他の閲覧方法【
専用ブラウザ
ガラケー版リーダー
スマホ版リーダー
BBS2ch
DAT
】
↓
VIP Service
SS速報VIP
更新
検索
全部
最新50
【ガルパン】大洗女子学園 農業科生徒による もう一つの戦い
Check
Tweet
56 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:07:41.02 ID:PK4z7V+n0
こうして、小山小隊と他2つの小隊の生徒らは、期限付きの学校隠遁生活を始めることになった。
予想通り、最初の数日間は肉体的に厳しかったが、徐々に飼養頭数が減っていったおかげで乗り越えられた。
57 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:08:20.15 ID:PK4z7V+n0
日は流れて、9月10日。
やった! クロ先輩の言っていた通り、生徒会長がやってくれたみたいだ。
生徒会長の角谷杏先輩が、学園長と共謀して、廃艦を回避できるかもしれない一手を打ってくれたらしい。
クロ先輩が喜びの表情でそう教えてくれたのだが、すぐに笑顔は消えてしまった。
といのも、その一手というのが……
ウチの戦車道チームで、なんでも大学選抜チームを打ち破らなくてはならないらしい。
私、戦車道は詳しくないけど、先日の高校戦車道の全国大会決勝戦で、ウチの戦車道チームって8台しか戦車出てなかったよね?
相手チームは20台だか30台だか出してきたでしょ?
ってことは今回も同じくらい出てくるとして、しかも今回は相手が高校生じゃなくて大学生。
それも全国から選抜された選手が相手なの……?
私の頬の筋肉が、私の意思に反してヒクヒクいっている。
勝てる……のか?
58 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:08:56.18 ID:PK4z7V+n0
……勝てる……のか……?
……これ、完全に私達を潰しにきてないか…?
これが大人の……社会の選択だっていうのか?
私達の学校が無くなった方が、みんなが幸せになるとでも言うのか!?
59 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:09:26.30 ID:PK4z7V+n0
………………………
………………
………
60 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:09:57.31 ID:PK4z7V+n0
………私は……この学校が好きなのだろうか?
授業の合間に牛の世話、鶏の世話。
毎日毎日あさの5時起き。 乳処理作業の日だと4時起きになる。
飼料袋なんて20sもあるのに、それ一人で何十袋も運んだりしなくちゃいけないし、
顔にフン汁が跳ねるのなんてしょっちゅうで、フンが汚いなんて美的センスは早々に崩壊した。
擦り傷なんていつものことだし、水仕事も多いから手はガッサガサ。
花の女子高生なのに、髪から漂う香りは畜産臭だよ?
それで「今日は残飼が少なかったねー」とか、「昨日産まれた子牛、メスだったよー」とか、
「試作したヨーグルト、持って帰っていいって!」とかで喜んでいる。
どうなのそんな青春。 ねえ。
楽しいの、私?
ねえ、楽しいの?
61 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:10:29.32 ID:PK4z7V+n0
………………………
………………
………ああ、楽しい。
そうだよ! 楽しいよ!!
母牛が無事子牛を産んでくれたときも、撫でたときにすり寄ってきてくれることも、
搾乳終わって牛がヨッコラセって座るときも、子牛の下痢が治った時も、
ブラウンさんとヒイヒイ言いながら乾草を運ぶときも、
クロ先輩に牛の保定の仕方がなってないって注意されるときも、
作業が終わってロッカー室で友達とダベるときも、
帰りがけに皆でアイス買って食べるときも!
みんな……みんな鮮明に思い出せるくらい楽しかった!
大変なことめちゃめちゃ多いし、今だってめちゃめちゃ大変だけど…!
明日が来るのが楽しみなくらい、私は大洗女子学園に通うのが楽しいよ!
62 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:10:59.16 ID:PK4z7V+n0
きっと、戦車道チームのコたちは、私と同じくらい学園生活が楽しいんだと思う。
誰がどう考えても、大学生相手に戦って勝とうだなんて無理な話なのに、それでも心が折れずに戦う意思を見せている。
なんで?
学園生活が楽しいからでしょう?
失いたくないからでしょう!?
「勝てるのか?」じゃない。
私達が勝つと信じないで、誰が信じるっていうんだ!
ウチの戦車道の隊長は、確か、私と同じ2年生だったはず。
名前は、えーっとー…西妻…? 西詰…? なんかそんなだった!
彼女はいま、絶望的な状況にあっても、きっと活路を見出そうとしているに違いない。
じゃなかったら、素人の寄せ集め軍団で全国優勝なんかできないもんね!
彼女はきっと、「できない探し」をするコじゃない。 「どうすればできるか」を探すコだ!
63 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:11:30.33 ID:PK4z7V+n0
大人の言うことを素直に聞いておけば楽だったのだろう。
無理難題を吹っ掛けられて、我が身を削ることもなかったんだろう。
私達だって、生徒と住人がいなくなった学園艦で、こんな苦労しなくて済んだかもしれない。
だけど、飼ってる牛たちを見殺しになんてできるものか!
はいそうですかって、私達の牛を、自分たちの居場所を、この学園艦を差し出すことなんてできるもんか!
もう肉用牛は屠畜場に送っちゃったから、私達は全部は救えなかったけど……!
私達の学園艦を救おうとしている仲間が! 最後まで諦めていない仲間が!!
まだウチの学校にいるじゃないか!!!
64 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:12:32.39 ID:PK4z7V+n0
9月11日。
どうしても屠畜に回さなければならない泌乳牛の何頭かを、今日出荷する。
ただ、屠畜場の処理枠には収まり切らないということで、屠畜日は明々後日の14日になった。
今回特別に、屠畜場で13日まで生かしたまま繋いでおいてくれるとのこと。
向こうで搾乳も、エサやりもしてくれるって。
普通はこんなことないから、屠畜場のおじさん達に同情してもらえたのかもしれない。
この出荷が済めば、残るのは乾乳牛の30頭、それと、廃鶏予定の採卵鶏1,000羽だ。
残るこの頭数、羽数だったら、小山小隊の3人だけでも世話が出来るということで、
他5つの小隊のコらには今日、退艦してもらった。
私達の小隊が最後に残った理由は、私達がいちばん作業に慣れているから。
本当は産まれた卵の回収作業が負担なんだけど、今さら食用出荷もできないので、明日から回収はしない。
……明後日、廃鶏として出荷しちゃうからね。
乾乳牛のエサやりに、採卵鶏のエサやりだけだったら、3人だけでもなんとかなると考えたのだ。
65 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:13:12.53 ID:PK4z7V+n0
屠畜場へ向かう家畜運搬車を見送るのは、いつになっても慣れない。心が痛い。
でもね。
例の起死回生の一手である、戦車道チームの試合が、その明後日の9月13日に決まった。
もし、ウチの戦車道チームが万が一でも勝ってくれたら…!
13日に廃艦が回避できることが決まったら、14日の泌乳牛の屠畜はキャンセルできる!
屠畜場に回す泌乳牛たちだけは、ギリギリで救える……!
私だけじゃない、畜産チームの全員が、大洗女子学園戦車道チームの勝利を心から祈っていた。
66 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:13:41.10 ID:PK4z7V+n0
「うーん、分娩兆候がないなぁ」
その日の夜、乾乳牛舎の中。
私は、今日分娩予定の乾乳牛を観察しながら、隣に立つブラウンさんに言った。
「尻尾の付け根もへこんでこないですねぇ」 と、ブラウンさんも言った。
牛は、分娩間近になると尾の付け根がへこむ。というか緩んでくるので、そのことを言っているのだろう。
「明後日の13日には最後の家畜運搬車が来ちゃうんだけど……今日か明日中に産んでくれないと困ったことになるなぁ」
さすがに分娩したばかりの母牛、生まれたばかりの子牛を、その日に家畜運搬車へ乗せて移動させることは厳しい。
仮に産まれてなくても、母牛が産気づいていたら無理だ。
「まぁ分娩予定日に生まれないなんてことはざらだからね。
もうちょい産気づいてくれば、分娩誘発剤を使うって手もあるが、まぁ獣医さんを呼べない現状じゃあそれも無理。
あとは神のみぞ知るってやつだね」
クロ先輩はそう言って、乾乳牛の喉を撫でてやっている。
そのときだった。
67 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:14:13.09 ID:PK4z7V+n0
乾乳牛舎の外から、男の話声が聞こえた。
一人はあの文科省の職員の声だった。
話し相手はどこかの業者らしい。
職員「…それで…汚水の浄化施設は停められそうですか?」
業者「まあ先程、浄化システムのコントロール室を見た限りでは、いけると思いますよ。
大元の主電源もちゃんと確認しましたし、こうして畜舎から浄化施設へ流れ込む汚水の流れも確認しに来れましたしね」
職員「そうですね。では、明後日、間違いなく浄化施設の稼働を停止できますね?」
業者「いや出来ると思いますけど…。いいんですか本当に?
浄化施設を停めたら、そのあと再稼働させたとしても、浄化能力が著しく落ちますよ?」
職員「ああ、いいんです。浄化施設は電気食いですから。
廃艦決定同然だというのに、余計な電気を消費させておくわけにはいきません。
それに……浄化能力が落ちてくれた方が都合が良いですしね」
業者「はぁ、そうですか。 まぁウチは金さえ貰えば何でもやりますがね」
職員「それで、大元の主電源ってどうすれば落とせるんですか……」
そう言って、二人の男の話声は遠ざかっていった。
68 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:14:49.72 ID:PK4z7V+n0
小山小隊の3人は、牛と牛の間に身を隠して、息を潜めていた。
そして、男達の気配が消えたことを確認して、頭を突き合わせた。
最初に発言したのはクロ先輩。
「なんであの文科省の男がいるんだろう? 浄化施設を稼働停止させる? 都合が良い?」
それを受けてブラウンさん。
「私もそう聞こえました。電気の消費量を減らすため…とかなんとか。
浄化能力が落ちてくれた方が都合が良いって何でしょう?」
私も考える。
「文科省にとって都合が良いって言ったら……この学園艦が必ず廃艦になることでしょう?」
69 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:15:24.01 ID:PK4z7V+n0
「……くそう。なるほどね」
私の発言で、クロ先輩は何かに気付いたらしい。
「大洗女子学園の戦車道チームが、起死回生の一手として、大学選抜と試合をすることは知っているよね?
だいぶ…どころかとても旗色が悪い試合のようだけど……
万が一ってこともある。
たぶん、文科省は保険を打っておきたいんじゃないかな?」
70 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:15:53.00 ID:PK4z7V+n0
「保険……ですか?」 聞き返すブラウンさん。
「そうだ。保険だ。浄化施設を稼働停止させると、当然、曝気槽も停まるよね。
曝気槽は、中で活性汚泥を綿密にコントロールしている。
ここで、曝気槽のエアレーションと温度コントロールを停めたらどうなるかな? ジャー子」
「えーっと……活性汚泥に含まれる微生物の活性が弱まりますね」
「そうだね。そして一度弱った微生物は、再び活力を取り戻して安定させるまでに大変な労力が掛かる。
さらに、沈殿しっぱなしになった活性汚泥は、パイプやポンプにこびり付き放題だ。
曝気槽と連動したあちこちの機器に、さぞかし負荷がかかることだろうね」
71 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:16:25.51 ID:PK4z7V+n0
「それと、ウチの学園艦は他と比べて規模が小さいのは知っているかな?
他の学園艦とか、陸地の汚水処理場は曝気槽をいくつも持っているから、処理能力に余分があるんだろうけど、
ウチの学園艦にはそんな余分なスペースはない。
現に、ここの浄化施設の処理能力がすでにいっぱいいっぱいさ。
だから、ウチの学園艦の浄化施設は、すべての曝気槽がフル稼働しないと、汚水処理が追い付かない」
72 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:16:52.55 ID:PK4z7V+n0
「あと……学園艦に人が住んでいる間は、必ず汚水が出るよね。
学園艦は人がいないと動かないんだから、その動いている間は、必ず汚水浄化システムも働くってことさ。
その汚水浄化システムは、学園艦が退役する前に住民すべてが降りてしまうなんてことは考えてられていないから、
最初に動き出したらもう停めないことを前提に作られていると言っていい。
退役前に全システムが停まることは想定されていないんだ。
それでも全システムを停めたら……あちこちトラブルになるのは目に見えているね」
73 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:17:30.78 ID:PK4z7V+n0
クロ先輩の言葉はまだまだ続く。
一つのヒントから、芋づる式に自身の考えを重ねていく。
「さらに……今の大洗女子学園艦は、人がほとんど住んでいない。
つまりは、浄化施設に流れ込む汚水量が激減している状態、ということだね。
それなら浄化施設への影響が少ないと思うかもしれないが、その逆さ。
曝気槽にいる微生物にとって、汚水はエサなんだよ。
エサの量が足らなくなったら、曝気槽内の微生物は飢えて、平衡状態が保てなくなってしまう。
だから、私達は今まで気付いてなかったけども、私達が今日まで家畜たちのフンを浄化施設に投入していたのは、
曝気槽の飢えをしのぐという意味で、平衡状態を保つことに一役買っていたんだと思うよ」
74 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:17:57.76 ID:PK4z7V+n0
「でも、すでに曝気槽内は、均衡が崩れる一歩手前のはずだと思う。
そんな状態で、学園艦の汚水浄化システムが一度でもダウンしたら、もう復旧は難しいんじゃないかな?
陸地の汚水処理場とは違って、学園艦の汚水浄化システムはデリケートだからね」
ここで「あっ」と何かに気付いたブラウンさん。
「……曝気槽内の平衡状態が崩れてしまえば、いつもの浄化能力が発揮できないことになります。
つまりは、排水基準に満たない水が放流されてしまうので……」
私が続く。
「水質汚濁法に違反した学園艦……ってことになっちゃう」
最後に、クロ先輩が総括する。
「文科省としては、そんな海洋を汚染しかねない学園艦を運用させることは適わないってことだね」
75 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:18:27.65 ID:PK4z7V+n0
絶句する私とブラウンさん。
腋に嫌な汗がダラダラと流れているのがわかる。
そんな私達を視界の端に捉えながら、クロ先輩は男達が去った方を睨んでこう言った。
「……いや、さらに深読みすれば、造水装置も狙っているのかもしれないね」
76 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:18:55.18 ID:PK4z7V+n0
「ど……どういうことですか?」
「最終的に処理された汚水は、造水装置で造った真水で希釈してから放流するんだけど、
曝気槽にも真水を供給することがある。
汚水濃度を下げて曝気槽をコントロールするためだね。
つまり、造水装置と曝気槽内はパイプで繋がっているのさ。
一方で、この造水装置と同じ形式の造水装置を、別の場所で使っているエリアがある。
人間用の飲み水を生成している、上水処理エリアだ。
もし、曝気槽と連動している造水装置が、浄化施設の機能停止に伴って故障した場合、
それを理由に『飲み水用の造水装置も危ない!』とか言い出すかもしれないね。
実際は、飲み水用の造水装置は、汚水浄化施設と繋がっていないから、故障することはないのだけども。
そんなのはこじ付けでいくらでもなんとかなる、とお役人さんは思っているのかもね」
77 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:19:21.79 ID:PK4z7V+n0
飲み水の確保に不安を抱える学園艦。
海を汚染しかねない学園艦。
「仮に、ウチの戦車道チームが試合に勝ったとしても……」
私達に視線を戻したクロ先輩は、まるで、冤罪を被ったようなやるせない顔でこう言った。
「大洗女子の学園艦を再び廃艦させるためには、十分な理由だと思わないかな?」
78 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:19:57.39 ID:PK4z7V+n0
なんとかして、あの文科省職員の企てを阻止しなければならない。
小山小隊の3人は、乾乳牛舎の通路の真ん中に円陣を組んで、頭を突き合わせた。
「しかしクロ先輩。私達3人しかいませんよ? 他の小隊のコ達はさっき退艦しちゃいましたし」(←私)
「そうなんだよなぁ、ジャー子。強硬手段で止めようと思っても、こちらは花の女子高生3人だけだね」(←クロ先輩)
「クロ先輩が花の女子高生とかいうと、なんだか笑ってしまいそうです私」(←ブラウンさん)
クロ先輩が胸押さえている。地味に傷付いているな、アレ。
79 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:20:30.32 ID:PK4z7V+n0
「そもそも強硬手段なんて許されるんでしょうか? ここで私達が不祥事を起こしたら、
これから北海道で死力を尽そうとしている戦車道チームに影響ありませんかね?」(←私)
「……一理ある」(←クロ先輩)
「もし万が一、戦車道チームが勝ったとしても、生徒の不祥事で無効試合だーとかって言われそうですね」(←ブラウンさん)
……ううん、これは八方塞がりというやつなのか。
問題はこれだけじゃなくて、あの分娩が遅れている乾乳牛のことだってあるのに。
この上で分娩事故でも起きたらたまったもんじゃない。
………………ん? ……事故?
80 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:21:13.13 ID:PK4z7V+n0
「……ねえ、クロ先輩?」
「なんだい、ジャー子」
私は心に浮かんだ提案を口に出する。
「強硬手段じゃなくて、事故ならいいんですよね? ……天災、人災問わずして」
私が思いついた作戦をクロ先輩とブラウンさんが聞いたときの、まあ悪そうな笑み。
きっと私も同じような顔しているんだろうなぁ。
81 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:21:44.86 ID:PK4z7V+n0
「しかし、ジャー子。その方法だと、再乗艦許可証がどうしてもいるね」 クロ先輩がムムムと唸る。
「そ、そうか。うーむ……」 私も唸る。
「学園長にハンコ貰おうにも、当の学園長はどこ行ったのかわかりませんものねぇ……あら?」
ブラウンさんがため息をつきかけたその時、何かに気が付いた。
……解放された艦壁の向こうから、飛行音が近づいてきている?
……これは……教職員用のヘリコプターだ!!
82 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:22:17.80 ID:PK4z7V+n0
教職員用のヘリコプターといったって、教員は自由に使えるわけではない。
こういう非常時のときに、幹部クラスの教員が使うものだ。
そして、海に住む人間なら誰でも知っていること。
船が沈むとき、最後に退艦するのか船長だ。
だから……
「学園長!!」
私達は、学園長室のドアを開けた。
83 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:23:02.61 ID:PK4z7V+n0
学園長は今日まであちこち駆けずり回り、少しでも学園艦が存続できる可能性を探っていたらしい。
実働部隊としては、生徒会長の角谷杏先輩が動いていたようだけど、戦車道連盟への根回しとか、
戦車道の有名流派の家元に口利きをお願いしたりとか、なんかいろいろしてくれたみたい。
その結果、「戦車道の試合に勝ったら学園艦存続」という起死回生の一手を拾い上げてくれた。
ただそれも、明後日の試合に負けてしまったら、本当に廃艦が決定してしまう。
そしたらもう、教職員どころか学園長と言えども再乗艦できなくなる。
だから、大洗女子学園のトップとして、最後の残務整理に来たらしい。
明後日の朝、戦車道チームの応援をしに北海道へ発たねばならないため、学園艦での仕事は明日がラストになるんだそうだ。
なにはともあれ、学園長が大洗女子学園に帰ってきた。
84 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:23:43.46 ID:PK4z7V+n0
「学園長。再乗艦許可証の申請用紙です。これにハンコをお願いします」
クロ先輩が申請用紙を学園長に手渡した。あとは学園長のハンコを押すのみとなっている。
学園長はざっと申請用紙に目を通したあと、ポンとテーブルの上に申請用紙を戻した。
「なんで再乗艦を許されていないあなたたちが今ここにいるのか……それは聞かないでおきましょう。
そして………申請は許可できません」
目元に深い疲れをにじませた学園長は、静かに言った。
85 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:24:17.81 ID:PK4z7V+n0
……なぜ?
この学園艦に住まう家畜たちの命が掛かっていることは説明したはずだ。
ちなみに、さっき私達が推察した文科省の悪だくみについては、学園長に説明していない。
現段階では推論に過ぎず、証拠が無いからだ。
「なぜですか!?」
隣に座るブラウンさんが、涙をためながら学園長に問うた。
「納得のいく理由を聞かせてください」
クロ先輩も、いつもの飄々とした表情を保てなくなっている。
学園長は一度目をつぶった後……
テーブルの上に置かれた申請用紙に目をやりながら、静かに語り出した。
「………もう、いまさらどうしようもないので、君達だけに打ち明けましょう。
………この学園艦の住民が……人質に捕られています」
86 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:24:53.46 ID:PK4z7V+n0
学園長が言うには、別に学園艦の住民の命が脅かされているわけではないらしい。
しかし………
「住民の再就職の斡旋をしない。生活支援金や家賃補助の減額。公営住宅などの入居条件の引き締め。
教職員の昇給ストップ……場合によっては降格。 まだあります。
ある意味、生徒や住民の命を脅かしにきていますね」
87 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:25:20.18 ID:PK4z7V+n0
文科省学園艦教育局からの廃艦通知は、とても納得できたものじゃないが、それなりの根拠に基づくものだ。
なので、その通知内容に反するような行為を学園艦側が働いた場合、ペナルティがある。
大洗女子学園生徒の再乗艦については、最低限の学園艦の維持管理のため…という場合に限り、
学園長の許可があれば認められるそうだが、基本的には船舶科の一部の生徒にしか認められていない。
そして、そんな学園長権限ですら、文科省は目を付けているという。
88 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:25:52.38 ID:PK4z7V+n0
学園長はそこから先を説明しなかったが、私にはその先を容易に想像できた。
たぶん、学園長が生徒へ迂闊に再乗艦の許可を出してしまえば、権限者である学園長は何らかのペナルティが課されるんだと思う。
「学園長」という肩書は、大体の場合において、もうすぐ定年退職する人が就く役職だ。
そういう人へのペナルティといえば………退職金のカット。
いつだかお父さんが言っていたけど、サラリーマンは定年退職するときに退職金を貰えるから、老後を生きらるんだって。
俺は農家だから関係ないけどな! とか無駄に明るい笑顔で言っていたのを思い出した。
89 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:26:34.64 ID:PK4z7V+n0
「そんな……」
「そこまでやるのか……文科省は……!」
ブラウンさんは手で口元を覆い、クロ先輩は睨みつけるように窓の外を見た。
本当に人質をとるような文科省のやり口。
……くそう、だめだ。今度こそ本当にだめだ。ここまでなのか?
私は思わずクロ先輩の視線の先をなぞり……学園長室の窓から見える遠くの灯りを見つめた。
夜なので暗くてよくわからないが、あの灯りは大洗シーサイドホテルだろうか?
先日のエキシビジョン戦で派手に壊れたにもかかわらず、あれでまだ営業しているらしい。
戦車の砲撃を受けた跡が見える。
90 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:27:00.55 ID:PK4z7V+n0
…………戦車。
思い出すのは、私達 大洗女子学園に復活したばかりの戦車道チームのこと。
その隊長を務める、名前がうろ覚えな少女のこと。
91 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:27:41.72 ID:PK4z7V+n0
「……学園長。
私達の中に、まだ諦めてない仲間がいます。
彼女は、遠く北海道の地で、不条理に対して全力で抗おうとしています。
私は、彼女とは友達でもなんでもないけど……大洗女子学園を守りたいという気持ちは一緒です」
92 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:28:11.91 ID:PK4z7V+n0
「私は、ここで女子高生らしく青春して、授業でクタクタになって、いつも放課後には友達と笑いあう……
そんな学校生活を、これからも送りたいと思っています」
彼女もそんなふうに思うのなら……いや、きっと思っているはずです。
……なら。
気持ちが一緒なら。
私と彼女は……。
わたしと……彼女は……!
93 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:29:07.80 ID:PK4z7V+n0
今日から!! 友達です!!!
私は、友達が帰ってくる場所を守りたい!!
94 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:29:37.13 ID:PK4z7V+n0
最後の方は、思わず叫んでいた気がする。
学園長は、知らず立ち上がっていた私を見て、次いでブラウンさんを見て、最後にクロ先輩を見た。
「……気持ちは分かりましたが、ダメなものはダメです」
95 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:30:06.39 ID:PK4z7V+n0
学園長が立ち上がった。
これで終わりなのか。 もう本当にダメなのか。
「学園長! もう一度、話を聞いてくだ……!!」
そしてまた口を開こうとする私を制し、学園長はデスクの前に移動した。
デスクの引き出しの鍵を開け、中から小箱を取り出す学園長。
96 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:30:34.46 ID:PK4z7V+n0
「……そうそう、私はヘリに大事な書類を忘れ物をしてしまったようです。
急いで取りに戻らねばなりませんが、どうも最近、齢のせいでうっかりミスが多くてね。
デスクの上に、片付け忘れた私のハンコなどがあるかもしれません。
君達は絶対に机の上のものを触ってはいけませんよ?」
「え……それって……?」
「……以上です。 “用が済んだら” 戻りなさい」
97 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:31:09.27 ID:PK4z7V+n0
9月13日 朝10時。
今日ですべての牛と採卵鶏の出荷が完了する手はずになっている。
あわせて、私達、小山小隊もこの学園艦から降りなければならない。
本日、北海道で行われる「大洗女子学園 対 大学選抜」の試合に勝てば、一昨日出荷した屠畜予定の泌乳牛たちと、
今日出荷してしまう採卵鶏たちをギリギリのタイミングで救えるのだけど、試合の行方は誰にも分らない。
だから、心の中で全力応援するだけに留めて、今は文科省職員らによる浄化施設の稼働停止を阻止することに集中しようと思った。
98 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:31:38.69 ID:PK4z7V+n0
小山小隊の3人は、先程到着した家畜運搬車に乾乳牛を分乗させ、廃鶏回収業者のトラックに採卵鶏を乗せていった。
採卵鶏は、さすがに1,000羽全部を乗せきれなかったので、そのうちの半分程度を第一便として送ることにした。
一昨日が分娩予定日だった例の乾乳牛は、まだ産気づいていないようだったが、尻尾の付け根のヘコミが大きくなっていた。
これは……今日産まれるかもしれない。
ニヤリと笑う私。
99 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:32:05.27 ID:PK4z7V+n0
さてここで、いつだか説明したかもしれないが、ウチの学園艦に入るルートをもう一度説明しよう。
外からウチの学園艦に入る場合、業務用車両は学園艦の艦壁に設けられた数か所の乗艦ゲートから入って、その奥の昇降リフトを利用する必要がある。
しかし、業務用以外の車両は、特定の乗艦ゲート1ヵ所を利用するしかない。
学園艦に乗り入れる車両は、圧倒的に業務用車両が多いので、このようなカタチになっているんだそうだ。
で、業務用以外の車両とは、要するに自家用車のことなんだけど、公用車と呼ばれる車両もこちらに含まれている。
公用車とは公共団体が保有する車両のことで、まぁ自家用車のようなありふれた車両を公務員が運転していると思ってくれたらいい。
ちなみに、車両以外、すなわち人間だけが乗船する場合も、この自家用車用の乗船ゲートを利用する。
乗船ゲートをくぐると昇降リフトがあり、その脇に非常階段が備え付けらえているのはどの乗艦ゲートも同じ。
この非常階段は、使われることはほとんどない。
最下層に近い場所にある乗艦ゲートから、校舎や住宅がある艦上に出るまで、階段で登るには高すぎるのだ。
だから、相当な健脚自慢でもない限りは、非常階段を使う人間はいない。
100 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:32:39.37 ID:PK4z7V+n0
大洗港に停泊している大洗女子学園艦の前に、一台の公用車が停まった。
業務用車両用の乗艦ゲートへ続く車両の列は今日も長く続いているが、自家用車用の乗艦ゲートの前には他の車は見当たらない。
巨大艦の足元に停まったその車は、自分の何倍もある大きさの動物を支配する寄生虫の一種のようにも見えた。
公用車の中にいる寄生虫。 文科省学園艦教育局のあの男と、汚水処理業者が一人。
「これで廃艦決定だ」
そう呟く文科省の男の顔は、確かに虫とそっくりだったに違いない。
二人が乗った公用車が自家用車用の乗艦ゲートの前まで進むと、ゲートはゆっくり開き出した。
文科省の男は、さぞかしムカつく顔で笑っていたことだろう。。
……しかし、彼の顔はすぐに歪むことになる。
101 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:33:14.57 ID:PK4z7V+n0
「………な……なんだこれは…………」
文科省の男は茫然としていた。
彼の目の前に広がる光景、それは。
102 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:34:06.14 ID:PK4z7V+n0
奥に昇降リフトが見える一室。
その中を、縦横無尽に駆け抜ける鶏の群れ。
解放感あふれる空間に、思わず駆けだしてしまう牛。、
一方で、思い思いの場所に座って、くつろぐように反芻している牛が、一室を占拠していたのだった。
103 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:34:42.28 ID:PK4z7V+n0
「いやーすいませーん!」
私は、文科省の男がこの一室に入ったことに内心安堵しながら、努めて明るく声を掛けた。
それでようやくこちらに気が付く文科省の男。
「なっ……こっ……これはっ、一体どういうことだね!?」
「いやー、学校に残っていたウチのコたちを下艦させようと思ったら、ちょっとミスってここで皆逃げちゃって」
104 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:35:13.03 ID:PK4z7V+n0
今朝の話。
私達、小山小隊の三人は、今日の朝来てもらった家畜運搬車と廃鶏処理業者のトラックに、
それぞれ乾乳牛30頭と採卵鶏500羽を乗せると、畜産エリアのある中層の、自家用車用の昇降リフトに向かってもらった。
そして………
この乗艦ゲートがある一室まで降りてきて、そのまま乾乳牛と採卵鶏を全部、おっぱなしたのだ。
ちなみに家畜運搬車と廃鶏回収業者のトラックは、中層に引き返してもらったよ。
105 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:35:41.54 ID:PK4z7V+n0
「どうして!? なんで車両も使わずに家畜を運んでいるんだね!?」
「えー、だってあまりに急なことで家畜運搬車が確保できなかったから」(←私)
「それではっ、なんで業務用車両用のリフトを使わなかったんだね!?」
「車両を使わず人間だけが艦を乗り降りする場合は、このリフトを使うことになっています」(←ブラウンさん)
「人間だけって、こんなに牛やら鶏やらいるじゃないか!」
「あーこれ、私達の持ち物です。ほら、学校の備品っていうか。それを持ち運ぼうとしてるだけで。
航空自衛隊の歩哨犬って備品扱いって聞きましたよ? あれと同じだから」(←クロ先輩)
「なんでこんな牛やら鶏が放れているんだ!?」
「慣れない昇降リフトに、みんな暴れちゃって。いやー事故です」(←私)
106 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:36:15.94 ID:PK4z7V+n0
ここでようやく文科省の男は、再乗艦が認められていないはずの大洗女子学園生徒が目の前にいることに気付いたようだ。
「そっ、そもそも! なんで君達生徒がここにいるんだ!?」
「だって、学園艦の最低限の維持管理のためなら、生徒は再乗艦していいんでしょう?」(←ブラウンさん)
「なんでこれが学園艦の最低限の維持管理になるんだね!?」
「いやあ、浄化施設の曝気槽の状態を一定に保とうと思うと汚水量が足らないらしいので、
せめて私達が飼っている牛のフン尿を投入し続ける必要がありまして」(←クロ先輩)
「ぐっ…!!」っと言葉に詰まる文科省の男。
ならば再乗艦許可証を見せたまえ! と凄んできたので、クロ先輩が「はいどうぞ」といって、学園長のハンコ付き再乗艦許可証を手渡した。
「……これは…本物…! 学園長め…!!」
文科省の男の奥歯がぎりりと鳴った。
107 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:36:43.02 ID:PK4z7V+n0
文科省の男がいきり立つ理由。
それは、牛と鶏が、乗ってきた公用車の前進を邪魔しているからだ。
前に進めなければ昇降リフトに乗ることができないし、その昇降リフトの上にも牛と鶏がいる。
「いいから早くこれらをどかしたまえ!!」
そう私達に苛立ちをぶつける文科省の男だったが、
「「「はーい、いまやってまーす」」」
まるで急ぐことなく、牛と鶏を追う花の女子高生3人組だった。
108 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:37:21.41 ID:PK4z7V+n0
私達、小山小隊の狙いは「時間稼ぎ」だった。
今頃、北海道では、ウチの戦車道チームが大学選抜チーム相手に試合をしているはず。
……その試合の勝敗が決するまでは、私達の学園艦は廃艦にならない!!
109 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:38:03.62 ID:PK4z7V+n0
勝手に歩き回っている牛と鶏。
遅々として、公用車の進行方向から退く気配がないことに痺れを切らした文科省の男は
「もういい! 事情を説明して、業務用車両の乗艦ゲートから入る!」
と吐き捨て、公用車に乗り込もうとした。
と同時に、乗艦ゲートが閉まっていく。
「おおい!?」
慌てる文科省の男。
「いやだって。ゲート開きっぱなしじゃ、牛と鶏、逃げちゃいますし」
クロ先輩が、乗艦ゲートの開閉スイッチパネルの前で答えた。
幸いにも乾乳牛は逃げ出さなかったが、すでに鶏が何羽か逃げ出していた。
あれ、あとで捕まえるの苦労しそうだなぁ……。
110 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:38:32.68 ID:PK4z7V+n0
「開けたまえ!!」 ちょっとキレ気味の文科省の男。
「無理です」 飄々と答えるクロ先輩。
「なっ…! 逆らうのかね!?」
「我が大洗女子学園の内部規定で、作業の安全性と家畜衛生上の観点から、家畜が逃げ出さないように対策を講じる義務があります」
「はぁ!? もう廃艦するのに内部規定もなにもないだろう!」
「まだ廃艦していません。 試合が終わるまでは内部規定も活きています」
実はこの規定とやらは適当なんだけど、拡大解釈すればこのように読める内部規定が存在しているので、嘘は言っていない。
さすがクロ先輩だなぁ。あれで小山先輩の「お願い」を安請け合いしなければなぁ。
111 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:39:06.57 ID:PK4z7V+n0
ちなみに、昇降リフトには車両が乗らなくても、人間だけ運ばせることができる。
頭に血が昇った文科省の男がそれに気づかないまま、おっかなびっくり鶏を追いたてていると、
しばらくして、どこか他人事のような顔をした汚水処理業者の男が
「……車はここに置いて、人だけで行ったらいいんじゃないですかね」 と言った。
「そうか!」と、私達の方を向いてほくそ笑む文科省の男。あぁくそ。気付いちゃったか。
しかし、それも想定範囲内だ。
112 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:39:34.84 ID:PK4z7V+n0
この一室の床面と、昇降リフトの床面は、段差なくフラットになっている。
そしてそのリフトの際(きわ)に後躯、一室の床面に前躯を投げ出した一頭の牛がいた。
ちょうどリフトから半身だけ外側に投げ出す格好になっている。
その牛は、やたらとモウモウ鳴いていて、なにか鬼気迫ったオーラを出していた。
「えぇっと申し訳ありません。 今、昇降リフト動かすのは無理です」
ブラウンさんが男達の前に立ちはだかり、リフトを動かすコントロールパネルを触らせないように腕を広げた。
「あそこにいる牛、お産始まっちゃったみたいで」
113 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:40:10.87 ID:PK4z7V+n0
そう、あの分娩予定日がずれ込んだ乾乳牛である。
今日の朝になってようやく分娩兆候が確認できたこの牛は、今になって、ついにお産が近づいてきたのだ。
だから私たちは、中層から昇降リフトでこの一室にたどり着くなり、あの境目の場所に寝ワラを敷いて、牛が分娩できる態勢を整えたのである。
もし、この状態で昇降リフトを動かせば、リフト際からはみ出るカタチでへたり込んでいる乾乳牛にとって大変危険だし、
そんな危険な行為を公務員がしでかすわけにはいかないだろう。 特に第3者が見ている前ではね。
そして、そもそもとしてこの状態なら、昇降リフトは作動しない。
リフト際から物がはみ出ている場合、安全センサーが働いて、リフトが作動しないのだ。
114 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:40:41.18 ID:PK4z7V+n0
牛のお産は、立った状態で産む場合も多いが、母牛にとっては寝た状態で産んだ方が楽と言われている。
牛を世話する者にとっても、その方が安心感があるので、分娩する母牛にはあまり立っていてほしくないと思っている。
今回は昇降リフトを動かせないようにする目的で、分娩予定がずれ込んだあの乾乳牛をあの位置に連れて行ったのだが、上手く寝てくれて二重の意味で良かった。
二重の意味とは、今の安心感の話の他に、立たれると当たり前だが歩かれちゃう恐れがあったからだ。
昇降リフトの安全センサーを邪魔するものがいないなら、昇降リフトは作動可能になってしまう。
その場合、あるいは、あの乾乳牛の分娩予定日がさらにずれ込むような場合には、
最悪、安全センサーに牛の生フンを塗りたくって、センサーを壊してやろうと考えていた。
だが今回、あの乾乳牛は上手くあの場所で寝てくれた。そしてドンピシャ! お産が近い!
「なんでこんなところで、牛がお産しようとしているんだね!?」
訳が分からないといった顔をしている文科省の男だったが、いやほらだって、分娩って自然の営み、天からの贈り物じゃない?
だから、ここで昇降リフトが動かないのは、天災みたいなものでしょ?
さあ、風はこちらに吹いているぞ!
115 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:41:11.90 ID:PK4z7V+n0
北海道で死力を尽くしているであろう、ウチの戦車道チームの試合が終わるまで時間稼ぎをするのが、
私達、小山小隊の第一目標なのだが、今の私達の行いが“不祥事”として見られてしまうことも避けなければならない。
戦車道チームがもし勝利したとき、不祥事を理由に無効試合を言い渡されても困るからだ。
あくまでこれは“事故”なのだから。
文科省の男は、薄々これが、自分を浄化施設へ行かせまいとする妨害工作だと気付いた節があるが、
何といわれようと、これは“事故”だ。
そのため、ちょっとは事故に対応している姿を見せる必要があるだろう。
私は、なるべく時間をかけて、あちこち自由に歩いている乾乳牛の頭に頭絡(とうらく)をかけていく。
そして、万が一乗艦ゲートを開けられないように、頭絡のヒモを乗艦ゲートにくくり付ける。
ちょうど、乗艦ゲートの壁面に沿って牛が繋がれているカタチだ。
頭絡のヒモは、ちょっとやそっとじゃ解けないように、素人にはわかりにくい結び方で結んだ。
こんなところで私の頭絡さばきが活きるとは思わなかったなぁ。
116 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:41:55.70 ID:PK4z7V+n0
公用車では前にも後ろにも進めなくなった文科省の男は、いまだ混乱しているようだったが、
車での移動は無理だということがわかると、そこで初めて非常階段へと続くドアを見た。
さんざん逡巡した後に、ようやく非常階段へ続くドアへ向かって歩き出した文科省の男と汚水処理業者。
汚水処理業者の方はわからないが、文科省の男のあの中年太りした腹では、階段途中でヘバるのは目に見えている。
まあそれでも決意を固めて登ろうということなのだろう。
しかし、それも読んでいるのだよ。
117 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:42:26.54 ID:PK4z7V+n0
「……なんだね、これ……?」
非常階段へ続くドアの前で立ち止まった文科省の男。
「あーこれ、ここで牛がフンしちゃって」
シレっと答える私。
濃い緑色と茶色が混ざった粘土のような物体が、ドアノブにまんべんなく纏わりついていた。
私達、畜産従事者は、日常的に家畜の排せつ物と向き合っているのでそれほど忌避感はないが、
一般人にとって家畜のフンは、見るのもイヤ、嗅ぐのもイヤ、ましては触るのなんてもっての外だろう。
といっても、私達だってすすんで牛の生フンを触りたくはないので、彼らがここに来る前に、シャベルで塗りたくっておいたのだ。
ここのドアノブは回すのに力がいるから、手で掴まなければドアは絶対開かない。
文科省の男は私達を恨むように見て、公用車の方へ戻っていく。
「……くそっ……!!」
上手いこと言うね。
118 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:43:08.54 ID:PK4z7V+n0
公用車がこの一室に入ってきたのが13時。押し問答で30分。それから牛や鶏を追うふりをして、今は14時半過ぎ。
なんとか1時間半ちょいは粘った。
この調子でもうちょっと…………。
「もういい!!」
ついに文科省の男がキレた。
そして、懐からスマホと取り出すと、何やらメールを打ち始めた。
119 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:43:59.06 ID:PK4z7V+n0
10分程かかっただろうか。
文科省の男がスマホでメール文を作成し、どこかへ送信した後、私達に向かって言った。
「どうやら君達は、私を先へ進ませたくないようだがね。無駄な努力だよ」
「なんのことか分かりませんね」
クロ先輩が答えた。
そうだ。この男の目的は浄化施設の稼働を停止させることだが、私達は気付いていないふりをしなければならない。
これは“事故”なのだから。
気付いていたことが知られたら、この“事故”が妨害工作、ひいては不祥事にカウントされかねない。
「知らばっくれるならそれでもいい。早くここの動物をなんとかしたまえ」
腕を組んで公用車にもたれかかる文科省の男。
120 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:44:30.74 ID:PK4z7V+n0
……おかしい。なんだ、あの態度。
スマホを打ったあと、急にじたばたしなくなった。
私は、不自然な態度を取り始めた文科省の男を一瞥したあと、クロ先輩、ブラウンさんの順で視線を交わした。
二人とも、私と同じように訝しんだ表情をしている。
121 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:45:10.20 ID:PK4z7V+n0
直感で「このままここにいたら不味い」と思った。
なんだ? なにが不味い?
あの男は、何か手を打ったに違いない。それは分かる。
メールを打ったのが、その「何か手を打った」ことになるんだろう。
相手は誰だ? なんて打った?
考えろ。考えろ。
考えるのを諦めちゃダメだ。
122 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:45:41.80 ID:PK4z7V+n0
私は、あの文科省の男が今までに見せてきた行動を思い返そうとした。
あの男は、今まで何て言ってきた?
「浄化施設の稼働を停める」という話声を聞いたあの夜。
あの男は、一緒にいる汚水処理業者の男に何を聞いていた?
浄化施設を間違いなく停められるかの確認と……
………主電源の落とし方だ!!
実際の電源場所を確認して、専門業者からレクチャーを受ければ、素人にも主電源は落とせる!
123 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:46:21.72 ID:PK4z7V+n0
ならば、その落とし方を誰に伝えた!?
仲間…なんだろうけど、公用車でこの学園艦に入る方法は、この自家用車用の乗艦ゲートしかないはずだ。
公用車で来る以上、まずはこの乗艦ゲートを利用しなければならない。
業務用車両が利用できる乗艦ゲートが使えないこともないが、受付で事情を説明しなくちゃいけないのと、
なにより今から貨物トラックの列に並んだのでは、試合終了までに浄化施設へたどり着くのは難しいはずだ。
なんだ? 何を見落としている!?
124 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:46:48.01 ID:PK4z7V+n0
今朝から今この時までに、この自家用車用の乗艦ゲートを利用したのは、この文科省の男らしかいない。
車両を使わないで人だけで乗り込む場合もこの乗艦ゲートを使うから、すでに仲間が乗り込んでいるってことはない。
では何だ?
残る方法といったら、業務用車両用の乗艦ゲートを使って乗り込むしかないはず。
125 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:47:17.66 ID:PK4z7V+n0
そこで私はハッとする。
私とブラウンさんがあの男と初めて会った時、あの男は何て言っていたか。
……何だか上司っぽい人の名前を呼んで悪態をついた後、他の教育局職員や……
外注業者と手分けして、各施設を確認して回っていると言った。
126 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:47:43.15 ID:PK4z7V+n0
外注業者………アウトソーシング。
今やお役所も、面倒くさい事務仕事の一部を「外注」というカタチで業者に任せることがある。
もし。 もしも。
今回の学園艦解体にあたり、必要な確認作業のうちの一部を、どこかの業者に外注していたとしたら。
その業者が業務用車両を使って、すでに他の乗艦ゲートからこの学園艦に侵入していたとしたら。
その業者が、今のメールの受信相手だったとしたら…!
127 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:48:14.55 ID:PK4z7V+n0
私は、クロ先輩とブラウンさんを見た。
二人とも不安げな顔をしていたが、私の視線を確認すると、何かを感じ取ってくれたらしい。
二人そろってうなずく仕草をした。私に行けってことだろう。
どのみち、牛のお産が始まっているので、誰か二人は残らなければならない。
128 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:48:45.83 ID:PK4z7V+n0
しかし、昇降リフトは使えない。
もう分娩間近のあの牛を、あそこから動かすわけにはいかない。
どうしよう。どうしよう。
そして視線を巡らせて目に入ったのは、非常階段だった。
艦上までスゴイ高さがあるから、ほとんど使われていない非常階段だ。
浄化施設のある中層までならそれほどでもないが、この学園艦は小規模ながらも広い。全長7.6kmもある。
目的の階に着いてからが長いのだ。
しかし………行くしかない!!
129 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:49:14.65 ID:PK4z7V+n0
私は乗艦ゲートの壁面に結び付けた頭絡から手を離すと、
「クロ先輩、ブラウンさん、ごめん! 頭絡が足りないから、牛舎から取ってくるね!」
と言って、牛のフンまみれのドアノブを掴んで、非常階段に飛び込んだ。
目指すは浄化施設のコントロール室。
「大洗女子学園の農業科で鍛えられた女子高生の脚、なぁぁめぇぇんんんなぁぁぁよぉぉぉぉぉ!!!」
130 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/05/28(日) 15:49:42.06 ID:3JVTEt7SO
(どきどき)
131 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:49:48.50 ID:PK4z7V+n0
先程のメールを受信した業者の現在地がどこで、浄化施設に着くまでどれくらい掛かるかは分からない。
もし、もう農業科エリアにいるとしたらアウトだ。
息が苦しい。太ももがつらい。
「もういいんじゃないか?」って言葉が、鎌首をもたげてくる。
……けれども、あの文科省の男はこうも言っていた。
“ 辻局長め……農業エリアは確認する箇所が少ないから担当するのは楽だって言ったのに、それでも随分時間が掛かったじゃないか ”
つまり、あの文科省の男が農業科エリアの確認担当者なのだろう。
ならば、メールを受信した人物は別エリア担当のはず。 農業科エリアにはいないはずだ。
この学園艦は、艦上ならともかく、艦内は複雑に入り乱れているところがあるから、
外の人間が真っ直ぐ中層にある浄化施設へ辿り着くのは難しいはず。
時間はまだある。
私が先にコントロール室に着きさえすれば……!
……勝つんだ!! 諦めたら負けなんだ!!
132 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:50:18.85 ID:PK4z7V+n0
畜産関係施設と汚水浄化エリアのある中層の階へ着いた。
もうすでに膝が大笑いしているけれど、ここで立ち止まるわけにはいかない。
自分の心と身体にムチを打って、浄化施設にあるコントロール室へと駆けた。
「早く……ハアハア……早く……!」
今、私が走っている通路は、この先を曲がるとT字路になっていて、それを左に曲がれば畜産関係施設の方へ、
右に曲がれば汚水浄化エリアの方へと続いている。
目的地であるコントロール室はもちろん右の方。
「この先のT字路を……ハァハァ!……右!」
私がそう呻きながら、T字路前の最後の曲がり角を過ぎた時……
先のT字路を右に曲がっていく人影が見えた。
作業服姿の男、のように見えた気がする。
たぶん、あれだ。 あれがメールを受信した業者だ。
133 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:50:49.39 ID:PK4z7V+n0
瞬間、私は考える。
このまま、あの作業服の男を追い越すのは厳しいんじゃないか。
通路が狭いので、やろうと思えば簡単に私をブロックできる。相手は大人の男。私は女子高生。力では敵わない。
それに、見つかったらやばい。
ここであの作業服の男の前進を邪魔しているのがバレたら、明らかに業務妨害と思われてしまう。
一応、向こうは「人が住んでいないのに浄化施設が動いているなんて余計な電力を食っているだけだから停めに来た」という大義名分がある。
それを表立って停めたら、業務妨害だ。
表立って食い止めることができるのは、戦車道チームのコたちが試合に勝ってからだ。
134 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:51:26.42 ID:PK4z7V+n0
私は考える。
きっとメールには「速やかにコントロール室へ行って主電源を落とせ」とか書いてあったんだろうけど、送信者にとっての「速やか」と、受信者にとっての「速やか」は違う。
さっきチラッと見えた作業服の男は、急いでいるふうには見えなかった。
あの作業服の男なりの「速やか」が、あの素振りなんだろうな。
あれなら、こちらがダッシュすれば、たぶん間に合う!!
私は、T字路を左折して、畜産関係施設が集まるエリアに入った。
畜産コースの生徒用に、こっちから汚水浄化エリアへと入れる別のルートがあるのだ。 それで先回りする!
135 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:52:05.72 ID:PK4z7V+n0
「……ハァッ……ハァッ……ハァッ……!!」
滝のような汗が、ツナギ服の内側に流れているのがわかる。
私は汗で濡れた手で、コントロール室のドアノブを握った。
そう、間に合ったのだ。
コントロール室に入り、ドアノブの中央にある施錠ツマミをロックした私は、体力と精神力の限界を迎えて、そのままそこに座り込んでしまった。
「ハァッハァッ……やった……やったっ……!」
もうこれで、あとは先程の作業服の男が、この施錠されたドアに気付いて踵を返すのを待つだけだ。
136 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:52:55.52 ID:PK4z7V+n0
ガチャガチャガチャ!
ドアノブが揺れる。 分かっていたけど、私はビクッと跳ねてしまった。
ドア越しのくぐもった声で「あれ、おかしいな」とか聞こえる。
いいぞ、そのまま諦めて帰ってくれ。
その後もう一度、ドアノブがガチャガチャいったが、それでもドアが開く様子はない。
当たり前だ。鍵掛かっているんだからね。
帰って。帰ってよ。 座り込んだ私は、ドアの向こうにいるだろう作業服の男に向かって必死に念じていた。
137 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:53:33.05 ID:PK4z7V+n0
そして静かになるドアノブ。
数瞬の間をおいても動じなくなったドアノブに、私はいよいよ安堵の息を吐こうとした――――その時。
ゴリゴリゴリっとドアノブに何かが挿入された音がした。
反射的にドアノブの施錠ツマミを両手の指で固定できたのは、自分でも幸運だったと思う。
施錠ツマミが、開錠方向に動こうとしていた。
私は、施錠ツマミが動かないように、指に思い切り力を込めた。
なんでこの人……鍵を持っているの!?
138 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:54:26.24 ID:PK4z7V+n0
ドアの向こうとこっちで、綱引きのような施錠攻防戦が始まった。
開錠されそうになる施錠ツマミを、必死になって食い止める私。
「ああん? この鍵じゃねえのか?」と、ドアの向こうからくぐもった声が聞こえるが、それでも開錠しようとする動きは止まらない。
やめて諦めて!と、声にならない声を必死に飲み込むが、指先だけで抑え込んでいる施錠ツマミが何度も開けられそうになるたびに、
私は小さく小さく悲鳴を漏らした。
どうしようどうしよう。もしこれが開けられてしまったら…!!
139 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:55:07.99 ID:PK4z7V+n0
そこで気付いた。
人がいなくなった学園艦。 大人の男と女子高生。 密室に二人っきり。
今、生まれて初めて、魂を傷つけられそうな、そんな根源的な恐怖感に襲われた。
背筋が麻痺する。歯の根が合わなくなる。
―――――いやだ、もうダメだ。 助けて、誰か助けて―――――――
140 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:55:51.76 ID:PK4z7V+n0
恐怖にとらわれ、腕の力が抜け、施錠ツマミから私の指先が離れそうになった……その時。
急に、開錠されようとしていた施錠ツマミの圧力が消えた。
それと同時に、ドアの向こうから何かが聞こえる。
………別の……人の声?
離れたところから声を掛けているせいか、くぐもっていて何を言っているのか良く分からない。
「………………、………。」
「………………!」
「…………、………………。」
「………。」
作業服の男と、新しくやってきた誰かは、二言三言交わしたようだった。
そして訪れる静寂。
私は、もはや涙目でドアノブを凝視していると、ようやくちゃんとした人の声が聞こえた。
「……ジャー子さん、もう大丈夫ですよ。 開けてください」
あれ? この声………?
141 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:56:28.21 ID:PK4z7V+n0
「がく……えん……ちょう……?」
コントロール室のドアの向こうに立っていた人物は、学園長だった。
「……え? ……なんで?」
私は混乱していた。
え? だって学園長は戦車道チームの試合の応援をしに北海道に行ってたはずじゃ?
さっきの男の人は? どこいっちゃったの?
「ここにいた業者の方には、事情を説明にしてお帰りいただきました」
「お帰り……って……だってあの人…………浄化施設を停めに来たんじゃあ……」
「ええ、だから、もう停める必要がないってことを説明したんです」
「……停める必要が………ない……?」
呆然と呟く私に、学園長は、子牛をいたわる母牛のような表情で、穏やかに穏やかに語りかけた。
「がんばりましたね、みなさん。
大洗女子学園の戦車道チームが、勝ちましたよ」
142 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:57:07.18 ID:PK4z7V+n0
腰が、ぬけた。
また座り込んでしまった私の目の前に、学園長のくたびれたタイトスカートが揺れていた。シワだらけだ。
きっとあちこち駆け回ったんだろうなあ。
現実を逃避しかけていた私だったが、いま私の目の前に立っている学園長が本当に学園長なのか不安になって、頭を上げて顔を拝見した。
本当に学園長だった。一昨日会ったばかりの学園長が目の前にいた。
「どうして学園長がここにいるんですか!?」
声のコントロールが出来なくなって、予想以上に大きな声で聞いてしまった私に、学園長はこう答えた。
「船が沈むとき、乗客がすべて降りるまで、艦長は船に留まるものと相場が決まっています」
「え……? だって、学園艦の住民ならもうみんな退艦してるし、だから残務整理が終わったら試合の応援しに行くって……」
まだよく理解していない私に対して、学園長はしょうがない子を見るような目をして、笑って言った。
「何を言っているんですか。 あなた達の牛と鶏が、今日下艦するって言ってたじゃありませんか。
ならば、そのお客さんらが降りるまでは、私も降りられないのは当然でしょう?」
143 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 15:58:16.91 ID:PK4z7V+n0
学園長は、家畜たちの出荷がちゃんと終わったかどうか、牛舎まで確認に来たらしい。
で、その時、学園長のスマホに大洗女子学園の戦車道チームが大学選抜に勝ったという連絡が入り、
たまたまその時、牛舎の横を猛烈ダッシュする私の姿を見つけて、あとを追ってきたのだそうだ。
腰が抜けてしまった私は、そこでようやく思い出した。
「………か……勝ったんですか……わたしたち……?」
はい、勝ちましたよ、と学園長。
私は視線を真っ直ぐ戻した。 学園長のタイトスカートにあちこち刻まれたシワがあった。
それを見てようやく現実に戻ってきた私は、大笑いしている膝も汗ビショビショな体も全部無視して立ち上がると、
学園長に「すいません!」と言い残して、自家用車用の乗艦ゲートに走り出した。
あー、これ、いまクロ先輩とブラウンさんに会ったら、泣いちゃうな。 たぶんボロボロに泣いちゃうヤツだ、これ。
………クロ先輩、ブラウンさん。 勝った。 私達、 勝ったよ!!
144 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 16:00:08.18 ID:PK4z7V+n0
「クロ先輩! ブラウンさん!」
私は、非常階段を降りて自家用車用の乗艦ゲートがある一室に到着するなり、二人を大きな声で呼んだ。
もう泣く準備万端の私であった。
「戦車道チームのコたちが勝ったって……! 私達…! わたじだぢ……勝っ」
「ジャー子! 足出てきた!! 牛舎から消毒液とバケツ持って来て! ブラウンさんは寝ワラ!」
最後まで言わせてくれなかったのは、産気づいた母牛の様子をうかがうクロ先輩だった。
例の分娩予定がずれ込んだ乾乳牛のお産が、いまピークを迎えようとしていた。
ブラウンさんが私と入れ替わりで非常階段を登っていく。
文科省の男と、汚水処理業者はどうしているのかというと、ちょっと離れたところでオロオロしていた。
お産に臨む母牛の異様なオーラと、お産介助モードに入ったクロ先輩の鬼気迫った空気感に、どうしたらいいのか分からないらしい。
私は、クロ先輩とブラウンさんに再会して抱いて泣き合って喜ぶ……ところを今の今まで夢想していたのだが、
酪農班の人間にとって、牛のお産は最優先の対処事項だ。
「ええぇぇぇぇ〜〜〜…………?」
喉元まで出かかったキラキラ感動的な何かを強引に押し戻して、私はまた非常階段を登り始めた。
翌日、学園長室に呼ばれ、家畜を逃がすというミスを(自ら)やらかした私達に待っていたのは、
昇降ゲートがある一室の大洗浄と、向こう2カ月間の連続休日当番という死の宣告だった。
145 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 16:02:21.44 ID:PK4z7V+n0
翌々日。
秋の気配を感じさせる、澄んだ青空が広がっていた。
乾乳牛舎で作業していた私は、大きく解放された艦壁から大洗の海を眺めた。
水平線に、大洗町の人間なら良く見知っている船が見える。
さんふらわあ号。
死力を尽くして不条理にあらがった戦車道チームのコ達が……私達の仲間が、あれに乗っているはずだ。
小山小隊の尊い犠牲によって、打ち上げに使う牛乳と乳製品はすでに確保できている。
あとはせいぜい美味しくご賞味いただこうじゃないか。
「あ、そうだ」
私は、隣で一緒に作業しているクロ先輩とブラウンさんに声をかけた。
「戦車道の試合の打ち上げ、私達も乱入しません?
それで、どれだけ苦労してこの食材を集めたのか説いてやるついでに、彼女らと友達になってきましょうよ!」
終わり
146 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/05/28(日) 16:04:41.45 ID:3JVTEt7SO
乙
147 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/05/28(日) 16:05:00.58 ID:PK4z7V+n0
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
ご都合主義バンザイな設定と進行だったので、そのへんは目をつぶってくださいませ。
よろしければ前作もご覧ください。
前作 : 【ガルパン】秋山淳五郎と西住常夫が泣いた夜
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1495486652/
148 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/05/28(日) 16:09:21.60 ID:/emI2HPi0
乙
大洗だけでも色んな所で働いてる人っているんだよな・・・
それを机上の空論だけで潰そうとした役人ェ・・・
149 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/05/28(日) 16:11:22.78 ID:q0RctqIo0
乙でした
誰も考えなかった大洗畜産課という存在+学園艦維持という地味に重要な問題+王道オブ王道展開=良作ss
あと「事故ならいいんですよね?」で劇パト第一作の後藤隊長を連想したのは俺だけじゃない筈
150 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/05/28(日) 17:18:45.30 ID:/emI2HPi0
船舶科とかごく普通の一般生徒話も面白そう
151 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/05/28(日) 20:18:12.57 ID:n8I2cz6v0
乙
本当に面白かった
ドラマCDでサンダース戦の打ち上げしてた時に水産科や他から柚子が料理お願いしてたね
沙織も絶賛してたし、あれ聴くと大洗の戦車道いがいもかなり優秀だと思った
152 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/05/29(月) 13:50:30.61 ID:0AO40GtAO
乙
前作も良かったし今作も超面白かった、また期待してる!
153 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/05/29(月) 18:58:40.86 ID:ZJUWFRUMO
誰も気付かないところから壮大かつ世界観にもマッチした物語を産み出した
素晴らしいね
154 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/14(金) 23:37:20.07 ID:Bvtg1sjKo
乙
本当に主要キャラにはさわりしか触れていなくスピンオフ感が出てた
155 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/07/19(木) 02:17:18.63 ID:asKEKUmx0
♫
96.61 KB
Speed:0
[ Aramaki★
クオリティの高いサービスを貴方に
VIPService!]
↑
VIP Service
SS速報VIP
更新
専用ブラウザ
検索
全部
前100
次100
最新50
新着レスを表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
書き込み後にスレをトップに移動しません
特殊変換を無効
本文を赤くします
本文を蒼くします
本文をピンクにします
本文を緑にします
本文を紫にします
256ビットSSL暗号化送信っぽいです
最大6000バイト 最大85行
画像アップロードに対応中!
(http://fsmから始まる
ひらめアップローダ
からの画像URLがサムネイルで表示されるようになります)
スポンサードリンク
Check
Tweet
荒巻@中の人 ★
VIP(Powered By VIP Service)
read.cgi ver 2013/10/12 prev 2011/01/08 (Base By
http://www.toshinari.net/
@Thanks!)
respop.js ver 01.0.4.0 2010/02/10 (by fla@Thanks!)