【ガルパン】西絹代の無邪気な魅力 と 邪気な人々

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2 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/25(日) 14:24:06.46 ID:Nq27nfbX0

勢い良くパンと合わせた両手に、皆の視線が集まる。

「いたーだきーます!」

私の号令の後に続く、隊員達の元気な声。

「いたーだきーます!」


「やった! 今日はシャケであります!」
「おおい! 急須を取ってくれ!」
「早速、豚汁のおかわりに吶喊!」

隊員達による賑々しい空気が、食堂に満ちていく。

私はいつもと変わらないその喧騒に苦笑しながら、箸を手に取った。

銀シャリと豚汁、漬物、焼き鮭。

今日の夕飯のメニューだ。
3 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/25(日) 14:24:42.08 ID:Nq27nfbX0

「ふむ、今日の漬物は野沢菜か」

まずは漬物を口の中に放り込む。

身体が塩分を欲していたので、この野沢菜は私の人生史上、最高に美味い気がした。

戦車道の授業で散々汗を流し、空腹をこらえながら風呂に入った後の、この夕食である。

美味く感じないワケがない。

野沢菜の程よい塩味と酸味が、私の空腹中枢をさらに刺激した。

急いで白米を掻っ込みたくなる……が、隊長である私が隊員達の前で無作法な姿を見せるわけにはいかない。

米は八十八回噛んで食べろとも言うしな。

私は静々と白米を口に運んだ後、豚汁を手に取った。
4 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/25(日) 14:25:14.18 ID:Nq27nfbX0

夕食開始、5分後。

気が付いたら茶碗を手にもって、白米を掻っ込んでいた。

ううむ、今日もダメだったか。

豚汁に焼き鮭の組み合わせで、自制心を保てと言う方がおかしいのだ。

……なんて言い訳を毎回している気もするが、まあ早飯食いは我が知波単の伝統であるし、それに今日はこの後、私から皆へ連絡事項があるしな。

このまま飯を掻っ込んで、ちゃっちゃか満腹になってしまった方が良いか。


そう思って再度、豚汁の椀を手に取ろうと視線を前に向けたら、

真正面に座る玉田が私の方を見ていた。 赤い顔して。


「ん? どうした玉田?」

「ふぁ!? いっ、いえ! 西隊長の見事な食べっぷりに見とれておりました!」

「ああ、いやぁ、食い意地を張った姿を見せてしまったな。はは」


あらら、案の定みっともなかったか。
5 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/25(日) 14:25:48.78 ID:Nq27nfbX0

私は羞恥心を誤魔化したくて、斜向かいに座る細見に視線を向けた。

細見も私の方を見ていた。 玉田と同じく赤い顔をしていた。


「んん? なんだ細見?」

「ふぇ!? いやっ、あのっ、そのっ! 」

「確かに隊長たる者が、ガッついて飯を喰らうのはよろしくなかったかな。ははは」

「いえいえ! そうではなくて! ……その……隊長の御髪が……」

「私の髪?」


うーん、風呂から出て髪を拭いたときに、糸くずでも付いたのかな?

それとも、寝間着代わりの浴衣を着た際に、髪に何か付いてしまったのだろうか?

いや、ゴミじゃないのかもしれない。

首元が蒸れるのが嫌だったので、髪を後ろで束ねたのがおかしかったか?

確かに、馬の尾のような髪型になってしまっているが、そんなにおかしいかなコレ?

うなじが涼しくて良いんだけどなぁ。
6 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/25(日) 14:26:19.87 ID:Nq27nfbX0

玉田と細見が、私の髪に何か気になることがあるのは分かった。

しかし、場所が頭部であるだけに、自分では何がおかしいのか確認が出来ない。

なので、別の誰かに確認してもらおうと右隣に座る福田を見た。

福田も赤い顔で私を見ていた。熱にうなされたような顔をしている。

なんだろう? そんなに私の髪がおかしいのだろうか。

私は馬の尾のように垂れている自分の髪の束を巻き上げて、福田に近づいた。


「すまん福田、私の髪に何かおかしいところはあるだろうか?」

「ふぬぁぁ!? とぅあっ、隊長殿!? いけないであります!」

「え、いけないってなにが?」


いったい何だというのだろう?


そういえば以前から、この風呂上がりの夕飯時になると、隊員達の視線をチラチラ感じていた。

まあ私は隊長だし、夕食の号令も私が掛けるから、皆が気にするのは当たり前なんだが、

それにしても今日は特に皆の視線を感じる……気がする。
7 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/25(日) 14:26:57.31 ID:Nq27nfbX0

そんなふうに私が訝しんでいると、何やら目線で語り合った玉田・細見・福田の三人が、意を決したような顔でうなずき合った。

そして福田が高らかに右手を挙げた。 左手には握り飯を持ったままだ。

「不肖、福田! 西隊長殿に具申いたします!」

「お、おう、福田、どうした?」

「我が知波単は女学園であります!」

「?? そ、そうだな? それで?」

「我々は殿方に対する免疫力が皆無であります!」

「うん、私もそうだけど……どうして急に殿方の話なんだ?」

「特に、益荒男のような凛々しさと、かつ、艶やかな色気も持っている御仁には、イチコロであります!」

「お、おう……うん?」

「今の西隊長殿は、あたかも五条大橋の欄干に立ち、月を背にする牛若丸のごとしであります!」

「う…うしわか…?」

「凛々し過ぎであります! 艶やかさがゴボゴボ漏れ出ているであります!!」
8 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/25(日) 14:27:32.36 ID:Nq27nfbX0

髪の話をしていたはずなんだが、なぜか牛若丸が出てきた。

私が脳内を「???」で埋めていると、今度は玉田が手を挙げた。

「不肖、玉田! 私も隊長に具申いたします!」

「お、おう?」

「西隊長殿の八面六臂なご活躍ぶりは今更語るまでもなく、そのお姿は我々隊員にとって眩く輝く一条の光であります!」

「あ、ありがとう…?」

「それでっ、隊長の射干玉(ぬばたま)色の御髪が、そのような素敵な髪型に整えられると、憧れ指数が二次関数並に跳ね上がるのであります!」

「あこがれ、え? なに?」

「さらに、白く細いうなじが露わになっているせいで、凛々しさの中にで艶やかさが完璧な形で同居しているのであります!」
9 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/25(日) 14:28:21.75 ID:Nq27nfbX0

「不肖、細見! 私だって西隊長殿に具申いたします!」

今度は細見が手を挙げた。

「加えて、西隊長殿は現在、風呂上がりの浴衣姿であります!」


私は自分の浴衣姿を見た。 もうすぐ10月になるとはいえ、風呂上がりには蒸し暑さを感じる夜だ。

寝間着代わりの浴衣でおかしい所など無いはずだが…。


「西隊長殿は、そんな胸元の防御力が低下している状態で石鹸の香りを振り撒くという、魅惑の金床作戦を無意識に展開しているのであります!」

「え? 胸元だらしない? そ、そうかな?」


確かに今着ている浴衣は寝間着代わりの物なので、薄手で、しかも胸元がちょっと開いている。
(※ 中にタンクトップ的な物は着ています)


「そっ、そんな状態でっ、飯を掻っ込む仕草なんてされた日にはっ、

 うなじ−首筋−鎖骨−胸元に至る黄金路が顕現し、我々の視線を集めてしまうのは道理……いや、必定であります!」

「ちょっ、何を言っておるのだ?」

「いいえ! 西隊長にはご自覚がないのです! 我々だからいいものの、これが他の学園艦の女生徒らであったら、いらぬ面倒を引き起こすことになりますぞ!」
10 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/25(日) 14:29:07.08 ID:Nq27nfbX0

いつの間にか、謂れのない罪で裁かれてる私。

なんで私が他校の女生徒をたぶらかすことになるのだ。

隣を見たら、福田が口を半開きにして私をガン見しているし、玉田は両手で目を覆っているが、指を少しだけ開いてこちらを覗いている。

ううむ、さすがにこれは無罪を主張せねばなるまい。

そう思ってまずは福田に反論しようと思ったら、福田の口元に何か付いているのに気付いた。 ご飯粒だ。


「もう。 私もだらしないと言えばだらしないが、お前だって口元がだらしないではないか」

そう言って、福田の口元に着いたご飯粒を取って、そのままパクリと食べた。


「ふぁっ!?」

真っ赤になる福田。 カチンコチンになった。

私はそんな福田の顎に左手でツイと持ち上げ、右手の親指で福田の下唇をなぞるように拭ってやった。

「まったく……まあ、これはこれで福田の可愛いところでもあるか」

その親指を、福田の目の前でペロッと舐めた。


「くふぁっ」バタン


福田がテーブルに突っ伏すようにして倒れ込んだ。
11 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/25(日) 14:30:03.03 ID:Nq27nfbX0

それで慌てたのが玉田と細見だった。

「福田!?」

「衛生兵! 衛生兵はいるか!?」

慌てて立ち上がった二人。 その拍子に、細見の前にあった湯呑が倒れてしまった。

「あっちぃい!?」

細見の太ももに、熱い緑茶がこぼれてしまったようだ。

これはいかん。

私はすぐに細見のそばへと移ると、緑茶が引っかかった部分を検めた。


「ひゅあぁ!? にっ、西隊長殿!? 何を!?」

「ヤケドはないか細見!? すぐ冷やさなければ!」


緑茶が掛かった部分は、細見の足の付け根部分、太腿の内側に近い辺りだった。

私は患部に顔を近づけ、ヤケドの具合を確かめる。


「大丈夫か細見!」

「にゅぁぁぁ! たっ! 隊長殿! 大丈夫でありますからそんな近くでそんなとこを見な……あ、胸の谷間」コポリ


細見が鼻血を吹いて倒れた。 えぇぇ?

なんでヤケドで鼻血を吹くんだ? しかも凄い良い顔してるし。

なにはともあれ、まずは患部の冷却をしなければならん。

私は細見を横抱えすると、そのまま食堂を出て風呂場へと走った。


玉田(屈んだ体勢の西隊長殿を上から見下して、うなじから胸元への黄金路を直視しちゃったんだろうなぁ……)
12 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/25(日) 14:30:53.05 ID:Nq27nfbX0

20分後。

食堂に戻ってくると、福田は復活したようで「西隊長殿……(ハート)」と呟きながら中空を見上げていた。

福田は何事もなかったか。 うむ、良かった。

その他の隊員達は、食事を終えて律儀に待っていたようだ。

そうだな。 まだ御馳走様の号令を掛けていないもんな。


私は一旦席に着き、夕食終了の号令を掛けた後、細見の処置内容と、細見はまだ目を覚まさないので保健室に寝かしてきたことを皆に伝えた。

まあ処置といっても、衣服を剥いで風呂場の冷水で患部を冷やしただけだし、ヤケドの具合も全然大したことなかったし、

あとはただの失神だから、まぁ心配するまでもないのだがな。
13 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/25(日) 14:31:33.71 ID:Nq27nfbX0

「……それで諸君。 ここからは連絡事項、というか、皆と相談したいことがあるのだが」

私は、ようやく今日のメインイベントとも言える話題を引っ張りだした。

隊員達は緊張の面持ちで、私の声を聴く体勢に入った。


「先の大学選抜戦の後、私は皆にこう言ったと思う。“ これからは安易な突撃はしない ” と。

 これは、知波単の伝統であり、知波単魂の顕れとも言える突撃戦法を否定するものではない」

皆の表情に少しの不安感と、それよりは多くの安堵感が見てとれた。


「しかしながら、苦境に立つたびに突撃のみで活路を切り開いてきた我らが、敗北の苦汁を舐め続けてきたことも事実。

 その責任は、不出来者である私にあることは重々承知している」


「そんなことありません! 隊長!」
「西隊長殿以外に、知波単の隊長は務まりません!」

そんな声が隊員達から飛んできたが、私は慰めの言葉が欲しくてこんな話を振ったワケではない。

本題はここからだ。
14 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/25(日) 14:32:41.31 ID:Nq27nfbX0

「でな、私も不出来なりに、ちゃんと隊長としての責務を果たしたいと思うのだ。

 つまりは勝ちたい。 皆の努力が報われる、そんな勝利を得たいのだ」


「隊長!」「だいぢょう!」「お慕い申し上げております!」


「(なんか最後に変な声が混じった気がするな…)そこでだ!

 私はあの大学選抜戦後から、突撃に限らず多彩な戦法を訓練に取り入れてきたことは、皆の知っての通りだ!

 皆の不屈の精神ゆえか、その習熟の早さには私も驚いているぞ!」


「隊長!!」「だいぢょう゛!!」「今晩お部屋に行ってもいいですか!」

  
「(やっぱり最後に変な声が混じった気がするな…)そんな皆の練度を、そろそろ試合で確認したいと思う! 玉田! 福田!」

「「はっ!!」」

私が両名の名を呼ぶと、元気な返礼が返ってきた。


「私は来週月曜から1週間、学校を公休させてもらう。

 訓練メニュー等は事前に書置きしていくが、私が留守の間は車長であるお前達に知波単を任せる。よろしくな」


「なんと隊長殿!?」

「我らを置いてどちらへ行かれるのでありますか!?」

「他の学園艦を回って、練習試合を組んでくるよ」
15 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/25(日) 14:33:22.60 ID:Nq27nfbX0

「嫌であります、隊長!!」

「私もお伴いたします、隊長!!」


「はっはっ、大げさだなぁ。 練習試合を申し込みに行くだけだぞ?

 それにな、私はお前達の自主性を伸ばしたいと思っている。 かの大洗女子学園のようにな。

 私が居なくても滞りなく訓練が出来るところを見せてみよ!」


そう、エキシビジョン戦や大学選抜戦で見た大洗女子学園の強さ。

それは西住みほ隊長による見事な采配だけによるものではなかった。

各戦車が各々頭を振り絞り、バラバラなようで実に理に適った動きをしていた。

あれは隊長たる者の指揮力の高さと、各戦車搭乗員らの自主性が上手く合わさった結果だった。
16 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/25(日) 14:34:45.56 ID:Nq27nfbX0

「ぐっ……了解であります…!」

福田が目に涙を溜めて、不承不承と頷いた。

玉田もやはり納得しかねるのか素直に頷いてはくれなかったが、それでも了承してくれた。 しかし。


「……ご命令とあらば了解しました。 しかし、一点だけお聞かせください」

「うん? なんだ玉田?」

「他の学園艦に赴く際、どのような格好で行かれるおつもりですか?」

「え? 格好? そうだなぁ……ウラヌス(愛車バイク)で移動するから、パンツルックにしようと思っているが」


実はエキシビジョン戦以後、西住みほ隊長が採る戦術に興味が出て、いろんな雑誌を見返したのだが、

それで偶然、西住隊長のご母堂、西住しほ殿が載ったページを拝見したのだ。

その凛としたお姿に私はいたく感銘し、まずは格好からでも真似てみようと、あの白ブラウス+パンツルック姿をいつか試そうと思っていた。

そんな話を玉田に伝えると 「了解しました。失礼いたしました」と返礼してくれた後、「こりゃ大変なことになるな……」と小さく呟いたような気がした。

なんだ、大変なことって?

ああそうか。 私一人では練習試合の申し込みに苦労すると思っているのかもしれない。

なあに、皆が苦労して成長している真っ最中だというのに、隊長である私が苦労を厭うと思っているのか?

大丈夫だぞ玉田。 お前達の隊長は、やる時はやるのだぞ。

私は玉田の頭を撫でながら、ニコッと笑いかけた。


「お前の苦労は私の苦労でもある。 大丈夫だぞ、玉田。

 お前の抱える重みくらい、私が軽々と担いでやるさ。

 ああそうだ、細見にも任せたぞって伝えておいてくれくれないか?」ナデナデ


「むふぁ」バタリ


玉田が倒れた。 ええぇぇ…?
17 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/25(日) 14:35:58.66 ID:Nq27nfbX0

余談だが、この一連の騒動を後日、福田が細見に伝えたところ、「ぬふぁ」って言ってまた倒れたらしい。

「お姫様抱っこ……下着見られた……触られた……」と、うわ言のように繰り返していたらしい。

玉田は玉田で 「わたし……あの人と結婚しゅるぅ……」とか呟きながら悶絶しているらしい。

いったいどうしたというのだろう。 みんな疲れているんだろうか?
18 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/25(日) 14:36:47.16 ID:Nq27nfbX0
※ 今日はここまで。また書き溜めてきます。
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/06/25(日) 17:03:51.56 ID:aqhLh0xpO
いい
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/25(日) 17:16:57.89 ID:hYHALmQzO
こんなことしてるから負けちゃうんじゃないか...w
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/25(日) 17:21:25.58 ID:c/dXQ9o9O
良い……俺も結婚しゅるぅ……
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/06/25(日) 20:28:30.22 ID:wqN2pBwu0
西隊長は一度謀反に遭わないと分かってくれない(ゲス顔)
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/25(日) 21:17:47.15 ID:yZepvkVHo
女子高特有の同性愛
24 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/27(火) 14:47:15.83 ID:CiKeuUR60

出発日の朝は、胸がすくような快晴だった。

私は愛車ウラヌスの前に立ち、出発前の最後の確認を行った。

「財布よし、携帯よし、着替えその他よし、生徒手帳よし、燃料よし、格好はー…うん、いいだろう」

白ブラウスに黒色のパンツ姿。

それに防寒服代わりのパンツァージャケットを羽織っている。


「それと……福田、お前も準備は良いか?」

「大丈夫であります、西隊長殿!」


サイドカーには福田がちょこんと座っていた。


「本当に付いてくるのか? あんまり面白いことはないぞ?」

「いえ! 他の学園艦を見る絶好の機会でありますので、ぜひとも連れて行ってほしいのであります!」

「そんなに言うなら是非もないが……」


当初は私一人で旅立とうと考えていたが、福田が「どうしても一緒に行きたいのであります!」と言って聞かなかったのだ。

まあ私一人でなければいけない理由は無かったし、福田は次代の隊長候補として様々な経験を積んでほしいので、

この機会に他の学園艦を見て回るのは良いことかもしれない。

それに……


「お前と一緒なら、楽しい旅になるのは間違いないしな」ニコッ

「ふむぁっ!?」


隊内では元気印の代名詞と言われる福田。

その福田と二人旅ならば、道中賑やかになるだろう。


福田(不意打ち……西隊長殿はこれがあるから油断できないのであります)カァァァ
25 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/27(火) 14:48:09.55 ID:CiKeuUR60

福田はややテンパった様子で、上気したように赤くなっていた。


「どうした? 出発前から緊張していたら疲れてしまうぞ? ははは」

「大丈夫であります! なんでもないのであります!」(耳まで真っ赤)

「そうか、じゃあ出発しよう」


私はフルフェイスのヘルメットを被り、ウラヌスに跨ってエンジンをかけた。

サイドカーに座る福田はなにやら決死の表情をしていたが、緊張しているのだろうと無視してアクセルを握る。

さあ突撃……じゃなかった、出発だ!
26 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/27(火) 14:48:51.24 ID:CiKeuUR60

福田(……自分は先輩達から、密命を言付かったのであります)

福田(西隊長殿を一人で出歩かせたら、他校の女生徒を無意識に籠絡しまくって大惨事になる)

福田(だからお前も一緒に行って、火の粉を振り払ってこい、と)

福田(この場合、火の元が西隊長殿ご自身なのだから、やるせないのであります……)
27 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/27(火) 14:49:23.12 ID:CiKeuUR60

知波単の学園艦は現在、東京湾の浦賀水道に入る手前で錨を下ろしている。

だから我々は連絡船に乗り換えて千葉港で降りた後、進路を東に向けた。

最初の目的地、(茨城県)鹿島港へ向かうためだ。


「なぜ鹿島港なのでありますか?」

「ちょうどサンダース大付属の学園艦が鹿島港に停泊しているんだ。 大洗と練習試合をしに来たらしくてな」

「それでは大洗港に向かうべきなのでは?」

「鹿島港に陸揚げされた穀類や飼料なんかの物資を、学園艦に搬入する必要があったらしい。
 だから、学園艦は鹿島港に、ケイ殿らは戦車と伴に鹿島港から陸路で大洗へ向かうそうだ」


つまり、千葉港から実に近い距離でサンダース大付属の学園艦に行くことが出来る。 ありがたい話だ。
28 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/27(火) 14:49:59.63 ID:CiKeuUR60

「最初の練習試合の申し込み相手は、サンダース大付属なのでありますね」

「そうだ。 で、その後に(静岡県)清水港に行く。 アンツィオ高校だな」

「せっかく大洗の手前まで行くのに、大洗女子学園にも練習試合を申し込まないのでありますか?」

「今回の練習試合の目的は、皆の練度を確かめるためだからな。
 大洗に胸を借りるのは、自分達の実力をしっかり確かめた後にしたいのだ」


大洗女子学園が保有している戦車は、知波単とそこまで大きな戦力差はないので、練習試合の相手としてはうってつけだ。

しかし、そんな戦力なのに全国大会を勝ち上がり、先の大学選抜戦では各戦車とも見事な立ち回りを演じて見せた。

だから、まずは此度の練習試合で自分達の成長度合いを見極め、その上で大洗女子の胸を借りることによって、

新生知波単学園と全国大会優勝校との差がどれだけあるのかを見たい、という思惑があった。
29 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/27(火) 14:50:35.95 ID:CiKeuUR60

「ということは、練習試合のお相手はサンダースとアンツィオの2校でありますか?」

「いいや、清水港からの帰り道で横浜港に寄って、聖グロの学園艦にも立ち寄るつもりだ。 だから3校だな」


対戦相手の選定要素は、戦力がなるべく拮抗していて、特徴的な戦車や選手がいること等であったが、なにより重要なのは学園艦までの距離だった。

洋上で相手の学園艦に接触できれば良かったのだが、学園艦の航行には莫大な燃料が必要となる。

節制を重んじる知波単学園の生徒として、たかだか練習試合の申し込みのために貴重な燃料を使わせることは出来ない。

ならば電話連絡で済まそうか、とも思ったが、私自身、他の学校の戦車道隊がどういう環境で訓練しているか見たかった。

だからこうして、陸路をバイクで走っている。

言い換えれば、バイクで行ける距離にある寄港地が、アンツィオ、聖グロ、それとたまたま近場に来てくれたサンダース大付属だった、ということだ。
30 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/27(火) 14:51:22.70 ID:CiKeuUR60

練習試合の最後の対戦相手を、聖グロに務めてもらおうと思ったことにも理由がある。

千葉港から東京湾を挟むようにして位置している横浜港は、聖グロリアーナの寄港地であるが、

我々知波単の学園艦と同じく浅い水深に侵入できないので、常日頃は東京湾の入り口辺りに停泊している。

それゆえに、聖グロと知波単はいわゆるお隣さんというやつであり、あの気品漂うエゲレス婦女子の方々と、

我々肩で風切る知波単生徒は、昔から交流が多いのだ。

もちろん親しき仲にも礼儀ありだが、聖グロ相手ならば多少の無茶はきいてくれるだろう。

まずはサンダース、アンツィオ相手に実力を確かめ、最後の聖グロで実力以上が発揮できるかどうかを確かめる、という寸法だ。
31 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/27(火) 14:52:00.33 ID:CiKeuUR60

それにもう一つ、私事で恐縮だが、聖グロを試合相手に選んだ理由があった。


「実は去年、私が1学年の時だな。 先代の辻隊長に連れられて聖グロの学園艦に行ったことあるんだ」

「そうなのでありますか」

「その時も練習試合の申し込みの為だったんだが、その時、私は辻隊長とはぐれてしまってな。
 私だけ紅茶の園に辿り着けなかったんだ」

「はあ」

「だからこの機会に、あの有名な紅茶の園を見てみたくてな。
 ダージリン殿に連絡したら見せてくれるって。 やったな福田!」
32 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/27(火) 14:53:38.01 ID:CiKeuUR60

「ちなみに、なんで西隊長殿は先代隊長殿とはぐれてしまったのでありますか?」

「道中で知り合ったあちらの女学生が倒れてしまってな」

(それは西隊長殿が何かをやらかしたせいでは……)

「それで彼女を横抱えにして保健室に連れて行ったら、もうどこにも行くなと泣かれてしまって。ははは」

「…………」

「次に聖グロの学園艦へ来るときは必ず連絡すると約束させられて、ようやく解放してもらえたよ。ははは」

「……………………」

「あの時、式の日取りを決めるためとかなんとか言っていたけど、次の練習試合の日程のことだったのだろう。
 だから私は、隊長同士の連絡で事足りると思って、その後ずっと私からは連絡しなかったんだ」

「………………………………」

「だけど今回は私が隊長だからな。 まずは聖グロの代表番号に電話して、
 ダージリン殿に練習試合の内諾を得た後に、あの時教えてもらった携帯番号に連絡したんだよ」

(………まさか…………)

「そしたら、なんでか電話相手がダージリン殿だった」

(………ああ……………)

「ダージリン殿はあの時から次の聖グロの隊長は自分がなるのだと確信していたのだろう。
 だから、自分の携帯番号も教えて事務連絡の利便性を図ろうと。 いやぁ、大した御仁だ」

(………すでに大惨事になっていたのであります……)
33 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/27(火) 14:54:27.38 ID:CiKeuUR60

福田がなぜかどんよりした声で答えてきた。

「大学選抜戦の開始直前で、参加車両数の間違えをご指摘いただいたダージリン隊長殿が、
 どうしてあんなに冷たかったのか、分かったであります……」

「ん? まあそうだよな。 私なんぞは事前の決意もなく隊長になったからな。
 ダージリン殿のご指導、ご指摘が厳しくなるのは当然だろう」

(違うであります……)


サイドカーに座る福田と、インカム越しに会話していたら、バイクは利根川を越えて茨城県に入った。

あと少しで鹿島港だ。

サンダース大付属のケイ殿、ナオミ殿、アリサ殿らと会うのも大学選抜戦以来となる。

すでに電話連絡で練習試合の内諾と学園艦訪問の件は伝えてあるが、それでもやはり緊張する。

そして、それ以上に楽しみでもある。

だんだんと強くなっていく潮の香りに導かれながら、私はバイクを走らせた。
34 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/27(火) 14:54:56.80 ID:CiKeuUR60

※ 今日はここまで。 また書き溜めてきます。
35 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/27(火) 19:24:02.38 ID:8hg7gwf/O
36 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/27(火) 20:47:41.31 ID:LmSXHU4+0
このモテっぷりはらぶらぶ作戦からギャグを抜いたレベルかな
37 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/29(木) 23:10:06.96 ID:cP+2zguP0

サンダース大付属高校の駐車場にバイクを停めた後、来客受付カウンターで訪問目的を伝えた私達は、
ほどなくしてケイ殿と再会を果たした。

来客受付カウンターまで迎えに来てくれたケイ殿は、前回お会いした時と同じく、お天道様のような眩いオーラを放っていた。


「ハァイ! キヌヨ! サンダースへようこそ!」

「ご無沙汰しております、ケイ殿! 本日は我らの為に貴重なお時間を割いていただき、誠にありがとうございます!」


お土産の落花生最中をケイ殿に手渡しながら、私と福田は深々と頭を下げた。


「いいのいいの。 隊長職は実質アリサに引き継いじゃったから、私なんて暇なものよ?」

「おや、サンダース大付属の次の隊長は、アリサ殿なのですね」

「そう。 来月の引退試合までは、まだ私が隊長ってことになっているけどね」


戦車道を履修科目に入れている学校は、その多くが9〜10月に世代交代、隊長職の引継ぎが行われる。

全国大会後のエキシビジョン戦が8月。 それが3年生にとって最後の公式戦になるからだ。

厳密に言えばエキシビジョン戦は非公式戦だが、あれは全国大会の延長戦みたいなものだからな。

サンダース大付属は今年のエキシビジョン戦の出場校ではなかったが、他と同様のタイミングで世代交代が行われるのだろう。
38 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/29(木) 23:13:02.55 ID:cP+2zguP0

「我々はまだまだ西隊長殿を中心にして、盤石の布陣を敷いていくのであります」

「知波単は…あーそうか、キヌヨはまだ2年生だったもんね。 じゃあ来年は手強くなるわね!」

「私がケイ殿のような統率力と指導力に優れた指揮官になれたら、の話ですが」

「ハハハ! 褒めたってなにも出ないわよ?」

「試合会場で見たサンダース大付属の隊員達は、実に楽しそうにしておられました。
 選手も応援席の方々もです。 あれを見れば、その隊員らを率いてきたケイ殿が、人間としても好ましい方であるのは一目瞭然です」(真顔)

「ちょっ…もうキヌヨ! 褒め過ぎよ!」


ケイ殿が両手を前に突き出して、顔を横に背けた。

照れ隠しのおつもりだろうが、事実は事実なのだから仕方ない。

私はケイ殿が突き出した両手をそっと自分の両手で包み込んで、胸の前で抱くようにして言った。
39 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/29(木) 23:18:42.47 ID:cP+2zguP0

「ひぁっ?」

「私は駆け出しの隊長として、ケイ殿が歩んでこられた努力の轍(わだち)を辿り、どうやってこの両手で勝利を掴んでこられたのか、純粋に学びたいと思っております」


私がサンダース大付属に練習試合を申し込むついでに、わざわざ学園艦まで来たのは、こんな理由もあったのだ。


「ケイ殿は実際スゴイのだぞ? 福田」

「私もこの機会にぜひ学ばせてほしいのであります」

「サンダース大付属はな、全国でも人員数・車両数ともに最大規模を誇っている。
 それらを管理し、率いるということは、単純な組織運用の話に収まるものではないんだ」

「どういうことでありますか?」

「サンダース大付属には、情報科、整備科、機械科、工学科、戦車工学科といった様々なコースがあるが、
 そこで学ぶ生徒達は、それぞれの得意分野で自校の戦車道を支えるべく、日夜励んでおられる。
 ケイ殿はただでさえ500人以上もいる戦車道履修者を束ねる立場だというのに、こうした後方支援の方々とも上手く連携しなければならない」

「おおぉ……サンダース大付属の戦車道は、我々が知る以上に層が厚いのでありますね」

「そうだ。 そして、これらの後方支援部隊へは、車両整備や兵站補給を依頼するだけではない。
 随時あらゆる情報を収集し、どうすればその情報が活きるのか注力しなければならない」

「なるほどであります」

「つまりは、情報収集能力と、集めた情報を加工して他者に分からせる能力があるということ。
 そして、情報がどこに活きるのかを知り得るためには、専門性が高い学力も必要だ」
 
「ははぁ〜」

「それらの能力が統合された結果、ある種の未来予測を行えるようになる。 でないと、ここまで大規模な人、物の掌握など出来ん。
 ケイ殿は、人を率いる者として必要な要素を、実に高いレベルでバランスよく備えているから、本当に尊敬できるのだ」

「良く分かったであります! それと西隊長殿!」

「なんだ?」

「そろそろ、ケイ隊長殿のお手を離してあげた方が良いと思うのであります!」


視線を前に戻したら、ケイ殿は顔を真っ赤にして俯いていた。
か細い声で「も……もう……許して……」と唱えている。
40 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/29(木) 23:24:00.17 ID:cP+2zguP0

「もう! まったくキヌヨったら!」

「これは失礼いたしました」


まだ頬が赤いケイ殿の後を追うようにして、私と福田はサンダース大付属の学校敷地内を進んでいた。


「これじゃ、いっぱいサービスしてあげなくちゃダメじゃない……」ゴニョゴニョ

「は? なんでありましょうか?」

「そ、そんな男装の麗人みたいな格好しているのがいけないって言ったの! ほら、いくわよ!」カァァ

ケイ殿は赤い顔を隠すためか、ズンズンと先を急いだ。

努力することを誇らず、他人に褒められても謙遜するケイ殿。 やはり出来たお方だ。


福田(玉田先輩の言った通りであります……今日の西隊長殿は、衣装効果で天然ジゴロ力が跳ね上がっているであります……)
41 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/29(木) 23:25:17.83 ID:cP+2zguP0

「はぁぁぁぁぁ〜〜〜」
「ほぉぉぉぉぉ〜〜〜」


私は思わず間抜けな声を出してしまった。

隣で福田も間抜けな声を出している。


「どう、キヌヨ? 私達の戦車のホームと、縁の下のヒーロー達よ」

「ちょっとケイ、それを言うならヒロイン達でしょ?」
「ま、確かにナリは男みたいだけどね」
「ちがいないわ、ふふふ」


ケイ殿の溌溂とした声に応えたのは、そのすぐそばでM4中戦車シャーマンを整備しているツナギ姿の女生徒達だ。
42 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/29(木) 23:27:18.43 ID:cP+2zguP0

戦車道の訓練風景が見渡せる物見台や、戦車の防水確認用プール、果ては1000人規模のトイレなどを見て回り、

最後にケイ殿に案内された場所は、奥行きが霞んで見えるほどの巨大な戦車整備工場だった。

その圧倒的スケール感たるや、豊富な物量と裕福な予算に恵まれるサンダースならではである。

“ 学園艦住民、総火の玉 ”の気概を持つ知波単生徒が、間抜けな声を上げてしまうのも無理からぬことだ。

見たことのない機材や資材もたくさんあったが、きっと戦車の整備に関係するものなのだろう。


「これは凄い……知波単の戦車整備工場が掘っ立て小屋に思えてしまうな」

「同感であります……」

「へへ〜、ウチの戦車は整備性がピカ一だって言われているけど、ピカ一なのは戦車だけじゃないわ。
 整備体制だってピカ一なのよ!」


ケイ殿は整備中のM4シャーマンの前で胸を張り、整備ルーチンワークの手順を説明してくれた。

ケイ殿のYシャツの内側に押し付けられた胸部が苦しそうである。

調子が出てきたケイ殿の説明は、M4シャーマンをシャーマン・ファイアフライに改造するため、
どこに手を加えて17ポンド対戦車砲を搭載したか、という内容に移っていた。


「ケ、ケイ殿、その辺は機密事項なのではありませんか?」

「いいわよ、キヌヨにだったら教えてあげるわ」


福田(西隊長殿の天然ジゴロ力も、たまには役に立つであります)
43 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/29(木) 23:28:28.47 ID:cP+2zguP0

所々でケイ殿の説明を聞きつつ、巨大な戦車整備工場を奥に向かって歩いていく私達。

いつしか戦車工学科の実験棟に入ったようだった。

“ Authorized Personnel Only. Violators will be Prosecuted.”(※)

と赤字で書かれた扉をいくつか越えたようだが、私も福田も英語はからきしなので、今いる場所がどんな所なのか分からない。

まあ、ケイ殿自らご案内いただいているのだから、問題ないのだろう。


ケイ(……本当はここ、部外者侵入禁止なんだけど、キヌヨならまぁいっか)


※ “ 関係者以外立ち入り禁止、違反者は起訴します”
44 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/29(木) 23:30:20.69 ID:cP+2zguP0

いくつかの研究室を案内していただいた後、我々は“ 装甲素材実験室 ” という一室にたどり着いた。

カードキーで施錠を解いたケイ殿に続いて、我々も入室する。

その部屋は、様々な機械設備に囲まれており、部屋の中央に一両のM4シャーマンが鎮座していた。


「この実験室はね、戦車道に使う戦車の装甲やシュルツェンの素材を研究しているのよ」

「サンダース大付属は素材開発まで行っているのですか!」

「開発自体は大学の研究室がやってるんだけどね。 私達は実用化のためのモルモットみたいなものよ」

「それでもスゴイであります!」

「スゴイっていっても、戦車道のレギュレーションを逸脱するほど硬い金属素材は、開発しても意味ないからさ。
 基礎研究が目的って、大学サイドからは聞いているわ。
 高校サイドの私達は、ただ用意された戦車に乗って、用意された実験手順をこなすだけ」


ケイ殿のお声を耳に入れながら、私は辺りをキョロキョロ見回していた。

ここに来るまでにも、私と福田はまるでお上りさんのように周りをキョロキョロしまくっていたが、

この「いかにも何か戦車で実験します!」という雰囲気は、私の知的好奇心をくすぐるのに充分だった。
45 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/29(木) 23:33:00.65 ID:cP+2zguP0

だから、思わず目に入ってしまったのだ。

鈍色の工具類が雑然と並ぶ作業台の上に、銀色の輝きを放つジュラルミンケース。

ケース表面には“ J-PARCセンター ”の文字が刻まれていた。


「ケイ殿、これも何かの実験材料ですか?」

「ん? なんだろう? 大学の研究室で使ってるものだと思うけど……高校生の私には分からないわ」

「不肖、福田、J-PARCという単語をどこかで見たような気がするであります」

「私もあるな……エキシビジョン戦で大洗に立ち寄った際、近辺で見たような……」

「たぶん、東海村にある陽子加速器群と実験施設群のことね。 っていうかどうして東海村に?」

「試合会場の下見をした際、道に迷ってしまって。 はは、お恥ずかしい」


そうだ、思い出した。

エキシビジョン戦の前に行われた奉納試合(※ リボンの武者参照)で、何だか血がたぎってしまい、
突撃精神の赴くままに戦車を走らせたら、いつのまにか大洗町を越えて、さらにお隣のひたちなか市も越えて、
そのお隣の東海村へ入ってしまったのだった。
46 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/29(木) 23:33:45.74 ID:cP+2zguP0

「して、そのJ−PARCとは?」

「原子力関係の実験施設なんだけど、素粒子や物理科学などの最先端研究もしているところよ。
 ミューオンビームとかいうので物質の状態を詳しく調べることができるらしくて、サンダース大もたまにお世話になっているみたい」

「さすがケイ隊長殿、博識であります」

「うむ、私もそう思


最後まで言えなかった。

実験室のドアが急に開き、見知らぬ男が侵入してきたからだ。
47 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/29(木) 23:35:08.51 ID:cP+2zguP0

男は作業服姿で、帽子を目深に被っていた。

一見、どこぞの業者のようだが、ただならぬ気配を発している。

私は相手を刺激しないよう、そっとケイ殿と福田の前に立った。


「ケイ殿、この方は?」

「え? いや、誰?」


ケイ殿の混乱ぶりを見ると、本気でこの殿方が誰だかご存知ない様子だ。

私は念のため福田に視線を送った。 声に出さない「了解であります」のうなずきが返ってくる。


「……どうもすみません。わたくし、J-PARCセンターの職員でして、そこのジュラルミンケースを預かりに参りました」


そう言って、男は歪な笑顔でこちらに近づいてきた。

ケイ殿を振り向くと 「そんな話は知らない」とばかりに顔を横に振っている。

この実験室は大学サイドが管理しているため、高校生のケイ殿では判断できないのだろう。

ふむ、どうしたものか。
48 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/29(木) 23:36:14.83 ID:cP+2zguP0

仕方がないから、私が聞くことにした。


「ちょっとお待ちいただけますか、御仁」


男が立ち止まった。 私との彼我距離は3メートル。


「失礼ですが、この場所へは何しに参られたのですか?」

「……そこのジュラルミンケースに入れ忘れた試料があったので、一度、J-PARCセンターに持ち帰ろうかと」

「ということは、このケースの中身をご存知なのですね。 差し支えなければうかがっても?」


男の眉がピクリと動いた。

「……本当は部外秘なのですが、まあ隠すものでもないですからね。 ……戦車の履帯パーツです」

「ほう」

「高マンガン鋼に別の素材を加えて、靭性を高めた合金で作ったそうです。
 それの物性を調べて欲しいと、ここの研究室から当センターに依頼があったのですよ」


男がじりじり近づいてくる。

彼我距離が2.5メートルに縮まった。
49 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/29(木) 23:37:51.28 ID:cP+2zguP0

「ならば、もう一つお聞かせ下さい」

「……はい」

「この部屋は、カードキーが無ければ入れないほどの、部外者立ち入り禁止の場所。
 それゆえ、部外者一人では立ち入ることなど出来ないはず。
 我々はサンダース大付属の隊長殿と一緒だから、こうして入ることができましたが」

「……ええ」


私は顔を男の方に向けながら、ケイ殿に呼びかけた。


「ケイ殿、ここの実験室のカードキーを部外者に預けるようなことはありますか?」

「……ないわね」

「ならば、どうしてお一人で、しかもまるで扉が開いたのを見計らったかのように、あなたは現れたのです?」


男が放つ気配が、ますます尋常ではなくなっていく。

彼我距離が2メートルになった。
50 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/29(木) 23:39:26.04 ID:cP+2zguP0

突然、携帯の着信音が鳴り響いた。 着信元はケイ殿だ。

私は眼前の男がこれ以上近づかないよう威圧の気を放ち、ケイ殿はその様子を見守りながらこわごわと携帯を取った。


「もしもし? アリサなの?」

「隊長! 報告です! 校舎内にスパイが侵入したと情報科から連絡あり!」

「またオッドボール三等軍曹?」

「違いますよ! 今度はシャレにならないやつです!」

「なによ、シャレにならないって」

「産業スパイですよ!!」


アリサ殿のお声は、通話口越しでも良く聞こえるのだな。

刹那のときではあったのだが、意識をアリサ殿のお声に取られてしまったのがいけなかった。

男の先手を許してしまった。
51 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/29(木) 23:40:44.97 ID:cP+2zguP0

男の右手には何かが握られていた。

それが何なのかを確認する前に、自分の右手で相手の右腕を掴み取る。

そこでようやく、男が握っていたのはスタンガンだと気付いた。

まあスタンガンだろうが刃物だろうが変わりはない。 当たらなければいいだけだ。

私は左手で相手の右手首を逆側に決めながら、足を払いのけた。

男が綺麗に背中から床に落ちる。

「ごはっ!!」
52 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/29(木) 23:43:03.81 ID:cP+2zguP0

ケイ殿は、信じられないような目つきで私と男を交互に見た後、携帯越しに大きな声を出した。


「ちょっとアリサ! そのスパイ、目の前にいるよ!」

「はぁ!?」

「警備部に連絡! 場所は戦車工学科の装甲素材実験室! 急いで!!」

「マジですか! ああもう、了解です!」


ふむ、なんだか分からないが、ここの学園艦に不審者が紛れ込んだということか。

ここの警備部にお縄になってくれるなら、私も面倒がなくて良いな。

そんな悠長なことを考えていたら、男が立ち上がった。

手にはナイフを握っている。

襲う相手は―――――ケイ殿か!

男がケイ殿に向かって、ゆらりと1歩近づいた。
53 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/29(木) 23:47:19.71 ID:cP+2zguP0

「福田!!」

「はいであります!!」

いつの間にか作業台の横に移動していた福田が、40p超のロングスパナを投げて寄越した。

私はそれを逆手で受け取り、受け取った勢いそのままに男のナイフをスパナで叩き落とし、
そのまま脳天に叩き込もうと思ったところで死んでしまうと思い直し、一拍おいて、
その体勢から相手の鳩尾へ肘鉄をめり込ませた。

喉から搾り出るような聞き苦しい声が、男から発せられる。

まあ自発呼吸できなくなるからな、鳩尾打たれると。


「私も部外者だから、貴方がこれ以上の不届きを働かないのであれば、これで手打ちにするが」


後ろで私に庇われる形となったケイ殿は、私の白いシャツをギュッと握っていた。

顔が青い。 怖かったのだろうな。

私はケイ殿の震える手を包み込むように握り、顔を近づけて「もう大丈夫です」と笑いかけ、
男の方に向き直って告げた。

「婦女子、それもまだ歳若い少女に危害を加えようとした罪、許されるものではない。
 憲兵の元でしっかり悔い改めよ」
54 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/29(木) 23:50:00.35 ID:cP+2zguP0

男はうずくまったまま痙攣している。 これならば大丈夫だろう。

それでも念のため残身の構えを解かずに、私はジュラルミンケースを手に取った。


「……これは私の憶測なのだが」 と一言断った上で、言葉を続ける。

「J-PARCでは、なんとかビームとかいうので物質の物性を詳細に調べることができるらしい。
 我が国の名立たる研究機関の施設だから、きっと最先端の解析装置で調べるのだろうな。
 そこに、サンダース大の研究室が何らかの試料を送った。
 このジュラルミンケースの中には、その結果と、試料サンプルが入っている」


男は動かない。


「貴方はこの中に合金製の履帯パーツが入っていると言ったが、
 レギュレーション内に収まるスペックの合金を、わざわざそんな凄い研究機関に送ってまで解析するだろうか」


男は私に見えないように、ゆっくりゆっくり、右手を懐に忍ばせた。


「この実験室は工学を専攻しているようだが、それでも戦車道の関係施設だろう。
 戦車に使われている素材で、そのような凄い解析装置にかけるものと言えば………」
55 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/29(木) 23:51:08.91 ID:cP+2zguP0


―――― 特殊カーボンだ。



確証はないが、確信はある。

戦車道を嗜む乙女にとって特殊カーボンとは、日頃応援してくれる両親の次に頼りになる存在だ。

仮に、装甲薄の九五式軽戦車が超大口径のカール自走臼砲の直撃をもらったとしても、中の乗員の安全は確保される。

特殊カーボンがあるおかげだ。


おそらく、サンダース大は特殊カーボンを研究していて、何らかの成果が出たのではないだろうか。

だから物性を詳しく調べるために、J-PARCへ解析を依頼した、と。

なんせ特殊カーボンは汎用性が高いからな。

あらゆる産業に応用できると聞いたことがある………もちろん軍事にも。

サンダース大は日本の戦車道を隠れ蓑に特殊カーボンの改良研究をしていたのかもしれないな。
56 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/29(木) 23:53:24.62 ID:cP+2zguP0

「さて、福田、ジュラルミンケースを持って私に付いてこい」

「はっ」

「ケイ殿、走れますか?」

「えっ? えっ?」


走れなさそう。


「うーん、腰が抜けているのかな? では仕方ない。 失礼します、ケイ殿」

「きゃっ!? えっ? なにっ?」


ケイ殿を横抱えにして、私達は実験室を飛び出した。

直後に階下から突き上げるような振動と、耳をつんざく爆発音。直後にスプリンクラーが作動した。


「きゃぁっ!!」

「やはり」

「やはりって何よ!?」


ケイ殿は私に抱きかかえられたまま、混乱の極みに達したような顔をしていた。

そんなお顔でも、ヒマワリのような華やかさがあるから素敵である。 スプリンクラーでびっしょりだったが。


「あの男ですよ。 スパイなら、捕まった時のことを考えて、あらかじめ退路を確保しておくでしょう。
 産業スパイ程度で自爆するってことはないだろうから、たぶん別の部屋に爆弾でも仕掛けておくだろうなと。
 ただそれも憶測ですからね。 念のため、こうして脱出を図っている次第です。
 この感じだと、実験用のアセチレンボンベか何かを無線で爆破できるようにしていたのかな?」

「なんでそんな冷静なの!?」

「喋っていると舌を噛みますよ」

私はケイ殿を安心させるように笑いかけ、ケイ殿を抱える腕に力を入れ直した。
57 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/29(木) 23:54:56.18 ID:cP+2zguP0

実験棟の屋上に来てしまった。

階下で爆発が起こったので、上へ上へと昇るしかなかったのだ。

潮の香りが鼻孔をくすぐった。 サンダース大の学園艦に広がる街並みと、大海原が見える。 良い眺めだ。

屋上の柵まで近づいて見下ろすと、プールのような施設が実験棟に差し迫る形で設置されていた。

プールに戦車用のスロープが付いている所を見ると、あれも戦車の実験施設の一部なのだろう。 防水気密の実験に使うのかもしれない。


あの男はどうなっただろうか。

まあ自殺願望でもない限りは爆発に巻き込まれてはいないだろうが、
警備部による包囲網は完成しているだろうから、脱出は難しいと予測する。

どちらにせよ、部外者である私には関係がない。

関係があるのは、ケイ殿と福田の身の安全だ。


「さて、ここからどうしましょう? 怖い方法と、怖くない方法で脱出しようと思うんですが」

「どうするって、救助が来てくれるまでココにいればいいじゃない」

「うーん、それだと不味そうなんですよね」


私は屋上の片隅に設置されている、実験用と思しきボンベ群を指差した。

通常、ああいったボンベは野外に設置するのだが、ここでは屋上に設置していたのか。

となると、階下の爆発はプロパンかな?

そんなことを考えながら、視線の先のボンベを観察していたら、バルブの部分に何かの装置がくっ付いていた。


「たぶんあれでボンベを爆破するんでしょうねぇ」

「ええぇっ!?」

「あの男が屋上に退路を取ることを想定しての仕掛けなんでしょうけど、どうも別の退路を取ったようですね。
 ただ、爆発が段々上階へと迫ってきているみたいなので、あのボンベも近いウチに爆発するのかもしれません」

「えええええぇぇぇぇっ!!?」


私に抱かれたケイ殿が発したお声は、今日一番の大きさだった。

見渡す限りの青空に吸い込まれるような、良く通る声音だと思った。
58 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/29(木) 23:58:11.72 ID:cP+2zguP0

「なので、ここから脱出しようと思うのですが」

「へっ!? あっ、えっ!?」

「怖い方法と、怖くない方法がありまして、どちらがよろしいかなと」


ケイ殿が私の胸元で口をパクパクさせている。

「……そっ、その前に! いくつか聞かせて!」

「はい」

「なんで、あんな強いの!?」

「強い? ああ、あの男を抑え込んだ徒手空拳ですか」

「うんっ! うんっ!」


ケイ殿が首をブンブン縦に動かした。


「我が知波単の戦車道隊は、みな常日頃から戦車道の訓練に励んでいるわけですが、同時に各種武道も乙女の嗜みとして貴んでおります」

「……武道?」

「はい。 柔道、剣道を始め、弓道、銃剣道、日本拳法、あとは合気道ですかね」


そこで福田が口を挟んだ。

「知波単の隊長となられるお方は、それら武道でも優秀な実力を持ち合わせていなければならないのであります」

「優秀というかなんというか、ただ子供の頃から親にやらされていただけだよ」

「と言いつつも、西隊長殿の武道の実力は、知波単学園で右に出る者がいない程であります」
59 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/30(金) 00:00:08.46 ID:CrgWt4E90

ケイ殿は目を見開いていた。 そんなにおかしかっただろうか。

「……じゃあっ、じゃあっ、そんなに冷静でいられるのは何で!?」

「うーん、冷静かぁ……自分では実感がありませんが、知波単学園における精神修養の賜物なのかもしれません」

「精神修養って……」

「地に足のついた、母性溢れる、たおやかな女性となるには、何事にも動じない心、いわゆる肝っ玉が必要です。
 そのため知波単では、各履修科目の幹部生となると、ちょっとやそっとじゃ挫けない心を養うための修養課程が別メニューで組まれます」

「……た、例えばどんな?」

「戦車道履修者であれば、総重量25sの装備を担ぎ、鉄帽を被って25km行進します。
 それで、到達地点にいる敵勢力を徒手空拳で倒します」

福田(空挺レンジャーかな?)

「25sの装備で25km歩くから、通称“ ニコニコ行進 ”なんて言われていますが、実際には25kmじゃないんですよね。
 死ぬ思いで敵勢力を制圧して、ようやく終わりかと油断したところで“ 実はゴール地点はあと15km先 ”なんて言われるわけです」

福田(英国陸軍特殊部隊だったであります)

「ちなみに福田も来年受けることになるからな?」

「ひっ」
60 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/30(金) 00:09:33.38 ID:CrgWt4E90

足元の振動がますます大きくなった。

爆発が近づいていることもそうだが、建物がもう持たないのかもしれない。

私はケイ殿の不安を払拭するように一度笑った後、ケイ殿の頭を胸元に抱きよせ、耳元で囁くようにして言った。


「そろそろ限界の様です。 脱出しましょう」

「ふぇっ!?」カァァ

「で、どうされますか?」

「最後に、もう一つだけ言わせて!!」

「はい」


ケイ殿は、福田が抱えているジュラルミンケースを見やり、

「その……私も知らなかったとはいえ、このケースの中身については誰にも言わないでほしいの……」

と伏目がちに言った。


「おや、私はこのジュラルミンケースの中身について、皆目見当ついておりません。 そうだな、福田?」

「ジュラルミンケースって何でありますか? 私は横文字が苦手であります」

ケイ殿は驚いた顔をすると、私の胸に顔を埋め直し、小さく「ありがと」と呟いた。
61 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/30(金) 00:10:47.85 ID:CrgWt4E90

「で、どうされますか?」

「じゃあっ! こっ、怖くない方でお願いします!!」

「わかりました。 福田、いくぞ!」

「はっ!」


ケイ殿を抱きかかえた私は、福田を従えて、いったん屋上の柵から距離を取った。

柵の向こうの下には、防水気密の実験用と思われるプールがある。


「ときにケイ殿」

「ひゃいっ!!」

「先程、怖くない方法もあると言いましたが」

「はい……はい?」

「あれは嘘です」


私は、ケイ殿の視界が私の胸元だけしか映らないように強く抱きしめると、全力で屋上の柵に向かって走り出し、
そして、ハードル走よろしく柵を飛び越えた。


突然襲い掛かる浮翌遊感、のち、落下感。


「えっ……えっ……えええええええええええええぇぇぇぇぇぇっっ!!!???」
62 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/30(金) 00:13:21.80 ID:CrgWt4E90

「ひゃぁ、なんとかなりました」

プールの縁にケイ殿を押し上げ、福田も無事付いてきたことを確認すると、私は空を仰いで笑顔になった。

3人とも怪我なく、無事に脱出できたからだ。 火照った身体にプールの水が心地良いせいもある。


「………………」

「あれ、どうかしましたか、ケイ殿?」


怪我が無いことは確認したし、意識もしっかりしているハズなんだが、ケイ殿は突っ伏したまま動かない。

うーん、やはりどこか怪我したのだろうか?

そう思って、ケイ殿の身体のあちこちを検めようと顔を近づけたら、急に抱き着かれた。

その勢いで、またプールに落っこちる二人。


「ゴボ、ゴボボボ!?」(ちょっ、ケイ殿!?)

突然の出来事に、私は思わず両眼をつぶって水面へ這い上がろうと腕を振り回した。

そしたら、ケイ殿に顔をガシッと掴まれ、直後に唇に何か軟らかい感触があった。 何だ? 目をつむっているからわからん。
63 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/30(金) 00:14:24.83 ID:CrgWt4E90

「「ぷはぁっ」」

二人とも水面から頭を出した。

ケイ殿はまだ私の顔を両手で挟んでいた。 目が潤んでいるように見えるが、まあプールだしな。 気のせいかもしれない。

「ふっ……くっくっくっ……あっはっはっはっは!!」

そしてケイ殿は私に抱き着き、高らかに笑ったのだった。


「キヌヨ! あなた最高よ!」

「ははは、お褒めにあずかり光栄です」

「もう私! どうにかなっちゃいそう!」

「あれ、まだどこか具合が悪いのですか?」

「どうしてくれるのよ! もう貴女無しじゃいられないじゃない!」
64 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/30(金) 00:17:42.00 ID:CrgWt4E90

ケイ殿は助かった安心感ゆえか私のことを褒めてくれたのだが、「私無しじゃダメだ」というのは、まだあの男を怖がっているということか。

なので私は、ケイ殿に「もう大丈夫ですよ。暴漢はもう襲ってきません」と語り掛け、

そっと肩抱いて、真っ直ぐ目を見つめてこう言った。


「たとえ襲ってきたとしても、また私が守ります」

「はひゅん」ボッ


ケイ殿が意識を失って水中に没した。

あれぇ? やはり具合が悪かったのか?



福田(あれだけアメリカチックな映画の主人公ばりの活躍をして、お姫様抱っこで大冒険活劇を演じられたら、惚れるなという方が無理であります……)
65 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/30(金) 00:19:36.31 ID:CrgWt4E90

その後、救助に来た学園艦警備部の方々と、アリサ殿、ナオミ殿といった戦車道の隊員の方々にケイ殿を預け、一連の経緯を話した。

ついでにジュラルミンケースも返した。

あの男は貨物コンテナが収容されるエリアに隠れていたところを捕縛されたらしい。

よかった。 これにて一見落着だ。


「……それにしても、どうしてウチの隊長はこんなに幸せそうな顔して寝ているワケ?」(←アリサ)

「慣れないトラブルから解放されたせいでしょう」

「……うへへへへ……キヌヨ……アイニージュー……」(←ケイ)

「……………」(←何かを察したナオミ)


ナオミ殿が福田に何かを訪ねていたが、それを受けた福田は「どうしようもないのであります……」と首を横に振っていた。
66 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/30(金) 00:23:32.29 ID:CrgWt4E90

翌朝。

サンダース大付属高校の宿泊施設に泊まらせてもらった我々は、実に清々しい気持ちで愛車ウラヌスの前に立った。


「昨晩は皆さんに盛大に歓待していただいて、本当に楽しかったな」

「あのばーべきゅーという焼肉に、この世の極楽を見た気がしたあります」


昨晩、ケイ殿を救ったお礼も兼ねてと、サンダース大付属の隊員総出でばーべきゅーが行われたのだ。

私もあんなに肉を食べたのは、小学校のときの誕生日以来だ。


「宴席ではケイ殿もすっかり元気になられて、しきりに抱擁されたよ。
 二人で抜け出さないかとも言われたが、まだ校内の安全がすべて確認されていない以上、勝手な行動は出来なかったからな。
 丁重にお断りさせていただいたよ、ははは」

福田(ケイ隊長殿の悲しそうな顔が目に浮かぶであります……)

「次にサンダースへ来た時には、パパとママに紹介するからね! って言われたんだが、
 そうか、ケイ殿のご両親は、サンダース大の戦車道関係者で、ひょっとすると顧問か教官殿なのかもしれないな。
 旅の最初に素敵な人脈が築けて僥倖というほかない。 やったな福田!
 来年、福田が知波単を担うときには、これでサンダースとの練習試合が組みやすくなったぞ!」

福田(ご愁傷様であります、ケイ隊長殿……)
67 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/30(金) 00:25:53.27 ID:CrgWt4E90

サンダース大付属高校の戦車道隊の強さが、いかにして練り上げられるのか、その現場をこの目で確かめられたし、
当初の目的である練習試合の申し込みもちゃんとできた。

ちょっとしたトラブルでケイ殿に迷惑を掛けてしまったが、それも新たな人脈の発掘に結び付いたようなので、
これにてサンダース大付属の学園艦訪問は、大成功だったと言って良いだろう。

願わくはこの調子で残り2校も回れたらいいな、と空を仰いで、私は愛車ウラヌスにまたがった。
68 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/06/30(金) 00:26:22.65 ID:CrgWt4E90

※ 今回はここまで。 また書き溜めてきます。
  次回、アンツィオ高校 訪問編です。 
69 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/30(金) 00:43:48.23 ID:k11pqcP7o
股間が水で濡れてるからバレないね
70 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/06/30(金) 07:09:33.29 ID:8qNXfbhT0
いい
71 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/30(金) 08:19:57.33 ID:VvCsQkRAO
乙!
72 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/30(金) 18:49:32.75 ID:ZE18OAFp0
乙乙
スペクタクルだのう
73 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/05(水) 21:17:05.68 ID:z2pI01hi0

※ 再開しまっす。

74 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/05(水) 21:18:07.19 ID:z2pI01hi0

「さーて、鹿島港から清水港だと……えーっと……」モグモグ

「下道だと、270qくらいであります」ポチポチ モグモグ

「サイドカー付きのバイクで270qとなると……8時間。 休憩入れて10時間ってところか。 高速使えれば楽なんだがなぁ、金掛かるしなぁ」モグモグ


私が紙の地図を覗き込んで距離を推し測ろうとしたら、福田が“ すまほ ”であっという間に調べてくれた。

知波単生徒の多くは機械音痴ゆえに“ がらけー ”の扱いだけで手いっぱい。

私も例に漏れずそうなのだが、福田は大学選抜戦後、こうした機械類も意欲的に使って情報収集に励んでいるようだ。

うんうん、新生知波単学園を担う者の一人として、福田は順調に成長していると思う。 この旅に連れてきて良かった。


そんな私の手には昆布おにぎり、福田の手には牛味噌おにぎり+すまほ が握られていた。

おにぎりはそこのコンビニで買ってきた。 今日の朝ご飯だ。
75 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/05(水) 21:19:06.32 ID:z2pI01hi0

朝8時。 鹿島港からそんなに離れていないコンビニの駐車場である。

私と福田はオニギリをもぐもぐしながら今日の道程について話し合っていた。

ケイ殿から朝飯まで食べていくよう誘ってもらったのだが、今日は茨城県の鹿島港から静岡県の清水港まで移動しなければならない。

そのため、早朝にサンダース大付属の学園艦から下艦し、近場のコンビニで突撃準備……じゃなかった、出発準備を整えているのだ。


ケイ殿を始め、サンダース大付属の方々には最後の最後まで熱く待遇していただいたので、本当に感謝感激雨あられである。

朝食のお誘いや昨晩のばーべきゅーだけではない。

部外者が見てはいけない機密事項まで披露していただいたのだ。

ケイ殿との別れ際、その目に涙が浮かんでいたことを思い出し、私は胸がいっぱいになる。

ケイ殿の涙は友情の証。 戦車に乗れば敵同士だが、戦車から降りれば友達同士。

それを地でいくサンダース大付属の懐の深さを、私は生涯忘れないだろう。


「あれだけの温情を掛けていただいたのだ。 我々はこれを力に変え、試合会場で披露することが最大の御恩返しとなる。
 これからますます精進せねばならんな、福田!」

「はっ! 粉骨砕身、突撃精神をもって鍛錬に励む所存であります!」

「うむ! 私もさらに精進し勝利に貢献できるよう、隊長としての役目を果たそうぞ!」


福田(……ただ、最後のケイ殿の涙は、たぶん違う意味の涙だと思うのであります……)
76 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/05(水) 21:21:54.96 ID:z2pI01hi0

福田は“ すまほ ”の地図を見ながら、ここから清水港へ至る大まかな道順を教えてくれた。


「まず利根川越えて千葉県に入って、利根川沿いを西進、都心を抜けて神奈川県央へ。
 さらに西進して御殿場を越えて駿河湾に至り、あとは海沿いを進む、という感じであります」

「うむ、ありがとう」


私は脳内で進行ルートを思い描き、かねてより温めていた作戦が無理なく行えることを確信した。


「では、本格的に出発する前にちょっと寄り道をしよう。 利根川越えて千葉県に入った辺りに老舗の醤油屋がある。
 そこでアンツィオ高校へのお土産を買っていこうと思う」

「アンツィオ高校へのお土産? また落花生最中ではないのでありますか?」

「ああ、別の物にしようと思うんだ。 一応、ただの落花生ならすでに大量に用意してあるがな。 千葉県名物のド定番だし、乾物だから物持ち良いし」

「はぁ、それでその落花生に加えて、醤油屋でお土産を追加する、と」

「そうだ。 アンツィオ高校の学園艦は食文化が豊かで、菓子も上等なものばかりが揃っていると聞く。
 大学選抜戦の会場でアンツィオの生徒が出していた屋台……あの“ じぇらーと ”という氷菓子を福田も食べただろう。
 あんな美味いものを日常的に食べている方々に、ただの和菓子を持って行っていくというのもどうかと思って。
 落花生最中は美味いんだが、相手がアンツィオ高校ではちょっとな。」

「それで醤油でありますか」

「料理好きのアンツィオ高校なら、変わった調味料をお土産にしてもきっと喜んでくれるだろうさ。
 それに千葉県は醤油の産地だ。 立派な千葉県土産になる」
(※ 知波単学園の本拠地は、千葉県習志野市です)

「さすが西隊長であります! ご慧眼に脱帽したであります!」

「ははは、ただの醤油ではないのだぞ?
 買おうと思っているのは、その老舗に売っている“生醤油”と“蛤(はまぐり)だし醤油”なんだが、どちらも実に美味いのだ。
 スーパーで売っている刺身をこの生醤油で食うと、築地で食う刺身に進化する! と言ってのける知人がいるくらいだし、蛤だし醤油の方は福田も食べたことがあるはずだぞ?」

「え? そうでありましたっけ?」

「私が夕飯当番の時、まぜご飯を作ることがあるだろう。 あれの醤油はその蛤だし醤油だ」

「おお! 西隊長殿のまぜご飯はあまりに美味すぎて、隊員達のお替わり争いが本気のケンカになる程であります!」

「ケンカはどうかと思うんだが……福田達が美味いと言ってくれるんだ。 お土産として間違いはあるまい」


福田(西隊長殿が作る料理は、美味いのはモチロンなのでありますが、隊員達にとっては憧れの人が作る手料理なので目の色が変わるのであります……)
77 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/05(水) 21:23:35.28 ID:z2pI01hi0

「で、実は練習試合の申し込み相手にアンツィオ高校を選定した理由も、そんな料理に関係があったりする」

「あれれ、戦車道とは関係が無いように思えるのでありますが……」

「ところがそうでもないんだ。 アンツィオ高校の戦車道隊では、炊事による親交で隊員同士の結束を固めているらしい。
 我々知波単では、炊事はただの炊事だが、アンツィオでは日常生活における料理や食事ですら戦車道訓練の一部だという。 面白いだろう?」

「アンツィオ高校では飯時にあっても常在戦場というわけでありますな。 いやはや、侮りがたしアンツィオ高校であります!」

「もちろん、CV33を中心とした高速機動戦術とか“ まかろに作戦 ”という欺瞞作戦の運用方法とか、訓練環境が知りたいとかもあるんだが」

「火力不足、装甲薄に悩んでいるのは我々もでありますからね。
 奇をてらい、高速機動で敵を翻弄するアンツィオ高校の戦い方はきっと参考になるであります!」

「だから此度の旅では、アンツィオ高校の戦車道訓練だけではなく、炊事、食事の風景も視察させてもらおうと思っている。
 そして練習試合になったら、両校で協力して飯を炊き、同じ釜の飯を食って更なる親睦を深めよう、と提案をするつもりだ」

「実に良いお考えであります!」

「安斎殿曰く、明日は視察するには絶好の日らしいからな。 きっと私の提案を受け入れてくれるだろう。
 ふふふ、喜べ福田! また楽しい思いができそうだぞ?」

「は? それはどういう……?」


私はキョトンとした顔の福田にヘルメットを被らせると、自分もヘルメットを被って、ウラヌスのエンジンを掛けた。

そして目的の醤油を手に入れたあと、途中休憩を挟みながら、えっちらおっちら清水港へとバイクを走らせたのだった。
78 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/05(水) 21:24:59.12 ID:z2pI01hi0

夜7時、清水港エリアに到着。

港に停泊したアンツィオ高校の学園艦が間近に見える。


「うう……さすがにこうも魚介類の看板やらノボリやらが目に付くと、腹が空くのであります……」

「耐えろ福田……安斎殿が夕食を振る舞ってくれることになっている……」


我らがいる場所は、観光客向けの魚河岸の駐車場だった。

もう時間が遅いので多くの店が閉まっていたが、あちこちに設置されている「桜エビのかき揚げ丼」や「桜エビ天ぷら定食」などのノボリが、視覚を通して空腹中枢を刺激する。

清水港がある駿河湾は桜エビが特産だ。 漁期は春と秋しかなかったはずだが、干し桜エビならいつでも食えるはずだ。

せっかく静岡までやってきたのだから名物が食いたいとは思うが、しかしこちとら高速道路代すらケチっている身。

そんな贅沢は許されない……が、食べたい……。


私と福田が空腹に身を悶えていると、遠くから豆戦車らしいエンジン音と、舗装道路を走る履帯の音が聞こえてきた。 カルロ・ヴェローチェCV33だ。

そのCV33が我々のバイクの横に停まった。

髪を両脇で束ねた少女が降りてくる。 安斎殿だ。


「いやーよく来た! ようこそアンツィオ高校へ! 私がドゥーチェ・アンチョビだ!」

「ご無沙汰しております、安斎殿! この度はご高配を賜り、誠に感謝しております!」

「安斎じゃない! アンチョビだ!」

「これは失礼いたしました、安斎殿!」


私と福田は、アンツィオ高校の戦車道隊の隊長で、総統とも肩書が付いている安斎千代美殿に深々と頭を下げた。
79 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/05(水) 21:27:42.79 ID:z2pI01hi0

CV33に先導された我々のバイクは学園艦の乗艦ゲートをくぐり、2台まとめて昇降リフトに乗り込んだ。


「え!? 明日、学園艦祭なのでありますか!?」

「そうだ! だから実に良いタイミングで視察に来たな2人とも!
 アンツィオの学園艦祭は、観光客向けに盛大にやるからな! ぜひとも楽しんでいってくれ!」


昇降リフトが艦上へと昇っていく。

私、福田、安斎殿の3人は、規則的な揺れを感じながら、あらためて挨拶を交わした。

そうなのだ。 練習試合の内諾を得るために前もって安斎殿へ電話した際、私は学園艦祭の話をうかがっていたのだ。

今年のアンツィオの学園艦祭は、戦車道隊の訓練展示も行われるし、美食尽くしの屋台も並ぶ。

となれば、戦車道隊の訓練風景も見れるし、隊員らが協力して炊事に取り組む姿も見られるので、此度の旅の目的に合致するわけだ。

だから私は、まずはただの客として学園艦祭を楽しみつつ外側からアンツィオ高校の戦車道隊の実力を推し測り、明後日は隊内に案内してもらって、内側から実力を推し測ろうと考えた。

つまりは2日間の訪問日程だ。


「学園艦祭の準備でお忙しい中をお邪魔してしまい、誠に申し訳ありません」

「いいんだいいんだ。 ウチも他校同様、隊長職は引き継ぎつつあるし、お客さんが増える分には万々歳だしな。
 ……1円でも多くP40の修理費を稼がないといけないし」ゴニョゴニョ

「アンツィオ高校では、次の隊長殿は誰がなられるのでありますか?」

「ペパロニだ。 あいつのノリと勢いはアンツィオのドゥーチェとして相応しいものだしな。
 副長としてカルパッチョが締めるところを締めてくれるだろうから、まぁ、あの二人なら次のアンツィオを任せられるよ」

「なるほど。 我々の突撃精神も勢いだけは負けておりません。 練習試合の会場でまみえる時を楽しみにしております!」
80 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/05(水) 21:29:37.93 ID:z2pI01hi0

安斎殿の話だと、アンツィオの学園艦祭は「アンツィオ高校の学園祭」ではないらしい。

アンツィオ高校の生徒らはもちろん、学園艦住民の有志も祭りに参加するので、“ アンツィオの学園艦祭 ”なんだとか。

そのため、メイン会場はアンツィオ高校ではあるものの、校舎の内外に多彩な出店が立ち並び、観光客の入りも凄まじいことになるんだそうだ。

だから各店はしのぎを削って集客に努め、少しでも売上を伸ばそうとてんやわんやの大騒ぎになる。

安斎殿が率いる戦車道隊の隊員らは、その儲けを戦車道隊の運営費に計上できるとあって、いつも以上にヤル気に満ち溢れるんだとか。

……そういえば、知波単にも回覧来たな。P40の修理のための寄付願い。

ウチより貧乏な戦車道隊もあるのだなぁと、ちょっとしんみりしたものだ。


艦上についた我々は、CV33先導のもとアンツィオ高校の敷地内に入り、そのまま校舎の駐車場へ向かうのかと思いきや、戦車整備工場の横に案内された。

私と福田は自分の荷物を持ってCV33の元に近寄る。 暗いせいか、安斎殿はキューポラからゆっくり降りていた。


「福田、私の荷物を持っていてくれ」

「はっ」


私は荷物を一時福田に預け、まだ地に足を付けていない安西殿に向かって手を差し出した。

タイミング良く雲の隙間から半月が顔を覗かせ、月光があたりを照らす。 急造の月のステージのようだ。


「安西殿、お手を」スッ

「えっ?」

「着地に失敗して足でも挫いたら大変です。宜しかったらおつかまりください」

「えっ、あっ、ありがとうっ」カァァ

「いえいえ」


アンチョビ(なっ、なんだ!? 知波単隊長が一瞬、王子様に見えたぞ!? 恋愛小説の読み過ぎか私!?)

福田(……こういうことをサラッとやるのが西隊長殿の良い所でもあり、悪いところでもあります……)
81 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/05(水) 21:34:19.28 ID:z2pI01hi0

「ごっ、ごほん! あー…明日の学園艦祭の準備のために、隊員のみんながここで準備中なんだ」


私の手を取って無事着地した安斎殿は、ちょっとあたふたしながら説明してくれた。


「戦車道隊の皆さんは、明日、何の出店をやられるのですか?」

「今年は ピッツァとジェラートで2店舗に分ける予定だ。 P40の修理費をここで一気に稼ぐためにな」

「あれ? でも訓練展示も行うのでありますよね?」

「そうなんだ。 2回戦止まりとはいえ全国大会出場を果たしたし、あちこちから修理費の寄付金を募っている関係上、戦車道の訓練展示は外せなくて。
 だから今年は3班編成を組んだんだよ。1班はカルパッチョをリーダーにジェラート販売。 2班はペパロニをリーダーに戦車道の訓練展示。
 で、3班は私が指揮をとってピッツァ屋をやろうと思っているんだ」

「「おおー」」

私と福田は揃って感嘆の声を出した。
実に楽しそうだし、それに美味そうな学園艦祭になりそうだ。


「去年まではパスタ屋だけだったんだけどな。 パスタはペパロニの得意料理だったし。
 でも戦車道の訓練展示をやるなら、その指揮は次のドゥーチェであるペパロニが執らなくちゃいけない……すっごい不安だが」

「ペパロニ殿といえば“ 鉄板なぽりたん ”という料理がお得意と、月刊戦車道の隊員特集コーナーで拝見したであります」

「そうなんだよ。 だから去年まではパスタ屋1本だったんだけど、今年はそんなわけでパスタ屋は止めて、代わりにジェラート屋とピッツァ屋をやろうと思ってね。
 ジェラートは毎日ランチのときに店を出しているから慣れているし、ピッツァは特色を出しやすいから、他の出店と差別化を図りやすいと思って」

「聞いただけでお腹が空いてきそうですね」

「ああ、期待してくれ! 私の作る桜エビのピッツァは絶品だぞ! これでたくさん稼いで、学園艦祭の後の引退式までには、P40を直してみせる!
 それが私の……ドゥーチェとしての最後の仕事だからな!」


そう言って二カッと笑った安斎殿は、戦車整備工場の扉を開けた。


「ただいまー! みんな! 知波単学園からお客さんを連れてきたぞ!」


そして陽気な安西殿の声に帰ってきたのは、切羽詰まったペパロニ殿の声だった。
82 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/05(水) 21:35:09.64 ID:z2pI01hi0

「アンチョビ姐さん!? あーもう、やっと帰ってきた! 大変っスよ、姐さん!」

「お、おう? どうした?」


出鼻を挫かれた形の安斎殿。 畳みかけるようなペパロニ殿の言葉が続く。


「明日の学園艦祭、ピザが作れなくなったッス! どうしましょうか姐さん!?」

「え? ………え?」

「いや、だから、ピザが作れなくなったんですって!」

「えぇ……ええええええ!? なんで!? どうしてだ!?」


戦車整備工場に入って早々、大きな声で掛け合いを始める安斎殿とペパロニ殿。

いやぁ、アンツィオ高校の隊員達は元気があって良いなぁ。
83 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/05(水) 21:36:38.96 ID:z2pI01hi0

「あー…私から説明します、ドゥーチェ」

「カルパッチョ? ……そうだな、何がどうなったのか、説明を頼む」


埒が明かないと思ったのか、カルパッチョ殿が前に出てきた。


「はい。 ……明日の学園艦祭の準備のために、ピッツァ班、ジェラート班、訓練展示班と、それぞれ分かれて動いていたんですが…」

「ああ」

「ピッツァ班がCV33で、ピッツァ生地の材料となる小麦粉を食品科へ取りに行き、それをCV33の車上に積んでここへ戻ろうとしたところ……」

「あ」(何か察したアンチョビ)

「ショートカットのつもりで訓練場を横切ってしまい……」

「……あぁ……」(察しがついたアンチョビ)

「訓練展示の練習をしていたセモベンテに誤って砲撃され、乗員は無傷だったものの、小麦粉がすべてダメになりました」

「……あぁーー……」


安斎殿は、カルパッチョ殿の話を聞くなり、

_| ̄|○ ⇒ _|\○_ ⇒ _/\○_ ⇒ ____○_

という五体投地の姿になっていった。
84 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/05(水) 21:37:47.76 ID:z2pI01hi0

「……なんで訓練展示に参加しない車両が訓練場に入るんだとか、ペパロニは指揮官としてそれを撃つ前に確認しなかったのかとか、いろいろ言いたいことはあるが……言っても無駄なんだろうな……」プルプル


安斎殿は全身の力を振り絞って身を起こしたが、いまだプルプルしている。

“ P40の修理費用を稼ぐんだ! ”と意気揚々に言った5分前の彼女と、打ちひしがれた今の彼女。 そのあまりの落差。

まるで突き落とされたような今の彼女の境遇に、思わず同情してしまう。

うちも金はないからなぁ……。

金が全てではないが、金が無いのは首が無いのと同じことだ。 戦車道に限っては特になぁ。
85 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/05(水) 21:39:11.44 ID:z2pI01hi0

「……あ゛ーもう! へこたれていてもしょうがない! 撃たれた乗員達は無事なんだな!?」

「はいッス!」


元気良く返事するペパロニ殿。


「ダメにした小麦粉は補充できるか!?」

「無理です。 食品科に問い合わせましたが、あらかじめ申請していた量以上は融通できないと…。
 それに量が量です。 今からでは艦外に買いに行っても量が確保できません」

「他の食材は!?」

「ジェラート関係はすべて問題なし。あとはピッツァ用のチーズやその他の乳製品、それと干し桜エビは別に保管していたので大丈夫です。
 塩コショウ、オリーブオイル、ニンニクやショウガ等の薬味なども問題ありません。
 あとは、大人のジュース関係も大丈夫です」


“ 大人のジュース関係 ”というのは、要するに酒のことか。
なるほど、アンツィオの学園艦祭では、おそらく事前申請をすればアルコール提供も可能なのだな…と私は推測する。


ここまでは明快に答えていたカルパッチョ殿だったが、続きを言い淀んだ様子を見せた。
先を促す安斎殿。


「あとは?」

「……それと、我が隊の在庫のパスタを全て放出すれば、学園艦祭用の食材として、なんとか足りるかと思います」
86 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/05(水) 21:41:38.85 ID:z2pI01hi0

アンツィオ高校の戦車道隊は、試合が終わると宴を開いて、敵味方関係なく親睦を深める。

その宴用に常備していた食材を、おそらく学園艦祭の打ち上げ用として使うつもりだったのだろう。

しかし緊急事態につき、打ち上げ用ではなく本番の商品用として回すというのだろう。

となれば、打ち上げに使う食材が無くなることを意味する。

カルパッチョ殿ら隊員にとっては、安斎殿に隊長として参加してもらえる残り1回か2回あるかないかの打ち上げであり、宴だ。

そんな貴重な機会が潰れるとまではいかないにしても、宴の規模が縮小してしまうのは避けられない。

カルパッチョ殿の悔しそうな顔から、私はそんな背景があるのだろうと想像した。


カルパッチョ殿の視線の先には、うつむいた安斎殿がいる。

しばらくして、安斎殿はため息を一つ。 そしておもむろに顔を上げた。


「……大きく売り上げは落ちてしまうだろうが、ペペロンチーノくらいは作れるか。
 不必要な乳製品などは食品科に返却しよう。 ……今年もパスタ屋かぁ」

「さっすがアンチョビ姐さん! この料理上手のやりくり上手!!」

「お前はもうちょっと反省しろぉ!」
87 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/05(水) 21:42:41.48 ID:z2pI01hi0

安斎殿の哀愁漂う喜劇のような悲劇が、戦車整備工場の中で繰り広げられている。

隣にいた福田が、小さな声で私に問いかけてきた。


「西隊長殿? “ ぺぺろんちーの ” というのも、確か美味い麺料理だったと思うのですが、それではダメなのでありますか?」

「“ ぺぺろんちーの ”は作り方が簡単だからな。同業店舗が出やすいだろうし、それゆえに多くの店がしのぎを削る学園艦祭では没個性と見なされるだろう。
 つまりは売りが弱いのだと思う。それではP40の修繕費を稼ぐどころか、原価を回収するのがやっとかもしれないな」


私は気丈に振る舞う安斎殿の背中を眺めながら答えた。
88 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/05(水) 21:44:09.14 ID:z2pI01hi0

「アンツィオ高校の隊長としての責務を果たしてから引退したい」と言った安斎殿。

私よりも1つ先輩で、戦車道の隊長として苦労された経験は圧倒的に安斎殿の方が上だろうが、
それでも同じ隊長職の人間として、その心中は容易に察せられた。

後輩達には……次代の隊員達には……なんの憂いもなく戦車道を楽しんでもらいたいのだ。

そのためならば、どんな苦労でも背負いこむのが隊長であり、引退していく先輩の務めなのだ。

私も知波単の隊長としての責務を果たしたいから、こうして各校を訪ねまわり、練習試合を申し込みに来ている。

隊員達の努力が報われる、そんな勝利を得る方法を模索するのが、私の責務である。


ならば、我々が今この場にいるのも何かの縁だと思うのだ。

安斎殿の努力が……アンツィオ高校の戦車道隊の努力が報われる、そんな方法を探すお手伝いをするのだ。

知波単学園とアンツィオ高校は微力ながらも、先の大学選抜戦で大洗女子学園を助けるため、ともに強大な敵へと挑んだ間柄だ。

他人事とは突き放せない。 なんとか助けになりたい。
89 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/05(水) 21:47:19.17 ID:z2pI01hi0

聞けば、明日の学園艦祭で売れる商品が用意できなくなったご様子だ。

ならば、残った食材を使って、明日の学園艦祭で売れる商品を考え出せばいいのだろう。

うーん……アンツィオの学園艦祭……パスタと干し桜エビと乳製品はある……アンツィオの校風の中でも個性的な商品に……。


私は、脳内で手持ちの札を確認した。

しばしの熟考。

そして不意に、我らだから加える事ができる札があることに気づく。

私はこれらの全ての札を抱えて、調理法の海に沈みこんだ。

再度の熟考。


……海の底で見えたのは、3つの光。


「うん、これならいけるかな」
90 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/05(水) 21:48:14.56 ID:z2pI01hi0

私は、いまだ両膝を床についている安斎殿の隣に移動し、自分も片膝をつき、両手で安斎殿の両手を包み込んだ。


「……ふぇっ!?」

「安斎殿、我ら客人の身なれど、安斎殿に具申することをお許しください」

「なななな、なん!? ……ですか!?」

「在庫のパスタを使わせていただく必要はありますが、この料理勝負、なんとかなるかもしれません」


安斎殿の目を真っ直ぐ見つめながら、その手を胸に抱くようにして言った。

安斎殿は何を言われたのか分からないように、ぱちくりと目を瞬かせている。


「今ある食材で、それなりに美味しいものが3種類ほど作れます」


私はそれから安斎殿を始めとした隊員の皆さんに、私が提案する料理の内容と調理法を説明した。
91 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/05(水) 21:50:18.63 ID:z2pI01hi0

翌朝、午前9時。

空に景気よく花火が打ち上がった。 アンツィオの学園艦祭の始まりだ。


「では皆さん、よろしくお願いします!」

「「「「よろしくお願いします!!」」」」


私はピッツァ班の皆さんに声を掛けると、元気な返事が返ってきた。

場所はアンツィオ高校の中庭、戦車道隊に割り当てられた出店だ。

まだ開会したばかりなのでお客はいないが、安斎殿の話によれば、例年あと15分もすればごった返すほどの人がやってくるらしい。

私は白ブラウスの腕をまくり、シックな色のエプロンをまとって、出店のカウンター内で仕込みを続けていた。 つまりはピッツァ班の助っ人だった。

あ、いや、ここで提供するのは結局パスタなので、パスタ班と言った方が正解か。


「では、客の呼び込み部隊の諸君! 手筈通りチラシを持って校門まで前進! 客を呼び寄せてこい! ここで包囲殲滅するぞ!」

「「「「 Si!!」」」」


安斎殿はパスタ班の隊員に向かって激を飛ばしていた……が、なぜか私の方をチラチラ見ている。

激を飛ばされた方の隊員達も、なぜか私の方をチラチラ見ている。

なんだろう? やはり他校の生徒が出店を手伝うことに違和感を感じるのだろうか?

ううむ、ならば働きで返すしかないな。 頑張ろう。


アンチョビ(速水もこ〇ちだ……)ドキドキ

隊員達(MOCO'S キッ〇ンだ……)ドキドキ

福田(そんな身なりでエプロン付けて凛々しさ振りまいたら、速水〇こみちにしか見えないのであります……)ドキドキ
92 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/05(水) 21:51:18.62 ID:z2pI01hi0

およそ15分後、お客らが中庭に姿を現し始めた。

その中の一人、他校の制服を着た女生徒と私は偶然目が合った。

何だか熱にうかされたような足取りで我らの出店に並んでくれる女生徒。


「あ……あの……ここは何のお店なんですか? なんだかとても美味しそうな香りですね」ドキドキ


私は内心でコブシを握る。 栄えあるお客さん第一号だ。

逃がしてなるものかと私が口を開きかけたところで、隣で仕込みを続けていた安斎殿が代わりに答えてくれた。



「毎度ありがとうございます!
 ここは……桜エビの和風パスタと、和風チーズのお店です!!」

93 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/05(水) 21:53:02.10 ID:z2pI01hi0

話は昨晩に戻る。 私と安斎殿のやりとりだ。

私は安斎殿にこう提案した。



「干し桜エビの和風パスタと、和風チーズを作りましょう」

「え? 和風……パスタと……チーズ? それも全部で3品も?」

「はい、材料ならなんとかなります」

「材料って……聞こえただろう? そんなもの作れるような食材、今の私達には……」

「それがあるんです」


私はそう言って福田に目配せし、福田が背負っていた背嚢からお土産用の生醤油と蛤だし醤油、それと乾物の落花生を取り出した。


「これって……」

「この度、アンツィオの皆さんにお世話になるのでお土産として買って来た物です。 数も十分にあります」


あの老舗で買った生醤油と蛤だし醤油はそれぞれ1ダース買った。 乾物の落花生も大量に用意してあった。


「これを使って、和風のパスタと和風のチーズ料理を作りましょう」

「ちょっ…! ちょっと待ってくれ知波単隊長! ………料理……できたのか……!?」

「ははは、良く言われます」
94 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/05(水) 21:53:54.28 ID:z2pI01hi0

そこで福田がすすすすと近づいてきて、会話を補足するように口を開いた。


「確かに知波単学園では節制・節度を重んじているので、日々の食事も豪勢とは無縁の質素な物ばかりでありますが……
 しかしそれは、決して料理当番が無能だからではないのであります」

「そうなのか……私はてっきり……」

「知波単学園の生徒はみな料理上手であり、その気になれば和洋中、なんでもござれであります」

「マジか!」


安斎殿が目を見開いている。


「知波単学園では、花嫁修業の一環として料理の授業がありますし、各選択科目の幹部生になれば「料理道」という科目が必修になります。
 特に戦車道の隊長殿になられるお方は、その料理道で優秀な成績を収める必要があるのであります」

「そんなに大したことではないよ福田。 子供の頃から母の手伝いをして慣れていただけだ。 ははは」

安斎殿が信じられないような物を見る目つきで私達を見た。

95 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/05(水) 21:55:22.62 ID:z2pI01hi0

「なにはともあれ、どんな料理なのかご賞味いただいた方が早いでしょう。
 もしこれから夕食の調理をされるのであれば、台所の一角を私にお貸しいただけないでしょうか?」

「あ、ああ、それは構わないが……」


それで私達とアンツィオ高校の隊員の皆さんは、合宿などで使う宿泊施設の調理室へやって来た。。


「まずはこの醤油を舐めてみて下さい」

「おう……ペロッ……これはっ!?」

「たかが醤油なんですが、なかなかどうして良い醤油なんですよ」

「いやこれ……ただの醤油じゃないな……すごい美味い……!」ペロッ


さすが安斎殿、料理好きなだけはある。


「それではパスタを茹でましょう」

「まかしとけ! ……それで?」

「パスタが茹で上がる間に、残りの2品を作ります。
 まずはこの生醤油に、にんにくの欠片をいくつも入れて、ニンニク醤油を作ります。
 そこに一口大に切ったモッツァレラチーズを投入。 モッツァレラは固めのタイプがいいですね。 これで1品完成」

「ふむふむ……えっ!? 」

「次に、ブルーチーズ……これはドルチェタイプが良いでしょう。 そこに生クリームとちょっとのマヨネーズ、それと白ワインを入れてかき混ぜます。
 こうして作ったブルーチーズソースに、落花生を混ぜ込んで……はい、2品目完成」

「えぇっ、 もう!?」

「続いて3品目です。 フライパンでにんにくとしょうがをオリーブオイルで炒め、香りが立ったら干し桜エビを入れましょう。
 で、ほんのちょっと固めに茹で上がったパスタを投入したら蛤だし醤油を加えて炒め、最後にパスタの茹で汁を加えてさらに炒めて、これで完成っと」
96 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/05(水) 21:57:32.34 ID:z2pI01hi0

「モッツァレラのにんにく醤油漬け、落花生のブルーチーズソース和え、干し桜エビの和風パスタの3品です」

自分で作っておいてなんだが、美味そうな香りが空きっ腹に直撃して腹が鳴りそうだ。

私はつまみ食いしたい衝動を抑えて、調理した3品を手際よく食堂のテーブルに並べた。


「うっま! え、なにこれ!? うっま!! アンチョビ姐さん、これムチャ美味ッス!!」

「ペパロニ早えぇ!! 私が最初に食う空気だったろうがよもう!!」 


安斎殿が取り皿を取りに行くわずかな間にペパロニ殿が試食を始めてしまったので、そんなペパロニ殿を横にどかして、安斎殿は恐る恐る3品を小皿に取った。
続いてカルパッチョ殿、その後に隊員の方々が続々と試食をしていった。


「確かに美味い! この和風パスタ、さっぱり感があるのに、ハマグリの出汁の旨味とニンニクのガッツリ感がなんとも食欲をそそるぞ!!」

「ドゥーチェ! このモッツァレラのニンニク醤油漬け、大人の白ブドウジュースの肴にピッタリです!!」

「落花生にブルーチーズの組み合わせ……! こっちは大人の赤ブドウジュースにバッチリだ……!!」


皆さんに喜んでいただけたようで何よりだ。 私はホッと胸を撫でおろした。


福田(なんでアンツィオの皆さんは、未成年なのに大人のブドウジュースの味を知っているんでありますかねぇ……)

97 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/05(水) 22:03:26.08 ID:z2pI01hi0

「……知波単隊長! いや、西さんと呼ばせてくれ!
 ど、どうしてこんなメニューが思いついたんだ!?」モグモグ


安斎殿が和風パスタを頬張りながら、私に問いかけた。

私が作った料理を美味そうに食べてくれる安斎殿。 嬉しいな。

私は安斎殿に微笑みを返して、若干の補足説明を入れた。

安斎殿は頬を上気させていた。


「これらの料理を提案したのは、まぁ美味いってだけではなくて、それなりにちゃんと理由があります。
 一つ目は調理が簡単なこと。 調理場所が出店なので手間は掛けられませんし、手のかかる料理はコストが増えますからね。
 二つ目は個性的なこと。 イタリア色の強いアンツィオ高校においてパスタとチーズは馴染みの食材でしょうが、和風な味付けは珍しいかと。
 最後は酒の肴に合うこと。 酒があるなら酒の肴になる商品は回転率が良いでしょう」


「それに、」と言葉を続けかけたところで、安斎殿を見たら顔が赤い。

そうか。 そんなに私の作った料理に興奮してくれたのか。 嬉しい。

私はさらに微笑みを返して安斎殿に近づいた。


だから気が付いた。 安斎殿の左右に分けた髪の束に何か付いている。 ゴミかな?

私は安斎殿の真横に立つと、安斎殿の右の髪の束を大事にすくい取った。

髪のすき間からのぞいた可愛らしい耳は真っ赤だったので、安斎殿の緊張を和らげるようにハッキリと想いを告げた。


「私は貴方の心を救いたい。 そう思っていたら、自然と考えつきました」


目をこれでもかというほどに見開く安斎殿。

と同時に、私は安西殿の髪に付いていた何かを取る。


「ひゃわっ! ななななな!? なっ、なに!?」

「じっとしていてください」


アンチョビ(え!? え!? このシチュエーション……まさか……キス……!?)


あわあわしていたと思ったら、急に目をギュッとつぶった安斎殿。

私は無視して、安斎殿に優しく語りかけた。


「干し桜エビ、髪に付いてましたよ」ヒョイパク


アンチョビ(!!!!!)トゥンク…



福田(はい堕ちた……胃袋を掴んでからのさりげないボディタッチ……と見せかけての寸止め! いつもの勝ちパターンに入ったであります……!)
98 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/05(水) 22:05:38.04 ID:z2pI01hi0

で、話は現在の学園艦祭当日に戻る。


「パスタ2人分、それとブルーチーズのやつも2人分ください!」

「こっちはパスタ3人前、あとモッツァレラのニンニク醤油漬けも3人前! 大人の赤ブドウジュースはグラスで4人前ね!」

「すいませーん、パスタの出前ってやってもらえますかー? 実行委員テントに20人分なんですけどー」


安斎殿の言った通り、みるみるうちに中庭にもお客が増え始め、各店の前に行列が出来た。

戦車道隊のこの出店の前にも長蛇の列が出来ている……っていうか、開始1時間でこんなにお客が来たのか。

目の前の作業が忙しすぎてちゃんと見てないが、この中庭でお客の列はウチが一番長そうだ。


「ブルー落花、10人前、あがったよ!」

「40秒後にパスタ茹で上がるよ! そっちは!?」

「いま干し桜エビを入れました! 30秒後に準備完了です!」

「パスタ2人前とモッツァのにんにく醤油漬け1人前、合わせて1000リラになるであります! ありがとうございました!」

99 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/05(水) 22:09:28.35 ID:z2pI01hi0

パスタ班の面々は、各員とも獅子奮迅のフル回転状態だ。

私は今回の言い出しっぺでもあるので、3品の調理工程の中で最も気を使う、茹で上がったパスタを蛤だし醤油で炒める作業に志願した。

フライパンを4つ同時に面倒見ながら、パスタ茹で担当の安斎殿と連携を図り、適宜、盛り付け担当の方に進捗をお伝えする。

安斎殿は安斎殿で、パスタを茹でながらブルーチーズソースを下拵えし、同時に会計担当の一人である福田の補助もしていた。

最初こそ部外者の我々がいたので連携につまづくことがあったが、程なくそれも解消され、今や一つの生物のような滑らかな連携作業が実現していた。

お客さんを集めて、出迎えて、料理を作って、提供して、お金を貰って、お礼を言って、またお客さんを出迎える。

一連の流れが寸分の狂いも無く噛みあう、まるで生物の代謝のごとき連携作業だ。


それもこれも、アンツィオ高校の戦車道隊の皆さんが日頃から炊事、食事に力を入れていたのが大きいのだろう。

想定外の事態ではあるが、こうして間近でその力を拝見できたのは僥倖だな。

それに……特に安斎殿の手際の良さは、お見事としか言いようがない。

私は横目で安斎殿の鮮やかな手際を見ながら、この方がアンツィオ高校にスカウトされて戦車道隊を立て直した、というその実力を、あらためて実感することになった。


「さすがですね、安斎殿! パスタ8人前、出まーす!」

「なにが!? 15秒後にパスタ茹で上がるよ! そちらのお客様ー! こちらでもお会計どうぞー!」


私と安斎殿は、お互い別々の方向を向き、別々の作業をしながらも、阿吽の呼吸で意思疎通し、全体の作業が履帯のように強く太く回るよう、さらに動きを加速させた。


アンチョビ(西さんの朴訥とした人柄に似合わぬあの仕事ぶり……そのギャップが甘く胸に疼くのはなぜだ!?)カァァァ

隊員の皆さん(ドゥーチェと知波単隊長……なんだあの神がかった動き……すげぇな……)ゴクリ

福田(もはやお二人がこの出店を回しているであります……)ゴクリ

100 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/05(水) 22:12:13.14 ID:z2pI01hi0

出店に並んでくれたお客を、片っ端からやっつけていく。

いいぞ、このままならばそれなりの売り上げがあるだろう。 私も提案者として面目躍如できそうだ。

身体の動きはさらに機敏に、しかし内心では安堵し始めていた私だったが、学園艦祭の開始4時間後、一人のパスタ班の隊員の声がその安堵の心を断ち切った。


「ドゥーチェ! 大変です! このままいくとパスタが足りません!!」

「なんだと!?」


見れば、バックヤードに積んでいた段ボールが残り2箱しかなかった。

段ボールには乾麺状態のパスタ麺が入っている。 あ、今残り1箱になった。


「元々、私達の常備用と備蓄用の量しかなかったですし、まさかこんなにお客さんが来るとは思ってませんでしたから……」

「確かにこの客数は、私がアンツィオにいた3年間の中で最大だ。 ひょっとしたらアンツィオの戦車道チーム史上、最高かもしれん……!」

「どうしましょう!?」

「むぐぐ……!! どこかへ買いに出るか、早々にSOLD OUTとするか……!?」


私は手を止めず、顔だけ安斎殿の方へ向けて問いかけた。


「この客数に恵まれた状態で売り切れとするのは、ちょっと勿体ない気がしますね。
 足りない分を買いに出るのは難しいのですか?」

「大量のパスタを買うとなると艦内のスーパーじゃ間に合わない。
 学園艦の外へ出て、行きつけの業務用食品店へ行けばなんとかなると思うが……」

「なるほど。 大量のパスタを買って運ぶにはCV33で行く必要があり、この人出では豆戦車と言えども動かせない、と」

「ああ、学校外も出店が並んでいるからな。
 それにこの時間では、まだ昇降リフトの昇り列が大渋滞を起こしているはずだ。
 仮にCV33で艦外へ出られても、艦内へ戻るのは厳しいだろう」

101 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/05(水) 22:13:45.93 ID:z2pI01hi0

私はしばし考える。


「あとどのくらいのパスタ麺があればいいのですか?」

「いちばん忙しいお昼時は乗り切った。
 ピークは過ぎたし、あと学園艦祭は3時間程度だから……もう2箱もあれば十分だと思う」

「段ボールで2箱……」


うん、いけるな。


「福田!」

「はっ!!」


会計作業をしていた福田だったが、先ほどまでに比べればお客の列が短くなり、若干の余裕が出来たようだ。
福田は別の隊員に作業を代わってもらって、私のそばへ来た。


「私が担当していた作業をお前に任せる。 出来るな?」

「もちろんであります!」


隊員の皆さん(あれできるんだ!?)

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