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【アイマス】眠り姫 THE SLEEPING BE@UTY
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18 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/13(木) 20:28:42.86 ID:HWQr4F1/o
これで学園の案内はすべて終わった。
案内など不要、無駄な時間だと思っていたが、
思っていたよりは有意義な時間を過ごせたかも知れない。
そんな風に思いながら、チハヤは皆と共に寝室のある校舎へと戻る。
しかしその時、ふと気が付いた。
案内は終わったと言っていたが、まだ行っていない場所が一つだけある。
チハヤ「あの……向こうの校舎には、行かなくても?」
チハヤの方から声を掛けてきたことを、
表情に出さない程度に意外に思いながら、皆チハヤへと顔を向ける。
そしてチハヤの指し示す方を見て、
マコト「ああ、あれは旧校舎だよ」
チハヤ「旧校舎?」
イオリ「もう使われてないし、老朽化が進んで危ないから近付くなって言われてるの」
19 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/13(木) 20:30:18.33 ID:HWQr4F1/o
皆の言葉を聞きながら、チハヤはその旧校舎をじっと見る。
他の校舎と同じく石造りではあるが、
言われてみれば確かに外壁の風化が進んでいるようで、随分古びて見えた。
ヒビキ「小さい頃に一度だけ忍び込んだけど、特に面白いものはなかったよね。
古い本とかがいっぱいあるくらいで」
ユキホ「あの時、みんなティーチャーリツコに怒られたよね……。
私はやめようって言ったのに……うぅ……」
マコト「そうそう、確かヒビキが言い出したんだよ。『探検しよう!』ってさ」
ヒビキ「ご、ごめんってば。でも今となってはそれもいい思い出……って、
あの時はマコトだって乗り気だったじゃないか!」
マコト「あれっ、そうだっけ? あははっ! まあいい思い出だよ、いい思い出!」
半ば無理矢理ごまかした形ではあるがマコトが話題を終わらせた。
それを見てアズサはチハヤに向き直り、
アズサ「というわけで、あそこは案内できないの。ごめんなさいね」
チハヤ「いえ。こちらこそ、要らないことを聞いてすみませんでした」
チハヤは軽く頭を下げ、再び歩き出した。
20 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/13(木) 20:31:03.55 ID:HWQr4F1/o
・
・
・
マコト「うーん、毎年のことだけどやっぱりここは眺めがいいなぁ」
ユキホ「えへへっ。今年も晴れてて良かったね、マコトちゃん」
昼食が終わり、楽しみにしていた昼休みが訪れた。
少女たちは朝に話していた通り、一本桜の丘に集っている。
チハヤ「あの……昼休みには、いつもこうしてみんなで集まるんですか?」
イオリ「いつもってわけじゃないわ。いつの間にか恒例になっちゃった感じね。
学年の初めのお昼休みはみんなでここで過ごそう、って」
ヒビキ「ね、気持ちいいところでしょ!
太陽はぽかぽかで風も優しくて、ついうとうとしちゃいそうだぞ」
チハヤ「そう……ですね。確かに、良いところではないかと」
21 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/13(木) 20:32:30.03 ID:HWQr4F1/o
これもまたチハヤの本心である。
満開の桜に囲まれた並木道も美しいとは思えたが、
あちらは少し圧倒される感覚があった。
それに比べ、こちらの一本桜の下の方は落ち着ける。
満開の桜もこうして上から見下ろす分には、落ち着いて眺めることができた。
また視線をずらせば、先ほど見た旧校舎が静かに佇んでいる。
案内の時には気が付かなかったが、この丘は旧校舎のすぐ裏に位置していたようだ。
もう使われていない校舎の近くということもあり、
喧騒から離れた静かな雰囲気を持った丘である、とチハヤは感じた。
これから空いた時間は一人、ここで過ごすのもいいかもしれない。
イオリ「ところで、ずっと気になってたんだけど……
チハヤ、あなたいつまで私たちにそんな口調なの?」
チハヤ「えっ?」
ここで過ごす時間に思いを馳せていたところに思わぬ言葉をかけられ、
チハヤは意表をつかれたような顔で振り向く。
イオリはそんなチハヤに、少し呆れたような顔を向けた。
22 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/13(木) 20:33:42.09 ID:HWQr4F1/o
イオリ「敬語よ、敬語。年上のアズサはともかく、
私たちには別に普通に話してもいいんじゃない?」
チハヤ「それは……」
ヒビキ「うん、確かに。私もちょっと気になってたんだよ!
この学園の生徒はみんな家族みたいなものなんだからさ。
話し方くらいは普通にして欲しいぞ!」
マコト「へー、いいこと言うじゃないかヒビキ!
家族みたいなもの……ボクも同感だよ!」
ユキホ「わ、私も賛成です……。と、時々は私も敬語になっちゃいますけど……」
イオリ「言ってるそばからもう敬語じゃないの」
ユキホ「ひうっ! ご、ごめんなさい〜!」
ヤヨイ「私も賛成でーす! チハヤさんは私よりもお姉さんだから、
普通に話してくれた方が私もあんまり気にならないかなーって!」
23 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/13(木) 20:34:51.55 ID:HWQr4F1/o
次々と言葉を発する皆に、チハヤは少し困惑して目を泳がせてしまう。
と、唯一黙って見ていたアズサと目があった。
何も言わずにただ優しく微笑むアズサと数秒、視線が触れ合う。
そしてチハヤは、斜め下に目を伏せ、
チハヤ「……みんながそう言うなら、そうするわ」
その表情は不慣れなことに戸惑っている様子ではあったが、
決して不快さを表すものではないことを、少女らは全員わかっていた。
だから皆、各々笑顔を浮かべ、改めて「これからよろしく」と、
新たな友人に、家族に、口々に声をかけた。
チハヤ「あ、でも……ごめんなさい。
アズサさんはやっぱり、年上だから……敬語を使わせてください。
それが礼儀だと、思うので」
アズサ「あらあら、謝らなくてもいいわよ〜。
うふふっ、チハヤちゃんったら本当に真面目なのね」
申し訳なさそうに言うチハヤにアズサは笑顔を返し、
他の皆もにこやかな笑みを彼女に向けるのだった。
完全に打ち解けるにはまだ時間が必要かもしれない。
でもきっと、これが新たな家族としての第一歩になると、少女たちは信じていた。
24 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/13(木) 20:36:35.13 ID:HWQr4F1/o
今日はこのくらいにしておきます
劇中劇「眠り姫」のSSです
n番煎じです
長いです
25 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/13(木) 21:33:21.56 ID:xqbYXE37o
おつ
26 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/14(金) 23:04:11.97 ID:2Faq3o20o
昼休みが終わると少女らはまた別の校舎へ向かった。
その手には、寝室から各々持ってきた分厚い本が数冊持たれている。
目的の校舎の入口を潜り、更にその中の一室へ少女たちはたどり着いた。
先頭のマコトが扉を開けると、まずはずらりと並んだ机が目に映る。
そして部屋の前方には黒板の前に立つリツコの姿があった。
そこはいわゆる講義室で、これからリツコによる講義が行われようとしているのだ。
マコト「よろしくお願いします、ティーチャーリツコ!」
ユキホ「よろしくお願いしますぅ」
リツコ「はい、よろしくお願いします」
マコトに続いてユキホ、また後続の者たちも、
同じように挨拶をして講義室へと入っていく。
全員が着席し、机上に本を重ね置いて教師を注視するその光景は確かに、
生徒の人数こそ少ないものの確かに「学校」そのものである。
リツコは全員の目が自分に向いていることを確認し、一息置いてから、
リツコ「それでは授業を始めます。今日は『“能力”の理論と応用』について学びましょう」
27 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/14(金) 23:09:53.91 ID:2Faq3o20o
リツコ「さて、今回の授業内容と大きく関わってくることですが、
今日が新学期初めの授業ということで
まずは皆さんの目標を改めて確認しておきましょう。
皆さんは基本的な念動力の他に、それぞれ固有の『能力』を持っています。
そしてその『能力』を極めた者をなんと言いますか、ヤヨイさん?」
ヤヨイ「はい! 『アイドル(能力者)』です!」
リツコ「ありがとうございます。そう、アイドルです。
そしてそれこそが、皆さんが目指しているものです。
アイドルを名乗るのは簡単ですが、正式に選ばれ、そして認められる者はごく僅か。
そうなるためにはたゆまぬ努力が必要となります」
リツコの話を少女たちは真剣に聞く。
転校生であるチハヤ以外は皆この学園で、幼い頃からアイドルになるための勉強を続けてきた。
つまりここはアイドルとなるべき者を育て上げる、養成学校とでも言うべき施設なのだ。
リツコ「あなた方はまだ『能力を有している者』に過ぎません。
『能力者』に――アイドルになるため、
これまで通りこの一年間、頑張ってくださいね?」
28 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/14(金) 23:15:12.96 ID:2Faq3o20o
優しく笑いかけたリツコに対し、
各々気合の入った表情で声を揃えて返事をする生徒たち。
ただ唯一チハヤだけは今ひとつ気勢に欠けるようであったが、
リツコは気付いていないのか敢えてそれに触れることなく、
リツコ「良い返事です。では早速授業の内容に入りましょう」
そう言って黒板に顔を向けた。
すると、同時にチョークが数本ふわりと浮き上がり、
黒板に文字や図を書き込んでいく。
リツコ「『“能力”の理論と応用』……とは言っても、やはり基本となるのは念動力です。
念動力の応用として既に皆さんは飛行を身につけていますが、
『能力』を最大限に活かすにはただ浮くだけではなく、
高速で機動するなどといったより高度なレベルでの飛行が必要となります」
話している間にもチョークは板書を続け、
ちょうど話し終わると同時に、どうやら板書も完了したらしく、
数本のチョークはすべてもとあった場所に収まった。
リツコ「というわけで、ここで改めて皆さんの念動力のレベルを見てみましょう。
テスト1、『瓶の蓋開け』です」
29 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/14(金) 23:20:04.74 ID:2Faq3o20o
テスト、という言葉に数人の表情がぴりっと引き締まる。
しかしそれに気付いたリツコは、柔らかい表情を変えぬまま続けた。
リツコ「テストとは言っても、今のあなた達にとっては容易いものですよ。
既に気づいているでしょうが、ここにキャンディの入った瓶があります。
この瓶の蓋を中身のキャンディごと浮かせ、
零すことなく蓋を開ける、それだけですから」
そう言ってリツコは教卓の上に置いてあった瓶を手に取る。
中にはリツコの言う通り、色とりどりのキャンディがいくつか入っていた。
見れば板書にも、瓶とキャンディを表したらしき図が書かれてある。
リツコ「念動力のコントロールが苦手な人は
力の調節ができずにキャンディを零したり、瓶を割ったりしてしまいます。
適切な力で蓋を開ける繊細なコントロールが求められるわけですね」
リツコの話を聞く限りでは、それなりの練度が求められそうなテストではある。
しかしこれを聞く皆の表情は少し前に比べて和らいでいた。
そんな彼女らの顔を見ながらリツコは満足気な笑みを浮かべる。
リツコ「では実際にやってみましょう。皆さん前へ出てきてください」
30 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/14(金) 23:24:40.86 ID:2Faq3o20o
促されるまま、全員席を立って教室前方へと集まる。
と、大半の者が普段通り歩いている中、一人ヒビキは自身の体を浮かせていた。
それを見てヒビキの意図を察したのはマコトだった。
マコト「あはは、もしかして準備運動のつもり?
自分の番が来るまで浮いてるつもりなんでしょ」
ヒビキ「あ、バレちゃった? まあ、念の為にね。
このくらいのテストなら全然ヘーキだと思うけど!」
イオリ「当然よ。こんなのお茶を飲みながらでもできちゃうわ」
ユキホ「で、でも私も一応、準備しておこうかな。失敗しちゃったら恥ずかしいし……」
余裕の笑みを浮かべるイオリの横で不安げに呟き、
ユキホもヒビキに倣って自分の体を浮遊させた。
そんな微笑ましいやり取りをする一同にリツコは慈しみのこもった視線を送りながら、
リツコ「では、まずヤヨイさんからやってみましょうか」
ヤヨイ「あっ、はい! よろしくお願いしまーす!」
31 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/14(金) 23:29:20.05 ID:2Faq3o20o
勢いよく頭を下げてお辞儀をした後、ヤヨイは瓶に人差し指を向ける。
するとすぐ、ふわりと瓶が浮いた。
中身のキャンディもリツコの指示通りに一つ一つ全てが浮いている。
それから数秒を待たずして、僅かな抵抗を感じさせはしたがあっさりと、
コルクの蓋が瓶の口から外れた。
もちろん中のキャンディは外に出ず、瓶の中でふわふわと漂っている。
ヤヨイ「えっと、これでいいんですか?」
リツコ「ええ、良いですよ。どうでしたか? 難しかったですか?」
ヤヨイ「いえ! 念動力は苦手ですけど、このくらいなら大丈夫です!」
リツコ「けれど数年前までのヤヨイさんなら、きっとできなかったでしょうね」
ヤヨイ「あ……確かに言われてみればそうかも。
それじゃあ私も、ちゃんと成長できてるってことですよね!」
リツコ「もちろんです。さあ、この調子で他の皆さんもやってしまいましょう」
ヒビキ「はーい! 次は私が行きまーす!」
ユキホ「あっ、じゃあその次は私が……!」
32 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/14(金) 23:33:46.69 ID:2Faq3o20o
チハヤ「――これでよろしいですか?」
リツコ「ええ。流石ですね、チハヤさん」
その後も皆ヤヨイに続いて『蓋開け』を軽々とクリアし、
チハヤを最後に、全員が一定の基準に達していることが証明された。
リツコの口から合格を聞き、
チハヤはそのまま念動力で蓋を閉めて瓶をそっと机上に戻す。
チハヤ「全員が簡単にこなせるようなことをしただけで『流石』と言われても……。
あまり、褒められているようには思えません」
リツコ「そうかもしれませんね。
ですが、この学園の外では出来ない人の方が多いんですよ?」
チハヤ「……そうですか。まあ、なんでも、いいですけれど」
呟くようにそう言って、チハヤはふいと目を逸らしてしまう。
そんなチハヤの態度を目の前にしても、
リツコは笑みを消すことなく他の皆に顔を向けて明るく言った。
リツコ「では皆さん、席に戻ってください。
皆さんの念動力がある程度の水準に達していることを前提として、講義に移りましょう」
33 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/14(金) 23:37:23.50 ID:2Faq3o20o
・
・
・
イオリ「うーん、それにしても今日はよく歩いたわね。
学園中歩き回ったのなんて久しぶりじゃないかしら」
イオリは深く息を吐きながら、浴槽内で伸びをする。
そんなイオリの横で、湯から首だけ出した状態のヤヨイが答えた。
ヤヨイ「そっかー、そう言えばそうだよね。
ここ、すっごく広いから、私なんて今でも迷子になっちゃいそうかなーって」
ヒビキ「確かに、敷地の端から端まで歩くことなんてほとんどないもんな。
でもイオリ、この程度で疲れてるんじゃアイドルなんてなれっこないぞ?」
イオリ「べ、別に疲れただなんて言ってないじゃない。
アイドルになろうって人間がこんな程度で疲れるわけないでしょ!」
そんなイオリたちの会話をチハヤは浴槽の端からぼんやりと聞く。
確かに、この学園の敷地は広大だった。
ただ歩いて案内するだけで半日が潰れるなど、
自分がもと居た学校では到底考えられない。
34 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/14(金) 23:44:37.51 ID:2Faq3o20o
また敷地だけでなく、一つ一つの部屋も妙に広かったのが印象に残っている。
今居る浴室についてもそうだ。
同じ浴槽に浸かっているイオリたちの会話は聞こえるが、
洗い場で二人、体をこすっているユキホとマコトの会話はほとんど聞こえない。
今更ながら、チハヤはこのことに違和感を覚えた。
この学園の広さは……明らかに、七人程度では持て余す。
これほどの広さがあれば、何百人という学生が通っているのが普通だろう。
もしかすると、以前は大勢の学生がここに通っていたのかもしれない。
それともこれから通う予定があるのだろうか。
思い返してみれば他にも気になることはあった。
自分がいるこの校舎――ここには寝室や浴場以外にも多く部屋がある。
にもかかわらず、それらについては全く案内されなかった。
案内されなかったということは必要ないということなのだろうが……。
イオリたちの他愛もない会話から、覚えた違和感についてチハヤは一人思考する。
しかしその思考は不意にかかった声に途切れさせられた。
アズサ「この学園はどうだった? 元気にやっていけそう?」
チハヤ「アズサさん……。そう言われても、まだ、わかりません。
ここへ来て、一日しか経っていませんから」
35 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/14(金) 23:51:14.94 ID:2Faq3o20o
アズサ「あらあら、そうよねぇ。ごめんなさいね、私ったら」
チハヤ「いえ……」
困ったように笑うアズサから、チハヤは目を下に逸らす。
湯の中で揺れる自分の指先を見つめながら、
最年長のアズサならばあるいは、自分の疑問に答えられるかも知れない、と思った。
だが、どうも他の皆はこの敷地の広さに疑問を感じている様子は特にないようだ。
これについて聞くことでおかしく思われるかもしれない。
そう考え、無闇に目立つことを好まない性格も手伝って、
チハヤは自分の覚えた疑問と違和感を飲み込んだ。
考えてみれば些細なことだ。
それに、少し調べてみればその程度のことはわかるはず。
読書に使う本も探してみたいし、時間の空いた時にでも図書館へ行ってみよう。
あれだけの蔵書数だ。
学園の歴史について書いてある本の一冊や二冊はあるだろう。
チハヤ「……そろそろ、あがりますね。お先に失礼します」
考えが一区切りつき、
アズサに軽く頭を下げてチハヤは一人脱衣所へと出て行った。
36 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/14(金) 23:56:29.25 ID:2Faq3o20o
・
・
・
入浴後から消灯までは、基本的には全員寝室で過ごすことが多い。
この時間より後に屋外へ出ることは禁じられているし、
またこの校舎自体にも、特にこれといって用事を作らせるような部屋は寝室の他にはないからだ。
が、この晩は例外であった。
チハヤ「……」
薄暗い廊下をチハヤは一人、歩いている。
校舎の大きさに合わせて当然廊下も長く、
少し前まで聞こえていた寝室から漏れ出る話し声も、端まで歩いてしまえばもう聞こえない。
チハヤは振り返り、自分の通った廊下を眺めた。
壁には、扉が同じ間隔で並んでいる。
恐らく部屋の広さは全て、自分たちの寝室と同程度なのだろう。
それ自体は特におかしなことではない。
建物の構造としては、同じ広さの部屋が並ぶのはごく普通のことである。
ただやはりチハヤとしては、これだけ多くの部屋があるにもかかわらず、
それらに関しての説明も案内も一切されなかったことが疑問であった。
これだけの部屋が今後の学園生活で不要ということがあるだろうか?
それともいつか説明される機会があるのだろうか。
37 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/15(土) 00:01:23.36 ID:S1j2MMQuo
チハヤはふと、横に視線を向けた。
そこには二階へと続く階段がある。
二階も見てみるか、とチラと思ったチハヤではあったが、
恐らく一階とたいして変わった構造はしていないだろう。
わざわざ今上ってみる必要はない。
そう思い直し、チハヤは通ってきた廊下を引き返すことにした。
だが真っ直ぐ寝室に戻る前に……と、一番手前の部屋の前で立ち止まる。
そしてドアノブに手をかけ、力を入れてみた。
カチャ、と小さな音を立て、抵抗なく動いた。
鍵はかかっていないらしい。
チハヤはゆっくりとドアを開き、中を覗き見た。
部屋の中の様子は、チハヤの推測を大きく外しはしなかった。
そこにあったものは、骨組みだけのベッド。
マットレスもシーツもない裸のままのベッドが、
そこに寝る者を待つように、窓から差し込む光に照らされてずらりと並んでいた。
一歩中に踏み入り、もう少し部屋の様子を見てみる。
38 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/15(土) 00:04:11.90 ID:S1j2MMQuo
部屋の大きさや形。
それらは思った通り、自分たちの寝室と同じであった。
ということはやはりここもまた寝室だったのだ。
他の部屋もそうだろう。
この建物の一階には、自分たちが寝起きするのと全く同じ寝室が多く並んでいるのだ。
これらの部屋が「かつて寝室であった」のか、
それとも「これから先寝室になるのか」は分からない。
だが、少なくともチハヤの覚えた違和感は正しかった。
この学園は、本来はもっと大勢の学生が通うべき施設なのだ。
自分の推測が当たっていたであろうことを頭の中で確認するチハヤであるが、
その時、ふと何かを感じた。
違和感――今度は別の、また新しい違和感だ。
なんだろう、この部屋はどこか……妙なところがある。
いや……あるいは違和感があるのは、この部屋ではなく寧ろ……。
アズサ「何をしてるの?」
39 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/15(土) 00:05:58.75 ID:S1j2MMQuo
背後からかけられた声に、今回ばかりはチハヤも肩を跳ねさせた。
振り向けば部屋の入口に、アズサが立っている。
アズサ「あ……ごめんなさいね、驚かせるつもりはなかったの。
ただ、チハヤちゃんを探しにきて……」
チハヤ「そ、そう、でしたか……」
アズサ「それで、何をしていたの? この部屋に何か用事?」
アズサは笑っていた。
だが廊下の僅かな照明を背に受け、
部屋から差し込む月光に照らされるその表情は、
なぜかチハヤには喩えようもなく得体の知れないものに見えた。
チハヤ「いえ、その……他の部屋が何の部屋なのか、気になって。
特に用事があったわけでは……」
アズサ「まあ〜、そうだったの。でも、どうしてそれが気になったの?」
40 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/15(土) 00:10:35.84 ID:S1j2MMQuo
アズサにそのつもりがあるのかは分からないが、
チハヤは何か、目の前の笑顔の少女に尋問を受けているような感覚を覚えた。
そのせいもあって、チハヤは素直に心のうちを話すことにした。
チハヤ「この学園の広さが、気になったんです……。
本当は、もっと多くの学生が通うはずの学園なのではないか、と……」
身を固くするように片手でもう一方の腕を抑え、
チハヤは目を斜め下に伏せながら答えた。
だがそんなチハヤに対するアズサの反応は、拍子抜けするほど軽いものだった。
アズサ「ええ、そうだけど……ティーチャーリツコから説明されてなかったの?」
チハヤ「えっ? いえ、その……はい。私は、何も……」
アズサ「あらあら……。だったら気になっちゃうわよねぇ。
こんなに広いのに、生徒は私たちしか居ないんですもの。
チハヤちゃんの言う通り、昔は……旧校舎がまだ使われていた頃は、
生徒も先生ももっとたくさん居たみたいよ。
でも色々な事情があって、今の形になったそうなの」
41 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/15(土) 00:16:03.34 ID:S1j2MMQuo
チハヤ「色々な事情……?」
アズサ「そこは私もよく知らないんだけど……。
でもこれで、チハヤちゃんの気になってたことは解決したわよね?」
そう言って両手を合わせ、ニッコリと笑うアズサ。
チハヤは数瞬の間を空けて、
チハヤ「そう、ですね。ありがとうございました」
アズサ「うふふっ、どういたしまして〜。
これからはわからないことがあったら、まずは私か他の子に聞いてちょうだいね?
今日みたいにいきなり居なくなったら心配しちゃうから」
チハヤ「ごめんなさい、そうします。では、戻りますね、失礼します……」
早口気味に言い残し、チハヤはアズサの脇を抜けるようにして部屋を出た。
そうしてやはり早足で寝室へと戻るチハヤの背を、
アズサは扉を閉めながら黙ってしばらく見つめ続けた。
42 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/15(土) 00:21:59.85 ID:S1j2MMQuo
・
・
・
蝋燭の光が揺らめく石造りの壁と床に、足音が反響する。
足音は一人分。
螺旋階段を下った先の廊下には、またいくつかの扉が並んでいる。
そのうちの一つの前で足音は止まり、木製の扉をゆっくりと押し開けた。
「お母様!」
同時に部屋の中から聞こえたその声は、二人分。
声の主たちは揃って、扉を開けた人物に駆け寄る。
「お母様、おかえりなさい!」
「私たち今日もとってもいい子だったのよ、お母様!」
無邪気な笑顔を浮かべて両腕に絡みつくその二人の少女は、
声も、顔も、背格好も、まったく同じ外見をしている。
ただ髪型だけが二人を区別していた。
そんな二人に『お母様』と呼ばれた人物は優しく微笑み、
「ええ、ただいま戻りました。アミ、マミ」
43 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/15(土) 00:25:07.88 ID:S1j2MMQuo
『お母様』と呼ばれているが、彼女も外見上はまだ少女であった。
銀色の髪と落ち着いた雰囲気が大人びた印象を放っていはいるものの、
年齢は高く見積もっても二十代の前半。
低ければまだ十代だろう。
対してアミ、マミと呼ばれた双子と思しき少女たちも、外見年齢は十代半ばである。
ただ、アミとマミはその外見に対し、表情や仕草はひどく幼かった。
銀髪の少女の腕に顔を擦りつける様子はまさしく母親に甘える幼子である。
またどういうわけか彼女らは、十代半ばのその外見で、
口元には赤ん坊が咥えるいわゆるおしゃぶりがあった。
常識を持つ者であれば、一見してこの光景が異様であることを理解するだろう。
しかしそんな中において少女たちの表情は明るく穏やかである。
そのことが、この状況を更に異様に見せていた。
マミ「ねえお母様、新しい子はどんな子だった?」
アミ「良い子だった? 悪い子だった?」
銀髪の少女は、無邪気に顔を見上げる双子を見つめる。
そして、
「さあ、どうでしょうね」
薄く笑って、二人の頭を優しく撫でた。
44 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/15(土) 00:34:39.09 ID:S1j2MMQuo
撫でられる感触を堪能するかのように、双子の少女は嬉しそうに目を瞑る。
そして手が頭から離れたのと同時にぱっと顔を上げた。
アミ「ねえお母様、今日もご本を読んでくれる?」
マミ「私、今度はお姫様のお話がいいわ!」
すがりつくように服をきゅっと掴むアミとマミを引き連れ、
銀髪の少女はベッドへと歩いて行く。
数人は寝られようかという大きなベッド。
少女はその上を這うように移動し、
枕元にあった分厚い本を手にとって、枕に体を預ける。
双子もすぐにベッドに飛び乗り、
銀髪の少女の両側に腰を据え、腕と腕を絡みつかせた。
「それでは、今日からはこのお話を読み聞かせましょう」
静かに発されたその声に、アミとマミは目をうっとりとさせる。
まるでもうすでに物語の世界に入り込んでいるかのように。
銀髪の少女はそんな少女らを更に深く物語へ引き込むかのごとく、
しなやかな指先でゆっくりと本の表紙をめくり、囁くように、本のタイトルを読み上げた。
「『眠り姫 THE SLEEPING BEAUTY』――」
45 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/15(土) 00:35:11.05 ID:S1j2MMQuo
今日はこのくらいにしておきます。
続きは多分日曜の夜に投下します。
46 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/15(土) 23:57:09.57 ID:T4LC3zrQO
おつ 続きまってるよ
47 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/16(日) 20:55:47.41 ID:0DERAmKOo
・
・
・
「アイドルになるって、どんなカンジなのかな?」
私が聞くと、隣に座っていたその子は正面を向いて、考えるように目線を上げる。
それから何秒か経って、どんなカンジだろうね、とその子は笑った。
私も別に答えが欲しかったわけじゃないから、一緒になって笑った。
「いつか、アイドルになれるかな?」
きっとなれるよ、とその子は答えてくれた。
私は目をつむってその子の肩に頭を預ける。
「一緒に頑張ろうね。アイドルになっても、ずっと一緒にいようね。約束だよ」
うん、約束。
短くそう答えて、その子は私の頭を抱いて、
額にそっと優しくキスしてくれた。
48 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/16(日) 21:00:27.77 ID:0DERAmKOo
ヤヨイ「――チハヤさん、どうかしたんですか?」
チハヤ「えっ?」
隣に目を向けると、寝間着姿のヤヨイがきょとんとした顔で
こちらを見上げているのが見えた。
ヤヨイ「鏡をじーっと見て、固まっちゃってましたよ?
おでこに何かついてるんですか?」
言われてから、自分が額に手を添えて鏡を見つめていたことを思い出す。
何故だろう。
改めて鏡を見てみても、額には特に何か変わった様子があるわけではない。
チハヤ「いえ、なんでもないわ……。少し、寝ぼけていたみたい」
ヤヨイ「そうなんですか? チハヤさんでも朝はぼんやりしちゃうんですね!
私も、今日はばっちり目が覚めましたけどよくぼーっとしちゃって、
この前なんかイオリちゃんに――」
無邪気に話すヤヨイの話を、チハヤは少し戸惑いながらも笑顔で聞く。
そうするうちに、些細な疑問は頭の片隅へと追いやられていった。
49 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/16(日) 21:07:24.59 ID:0DERAmKOo
・
・
・
桜舞う中庭に広がる青空。
学生七人が横に並び、その前に教師が一人立っていた。
つまりこれからこの朗らかな中庭で行われることもまた、授業のひとつである。
リツコ「さて、予告していた通りこの時間は『能力』の訓練にあてます。
そのためにまずは一人ずつ、現段階でどの程度能力を使いこなせるかを確認しましょう。
前に私が見た時から成長していることを期待しています」
リツコの様子はいつもと変わらないが、
学生たちの表情は心なしか昨日よりも気合が入っているように見える。
やはりアイドルを目指す者にとっては、
能力訓練は特に気勢が上がる科目の一つなのだろう。
リツコ「それでは、まず初めに披露してもらうのは……」
ヒビキ「はいはーい! 私が一番にやりたいです!」
手を挙げかけたマコトとイオリに先んじて初めに声を発したのはヒビキだった。
マコトは残念そうに笑い、イオリはふんと鼻を鳴らして悔しそうに手を下げる。
そんな彼女たちを見て、リツコは満足げに微笑んだ。
リツコ「皆さん意欲的で大変良いですね。では、初めにヒビキさん。
その次にマコトさんとイオリさんにいってもらいましょう」
50 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/16(日) 21:10:57.76 ID:0DERAmKOo
ヒビキ「よーし、行くぞー!」
ヒビキは早速皆の前へ歩み出て、校舎を背にして立つ。
そして振り返る動作と同時に左手をすっと斜め前へ出した。
すると、腕の周囲から渦を巻くように光が発生し、
それは上を向いた手のひらへと集約され――
次の瞬間には、ただの光では無くなっていた。
小動物……?
チハヤが受けた印象は、まさにその通り。
小動物の姿をかたどった青白い光が、ヒビキの手のひらから腕を駆け上り、
肩に乗って顔に擦り寄る姿がはっきりと見えた。
また同じように光で出来た小鳥が、ヒビキの周りをパタパタと羽ばたいている。
ヒビキ「えへへっ、どうですかティーチャーリツコ!
見た目はまだ光のままだけど、こんなに元気に動いてくれるんですよ!」
光の小動物に囲まれて楽しそうに笑うヒビキに、
リツコは優しく微笑み返す。
51 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/16(日) 21:16:28.64 ID:0DERAmKOo
リツコ「ええ、素晴らしいです。多数同時の創生に、それぞれの自律した行動。
ここまでくればもうすぐに、外見も本物と変わらないものを生み出せるはずですよ」
ヒビキ「本当ですか! やったあ!」
マコト「やるなぁヒビキ……。でもボクだって負けないよ!
ティーチャーリツコ、お願いします!」
リツコ「ふふっ……ええ、どうぞ」
勇み出てきたマコトに、リツコはバトンのようなものを手渡した。
見た目にはただの木製の棒、といった感じだ。
それを受け取ったマコトはバトンをぐっと握って構える。
マコト「はああっ!」
瞬間、バトンの先から赤い光が閃光のように発生し、
かと思えばバトンは一点、輝く光剣の柄へと姿を変えた。
その迫力に、数人の学生から歓声が漏れる。
52 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/16(日) 21:20:42.13 ID:0DERAmKOo
マコト「切れ味も保証しますよ! レンガくらいなら真っ二つです!」
リツコ「見事です。しかし、レンガ程度で満足してはいませんね?」
マコト「もちろん! すぐに鋼鉄だって真っ二つにしてみせます!」
リツコ「よろしい」
向上心を欠かさないマコトの姿に、リツコは優しく微笑み頷く。
次いでその笑みをイオリに向け、
リツコ「では続いてイオリさん、前へどうぞ」
イオリ「はい」
待ってましたと言わんばかりの表情ではあるが、あくまで悠然と前へ出るイオリ。
数歩進んでやはり優雅に振り返り、胸の前で両手のひらを向かい合わせた。
するとその指先と指先の間を走るように、
桃色の電光がバチバチという烈しい音とともに発生した。
53 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/16(日) 21:23:09.31 ID:0DERAmKOo
リツコ「見事、放出箇所を指先の一点に集中……よくコントロールできていますね」
イオリ「ありがとうございます。
一点に集中した分威力も上がって、レンガくらいなら軽く砕けますわ」
殊更に丁寧な口調で発されたその言葉に、マコトがぴくりと反応する。
挑発的な笑みを含んだイオリの視線と、対抗心を燃やしたマコトの視線が交差する。
そんな二人の様子に気付いたか、リツコは微笑みを崩さぬまま言った。
リツコ「マコトさんの光剣もイオリさんの電撃も、
シンプルな能力ゆえに基礎の仕上がり次第で有用さに幅が出ます。
これからも友人同士切磋琢磨し、上を目指してくださいね」
リツコの言葉に、二人揃って「はい」と気合の入った返事をする。
そうしてイオリが列に戻っていくのを確認し、
リツコ「さあ、続けて行きましょう。次は誰ですか?」
ヤヨイ「あ、はい! じゃあ私、行ってみます! よろしくお願いしまーす!」
54 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/16(日) 21:28:50.85 ID:0DERAmKOo
それから少女たちは次々と能力を披露し、
その様々な能力は、初めて目にするチハヤの目には新鮮に映った。
ヤヨイはリツコの用意した重さ五キロの鉄球を人差し指で数メートル弾き飛ばし、
ユキホは手のひら大の光の塊を射出して地面に大きな穴を開け、
アズサは数十メートルもの距離を一瞬で移動してみせた。
それらはどれもチハヤの居た学校では
目にすることのないレベルで使いこなされた能力であり、
しかもリツコの言葉を信じるならば、全員の能力がこれより更に向上するらしい。
なるほど、本気でアイドルを目指すだけはある。
本人たちの資質と、この学園の教育の質の高さをチハヤは実感した。
リツコ「さて、最後はチハヤさんですね。
チハヤさんの能力はこの学園に来る際に見せてもらったので
どういったものが私は把握していますが、
他の皆さんへの紹介も兼ねてよろしくお願いします」
チハヤ「……わかりました」
好奇心に満ちた興味深げな視線を一身に受けながら、チハヤは歩み出る。
そして振り返り、両手を前方へとかざした。
55 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/16(日) 21:32:28.02 ID:0DERAmKOo
かざされた手の先に現れたのは、人一人分程度の面積の、青く光る壁。
少女たちはしばらく、その壁の挙動を固唾を飲んで見守った。
しかし、
イオリ「……これだけ? あなたの能力って」
そのまま動かないチハヤに怪訝な表情を見せるイオリ。
その言葉を受け、チハヤは浅く息を吐いてリツコに問いかける。
チハヤ「もう良いですか? ティーチャーリツコ」
だがリツコは相変わらずの笑みを浮かべたまま、
イオリに向けて言った。
リツコ「イオリさん、この壁に向けて電撃を放ってみてください。もちろん、全力で」
イオリ「え? でも……」
そんなことをすれば壁の向こうに居るチハヤが危険なのではないか。
そう思って少し戸惑った様子を見せるイオリであったが、
リツコは促すようにただゆっくりと頷いた。
56 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/16(日) 21:41:00.12 ID:0DERAmKOo
どうやら、何も問題ないから心配するな、ということらしい。
そう理解したイオリはチハヤに向き直り、
イオリ「悪いけど本当に全力で行くわよ? いいわね?」
確認を取って、両手のひらを胸の前で向かい合わせる。
直後、バチバチという音を立てて五指から電撃が発生し、
束となって壁に向かって走った。
生身の人間に当たればひとたまりもない、
石造りの壁であっても砕き貫通するほどの電撃はしかし――
イオリ「っ!!」
イオリは息を呑み、見ていた他の少女らも思わず声をあげる。
光の壁は、まったく傷一つ、焦げ目一つ付くことなく、依然としてそこに輝きを放ち続けていた。
リツコ「続いてマコトさん、ヤヨイさん、ユキホさん。
それぞれ自身の能力を最大限の威力で発揮し、
チハヤさんの壁に向けて放ってみてください」
その言葉を受けて、三人は言われた通り続けざまに自身の全力を壁にぶつけた。
だがやはり壁は変わらぬまま、チハヤの前に厳然とあり続けた。
57 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/16(日) 21:45:10.32 ID:0DERAmKOo
リツコ「非常に堅牢な壁――と言えば単純でしょうが、
その質の高さは皆さんにも実感していただけましたね?
これがチハヤさんの能力です。ありがとうございました、チハヤさん」
リツコの言葉を聞き、目を閉じて軽く頭を下げてチハヤは列へと戻った。
学生たちが全員横一列の並びに戻ったことを確認し、
リツコは少女らの正面に移動する。
リツコ「しかし皆さんがより高度なレベルで能力を使いこなせれば、
この壁を打ち砕くこともできるでしょう。
またチハヤさんも、
努力次第で何ものにも破壊不可能な壁を生み出すこともできるでしょう。
先ほども言いましたが、上を目指すには切磋琢磨することが必要不可欠です」
いつしか少女たちの顔つきは少し険しいものになっている。
現時点で自分に不可能なことがあるということがはっきりした形をもって判明したことで、
もともとあった向上心が更に熱く燃え上がったようだった。
リツコ「あなた方は全員友人であり家族であるだけでなく、
アイドルを目指すライバル同士でもあります。
そのことをしっかりと意識して、全員でアイドルを目指して頑張りましょう」
はい! と、大きな返事が揃い、そこからは各自での能力訓練へと移った。
ただやはりチハヤだけは他の者に比べて気勢が上がっているようには見えなかったが、
今の彼女たちはそれに気付くことはなかった。
58 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/16(日) 21:49:44.73 ID:0DERAmKOo
・
・
・
大量の書架に隙間なく詰められた大量の蔵書。
とても学校図書館とは思えないその規模に少なからず感心しながら、
書架の間を縫うようにしてチハヤは歩いていた。
趣味と言える程度には日常的に読書をするチハヤにとって、
ここは初日の案内の時に心を動かされた場所の一つである。
授業の合間や休み時間に読む本を探しに、チハヤはこの図書館へ来ていた。
と言っても、既にそのための本は手にしており、
今彼女が棚に並ぶ本の背表紙に視線を滑らせているのは別の目的からである。
つまり、この学園の歴史を調べるためであった。
しかしどうにも見当たらない。
分類上あってもおかしくない棚はすべて回ったが、
チハヤの求めている情報を載せている本はどこにも存在しなかった。
もう間もなく自由時間が終わってしまう。
……仕方がない、諦めよう。
どうしても知りたかったというわけではないのだし。
チハヤは軽いため息とともに囁かな不満を置き去りにし、その場をあとにした。
59 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/16(日) 21:52:23.22 ID:0DERAmKOo
日暮れを迎えたのち、一足先に入浴を終えたチハヤは、
寝室で一人枕に背をあずけて早速借りた本の表紙をめくった。
ツンとした含みのある声がかかったのは、それから少し経ってのことだった。
イオリ「随分長く図書室に居たと思ったけど、借りたのは一冊だけなのね」
顔を上げた先には、チハヤと同じく寝間着姿のイオリが立っていた。
髪はしっとりと濡れ、ちょうど今入浴を終えたところらしい。
チハヤ「……ええ。でも、それがどうかしたかしら」
イオリ「別に、どうもしないわ」
と言いながらも、イオリは未だチハヤに目を向けて立ち続けている。
やはり何か用事があるのだろうか。
チハヤがそう問おうとしたのと同時、廊下から賑やかな会話と足音が聞こえてきた。
他の者たちも入浴を終え、こちらに戻ってきているようだ。
イオリもそれに気づいたのだろう、寝室の扉を一瞥したのち、
イオリ「昼間はやられちゃったけど、すぐに超えてみせるわ。
絶対にアイドルになってみせるんだから、覚えてなさい!」
そう言い放って、プイと踵を返して洗面台の方へ歩いて行ってしまった。
60 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/16(日) 21:53:41.78 ID:0DERAmKOo
その直後に寝室の扉が開き、マコトを先頭に全員が入ってくる。
と、何やら毅然とした表情でその前を横切っていくイオリに、マコトは気付いた。
マコト「あ、イオリ。さっきはどうしたの? 髪も乾かさずに行っちゃって。
っていうかまだ濡れたままじゃないか」
イオリ「なんでもないわ。今から乾かすわよ」
そう言って目も合わせずに立ち去ったイオリの背を皆は不思議そうに目で追ったが、
ふとマコトが、イオリが去っていったのとは反対方向にチハヤが居たことに気付き、
合点がいったようにふっと表情を崩した。
マコト「あー……あははっ、なるほどね。そういうことか」
ユキホ「? どうしたの、マコトちゃん?」
マコト「チハヤ、さっきイオリに何か言われたでしょ。
『あなたには負けない』とか、そんなこと」
61 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/16(日) 21:55:28.13 ID:0DERAmKOo
ああ、今のはそういうことだったのか。
マコトに言われるまで、イオリのあまりに唐突な言葉の意味に
気付けなかったチハヤだったが、この時になってようやく理解した。
どうやら自分は、イオリに宣戦布告を受けたらしい。
腑に落ちたようなチハヤの表情を見て、やっぱりそうか、とマコトは笑う。
また他の皆も思い当たる節があるようで、納得したように笑った。
マコト「まあ気にすることはないよ。イオリのあれは通過儀礼みたいなものだから。
ボクたちも全員、同じようなこと言われてるしね」
ヒビキ「そうそう、ユキホなんか涙目になっちゃってさ!」
ユキホ「うぅ、ヒビキちゃん言わないで〜!
だってあんな風に言われたのって初めてだったからびっくりして……」
アズサ「でもあの時はイオリちゃんも慌てちゃって……うふふっ。
二人とも可愛かったわ〜」
62 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/16(日) 21:58:07.11 ID:0DERAmKOo
入口辺りに固まったままかつての思い出に浸る一同だったが、
イオリ「ちょっと、聞こえてるわよ!」
と奥から顔を出したイオリの怒声をきっかけに、
それぞれのベッドへと散らばった。
そうして彼女らが去ったあとにチハヤとイオリの視線が、離れた距離で触れ合う。
かと思えば、イオリは小さく鼻を鳴らして先ほどと同じように踵を返し、
洗面台の方へ引っ込んでいってしまった。
だがこの時、気恥ずかしさからか僅かに頬が赤く染まっていたのをチハヤは見逃さなかった。
あの様子からして、マコトたちの言っていたことは本当のことらしい。
向上心や対抗心は強いようだが、自分のことを嫌っているというわけではないようだ。
付き合いの長いマコトらは当然そのことをわかっており、
またチハヤも、彼女たちの言葉を受けてそう理解した。
しかし微笑ましげに笑い合う皆に対して、
再び手元の本に目線を落としたチハヤの表情は、浮かないものであった。
63 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/16(日) 21:58:37.83 ID:0DERAmKOo
今日はこのくらいにしておきます。
続きは多分明日の夜に投下します。
64 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/16(日) 22:28:11.37 ID:vu/tSHJwo
乙
キサラギと同じ人かな?
65 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/17(月) 20:14:09.69 ID:iLUKzxvno
・
・
・
紙面に花びらが落ちたのを見て、チハヤはようやく、
自分が文字を読んでいなかったことに気が付いた。
花びらを指で摘んで取り除き、ページを閉じて脇に置く。
ぼんやりと眺める先には広大な桜色の海が広がっていたが、
今のチハヤにはそれすらも目に入っていなかった。
一人読書をしようとこの丘へ上ってきたはいいものの、
聴こえてくるのはそよ風が枝を揺らす一本桜のさざめきだけ。
その静けさを求めてやってきたはずなのだが、
それが逆にチハヤの心をざわつかせた。
昨晩イオリに言われた言葉。
自分への対抗心を燃やすあの言葉が、
耳のどこかへへばりついたかのようにチハヤの中で繰り返されていた。
『昼間はやられちゃったけど、すぐに超えてみせるわ。
絶対にアイドルになってみせるんだから、覚えてなさい!』
66 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/17(月) 20:15:03.78 ID:iLUKzxvno
チハヤ「……アイドル、か……」
誰へともなく呟く。
しかしその時、不意に後ろから声をかけられた。
「あなた、アイドルになりたいの?」
学生の誰かが来たのか、
そう思い、チハヤは声の方を振り返る。
しかしそこに居たのは知らない制服を身にまとった、知らない少女であった。
……いや、違う。
自分はこの制服を知っている。
そうだ、確か学園を案内してもらったあの日に、
この丘に立っていた人影が、今目の前に立っている少女と同じ制服を着ていた。
チハヤ「あなたは……」
「ああ、ごめんね! 自己紹介もせずにいきなり話しかけちゃって」
67 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/17(月) 20:16:04.31 ID:iLUKzxvno
ハルカ「私、ハルカっていうの。だからそのままハルカって呼んでくれたら嬉しいな」
チハヤ「……チハヤと言います。よろしくお願いします」
ハルカ「あっ、いいよいいよ、敬語じゃなくても! 多分同い年くらいでしょ?
私もチハヤちゃんって呼ぶから、ね!」
なんだか少し馴れ馴れしい子だな、とチハヤは思った。
だが不思議とそれを不快には感じさせない雰囲気がこの少女にはあるとも思った。
チハヤ「ハルカは……この学園の生徒ではないわよね」
ハルカ「うん、違うよ。でも時々こうやって遊びにきちゃうの。
だってすごく景色がいいし、散歩すると気持ちいいから!」
他校の生徒が勝手に敷地内に入ってもいいのか。
そもそも今日は平日なのだからハルカの学校でも授業があるのではないのか。
そういった疑問は当然チハヤの中にいくつか浮かんだが、
それを特に口にしようとは思わなかった。
ハルカがいわゆる不良少女であろうとなかろうと、チハヤにとってもどうでもよいことだった。
68 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/17(月) 20:20:18.71 ID:iLUKzxvno
そんなチハヤの心情を知ってか知らずか、
ハルカは穏やかに笑いながらチハヤに歩み寄り、隣に立った。
ハルカ「隣、いい?」
チハヤ「……ええ」
目を合わせずに正面を向いたままチハヤは答える。
ハルカはその横顔に笑顔を向けたまま、スカートを押さえながらチハヤの隣に腰を下ろした。
ハルカ「それで話を戻しちゃうけど、チハヤちゃんもアイドルになりたいの?
チハヤちゃん、転校生だよね。
ここに転校してきたのは、やっぱりアイドルになるため?」
自分が転校生だと知っている……ということは、
以前からこの学園とは関わりを持っていたのだろうか。
と思い至ったチハヤだが、それはすぐに別の感情にかき消された。
ハルカの質問を受けて僅かに視線を落とす。
何度目か分からないが、またイオリの言葉が思い起こされる。
少し沈黙したのち、チハヤは口を開いた。
チハヤ「正直に言うと……私は、アイドルには興味ないわ。
この学園へ転校してきたのも、ここの先生誘われて、
前の学校の先生にも勧められたから……。
自分の意思でここに来たわけじゃないの」
69 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/17(月) 20:25:38.12 ID:iLUKzxvno
もしこれが学園の生徒からの質問であったなら、
チハヤは恐らくここまで正直には答えなかっただろう。
いや、そうでなくとも、相手がハルカでなければ適当にごまかしていたかも知れない。
だがチハヤは、この少女になら自分の内面を打ち明けてもいいと、
無意識下ではあるがなぜかそんな風に感じていた。
ハルカ「そうなの……? でも、女の子はみんなアイドルに憧れるよね」
チハヤ「それも、私には理解できなくて……。
私もそうだけど、アイドルがどういうものなのかも
具体的にはよく分かってない子がほとんどでしょう?
なのにどうしてあんな風に憧れるのか……わからない」
そうしてチハヤは再び沈黙する。
手元に目線を落としたままのチハヤの横顔を、ハルカもしばらく黙って見つめた。
しかし数秒後、ハルカの明るい口調でその沈黙は破られた。
ハルカ「いいんじゃないかな? よく分からないまま憧れても。
きっと、アイドルには正解なんてないんだよ」
チハヤ「え?」
言われた意味が理解できず、チハヤは思わずハルカへと顔を向ける。
舞い散る桜を見上げるように顔を斜め上へ向けていたハルカは、
やはりにこやかな笑みをチハヤに向け直した。
70 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/17(月) 20:29:58.84 ID:iLUKzxvno
ハルカ「『能力を使いこなせる子がアイドルに選ばれる』。
これは多分間違ってないんだけど、
きっとそれ以外にも、アイドルには大事なことがあるんだと思う。
それで、その大事なことっていうのは多分、
アイドルになる子によってそれぞれなんじゃないかな?」
チハヤ「アイドルによって、それぞれ……」
ハルカ「チハヤちゃんは、今はあんまり興味がないかも知れないけど、
もし自分がアイドルになるとすればどんなアイドルになりたい?
せっかくだし、それを考えてみてもいいと思うんだ。
その答えが見つかったら、
もしかしたらチハヤちゃんもアイドルになりたいって思うかもしれないし」
そう言って、ハルカは目を閉じてすっと立ち上がる。
そして見上げたチハヤに改めて笑顔を向け、
ハルカ「それじゃ、今日はもう行くね。またね、チハヤちゃん」
別れの言葉と疑問を残し、ハルカは丘の下へと姿を消していった。
チハヤはその背を追う気にはなれず、ハルカの残像を瞳に写したまま、
残していった言葉の意味を考え続けた。
71 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/17(月) 20:45:55.45 ID:iLUKzxvno
・
・
・
「――しかし一緒に居ると約束した友達は、女の子のそばから居なくなってしまいました。
二人で過ごした日々や思い出がすべて夢か幻であったかのように……」
マミ「お友達はどこへ行ってしまったの?」
「誰も知らない、遠いところです。とても、とても遠いところ」
石造りの薄暗い地下。
扉を隔てた先の部屋は、別世界のように可愛らしい。
ベッドの上でぬいぐるみに囲まれ、今夜も読み聞かせは続く。
「それから毎晩、女の子は悲しみで涙を流しました。
悪い夢でありますように。目が覚めたら友達が帰ってきていますように。
そうでなければ、このままずっと眠っていられますように……。
毎晩、毎晩、そんな風に神様にお祈りしながら、女の子は眠りにつきました」
アミ「女の子は、どうしてずっと眠っていたかったの?」
「夢を見ていたからです。大好きな友達とずっと一緒にいられる夢。
とても楽しくて幸せな夢を、女の子は毎日のように見ていました。
だから、ずっと眠っていられたら幸せなままでいられる。
こんなに悲しい気持ちなんて、しなくてもすむ。
女の子はそう思って、毎晩、毎晩、眠りについていたのです――」
72 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/17(月) 20:50:51.30 ID:iLUKzxvno
・
・
・
チハヤという新たな顔が加わったことで、
学園の生活にはちょっとした変化と刺激も加わった。
友人が増えて喜ぶ者、ライバルが増えて対抗心を燃やす者、
抱いた感情はそれぞれ違ったが、
ゆったりと流れていく時間が徐々に、その変化を日常へと変えていった。
並木を彩る桃色が緑へ替わり、
石畳が赤く色づき、
白銀を経て、
やがて再び桃色が芽吹き始める。
学園を彩る色の変化もまた、新顔が加わるという変化と同様に、
少女たちの日常の一部となっている。
チハヤの転校初日から数えて、もうすぐ一年。
満開の桜が並木道の空を覆い尽くすこの頃には、
チハヤもすっかり学園の一員として、皆に受け入れられていた。
とは言え、傍から見た様子は一年前とほぼ変わらない。
チハヤはやはり賑やかな輪の中から一歩外へ出ていることが多かったが、
決して疎ましく思われているわけではないことを皆理解しており、
無理に輪に入れようとすることもなく自然な形として穏やかに馴染んでいた。
73 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/17(月) 20:54:48.23 ID:iLUKzxvno
そんな日常の中、桜舞う学び舎に今日も少女たちの歌声が響いている。
リツコ「ここはより伸びやかに。そう、いい調子ですよ」
横一列に並んだ少女たちと、その前を教鞭でリズムを取りながら歩くリツコ。
少女らの表情は楽しげなもの、真剣なもの、様々である。
学園で学ぶものは『能力』にかかわるものばかりではない。
一般的な学問に加え、歌や踊りなども高いレベルで教わることになっている。
『アイドル』となるには直接的には関係ないとは言え、
憧れられる存在たるものかくあるべき、
という信条のもとにこの学園ではあらゆるものを身につけさせるのだ。
学園に通う生徒たちも納得し、こうした授業も熱心に取り組んでいる。
リツコ「……はい、今日はここまでにしておきましょう。
では一人一人、今日のアドバイスを。まずはヒビキさんから」
ヒビキ「はいっ!」
リツコ「とても明るい歌声で、音程もしっかり取れています。
ただ、曲調によっては――」
74 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/17(月) 21:01:50.82 ID:iLUKzxvno
リツコ「――最後にチハヤさんですが、歌の技術はとても素晴らしいですね。
ここへ来てもうすぐ一年になりますが、
元々優れていた技術を更に伸ばすことに成功しているようです」
チハヤ「ありがとうございます」
リツコ「しかし、やはり表情の固さが課題ですね。
技術自体は優れているはずなのですが、
表情に影響されて歌までどこか固い印象を受けてしまいます。
歌う時の表情も、歌の表現力の一つ。
その課題さえ解決できれば、あなたの歌は至高のものとなるでしょう」
チハヤ「……ご指導、ありがとうございます。努力を続けます」
リツコ「ええ、頑張ってください。ではこれにて授業を終了します」
そうして歌唱の指導は終わり、リツコは背を向けて堂を立ち去る。
それから他の者もゆるゆると、その場をあとにした。
75 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/17(月) 21:08:49.03 ID:iLUKzxvno
その後、学園は休み時間へと入った。
今日は皆特に用事はないので、全員中庭でのんびりと空中を浮遊して過ごしている。
ユキホとマコトは持参したティーセットで紅茶を飲み、
ヒビキは空中を泳ぐようにひらひらと飛び回る。
そしてチハヤはやはり一人、読書を嗜んでいた。
そんな様子を少し離れた場所から眉根を寄せて見ていたのが、イオリであった。
アズサ「あらあら、どうしたのイオリちゃん」
イオリ「別に……なんでもないわよ」
アズサ「チハヤちゃんを見ていたの? 何か気になることが?」
イオリは肯定するでもなく否定するでもなく、ただ一方をじっと見続ける。
だが沈黙は即ち肯定であり、視線の先にはアズサの言う通りチハヤの姿があった。
イオリ「……あの子、あんなに本ばっかり読んでるから顔も固くなっちゃうんじゃないの」
アズサ「? 顔も固くって……。あ、もしかして、歌の時の?」
76 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/17(月) 21:20:14.13 ID:iLUKzxvno
イオリ「大体、いつも何を読んでるのよ。一人でいつもいつも……」
アズサ「あら……そう言えば、聞いたことはなかったわね〜。
読書の邪魔をしちゃいけないと思って……。
う〜ん……とても真面目な子だし、
アイドルになるためのお勉強をしてる、とか?」
イオリ「……そうね、そうに違いないわ。私だって去年より成長してるはずなのに、
まだあの子の能力を破れないなんて、そうとしか考えられないもの……。
一体どんな本を読んで勉強してるのかしら……」
チハヤから視線を外さないまま誰へともなく呟くイオリを見て、
アズサはようやく、イオリがまたもライバル心を燃やしているのだということに気が付いた。
恐らく、チハヤの歌に対してリツコが下した評価が自分より高いと感じたのだろう。
そんなイオリの横顔に、アズサはにこやかな笑みを向け続けた。
アズサ「あらあら……うふふっ。だったら、ちょっと私が聞いてきてあげるわね」
瞬間、イオリが何か言う間もなく、
アズサは笑顔を残してイオリの隣から姿を消した。
そして次に現れたのはチハヤの隣であった。
77 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/17(月) 21:26:28.58 ID:iLUKzxvno
アズサ「うふふっ、チハヤちゃん♪」
チハヤ「アズサさん……。何か用ですか?」
この一年間でもう慣れてしまったのだろう、
突然隣に現れたアズサに特に驚くこともなく、
チハヤは本から目を離してアズサの顔を見上げた。
アズサ「ごめんなさいね、用っていうほどのものでもないんだけど。
ただ、チハヤちゃんがいつもどんな本を読んでるのかなって気になっちゃって」
チハヤ「どんな本……ですか。
そう聞かれても、特にこれといってジャンルを選んでいるわけではないので……」
アズサ「まあ。色々な本を読んでるっていうことなのね、すごいわ〜。
それじゃあ、今読んでるのはどんな本なの?」
チハヤ「これですか? これは――」
そんな風に他愛もない会話を始めたアズサとチハヤ。
その二人をイオリは、ただ黙って遠目に眺めていた。
78 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/17(月) 21:34:37.21 ID:iLUKzxvno
イオリ「――はぁ……」
二人の様子を見ながら、イオリは浅くため息をつく。
だが、本当にアズサはお節介なんだからと思いつつも、
これで自分も成長できると思えば感謝の気持ちも少なくはない。
ふと、イオリはちらと下方に目を向けた。
その先にはあるのは、あてもなく彷徨うようにふわふわと浮遊しているヤヨイの姿。
するとヤヨイもその視線に気付いたようで、
顔を上げてイオリと視線を交差させ、にっこりと笑って浮上してきた。
ヤヨイ「イオリちゃん見ててくれた?
私、結構上手に飛べるようになってきたかも!」
イオリ「ええ、そうね。すごくリラックスして飛べてるわ」
ヤヨイ「えへへっ、ありがとう! それじゃ私、もうちょっと練習してくるね!」
イオリ「まだ練習するの? せっかくの休み時間なんだし、ちょっとは休憩したら?」
ヤヨイ「ううん、私はみんなより下手っぴなんだから頑張らなきゃ!
早くイオリちゃんたちみたいに、上手に飛べるようになりたいもん!」
79 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/17(月) 21:40:35.21 ID:iLUKzxvno
ヤヨイ「ヒビキさんみたいに飛び回れたら楽しいだろうし、
マコトさんとユキホさんみたいにお茶を飲んだり、
チハヤさんみたいに本を読んだりするのもカッコイイかなーって!」
ヤヨイの視線を追い、イオリも周りに目を向ける。
すると、チハヤの隣でまだ会話を続けているアズサと目があった。
そしてそれに気付いたチハヤが、
同じように視線を追ってこちらに目を向ける――
そんな予感がして、思わずイオリは顔を背けてしまった。
なぜチハヤと目を合わせることを避けたのか自分でも分からないまま、
顔を背けた先に居たヤヨイに向けて言った。
イオリ「それじゃ、私も練習に付き合うわ」
ヤヨイ「えっ? そんな、悪いよ。だってせっかくの休み時間なのに……」
イオリ「気にしなくていいの。これは私のためでもあるんだから。
人に教えたほうが上達するって言うでしょ?
ほら、さっさと始めちゃうわよ。時間は限られてるんだから」
それから休み時間が終わるまで、イオリはヤヨイと飛行の練習を続け、
結局その間、チハヤと目が合うことはなかった。
80 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/17(月) 21:46:28.57 ID:iLUKzxvno
・
・
・
ヒビキ「なあイオリー。いくらジャンルは問わないって言っても、
本当にこんなにバラバラで良かったのか?」
イオリ「いいのよ。バラバラなことに意味があるんだから」
ヤヨイ「私、図書館で本借りるの久しぶりです!
えへへっ、なんだか賢くなったような気がしますね!」
図書館を歩くイオリたちの手には、一人一冊ずつ本が持たれている。
これら三冊を今から借りようというのだ。
手元の本に視線を落としたイオリの脳裏に、少し前のアズサとの会話が思い起こされる。
アズサ『どんな本を読んだか覚えているものを全部教えてもらったけれど、
歌が関係してる本が多いみたいだったわ〜。
やっぱりチハヤちゃん、歌が大好きなのね。
ただ、アイドルとはあんまり関係なさそうだったけど、
それでもアイドルの勉強になるのかしら? 不思議ね〜』
アズサは疑問に思っていたようだったが、
イオリはやはりチハヤの能力の高さの秘密はその読書量の多さにあると踏んだのだ。
81 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/17(月) 21:50:04.20 ID:iLUKzxvno
一見すればアイドルとは無関係な分野でも、
視点を変えれば何か得られるものがあるに違いない。
そう考え、特に仲の良いヤヨイと、
偶然話を聞いていたヒビキを引き連れて早速図書室にやってきたのだった。
ヒビキ「でもなー……。本当にこんなのでアイドルの勉強になるのかなあ。
っていうか、どうせ真似するんなら
借りる本もチハヤと同じ歌の本にした方が良かったんじゃないか?」
イオリ「真似じゃなくて参考よ、参考!
借りる本まで同じにしたらそれこそ真似になっちゃうでしょ!」
ヒビキ「別にそんなに変わりないと思うけど。
まあそれは良いとして……」
と、ヤヨイとイオリの手元からふわりと本が浮き上がり、
歩く速度に合わせてヒビキの目の前に移動した。
そしてヒビキは眼前に浮かぶ二冊の本と
自分が掲げている本のタイトルを読み上げ、苦笑いを浮かべる。
ヒビキ「『コーディネート・ファッション辞典』『念動力の理論と実践(上)』……。
それに、『無と時間の証明――哲学、そして論理的思考――』。
ヤヨイが借りたの以外、本当にアイドルと関係なさそうだぞ」
82 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/17(月) 22:04:03.39 ID:iLUKzxvno
イオリ「だから、そこに意味があるんだって言ってるでしょ。
現にチハヤが読んでた本だって、
歌の本以外もアイドルに全然関係なさそうな本ばっかりだったらしいもの」
ふーん、と答えたヒビキはやはり半信半疑なようだったが、
熱意を燃やしているイオリの気勢を敢えて削ぐこともないか、と
それ以上は何も言わずに笑顔を浮かべた。
と、イオリが不意に立ち止まって振り返る。
すると今度はヒビキの手元の本も一緒に、三冊イオリのもとへ移動した。
イオリ「いい? 明日は授業が無いんだし、三人でみっちりこの本を勉強するわよ。
休みの日の過ごし方でアイドルにどれだけ早く近付けるかが決まるんだから!」
ヤヨイ「うん! この本でいっぱい勉強して、早く上手に飛べるようにならなきゃ!」
ヒビキ「……ま、確かに何もしないよりはそっちの方が良いか。
それに、三人で勉強っていうのも楽しそうだし!」
二人の返事を聞き、イオリは満足げに踵を返して、
三冊の書物の重さを両手に感じながら意気揚々と再び歩き始めた。
83 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/17(月) 22:10:16.03 ID:iLUKzxvno
――翌日、今は平常であれば皆一様に授業を受けているはずの時間である。
しかし今日は休日。
少女たちは各々、思い思いに時間を過ごしていた。
イオリ、ヤヨイ、ヒビキの三人もまた、
本来なら既に制服に着替えているはずではあるが今日この時は寝巻きのままで、
三人揃って一つのベッドの上に集っている。
とは言っても、惰眠を貪っていたり着替えを怠っていたりするわけではない。
寧ろその逆、昨日話していた通り、『アイドルの勉強中』なのである。
ヒビキ「あはは、これ結構面白そうかも。ねえイオリ、次はこれやってみようよ!」
寝そべって本に目を通していたヒビキが、横に視線を上げる。
その先では膝立ちになってヤヨイの髪をいじるイオリと、
いじられるがままのヤヨイの姿があった。
イオリ「ん、待って。もう少しで結べるから」
口に咥えたリボンを手に取り答えたイオリの髪もまた、
既に自分自身かあるいは二人のうちどちらかによって手を加えられたのだろう、
普段と変わって前髪をすべて引っ詰めたような髪型となっている。
84 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/17(月) 22:13:34.32 ID:iLUKzxvno
ヒビキとヤヨイは普段の髪型とそう変わってはいないが、
三人は共通して長い白のリボンによってまとめられていた。
そこを見ると、白の寝間着のままで居るのも
リボンとの組み合わせを考えて敢えてそのようにしているのかも知れない。
イオリ「……はい完成! できたわよ、ヤヨイ!」
ヤヨイ「ほんと? えへへっ、どんな風になってるのかな?」
自分ではあまり普段と変わった感覚はしないらしく、
確かめるように両手で自分の髪の毛をふわふわと触るヤヨイ。
そんなヤヨイに、イオリは横に置いてあった手鏡を渡す。
ヤヨイはそれを受け取って手鏡を覗き込むと、ぱっと目を輝かせた。
ヤヨイ「わあ……! リボンと結び方が違うだけなのに、なんだかお姫様みたい!
ありがとう、イオリちゃん!」
純真無垢な笑顔に、少しだけ困ったような、
けれどとても嬉しそうな笑顔をイオリは返す。
イオリ「もう、大げさね……。さ、まだまだ勉強を続けるわよ!
ヒビキ、さっきあなたが言ってたの見せてちょうだい!」
85 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/17(月) 22:17:27.72 ID:iLUKzxvno
・
・
・
「――けれど、朝はやってきます。
幸せな夢を見て、目が覚めれば悲しさで涙を流す。
それを繰り返すうちに、優しくて明るかった女の子はすっかり変わってしまいました」
アミ「どんな風に変わったの?」
「泣いてばかりで、他の子たちとおしゃべりすることも遊ぶこともなく、
本当にひとりぼっちになってしまったのです。
ああ、かわいそうな女の子……。
ところがそんなある日、女の子の前に魔女が現れたのです。
魔女は言いました。
『願いを叶えたければ、これを食べなさい。なんでも願いの叶う、不思議な果物だよ』」
マミ「不思議な果物ってなあに?」
「魔女が取り出したのは、真っ赤な真っ赤な林檎でした。
女の子は言いました。『それを食べれば、本当になんでも願いが叶うの?』
魔女は答えます。『もちろんだとも。さあ、召し上がれ』
そうして女の子は魔女から林檎を受け取り――」
86 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/17(月) 22:19:12.78 ID:iLUKzxvno
今日はこのくらいにしておきます。
続きは多分明後日に投下します。
>>64
「無尽合体キサラギ」というタイトルのやつなら多分私です
87 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/19(水) 21:08:56.84 ID:JsQlnOTFo
・
・
・
ヒビキ「――結局、アイドルの勉強になったのかどうかはよく分からなかったなー」
ヤヨイ「でも楽しかったですよね!
イオリちゃんが選んだ本は、私にはちょっと難しくかったかもだけど……」
イオリ「まあ、それでいいんじゃない? あまり実感はないかも知れないけど、
こういう知識や経験がきっとアイドルへの成長に繋がるのよ」
話しながら歩く三人の手には、図書館で借りた件の本があった。
また今日はそれに加え、次の授業で使う数冊の厚い教科書も持たれている。
図書館に立ち寄り、借りた本を返却してから授業へ行こうというわけだ。
と、イオリは図書館へ向かう廊下の曲がり角で立ち止まり、
イオリ「これは私とヤヨイで返しておくわ。ヒビキは先に行ってていいわよ」
ヤヨイ「えっ? 三人で一緒に行かないの?」
ヒビキ「そ、そうだぞイオリ! 私だけのけ者にする気なのか!?」
88 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/19(水) 21:13:16.22 ID:JsQlnOTFo
ヤヨイとヒビキの反応は当然のものであったが、
イオリの発言も当然、理由のないものではない。
イオリは呆れたように薄く笑い、二人の疑問に答えた。
イオリ「ヒビキあなた、次の授業であてられるでしょ?
先に行って予習しておきなさいってこと」
ヒビキ「あ……そ、そうだった!
一応付箋は貼ってあるけど、もう一回読んでおかないと!
ごめん、ありがとうイオリ! じゃあこの本、頼んだぞ!」
イオリ「どういたしまして。席はいつものところを取っておいてちょうだい」
ヒビキ「了解! それじゃまたあとでね!」
ヤヨイ「は、はい。ヒビキさん、頑張ってください!」
持っていた本をイオリに預け、ヒビキは駆けていった。
イオリはその背を笑顔で見つめた後、浅く息を吐き、
イオリ「さ、行きましょう。あんまりのんびりしてると私たちも遅刻しちゃうわ」
そういってヤヨイと二人、図書館へと歩いて行った。
89 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/19(水) 21:21:19.27 ID:JsQlnOTFo
――足元の桜を舞い上がらせ、ヒビキは並木を駆ける。
それにしても、イオリが予習を思い出させてくれて良かった。
学則で禁じられてさえいなければ教科書を読みながら移動したいところだが……
などと考えていると、前方からこちらへ歩いてくるリツコの姿が見えた。
ヒビキ「ごきげんよう、ティーチャーリツコ!」
目の前で立ち止まり、ヒビキは大きな声で挨拶する。
リツコも軽く頭を下げて「ご機嫌よう」と返し、微笑んだ。
リツコ「どうしたのですか? 随分と急いでいるようですが」
ヒビキ「はい! 早めに行って次の授業の準備をしておこうと思って!」
リツコ「まあ、そうでしたか。熱心でよろしい。
ただもう少し早めに準備できていればなお良かったのですが」
ヒビキ「うぐ、ご、ごめんなさい」
正論を投げられて首を縮めるヒビキにくすくすと笑うリツコ。
ヒビキも申し訳なさそうに頭をかきながら笑みを返した。
90 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/19(水) 21:25:50.78 ID:JsQlnOTFo
リツコ「それに、気をつけてくださいね。
屋外は構いませんが、屋内では走らないよう――」
突風が吹いたのは、リツコがヒビキに注意しようとしたその時だった。
一瞬木々がざわめいたかと思えば次の瞬間、
ヒビキの視界を自身の髪の毛が覆い、思わず声を上げ反射的に目を閉じる。
同時に、リツコの持っていた紙が飛び散り、
そのうちの何枚かが風にさらわれて上空へと舞い上がってしまった。
ヒビキ「っと、大変だ!」
舞い散る紙を確認したヒビキはその瞬間、上空へと飛び上がる。
そして飛びながら、
ヒビキ「みんな、手伝って!」
その声とともにヒビキの周囲に光が発生し、
それらがすべて多種多様な鳥へと姿を変えた。
91 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/19(水) 21:27:43.06 ID:JsQlnOTFo
光が形を成しているだけのものではなく、
見た目にはどれも本物と変わらない鳥たちが、散っていった紙に向けて一斉に羽ばたいた。
ヒビキ自身も飛び回り、紙を回収していく。
そうしてあっという間に、吹き飛んだ紙はすべてヒビキの手元に収まった。
ヒビキ「ふう、これで多分全部だよね」
ヒビキは手元の紙の向きを揃えながら、地上へ降りていく。
だがその時、ふとヒビキの目と手の動きが止まった。
ヒビキ「……これって……」
リツコ「ありがとうございます、ヒビキさん。大変助かりました。
それに能力の使い方も見事でしたよ」
自分がいつの間にか地上まで降りていたことを、すぐ横から話しかけられて気付く。
ヒビキはパッと顔を上げ、リツコに目を輝かせて聞いた。
ヒビキ「ティーチャーリツコ、この書類って……!」
92 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/19(水) 21:30:53.42 ID:JsQlnOTFo
みなまで言う前に、リツコはそっとヒビキの手元から書類を預かり、
そして優しく微笑んで言った。
リツコ「ふふっ、見られてしまいましたね。
ええ、その通りです。ここの全員が候補に上がっていますよ」
ヒビキ「わっ……やっぱり、本当なんですね!」
リツコ「明日にでも皆さんに話すつもりだったのですが、
少しだけ早く知られてしまいましたね」
ヒビキ「あの、ティーチャーリツコ!
このこと、みんなに教えてあげても大丈夫ですか?」
リツコ「構いませんよ。どうぞ、教えてあげてください。
予定より早いですが、次の授業時に私の方からも正式に発表することにしましょう」
ヒビキ「えへへ、わかりました! ありがとうございまーす!」
リツコ「はい。ではまた後ほど授業で」
そう言ってリツコは微笑みを残して去っていき、
ヒビキは嬉しそうな顔のまま、再び駆け出した。
93 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/19(水) 21:31:39.63 ID:JsQlnOTFo
ヒビキが講義室に入ってしばらくしてから、ヤヨイとイオリの二人も入ってきた。
図書館に立ち寄ることを考えて早めに移動したのだが、
立ち寄ってもなお時間には余裕があり、
まだ講義室には彼女たち三人以外には誰も来ていない。
イオリ「お待たせ、ヒビキ。ちゃんと予習はできてる?」
ヒビキ「えへへっ、まーねー」
ヤヨイ「? ヒビキさん、何か嬉しいことでもあったんですか?」
何やら含蓄のある言い方をするヒビキに対し、
ヤヨイは興味深げに体をヒビキに向けて座った。
次いでイオリも着席しようとするが、
それまで待てないとばかりにヒビキは身を前に乗り出して言った。
ヒビキ「なあ、知ってるか?
私たちの中から、アイドルが選ばれるかも知れないんだって!」
94 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/19(水) 21:37:10.53 ID:JsQlnOTFo
イオリ「……? 今更何言ってるのよ、当たり前じゃない。
そのためにこの学園に通ってるんでしょ?」
ヒビキ「違うよ、そういうことじゃないんだ!
もう私たち、アイドルの最終選考に残ってるんだよ!」
イオリ「……なんであなたがそんなことを知ってるわけ? 何かの勘違いじゃないの?」
興奮気味に言うヒビキとは対照的に、
情報の信憑性を確かめるようにイオリは努めて冷静に聞きながら席に座る。
ヒビキはイオリとヤヨイとの間を視線を行き来させながら答えた。
ヒビキ「さっきティーチャーリツコが持ってた書類が風で飛ばされて、
それを拾ってあげた時に見たんだ!
ティーチャーリツコもそう言ってたし、間違いでも勘違いでもないぞ!」
ヤヨイ「そ、そうなんですか? じゃあ本当に……! やったね、イオリちゃん!」
リツコが言ったのなら間違いない。
ヤヨイも確信し、興奮した様子でイオリに目を向けた。
しかしイオリは返事をせず、俯いたままで何やら呟いている。
95 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/19(水) 21:40:30.82 ID:JsQlnOTFo
イオリ「最終選考に……私たちが、全員……。本当に、アイドルに……」
ヤヨイ「? イオリちゃん……?」
イオリ「まだまだ……。
ヒビキの言うことが本当だとしたら、ここからが本番よ!
二人とも気を抜いたりしたらダメなんだから!」
突然立ち上がったイオリに、二人は目を丸くする。
だがイオリの目が熱意に燃え、興奮に頬が紅潮していることに気付き、
二人とも嬉しそうに笑った。
ヒビキ「もちろん本当だし、気を抜くつもりもないぞ! イオリにも負けないからな!」
ヤヨイ「みーんなでアイドル目指して、頑張りましょー!」
ちょうどその時、他の皆も講義室に入ってきてイオリたちの様子に気が付いた。
そしてもちろん、リツコの公表を待たずして全員にこの件は伝わることとなった。
自身の夢がグッと現実感を増したことを実感し、
皆嬉しそうに顔を見合わせ、手を取り合って喜ぶ。
ただ一人……チハヤを除いては。
96 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/19(水) 21:44:44.96 ID:JsQlnOTFo
リツコ「――なるほど、どうやら皆さん全員に伝わっているようですね」
教室に入った瞬間、
自分に向けられた表情からリツコは事態を把握して顔をほころばせた。
そして教卓の前に立ち、皆の顔を見回してから、ひと呼吸置いて話し始める。
リツコ「知っての通り、この学園の生徒全員がアイドルの最終選考に残りました。
まだ目標がなったわけではありませんが、ひとまずはおめでとうございます」
その笑顔に、少女たちは改めて顔を見合わせて喜びを表現する。
リツコはその様子を眺めた後、軽く咳払いし、
リツコ「さて、ここから最後の選考に入るわけですが、
最終決定がいつになるか、皆さんは気になるところでしょう。
しかしこれに関しては、敢えて伏せることとしています。
これからの選考期間が一週間なのか、あるいは一ヶ月間なのか、
それを皆さんが知ることはありません」
97 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/19(水) 21:47:27.15 ID:JsQlnOTFo
リツコ「アイドルは、常に努力し心構えを持つことが肝要。
もしかしたら明日にでも発表があるかも知れない。
そんな緊張感を持ち、今日からの毎日を過ごしてください。
当然、現時点である程度の順序付けはされていますが、
それはこれからの日々の過ごし方次第でいくらでも変動するものです。
あなた方の中の誰もが、今回の選考でアイドルになる可能性を持っているのです」
微笑みながらも厳しい言葉を、リツコは淡々と投げかける。
それを聞くうち、少女らの中に少なからずあった浮ついた雰囲気は徐々に影を潜めていった。
今はもう全員、気合の入った表情でリツコをじっと見つめている。
だがリツコはその表情を、やはり変わらぬ笑顔で受け止め、
リツコ「さて、少し厳しい話をしましたが、めでたいことには変わりありません。
そこで今日は、私から皆さんに贈り物があります」
そう言って教卓の上……教室に入ってきた時から持っていた箱に、目を向ける。
片手で掴める程度の長方形の箱が人数分。
全員の目がその箱へ向いたのとほぼ同時、リツコは改めて正面を向いて言った。
リツコ「それでは一人ずつ前へ。この箱を渡します」
98 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/19(水) 21:54:19.96 ID:JsQlnOTFo
その後数分と待たず、全員の手に箱が行き渡った。
リツコはそれを確認し開封を促す。
少女たちは一斉に箱の縁に指をかけて中身を確かめ、
そして次の瞬間、教室には俄かに歓声が広がった。
マコト「ティーチャーリツコ! これってもしかして……!」
リツコ「はい。皆さんがより高いレベルで能力を扱うための、補助具です」
皆の手に握られているのは、少し変わった形をしたバトンのような道具。
起動すれば能力の発動、制御を助け、より楽により高度な能力使用が可能となる。
更に服装までが能力使用に最適化されるという、高度な技術を以て作られた道具。
それは基礎力を高い水準で身に付けた者のみに保持が許される、
アイドルを目指す者にとっては一種の勲章のようなものでもあった。
これを持つことで名実ともにアイドル候補になれると言っても過言ではない。
リツコ「ただし、この補助具にばかり頼っていては成長は止まってしまいます。
こちらが指示した時か、本当に必要な時にのみ使用するようにしてくださいね」
少女たちは両手でその贈り物を大切そうに握ったまま、目を輝かせて返事をする。
だがそんな中にあってもチハヤはやはり、
膝の上に手を置いたまま視線を落とし続け、箱をそっと机の隅へ追いやった。
99 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/19(水) 21:56:36.86 ID:JsQlnOTFo
今日はこのくらいにしておきます。
続きは多分土曜か日曜の夜に投下します。
100 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/23(日) 20:26:09.01 ID:WL/Y4gD6o
・
・
・
――たくさんの悲鳴。
たくさんの叫び声。
たくさんのものが壊れる音、崩れる音。
どうして?
どうして、居なくなっちゃったの?
約束したのに。
ずっと一緒だって、約束したのに。
悲しい 痛い 苦しい
嫌だ こんなの嫌だ
そうだ……眠ろう。いつもみたいに。
寝てる間だけは、こんな辛い思いをしなくて済む。
夢の中だけは、あの子とずっと一緒に居られる。
だから、起こさないで。
もう誰も起こさないで。
あの子が居ない世界なんて、要らないから。
101 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/23(日) 20:28:47.35 ID:WL/Y4gD6o
・
・
・
鼻に何か触れる感覚がして、目が覚めた。
鼻先に付いたそれを指で取って確認すると、桜の花びらだった。
ハルカ「おはよう、チハヤちゃん」
体を起こしたのと同時に後ろから声をかけられる。
振り向いて姿を確認するより先に、チハヤも相手の名を呼んだ。
チハヤ「ハルカ……いつから居たの?」
ハルカ「さっき来たところ。珍しいね、チハヤちゃんがお昼寝なんて」
チハヤ「そうかしら。時々はするけれど」
ハルカ「それから、鼻に桜が付いてるチハヤちゃんも珍しかったよ。
可愛かったのに、取っちゃって残念」
チハヤ「もう……からかわないで」
102 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/23(日) 20:34:33.93 ID:WL/Y4gD6o
照れる表情を隠すように、チハヤは振り向いていた顔を正面に戻す。
ハルカはいたずらっぽく笑い、いつものようにチハヤの隣に腰を下ろした。
チハヤはちらとハルカを一瞥した後、眉根を寄せて再び正面へと顔を逸らす。
だが少しだけ怒ったようなその顔はやはり、面映さに染まっていた。
ハルカ「そう言えば、もうすぐチハヤちゃんがこに来て一年だね」
チハヤの心情を慮ったか、ハルカは別の話題を振った。
数秒置き、チハヤは正面を向いたまま答える。
チハヤ「ええ……。実感はあまりないけれど」
ハルカ「私は実感あるよ? チハヤちゃんと仲良くなれた、って」
チハヤ「……そうかも知れないわね」
ハルカ「それに、学園の友達とチハヤちゃんも一年前よりずっと仲良しに見えるよ」
チハヤ「友達……と呼べるかは分からないけれど。
でも、そうね……。少なくとも、以前の学校のクラスメイトと比べれば、ずっと……」
103 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/23(日) 20:43:42.74 ID:WL/Y4gD6o
そう言ったチハヤの顔は、とても穏やかなもの。
同世代の少女たちと一年間寝食を共にしたことは、
内向的であったチハヤにも仲間意識を与えるのに十分であった。
チハヤ自身、普段はあまり態度に出すことはないが、
同窓の者たちから親しげに接されることについては悪からず思っている。
しかし、だからこその悩みもあった。
チハヤ「……今日、ティーチャーリツコに言われたわ。
私たちの中から、アイドルが選ばれるかもしれないって」
そう言ったチハヤの表情は、言葉の内容とは裏腹に、浮かないものであった。
そのことに気付いたか、本来なら感嘆の声の一つも上げているところだろうが、
ハルカは何も言わずに黙ってチハヤが続けるのを待った。
チハヤ「でも……やっぱり私はまだ、アイドルになりたいとも、なろうとも思えないの。
今日の話を聞いた時のみんなの反応を見て、改めて私とみんなとの意識の差を感じたわ。
みんなは本気でアイドルを目指してるのに、私は……。
それが、申し訳なくて」
104 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/23(日) 20:50:53.05 ID:WL/Y4gD6o
一年間、チハヤはこの心情をハルカ以外の者に話したことはない。
自覚しているかは分からないが、
彼女がこうして悩みを打ち明ける相手は常にハルカであった。
会う時間は少ないはずなのに、
ハルカの前では不思議と、普段隠している部分をさらけ出してしまう。
彼女が学園の外の者であるということもそうさせる要因の一つだろうが、
それ以上に、自身の内面を打ち明けることが許されるような雰囲気が、
このハルカという少女にはあった。
ハルカはしばらくチハヤの横顔を見つめて、
それからチハヤと同じように正面を向いた。
チハヤは自分のつま先を、ハルカは斜め上の空を黙って見続ける。
ハルカ「そう言えば、まだちゃんと聞いたことなかったよね」
沈黙を破ったのはやはりハルカ。
その声をきっかけに、二人は視線を交差させる。
ハルカ「初めて会った時に、聞いたこと。
もしも仮に、でいいんだけど……。
チハヤちゃんがアイドルになるのだとすれば、どんなアイドルになりたい?」
チハヤ「……なりたくないと言ってるのに、『もしも』も『仮に』もないんじゃ……」
ハルカ「まあまあ、細かいことは気にせずに!」
105 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/23(日) 20:56:37.56 ID:WL/Y4gD6o
どこか気の抜けるような顔で笑うハルカだったが、
その表情が、チハヤの思考から堅苦しさを抜くことを成功させた。
チハヤは数秒ハルカと視線を交わしたのち、
チハヤ「多分、的外れなことを言うと思うけれど……」
そう前置きし、視線を上へ向けて答えた。
チハヤ「『歌を歌うアイドル』……。
そんなアイドルなら、考えなかったことも、ないわ」
ハルカ「歌を、歌うアイドル……?」
呆けたように、ハルカはチハヤの言葉を復唱する。
チハヤはそんなハルカの様子を見て、後悔したように再び目線を足元に下ろした。
チハヤ「……ごめんなさい、おかしなことを言って。
やっぱり私も、アイドルというものが何なのか、よくわかってないの。
ただ、歌が好きだから……単純過ぎるわよね。自分でもどうかと思うわ」
どこか言い訳をするように気まずそうに言うチハヤ。
だが次いでその耳に届いたのは、明るい嬉しそうな声だった。
ハルカ「ううん、すごくいいと思う! 歌を歌うアイドル、とっても素敵だよ!」
106 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/23(日) 21:01:17.35 ID:WL/Y4gD6o
チハヤ「……もう、だからからかわないでって……」
ハルカ「からかってなんかないよ! 本当に素敵だと思ってるもん!」
そう言い、ハルカはチハヤの両手を取り、ぐいと引いた。
チハヤは思わず小さく声を上げ、引かれるままに顔もハルカへと向ける。
ハルカ「私、応援するよ! 歌を歌うアイドル、目指そうよ!」
目を輝かせ、ハルカは真っ直ぐにチハヤを見て言った。
意表を突かれたチハヤも、見開いた目をハルカと合わせる。
が――
チハヤ「……さっきも言ったでしょう?
私は、アイドルになりたいともなろうとも思ってない。
みんなから憧れられる存在なんて、私には務まらない」
107 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/23(日) 21:03:46.38 ID:WL/Y4gD6o
チハヤは目を逸らし、
自分の手を握るハルカの指をそっと解いて立ち上がった。
チハヤ「羨望も期待も、私には耐えられないから」
ハルカ「チハヤちゃん……」
チハヤ「でも、ありがとう。素敵だって言ってくれたことは、嬉しかったわ。
……それじゃあ、また明日」
寂しげに笑い、ハルカに背を向けて丘を下っていく。
そんなチハヤの背に向かってハルカは、
ハルカ「うん……また明日!」
ただ一言、明るくそう言って、
チハヤの影が見えなくなるまでその背を見送った。
108 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/23(日) 21:09:50.86 ID:WL/Y4gD6o
・
・
・
ヤヨイ「あのっ、ティーチャーリツコ!」
その日の夕食が終わり皆寝室へと戻っていく中、
ヤヨイはリツコへ走り寄って声をかけた。
その後ろにはイオリとヒビキも付き添っている。
夕食後に声をかけられることなど滅多にないからか、
リツコは少々意外そうな様子で振り返った。
リツコ「あら、ヤヨイさん。どうかしましたか?」
ヤヨイ「『ねんどーりょくのリロンとジッセン』っていう本の、
二冊目ってどこにあるか知らないですか?」
と、あまりに唐突な質問を投げかけるヤヨイ。
だがリツコはそれに動じる様子もなく、すぐに返答する。
リツコ「『念動力の理論と実践』……。
確か上・中・下の全三冊のものでしたね。図書館にありませんでしたか?」
109 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/23(日) 21:12:53.48 ID:WL/Y4gD6o
ヤヨイ「はい、今日の授業が終わってから晩ご飯の時間まで探してみたんですけど……」
リツコ「そうですか。となると……」
そう呟いて目線を落とし、リツコは顎に手を当てて思案する素振りを見せる。
そして少し経った後、
リツコ「図書館に無いのだとすれば、旧校舎の方へあるのかも知れません」
ヤヨイ「え……旧校舎ですか?」
リツコ「はい。古い本ですから、その可能性は十分にあります。
でも、どうして突然?」
ヤヨイ「いえ……念動力の勉強をしようと思って一冊目は図書室で借りたんですけど、
それがすっごく分かりやすかったんです。だから二冊目も読みたいなーって、
思ったんですけど……旧校舎にあるんじゃ、しょうがないですよね」
立ち入り禁止の旧校舎にあるということは、入手を諦めざるを得ない。
そう悟ったヤヨイは、あからさまに肩を落とす。
110 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/23(日) 21:21:29.29 ID:WL/Y4gD6o
ヤヨイ「続きが読めないのは残念ですけど、教えてくれて、ありがとうございました」
声のトーンは明らかに落ちているものの
それでも笑顔を作り、ヤヨイは礼を言って立ち去ろうとする。
だがそれに対しリツコが声を掛けようと口を開きかけたした、その時。
イオリ「あの、ティーチャーリツコ!
旧校舎への立ち入りを許可してはいただけないでしょうか?」
ヤヨイ「! イ、イオリちゃん?」
イオリ「ヤヨイの言っている通り、あの本、とても分かりやすかったんです。
念動力が苦手なヤヨイだけじゃなくて、私たち全員の役に立つくらいに……」
付き添いでヤヨイの後ろに立っていたイオリが、前へ出てリツコへ詰め寄るように言った。
気付けばヒビキもヤヨイの隣に立ち、
イオリの言葉に何度も頷いて同意を示している。
イオリ「だから、私ももっとあの本を読んで勉強したいんです。
ティーチャーリツコも仰っていたでしょう?
これからの過ごし方が、アイドルになるためには大事だって。
だから、可能な限りの努力を続けたいんです!」
111 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/23(日) 21:28:34.88 ID:WL/Y4gD6o
ヒビキ「私たち、昔に比べたらすごく成長しています。
旧校舎が危ないって言っても、今の私たちなら大丈夫なはずです!」
真っ直ぐにリツコの目を見つめて懇願するイオリとヒビキ。
そんな二人の顔を、大きく見開いた目で交互に見つめるヤヨイ。
そしてリツコは二人の目をしばらく黙ってじっと見つめ返した後、
ふっと表情を崩して言った。
リツコ「確かに今のあなたたちが相手では、
『危険だ』という理由で立ち入りを禁ずるのは少々無理がありますね」
イオリ「! ティーチャーリツコ、では……」
リツコ「はい。立ち入りを許可しましょう。
ただし、今日はもう暗いので明日の日中に。幸い明日は休日ですから。
それと当然、最大限の注意を払うこと。よろしいですね?」
リツコの言葉を呆けたような顔で聞いていたヤヨイ。
しかし数秒遅れて、感情がようやく理解に追いつく。
ポカンとした表情ははみるみるうちに笑顔に変わり、
ヤヨイ「は……はい! ティーチャーリツコ、ありがとうございます!」
満面の笑みで勢いよく頭を下げた。
112 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/23(日) 21:31:37.32 ID:WL/Y4gD6o
ヤヨイ「うっうー! たくさん本を読んでいっぱい勉強頑張らなくっちゃ!
でも、これで私もみんなみたいに上手に飛べるようになりますよね!」
頬を紅潮させて興奮気味に言うヤヨイに、リツコは黙って微笑みを返す。
そしてヤヨイの横から、ヒビキが再び半歩歩み出た。
ヒビキ「許してくれてありがとうございます、ティーチャーリツコ!
あの、他のみんなも一緒に行ってもいいですか?」
リツコ「ええ、もちろん。旧校舎には他にも古い書物が多くありますから、
読みたいものがあれば持ち出しても構いませんよ。
ただ、立ち入るのは一階から上に限定してください。
流石に地下は万一があった時に危険すぎるので許可できません。よろしいですね?」
イオリ「ええ、わかりました。ありがとうございます、ティーチャーリツコ」
リツコ「これを機に、皆でより一層自身を高めてください。
では私はそろそろ失礼します。あなたたちも早めに寝室へ戻ってくださいね」
ご機嫌よう、と別れの挨拶を残してリツコは背を向けて立ち去る。
三人も挨拶を返したのち、笑顔を見合わせて皆の待つ寝室へと戻った。
113 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/23(日) 21:38:23.54 ID:WL/Y4gD6o
やっぱり既に自分も行くことになっているのか、
とチハヤは思ったが、それを敢えて口に出すことはなかった。
古い本があると聞いて興味を抱いたのは事実。
聞かれれば行くと答えていたことには違いない。
マコト「でもせっかく許可をもらえたんだから、頑張っていい本探さないとだね!
なんせ、ボクたちの中からアイドルが選ばれるんだからさ!」
ユキホ「そっか、そうだよね……。私たちがアイドルの最終候補に……。
それにしても、いつ発表されるのかなぁ?
発表の日が分からないって、なんだか怖いよね……。
あ、でも分かってても怖いかも……」
と、マコトの何気ない一言にユキホは少し不安そうな笑顔を浮かべる。
そんなユキホに、ヒビキは対照的に快活な笑顔を向けた。
ヒビキ「なんだユキホ、自信ないのか?
私は怖くなんかないぞ! だって、選ばれるのは私に決まってるからな!」
ユキホ「えっ? あ、ううん、そうじゃなくて……」
イオリ「あら、じゃあ自信ありなの? あなたにしては珍しいじゃない」
ユキホ「ええっ!? ち、違うよぉ、そういうことでもなくて……!」
114 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/23(日) 21:40:27.27 ID:WL/Y4gD6o
ユキホ「その、アイドルに選ばれたらすぐに学園を卒業することになっちゃうんでしょ?
誰が選ばれてもその人とはお別れってことになっちゃうから、
それは寂しいなって思っただけなの!」
ヒビキ「あー、そのことか……。でもまぁ、仕方ないよ。
それに、確かにちょっと寂しいかも知れないけど、
一生のお別れっていうわけでもないんだからさ」
ユキホ「それはそうだけど……」
アズサ「あらあら……。そうねぇ、ユキホちゃんの言う通り、私もお別れは寂しいわ〜。
だから、いつになるかは分からないけれど、
アイドルが発表される日までたくさん頑張らないといけないわね〜。
勉強も思い出作りも、みんなでい〜っぱい。うふふっ」
ヤヨイ「そうですよね……!
七人全員が一緒に居られるのって、もうあんまり長くはないんだから、
いっぱい、い―っぱい頑張らないどダメですよね!」
115 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/23(日) 21:46:20.72 ID:WL/Y4gD6o
イオリ「もちろん、私はそのつもりよ。
それから一応言っておくけど、誰がアイドルに選ばれても恨みっこナシ!
まあ、当然私が選ばれるに決まってるけど」
ヒビキ「むっ! イオリ、私の真似したな! 選ばれるのは私だぞ!」
マコト「へへっ、二人とも好き勝手言っちゃって! ボクだって負けないからね!」
ヤヨイ「うっうー! 最後まで、みーんなでがんばりましょー!」
明るい笑顔と笑い声。
彼女らは競い合うライバル同士であっても、それ以前に大切な仲間である。
共に努力すること以上に気勢の上がることはない。
それからは各々、旧校舎にはどんな本があるのだろうかと想像したり、
昔忍び込んだ思い出について改めて語り合ったりして消灯までの時間を過ごした。
そして消灯を迎え、眠りについてしまえば、
翌日が訪れるのはあっという間である。
116 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/23(日) 21:46:52.22 ID:WL/Y4gD6o
今日はこのくらいにしておきます。
続きは多分水曜くらいに投下します。
117 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/26(水) 21:24:53.14 ID:D4gNVkoho
・
・
・
旧校舎――
風化した外壁はところどころ色合いが変わっており、
他の校舎とは少し異なる雰囲気を纏う、
普段は近付くことすらほとんどない建物。
その入口に今、七人の少女は立っていた。
マコト「改めて見てみると、確かに結構古いね」
イオリ「『旧』校舎だもの、古いのは当然よ」
ヒビキ「ティーチャーリツコが開けてくれてるのは、ここの入口でいいんだよね?」
言いながら、ヒビキは目の前の扉に手をかける。
扉は抵抗なく動き、珍しい客人を誘うように内側に開いた。
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