チラシの裏の裏(TPk5R1h7Ng短編集)【パート1】

Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

45 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/13(火) 20:01:42.01 ID:KO6dDO0R0
うん?『』の後に勝手に?が付いてるな。携帯でコピペしたのが原因だろうか?
46 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/13(火) 23:16:50.00 ID:hSpXKaiXo
僕「あれが……人間?」

セラに促された先に見えた物は…少なくとも、僕が知る人間とか似ても似つかない物だった。

例えるなら、山…砦………そんな物を彷彿とさせる、節足動物のような…そう……ヤドを被った巨大な昆虫のような物だった。


装甲とも外骨格とも見れる外殻を纏い、一歩…また一歩と歩みを進める巨大なそれ。

僕が呆気に取られながらその巨躯を見上げていると……


僕「あ…………」


そいつ……人間と目が合った。

正確には、まず始めに8つある目の内の一つと目が合い……残りの7つの目が、続けざまに僕の方へと向き直った。

そして更には、そいつの身体までもがこちあの方へと向かい始め……不揃いな大きさのハサミを振り上げて………


僕「やばっ………」

僕が叫び声を上げるか否か、僕の目の前に壁が現れた。


『ゴァァァァァァァ!!』


いや…壁じゃない。

壁と思われたそれは、巨大な両腕を振り上げ、人間の腕へと掴みかかった。


セラ「ゴーレムか…やっぱり今回は出す事になるよなぁ」


ゴーレムと呼ばれた物により…メキメキと音を立てながら、筋繊維のような物もろとも引き千切られる人間のハサミ。

しかし、人間も人間でやられたままでは居ない。もう片方のハサミで、ゴーレムの胴体を刺し貫く。

が…ゴーレムはそのハサミを掴んだまま離さない。


人間の武器は封じられ、その姿はまさに隙だらけ。

そして当然のようにその隙を突き…甲殻と甲殻の隙間に向けて、巨大な槍が突き刺さる。


槍を放ったのは恐らく…上空を飛び交う巨鳥と、それに跨るエルフ達。

更にそこから、止めとばかりに…遠方に備えられた投石器から雨あられと岩が降り注ぎ………


それが暫く続いた後、人間と呼ばれた化け物は微動だにしなくなった。
47 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/13(火) 23:25:31.09 ID:hSpXKaiXo
…………と言う事があった訳なんだけど…


一段落付いた今でも、一体何がどうなっているのか…何故あれが人間と呼ばれて居たのか。

……皆目見当が付かない。


当事者であるセラ達に、その理由を聞いても…

セラ「ん?理由も何も…人間は人間だから人間って呼んでるに決まってるだろ?」

と……彼女達にとっては至極当たり前の理由が返って来るだけだった。


何か…少しでも判断材料が無い物か。

幸いな事に、今ならば他者の目をあまり気にせず動く事が出来る。


僕「よし…まずは、あれを調べてみるか」

僕は祝勝会を抜け出して、人間の亡骸へと向かった。
48 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/13(火) 23:39:00.25 ID:hSpXKaiXo
僕「外殻は…さすがにキチン質とはいかないか。でも多分、チタンよりも固くて軽い材質だろうな」

装甲を見た限りでは、生物なのか否か…そもそも、有機物なのか無機物なのかさえ判別が難しい。


僕「となれば…」

次に探るべきは、先の戦闘で損傷した断面。

こちらは外殻とは打って変わり、明らかな生物の様相を呈している。


僕「うん…何ていう名前なのかは判らないけど、少なくとも僕の知って居る人間とは別の生き物だ」

散々探りまくった挙句、辿り着いた結論は最初と全く変わりの無い物。

どっと襲い掛かる徒労感から、肩を落とし……最後に、頭と思わしき部分に近付くと…


人間「…………とう へ……かえ れ………ひと なしの…よ………」

僕「……えっ?」

声が聞こえた気がした。


僕「今何て言った?もう一度言ってくれ!」


詰め寄り、更にそこから問い詰める。

だが、目の前の人間は喋るどころか微動だにせず……反応は無し。

空耳だったのだろか…と諦めた頃……
49 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/06/14(水) 05:41:47.62 ID:hsMniWIZ0
山が襲って……ヤマツカミが浮かぶわ
50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/06/14(水) 06:56:23.16 ID:0d+EDINI0
乙!
東京へ帰れ とか言ってんのかな?主人公が東京出身かなんて分からないけど
あと、フジリューのワークワーク思い出した
51 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/14(水) 23:33:58.66 ID:qjY59wEyo
セラ「あ、居た居た!探したぞ!」

祝勝会場の方角から、セラが現れた。


僕「え?あ、そうだ…今の聞こえた?人間が、とうへ帰れって…」

セラ「塔?それってバベルの塔の事?」

僕「バベルの塔?」

それまたベタな…と思いつつも、それは声に出さずに聞き返す。


セラ「そう。一番近いのだと…ここからずっと南にあるけど、ここからじゃ見えないな。明日、見える所まで連れてってやろうか?」

僕「お願いしても良い?って言うか、何から何までお世話になっちゃって……」

セラ「良いって良いって、困った時はお互い様だからな。にしても…人間が喋ったってのは眉唾だけどな」

僕「まぁうん…言っておいて何だけど、僕自身も半信半疑なんだよね……っと、そう言えばさっき僕の事探してるとか言ってなかったっけ?」


セラ「あ、そうそう!住民登録はまだだろ?皆に紹介するついでに、そっちの方も済ませとこうと思うんだがどうだい?」

僕「住民登録?」

セラ「ん?前の集落ではやらなかったのか?ご神体に両手を合わせて名前を言う儀式さ」


僕「ごめん…ちょっと判らない。それって、やっておかないと何か不味いの?」

セラ「すぐ出てくってんなら無理強いはしないが…怪我とかした時に不便だぜ?」


僕「保険証…みたいな物かな?」

セラ「ホケンショー…?」

どうやら、僕とセラの間には致命的なまでの認識の食い違いがあるらしい。

お互いがお互いに頭の上にハテナマークを浮かべた後……


セラ「まぁとにかく、その気になったら戻って来いよ!」

僕「あぁ、うん。考えとく」

と言った結論が落とし所となり……セラは、祝勝会の会場の方に戻って行ったのだが……


その直後
52 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/14(水) 23:53:15.09 ID:qjY59wEyo
僕「………だ、誰だ!!?」

人間の脚の向こうの更に奥…茂みの中に気配を感じ、僕は声を上げた。


アリシア「ひわっ!?わわ、私はミニマの里のアリシアと言います」

僕「…ミニ…マム?」

アリシア「ここから北の集落に住んでいるミニマ族ですよ!って…そう言う貴方はハイラントじゃありませんね?」


僕「…ハイラント?」

アリシア「毛が生えてない耳が長い人達です。ここに集落があるって聞いて来たんですけど…」

僕「あぁ…うん。それならあの火の方に居るけど……何の用事?」


アリシア「ひわっ!そ、そうでした!!危険です、この集落に人間が迫ってるんです!!」

当然ながら、このアリシアという子の言っている人間と言うのは…僕の事では無く、この怪物の事だろう。


僕「って…こんなバカでかい化け物がまた来るって言うのか!?」

アリシア「あ、いえ。今迫っているのは甲殻種じゃなくて汚染種です!それも…物凄い量の!!」


僕「…………汚染種?」



一難去ってまた一難……次から次に襲い来る、不可解な物達。

………人間と呼ばれる化け物。

だけど……この先僕を待ち受けて居る出来事に比べれば…

それさえも、ほんの些細な事だったと言う事を…嫌と言う程思い知らされる事になるのだった。
53 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/15(木) 00:01:20.39 ID:dLU2YWuKo
―――――――

―――僕はまた、夢を見た…


父さん「あれ?修学旅行って今日からじゃ無かったか?」

僕「違うよ、来週から」

父さん「あぁ、そうだったか」


母さん「それにしても…何て言ったっけ、アレ。大丈夫なの?」

僕「そもそも、大丈夫じゃなかったら実用化される訳無いだろ?」

父さん「そうそう。父さん達の時代には飛行機だって危ないって言われてたけれど、実際には車より安全だったろ?」


母さん「そうだけど―――――」


―――そして夢は、ここで途切れた。
54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/15(木) 00:37:05.99 ID:uf5gf3410
まさか……次元転移技術か!(ガタッ
55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/15(木) 18:01:14.90 ID:H9qDU66V0
この世界で住民登録したら、自分の世界に帰れなくなりそうな気がする
56 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/15(木) 19:23:53.81 ID:dLU2YWuKo
第一話「The Working Dead」


セラ「あー…っと、じゃぁ、話をまとめるぞ?」


集落の中央…一際大きな建物の中。

ここでは今、とある脅威に対しての作戦会議が開かれていた。


セラ「まず、アリシア…そこのミニマの住んでいた集落が、人間…汚染種に襲撃されたらしい」

「汚染種だって?」

「そんな…」


セラ「それで、本題はこれからだ。アリシアの話じゃぁ…ミニマの集落を襲った汚染種は、この集落に向かって来て居るらしい」

「おい…それじゃぁ…この集落を捨てなきゃいけないのか?」

「折角ここでの生活も安定してきたってのに…冗談だろ…?」


ざわめき立つ室内。皆が皆、各々の言葉を好き勝手に吐き、続くべき言葉を停滞させて行く。


僕「えっと…物凄く基本的な事を聞いて申し訳ないんだけど…何でセラが仕切ってるの?」

屈強な男「セラは長の娘だからな。長が遠征から戻って来るまでの代理なんだ」

僕「あぁ…成程」

そして僕もまた、喧騒の中で無駄話を交わし……それが終わった頃。


セラ「皆、静粛に!」

セラの一声により、室内は再び静まり返った。


セラ「皆の不安や不満は判るが…来てしまう物は仕方が無い。どう逃げるべきか…それをまず、偵察隊が戻るまでに考えよう」

僕「えっと…その。物凄く基本的な事を聞いて悪いんだけど……逃げる以外の選択肢は無いの?この前みたいに、戦って倒すとか…」


セラ「あー…そうだな、復習も兼ねて説明しとくか。まず汚染種の特徴の一つなんだが…倒したとしても、その地の土壌が汚染されてしまう」

僕「汚染種って言うくらいだから、それもそうか……じゃぁ、この集落に来られる前に倒すって言うのは?」

セラ「集落の設備無しで…いや、全て導入出来たとしても…奴等全部を倒し切るのは難しいだろうな」


ん?何か今気になる事を言わなかったか?
57 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/15(木) 19:39:10.02 ID:dLU2YWuKo
僕「奴等って…複数って事?」

セラ「あぁ、そうだ。汚染種は、複数の個体により形成された人間だ。しかも今回は、集落のミニマも汚染種になっている可能性が高い」

僕「なってるって……え?まさか…汚染種に噛まれたら、噛まれた誰かも汚染種になるって事?」


セラ「何だ、知っていたのか?一応注意しておくが…汚染種に遭遇したら、近付いてはいけない。戦闘を行うにしても、接近戦は避けるんだ」

僕「噛まれたら汚染種になるし…汚染種は、リミッターが外れていて力が物凄い…って所か。あ、何か弱点とかは無いの?」


セラ「弱点と言えるかは判らないが…燃やせば動かなくなる。後は…極寒の地であれば活動出来ない」

僕「まぁうん、大抵の生物は弱点だしねそれ。あ、じゃぁ………森を焼いて、それに巻き込んだりとか出来ない?」


「………!?」

「なっ…!?」


何気なく立案したつもりのその言葉…そう…本当に軽い気持ちで発した言葉にも関わらず…

僕のその言葉で、周囲の空気は一変した。


「森を焼くだって!?そんな恐ろしい事を…!」

「ありえない…何て事を考えるんだ!!」

周囲の皆が…明らかな敵意を持った視線を僕へと向けて来る。

失言だった…が、今更撤回しようにももう遅い。僕は、皆の気迫に圧されてその場にへたり込み…


セラ「静粛に!!」

その場に溜まった空気を、セラの一言が吹き飛ばした。


セラ「森を尊ぶのはアタシ達の誇りだ!んでも…他種族がそれを理解しなかったからって、噛み付くような事じゃぁ無いだろ!」

「そりゃぁ……まぁ……」

「あぁ………ボウズ、すまねぇ」

僕「あ、いや…僕の方こそ……」

そして、セラの一声で場が収まった訳なんだが………


セラ「それに…いざとなったら、それも一つの手になるかも知れねぇ」


続けられた言葉により、一度収まった場が再びざわめき始めた。
58 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/15(木) 19:52:39.37 ID:dLU2YWuKo
「いくら長代理だって言っても…」

セラ「皆まで言うな、言いたい事は判ってる。森を失うって事は、アタシ達の誇りを失うって事だ。それは重々承知してる。でもな……」

「………」

セラの言葉に、皆が固唾を呑む。


セラ「誇りを守ろうとして、誇りを汚されちまったら馬鹿みたいだろ?それに…ただ逃げるよりも、人間相手に一矢報いたいだろ!!」

「………」

「…………」

当然ながら、セラの言葉のすぐさま賛同できる物は少ない様子…。


だが……

「そう…だな…黙ってやられるくらいなら……」

「そうだよな…ここで俺らが逃げても、次は他の集落が襲われる事になるんだろうし…な」


徐々にその場の空気は翻り…セラの案に異論を唱える者は居なくなった。


セラ「で……具体的にはどうする?」

僕「え?」

セラ「え?じゃねぇよ。言い出しっぺなんだから、当然勝算あっての事なんだろ?」


僕「あ、いや………」

深く考えずにした発言…なんて事は、口が裂けても言い出せない雰囲気。

僕「まず…この辺りの地形を把握したいんだけど。何か地図とかある?」


実際どこまで出来るか判らないが…とりあえずは、出来る事をしてみようと…僕は思った。
59 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/15(木) 20:06:06.33 ID:dLU2YWuKo
僕「この村がここで…ずっと北にある川沿いの集落が、ミニマの集落。左上の大きな…これは何?」

セラ「それは、エクリア火山だな」

僕「火山って…活火山?」


セラ「数週間前に噴火した火山で……周囲に火山灰こそ降り注いでいる物の、今は噴火はしていない」

僕「マグマは残ってる?出来るならそこに……」

セラ「いや…山頂までの道のりは険しいから、そこに誘い込むのは無理だ」


僕「えっと、それじゃぁ…エクリア火山と、この集落の間に走ってるこれは?」

セラ「それは…エクリアの谷だな。高さは人三人分程の小さな谷だ」


僕「この谷に落とす…ってのはどうかな?」

セラ「いや、それは無理だ」

僕「何で?」

セラ「谷の端はゆるやかな傾斜になっていて…更にその先は、この集落の近くに繋がっている。下手をすれば、ここに誘導する事になってしまう」


僕「成程…あ、そう言えば…エクリア火山の北から、ミニマの集落とここの間まで川が走ってるみたいだけど…ここに橋がかかってたりする?」

セラ「かかってはいるが…川はあまり深く無い。橋を外した態度じゃ、あまり足止めにはならないだろうな」

僕「そっか……」


……………と言った感じで地図とにらめっこをする事しばし。

悩みに悩み、考えも煮詰まった所で……ふと、ある事に気付いた

僕「ここって…実際に見に行く事が出来ないかな?」

セラ「大鷲を使えば出来なくは無いが…そんな所に何の用があるんだ?」


僕「もしかしたら……最小限の被害だけで、汚染種を一網打尽に出来るかも知れない」
60 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/15(木) 20:21:33.14 ID:dLU2YWuKo
―――――

僕「良かった…条件は揃ってくれてるから、何とかなりそうだ」


周辺の状況を確認して…ちょっとした実験も成功。

後は手順さえ間違えなければ、どうにかなる……と言った感じ。

最初に大鷲に乗った時、失神してしまったという失態を除けば……概ね良好な流れだろう。


一通りの打ち合わせや伝達を終え…僕は束の間の休息を満喫していた。


僕「ところで…ミニマだっけ?アリシア達って、僕と何が違うの?」

セラ「あぁ、そう言えばアンタは他種族に疎いんだったな。教えたげよう」

僕「お願いします」


セラ「まず一目で判るのは、その身長。成人しても120cmくらいにしかならないのが一番の特徴だね」

僕「あぁ…じゃぁ僕は実はミニマって言うセンは消えたのか」

セラ「だなだな。で、ちょっと判り辛い特徴だと…後ろ髪の毛の生え際。耳の付け根より下は生えてないんだ」


僕「ほうほう…ちょっと見せてもらっても良い?」

アリシア「え?あ、は…はいです!」

そう言って僕は、アリシアのうなじの辺りを見せて貰った。


僕「お、本当だ」


セラ「あ、ちなみに…さっきの生え際より下は、成人でも体毛が一切生えてないぞ」

僕「…………ほうほうほうほう…」

セラ「いや、何か妙に食い付き良いねぇ…んじゃ、折角だから見せて貰ったら?」


アリシア「…はいっ!?」

僕「え゛っ!?」


セラ「って…何で驚くのさ。ミニマの場合、素っ裸の時の方が多いんじゃないの?」

僕「マヂですか!?」


アリシア「そ、それは…っ。あ、あれは水の中に居る時だけですっ!他の種族に会う時は、裸になったりしませんからっ!!」

僕「………そういう物なの?」

アリシア「そういう物なんですっ!!」

是非とも水辺でお会いしたい…そう心の中で願ったのはここだけの秘密だ。


………と言った感じの他愛のない雑談を交わした後、セラは全体の進行具合の確認に…僕とアリシアは、別所の作業へと移る事になった。
61 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/15(木) 20:31:16.16 ID:dLU2YWuKo
アリシア「そう言えば…貴方は、セラさんとツガイなんですか?」

僕「え?」

アリシア「あ、いえ…私から見てそう見えただけなので、違って居たらごめんなさい!」

僕「えっと…ツガイって?」


アリシア「あ、その…ツガイって言うのは、将来を誓い合った男女の事を言うんです」

僕「あぁ、つがい…か」

イントネーションが微妙に違っていたので、最初は戸惑ったけれど…どうやら、そのままの意味だったらしい。


僕「ちなみに…どんな所がそう見えた?」

アリシア「お二人とも、息がピッタリ合ってますし…何て言うか、お似合いだなって」

僕「えーっと…そう言って貰えると嬉しいんだけど……そう言うのじゃぁ無いと思うな」


アリシア「そう…なんですか?」

僕「うん、残念ながら」

アリシア「じゃぁ………」


僕「ん?」

アリシア「私が立候補しても…良いですか?」

僕「………へっ?!」


アリシア「なーんて…冗談ですよ。あ、本気にしちゃいました?」

僕「な、なんだ…冗談か。ビックリさせないでよ」


アリシア「でも………」

僕「でも…何?」


アリシア「何でもありません。それじゃ、作業に戻りましょうか」

そう言ってアリシアは作業に戻り…気になる言葉を残したまま、話は切り上げられてしまった。
62 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/15(木) 20:49:15.04 ID:dLU2YWuKo
――――

そして…作戦決行当日。


僕「あれが……汚染種か……」

ある程度、事前に想定はしていた物の…実際に見るそれは、正に圧巻と言う他は無かった。


生物としての知性や生気を失い…文字通り、生きる屍と化した生き物たちの群れ…

それが人間…汚染種の姿だった。


一言で言ってしまえば、僕の知識の中にあるゾンビに限りなく近いそれ。

あえて差異を挙げるとすれば…人型に限らず、動物の姿もちらほらと見て取れる事。

後は……


僕「やっぱり…ざっと見た感じじゃ判らないか…」


人間…そう呼ばれる由縁となるような、それこそ本当に人間の姿をしている個体が居ないかどうか見回してみるも…

結果は、先の発言通り。


所々が破損し、人間どころか他種族であったとしても区別が付き難い者ばかり。

ここで手掛かりを得るという試みは、あえなく失敗に終わってしまった。


人間と言う存在について幾つかは仮説が立つ物の…結局は、そのいずれも確信に至るだけの確証を得られない。

口惜しさを噛み締めながらも、僕は…僕なんかの些細な疑問よりも優先すべき、もっと大切な事…作戦の次の段階へと移る事となった。
63 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/15(木) 20:58:28.51 ID:dLU2YWuKo
…………と言っても、僕はこの後何かする訳では無い。

邪魔にならない場所…汚染種の注意を引かない場所まで退くだけだった。


皆既にやるべき事は予め決まっていて、後は…不測の事態が無い限り、作戦の通りに行動するだけ。

ちなみに、どんな手順で作戦を進めるかと言うと………


その1

「何とか間に合ったぞ!火を放て!!」

予め木を切り倒しておいて、わざと最低限の山火事を起こし……汚染種達を灰の川へと誘導する。


その2

「ゴーレムはまだか!!」

「あと少し……よし!ギリギリ間に合った!!」

続けてエクリアの谷へ落とし、一か所にまとめた所で……集落に繋がる出口を、ゴーレムで封鎖。


その3

最後に……ここからがこの作戦の要。

「今だ!塞を外せ!!!」

近くの川から水を引き、エクリアの谷へと流し込む。


……と言っても、水攻めが目的では無い。


事前情報から、ひょっとして…と思って現地に行ってみたのだけれど、これがまた予想以上の結果だった。

エクリア火山から噴き出した火山灰は、案の定周囲に降り積もり…

中でもこの谷の中は、風に晒されなかったため大量の灰が溜まっていて……おまけに、少なくともここ数日は雨が降って居ない。


と、ここまで言えば察しが付くだろう。


「本当だ…どんどん固まって行く…」

「成程…火山の周囲にあった歪な岩は、こうやって出来たのか…」

後は中の汚染種達がもがいて動き回り、かくはん機代わりになって……


汚染種セメント詰め作戦は、大成功を収めた。
64 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/15(木) 21:54:16.54 ID:dLU2YWuKo
セラ「アンタ本当にお手柄だよ!まさか汚染種を相手にして集落を守れるなんてなぁ!」

汚染種を封じ込め…催された祝勝会。

コップを片手に肩を組んで来るセラに、ふと…アリシアの言葉が蘇り、僕は赤くなった。


僕「いや、今回のは色々条件が揃ってたおかげだから…」

アリシア「だとしても…貴方が立案しなければ、他の誰でも思い付かなかったと思います」

衛兵「そうだそうだ!今回は素直に称賛されとけって」

僕「ははっ……」


褒めちぎられる事に慣れていなくて…気恥ずかしさばかりがどうしても溢れてしまう。

このままでは僕の羞恥心がもちそうにないので、話題を変えようと試みる。


僕「あ、そう言えば……汚染種に取り込まれた人達の中に、見た事の無い種族が結構居たみたいなんだけど…他には、どんな種族が居るの?」

セラ「他には…って、ハイラントとミニマ以外、本当に何も知らないんだな」

僕「めんぼくない」


セラ「この辺りに住んでいる種族なら…オルグ族にクピド族。後は…滅多に姿を現さない、オピオ族や………」

アリシア「ヨミミ族………ですね」


そして何故か……ヨミミ族…その名前が出た瞬間、周囲の空気が凍り付いたように静まり返った。


僕「…え?何?何か…仲が悪いとか?良く無い話なら無理には…」

セラ「仲が悪いとか…そう言う問題じゃ無い。これは重要な事だから、アンタも知っておくべきだ」

僕「あ…うん。判った」


セラ「ヨミミ族ってのはな…人間を崇拝するイカれた連中だ」

僕「…………」

アリシア「自分達は人間に作られた存在で…人間に使える事こそが本当の役割…彼女達は、そう信じているんです」


セラ「直接正面からぶつかり合う事こそ無い物の…奴ら、人間絡みの事とあればすぐ首を突っ込んて来やがる!アンタも…充分に気を付けるんだぞ?」

僕「判った。肝に銘じておくよ」

と…口ではそう言った物の、ここに来て初めて見付けた手掛かりらしき手掛かりを放置しておく訳にもいかない。


機会があれば、そのヨミミ族ともコンタクトを図ってみよう……そう決意した。
65 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/15(木) 22:24:07.77 ID:dLU2YWuKo
―――

……宴もたけなわ

セラは皆を労いに席を立ち…酔い潰れていびきをかき始める者も出始めた頃。


アリシア「あの……この後ちょっと、良いですか?」

不意に……ほんのり赤みがかった顔のアリシアが、僕に声をかけて来た。


僕「えっと…それってどう言う…」

アリシア「私達が最初に会った場所…覚えてますか?あそこで待っています」

問いに問いで返し…それまた問いに問いで返される。


文脈からすれば、全く会話が成り立って居ないのだが……

流石に、アリシアの言葉の意味が判らない僕でも無い。


ゴクリ…と固唾を呑み込み……アリシアが会場を去って、少ししてから僕もその場所へと向かった。
66 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/16(金) 00:00:18.08 ID:piw1I7iC0
やはり知恵というのは偉大だな
67 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/16(金) 03:25:25.82 ID:FlwytLXdo
人間…甲殻種の遺体置き場。

外殻は集落の施設に使うために、殆どが剥がされ…ヤド以外は原型を保っていないそれの足元に、アリシアは居た。


アリシア「あ………」

僕に気付き…ゆっくりとした足取りで近付いて来るアリシア。

僕「えっと…その……」


僕とアリシアの距離は縮まり…熱を持った息が混ざり合う。

僕「……………」

言葉は不要…なんてキザな常套句を言うつもりはない。純粋に…この時この瞬間に発するべき言葉が見つからなかった。


アリシア「………」

僕「……………」


アリシアの唇が、僕の唇に近付き…心臓がバクバクと激しく脈打つ。

そして、アリシアの唇が触れた瞬間…僕は反射的に目を閉じ………


僕「ッ――――!?」

次の瞬間。唇から頬にかけて鋭い痛みが走った。
68 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/16(金) 03:39:53.42 ID:FlwytLXdo
僕「アリ……シア……?え?………何を?」

何が起こったのか一瞬判らず…僕は、間抜けな声で問いを向けた。

そして……僕の問いに対してアリシアは、スカートを捲り上げ…………


僕「――――――っ!?」

紫色に変色した…その太腿に巻かれた包帯を見た。


僕「え…?それって……え?え?え?え?え?」

僕は…全身から血の気が引くのを感じた。


アリシア「汚染種に襲われて…私の居た里は全滅したんですよ」

僕「何を…言ってるんだ?」

アリシア「エリシア…妹も噛まれて……でも、一人っきりじゃ寂しいだろうと思って…」


僕の言葉など意にも介さず…淡々と話し続けるアリシア。

その瞳には既に生気と言う物が感じられず…また、その事実が僕を更に追い詰めて行く。


僕は何に噛まれた?僕は一体何になってしまう?

体中の毛穴と言う毛穴から冷や汗が噴き出し、身体の芯まで冷え切るような感覚が襲い来る。


―――いや

そうなる前に…ここで死―――――

そんな考えが脳裏に浮かんだ瞬間………


アリシア「あ、そう言えば…貴方の名前、まだ―――」


どこからともなく放たれた矢が…アリシアの側頭部を貫いた。
69 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/16(金) 03:49:38.99 ID:FlwytLXdo
衛兵「くそっ!汚染種だ!!火を持って来い!」


視界が霞む……世界が揺れる……


「た、大変だ!!裏門から…裏門から大量の汚染種が!!」

セラ「なん……くそっ!撤退だ!村を捨てて逃げるぞ!!」


「カァール!!どこだ、カァール!!」

「お父さん!お父さんはどこなの!?」

「とにかく逃げろ!後で合流するんだ!!」


周囲から巻き起こる叫び声…そんな中………


アリシア「ぐぷ……げばぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぎゃらばが!!」

脳をやられ…奇声を上げるアリシアの背後から現れる……大きな…おぞましい肉の塊を見て………


それが…人間…汚染種だと理解した。


人間とは…人間と呼ばれるあの化け物達は一体何なのだろうか?

僕は…果たして何者なんだろうか?僕は…人間なのだろうか?あの化け物達の仲間なのだろうか?

そんな疑問が渦巻く中………


僕は………意識を失った。
70 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/16(金) 03:58:38.01 ID:FlwytLXdo
―――――――

―――夢……僕はまた夢を見た……


「皆様!この記念すべき日によくお越し下さいました!」

「遡る事100年前…始まりは――――――」


「―――――――――」


「これによりテラフォーミング計画は実用にこぎつき、今…人類は新たな大地を手に入れようとしているのです!」


―――そして夢は、ここでまた途切れた。
71 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/16(金) 06:38:16.58 ID:RE9pQv0E0
乙!
特殊な抗体を持つか、そもそも受容体が違って何とかならないかなー?
72 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/17(土) 22:20:06.25 ID:u2tEVchgo
<嘘にならなくてネタバレにならない程度の次回予告>

第二話「APES OF THE PLANET」

揺れる馬車の中で目を覚ます僕。

………汚染種へと変貌してしまうまでの期限は3日間。

ワクチンを手に入れるために、遺跡と呼ばれる施設へと向かう僕達。


「W:1000011059151観察記録No.169」

「この現状が何者かに意図された物では無く、全て偶然の産物だと言うのなら…余りにも滑稽過ぎる」

「もし君が、この下らない世界からの脱却出来たのであれば…W:1000011058888の私を訪ねてくれ給え」


施設の最深部……

次々と汚染種と化して行く、集落の仲間達。


僕「あのさ……もし良かったらなんだけど……ここから生きて帰れたら、僕と――――」

セラ「…え?――――――――」


最後の希望を目の前にして……僕は…意識を失った。



第三話「Back to the Nature」

残された僅かな時間……

生き残った端末にアクセスを行い…そこから得られた、僅かな情報。


「我々は…このまま指を咥えて滅びを待つ訳にはいかない!」

「このアークオブゴフェルこそが、この地に遺された我等の最後の希望なのだ!」


手に入れた、最後のワクチン……最後の一本。

幕引きの末に現れたのは……ヨミミ族の少女達だった。



第四話「THE SALE」

地下鉄に乗り…ヨミミの集落へと向かう、僕とセラ…そして、ヨミミの少女達。


僕は、ヨミミの集落で予想外に手厚い歓迎を受け…そこで、彼女達の出生を知る。

そして、その真実は…僕の心を深く揺さぶった。


ミンチ「何か食べたい物はありませんか?」

僕「ここ最近レーションばっかりだったし…肉が食べたいかな」

ミンチ「かしこまりました。お任せ下さい!」


束の間の休息…

そして、ハイラント族の来訪。
73 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/17(土) 23:26:45.13 ID:u2tEVchgo
第五話「Day Hard」

ヨミミの集落を後にして、地下鉄でバベルの塔へと辿り着いた僕ら。

バベルの塔の地下深く…そこには、人間達の暮らす区画があり……

僕は………人間の少女、マリアと出会った。


マリア「私…明日大人になるの。もし良かったら、貴方にも参加して欲しいな」


そして僕は……彼女達が大人になると言う事の、意味を………

人間とは一体何なのかを……知った。



第六話「Broad Runner」

人間を管理する者…マザーコンピューターとファーザーコンピューター。

僕は…僕が信じる事…やるべき事を行い……

古びた通信室…そこで見付けた端末で、僕はテレサと言う少女に出会った。


テレサ「その端末の権限なら、遠隔操作でこっちの隔壁を開けられると思う。お願い、私をここから出して」

僕「えっと…ここの、隔壁解除って所で良いのかな?」


僕は…テレサを助けたい…そう思っただけだった。


テレサ「ありがとう。これで……やっと私、自由になれた」



第七話「Total Rewrite」

僕は………全てを思い出した。

そして………

何故…僕がここに居るのか…その訳を……


全てを………知った………
74 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/18(日) 00:00:01.44 ID:PaGzNxhZo
>39 それ…ラストが不評だった場合の、お気楽ハーレムなセルフパロで使おうと思ってたタイトル。
>43 とりあえず、古典的ではありますがこのテのジャンルの定番で開始してみました。
>44 この中の内幾つが形になるかは判りませんが、その際はまたお付き合い頂ければ幸いです。あと、パーツ集めは生パーツです。
>49 むしろ、シェンガオサイズのネルスキュラがヤド被ってる姿でおkです。
>50 ワークワークも、このテの退廃世界モノで。迷い込んだ人間が主人公でしたね。そう言う意味では近いと思います。
>55 この作品の技術水準は…ヒミツで!
>56 どこからどこまでが主人公の「世界」かにもよります。
>66 移住先が持って居ない知識で活躍するのは、この手の(以下略)
>71 残念ながら今回の主人公は、特殊能力も体質も無しの普通の人間です!

引き続き電波三発目、怪奇譚モノで『さわりおとし』
「因果応報」をテーマにした、オカルトストーリーです。
あと…『短編集』を謳いながらも『長編の序盤だけお披露目』になってしまっていたので
今回はちゃんと1話だけでも纏まるお話にしたいと思いますorz
75 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/18(日) 05:28:55.17 ID:K4aoeLuc0
乙!

『ヒトナシノヨ』 生き物にシビアな情勢の世界でしたねぇ
76 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/06/18(日) 22:21:28.69 ID:BEmp5wVI0
ヒトデ(ry が何か知らない内に当たってたとはw
77 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/19(月) 22:22:27.60 ID:EHAA+31Go
この世には…まだまだ私達の知らない物が沢山あります。

それは時に現象で…それは時に仕組みで…それは時に人で…


そして、このお語は……

そんな未知の中の一つ…『さわり屋』の人達の物語です。
78 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/19(月) 22:50:37.19 ID:EHAA+31Go
アヤ「おっはは〜、マッキマキー」

マキ「わっ…ちょっ!アヤ?!どこ触ってるのよ!」


私の名前はマキ、16歳。高校一年生。

私に抱き着いているのは、友達のアヤ。同級生。


何て事無い、いつもの朝…何て事無い、いつものやりとり。

…少なくとも、私はそのつもりだったんだけど……


アヤ「あれ?何か顔色悪くない?」

気が付いた時には…何時の間にか、私の日常は少しずつずれ始めていたのでした。



  〜さわりおとし〜



マキ「そう言えば…何か身体が重くて、寒気がするかも」

アヤ「他には?何か無い?」

マキ「後は…あ、そうだ。何か最近…ツイてないってのも…」

アヤ「ついてないって…例えば?」


マキ「最近…痴漢によく遭うのよね」

アヤ「痴漢って…あぁでも、マキの事だもんね。他の人に迷惑かけたくないって、大人しくやられっ放しになってるんでしょ?」

マキ「うぐっ……まぁ、それはそうなんだけど……」


アヤ「そう言うヤツには、ガツンと一発くらわせてやらないとダメよ?黙ってても付け上がらせるだけなんだから」

マキ「うん……じゃぁ、次は頑張ってみる」


………と言ってはみたものの…多分、次も…そのまた次も、私は抵抗する事が出来ないと思う。

正直、あんな目に遭うのは嫌だけど…我慢すれば、他にの誰にも迷惑はかからない。

諦めと共にため息を一つ付いた時……


ほんの一瞬…こちらを見て居る女生徒の姿が見えた気がした。
79 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/19(月) 23:00:22.55 ID:EHAA+31Go
マキ「何だろう………」

夜…シャワーを浴びる私。


気のせいか、体中がだるくて…お湯を浴び続けて居るのに、どんどん身体が冷えて行くような感じがする。

そんな中…朝方にアヤと交わした会話を思い出した。


マキ「病院…予約しとこうかな。あんまり酷いようなら、明日は学校休んで行かないと……」
80 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/19(月) 23:15:05.31 ID:EHAA+31Go
がたんごとん…がたんごとん…と、電車が揺れる度に頭の中がぐらぐらと揺れる。


体調はすこぶる悪い…悪いけれども、ギリギリ授業を受けられなくも無いと言う微妙な所。

結局の所、私は病院に行かずに登校して…今こうして、電車に乗っている。


そして………


マキ「…………っ」

来た……

今日も来てしまった………


マキ「…………」

内股に始まり…腰回りへと滑る手。

ここ最近、私に手を出して来る…痴漢だ。


痴漢の手が触れた場所は、鳥肌が立つのと一緒に寒気が走り…

触られた場所が広がる度に、その寒気が全身に伝わって行く。


叫びたい…声を出して逃げ出したい。

でも………そんな事をすれば、きっと他の人達にも迷惑がかかる。

電車が止まって…駅員さんも出て来て……大きな騒ぎになるかも知れない。


そう考えると足がすくんで…

私という自我が、暗い底に沈み込んで行くのを感じた時……


  「この人!痴漢です!!」

聞き覚えのある声が私の背後から響き渡った。
81 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/19(月) 23:30:32.55 ID:EHAA+31Go
スーツ姿の男「え?ひぇっ!?」

続けて、私の斜め後ろから聞こえる男の人の声。

声の主である男の人は、おぼつかない足取りで後ろの車両へと逃げて行く。


そして……私は後ろを振り返り…


アヤ「まったく…だから言ったじゃない。ガツンと一発くらわせてやらないとダメって」

友達の…アヤの姿を見ました。


マキ「アヤ……アヤァ………」

アヤ「おー、よしよし。怖かったね、もう大丈夫だよ」

アヤに肩を抱かれ、泣きじゃくる私。


アヤの手がポンポンと私の頭を撫で……

カチリ……と、私の中で何かが動いたのを感じた。


ただ………


それが、正しい位置に戻ったのか…

それとも、更に間違った方向にずれてしまったのか…


当時の私には、それを知る由も無かったのです。
82 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/19(月) 23:50:48.41 ID:EHAA+31Go
アヤ「身体の方は大丈夫?」


マキ「うん……一人で帰れる程度には大丈夫」

アヤ「ゴメンね。アタシも一緒に行ってあげたいんだけど、どうしても外せない用事があって……」

マキ「うぅん、ありがと。その気持ちだけで嬉しいよ」


放課後……アヤと別れて下校する私。

身体は重たいけれど…それ以外は問題無い。

そう自分に言い聞かせながら、駅までの道を歩いていると……


ふと…トレンチコート姿の異様な男性とすれ違った。

そしてその男性は、私の方に振り向き………こう言ったのです。


「アンタ……さわられたね?」


マキ「………え?」

カチリ…カチリ…と私の中で動き続ける何か。


これが…私と『さわり屋』さんとの出会いでした。
83 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/20(火) 05:18:32.18 ID:jczuZzIj0

さて、誰が何をどうしたからそうなったのやら
84 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/20(火) 07:03:26.66 ID:UsnMpIN90
鬼鮫「お体に触りますよ」
85 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/20(火) 15:03:54.76 ID:UsnMpIN90
睨んでいた少女と痴漢野郎は関係あるんだろうかね?
86 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/20(火) 22:54:30.79 ID:gL8sesE4o
コートの男「って、ちょっと待って!?何で防犯ブザーに手をかけてんの!?ストップストップ!話を聞いて!!」

マキ「私…決めたんです。もう、やられっ放しじゃいないって…!」


コートの男「いやいやいや!何で俺が、成長の証を示すためのやられ悪役的な立ち位置なの前提で話が進んでんの!?」

マキ「だって、明らかに怪しいじゃないですか。こんな季節にコートなんて着た初対面の男の人がいきなり話しかけて来たんですよ?」

コートの男「ぐっ………いや、順を追って説明させてくれるか?とりあえず、人目があるからそのブザーは下ろして、な?」

マキ「だったら、話は聞きますけど…変な事をしたら叫びますよ」


………と言う事で、私は男の人の話を聞いてみる事にした。


コートの男「まずは自己紹介をしとこう。俺は…『さわり屋』をやっている………って、だからそのブザーを下ろして!?ねぇ!?」

マキ「『さわり屋』って…何なんですか、そのいかがわしさが満点通り越して振り切った名前」

さわり屋「オーケーオーケー…じゃぁそこから説明させて貰おう。この世には…『障り』と言う物が存在する」


マキ「『障り』……ですか?」


さわり屋「最近…体が妙に重かったり、寒気が走ったりしてないか?」

マキ「何でそれを……あ、顔に出てた?でも…多分風邪か何かだから、病院に行けば…」

さわり屋「病院に行っても治せやしない。気から来る病とでも診断されるのが関の山だろうな」


マキ「何でそんな事……」

さわり屋「それがさっき言った「障り」だからだ」

マキ「………え?」


さわり屋「で…そんな『障り』を『触って』落とす。それが『さわり屋』だ」

マキ「でも、そんな事…いきなり言われても、信じられる訳……」

さわり屋「……だろうな。だから、料金は落とし終えた後の成功報酬として貰う事にしてる。言質だけは先に貰うけどな」


マキ「あ、お金取るんですね」

さわり屋「そりゃぁ、慈善活動じゃないからな」


マキ「でも…今、2000円しか持って無いんですけど」

さわり屋「なっ……くっ、じゃ、じゃぁそれで良い。ったく……何で俺はいつっも貧乏クジばかり引くかなぁ」


こうして私は…半信半疑ながら、さわり屋さんのお世話になる事になった。

しかし今思うと…弱っていたとは言え、我ながら何とも不用心な行動でした。
87 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/20(火) 23:01:25.29 ID:gL8sesE4o
マキ「私の名前は赤神マキ、16歳です。高校一年生やってます。えっと、今日は……」


みるからに怪しい部屋の中…ベッドの上に座って、ビデオに向けて自己紹介する私。

何でも…さわりを落とした後に踏み倒す人が多いから、その予防策としての証拠撮りと、診断を兼ねているらしい。


マキ「2000円で…お触り…でしたっけ?今まで知らなかった世界?初めての体験をしちゃいます」

さわり屋「って、ちょぉっと待てぇぇぇ!!!??」

マキ「え?」


さわり屋「わざとか!?それわざとなの!?何だそのいかがわしいビデオのオープニングみたいな自己紹介!こんなん誰かに見られたら俺がお縄になるわ!!」

マキ「すみません、いかがわしいビデオとか詳しく無くて。さわり屋さんは詳しいんですか?」

さわり屋「…………」

さわり屋さんは押し黙り、そのまま固まってしまった。


さわり屋「いいから、こっちの言う内容に答えて貰えるかな?それじゃ撮り直すからな?」

あ、無かった事にして仕切り直したようだ。
88 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/20(火) 23:17:17.06 ID:gL8sesE4o
マキ「私の名前は赤神マキ16歳、解阪高校の一年生です。家族構成は、父・母・姉。交友関係は、友人が一人。あと―――」


さわり屋「最近何か変わった事は?特に、身体に触られるような事は無かったかい?」

マキ「それは…その……ここ最近、毎日のように痴漢に遭いましたが…何か関係あるんですか?」


さわり屋「『障り』と言う物は大抵『障り屋』が相手に触れる事で起こる物だ。だから多分……」

マキ「あの痴漢が…『障り屋』」


さわり屋「その痴漢の特徴とかは?」

マキ「すぐに逃げられてしまったので…スーツを着た男性という事以外は何も」

さわり屋「成程……ね。手掛かりは少ないが…後は実際におとしながら確認するとしよう」


そう言ってさわり屋さんは、包帯でぐるぐる巻きになった右手を私に向けた。

そして、右手からその包帯を解くと…


マキ「その手…」

包帯の下から現れた手は、赤黒く変色して…所々に、ひびのような亀裂が走っていた。


さわり屋「これかい?まぁ何て言うか…職人の手ってヤツかな。それはそうと…障りを落とすのに必要だから、血を一滴貰うぜ?」

マキ「え?あ…はい」

そう言ってさわり屋さんは私の手を取り…取り出した針を、私の親指に刺した。


マキ「っ…!」

そして今度は、血の付いた針を自分の右手に突き刺し……



  さわり屋「さぁ……さわりおとしの始まりだ」
89 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/21(水) 10:35:46.10 ID:7Dh+wMax0
乙!
成功報酬ってんなら、今の手持ちからじゃなく後からちゃんと持ってこさせりゃ良いんじゃないのか?
90 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/06/21(水) 20:09:48.29 ID:Md6VZK0g0
触って落とす……トルコ風呂(意味深じゃない方)の垢すりとかもそんな感じすね
91 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/21(水) 23:30:35.99 ID:6dQRIxd6o
目を閉じ…ベッドの上に横になる私。


マキ「あの…私は何かしなくても良いんですか?」

さわり屋「あぁ、アンタはそのまま寝転がっててくれれば良い。あぁでも…」

マキ「でも…何ですか?」


さわり屋「アンタの場合…頭の天辺から膝まで、手広く触られてるみたいだからな。少し長く我慢して貰うかも知れねぇな」

マキ「我慢って…え?――――」


ビデオカメラから微かに聞こえて来る、さっきの録画の声。

さわり屋さんは、その映像を見ながら顔をしかめ……重苦しく声を絞り出した。


そして、さわり屋さんの手が私の頭に触れた…その瞬間………


マキ「ッ―――――!?」

触れられた場所を中心に…頭の中にまで響く電撃のような物が駆け抜けて行くのを感じた。


さわり屋「コイツは…思った以上に深くまで浸み込んでやがるな」

マキ「ァ……ツッ…………」


正座で痺れた足を掃除機で吸うような感覚……それを何十倍にもしたような物と表現でもすれば良いのだろうか?

頭の中がビリビリと痺れ、ズキズキと鈍い衝撃が駆け巡る。


そして、さわり屋さんの手が頭から首へと滑り……
92 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/21(水) 23:59:11.15 ID:6dQRIxd6o
マキ「ん……くっ………ふっ……」

首筋から指先まで…延髄を伝って全身に走る衝撃。

私は思わず声を上げ…それに伴ってか、さわり屋さんの手が止まる。


さわり屋「気休めか知れないが…一応の山場はここまでだ。アンタの場合、頭を最後に残しとくと危なかったからな」

と言って、今度はその手を肩に乗せるさわり屋さん。


マキ「っ…はぁっ……はぁっ……………んっ!!」

そこからさわり屋さんの手は、腕へ…肘へ…手へと滑り……

ピリピリと走る電気のような物が、身体の奥から正面へと這い出て行くような感覚を覚えた。


喉の奥から溢れた熱い息が、口の端から溢れ出る。

電気が走る度に、私の身体は小刻みに震え……

一際大き刺激が走った時、私の身体は大きく跳ねた。
93 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/22(木) 00:00:43.75 ID:O292AQ1no
さわり屋「さて…これで一丁上がり…と」

全身から力が抜け落ち…荒いだ息が零れ落ちる。


気が付けば私の全身は、噴き出た汗でぐっしょりと濡れ…

マキ「終わっ………て………あ…れ………?」


それまで感じて居た、不快な身体の重さと寒気は消え去り…

憑き物が落ちたような身体の軽さと、身体の奥から溢れ出る体温を実感する事が出来た。


さわり屋「どうだい?楽になったろ?」

そして、つい先程まで私の身体に触れて居たと思われる…さわり屋さんの手は……


マキ「その………手…」

手の平を中心に水泡が浮かび…袖の奥まで焼けただれたように赤く変色していた。


さわり屋「あぁ、これなら心配すんな。いつもの事だ」

マキ「いつもの事って…」

尋常ならざるその光景に、私はさわり屋さんの心配をせずには居られなかった。

けれど………


さわり屋「さぁこれで…タッチダウンだ」

マキ「タッチダウン……」

さわりおとしだから、タッチダウン…と言いたいのだろうけど………うん


つい先程までの心配など、どこ吹く風ぞ…

私はそこに触れるべきか否か迷った挙句、無言で生暖かい視線を送る事にした。
94 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/06/22(木) 00:12:49.49 ID:q4Fo9EQI0
これ声だけ聞いたら間違いなく誤解される感じのアレやwww
95 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/22(木) 00:21:58.63 ID:O292AQ1no
さわり屋「ひぃ…ふぅ…よし、確かに。良かった……これで首の皮一枚何とか繋がったぁ…」


謝礼を支払い…それを確認するさわり屋さん。

さわり屋さんの安堵の表情から、余程困窮していた事が伺えるけれど…

金銭関係に首を突っ込むのも何なので、私はそれをスルーした。


さわり屋「そんじゃぁ後は……」

マキ「後って…まだ何かあるんですか?」


さわり屋「何かも何も…アンタを障ったヤツの事だ。解決してないだろ?」

マキ「あ、そう言えば……」


さわり屋「マッチポンプを疑われるのもアレだしな。アフターケアでその辺りも何とかしてやるって言ってんだ」

マキ「あ、ありがとうございます…」


さわり屋「で、例の痴漢だが……また手を出して来る可能性が高いか、ら囮作戦が有効だとは思うんだが……」

マキ「何か問題でも?」


さわり屋「いや、さすがに危ない橋を渡らせるのは―――」

マキ「いえ………私、やります。どうして私にあんな事をしたのか…知りたいです」


さわり屋「…………本当に良いんだな?」

マキ「………」


さわり屋「……判った、だったら明日から張り込むとしよう。アンタはいつも通りの時間に電車に乗って、またそこで落ち合おう」

マキ「………はい」


さわり屋「あ、そうだ。一つ確認しておきたいんだが―――――」


こうして……さわり屋さんは、原因究明へと向かってくれた。

けれど………


次の日、さわり屋さんが電車に現れる事はありませんでした。
96 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/22(木) 07:31:37.23 ID:D1iX6kAx0

どういった理由でだろうね?
97 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/24(土) 02:11:53.37 ID:fc0KoUQqo
無闇に人にさわる物じゃぁ無い…

そんな事は、子供だって知っている。


そして…それがさわり屋だとすれば、尚の事だ。


人にさわれば、人も自分の手に触れる。

それを忘れてさわり続ければ、いずれ自分もさわりに触れる。


そんな当たり前の事を忘れちまったのか…

あるいは……
98 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/24(土) 02:16:33.35 ID:fc0KoUQqo
さわり屋「成程…ね」

少し…ほんの少し、さわり程度の調べ物で、いとも簡単に真相へ辿り着く事が出来た。

しかしそれは、余りにも下らなく…余りにも馬鹿馬鹿しい。


何がこんな事を始め…何故こんな事になったのか…


いや、それは直接本人に聞くのが一番早いだろう。

俺は、マキの背後に居る…マキを障ろうとする障り屋に近付き……その手を掴んだ。


アヤ「……………」

さわり屋「………………」


その障り屋…マキの友人アヤは、ほんの一瞬驚き身じろぎするもすぐに諦め…そこから先は、言葉は不要。

お互いマキに気付かれぬよう、黙したまま車両を移り…人目に付かない手洗いの中へと場所を移した。
99 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/24(土) 02:30:00.62 ID:fc0KoUQqo
さわり屋「しっかし…よくもまぁ、今の今までばれなかった物だな。振り向かれでもしたら、それだけで一発アウトだろ」

アヤ「…マキの性格なら、振り向けやしないわよ。そのまま我慢し続けるのは判ってたから」

さわり屋「成程ね…そんだけマキちゃんの事を理解してる訳か」


アヤ「……そんな事より、今度は私の番。どうして…私が障り屋だって判ったの?」

さわり屋「頭の天辺が…な。髪フェチってセンも無い訳じゃぁ無いが、痴漢で頭を触るってのは考え難いからな」

アヤ「…………」


さわり屋「で、確認してみたんだが…案の定。誰がどこに触れたか、マキちゃんから貰った証言と照らし合わせた結果……な」

アヤ「あぁ…そう言う事……」


さわり屋「で、念のため調べてみたら…昨日以外もアンタはこの電車に乗っていた、と」

アヤ「そんなの別に…あぁでも、そこまで調べたんなら当然住所も知ってるわよね」

さわり屋「そう…アンタの住んでる所は逆方向。偶然乗り合わせる事なんてありえない。なのに…この電車に乗っていた。マキちゃんを障るためにな」

アヤ「そうよ…アンタの言う通り」


さわり屋「なぁアンタ…マキちゃんの友達なんだろ?何で障った?」

アヤ「そこまでは調べなかったんだ……でも、余計なお世話って言葉知ってる?って言うか、それを聞いてどうすんの?」

さわり屋「落とし所があれば、擦り合わせるって手もあるからな。どうしようも無い恨みがあるってんなら別だが…な」


アヤ「恨みなんて…別に無いわよ。全部、お金のため」

さわり屋「金のため…ねぇ。そいつは俺にはどうしようも無いが…その金は、友情よりも大切な物なのかい?」

アヤ「はん…何?同業者がそれを言うの?」


さわり屋「痛い所を突いて来る…と言ってやりたい所だが、俺はさわりおとし専門でね。障り専門のアンタと一緒にされたかぁ無いな」

アヤ「…アンタみたいな偽善者…死ぬ程反吐が出るわ。だったら良いわ、私が障り屋をやってる理由を教えてあげる。うちに来なさい」


こうして俺とアヤは、次の駅で電車を乗り換え……終始無言のまま、アヤの住むアパートへ向かった。
100 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/24(土) 06:33:15.67 ID:vbbNNLVu0
既に見つけてたからか〜
101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/24(土) 07:21:19.49 ID:WhL8xgLC0
はてさて、どんなおぞましいものが待っているのやら
102 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/26(月) 00:04:27.12 ID:uuI4bUyHo
さわり屋「コイツは………」

アヤ「外からでも判るでしょ?でも…直接見て貰うわよ」


部屋に入る前…いや、そもそも敷地内に入る前からでも判る程の、巨大な『障り』の気配。

俺は…尋常ならざる『障り』の存在を、肌のみならず全身で浴びながら…部屋の中へと足を進めた。


アヤ「この子の名前はエンジュ………私の妹よ」

さわり屋「…………っ……」


そこには…小学生くらいの幼い少女が居た。


そして………


そこには………『障り』の塊とでも言うべきか…途轍もなく巨大な『障り』があった。
103 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/26(月) 00:17:01.76 ID:uuI4bUyHo
アヤ「私が…未熟だった私が、うっかりエンジュを触ってしまって…そのせいで…!!」


エンジュ…そう呼ばれた少女は『障り』の渦巻く中で目を閉じ、身じろぎ一つしない。

微かながら生命の息吹を感じるも、その姿はまるで物言わぬ人形のようで………


さわり屋「もう長い事、目覚めていない…って所か」

アヤ「そうよ…これで判ったでしょ?だから私にはお金が必要なの!!」


さわり屋「確かに…これだけの障りをおとすとなれば、命を落とす恐れもある。少なく見積もっても、三千万……」

アヤ「前に他のさわり屋に見せた時は、五千万って言われたわ」

さわり屋「そうだな…そのくらいは当然ふっかけられるわなぁ…」


アヤ「お父さんとお母さんの遺産は親戚中に取られて…私みたいなのがそんな大金を稼ごうと思ったって、簡単には行かないの!」

さわり屋「まぁ当然そうなる…な」


アヤ「『障り屋』だけじゃ無い。他にもお金を稼ぐ手段があるなら、何だってやるわ!」

さわり屋「…………」

アヤ「それこそ、身体を売ってでも身体を切り売りしてでも…どんな事をしてでも、私はお金が欲しいの!」


さわり屋「と………熱くなられてる所を悪いんだが…」

アヤ「……何よっ!!」

さわり屋「このお嬢ちゃん…エンジュちゃんに付いてる『障り』…こいつは、アンタのじゃぁ無いぜ?」


アヤ「………え?」
104 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/26(月) 00:31:07.24 ID:uuI4bUyHo
さわり屋「あと…知ってるとは思うが、自分で自分を『障る』事は出来ないから、エンジュちゃんでも無い」

アヤ「ちょっと待って、話についてけない」


さわり屋「『障り屋』やってるだけだと、まず気付かないと思うが…『障り』にも、ちょっとした違いがあってな?」

アヤ「……は?」


さわり屋「細かい事は、実際に観てみなけりゃ判らねぇが…この『障り』は、明らかにアンタの物じゃぁ無ぇんだよ」

アヤ「な……何よそれ!そんな事いきなり言われて、信じるとでも思ってるの!?」

さわり屋「まぁ、どこからどこまで信じて貰えるかは判らねぇが…とりあえずの証明なら出来るぜ?」

アヤ「そんな事、どうやって――――」


アヤが戸惑い、問いかける中…

俺はコートの中からビデオカメラを取り出し、電源を入れる。そして……


ビデオカメラ「私の名前は赤神マキ――――」

後はまぁ、論より証拠。


このビデオカメラに使ってるレンズは、知り合いに作って貰った特注品で…『障り』を視覚化する事が出来る。

つまり…俺が見た『障り』を、アヤにも見せる事が出来ると言う逸品な訳だ。

そしてアヤの『障り』は、表面を撫でるように渦巻く『障り』である事が見て取れる訳だが……


さわり屋「マキちゃんの身体に纏わり付いてる黒いのが見えるだろ?これがアンタの『障り』だ」

アヤ「これが…アタシの?でも………これ、アンタが加工した訳じゃないって証拠も無いわよね?」

さわり屋「だから、その点だけは証明にならないかも知れないんだが…まぁ、この後……」


ビデオカメラ「2000円で…お触り…でしたっけ?今まで知らなかった世界?初めての体験をしちゃいます」

アヤ「…………………」

さわり屋「………違うぞ?これは、マキちゃんが言い間違えてるだけだからな?」
105 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/26(月) 00:48:18.87 ID:uuI4bUyHo
さて、脱線してしまったので話を戻そう。


俺は改めてアヤの妹…エンジュにビデオカメラを向け、その姿を画面に映す。

すると、画面には………


アヤ「………え?……何…これ………」

さわり屋「少なくとも…アンタ以外の二人の『障り屋』に障られてる…ってのが判る筈だ」


人間の骸骨と肋骨が百足のような形を成した『障り』と…

無数の棘が生えた薔薇の蔓のような『障り』。

全く異なる形の…それも、とびっきりに強力で凶悪で狂暴な『障り』の姿が映っている。


さわり屋「俺の言葉やコレが信じられないってんなら、あくまで『もしも』の話で聞いてくれ」

アヤ「………」


さわり屋「この子…エンジュちゃんを蝕んでる『障り』はアンタのモノじゃぁ無い。つまり…今のこの状態はアンタのせいじゃぁ無い」

アヤ「…………」


さわり屋「アンタの責任感は勘違いで、エンジュちゃんのためにアンタが犠牲になる必要は無い」

アヤ「……………」


さわり屋「それでも…アンタはエンジュちゃんのために金を稼ぐのか?『障り』を振り撒き、他人を傷付け…自分を追い込みまでして」


少々意地悪な物言いをする事になってしまったが……まぁ、これは仕方が無い。

何も知らず……間違った思い込みだけで、あんな事を続けるアヤの前で…それを伏せ続ける事が出来ないってのが……


俺の性分だからな。
106 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/26(月) 01:03:54.10 ID:uuI4bUyHo
アヤ「………っ…でもっ……」


さわり屋「ん?何だ?」

アヤ「それっ…でもっ!アタシはエンジュを助けたい!例え異母姉妹でも、たった一人の妹だから!何を犠牲にしても助けたい!」

さわり屋「……目覚める事が良い事とは限らねぇぜ?自分が目覚めるために、姉さんが何をしたか知ったら…」


アヤ「それでも!」

さわり屋「場合によっちゃぁ、このまま何も知らずに眠り続けてる方が幸せかも知れねぇ。全部投げ出したって、誰も文句は言わねぇだろ」


アヤ「それでもっ…私はエンジュに目覚めて欲しい!無理かも知れなくても、あの頃の笑顔を取り戻したい!!」

さわり屋「そもそも…状態が状態だ。最悪『障り』をおとしても、目が覚める保証は無いんだぞ?」

アヤ「それでも!何もしなかったら目覚める可能性が無いどころか…このままじゃ……」


さわり屋「十中八九死に至る。いつ『障られた』かによって多少の前後はあるが…もって、あと三から四ヶ月って所だろうな」

アヤ「……………」

さわり屋「まぁ普通に考えて…四ヶ月で五千万なんて大金を稼ぐのは無理だ。となると、ローンでも組んで長期返済くらいしか手は無い訳だが…」


アヤ「判ってるわよ……こんな理由でお金を貸してくれる人も居なければ、そんな条件で引き受ける『さわり屋』も居ない」

さわり屋「ま、常識的に考えて当たり前だよな。後はまぁ、よっぽどでかい仕事でもやらなけりゃぁ……」


アヤ「……機会さえあれば、やってやるわよ……エンジュのためなら、例え他の誰かの命を奪う事になっても!!」

さわり屋「あぁ……コイツはまた、とんでもなく重症だ。完全にタガが外れちまってらぁ」


アヤ「そんな事は百も承知よ!って言うか何なの!?アンタって結局、何が言いたいの?!」

さわり屋「言いたいって言うか…むしろ聞きたかっただけなんだよな。アンタの苦労話」

アヤ「アンタって………最っ…低ね!!」


さわり屋「まぁ所詮は偽善者だからなぁ……っと、そうそう。あと一つ……」

アヤ「…何よ」


さわり屋「アンタ……『障り』で人を殺した事はあるか?」
107 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/26(月) 05:32:49.71 ID:7wI4UUko0

あったとしても、まぁアヤに返ってくるのは3割くらいか?
7割は大元に返るだろ
108 :全知全能の神未来を知る金髪王子様の須賀京太郎様 :2017/06/26(月) 11:19:39.46 ID:jt/XC88V0
どせえもんかと思ったら悪禁厨イズルかよ

早よ国家代表戦出せよ

イギリス優秀中国非公開ドイツ中級フランス妾日本サディスト姉妹ロシアまぁまぁ
109 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/26(月) 13:47:12.00 ID:TKqhc30zo
どこの誤爆だ
110 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/26(月) 19:31:20.51 ID:ziXHYnsh0
しかし、そんなのもう障りってか化け物……妖怪じゃん
111 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/26(月) 22:28:23.98 ID:uuI4bUyHo
アヤ「………はぁ?」

さわり屋「良いから答えてくれ」


アヤ「……そんなでかい仕事をこなしてたら、今頃こんなに苦労してないわよ」

さわり屋「仕事以外でもか?怨恨や私怨で誰かを殺した事は?」

アヤ「少なくとも…アタシが知ってる範囲で、アタシの『障り』で誰かが死んだって事は無いと思う。でも、それが何だって言うのよ!」


さわり屋「妹のためだったら、何だって出来る…それこそ、越えちゃぁいけねぇ一線だって越えられるってのは判った」

アヤ「そうよ、それが何なの?」


さわり屋「んでも…今までそれを越えずに踏み止まってる、ってぇのも判った」

アヤ「だから何だって言うのよ!」


さわり屋「話を戻すが……俺は、常識とは無縁の…『さわり屋』の中でも異端児だ」

アヤ「………は?」


さわり屋「稼ぎは悪ぃし、仕事はいっつも決まって貧乏くじばかり……」

アヤ「……………」


さわり屋「あ、くどいようだが一応また言うぞ?俺はあくまで偽善者だ!頂く物はちゃんと頂くからな!」

アヤ「……え?ちょっと待って、それって」


さわり屋「とりあえず…暫くの間の衣食住の面ど…もとい、負担はして貰う!それから…本当は即金が良いんだが、社会人になったら残りも返済して貰うからな!」

アヤ「受けて…くれるって事?エンジュの……『障り』をおとしてくれるって事…?でもさっきは……」


さわり屋「だから言っただろ、常識とは無縁だって。それと……こういう貧乏くじを引くのは俺の役目だって…な」

アヤ「――――――――――」
112 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/26(月) 22:46:19.21 ID:uuI4bUyHo
さわり屋「―――って事で、さっき言った通りの質問に答えて貰えるか?」

アヤ「…はい。私の名前は、苦死刺 殺。解阪高校の一年生で、15歳」


さわり屋「じゃぁ次に、エンジュちゃんの方」

アヤ「名前は、苦死刺 怨呪。解阪中学の二年生で、13歳」


さわり屋「家族構成は?」

アヤ「私の両親とエンジュのお母さんは既に他界してて…私の父とエンジュのお母さんは『障り屋』だった」


さわり屋「それぞれの死因は?」

アヤ「エンジュのお母さんは…エンジュを産んですぐに『障り』で他界。私の両親は、交通事故」


さわり屋「確信は無くても良いから、エンジュちゃんを『障る』ような相手に心当たりは?」

アヤ「エンジュは元々身体が弱くて、殆ど家から出なかったから…家族以外と関わるような事さえ無かったと思う」


さわり屋「アンタ…いや、アヤちゃんが…アンジュちゃんを『障ってしまった』と思ったのは?」

アヤ「一年前…両親が交通事故で死んで、精神的に不安定になっちゃった時。制御がきかなくなってて、エンジュを『障った』と思ってたんだけど…」


さわり屋「それ以上の事は判らない………か」

アヤ「うん…ゴメン」


さわり屋「となると…『障り』の正体も相手も不明。毎度の事ながら…ぶっつけ本番でゴリ押しするしか無い訳か」

アヤ「毎度の事って……大丈夫なの!?」


さわり屋「エンジュちゃんへの負担は必要最低限にするし…報酬もあくまで成功した時だけだ。心配すんな」

アヤ「そうじゃなくって……あぁでも……あぁもう!!」


さわり屋「あ、そうそう…障りを落とすのに必要だから、エンジュちゃんの血を一滴貰うぜ?」

アヤ「………うん、分った」


姉であるアヤちゃんの許可を得た所で、俺は懐の薬袋から針を取り出し…それをエンジュちゃんの親指に軽く刺す。

そして今度は、エンジュちゃんの血が付いた針を自分の右手に刺し………


  さわり屋「さぁ……さわりおとしの始まりだ」


景気付けのセリフをキメて、さわりおとしを始めた。
113 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/26(月) 23:00:20.00 ID:uuI4bUyHo
さて………これは判って居た事なんだが……


痛ぇぇぇぇぇ!!

死ぬほど痛ぇぇぇ!!!

無茶苦茶痛ぇぇぇぇ!!!!


皮膚が焼けただれる痛みと、神経に直接響いて来る『障り』……

と言う所は今までと同じなんがだ…今回のそれは、前回の比じゃぁ無い。


歯にドリルで穴を空けて、そこにまたドリルを突っ込んで神経を無理矢理削り取るような痛み…が手の平全体から全身に駆け巡っている。

人一倍治りが早い事を自負している右手も、表面は完全に焼け焦げて筋肉にまでかなりのダメージが来ている事が判る。


安請け合いなんてするんじゃぁ無かったか?いやいや…今は少しでも実入りが無いと困る。

後悔しながらも…それでも自分の行動を肯定しなければ、とてもじゃなければやっていけない。


しかし…今回の『障り』は本気で不味い。気を失ってしまったら、多分そのまま『障り』に殺されてしまうかも知れない。

エンジュちゃんに余り負担はかけたく無いんだが…ここは、一気に引き剥がして落とす他は無いだろう。


エンジュちゃんの奥底にまで沈む……骸骨百足も茨もまとめて…右手で掴んで引き摺り出し…その『障り』をおとす。


エンジュ「――――ッ!!」

意志を持った言葉では無く…あくまで、反射として肺の奥から絞り出される、エンジュちゃんの声。

少々手荒にはなった物の、これでエンジュちゃんの「障り」は――――


さわり屋「…………え?」


そう…手順に間違いは無かった……手応えも確かにあった。

俺は確かに、エンジュちゃんの『障り』をおとした筈だった…その筈なのに………


さわり屋「おいおいおいおい…コイツは一体何の冗談だ?」


エンジュちゃんの身体には、骸骨百足の『障り』が絡み付いたまま残っていた。
114 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/26(月) 23:15:44.07 ID:uuI4bUyHo
おかしい………こんな事はありえない。


俺は確かにエンジュちゃんの血を使い…『障り』を誘き寄せてそのままおとした。

例え『障り』が一つでも…それこそ百の『障り』が付いていようとも、この方法でおとせない筈は無い。


なのに…何故この『障り』は残っている?


迷い…戸惑い、思考が迷走する。

この骸骨百足の『障り』は普通じゃない。

下手に関わり続ければ、それだけ命を持っていかれる可能性が上がってしまう。


ただでさえも不味い方向に追い詰められている……

ってのに、そんな俺に向けて追い打ちが襲い掛かって来る。


さわり屋「嘘……だろ?おいおいおいおいおいおいおい!!」

そこに残った骸骨百足だけでも、文字通り手を焼いているって言うのに…


少しずつではある物の……

さっき落としたばかりの筈の、茨の「障り」が…またじわじわと、エンジュちゃんの身体を這い回り始めた。
115 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/27(火) 17:52:50.50 ID:HeSzVdU80

何かもはやFate/strange Fakeのペイルライダーみたいだな
116 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/27(火) 23:52:02.40 ID:5ImijBqDo
さわり屋「何なんだ…一体何なんだよコイツは。こんな『障り』見た事無いぞ」


アヤ「…………」

思わず零してしまった言葉に、アヤちゃんが不安そうな瞳をこちらに向けて来る。


あぁ…判ってる。報酬を貰う以上は、エンジュちゃんから『障り』をおとして見せる。だから、そんな目を向けないでくれ。

と……半ば自分に言い聞かせるように心の中で呟く。

だが、一体何をどうすれば良いのか……どうすればあの『障りを』おとす事が出来るのか…


幸いな事に、今すぐ落とさなければ死ぬと言う訳では無い。

時間が経てば経つだけ、容態が悪化してしまうが…ここは一旦退いて、体制を立て直すのが得策だろう。


となればせめて…手掛かりを得るためにも、この二つの『障り』の事を出来るだけ細かく記憶しておく必要がある。

それぞれの『障り』はどんな特徴を持って居るのか…どこからどこまでを、どんな形で『障られ』ているのか……

少々失敬して、服の下の肌を直接診る。


そして、そこで………


さわり屋「…………ん?」

とある…奇妙な事に気付いた。


骸骨百足の肋骨…足?は、茨を避けるようにエンジュちゃんの身体に張り付き…

逆に茨は、骸骨百足を避け…その合間を縫うように広がって行っているようだ。


今回とは別件で、複数の『障り』が付いていた事もあったが……

あの時は、両方の『障り』が重なっていた部位が陣地争いを繰り返していた。

しかし今回に関しては、示し合わせたように二つの『障り』が綺麗に区切られ…更に言えば、その境界線から新たに茨が広がっていく。


何故こんな奇妙な事が起きているのか………

何か…ほんの些細な事でも良いから、手掛かりが無いか…今ある情報を改めてかき集め……


さわり屋「…………いや…まさか………なぁ?」

ふと………とある仮定の下で生まれる、仮説がある事に気付く。
117 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/28(水) 00:20:04.22 ID:gU1LNahCo
『…はい。私の名前は、苦死刺 殺。解阪高校の一年生で、15歳』

『名前は、苦死刺 怨呪。解阪中学の二年生で、13歳』

『私の両親とエンジュのお母さんは既に他界してて…私の父とエンジュのお母さんは『障り屋』だった』

『エンジュのお母さんは…エンジュを産んですぐに『障り』で他界。私の両親は、交通事故』


頭の中で反復したのは、先のアヤちゃんの言葉。

よくよく考えるとおかしな部分があって……そこを深く考えた時点で、ピンと来た。


この場は一度退いて、裏付けと確認を取ってから再挑戦…という手も無いでは無いんだが……

さわり屋「そこでこれを聞いちまうのは…偽善者としての、俺の性分から外れちまうよなぁ」


となれば…残された道は一つしか無い。

さわり屋「これまたぶっつけ本番になっちまうが…やるしか無ぇよなぁ」


俺は左手の包帯を解き…

それを……骸骨百足が纏わり付く、エンジュちゃんの顔へと持って行く。

そして、親指を口の中へと突っ込み……


エンジュ「――――ッ!!」

再び姿を現した、茨の『障りを』もう一度おとす。

それと同時にエンジュちゃんの顎が締まり、歯が俺の指へと食い込んで……


   さわり屋「さぁ…改めて、さわりおとしの始まりだ!!」

今度はその左手を、骸骨百足の頭に添えた。
118 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/28(水) 00:37:11.08 ID:gU1LNahCo
右手と左手……両手の指先に始まり、脳天から足の指先に至るまで…全身を余す事無く襲う激痛。

ほんの少しでも気を緩めれば、意識と命をそのまま持って行かれてしまうのは目に見えている。

だが…苦しみを味わっているのは俺だけじゃぁ無い。


エンジュ「ッ……!!ぅぅっ…!!――――!!」

さっきみたいな機械的な呼吸とは全く別の…苦悶を含んだエンジュちゃんの声。


意志は無くとも、意識の片鱗がそこに見える…それはつまり…『障り』をおとした先に、僅かながらも期待が持てると言う事。

俺は、歯を食いしばって意志を失うの堪え……右手で茨の『障り』を…左手で骸骨百足の『障り』をおとしていった。


さわり屋「……………っ――――――!!」

アヤ「えっと……終わったの?やった…の?」

さわり屋「いや…わざわざやれてないフラグ立てるような発言しないでくれねぇか!?」


アヤ「え?そ…そうなの?」

くっ…これがジェネレーションギャップというヤツか。


まぁ良い…残念ながら、俺は常識から外れた、お約束を守らない男だ。

その点はぬかり無く、エンジュちゃんの『障り』は落とし切った……のだが…


さわり屋「一応、今エンジュちゃんについてた『障り』は全部おとし切った」

アヤ「じゃぁ……」

さわり屋「んでもな…今回の場合は、ちょっと複雑みたいでな。事はこれだけ終わらないらしい」


アヤ「………それって、一体どう言う…」

さわり屋「まぁ…そこん所も含めて、エンジュちゃんが起きたら話をしようと思う。そんなに時間はかからないだろうから、少し待ってくれ」


偽善者的には、その理由を口にするのははばかられる。

だが……それを語らずして解決は見込めない以上…結局はそれを突き付ける他は無い。
119 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/28(水) 01:32:06.99 ID:QiNNtHB30
いや、障りを仮受け?みたいのしてるダメージは?休まなくて大丈夫なん
120 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/28(水) 02:54:31.27 ID:Ueq2uvbQ0
口の中には何が居たの〜?
121 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/28(水) 21:29:56.46 ID:gU1LNahCo
私は誰なのか…

私は何なのか……


…判らないのです。


私は……

私は………


多分…

何も知らない方が……


何も考えない方が……いいのです。
122 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/28(水) 21:45:11.96 ID:gU1LNahCo
マキ「ごめんね……私、アヤの事何にも知らなかった」

アヤ「そんなの…何で……アタシの方こそマキに酷い事したのに……」


どこからとも無く…声が聞こえて来る。


さわり屋「っと…仲直りしてる所を悪ぃが、エンジュちゃんが目ぇ覚ましそうだ。少し静かにしてやってくれ」

誰かが…私の名前を呼んでいる。お父さんとは違う…知らない男の人の声。


私は、重たい瞼をゆっくりと上げ………ぼやけた視界の中で声の主を探した。


エンジュ「………あれ…?」

アヤ「エンジュ!…エンジュ!エンジュ!!」

一人…二人…三人………ぼんやりと人影が見える。


一人はお姉ちゃん…一人はお姉ちゃんと同じくらい…最後の一人は、もっと背が高い。

私は…ぼやけた目を擦るために、手を上げようと思ったのだけど……

どうしてだろう、身体が上手く動かない。喉もガラガラになっていて、声が上手く出せない。


さわり屋「おっと、一年ぶりのお目覚めなんだ。無理はすんなよ?そうでなくても弱ってるんだからな」

エンジュ「一年………?」

この人は一体何を言っているのだろう?私は言っている事の意味がわからなくて、その人に聞き返した。


さわり屋「これから重要な話をする事になるんだが…あぁそうだ、先に自己紹介をしておこう。俺はさわり屋だ」

マキ「あ、私はアヤの親友のマキだよ。よろしくねっ!」

エンジュ「お姉ちゃんのお友達と…えっと……お父さんとお母さんの、仕事の同僚の人なのですか?」


さわり屋「直接面識は無かったが…まぁ、同業者って意味じゃぁそうだな」

エンジュ「そう…なのですか」


さわり屋「って事で…自己紹介が終わった所で本題に入らせて貰う」

そう言って男の人…さわり屋さんは私の横に座り直し…言葉を続けた。


さわり屋「率直に言わせて貰うが…エンジュちゃんには、少しでも早く『障り』を制御出来るようになって貰う。でなければ…遠くない内に命を落とす事になる」


エンジュ「……え?私が…『障り』を…なのです?」

さわり屋「あぁ、そうだ。エンジュちゃんは珍しい体質で…一つの器の中に二つの『障り』…いや、二つの身体が混ざり合っているんだ」


エンジュ「…………え?」
123 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/28(水) 21:56:05.23 ID:gU1LNahCo
さわり屋さんが何を言っているのか…私にはわからなかった。

エンジュ「すみません…言っている事が判らないです…」


さわり屋「言葉通りの意味だったんだが……まぁアレだ。漫画なんかでよくあるだろ?右と左で炎と氷みたいな…」


マキ「右拳と左拳を近付けて、サイクロンを生み出すみたいな?」

さわり屋「連載時に生れても居なかったよなぁ!?ってか、そんなマイナーな…」


アヤ「アタシは…炎の中に手を突っ込んで忠誠の証を取るのを…」

さわり屋「そっちも生れる前だよなぁ!?いや、ある程度メジャーだが…」


私は私で別のキャラクターを連想していだけれど…

話が進まなくなりそうなので、口を挟まないようにした。
124 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/28(水) 22:11:58.83 ID:gU1LNahCo
さわり屋「とまぁ、そんな訳で…エンジュちゃんは、異なる二つの『障り』が炎と氷みたいにぶつかり合ってお互いに『障り』合ってる訳だ」

エンジュ「それは判りましたですが…その…何で……」

さわり屋「お袋さんの腹ん中に居る時…本当は二人で生まれて来る筈だった命が、混ざり合って生まれて来ちまう事がある。で…エンジュちゃんがそれだ」


エンジュ「……………」

言いたい事は判る…理解出来る。でも……それが自分の事だと実感する事は出来なくて…どこか他人事のように聞こえてしまう。


さわり屋「あー…って言ってもだな。その事に付いて、意味を深く考えたり何を気負うような必要は無ぇ」

エンジュ「だったら…何故こんな事をです?」


さわり屋「至って冷徹に機械的に…仕組みだけ理解が必要だったからだ」


必要?何に?何をするために?『障り』を防ぐために?どうして?

そんな疑問が頭の中をぐるぐる回って…その回転の真ん中あたりに、ついさっき聞いた言葉が浮かんで来た。


エンジュ「一年ぶりって……その…じゃぁ私は…一年間、ずっと眠ってて………」

さわり屋「そうだ」


エンジュ「え?でもその間……」

さわり屋「お姉さん…アヤちゃんがずっと面倒を見てた」


エンジュ「何で…そう……私が…自分で自分を『障って』……?」

さわり屋「そうだ」


エンジュ「あれ?でも……『障り』って…相手を―――――ー」

そして、その言葉を出しかけた時……


私が気を失う少し前……一年前に何があったのかを思い出した。
125 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/28(水) 22:37:44.50 ID:gU1LNahCo
「ほら、あの子よ?実の母親に続いて、今の両親まで…」

「あらでも、先に生まれたお姉ちゃんの方が今の奥さんの子供なのよね?」

「嫌だわ…それって、不倫相手の子供を引き取ったって事?奥さんも不憫だったわね」

「それに……あその家って、何かいかがわしい仕事をしてたって聞いたわよ?」

「まぁ怖い」


「ふん…あんな事をしていたから罰が当たったんだろう。面汚しめ」

「あの親にしてあの子あり…と言った所よのぅ」

「それよりも、あの子達は誰が引き取るの?」

「知った事か。施設にでも預けておけば良いだろう」


「お姉ちゃん……」

「止めてよ!!アタシだって今、いっぱいいっぱいなんだから!これ以上手間をかけさせないで!!」

「……………お姉……ちゃん」


そう……思い出した………

私は全部思い出した。


エンジュ「そうだ…私は……いらない子……いちゃ…いけない子………」

アヤ「エンジュ!?」


私の心の奥底から…何か黒くて熱い物が込み上げて来る。

そしてそれが『障り』だと言う事はすぐに判った。

けれど…………


私はそれを抑えようとは思えなかった。
126 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/28(水) 22:59:33.86 ID:gU1LNahCo
さわり屋「コイツはまた……予想を飛び越えた『障り』じゃねぇか……」

マキ「そんな…さわり屋さん!どうにか出来ないんですか!?」


何か…声が聞こえる。

でも…どうでも良い。


アヤ「お願い!エンジュを助けて!!」

大丈夫だよ、お姉ちゃん…無理してそんな事を言わなくても済むようになるよ。


さわり屋「やれやれ、こっちはもう限界ギリギリだってーのに…無茶を言ってくれるねぇ」


身体も…心も…私の中から溢れ出す『障り』に飲み込まれて行く。

そう…これで良い。

こうするのが、一番良い。


私さえ居なくなれば、全部上手く行く…お姉ちゃんも楽になる……

私は『障り』の奥深くに目掛けて、心ごと飛び込んだ。


それなのに―――――


エンジュ「………え?」

私の心から…そして身体からも、いつの間にか『障り』が消え去りっていた。


さわり屋「よォ……どうした?よっぽど気に『障る』事があったみてぇだが…これで打ち止めかい?」

よくわからない…よくわからないけれど、この男の人が邪魔をしている。

そうだ…お父さんが言っていた『さわり屋』と言うのが、この人の事なのだろう。


さわり屋「残念だなぁ?こっから俺がもっともっと気に『障る』事を言ってやるってのによぉ!」

何言っているのか…何を言っているのか、本当にもう判らない。ただ判るのは…

この人は私の邪魔をしている……私に嫌な事をしようとしているという事だけ。


だったら私は………

もっともっと…もっと。この人が邪魔を出来なくなるくらいまで『障り』を溢れ出させるだけ。
127 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/28(水) 23:16:07.95 ID:gU1LNahCo
さわり屋「ぐっ……っっ。何だい何だい、この程度かぁ!?父親にも母親にも見放されて先立たれて、その悲しみがこの程度か?」

やっぱりだ…この人は私に嫌な事を言ってくる。


さわり屋「親戚中をたらい回しにされて…その挙句に、したくも無い世話を無理矢理アヤちゃんにさせて…そんな自分が許せねぇんだろ?」

それ以上言わないで…もう聞きたくない。これ以上何かを聞く前に、消えて無くなってしまいたい。

私は更に…更に奥底からドス黒い物を絞り出し……


アヤ「違う!!!」

エンジュ「………え?」

お姉ちゃんの言葉で…ほんの一瞬、それが止まってしまった。


アヤ「勝手な事言わないで!アタシは…アタシはエンジュの事をそんな風に思ってない!!」

さわり屋「おいおい、詭弁はよせよ!エンジュちゃんの面倒を見てたのは、アヤちゃんがエンジュちゃんを『障った』って思い込んでたからだろ?」


やめて……


アヤ「そうだった…そうだったけど、そうじゃない!!」

さわり屋「ほら言った!今はどうあれ、最初は責任感があったから面倒を見てたんだ!アヤちゃんこそ本当の偽善者じゃねぇか!」


やめて……それ以上……


アヤ「そんなの関係無い!偽善者だって良いもん!!アタシはただ、エンジュに元気で居て欲しいだけなの!!」

エンジュ「それ以上…お姉ちゃんを虐めないで!!!」


私の中から溢れ出した何かが……さわり屋さんの身体を、反対側の壁まで物凄い勢いで弾き飛ばした。


さわり屋「ぐげっ!!!?」

潰れたヒキガエルのような声と共に、壁にぶつかるさわり屋さん。


アヤ「………え?」

エンジュ「………え?」

お互いの言葉に…今起きた出来事に、目をパチクリさせる私とお姉ちゃん。


そして、うつぶせに倒れたさわり屋さんが、首だけをこちらに向けて……

さわり屋「そら……そうやって自分の意志で溢れ出せんなら……逆も何とか出来そうだろ?」


その言葉を聞いた時…私は初めて、さわり屋さんが何をしようとしたのかわかった。
128 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/06/28(水) 23:32:07.62 ID:gU1LNahCo
エンジュ「あの……一つだけ教えて貰えますか?」

さわり屋「ん…何だい?」


エンジュ「お母さんは…私を生んだお母さんは……私の『障り』のせいで死んでしまったのですか?」

さわり屋「さすがにそこまでは判らねぇなぁ」

エンジュ「そう…ですか」


さわり屋「エンジュちゃんの『障り』のせいで死んだのか…それとも、誰かの『障り』のせいで、エンジュちゃんがこうなったのか。それは神のみぞ知るってヤツだ」

エンジュ「………」


さわり屋「ただ、どちらにしても…一つだけ確かな事がある」

エンジュ「それは…一体何なのですか?」


さわり屋「『障り』の大本である胎児…エンジュちゃんを下ろせば、少なくとも母体の『障り』はおとす事が出来た筈だ」

エンジュ「…………じゃぁ、やっぱり…」

さわり屋「っと、人の話は最後まで聞く物だぜ?」

エンジュ「…え?」


さわり屋「でもな…エンジュちゃんのお袋さんはそれをしなかった」

エンジュ「ぁ………」


さわり屋「例え自分の命に代えてでも…エンジュちゃんに生まれて来て貰う事を選んだ。それだけは、俺に言えるたった一つの確かな事だ」

エンジュ「――――――――うぅ……ぅっ……」


私は…目頭の奥から溢れ出す涙を止める事が出来ず……

疲れ果てて眠りに落ちるまで泣きじゃくりました。
129 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/06/29(木) 04:18:15.22 ID:vRZb7B7Y0
怨が茨で呪が骸骨かいね?
130 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/29(木) 11:38:02.09 ID:yoqWi4XC0
ノせるのが上手いねぇ、さわり屋
131 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/07/01(土) 00:05:13.58 ID:Ik42ok9Ho
全てを失ったアタシには……エンジュが全てだった。

エンジュ以外には何も無い………


お父さんやお母さんが残した家も何も……何もかも無くなった。


『障り屋』としての力は…所詮力で、守るべき物じゃ無い。

人を不幸にする事しか出来ない力…誇れるような物じゃ無い。


この力のせいで、エンジュが目覚めなくなってしまって……


でも…

この力でエンジュを守る事が出来るなら…

そう思って、今まで何人もの人を『障って』きた。


でも……

全部間違ってた。


だとしたら……

アタシがやってきた事は………
132 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/07/01(土) 00:24:33.97 ID:Ik42ok9Ho
マキ「エンジュちゃん…寝ちゃったね」

さわり屋「まぁ……目覚めてすぐにあんだけ激しく立ち回ったんだ、無理も無ぇだろ」


『さわり屋』の事は両親から聞いた事があったし…エンジュの件で、実際に会った事もその手管を見た事もあった。

でも、目の前のこの『さわり屋』は…そのどれとも違っていた。


アヤ「あのさ…さわり屋。さっきのって……」

さわり屋「あぁ…ぶっつけ本番だったが、中々上手くアドリブ出来てたじゃねぇか」

アヤ「って…え!?じゃぁ、あれって演技だったの!?」


さわり屋「……は?」


アヤ「…………」

さわり屋「…………」


だらしなくうつ伏せで倒れながら、額に汗するさわり屋……と、同じように汗するアタシ。


マキ「まぁうん……何とかなったんだから、結果オーライ?」

耐えられなくなった沈黙に、助け船を出してくれるマキ。

途中、色々とヒヤヒヤさせられる事態はあったけれど…


アヤ「でも、これで…エンジュは……助かったのよね」

さわり屋「あぁ、そうだ。ちょいとばかし、勢いに任せた荒療治になっちまったが…これでひとまずは大丈夫だろ」


エンジュが…………エンジュが戻って来てくれた。

泣き腫らしながらも安らかな寝顔を浮かべるエンジュを見下ろし…私はそれを実感した。

そして……私は思う存分…今まで貯め込んでいた分全てを流し切るように泣いた。


アヤ「ありがとう……ありがとう…ありがとう………」


さわり屋「これも仕事だからな。それに…アフターケアもまだ完全って訳じゃぁ無ぇし、まだまだ二人にも頑張って貰………ん?」


さわり屋は勿体を付けて言うが、私からしてみれば、今の時点でも十分過ぎる結果を出して貰っている。

もしも他の『さわり屋』に頼んでいたとしたら、絶対にここまでの事はして貰えない。

その事を口に出して伝えようとしたのだけれど……何故か、さわり屋は言葉を途中で止めた。


そして、視線を玄関の方へと向け…私もそれにつられるように視線を向けると………


そこには…開け放たれた扉と……その向こう側に、夕日を背にした人影があった。
133 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/07/01(土) 00:36:04.06 ID:Ik42ok9Ho
合羽の男「いち…にぃ……おまけが一つと…どうでも良いのが一つ…」


その人影を…目を凝らして見る。

全身を雨合羽で覆い、顔はマスクと潜水用ゴーグルでよく見えない。

左手には大き目のビニール袋を持ち……右手には………


コンバットナイフを握り締めていた。


アヤ「な………何なのよアンタ!!」

その様相もさる事ながら…口ずさむ言葉からも、これでもかと言う異様さが見て取れる。

アタシはエンジュを庇うように、合羽の男の前に立ちはだかる。


合羽の男「あーぁ…そうか……俺の事なんて覚えて無いと来たか。そうかそうか……一体何人の男を同じような目に遭わせて来たんだ?なぁ?」

男の口ぶりからして…アタシに対して恨みを持ってる事は何となく判った。

でも…肝心の顔が見れないから、ソイツが一体誰なのか判らない。


多分…アタシが今まで『障った』誰か。

その中の一体誰なのか……必死に思い出そうとした所で……


さわり屋「昨日の…電車で痴漢冤罪をかけられた奴だな?」

どこか確信を持った口調で…さわり屋がそれを呟いた。
134 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/07/01(土) 00:56:50.26 ID:Ik42ok9Ho
合羽の男「せぇいかぁい……ってか何だ?何でお前が答えてるんだよ!あぁ!?」

さわり屋「生憎と…この子はアンタ以外も多方から恨みを買うような事をやってたんでね。話を進めるために口を挟ませて貰うぜ」


合羽の男「………まぁ良い。どうせお前等この後すぐに死ぬんだ!いいや、すぐには殺さねぇ!なぶり殺しだ!!ひひっ…ひひひひっ!!」


マキ「な…何?何か、かなりイっちゃってるんだけど…」

アヤ「ゴメン……アタシにも、何が何だか……」


さわり屋「丁度良い機会だから教えとくが……『障り』ってーのは、身体に止まらず、心にまでに影響する事がある」

アヤ「何それどう言う事!?」


さわり屋「『触った』相手の気に『障って』そのままそいつの、気が『ふれ』て狂っちまったり…壊れちまったりするんだわ、これが」

アヤ「えっ………それって……エンジュが…」

さわり屋「そう…エンジュちゃんが自分にしたのがそれだ」


アヤ「じゃぁ…そこの男も?そんな…そんな事するつもりじゃ無かったのに!じゃぁ、どうすれば良いの?!」


さわり屋「意図せず相手の気に『障って』しまったんなら…その気が『ふれ』ちまう前に、それを抑える他は無ぇ」

アヤ「え…えっとだったら…あの合羽の男には…どうすれば………」

さわり屋「もしもの話は嫌いなんだが……まぁ、冤罪をかけちまった時点で、それを撤回して謝っとくべきだったんだろうな」


合羽の男「あぁあ、そうだなぁ!あの時そうしてれば、こんな事にはなってなかったよなぁ!!」

アヤ「っ………ご…ごめんなさい!!」


合羽の男「はぁぁぁん!?手前は馬鹿か!?今更謝ったって遅いんだよ!全部手遅れなんだよ!!」

アヤ「ヒ――ッ!?」


合羽の男はナイフの切っ先を私に向け、怒鳴り声を上げた。


合羽の男「お前の……お前のせいで俺はもうお終いだ!!」

さわり屋「………」


合羽の男「自称正義の味方の馬鹿な男達に追い回されて…電車に轢かれそうになって、動画も撮られて、拡散されて!!」

マキ「………」


合羽の男「あっと言う間に身元まで特定されて…やっとの思いで出社したと思ったら、弁明の機会も無しにいきなり解雇だぞ!?」

アヤ「そん……な……」


合羽の男「俺はもうお終いだ……だからせめて…恨みの一つも晴らさなけりゃぁ、やってられねぇんだよぉぉぉ!!!」
135 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/07/01(土) 01:11:11.22 ID:Ik42ok9Ho
さわり屋「成程…な。今の情報化社会じゃぁ、些細な事で根も葉もない噂が飛び交い生き辛くなる。確かにアンタには同情する」


その場に居る誰一人として動けない…合羽の男に対して、下手な言葉を向けられない。

そんな中で…さわり屋だけは男に対し、その意を汲むような言葉を向けるのだけど……


合羽の男「だったらそこで黙ってろ!茶々入れて邪魔すんじゃぁねぇよ!!」

さわり屋「…でもな?ちょいとばかし…俺の嫌いな、もしもの話をさせて貰うぜ?」

合羽の男「………はぁ!?」


さわり屋「その子が冤罪をかけなければ…こんな事にはならなかった。それは百も承知で、大前提だ。でもな?」

アヤ「………っ」

さわり屋「もしものその時、その場に残って身の潔白を証明していたら…もし次の日、マキちゃんを尾行なんてしなければ…」

マキ「えっ?私?…私、尾行されてたの…?」


さわり屋「そしてもしも……復讐なんて考えて、実行に移そうとしなければ……こんな事にはなって無かった。そうは思わねぇかい?」

合羽の男「ふっ……ふざけるな!!そんなお前等に都合の良い事ばっかり並べてんじゃねぇ!!」


さわり屋「あぁ…確かにそうだ。都合の良い事ばかり並べてる…が、そっちの方がマシだった筈だ。そして、アンタはそれを選ばなかった」

その言葉を語り終えた後、さわり屋はゆらりと立ち上がった。


合羽の男「ふざけるな!ふざけるなよ!そんな加害者に都合の良い理屈があるか!」

さわり屋「加害者も何も…起きちまった事は起きちまった事だ。どっちにも原因があって、どっちにも落ち度がある。だからな?俺はこういう時、こう考えるんだ」

合羽の男「……はぁ?」


さわり屋「そこに悪意があって、悪意が被害を生むってんなら…俺はそいつを阻んで、被害者の方を助けるってなぁ!」

合羽の男「ふっ…ざっ!けるなぁぁ!!!どっからどう見たって俺の方が被害者だろうが!だったら俺を助けてみせろよ!!」


さわり屋「そう……そこなんだよなぁ」

合羽の男「はぁっ?」


さわり屋「もしこれが、アヤちゃんが『障って』気が『ふれた』って事なら、力になれるんだが…」

もしも何も…今までの話を聞いて居る限りでは、間違いは無い筈。

私は、さわり屋が何を言っているのか判らず…今はただ、その言葉の続きを待った。


さわり屋「アンタ……気が『ふれ』て、狂ってる訳じゃぁ無ぇだろ」


アヤ「……は?」
136 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/07/01(土) 01:28:39.09 ID:Ik42ok9Ho
合羽の男「なっ…何を…さっきから何を訳の判らねぇ事を言ってやがる!」


さわり屋「まず第一に…気が『ふれ』ちまった奴にマトモな判断なんて出来やしねぇ。それこそ……」

そう言ってさわり屋は、合羽の男が持ったビニール袋を指さし…更に言葉を続ける。


さわり屋「相手を殺す時、返り血を浴びないための準備に…殺した後の隠蔽工作の準備なんて出来やしねぇ」

合羽の男「………っ」


アヤ「ど…どう言う事なの?だったら何でこんな…」

さわり屋「コイツは、アヤちゃんに『障られ』て気が『ふれ』たんじゃあ無い。他人のせいにして、狂ったフリをしてるだけだ!」


合羽の男「違う…違う違う!!俺は何も悪くない!全部そこの糞女が悪ぃんだよ!!だから…俺には復讐する権利があるんだ!」

さわり屋「そうだ…そうやって復讐を言い訳にして、手前ぇは自分の歪んだ願望を叶えようとしてるんだよ!!」


合羽の男「黙れ…黙れ黙れ黙れ!!」

さわり屋「被害者で収まっている事を捨てて、立場を振りかざす方に回った手前ぇはもう被害者じゃねぇ!」


合羽の男「黙れって言ってんだろぉがよぉぉぉ!!!」

さわり屋「でもな……目の前の『障り』をそのまま放ったらかしにするってぇのも俺の性分じゃぁ無ぇ」


合羽の男はナイフを構え…さわり屋に向けてそれを勢いよく突き出す。

そしてそのナイフが、さわり屋の腹部に突き刺さった…そう思ったのだけど……


さわり屋「その『障り』おとしてやるよ。ただし……気ぃ失う程キツいから覚悟しとけよ!!」

さわり屋はそのナイフを左手で握り締め……右手で、以前私が掴んだ合羽の男の右手首を掴んだ。


そして、それとほぼ同時に………


合羽の男「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

合羽の男の口から、この世の終わりのような悲痛な叫び声が絞り出された。
137 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/07/01(土) 01:37:48.60 ID:Ik42ok9Ho
恐らくは…『障り』を無理矢理に引き剥がしたのだろう。


あくまで、さわり屋…この男の今までの手順を見比べた上での憶測でしか無いけれど…

血や唾液といった物を手に取り込んで居たのは、あくまで疑似餌的な物で……

『障り』をおとす際に、対象にかかる負担を肩代わりしていた物だと言う事は目に見えて明らか。


だが今回に限っては、その手順を省略した事で……

さわり屋が肩代わりする筈だった苦痛は。全て合羽の男自身が味わう事になった…と言う所だろう。


アヤ「………」


悲鳴とともに合羽の男の意識はおとされ……

同時に…そのショックでか、頭頂の髪がはらはらと抜け落ち……膝を突いてうつ伏せに倒れ込んだ。


さわり屋「さぁ…これでタッチダウンだ」
138 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/07/01(土) 01:53:32.04 ID:Ik42ok9Ho
アヤ「…………それで…この後コイツどうするの?」


合羽の男は……自身が持って来た、ビニール袋のその中に入っていた拘束バンドで後ろ手に縛られ、身動き一つ出来ない。

もし万が一目覚めたとしても、私達に危害を加える事が出来る状態では無いのだけど……かと言って、このままここに置いておく訳にも行かない。


アタシ自身が撒いた種とは言え…エンジュに危険が降りかかる可能性放置する訳にはいけない。

何をするべきか…どう処分するべきか……そればかりが頭の中を駆け回る中…


マキ「事が事だし…あ、そうだ。二度と手出しが出来ないように、再起不能になるまでアヤが『障る』って言うのはどう?」

マキが、とんでもない事を口走った。


アヤ「怖っ!!」

さわり屋「マキちゃん…意外とエゲつねぇ事考えるなぁ…」

マキ「えぇー……そう?」


普段の…いや、以前のマキからは考えられないような、とても大胆で容赦の無い提案。

それに対して私は驚きを隠す事が出来ず、ついつい声を上げた。


アヤ「でもマジメな話…どうにかしないと、いけないのよね…」

さわり屋「まぁ…このまま逃がしちまったら、いずれまた仕返しに来るだろうし…かと言って『障った』としても、それをおとされたら意味が無ぇ」

マキ「……あれ?と言う事は、ドン詰まり?」


そう……こうなってしまうと、後は物理的にそんな事が出来ないようにするしか…考える事も出来ないようにするしか無い。

そして、その意味を考えて…ごくんと固唾を呑み込んだのだけど……


さわり屋「まぁ、その件に関しちゃぁ俺に考えがある。こいつもアフターケアの内だしなぁ」

さわり屋のその一言の後……事態は無事に収束を迎える事になった。
139 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/01(土) 06:07:25.42 ID:PRypqnq20
恨みは特定条件下で持続的なエネルギーを生み出すが、大抵は使われ方が間違っている
140 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/01(土) 19:50:34.98 ID:GXKjV6QP0
障り系の仕事に斡旋……とか?
141 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/07/02(日) 01:27:47.18 ID:gog2TsLUo
こうして……私とさわり屋さんの出会いから始まった騒動は、一旦の収束を見せました。

ちなみに、その後はどうなかったと言うと……


マキ「警察…よく逮捕してくれましたね」

さわり屋「状況証拠に加えて…マキちゃん達の証言。あと、撮りっ放しにしてたビデオに一連のやり取りが音声で残ってたのが決め手になったからな」

マキ「刑期はどのくらいになりそうなんですか?」

さわり屋「俺達4人に対しての殺人未遂と…殺人予備にその他諸々。まぁ少なく見積もっても、エンジュちゃんが成人するまで顔を見る事は無いだろ」


マキ「…にしても『障り』のくだりとか…よく信じて貰えましたね」

さわり屋「いんや?信じて貰える訳無い無い」

マキ「…えっ?」


さわり屋「その辺りは、アヤちゃんのカウンセリングの一環として作った設定…って事にしてある」

マキ「設定って…と言うかカウンセリングって…カウンセラーでも無いのに、よく信じて貰えましたね」

さわり屋「いや俺、心理カウンセラー資格持ってるし」


マキ「……えっ!?」


さわり屋「そこまで驚く事か!?まぁあれだ…職業柄、持ってた方が色々便利だから取っとけって言われてそのまま取っだけなんだがな」

マキ「まぁ…確かに、今回みたいな時には便利ですよね」


と…あれやこれやと話している内に、アヤの住んでいるアパートの前。

あ、言い忘れてましたが…一緒に登校しようと、アヤを迎えに来た所です。
142 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/07/02(日) 01:37:24.54 ID:gog2TsLUo
マキ「あ、おっはは〜エンジュちゃん。今日からもう登校?ってかあれ?眼鏡かけてたの?」

エンジュ「あ、いえ…これは……『障り』を抑えるためにさわり屋さんがくれたのです」

マキー「へぇー」


先に出て来たエンジュちゃんに挨拶をして、ドアの隙間から部屋の中を覗き込む私。

少し遅れて出て来たアヤに向かい…すかさず抱き着く。


マキ「おっはっは〜アヤ!」

アヤ「うわっ?!って、マキ!?何してんのよ!」

マキ「いつものお返し〜っ」


ドッキリ作戦大成功。

見事にアヤを驚かせ、私は手を放す。


そしてアヤは一呼吸ついて……落ち着いてから、再び口を開く。
143 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/07/02(日) 01:51:01.43 ID:gog2TsLUo
アヤ「えっと…その………二人とも、昨日は……ありがとう」


マキ「いいっていいって、私達友達なんだからっ」

さわり屋「俺にしてみりゃぁ、あくまで仕事だからな」

………とは言っている物の、さわり屋さんが照れ隠しをしているのは周知の事実。

羞恥を煽らないよう、私は黙っておこうと思った。


アヤ「あ、ところで…一つ気になった事があったんだけど聞いても良い?」

そして不意に…アヤがさわり屋さんの方を向いて問うのだけど………


さわり屋「ん?何だ?」

アヤ「タッチダウンって………何?アメフトが何か関係あるの?」

アゥチ!それは大暴投だよ、アヤ……


さわり屋「それは…だな?そら、俺がやってるのって、さわりおとしだろ?」

そして更に…さわり屋さんはさわり屋さんで、解説まで始めてしまう始末。


いけない……それ以上はいけない。


アヤ「あー……でも、タッチダウンは無いわ」

さわり屋「えっ?」

止めてあげて!さわり屋さんのライフはもうゼロよ!!


アヤ「さわりおとしなら…タッチドロップ?タッチフォール?だよね?」

私があえて触れなかった部分に…アヤが触れてしまった。
144 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/07/02(日) 01:59:10.54 ID:gog2TsLUo
アヤ「まぁ確かに?タッチダウンの方が語呂は良いけど…意味は大分変っちゃうよね?」

マキ「えっと……アヤ?」


アヤ「あ、まさか……素で間違えてたってオチ?…は、さすがに無いわよね?」

さわり屋「…………」

あ、さわり屋さんが視線を逸らしてプルプルと震えている。不味い…これは多分図星なコースだ。


マキ「えっと…あんまり言っちゃうと、さわり屋さんの気に障っちゃうよ?ほら、気がふれたら困るよね?」

と……すかさずフォローを入れる私。


さわり屋「こ…このくらいでふれるか!!」

口元からこめかみ辺りまでのヒクヒクと痙攣させ…ちょっと裏返った声で答えるさわり屋さん。

そのダメージは計り知れない…けれども、まだまだ余裕は残っていそうだ。


マキ「………と言うか、障る方は否定しないんだ……と思ったけど、それは口にしないでおこう」

さわり屋「いや、してるからな!?」

マキ「心の琴線に触れる、ウィットなジョークです」

さわり屋「おまっ…………」


と言う訳で…ついつい私も便乗して、さわり屋さんをからかってしまった。
254.07 KB Speed:0   VIP Service SS速報VIP 更新 専用ブラウザ 検索 全部 前100 次100 最新50 続きを読む
名前: E-mail(省略可)

256ビットSSL暗号化送信っぽいです 最大6000バイト 最大85行
画像アップロードに対応中!(http://fsmから始まるひらめアップローダからの画像URLがサムネイルで表示されるようになります)


スポンサードリンク


Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

荒巻@中の人 ★ VIP(Powered By VIP Service) read.cgi ver 2013/10/12 prev 2011/01/08 (Base By http://www.toshinari.net/ @Thanks!)
respop.js ver 01.0.4.0 2010/02/10 (by fla@Thanks!)