周防桃子「Brand New Start Line!」

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11 : ◆kiHkJAZmtqg7 [saga]:2017/07/25(火) 18:42:51.02 ID:P4f8FAPh0


 舞台裏、ステージが始まる直前。ここからでも感じ取れる期待を受け止めながら、桃子は震える手をぎゅっと握った。

「緊張してるか?」

「ぜんぜん。だって桃子、これくらいの舞台なら慣れっこだもん」

 自分を鼓舞するついでに強がってみせる。アイドルとしての仕事だってたくさん経験してきた。初めてのステージの時よりずっと、アイドルのなんたるかを分かってきたはずだ。だから、もうちっとも恐れない。

「……こほん、今日のステージは、アイドル周防桃子の新しいスタートだ! 桃子の魅力、余すことなく全部ぶつけてこい!!」

 お兄ちゃんも桃子を鼓舞する。それに乗っかるように、桃子は力強く一歩を踏み出した。

「会場のお兄ちゃんたちに、お姉ちゃんたちー! 今日は桃子のステージに来てくれてありがとね! 一瞬でも目を離したら後悔する夢の世界にご招待するから、ちゃんと見ててよっ!」

 最初の口上。沢山のお仕事で猫をかぶってきた桃子じゃない、ただの周防桃子の紡ぐ声音と言葉を発した直後、ほんの一瞬だけいやなイメージが頭に浮かぶ。みんなが桃子に興味を失ったりしないだろうか。この熱気が無くなったりしないだろうか。

 それは自分を押し込めることに慣れきってしまったが故の桃子の恐怖だ。だけど、ああ、そうだ。桃子は弱音なんて吐かない。このステージで、みんなも桃子と同じ夢を見てくれる。同じ夢を見せてみせる。

 桃子は桃子でいい。……そうだよね、お兄ちゃん。

「今日の曲は桃子の新曲! ……期待、してなさいっ!」

 怖くない! 信じたい! その気持ちをありのまま――叫べっ!!

「MY STYLE! OUR STYLE!!!!」

 会場いっぱいに届くくらいの、全力で歌い始めた。今まで歌ってきた曲とは違う、パワーのある歌い出し。空気が変わるのを感じた。みんながペンライトを振る、その勢いも強くなる。ところどころ沢山の明るいオレンジの光が見える場所もあった。

 ウルトラオレンジ。最高に力強い、桃子の色だ。用意してくれてたんだ。

 無限に爆発するみたいにどんどんとパワーが溢れてくる。もう、止まらない。キラキラとまばゆいくらいのあの光に負けない……ううん、押し勝つくらいに、桃子だってもっともっと光り輝くんだ!

 歌もダンスも、信じられないくらいに力がこもる。今までのどんなレッスンよりも上手くできてるって自信がある。

 ステージの上で歌い踊るのは桃子ひとりだけ。でも決して独りじゃない。みんながいる。この輝きを、この場所のぜんぶが一体となって作ってる。

 曲の終わりが少しずつ近づいてくる。落ち着いた曲調へと移り変わるCメロに、歌っていながら少しだけ視界がぼやけるのを感じて、すぐに拭った。もっとみんなを見ていたい。一緒に笑っていたい。

 最後のサビ、出し惜しみなんて絶対にしない。最高に無敵なこの気持ちのままに、声を届けなくっちゃ。

 これからみんなと一緒に駆け出していく……遠く遠く未来へと。こんなにも大きな一歩を踏み出させてくれた人たちに、もう一度伝えるのだ。桃子の笑顔で、桃子の言葉で。

「期待してなさいっ!!」

 だって桃子は、これから今よりもずっとずっと素敵で魅力的なアイドルになっていくんだから。

 曲が終わり、桃子の全身を包むみんなの声に心がどんどんとあたたかいもので満たされていくのを、ただ、じっと立ったまま感じ続けた。
12 : ◆kiHkJAZmtqg7 [saga]:2017/07/25(火) 18:44:12.91 ID:P4f8FAPh0
「すぅ……はぁ…………!」

「おつかれ、桃子。今までで一番のステージだったぞ」

 それは当然だ。桃子にも最高のパフォーマンスができたという自負がある。そして、それをこれからも超えていくという気力も。

「お兄ちゃん……やっぱり桃子、満足できない」

 だけど、もやもやする。足りないのだ。貪欲で、子供じみた桃子の欲張りが、このステージはまだ完全じゃないって感じてる。

 どうして、と呆気にとられているお兄ちゃんの目をじっと見て、熱意のままに言葉を投げた。

「お願い、もう一曲、歌わせて。歌いたいの!」

 公演はもう終わった、なんてことはわかってる。だからこれはただのワガママ。幸せだった時間をもっと引き延ばしていたい、ひどく子供じみたワガママだ。

 それでも、桃子は願った気持ちに正直でいたい。そうすることが一番だって教えられたから。せめて口に出すことだけはやめたくなかった。

 お兄ちゃんはきょとんと目を丸くして、数秒遅れに笑みを深めた。心底までに嬉しそうに。

「確認、取ってくる。ちょっと待っててくれ」

 言葉とともに、すぐさまどこかへ連絡を取り始めた。他のスタッフさんか、あるいは美咲さんだろうか。劇場の運営に関しての裁量はお兄ちゃんに任されているから、誰にどういった連絡を取っているのかはすぐには見当がつかない。

 相手には届かないだろうに、大きく頷きながら何事か話している。お兄ちゃんの高揚っぷりは、人のことを言えない立場の桃子もちょっとだけ笑えてしまうほどだった。

「よし、OKだ! 桃子、今すぐステージに上がっていいぞ!」

「い、今すぐ?」

「アンコールも待つのもいいけど、お客さんが一人でも帰っちゃったら勿体ないだろ?」

 ああ、そっか。本来なら公演はもう終わってて、だからみんないつ帰ってもおかしくない。いや、もしかしたらもう帰ってしまった人もいるかもしれないのだ。

 さっきまではなかったはずの空席を見つけてしまうなんて、そんなの寂しすぎる。来てくれた人には一人残らず桃子のパフォーマンスを見届けてほしい。

「それじゃあ、行ってくるね」

 閉じていた幕がもう一度開いて、桃子がステージに駆け上がる。客席を見渡して……空いてる席は、見つからない。

「あ……」

 名残惜しげに誰もいないステージを眺めている人、余韻を味わうように腕を組んでいる人。公演は終わったのに席を離れられなかった、このステージをもっと楽しんでいたい……桃子と同じ願いを抱く人たちがそこにいた。こんなにも、たくさん。

 どうしよう、それがこんなに嬉しいなんて。なんだかすっごく素敵なものを貰ったような気持ちで胸がいっぱいになる。

 それじゃあ、貰ったものをまるごと……ううん、二倍にも三倍にもしてお返ししなきゃ。

「みんな、まだ帰っちゃダメだからね! 桃子がせっかく夢の世界に連れてきてあげたんだから、もっともっと楽しんでもらわないと!」

 叫ぶ。どよめきと、驚きが劇場を包んで、それは少しずつ歓声へと変わっていく。

「桃子からのサプライズ、まさか受け取らない人なんているはずないよね!」

 客席に問いかけてみれば、今度こそステージにびりびりと届いてくるほどの歓声が返ってきた。それだけでワガママを言ってよかったと思えてしまう。
 でも、やっぱりまだ足りないよね。桃子、歌いたい曲があるんだ。

 桃子の始まりの曲、今までと全然違う気持ちで歌える気がするの。ずっと、桃子を隠すための夢と飾りでできていた曲だった。

 だけど、今は違うよ。どんな夢の舞台も着飾る衣装と役柄も、全部桃子のモノにする。どんな桃子だって、ありのままの桃子のままで演じ切ってあげる。そう伝えるためにこの曲を歌いたい!

 大きく息を吸って、もう一度客席を見渡す。みんなが桃子を見てるから、桃子もみんなを見て、高らかに曲名を宣言するんだ。

「もう一度、ご招待してあげる! デコレーション・ドリ〜ミンッ♪」

 だからみんな、どんな桃子に出会っても、それに合わせた歓声を響かせてくれるあなたに出会わせてね。

 最高のあなたに出会うための最高の桃子で、いつだって歌い続けるよ。


 そんな宣誓を込めて、この場所が桃子の新しいスタートライン。


おしまい
13 : ◆kiHkJAZmtqg7 [sage saga]:2017/07/25(火) 18:46:04.35 ID:P4f8FAPh0
以上、ここまでお読みいただきありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけていれば、あるいは改めて桃子の曲を聴いてみよう、と思っていただけていれば大変冥利に尽きます。
14 : ◆NdBxVzEDf6 [sage]:2017/07/26(水) 00:21:27.44 ID:rXj7BQHZ0
先輩の期待してなさいへの思い好きだわ
乙です

周防桃子(11)Vi/Fa
http://i.imgur.com/TcDHeAk.jpg
http://i.imgur.com/xeQDFZa.jpg

>>11
「MY STYLE! OUR STYLE!!!!」
http://www.youtube.com/watch?v=SuXoN_7ZjpQ

>>12
「デコレーション・ドリ〜ミンッ♪」
http://www.youtube.com/watch?v=s6a3vzn_Fnc
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/26(水) 01:51:49.99 ID:8WxDaJ9yO
おつおつ
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