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ある門番たちの日常のようです
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1 :
◆vVnRDWXUNzh3
:2017/08/05(土) 00:17:37.21 ID:zgtgNmUDO
コトリと音を立てて執務机に何かが置かれた。
書類から顔を上れば、目の前にはほんのりと熱を発する缶コーヒー。更に視線を上に転ずると、見知った顔が二つコンビニ袋をぶら下げて立っている。
( ´_ゝ`)「提督殿、秘書艦殿、朝食をお持ちしました」
(´<_` )「上司への気遣いを忘れない俺達、流石だよな。返礼は叙○苑の焼き肉で結構ですよ」
「………何倍返しだそりゃ」
「えっ、何々朝食!?差し入れ?!」
それまでウンウン唸って別の机に突っ伏していた秘書艦の鈴谷が、兄の方が口にした台詞に反応して飛び起きる。
もしコイツが犬だったなら、千切れんばかりに振られる尻尾が俺の眼に映ったことだろう。
「いやー、大義であるぞ!秘書艦として褒めて遣わす!
それでそれで?何を買ってきてくれたのかな〜?」
( ´_ゝ`)「うむ、ほれ軍手」
(´<_` )「付け合わせに、はい軍手」
「それを鈴谷にどうしろって!?」
どちらかが鏡の像なんじゃないかってぐらい似てる兄弟が掛け合い、それに巻き込まれた俺や艦娘の誰かがからかわれる。
この大洗第七警備府では、見慣れた光景。
少しずつだが確実に変わっていく世界の中で、その光景は幸いにもまだ“いつも通り”だった。
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1501859857
2 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/05(土) 00:20:08.53 ID:zgtgNmUDO
〜ある門番たちの日常のようです〜
3 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/05(土) 00:22:17.63 ID:zgtgNmUDO
( ´_ゝ`)「ま、冗談はさておき………ほれ」
兄の方がガサガサと袋の中を漁り、何かを此方に投げてくる。かざした左手に収まったそれは、トイレが異様に綺麗な店舗が多いことに定評がある某コンビニチェーン店のサンドイッチだ。
(´<_` )「こっちは鈴谷の分だ。今時女子にはちと味気ないかも知れないがな」
「そんなこと全然無いよ!買ってきてくれただけでもすっごい助かるもん!」
鈴谷はそう言って手渡されたサンドイッチの包装を引っ?がすとノンストップで三口ほど齧りつき、それからペットボトルの紅茶の蓋を外し唇を付ける。くぴり、くぴりと可愛らしい音と共に、彼女の喉が何度か脈打った。
「───ぷっへぇ〜〜〜………あ゛ー、生き返ったわぁ〜〜〜」
ペットボトルの方も半分ほどを一息で空けて、それを勢いよく机の上に置きながら鈴谷が叫ぶ。
「いやー、9時間ぶりの飲食は染みるねぇ〜〜。この一食のために生きているって感じ!」
( ´_ゝ`)「言動が完全におっさんのそれだな」
(´<_` )「今時女子(52)だったか………」
「二人は鈴谷をからかわないと死んじゃう病気か何かなの?!」
どったんばったん大騒ぎを尻目に、サンドイッチを手に取り包装を破る。
一口かじると、たちまち甘い生クリームの味と果実の酸味が舌の上に広がった。
空腹は最高の調味料とはよく言ったもので、いざ飢えを自覚するとただのコンビニプレミアムでしかない筈のフルーツサンドが不覚にも涙が出るほど美味い。
( ´_ゝ`)「しっかしまぁとてつもない量の書類だな」
手に持っていた残骸を麦茶で流し込んだ俺が早々に二つ目を頬張る横で、兄の方が机の上にうずたかく積まれた紙束の内一つを手に取った。
ぱらぱらと捲りながら、弟より少しだけ高い鼻をふんっと鳴らす。何かに驚いたときのコイツの癖だ。
( ´_ゝ`)「そりゃ司令府も重要視するか。ドイツの一件は」
4 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/05(土) 00:29:41.57 ID:zgtgNmUDO
兄の方の口調はいつもと変わらないように聞こえるが、紙上の文字を追う目付きはいつもの何十倍も鋭い。弟も、どことなく表情が硬くなる。
………当たり前の話だが、この件は鎮守府や艦娘に限らず自衛隊にとってもかなりの重大事だ。興味や関心を持つなと言う方が無理だろう。
「提督、いいの〜?アレ、横須賀総司令府から直送されてきた奴でしょ?」
「あとで共有することになる内容だったから構わないさ。それに、場末警備府のしかも民間公募出身の提督に門外不出の重大情報を共有させるとも思えないしな」
「………それ、自分で言ってて悲しくならない?」
「………やかましい」
悲しいが事実だから仕方ない。
それにしても、読む速さに舌を巻く。40P以上ある筈の資料が、二分も経っていないのにもう残り1/4程に差し掛かっている。
( ´_ゝ`)「太平洋側全域の沿岸防衛強化に伴う、野分、木曾、那智、羽黒の配備か」
(´<_` )「未改装とはいえ警備府に重巡2隻配備とは横須賀の元帥殿も思い切ったもんだ」
「ま、この辺りは“艦娘先進国”の強みってところだ。戦艦も重巡も空母も潤沢に揃って日本中に配備され続けてるからな」
最後のページを読み終えた兄の方から資料を手渡され、俺はそれを“処理済み”の山の方に戻す。
因みに“未処理”の山はまだ処理済みの1.5倍ほどの規模がある。軽く死にたい。
( ´_ゝ`)「その“潤沢な戦力”を持ってしても今回の再編は勝手が違うようだが」
「規模が規模だ、仕方ないさ」
資料によると、竹島、尖閣、対馬の鎮守府から艦娘戦力を一部転用している。ウチに来る那智も尖閣諸島鎮守府からの転属だ。兄の方が指摘したのはこの事だろう。
5 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/05(土) 01:05:03.66 ID:zgtgNmUDO
undefined
6 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/05(土) 01:07:03.45 ID:zgtgNmUDO
undefined
7 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/05(土) 01:22:12.70 ID:zgtgNmUDO
日本海側、特に竹島と尖閣諸島に築かれた鎮守府は名目上“深海棲艦が日本海側に出現した際の予備防衛戦力”とされているが、それが“建前”に過ぎないことは国内外の誰もが知っている。
要は、この二島に対して深海棲艦の出現前から“領土的野心”満々の某国とか某国への楔だ。
そして、深海棲艦に対するものとは別方向で国防の要だった拠点から戦力を動かさなければいけないほど、事態はこれまでになく逼迫しているとも言える。
「日本には及ばないとはいえドイツは欧州最大の艦娘保有国だったんだ。その国が艦娘戦力のほぼ九割と国土の半分を失ったわけだからな。
俺たちは末端だから又聞きの又聞きだけど、司令府の方じゃいつ日本が“第二のドイツ”になりゃしないかと戦々恐々らしい……ん゛ん゛っ!!」
本格的に一息入れるべく伸びをしながら俺は門番の兄の方を見上げた。
「海上自衛隊本体の方はどうなんだ?この分だと相当大きく動いてそうだが」
( ´_ゝ`)「動かなかったら頭おかしいだろ常考」
(´<_` )「海自だけじゃなくて陸自、空自もかなりピリピリしてるぞ。在日米軍も見てる限りだと戦力移動が頻繁だ」
肩を竦める兄の後を、即座に弟の方が受ける。甘党の彼は胸ポケットからいつも持ち歩いている老舗菓子メーカーの飴を取り出すと、それを一粒口に放り込んだ。
(´<_` )「身近なところで言えばお宅にももう連絡が行ってるだろうが猫山と椎名の北部方面への転属、それから艦娘寮の守衛だった清水一曹も原隊復帰。あとデカいところだと、防空艦隊のヨーロッパ派遣に伴う艦隊再編だな」
8 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/05(土) 01:22:58.45 ID:zgtgNmUDO
「えっ!?しぃさんとギコさん異動しちゃったの!?」
サンドイッチを食べ終え、残りの紅茶をちびちびと堪能していた鈴谷が目を丸くして机から立ち上がる。相当ショックだったようで、ばさばさと書類が床に落ちたが反応さえしない。
因みにギコとしぃは、それぞれ猫山義古一曹と椎名美子一曹に対する艦娘達の渾名だ。
(´<_` )「先週には決まってたんだが………言ってなかったのか?」
「あー………こっちも辞令は受け取ってたが言うのは忘れてたな。鈴谷、すまん」
丁度その頃に書類地獄が始まったので、完全に頭から抜け落ちていた。鈴谷はしばらくぱくぱくと酸素不足の金魚みたいに口を開閉させた後、がっくりうなだれて机に突っ伏す。
「最近二人とも来ないな〜って思ってたけど、そういうことだったんだね………はぁ〜〜、風邪とか出張で一時的なもんだと思ってたんだけどなぁ………」
( ´_ゝ`)「そんな露骨にガッカリすると松本と羽瀬川が泣くぞ」
「いやいや、あの人たちも優しかったり面白かったりで鈴谷も皆も仲良くやってるよ?ただほら、ギコさんたちとはここが設立された頃から一緒にやってたからさぁ」
鈴谷は未だに二人の異動が受け入れられないらしく、重ねた手の甲に顎を乗せて唇を不満げに尖らせている。
………まぁ、俺もあの二人にはかなりお世話になったので気持ちとしては同じなのだが、ここまで慕われている様を見ると提督として少し悔しいものがあるな。
9 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/05(土) 01:24:40.04 ID:zgtgNmUDO
今更新ここまでです。文字数制限undefind君ホントキライ
今月出張業務に伴い過密スケジュールのため更新がどえらく亀になりますがなにとぞご容赦下さい。次回更新は来週を予定しております
10 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/05(土) 02:00:15.35 ID:PjoY9FbA0
新作ktkr! 楽しみにしてますw
…直面している状況的にも厳しい物が…それでも日本なだけマシなのか
11 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/05(土) 10:04:16.69 ID:rwLdqOit0
乙
12 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/06(日) 19:55:05.81 ID:FBrIKUsW0
今度のイベが西方打通だから前のドイツのやつに繋げるのかな?
まさかイベが欧州遠征になるとは思わなかったが
13 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/07(月) 20:15:47.15 ID:LbkCZr/A0
乙です。
ドクとツン、この鎮守府に送る気はありませんか?
あの二人には絶対死んで欲しくない。
14 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/07(月) 21:35:29.31 ID:Gm2XwvOkO
>>13
句読点と謎改行と展開に関する質問はよした方がいいよ
15 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/08(火) 02:27:25.04 ID:Vb7bpNfRO
激しく乙
16 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/09(水) 23:02:27.64 ID:JoA81wv70
胸の内に沸いたやや黒い感情を自己嫌悪と共に咳払いで吐き出す。世話になっただけでなく、立場は違えど艦娘と共に国防を担ってくれている人々に嫉妬とは我ながらあまりにも見苦しい。
( ´_ゝ`)「野分たちの着任は三日後、と。一応羽瀬川たちにも共有しておくか?」
「あぁ、頼む。どのみち今日にも共有する予定だった情報だしな……っと、入っていいぞ」
「提督、失礼するわ」
乾いた音が二度響き、双子が入ってきた後も半開きのままだった戸を押し開けて加賀が入ってくる。
(´<_`;)「おぉう………」
我が警備府最強の艦娘である一航戦の両手には、新たな書類の山が溢れかえっていた。その内1/3程が自分の目の前に上乗せされたのを見て、鈴谷の表情がこの世の終わりを迎えたように絶望的なものに変わる。
残り2/3が追加された俺の表情?
ははは、言うまでも無いから割愛しよう。
「横須賀総司令府から防衛計画の更新と、それに伴う新規任務の関連書類が送られてきたわ。あと、学園艦の航行制限令に関連した文部科学省からの依頼その他諸々、こっちは海上自衛隊の人員募集協力に関する書類、在日米軍との連携手順、深海棲艦上陸阻止失敗時の避難計画にその時の私達の役割、今後のマスコミ対応に関するマニュアルも───」
(;´_ゝ`)「加賀さん、加賀さん、ストップ。提督も鈴谷もフリーズしてるから。少し落ち着かせてあげてくれ」
「……あら、流石一曹。いらっしゃったのね。
何か差し入れ?いいけれど」
(´<_` )「いやまぁ加賀さんの分もあるけど目ざとい涎拭け一航戦。
あんたも日向さんに負けず劣らずフリーダムだな」
17 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/09(水) 23:15:02.35 ID:JoA81wv70
「………もぉ〜〜〜!!片付けても片付けても減らないじゃん!!!」
たっぷり20秒ほどのフリーズを経て──この間に加賀は双子が買ってきた一リットルの御茶のボトルを空にしてサンドイッチ二つを一口で平らげた──ようやく蘇生した鈴谷が悲鳴を上げる。彼女は丸一晩の格闘で減らした分より更に増えた書類を見て、半ば本気度の高い涙を浮かべていた。
鈴谷の名誉のために断っておくと、彼女の事務処理能力は決して低くない。寧ろこの警備府では加賀に次いで高く、活字を読んでいると3分おきに睡魔に襲われる体質の金剛と比べると10倍ぐらいの速度で仕事を片付けてくれる。まぁ「得意と好きはイコールでは結ばれない」とは本人談だが、普段の言動に反して「好きじゃないから雑にやる」という性格でもない。
早い話、鈴谷が音を上げてしまうほど作業量が膨大で処理が追いつかないというのが現実だ。
「最近は一束書類を片付けたと思ったら二束追加されるって感じでキリが無いよ、ほんっと勘弁して!!」
「こういった裏方の仕事も立派な艦娘としての努めよ。ましてや、今週は貴女が秘書艦なのだからこういうこともしっかりやって貰わないと」
「でも一番の役割は深海棲艦をやっつけることっしょ?やっぱこんなに書類仕事ばっかりなのはおかしいよ〜〜……」
「それだけ世界が大変ということね。口を動かす前に手を動かさないと、益々仕事が溜まるんじゃないかしら」
「……加賀さんの意地悪!」
むくれ面になりながらも、再びペンを取り膨大な机仕事との格闘を再開する鈴谷。加賀はしばらくその姿を見つめていたが、やがて一つため息をつくと一束の書類をボールペンと共に手に取る。
「提督、他の業務ができるまで私も此方を手伝うわ。……貴方も鈴谷も昨日から働き詰めだし、肝心なときに倒れられても困るもの」
「いっええい!加賀さん最高、流石一航戦!よっ、鎮守府一のいい女!!」
「貴女調子がよすぎないかしら。……まぁ、いいけれど」
18 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/09(水) 23:24:23.41 ID:JoA81wv70
少し大袈裟に囃し立てる鈴谷を呆れた風で、しかしまんざらでも無い様子でいなしながら仕事へと取りかかり始める加賀。
まるで仲の良い姉妹か十年来の友人のように気心の知れたやりとりを交わす2人を横目に、俺の視線は再び机の上に積もる紙の山へと戻っていた。
胸の内に渦巻く暗い気持ちは、単に一向に片付かない仕事に絶望していた先程までのものと少し毛並みが違う。
「…………」
手にとって開いた資料の一冊。世界の………もう少し厳密に言うならヨーロッパの「大変な情況」を記したそれのページを捲っていく。
(………酷い有様だな)
ほんの少し紙上に視線を滑らせるだけで、次々と目に入ってくる惨状、悲報、そして東欧連合軍の苦境を示す数々の文章。陥落、敗退、壊滅といった陰気な単語がそこかしこに並び、死者や負傷者を示す数字は3桁で済んでいれば奇跡と言っていいほど常に大きい。ヨーロッパ全体を撮した地図は、中央のフランスとドイツに跨がる地域の広い範囲とスウェーデン、フィンランドの一部が黒く塗りつぶされている。
リスボン沖事変、その後に激増した小規模な襲撃、そして今回の北欧大規模強襲。
たった一ヶ月で、欧州方面における戦況は激変した。
ドイツとフランスは保有艦娘の九割を失い首都を追われた。ルクセンブルク、ベルギー、デンマークは国土全域と通信が途絶し、奇跡的にアムステルダムとの通信が回復したオランダも戦況は絶望的で風前の灯火だ。スウェーデンとノルウェーにも深海棲艦が上陸し、フィンランド等を加えた北欧連合軍もじりじりと後退を繰り返している。
経済面での損失は天文学的な数値に昇り、在留邦人を含む犠牲者の数は二千万人を下らない。独ソ戦におけるナチス・ドイツ側の死傷者が1000万人強と言われているが、その倍以上の人間がたった2週間でヨーロッパの大地から消えた。
そして、ベルリンにおける戦いでの「軽巡棲姫の撃沈」と、直後に発生した深海棲艦の全体的な攻勢の鈍化がなければこの被害は更に甚大なものになっていたという。
19 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/09(水) 23:32:46.13 ID:JoA81wv70
資料の最後のページに挟まっていた、画質の荒い一枚の写真をクリップから取り外して近くで眺める。
写っているのは一人の男の上半身。気怠げな目付きでカメラのレンズを見つめる顔立ちから察するに俺や双子より一、二歳若いか同じくらいの年齢だろう。胸から下げた黒色の逆さ十字のペンダントが重たげに見えてしまうほど身体の線が細く、軍人と言われても俄には信じがたいぐらい写真を見る限りでは「華奢」だ。
( ´_ゝ`)「人は見かけによらないとはよく言ったもんだな」
「全く」
いつの間にやら背後に回り資料を覗き込んできていた兄の方の言葉に、頷いてしまう。実際この写真を第三者に見せつけても、写っている陸軍少尉が生身で深海棲艦の【姫級】を撃沈した英雄だなんてきっと誰も信じられない。
「軽巡棲姫を“白兵戦で斃した”ってだけでもとんでもないが、別の資料によるとリスボン沖の時に艦娘の到着まで陸軍戦力のみで深海棲艦を食い止めた経験もあるらしい。ポーランド軍の介入までベルリンが陥落せず持ち堪えたのも、この陸軍少尉の指揮が大きな要因だって話だ」
( ´_ゝ`)「………」
「………」
( ´_ゝ`)「盛られてるだろ。流石に」
「だわな」
一瞬顔を見合わせた俺達は、同じ結論に行き着いて頷き合う。某小説サイトのチート転生軍師系主人公じゃあるまいし、それほどの大戦果を挙げられる人間がそうそうこの世にいてたまるものか。
しかも当時ベルリンに展開していた戦力は、10台未満の第3世代戦車と大半が警官で構成されたイベント警備のための人員だったという。そんな戦力、深海棲艦どころかそれなりに武装が整っていれば同じ人類の軍隊が相手だったとしても30分と保たずに壊滅する。
( ´_ゝ`)「妥当なところで言えば情報が錯綜する中で尾鰭が付いた都市伝説ならぬ戦場伝説、か」
「夢のない結論だけどな。本当にそんな変態がいたら俺は密室で【八仙飯店の人肉饅頭】10時間ループ耐久やってやるよ」
(;´_ゝ`)「…………なんてもん見てんだよ」
「正直二度と見たくない」
サスペンス映画としては普通に面白かったのが悔しい。
アンソニー=ウォンって凄い役者なんだな。
20 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/09(水) 23:39:01.46 ID:JoA81wv70
「だいたいな、そんな人外じみた軍人が本当に居たとして………」
喉まで出かかった台詞の最後の部分を飲み込む。例え言葉にしようがしまいが変わらない現実だと解っていても、やはりそれを「自分の声で」形にすることは躊躇われた。
そう、認めたくない。
もし演義版三国志の諸葛亮孔明やキングダム版李牧が裸足で逃げ出すような、或いはF○Oで英霊として出てきかねないようなレベルの軍人が遠く離れたヨーロッパに実在したとして。
そんな化け物じみた存在を持ってしても、なおこれほど途方もない損害に「留める」事が限界だったなんて、それこそ夢も希望もない。
「………」
人類が滅亡する────子供の頃にやたら話題になっていた【ノストラダムスの大予言】に始まり、そんな話は何度も耳にしてきた。科学的根拠のない戯れ言として、或いは友人たちとの交流を盛り上がる余興として笑っていたそれが、まさか“本当に起こりえる情況”になるとは一度だって想像したことはなかった。
今はまだ、この日本からは遠く離れた地での出来事ではある。だけど今回の事例を見れば解るとおり、ここに積み上げられた書類の中に記された諸々が10分後の日本で起きないという保証は全くない。横須賀が、沖縄が、東京が、そしてこの大洗が、瞬き一つの間を置いて戦場になったとしても何の不思議もない。
「……っ」
瞼の裏に、次々と光景が浮かぶ。燃え盛る警備府の建物が、崩壊した大洗の街並みが、瓦礫の山の中で倒れて動かない門番二人の姿が。
そして、敵の砲撃を四方八方から浴びて沈んでいく、加賀や鈴谷や、他の艦娘達の姿が。
今、当たり前として過ごしている日々が突然炎に飲み込まれる有様。その光景は寝不足からくる白昼夢とするにはあまりにも生々しすぎて、背筋に巨大な氷柱を押し当てられたような寒気が全身を包み込んだ。
21 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/09(水) 23:44:01.81 ID:JoA81wv70
( ´_ゝ`)「………指揮官ともあろうものが部下の前でそんなツラするのはいただけんぞ」
「いっつ!?」
叩きつけられた掌が、背中でバシリと小気味の良い打撃音を響かせた。現役海上自衛隊員の平手打ちは骨まで染みるような衝撃を残し、俺の脳と視界が痛みによってたちまち現実に引き戻される。
( ´_ゝ`)「不安に思うのは解るさ。俺も、ついでに言うと弟者だってぶっちゃけた話最近はいつ深海棲艦が日本に現れるかって想像しちまって不安で仕方ない。ましてやあんたは民間上がりだからな、俺達自衛隊や艦娘ほどみっちり奴等と戦うための訓練を受けたわけじゃない」
兄の方はそう言って、コンビニ袋から缶コーヒーを取り出して手早くあげる。二口ほどを喉を鳴らして飲んだ後、彼は書類の山をガサガサと引っかき回し始めた。
( ´_ゝ`)「とはいえ、いつ起こるか解らないことに対して常に気張ってちゃどっかでパンクするぜ。
あんたは提督、この大洗第七警備府の頭脳であり心臓だ。肝心要の時に動けなくなれば、それこそこの警備府は“死ぬ”ことになる。そうならないために、適度に気を抜くのも立派な提督としての勤めだ………おっ、あったあった」
幾つかの紙束を床に落としながら引き抜かれた手に握られるのは、執務室備え付けのTVリモコン。赤いスイッチが押し込まれ、低い電子音と共に画面を一筋の白い光が横切った後真っ暗だった画面に映像が映し出される。
22 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/09(水) 23:54:19.52 ID:JoA81wv70
《貸本屋始めました。見てくださいこの新鮮な生肉》
《色々と突拍子が無いなお前》
21inchの液晶画面一杯にデカデカと現れる、二人のアニメキャラクター。一方は珍妙な形の口元を、もう一方は超絶ブs……奇妙な顔立ちをしたなんともインパクト絶大な絵面で、二人ともちょっとキモいレベルで全身の筋肉が鍛え上げられている。
更に言うと奇妙な顔立ちの方の筋肉は何故か手に生肉を抱えており、ブヨブヨといじられる弾力満点のそれをもう一人は呆れた風で眺めている。
゚∴・(´<_` )「グボホゥ」
「フッヒヘヘヘヘ」
「……ッ、……ッッ」
100%カルピス原液にテキーラと青汁をぶち込んだような濃い画面の出現に弟の方と鈴谷が盛大に吹きだして崩れ落ちる。加賀は辛うじて崩壊を免れたようだが、それでも普段無表情な彼女が耳まで真っ赤にしながら顔を伏せて笑いを堪える様はかなり新鮮なものだった。
( ´_ゝ`)「うむ、流石だなこのテレビ局は。相変わらずぶれない」
「………視聴開始から20秒で理解できたこととしては、このアニメの脚本考えた奴は絶対頭おかしいわ」
国営放送も民放も雁首揃えて今でもヨーロッパ関連の情報発信に全力を注ぐ中、このテレビ局だけは僅か四日でアニメ放送を再開しており当時はネットで賛否両方面から大きな話題となった。ここのところは流石に他局もニュース番組以外の内容をぼちぼち復活させつつあるが、この局については既に完全な通常運営に移行している。
……いや、冒頭部分だけで「常軌を逸した内容だ」と理解できるこんなアニメを放映している辺りこれは通常運営と呼べるのか俺としては疑問だが。これの前にやっていたアニメが、ある宇宙人を助けた純真な少年と彼に恩を返したい宇宙人との心温まるふれあいを描いて大ヒットしたハートフルストーリーなだけにギャップが凄まじい。
例えるなら、【のび○のおばあちゃん】を見てその余韻に浸っていたところで間髪を入れず【ムカデ人間】が始まったような感覚とでも言えばいいだろうか。
23 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/10(木) 00:57:53.86 ID:rZHkxqxz0
( ´_ゝ`)「………そう言うわけで、だ。
ここが通常運営な内はまだ日本は大丈夫さ、だから少し肩の力を抜くようにしたほうがいいと思うぜ?提督殿」
「………ネットのネタじゃねえかそれ」
まさかテ○東伝説で励ましてくるとは思いもしなかったが、言ってしまうならただのジョークのようなものだ。本気にするべきでもないし、身も蓋もないことを言えば仮にアレを真実と捉えるとしても既にこの件で四日も特集が組まれている時点で結局「日本や人類が存亡の危機に直面している」という点は動かしようがなくなる。
それでも、少し悔しいが肩の力はばっちり抜けた。
「まぁ、“本職”殿のアドバイスはありがたく受け取っとくよ」
( ´_ゝ`)「そうしてもらえるとアドバイスした側としても嬉しいね」
口ではあえて軽く、胸の内では深く気遣いに感謝しながら突き出された拳に自分の拳を併せる。コツンと、互いの骨がぶつかり小さな音を上げた。
「いやー、すっごいアニメやってるね〜」
「………脚本家の方は大丈夫なのでしょうか」
(´<_` )「そもそもゴーサイン出した奴もイカレてると思う」
画面内では、珍妙な口元の筋肉が奇妙な顔の筋肉から女の内蔵がぶちまけられる漫画の紹介を受ける面に変わっていた。鈴谷たちは、次々と現れる濃厚で汗臭い絵面を前にやいのやいの言葉を交わしながらもしっかりと楽しんでいる様子だ。加賀と鈴谷は仕事の手こそ止めていないものの、視線が向く割合は圧倒的にテレビに割かれる時間の方が長い。
「…………なぁ、あの調子で定期視聴が始まったりしないだろうな」
( ´_ゝ`)「……………ドンマイ」
少なくとも“今のところ”は、俺達の日常はいつも通りに流れていく。
ただ、その中にあの強烈な絵面が定期的に挟まれることにならないよう俺と兄の方は密かに神への祈りを捧げた。
24 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/10(木) 01:14:26.00 ID:rZHkxqxz0
.
25 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/10(木) 01:16:57.97 ID:rZHkxqxz0
『本日、この記念すべき日に、私はある悲劇について国民の皆様に告げなければなりません。
現地時間8/14、PM 19:00、ハワイ島において、我がアメリカ合衆国は謎の勢力によって攻撃を受けました』
『海上保安庁、並びに日本政府はここ数カ月相次いでいた遠洋漁業船の行方不明事故と今回のハワイ海軍基地攻撃に何らかの関係性がないか調査中であると───』
『世界各国は学園艦の外洋航海に大きな制限を設け、アメリカ合衆国による調査結果を待つ姿勢で───』
『これは合衆国政府が公開した写真ですが、見ての通り何か魚のような形のものが────』
『各国の生物学者たちは貴重な新生物であるとしてアメリカを始め各国に捕獲を要請しており───』
『KGUMから緊急放送をお送り致します。
現在グアム島は海上からの激しい攻撃に晒されています。民間人の皆様は至急屋内に退避し、軍の救助を待って下さい』
『Astro-Awaniからマレーシア国民の皆様にお伝えします、至急沿岸部から離れて下さい!海の近くは大変危険です、“敵”の攻撃を受ける可能性があります!』
『フィリピン政府は先程、我が国の海軍部隊が洋上で謎の敵と交戦状態に突入したと発表致しました』
『択捉島の海上自衛隊基地付近で不審な艦影が捕捉され、現在海上保安庁並びに海上自衛隊が厳戒態勢を取っています』
26 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/10(木) 01:28:51.91 ID:rZHkxqxz0
『アメリカ合衆国政府は、六月から頻発していた一連の海洋事故の多くがこの謎の生物が引き起こしたと推測、各国のシーレーンを脅かすために明白な意志を持っている可能性が高いと談話を出しました』
『学園艦【ジークフリート】のネイヤン=アレンス生物学教授は、この生物群が人類への強い敵意を持つ種族である可能性を指摘しています』
『イギリス政府はこの新生物による上陸の脅威を取り除くべく近隣海域の封鎖を宣言。EU各国は事前通告が一切無いこの宣言に身勝手が過ぎると反発を強めています』
『ポルトガル政府はスペイン、フランスに協力を要請していますが、両国は自国防衛の観点から増援の派遣には難色を示しているようです』
『日本政府はこの新生物を“深海棲艦”、“しんかいせいかん”と非公式に呼称する旨を発表しました』
『ただいま入ったニュースです。オーストラリア海軍艦隊がソロモン諸島沖にて“深海棲艦”との戦闘によって壊滅したと発表がありました。オーストラリア政府によれば、我々人間の形に酷似した新種の深海棲艦が確認されたとのことです』
27 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/10(木) 02:04:36.88 ID:rZHkxqxz0
『アメリカ合衆国政府は先程、第六艦隊が大西洋上で新種の“ヒト型”と交戦したと発表。映像を公開しました。
日本政府は火力などから戦艦級と推測されるこの新型を、【ル級】と非公式に呼称する模様です』
『学園艦の沈没は今月だけで実に9件に上り、既に100を越える国と地域で学園艦活動の無期限凍結が発表されています』
『空母型の深海棲艦が艦載機として利用するドローンは極めて小さく、各国空軍機は空対空ミサイルでの迎撃ができず対応に苦慮しています』
『南首相は本日、自衛隊に深海棲艦と接触した場合の無条件即時応戦許可を九月には出していたと記者会見で発表。野党四党は強烈な反発を露わにしました』
『深海棲艦の攻撃が激化しつつあります。世界各国の海軍はそれぞれ近隣諸国と独自に連携を取っていますが、未だ有効な対応はできていません』
『我々人類は世界規模で制海権、制空権を損失しつつあります』
『オーストラリアはティモール海海戦で95%の艦艇を損失、複数箇所での上陸を敢行した深海棲艦に対して陸軍が絶望的な反撃を行っています』
『EU連合艦隊は大西洋に全戦力を上げて展開していますが、深海棲艦の物量に推されてじりじりと後退することを余儀なくされています』
『中国海軍が空母【遼寧】の損失を国民に隠していたことについて、幾つかの地域で抗議デモが発生しましたが中国政府は陸軍を動員しこれの武力鎮圧に当たっています』
『日本政府は本日、本州への北上が確認された深海棲艦の大艦隊を硫黄島で迎撃する旨を発表。陸海空三自衛隊の最大戦力を用いたこの作戦によって、南首相は本州の絶対防衛を宣言しました』
28 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/10(木) 02:17:55.16 ID:rZHkxqxz0
『────70年前、俺達の爺さん婆さんはこの島にいた!強大な敵を迎え撃ち、日本を守るために!』
『70年前、俺達の爺さん婆さんはこの地で戦い抜いた!自分たちの後ろに居る国民を、友を、家族を守るために!!』
『70年が経ち、時代は変わった!そして、敵も変わった!兵器も、戦術も、何もかもが変わった!!
だが、俺達の任務は変わらない!!俺達もまた、強大な敵を倒すために、“日本”を守るためにここにいる!!!』
『難しいことは考えなくていい、要は我らが先輩方の真似をすればいいだけだ!
再びこの地で、俺達は戦う!
再びこの地を、俺達は護る!!
そして、70年前のようにもう一度─────』
(# ω )『暁の水平線に、勝利を刻め!!』
29 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga sage]:2017/08/10(木) 02:28:59.17 ID:rZHkxqxz0
早寝するつもりがいつの間にやらこんな時間に(唖然)。本日中に第二次更新予定
30 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/10(木) 10:50:55.42 ID:MfZGM1LYo
おつおつ
31 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/10(木) 23:31:49.67 ID:Blomv06+O
実際のそれとしても比喩的な表現としても、「夢」を見なくなって長くなる。だから最初に目を覚ましたときに、自分が一瞬前まで何を見ていたのかを脳が理解するのに酷く時間がかかった。
「…………また懐かしい夢だなおい」
よりによって“六年前”とは。正直言って寝覚めとしては最悪の部類だ。
「だからヒコーキは嫌いなんだよ………」
背もたれに身を預け、寝ぼけ眼を擦りながら独りごちる。仕事柄“空の旅”で目的地に向かうことも多いが、昔から石油を餌にしてジェットエンジンで飛び回る機械の鳥にはあまりいい思い出がない。
久しぶりの夢見が最低クラスになったのも、きっとこのクソ堅い座席にシートベルトで縛り付けられながら雲の上を飛ばされているせいだろう。
32 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/10(木) 23:48:45.70 ID:Blomv06+O
「あ゛ー、機内サービスの一つも欲しいもんだ……いっつ!?」
「いいご身分じゃないか。こんな時まで居眠りだなんて」
突然臑の辺りに激痛が走り、いまいち安定しなかった意識が瞬く間に覚醒する。涙で僅かに霞む視界を衝撃が襲ってきた方に向けると、小柄な“同僚”が仏頂面で此方を見上げてきていた。
「それで、機内サービスのお味はどうだい?大層おねむだったみたいだから少し強めのを入れてみたけれど」
「……素敵なモーニングコールに感謝感激だよチクショウめ。あんまり最高のサービスだから帰りのフライトでは是非五倍返しさせていただきたいね」
「は?やれるもんならやってみな」
………どうにも世間では、美少女による「ジト目」とやらが一部の上級性癖所持者から絶大な支持を集めているらしい。そして目の前の“同僚”は若干幼さが過ぎるきらいもあるが、一般的な感性で言えば概ね美少女といっていい容姿の持ち主だ。
だが、俺の言葉を鼻先で笑いつつ向けられる湿気を多分に含んだ視線に対して、胸の内には微塵も萌えなど生まれはしない。
寧ろ、腹の底ではふつふつと怒りが“燃え”ている。
「ご機嫌斜めな理由は大方察しがつくが、俺に八つ当たりするのはやめてくれやお嬢さん」
「ご機嫌斜め?誰が?蹴るよ?」
「言いながら蹴ってくんじゃねえyいってぇええ!!!?」
まさに、「骨身に染みる」痛みに悶絶する。流石に“指導”がいいらしく、単に威力が強いだけじゃなくて実に的確に相手へダメージを与える蹴り方だ。
33 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/11(金) 00:10:33.84 ID:6HvgTbn4O
「っつ……やっぱ八つ当たりじゃねーかクソガキ」
「だから八つ当たりじゃなくてモーニングサービスだって。親切心だよ、親切心」
「減らず口まで似てきたな。
待て、もう蹴りはやめろ」
大の男が涙目になりながら臑をさすり、外見だけで言えば14、5歳の子供の蹴りを必死に制止する様───傍目から見ればどれほど情けない光景かは努めて考えないようにしながら身体を起こす。
「………やっぱ空なんて飛ぶもんじゃねえな」
本当に、碌な目に合わない。やはり人間は地に足を付けて生活するべきだという認識を新たにしつつ、俺はため息と共に首を捻り丸窓から外に視線を向けた。
《Mayday, Mayday, Mayday, Chariot-13 One Hit!!》
丁度目の前を、片翼から火を噴きながら友軍機が墜落していくところだった。
34 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/11(金) 00:31:31.19 ID:6HvgTbn4O
地響きを連想させる重く低い爆発音と共に、周囲では次々と爆炎が咲き乱れる。大層ど派手な、死路への旅立ちに対する祝砲も兼ねた歓迎の打ち上げ花火は“今日の仕事場”が近づくにつれて数も激しさも増していく。
《Chariot-04、被弾した。高度を保てない!》
《此方Cartwright-11、敵の攻撃が激しい。これより回避運動に移る》
《Taxi-02より全乗員、回避運動に移る。揺れるぞ!》
味方の通信が飛び交う中、俺達が乗っているヒコーキ────MV-22B オスプレイが大きく機体を傾ける。全身に一際強いGがかかり、左に旋回した直後幾つもの砲弾が俺達の周囲で炸裂したのを音や震動で感じ取る。
《11時方向、機影多数接近!》
《クソッタレ【Black Bird】だ、数は20〜30!!》
《Albatross-01よりチーム各機、迎撃するぞ!
Follow me!!》
途切れる気配がまるでない対空砲火の嵐と砲声に混じり飛び交う味方の通信が、今回の“仕事場”もなかなかに地獄だと教えてくれる。
尤も、この三年間で“地獄じゃなかった仕事場”なんて記憶にないが。
35 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/11(金) 01:02:22.29 ID:6HvgTbn4O
《目標地点まであと30秒!》
《OK Guys, It's about time to War!!》
「こっちは一応女なんだけど」
「今そこはツッコむところじゃねえだろ」
威勢のいいかけ声が機内に流れ、それを合図に的外れな呟きを漏らす“同僚”と共に席を立つ。空を焦がす銃火や砲撃の最中を擦り抜けるようにして飛びつつ、MV-22Bの後部ハッチがゆっくりと開く。
「うおっ………」
途端、真後ろを飛んでいた別のMV-22Bが下から砲弾に撃ち抜かれて火達磨になる。吹き付けてきた熱風に、俺を含めた何人かが僅かに顔をしかめた。
だが、それ以上の反応は誰も示さない。そんなものは、疾うの昔に見慣れて久しい俺達にとっての「いつも通り」の光景に過ぎない。
《目標地点に到達!!総員順次降下開始!》
《砲火が激しい、長くは留まれない!飛べ、飛べ!!》
操縦席から急かされるのと同時に、先頭の何人かが飛び出していく。それを皮切りに、MV-22Bの後部から次々と人影が空に舞う。
(,,゚Д゚)「────【Wild cat】、降下する!!」
列の中程に居た俺────“海軍”少尉、猫山義古もまた跳躍し、空中に身を躍らせた。
こうして、今日もまた俺にとっての“日常”が幕を開ける。
36 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/11(金) 01:07:24.92 ID:6HvgTbn4O
〜(,,゚Д゚)ある門番たちの(非)日常のようです(゚ー゚*)〜
変態マッチョ・地獄の血みどろ風トマトソース和え
\待たせたな/
| || /⌒\|
‖ /⌒\ ヽ
| σ ̄λ 人 |
〜〜〜〜| > |
/( T )/ (_ノ
( ヽ_ノヽ
|_丿 /⌒\
| | | ヽ
\/( |〜、人 |
`( | |___\_ノ/
(\| ヽ \/⌒ヽ/
Σそ LLL)/ L_ノて
37 :
◆vVnRDWXUNzh3
[sage saga]:2017/08/11(金) 01:14:43.41 ID:6HvgTbn4O
もう少し先に進めたいところなのですが眠気が限界に達しまして一度落ちます。申し訳ありません。
明日はもう少し速い時間帯に更新させていただきます
38 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/11(金) 02:44:17.02 ID:fPNeKif2o
乙
39 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/11(金) 10:26:16.48 ID:Q2zq0DqA0
おつおつ
やっぱ過酷だなあ…と思っていたらどえらい物がぶち込まれたw
40 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/11(金) 11:33:30.57 ID:g8i7s2Nro
乙
マッチョの方はあんまり知らないけどシュワちゃんみたいな人間武器庫な感じか?
41 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/11(金) 22:45:06.66 ID:6HvgTbn4O
高度7000M。翼を持たず、跳躍能力も低く、耐久力も脆弱な人間がこの高みまで到達するということは、考えようによってはとてつもない偉業かも知れない。単体の動物としては割と貧弱な部類に入る人間が技術の革新を経て文字通りの意味で「雲の上の世界」に辿り着く、世間一般で言うところの“豊かな感性”の持ち主なら、人類の叡智の歩みとか科学の進歩の軌跡とかそんなものに気づいて感動の涙を滝のように流したりするのだろう。
残念ながら俺は学も感性も無いので、雲の上にいようが地面にいようが考えることは変わらない。
《Mayday, Mayday, Mayday!!》
《Chariot-51 one hit!!》
《Shit, I'm hit!!》
なにとぞ今日も生きて帰れますように、だ。
《ヨシフル、Chariot-51がこっちに落ちてくるぞ!!》
(,,;゚Д゚)「散開運動、回避しろ!!」
対空砲火の直撃で火達磨になったMV-22Bが、くるくるとオレンジの曲線を描きながら落下する。夜空に逆巻く炎は荒々しくもどこか幻想的で、機体のパイロットたちには悪いが見とれてしまいそうな光景だ。
米軍開発のウィングスーツを滑空するムササビのように広げて時速200KM/hオーバーで急降下中の、俺達を追うような軌道じゃなければの話だが。
(,,;゚Д゚)「火の粉にウィングを焼かれるなよ、Break!!」
無線機に向かって叫びながら、僅かに身を捩り降下軌道と速度を調整する。熱を帯びた巨大な塊がほんの一メートルと離れていない位置を落下していく様がちらりと視界の端に移った。
飛び交う無線の中にどうも聞き覚えのある悲鳴が混じり、通過した塊に人影と思わしきものが張り付いていた気がするが見なかったことにする。
第1、集中を切らせば次にああなるのは俺だ。
42 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/11(金) 23:07:14.26 ID:6HvgTbn4O
《1名が墜落機に巻き込まれた!》
(,,#゚Д゚)「構うな、隊形維持しろ!」
高度7000Mとはいっても、地面に到達するまでに有する時間はたった2分間に過ぎない。だが逆に、張り巡らされる弾幕の中を滑空する時間が2分もあるともいえる。
敵の───地上に蠢く深海棲艦の群れは、その2分間で俺達を殲滅するべく膨大な量の火線を空に向かって吐き出してきた。
《Ups...》
《Ahhhhhh!?》
《Break, Bre》
呻き声が、悲鳴が次々と上がり、味方への指示や注意を促す叫びが爆発音や肉の断裂音と共に途切れていく。真っ暗な街並みを照らし出す無数の対空砲火の光が瞬く様はまるで満天の星空をそのまま地面に映したかのようで、はっきりいって美しい。
まぁ正体は、深海魚の出来損ないみたいな怪物共が放った光でかつ俺達への殺意に溢れているわけだが。
《高度3500!!》
(,,#゚Д゚)「地表到達まで一分!総員隊形維持しつつ着陸姿勢への移行を開始しろ!!」
夜空を焦がす無数の砲火を潜り抜けながら、急速に迫ってくる地面に対して平行になるよう少しずつ降下軌道を変えていく。それはとりもなおさず地表の敵に対して砲撃を当てやすい軌道をとることになり、艦隊戦で例えるならわざわざT字不利になるよう舵を切るようなものだ。一言で言えば手の込んだ自殺と同じ意味になる。
43 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/11(金) 23:53:11.86 ID:6HvgTbn4O
飛んで火に入る夏の虫、なんて言葉が日本にはある。この地は日本じゃない上奴等に諺が通じるとも思わないが、ミニチュアサイズの大きさで時速600km前後を出して飛び回る空母艦娘の艦載機すら撃墜する能力を持つ深海棲艦からすればきっと俺達は夏の虫か、さもなきゃ「肥え太った七面鳥」と同じだったに違いない。
『オォオオオオオオッ!!!』
『アァアアアアア……ッ!』
黒を基調とした体色の個体が多いせいで、奴らの姿をはっきりとは識別できない。それでも、風切り音と砲声に混じって微かに聞こえてくる奴等の独特の鳴き声は、歓喜と嘲りに満ちているように聞こえた。
《【Wild?cat】、目標地点に接近!》
《CAS開始。Warthog,?全機攻撃を開始せよ》
《Roger.
Warthog-01,?engage》
《Warthog-02,?engage!!》
だが、嬉々として俺達に狙いを定めていたであろう奴等は、間抜けなことに真上から突っ込んでくる機影に気づけなかった。
『オォアアアッ!!?』
『グゥアッ!?』
GAU-8アヴェンジャーガトリング砲が4門、一斉に火を噴く。30mm機関砲弾が降り注ぎ、攻撃を受けた何体かの非ヒト型が耳障りな呻き声を上げた。残りの火線も突如現れた新たな敵に混乱してか大きく乱れる。
動揺したであろう奴等の頭上を、双発エンジンの騒音を撒き散らしながら四つの直線翼を持つ機体が駆け抜けていく。
《Enemy?have?damage》
《All?unit,?Keep?fire!!》
「空の魔王」の血を引く、フェアチャイルド・リパブリック社が生み出した近接航空支援専用機───A-10戦闘機。4機の「イボイノシシ」が、鼻息荒く深海棲艦に襲いかかる。
44 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/12(土) 00:54:42.06 ID:JRPJjvivO
詳細な理由は未だに不明だが、奴等はヒト型、非ヒト型を問わず種をあげて「人類」を憎悪している傾向がある。本来俺達は(一部「そうじゃない奴」も混じっていたとはいえ)人間と奴等との力の差を考えれば優先して撃破すべき存在ではないはずだが、その習性故奴等はわざわざいつでも嬲り殺しにできる筈の俺達に火力を集中しようとした。
結果、4機のA-10は疎かになった防空網を突っ切って奴等の頭上に無傷で到達する。要は、「本命」である俺達を同時に「囮」としても活用したというわけだ。
『オォオアアッ!?』
『ガッ───ゴァアッ!?』
アヴェンジャーガトリング砲が咆哮し、太い火線が街並みを照らして地を駈ける。放たれたハイドラ71ロケット弾が街の彼方此方で炸裂し、表皮を砕かれた非ヒト型の個体が悶え苦しみ怒りと苦悶の声を上げる。
乱れ、崩れ、穴だらけになった防空網。大きく開いた火線の隙間に、俺達を始め次々と“ムササビ”の群れが飛び込んでいく。
《着陸20秒前だぜ!》
(,,#゚Д゚)「ポイントに障害物、敵影共になし!総員減速用意!!」
45 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/12(土) 00:56:02.23 ID:JRPJjvivO
凄まじい勢いで地面や家屋が後ろに流れていく中、彼方に見えた街並みの切れ目。直径20M程の広場が視界に映った瞬間、右手で胸元のトリガーを握る。
《着地まで10秒だよ》
(,,#゚Д゚)「急減速開始!!パラシュート、射出!!」
トリガーを引き抜く。
(,,; Д )「ゴァハッ………!?」
途端に、全身の骨を軋ませるような衝撃を感じた。パラシュートが風圧を受けて背後で一気に広がり、物理法則に従って滑空を続けようとする俺の身体を起点に慣性と壮絶な綱引きを開始した。
(,,;゚Д゚)「………っはぁ」
幸いにして慣性はあまり執着心が大きいタイプではなかったようで、綱引きの軍配は早々にパラシュートと風圧に上がる。景色が流れていく速度は見る見るうちに落ちて、崩れ落ちた瓦礫の山や原型をギリギリ残している家屋の屋根を掠めるようにして俺の身体はパラシュートの下にぶら下がったままゆっくりと広場に降りていく。
やがて俺の足は、トンッという軽い靴音と共に地面の感触を取り戻す。
(,,゚Д゚)「【Wild cat】、空挺成功。これより作戦行動に移る」
( ゚∋゚)「【Ostrich】、降下完了。情況開始」
「降りた。報告終わり」
「いや、もうちょいやる気出せよ姉貴……駆逐艦江風、降下完了。これより駆逐艦時雨と共に【Wild cat】並びに【Ostrich】の援護に回る!」
俺達は、ロシアの大地に降り立った。
46 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/12(土) 01:32:19.55 ID:JRPJjvivO
着地報告を無線で飛ばしてパラシュートの紐をとっとと切断しながら、俺達はサブマシンガンを、時雨と江風は現状唯一の艤装である25mm連装対空機銃を構えて周囲を警戒する。
飛び込む瞬間は確かに敵影がないことを確認しているが、あくまでも時速200qで滑空しながらの視認に過ぎず万全のチェックとは言い難い。周辺の戦闘音の動きから「大物」による襲撃はなさそうだが、油断は禁物だ。
幅10M程の道路を四方向に延ばし、コンクリート製の古びたアパートや家に囲まれた円形の広場。とどまればわざわざ集中砲火の的になるようなものなので、Ostrich側と時雨、江風も含めて22名全員の用意が整ったのを確認して直ぐに北側の通路へと移動する。
張り詰める空気。四方八方から砲声や爆発音、そして深海棲艦共の呻き声や怒号が聞こえてくる中、この広場だけは不気味なくらいに静まり返っている。
⊂( ゚∋゚)∂「………」
(,,゚Д゚)b「………」
Ostrichの指揮官と思われる、優に190cmは越えるであろう巨体の男とハンドサインを交わし、先に進むよう促す。俺はしんがりとしてなおも広場を警戒して、北通路に向かいながらも丹念にそこかしこに銃口を向けてにらみを利かせていく。
土だけが盛られた花壇、ひっくり返った木製の荷車、今し方俺達が取り外したパラシュートの下、家々の窓や柱の陰─────
(,,゚Д゚)「…………」
敵の爆撃にでも吹き飛ばされたのか、屋根が崩れ落ちている正面の古びたアパートのような建物。
その二階で、窓越しに何かが動いた。
(,,#゚Д゚)「Enemy!!」
叫ぶよりも先に、指が4.6mm短機関銃の引き金を引く。
乾いた銃声が響く。AK-47を構えた“人影”が、鮮血を吹きだして窓から転がり落ちてきた。
47 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/12(土) 02:07:23.59 ID:JRPJjvivO
ソヴィエト連邦時代にミハエル=カラシニコフによって生み出された、「世界で最も使われた軍用銃」を抱えながら広場に転げ落ちてきた男。茶色の草臥れたハンチング帽を被りロシア人のステレオタイプをそのまま3Dプリンター辺りで実体化したんじゃないかと疑いたくなるような体格をしたその男は、武器こそ持っていたものの遠目に見る限りは明らかに“ただの人間”だった。
だが、それがまるで合図だったかのように、広場のそこかしこで「気配」が動く。建物の二階から、柱の陰から、家々の隙間から、何挺、何十挺という数の銃口が突き出され俺達に向けられる。
(,,;゚Д゚)そ「うぉおおおおおっ!!?」
銃口が向けられたとはいってもほとんどはめくら撃ち状態のようで、弾丸自体は手ぶれ等の影響もありあらぬ方向へと飛び散っていく。だがまさに「下手な鉄砲も数打てば当たる」という奴で、たまたま正確な位置に飛んできた弾丸を通路脇の横倒しになっている乗用車の影に転がり込んで避ける。
(,,゚Д゚)「ちいっ!」
「※※※………」
すぐさま身を起こし、応射。右手50M程先の細い路地から銃撃を加えてきた、青いパーカーを着た男が額の風穴から血を吹きだして前のめりに倒れ込む。
更に照準を左に向け、射撃。ショートカットに金髪のやせた女が一人突っ込んでこようとしていたが、弾丸がめり込んだ喉をかきむしりながら痛々しい呼吸を数秒繰り返した後膝から崩れ落ちて事切れた。
「アウッ!?」
「───Enemy down!!」
(,,゚Д゚)「Good job」
リロードしようとした俺の横で、別の銃声。UZIが火を噴いて、連射を受けた小太りの男が血だるまになって広場に転がる。
装填を終え、車の上側から顔を出して撃つ。今し方撃たれた小太りの男を助けようとしたらしい人影の頭蓋を、何発かの弾丸が鈍く生々しい音を立てて貫く。
48 :
◆vVnRDWXUNzh3
[sage saga]:2017/08/12(土) 02:09:49.78 ID:JRPJjvivO
いったん切ります。
今回扱うテーマ的にマッチョ関連除いて(マッチョ関連でも幾らか)暗いテーマ扱います。ので、割と展開も人によってはエグいと感じる部分があるかも知れませんがご容赦下さい
49 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/12(土) 02:20:45.35 ID:LtK0xBoA0
おつおつ
敵の制空圏への突撃すらとんでもないのに、地上に降りたってもこれなのか…
仕出かした事のツケのおかげでとんでもない感じかな
50 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/12(土) 22:53:26.10 ID:JRPJjvivO
それは、信じられないほど稚拙な待ち伏せだった。
せっかく包囲下にあった俺達にわざわざ脱出寸前まで手を出さず、いざ戦闘が始まれば銃火を隠す努力すらせず隠れている位置を教えてくる。肝心の射撃もろくに狙いが定まっていないため、弾丸の大半は的外れな場所に突き刺さる。味方が倒れれば、相互の連携も取らずに助けようと射線に身を晒して結果屍体を増やすだけ。
(,,゚Д゚)「……江風、路地に伏兵は?」
《いんや、居ないね。ビビって出てこれない可能性も0じゃないけどさ。
一応確認するかい?》
(,,゚Д゚)「いや、弾と時間の無駄だ。いい」
あまりにもお粗末な有様に罠の可能性を考えたが、通信を飛せば拍子抜けするような返答。
疑念は、確信に変わる。
こいつらは市民を装ったりしているわけではない。正真正銘、ずぶの素人だ。
(,,゚Д゚)「2、3人負傷させて退くぞ。殲滅するだけ弾の無駄だ」
「Aye sir」
援護に戻ってきた兵士の肩を叩いて合図を出し、幾つかの暗がりや物陰に弾丸を叩き込む。肩や足を抑えた人影が呻き声を上げて地面に転がるのを目にすると、俺たちは一応後方に注意を向けながらもとっととその場を去る。
案の定、申し訳程度の当てる気すらない銃弾が何発か撥ねただけで追撃の気配は全くなかった。
《どうだった?》
(,,゚Д゚)「追撃の心配は無い。前方への警戒だけで十分だ、このまま進め」
《解った。こっちは4ブロック先まで行ってるからとっとと追いついてね。あんまり待たせると鼻に練りからしねじ込むから》
(,,゚Д゚)「エグすぎるだろ……」
中東の過激派辺りが正式に尋問の手法として採用しそうな内容に身震いしながら、もう一人を促して足を速める。
(,,゚Д゚)「どういう教育してんだよあの筋肉野郎……」
子は親に似るとはよく言ったものだが、艦娘と提督にも同じことが言えるらしい。
白露型駆逐艦2番艦の言動には、英才教育の成果がしっかりと窺えた。
51 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/12(土) 23:20:30.97 ID:JRPJjvivO
「はい練り辛子」
(,,;゚Д゚)「ふざけんnなんで持ってるんだよお前馬鹿かやめろ近づけんな!!」
通信が来てから一分と経っていないはずなのだが、駆け足で追いついた俺の顔面めがけて早速2番艦が右手を突き出してくる。握られたチューブからひり出された黄色い香辛料が、鼻先でツンとした刺激臭を撒き散らした。
ホントに何で辛子持ってんのコイツ?それ艤装?艤装なの?
「62秒も部隊を待たせたじゃ無いか。無駄にできる時間はないって身体に教えなきゃ」
(,,゚Д゚)「この攻防戦の時間が一番の無駄だよ阿呆」
いやもう「蛙の子は蛙」っていうけど筋肉提督の艦娘は筋肉だね。教育って大事。
「……つーか時雨姉貴、なんで練り辛子持ってんだよ」
「提督の口にねじ込もうと思って」
なんでコイツいきなりクーデター実行宣言してんの?
「あー、そう……まぁいいけどさ」
仮にも艦隊司令官の扱い雑すぎだろこいつら。
(,,゚Д゚)<敵の気配は?>
<今のとコロ近くニイル様子はありまセん>
ツッコみどころはまだまだ山とありそうだが、これ以上“無駄な時間”を過ごしても益はないのでとっとと次の行動に移る。
近くで周囲の様子をうかがっていた兵士の一人に声を掛けると、少しフランス訛りが入った英語で返事があった。
<たダし、ムルマンスク全体の戦キョウはよくありまセん。
A-10が一機深海棲艦の攻撃デ撃墜されまシた>
(,,゚Д゚)<それは今し方俺も聞いてたさ。……まぁ、そう上手くはいかねえわな>
52 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/12(土) 23:55:41.12 ID:JRPJjvivO
思わず、声と表情が固くなる。
A-10は空対空戦闘の性能は絶望的だが、頑丈さと圧倒的な対地攻撃能力の高さから深海棲艦相手にもかなりの打撃能力を誇る。条件や武装次第ではル級すら単機で中破に追い込めるほどのポテンシャルがあるため、A-10部隊の損失が増えればそれだけこの作戦の成功率は下がっていく。
「少尉、その人何て言ってんだい?」
(,,゚Д゚)「A-10【Warthog】が一機やられたそうだ。航空隊の損耗が増えるとこっちにも深海棲艦がくる可能性が─────」
右手、100M程の位置で粉塵が舞い上がる。飛んできた直径10M程の瓦礫が目の前の電信柱を一本叩き折った。
『────ァアアアァアアアアッ!!』
家々の隙間から、家屋を幾つか吹き飛ばして耳障りな咆哮と共に軽巡ホ級が顔を出す。
周囲の建造物と大きさを比較する限り、最低でもeliteの個体であることは間違いない。
( ゚∋゚)「…………もう遅かったみたいだな」
(,,゚Д゚)「やかましい」
【Ostrich】指揮官(?)の大男が呟く。口元をカラスの嘴を思わせる黒いマスクで覆っているため、声は少しくぐもっていて聞き取りづらい。
つーか喋れるのかよ意外にいい声しやがって。なんだよそのマスク嘗めてんのかかっこいいじゃねえかクソが。
53 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/13(日) 00:26:31.19 ID:l09jKAHAO
『ァアアアアァアアアッ!!!!』
たまたま近くに出現しただけということを願ったが、残念ながら神様はなかなかのクソ野郎らしい。善良極まりない人生を送ってきた俺の祈りはあっさりと無視され、ホ級はそこかしこの建物を薙ぎ倒しながらゆっくりと方向転換した。
眼に相当する器官がない、人間の上顎だけ切り取って顔の位置に据えたような気色の悪い頭部が砲塔と共に此方に向けられる。明らかに狙いは俺達だ。
早々に着いてないもんだと、思わず深いため息が口から漏れた。
「少尉、戦うかい?」
(,,゚Д゚)「バカ言え────Wild cat, Ostrich両隊並びに時雨、江風に通達。さっきも言ったとおり、俺達には今時間が無い」
とはいえ、一つだけ幸運と言えそうなこともある。それは現れたのがホ級一隻だけだという点。
(,,゚Д゚)「戦うな、“処理”しろ。30秒で片付けるぞ」
「ナメてるの?20秒余裕だよ」
これなら、“無駄にする時間”は最小限で済む。
54 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/13(日) 00:46:54.00 ID:l09jKAHAO
音がして、新たな粉塵が衝撃で舞う。背負われた三段重ねの砲塔が同時に火を噴き、六発の弾丸が夜気を切り裂いて飛んでくる。
(,,#゚Д゚)「─────Attack!!」
『アァッ!?』
尤も、その時には既に俺達は砲撃された場所から消えている。やや前のめりになり、サブマシンガンを抱えバラバラの路地に飛び込みつつ低い姿勢でそのままホ級めがけて突っ込んでいく。
(#゚∋゚)「Go go go!!」
深海棲艦は、ヒト型と非ヒト型双方に(ついでに言うと通常の場合は艦娘にも)当てはまることだが「接近戦・白兵戦」を大半の個体が想定していない。従来軍艦とはアウトレンジから大威力の砲撃を撃ち合うために設計された兵器であり、「生ける軍艦」である奴等の高火力もそういった戦闘を前提としているためのものだ。
眼前のホ級は、幸い「一般的」な思考ルーチンの個体だったようだ。反撃を全くせず即座に自身への突貫を開始した俺達に明らかに戸惑っており、2、3人の組に細かく分かれて散開した俺達のどれを照準するべきか迷って背中の砲を右往左往と揺らしている。
混乱した様子のホ級の眼前に、道路に面する路地の一つから時雨と江風が飛び出した。
55 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/13(日) 00:59:51.22 ID:l09jKAHAO
もう一度言うが、深海棲艦同様艦娘も「本来は」白兵戦を想定していない。暴徒鎮圧や避難民の制御を目的とした護身格闘術程度は各国で教えられることが多いが、あえて無機質的に言ってしまえば艦娘とはあくまで「人型の戦艦兵器」だ。無論艤装から得られる圧倒的な膂力やそもそもの身体能力の高さなどポテンシャルは秘めているが、極めて常識的な思考から「艦娘の白兵戦強化は不要・少なくとも優先順位は極めて低い」という見方が世間一般の考え方になる。
ただし、こいつらは存在自体が“非常識”だ。
「───っふ!!」
「あぁらよぉっとぉおお!!」
『ォオオオオアアアアアアアアッ!!!?』
時雨が横手投げで放った棒状の何かが、ホ級の首元に突き刺さる。仰け反り露わになったその腹に、江風が背中から抜き放った小ぶりな斧を思わせる形状の刃が叩き込まれる。
(,,#゚Д゚)「Flag out!!」
悶絶し、蹲るホ級。下がった砲口に、俺は腰から手榴弾を手にとってピンを外して投げ込む。
『アァッ─────』
背中から白い光が迸る。身体の内側から爆光に引き裂かれて、ホ級の身体が破裂した風船のように飛び散った。
56 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/13(日) 12:30:57.84 ID:pGPCXHXY0
頭おかしい(褒め言葉)
57 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/14(月) 22:05:26.14 ID:LdiSRF6L0
ビシャビシャと湿気た音を立てて、ブヨブヨした白い脂肪の塊が路上のあちこちに落下する。薄らと降り積もりコンクリートを美しく塗装していた雪が、同じ白でも腐ったぞうきんに近い色の肉片に踏み荒らされて無惨に調和を崩していく。
砲塔部分で起きた大爆発に巻き込まれて、ホ級eliteの巨体はおおよそ7割程度が消し飛ばされた。
「……」
江風が顔をしかめながら俺達を振り返る。咄嗟に得物を回収した上で飛び下がっていたので爆発に巻き込まれた様子はないが、強烈な異臭を放つホ級の肉片と体液を頭から浴びる羽目になった彼女は不愉快げな表情を隠そうともしない。
「少尉、ギコさンさ、それ既製品?」
(,,゚Д゚)「……いや、技研から“プレゼント”された新兵器だな。しかも事前通告無しで」
確かに内蔵弾薬への誘爆を狙って砲塔に投げ込んだが、幾ら何でも爆発が大きすぎる。此方としては江風と時雨がトドメを刺すのを援護するつもりで投げ込んだため、面食らったのは俺も同じだ。
「最低でも携行ミサイルぐらいの威力はありましたよね、あの爆発から察するに……」
(,,゚Д゚)「なんつー危険物持たせてんだあのマッドサイエンティスト共」
移動を再開しつつ、残り二つになった手榴弾の内一つをベルトから取り外して眺める。
姿形はM26手榴弾と殆ど変わらないのだが、よく見ると表面に何か描いてあることに気がついた。
ハ_ハ
ナオルヨ!! > ((゚∀゚∩
\ 〈
ヽヽ)
(,,゚Д゚)
(,,゚Д゚)「えっ、なにこれ」
廃村間近の村の役場が血迷って出した、ローカルゆるキャラの失敗作みたいな絵だった。
マジでなんだコイツ。何で跳んでるの?何で満面の笑顔なの?技研マジで何考えてんの?
ハ_ハ
ナオルヨ!! > ((゚∀゚∩
\ 〈
ヽヽ)
何が治るんだよお前破砕手榴弾だろうが。対極の存在じゃねーか。
58 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/14(月) 22:16:16.84 ID:LdiSRF6L0
「………アレ?」
大本営に“海軍”技研全員の精神鑑定実施を上申すべきか本気で悩んでいると、併走する江風が俺の手元を覗き込んでハテと首を傾げた。
「なぁギコさン、アタシそれ見たことあるかも」
_,
(,,゚Д゚)「……この絵をか?」
「うン。どこで見たンだっけかなー、思い出せないけどそう昔のことでもなかった気がすンな」
「あっ、僕も見たよソレ」
反対側で(何故かまだ練り辛子を手放さずに)並んで走る時雨が、俺の手元に視線を向け少し驚いた顔を見せる。
「鎮守府にすっっごい綺麗なセールスのお姉さんが来たんだけどさ、青葉がその絵に似た形の水筒?を買ってたと思う。提督のお金で」
(,,゚Д゚)「……お前らの鎮守府ってあのホーンテッドマンションの事だよな」
「そこ以外あるわけないじゃん、仕えない脳みそだね」
「つーかホーンテッドマンションって……」
なんだ?もうちょいドストレートに「化け物屋敷」とでも呼んだ方が良かったか?
(,,゚Д゚)「とりあえず“コレ”の出所がまともじゃないつまてことは音速で理解した。なら俺はもうこの件については触れん」
一説には「アフリカの奥地よりも行き着くことが難しい」(要出展)とされるあの鎮守府にわざわざセールスに出向く時点でその女は明らかにまともではない。というより、“あの鎮守府”にまつわる話で何か一つでもまともだった例しがない。
………そう考えると、その事をよく知っているだけじゃなくそんな鎮守府の提督や艦娘と面識、交流がある俺もまともじゃ無いな。
「顔に書いてあるから言うけどね、この中に“まとも”な奴なんか一人も居ないよ。今更何言ってんのさ」
正論だが一番まともじゃない奴に言われたのが滅茶苦茶腹立つ。
「………」
(,,; Д )「やめr練り辛子ァアアアアァアアアッ!!!!」
鼻に黄色い危険物をねじ込まれ、走る速度を落とさないため多大な精神力を消費する羽目になった。
59 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/14(月) 22:40:05.24 ID:LdiSRF6L0
かつて、“大祖国戦争”と呼ばれた戦いがあった。
今から70年前、世界中の人類が二度目の“国家総力戦”を経験していた時代。
太平洋の島々で、アフリカの砂漠で、グレートブリテン島の空で、凍てつく北欧の大地で、東南アジアのジャングルの中で、あらゆる国が途方もない数の屍を積み重ねていた時代。
死と荒廃と破壊だけが全てだった当時において、中でも壮絶に憎み合い、互いを絶滅させるべく戦った二つの国家────ナチス・ドイツとソヴィエト連邦によって引き起こされた最も激しく最も愚かな戦い。東欧の大地で、両陣営併せて小国一つが丸々消し飛ぶほどの人命が消耗された。
大祖国戦争、我が輩たちにとってよりなじみ深い名で呼ぶなら“独ソ戦”。
人類同士の殺し合いとしては今なお空前絶後の規模であるこの戦いは、序盤の劣勢を覆してソヴィエト赤軍が勝利を収めた。戦後、ヨシフ=スターリンをはじめとするソヴィエト首脳部はナチス・ドイツに対して激烈な抵抗を見せ国威高揚に貢献した12の都市を表彰、【英雄都市】の名誉称号を贈り、これらの街の名を冠した学園艦を新たに建設するなど大いに讃えた。
ムルマンスクは、そんな【英雄都市】の一つだ。
60 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/14(月) 22:47:00.88 ID:LdiSRF6L0
61 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/14(月) 23:11:48.77 ID:LdiSRF6L0
( ФωФ)「────そして、滅びの危機に直面していた祖国を救うべく全てをなげうって戦った街が、今度は自ら滅びの危機を招くか」
我が輩は戦闘指揮所を兼任する輸送機────マクドネル・ダグラス社製軍用機C-17の中で、モニターに表示される数々の数値を眺めつつ小さく息をついた。
飛び交う通信の断片的な内容とモニター上を流れていくデータを結びつけ、処理し、整理する。そうして見えてきた現状だが、まぁ、我が輩たちからすれば「いつも通り」と言わざるを得ないものだ。
('、`*川「ムルマンスク、危機的な状況です」
( ФωФ)「だろうな」
オペレーターの一人がインカムのマイク部分を押さえながら報告してくるが、その声は至極冷静。彼女からその報告を投げられた我が輩も、特になにか感じるわけでもなくただ頷く。
疾うの昔に、聞き慣れた報告だ。彼女も、我が輩も。
諸々の紆余曲折を経てこの“海軍”が発足された頃より、我が輩たちに楽だった戦場など存在しない。
そして、いかなる情況においても我が輩たちの役割は常に同じ────“深海棲艦の根絶”だ。
( ФωФ)「………とはいえ、なぁ」
ここに至る経緯を思い出して、再び口からため息が漏れた。
( ФωФ)「本当に、自称“平和主義者”はろくなことをしない」
62 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/14(月) 23:48:17.58 ID:LdiSRF6L0
ロシア連邦ムルマンスク州・州都ムルマンスクは、単に“英雄都市”として壮絶な歴史を持っているだけではない。北極圏の港町としては最も大規模で、北欧に至る海上輸送路の重要な拠点の一つでもある。“最北の学園都市母港”という一面も持ち、戦後もロシアの繁栄に常に貢献してきた町といえる。
深海棲艦の出現によって世界中のシーレーンが破滅の危機に陥った際は、ロシアはこのムルマンスクを不楽の要塞とするべく徹底的に強化した。艦娘実装時には真っ先に鎮守府が置かれ、以後も戦力の増強は定期的に続いている。今回の深海棲艦による欧州大規模襲撃に際しても、ムルマンスクがある限り北方からの深海棲艦の侵入はあり得ないと誰もが確信していた。
だが、ムルマンスクは陥落した。ただし、深海棲艦ではなく人間の手によって陸から───内側から制圧された。
('、`*川「このタイミングで武装蜂起って、何考えてるんでしょうね本気で」
( ФωФ)「馬鹿の考えなど理解しようとするだけ無駄だ。少なくとも我が輩はそんなことに時間を割くつもりはない」
ベルリンの陥落確定から間を置かずロシア軍によって行われたルール地方に対する核兵器の使用は、国内外で様々な批判が噴出した。ロシア政府も批判自体は覚悟の上での攻撃実行だったのだろうが、彼らにとっての誤算はこれが独立運動家のプロパガンダに利用された際、煽動に乗ってしまった民衆の数が思いの外膨大だったことである。
ムルマンスクに住民の手引きで侵入した反政府組織の集団が住民の一部と共に武装蜂起を開始したとき、ムルマンスクの主力部隊並びにヴェールヌイが東欧・北欧への対応のため移動中だったことも災いした。
基地からの通信が途絶えたのが17時間前、ロシア政府が事態を把握し、かつ国内外に漏れぬよう徹底的な箝口令を敷いたのが14時間前。
そして、日米政府を通じて“海軍”に出撃命令が下ったのが12時間前。
無論、ムルマンスクに到達するまでに事態が悪化することは十二分に予測していた。単に、予想していた中でも最悪の部類だったというだけで。
63 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/15(火) 09:19:37.40 ID:OfoAPEM40
ナオルヨ君ワロタwwwwwwwwwwwwww
64 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/15(火) 11:23:40.45 ID:BRaLySDA0
おつおつ
唐突に劇物を持ち込むのはw
ロシアの決断もあれだけど、それに付け込んで今度は人類全体を脅かしていたらどうしようもねえな…
65 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/15(火) 23:03:04.25 ID:pLchbqPz0
( ФωФ)「反政府軍との交戦は?」
「市街地各所で発生しています。【Warthog】が引きつけているからと言うのもありそうですが、寧ろ深海棲艦と交戦した記録の方が少ないですね」
別のオペレーターが、計器を操作してモニターに新たなデータを出力する。
ムルマンスク市全体の簡易地図が映し出される。地図の幾つかの箇所には、赤色や緑色の光点が点滅していた。
それぞれ赤が深海棲艦と、緑が反政府軍と空挺部隊による交戦が発生した点になる。なるほど、ざっと見ただけでも7:3で緑色のマーカーの方が多い。
( ФωФ)「着陸時までに発生した空挺部隊の損耗は………2割程度か」
脳内で真っ先に「思ったより軽微な損害だな」という感想が、口元にそのことを自嘲する苦笑いが浮かぶ。
昔と……六年前と比べて、我ながらイヤな人間になったものだ。
( ФωФ)「“ヒト型”との交戦報告はあるか?」
「今のところ市内では確認できません。ただ、今回の“暴動”のせいで州全体の防衛網に多大な混乱が生じているため奴等の侵入を防げる状態じゃありませんでした。
まだ到着していないだけでここに出現する可能性は極めて高いかと」
「コラ湾はパラオ鎮守府艦隊を主力とする別働隊が封鎖を完了、深海棲艦を迎撃中。
現状は優勢ですが物量差がかなりあるため、持ち堪えられる時間は長くないですね」
「航空隊より報告。軍港施設にて人間と深海棲艦の交戦が確認されました。武装から推測するに正規ロシア軍のものではありません。案の定といいますか、おそらく鎮守府・港湾施設は反政府軍の手に落ちています」
('、`*川「准将、大本営より通信。ロシア連邦軍より本格的な増援部隊が編成・派遣されたとのこと。現時刻より1時間程度で到着する見込みです」
優秀なオペレーターたちが矢継ぎ早にあげてくる情報に眼を通し、耳を傾け、まとめ、整理していく。
……状況は例え世辞でも良いとは言えない。だが、少なくとも予想の範疇からそう大きく外れたものではなかった。
作戦を変更する必要は“まだ”ない。そう確信した我が輩は、次の段階に進むべく通信機を手に取る。
66 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/15(火) 23:11:09.73 ID:pLchbqPz0
('、`*川「……どうかしましたか?」
( ФωФ)「……いや、大丈夫である」
通信を繋げる間際の一瞬、我が輩が少し躊躇したのを見抜かれたらしい。訝しげに首を傾げる彼女に手を上げて、何でも無いことを示す。
無論、本当に「何でもない」なら例え僅かでも通信を繋げることを逡巡しないわけだが。
( ФωФ)「【Caesar】より【Fighter】、応答せよ」
《此方【Muscle】、聞こえないぞ》
………
( ФωФ)「………【Caesar】より【Fighter】、応答せよ」
《此方【Muscle】、聞こえないぞ。繰り返せハゲ》
………………………
( ФωФ)「………………【Caesar】より【クソボケ脳筋提督】、応答せよ」
(#T)《誰がクソボケ脳筋提督じゃあオルァアーーーーーーーーっ!!!》
(#ФωФ)「完璧聞こえておるだろうがボケェエエエエエエエエエエ!!!!!」
('、`;川「!?」
通信相手の大音声が鼓膜を揺らし、応ずる我が輩の怒声にオペレーターの何人かがびくりと身を竦ませた。
………だから気が進まないのだ。この、脳細胞の一片から足の指先に至るまで筋肉で構成したような「昔馴染み」と会話をするのは。
67 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/15(火) 23:24:26.64 ID:pLchbqPz0
のっけから悪い意味でいつも通りのノリを繰り出してきた通信相手に、思わず我が輩の肩ががっくりと落ちる。
この6年間で我が輩も、他の多くの同胞たちも色々と変わった。なのに、何故かコイツだけ頑なに変わらない。特に内面はこれっぽっちも進歩がない。これには安西先生も絶望のあまりバスケットボールを顔面に叩きつけることだろう……それが奴に効くかどうかは別の話だが。
( ФωФ)(効かねえな)
多分ぶつけたバスケットボールの方が破裂して終了であろう。
まぁ、コイツ相手に遠慮や気遣いは微塵も必要ない。こちらも「“海軍”准将」並びに「当作戦指揮官」の仮面をとっとと脱ぎ捨てて無線機に向かって捲し立てる。
( ФωФ)「テメェ何勝手にコールサイン変えようとしてんだ。作戦が混乱するだろうがアホか」
( T)《いやいやいやお前がアホか。だって俺だよ?俺のコールサインだよ?マッスル以外の何があるんだよ。百億歩譲っても【Leonidas】か【Sparta】だろ。
【Fighter】とかなんかクソ雑魚っぽい。ヤダ》
( ФωФ)「ヤダじゃねーよ脳みそ五歳児か。文句は大本営に言え決めたの大本営なんだから」
( T)《はーーーー、つっかえ。上層部もお前もマジつっかえ。そんなんだから禿げんだよ》
( ФωФ)「まだフッサフサだし百歩譲って禿げたとしててめえのせいだよどんだけてめえら関連の始末書来てると思ってんだ」
( T)《関係ないけど【Caesar】ってコールサインとしてどうなん?なんかチョイスがダサくね?》
( ФωФ)「世界的な偉人の名前つかまえてお前……」
尤も、それをコールサインとして採用されるといまいちしっくりこないというかあまりセンスを感じられないのは同意するが。
あとその論理で行くと【Leonidas】も割と選択としては微妙ではないかと思ったが、言うとまたいらぬ方向に話が脱線すること請け合いだったのでぐっと腹の中に飲み込んだ。
( ФωФ)「とにかくだ、コールサインは今更変えられん。次回で貴様の希望が通ることを祈るんだな、【Fighter】」
( T)《だから【Muscle】だっつってんだrドゥフボゥッ!!?》
68 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/15(火) 23:47:00.10 ID:pLchbqPz0
《───どうも〜〜ロマさん!ウチの司令官が大変失礼しました〜!》
“昔馴染み”が突然奇天烈な断末魔をあげ、一瞬向こう側で静寂が訪れる。瞬き二回ほどの間を置いて応答したのは、少し幼い響きが残るもののはきはきとして耳障りの良い少女の声だった。
( ФωФ)「青葉か」
《はい、青葉ですよ!あ、司令官には後でよく叢雲さんと共に言い聞かせておきますのでここはご容赦下さい!》
( ФωФ)「うむ……時に、奴は今どのような状態だ?」
《股ぐら抑えて蹲ってます!!》
(;ФωФ)「お、おう」
基本的にこの鎮守府の艦娘達は提督である奴に対して容赦が全くない。間違いなく慕われてもいるのだが、時折奴の身分が海軍提督だということを忘れるぐらい扱いが雑だ。
( ФωФ)「あー……可能ならもう一度奴に無線を戻してくれ。間もなく作戦空域だ、齟齬があっても困る」
《了解しました!
…………ところで青葉としては、さっきロマさんも司令官のノリに併せて大騒ぎしてたのはいただけないと思いますよ〜〜?》
(;ФωФ)「………」
耳朶に染みる声色から、夏の向日葵を思わせるあの笑顔とその笑顔の奥に輝く凍てつく氷の如き目付きが容易に想起される。空調がよく効いているはずの機内なのに、我が輩の背筋は裸でロシアの大地に放り込まれたかのような凍えぶりだ。
《次同じことが起きたら司令官と一緒に叢雲さんのお説教受けて下さいね……?》
(;ФωФ)「二度としません勘弁して下さい」
かつて一度だけ、様々な偶然の果てに我が輩はあの叢雲の「説教」の対象になったことがある。
あそこから生きて帰れたことは、我が輩の人生でも五指に入る奇跡だ。
69 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/16(水) 00:21:29.67 ID:dVd3DJ7HO
undefined
70 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/16(水) 00:24:33.05 ID:xMn+FauW0
(;T)《ってぇ〜〜、お前アレ半ば本気の蹴り………はいすみませんもうふざけないですもう一発はやめて下さい死んでしまいます》
通信に復帰した奴の声はまさに「震え声」であり、額に脂汗を浮かべて青葉の追撃に身構える姿が目に浮かぶようだ。我が輩は心の底からの感情を込めて、そんな“昔馴染み”に声をかける。
( ФωФ)「ざまぁwwwwww」
( T)《てめぇ今度あったら絶対アロガント・スパーク決めてやるからな》
( ФωФ)「それこないだ貴様が例のノロマス系女にぶちかました奴だろうが」
《………ロマサーン?シレイカーン?》
(;ФωФ)「《申し訳ございません!!!!》」(T;)
薄ら聞こえてきた青葉の声に直立不動になる。なんだこの威圧感こっわ。睨んだだけで深海棲艦沈められそう。
( ФωФ)「で、作戦の話に戻るが変更は一切無い。我が輩たちはこのままトゥロマ川からムルマンスクへの上陸を計る深海棲艦を迎撃。奴等の上陸地点を封鎖して市内への流入を止める。
港湾部の掌握後は維持戦力を残して市内に反転。先遣降下した部隊やロシア正規軍と合流して反政府軍並びに深海棲艦残党の殲滅に移行する」
( T)《………俺が言うのもなんだけどお前も切り替え凄いな》
本当にお前に言われる筋合い無いなこの日本版デッドプールが。
( T)《“泊地”はもうどっかに築かれてるのか?》
( ФωФ)「少なくとも現段階では報告はない。だが、奴等が築くつもりでここを攻撃している可能性は極めて高い。
そしてもしこの近辺に泊地ができた場合、ヨーロッパ全域の失陥は確定的になる」
ドイツ、フランス、デンマーク、そしてノルウェー。実に4箇所で深海棲艦は内陸浸透の橋頭堡を手に入れ、東欧連合軍や米仏軍は質量双方で圧倒されつつある。
仮にここでムルマンスクに深海棲艦の拠点が築かれれば、ロシア軍はモスクワ防衛のために膨大な戦力を割く必要ができる。そうなれば東欧の支援をまともに行えない。加えてスウェーデン、ノルウェー、フィンランドの北欧3ケ国も東西から挟撃される形になり、既にノルウェー海とデンマーク方面から雪崩れ込んでくる敵艦隊に青息吐息の三国がそれに耐えられるわけがない。
言ってしまうなら、ムルマンスクを襲撃した反政府軍と彼らを安易に迎え入れ同調した相当数の市民は、その考えなしの行動の結果人類全体を本格的な滅亡の危機に追いやったと言っても過言ではない。
71 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/16(水) 00:59:32.18 ID:xMn+FauW0
( ФωФ)「まぁ、御託を並べはしたが貴様が、そして我が輩たちがやるべき事は変わらん。要は────」
( T)《────クソ雑魚ナメクジ深海魚を皆殺しにしろって事だろ?初めからそう言えば一回で済むっての》
( ФωФ)「ああ言えばこう言う奴だ」
………本当に、こいつは昔から変わらない。我が輩の所属する組織がまだ自衛隊“だけ”だった頃から、一貫して馬鹿で単純で筋肉教徒でB級(クソ)映画フリークでムカデ人間をこよなく愛するという致命的な欠陥嗜好を抱える社会不適合者だ。
だが一方で、小指の爪の先程だが「変わらない」事を尊敬する。
例え国から捨て駒のように扱われても、例え騙された挙げ句──騙され方は間抜けの一言に尽きるが──得体の知れない実験のモルモットにされても、例えそれらを全て背負った上で更に「提督」として艦娘達を率いることになっても。
奴は頑なに変わらない。変わろうともしない。
今まさに、「世界の命運」がかかっているような状況下においてすら、奴は相変わらずいつも通りだ。
('、`*川「准将。目標ポイント上空まで後15秒です」
( ФωФ)「────【Fighter】、時間である!!」
その真っ直ぐさが。迷いのなさが。
我が輩は、本当に極稀にだが羨ましくなる。
( T)《だから【Muscle】だっつってんだろ死ね》
( ФωФ)「なんでそこまで頑ななんだよてめえが死ね」
………いや、これ単に事の重大性が解ってないだけか?
72 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/16(水) 01:13:59.37 ID:xMn+FauW0
報告忘れてました、本日ここまで。
明日からマッ鎮ズとロマギコが本格的に共闘していきます。
73 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/16(水) 01:27:33.60 ID:mJbR8qpA0
おつおつ
戦況が悲惨だけど、いつもの雰囲気がある分落ち着くなあ(白目
そしてやっぱギコさんも強いのかw
74 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/16(水) 02:37:52.93 ID:oKlC7DoA0
乙っぽい
75 :
◆vVnRDWXUNzh3
[saga]:2017/08/16(水) 23:13:24.01 ID:xMn+FauW0
('、`*;川「目標地点に到達────っと!?」
( ФωФ)「っ……」
グラリ。津波に正面から突っ込んだ小舟のように、C-17の巨体が傾いだ。
低く、だがはっきりと機内に届いた砲弾の爆発音。何発か連続したそれらはよほど近くで炸裂していたのか、床や壁を通して震動が我が輩たちにも伝わってきた。
《Enemy shoot incoming!!》
《Evade, Evade!!》
《Shit, I'm hit!! Going down Going down!!》
《All unit, Break!! Pull up!!》
《Alcatraz-06 one hit……Noooooo!?》
阿鼻叫喚と言っていいだろう。友軍の輸送機や護衛の戦闘機隊による悲鳴にも似た通信が入り乱れ、悲鳴や爆発音を残してその内の幾つかが途切れていく。
('、`;川「深海棲艦の対空砲火です!!港湾部より凄まじい量の弾幕が展開されています!!」
「前衛のMV-22Bに被撃墜機多数、護衛のF-35にも損害有り!!」
「敵の総数は不明です、少なくとも100隻は優に超えているかと……」
( ФωФ)「映像出せ」
('、`*川「了解!映像、モニターに出します!!」
オペレーターの一人が機器を操作し、メインモニターの画面を切り替える。
真夜中の暗闇に包まれる港湾部が、赤外線カメラによって映し出される。
深海棲艦は体表から放出する特殊な電磁波によってロックオンを受け付けないが、体内器官の一部が第二次世界大戦期の軍艦のタービンのような構造をしておりこれらは特に奴等の戦闘時は常時強い熱を発している。
そのため、奴らの体色も相まって有視界戦が難しい夜間は熱源感知による捕捉が非常に有用な手段となるのだが────
( ФωФ)「………なるほど、これはなかなか大量であるな」
やや画質の荒い、緑がかった白と黒を基調とする画面の中に蠢く異質な明色の群れ。様々な形状をしたそれらは時折一際強く発光するが、恐らく砲撃によるものだろう。
100……いや、そんな数ではすむまい。やや離れた位置からこのムルマンスクへと向かってくる新たな群れも加えれば、200は優に越えているだろうか。
“昔馴染み”にこの映像を見せてやれば、さぞやげんなりした表情を浮かべたことだろう。
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