【ミリマス】期限付き、田中琴葉

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1 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/08/05(土) 04:45:43.32 ID:DkEnKQtk0
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 使用期限、消費期限、有効期限に開催期限。

 この世に期限は数あれど、締め切りがやって来るその日までを、どう過ごすかは人の意思次第。

 時は夏休みの朝である。ついでに言えばオフでもある。

 それでも大事な話があるからと、琴葉は劇場へ呼び出されていた。

「招待券……ですか?」

「そう! 隣町にある、でっかいプールのなんだけど」

「これ、期限が今日までですね」

「だからさ、頼むっ!」

 まるで神や仏を拝むように、頭を下げるはプロデューサー。

 その隣にはプールバッグを手に持つ大神環が、同じように両手を合わせて立っていた。

 渡されたばかりのチケットを見つめ、微妙にたじろぐ田中琴葉。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1501875942
2 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/08/05(土) 04:47:45.45 ID:DkEnKQtk0

「俺の代わりに、環を連れて行ってやってくれないか? ……どうしても、今やってる仕事が抜けられなくて」

「お願いことは! おやぶんの代わりにたまきをプールに連れてって!」

 要求は非常に明快であり、つまりは保護者をやってくれと。

 何かを言いたげに琴葉が唸る。潤んだ瞳で環が迫る。
 プロデューサーが顔を上げ、熱のこもった視線を向ける。

「急で勝手なのは分かってる。けどこんな話を頼めるのが、俺には琴葉しかいないんだ」

「たまきもちゃんといい子にするよ? ことはの言うことちゃんと聞くから!」

「だから頼む! ホントこの通り!」

「お願いします、ことはー!」

「ま、まぁ……別にいいですよ。取り急ぐ予定もないですし……」

 慈悲深い菩薩琴葉の返答に、男と環が大いに喜ぶ。

 かくして琴葉は環を連れて、隣町まで足を延ばすことになったのだ。
3 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/08/05(土) 04:49:02.69 ID:DkEnKQtk0
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 優待券と招待券。違いをバッサリ言ってしまえば、金が掛かるか掛からぬか。
 そしてまた、タダより怖いモノも無く……。

「水着、オッケー。道順、確認。チケットもちゃんとここにある」

 いつも準備は入念に。石橋も叩いて壊して作り直すぐらいは平気でしそうな琴葉である。

 本来ならばこの時点で、憂いも無くプールへ向かうハズだったが。

「……チケットが、"三枚"ちゃんとここにある」

 そう、そうなのだ。

 プロデューサーが「頼んだぞ」と、琴葉に渡した招待券は全部で三枚あったのだ。

 自分で一枚、環で一枚、そして誰の物でもない一枚……解せぬ。

「ことはー、まだ行かないの?」

「ごめんね環ちゃん。もう少し、もう少しで準備が終わるから」
4 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/08/05(土) 04:51:13.31 ID:DkEnKQtk0

 とうに話はまとまったのに、いまだ劇場で足止め状態。

 腐る環をなだめつつ、琴葉は必死に考える。

(このままプールへ行くのは簡単。けど、チケットが一枚余ってる。
 プロデューサーを誘えたら話は早いけど、そもそもあの人が行けないから私にお鉢が回ったワケで)

「こーとーはー」

(期限は全部今日までだし、使い切らないと勿体なくて気持ち悪い。やっぱりここは誰か誘って……でも誰を? 
 恵美もエレナも仕事だし、そもそも一人を選ぶなんて。なんだかちょっと、おこがましいような気もするし)

「ことはー?」

(ああ、でも、早く決めないと今日が終わっちゃう。大体どうして三枚も? 
 プロデューサーと環ちゃんだけなら、チケットなんて二枚で十分……ハッ!)


 すっかり待ちくたびれてしまった環の横で、琴葉はとある仮説に辿り着いた。


(まさか、まさかプロデューサー。最初から私も誘うつもりだったとか!?)

「おや〜?」

「あっ」

(それはまぁ、プールに行くなんて話を聞かされてはいなかったけど。でも、そうよね。
 考えて無かったとしたら、呼び出しのタイミングが良すぎるし)

「お二人とも、何をしてるんですか〜? 今日はお休みだったと思いますが〜」

「たまきたちね、プール行くのっ!」

(その証拠に、プロデューサーは私しかいないって言ってくれて……あ、う。……どうしよう! 
 意識したらなんだか急に恥ずかしく……って、あれ?)
5 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/08/05(土) 04:52:16.52 ID:DkEnKQtk0

「なんと、プールでありますか〜。羨ましいですな〜」

「なら、みやも一緒にくる? チケットが一枚余ってるって」

「……美也?」

「おお〜! 私のことも、誘ってくださるんですか〜?」

「うん! 二人より三人の方が、きっともーっと楽しいぞっ♪」

 まるで示し合わせたかのようなベストタイミングで、
 二人の前に現れたのはレッスン終わりだという宮尾美也。

 笑顔の環が琴葉に向かい、「いいでしょー?」と元気に訊いて来る。

「うん……うん! 美也さえ良かったら、私たちと一緒に来てくれない?」

「それはまた、願ったり叶ったりです。うふふ〜」
6 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/08/05(土) 04:53:35.57 ID:DkEnKQtk0
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 さて、チケット問題はカタがついた。
 駅へと向かう道半ば、琴葉が急ぐ環を嗜める。

「環ちゃん。急ぎたいのは分かるけど、一人で先に行っちゃダメだからね」

「はぐれたりしては大変なので〜。しっかり手を繋いで行きましょう?」

「じゃあみやが右手で、ことはが左!」

「わ、私も手を繋ぐの?」

 戸惑う琴葉に、環が左手を差し出した。
 ギュッと手と手を繋げれば、たちまち仲良し三人組に。

「これで迷子にならないね。よーっし、たまき探検隊しゅっぱーつ!」

「目的地は、プールですよ〜♪」

「ふっ、二人ともちょっと待って! ……早い!」

 夏の眩しい日差しの下、通りを足早に駆けて行く少女たち。

 電車を降りてもまた手を繋ぎ、三人がプールにつく頃には
 いい感じで汗を吸った服が肌に張り付くようになっていた。
7 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/08/05(土) 04:55:08.76 ID:DkEnKQtk0

「……今なら、ぬるま湯でも最高に気持ちよく感じると思う」

 火照った顔を手で扇ぎ、琴葉が誰ともなしに言った。

 しかし、この後に彼女たちを待つのは解放感溢れる水辺であり、
 冷たく涼やかなプールなのだ。

 施設の建物をキラキラとした瞳で見上げ、
 環が「行こう行こうっ!」と二人のことを急き立てる。

 入園を済ませ、一行は揃って更衣室へ。

 水着に着替えて外へ出れば、そこは待ちに待っていた水の園。

「流れるプール、流れるプール!」

「大きなスライダーもありますね〜」

「二人とも、泳ぐ前には準備体操。それから、はぐれた時の為に集合場所も決めなくちゃ」

 真面目な琴葉の指導の下、思い思いに体をほぐす。

 ちなみに完璧な余談だが、三人の中で最も水に飛び込みたくなっていたのは誰あろう琴葉自身だった。

 逸る気持ちを鋼の自制心によって抑えつけ、最後の深呼吸を終えた彼女が言う。

「じゃ、泳ごう!」

 プールの楽しみ方、それは泳ぐ人の数だけある。

 流れに逆らわずただ浮いているだけでも楽しいし、
 波に揺られて過ごすのも悪くない。

 スライダーのスリルは快感を呼び、
 少しバテたらプールサイドでのんびりするのも至福の時だ。
8 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/08/05(土) 04:56:34.99 ID:DkEnKQtk0

「……はぁ。こんなに泳いだのって久しぶり」

 休憩用のパラソルの下。ビーチテーブルに頬杖をつき、琴葉は満足そうに呟いた。

 その向かいにはニコニコ笑顔の美也が座り、近くで遊ぶ環の様子を眺めている。

 普段の喧騒を忘れられる心穏やかなひと時に、琴葉は(予定外のことだったとはいえ)
 この場所に来るきっかけを与えてくれたプロデューサーに心の中で感謝した。

「今度は劇場の皆さんとも、一緒に遊びに来たいですね〜」

 美也の言葉に、琴葉が「そうね」と素直に頷く。

 こんなに楽しい経験を、みんなと共有できたらなんと素晴らしいことだろう! 

 とはいえ、その為にはスケジュールの調整を始めとした、
 多くの困難を乗り越える必要があるのだが。


 そんなことを琴葉が考えていると、美也が「あっ」と小さく声を上げた。

 その声に誘われるように琴葉が視線を移してみると、
 自分たちのいるパラソルから少し離れた場所に見覚えのある少女の姿。

 そしてまた、少女の方も琴葉の姿を確認すると、
 まるで飼い主を見つけた犬のように勢いで二人の下へと駆けて来たのだ。
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