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千歌「私のぴっかぴか音頭・タイムトラベル」
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102 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:17:54.18 ID:smyUCZOA0
曜「何か、事情があるの?」
曜「もし、もしそうなら―――」
千歌「……ねえ曜ちゃん」
千歌「私の話、聞いてくれる……?」
いつか話すと約束したから。
この曜ちゃんと私は喧嘩していないけれど。
この曜ちゃんは、その約束のことを知らないけれど。
曜「うん、うん……聞かせてほしい」
千歌「うん、話すね。えっと、えっとね―――」
あのね曜ちゃん、私ね、未来から来たんだよ。
―――――
―――
103 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:18:30.71 ID:smyUCZOA0
―――
話し終わったとき、既に辺りは真っ暗だった。
下校時間を告げるチャイムが虚しく響く。
曜「……」
曜ちゃんは何も言わなかった。
千歌「……曜ちゃん、あのね」
曜「千歌ちゃん、ごめん。今整理してる」
曜「千歌ちゃんは、別の未来から来た千歌ちゃん。だから、今までの記憶は、今までの、記憶は――」
次第に曜ちゃんの声が震えていく。
千歌「……」
曜「それで、それでっ! 千歌ちゃんのいた未来では、私のパパはフェリーの船長で、あんまり、帰ってこれなくて……」
千歌「……信じて、ほしいな」
曜「無理、だよ……。いきなりそんな話……。だって、そんなの――」
曜「……」
104 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:19:22.07 ID:smyUCZOA0
しばらく上を向いて黙っていた曜ちゃんは、くしゃくしゃに顔を歪めて、吐き捨てるように叫んだ。
曜「い、やだ。いやだ、嫌だっ!」
曜「だって! だって、私にとって、千歌ちゃんは! たった1人なんだよ!」
曜「パパも、そうだよ! 私にとっては、たった1人、たった1人の―――」
千歌「……曜、ちゃん」
曜「ねえ、千歌ちゃん、本当に? 本当に何にも知らないの? 一緒に泳いだことも? パパが教えてくれた釣りも?」
曜「一緒に……一緒に水泳部に入ったことも?」
千歌「……うん」
曜「ほんとに何にも? バーベキューに行ったことは? お祭りに行ったことは? 中学校は? 小学校は?」
千歌「……お祭りでも、バーベキューでも、小学校でも中学校でも、私は曜ちゃんと一緒だったよ」
曜「違うっ!! そんなこと聞いてない! 私と、『私』とっ!!」
肩をがしっと掴まれる。
千歌「痛いよ、曜ちゃん……」
痛かった。肩なんかより胸の方が、ずっとずっと。
105 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:20:25.37 ID:smyUCZOA0
曜「前の、『私』の知ってる千歌ちゃんは、どこに行ったの」
千歌「……っ」
たったそれだけで、わかってしまった。
曜ちゃんにとって、私は「違う」んだ。
胸が締め付けられるように苦しくなった。
ずきずきとした痛みに、思わず怒鳴り返す。
千歌「ち、千歌だって、わかんないよ!! 急に4月とか言われて! 周りの状況も全然違って!」
千歌「戻らなきゃいけないの! 入って! お願い、Aqoursに入って――」
曜「入りたいよっ!」
千歌「え……?」
106 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:21:09.86 ID:smyUCZOA0
曜「やりたいよっ! スクールアイドル、千歌ちゃんと一緒に! じゃなきゃ、あんな聞き方しない!」
曜「千歌ちゃんが『やめない』って言うの知ってて、私――」
曜「でも、でもっ! パパとの夢も大事で! もう私、どうしたらいいか、わからなくて……っ!」
千歌「曜ちゃん……」
曜「そしたら、今度は千歌ちゃんがわけわかんないこと言い出して……っ! もう、わかんない、わかんないよ!」
千歌「……」
曜ちゃんの手が肩から離れる。
最後は私に縋りつくようにして、泣いていた。
千歌「曜ちゃん……ごめん」
何に対してかもわからないまま、謝った。
107 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/20(火) 02:21:32.28 ID:SfFYCaLmo
他に明確な夢を持ってる人を無理矢理誘うのはどうなんだろう…。怪我で続けられなくなったみたいな描写するのかな
108 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:21:37.68 ID:smyUCZOA0
それからしばらく、曜ちゃんは私にひっついたまま何も言わなかった。
やがて小さな声で尋ねてきた。
曜「千歌ちゃんが行っちゃったら、千歌ちゃんは消えちゃうのかな」
千歌「……わかんない」
曜「私は、どうなるの。私ごと、この世界ごと、消えちゃうのかな」
千歌「わかんない」
曜「……怖いよ、千歌ちゃん」
千歌「そう、だね。私も、怖いよ」
曜「じゃあさ、……じゃあ、戻ろうとするの、やめる?」
千歌「……やめない」
曜「だよね」
曜ちゃんはゆっくりと身体を離した。
109 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:22:23.53 ID:smyUCZOA0
曜「…………1つだけ、教えて」
千歌「……うん」
曜「千歌ちゃんにとって、私は何人?」
千歌「……っ」
曜ちゃんは、私のことを1人だと言った。
お父さんのことを1人だと言った。
じゃあ、私は?
私にとって、一緒に生きてきて、一緒に生きていきたくて。
それは……。
千歌「……1人、だよ」
曜「そっか……」
曜「1日だけ、考えさせて」
110 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:23:50.71 ID:smyUCZOA0
◇―――――◇
曜ちゃんは、今何を考えているのかな。
自分の部屋の天井のシミを眺めながら思う。
家族と話しているのかな。
1人で部屋で悩んでいるのかな。
「この世界の私」と撮った写真を見ているのかな。
その写真には、曜ちゃんのお父さんも映っているのかな。
曜ちゃんは、お父さんとの夢に向かって、走っているのかな。
私は、そんな曜ちゃんを「なかったこと」にしようとしているのかな。
―――『……ああでも、やっぱり、寂しいな―――』
「梨子ちゃん」の言葉がよみがえる。
千歌「……」
たかをくくっていたんだ。
曜ちゃんなら分かってくれる。受け入れてくれる。
そう思っていたんだ。
私は、別の世界の人間なのに。
「梨子ちゃん」は今、どうしているのかな。踊っているのかな、ピアノを弾いているのかな。
それとも、なかったことになっちゃったのかな。
何回寝返りを打っても、2人の顔は消えてくれない。
他の皆は、どうしているのかな。
千歌「私はこれから、きっと皆を――」
111 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:24:40.95 ID:smyUCZOA0
――――
「明日、放課後に教室に残っていてほしい」
曜ちゃんからそう連絡があったのは、もう日付が変わる直前のことだった。
言われた通りに、チャイムが鳴っても教室に残る。
だんだんと、周りの雑音が減っていく。
先生や友達が、話しながら教室から去っていく。
時折、そよそよと木の枝が揺れる音が聞こえてくる。
授業中も上の空の私と曜ちゃんを、梨子ちゃんは何も言わずにじっと見ていた。
そして最後まで気になるそぶりを見せながらも、結局何も聞かずに歩いて行った。
言葉の代わりにポンと叩かれた肩が、妙に温かかった。
千歌「……」
曜「……」
曜「千歌ちゃん」
前を向いたまま、曜ちゃんが話しかけてきた。
曜「昨日ね、パパと話したんだ」
千歌「……うん」
曜「今から何でもやり直せるとしたら、どうするかって」
平坦な声で、曜ちゃんが話す。
私も、ただただ黒板を見つめながら聞いていた。
112 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:26:30.31 ID:smyUCZOA0
曜「そしたらさ、そしたら……もう1回、受けるって。もう1回チャンスがあるなら、やるって」
曜「全然、諦めきれてないんだ。パパ、諦めなんて、ついてなかったんだ」
目を横に向けると、曜ちゃんは顔に力を入れて斜め上を見ていた。
曜「ずうっと、ずうっとさ。夢を叶えられなかったこと、悔しくて。それで、せめて私だけでもって。そう思ったって……」
千歌「……」
曜「だから、私は、パパの夢を叶えたい。そして、私の夢も」
曜ちゃんはまっすぐ私に目を合わせてそう言った。
千歌「曜、ちゃん……」
曜「千歌ちゃんなら、それができるんだよね? 私は、私たちは消えちゃうかもしれないけど……」
千歌「曜ちゃんは、どうするの……?」
曜「私、は……もし、消えなかったら」
曜「両方やるよ。水泳部も、スクールアイドルも、どっちもやる」
曜「どっちもやりたいんだ。パパとやってきた水泳も。千歌ちゃんとやるスクールアイドルも」
曜「両方やってもいいんだって、千歌ちゃんのおかげで気がつけたから」
曜「きっと、『千歌ちゃん』一緒だったら飛べるから。どっちも、諦めたくないんだ」
曜「千歌ちゃんが知ってる私も、そうしてたんでしょ?」
曜「だから私は、『千歌ちゃん』を待ってるよ」
にこりと笑うと、曜ちゃんは私に近寄って―――
ぎゅっと抱きしめた。
113 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:27:26.19 ID:smyUCZOA0
曜「千歌ちゃん。私を、入れて。それで、約束して」
千歌「約束……?」
曜「たった1人の私に、出会って」
千歌「……っ」
曜「きっと、待ってるから。何日、何か月、何年でも、いつでも、どこでも、千歌ちゃんのこときっと待ってる」
曜「だって、それが『私』だから。それが、渡辺曜だから。千歌ちゃんの、幼馴染だから」
頭の後ろで、声が聞こえる。
優しい声が聞こえる。
曜ちゃんは強い。
どこまでもまっすぐで、強い。
曜「だから千歌ちゃん。私、スクールアイドル、始めます」
眩い光が、辺りを包んだ。
114 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:28:30.24 ID:smyUCZOA0
曜「……っ」
突然の明るさに曜ちゃんが呻く。
千歌「あ……」
曜「これが……」
ひらひらと、光を受けて輝きながら、白い短冊が落ちてくる。
『入部届 渡辺曜』
千歌「曜、ちゃん」
曜「うん、千歌ちゃん。気を付けて」
ゆっくりと手を伸ばす。
梨子ちゃんの時と同じなら、これに触ればまた「戻る」。
千歌「いいの、かな」
触れば戻る。
曜ちゃんの想いは、決意は、夢は、なかったことになる。
曜ちゃんのお父さんは滅多に帰ってこなくなる。
そのことを本当は寂しいと思っていたことを、私は知っている。
曜「千歌ちゃん」
直前で震えた私の手を、曜ちゃんが掴んだ。
そっと、手を『入部届』に押し付けられる。
千歌「くっ……!」
強い眩暈に襲われる。
視界が真っ白に染まっていく。
曜ちゃんの声は、どんどん遠く。
115 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:29:10.31 ID:smyUCZOA0
曜「躊躇わないで。諦めないで」
曜「私たちは、一緒に踊っているから。歌っているから。泳いでいるから。千歌ちゃんも、探し出して」
曜「それで私の手を取ってくれたなら、きっと嬉しいから」
申し訳ないような、寂しいような感情がぐちゃぐちゃと絡み合っていく。
こらえきれず、叫んだ。
口をついて出るのは、簡単な想い。
千歌「曜、ちゃん! 曜ちゃんっ! 私、いつでも、どこでも、曜ちゃんのこと―――」
世界が白に包まれた。
千歌「―――大好き」
―――――――
―――――
―――
116 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:29:47.96 ID:smyUCZOA0
◇―――――◇
ぼんやりと、部室が現れる。
私はまた、ふわふわとどこかを漂っていた。
見知った8人が、にこにことこちらを眺めていた。
千歌「――――というわけで、これ、配るね!」
口を開いたつもりはないのに、自分の声が聞こえてきた。
鞠莉「Letter、ね。随分ロマンティックね!」
果南「ほんと、千歌らしくないかもね」
千歌「失礼な! これでも歌詞係なんですー!」
あ、この会話、したことある。
急に強い既視感に襲われる。
でも、いつ―――…。
視界の端で、曜ちゃんがペンを握る。
誰よりも早く、カリカリと紙に何かを書いていた。
教室で何かを書いていた梨子ちゃんの姿と重なって見えた。
117 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:30:55.40 ID:smyUCZOA0
『千歌ちゃん』
声が響いた。
強くて優しい、波のような声が。
『たまにね、思うんだ。もし、パパが家にいたらどうだったんだろうって』
『毎日お話して、ご飯をつくってもらって。たまには喧嘩して。そんな日々が過ごせたらって』
『でもね、船長は、パパの夢だったんだ』
『叶えたい、夢だったんだ』
『夢を叶えて頑張ってるパパのこと、本当は自慢に思ってるんだ。だから、寂しくても大丈夫』
『私は千歌ちゃんと、大好きな仲間たちと、話しきれないくらいの思い出をつくって、待ってるよ』
じっと紙を見つめる曜ちゃんが、さらりと溶けた。
118 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:31:23.29 ID:smyUCZOA0
――――――――――#2「私と幼馴染」
119 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:31:53.64 ID:smyUCZOA0
◇―――――◇
目が覚めた。
急速に、周りに音が増えていく。
梨子「あ、起きたみたい」
ダイヤ「千歌さん、たるみすぎですわ!」
スパンと頭を叩かれる。
千歌「痛いっ! こ、ここは……部室?」
果南「ええ……寝た場所も覚えてないの?」
曜「あはは、千歌ちゃんは相変わらずだなあ」
千歌「……っ」
千歌「曜、ちゃん……」
曜「へ?」
曜ちゃんがいた。
机に衣装を広げて、自分も妙なコスプレをして。
9人いたはずの部室には、今は5人しかいなかった。
また、夢だったのかな。
120 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:32:54.17 ID:smyUCZOA0
千歌「ねえ、曜ちゃん。今日お父さんは……?」
曜「え、急だね。うーん……、しばらくはいないかな。夏には1回帰ってくると思うであります!」
びしっと敬礼のポーズ。
千歌「そっか」
千歌「……そっか……っ」
ずっと我慢していた何かが溢れ出す。
千歌「うっ……く…うぅ……っ」
ぽたりと垂れた滴に、全員が息を呑むのが聞こえた。
千歌「ふっ……うっ……ごめん、ごめんね…っ、曜ちゃん……!」
曜「え、ええ!? 千歌ちゃんどうしたの!?」
千歌「なんでも、ない……っ!」
曜ちゃんの肩にひしと抱き着いて、わんわんと声を上げた。
あと6人。
121 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:33:29.29 ID:smyUCZOA0
#3「私と夢」
122 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:33:57.15 ID:smyUCZOA0
――――
5月10日
千歌「うーん、ルビィちゃんたち、いるかなあ……」
数日後の昼休み。
突然泣き出したことをからかわれるくらいになった頃。
私は1年生の教室に足を伸ばしていた。
このへんてこりんな旅が始まってから、一度も出会っていない仲間を見に行くためだった。
千歌「それにしても、なんか損した気分」
目を覚ましたらいつの間にかゴールデンウィークが終わっていた。
「私」は曜ちゃんと梨子ちゃんと出掛けていたらしい。
楽しそうに思い出を語られて苦笑いしかできなかったことを思い出す。
123 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:34:37.84 ID:smyUCZOA0
「ここ」では、私と曜ちゃんは言い合いをしていない。
曜ちゃんのお父さんは私たちに水泳は教えていない。
私は水泳部に入っていない。
何の部活にも入らないまま2年になり、スクールアイドル部に入りたいと言った私に、曜ちゃんがついてきてくれた。
転校してきた梨子ちゃんは、私と曜ちゃんで半ば無理矢理引き込んだ。
「元の」記憶にだんだん近づいてきている。
やっぱり、あの『入部届』に触ると、戻るんだ。
千歌「もう一度、走り出して……」
口の中で呟きながら、教室のドアに手をかける。
開けないうちに、近くで声がした。
124 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:35:16.67 ID:smyUCZOA0
花丸「あの、何か御用ですか?」
千歌「あ、花丸ちゃん……」
花丸「え……?」
しまった。「私」はまだ花丸ちゃんに出会っていない。
どう言い訳をしようかと考えていると、教室から小さな頭がひょこり覗いた。
ルビィ「どうしたの、花丸ちゃん?」
千歌「……え?」
千歌「る、るるるルビィちゃん!? その髪どうしたの!?」
きょとんと首を傾げるルビィちゃんは、記憶にあるツインテール姿ではなく、腰まで髪を下ろしていた。
ルビィ「あ、ち、千歌さん! いつもお姉ちゃんがお世話になってましゅ!」
ぶんぶんと頭を下げたルビィちゃんは、舌を噛んで痛そうに目を潤ませている。
ばさりと長い髪が跳ねる。髪型以外は記憶のままだ。
125 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:35:51.89 ID:smyUCZOA0
花丸「あ、ルビィちゃんのお知り合いずらか」
ルビィ「う、うん。お姉ちゃんと同じスクールアイドル部で、2年の高海千歌さん。前うちに来た時、お茶をお出ししたから知ってるんだ」
千歌「えっと、ごちそうさまでした?」
とりあえず話を合わせておく。
ルビィ「えへへ。ルビィお茶入れるの得意なんです!」
嬉しそうにルビィちゃんが笑う。
花丸「ルビィちゃんは本当に偉いずら! よくお弁当も作ってきてるもんね」
ルビィ「お姉ちゃんと交代で作ってるんだぁ」
千歌「え、そうなの?」
そんな話、ルビィちゃんから聞いたことあったかな。
記憶を掘り返しても、特に思い当たることはなかった。
ルビィ「あ、千歌さん、そういえばどうしてここに?」
千歌「あ……」
全く考えていなかった。
千歌「え、えーっと……、る、ルビィちゃんたちとお昼を食べに」
ルビィ「うゅ?」
結局出てきたのは、そんな苦しい言い訳だった。
126 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:36:53.95 ID:smyUCZOA0
――――
千歌「ほえー……。ここが文芸部かあ。初めて来たな……」
花丸「今はルビィちゃんと2人で使ってるんです。1つ上は誰もいなくて、2つ上の先輩は受験勉強があるからって」
狭い室内をぐるりと見渡しながら、花丸ちゃんが説明してくれる。
ルビィちゃんと花丸ちゃんは、文芸部に所属していた。
千歌「でも、本当にいいの? 急にお邪魔しちゃって……」
ルビィ「び、びっくりはしましたけど……。お姉ちゃんのお友達だし、大丈夫です!」
花丸「マルはルビィちゃんがいいならいいず……いいです」
千歌「あー……、気は遣わなくて大丈夫だよ、花丸ちゃん」
花丸「ずらっ」
ルビィ「……千歌さん、お姉ちゃんはご迷惑をかけてはいませんか?」
千歌「いやいや、千歌は叱られる側だよ……」
ルビィ「ご、ごめんなさい! お姉ちゃん厳しくて……」
千歌「ううん! 私がぼけっとしてることも多いし! ダイヤさんには感謝してるんだ」
花丸「ルビィちゃんのお姉ちゃん、綺麗だし、かっこいいもんね……」
ほうっと、花丸ちゃんが湯気の立つお茶を飲んでいる。
なぜかルビィちゃんは複雑な顔をしていた。
127 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:37:43.47 ID:smyUCZOA0
千歌「そういえばルビィちゃん、髪型はいつもそんな感じなの?」
揃えた前髪に、長い髪。
ダイヤさんとそっくりな髪型だった。
ルビィ「え? これですか? そうですね。いつもこうです。黒澤家の者として相応しくしないといけなくて……」
千歌「……」
どうやらこの世界のルビィちゃんは、家の方針に従って髪を伸ばしているらしい。
嫌々ではありそうだけれど。
千歌「花丸ちゃんたちは、ここでどんな活動をしているの?」
花丸「色々ずら! 放送で本を紹介したり、図書室の管理を手伝ったり、あとはたまーに、校内新聞に小説を載せたり」
千歌「小説? な、なんかすごそう」
ルビィ「花丸ちゃんの書いてる小説、大人気なんです! 『先生』なんて呼ばれてるもんね!」
花丸「は、恥ずかしいよ……」
千歌「へえ! 千歌にも読めるかな?」
ルビィ「もちろんです! むしろ気に入ると……あ、ここにコピーがあるんですけど!」
花丸「ルビィちゃんやめるずら! は、恥ずかしいって!」
鼻息も荒く部室をガサゴソやりはじめたルビィちゃんを、花丸ちゃんが必死に止める。
千歌「……ふふっ」
スイッチが入ると意外とアグレッシブ。ルビィちゃんらしいと思った。
128 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:39:15.29 ID:smyUCZOA0
千歌「でも、そっか、残念だな……」
花丸「え、何がですか?」
千歌「あー、2人はとっても可愛いし、アイドル出来るんじゃないかなって思って」
それとなく口に出してみる。
曜ちゃんとの一件で、私は随分臆病になってしまっていた。
花丸「へ!? お、おお、オラがアイドル!? む、無理ずら無理ずら!」
ルビィ「……」
真っ赤な顔で、花丸ちゃんはあわあわと顔の前で手を振っている。
けれどルビィちゃんは、途端にすっと表情を消した。
千歌「へ……る、ルビィちゃん?」
初めて見るルビィちゃんの表情に、どうしたらいいかわからなくなる。
ルビィ「千歌さん、お姉ちゃんに言われてきたんですか」
それまでとは違う低い声。
129 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:40:40.51 ID:smyUCZOA0
千歌「え、ち、違うけど……」
ルビィ「隠さなくても大丈夫ですよ。わかってます。お姉ちゃんに言われたんですよね? ルビィのこと、勧誘して来いって」
花丸「ルビィちゃん……? 顔がちょっと怖いずらよ……?」
ルビィ「正直に話してください、千歌さん」
ぐいっと、一歩距離を詰められる。
千歌「え、い、いや、ただ私が、一緒にやりたいって、思って……」
いつも撫でていたはずの頭が、やけに近く感じた。
気圧されて、数歩下がる。
ルビィ「……」
千歌「……ほんとだよ」
ルビィ「そう、ですか」
ルビィ「……ごめんなさい。千歌さんは、悪くないんです。悪いのは―――悪い、のは……」
やっと表情を取り戻したルビィちゃんの顔は、寂しそうに沈んでいた。
130 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:42:01.16 ID:smyUCZOA0
―――
千歌「うーん……」
ルビィちゃんからは結局何も聞き出せないまま、放課後を迎えていた。
千歌「ダイヤさんと、何かあったのかなあ……」
ダイヤ「わたくしが、何ですって?」
千歌「わわっ、ダイヤさんっ!?」
ダイヤ「廊下を歩いていたら浮かない顔をした部員がいましたので。スクールアイドルがそんな顔をしていてはいけませんわ」
千歌「あ、うん、ごめんなさい……」
ダイヤ「それで、どうしたんですの?」
千歌「あー、えっと……」
ダイヤ「……もう」
ダイヤ「何かあったなら話してみなさいな」
千歌「ダイヤさん……それじゃあ」
千歌「ルビィちゃんの、ことなんですけど」
―――――
―――
131 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:42:44.94 ID:smyUCZOA0
ダイヤ「なるほど……ルビィをスクールアイドルに誘ったと」
千歌「はい。でも、様子がおかしくて……」
ダイヤ「……」
少し思案するように、ダイヤさんは空に視線を彷徨わせた。
ダイヤ「あの子は……」
ダイヤ「あの子は、スクールアイドルにはなりたくない、と……」
千歌「えっ!? る、ルビィちゃんが!?」
Aqoursの中でも1、2を争うアイドル好きだったのに。
一緒にライブを見に行ったことだってある。
ダイヤ「わたくしにも、理由はわかりませんの。あんなに好きだというのに」
千歌「昔は好きで、今はそうでもないとか……」
ダイヤ「まさか。ルビィは夜な夜な隠れて雑誌を読んでいます。本人は気づかれていないと思っているようですが……」
132 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:43:17.84 ID:smyUCZOA0
ダイヤ「まったく、詰めが甘いのですわ。最近少しは頼れるようになったというのに」
困ったように笑うダイヤさんの顔は、少し寂しそうだった。
千歌「でも、何でダイヤさんに隠すんだろう……」
毎晩隠れて雑誌を読んでいたという話は、「元の」ルビィからも聞いたことがある。
ダイヤさんに見つかって没収された、とも。
それでも、変だった。ここでは、ダイヤさんはなぜかスクールアイドルに協力的だ。というか、部長だ。
「元の」世界のように、人目を気にする必要もないのに。
ダイヤさんも不思議そうに首をひねる。
ダイヤ「あの子も反抗期なのでしょうか……」
千歌「ルビィちゃんが、反抗期?」
とても想像できなかった。
千歌「とにかく、ルビィちゃんはまだアイドルが大好き。そうなんですよね?」
ダイヤ「ええ、間違いありません」
自信たっぷりにダイヤさんは頷いた。
133 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:43:52.84 ID:smyUCZOA0
――――
千歌「はあ……」
放課後、部室で肩を落とす。
ルビィちゃんについては、ダイヤさんも詳しくはわかっていないようだった。
千歌「もうちょっと話を聞かないとなあ……」
―――『お姉ちゃんに言われたんですよね? ルビィのこと、勧誘して来いって』
千歌「ほんと、どうしちゃったんだろうなあ」
うーっと唸って首の向きを変え、またため息をつく。
花丸ちゃんと話す様子は、記憶と変わらなかった。
それでも、何かが違うのだろう。
コンクールに出る梨子ちゃんのように、お父さんと泳ぐ曜ちゃんのように。
ルビィちゃんは、何か理由があって髪を伸ばしているのだろう。
134 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:44:36.51 ID:smyUCZOA0
曜「千歌ちゃん、最近ため息多いね」
梨子「また歌詞に詰まってるの? あんまり根を詰めすぎちゃだめだよ?」
千歌「うーん、そういうわけじゃないんだけどさ……」
曜「……」
梨子「……」
2人は何か言いたげだった。
曜「まあ今はさ、とりあえず今度のライブに集中しようよ」
千歌「はぁい」
私たちは近々、体育館でライブを行うことになっているらしい。
ここ数日はその練習にかかりっきりなのだ。
梨子「うぅ、今から緊張するなぁ……」
曜「大丈夫だって! 梨子ちゃん、ちゃんと出来てるよ!」
千歌「そうだよ、千歌もそう思う!」
梨子「え、ほ、ほんとかな……?」
なんて、お互いを励まし合いながら練習の支度をする。
135 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:45:03.60 ID:smyUCZOA0
梨子「千歌ちゃーん、いつまで寝てるのー?」
曜「ほら千歌ちゃん! 一緒に体育館行こう?」
梨子ちゃんが困ったように足踏みし、曜ちゃんがゆっくりと私の手を引いてくれる。
千歌「……」
千歌「うん、今行くね!」
2人がいる。一緒に踊っている。
それだけで心強いはずだった。
焦っちゃダメだ。少しずつ、戻っていけばいいよね。
千歌「……」
自分に言い聞かせるようにして、立ち上がった。
136 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:45:48.20 ID:smyUCZOA0
――――
ダイヤ「はい、今日はこのくらいですわね」
果南「3人ともお疲れさま」
梨子「ありがとうございました!」
ダイヤさんの号令で練習が終わった。
踊らない代わりに、ダイヤさんは部長として、部のマネジメントをしていた。
果南ちゃんはダンスのコーチをしてくれている。
見本だと言って踊っている姿は本当に楽しそうで、いつかの朝に神社で見た光景を思い出した。
ここでも、アイドルをやっていたのかな。
やめちゃったのかな。
曜「結構良くなってきたかな! どう果南ちゃん?」
果南「うん、だいぶいい感じ。でも、お客さんの前に出るんだから、油断しちゃだめだよ?」
千歌「そうだよね。少しずつ有名になって、入学希望者を増やさないと!」
たとえ少し「違う」場所だとしても、愛すべき浦の星女学院であることに変わりはない。そう思った。
137 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:46:49.37 ID:smyUCZOA0
曜「おお、千歌ちゃん大きく出たね?」
梨子「入学希望者かあ……。十分たくさん来ると思うけど」
千歌「……え?」
梨子「え、いや、聞いたことない? 来年の1年生は2クラスになるんじゃないかって」
千歌「に、に、2クラスぅ!?」
曜「え、千歌ちゃん知らなかったの? 教室のどうしようって大慌てらしいよ」
千歌「じゃ、じゃあ廃校にもならないの?」
梨子「いや、なるわけないでしょ……」
呆れたように梨子ちゃんが肩を落とす。
予想もしなかった状況に頭が真っ白になる。
「ここ」では、浦女は廃校にならない?
まさか、でも、何があってもおかしくは――。
138 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:47:17.55 ID:smyUCZOA0
ダイヤ「……千歌さん」
千歌「は、はい」
ダイヤ「……廃校の噂でも、聞いたのですか?」
ダイヤさんは普段よりも硬い声だ。
果南「……」
果南ちゃんも、隣で眉を寄せて黙り込んでいる。
千歌「……えっと」
果南「千歌」
厳しい声にびくりとする。
曜「ち、ちょっと、そんなに怒らなくても……」
梨子「そうです。千歌ちゃんですよ? ただ知らなかっただけだと思いますけど……」
千歌「う、うん、急にごめんね」
失礼なフォローに合わせて、咄嗟に頷く。
ダイヤ「まあ、いいですけれど」
ダイヤ「とにかく、廃校はあり得ません。来年度も、新入生は入ってきます」
有無を言わせぬ言葉に、その場では何も言えなかった。
139 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:47:58.06 ID:smyUCZOA0
◇―――――◇
週明け、5月13日。
千歌「やっぱり、おかしいよ。あの反応、絶対何かあるもん」
私はぶつぶつ呟きながら校内を歩いていた。
千歌「ダイヤさんも果南ちゃんも頑固だからなあ……」
あの後、様子のおかしい2人に詳しく事情を聞こうとしても、「何でもない」の1点張りだった。
詳しく話す気はなさそうだ。
それならと、たまたま練習が休みなのをいいことに、理事長室に向かっていた。
思い返せば鞠莉さんは元の世界でもいろいろ助けてくれた。
今回も、何か教えてくれるかもしれない。
何も変わっていなければ、の話だけれど。
千歌「鞠莉さん、いるかな」
コンコンと理事長室のドアをノックする。
「はーい」
中から鞠莉さんの声が聞こえてくる。
少し懐かしく思いながら、ドアを開ける。
ああ、そうだ。私たち、初対面かも。
千歌「失礼します! 2年の高海千歌です!」
140 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:48:44.42 ID:smyUCZOA0
鞠莉「ハァイ! いい挨拶ね」
鞠莉さんは紅茶を飲んでいた。
ひとまず友好的な反応にほっとする。
鞠莉「あら……? あなた、School Idol Club の……」
千歌「そ、そうです! ダイヤさんと果南さんと同じ!」
鞠莉「そう」
鞠莉さんは2人の名前が出た瞬間、少し顔をしかめた。
鞠莉「それで、何か用かしら? 私、困ったことにあんまり暇じゃなくて」
書類の山を指さしながら、鞠莉さんは片方の眉を上げてみせた。
千歌「紅茶を飲んでいるのに?」
鞠莉「Performance があがるのよ」
千歌「そうなんですか……」
141 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:49:19.60 ID:smyUCZOA0
千歌「えっと、今日は聞きたいことがあるんです」
鞠莉「聞きたいこと?」
千歌「その、廃校についてです」
鞠莉「……廃校」
途端に、鞠莉さんの目つきが変わった。
かちゃりとカップを置き、まっすぐこちらに身体を向ける。
千歌「……っ」
矢のような目つきに、ごくりと唾を呑む。
鞠莉「穏やかな話じゃないわね。どうしてそれを?」
千歌「その、噂で、聞いて」
咄嗟に嘘をついた。
鞠莉さんはじっと私の目を見つめたままだ。
142 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:49:54.12 ID:smyUCZOA0
鞠莉「……噂、ねえ」
鞠莉「まあ、私たちが1年生の時の話だから、知っていても不思議ではないわね」
千歌「じゃ、じゃあ、廃校の話はある……?」
鞠莉「正確には、あった」
千歌「過去形……?」
鞠莉「Yes! このマリーの目の黒いうちは廃校になんかさせまセーン!」
ふっと雰囲気を和らげ、鞠莉さんはおどけて両手を広げて見せた。
でも、どうやって。
私たちAqoursは、廃校を止めることは出来ていなかったはずだ。
千歌「なんで、なくなったんですか?」
鞠莉「それ、聞いちゃう?」
ぞくりとした。
にこにことこちらを見る鞠莉の顔は目だけが笑っていなかった。
143 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:51:06.17 ID:smyUCZOA0
千歌「……えっと、その」
鞠莉「……ぷっ。あはは、Sorry! ちょっと怖がらせちゃったかしら?」
千歌「へ?」
鞠莉「joke よ joke! まあでも、それは企業秘密デース!」
千歌「も、もう、鞠莉さん!」
慌てて冷や汗を拭う。
鞠莉「それじゃあ、んー、千歌さんだから……千歌っち! 他に何か聞きたいことは?」
千歌「えっと……」
スクールアイドルに誘うべきだろうか。
口を開きかけて、さっきの目つきを思い出して閉じた。
本当に冗談だったのかな。
千歌「大丈夫です」
鞠莉「そう。それなら、See you! 気をつけて」
千歌「ありがとうございます」
ぺこりとお辞儀をして、扉に手を掛ける。
144 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:51:45.84 ID:smyUCZOA0
鞠莉「ああ、そうそう。1ついいかしら」
千歌「……?」
鞠莉「2人は、元気?」
誰のことを聞かれたのかはすぐに分かった。
何気ない言葉だった。
けれど、それまでの鞠莉の言葉とは何かが違っていた。
再び傾けているカップで顔は見えない。細い声だった。
千歌「……なんだか、寂しそうだと思います」
鞠莉「……そう」
鞠莉さんはそれきり何も言わなかった。
千歌「失礼しました」
ゆっくりと扉を閉める。
鞠莉さんの姿が隠れていく。
最後まで紅茶のカップを傾けたままだった。
145 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:52:18.57 ID:smyUCZOA0
――――
千歌「あー……」
お腹の底からため息をつく。
やはり3年生はややこしい関係になっているようだ。
千歌「ほんと、他人の世話焼いてる場合じゃないでしょ、果南ちゃん」
「前の世界」で私と曜ちゃんにやきもきしていた果南ちゃんを思い出して、独り言。
廊下を歩いて、下駄箱で靴を履き替える。
もわりと湿った空気が身体を撫でた。
千歌「あ、雨……。傘、ないや」
さあさあと霧雨が降り始めていた。
146 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:52:57.16 ID:smyUCZOA0
途方に暮れていると、誰かの話し声。次いで、見知った顔が隣を通り過ぎた。
思わず声を掛ける。
千歌「……善子ちゃん」
善子「えっ?」
千歌「あ、ううん、何でもないよ。大丈夫」
善子ちゃんは怪訝な顔をして、一礼すると去っていった。
鞄を頭の上にのせて、濡れるのもお構いなしに、友達と悲鳴を上げながら駆けていく。
やっぱり、花丸ちゃんやルビィちゃんとは一緒ではないようだった。
善子ちゃんも、違うのかな。
私の知ってる善子ちゃんじゃないのかな。
鞠莉さんも、違ったのかな。
私の知っている鞠莉さんよりも、少しだけ怖かった。
慣れ親しんだ相手のふとした違和感が、余計に目立って見えた。
147 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:53:30.74 ID:smyUCZOA0
千歌「……」
それからしばらく、空を見上げて立っていた。
千歌「……寂しいなあ」
ぽつりと呟きが漏れる。
それも、次第に激しくなる雨に音を吸われてしまう。
雲の継ぎ目もわからない真っ白な空と、雨の音しかしない柔らかい風の中で、静かな孤独感に駆られていた。
しばらく雨はやみそうにない。
何となく、歌詞ノートを取り出した。
表紙にAqoursの文字はない。
ただ裏表紙に私の名前が書いてあるだけだった。
ページをめくる。
千歌「大好きだったらダイジョウブ……」
いつか踊った、それでいてまだ踊っていない曲の歌詞が書かれている。
148 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:54:11.03 ID:smyUCZOA0
あの時も、雨だったっけ。
今度あるという体育館ライブは、晴れるといいな。
千歌「……私は、これをどんな気持ちで書いたんだろう。いつ、どこで、誰と書いたんだろう」
どこからどう見ても私の字。
それでも「私」はこれを書いていない。
ぺらりと前のページをめくる。
歌詞につながるようなメモがぐちゃぐちゃと並んでいる。
千歌「私は、どうしてこの言葉を思いついたんだろう。どうやって、歌詞を紡ぎだしたんだろう」
一瞬、浮いているかのような気分になる。
「梨子ちゃん」と「曜ちゃん」の声が頭の中に響く。
床が急に消えてなくなって、私はゆっくり、くるくると回りながら落ちていく。
私は、一人ぼっち。私は――。
149 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:54:49.90 ID:smyUCZOA0
ダイヤ「千歌さん?」
こらえきれず、ずるずるとへたり込もうとした脇を、ダイヤさんが支えてくれた。
千歌「あれ……? ダイヤさん、どうして?」
ダイヤ「生徒会の仕事で残ると言ったではありませんか」
ダイヤ「それより、大丈夫なんですの? 体調がよくなさそうですが……」
千歌「体調は、大丈夫です」
ダイヤ「……本当に?」
千歌「はい。でも、傘がなくて」
ダイヤ「あら、そうですか。それじゃあ」
つい、と開いた傘を差しだされる。
千歌「へ……?」
ダイヤ「ほら、帰りますわよ。お入りなさい」
腕をぐいと引っ張られた。
千歌「わっとと! ちょ、ちょっとダイヤさん!」
ダイヤ「文句があるならびしょ濡れで帰りなさいな」
千歌「ええ……」
ダイヤさんはぷいと顔を背けてみせた。
150 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:55:17.02 ID:smyUCZOA0
千歌「じ、じゃあお願いします……」
おずおずと傘の下に入る。
たいして大きくもない傘から、2人の肩がはみ出してしまっていた。
ダイヤ「……」
意味もなく猫背になりながら、隣で無言で歩くダイヤさんを見上げる。
退屈そうな目でぼうっと前を見つめている。
ダイヤさんは、どんな過去を抱えて生きているんだろう。
このダイヤさんも、もう踊らないと決めているのかな。
それなのにスクールアイドル部の部長までやって、普段は、今は、何を思って過ごしているのかな。
ダイヤ「千歌さん」
視線に気が付いたのか、ダイヤさんが目を合わせてきた。
ダイヤ「この後、お時間はありますか?」
千歌「え……?」
151 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:55:47.83 ID:smyUCZOA0
―――
ダイヤ「はい、千歌さん。粗茶ですが」
ことっとダイヤさんが湯呑を置いてくれた。
千歌「すみません、ダイヤさん。服まで貸してもらっちゃって……」
ダイヤ「部員の世話くらいしますわ」
千歌「あはは……」
ダイヤさんは、私を家に連れて行って、お風呂を貸してくれた。
制服が乾くまで、とゆったりした服を着せられる。
ルビィちゃんは、連れ立って現れた私たちにいい顔をしなかった。
お稽古があるから。そう言って奥の部屋に入っていった。
千歌「ルビィちゃん、お稽古をやっているんですか?」
ダイヤ「ええ。最近文句も言わなくなりました。成長……しているのでしょうか」
何となく、ダイヤさんは浮かない顔だ。
152 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:56:19.91 ID:smyUCZOA0
ダイヤ「……千歌さん」
ダイヤ「先日は、すみませんでした。廃校のことで、つらくあたってしまって」
千歌「え、べ、別に気にしてませんって!」
ダイヤ「いえ、部長として、褒められた態度ではありませんでした」
千歌「ダイヤさん……」
千歌「何か、あったんですよね。果南ちゃんと、鞠莉さんと」
鞠莉さんの名前が出たことに、ダイヤさんは驚いたようだった。
ダイヤ「どうして……」
千歌「今日、会ってきたんです」
ダイヤ「鞠莉さんは、何か……?」
千歌「廃校はもうなくなった、って」
ダイヤ「そう、ですか」
また浮かない顔。
153 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/20(火) 02:56:25.52 ID:rGUlwnhho
時の旅人以来の期待
154 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:56:57.07 ID:smyUCZOA0
千歌「何があったんですか?」
ダイヤ「……」
千歌「ダイヤさん」
すぅっと短く息を吸うと、ダイヤさんは言葉を続けた。
ダイヤ「千歌さんたちはご存じないかもしれませんが……」
ダイヤ「わたくしは、以前……スクールアイドルをやっていました。今のように口を出すだけでなく、実際に踊る方です」
ダイヤ「ユニット名は―――」
千歌「―――Aqours」
ダイヤ「……!」
ダイヤ「そう、そうですわ! Aqoursです。どうして、それを……?」
千歌「私、知ってるんです。Aqours、ダイヤさんと、果南ちゃんと、鞠莉さんで……」
ダイヤ「……いいえ」
ダイヤ「わたくしと、果南さんです」
千歌「え?」
ダイヤ「Aqoursは、2人でした」
155 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:57:32.28 ID:smyUCZOA0
千歌「う、そ……」
ダイヤ「……」
私の驚きを余所に、ダイヤさんは遠い目をしていた。
ダイヤ「そして、東京で挫折を味わった。わたくしは怪我をした。それだけの話です」
千歌「ダイヤさんが、怪我……?」
ダイヤ「ええ。もう治っているので、心配はいりませんわ」
さらっとダイヤさんはそう言った。
これも違う。怪我をしたのは鞠莉さんのはずだった。
それがそもそも、Aqoursは2人だった?
ダイヤ「わたくしから話せることは、それほど多くありません。果南さんと、鞠莉さんの許しがなければ……」
千歌「あ、は、はい……」
ダイヤ「それでも、わたくしたちは仲の良い……そうですわね、親友、といっても許される関係だったと、思っています」
千歌「……」
歯の奥にものが詰まったようないいように、もどかしくなる。
156 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:58:04.81 ID:smyUCZOA0
千歌「ダイヤさんは、だからもう踊らないんですか?」
ダイヤ「……わたくしは」
小さな声で言った後、ダイヤさんはずいぶんの間、黙り込んでいた。
ダイヤ「……待っているのかもしれませんわね」
何をとも、誰をとも、言わなかった。
きっと、果南ちゃんだけじゃなくて、2人を待っているのだろう。
ここでも、果南ちゃんと鞠莉さんの間に何かがあって、ダイヤさんは2人を待っているのだろう。
物憂げなダイヤさんの瞳を見ながら、そう思った。
ダイヤ「ああ、でも、今はおバカな後輩の世話で手一杯ですわね」
千歌「え、それって千歌のこと!? ひどい!」
ダイヤ「……ふふっ」
くすくすとダイヤさんが笑う。
私がよく知るダイヤさんの優しい笑顔だった。
157 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:58:36.92 ID:smyUCZOA0
ダイヤ「……千歌さん」
千歌「はい」
ダイヤ「千歌さんは、どうしてAqoursのことを? その名前は、果南さんと鞠莉さんと、ルビィしか知らないはずですわ」
真剣な顔でダイヤさんが私を見る。
千歌「それは……」
ダイヤ「……」
口ごもった私に、ダイヤさんはすっと近づいてきた。
ダイヤ「やはり、不思議ですわ」
千歌「不思議?」
ダイヤ「知るはずのない情報を知っている。それに、知っているはずの情報を知らない」
ダイヤ「確か千歌さん、つい先日、前から計画していたはずの体育館ライブのことを知りませんでしたわね?」
どきりと心臓が跳ねる。
「ここ」に来てすぐ、体育館ライブのことを聞かれて答えられなかったことがあった。
158 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:59:10.75 ID:smyUCZOA0
ダイヤ「……千歌さん」
ダイヤ「責めるような言い方になってしまっていたらすみません。ですが……」
ダイヤ「何を隠しているのですか? わたくしは……そう、心配、なのです」
千歌「心配って、どうして」
ダイヤ「千歌さんが、何か悩んでいるかもしれない。千歌さんが、何か身体の調子が悪いのかもしれない」
ダイヤ「何かに巻き込まれているのかもしれない。どこかに行ってしまうかもしれない」
ダイヤ「わたくしだけではありません。曜さんが、梨子さんが、果南さんが、全員が心配しています」
千歌「皆が……」
気づかれていたのか。
千歌「……」
ダイヤ「千歌さん、教えてくださいな。これでも、部長なのです。あなたの、友人なのです」
ずきりと胸が痛む。
曜ちゃんの叫び声が頭をよぎる。
違うんだよ、ダイヤさん。
ダイヤさんの想う私は、違うんだよ。
159 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:59:54.24 ID:smyUCZOA0
千歌「私、は……」
それでも。
それでも、きっと私は話すんだろう。
優しい目で微笑む仲間に甘えて、泣きながら抱きしめてくれる友人に甘えて、何度でも話すんだろう。
それが高海千歌で、私だと思うから。みんながいないとダメだから。
みんなに手を伸ばさないと、立っていられないから。
千歌「ダイヤさん、私は―――」
―――――
―――
160 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:00:22.31 ID:smyUCZOA0
――――
ダイヤ「……」
ダイヤ「その話は、本当、ですの?」
千歌「……本当です」
ダイヤ「わたくしの予想とは、全く違いましたわ……」
千歌「あはは、梨子ちゃんもそう言ってました」
ダイヤ「梨子さんには話したのですか?」
千歌「あ、えーっと、『前の前の所』で」
ダイヤ「な、なるほど……ややこしいですわね」
ダイヤさんが頭を抱えている。
めったに見られない光景に、思わずおかしくなった。
161 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:01:03.16 ID:smyUCZOA0
ダイヤ「それで、ええっと、何でしたっけ。サンシャインぴっか……?」
千歌「ぴっかぴか音頭です」
ダイヤ「え、ええ、それです。その妙な――いえ、斬新な曲を、あー、わたくしも含めた皆で踊って……?」
千歌「はい、ノリノリでした」
ダイヤ「なんてこと、なんてことなの……」
恥ずかしそうに顔を覆い、ダイヤさんはしばらく震えていた。
ダイヤ「ま、まあいいでしょう。それで、その最中に気が付いたら4月に来ていた、と?」
千歌「はい……」
千歌「本当に、それ以上はわからなくて……」
ダイヤ「ふむ……わからないことを考えても仕方ありませんわね」
ダイヤ「それなら、今わかっていることを考えましょうか」
千歌「今わかっていること……」
ダイヤ「千歌さんは将来Aqoursに入るはずの仲間を集めている。誰かの勧誘に成功すると――『移動』する」
わたくしも含まれているのでしたね、とダイヤさんは複雑な顔をした。
162 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:02:06.96 ID:smyUCZOA0
千歌「はい。それに『移動』するとき、不思議な光景を見るんです」
千歌「8月までにあったことみたいなんですけど、私は全然覚えていなくて」
ダイヤ「既視感だけを持つ、と」
要領を得ない私の話をきちんと聞いてくれるダイヤさんに感心してしまう。
千歌「……あれは、何だったんだろう。梨子ちゃんと、曜ちゃんの声は、何だったんだろう」
ダイヤ「……」
ダイヤさんは考え込むように俯いた後、ふと顔を上げて言った。
ダイヤ「『もし』」
千歌「え?」
ダイヤ「千歌さんのお話には、もし、という言葉が何度も出てきましたわね」
千歌「あ、はい。梨子ちゃんも、曜ちゃんも『もし』って……」
ダイヤ「そしてそれが、実際に反映されている」
163 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:03:04.34 ID:smyUCZOA0
千歌「そう、そうです。梨子ちゃんは『もしもピアノが弾けてたら』って……。私が会った『梨子ちゃん』はコンクールでピアノを弾いていました」
ダイヤ「そして千歌さんは、お父様が家にいるという『曜さん』に会った」
千歌「それじゃあ、ここは……」
ダイヤ「ええ、ここは『もし』の世界――『千歌さんの知るAqours』のメンバーが描いた、夢のような世界かもしれません」
千歌「皆の、夢……」
千歌「でも、梨子ちゃんも曜ちゃんも、最後には今のままでいいって……」
ダイヤ「それが『戻る』ということではないでしょうか」
ダイヤ「もしもという夢を描いて、それでも納得し、前に進む……。夢から醒める」
千歌「私が、梨子ちゃんと曜ちゃんをスクールアイドルに誘ったから……?」
ダイヤ「ええ、おそらくは。そして、それに成功したからですわ。成功するたびに、少しずつ戻っていく……」
ダイヤ「千歌さんのやってきたことは、間違っていないはずですわ」
千歌「ダイヤさん……」
164 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:03:41.51 ID:smyUCZOA0
千歌「本当に、そうなのかな……」
ダイヤ「千歌さん?」
千歌「本当に、よかったのかな」
千歌「『梨子ちゃん』からピアノを奪って、よかったのかな。『曜ちゃん』からお父さんを奪って、よかったのかな」
千歌「全部全部なかったことにして、よかったのかな」
千歌「それに『ここ』では廃校の話はなくなってるんだよ。もう、学校はなくならないんだよ」
千歌「私が変えちゃっていいのかな。本当は私の世界が『夢』で、ここが『本物』じゃないのかな」
口をついて、そんな弱音が零れ落ちた。
165 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:04:24.60 ID:smyUCZOA0
ダイヤさんはしばらく顎に手をあてていたが、やがて小さく呼びかけてきた。
ダイヤ「……胡蝶の夢、という話を知っていますか」
千歌「胡椒の夢?」
ダイヤ「胡蝶、ですわ。自分が蝶になって飛んでいる夢を見たとき、『蝶』が夢なのか」
ダイヤ「それとも実は自分は『蝶』で、『起きている今』が夢なのか。そんな話です」
脳裏に、船の上で踊っていた光景が浮かんでくる。
私が持っていた灯りの先に、蝶が飛んでいた。
千歌「……」
千歌「今が夢なのか、私がいた未来が、ただの夢だったのか……」
ダイヤ「それは、誰にもわからないことですわ。『本物の今』などというものは、実はないのかもしれません」
千歌「でも、だったら、どうしたら――」
声を上げようとした私の唇を、ダイヤさんは指で押さえた。
ダイヤ「千歌さん」
ダイヤ「帰りなさいな」
きっぱりとダイヤさんは言い切った。
166 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:05:36.31 ID:smyUCZOA0
千歌「どうして……?」
ダイヤ「胡蝶の夢。わたくしはこの話を聞くたび、思うのです」
ダイヤ「たとえわたくしの世界が夢であったとしても、もし何かの拍子に反対側に行ってしまったら、どう思うのだろうかと」
ダイヤ「そしてそれは、ひどく寂しいことに違いない、と」
千歌「寂しい……」
ダイヤ「ええ。わたくしにとって、過去とは、東京での挫折でした。練習中の怪我でした。果南さんや鞠莉さんとの思い出でした。ルビィと過ごした日々でした」
ダイヤ「千歌さんにとってはどうですか? 千歌さんにとっての過去は、どこにありますか?」
千歌「私の、過去……」
それは、私にとっては9人揃ったAqoursであり、船の上で盆踊りを踊ったあの夏の日だった。
ダイヤ「でしたら、帰りなさいな。どんな犠牲を払っても。帰ることを選びなさい」
千歌「でも、帰るためにはダイヤさんが必要なんです。ダイヤさん、Aqoursに入ってくれますか?」
ダイヤ「……」
はいともいいえとも言わずに、ダイヤさんは傍らの湯呑に視線を落とした。
ダイヤ「……夢を見ました。わたくしが、わたくしに語り掛ける夢でした。Aqoursの活動を止め、失意のうちにあったときのことでした」
千歌「……!」
167 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:07:08.41 ID:smyUCZOA0
ダイヤ「『ルビィのことを応援するように』そう、言われました」
ダイヤ「わたくしは、スクールアイドル部を存続させる道を選びました。ルビィが入学した後、大好きなアイドルを始めることができるように、と」
ダイヤ「嫌がる果南さんにも頼み込んで、部室まで確保して」
まあ、ルビィは結局入ってくれませんでしたが。そう言って、ダイヤさんは少し困ったように笑った。
そうか、だから。
だから、ダイヤさんは部長なんだ。スクールアイドル部を続けていたんだ。
全部全部、ルビィちゃんのためだったんだ。
でも、それは、それって―――。
ダイヤ「千歌さんのお話を聞いて思ったのです。あれは未来のわたくしからのメッセージではないかと」
ダイヤ「『わたくし』はどこかでルビィを蔑ろにしてしまって、それを悔やんでいるのではないかと」
千歌「ダイヤさん……」
ダイヤ「きっと、ここは『わたくし』の夢でもあるのでしょう。曜さんと梨子さんは醒めたのかもしれません。それでも、残りはまだ夢の中」
呟いた後、ダイヤさんは湯呑から顔を上げた。
ダイヤ「わたくし、スクールアイドルをすることは、嫌ではありませんわ」
千歌「ダイヤさん、本当ですか……!」
ダイヤ「しかし」
千歌「え?」
ダイヤ「1つだけ、お願いがあるのです。ルビィのことで」
168 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:07:44.63 ID:smyUCZOA0
◇―――――◇
千歌「たのもー!」
5月14日、昼休み。
私はまた文芸部に来ていた。
花丸「ずら!? ち、千歌さん!?」
ルビィ「……千歌さん」
慌てた花丸ちゃんが本を取り落とす。
ルビィちゃんは静かに顔を私に向けた。
花丸「今日はどうして?」
千歌「これを渡しに来たんだ。2人に、来てほしいから」
花丸「ポスター? 『体育館でライブします』……?」
千歌「うん! 来週やるんだ」
ダイヤさんは私に、ルビィちゃんをスクールアイドル部に入れてあげてほしいと頼んだ。
自分の言葉はきっと届かないから、と。
だから、歌を届けるんだ。
踊りを見てもらうんだ。
そうして想いを伝えるんだ。
169 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:08:27.17 ID:smyUCZOA0
ルビィ「……」
ルビィちゃんはしばらく無言でポスターを眺めていた。
ルビィ「これは、お姉ちゃんのお願いですか」
千歌「そうだよ」
ルビィ「だったら……!」
震える手でポスターを突き返される。
花丸「ルビィちゃん、どうしてそんなに……」
千歌「ねえ、ルビィちゃん。スクールアイドル、嫌い?」
ルビィ「……っ」
私の言葉に、ルビィちゃんは唇を噛んでうつむいた。
ピンで留めた長い髪が肩にかかる。
ルビィ「……きら、い、です……っ」
毎晩アイドル雑誌をめくるルビィちゃんは、スクールアイドルを嫌いだと言った。
ルビィちゃんは、泣いていた。
170 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:09:01.83 ID:smyUCZOA0
花丸「る、ルビィちゃん……?」
ルビィ「スクールアイドルなんて、やりません! だって、だってお姉ちゃんは――」
千歌「ダイヤさんが……?」
ルビィ「……」
黙りこくったまま、ルビィちゃんは何も話さなかった。
話すかどうか迷っているようにも見えた。
やがて、小さい声が聞こえてきた。
ルビィ「……嘘です。好きなんです。スクールアイドル、大好きなんです。だから、行けません」
ルビィ「行ったら、憧れてしまうから。行ったら、ルビィも踊りたいって、想ってしまうから」
千歌「それのどこが……」
ルビィ「意地なんです」
強い声で、ルビィちゃんは言った。
ルビィ「ちっぽけで、何もできないルビィの、たった1つの意地なんです」
ルビィ「お姉ちゃんとの、意地の張り合いなんです。だから、だから――」
171 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:09:33.21 ID:smyUCZOA0
くいくいと、ルビィちゃんは私の腕を押した。
意地の張り合い。ルビィちゃんはそう言った。
きっと、ルビィちゃんが意地を張るのはダイヤさんのためなんだろう。
「元の」世界でもそうだった。
ルビィちゃんはいつもダイヤさんのことを考えていた。
ダイヤさんをスクールアイドルに誘おうとした私を止めたこともあった。
きっと、「この」ルビィちゃんもそうなんだ。
だからこそ、見てもらいたかった。
だからこそ、来てもらわないといけない理由があった。
本当は、内緒にしていてと言われていたけれど。
千歌「ね、ルビィちゃん。今度のライブ、ダイヤさんがセンターなんだ」
ルビィ「え……?」
172 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:10:32.45 ID:smyUCZOA0
はっとルビィちゃんは息を呑んだ。
花丸「わあ……! ルビィちゃん、行かなきゃ。見に行かなきゃダメずらよ」
優しく手を取る花丸ちゃんを余所に、ルビィちゃんは呆然と立ち尽くしていた。
ルビィ「お姉ちゃんが、踊る……。嘘……」
千歌「嘘じゃない。これでも私、苦労したんだからね」
3人で踊る予定だったライブ。
5人で出たいと、ダイヤさんに頼み込んだ。
ダイヤさんは練習不足だの、公私混同だのとごねていた。
ルビィちゃんのためだと言うと、たっぷり30分間黙り込んだ後、こくんと頷いてくれた。
巻き込まれた果南ちゃんはずっと苦い顔をしていたけれど、その日の練習後、嬉しそうに隠れてダンスの練習をしていた。
千歌「ルビィちゃん」
私が呼びかけると、ルビィちゃんはゆっくりと顔をあげた。
千歌「来てほしいな。私、ルビィちゃんに見てほしいんだ、ダイヤさんのこと。ダイヤさんの友達として。ルビィちゃんの友達として」
千歌「Aqoursの、メンバーとして」
ルビィ「千歌さん……」
173 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:11:06.69 ID:smyUCZOA0
ルビィ「……行きたい。踊っているお姉ちゃんを見るのが夢だったから。でも――」
ルビィ「今さら、ルビィが行っても……」
踏ん切りがつかないらしいルビィちゃんは、私に差し出したままのポスターに目を落とす。
花丸「ルビィちゃん、一緒に行こう?」
ルビィ「花丸ちゃん……。でも、ルビィ……」
花丸「ダメずらよ、ルビィちゃん」
ルビィ「だ、ダメって、何が……」
花丸「マルは、何もわからないけど、何も知らないけど……」
花丸「好きなことを我慢しなきゃいけないなんて、そんなのダメずら」
静かに、けれどしっかりとした口調で話す花丸ちゃんは、自分に言い聞かせているようにも見えた。
ルビィ「……花丸ちゃん」
174 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:11:44.85 ID:smyUCZOA0
花丸「ね、ルビィちゃん。スクールアイドルが好きなのは、ルビィちゃんだよ。憧れているのは、ルビィちゃんだよ」
花丸「マルにスクールアイドルのお話をしてくれるのはルビィちゃんだよ。本屋さんでいつも雑誌をちらちら見ているのはルビィちゃんだよ」
花丸「ふとした瞬間に歌をうたっているのはルビィちゃんだよ。ノートの隅っこに衣装の絵を描いているのはルビィちゃんだよ」
花丸「マルの小説を褒めてくれたのは、ルビィちゃんだよ」
ルビィ「……」
花丸「ね、一緒に行こう? 見に行こうよ。憧れの、スクールアイドル」
花丸「きっとそこからは、ルビィちゃんにしか見えない景色が見えるはず」
ルビィ「……ルビィにしか、見えない景色……」
花丸「そうずら! ね、ルビィちゃん。行こう?」
175 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:12:38.70 ID:smyUCZOA0
ルビィ「……」
花丸「ルビィちゃん」
ルビィ「……うん、わかった……」
千歌「……!」
ずいっと身を乗り出した花丸ちゃんに向かって、ルビィちゃんはこくりと頷いた。
花丸「えへへ」
花丸ちゃんがにこりと私に笑いかける。
花丸「千歌さん、マルたち、ちゃんと2人で行くね。だから、頑張ってほしいずら!」
千歌「花丸ちゃん、ありがとう。本当に、ありがとう――」
やっぱり私、皆がいるからやっていけるんだ。
―――――
―――
176 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:13:32.74 ID:smyUCZOA0
◇―――――◇
5月24日、体育館。
曜「どう? お客さんたくさんいる?」
梨子「うーん、まあまあ、かな。3年生も結構来てるよ」
曜「ダイヤさんたちも踊るもんね……。本当、5人で踊ろうなんて、よく言ったよね千歌ちゃん」
千歌「え、そ、そうかな、えへへ……」
ダイヤ「本当ですわ。しかもわたくしがセンターなどと。練習も不十分ですのに」
千歌「もう、ダイヤさんそればっかり! 隠れて練習してたくせに……」
赤い衣装に身を包んだダイヤさんは、耳を赤くしながらストレッチをしている。
梨子「うぅ……、知ってる人がいると緊張しちゃうよ。クラスの子も皆来てるし……」
千歌「うんうん、たしかに……。ルビィちゃん、来てるみたい、よかった……あ、あれ鞠莉さんかな」
果南「へっ!?」
集まってくれた観客の中に目立つ金髪を見つけると、横で果南ちゃんがびくりと震えた。
177 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:14:02.06 ID:smyUCZOA0
果南「や、やっぱりやめる! 踊るのやめる!」
曜「ちょ、果南ちゃん! 衣装脱ぐのやめて! せっかく作ったのに!」
梨子「え、えええ……」
舞台裏でがたがたと騒ぐ。
ダイヤ「……」
ダイヤ「……千歌さん」
ダイヤさんが声を抑えて話しかけてきた。
千歌「はい、ダイヤさん」
ダイヤ「サンシャインてっかてか音頭ですが」
千歌「ぴっかぴか音頭」
ダイヤ「それです。……果南さんと、鞠莉さんも踊っていたのですか?」
千歌「はい! それはもう、仲良く、楽しそうに!」
ダイヤ「そう、ですか……」
一瞬、きらりとダイヤさんの目が光ったように見えた。
不格好に歪んだその光は、すぐに瞬きによって掻き消える。
178 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:14:37.43 ID:smyUCZOA0
ダイヤ「ほら、果南さん。諦めて踊りますわよ。後輩に頭まで下げさせてしまったのです」
果南「何で急にそんなやる気なのさ、ダイヤぁ……」
曜「ふぅ、もう果南ちゃん、一番ダンス上手いんだし、本当は好きなんでしょ?」
果南「そ、それは、その……」
梨子「ふふ、大好きだったらダイジョウブ、ですよ」
果南「わ、わかったよ……。今回だけだからね」
ダイヤ「ええ、きっと、楽しめるはずですわ」
千歌「じゃあ――」
ダイヤ「ええ、行きますわよ!」
ステージへ駆ける。
179 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:15:18.52 ID:smyUCZOA0
幕が上がる。
ぱらぱらとまばらな拍手が体育館に響く。
中心でマイクを持ったダイヤさんが、口を開いた。
ダイヤ「お集まりの皆さま。本日はお日柄もよく……」
千歌「もう、堅苦しいのなしっ!」
ダイヤ「う、うるさいですわね!」
くすくすと笑い声。
ダイヤ「と、とにかく! わたくしたちが、伝えてもらったこと。伝えたいこと。すべて、この歌と踊りに込めますわ」
ダイヤ「それでは――『大好きだったらダイジョウブ』」
「「「―――キラリ ときめきが 生まれたんだと―――……」」」
――――――
――――
――
180 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:15:50.11 ID:smyUCZOA0
――――
ダイヤ「……千歌さん、そろそろ……」
千歌「ううん、絶対来るよ。絶対」
ライブの後。制服に着替え終わり、私とダイヤさんは体育館にとどまっていた。
薄暗くなった体育館は少し冷えてくる。
ダイヤ「待つなら、部室の方が――」
ダイヤさんが急に言葉を切る。
外から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
花丸「――ほら、ルビィちゃん」
ルビィ「う、うん、でも……」
花丸「もう、それなら……えいっ!」
ルビィ「ぴぎぃ!!」
倒れこむようにして、ルビィちゃんが入ってきた。
181 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:16:22.61 ID:smyUCZOA0
千歌「ほら、来たよ、ルビィちゃん」
ダイヤ「……ルビィ」
ルビィ「……千歌さん、お姉ちゃん」
ゆっくり身を起こすと、ルビィちゃんはダイヤさんと向き合った。
乱れた髪を手で払って直す。
やがて、ルビィちゃんが遠慮がちに口を開いた。
ルビィ「お姉ちゃん、今日のステージ、楽しかった?」
ダイヤ「……ええ」
ルビィ「そっか」
ダイヤ「ルビィは……」
ダイヤ「ルビィは、楽しかったですか?」
ルビィ「……うん。楽しかった。お姉ちゃんたちきらきらしてて、楽しそうで……。一緒に踊りたいってそう思ったよ」
ダイヤ「そう、ですか」
嬉しそうにそう言った後、ダイヤさんは目線を下げた。
182 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:16:49.65 ID:smyUCZOA0
ダイヤ「どうして、今まで……」
ルビィちゃんは少し迷った後、一言だけ答えた。
ルビィ「お姉ちゃんが、泣いてたから」
ダイヤ「わたくしが?」
ルビィ「ルビィに、スクールアイドルやらないのって聞くたびに、やりたい、やりたいって、お姉ちゃんは心で泣くの」
ダイヤ「……!」
ルビィ「ルビィに、この雑誌はどうですか、このCDはどうですかって聞くたびに、自分も踊りたい、歌いたいって、お姉ちゃんは心で泣くの」
ルビィ「ルビィはね、気づいてほしかったんだ……。お姉ちゃんが、ルビィに自分を重ねてたこと」
183 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:17:43.97 ID:smyUCZOA0
ぽつぽつと語るルビィちゃんの言葉を、ダイヤさんはじっと目を閉じて聞いていた。
ルビィ「Aqoursをもう一度やりたいのは自分なのに、それをルビィに押しつけちゃってたこと」
ルビィ「お姉ちゃんに、もう一度好きなことをしてほしかった。それで、ルビィも一緒に踊れたらって思ってた」
ルビィ「一緒に踊りましょうって、またそうやって誘ってくれるまで待とうと思ったの。それが、ルビィの精一杯の意地だったんだ」
ダイヤ「そう、だったのですね……。わたくしの、わたくしの後悔は、もしもという夢は、全て……」
呆然と、けれど納得したように、ダイヤさんは呟いた。
ルビィ「どうしたら本心を話してくれるんだろう。ルビィが頼りないのがダメなのかな。そう思って、だから――」
ダイヤ「確か、ルビィが急に家のことに積極的になったのは……」
ルビィ「うん……。髪も伸ばして、お弁当も作って、お洗濯も、お皿洗いも、習い事も、全部やったけど、お姉ちゃんは本心を話してくれなくて」
ダイヤ「わたくしも、同じでしたわ。どうしたらルビィは本心を見せてくれるのだろうと思っていました」
ダイヤ「あなたは家事をこなして、やりたくもない習い事もまた始めて。それなのに夜な夜な雑誌を広げて」
ダイヤ「普段厳しくしすぎたのかと思いました。不思議な夢も見ました。毎日ルビィにスクールアイドルの話を振りました」
ダイヤ「それでもルビィは本心を話してくれませんでした」
184 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:18:16.01 ID:smyUCZOA0
ルビィ「ルビィたち、似た者同士、なのかな」
ダイヤ「ふふ……姉妹ですからね」
ルビィ「でも、もう大丈夫。お姉ちゃんは素敵な友達に背中を押してもらえたから。ルビィも、大好きな友達に背中を押してもらったから」
ダイヤ「そうですわね……」
ダイヤさんがごほんと咳払いをして、私の方に向き直った。
ダイヤ「千歌さん。ありがとうございます。これで、十分です。これで、千歌さんを送り出すことができます」
千歌「ダイヤさん……」
ルビィ「……?」
千歌「そっか、ルビィちゃんは、全部は聞いてないんだよね」
ダイヤ「わたくしと千歌さんで説明しますわ」
千歌「えっと、簡単に言うとね、私―――」
―――――
―――
185 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:18:48.00 ID:smyUCZOA0
――――
ルビィ「えっと、千歌さんが盆踊りを踊って、今が夢で、ルビィたちが……?」
ルビィちゃんは目をぐるぐる回して疑問符を浮かべている。
ダイヤ「やはりルビィには難しすぎましたか……」
ルビィ「そ、そんなことないよぉ!」
呆れるダイヤさんに、ちょっぴり困り顔のルビィちゃん。
見慣れた光景に、つい和んでしまう。
千歌「あはは、仲良くしてね」
ルビィ「千歌さん……」
ルビィ「これで、お別れなんですか?」
千歌「うん、私は『先』に行くよ。ダイヤさんが、背中を押してくれたから」
ダイヤ「ええ、歩みを止めてはいけませんわよ」
千歌「……はい、ありがとうございます」
ルビィ「うゅ……。せっかく、仲良くなれたのに……」
ルビィちゃんがうるうると目を潤ませている。
186 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:20:01.86 ID:smyUCZOA0
千歌「ルビィちゃん」
千歌「ルビィちゃんと私はね、同じユニットになって、とってもとーっても仲良くなるんだよ」
ルビィ「そ、そうなんですか……?」
千歌「うん、だから泣かないで」
ルビィ「でも、千歌さんが行っちゃったら、千歌さんはどうなるんですか。ルビィたちは、どうなるんですか」
千歌「……ごめんね、千歌バカだから、わからないんだ」
ダイヤ「きっと、それは誰にもわからないことだと思いますわ。それでも、千歌さんは進もうとしているのです」
ダイヤ「それでも、千歌さんは選ばなくてはならないのです。……わたくしたちは、応援しなければ」
ダイヤさんの優しい声が響く。
ダイヤ「……ルビィ。そろそろ……」
ルビィ「……」
ルビィ「……うん」
2人が手を握り合い、まっすぐに私を見る。
ダイヤ「親愛なるルビィ……わたくしと、そして千歌さんたちと、スクールアイドルをやってくれませんか?」
ルビィ「うんっ! 喜んでっ!」
体育館が、光に包まれた。
187 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:21:02.89 ID:smyUCZOA0
ルビィ「ぴっ……!」
驚いたようにルビィちゃんが叫び声をあげる。
ダイヤ「なるほど、これが……」
ダイヤさんの視線の先、ゆっくり交差しながら、2枚の紙が落ちてくる。
『入部届 黒澤ルビィ』
『仮入部届 黒澤ダイヤ』
音もなく床を滑った『入部届』を、ダイヤさんが拾う。
ダイヤ「仮……わたくしは、もう少し後から、というお話でしたわね」
千歌「うん……ダイヤさんは、大事な友達をずっと待ってるんだ」
千歌「でも、もう千歌が予約しちゃったよ! いくらダイヤさんでも、逃げられないのだ!」
びしっと指を突き付けて、ありったけの力を込めて叫ぶ。
ダイヤ「……っ」
ダイヤ「……まあ、それは、困ってしまいますわね」
ダイヤさんが笑う。
ダイヤ「ふふ……」
本当に可笑しそうに、お腹に手を当てて、くるりと後ろを向く。
188 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:21:52.68 ID:smyUCZOA0
ダイヤ「……ふふ、うふふ、うっ……くっ……」
口に手を当てたまま、ダイヤさんは微かに身体を震わせている。
ルビィ「お姉ちゃん……」
ダイヤ「な、なんですの……っ」
千歌「ダイヤさん……」
ダイヤ「早く、早く……っ、その入部届をっ……受け取りなさいな」
掠れた声を聞くうちに、私まで胸がよじれそうだった。
言われた通りに、『入部届』に手を伸ばす。
千歌「ダイヤさん、ルビィちゃん、ありがとう。千歌、行くね」
ゆっくりと手を伸ばし、紙に触れた。
189 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:22:26.52 ID:smyUCZOA0
強烈な眩暈に襲われる。
千歌「……っ」
視界に見えるものが、白く形を失っていく。
ルビィ「千歌さんっ!」
ルビィちゃんが腰に抱き着いてくる。
その感覚もだんだんとふわふわ溶けていく。
ルビィ「千歌さんなら、きっと大丈夫です! 大好きだったら大丈夫……。ルビィに、そう教えてくれたから」
ダイヤ「目指す先を、見失ってはなりません。信じて、選び続けなければなりません。それでも、貴方ならきっと……」
ルビィちゃんの優しい声が、ダイヤさんの震える息が、周りの音が重なり始め、意識が遠のいていく。
最後に見たのは、まっすぐ私を見上げるルビィちゃんと、おずおずとこちらを振り返るダイヤさんの、同じ色の潤んだ瞳だった。
―――――――
―――――
―――
190 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:23:06.21 ID:smyUCZOA0
◇―――――◇
カリカリとペンが動く音が聞こえる。
少し止まって、またカリカリ。
ダイヤ「過去への手紙、ですか……」
ルビィ「うぅ、迷っちゃうなあ」
花丸「お盆らしいと言えば、そうなのかな……?」
果南「なるほどね……。あー……、私たちは、言いたいこといっぱいだよね」
まったくですわ、とダイヤさんが笑っている。
狭い部室の中、皆が思い思いの方向に身体をむけている。
一瞬訪れた静寂を、蝉の声が埋める。
やっぱり私は、強い既視感を感じていた。
191 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:24:08.99 ID:smyUCZOA0
『『……千歌さん』』
声が聞こえる。
きらきらと穏やかに乱反射する、宝石のような声が。
『ずっと、思っていました。もしも、ルビィに優しくできていたら、どうなっていたのだろうかと』
『つらくあたらなければよかったのに、ルビィの趣味を咎めなければよかったのにと』
『ですが、あの時期。あの苦しかった時期は、わたくしのルビィへの甘えであり、同時にそれまで本気であったことの証左でもありました』
『そして、甘えるわたくしを支えてくれたルビィへの感謝を、わたくしは忘れたくはありません』
『ずっと思ってたんだ。もしあの時、お姉ちゃんを助けられていたら、もっとよかったんじゃないかって』
『家事とか、生徒会とか、家のこととか、もっとお姉ちゃんの負担を減らせたんじゃないかって』
『でも、お姉ちゃんが怒ったり、泣いたり、そういう弱音を吐くのは、黒澤家の中で、いつもルビィの隣だったんだ』
『ルビィも、助けになれていたんじゃないのかな。ちょっとくらい、特別な場所だったって、うぬぼれてもいいんじゃないかなって、思うんだ』
2人の影が、混ざって溶けた。
192 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:24:47.89 ID:smyUCZOA0
――――――――――#3「私と夢」
193 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:25:22.69 ID:smyUCZOA0
◇―――――◇
目が覚めた。
千歌「う、うーん……」
木の感触を感じる私の頬の上で、穏やかな声が交わされている。
曜「あ、千歌ちゃんおはよーそろ!」
曜ちゃんの声。
ルビィ「もうすぐ衣装ができます! ふんばるびぃ!」
ルビィちゃんの声。
顔を上げて辺りを見回すと、そこは少しだけ物が増えた部室だった。
梨子ちゃんは楽譜と睨めっこしていて、曜ちゃんとルビィちゃんはチクチクと衣装を縫っている。
ルビィちゃんの髪は2つに括られている。
ダイヤさんと果南ちゃんは、部室にいなかった。
194 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:26:11.52 ID:smyUCZOA0
梨子「歌詞係さん、よく眠れた?」
とげとげした梨子ちゃんの言葉に目を下ろすと、書きかけの歌詞ノートがあった。
少しずつ、歌詞が埋まっている。
私の記憶にあるところまで、少しずつ近づいている。
千歌「その先には、何があるんだろう。1つ1つ、思い出を取り戻していって、白紙のページを全部埋めて」
千歌「最後のページには、何があるんだろう。その先には、何が待っているんだろう」
梨子「何だかロマンチックだね。それ、歌詞?」
千歌「……ううん、違うよ」
ちらりと携帯を見る。
6月10日。
あと4人。
195 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:26:55.66 ID:smyUCZOA0
#4「私の今」
196 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:27:30.23 ID:smyUCZOA0
――――
「この」世界で、私たちは4人でスクールアイドルをやっているようだった。
Aqoursという名前も復活していた。
歌詞ノートの表紙を見て、じんと胸が熱くなった。
梨子ちゃんと、曜ちゃんと、ルビィちゃんと。
4人で使う部室は、にぎやかなようで物足りなかった。
相変わらず廃校の話は聞かなかった。
私たちは、ただラブライブ出場という目標を掲げて活動していた。
千歌「それでも、立ち止まったらダメなんだよね、ダイヤさん」
ダイヤさんに会いに生徒会室に行ったが、用がないなら邪魔をするなと追い返された。
その裏で砂浜にAqoursなんて書いていたことを、私は知っている。
197 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:28:03.00 ID:smyUCZOA0
花丸「いつもありがとうございますー」
私たちが部室で集まっていると、花丸ちゃんがのほほんとした声で部室に入ってきた。
ルビィ「あ、花丸ちゃん! さっきぶり!」
花丸「ルビィちゃん、さっきぶり」
梨子「取材、いつも大変そうだね。お話はだいぶ進んでるの?」
花丸「うーん、なかなか難しくて」
困ったように花丸ちゃんが笑う。
花丸ちゃんは、文芸部に所属している。
校内新聞に小説を掲載していて、クラスでは冗談交じりに『先生』なんて呼ばれているそうだ。
「前に」聞いた話と変わっていない。
198 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:28:39.68 ID:smyUCZOA0
曜「花丸ちゃんの小説、本当に面白いよね! 私いっつもわくわくしちゃって!」
ルビィ「うん! 特にハナちゃんが初めてライブをしたときなんか、ルビィ泣いちゃったよぉ……」
花丸「えへへ……照れるずら。でもそれも、先輩方とルビィちゃんのおかげだよ」
花丸ちゃんの書いている小説は、スクールアイドルを目指す女の子が主人公だった。
名前はハナちゃん。花丸ちゃんそっくりの名前ではあるが、黒髪で大和撫子、合唱部という設定だ。
花丸ちゃんはたびたび取材で部室を訪れるのだと、ルビィちゃんが教えてくれた。
千歌「……」
これも、花丸ちゃんの描いた夢なのかな。
花丸ちゃんは、文芸部に入りたかったのかな。
スクールアイドルは、やりたくなかったのかな。
千歌「ううん、迷わない。そう決めたから」
まずは、花丸ちゃんのことを知らなくちゃ。
199 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:30:26.12 ID:smyUCZOA0
――――
千歌「お邪魔しまーす」
花丸「あ、ようこそ千歌さん!」
6月13日。文芸部の部屋を訪ねると、花丸ちゃんが迎えてくれた。
小説を見せてほしいと頼んでみたのだ。
千歌「急にごめんね」
花丸「ううん。読んでもらえてうれしいずら」
ごそごそと棚を漁りながら、花丸ちゃんが微笑む。
花丸「そういえば、千歌さんは文芸部室は初めてですよね」
千歌「え? 前に一緒に――っと、そうそう、初めて初めて」
花丸「ちょっと前まで先輩がいたんですけど……受験があるからって辞めちゃったずら」
少し寂しそうに、花丸ちゃんが椅子の背を撫でる。
「前」は、ルビィちゃんと2人でこの部屋を使っていた。
けれど、今は。
千歌「……」
ごめんと言いかけた口を閉じる。
文芸部からルビィちゃんを奪ったのは私だった。
200 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:30:57.47 ID:smyUCZOA0
花丸「でもね、スクールアイドル部に行ったらルビィちゃんがいるし、千歌さんたちもいるし、マルは寂しくないずら!」
千歌「花丸ちゃん……」
花丸「あ! あったずら!」
花丸ちゃんは棚の下の方から、埃をかぶった封筒を取り出した。
花丸「はい、どうぞ。マルも本を読んでいるので、好きなだけ読んでください」
照れたようにはにかみながら差し出された封筒を、丁寧に受け取る。
中にはびっくりするくらい多くの紙が入っていて、封筒はずっしりと重かった。
これが、花丸ちゃんの「もしも」の夢なんだ。
千歌「これを読んだら、わかるかな」
201 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:31:36.71 ID:smyUCZOA0
主人公のハナちゃんは、高校2年生。
黒髪の大和撫子で、自称、地味な子。
合唱部に入っているが、小さい時に見たアイドルの輝きが忘れられない。
無類のアイドル好きだと言う同級生に引っ張られて、何となくスクールアイドル部への転部を決める。
厳しい練習の日々。運動が苦手なハナちゃんは何度も折れそうになり、そのたびに小さい頃に憧れたアイドルに、友達に支えられ、立ち上がる。
はじめて立った文化祭のステージで、自分のやりたいことに心から気づき、歌の才能も開花して――
千歌「……」
ぺらりぺらりと原稿用紙をめくっていく。
花丸ちゃんの文章はとても丁寧で、細かくて。
ハナちゃんの揺れ動く心情が、アイドルに憧れる熱い想いが、自分への自信のなさが、鮮やかに描かれていた。
それはまるで、まるで―――
千歌「よかった、やっぱり、やりたいんじゃん」
聞こえているのかいないのか、花丸ちゃんは穏やかな顔でずっと本を読み続けていた。
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