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周防桃子「Brand New Start Line!」
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◆kiHkJAZmtqg7
[saga]:2017/07/25(火) 18:44:12.91 ID:P4f8FAPh0
「すぅ……はぁ…………!」
「おつかれ、桃子。今までで一番のステージだったぞ」
それは当然だ。桃子にも最高のパフォーマンスができたという自負がある。そして、それをこれからも超えていくという気力も。
「お兄ちゃん……やっぱり桃子、満足できない」
だけど、もやもやする。足りないのだ。貪欲で、子供じみた桃子の欲張りが、このステージはまだ完全じゃないって感じてる。
どうして、と呆気にとられているお兄ちゃんの目をじっと見て、熱意のままに言葉を投げた。
「お願い、もう一曲、歌わせて。歌いたいの!」
公演はもう終わった、なんてことはわかってる。だからこれはただのワガママ。幸せだった時間をもっと引き延ばしていたい、ひどく子供じみたワガママだ。
それでも、桃子は願った気持ちに正直でいたい。そうすることが一番だって教えられたから。せめて口に出すことだけはやめたくなかった。
お兄ちゃんはきょとんと目を丸くして、数秒遅れに笑みを深めた。心底までに嬉しそうに。
「確認、取ってくる。ちょっと待っててくれ」
言葉とともに、すぐさまどこかへ連絡を取り始めた。他のスタッフさんか、あるいは美咲さんだろうか。劇場の運営に関しての裁量はお兄ちゃんに任されているから、誰にどういった連絡を取っているのかはすぐには見当がつかない。
相手には届かないだろうに、大きく頷きながら何事か話している。お兄ちゃんの高揚っぷりは、人のことを言えない立場の桃子もちょっとだけ笑えてしまうほどだった。
「よし、OKだ! 桃子、今すぐステージに上がっていいぞ!」
「い、今すぐ?」
「アンコールも待つのもいいけど、お客さんが一人でも帰っちゃったら勿体ないだろ?」
ああ、そっか。本来なら公演はもう終わってて、だからみんないつ帰ってもおかしくない。いや、もしかしたらもう帰ってしまった人もいるかもしれないのだ。
さっきまではなかったはずの空席を見つけてしまうなんて、そんなの寂しすぎる。来てくれた人には一人残らず桃子のパフォーマンスを見届けてほしい。
「それじゃあ、行ってくるね」
閉じていた幕がもう一度開いて、桃子がステージに駆け上がる。客席を見渡して……空いてる席は、見つからない。
「あ……」
名残惜しげに誰もいないステージを眺めている人、余韻を味わうように腕を組んでいる人。公演は終わったのに席を離れられなかった、このステージをもっと楽しんでいたい……桃子と同じ願いを抱く人たちがそこにいた。こんなにも、たくさん。
どうしよう、それがこんなに嬉しいなんて。なんだかすっごく素敵なものを貰ったような気持ちで胸がいっぱいになる。
それじゃあ、貰ったものをまるごと……ううん、二倍にも三倍にもしてお返ししなきゃ。
「みんな、まだ帰っちゃダメだからね! 桃子がせっかく夢の世界に連れてきてあげたんだから、もっともっと楽しんでもらわないと!」
叫ぶ。どよめきと、驚きが劇場を包んで、それは少しずつ歓声へと変わっていく。
「桃子からのサプライズ、まさか受け取らない人なんているはずないよね!」
客席に問いかけてみれば、今度こそステージにびりびりと届いてくるほどの歓声が返ってきた。それだけでワガママを言ってよかったと思えてしまう。
でも、やっぱりまだ足りないよね。桃子、歌いたい曲があるんだ。
桃子の始まりの曲、今までと全然違う気持ちで歌える気がするの。ずっと、桃子を隠すための夢と飾りでできていた曲だった。
だけど、今は違うよ。どんな夢の舞台も着飾る衣装と役柄も、全部桃子のモノにする。どんな桃子だって、ありのままの桃子のままで演じ切ってあげる。そう伝えるためにこの曲を歌いたい!
大きく息を吸って、もう一度客席を見渡す。みんなが桃子を見てるから、桃子もみんなを見て、高らかに曲名を宣言するんだ。
「もう一度、ご招待してあげる! デコレーション・ドリ〜ミンッ♪」
だからみんな、どんな桃子に出会っても、それに合わせた歓声を響かせてくれるあなたに出会わせてね。
最高のあなたに出会うための最高の桃子で、いつだって歌い続けるよ。
そんな宣誓を込めて、この場所が桃子の新しいスタートライン。
おしまい
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