サターニャ「サタニキア百科事典」

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1 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:10:35.74 ID:6an8YmUi0



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preface:
ていぎ 【定義】

(1) ある事物や用語の意味・内容を、こういうものであると、はっきり説明すること

(2) 議論の出発点

(3) 議論の終着点


「それじゃあまず、言葉の――から始めましょうか。まあ、単なる雑談なんだけど」


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SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1494169835
2 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:12:12.58 ID:6an8YmUi0



ある冬の日、私はガヴリール、ヴィネット、ラフィエルを自宅に呼んで鍋をした。

年が明けてから最初の集まりだったので、年寄りくさい表現をすれば、新年会のようなものだ。

私の用意した漆黒の闇鍋は早々に却下され、ヴィネットの采配で魚介鍋が催された。

シメの雑炊も食べ終え、ガヴリールと私はテレビを見ながらお茶を飲んでいた。

ヴィネットとラフエルは台所で食器を洗ってくれている。


3 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:12:43.43 ID:6an8YmUi0



「なあ、そういえばお前、なんで手首にそれつけてるの?」


ガヴリールは机に頬杖をつき、退屈そうにモニタを眺めながら言った。

多分、私の手首に巻いているコレのことだろう。


「ああ、自分でも忘れてたわ。通販で買ったのよ」

「お前も懲りないね。浴衣で痛い目を見ただろうに」

「玉石混交なのよ。これはきっといいものに違いないわ」

「典型的なカモの思考。で、それは何て言うの?」

「ふふん、聞いて震え上がりなさい。これは、ミサンガサンダーっていうのよ」

「頭悪そうな名前」


4 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:13:14.40 ID:6an8YmUi0



「おやおや、面白アイテムのお披露目ですか?」


ラフィエルが台所から戻って来て、自分の分のお茶をテーブルに置いた。

「このミサンガは、電流を発生させることで、全身の筋肉をほぐしてリラックスさせるのよ」

「普通の怪しげな健康商品ですね。そんなにお疲れなんですか?」

「普通に怪しいって矛盾しないか。何というか、地味」


二人は何故か優しい目をしてこっちを見てくる。

確かに、この説明だと疲れ気味の中年女性みたいかもしれない。



5 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:13:57.06 ID:6an8YmUi0




「いやいや、このミサンガの本質は、電気を発生させる点にあるのよ。

装着者に触れた相手に、電撃を食らわせることができるの」


「うわ、なんだよそれ。全身ガムパッチンかよ」

「ガム人間ですね」

「何よ、そんな不名誉な呼び方しなくったっていいじゃない」

「ああ、すみません。これでは、泳げないみたいですね」

「私は悪魔なんだから、ガム悪魔よ!」

「ガムはいいのかよ」


6 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:14:20.66 ID:6an8YmUi0





「まあ、それは置いておいて、ガヴリール」

「なんだよ」

「年も越したことだし、握手しましょう」

「この流れですると思う?」

「なになに、腕相撲でもするの?」


洗い物を終えたヴィネットがハンカチで手を拭きながら戻って来た。



7 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:14:48.94 ID:6an8YmUi0



「違うよ、こいつがまた通販で妙なものを……」

「それ、ガヴちゃんも腕に巻いたらどうなるんですか?」

「はぁ? なんでガヴリールに渡さないといけないのよ」

「ですから、お二人とも身に着けて握手をした場合、どうなるんですか?」

「さあ、どうなるのかしら……。悪魔か天使として、弱い方が痛い思いをする、とか?」

「サターニャさん、丸腰の天使をやり込めたとして、それはサターニャさんの実力ですか?」

「何が言いたいのよ」



8 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:15:27.90 ID:6an8YmUi0




「同じ土俵に立つ相手を倒してこそ、優位を主張できる……そうではありませんか?」

「はーん、なかなか言うじゃない。その提案、乗ったわ!」

「ちょっとラフィ、なんだかよくわからないけど、そんなむやみに煽らなくても」


ヴィネットが私とガヴリールの間に腕を入れて、制止しようとする。


「いいだろう、あんまり痛くても泣くんじゃないぞ」


ガヴリールは不敵な笑みを浮かべ、腕まくりをした。


「なぜかガヴまでノリノリだ!」

「たまには格の違いってやつを見せとかないとな」


9 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:16:02.28 ID:6an8YmUi0



「サターニャさん、もう一つありますか?」

「あるわよ、二本セットだったの。ちょっと待ってなさい」


私は引き出しの中から商品の箱ごと取り出し、テーブルの上に置いた。


「説明書を見せてもらってもいいですか?」

「いいわよ」

「ラフィ、私にも見せて」

「ほれ、サターニャ。こんな感じでいいのか?」

「それでいいわ。じゃあ、せーので握手するわよ。覚悟しておくことね」

「はいはい、それじゃあするか」

「なるほど、発電機能があるのね。なになに、発電量はその人の筋肉の量に比例します……ん、これって」

「お二人とも、化学の授業は寝てたんですかね」

「うん、ラフィ?」

「せーのっ!」

私は全身の力を込めて――しかし握りつぶさないように――ガヴリールの細い手をぎゅっと握った。


10 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:16:25.55 ID:6an8YmUi0



「いったあぁぁぁぁ! ……ううぅえぇぇ……うぅ……ぐすっ」

「いたたた……何よこれ、二人ともダメージを食らってるじゃない!」

左手がまだジンジンと痺れている。

ガヴリールは握った手を差し出したままうずくまっていた。

「当然ですよ。電流って体内を流れると痛いんですから、サターニャさんからガヴちゃんに流れる以上、双方に痛みはあります」

「わかってたなら、なんで提案したのよ、ラフィ! ガヴ泣いちゃったじゃない」

「ガヴちゃんの方が若干マシになってるはずなんですけどね。すみません」

11 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:16:51.02 ID:6an8YmUi0


「あー、ガヴリール。私が悪かったわ。ごめんなさい」

「……ぐすっ……うえぇ……私の手、無くなってない?」

「大丈夫よガヴ、きれいな白い手じゃない」


ヴィネットが差し出されているガヴリールの手を両手でやさしく包む。


「本当?……うぅ……」

「見ればわかるでしょう!? あー、もう。ガヴリール、ほら、これあげるから泣き止みなさい」


私は棚に飾っていたクマの編みぐるみを差し出した。


「ガヴ、よかったわね。これ、サターニャがくれるって」

「はぁ? こんな子供騙しで機嫌が直るわけないでしょ」


ガヴリールは顔をあげると、いつもの眼を半分閉じたような、人を見下した顔でそう言い放った。


12 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:17:30.50 ID:6an8YmUi0



「あんた、平気じゃない! もう、心配して損した……ちょっと、クマから手をはなしなさいよ」


私がクマを引っ込めようとすると、ガヴリールはクマの右手を人差し指と親指でつまんだ。


「くれるんじゃなかったのかよ」

「え、何。欲しいの?」

「これ、結構かわいいよね」


ガヴリールはクマをじっと見つめていた。

そんなに気に入ったのだろうか。


「それならあげるけど」

「ちょろい」

ガヴリールが何か呟いたようだったが、うまく聞き取れなかった。



13 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:17:58.19 ID:6an8YmUi0



「何か言った?」

「おや、このクマさん、タグがありませんね?」


ラフィエルはガヴリールの手の中のクマをしげしげと眺めている。


「ああそれ、私が作ったのよ」

「え、マジで? 美術2のサターニャが!?」

「何で私の成績を知っているのよ!」

「いや、適当に言っただけなんだけど」

「そういえば、ケーキの盛り付けとか結構上手だったものね。私もちょっと欲しいかも」


ヴィネットも感心した様子でガヴリールの持っている編みぐるみを覗き込んできた。


14 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:18:38.90 ID:6an8YmUi0



「私にも、自作のメダルをくださいましたね。手芸が得意なんですね」

「昔から作ることは好きだったからね」

「絵は下手だけどな」

「うるさい! そういうこと言うなら、それ、返してもらうわよ」


私がクマに手を伸ばすと、ガヴリールに手を払われた。


「これはもう私のものだ。返してほしいなら買いなおすことだな。いくら出すか言ってみろ」

「友人のプレゼントを売るってどういう根性してるのよ。ガヴリールの外道!」

「意外と気に入っているみたいですね」


15 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:19:17.75 ID:6an8YmUi0




「……ねぇ、サターニャ。ちょっと相談があるんだけど」


ヴィネットが私に耳打ちをしてきた。

私はよく彼女に宿題を手伝ってもらっているが、彼女から私に頼み事なんて、珍しい。


「なに? ヴィネット」

「あっ、今じゃなくていいのよ。また後日ね」

「ふーん、そう?」


もうすでに遅い時間となっており、することも無くなったので、その日はすぐに解散となった。

そして次の日、私は二人から相談を受けることになるのだった。



16 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:20:02.82 ID:6an8YmUi0





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day 1:
ぎ だい 【議題】

(1)会議で審議する事柄の題目

(2) 物語の主張する問い。その解決は主に読者の解釈に委ねられる。


「この話に――なんてものはないわよ。論理ではなく、単なる経験的命題、つまりは昔語りにすぎないわ。

まあ、そういうものほど、まとまりがなくて長いんだけど」


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17 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:20:36.45 ID:6an8YmUi0


「ほうほう、なるほど。ふむふむ」

「全く、どうしたものかしらね」

「つまり、安請け合いした挙句、手に負えなくなったという訳ですね」

「はっきり言うわね。まあ、そうなんだけど」


その日はラフィエルと昼食をとっていた。

彼女は昼休みはいつもクラスの友人たちと過ごすらしいが、

たまに登校途中で会った時に、一緒に昼ごはんを食べる約束をしたりする。

今日もそのような具合で、彼女のクラスでおにぎりを食べながら話を聞いてもらっていた。

ラフィエルは人の心を引き出すのが上手だ。

彼女に「そうなんですか、大変でしたね」なんて言われていると、

しまっておいた気持ちもするすると流れ出してしまう。

だからついつい、余計なことまで話しすぎてしまう。



「時系列順に詳しく思い出して、落ち着いて考えてみましょう」

「ええ、そうね」


18 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:21:20.05 ID:6an8YmUi0




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「サターニャ、編み物を教えてもらえないかしら」


それは、一週間ほど前のことだった。

ガヴリールがお手洗いに行っているときに、ヴィネットから相談を受けた。

バレンタインデーの日にガヴリールに贈り物がしたいのだという。

元々はチョコをあげようと思っていたらしいが、

私のあみぐるみを見て、マフラーや手袋を贈ることを思いついたらしい。

友人の手助けをすることは当然だし、私はもちろん快諾した。

そして、その日の放課後に、ガヴリールからも似たような話を持ち掛けられた。



19 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:21:48.66 ID:6an8YmUi0




ガヴリールは定期的にゲーム雑誌の立ち読みのために本屋に寄り道をする。

本屋の静けさが苦手な私は、一人で入らなくて済むため、よく彼女について行っていた。

本を読むことは嫌いではない。

知らないことを教えてくれるし、何度聞き返しても怒ったりしない。

写真を目当てに雑誌をぱらぱらとめくるのも好きだ。

その日、ガヴリールはいつもの雑誌ではなく、手芸コーナーへと向かった。

背表紙を上から順に目で追う彼女の横で、家庭科で何か課題でも出ていたのだろうか、

と思い出していると、彼女は唐突に話を切り出してきた。


「そういえば、そろそろバレンタインだよな」


そうね、ヴィネットも張り切りそう――なんて言いそうになるのをこらえる。

あぶないあぶない、うっかり口を滑らせるところだった。



20 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:22:25.23 ID:6an8YmUi0




「お前に言うのも癪なんだが……」

「なによ」

「実は、ヴィーネにプレゼントがしたい。だから、編みぐるみの作り方を教えてくれ」


本棚の高いところにある本をとってくれとでも言うみたいに、何気ない調子で彼女は言った。


「あんたね、頼み方ってものがあるでしょう?」


そういえば、編みぐるみをガヴリールにあげたときにヴィネットも欲しいって言ってたっけ。

私はたくさんの本から編みぐるみの本を探す。

この手の本は結構入れ替わりが早い。

私の知っている本があるだろうか。


「だめか?」

21 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:23:05.18 ID:6an8YmUi0




「下界には、敵に塩を送るっていう言葉があるのよ」

「そうか、助かる」

彼女は一冊の本を手に取ると、満足げにゆっくりとページを開いた。

ヴィネットだけをひいきするわけにもいくまい。

それに、ガヴリールが誰かのために何かをしたがる、それは私にとって小さな落雷だった。

太古の地球で稲妻が山火事を起こし、地形を変えたように――それは、私のどこかに火を放ったのだ。




それから私たちは手芸店に寄って、最低限の道具を揃えた。

後日、直接編み方を教える約束をして、その日は別れた。


22 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:23:32.14 ID:6an8YmUi0




その翌日の放課後、私は再び手芸店から出てきた。

今度はガヴリールではなく、ヴィネットと一緒だ。

彼女にはマフラーの作り方を教えることになった。

手袋のように、相手の体格を詳しく知る必要もなく、構造が単純なので、

もちろん根気は必要だが、作り方自体は比較的簡単だからだ。

布地を編むときに使う道具には、かぎ針という、先が曲がっていて引っかかるようになっている針を一本使って編む方法と、

棒針という、抜けないようにお尻に留めのついた真っすぐな棒を二本使って編む方法がある。

ちなみにガヴリールに教えるのはかぎ針で、私もいつもはこちらを使う。

お店にはかぎ針と棒針のそれぞれで編んだマフラーの見本が置いてあり、彼女は棒針の方を気に入った。

私は棒針はあまり得意ではなかったが、せっかくのやる気をそぐようなことはしたくなかったし、

私自身の練習にもなるかと思い、棒針を教えることにした。



23 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:24:01.75 ID:6an8YmUi0



「ありがとうね、サターニャ。私、がんばってみる」


ヴィネットはそう言って、ふぅと白い息を吐き出した。

その様子に、ふとおばあ様のことを思い出す。

おばあ様は愛煙家で、おじい様のプレゼントだというパイプたばこを、家事仕事の後に吸っていた。

うっとりとしているようで、しかし、どこか乾いたその眼差しが格好良くて、私にも吸わせろとせがんだものだ。

その度におばあ様は、これは、諦めとか、願いとか、疲れなんかを煙にして吐き出す道具だから、

そういうのがあんまりない私には美味しくないよ、と煙に巻いた。

ヴィネットの白い息は、期待が溢れ出した煙なのかもしれない。

息を吸うと寒さが鼻を突き、冷えた空気が頭をすっきりさせる。

私の中にも明るい気持ちが満ちてくるようだった。



24 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:24:31.71 ID:6an8YmUi0





気付けば、作ったものを誰かにあげることが怖くなっていた。

手作りの品は、相手に気に入られなかったときに大きな痛手となる。

ラフィエルにあげたサタニキアメダルも、割と真面目に作ったつもりだったんだけどな……。

私が通販に惹かれたのは、既製品ならば責任の所在が私にないと考えたからかもしれない。

だから、前向きに誰かに何かを作ろうとする彼女らを、少し眩しくも思う。


25 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:25:02.35 ID:6an8YmUi0




私が何かを自分で作り始めたのは、何がきっかけだっただろうか?

お父様のケーキを作る様子を見たからかもしれない。

お父様がたくさんの常連さんを抱えていることを私は知っている。

もちろん、そのお客さんがケーキを買って帰るときの表情もだ。

それとも、お母様が幼稚園に通うための手提げを縫ってくれたこと?

お母様が施してくれたコウモリの刺繍は、私の自慢だった。

しかし、もっと昔に何か別のことがあったのではないかという気もする。

たまにそのことを考えると、強風の中で湿った花火にマッチで火をつけるように、もどかしい気持ちになるのだ。


26 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:25:34.64 ID:6an8YmUi0




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「ここまでは順調だったんですね」

「まあ、何も始めてないしね」


私はパックのお茶でのどを潤し、続きを話し始める。



27 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:26:02.80 ID:6an8YmUi0


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ヴィネットと買い物をした次の日の放課後に、私はガヴリールの家に招かれた。

テーブルに向かい合って座りって彼女に教え始める。

自分のかぎ針と毛糸玉を持参するのを忘れたので、とりあえず私が目の前でやってみせ、

次にガヴリールに本を見ながら編んでもらうことにした。


「まずは正方形のコースターを作ることから始めましょう」

「へい」


ガヴリールは床にどけたノートパソコンをちらちらと見ている。

何でもネトゲで期間限定のクエストがあるとか言っていたので、気になっているのだろう。

編み始めてしまえば集中すると思い、気にせず始めることにした。


28 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:26:31.01 ID:6an8YmUi0



「いい? まずこんな感じに結び目から、紐を作って始めるのよ」

「ふむふむ」

「それで、次にこうやって網目を一つ増やして、紐を伸ばすの」

「うーん、わかりにくいな。もう一回やって」

「いいわよ。ここを、こうね」

「難しい。もう一回」

「しょうがないわね、こうよ」

「あと一回頼む」

「要求に応じてたら一段終わっちゃったんだけど……」


29 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:27:00.57 ID:6an8YmUi0



「次の段の作り方も知りたいから、続けてやってみてよ」

「もう、いい加減に自分でもやってみなさいよ!」

「わからない箇所があったら、不安でできないでしょ」

「じゃあ、どこまですればいいのよ」

「ここまで」


ガヴが教本の編み図の終点を指差す。

一応、編み図の読み方は覚えたらしいが……。


「全部じゃない! 逐次教えるから、まず自分でやってみなさい」

「なんか面倒になってきた……終わったら、机の上に置いておいてよ」


ガヴリールはぐるりと後ろを向き、ノートパソコンを開こうとする。


「まだ一編みもしていないのにそれ!? いいから糸とかぎ針を握ってみなさいよ、ほら」

私はかぎ針から糸を外し、両端を持って引っ張った。

「あー、ほどいちゃうなんて、もったいない」

「いいからやってみなさい!」


30 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:27:35.29 ID:6an8YmUi0




なんとかお猪口が置ける程度のコースターを作らせた頃には、私はくたくたになっていた。

もう飽きちゃったのかと思っていると、ガヴリールが次回の予定を聞いてきたので、もう少し続けてみることになった。


「次はもうちょっとがんばりなさいよ」

「へい」


人にものを教えるというのは、なかなかの重労働であると知った。

いつもサングラスをかけている妙に威圧的な担任も、

その黒いレンズの裏側に疲れを隠しているのだろうか。

その日の風呂上りに数学の宿題をやっていないことを思い出したので、

なんとなく手を付けてみることにした。


31 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:28:08.28 ID:6an8YmUi0




次の日はヴィネットに棒針を教えに行った。

棒針はしばらくやっていなかったため、復習が必要だった。

夜遅くまで練習していたので少し寝不足だったが、ヴィネットは熱心に話を聞いてくれて、

最後には一人でも進められるようになった。

最初からきれいに編むのは難しいので、20センチくらいの短いマフラーをいくつか作って練習することにした。

こうすることで、途中を均一に編むだけでなく、末端を処理する練習にもなる。


32 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:28:40.00 ID:6an8YmUi0




それから数日たって、ヴィネットの進み具合を確認することになった。


「おじゃまします」

「いらっしゃい、サターニャ」

「ヴィネットの部屋はいつもきれいね! ガヴリールにも見習わせたいくらい」


仮にも乙女の部屋とは思えない惨状を思い浮かべる。

一応、毛糸玉が汚れない場所は確保してもらっているけれど……。


「それはね、サターニャ……。巻貝のぐるぐるをアイロンで真っすぐに伸ばそうっていうくらい、無謀なことよ」


ヴィネットがどこか遠くを見つめるような目つきをする。


「そ、そうなの」


経験者は語る、ということだろうか。


33 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:29:11.12 ID:6an8YmUi0



「それはそうと、どう? マフラーの進み具合は」

「ああ、うん。それが、まだこれだけなの。ごめん」


ヴィネットは編みかけのマフラーをカゴから取り出す。

確か前回は八段ほど進んでいたので、進んだのは四段ほどだろうか。


「そうなんだ。途中でわからなくなっちゃった?」

「いや、やり始めたら、そこそこは進むんだけど、始めるまでに家事とか宿題を終わらせようと思うと、なかなかね」

「なるほど。時間が取れそうにないなら、もう少し短時間でできるものにする?」

「いや、時間はあると思うのよ。でも、なんとなくぐずぐずしてしまうというか」


その感覚は少しわかる気がする。

新しく服を買った時には、なかなか袖を通す踏ん切りがつかないものだ。

一度着てしまえば気恥ずかしさもなくなり、週に一度は着るようになったりもする。

勉強しないといけないと思うほど、ついだらだらとテレビを見たりしてしまう。

着火にはそれなりにエネルギーが必要だ。


34 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:29:38.34 ID:6an8YmUi0




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「という具合に、あんまりうまく進んでないのよ」

「なるほど。まあ、慣れないことは取っ掛かりがわからなかったり、なんとなくやる気が出ないものですしね」

「目標もあるんだし、もっとすいすい進むと思ったんだけどなぁ」


「よく知っているかどうかって大事ですよ。

商品を選ぶときにも、名前だけでも聞いたことのある商品は、全く知らない商品より選ばれやすいと聞きますし」


「それなら、まず慣れてもらうこと、なのね」



35 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:30:16.12 ID:6an8YmUi0



ラフィエルが机の上に載せていた私の手にそっと触れた。


「こうして私の手が触れてもサターニャさんはなんともありませんが、

魚は素手で触られると火傷をしてしまいます。

自我を持つとは、そういうことではないでしょうか。

ほら、私たちも魂を取り扱う上で善悪で役割分担してますし」



36 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:30:57.03 ID:6an8YmUi0



ここでラフィエルの言う善悪は、魂のパラメータについてのことだ。

死んだ人間から魂を回収するのも天使や悪魔の務め。

魂は天界と魔界の内部にある天国と地獄を経由して、下界に再配置される。

例えば30の善と70の悪という具合に、魂は善悪を兼ね備えており、この魂は全体として40の悪ということになる。

魂は放っておくと下界を漂い、悪の魂と善の魂はぶつかると打ち消しあってしまう。

回収する時には、回収者自身の魂が削られないように、天使は善なる魂を、悪魔は悪なる魂を、それぞれ分別して回収するわけだ。

魂の善悪という指標には厄介なところがあって、完全にどちらかに偏った魂は死んでしまい、完全に消滅してしまうらしい。

そのことを昔の人間がなんとかという現象として言い当てたことがあったらしいが……なんだったかな。

なんにせよ、悪魔は善に傾かない程度に善を、同様に天使も悪を大切にしている。

まあ、善悪とは言っても、それぞれが思う善悪ではあると思うけど。


37 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:31:33.44 ID:6an8YmUi0



神の言う「善悪」とは、私たちの言う善悪と、響きは同じでも、意味するものは違う。

私は、道徳観念というよりは性格、私たちの言う「献身と保身」に近いことだと思う。

つまり、悪魔は大切な誰かを、天使は確固たる自己を見つけてこそ一人前ではないか、と。


「人はそれぞれ違った認識を持つものです」

「その人の本質を見抜いたうえで、方法を選んで教えろっていうこと?」

「うーん、本質というか、個性といいますか」


38 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:32:02.87 ID:6an8YmUi0




「個性とか、本質とか……。私、本質っていうのがよくわからないのよね」

「辞書には、それ抜きには語れないものとか、そういうことが書いてあると思いますけど」


「例えば、食べ終えた魚の骨だけを持ってこれが本質だ、なんていわれてもしっくりこないわ。

そもそも、骨は生まれたときに完成してるわけじゃないでしょう?」


「生命の本質なんて、それこそ定義する人の数だけありますしね」


39 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:32:35.53 ID:6an8YmUi0





「例えば、かまどの本質とは何か? それは、薪を燃やして火で加熱することよね」

「その点で言えば、ガスバーナーやIHも本質的に同じと言えますね」


「そうね。だとすれば、燃やすものも、熱の元になるものも、なんでもいいことになる。

それどころか、与えるということすら取り除いてしまえる。

何かが、何かを使って、何かに対して、何らかの作用をする。

そんなスカスカな、透明な水槽みたいなものが、果たして本質なのかしら」



「そうです、それでいいんですよ。

本質なんて、あると思えばあるし、ないと思えばない。

そこらの人間と、河原の小石とに、何の違いがありますか?

どちらも原子なり素粒子なり弦なりの、寄せ集めに過ぎないじゃないですか。

冬の日に積もった雪を両手で掬って、あなたは何のために生まれたのかと問い詰めることに、

何の意味があると思いますか?」



「いや、なにもそこまでは言ってないんだけど……」


40 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:33:08.27 ID:6an8YmUi0



「器が大きいだの小さいだのいうのはまやかしで、同じ人間なんだから器は似たようなものです。

その水槽に何を満たすか、それが個性というものです。

千年前の人は、水槽にコーラを入れることができますか?

酒を満たして飲み干すも、油と芯を入れて火をつけるも、それは自由。

要するに、個性とは骨ではなく肉だと思いますね」


「つまり、何が言いたいのよ」


「ボディビルダーに30キロの米俵を持ち上げるように言うことと、

小学生の子供に同じことを言うのは違うということです。

人はみな、自作の眼鏡でそれぞれ違った世界を見るものですよ」



41 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:33:34.15 ID:6an8YmUi0



「そんなに例えばかり言われると、かえってぼんやりしていてよくわかんないけど……」

「サターニャさんはアホの子ですからね。あるいは天然」

「あんたにしてはわかりやすく侮辱するじゃない」


「白痴と言っているのではありませんよ。ただ、論理体系が少し独特ということです。

損をするとわかっている選択肢をわざわざ選ぶ人なんていません」


要するに、ガヴリールとヴィーネに同じ方法で教えたのがよくなかったのだろうか。

ラフィエルの言う通りかもしれない。

人はそれぞれ自前の言語を持っている。

歩み寄り無しでは言葉が通じないのは当たり前のことだ。

だから、人にものを教えるときには、自分にわかるようにではなく相手にわかるように教えないといけない。

ちょっと別の方法も探してみよう。

42 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:34:06.06 ID:6an8YmUi0



「そうだ、日記をつけるといいですよ。出来事と感情を意識して分けて書くんです」


「何それ、小学生の宿題? 面倒で、いつも一行くらいしか書いてなかったわ。

あれそれをして楽しかった、とか」


「野心ある野球少年はスコアブックをつけるものです。きっと面白いですよ。それに、冷静になれます」

「ふーん……」


43 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:34:37.96 ID:6an8YmUi0





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     ': : : :i: :ヽ : : :、ヽ: :ヘ.:ヾ: : : :`li{Y^::7
    i : : : :{ : : : : : : 1'k.X:lメ、i: : : : :V:.:_;Z
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     1:ヘ:. ::ヘ`' ,:r== `      .l' | : :}リ:'{1: ::、
     ': :\: :ゞ ′   '  ,.。、  .}: ::ハ: .:V: :.}
     V:i :`:ゞ:>、'''   く _ノ ,イ:} :/ ヾ : : :ノ
      ヾl; : : :トi ヽ、__   /iiij}/>'7^¨ヽ
        ヽ: :.:lヾ.{: .:{}::f7ハ/汽i/'7Vi.   ヽ_
        \::、 _V:>:jii>=<ii/ /V |      マニ=x、,_
             `メ /f/jii{-/ソ /r-、{_ l.../    ヾニニニニ、
          j./f/l V|::j'^/.Yニ^ V:     ヽニニニ1
           人:Z .{ {T/./ { ̄_  V、       弋ーニ|
        Y’'二l, '、/o/   マl、   .}-ミ{^ヽ.、__ \-x}
         { ‐'^j: . .{ {. . : . . :ヾk_ノ.ヽ、ノ    \.ヘヲ

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day 2:
いきもの【生き物】

(1) 生きているもの。生物。

(2) 人間の使うものではあるが、時に人間の力ではどうにもならない働きをするもの。

(3) いずれこのサタニキア様が大悪魔になった時にひれ伏す定めにあるもの。


「いずれ全ての――は私の軍門に下るのよ!」

「長生きできるといいですね、サターニャさん!」


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44 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:35:11.71 ID:6an8YmUi0





ラフィエルに助言をもらった次の日から、教え方を変えてみることにした。

ガヴリールには、私が目の前で同じ操作をやってみせながら、

自分でも同時に進めてもらう方法をとることにした。

この方が操作の前後を見比べることで理解がしやすいみたいだ。

また、ゲームに習熟していることから、どちらかというと独学が向くのかと思い

編み方の動画が見られるサイトも教えてあげた。


45 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:35:41.08 ID:6an8YmUi0



ただ、手本を見せる方法は、ちょっとばかり普通とは違うやり方だった。

私とガヴリールは、前回と同じく向かい合ってテーブルについていた。


「なぁ、この編み方、やっぱりよくわかんないよ」

「どれ? やってみるから見てなさい」

「いや、正面でやられても、左右反転してるからわかりにくい」

「そんなこと言われても、私も右利きだし」

「ちょっとそこで座ったまま足開いて」

「え、こう?」

ガヴリールは編み針を持ったまま歩いてきて、私の足の間に座り、二人羽織のような格好になった。

「これなら見たままを参考にできる」

「あんたの頭が邪魔でよく見えないんだけど」

「がんばってくれ、ほら、肩貸すから」

「しょうがないわねぇ」

私はガヴリールの肩にあごを載せながら、増やし目の編み方を教えた。

顔にかかるガヴリールの髪が、少しくすぐったかった。


46 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:36:07.98 ID:6an8YmUi0


「ねぇ、もういいでしょ?」

「あともうちょいで終わるから、そのまま」

「足が痺れてきたんだけど」

「待て」

「犬か!」

「うるさい、静かにして」

この体勢が落ち着くというので、私は座りながらガヴリールとベッドに挟まれるような形になっていた。

ガヴリールにもたれかかられながら、サンドイッチのトマトはこんな気持ちなんだろうかと考えていた。


47 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:36:36.12 ID:6an8YmUi0





でも、ガヴリールもこう見えてヴィーネのことを大切に思っているのよね。

手間のかかるものをプレゼントしようと考えるくらいだし。

ヴィーネの方は、まあ何というか、わかりやすいようでいて、わかりにくいというか、二段底というか。

いや、そもそも心なんて、何番底かなんてわからないもの。

一番奥に来たと思ったら、一番外側に一周して戻って来た、なんて。

それでも、あんな風に誰かを大切に想えるっていうことは幸せなことだと思う。

私にも、いつかそんな相手ができるのかな……。



48 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:37:03.72 ID:6an8YmUi0





「よし、できた!」


ガヴリールが勢いよく体を反らし、後頭部が私の鼻に直撃した。


「ちょっと! 何するのよ!」

「あっ、悪い。サターニャなら回避できるかと思って。首とか伸びそうだし」

「妖怪か! もう、この石頭! 」



49 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:37:42.08 ID:6an8YmUi0




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ヴィネットには、音楽をかけることを提案した。

集中力をあげる方法をラフィエルからいくつか教わり、その一つが環境音楽だった。


「環境音楽は、耳に入る音が無意味になるようにすることに意味があるのよ。

歌はダメね。本当は、ただの雑音がいいの。

生き物は、常に感覚を鋭敏にしておく必要がある。

無意識に意味を感じ取る、つまり脳のリソースが割かれてしまうのよ」


「なんかサターニャが、それっぽいこと言ってる」

「以上、ラフィエル談! ということで、早速聞いてみましょう。用意してみたわ」

「わざわざありがとう。サターニャは下界の音楽に詳しいのね」

「魔界通販でね!」

「急に不安になってきたわ……」



50 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:38:10.41 ID:6an8YmUi0



ヴィネットのパソコンを借りて、CDを再生してみることにした。


「まず一曲目! 悪魔的海浜 <デビルズオーシャン> 」


再生ボタンをクリックすると、ごぽごぽと、粘着質の泡がねっとりと弾けるような音がする。

片栗粉をまぶした洗濯糊を煮詰めるとこんな音だろうか。


「うぇっ、血の色に淀んだ海水が目に浮かぶようだわ。魔界の海は生臭いのよね……。別のでお願い」

「わかったわ。では二曲目、悪魔的黒板<デビルズネイル>」

「その曲名ってまさか、かけなくていい! あっ、遅かった!」


背筋がゾクゾクするような甲高いこの音は、まさしく黒板を爪でひっかいたときの音だ。


「確かに雑音ではあるけど! 落ち着くわけがないでしょう! 早く止めて!」

「注文が多いわね……」


51 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:38:39.46 ID:6an8YmUi0



「何一つ要求に従ってない!」

「三曲目、悪魔的業火<デビルズファイア>」


「曲名が不穏すぎる……。あれ、この暖炉の音いいわね。

昔、お母さんが暖炉の前で編み物をしていたのを思い出すわ」


スピーカーからは、薪のパチパチと弾ける音が聞こえてくる。


「じゃあ、これにしましょうか。業火に焼かれながら想いを紡ぐ、なかなか悪魔的じゃない」

「その言い方だと怨嗟の言葉か何かみたいね……」


52 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:39:09.09 ID:6an8YmUi0



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「そうなんですか、うまくいっているようで何よりです」

「あんたのアドバイスのおかげよ。ありがと」


私はまた登校途中にラフィエルにつかまり、彼女のクラスで一緒に昼ごはんを食べていた。

私はいつも通り、おにぎりとメロンパンで、ラフィエルはお弁当だ。

前から思っていたけれど、周りの女子のお弁当箱は小さい。

私の基準がずれているのかとも思ったが、男子はそうでもないから不思議だ。

同じ生き物なのに、どうしてこんなに燃費が違うのだろうか。


「サターニャさんからそんな素直な言葉が聞けるなんて、明日は終末ですかね」

「まだ月曜日なんだから、週末はまだ先に決まってるじゃない」

「そういえば、今日のコロッケは手作りなんですよ。おひとついかがですか」

「いいの? 悪いわね」

53 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:39:37.81 ID:6an8YmUi0



「はい、あーん」


ラフィエルが箸で差し出す一切れを口で受け止める。

カリッという爽快な音を立てて味わう。

やや強めに効いた塩味がカボチャの甘味を引き立てている。


「サターニャさんは、意外と奥手なところがありますよね」

「はぁ? 悪魔が控えめなわけないじゃない」


傍若無人で唯我独尊、それが私だ。


「そうでしょうか。最初は昼食だって自分からは誰とも積極的に関わらず、

それに、これまでどんな頼み事も断れなかったじゃないですか」


「そんなことないと思うけど」



54 : ◆n0ZM40SC3M [sage saga]:2017/05/08(月) 00:40:07.21 ID:6an8YmUi0





「私はその点、サターニャさんの一歩先を行きますよ。サターニャさんの家にも進んで訪ねるほどです」

「いや、あれは不法侵入……」

「愛ゆえです!」

「あ、愛って」

「悔しかったら、私の家にも侵入してみてくださいよ!」


「どうしてそうなるのよ! あんたのことだから、絶対、罠を張り巡らしているに決まってるわ。

というか、自分でも侵入って認めてるじゃないのよ!」



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