【アイマス】眠り姫 THE SLEEPING BE@UTY

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265 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/25(金) 22:52:57.41 ID:ao5/QTwco
ヒビキ「イオリ!!」

その声に肩を跳ねさせてイオリは横に顔を向ける。
見ればヒビキを先頭に、上階へ向かった者も含めて皆こちらに駆け寄っていた。

ヒビキ「こんなところに居たのか……心配したんだぞ!
   できるだけ離れないようにって言ったじゃないか!」

イオリ「あ……そ、そうね、ごめんなさい」

ヒビキの言葉で、半ば我を忘れてここまで駆けていた自分に気付き、
イオリは戸惑いながらも謝罪の言葉を口にする。
そんなやり取りをするうちに、六人全員がその場に揃った。
それを確認し、イオリは表情を改めてマコトたちに目を向ける。

イオリ「それで、上の方は……?」

マコト「ダメだったよ。どこにも、誰も居なかった。
   それで地下の方を手伝おうと思って、下りたところで、
   『イオリが居ない』ってヒビキに言われて……」
266 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/25(金) 22:54:10.75 ID:ao5/QTwco
イオリ「……そう。悪かったわね、心配かけちゃったみたいで」

ユキホ「で、でも、なんでいきなりこんな、一番奥に……?
    この部屋に何かあるの……?」

ユキホの疑問に返答する代わりに、イオリは開け放たれた扉の奥に目をやる。
その視線を追うように、他の皆も部屋の中が見える位置まで移動した。
大仰な扉の向こうにあったのは、

ヒビキ「……? なんだ、この部屋……」

マコト「何も、無い……?」

マコトの言う通り、その部屋には文字通り何もなかった。
壁には廊下と同じように燭台がありそこで蝋燭が火を灯していたが、
ただ広い空間があるだけで、
他の部屋にあったような書架も、机も、一切何も置かれていなかった。
中に入ってぐるりと見回しても、どこにも何も見当たらない。
ただ……そんな中で存在感を放つものが一つだけ。
入り口から見て正面にもう一つ、奥へ続くであろう扉があった。
267 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/25(金) 22:55:34.21 ID:ao5/QTwco
既に少女らの視線は、その扉に釘付けになっている。
今いる部屋にまったく何も無いことが、
まだ見えぬ扉の奥へと皆の意識を強く向けさせていた。
ただそんな中、ただ一人チハヤの目線だけが皆とは別の方を向いていた。

チハヤ「……その鍵、この部屋の鍵だったのね」

一瞬遅れ、イオリはそれが自分にかけられた言葉だと気付く。
他の者もチハヤの言葉に促されるように、イオリの手元へと目を向けた。

マコト「本当だ……イオリ、それ持ってきてたんだ」

ヒビキ「もしかしてそれがここの鍵だって、知ってたのか?」

皆の言葉を受け、イオリの脳裏で少し前の出来事が回想される。
謎の二人の少女と、彼女らの言葉。

イオリ「……実はさっき」

とイオリが口を開いたその瞬間――
部屋に灯った蝋燭の火が、何の前触れもなく、一斉に消えた。
268 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/25(金) 22:58:57.69 ID:ao5/QTwco
ユキホ「ひっ!? な、何!? なんですかぁ!?」

ヒビキ「なんでいきなり……!? ど、どうなってるんだ!?」

アズサ「っ……みんな、落ち着いてじっとして! 慌てて動くと怪我をしちゃうわ!」

だがアズサに言われるまでもなく、全員その場を動くことができなかった。
この部屋だけではない。
廊下の明かりもすべて消えた今、全くの暗闇が周囲を覆っていた。
一体何が起きたのか、なぜ急に火が消えたのか。
多くの疑問が慌ただしく脳内を駆け巡る。
だがそんな、混乱しかけた彼女たちの意識は次の瞬間、
たった一つの感覚に支配された。

  「――っ!?」

全身の産毛が逆立つ感覚。
同時に、暗闇の中わずかでも明かりを探そうと忙しなく動き回っていた少女たちの目が、
全く同時に、一方向に固定された。
269 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/25(金) 22:59:40.87 ID:ao5/QTwco
それはあの、扉の方向。
とは言え暗闇の中、誰にも扉など見えていない。
しかしそれでも彼女たちは、扉の向こうの何かに、目を向けていた。

何か、居る。
分からない。
分からないが、確実に居る。
得体の知れない何かが、あの扉の向こうに、居る……。

真っ先に動いたのはマコトだった。
暗闇に突如、眩い光が発生する。
それは、マコトが手に掴んだ装置を発動させた光だった。
光が全身を包み、圧縮され、一瞬後にはマコトは特殊な装いに身を包んでいた。
これが装置の機能の一つ。
能力の使用に服装が最適化されたのである。

これはつまり、『そうしなければならない』とマコトが判断したということ。
自身の能力を最大限に発揮しなければならない状況が今であるのだと、
その直感にマコトは従った。
数秒の間をあけ、他の者もマコトに倣うように次々と装置を起動する。
そして、まるで全員の態勢が整うのを待っていたかのように、
状況はまたも一変した。
270 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/25(金) 23:03:55.55 ID:ao5/QTwco
イオリ「なっ……!?」

部屋が、赤く染まった。
消えた火が炎となり、部屋を満たしていた暗闇は一転、
目がくらむほどの明るさと身を焦がすほどの熱と変わって少女らを襲ったのだ。

ヒビキ「に……逃げろ! みんな!!」

熱の中、そう叫んだのはヒビキだった。
その声に突き動かされるように皆一斉に部屋の出口へ向かって走り出す。
だが彼女たちは全員、炎から逃げているのではなかった。
炎はきっかけに過ぎない。
今にもあの扉の向こうから姿を現すかも知れない『何か』が、
皆の身体を退避へと向かわせたのだ。

だからイオリは部屋を出たのち、すぐにはその場から離れなかった。
炎の熱から逃れることより優先すべきことがある。
部屋を振り返り、開け放たれた扉に手をかける。
そして力いっぱい扉を閉め、自らが外した鍵をかけなおした。

アズサ「イオリちゃん、早く……!」

イオリ「もう閉めたわ! 行きましょう!!」
271 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/25(金) 23:05:49.32 ID:ao5/QTwco
長い廊下を六人の少女は駆け抜ける。
ずらりと並んだ燭台の蝋燭はあの部屋と同じように激しく燃え上がり、
もはや火柱となって天井や壁を焦がしていた。
当然そこを走る少女たちにも強烈な熱が襲いかかる。
本来呼吸すらままならない中を止まることなく走ることができるのは、
他でもない、装置によって纏った特殊衣装の効果であった。

その気になれば一晩中でもこの空間に居続けることもできるだろう。
だがそれでも少女たちは皆一様に必死な顔で走り続ける。
そうするうちに、ようやく地上への階段へとたどり着いた。

しかしそれと同時……轟音が、耳に届いた。
反射的に目を向けた一同は、息を呑んで目を見開く。
見れば廊下の奥から、炎が渦を巻いて爆炎となり、こちらへと迫っていた。
あれに飲み込まれれば、流石に無事で済むとは断言できない。

アズサ「急いで! 早く!!」

恐らく初めて聞く、怒鳴り声にも近いアズサの叫び。
その声が一瞬硬直した皆の身体を動かし、階段を駆け上がらせた。
272 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/25(金) 23:15:50.95 ID:ao5/QTwco
一階へと上がった六人は、止まることなく出口へと向かう。
なんとか外へ。
とにかく外へ出さえすれば、僅かでも落ち着く時間を作れるはず。
そう思いただ出口だけを見据えて走った……はずだった。

イオリ「……!?」

ほとんど吐息のような声を上げ、突然イオリが立ち止まる。
迫る炎を確認しようと一瞬振り返った先、
そこに見た人影が、イオリの足を止めた。

ヤヨイ「……」

出口とは反対方向に、ヤヨイが居た。
歩きもせず、走りもせず、ただその場に立っている。
だがイオリはヤヨイが何をしているのかなど、一瞬たりとも考えなかった。

ヒビキ「イ、イオリ!?」

一人踵を返してヤヨイに向かって駆け出したイオリを、
ヒビキも足を止めて追おうとする。
だがその手をマコトが掴んで引き止めた。
273 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/25(金) 23:17:12.26 ID:ao5/QTwco
マコト「駄目だ、ヒビキ! 危ないよ!!」

ヒビキ「で、でもイオリが! それにヤヨイも……!」

マコト「イオリなら絶対に大丈夫! 任せよう!
   それより早く外へ出ないと、ボクたちまで全員巻き添えだ!」

ヒビキ「っ……」

マコトの必死な形相を見て、
ヒビキは歯噛みしてイオリたちに背を向けて走った。
そして出口から転がるように外へ飛び出たのとほとんど同時、
ヒビキたちは、廊下が一部赤く染まったのを見た。

炎が吹き出てくる――
大半の者が咄嗟にそう思い、身構える。
だがその予測を外し、炎は地下通路から一気に階段を駆け上がった。
そして最上階に達したかと思えば次の瞬間、
ガラス窓を吹き飛ばす爆煙となって外へ飛び出した。
274 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/25(金) 23:21:12.76 ID:ao5/QTwco
どうやら、炎からは逃げ切れたらしい。
だがその場の全員は誰一人、一瞬たりとも気を緩めることはなかった。
寧ろ警戒心を最大限に引き上げていた。

ヒビキ「みんな、気を付けて……!」

唸るように言ったヒビキの手から、光が生じる。
その光は瞬時に形を成し、
大型犬の数倍はあろうかという巨大な狼へと姿を変えた。
その巨大さや鋭い目つき、剥き出しの牙からは、
ヒビキが臨戦態勢に入っていることがはっきりと伺える。

狼はヒビキを背に乗せ、旧校舎入り口を睨んで唸り声を上げる。
また他の者も同様、こわばった表情で扉を凝視し続けた。

恐らく、来るはずだ。
あの部屋の奥に居た何かが、そう長い時を待たず、姿を現すに違いない。
いつ来る?
一体いつ――
275 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/25(金) 23:22:22.51 ID:ao5/QTwco



イオリ「――ヤヨイ、こっち!!」

皆に背を向け一人逆方向へ走ったイオリは、すぐにヤヨイの元へと着いた。
そして走る勢いを落とすことなく、
ヤヨイの手を掴んでそのまま廊下を突き進む。
前方には出口はなく、ただ石造りの壁があるのみ。

だがイオリは臆することなく走り続け、空いている手を前へかざした。
瞬間、激しく電光が走り前方の壁へと刺さる。
すると壁が音とともに粉塵を上げ、
一瞬前までそこにあった分厚い石の壁には
大人一人が余裕をもって通れるほどの穴がぽっかりと穴を開けていた。

そしてイオリは見事、ヤヨイを引き連れて屋外への脱出に成功した。
その直後に階段の辺りが赤く光ったのが見え、轟音が上階の方から届く。
どうやら炎は一階を通過し階段を上ったらしい。
慌てて外へ出る必要はなかったようだが、
それなりに間一髪だったことには間違いない。

と、安堵しかけたイオリだったがすぐにそんな場合ではないことを思い出す。

イオリ「そうだわ、ヤヨイ……!
    あなたに言わなきゃいけないことと聞きたいことが山ほど――」

だがそう言ってヤヨイに向けられたイオリの顔は次の瞬間、苦痛に歪んだ。
276 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/25(金) 23:23:12.42 ID:ao5/QTwco
イオリ「痛ッ……!? ヤ、ヤヨイ!?」

イオリは、ヤヨイの手を取ってここまで引いてきた。
だがその手が今、強烈な圧迫感とそれに伴う痛みに悲鳴を上げている。
原因は他でもない、
ヤヨイが万力のような力で、イオリの手をギリギリと締め上げているのだ。
しかもその力は徐々に増している。
このままでは、自分の手が握りつぶされてしまう。

イオリ「離して……! 離しなさい!!」

痛みに耐えかね、イオリはもう片方の手で強引にヤヨイの手を引き剥がした。
そして痛む手を庇うように胸元に抱え込み、数歩後ずさってヤヨイを見る。
ヤヨイは俯いていてその表情は見えない。
と思ったのも束の間、ゆっくりと、ヤヨイの顔が上がる。
そして数秒後、イオリの目は驚愕に見開かれた。

ヤヨイ「ウ……ウウウ……!」

つり上がった目、歪んだ口元、そこから漏れ出る、唸り声。
自分の知るヤヨイとは似ても似つかない、まるで狂った獣のような……。
イオリが思わずそう感じてしまうほどに豹変した、
しかし紛れもなく本人であるヤヨイ自身が、そこに居た。
277 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/25(金) 23:23:56.98 ID:ao5/QTwco
イオリ「ヤ……ヤヨイ? ど、どうしたの……?」

恐る恐る、手を差し出しながらイオリは声をかける。
だがそんな彼女に――
ヤヨイは突然、拳を振りかぶった。

イオリ「ッ!?」

イオリは咄嗟に後ろに跳んで距離をとる。
一瞬前までイオリが居た場所にヤヨイの拳は振り下ろされ、
耳をつんざくような破壊音と共に地面に穴があいたのはその直後。
ヤヨイは自らの能力を、イオリに向けて全力で放ったのだ。

イオリ「ヤヨイ、なんで……!?」

数メートル離れた場所に着地したイオリは、未だに混乱と困惑から抜け出せない。
そのイオリに対してヤヨイは、

ヤヨイ「ウゥゥ……アアアァアッ!!」

尋常ならざる叫びをあげて、再び襲いかかった。
278 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/25(金) 23:24:31.51 ID:ao5/QTwco
今日はこのくらいにしておきます。
続きはいつになるか分かりませんが、多分一週間以内には投下すると思います。
279 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/28(月) 10:20:09.15 ID:12dmK6oko
おつ
280 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/31(木) 20:47:55.39 ID:28nhHztDo



ヒビキ、マコト、ユキホ、アズサ、チハヤ――
彼女らはイオリとヤヨイに起きている異変など知る由もない。
五人は今や旧校舎の入口に釘付けであった。
厳密には、その奥からの気配を感じ取ろうとすべての意識を集中していた。

あの爆発の後、旧校舎には静寂が戻っている。
そのせいで自分の心臓の音がうるさいほどに聞こえる。
いや、その静寂こそが鼓動を早めているのだ。
今にもあそこから、『何か』が姿を現すかも知れない。

だが……そんな彼女たちの警戒心とは裏腹に、
少し前まで鮮烈に感じていた得体の知れない気配は
どういうわけか今は不気味なほどに静まり返っていた。

マコト「……ヒビキ、今は何か感じる?」

ヒビキ「な……何も。みんなは……?」
281 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/31(木) 20:52:51.90 ID:28nhHztDo
アズサ「私は、何も感じないわ……。
    少し前までは、信じられないくらい強い気配があったけれど……」

アズサに次いで、チハヤとユキホも首を横に振る。
ということはやはり自分の感覚が鈍ったわけではない、と各々再確認した。
理由は分からないが、今はあの気配自体が身を潜めているのだ。

あれは自分の勘違いだった……などということは、絶対にありえない。
勘違いであんなものを感じ取るはずなどあるわけがない。
とてつもない『何か』が、あの部屋の奥に居たのだ。
そのことには間違いない。

ユキホ「も、もしかして、イオリちゃんが鍵を閉めたから、
    そのまま出てこられなくなったんじゃ……」

ユキホが口にした可能性は、全員頭の片隅で考えていた。
鎖で縛られていた鍵、その鍵で開く厳重な錠……。
そういった要素から、あの部屋は何かを閉じ込めておくための、
封じておくための部屋であったのだと、五人全員が推察していた。
282 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/31(木) 20:54:17.78 ID:28nhHztDo
そして一度は開かれた鍵が再びかけられたことで、
その『何か』は再びあの部屋へ閉じ込められたのでは……。
と、少女たちの思考はそう共通していた。

ヒビキ「……ちょっと、様子を見てみるよ」

マコト「えっ……!? でもヒビキ、流石にそれは危ないんじゃ……」

ヒビキ「大丈夫、私が行くわけじゃないから」

そう言ったのと同時、ヒビキは一匹のネズミのような小動物を創生し、
手のひらに乗ったネズミに向けて言った。

ヒビキ「ちょっと危ないかも知れないけど、頼んだぞ」

ネズミはヒビキの言葉を受けて、すぐに彼女の手から飛び降りた。
そして素早く旧校舎へ向かって走り出し、扉の隙間から中へ潜り込んでいった。

ヒビキ「あの部屋の様子だけ見たらすぐ戻ってくると思うから、
    みんなもうちょっと待ってて」
283 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/31(木) 20:55:24.61 ID:28nhHztDo
こうして五人は、ヒビキの動物が帰ってくるのを待った。
能力を使うのに集中しているであろうヒビキは、
じっと旧校舎入り口を見つめ続けている。
そんなヒビキの後ろで、ふとマコトが口を開いた。

マコト「それにしても……本当にあれ、なんだったのかな……。
   姿も見えないのに気配を感じるなんて、あんなの初めてだよ」

ユキホ「マコトちゃん、言ってたよね……。
    旧校舎で見つけたあの鍵……『眠り姫』の部屋の鍵じゃないか、って……」

アズサ「それじゃあ、まさかあの気配が……?」

三人の会話を聞きながらチハヤも、鍵と一緒に縛られていた本の内容を思い起こしていた。
特にあの最後の一節。
『それは、開けてはいけない秘密の扉』……

チハヤ「……『起こすと怖い――眠り姫』」

誰へともなく、ほとんど無意識にチハヤがそう呟いた、
その直後だった。
284 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/31(木) 20:56:46.98 ID:28nhHztDo
ヒビキ「っ!?」

ヒビキがびくりと身体を跳ねさせたことに皆気づく。
何かあったのか、マコトがそう尋ねる前に、ヒビキは震える唇を開いた。

ヒビキ「……消された……」

マコト「え……?」

ヒビキ「あの部屋に行く前に、あの子が消された……! 扉は開いてたんだ!!」

瞬間、周囲の空気が一変するのをその場の全員が感じた。
同時にヒビキは振り返り、

ヒビキ「みんな上へ逃げろ!!」

その叫びに轟音が重なる。
次いで爆炎が、一階のあらゆる扉、あらゆる窓から吹き出す。

マコト「なッ……!? なんだよこれ!? 何が……!!」

爆炎の勢いに目を細めながら、間一髪、全員上へ飛んで回避することには成功した。
だがその表情は安堵とは真逆。

ヒビキ「鍵は破られてた……! 駄目だ! 外に出てくるよ!!」
285 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/31(木) 20:57:31.81 ID:28nhHztDo
吹き出た炎が周囲の木々を焼き、灰色の空を赤く焦がす。
五人の少女は眼下に広がる炎の海を睨むように注視し続ける。

そして――見えた。
炎の中に動く影。
目を凝らして見れば、それは、

ヒビキ「お……女の子……?」

一人の少女が、歩み出てきた。
燃え盛る炎に生える、鮮やかな金色の長髪。
片手には身の丈ほどもある長い棒状の何か。
年齢は恐らく自分たちとそう変わらない少女が、立っていた。
と、少女はおもむろに顔を上げる。
頭上の五人を見上げ、一人一人、確かめるように、ゆっくりと視線を動かす。
そして、口を開いた。

  「……お前たちが、私を起こしたの?」

その言葉を聞き……いや、聞く前から、皆確信していた。
眼下に立つ少女から、あの鮮烈な気配が漂ってくる。
扉の向こうに居たのは、この子。
そして今の言葉。
間違いない、彼女こそが……。
286 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/31(木) 20:58:48.38 ID:28nhHztDo
リツコ「『眠り姫』。あなた方の想像している通りです」

一同「っ!?」

背後から突然聞こえた声に全員振り向く。
そこには、薄い笑みを浮かべたリツコが居た。

マコト「な……何か知ってるんですか、ティーチャーリツコ!」

アズサ「あの子は一体……眠り姫とは、何なのですか……!」

困惑の色を浮かべ、少女たちはリツコに向けて口々に疑問を投げる。
対してリツコは顔に笑顔を貼り付けたまま、穏やかに答えた。

リツコ「彼女、眠り姫は、かつてのアイドルの成れの果て。
   今から百年前……チハヤさん、あなたと同様アイドルに選ばれたのが彼女です。
   しかし彼女は力を暴走させ、封印されてしまいました……。
   それが、眠り姫」

言いながら、リツコはゆっくりと視線を地上へと向ける。
少女たちもその視線を追い、地上へ――眠り姫へと、目を向けた。
287 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/31(木) 21:00:09.28 ID:28nhHztDo
そして思った。

『チハヤと同様アイドルに選ばれた』……?

一体これのどこが、『同様』だと言うのだ。
纏う雰囲気が物語っている。
この眠り姫と呼ばれる少女はチハヤを含めた自分たちと比べ……
何もかも、桁が違う。

リツコ「さあ、眠り姫よ。そろそろ思い出したのではないのですか? あなたの望みを」

眠り姫「……私の、望み」

そう呟いた眠り姫は、目を閉じて顔をゆっくりと下げる。
それから続いた沈黙は、
チハヤたちにとってはとても重く、長いものに感じた。
だが数秒後、

眠り姫「うん、そうだね。思い出したよ」

眠り姫の、笑顔――
牙を剥くように口角を上げたその表情とともに、沈黙の時は終わりを告げた。
288 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/31(木) 21:02:10.86 ID:28nhHztDo
眠り姫「私の望みは、この世界を壊しちゃうこと。
    全部ぜんぶ消して、グチャグチャにしちゃうこと」

その表情に、返答に、少女たちは息を呑む。
だがそんな彼女らの困惑した頭に更に追い打ちをかけるように、
背後から高揚したリツコの声がかかった。

リツコ「さあ、我が愛しき教え子たちよ……! これが最終テストです!
   眠り姫と戦い、生き残ってみせなさい! あなたたちの全力を以て!」

ヒビキ「なっ……!? ティーチャーリツコ!?」

リツコ「破滅か、生存か、あなたたちの手で未来を決するのです!
   ふふ、あははははははは……!」

マコト「ま、待って下さいティーチャーリツコ! 待って……!」

高笑いを残し、リツコはその場から飛び去っていく。
だが、マコトが闇へと消えゆくリツコの影を追おうとしたその時。

眠り姫「ねえ」

短く発せられたその声が、マコトを含む全員を振り返らせた。
289 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/31(木) 21:03:04.38 ID:28nhHztDo
眠り姫「お前たちも私の敵なんだよね。
    だったらもう消しちゃうけど、いいよね?」

ヒビキ「ま……待ってよ! 私たち、何も知らないんだ!」

マコト「そうだよ! 君のことも、何が起きてるのかも、全然……!」

アズサ「まずは話し合いましょう……! いきなり戦うだなんて、そんな……」

眠り姫の問いかけに、必死に説得を試みるヒビキたち。
しかし眠り姫は返事の代わりに、片手をすっと上げ、そして、

眠り姫「だ、れ、に、し、よ、う、か、な……」

空に浮く五人の少女を順番に、一人ずつ指差していく。
その意味が分かった瞬間、少女たちは全身の毛穴が開くような感覚を覚えた。
それから数秒を待たずして、眠り姫の指は止まる。
その先に居たのは、ユキホだった。

眠り姫「まずはお前からだね」
290 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/31(木) 21:04:15.38 ID:28nhHztDo
ユキホ「っ……!!」

眠り姫の持った長棒の先端に光が揺らめく。
一瞬後、光は弧を描く刃を形取った。
それは巨大鎌。
殺傷の意思を具現化したようなその得物に、全員の体が一瞬硬直した。
そして本能が告げた。
話し合いが通じる相手ではない、と。

マコト「ユキホ! やるんだ、早く!! 攻撃を!!」

ユキホ「は、はいっ!」

マコトの指示を聞いたのと同時にユキホは反応した。
能力補助装置を両手で構え、全集中力を込めて頭上に掲げて、

ユキホ「お願い……! 当たって!!」

ユキホの周囲に発生した数え切れぬほどの光の塊が、
眠り姫に向けて一斉に射出される。
291 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/31(木) 21:05:23.23 ID:28nhHztDo
だがその光は、眠り姫に当たることはなかった。
一歩目を踏み出した眠り姫は、
常軌を逸した速度と機動で大量の光の僅かな隙間を縫うようにして全て躱す。
そしてユキホが光を撃ち尽くしたのと同時、
地面を蹴って上空へ飛び上がり、鎌を振りかぶりながら一気にユキホに肉薄した。

ユキホ「ッ!? 速いっ……!」

そのあまりの速度に、ユキホはただ驚きの声を上げるしかできない。
だがあわやその華奢な体が鎌に切り裂かれようかとした直前。

アズサ「ユキホちゃん!!」

アズサがユキホの背後に現れ、そしてユキホを連れてその場から消えた。
鎌は空を切り、眠り姫の初撃は失敗に終わった。
だが眠り姫は口角を下げることなく、
移動した先のアズサとユキホに目をやった。

眠り姫「へー、面白い能力持ってるんだね。これなら結構遊べそうなの」
292 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/31(木) 21:07:27.34 ID:28nhHztDo
マコト「っ……ヒビキ!」

ヒビキ「わかってる!」

名を呼んだのを合図に、マコトは先行して眠り姫へと向かって飛翔する。
それに気付き、眠り姫は髪を振りマコトに顔を向けた。

マコト「はあああああッ!!」

全力の掛け声とともにマコトは光剣を生み出し、眠り姫に斬りかかる。
目にも止まらぬほどの速度の突進は、
並みの人間が相手なら反応することすら難しいものだった。
しかし相手は眠り姫。
マコトの突進も、その後の剣撃も、
舞いでも舞っているかのように易々と躱し、受け、弾き返す。

直後、背後から巨大な狼――ヒビキの創生獣が襲いかかる。
だが眼前に迫る牙にも微塵も臆することなく躱し、
次いで飛びかかったうねる鞭のごとき白蛇も、羽虫を払うかのように斬って捨てた。
そしてそのままの勢いに、一箇所に固まったマコトとヒビキに向け、
今度はこちらの番とばかりに猛然と飛んだ。
293 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/31(木) 21:08:58.14 ID:28nhHztDo
マコト・ヒビキ「ッく……!」

巨大鎌を振りかぶり、二人を同時に両断せんばかりの斬撃を見舞う。
それをマコトたちは辛うじて躱した……が、
眠り姫はどういうわけか二人を追撃することなく、
その場を素通りするかのように直進していった。
想定外の行動に意表を突かれたマコトとヒビキであったが、
眠り姫の向かう先に目を向けた瞬間、すぐにその意図が分かった。

マコト「チハヤ!!」

チハヤ「……!」

眠り姫は、一人離れていたチハヤにターゲットを変更したのだ。
何か理由があってのことか、戦術か、あるいは気まぐれか、
そんなことを考えている暇もなく、
ほぼ不意打ちに近い眠り姫の一撃は、チハヤの体を地面まで吹き飛ばした。
294 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/31(木) 21:10:49.52 ID:28nhHztDo
チハヤがやられた――
声を上げる間もなく吹き飛ばされたチハヤを見て、
その場に居た誰もが一瞬、そんな絶望にも近い思いを抱いた。
だがチハヤが吹き飛んだ先、衝撃に巻き上がった砂煙の辺りを見ながら、
眠り姫は口を尖らせて言った。

眠り姫「ふーん、あれ防いじゃうんだ。思ったよりはすごいってカンジ」

その言葉の直後、薄れた砂塵の向こうから淡く青い光が漏れるのが見え、
そこには眠り姫の言葉通り、青壁を構えたチハヤの姿があった。
と、ここで眠り姫は不意に何かに気づいたように表情を変え、

眠り姫「ん? そう言えばさっき、『チハヤ』って呼ばれてた?
   じゃあお前が今回、アイドルに選ばれた子なんだ」

チハヤは眠り姫の問いに対し何も答えることなくただ睨むように見上げる。
そして眠り姫はその沈黙を肯定と理解した。

眠り姫「そっか……でも、全然たいしたことないね。
   本当のアイドルっていうのは――」

そこで言葉を切り、眠り姫はチハヤを見下ろしたまま、
無造作に巨大鎌を肩に担ぐように掲げる。
するとその瞬間、背後から斬りかかったマコトの光剣が、鎌の刃にぶつかった。

マコト「っ……!」

眠り姫「――こんなふうに、圧倒的な力を持つ能力者のことを言うんだよ」
295 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/31(木) 21:11:17.58 ID:28nhHztDo
今日はこのくらいにしておきます。
続きは多分一週間以内には投下します。
296 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/08(金) 21:53:56.20 ID:Ri19h1puo
ぶつかった両者の刃は未だがっちりと噛み合い、押し合いを続けている。
だがその持ち手の表情はまるで対照的であった。
両手で剣の柄を持ち歯を食いしばるマコトに対し、片手で鎌の柄を支える眠り姫。
そして眠り姫は、涼しげな表情で首を傾けて背後を振り返った。

眠り姫「後ろからいきなり斬りかかるなんて、ずるいって思うな。
   まあそのくらいしないと私には勝てないだろうけど」

その瞬間、視界の端にふっと影が差す。
それはヒビキの創生獣の影。
だが眠り姫はそちらを見ようとすることもなく、鎌の柄を両手で掴む。
そしてマコトの光剣とヒビキの創生獣を一気になぎ払い、
二人の能力は両断され、光の粒となって霧散した。

マコト「っあ……!?」

ヒビキ「そ、そんな……!」

眠り姫「あ、ごめん言い直すね。
    『そのくらいしたって私には勝てない』の方が正しかったよ」

そう言って眠り姫は、丸腰の二人に向けて刃を振りかぶった。
297 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/08(金) 21:54:24.03 ID:Ri19h1puo
だがその刃は、マコトたちの体を切り裂くことはなかった。

眠り姫「!」

一瞬前までマコトたちが居たはずの空をただ通過した鎌を、
眠り姫はおもむろに膝下まで下ろす。
そして、視線を横にずらした。

眠り姫「……その能力、結構めんどくさいって感じ」

視線の先に居たのは遥か遠く……
マコトとヒビキの腰元からゆっくりと手を離すアズサの姿。

ヒビキ「ア、アズサさん!」

マコト「ありがとうございます……!」

アズサ「……いいの、お礼なんて」

言いながら、アズサは強ばった表情で眠り姫から視線を外さない。
そんなアズサに向け、眠り姫は気だるそうにため息をついて言った。
298 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/08(金) 21:54:49.51 ID:Ri19h1puo
眠り姫「そういうの何回もされたらイライラしそう……。
   私の邪魔、しないで欲しいな」

その言葉を聞き、アズサは自身の体に一気に緊張が走るのを感じた。
だがすぐに気合を入れ直すようにきゅっと唇を引き結び、その場から姿を消した。

アズサ「だったら、しばらく私の相手をしてもらえるかしら」

背後から聞こえた声に、眠り姫は静かに振り向く。

アズサ「放っておくと、何度だって邪魔をしちゃうわよ?」

アズサは強ばりながらも不敵な笑みをたたえる。
挑発的な言葉ではあったが、アズサの狙いはその場の全員に理解できた。

ヒビキ「ま、まさかアズサさん、私たちを守るために一人で……!」

ユキホ「ア、アズサさん! 駄目です、危ないです!」

マコト「みんなで一緒に戦いましょう! アズサさん! 一人じゃ無茶ですよ!」
299 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/08(金) 21:55:19.63 ID:Ri19h1puo
眠り姫「あの子たちの言う通りだって思うな。
   ちょっとだけめんどくさい能力だけど、そんなんじゃ私に勝てるわけないよ。
   それとも時間稼ぎでもするつもり?」

アズサ「……さあ、どうかしら。勝てないかどうかはやってみないとわからないものよ?」

眠り姫「……」

あくまで挑発的な態度を崩さないアズサに対し、
ここで眠り姫は初めて、微かに眉を動かす。

眠り姫「なんか……ヤ。そういうの、私キライ」

不機嫌そうに言い、鎌を構える眠り姫。
恐らく数秒後にはアズサに向けて襲いかかるだろう。
アズサの能力は確かに回避に優れてはいるが、本人の反応速度には限界がある。
もし反応しきれないような速度で急襲された場合、
アズサは為すすべもなく、あの巨大な刃に切り裂かれてしまう。

チハヤ「っ……」

気圧され、しばらく声を発することもできなかったチハヤではあるが、
ここでようやくアズサに声をかけようと口を開いた。
だが、

チハヤ「アズサさ――」

その声はアズサに届くことはなかった。
300 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/08(金) 21:55:54.46 ID:Ri19h1puo
リツコ「……いけませんわ、眠り姫の邪魔をしては」

アズサ「!? ティーチャーリツコ……!?」

何の前触れもなく、気配もなく、アズサの背後に現れたリツコ……
そのリツコに今、アズサは羽交い締めにされていた。

リツコ「ここは大人しくしていただけませんこと?
   貴女には他に、やってもらうことがあるのですから」

アズサ「っ、く……!」

振りほどこうとしても、身動きが取れない。
それを見て、当然他の者たちはアズサの救出に向かおうとした。
しかしその足を、リツコの冷えた声色が止めた。

リツコ「さあ、眠り姫。この者は私に任せて、貴女は貴女の望みを叶えてください」

眠り姫「……ふーん。よく分からないけど、じゃあよろしくね」

そうして眠り姫は振り返る。
その視線に射すくめられたかのように、マコトたちは体を硬直させた。
そんな彼女たちを見、眠り姫は再び牙を剥くように口角を上げる。

眠り姫「じゃ、行くよ。頑張ってね。ちょっとは頑張ってくれないと、壊しがいがないから」
301 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/08(金) 21:57:48.23 ID:Ri19h1puo
そうして、眠り姫と、マコト、ヒビキ、ユキホ、チハヤの四人との戦いが再開された。
いや、戦いと呼べるのかどうかも怪しいかも知れない。
更に速度と力の上がった眠り姫の一方的な攻撃に、
四人はただただ致命傷を避けることしかできない……。
そしてアズサはそんな仲間の姿を、
苦痛を堪えるような顔で見ることしかできなかった。

アズサ「っ……ティーチャーリツコ、なんで……!」

なぜ、どうして。
それはリツコの全てに対する疑問。
ヤヨイへの人体実験に加え、眠り姫を扇動し、自分たちを危険に晒す、
その理由がアズサには全くわからなかった。
これまで自分たちが見てきたリツコからは、まるで考えられないその言動。
厳しくも優しい、慈愛に満ちたあの表情が幻であったのだと思えるほどに、
今のリツコは、まったくの別人のようだと、アズサはそう感じた。

だがそれから間もなくアズサは悟る。
このリツコはまさしく、別人であったのだと。

リツコ「ふふふ……お久しぶりですわ――」

アズサが言葉の意味を理解するより先に、リツコはすっと右手を自身の顔にかざす。
仮面を取るかのようなその仕草の直後に現れたのは、
リツコではない……しかしアズサのよく知る顔であった。

タカネ「――お姉様」
302 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/08(金) 21:58:43.85 ID:Ri19h1puo
アズサ「!? タカネちゃん……!?」

そこに居たのは、銀髪の少女。
『タカネ』……つまり彼女こそが、数年前にこの学園を去った追放者その人である。

アズサ「ど、どうしてあなたが……! 本物のティーチャーリツコは、どこに居るの!?」

タカネ「さあ、どこでしょうか。あるいは『本物』など、
   初めから存在しなかったのかも……ふふふふ……」

アズサ「っ……一体、あなたは……!」

と、歯噛みするアズサを制するようにタカネはそっと人差し指を唇に当てる。

タカネ「これ以上のお喋りは不要ですわ。さあ、私と共に参りましょう。お姉様……」

耳元で囁くように言い、アズサの目元をすっと手で覆う。
するとアズサは短く声を上げ……そのまま、眠るように気を失った。
303 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/08(金) 21:59:09.91 ID:Ri19h1puo
一週間を超えた上に少ないですが、今日はこのくらいにしておきます。
続きは多分明日投下します。
304 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/09(土) 21:11:50.60 ID:LFXFdTFGo



イオリ「はあっ、はあっ、はあっ……!」

雲間から月光が差す闇の中、イオリは全力で駆ける。
そしてその後ろを同じく駆けるのが、ヤヨイであった。

ヤヨイ「ウウ、ウウウウウウッ……!」

イオリ「……っ」

振り返れば正気を失ったヤヨイが目に入る。
見るに堪えない親友の姿から目を逸らすように、イオリは正面へ向き直って走り続ける。
だがこのまま逃げ続けていても埒があかない。
遠くの方で、チハヤ達の身に何かが起きているのも分かっている。
早急にヤヨイの目を覚まさせなければ……!

遂にイオリは体を反転させ、ヤヨイに相対して立ち止まった。
しかしヤヨイ勢いを止めることなく、イオリに向けて全力で拳を振りかぶった。
305 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/09(土) 21:14:08.00 ID:LFXFdTFGo
ヤヨイ「ウアアアアアアッ!!」

イオリ「くっ……!」

鼻先を拳が掠める。
触れてもいないのに風圧で髪が乱れ、目もしっかりとは開けていられない。
咄嗟に距離を取るが、ヤヨイも逃すまいと追いすがる。
またも振りかぶった拳は、今度は伏せたイオリの頭上を通過した。
瞬間、破壊音と共に石の破片が飛び散る。
避けた先にあった石柱に、ヤヨイの拳がめり込んだのだ。
だがイオリが息を飲んだのも束の間、ヤヨイは空いた方の手で石柱を掴み、
まるで細枝を折るかのごとくへし折った。

イオリ「っ、ヤヨイ……!」

身の丈以上もある巨大な石柱が今、ヤヨイの両手の中にある。
そしてヤヨイは拳に代わって、
重さ数百キロはあろうかというその巨大な『武器』を振りかぶり、
イオリに向けて振り抜いた。
306 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/09(土) 21:15:38.82 ID:LFXFdTFGo
ヤヨイ「ウウウ……アアッ!! ウア゛アッ!!」

ヤヨイの猛攻をイオリは紙一重で躱し続ける。
躱しながら、懸命に語りかける。

イオリ「やめなさいヤヨイ! 目を覚まして!!」

投げつけられた石柱も躱して、イオリは辛うじて再び距離を取った。
そして、ここで遂に、イオリは自身の能力を発動した。
両手の指先から電撃が走る。
これまで躊躇っていた、『ヤヨイへの反撃』。
そこへ踏み切る決意を、イオリは今、ようやく終えたのだ。

だが当然、怪我をさせるつもりなど毛頭ない。
目的はヤヨイを失神させること。
大丈夫、自分なら上手くやれるはずだ。

イオリがそう自分に言い聞かせたのと同時、
ヤヨイは電撃に構うことなしに足を踏み出した。
307 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/09(土) 21:17:05.37 ID:LFXFdTFGo
ヤヨイ「ウアアアッ!!」

イオリ「……!!」

ヤヨイの拳を、イオリは横に躱す。
だが今回はそれで終わりではない。
狙いはガラ空きになったヤヨイの首筋、後頭部。
そこへ向けて……

イオリ「ごめんなさい、ヤヨイ……!」

ヤヨイ「ーーッ!!」

放った電撃は、見事ヤヨイの首筋へ命中した。
声にならぬ声を上げて動きを止めるヤヨイ。
膝が崩れ、拳を振り抜いた勢いそのままに、前のめりに地面に倒れていく。

やった、成功だ――
と気を緩めたことをイオリが後悔したのは、その一瞬後。
折れかけたはず膝が、ヤヨイの体を支えた。
308 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/09(土) 21:18:15.78 ID:LFXFdTFGo
イオリ「なっ……」

ヤヨイ「ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!」

瞬間、凄まじい衝撃がイオリを襲った。
声を上げる暇もなく吹き飛ばされ、壁に激突する。

イオリ「っか、は……!」

ぐらりと体が揺れ、地面に倒れこむイオリ。
辛うじて両腕での防御が間に合ったものの、
ヤヨイの能力の前では生身での防御などほぼ無意味。
遅れてやってくる両腕と全身への激痛に顔を歪ませる。
くらむ視界の先では、変わらず健在のヤヨイが、
唸り声を上げながらこちらへ歩み寄ってくる。

駄目だ、このまま寝ているわけにはいかない。
起きないと駄目だ。
やられてしまう。
309 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/09(土) 21:20:22.39 ID:LFXFdTFGo
イオリは必死に自分に鞭打ち、震える膝を痛む腕で支えながら立ち上がる。
そしてそれを待っていたかのように、ヤヨイが声を上げて襲いかかってきた。

ヤヨイ「ウアア! アアアアッ!!」

イオリ「っく、ッ……!!」

ダメージで鈍る体の動きを念動力で補いながら、
イオリは必死にヤヨイの猛攻を躱す。
しかし躱しながら、イオリの心は徐々に、薄黒くにごり始めていった。

自分は今、何のために攻撃を避けているのか。
避けてどうするのか。

そんなの決まってる、ヤヨイを正気に戻すためだ。
でも、どうやって?
気絶させるのはさっき失敗した。
あれでダメなら、他に方法があるのか。
あれ以上電撃の威力を上げるか?
310 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/09(土) 21:22:06.28 ID:LFXFdTFGo
いや、危険だ。
あれは本来なら間違いなく意識を失う威力で放った電撃だった。
それなのに、あれ以上威力を上げると、
ヤヨイの体に傷を負わせてしまうかも知れない。
ヤヨイを傷つけることなんて、自分にはできない。

ならどうする。
諦めてしまうか?
もう避けるのはやめて、ヤヨイの拳にこのまま身をゆだねてしまおうか……?

――絶望、諦観。
親友の豹変が、親友に襲われているという事実が、
イオリの精神にイオリらしからぬ感情を生じさせる。
その目からも少しずつ、光が失われ始める。

が、その時。

イオリ「……?」

頬に何かが触れた。
ヤヨイの拳を避けたのと同時に、頬のわずか一点に、何かが触れた。
311 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/09(土) 21:23:30.11 ID:LFXFdTFGo
イオリはほとんど無意識的にヤヨイから距離を取り、指でその『何か』を確かめる。
それは、血だった。
だが自分のものではない。
それは――

ヤヨイ「ウウ、ウウウウッ……!!」

――気が付かなかった。
一体いつからだったのだろう。
あまりに普段と違う、豹変した表情にばかり気を取られ、まったく気が付かなかった。

ヤヨイの両拳が、血に濡れている。
正気を失い、地面を、壁を、あらゆるものを殴り続けた結果、
ヤヨイは自分自身を傷付けていた。

……いや違う。
ヤヨイをここまで傷付けたのは……私だ。
私が中途半端だったから、私がただ逃げてばかりで何もしなかったから。
だから……。

イオリ「……ごめんね、ヤヨイ」

両手から電流が迸る。
激しく音を立てるその電撃はまさに、イオリの覚悟の大きさを現すものだった。

イオリ「今すぐ助けるから……! 絶対、目を覚まさせるから!!」
312 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/09(土) 21:25:43.61 ID:LFXFdTFGo
ヤヨイ「ウヴ……アアアアッ!!!」

イオリの叫びに呼応するように、ヤヨイも咆哮を上げて走り出す。
だがイオリは一歩も引かない。
その場に構え、両手をかざし、

イオリ「きっとかなり痛いけど、我慢しなさい!!」

ヤヨイ「ッ……!? ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!?」

放たれた電撃がヤヨイの体を包む。
先ほどまでとは比べ物にならない強烈な電流が、ヤヨイの体に流れ続ける。

イオリ「うあああああああああああっ!!!!!!」

ヤヨイの悲鳴をかき消すように、
苦痛を堪えるような表情でイオリも叫ぶ。
そして数秒にも渡る電撃は……
ヤヨイの悲鳴が途切れたのと同時に終わりを告げた。
313 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/09(土) 21:27:31.60 ID:LFXFdTFGo
イオリ「ヤ……ヤヨイ!!」

糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちたヤヨイ。
イオリは慌てて駆け寄り、倒れこむようにしてヤヨイの体を支えた。

イオリ「ヤヨイ、大丈夫!? ヤヨイ!!」

腕の痛みなど忘れ、ヤヨイの体を揺すり懸命に声をかける。
するとほとんど吐息のような声と共に、ヤヨイはゆっくりと目を開いた。

ヤヨイ「……イオリ、ちゃん……?」

イオリ「……!」

ヤヨイ「あ、れ……? 私……何、を……」

ぼんやりとした目で宙を見つめながら、ヤヨイは記憶を辿るように呟く。
そんなヤヨイに、まずどんな言葉をかけるべきか。
とイオリが考えるうちに、ヤヨイはポツリと言った。

ヤヨイ「……夢、だったのかな……」
314 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/09(土) 21:29:44.43 ID:LFXFdTFGo
イオリ「え……?」

ヤヨイ「私ね……とっても、いい夢を見てたんだ……。
   イオリちゃんと一緒に、綺麗な青空を、びゅーんって、飛び回る夢……。
   まるで、自分の体じゃないみたいに……自由に、飛び回れて……。
   だけど……そっか。夢だったんだね……」

少しだけ悲しそうに、ヤヨイは笑う。
そしてイオリを見つめて、

ヤヨイ「でも……きっと、夢じゃなくなるよね……?
   私ね、ティーチャーリツコに、言われたの……。
   私が空を飛ぶのが、下手っぴなのは、病気のせい、だって……。
   でも、薬を注射すれば、上手になれる……私も、アイドルになれる、って……」

イオリ「……ヤ、ヨイ……」

ヤヨイ「えへへ……私、頑張るね……。きっといつか、アイドルに……。
   一緒に……アイドルに、なろうね……イオリちゃん……」

イオリは、すぐには答えられなかった。
ただ堪えた。
震える唇を、下がりそうになる眉を、懸命に堪えた。
そして、とても、とても優しい微笑みを浮かべ、答えた。
315 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/09(土) 21:30:58.46 ID:LFXFdTFGo
イオリ「もちろんよ……。一緒に、アイドルになりましょう……!」

ヤヨイ「……うん……ありがとう、イオリ、ちゃん……」

それきり、ヤヨイは言葉を発さなかった。
目も開けなかった。
力なく、眠るように、イオリの腕の中に抱かれていた。
そんなヤヨイを、イオリはそっと、だが強く、抱きしめた。

……自分たちは、アイドルになるために努力してきた。
アイドルを目指して、頑張ってきた。
でも、そのために……ヤヨイは、こんな目に遭っている。
そしてこんな目に遭っても、ヤヨイはまだ、アイドルに憧れ続けている。

これが自分たちの目指していたものなのか。
訳のわからない注射を打たれ、暴走させられ、
そうまでして目指さなければならないものなのか。

腕の中に感じるヤヨイは酷く軽く、酷く繊細で、酷く、傷ついている。
視界が滲む。
問わずにはいられない。

イオリ「……一体、アイドルって何なのよ……!」

イオリの問いは誰に答えられることもなく、
雲間から差す月明かりと共に、夜の闇へとただ静かに溶け入っていった。
316 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/09(土) 21:31:50.54 ID:LFXFdTFGo
今日はこのくらいにしておきます。
続きは多分また一週間後くらいになると思います。
317 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/17(日) 21:42:04.84 ID:kbi2Ae2Oo



マコト「――今だ、ユキホ!」

ユキホ「はい!!」

マコトの合図でユキホは手を振り下ろし、
初めと同じように、だがそれ以上の数の光の塊が放たれた。
しかし……

眠り姫「だから、ムダだって言ってるの分かんないかなぁ!」

眠り姫は迫り来る無数の光に向けて刃をかざし、
避けることすらせずにほんの一度、大きく柄を振った。
するとユキホの放った光は、ただのひと振りですべて虚しく四散した。

ユキホ「そんな……!」

マコト「ッ! 危ない!!」
318 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/17(日) 21:42:50.79 ID:kbi2Ae2Oo
叫んだマコトは、次の瞬間にユキホに襲いかかった斬撃を辛うじて光剣で防いだ。
だがその直後、抑えきれなかった衝撃が
マコトの体をユキホ諸共地面へと吹き飛ばしてしまう。

マコト「っぐ……!」

咄嗟にユキホの体を抱え、念動力で地面への激突を避けたマコトではあったが、
それでも勢いは殺しきれずに落着、数度転がった後にようやく二人の体は止まった。

ヒビキ「マコト、ユキホ!! こ、のぉおおおお!!」

気合を込めるように発せられたヒビキの叫びを、
眠り姫は薄ら笑いを浮かべて見下ろし続ける。
そして、ヒビキの周囲から大量発生した鳥獣達が飛びかかるのを
まるで埃でも払うかのように斬って捨てつつ肉迫し、
マコト達と同じように、ヒビキを地面に向けて蹴り飛ばした。

ヒビキ「ぅあっ! く……!」

マコト「ヒビキ! 大丈夫!?」

ヒビキ「だ……大丈、夫……!」

そう答えたヒビキではあるが、うつ伏せの状態から体を起こしたまま、立ち上がれない。
またそれはマコトとユキホも同様であった。
319 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/17(日) 21:43:58.02 ID:kbi2Ae2Oo
チハヤ「三人とも、大丈夫!? 怪我は!?」

唯一まだ吹き飛ばされていなかったチハヤがそばに降り立つ。
見る限りでは三人とも大きな怪我はしていないようだった。
だが地面に座り込んだままで立ち上がろうとしない。
マコトも、ユキホも、ヒビキも、限界が近かった。
肉体的な疲労ももちろんある。
しかしそれ以上に、精神が限界を迎えつつあった。

眠り姫と交戦しているうちにアズサの姿が消えてしまったことや
直前にリツコがアズサを羽交い締めにしていたことなど、
不安に心が揺さぶられ続けていた。

そして何より、知ってしまった。
自分達はそれなりに上手く能力を扱えている自信はあったし、
アイドルの最終候補に残ったという自負もあったのだが……
そんなものはただの幻に過ぎなかったのだと。

眠り姫「諦めてくれた? まあ、アイドル相手によく頑張った方だと思うよ。
    なんにも意味なんてなかったけどね。それじゃあそろそろ……」

四人がかりでも全く歯が立たない。
自分達とはまるでレベルが違う。
あれが――

眠り姫「みんな消えちゃえばいいって思うな!」
320 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/17(日) 21:45:16.61 ID:kbi2Ae2Oo
両手を掲げた眠り姫の周囲に、魔法陣のような図形が展開される。
その瞬間、皆は攻撃を予感した。
もはや抵抗することもできず、マコト、ユキホ、ヒビキは痛みに備えて身を固くする。
だが、

チハヤ「っ……!!」

ただ一人、眠り姫を見据えて立っていたチハヤ。
その彼女がかざした両手から、巨大な二重障壁が発生する。
そして青い光壁は見事、彼女たち全員を眠り姫の放った光線から守り抜いた。

三人「チハヤ!」「チハヤちゃん!」

名を呼ぶ声を背に受けたまま、チハヤは上空の眠り姫を見据え続ける。

チハヤ「――あれが、アイドルの力だというの……!」

その言葉は他の三人同様、眠り姫の力に驚くものであった。
だがその目は違う。
圧倒的力を目にしてなお、チハヤはまだ抵抗の心を失わずにいた。
321 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/17(日) 21:45:47.11 ID:kbi2Ae2Oo
眠り姫「……しつこいなあ。まだ諦めてなかったんだ」

光線の衝撃に煽られた火の粉を纏い、冷然としてチハヤを見下ろす眠り姫。
先程までのように嘲笑に歪んだ表情は既にない。

チハヤ「みんな……聞いて」

眠り姫から目を離すことなく、チハヤは背後の三人に呼びかける。
そして静かに続けた。

チハヤ「ここは私が足止めするから、みんなは逃げて。少しでも早く、少しでも遠くに」

ユキホ「え……!?」

マコト「なっ……何言ってるんだよ、チハヤ!」

ヒビキ「に、逃げるなら一緒に逃げようよ!
   チハヤを置いて逃げるなんて、そんなことできるわけないぞ!」

チハヤ「わかっているでしょう……? 誰かが足止めしないと、彼女からは逃げ切れない。
    そしてその役目を果たせるとすれば、多分、私しか居ない」
322 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/17(日) 21:46:23.87 ID:kbi2Ae2Oo
ヒビキ「で、でも、そんな……!」

マコト「チハヤだって分かってるはずだよ! 一人で残ったら、どうなるか!」

チハヤ「……大丈夫。私はやられたりなんかしない。それに……」

そこでチハヤはほんの一瞬後ろへ目を向け、僅かに微笑んだ。

チハヤ「みんなを守れるのなら、私がここに来た意味も、きっとあったんだって思えるから」

強い決意が込められたチハヤの言葉ではあったが、三人はやはり拒絶しようとする。
仲間を一人置いて逃げることなどできない、と。
が、その言葉を眠り姫の静かな声が止めた。

眠り姫「ねえ、何それ? お前、何を言ってるの?
   『一緒に逃げる』? 『みんなを守る』?
   面白いね。そうやってお友達と仲良しごっこする余裕がまだあるんだ」

その声色に三人は同時に視線を上げた。
そして、眠り姫の表情から、声から、全員が察した。
彼女が怒っているということを。
323 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/17(日) 21:47:31.83 ID:kbi2Ae2Oo
眠り姫「わかってるよね? どんなに仲良しごっこしたって、そんなの何の意味もないって。
   私がその気になったら、みんな消えちゃうんだよ?
   友達だとか、一緒にとか、そんなの、何の意味もないの」

先ほどアズサに向けた不機嫌そうな顔とも違う、明らかな怒り。
圧倒的強者の放つ負の感情に、チハヤは体がこわばるのを感じた。
だがそれと同時に、初めてチハヤは、
得体の知れなかった眠り姫に何か「人間らしさ」のようなものを見た気がした。

チハヤ「何を、怒っているの……?」

眠り姫「……うん?」

チハヤ「あなたが世界を壊そうとしていることと、関係があるの?
   何かに怒ってるから、世界を壊そうとしてる……そういうことなの?」

ヒビキ「チ、チハヤ、何を……!」

チハヤは眠り姫との対話を試みようとしている。
そのことに気付いたヒビキ達三人は、不安の色をより濃くした。
下手に刺激すれば何が起こるか分からない。
眠り姫の怒りが更に強まるかも知れないのだ。
324 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/17(日) 21:48:22.89 ID:kbi2Ae2Oo
眠り姫「変なこと言うね。私が何かに怒ってる? 別に何にも怒ってないよ」

チハヤ「……もし、『あの本』に書かれていたことが、本当にあなたのことなら……。
   あなたは昔、大切な友達と……」

眠り姫「別に何も無いって言ってるよね?
   もしかして、そうやって私と話してれば助けてもらえるって思ってる?」

チハヤ「違うわ! 私はただ……!」

懸命に訴えかけようとしたチハヤの言葉はしかし、
薙ぎ払うように振られた刃によって断ち切られた。
振った鎌を肩に担ぎ、眠り姫は怒りを宿した語調で言った。

眠り姫「もういいよ。分かりやすく教えてあげるから。
   お前が言ってたことも、お前達の頑張りも、全部全部、意味なんてないんだって」

眠り姫はゆっくりと巨大鎌を構える。
それを見た地上の四人は攻撃に備えて身構え――

眠り姫「はい、おしまい」

背後から聞こえたその声に振り向いた瞬間には既に、
刃がチハヤの首筋に向けて振られた。
325 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/17(日) 21:49:12.37 ID:kbi2Ae2Oo
チハヤ「ッ……!?」

大きく見開かれたチハヤの瞳。
そこに写っているのは、瞬時に自分の背後に回り込んだ眠り姫……ではなかった。
また、自分の首を切り裂く直前で止まった巨大な刃でもなかった。
他の三人も同様である。
彼女達は、眠り姫の凶刃を止めたモノ、そのものを見ていた。
そしてそれは、眠り姫もまた同様であった。

   「……そんなことないよ、ミキ。
   友達にも仲良しにも、頑張りにも……意味がないなんてことは絶対にない」

それは少女だった。
眠り姫のそれと似た武器を携え、
眠り姫のそれと対照的な白い装いを纏った少女が、
チハヤと眠り姫の間に立ち、刃を止めていた。

チハヤ「ハル、カ……?」

ぽつりと呟いたチハヤにヒビキ達は目を向ける。
ハルカと呼ばれた少女は眠り姫に対峙したまま、チハヤに答えた。

ハルカ「ごめんね、チハヤちゃん。みんなも……。こんなにギリギリになってごめん。
   でも、大丈夫……。この子は私が止めるから。
   だからみんなは早くこの学園から離れて……!」
326 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/17(日) 21:52:56.37 ID:kbi2Ae2Oo
それを聞き、眠り姫が動いた。
ハルカを目の前に、見開かれていた瞳は笑みに歪められ、

眠り姫「……あはっ!」

吐息のような笑い声を残し、
少女と眠り姫はまったくの同時に砂塵を巻き上げて宙へと飛び上がる。
そして上空で何度も何度も、光を纏った影同士がぶつかりあう。

もはや目で追うことすら難しいその戦いを
しばし呆然と見上げていた地上の四人であったが、
ハッと我に返ったようにヒビキが口を開く。

ヒビキ「チ、チハヤ! あの子、一体何者なんだ!? 知ってるのか!?」

チハヤ「……時々、この学園に遊びに来てた他校の生徒……。そのはずだけれど……」

マコト「『ハルカ』、って言ってたよね。
   いや、それより……あの子、眠り姫のことを知ってるみたいだった……!」

ユキホ「眠り姫のこと、『ミキ』って呼んでた……。
    で、でも、眠り姫は百年前にアイドルに選ばれたんだよね!?
    じゃあ、あのハルカっていう子は……!?」
327 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/17(日) 21:53:41.00 ID:kbi2Ae2Oo
突如現れた謎の少女。
眠り姫のことを知っており、しかもどうやら、
眠り姫と同等の力を有しているらしきその少女に、一同の頭は混乱しかけていた。
しかしそんな中、チハヤはぐっと拳を握り、決意するように口を開いた。

チハヤ「彼女が何者なのか、それを考えるのはあとにしましょう。
    それより……逃げるなら今しかないわ。
    ハルカが眠り姫を止めてくれている、今しか……」

ハルカと共に眠り姫と戦う、という選択肢は、確かにあった。
しかし、チハヤを含めて誰一人、それを選ぼうとはしなかった。
いや、選べなかった。
自分達ではハルカの足でまといになってしまうのだと、
考えるまでもなく悟ってしまっていたのだ。

マコト「っ……わかった。あの子の言った通り、すぐにここを離れよう……。
   でもまだ、イオリとヤヨイが残ってる! それにアズサさんも……!」

ヒビキ「わ、私、探してくるよ! 三人は先に逃げてて!」
328 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/17(日) 21:54:23.22 ID:kbi2Ae2Oo
ユキホ「え……!? で、でもヒビキちゃん……!」

ヒビキ「大丈夫! 私の能力を使えばきっとすぐ見つかるから!」

マコト「ま、待ってよヒビキ! 一人でなんて……!」

だがマコトの制止を聞かず、ヒビキは背を向けて駆け出した。
それを追おうとマコトも足を踏み出そうとしたが、その直前に思い出した。
今自分の腕の中で、ユキホが震えているということを。

恐らくヒビキ自身、あの眠り姫とハルカの戦いに突っ込んでいくようなことはしないはず。
しかしそれでも、ただ一人でイオリたちを探すのはあまりに危険すぎる。
放っておくことなどできない。
が、震えるユキホを戦いの渦中へ連れて行くことも
ここに置き去りにすることも、マコトにはできなかった。
そしてそんなマコトの胸中を察したか否か、

チハヤ「私も行くわ。彼女のサポートは私がするから、あなたたちは先に逃げていて」

そう言い残し、ヒビキの去っていった方向へとチハヤも駆け出した。
マコトは小さくなっていくチハヤの背を数秒、
拳を握って見つめたのち、ユキホの手を掴んで踵を返した。
329 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/17(日) 21:55:05.61 ID:kbi2Ae2Oo
ユキホ「え……ま、待ってマコトちゃん! 本当に私たちだけで逃げるの!?」

マコト「仕方ないよ……。大勢で行っても危険が増えるだけだ」

ユキホ「で、でも……」

マコト「気持ちはボクも同じだよ! でもボク達じゃ力になれない……!
   それにユキホ、ずっと震えてるじゃないか!」

ユキホ「っ……」

マコト「そんな状態で行ったって、ただ無茶なだけだよ……!
   だからここは逃げよう! 今はみんなを信じるしか……」

が、その時。
マコトの足は言いかけた言葉と共に止まった。
その目は大きく見開かれ、一点に固定されている。
ユキホもまた、マコトと同じように息を飲んで静止する。

前方に立つ人影が二人の体を止めた。
薄く笑って立つその人物に向け、
数秒の沈黙を経て、ユキホが震える唇を開いた。

ユキホ「タ……タカネ、お姉さま……」
330 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/17(日) 21:55:34.85 ID:kbi2Ae2Oo
今日はこのくらいにしておきます。
続きは多分また一週間後くらいになると思います。
331 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/27(水) 19:15:49.60 ID:McPeQ+yjo



二つの光が激しくぶつかり合っていた空は、今は静けさを取り戻している。
ハルカと、眠り姫。
今や月を覆っていた雲も、二人の強力な能力者の戦闘の余波によってだろうか、
薄くかき消され、大きな月の明かりが地表を照らしていた。
そしてその光の届く、校舎の屋根。
そこに今、二人は向き合い立っていた。

眠り姫「……待ってたよ、ハルカ」

ハルカ「帰ろう、ミキ……。ここは、私たちの居ていいところじゃない」

やはり牙を剥くような笑みを浮かべる眠り姫と、
険しいながらも真っ直ぐな目で正面を見つめるハルカ。
ハルカの言葉から数瞬置き、眠り姫は笑みを崩さぬままに言った。

眠り姫「『帰ろう』? 何言ってるの?
    私を置いてどこかに行っちゃったのはハルカの方でしょ?」
332 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/27(水) 19:16:19.93 ID:McPeQ+yjo
その時、僅かにハルカの表情が歪んだ。
苦痛を堪えるように寄せられた眉根は、眠り姫の目にはどう映っただろうか。

眠り姫「勝手だね。私は、ずーっとハルカを待ってたっていうのに」

ハルカ「……そうだね。だから、こうして迎えに来たの。
    約束を破ったことの、償いのために」

眠り姫「償い……? そんなのどうでもいいよ。約束っていうのも覚えてないし。
    それに、置いて行かれたことも別に怒ってないから。ただちょっと退屈だっただけ」

目を閉じて、眠り姫は一歩前に足を踏み出す。
それに応じてハルカも手にした両剣を構えた。

眠り姫「百年間……多分、ずっと夢を見てたの。ちゃんと覚えてないけど、大体わかるよ。
    私はハルカが居なくなった時から、ずっとこうして……」

瞬間、眠り姫の姿が消えた。
かと思えば直後、ハルカの上空から巨大鎌が振り下ろされる。
333 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/27(水) 19:16:51.50 ID:McPeQ+yjo
ハルカ「っ……」

躱して空へ飛んだハルカを眠り姫は見上げる。
そして跳躍の構えを見せつつ、眠り姫は叫んだ。

眠り姫「ハルカと、戦ってみたかったんだって!!」

言い終わるや否や、眠り姫はハルカに肉迫し、刃を振りかぶる。
ハルカは防いだが、その表情はやはり辛そうに歪んでいた。

ハルカ「ミキ……!」

眠り姫「帰る場所なんて、もうどこにもないの!
   私はこの世界をぜんぶ壊しちゃうんだから! もちろんハルカのこともね!!」

巨大鎌の刃の輝きが一際増し、
猛然と振られたその勢いのまま、ハルカは大きく弾き飛ばされた。
しかしすぐに空中で体勢を立て直して眠り姫に向き合う。
そして、強い意志を込めた瞳で真っ直ぐに眠り姫を見つめ、言った。

ハルカ「……そんなこと、させないよ。私はもう、約束を破りたくないから……!
    だからあなたを連れて帰る! 『眠り姫』なんかじゃない、本当のミキを!!」
334 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/27(水) 19:18:03.18 ID:McPeQ+yjo



イオリ「……何なのよ、あれ……。本当にあれが、アイドルだって言うの……!?
   それにハルカって子も何者なのよ!?」

ヒビキ「私たちにも、何が何だかわからないんだ! それより、アズサさんは……」

イオリ「私は見てないわ! 探すのなら急がないと……!
   ティーチャーリツコに連れ去られたっていうのが本当なら、
   アズサまでヤヨイと同じ目に遭わされるかもしれないんでしょ!?」

ヒビキ「そ、そうだ、本当に急がなきゃまずいんだよ……!
   あ、でもまずヤヨイを安全なところに連れて行って、それから、えっと……!」

マコト達と別れてからそう時間を空けず、イオリ達の元へ着いたヒビキとチハヤ。
彼女達は互いの情報を交換し、現状を把握した。
だがそのことが逆に皆の頭を混乱寸前に追いやっていた。
自分の身に起こったことだけでも整理が追いつかないのに、
離れていた仲間に起きたことも訳のわからないことだったのだから。
335 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/27(水) 19:19:37.83 ID:McPeQ+yjo
豹変したヤヨイ、リツコに攫われたアズサ、眠り姫の存在に、ハルカの登場――
これだけのことを同時に処理することなど到底できるはずもない。
最優先にするべきは恐らく、アズサの捜索。
またそれと並行して、気を失っているヤヨイを安全な場所まで避難させたい。

ヒビキ「え、えっと、じゃあ、イオリはヤヨイをお願い!
   私とチハヤはアズサさんを探しに行くよ! それでいいよね、チハヤ!」

が、そう言って振り返ったヒビキの目に写ったのは、黙ってじっと空を見上げるチハヤの姿。
ヒビキの声に気付いてすらいないのか、まったく反応を返さなかった。

ヒビキ「ねえ、チハヤ! チハヤってば!」

チハヤ「えっ? あ、ご、ごめんなさい……!」

再度呼びかけられチハヤはようやく我に返ったように返事をする。
ヒビキとイオリは眉をひそめ、チハヤの見ていた先にチラと視線をやった。

ヒビキ「二人の戦いが、気になるのか? でも私たちにはどうしようもないよ!
    あんなレベルの戦い、付いていけるわけがないんだ!」

イオリ「悔しいけど、ヒビキの言うとおりよ……!
    私たちは私たちでするべきことをするの!」
336 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/27(水) 19:21:34.05 ID:McPeQ+yjo
チハヤ「……私たちに、できることを……」

イオリの言葉を復唱したチハヤは、もう一度空を見上げる。
視線の先には、ぶつかり合う二つの光。
険しい顔つきのハルカと、『笑顔』の眠り姫。
チハヤは胸元で、片手を強く握る。
眉根を寄せたその表情は、それまでチハヤが見せたことのないものであったが、
彼女が今何を思っているのか、それを察する余裕は今のイオリとヒビキにはなかった。

イオリ「チハヤ、早く! 事態は一刻を争うんだから!」

ヒビキ「私たちはアズサさんを探しに行こう! ほら、行くぞ!」

チハヤ「っ……ええ、わかったわ。いきましょう……!」

二人に急かされ、チハヤはようやくハルカと眠り姫に背を向けてアズサの搜索へ向かった。
しかし瞼の裏には、どういうわけか強く焼きついていた。
ハルカと戦う眠り姫の笑顔が、チハヤの心を妙にざわつかせていた。
337 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/27(水) 19:23:20.57 ID:McPeQ+yjo



アミ「始まってしまったのね」

マミ「それとも、終わってしまうのかしら」

手を取り合って、双子は空を見上げている。
憐憫に満ちたその目の見つめる先にあるのは、眠り姫。

マミ「恐いわ、アミ。眠り姫が目を覚まして、私、とっても恐い」

アミ「私もよ、マミ。それに、とっても可哀想」

マミ「そうね……。眠り姫は目覚めたけれど、『あの子』はまだ眠ったまま」

アミ「目を覚ましてくれるかしら。そうすればきっと、この悲しい螺旋を終わらせられるのに」

マミ「終わらせてくれるのかしら」

アミ「それとも、また始まってしまうのかしら」

双子の少女は悲しげな顔で、眠り姫を見つめ続けた。
338 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/27(水) 19:25:48.21 ID:McPeQ+yjo



タカネ「ごきげんよう、ユキホ、マコト」

にっこりと笑い、首を傾けて挨拶するタカネ。
そして硬直したままの二人に向け、笑顔のまま続けた。

タカネ「これほどの素晴らしき夜に、二人でどこへ行こうというのですか?」

マコト「っ……ユキホ、下がって!!」

ユキホ「マ、マコトちゃん……!?」

ここでようやく、マコトの体が動いた。
光剣を構えて目の前のタカネを睨みつける。
タカネの発する異様な雰囲気に本能が警笛を鳴らしたのだ。
対して、タカネは殊更に悲しげな顔をして顔を伏せた。

タカネ「あらあら……悲しいですわ。そんな風に怖い顔をされて……」

が、その顔はすぐに上がる。
一転、妖しい笑顔を浮かべたタカネは、ユキホに視線を移し、

タカネ「貴女はそんな顔はしませんよね。ユキホ?」
339 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/27(水) 19:27:04.94 ID:McPeQ+yjo
マコト「何を言って……それより、ボクの質問に答えてもらうよ! 君は一体……」

しかしその時、マコトの視界にふっと影が写る。
反射的にそちらに目を向けたマコトは、その瞬間、思わず声を上げた。

マコト「!? ユ、ユキホ!」

後ろに立っていたユキホが、
まるでタカネにおびき寄せられるかのように、フラフラと歩いていく。
咄嗟にその手を掴んで引き止めたマコトだったが、
振り向いたユキホの表情を見て呼吸が止まった。

ユキホ「……? どうして止めるの、マコトちゃん」

それは今まで何度も見た、あの色のない表情だった。
マコトは声が出せなかった。
ただ、確信した。
いつからかユキホに起き始めていた異変、その元凶が、タカネにあったのだと。

マコト「ユキホに……ユキホに何をしたんだ!? タカネ!!」
340 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/27(水) 19:27:57.77 ID:McPeQ+yjo
タカネ「まあ、恐ろしい……! そのように怒鳴られては、
    怯えてしまってお話もできませんわ……ねえ、ユキホ?」

ユキホ「ダメだよ、マコトちゃん……。お姉さまに酷いことしちゃ」

マコト「……ユキホ……!」

マコトは、怒りと悲しみの入り混じった目でユキホを見、
そして、タカネを見た。
少し離れた位置で嘲るような笑みを浮かべているタカネ。
と、その時。
ユキホが突然、自分の手を掴んでいたマコトの手を、掴み返した。

マコト「!? ユキホ、何を……」

ユキホ「マコトちゃんも行こ? お姉さまのところへ」

マコト「ッ……!!」

ぐいと手を引かれ、マコトは全身から嫌な汗が吹き出るのを感じた。
反射的にユキホの手を払いのけ、まとわりつく汗を振り払うように力を入れて叫ぶ。

マコト「何が目的なんだ、タカネ! ユキホを操ってまで、一体何がしたいんだ!?」
341 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/27(水) 19:30:03.13 ID:McPeQ+yjo
タカネ「操るだなんて、酷い物言いですわ……。
    ユキホは愛する私のために協力してくれているだけだというのに。
    そうですよね、ユキホ?」

ユキホ「はい、お姉さま」

色のない表情のまま、ユキホはタカネに微笑みかける。
マコトはその返事を聞き、顔を見、
今にも泣き出しそうな表情で、しかし何より強い怒りを込めて、タカネに向かって叫んだ。

マコト「やめろ!! もうわかってるんだ! 今のユキホは正気じゃない!
   前から時々こんなふうになって……!
   君が何かしたんだろ!? 何のためにこんなことをするんだ!!」

タカネ「……ふふっ。少し、実験に協力してもらっているだけですよ。
   できれば貴女も一緒に来て欲しいのですが。
   協力者は多いことに越したことはありませんもの」

相変わらずの薄ら笑いを浮かべたまま、タカネは答える。
しかし要領を得ないのその回答と表情から、マコトは確信した。
タカネの目的は、やはり真っ当なものではないのだと。
342 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/27(水) 19:31:17.84 ID:McPeQ+yjo
マコト「誰が協力なんてするもんか……! 今すぐユキホを、元に戻すんだ!!」

タカネ「そうですか。では結構です」

あっさりと言い放たれたその言葉は、
怒りを宿したマコトの声色とは対照的に酷く冷たかった。
その声色にマコトは背筋が粟立つのを感じた。
いや、声色のみではない。
タカネの全身から滲み出るどす黒いオーラが、マコトの警戒心を最大限にまで高めさせた。

タカネ「協力を得られないのであれば仕方ありません。
    貴女にはここで消えてもらいましょう」

マコト「ッ……!!」

マコトが攻撃を決意したのはこの瞬間であった。
足を踏み出し、光剣を振りかざし、

マコト「はあああああああッッ!!」

全身全霊を込め、マコトはタカネに斬りかかった。
その正義の剣は、タカネを邪悪なオーラごと両断する……はずであった。
343 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/27(水) 19:32:39.50 ID:McPeQ+yjo
マコト「なっ……!?」

タカネ「ふふ……大したものですね。
    眠り姫との戦いで消耗していながらそれだけ動けるのですから」

妖しい光のうねりが、マコトの剣を掴むように止めている。
そしてその直後、一転、
光は猛々しく勢いを増したかと思えばマコトを包み込み、

マコト「ぐっ……!? うあぁああああぁああッ!?」

悲鳴を上げ、マコトは地に倒れ伏した。
全身を襲う痛みに荒い息を吐くマコトを、タカネは涼やかな表情で見下す。

タカネ「おや……やはり大したものです。あれを受けてまだ意識があろうとは」

マコト「っ、こ、の……!」

全身に力を入れ、マコトは起き上がろうとする。
しかし、数秒時間をかけて片膝をついたところで、ふっとその視界に影が差す。
見上げれば、タカネが目の前に手をかざしている。

タカネ「立ち上がらなくて結構ですよ。このままおわりにして差し上げますから」

マコトの視界が、先ほど見た妖しいオーラで埋め尽くされる。
そして防御も回避もする間もなく、衝撃が、マコトの体を襲った。
344 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/27(水) 19:34:36.57 ID:McPeQ+yjo
マコト「えっ……!?」

だが、その衝撃はタカネの手によるものではなかった。
タカネが攻撃するより先に、『横からぶつかった何か』がマコトの体を弾き飛ばしたのだ。
そしてその衝撃の正体に、マコトは地面に倒れ込んでからようやく気付いた。

マコト「ユ……ユキホ!?」

ユキホ「っ……!」

ユキホが、マコトの体に飛びついていた。
タカネの攻撃からマコトを守るかのように。

タカネ「……はて。なんのつもりですか、ユキホ?」

この時になってようやく、タカネの薄ら笑いは消えた。
ユキホはマコトの体から離れ、立ち上がる。
そして、両手を広げてマコトを背にして立った。
345 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/27(水) 19:35:22.76 ID:McPeQ+yjo
ユキホ「や、やめてください! マコトちゃんに酷いことしないで!」

マコト「! ユキホ……!」

それは、紛れもなくユキホであった。
マコトの知るユキホが今、マコトを庇ってタカネの前に立ちふさがっていた。

タカネ「私に楯突こうと言うのですか? ああ、とても悲しいですわ……。
   貴女は、もう私のことを愛していないのですね……」

ユキホ「そ、そういうことじゃありません! お、お姉さまのことは、今でも……!」

タカネ「ではユキホ、そこをおどきなさいな。ね、可愛いユキホ?」

ユキホ「い……嫌です。どきません……!」

タカネ「……」

ユキホ「わ、私には、お姉さまが何をなさろうとしているのかはよく分かりません……。
   でも、きっとお姉さまは間違ってます! 目を覚ましてください、お姉さま!
   また昔の、優しかったお姉さまに戻ってください!」
346 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/27(水) 19:36:05.49 ID:McPeQ+yjo
目には涙すら浮かべ、懸命にタカネに語りかけるユキホ。
だが、そんなユキホとは対照的に、
タカネの表情には一度消えていた笑みが再び戻っていた。

タカネ「……ふふっ。何を愚かなことを……。
   私は、昔から何も変わってなどいませんよ。
   貴女の知る私こそが偽りの虚像であった、ただそれだけのことです」

ユキホ「え……?」

タカネ「まさか自力で『解く』とは思ってもみませんでしたが……まあ良いでしょう。
   手駒として使えないのであれば、もう用済みです」

呟き、ゆっくりと片手を上げるタカネ。
その手のひらが自分へ向くのをユキホは、ただ呆然と見つめ……

タカネ「さようなら、可哀想なユキホ。何も知らぬ、哀れで愚かな小娘よ」

マコト「ユ、ユキホ! 避け――」

その言葉が発せられることも、マコトが立ち上がる間もなく、
手のひらから放たれた光がユキホの体の中心を貫いた。
347 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/27(水) 19:38:37.00 ID:McPeQ+yjo
今日はこのくらいにしておきます。
続きは多分またこのくらい空くと思います。
348 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:46:33.54 ID:+NxSNgCuo
マコト「ユ……ユキホぉお!!」

糸の切れた人形のように、ユキホは地面に崩れ落ちた。
マコトは未だ痛みの走る体に鞭打ち、ユキホの上体を支え起こす。
腕の中でぐったりとしているユキホの体を強く抱きしめ、タカネを睨みつけた。
そんなマコトをタカネは冷たく見下ろし、

タカネ「私に敵意を向ける前に、ユキホを看取ってあげては?」

マコト「っ……!」

タカネ「そう、それで良いのです。貴女方はもうしばらくここに居なさい。
    『時』が来るまで、もう間もなくですから」

不可解な言葉を残して、タカネの姿は夜の闇の中へと消えていった。
しかしマコトにはその言葉の意味も、タカネのあとを追うことも、考えられなかった。

ユキホ「マ……コト、ちゃん……」

マコト「! ユキホ……!」
349 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:47:14.45 ID:+NxSNgCuo
うっすらと目を開け、蚊の鳴くような声でマコトを呼んだユキホ。
その目の端から一筋、涙が流れる。

ユキホ「ごめん、なさ……い。私……迷惑かけ、て……ばっかり……」

マコト「そ……そんなことない! そんなことないよ!
   ユキホはボクを守ってくれたじゃないか!
   それより、ボクのせいでユキホが……!」

ユキホ「……思い、出したの……。私……あの日、お姉さま、に……会って……。
    マコトちゃんの……言うとお……り、だった……。夜……おね……さまに……」

マコト「ユキホ……! いいよ、もういい……!
   ボクの方こそ、もっと早く気付いてあげられれば……!
   ごめん、ユキホ! ごめん、本当にごめん……!」

ユキホ「あ……やまら……ぃで……わ……た、し……」

マコト「……ユキホ? ユキホ……!?」

薄く開いていた目が閉じた。
マコトが体を揺するのに合わせ、ぐらぐらと首が揺れる。
呼吸も、聞こえない。
350 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:48:01.30 ID:+NxSNgCuo
マコト「ユキホ……! ユキホってば!! ねえ起きて! 起きてよユキホ!!」

しかしユキホが目を覚ますことはなかった。
動かぬユキホの顔に、雫が落ちる。

マコト「お願い……起きて、ユキホ……!
   ボク、まだちゃんと返事をしてないじゃないか……!」

ユキホの細い体を、力強く抱きしめる。
そして、震える声で、あの時答えられなかった返事を、
言えなかった言葉を、搾り出すように囁いた。

マコト「ボクもユキホのことが好きだ……! だからずっと一緒に居ようよ……!
   ずっと、一緒に……! だからお願いだ……目を覚ましてよ、ユキホ……!」

しかし薄く開かれたその唇は、ただ開かれているだけ。
もはやどうしようもない。
タカネが悪意を込めて放った一撃は、あっけなく、ユキホの命を奪ってしまった。
351 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:48:30.37 ID:+NxSNgCuo
しかし、その時だった。

マコト「……!?」

突然、どこからか降ってきた光が倒れたユキホを直撃し、その体を包み込んだ。
マコトは一瞬、何者かの攻撃を連想した。
しかしすぐに気づく。
今ユキホを包んでいる赤い光には、
見た目の鮮烈さに反し、一切の悪意も敵意も感じない。
寧ろその逆。
そばにいるだけで、見ているだけで安心するような暖かさが、その光からは感じられた。
唐突に起きた現象にマコトの頭は疑問と困惑で満たされる。
だが光が徐々に薄れ、完全に消えてしまった直後。
マコトの疑問のすべては吹き飛んだ。

ユキホ「っは……!」

マコト「!? ユキホ……!」

それまでただ開かれているだけだった唇が動き、そして胸が上下し始めた。
マコトは慌てて、耳をユキホの口へ寄せる。
落ち着いた確かな呼吸音が繰り返されている。
止まっていたはずの呼吸が、再開されたのだ。
352 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:49:37.86 ID:+NxSNgCuo
ユキホが蘇生した。
そのことにマコトは心から安堵した。
しかしそれからすぐに、少し前の疑問が蘇る。
つまり、ユキホの体を包んだ光の正体だ。

分からないが、状況から考えて、
あの光が死にかけていた……あるいは既に死んでいたユキホを蘇らせたに違いない。
どこかから飛んできた、あの光が……。
と、マコトがその光が飛んできたと考えられる方へ顔を向けた、その瞬間。

マコト「っ……!」

禍々しい緑色の光が、赤く輝く光を吹き飛ばしたのをマコトは見た。
吹き飛ばされた赤い光は校舎の一部を砕いた後地面に激突し、高く土埃が舞い上がる。
そして、見えた。
マコトだけではない。
少し離れた場所から、イオリも、チハヤも、ヒビキも見ていた。
眠り姫が、赤い光の少女――ハルカを、冷たい目で見下ろしているのを。
353 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:50:42.18 ID:+NxSNgCuo
眠り姫「あーあ。私と戦ってるのによそ見しちゃうのがいけないんだよ」

ハルカ「っ……」

眠り姫「それに、『分ける』余裕だって無いって思うな。
    確かにすごい能力とは思うけど、分けちゃったらその分、
    ハルカの力だって減っちゃうんだし。
    誰かが死んじゃいそうだからっていちいち助けてあげてたら、ハルカ、負けちゃうよ?」

遥か上空からのその声は地上のマコトにも届いた。
そして理解した。
ユキホを救ったあの光は、ハルカのもの。
ハルカが能力を使って、
自らの……例えば生命力のようなものの一端を、ユキホに分け与えたのだと。

眠り姫「ハルカが負けたらどっちにしろみんな死んじゃうのに、意味無いってカンジ。
    だからもう誰も助けない方がいいよ……って、もう手遅れかな?」

静かにそう言って、眠り姫は片手をハルカに向けてかざす。
すると、少し前にチハヤ達を襲った緑色の光線がハルカに向けて放たれた。

ハルカ「く……!!」

眠り姫「……ほらね。この程度の攻撃を防ぐのもギリギリになっちゃった。
   せっかく楽しい戦いだったのに、もうおわりだね。つまんないの」
354 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:51:36.74 ID:+NxSNgCuo
チハヤ「……!」

ヒビキ「……そんな……」

離れた位置で二人のやり取りを見ていたヒビキは、掠れた声で呟く。
足元から全身に這い登る怖気に、膝を折らないので精一杯だった。
それは正しく絶望。
詳細までは分からないが、ハルカの力が衰えてしまっていることは明らか。
唯一眠り姫と渡り合えていた彼女の敗北はつまり、
眠り姫の言うとおり、自分達全員の死を意味する。
アズサを見つけ出したところで……
いや、見つけ出す前に、全てが終わってしまうかも知れない。
ならどうする、僅かな望みにかけて全員で眠り姫ともう一度戦うか。

だが、ヒビキの足は動かなかった。
ヒビキだけではない。
マコトも、イオリも、自分たちの希望が潰える瞬間を
ただ指をくわえて見ていることしかできなかった。

眠り姫は浅く息を吐いたあと手元に目線を落とし、得物を構える。
巨大鎌の刃を以て、ハルカに止めを刺すために。
そして、ハルカに肉薄しようと体を傾けた……その時だった。
355 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:52:07.37 ID:+NxSNgCuo
チハヤ「待って!!」

割って入ったその声は眠り姫だけでなく、
ハルカにも、離れて見ていたマコトやイオリ達にも届いた。

眠り姫「……?」

ハルカ「チハヤちゃん……!」

ヒビキ「チハヤ、何を……!?」

すぐ隣でチハヤの叫びを聞いていたヒビキは、
他の者と比べても一層驚きの色を濃くしてチハヤを見つめる。
だがそんなヒビキの視線を置き去りにして、チハヤはハルカに向けて飛んだ。
そして膝をついているハルカの前に降り立ち、眠り姫に向けて叫んだ。

チハヤ「お願い、やめて!! これ以上、ハルカを攻撃しては駄目!!」

親友をかばって立つようなその姿を見て、眠り姫の目元が、ぴくりと動いた。
356 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:52:58.12 ID:+NxSNgCuo
眠り姫「は……? なに、何のつもり?
    ハルカを守ろうとしてるの? お前みたいな弱い子が……?」

チハヤ「っ……そうよ、でも私は……」

眠り姫「ぷっ、あはははははは!! お前、面白いね!!
    まだ私に勝つつもりで居るんだ!? いいよ、じゃあ守ってみたら!?
    お前みたいなのが私を倒せるのか、やってみたらいいよ!!」

チハヤを嘲笑い、眠り姫は一度下ろした鎌をもう一度構えた。
しかしその直後、今度はハルカの言葉が、眠り姫の動きを止めた。

ハルカ「違うよ、ミキ……! チハヤちゃんは、あなたを倒すつもりなんてない」

チハヤ「! ハルカ……」

眠り姫「うん……? 何それ。じゃあ、やっぱり諦めちゃってるってこと?」

ハルカ「そうじゃないよ……。チハヤちゃんは、あなたのことも、守ってあげようとしてる。
    助けてあげようとしてるの……。だよね、チハヤちゃん?」

ハルカの言葉に、チハヤは何も答えずにただ眠り姫を見つめ続ける。
そしてそれが肯定を意味しているのだと、眠り姫は気付いた。
357 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:53:34.36 ID:+NxSNgCuo
眠り姫「何……? 面白いの通り越して、意味わかんないよ?
   私を助けようとしてる……? どういうこと? なんで?」

チハヤ「……あなたが本当に、あの本に書かれていた『女の子』なら……。
    絶対、もうハルカを攻撃しては駄目……!
    もしハルカの命を奪うようなことになってしまえば、あなたはもう、二度と救われない……!!
    だって……ハルカはあなたの大切な友達でしょう!?」

眠り姫「……」

――チハヤが眠り姫の表情に違和感を覚え始めたのは、
初めて彼女の顔にはっきりとした『怒り』が表れた、あの時からだった。
そして違和感は、ハルカが現れた時からより強く、濃いものになっていた。
ハルカと戦う眠り姫の笑顔に、チハヤは狂気以外の『何か』を感じ取り始めていた。
それから徐々にその『何か』は、ぼんやりとではあるが、
徐々に形を持ち始め、それがチハヤの心をざわつかせた。

チハヤ「お願い! もうこれ以上戦うのはやめて!!
    あなたはずっと笑って戦ってたけど、でも本当は……!」

眠り姫はハルカと戦いながら、笑っていた。
でも、だけど、それは笑顔なんかじゃなくて、本当は――
358 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:54:36.68 ID:+NxSNgCuo
眠り姫「うるさいっ……うるさいよ!! 弱いくせに! 全然弱いくせに!!
    偉そうに知ったようなこと言わないで!!」

チハヤ「ッ……!!」

眠り姫「私と対等なつもり!? 冗談! 私はアイドルなの!!
    ただ選ばれただけのお前なんかとは違う!!
    言ったよね! アイドルっていうのは、私みたいに圧倒的な力を持つ者のことだって!!」

眠り姫の、初めての『怒声』。
これまでで一番の怒り。
その迫力にチハヤは思わず一歩、足を引いてしまう。
だが、そんなチハヤの手が、不意に優しく握られた。

ハルカ「……わかってるはずだよ、ミキ。アイドルっていうのは、ただ強いだけじゃない」

チハヤ「ハルカ……」

ハルカ「思い出して……。アイドルは、強いだけじゃなくて……!
    みんなを笑顔にするの! 方法は色々だと思うけど、でも!
    アイドルは、世界中のみんなを笑顔にするんだよ!!」
359 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:55:25.19 ID:+NxSNgCuo
瞬間、チハヤは自分の中に、一陣の風が吹き込んできたような感覚を覚えた。
自分の心の淀んでいた、黒い霧のようなものが晴れていくのを感じた。

ハルカ「だからチハヤちゃんが選ばれたんだよ……!
    みんなの笑顔のために真剣に悩める、チハヤちゃんだから……!」

眠り姫「何、それ……! そんな戯言なんて聞きたくない!!
    もういいよ!! お前たち二人とも今すぐ私が消してあげるから!!
    それで証明してやるの……!! アイドルはただ一人、私だけなんだって!!」

眠り姫の体が、かつてないほど強烈な光に包まれる。
放たれればここに居る全員の命が消し飛ばされるほどのエネルギーが今、
眠り姫の両手に集約されていた。

だが、それを見るチハヤの目は落ち着いていた。
チハヤの目に映っているのはもはや、世界を滅ぼそうとする凶悪な敵ではない。

チハヤ「……きっと、止めるわ。あなたのためにも、きっと止めてみせる!!」

真っ直ぐに眠り姫を見つめるチハヤ。
その横顔を見て、ハルカは薄く微笑み、同じように眠り姫を見上げた。
360 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:55:55.53 ID:+NxSNgCuo
手を繋いだ二人の体が浮き上がり、眠り姫と同じ高度まで上昇する。
その様子を地表の少女たちは固唾を飲んで見守った。
彼女達は直感したのだ。
眠り姫を止められるか否か……自分たちの運命は、チハヤとハルカに託されたのだと。
しかしその時、最も近くで見ていたヒビキの横から、不意に声がかけられた。

アミ「いけないわ、あの子達を止めて!」

ヒビキ「え……!?」

そこに居たのは同じ背格好をした少女二人。
唐突に現れた少女らにヒビキが疑問を呈する間もなく、
アミとマミはヒビキに訴えかけた。

マミ「あの子は自分の力を全部あげるつもりよ!」

アミ「危険だわ! 失敗すればまた悲しみが続いてしまうの!」

ヒビキ「な、何? どういう……」

だが、双子の言葉の意味を理解する時間も、問い直す時間も、
今、この場には存在しなかった。
361 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:56:39.11 ID:+NxSNgCuo
眠り姫「あはっ! 準備はいいみたいだね! それじゃ、消してあげるね!!」

瞬間、閃光が走り――
眠り姫の最大の攻撃が、チハヤとハルカに向けて放たれた。

ハルカ「チハヤちゃん!!」

チハヤ「ええ!!」

それまでのチハヤであれば跡形もなく消し去るはずの緑の光。
だがそれに対してチハヤが取った行動は避けるでもなく、光壁を出すでもない。
ハルカと共に両手を前へかざし、そして……

チハヤ「くっ……!!」

眠り姫「!? 何……!?」

受け止めた――!
ヒビキ、イオリ、マコトは三人揃って息を呑む。
だが一番に驚愕し目を見開いていたのは、誰よりも眠り姫であった。
362 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:57:09.47 ID:+NxSNgCuo
眠り姫「馬鹿な、まさか本当に受け止めるだなんて……!」

チハヤもハルカも、涼しい顔をしているわけではない。
全力を振り絞って眠り姫の攻撃に耐えているのはその表情からはっきりと分かる。
しかし今、確かに二人の力は眠り姫と拮抗していた。
ハルカの力が想像以上に残っていたのか?
いや、違う。
眠り姫は感じていた。
この力の根本となっているのは他でもない、自分が格下と嘲笑ったチハヤなのだと。

眠り姫「っ、この力……! お前もアイドルの器を持っていると言うの!?」

そしてそれを見上げていた双子の少女は確信した。
今新たな器に、アイドルの力が注ぎ込まれようとしているのだと。

アミマミ「駄目! 新たな眠り姫が生まれてしまう!!」

それが聞こえていたのだろうか。
それとも、チハヤの心情を慮ったのか。
ハルカは片手をチハヤに差し伸べ、優しく微笑んだ。

ハルカ「チハヤちゃんなら、大丈夫……!」

これまで何度も、すぐ隣から向けられたハルカの笑顔。
チハヤはその笑顔に、笑顔を返した。
363 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:57:35.71 ID:+NxSNgCuo
そうだ……やっと気付いた。
やっと見付けた。
私は、ずっと分からなかった。
アイドルというものが何なのか。
自分のなりたいアイドルが、どんなものか。
でも、やっと見付けた。

いい子にしていれば、みんな笑ってくれた。
だから、だ言うことを聞き続けてた。
でもそれが本当にいいことなのか、わからなくなって。
何もわからなくなって……。
だけど、やっと気付けた。

私は、誰かを怒らせたり悲しませたり、したくなかった。
みんなに……笑顔で居て欲しかったんだ。

……ありがとう。
あなたのおかげでやっと、気付けた。
だから――

チハヤ「ハルカ……私、アイドルになるわ!!」
364 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:59:12.77 ID:+NxSNgCuo
今日はこのくらいにしておきます。
次はまたこのくらい日にち空くと思います。
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