ある門番たちの日常のようです

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1 : ◆vVnRDWXUNzh3 :2017/08/05(土) 00:17:37.21 ID:zgtgNmUDO
コトリと音を立てて執務机に何かが置かれた。

書類から顔を上れば、目の前にはほんのりと熱を発する缶コーヒー。更に視線を上に転ずると、見知った顔が二つコンビニ袋をぶら下げて立っている。

( ´_ゝ`)「提督殿、秘書艦殿、朝食をお持ちしました」

(´<_` )「上司への気遣いを忘れない俺達、流石だよな。返礼は叙○苑の焼き肉で結構ですよ」

「………何倍返しだそりゃ」

「えっ、何々朝食!?差し入れ?!」

それまでウンウン唸って別の机に突っ伏していた秘書艦の鈴谷が、兄の方が口にした台詞に反応して飛び起きる。

もしコイツが犬だったなら、千切れんばかりに振られる尻尾が俺の眼に映ったことだろう。

「いやー、大義であるぞ!秘書艦として褒めて遣わす!

それでそれで?何を買ってきてくれたのかな〜?」

( ´_ゝ`)「うむ、ほれ軍手」

(´<_` )「付け合わせに、はい軍手」

「それを鈴谷にどうしろって!?」

どちらかが鏡の像なんじゃないかってぐらい似てる兄弟が掛け合い、それに巻き込まれた俺や艦娘の誰かがからかわれる。

この大洗第七警備府では、見慣れた光景。

少しずつだが確実に変わっていく世界の中で、その光景は幸いにもまだ“いつも通り”だった。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1501859857
2 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/08/05(土) 00:20:08.53 ID:zgtgNmUDO
〜ある門番たちの日常のようです〜
3 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/08/05(土) 00:22:17.63 ID:zgtgNmUDO
( ´_ゝ`)「ま、冗談はさておき………ほれ」

兄の方がガサガサと袋の中を漁り、何かを此方に投げてくる。かざした左手に収まったそれは、トイレが異様に綺麗な店舗が多いことに定評がある某コンビニチェーン店のサンドイッチだ。

(´<_` )「こっちは鈴谷の分だ。今時女子にはちと味気ないかも知れないがな」

「そんなこと全然無いよ!買ってきてくれただけでもすっごい助かるもん!」

鈴谷はそう言って手渡されたサンドイッチの包装を引っ?がすとノンストップで三口ほど齧りつき、それからペットボトルの紅茶の蓋を外し唇を付ける。くぴり、くぴりと可愛らしい音と共に、彼女の喉が何度か脈打った。

「───ぷっへぇ〜〜〜………あ゛ー、生き返ったわぁ〜〜〜」

ペットボトルの方も半分ほどを一息で空けて、それを勢いよく机の上に置きながら鈴谷が叫ぶ。

「いやー、9時間ぶりの飲食は染みるねぇ〜〜。この一食のために生きているって感じ!」

( ´_ゝ`)「言動が完全におっさんのそれだな」

(´<_` )「今時女子(52)だったか………」

「二人は鈴谷をからかわないと死んじゃう病気か何かなの?!」

どったんばったん大騒ぎを尻目に、サンドイッチを手に取り包装を破る。

一口かじると、たちまち甘い生クリームの味と果実の酸味が舌の上に広がった。

空腹は最高の調味料とはよく言ったもので、いざ飢えを自覚するとただのコンビニプレミアムでしかない筈のフルーツサンドが不覚にも涙が出るほど美味い。

( ´_ゝ`)「しっかしまぁとてつもない量の書類だな」

手に持っていた残骸を麦茶で流し込んだ俺が早々に二つ目を頬張る横で、兄の方が机の上にうずたかく積まれた紙束の内一つを手に取った。

ぱらぱらと捲りながら、弟より少しだけ高い鼻をふんっと鳴らす。何かに驚いたときのコイツの癖だ。

( ´_ゝ`)「そりゃ司令府も重要視するか。ドイツの一件は」
4 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/08/05(土) 00:29:41.57 ID:zgtgNmUDO
兄の方の口調はいつもと変わらないように聞こえるが、紙上の文字を追う目付きはいつもの何十倍も鋭い。弟も、どことなく表情が硬くなる。

………当たり前の話だが、この件は鎮守府や艦娘に限らず自衛隊にとってもかなりの重大事だ。興味や関心を持つなと言う方が無理だろう。

「提督、いいの〜?アレ、横須賀総司令府から直送されてきた奴でしょ?」

「あとで共有することになる内容だったから構わないさ。それに、場末警備府のしかも民間公募出身の提督に門外不出の重大情報を共有させるとも思えないしな」

「………それ、自分で言ってて悲しくならない?」

「………やかましい」

悲しいが事実だから仕方ない。

それにしても、読む速さに舌を巻く。40P以上ある筈の資料が、二分も経っていないのにもう残り1/4程に差し掛かっている。

( ´_ゝ`)「太平洋側全域の沿岸防衛強化に伴う、野分、木曾、那智、羽黒の配備か」

(´<_` )「未改装とはいえ警備府に重巡2隻配備とは横須賀の元帥殿も思い切ったもんだ」

「ま、この辺りは“艦娘先進国”の強みってところだ。戦艦も重巡も空母も潤沢に揃って日本中に配備され続けてるからな」

最後のページを読み終えた兄の方から資料を手渡され、俺はそれを“処理済み”の山の方に戻す。

因みに“未処理”の山はまだ処理済みの1.5倍ほどの規模がある。軽く死にたい。

( ´_ゝ`)「その“潤沢な戦力”を持ってしても今回の再編は勝手が違うようだが」

「規模が規模だ、仕方ないさ」

資料によると、竹島、尖閣、対馬の鎮守府から艦娘戦力を一部転用している。ウチに来る那智も尖閣諸島鎮守府からの転属だ。兄の方が指摘したのはこの事だろう。
5 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/08/05(土) 01:05:03.66 ID:zgtgNmUDO
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6 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/08/05(土) 01:07:03.45 ID:zgtgNmUDO
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7 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/08/05(土) 01:22:12.70 ID:zgtgNmUDO
日本海側、特に竹島と尖閣諸島に築かれた鎮守府は名目上“深海棲艦が日本海側に出現した際の予備防衛戦力”とされているが、それが“建前”に過ぎないことは国内外の誰もが知っている。

要は、この二島に対して深海棲艦の出現前から“領土的野心”満々の某国とか某国への楔だ。

そして、深海棲艦に対するものとは別方向で国防の要だった拠点から戦力を動かさなければいけないほど、事態はこれまでになく逼迫しているとも言える。

「日本には及ばないとはいえドイツは欧州最大の艦娘保有国だったんだ。その国が艦娘戦力のほぼ九割と国土の半分を失ったわけだからな。

俺たちは末端だから又聞きの又聞きだけど、司令府の方じゃいつ日本が“第二のドイツ”になりゃしないかと戦々恐々らしい……ん゛ん゛っ!!」

本格的に一息入れるべく伸びをしながら俺は門番の兄の方を見上げた。

「海上自衛隊本体の方はどうなんだ?この分だと相当大きく動いてそうだが」

( ´_ゝ`)「動かなかったら頭おかしいだろ常考」

(´<_` )「海自だけじゃなくて陸自、空自もかなりピリピリしてるぞ。在日米軍も見てる限りだと戦力移動が頻繁だ」

肩を竦める兄の後を、即座に弟の方が受ける。甘党の彼は胸ポケットからいつも持ち歩いている老舗菓子メーカーの飴を取り出すと、それを一粒口に放り込んだ。

(´<_` )「身近なところで言えばお宅にももう連絡が行ってるだろうが猫山と椎名の北部方面への転属、それから艦娘寮の守衛だった清水一曹も原隊復帰。あとデカいところだと、防空艦隊のヨーロッパ派遣に伴う艦隊再編だな」
8 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/08/05(土) 01:22:58.45 ID:zgtgNmUDO
「えっ!?しぃさんとギコさん異動しちゃったの!?」

サンドイッチを食べ終え、残りの紅茶をちびちびと堪能していた鈴谷が目を丸くして机から立ち上がる。相当ショックだったようで、ばさばさと書類が床に落ちたが反応さえしない。

因みにギコとしぃは、それぞれ猫山義古一曹と椎名美子一曹に対する艦娘達の渾名だ。

(´<_` )「先週には決まってたんだが………言ってなかったのか?」

「あー………こっちも辞令は受け取ってたが言うのは忘れてたな。鈴谷、すまん」

丁度その頃に書類地獄が始まったので、完全に頭から抜け落ちていた。鈴谷はしばらくぱくぱくと酸素不足の金魚みたいに口を開閉させた後、がっくりうなだれて机に突っ伏す。

「最近二人とも来ないな〜って思ってたけど、そういうことだったんだね………はぁ〜〜、風邪とか出張で一時的なもんだと思ってたんだけどなぁ………」

( ´_ゝ`)「そんな露骨にガッカリすると松本と羽瀬川が泣くぞ」

「いやいや、あの人たちも優しかったり面白かったりで鈴谷も皆も仲良くやってるよ?ただほら、ギコさんたちとはここが設立された頃から一緒にやってたからさぁ」

鈴谷は未だに二人の異動が受け入れられないらしく、重ねた手の甲に顎を乗せて唇を不満げに尖らせている。

………まぁ、俺もあの二人にはかなりお世話になったので気持ちとしては同じなのだが、ここまで慕われている様を見ると提督として少し悔しいものがあるな。
9 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/08/05(土) 01:24:40.04 ID:zgtgNmUDO
今更新ここまでです。文字数制限undefind君ホントキライ

今月出張業務に伴い過密スケジュールのため更新がどえらく亀になりますがなにとぞご容赦下さい。次回更新は来週を予定しております
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/05(土) 02:00:15.35 ID:PjoY9FbA0
新作ktkr! 楽しみにしてますw
…直面している状況的にも厳しい物が…それでも日本なだけマシなのか
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/05(土) 10:04:16.69 ID:rwLdqOit0
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/06(日) 19:55:05.81 ID:FBrIKUsW0
今度のイベが西方打通だから前のドイツのやつに繋げるのかな?
まさかイベが欧州遠征になるとは思わなかったが
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/07(月) 20:15:47.15 ID:LbkCZr/A0
乙です。

ドクとツン、この鎮守府に送る気はありませんか?
あの二人には絶対死んで欲しくない。

14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/07(月) 21:35:29.31 ID:Gm2XwvOkO
>>13
句読点と謎改行と展開に関する質問はよした方がいいよ
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/08(火) 02:27:25.04 ID:Vb7bpNfRO
激しく乙
16 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/08/09(水) 23:02:27.64 ID:JoA81wv70
胸の内に沸いたやや黒い感情を自己嫌悪と共に咳払いで吐き出す。世話になっただけでなく、立場は違えど艦娘と共に国防を担ってくれている人々に嫉妬とは我ながらあまりにも見苦しい。

( ´_ゝ`)「野分たちの着任は三日後、と。一応羽瀬川たちにも共有しておくか?」

「あぁ、頼む。どのみち今日にも共有する予定だった情報だしな……っと、入っていいぞ」

「提督、失礼するわ」

乾いた音が二度響き、双子が入ってきた後も半開きのままだった戸を押し開けて加賀が入ってくる。

(´<_`;)「おぉう………」

我が警備府最強の艦娘である一航戦の両手には、新たな書類の山が溢れかえっていた。その内1/3程が自分の目の前に上乗せされたのを見て、鈴谷の表情がこの世の終わりを迎えたように絶望的なものに変わる。

残り2/3が追加された俺の表情?
ははは、言うまでも無いから割愛しよう。

「横須賀総司令府から防衛計画の更新と、それに伴う新規任務の関連書類が送られてきたわ。あと、学園艦の航行制限令に関連した文部科学省からの依頼その他諸々、こっちは海上自衛隊の人員募集協力に関する書類、在日米軍との連携手順、深海棲艦上陸阻止失敗時の避難計画にその時の私達の役割、今後のマスコミ対応に関するマニュアルも───」

(;´_ゝ`)「加賀さん、加賀さん、ストップ。提督も鈴谷もフリーズしてるから。少し落ち着かせてあげてくれ」

「……あら、流石一曹。いらっしゃったのね。

何か差し入れ?いいけれど」

(´<_` )「いやまぁ加賀さんの分もあるけど目ざとい涎拭け一航戦。

あんたも日向さんに負けず劣らずフリーダムだな」
17 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/08/09(水) 23:15:02.35 ID:JoA81wv70
「………もぉ〜〜〜!!片付けても片付けても減らないじゃん!!!」

たっぷり20秒ほどのフリーズを経て──この間に加賀は双子が買ってきた一リットルの御茶のボトルを空にしてサンドイッチ二つを一口で平らげた──ようやく蘇生した鈴谷が悲鳴を上げる。彼女は丸一晩の格闘で減らした分より更に増えた書類を見て、半ば本気度の高い涙を浮かべていた。

鈴谷の名誉のために断っておくと、彼女の事務処理能力は決して低くない。寧ろこの警備府では加賀に次いで高く、活字を読んでいると3分おきに睡魔に襲われる体質の金剛と比べると10倍ぐらいの速度で仕事を片付けてくれる。まぁ「得意と好きはイコールでは結ばれない」とは本人談だが、普段の言動に反して「好きじゃないから雑にやる」という性格でもない。

早い話、鈴谷が音を上げてしまうほど作業量が膨大で処理が追いつかないというのが現実だ。

「最近は一束書類を片付けたと思ったら二束追加されるって感じでキリが無いよ、ほんっと勘弁して!!」

「こういった裏方の仕事も立派な艦娘としての努めよ。ましてや、今週は貴女が秘書艦なのだからこういうこともしっかりやって貰わないと」

「でも一番の役割は深海棲艦をやっつけることっしょ?やっぱこんなに書類仕事ばっかりなのはおかしいよ〜〜……」

「それだけ世界が大変ということね。口を動かす前に手を動かさないと、益々仕事が溜まるんじゃないかしら」

「……加賀さんの意地悪!」

むくれ面になりながらも、再びペンを取り膨大な机仕事との格闘を再開する鈴谷。加賀はしばらくその姿を見つめていたが、やがて一つため息をつくと一束の書類をボールペンと共に手に取る。

「提督、他の業務ができるまで私も此方を手伝うわ。……貴方も鈴谷も昨日から働き詰めだし、肝心なときに倒れられても困るもの」

「いっええい!加賀さん最高、流石一航戦!よっ、鎮守府一のいい女!!」

「貴女調子がよすぎないかしら。……まぁ、いいけれど」
18 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/08/09(水) 23:24:23.41 ID:JoA81wv70
少し大袈裟に囃し立てる鈴谷を呆れた風で、しかしまんざらでも無い様子でいなしながら仕事へと取りかかり始める加賀。
まるで仲の良い姉妹か十年来の友人のように気心の知れたやりとりを交わす2人を横目に、俺の視線は再び机の上に積もる紙の山へと戻っていた。

胸の内に渦巻く暗い気持ちは、単に一向に片付かない仕事に絶望していた先程までのものと少し毛並みが違う。

「…………」

手にとって開いた資料の一冊。世界の………もう少し厳密に言うならヨーロッパの「大変な情況」を記したそれのページを捲っていく。

(………酷い有様だな)

ほんの少し紙上に視線を滑らせるだけで、次々と目に入ってくる惨状、悲報、そして東欧連合軍の苦境を示す数々の文章。陥落、敗退、壊滅といった陰気な単語がそこかしこに並び、死者や負傷者を示す数字は3桁で済んでいれば奇跡と言っていいほど常に大きい。ヨーロッパ全体を撮した地図は、中央のフランスとドイツに跨がる地域の広い範囲とスウェーデン、フィンランドの一部が黒く塗りつぶされている。

リスボン沖事変、その後に激増した小規模な襲撃、そして今回の北欧大規模強襲。

たった一ヶ月で、欧州方面における戦況は激変した。

ドイツとフランスは保有艦娘の九割を失い首都を追われた。ルクセンブルク、ベルギー、デンマークは国土全域と通信が途絶し、奇跡的にアムステルダムとの通信が回復したオランダも戦況は絶望的で風前の灯火だ。スウェーデンとノルウェーにも深海棲艦が上陸し、フィンランド等を加えた北欧連合軍もじりじりと後退を繰り返している。

経済面での損失は天文学的な数値に昇り、在留邦人を含む犠牲者の数は二千万人を下らない。独ソ戦におけるナチス・ドイツ側の死傷者が1000万人強と言われているが、その倍以上の人間がたった2週間でヨーロッパの大地から消えた。

そして、ベルリンにおける戦いでの「軽巡棲姫の撃沈」と、直後に発生した深海棲艦の全体的な攻勢の鈍化がなければこの被害は更に甚大なものになっていたという。
19 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/08/09(水) 23:32:46.13 ID:JoA81wv70
資料の最後のページに挟まっていた、画質の荒い一枚の写真をクリップから取り外して近くで眺める。

写っているのは一人の男の上半身。気怠げな目付きでカメラのレンズを見つめる顔立ちから察するに俺や双子より一、二歳若いか同じくらいの年齢だろう。胸から下げた黒色の逆さ十字のペンダントが重たげに見えてしまうほど身体の線が細く、軍人と言われても俄には信じがたいぐらい写真を見る限りでは「華奢」だ。

( ´_ゝ`)「人は見かけによらないとはよく言ったもんだな」

「全く」

いつの間にやら背後に回り資料を覗き込んできていた兄の方の言葉に、頷いてしまう。実際この写真を第三者に見せつけても、写っている陸軍少尉が生身で深海棲艦の【姫級】を撃沈した英雄だなんてきっと誰も信じられない。

「軽巡棲姫を“白兵戦で斃した”ってだけでもとんでもないが、別の資料によるとリスボン沖の時に艦娘の到着まで陸軍戦力のみで深海棲艦を食い止めた経験もあるらしい。ポーランド軍の介入までベルリンが陥落せず持ち堪えたのも、この陸軍少尉の指揮が大きな要因だって話だ」

( ´_ゝ`)「………」

「………」

( ´_ゝ`)「盛られてるだろ。流石に」

「だわな」

一瞬顔を見合わせた俺達は、同じ結論に行き着いて頷き合う。某小説サイトのチート転生軍師系主人公じゃあるまいし、それほどの大戦果を挙げられる人間がそうそうこの世にいてたまるものか。

しかも当時ベルリンに展開していた戦力は、10台未満の第3世代戦車と大半が警官で構成されたイベント警備のための人員だったという。そんな戦力、深海棲艦どころかそれなりに武装が整っていれば同じ人類の軍隊が相手だったとしても30分と保たずに壊滅する。

( ´_ゝ`)「妥当なところで言えば情報が錯綜する中で尾鰭が付いた都市伝説ならぬ戦場伝説、か」

「夢のない結論だけどな。本当にそんな変態がいたら俺は密室で【八仙飯店の人肉饅頭】10時間ループ耐久やってやるよ」

(;´_ゝ`)「…………なんてもん見てんだよ」

「正直二度と見たくない」

サスペンス映画としては普通に面白かったのが悔しい。

アンソニー=ウォンって凄い役者なんだな。
20 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/08/09(水) 23:39:01.46 ID:JoA81wv70
「だいたいな、そんな人外じみた軍人が本当に居たとして………」

喉まで出かかった台詞の最後の部分を飲み込む。例え言葉にしようがしまいが変わらない現実だと解っていても、やはりそれを「自分の声で」形にすることは躊躇われた。

そう、認めたくない。

もし演義版三国志の諸葛亮孔明やキングダム版李牧が裸足で逃げ出すような、或いはF○Oで英霊として出てきかねないようなレベルの軍人が遠く離れたヨーロッパに実在したとして。

そんな化け物じみた存在を持ってしても、なおこれほど途方もない損害に「留める」事が限界だったなんて、それこそ夢も希望もない。

「………」

人類が滅亡する────子供の頃にやたら話題になっていた【ノストラダムスの大予言】に始まり、そんな話は何度も耳にしてきた。科学的根拠のない戯れ言として、或いは友人たちとの交流を盛り上がる余興として笑っていたそれが、まさか“本当に起こりえる情況”になるとは一度だって想像したことはなかった。

今はまだ、この日本からは遠く離れた地での出来事ではある。だけど今回の事例を見れば解るとおり、ここに積み上げられた書類の中に記された諸々が10分後の日本で起きないという保証は全くない。横須賀が、沖縄が、東京が、そしてこの大洗が、瞬き一つの間を置いて戦場になったとしても何の不思議もない。

「……っ」

瞼の裏に、次々と光景が浮かぶ。燃え盛る警備府の建物が、崩壊した大洗の街並みが、瓦礫の山の中で倒れて動かない門番二人の姿が。

そして、敵の砲撃を四方八方から浴びて沈んでいく、加賀や鈴谷や、他の艦娘達の姿が。

今、当たり前として過ごしている日々が突然炎に飲み込まれる有様。その光景は寝不足からくる白昼夢とするにはあまりにも生々しすぎて、背筋に巨大な氷柱を押し当てられたような寒気が全身を包み込んだ。
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