男「余命1年?」女「……」

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165 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/22(月) 23:44:16.13 ID:3mGHJagbO
女「本当ですか……よかったあ」

男(女さん……今まで、見た事の無い表情だ)

男(顔は少し赤らんでるけど……落ち着いてるっていうか、今の気持ちを味わっている途中というか)

女「……それでは、今日はこれで失礼します」

男「うん……気を付けてね」

女「もう、気を付けるも何も、家はすぐそこですよう」

男「……!」ドキッ

男(だめだ……彼女の一言一行に、心が……揺れる)

男「ま……またね、女さん」

女「はい……また、明日」
166 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/22(月) 23:44:59.15 ID:3mGHJagbO
男「はあー……」

男(結局、何も言わないまま帰ってきてしまった)

男「俺……告白されたのか?」

男(まさか……モテ期なんて、生涯一度も来なかった俺だけど)

男(女さんは、本当に俺を好きになってくれたんだろうか)

男(俺みたいな……冴えない男を?)

男(何かの夢じゃないのか……)

男(嬉しい半分……困惑もあって、素直に喜べないや)
167 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/22(月) 23:46:09.49 ID:3mGHJagbO
男(……会いたい、な)

男(って、さっき別れたばかりなのに、気持ち悪すぎだろ)

男(そういえば、また明日って言ってたか?)

男(もしかして、また編集部に来てくれるんだろうか)

男(……早く、明日にならないかな)
168 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/22(月) 23:46:44.94 ID:3mGHJagbO

女「男さん、よろしくお願いしますね!」

男「君……いくら何でも、早すぎない?」

男(結局、今日も編集部まで来てくれたけど)

男「まさか……一日足らずで、一冊分書いちゃったわけ?」

女「いえ、構想は大体練ってありました」

女「昨日全て書いたのは……その、できるだけ早く……あの時の気持ちを文字に書きおこしたかったので」

男(つまり……一日で書いたんじゃねーかよ)
169 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/22(月) 23:47:27.09 ID:3mGHJagbO
男(ありえねえ……ホント、とんでもない逸材だ)

男「えっと……それじゃあ、読んでもいいかな?」

女「はい! 喜んで!」

男(あれ? 今日は恥ずかしがらないな)

男(前みたいに、俺たちをモデルにした物語じゃないってこと?)

男(……! これ……)

男(引き込まれる……!)
170 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/22(月) 23:48:15.29 ID:3mGHJagbO
男(一文一文に、思いが込められてて)

男(読み進める度に、主人公に気持ちが入り込む!)

男「すごい……な」

男(全身の毛が逆立つような感覚)

男(二番煎じで溢れているなかで……ここまでの作品を書いてくるなんて)
171 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/22(月) 23:49:06.48 ID:3mGHJagbO
男「……女さん」

女「はい……何でしょう」

男「これ、主人公が男だけど」

女「……はい」

男「……女性が書いたとはまるで思えない。ミステリーとしては、かなりの出来だよ」

女「ほっ……本当ですか!?」

男(読み進めた感じ、前回のようなバッドエンドのフラグはどこにも立っていない。きっと最高の結末を迎えるんだろう)
172 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/22(月) 23:50:03.69 ID:3mGHJagbO
女「良かった……本当に良かったです。実は、ミステリーを書いたのは初めてで……ちょっと不安でした」

男(ジャンルに限った処女作か……それでも、十分だよ)

男「ああ、きっと、今回も通るさ。それで……」

女「……ええ、勿論です」

女「今回は……出版するために書きました!」

男「ああ……ああ! 絶対通して見せるさ!」

女「私達、二人の夢ですからね! お願いしますよ、男さん!」
173 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/22(月) 23:50:40.09 ID:3mGHJagbO
男(二人の……そうだった)

男(ホント……今更ながら、改めて考えると恥ずかしいな)

女「フフッ……えへへ。私達の……夢、かあ……」

男「おいおい……まだ決まったわけじゃないんだからさ」

女「はっ、はい……そうでした。浮かれるのはまだ早かったです!」

男「うん、よろしい。それじゃあ、今日もくつろいで……」

女「いえ、今日はここで帰らせていただきます」
174 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/22(月) 23:51:15.57 ID:3mGHJagbO
男「え……何か、用事でもあるの?」

女「あ、いえいえ、そういうわけじゃないんですけど……まだ、書き足りないんです」

男「もしかして、まだ書きたいネタがあるってこと?」

女「はい! そういう事です!」

男(そっか……女さん、すっかり作家病にかかっちゃったんだな)

男「別に、空いてるパソコンとかあるから、それ使ってくれてもいいんだけど」

女「え……でも……えっと、ここだと……ちょっと」
175 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/22(月) 23:51:54.53 ID:3mGHJagbO
男「ああ、そりゃあそうだよね。慣れない場所より、親しんだ場所の方が落ち着くよね」

女「いえ、違うんです。その……」

男「ん?」

女「ここは……男さんがいるから、ちょっと……集中できないっていうか。ここにいると、男さんにばかり気がいってしまいます」

男「え……そ、そっか。それじゃ……駄目だよね」

男(なんだよこの羞恥プレイ……!)

女「そっ、それでは……失礼します!」

男「あ、うん……気を付けてね」

男(行ってしまった……)
176 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/22(月) 23:52:38.12 ID:3mGHJagbO

編集長「お前、何編集部でイチャイチャしてるんだ?」

男「もっ……申し訳ありません!」

編集長「ったく……見せつけやがって。うちなんか、最近カミさんとうまくいってねえってのに……」

男「あ……そうなんですか。あの、本当に申し訳ありません」

編集長「……いいよ、駄目とは言ってないさ。それよりも、原稿受け取ったんだろう?」
177 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/22(月) 23:53:04.05 ID:3mGHJagbO
男「あっ、はい! 素晴らしいです、文句のつけようのない作品でした!」

編集長「そうか……なら、出版は確実だな」

男「はいっ……ありがとうございます」

編集長「こっちの方で確認をとる。決まり次第、男に連絡するよ」

男「はい! どうか、よろしくお願いします!」
178 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/22(月) 23:54:20.12 ID:3mGHJagbO

男「……は? 今……何と、おっしゃいました?」

男(昨日の時点では、事がうまく運びそうだったのに)

男(何で……何で! こうなっちまうんだよ!)

編集長「だから、おめでとうって言ったんだ。来年の4月に出版が決まったぞ。良かったな」
179 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/22(月) 23:55:14.57 ID:3mGHJagbO
男「来年って……どうしてそんなに遅いんですか!?」

編集長「男……何を驚いてる? 今に始まった事ではないだろう?」

男「そう……ですけど。どうして! よりにもよって、女さんなんですか!」

編集長「……男。それは、仕方のない事だ。出版枠が、そこまで全て埋まってしまっているからな」

編集長「それに、まさか女さんの作品を、受賞作品と同じ枠で出版するわけにもいかない。こればっかりは契約の問題で……どうしようもないことなんだ」
180 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/22(月) 23:56:06.15 ID:3mGHJagbO
男「そんな……」

男(そんなことって……あんのかよ)

男(だって、来年の4月って……)

男(その時には……女さんは、もう……)
181 : ◆PChhdNeYjM [sage saga]:2017/05/22(月) 23:58:34.95 ID:3mGHJagbO
中途半端で申し訳ないですが、今日はここまでです。
ほとんど即興で、その場のノリで書いてますので、所々チグハグだったり伏線を拾ってなかったりするかもしれません。ご了承ください。
182 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/23(火) 01:20:52.75 ID:eFPMnlLl0
気になるところで終わらせやがって!ちくしょう!最後まで待ってるぞ!
183 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/25(木) 15:13:35.39 ID:QbAaV9enO
男(女さんに、伝えるべきなんだろうか)

男(出版が、来年の4月になってしまったと)

男(俺達の夢が……叶わないかもしれない、と)

男(……伝えて、どうするんだ?)

男(伝えたところで、ただ悪戯に彼女を悲しませるだけじゃないのか?)

男(だが、隠したところで……いずれ知られてしまうに違いない)

男(いつまでも自分の本が出版されないことを、疑問に感じる日が来るだろうから)

男(わからない……どうするのが正解なのか)

男(俺には……わからない)
184 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/25(木) 15:14:41.66 ID:QbAaV9enO
男(さて……毎度の事ながら、女さんと公園で待ち合わせしたんだけど)

女「……あっ、男さん!」

男「女さん……ごめん、遅くなった」

男(こっちに、ブンブン手を振ってる)

男(……可愛いな)

男(あの後、散々迷った挙句……女さんに話す事にした)

男(……真実を話すべきか、嘘を吐くべきか)

男(まだ……決めあぐねているのだけれど)

女「もうっ、男さんったら」

女「私、結構待ってたんですよ?」

男「うん、その……ごめんね、色々と立て込んじゃって」

男(ただ、俺が迷っていただけなんだけどね)
185 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/25(木) 15:15:15.05 ID:QbAaV9enO
女「……ともあれ」

女「初めてですね!」

男「え? 初めてって……何が?」

女「私が、待つ側になった事です!」

男「待つ……ああ、そういうこと」

女「……はい。いつも私が、男さんを待たせてしまっていたので」

女「でも今回は、私が待ってましたよ!」

男(何だよ……その期待の眼差しは)

男(まるで、褒めて褒めてー……って、子犬が尻尾振ってるみたいだ)
186 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/25(木) 15:15:53.81 ID:QbAaV9enO
男「……ああ、偉い偉い」ナデナデ

女「ふええっ!」

女「なっ……何してるんですか!?」

男「え、何って……ご褒美に頭撫でただけだろ?」

女「だけってなんですか! どうしていきなり……そんなこと……」

男「ごっ、ごめん! 嫌だった?」

男(しまった……流石に軽率すぎた……か?)

女「……男さん、女の子に対して、いつもそんな感じなんですか?」

男「まさか。女性の頭を撫でたのなんて、これが初めてだよ」

男(まあ、前に抱き着かれてるしな……酒入ってたけど)

男(頭なでなでくらい、今更……ねえ?)
187 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/25(木) 15:16:34.81 ID:QbAaV9enO
女「へ……へえー、そうなんですか……」

女「ふーん……そっか……えへへ」

男「な……なんだよ、気味悪いな」

女「いーえ、何でもないです」

女「……別に、もっと撫でてくれてもいいんですよ?」

男「なっ……」

男(このタイミングで……上目遣いだと!)

男(く……断れるわけねえ)

男「……し、仕方ないなあ」

男「……これでいいかい?」ナデナデ

女「……!」

女「えへへ……ウフフ……////」

男(何だよ……だらしなく破顔させちゃって)

男(ホント……あざといんだっつーの)
188 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/25(木) 15:17:22.69 ID:QbAaV9enO
女「……もう、いいですよ」

女「これ以上されると……ちょっと、ダメです」

男「え……ああ、分かったよ」

男「えーっと……それで……」

女「ふぅ……では、本題をよろしくお願いします!」

男「あ、ああ……そうだね」

男(本当のことを……話すべきなんだろうか?)

男(それとも……誤魔化すべきなんだろうか?)

男(何も、誤魔化しきれないわけではない)

男(出版が延期になりましたと言えば……その時は、多少は落ち込むだろうけど)

男(今この瞬間だけは……彼女を喜びに浸らせることができるんだ)

男(ただ、考えようによっては、それは残酷な事なのかもしれない)

男(要は、女さんを騙すってことだから)

男(……でも……でもさ)

男(出版されるのは、自分の死後になるかもしれないなんて)

男(そんな事実を突きつけられる方が……よっぽど残酷じゃないか!)
189 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/25(木) 15:17:53.97 ID:QbAaV9enO
男「女さん……あの……ね」

女「男さん? どうしたんです?」

女「どうして……泣いているんですか?」

男「……え? 泣いてる……俺が?」

男(ああ……どうして)

男(頬を伝った、この一筋の雫の理由は……)

女「男さん……もしかして」

女「私の本の事で……何か、あったんですか?」

男「女さん……俺……俺……」

男「ごめん……ごめんね」

男「君が生きている間に……出版は、難しいかもしれない」
190 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/25(木) 15:18:24.13 ID:QbAaV9enO
女「……!」

女「そう……でしたか」

男「ごめん……俺、何もできなかった……!」

女「……どうして、男さんが謝るんです?」

男「どうしてって……」

女「男さんは、何も悪いことなんてありません」

女「だって……仕方のない事、なんですよね?」

男「……女さん」

女「……それに」

女「出版は、決まったんですよね?」

男「……うん、決まったよ」

男「来年の、四月に」

女「来年……四月……そうですか」

女「……うん。大丈夫」

女「思ったほど、悲しくありません」

男(女さん……どうして、そんな笑顔を浮かべられるんだよ?)
191 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/25(木) 15:19:28.67 ID:QbAaV9enO
男(……この笑顔)

男(いつかの、取ってつけたような、仮面の笑顔じゃない)

男(気持ちを押し殺して……それでも、必死に笑おうとしている)

男(俺に……責任を感じさせないために)

男(おい……俺)

男(まだ、あるんじゃないのか?)

男(女さんのために、やれることが……まだ、残ってるんじゃないのか?)

男「……女さん」

女「はい……?」

男「俺……できるだけの事、してみるから」

女「男さん……」

男「だからね……まだ、諦めないで」

女「……はい」

女「ありがとうございます!」

男(ああ……そうだよ)

男(俺は、彼女のこんな笑顔が見たいんだ)

男(まるで、太陽のように俺を照らしてくれる)

男(眩しい……笑顔をさ)
192 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/25(木) 15:20:04.61 ID:QbAaV9enO
ここまで。夜にまた更新します
193 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/25(木) 20:04:57.37 ID:QZ20wJQRO
切ない
194 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/25(木) 22:18:41.49 ID:XS5+GGooO
編集長「おい、男……何してるんだ?」

男「見ての通りです……」

男「お願いしますっ! どうか……どうか……」

男「女さんの本の出版次期を速めては頂けないでしょうか!?」

編集長「……あのなあ」

編集長「頭上げろ……」

編集長「男が、そう簡単に頭を下げるもんじゃない」

男「だからこそです!」

男「この件だけは……どうか、了承しては頂けないでしょうか!?」

編集長「前にも言っただろう」

編集長「出版は来年の4月。契約の関係で、動かすことはできない」

男「……っ!」

男「編集長っ!」

編集長「……なんだ」

男「彼女は……女さんは……あと1年、持つかどうか分からないんです」

男「そんな彼女に……華を持たせてやりたい」

男「だから……この通りです」

男「お願いします……全責任は俺が負います! だから……」

男「女さんの出版枠を……確保しては頂けないでしょうか」
195 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/25(木) 22:19:46.66 ID:XS5+GGooO
編集長「……なあ、男」

編集長「お前の言いたいことはよくわかる」

編集長「だがな……お前も、3年も勤めたんだ。知らないわけではないだろう」

編集長「この業界は……売り上げが命なんだ」

編集長「既に枠が決まっている作品は、ほぼ確実に売れると予想される作品だ」

編集長「だが、女さんはどうだ」

編集長「これが……初めての作品だろう」

編集長「面白いのは認める……が」

編集長「何か賞を取ったわけでもない、前作も無い」

編集長「まさか、彼女の身上を表に出すわけにもいかない」

編集長「こればっかりは……どうしようもないんだ」

編集長「一個人の事情で、そう易々と変えていいものじゃない」

男「そんな……」

男(突きつけられた現実は……余りにも残酷だった)
196 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/25(木) 22:20:30.69 ID:XS5+GGooO
男(……もう外は大分暗くなってるのに……あんまり肌寒くない)

男(ちょっと前は、夜になると、上着を着ないと耐えられなかったのにな)

男(女さんと初めて出会った春の季節が過ぎて……夏が、来ようとしている)

男(この世界は無常で……そして、無情だ)

女「……あっ、いた」

女「探しましたよー、男さん」

男「ああ、女さん。こんばんは」

女「こんばんは。……どうしたんですか? こんな夜更けに呼び出して」

男「うん、ごめんね。身体に悪いかなって思ったんだけど」

男「どうしても、相談したいことがあったんだ」

女「どうしても……相談したいこと……ですか?」

女「それって……その、もしかして……////」

男「そう……君と俺の未来に関わる、重要な話」

女「は……はい」

男「あのさ……」
197 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/25(木) 22:21:07.83 ID:XS5+GGooO
男「出版社を、変えないか?」

女「はっ、はい! 私は全然…………え?」

女「出版社を……変える?」

男「ああ、そうだ」

男「正直に言って……ウチの会社で出版次期を早めるのは、とても難しいことなんだ」

男「だったら、他の出版社に持って行った方が、早く出版するには一番可能性が高いんだよ」

女「あの……その……」

男「なに、心配することは無いよ。女さんのあの小説は、完成度はかなりのものだ」

女「男……さん?」

男「なんなら、俺もついて行くよ。君だって、本屋さんに並ぶ様子を自分の目で見たいだろう?」

男「だからさ……明日にでも……」
198 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/25(木) 22:21:41.18 ID:XS5+GGooO
女「待ってください!」

女「え……出版社を変えるって……どういうことですか?」

男「そのままの意味だよ」

男「今のままだと、女さんの本を出版するのは、随分と遠い日になってしまう」

男「だから、もっと早く出版するために出版社を変えてしまうのさ」

男「どう? いい案だと思わない?」

女「そんな……だって、そんなことしたら、男さんが……」

男「え……俺? ……そんなのどうだっていいんだよ」

男「とにかく、今一番大切なのは、女さんの小説をできるだけ早く出版する事だろ?」

男「……あ、もしかして、出版社に持ち込みに行くのは怖いかな?」

男「まあ、一見さんお断りの所も無いわけじゃないけど……大丈夫、俺が直接話をつけて……」

女「男さんっ!」

男「……っ!」

男(なんだ……今の)

男(女さんの声……だったのか?)

男(女さんが、こんな大きな声で叫ぶなんて……初めてじゃないか?)

男「女……さん? どうしたんだよ、そんなに大きな声なんか出して」

男「ここ、公園だし……近所に響いちゃったんじゃ……」
199 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/25(木) 22:23:00.51 ID:XS5+GGooO
女「男さん……」

女「私……男さんにそんなことがしてほしくて、あんなことを言ったんじゃありません」

男「あんなこと……?」

女「夢……ですよ」

女「初めて出会った時に、約束したじゃないですか」

男「あ……」

男『必ず出版しましょう! 私も、全力でサポートさせていただきます!』

女『……それなら、これは私とあなたの夢ですね』

男『え、俺……じゃない、私もですか?』

女『フフッ、俺でいいですよ、変に気を遣わないでください。……だって、仮に本を出版できた時、あなたが一番喜びそうだから』

男『……分かりました。では、これは俺とあなたの夢です。必ず……必ず、2人で叶えましょう!』

女「二人で、協力し合って、必ず出版しようって……そう言ったじゃないですか」

男「でも……さ」

男「現に……夢が叶わないかもしれないじゃないか!」

女「夢なら、叶いますよ」

男「……え?」

女「私、一言も言ってませんよ?」

女「生きている間に出版したいなんて……一言も言ってません」
200 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/25(木) 22:23:41.51 ID:XS5+GGooO
男「そんな……そんな!」

男「女さん……見たくないの!?」

男「自分の本が出版される瞬間に……立ち合いたくないって、それ、本気で言ってる……?」

女「……はい。本気ですよ」

男「そんな……なんで……」

女「……今の私には、もっと大切な夢があるんです」

男(もっと……大切な夢?)

女「ええ……とっても、素敵な夢です」

女「それはね、男さん」

女「私は、自分の命が尽きる、最後の瞬間まで……」

女「大切な人と……一緒に過ごしたいんです」
201 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/25(木) 22:24:42.78 ID:XS5+GGooO
男(待てよ……ちょっと待てよ)

男(自分の書いた本が、本屋に並ぶんだぞ?)

男(人気が出れば、テレビで特集されるかもしれないんだぞ?)

男(死ぬ間際に、それ以上に叶えたい夢なんて……あるわけねえだろ!?)


編集長『男は、小説の応募経験があるんだったな』

編集長『それなら……彼女の感情が、お前に理解できないのも仕方のないことだ』


男(ああ……分かんねえよ)

男(アンタの言ってることも……彼女の言ってることも)


女『この本は、あなたに……男さんに読んでもらうために書いたんです』

男『つまり……あの原稿は、売りに出したくないって……そういうこと?』

女『……はい』


男(何もかも……全部が全部!)

女「私の……死ぬ間際まで一緒にいたい……大切な人というのは……」


男「……わっかんねえよっ!」
202 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/25(木) 22:25:25.94 ID:XS5+GGooO
女「っ……!」

男(怒号のような……公園中に響くような)

男(頭の中を……胸の中を、グルグル渦巻いている、この感情)

男(嫉妬……憎しみ……諦め……絶望……)

男(色んな感情が、混ざりに混ざり合って)

男(無意識に……口から出てしまう)

男「君の言っていることは、俺にはさっぱり分からない!」

男「俺は……俺はなっ!」

男「夢を諦めて、この仕事やってんだよ!」

女「男……さん?」

男(女さん……肩が震えてる)

男(寒くなんてない……俺が、怖がらせてしまっているんだ)

男(でも……駄目なんだ)

男(奥底から溢れてくる、ドス黒い感情が……止まってくれないんだ)
203 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/25(木) 22:26:30.33 ID:XS5+GGooO
男「俺はっ……俺はな!」

男「昔から、ガキの頃から、ずっと作家目指してがむしゃらに書きまくってたんだ」

男「部活動も、勉強も、友達付き合いも、何もかも犠牲にして」

男「ただひたすら……大好きな小説をよんで、こんな本が書きたいって、ずっと願って!」

男「ずっとずっと、夢見てたんだよ! いつか、自分の本が出版される夢を! ずっと追いかけてきたんだよ!」


男(こんなことが、言いたかったわけじゃない)


男「家族全員に反対されて! 友達全員に白い目で見られて!」

男「挙句、教師には鼻で笑われて! 現実を見ろだなんて罵られた!」

男「それでも、ただひたすら俺は夢を追っていた! 諦めなければ絶対に叶うって!」


男(こんなの、俺の身勝手でしかない。女さんは関係ない)


男「でも、いつまでたっても俺の夢は叶わない! 最終選考にすら届かない!」

男「一つ残らず……全部、全部! 俺の生きてきた理由を、全て否定されたんだ!」

男「その気持ちが……君にわかるか?」
204 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/25(木) 22:27:31.44 ID:XS5+GGooO
男「いいよな、君は……才能があって」

男「俺には……これっぽっちも才能なんて無かったんだ!」

男「分かってる……ただがむしゃらに書いていたって、何もいい作品は生まれやしないんだ」

男「でも……悔しいじゃないか!」

男「君みたいな新人が……軽々と俺の作品を超えてしまうんだから!」

男「そんな才能を持った君が……自分の作品に、まるで興味が無いようなそぶりを見せるんだからっ!」

女「…………なさい……」

女「……ごめん……なさい……」

男「はぁ……はぁ……」

女「ごめんなさい……男さん」

男(女さんの瞳が……あっという間に潤んで)

男(涙が……溢れ出すように……)

女「ごめんなさい……」

男「あ……女さん……」

男(走って……行ってしまった)

男(両手で口を抑えて、嗚咽を堪えるかのように)

男(彼女にあんな顔をさせたのは……間違いなく俺だ)
205 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/25(木) 22:28:36.10 ID:XS5+GGooO
男「……ふっ」

男「……どこまで最低なんだよ、俺は」

男「正真正銘の……ゴミ野郎だな……」


男(……なんだ? 頬に……違和感が……)

男(……水?)

男(いや、違う。瞳から流れる液体を、水とは言わない)


男「なんで……なんでだよ」

男「どうして……俺が泣いてんだよ」

男「俺なんかが、泣いて言いわけ……ねーだろうが……!」

男「……うっ……うぅ……」

男「ちく……しょう……」
206 : ◆PChhdNeYjM [sage saga]:2017/05/25(木) 22:29:18.96 ID:XS5+GGooO
今日はここまで
なんだか鬱っぽくなってしまって申し訳ない
207 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/25(木) 22:36:28.82 ID:A2sX5I7go
男の優先順位1位の小説は今後女に変わるのだろうか
208 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/05/27(土) 05:02:16.68 ID:qJJTEuZs0
女さん心開くのはやい
209 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/31(水) 20:50:46.06 ID:Y/3U6XvCO
男(結局俺は、自分の夢を、女さんに重ねていただけだったんだ)

男(女さんの気持ちを……都合のいいように利用して)

男(期待させて……悲しませた)

男(もう、俺なんか……女さんに会う資格なんて、ない)

俺は、女さんと別れてから、公園のベンチから一歩も動けず、俯いたまま、ただ座っていた。

女さんを一方的に傷つけてしまった、自分への報いだろうか。彼女への償いのつもりだろうか。

自虐的になったところで、女さんを傷つけてしまった事実は何一つ変わらない。

そんなことは分かってる。でも、動く気にはなれなかった。
210 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/31(水) 20:51:51.08 ID:Y/3U6XvCO

どれくらいの時間、そうしていただろうか。

ふと、右腕を見る。

時計の秒針は0時を通り過ぎ、無機質に時を刻んでいた。

男「……帰ろう」

誰に言うでもなく、ただそう呟いた。



立ち上がった時初めて、目の前に誰かが経っていることに気が付いた。

男「……女さん?」

言ってから、それはあり得ないと気が付いた。

女さんが、こんな時間に、あんな別れ方をした俺に会いに来るわけがないというのも勿論だが。

何より……その影は、明らかに女さんではなかった。

少し広い肩幅や、俺よりも高い背丈。

女さんの華奢な身体とは、似ても似つかない。

ならばなぜ、俺は彼の事を女さんだと思ったのだろう。

多分……雰囲気が、女さんのそれに似ていたからだ。
211 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/31(水) 20:52:52.20 ID:Y/3U6XvCO

「女……というのは、私の娘のことでしょうか?」


男「……は?」

男(こいつは、何を言っている?)

男(娘……と言ったか?)

男(こいつ……誰だ?)


「……やはり、そうでしたか」

「私は、女の……父親です」


男「……ちち……おや?」

父「ええ、初めまして」

父「以前……病院でお会いしましたよね」

男「病院……」

男(わからない……話した記憶もない。見覚えすらない)

父「……ああ、それもそうですよね」

父「娘の病室の前で、すれ違っただけですから」

男「はあ……」

男(この男は、女さんの父親……それは理解した)

男(なら、どうして俺なんかの顔を覚えている?)

男(記憶力がいいだけで、こんな暗い公園でベンチに座っている男を、その人だと判断できるだろうか?)
212 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/31(水) 20:53:55.88 ID:Y/3U6XvCO
父「貴方が、娘の小説を担当している編集の方……で、間違いありませんよね」

男「ええ……そうですが」

父「一度、お話してみたいと思っていたのです」

父「こんな時間に立ち話もなんですから……今日は、ウチに泊まっていきませんか?」

男「……いえ、結構です」

男「明日も仕事ですから」


男(嘘ではないけれど……それだけじゃない)

男(今更、女さんと顔を合わせるなんて……できるわけがない)


父「……そうですか」

父「では、少しだけお話させてください」

男「あの……どうして、俺が女さんの編集をしていることを知っているんですか?」

父「娘から聞いています」

父「担当の編集さんに、とてもよくしてもらっていると」

父「この公園で、いつも打ち合わせをしているとも聞きました」

男「ああ……なるほど」

父「……娘は、元気そうですか?」

男「ええ、元気ですよ」


男(昨日までの話だけれど)
213 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/31(水) 20:54:53.38 ID:Y/3U6XvCO
父「以前、娘と旅行に行ったそうですね」


男(そんなことまで知ってんのか……!)


男「え……ええ、でも……何も無いですよ? ただの取材でしたから」

父「……どうやら、色々とお世話になっているようですね」

父「娘も、貴方には随分心を開いているらしい」

男「心を……ですか?」

父「ええ。娘は、貴方の事を話す時……いつも楽しそうにしているのです」

父「それに娘は、家族以外と旅行に行くのは、貴方が初めてですから」

男(……マジか)

男「でも、修学旅行とかは? 流石に、一度くらいは……」

父「無いですよ、本当に」

父「娘の人生は、病院での日々が半分を占めています」

男「そんな……」

父「いいのです。今の娘は、本当に楽しそうですから」


男(俺はさっき、女さんに酷い事を……)


父「昔がどうであろうと、今幸せでいるのなら、それで……」


男「申し訳……ありません」

男「俺は彼女に……とんでもない事をしてしまった……!」
214 : ◆PChhdNeYjM [sage saga]:2017/05/31(水) 20:55:19.78 ID:Y/3U6XvCO
今日はここまで
215 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/31(水) 21:23:09.24 ID:Y/3U6XvCO

男(俺が話している間、ひょっとしたら殴られるかとも思ったけど)

男(お父さん、何も言わずに聞いてくれた)


父「そう……でしたか」

男「本当に……申し訳ありません」

父「いえ、謝らないでください」

父「編集者としては、確かに貴方は認められない事をしたのかもしれない」

父「ですが……男女としては、よくある事でしょう」

父「私も、同じでしたから」

男「同じ……とは?」

父「私の、妻の話です」

父「妻は、もうこの世にいないのですが」

男「ええ……女さんから聞いています」

父「私も、妻とは喧嘩が絶えなかった」

父「妻の身体が弱いのは、出会ってすぐに知りました」

父「知っていながら、私は彼女と何度も喧嘩をしました」

父「今考えれば、本当に他愛無いものです」


男(喧嘩……俺が女さんにしたことは、喧嘩と言っていいのだろうか)


父「ですから、私は貴方を責めません」
216 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/31(水) 21:24:04.55 ID:Y/3U6XvCO
父「……ですが」

男「……?」

父「……今でも私は、後悔しているのです」

父「妻と会えなくなる前に、もっと優しくすることはできなかったのかと」

父「今でも……自分を責め続けている」

男「……そうですか」

男「自分を責める気持ちは、俺もよくわかります」

父「ですから……貴方には、後悔してほしくない」

父「そう……思っています」

男「……なら、女さんと……もっと話してあげてください」

父「娘と……ですか?」

男「女さん、以前言っていました」

男「貴方が、自分の事をどうでもいいと思っているのだと」

父「娘が……そんなことを」

男「それって……余計なお世話かもしれませんけど」

男「貴方が、女さんに対して、不誠実だからではありませんか?」

父「……かも、しれません」

父「いや、実際そうでしょう」

父「私は、妻がいなくなってから、ずっと仕事に明け暮れていた」

父「仕事が忙しかったのは、妻が生きていた時もそうでしたが」

父「今思えば、喧嘩が絶えなかったのも……それが原因かもしれない」
217 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/31(水) 21:25:00.27 ID:Y/3U6XvCO
男「女さんは……そんな貴方を見て?」

父「……娘は、妻の生まれ変わりです」

父「妻は、娘を生んですぐに力尽きました」

男「そんな……ことって……」

父「元々、身体が弱かった。出産も、医師に反対されました」

父「それでも妻は……娘を、生みたいと言った」

父「私は、娘に……妻の生まれ変わりに、どう接してやればいいのか……今でも分かりません」


男(普通に、話してあげればいいんですよ……と言いたいけど)

男(俺はこの人に、何を言う資格もない)


父「……私が娘にしてあげられることなど、金に不自由しないよう、ひたすら働くことしかない」

男「だから……こんな時間まで?」

父「ええ……そういう事です」

男「……もっと、彼女の事を見てあげてください」

男「俺は……人のことを言えないかもしれませんが」

男「少なくとも、女さんは……お金なんかよりも、もっと欲しいものがあるはずです」

父「……そうでしょうか」

男「そうですよ、絶対」

父「……今日は、もう帰ります」

父「娘は、とっくに寝ているとは思いますが」

父「眠っている娘の姿を、一目見てやりたい」

男「……ええ、そうしてあげてください」


彼は立ち上がると、俺に軽く頭を下げて公園を去っていった。
218 : ◆PChhdNeYjM [sage saga]:2017/05/31(水) 21:25:28.25 ID:Y/3U6XvCO
書いたから上げた
219 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/01(木) 00:00:32.27 ID:xKHOeInMo
220 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/06/01(木) 01:07:28.58 ID:ky9g2r+r0
続きが気になる
221 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/01(木) 02:35:04.81 ID:3PaNF5+t0
おつ
222 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/06/01(木) 22:10:18.35 ID:D3MNcCZaO
男「……はぁ」

男(あれから、一週間が過ぎた)

男(女さんから……一度も連絡は来ていない)

男「どうしたもんかな……」


編集長「おい、男」

男「あっ、はい!」

編集長「お前当てに、外部からだ。繋げるぞ」

男「はい、承ります」

男「……はい、SS文庫編集部です」


『……冴内、男さんですか?』


男「はい、冴内ですが」

男(俺の名前をフルネームで? この人、一体誰なんだ?)


『……女の、父です』


男「……お父さん、ですか」

父『貴方に、どうしても伝えなければならないことが……ありまして』

男「ええ、どうぞ。ただその……勤務中ですので」

父「勿論、手短にします」







父『……娘が、再び入院しました』


男「……は?」
223 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/06/01(木) 22:15:21.64 ID:D3MNcCZaO
男「はっ……はっ……はっ」

男(5階……507……507……)

仕事を早々に切り上げ、急いで病院へ向かい、ようやく女さんの病室に到着した頃には、面会終了まで30分を切っていた。

男「……女さんっ!」


一人用の病室で、女さんは横になっていた。

どうやら今は眠っているらしく、ベッドの上で、静かに横になっている。


傍の丸椅子に腰を掛けているのは、先日公園で顔を合わせた瘦せ型の男。

女さんのお父さんだった。


父「……きて、くださったんですね」

男「はぁ……はぁ……」

男「……一体、何があったんです?」


父「……それよりも、仕事の方は問題ありませんでしたか?」

男「仕事……ですか? ええ、特に問題はありませんが……」

父「突然電話をかけてしまって、ご迷惑でしたでしょうか?」

男(……ああ、そっくりだ)

男(やっぱり……親子なんだなあ)

男「……ええ、特に支障はありませんでしたよ」

父「そうでしたか……本当に、申し訳ございませんでした」


父「貴方には……伝えるべきだと……思いましたので」


男「伝える……というのは、一体……」

父「それは……」
224 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/06/01(木) 22:22:32.17 ID:D3MNcCZaO
男「……えっと、その……」

男(なんて声をかければいいんだ……)


女「……男さん」


男「うっ……うん」

女「どうぞ……近くの丸椅子に」

男「ああ……失礼するよ」


女「今日は、来てくださって……ありがとうございます」

男「ううん。いいんだ、このくらい何でもないよ」

女「……男さん」

男「うん、なに?」


女「今日は……男さんに、ご報告があります」


男「ほう……こく?」


女「あの……私……私……」


その時、女さんは……笑顔を作った。

幾粒もの涙を流しながら。






女「私……寿命が、半分になりました」
225 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/06/01(木) 22:23:49.20 ID:D3MNcCZaO
男「なんだって……?」


女「昨日の夜、発作が起きたんです」

女「たまたまお父さんが早く帰っていて……すぐに救急車でここに運ばれました」

女「それで……お医者さんが言ってたんです」

女「予想以上に悪化していて、あと半年もつかどうか分からない……って」


男「……治らないの?」

女「私の心臓は、もうダメみたいで……方法は移植しかないんです」

女「でも、ドナーが見つからない」

女「例え運よく見つかっても……私自身の身体が、手術に耐えられないかもしれないって」


男「そんな……」

男(そんなのって……ありかよ)

男(何の罪もない女の子の命を縮めておいて……まだ足りないっていうのか)

男(そんなの、酷すぎる)


男(いくらなんでも、不条理を背負い過ぎだ)
226 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/06/01(木) 22:24:44.36 ID:D3MNcCZaO
女「……男さん」

男「……ん? なんだい?」

女「これは……ワガママかも、しれないんですが」



女「私……死にたくないんです……!」



目尻から頬を伝って、涙が溢れ出る。



女「私……私……もっと生きたい!」

女「このまま、消えてしまいたくない」

女「もっと……男さんと、一緒にいたい」

女「あなたと、一緒に過ごしたい」

女「それ以上のことは何もいりません……必要ないんです」

女「あなたと、ごく普通に時を過ごしたい、一緒に生きたい」



女「そう願ってしまうのは……私の欲張りなんでしょうか?」



女「私には……普通の幸せを願う資格なんて、ないのでしょうか?」
227 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/06/01(木) 22:26:03.32 ID:D3MNcCZaO
男「女さん……!」


俺は、ほとんど無意識に……彼女の身体を抱きしめていた。


女「男……さん?」


男「……俺も同じだよ」

男「君と一緒に、これからを生きたいんだ」

男「死んでほしくなんかない、生きて欲しい」

男「君に生きて欲しい」



男「女さん……好きだよ」


男「好きなんだ……どうしようもなく」


この25年間で、初めて抱いた感情だった。

自分以外の誰かを愛おしく思う時など、自分の人生には訪れないのだと諦めさえしていたのだ。


女「男さん……」

女「私もです……私も、男さんが好き」

女「このまま死んじゃうなんて……絶対嫌です」


彼女の細い腕が、俺の背中に回り、弱々しく抱擁される。

同時に、胸の奥がギュッと締め付けられた。


こんなに愛おしくても。

こんなに必要としても。


彼女は……もうすぐ死んでしまう。

その事実は、変わらない。
228 : ◆PChhdNeYjM [sage saga]:2017/06/01(木) 22:26:54.82 ID:D3MNcCZaO
今日はここまで
また更新が遅くなるかもしれません
229 : ◆PChhdNeYjM [sage saga]:2017/06/01(木) 22:30:30.68 ID:D3MNcCZaO
二度目の不注意、大変申し訳ありません
>>223>>224の間に入れ忘れました↓
230 : ◆PChhdNeYjM [sage saga]:2017/06/01(木) 22:31:15.44 ID:D3MNcCZaO
女「……お父さん」


父「ああ、起こしたか」

女「ううん……大丈夫」

女「あのね、お父さん……お願いがあるの」

父「ああ、なんだい?」


女「……彼と、二人きりで話してもいいかな?」


男「……!」

男「女さん……」

父「……ああ、分かった」

父「じゃあ、今日はこれで帰るよ。また明日来るからね」

女「うん……ありがと、お父さん」

男「……」ペコッ

父「……男さん」

男「はい……?」

彼は、俺の耳元に口を寄せて囁いた。


父「どうか……気を取り乱さずに、冷静に聞いてやってください」


男「……は?」

父「どうか……よろしくお願いします」

言い残し、深々と頭を下げると、そのまま病室を去っていった。
231 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/02(金) 02:12:39.46 ID:aSpgrsxV0
ドナーが見つかり手術が成功しますように
232 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/02(金) 02:41:34.85 ID:28j8NnpvO
乙乙
待ってる
233 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/02(金) 23:29:23.32 ID:pQ3aADxoo
待ってるぞー
234 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/06/03(土) 21:53:07.95 ID:xvaQaTKyO
エアコンの駆動音のみが響く病室内で、俺は彼女を、ただ無言で抱き締めた。

彼女もまた、その抱擁に応えるように、俺の背中に腕を回す。

女「……男さん」

男「なに?」


女「そろそろ……時間です」


幸せな面会時間は、終わりを告げようとしていた。


男「そうだね。今日はもう、さよならだ」

女「男さん、あの……お願いが、あるんです」

男「お願い……?」


言うと、女さんは腕をゆっくりと解き、俺の顔を凝視した。


女「男さん。私のこと……好きですか?」

男「ああ、勿論」



男「……好きだ、女さん」



女「ありがとう……私も、大好きです」

235 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/06/03(土) 21:54:43.05 ID:xvaQaTKyO
瞬間、細い腕に力が籠り、俺の上半身は女さんに引き寄せられた。

いや、女さんの身体が、俺に接近したと表現するのが正しいだろう。



女さんの瞳が、大きく視界に映る。

まるでマシュマロのような、柔らかな感触。

彼女が目を瞑ると、まつげの長さが際立って見えた。

こういう場面では、俺も女さんのように、軽く目を閉じるのが正しいはずだ。

だが俺は……突然の出来事に、ただただ硬直していた。



たった一瞬の出来事だった。



女「……ごめんなさい」

女「嫌……でしたか?」


不安そうに俺の様子を伺う彼女を見て、俺は我に返った。


男「君にはいつも驚かされる」

男「嫌なんかじゃない……嬉しいよ」


返事を聞いて、女さんは表情をめいっぱい輝かせた。


女「では……今度こそ」

男「うん。またね、女さん」

女「はい……また、来てください」


必ず来るよ、と返事を返し、俺は名残惜しくも病室を後にした。
236 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/06/03(土) 21:56:57.79 ID:xvaQaTKyO

それから、俺と女さんは、毎日のように病室で顔を合わせた。

彼女のお父さんは、仕事が多忙になってしまったためか、週に2回ほどしか病室を訪れなくなってしまったけれど。

俺は、可能な限り毎日、女さんの病室を訪れた。


女「男さん」

男「うん、なに?」

女「今日は……男さんから、お願いします」

男「おっ……俺から?」

女「ダメ……ですか?」


男(そんな顔されたら、断れないじゃないか)


男「ううん、ダメじゃない」



細い身体を抱き寄せ、優しく唇を合わせた。



温かい何かが、胸の奥底からこみ上げてくる感覚。

乾いたスポンジに染み込むかのように、それは俺の心を包み込んだ。
237 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/06/03(土) 21:58:43.49 ID:xvaQaTKyO

――同時に、気がついたことがあった。



女さんの身体は、日に日に細くなって、弱々しくなっていた。



一見、昨日と比べて、今日の女さんは何も変わっていないように思える。

だが、二日前、三日前……遡っていくごとに、その変化は確実に彼女の身に現れていた。



男「女さん」

女「はい」

男「……大丈夫?」


彼女の表情が、一瞬だけ曇ったように感じた……が、気のせいだっただろうか、いつもの笑顔に戻っていた。


女「はい。身体の具合は、すこぶる好調ですよ」


この時ほど、人の心が読めたならと考えたことは、今までの人生で一度たりともなかった。


男(自分本位で生きてきたツケが、こんな所で回ってくるなんて……)



もしかすると、これからもずっと、彼女は死なないのではないだろうか。

彼女の余命が半分に短くなったなんて、医者の誤診に過ぎないのではないか。

だって、こんなにも明るい笑顔を見せるんだから。

ひょっとしたら、これからもずっと、何十年も生きるであろう人々よりも、彼女の方がずっと生命力に溢れているんじゃないだろうか。


そんな願望が、幾度となく俺の脳内を過ぎるのだ。




だが……願望は、現実ではない。




そうであると、分かっていても。


突き付けられた現実は、俺にとって、余りにも非現実だった。
238 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/06/03(土) 21:59:40.87 ID:xvaQaTKyO


女「男さん、提案があります」

男「……提案?」





女「一緒に、ここを抜け出しませんか?」



男「……何言ってんの?」

女「私を、どこか遠くへ連れて行ってください」



男「何を……言ってんだよ」

男「そんなことしたら、どうなってもおかしくないよ」


女「いいんです」

女「どうせ、早いか遅いかの違いでしかないんですから」


男「早いか遅いかって……死ぬのが怖いんじゃなかったの?」


女「確かに……死ぬのは怖いですよ」

女「死にたくなんかないですし、あの時男さんに言った言葉は、嘘じゃありません」
239 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/06/03(土) 22:02:01.54 ID:xvaQaTKyO
女「でも……でもね」




女「男さんと思い出を残せないことの方が……よっぽど怖いんです」



男「……思い出って、今こうしてる時間が、君との思い出そのものじゃないか」


女「確かにそうです。今、こうしてあなたといる時間も、私にとっては大切な思い出です」

女「でも……でもね」


女「この部屋で、最後の瞬間を待つのは、絶対に嫌なんです」


女「最後を待つより、男さんと最高の思い出を作りたい」

女「お願いします……男さん」


男「……そうか。君が、そう言うなら……」




男「一緒に、遠くへ行こう」
240 : ◆PChhdNeYjM [sage saga]:2017/06/03(土) 22:04:06.43 ID:xvaQaTKyO
今日はここまで

これだけ長い文字数を読んでくださっている方、本当に感謝します
完結まであと僅かです
最後までよろしくお願いします
241 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/03(土) 22:14:18.56 ID:jkqVf4JF0
女を助けてやってくれ
242 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/03(土) 22:42:30.10 ID:FU0pV8zPO
女さん殺したら絶許
243 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/04(日) 00:22:40.89 ID:qkjj4D6Uo
心中か後追い自[ピーーー]るかもしれんな
244 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/05(月) 08:03:41.67 ID:3V/ScLrkO
なんかこういう無料ゲームかなんかでかなり前に遊んだことあるな
ナルキッソスだったかな
245 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/06/07(水) 21:04:35.56 ID:YV0GDy2xO


女「男さん……遠くに行くんでしたよね?」

男「ああ、遠くだよ」


女「ここ、いつかのゲームセンターじゃないですか」


男「そうだよ。懐かしいでしょ」

女「確かに……懐かしいですけど」

女「わざわざ家に帰って着替えさせられたので……もっと、特別な場所に連れて行ってもらえるものだと思ってました」

男「……特別だよ、間違いない」

男「女さん」

女「はい?」


男「これから……二人でデートしよう」


女「デート……デートって、あのデートですか?」

男「うん、多分そう」

女「恋人同士でする……あの?」

男「そうだよ」

女「そうですか……そっか……」

女「恋人……かあ、えへへ……」

男(はにかんだ表情も、すごく可愛いんだよな)

男「折角ゲーセンに来たことだし……何する? やったことないゲームの方がいいかな?」

女「レースゲームがしたいです!」

男「ええ……前に散々やったじゃん」

女「それもそうなんですけど……あのゲーム、好きになっちゃいました」

男「そ、そっか。分かったよ」
246 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/06/07(水) 21:05:21.37 ID:YV0GDy2xO


女「やったあ! 私の勝ちですね、男さん!」

男「……ねえ、前よりも早くなってない?」

女「以前プレイした記憶を思い出しながら、イメージトレーニングしたんです」

男「イメトレって……あれだけで、コースとか覚えちゃったの?」

女「インターネットの動画とかも見たりしましたけど……」

女「男さんとの思い出を、そう簡単に忘れたりなんかしませんよ」

男「それは……嬉しいね」

男(覚えていてくれたのは嬉しいけど……)

男(前回から俺、1回も女さんに勝ってなくね?)

女「男さん! もう一度やりましょう、もう一度!」

男「あ、うん……ホント、よく飽きないね」


女「それはもちろんですよ。だって、男さんと一緒に過ごすことが、楽しくないはずがないですから」


女さんは、あっけらかんと言い放った。

男「あ……ありがとう」

すると、自分の放った言葉の意味を理解したのか、彼女の顔が林檎のように真っ赤に染まった。

女「いっ……今のはナシです! 聞かなかったことにしてください!」

男「それはダメだよ。今のを忘れてしまうのは、あまりにも勿体ないからね」

女「もう……男さんったら、酷いです」

男(俺の心をこんなにも揺り動かす君の方が、余程酷いよ)

247 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/06/07(水) 21:05:47.30 ID:YV0GDy2xO

女「男さん」

男「ん? なんだい?」

女「その……デートということで……行きたい所があるんです」

男「いいよ、言ってごらん」

女「渋谷! 歩いてみたいです!」

男「渋谷……か」

男「……うん、分かった。ここからなら、電車ですぐだからね」

女「やったあ! 楽しみです!」
248 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/06/07(水) 21:07:39.78 ID:YV0GDy2xO


男(やべえ……電車の中、混み過ぎだろ)

女「あのぅ……男さん、ごめんなさい」

男「いや、いいんだ……大丈夫だよ」

男(さっきから押され過ぎて、俺と女さんの身体が密着している)

男(……めっちゃいい匂い)

女「本当にごめんなさい……変な匂いとかしてませんか?」

男「いや、全然そんなことないよ。俺の方こそ、汗臭くないかい?」

女「いえ、全然! 寧ろ……いや、何でもないです」

男「え、うん……」


男(あと少し……あと少しで、この状況から抜け出せる)

女「……」ギュッ

男「っ……!」

男(女さんが……胸元を掴んできた!)

男(なぜだろう……満員電車なんて、いつもなら不快感しか抱かないんだけど)


男(……もっと、こうしていたい)


男(今だけは……そう思ってしまう)
249 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/06/07(水) 21:08:16.03 ID:YV0GDy2xO

女「フー! 暑かったですね!」

男「そ、そうだね。大分暑かったね」

男(クーラーガンガン効いてたけどね)

女「男さん、まずはショッピングに行きましょう」

男「もう12時過ぎたけど、ご飯は大丈夫?」

女「ええ、平気です。それより、色んなお店がありますねー」

男「そうだね。流石、若者の街だよ」

女「こういう所、私初めてです」

男「実は俺も……何だか、嬉しいね」

250 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/06/07(水) 21:10:24.45 ID:YV0GDy2xO
それから、俺と女さんは、色んな所を歩いて回った。

いつか南の島に行ったときに、二人でそうしたように。


男「女さん……もう3時になるけど」

女「あ、本当だ。時間が経つのは早いですね」

男(この間は、まるでブラックホールみたいにたくさん食べてたのに……どうしちゃったんだろう)

男「女さん……ひとまず……」




女「……ハァ……ハァ……」



男「……!」


男「女さん、大丈夫!?」

女「はい……大丈夫ですよ」

女「でも、ちょっとだけ……休憩してもいいですか?」

男「ああ、勿論だ」

男「すぐ傍にカフェがある、そこまで歩けるかい?」

女「はい……」
251 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/06/07(水) 21:11:31.64 ID:YV0GDy2xO


男「女さん……もう、帰ろう」



女「帰るって……どこに?」

男「そんなの決まってる……病院にだよ」


女「……嫌です」


男「どうして?」

女「言ったじゃないですか。あの病院で死ぬのは、絶対に嫌なんです」


男「大丈夫、君は死なない」


女「どうして、そんなことが言えるんですか?」


男「きっとドナーは見つかるよ」


女「……根拠は、あるんですか?」

男「……ない、けど」



女「やっぱり嫌です。病院には、帰りたくありません」


男「きっと今頃、お父さんも心配してる。なんせ、急に病院から君がいなくなったんだから」
252 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/06/07(水) 21:12:54.54 ID:YV0GDy2xO
女「お父さんは、私の事なんて……」


男「そんなことないよ」


男「最近、君のお父さんは、早く帰ってくることが多かったと思わない?」

女「……」

男「お父さんは、君の事を心配して、早く帰っているんだよ」

男「現に、君が発作を起こした時、傍にお父さんがいてくれただろう?」

女「それは……そうですが……」


男「お父さんに心配をかけない方がいい。……さあ、帰ろう」


女「……ごめんなさい。やっぱり嫌です」


男「どうして?」


女「確かに、貴方の言う通り、運よくドナーが見つかって、手術ができるかもしれません。その結果、私は助かるのかもしれません」




女「……でもそれって、限りなく小さな可能性ですよ?」




女「今、国内に、心臓移植を必要としている人が何人いると思います?」


女「……600人弱です」

女「それだけの人が、私と同じように、心臓移植をしなければ死んでしまうんです」

女「それだけ多くの人達に、公平にドナーが見つかると思いますか?」

女「普通、あり得ません」

女「心臓移植を必要とする患者さんの半分は、1年以内に亡くなってしまうとも言われています」



女「分かるでしょう……私が助かる可能性は、限りなく低いんです」



女「運よく私が助かったとしても、そのせいで、多くの患者さんがドナーが現れないまま亡くなってしまうんです」


男「……それは、君のせいなんかじゃないよ」


女「いいえ。私だけが助かって、それでいいはずがないんです」




女「だから……だからね。私だけが助かるわけにはいかないんですよ、男さん」
253 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/06/07(水) 21:15:38.04 ID:YV0GDy2xO


男「なんだよ……それ……」


男「ふざけんな……ふざけんなよ!」


女「男……さん?」


男「君には、生きる権利があるはずだ!」

男「命は大事だとか、誰もが等しいとか、そんなのどうだっていい!」

男「俺は、君に生きて欲しいんだよ!」



男「だから……だからさ……頼むよ」

男「帰ろう……女さん」



女「そう……ですね」

女「私……誰かに必要とされて、こんなに嬉しいって思ったのは……」

女「これまでの人生で、あなたが初めてですよ……男さん」



女「でも……ごめんなさい」






女「もう……遅いんです」





それを最後に、女さんは意識を失った。







まるで、スローモーションのような世界の中で。

女さんの身体が、ゆっくりと椅子から滑り落ちていく。



女さんの口元が、僅かに動いたような……そんな気がして。




さ よ う な ら




彼女の口元が、そんな風に……動いたように見えた。
254 : ◆PChhdNeYjM [sage saga]:2017/06/07(水) 21:18:44.75 ID:YV0GDy2xO
今日はここまで
255 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/07(水) 21:28:54.34 ID:5FRWHtoXo
あわわわわ
256 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/08(木) 01:30:32.66 ID:AVMSK+3to
終わりの時が来た
257 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/08(木) 02:14:34.80 ID:TPIPY2q6O
おい
頼むから助けろ
258 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/06/10(土) 00:15:48.00 ID:FlYyk/PAO

突然倒れた女さんを前に、俺は身動き一つとることが出来なかった。



やがて、周囲にいた客や店員が騒ぎ始め、その内の誰かが電話をかけて。

数分後、けたたましいサイレンと共に、救急隊が駆けつけた。



水色の服にヘルメットを身に着けた彼らが、俺に向かって何かを聞いていることは認識できた。

だが、俺はただ茫然として、何一つ受け答えすることが出来なかった。



救急車に同乗し、彼女の手を握った事は覚えている。

その時の、彼女の手の冷たさも。

259 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/06/10(土) 00:16:24.35 ID:FlYyk/PAO


「彼女を病院から連れ出したのは、貴方ですか」

「なぜ止めなかったのですか」

「挙句、渋谷で倒れたって……つまり、ここから渋谷まで行ったんですよね」

「貴方の神経が全く信じられませんよ」

白衣を纏った医者らしき人物や、ナース帽を被った女性に次々と罵られ……どうやら俺は、病院を出禁にされたらしい。




――生ぬるい。


もっと、俺に罰を与えてくれ。


もっと、もっと……俺の命が尽きるまで。






そうすれば……きっとあの世で彼女に会えるから。
260 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/06/10(土) 00:17:08.61 ID:FlYyk/PAO

「男さん」


病院の中庭のベンチに1人座っていた俺に、誰かが話しかけてきた。

この声の主は、一体誰だっただろう。


「男さん……こんな所にいたのですね」


彼女に、雰囲気がそっくりな男。


男「……どうも」

父「どうしてまた、こんな所に?」

男「……出禁になったからです」

父「そう……ですか」

男「……申し訳ありません」

父「何がですか?」


これから俺は、彼に罵倒されるのだ。

殴られるかもしれない。

それだけの事を、したのだから。
261 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/06/10(土) 00:19:29.90 ID:FlYyk/PAO

男「入院中の女さんを、外へ連れ出してしまい……大変申し訳ありませんでした」


父「……何のことです?」


まさか、知らないのか?


男「女さんを、病院から連れ出したのは俺なんです」

男「安静にしていなければならなかった彼女を、無理やり外へ連れ出して、死期を早めてしまった」


父「そうではなくて。何のことかと聞いたのは、貴方が一体何に謝るのかということですよ」


男「……は?」


父「あの子の事だ……どうせ、貴方にワガママを言ったに違いない」

父「あの子が望んだことです。どうして貴方を責められますか」


男「……あ……あぁ……」




男(どうして俺は、こんなにも愚かなんだろう)

男(あれだけの事をしておいて……まだ俺は、人の優しさが嬉しいと思ってしまっている)




父「男さん……涙を拭いてください」

そう言って、彼は俺にハンカチを差し出した。


男(我ながら、なんて情けない。なんて惨めなんだろう)
262 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/06/10(土) 00:20:45.91 ID:FlYyk/PAO

――ふと、思った。

何でもいい。

何だっていい。


彼女を……助けてくれ。


それが、どんなに不条理であろうと、理屈に通ってなかろうと。

悪魔に身を捧げるようなものでも、構わない。


誰か……誰か。

女さんを……助けてくれ。


父「男さん……娘も、最後に貴方のような人と出会えて、さぞかし幸せだった事でしょう」


やめろ……勝手に彼女を殺すんじゃない。

まだ女さんは、死んでないんだから。


父「これで……娘もきっと、安心して……」




男「うるせえんだよ!」
263 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/06/10(土) 00:21:49.66 ID:FlYyk/PAO

父「……!」

男「ハァ……ハァ……」

男「……まだ、彼女は死んでない……そうでしょう?」

男「諦めるのは、まだ早いんじゃありませんか?」





父「……どうやら、貴方は少し、勘違いをしているようだ」

父「私は断じて、娘の命を諦めてなどいないのです」



父「貴方には、まだ言っていませんでしたね」



そういうと、彼は一枚の小さな紙を取り出した。

どうやらそれは、彼の名刺らしい。



男「……東欧大学医学部、教授?」



男「これ……どういう……」

父「どうも何も、そこにある通りです」

父「私は長年、医学について研究をしておりました」



父「嫁を失ってからというもの……二度と同じことを繰り返すまいと、研究に明け暮れました」

父「私はね、娘まで奪われるわけにはいかんのですよ」




父「学者である前に……一人の父として、ね」
264 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/06/10(土) 00:24:43.64 ID:FlYyk/PAO

男「まさか……女さんは……」


父「正直に言って、分かりません」

父「私は、娘の担当医ではありませんので、何とも言えませんが……」



父「学者として、娘が助かる確率は……4割あればいいところかと考えております」




男「……助かる?」

男「だって女さんは……移植手術が必要だと……」




父「あの子の症状は、移植せずとも助かるのです」




父「……と、ここ最近の研究で明らかになりましてね」


男「本当……ですか? ……彼女は助かるんですか!?」



父「わからない……としか」



男「そんな……アンタ学者なんだろ! どうにかできないのかよ!?」



父「……そうですよ」

父「私は、あの子の父親です」


父「必ず、助かる……そう言いたいですよ」


父「でもね。こればかりは、どうしようもない」




父「ただ……全てを尽くしてきたという、自負はあります」



父「あとは、天命を待つばかりですよ」
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