【ガルパン】西絹代の無邪気な魅力 と 邪気な人々

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115 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/07/05(水) 22:49:22.23 ID:jpzX+YBKO
おつんこー
116 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/06(木) 01:19:02.57 ID:w5daDsRyo
乙!!
チョビ子のチーズ(意味深)…

黒森峰編あって欲しい。
117 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/06(木) 21:24:49.21 ID:tmx531ry0
おつおつ
ドゥーチェは乙女脳だからね、仕方ないね……
パッチョが陥ちなかったのはたかちゃん結界か

黒森峰編はイケメンが二人に増えて隊員勢惑乱ルートか、それとも姉住殿が珍しく乙女面見せて隊員勢混乱ルートか
118 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/06(木) 22:54:53.22 ID:P5hB8DzVO
しほさん陥落ルートだろうな
119 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/08(土) 20:29:45.76 ID:QG3iUQlJO
ここまで一気に読んだ
面白い!続きも期待だ
120 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/08(土) 20:48:31.72 ID:m/QFnT1o0

※ 再会しますです。

121 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/08(土) 20:49:30.02 ID:m/QFnT1o0

夕方、清水港を発った我々は、そのまま東進して箱根の山道を越え、小田原市に入った。

そして沿道のカマボコ屋で聖グロリアーナへのお土産を購入し、西湘バイパスに乗って湘南海岸をさらに東へ進んだ。

横須賀市へ着いた夜8時頃には、ポツポツと雨が降り出した。


「降ってきたでありますね」

「そうだな。 幸い今日の宿はもうすぐだ。 濡れてしまう前に辿り着こう」


横須賀市の中心街にほど近い、とある駅前のホテル。

外見は立派なホテルだが、ほぼビジネスホテル並みの宿泊プランがあったため、果たして今日の宿となった。

金が無いなら、このまま聖グロの学園艦に乗り込んで寝床を確保してもらおうとも思ったが、今から洋上にいる聖グロの学園艦に行こうと思ったら、到着は深夜になってしまう。

かといって、清水港の出発時間を早めることも出来なかったし、それに横須賀市には一度来てみたいと思っていたので、前もってこのホテルを予約していたのだ。
122 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/08(土) 20:50:38.87 ID:m/QFnT1o0

神奈川県 横須賀市。

三浦半島の半分を占める政令指定都市だ。

かつては軍港として栄え、現在も海上自衛隊や米軍の第七艦隊の母港がある街として知られている。

また、一部の人間のあいだ……我々のような者にとっては、自衛隊の防衛大学校が置かれていることでも有名だ。

戦車道は軍事ではないが、その起源は約70年前の世界大戦にあるからして軍事とは切っても切れず、戦車道を嗜む女子高校生の中には、その後の進路として防衛大学校を選択する者も多い。

それゆえ横須賀市というのは、私にとっても、なんとなく目を引く土地であった。


特に知波単の学園艦は、東京湾の出入り口、浦賀水道からちょっと外れたあたりが投錨の定位置の一つになっている。

艦上から見た三浦半島、その対面にある房総半島は実に見慣れた光景であり、つまり三浦半島にある横須賀市の街並みも、海からの眺めであれば良く知っていた。

良く知ってはいるのだが、降り立ったことは無い。

だから、この機会に横須賀市を見てみようと思ったのだ。

ちょうど上手い具合に、横須賀市内にある久里浜港から聖グロの学園艦に向けてフェリーが出航している。

特段、市内に戦車道と所縁の深い物があるわけではないので、ゆっくり観光したりはしないが、明日、久里浜港へ向かう前に軍港部をさらっと歩いてみようと思う。
123 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/08(土) 20:51:41.73 ID:m/QFnT1o0

翌朝。 雨は降っていなかったが、ぐずついた空模様だった。

朝食を済ませた私と福田は、ウラヌスをホテルの駐車場に置いたまま、横須賀駅の方へと歩いていた。

横須賀駅の裏手には海上自衛隊の横須賀地方総監部の施設群があり、そこから市内中心街方向へ臨海公園が整備されていた。

“ う゛ぇるにー公園 ”というらしい。 散策路としてはうってつけと、観光パンフレットにあった。

ほどなくして公園に入った我々は、停泊している灰色の艦船に気が付いた。 あれは……護衛艦だ。

良く見れば、潜水艦も停泊していた。 真っ黒だ。 潜水艦の上半分を海上から出して浮かんでいる。

あの海上に見えている部分のどこかに、戦車でいうところのキューポラがあるんだろうが、潜水艦なんか初めて見るので、それがどこにあるのか見分けは付かなかった。


「こうしてみると学園艦の方が圧倒的に大きいが、それでも学園艦とは違った威圧感を感じるな」

「護衛艦も潜水艦も、現役の兵器でありますからね。 我々の戦車もかつては兵器だったのでしょうが、今はただの試合道具でありますから」

「……ただの試合道具、か」

124 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/08(土) 20:52:08.57 ID:m/QFnT1o0

どんよりとした空と海。

眼前には、灰色の護衛艦と黒一色の潜水艦が複数隻。 それらが鎮座するかのごとく停泊している。


「そういえば、あの日もこんな……雲が重く垂れ込めた日だったな」


不意に甦る思い出があった。

物言わぬその巨大な兵器達を眺めながら、心はその思い出に吸い込まれていった。

125 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/08(土) 20:52:58.66 ID:m/QFnT1o0

聖グロリアーナの学園艦、というと、私にとっては真っ先に一人の女生徒が思い浮かぶ。



そうだ。 あれも今と同じ9月下旬で、今日と同じようにぐずついた空模様だった。

1年前、私は当時の知波単学園 戦車道隊の隊長だった辻先輩に連れられて、生まれて初めて聖グロの学園艦に足を運んだのだ。

訪問理由も今回と同じ。 練習試合の申し込みだった。


知波単と聖グロは、寄港地も学園艦の投錨位置もお隣さんと呼べるほどに近いため、昔から交流が盛んであった。

ゆえに戦車道隊の練習試合もそれなりに多く行われてきたのだが、全国大会の長い試合日程が終わって一息ついた今の時期は、両校とも試合を組まないのが常であった。


しかし、昨年はそれでもこの時期に練習試合を組もうとした。

理由は……そう。

昨年の全国大会、決勝戦にあった。
126 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/08(土) 20:53:48.39 ID:m/QFnT1o0

当時の私は、福田と同じように1学年で車長を任され、全国大会にも出場していた。 無様な働きしか出来なかったことを今でも悔しく思っている。

戦車道隊としても試合に負けて1回戦敗退。 我々にとっての全国大会はそこで終わった……のだが、その後の決勝戦の内容はよく覚えいていた。

現代の戦車道は擦り傷や軽い脳震盪くらいならつきものであるのに、この試合では人命が危険に晒されたからだ。


黒森峰女学園が10連覇を逃した、昨年の全国大会決勝戦。

黒森峰女学園の敗因は、ある車両がトラブルに見舞われ、増水した河に落下したせいだった。

当時の黒森峰の副隊長であり、現 大洗女子学園の隊長である西住みほ殿の救助活動により、落下した乗員は全員無事だった。

しかし、だからといってすべてが水に流せるようなことにはならなかった。
127 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/08(土) 20:54:28.72 ID:m/QFnT1o0

戦車道関係者にとって禍根を残すことになった点は3つ。

一つ目は、西住みほ殿の行動は車外行動であり、それが規則上認められているとはいえ、非常に危険な行動であったこと。

二つ目は、このトラブル時に黒森峰のフラッグ車が撃破されたが、本来ならばその前に審判によって、試合中断の指示が下される場面だったこと。

最後の三つ目は、いくら特殊カーボンがあってもこのようなトラブルには対処できないということ。


いずれも、似たような問題点は前々から取り沙汰されていた。

だから日本高校戦車道連盟は、選手の車外行動にあたって、さらに厳しい条件を盛り込むことにした。

戦車に浸水検知機能を付けて、落水トラブルが起きた瞬間に、審判団が即座に試合中断できるようにもした。

これらの対応策は、比較的直ぐに取られることになった……が、三つ目の禍根だけは技術的にどうにもならなかった。

「渡河を認めないルールを作る」という案も出たが、それだと強豪校に有利と言われる現ルールにおいて、さらにその偏重傾向が強くなってしまうし、
そもそもとして今回のケースは渡河中に起きた訳ではなく、不慮の事故で河に転落したので、このルール設置案は解決策とはならなかった。


そうこうしているうちに、世間からは

「兵器を用いた武道を武道と呼べるのか」
「安全性が完璧に確保できるまで試合をするべきじゃない」

という声が出てきて、全国的に試合自粛の流れが出来てしまった。
128 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/08(土) 20:55:12.30 ID:m/QFnT1o0

これに異を唱えたのが、知波単学園の先代隊長だった辻先輩だ。

当時の辻先輩はこう言っていた。

「柔道や剣道にだって事故はある。 弓道の弓だって元は兵器だったはずだ」
「大事なのはルールでも道具でもなく、礼を欠かさない心だ。 勝利を求めつつも相手を思いやる心だ」
「礼に始まり礼に終わる戦車道は、そういう心を育てる道だ 」

そして、 こうとも。

「それなのに試合自粛の流れが止まらない。 これでは西住みほって娘の心が救われない」
「世間がどう思おうと、あの娘が行動したから一人の死者も出ず、今日も平穏無事に戦車道が続けられるんだということを、我々だけでも示さなければならない」


それで、練習試合を組むことになった。

その打診相手はお隣さんで、それなりに気心の知れた聖グロリアーナ女学院。

幸運だったのは、その聖グロリアーナ女学院の先代隊長、アールグレイ殿が、話の分かるお人であったということだ。

辻先輩の目的を理解し、練習試合は実施された。 多くの人の目に留まる形で。

このことについて、一部雑誌などで辛辣に叩かれたりしたが、聖グロのOG会と、微力ながら知波単のOG会が協力してくれたこともあって、世間では概ね好意的に取り扱われた。

そして、私達の練習試合が功を奏したのか、次第に日本のあちこちで自粛の空気は薄らいでいった。
129 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/08(土) 20:56:03.56 ID:m/QFnT1o0

……話を戻そう。

そんなわけで、1年前のちょうど今頃、私は聖グロリアーナ女学院の学園艦に来たのだ。

その時の面子は、当時3学年だった辻先輩、あとは1学年だった玉田、細見、私の、計4人。

知波単の学園艦から、直接連絡船で聖グロの学園艦に乗り込んだ私達は、そのまま聖グロの校舎に向かった。


校門に着いたところで、ちょうど良くアールグレイ殿が現れて、
「あなた達が乗艦したことを情報科が連絡くれたから、こうして待ち構えていたのよ」と言った。

辻先輩はアールグレイ殿と友人だったらしく、親しげに挨拶を交わして私達のことを紹介してくれた。

アールグレイ殿は優雅な仕草でご自身の紹介をされた後、私達を戦車道の訓練場へ案内してくれた。


訓練場では、チャーチル歩兵戦車、マチルダU歩兵戦車らが、見事に息の合った隊列機動を繰り広げていた。

その鮮やかな戦車隊の動きに、私と玉田と細見の1学年3人組は、紅茶を薦められるのもそっちのけで見入ってしまった。

隊列指揮を執っていたのは、後ろで辻先輩と談笑しているアールグレイ殿ではなかった。

それは、当時2学年の一人の女生徒。

アールグレイ殿の横には無線機が置かれ、その無線機から女生徒の力のこもった声が流れていた。


「今はまだ野薔薇のように奔放な子なのだけれど、聖グロにとってその奔放さが必要になる日がくる。だからあの子に託したのよ」


アールグレイ殿は、紅茶の湯呑を無線機の前に置いて、そんなことを言った。

当時の私は「戦車道に奔放さが必要って、戦車道ははじめから奔放だろう?」と頭を傾げたもんだが、声には出さなかった。、


今になって思えば、あの女生徒の声がダージリン殿だったのだろう。

私はそれに気付かず、機敏で精緻な戦車隊列の動きに目が奪われるばかりだった。
130 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/08(土) 20:56:59.69 ID:m/QFnT1o0

辻先輩とアールグレイ殿は、練習試合の内容を詰めるため、場所を紅茶の園に移すと言った。

本来ならばそう易々と部外者が入れる所ではないらしいが、辻先輩の崇高な目的を聞いていたアールグレイ殿は、敬意を表して我々一行を紅茶の園へ案内すると言ってくれた。

席を立つ辻先輩とアールグレイ殿。 続いて、知波単の1学年3人組。

しかし私は、目の前で繰り広げられている戦車の見事な動きをどうしても見ていたくて、後ほど合流させてほしいと願い出たのだ。

私はアールグレイ殿から紅茶の園の位置をお聞きして、一人でそこに残ることになった。
131 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/08(土) 20:58:04.60 ID:m/QFnT1o0

30分後。

隊列機動の訓練は終了したようで、訓練場から戦車隊がはけていった。


「隊長となる者は、ああいう指揮力、統率力に優れた者でなければ務まらないのだろうな。 まぁ私には関係ないか。ははは」

そんなことを思いながら物見台を降り、私は紅茶の園へ向けて歩き出した。


そして、見事に迷った。


教えられたとおりに歩いてきたはずだったのだが、気が付いたら戦車整備工場の鉄扉の前にいた。

おかしい。 どこかで道を間違えたのだろうか?


道沿いを真っ直ぐススメと言われたから進んだし(← 道に関係なく直進した)

校舎に着いたらグランドを迂回して艦橋を目指せって言われたから目指したし(← グランドじゃなくて戦車道の訓練場を迂回した)

あとは看板があるからそれ見てススメと言われたから進んだのになあ(← 「この先、戦車整備工場」という看板)

132 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/08(土) 20:59:07.96 ID:m/QFnT1o0

私が鉄扉の前で「あれぇ?」と首を傾げていると、鉄扉の向こうから話し声が聞こえてきた。

盗み聞きは良くない。 しかも私は部外者だ。

だから早々に鉄扉の前から立ち去ろうとした……のだが。


聞こえてくる話し声が急に大きくなった。 怒声のようだった。 しかも大人の声。

聖グロリアーナ女学院、それもその戦車道隊といえば、100人に聞いたら100人ともが「いついかなる時も優雅」と答えるほどに、気品に満ち溢れた存在である。

そこの戦車道隊にとって我が家とも言うべき戦車整備工場から、怒鳴り声が聞こえている。

まったくもって穏やかじゃない空気が、鉄扉の隙間から漏れ出ていた。

だから私は思わず覗いてしまった。


整備工場の中、作業台のすぐそばに一人の妙齢の女性と、聖グロのパンツァージャケットを着た女生徒。

その妙齢の女性が、女生徒に対して声を荒げているようだった。
133 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/08(土) 21:00:10.12 ID:m/QFnT1o0

「……マチルダ会のOGとして認められないと言っています! クロムウェル巡航戦車を復帰させるなんて!」

「…………」

「さらにコメットの導入までしたい!? 馬鹿馬鹿しい!! 笑わせないでちょうだい!!」

「…………」ギリッ


妙齢の女性が、一方的に女生徒を責めている図式だった。


「由緒ある聖グロリアーナ女学院の戦車道には、マチルダUとそこそこのチャーチル、オマケ程度にクルセイダーがいれば充分です。
 その構成こそ最も気品に満ち溢れた隊列が組めると、聖グロリアーナ女学院の戦史が証明しています!」

「………ですが」

「そこに異物を加えるのはまったくもって優雅ではないわ。 貴女がそんなでは、来年不安しかないわね」


妙齢の女性が吐き捨てた。
134 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/08(土) 21:01:14.17 ID:m/QFnT1o0

しばらく言われるままの女生徒だったが、さすがに腹に据えかねたのか、静かに、しかし相手を睨み返すようにして言った。


「………マチルダU、チャーチル、クルセイダーが、聖グロリアーナの戦車道を高い次元で支えてきたことは、重々承知しています」

「そのとおりです。 だからその構成を変える必要はありません」

「しかし、その高い次元というのは全国大会 準決勝止まりのことです。
 固定化した戦車構成では、採れる戦術も固定化しやすく、集中できる火力の上限も敵に見透かされてしまいます。
 だから先輩方も、準決勝止まりなのではありませんか?」

「……!」グッ

「歴史も由緒も大事ですわ。 長い時間をかけて選抜されて、それでも残ってきた、ということですもの。
 いろいろ試してきて、結果的に聖グロリアーナにとって最も効果的だった戦車が、マチルダU、チャーチル、クルセイダーの3種だったと」

「そっ、そうよ! そのとおりよ!!」

「だから戦車についてはそうなのでしょう………しかし、戦車に乗る隊員達は時代とともに変化しています。 当然、用いる戦術もですわ」

「……それがなに?」

「戦車の構成が固定化されていれば、採れる戦術幅は限られてしまいますわ」

「…………!!」ギリッ


妙齢の女性は、今にも奥歯から音が聞こえてきそうだった。
135 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/08(土) 21:02:21.95 ID:m/QFnT1o0

「世界の戦史は今この瞬間にも更新されております。 そして作戦指揮を執る戦車道の隊員は、その最新の戦史まで取り込んで作戦に活かそうとする」
 日進月歩の戦術を繰り広げてくる相手に対して、聖グロリアーナは今後、歴史と由緒だけで勝ち進んでいけるのでしょうか?」

「………………!!」プルプル

妙齢の女性は、ついに赤い顔して押し黙ってしまった。

女生徒の言葉が畳みかけるように続いた。
 

「私達は、戦車という“ 試合道具 ”を使って戦車道をしていますが、元は“ 兵器 ”です。 戦争の道具です。
 現代の兵器は、そんな私達の試合道具の延長線上にあるのでしょう? 違いますか?」


鉄扉の隙間を覗きながら、私は女生徒の言葉を聞き入ってしまっていた。

考えたこともなかった。 自分がいつも乗っている戦車が、元は兵器だったなんて。

いや、知識としては当然知っていたが、ただただ楽しく戦車道訓練に明け暮れていたゆえに、実感が無かったのだ。
136 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/08(土) 21:03:12.17 ID:m/QFnT1o0

「だからこそ、現代の戦史が私達の戦車道に活きる部分が出てくる。
 ……そうして生れ出た新しい戦術に、凝り固まった頭で対抗できるでしょうか?」

「こ、凝り固まった頭ですって……!?」プルプル

「こんな言葉をご存知ですか?
 “ もしあなたが、過失を擁護する態度を取るだけならば、進歩の望みはないだろう” 」

「ウィンストン・チャーチル……なによ! 私を馬鹿にする気!?」

「……違いますわ。 私が言いたいのは、先に行われた高校戦車道の全国大会、その決勝戦です。
 そこでフラッグ車を犠牲にしてまで隊員の命を救った方が、これからの戦車道に自由な風を吹かせるかもしれないということ」
137 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/08(土) 21:04:51.43 ID:m/QFnT1o0

私は目を見開いた。

まさにその方の命を張った行動に感化されて、我々はここへ練習試合を申し込みにやって来たのだ。


「彼女の行動は、今までの黒森峰のドクトリンでは考えられないものでした。
 彼女を形作った西住流としても、おそらく間違いだったのでしょう」

「なによ……何が言いたいの!?」

「しかし、彼女の取った行動は、礼を尽くし、相手を思いやる心の体現。 それは戦車道を貴ぶ乙女の在り方として、間違っていなかった」

「……それがなによ!?」プルプル

「彼女はきっと……今の停滞した戦車道に、見たことのない華麗な花を咲かせますわ。
 そして、彼女の行動を間違いとさせないどこかの誰かが、あちらこちらに現れて、今の戦車道の常識とされているものを覆してしまうかもしれません」

「だから、それとクロムウェルと何の関係があるのかって……!」

「ただでさえ日々新しい戦術が生まれゆく中で、彼女が現れた。
 戦車道の歴史が、大きく変わるかもしれない。
 ………聖グロリアーナが時代の転換点から取り残されてしまうわけにはいきませんの」
138 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/08(土) 21:05:59.94 ID:m/QFnT1o0

なるほど。 そのための布石として新しい戦車を組み入れたいというのか、あの聖グロの女生徒は。
 
なんという先見性、なんという大局観だろう!

あの女生徒が誰だかは分からないが、私と同じ高校生とはとても思えない。 自分が矮小に思えてしまう。

……と同時に、彼女への憧れが沸騰する勢いであふれ出てきた。


「たかだか高校生の分際で偉そうに……!!」
 
「ご理解いただけないなら、もう一度ご説明しましょうか?」

「あなた、OGを……それもマチルダ会のOGを、敵に回すというのね……!」

「いえいえ、尊敬すべきお姉様方ですわ」

「このっ…馬鹿にするな!!」


妙齢の女性が手を振り上げた。 あれはいけない。
139 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/08(土) 21:07:38.56 ID:m/QFnT1o0

「すいませーん!」


私は鉄扉を勢いよく押し開いた。 整備工場内に外の空気が流れ込んだ。

二人とも、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていた。
 
数拍して「……誰かしら?」と女生徒が聞いてきたので、私は努めて明るい調子で二人に近づいた。


「いやー! 知波単学園の者なんですが、隊長やアールグレイ殿とはぐれてしまいまして! お恥ずかしい限りです、ははは!」


怪訝な顔をする女生徒。

だが、知波単学園が今日、練習試合を申し込みに来ることをアールグレイ殿から聞いていたのだろう。

女生徒は 「……そう、じゃあ隊長室まで案内するわ」 と言ってくれた。

そして女生徒が妙齢の女性に背を向けて3歩進んだところで、妙齢の女性が激高した。


「勝手に……話を終わらしているんじゃない!!」

140 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/08(土) 21:08:34.49 ID:m/QFnT1o0

きっと“ ひすてりっく ”というのは、こういうことを言うのだろうなあ。

おそらくご本人も意識しての行動ではなかったのだろうが、作業台に置いていた紅茶の湯呑を勢いで投げつけてしまったようだった。

刹那、私は湯呑の軌道を読み、それが女生徒に直撃コースであることを理解すると、湯呑を掴み取……ろうとして、顔面で受けた。

その代わり、なるべく大きな声で痛がることにした。


「あいたーーーー!!」


床に湯呑が落ち、ガシャンと盛大に割れた。

投げつけた方も、標的にされた女生徒の方も、何が起こったのか分からない顔をしていた。
141 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/08(土) 21:10:23.38 ID:m/QFnT1o0

ほら、腹が立った時って、それ以上に周りが喧々囂々(けんけんごうごう)していると、逆に冷静になれたりする。

だから私は、そんな喧々囂々な第3者として騒ぎを起こし、このいがみ合いの雰囲気を壊そうと考えたんだが、


「あ……鼻血」


紅茶の湯呑が当たった場所が悪かった。

額で受けようと思ったら、鼻の根本に当たってしまったようだ。 うーん、私も修行が足りん。

妙齢の女性は顔面蒼白になって 「ちがう……私は違う……! 本当に投げようとしたんじゃ……!」とオロオロするばかり。

うん、結果はどうあれ、この人が戦意喪失してくれれば、これ以上いがみ合いにはならんだろうから目的達成か。


じゃあもう一方の女生徒の方はどうしたかな、と逆側を振り向くと、私の至近距離で固まっていたその女生徒とバッチリ目が合った。

そして、か細い声で「血ぃぃぃ……」と鳴きながら、その場に倒れて込んでしまった。


え? たかだか鼻血でそんな反応?

戦車道履修者なら掠り傷くらいしょっちゅうだから、血ぐらい見慣れているだろうに……と思って手を顔にやったら、手の平が真っ赤になった。

鼻血だけではなくて、額からも血が流れているらしい。

なんだ、ちゃんと額で受けられたじゃないか。 あ、いや、ちがう、そういう場合じゃないな。

この女生徒は、額からも鼻からも血を流している私を見て、きっとこの人の凄惨許容値を超えたしまったのだろう。 で、気を失ったと。

さすがお嬢様学校だなぁ、と感心しながら、とりあえずは手ぬぐいを額に巻いて血止めとし、チリ紙を鼻に詰めた。


そして、いまだオロオロしっぱなしの妙齢の女性に「彼女を保健室へ連れて行きますね」と告げ、ついでに保健室の場所を聞いて、私は彼女を横抱えにして走り出した。
142 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/08(土) 21:11:15.55 ID:m/QFnT1o0

幸運にも、保健室へは迷わずに着くことが出来た。

私はまだちょっと血が止まっていなかったが、すでに応急処置を施していたゆえに、抱きかかえた彼女を私の血で汚すことは避けられた。 よかった。


保健室の扉を叩き、自分の所属と訪問理由を告げるも、返答は返ってこない。

どうも保健室の先生殿は不在のようだった。

しかし鍵は開いていたので、彼女を横抱えにしたまま恐る恐る室内に入る。

そして、彼女をベッドに寝かせると、とりあえずは身体に異常が無いかを確かめた。

大丈夫。 気絶というか、今はただ寝ているだけのようだった。

私はベッドを離れ、自分の手当てを始めた。

といっても、医薬品棚は施錠されていたので、傷口を水で洗い、ついでに血で汚れた手ぬぐいも水でじゃかじゃか洗って、もう一回頭に巻きなおしただけだったが。

ちなみに鼻血はもう止まったので、鼻の孔からチリ紙は抜いてしまった。
143 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/08(土) 21:11:46.85 ID:m/QFnT1o0


ダージリン(……ど……どうしましょう……実はここに運ばれる途中で目が覚めたのだけど……まさかお姫様抱っこされてるとは思わなかったから、ちょっと……そう、ほんのちょっとの興味が湧いて、そのまま身を任せてしまいましたわ…)


144 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/08(土) 21:12:21.85 ID:m/QFnT1o0

自分の手当てが終わり、彼女が寝ているベッドの横に椅子を引いて、私はそこに座り込んだ。

彼女の顔を見やる。

ちょっとうなされたような彼女の表情。

私は彼女の額に掛かった髪を、なるべくやさしく払ってやった。


ダージリン(!!!)ドキドキドキ
145 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/08(土) 21:13:21.83 ID:m/QFnT1o0

彼女の寝顔を見ながら、私は彼女が発した言葉を思い出した。


――――我々の乗っている戦車は“ 試合道具 ” だが、その延長線上には現代の“ 兵器 ”がある。

――――戦車は変わらなくても、乗員は変わる。 当然、用いる戦術も。

――――生れ出た新しい戦術に、凝り固まった頭で対抗できるのか。


いずれも、考えたことすらなかったことだった。

戦車道に用いる戦車は、ただの道具だと思っていた。 いや、思い込もうとしていた。

しかし、そこに詰め込まれた可能性は、無限軌道の勢いをもって今日に至り、国防を担う兵器へと昇華されている。

そして、それら兵器は日々効果的な運用方法が模索され……その中で磨かれた戦術思想は、場合によっては戦車道に活かすことも出来るのだ。
146 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/08(土) 21:14:07.72 ID:m/QFnT1o0

月刊戦車道の技術特集ページで見たことがある。

光学技術の発展によって、ステルス迷彩の戦車が実用化しつつあると。

もちろんそんな戦車はレギュレーションに違反しているので、戦車道では使えない。


しかし、たとえば「周囲の風景に溶け込む戦車」ということだけなら、高校戦車道でも出来るだろう。

草木を戦車に括りつける、なんてありふれたものじゃなくて、例えば……


そう、戦車に市街地の絵を描いた看板を張り付けて、それを市街地内に配備して敵戦車を待ち構えるのだ。

あるいは遊園地のような試合会場だったら、戦車に着ぐるみを着せてしまうのはどうだろう。

それで、周囲の風景に溶け込んだ我々がいるとは知らず、やって来た敵戦車を……ズドン!だ。

欺瞞作戦は昔からある手法だが、そこまで馬鹿な方法を採る戦車道隊は、今までにいなかった。


しかし、果たして本当に馬鹿な方法だろうか?

確かに我が知波単でそんな作戦を提案した日には、「臆したか!!」と怒鳴られた上に、懲罰房に放り込まれるだろう。


でも、仮にそんな常識に捕らわれない戦車道隊が出てきたら?

もしそれで、弱小の戦車道隊が、強豪の戦車道隊を倒すことが出来たなら?
147 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/08(土) 21:15:03.27 ID:m/QFnT1o0

ベッドに眠る彼女は、最後にこうも言っていた。


――――西住みほ殿は、この停滞した戦車道に、見たことのない華やかな花を咲かせるだろう。


私の不出来な頭では、ベッドで眠る彼女の先見性を理解するのにまったくもって役立たずであったが、この最後の言葉だけは、直感で腹にストンと落ちるものがあった。

それが何かは、頭で理解できないし言葉にできない。

それでも無理矢理言葉にするならば……戦車道の心を体現した西住みほ殿なら、いつか、常識を吹き飛ばすような戦車道を見せてくれそうだから、だ。

そしてそれは、きっと、万人が楽しめる、そういう戦車道になるに違いないと思った。
148 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/08(土) 21:16:46.43 ID:m/QFnT1o0

私は思わず、ベッドに眠る彼女の右手を握っていた。

この方は……本当に凄い。

私がいま考えついたことの、遙か先、遙か深いところまでを見通しているのだと思う。

そうして組み上げた未来予測に基づいて、今から布石を用意し、すでに次代の聖グロの戦車道隊へと組み込もうとしている。


真に凄いと思うのは、そうした自分の行動を阻もうとする組織の体制すらも恐れない、突撃精神があることだ。

そして、西住みほ殿の行動を「戦車道を貴ぶ乙女の在り方として間違っていない」と断言した、その御心だ。


知波単魂の顕れとも言うべき、突撃精神。

辻先輩の目的とも合致する、西住みほ殿の心を救うための言動。

これでは、我々の同志ではないか。

さぞかし聖グロリアーナ女学院の中でも名のある方なのだろう。 お名前をうかがえないのが実に残念であった。


ダージリン(手っ……! にぎっ……!! ひゃぁぁぁぁぁぁ………!!)


149 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/08(土) 21:18:04.24 ID:m/QFnT1o0

手を握ったまま、うなされた表情の彼女を見る。

とても同じ高校生とは思えない彼女だったが、ああして大人とやり合うことには恐怖を感じただろう。

そのあたりはやはり高校生なのだ。 大人から怒鳴られれば、そりゃ恐怖を感じるはずだ。


なのに、この方は自身の考えを曲げず、ブレることもなく、ああして一歩も引かなかった。

聖グロの戦車道隊を強くしようと、人一倍の想いを持っていらっしゃればこそ、だと思った。

その高貴な心、私も見習わなければならないし、この先もああして危機に晒されるようなことがあるなら……



「私は……貴女の心を守りたい」ボソッ



そう思った。



ダージリン(!!!!!!!!!!!!!!!!)キュウウウウウウウン

150 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/08(土) 21:18:52.23 ID:m/QFnT1o0

考えに没頭していたからか、結構な時間が経っていた。

いけない。 辻先輩らが捜しているかもしれない。

私はベッドの彼女から手を離し、その場を離れようと立ち上がった。

そして背中を向けたところで、彼女が嗚咽を漏らし始めたことに気付いた。


「……ひっ……ひっくっ……ひうっ………」

「……ど、どうしました?」


彼女を起こしてしまった。 しかも泣いている。

どうやら最後に盛大なヘマをやらかしたようだ。

151 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/08(土) 21:19:50.11 ID:m/QFnT1o0

「……ひっく……今まで……私が聖グロリアーナ女学院を引っ張っていかなくちゃって……ずっとそう思ってて……
 周りの皆さんも……期待ばかりを寄せてきて……ひっく……」

「は、はあ」

「ずっと……ずっと、頑張らなくちゃ、って思ってきたから……ひっ……ひっく……
 OGの方と言い争いになっても……退きませんでしたけど……やっぱり怖くて……ひうっ……」

「…………」

「……でも貴方は……私の心を守りたいって……ひぐぅぅぅ……うぇぇぇぇん……」

152 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/08(土) 21:21:02.23 ID:m/QFnT1o0

なにやら思いの丈を吐露してくれた彼女。

目を覚まして喋れるようになってくれたのは良かったと思うのだが、
なにぶん嗚咽を堪えながらの会話だったので、えーっと……よくわからん……。


だから、よくわからないので、とりあえず頭を撫でた。



ダージリン(!!!!)トゥンク……

153 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/08(土) 21:22:09.30 ID:m/QFnT1o0

「あー……なんといいましょうか」ナデナデ

「はい……」ポー


「この西絹代、貴女のように心から尊敬できる方のためならば、どこにでも馳せ参じて、貴女の矛として敵を打ち倒し、または盾として貴女を守りましょうぞ」




ダージリン(プっ……プププっ……プロポーズきましたわぁぁぁぁぁぁ!!???)




「じゃあ私はこれで」

「待ってらして!!!」


なんだか盛大に呼び止められた。
154 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/08(土) 21:23:22.86 ID:m/QFnT1o0

そこからがちょっと大変だった。

辻先輩らが待っているから戻らなければならない、というのに、彼女は「待て」だの「なぜ帰るのだ」だのと私を呼び止め続けた。

いや、そりゃ帰りますよ。 だって知波単学園の生徒ですもの。

今頃、辻先輩は練習試合の詳細を詰め終えて、帰り支度をしているはずだ。 玉田も細見もだ。

その中で、私一人だけ隊列行動を乱すわけにはいかない。


なので、きっとこの先も聖グロとは練習試合を組むこともあるだろうと思って、こんなことを言った。


「ま、また聖グロの学園艦に来ますから」(← いつか練習試合を申し込みにいくつもりで)

「本当ですのね!? 」(← 私に会いにくるためだと思っている)

「もちろんです。 いわば我々はお隣さんですし、それに同志ならば、もはやそれは家族と同じこと」(← チームは家族、と言いたかった)

「家族ぐるみのお付き合い……」(← あ、もうこれ婚約だと思った)

155 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/08(土) 21:25:04.34 ID:m/QFnT1o0

そんなこんなで、ようやく解放してもえたのだが、最後に“ すまほ ”の電話番号を書いた紙を握らされた。


「わっ……私のスマホの番号を教えて差し上げますわ、西さん。
 次にこちらにいらっしゃるときは、必ず連絡してくださいな」

「はい。(ん? なんでだろう?)」

「きっと卒業後になるでしょうが……しっ……式の段取りとかっ……決めなきゃいけませんしっ」

「はい、了解しました。(指揮の段取り?……ああ、次の練習試合の日程か。卒業後ってことは、辻先輩が卒業した来年4月以降ってことか?)」

「いいですこと!? 必ず! 必ず連絡してくださいませね! ……わたくし待っていますからね」ゴニョゴニョ

「了解しました!」
156 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/08(土) 21:27:36.20 ID:m/QFnT1o0

「………ってことがあってだな」


場所は、まだヴェルニー公園だった。

護衛艦と潜水艦は、重苦しい空と海に挟まれながら、何も変わらぬ表情でそこに鎮座していた。


「今になって思えば……練習試合後に一部雑誌から叩かれたとき、聖グロのOGとウチのOGがアレコレ支援してくれたっていう件だ。
 ひょっとしたらあのマチルダ会のOGとやらが、現役の知波単隊員に手を挙げちゃったのが怖くなって、先んじてウチのOGと手を組んで支援行動に走ったのかもしれないな」

「うーん、西隊長殿が怪我されたと聞くと、結果良ければ……とは素直に頷けないのであります」


まあでも、額は表皮を浅く切っただけだったし、鼻血はすぐに止まったので、それで辻先輩の目的が達成できたと考えれば安いものだと思った。


「で、ベッドの彼女とはどうなったのでありますか?」

「ああ、練習試合を組む権限は隊長にあったし、当時の私は露ほども自分が隊長になるなんて思ってなかったからな。
 とりあえずは当時の隊長だった辻先輩に、彼女の番号をお伝えして、それで任務完了! 私から連絡する必要はないな! と思ったのだ。
 いやぁ、番号を受け取った時にちゃんと名前を聞いていれば、それがダージリン殿だったってことに後で気付けたんだろうがなぁ」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁ………であります……」

「だから今回、聖グロに練習試合を申し込むついでに、あの時教えてもらった番号に掛けたら、ダージリン殿が出ただろう?
 心底ビックリしたよ。 あの時の彼女が、まさかダージリン殿だったなんてなぁ」

「私は西隊長殿にビックリでありますよ……」
157 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/08(土) 21:28:47.12 ID:m/QFnT1o0

図らずも思い出話に花を咲かせてしまったら、結構な良い時間になってしまった。

うん、いまから久里浜港に向かえば、ちょうど約束した時間に、聖グロの学園艦へ着けるだろう。

我々はホテルへ戻ると、身支度を整え、ウラヌスを発進させた。

そして久里浜港で、聖グロリアーナ女学院行きの東京湾フェリーに乗ると、約束の時刻の5分前に聖グロ校舎の敷地内にある駐車場へ辿り着いた。

158 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/08(土) 21:30:47.95 ID:m/QFnT1o0

およそ1年ぶりに見る聖グロの校舎。 いやぁ、懐かしい。

そしてちょうど良く、アッサム殿が現れた。

去年のアールグレイ殿といい、今年のアッサム殿といい、実に良いタイミングで落ち合えるものだな。 どこかで見張っていたのだろうか?


私は福田の背嚢から、小田原土産のカマボコを取り出すと、

「ご無沙汰しております、アッサム殿! この度は練習試合を受けてくださり、誠にありがとうございます!」

そう言って、福田ともども頭を下げて、アッサム殿に土産を手渡した。


「ありがとうございます。 ダージリンは紅茶の園で待っていますので、これからご案内いたしますわ」


そう言ってアッサム殿は、私と福田を連れて歩き出した。

これから紅茶の園までご案内いただけるという。 あの、昨年私が辿り着けなかった紅茶の園に。


ふと、途中の廊下で外をのぞいたら、いよいよ雨が降すところだった。

そんな重苦しい天気でも、私の心は高鳴っていた。


あの噂に伝え聞いていた紅茶の園に、これから入れるのだという高翌揚感。

そして、大学選抜戦以来となるダージリン殿との再会だ。

私は胸をドキドキさせながら、その秘密の園に足を踏み入れた…………のだが。

159 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/08(土) 21:31:15.84 ID:m/QFnT1o0

そこには、ダージリン殿はいらっしゃらなかった。


その代わり、円卓の上には1枚の置手紙。


そして、その置手紙の前に




―――――――西住まほ殿がいらっしゃった。



160 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/08(土) 21:33:26.56 ID:m/QFnT1o0

※ 今回はここまで。 また書き溜めてきます。

 あと1回で終わりたい…!

 あとオチが決まってないんだけどどうしようという、この行き当たりばったり感がたまらねえ(現在右手に発泡酒

161 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/08(土) 22:01:10.92 ID:mTp6PZZoo


無論左手には干し芋を
162 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/08(土) 23:03:45.91 ID:ztrD2bavo

横須賀は政令指定都市じゃなかったような?
163 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/08(土) 23:05:43.64 ID:BFNbu4acO
今回も面白かった乙乙
164 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/08(土) 23:20:40.23 ID:m/QFnT1o0
>162
うひゃあ、そのとおりでした。
政令指定都市 → 中核市 の間違えだ…
165 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/07/08(土) 23:37:18.05 ID:CQR3Z/V20
いい。
166 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/08(土) 23:41:00.39 ID:RJrJO7NV0
乙乙
辻隊長はキャラが定まってない上元ネタの悪評のせいで登場するとだいたい貧乏くじの傾向があるような気がする
今作はチョイ役ながら良い役どころをもらえてるな
167 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/14(金) 15:44:17.59 ID:OzOwpbkNo
乙。

>>166
後知波単と黒森峰の試合が、うん。「山の上に陣取る黒森峰の布陣に一本道の山道正面から突っ込んでシューティングゲームされた」
で大体カタついてさらに「戦車の質的に勝ち目はほぼ無かったけどもうちょいマシな戦法あったろ(意訳」って解説から酷評されてるから……ww
168 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 00:49:57.68 ID:NMg4Acl70

※ みんな、ありがとう。

 たぶん明日…もう今日か、今日中には最後の投稿が出来ると思います。

 待っててくれる人がいたら嬉しい。

169 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/17(月) 07:08:23.34 ID:gJv8dYuSO
待ってる!
170 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/17(月) 09:13:17.79 ID:fa+EEmsLo
なんか最後の戦いに向かう人の言い残した言葉みたいでかっこいいぞ、その宣言
171 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 16:36:48.65 ID:NMg4Acl70

※ お待たせしました。

 最後の投稿を開始します。

 かなり文量が多くなっちゃって、ほぼここまでと同じ量くらいあるので、気長に付き合っていただけたら嬉しいです。

172 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 16:38:34.12 ID:NMg4Acl70

「西住……まほ……殿?」

「ずいぶんと早かったな。 横浜港から連絡船で来ると聞いていたから、あと1時間はかかると思っていたんだが」

「あ、いや、久里浜港から来たから……って、ええ?」


西住殿……と呼ぶと、大洗の西住みほ殿と混同してしまいそうなので、馴れ馴れしいとは思うが、以後「まほ殿」と呼ぶことにする。

そのまほ殿が、なぜか紅茶の園にいらっしゃった。

え? なんで? あれ? まほ殿って聖グロの人だったっけ? 黒森峰? あれ?

まほ殿の醸し出す雰囲気が、この非現実的な紅茶の園の空間に妙にマッチしていて、まほ殿が紅茶の園の主人だと言われても不思議じゃないと思ってしまった。
173 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 16:40:57.17 ID:NMg4Acl70

「えーと、当初は横浜港からここへ来るつもりだったんですが、わざわざそこまで行かなくても、久里浜港から聖グロの学園艦へ行けることを道中で思い出しまして。
 それで、福田の“ すまほ ”で簡単に宿の取り直しができたので、昨晩はそれで横須賀市内に泊まって、そしてここへ来ました」

ついでに、私が横須賀市に降り立ってみたかった、という理由もあった。

「そうか」

まほ殿は、簡単に返事をし……その後に言葉が続くのかと思ったら、続かなかった。


なんだろう。 まほ殿はさも当然のようにこの場所にいらっしゃるので、私が場違いな気がしてきた。

しょうがないので、素直に聞くことにする。


「ま……まほ殿は、なぜここに?」

「……ダージリンから聞いていないのか? 今日の打ち合わせに、私も来てほしいと言われたんだが」

「え?」


初耳だった。 ダージリン殿からは、今日はまほ殿も交えて話し合うなんて聞いていない。

どうして聖グロとウチの練習試合の打ち合わせに、まほ殿が入ってくるのだろう?


「えーっと……それはつまり、聖グロリアーナ女学院と知波単学院の練習試合に、黒森峰女学院も参戦する、ということですか?」


私は、ダージリン殿から練習試合の内諾を得るため、前もって電話していた。

その後にダージリン殿が、私に内緒でまほ殿に声をかけたということだろうか?

……と思ったら、そうではなかったらしい。


「ああ、すまん、説明不足だったな。 そうじゃないんだ。
 私がダージリンを訪ねに来た理由は、タンカスロンの大会企画を相談するためだ」

「えーっと、タンカスロンって……あの野良試合の?」

「ああ」
174 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 16:42:28.16 ID:NMg4Acl70

タンカスロン(強襲戦車競技)。


簡単に言えば、戦車道の野良試合のことだ。

全国大会のような公式戦、もしくはエキシビジョン戦のような非公式戦は、戦車道連盟が直接的、あるいは間接的に関わっているが、
タンカスロンは戦車道連盟とは一切関わりが無いため、相当に自由度が高い試合が出来る、らしい。

「らしい」というのは、雑誌等々で知っているだけで、実際に見たことが無いからだ。

確か、唯一の規定は 「戦車道で使用できる戦車のうち、10トン以下の車輛を使うこと」のみだったはずだ。

それゆえ、ある程度の暗黙のルールは存在しつつも、それは建前上。

裏切り上等当たり前、気付いたら多対一の試合になっていた……なんてこともあるらしい。

車外行動にも一切の制限なく、戦車の乗員が家々に放火しまくって、集落を丸々火の海に包むような作戦もあれば、
いつだか掲載していた月刊戦車道のタンカスロン特集では、「弓矢を使って試合に勝った」とかあった気もする。

なんだ? どうやって弓矢で戦車を倒したんだろう?
175 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 16:44:50.95 ID:NMg4Acl70

「私達は今度、タンカスロンの大掛かりな大会をやろうと企画しているんだ。
 ダージリン曰く“ 大鍋(カルドロン) ”という大会名にするそうだが、私はその大鍋の打ち合わせをするために聖グロへ来た」

「はぁ」

「ダージリンは、その打ち合わせに西さんも混じってもらおうって言っていたぞ」


またまた初耳だった。

なんだ? どうなっている? ダージリン殿に問わねばならないが、そのダージリン殿はどこにいるのだろう?

私が困惑していると、まほ殿は円卓に置かれていた手紙をつかんで、私に差し出した。


「そんなわけで聖グロの学園艦に来たんだが……当のダージリンは不在のようだ」

「えっ? でも、私も今日この時間に聖グロへ来ることを約束しておりました。 そんな複数人との約束を反故にするなど、ダージリン殿は……」


そう言って、差し出された手紙を受け取る。

手紙の内容を目で追うと、そこには、ダージリン殿がこれからしばらく不在になるということ、練習試合についてはオレンジペコ殿と打ち合わせて欲しいこと、大鍋についてはアッサム殿、まほ殿、私の3人で詰めて欲しいこと、などなどが書かれていた。


そして最後に 「迷惑をかけて ごめんなさい」 とも。


「これは……どういうことかな? アッサムさん」


まほ殿が、私の横で佇んでいたアッサム殿に、穏やかだけれどほんの少しの棘が含まれた声で聞いた。
176 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 16:45:48.78 ID:NMg4Acl70

「……騙すような真似をして、申し訳ありません」


アッサム殿は視線を落として、詫びるように言った。


「騙すような……ということは、何か理由があるのですか?」


私が訊ねると、アッサム殿は言おうかどうか迷うような顔をした後、静かに口を開いた。


「この紅茶の園ならば、ダージリンがいなくなった理由について、誰かに聞かれる心配は無いと思ったからです」


沈痛な面持ちのアッサム殿を見て、私はこれがただ事でないことを理解した。

でなければ、いつも冷静沈着なアッサム殿がこんな表情をするわけがない。

私が身構えるようにして言葉の続きを待っていると、アッサム殿は訳の分からないことを言った。



「ダージリンは、もう戦車道を辞めてしまうかもしれません」


「………………は?」
177 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 16:47:02.41 ID:NMg4Acl70

……なんだそれは。

……なんなんだそれは。


聖グロの戦車道を誰よりも愛し、誰よりも先を見通し、そして戦車道においては誰よりも清らかな御心を持ったダージリン殿。


そのダージリン殿が、どうして戦車道を辞めるというのだ?


「……もっ、もしや!? 何かお怪我をされたのですか!?」

「……いいえ」


否定するアッサム殿。 少しだけ胸を撫でおろす。

ではなんだというのだろう。


「ダージリンは、聖グロリアーナ女学院の戦車道のために……自分の人生を犠牲にしようとしています」
178 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 16:51:19.11 ID:NMg4Acl70

アッサム殿の説明を要約すると、こうだった。


聖グロリアーナ女学院の戦車道隊は、新隊長を含めた新しい体制を決めるにあたり、ちょっとだけ特殊な過程が存在する。

もうすぐ行われる引退式において、それまでの隊長が新隊長を任命する、というところまでは、多くの学校と同じ。


では、なにがちょっとだけ特殊なのかというと、その前に卒業生から承認を得なければならない、ということだ。

聖グロにはOG会が存在し、特にマチルダ会、チャーチル会、クルセイダー会の高級役員らによって構成された幹事会には、現役隊員の人事に口を出す力があるのだという。

だから現役の隊長職にある者は、引退式前にOGらによる幹事会へ顔を出し、新体制案の承認をもらわなければならない。

一方、幹事会の役員らも、いくら力があるとはいえ現役隊員の人事に卒業生が口を挟むのは野暮、聖グロ風に言えば 「優雅でない」 と分かっているので、まず反対することはないという。

情報科の一部署である“ じーあいしっくす ”によると、事実、今回もすでに根回しは済んでおり、幹事会で反対されることはないと見られている。

今回、それまで隊長職にある者というのはダージリン殿を指し、新隊長職に任命される者はオレンジペコ殿を指す。

聖グロの戦車道隊の新体制は、もうすぐオレンジペコ殿を筆頭として、何の問題もなく産声を上げるだろうと見込まれている。
179 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 16:52:33.03 ID:NMg4Acl70

問題なのは、ダージリン殿の方だった。


ダージリン殿は、聖グロの戦車道隊が採り得る戦術の幅を広げるべく、その策の一つとして、クロムウェル巡航戦車を隊列復帰させようとした。

それは、一部のOGらから反感を買い、幹事会でも良い顔をされなかったらしい。

それでもダージリン殿は、臆することなくOGらに立ち向かい、説き伏せ、クロムウェル巡航戦車の隊列復帰を認めさせた。


……そして、その上で敗けた。

今年の全国大会、準決勝戦。 相手は黒森峰女学園。

あの優勝常連校の黒森峰と、激戦の末、敗けてしまった。

このことについて、一部のOGはダージリン殿に責任を追及する姿勢を見せており、それが今度の幹事会で議題に上ることがわかった。

ダージリン殿も「全力で戦って敗けたのだから、その責は隊長である自分が全て負うべきだ」と、非を認めているらしい。
180 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 16:53:15.35 ID:NMg4Acl70

その責任の取らせ方が、問題だった。

幹事会がダージリン殿に要求するであろう、責任の取らせ方。

選択肢は二つあり、どちらかを選ばせるつもりらしい。


一つは、とある大学へ進学すること。

OGの一人に関係が深い大学らしく、そこの戦車道部へ入部しろと言う。


そして、もう一つ。

それは、ダージリン殿が戦車道を辞める、というものだった。


どちらも拒否すれば、OG会から聖グロの戦車道隊に寄せられている多額の寄付金が、減らされてしまうらしい。
181 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 16:54:23.81 ID:NMg4Acl70

寄付金を減らされたらどうなるか。

……いや、この場合、寄付金そのものの話じゃないだろう。

「戦車道の活動予算に困窮したらどうなるか」だ。


戦車道にはお金がかかる。

戦車の修繕費もそうだし、弾薬の補給代、燃料費、それに訓練場の維持費も高くつく。

特殊カーボンの整備費用は特に高額だ。

高額なのだが、乗員の身の安全を保障する物である以上、そこに手をかけない訳にはいかない。

特殊カーボンは、素材の段階から高価であるからして、今や世界中の研究機関が、もっと加工しやすく、もっと量産できるように研究しているほどだ。

あのサンダース大だって、きっとその内の一つなのだろう。


強豪校というのは、例外なくスポンサーが背後に付いている。

そして、潤沢な活動資金を提供してくれるから、良い戦車が導入できて火力は向上し、燃料や弾薬の消費を気にせずに済むから、満足な訓練が出来るようになる。

それは、勝利に繋がる。

勝利すれば、また寄付金が増える。
182 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 16:55:43.32 ID:NMg4Acl70

では、その逆は?


活動資金に困窮すれば、強い戦車の導入が望めないどころか、既存戦車の維持だって難しくなる。

燃料や弾薬をケチる必要があるので、満足に訓練することができず、結果、試合に勝てなくなる。

試合に勝てなくなれば、寄付金はさらに減る。

その負の連環は、すなわち、弱小校への仲間入りだ。


知波単学園も、アンツィオ高校ほどではないにしろ、金が無いからわかる。

金がないのは首がないのと同じことだ。 戦車道の場合は特に。
183 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 16:56:58.64 ID:NMg4Acl70

ダージリン殿は、戦車道が描く太い轍の中に自分の人生を置こうとしている、と、私は勝手に思っていた。

戦車道を「愛している」 とか、そういう概念的な、抽象的なものではない、と思う。

ダージリン殿の人生にとって、戦車道はおそらく「必要な何か」 なのだろう。


だから 「戦車道を辞める」 という選択肢は、本当に最後の最後まで追い詰められない限りは、選択しないはずだ。


となると、もう一つの選択肢である 「とある大学への進学」 という方を選ぶ……のか?


「その選択肢は、ダージリンをいずれ籠の中へ押し込むことになります」


アッサム殿は、そう答えた。
184 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 16:58:58.11 ID:NMg4Acl70

とある大学への進学。 そこの戦車道部への入部。


聖グロのOG会に名を連ねる者は、社会的に地位のある者が少なくない。

中には、大学の戦車道関係者や実業団リーグの関係者もおり、そんなOGにとっては、一人の高校生を息のかかった大学へ推薦入学させるなどワケない、らしい。

そんなロクでもないOGと関係を持ったらどうなるか。

ロクなことにならないのは目に見えている。


仮に、その大学を4年間を耐え忍んだとしても、OGに目を付けられた卒業生は、半ば強制的にある実業団へ送り込まれる。

その実業団の戦車道隊に入ってしまうと、ほぼ仕事と戦車道訓練だけが繰り返される日々を送ることになる。

人間関係的に、とても閉鎖された日々。

いつしか結婚適齢期を迎えるも、そんな生活の中では結婚相手が出来る可能性なんてほとんど無い。

そしていつしか、上司から「良いヒトがいるから」と、男性を紹介される。


そんなの断れば……とも思うが、断ってしまったら結婚のチャンスを失いかねない。 人生の伴侶を得る機会が、その先に巡ってくるとは思えない。

ただでさえ、仕事上でも隊内でも上下関係を強いられ、嫌なことが嫌とは言えない環境にある、らしいのだ。

なし崩し的に結婚へ至る女性が後を絶たない……という。
185 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 17:00:19.08 ID:NMg4Acl70

あくまで、可能性の話だ。

しかし「そういう人生を歩みかねない」という可能性だけで、夢見る女子高生を絶望させるには十分だろう。



嫌ならば。

その可能性に襲われたくないならば。


戦車道を、諦めなければならない。

戦車道の無い人生を、受け入れなければならない。
186 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 17:01:00.57 ID:NMg4Acl70

誰よりも戦車道に真摯なダージリン殿が、なぜ、そんな理不尽を被るのか?


私は、怒りで視界が真っ赤に染まりそうだった。

腹の腑あたりから湧き出た黒いモヤのような何かによって、理性が吹っ飛びそうだった。

今すぐその幹事会とやらに九七式中戦車で乗り込んでいって、一人残らず的にしてやろうと思った。
187 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 17:02:50.37 ID:NMg4Acl70

しかし、その前に我に戻ることが出来たのは、まほ殿の冷静な声が聞こえたからだった。

まほ殿の、やるせない表情。

クロムウェル巡航戦車を導入したダージリン殿を、知らなかったとはいえ打ち負かした罪悪感。

しかし、手を抜ける道理も無かったから、尚更やるせないのだろう、と思った。


「……タンカスロンの理由は、これだったのか?」


私は顔を上げた。

降ってきた雨が頬を濡らすが、神経の感度が底まで落ちた私には、冷たさを感じることが出来なかった。


まほ殿の声が、円卓の上に落ちる。


「ダージリンが、タンカスロンに介入しようとした理由だ」

「……どういう……こと……ですか?」


黒いモヤのような何かを一緒に吐き出しそうになるが、私はそれを無理やり喉元まで抑え込んだ。

まほ殿は、悪鬼のような顔をしているだろう私を見ても怯む様子なく、まっすぐに言ってくれた。


「強制された将来を選びたくはない。 だけど、戦車道は辞めたくない。 どちらの選択肢も選びたくはない。
 ……だから、自分で第3の選択肢を用意した、ということだ」

「それが……タンカスロン?」

「ああ。 私の想像の域を出ない話ではあるがな。
 ダージリンは、表向きは戦車道を辞めたことにして、見えないところでタンカスロンに救いを求めるつもりなのかもしれない。
 だから大鍋(カルドロン)を開いて、タンカスロンの認知度を上げ、その地位を押し上げて、そこに自分の居場所を確保しようと思ったのかもしれない」
188 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 17:04:07.93 ID:NMg4Acl70

雨足が強まってきた。

円卓の上には石組みの屋根が掛かっているが、その外にいる私と福田、そしてアッサム殿は、前髪から滴が垂れていた。


「お願いがあります」


アッサム殿の声。 悲痛な声だった。


「……ダージリンを、助けてください」


アッサム殿は頭を下げ、戻した後に、私と福田、そしてまほ殿の目を順に見た。


言葉が出ない我ら3人。

アッサム殿のそんな声音は、この優雅極まる紅茶の園にまったく似つかわしくなかった。
189 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 17:05:50.23 ID:NMg4Acl70

「こんなことを他校の皆さんにお願いするのは、全くもって筋違いだということを、重々承知しております。
 私達が引き起こした問題なのだから、私達が解決するべきだということも」

「……お聞きしたいのであります。 聖グロリアーナのみなさんは、このことをご存知で?」


それまで無言を貫いていた福田が口を開いた。

アッサム殿が答える。


「聖グロリアーナで現在、この状況を知っているのは私だけです。
 きっとペコ達に言えば、何を投げ売ってもダージリンを助けようとするでしょう。
 それで寄付金を減らされようとも、自分達が苦労しようとも」

「……そうでありましょうね」

「しかし、その事態こそを、ダージリンは恐れています。
 新体制がOG会と敵対してしまえば、寄付金減額の期間はおそらく延びてしまいます。
 そうなれば、力を失った聖グロリアーナ女学院は、もはや弱小校の枷から抜け出ることが難しくなります」

「……………」

「私達はアンツィオ高校のように、自分達で戦車道の活動費を稼ぎ出すほど、たくましくありません。
 それになにより、OG会から目を付けられるのが、ダージリン一人では済まなくなる可能性があります」

「……………」


何も言い返さずに、福田はただただアッサム殿を見ていた。
190 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 17:07:15.24 ID:NMg4Acl70

「私は……ダージリンの右腕として、この聖グロリアーナ女学院の戦車道を支えてきました。
 だから、ダージリンが危機に陥っているならば、私だって助けたい……!!」


アッサム殿が慟哭した。


「けれど、同じように聖グロリアーナの戦車道が危機に陥るならば、私はそれも助けなければならない!
 私にはもう、どうすればいいのか……!」



「……アッサム殿」



私はアッサム殿の両肩に手を添えて、視線をのぞき込むようにして言った。 笑顔で。 思い切りの笑顔で。
191 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 17:07:59.68 ID:NMg4Acl70

「我らと聖グロリアーナは、言わばお隣さんです。 ダージリン殿も、ダージリン殿が率いた隊員の皆さんも、我々にとっては同志のようなものです。
 水臭いことを言わないでください」


そして私は、大きく息を吸い込んで、紅茶の園全体に響き渡る声量で返事をした。




「 かしこまりでございます!!!!」

192 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 17:09:32.93 ID:NMg4Acl70

当たり前だ!

我こそは、知の波を単身で渡る、知波単学園 戦車道隊の隊長だ!!

ここで義によって立たないで、何が隊長だ!! 何が戦車道だ!!

この西絹代、恩人を救えぬほどに不出来者になった覚えはない!!!!



「ダージリン殿は、今どちらにいらっしゃるのですか!?」



私はアッサム殿に訊ねた。

なにはともあれ、ご本人に会わねばなるまい。

会って、話を聞いてもらうのだ。


「ダージリンから口止めされているのですが……お教えします」

「お願いします」
193 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 17:10:29.48 ID:NMg4Acl70


そして、アッサム殿の口から出た言葉に、私はまた頭を悩ませることになった。



「ダージリンがいる場所……それは、防衛大学校です」


194 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 17:13:51.48 ID:NMg4Acl70

防衛大学校。


神奈川県 横須賀市の、東京湾を見渡せる高台に本部が置かれている、防衛省所管の施設である。

幹部自衛官を養成するための教育、訓練施設であり、諸外国では士官学校に相当する。


アッサム殿は言った。


「元々、大鍋(カルドロン)を支援してもらうために、蝶野亜美一尉を通じて、防衛大学校へ行く用事があったのです。
 ……ですが、ダージリンは防大を……そこへの進学を、第4の選択肢として考えているフシがあります」

195 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 17:15:38.86 ID:NMg4Acl70

……戦車道の試合を開催する場合、膨大な事前準備をこなす必要がある。

例えば、発砲禁止区域の設定や、戦車道保険の適用範囲の確認など。

試合場内に住宅があれば、そこに住む住民に移動してもらう必要があるし、物損が発生した場合の補償内容について、予め同意してもらわなければならない。

広い範囲の住民を丸々移動させることもあるので、火事場泥棒を防いだり、それこそ本当に火事が起こった場合を想定して、警察や消防への事前届け出が必要になる。

日本戦車道連盟が関係する試合の場合は、こうした事務的な手続きは同連盟がほぼやってくれるので、試合当事者らはずいぶん楽が出来るのである。

196 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 17:16:56.61 ID:NMg4Acl70

その戦車道連盟からの協力依頼を受ける、という形で、陸上自衛隊が担う作業がある。

富士学校 富士教導団 戦車教導隊に所属する蝶野亜美一尉殿が、全国大会で審判長を務めた、というのはその最たるものだろう。


他にも、陸上自衛隊は戦車道の試合の影に日向に、いろいろな部分で関わっている。

命に関わる事故が発生した場合の救助活動や、砲弾が試合場外へ飛んでいかないようにするための特殊カーボンネットの敷設、
そして “ 試合道具である戦車 ”が悪用されないための抑止力として、“ 本物の兵器である戦車 ”を試合場外に配備しておくのも、陸上自衛隊の仕事である。


陸自としては、これらの協力対応は市民マラソン大会で給水支援したり、自治体の祭りで車両展示するのと同じような取り扱いらしい。

市民生活を応援することで、自衛隊の広報活動を展開する。

あわよくば、一人でも多くの入隊希望者を確保するためだ。

197 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 17:18:24.20 ID:NMg4Acl70

一方、日本戦車道連盟が関与しないタンカスロンの場合はというと、試合を行うにあたり、やはり事前準備が必要になる。

タンカスロンの試合は要するに野良試合であり、「怪我人を出さない」 「物損補償する」 「トラブルの際は試合当事者が責任を負う」 という点さえ守られれば、あとはどこで試合をしようと勝手ではある。

……が、住民避難もしていない街中で、いきなりドンパチを始めるワケにはいかない。

そのために事前準備が必要になるのだが、日本戦車道連盟をアテにできないので、試合当事者らが何とかしなくてはならない。


これから行おうとしている大鍋(カルドロン)も、きっと参加校が分担して事前準備をこなすのだろう。

しかし、陸上自衛隊に協力依頼するべき事柄については、さすがに自分達ではどうしようもない。


そこでダージリンは、防衛大学校に目を付けたのだという。

具体的に言えば、防衛大学校の中にある校友会に、だ。

校友会とはいわゆるクラブ活動であって、要するに防衛大学校所属の戦車道部というものが存在する。

198 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 17:20:04.12 ID:NMg4Acl70

陸上自衛隊としては、公的機関の色合いが強い日本戦車道連盟からの協力要請ならば、それを受けるのは可能だ。

しかし、タンカスロンは有志の集いゆえに、協力要請されても受けることは出来ない。 公平性の確保のためだ。

「イベントの開催のため」という理由で民間人から協力要請を受けてしまったら、誰彼構わず協力要請されて、際限なく対応しなくてはいけなくなる。

だから、タンカスロンの試合を開催するにあたり、陸上自衛隊そのものには協力要請は出来ない。 ならばどうするか。


小規模な試合ならば、陸自がいなくてもトラブルは起き難いだろう。

しかし、大鍋(カルドロン)は、相当大規模な試合が組まれるという。

そして、そこに大勢集まるのは、戦車の扱いに長けた女子高生だ。


だから、防衛大学校の校友会、その戦車道部、だった。

校友会ならば 「クラブ活動の一環」という理由で協力対応できるだろうと、そう踏んだのである。

なんといっても、未来の入隊希望(予定)者がワンサカ集まるのだ。 陸自として入隊募集活動を仕掛けない手はない。

「陸自としては公式に協力はできないけれども、非公式には手伝いたい」

ダージリン殿はそう考えて、前々から蝶野一尉殿に仲介を頼んで、校友会へ赴く手筈を整えていたのだそうだ。

199 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 17:21:22.27 ID:NMg4Acl70

そうこうしてたら、聖グロのOG会から難癖を付けられた。

行きたくもない大学に進学するか、戦車道を辞めろという。 嫌なら聖グロ戦車道隊への寄付金を減らすぞ、とも。

どちらも飲めないダージリン殿は 「戦車道を辞めたことにしてタンカスロンに生きる」 という第3の選択肢を選ぶのか、とも思えたが、
アッサム殿が言うには、「防衛大学校に進学する」という第4の選択肢も視野に入れているのではないか、という。

200 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 17:22:47.65 ID:NMg4Acl70

中学、高校、大学に関係なく、日本戦車道連盟に加入する戦車道隊は、所属する母体から支給される活動予算とは別に、同連盟から「戦車道振興費」という予算が交付される。

“ 乙女の嗜みである戦車道をさらに普及させ、以て健全な婦女子の育成に資する ”という目的で交付されてはいるが、つまりは活動補助金のようなものだ。

知波単学園の戦車道隊も、このお金で砲弾を買ったりしている。


この「戦車道振興費」の財源は、実は防衛費である。

詳しく言えば、防衛省の広告宣伝予算の一部であり、陸上自衛隊が市民マラソンで給水支援したりしながら、その横で入隊希望者を募る活動をする予算と同じ扱いである。


そしてこの「戦車道振興費」は、とある条件を満たすと増やすことが出来るのだ。

201 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 17:23:59.96 ID:NMg4Acl70

「試合道具の延長線上に、現代の兵器がある」 とは、いつぞやダージリン殿が言った台詞であるが、それは道具でなく、人であってもそうなのかもしれない。


戦車道の履修者は、培った技能、叩き込まれた礼節、そうした多くのことを陸上自衛隊で活かすことが出来る。

だから戦車道履修者の進路に陸上自衛隊が選ばれることは珍しくないし、陸自側としても、各校の戦車道隊員を未来の入隊者候補として有力視している。

「戦車道振興費」は、そんな戦車道履修者を増やす目的で支給されており、戦車道が盛んになればなるほど、陸上自衛隊は入隊希望者を得やすくなる、というわけだ。

そうしたカラクリがあるので、見事、陸上自衛隊に人員を送り込んだ学校の戦車道隊には、戦車道振興費が上乗せされる……という大人の世界があることを、私は辻先輩から聞いたことがあった。

202 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 17:26:28.37 ID:NMg4Acl70

アッサム殿は言う。

日本戦車道連盟が世界大会の誘致に大きく前進したことを受け、これから実業団リーグの人気が増々高まることが予想される。

戦車道履修者、特に高校生達の進路がそちらに流れていくことを、陸上自衛隊は恐れている。

ただでさえ近年、自衛隊の入隊員数が減ってきているのに、さらに入隊希望者が減る危機感を持った防衛省は、戦車道振興費に割り振る予算を来年度から増やそうとしているという。


だから、ダージリンは防衛大学校に入るつもりなのかもしれない、と。

防大に入ることで、聖グロに支給される戦車道振興費を増やそうとしているのかもしれない、と。

そのために、蝶野さんに進路相談することも兼ねて、いま、防衛大学校へ行っているのかもしれない、と。


蝶野一尉殿は、富士学校 富士教導団の所属であるが、校友会の戦車道部の教官として、定期的に防衛大学校へと訪れているらしい。

203 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 17:33:22.28 ID:NMg4Acl70

ダージリン殿は、校友会の戦車道部に対しては、タンカスロンの大鍋(カルドロン)開催に向けての協力要請をするため、
そして、そこにいる蝶野亜美一尉に対しては、ひょっとしたら進学相談をするために、今、防衛大学校にいるという。



「我々も行きましょう、防衛大学校に!」



他校の問題ゆえ、私が顔を突っ込むのは間違いなのかもしれない。

具体的な解決策だって思いついてやしない。


けれど、私は昨年、ダージリン殿と約束したのだ。

「貴女の矛となり敵を打ち倒し、盾となって貴女を守りましょう」 と。

だから私は、ダージリン殿の未来を……ダージリン殿の心を救うのだ。


そう決心して踵を返そうとした私に、福田が声を掛けた。


「お待ちください、西隊長殿!」

「なんだ?」

「あ、いや……」

「福田、いまは時間が惜しいのだ。 可能ならば後にしてくれないか」

「……了解であります」

204 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 17:35:18.94 ID:NMg4Acl70

聖グロの学園艦から防衛大学校のすぐ近くの港まで、アッサム殿が小型高速艇を用意してくれるという。

私はアッサム殿の背中を追って、紅茶の園から退出しようとした。

そこで、まほ殿から声が掛かった。


「もともと大鍋(カルドロン)の打ち合わせのために来たんだ。 それに防大が関係するというなら、私も行こう」


そう言って、まほ殿も付いてきてくれた。

さらにその後ろに福田も続く。


福田はまだ何かを言いたそうだったが、今は一刻も早くダージリン殿にお会いしなければならないし、会うまでに具体的な解決策を考えなければならない。

申し訳ないが、福田の用件は後回しにさせてもらおう。




福田(……なんでありましょう、この違和感……? 何かおかしい気がするのであります……)

205 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 17:37:53.51 ID:NMg4Acl70

雨が降りしきる東京湾上を、聖グロ印の小型高速艇が進む。

波は高くない。 諸々の問題がなければ、きっと楽しい海上散歩になっただろう。

しかし今は、空の灰色と暗い海色に挟まれていて、それがまるで自分の心を映しているようで、憂鬱な気持ちがいっそう強くなった。


さすがに事前連絡もせず突撃したら、防衛大学校の正門にて追い返されるだろうということで、船上でまほ殿に電話を掛けてもらった。

相手は当然、蝶野一尉殿である。

予想どおり、蝶野一尉殿は防衛大学校にいて、校友会の戦車道部で指導中らしかった。


「そこにダージリンはいますか?」 と、直球で聞くまほ殿。

『私からは何とも言えないわね。 ま、来てみれば分かるわ』 と、答える蝶野一尉殿。


これでは、ほぼ「いる」と言っているようなものだ。

私は電話向こうの蝶野一尉殿に感謝しながら、波の向こう、高台の上にそびえ立つ建物を眺めた。

隣では、福田が“ すまほ ”を操作して、なにやら熱心に調べものをしていた。

波は高くないとはいっても結構な揺れだ。 そこで読書まがいのことをして船酔いしなければいいが……。


いや、今は他のことを考えている余裕は無い。

ダージリン殿に出会う前に、具体的な解決策を考えなければならないのだ。


私の思考は、この上下に揺れる高速艇のようにまとまっていなかったが、それでも努めて思考の海に没頭しようとした。




福田(…… ありました! 「戦車道振興費の増額について」の記事!! ………えぇ!? この額は……!?)

206 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 17:38:35.42 ID:NMg4Acl70

防衛大学校がある高台の麓、走水(はしりみず)の港に小型高速艇が接岸した。

港にはすでにタクシーが1台待ち構えていた。

タクシーの助手席にはアッサム殿、私と福田とまほ殿が後部座席に座って、走ること5分。


タクシーが、防衛大学校の正門に到着した。

そして、そのタイミングとほぼ重なるようにして、


「まほさん、ご無沙汰ね! それにアッサムさんと西さん、福田さんも、ようこそ防衛大学校へ!」


にこやかな顔をした蝶野一尉殿が現れた。

207 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 17:39:28.44 ID:NMg4Acl70

蝶野一尉殿は、先の大学選抜戦で圧倒的不利な大洗女子学園に増援が認められるよう、審判長として粋なお取り計らいをしてくれた。

ああして増援が認められたから我々も参戦することが出来たし、そこで多くを学ぶことが出来た。

だから間接的ではあるが、蝶野一尉殿は我々知波単学園の恩人でもある、と思っている。


「大学選抜戦の際には、大変お世話になりました!」


私は深々と頭を下げた。 隣で同じように福田も頭を下げている。


「やあねえ、お世話なんかした覚えないわよ? 西隊長さん?」


蝶野一尉殿はヘラッっと笑った後、くるっと背中を向けて校門の中に入っていった。


「まあとにかく、せっかく来てくれたんですもの。 まずは防大の中を案内するわ。 付いていらっしゃい」


楽しげに私達を手招きして、ずんずん先へ進んで行ってしまった。

208 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 17:40:14.11 ID:NMg4Acl70

だから、私は思わず聞いてしまった。

まるで緊迫感が感じられない蝶野一尉殿の雰囲気に、ダージリン殿が本当にここにいるのか不安になったのだ。


「ダっ、ダージリン殿は、どちらにいらっしゃるのですか!?」


止まらない蝶野一尉殿の背中。 私はもう一度呼び掛ける。


「あ、あの……!」

「……そのうち向こうから姿を現すわ。 だから今は、社会見学だと思って楽しんでちょうだい」


含みのある笑顔で、一蹴されてしまった。



福田(……………………。)

209 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 17:41:16.03 ID:NMg4Acl70

ダージリン殿に会えないというわけではないらしい。 そのうち、向こうから姿を現すとも。

……ならば、今は焦ってもしょうがないということか。


確かに、蝶野一尉殿の仰るとおり、周りには好奇心を刺激する物がたくさんあった。

防衛大学校の中なんて、そうそう簡単には入れる場所ではない。

昨晩、我々が横須賀市内に宿を取ったのだって、軍港の雰囲気を味わいたかったからではあるが、出来ることなら防衛大学校の中にだって入ってみたかったのだ。

それがおいそれと入れないから、軍港部にある公園をちょっと歩いただけで、あとは観光もせずに聖グロの学園艦へ向かったのだ。


降って湧いた、せっかくのこの機会。

内心でダージリン殿に申し訳ないと謝りながら、私は抑え込んでいた好奇心を少しだけ解放させて、防衛大学校内を見学することにした。

210 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 17:42:26.89 ID:NMg4Acl70

我々とすれ違う、防大の女学生と思しき一行。

降りしきる雨をものともせず、きっちりと隊列を組んで、規則正しく目的地に向かって歩いていた。


「そうか、ここでは日常生活の移動ですら、隊列を組んで行進する必要があるのだな……」


集団行動に求められる水準が、我々とは比べ物にならないほど高いことを知る。


その水準に到達するまで、どれほど指導を受けたのだろう。

その水準に到達するまで、どれほど努力をしたのだろう。

その水準に到達したら、どんな世界が見えるのだろう。


戦慄と畏怖と尊敬の感情が、ごちゃ混ぜになって湧き起こった。

どの学生のお顔にも、清冽で真の通った力強い眼差しが見てとれた。

どこかで聞いた 「精強無比」 という単語が、脳内に思い浮かぶ。

211 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 17:44:03.37 ID:NMg4Acl70

「防衛大学校に入校した学生は、国家公務員に準じた扱いになるのね。 だから彼女らにとって、授業を受けることは業務扱いになるの。
 そして、業務をこなせば当然、給料が支給されるわ」

「学費を払うのではなく、お給料がもらえるのですか!?」

「そうよ。 彼ら、彼女らは、国民の税金で給料を貰って、それで“ 防衛大学校生という仕事 ”をしているのよ。
 努力してもらうのは当然で、その結果として、なにがなんでも高い水準に達してもらう必要があるわ」


それが、この学校全体から醸し出される、張り詰めた空気感の理由、なのか。

「厳しい世界だな……」 と、率直に思った。

そして、そんな厳しい世界に自ら望んで飛び込んでいく者がいるのだ。


私は……どうなのだろう?

私は将来……どうするのだろう?


深く深く、胸の奥底に沈み込もうとする私を心を遮るように、蝶野一尉殿の声が掛かった。


「じゃあ、まずはここから見ていきましょうか!」


そう言って蝶野一尉殿に案内されたのは 「防衛大学校資料館」 という建物だった。

212 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 17:45:41.31 ID:NMg4Acl70

「ここはまぁ要するに、防衛大学校がどんなところかをバーっと紹介しているところね!」


真新しい感じがするエントランスで、蝶野一尉殿が大雑把に説明して下さった。


「あなた達には2階から見てもらった方が面白いかもね」 と言って、そのまま正面の階段を昇っていく。

私達も後に続くが、その前にチラッとだけエントランス横のスペースをのぞくと、綺麗な作りのコーナーがあった。

「なんとか記念室」 という札と、お偉い感じの人物画が飾られていたので、雰囲気から「防大創設に関わった誰かを紹介しているのかな?」と思った。

時間があれば後でのぞいてみようと思った。

213 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 17:47:04.81 ID:NMg4Acl70

2階に着くと、広い一室に様々なパネルや模型などが展示されていた。

展示物には、付随するパネルにその内容が説明されていたが、今はさらに現役の自衛官が横にいて、ご自身の実体験を交えて説明してくださるので、それぞれの展示内容がとてもよく理解出来た。


展示順路を、ゆっくりした速度で歩む我々一行。

防衛大学校の創設から現在に至るまでの過程、学生の教育課程、訓練課程、生活内容、校友会活動などを説明するパネルや模型の前を通り、

制服の移り変わりなどを説明するマネキンを見上げ、そして、年間行事内容を説明するパネルの前に来た。


「ん? 蝶野一尉殿、これはなんですか?」

「ああ、それは、開校祭のときに使われる大隊旗ね」


ガラスの向こうに “ 第五大隊 ” という文字と、虎の絵が描かれた旗が飾られていた。


「防衛大学校と言えば棒倒し! 聞いたことない?」

「棒倒し……ですか?」
214 : ◆OBrG.Nd2vU :2017/07/17(月) 17:48:58.51 ID:NMg4Acl70

防衛大学校では、毎年11月に開校祭が催される。

その日は防衛大学校に多くの一般人が訪れ、今や、横須賀市きっての人気行事になっているそうだ。

きっと、一般大学で言うところの「学園祭」のようなものなのだろう。

アンツィオの学園艦祭で見たのと同じように多くの出店が立ち並び、それ以外にも様々な展示や体験行事が行われるという。


この開校祭には、目玉行事が3つある。

一つは、学生らによる「観閲行進」。

一つは、学生らによる「訓練展示」。

そしてもう一つが、学生らによる 「棒倒し」 ということらしい。


蝶野一尉殿の話によると、防衛大学校の学生らは日頃から、第一大隊から第四大隊までの4つに分けられており、開校祭においては「棒倒し」による大隊対抗戦が行われるのだそうだ。

その棒倒しは、園児が砂場で遊ぶようなチャチなものではない。


棒は、丸太を使う。

参加者は、各大隊それぞれ精鋭150人。

つまり“ 150人 VS 150人 ”で、しかもそれが、全員屈強な自衛官候補生。

力、技、知略、戦術を駆使した集団戦。

要するに……凄まじく見ごたえのある棒倒し、なのだそうだ。

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