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【ガルパン】大洗女子学園 農業科生徒による もう一つの戦い
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106 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:36:15.94 ID:PK4z7V+n0
ここでようやく文科省の男は、再乗艦が認められていないはずの大洗女子学園生徒が目の前にいることに気付いたようだ。
「そっ、そもそも! なんで君達生徒がここにいるんだ!?」
「だって、学園艦の最低限の維持管理のためなら、生徒は再乗艦していいんでしょう?」(←ブラウンさん)
「なんでこれが学園艦の最低限の維持管理になるんだね!?」
「いやあ、浄化施設の曝気槽の状態を一定に保とうと思うと汚水量が足らないらしいので、
せめて私達が飼っている牛のフン尿を投入し続ける必要がありまして」(←クロ先輩)
「ぐっ…!!」っと言葉に詰まる文科省の男。
ならば再乗艦許可証を見せたまえ! と凄んできたので、クロ先輩が「はいどうぞ」といって、学園長のハンコ付き再乗艦許可証を手渡した。
「……これは…本物…! 学園長め…!!」
文科省の男の奥歯がぎりりと鳴った。
107 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:36:43.02 ID:PK4z7V+n0
文科省の男がいきり立つ理由。
それは、牛と鶏が、乗ってきた公用車の前進を邪魔しているからだ。
前に進めなければ昇降リフトに乗ることができないし、その昇降リフトの上にも牛と鶏がいる。
「いいから早くこれらをどかしたまえ!!」
そう私達に苛立ちをぶつける文科省の男だったが、
「「「はーい、いまやってまーす」」」
まるで急ぐことなく、牛と鶏を追う花の女子高生3人組だった。
108 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:37:21.41 ID:PK4z7V+n0
私達、小山小隊の狙いは「時間稼ぎ」だった。
今頃、北海道では、ウチの戦車道チームが大学選抜チーム相手に試合をしているはず。
……その試合の勝敗が決するまでは、私達の学園艦は廃艦にならない!!
109 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:38:03.62 ID:PK4z7V+n0
勝手に歩き回っている牛と鶏。
遅々として、公用車の進行方向から退く気配がないことに痺れを切らした文科省の男は
「もういい! 事情を説明して、業務用車両の乗艦ゲートから入る!」
と吐き捨て、公用車に乗り込もうとした。
と同時に、乗艦ゲートが閉まっていく。
「おおい!?」
慌てる文科省の男。
「いやだって。ゲート開きっぱなしじゃ、牛と鶏、逃げちゃいますし」
クロ先輩が、乗艦ゲートの開閉スイッチパネルの前で答えた。
幸いにも乾乳牛は逃げ出さなかったが、すでに鶏が何羽か逃げ出していた。
あれ、あとで捕まえるの苦労しそうだなぁ……。
110 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:38:32.68 ID:PK4z7V+n0
「開けたまえ!!」 ちょっとキレ気味の文科省の男。
「無理です」 飄々と答えるクロ先輩。
「なっ…! 逆らうのかね!?」
「我が大洗女子学園の内部規定で、作業の安全性と家畜衛生上の観点から、家畜が逃げ出さないように対策を講じる義務があります」
「はぁ!? もう廃艦するのに内部規定もなにもないだろう!」
「まだ廃艦していません。 試合が終わるまでは内部規定も活きています」
実はこの規定とやらは適当なんだけど、拡大解釈すればこのように読める内部規定が存在しているので、嘘は言っていない。
さすがクロ先輩だなぁ。あれで小山先輩の「お願い」を安請け合いしなければなぁ。
111 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:39:06.57 ID:PK4z7V+n0
ちなみに、昇降リフトには車両が乗らなくても、人間だけ運ばせることができる。
頭に血が昇った文科省の男がそれに気づかないまま、おっかなびっくり鶏を追いたてていると、
しばらくして、どこか他人事のような顔をした汚水処理業者の男が
「……車はここに置いて、人だけで行ったらいいんじゃないですかね」 と言った。
「そうか!」と、私達の方を向いてほくそ笑む文科省の男。あぁくそ。気付いちゃったか。
しかし、それも想定範囲内だ。
112 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:39:34.84 ID:PK4z7V+n0
この一室の床面と、昇降リフトの床面は、段差なくフラットになっている。
そしてそのリフトの際(きわ)に後躯、一室の床面に前躯を投げ出した一頭の牛がいた。
ちょうどリフトから半身だけ外側に投げ出す格好になっている。
その牛は、やたらとモウモウ鳴いていて、なにか鬼気迫ったオーラを出していた。
「えぇっと申し訳ありません。 今、昇降リフト動かすのは無理です」
ブラウンさんが男達の前に立ちはだかり、リフトを動かすコントロールパネルを触らせないように腕を広げた。
「あそこにいる牛、お産始まっちゃったみたいで」
113 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:40:10.87 ID:PK4z7V+n0
そう、あの分娩予定日がずれ込んだ乾乳牛である。
今日の朝になってようやく分娩兆候が確認できたこの牛は、今になって、ついにお産が近づいてきたのだ。
だから私たちは、中層から昇降リフトでこの一室にたどり着くなり、あの境目の場所に寝ワラを敷いて、牛が分娩できる態勢を整えたのである。
もし、この状態で昇降リフトを動かせば、リフト際からはみ出るカタチでへたり込んでいる乾乳牛にとって大変危険だし、
そんな危険な行為を公務員がしでかすわけにはいかないだろう。 特に第3者が見ている前ではね。
そして、そもそもとしてこの状態なら、昇降リフトは作動しない。
リフト際から物がはみ出ている場合、安全センサーが働いて、リフトが作動しないのだ。
114 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:40:41.18 ID:PK4z7V+n0
牛のお産は、立った状態で産む場合も多いが、母牛にとっては寝た状態で産んだ方が楽と言われている。
牛を世話する者にとっても、その方が安心感があるので、分娩する母牛にはあまり立っていてほしくないと思っている。
今回は昇降リフトを動かせないようにする目的で、分娩予定がずれ込んだあの乾乳牛をあの位置に連れて行ったのだが、上手く寝てくれて二重の意味で良かった。
二重の意味とは、今の安心感の話の他に、立たれると当たり前だが歩かれちゃう恐れがあったからだ。
昇降リフトの安全センサーを邪魔するものがいないなら、昇降リフトは作動可能になってしまう。
その場合、あるいは、あの乾乳牛の分娩予定日がさらにずれ込むような場合には、
最悪、安全センサーに牛の生フンを塗りたくって、センサーを壊してやろうと考えていた。
だが今回、あの乾乳牛は上手くあの場所で寝てくれた。そしてドンピシャ! お産が近い!
「なんでこんなところで、牛がお産しようとしているんだね!?」
訳が分からないといった顔をしている文科省の男だったが、いやほらだって、分娩って自然の営み、天からの贈り物じゃない?
だから、ここで昇降リフトが動かないのは、天災みたいなものでしょ?
さあ、風はこちらに吹いているぞ!
115 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:41:11.90 ID:PK4z7V+n0
北海道で死力を尽くしているであろう、ウチの戦車道チームの試合が終わるまで時間稼ぎをするのが、
私達、小山小隊の第一目標なのだが、今の私達の行いが“不祥事”として見られてしまうことも避けなければならない。
戦車道チームがもし勝利したとき、不祥事を理由に無効試合を言い渡されても困るからだ。
あくまでこれは“事故”なのだから。
文科省の男は、薄々これが、自分を浄化施設へ行かせまいとする妨害工作だと気付いた節があるが、
何といわれようと、これは“事故”だ。
そのため、ちょっとは事故に対応している姿を見せる必要があるだろう。
私は、なるべく時間をかけて、あちこち自由に歩いている乾乳牛の頭に頭絡(とうらく)をかけていく。
そして、万が一乗艦ゲートを開けられないように、頭絡のヒモを乗艦ゲートにくくり付ける。
ちょうど、乗艦ゲートの壁面に沿って牛が繋がれているカタチだ。
頭絡のヒモは、ちょっとやそっとじゃ解けないように、素人にはわかりにくい結び方で結んだ。
こんなところで私の頭絡さばきが活きるとは思わなかったなぁ。
116 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:41:55.70 ID:PK4z7V+n0
公用車では前にも後ろにも進めなくなった文科省の男は、いまだ混乱しているようだったが、
車での移動は無理だということがわかると、そこで初めて非常階段へと続くドアを見た。
さんざん逡巡した後に、ようやく非常階段へ続くドアへ向かって歩き出した文科省の男と汚水処理業者。
汚水処理業者の方はわからないが、文科省の男のあの中年太りした腹では、階段途中でヘバるのは目に見えている。
まあそれでも決意を固めて登ろうということなのだろう。
しかし、それも読んでいるのだよ。
117 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:42:26.54 ID:PK4z7V+n0
「……なんだね、これ……?」
非常階段へ続くドアの前で立ち止まった文科省の男。
「あーこれ、ここで牛がフンしちゃって」
シレっと答える私。
濃い緑色と茶色が混ざった粘土のような物体が、ドアノブにまんべんなく纏わりついていた。
私達、畜産従事者は、日常的に家畜の排せつ物と向き合っているのでそれほど忌避感はないが、
一般人にとって家畜のフンは、見るのもイヤ、嗅ぐのもイヤ、ましては触るのなんてもっての外だろう。
といっても、私達だってすすんで牛の生フンを触りたくはないので、彼らがここに来る前に、シャベルで塗りたくっておいたのだ。
ここのドアノブは回すのに力がいるから、手で掴まなければドアは絶対開かない。
文科省の男は私達を恨むように見て、公用車の方へ戻っていく。
「……くそっ……!!」
上手いこと言うね。
118 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:43:08.54 ID:PK4z7V+n0
公用車がこの一室に入ってきたのが13時。押し問答で30分。それから牛や鶏を追うふりをして、今は14時半過ぎ。
なんとか1時間半ちょいは粘った。
この調子でもうちょっと…………。
「もういい!!」
ついに文科省の男がキレた。
そして、懐からスマホと取り出すと、何やらメールを打ち始めた。
119 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:43:59.06 ID:PK4z7V+n0
10分程かかっただろうか。
文科省の男がスマホでメール文を作成し、どこかへ送信した後、私達に向かって言った。
「どうやら君達は、私を先へ進ませたくないようだがね。無駄な努力だよ」
「なんのことか分かりませんね」
クロ先輩が答えた。
そうだ。この男の目的は浄化施設の稼働を停止させることだが、私達は気付いていないふりをしなければならない。
これは“事故”なのだから。
気付いていたことが知られたら、この“事故”が妨害工作、ひいては不祥事にカウントされかねない。
「知らばっくれるならそれでもいい。早くここの動物をなんとかしたまえ」
腕を組んで公用車にもたれかかる文科省の男。
120 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:44:30.74 ID:PK4z7V+n0
……おかしい。なんだ、あの態度。
スマホを打ったあと、急にじたばたしなくなった。
私は、不自然な態度を取り始めた文科省の男を一瞥したあと、クロ先輩、ブラウンさんの順で視線を交わした。
二人とも、私と同じように訝しんだ表情をしている。
121 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:45:10.20 ID:PK4z7V+n0
直感で「このままここにいたら不味い」と思った。
なんだ? なにが不味い?
あの男は、何か手を打ったに違いない。それは分かる。
メールを打ったのが、その「何か手を打った」ことになるんだろう。
相手は誰だ? なんて打った?
考えろ。考えろ。
考えるのを諦めちゃダメだ。
122 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:45:41.80 ID:PK4z7V+n0
私は、あの文科省の男が今までに見せてきた行動を思い返そうとした。
あの男は、今まで何て言ってきた?
「浄化施設の稼働を停める」という話声を聞いたあの夜。
あの男は、一緒にいる汚水処理業者の男に何を聞いていた?
浄化施設を間違いなく停められるかの確認と……
………主電源の落とし方だ!!
実際の電源場所を確認して、専門業者からレクチャーを受ければ、素人にも主電源は落とせる!
123 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:46:21.72 ID:PK4z7V+n0
ならば、その落とし方を誰に伝えた!?
仲間…なんだろうけど、公用車でこの学園艦に入る方法は、この自家用車用の乗艦ゲートしかないはずだ。
公用車で来る以上、まずはこの乗艦ゲートを利用しなければならない。
業務用車両が利用できる乗艦ゲートが使えないこともないが、受付で事情を説明しなくちゃいけないのと、
なにより今から貨物トラックの列に並んだのでは、試合終了までに浄化施設へたどり着くのは難しいはずだ。
なんだ? 何を見落としている!?
124 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:46:48.01 ID:PK4z7V+n0
今朝から今この時までに、この自家用車用の乗艦ゲートを利用したのは、この文科省の男らしかいない。
車両を使わないで人だけで乗り込む場合もこの乗艦ゲートを使うから、すでに仲間が乗り込んでいるってことはない。
では何だ?
残る方法といったら、業務用車両用の乗艦ゲートを使って乗り込むしかないはず。
125 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:47:17.66 ID:PK4z7V+n0
そこで私はハッとする。
私とブラウンさんがあの男と初めて会った時、あの男は何て言っていたか。
……何だか上司っぽい人の名前を呼んで悪態をついた後、他の教育局職員や……
外注業者と手分けして、各施設を確認して回っていると言った。
126 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:47:43.15 ID:PK4z7V+n0
外注業者………アウトソーシング。
今やお役所も、面倒くさい事務仕事の一部を「外注」というカタチで業者に任せることがある。
もし。 もしも。
今回の学園艦解体にあたり、必要な確認作業のうちの一部を、どこかの業者に外注していたとしたら。
その業者が業務用車両を使って、すでに他の乗艦ゲートからこの学園艦に侵入していたとしたら。
その業者が、今のメールの受信相手だったとしたら…!
127 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:48:14.55 ID:PK4z7V+n0
私は、クロ先輩とブラウンさんを見た。
二人とも不安げな顔をしていたが、私の視線を確認すると、何かを感じ取ってくれたらしい。
二人そろってうなずく仕草をした。私に行けってことだろう。
どのみち、牛のお産が始まっているので、誰か二人は残らなければならない。
128 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:48:45.83 ID:PK4z7V+n0
しかし、昇降リフトは使えない。
もう分娩間近のあの牛を、あそこから動かすわけにはいかない。
どうしよう。どうしよう。
そして視線を巡らせて目に入ったのは、非常階段だった。
艦上までスゴイ高さがあるから、ほとんど使われていない非常階段だ。
浄化施設のある中層までならそれほどでもないが、この学園艦は小規模ながらも広い。全長7.6kmもある。
目的の階に着いてからが長いのだ。
しかし………行くしかない!!
129 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:49:14.65 ID:PK4z7V+n0
私は乗艦ゲートの壁面に結び付けた頭絡から手を離すと、
「クロ先輩、ブラウンさん、ごめん! 頭絡が足りないから、牛舎から取ってくるね!」
と言って、牛のフンまみれのドアノブを掴んで、非常階段に飛び込んだ。
目指すは浄化施設のコントロール室。
「大洗女子学園の農業科で鍛えられた女子高生の脚、なぁぁめぇぇんんんなぁぁぁよぉぉぉぉぉ!!!」
130 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/05/28(日) 15:49:42.06 ID:3JVTEt7SO
(どきどき)
131 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:49:48.50 ID:PK4z7V+n0
先程のメールを受信した業者の現在地がどこで、浄化施設に着くまでどれくらい掛かるかは分からない。
もし、もう農業科エリアにいるとしたらアウトだ。
息が苦しい。太ももがつらい。
「もういいんじゃないか?」って言葉が、鎌首をもたげてくる。
……けれども、あの文科省の男はこうも言っていた。
“ 辻局長め……農業エリアは確認する箇所が少ないから担当するのは楽だって言ったのに、それでも随分時間が掛かったじゃないか ”
つまり、あの文科省の男が農業科エリアの確認担当者なのだろう。
ならば、メールを受信した人物は別エリア担当のはず。 農業科エリアにはいないはずだ。
この学園艦は、艦上ならともかく、艦内は複雑に入り乱れているところがあるから、
外の人間が真っ直ぐ中層にある浄化施設へ辿り着くのは難しいはず。
時間はまだある。
私が先にコントロール室に着きさえすれば……!
……勝つんだ!! 諦めたら負けなんだ!!
132 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:50:18.85 ID:PK4z7V+n0
畜産関係施設と汚水浄化エリアのある中層の階へ着いた。
もうすでに膝が大笑いしているけれど、ここで立ち止まるわけにはいかない。
自分の心と身体にムチを打って、浄化施設にあるコントロール室へと駆けた。
「早く……ハアハア……早く……!」
今、私が走っている通路は、この先を曲がるとT字路になっていて、それを左に曲がれば畜産関係施設の方へ、
右に曲がれば汚水浄化エリアの方へと続いている。
目的地であるコントロール室はもちろん右の方。
「この先のT字路を……ハァハァ!……右!」
私がそう呻きながら、T字路前の最後の曲がり角を過ぎた時……
先のT字路を右に曲がっていく人影が見えた。
作業服姿の男、のように見えた気がする。
たぶん、あれだ。 あれがメールを受信した業者だ。
133 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:50:49.39 ID:PK4z7V+n0
瞬間、私は考える。
このまま、あの作業服の男を追い越すのは厳しいんじゃないか。
通路が狭いので、やろうと思えば簡単に私をブロックできる。相手は大人の男。私は女子高生。力では敵わない。
それに、見つかったらやばい。
ここであの作業服の男の前進を邪魔しているのがバレたら、明らかに業務妨害と思われてしまう。
一応、向こうは「人が住んでいないのに浄化施設が動いているなんて余計な電力を食っているだけだから停めに来た」という大義名分がある。
それを表立って停めたら、業務妨害だ。
表立って食い止めることができるのは、戦車道チームのコたちが試合に勝ってからだ。
134 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:51:26.42 ID:PK4z7V+n0
私は考える。
きっとメールには「速やかにコントロール室へ行って主電源を落とせ」とか書いてあったんだろうけど、送信者にとっての「速やか」と、受信者にとっての「速やか」は違う。
さっきチラッと見えた作業服の男は、急いでいるふうには見えなかった。
あの作業服の男なりの「速やか」が、あの素振りなんだろうな。
あれなら、こちらがダッシュすれば、たぶん間に合う!!
私は、T字路を左折して、畜産関係施設が集まるエリアに入った。
畜産コースの生徒用に、こっちから汚水浄化エリアへと入れる別のルートがあるのだ。 それで先回りする!
135 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:52:05.72 ID:PK4z7V+n0
「……ハァッ……ハァッ……ハァッ……!!」
滝のような汗が、ツナギ服の内側に流れているのがわかる。
私は汗で濡れた手で、コントロール室のドアノブを握った。
そう、間に合ったのだ。
コントロール室に入り、ドアノブの中央にある施錠ツマミをロックした私は、体力と精神力の限界を迎えて、そのままそこに座り込んでしまった。
「ハァッハァッ……やった……やったっ……!」
もうこれで、あとは先程の作業服の男が、この施錠されたドアに気付いて踵を返すのを待つだけだ。
136 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:52:55.52 ID:PK4z7V+n0
ガチャガチャガチャ!
ドアノブが揺れる。 分かっていたけど、私はビクッと跳ねてしまった。
ドア越しのくぐもった声で「あれ、おかしいな」とか聞こえる。
いいぞ、そのまま諦めて帰ってくれ。
その後もう一度、ドアノブがガチャガチャいったが、それでもドアが開く様子はない。
当たり前だ。鍵掛かっているんだからね。
帰って。帰ってよ。 座り込んだ私は、ドアの向こうにいるだろう作業服の男に向かって必死に念じていた。
137 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:53:33.05 ID:PK4z7V+n0
そして静かになるドアノブ。
数瞬の間をおいても動じなくなったドアノブに、私はいよいよ安堵の息を吐こうとした――――その時。
ゴリゴリゴリっとドアノブに何かが挿入された音がした。
反射的にドアノブの施錠ツマミを両手の指で固定できたのは、自分でも幸運だったと思う。
施錠ツマミが、開錠方向に動こうとしていた。
私は、施錠ツマミが動かないように、指に思い切り力を込めた。
なんでこの人……鍵を持っているの!?
138 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:54:26.24 ID:PK4z7V+n0
ドアの向こうとこっちで、綱引きのような施錠攻防戦が始まった。
開錠されそうになる施錠ツマミを、必死になって食い止める私。
「ああん? この鍵じゃねえのか?」と、ドアの向こうからくぐもった声が聞こえるが、それでも開錠しようとする動きは止まらない。
やめて諦めて!と、声にならない声を必死に飲み込むが、指先だけで抑え込んでいる施錠ツマミが何度も開けられそうになるたびに、
私は小さく小さく悲鳴を漏らした。
どうしようどうしよう。もしこれが開けられてしまったら…!!
139 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:55:07.99 ID:PK4z7V+n0
そこで気付いた。
人がいなくなった学園艦。 大人の男と女子高生。 密室に二人っきり。
今、生まれて初めて、魂を傷つけられそうな、そんな根源的な恐怖感に襲われた。
背筋が麻痺する。歯の根が合わなくなる。
―――――いやだ、もうダメだ。 助けて、誰か助けて―――――――
140 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:55:51.76 ID:PK4z7V+n0
恐怖にとらわれ、腕の力が抜け、施錠ツマミから私の指先が離れそうになった……その時。
急に、開錠されようとしていた施錠ツマミの圧力が消えた。
それと同時に、ドアの向こうから何かが聞こえる。
………別の……人の声?
離れたところから声を掛けているせいか、くぐもっていて何を言っているのか良く分からない。
「………………、………。」
「………………!」
「…………、………………。」
「………。」
作業服の男と、新しくやってきた誰かは、二言三言交わしたようだった。
そして訪れる静寂。
私は、もはや涙目でドアノブを凝視していると、ようやくちゃんとした人の声が聞こえた。
「……ジャー子さん、もう大丈夫ですよ。 開けてください」
あれ? この声………?
141 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:56:28.21 ID:PK4z7V+n0
「がく……えん……ちょう……?」
コントロール室のドアの向こうに立っていた人物は、学園長だった。
「……え? ……なんで?」
私は混乱していた。
え? だって学園長は戦車道チームの試合の応援をしに北海道に行ってたはずじゃ?
さっきの男の人は? どこいっちゃったの?
「ここにいた業者の方には、事情を説明にしてお帰りいただきました」
「お帰り……って……だってあの人…………浄化施設を停めに来たんじゃあ……」
「ええ、だから、もう停める必要がないってことを説明したんです」
「……停める必要が………ない……?」
呆然と呟く私に、学園長は、子牛をいたわる母牛のような表情で、穏やかに穏やかに語りかけた。
「がんばりましたね、みなさん。
大洗女子学園の戦車道チームが、勝ちましたよ」
142 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:57:07.18 ID:PK4z7V+n0
腰が、ぬけた。
また座り込んでしまった私の目の前に、学園長のくたびれたタイトスカートが揺れていた。シワだらけだ。
きっとあちこち駆け回ったんだろうなあ。
現実を逃避しかけていた私だったが、いま私の目の前に立っている学園長が本当に学園長なのか不安になって、頭を上げて顔を拝見した。
本当に学園長だった。一昨日会ったばかりの学園長が目の前にいた。
「どうして学園長がここにいるんですか!?」
声のコントロールが出来なくなって、予想以上に大きな声で聞いてしまった私に、学園長はこう答えた。
「船が沈むとき、乗客がすべて降りるまで、艦長は船に留まるものと相場が決まっています」
「え……? だって、学園艦の住民ならもうみんな退艦してるし、だから残務整理が終わったら試合の応援しに行くって……」
まだよく理解していない私に対して、学園長はしょうがない子を見るような目をして、笑って言った。
「何を言っているんですか。 あなた達の牛と鶏が、今日下艦するって言ってたじゃありませんか。
ならば、そのお客さんらが降りるまでは、私も降りられないのは当然でしょう?」
143 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:58:16.91 ID:PK4z7V+n0
学園長は、家畜たちの出荷がちゃんと終わったかどうか、牛舎まで確認に来たらしい。
で、その時、学園長のスマホに大洗女子学園の戦車道チームが大学選抜に勝ったという連絡が入り、
たまたまその時、牛舎の横を猛烈ダッシュする私の姿を見つけて、あとを追ってきたのだそうだ。
腰が抜けてしまった私は、そこでようやく思い出した。
「………か……勝ったんですか……わたしたち……?」
はい、勝ちましたよ、と学園長。
私は視線を真っ直ぐ戻した。 学園長のタイトスカートにあちこち刻まれたシワがあった。
それを見てようやく現実に戻ってきた私は、大笑いしている膝も汗ビショビショな体も全部無視して立ち上がると、
学園長に「すいません!」と言い残して、自家用車用の乗艦ゲートに走り出した。
あー、これ、いまクロ先輩とブラウンさんに会ったら、泣いちゃうな。 たぶんボロボロに泣いちゃうヤツだ、これ。
………クロ先輩、ブラウンさん。 勝った。 私達、 勝ったよ!!
144 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 16:00:08.18 ID:PK4z7V+n0
「クロ先輩! ブラウンさん!」
私は、非常階段を降りて自家用車用の乗艦ゲートがある一室に到着するなり、二人を大きな声で呼んだ。
もう泣く準備万端の私であった。
「戦車道チームのコたちが勝ったって……! 私達…! わたじだぢ……勝っ」
「ジャー子! 足出てきた!! 牛舎から消毒液とバケツ持って来て! ブラウンさんは寝ワラ!」
最後まで言わせてくれなかったのは、産気づいた母牛の様子をうかがうクロ先輩だった。
例の分娩予定がずれ込んだ乾乳牛のお産が、いまピークを迎えようとしていた。
ブラウンさんが私と入れ替わりで非常階段を登っていく。
文科省の男と、汚水処理業者はどうしているのかというと、ちょっと離れたところでオロオロしていた。
お産に臨む母牛の異様なオーラと、お産介助モードに入ったクロ先輩の鬼気迫った空気感に、どうしたらいいのか分からないらしい。
私は、クロ先輩とブラウンさんに再会して抱いて泣き合って喜ぶ……ところを今の今まで夢想していたのだが、
酪農班の人間にとって、牛のお産は最優先の対処事項だ。
「ええぇぇぇぇ〜〜〜…………?」
喉元まで出かかったキラキラ感動的な何かを強引に押し戻して、私はまた非常階段を登り始めた。
翌日、学園長室に呼ばれ、家畜を逃がすというミスを(自ら)やらかした私達に待っていたのは、
昇降ゲートがある一室の大洗浄と、向こう2カ月間の連続休日当番という死の宣告だった。
145 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 16:02:21.44 ID:PK4z7V+n0
翌々日。
秋の気配を感じさせる、澄んだ青空が広がっていた。
乾乳牛舎で作業していた私は、大きく解放された艦壁から大洗の海を眺めた。
水平線に、大洗町の人間なら良く見知っている船が見える。
さんふらわあ号。
死力を尽くして不条理にあらがった戦車道チームのコ達が……私達の仲間が、あれに乗っているはずだ。
小山小隊の尊い犠牲によって、打ち上げに使う牛乳と乳製品はすでに確保できている。
あとはせいぜい美味しくご賞味いただこうじゃないか。
「あ、そうだ」
私は、隣で一緒に作業しているクロ先輩とブラウンさんに声をかけた。
「戦車道の試合の打ち上げ、私達も乱入しません?
それで、どれだけ苦労してこの食材を集めたのか説いてやるついでに、彼女らと友達になってきましょうよ!」
終わり
146 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/05/28(日) 16:04:41.45 ID:3JVTEt7SO
乙
147 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 16:05:00.58 ID:PK4z7V+n0
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
ご都合主義バンザイな設定と進行だったので、そのへんは目をつぶってくださいませ。
よろしければ前作もご覧ください。
前作 : 【ガルパン】秋山淳五郎と西住常夫が泣いた夜
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1495486652/
148 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/05/28(日) 16:09:21.60 ID:/emI2HPi0
乙
大洗だけでも色んな所で働いてる人っているんだよな・・・
それを机上の空論だけで潰そうとした役人ェ・・・
149 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/05/28(日) 16:11:22.78 ID:q0RctqIo0
乙でした
誰も考えなかった大洗畜産課という存在+学園艦維持という地味に重要な問題+王道オブ王道展開=良作ss
あと「事故ならいいんですよね?」で劇パト第一作の後藤隊長を連想したのは俺だけじゃない筈
150 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/05/28(日) 17:18:45.30 ID:/emI2HPi0
船舶科とかごく普通の一般生徒話も面白そう
151 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/05/28(日) 20:18:12.57 ID:n8I2cz6v0
乙
本当に面白かった
ドラマCDでサンダース戦の打ち上げしてた時に水産科や他から柚子が料理お願いしてたね
沙織も絶賛してたし、あれ聴くと大洗の戦車道いがいもかなり優秀だと思った
152 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/05/29(月) 13:50:30.61 ID:0AO40GtAO
乙
前作も良かったし今作も超面白かった、また期待してる!
153 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/05/29(月) 18:58:40.86 ID:ZJUWFRUMO
誰も気付かないところから壮大かつ世界観にもマッチした物語を産み出した
素晴らしいね
154 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/14(金) 23:37:20.07 ID:Bvtg1sjKo
乙
本当に主要キャラにはさわりしか触れていなくスピンオフ感が出てた
155 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/07/19(木) 02:17:18.63 ID:asKEKUmx0
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