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食蜂「さよならが迎えに来ること」
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53 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/27(木) 22:45:06.65 ID:aDbJZUbB0
上条も、傍で覗いていた美琴も、世界が漂白されたような無音に支配され、何も言えずにその現実を目に焼き付ける。
3秒後、食蜂は顔を下げ、呆然としている彼を真正面に捉える。
「初めてじゃ、ないわよ」
右目から、細い涙が垂れ落ち頬を伝った。
「初めてじゃないわよ! 何回も何十回も会ってる! その度にあなたは私のことを忘れちゃうのよぉッ!」
それが合図だと言わんばかりに、彼女の口から感情の激流が溢れ出す。
54 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/27(木) 22:47:20.20 ID:aDbJZUbB0
「忘れ、る?」
「そうよ! いい? あなたは過去、私の命を救うために瀕死の重傷を負ったのよ。その時に私の能力の影響で脳の記憶の経路が破損。私のことを認識できない体になっちゃったのよ! 私の大切な人っていうのはあなた。世界で一番大好きな人っていうのは、あなたのことなのよぉッ!」
ボロボロと涙を零す彼女を見て、美琴の記憶にとある言葉が蘇ってきた。
ー私が説明しても彼忘れちゃうんだからしっかりしてよねえー
エレメントの襲撃。学園都市を摂取50℃超えの大熱波が襲ったあの日、常盤台中学の食堂に集まった自分と上条に対して、彼女が言っていたこの言葉。
その時は引っかかりを覚えつつも、深く意識せず聞き逃したこの台詞に、そこまでの悲劇が込められていたことなど美琴は想像できなかった。
55 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/27(木) 22:49:33.37 ID:aDbJZUbB0
「ふざけないでよ! さっきから人の心を無視したことばっかり言って! 初対面の人? そんな風に思える誰かが居て幸せ? その大切な人に覚えられない悔しさがあなたに分かるの?! この1年と、今日だって、あなたと御坂さんがどんどん仲良くなっていくの見て、私がどんな気持ちだったと思う? あなたの大切な人の中に、私がいないのがどれだけ辛いのか分からないでしょぉッ!」
止まらない涙と、迸る思いの礫を叩きつけられるがままの上条は、口を開き、何も発せないままただ為すがままに彼女の激昂の的になる。
「私だって! 私だってあなたの幸せを願いたいわよぉッ! おめでとうって、言いたいのよ。それなのに、あなたはそれすら私にさせてくれない。私が何を言ってもあなたの中には残らない! もう少ししたら、さっきのキスどころか私の顔すら思い出せなくなるのよぉ! 何でよ! 何であなたの中に私はいないのよぉ! こんなに好きなのに、こんなに想ってるのに、何で……」
食蜂は水滴を散らし、立ち上がり、走り去った。上条は微動だにせずその場で固まり、美琴は物陰の自分に目もくれず走り去る彼女の背中を眺める。
56 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/27(木) 22:53:21.46 ID:aDbJZUbB0
(何やってんだろう。私)
石階段を上がり、アスファルトの土手を走る彼女の脳内に、理性が語りかける。
(あんなこと言ってもあの人は覚えられないのに。あんなこと聞かなくても、十分分かってたはずなのに)
彼の心が美琴に傾いていることなど、とっくに知っていた。
それなのに、してしまった愚かな質問。その結果得られたものは、空っぽのキスと行き場のないこの悲しみ。
57 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/27(木) 22:57:03.16 ID:aDbJZUbB0
(ああ。そうか。結局)
彼の幸せだけを願っていたはずだった。心からの笑顔で迎えたいと思っていたはずだった。彼のように、まっすぐになりたいと誓ったはずだった。
(期待してただけなのね。いつか、自分の元に帰ってくることを)
信じたくなかった。
彼が自分を思い出さないまま、誰かのものになるなんて。
自分の力を持ってしても、捻じ曲げられなかったそれを、受け入れるなんてとても無理だった。
いつか必ず自分を思い出し、そして、ずっと側にいてくれる。
その願いは。
その幻想は。
今日、完全に砕かれた。
58 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/27(木) 22:58:26.81 ID:aDbJZUbB0
「何よ……何なのよぉ……」
大きく息を荒げながら彼女は立ち止まり、膝をつく。そして、アスファルトに落ちた雫の染みを見て、その場にしゃがみ込んだ。
彼にとって完全な過去となった辛さ。
自分の誓いを裏切った弱さ。その悔しさ。
ー当たり前だろ。また、来年もよろしくなー
59 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/27(木) 23:00:10.54 ID:aDbJZUbB0
記憶の中で、そう言って笑う彼の幻影。その背後で咲き誇る花火。
その全てが、胸を焦がす黒い炎に変わり、粘つく吐き気を引き起こす。
「嘘ばっかり……」
拭う袖がふやけてもまだ、絶望と自己嫌悪に溺れた自分の救いにはならなかった。ただ垂れ落ちる水滴が、浴衣の黒地に吸い込まれては消えていった。
「ねえ」
背後からの声に彼女は顔を上げ振り向く。
「御坂、さん?」
60 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/27(木) 23:02:00.58 ID:aDbJZUbB0
憐憫の目でこちらを見る美琴がそこに立っていた。食蜂は頬のわだちを拭き取って立ち上がる。
「さっきの話、本当なの? アイツがアンタを記憶できないって」
食蜂は息を呑んだ。そして顔に、簡易工事の笑顔を組み立てる。
「ヤァだ。覗き聞きしてたのぉ? 御坂さん趣味力悪いわよ? ひょっとして全部見てた? ならごめんなさいねぇ。あの人の唇私が先に奪っちゃった☆ でも、どうせすぐ忘れるから心配しないでぇ」
いつもの様なお惚けた素ぶりも、全てを知った今では空疎しか感じられなかった。美琴は無言で彼女を見る。
61 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/27(木) 23:04:17.76 ID:aDbJZUbB0
「アラァ? 顔が怖いわよぉ? 別にいいじゃなぁい。両思いなんだし、これからキスなんて腐るほどできるわよ。あんなことやそんなことだってねぇ。気が済まないんなら好きにすればいいわ。殴って気が晴れるんならやって見なさいよぉ。ホラ」
此の期に及んでこんな最低な台詞が口から出る自分に、心底見下げ果てながらも笑顔は崩さなかった。美琴は足を前に出す。今ならどんな痛みでも受け入れる覚悟ができていた彼女は、眉1つ動かさなかった。
だが美琴は食蜂に人差し指を指し、下から睨むような体制で彼女に告げた。
「殴りはしない。その代わり、これから1つ言うことを聞いてもらうわ。拒否権なんかないのは分かってるでしょ?」
冷たい怒りと、奥底に憂いを秘めた瞳に睨まれた食蜂は、何も返せずにそのまま彼女の言うことに耳を傾けた。
62 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/27(木) 23:05:48.37 ID:aDbJZUbB0
※
何かが、掌をすり抜けていった気がした。
上条はただ自分の右の掌を見つめ、そう感じた。
「おっと、今何時だ?」
不意にポケットから携帯を取り出す。花火が上がるまであと30分を切っている。
63 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/27(木) 23:07:17.42 ID:aDbJZUbB0
「ヤベッ。行かないと」
これから逸れた美琴を探していたら、一緒に花火を見るのに間に合わないかもしれない。焦りを覚えた彼は素早く立ち上がった。
「何やってんのよ」
左手から、今から探そうとした声が現れた。彼は視線を移す。手を腰に当てた美琴が呆れ顔でそこに立ってちた。
「全く。また余計なトラブルに巻き込まれたわね」
「わ、ワリィワリィ。迷子になった女の子とその連れ探しててよ」
64 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/27(木) 23:08:43.82 ID:aDbJZUbB0
「ふーん。アンタ1人で?」
「ああ……いや、途中で誰かに助けてもらったけど、誰だったっけ? 思い出せねぇや」
「……そう」
美琴は息を吐き、彼の隣に座った。また吹き出した夜風が、川面を震えさせ月の破片を広げていく。
「もうすぐ花火だな」
「そうね」
65 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/27(木) 23:10:05.36 ID:aDbJZUbB0
何でもない会話で間をつなごうとするが、すぐにそれは途絶えた。それでも尚、2人の間の沈黙は心地よく、甘い匂いを秘めている。
「なあ」
上条は用意された言葉の中から、迷わずそれを取り出した。
「俺お前が好きなんだよ」
夜風と静謐が、2人の間を埋めていく。余りにも自然な選択の後に、歯止めの効かない想いの流出をコントロールしながら、拙い言葉で続きを言っていく。
66 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/27(木) 23:11:15.10 ID:aDbJZUbB0
「す、好きつっても、あれだぞ? 先輩後輩とか、そう言うんじゃねぇからな? だから、その」
「分かってるわよ」
美琴も落ち着いた様子で、躊躇いのない想いを告げた。
「私も、ずっとアンタのこと好きだったから」
彼女は眩しく笑った。上条の顔が、急激に血の気を帯びる。
67 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/27(木) 23:12:18.43 ID:aDbJZUbB0
「え、えええええええええッ?! え、嘘?! い、いつからでせうか?」
「本当に気づいてなかったんだ。もう1年も前から、ずっと好きだったんから」
「い、1年。あ、てことはつまり」
「今日から新しい関係、よろしくね」
美琴は膝を折り曲げ、その上に頭を乗せながらそう言った。
68 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/27(木) 23:14:50.88 ID:aDbJZUbB0
「あ、ああ。任せろ。何があっても絶対不幸にはさせねぇよ」
「アンタが言うと説得力なさ過ぎるわ」
「オイ! 本当だよ! 幸せにするから!」
美琴は笑い、それにつられて上条も笑い出す。何者にも邪魔できない幸せが、誰にも絶つことのできない繋がりが、2人の間に満たされていった。
「それじゃあ」
彼女は彼に詰め寄り、人差し指を指した。
「彼女として最初のお願いよ。ちゃんと聞いてくれる?」
69 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/27(木) 23:16:36.48 ID:aDbJZUbB0
※
「……えっと、さっき美琴と別れたのがあの辺、か?」
上条は人混みを中を潜るように走っていく。花火が上がるまでもう20分もない。人々の熱気も上がっていき、屋台の混雑も極めて行く中、彼は携帯のメモ帳に記した事柄を随時確認していく。
(これからみんなで花火を見る約束をしてるんだけど、そこに誘ってやりたい奴がいるの。名前は食蜂操祈。ちゃんとメモっときなさい)
「ったく、メモなんかしなくてもそれくらい大丈夫だよ」
姿の見えない彼女に対して愚痴る彼は、立ち並ぶ屋台を見渡し特徴を掴もうとする。こうして見るとどれもこれも似通った光を放っており、分かりづらいなどと思った。
70 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/27(木) 23:18:14.79 ID:aDbJZUbB0
(さっきアンタと別れた場所の近くにあった、風車を売ってる屋台の側で待たせているわ。黒地に白い菊こしらえた浴衣を着てる、無駄な胸の脂肪が特徴的な女よ。そいつをちゃんと、私たちの待ってる土手に連れてきて)
「おいおい。どれだよ風車売ってる屋台って」
湧き出る汗が焦りも引き連れて肌を伝う。背後で焼いているケバブの匂いと煙を振り払い、彼はまた進み出す。
(ああ。良いけど、友達なのかそいつ?)
(……冗談。この世で1番反りの合わないクソッタレよ。今日でより確信したわ)
「あ、あった! あそこか!」
71 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/27(木) 23:20:22.61 ID:aDbJZUbB0
上条は人混みの向こう、左斜め前方に目的の屋台を見つけ、そこへ走り出す。
(ええ、じゃあなんで?)
(別に。ただ)
ようやくたどり着いた屋台の手前で、膝をつき息を整えた。顔を上げると、屋台の隣の石椅子に座っていた見知らぬ少女が、こちらを驚いた目で見て、立ち上がっていた。
(アンタが誰かを悲しませている姿なんか、見たくないのよ)
72 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/27(木) 23:21:25.45 ID:aDbJZUbB0
上条はその少女に目を凝らし、携帯のメモ帳を再度確認する。
その少女、食蜂操祈は、顔を俯かせて彼と目を合わさないようにした。
(何をやりたいのか分からないけど、無駄よ。彼はもう私を忘れている。帰ってくるのはいつも通り、誰だっけーーー)
上条は、彼女に語りかけた。
73 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/27(木) 23:22:37.91 ID:aDbJZUbB0
「……食蜂、操祈。だよな?」
74 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/27(木) 23:25:41.47 ID:aDbJZUbB0
不意に吹いた夜風が、彼女の背後にあった風車たちをカラカラと回した。それから数秒の間、空白の世界が2人を包んだ。
「あの、えっと……え?」
上条は息を止めた。目の前の彼女の瞳から、大粒の涙が溢れていた。取り乱すでも顔を歪めるでもなく、ただ自然に身を任せて流れ出したそれは、静かに頬を垂れていく。
「おい大丈夫か?! なんかあったのか? あのさ、美琴が向こうで花火を一緒に観たいって言ってんだけど、食蜂さん? アンタで間違いないよな?」
彼女は涙を拭い、華やかに笑う。
75 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/27(木) 23:26:57.70 ID:aDbJZUbB0
「ええ。そうよ。私が食蜂操祈。よろしくねぇ」
余りにも眩いその笑顔に彼はたじろぎながらも、すぐに美琴の顔を思い出し気を引き締めた。
「オッケー。そしたら、一緒に」
言い終わる前に、食蜂は彼の手を握り、引き寄せる。
「行きましょう。一緒に☆」
そう言って食蜂は彼を連れて走り出した。彼は戸惑いながらも手をしっかり握り、彼女についていく。その確かな彼の温もりが、彼女の顔を消えない笑顔で埋め尽くしていく。
76 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/27(木) 23:29:07.33 ID:aDbJZUbB0
自分を思い出しわけじゃない。
この瞬間は幻想に過ぎない。
それでも、人の心は、たったこれだけのことで軽くなれる。
愚かで、甘く、何よりも愛しい。
人混みを駆け抜ける2人の姿に、時折過去の瞬間が織り混ざっていく。
風車のように、くるくると巡り回っていく。
もう戻らないその時を、噛みしめるよう彼女は前に進む足に、力を込めていった。
77 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/27(木) 23:31:09.93 ID:aDbJZUbB0
※
「ねえねえ上条さん! どうなんですか?! 遂に御坂さんと……」
美琴たちと合流し、川辺の土手で花火が上がるのを待っている上条は、目を輝かせる佐天に詰問を受けていた。彼の背後にはスフィンクスに乗ったオティヌスが、憂いと歓迎を織り交ぜた笑みでその様子を見ている。
「その、まあ、この度彼氏になることになりました」
「うわあ〜! おめでとうございます! 長かった! ほんっとうにおめでとうございます!」
「ふえぇぇ。い、いよいよ御坂さんも……」
上条の右手としっかり握手しながら賛辞を述べる佐天と、その横でトマトのように紅潮させた顔を両手で包む初春。だが彼はそれよりもその後ろで冷ややかな目をしている黒子が気になって仕方なかった。
78 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/27(木) 23:32:50.68 ID:aDbJZUbB0
「あのさ、白井。これは決して邪な感情とかなわけでは」
苦し紛れな弁明をしようとする上条に向け、黒子は微笑んだ。
「おめでとうございます上条さん。お姉様のこと、よろしくお願いしますわね」
想像より遥かに柔らかい対応に彼は安心と肩透かしを覚え、ああ、と少し間抜けた口調で言った。
「ねえねえ。聞かせてくださいよ〜。上条さんいつから御坂さんのこと好きだったんですか〜?」
「え? いやあそれは」
「まあ今年の春くらいからは既にお花畑になってたんじゃないか? 私に言ってきたもんな。御坂を見てると胸が苦しいって」
79 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/27(木) 23:34:21.25 ID:aDbJZUbB0
「オティヌスさああああああん?! そういうプライベートは謹んでいただけませんか? その辺を汲んでこそ理解者だよね?!」
「きゃあああっ! 青春ですなぁ。オティヌスさんでしたっけ? 詳しく聞かせてくださいよぉ」
そうして会話を続ける上条と佐天とオティヌスを横目で流し、初春は黒子の元に向かった。
「いや〜白井さんも大人な対応ができるように」
初春はそこで言葉を噤んだ。黒子は唇を噛みしめ、瞳に涙を溢れさせていた。
80 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/27(木) 23:35:49.36 ID:aDbJZUbB0
「うわあああああああああん!!! お姉ざま〜!!! あああああああああ!!!」
自分の胸元に飛び込んできた黒子を、初春は何も言わずに抱き返した。
そこから少し離れた所で、土手に腰掛ける食蜂は、そのやりとりを見ながら笑みを浮かべている。目元をよく見ると、微かに赤く腫れていた。
「目ぇ腫らしちゃって。ちゃんとアイツに名前、呼んでもらえた?」
振り返ると、腰に手を当てている美琴がそこに立っていた。彼女は何も言わず食蜂の右隣に座る。
81 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/27(木) 23:37:24.78 ID:aDbJZUbB0
「ええ。でも、どういうつもりなの?」
食蜂の質問に、しばしの沈黙を挟んで美琴は答える。
「アイツがアンタを記憶できなくても、さっきみたいに人伝の情報として、ちゃんと記録すれば大丈夫ってことが分かったじゃない。こうやって私みたいな人を増やして、アンタを覚えるようにしていけば、いつか、アイツの脳にも変化が起こるかもしれないわ」
彼女は溌剌とした声でそう言う。食蜂の目が大きく見開いた。
「1人で抱え込んでんじゃないわよ」
82 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/27(木) 23:38:28.48 ID:aDbJZUbB0
美琴は薄く笑う。
「私も手伝ってあげるわ。アイツがアンタを覚えてくれるようになるのを」
抑えられない戸惑いが顔を伝っていく。食蜂は堪らずか細い声で彼女に聞く。
「何で、あなたがそこまで」
美琴は先ほどとは違う、悪戯げな笑みを口に貼り付けた。
83 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/27(木) 23:39:44.20 ID:aDbJZUbB0
「弱みを握っとくことに越したことはないでしょ?」
これ以上ない、最良の返事だった。澄み渡るような安心を次第に取り戻した食蜂は、同じく悪戯げに笑う。
「あなたのそういうとこ、本当に嫌いだわぁ」
周囲には人だかりが増え始め、間も無く夜空を彩る花火に心を弾ませる人々の声が耳を覆う。美琴は佐天たちに囲まれた上条の方を見た。
「当麻ー!」
彼女の声に、彼は佐天たちに一瞥しすぐ側まで近寄る。
84 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/27(木) 23:41:34.21 ID:aDbJZUbB0
「へいへい。どうした?」
「今日は何でも奢りだったわよね? 今度はかき氷お願い。私はいちご味ね。アンタは?」
話を振られた食蜂は驚いた表情をする。
「分かったよ。で、そちらの人は……」
「食蜂操祈。私の同級生」
美琴の助力により、気を取り直したようにああと言った彼は食蜂を見る。
85 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/27(木) 23:42:39.80 ID:aDbJZUbB0
「食蜂は何がいいんだ?」
彼の呼びかけに、食蜂は無邪気な笑みで答える。
「レモン味で、お願いするわぁ」
了解、と言った彼はそのまま屋台の方に向かおうとする。そんな彼を背後から美琴が引き止めた。
86 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/27(木) 23:43:47.25 ID:aDbJZUbB0
「あ? 何だよ」
「アンタ、今のちゃんと携帯のメモに書いてなさいよ」
「はあ? さっきから上条さんの記憶力をバカにしてるんですか? それくらい大丈夫だって」
「当てになんないから言ってんのよ。いいから書きなさい」
執拗な促しに渋々携帯を取り出す上条。そんな2人のやり取りを見て、食蜂は静かに笑う。
87 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/27(木) 23:48:22.56 ID:aDbJZUbB0
(そう。あなたは私を思い出したわけじゃない。そうやってまた、何度も忘れちゃう。仮に私を思い出せたとしても、もうあなたは、私の側にはいられない)
食蜂は夜空を見上げた。闇に浮かぶ点々とした星と、灰色にちぎれた雲の残像。後5分もすれば色鮮やかな火の花で埋め尽くされるそれを見ながら、胸に淡い思いを描いていく。
(でも、やっぱり私は諦められない。何度でもあなたに会い続けて、いつか本当に私を思い出せる日が来るのを、待つことをやめられないの)
彼女は手を伸ばし続ける。
届かない光に焦がれても尚、奇跡を祈り続ける。
何度もさよならを重ねた奇跡の先に、本当の未来が待っている。
そこで、今度は自分の口から、ちゃんと別れを告げよう。
88 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/27(木) 23:50:05.92 ID:eNYaz+pq0
期待!!!
89 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/27(木) 23:50:41.70 ID:aDbJZUbB0
だから、
「さよならが迎えに来ること」
最初から分かっていたとしたって。
もう一回。もう一回。
何度でも君に会いたいーーー
90 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/27(木) 23:55:48.16 ID:aDbJZUbB0
※後書き
最後まで読んで頂いた皆さん、本当にありがとうございます。
暑気厳しき折柄書かれたこのSSですが、最後の引用と、タイトルからお分かりの通りMr.Childrenの「HANABI」をモチーフにして作りました。
というのも、新約11巻で食蜂さんの悲痛な過去が明らかになった後、この曲を聴いた時、僕の中で歌詞シンクロ率がエラいことになり(特に2番のサビ全部)いつかこの2つを掛け合わせたいと思っていたのです。
あと、前作(白垣根「花と虫)の感想の中で「長すぎワロタ」という旨の書き込みあったので、今作は比較的コンパクトに、贅肉を落とし短くまとめることを心がけました。夏休みで暇のある方、お盆休みでやることのない方などは、片手間でも読んで頂ければ幸いです。そんな暇のない方は暑さとブラック上司に負けないよう、お仕事頑張ってください。
このSSはMr.Children25周年と、コード・ブルー −ドクターヘリ緊急救命−と、ガッキーと、食蜂さんが原作でも救われることを応援しております。
それでは、ご視聴ありがとうございました!
91 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/28(金) 02:03:25.22 ID:saJf3tKA0
おつ
92 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/28(金) 02:31:10.91 ID:r79qHEi00
乙
面白かった
奇跡を待つ食蜂も、文字通り死ぬ程頑張ってる御坂も、二人とも良かったと言える結末になればいい
93 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/28(金) 02:47:26.94 ID:jMa04VO60
おつおつ 切ない
面白かったです
94 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/07/28(金) 22:40:16.40 ID:yWAPR9Tm0
かなり良かった
乙でした
95 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/29(土) 22:35:42.30 ID:BLrGqJaQ0
おつ
でも上食関係ないよね
96 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/29(土) 23:50:48.41 ID:MFJQ86fUo
おつおつ
こういうの好き
97 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/30(日) 09:31:59.68 ID:W5jABr2d0
美琴は本編で健気に上条さんのため身体張り続けた甲斐があったか
98 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/29(火) 16:30:10.05 ID:i9u4MJdW0
乙でした!!
99 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/09/04(月) 22:04:36.44 ID:shOLd5a30
原作でも救われて欲しいなぁ
100 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/01(日) 07:02:12.30 ID:ls7MlKw50
禁書3期か・・・・・・
101 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/08/21(火) 11:05:25.06 ID:gwOzHmfU0
新約18巻の御坂と食蜂の合体シーンが浮かんだわ
奇跡を待つ食蜂と必死で追い着こうとする御坂
どうして常盤台のレベル5のお嬢様はこんなにも一途で健気なのだろう
102 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/08/21(火) 15:31:00.63 ID:dHNIesPt0
このSSスレまだ残ってたのか
良いSSだったな
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