渋谷凛「輝くということ」

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102 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:55:42.93 ID:c5e7bYk30

アイドルを引退してから、季節が一回りした。

私は両親と一緒に花屋として働いていた。

ゆくゆくは自分の店を。

そう思って、花の競りに連れていってもらったり、アレンジメントの技術を学んだりして毎日を過ごしていた。

初めはアイドルの頃との生活のギャップで、慣れなかったけれど、自分の時間が多い生活というのも悪くない。

それに、ハナコとずっと一緒にいられるし。
103 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:56:12.60 ID:c5e7bYk30



とある週末、アイドル時代の友人からの着信が入った。

「近くに来てるんだけど、久々にお茶でもしねーか?」

突然だったし、店番中だったけど、両親にそのことを伝えたら「行って来たら?」と半ば追い出される形で家を出た。
104 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:56:38.08 ID:c5e7bYk30



指定された喫茶店に着くと、「こっちこっち!」と手招きされる。

「久しぶりだね。でも、あんまり変わらないね」

「いやいや、凛も全然変わんねーって」

「そうかな。まぁ、まだ一年前までアイドルだったからね」

「じゃあ、やっぱりアイドルの頃の癖とか抜けないんじゃないか?」

「あー、うん。そうだね。喉に気を遣ったり、メイクさんなんているはずないのにドレッサーの前でぼーっとしちゃったりしてさ、おかしいよね」

「あはは、職業病だな。それはもう」

「ね。……そっちは今、ダンスの先生やってるんだっけ?」

「先生ってほど、立派なもんでもねーけどなー。でも、今の生徒めちゃくちゃ凛に似ててさ」

「似てる? 私に?」

「うん。すっげー負けず嫌い」

「じゃあ先生は大変だ」

「ほんとになー。っていうか、凛は他のアイドル時代のやつらとは会ったりするのか?」

「んーん。みんな何かと忙しそうだし」

「また集まりたいよなー」

「そうだね」
105 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:57:05.31 ID:c5e7bYk30



小さなタルトケーキと二つのコーヒーを挟んで、思い出話を繰り広げる。

ちょっと会わなかっただけなのに、話題は尽きなくて、延々と喋ってしまう。

「そういえばさ、元担当のプロデューサーと会ったりするの?」

「いやー、引退してからは一度もねーなぁ。連絡は取ってるけど」

「えっ、あんなに仲良かったのに」

「これには深いわけがあってさ、アタシがダンスの先生として大成したら会おうぜ! って約束してて」

「何それ、回りくどいなぁ」

「いいだろ! 別に! そういう凛こそ、どうなんだよ!」

「さぁ? あの人は仕事が恋人だろうし」

「その様子だと、連絡取ってねーな?」

「当たり。でも、こんなものじゃないかな。お仕事の関係ってさ」

「成長しないな! 凛は! いつまで女子高生みたいなこと言ってんだよ、もう」

「それ、そのままお返しするよ?」

「アタシはいーんだよ! アタシは!」

「何それ、ふふっ」

「まぁ、いいや。アタシに任せろ。待ってろ!」

「よく分からないし、何を任せるって言うの」

「いーから、いーから。それじゃあ、今日は久々に会えて楽しかったよ。またな!」

「あ、ちょっと。っていうか伝票! 私も払うから!」

「アタシは無職に払ってもらうほど、落ちぶれてねぇ!」

「元トップアイドルだし」

私の反論に「はいはい」と返して、手をひらひら振って行ってしまった。

勝手だなぁ。
106 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:57:31.79 ID:c5e7bYk30



喫茶店での久々の再会から一週間後、またしても携帯電話に着信が入った。

「明日、空いてる?」

「え、なんで?」

「いーから! 空いてるかどうか!」

「空いてるけど」

「じゃあ、十八時くらいに迎えに行くから! おしゃれしとけよ!」

「おしゃれって、大げさだなぁ」

「元トップアイドルだから楽勝だろ?」

「まぁ、いいよ。おしゃれしとく」

「よし。じゃあな!」

そう言って、電話を切られてしまった。

よくわからないけど、どこかへ行くのだろう。

おしゃれ、ということは、それなりのレストランでの食事か何かだろうか。

まぁ、考えても仕方ないか。
107 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:58:02.95 ID:c5e7bYk30



翌日、十八時。

言われたとおり、それなりにおしゃれをして、家の前で迎えが来るのを待つ。

少しして、見覚えのある車が目の前に停まった。

「え」

びっくりして、思わず声が出てしまった。

その車が、プロデューサー……私の元担当プロデューサーの車だったから。

「久しぶり」

「え、え、なんで?」

「あれ? 凛が誘ってくれたんじゃないの?」

「え、どういうこと?」

「あー……そういうことか。いや、なんでもないよ。久しぶりに一緒にご飯、行こうよ」

何が何だかよく分からない、と私が困惑していると、彼が私に事の経緯を説明してくれた。

どうやら、私たちは余計な気を回されたらしい。

断る理由はなかったし、「じゃあ、ご飯行こっか」と助手席に乗り込む。

彼が「何か食べたいものある?」と聞くから、「いつものとこ」と返した。
108 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:58:30.25 ID:c5e7bYk30



数え切れないくらい乗った助手席に、数え切れないくらい二人で来たレストラン。

ほとんど毎日眺めていた横顔も、こうして料理を挟んで向かい合うのも、ついこの前まで、ぜんぶぜんぶ日常だったはずなのに、たった一年の空白で、こんなにも懐かしく思うなんて。

不思議だなぁ。

突如去来した言いようのない気持ちを胸に、料理を口に運ぶ。

彼の目には、かつての担当アイドルは、今の私は、どう映っているのだろうか。

ふと、そんな疑問が浮かんできた。

それをそのまま、彼にぶつけてみる。

すると、彼は「相変わらず、綺麗だよ。凛じゃなければスカウトしてるくらい」と言った。

男の人としての感想より先に、芸能事務所の人間としての感想が出てくるあたり、この人は変わらない。

やっぱり天職なんだろう。

「そう言う凛こそ、どうなの。俺は変わった?」

「ううん。変わらない」

「まぁ、久しぶりに会うとはいえ、まだ一年だもんな」

“もう”一年だよ。そう言いたいのを抑えて「うん」と返した。
109 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:58:59.11 ID:c5e7bYk30



彼がどう思っていたかは知らないけれど、私も彼も「そろそろ帰ろうか」が言えなくて、既に空っぽになったお皿を前にして、うじうじと取り留めのない話を繰り返す。

その中で、私は彼に子供の頃に抱いていた、将来の夢みたいなものを語った。

本当に子どもの頃の夢だから、漠然としていて、なんていうか幼稚なんだけれど、それでもずっと忘れられなかった夢。

お花屋さんとお嫁さん。

なんだか照れ臭くなって「……笑っていいよ」と、はにかむ。

彼は真面目な顔で「笑わないよ」と言った。
110 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:59:28.57 ID:c5e7bYk30



「お花屋さんは、いつからやるの?」

まだ何にも言ってないのに、彼が当たり前のように聞いてくる。

「できるだけ、早く。でも、今はお父さんとお母さんのとこで修行中」

「そっか、そっか。……お店、出すときは連絡してよ。一番に買いに行くから」

「……うん。絶対連絡するよ」

「言いにくかったら、いいんだけど……もう一つの夢は?」

「それは今のところ、予定も相手も、いないかな」

べぇ、と舌を出して自嘲気味に笑うと、なぜか彼は少し安堵の表情を浮かべた。

そんな彼を、からかうつもりで「なんか嬉しそうだね?」と言った。

「……うん。ちょっとね」

まさかの返答だった。
111 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 00:59:56.46 ID:c5e7bYk30



「それって……そういう?」

「ああ、うん。たぶん想像のとおりだと思う」

「いつから?」

「スカウトした時。……言わなかったっけ」

何か言われたっけ、と記憶を掘り返す。

あ。

――単刀直入に申しますと、一目惚れです。

「……そっか。言われてみれば」

「…………なんか、ごめんな。いや、そんなこと言われても、って感じだよな」

彼は申し訳なさそうにあははと笑って、再び「ごめん」と繰り返した。
112 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 01:00:24.27 ID:c5e7bYk30



何でこの人は、こんなに自分に自信がないかなぁ。

最初に出てきた感想はそれだった。

もう少しだけ、申し訳なさそうにしてるのを見ておいてやりたい気持ちもあったけれど、もうだめだ。

笑いを堪えきれない。

たまらず吹き出してしまった私を見て、彼はきょとんとしていた。

「一回しか言わないから、よく聞いて」

お構いなしで、言葉を続ける。

「……私も好きだよ」
113 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 01:00:50.41 ID:c5e7bYk30



レストランを出て、駐車場までを並んで歩く。

「手でも繋ぐ?」

「繋ぐ」

なんていう、よくわからないやり取りもあった。
114 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 01:01:16.84 ID:c5e7bYk30



車に乗り込んですぐ、彼は私の方を向いて、襟を正す。

何度か深呼吸のあと意を決したようで、口を開いた。

「……凛の夢、俺に叶えさせて欲しい」

「どっちを?」

「どっちも」

時が止まった気がした。

本当にそれでいいのだろうか。

彼から、プロデューサーという仕事を、これ以上ないくらいの天職を、奪ってしまっていいのだろうか。

「……気持ちは嬉しい。でも、片方だけでいいよ」

「一緒に花屋をやるのは嫌?」

「嫌じゃない。嬉しいよ。けどさ、今の仕事、好きでしょ?」

「ああ、うん。それは……そうだね」

「ほら。だからさ、そういう無理はしなくていいよ」

「無理じゃないよ。確かに今の仕事は好きだけど、それ以上に、凛の隣にいたい……なんてちょっとクサいかな」

あー、もう。

ほんとに、ばかみたい。

「……じゃあ、よろしくお願いします」

絞り出した返事は情けないものだった。

「ちゃんと筋は通さなきゃいけないから、すぐに辞めるってわけにはいかないけどさ」

「大丈夫。待ってるよ」
115 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 01:01:44.69 ID:c5e7bYk30



彼は、にっと笑って「もう一回言うね」と前置きして、「凛の夢、叶えさせて」と言った。

「うん、いいよ。任せた」

心の底から、そう思えた。

「大好きだよ」

「知ってるってば」

言って、目を閉じる。

少しごつごつとした彼の手が私の頬を撫でる。

柔らかな感触が唇に触れる。

今、この瞬間、確かに私は世界で一番幸せだった。
116 : ◆Rin.ODRFYM [saga]:2017/08/10(木) 01:02:17.94 ID:c5e7bYk30
終わりです。
ありがとうございました。

凛、誕生日おめでとう!
117 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/10(木) 02:10:12.53 ID:oyjZanPo0
オッス乙
そういや凛の誕生日か凛ss多くなりそうだ
なにはともかく面白かったぜ
118 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/10(木) 02:18:40.72 ID:SAXh4snB0
おつ!
しぶりんのお花屋さんに通いつめたい
119 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/10(木) 02:32:18.72 ID:/iW/x/MIO
力作っすねー
乙です
120 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/10(木) 03:03:01.50 ID:dd2QEDqlO
素晴らしいですね。
感動した。
121 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/10(木) 08:57:35.97 ID:Wmw9orLK0

タイトル見た時一瞬「PaPの事かな?」と思ってしまった
122 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/10(木) 10:12:23.66 ID:cyf5Pt/D0
おつ
読みやすくてかわいくて楽しかった
やっぱりこの人のしぶりんは最高
123 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/12(土) 06:06:59.50 ID:U1q43Fl10
おつです
本当に素晴らしい
リンドウの髪飾りを渡す場面で泣きました
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