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青葉「けしの花びら、さえずるひばり。」
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357 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/02/03(土) 03:38:43.66 ID:rBI88CKnO
「……!!…マユ……。」
「………。」
「風邪引くぞ。早く帰れよ……。
…………え?」
358 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/02/03(土) 03:40:10.97 ID:rBI88CKnO
叫び声、あんまり聞こえなかったなぁ。
でも最後に名前を呼んでもらえたの、嬉しかった。
だって…私が彼の最初で最後の女で、最後に名前呼んだのも私で。
それってもう、永遠って奴でしょ?
それで彼の命も、私のものになったんだから。
そう…私は一生人殺しだもん。
一人殺したら、その後100人殺そうが人殺しなのは変わんない。
ひとごろしのそばにはだれもいてくれないなら、ひとごろしはひとりぼっちなら。
そばにおいちゃえばいいんだ。ころしてでも。
「………っ!!…はぁっ、はぁっ…。」
その時ね、私…何もしてないのに……ふふ。
まるで初めて彼とした時みたいに、好きな人とひとつになったみたいで。
359 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/02/03(土) 03:41:27.79 ID:rBI88CKnO
その1年ぐらい後かな。
違う人を好きになっちゃったのは。
その人は教育実習生で…近くのアパートに住んでるのをたまたま見かけたの。
その人ね、運動部の練習にも参加してたんだ。
それで休みの日、忘れ物したからって嘘ついて学校行って…こっそり鍵を盗んで。
また別の忘れ物した!!って、学校に戻ったの。
寒い日だったなぁ、『手袋外せなかった』よ。
その日の晩、アパートに消防車がいっぱい来てた。
近所に避難指示も出てたかな?
そのアパートのお風呂場、内開きでね。
良い角度のとこに、『蓋開けた洗剤を2種類置いた』んだよね。
結局自殺って事になったよ。
360 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/02/03(土) 03:42:35.39 ID:rBI88CKnO
でもね、提督はちょっと違うんだ。
恋愛感情って言うよりさ…仲間が欲しいなって。
わたしのきもちをわかってくれる、ひとごろしのなかまが。
あの人は私とタイプ違うけど、きっと分かり合えるんじゃないかな。ずっとずっと仲間でいてほしいんだ。
まぁ……別の興味もあるしね。
青葉だけだよ…殺さなくてもずっと一緒にいてくれるって思えたのは。
私、あの子にもそう思って欲しいの。
ガサなしじゃ生きてけないってぐらい、そう思って欲しい。
あの子は元カレや叔父さんの事で、裏切られたり大切な人がいなくなったりするのに、トラウマがある。
それでちょっと…人に依存したいしされたいって願望があるな、って思ったんだ。
だから考えたの……ふふ。あの子が一生私から離れられなくなる方法を。
それはね……ほんと、提督様様だよ。
361 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/02/03(土) 03:43:37.24 ID:rBI88CKnO
「…………。」
目を覚ますと、ベッドの中にいました。
手があったかいなぁ……ぼやけた頭でそのぬくもりの方に視線を動かすと…。
「………ジュン。」
そこには、私の愛する人がいました。
彼は何も言わず、ただ微笑んでいて。
私は少し軋む体を起こして、彼に手を伸ばして。
でもそれより先に、彼の方から私を抱きしめてくれたんです。
「…………良かった。本当に、良かった……!」
耳元で聞こえる声は、少し震えていて。
体中に伝わるぬくもりに、私も思わず涙が出て。
この瞬間の私達には、きっとそれ以上の言葉はいらなかった。
ただただ、私達はそうして生還の喜びを噛み締めていたのでした。
362 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/02/03(土) 03:44:34.24 ID:rBI88CKnO
「…………あれからどれぐらい経ったの?」
「2日だ。その間ずっと、お前は眠ったままだったよ。」
私、そんなに…。
ぼーっとしていた目も覚めて来た頃、ようやく部屋の様子が理解出来ました。
ここは医務室で…それと、ジュンの目元に深い隈がある事に。
「ちゃんと寝てる?」
「ん?ああ、あの後少し忙しかったからな…大丈夫、毎日家に帰ってるよ。」
「……ほんとに?」
「はは…い、いや、仕事の後はずっとここに……。」
「ばか!ジュンまで倒れちゃったらダメじゃんかぁ…。
……でも、ありがとう。」
「ふふ、どういたしまして。」
「うん…!」
またぎゅっと抱き付いて、おかげで彼の服は涙でびちょびちょでしょう。
でも無理した罰だもん。もう汚れるまで抱き付いてやるんだから!
そんな私を、彼はそのままにして。
落ち着くまで、ずっと髪を撫でてくれていたのでした。
363 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/02/03(土) 03:45:51.29 ID:rBI88CKnO
「………あの後、私結局どうやって帰って来たの?」
「…覚えてないのか?」
「うん……ある時から、記憶無いんだ。」
「………途中敵の増援はありつつ、重巡・青葉の活躍もあり敵は殲滅。
破竹の勢いで敵へと突入し、猛攻の末次々敵艦を沈めて行った…と言った所かな。」
「………本当は?」
「他の子達に担がれて戻って来た時は、血塗れだったよ。
ただ怪我自体は深くなくて、殆どが返り血だ。
………それと、戦艦棲姫の艤装の左腕を回収した。」
「………っ!!」
「検査の結果、上腕部に卍状の傷あり……いつか言っていた、君の叔父さんの特徴と合致する。
……お前が記憶を飛ばす程激昂した原因は、それだろう?」
「…………ジュン。」
私が口を開こうとした時、ジュンはおもむろに上着と軍帽を脱ぎました。
今の彼は、スラックスとインナーのTシャツだけ。
「………今からする話は、どこぞの軍人がプライベートでした噂話だ。」
その時私は、彼の意図を察したのでした。
364 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/02/03(土) 03:47:14.82 ID:rBI88CKnO
「海軍にはこんな噂がある。
『沈んだ艦娘は深海棲艦になる。』…或いは、『沈んだ死体が深海棲艦になる。』ってな。
相手はヒトではなく、未知の怪物だ。
故に人類は生物学的観点からも、敵を学ぶ必要があった。
そこである軍と科学班が、鹵獲した敵を生体解剖した。
あらかじめ艤装を無効化し、それでも警備に数人の艦娘を配置した、大掛かりなプロジェクトだ。
ところがだ。
通常兵器が効かないとされる敵に、すんなりとメスが通った。
敵に通常兵器が効かない理由は、防御障壁を張れる事にある。
しかしその個体は、鹵獲過程で散々艦娘の攻撃を受け、艤装も無効化されていた。
障壁を張るのが不可能な程弱体化させてしまえば、ただの人並の怪物でしかないと、まずはそこで分かった。
…そこまで弱らせる事が出来るのは、結局艦娘だけだがな。
艦娘にしろ深海棲艦にしろ、科学とオカルトの複合物と呼んで差し支えない。
そこで軍では、オカルトの面でも分析すべく、高名な霊能力者も呼んでいた。
その人の能力は、写真に霊体を収める事。
本格的な解剖に移る際、被験体を注射で殺す必要がある。
その魂が離れる瞬間を収めてもらう為だ。
結果として死ぬ瞬間を収めた写真には、二つの物が写った。
一つは深海棲艦の元であろう、真っ黒に吹き出す怨念と思わしきもの。
もう一つは……ほぼ消えかけていたが、『ごく普通の霊体』だったそうだ。
365 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/02/03(土) 03:48:33.20 ID:rBI88CKnO
研究チームに一気に緊張が走った。
次に科学班が本格的な解剖に入る。
骨格、内臓共に、表向きの構造はほぼヒトと合致した。
違いは二つ。
頭蓋骨が薄い膜状骨との二重になっていて、それが各種別で角や同じ顔を有している理由。
後は、生殖機能が飾りだって事ぐらいだ。
次に…本格的なDNA鑑定に入った。
結果は多様な海洋生物と……それとヒトのものも含まれていた。
『特に骨格からは多く』ヒトのものが出たらしい。
それを行方不明者リストに照合すると、何人か合致したって噂になっているよ。
……PT子鬼と俺達が呼んでる個体を、知っているだろう?」
「う、うん……。」
「ある国の軍が、倒した子鬼を何体か回収し、解剖とDNA鑑定をした。
丁度開戦から2年経った時期か……その国でも初襲撃の時、民間船が何隻か犠牲になっていた。
その中には遠足に出ていた小学生達が乗る船もあったらしい。
発見出来なかった遺体には、特に子供達のものが多くてね。
DNA鑑定の結果は………言わずもがなって噂だよ。」
「…………っ!?」
「……まぁ、あくまで噂話だ。だが仮にそれが真実だとするなら、こうも言える……。
殺す事が、肉体の本来の持ち主を開放する事でもあると。」
そう言うと、彼は私の手を掴んで。
暖めるように、優しく包んでくれたのでした。
それはせめてもの気遣いだったのでしょう。
……ジュンはきっと、私が何を思っているのか分かってくれるでしょうから。
366 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/02/03(土) 03:50:10.07 ID:rBI88CKnO
「たまたまそうだっただけかもしれないけど…あの艤装は間違いなく叔父さんだったよ。
私達にしか分からない事話して、最期ね…ちゃんと叔父さんの声で話してくれたんだ。
とどめを刺した時、返り血があったかくて…こうして起きた今も、ありありと思い出せるの。
“殺してくれ”って…叔父さん、自分の腕ちぎってまで自我を保とうとして……。
ジュン…これで良かったのかな…?」
「……お前は求められた助けに、応えただけだ。
今は泣けよ。でも悔やむな。悔やめば本当に叔父さんが浮かばれない。」
「うん……う……ひっ……。」
「……大丈夫だ、俺しか聞いてない。胸ならいくらでも貸してやるよ。
泣けるなら、まだ大丈夫だから。」
「うん……ありがとう……。」
その夜、私は彼の胸で子供のように泣きました。
明け方私が泣き止んで眠るまで、彼はずっとそばにいてくれたんです。
固く固く、手を繋いだままで。
367 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/02/03(土) 03:51:16.55 ID:rBI88CKnO
今回はここまで。
368 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/02/10(土) 13:01:56.97 ID:kxRu56uZO
普通の生活に戻る許可が出たのは、翌日でした。
でも旗艦への命令違反と言う形で、ジュンから3日間の出撃停止を言い渡されたのです。
私を休ませる為の、便宜上の処分みたいですけどね。
一緒に出撃した仲間たちからも、「休ませてあげた方がいい」と打診があったとの事でした。
そんなに心配されるって…私、あの時一体……。
そうやって思い出そうとすると、こめかみに痛みが走りました。
……?
この匂いって…。
ふと感じたある匂いも、どうやら気のせいのようで。
自室のベッドに横になってみると、気疲れなのかどんどん眠気が押し寄せて来ました。
眠いなぁ……
……………。
369 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/02/10(土) 13:02:41.50 ID:kxRu56uZO
“戦艦棲姫だ!”
“青葉!今だ撃て!”
せんかんせいきをころした。
ぎそうがぼうそうした。
それもころした。
からだにおおきなあながあいた。
かえりちが、あったかい。てつのにおい。
“青葉!よくやった!”
血まみれのそれを見る。
“マ……リ………。”
そこにはぐずぐずにくずれたおじさんがいた。
370 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/02/10(土) 13:03:36.70 ID:kxRu56uZO
「…………!!」
悪い夢を見たけど、叫び声すら上げられませんでした。
心臓が痛いぐらいばくばくしていて、冬なのに汗まみれで。
頭から水を掛けるような静寂で、ようやくそこが自室だと理解出来たのでした。
目覚めてしまえば、そこはひとりぼっちの部屋。
ゆうべはジュンがいてくれたけど、一人になった今、ようやく込み上げて来るものを生々しく感じていたのです。
ふと鼻の奥に、血の匂いを感じました。
じっとりとした寝汗はまだ暖かくて、それはまるで……そう思った瞬間、心臓に鉄を針を刺されたような嫌な感覚が走って。
ガタガタと震える手で、私は必死に目からこぼれて来るものを押さえていました。
そうだよ…私は……この手で叔父さんを……。
血が…たくさん……。
その時また、こめかみに痛みが。
それに思わず目をしかめると…ある光景が広がって。
ミンチになるまで主砲を撃って。
片手で首を引きちぎって。
命乞いをする敵に魚雷を放って。
返り血と血煙の光景。思い出す頬の感触は……。
あのときわたしは、わらっていた。
気付いたら私は、ジュンの家の前に立っていました。
今は雨降り。寮を出た記憶もおぼろげで、足元は裸足のまま。
「…明日は俺も休みだ。しばらくここにいるといい。」
そんなひどい姿の私を見ても、彼はそう微笑んで家へと招いてくれました。
371 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/02/10(土) 13:05:02.63 ID:kxRu56uZO
冷えた体を暖めるよう、お風呂を勧められました。
私はそう言われて、一緒に入ってと懇願したのです。
……今は血のぬくもりを思い出しそうで、とても怖かったから。
初めはシャワーの感覚にゾッとしそうになったけど、髪を洗ってくれる手が、それを溶かしていく。
その後二人で湯船に浸かりながら、私はずっと彼の胸にもたれていました。
人肌は血に近い温度でも、あの冷たい感じは全くなくて。
そのぬくもりに溺れている時、ようやく怖さを忘れる事が出来ました。
同じベッドに入ると、私は彼に近付いて…手首の傷が残る左手を掴んで。
くちびると舌を傷に這わせれば、脈拍の振動が伝わって。
ただ彼の命が今もある事。それが嬉しくて。
「ジュン……おねがい、して?」
縋り付くように腕を絡めて、私はそう囁いたのでした。
372 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/02/10(土) 13:06:28.26 ID:kxRu56uZO
行為の最中に歯や爪を立てるのは、私なりの独占欲の表れでした。
でも、私が与えた痛みや傷が彼の感情を呼び戻したのは…今はもう、ふたりの中では確かな事でしたから。
噛み付いた血の味だけは、あんな事が起きた今でも怖くない。
爪の間に食い込む肌も、ぬるりとした血の感触も、何もかも愛おしくて。
命を確かめ合うような、そんな瞬間でした。
それはかけがえの無いもの。
わたしだけのもの。
でも……わたしだってほしい。
その時私の中に瞬いた欲望は、とある恐怖の裏返しだったのかもしれません。
「ジュン……背中、引っ掻いて…血が出たっていいよ。
私をジュンだけのものにして…。」
肌に走る痛みさえ、とても甘いものに思えました。
背中を滴るのは、私の命。
指先や舌に残るのは、彼の命の感触。
血と血が混じり合うような痛みは、ここにふたりが生きている事を教えてくれる。
もう一生、私からこの人の跡は消えない。
それは今夜芽生えた『あるお願い』を、彼に伝える為の傷。
「…ふふ。傷、残っちゃったね。」
「…大丈夫か?」
「うん!これでずーっと、ジュンと一緒だもん!
………ねえ、お願いがあるの。」
「………何だ?」
「もしね、私が沈んで深海棲艦になっちゃったら…鹵獲して欲しいの。
それで弱らせるだけ弱らせて…もう何も出来なくして……。」
くらいくらいよくぼうに、どこまでもおちていく。
きっとかなしくさせてしまう。
それでもいわずにはいられない。
373 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/02/10(土) 13:07:06.45 ID:kxRu56uZO
「………その時はジュンの手で、私を殺して。
ずっとずっと、私の事を覚えてて。」
374 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/02/10(土) 13:07:47.04 ID:kxRu56uZO
不安や恐怖に駆られた人間は、自分の事しか考えられないのかもしれません。
もしくは……私がクズなだけなのでしょう。
この時私は精一杯の笑顔で、痛々しいお願いを囁いたのでした。
「……ばーか。そんな日が来てたまるかよ、俺が絶対沈ませねえからな。
そうだな…もしそんな事があったら……。」
子供みたいにはにかんで、私を小突いてみたりして。
そんな優しい笑みで彼は…
「その時は、俺も死ぬ。」
一縷の迷いもなく、そう言い切ったのです。
375 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/02/10(土) 13:08:33.35 ID:kxRu56uZO
「…………ばか。」
「至って真面目だよ。」
「うん……ごめんね、変な事言って。」
ぎゅっと抱き付けば、胸の奥は暖かくて。
もう誰にも渡したくないぐらい、それは大切なもので。
そんな未来が来ないよう、生きようと私は決めたのでした。
血の匂いも返り血のぬくもりも、忘れる事は出来ないけれど。
人の笑顔が何よりのスクープだと遺してくれた叔父さんの為にも、私も笑って生きて、そばにいるジュンを笑わせて行きたいって。そう思えたんです。
「ジュン……生きよ。」
「……当たり前だ。」
それ以上の言葉は、この夜には要りませんでした。
ただ抱き合って、心臓の音を感じて。
この時私は悪夢どころか夢も見ないような深い眠りに、ようやく辿り着けたのでした。
376 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/02/10(土) 13:09:18.97 ID:kxRu56uZO
ふと目を覚ますと、彼はテーブルに置いたタバコと錠菓へと手を伸ばした。
きついミントの錠菓を噛み砕き、メンソールの煙を深く吸い込む。
その時少し上下していた彼の肩は、崩れるように落ち着きを取り戻していた。
ベッドへと戻り彼女の髪を優しく撫ぜ、彼はその体を抱き締めた。
髪の香りに混ざる彼女の匂いとぬくもりに、彼はようやく安堵を感じている。
“人殺し………か。分かってんだよ、そんな事は。”
先程見た悪夢の中で、彼へと吐き捨てられた言葉が何度となく蘇る。
彼女の髪を撫ぜ、彼は誰に聞かせるでもなく、ぽつりとある言葉をこぼした。
「…それでもお前だけは、絶対に守るからな。」
この翌年、人類は勝利を迎える事となる。
だが、青葉にとって。
それ以上に彼にとって忘れる事の出来ない戦いは、その前にこそ訪れる事を。
この時のふたりは、まだ知らずにいるのであった。
377 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/02/10(土) 13:10:05.99 ID:kxRu56uZO
今回はここまで。
378 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/02/10(土) 13:10:33.77 ID:WTCCq5nbO
偶然開いたらリアルタイム更新だったわ
おっつおっつ
379 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/02/20(火) 06:29:13.47 ID:UQb2c9ARO
いつかのとある春の日。
小川沿いに続く桜並木を、一人の女が歩いていた。
ひらひらと舞う花びらは、彼女の黒髪をより色濃く映えさせる。
しかし春風の音は、イヤホンに阻まれ彼女の耳には届かない。
だが、桜吹雪の中、彼女の中には違う風音は響いていた。
いつかこの小道を歩いていた頃の風が。
“……あの時は確か、もう葉桜だったわね。”
甦るのは、まだ彼と付き合い始める前の、デートとも言い難いような散歩の記憶。
葉桜ではあれど、その頃も今日のように花びらは舞っていた。
違うのは、その頃はふたりでいたと言う事。
380 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/02/20(火) 06:30:18.87 ID:UQb2c9ARO
『話したい事…山のようにあったけど……もうどうでもいい…今は君に…』
イヤホンから流れる歌声に合わせ、ぽつぽつと唇が揺れる。
この道のあと3つ角を曲がれば、今は毎週通うだけの実家へと辿り着く。
ああ、別れたあの日もこの道を通っていた。
それをふと思い出し、歌をなぞるだけだった唇が、不意に小さな声を発した。
「花吹雪…風の中…君と別れた道……」
気付いた頃にはもう、彼女は玄関の前に立っていた。
今日は妹は出撃でおらず、ここにやってきたのは彼女のみ。
それでも毎週通う慣れ親しんだ我が家ではあるが、一人の時にこそ甦るものがあった。
自室の引き出しを開けると、そこには大量の血の付いたハンカチが一枚。
あの公園での件で、当時手当てをしようと使ったもの。
彼の命が、おびただしく染み付いたもの。
「ジュン……。」
何故今もそのハンカチを持っているのかは、彼女にしか分からない。
ただ一つ確かなのは。
それだけが彼女にとっては、明確な彼の跡という事だけだった。
381 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/02/20(火) 06:31:38.42 ID:UQb2c9ARO
あの件から一月以上経ちました。
年も明けましたし、もうお正月ムードもとっくに過去のもの。
その間も色々ありましたねぇ…まずは事情があって、みんなより少し遅くお正月休みをもらっていました。
警察の事情聴取に行く為、正月明けにこそ地元にいる必要があったからです。
当時の事や人となりについて根掘り葉掘り訊かれましたけど、あの時みたいに体調を崩す事は無くて。
事件そのものについては色々と思う所はありましたが、それ以上の事は感じませんでした。
やっと過去に出来たんだなとも思いましたね。
あと…改めて叔父さんのお墓参りに行きました。
緘口令との交換条件ですが、青葉のDNAを提供して…鑑定の結果は、やっぱり叔父さんのもので間違いなかったそうです。
あの腕は研究所に送られちゃいましたけど、あの人はやっと本当の意味で眠れましたから。
今度こそ安らかにいられますようにって、そう思いながら手を合わせたものでした。
382 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/02/20(火) 06:33:01.20 ID:UQb2c9ARO
一見いつもの日常に戻ったようですが、ちょっとした変化もありました。
和解した頃から山城ちゃんとはよく連絡を取っていて、気付けば演習でどちらかが出向くとご飯を食べに行く仲に。
そこまで他所の鎮守府の子と仲良くなれたのは初めてでしたし、他所の面白い話を聞けるのはこう…記者魂がふつふつとしたり。
そっちは私が担当してる季刊誌には、書けない事ばっかりですけどね。
それで明日はお休みな訳なんですが…なんと、山城ちゃんがプライベートで遊びに来ます!
こっちにあるアウトレットモールに来てみたいとの事で、青葉は道案内です。
なので今日は早めに寝る準備をして、いざ布団に潜ろうとした時の事でした。
「青葉ー…って、あれ?もう寝るの?」
「んー、山城ちゃん知ってる?明日あの子と遊び行くからさ。」
「あー、あの鎮守府の?ドラマ録っといたけど、また今度でいい?」
「そだねぇ、次の夜戦前にでも…ごめんね。」
「了解!じゃあおやすみー。」
ガサの誘いを断って、私はそのまま寝に入るとしました。
あそこのワッフル気になるんだよねぇ…チョコソース掛かってて………むにゃ……すう…
383 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/02/20(火) 06:34:26.10 ID:UQb2c9ARO
“あのメンヘラそうな奴かぁ………邪魔しやがって…痛っ!?
いっけな…また爪噛んじゃった。”
384 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/02/20(火) 06:36:02.69 ID:UQb2c9ARO
「おはよー!」
「ええ、おはよう…。」
朝、駅に向かってみると、何やら青い顔をした山城ちゃんが。どうしたんだろ?
「大丈夫?」
「さっき線路に財布落としちゃって……ふ、不幸だわ…。」
「中身は無事だったの?」
「そこは幸いね…。」
「まぁまぁ、じゃ、気を取り直して行こっか!」
あはは…や、山城ちゃんらしいなぁ…。
私鉄に乗り換えてモールに向かう途中、私達はとりとめもない話をしていました。
そんな中で、私はぽつりとある事を訊いてみたのです。
「そう言えばさ、今日どうしてこっちまで来たの?」
「え?う、うーん、買い物と……その、それと青葉ちゃんに相談したい事が…。」
……ははーん。これはこれは、面白そうな匂いがしますねぇ。
ちょっとばかり頬を赤らめる様は、間違いなくそうでしょう。
「ふふ……好きな人、できた?」
「……!!……うん、まあそんな所ね…。」
そう突っ込んだら、あの子は幸せそうに微笑みました。
ふふ…良い顔するようになったなぁ。
385 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/02/20(火) 06:37:50.83 ID:UQb2c9ARO
「なるほどねぇ、資材課さんかぁ…。」
「そうなのよ…休みの日にたまたま街で会って、そこから段々話すようになったんだけど…。」
「ふむふむ、進展出来るほどは、なかなかがっつり話せてない…と。」
モールでお茶をしつつ出て来たのは、そんな話でした。
艦娘と資材課さん達じゃ、確かに偶然を装って会うのも限界があるかも。普段いる場所が、全然違いますからねぇ。
唯一しっかり被るのは朝夕の食事時のようですが、資材課の人達で固まって食事をしてる事が多くて、なかなか話しかけにくいんだとか。
「いつも短い世間話しか出来ないのよ…連絡先聞くまでに至れなくてね。」
「あんまりお仕事の邪魔も出来ないもんねぇ……アピールする時間がなかなか取れないと。」
「そう。こっちの提督は察してくれてて、資材課に渡す書類だけはいつも預けてくれるんだけど…それでも手短にしないとで。」
「うーん…あ!じゃあこうしよっか!」
「何?」
「発想を逆転させよ。短時間で詰めるなら、効率重視だよ!
差し入れにメッセージとラインのID添えて、モロにアプローチ!こうなれば短期決戦だって!」
「……な、なるほど…確かに今の状況だと、じっくりとは行けないものね。」
「ここで差し入れってのがキモだよ!手作り弁当とかまで行くと重いからだめ。
あくまで売店のお菓子とかにして、それとなーくビニールにメモ入れてさ。」
「うん…確かにそうね……わかった、やってみるわ。」
「その意気その意気!」
良かったなぁ…今日ここに来た目的も、きっとその人に見せる服を買う為なのでしょう。
恋する女の子はかわいいですねえ。写真撮っちゃいたいぐらい眼福ですよ。
386 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/02/20(火) 06:38:42.11 ID:UQb2c9ARO
知り合った頃はギスギスした関係でしたし、私も本当にひどい事をしましたけど。
今こうして仲良くなれたのは、やっぱり嬉しいものです。
この子にとっては、やっとジュンの事は過去になったのでしょうけど…大好きなお姉さんの恋人に横恋慕をした事は、きっとこの子自身にとっても、自責の念に駆られる過去だったのでしょう。
彼や戦争を憎まないと持たないぐらい、すり減ってしまっていたのだと思います。
だからなおさら今側にいる私が、彼を幸せにしないといけないって。改めて思いましたね。
新しい友達が、ちゃんと新しい幸せを掴めるように手伝いもして。
それがこの子への、せめてもの償いかなって。
……扶桑さんにも、何かいい事があるといいな。
「あ。青葉ちゃん、せっかくだから写真撮りましょ。
“お姉ちゃん”が元気にしてるか気にしてたわよ?」
「あ…うん!じゃあ撮ろっか!」
自然に出て来たお姉ちゃんと言う言葉は、それだけこの時素を出してくれたって思えて。
そのおかげか私達は、随分と楽しそうにカメラに映っていました。
本名も教えてもらったけど…今は艦娘同士なせいか、やっぱり自然と艦名で呼び合っちゃって。
ジュンとの事だけじゃなく、いつか今の仲間達と自然と本名を呼んで遊べるような。
そんな日々が訪れるよう頑張ろうって、この時また決めました。
387 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/02/20(火) 06:44:30.43 ID:UQb2c9ARO
「今日はありがとう。青葉ちゃん、またね!」
「うん!気をつけてねー。」
山城ちゃんを見送って駅を出ると、ちょうど見慣れた車が駅前に停まっていました。
迎えに行くって言ってくれてたもんね…ん?あれ、珍しい組み合わせだ。
「ガサじゃん、どうしたの?」
「ふふー、提督が出るとこに鉢合わせたんだ!じゃあ一緒に行きますってね!」
「そう言う事さ。さて、寒いし帰るか。」
「迎えありがとね、ジュン……じゃなかった司令官!!コンビニ寄ってもらってもいいですか!?」
「ふふふ…上官をうっかり呼び捨てする関係……衣笠、見ちゃいました!」
「もう!怒るよー?」
「あはは。まぁまぁ、衣笠の前ぐらいならいいだろ。」
後部座席から私をからかって、ガサは楽しそうに笑っていました。
彼もまた、それを見て微笑んでいて。
二人とも辛すぎる過去を背負ってるけど、今はこうして笑えてる。
まだ戦いに生きる私達だけど、一たび陸に戻ればこんな風に笑い合える恋人がいて、仲間がいて。
これが当たり前になるように生きなきゃ。どこにでもあるこんな日々を、守って行かなきゃね。
そんな事を思った、冬の日の夕暮れの事でした。
388 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/02/20(火) 06:45:41.96 ID:UQb2c9ARO
それから更に、2週間が過ぎた日の夜。
眠ろうとした時、山城ちゃんから通知が来ていました。
進展してるって聞いてたけど……電話?どうしたんだろ?
え!まさか振られたとかじゃ!?
「もしもし?」
『…………青葉ちゃん…。』
元気が無い。まさかあんなに上手くいってそうだったのに……。
でもそれは、見当違いだったと直後に分かったのです。
『姉様が………お姉ちゃんが、行方不明になったの………。』
予想だにしない、最悪の事態を以って。
389 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/02/20(火) 06:46:32.76 ID:UQb2c9ARO
今回はここまで。
390 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/02/23(金) 03:42:54.45 ID:ZbGgHjaLO
電話で山城ちゃんを落ち着かせた後、私はすぐに制服に着替えました。
向かうのは、執務室。
きっと今この状況なら、ジュンの所にも…!
「司令官!」
この呼び名を彼に使うのは、艦娘・青葉として行動する時です。
終業時刻は過ぎていますが、彼も制服を着てそこに座っていました。
「……聞いたか?」
「ええ、山城ちゃんから。状況は?」
「こちらにもさっき応援要請があった。戦艦・扶桑は本日1740、帰投中艦隊よりはぐれ消息不明。
当鎮守府、××基地、__鎮守府合同にてこれより捜索作戦を発令する。青葉、招集を掛けてくれ。」
「はい!」
すぐさま動ける人が集められ、捜索へと出向いて行きました。
艦娘の戦死時、遺体の回収は厳命されています。
昔は遺族への配慮と思っていましたが…今なら、その理由も分かる。
一瞬過った想像に首を振って、私はそれを?き消ししていました。
潜水艦の子達を主とした捜索隊は、夜の海を探していました。
最後に反応が途切れたのはその辺り…ですが夜の海は暗く、照明を装備した艦娘達が次々増援に向かっていて。
司令官と青葉は、モニター越しにその様子を見守っていました。
391 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/02/23(金) 03:44:44.95 ID:ZbGgHjaLO
『ゴーヤ、そっちはどうだ?』
「生体反応ナシ。この近辺で撃沈されたなら、敵の魚雷片があるはずでち。今の所は…」
『イムヤ、そっちは?』
「何も無いね……待って!衣笠さん、照明上げて!上の方に何か浮いてる……よし!掴んだ!」
イムヤちゃんが補助艦に引き上げたのは、何かの布のようでした。
それは白いもので…カメラによく映るよう近付けられた時、私達はその正体に気付きました。
「嫌……そんな……。」
それは…少し焦げた、桜の染め模様で。
「………__中佐、直前の戦闘の首尾はどうでしたか?」
『戦闘そのものには勝利。扶桑についても被弾なしとの報告を受けている。
……だからそれは…消息を断つ際、何者かに攻撃を受け破れたものと見て間違いないだろう。』
『お姉、ちゃん……。』
『山城!?すまない、急病人が出た。少し通信を切る。』
通信越しに聞こえたのは、かすかに囁いた声と、人が倒れる音。
山城ちゃん……!!
「司令官!青葉も行きます!」
「わかった。艤装の手配は整備に伝える、みんなを頼んだぞ。」
「はい!!」
そう執務室を飛び出して、すぐの事でした。
「………クソッタレがぁ!!」
初めて聞いたジュンの怒鳴り声と、机を殴る音。
それがより、この事態の深刻さを感じさせたのです。
……何も思わないわけ、ないよね。絶対に見付けてやるんだ!
ですが……その日の捜索では、結局それ以上のものを見つける事は出来ませんでした。
392 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/02/23(金) 03:47:18.89 ID:ZbGgHjaLO
1週間が過ぎました。
今も捜索が続いていますが、一向に扶桑さんは見つからないまま。
最初の2〜3日は時折山城ちゃんに電話を掛けて、慰めていました。ですがそれも、今は出来なくなって。
徹夜の捜索に参加し続けた末、山城ちゃんは入院してしまったのです。
鎮守府に戻っても、情報面で捜索の手伝いをずっとしてたみたいで…艤装を外している時の疲労は、入渠じゃ回復できません。
過労とストレスにより、遂に倒れてしまったそうです。
ジュンもまた、心なしか疲れが見えていました。
いつも通り振舞ってるけど、私はあの時の物音も聞いてましたから。
捜索隊が集めた情報を見る肩は、どこか沈んでいるかのようで。
……青葉、じっとしてられないな。
「……少し、休んだらどうですか?最近あんまり寝てませんよね?」
「そうだな…少し疲れたかもしれない。」
彼を後ろ抱きしてみると、胸にかかる重さはいつもより深くて。
もう夜かぁ…気付けば捜索も任務も終わって、終業時刻となっていました。
「……時間だよ。少し横になろ?」
口調をプライベートに戻して、私は執務室に鍵を掛けました。
ここでこうしてジュンを膝に寝かせたのは、確か付き合い始める前でしたね。
髪を撫でてあげると、ふう、とより深い溜息が聞こえてきました。
393 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/02/23(金) 03:48:20.94 ID:ZbGgHjaLO
「………久々だな、この感じ。」
「そうだね…。」
あの歌がここに流れなくなったのは、いつからだったろう?
実は私もあの場所を見てしまった事は、今でも話せないままでした。
……今話せば、きっとこの人は余計落ち込んじゃう。
あの日私が帰投した時の事は、ガサが教えてくれました。
誰よりも先に母港に駆け付けて、私をドッグに運んでくれた事。
医務室に入った後も、暇を見ては着替えや下の世話まで見てくれていた事。
それでも顔色一つ変えず、皆の前ではいつも通り振舞っていた事。
皆に余計な心配を掛けたくなかったんじゃないかって、ガサは言ってましたね。
それだけ本来は、優しい人ですから。
だからこそ……彼が扶桑さんに感じるものは、私以上に重いはずで。
394 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/02/23(金) 03:50:00.62 ID:ZbGgHjaLO
「………扶桑さん、どこにいるんだろ。」
「どこかにいるさ、きっと生きてる。」
「そうだよね…私も約束したもん。
そう言えばさ、新人の時に扶桑さんにこうしてもらってたって言ってたよね?」
「そうだったな……あの時は立てないぐらい潰されてな。
起きたらあいつの膝の上で、おしぼり顔に当ててくれてた。
“あら?起きましたか?”って微笑んだ時の顔は、よく覚えてる。
その後すぐお礼言いに行ったんだけど…今思えばその頃には、もう惚れてたのかもな。そこで連絡先聞いたよ。
まさか付き合えるとは思ってなかったけど。
同期で知ってる奴はいなくて、おまけに知らない街だ。
最初は正直不安だったけど…あいつがそばにいてくれたお陰で、あそこでも上手くやっていけたんだと思う。
キツい訓練の後も、ヘマして上官に絞られた時も、あいつと会えば全部ふっ飛んでたよ。」
「そっか……ほんとに扶桑さんのお陰だったんだね。
ふふー、でもその頃は手が早かったんだねぇ。私の時、散々ぐいぐい行ってやっとだったのに。」
「…あー…確かに今まではお前以外、皆俺から口説いてたな。」
「へー…初耳だねぇ。何人?」
「待て、目ぇ怖いって。」
「ふふ、冗談だよーだ。
……扶桑さんとは、ほんとに仲よかったんだねぇ。」
395 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/02/23(金) 03:52:37.02 ID:ZbGgHjaLO
「……今だからこそ言えるが、結婚を意識する時もあった。
でもあの件があって、俺もああなっちまってな。
あの時俺はブッ壊れちまってたけど、振られた時は妙に納得が行ったんだ。
感情が戻って思い返した時、こう思った。
俺はあれだけそばにいてくれて、親身になってくれた相手を追い詰めた、死にたがりの馬鹿だったってな。
同時に…それでもそばにいて欲しかったとも、あの時感じてたんだって。
だが全ては、もう過ぎ去った事だ。
俺が俺を取り戻した時も、恋愛感情は消えたままだったよ。
4年前のあの日に、全部受け入れちまったんだと思う。
あの頃の俺では、当然の結末だったって。
あいつの幸せを思うなら振り切れって、死んだ心でも思ったのかもな。
講習に行った時な…復縁を迫られた。
びっくりしたもんさ、まだ俺を引きずってたのかって。
だが『今の俺』は、お前を選んだ。
だからはっきりと、戻れないって伝えたんだよ。
身勝手な話だけどよ…それでもあいつには、幸せになって欲しい。
俺がお前と出会えたように、あいつも時計の針を進めて欲しいって。そう思うんだ。
…死んじまったら、元も子もねえじゃねえか。
生きててもらわねえと、未来もクソもねえよ。」
「………うん。」
撫でていた頭を抱え込んで、私はそっとジュンの目を塞ぎました。
潤んだ目を見るのは、少しつらいものがありましたから。
扶桑さん……今だけは、この人の視線は譲ります。
あなたの為にも、山城ちゃんや皆の為にも…こんな事で死んじゃダメですよ。
やがてジュンの寝息が聞こえて、少しは休めるかな?って安心して……
『ビーー!!ビーー!!』
それを裂くように、彼の携帯から警報が鳴りました。
396 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/02/23(金) 03:53:47.85 ID:ZbGgHjaLO
「何!?」
「……緊急確認メールだな。」
「え、あれって……。」
緊急確認メールとは、早急に確認が必要な資料が添付されているメールです。
緊急出撃警報とは違い、あくまでこれから警戒すべき内容が記されているもの。
それは例えば…新種の深海棲艦の資料など。
そこまでメールの種類を思い出した時、何故か血の気が引いていくのを感じました。
メールを開くと映像が添付されていて、ある海が映っていました。
そこにいたのは、見た事の無い深海棲艦。
白い服に、黒い髪…艤装を取り巻く青い光は、彼岸花が生えているようで…。
カメラの映像がズームに変わって、顔へと近づいて……
397 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/02/23(金) 03:54:30.84 ID:ZbGgHjaLO
「_____サクラ。」
398 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/02/23(金) 03:55:12.45 ID:ZbGgHjaLO
彼が初めて、私の前であの人の本名を呼んだのは。
その時の事でした。
そこにいたのは他でもない、扶桑さんそのものだったのです。
399 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/02/23(金) 03:56:25.78 ID:ZbGgHjaLO
きっと、カメラに気付いたのでしょう。
あの人は真っ白になってしまった瞳をレンズに向けて、見た事のない妖艶な笑みをして。
“ジュン、迎えに行くわ。”
そう唇が動いたのが、私には理解出来ました。
「……畜生がああああああああっ!!!!!」
その瞬間のジュンの悲痛な叫び声を、一生忘れる事は出来ないでしょう。
鼓膜をつんざく声は、私にこれが現実である事を、容赦無く突き付けていたのでした。
400 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/02/23(金) 03:57:11.26 ID:ZbGgHjaLO
今回はここまで。
401 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/02/26(月) 08:30:56.89 ID:cC/82QC80
海峡夜棲姫とは違う感じかな?
乙です。
402 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/03/03(土) 00:46:21.20 ID:OAldzK6hO
この鎮守府に異動してすぐの頃は、あんまり馴染めなかった。
噂って奴は、尾ひれを付けて飛んで回るもん。
どうせどっかで聞き付けられて、また避けられるんだろうって思うと、なかなかその気になれなくてね。
そこからあんまり経たない内かな、あの子がここに来たのは。
「恐縮です!初めまして衣笠先輩!重巡・青葉と申します!」
一応姉妹艦としては姉だけど、あの子も最初は先輩呼びだったっけ。
最初は事務的に対応してたけど、なかなかしつこかったのをよく覚えてる。
それでちょっとうざいなって思って、ある時言ってやったんだ。
「研修あそこだったよね?死体蹴りのマユって聞いた事ない?」って。
あの子は丁度前いたとこが研修先だったから、色々聞いてるってカマかけたの。
そしたらあの子は……。
「ああ、あなたが…そのお話は先輩から教わりました。
でも私には、そこまで怖い人とは思えません。
緊急事態だったんですよね?そんな時に加減が出来る人って、実際どれぐらいいるんでしょうか。
せっかくの姉妹艦じゃないですか、仲良くしてくださいよぉ〜。」
今思えば、あの子も着任したてで不安だったんだと思う。
でも私にとっては……。
「そう?じゃあ私の事はガサでいいよ。
そうだね、一応あんたが姉だから…これから敬語は無しで!」
「……うん!よろしくね、ガサ!」
あの子を天使に思えるぐらい、あの時見せてくれた笑顔は眩しかった。
403 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/03/03(土) 00:47:49.61 ID:OAldzK6hO
メールが届いた直後、すぐにあの鎮守府から連絡が来ました。
最終的に複数の鎮守府で夜通しそれについてのネット会議が行われ、結論が出たのは明け方になってから。
内容は、討伐に向けた合同作戦について。
交戦した部隊はまだいませんが…『彼女』はかなりの戦闘力を持つと判断され、合同で排除に当たると言う方針となりました。
上層部としては接触が無い以上、あの個体が元は扶桑さんであるとはまだ断定出来ないとの事です。
でも私には、彼女が口走った言葉が理解出来た。
怨念が、海中の亡骸を媒体として実体を成す…それが敵の正体であるならば、一つの可能性がある事に私は気付いていました。
叔父さんのように、元の魂が強く残っているケース。
或いは、怨念が逆に…。
その仮説を頭で組み立てていた時、救難信号が執務室に響きました。
ナンバーを解析すると、それは普通の漁船からで……え?届く鎮守府全部に!?
『海軍の皆様、聞こえるでしょうか?
____私は、かつて××鎮守府にて、戦艦扶桑と呼ばれていた者です。』
その声がスピーカーから響いた時。
ジュンは今まで見た事の無い、喜怒哀楽の全てを通り越した絶望の顔を見せて。
はっきりと名乗る声は、私の仮説を証明してしまいました。
取り憑いたはずの怨念が、逆に元の魂に潰される事もあるんじゃないかって。
深海棲艦の力さえ、宿主が乗っ取る形で。
それが艦娘としてのスキルを持つあの人なら、その脅威は…!
404 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/03/03(土) 00:49:07.48 ID:OAldzK6hO
『今は乗員の皆様に“ご協力”いただいて、こうしてお話させていただいております。
ふふ、今の私はさしずめ、そちらで言う名も無き深海棲艦と言った所でしょうか。尤も…こちらには味方もいませんけれど。
早速で恐縮ですが…2日後、そちらへ攻撃をさせていただきます。
標的は__鎮守府。私の目的については、その際明らかになると思います。
今から30分後、船員の皆様には救命ボートで脱出していただきますが……その際、面白いものが見られると思います。
私からのせめてものご挨拶として受け取っていただければ幸いです。
では、当日はよろしくお願い致します。』
通信が一方的に切られ、今度はけたたましく電話が鳴り響きました。
通話を受けながら、ジュンはパソコンを立ち上げて…映し出されたのは、襲撃されたであろう漁船。
きっちり30分後、乗員さん達が救命ボートで船を去って行きました。
続いて甲板に現れたのは、あの人で…鉤爪のようになった手は、あの人が変わり果ててしまった事をより強調していて。
その手を海面に振ると、あるものが姿を現します。
それは昨日の映像で見た、ぽつぽつと青い彼岸花の生えた艤装。
そこに飛び乗って、船から少し離れて…漁船を遥かに越す高さの火柱が上がったのは、間も無くの事でした。
煙が晴れた時、漁船は跡形も無く吹き飛んでいて。
そこでカメラの映像は途絶えました。
405 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/03/03(土) 00:50:16.01 ID:OAldzK6hO
「……ええ、こちらでも確認致しました。
元帥…彼女はここを狙うと明言しましたよね。
__そうであるならば、我々は戦うのみです。
はい…かしこまりました。目標をその個体名とし、各艦娘に伝えます。
では、他鎮守府との会議もありますので。失礼致します。
……元帥からもお墨付きが出た。
その特徴から、海軍は暫定的にあの個体を『海峡夜棲姫・壊二』と名付け、迎撃態勢に入る。」
「…はい。」
「青葉、会議の内容がまとまり次第召集を掛ける。
恐らく合同作戦となる、しばらく自室にて待機していてくれ。
___この作戦は、必ず達成する。以上だ。」
「……はい!!」
その時のジュンの目を、忘れる事は無いでしょう。
全てを振り切り、覚悟を決めた軍人の目。
例えそれがかつて愛した人であろうと、殺す事を厭わない。
私は精一杯の声で、その指示に答えました。
406 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/03/03(土) 00:52:07.74 ID:OAldzK6hO
翌日、作戦の案がまとまりました。
扶桑さんのいた鎮守府との合同作戦となり、5段階の関門を構え迎撃する。
どこか一箇所でも足止め出来れば、そこに他戦力も集中し一網打尽を狙います。
殺意を持って攻撃してくる事は無いであろうと言うのが、ジュンとそこの司令官との共通意見でした。
多勢に無勢。個の戦力として強力ではあっても、こちらをしらみつぶしに撃沈するのは現実的では無い。
恐らくは、突破と到達を優先した攻撃をしてくるであろうと。
ジュンと扶桑さんの過去、向こうの司令官が見てきたその後の彼女。
あの時通信で届いた、扶桑さん自身の言動。
それらを照らし合わせて出た結論は…彼女の目的は国家や海軍への攻撃ではなく、ジュンの身柄そのものだと結論が出たのです。
あの鎮守府からの参加組は、その日の内にこちらへやって来ました。
その中には…退院したばかりの山城ちゃんの姿も。
でもあの子の顔は、予想とは違ったものでした。
407 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/03/03(土) 00:53:03.65 ID:OAldzK6hO
「……山城ちゃん。」
「青葉ちゃん……私もあの映像を見たわ。
ふう…不幸ね……こうなるなんて、本当に不幸だわ。」
きつく締められた鉢巻と、綺麗に洗われた制服。
何よりこちらに向き直った時見えた顔に…。
「姉様は……お姉ちゃんは……。
____私が殺す。」
赤い瞳には、悲壮な色。
昨日のジュンと同じ目をして、あの子はそう言い放ちました。
明日私達は、あの人を殺す。
その現実は、刻一刻と迫って来ていたのです。
408 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/03/03(土) 00:53:38.80 ID:OAldzK6hO
今回はここまで。
409 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/03/10(土) 03:11:45.02 ID:DLyoF5OIO
23時。
私達は仮眠から目覚めると、一斉に艤装を付けて持ち場につきました。
彼女が予告していたのは、明日という日付のみ。時刻については予告がありません。
そして0時きっかり、24時間体制の任務が始まったのです。
そこから数時間後、日が昇る頃。
未だに動きはありません。
偵察機、レーダー共に稼働させていますが…彼女は艦娘。恐らくは想定の範囲内でしょう。
ですから、戦いの幕開けは……!
『こちらチームA!偵察機の連携が切れました!敵襲の模様です!』
「来たか……まずはチームA、迎撃体制だ!出来るだけ足止めに集中してくれ!
チームB、Cは移動態勢を取りつつポイントにて待機!チームAより合図あり次第行動開始!」
『了解!』
410 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/03/10(土) 03:13:28.91 ID:DLyoF5OIO
遂に来た…!
偵察機経由でこちらに飛んでいた映像は、最後にあの人を映していました。
偵察機は再度撃墜される可能性がある以上、今頼りになるのは望遠カメラの映像だけ。
遠くの方で、火花が見えます。
発煙弾…!あの色は…。
「……赤の煙は突破だ。
チームA!そちらは無事か!?チームB、迎撃体制に入れ!」
『こちらチームA!ダメです!突破されました!
敵の艤装は分裂可能!総員分裂体に一時的に拘束され、目標の逃亡のち艤装も追従!!
負傷者無し!直ちにチームBの増援に向かいます!』
「分裂だと!?チームB!艤装に気を付けろ!
敵は複数いると思え!」
『了解!複縦陣に切り替えのち迎撃します!』
『分裂体3隻撃沈!ですが突破されました!』
『こちらチームC!2隻撃沈!本体は逃亡!』
次々と入るのは、分裂した艤装の撃沈と、本体突破の報告。
望遠カメラに映る映像は、次第にその人影を濃くしていました。
411 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/03/10(土) 03:14:47.15 ID:DLyoF5OIO
他に報告の中で増えた情報は、扶桑さん本体の速力は凄まじいものである事。
深海棲艦としての力でしょう、それは彼女本来の艦種ではあり得ない力。
まずい…でも、艤装の方は着々と倒されてる。
それは自らの武器を捨てるような戦法です、だとすればやはり目的は…。
『こちらチームE!応戦します!』
チームEは、肉眼で確認出来るような配置。
これを突破されたらもう…。
『……邪魔よ。』
その時、彼女の背から小さな艤装が顔を覗かせました。
最後の一匹が放った砲撃は、見た目に反して最も激しく、ちょうど艦娘同士の間を抜けて。
その軌道は、こっちに…!
412 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/03/10(土) 03:15:25.35 ID:DLyoF5OIO
『どごぉ!!』
413 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/03/10(土) 03:16:14.72 ID:DLyoF5OIO
爆発音と、建物を激しく揺さぶる振動。
それらが私達を襲う中、最後の通信が聞こえました。
『提督!目標がそちらに!逃げて!』
やはり、狙いはそうでしたか……。
未だ残る崩落音に混じり、かつかつと下駄の音が聞こえます。
あの速力なら、2階に開けた大穴にジャンプするなんて余裕でしょう。
後はここにいるであろう標的を拐えば、彼女の目的は達成。私達の完敗です。
本当に、その通りならば。
414 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/03/10(土) 03:17:18.38 ID:DLyoF5OIO
「山城ちゃん!」
「ええ、行くわよ!」
415 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/03/10(土) 03:19:17.28 ID:DLyoF5OIO
続いて響くのは、同じく砲撃の轟音。
ですがそれはですねぇ……私達の砲撃ですよ!
「…………っ!?」
あちゃー、壁吹っ飛ばしすぎちゃったかな?
でも少しはダメージ通ったみたい。少し口から血が垂れてますねぇ…。
最終関門は別だなんて、誰も言ってませんよね?
全ての可能性を起こるものとすれば、対策は仕込める。
例えばそう…突破を前提とし、司令官と護衛を別室に待機させたり……なんてね。
艦娘の艤装は実艦と違い、陸戦にも応用可能!こっちはハナからその気なんですよ!
「索敵も砲撃も雷撃も!それと司令官の護衛も!青葉にお任せですよ!
扶桑さん…あなたの思い通りにはさせません!」
このぼろぼろになった執務室こそが、最後の関門。
決戦の火蓋は、意外にも海ですらないここで切って落とされたのでした。
416 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/03/10(土) 03:19:56.23 ID:DLyoF5OIO
今回はここまで。
417 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/03/20(火) 00:07:31.18 ID:EjyKetk5O
「………。」
彼女が黙ってこちらを睨み付ける中、ここに響くのは砲撃の残響だけ。
膠着した空気の中、照準だけがガタガタと震えていました。
この目で確かめるまでは、どこかで信じたくないと思っていた。
それはきっと、山城ちゃんも同じで。
でも目の前にいるのは…他でもないあの人。
「……分かるわ。ジュン、そこにいるのでしょう?」
「ここには私達だけです。扶桑さん…大人しく投降してください!」
「……ふぅん、じゃああなた達はどこで指示を仰いでいたのかしら?
そうね、映像はタブレットで受信、指示は無線で……それをWi-Fi経由で地下から…なんて事も出来るわね。
でも…匂うのよ。
そ こ か ら 。」
418 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/03/20(火) 00:09:14.10 ID:EjyKetk5O
え…速…!?
状況を理解するより先に、壁に磔になっていました。
扶桑さんの鋭い手によって、押さえ付けられる形で。
「海上だけが速いなんて思わない事ね…今の私は、生身もあなた達の知るそれでは無い…。
間近で見ると本当に可愛いわね…“赤ベースのメイク”なんてどうかしら?
ラインもシャドウもあるわ…あなたの肌を裂けば幾らでも。」
「ふふ…私を殺せば、彼の居場所は分からなくなりますよ?」
「一つ勘違いをしているようね…うふふ、ジュン以外にも私の目的はあるの。
青葉ちゃん、あなたの命よ。」
ぞくりとしたものが私を射抜いたのは、白い瞳と目が合った瞬間の事。
この人は、私を殺すつもりだ…!
爪が私の喉に近付いて、うっすらとした痛みが肌を這って。
でもあの瞳を前に、動く事もままならなくなった時。
『どごぉ!!』
「その子を離しなさい!」
「………“アヤメ”。」
彼女があの子の本当の名を呼んだのは。
あの子が彼女へ砲を撃ち、殺意を向けた時が最初でした。
419 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/03/20(火) 00:11:17.40 ID:EjyKetk5O
「…数日振りの再会なのに、随分な事をするのね。
ふふ…どうして“お姉ちゃん”を撃つのかしら?」
「いいから離しなさい。今度は威嚇じゃ済ませないわよ!」
「そう。姉妹喧嘩は子供の頃っきりね…。
……いいわ!久々に泣かせてあげる!」
「ぐっ!?」
「山城ちゃん!!」
一瞬で山城ちゃんの方へ向かい、今度は山城ちゃんの首を締め始めて…!
いけない!あの人は本気だ!
落ちた主砲を拾って、あの人の背に照準を向けたら…。
『ひゅばっ!』
「キキキ…」
な…こいつは!!
腕にしがみついてきたのは、あの分裂体。
この小ささで何て力なの!?撃てない…このままじゃ山城ちゃんが……!
『ぱぁん!!』
その瞬間が水を打ったように静まり返ったのは、銃声の後。
音の方を見ると、そこにはゆらりと白い影が立っていました。
420 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/03/20(火) 00:13:46.65 ID:EjyKetk5O
「その子たちを離せ。でなければ殺す。」
「…ジュン!!逃げてって言ったでしょ!?」
「生憎だが、俺は提督だ。運命を共にする義務があるんでな。」
だめだよ…そんな拳銃じゃ…。
その時また、あのスローモーションが。
全てがゆっくりと動いて、私だけが速く動く事も出来なくて。
あの人が山城ちゃんから離れて、まっすぐに、ただまっすぐに私の大切な人に向かって。
鋭い爪が、何の迷いもなく命を奪おうとしてる。
でも、声が出ない。届いてしまう。
最後に辿り着いた場面、世界のスピードが戻った時。
私の目に映ったものは。
「……………!!」
彼の唇を奪う、あの人の姿。
421 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/03/20(火) 00:15:50.01 ID:EjyKetk5O
時が止まったような、現実味の無い瞬間でした。
全てがはりぼての、どうしようもないぐらい生々しくない世界。
でもそう見えていたのは、きっと私の脳が拒絶したから。
「……痛っ!?」
「へぇ…深海棲艦でも、噛まれたら痛いんだな。」
そのはりぼてを壊したのは、他でも無いジュンでした。
唇を噛み、無理矢理彼女を引き離す事で。
見た事の無い冷たい目を、まっすぐにあの人へと向けて。
「……ふふ、ずっとこうしたかったの…。
何年も…何年も何年も何年も!!ずっとずっと待ち望んでいたわ!!」
「……こんな事の為に、人までやめちまったのか。」
「ジュン……私と一緒に、海の底へ沈みましょう?」
「聞く耳持たずね…俺の命と引き換えに二人を助けてくれるんなら、考えてやる。」
その言葉が聞こえた時。
ダメだなんて思う前に、手が動いていました。
どう分裂体を振り払ったのかも、引き金の感触や砲撃の反動さえも無い。
ただ事実としてあったのは、私の弾が彼女の肉を抉った音。
ジュンを掴む片腕を、ちぎり飛ばす形で。
422 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/03/20(火) 00:17:50.50 ID:EjyKetk5O
「…青葉ちゃん、どこまでも邪魔をするのね。」
「やらせませんよ……その人は、私の大切な人ですから。」
戦場で何度も嗅いだ、血肉の焦げる匂い。
それは叔父さんの時にも感じた、その実誰を撃っても変わらない匂い。
この手が命を奪う時、必ず立ち込めるもの。
いつしか重く記憶の嗅覚に染み付いた、残忍な私の証明。
それが今、あの人からも放たれている。
だけど…もうこの手が震える事は無い。
「扶桑さん、一つ取材をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「くす……何かしら?」
「そうですねぇ……どうしてあなたがそうなって、何故こんな事をしでかしたのかと。
あなたの最期のインタビューとして、お尋ねしたいと思いまして。」
「ふふ……いいわ。もっとも、それがあなたの最期の記事になるけれど。
ひどい事をするのね、この子をあんな風に壁に叩き付けて…。おいで、痛かったわね。」
「キキ!」
分裂体は無邪気な様子で、扶桑さんの胸へと飛び込んでいました。
彼女も赤子程度の大きさのそれを、まるで本当の子供のように慈しんで…。
「そうね…人工授精ってあるじゃない。行為が無くとも生まれる子供…。
あれは卵子と精子だけれど…血と血が混じって生まれたものなら、それはもう二人の命の結晶なのよ。
ジュン……この子はあなたと私の子よ。」
その時見えた扶桑さんの目には…きっともう、何も映ってはいなかったのでしょう。
白い瞳そのままの、白濁した妄執だけを映して。
彼女はただ、幸せそうに告げたのでした。
423 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/03/20(火) 00:18:51.77 ID:EjyKetk5O
今回はここまで。
424 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/03/23(金) 19:00:23.00 ID:mUZ2tQxgO
おつ
425 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/04/03(火) 06:08:56.40 ID:Swmr/6SvO
「…それはあなたの艤装じゃないですか。」
「いいえ、この子は立派な命よ…きっと大きくなれば、人の形を成すわ…。」
扶桑さんは分裂体をあやしながら、裂けんばかりの笑みをこちらに向けていました。
あれは自律型だ…子供の遺体を艤装に変えて、実の子だと思い込んでる?
だってジュンと接触する事なんて、あの時以来無かったはず。
「まさか…どこかの子供を殺して…!」
「そんなわけないでしょう?私は誰も殺してはいない…。
いいわ、教えてあげる…。」
426 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/04/03(火) 06:10:33.87 ID:Swmr/6SvO
あの日戦闘明けのどさくさで、艦隊からはぐれてしまったの。
そこまではたまにあるトラブル……撃たれるなんて、思いもしなかったけれど。
潜水艦の魚雷を受けて、私は気を失ってしまった。
そうね…目を覚ました時、一つ気付いた事があるの。
ああ、きっと私は死んだんだって。
海の中で、しかも心臓が動いてる感覚が無かったもの。
怪我の血が水中に流れて、私の周りは真っ赤だった。
そんな時、頭の中で声がしたわ。
“アナタニ、イノチヲアゲマショウ…ミレンモ、ハラシテアゲマショウ……。
ソノミヲカシテクレルノナラバ…。”
それが『何なのか』は、本能的に理解出来たわ。
すぐにぞわぞわとした感覚が、頭の中を支配してきた…。
恨み、未練、憎しみ、悲嘆…あらゆるものが、私の体を奪おうとしてきた。
視界はもう、海の中ですらなかった。
真っ暗闇で、怨念の波に飲まれてしまいそうで…でもね、大したものではなかったわ。
私の『それ』に、比べれば。
427 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/04/03(火) 06:11:48.07 ID:Swmr/6SvO
“…その程度なのかしら?”
“ナッ!?”
“弱いわね…そんな程度で晴らしてくれるなんて、随分大きく出たものだわ…。”
“ノ、ノマ、レ、ル…!”
“ふふ…この体はあげないわ……。
___あなたが、私に寄越すのよ。”
“ア……アアアアアアアアッ!!??”
目を覚ますと、あとは元通り海の中…怪我の血がまだ周りに浮いてて、それ程経ってなかったみたい。
私はね…あなたとジュンの事を知った日から、いつもあるものを肌身離さず持ち歩いていたの。
4年前にジュンの手当てをした時の、血染めのハンカチ…日常生活の中でも、それこそ戦闘の時でさえ持っていた。
ふと上を見ればそのハンカチが浮いていて…海の中に、その血もにじんで…私の血と混ざり合って…。
やがてその血が、この子の形を持った。
だからこの子は…私達の子。
『あなた』じゃなく、『私とジュン』の子なのよ…。
428 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/04/03(火) 06:13:12.11 ID:Swmr/6SvO
「……分かったでしょう?そして父親は必要。
これからは親子三人で仲良く暮らすの…海の底でね。」
「扶桑さん………あなたは、狂ってる!」
「なんとでも言いなさいな…私は自分に正直になれただけ…。
ジュンを振った理由だって、本当は違う。
殺してあげる事が、ジュンの為になるって思って…本当にやってしまう前に振ったって言ったわよね?
あの時確かに、私自身そうだと思い込んでいたわ。
でもね…人をやめて気付いたけれど、実際は少し違ったの。
殺せば永遠にこの人は私のものになる。
美しい思い出も、最期の顔も全部私のものになるって……あの頃、本心はそう思っていた。
4年前の私には、まだそれを止める良心があったみたいね。
……もうそんなものは、人と一緒に捨ててしまったけれど。
ふふ….今はとても晴れやかな気分よ。
あとはジュンを同じにしちゃえば、目的は果たされる。
……そうね、でもその前にやる事があるわ。
ずっとずっと邪魔だと思ってたの…マスコミ気取りの小娘がしゃしゃり出て、随分奥まで踏み込んでくれたわね。
あまつさえ、その人をモノにまでして…。
ねぇ、青葉ちゃん……。
死 ん で ?」
429 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/04/03(火) 06:14:31.73 ID:Swmr/6SvO
分裂体の口から、銃口が。
リロードの動き、発射用意。
それらは一体何コンマだったのでしょう。
死ぬ…。
そんな事がよぎって尚、体の動きが間に合わなくて。
「………させねえよ。」
目を瞑り掛けた瞬間、目の前にはジュンの姿が。
両手を広げて、これから来るものを受け止めるかのように。
『……どっ…!』
深い赤。けしの花びらと同じ色。
私の視界がその色で染まったのは、砲撃音の後でした。
430 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/04/03(火) 06:17:13.53 ID:Swmr/6SvO
今回はここまで。
結末は考えてあるので、地道に完結まで持っていきます。
431 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/04/03(火) 07:17:16.56 ID:0JfwpTlP0
期待
432 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/04/10(火) 22:38:30.00 ID:Lc80g2O1O
ぼたぼたと、床に血がこぼれて行く。
それは私のものでも、ジュンのものでも無く…
「が…はっ!?」
「“お姉ちゃん”…私を忘れてもらっては困るわ…。」
そう睨みつける赤い瞳には、明確な殺意が浮かんでいて。そこに迷いは無かった。
扶桑さんの脇腹を抉り取っていたのは、山城ちゃんの砲撃だったのです。
「アヤ、メ……。」
「姉妹だもの…どちらかが道を踏み外したなら、それは止めなくちゃ…。
青葉ちゃん、私もうちの提督から聞いたわ。深海棲艦の正体も…例え鹵獲しても、元に戻す事は出来ない事もね。」
「………!?ジュン…。」
「……ああ、本当さ。
何度か人間の比率が高い個体を生体実験に掛けたが…人に戻す事は、出来なかったそうだ。」
「ふふふ…不幸だわ。とことんツキには見放されてるみたいね。
もう戻れないなら…袂を別つしかないなら……私が殺す!」
「………そんなに、簡単には…やられないわ…!!」
「山城ちゃん!!」
分裂体が、山城ちゃんへと向かって行く。
ですがそれは、本当に一瞬のことでした。
『ぐちゅ……。』
頭から踏み潰された分裂体は、その肉を床に広げていました。
ビクビクと暴れていた小さな体も、やがて動かなくなって。
「…あ………嫌ああああああああああああああああっっっ!!!!!」
扶桑さんの悲鳴が、この部屋を覆い尽くしたのです。
433 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/04/10(火) 22:40:02.11 ID:Lc80g2O1O
「…研究で、艤装は何タイプかに分けられたそうね。
本体制御による純粋な自律型、武器型……それと、本体をエネルギー源とする半自律型…。
お姉ちゃん…弱ったあなたに合わせて、こいつもこんな簡単に踏み潰された。
だから、ジュンさんとお姉ちゃんの子なんかじゃないわ……ただの艤装よ。」
「違うわ……その子は私の子よ!!アヤメ…よくも……よくもその子を!!!」
「……お姉ちゃん。」
扶桑さんは立ち上がり、山城ちゃんへ爪を向けました。
その様を見て、あの子は悲しそうに微笑んで。
扶桑さんの片脚は、宙へと舞ったのでした。
434 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/04/10(火) 22:41:09.25 ID:Lc80g2O1O
「ふぅ…ふう…。」
扶桑さんはもう、反撃する力も無いのでしょう。
息を荒げながら、尚も殺意のこもった目を山城ちゃんへと向けていて。
「………また、外しちゃったわね。」
その様を見下ろして、山城ちゃんは微笑んでいました。
でも、その微笑みは…。
「あんたなんか、お姉ちゃんじゃない……お姉ちゃんの無念に取り憑いて、お姉ちゃんを操るただのバケモノよ!!
そう思わないと……耐えられないじゃない……!返してよ!私のお姉ちゃんを返して!!」
「…………!!」
微笑んだままの彼女の頬を、涙が伝っていく。
誰よりも彼女を殺したくないのは、山城ちゃんのはずで。
殺意で自分を塗り潰しても堪え切れない悲しみが、床にシミを作っていました。
435 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/04/10(火) 22:42:28.48 ID:Lc80g2O1O
「ふふ……そう、ね……アヤメ…あなたの言う通りだわ…。」
「お姉、ちゃん…。」
「見て…この醜い姿……こんな目で…これだけ撃たれても、まだ…生きてる…。
そう、もうバケモノなのよ……本当は全部、分かってた……私の妄執に、過ぎない、って……。」
「扶桑さん…喋っちゃだめ!それ以上動いたら…!」
「青葉ちゃん……ごめんなさいね。さっきの話は…全部じゃ、無いの…。
確かに、あなたの事を憎らしく思った日もあった…嫉妬を押し殺して眠る日だって…あったわ…。
そんなのでも…本当は、祝福したかった……いつか、私は私の幸せをって…そう思っていた…。
でもこんな体になって…そこで糸が…切れてしまったの…。
私が弱かっただけ…ジュンを殺してしまいそうだったあの頃から…何も…変われていなかった…。
そのまま…死ぬ事だって、きっと出来た…。
でも私は……敵として死ぬなら、最期にもう一度だけ、ジュンに…会いたいって…。
……ごめんなさい…みんな…。
そうね…叶うなら…私は……ごふっ!?」
「扶桑さん!」
吐き出された赤黒い血が、白い胸元を染めて行く。
それは私達に、彼女の命が終わる事を教えていました。
でも、彼女は…。
436 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/04/10(火) 22:43:57.50 ID:Lc80g2O1O
「お姉ちゃん…動いちゃダメよ!!」
「お願い…どいて……一人で、立てるわ…。」
血の跡を引きずりながら、壁の方へ這いずって。
無理矢理立ち上がった彼女は、ジュンの方へその視線を向けました。
「はぁ…はぁ……これで、狙えるわね…。
____ジュン、私を殺して。」
「……………。」
ジュンは何も言わず、拳銃を扶桑さんへ向けました。
変わらない冷徹な目……でもその銃口は、震えていて。
「……ままならないもんだな、人生って奴は。
まさか君を、こうして殺す事になるなんて。」
「ふふ…本当ね。最近ね、ちょっした夢があったの。」
「……教えてくれよ。」
「いつかあなたと青葉ちゃんが結婚したら…結婚式に行って。投げたブーケを、私が受け取るの。
それで私も、自分の時計を進めるんだって…そんな事を考えていたわ。」
「………罪な奴だな、これから君を殺すのに。」
「ふふ…そうね。もう一つ、イタズラしてもいいかしら?
最期はこんな結末だったけれど…
___私、あなたに出会えて本当に幸せだったわ。
青葉ちゃん、この人をよろしくね。」
「…………はい!!」
「アヤメ…これからは私がいなくても大丈夫?」
「大丈夫じゃないわよ…でも……大丈夫よ!
お姉ちゃん……大好きよ!ずっとずっと、私のお姉ちゃんだから!
どんなになっても、私はお姉ちゃんの妹!それは絶対変わらないから!!」
「……ありがとう。
ごふっ!?……時間が、無いわね…。ジュン…お願い…。」
「ジュン……。」
「ふー……。」
深く息を吐いて、銃口がぴたりと止まって。
その瞬間、彼の迷いが吹っ切れた事が見て取れたのでした。
……叔父さんの時の私も、そうでしたから。
437 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/04/10(火) 22:49:45.84 ID:Lc80g2O1O
「……ままならないもんだな。理想的な日々って奴は、どこまでも逃げて行く。」
「ふふ…『バラ色の日々』かしら?追いかけても追いかけても、どこまでも逃げて行く…。
それでもあなたは、追いかけるの。青葉ちゃんと一緒にね。」
「ああ、その通りだな……。
…愛していたよ、サクラ。」
「ふふ……ありがとう。」
「……さよなら。」
438 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/04/10(火) 22:50:42.25 ID:Lc80g2O1O
銃声が響いた後には、ただ静寂が訪れて。
壁の穴から入る潮騒だけが、私達に時を教えている。
心臓を貫いた弾は、扶桑さんの意識を奪っていました。
ジュンに抱き抱えられた彼女の目は、きっともう見えていないでしょう。
それでも彼女は……私達に、優しく微笑んでくれました。
ジュンの胸の中で、最期に力なくその手を落として。
私と山城ちゃんの啜り泣く声の中で、ジュンは扶桑さんの目を閉じて。
その時帽子で隠れた目元から、ひと筋伝うもの。
それだけでも、彼の悲しみが如何に深いのかは表れていました。
「…現時刻を持ち、今作戦を終了とする。
殉職した戦艦扶桑に、一同敬礼!!」
扶桑さんの遺体に、最後に敬礼をしました。
その時やっと、全てが終わった事を実感して。
嗚咽も出ない涙が3つ、ただ床を濡らしていました。
439 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/04/10(火) 22:52:15.23 ID:Lc80g2O1O
こうして終戦までの間で、最も忘れ難い戦いは終わりました。
後はもう、消化試合のようなものでした。
私達は今まで以上に死力を尽くして…ただ殺して、殺して…全ての怒りをぶつけるかのように、死体の山を築き上げて。
世界的な終戦宣言が出たのは、それから数ヶ月後。
その時私達も最終作戦に加わっていて…でも作戦が終わった実感が湧いたのは、帰国してしばらく休暇をもらってからでした。
終戦とはいえ、やる事は沢山あります。
事後処理、復興支援、残党狩り…戦後もなかなか忙しい日々で、あんまり終わったって感慨にも耽られないまま。
それでも休暇の度に、お墓参りに行っていました。
私は叔父さんに終戦の報告をして、ジュンもお友達のお墓を巡って。
それと……ジュンとふたりで、扶桑さんのお墓にも。
少しずつではありますが、お墓参りの中で徐々に終戦の実感を得た感じですね。
そんな日々の中で、平和の実感も見え始めて来ました。
ずっとふたりでいられるような、そんな日々を夢見て。
……そうですねえ、夢見てました。
440 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/04/10(火) 22:53:24.53 ID:Lc80g2O1O
さーて、買い物買い物っと。
最寄りのコンビニまでは、原付飛ばせばすぐ。
買い物もだけど…ちょっと今日は、やる事あるんだよね。
ほーら、あった…携帯使っちゃうと面倒だもん。
こういう片田舎だったら、結構コンビニとかに置いてあるもんだよ。
戦争も終わって、つまんなくなっちゃったなぁ。殺しが出来なくなるって分かってたけどさ。
でも、もう大人になるって決めたんだ。これからは手より頭を使わないと…ふふ。
青葉と提督……最近本当幸せそう。
色んなことがあったもんね、それを乗り越えたふたりの絆はそりゃ深いでしょ。
それこそ依存って言えちゃうぐらい、お互いが体の一部みたいな繋がりの深さ。
羨ましいなぁ…青葉の奴もそれぐらい衣笠さんに向けてくれたらなぁ……あーあ、本当提督の奴…。
……いや、でも提督には感謝しなきゃね。
そこまで青葉をべったりにしてくれた事に。
ふたりの絆は本当に深いよ…あれは結婚まで行くでしょ。
それこそ死が二人を分かつまで〜なんて具合に、そう簡単には離れられない。
まさに幸せの絶頂……そんな今だからこそ……
441 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/04/10(火) 22:54:04.16 ID:Lc80g2O1O
アノコカラスベテヲウバウ。
442 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/04/10(火) 22:55:49.35 ID:Lc80g2O1O
ふふ、提督がいなくなったら、どうなっちゃうかな?きっと壊れちゃうかな?
でもそんな時こそ…この頼れる親友の衣笠さんの登場ってわけ。
もう一生私から離れられなくなるぐらい、ずっとずっと側で支えてあげなくちゃ…。
そう、果物は美味しく育ててから摘むんだよ。
長い事待った甲斐があったなぁ…やっと食べごろ。
言葉通り邪魔な奴を消そうと思ったら、普通は殺すしかないよね?
そう、相手が『普通の奴』だったら。
でもね……『法を犯した奴』に限っては、わざわざ手を汚す必要なんて無い。
私も大人だもん、知恵を使わなきゃ。
あそこにぶち込まれたのは、今となっては役に立ってる。
私と同じ『踏み越えた人』に、何人か会ったからね。
越えてる人の雰囲気ぐらいは何となく、分かるようになったんだ。
くす……提督、人なんて簡単に消せるんですよ。
例えばあなたみたいな踏み越えた人だったら、ちょっとコンビニか街角に行って…
この100円玉で、あなたの幸せ全部を終わらせる事が出来る。
443 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/04/10(火) 22:56:41.35 ID:Lc80g2O1O
えーと、使い方は確か…100円入れて……ダイヤルを押して……あっ、掛かった。
「もしもし………。」
『艦娘の証言』は貴重…戦後処理は早くて半年……それだけあれば…。
ふふ…。
ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ……。
青葉……待っててね。
444 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/04/10(火) 22:57:25.74 ID:Lc80g2O1O
今回はここまで。
445 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/04/24(火) 23:12:52.69 ID:N/tx/y3kO
“どうしてお前だけ…!”
“痛い…帰りたい…。”
“お前もこっちに来い!”
赤黒い空と、血の溶けたようなワインレッドの海。
そこに浮かぶ崩壊した船の中から、崩れた骸達が次々と這い出してくる。
“提督……私、もっと生きたかった…。”
背後に視線を向けても、海面から浮かび上がる少女の骸。
悲しげに彼を見つめる少女の脇腹は、柘榴の様にちぎれ落ちている。
“ははははは!!お前も所詮俺と同じなんだよ!!人殺しめがぁ!!”
また別の場所から、今度は血塗れの白い軍服の男。
その血痕の元は、額に空いた穴から流れ出たものだ。
446 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/04/24(火) 23:13:44.10 ID:N/tx/y3kO
“ジュン……愛しているわ………。”
不意に、彼の肩にしなだれかかる腕。
病的なまでに白い肌が絡み付き、首筋の吐息が掛かる。
それに振り向けば、真っ白な瞳が彼を射抜いていた。
彼自身の手でとどめを刺した、かつての恋人だったもの。
共に戦った者、看取った者。そして彼の手で殺した者。
一つ彼の前を死が通り抜けるたび、また一つ、その世界に彼を襲う骸は増えて行く。
“ジュン……。”
そこに、一際哀しげな声が響く。
彼女は唯一現実世界の生者であり、彼にとっての唯一の希望でもあった。
だがその世界の彼女は、涙をこぼしながら、こう呟く。
“うそつき。”
447 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/04/24(火) 23:14:42.53 ID:N/tx/y3kO
「…………はっ……はっ……!」
肺が上手く機能せず、その息苦しさでようやく彼は目を覚ました。
窓から差し込む光は、爽やかな朝を告げている。
カーテンを開ければ、見慣れた植え込みの緑と庭。
何の変哲も無い平和な光景が、彼にはひどく他人行儀な物に見えていた。
その心は未だ、先程いた赤い海の残滓を引きずっているが故に。
戦争が終わり、今はその後の処理に追われる生活だ。
恋人との仲もより深まり、未来への希望も見え始めた。
彼は多くの悲しみと喪失の中で、必死に戦い抜いた者。
荒波を越え勝ち取った日常、本来であればそれを享受するべき立場にある。
しかし彼は今も尚、心の何処かに影を抱えていた。
448 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/04/24(火) 23:15:27.65 ID:N/tx/y3kO
感情の喪失に冒されていた時期、その実彼は、無意識下では希死念慮に囚われていた。
天国と呼んでいた、臨死の世界に行く為に見出した条件。
全力で戦う末、殺される事。
それは生き残ってしまった故の、自死では拭いきれぬ罪悪感の表れだったのかもしれない。
その一方で、著しい良心の欠落にも彼は呑み込まれていた。
殺しても良い人間として悪人を選び、元帥を言葉でねじ伏せてでもその機会を得た。
男と、かつての恋人を撃ち殺した時の感覚の差。
彼の手には、その時の引き金の感触の違いが強く残っていた。
男の時は、躊躇いなど何一つ無かった。どこかで楽しんですらいた。
虫を殺す様な呆気の無さに、失望さえ覚えていた。
感情を取り戻し、失っていた間の記憶の水面下にあった様々なものは。
まるで遅効性の毒のように、平和を得た今も彼の側から離れずにいる。
それは、一抹の不安と共に。
449 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/04/24(火) 23:17:19.05 ID:N/tx/y3kO
“………バレたら、どうなるだろうな。”
例え相手が悪人であったとしても、罪は罪。
直接手を掛けた以上、法の裁きは誰よりも重い。
海軍はあの戦争の専門。今回に関しては英雄だ。
もしこれが明るみになれば、その分殺した男の罪も含め、究極の不祥事となるであろう。
そして戦争を終えた今、自分達の利用価値は消滅したとも捉える事が出来る。
何かあったら、自分と元帥は国家に消されるのだろうか?果たして自分たちだけで済むのか?
そうなった時、巻き添えを食うのは?
そこまで考えるたび、彼の脳裏にはある笑顔が浮かんでいた。
夢の内容のように、見捨てられる恐怖も確かにある。
それ以上に、彼には真実を話せない理由があった。
“……もしもの時、あいつを守る為には…。”
彼女と通じ合う中で心を取り戻し、幸せも手に入れた。
だがそこへの罪悪感もまた、彼の中には深く存在するのだ。
差し伸べられた手を掴む資格など、本当は自分には無かった。
それでも掴んでしまった事は、自身の弱さの証明だ。
その葛藤と幸福の中で、彼の中に宿る、とある誓い。
部屋の片隅にある、指紋認証式の小さな金庫。
それを開けると、中には愛用の拳銃一式があった。
彼はいつものようにそれを取り出し。
マガジンに、弾丸をフル装填した。
450 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/04/24(火) 23:18:01.57 ID:N/tx/y3kO
「青葉は軍に残るの?」
ある休日。
ガサと街でお茶をしていると、こんな質問が飛んできました。
戦争が終わった今、艦娘達は皆悩む話です。
事後処理が終われば、皆それぞれの道に進まなくてはなりませんから。
軍の別部署に行く人、或いは軍と所縁のある企業に就職する人もいますし、全く別の分野へ進む人もいます。
駆逐艦などの若い子達には、事情があったり施設出身の子も多くて。支援の為の法整備も進んでいました。
私はと言うと、実は決めてあります。
…とは言っても、ずっと前から決めていた事ではありますけど。
451 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/04/24(火) 23:19:30.88 ID:N/tx/y3kO
「中途で出版社に採用決まったよ。
ダメ元だったけど、書いたサンプルと艦娘としての経歴を買ってくれたとこがあったんだ。」
「じゃあ引っ越すんだ?」
「うん。ジュンも終わったら神奈川に転属になるみたいだし、一緒に住もうってね。」
最初はタブロイド誌からの修行ですけどね。
何とかやりたい事へのきっかけは掴めたかなって、少し安堵したものでした。
あの戦争を通して感じてきた事を、本として世に残す。
それが今の、物書きとしての私の夢でしたから。
「ガサは?」
「私も神奈川かな。軍の出入り業者の求人あって、場所がそっちみたいだから。」
「お、じゃあ終わっても一緒じゃん。」
「そうそう、衣笠さんも一緒だよ〜。」
「さすがー。」
「ふふふ。」
452 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/04/24(火) 23:20:11.79 ID:N/tx/y3kO
後の気掛かりは、山城ちゃんかな。
その後も定期的に連絡したり会ったりはしていましたが、まだまだ笑顔に無理があるなって言うのが正直な所でした。
あれだけの事があれば、当たり前ではあるけれど。
実家がある関係上、あの街で就職するようです。
でも家族はまだ日本に帰ってこられないみたいで、当分は実家で一人暮らしになるって。
……扶桑さんの思い出もある家に、一人で暮らす。あの子の気持ちを思うと、少し心配になります。
落ち着いたら、遊びに行かなくちゃ。
テラスからの見慣れた街は、とても平和で。
失ったものも沢山あったけど、今は前以上に愛おしく思えます。
あの日々の中にいる間も、確かに休日にここにいるのも日常でした。
でも何処か、映画の中にいるような感覚もありましたから。
これからはきっと、前より現実としてこの中を生きて行ける。
そんな事を思いつつ、ドーナツをかじっていたものでした。
453 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/04/24(火) 23:20:43.92 ID:N/tx/y3kO
今回はここまで。
454 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/04/25(水) 00:10:47.18 ID:6wKR2Wkio
乙
455 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/05/09(水) 09:25:44.52 ID:jUsAX/Du0
その日の夕方、何となくジュンの家に寄りました。
お仕事は終わってる時間ですけど、インターフォンを押しても返事は無し。
違う所にいるのかな?と電話してみようとした時、微かに音が聴こえるのに気付いて。
これ、ギターの音?
彼の寝室は、サッシのある所。
裏庭から回り込んで、ちょっと覗いてみました。
あ、やっぱりそうだ。覗いている私と目が合うと、彼はとても恥ずかしそうな顔でギターを置いて。
可愛いなあなんて思って、こっちも思わずにししとした笑みになったものでした。
「あー、見たのか。ヘッドフォンしてたから気付かなかったよ…。」
「ふふ、良いじゃん別に。ギター持ってたんだね。」
「学生の時、軽音部だったんだよ。卒業してからも開戦までは弾いててさ。
今ならまた、弾いても楽しめるかなって。」
「このギター何だっけ?有名だよね?」
「レスポール。有名なギブソンじゃなくて、コピーモデルだけどな。
でも俺にとっては、大切な一本さ。」
「……そっか。」
456 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/05/09(水) 09:28:54.15 ID:jUsAX/Du0
深くは訊きませんでしたが…彼の学生時代の仲間は、きっとその軽音の人達だったのでしょう。
夕陽に照らされたギターには、薄っすらと擦り傷が浮かんで。
その一つ一つが、彼の思い出の跡。
感情を失ってしまった時期に、私物をかなり処分してしまったそうです。
それでも手放ず、大切に保管されていた。
ギターに向けた、思い出をなぞるような眼差しに、何だか胸がギュッとなりました。
「…さすがに当時ほどは無理だけど、意外と覚えてるもんだ。
弦替えて弾いてたら、すっかり夢中になってたよ。」
「何か弾いてよ。」
「いいけど下手だぞ?」
「いいの。」
ぽろぽろと部屋に響くのは、優しくて、少し切ないギターの音。
その間は長く思えたけど…それは退屈じゃなくて、穏やかな時間に思えたからでした。
「……すごいじゃん。」
「ふふ、ありがとう。」
照れ臭そうな笑顔は、ちょっと誇らしげでもあつて。
そんな感情豊かな瞳に、また愛おしさを覚えたものです。
「いい夕暮れだな。」
「……うん。」
「…お前とこんな何でもない時間を過ごせるのが、本当に嬉しい。
それがずっと続くのが、今の俺の夢かな。」
「ふふ、ずっと続くよ。離してあげないから!」
ずっと続いて行く、穏やかな日常。
この時私は、心の底からそれを信じていたものでした。
ずっとずっと、続くんだって。
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