ある門番たちの日常のようです

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321 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/27(水) 23:45:00.37 ID:SCDtIfhW0
ファルロの“元”同僚共は、人類全体の命運を握る重要拠点の守備隊だっただけあってその練度は決して低くはない。そりゃあ俺達“海軍”程とは言わないが、動きは艦砲射撃から辛うじて生き延びた直後であることを考慮すると寧ろよくこれだけまだ鋭く動けると感心する。

並みの────白兵戦を不得手とする“普通の”艦娘や深海棲艦のヒト型相手なら、殺れていた可能性も充分にありそうだ。

(,,゚Д゚)(残念ながら相手が悪いどころの話じゃなかったが)

( ̄⊥ ̄;)「………С ума сошёл」

ワンカップ酒の一つもあればいいお供になったんだがと悔やむ俺の後ろで、ファルロが冷や汗を浮かべながら呟く。……まぁ、この光景を初めて見る人間からしたらわりかし刺激が強すぎるわな。

“人類の味方”だと言われる存在が、反乱者とはいえその人類を危機として殺して回っている姿なんて。

「イヒッ……!」

満面の笑みで江風が漆黒の手斧を振るう。袈裟懸けかから斬撃を受けた敵は文字通り身体を“切り裂かれ”、断面図に沿って上半身が滑り落ちる。両断された屍体を飛び越えて別の獲物へと向かう直前、頬に飛んだ返り血は江風の舌になめ取られた。

「八人めぇ!時雨姉貴、そっちは何人やれたよ!」

「11人目。悪いけど、今度は僕の方が勝つね」

「はっ、まだまだ勝負はこれからってね!

──────うおりゃあっ、9人めぇ!!!」

「12っ、と」

江風の斧が生首を天高くに跳ね上げ、時雨の投げたトランプのスペードマークを思わせる黒い刃───言うなれば忍者の「くない」が脳天を貫通する。

残りは10人ほど。頃合いだ。
322 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/28(木) 08:22:21.95 ID:nq20RMMM0
(,,゚Д゚)「Wild-CatよりCoyote、近接航空支援行けるか?!」

《CoyoteよりWild-Cat、ウチのお嬢さんはその指示を待ちくたびれていたぞ!

───鎮守府で交戦中のチームより航空支援要請が来た!全機上げろ!》

本当に、“それ”を飛ばす瞬間を待ち望んでいたのだろう。2kmに満たない距離だったとはいえ、通信からほんの数秒と経たずにその機影は現れた。

スリムなボディを持つ物が多い大日本帝国の名機達の中でも、そのフォルムはとりわけ鋭敏だった。ダーツの矢のようにほっそりとした造りの機体の先端には三枚羽のプロペラが一つ付き、アツタ発動機の力で猛烈に回転している。下部に伸びる二本の着水用フロートがその機体のシルエットを独特のものにし、俺にはまるで今まさに獲物に襲いかかろうとしている猛禽類のように見えた。

緑色を基調とした機体色と、翼に燦然と輝く紅い日の丸。70年前にこの機体で太平洋の空を駆っていたパイロット達の中に、自分たちの相棒が小型化した挙げ句ロシアの空を再び舞うことになるなんて想像できた奴が1人でもいただろうか。

「Обнаружен самолет противника!!』

「Огонь! Огонь!』

窓という窓から一斉に放たれた弾丸の雨の中を平然と擦り抜けて、三つの機影────多用途水上機【晴嵐】が鎮守府本舎に肉薄する。

計六門の機銃が火を噴いた。鉛弾が窓を割って壁を貫き、その裏側にいた人体を粉砕して物言わぬ肉片へと変えていく。

下から上へと、ビルに沿うようにして行われた機銃掃射の時間は凡そ10秒程度だろうか。

その10秒で、本舎からの射撃は完全に沈黙した。

《────【Coyote】伊-401よりWild-Cat、第一次近接航空支援を完了!効果の程を報告されたし!》

(,,゚Д゚)「Wild-CatよりCoyote、効果は絶大だ!反転して目標に再度の攻撃を要請したい!」

《了解!──さぁー…伊400型の戦い、始めるよ!!》
323 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/28(木) 21:41:39.57 ID:nq20RMMM0
輸送機・輸送ヘリによる最前線や作戦海域への空輸は艦種を問わず全ての艦娘が可能だが、ウイングスーツや落下傘を用いた“空挺”となると投入できる戦力は駆逐艦と軽巡洋艦に事実上限定される。

一応戦艦や重巡洋艦、空母の艦娘が空挺をできないわけではない。ただ重量の関係から装備できる艤装が小口径の単装・連装砲か機銃・高角砲程度に限定されるため、前線火力を低下させてまで彼女達を投入する意味合いは自然薄くなる。空挺作戦は基本的に“対人戦”が主となる区域で行われるため、駆逐艦や軽巡でも船体殻と最低限の艤装を活かせば充分に制圧し得るというのも重火力の大型艦を“空挺”から遠ざける要因だ。

ことに空母艦娘は艦載機運用のために膨大な艤装を装備する必要があり、戦艦や重巡以上にハードルが高い。着艦用の飛行甲板、補給用の燃料に弾薬、自衛用の対空火器も皆無だと厳しく、加賀や赤城のような矢変化型の艦娘なら艦載機の弓矢も必要になる。

艦娘が操る艦載機戦力の“空挺による前線運用”───必須ではないにしろ魅力的な案だが実現は当分できないと誰もが、ロマさんでさえ思っていた。

潜水空母、伊-401が実装配備されるまでは。

《此方Sparta Team、鎮守府敷地内に突入したが敵多数に包囲されている!航空支援は寄越せるか?!》

《【Coyote】伊-401よりSparta、安心して!そっちにも別途三機送ったよ!》

《OK、機影確認!感謝する!》

“パナマ運河を爆撃し米海軍の太平洋への戦力投射を阻害する”という、壮大な(そして血迷っているとしか言いようがない)作戦を実行するために設計された水上戦闘機【晴嵐】と、その母艦の内の1隻である伊-401。当初大本営が描いた青写真からは大きく外れたものの太平洋の海原で猛威を振るった武勲艦とその艦載機だが、現代に転生した結果その特色が最大限に活かされた舞台はまさかの地上戦だ。

大がかりな着艦艤装も艦載機展開用の特殊艤装も必要とせず、発艦用のカタパルトは9mm機関拳銃とほぼ同じ大きさ。運用可能な艦載機である晴嵐は数こそ最大6機と少ないが、組み立て式でパーツも発艦するまではポケットサイズのため此方の運搬も容易いと来ている。

対深海棲艦としては数があまりにも少なすぎるが、例えば今回のように“人類”を相手にした戦闘ではかなり頼れる戦力になる。
324 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/28(木) 22:42:14.89 ID:nq20RMMM0
(,,゚Д゚)「Wild-CatよりSparta、状況を報告せよ!」

《こちらSparta、民兵に囲まれていたが晴嵐の爆撃で向こうの包囲網が崩れた!現在態勢を立て直して応戦中!》

《ChaserよりCoyote、こっちも民兵に群がられている!航空支援を頼む!》

《【Coyote】伊-401、要請受諾!Spartaの方から1機そっちに回すね!》

深海棲艦にも共通することだが、運用される艦載機は小型でこそあれ火力や機動力は現実に第二次大戦で運用されていた“それ”とほぼ遜色がない。

対策が取れていたり対抗運用できる空母艦娘や艦載機が存在するなら話は別だが、そうでない場合攻撃を受けた側にとって響き渡るレシプロエンジンの音は悪魔の高笑いと何一つ変わらないだろう。

(,,゚Д゚)「Wild-Catより【Coyote】伊-401、もう一度だけ本舎に掃射を頼みたい!今度は裏手側に2機回してくれ、それが終わり次第補給に戻るんだ!」

《了解!じゃっ、いっくよーーー!!!》

3機の晴嵐が急上昇し、鎮守府本舎の200mほど上空まで舞い上がる。2機が錐揉みしながら裏手へ、1機が宙返りをして再び表側へと機首を向けてそれぞれ猛然と急降下を開始する。

《がん、がん、がーーーーんっ!!!》

ややはしゃぎ気味のハイテンションな声で覚えたての符号を叫ぶ“しおい”の意志を反映してか、機銃の火線は両側から挟み込むような形で本舎に突き刺さりその表面を蹂躙した。

応射は幾らかあったが、まさに空を“舞う”ように飛び回る晴嵐には全く当たらない。軽やかに貪欲に反復攻撃を繰り返し、凡そ30秒にわたって本舎を徹底的に嬲り続ける。

《───支援完了!Wild-Cat方面の晴嵐、全機帰投します!》

三つの機影が俺達の頭上から去ったときには、本舎はエメンタールチーズのように穴だらけになっていた。

(,,#゚Д゚)「総員、出ろ!鎮守府本舎に突入する!!」
325 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/29(金) 08:42:31.04 ID:seMaO/cro
おつ
326 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/09/29(金) 23:04:49.83 ID:GYmyvYAMO
本日更新完全無理です、申し訳ありません。明日の朝と夜で2更新予定です
327 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/30(土) 01:51:51.39 ID:OtTGuN/A0
おつです
328 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/30(土) 08:13:20.84 ID:U4rZd3EOO
周りの奴等に呼びかけ、俺自身AK-47を構えつつ物陰から立ち上がる。あちらこちらから黒い煙をブスブスと吹いている正面本舎に銃口を向けて警戒してみるが、此方に弾丸が飛んでくる様子はない。

窓際に展開していた奴等は殲滅したか奥に引っ込めさせることに成功したようだ。とはいえ敵の総兵力的に抵抗がコレで打ち止めの筈がないし、“海軍”航空隊と米軍による爆撃の件もある。

時間は有限だ、急ごう。

(,,゚Д゚)「Ostrich、手筈通り裏手に回れ!」

( ゚∋゚)「了解した。総員続け!

Go go go!!」

( ̄⊥ ̄)「Верный、ウチの奴等を半分率いて“海軍”の別働隊を援護しろ!」

「承ったよ、司令官。

……Вперёд!!」

Ostrich率いる別働隊が、右手に分かれて鎮守府本舎を迂回するような形で移動を開始。直ぐ後にはВерныйとロシア兵が続く。

(,,゚Д゚)「艦娘が人間に指示を出すのか」

( ̄⊥ ̄)「彼女は頭の回転が速いし、兵士達からも慕われている。何より、この鎮守府で一番強い。何か問題があるか?」

(,,゚Д゚)「いや、ただ驚いただけさ」

そも、提督や将軍階級の人間まで最前線で銃器構えてドンパチやってるブラック軍隊がとやかく言える立場ではない。

(,,゚Д゚)σ「寧ろ羨ましい限りだよ。“海軍”の艦娘はハチャメチャな強さとひき替えに脳味噌どっかに忘れてきた奴ばっかりだからな」

大理石でできた太い柱に支えられた、玄関口の屋根の部分に到達したところでその「脳味噌を忘れてきた連中」にハンドサインを出す。既に迎撃部隊の殲滅を終えていた時雨と江風が、本舎の窓を油断無く睨みつつ俺達の元へ駆けてくる。
329 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/30(土) 08:48:06.16 ID:U4rZd3EOO
(,,゚Д゚)「窓に新手の敵影は!?」

「無い。奥の方で人が動いているようにも見えなかった」

( ゚∋゚)《Wild-Cat、此方Ostrich。裏手に着いた、敵影無し》

( ̄⊥ ̄)「Верныйも問題なく後続している、向こうも準備が整ったようだ!」

(,,#゚Д゚)「よし!江風、派手にぶちかませ!!」

「あいよぉっ!!」

合図を受けた江風が十メートルほどその場から下がり、走る。助走を付けて跳躍すると、その勢いのまま鎮守府本舎の扉に向かって右足を突き出した。

「江風キーーーーーーック!!!」

これまた「どこの重要文化財ですか?」と聞きたくなるような、荘厳な造りの巨大な扉。パッと見た限りは木製かと思われたそれは、跳び蹴りが直撃した際の音から察するに表面部分だけで内部は分厚い鉄板でできていたらしい。

戦車砲さえ防がれそうな堅牢な防御力も、艦娘が放つ渾身の一撃の前にはベニヤ板と変わらない。打撃点を中心にぐしゃりと中折れしながら、両開きの扉が内側にゆっくりと倒れていく。粉砕された蝶番の残骸が、俺達のところまで飛んできてコンクリート製の床を転がっていく。

「────штурм!!』

「「「ypaaaaaa!!!』』』

瞬間、扉の内側で待ち伏せていた反乱軍の奴等が一斉に飛び出してきた。20人ほどの伏兵部隊は誰1人銃を持たず、全員がコンバットナイフを構えてラグビーのスクラムのようにデカい図体を連ねて着地した直後の江風に殺到した。

(,,#゚Д゚)「ゴルァッ!!」

「ガッ………!?』

俺達全員が後に続いて飛び込んだのとほぼ同時だったため、その刃は一つとして届かなかったが。
330 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/30(土) 09:59:11.08 ID:U4rZd3EOO
爪が食い込むほど強い力で喉を鷲掴みにされて、お伽話に出てくるドワーフのようなちりちり髭が生えたツラが苦痛に歪む。微かに漏れる呻き声は、こめかみにナイフをぶち込むとピタリと止んだ。

(,,#゚Д゚)「せいっ!」

「ウオッ!?』

白目をむいて崩れ落ちた敵の向こう側から、ナイフを抜く間もなく伸びてきたデカイ掌。撥ねのけて、毛がやたらと濃く触り心地が不快な腕を取り、捻り上げながら足を払う。

投げ飛ばされた2メートル近い巨躯がぐるりと一回転し、地面に叩きつけられた。後頭部をしたたかに打ってビクビクと震えるそいつの喉に、さっきの屍体から抜いたナイフを突きたてる。

肉繊維に、自分が掛ける力に従ってずぶりと刃物が沈んでいく感触が手に伝わる。刺された側は目に灯っていた蒼い殺意に僅かに恐怖が混じり、しばしの身悶えがを経て光そのものが失われた。

(,,゚Д゚)「……!」

一瞬止まった動作。背後で気配。振り向くと、そこには左手に握った銀色の刃を俺に向かって今まさに突き出してくる人影。

「よっと」

その頭部が、脳漿と骨片と肉塊を撒き散らしながら砕ける。時雨は足先にこびりついた眼球をハイキックの延長の動きで振り落とすと、そのまま“くない”を熟練のショートストップのように軽やかに投擲した。

「ズァッ』

右手から突進してきていた敵の眉間を、黒い塊がドデカイ穴を空けながら貫通する。
331 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/09/30(土) 23:09:19.50 ID:U4rZd3EOO
時雨の“くない”は目標を貫いてからも10m程飛翔した後、重力に従って落下し床で一度カツンと乾いた音を鳴らしてバウンドする。それを合図にしたように撃ち抜かれた敵が前後の穴から血を吹き出して倒れ込み、撥ねた赤い飛沫が鎮守府内の白い壁に染みを作った。

「───Clear」

足下に転がる20と幾つかの“人間だったもの”が身じろぎ一つしないことを確認して、“海軍”兵の1人がナイフに付着した脂をウィングスーツで拭いながら告げる。

……噎せ返る血の臭いに壁に張り付いた脳漿や眼球の残骸、千切れた腕やら足やらが正面の階段にまで吹っ飛んでいる様を「綺麗」と表することに疑問を抱かないでもないが、軍隊用語なのでそこは仕方が無い。

(; ̄⊥ ̄)「………仮にも北欧防衛の任に選ばれた精鋭部隊の強襲を、よくもこうまで一方的にあしらえるものだな」

(,,゚Д゚)「なんならお宅も自ら武器持って深海棲艦とステゴロ繰り広げてみるか?ル級の生首掲げて高笑いするキチガイの後ろ2ヵ月もついて回りゃ世の中のだいたいが大したことないように思えてくるぞ」

( ̄⊥ ̄)「……遠慮するよ」

(,,゚Д゚)「そりゃ残念だ」

半ば本気の感想だが、ファルロの人柄を考えるとそれは正しい選択でもあると思う。

今回のような裏切り者ならともかく、まともな部下や同僚が目の前で7割方死に絶える戦場の存在なんて知らない方が幸せだ。

尤も、間もなくそれが再び世界中で当たり前の光景になるかも知れないわけだが。
332 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/01(日) 00:35:25.56 ID:z5UIO6u1O
(,,゚Д゚)「それでファルロ、ガングートが反乱軍に拘束されているとして監禁できそうな場所は?」

( ̄⊥ ̄)「………真っ先に浮かぶのは地下独房だ。機関艤装を外した状態の艦娘なら戦艦でも壊せないよう、戦車道の戦車に用いる特殊カーボンを加工した金属で作られた格子がある。

提督としての執務室も最上階だが司令室はまた地下だ。此方は部屋自体の造りは牢屋以上に頑丈でもある、可能性としてはこの二部屋が最も高いな」

(,,゚Д゚)「地上階で可能性のあるフロアは?」

( ̄⊥ ̄)「本舎ではないな。……ガングートは正直なところ火力、馬力などのスペック面では日本やドイツで運用される主力艦に比べるとかなり劣るが、それでも“戦艦”だ。拘束具も拘束部屋も、並みのスペックなら容易く粉砕して脱出できる」

(,,゚Д゚)「………なるほどね」

となると、考えられる可能性は三つ。

一つ、ファルロが今上げた通りの部屋に拘束されている。

一つ、ここ以外の区画で適当な拘束施設がある場所に移動されている。

一つ────既に殺害されたか裏切ったか、どちらかの形で拘束する必要がなくなっている。

できれば三つ目の可能性はあまり考えたくないが、“最悪”は既に想定するべきだ。

(,,゚Д゚)「もう一つ聞きたい。地下司令室と独房は近いか?」

( ̄⊥ ̄)「距離は離してある。それにフロアも違うな、独房は地下三階、司令室は地下二階にある。

とはいえあくまで本舎と面積は大して変わらない、せいぜい五分程度の移動で行き来できるな」
333 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/01(日) 21:02:28.94 ID:9pbkn8HwO
本日は再び更新厳しいです。
出張(出向?)期間が本日で終わる(はず)なので、明日から更新安定させられるように頑張ります。

本当に、今回亀更新続きで申し訳ありません
334 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/02(月) 01:19:25.83 ID:38DS9K1A0
ドンマイです
リアルが大変ならあまり無理せずに、こちらはいくらでも待てますしw
335 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/10/03(火) 22:33:08.43 ID:4G/CO/uY0
地下……か。高度数千メートルの上空から地面の下までとは、世界中で活動する俺達“海軍”の仕事場は縦向きに対しても際限がないらしい。マントルと宇宙空間に行く機会がありゃ地球上の完全制覇達成だ。

(,,゚Д゚)「……って、宇宙は地球上には含まれないわ」

( ̄⊥ ̄)「?」

(,,゚Д゚)「いや、こっちの話だ」

アホな自己問答は置いといて、ガングートが地下にいるならそれが拘束であれ寝返りであれ周囲に護衛の兵力も付いている。当然そいつらは今の伊-401による空襲から逃れているので、相応の戦力が俺達の足の下に隠れていることになる。

加えて、軍事基地の中枢部ならたとえ地下であっても防御機構も充実しているだろう。幸いにして「案内役」がいるため幾らか脅威は減る……と思いたいが、攻略に手間がかかるのは想像に難くない。

なかなか骨が折れそうな案件に、思わず顔が渋くなる。だが、やらないわけにも行かないのが努め人として辛いところだ。
336 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/10/04(水) 21:46:46.38 ID:KBfEQrQA0
(,,゚Д゚)「Ostrich、裏口の制圧はどうなっている?」

( ゚∋゚)《OstrichよりWild-Cat、既に突入・制圧に成功した。Верный以下ロシア兵にも欠員無しだ》

(,,゚Д゚)「OK、そっちももう話を聞いてるかも知れんが敵は未だ地下に戦力を温存している可能性が高い。更にГангутが囚われていた場合こっちもかなりの確率で地下に拘束されている。

そっちに地下への入り口はあるか?」

俺達の正面には【風と共に去りぬ】のスカーレット=オハラが澄まし顔で降りてきそうな雰囲気の螺旋階段が(幾らか内蔵と肉塊をぶちまけられた状態で)上下に伸び、階段両脇の柱にはエントランスの古風な情景を破壊しないよう気を遣われた趣向でエレベーターが備え付けられている。裏口が同じ形で下に降りられるかどうかは不明だが、二手から攻め立てられるならそれに越したことはない。

………しかし艦娘が“古めかしい建物を好む”ってのは確かだが幾ら何でもこの内装は古すぎやしないかね。学のない俺でも18世紀とかそこらに流行ったデザインだってなんとなく解るぞ。

( ゚∋゚)《あぁ、こっちには地下へと続く螺旋階段がある。特に破壊されてもいない、突入は可能だ》

(,,゚Д゚)「ファルロ、表と裏以外に地下階段やエレベーターはあるか?」

( ̄⊥ ̄)「ない、この2箇所だけだ」

(,,゚Д゚)「よし」

なら、ガングートや敵の残党を逃がす心配も無い。後は幾らか準備を整えて踏み込むだけだ。

(,,゚Д゚)「Wild-CatよりSparta、そっちの戦況はどうだ!」
337 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/10/04(水) 21:49:04.05 ID:KBfEQrQA0
無線自体は直ぐに繋がったが、そこからしばらく耳に届いてくるのは銃声や爆発音、そして人の叫び声ばかり。一向に返答はないまま、たっぷり20秒ほどの時間が過ぎる。

《此方Sparta、鎮守府南部区画より突入したがさっきも言ったとおり敵多数に囲まれている!》

そろそろ焦れてきた頃に飛び込んできた返事は、まるで1キロも向こうから声を届かせようとしているかのような叫び声。鼓膜がびりびりと痛むほど震え、思わず一瞬無線から耳を離した。

《戦力比は当方22名に対し敵は少なく見積もっても600〜700!

B級のゾンビ映画みたいな光景だ、お宅の筋肉質な顔馴染みならさぞや大喜びだったろうな!

まぁ、俺の好みはラブロマンスなワケだが!》

ジョークを交える程度にはまだ余裕があるらしいが、BGMの戦闘音は全く収まる気配がない。

【晴嵐】に近接航空支援の要請をした際に妙に慌てた声だったため気になっていたが、本当に人間“嫌な予感”というのはとても良く当たる。

(,,゚Д゚)「Wild-CatよりSparta、敵部隊の内訳を知らせろ。それとそっちに着いてる艦娘の兵装残弾は?」

《基地内から出てきたロシア軍の軍服を着込んだ奴等が30程度施設内から撃ってきてる、後のは鎮守府の外からだ!

ほとんどは元ムルマンスク市民と思われる、服装にも武装にも統一感がない。銃器すら装備してない奴も向かってくるぞ!》

《【Sparta】長良よりWild-Cat、装備の25mm連装機銃は残弾4割ほど!まだ戦えるけどそろそろ厳しいよ!

Chaser、そっちの状況も教えて!》

《【Chaser】川内よりWild-CatそれからSparta、こっちも多数の民兵に囲まれた!

14cm連装砲もそろそろ弾切れになる。敵は10人倒すと15人追加される有様だ、とても間に合わない!》

《あー、RabbitよりWild-Cat並びにSparta、割り込みになるがいいか?》

(,,゚Д゚)「……どうぞ」

Rabbitの指揮官とは、国籍が違うが顔馴染みだ。表向きの顔が在日米軍の軍曹であるそいつとは、合同訓練の際にたまたま近くに配属された時二回ほど他愛のない雑談を交わしている。

軽口の多い男だが、根は真面目で任務にも忠実だ。こいつが味方との通信を遮ってまで話に割って入るなんてことは、滅多にない。

それがよほど重要な報せで無い限り、そして───

《制圧した大学の屋上より市街地の大通りを鎮守府へ進軍する“市民”を多数確認した。

………数え切れないがまぁ3000は越えてそうだな。スクラム組んで道を埋め尽くしながら進んでいくぞ。

速度から逆算して、あと10分ほどで鎮守府に侵入する》

────よほど悪い報せで無い限り。
338 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/04(水) 21:53:55.14 ID:KBfEQrQA0
( ゚∋゚)《……急に沸いてきたな》

(,,゚Д゚)「大方待ち伏せだろうよ、引きつけて鎮守府ごと包囲して殲滅って寸法だ。……元からか即席かは解らんが」

ムルマンスクの総人口に対する兵力として考えると少なすぎるが、俺達空挺部隊にとっては悪夢のような物量だ。

ある意味、今までで一番厄介な戦法を取られていると言っても過言ではない。まともに戦えば艦娘の戦闘能力を持ってしても押し切られる。

(,,゚Д゚)「Wild-Catより統合管制機、此方に航空支援は回せるか?」

('、`*川《此方管制機、空母艦隊の奮戦でムルマンスクの制空権を一時的に確保。長い時間ではありませんが偵察ヘリを何機か南に回せます》

俺達が向こうに合わせてまともにやってやる必要など皆無だが。

(,,゚Д゚)「出せるだけ出してくれ。三分で良い、指定の区域に全火力の投射を」

('、`*川《受諾しました。後方待機中のMH-6【リトルバード】が90秒後に掃射を開始します》

(,,゚Д゚)「Coyote、SpartaとChaserに【晴嵐】による航空支援を。Rabbit、大通りの民兵に【リトルバード】の空襲に併せて艦砲射撃をぶち込め。残弾は考えなくていい、壊滅するまで撃ちまくれ」

《【Rabbit】卯月より【わいるどきゃっと】、それ大丈夫かぴょん?大通りを進んでる民兵集団、銃火器を装備してる奴等が少ない上女の人や子供もたくさん居るみたいだけど》

(,,゚Д゚)「あぁ、だがそいつらは全て“敵”だ」

《了解だっぴょん》

卯月の方も、今の問いかけにはあくまで確認の意味は無かったのだろう。あっさりとした口調で引き下がり、1秒後には艤装に弾薬を装填したらしき金属音が響く。
339 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/04(水) 22:04:58.87 ID:KBfEQrQA0
殲滅は無理だろうが、“敵”が前時代の市民革命のような密集陣形で進んでくるなら艦砲射撃と【リトルバード】による空爆で相当な打撃は与えられる。鎮守府到達までの遅延・時間稼ぎは十分にできるはずだ。

その間に、俺達で地下を一気に制圧する。

( ̄⊥ ̄)「………」

(,,゚Д゚)「提督、何かご意見や注文があれば聞きますが」

( ̄⊥ ̄)「………いや、何でも無い」

此方を見てくるファルロに話を振ると、向こうはなんとも複雑な表情を浮かべつつもそれ以上は何も言わず引き下がった。

通信が全て明確に聞こえたとは思えないが、俺の言っていた内容さえ解れば“海軍”が何をしようとしているのか推測するのは容易いはずだ。密造酒に手を出すほどこの街の住人に愛着を持っているファルロからすると、民兵への攻撃は“元同僚”に対する時ほど割り切れるものではないらしい。

(,,゚Д゚)「ファルロ、俺とお前で先行だ。道案内は頼むぞ、特にトラップや防御システムの無力化はお前らにかかっている」

( ̄⊥ ̄)「…………。解っているさ、解っているとも」

そんな葛藤は俺の知ったこっちゃないが。

(,,゚Д゚)「Ostrich、突入を開始しろ!」

( ゚∋゚)《了解!》

(,,#゚Д゚)「Breaching!!」

階段を一段降りる。大理石の階段を軍靴が踏みしめる音が響く。

《Seeker-01より地上部隊各位、指定ポイントに到着。

間もなく攻撃を開始する、付近部隊は衝撃に備えろ》

本舎の上空を、何機かのヘリコプターのローター音が通過していった。
340 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/04(水) 22:10:25.62 ID:KBfEQrQA0
鎮守府の電源は生きているはずなのだが、地下への階段を照らすのは緑色の非常灯だけ。お世辞にも十分な光量とは言い難く、踊り場の所だけがストリップ・ショウの舞台上のように照らし出されている。

(,,゚Д゚)「ライト点けろ!」

( ̄⊥ ̄)「暗がりはなるべく作るな!とにかく広い範囲をくまなく照らせ!」

俺自身特別仕様の軍用懐中電灯をAK-47の下部に装着し、スイッチを入れながら後ろの奴等に向かって叫ぶ。ファルロ達ロシア軍もちゃんと装備していたようで、18個の白く丸い光が途端に地下行き階段のあちこちへと伸びる。

(,,゚Д゚)「Clear!」

( ̄⊥ ̄)「そのまま降りろ!行け行け行け!」

踊り場まで何事もなく辿り着いたところで、そのままライトを下へ向ける。映し出されたのは階段の終わりに立ち塞がる鉄製の扉で、右側の壁には新築マンションのオートロックを思わせる機械のプレートが埋め込まれていた。

扉の前や周囲には人影が無く、階段から扉までは5メートルにも満たない細い一本道で隠れるような場所もない。俺とファルロはハンドサインで江風達に着いてくるよう合図を出しながら、一息に残りの階段を駆け下りて扉にピタリと身を寄せる。

(,,゚Д゚)「扉を開ける方法は?」

( ̄⊥ ̄)「カードキーとパスワードだ。キーは当然私が持っている」

そういってファルロは胸元から銀色の薄いプラスチック製の板を取り出す。小さな長方形のそれが、早い話この扉を開けるカードキーなのだろう。

( ̄⊥ ̄)「パスワードの方も、変えられるのは艦娘提督である私だけだから問題なく開けることができるが………どうする?」

(,,゚Д゚)「どうするもクソもないさ」

扉に窓はなく、中の様子を伺うことはできない。時雨や江風に破壊させてもいいが、かなりの厚さを持つそれは艦娘の力でも正直破壊できるか微妙なところだ。下手に曲がるだけになって開けられなくなれば、それこそ突入にいらない時間を食う。

入り口での待ち伏せという不安要素に目をつぶっても、ここはファルロに開けて貰うしかない。

(,,゚Д゚)「時雨、江風、正面に立って警戒。西井、ランディ、二人を援護できるよう一段上で射撃体勢」

「りょーかい」

「あいよ!」

「了解です」

「Yes sir」

4人分の返事がこだまし、それぞれが配置についたのを見届けて合図を出す。ファルロは頷くと、手元のカードキーをプレートに当てて表面に現れた数字パネルを手早く操作していく。
341 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/04(水) 22:15:41.84 ID:KBfEQrQA0
数秒間、沈黙の中にパネル操作の電子音だけが響く。それは一際高い沸騰したやかんみたいな音を残して終わりを告げ、開く扉の隙間から空気が逃げる「プシューーッ」という間の抜けた音が後に続いた。

そして扉の中から漂ってきて頬を撫でたのは、背筋が思わず震えるような外と遜色ない温度の“冷気”。

「Clear!」

「異常なし!敵影無し!」

(,,;゚Д゚)「………」

(; ̄⊥ ̄)「………」

中を覗いた時雨達が異口同音に叫ぶが、俺とファルロは扉を挟んで浮かぬ表情で顔を見合わせる。

(,,;゚Д゚)(………室内で空調が効いてない?)

(; ̄⊥ ̄)(階段もそうだが、電力が生きているのに何故……)

あぁクソ。この手の不吉な予感は基本的に当たると相場が決まっている。

だが、突入せず退却という選択肢は残念ながら皆無だ。

(,,#゚Д゚)「行くぞ!突入!!」

(# ̄⊥ ̄)「Вперёд!」

柄にもなく胸の内に沸いた不安を押し潰すように、ファルロと共に入り口を跨いで地下へ踏み込む。

電灯一つまともに点いていない廊下が、冷たい風を吹かせて俺達を出迎える。
342 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/04(水) 22:17:29.02 ID:KBfEQrQA0
銃口とライトを、次々と辺りに向けていく。俺と時雨、江風、そしてファルロの四つの白い光が廊下を行き来するが、閉じた鉄製の扉が並ぶだけで人影や気になるものはない。

………強いて一点挙げるなら、足下でぴしゃぴしゃと音を立てる水溜まりだろうか。

(,,゚Д゚)「こんなところまで雨漏りとは、建て直しをオススメするよ提督殿」

( ̄⊥ ̄)「ご意見ありがたく頂戴しよう、なんとか軍の上層部から予算を勝ち取らなければいかんな」

冗談めかしてそんな台詞を交わしてみるが、不穏な空気は益々重く俺達の肩にのしかかる。

“海軍”として初めての作戦に参加したときだって、それに六年前だってこんな気持ちにはこれっぽっちもならなかった。

(,,゚Д゚)「地下二階へは?」

( ̄⊥ ̄)「直進400M、突き当たりを左折して300Mで入り口だ。開ける方法は地下一階と同じ。

途中にセンサー式の機関銃や催涙ガスの噴出口があるが……この調子だとおそらく機能していないぞ」

「そりゃまたグッドニュースだね。うれしさのあまり泣けてくるよ」

直ぐ後ろで時雨がうんざりとした様子の声を上げる。こいつもどうやら経験則から地下の状態が碌なものじゃないと悟ったらしい。これから降りかかってくるであろう「厄介ごと」に、早速嫌悪感丸出しだ。

「ところで、廊下の両側にある幾つかの扉は?まさかターミネーターでも極秘裏に開発して格納しているとか?」

( ̄⊥ ̄)「いや………衛兵の詰め所と武器庫、それから監視所だな。

因みにこれらの扉も戦車道で使われる特殊カーボン製だ。かなり分厚く造られている、艦娘とはいえ駆逐艦の攻撃じゃ例え砲撃でも破壊は難しい」

「……ご丁寧にどうも」

(,,゚Д゚)「部屋の数は?この両側の4部屋だけか?」

( ̄⊥ ̄)「この階にはここだけだが地下二階にも同じ形で4部屋と非常用の食料庫、資料庫が一つずつ。それから最下層には詰め所が四つある。

収容人数は司令室や独房も含めれば200と少し詰め込める」

(,,゚Д゚)「……Ostrichが突入した側も?」

( ̄⊥ ̄)「構造はほぼ同様だ」

最大総兵力は400人前後。他区画や本舎地上階にいた戦力を差し引けばこの半分から1/3程度といったところか。

骨は折れるが、対処できない人数差じゃない。
343 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/04(水) 22:20:34.39 ID:KBfEQrQA0
(,,゚Д゚)「各位、部屋と上階からの物音に警戒しつつ進軍しろ!村田、直井、このまま入り口を確保しておいてくれ!異常があれば直ぐに無線で連絡を!」

「「了解!」」

「ギコさン、扉は開けて中も確認するかい?」

(,,゚Д゚)「藪蛇って言葉もある、入り口にブービートラップだけしかけて無視しろ」

ハンドサインを何人かの兵士に向けると、彼らは頷いて一斉に扉の前へ散る。普通に出てくれば足首がある場所に、ワイヤーやロープを用いた簡単な引っかけが施される。

( ̄⊥ ̄)「……行け」

ファルロも顎で指して味方に指示を出す。先程“海軍”の兵士達が仕掛けたトラップに、ロシア兵が手榴弾を添えて引っかかった瞬間ピンが外れて爆発するように一手間を加えた。

……もしも俺達だけだったらこの仕掛けは作れなかったので、思わぬ形でファルロ達の存在に感謝する。技研が造ったあの狂気の沙汰の塊で同じ罠を作れれば、下手をすると俺達が1人残らず生き埋めだ。

(,,゚Д゚)「………行け!」

罠が誤作動しないこと、そして扉が開かないことを確認し、村田達二人を残して歩を進める。

ぴしゃぴしゃと、足下では相変わらず不快な水音が小さなしぶきと共に鳴り続ける。

「……まさか水没しないだろうね、この地下施設」

( ̄⊥ ̄)「この建物は海に直接繋がっていないからほぼ有り得ないが………何故だ?」

「だって、妙に磯臭いよ?この水」

(,,゚Д゚)「………」

時雨に言われて、犬のように自身の鼻をひくつかせ、初めて気づく。

確かに、これは紛れもなく嗅ぎ慣れた“海の臭い”だ。

それも外から漂ってきたとかそんなレベルの生ぬるいものではない。明らかに、足下や周囲から直接俺達の鼻に届いている。
344 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/04(水) 22:26:05.54 ID:KBfEQrQA0
重苦しく、不気味さを増していく辺りの空気とは裏腹に何事もなく5分弱の進軍が終わる。ロシア国旗が描かれた壁がライトに現れたところで素早く辺りを見回し、人影が無いことを確認。

俺と時雨が先行し、曲がり角の壁に身を寄せてゆっくりと覗き込む。そのまま飛び出して廊下の先までライトで照らすが、300M向こうの扉に至るまで人影はやはり皆無だ。

( ゚∋゚)《此方Ostrich、地下二階へと続く階段を視認。人影は無い》

(,,゚Д゚)「こちらWild-Cat、同じく。村田、其方に異常は?」

《ありません。部屋、上階どちらにも新たな動きは見られず。強いていうなら外で【リトルバード】による空襲が行われているぐらいです》

(,,゚Д゚)「OK。

Ostrich、突入しろ。俺達もかちこむ」

( ゚∋゚)《了解。Good luck》

(,,゚Д゚)σ「其方こそな」

( ̄⊥ ̄) ))

時雨と江風を直ぐに援護できるよう位置に着かせて、俺とファルロでさっきと同じように扉に張りつく。……更に強くなった磯の香りに、思わず同時に顔が歪んだ。

( ̄⊥ ̄)「……いいか?」

(,,゚Д゚)「いつでも」

俺が頷いたのを見て、ファルロが再びカードキーを取り出して手元の電子プレートに近づけ────

(,,;゚Д゚)「「…………っ!!?」」( ̄⊥ ̄;)

操作をするよりも先に、凄まじい潮の香りを冷気と共に吐き出しながら扉が勢いよく開いた。
345 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/04(水) 22:35:23.99 ID:KBfEQrQA0
.







『─────キャハハハ、キャハハハハハハハ!!!!』








.
346 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/10/04(水) 22:43:01.39 ID:KBfEQrQA0
………最初に外でその声を聞いて以来、俺はずっと“幻聴”だと思っていた。だが、どうやら間違った認識だったらしい。

玩具で遊ぶ赤ん坊を思わせる、甲高くて無邪気で、しかしどこか神経を逆なでする笑い声。【Helm】から逃げる際に俺の耳に微かに届いたそれと寸分違わぬものが、よりはっきりと暗い廊下に木霊する。

「……!」

「いっ!?な、なんだよこの声!」

場違いなその声を聞いて反応したのは、今度は俺だけではなかった。時雨の表情が一瞬で真剣なものに代わり、江風はびくりと身を震わせ首を竦める。二人を含めた全員が、一斉にアサルトライフルを構えて声が聞こえてきた方向───扉の向こう側に銃口とライトを突きつけた。

「ウァッ…………』

「撃て!!!」

地下二階へと続く階段の手前に立っていたそいつは、ファルロ達と同じロシア軍の服装に身を包みながら武器を持っていなかった。攻撃せずにただ立っていただけのそいつに、しかし時雨の号令の下全員が同時に引き金を引く。

俺とファルロの間を、熱と火花を撒き散らしながら弾丸の雨が駆け抜ける。肉を無数の鉄塊が貫き断裂する音が直ぐ後ろで途切れることなく鳴り続ける。

ぼとり。

俺の足下に何かが転がり落ち、視線を向けるとそれは人の右手だった。

(,,;゚Д゚)「……クソッ」

悪態が、喉の奥から零れた。別段この程度のグロ画像は見慣れて久しいし、それこそ地下に踏み込む直前エントランスでぶちまけられた肉片と内蔵の山の方がよほど光景としてはよほど凄まじい。

そう、別段今の悪態は目の前の光景に漏らしたもんじゃない。微かに聞こえてくる「音」に対するものだ。

「ウァ……アァ……』

………嗚呼畜生。ふざけんな、あり得ねえだろ!

なんだってこの銃声の中で、弾雨の中で、それを食らってる奴の足音と声が聞こえてくるんだよ!!!
347 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/04(水) 22:46:07.98 ID:KBfEQrQA0
本日ここまで、新敵の正体はまた明日に。

皆さん歯は奥までしっかり磨きましょう(歯髄炎で死にかけながら)
348 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/05(木) 01:35:13.74 ID:/Y5TNyZA0
おつおつ
てか本当にお大事に…歯の類は本当に辛い(^_^;)
349 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/10/06(金) 00:06:48.97 ID:aiRar0RB0
(,,;゚Д゚)「野郎!」

「ヴァッ……』

出口に差し掛かった“そいつ”の顔に肘打ちをぶち込んで押し返し、身体を反転させAK-47の銃口を向ける。扉を挟んだ反対側でファルロも同じ動きをするのが視界の端に写り、更に二つの火線が蹈鞴を踏んで後退した奴の両肩に突き刺さる。

断裂音がして、左手も肘の下から先が消えた。吹っ飛んだ腕はぼんっ、ぼんっと体育館の床に弾むバスケットボールのような音を残して階段の下へと転がり落ちていく。

「こいつ……なンで……!!」

当然の話だが、人間の身体は18挺のアサルトライフルから放たれる弾丸に身体中を穴だらけにされて生きていられるほど丈夫ではない。だが、弾雨の只中に立つその男………“男のようなもの”は、まだ動いている。

「なっ……ンで!死なねえンだよ!!!!」

肉片が削られて四肢のあちこちから骨が垣間見え、両腕が欠損し脳漿が頭からこぼれ落ちて行く中でも未だに声を放ち前進を続ける。最早人間としての原型すら徐々に崩壊しつつあるその物体の姿を目の当たりにして、江風が叫んだ。

その声が震えていた理由は、おそらく通路に充満する冷気のせいではない。
350 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/06(金) 00:24:33.44 ID:aiRar0RB0
ファルロがほとんどただの赤い塊と化した上半身から射線を下にずらし、“男”の膝に向かって弾丸を放つ。5.45x39mm弾が膝関節の骨と筋肉を粉砕し、欠落した左足が血の噴水に押し出されて左腕同様階段を滑り落ちた。

「アッ………アッ………』

(; ̄⊥ ̄) 「……いったい何だこいつは!」

膝から下が消え去って太腿が地面に着き、それでも“男”は血の跡を残しながら失われた腕を伸ばして此方に向かってくる。額に汗を浮かべながら張り上げるファルロの問いかけに応えられる者はおらず、銃弾を撃つ手は止めないまま全員がじりじりと“男”の歩みに追い立てられるようにして少しずつ廊下を後退していく。

「イギッ』

(,,;゚Д゚)そ「ぬおっ!?」

「ひぃっ!?」

「っ……っ………!」

“男のようななにか”が、二階への入り口から3メートルほども進み出た頃だったろうか。

突然、上半身が内側から破裂した。ピンクと白が混じった脂肪の塊が此方に飛んできてピチャピチャと顔や腕に張りつき、江風は更なる悲鳴を残して尻餅をつく。

時雨は辛うじて悲鳴を漏らすことは避けたようだが、寸前までは行ったようで噛みしめられた唇からは一筋の赤い血が流れ出ている。







『キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!!』

次の瞬間、聞こえてきたのはあの“笑い声”。

『キャハハ、キャハハ、キャハハハハハハハハ!!!!』

肉塊の下から現れたのは、一人の赤ん坊だった。
351 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/06(金) 00:26:02.13 ID:IM96gqTGo
なんだ、チェストバスター(PT)か
352 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/10/06(金) 00:49:58.67 ID:aiRar0RB0
赤ん坊………ああそうさ。こいつは間違いなく赤ん坊だ。

0.5mあるかも怪しい小さな身体に、明らかに関節がしっかりとしていないバタバタと動かされる手足。全体的に丸っこい体型、無邪気に上がる笑い声。全て間違いなく赤ん坊のそれさ。

『キャッキャッキャッ、キャハハハハハ!!!』

そいつが笑っている場所が、内蔵が撒き散らされてぽたぽたと足下に血だまりを作り続けている屍の上でなければ。

そいつの笑い声が、どこか“奴等”の典型的な鳴き声に類似した特徴を持っていなければ。

そいつの首から上が、立派な顎と角を持った胴体と同じぐらいの大きさの物体────よりはっきり言えば、深海棲艦の非ヒト型を小型化させてそのままひっつけたような形状でなければ。

或いは、俺も人並みにその存在を“可愛らしい”と思う余地があったのかも知れない。

「──────Fuck!! Fuck!! Fuuuck!!!!」

『キャッ、キャッ、キャッ♪』

“海軍”兵の一人が、半狂乱で叫びながらAK-47の引き金を再度押し込む。だが放たれた弾幕は、肉塊のベッドの上ではしゃぐ赤ん坊には一発たりとも届かない。ほんの鼻先数センチで不可視の“殻”に弾かれて火花を散らす銃弾を見て、赤ん坊はいないいないばあでもされたみたいに手を叩いてはしゃぎだした。

「Son of a bitch……!」

その様子を見て、更に別の兵士が懐から黒いナイフを取り出す。深海棲艦との白兵戦用に造られたそれを逆手に構えたそいつは、血走った眼で赤ん坊に飛びかかる。

『───イヒヒヒヒヒッ!!!』

その瞬間、一際大きな笑い声を上げて赤ん坊の頭部が肥大化した。

バグン。

そんな、形容しがたい“咀嚼音”を最後に、飛びかかった兵士の身体は足首だけを残して消滅する。
353 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/06(金) 09:26:56.39 ID:Q97Eht8ZO
『アンム、アンム、アンム………』

人一人を丸呑みにするため2m四方まで脹れあがった赤ん坊の───深海棲艦の頭部は、口の中でしばらく獲物をもごもごと遊ばせた後に大きく喉を鳴らして嚥下した。口の端からはみ出ていた腕が噛み千切られてこぼれ落ち、水溜まりに音を立てて落下する。

『キュヒィイイイイ………』

頭部の肥大化は例えば、ナマズが餌を食うために大口を開けたような一時的なものではないらしい。ゲップと思わしき生臭い息を吐いた奴の頭部は一向に縮まる気配がなく、それどころか胴体も間を置かず頭部に続いて膨張を開始した。

『ギッ、ギギギィッッッッ…………』

人間には「成長痛」なんてものがあるが、深海棲艦にも共通するのだろうか。既に“赤ん坊”からほど遠い存在に変貌しているその生物は、胴が変態しだすと同時に激痛を堪えるかのごとく食いしばった顎の隙間から歯ぎしりのような摩擦音を漏らす。

『グッ………アァアアッ!!!!』

それは“成長”であり、“退化”でもあった。

丸太のように図太くなった胴体は、残っていた寄生主の下半身を押し潰してズンッと床を揺らす。そこに先程まで生えていた手足はなく、俺達のライトを反射してヌラヌラと不気味な光沢を放つ青白い皮膚が存在するだけだ。

ビシャリ、ビシャリ。

目の前の生物がのたうつ度に、水音がして磯臭い液体が壁や俺達の身体にかかる。元よりあった分より明らかに嵩が増したそれを見て、俺はようやく廊下に撒き散らされていたそれらが“そいつ”の身体から分泌されているのだと理解した。

『─────ォギァアアアアアアアッ!!!!!』
354 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/06(金) 22:30:06.77 ID:1qa5QjZrO
毎度更新を楽しみにしてるけど、歯は大丈夫何だろうか…
355 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/10/07(土) 23:00:52.58 ID:j0u6iqnt0
外観こそ歪なオタマジャクシだが、大きさは今や胴体と頭部を含めて5,6Mは越えた化け物。

神話に出てくる怪物蛇の幼体だと言っても信じてしまいそうなそいつの、強大極まりない肺活量を一杯に利用した咆哮が廊下に木霊する。物理的な衝撃すら感じる大音声を間近に聞き、鼓膜が痛みを伴いながら破れる寸前まで震動し、口から新たに撒き散らされた潮の臭いがする水分を全身に浴び────間抜けなことに、ここまでされて俺達はようやく我に返る。

『マァアアアアアアアッ!!!!』

(,,;゚Д゚)そ「跳べぇえーーーーーーーーっ!!!!!」

「っ、うわっ!?」

廊下を巨頭で埋め尽くし、壁を粉砕しながら此方へ飛びかかってくる化け物。俺達は一斉に後ろへ跳び退がる……が、粘液に足を取られた一人が転倒しあろうことか化け物の進路上に身を投げ出す形になった。

「ひっ」

悲鳴を上げる間もない。助けを求めてこちらに伸びた手は虚しく宙を掴み、そのまま残った手首が床を転がる。

「飯島がやられました!」

(,,;゚Д゚)「撃て、撃て、撃て!!!」

(; ̄⊥ ̄)「Огонь!!」

床から飛び起きた俺とファルロが声を限りに叫び、残り17挺となったアサルトライフルが一斉に火を噴く。
356 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/07(土) 23:48:31.75 ID:j0u6iqnt0
廊下をほぼ隙間無く埋めるほどデカイ相手に対して、5メートルと離れていない位置からの銃撃。きっとチンパンジーだって外さないに違いない。

『キィアアアアアアアアアッ!!!!!』

頭部を覆う真っ黒い表皮の上で銃火が爆ぜて廊下を照らす。案の定とでも言うべきか効果は無く、満腹からは程遠いらしい化け物は蛇の如く床を這って俺達へと躙り寄る。

狭い廊下で蠢くせいで、壁や天井が突き崩されて廊下が上下左右に広がっていく。

「どいて!!!」

(,,;゚Д゚)「っ」

(; ̄⊥ ̄)「うわっ…!?」

後ろで時雨が叫ぶ。壁に身を寄せて道を空ければ、AK-47の火線が犬のション便に見えてしまうような強烈な掃射が重厚な発射音と共に駆け抜けていった。

「くっ、たっ、ばっ、れっ!!!」

『ギィイイイッ!!?』

時雨の25mm連装機銃のフルオート射撃を浴び、化け物の進撃が止まる。艤装といっても機銃、それも対戦闘機用じゃ威力不足だろうが、流石に超至近距離からとなると幾らか効果はあるようだ。

『ギィッ、グゥウウウウッ!』

小さな呻き声を漏らしてガチガチと歯を鳴らすが、通常兵器とは桁違いの圧力の前に進むことはできない。弾丸に砕かれた甲殻の破片が、パラパラと床に散らばった。
357 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/10/08(日) 08:27:13.41 ID:X++56mtf0
undefined
358 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/08(日) 08:31:00.90 ID:X++56mtf0
(;゚∋゚)《Wild-Cat、こちらOstrichだ!裏口で新型の深海棲艦と交戦中!》

(,,;゚Д゚)「奇遇だな、こっちも同じ状況だ!敵の形状は!?」

(;゚∋゚)《地下二階への突入口に立っていたロシア軍兵士1名の“内部”から乳幼児型の幼体が出現、その後交戦中に肥大化!現在は蛇、或いはオタマジャクシのような形状の非ヒト型深海棲艦になりこちらに攻撃を仕掛けてきている!》

(,,;゚Д゚)「こっちと同型か!」

記憶する限り、過去に深海棲艦の幼体が確認されたという話は聞かない。オマケにそこから成長した姿も完全に新型個体だ。

つまり俺達とOstrichは、10分と経たない間に世界中の研究者とカンザス州のマッド共が涎を垂らして羨む大発見を二つも体験したことになる。

………別に喜ばしくもなければ、これっぽっちも望んじゃいなかった体験だが。

(;゚∋゚)《どうする?一度退くか!?》

(,,#゚Д゚)「いや、なおのことガングートの安否確認を急ぐ必要がある!押し通るぞ!!」

(#゚∋゚)《Alright!!》

幸いにして、時雨の機銃が直撃しているということは船体殻は機能していない。つまり見た目通りの下級種の可能性が高く、それなら知能も大したことはないはずだ。

やりようを工夫すれば幾らでも手玉に取れる。

(,,#゚Д゚)「白兵戦闘、用意!!」

指示を飛ばしつつ、俺自身ベルトにさしていた白兵戦闘用のブレードを抜いて柄に着いたトリガーを押す。

(; ̄⊥ ̄)そ「おおっ!?」

せいぜい20cm程だった刃渡りがビデオで早送りされたタケノコの生長のように伸びる。一瞬で三倍近い長さまで達したそれを見て、ファルロが驚きの声を上げた。

玉石混交を地で行く技研の数々の開発装備だが、少なくともコレに関しては俺は大いに気に入っている。勿論短い状態のままでも対人や対ヒト型では致命傷を与え得るので、ここより更に狭い通路や室内でも取り回しが利くのが大きい。

(,,#゚Д゚)「江風、白兵装備で後続!時雨、奴を大きく怯ませて隙を作れ!!」

「りょーかい!」

「しくじらないでよ!」
359 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/08(日) 10:06:28.01 ID:ADV0ZPzsO
憎まれ口を叩きつつも、時雨の行動は迅速だった。25mm連装機銃を素早く構え直し、動きの激しさに反して眠たげに半開きにされていた奴の眼球へと銃火を叩き込む。

『ギュエアッ!!!!?』

悲鳴を上げて奴が頭を跳ね上げる。天井にドデカイ穴が開いて頭部の上半分が埋まり、青白く光る胴体が剥き出しになった。

どうも地上階まで貫通したらしく、調度品だったと思われるどこぞの偉人の胸像やら格調高い意匠の家具やらが降ってきて地面に叩きつけられていく。それらの合間を縫って、俺はブレードを、江風は手斧を構え奴の胴めがけて飛び込む。

(,,#゚Д゚)「ゴルァアッ!!」

革袋いっぱいに詰め込まれた腐肉に刃を突きたてている気分になる、あの不快な感触が手先から伝わってくる。こみ上げてくる不快な感情を努めて抑え付けながら、相撲の力士を二人ぐらい纏めて飲み込めそうな図太い胴に刃を横断させた。

『      !!!?』

真下で聞く羽目になった奴の悲鳴は、世界中の文豪を束にしてもきっと文字で表現することはできまい。とにかくおぞましい、この世のものとは思えない“音”だったとだけ聞いておく。

あんな気持ちになったのは非番の日に双子共と提督についてカラオケに行き、そこで兄の方の歌声を聞いたとき以来だ。

あの時俺と提督はよく生き延びられたと思う。

「そぉおおいっ!!!!」

『グケッ』

がくんと姿勢が崩れ、天井から抜け落ちてきた奴の頭部。目元辺りの高さに差し掛かった奴の頭部めがけて江風が手斧を振り下ろすと、締め上げられた鶏みたいな声を最後に化け物の悲鳴が途絶える。序でにいうとその声も、勢いよく頭部が壁に叩きつけられた轟音のせいで本当に辛うじて聞こえたのだが。
360 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/10/10(火) 21:50:38.45 ID:jnMs5GG00
濛々と舞い上がり辺りに充満した土煙は、廊下の湿った空気と上に口を開けたデカイ換気口のおかげで幸いにも直ぐに収まる。天井から入ってくる地上階のライトが、事切れた化け物を照らし出した。

(,,;゚Д゚)「……」

手斧による裂傷が右側頭部の中心にざっくりと刻まれ、傷口を境として頭部全体がダンプカーに全速力で衝突されたかのようにへし折れ拉げている。左側は壁に完全にめり込み、殴打されたときの衝撃で飛び出した眼球が真下に転がっていた。

何というか……“斬撃”を受けた屍には逆立ちしたって見えっこない。

(,,;゚Д゚)「……その白兵武器、ハンマーだったか?」

「は?いや、斧だけど?」

俺の疑問に、江風は心底不思議そうな表情を浮かべて右手に持った得物を掲げる。天井からの照明に照らされたそれは確かに紛うことなく斧であり、黒い刃が鈍く光っている。幾らか分厚いことは事実だが、それでもあくまで想定されている用途は明らかに“切断”だ。

少なくとも、夢の国で電飾を発光させてエレクトリカルパレードに参加していそうな造形のデカ物を“叩き潰す”ようには、設計されていない。

「なぁギコさン、これがどうしたンだい?」

(,,゚Д゚)「………いや、何でも無い。すまんな、変なことを聞いた」

「疲れてんのかい?しっかりしてくれよな」

(,,゚Д゚)「あぁ、気を引き締めておくよ」

深く考えるのはやめよう。非常識が服と筋肉を纏っているような指揮官の下にいるこいつらを、常識で語るのがそもそも間違っている。
361 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/10(火) 22:02:25.44 ID:jnMs5GG00
ブレイドを振り上げ、一度潰れた頭部の鼻先辺りを斬りつける。ついで目元と胴にも一撃ずつ加え、身動き一つないか、微かな息づかいでも聞こえないか全神経を集中して探る。

本当はこの僅かな時間でも切り上げて地下二階へ踏み込みたいところだが、相手は深海棲艦だ。一秒の油断が原因で部隊が全滅したっておかしくない。

(,,゚Д゚)「こっちの“新型”は江風が撃破した!Ostrich、そっちは!?」

( ゚∋゚)《Верныйが無事始末してくれた!流石は元とはいえ“海軍”出身者だな、あっという間に沈めやがった!

────Ups……》

賞賛の声が、無線の向こうであっという間に悪態混じりの呻き声に変わる。

理由は聞くまでもない。………たった今、俺もその「原因」に直面したのだから。

(,,゚Д゚)「…………クソッタレ」

下から、地下二階から迫る足音。50、いや、100は越えるだろうか。猛然と、俺達の方へ駆け上がってくる。

『『『キェアアアアアアアアアアアアッ!!!!!』』』

極上の玩具を見つけたとびきりしつけの悪いガキで構成された集団が声を限りに上げているような、不快なわめき声を伴って。

(,,#゚Д゚)「くるz『ギィヤァアアアアアアアアアアッ!!!!』

他の奴等に叫ぶより前に、先陣を切って地下通路から勢いよく飛び出した“人影”。頭の左半分が破裂していたそいつは、傷口から生えた黒い頭部と青白く粘着質な光を放つ胴体を持った何かを勢いよく俺に伸ばしてきた。

『キィアアアアアッ───ア゛ッ』

(,,#゚Д゚)「まだ来るぞ!」

ブレイドを翻して、歯をかちかちと鳴らしながら迫ってきた“何か”の首を切り落とすと、青い液が噴き出して床や壁を塗らす。間を置かず、階段口で倒れ込んだそいつの胴を踏み散らして互いに押し合いひしめき合いながら更なる群れが廊下へと溢れ出る。

あぁ畜生、ジョージ=A=ロメロはもうあの世に逝ったはずだろ!

今更ゾンビとエイリアンの夢のコラボだなんて勘弁してくれや!!
362 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/10(火) 22:48:23.02 ID:jnMs5GG00
(; ̄⊥ ̄)「Огонь!Огонь!Огонь!!!」

『『『キャアアアアハアアアハハハハッ!!!』』』

床に伏せた俺と江風の上を、ファルロ達ロシア兵と“海軍”兵の一斉射が飛び過ぎる。腐りかけの人体が銃火の雨で弾け飛ぶ音が頭上から降ってくるが………足音は押しとどめられつつも止まる気配は全くない。

『ジャギャアッ!!!』

「ウァッ……」

“奴等”の内の一体が胸元を破裂させ、そこから凄まじい速度で伸びていったエイリアンもどきがロシア兵の一人に食いつく。喉元を食いつぶされたそいつは呻き声すらまともに上げられず、そのまま頭部を引き千切られ血潮を天井めがけて噴き上げた。

『ギイィッ!!!』

(,,;゚Д゚)「っの野郎!」

別のエイリアンもどきが、今度は再び俺に狙いを定めて首を突き出してくる。咄嗟に床を蹴って仰向けに転がり狙いを外すと、上半身だけ起こして刃を力一杯横に振る。ブツリ、と断裂音がして、切断された頭部だけ残して白い胴体が制御できなくなった消防車のホースのように体液を撒き散らしてすっ飛んでいく。

『ギィアッ!!!』

「おりゃぁっしょいっ!!!」

江風の方に襲いかかった首も、手斧で頭部を唐竹割りにされて絶命する。立て続けに2体がやられて流石に少し怯んだのか化け物共の攻勢が緩んだ隙に、俺と江風は床から起き上がってファルロと時雨達の下まで一度後退する。

『ギッ、ギッ……』

『ギァアアア………』

ファルロ達の猛射によって群れを構成する個体の大半が人体部分に大きな欠損が発生しているものの、奴等それ自体がダメージを受けた様子は無く胸や腹、うなじ、肩口など様々な場所から生える何十という寄生体はウネウネと元気かつ不気味に蠢いている。

ただし、“生長”を始める個体は今のところ見られない。まぁ、向こうもこれだけ密集していると流石に全個体が一斉にあの巨大な姿へ生長というのは難しいのだろう。
363 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/11(水) 01:16:05.99 ID:cRjMX2aA0
これはまたえげつない
化け物相手に特化した戦力でもいれば違いそうだけど、小型かつ俊敏な駆逐艦だから室内戦もいけるのか…
364 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/13(金) 23:24:27.58 ID:m2mV5F3y0
そして俺達としても、例えデカかろうが翻弄した上で各個撃破できる一体一体よりも数に任せて押し寄せられるこのやり口の方が遙かに厄介だ。

幸いなことに耐久力・生命力はこの形態だと非ヒト型の深海棲艦と比較しても大きく劣るようだが、こっちの銃撃がほとんど役に立たないことには変わりが無い。必然、火力が不足している俺達は白兵戦闘を強いられるわけだがそうなると数的不利の影響が諸に出る。

最悪、乱戦の最中時雨や江風に“事故”が起きないとも限らない。

『『『ギイイイイイイッ!!!』』』

(,,#゚Д゚)「ゴォルアッ!!」

「いただき………おわっ!」

「っ、気色悪い上に鬱陶しいね!!」

一気に六体、襲いかかってきた寄生体。弾幕射撃とブレイドで何体かを跳ね返すが、時雨や江風の追撃は他の個体に邪魔されて届かない。いやらしくタイミングをずらしての攻撃で一気に弾くこともできず、みすみす無傷での撤退を許す羽目になった。

やはり、複数体が一度にまとまってこられると一気に対処が辛くなる。

「少尉、このままでは危険です!既に鎮守府内に侵入しているSpartaチームに援軍の要請を!」

(,,;゚Д゚)「んな余裕が向こうにあると思うか!」

「っ、そういえば通信で民兵の包囲下に……!」

声を掛けてきたそいつは小さく呻いて唇を噛むが、残念ながらその答えは50点。

まだ“民兵による人海戦術”だけで済んでいるなら、どれだけ幸いか。
365 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/13(金) 23:33:36.59 ID:m2mV5F3y0
そして、人生ってのは“希望的観測”はほとんど当たらないくせに“悪い予感”は概ね現実になる、クソゲーオブザイヤーも真っ青の超絶鬼畜仕様だ。

《Spartaチームより空挺部隊各位、応答を願う!》

程なくして無線から聞こえてきた叫び声によって、俺が想像した“最悪”は既に現実になっていたことを知る。

《当方を包囲していた民兵集団より多数が深海棲艦に類似した生物へ変態、攻撃を受けている!!もう6人やられた、至急増援を頼みたい!!》

《ChaserよりSparta、こちらも同様の状態だ!周囲に“新型”の深海棲艦が少なくとも20体前後、三名が死亡!》

《Coyoteより各部隊、伊-401中破!艦載機の発艦困難!》

《こちらRabbit、“大物”が複数体俺達の方に向かってきている。拠点の維持は困難、悪いが離脱する》

《対空砲火が激しすぎる、そこら中に敵艦が沸いて出やがった!航空支援の継続が困難、Seeker全機速やかに後退しろ!》

(,,;゚Д゚)「……ド畜生!!!」

無線機を地面に叩きつける代わりに、全力でブレイドを振り下ろす。唐竹割りにされた寄生体の屍が、床に落下してビクビクと跳ね回る。

「…っ!なぁギコさン、今の通信ってヤバくねえか?!」

(,,#゚Д゚)「ああとんでもなく激ヤバだ!てめえの上司の映画趣味並みにな!!」

「それホンッッットにヤバいね。どうすんのさ」

(,,;゚Д゚)「どうするってもなぁ……」

はっきり言ってしまうなら、“どうしようもない”。その気になればル級までは縊り殺せるあの筋肉野郎ほどの武力も、十の戦力で万の敵を翻弄し選るロマさんほどの知力も俺には無い。逆に時雨と江風に、“あの”青葉のように単騎で云十体の深海棲艦を薙ぎ払える力量は流石に備わっていない。
366 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/14(土) 00:12:33.72 ID:1FFMfYnF0
────あぁ、本当に。自身の置かれた状況が、ロクでもなさ過ぎて笑えてくる。

(,,#゚Д゚)「ファルロ、一つだけ朗報だ!!」

(; ̄⊥ ̄)「この状況のどこが!?」

(,,#゚Д゚)「ムルマンスクの民間人もてめえの同僚も、とりあえず大半は本意で“反逆者”になったわけじゃねえってことが解った!!」

どうやっての部分は不明だが、ともかくこの街にいた人間の大半は“深海棲艦”と化した。元々圧倒的だった物量に「質」が加わり、街の至る所で分断包囲されている俺達には増援の見込みもなく、機甲戦力は皆無で艦娘戦力も乏しい。

そしてこれほど危機的な状況であっても───寧ろ危機的な状況であるからこそ、俺達のやらなければいけないことは変わらない。

今の目的は一つ。ロシア軍の新鋭艦娘【Гангут】の迅速な救出と鎮守府施設の奪還。しかもさっきまでと違い、身体に化け物を寄生させたゾンビの群れを薙ぎ倒しながら爆撃が始まる前に完遂するという条件付き。

困難なんてもんじゃない。孤立無援、四面楚歌、最低最悪にも程がある任務。





だからどうしたって話だ。

「この状況で何笑ってんのさ、気色悪いなぁ」

(,,゚Д゚)「ただの苦笑いだ、他意は無いさ」

地獄の底よりよっぽど酷い戦場も。

ジェームズ=ボンドが音を上げてもなんの不思議もない、絶望的な難易度の任務も。

クソッタレた、B級映画モンスターの出来損ないみたいな奴等との戦争も。

今に始まったことじゃあない。

(,,#゚Д゚)「総員、構え!!!」

全てが、俺にとっては“日常”の一部だ。
367 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/14(土) 00:14:58.76 ID:1FFMfYnF0
.





(,,#゚Д゚)「────突撃だゴルァッ!!!」






.
368 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/14(土) 01:01:04.64 ID:1FFMfYnF0











彡(゚)(゚)《イスラームの奴等が絡んでましたわ》

(゚、゚;トソン「…………」

日本国内閣総理大臣・南慈英からアポイントも無しに突然かかってきた電話。ワケもわからずに取ったトソン=カーヴィルに叩きつけられた、第一声がこれだった。

二重三重の衝撃に、最早自分が何に驚いて黙ってしまったのかすら把握できていない。何の事前連絡も無しに突然電話を掛けてきたこの島国の長の傍若無人さに対してか、突然飛び出してきた“イスラーム”という単語に対してか、或いはそれらに何一つ反応を返せずフリーズしてしまった自分自身に対してか。

彡(゚)(゚)《おーい、寝とらんやろなpresident》

Σ(゚、゚;トソン「はっ…?」

呆けて現実から離れかけた彼女の意識を、耳元でがなり立てる彼独特のイントネーションを持つ英語が繋ぎ止める。……危ないところだった、首脳会談中に意識を失い返事できずとなれば口うるさいマスコミ共が嬉々として健康不安説を書き立てるところだったろう。

(゚、゚;トソン「失礼、Mr.MINANI。それで、イスラームが絡んでいたというのは今回のムルマンスクの件で間違いありませんか?」

彡(゚)(゚)《当たり前やんけ。ワイらが情報せなあかんこの手の話題なんて今はこれくらいしかないやろ》

なるべく丁寧に話そうと心がけるトソンに対し、南の口調はよく言えば砕けた、率直に言えば品位の欠片もない喋りでズケズケと会話を進めていく。

舌が錐でできている、などと他国のメディアでも取り上げられることがしばしばあるが、会話の主導権を握る機会がなかなか得られないため特にトソンは彼のしゃべり方を苦手としていた。
369 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/14(土) 11:18:04.74 ID:aBmWUyDA0
おつおつ
ここまで悲惨な展開だと泣けるな…
370 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/14(土) 21:59:44.39 ID:1FFMfYnF0
いけない、いけない。

トソンは胸の内で自分自身に冷静になるよう言い聞かせる。

(-、-トソン(彼のペースに引っ張られてはいけません。いい加減、こちらも慣れなければ)

かれこれ八年になる付き合いの中で解ってきたことだが、ヨシヒデ=ミナミの粗暴極まる言動の数々は半分は素だがもう半分は彼の意図的な演技だ。相手が呆気にとられているうちに話を進めてしまう、こいつは何をしでかすか解らないと警戒させる、怒り狂えばつけ込んで自分が主導権を握れるように誘導する等、相手の反応に併せてカメレオンのように対応を変化させていく。

相手の力量や状態を見極めて交渉を優位に進められるだけではなく、国内に対しては“世界に物を言える首相”をアピールして相当数の固定支持層を──激烈なアンチと共に──生み出すことに成功している。

特に若年層の支持や注目を引きつけて政治的関心を高め、日本全体の選挙投票率を20%も跳ね上げたのは彼の隠れた功績だ。

味方にするとこちらの胃を締め上げつつも頼もしい存在になってくれるが、敵になるとこれほどやりにくい人物は今の国際社会にはいない。そして、真の意味での「味方」など国際外交においては存在しない。

長年の同盟国である日本でもそこは変わらない。そも、無二の友邦であるこの東洋の島国とアメリカはつい70年前まで太平洋の海原で殺し合いをしていたのだ。

電話の向こうに聞こえないよう鋭く小さく息を吐く。この男は今は敵でもあり味方でもある、気を抜かずに当たらなければ。

(゚、゚トソン「随分と報告が早いですね。まだムルマンスクは戦闘中だというのに」

彡(゚)(゚)《スギウラ准将からリアルタイムでの報告があったんでな。“海軍”最高司令官殿に共有をってワケや》

その名を聞いて、脳裏に浮かぶのは日本軍から“海軍”に派遣されている将校の顔。

あぁ、あの国は厳密には“自衛隊”だったか。准将への任命ということで一度顔合わせはしたが、眼鏡の奥で常に不機嫌そうな目付を光らせていて雰囲気に隙が無い男だった。ミナミとはまた別ベクトルで苦手な印象を持ったことを覚えている。
371 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/14(土) 22:03:24.75 ID:1FFMfYnF0
それにしても、“最高司令官殿”か。

先程冷静になるよう自らに言い聞かせたばかりにもかかわらず、トソンは思わず不快げに眉を顰める。
 _,
(゚、゚トソン(どの口が言いますか)

“海軍”の存在を知る国家の間では、この組織はアメリカ合衆国が日本を“追従させて”作った超法規的なものだと認識されている。実際最高指揮権は合衆国大統領である自分に帰属しているし、No.3に当たる総提督もアメリカ海軍のアルタイム大将の兼任だ。上層部の凡そ7割強もアメリカからの人員提供であり、軍内での権限は極めて大きい。

あくまでも、“名目上”は。

(゚、゚トソン「……お気遣い感謝致します。“海軍”最高司令補佐官殿」

彡(゚)(゚)《“部下”として当然の役割や、礼なんていらんやで》

……嗚呼、奴の薄ら笑いが目に浮かぶ。噛みしめられた奥歯の音が向こうに届いていないことを願わなければ。

“海軍”は実質的に、国際社会の一部に黙認させた上で日本からアメリカへと行われる艦娘という【兵器】のレンドリースだ。一方で日本側も事実上アメリカ合衆国の兵器・人員の一部をある程度自国の裁定で動かせるようになっているため、Win-Winどころか日本の方が“海軍”によって得ている利益は寧ろ大きい。

さらに日本は、戦後復興時など比べものにならないほどの支援をもアメリカから勝ち取っている。それは確かに法外極まる額の“見返り”だが、合衆国単体で深海棲艦の圧倒的物量に対応する際に要する戦費よりは遙かにマシという絶妙な額でもあった。結論アメリカとしては、“安い買い物”と割り切ってこの要求を飲みざるを得ない。

加えて言えば、“海軍”それ自体で振るわれる権限も実質的には日本の方が大きい。

確かに上層部の人員供給はアメリカが大半を占めるが、彼らは殆どが日本側からの強力な推薦があって着任している。これがまた在日米軍の元指揮官に日系三世、親族に親日的な人物が多い家系の生まれ、単純に日本文化贔屓など「よくもこれだけ探したな」とトソン達が感心してしまうほどの所謂知日派揃い。

おまけに実績・実力も相応と「推薦」を突っぱねる隙は1セント硬貨の厚みほども見当たらず、彼女達は上層部の編成を日本側の案に委ねざるを得なかった。
372 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/14(土) 22:08:20.79 ID:1FFMfYnF0
現場レベルの提督達に至ってはほぼ全員が日本人であり、戦場における艦娘運用のノウハウをアメリカの人材に学ばせる機会も限られている。技研での新兵器開発や艤装改良も本部こそアメリカに置かれているが主導は日本企業と日本側の技術者達で、寧ろアメリカはわざわざ資金を提供して日本の研究を支援しているような立ち位置という有様だ。

結論として、日本とアメリカ合衆国の“艦娘格差”を減少させるために“海軍”が発足されて以降も、その差は全く縮まっていない。どころか、艤装改良や戦術面で寧ろ更に広がりつつある。

太平洋戦争後70年、事実上属国同然であった島国が超大国たるアメリカに肩を並べ、どころか越えるというのか。

(゚、゚トソン(忌々しい)

トソン=カーヴィルは決して悪辣な人間ではない。魑魅魍魎が跋扈する政治の世界においては寧ろ善良で純粋な人間性を持ち、少なくともドイツへの核兵器投射に憂いを浮かべられる程度には“正義感”も備わっている。

だが、彼女もまた人間である前に“政治家”であり何よりも「アメリカ合衆国大統領」である。彼女にとっての「正義」とは第1に祖国アメリカの国益であり、その他のありとあらゆる事柄は瑣事にあたる。祖国の権益に傷を付け名誉と覇権を脅かす存在があれば、それはトソンからすればどのような経緯があろうとも紛れもない悪徳だ。

彼女にとって、今の日本は同盟国でも友邦でもない。潜在的な敵性国家であり、アメリカ合衆国の国益を損なう「悪」に他ならない。

鉄槌を下す必要がある。少なくとも、彼女達合衆国にとって「悪」とはならない程度の存在になって貰わなければ。
373 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/14(土) 22:18:42.94 ID:1FFMfYnF0
………とはいえ、それは“今”ではない。

(゚、゚トソン(今は、日本を排除することで失われる“国益”の方が日本自体に侵されるそれよりも遙かに大きい)

【深海棲艦】という人類共通の敵がアメリカにとっても重大な脅威である限り、其方への対処を優先する。

敵の敵は味方、だ。日本との「水面下での戦争」は、深海棲艦の脅威が縮小されるか───かの島国が深海棲艦を上回る脅威となり得るまではお預けだ。

(゚、゚トソン「それで、ミナミ首相。イスラームの介入規模は?」

彡(゚)(゚)《入ってきた情報を聞く限りせいぜい4〜500人程度ってところやな。練度は極めて低いらしいから有名所でもない》

ミナミにとってもそれは同じなのだろう。最高司令官補佐の役割という名目で主要な“海軍”関連の情報を一手に握る権限を持ちながらアメリカへの情報共有を怠ったこともないし、“海軍”の権益も独占するような真似はせずアメリカや協力国に一定以上の見返りが出るよう気を配ってはいる(その気配りがまたトソンからすれば小賢しいのだが)。

トソン=カーヴィルもヨシヒデ=ミナミも、幸いなことに今戦うべき相手を冷静に見極められる程度には優れた政治家だった。

彡(゚)(゚)《大方独仏のいざこざでロシアが動いたことに対する威力偵察の一環やろ。ロマ助は首謀者の確保を潜入部隊に命じたらしいがおそらくほぼ意味は無いで》

(゚、゚トソン「捨て駒にされるような下部組織なら自分たちが誰に依頼されたのかすら知らないでしょうからね。そもそもその500人が一つの組織なのかすら怪しいです」

ヨーロッパ方面からの避難民受け入れの影響などで周辺国の混乱が激しかったとはいえ、500人規模の危険思想を持った集団だ。そんなものが一時に動くならロシアや日本の情諜報機関か、アメリカのCIAが爪の先程の兆候でも事前に察知して報告を上げていたはずだ。

優秀な組織なら或いはそれだけ大規模に動いても捕捉されない可能性もあるが、前線から届いた直々の報せによってその可能性も潰えた。
374 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/14(土) 22:29:25.51 ID:1FFMfYnF0
(゚、゚トソン「より小さな泡沫組織がバラバラに国境を越え、ムルマンスクに各自の方法で辿り着いた………これなら我々が初動を捕捉できなかった理由も、練度の極端な低さも説明が付きます。

それでも、あのロシアが最重要防護拠点までみすみす侵入を許してしまったことは信じられませんが」

彡(゚)(゚)《そら、協力者が現地以外にもおったんやろ。大手のイスラーム組織は特に艦娘保有国にとっては最重要監視対象、指示を出すだけならともかく支援だけでも足が着きかねん。間違いなく、かなり強力な外部の援護があったはずや》

(゚、゚トソン「……それ、下手したら国家単位で我々の側に内通者がいたことになりますよ。洒落になりません」

彡(゚)(゚)《ワイら日米ですら裏じゃ利権争いの真っ最中やぞ。今更やんけ》

(゚、゚;トソン「………」

本当にこの男は、言いにくいことをズケズケズケズケ。

彡(゚)(゚)《おっ、大丈夫か大丈夫か?》

(-、-;トソン「ええ、ええ、お陰様で健康ですよMr.Minami。

……しかし妙ですね。外部協力者がいたにしろ、やはりムルマンスクがあれほどあっさり陥落した理由が解せません。内部協力者と言っても、まさか街中の人間が一人残らずロシアに反旗を翻したというのはあまりに非現実的すぎて────」

彡(゚)(゚)《……その事ですが、President.》

この男にしては丁寧な、そして深刻な響きの声が受話器から聞こえてくる。

その事に、トソンが訝りを覚える間すらなく。
375 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/14(土) 22:30:46.13 ID:1FFMfYnF0














彡(゚)(゚)《前線から報告がありました。“海軍”部隊と交戦中のロシア兵反乱部隊並びに民兵が多数、深海棲艦に変態したそうです》

(゚、゚トソン

(゚、゚トソン「は?」

ヨシヒデ=ミナミの口から、ツァーリ・ボンバをも凌駕する爆弾が放たれた。
376 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/14(土) 22:46:46.24 ID:1FFMfYnF0
間抜けな、呆けたような声が出たきり自分の口は動かない。何か言葉を返すべきなのかも知れないが、肝心の言葉が喉まで上がってこない。

脳内はまるで、ホワイトハウスの壁のように真っ白だ。

辛うじて機能を保っている耳に、ミナミの声が淡々と響く。

彡(゚)(゚)《まず言っておきますが、これは完全なオフレコですわ。ロシア連邦と日本、そして今し方のお宅らアメリカ合衆国。この三国の政府関係者しか知らん。現場レベルからの報告はこの三国以外には絶対に流さないようアルタイム総提督に厳命してある。いつまで保つかは解らんがしばらくは漏れんと思います》

(゚、゚;トソン「っ……ハァッ!ハァッ……ハァッ……」

ようやく呼吸が回復したが、朝の日課であるランニングをした直後よりも息が上がっている。落ち着くためにコーヒーを流し込もうとカップを手に持ったが、ぶるぶると震えて中身は一滴残らず机の上に飛び散った。

(゚、゚;トソン「………そんな、バカな」

ようやっと絞り出せた声は、我ながら情けなくなるほどにか細く何の意味も無い呟きだ。手の震えを抑えようと握り拳を握ってみたが、爪が掌に食い込むほど強く力を込めても止まらない。

(゚、゚;トソン「幾ら何でも馬鹿げています、手垢が付いたB級モンスター映画の設定じゃあるまいし。人間が深海棲艦に?たしかに奴等の個体の中には【ヒト型】もいますが、明らかに馬鹿げた話です」

彡(゚)(゚)《ワイもそう思ってましたしそう願ってました。だから現場から訂正が入るか完全に裏が取れるまで、この事について触れもしなかったし口止めも徹底した。

が、訂正どころか現地の統合管制機から映像付で全く同様の報告がアルタイム総提督に入ったそうです。確定ですわ》

(゚、゚;トソン「………そんな」
377 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/14(土) 22:56:19.45 ID:1FFMfYnF0
undefined
378 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/14(土) 22:59:07.75 ID:1FFMfYnF0
ようやく動悸や震えは治まってきたが、思考はまとまらないどころか益々混乱が酷くなる。

ミナミはオフレコだと言うが、そんなもの当然だ。この情報が事前の十分な対策もなく民間に漏れれば、凄まじい混乱が巻き起こる。

特に混乱の最中にある欧州でこの情報がリークされれば、恐慌に駆られた国民によって早晩国家規模の大暴動へと発展してもおかしくない。東西両方面の戦線は、確実に瓦解するだろう。

彡(゚)(゚)《ワイ自身はまだ映像を直に見たわけやないが、どうも【非ヒト型】の完全な新型らしいですわ。正確な数は不明も、“発症者”は膨大で投入された空挺部隊は全滅の危機。現地部隊はロシア軍にも協力を得てヘリ部隊による航空支援も試みているものの、対空砲火が激しく進捗は芳しいと言い難いとのこと》

(ノ、-;トソン「………」

最早真偽を問う声すら上げる力も無く、顔を右手で覆ってトソンは項垂れる。

アメリカ代表の戦車道チームが親善試合で何の手違いかウガンダにボコボコにされたときも、最初に深海棲艦が出現したときも、贔屓チームであるボルティモア・オリオールズが27点差で負けたときだってこれほどの脱力感と絶望を感じはしなかった。

彡(゚)(゚)《一つだけよかったことがあるとすれば、ムルマンスクが陥落した何よりの理由が見付かったことです》

(-、-;トソン「はっきり言って未だに信じられませんし信じたくもない理由ですがね……」

街中の人間が狂って三流テロリストに全住人を上げて加担したのは身体の中に深海棲艦の幼体が潜んでいたからで、テロリスト殲滅後はその怪物共の襲撃をうけて世界最強の精鋭部隊が全滅の危機に陥る………さっきは「B級モンスター映画の設定」何て言ったが、大幅に訂正だ。B級映画だって今時こんなばかばかしい脚本は没になる。

(゚、゚トソン「まぁ現実に起きてしまったことだから受け入れざるを得ないとして、今度はまた別の問題が出てきますよ。

まず、深海棲艦はどうやってムルマンスクの人々の大半に“幼体”を植え付けたのか。

次いで、イスラームの武装勢力を手引きした“外部”の人間達はムルマンスクの状況について事前に知っていたのか。どちらも、誇張表現無しに人類全体の存亡に関わる極めて深刻な疑問です」
379 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/10/14(土) 23:19:46.02 ID:1FFMfYnF0
前者については説明するまでもない。ムルマンスクの惨劇が東京やニューヨーク、モスクワなど大都市圏で再現されれば起きる被害は計り知れない。寄生体の侵入経路を速やかに調べ上げ、何としても再発を防止する必要がある。

そして、後者の問題。

それは最早、外交戦だの人類同士の啀み合いだのといったものを超越している。明確な、深海棲艦に対する利敵行為に他ならない。

(゚、゚トソン「何れの問題も、“海軍”は勿論のこと民間に露見する危険性がない範囲内であらゆる国の諜報機関と連携していく必要性があります。

とはいえ、何の手がかりもない中で突き止めなければならないのは至難の業ですが……」

彡(゚)(゚)《その事ですが大統領、もう一つの朗報があります。生研が、面白い情報を上げてきました》

(゚、゚トソン「生研………ですか」

トソンの表情が、再び不快さで微かに歪む。生研────深海棲艦生態研究所は、技研の本部同様アメリカに本拠地が置かれている機関だ。確かに主導はやはり日本企業と日本の研究チームだが、何故自国内に施設がある機関の報告を太平洋を挟んだ海の向こうから電話を通して又聞きしなければならないのだろうか。

本当は嫌味の一つも言ってやりたいが、事態が事態だ。トソンは不満をぐっと呑み込むと、沈黙を以てミナミに続きを促す。

彡(゚)(゚)《大統領は、“異常甲殻生物”による鎮守府の襲撃事件を覚えてますか?》
380 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/15(日) 02:27:29.59 ID:D0IfAc0A0
政治力たけえええ
それにまさかのオマール海老www
381 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/15(日) 10:18:39.14 ID:+kfp7z4y0
オマール海老は草
382 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/15(日) 17:36:04.25 ID:z62ncUu3o
関連事件がオマール海老で良かった
まかり間違って乳首相撲とかだったら……
383 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/15(日) 22:05:46.83 ID:wDrjxZvA0
(゚、゚トソン「忘れるはずがないじゃないですか。あれほどの事件なのに」

これもまた、ある種のB級映画臭がする事件の一つだ。

去年の夏頃、ルソン島に建設されていたアメリカ海軍所属の警備府が壊滅したのを皮切りにアジア各国の軍事施設や鎮守府が連続的に襲撃されるという大事件が発生した。目撃証言や僅かに回収された映像の解析などから襲撃者が深海棲艦ではない可能性が指摘され東南アジア諸国はパニックになり、一時はベトナムやミャンマー、インドシナが情報開示を求める国民の大規模な暴動によってあわや内戦状態に陥りかけるという事態に発展している。

当然公表されていないが“海軍”の鎮守府も複数が破壊されていたためアメリカ軍内でも警戒を促す声が強く、ある事情から動かせる戦力が大きく限られていたこともあって形振り構わず中国に掃海を要請する案まで出たほどだ。

敵の正体は不明、目的も不明という緊迫した状況は、一ヶ月ほどで唐突に終わりを告げる。日本に差し掛かった際、最初に“餌場”として選んだ場所が海軍内で知らぬ者はいないと言われるほど(悪)名高いある鎮守府だったところで襲撃者達の運は尽きた。

(゚、゚;トソン「あの鎮守府もう少し手綱をどうにかできないんですか?国際問題一歩手前でしたよアレは」

彡;(゚)(゚)《………まぁ、その辺りはワイもロマ助に任してあるんで》

連続的かつ周期的だった襲撃があまりにも唐突に止んだため、不審に思った“海軍”の某准将は次の襲撃を予想されていた地点の近隣に陸海問わず調査の手を伸ばした。程なくして件の鎮守府でその襲撃者達────エビ目(十脚目)・ザリガニ下目・アカザエビ科(ネフロプス科)・ロブスター属、所謂【オマール海老】を元気に胃袋に詰め込んでいる提督と指揮下艦娘達の姿が発見され事件は間抜けな幕引きを迎える。
384 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/15(日) 22:08:53.13 ID:wDrjxZvA0
トソンの言う国際問題一歩手前とは、“海軍”制度の関与国に解決に至る経緯を報告したところ「馬鹿げた作り話をした挙げ句今回の事件の全容を日米が隠蔽しようとしている」とドイツや中国を中心に非難が沸き上がったことだ。

いやまぁ実際真実を包み隠さず言っていたので非難されてもこちらとしてはどうしようもないことだったのだが、もしトソン自身が向こうの立場だったなら同じ反応を返していただろう。

さぁ想像してみよう。何処かの国の外交使節が秘密裏にやって来て、深刻な表情で以下の報告を口にする。

連続襲撃事件の犯人は異常発生・異常成長した甲殻類、もといオマール海老でその犯人は所属鎮守府で極秘裏に殲滅された後そこの提督と艦娘達に喰われました、と。

(゚、゚トソン(胸ぐら掴んで顔面に全力で平手打ちぶち込みますね)

ハイスクール時代にソフトボールとカラテで鍛え上げた身体を存分に活かすときが訪れることだろう。

(゚、゚トソン「しかし、あの事件に関連した報告ってあまりにも遅すぎませんか?もう一年以上経ってるんですよ?」

彡(゚)(゚)《この件については解決した時点で優先順位は圧倒的に低くなっていたのが一番の原因ですわ。生研はあくまで深海棲艦の生態研究が本分、幾ら関連が深そうな存在とはいえ海老やザリガニは本職やない。

それに、あの時は“マレー沖”の直前でしたから》

(゚、゚トソン「……そういえばそうでしたね」

当時、東南アジアのマレー半島近海では輸送型の深海棲艦が数体から十数体の規模で航行している姿がたびたび目撃されていた。事態を重く見た各国は日本、アメリカ、オーストラリア、インドの4カ国と艦娘部隊を中心に連合艦隊を編成しつつ当海域の警戒を優先しており、“海軍”の戦力も其方の方面に若干偏重した編成を行っている。
385 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/15(日) 22:16:37.69 ID:wDrjxZvA0
連続襲撃が起きた海域で“海軍”鎮守府まで大きな損害を受けたり各国の対応が後手に回ったのも、確実視されていたマレー半島方面での深海棲艦による大規模襲撃に備えて戦力を移動させていたことが大きい。生研もその頃は過去の戦闘データから深海棲艦側の主力艦隊出現地点を可能な限り正確に割り出すことに全勢力を注ぎ込んでいたはずだ。

事件の発生によってマレー沖のそれらが陽動ではないかという見方もでて来るほどだったので、襲撃者判明後も当然関連性自体は疑われている。だが、そもそも深海棲艦の出現前後は周辺海域で魚介類の取れ高が爆発的に上昇するという元々の傾向や米海軍が自分たちの基地を「たかだかデカくなった甲殻類の群れ」に蹂躙されたという事実を公にしたがらなかったという政治的な理由、そして何より事件解決の直後から懸念されていた深海棲艦の大規模攻勢の開始など様々な事象が重なって“海軍”を含めて人類はこの事件を本格的に追究する機会を逸した。

そして海戦────約70年前、同海域でプリンス・オブ・ウェールズが水底に沈むこととなった戦いに準えて【第二次マレー沖海戦】と公称された戦闘での連合艦隊側の歴史的な勝利に世間が沸き立つ裏で、この“異常甲殻類事件”は今まで誰も掘り下げずに放置されていたというわけか。

(゚、゚トソン「………なんとも締まらない経緯ですが、まぁ状況が状況でしたしよしとしましょう」

これほど重大な事柄を“お蔵入り”寸前まで放置してしまっていた生研に言いたいことは山ほどあるが、続報がなかなか入らないことに訝しみつつ確認を疎かにしていた自分にも非はある、とトソンは息をつく。それに生研の夜を日に継ぐ解析のおかげで、イ級一匹すら近隣に上陸させることなく深海棲艦主力部隊を殲滅できたのだ。

(゚、゚トソン「しかし、去年の事件を今更蒸し返して解ったこととは何ですか?しかも今回の“人間の深海棲艦への変態”に関連して。

そもそも深海棲艦が関与しているのは確定として、こいつらが何故鎮守府を襲ったのかも──────」
386 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/15(日) 22:26:26.80 ID:wDrjxZvA0
彡(゚)(゚)《あんたの考えてるとおりですわ、President》

三度の沈黙が意味するところを、ミナミは直ぐに理解した。

彡(゚)(゚)《奴等が何故鎮守府を襲ったのか……この疑問は厳密に言うと正しくない、んなもん深海棲艦が関与したからってのはアホでも解る。核となる問題は何故“あんな場所の”鎮守府を襲ったのか?何故“あのタイミングで”襲ったのか?》

襲撃された鎮守府や基地は、何れもフィリピン海側に点在している。別段、それらが目標になったこと自体は不思議では無い。何れも人類にとって十分重要な拠点であったし、“海軍”所属の精鋭部隊や艦娘にも犠牲が出た。被った損害は甚大極まりない。

奇妙なのは、これらの攻撃を【第二次マレー沖海戦】と連動しているものとして見た場合だ。

彡(゚)(゚)《もしもマレー沖海戦に対してフィリピン海の連続襲撃が陽動なのだとしたら、遅すぎる。

逆だとしたら、多すぎる》

前者を目的とする場合、必要なのは動きを読ませず人類側の戦力を分散させることだ。甲殻類たちの襲撃が本格化した時点では人類側は既にマレー沖方面での大規模海戦を“確定事項”として読み切っており、其方側への戦力の結集は疾うの昔に完遂している。あの時点で再びフィリピン側へ戦力を動かすことは“したくてもできない”段階ですらあり、最大の目的を達成することは完全に不可能になっていた。

では後者はどうか。オマール海老たちの襲撃経路がマレー沖の“陽動”に対するものだとすれば、それは確かに動きとしては成功したといえる。

しかしながら、囮であるはずのマレー沖で払った深海棲艦側の代償がミナミの言うとおりあまりにも多すぎる。いかに深海棲艦の無尽蔵な物量を持ってしても、500隻規模の大艦隊で編成の半分近くがeliteかflagship、何より実に20体近い姫級という膨大な戦力はおいそれと捨て駒として使えるような代物ではないはずだ。
387 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/15(日) 22:56:00.38 ID:wDrjxZvA0
undefined
388 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/15(日) 22:59:10.56 ID:wDrjxZvA0
彡(゚)(゚)《一応、二正面作戦────両方が本命だったという考え方もまぁできなくも無い。せやけど今度は、向こうの戦力編成が歪です。

デカ物が一匹混じっていたとはいえ所詮甲殻類。戦力が乏しかった東南アジアならいざ知らず、たかだかザリガニの群れが日本近海に突入したところで“あの鎮守府”でなくとも遅かれ早かれ殲滅できた筈や。二正面と言うには片方の本気度が低すぎる》

疑問はあとからあとから沸いてくる。

何故、深海棲艦は数ある水生生物の中からわざわざオマール海老を選んだのか。

何故、ヨーロッパでそうしたように奇襲成功後電撃的に内陸まで浸透しなかったのか。

何故、深海棲艦は大量のオマール海老を操ることができたのか。

では逆に深海棲艦と何の関係もないのではないかと問われると、今度は最も巨大で困難な問題が残る。

何故このオマール海老たちは、わざわざ鎮守府を餌場にしようとしたのか。

だが、そもそも深海棲艦側もオマール海老たちの存在を感知していなかったが、“異常甲殻類”の出現自体には深海棲艦が関わっていたとすればどうだろうか。

彡(゚)(゚)《こいつらと深海棲艦は関係あるのか、ないのか。この二択で考えていたからワイらは速い段階で答えに辿り着くことができなかった。

“関係はあったが関連はしていなかった”─────だからこそ、あの襲撃事件は誰も予想ができない形で発生したんですわ》

もしも、“そう”ならば。確かに疑問の全てに合理的な説明を付けることができる。

だが同時にそれは、人類側の対深海棲艦戦略を根本から崩壊に追いやりかねない。
389 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/15(日) 23:08:55.53 ID:wDrjxZvA0
彡(゚)(゚)《あのザリガニ共は別に操られてなんかいなかった。明確に自分らの意志でフィリピン沖の軍事施設を襲撃したんです。

では何故そんな意志を奴等が持ったのか────思えば簡単な話や。この世界で、わざわざ鎮守府を狙って襲撃する“水生生物”なんて現状この世に1種類しかおらへん》

受話器を握りしめて戦慄するトソンを尻目に、ミナミは淡々と説明を続ける。

だが、彼女がもし冷静なら途中で気づくことができたかも知れない。

彼の声も、僅かに震えていたことに。

彡(゚)(゚)《厳密に言うと、ムルマンスクの新型は寄生体なので必ずしも直接の繋がりがあるとは言えん。だが、間違いなくメカニズムを説き明かす大きな手助けにはなる筈や……一刻も早く、なってもらわな困る》









《生研による“異常甲殻類”の解剖結果や。

保管されている個体の内大凡六割前後で、甲殻の構成物質が駆逐イ級のそれと酷似した物に変容していることが判明した。

寄生どころやない、奴等自体が【深海棲艦化】しとったんや》
390 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/15(日) 23:09:56.91 ID:wDrjxZvA0
体調が壮絶な状態なので本日ここまで。明日最終更新致します
391 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/16(月) 00:04:07.30 ID:K6kp7CRe0
んなもん食って大丈夫……なのか(納得)
392 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/16(月) 01:20:46.85 ID:3GoZqfPA0
おつおつ
確かに正体不明な各地での襲撃は国際問題だけど、事の顛末があれじゃ下手な冗談過ぎて手に負えないな(白目
おまけに仕掛け側が禁忌すら厭わないんじゃ、常識の尺度で測れる訳ねえ…
393 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/17(火) 00:35:47.40 ID:J7X7k69g0









伸びてきた顎を身を捩って躱す。サーカスの曲芸師か新体操のオリンピック選手かといった姿勢から足を振り上げ、寄生体の胴に蹴りを打ち込む。

無論、奴等にそれが効くなんて端から期待してはいない。目的は蹴りの勢いを利用して、より早く床に倒れ込むこと。

(,,; Д゚)「ぐっ………!?」

後頭部はなるべく打ち付けないよう尽力したが、それでも転倒によるダメージを皆無にはできない。一瞬背中に走った強い衝撃で呼吸が詰まった。

僅かコンマ一秒前に俺の身体があった位置を、黒い顎と白く長い胴がもう一つ駆け抜けていく。頭上40cmほどで鳴った「ガチン」という牙の噛み合わせ音に、流石に少し背筋が寒くなる。

(,,;゚Д゚)「っふ!!」

『ギュエッ……?!』

そのまま下側にある寄生体の胴を両足で挟み込み、腹筋懸垂の要領で上半身を跳ね上げる。心底から不快なぬめぬめとした感触と魚の腐敗臭に酷似した臭いに耐えながら蛇のように身体を巻き付けブレイドを振り下ろすと、苦悶の声を残して頭部がぽとりと床に落ちた。

(,,#゚Д゚)「ゴルァアッ!!!」

『ギィッ!!?』

くたりと力が抜けた胴体を離して床に着地し、すぐさま伸び上がってもう一閃。今度は頭部を斜め後ろから直接斬り払うと、前半分を失った寄生体は一つ短い断末魔を残して永久に沈黙する。
394 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/17(火) 00:42:56.76 ID:J7X7k69g0
『シァッ!!!』

「少尉!!」

(,,;゚Д゚)「っ」

風切り音。迫ってきた3体目に対して反応が遅れる。咄嗟にブレイドを上段に構えて軌道を遮るが、襲いかかってきた個体は火花を散らして一瞬逸れただけ。奴はそのまま黒い刃に胴を巻き付けてこちらの動きを封じると、俺の頭を噛み砕こうと大口を開けた。

「頭下げて」

(,,;゚Д゚)そ「ぬわーーーーーーーーーっち!!!!?」

後ろから声と共に飛来した“何か”が頭頂を掠めた。じんじんとしびれるような痛みと微かな熱が感じられ、目の前を散った髪の毛が数本焦げ臭さを漂わせながらひらひらと落ちていく。

『グギュアッ……?!』

投擲された“くない”は、寄生体の喉奥に飛び込んでそのまま胴を貫通する。奇しくも本職の忍者がかつて使っていたものと同様の色合いになっているそれは、天井に勢いよく突き刺さってコンクリート片を撒き散らした。

「ワザマエッてね!」

『『ギャァッ!?!』』

『シューー………』

自分で言うのかとツッコむ間もなく、更に三つのくないが投擲される。天井を這うようにして向かってきた寄生体の内2体が縫い止められるような形で頭を撃ち抜かれ、躱した残りの1体も蛇の威嚇音に酷似した音を残して宿主の元へ戻っていく。

………まぁ、助かったのはともかくとして、だ。

(,,#゚Д゚)「────殺す気かクォラァッ!!」

「なんだい?礼はいらないよ」

(,,#゚Д゚)「ベイズ=マルバスかてめぇは!!!」

そういやスターウォーズ史上最高傑作との声も多い【ローグ・ワン STAR WARS STORY】のDVD/Blu-rayは書店からコンビニまで全世界で発売中だったな!ここから生きて帰ったら内臓を質に入れてでも買うぞゴルァッ!!
395 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/17(火) 01:04:29.38 ID:J7X7k69g0
「時雨姉貴、ギコさン、喧嘩は後回しにしてくンな!まだ来るぜ!!!」

「うぇえ……」

(,,;゚Д゚)「ちぃいっ!!」

間抜けな内容で無駄な体力を消耗してしまったことに舌打ちを漏らしつつ、力が抜けた蜷局からブレイドを引き抜く。

(,,#゚Д゚)「ふんっ!!!」

『ギッ………ジャア゛ア゛ア゛!!?』

フェンシングの要領で放った突きに、寄生体の頭部が刺さる。刃を口の中にねじ込みながら回転させてやると苦悶の声が漏れ、勢いよく突き通した後刀身を跳ね上げたところで頭部の上半分が断裂してその声も止まった。

『『ギャアッ!!!』』

そこに、次の襲撃。俺の首元と股ぐらを食いちぎろうと、2体の寄生体共が上下に分かれて俺へと狙いを定めてきた。

(# ̄⊥ ̄)「ヨシフル、屈め!!

Огонь!」

(,,゚Д゚)「おっと!」

時雨よりも遙かに良心的な注意喚起に膝を折りつつ、上から全体重を掛けて足下を狙った方の頭に刃を押し当てる。さくり、とまるでたくあんに包丁を入れたかのような手応えを残して両断された頭部が床に横たわる。

『ギッ………ギゥッ………!!』

“上”を担当した方も、開かれていた口にファルロ達が弾幕を集中したおかげで文字通り弾幕を腹一杯“食らう”ことになってしまった。幼体故の脆さもあるのか致命的には到底ならないにしろ幾らかダメージも受けたようで、一瞬空中で動きを止めた後突撃を中断して離脱を謀る。

「でいりゃあっ!!!」

『ギッ!!?』

無論、その隙を改白露型駆逐艦は見逃さない。壁を利用して跳び上がり、寄生体の喉元を鷲掴みにして斧を振るう。

乾いた炸裂音と共に、その個体の頭部が破裂した。
396 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/17(火) 06:03:07.05 ID:J7X7k69g0
幾らかの攻勢を捌き、僅かに敵から繰り出される攻め手の間隔が空いた。機を逃すわけにはいかない。

(,,#゚Д゚)「Go!!」

「了解!!」

「Yes sir!!」

俺と江風を追い抜いて、“海軍”兵士が二人更に前へと出る。片方が構えているのは俺の持って居るものと同じ伸縮式のブレイドで、もう一人は左手の下側にレーザーポインター付属の小型ボウガンを装着している。

「Shoot!!」

『ギィイイイッ!!?』

ボウガンが起動され、黒い矢が一本風を捲いて飛翔する。100M程向こうで通路を埋め尽くしながらイソギンチャクのように蠢いていた寄生体が、1体頭を射抜かれて床に落ちる。

「シッ!!」

暗闇に紛れて横合いから攻撃を謀った1体は、ブレイド持ちの方が振り下ろした斬撃によって首を落とされて絶命する。

「よっ、お見事!」

江風が、その兵士の手捌きに感嘆の声を上げた。実際まだ年若い──おそらく俺や美子よりも年下の──そいつの斬撃は美しさすら感じられ、俺も正直危うく見とれて動きを止めかけたほどだ。

「お兄さンやるねぇ!今度手合わせしてぇや!名前はなンてぇンだい!?」

「艦娘のお嬢さんにお褒めにあずかれるとは光栄ですな!」

江風の喝采にやや頬を染めつつも、そいつは“次”に備えて構えを崩さぬまま声を張り上げる。

( #・ω・)「カラマロス=オオヨド!以後お見知りおきの程を!!」
397 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/17(火) 06:50:10.70 ID:J7X7k69g0
(,,#゚Д゚)「ぬぁっ!」

若い兵士───カラマロスの真横に踏み込みながら、襲撃を試みた寄生体を斬り付ける。怯ませ跳ね返すことには成功したが薄皮を裂いただけで殺すことはできず、さっきの鮮やかな技の直後ということもあり小さな舌打ちが漏れてしまう。

( ;・ω・)「すみません少尉、私何か粗相を……?」

(,,;゚Д゚)「あぁいや、単に自分の不甲斐なさに吐き気がしただけだ」

不安そうに眉を顰めたカラマロスに「心配すんな」と手を振ってみせる。

(,,゚Д゚)「にしてもカラマロス、ねぇ。日本人としてはなかなか珍しい名前だな」

(  ・ω・)「父は日本人、母はアメリカ人と日本人のハーフですから。所謂クォーターという奴ですよ」

そう言われて横目で改めて容姿を軽く観察したが、確かによく見ると顔立ちは若干掘りが深く眼が僅かに青みがかっていて日本人離れしている部分がある。もう一つ特徴としてはどこか表情に「しまり」がなく、軍人というよりはどこかの街角でパン屋でも営んでいる方がよほど様になりそうだ。

(  ・ω・)「生まれは日本ですが親の都合で深海棲艦出現前に渡米して国籍もアメリカですからね!海兵隊からスカウトされました!」

しかも現場からの叩き上げかよ、益々見えねえな。

( #・ω・)「はぁっ!!」

(,,#゚Д゚)「オラァッ!!!」

腹でも食い破ろうとしたのだろう。俺とカラマロスに、同時に微妙な高さで向かってきた2体の寄生体。

二人で刃を振るうと、同時に二本の胴が千切れとんだ。
398 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/17(火) 07:46:25.42 ID:J7X7k69g0
足下でビクビクと痙攣する死骸二つを蹴散らして、俺とカラマロスは同時に前へ踏み込む。俺は上へ、カラマロスは下へとそれぞれブレイドを一閃させた。

ぶちゅんっ、ぶちゅん。生々しい切断音が連続して鳴る。斬って落とした頭が床や壁に着くより早くもう一度、今度は横向きに刃を薙ぐ。

突進してきた勢いそのままに胴の中程まで真っ二つに裂かれながら進んだあと、手元の寄生体の胴からぐたりと力が抜け廊下の向こうで宿主も膝から崩れ落ち前のめりに倒れ込んだ。

「Enemy coming!!」

ボウガンを構えた奴が大きな声でそう叫び、同時に廊下の向こう側で大量の「気配」が蠢くのを感じた。

『『『キィヤァアアアアアアアアアアアッ!!!!』』』

「うっわぁ……」

「グロっ」

100は確実に越える犠牲を経て、ようやくチェストバスターの出来損ないたちは俺達が無力無抵抗な餌ではないと自覚したのだろう。癇癪を起こした子供の金切り声のような声を何十と合唱させ、宿主であるロシア兵の肉体が崩壊していくのも構わず廊下を比喩表現ではなく端から端まで埋め尽くしながら一斉にこちらへと向かってくる。

(,,#゚Д゚)「ファルロ、時雨、江風!!」

(; ̄⊥ ̄)「Да-с!!」

「了ッ解!!」

「これで機銃はカンバンだよ、無駄撃ちにさせないでよ!!」

残ったロシア兵のアサルトライフルと、二丁の25mm連装機銃が咆哮する。無数のマズルフラッシュが瞬いて身を伏せた俺達三人の頭上を熱風が駆け抜けていき、嵐のような銃火は迫り来る「壁」に真っ向から衝突した。
399 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/17(火) 13:43:28.87 ID:J7X7k69g0
AK-12や25mmが吐き出す空薬莢が床で跳ね、甲高い金属音を幾つも奏でる。幼体とあってどうやら奴等は艤装がまだ発達していないらしく、数の力で強引に弾幕を突破しようとするのみで反撃の砲火は一向に見られない。

『ギッ……ガッ……!』

『キィイイッ、キィイイッ!』

各個撃破される攻撃法を改めただけ非ヒト型としては上出来なオツムだが、奴等は廊下で互いに胴が絡みついてしまうほどの密度でひしめき合いながら向かってきた。

そうなると、こちらは別に寄生体全体に満遍なく攻撃をする必要は無い。口を開けている、他と比べて突出しているなどして怯ませやすい個体に火線を集中すれば、必然的に残りの個体も動きが阻害され群体全ての進撃が止まる。

「25mm機銃、撃ち止めまであと40秒!」

「我々のAK-47も同じく!」

(; ̄⊥ ̄)「AK-12はまだそれなりに余裕があるが、そもそもの数が少ない!我々だけでは押しとどめられないぞ!」

とはいえ、例え幼体でも深海棲艦を怯ませるのだから並大抵の火力集中では到底それは適わない。既にこの場に到着するまでに結構な量を消費していた俺達の弾薬は、極限まで上げざるを得なくなった射撃ペースによってほぼ完全に底を尽きつつあった。
400 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/17(火) 15:01:10.16 ID:J7X7k69g0
ゴクリと俺の喉が唾を飲み下す。

弾幕射撃の終わりが近づくにつれて、流石に胸の鼓動が早くなる。

(,,゚Д゚)「……いいか、絶対にタイミングはずらすなよ」

(? ・ω・)「Yes?sir」

一応カラマロスに言った体を取っているが、それは半ば自分に向かっての言葉だった。

一瞬の、それこそ刹那の遅れが全てを台無しにしかねない。全神経を集中し、「その時」に備える。

「あと十秒!!!」

江風が銃声と奴等の苛立ちの声が入り交じる中で声を張り上げる。“何が”とは言うまでもないことだ。

手が震えそうになるのを、皮膚が破れるほど強く拳を握って押さえつける。完璧なタイミングで動くことができるよう、全身の感覚を研ぎ澄ませる。

五秒前。

4、3、2、1─────







0。

「…………っ!」

時雨が息を呑む音が伝わり、銃火がピタリと止む。

最後の一つとなった空薬莢が、チャリンと床で弾む。
401 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/17(火) 15:12:31.03 ID:J7X7k69g0
瞬間。

全身の関節とバネを稼働させ、伏せていた床から跳ね上がる。

号令なんて掛けない。その「瞬間」すら無駄な時間だ。

叫び声など上げない。肺一杯に溜め込んだ空気は、全て前へと進むために使う。

顔など上げない。上げた分だけ体面積が増えて、コンマ一秒でも空気抵抗による遅れが出る恐れがある。

距離にしてたった5メートル。その5メートルを詰める時間を極限まで短縮するため、体の全ての機能を「前進」のために稼働させる。

2歩。奴等との距離を零にするまでに要した、俺たちの歩数だ。それは走ると言うよりは、いっそ「跳ぶ」と表現した方が良いかもしれない。

(,,# Д )「   !!!」

( # ω )「──────」

声を出さずに、しかし俺達は雄叫びを上げて、各々の得物を振り上げる。

そうして俺達“海軍”兵は、俺とカラマロスを先頭に寄生体共の群体の只中へと斬り込んだ。
402 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/17(火) 16:58:13.79 ID:dgywwIiA0
流石に精鋭部隊だけあって獅子奮迅の様相だけど、それに比べてもベルリン戦線で駆け引き頼りでドクの拾ってきた勝ちがどんだけ凄いのか…w
403 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/17(火) 18:08:00.10 ID:J7X7k69g0
そこから先のことは、丸ごとごっそり記憶にない。なにせ印象としては廊下が丸ごと敵になっていた状態に近いので、いちいち“思考”それ自体を挟んでいる暇が無かった。

幾つの寄生体を殺したのかも、どれだけ“元”ロシア兵の屍を踏み越えたのかも、何リットル頭から奴等の体液を浴びたのかも解らないまま、ただひたすら目の前で動く物に対してブレイドを振るい続ける。

「──────Stop!!」

多分この先一生忘れることはできないほど手に刻み込まれた、寄生体のぶよぶよした胴を斬る感触からはかけ離れた「手応え」。聞き覚えがある英語での叫び声に、ようやく俺は我に返る。

(;゚∋゚)「………ジャパンがサムライ・カントリーだったのは確か3世紀近く前の話じゃなかったか?未だにTUZIGIRIだかBUREIUTHIだかが横行してるなんて知らなかったぜ」

(,,;゚Д゚)「…………Ostrich?」

(;゚∋゚)「ああ、紛れもなくな。無我夢中だったのは解るが敵と味方の区別ぐらいは流石に付けながら暴れてくれ」

筋骨隆々のダチョウ野郎はそう言って、熊手のような見た目の自分の白兵装備から俺のブレイドを外す。

そして、辺りを見回すと低い声でこう言った。

( ゚∋゚)「All clear」
404 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/17(火) 19:20:57.35 ID:J7X7k69g0
異常なし。そう告げるOstrichの言葉に、俺はようやく辺りを見回

(,,; Д )「ゴホッ、ヴォエエエエエエエエッ!!?」

「おわぁっ!?」

「汚っ!?」

……す前に、身体をくの字に曲げて胃からせり上がってきたモノを口から勢いよく吐き出す。たっぷりバケツ一杯分にはなりそうな吐瀉物が床にぶちまけられ、近くまで駆け寄ってこようとした時雨と江風が寄生体に襲われていたときよりも更に機敏な動作で跳び下がる。

( ゚∋゚)「……激しい運動は苦手だったのか、知らなかった」

(,,;-Д-)「喧しい……オォエエッ……」

どうにも倉庫で食らわせた肘打ちを根に持っているらしいOstrichがあからさまな皮肉を飛ばしてくるが、立て続けに襲ってくる嘔吐きのせいで反撃もままならない。忌ま忌ましさに目を眇めて睨み付けてみるが、あちらはどこ吹く風でそっぽを向きやがった。

それにしても、ノンストップで戦闘行動を続けた結果の疲労もそうだが何よりも臭いによる嘔吐感の後押しがあまりにもキツい。傷みきったくさやを周囲に吊されているような感覚には併行する。

「なぁ、大丈夫かギコさン?拭くものならあるぜ?」

(,,;゚Д゚)「……あぁ。すまん、助かる」

最初こそ逃げたものの、直ぐに戻ってきた江風が僅かに小首を傾げてハンカチを俺に渡してくる。おいおい天使かよ。

「靴にかかった」

(,,;゚Д゚)そ「いっつ!?いっっっつ!!?」

最初こそ逃げたものの、直ぐに戻ってきた時雨が脹ら脛に蹴りを入れながらさりげなく吐瀉物の飛沫を俺に擦り付けてくる。なんだこの邪神の申し子。
405 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/17(火) 20:58:10.78 ID:J7X7k69g0
undefined
406 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/17(火) 21:04:27.10 ID:J7X7k69g0
執拗に脹ら脛の破壊を目論む白露型駆逐艦2番艦の喉に親指をぶち込んで黙らせる。邪神(駆)は激しく咳をしながら「美少女にしていい仕打ちじゃない……」だのなんだのほざいていたが知ったことではない。

拳じゃないだけありがたいと思え。

(,,゚Д゚)「………しかしまぁ、アレだ。派手にやったもんだな我ながら」

ようやく呼吸が落ち着いてきたので、壁に寄りかかりながら今度こそ周囲を見回す。

例によって「Clear」な景色かどうかは置いとくとして、とりあえず寄生体の殲滅に成功したのだけは間違いないようだった。無論、撃ち漏らしや新手の襲撃に備えて気配や物音には可能な限り注意を払っているが、今のところその兆候はない。

(,,゚Д゚)「………」

廊下には、まるで悪趣味な絨毯のように寄生体とその“宿主”の死骸が折り重なり転がっている。奴等を殺害した際に撒き散らされた膨大な量の青い体液は床に溜まりすぎて大凡1cm前後の「深み」が生まれ、歩く度にパシャパシャと先程までより大きい水音がするようになっていた。

(,,゚Д゚)「こっち見んな」

仰向けになって虚ろな眼で俺を見上げていた“宿主”を足で蹴り転がす。死者への冒涜?ただのたんぱく質と脂質とカルシウムの塊に冒涜もクソもあるか。

「………」

「………どうしたン時雨姉貴」

「いや、ちょっと指先が寒くてね」

いやに静かなので奇襲でも企てているのかと時雨の方を見やると、地下道全域にくまなく転がる死体の山を見てやや挙動不審になりながら江風のスカートの端を摘まんでいた。強がりを口にしてはいるが、若干顔色が悪い。目線が警戒心とは別の色を浮かべてきょどきょどと足下の屍体を行き来している。

というか、割とはっきり怖がってないかアレ。

(,,゚Д゚)(………そういやホラーには別に耐性ないッつってたなあの人)

あまりにも“らしくない”怯えように面食らったが、直ぐに邪神の親だm……こいつの保護者の言葉を思い出して納得する。

寄生体もグロテスクさは折り紙付きだが、その寄生体に食い尽くされた屍体はバリエーション豊富な上にほとんどが戦場ではお目にかかれないようなおどろおどろしい外見に変形してしまっていた。ただの戦死体ならいざ知らず、映画に出てくるゾンビを数倍酷くしたような損壊具合のものに四方八方を囲まれると流石に穏やかではいられないらしい。
407 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/17(火) 21:22:30.00 ID:J7X7k69g0
一瞬今日一日の仕打ちに対する仕返しでもしてやろうかと暗い感情が胸の内を過ぎるが、直ぐに却下する。

まず時間の無駄だし、助けて貰った数も多いのだからフェアではないし、何よりその後何百倍で返されるか。ハイリスクローリターンというより遠回しな自殺にしかならない。

(,,゚Д゚)「Ostrich、外の状況は?」

( ゚∋゚)「Coyote、Sparta、Chaserは相変わらずの状況だ。かなりの寄生体並びに新型を撃破したが、どの部隊も同行している艦娘は小破か中破の損傷を受けている。Rabbitは乱戦圏外に離脱して支援砲撃に移ったが、残弾少なく火力も不足とあり戦果は殆ど上げられていない」

(,,゚Д゚)「市街地北部はどうだ?」

( ゚∋゚)「【Caesar】指揮下の主力部隊は上陸を試みていた深海棲艦主力部隊を約7割撃沈・撃破。ロシア軍増援部隊と合力し港湾部をほぼ完全に制圧し俺達の方に幾らか人数を回してくれるらしい」

………腕時計を見やると、俺達が地下施設へ突入を開始してからだいたい30分程度が経過していた。

っかしーな、30分前までの通信思い返すと北の部隊も比較的一進一退の戦況だった筈だが。キングクリムゾンか?スタンド攻撃なのか?

( ゚∋゚)「一方で、コラ湾を封鎖していた艦隊はロシア海軍の主力部隊帰還まで耐えきれなかった、相当な損害は与えたらしいが敵艦隊に突破を許し、トゥロマ川に多数の新手が侵入・南下中。

迎撃態勢構築の都合から、こちらに向ける戦力は“少数精鋭”でいくとのことだ」

(,,゚Д゚)「少数精鋭………あっ(察し)」

街を埋め尽くす寄生体並びに新型の運命が今この瞬間に決まった。まぁ十字架は切ってやらないし哀悼の意も捧げないが。
408 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/17(火) 21:49:57.68 ID:J7X7k69g0
一時間後ぐらいに地上で広がるであろうここの数百倍凄まじい地獄絵図を想像してしまい、再び吐き気がこみ上げてくる。まぁ俺達の苦境を救いに来てくれるのだから文句は言えないが。

それに、図らずもぶら下げる「餌」が用意されているのはありがたい。俺は無線機を外に繋ぎながら時雨たちの方を見やる。

(,,゚Д゚)「江風、時雨。

地上部隊が寄生体並びに敵新型艦多数と交戦中。特にSpartaチームを筆頭に物量差と火力差に圧されて相変わらずの大苦戦らしい」

地下室に反響する銃声、砲声、爆発音、そしてガラスに爪を立てて引っ掻いたときのような不快感を掻き立てる“奴等”の鳴き声。無線が繋がったにもかかわらず返答は全くないが、それが却ってあいつらの窮状を解りやすく示していた。

(,,゚Д゚)「一階で村田達と合流して至急救援に向かえ。市街地北部からロマさんも援軍を寄越してくれたらしい、そいつらが到着するまで耐えるだけでいい」

「了ッ解………はしたけどさ、ここは大丈夫か?」

(,,゚Д゚)「地下三階の制圧がまだだが、撃破した寄生体の数や現状1体も上がってくる気配がない点から考えておそらく下に居る奴等は残っていたとしてもごく少数の可能性が高い。俺達だけでも対処はできるが、逆に地上のSpartaたちが全滅すると上から雪崩れ込まれる。それも大群がな」

ぶっちゃけあの悪魔超人とその愉快な仲間達が来る時点で上の敵は殲滅が決まったようなものだし到着まで保たせるぐらいならSpartaたちも余裕だろうが、万に一つも何かの手違いで増援到着前に全滅した場合為す術が無くなるのも事実だ。本当に限りなく起きる可能性が低い事例に対する備えではあるものの、この点はあながち“方便”ではない。
409 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/17(火) 22:58:54.06 ID:J7X7k69g0
(,,;゚Д゚)「それに外は状況を聞く限り新型の非ヒト型が主力で寄生体の割合は低いようだ、こっちならそこの2番艦でもビビらずに………」

「ねぇ、誰がビビってるって?」

口を滑らせたことに気づいて慌てて言葉を切るが、1歩遅い。案の定というかなんというか、あからさまに時雨の目付きが不機嫌なものに変わる。

「心外だね、ちっともビビってないのに勝手に怖がったことにされるのは流石にプライドが許さないな。どこが怯えているように見えたの?そりゃこいつらは気色悪かったけど仮にも艦娘だよ?それもクソ映画を倉庫一杯詰め込んでハイター博士を狂信して幽霊と肉弾戦やらかす提督の元で鍛え上げられた艦娘だよ?この程度の奴等屁でもないから。なんならここで布団敷いて爆睡してみようか?」

……この異常な負けず嫌いぶりもどこぞの提督閣下に繋がる面がある。めっちゃ早口で捲し立てる2番艦は完全に意固地になっており、どう宥め賺したって自分が怯えていたと認めることになりかねない行為には頑として首を縦に振らないだろう。この場では一応臨時の上官は俺なので強権発動してやっても良いのだが、それはそれで間違いなく禍根を残す。

次に別の作戦で一緒になったとき今度こそ脹ら脛を完全に破壊されかねないのは御免被りたい。俺はとっとと切り札を切ることにした。

(,,゚Д゚)「これは独り言だが、増援部隊はおそらく【Fighter】と思われる」

………何故かは知らないが、俺の眼には時雨のケツで尻尾がちぎれるように振られ、頭に耳がピンと立つ様が有り有りとイメージできた。

因みに、どちらも犬の奴だ。
410 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/17(火) 23:20:36.10 ID:J7X7k69g0
足下に溜まった寄生体の体液がパシャリと激しく跳ねる。原因は、時雨がもの凄い勢いで両足を揃えたため。

かつてこいつが見せた中で間違いなく──そもそも誰に対してもやっていた記憶が無いが──、最も美しく相手に対する敬意に満ちた海軍式敬礼がそこにはあった。

「駆逐艦時雨、猫山義古“海軍”少尉の命を受けこれより友軍の支援任務に就きます!

ほら何してんのさ江風行くよハリーハリーハリー!!!」

「ちょっ、待っ、落ち着け時雨姉貴………ぬわーーーーーーっ!!!?」

自らの妹の首根っこをふん捕まえてその場から脱兎の如く──いや、走狗の如く駆けていく2番艦。引き摺られる江風の悲鳴がエコーを残しながら遠ざかっていき、大凡三秒ほどでそれは痛々しい苦悶の声に変わった。

俺は、若干の後悔と共に無線を別のチャンネルに繋ぐ。

(,,゚Д゚)「村田、お前傷薬持ってる?」

《は?一応軍支給の応急処置薬は何種類か持っておりますが……》

(,,゚Д゚)「間もなくフリスビー追っかけてる犬がそっちに着くから、それに引き摺られてる奴に使ってやってくれ」

《はぁ………》

通信を切った後、ロマさんか先輩辺りに金を渡して江風に美味いもんでもごちそうするよう依頼しておこうと心に決める。

「………あの時雨、本当に“海軍”の出身なのかい?」

Верныйが、少し驚いた様子で眼を丸くしながら俺に尋ねてくる。こいつはR-18Gにもバッチリ対応しているようで、“元同僚”という付加価値付にも関わらず特に動揺した様子は見られない。

「あんなに破天荒な艦娘がいるとはね。“海軍”も掃きだめから少しは変わったのかな?」

(,,゚Д゚)「期待を裏切るようで悪いが今も昔も“海軍”は“海軍”だ。何も変わっちゃいない」

あの時雨とアイツが所属する鎮守府が突然変異と言うだけの話で。
411 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/18(水) 23:57:49.30 ID:nPAdxYNC0
( ̄⊥ ̄)「しかし、あの二人をここから離脱させて大丈夫か?確かに今のところ新手は上からも下からも来る様子は無い、でも油断すべきではないと思うが」

(,,゚Д゚)「合理的な判断って言ってくれ。少なくとも油断した覚えはない」

Верныйに続き、ファルロもAK-12に新しい弾倉をぶち込みながら質問をぶつけてくる。

不安に思う気持ちは解らんでもないが、こっちは艦娘が実装される前から6年間奴等と直接ステゴロを繰り広げて生き残ってきた身だ。その辺りの嗅覚には自信がある。

(,,゚Д゚)「絶対と断言はしないが、限りなく100に近い確率で寄生体共は全滅したか地下三階に残っていたとしても雀の涙だ。

もしも相応の個体数が残っていたとしたら、間違いなく今この瞬間も俺達は襲われてる」

( ̄⊥ ̄)「む………」

情けないが、こうして会話こそできているものの嘔吐感や倦怠感さえ未だ微かに残っている。動けたとして、もう一仕事か二仕事できれば御の字。火事場の糞力で辛くも生き延びたさっきのような真似は絶対にできない。

( B・ω・)「………」

ちらりとカラマロスの方を確認するが、真っ青な顔色で床に座り込んでいてこちらもあからさまにガス欠中。

Ostrichはマスクで表情がよく解らないが、肩で息をしており身につけている軍用スーツは所々が破けて血が滲んでいる。特に左膝にはかなり大きな裂傷が口を開いていて、どれだけ控えめに見ても“無事”ではないだろう。

他の生き残りも似たり寄ったりの状態で、艦娘のВерныйですら足取りが若干覚束ないほどの疲労を抱えている。おまけに弾薬もほとんど素寒貧。

寄生体の脆弱さを考慮しても、数に飽かせてすり潰そうと思えば極めて容易く殲滅できる圧倒的な戦力差だ。本当に向こうが余力を残しているなら、見逃す理由が一つも無い。
412 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/19(木) 00:00:19.15 ID:rNOvS3K00
「時雨と江風が離脱するまで待っていた可能性は?向こうからすれば艦娘戦力が減ってくれた方がやりやすいよね」

(,,゚Д゚)「目の付け所は流石“元海軍”だが」

この台詞に、大いにВерныйが嫌そうな顔をしたが無視して続ける。

(,,゚Д゚)「これだけこっちが疲弊してるなら、好機と捉えて寧ろ多少の犠牲と引き替えに艦娘の方もまとめて殺りたがるはずだ。艦娘は現状奴等の唯一無二の天敵なんだからな、1隻でも少なくなってくれる方が奴等からしても良い」

加えて、さっきの通信を聞く限り地上は主戦場だった北部が制圧されて少数ながら戦力を転用する余裕さえ出てきているのだ。わざわざ戦況が挽回されつつある地上に出してしまうという手は、閉所で動きや展開できる火力を制限できるという地の利を捨てることも併せてはっきり言って最悪手に近い。

(,,゚Д゚)「以上の理由により、深海棲艦側も地下戦力はズタボロの俺達に追撃を加えられるほどの余力すら残ってないと見ることができる。

俺が知らないムルマンスクの機構などにこの仮説を覆しかねない材料があるならその限りじゃないがな」

( ̄⊥ ̄)「………いや、ない。流石は歴戦の“専門家”だ。大変失礼ながら、私は君のことを直情的な軍人だと思っていたから驚いたな」

(,,;゚Д゚)「仮にも指揮する立場がそんなバカだったらつとまるはずもねえし疾うの昔に死んでるだろ常識的に考えて。つーか本当に失礼だなオイ、それは胸の内にしまっといて良いだろ」

一応本気であの状況に参っていた時雨をこれ以上長居させるのは忍びなかったという心情的な理由がメインではあるが、かといって部隊が全滅する確率を大幅に上げてまで艦娘の心的状態を配慮してやれるほどの人情家でもフェミニストでもない。

もし敵にまだまだ余力があり襲撃が現実的なら、寧ろビビっていることを煽りまくって士気爆上げで恐怖を忘れさせる方向に舵を切る予定だった。

この場合、切り抜けられたとしても突破後に俺の脹ら脛が無事でいられるかどうかはかなりの賭けになるが。
413 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/19(木) 00:04:32.13 ID:rNOvS3K00
あと、俺の方でも個人的になるべく時雨と江風は可能なら遠ざけておきたかったという事情があるのだが………まぁ、これについては伝える義理はないので黙しておく。

(,,゚Д゚)「────さて、と」

万全の調子とは言いがたい。【ワールド・ウォーZ】の原作小説とブラピ主演映画の内容並みにかけ離れている。原作云々抜きにしてもアグレッシブなだけであんな甘噛みしかしねえゾンビを俺はゾンビと認めねぇ。

だが、倦怠感と吐き気は運動に支障を来さない程度まで治まり手足の痙攣も止まった。少なくとも、通常種のイ級二匹程度なら造作なく相手取れそうだ。

なおも身体の状態を脳内で丹念に確認しながら、目の前の“扉”に視線を向ける。

(,,゚Д゚)「ファルロ、この鎮守府の地下司令室ってのは………」

( ̄⊥ ̄)「あぁ、ここだ」

俺達の目の前には、近未来的な造形をした横開き式の扉が一つある。地下へと続く道すがら眼にしたものも万全のセキュリティが為されていたが、この扉は厳重さのレベルが他に比べて明らかに違う。

やや丸みを帯びてこちらにせり出してくるような形をしたそれは分厚く、耐火性と耐衝撃性に極めて優れていると解る。左側の壁に突き出した操作用と思わしき端末機械は非常に薄く、一目見た限りはただのガラス板にしか見えない。

俺は例えば、その扉が最重要政治犯を隔離するための牢獄だと言われれば余裕で信じてしまっただろう。

( ̄⊥ ̄)「我がロシア連邦共和国の要地防衛施設だぞ?当然“頭”にあたる司令部の守りは一際固いさ」

俺が──そしておそらくはOstrichとカラマロスも──面食らっていたのを察したか、やや誇らしげな様子でファルロが言う。

( ̄⊥ ̄)「アメリカ合衆国のホワイトハウス並みにガードは堅いさ………まぁ、それも内側から崩されてしまえば何の意味も無いがね」

自嘲気味にそういって小さく笑い声を上げた後、ファルロは端末機械に歩み寄りその表面に触れる。ブンッ、と低い起動音がして表面が青く光り、幾つかのパネルが現れた。

( ̄⊥ ̄)「………幸い機械は生きているようだが、そりゃロックは掛けられているな。

解錠するのに少し時間をくれ」

(,,゚Д゚)「了解。……Верный、そっちの人員で弾残ってる奴連れて扉の正面に着け。開いたとき中に居る奴が味方とは限らん」

「……解ったよ」

おーおー、嫌われてますこと。筋金入りだねこりゃ。
414 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/19(木) 00:14:05.75 ID:rNOvS3K00
“海軍”は基本的に人間も艦娘も尋常ならざる強さや秀でているどころじゃない一芸とひき替えに脳のネジを吹っ飛ばしたような奴等の集まりだが、極稀にこのВерныйのように純真さを失っていないのに成り行きから“海軍(吹きだまり)”に流れ着いてしまう奴もいる。大半はなんだかんだと過ごす内に馴染んでいく(残念ながらいいことではない)けれど、“まともな”艦娘たちはそれでも少なくない数がここのあまりにも自分たちの志や表向きの世界のあり方とのギャップに苦しむことになる。

一応去ることを認められていないわけではないのだが、抜ける際は色々と特殊な“教育”が施されることになる場合が多い………が、このВерныйはどうやら事情が少々特殊らしい。

(,,゚Д゚)(俺には今更関係ない話だがな)

しかし、随分と減ったもんだ。一ダース以上居た人数は、今やファルロとВерныйを併せて6人か。半分以上がやられた計算になる。

俺の側にいたファルロ達は後方からの支援射撃がメインだったしOstrichの側もそうしていた筈なので、本来なら損害は“海軍”よりも遙かに受けにくい。とはいえ、深海棲艦との【近接戦闘】に一般の軍人が慣れている筈がなく、寧ろ損害は少ないと見ることもできる。

それに今回の場合、未だかつて世界で確認されたことがないチェストバスターもどきが相手だったせいで“海軍”兵士もかなりやられている。地上階においてきた四人と時雨、江風を抜いた16の内、生き残れたのは俺、Ostrich、カラマロス含めて7人。こっちも生存率は50%以下だ。

(,,゚Д゚)「…………カラマロス、もう動けるか?」

(  ・ω・)「は、なんとか呼吸も戻りました。正直長くは無理ですがまだ戦えます」

そりゃ上出来。

(,,゚Д゚)「司令室が空振りだった場合独房も見に行く必要が出てくる、二人連れて地下三階に行く階段を確保してこい。

突入の必要は無いし、万一寄生体や深海棲艦が上がってきた場合直ぐに逃げることも許可する。何か起きたら直ぐに無線で知らせろ」

(  ・ω・)「Yes sir」

(,,゚Д゚)「残りの二人は地下一階に上がる階段の方の確保だ。ここに来るまでに寄生体は殲滅したはずだが、地上階から降りてくる個体が絶対0だとは言い切れない。こっちも、何かが起きたときの連絡は直ぐに寄越せ。交戦の必要は無い、一目散に離脱しろ」

「了解です」

「Yes sir」
415 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/10/19(木) 00:21:04.86 ID:rNOvS3K00
そう返事を返しながらも、カラマロス達は少し不審げな様子で顔を見合わせる。

俺の指揮に従うと、この場に残る“海軍”の戦力は俺とOstrichだけになる。“本当に大丈夫なのか”という不安を抱いているようだったが、俺が特に指示を更新することなく黙っていると戸惑いながらもそれぞれの持ち場へと駆け足で去っていった。

「………戦力ヲ分散サセスギデハ?」

(,,゚Д゚)「とはいえ司令室に間違いなくГангутがいるという保証もないだろ?あくまで“候補”の一つに過ぎない以上、次の動きへの備えも必要だ」

ぎこちない英語で質問してきたロシア兵にそう答えながらも、俺は自身の口からすらすらと出てくる“方便”を鼻で笑う。

断言するが、カラマロス達を行かせた意味はおそらくない。“次の動きへの備え”なんてものは不要だ、なぜならГангутは間違いなくこの司令室の中に居る。

根拠なんてものはない。言うなれば虫の知らせ、予感って奴だ。

そして、俺達はよく知っている。






( ̄⊥ ̄)「解除完了!開くぞ!」

“悪い予感”ほど、良く当たるってことを。
416 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/10/19(木) 00:23:22.03 ID:rNOvS3K00








その威圧感すら感じる重厚な造りとは裏腹に、扉はとてもあっさりと左右に開いた。

少し拍子抜けするが、考えてみれば当然だ。基地の中枢たる部屋に入るのにいちいちそんなに時間を食っていたら、下手したらその間に敵の大群に上陸されましたなんてこともあり得る。

いの一番に視界に飛び込んできたのは、予想に反して煌煌と点いていた照明の白い光。薄暗い廊下の光量になれきっていた俺の眼は不意打ちを諸に受け機能を一時的に停止する。

(; ̄⊥ ̄)「……………Гангут!!!」

手で光を遮り必死に室内に向けて目を懲らす俺の斜め前で、ファルロが叫ぶ。驚きと、心の底からの喜びを湛えた声だ。

(,,゚Д゚)「………!」

少しずつ司令室の明るさになれてきた俺の眼もまた、部屋の奥にいる1人の女の────1隻の“艦娘”の姿をようやく視認した。
417 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/10/19(木) 00:27:37.99 ID:rNOvS3K00
いかにもありとあらゆる情報を流すことができますと言わんばかりの、映画スクリーンのような巨大なモニターの手前。両側に十台程度ずつ並ぶコンピューター群の間に伸びた通路の最奥で、その艦娘は椅子に腰掛けていた。

白い帽子に、白いコート、そして白を基調としたセーラー服。まるでこのムルマンスクの気候に併せたような意匠の服だが、襟元から見えるインナーは茶色に近い赤色だ。すらりとスカートから伸びた細いが引き締まった脚に履かれるのは、コートとは対照的に黒いタイツ。

被った帽子から零れ出ている銀髪は艶やかで、照明の光を反射してキラキラと輝いている。俯いているため顔立ちは見えないが、資料を確認した限りやや尊大な印象を与える目付きだがかなりの美人だったと記憶している。

そう、奴は、Гангутと思われる人影は俯いている。

椅子に腰掛け、両手両足をだらりと投げ出し、ぴくりとも動きやしない。

「………Гангут!無事だったの!?」

(; ̄⊥ ̄)「気を失っているのか!?直ぐに解放を」

(#゚∋゚)「Stop!!」

駆け寄ろうとしたファルロとВерныйに、雷のような怒号が背中から叩きつけられる。思わず動きを止めた二人の前に立ち塞がり下がらせながら、Ostrichは右手に奴の白兵装備である黒い鉤爪を装着していた。
418 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/19(木) 00:29:38.51 ID:rNOvS3K00
「アッ………アァ……」

さっきの叫び声に反応してか、ぴくりと手足が反応する。微かに呻き声を漏らしつつ、Гангутはゆっくりと顔を上げる。

「アァ……アァァ………」

白目を向いていた。口の端からは涎が止めどなく流れ、清潔な服のあちらこちらに汚らしい染みを作る。

だが、Гангут(と思われるもの)が気にする素振りは一切無い。

ゆらり。

夏場にアスファルトの上で揺れる陽炎のように、身体をゆっくりと揺すりながら彼女は立ち上がる。相変わらず白目は剥かれたままで、がくんがくんと首が据わらない様子は生まれたての赤子を思わせる。頭の揺れに従って、口角から唾液が数滴飛び散り床に落ちた。

「ウァアーーーーー…………」

間の抜けた、ともすれば欠伸とも取れる声を長く長く漏らす。知性がこれっぽっちも感じられない、動物的な行動に思わず息を呑む。

「………Гангут?」

(; ̄⊥ ̄)「…………」

ほんの一瞬だけ、あの艦娘がとてつもなく寝起きが悪いタイプで目を覚ました直後は例外なくあんな感じになっているのではと無駄な希望を抱いてファルロとВерныйに視線を送る。……が、当然そのアテは外れた。二人はただただ混乱した有様でかつての僚艦の、部下の痴態を眺めている。

(;゚∋゚)「………Wild-Cat」

(,,;゚Д゚)「あぁ、どうやら遅かったらしいな」

Ostrichに声を掛けられ、頷く。

詰めが甘いものの妙に統率が取れた動きをする寄生体を見て、薄々感じていた違和感は正しかったことが最悪の形で確定した。どうか“そうなりませんように”という願いは、残念ながら神には届かなかったらしい。

(,,;゚Д゚)「クソッタレ、【裏返り】だ!」
419 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/19(木) 02:50:15.50 ID:4GN7on8A0
おつおつ
仕掛け側がどうあれ、人類にとっての主要拠点の崩壊確定か…
420 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/20(金) 19:40:17.24 ID:15Nl2k2u0
これって明確に同じ世界観の話ある?あったら全部読みたいんだけど
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