!」




古代、中世、近世。長き人の時代において、世界中の船乗りたちを心胆を寒からしめた、
海で最も有名な怪物。海を支配した最強の魔物。
海中が、激震した。








496 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:56:36.79 ID:sE/Vv+Mi0
太平洋 海上//





海底から爆発音の様な轟音が響く。
クラーケンの巨体が強い海流にぶつかり、渦が出来上がる。


異常に気付いた泊地水鬼だったが、時すでに遅し。




泊地水鬼『コイツ――ッ!!』


クラーケン「ゴオオォォオォッ!!!」





腐臭を吐き散らしながら、泊地水鬼にとびかかる。


ジョーンズの元居た世界では既に殺されてしまったものの、
この世界のクラーケンは未だに無傷。伝説にだけ棲む未確認生命体扱いだ。


だが、戦いの経験がないわけではない。
既にジョーンズの指示の元、数多の深海棲艦を海の底へ沈めてきた。


そんな必殺の、海底から伸びた無数の凶悪な触手が強力な膂力で絡みつく。




497 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:57:07.60 ID:sE/Vv+Mi0




天龍「うおっ!?」


三人を狙って放つはずだった泊地水鬼の砲撃は、直前の横やりによって、
満足に狙いをつけられないまま放たれる。


神通「大丈夫! 外れます!」



神通のその言葉通り、ギリギリのところを掠めて、巨大な砲弾が海面に当たり爆発する。
天龍たちはとっさに身を屈めて乗り切ったが、敵の戦闘機は海面ギリギリで彼女たちを
追いつめていたこともあり、その多くが巻き添えになった。




吹雪「て、天龍さん! 神通さん!」


天龍「よく分からないが。離脱するぞ!」


泊地水鬼のフレンドリーファイアが効いたのか、敵の数は見事に減少し、
残った戦闘機も、巻き込まれない様にするためか、飛行機の本来の高度に向かって
高く昇っていく。あの距離からでは、レーダーで捉えられていても、
命中率は大きく下がるだろう。三人はその隙を逃さず、逃げ出した。



498 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:57:54.26 ID:sE/Vv+Mi0




クラーケン「グルルゥオォゴォ!!」





クラーケンが咆哮をあげ、その触手で動きを封じ込める。


泊地水鬼『グ……、キ、キエナサイ!!』



その異形に一瞬動揺する泊地水鬼であったが、憎しみと怒りに心が支配されているのか、
一切の恐怖と躊躇なく、自分の身体ごと砲撃し、クラーケンをひるませる。
そしてその隙をついて、渾身の力で絡みついた無数の脚を引きちぎり始めた。


まるで怪獣映画の様に非現実的な光景であった。




漣「な、何あれっ!?」


バルボッサ「ハハハーッ! デイヴィ・ジョーンズめ! いい援護じゃないか!!」


轟音と、爆音と、砲炎により、パールに乗る者達もその異常に気づき、
全員の視線が泊地水鬼の方に向けられる。




当然、マストの上で切り離しの機会を伺っているジャックもそうであった。




499 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:58:29.46 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 マスト頂上部//





ジャック「…………」



ジャックは唾をのんで考える。

泊地水鬼の恐ろしさはこの短時間で重々承知であったが、
それにもまして、クラーケンの恐ろしさもよく知っていた。

なにせ自分はその怪物に一度殺されているのだ。その強さは身に染みていた。
さらに加えて、ここには艦娘という海上戦力が居て、今は敵に阻まれながらも、
この海域を囲むようにして歴戦の前線戦力が控えているという。

500 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:59:03.91 ID:sE/Vv+Mi0



ジャック「…………」


目を瞑って思考を進める。

これは、もしここで自分が動かなくてもいいのではないだろうか?

クラーケンに捕まれば奴は逃げられない。逃げられたとしても傷を負う。
万一逃がしても、他の誰かが倒してくれるはずだ。ジャックとしてはカリプソが分離した今、
これ以上ここで戦う義理もない。カリプソに捧げるジョーンズの行方だけが心配だが、
クラーケンがああして出張ってきた以上、海中で無事だろう。

泊地水鬼とパールの間もそこそこ距離がある。夜が明ける前にはこっそり逃げ切れるだろう。




そこまで考えて、ジャックは手にしていた斧を置く。


下でバルボッサが景気よく剣を回しているが、知ったことではない。
何よりもこの作戦は、この作戦だけは絶対に反対だったのだ。


ジャックは寝そべり、怪獣大決戦の行方を想像しながら待つ。
炎はもう雨と波で消え、その結果はうかがい知れない。
見れれば話のタネになったものだが、惜しいことだ。
残念だが音だけで楽しもう。


501 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:59:33.02 ID:sE/Vv+Mi0



ジャックは憑き物が取れたように穏やかな表情になる。
下でまだかと叫んでいるバルボッサのことは気にしない。
いざとなればこのマストを枕に防衛戦だ。



そう意気込むジャック、しかし、その怠慢を責めるように、
寝ている彼の後頭部に銃が付きつけられる音がした。




ジャック「は!?」



このマストの上には誰もいない。そもそも誰かが昇ってくればすぐにわかる。
驚いて身体ごと擦るようにして後ろへ寝返った。そこには見知った顔があった。



ジャック「……そういや、お前もいたな」



ジャックに銃口を向けていたのは、ジャック。
ジャックの不実を責めていたのは、ジャック。
これは別に文学的だとか、哲学的だとかそういう話ではない。



502 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 23:00:07.73 ID:sE/Vv+Mi0




ジャック「キィー!」




器用に全身を使ってジャック・スパロウに9mm拳銃の銃口を向ける、シロガオオマキザルのジャック・ザ・モンキー。
猿のくせに服まで着させられた彼は、バルボッサがペットに買っていたサルで、スパロウへの侮蔑としてわざわざ
猿に「ジャック」と名付けていたのであった。サルのジャックは黒髭にパールが接収された際、一緒にビンの中に閉じ込められた。
今の今まで出てこなかったのは外で起きていた戦闘を警戒してのことだろう。




ジャック「お前もパールに乗りっぱなしだったな。どうした、ご主人様は下だぞ?
     それとも先に船長に会いに来たか。感心なやつめ」

ジャック「ウキィー!」




言うまでもないが、先に喋ったのは人間のジャックで、後者は猿のジャックだ。

後者のジャックは、これまた器用に拳銃のスライドを引く。どこで覚えてきたのだろう。
もしかすると亡者を撃った前者のジャックの動作を隠れて見ていたのかもしれない。

その一度で覚えたとすれば賢い猿であると言えたが、だが所詮は猿どまりだと、人のジャックはニヤつく。



503 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 23:00:36.32 ID:sE/Vv+Mi0



ジャック「クソ猿め。俺の銃を拾ったな?」


ジャック「ウキ?」


ジャック「その銃はさっき弾が無くなるまで撃ち尽くした。もちろん、代わりの弾なんざもっちゃいない」


ジャック「キキー……」



モンキーのジャックの目が泳ぎ、スパロウのジャックが目を細める。
猿の分際で、人間様に、ましてや最悪の海賊、キャプテン・ジャック・スパロウ様に盾突くのは100年早い。
ジョーンズの船で労働して出直してこいと煽る。



504 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 23:01:08.44 ID:sE/Vv+Mi0



ジャック「では船長命令だお猿君。いや、これからはヘクター君と名付けよう。
     ヘクター・ザ・モンキー君、下でバカみたいに剣を振り回してるオッサンの顔面に
     一発お見舞いして来い。このバカげた大道芸をさっさと終わらせて――」





パァン! と、音がした。


何の音だ? 銃の音だ。それは分かる。ではどこから?
ジャックが前を見る。硝煙が上がっている。いやいやまさか。


ジャックが目だけで後ろを見る。マストに銃創が、いや決して銃創ではないそれに似た何かの穴に決まっている。


ジャックの目が再び猿に向く。ジャック・ザ・モンキーは再び銃口をジャック・スパロウに合わせなおす。



505 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 23:01:56.79 ID:sE/Vv+Mi0



ジャック「……。もしかしてまだ1発だけ残ってたのかも知――」



パァン。



ジャック「パーレイ」




即座に降参。そこまで見て、ふと思い出した。
ギブスの周囲を固める前、ベケットが拳銃をなくして、瀕死の亡者を剣で殺していた筈。

ようやく事態に気づいたとき、猿の拳銃から再び銃弾が発射される!
今度は間違いなく目で見た。もはや信じざるを得ない。




ジャック「何が望みだ……?」



ジャック「キィー……」




ドスのきいた声を意識しているのだろうか。少し低い鳴き声をしながら、猿のジャックは顎で回転する縄をしめし、
次に斧を指す。考えるまでもない、さっさと切れと言っているのだ。ペットが主人のバルボッサの味方をしているのだ。

なんとか殺せば、と思うが、この猿は猿でジョーンズたちと戦った大きな一連の戦いを生き延びた者である。

コルテスの呪われた宝を盗み得たその身体は不死身であり、どうあがいても最後に打たれるのは人の身のジャックだ。


506 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 23:02:28.49 ID:sE/Vv+Mi0



ジャック「いやいや、縄か。それはちょっと、支障がある」


ジャック「キキッ!」


ジャック「待って、一回落ち着け。そうだ、バナナを! バナナを山ほどやろう!」



パァン! また銃声が鳴り、今度はスパロウの頬スレスレをかすめる。




ジャック「キキーッ!」


ジャック「やるよやりゃいいんだろ!」



交渉が通じないと悟ったのか、ようやく身体を起こし、斧を持つジャック・スパロウ。
ジャック・ザ・モンキーは銃の照準をスパロウから外した。

ちなみにもしバナナではなくリンゴを提示されていれば、彼は一考したかも知れなかった。







507 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 23:03:03.98 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 甲板//



上でそんなことが起こっているとはつゆ知らず、
下で景気よくトリトンの剣を振り回していたバルボッサは、ようやく不審そうにジャックの方を見る。



バルボッサ「ジャックめ、何をしている?」



甲板にいた者達の疑念が頂点に達する頃、海底から船をよじ登ってくるものが居た。
漣だけが偶然それに気づき、小さな悲鳴を上げる。

それは、デイヴィ・ジョーンズであった。




漣「ヒッ……!」


ジョーンズ「奴はァ、どうなったっ!」



全身ボロボロになり、血を零れさせながら、デイヴィ・ジョーンズはまさに海の悪魔にふさわしい
鬼気迫る表情で船を自力で昇ってきた。


508 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 23:03:31.48 ID:sE/Vv+Mi0



バルボッサ「よう、デイヴィ・ジョーンズよ! いい援護だった!」


ジョーンズ「これが俺の奥の手だ。もう品切れだぞ、きっちり決めろぉ!」



その言葉に、今更ながらベケットは得心したことがあった。


海の怨念を運び、浄化させることのできるジョーンズだが、
そもそも物質化している深海棲艦をどの様にして沈めたのか、今まで不明だった。

怨念を霊魂化させるには、深海棲艦を沈めなければならない。
もしそれすら無視して浄化させられるなら、既にとっくにやっているはず。

だが、クラーケンの登場ですべてが分かった。
これこそが奴の切り札にして唯一の攻撃手段。

質量と膂力で、海底から絡み取り、砕き、沈めるその力には、
並みの深海棲艦では相手にならなかったろう。この怪物が破壊し、魂をジョーンズが運んでいた、とそういうことだったのだ。


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