神通「カリブの、海賊?」【艦これSS】

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209 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:25:35.68 ID:sE/Vv+Mi0























210 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:26:56.24 ID:sE/Vv+Mi0
一旦休憩。
次は17:20から。

集中力飛んでて誤字がヤバイ。気を付けます。
211 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:29:06.69 ID:sE/Vv+Mi0
今のところざっとスクロール見ると八分の三くらい消化。
次の投下で半分超えるくらいですかね。では、また1時間後。
212 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/15(火) 16:38:46.04 ID:4Jr4A7Pio
たん乙
凄まじい力作だな
213 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:19:30.03 ID:sE/Vv+Mi0
では再開
214 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:20:03.63 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 甲板//





ジャック・スパロウの人生を語るうえで、幾らか欠かせない人物がいる。
その一人は間違いなくデイヴィ・ジョーンズであろう。

彼は、かつてジャックと無人島で出会い、焼け焦げて沈んでしまった
ウィキッド・ウェンチ号を引き上げ、ジャックをその船長にさせた。
その船は「ブラック・パール号」と名を改められ、世界を震撼させる最速の海賊船となった。

そしてその時、船長として13年間楽しんだ後は、100年間ダッチマンの船員として
働くことを約束。しかし13年後のジャックはこれを無視。


結果として、ジャックは彼との壮大な戦いを経て決着をつける羽目になるが、
それはもう過去の話。



決着は、ジャックの勝利だった。
デイヴィ・ジョーンズは死んだはずだ。




ジョーンズ「お前も来たのか、クハハハ!!」



愉快、というには余りに極悪なその表情と掠れた声。
二度と見たくなったその表情を見て、ジャックは顔を引き攣らせる。



ジョーンズ「この時代に来てから、長く奇異なものばかりが目についたが……、
      なるほど、お前らが一番違和感があり、目に馴染む!」



215 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:20:42.34 ID:sE/Vv+Mi0



言葉から察するに、彼が来たのは昨日今日ではないらしい。
ジャックとバルボッサは、自分たちの知るジョーンズとの
微かな差異が気になっていた。



バルボッサ「お前、デイヴィ・ジョーンズか?」



弛んだタコの皮膚の間から、爛々とした目がバルボッサに向けられる。


ジョーンズ「誰だ貴様は。スパロウの腰ぎんちゃくか?」


彼が過去にジョーンズと会ったときと変わらぬ、海の底に引きずり込まれるような
強いプレッシャーを感じる。あぁ、間違いなくこの怪人はデイヴィ・ジョーンズに相違ない。



バルボッサ「忘れたか。俺はお前と会っているぞ。貴様の最期を飾った海戦で。
      評議会の代表として、あの砂浜でな。お前は水桶に立っていた」



大海戦前の最後のパーレイに従い、評議会と東インド会社がそれぞれ3名の代表を出し、
小さな無人島の白い砂浜で話し合いをした。その時に、陸に上がれないジョーンズは、
海水を張った水桶に立たされていた。


216 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:22:13.83 ID:sE/Vv+Mi0



ジョーンズ「ああ! そういえば、ジャックの横にターナーの女と、
      猿を肩にのせた道化師が居たな。あれが貴様か!?」



余り格好の付く姿でなかった時の話をされ、ジョーンズはお返しとばかりに口にする。



ジョーンズ「あの海賊長のお猿さんは? 森に帰ったかな?
      船長を追いかけずこんなとこで何をやってるんだ腰ぎんちゃくめ」



バルボッサは冷静に努めて、口に笑みを湛えて聞き流す、つもりでいたが、
顔も覚えられていない木っ端扱いされたことで少し頭に来ていた。



バルボッサ「ぬかせ。俺様が船長だ。海賊長に選ばれた証である八レアル銀貨を手に、
      ブラック・パールの船長を務めたのはこの俺だ」

ジャック「待て待て! そいつはただの航海士だ」

バルボッサ「しつこいぞ」

ジャック「どっちが!」


ジョーンズ「まぁどちらでもいい」



そういって、ジョーンズが一歩踏み出す。
喧嘩をしていても警戒は怠っていなかったのか、その踏み出した一瞬に遅れず、
ジャック、バルボッサ、ギブスの三人はジョーンズに剣を向けた。



217 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:23:19.51 ID:sE/Vv+Mi0



ジョーンズはさして驚く様子もなく立っている。
ギブスが汗ばむ手で柄をぎゅっと握りしめると、それを怠そうな目で見た。



ジョーンズ「で、こいつは誰だ?」


ギブス「お、俺は……」



長く共にいたジャックも世界有数の知名度をもつ海賊だが、
目の前の怪物はそれを遥かに上回る伝説の海賊。
船乗りならば名を知らぬ者はいない、海の死神。

ギブスはかつてジャックと共に彼と何度か敵対しているが、
こんな距離でまともに面と向かったのは初めてである。
思いがけず、身体が芯から震えた。

そうして答えられずにいるギブスに業を煮やしたのか、
バルボッサが口を挟む。



バルボッサ「そいつはギブス。ジャックの腰ぎんちゃくだ」

ギブス「おい!」



ギブスが何か反論しようとしていたが、それを睨み一つでやめさせる。
今、そんな雑談は不要なのだ。



218 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:24:15.24 ID:sE/Vv+Mi0



ジャック「ところで、魚顔のお仲間は?」


バルボッサは内心で頷く。そう、今聞くべきはそういうこと。
簡単に手の内をばらしはしないだろうが、表情から敵の戦力を読むつもりでいた。


ジョーンズ「さあな、どこかに落っことしてきたか」


が、意外にもジョーンズはあっさりと答える。
彼は船に一人きりといった。考えられないことではない。
元々のジョーンズの部下たちは、彼の死後、ウィル・ターナーの部下となった。

更に、このダッチマンは船長の意思に従って自由に動く船なのだ。
最悪動かす船員は船長以外必要ない。事実、接弦しているダッチマンから
誰かが潜むような気配はない。


ジャック「あぁ、そう。あるある」


ジョーンズ「そうだろう?」



ジャック「じゃ、も一個質問。……足、どうした?」



219 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:26:41.16 ID:sE/Vv+Mi0



ジャックが指さしたのは、ジョーンズの右足。
彼は、カニの様な左腕と共に、同じくカニの甲殻で出来た右足を持っていた。
バルボッサもそれを聞いてハッとする。何か覚えていた微妙な違和感。
そう、ジョーンズも今の自分と同じく義足の様な右足だったはずだ。
直接見た回数が少なかったことと、数年前の話なので朧気であったが、
ようやく思い出せた。



ジョーンズ「……さぁなぁ。どっかで拾ってきたか」




こちらは説明してくれる気はなさそうである。



ジョーンズ「では、お前らをダッチマンの船員にする。
      期間は俺の目的達成までの間、最大100年間。異存はないな?」



その言葉にジャックは顔色を変えた。異存しかない。
バルボッサもそれは同じで、そうなるくらいならばと戦ってケリをつけるため剣を向ける。
ジョーンズがそれをみて静かに笑う。

戦いは避けられないか。そう思った時、ギブスが待ってくれと声を上げた。



ギブス「俺たちは今、海軍の部下について任務を行ってる!
    俺たちを死なせれば、お前にとってもよくないことが起きるぞ」



ジョーンズ「海軍だとぉ?」




220 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:27:18.16 ID:sE/Vv+Mi0



猜疑に満ちた目を向けるが、事実である。
ジャックとバルボッサが頷く。



ジョーンズ「お前らも随分波乱に満ちてるな……」


ジョーンズもこの世界の不条理さに慣れているのか、
それに納得してくれた。



ジョーンズ「で、お前らの上司とやらはどこの誰だ?」



その質問に、ジャックとバルボッサが目を合わせた。




ジャック「ベケットだ、カトラー・ベケット」


バルボッサ「お前の元上司でもある」




その説明に、ジョーンズがニヤリと笑った。




221 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:27:49.68 ID:sE/Vv+Mi0



ジョーンズ「ホォ、ハハハハハッ」



意味深に笑い声をあげる。





ジョーンズ「奴はどこにいる?」




とりあえず、有無を言わさず船に奴隷として繋がれることは回避できたようだ。
ジャックは笑顔のまま、内心でホッと安堵した。















222 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:28:37.81 ID:sE/Vv+Mi0
グアム諸島警備府 工作部//



神通「っ!」


神通が突き飛ばされ、工作部に倒れこむ。
そんな彼女を、天龍は冷たい目で見降ろしていた。



天龍「指示を無視して、陣形を捨てた単騎特攻。
   命令無視がどういう罪に問われるか知らねえわけねえよな?」



その言葉に、神通は感情の籠らないぼんやりとした目で見返す。



天龍「挙句、空母を討とうとして後ろから軽巡に撃たれて中破。
   単艦で戦争やってんじゃねえぞ。あぁ?」


吹雪「やめてください! 神通さんは怪我して、」


漣「吹雪ちゃん、ちょっとストップ」



天龍「だからこそだろうがよ。万全を期しての特攻なら許す。
   だがあんなのは博打ですらない無謀だ。撃たれて当然だ。
   オレより最前線の長かったお前が分からないわけだろ、神通」



223 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:29:49.56 ID:sE/Vv+Mi0



天龍の怒りは、静かに、しかし燃えていた。
彼女は戦いを多く経験している。そんな天龍だからこそ、この神通が
今どれほど愚かなことをしているかわかっている。

戦略や戦術の話ではない。それよりもっと前の話。



天龍「なぁ?」


神通「…………」


天龍「……チッ」



神通は押し黙ったままだ。
反省をしているというより、返す気がないようだ。
打っても全く響かない、暖簾に腕押しな問答に、天龍が先に限界が来た。


天龍「もういい、来い。営倉にぶち込んでやる」




天龍は、命令違反を理由に、神通を引きずって営倉まで連れていく。
神通は全く抵抗せず後に続いた。



吹雪と漣が残される。



224 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:31:06.82 ID:sE/Vv+Mi0




吹雪「…………」


漣「顔、暗いよ。スマイルスマイル!」




吹雪は、暗い顔のままだ。
それも当然だろう。長らく心配していた神通と、この島で再開して以来
まともに元気な姿を見たことがないどころか、今にも崩壊しそうな精神になっている。

吹雪が落ち込むのも当然だ。

しかしこういう空気が好きではない漣。何とかしなくては。
そんな思いで、額にかかる髪の一部を、左手で上に引っ張った。


突然の奇行を不思議そうな目で見つめる吹雪に、漣は笑って言った。




漣「基地周りの市民居住区でこんなのあったでしょ? 名前忘れちゃったけど」

吹雪「あ、ボージョボー人形ですか?」

漣「そうそれ!」



名前を思い出した漣は、その特徴的な音が気に入ったのか「ボージョボー」と
嬉しそうに口に出す。



225 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:32:02.09 ID:sE/Vv+Mi0



吹雪「頭の紐に左腕を巻き付けるのは、幸運をもたらすおまじないですね」

漣「そそ。お土産探しに余念のない漣さんは、とっくにチェック済みなのです」



今まで大慌てで気づかなかったが、漣の持つ連装砲に、ウサギの人形と並ぶようにして
数体のボージョボー人形が仲良くくっ付いていた。

あれだけ戦闘に狼狽えていた漣の艤装がとても賑やかであったため、吹雪は苦笑する。



漣「はい、一個あげる」

吹雪「あ、えと、はい。ありがとうございます」



吹雪は、グアムが勤務地の為、この人形は自室に大量にある。
漣のそれは京都在住の人に八ツ橋を渡すかの如き行いであったが、吹雪は笑顔で受け取った。
渡されたボージョボー人形は、やはり幸運上昇の結び方をされていた。



226 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:32:34.53 ID:sE/Vv+Mi0



漣「でろでろでろでろでろでろでろでろ、でんでろでん!
  吹雪ちゃんの運が5上がった!」

吹雪「? なんですかそれ?」

漣「その装備は呪われている」

吹雪「えぇ!? 返します!」

漣「それをかえすなんてとんでもない!」


吹雪「な、何で?」

漣「もれなく漣が悲しみます、くすん」



吹雪は人形をポケットに入れた。
漣は満足そうに頷いている。



227 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:33:35.66 ID:sE/Vv+Mi0



漣「それに運って外れるものじゃないですしね」

吹雪「そもそも運って呪いじゃないですけど……」


漣「そうですか? 幸運っていいことばかりじゃない気もしますよー。
  神通さんだって、運が良くて一人生き残ったことを悔やんでますしね」



漣の一言にハッとする吹雪。これが漣の本題なのだろう。



漣「ですが! はいそこすぐ暗くならない。ですが! ですよ!
  彼女が生き残ったことで、今日救われた命もあるわけです」




基地への攻撃は、苛烈なものだった。


結果として基地の設備の多くが破壊されてしまった。
だが、早期に敵を全滅させたおかげで、一般市民の住むエリアにまでは
被害を広げてはいなかった。



228 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:36:13.20 ID:sE/Vv+Mi0




漣「現にこの人形を買ったお土産屋のおっちゃんは空襲を免れました。
  レモン汁効きすぎてるチャモロ料理店のおばあちゃんも、
  ナイトマーケットでココナッツオイル石鹸売りまくってるお姉さんも、
  近くを通るたびにグズリアとかチョコをせがんでくる子供たちも、
  みんな、みーんな、助かりました。それは神通さんが居てくれたから、かもしれません」




指示違反は別ですけどね、と一応付け加える。
神通が命がけの特攻をしたことを、漣もよくは思っていなかったからだ。



吹雪「……そう、ですね」



休憩時間、暇さえあれば街に繰り出す漣。
戦争中だというのに緊張感がないという人もいると聞いたが、
こうして見知らぬ土地で人と巡り合い、そのみんなの安否をすぐに確認できる
彼女の人懐っこさと情報力は、とてもじゃないが真似できないと吹雪は思う。



漣「ま、つまりクヨクヨすんな、ってことでした。ちゃんちゃん!」



真面目に語ってしまったのが恥ずかしくなったのか、少し顔を赤らめて
話を無理やり終わらせる漣。吹雪はちょっとだけ救われた気がした。




229 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:37:11.55 ID:sE/Vv+Mi0



漣「ところでこの人形、他に結び方知ってます? 一覧にして持って帰ろうかと」

吹雪「一覧、ですか?」

漣「帰りの鞄にみっしり詰め込んでます。お土産に」

吹雪「えぇー……、グアムにはもっと他にもお土産一杯あるのに……」


漣「いいんですよ。女子だし、こういうの好きだし。
  『今年のボージョボー人形は50年に1度の出来栄え』『エレガントで味わい深い仕上がり』
  とか言っとけば群がってきますからねー」


吹雪「それ、11月までまだ3か月ありますけど」

漣「ヌーボー(新しい)って言っておけばいいんですよー。なら8月が一番新しいってことで配布もおk。
  ボージョボー・ヌーボーですよ。そらもう列をなしての大繁盛間違いなし」




何処までがキャラでどこまでが素なのだろう。
吹雪はやはり苦笑した。




230 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:37:41.82 ID:sE/Vv+Mi0


















231 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:39:02.56 ID:sE/Vv+Mi0
グアム諸島警備府 外国人士官区//







ベケット「ご苦労だった諸君」


ジャックたちは再びベケットの部屋に戻ってきてしまっていた。不本意ながら。
港での彼らを見る兵隊たちの目は冷たく、捕虜脱走の罪で処刑されるのではないかと
内心ヒヤヒヤしていたが、その様な剣呑さはなく、とりあえず安心していた。

しかし、ここにきて悩みの種が一つ増えた。ジャックの因縁の敵であり、
こちらもまたジャックによって殺されたと言っていい、海賊デイヴィ・ジョーンズが
現れたのだ。



ジョーンズ「ほぉう! これはこれはベケット卿! いつ以来かな?」



ジョーンズは濡れた身体も気にせず、高級そうなソファに座っている。
招かれた客でありながら、まるで最高責任者の様に偉そうにふるまっていた。




232 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:39:33.30 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「私が君をつかって彼ら海賊を滅ぼそうとしていたとき以来だ」


ジョーンズ「ハハハハ! そして返り討ちにあったということだ! 貴様がここにいるのは、そういうことだろう?」


ベケット「どこの誰かが負けたせいだ」


ジョーンズ「冗談! 曲がりなりにも、あの時の貴様は大将だ。敗戦の責任はお前にある!」


ベケット「そんなことは分かっているさ」



海賊たち三人は、ベケットとジョーンズの会話を恐ろしそうに眺めていた。
死者がよみがえったことも、ジョーンズがベケットと穏やかならぬ会話をしていることも、
いくつかの理由はあったが、何より気になっていたのは、ジョーンズがここにいることである。


この基地は、陸地にある。



233 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:40:16.78 ID:sE/Vv+Mi0



ジョーンズ「俺の顔に何かついているか?」


そんな三人の表情に気づき、顎髭の触手をせわしく動かす。
実際、ついているどころの騒ぎではないが、今それは関係ない。



ジャック「陸の感触はどうだ?」


ジョーンズ「決まっている! 最高にクソったれだ!」



そういうと再び笑い出す。ギブスはジョーンズをほぼ伝説でしか知らないのだが、
意外にもこの男は陽気な性質だったのかと、どこか安心した目で見ていた。

一方で、彼をよく知るジャックは強烈な違和感を感じていた。
この男は酷く冷酷で、残忍で、笑うと言っても凶悪な笑みしか浮かべないような男だったはず。



ジャック「呪いはどうした?」


ジョーンズ「んん?」



ジョーンズの目がジャックに向けられる。
デイヴィ・ジョーンズは女神カリプソから与えられた使命により、死者の魂を運ぶ役目を負っていた。
そのせいで、10年に一度しか陸に上がれない呪いも同時にかけられていたのだ。



234 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:41:12.82 ID:sE/Vv+Mi0



ジョーンズ「知らん。解けているともいえるし、そうでないともいえる」

ジャック「どういう意味だ?」

ジョーンズ「逆に聞こう。俺が死んだあと、だれかがダッチマンの船長になったか?」



なるほど、とここで得心したジャックとバルボッサ。ベケットは何を考えているかよくわからず、
ギブスは何が話し合われているかよくわかっていない。



ジャック「ウィルだ。ウィル・ターナー。ブーツストラップビルの息子の、ウィル・ターナーだ」


ジョーンズ「ウィル・ターナーだとぉぅ!? ハハ、ハハハハハッ! 
      あの若造、ダッチマンの船長になったか! それはおめでとう! そしてご愁傷様!」



なんとも可笑しそうに笑い続けるジョーンズ。



ジョーンズ「ダッチマンには船長が必要だ。死者を運び、避陸の呪いを受け持つ器が。
      ウィル・ターナーが船長になったことで、私の義務と呪いが解消されたとみるべきだ。
      そうか、それにしてもあの若造なったか」



235 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:42:31.91 ID:sE/Vv+Mi0



ジャック「先輩としてアドバイスがあったら伝えておくぞ」

ジョーンズ「そりゃあいい! 是非頑張って耐えろと伝えておいてくれ。
      呪いを解消しようものなら、遡って私が船に戻らなくてはなくなる!」


ジャック「伝えておくが、最後に見たときはお仲間と楽しそうにやってたぞ」

ジョーンズ「そんなものは最初の10年までだ。すぐに奴も呪いの本質に気づき、後悔に苛まれる。
      もし無理やりダッチマンから逃げようものなら、貴様の寝首でもかいてやるとも伝えろ」


ジャック「勿論。そんなことになったら、もう寝室を、そのフジツボだらけにしてやれ」



ジャックの一言にまた大笑いをするジョーンズ。呪いが解けたからか、
終始随分とご機嫌である。そういえば、ジャックらの前に登場した時も、
相当なハイテンションであった。陰鬱な暴虐性は霧散したように思える。



236 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:43:01.34 ID:sE/Vv+Mi0



そうして、海賊たちとベケットが話をしている部屋に、
不意にノックの音が鳴った。


ベケット「入りたまえ」


ベケットに促されて部屋に入ってきたのは吹雪と、その後ろに天龍。
彼女たちは山の様な資料を両手に抱えていた。



吹雪「失礼します。ご指示頂いた資料をお持ちしました」


天龍「焼けてなかったのが幸いだっ――!?」


吹雪がベケットの傍に資料を積み上げる。
天龍もそれに続くが、目だけはジョーンズの方に向き、驚愕の表情だ。


237 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:44:14.91 ID:sE/Vv+Mi0



吹雪「関連の資料はこれで全部かと……」


ベケット「よろしい。ではそこに控えていなさい」


吹雪「はっ!」


天龍「……」



天龍は尚も唖然とした顔だ。ジョーンズの異形に驚いていたこともあるが、
この部屋の誰も彼のことを指摘していないのも謎だった。
その様子に気づいたベケットが天龍に向かって説明する。



ベケット「あれもスパロウらと同じ海賊の一人だ。
     決して深海棲艦側の提督という訳ではないから安心したまえ」


ジョーンズ「その通り。どちらかといえば、あれらと私は敵同士だ」




デイヴィ・ジョーンズの言葉に、ベケットの視線が向く。



238 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:44:59.74 ID:sE/Vv+Mi0


ベケット「深海棲艦を知っているのだな」


ジョーンズ「俺はこっちに来て4年になるからな」



4年前。それはベケットがこの世界に飛ばされた時と同じ年数だ。
ベケットは身を乗り出す。



ベケット「では、もう一つ。お前は深海棲艦を倒す術を持っているな?」


吹雪から渡された資料の一つを引っ張り出し、ジョーンズに見せる。
天龍も興味深そうにそれ覗いた。



天龍「地図?」


ベケット「前線で、深海棲艦が消えたという情報が秘密裏に共有されていてな。
     准将以上のクリアランスがないと本来触れない情報だ」


239 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:46:28.77 ID:sE/Vv+Mi0



至極、当たり前の様に言ってのけるので、天龍は驚くタイミングを失ってしまう。
前線で原因不明のまま敵が消えるなど、不安要素でしかない。混乱を防ぐためとはいえ
そんな情報が伏せられていたこと、それから少尉に過ぎないこの男が、その情報を
手に入れているとい事実。色々なところに説明を求めたかった。



吹雪「こういった内部の工作や根回しは少尉の得意分野ですから」


狼狽える天龍にこそっと耳打ちをする吹雪。
問題はそこではないのだが、余りに誇らしくいう吹雪に脱力してしまった。



バルボッサ「驚くことか? 深海棲艦という奴なら俺たちも倒した」

ギブス「しかもクジラみてえな奴だ! ありゃ親玉だぜ!」


ベケット「あれは駆逐イ級と呼ばれる雑魚中の雑魚だ」


死闘を繰り広げた、海の主といえるような怪物がその辺の雑魚と知り、
ジャックもギブスも、バルボッサでさえ驚きを隠せない様子だった。


240 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:47:17.42 ID:sE/Vv+Mi0



それを無視し、ベケットはジョーンズに向き直る。
ジョーンズは地図にも目を通さず、どっかりと座ったままだ。


ベケット「4年前から、世界各所で深海棲艦の一団が消える事態があった。
     また、敵の残骸がいつの間にか消失しているということも多々起こっている。
     本部は、深海棲艦側の作戦行動の一環だと考えていたが……、これはお前だな?」


ジョーンズ「……」


ジョーンズは見定めるような目でベケットを見る。
その眼光は波の船乗りなら一睨みで失禁してしまうほどの恐るべきものだが、
ベケットは変わらず目を逸らさない。

それを見てジョーンズは口に笑みを湛える。


にらみ合い。緊張。





ジャック「というか」


それに割って入ったのはジャック。
手を上げて発言の許可を待つ。



241 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:47:51.26 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「何だ?」


ジャック「さっきから気になってはいたんだが……、おたく、ジョーンズがいることを知ってた節があるよな?
     船の中ん時もそうだ。俺たちより早くジョーンズの接近に気づいてた。ありゃなんだ?」



それに関しては、天龍も同じ気持ちだった。
深海棲艦の消失が起こったとして、通常考えうるのは敵の作戦か、それに準ずる何かだ。
決して伝説の悪霊が倒しまわってるとなんて思うはずがない。

吹雪を除く、全員の視線がベケットに集中する。観念して、彼は言葉を選びながら話し始めた。



ベケット「……私の中には常に一つの疑問があった。なぜ、この世界に飛ばされたのか、というな」



それは、彼がこれまで追い続けた来た疑問。
それを話し始めたことにバルボッサは驚いた。彼は確信するまで言うつもりはないと言っていた。
つまり、今、仮説が確信に変わったのだ。


ベケットは、紅茶を一口だけ飲むと、全員の視線と向き合った。


242 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:48:33.01 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「時に、こちらへ飛ばされてきたときに、カニを見なかったかね?」



唐突な言葉に、横から聞いていた天龍は頭に疑問符を浮かべる。
そこで吹雪に助けを求めようとしたが、彼女は真剣な目で相槌を打っていた。

一方、そんな質問をされた海賊たちだが、彼らも真剣な表情だった。


ジャック「見た、というかハサミでつままれたな」

バルボッサ「見たな」

ギブス「俺も見たぜ。起きたら足に乗っていた」


フーチー号に乗って訪れた三人は満場一致。
視線が、沈黙するジョーンズに集まる。彼は横柄な態度を崩さずに答えた。


ジョーンズ「見たぞ」



243 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:48:59.56 ID:sE/Vv+Mi0



その返答は、明らかに何かを知っているような、次の答えが分かったような響きを伴っていた。
ベケットも、この男ならば知っているかもしれないと思っていたので意外でもなかった。
未だに疑問符を浮かべている天龍以外、部屋の全員が一つの仮説に行きついた。



ジャック「つまり――、」



誰も言い出さない中、答え合わせをしたのはジャック。








ジャック「カリプソか……?」






244 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:49:46.73 ID:sE/Vv+Mi0




驚きの声はない。間違いなく、全員がその名前を頭に思い浮かべていた。




天龍「ちょ、ちょちょちょ……」


唯一分かっていなかったのは天龍くらいである。
流石にもう話について行くのが限界だったので、隣の吹雪に説明を求めた。



天龍「カリプソって何だ? そいつも海賊?」


吹雪「ギリシア神話における海の女神の名前です。英語読みでカリプソ。
   古代ギリシア発音ですとカリュプソーですね。オーギュギア島に住むニンフの一人です。
   欧米の船乗りさん達の間では、古来から彼女の眷属がカニであることが伝えられているようですね」




説明を受けたが、言葉が耳を滑るように抜けていった。
天龍は考えることをやめた。普段、ベケットの研究の手伝いもしていた吹雪には
分かることでも、天龍にしてみれば呪文にも等しかった。

漣だったら、ゲームか漫画の知識で多少の反応もできたかもしれないが、
彼女は今別室で本土と通信するため調子の悪い無線機と格闘中だ。



天龍はすごすごと下がる。




245 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:51:13.00 ID:sE/Vv+Mi0



バルボッサ「確かにカリプソは、海の女神だが……、
      あれはこんなことが出来るような力ももっているのか?」


こんなこと、とは別世界への転移のことだ。


ギブス「俺たちがカリプソを女神の姿に解き放ったからじゃないのか?」


バルボッサ「それにしてもだ。海を司る神であって、別世界の神ではないだろう?」


ジョーンズ「貴様らは知らんだろうが、それは別に疑問となるべきところではない。
      あの女は海の神で、強力な魔力を持っているが、アレの本質は別にある」


その言葉にベケットが頷く。


ベケット「神格化された存在は、その能力とは別に、権能という固有の力を持っている。
     そしてカリプソの神格としての権能は、『神隠し』だ」


その昔、神が当たり前に存在した時代。
行方不明となった人は神に連れ去られていたのだと信じられていた。
カリプソは、特にその力を行使し得る能力・特権を持っているのだ。



246 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:55:59.87 ID:sE/Vv+Mi0



海の女神として、彼らの海を支配していた姿は海賊たちも知るところだが、
ギリシア神話のニンフであるカリプソとしての側面や権能などは、
学のない彼らにとって既知外のものだ。



ジャック「へぇ、意外。呪いじゃないのか」


ジョーンズ「ことあるごとに呪ってくるのは、あいつの性格が腐っているからだ」


悪し様に言うジョーンズ。
彼はここにいる誰よりもカリプソの性根をよく知っている。説得力が違った。



ジョーンズ「カリプソは移り気だが、執着心は強い。
      自分勝手に人を攫ったり、呪ったりするのはまさしく奴そのものだ」


ベケット「あぁ。神話でも、彼女はオイディプス王を虜にし、7年は島に釘付けにしたようだ」


ジョーンズ「誰だそいつは」


ベケット「後で説明してやる。要するに、カリプソの昔の男だ」


ジョーンズ「ハッ、あいつに今の男がいるかどうか怪しい。
      奴にとってみればすべての男は過去の男よ。真に愛に心を燃やす今の男などいないっ!」



247 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:56:36.45 ID:sE/Vv+Mi0



ジョーンズは苛立つように巨大な鋏でできた腕を机に叩きつける。
オーク材で作られた机がひしゃげるように真ん中から割れた。

急いで間に入ろうとする天龍と吹雪だったが、ベケットに手だけで制止された。


まるで海賊相手ならば日常茶飯事、といった表情だ。



ジョーンズ「身勝手で、嫉妬深く、気まぐれで、冷徹な恐ろしいアバズレだ」

ジャック「そりゃまぁ、イイ女じゃないか」

ジョーンズ「否定はしない」



その一言と共に、再びジョーンズの機嫌が直る。
情緒不安定さについて行けない艦娘の二人だが、きっとこういうものなのだろう。
海賊という荒くれ者は、精神も荒れているのだ。
それで自分を納得させた。



248 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:57:21.72 ID:sE/Vv+Mi0



だが、まるで納得していない表情をしているのがバルボッサだ。
彼は不満そうな顔で続ける。



バルボッサ「カリプソの権能が神隠しであることは分かったが……、
      これは神隠しの範疇か? これほどまでの強力な女神なら、
      かつての海賊長とてカリプソの封印など不可能だっただろう?」


ギブス「だがあれは正攻法じゃなかったって聞いてるぜ? なぁデイヴィ・ジョーンズさんよ」


ジョーンズ「おい、腰ぎんちゃく。誰に口をきいている」


残忍な目で睨むジョーンズ。思ったよりも陽気かもしれないと思っていたが、
別にそんなことはなかったと知り、ギブスは蛇に睨まれたカエルの様に硬直した。



バルボッサ「正攻法でないにしろだ。別の世界に飛ばすなんぞ、まともな神の力ではない。
      カリプソは所詮女神。それほどまでに偉大な神ではない筈だ」


ジャックらは、バルボッサの言いたいことに気づき、悩み始める。
確かにカリプソは神の如き力を持つ海の女神だ。
だがバルボッサの言うように、こんなことまでできるのは、流石にデタラメが過ぎるのだ。



ジャック「そこんとこ、どうなんだ? 碩学者様?」



249 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:59:17.66 ID:sE/Vv+Mi0



ジャックが視線を向けると、ベケットが頷いた。



ベケット「半分間違いだ。カリプソは別世界へと渡る手段がないわけではない。
     神隠しの権能を、膨大な魔力で無理やり方向づけて、彼女自身で運んでくるならな」


ジャック「……それって要するに?」


ベケット「彼女自身が、海に沈み悲しみに打ちひしがれるジョーンズの魂と肉体を
     この世界に持ってきたということだ。無論、そんなことをすればカリプソもただでは済まない。
     魔力も使い果たし、力を使えるようになるまで数年。元の力を完全に取り戻すなら数十年かかる。
     その間は元の世界に戻ることはできない」


天龍「それってつまり、女神がわざわざこの男を助けたってことか? 何のために?」


バルボッサ「そいつもカリプソの昔の男だ」


天龍「あぁー、なるほどな。好きで助けたとか、そういうことか」



小難しい話は全く分かっていなかったが、女子の端くれである天龍は、
なんとなく人物関係を理解した。漣から貸された、いや課された少女漫画のおかげである。
だが、その一言にジョーンズの怒りが再燃する。



ジョーンズ「あれはそういう女ではない! 所詮いつもの気まぐれだ!」



250 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:01:05.31 ID:sE/Vv+Mi0



吹雪「あれ、でもそれですと、少尉はどうして?」


ベケット「分からん。が、きっと万分の一の偶然だと思う。
     奴と同じ戦いで、同じ海に沈んだこと。ジョーンズを拾うためにかけた網に、
     私の魂と肉体が一緒にくっついてしまったのだろう」


ジョーンズ「お前と私の戦っていた距離は相当離されていたろう?」



ベケット「あの時、嵐で海中の流れが強かった。その時に相当流されてきたか、
     エンデヴァーを攻めたどちらかの船に引っかかっていたか。
     以前に貴様の心臓を手にしていたこともその理由かもしれん。詳細は不明だ」


ジャック「まぁ要するに、カリプソがジョーンズを助けるために別世界に飛ばしたって推理してたから、
     お前はジョーンズの仕業だと半ば確信してたってわけか」


ベケット「そうなる」



再び説明が一休止するが、やはりバルボッサは納得がいっていない様子だ。
ベケットはそれを理解し、また別の地図を引っ張り出して広げた。




251 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:04:47.88 ID:sE/Vv+Mi0



それは日本が大きく書かれたミクロネシア付近の地図。グアムも載っている。
ベケットは広げたその地図のグアムに赤いマジックで点を打った。




ベケット「ここは今我々のいる島。私はちょうどこの辺りで発見された」


グアムの北側に点を打つ。




ベケット「そして、スパロウらが乗っていた船が見つかったのが、ここ」


その点の位置は、グアムから少し離れた北で、東の方角に位置していた。





ジョーンズ「俺は、大体このあたりだ」


ベケット「凄いな、覚えているのか」


ジョーンズ「現在地が分かるものがあったのだ。
      私も後で話そう。要はダッチマンのおかげだ」




ジョーンズが点を打った場所はグアムより北、小笠原諸島より南東。
一同の視線が地図に集中する。



252 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:05:49.38 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「そして、ここ最近起こった七件の失踪事件」

 

その一言に、天龍の表情が変わった。まさかそんな超常現象が関わっていると思わなかったのだ。




ベケット「最終的には連絡がつかなくなったが、その最後の通信を行った箇所が、
     ここと、ここと、……ここ、ここと――」




そういってベケットが地図に点を書き加えていく。
すると、点がひと塊の位置に集中した。
北を鎮守府正面海域、西を小笠原諸島。南をグアム、東を南鳥島。
すべてこの海域内で起きた出来事だった。





ベケット「この海域は、私の研究によれば、昔から行方不明の多い地点だったそうだ。
     それから、民話や伝説をたどれば、ここには怪物が出たらしい」


ジャック「……怪物? どんな?」



ジャックが恐る恐る尋ねる。ベケットはそんな彼の目を見ていった。







ベケット「ドラゴンだ」






253 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:06:42.62 ID:sE/Vv+Mi0





ベケットが各島々を線でつないだ。
すると、赤の点を囲むようにして、大きな三角形が出来上がった。






ベケット「この結んで出来上がった三角海域は、現地で『ドラゴン・トライアングル』などと
     呼ばれている。三角形は力の象徴だ。この数字は神聖な数字として陰陽思想にも用いられる。
     言わば聖域だ。また、ドラゴンは破壊や災害といった邪悪の象徴としても扱われる」





また唐突に始まった専門的な話に、全体が付いていけなくなる。
理解して話を帰してきたのは吹雪だけだった。





吹雪「つまり、この海域は神の領域に通じる聖域で、時に破壊と災害がそこから現れる、と、いうことでしょうか」



ベケット「その通り。つまりこの海は、昔から何かの拍子で転移が発生しやすい地点だった。
     恐らくだが、次元・時空の集合地点となっているのだろう。オカルト的か物理的かは知らないが
     なんらかの力が働いて、時空が一時的につながるという訳だ。そこから、災害が発生した」



もうここまでくればお手上げだ。特に海賊たちには「次元」や「時空」というのはそもそも概念からして
聞いたことのない話。周りは、小難しい話の応酬をしている二人を放置して話を進めた。





254 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:07:16.16 ID:sE/Vv+Mi0



ジャック「で、話の途中だったよな。デイヴィ・ジョーンズ?」



ジョーンズ「何だ?」


バルボッサ「お前があの深海棲艦という奴らを殺したという話だ」


ジョーンズ「あぁ……」


ジョーンズは一瞬目を閉じる。
その閉じる直前、目が泳いだのをジャックとバルボッサは見逃さなかった。


天龍「そうそう、それはオレも気になってたんだ」



彼は一通り悩むようなしぐさを取って、話し出した。



255 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:08:42.43 ID:sE/Vv+Mi0




ジョーンズ「そもそも、あの深海棲艦というのは普通の生き物ではない。
      海に生きる悪霊の一種だ」


バルボッサ「悪霊だと?」



ジョーンズ「そう。あれは呪いや怨念を纏った怪物だ。俺はそう見る」


天龍「海軍の公式見解は、かつて沈んだ船の怨念が生み出したもの、って感じだ。
   この、人、の言ってることは正解だ」



その説を補強するように、天龍も付け加える。
彼女は一瞬、ジョーンズを何と呼称するかで迷い、結果、「人」とした。



ジョーンズ「沈んだ無念や怨念をブチ殺してあの世に送るのが私の役目だ。それが船であれ、な」


ジャック「待て、陸に上がれない呪いは解けたはずじゃないのか?」



ジョーンズ「そうだ。だがダッチマンがあればそれは不可能ではない。
      あの船は海の亡霊を運ぶ船だ」




そう。それは彼の乗るフライング・ダッチマン号の力だ。
その一言を聞いてギブスがそういえばと何かに気づく。
256 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:09:23.21 ID:sE/Vv+Mi0




ギブス「そういや、ダッチマンって……、なぁジャック?」


ジョーンズに話しかけるのが怖いのか、思いついたことをジャックにいわせようとするギブス。
彼もそのことは早々に気づいており、いつ聞こうか考えていたところだが、ちょうどいいので質問した。


ジョーンズ「何だ?」


ジャック「ダッチマンは、俺たちの世界ではウィルが乗っている。
     あの船は確かにあの世界にあった。だったら、お前の乗ってる船は何だ?」


ジョーンズ「あぁ、あれはな。この世界のフライング・ダッチマン号だ」


その回答は想定していなかったのか、ジャックは答えに驚いてしまったが、
考えてみればその結論しかないとわかり、歯噛みする。


バルボッサ「俺たちはこの世界の歴史にはいなかった筈だが?」


ジョーンズ「クハハ、そうか! だが私は確かにいる!
      どちらの世界でも、デイヴィ・ジョーンズといえば、古今東西で海を支配する
      伝説の悪霊海賊の名だ!」


別にどうでもいいことではあるのだが、バルボッサは内心で少し悔しがった。



257 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:10:08.51 ID:sE/Vv+Mi0



ジャック「で、その伝説の海賊はどうやってあの化物共を倒したんだ?」


ジョーンズ「海に生きる万物の死神である私に、ただの船のゴースト共がかなうわけないだろう!」


それは堂々たる答え。長く海に死神として君臨したデイヴィ・ジョーンズだからこそ言える言葉だ。
しかし、ジャックとバルボッサは内心で訝しんだ。直前の、ジョーンズの目の動きで、
これが嘘であるのだろうと直感する。彼は何かを隠している気がした。


天龍「……、後続に控えていた敵の空母艦隊を壊滅させたのも、本当にアンタなんだな」


ジョーンズ「まさしく。単純に相性の問題として、亡者は私に勝てん。
      敵も壊滅したというより、消滅したといえる」



これは嘘ではないようだ。
手段は不明だが、とりあえずジョーンズには敵を倒す手段があることは確かだ。



258 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:13:39.87 ID:sE/Vv+Mi0



とりあえず、とバルボッサは話を区切る。
彼が求めていたのは、ジョーンズの話ではなく、カリプソの話だ。
一段落ついたので、まとめに入る。



バルボッサ「とりあえず必要なことは全てわかった。カリプソはジョーンズを呼ぶ際に、
      権能を最大限に活用するため、我々の世界から、奴の権能と適合しやすい
      神隠しの海域へと飛ばした。そして、数年を経て回復した力で、俺たちを呼んだ」



ジャック「なるほど、それだけ分かれば十分だ」




海賊たちの間で一つの結論に達したところで、
ベケットと吹雪の語り合いがようやく終わり、一度解散となった。




259 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:14:12.49 ID:sE/Vv+Mi0






















260 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:14:43.09 ID:sE/Vv+Mi0
グアム諸島警備府 外国人士官区//




殆どが解散すると、部屋に残ったのは主であるベケットと、
その部下である吹雪、そして海の悪魔デイヴィ・ジョーンズだけとなった。


ベケット「……」


彼は、古ぼけた書物を真剣な顔で読んでいた。
その本は、まともに本として体裁を保っているのが不思議なほどで、
紙類にとっては天敵ともいえる湿気を多分に帯びており、コケやフジツボすらついている。



ジョーンズ「その日誌と、船に備え付けられていた海図。
      そいつのお陰で早々に現在地を特定できたんだよ」


ジョーンズが船から持ってきた本。それは古い航海日誌であった。
船の航続距離、天気、業務、その他船舶に関する様々な記録をまとめた日誌であり、
現代の軍艦にも欠かせず、日本でも備え置くことが法律が定められている。



吹雪「でも、これって航海日誌、っていうより、なんだか日記みたいですね」


その指摘にベケットも同じ感想を抱いた。
記述されている日にちは規則性がなく、気まぐれに書いている。
更に書式もバラバラで、内容も私的な文章が混じっていた。


261 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:15:34.66 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「これもまた、噂に埋もれた真実か」


ベケットは感心して、その日誌を読み終えた。
日誌の最後は、文章の途中で唐突に終わっていた。
まるで書いている途中に突然死んでしまったかのような途切れ方である。
だが、実際は死んでしまったのではない。天に召されたのだ。
それは同じようで、まったく違う。そのことを、ベケットも、吹雪も良く知っていた。



オランダ語で書かれたその文章。最後のページに綴られていたのは、
日誌を書いていた男が、愛する女へむけた最後の謝罪と、そして感謝。
女の名前はゼンタ。男の名前は、ダラント。




吹雪「これって、作り物じゃないですよね?」


ベケット「あんな顔の男が、今我々の目の前にいるのだぞ?
     あれに比べればこちらのほうが幾分かマシだ」


吹雪「あれもきっと映画の特殊メイクか何かですよ。マスクですよゴムマスク!
   中身は渋いおじいちゃんですよきっと。英国紳士みたいな」



262 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:16:01.11 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「動いているぞ、ゴムマスク」


ジョーンズ「クハハハ」


吹雪「うぅー、そうですけど……」



吹雪がちらりと目線を向けると、ジョーンズはここぞとばかりに顎の触手を
やたらめったに動かした。吹雪は、信じたくないのか、見たくないのか、
その光景から目を逸らした。



ベケット「しかし、そうか。この世界にもダッチマンは実在したのだな」



かつて元の世界でダッチマンを見たベケットですら、その事実は驚きだった。
ましてや吹雪の衝撃たるや、もの凄いものである。未だに信じられなかった。



263 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:16:40.20 ID:sE/Vv+Mi0



吹雪「だって……、ダッチマンってオペラの創作話でしたよね?」




フライング・ダッチマン。さまよえるオランダ人。
リヒャルト・ワーグナー作曲のオペラ作品として知られるそれは、
ワーグナーの全オペラ作品の中で最も短く、そして有名な話の一つだ。

嵐を永遠に彷徨い続ける幽霊船の船長の話で、呪いに翻弄されるも、
その末に真実の愛を見つける男と女の話である。
そしてその主役とヒロインが、先述したダラントであり、ゼンタなのだ。




吹雪「それが実は実在しましたっていわれても……」


ベケット「いや、元をたどれば、ハインリヒ・ハイネという作家の小説が原案だよ。
     著名人を含めて多くの人間と交流があった方だ。どこかで聞いた現実の話を
     ベースに小説に仕立てたのかもしれない」



諸説はあるが、この原案となったのはアフリカの喜望峰辺りで興ったフォークロアである。
世界で見かけられる幽霊船伝説の先駆けであるが、実際はもっと昔から世界各地で
幽霊船の話や、それに類する話は散見される。日本でも、船幽霊という形で伝えられている。
こういった話のどれかがハイネの作品のアイデアになったと思われていたが、
実際は、本当にダッチマンの真実を、どこかから聞いたのかもしれないとベケットは思った。




264 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:17:11.26 ID:sE/Vv+Mi0



ジョーンズ「だが、その最後の船長は今から200年近く前に日誌を書き残して死んでいる。それが、」


ベケット「死んだのではない。天に召されたのだ」


ジョーンズ「アァン?」


吹雪「そういう最後なんです。最期は幽霊船から解放されて、恋人と共に天に昇るという」




一瞬、沈痛な表情をとるジョーンズだったが、すぐに元の表情に戻り、つづける。




ジョーンズ「ならば、怨念がここまで蔓延っているのも、一つはコイツのせいだな」


吹雪「え?」


ジョーンズ「決まっている。恨み、憎しみ、怨念。それらを片付けるのがダッチマンの使命だ。
      ダッチマンの船長が天に昇ってしまえば、誰がそれをする?」



265 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:17:54.98 ID:sE/Vv+Mi0



吹雪はその言葉に瞠目する。
深海棲艦が現れた理由は、海戦当初から今に至るまで不明であった。


その理由の一端らしきものを、まさかこんな場所で、数百年前の海賊から聞くとは思わなかった。
それも相手はあのデイヴィ・ジョーンズである。昨日の自分にこのことを伝えても、一笑に付しただろう。




ジョーンズ「悲劇性の高い魂は共鳴する。それが悪霊や、神や、精霊のいる世界なら猶更だ。
      聞くところによれば、この世界にも妖精が存在するらしいな。そんな場所で、
      怨念が蔓延れば、そうなるだろうさ。引きあいやすいんだ、そういう奴らは」




海賊というには余りに博識である。吹雪はそれに感心するばかりだ。
それもそのはず。彼は海賊であるが、海の死神でもある。魂の取り扱いのエキスパートであり、
そのキャリアは気の遠くなるほど長いものだ。


266 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:18:39.77 ID:sE/Vv+Mi0



ジョーンズ「では、次は貴様らが私に説明をする番だ!」



元々イスに深く座り込んでいたジョーンズだが、更に、どっかりと大きく座りなおす。



ジョーンズ「オイディプスの話だ。カリプソの昔の男。
      あとついでにその日誌の男の話もだ。全て聞かせろ」




吹雪とベケットは顔を見合わせた。そして内心で思う。
あれほど口では恨んでいる素振りを見せながら、気になっているのだ、カリプソを、この男は。
驚かされているばかりだった二人だが、ようやくイニシアチブを握り返したような気がした。





ベケット「では、まず古代ギリシアの叙事詩、『オデュッセイア』から」




海の神として、かつてジョーンズの恋人であったカリプソ。
デイヴィ・ジョーンズはそこで、初めてカリプソの過去を知ることになる。




267 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:19:06.65 ID:sE/Vv+Mi0











268 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:19:36.79 ID:sE/Vv+Mi0
グアム諸島警備府 通信室//





漣「いやー、これ無理ゲーっすわ」



耳に当てていた通信機を外した漣は、背筋を大きく伸ばす。



天龍「通信設備周りもやられたか……」


漣「どうでしょう。遠目ではパッと見大丈夫そうでしたけど」



漣は手元の通信機全体を色々と弄る。
報告や指示を受ける為、先ほどから本土への通信を試みているのだが、不通。
見る限り、機器に問題はなさそうに思える。漣は一応、ドライバーとテスターで軽く
分解、整備してみたが結果は変わらない。一向に改善されない状況に、漣は机に突っ伏した。



漣「わっかんないんだよぉー!」


そろそろ集中力も限界である。外は未だに曇ったままだ。
午前まで綺麗に晴れていたのに、急に曇りだしたとおもったら
ずっと分厚い黒い雲に覆われている。風もきつくなってきた。これでは嵐になるだろう。


269 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:20:13.89 ID:sE/Vv+Mi0



漣「次の台風って何号でしたっけ?」

天龍「確か6号。てか何だ? この台風が原因か?」

漣「台風程度で不通になるほど、脆弱な電波使ってないと思いたいんですがねえ。
  この辺にはあっちゃこっちゃに電波塔も建ってることですし」


外した通信機のイヤホンからは、まったく応答は聞こえてこない。
周波数はこれで間違い筈だ。これ以上はもう漣では判断がつかず、
無線通信用の妖精も装備してくればよかったと歯噛みした。



ギブス「これは使えねえのか?」


部屋の隅の椅子にに座らされていたギブスが、懐から無線機を投げた。
それはベケットがフーチー号に置いていた無線である。



天龍「お前……、これ探したんだぞ」


回収しようと探しても見つからない筈である。
この男が懐に入れていたのだ。


270 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:20:44.19 ID:sE/Vv+Mi0



バルボッサ「遠くの距離、隔絶した船で連絡を取れるのは素晴らしいが、
      こう簡単に使えなくなるのでは話にならんな」


漣「はー、これだから老害は。普通こんな故障しないんですよ。
  それをみて無線全体の否定とは。使えない者の僻みでしょーに」


バルボッサ「何故だか知らんがな、いつだってその万が一は、一番起こってほしくない時に起こる。
      ケツに火が付いたどうにもならない状況の時に万分の一を引き当てる」


漣「はいはい、不運乙! 運と信心と功徳が足りてないんじゃないですか?
  売店行ったらこんな人形売ってるので買ってきては?」



そういってボージョボー人形を見せる。
艤装のあちこちについた人形は、戦闘が起こる前より、その数は倍ほどに増えていた。


271 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:21:31.92 ID:sE/Vv+Mi0



ギブス「なんだそりゃ。ブードゥー教の人形か? 貸してみろ」


漣「お前に貸す人形ねーから!」


漣はプイ、とソッポを向いて、また仕事にとりかかる。
天龍は、漣はどちらかといえば、もの珍しさで海賊と意気投合すると思っていたが、
関係性はあまりよくないので意外に思っていた。

気になっていた天龍はそのことを漣に質問した。
すると漣は頭に怒りマークを付けんばかりに答えた。



漣「そりゃそうですよ! 大体、海賊って何ですか海賊って!
  ワルに憧れるとか、そういうのは思春期で終わらせとけってんですよ! まったく!」


彼女としては、彼らが来てから悪いことばかり起こっているし、
そもそも、彼女はちゃらんぽらんなように思えるが、実際は真面目で心優しい少女である。
故に民衆にとって悪である海賊と仲良くするようなことはなかったのだ。



272 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:22:03.04 ID:sE/Vv+Mi0




漣「大体、そいつらって裏切り者でしょう? 漣、そういうのメチャゆるせんというか!」



天龍「あー……」


その言葉に、バルボッサの視線が向く。
鋭い視線というよりも、興味深そうに見ている。



バルボッサ「裏切り者だと?」


漣「ええ。だって勝手にほっぽらかして逃げるわ、今も船長救けに行こうともしないし。
  それによく考えたら最初会ったときもあのバンダナを生贄にしようとしてたでしょ!」



ちなみに、ジャックがここにいないのは、彼一人だけ再び牢に入れられたからである。
一緒に入れれば、また三人で協力して何をするかわからないので、二手に分け、
片方に監視をつけたのだ。



バルボッサ「それは違う。裏切りとは、弱者の言い訳だ。そもそも、アレと俺は仲間ではない。
      たまたま同じ船に居合わせた敵同士だ。それを言うなら、その男がまさにそうだが?」



273 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:22:51.68 ID:sE/Vv+Mi0



バルボッサがギブスを指さす。急に話を振られると思っていなかったギブスは慌てた。



ギブス「いや、そりゃ、助けに行こうと画策をだな」

漣「ほぉう。そっちの人は根性ありますね。敵の監視の前でそんなこというなんて」



天龍「まぁ、海賊にそんな正義を期待する方が間違いだな」

バルボッサ「ほおう?」


天龍「絡むなよ。本当のことを言ったまでだ。慣れてるだろ?」



天龍の態度にバルボッサは笑い出す。


274 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:23:39.97 ID:sE/Vv+Mi0



バルボッサ「よく分かってるじゃないかお嬢さん!」


天龍「悲しいことに、どんな時代でもお前らみたいなやつらがいてな。
   海賊は、いつの時代もそんな奴らばかりかと思ったんだ」



一瞬ヒートアップしそうになった天龍だが、それを抑えて話を終わらせた。
だが、バルボッサはそれを見逃したりはしない。




バルボッサ「随分と海賊がお嫌いなようで。……男か?」



天龍の表情は動かない。




バルボッサ「……違うな。仲間……、いや家族か? それとも、その目か?」




天龍の表情は、やはり無表情だ。
しかし、その後ろにいた漣の顔が分かりやすくゆがむ。



275 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:24:27.64 ID:sE/Vv+Mi0




バルボッサ「あぁ、両方か!」




バルボッサはしめたとばかりに嬉しそう笑みを浮かべた。




漣「あんたねぇ!」

天龍「漣。いい」



漣「っ、ぐ、あぁーもう!」




漣は手で顔をぐしゃぐしゃに擦る。彼女は自分の顔でバレてしまったことに気が付いていた。
その動揺を止められなかったことに、自分自身で腹が立っていた。




276 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:25:05.80 ID:sE/Vv+Mi0



天龍「隠すようなことじゃねえよ。馬鹿な海賊が人質とって、そこに運悪く敵が来て、
   敵味方諸共大勢死んだ。オレも怪我した。それだけだ」




長く続く戦争は多くの貧困を生み出した。


生活に困ったアジア人たちが、海賊として海に出始める。
更にそれを調べていくと、裏には元々その周辺国の有力者であった者たちが、
植民地解放の為に支援をしていたことが分かる。帝国はその一団の壊滅作戦に出た。


そしてその一団とマラッカ海峡でかち合う。敵はそこに住んでいた多くの人々を
人質にとっていたが、海上は天龍達が封鎖し、陸軍の突入も時間の問題だった。




だが、まだ深海棲艦から取り返して日が浅い海での出来事。
前線も目の前だった。人が集まりすぎたその海峡にて、深海棲艦の一団が奇襲をしてきた。


完全に不意を突かれた一撃。天龍はその日、姉妹艦と、右目を失った。





バルボッサ「ハハハ、運がない」


漣「っ!」




277 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:26:50.52 ID:sE/Vv+Mi0



そんな過去を容赦なく笑うバルボッサに漣の怒りがこみ上げるが、
天龍は軽く手をポンと漣の頭に置いて落ち着かせた。



天龍「まぁ、戦争だからな」

バルボッサ「戦争だからこそ、人質など見捨てればよかったものを」



天龍「できねえ相談だ。こちとら清く正しい帝国軍人なもんで」

バルボッサ「やはり軍人などにはなるものではないな。
      海賊暮らしが一番だ。気ままに力を振い、欲しい宝を手に入れる」



天龍「海賊になってまでやりたいことねえんだ、オレは。
   ありきたりだけど、今んとこコイツとか、仲間が宝だなオレは。
   その為なら力だって使うさ。帝国軍人万歳」



余りいつもの会話ではそういう話は出たことがないのだろう。
唐突に命に釣り合う宝物扱いされた漣は、少し顔を赤くした。



278 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:27:37.68 ID:sE/Vv+Mi0



漣「……、そ、そこは、ふーん。別に漣だけが宝ってしてくれてもいいんですよ?」


天龍「宝はいっぱいもってた方がいいだろ?」




マラッカ海峡で多くを失った天龍。怪我をし、絶望していた彼女にあてがわれたのが漣である。

漣は色々と問題児であったため、ていのいい厄介払いというか、塵をまとめて一か所にの精神で
組まされたに過ぎないコンビであったが、漣のマイペースさと日常感に、少しずつ前線で
蝕まれた精神が回復し、立ち直ったのだ。それは、神通と似た境遇であった。
彼女がこの部隊に来たのも、きっとそれを見越してのことだろう。



天龍「なはは、感謝してるよ」


漣「ふーん……」



頭に乗せていた手でグリグリと撫でまわす。
髪がはねるのも気にせず、漣はじっとそれを受け入れた。



279 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:28:11.49 ID:sE/Vv+Mi0



バルボッサ「…………」



こうなってしまえば、からかっても余り面白みはない。
なぜか勝手に友情を深めだした二人から興味をなくす。

視線をよそに移すと、ギブスが緑茶を渋そうな顔で飲んでいた。
何をしているのだコイツは、とバルボッサは理解できないという表情をした。



天龍「ま、そういう訳で、仲間という宝の為に命をかけるのも悪くねえってことだ」

漣「そうだそうだ! オゥ海賊! 聞いてるか! オオゥ海賊ぅ!」



友情空間から抜け出した二人は、もう一度バルボッサと会話を続ける。
しかし興味を失ったバルボッサはどうにも怠そうに答えた。


280 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:28:42.77 ID:sE/Vv+Mi0



バルボッサ「それはそれは勇敢なことだ。人のために死ぬなど、理解できん」


天龍「そりゃ残念だ」


漣「いやいやいや、映画だとこういうツンデレ野郎こそ、
  意外と最後は誰かの為に死ぬんですよ。仲間とか恋人とか、息子とか娘とか!」



バルボッサ「ありえん。お前らと違って、俺の宝は金銀財宝だけだ!
      誰かが宝など、ありえん……」




今度こそ、完全に、身体ごと顔を逸らしたバルボッサ。
漣は満足そうにすると、再び通信機を弄りだす。
機械はよく分からないので、手持無沙汰となった天龍は海賊二人の監視を続ける。

ギブスは慣れない緑茶に苦戦していた。何してんだコイツ、と天龍は思った。



天龍「?」



視線をもう一方のバルボッサに移すと、なぜか悲しそうな背中が見えた。
天龍はその理由を理解できなかった。







281 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:29:54.85 ID:sE/Vv+Mi0





漣「ん?」



何か気になる音が聞こえた気がして、また周波数を弄る漣。
すると、激しいノイズの奥で、声の様なものが聞こえた。


漣「お? お、お! なんか聞こえそう」


天龍「おぉ、マジか!」


漣「静かに。今カントリーロードしますから」


耳をすませば、聞こえるかもしれないとじっと息を止め、
周波数をその音に合わせる。




『い存し――、れか! 誰――るっ?』




ノイズに晒されながら、途切れ途切れの声が漣の耳に届く。
音の割れたその声は、辛うじて何かを発言しているということを聞き取れるレベルだ。



282 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:30:37.75 ID:sE/Vv+Mi0



天龍「本土に繋がったか?」


天龍が漣の手元を見る。
だが、漣はどこか不思議そうな顔をしている。


漣「でも待ってください。これって基地同士のものじゃないですよ。
  艦娘用の、携行型小型無線の波数です。誰か近くにいるんじゃ……」



そう言って漣と天龍は窓の外を見る。


外は、さっきより真っ黒の雲で覆われ、雨も風も明らかに強くなっていた。
1時間もしないうちの大嵐である。南方は天候が変わりやすいというが、
こうにも急に崩れるものか。



漣「ん?」



漣の視線の先に、何かが小さく動いた。
黄昏時、日も射さぬ土砂降りで、視界はひどく悪いが、
それでも微かに見えるそれを見つけた。




漣「ん? んん? あれってまさか――!」



漣は、急いで階下へ走り、港へ向かった。















283 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:31:05.19 ID:sE/Vv+Mi0
グアム諸島警備府 営倉//





空爆により、基地の設備や機能は大きく損失していたが、
それでも、幸運にもこの営倉の所だけは綺麗に残っていた。


逃亡を企てた主導者で、基地の備品を盗んだジャックは、
ベケットの指示で、兵士に捕縛されて再び牢屋に入れられた。

一回目と違い、連れてきたのは艦娘ではなかったため、逃亡を企てられるのでは、
と思ったが、小柄ながらも鍛え上げられた兵士たち4人である。
武器もない状態で反抗するのは無理だったし、翻訳妖精を介していない
彼らは言葉すら通じなかったので、早々に諦めて牢に入った。



ジャック「暇だねぇ」



牢に入れられたからと言って、これから罰が待っているわけではない。
彼の手元にはベケットの求めたコンパスがある。カリプソ探しにでも使うのだろう。
今これがジャックにある以上、まず安心していられた。
ようは隔離されただけなのだ。別に今日明日の命という訳でもなし。



ジャック「あぁ、暇だ」



284 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:31:31.81 ID:sE/Vv+Mi0


すると、やることが無くなり、暇になる。
が、そうなると今度は、逃げ出してみたい欲に駆られる。

未来の別世界への冒険といえば、ジャックも心躍ること間違いなしの冒険だ。
今のところこの基地だけでも見たことのないもので満ちている。
それでもここは僻地に近いのだという。この世界の海の冒険は、非常に刺激的なのだろう。

ただ、今のところ、逃げて捕まって逃げて捕まっての繰り返し。大体の相手には手も足も出ず、
海に出たのもほんの僅か。宝のかけらもありはしない。

が、この男は諦めようとはしていない。内心でいつもチャンスを伺っているのだ。



ジャック「本当に、暇だ」


この短時間に何度目かの溜息をつくと、ジャックは壁にもたれかかる。



ジャック「なぁ、あんたもそう思わないか?」


神通「…………」



ジャックは、隣に収監されている神通に、壁越しで話しかける。
どんな表情をしているか知らないが、無表情か、鬱陶しいと思っている表情か、どちらかだ。


285 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:32:19.49 ID:sE/Vv+Mi0



ジャック「なぁ、こっから出してくれないか?」




神通は、無表情で、どこか鬱陶しそうにしながらジャックの言葉を聞き流した。



ジャック「なるほどなるほど。それもそうだ。そりゃ対価が必要だよな」


何も返していないのに、ジャックは一人で会話を続けた。
その口調はどこか芝居がかっている。




ジャック「よし。ここから出してくれたら、アンタの望むものをくれてやる」


神通「その、壊れたコンパスで、ですか?」




延々と喋りかけられるのも嫌だったのだろう。
小さくため息をついた後、神通は鬱陶しそうに話に応じた。


応じてしまった。




ジャック「その通り! ではまず答え合わせをしよう。
     なんでお前がコンパスを持ったら壊れたか」




286 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:34:09.10 ID:sE/Vv+Mi0



神通がジャックのコンパスを持つと、針はグルグルと動き回り、
まるで磁気が狂ったように、ひとところを指さなかったのだ。



ジャック「答えは簡単。壊れてなんてなかったからさ」


神通「はい?」



言っていることがよく分からない神通。
ジャックは構わず続ける。



ジャック「ここは、安全地帯だそうだな。戦火の及ばない、前線の内側。
     死と戦いが溢れる戦地に、ぐるりと囲われた平和な島」


神通「なるほど」



神通のその声は、どこか呆れと嘲笑も含んでいた。
中南米戦線、オーストラリア戦線、北極戦線、地中海戦線。世界にはまだどの方向にも激戦区がある。
そう、コンパスが周囲を指して回っていたのは、自分の周囲にあるそれらの最前線の戦場を求めていたからというのだ。


どこでもいいから、戦える場所を、と。




神通「私が戦争狂とでも言いたいんですか? 
   ですが、私は戦争や殺しが好きという訳ではありません。残念でしたね、名探偵さん」



神通はこれで話はおしまい、とばかりに打ち切ろうとする。
だが、ジャックは可笑しそうな声で続けた。



287 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:34:36.86 ID:sE/Vv+Mi0




ジャック「誰がそんなこといった。そうじゃない」


神通「はい?」






ジャック「お前が求めているのは、お前の自身の死だ。違うか?」







一瞬、神通は息をのんだ。


ほんの僅かな動揺、静寂。たったそれだけの情報が致命的だった。
壁を挟んだジャックはしてやったりと笑みを浮かべた。




288 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:35:15.97 ID:sE/Vv+Mi0



神通「……なにを」


ジャック「気づいたのは割とさっきだ。敵襲と気づくや否や、仲間をほっぽり出して
     一目散に敵に駆け付ける。かと言って敵を押しとどめるでもなく、
     なんの迷いもなく、鉄火場に身を投じた」


神通「……」


ジャック「極めつけは、この投獄だ。この国の軍隊じゃ、そういう蛮勇は許されないらしい。
     なら、なぜこんなになってまで命を懸けたか。理由はそう、命が惜しくなかったから。
     ……いや違うな。命なんて、無くなってしまえばいいと思ったからだ」



昨日今日会ったばかりの、知性のかけらも感じられないような装いのこんな海賊に、
心の中を暴かれてしまった神通は、喉から声を出せないでいた。


そう、当たりも当たり。ジャックの言うとおりだった。
しかし悟られるわけにはいかない。神通は喉を振り絞った。


289 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:37:14.57 ID:sE/Vv+Mi0




神通「……海賊が、偉そうに」


しかしその声は、何処か上ずっていた。



ジャック「軍人なら、声色で動揺が伝わらないようにしろよ。
     部下に不安が伝染しちまう」


神通「っ!」


ジャック「どうした。こんな海賊に心を覗かれたのが相当ショックだったか?」




神通は、怒りで身体が震えた。
ジャックはその様子を想像しながら、言葉を続ける。





ジャック「そう、結論を言えば、お前はただの死にたがりだったってことだ」



神通を煽るジャックの言葉は止まらない。
いつもより厳しく、鋭く、言葉が口から飛び出していく。



290 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:37:49.83 ID:sE/Vv+Mi0



ジャック「長い間船長として生きてきて、気づいたことがある。
     死にたがりを抱えてる船は沈むってことだ。そいつが、仲間を巻き添えにする」


神通「……」


ジャック「お前の過去は知らんが、あの戦いぶりで、戦線の内側に左遷されたんだ。
     相当戦って、相当勝って、相当仲間を死なせてきた。違うか?」


神通の目が見開かれる。歯を食いしばって耐えていた。
ジャックはトドメの一言を放つ。







ジャック「賭けようか、死にたがりのお嬢さん。
     お前はあと何人仲間を巻き添えにしたら死ねると思う?」








その心無い一言に、神通は、切れた。





291 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:38:17.63 ID:sE/Vv+Mi0



神通「っ、ああああぁぁあぁっぁああ!!!!!」



腕を大きく逸らして、思い切り壁を殴りつける。

急遽入れられたその牢屋は、艦娘の力に対抗できるほど堅牢ではなく、
一度殴るごとにひびが入っていく。その力は、ジャックの想定以上だった。



ジャック「お、おい待て!」



神通「殺す! 海賊め! 殺してやるっ!」




吹雪「神通さん!?」



ジョーンズへの講義が一息ついて、
営倉に入れられた神通の様子を見に来た吹雪が、
ジャックにとって、非常に都合のいいタイミングで入ってくる。



292 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:40:23.22 ID:sE/Vv+Mi0



ジャック「おい! こいつを止めろ!」


騒ぎになれば逃げるチャンスもあるか程度に思っていたジャックだったが、流石にやりすぎた。
ジャックらしくなく、少し熱くなってしまった。



吹雪「あなた何したんですかっ!」


ジャック「俺が知るか!」



吹雪は初めからジャックに非があるような目で見る。
事実そうではあるのだが、初めから神通が悪いものとは全く思っていない様子だ。

吹雪は、怒り狂う神通を宥めようと、牢の鍵を開け、中に入り、
神通に抱き着くようにして止めに入る。



吹雪「じ、神通さん! 押さえて!」


神通「離しなさい吹雪! こいつは! この男は!」



293 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:40:59.76 ID:sE/Vv+Mi0


完全に冷静さを失っている。
こんな神通を見たのは初めてだった吹雪は、ひどく動揺した。

だから、普段の聡明な彼女ならきっと言わなかった一言が口をついて出た。



吹雪「神通さんの気持ちは分かりますが、落ち着いてください!」




その言葉に、神通の目が、怒りの矛先が、吹雪の方に向く。
やってしまった。そう思った時にはもう遅かった。
ギュッとしがみついていた吹雪だが、軽巡と駆逐という艦娘としてのスペックのせいで、
軽々と剥がされ、突き飛ばされてしまう。



神通「冗談を言わないでください」


吹雪「じ、神通さん……?」



怯える心と冷や汗を抑え込み、平静を装って神通に話しかける。
神通は、激しく動いたというだけでは説明できない程、大量の汗をかき、呼吸を乱している。



294 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:42:17.73 ID:sE/Vv+Mi0



刀の様に鋭い視線で見てくるが、その焦点はどこを見ているのか、やや定まっていないように見えた。
先ほどまで壁に打ち付けていた右手から血が出ている。無論、壁ごときでは肌に傷一つつかない。
握りしめた神通の爪が、手のひらに食い込んで出た血だ。



吹雪「血、が、出てますよ……」


神通「私の気持ちが分かるなら、なんで、」



言うな。神通の理性が叫ぶ。
聞くな。吹雪の直感が警告する。

だがその意思に身体が従うより早く、神通の口が動いてしまった。






神通「なんで、わたしを助けたんですか――」





耳をふさごうとする吹雪の手が、止まる。
止まったのは手だけではない。表情も、身体も、思考も。心臓でさえ一瞬止まった気がしたし、
時間や空気もきっと止まっていた。


それほどに、場を静寂が支配した。



295 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:43:08.82 ID:sE/Vv+Mi0




吹雪「ぁ、ぅ……」



何かを言おうとするが、怯えて固まった身体は、言葉を発しようとしても嗚咽になってしまう。
吹雪は何かに突き動かされるように、その場を逃げ出す。



ジャック「ちょっと待て! 置いてく気か」


吹雪「っ!」




元はといえば、全てこの男のせいだ。
それが分かっていた吹雪は、再び隣の牢に入れておくなどという愚行は繰り返さない。
手持ちの鍵で格子を開けると、ジャックのコートを引っ張り急いで連れ出す。




部屋には、神通だけが取り残された。




296 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:43:54.22 ID:sE/Vv+Mi0


吹雪は格子を閉めないまま出ていった。
手足を拘束されていない神通はこのまますぐにでも抜け出せるし、
走って吹雪に弁解することもできた。

しかし、冷静でない今の神通にそんな考えは及ばない。


覆水盆に返らず。一度口に出してしまったことは取り戻せない。
そればかりか、一度零してしまった水が、止まることなくあふれ続けた。




神通「私は、なぜ助かったの?」



それに答えられるものは居ない。



神通「なぜ、私は死ななかったの……?」





川内。那珂。あの二人は、自分をかばって死んでいった。
姉妹だけではない。本来ならばあそこで沈まなくてもいいような仲間たちも、皆死んだ。
自分だけが生き残った。



297 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:44:26.98 ID:sE/Vv+Mi0



それは危惧された、歴史通りの結末ではなかった。


勿論、歴史通りに結果が現れるわけではない。
あそこで死んだのが今生の彼女たちの運命だったのかもしれない。


だが、それでも。あそこで自分が歴史通りに動いて、沈んでいったのなら、
他の誰も死なずに済んだのではないか。


死ぬべきだったのは、自分ではないか。






神通「あああぁぁっ!!」











自分は、死に場所を見失った。








歪んだ罪悪感が、神通の心を苛んでいく。













298 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:45:06.62 ID:sE/Vv+Mi0
グアム諸島警備府 廊下//





神通の悲鳴から逃げるようにして、廊下を走っていく吹雪。
ジャックはコートを引っ張られて前のめりになっていた。


ジャック「おい! ゆっくり歩くか、それかせめて腕の拘束を解いてくれ!」


そう抗議するジャックを、吹雪はきつく睨みつけ、
胸倉をつかんで壁に押し当てた。


ジャック「っ痛て」


艦娘としては神通のスペックを一回り下回るものの、
その膂力は見た目以上どころではない。大の大人であるジャックは
強かに叩きつけられた。


吹雪「神通さんに何をしたんですか!?」


きつく問い詰める吹雪。その眼尻にはうっすらと涙が浮かんでいた。


ジャック「さぁ。強いて言えば、死にたがりは仲間を殺すってな具合に言ったかな」


吹雪「っ、このっ!」



吹雪は掴んでいる胸倉を更に強く壁に押し当てる。
ジャックは気道を圧迫され、呼吸が苦しくなる。



299 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:45:33.57 ID:sE/Vv+Mi0



吹雪「あの人が! 神通さんがっ! そのことでどれだけ苦しんだか、わかってますか!
   仲間を失って、絶望して、ずっと今も救われないまま耐えてるんですよ!!」


ジャック「っ、おい! わかったわかった! 放せ、死ぬ!」


熱くなってしまったが、こんな男に何をいっても無駄だと気づいた吹雪は、
手を放し、ジャックを自由にする。ジャックは尻餅をついて、深く深呼吸をした。



吹雪「次、こんなことがあったら、……、どうなるかわかりませんよ」


そこを、殺してやると言えないのが、彼女の押しの弱さである。
そうして立ち去って行こうとする吹雪の背中に向かって、ジャックが言う。


ジャック「お前は、救う気はないのか?」


吹雪は、厳しいながらも、困ったような悲しいような、そんな顔をして振り返った。


吹雪「私に……、私が、救えるものなら、とっくにやってますよ」


300 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:46:05.69 ID:sE/Vv+Mi0



その言葉に、ジャックは笑うでもなく、珍しく真面目な表情をした。
吹雪はその顔に虚を衝かれる。



ジャック「どこまでやった?」


吹雪「え?」


ジャック「救うために、どこまでやったかってことだ」


吹雪「それは……」



それは、もう本当にたくさんのことだ。
彼女を瀕死の危機から救ったのも、その後、療養できそうな隊に入れてもらったのも、
色々なことを彼女と、彼女の上司であるベケットの力で手配した。


301 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:46:54.40 ID:sE/Vv+Mi0



が、ジャックが聞きたかったのはそういうことではない。
彼は一呼吸おいて、吹雪の目を見て話す。



ジャック「男だろうが女だろうが、必要なことは、何ができて何ができないかを知ることだ」


吹雪「? それってどういう――」





真意を問いただす前に、ドタドタと慌てるような足音が聞こえてきた。
廊下の角を曲がって、漣と天龍が二人を見つけた。



漣「っ! いた! 吹雪ちゃん! ちょっとこっち!」

天龍「いたか! ……てか海賊! なんでお前も居んだよ」




二人の会話に、慌ただしい闖入者に入ってくる。
何事かと振り向く吹雪。漣たちの表情は硬い。



何かが起こっているのだ。吹雪は、軍人としての意識に切り替えた。




302 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:47:35.58 ID:sE/Vv+Mi0


















303 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:49:05.15 ID:sE/Vv+Mi0
グアム諸島警備府 外国人士官区//







吹雪「っ、本土空襲!?」



信じられないとばかりに声を上げる吹雪。
漣と天龍も同じ気持ちだった。
唯一、流石の危機に召集をくらった神通だけが、
泣き腫らした目で、淡々と聞いていた。



ベケット「正確には、本土の太平洋側を、満遍なく。そしてフィリピンの鎮守府など、
     その他南方基地の多くが空襲と艦砲射撃での奇襲を受けた」


ベケットは手元の書類を見ながら、平静を努めて報告する。
が、その表情はどこか固い。

無理もない、第二次世界大戦以来の本土攻撃だ。
それもこれほど多方面に、広範への攻撃は歴史上類を見ない。



天龍「首都は、東京は無事なのか? 鎮守府は!?」



天龍も動揺を抑えられないのか、話すたびに声が大きくなってしまう。



304 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:50:56.23 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「落ち着きたまえ。本土の鎮守府は経戦中だが、とりあえずの防衛線構築に成功したとのこと。
     首都は親衛隊が決死の守備に努めている。どちらも被害は軽微。だが、戦力が配備されていない
     地点では悲惨な状況になっているようだ。どこのその対応に追われている、と」



ベケットは紙媒体の資料を机に置く。
正式な書類だが、書式は雑。急いで書かれたことが見て取れる。




ベケット「これが、少なくとも6時間前の情報だ」


天龍「6時間って……」




それは、ちょうど、このグアム基地に敵襲があった時刻。
その同時刻に、本土含む南方周辺の基地が一斉攻撃に会っていたということだ。



吹雪「今、現在はどのように!? 6時間もあれば状況は変わります!」


そしてそれは恐らく、悪い方に。
これほどの大攻勢。そうそう止められはしまい。



305 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:52:36.79 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「不明だ。現在、通信設備が使用不能状態にある。
     恐らくは、この一帯全域で通信障害が起こっていると思われる」


その言葉に漣が頷いた。


漣「一応、色々検証してみましたが、基地内でしたら近距離の無線くらいはできますが、
  海上に離れるとほとんど通じなくなります。勿論、機器は正常です」


吹雪「じゃあ、この情報はどこから……?」



漣は真面目な表情だ。



漣「さっき、フィリピン基地の部隊に配属されていた、
  ……私の姉である曙ちゃんがボロボロになりながらこの基地に着きました」

吹雪「曙さんが!?」



驚く吹雪。彼女は優秀で頼りになる駆逐艦だと聞いている。
更にフィリピンのスービック鎮守府といえばアジア最大級の鎮守府で、
ベトナムをはじめとする、東南アジア奪還作戦の一大拠点となっている場所だ。


そんな場所で、一体何があったのだろうか。


漣は、唇を軽く噛みしめる。少し零れた涙を拭って話を続ける。




306 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:53:29.24 ID:sE/Vv+Mi0



漣「フィリピンの鎮守府は、6時間前に本土空襲の報を受けるも、
  その直後に数えきれないほどの爆撃機の攻撃に晒されたそうです。
  そして嵐が来て、各所との通信途絶。前線に助けを求めるために
  曙ちゃんが単身で敵中突破して前線に向かうも、前線との間に多数の敵艦を認めて退却。
  満身創痍で、なんとか、ここにたどりついたと……いうことです」


言葉の後半は、涙交じりだったが、なんとか全て伝えきる。


吹雪「曙さんは、無事なんですか?」


漣は何度も頷いた。それだけは不幸中の幸いであった。
が、この場で報告が出来ていないということは、それほどの怪我だったのだろう。
今は工作部の生きている設備で何とか治療しているというところか。



ベケット「この資料は、通信障害が起こり、途絶した中で、
     彼女が繋いでくれた値千金の情報だ。決して無駄にはしない」



ベケットの言葉に、艦娘たちが頷く。


307 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:54:09.84 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「では、引き続き、私が提督代行の権限を以て、敵の討伐を命じる。
     前線が動けず、内地が壊滅しているというのなら、動けるのは我々しかいない」


天龍「だけど、討伐ったって、敵の目星もついてねえし、
   何よりオレ達4人だけでなんとかなる相手なのか?」



ベケットは無言で頷いた。




ベケット「通信途絶前に、フィリピンのスービック鎮守府に送られた映像だ。
     何機も発進した本土の航空機のうち唯一機が、撮影に成功したものが、
     送られてきたわけだ」



308 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 18:55:12.32 ID:sE/Vv+Mi0




スクリーンに映像を映し出す。



長髪の側頭部から冠状の二本角を生やす、ドレスを纏った白い女がいた。
だが、注目されるのはそこではない。



その下半身とも言える部分には、艤装と一体化し、巨大で恐ろしい口があった。
華奢な女性体の部分とは打って変わって、化物らしい外殻をもったその下半身。
一目で見た目を表現するなら、そう。




ジャック「ドラゴン……」





終始口を挟まず、後方で座っていた海賊たち。
だがその映像をみてジャックが呟く。


そう、遠目で見れば、まるで海から顔だけを出すドラゴンの頭の様な見た目だ。


他の海賊たちも驚いている。
そもそも、「映像」という技術そのものにも驚いたが、そちらも驚きだ。
彼らの世界にも、名だたる神話の怪物が居たが、それでもドラゴンは見たことがなかった。
怪物の中でも頂上争いになるその怪物は、モチーフとして、海賊船の装飾にも用いられ、
彼らにとっても最強の強さの象徴でもあった。



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