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女「犠牲の都市で人が死ぬ」 男「……仕方のないこと、なんだと思う」
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165 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/15(金) 00:46:57.06 ID:jX7ap57O0
「そんなことしても無駄です。わざわざ命を捨てるような真似はやめてください」
「無駄? 本当に?」
彼女は静かに言う。
僕が殺されるの確定的で、彼女が犠牲になるのも同様だ。だがせめて、彼女は僕だけは逃がそうとしていた。
「動かないで。その人をそのまま通して。誰も、一歩たりとも動かないで」
激しい剣幕で言う。必死さが窺えた。
――王がこちらを見ている。
「無理ですよ。あなたの見えないところでその男は捕まります。あなたがしていることは無意味です」
「どうかな? 捕まる前に彼が大声をあげるかもしれない。そしたら私がすぐにでも自殺するかもしれない」
「人は簡単には死ねません。あなたがそんなことをしたった治療が行われるだけです」
「確かにそうかも。でもそれで私が助かる確率は? そこまでして彼を捕まえるメリットはあるの? あなたたちから見れば私は絶対に失ってはならない人材。わざわざ賭けをするようなことを、あなたたちはできるの?」
「……」
メイドは黙った。彼女に言い負かされた。実際、彼女の価値は大きすぎる。見せしめの処刑を行うために、彼女が死ぬかもしれない選択を政府側としては取ることができない。
でもこれじゃあだめだ。結局、彼女は死んでしまう。僕だけが生き残っても意味がない。
予感があった。怖かった。だが、おそらく、結末を変える方法はあった。
王が笑っている。わかっているぞ、とでも言いたげな表情。
そうだ。王は待っている。僕が選択をすることを。そして、僕がどの選択をするのか、知っている。
「僕は」と言う。
皆がこちらを向いた。いぶかしげな表情。お前ができることはなにもないと、言いたげな、そんな表情。
ただひとり、王だけは満足げに笑っていた。
「僕が犠牲になります」
「……え」
彼女の声。
166 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/15(金) 00:49:32.90 ID:jX7ap57O0
メイドが僕に反論する。
「なにを言っているのです? あなたにそんな価値はありません。雪様ほど犠牲の資質があるわけではないのなら、あなたの言い分は通りませんよ。身の程を知りなさい」
「関係ない。王よ、どうせ犠牲をはかるなにかを持ってきているんでしょう?」
何かを言おうとするメイドを王が静かに手で制す。信じられないものを見る目をメイドはした。
「なにをなさって……?」
「おい執事。計測器をお前に持たせたはずだ。ここに持って来い」
後ろから呼ばれた執事が顔を出す。執事は丸い機械のようなものをもって王の前に跪いた。
「ここに」
「よし。メイド、こいつでアレの魂をはかれ」
「……かしこまりました」
明らかに納得がいっていない様子で、メイドは王の指示に従う。
メイドが近づいてくる。抵抗はしない。
彼女もなにも言わなかった。どうせ彼女の魂の値を上回れるわけがないと思っているのだろう。ほとんどのものがそう思っていた。だが王と、僕だけは違った。
「八百年……です」
理解できないというメイドの声。化け物でも見るかのような、表情。
けたたましい笑い声。王が笑っている。
抑えきれないとでもいうように。積年の悲願が、目的が叶えられる瞬間が来たかのように。
「くくく、ははは。見ただろう、こいつは新人類だ! 八百年もあれば賢者から逃れられる! ははは、はははははは!」
なおも王は言う。
「あいつは人類を再び地上に進出させようとしているんだよ。だがそんなことをすればどうせ争いが生まれる。人間はこの都市で生き続ければいいというのに! 発展など必要ないのだ!」
解放されたような、そんな感情を王から感じる。そして、わかったことがある。王は賢者を嫌っている。憎んでさえいるかもしれない。そして地表への進出を望んでいない。
予感がある。王は賢者に従っていないが、ボスは賢者に従っているのではないか? 内部で組織が分裂している? そして、地表探索でイレギュラーな異常が起きたのは。
「地表探索隊のワイヤーを切ったのは、あなたの手の者、か」
確信があった。ボスがわざわざ無駄なことをするはずがない。失敗するとわかっているなら理由をつけて止めるか、そもそも計画を立ち上げないはずだ。ボスは組織をほぼ完全に掌握している。だが本物の敵対勢力は想定しておらず、スパイの潜入はたやすい。
「ああ、お前は地表に出たのだな? 魔素と適合しているのだから当たり前か。念を押して人為的なものに見えない細工をするよう、指示したのだがな。少ない情報からよく気付いたものだ」
こいつは……!
「人を殺したんですね」
「未来のためだ。多少の犠牲は仕方ない」
平然と王は言う。なんとも思っていない、口調。
にやり、と王は笑う。
「そんなことはどうでもいい。お前はおとなしく犠牲になってくれるな? お前のようなやつは嫌いじゃない。お前の大事な女は生かしてやろう。外に出すわけにはいかない。だが平民にはできない、贅沢な暮らしをさせてやろう」
どこまでも傲慢な言い方。だか従うしかなかった。たぶん、約束は守られる。彼女は生かされる。僕の犠牲には意味がある。
167 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/15(金) 00:50:04.47 ID:jX7ap57O0
――わかっていたんだ。彼女を見た瞬間に、犠牲になれる人間はひとりじゃないって。むしろ、僕こそが、犠牲に最も適した人間になったんだと、魂がそうなったのだと、理解した。
現実味がない。選択はあっという間で、死ぬという感覚がうすい。
馬鹿なことをしている、と思う。でも、この選択は、きっと、他人からしてみれば愚かなものだったとしても――僕にとっては最善だ。
残されていく者を想う。彼女と一緒に、生きていたかった。でも、他に選択の余地はない。僕が死ななければ彼女は死んでしまう。彼女が死んでしまえば、僕もまた、同じようなものだ。
僕は頷いて王の言葉を肯定した。犠牲になる、と。
「こい」と王が言う。
「……嘘だよね?」
彼女の声。
「ねえ、いかないで」
悲痛な叫び。
「嫌だ……嫌だよ」
その声を聴いて。大切な人の哀願を聞いて……情けなくも、もう少し生きたいと思ってしまった。だがそれでは彼女は生きられない。
安心した。彼女が僕を思ってくれることに。
後悔した。もっと、ああすれば、こういうことをすればよかった、と。
でも結局、僕はなにかをすることはできなかっただろう。後悔だけが残る。
だが満足していた。少なくとも、自分の生き方を最後まで貫いたと。
充足感があった。少し、寂しいけども。
恐怖がある。死を自ら選んだことに対しての恐怖。実感が押し寄せる。
僕は、死ぬ。
「待って……待って……!」
彼女が抑えられるのが見えた。
「最後になにか言ってもいいぞ」と王は言う。
何を言うべきか。何か言うべきか。
感情が溢れていた。言いたい言葉があった。
だが言うべきではないのかもしれない。言ったところで、彼女は救われない。きっと、かえって苦しむ。
でも、最後のわがままだから。命を捨てるのだから、これぐらいなら、許されてもいい気がした。
目を閉じれば、彼女の笑顔が浮かんだ。おかしさことをして、笑いあって、そういう余韻に浸って。
彼女と結ばれるんだと信じていた。きっとこのままずっと一緒にいて、キスをして、結婚して、子供を作って。「幸せだね」なんてことを確かめるように言う。
――でも、それらすべては全部、夢の中の話だ。
彼女の顔を見る。綺麗だった。どこまでも愛しかった。今までくだらない意地を張って、思いを伝えることをしなかった。
伝えるべきではないかもしれない。
「ごめん」と胸の中で謝る。そして、僕は彼女にこう言った。
「――大好きだよ」
彼女は大きく目を開いて、僕の方を見て、途切れ切れに返事を返す。
「私も……だよ」
よかった、と思った。もう、諦めがついた。
ずっと諦めないことは、辛かった。いつまで続くんだと思った。でも、ようやくこれで終わる。
彼女の姿を目に焼き付けた。遠ざかっていく時も、扉が閉まる直前の時も。
ぱたん、とすべてを終わらせるような扉の音がした。
「大好きだ」と確かめるように僕は呟く。
生涯を通じて、ようやく、完全な諦めがついた。
もはや僕はなにかをすることはない。誰かを想うことはない。
彼女は……いま、何を思っているんだろう?
――扉の向こうから、誰かの慟哭が聞こえる。
168 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/15(金) 00:50:34.11 ID:jX7ap57O0
◇
その装置には人を一人、収容するスペースがあった。
「光栄に思え、私自身がこの手で犠牲を執行するなど、初めてのことだ」
それは僕への思いやりや優しさではない。賢者という敵に反乱するための記念。そういったことへの象徴、自己満足。
「そうですか」
「お前のようなやつを待ち望んできた。魂の質だけあってその精神も、実に好みだ。お前は、実に人間だ」
王は僕のような奴を嫌いではないと言った。実際そうなのだろう。
「眠るように意識が消える。だがすまないな」
己の肉体を横たえる。ガラス越しに見える顔。
機械音がなる。装置が、始動している。
わきあがる感情があった。それを必死に抑え込む。なんでもないんだと、忘れようとする。
「お前は装置の中で苦しむだろう。とても、長い間」
なにも見えなくなっていく。意識が混濁を始める。
「こればかりはさすがに同情するぞ」と誰かが言った。
169 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/15(金) 00:51:05.85 ID:jX7ap57O0
◇
暗く、よどんだ穴倉から。
なにかを呪う声が聞こえる。
助けてくれてと泣き叫ぶ。
答えるものはなにもない。
それはずっと生きていた。
苦痛は魂を苛んだ。
救済は後継役にて行われる。
よかった、これで終わる。
ようやくこれで、死ねる。
170 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/15(金) 00:51:32.92 ID:jX7ap57O0
◇
僕はゆっくりを目を開く。いや、目という表現は仮のもので、僕がそう認識しているだけだろう。
目の前に何かが浮いていた。そいつはわけもわからないことを叫び、消えていった。
……僕はため息のようなものをつく。
こんな光景が続いていた。狂った者たちの、叫び声。苦しみぬいて、死を喜ぶ者の呪詛。
ここには何もなかった。ほんとうに、なにもなかった。
考えることはできた。だが、それをするのはひどく苦しい。後悔と、それと結びつく幸せな思い出。
僕は長い夢を見る。そこには彼女がいた。卓也がいた。両親も、なにもかも、大切な人はみんなそこにいた。誰もが苦しまず、完全無欠の世界だった。
でも、これは夢だと知っている。
失われていく感覚がある。
なにかを思い出そうとすると、同時に抜けていく感覚。
魂の消耗。自我の崩壊。
少しづつ削られていく感覚。狂気がすぐそこにあるのを、感じる。
だから何も考えないようにする。思い出さないようにする。
それでも狂気に溺れていく。縋りたくて、思い出を頭に浮かべる。それはその瞬間から、頭から消えていく。
涙のようなものを流した。
悲しくて辛くて。恋しくて懐かしくて。
でも、全部諦めたんだ、と思う。それでよかったんだと、そう思う。
ずっと同じ暗闇を見上げていた。ここにはなにも存在しなかった。
僕はゆっくりと目を閉じる。
そうすれば、彼女の声が聞こえる。
僕にしゃべりかけ、嬉しそうにし、幸せそうな笑顔を浮かべる、彼女が。
『私たちだけの秘密!』
『今日、どんなことがあった?』
『キミは私にとって、大切な人だよ』
そして僕は。
171 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/15(金) 00:52:02.92 ID:jX7ap57O0
「うるさい……うるさい」
なにもかもなくなってしまえばいいのに。こんな欠陥だらけの感情も。苦しいだけの思い出も。
なにかを言いかけてやめる彼女の姿があった。少し恥ずかしそうにしていて、やっぱりやめておこう、という感じの。
妥協なのかなんなのか、彼女は僕にこう言った。
『家族の次にキミが好きかなー』
「うるさい! うるさい! ……うる……さい」
認めたくなくて。彼女のことが好きなんだと、思いたくなくて。
世の中のすべては無意味で、価値なんてないと思いたくて。
なにもかもを否定したかった。でも、いつも決まって、僕をひきもどすのは彼女の声だ。
どんな完璧な理屈も、自分の決意も、落ちていく自分を止めなかった。ただ、彼女だけが、感情だけが僕を離してはくれなかった。もうなにもかも、捨ててしまいたかったのに。
諦めたんだ。すべてには価値がなかったんだって。どうだっていいんだって。
でもそれなら、僕が最後にした選択はなんだというのだろう?
泣き声。嗚咽。慟哭。
認めたくなかった。苦しいのだということを、認めたくなかった。
僕はゆっくり手を伸ばす。けれど決して叶わない――。
172 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/15(金) 00:52:39.00 ID:jX7ap57O0
「本当に?」
自分が言っているのか、誰が言っているのか。
「諦めたかったの?」
「そんなわけない」
「君の思いを聞かせてよ」
「世界全体はすくわれるぺきだ」
「どうして?」
「それが正しいと信じるからだ」
「彼女のことが好き?」
「とても」
「諦めるの?」
「それが現実だ」
誰かが否定の声をあげる。産声めいた変化。
「君はいつまで生きる?」
「またその話か」
「君はいつまで生きる?」
「彼女が生きている間まで」
「わかったよ」
声は笑っている。
賢者が笑ってる。
「君は変なやつだ」
「変?」
「まともじゃないね。世界全体の幸福を望んでいて、一人の女の子を愛していて、自分が苦しむ思考から逃げない。もっと効率よく生きればいいのに。そのことすら自覚しているのに、愚かだって思っているのに……いつだって君の思いは変わらない」
「……」
「君と塔で話したとき、君になら任せられると思ったんだ。君みたいな変な奴に。だからここから、救ってあげよう」
いいのだろうか? 僕だけが助かって、こんなにも苦しんでいる人はいるのに。
「いいんだよ。だって僕も君と同じ考えを持っているんだから」
173 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/15(金) 00:53:05.55 ID:jX7ap57O0
――世界全体は救われるべきだ。
――けれど救われないのが現実だというのなら。
――現実的に可能な限り、助けになりたいと願う。
174 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/15(金) 00:53:36.33 ID:jX7ap57O0
「優しい奴こそ、救われるべきなんだ」
「でも、結果がでていない」
「でも、僕こそは、僕だけしか君を助けられないというのなら、助けてあげたいんだよ」
それは結局――。
「そうだ。君自身の言葉だ」
賢者は笑っている。
「言っただろ? 最初から目をつけてたって。でも君が頑張ったからここまでこれたんだよ。君が誰かを思うから、苦しい思考から逃げなかったからなんだよ。だからこれは、偶然なんかじゃない、必然だ」
暗く、よどんだ穴倉から。
一筋の光がさす。
それは救済ではない。
ほんの少しの助けであって、苦しみは取り除かれない。
175 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/15(金) 00:54:04.21 ID:jX7ap57O0
◇
「ほんとうにいいの? 都市の人たちはどうなるの?」
「いいんだよ。都市の人たちも無事だ」
「どうやって?」
「僕は星が堕ちてからずっと生きてるからね。魂も濃い」
「そんなことをしてもよかったの?」
「些細な代償だ。それに、僕はもう表舞台から消えるから問題ない。また目覚めるときが来るかもしれない。その時はよろしく」
「え……?」
「さようなら」
176 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/15(金) 00:54:32.08 ID:jX7ap57O0
◇
「陛下」
無表情な顔のメイドが王を呼んだ。
「装置は無事です。不可思議なことに稼働も十分です。ですが……前犠牲候補者、近藤雪様の行方はつかめません。犠牲者、佐藤祐樹の遺体も」
「……まあいい下がれ」
一礼をして下がっていくメイド。それをどうでもよさそうに王は見送った。
「機嫌が悪そうだな傲慢主義者」
それを見て、男が笑っている。
「処刑されたいのか?」
「やれるもんならやってみろ」
「よかったな、組織の後継役がまだ見つからなくて」
「そんな奴めったにいるわけないだろ? 俺だからやれるんだよ。他にできるやつがいても俺ほどうまくはできない」
男は――抵抗組織のボスはからからと笑った。
王はボスをにらめつける。
「うせろ」
「偉そうな態度をやめることだ。からかわれるだけだぞ?」
「おまえぐらいしかそんなやつはいない」
不満気に言う王にボスはまた笑って見せた。
それで、と彼は言う。
「なにがあった?」
「私は賢者のてのひらにずっといたということだ」
「逆らうなんて無駄に人間らしいことをするからだ」
「……お前はどう思っているんだ?」
「本質的には、賢者とか世界とか、どうだっていい」
「こんなにあっさり言うならもっと早く聞くべきだったな」
からからとボスは笑う。だがその後居住まいを正した。ボスは射貫くような目つきで王に言う。
177 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/15(金) 00:55:00.94 ID:jX7ap57O0
「気を引き締めろ。次の犠牲の猶予は長い。だが長すぎる。平和ボケして次の犠牲を失敗して終わらせる、なんてことにはするな」
次の犠牲の期間は長い。八百年という歳月は、人の脳裏からシステムを消すのに十分だ。絶対の統治も、それを補強する法も、年月が腐らせていく。それを絶対にあってはならないことだ。
「わかっている。法も作った。知識も引き継がれるシステムをあらたに構築した」
「ああ、だが手を抜くな。人が死ぬようなことでも躊躇なく行え。都市のシステムのためならなにを犯してもいい」
「……結局我々の本質は同じだ」
「ここまでくるにも犠牲があったからこそだ」
「ああ、誰かが死んでいる」
「そうだ。結局――我らが住まうは、犠牲の都市だ」
178 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/15(金) 00:55:58.33 ID:jX7ap57O0
◇
ぼんやりと天井を眺める。
そして首を振った。やるべきことが山ほどある。賢者は人々を見つめなければならない。
世界が広がっている。人がどこで生きているのか、どれだけいるのかがわかる。
耳を澄ませば――人々の苦痛の声が聞こえる。恵まれなかったこと。失敗したこと。理不尽に妨げられたこと。
不幸の意思が、世の中には絶えない。
だが、相反するものもある。
些細な気遣いに感謝する思い。それらは大きくは目に見えない。例えば、近くにあるものをとってくれたり、誕生日を覚えていてくれたり、ぶつかりそうになったところを笑顔ですみませんね、と謝ったり、なにかを買ったあとに財布を忘れて、それを届けられたり。
通行人がものを落とした。それを何人かが見て、どうしようかと躊躇する。一人が素早く持ち主に声をかけて届けた。ありがとう、という声。
それで通行人は感謝した。名も知らぬ他人に。
そいつは勇気をだしてよかった、と思った。感謝されてうれしいと、そう思った。
それを見ていた周囲の人々は称賛と、ほんの少しの罪悪感を覚えた。勇気をだして落とし物を拾わなかったことを恥じたのだ。だがそれだって、もとは綺麗な感情だ。だから、そういうものを感じた人も、納得している。
誰かが誰かをほんの少し助ける。それを受けて、自分も機会があったら真似しよう、と思う人がいる。実際には、勇気がでなくてできないかもしれない。でも、思うだけで、感謝をするだけで、十分綺麗だと、僕は思った。
「頑張るねー、はいコーヒー」
彼女は元気よくそう言った。僕はありがとう、と微笑み、コーヒーをすする。
苦すぎるのに甘すぎるコーヒー。これを好んでいた人物のことを思い出して、すこし懐かしい気持ちになる。
世界は不幸で溢れている。救いようがないくらいに苦しいことだらけだ。
卓也が死んでしまった。彼女が生きていたとしても、その事実は消えず、忘れることもできない。
苦しいのだ。世界は、不条理すぎる。
綺麗なだけではいられない。それが現実という世界だ。
179 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/15(金) 00:57:56.02 ID:jX7ap57O0
でも、誰かが誰かに優しくした、気遣った。その事実もまた、現実だということでもある。
それに少し救われた気分になる。人間という生物は誰かを傷つけ、誰かを救う。
僕の人生もそうだった。嬉しいことも楽しいことも、悲しいことも辛いことも、隣りあわせだ。
でも、納得している。現実をかろうじてだが、受け止められている。
僕は彼女を見つめる。それを受けて「どうしたの?」と言われる。困ったような、幸せそうな、僕が望んでいた光景。それを見て余韻に浸る。満たされたような感覚。
「なんでもないよ」と僕は笑った。
人の苦悩は続いていく。それを忘れることはできないかもしれない。
彼女が僕を見つめ返す。
今はもう、なにもかも、受け止められる気がした。
とにかく、今日も人間は、生きている。
だから、賢者は、僕は、こう願う。
世界がもっと優しさに包まれますように、と。
180 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/15(金) 00:58:42.97 ID:jX7ap57O0
おしまい
181 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/15(金) 01:03:01.26 ID:jX7ap57O0
本人証明のために一応アカウントを置いておきます。
物語で不明瞭な点がありば気軽に質問してください。ここでも大丈夫です
https://twitter.com/shatihokoperu
@shatihokoperu
182 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/15(金) 01:06:19.13 ID:jX7ap57O0
ありば→あれば
ここで誤字してしまって申し訳ない
183 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/09/15(金) 02:47:01.80 ID:YB9+Qijdo
途中までバッドエンドかと思ってハラハラしたわー
犠牲はあっても救いもあってよかった
乙乙
184 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/15(金) 13:08:18.35 ID:jX7ap57O0
>>183
ありがとうございます。作者としては、やっぱり反応があると嬉しいですね
185 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/09/16(土) 12:22:47.79 ID:h0YI39e+O
一気読みしちゃいました
面白かったです。
なろうにも上げてらっしゃるみたいなんでまた覗いて見ますね!
186 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/09/16(土) 17:04:58.24 ID:ZZGYmpsrO
正直、冗長に思えて飛ばした部分もあったけど、引き込まれて面白かった
187 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/18(月) 11:24:54.55 ID:iIW7fTT60
お二方、ありがとうございます
褒めてもらえると嬉しいですね!
Twitterに他の作品も紹介しているので、見てくれれば幸いです
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