渋谷凛「輝くということ」

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74 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:41:29.01 ID:c5e7bYk30

アイドルとなって、たくさんのことを経験した。

ひとつひとつと階段を駆けあがる感覚に病み付きになっていた。

そんなある日のこと。

いつもみたいに、何でもない話をするかのように、プロデューサーが近付いてきて、にっこり笑ってこう言った。

「てっぺん、取りに行くよ」
75 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:41:56.24 ID:c5e7bYk30



てっぺん、その言葉が意味することはすぐに理解した。

アイドル界でその年一番のお姫様を決める、最大のイベント、シンデレラガール総選挙。

勝ち抜くには、まずエントリーした全アイドルを対象にして、純粋な人気度の指標としてファンからの得票数を競う一次予選を突破する必要がある。

そして、そこから基準を満たしたアイドルたちが本選へと進む。

本選では、与えられた持ち時間を使ってのアピールを行い、審査を経て、シンデレラガールが決められる。

それに挑むということ。
76 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:42:41.94 ID:c5e7bYk30



昨年あたりから、インタビューやテレビ番組なんかでも、よく言われていたことではあった。

「総選挙には出ないのですか?」って。

私も出てみたいという気持ちはあったし、出れば良い結果を残せる自信はあった。

でも、出なかった。

理由は単純。

“良い結果”止まりでは、だめだから。

満足できないからだった。
77 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:43:12.11 ID:c5e7bYk30



「うん。わかった」

私もプロデューサーに倣って、なんでもないように返事をした。

「いつかした話、覚えてるかな。凛の初めてのライブのときに作った衣装の話」

「うん。覚えてる」

あのときの感動は、今も記憶に新しい。

初めてまっくろなドレスをもらって、袖を通した時のこと。

ライブの前で、緊張している私に、素敵な髪飾りをくれたこと。

忘れられない思い出だ。

「あれの初期デザイン案を、使おうと思う」

ああ、やっとか。

最初に出てきた感想はそれだった。

とっくの昔に、あの衣装案を通せるだけの実力は、私もプロデューサーもつけていたはずだった。

でも、今の今までその話が出ることはなかったから、てっきり忘れてしまったのかと思っていた。

「衣装は、それでいくとして……曲は?」

「Never say neverでいこうと思う」

「わかった」

異論はなかった。

あの曲と、あの衣装で、一番になろう。
78 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:43:39.31 ID:c5e7bYk30



「参加表明は、すぐにでもしようと思ってる」

「そうだね。早い方がいいよ」

「で、各媒体を使っての宣伝とファンの皆さんへの呼びかけに……」

「そういうのは、いつもどおり任せるよ。私はそれに応える。……でしょ?」

「ああ、そうだな。任せて」

「じゃあ、私は期待に添えるように、次の総選挙までにパフォーマンスを仕上げるよ」

私がそう言うと、プロデューサーは「信じてるよ」と笑った。
79 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:44:33.43 ID:c5e7bYk30




それから、総選挙への参加を表明して、雑誌やテレビ番組にラジオ、ほかにもたくさんの媒体で投票を呼びかけた。

『あの渋谷凛が遂に参戦』だなんて、話題にもなったっけ。

たくさんの人たちに後押しをしてもらって、お仕事と並行してレッスンを重ねた。

全ては、総選挙の本選で、私史上最高のパフォーマンスをするために。

次の総選挙しかない、そう思って、エントリーのその日まで、春も夏も秋も冬も、休むことなく駆け抜けた。

やれることはやった。

そう言える、自分が自分で誇らしかった。
80 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:45:01.71 ID:c5e7bYk30



総選挙へのエントリーが始まり、その投票期間中も、全力で選挙活動に努めた。

それが功を奏したのか、私は一次予選をトップで通過した。

ここまで来たら、名実共に、完膚なきまでの頂点を掴む。

私はそんな思いでいっぱいだった。

うん、私は。

プロデューサーは違った。

ラジオから流れる選挙の速報を聞いても、驚く素振りもなく「このあと、取材いっぱい入ってるから。よろしくな」と言った。

……ん?

取材……って、一次予選をトップで通過したことへの取材だよね。

……早くない?

ってことはプロデューサーは……知ってた?

「ねぇ、プロデューサー」

「んー?」

「一次、通過してたの知ってたでしょ」

「そりゃあ、事務所に連絡来るからなぁ」

「どうしてそれを私に言わなかったかを聞いてるんだってば」

なんでそんな大事なことを言わないの、とデスクでへらへら笑っているプロデューサーに詰め寄った。

私を見て、プロデューサーは「ヒント」と言って、モニターを指で示す。

何かの荷物の発送を通知する表示が出ていた。

「衣装。明日来るよ」

「……え」

「エントリーしたその日に、発注したんだ」

ああ、もう。

ほんとにこの人は。

もし予選に落ちていたら、衣装をどうするつもりだったんだろうか。

ううん、プロデューサーはきっと、もしもなんて考えてなかったんだろう。

誰よりも私を、私よりも私を信じてくれていたらしい。

思わず泣いてしまいそうになったけれど、ぐっと堪えて笑みを作って「ありがとう。私、本選も頑張るから」と言った。

そんな私を見て、プロデューサーは「むっとしたりにこにこしたり、凛は表情まで忙しそうだな」と笑いながら私を肘で小突く。

「もう!」と小突き返してやると、プロデューサーは「言ったでしょ? 信じてるって」ともう一度笑った。

プロデューサーは、私以上に、私の勝利を信じてた。

なら、私はそんなこの人を信じよう。

応えよう。
81 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:45:34.86 ID:c5e7bYk30



一次予選の通過から一か月後、ついに総選挙本選の日がやってきた。

目覚まし時計でセットした時間より、一時間早く目が覚めた。

それならそれでと朝食を摂って、支度をして、発声練習や柔軟などのアップを済ませる。

少しして、携帯にプロデューサーから着信が入った。

「もうすぐ着くよ」とのことだった。
82 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:46:01.08 ID:c5e7bYk30



荷物を提げて外へ出ると、家の前には既にプロデューサーの車が停まっていた。

「おはよ、体調は?」

「おはよう。もちろん、万全だよ」

挨拶を交わして、助手席に乗り込む。

窓を開けて、見送りに店先まで出てきてくれた両親に「行ってきます」と言った。

返ってきたのは弱々しい「行ってらっしゃい」だった。

「……プロデューサーさん、娘をよろしくお願いします」

深々と頭を下げる両親に、プロデューサーは「大丈夫です」と言う。

「帰ってくるときには、凛さんはシンデレラガールですから。私が保証します」

「そういう恥ずかしいこと、親の前で言わないでよ。もう」

ゆっくりと車は動き出して、両親との距離はどんどん離れていく。

次に二人に会うときは、シンデレラガールの私で、会いたい。
83 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:46:28.85 ID:c5e7bYk30



本選の会場に到着すると、控室に通された。

流石に、アイドル界全体を巻き込んだイベントだけあって、控室は過度なまでの充実っぷりと広さだった。

「メイクさんと衣装さん来るまでしばらくあるから、調整してていいよ」

「うん。そのつもり」

柔軟、ステップの再確認、発声練習。

最終調整に没頭した。

それが一通り済んだころ、こんこんこんと控室の扉が三度ノックされ、メイクさんと衣装さんがやってきた。
84 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:46:57.84 ID:c5e7bYk30



これでもかというくらい丁寧にメイクをしてもらったり、衣装のサイズが合っているかを何度も何度も確認されたりしたあと、やっとのことで私は解放された。

ドレスもブーツも、きちんと採寸を行ってのオーダーメイドだから、当たり前ではあるんだけど、すごく体に馴染む。

今、私は、夢にまで見た憧れのドレスを、ブーツを身に纏っている。

こつん、とブーツを鳴らして立ち上がり、プロデューサーの方を向く。

それから気を付けの姿勢を取って、いつかみたいに「どうかな?」と聞いた。

プロデューサーはしきりにうん、うん、と頷いて、そのあとで「綺麗だよ」と笑う。

負ける気がしなかった。
85 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:47:26.68 ID:c5e7bYk30



やがて、スタッフさんが本選が間もなく始まることを告げに来た。

「待っててよ。笑顔で帰ってくるからさ」

「ああ、待ってるよ」

「じゃあ、おまじない……かけてくれる?」

「もちろん」

プロデューサーは、私の髪を優しく撫でて、それからリンドウの髪飾りをつけてくれた。

「行っておいで」

「うん。行ってくる」
86 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:47:52.73 ID:c5e7bYk30



舞台袖で、出番を待つ。

本選の出演順は、一次予選の順位のとおり。

つまり、私はトリというわけだ。
87 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:48:20.90 ID:c5e7bYk30



しばらくして、私の出番が回ってきた。

司会者のアナウンスに従って、ステージへと進み出る。

歓声を一身に浴びて、中央に立った。

さぁ、届けよう。

「ついて来て」

全身全霊を。
88 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:48:50.07 ID:c5e7bYk30



曲が鳴り止んだ。

万雷の喝采が私を包む。

いつまでもいつまでも鳴り止まない喝采の中、頭を下げる。

「ありがとう」

それだけ言って、ステージを降りた。
89 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:49:19.05 ID:c5e7bYk30



出演者全員のアピールが終わって、審査へと入る。

結果が出るまでの間は、出演者たちのフリートークタイムとなった。

司会者が巧みに話題を振って、話を展開して場を繋ぐ。

しばらくして、審査結果が出揃った。
90 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:49:47.65 ID:c5e7bYk30



「栄えあるシンデレラガールは」

司会者のコールで、ドラムロールが流れて、スポットライトが私たちの上をふらふらと揺れる。

早く。

早く。

早く。

十数秒ほどのドラムロールがひどく長く感じられる。

心臓が早鐘を打つ。

「渋谷凛さんです!!」

スポットライトが私の上で停止した。

焦げそうなくらいに熱い光が私を照らす。

暖かな拍手に包まれながら、マイクを手渡された。

「今のお気持ちを、聞かせてください」

まとまらない思考を無理矢理まとめて、ぽつりぽつりと話し始める。

「私が今、ここに立てているのは、私一人の力ではなくて、衣装一つだって、私一人ではどうにもならないから、まずはここまで連れてきてくれたファンのみんな、私がここに立つために全力を尽くしてくれたたくさんの人に、お礼を言わせてください」

「……私を信じてくれて、ありがとうございました!」

「そして、もう一人。大事なことを教えてくれた人にも……ありがとう」

「私が、その人に教えてもらったのは、輝くこと」

「…………期待どおり、輝けてると、いいな、と思います」

「本当に、ありがとうございました!」
91 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:50:16.17 ID:c5e7bYk30



私があの人に教えてもらったのは、きっと、そういうこと。

直面している“今”に全力でぶつかること。

走り続けること。

それが、輝くということ。
92 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:50:44.93 ID:c5e7bYk30


■ 第四章 ピリオド

93 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:51:15.27 ID:c5e7bYk30

シンデレラガールとなってからの毎日は、それはもう多忙を極めた。

忙殺される、なんてよく言うけれど、あれは今みたいな状況を言うのだろう。

なんて、自分の状況を客観視している自分がおかしかった。
94 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:51:42.82 ID:c5e7bYk30



扱いも大きく変わった。

アイドル渋谷凛、というよりはシンデレラガール渋谷凛として扱われることが多くなった。

たくさんのお仕事が舞い込んできても、私の体は一つしかないから、取捨選択しなければならない。

いつだったか、同じ日に何件ものオファーが来たときは、プロデューサーと「どれがいいかな」なんて話し合ったこともある。

けれど、頂点に立った今も変わらないこともあった。

プロデューサーは私の何十倍も忙しいくせに、相変わらずレッスン終わりに、ひょこっと現れて、何かと私にちょっかいをかけにくる。

まぁ、お互い忙しいし、流石に高校生の頃みたいに毎日来てくれるわけじゃないけど、それでも私とあの人の関係は相変わらずだった。

一言で言い表すなら、そうだなぁ。

戦友。

これが一番近いんじゃないかと思う。

あの人の選択なら、安心して任せられるし、あの人に任せられたことならば、何が何でも達成してやる、って気になるんだよね。

それと、もう一つ、変わらないこと。

私の性格。

どうにも負けず嫌いは直せないらしくて、どれだけ忙しかろうとレッスンを減らすことができなかった。

私より上は存在しない。

頭じゃ分かっていても、立ち止まることができなかった。

理由は、きっと、プロデューサーがいたから。

一番近くに、一番頑張っている人間がいたら、負けられない。
95 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:52:09.36 ID:c5e7bYk30



そうやって、今まで走り続けてきた。

立ち塞がる壁は全て越えてきた。

掴めるものは、全て掴んできた。

やり切った、満足だ。

そう思えるところまで私は来た。

達成感を胸に、私はある決意をした。

頂点の座を降りる決意を。
96 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:52:36.84 ID:c5e7bYk30



決意をしてからの行動は早く、その日の内に引退を考えている、という旨をプロデューサーに告げた。

プロデューサーは「凛の決めたことなら」と言って、「寂しくなるなぁ」と一瞬だけ悲しそうな顔をして、笑う。

正直少しは引き止めて欲しかったけれど、プロデューサーならそう言うだろうなと思っていたし、分かっていたからこそ、その日の内に言うことができた。

私はずるい。
97 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:53:04.29 ID:c5e7bYk30



それから、あれよあれよと細かな手続きなどが進んでいって、事務所側との話もプロデューサーが取り合ってくれて、瞬く間に正式に引退が決定した。

こんなときだって、プロデューサーは私のために全力なのか。

もう少し、自分の気持ちを優先してよ。

ちょっとでも、私のプロデューサーでいる時間を引き延ばしたって、これまで貴方が私にしてくれたことに比べたらなんてことないんだから。

そう言ってあげたかった。
98 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:53:37.85 ID:c5e7bYk30



私がアイドルを引退するその日の夜に私とプロデューサーは、いつだったか一緒に行ったちょっとおしゃれなレストランで食事をした。

帰り道は少しだけ遠回りをして、いつもみたいに、なんでもないことを話した。

およそアイドルとは呼べないような、ぐしゃぐしゃの顔と鼻声で。
99 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:54:03.30 ID:c5e7bYk30



「君の隣に立てたこと、アイドル渋谷凛のプロデューサーとして在れたこと、その日々の全てを誇りに思う」

私の家の前に着いたとき、プロデューサーがそんなことを言った。

「……うん」

掠れた声で返す。

「一緒に過ごしたこの何年かは、人生で一番ってくらい楽しかったよ」

「うん」

「今までありがとう」

数秒の抱擁。

涙でスーツをぐしゃぐしゃにしてしまったのに、プロデューサーは何にも言わないで、私の頭を撫でてくれた。

「私こそ、ありがとう。……またね」

もう一度、ぼろぼろと涙をこぼしながら頭を下げて、車を降りた。
100 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:54:31.30 ID:c5e7bYk30



さよなら。プロデューサー。


101 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:55:11.91 ID:c5e7bYk30


■ 第五章 未来への足どり

102 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:55:42.93 ID:c5e7bYk30

アイドルを引退してから、季節が一回りした。

私は両親と一緒に花屋として働いていた。

ゆくゆくは自分の店を。

そう思って、花の競りに連れていってもらったり、アレンジメントの技術を学んだりして毎日を過ごしていた。

初めはアイドルの頃との生活のギャップで、慣れなかったけれど、自分の時間が多い生活というのも悪くない。

それに、ハナコとずっと一緒にいられるし。
103 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:56:12.60 ID:c5e7bYk30



とある週末、アイドル時代の友人からの着信が入った。

「近くに来てるんだけど、久々にお茶でもしねーか?」

突然だったし、店番中だったけど、両親にそのことを伝えたら「行って来たら?」と半ば追い出される形で家を出た。
104 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:56:38.08 ID:c5e7bYk30



指定された喫茶店に着くと、「こっちこっち!」と手招きされる。

「久しぶりだね。でも、あんまり変わらないね」

「いやいや、凛も全然変わんねーって」

「そうかな。まぁ、まだ一年前までアイドルだったからね」

「じゃあ、やっぱりアイドルの頃の癖とか抜けないんじゃないか?」

「あー、うん。そうだね。喉に気を遣ったり、メイクさんなんているはずないのにドレッサーの前でぼーっとしちゃったりしてさ、おかしいよね」

「あはは、職業病だな。それはもう」

「ね。……そっちは今、ダンスの先生やってるんだっけ?」

「先生ってほど、立派なもんでもねーけどなー。でも、今の生徒めちゃくちゃ凛に似ててさ」

「似てる? 私に?」

「うん。すっげー負けず嫌い」

「じゃあ先生は大変だ」

「ほんとになー。っていうか、凛は他のアイドル時代のやつらとは会ったりするのか?」

「んーん。みんな何かと忙しそうだし」

「また集まりたいよなー」

「そうだね」
105 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:57:05.31 ID:c5e7bYk30



小さなタルトケーキと二つのコーヒーを挟んで、思い出話を繰り広げる。

ちょっと会わなかっただけなのに、話題は尽きなくて、延々と喋ってしまう。

「そういえばさ、元担当のプロデューサーと会ったりするの?」

「いやー、引退してからは一度もねーなぁ。連絡は取ってるけど」

「えっ、あんなに仲良かったのに」

「これには深いわけがあってさ、アタシがダンスの先生として大成したら会おうぜ! って約束してて」

「何それ、回りくどいなぁ」

「いいだろ! 別に! そういう凛こそ、どうなんだよ!」

「さぁ? あの人は仕事が恋人だろうし」

「その様子だと、連絡取ってねーな?」

「当たり。でも、こんなものじゃないかな。お仕事の関係ってさ」

「成長しないな! 凛は! いつまで女子高生みたいなこと言ってんだよ、もう」

「それ、そのままお返しするよ?」

「アタシはいーんだよ! アタシは!」

「何それ、ふふっ」

「まぁ、いいや。アタシに任せろ。待ってろ!」

「よく分からないし、何を任せるって言うの」

「いーから、いーから。それじゃあ、今日は久々に会えて楽しかったよ。またな!」

「あ、ちょっと。っていうか伝票! 私も払うから!」

「アタシは無職に払ってもらうほど、落ちぶれてねぇ!」

「元トップアイドルだし」

私の反論に「はいはい」と返して、手をひらひら振って行ってしまった。

勝手だなぁ。
106 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:57:31.79 ID:c5e7bYk30



喫茶店での久々の再会から一週間後、またしても携帯電話に着信が入った。

「明日、空いてる?」

「え、なんで?」

「いーから! 空いてるかどうか!」

「空いてるけど」

「じゃあ、十八時くらいに迎えに行くから! おしゃれしとけよ!」

「おしゃれって、大げさだなぁ」

「元トップアイドルだから楽勝だろ?」

「まぁ、いいよ。おしゃれしとく」

「よし。じゃあな!」

そう言って、電話を切られてしまった。

よくわからないけど、どこかへ行くのだろう。

おしゃれ、ということは、それなりのレストランでの食事か何かだろうか。

まぁ、考えても仕方ないか。
107 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:58:02.95 ID:c5e7bYk30



翌日、十八時。

言われたとおり、それなりにおしゃれをして、家の前で迎えが来るのを待つ。

少しして、見覚えのある車が目の前に停まった。

「え」

びっくりして、思わず声が出てしまった。

その車が、プロデューサー……私の元担当プロデューサーの車だったから。

「久しぶり」

「え、え、なんで?」

「あれ? 凛が誘ってくれたんじゃないの?」

「え、どういうこと?」

「あー……そういうことか。いや、なんでもないよ。久しぶりに一緒にご飯、行こうよ」

何が何だかよく分からない、と私が困惑していると、彼が私に事の経緯を説明してくれた。

どうやら、私たちは余計な気を回されたらしい。

断る理由はなかったし、「じゃあ、ご飯行こっか」と助手席に乗り込む。

彼が「何か食べたいものある?」と聞くから、「いつものとこ」と返した。
108 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:58:30.25 ID:c5e7bYk30



数え切れないくらい乗った助手席に、数え切れないくらい二人で来たレストラン。

ほとんど毎日眺めていた横顔も、こうして料理を挟んで向かい合うのも、ついこの前まで、ぜんぶぜんぶ日常だったはずなのに、たった一年の空白で、こんなにも懐かしく思うなんて。

不思議だなぁ。

突如去来した言いようのない気持ちを胸に、料理を口に運ぶ。

彼の目には、かつての担当アイドルは、今の私は、どう映っているのだろうか。

ふと、そんな疑問が浮かんできた。

それをそのまま、彼にぶつけてみる。

すると、彼は「相変わらず、綺麗だよ。凛じゃなければスカウトしてるくらい」と言った。

男の人としての感想より先に、芸能事務所の人間としての感想が出てくるあたり、この人は変わらない。

やっぱり天職なんだろう。

「そう言う凛こそ、どうなの。俺は変わった?」

「ううん。変わらない」

「まぁ、久しぶりに会うとはいえ、まだ一年だもんな」

“もう”一年だよ。そう言いたいのを抑えて「うん」と返した。
109 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:58:59.11 ID:c5e7bYk30



彼がどう思っていたかは知らないけれど、私も彼も「そろそろ帰ろうか」が言えなくて、既に空っぽになったお皿を前にして、うじうじと取り留めのない話を繰り返す。

その中で、私は彼に子供の頃に抱いていた、将来の夢みたいなものを語った。

本当に子どもの頃の夢だから、漠然としていて、なんていうか幼稚なんだけれど、それでもずっと忘れられなかった夢。

お花屋さんとお嫁さん。

なんだか照れ臭くなって「……笑っていいよ」と、はにかむ。

彼は真面目な顔で「笑わないよ」と言った。
110 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:59:28.57 ID:c5e7bYk30



「お花屋さんは、いつからやるの?」

まだ何にも言ってないのに、彼が当たり前のように聞いてくる。

「できるだけ、早く。でも、今はお父さんとお母さんのとこで修行中」

「そっか、そっか。……お店、出すときは連絡してよ。一番に買いに行くから」

「……うん。絶対連絡するよ」

「言いにくかったら、いいんだけど……もう一つの夢は?」

「それは今のところ、予定も相手も、いないかな」

べぇ、と舌を出して自嘲気味に笑うと、なぜか彼は少し安堵の表情を浮かべた。

そんな彼を、からかうつもりで「なんか嬉しそうだね?」と言った。

「……うん。ちょっとね」

まさかの返答だった。
111 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:59:56.46 ID:c5e7bYk30



「それって……そういう?」

「ああ、うん。たぶん想像のとおりだと思う」

「いつから?」

「スカウトした時。……言わなかったっけ」

何か言われたっけ、と記憶を掘り返す。

あ。

――単刀直入に申しますと、一目惚れです。

「……そっか。言われてみれば」

「…………なんか、ごめんな。いや、そんなこと言われても、って感じだよな」

彼は申し訳なさそうにあははと笑って、再び「ごめん」と繰り返した。
112 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 01:00:24.27 ID:c5e7bYk30



何でこの人は、こんなに自分に自信がないかなぁ。

最初に出てきた感想はそれだった。

もう少しだけ、申し訳なさそうにしてるのを見ておいてやりたい気持ちもあったけれど、もうだめだ。

笑いを堪えきれない。

たまらず吹き出してしまった私を見て、彼はきょとんとしていた。

「一回しか言わないから、よく聞いて」

お構いなしで、言葉を続ける。

「……私も好きだよ」
113 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 01:00:50.41 ID:c5e7bYk30



レストランを出て、駐車場までを並んで歩く。

「手でも繋ぐ?」

「繋ぐ」

なんていう、よくわからないやり取りもあった。
114 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 01:01:16.84 ID:c5e7bYk30



車に乗り込んですぐ、彼は私の方を向いて、襟を正す。

何度か深呼吸のあと意を決したようで、口を開いた。

「……凛の夢、俺に叶えさせて欲しい」

「どっちを?」

「どっちも」

時が止まった気がした。

本当にそれでいいのだろうか。

彼から、プロデューサーという仕事を、これ以上ないくらいの天職を、奪ってしまっていいのだろうか。

「……気持ちは嬉しい。でも、片方だけでいいよ」

「一緒に花屋をやるのは嫌?」

「嫌じゃない。嬉しいよ。けどさ、今の仕事、好きでしょ?」

「ああ、うん。それは……そうだね」

「ほら。だからさ、そういう無理はしなくていいよ」

「無理じゃないよ。確かに今の仕事は好きだけど、それ以上に、凛の隣にいたい……なんてちょっとクサいかな」

あー、もう。

ほんとに、ばかみたい。

「……じゃあ、よろしくお願いします」

絞り出した返事は情けないものだった。

「ちゃんと筋は通さなきゃいけないから、すぐに辞めるってわけにはいかないけどさ」

「大丈夫。待ってるよ」
115 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 01:01:44.69 ID:c5e7bYk30



彼は、にっと笑って「もう一回言うね」と前置きして、「凛の夢、叶えさせて」と言った。

「うん、いいよ。任せた」

心の底から、そう思えた。

「大好きだよ」

「知ってるってば」

言って、目を閉じる。

少しごつごつとした彼の手が私の頬を撫でる。

柔らかな感触が唇に触れる。

今、この瞬間、確かに私は世界で一番幸せだった。
116 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 01:02:17.94 ID:c5e7bYk30
終わりです。
ありがとうございました。

凛、誕生日おめでとう!
117 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/10(木) 02:10:12.53 ID:oyjZanPo0
オッス乙
そういや凛の誕生日か凛ss多くなりそうだ
なにはともかく面白かったぜ
118 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/10(木) 02:18:40.72 ID:SAXh4snB0
おつ!
しぶりんのお花屋さんに通いつめたい
119 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/10(木) 02:32:18.72 ID:/iW/x/MIO
力作っすねー
乙です
120 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/10(木) 03:03:01.50 ID:dd2QEDqlO
素晴らしいですね。
感動した。
121 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/10(木) 08:57:35.97 ID:Wmw9orLK0

タイトル見た時一瞬「PaPの事かな?」と思ってしまった
122 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/10(木) 10:12:23.66 ID:cyf5Pt/D0
おつ
読みやすくてかわいくて楽しかった
やっぱりこの人のしぶりんは最高
123 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/12(土) 06:06:59.50 ID:U1q43Fl10
おつです
本当に素晴らしい
リンドウの髪飾りを渡す場面で泣きました
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