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青葉「けしの花びら、さえずるひばり。」
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458 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/05/09(水) 09:32:51.86 ID:jUsAX/Du0
その日の昼、解体の報告をする為に、執務室へ行きました。
さっきの事を話して、彼はそれを優しい笑みで聞いてくれていて。
もうすぐここでの日々も終わるけど、こんな時間だけはきっと続いて行く。
その時でした。
「……メールか?
………………。」
「どうしたの?」
「……くく……あははははははははははははははっ!!!!!」
彼が豹変したのは、携帯に目を通した直後。
それは……『あの頃』と同じ、ゾッとするような目で。
「なぁ、青葉………いや、“マリ”………。」
彼が勤務中に私を本名で呼んだのなんて、数える程しかありません。
こちらに突き付けられた携帯には、「すまない にげてくれ」とだけ書かれたメール。
差出人は、元帥からのもの。
それを見て、血液が鉄に変わったような感覚が走って。
そのまま、彼が続けた言葉は。
459 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/05/09(水) 09:33:51.13 ID:jUsAX/Du0
「_____俺は、人を殺した。」
460 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/05/09(水) 09:35:08.43 ID:jUsAX/Du0
直後、執務室の扉が乱暴に開きました。
なだれ込んできたのは、スーツを着た男達。
彼らが机の前に並ぶと…真ん中に立つ人が口を開いて。
「憲兵隊特捜部の者だ。
海軍少佐・後藤ジュンイチロウ、海軍大佐・____殺害の容疑で貴官を逮捕する。」
特捜部。
憲兵隊とは名ばかりの、軍内での重大犯罪を専門に扱う組織。
その権限は、容疑者をその場で……
その情報が頭を駆け抜けた時。
461 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/05/09(水) 09:38:53.82 ID:jUsAX/Du0
「………動かないでください。でなければ、この子を撃ちます。」
ジュンに後ろから抱きしめられ、私のこめかみに触れたのは。
何よりも冷たい、銃口でした。
462 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/05/09(水) 09:39:22.39 ID:jUsAX/Du0
今回はここまで。
463 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/05/09(水) 23:56:32.59 ID:R+3ICRpFo
乙
464 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/05/23(水) 01:57:12.74 ID:bGZheWimO
「……抵抗する気か…!」
「すみませんが、簡単に捕まる訳には行かないんでね。
こちらがあなた方の実態を何も知らないとでも?元帥は今どうされていますか?」
「…知らんな。そちらは別働隊に任せてある。
もっとも、今頃天国行きの列車だろうがな。
元帥の威光も戦中までだったな、戦後の今、軍の幹部はあっさり吐いてくれたぞ。“少々骨が折れた”がな。」
「…クソ共が…!」
4発発砲し、ジュンは私の手を引いて執務室を飛び出して行きました。
後を追う特捜部の手にも、やはり拳銃が。
通りすがりの子達の悲鳴や驚愕の声も、早鐘をつく心臓も、確かに実体のはずなのに。
まるで、何処か映画のワンシーンのように思えて。
あれだけ戦場にいたはずなのに、この瞬間の景色に死の匂いを感じられない。
そんな私を置いてけぼりにするように、また銃声。
今度は、特捜部がこちらを狙ったもので。
「乗れ!」
助手席に詰め込まれ、車は急加速で走り始めます。
その激しい揺れの中で、私の頭は何処かスローなものになっていました。
後ろからは黒い車が3台程。度々路面を掠める銃声さえ、現実味の無いものに感じる。
そんな中で、私はポツリと口を開きました。
465 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/05/23(水) 01:58:33.85 ID:bGZheWimO
「………あの件は、本当にジュンなの?」
「ああ、俺さ…本当は元帥自ら手を下す所を、横取りしてな。
さっき言ったろ?俺は人を殺したって。」
「……殺した司令官は、何をしたの?」
「…憲兵隊や関連企業との癒着、兵器の横流し、無茶な戦略……ダメ押しに、駆逐の子をレイプした挙句殺害。死体を燃やして隠蔽してた。
轟沈扱いで申告された死者も、本当に戦地で死んだか怪しい者が何人もいる。
……だけどな、俺も同じ穴の狢さ。
あの件は俺がイカれてた頃の話、だから期待してたんだ。こいつならあの場所を見せてくれるんじゃないかってな。
結果は虫を殺すようなもんだった。随分あっけなく死んでくれたよ。
今となって思うのは…仲間の仇でもあったと言う事かな。
死んだ仲間の一人は、アレの部下だったからな。」
「……私に話してたら、犯人隠避に問われるね。私、絶対黙っちゃうもん。
ただでさえ容疑者の恋人にして艦娘、何も知らなかったとしても、厳しい尋問は避けられない…。
なら私をただの人質で被害者にすれば、少なくとも私への嫌疑は薄くなる……最後は自分だけあっさり捕まってね。ジュンの考えそうな事だよ。」
「…どうだかな。少なくとも今お前は人質で、恋人に裏切られてる事実は変わらないんだが?
舌噛むぞ、人質らしく黙ってろよ。」
…………。
…へー、この期に及んでまだ悪ぶる?
466 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/05/23(水) 02:00:10.68 ID:bGZheWimO
「ばーーか!!!!!」
「うおっ!?」
「えへへ、ちょっとあなたに深入りしすぎちゃったね。
だからお見通しだよ!それでも守ろうとしてくれてるなんてのは!
こうなりゃとことん一連托生!今更離れたりなんてしないから!」
「お前なぁ…分かってんのか!?あいつらは俺を殺しに来てんだぞ!?
実際の奴らの親方は政治家だ!俺らを消したら事を明るみに出して、戦後の今こそ軍の威光を潰したいんだよ!下手すりゃお前も死ぬぞ!?」
「……逃げればいいじゃん。」
「…へ?」
「外国だって何処だって高飛びするの!!何ならネット使ってこの件全世界に流してやる!
もうあったまきた!燃やすだけ燃やしてやるんだから!ジャーナリストナメんなって見せてやる!!」
「……はぁ〜…いつから俺らはハリウッド在住になったんだよ…。」
「違う!ここはたった今からニューヨーク!マクレーンばりの悪運で生き残るの!」
「最も不運な男ってか?このシチュエーションは置いといても、俺とそいつは違うな。」
「どこが?」
「お前がいる時点でラッキーだ。それにハゲてない。」
「ひゅー、100点満点!」
「飛ばすぜ!しっかり掴まってろ!!」
けたたましいカーチェイスの音も、時折飛び交う銃声も。
全てを振り切った私達には、楽しげなBGMのようでした。
偶然だったのでしょうけど…車が逃げ出した先は、あの大岩のある方。
私達にとって、始まりの場所とも言える方角でした。
あの先に行けば、港がある。
467 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/05/23(水) 02:01:34.03 ID:bGZheWimO
「ジュン、英語は行けるよね?」
「海軍司令官たるもの必須科目だ。」
「残弾は?」
「まだある。」
「よーし!目指すは港!作戦目標は無血のシージャックと亡命!!抜錨だよ!!」
「たった今から海賊にジョブチェンジってか?
……うおっ!?」
パン!と言う音と共に、車は激しく揺れて。
どうやら後ろからの弾が、後輪を撃ち抜いたもののようです。
でもジュンは…その時、にかっと笑ったのでした。
「……俺の敬愛するロックスターが言ってたんだ!“花柄の気分なんて一日でたった6秒”ってな!!
でもなあ…少なくともお前に会えてからは、ずっと花柄だぜ!!」
弧を描くように車のテールをぶつけて、それは追手の3台全てに当たりました。
かろうじて這い出て来た一人がこちらに発砲すると、ジュンもまた、何発か発砲して。
衝突が相当に効いたのでしょう、その銃撃戦の間に追手も気を失ってしまいました。
飛び出した私達の前には、あの砂浜。
痛む身体を引きずりながら、息を切らしてそこを駆け出しました。
固く固く、手をつなぎ合って。
468 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/05/23(水) 02:02:20.73 ID:bGZheWimO
「ここ!あの岩の近くだね!」
「ああ!よりにもよってこことはなぁ!皮肉なもんだ!」
「…まだ終わりじゃないよ!ここを越えたら始まるの!
こうなったらボニーとクライド!どこまでだって逃げるよ!」
「……ふふ、ボニーとクライドかぁ…確かにそうだな。
……でもな。」
469 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/05/23(水) 02:03:46.74 ID:bGZheWimO
「___蜂の巣になるのは、俺だけで充分だ。」
470 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/05/23(水) 02:04:59.64 ID:bGZheWimO
「………え?」
突き飛ばされたと気づいた時には、もう砂の上でした。
その時、全てがスロウになって。
浜から見える海岸線に、キラリと光るもの。
その光には、見覚えがある。
あれは…スコープ…?
伸ばそうとする手の動きさえ、スロウになっていて。
必死に手を伸ばそうとしても、視界は速まってはくれない。
そんな中、ジュンは。
わたしをまもるように、りょううでをひろげて。
471 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/05/23(水) 02:06:13.34 ID:bGZheWimO
『だんっ…!だんっ…だんっ……!』
かれのむねをうちぬいたのは、さんぱつのたま。
そこでやっと、ときがそく度を取り戻して。
472 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/05/23(水) 02:07:17.94 ID:bGZheWimO
「……嫌ああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!」
取り戻した時間の流れの中で、最初に聴いたものは。
聞いたことも無い、自分の叫び声でした。
473 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/05/23(水) 02:07:49.45 ID:bGZheWimO
今回はここまで。
474 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/05/23(水) 09:46:03.49 ID:DlY+gEt8O
おつ
475 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga sage]:2018/05/26(土) 22:55:47.58 ID:slhGLmoU0
追いついた。
期待支援
476 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/06/02(土) 06:36:47.60 ID:n943p0E7O
“ジュン、本当音楽好きなんだね。”
“そうだな…どんな時でも、音楽だけは手放せなかった。
おかしくなってた時期に、私物は殆ど処分したって言ったろ?それでもCDは捨てなかったからな。
ダウンロードで買った物も入れたら、外付けの中もパンパンだよ。”
“……あの時期でも、やっぱり色々聴いてたの?”
“執務室で色々流してたろ?むしろあの時期こそ、一際音楽を聴いたかな。
それこそ家に帰ってもそうだった。
元々新旧問わず色んな音楽を聴いてたけど、その中でも何故か、より一層あのバンドを好きになってた。
特にあの曲は、心を病んでた時期の気持ちにシンクロしたんだと思う。
今思えば…音楽を聴いてる間は、失くした感情を思い出せる気がしてたのかもな。
悲しいも嬉しいも、音が鳴ってる瞬間だけは思い出せる気がして。”
“………そっか。でも最近、あの曲は聴いてないね。”
“違う曲はよく聴くようになったけどな。一人の時とか。”
“何て曲?”
“お前の借りたアルバムにも入ってるよ。
あー…何か、言うの恥ずかしいな…。”
“えー、教えてよー。”
“JAM。
今はあんな感じかな。いち司令官としても、一人の男としてもな。”
“………ばーか。”
“はは…だから言わせんなって言ったんだよ。”
477 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/06/02(土) 06:37:38.28 ID:n943p0E7O
みんなむかしは、こどもだった。
わたしもかれも。それに、あのこも。
でもいまも、きっとこどもだ。
さびしいさびしいと、なきじゃくるこどもなんだ。
みんな、みんな。
478 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/06/02(土) 06:38:45.20 ID:n943p0E7O
「ジュン!!!」
駆け寄った先には、血の海に倒れ伏す彼がいました。
戦闘以外じゃ見た事のない、おびただしい量の血…触れただけで、私の手や服は真っ赤に染まって。
「マ…リ……。」
「ジュン!喋っちゃだめ!」
胸元には、血や制服越しでも分かる銃槍が3つ。
そのどれもが、正確に狙われたものでした。
「………その男を、渡してもらおうか…。」
そこにいたのは、特捜部のリーダーと思しきあの男。
頭から血を流していましたが…その後ろには、狙撃班が2人ついています。
こいつらが……。
「………嫌だと言ったら?」
「君を拘束してでも連れて行く。それが我々の任務だからな。」
…………。
……ジュン、少し借りるね。
479 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/06/02(土) 06:40:56.48 ID:n943p0E7O
「……来ないでください。でなければあなた達を殺します。」
「……っ!?君を人質に取った男を、庇うと言うのか?」
「………私達は、愛し合っていました。だからこの人は渡せない。
執務室にあなた達が来た時、スマホの録音をオンにしていました。
先程、あなたは元帥を殺した事を暗示しましたね?その会話も録音済みです。
もし私達を取り押さえるならば、あなた達を殺すか……もしくは今この瞬間、あの発言をネットに流します。
……あなた達もプロなら分かるでしょう!?この人が助からない事ぐらい!!
最期ぐらい……好きに死なせてあげてよ!!」
「…………今から30分後、被疑者の死亡により任務は達成される。」
「隊長!?」
「奴はどの道助からん。ならば30分誤魔化す程度、誤差の範囲だ。
近隣の道路は封鎖している、目撃者もいない。
いいか?任務の達成は30分後だ。その間容疑者は逃亡を続けていた。分かったな?
一度お前達の車に向かう、先に行け。」
「……は、はい!」
狙撃班が先に去り、男が背を向けた時。
私は、その背中を睨み付けていました。
男がふと言葉を漏らしたのは、その時の事。
「………彼らは任務を全うしたまでだ。恨むなら私を恨め。」
「……任務であれば殺す…私達も同じでした。
でも…あなた達だけは許せない!!
私はジャーナリストです。必ずジャーナリストとして、あなた達に復讐します。」
「……せいぜい首を洗っておこう。」
480 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/06/02(土) 06:42:02.85 ID:n943p0E7O
ジュンの肩を担いで、私は浜を歩き出しました。
担いだ方の肩に血が沁みて、それが次第に冷たくなって行く。
重いなぁ……上手く歩けないよ。
人の命って、こんなに重かったんだ……。
「バカ…だなぁ…せっかく命がけの…一芝居打ったのによ……。」
「…バカはジュンだよ。カッコつけちゃってさ。死んじゃったら意味ないじゃん。」
「男の子ってのは…カッコ付けたい生き物…なんだよ……。
例え死のうが…何だろうが……惚れた女ぐらいは…守りたい…生き物だっての…。」
「……ぐす……死んで泣かせたら、守ったなんて言わないよ!」
「はは……そう…だな……。」
理不尽な死。
戦場にいた間、何度も私を通り抜けて来たもの。
だから必死に冷静なフリをして、いつものように振舞っていました。
本当は縋り付いて、泣き叫んでしまいたい。
でも終わりを間近にした今、私は最期までこの人の恋人でありたいと思ったのです。
あの大岩だ…早く連れて行かなくちゃ。
481 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/06/02(土) 06:43:10.35 ID:n943p0E7O
「ここは…あの岩か?」
「……うん。そうだよ。」
「登らなくて良い…無理、するな…。
少し……膝、貸してくれ…。」
膝に乗る頭は、力無さ故に重くて。
浅く動く胸は、この人の死が近付いている事を教えていました。
私は出来るだけ優しく、血まみれの手で頬を撫でて。
「良い空と…風だ……。」
「そうだね…ここの風は、本当に気持ちいいよ。」
「俺達…の…始まりの場所…だったよな……。」
「うん…ここからだった。」
笑わなくちゃ。
最期まで、笑わなくちゃ。
でも何ででしょう、そう必死にいつものように笑おうとしても…この人の頬に、ポタポタとこぼれる水滴だけが増えて行く。
最期なのに。
最期だから、上手く話せない。上手く笑えない。
そんな私の目元に優しく触れたのは…同じく血まみれになった、彼の指でした。
482 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/06/02(土) 06:44:54.56 ID:n943p0E7O
「……あったかいなぁ…。」
「…………ごめん。笑えないよ…。」
「謝るのは…俺の方さ……ずっと隠してて…ごめんな…。
本当は…伸ばしてくれた手を掴む…資格なんて…無かったんだ…。
それでも縋っちまった……結局…このザマさ…。
最後の最後…で…泣かせちまったな…。」
「……ううん!それでも私は幸せだったよ!ジュンに会えて良かった!!
……ジュン…愛してるよ!!」
「……ありがとう…。
なあ、もう少し…顔、見せてくれ……。」
やっとの思いで作れた笑顔は、きっと不細工なものだったでしょう。
ジュンはそんな私にでも優しく微笑んでくれて、言われるままに顔を近付けると…。
「………!?
……もう。」
「……へへ…最期ぐらい……良い思いしたって良いだろ…?
愛してるよ…言わせんなよ恥ずかしい…。」
そうニヤリと笑う顔は、子供みたいで。
鉄の味のキスだけど、それはとっても暖かくて。
「……地獄、だったな…。
あの日からずっと…この世は地獄だった……。
天国なんて…言い張ってたけど……本当はそれ以上の地獄に…俺は行きたがってたのかもな…。
そんな中だったけどよ…一個分かった事が…あるんだ…。
こんな……地獄みたいな…世界でも……」
予感がする。
きっと、本当に時が来てしまう。
その先は言わないで。
でも、彼はまた笑って。
483 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/06/02(土) 06:45:44.26 ID:n943p0E7O
「____天使ぐらいは、いたんだなぁ…。」
484 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/06/02(土) 06:46:39.86 ID:n943p0E7O
「………ジュン。」
名前を呼んで、唇を重ねて。
体の冷たさが、一際濃いものになった時。
「“マリ”……ありがとう…。」
その言葉と共に、彼の手は頬を離れました。
最期に私の本当の名前を呼んで…それが彼の、最期の言葉。
その顔は、優しく微笑んだままでした。
485 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/06/02(土) 06:47:39.25 ID:n943p0E7O
「…………ジュン。」
……潮風が、気持ちいいなぁ。
ずっとこんな風に、二人でいられたらって思ってる。
ずっとずっと、こんな時間は続いてくんだ。
___そう。まだ終わりじゃない。
ずっと一緒だよ。
どんなになったって、ひとりぼっちになんかさせない。
良いものがあるの。
あなたが私を守る為に使っていたもの。
それはね…あなたの拳銃。
待っててね……私もすぐ行くから。
簡単だよ……こめかみに当てて、引き金引いちゃえば………!!
486 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/06/02(土) 06:48:15.79 ID:n943p0E7O
『かちっ』
487 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/06/02(土) 06:49:02.78 ID:n943p0E7O
『かちっ』
『かちっ』
『かちっ』
488 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/06/02(土) 06:50:41.55 ID:n943p0E7O
………………弾切れ。
…………そっか。逃げる時、乱射してたのは…。
彼の意図を理解した時、眠る顔が目に映りました。
それを見た時……私はとうとう、涙が止まらなくなったんです。
眠る彼は…息を引き取った時以上に、満面の笑みを浮かべていて。
それは私が大好きだった笑顔と、変わらないもので。
その時ようやく、私は彼の死を現実として理解出来たのでした。
……ずるいよ。最後にこんなイタズラしてくなんて…。
ねぇ…起きてよ……これじゃどっちもひとりぼっちじゃん。
ジュン……ねえ、ジュンってば…!
489 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/06/02(土) 06:51:31.81 ID:n943p0E7O
何度揺すっても、目を覚ます事は無くて。
それでもずっと、笑顔は崩れないままで。
遺体に縋り付いて、私は嗚咽を漏らすばかりでした。
次第に冷たくなる体温が、夢の終わりを告げて。
やがて意識も、いつの間にか混濁してしまっていて。
特捜部が私達を確保した時。
私は意識も無く遺体に縋り付いていたと後で知りました。
こうして私達の幸せは、終戦と共に呆気なく終わりを告げました。
未来も希望も、何もかも唐突に奪われて。
この日彼は死に。
その後、ある真実に辿り着くのでした。
私はどうしようもなく、残酷であると言う真実へと。
490 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/06/02(土) 06:52:30.14 ID:n943p0E7O
今回はここまで。
もう少しだけ、続きます。
491 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/06/02(土) 09:11:50.45 ID:DJ7zjYtHO
おつ
492 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/06/04(月) 07:52:25.50 ID:HugYIWBeO
おつおつ
いよいよクライマックスかな
493 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/04(月) 09:14:58.33 ID:+8XgaC7GO
バッドエンドなのかねえ……。前作はちゃんとハッピーエンドになったから、今回も何やかんやで締めて欲しいけど。
494 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/06/08(金) 05:27:55.84 ID:SfivEjrbO
ジュンの遺体は解剖に回された後、彼の故郷へと送られました。
親族のみの密葬でしたが、葬儀に呼んでもらえて…まずご両親に会った際、私は頭を下げました。
挨拶ではなく、謝罪として。
ご両親は、捜査上での事の経緯を知らされていました。
それと…私が知る真実と、彼がどう生き、どう死んでいったのかも話して…ご両親はただ、「ありがとう」と私を抱きしめてくれたのです。
一番側にいたはずなのに、助ける事が出来なかった私を。
彼が荼毘に付されたのは、翌日の事。
火葬場に行って、棺の窓を開けて…その顔はやっぱり、あの日のまま。
最後に小窓に口付けて、無機質な鉄の扉が閉まると、炎が揺れる音が響きました。
その日は偶然、火葬場の予約はジュンだけしか無くて。
焼かれている間、私はずっと、駐車場から煙突の煙を眺めていました。
遠く遠く、どこまでも昇っていく。
煙は上に行く事はしても、こちらに吹き降りて来たりはしない。
私の頬を、一陣の風が撫ぜる事さえも。
495 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/06/08(金) 05:29:24.86 ID:SfivEjrbO
そして火葬が終わり、骨上げの時が来ました。
用意されていた骨壺は2つ。
大きな方はご家族の為に。もう一つの小さな方は…手元供養にと、ご両親が用意してくれたものでした。
焼かれてしまった彼の骨は、人の形を残しつつも、バラ撒かれたようになってしまって。
でも私には、どこがどの場所か理解出来て。
ここはいつも撫でてくれた指…ここはいつも見てた目…ここは…。
小さな骨を選んでは、それを器に入れて。
骨で熱を持った器は、桐の箱に入れても熱を持っていて…私の掌の中で、まだ生きているかのようでした。
だからでしょうか、まるで現実ではないみたいで。
寝て起きたら、いつもみたいにおはようって声を掛けてくれる気さえしてくる。
夢だと思ってるから、今泣けないのかな。
彼の実家へと戻る車の中、私はいつか膝枕をしてあげた日のように、小さくなってしまったジュンを撫でていました。
窓の外は、雲一つない青空。
「いつか故郷の景色を見せたい」なんて言ってた事を思い出して、私はずっとその空を眺めていたのです。
彼のお母さんはそんな私を見て、ただ優しく肩を撫でてくれました。
……上手く泣く事さえも出来ない、こんな冷たい私の肩を。
別れ際、お父さんは彼の遺品として、ある物をくれました。
それは最期に被っていた軍帽と…いつか私があげた、葉をモチーフにしたペンダント。
押収されたとばかり思ってたけど、ちゃんと渡ってたんだ…。
最期まで付けてくれていた、血まみれになったペンダント。
リズムが絶えるその瞬間まで、彼の鼓動のそばにあったもの。
赤い所に触れると、今でも鼓動が聴こえるようで…その幻を、一つ一つ噛み締めていました。
496 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/06/08(金) 05:30:47.44 ID:SfivEjrbO
帰りの飛行機の中。
膝の上にジュンを乗せて、ずっと窓からの景色を見ていました。
いつかふたりで南の島に行こうなんて、無邪気に話してたね。
並んで飛行機に乗る日を想像してたけど…今私の隣には、誰も座ってない。
ねぇ、ジュン。もう雲の上だよ。
人って凄いよね、ここまで空を飛べるんだ。
雲の上…天国だよね。
なのに、どうしてあなたはいないの?
イヤフォンから流れてくるのは、彼が好きだったあのバンド。
そのアルバムのタイトルは…ジャガーハードペイン。
“戦地で死んだ青年・ジャガーの魂が現代へとタイムスリップし、故郷に残して来た恋人マリーを探すストーリー”
そう銘打たれたコンセプトアルバム。
……私の“ジャガー”は、二度と蘇ったりはしないけど。
一人辿り着いた空港からは、夕暮れの海が見えました。
終戦から数ヶ月が経って、きっと平和な海を取り戻したはずで。
なのに…戦いの中にいたあの頃よりも、寂しいものに見える。
帰り道、柵に片腕を掛けて、私はずっとそれを眺めていました。
空いた手にジュンを抱えて、ずっとずっと、海を眺めて。
だから…足元にポタポタとこぼれて行くものがあったのは、私と彼しか知らない事でした。
497 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/06/08(金) 05:32:17.12 ID:SfivEjrbO
鎮守府に戻ると、皆はいつものように迎え入れてくれました。
少尉さん以外には、『重大犯罪により射殺された』と言う事以外、まだ秘密にされています。
笑い掛けてはくれるけど、皆の瞼は腫れていて……それがとても、申し訳なく思えました。
「青葉。」
「……少尉さん。」
「……渡したいものがあるんだ。」
私が葬儀でいない数日の間に、ジュンの家と執務室へ家宅捜索が行われていたようでした。
捜索の結果、押収されたのはパソコンと、凶器となった拳銃のサイレンサーのみ。
それ以外は怪しいものは無かったようですが…皆でその後片付けをした際、ある物を見つけたそうです。
それは、4通の遺書。
幸い捜索班に見付からずに済んだそれは、一つ一つ、宛先が分けられていたそうです。
1つは皆へ。
1つはご家族へ。
1つは少尉さんに。
そして最後の1通は…私へと宛てたもので。
498 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/06/08(金) 05:34:11.08 ID:SfivEjrbO
その日の夜、集会所に皆が集められました。
司令官代理として、大本営から少尉さんが抜擢された事。
全身全霊をかけて、これから退役していく皆をサポートして行く事。
それがジュンから、遺書を通じて彼へと託された願いであると言う事。
俺が必ず皆を守り通すと、彼は涙ながらに叫んで…集会所には、すすり泣く声が一つ、また一つと増えていました。
優しい態度は元と変わりませんでしたけど、ある時期を境に、本当の意味で皆と打ち解けられていたのは、私も感じてましたから。
「青葉さん…提督を助けてくれてありがとう…。」
ある駆逐の子が、涙ながらにそう言ってくれて。
私はただ、その子を抱きしめる事しか出来ませんでした。
ごめんね……助ける事なんて、出来なかったよ。
499 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/06/08(金) 05:35:18.06 ID:SfivEjrbO
「青葉…。」
「ガサ…。」
その後部屋に帰る途中、ガサと鉢合わせました。
いつものように部屋まで付いてくると、椅子に座る私を、何も言わずに見守っていてくれて。
でも今は…そんな気遣いですら痛くて。
「ごめんね……今は一人にしてもらってもいい?」
「うん…わかったよ。でもね…。」
その時ぎゅっと抱き締めてくれたのは、ガサの暖かい腕でした。
「今は受け止めきれないだろうけど…整理がついたら、きっと泣けるようになる。
もし誰かに頼りたくなったら、いつでもおいで?
“衣笠さんは、ずーっと青葉の味方”だよ。ね?」
「ガサ……ありがとう…。」
ガサも帰って、ようやく独りになれました。
机にジュンのお骨を置いて、私はそれをまた何度も撫でて。
やがて撫でる手も止めて、恐る恐る開いたのは…私宛ての遺書。
そこには、こう記されていました。
500 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/06/08(金) 05:36:37.97 ID:SfivEjrbO
undefined
501 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/06/08(金) 05:38:23.00 ID:SfivEjrbO
「………ジュン…。」
最後、彼の名を記した所には…涙の跡がありました。
それを塗り潰すように、手紙に次々と新しい水滴が落ちて行く。
ジュン……私、そんなにいい子じゃないよ。
今だって…前なんて向けない…。
あの日、艤装の解体が一日遅れていたなら。
あの時、私が代わりに撃たれていたなら。
“青葉聞いた?3日ぐらい前から、○○鎮守府の提督が行方不明だって。”
……もっと早く、私が自分の気持ちに気付けていたら。
こんな事には、ならなかったのかな。
かなしくて、さびしくて、いたくて。
あなたをころしたすべてさえ、こんなにもにくいまま。
いまどこにいるの?
さむいところ?
ひとりは、さびしいよね…あっためてあげたいし、あっためてほしい。
骨壷を開けて、そこにはジュンがいて。
私はバラバラになったジュンを手に取って、彼を飲み込んで。
飲み込んだ彼が食道を切って、咳をしたら血を吐いた。
それでも飲み干す。
私の中で生きて。身体の中は暖かいよ。
血になって肉になって、ずっとそばにいて。
わたしのなかで、いきつづけて。
気付けば、小さな骨壷の中身は半分程になっていました。
掌と鏡に映る唇には、真っ赤な血がこびり付いていて。
この瞬間、彼が死んだあの日以来、初めて笑えたのです。
彼が愛してくれた笑顔とは、程遠いそれを浮かべて。
502 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/06/08(金) 05:40:53.28 ID:SfivEjrbO
エラーが発生したようです。一部から再投稿します。
503 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/06/08(金) 05:42:19.30 ID:SfivEjrbO
『マリへ。
この手紙が読まれている時は、多分俺が殺された後だろう。
まずは謝らせて欲しい。ずっと隠しててごめんな。
お前が着任した頃は、まさか1年半したらあんな関係になるなんて思わなかったな。
あの時は俺もイカれてた時期だし、お前もまだ未成年のド新人。
最初は変わった子が来たなんて思ったけど、その後しばらくはそれっきりだったっけ。
今思えば、何となく気にはなっていたんだと思う。
そんな事を自覚する力は、あの頃の俺には無かったけど。
記者志望だからか、ぐいぐい来る子だなーって思ってた。
でもそんな所に救われたし、人に戻してもらえたと思ってる。
真っ暗な所にいた俺を、無理矢理にでも引っ張り上げてくれた。本当に感謝してるよ。
504 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/06/08(金) 05:43:19.50 ID:SfivEjrbO
能力上限解放用リング。通称ケッコンカッコカリ。
俺は艤装パーツに埋め込ませて皆に使わせてたけど、今となってはお前の時は、ちゃんと右手用の指輪として渡したかったな。
それでも左手の本物は、最後まで取っておく予定だったけど。
この手紙が読まれないままだったら、間違いなくお前と結婚してた。それが出来たらこの手紙は、こっそり燃やそうと思ってたんだ。
読まれている今、それは叶わなかったんだろうがな。
沢山バカなことをして、沢山笑い合って、沢山ケンカもした。
死んだあの子の事、お前の叔父さんの事、サクラの事。
お互いこの戦争で辛い事も悲しい事も、数えきれない程あった。
そこを超えて行けたのは、お前が側にいてくれたからだ。
俺は支えになってやれたのか、それが気がかりになるぐらいにだ。
自責の念に囚われる時も、心配かけちまう時もあって。
それでもお前に出会えて、俺は本当に幸せだった。心の底から笑えるようになれた。
どんな死に様だったのか、これを書いてる俺には知りようも無いけど。最期までそう思って死ぬんだと思う。
根の優しいお前の事だろう、苦しませてしまうかもしれない。泣かせてしまうかもしれない。
だからこそ、俺の事は忘れるんだ。
人殺しだって事を隠して、差し伸べられた手を掴んじまった弱虫の事は、さっさと忘れちまえばいい。
いつか、本当にお前を支えられる人が現れる。お前ならきっと、陽の光の下を歩いて行ける。
やっと掴んだ真の意味での平和だ、その先をずっと歩いて行くんだ。
いつかお前の書いた本が、あの戦争の犠牲者の魂と願いを後世に繋いでくれるはずだ。
俺はその夢とお前の未来を、ずっと見守ってるから。どうか未来を生きてくれ。
それが自業自得で死んだ、情けない男からのせめてもの願いだ。
追伸
青葉であり、マリであるあなたへ。
誰よりも愛してる。出会ってくれてありがとう。
後藤ジュンイチロウより。』
505 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/06/08(金) 05:44:25.28 ID:SfivEjrbO
「………ジュン…。」
最後、彼の名を記した所には…涙の跡がありました。
それを塗り潰すように、手紙に次々と新しい水滴が落ちて行く。
ジュン……私、そんなにいい子じゃないよ。
今だって…前なんて向けない…。
あの日、艤装の解体が一日遅れていたなら。
あの時、私が代わりに撃たれていたなら。
“青葉聞いた?3日ぐらい前から、○○鎮守府の提督が行方不明だって。”
……もっと早く、私が自分の気持ちに気付けていたら。
こんな事には、ならなかったのかな。
かなしくて、さびしくて、いたくて。
あなたをころしたすべてさえ、こんなにもにくいまま。
いまどこにいるの?
さむいところ?
ひとりは、さびしいよね…あっためてあげたいし、あっためてほしい。
骨壷を開けて、そこにはジュンがいて。
私はバラバラになったジュンを手に取って、彼を飲み込んで。
飲み込んだ彼が食道を切って、咳をしたら血を吐いた。
それでも飲み干す。
私の中で生きて。身体の中は暖かいよ。
血になって肉になって、ずっとそばにいて。
わたしのなかで、いきつづけて。
気付けば、小さな骨壷の中身は半分程になっていました。
掌と鏡に映る唇には、真っ赤な血がこびり付いていて。
この瞬間、彼が死んだあの日以来、初めて笑えたのです。
彼が愛してくれた笑顔とは、程遠いそれを浮かべて。
506 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/06/08(金) 05:46:35.87 ID:SfivEjrbO
その数日後、今度は特捜部の本部へと呼ばれました。
表向きは、人質への事情聴取と言う体での事。
実際の所は…あの件で隊長を務めていた男との、マンツーマンの取り調べではありましたけど。
「…………そうか。それが君の知る全てという事だな?」
「……はい。私の知っている事は、これが全てです。」
「本当に、事件そのものには関わりが無いようだな。
恋人だけは守り通すと言う、後藤の意地か…恐れ入ったよ。君を裁ける要素は、こちらでは見付けられない。」
「でっち上げでも何でも、あなた達の権限なら可能だと思いますが?」
「……出来んものは出来ん。それだけだ。」
「随分すんなり引き下がるんですね。
先程取り調べの為にと、捜査過程を聞きましたが…本来なら、それを黙って無理矢理容疑を掛けられる立場でしょう?
私に捜査過程を教えると言う事は、復讐のソースを与える事と同義だと思いますけど。
あなた達を許す事は出来ません……でもあなたもまた、自分達の存在に疑問を抱いている。違いますか?」
「………さあな。これで君への調査は終わりだ、早く帰ってくれ。」
507 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/06/08(金) 05:48:32.48 ID:SfivEjrbO
本部を後にすると、私はすぐ近くのカフェに寄りました。
メモ帳を出して、一心不乱にペンを走らせる。
そこに書き出したのは、取り調べの中で出てきた捜査経過の事。
死体は元帥の息の掛かった者達の手により、粉砕機で隠滅されていた。
その中の一人を尋問し、死体をミンチにした現場周辺から骨片を押収、DNA鑑定の結果被害者と判明。
戦後、元帥の圧力が弱まったのを機に捜査は飛躍的に進展した。
海軍幹部の一人を尋問し、元帥とジュンのやりとりが発覚した。
………そしてこれは、私にとっては信じ難いもの。
匿名の情報提供を参考に、徹底的に発生日周辺のジュンと被害者の足取りを洗った結果、糸口を掴んだ。
捜査の劇的な進展は、そこから始まった。
あの件は軍内での事件として、軍以外では告知もされていなかった…。
情報提供のポスターだって、各鎮守府の掲示板にのみ。外の交番や警察に貼り出されていた訳じゃない。
そんな限られた中で、情報提供する存在……少尉さんや裏方さん達を除けば…他は…。
………他は。
508 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/06/08(金) 05:49:45.67 ID:SfivEjrbO
本部は遠い所でした。
でも鎮守府に帰るまでの記憶は、ほとんどありません。
新幹線の中も、いつもの通り道も、朧気な記憶のまま。
そんな中…近所の公園に近付いた時、ようやく滲んでいた意識が正常に戻りました。
そこにいたある存在に、声を掛けられた事によって。
「青葉ー、おかえりー!」
「ガサ!どうしたの?」
「迎えに来たんだよ。大丈夫だった?」
「…うん、キツい尋問とかは無かったよ。」
「良かった。早く帰ろ?」
来てくれたんだ…心配かけちゃったかな。
てくてくといつもの公園を歩いていると、自販機が目に入りました。
「青葉、ちょっと休んでく?」
「うん…そうしよっか。」
ジュースを手にベンチに座ると、既視感を覚えます。
…そうだ、ここでもジュンとこうしてたっけ。
ふと選んだジュースも、その頃よく買っていたもので。
ああ、ジュンはここでよくコーラ買ってたなぁなんて、また寂しくなったものでした。
もう誰もいない時間かぁ…日が長くなったね。
「……提督、本当に死んじゃったんだね。」
「……うん。夢じゃないんだよ。」
「…まさかあの件に関わってたなんて、びっくりだよ。
あんな良い人が…元帥に命令されたのかな。」
…………。
………………。
「ねえ、ガサ……。」
「どうしたの?」
509 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/06/08(金) 05:51:00.33 ID:SfivEjrbO
「____なんでガサが、その事を知ってるの?」
510 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/06/08(金) 05:52:19.61 ID:SfivEjrbO
捜査が終わるまでは、何故殺されたのかはまだ秘匿義務がある。
真相は、私と少尉さんしか知らない。
それをこのこは、どうしてしってる?
少尉さんや裏方さん達以外に、通報した可能性のある者……日頃接する機会が多い分、不在だった事を知りやすい者……。
それは、艦娘。
ガサはしばらく、黙ったままでした。
でも……少し口角を釣り上げると……
511 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/06/08(金) 05:53:27.19 ID:SfivEjrbO
「____何のこと?」
512 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/06/08(金) 05:54:20.95 ID:SfivEjrbO
ガサは蝶が羽を開くかのように、そう笑ってみせたのでした。
いつかの夜や、防空棲姫と化した母親を殺した時と同じ…。
ゾッとするような、あの笑顔で。
513 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/06/08(金) 05:55:19.25 ID:SfivEjrbO
今回はここまで。
514 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/06/11(月) 19:21:42.11 ID:oMqbEQnMo
乙
515 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/07/02(月) 18:35:31.97 ID:6oJ0bnNeO
「……………ガサ。」
「何?青葉。」
まるでさも何もないかのように、あの子は笑う。
何も悪意など無いかのように、薄らとあの子は笑う。
……嘘、だよね。
そんな私の気持ちを嘲笑うかのように、頭の中では次々と点と線が繋がって行く。
そうだ、あのバラバラ殺人も…
あの時現場の近くにいて。
捕縛術や体術を齧ったことがあり。
__そして、殺人と解体の経験がある者は。
516 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/07/02(月) 18:36:53.35 ID:6oJ0bnNeO
「………ガサ、まさかあの事件も…!」
「そっかそっかー、さっきうっかり口滑らせちゃったね。
でもやっぱりそうだったかぁ、アレ提督が殺っちゃったんだ。ただ、『そう言えばあの日いなかった』って、電話しただけなんだけど。
でも流石だね、そっちも気付くなんて。
確かにあのバラバラ事件も衣笠さんだよ?」
「……どうして…。」
「どうしてって?何も悪い事してないじゃん。
あのクソ野郎は天罰下しただけだし、提督だって犯罪隠して青葉と付き合ってた嘘吐きだよ?
あのヤリチンが死んだ時、スッキリしたでしょ?
提督も嘘吐きだから、通報しただけ。
青葉にはあんな奴いらないよ……ね?」
「…………!!」
その時私は、人生で最大の恐怖を感じたのです。
戦場のどんな敵よりも、死を意識したピンチよりも、何よりもおぞましいもの。
怪物としか言いようの無い、絶対的な狂気。
そんなものを感じさせる視線が、目の前の親友から放たれている。
その現実を前に、私は石のように固まってしまったのです。
517 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/07/02(月) 18:38:20.33 ID:6oJ0bnNeO
「……むぐっ!?」
「……………。
………ぷはっ。ふふ、そんな顔も可愛いね…。
…青葉だけだよ、私が人殺しだって知っても離れなかったのは…。
言ってくれたよね、ずっと友達だって…嬉しかったなぁ…。
だから要らないの。邪魔する奴らは皆要らない。
クソ野郎も嘘吐きも、皆消してあげたでしょ?
あんたの嫌いな奴ら、あんたの邪魔する奴ら、これからも皆消してあげる。」
「………ガサ…どうして…。」
恐怖で歯がカチカチと鳴り、息が上手く出来ない。
殺意の無いガサの目は、その実何よりも鋭いナイフのように見えて。
「あんたが欲しいだけだよ?もう寂しいのはヤなの。
邪魔なんだよ、皆。だからどかしただけ。
ゴミを捨てるのに何か感情なんて持つ?持たないよね?
提督、良いように利用出来たと思ったんだけど。失敗しちゃったなぁ。
人殺し同士、仲間になれるかと思ってたけど…ダメだったね。役立たずだよ。」
「…………!!」
518 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/07/02(月) 18:39:25.36 ID:6oJ0bnNeO
ですが、私の中が水を打ったように静まり返ったのは…その言葉を聞いた時でした。
……これまでのガサとの記憶が、頭を巡ります。
楽しかった思い出や、いつもの日常…走馬灯と言う奴でしょう、それが次々巡っては消える。
死んでしまうのは、私ではないけれど。
「………ガサ。」
「あはっ…青葉……分かってくれるんだね…。」
優しく抱きしめて、ガサの温もりを感じて。
見えないけれど、肩に落ちる水滴の正体は、きっとこの子の涙。
苦しかったのでしょう、寂しかったのでしょう。
故に、壊れてしまったのでしょう。
……でもね、ガサ……。
私はあなたを許さない。
519 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/07/02(月) 18:40:44.16 ID:6oJ0bnNeO
首を絞める意味は無い。手を汚す価値も無い。
この子の返り血なんて、浴びたくもない。
私の存在に、依存してたんだね…だからこの子を殺すのに、凶器も暴力もいらない。
『言葉は剣よりも強し』……ただ優しく、耳元でこう囁けばいい。
この子に一番、言ってはいけない事を。
520 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/07/02(月) 18:41:24.39 ID:6oJ0bnNeO
「___気持ち悪いんだよ、この人殺し。」
521 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/07/02(月) 18:43:19.74 ID:6oJ0bnNeO
「…………。
………ふふ……あはっ…あはははははははは……。」
公園にこだましていたのは、あの子のか細い笑い声と、立ち去る私の足音だけ。
それもやがて風の音に呑まれ、聞こえなくなっていました。
ガサが死体で見付かったのは、翌日の事。
自室で血の海に倒れ臥すあの子は、笑いながら泣いていました。
首にはナイフのためらい傷がいくつもあって、最後の一撃がようやく動脈を切ったようでした。
かつて母親を殺した時のように、あの子もまた、同じように死んだのです。
522 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/07/02(月) 18:44:17.38 ID:6oJ0bnNeO
『私は愛されたいだけのバカでした。
みんな、ごめんなさい。』
523 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/07/02(月) 18:45:23.88 ID:6oJ0bnNeO
遺書として残されていたメモは、真実を知る者にしか分からない内容で。
動機不明のまま、ガサの死は自殺として処理されました。
血が飛び散った壁には、いつか二人で撮った写真が飾られていました。
写真の私は血で真っ赤に染まっていて…それを見た時、悲しさや虚しさより、気持ちの悪さを覚えたものでした。
あの子の葬儀には行ったんです。
でも…焼かれて小さくなってしまったガサを見ても、ジュンの時のような感情は抱けなかった。
スッキリしたとも、ぽっかりしたとも言えるような虚しさ。
私が感じていたのは、ただそれだけでした。
その後最後の仕事を終えた私は、逃げるように軍を去りました。
就職の為に借りたのは、二人で住もうとしていた神奈川じゃなく、都内の小さなアパート。
何よりも先に開けた荷物は、ジュンの遺骨と遺影。
それをタンスの上に置いて、ただボンヤリと夕日を浴びていました。
524 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/07/02(月) 18:46:23.55 ID:6oJ0bnNeO
こうして私の戦争は、終わりを告げたのです。
平和も取り戻し、新たな日々が始まる。
皮肉な事に、あの戦争で得た大切なものも確かにあった……それも最後は全て無くしてしまったけれど。
仇を討ちたいと願った叔父さんは、怪物に変えられ。
この手で、叔父さんを殺し。
あの戦争を通じて出会った恋人は、終戦と共に国家に殺され。
そして最後に。
あの戦争を通じて出会った親友を……
私は、この喉で殺したのでした。
ジュン…もうすぐ仕事が始まるよ。
ひとりだけど、あの日みたいに、泣いたりしないから。
大丈夫、大丈夫だよ。
もう、『泣けない』から。
525 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/07/02(月) 18:47:38.31 ID:6oJ0bnNeO
今回はここまで。
次回、最終回を予定しています。
526 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/02(月) 20:40:14.11 ID:Rdp7Z60so
乙
527 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/02(月) 23:57:27.00 ID:F41Yj4V7o
乙
528 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/07/20(金) 03:44:59.04 ID:FKWrXIy5O
いつかのおおいわのうえで、わたしはわらっていた。
ふたりでいればどこでもてんごくだって。
あのひともつられてわらった。
かたくかたく、つないだてとこころ。
そこにあったもの。
なみおと。
すな。
たいよう。
かぜ。
あおいうみ。
えがお。
けしのはな。
とりがとぶ。
じゅうせい。
おとのないせかい。
きょむ。
てんごく。
そのなかで、なまなましくかんじたもの。
ちのにおい。
529 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/07/20(金) 03:46:12.41 ID:FKWrXIy5O
………また、あの夢…。
時計に目を移すと、朝の8時でした。
もう何度見たのか忘れてしまった、あの頃の夢。
寝室から出て、キッチンで水を飲む。
体内を通る冷たさが、何とか意識を今に連れ戻してくれる。
それが今の、朝の日常です。
『お疲れ様です。
予定通り14時にお伺い致しますので、よろしくお願い致します。』
今日は…14時に打ち合わせか。それまでは仕事かな。
あれから8年。
今の私は、とある在宅の仕事をしています。
それと同時に、艦娘を辞め記者になる時に捨てた『青葉』を、またやっているんです。
『青葉マリ』
艦娘としての『青葉』と、本名である『マリ』を掛け合わせたもの。
それが今の、小説家としての私の名前。
530 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/07/20(金) 03:47:52.17 ID:FKWrXIy5O
あの後3年程記者をしていましたが、『あるスクープ』を書いたのを機に、当時いた出版社を辞めてしまいました。
深海棲艦との戦争中に起きた、軍のとある不正をスクープしたんです。
世間は大変な騒ぎとなり、軍や政界に逮捕者も続出。挙句には、当時の関係者の自殺と言った事態にまで発展しました。
…ジュンの犯した罪も殺人ではあるけど、それ以上の謂れのない汚名だけは晴らせたのです。
ですが私の書いたスクープにより、特捜部の隊長は自殺した。
彼はどこか、復讐を望んでいるような印象もありましたが…今となっては、真相は闇の中。
『お見事だ、完敗したよ。』
自身の胸を三発撃ち抜いた彼の側には、綺麗な字でそう書かれたメモが遺されていたそうです。
……私の紡いだ言葉が、また人を殺した。
それを噛み締めた時、『あの子』の時のような空虚さを感じたものです。
531 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/07/20(金) 03:49:30.08 ID:FKWrXIy5O
その後少しの間は、フリーの記者として食いつなぐ日々でした。
機を同じくして、知人から小説の執筆を勧められたんです。
仕事の暇を見ては書き続け数ヶ月。それがある大きな賞を取り、私のデビュー作となりました。
その小説は…死の淵から生還した軍人の辿る、苦悩と再生の物語。
…デビュー作以降も、次々と作品を世に出しました。
助からない事故に遭遇した記者の、最期の20分。
幼い少女が辿る、残酷な運命の架空戦記。
精神を壊した青年と、その恋人が辿る結末。
愛を欲していただけの、殺人鬼の少女の世界。
どの作品も、世間からすればヒット作となりました。
映画化やドラマ化もされ、側から見れば私も売れっ子になれたのでしょう。
でも私にとっては…物語としてでも、あの人達が生きた証を残す事。そちらの方が余程重要でした。
処女作の刊行から4年を経た今でも、本屋さんに置かれている。それだけ多くの人の手に、彼らの生きた跡が渡っている。
売れた事以上に、その事が何より嬉しかった。
記者として復讐を果たした今、私が生きる意味はそれしか残っていませんから。
532 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/07/20(金) 03:51:19.85 ID:FKWrXIy5O
書いて…書いて……来る日も来る日も書き続けて。
気付けば手首はタイプのし過ぎで腱鞘炎になり、視力も随分落ちて。
もう三十路手前で、7つ違いのジュンより年上になってしまいました。
それと…あの頃と違って、髪をバッサリと切ったんです。
この前出版社のパーティに着る服を買いに行ったら、勧められたスカーフと帽子も違和感が無いようになってしまって。
もうおばさんだなぁ…なんて、切なくなったりしたものでした。
心の中は、今でもジュンが好きなままなのに。
小さなアパートから始まった都内での生活も、気付けばそこそこのマンションに一人で暮らす日々。
ずっと変わらないのは、すぐ見える位置に置いたジュンの遺影と遺骨で。毎日お線香をあげて、その日あった事を話すんです。
写真の彼は、笑顔で聞いてくれている気がするから。
「〜〜〜〜♪」
決まってそんな時は、彼の好きだった音楽を部屋に流して。
533 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/07/20(金) 03:52:41.01 ID:FKWrXIy5O
…あ、この曲……。
彼が死んで、1年が過ぎた頃でしょうか。
その頃の私は、泣く事だけは上手く出来なかったんです。
当時の職場でも明るい子で通っていて…でも一度休日になれば、床から窓の外を見るばかりの生活でした。
ぼーっと青空を眺めても、何も晴れやかじゃなかった。ひたすらに虚無でしかなくて。
そんな時ですかね…何となく再生した、あの歌が入っているアルバム。
それをぼーっと聴いて、最後の曲になった時。
血が泣いてる。
ただその1フレーズだけで、涙が溢れてきたのは。
“ああ、こんなに虚しいのは……。
やっぱりあの人は、私の家族になるはずだった人だからなんだ。”
そう感じた時、涙が止まらなくなったんです。
ジュンだけじゃない…扶桑さんの事、あの子の事、叔父さんの事……それと、ガサの事。
あの戦争で私を駆け抜けたいくつもの死が。
直接、間接問わず奪ってしまった命が。
その時ようやくそれらへの感情が、涙と共に溢れ出て来たんです。
534 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/07/20(金) 03:53:56.22 ID:FKWrXIy5O
「……ジュン。」
遺影に話しかけても、返事は無い。
ティッシュを一枚瞼に当てて、私は仕事用のPCに電源を入れました。
今、とある連載の準備をしてるんです。
今日の打ち合わせも、来るのはその担当さん。
連載が告知された時、私はSNSでかつて艦娘として戦地にいた事をカミングアウトしました。
何故ならこれは、艦娘時代の事を記したエッセイだからです。
書けない事も多いのですが…艦娘としての日常、仲間たちの事、戦場での生と死。
それを出来るだけ、今度は体験記として記しておきたい。
あの戦争がどう言うものであったのか、後に遺していく為にこそ。
そして私はこの連載を最後に、筆と命を折る。
535 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/07/20(金) 03:55:23.26 ID:FKWrXIy5O
鍵の付いた引き出しを開ければ、1瓶のテキーラと、沢山の睡眠薬。
そこに最近、プリントアウトした遺書も加えました。
この連載を終え、それが本になった日の晩。私はこれを飲み、命を絶つ。
それがエッセイを始める時に決めた事でした。
もう世に残したい事は、書き尽くしてしまいましたから。
そして…これが、最後の復讐でもある。
あの時誰も救えなかった私を、私の手で裁く為に。
笑っちゃいますよねぇ…1番強いテキーラを探したら、瓶がドクロ型なんですよ。自分が骨になる為に用意するのに。
引き出しの鍵を閉めたら、ちょうどPCも立ち上がった頃。
その後はお昼も食べず、ずっと画面に向かっていました。
「青葉先生ー、担当の__ですー。」
「あ、はーい。」
あ、もうそんな時間かぁ。
今回の担当さんは、私の1つ下。晩年のジュンと同じ歳の方です。
今日はお世話になってる編集長も一緒で、3人で入念な打ち合わせをしていました。
籠りがちなこの生活をしてると、季節感もおかしくなるものです。
担当さん達が寒そうにコートを着ている様を見て、もう年末だと言う事をようやく思い出しました。
そっかぁ、もうすぐ…。
536 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/07/20(金) 03:56:49.65 ID:FKWrXIy5O
「…久々に会ったが、青葉君も元気そうでよかったな。__、よろしく頼むぞ。」
「はい!ざっと聞いただけでも、壮絶なエピソードだらけでしたね…。」
「青葉君とは付き合いも長いからな…さっきは出なかったが、他のエピソードも聞いた事がある。」
「何か、不思議な人ですよね…可愛らしい部類の顔だけど、妙な色気があるって言うか……。
文章や本人のあの雰囲気って、そう言う所から来てるんですかね。言葉は悪いけど、未亡人みたいだなって…。」
「………未亡人とは呼べないが、近いものはある。」
「……それって…。」
「後藤ジュンイチロウ。お前もこの名は知っているだろう?
5年前、死後数年にしてなお、軍はおろか国会すら揺るがせた男だ。
彼女はそこにまつわる件をスクープした記者であり、裁判や捜査の渦中にもいた。デビューはその後さ。」
「……!!」
「……触れてやるなよ?恐らく今回のエッセイでも、その話は出てこないだろう。
過去の彼女の作品も、何処か実話がベースにあるのかもしれんな。」
「………はい。」
537 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/07/20(金) 03:58:25.35 ID:FKWrXIy5O
何日か経ち、雪が降った日の深夜。
私は執筆の気晴らしに、雪景色の中を歩いていました。
都内としては大雪で、新雪に私の足跡だけが刻まれて行く。
誰も歩いていない住宅地。でも通りの公園や、誰かの家の庭。あちこちがイルミネーションで輝いていて。
…今日は、クリスマス・イブですから。
缶コーヒーを買って、屋根付きのベンチで一息。
公園の一角にあるここからは、周りのイルミネーションがよく見えます。
雪に吸われて、一層静かな夜。
白く積もったそこにイルミネーションが反射して…それはとても綺麗で、寂しい景色でした。
「……メリークリスマス。」
ポツリとこぼしたのは、そんな独り言。
空に向けてみたって、誰の耳にも届かない。ただの世迷言でした。
さて、帰ろう…風邪引いちゃいけない。
人気の無い夜道を、またとぼとぼと歩き始めた時でした。
538 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/07/20(金) 03:59:15.35 ID:FKWrXIy5O
『ぞぶっ……。』
539 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/07/20(金) 04:01:26.86 ID:FKWrXIy5O
腰に熱さと重みを感じて。それが痛みだと気付くのに、何秒か間が空きました。
腰からじわじわと流れ出たものが、気温で一気に冷えて行く。
それが血だと気付いた時、後ろを振り返ると…。
「………ガサ?」
一瞬、確かにあの子が見えたんです。
でもそれは一度会った事のある、ガサによく似た初老の人。
「………よくも…娘を……!!」
はは…そっかぁ…お父さん、本当そっくりだもんね……別の遺書でも遺してたのかな?
ああ、やっぱり罰って来るんだね…。
540 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/07/20(金) 04:03:11.80 ID:FKWrXIy5O
倒れた時、雪がクッションになってくれて。それは布団に飛び込むような心地よさでした。
刺されても、意外と色々考えられるんだ…。
ガサのお父さんは、ナイフを手に何処かへ消えてしまいました。
終電を過ぎたクリスマスの夜、他に誰かが通りかかる事もない。
じわじわと、周りの雪が真っ赤に染まって。それもすぐに積もっては消えて行く。
次第に体も雪に覆われて、私は溶け込んで行くかのよう。
このまま、一人で死ぬんだね……いいね、これ程相応しい死に様も無いよ。
もう、生きてくのに疲れたんだ…これで終われるなら、きっと最高のクリスマス。
…でもあの連載は、終わらせたかったな…それも含めて、私らしい終わりかぁ…。
541 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/07/20(金) 04:04:22.33 ID:FKWrXIy5O
「メリークリスマス。」
542 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/07/20(金) 04:06:16.94 ID:FKWrXIy5O
そんな時、確かに声が聞こえたんです。
何年経っても、一度も忘れる事なんて無かった声。
あの頃と同じ、白い軍服を纏う姿。
あぁ…やっと会えた…。
「……ジュン!!」
抱き着いた私もまた、あの頃の姿で。
触れれば触れただけ、その存在を感じられる。
……ずっと…ずっと会いたかった!
「……今までどこにいたの?」
「…どこか遠くさ。」
「………ばか。」
夢じゃないんだ…ましてやここは天国でもない。
確かなものとして、こうして抱き合えている。
重ねた唇は、あの頃のまま。
もう魂はいつでも二人。きっと変わる事も無い。
543 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/07/20(金) 04:07:20.80 ID:FKWrXIy5O
「……これで、ずっと一緒だね。」
「………。」
黙ったまま、彼は優しく私の髪を撫でて。
ようやく口を開いたのは、その直後の事でした。
「………そう言う訳には、行かないんだよ。」
「…………どうして?」
「簡単な事さ…お前は、生きるべき人間だからな。」
「……!?」
雪が、強くなる。
それはやがて吹雪に変わって、彼の姿を覆い隠して行く。
「……ジュン!!」
「時間みたいだな…お前には、帰るべき場所があるだろう?」
「…嫌だよ……もうジュンのいない世界なんて耐えられない!!
お願い…私も連れてってよ……ねえ!!」
「………ごめんな。」
「……ジュン……待って!!」
吹雪はやがて、真っ白な世界に変わって行く。
白く白く、目の前全てが真っ白に塗り潰される。
“生きるんだよ、お前は。”
最後にその声が聞こえて、世界が白く暗転した時。
目覚めた私の目には、真っ白な天井が映っていました。
544 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/07/20(金) 04:08:41.28 ID:FKWrXIy5O
「……先生!患者さんが意識を取り戻しました!」
その声に我に帰ると、次々と白い服の人達が部屋に雪崩れ込んできて。
そこでようやく、ここが病院だと理解出来たのです。
「………っ!?」
「ああ、まだ体を起こさないで。
危ない所でしたね…出血多量で一時危篤だったんですよ。
あちらにいらっしゃる方にも、輸血の協力者集めに奔走していただけまして…。」
奥の椅子に腰掛けていたのは、連載の担当さんでした。
彼は眠っていて…その顔には、深い隈が刻まれている。
「………ん……青葉先生!?
良かった……本当に良かった……!!」
自分の事のように号泣する姿に、いつかのジュンの姿が重なります。
その時、確かに私の肩に何かが触れたんです。
545 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/07/20(金) 04:09:50.11 ID:FKWrXIy5O
“俺はもういないけど、それでもお前を待ってる人がいるんだよ。
マリ……達者でな。”
546 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/07/20(金) 04:11:22.08 ID:FKWrXIy5O
優しく微笑んで、手を振る影。
それは幻なのかもしれないけど、確かにそこにいたんです。
ジュン……ずっと、守ってくれてたんだね。
過去は消えない、未来は疑いたくなる事ばかり。
心の痛みは変わらないけれど、それだけじゃ悲しい。
そうだよ、あの日から必死で生きて書き続けたじゃん…だから死を望むのは、あの人の遺志に背く事だ。
この時ようやく、私はジュンの望みを受け入れる事が出来たんです。
全てを失ってしまったけど、それでも生きようと。
いつかまた、何かを得る日が来るって。
ジュン…寂しいけど、私は生きるよ。
何があっても、本当に尽きてしまうまでは。
547 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/07/20(金) 04:12:24.40 ID:FKWrXIy5O
“…よく頑張ったな…!”
“うん…二人とも元気だよ。予定通り、男の子と女の子。”
“双子だもんな、賑やかになるぞ。
名前は前から決めてた通りでいいんだよな?”
“ふふ…うん、『サクラ』と、『ジュンイチロウ』って。”
548 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/07/20(金) 04:16:28.54 ID:FKWrXIy5O
『青葉マリ(あおばまり、××年×月×日-)は、日本の小説家、エッセイスト。
幼少期から叔父の影響で記者を志し、叔父に師事。
高校在学中の頃、叔父が取材中、深海棲艦による襲撃にて殺害される。
それを機に高校卒業後、艦娘として従軍。ペンネームである青葉マリの名は、この時適合した青葉(重巡洋艦)から取られている。
深海戦争の終結後、退役し××社の記者として勤務。
この頃海軍大佐暗殺事件、海軍大佐艦娘強姦殺人事件、憲兵隊特捜部不正粛清事件の3つの事件に纏わるスクープを掲載。
後に事件の真相究明、当時の閣僚や関係者の相次ぐ逮捕に繋がる重大な報道となった。
__年に××社を退社し、以降1年程フリーランスとして生計を立てる。
その頃知人の勧めにより、処女作を執筆。これが__賞を受賞しデビュー作となる。
その後も__賞の受賞、映画化と繋がり、_年までに80万部を売り上げるベストセラーとなった。
_年12月、当時住んでいた__区の路上にて、男に刃物により刺される。
その後一時危篤となるが、一命を取り留めた。
_年_月、1歳年下の出版社勤務の男性と結婚。
_年秋、双子として二児を出産。
_年にそれぞれ戦災孤児、被虐待児童の為の2つの基金を設立。
これらは艦娘として従軍していた頃、同僚に孤児や虐待経験者がいた事を機に設立された。
小説家として精力的に活動し、これまで長編を10冊、短編集を2冊、エッセイ集を3冊発行。
その内5作品は各々映画化、ドラマ化され、こちらも大ヒット作となった。
生涯現役を宣言し、寝たきりになるまでは書く事を目標として掲げている。
座右の銘は、「尽きるまでは生きる」。』
549 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/07/20(金) 04:17:24.84 ID:FKWrXIy5O
青葉「けしの花びら、さえずるひばり。」 完
550 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/07/20(金) 04:25:40.00 ID:FKWrXIy5O
当初はある方達の復活を機に書き始めたSSでしたが、かなり重いお話となりました。
書く方としてもそれなりにメンタルを整えて進めなければならず、長い時間が掛かってしまいましたが、ようやく完結できて安堵しています。
今までお付き合いいただき、誠にありがとうございました。
551 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/20(金) 06:08:10.24 ID:rKdpkbrMo
珍しく重い話でしたが…完走乙でした。
また、次の作品を気長にお待ちしております
552 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/20(金) 08:58:14.86 ID:7V+j8eiKO
終わってしまった…
約1年3ヶ月、ずっと読ませていただきました
お疲れさまです
553 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/20(金) 09:47:37.40 ID:na/a5ZHFO
完走乙でした。一応ハッピーエンド、なのかな?
また気が向いたらシリアスもの期待してます。
554 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/20(金) 19:18:00.02 ID:9IJILNKR0
乙です
北上SSのときはそう感じなかったけど
今回はなんか作者の独り善がり臭がして
自分には合わなかった...
555 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/20(金) 20:23:40.15 ID:sIUhN25t0
乙
556 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/20(金) 20:23:49.76 ID:zoYriRywo
完走乙です
557 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/20(金) 23:36:28.66 ID:pGdN2FqU0
北上「離さない」の方でしたか
良いものでした
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クオリティの高いサービスを貴方に
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