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青葉「けしの花びら、さえずるひばり。」
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2 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/11(火) 02:55:00.86 ID:2/pFdI7xO
夜の執務室を開けると、よく音楽が流れてるんです。
それはその日の任務も終わって、いつも司令官が 一人になる時間。秘書艦を務めることが多い青葉は、夜に用ができて執務室を訪ねることも多くて。
そのメロディと歌詞を、何となく覚えてしまったんです。
日々の中で、時折その曲を思い出しては、彼の顔が浮かぶんですよ。
どんな時も穏やかで、何が起きても焦ったりはしない。その冷静さに救われる事もあるけど、たまに、彼が怖くなるんです。
昔仲間が死…いや、沈んでしまった時も、彼はあくまで皆を慰める為に動き、同時に慌てるそぶりも見せなかった。
優しい鉄面皮だって、思ってしまう時があって。
司令官が笑うたび、執務室でよく掛かってる曲の一節が、頭を過るんです。
『笑いながら死ぬ事なんて、僕には出来ないから』って。
初めてそこに出くわした時、彼はタイトルを教えてくれました。
天国旅行。
彼にとっての天国とは、何なのでしょうか。
いつも取材として色んな事を探ってる青葉も、これについてはずっと訊けないままでした。
でも、記者魂と言う奴なのでしょう、青葉はその件に関して、結局深入りしてしまったのです。
結果として、確かにネタが出来ました。
ただしそれは、誰にも見せられない記事で。
これは、その記録です。
私とあの人だけの、秘密の。
3 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/11(火) 02:57:09.85 ID:2/pFdI7xO
「おっはよーございまーす!」
「ああ、おはよう青葉。」
こんなやり取りで、青葉と司令官の一日は始まります。
司令官はキツネ顔と言いますか、目の細い方で。いつも穏やかなアルカイックスマイルを浮かべています。
温厚にして、仏の顔も三度までと言った事もなく。怒っている時を見た事がありません。
作戦時も冷静沈着、人に注意をする時も、諭すように的確に。
皆に好かれてはいますが…感情が見えなすぎて人間味に欠けると言う評価も、一部の艦娘からはありました。
元々ジャーナリスト志望だった青葉にとって、そんな彼は興味の的でした。
だって、気になるじゃないですか。提督としての顔を外した時は、どんな人なんだろうって。
もしかしたら、それは個人としての興味でもあったのかもしれません。
だから青葉は着任した時から、色んな質問を投げかけては情報を集めていました。
好きなものや趣味や、たまに恋愛遍歴なんかも訊いちゃったりして。
「今彼女さんとかいないんですか?」
「いないなぁ。結構前に振られちゃったんだよ。」
「ほうほう、どんな理由で?」
「何考えてるか分からないって。普通にしてただけなんだけどね。」
もしかして、プライベートも仕事と同じなんでしょうか?少し、元カノさんの気持ちもわかる気もします。
こうやって普通ならちょっと考えたり焦ったりしそうな質問をしても、彼は相変わらずでしたから。
そんな事を繰り返していくうちに、秘書艦を頼まれる事も増えてきました。
一番仕事以外でも話してる分、頼みやすいからと言った理由で。
秘書艦をやると言う事は、接する時間も増えるという事。そんな中で、青葉は徐々に、彼の素の顔にも触れていくのでした。
4 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/11(火) 02:59:07.05 ID:2/pFdI7xO
“書類の印刷忘れちゃったなぁ、戻らなきゃ。”
ある夜の事でした。
1日の終わり、仕事の抜けに気付いて執務室に向かったんです。
それで扉の前に立つと、どこかで聴いた歌が聴こえて来ました。
“あれ、この曲確かお父さんが聴いてた…。”
その歌声は小さい頃、父が車の中で掛けていた音楽だった事を思い出して。
不思議に思いながら、執務室の扉を開けたんです。
“司令官…?”
司令官のそんな顔を見たのは、数少ない事でした。
無表情なんです。いつもの微笑も無く、まるで魂が抜けたようで。
でもいつもと違うように見えたのは、それだけじゃありませんでした。
“目が遠くに行ってる…疲れてるのかな。”
ノックをしても返事も無かったし、ぼーっとしていて、青葉にも気付かないまま。
思わず声を掛けて、やっと彼はこちらに気付いてくれました。
「…ああ、失礼した。忘れ物かい?」
気付いた瞬間には、やっぱりいつもの顔。
いざ変化するのを見ると、貼り付けた笑みに見えてしまって…その時、少し彼が怖くなりました。
「随分古い曲ですね、お好きなんですか?司令官の世代じゃないと思ってましたけど…。」
「ああ、思い出があってね。青葉もよく知ってるな。」
「お父さんが聴いてたんですよ。何て曲でしたっけ?」
「天国旅行。」
「あー!確かそんなタイトルだった!
…ところで司令官、この曲の思い出って何でしょう?気になりますねえ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
そうやっていつものノリで尋ねたのですが、せいぜい思い出話ぐらいしか返ってこないだろうと思っていました。
「……青葉、天国ってあると思うか?」
ところが返ってきたのは思い出ではなく、素っ頓狂な質問でした。
5 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/11(火) 03:00:21.53 ID:2/pFdI7xO
「天国ですか…私達艦娘って、各々適合する艦の記憶を、ある程度共有してるわけじゃないですか。
それって幽霊が憑いてるようなものだから、きっとあると思います。」
この時は艦娘研修で習うような解釈しか、青葉には答えられませんでした。
でもそれを聞いた司令官は……。
「なるほどな…僕は見た事があるよ、天国。」
その瞬間、カッと目を開けて笑う司令官を、初めて見たんです。
ゾッとするような、普段は細い目の奥を。
「あはは…そ、それはどんなところだったんでしょうか?アレですか、お花畑が広がってるような…。」
「違うね。もっと素敵な所だ。」
本音を言うと、遅い中二病でも罹ってんのか!なんて思いましたねぇ。
仮にも三十路手前の方が、まさかそんな事を言い出すなんて。
「これを聴いてると、そこを思い出すんだよ。また行きたいなぁ…。」
相変わらず、目線は遠くを見たままです。こちらには目もくれない。
この時初めて司令官の腹の底を見た気がしたのですが、却って彼の事が、余計に分からなくなった気がしました。
分かった事なんて、彼はその天国にとても焦がれている事ぐらい。
少年のような純粋な目で語って、だけどとても不気味で。そこに気を取られている内に、流れていた曲の事なんてどこかに行ってしまいました。
彼の語る天国は、その曲がよく表している事にも気付かないで。
6 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/11(火) 03:01:43.88 ID:2/pFdI7xO
また幾日か過ぎた頃でした。
たまにその日の戦況を収めた写真が司令官の元に送られてくるのですが、私はこれが苦手で。
戦況や殺傷効果のサンプルとは言え、要は死体写真です。自分の戦闘が終わった後も改めて見るのは、少々堪えるものがあります。
司令官はいつもの如く渡されたUSBを開いて、それを淡々と確認していました。
少しずつ分かった事なのですが、司令官の口が真一文字になる瞬間は、二つあって。
一つは真剣に作戦や資料に向き合う時と、もう一つは物思いに耽る時。
モニターに映る敵の写真は、それはひどい有様で。最期まで抵抗したが故に、どれも深い苦悶の顔を浮かべていました。
写真を見る司令官の口は、真一文字でした。
でも本当に何となくですが、後者のような気がしたんです。
それはこの前、天国の話をした時のような。
「さ!司令官!そろそろ次のお仕事に戻りましょー!」
「ああ、すまない。ぼーっとしてしまったね。」
物思いに耽る時の彼の顔は、あまり好きにはなれませんでした。
何か、底知れないものがあるような気がして。
7 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/11(火) 03:03:35.64 ID:2/pFdI7xO
司令官は音楽がお好きなようで、ポータブル用のスピーカーを机に置いていました。
でもいつも掛けているわけではなく、流すのは、必ず一人になってから。
だから普段どういうものを聴いているのかは、夜も執務室を訪ねる青葉ぐらいしか知りません。
何というか…暗いものや、静かなものが多いんです。洋邦問わず様々なものが流れているのですが、一貫しているのはそれでした。
私はそこに出くわすと、特に歌詞に耳を澄ませるようになりました。
普段のアルカイックスマイルの裏は、その趣味の中にあるのかもって思って。
司令官はいくつかプレイリストを作っていて、その日の気分で変えていました。
でも一曲だけ必ず入っているのは、やっぱりあの曲で。
“泣きたくなるほどノスタルジックになりたい…かぁ。
司令官、泣く事なんてあるのかな?”
彼の方を見ても、やっぱり相変わらずの笑顔。
この時ふと、青葉は彼の人間らしい部分を見てみたいと思いました。
「司令官、この曲だけは毎晩聴いてますよね?もう段々覚えちゃいましたよ。」
「名曲だよ。何度聴いても落ち着くね。」
「…やっぱり、何か思い出でもあるんじゃないですかぁ?」
「思い出か…あるよ。」
「お!教えてくださいよー!」
「メモ帳を仕舞ってからにして。
そうだな……僕は、一度死に掛けた事がある。」
「………え?」
思わずペンを落としてしまったのは、その時の事でした。
8 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/11(火) 03:05:20.80 ID:2/pFdI7xO
「昔怪我をしてね。臨死体験って言うんだろうか…夢を見たんだよ。
その時のことを、これを聴いてると思い出すんだ。」
「臨死体験って…そんなに危なかったんですか!?」
「意識不明でICU送りだったね。確か目を覚ました時は…ああ、怪我から5日ぐらい経ってたなぁ。」
「良かったですねえ…治って…。」
思いの外深刻なエピソードに、気が動転してしまいました。
だから深くは追求せず、そのまま寮に戻ったんです。
そのまま椅子に座って…青葉は、ある事を思い出しました。
“なるほどな…僕は見た事があるよ、天国。”
“これを聴いてると、そこを思い出すんだよ。また行きたいなぁ…。”
激しい悪寒が背筋を駆け抜けて行ったのは、その時の事でした。
同時に、ゾッとするような彼の目も思い出して。
“司令官……何があったんだろ?
よーし、こんな時こそ記者魂!吐き出させて楽にさせてやるんだから!”
この時青葉は、彼が何か深刻なものを抱えている気がしました。
だから、取材と称して吐き出させれば、彼ももう少し、人に素を見せられるんじゃないかって思ったんです。
これは、記録の1ページ目。
そして20歳前後の青葉の人生の中で、人と言うものを一番深く探った記録の、始まりなのでした。
9 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/11(火) 03:06:06.81 ID:2/pFdI7xO
今回はここまで。
10 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/04/11(火) 05:25:15.71 ID:eGb+tdmH0
期待
11 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/13(木) 07:35:35.36 ID:oTabk5kGO
ある日の事でした。
姉妹艦でもある、同僚の衣笠からある噂を聞いたんです。
「青葉ー、聞いた?○○鎮守府の提督が行方不明だって。」
「え!何それ!」
「私用で出かけたっきり戻らないんだって。脱走扱いでそのままクビじゃないかって噂だよ。」
「あらー、大変だねぇ。駆逐にでも手え出しちゃったのかなぁ。ねえねえ、それっていつ?」
「三日前くらい。まああそこ、ブラ鎮だって噂もあったもんね…上に消されてたりして。」
「まさかー。」
三日前…確か司令官も、その日出張でいなかったよね。
翌日には帰って来ましたけど、思い出しても変な様子はありませんでした。
いつも通り、あの笑みで仕事に戻って。
いつも通り、取り留めのない話をして。
ただ少し気になるのは…何だかその日の音楽は、気だるいものが多かった気がする。そのぐらいでした。
12 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/13(木) 07:37:32.15 ID:oTabk5kGO
その日の夜、何となく執務室に行ってみました。
最近は大した用事が無くても、少し顔を出すようにしていて。
表向きは尻尾を掴んでみたいって考えでしたけど…実際のところ、やっぱり気になっていたんだと思います。
遠い目をしている時の司令官は、まるでどこにもいないみたいで。いつもの表情も相まって、少し心配だったんです。
扉を開けると、また音楽が流れていました。
色んな音楽を聴いてるけど、やっぱりどれも明るくはないなぁ。
「司令官、お疲れ様です!」
「ん?ああ、青葉か。」
「音楽タイムですね。今日は洋楽ですか?」
「シガーロスって言うんだよ。疲れた日に聴くなぁ。」
「おや?いつも笑顔な司令官でも、疲れる事があるんですねぇ。」
「おいおい、僕も人間だよ?さっき仕事終わったら、何だか腑抜けちゃってさ。こないだの出張の気疲れかなぁ。」
彼のぼやきを聞いたのは、その時が初めてで…何となく嬉しくなったんですよ。
何だか、少し心を開いてもらったような気がして。
「で、その時ガサがですねぇ。」
「あはは、あいつらしいね。」
この日は、いつもより長く雑談をしていました。
取材そっちのけで、最近あった面白い話や、他にもこぼれ話をたくさんして。司令官はいつもの顔でずっと聞いてくれていました。
…でも逆に、青葉の事を聞いてきたりはしませんでしたけど。
ちょっと、寂しいななんて。贅沢でしょうかね。
13 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/13(木) 07:38:45.04 ID:oTabk5kGO
その後眠る前に、青葉はスマホの音楽アプリを立ち上げていました。
それでネットで、1曲だけ購入してみたんです。今日もやっぱり流れていたあの曲を。
ひとりでじっくり聴けば、この曲が好きな司令官の事を、もっと理解できるんじゃないかって。
子供の頃、父が車で掛けていた時は、何だか怖い曲だって印象しかありませんでしたけど。
この歳で改めてちゃんと聴くと、寂しい曲だなって。そう思いました。
それと同時に、妙な既視感を覚えたんです。子供の時の記憶でもなくて…何て言うんだろ、ずっとそばにある光景みたいな。
“重体だったって言ってたけど…何があったのかな?”
8分間という、一曲としては長い時間。その間青葉は、司令官の過去についてずっと考えていました。
音楽の事はよくわからないけど…曲の最後のギターとピアノの音は、何だかとても穏やかで。人が死ぬ時って、こんな気持ちなのかなって感じて。
彼の事を、もっと知りたいって思いました。
14 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/13(木) 07:39:59.55 ID:oTabk5kGO
それで何度もリピートしてるうちに、寝落ちしてしまって…そのまま、夢を見ました。
曇り空の海と、原っぱと砂浜と。それ以外何も無い世界。
誰もいないし、周りは自然しかないのに、全部が無機質に思えました。
寂しい世界の筈なのに、それすら感じない。とても落ち着いた気持ちで、でも空っぽで。
『私』は、ただ呆然とそこに佇んでいたんです。
“司令官…?”
遠くの方に、彼がいました。
『私』が声を掛けても振り向く気配も無くて…嫌な予感がして、走ってそこに向かうんです。
それで彼の肩に手を伸ばした、その瞬間でした。
司令官が、消えてしまったのは。
足元には彼の軍帽だけが落ちていて、私はそれを拾い上げて…気付いたら、ボロボロに泣いていたんです。
相変わらず、悲しいも嬉しいも、どこかに行ってしまっていたのに。
15 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/13(木) 07:43:46.16 ID:oTabk5kGO
「んぁ…夢かぁ。」
そこで目が覚めました。
でも、夢って不思議ですねぇ…起きた時、あくびとは別で涙が伝ってたんですから。
その日青葉はお休みで、特に予定も無かったんです。
携帯は、昨日充電もせず寝落ちたせいで電池切れ。まぁ今日は急ぎの用事なんて…ってコンセントに差して、しばらく放っておいたんです。
それで再起動のバイブが鳴った後、直後に別のバイブが鳴りました。
“あれ、通知だ…誰だろ?”
『おはよう。今日は予定はあるかい?』
開いてみると、それは司令官からのメッセージでした。
普段彼が艦娘に送るものなんて、業務連絡の一斉送信メールぐらい。
でも今青葉の携帯に来ているのは、この前強引に聞き出したラインの方でした。
げ、来てから2時間も経ってる、早く返さなきゃ!司令官、今手ェ離せるかなあ…。
『ありませんけど、何かありましたか?』
『今日の任務は午前で終わるし、お昼でもどうかと思って。
最近秘書艦頑張ってもらってるからね、僕のおごりで。』
『ありがとうございます!もちろん行きますよ!』
『了解。終わったら連絡するよ。』
よかった…今は余裕あったみたい。
タダ飯のチャンスを、逃さない手はありません。起き上がって、すぐに身支度を始めました。
16 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/13(木) 07:45:05.44 ID:oTabk5kGO
休日に出掛ける時は、まず窓を開けてみます。
それでその日の天気と気温を見て、それから服を決めるんです。
今日は…ああ、曇りだし、結構冷えてるなぁ。
何かあったかくて可愛いのあったかな…メイクと髪は…って、デートじゃないんだから!あんまり気合入れすぎると、ガサにからかわれちゃうなぁ。
あ、でもかなり時間あるなぁ…つ、爪ぐらいは塗っても…。
そんなこんなで結局準備に追われて、終わったのは司令官から連絡が来る少し前でした。
うーん、気合入れすぎちゃったかも…ま、まあ、上司とご飯食べるんだし、このぐらいはするよね。
「あれ青葉ー、どうしたのそんな気合入れて。」
「ガサ!?い、いやぁ、ちょっと出掛けるからさ…。」
「へー…だ・れ・と・かなー?衣笠さんに教えて欲しいなー。」
厄介なのに見付かった!あ〜…責められると弱いんですよ、青葉は…!うりうりって感じの笑顔で、もうおもちゃにする気満々です。
う〜…ま、まあ、別にやましいことなんてないし、言っちゃえ言っちゃえ。
「う、うん、司令官にお昼行かないかって言われてさぁ。日頃のお礼だって。」
「えー、いいなー。でも最近よく秘書艦してるもんね。
ま、あの人青葉ぐらいにしか心開いてないし。」
「そうかなぁ?皆に優しい人じゃない?」
「優しいけど、なんか壁あるんだよね。
ふふふ、でもいいじゃん。記者が取材対象の秘めたる心を解き明かし、やがて恋に発展して…なーんてね!」
「ガサ!違うってばぁ!」
もう、そんなんじゃないし…あ、いけない!そろそろ行かなきゃ!
17 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/13(木) 07:46:36.62 ID:oTabk5kGO
駐車場に来てくれって言われていたので、青葉は指定された車を探していました。
えーと…あ、あれだ!もう乗ってる、待たせちゃったかな。
「すいません!遅れちゃいましたぁ!」
「ああ、大丈夫だよ。外寒いから乗ってただけだし、気にしないで。」
司令官はいつもの制服と違って、ラフな感じの私服です。
意外にカジュアルで、でもやっぱり大人だなぁって思いましたね。
司令官に連れて行かれたのは、海岸近くのパスタ屋さんでした。
普段青葉も含めた艦娘達は、バスで反対側の街の方に向かう事が多くて。こっちはあまり来た事がありません。
この辺も結構お店があるんですね。おー、ガラス張りのオープンテラスだ、おしゃれですねぇ。
でも今日は生憎の曇り空、外には寂しい感じの海が広がっていました。
18 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/13(木) 07:48:36.75 ID:oTabk5kGO
「メニュー見てるだけでも美味しそうですねぇ、ここにはよく来られるんですか?」
「普段は一人でね。コーヒー飲みに来る事の方が多いけど。ここでぼーっとしてるのが好きでさ。」
「おや、元カノさんとは来なかったんですか?」
「ああ、別れたのなんて僕が少佐に上がる前だしね。だから人と来たのは、青葉が初めてかな。」
それを聞いて、少しだけ嬉しくなりました。
でもそうか…司令官って今27とかだから、元カノさんもそのぐらいだよね。
…いつ別れたんだろ。青葉ぐらいの時だったのかな。あ、頼んだのが来た。
「わぁ…ほんと美味しそうですねぇ!司令官、いただきます!」
お腹も空いていましたし、そんな思考も目の前のパスタに追いやられていました。
…いや、自分で追いやったのかもしれませんが。
パスタも食べ終わった頃、司令官は出されたコーヒーを飲みながら、ぼんやりと海を眺めていました。
いつものアルカイックスマイル。 でもそれを見る目は、執務室で音楽を聴いてる時のあの目に見えてしまって…何だか、ちょっぴり切ない気持ちになりました。
…きっと私が、そう見てしまっているだけなんでしょうけども。
19 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/13(木) 07:49:45.62 ID:oTabk5kGO
「司令官!ご馳走様でした!」
「どういたしまして。あ、そうだ。少し食休みに歩かないか?」
お店を出た後、司令官に誘われるままに海岸を歩いていました。
海風は少し肌寒いけど、湿度があるからか、そこまで芯に来る感じではありません。
「歩き慣れてますねえ。いつもここに来るんですか?」
「そうだね。あの店に行った後は、こうしてよく散歩してるんだ。
いつもあの大岩に乗って…ああ、結構高さあるから気を付けてね。」
「とと、ちょっと青葉には高いですねえ。」
「ほら、掴まって。」
そうやって伸ばされた手を掴むと、とても冷たく感じました。
よく手が冷たい人は心が暖かいって言うじゃないですか?
ご飯に連れてってくれたり、今もこうして引っ張ってくれて…司令官は、やっぱり優しい人だって思いました。
でもこの時、青葉はこうも思ったんです。
“司令官の、本当の心の奥はどうなんだろう?”って。
20 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/13(木) 07:51:25.81 ID:oTabk5kGO
岩に乗って、そしたら強い風が吹いて。
やっと目を開けた時、青葉の中を既視感が駆け抜けて行きました。
“あれ?ここって…”
そこは、丁度海岸の曲がり角で。
左には枯れ草だらけの原っぱが広がって、右には曇り空と静かな海。
その寂しい景色は、今朝夢の中で見た場所にそっくりでした。
「静かな場所ですねぇ…。」
「散歩の終わりは、いつもここに座って時間を潰すんだ。特にこんな天気の日はいい。
そうすると落ち着くんだよ…天国みたいだろ?」
天国。
その言葉が聞こえた時、何故かチクリと胸が痛みました。
…こんな寂しい場所が天国って、どう言う事なんだろう?
「青葉、今日は付き合ってくれてありがとね。いい気分転換になったよ。」
「いえいえ、ご馳走様にもなっちゃいましたし…こちらこそ、ありがとうございます!」
いつものテンションで返事をして、帰りの車も同じように話をして。その実、青葉の胸中は複雑でした。
触れれば触れるほど、彼の事がわからなくなってしまう気がして…記者失格ですねぇ。
でも今日話した事や、今までの事も総合して…少し、気になる事が出来ました。
21 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/13(木) 07:53:18.42 ID:oTabk5kGO
司令官と別れて部屋に戻ると、青葉は真っ先にパソコンを立ち上げました。
ここのネット回線は当然軍のもので、各々のパスを入れるとある物が見れるんです。
それはweb資料館と言いますか、過去にあった戦闘の記録の類です。
例えば作戦と戦闘内容や、死者数や生存者数のデータベース。
それを仮に漏れても大丈夫な分だけまとめて、各々自分の戦闘の参考に出来るように作られているんです。
死に掛けるような事なんて、この職務に就いていると真っ先に浮かぶのは、やっぱり戦闘です。
司令官は27歳…深海棲艦との戦いが始まったのは、4年前。
キャリア組の彼ですが、その頃であれば最前線にいたっておかしくはない。
記者魂だって自分に言い聞かせて、その頃の記録を探りました。
だけど本当は…見るのが怖かったです。嫌な予感がしてしまって。
22 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/13(木) 07:55:05.78 ID:oTabk5kGO
『-月-日。深海棲艦による、各海域に於いての初回襲撃に於ける戦闘記録。』
これは、一番軍の方達が亡くなった時の戦闘記録です。一つ一つを見ても、死者数の方が圧倒的に多い。
スクロールをする手は震えていて…それでも青葉は、その手を止める事が出来ませんでした。
そんな中で、とある記録が目に留まって。
『○○県沿岸、__鎮守府第一部隊。死者数・38名。生存者数・1名。』
他にも沢山の方が亡くなられていますし、生存者の方も沢山います。
これがそうだなんて確証は、どこにもなくて。
けれど……ああ、嫌な予感は、きっと当たってしまうのだと。その資料を見た時思いました。
彼の好きな曲が描く世界。今朝見た夢や、今日行った海岸。
それと、彼が焦がれた目で語った、天国と言う言葉。
それらが頭の中を次々と駆け巡って…何故か青葉の手は、涙で濡れていました。
司令官…あなたは、どこにいるんですか?
何でそんなに、いつも笑顔なんですか?
あなたは、何をその中に隠しているんですか?
もっと真実に近付きたい。
青葉がそれを暴いてしまえば、彼は笑顔なんて貼り付ける必要はなくなるって、楽になれるんじゃないかって…その時はただ、彼の事を思っては悲しくなっていました。
本当は苦しんでいて、いつか自殺でもしてしまうんじゃないかって。
でも…真実と言うのはいつも、大体は残酷で悪い方にドラマティックなのだと。
青葉は、この件でそれを学ぶ事になるのでした。
23 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/13(木) 07:55:33.96 ID:oTabk5kGO
今回はここまでで。
24 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/04/13(木) 12:48:47.76 ID:+7XBftRA0
おつです
青葉がかわいいなあw
25 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/14(金) 09:51:20.28 ID:Sw2uysfwO
それから何日か過ぎた日の事です。
その日の戦闘で、仲間が一人死にました。
司令官は撤退の指示を出していたのですが、撤退中、敵の別働隊が奇襲を仕掛けたようで。
その際に、仲間を庇って亡くなってしまったそうです。
この戦争の情勢は、確かに今は優勢でした。少なくとも、普通の生活を送れる程度には勝ち進んではいて。
それでも戦争である以上死ぬ可能性は、全てを避けては通れない事。頭では分かっているのですが…やっぱり、悲しいものは悲しいんです。
それは皆も同じで…司令官はそんな中、いつもの笑みも無く、一人一人に慰めの声を掛けていました。
あくまで慌てる様子も、悲しむ気配もなく。淡々と真剣な顔で。
26 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/14(金) 09:53:15.03 ID:Sw2uysfwO
亡くなった子は元々身寄りがなくて、遺体の引き取り手がいませんでした。
それでも鎮守府でお葬式はして…さすがに全員とは行きませんでしたが、司令官と姉妹艦の子達が火葬に付き添いました。
青葉は、よく皆の写真を撮っていて。
遺影に使われたのも、一緒に荼毘に付された思い出の写真も、全部青葉が撮ったものでした。
仲間を亡くしたのは、初めての経験で…そして年端も行かない子の死に直面する事も、やはり同じで。
全てが終わったその夜、青葉は執務室を訪ねました。
情けない話ですが、その夜はひとりになる事が怖かったんです。何となくですが…ガサじゃなくて、彼のそばに行きたくなって。
今は徹夜明けの上に事後処理で忙しい筈で、申し訳ないとは思いつつも、青葉はノックする手を止める事が出来ませんでした。
27 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/14(金) 09:55:22.07 ID:Sw2uysfwO
「青葉か…お疲れ様。」
扉を開けると、彼はいつもの笑顔で出迎えてくれました。
その子が亡くなった報せ以来、見ていなかった顔。それを見た時、少しだけ安心している自分に気付いて。
「お疲れ様です…あの子、随分ちっちゃくなっちゃいましたねぇ…。」
「君の撮った写真は、あの子の手に握らせておいたよ。たまには思い出せるようにね。」
「…ありがとう、ございます……。」
改めてその話を聞くと、涙が止まりませんでした。
だめだなぁ、最近泣き虫だ…でも司令官は、相変わらずの笑顔でこう言ってくれました。
「……青葉、おいで。」
もう、だめでしたね。
青葉は彼の胸に縋り付いて…遂に、嗚咽を堪えられなくなっちゃいました。
彼は相変わらず、怒りも悲しみも見えなくて。それは人によっては、冷たいものに見えるのかもしれない。
でもこの時の青葉にとっては、それが何よりの救いでした。
「何も言わなくていいよ…あの子なら、きっと穏やかな場所に行けたはずだ。」
この時彼は、何度か口にしていた天国と言う言葉を使いませんでした。
穏やかな場所。司令官…そこはあなたの焦がれている場所とは、違うんですか?
あの子を失った悲しみと、この前彼に抱いた不安がぐちゃぐちゃになって。
余計に涙を堪える事が出来なくなりました。
それでも抱き締めてくれる腕は、優しくて。
青葉は、いつしか泣き疲れて眠ってしまっていたのです。
28 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/14(金) 09:57:09.10 ID:Sw2uysfwO
目を覚ますと、そこはソファの上でした。
司令官が上着をかけてくれていたみたいで、寒くはありません。机の方を見ると…彼は、座ったまま寝ているようでした。
寝顔は当然、無表情です。いつもの貼り付けた笑みとも、物思いに耽る時の物とも違う無表情。
まるで、死に顔みたいで。
司令官はTシャツだけで、彼が腕を出している所は初めて見た気がします。
それで上着をかけてあげようと近付いてみると、腕時計が見えました。
それは彼がよく付けている、ベルトが四角い文字盤と同じ幅のものです。
少し体勢を直してあげようと、手首を掴んで…青葉は、見てしまいました。
ベルトの端から少しだけ覗く、彼の手首に引かれた傷を。
29 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/14(金) 09:59:08.32 ID:Sw2uysfwO
「ん…ああ、掛けてくれたのか。ありがとう。」
「あ……いえいえ!こちらこそすみません…寝ちゃってたみたいで…。」
起き上がった時、彼が浮かべたのはいつもの笑顔でした。
でも…見ちゃったんです。目を覚ます瞬間の、彼のぞっとするような冷たい目を。
暗いとも、病んでいるのとも違うんです…それはただただ、空虚な目で。
「さて、今日からまた通常任務か…あの子の仇、ちゃんと取らないとな。」
「はい!あ、司令官、ごめんなさい。ちょっとシャワーだけ浴びてきてもいいですか?」
「いいよ、行っておいで。」
それで逃げるようにシャワー室に向かって、青葉は一心不乱に頭からシャワーを浴びていました。
人肌程度のお湯が、次々排水溝に吸い込まれて…さっき見ちゃったもののせいでしょうか、一瞬だけ、それが血に見えてしまって。
…青葉はきっと、彼の事を好きになりかけているのだと思います。
だからこそ、もっと彼を知りたいと思ってしまう。
なのにそうやって近付く程、謎ばかり増えて行く。ますます、わからなくなる。
それでも彼の事を考えると、胸は暖かくて…どうしたらいいのか分からなくて、青葉はまた泣いちゃいました。
シャワーの温度と涙の温度は、あんまり差がないように思えました。
涙が流れてる感覚だって、今は目元にしか感じない。
だけど…まるで、身も心にも涙を浴びているような。そんな感覚に陥っていました。
30 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/14(金) 10:00:07.97 ID:Sw2uysfwO
今回はここまで。
31 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/16(日) 07:27:52.94 ID:ioLvyS6FO
しばらくは、変わらない日々が続きました。
らしくないですねぇ…あの日以来、青葉は彼の過去に触れようとはしなくなっていました。話をしに行っても、本当に他愛の無い事しか言えなくなって。
時計から見えた手首の傷跡は、かなり深いもので。
本当の事を知りたいとは思うけど…いざ司令官を目の前にしてしまうと、何も言えませんでした。
彼が死に掛けた理由は推測通り、過去の戦闘なのか。
それとも、意図して命を落とそうとしたからなのか。
考える程、いつもの彼に接する程…余計にわからなくなって。
でも、彼と過ごす時間は、青葉にとってはとても穏やかなもので。
日々の任務や秘書艦を終えたら、その板挟みで部屋で悶々としてしまうようになっていました。
イヤフォンを付けて、机に突っ伏して。携帯から流れて来るのはやっぱりあの曲で。
『汚れた心と、この世にさよなら。』
そのフレーズが流れる度、彼がいつもの笑みのまま、どこかに消えて行ってしまうような景色が浮かぶのでした。
32 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/16(日) 07:29:31.06 ID:ioLvyS6FO
「……葉ー?青葉ー?……無視すんなってーの!!」
「いったぁ!?ガサ〜、なにすんのさぁ!」
そうやってぼーっとしていたら、イヤフォンをぴっと抜かれました。
どうも隣室のガサが来ていたようです。
「あんたがノックしても返事しないからでしょうがー。あれ、体調悪いの?顔色悪いけど。」
「へ?そうかなぁ、元気だよ?」
「…ははーん、提督と何かあったなー?」
「な、何でそうなるの!」
姉妹艦としては妹にあたるけど、人としてのガサは、実際は青葉の一つ年上で。
青葉が何か悩んでいたりすると、時折こうしてからかってきたりするのでした。
隠し事の出来ない親友と言うか、お姉ちゃんと言うか…そんな間柄なんです。
「青葉は突っ込まれると弱いもんねー。わかりやすいよ?
…話してみたら、楽になるかもしれないじゃん?ほらほら、衣笠さんにおっまかせー♪」
「う……司令官にも関わる事なんだけどさ…誰にも言わない?」
「大丈夫だって。ほら、ちゃんと聞いてあげるから。ね?」
「う〜…ガサ〜…!」
「よしよし、あんた本当は泣き虫だもんね。」
ぽんぽんと頭を撫でられたら、いつもガサの前では我慢が出来なくなっちゃいます。
結局、青葉は最近あった事や考えた事を、全部ガサにぶちまけたのでした。
33 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/16(日) 07:31:17.82 ID:ioLvyS6FO
「……なるほどねー。」
「うん…司令官、何があったのかな…。」
側から見たら、きっと馬鹿馬鹿しい話なんです。
でもガサはからかったりせず、最後まで話を聞いてくれました。
「提督変わってるねー。確かにそりゃ心配にもなるよね…でも、まだその戦闘に関わってた確証はないんでしょ?
手首の事だってリスカじゃなくて、その死に掛けた時の怪我かもしれないじゃん?機械で事故ったとかさ。」
「うん…でも、時々消えちゃうんじゃないかってさ。」
「ふふ…悩んじゃってー。あんた本当に提督が大好きなんだね!」
「え!?ち、ち、ち、違うよぉ!青葉はただ、秘書艦として心配で…。」
「かわいいなぁ。いい?そうやって四六時中意識してる段階で、もう手遅れなんだよ?受け入れちゃえば楽になる。
…それにさ、あれだけ素を見せない人が、青葉には見せてくれてるんだもん。悪いようには思われてないって。
もし青葉の思う通りだったとしてもさ…それはあんたにだけ出してるSOSかもしれないでしょ?」
「そう、かなぁ…。」
「しっかりしなよ、ジャーナリスト!
真実を追い求めるのがあんた、暴かれる事で救われるものもあるかもしれないじゃない!
衣笠さんは、青葉の恋を応援しますってね!」
「うん…そうだよね!ガサ、ありがとう!」
「ふふーん、衣笠さん最高でしょ?青葉は元気が取り柄なんだから!」
この時ようやく、青葉はこの感情が恋なのだと受け入れる事が出来たのでした。
理由なんて、別にいらないか…青葉はただ、あの人が好きになったから、知りたくなった。それだけなんだよね。
そうだよね…真実に近付くのが記者魂!心の闇も扉も、青葉にお任せ!
よーし、待ってろあの鉄仮面!絶対本当の笑顔、引っ張り出してやるんだから!
34 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/16(日) 07:32:51.97 ID:ioLvyS6FO
『prrrrr....』
「はい、もしもし。」
深夜、あるベッドルームに電話が鳴り響いた。
それを受けたのは、貼り付けたような笑みを携えたとある男だ。
その電話の向こうからは、老人の声が響いていた。
『私だ。すまないな、連絡が遅れてしまって。』
「これはこれは、元帥殿。あの件でしょうか?」
『ああ。死体の始末だが、そちらも上手く行ったようだ。これであの件は、粗方ケリが着いたはずだ。』
「そうですか。後任は決まりそうですか?」
『××鎮守府の大尉が少佐と司令官に繰り上がる。それで補填だ。
彼は何も知らないし、代理時の作戦で戦果を挙げたからね。周囲からすれば、抜擢にしか見えないはずだ。
…すまないな。海軍の為とは言え、よりによって君のような若者にあんな役目を…。』
「いえ、立候補したのは僕ですから。お気になさらず。」
『身内の不始末は、身内でケリを着ける。それを決めたのは私だ。
有事の際は、責任は全て私が取ろう。君に迷惑は掛けない。
…初めて人を殺した感覚は、どうだった?』
「虫を殺すようなものでしたよ。銃を撃つ時、殺虫剤を使う気分でしたね。」
『ふふ…恐ろしい男だよ、君は。君がもう少し老けていたのなら、私のポストを譲っていたのだがな……では、失礼する。良い夜を。』
「はい、おやすみなさい。」
電話を置き、彼はベッドに腰掛けると一丁の銃を取り出した。
残弾数を確認すると、二発だけ弾が減っている。
それを確認するといつもの笑みを浮かべたまま、彼はこう呟いた。
「あーあ……期待外れだったなぁ…。」
そう落胆の言葉を吐きながらも、男は尚も笑みを崩さずにいた。
ようやくその笑みが消えたのは、彼が眠りに就いた時の事だった。
35 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/16(日) 07:33:19.32 ID:ioLvyS6FO
今回はここまで。
36 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/04/16(日) 11:11:07.67 ID:FldCiL6A0
おつです
二人とも可愛いけど提督の闇が深すぎるw
37 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/04/16(日) 22:42:07.27 ID:qiZm3cpo0
なんか引き込まれる
38 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/17(月) 21:17:29.68 ID:SfoiDvs7O
「司令官。言いづらかったら申し訳ないんですが……その…元カノさんって、例えばどんな見た目の方だったんでしょうか?」
翌日、青葉は早速、聞けずにいた事の一つを司令官に尋ねました。
以前からそうでしたが、特に嫌な顔も切なげな顔もしないあたり、やはり吹っ切れているのは間違いありません。
じゃあなぜこんな事を聞くのかと言えば…正直、司令官の好みを探ってみたいと言う下心もありました。
それと、彼の過去へ繋がるヒントも。
かなり前だと言っていた通り、司令官はしばらくその頃の事を思い出している様子でした。
「そうだね…まず、物静かで…。」
う。
「儚げな感じの…。」
?。
「黒髪の…。」
?…。
「どちらかと言えば、可愛いより美人って感じの人だったかな。」
?〜〜〜!!!
hit→hit→hit→critical hit!って具合に心にコンボを喰らいました。残念ながら青葉、かすりもしません!
で、でも負けないんだ!司令官みたいな人には、やっぱりグイグイした子じゃないと!青葉とか!青葉とか!!!!
それに…振られてるんだもんね。
でももし、例えば心が壊れるようなひどい振られ方されてて、それがあの手首の原因だったら…。
そう考えた時、メラメラとしたものが青葉の中に芽生えました。
いや、待て待て、そんなの考えちゃダメ…まず取材段階は、ありのままを見極めなくちゃ。
そうだ、他にも思い出話とか聞いちゃえ!
39 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/17(月) 21:18:25.43 ID:SfoiDvs7O
すいません、変換エラーがありましたので修正します。
40 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/17(月) 21:19:35.85 ID:SfoiDvs7O
「司令官。言いづらかったら申し訳ないんですが……その…元カノさんって、例えばどんな見た目の方だったんでしょうか?」
翌日、青葉は早速、聞けずにいた事の一つを司令官に尋ねました。
以前からそうでしたが、特に嫌な顔も切なげな顔もしないあたり、やはり吹っ切れているのは間違いありません。
じゃあなぜこんな事を聞くのかと言えば…正直、司令官の好みを探ってみたいと言う下心もありました。
それと、彼の過去へ繋がるヒントも。
かなり前だと言っていた通り、司令官はしばらくその頃の事を思い出している様子でした。
「そうだね…まず、物静かで…。」
う。
「儚げな感じの…。」
う"。
「黒髪の…。」
う"…。
「どちらかと言えば、可愛いより美人って感じの人だったかな。」
う"〜〜〜!!!
hit→hit→hit→critical hit!って具合に心にコンボを喰らいました。残念ながら青葉、かすりもしません!
で、でも負けないんだ!司令官みたいな人には、やっぱりグイグイした子じゃないと!青葉とか!青葉とか!!!!
それに…振られてるんだもんね。
でももし、例えば心が壊れるようなひどい振られ方されてて、それがあの手首の原因だったら…。
そう考えた時、メラメラとしたものが青葉の中に芽生えました。
いや、待て待て、そんなの考えちゃダメ…まず取材段階は、ありのままを見極めなくちゃ。
そうだ、他にも思い出話とか聞いちゃえ!
41 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/17(月) 21:21:09.07 ID:SfoiDvs7O
「び、美人さんだったんですねぇ…どんなお付き合いをされていたのでしょうか?」
「本当に普通の恋愛だよ。
彼女は二つ年下の、軍の事務員でね。僕が最初にいた鎮守府で出会ったんだ。」
「その、馴れ初めとかは?」
「僕の代の新歓だね。情けない話なんだけど、その時上官に潰されてね。目が覚めたら、その人に膝枕で介抱されてたんだ。
それで後日お礼をしようと声を掛けて…きっかけはそこからだったかな。」
はぁ!?膝枕ぁ!?
ふ、ふふふ…青葉、今なら心のカットイン決めちゃいそうです……ちぇー、いいなぁ…。
でも…飲み会で潰れてたり、やっぱり昔は今より人間味はあったんでしょうね。
司令官、今はお酒も殆ど飲まないし…休日もあのお店でコーヒー飲んだり、一人で出掛けている事ばかりみたいで。寂しくないのかな?って思っちゃいます。
そうだ、今度司令官とお休みが被る事があったら、誘ってみよ!街の方はきっと、青葉の方が詳しいはずだし!
42 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/17(月) 21:23:41.76 ID:SfoiDvs7O
その3日後。
青葉達は演習の為、遠くの鎮守府へと向かっていました。
演習と言っても、艤装を付けて海上を移動なんて事は無く。燃料節約の点で、普段の移動は陸路です。
大体は艤装を整備さんのトラックが運んで、艦娘達はバスで移動するのが常でした。
それで青葉は、司令官の隣の席に座っていたんです。
「のどかですねぇ。」
「青葉、ここは僕が住んでいた街でもあるんだ。今日の演習先は、最初にいた鎮守府でもあってね。」
「え、そうなんですか?」
その頃住んでた街って言う事は…じゃあ、元カノさんとの思い出の街でもあるんだ…。
海岸の方を見ると、ポツポツとカップルの姿も見えて…司令官も、その人とああして過ごしてたのかなぁなんて。ちょっと切なくなっちゃいました。
司令官はと言えば、相変わらずいつものアルカイックスマイル。特に何かに浸っている様子もありません。
事務員かぁ…もしかして、まだ働いてたりして。
そんな事を考えながら、青葉はバスに揺られていました。
43 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/17(月) 21:25:59.82 ID:SfoiDvs7O
大体の鎮守府には集会所があって。演習の休憩や待機の時、艦娘達はそこに集められます。
それは数少ない他の鎮守府との交流の場でもあって、そこで友達が出来たりする事もあったりして。
そうして青葉がいつものように待機していると、ある艦娘さんが目に付きました。
“わあ、きれいな人だなぁ…。”
その人は和風な制服を着ていて、大和撫子と言った風。青葉とは大違いで。
確かあの制服は…ああ、戦艦だっけ。
そんな風に眺めていたら、その人と目が合ってしまって。
彼女は一度青葉の方を見て微笑むと、こちらへと近付いてきました。
「初めまして…こちらに所属の戦艦・扶桑と申します。
__鎮守府の方ですよね?今日はよろしくお願い致します。」
「あ…はい!恐縮です!重巡・青葉と申します!本日はよろしくお願い致します!」
間近で見ると、いい匂いがして…見惚れてしまった青葉は、少し返事が遅れてしまいました。
それですぐに、司令官の言っていた事が頭を過ぎったんです。
“物静かで儚げな黒髪美人…ま、まさかねえ…。いや、違うでしょ。事務員だって言ってたし。”
でもそんな予想も、あっさりと裏切られてしまうのでした。
「__さんは、お元気でしょうか?」
そう呼ばれたのは、司令官の本名で。
ああ…やっぱりそうなんだって。その瞬間は、それ以外何も浮かびませんでしたね。
44 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/17(月) 21:27:41.42 ID:SfoiDvs7O
「……あ。え、ええ!相変わらずいつも笑顔ですよ!
うちの司令官とはお知り合いでしょうか?」
「ふふ…私は元々、ここの事務員だったんです。
その頃彼にはよくお世話になっていたので…元気そうなら何よりです。」
「お!昔からあんな感じだったんでしょうか?司令官は少し変わったお方なのですが…。」
「うふふ、それなら相変わらずみたいね。よく音楽聴きながら、海を眺めたりとかしていないかしら?」
「よくやってますねー。うちの鎮守府では、近くのカフェに行って……。」
この時青葉は、心底自分の事を白々しいなと思いました。
あれだけヤキモチ妬いてたのに、いざ本人を前にすると、勝てないなぁなんて思っちゃって…。
それで世間話をしている内に、集合時間になったので、一度扶桑さんと別れたんです。
また後でよろしくお願いします!なんて言って、手なんか振っちゃったりして。
だから、その後彼女が囁いた言葉なんて、青葉には聞こえてなかった。
「青葉ちゃん…彼はもう誰にも………壊れてさえ、いなければ。」
この時彼女が呟いた言葉と同じ事を、後に青葉は思う事となるのでした。
それはもう少し、先の事でしたけど。
45 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/17(月) 21:29:30.15 ID:SfoiDvs7O
演習そのものは、いつものように進みました。
指示席は全体が見渡せる位置にあって、当然司令官からは全てが見える。
味方は勿論、対戦相手一人一人の顔だってそうで。
相手方の旗艦は扶桑さんで…でも司令官は、声色一つ変えず、青葉達に的確な指示を出していました。
その日の演習も終わって、この日は近くの民宿に泊まったんです。
宿の目の前に砂浜が広がっていたのですが、演習明けの艦娘は花より団子。この日の面子で集まって、まったりとお酒を飲んでいました。
「あれ?そう言えば提督どこ行ったの?」
「さっき出てったきりですねぇ。あ!じゃあ青葉、探してきまーす!」
裏口から砂浜に出ると、やはりいました。
岩に座って、ぼんやりと海を見ているようです。
「司令官、ここにいたんですね!」
「青葉か。少し夜風に当たりたくなってね。」
青葉はしれっと隣に座って、司令官の顔を見てみました。
月明かりに照らされるのは、やはりいつもの微笑で……でも、青葉が声をかける前はどうだったんだろ?って。
そう思うと、胸がぎゅっとなりました。
でも、確かめなきゃいけない。
思い切って、彼に話を切り出しました。
46 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/17(月) 21:32:33.10 ID:SfoiDvs7O
「司令官の言ってた元カノさんって…あちらの扶桑さんの事ですよね?見た目でそうかなって…。」
「ああ、そうだよ。元気そうで良かった。」
「ふふー、お顔を見て、切なくなったりしちゃいましたかぁ?」
「んー…ある意味、そうかもね。」
そう笑う司令官は、どこか寂しそうで。
それを目にすると、今度は痛いなって思うぐらい胸がぎゅっとして…でも悟らせたくなくて、青葉は必死にいつもの顔を作っていました。
「僕の中では、彼女の事は完全に吹っ切っていてね。未練は無い。
それでもいざ顔を見たら、何か感慨ぐらいあるかと思ったんだけど…自分でもびっくりするぐらい、何も感じなかったよ。
やっぱりそう言うものなんだなって思ったね。」
「……そう、ですか。」
悲しいような、嬉しいような。そんな気持ちになりました。
司令官が寂しく感じたのは、何も感じない自分に対してで…裏を返せば、何か感じて当たり前だって思うぐらい、二人にはドラマがあったのかもしれません。
それに…過去に執着も無いけど、今誰かが彼の中にいるわけでも無いんだなって、分かってしまって。
「……今、好きな人はいないんですか?」
「ふふ、ご想像にお任せするとだけ言っておくよ。」
心なしか、いつもより柔らかく笑ったような気がして。
でもそれは、何だか妹分をあやすような、そんな感じの笑みで。
…ああ、隣にいるのに、何でこんなに離れてるんだろ。
心地いい海風と月明かりに照らされたような、ロマンチックなシチュエーションです。
それでも青葉は…それ以上は、彼の方へ近寄る事は出来ませんでした。
47 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/17(月) 21:33:06.25 ID:SfoiDvs7O
今回はここまで。
48 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/20(木) 01:16:33.52 ID:RzQS9TXiO
数日前の事だ。
この日各鎮守府の司令官は、秘密裏にとある料亭に集まっていた。
それは、一人のある司令官を除いての密談。
そして彼らが交わしている議論は、その省かれた男についてのものだった。
「あのブタ野郎!やりやがったな!」
「ああ、これがバレたら世論からの攻撃は免れない…うちの子達にも迷惑が掛かる。」
「クソが…!立場を傘に好き勝手しやがって…艦娘を何だと思ってるんだ!!ブッ殺してやる!!」
皆一様に苛立ち、激しい怒りを隠せずにいた。
その殺伐とした空気の中、一人の老人が手を挙げた。
「静粛に。」
その老人の正体は、彼らの元締めである元帥だ。
ロマンスグレーの髪と皺が目立つが、彼の目は、ここにいる者達の中で一際鋭いものを放っていた。
49 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/20(木) 01:18:12.17 ID:RzQS9TXiO
「欲望に身を任せた末、駆逐艦の少女を強姦のち殺害…そして遺体を焼却炉で処分。
これは査察官の聞き込みと、調査の際押収された骨片から見ても間違いない。奴はバレていないと思っているがな。
ただでさえ女子供を戦場に送っているのだ…これが明るみに出てしまえば、更なる世論からの攻撃は免れないだろう。
しかし平和を何とか保てているとはいえ、今は戦中だ。今の優勢に、綻びを生じさせる訳にはいかん。
だが…同時にこれは海軍としても、人間としても許せる筈が無い。」
ギラリとした視線が前を捉えた瞬間、一同は無言でその言葉に頷いた。
元帥は一人一人の顔を確かめると、再び語り始めた。
「憲兵を使えば必然的に軍全体に伝わり、隠し切る事は難しいだろう。
そこでだが…私は身内の不始末は、身内で着けるべきだと思う。
奴を粛清するのは、私がやろう。
君達は口裏を合わせるだけでいい、協力してくれないか。」
皆一様に無言だが、気持ちは同じだった。
直後一同は頷き、決意の果ての緊張感が部屋に走っていた。
だがそこに、一人の若い声が響いた。
50 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/20(木) 01:20:11.93 ID:RzQS9TXiO
「元帥殿、殺害は僕に任せていただけないでしょうか?」
「__君…だが、君のような若者に手を汚させる訳には…。」
「僕だからこそですよ。
元帥、お言葉ですがあなたはお年を召されている…もし激しい抵抗があった際、何よりあなたの身に危険が及びます。」
「確かに、老いには勝てん節もある…しかし…。」
「あなたの代わりはいませんが…この中では若輩な僕の代わりなど、いくらでもいます。
今ここであなたに命を落とされては、それこそ戦況が傾きかねない。
僕は皆様と比べても、まだまだ経験が浅い。そして、これから士官となる若者は沢山います。
危険であるからこそ、ここは任せていただけないでしょうか?」
視線が交わる。
元帥は射抜くような目を青年に向け、その内側を探っていた。
青年はいつもの微笑を携えているが、その薄目の奥にあったものを確かめ、元帥は溜息を一つついた。
「……わかった。そこまで言うのならば、殺害は君に任せよう。
我々一同は、__君を全力で支援する。
……だが、__君。」
直後、青年の体が弾き飛ばされた。
元帥の拳が、彼の頬を射抜いたのだ。
「命を粗末にするのはいただけんな…今回は折れるが、君の代わりもいないのだ。
今は分からんかもしれんが、年寄りの小言、忘れてくれるなよ?やるならば、必ず生き残れ。」
帰りの車中、青年は自らの運転で高速を駆ける。
車内には彼一人。鳴り響く声は、カーステレオからの音楽のみ。
もう何度聴いたか分からない曲に耳を澄ませながら。
青年は、不気味に微笑んでいた。
51 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/20(木) 01:21:46.61 ID:RzQS9TXiO
青葉は雑学を調べるのも好きで、よく気になった事柄をネットや本で調べて回っています。
一日を終えた時、そうして部屋で過ごすのが主な休息で。
この時は、何となくある植物について調べていたんです。
“スギナ…難防除雑草であり、その栄養茎をスギナ、胞子茎をツクシと呼ぶ。根が深い事から、地獄草とも呼ばれる。
つくしんぼうって、地獄草なんて言われてるんだ…。”
春によく見る、立ち尽くすようなあのツクシ。
その資料を目にした時、不意にあの歌と、彼の事が頭を過ぎりました。
地獄に立ち尽くす…司令官の心は、そこにいるのかな?って。
52 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/20(木) 01:23:07.99 ID:RzQS9TXiO
「司令官!おっはよーございまーす!!」
「ああ、おはよう。おや、今日はどうしたんだい?」
「ふふー、たまにはイメチェンでもと思いまして!」
「よく似合うと思うよ。」
「恐縮です!」
この日秘書艦だった青葉は、髪を下ろして執務室に行きました。
せっかくだし、ちょっとギャップでも付けてやろうかなー、なんて思ったので。
…まあ、扶桑さんの事を意識してないと言えば、嘘になりますけど。
しかし司令官はと言えば、それからは相変わらず。髪下ろしただけだし、そんなもんかなぁ。
無意識に異性に反応してしまうのは、男女問わず悲しい性だとは思うのですが…スタイルの良い方に対しても、彼は日頃そう言う素振りを見せませんでした。ま、まさかこの人、生物として必要ラインの性欲すら無いんじゃ…。
でもあの人と付き合ってたって事は、勿論そう言う事もしてたよね…となると、青葉の色気が足りないだけかぁ。
窓を見れば、今日の天気は大荒れです。
敵は暴風雨の日は活動が止まる習性があるのですが、こちらもこうなると動けません。
今日の出撃は中止になり、やる事と言えばひたすら事務作業。外からの訓練の声も今日は聞こえず、雨音とキーボードの音だけが響いていました。
53 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/20(木) 01:25:11.81 ID:RzQS9TXiO
「ひゃっ!…びっくりしたぁ、割れるかと思いましたよ。」
うちの鎮守府は建物が古くて、こんな日は時折窓がガタつきます。
業者を入れての工事も進めてはいるのですが…運営しながらではなかなか追い付かなくて、今でも雨漏りの報告がちらほらと。それは執務室も例外では無くて。
「おや、雨漏りですねぇ。」
「仕方ないな、バケツを置こう。」
ただの雨漏りだろうと思って、司令官がバケツを置きに行ったんです。
それで下にセットした瞬間…
『ばしゃっ!』
かなりの量の水が、彼の頭から降り注ぎました。
「司令官!大丈夫ですか!?」
「溜まってたのか…大丈夫だよ、濡れただけさ。青葉、着替えるから少し背を向けていてくれないか?」
「は、はい!」
青葉は異性の着替えは気あまりにしないのですが、こう言われたらさすがに目を伏せます。
うん、でも意中の人の上裸…ちょ、ちょっとぐらいなら……。
青葉とタンスの位置は、今は丁度背中合わせ。ばれないだろうと思って、こっそりとチラ見しちゃいました。
“え…?司令、官……。”
そこで目に入ったもの一つ一つは、写真の様に脳裏に焼き付いたのです。
でもそれは、見惚れてしまったとかじゃなくて…ショッキングな記憶として。
54 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/20(木) 01:26:40.21 ID:RzQS9TXiO
背中の火傷の痣に、脇腹や肩に走った、恐らく破片が掠ったであろう傷跡。
引き締める方に鍛えられた体と相まって、それは随分と痛々しく見えました。
この時青葉は、確信を得たのです。
この戦争が始まった時、やはり彼は最前線にいたのだと。
「…こらこら、見ちゃダメだって言っただろ?あまり良いものじゃないんだから。」
「あ…ご、ごめんなさい…。」
そういつもの微笑で注意をする彼ですが…身体と見比べてしまうと、首から上はいつもより貼り付けたように見えてしまって。
「司令官…その怪我は、いつのものですか?」
「古傷だよ。あれは最初の襲撃だったね…僕はまだ新人で、最前線に派兵されたんだ。その時のものさ。」
具体的に何があったのか、彼がそれ以上を語る事はありません。
青葉の見た記録では、どの部隊も多くの人が亡くなっていて…彼が仲間の死に立ち会って来た事だけは、間違いありません。
それでも怒りも悲しみも、封じ込めたように彼からは感じ取れなくて。
その時何を考えたのでしょう、自分でも分かりませんが…。
気づいたら青葉は、背中から彼に抱き付いていました。
55 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/20(木) 01:28:51.89 ID:RzQS9TXiO
「……まだ拭ききれてない、君も濡れてしまうよ?」
司令官の体温は、とても低いものでした。
濡れた肌は一層冷やされていて…それはこの前亡くなった仲間の遺体の冷たさに、よく似ていて。
「司令官…青葉は、ずっとそばにいますから。」
「ありがとう。…大丈夫だ、僕はいなくならない。」
“うそつき。”
そう言いかけたのを、青葉は飲み込んでいました。
彼の垂れた左手にはいつもの腕時計と、隠された傷跡。
これだって、きっとその事が関わっているんだ。
時計からはみ出た手首の傷は、閉じた目尻のように見えました。
この時青葉には、それが彼の、閉ざされた心の目に見えたのかもしれません。
こじ開けてしまいたい。
それで彼が泣く事が出来るなら、何もかも暴いてしまいたい。
例えそれが、パンドラの箱だったとしても。
バケツに滴る雨漏りの音は、外とは真逆のリズムを刻んでいて。
この時青葉の中に、同じリズムで滴ったものがありました。
それはきっと…色の付いた滴だったのだと思います。
ほんの少し水を濁らせる、真っ黒な滴が。
56 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/20(木) 01:29:24.62 ID:RzQS9TXiO
今回はここまで。
57 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/04/20(木) 01:38:53.30 ID:klMY3fOyO
乙。文体からもしやと思ったが、北上SSの人か。ありゃ素晴らしかったよ。
58 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/04/20(木) 03:41:55.24 ID:jlyfMXxDO
新作乙です
今作も引き込まれてしまいますぅ
59 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/04/20(木) 13:55:12.45 ID:I6R8+BjA0
乙です!
60 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/24(月) 06:46:22.94 ID:Def+eai0O
あの日からも、司令官と青葉の間は何も変わりませんでした。
まるであの日だけ切り取ったみたいに、お互いそれ以上は触れないまま。
でも青葉は、改めて決めました。
吐き出せないのなら、吐き出したくなるぐらい近くに寄るんだって。記者は追っかけるものですから。
だからその為の手段を、色々と模索していたんです。
例えばですねぇ…まずはプライベートから攻めてみよう!とか。
「さーて、今回は…っと。」
その時々の作戦や状況によって変動はありますが、艦娘達のお休みは週に2日ほど。
配られる出撃スケジュールを見て各々予定を決めるのですが、青葉には、自分のお休み以上に気になる箇所が。
“司令官のお休みは…あ!ここ被ってる!”
その日の指揮官には、補佐を務める少尉さんの名前が。少尉さんが代理を務める日は、司令官はお休みなんです。
こうなれば善は急げ、青葉は早速司令官に連絡を取ってみました。
61 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/24(月) 06:47:30.54 ID:Def+eai0O
『お疲れ様です!司令官、_日はご予定はありますか?』
『お疲れ様。その日は予定は無いけど、何かあったかな?』
よしっ…!
で、でも青葉から誘うなんて初めて…ドキドキするなぁ……ええぃ!女は度胸!後は野となれ山となれ!
『よろしければなんですけど、一緒に街の方にお出かけしませんか?』
あー、言っちゃった…。
既読が付いてからの時間は、それはそれは長く感じられました。あ!返って来た!
『いいよ。たまには街にも出ないとね。』
それを見たら無意識に拳を握っていて、誰もいないのに照れちゃいました。
ふふ…でも嬉しいなぁ、誘いに乗ってくれるなんて。何を着てどこへ行こうかなんて、そんな事ばかり考えていました。
こ、これってデートだよね…いやぁ、艦娘になる前以来だ。よし!気合い入れちゃお。
62 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/24(月) 06:49:44.25 ID:Def+eai0O
それであれよあれよと言う間に、その日がやってきました。
こっそりと行きたかったので、待ち合わせは敢えていつも使うバス停で。
あまり人に見られても、司令官の迷惑になっちゃう気はしたので。
…それに、鎮守府以外で待ち合わせって、良いじゃないですか。デートっぽくて。
あ!来た来た!
「おはよう、待たせたね。」
「おはようございます!いえいえ、青葉もさっき着いた所でしたので!」
本当は、待ち合わせの30分前にはいたんですけどね。
あれこれ悩んで服やメイクを選んで。でも今日は、髪だけはいつも通りに束ねました。
だって、青葉は青葉ですから。
扶桑さんを意識してもしょうがないですし…これから青葉を上乗せして行けば良いって思ったんです。
どんな時でも変わらないのは、お気に入りのかわいいカメラバッグだけ。カメラのSDカードは、新しいのにしてきましたけど。
…これはですねぇ、司令官との思い出専用のSDにするつもりなので。
63 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/24(月) 06:51:48.83 ID:Def+eai0O
いつも街に出る時に乗るバスも、今日の車窓からの景色は何だか新鮮に見えて。いつもより色付いて見えました。
きっと、隣にいる人のせいでしょうね。
司令官はと言えば、いつもの微笑。
相変わらず感情は見えにくいけれど…でも今日は、いつもより機嫌は良さそうで。気のせいでなきゃ良いなぁなんて。
街まではバスと電車を乗り継いで、3、40分程です。駅前に降りると、この土地にしてはガヤガヤした景色が広がります。
ここは栄えてる辺りなので、この時間は特に人が多くて。
でも駅から少し行くと、古い町並みや洒落た通りなんかが広がっていて、ここは青葉にとっても良い撮影スポットなんです。
あ!猫だ!
「かわいいですねぇ。ほらほら、あ〜…もふもふしてる…。」
「随分人に慣れているね。お、こっちに来た。」
「司令官!いただきです!」
ふふふ、さっそく貴重なショットを収めましたよ!
猫と戯れる司令官…これはうちじゃ青葉以外知らないでしょう。
よく撮影に来てる場所ですけど、一緒に来る人でこうも景色って変わるんだなぁ。
…あの寂しい海の時も、何か変える事は出来たのかな?
うん!これからそうして行けば良いんだ!
青葉が色を付けて行けば、彼の世界もきっと変わる!
「司令官!一緒に撮りましょう!」
猫が丁度青葉達の間に入って、今度は携帯で写真を撮りました。
猫もいるからツーショットならぬスリーショットですが…うん、よく撮れてる。
こうやって少しずつでも近付いて、彼の何かを埋めて行こう。
64 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/24(月) 06:52:51.93 ID:Def+eai0O
それからは、いつも青葉がよく回るルートを歩きました。
服屋さんを見たり、青葉一押しのご飯屋さんに連れて行ってみたり。
どの瞬間もいつもとは違って見えて、カメラの中には画像が次々増えて…いつもは女の子ばかりで賑やかな休日ですが、こんな穏やかな休日は久しぶりだった気がします。
楽しい時間はあっという間で、少し日が傾いて来ました。
それでコーヒーを買って、街中にある公園で一休みをした時の事です。
「ふむ…懐かしいね、この感じ。」
「どうしたんですか?」
「ああ、昔の事を思い出してね。」
一瞬扶桑さんの事が過りましたけど、話の続きを待ってみたら、実際は違っていて。
彼が語ってくれたのは、それとは別のエピソードでした。
65 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/24(月) 06:54:16.26 ID:Def+eai0O
「学生時代に、仲間とこんな感じの場所でよく待ち合わせしてたんだ。
飲みに行く時もだし…その帰りも、こういう所に寄っては延々語ったりしてね。」
「青春ですねぇ。ふふ、お酒の失敗とかやっぱりあったんですか?」
「恥ずかしながら、何度もあったよ。
大体誰かが潰れたり、バカな事を始めたら皆でそれに乗っかったりね。」
「司令官も、羽目を外す事があったんですねぇ。脱いじゃったりとか?」
「ふふ、黙秘権を行使させてもらうよ。」
「あはは、記者にそれは通用しませんよーだ。」
そっかぁ…。
改めて司令官の口からそう言う話を聞くと、やっぱり今の彼からは想像も付かなくて。
自分がきゅっと手を握り締めていた事に、青葉は気付いていませんでした。
66 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/24(月) 06:56:56.48 ID:Def+eai0O
「いつも大体6人でつるんでいてね、色々な事をやったよ。
車借りてキャンプにも行ったし、冬は年甲斐もなく雪合戦をしたなぁ。」
「今はその方達とは遊んだりしないんですか?」
「……ああ。皆死んだか軍を辞めたかしたからね。」
「…………え?あ…ごめんなさい!」
「気にしないでいいよ、初めて話す事さ。
卒業してからは、それぞれ違う所に配属されてね。最初の戦闘で3人死んで、残り2人はその後軍を辞めたんだ。今はどこにいるのかも分からない。
最後に集まったのは、あの件の前だったよ。
気付いたら軍に残ったのは『俺』一人…それからいつの間にか少佐にまで上がってたけど、今でもあまり実感は無いね。」
司令官…今、『俺』って…。
彼が初めて青葉の前でその一人称を使った瞬間は、夕日が逆光になって、横顔を全て隠していました。
だから、いつもの微笑だったのかすら分からなくて…。
「……まあ、『僕』の思い出話はこんなのさ。湿っぽい話をしてしまったね。」
“あ…。”
司令官がこっちを向いてそう言った時には、もういつもの微笑と一人称に戻っていました。
外れかけたと思った仮面が元に戻る瞬間を、見てしまったんです。
その瞬間、とても遠くに行ってしまったような気がして…青葉は…。
「司令官…。」
思わず彼の手に、自分の手を重ねていました。
67 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/24(月) 06:58:36.20 ID:Def+eai0O
「…司令官、寂しくないんですか?」
「“今は”ね。鎮守府の皆もいてくれるし。勿論青葉も。」
今は、かぁ…今までの話を聞く限り、扶桑さんと別れたのもその件の後で。
死に掛けて、仲間も恋人も失って…どんな気持ちだったんだろう。
知れば知る程、見えない人。
でも青葉は、そうある程に知りたくなるんですよ。例えあなたが、深いものを抱えていても。
だから青葉は、あなたから逃げて行ったりしません。
でも何でかなぁ…こんな事を思いはしても、口には出せなくて。
そんな時です。目の前に袋が差し出されたのは。
68 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/24(月) 06:59:56.65 ID:Def+eai0O
「これ、もらって欲しいんだ。開けてみてくれ。」
「へ?は、はい…ありがとうございます…。」
中に入っていたのは、青い髪留めでした。
かわいい…嬉しいなぁ…。
「ありがとうございます!良いんですか、もらっちゃって…?」
「さっき自分の服買った時、ついでにこっそりとね。いつも髪を結んでる青葉には、似合うと思ったんだ。
日頃のお礼と思って受け取ってくれ。」
「はい…大切にします。あ!そうだ司令官!早速なんですが…。」
それでその場で髪をほどいて、もらった髪留めに付け替えたんです。
やっぱり、この人に最初に見て欲しかったから。
「ど、どうでしょうか…?」
「うん、よく似合うよ。あげた甲斐があるなぁ。」
「ありがとうございます…司令官!一緒に撮りましょうよ!」
それで撮った写真は、我ながら本当に嬉しそうで。
ちょっと恥ずかしくなるぐらい、満面の笑みを浮かべていました。
69 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/24(月) 07:01:25.36 ID:Def+eai0O
帰りの電車から見る夕暮れは、きらきらしていて。
普段住んでいる街が、こんなに綺麗な場所だったんだって改めて分かって。
そんな今日を彼と過ごせて、本当に幸せでした。
でも日本語って、不思議ですよねぇ…例えば『しあわせ』って『幸せ』とも書きますけど、『仕合わせ』とも書けます。
こう書くと、人と人との巡り合わせって意味に変わって…司令官と青葉もそうだったらいいなぁなんて。
それと…もう一つこの言葉には、違う漢字を当てられるんですよ。
『死合わせ』とも、書けるって。
70 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/24(月) 07:03:00.73 ID:Def+eai0O
今回はここまで。
71 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/04/24(月) 07:37:51.17 ID:pxReinXA0
おつです
青葉がかわいいだけに反動が怖いw
72 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/04/24(月) 08:17:02.17 ID:RR/SRmEDO
かさぶたをひっぺがして
「ほら、やっぱり傷がありましたよ!」
「見て下さい!こんなに血が出てきました!傷が深い証拠です」
とやるのがマスコミの性分だからな
73 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/26(水) 03:53:03.51 ID:H6gDLKu+O
「待て!!どう言うつもりだ!?」
「どうって…こう言う事ですよ?」
「へ…?あ……あぎゃああぁああっ!!!??」
某日深夜、とある倉庫。
味気ない機械音の直後、ある男の悲鳴が響いた。
太腿を銃弾で貫かれ、のたうち回る中年。
それと対照的に青年は微笑んだまま、つかつかとその中年へと近付いていく。
「あはは、オーバーですね。大佐、よく最前線にいたとご自慢になられていたじゃないですか。」
「ななな何が欲しいんだ!?金か!?女か!?」
「どうでもいいんですよ、そんなものは。
そうですねぇ、強いて言うなら…一応お目当ては、あなたの命ですかね。」
「……!!元帥か!!
ジジイの犬め!!き、き、貴様のやろうとしてる事はただの殺人だぞ!?おべっか使いやがって!」
「はぁ……勘違いしないでいただきたいのですが、僕は出世も興味は無いんですよ。
ましてやあなたが何をしたのかも聞いていますが、正義感でも無い。
まあ、あなたは別に死んでもいい人間だと思ったから、こうしているんですけれどね。」
一歩、二歩と青年が近付き、その足音は中年に、否応無しに自身の死へのカウントダウンを意識させる。
全身は恐怖に震え、拳銃も上手く持てない。
脂汗で全身が濡れ、終いには恐怖の末失禁し、いよいよ中年は濡れ鼠と化している。
それでも尚、青年は笑みを崩さない。
それどころか、歩を進めるごとに深まるようにさえ中年の目には映っていた。
74 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/26(水) 03:54:03.55 ID:H6gDLKu+O
「みっともないですね…少しは抵抗出来ませんか?ほら、せっかく拳銃持ってるんですし…。」
「ひっ…た、助け…。」
「はぁ……それ、あなたは一体何人に言わせたんでしょうね?もういいです。」
青年は再度銃を構え、引き金に指を掛ける。
その際中年が見た、青年の目の奥にあるものは…。
それが、中年が最期に見た光景だった。
「おやすみなさい。」
その微笑みと、がしゃん、と言う地味な音の後。
ビチャビチャと音を立て、壁に赤いシミが広がった。
「あーあ…こんな奴じゃダメだったかぁ。」
たった今自身が生み出した死体を一瞥し、青年はそうぼやいていた。
困ったような笑みを浮かべ、やがて死体処理担当の者がそれを何処かへ運び去っても。
青年は、尚も微笑を崩さずにいた。
75 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/26(水) 03:55:10.81 ID:H6gDLKu+O
『司令官!今日も一日お疲れ様でした!』
あれから青葉は、彼にこまめに連絡を入れるようになりました。
長々とやり取りする訳ではありませんが…お仕事の後や顔を出せない日でも、気持ちだけでも近くにいるって思ってもらえるように。
あの日まで、髪留めは結構ローテーションをしてたんです。
でも今はいつ会っても大丈夫なように、プレゼントしてもらったものを毎日着けています。
…そうでなくとも、毎日着けますけどね。大切な人からもらったものですから。
“でも司令官、あの人の事は確かに引きずってないよね…青葉の気にしすぎかなぁ。”
司令官の過去もですけど…色々分かる中で、最近特に気掛かりになっていたのは、やはり扶桑さんの事。
記者としては褒められたものでは無いのですが、勘という奴でしょうか。
振られたのは彼ですが、思い返すと扶桑さんの方が未練があるように感じていたんです。
何か、振らざるを得ないような理由があったような気がして。
だって彼女は、開戦前の彼と付き合っていたのですから。
彼の学生時代の話を聞く限り…もしかしたら、変化に耐え切れなくなってしまったのかもしれません。
司令官の手首の原因は、多分この戦争そのもので。
扶桑さんはむしろ、あの事に傷付いている側なのかも。
だとしたら…見放してしまう気持ちは、少しだけ分かる気がします。
……青葉は彼がどんなものを抱えていても、絶対に離れたりしませんけど。
76 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/26(水) 03:56:31.11 ID:H6gDLKu+O
あ…ううん、ダメダメ!こんな事考えちゃ。
女だからなのか、青葉だからなのかもう分かりませんけど。
彼と距離が近付いた手応えを得るたび、ふと湧いてくるものがあるんです。
独占欲とか嫉妬とか、そういう類が。
この前なんて、駆逐の子が司令官にじゃれてるだけで、ちょっとむっとしちゃって…。
昔元カレに浮気された時だって、泣いて怒って仕返しして、後ははいバイバイ!綺麗さっぱり!って感じだったのに。
いつからこんな嫌な女になっちゃったんでしょう。
…大体、まだ付き合ってすらないし。
77 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/26(水) 03:58:14.67 ID:H6gDLKu+O
『今日もありがとう、明日もよろしくね。』
返信はこれだけで、それでも充分嬉しいんですけど。もっと話したいなぁ…って、日増しに思っちゃいます。
出来れば連絡じゃなくて、毎日直接話したい。
週4〜5で直で話してるんだから、満足しなよって話なんですけど。
ご飯連れてってもらったり、髪留めもらったり…もらってばっかりだなぁ…。
もっとこう、司令官の為にできる事、ないかなぁ…。
色々と彼について考え事をする時間は、悶々としつつも、何処か楽しみな時間にもなっていました。
こんな時間ですら、なんだかんだで幸せだなぁなんて。
机に置いたデジタルのフォトフレームには、ランダムでこの前の写真が流れていて。
それは青葉にとっては、宝箱を開けるみたいで。
“でも青葉『だけ』しか、この瞬間は知らないんだよね…。
司令官…青葉はいつでも、あなたを見てますよ。”
そうやって悦に入りながら、ずっとそれを眺めていました。
ちらりと写真に写った、彼の腕時計の陰にあるものすら愛おしく思いながら。
78 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/26(水) 03:58:40.57 ID:H6gDLKu+O
今回はここまで。
79 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/04/27(木) 20:30:40.44 ID:PxnMxN2p0
青葉舞い上がってるなあ
ひばりって太陽に向かってさえずりながら垂直に昇っていって力尽きたようにポトッと落ちてくるんだよな、今後が怖い
80 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/30(日) 05:13:05.60 ID:zE7UP0Tu0
一人称を『私』じゃなくて『青葉』と呼ぶのは、艦娘でいる間は、周りに覚えてもらいやすいようにって思ったからです。
本名じゃどこのどいつだってなっちゃうし、私でも分かりにくいかなって。
そんな『青葉』が、ただの『私』だった頃の話をしましょう。
2年ぐらい前ですかねぇ、付き合ってた人がいたんですよ。
人当たりの良い人だったのですけど…あれはその相手と何度か一線を超えて、しばらく経った頃でしょうか。
連絡が、徐々に取れなくなって行ったんです。
取れても素っ気ないし、躱されてる気がして…まだその時は好きだったので、我慢してたんです。
でも、段々浮気じゃないかって思い始めて…ある日尾行をしたんですよ。
結果はと言えば、クロでした。
当時の『私』は新聞部で、先輩から尾行のコツを教わったりしてました。
まさかそれが、本当に役立つなんて思わなくて。
最初は家に逃げ帰って、押さえた証拠を見返しては泣いてました。
信じられなくて…妹か何かだなんて思い込もうとしたけど、場所が場所だけに、そんな訳もなく。
それでも必死に隠して、会いに行きました。
それで相手が丁度トイレに行った時、置きっ放しの携帯に通知が来たんです。
『お前ほんとゲスだな!__ちゃんかわいそうだわー、なんなら俺にちょうだいw』
それは相手の友達から来たもので、思いっきり『私』の名前が出ていました。
文面を見て、その前にどう言う会話をしてたのかすぐに理解して。
あいつは、初体験の相手だったんですよ。
でもそんな奴に奪われたのも、見抜けなかった自分も情けなくて、悔しくて…段々許せなくなってきて。
それで友達に相談したら、意外な答えが返ってきました。
「その子、中学の同級生だよ。」って。
最初は取られたんじゃないかって思って、確かめようと思ってその子の高校で待ち伏せしてたんです。
そしたらその子も、二股の事は知らなかったらしくて…意気投合した私達は、あいつに会いに行きました。
私とその子で、ワンツーパンチを決めましたねぇ。綺麗に吹っ飛びましたよ。
その子とは今でも仲が良くて、地元に帰ると必ず遊びます。
殴った瞬間『私』もその子も、元カレの事はどうでも良くなっちゃって。
…まあ、そんなありがちな話です。
え?何でこんな話をしてるのかって?
そうですねぇ…司令官の事を好きになったのは、その件以来の恋だったんですよ。
その男自体はどうでもよくなったんですけど、今思うと、無意識にトラウマになったのかもしれません。
司令官への感情を自覚してから、独占欲の類が当時より強くなった気がして。
でも…もう一つ心当たりがあるなら、そうですねぇ…彼の抱えていたものに、あてられてしまったのかもしれませんね。
それが『私』の場合は、独占欲って形で出たのかもしれません。
人から人へ伝染するものって、例えばウィルスだけだと思いますか?
物理的には、確かにそうなのでしょう。
目に見えないものも、中にはあるんでしょうけどね。
さて…話は鎮守府に戻ります。
ここからは、再び『青葉』としてお送り致しましょう。
81 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/30(日) 05:14:04.94 ID:zE7UP0Tu0
夜、青葉はいつものように執務室へ向かっていました。
でも内心は穏やかじゃありません。
秘書艦を終えて、部屋から連絡を入れたんですが…返ってこないんですよ。
これだけだとオーバーに見えそうですが、彼の場合は心配になる要因があって。
司令官はお仕事が終わっても、すぐには帰りません。
大体は、音楽を聴いて少し休んでから部屋に戻るんです。
青葉と雑談をしたり、連絡をくれるのはそう言う時間です。
ただ、今日は残務も無くて、なのにいつもは付く既読も無いまま。体調でも崩してないかって、心配になったんですよ。
ノックをしても、やっぱりいつもの返事は無し。
それでもうっすらと音楽は聴こえていて…いよいよ嫌な予感がして、急いでドアを開けました。
“司令官!?”
ソファに横になってるのを見た時、思わず駆け寄りました。
まさか病気じゃないかって思いましたが…どうやら、それは杞憂だったようです。
“ほ…よかったぁ、寝てるだけかぁ…。”
彼は少しお疲れだったようで、ソファで仮眠を取っていました。
どれどれ、寝顔を拝見…よかった、今日は前と違うみたい。
ふふ…でもこれってチャンスじゃないかなぁ。こんな顔、なかなか見れないよ。
例えば意中の人の寝姿を見たとして。
このまま眺めてたり、こっそり添い寝やキスをしちゃおっかなんて、こういう場面に遭遇すると思うものなのでしょう。
この時、確かにそう言う気持ちも抱きましたが…。
青葉が真っ先にした事は、部屋の鍵を閉める事でした。
82 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/30(日) 05:15:44.48 ID:zE7UP0Tu0
“……これで、誰も入れないよね。”
この時間に執務室を訪ねるのなんて、青葉しかいません。
それでも、鍵を閉めたかったんです。
だってそうしちゃえば、本当に二人きりじゃないですか?
誰も邪魔しない、彼の前には青葉しかいない世界。独り占め出来る機会なんて、こんな時ぐらいしかない。
ソファの端は、丁度青葉が座れるぐらいに空いていて。そこにこっそりと座ってみます。
ほんの少し手を動かすだけで、髪に触れそうな距離。
いつか手を掴んでもらった時よりも、この前街へ出た時よりも、今はもっともっと近くて。
起こさないようにそっと持ち上げて…自分の膝に、彼の頭を乗せてみました。
カメラは勿論持ってないし、携帯も出す必要はありません。
今、網膜と脳に刻まれているもの。それ以上に素敵に写す事なんて、きっと無理でしょうから。
眠る顔は、いつかの死体のような無表情じゃなく、人らしい穏やかなもので。
すうすうと寝息を立てる振動が、太腿越しに伝わって。それは青葉にとって心地いいものでした。
今はどんな夢を見ているんでしょう?
優しく髪を撫でて、そうすると心なしか表情が柔らかくなった気がして。
「司令官…青葉は、いつでもそばにいますからね…。」
深く眠る彼に、聞こえる訳もないのに。
こんな事を囁いていました。
83 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/30(日) 05:16:26.69 ID:zE7UP0Tu0
そうしてる内に、少しだけ彼が寝返りを打ちました。
青葉のお腹側に顔が向いて…服の裾を、少しだけ掴んで。
可愛い所もあるなぁ、なんて。
……この時間と出来事だけは、青葉だけのものです。
頭の中だけの、誰にも見せない秘密の記事ですから。
あ、時計、今は外してるんだ…目を逸らしちゃダメだよね…。
恐る恐る視線を左手に合わせると、ズタズタの手首が晒されていました。
初めて全容を見たけど…痛いなぁって。こっちの心まで痛くなりそうで。
手首に手を伸ばして、優しく傷を撫でて…一瞬だけ、彼の頬にキスをしました。
スピーカーから流れていたのは、あの曲で。
今は丁度曲の終わりで…天国の夢を、見ているんでしょうか?
天国旅行…そう、旅行、なんですよね…。
旅行だから、帰ってくる場所がある前提の事だから。死出の旅とは、帰るあての無い放浪とは違うはずで。
この曲を知ってから何度も聴いた、断末魔の悲鳴みたいなギターソロが鳴り響いて。
そこから、嘘みたいに穏やかなアウトロに繋がって。
やっぱり、人が死ぬ時の気持ちを想像してしまって。
青葉は覆い被さるように、彼の頭を胸に抱いていました。
84 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/30(日) 05:17:45.34 ID:zE7UP0Tu0
司令官…青葉の胸の中が、あなたにとっての天国じゃダメでしょうか?
ずっと触れたかった、抱きしめたかったはずの人は、いざ触れてもどこまでも遠くて。
泣いちゃダメだってわかってるけど、考える程に泣けてしまって。
だからその時は、当たり前の事が何処かに行っていたんです。
こんな事をされたら、大抵の人は起きてしまうって。
「…青葉か?」
「……はい…。」
その声色は、いつもと変わらなくて。
青葉が体をどけると、彼はすぐに起き上がって、こちらを見つめていました。
きっと今、青葉はひどい顔をしているでしょう。
みっともない泣き顔で、可愛げも何も無い姿で。
ましてや部下が、自分が寝ている間にこんな事をしていたなんて、幻滅されるかもしれない。
でも司令官は…
「……大丈夫だ、泣かないでいい。」
優しく、青葉の事を抱きしめてくれました。
「青葉…一体どうしたんだい?」
「司令官……。」
触れるべきか、触れないべきか。
この時はまだ、迷いがありました。
でも…もう、後になんて引けない。
だから青葉は、遂にあの事を訊くと決めたんです。
「……青葉、見ちゃいました。
司令官…その手首の傷は、どうしてなんですか?」
この時青葉は、また一つ真実への裂け目に手を伸ばしたのです。
裂け目から落ちる、真っ黒な滴。
ポタポタとこぼれる程度だったそれが、線を描いて漏れていたのはいつからだったのでしょう。
それが青葉の中も、次第に黒く侵食して行く事に目を背けたまま。
85 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/04/30(日) 05:18:12.74 ID:zE7UP0Tu0
今回はここまで。
86 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/05/02(火) 04:18:00.34 ID:UUDRFckKO
「……ああ、時計を外したままだったね。見せてしまったのか、すまない。」
まるで大した事でも無いように、彼はあの微笑でそう言い放ちました。
そんなズタズタの手首を、他人事みたいに…この時少しだけ、怒りすら覚えました。
どうしてそんなに、自分を大事に出来ないんだって。
「いえ…本当は少し前から知ってました。ベルトの裾から見えていて…。
司令官、教えてください…青葉はあなたの事を、もっと知りたいんです!」
「君が思う程、大した話じゃないよ。知ったら肩透かしを食らうかもしれない。」
「……それでも、いいんです。青葉にだけは、本当の事を教えてください…。」
「…そうだな、何から話そうか。あれは…」
困ったような、でも相変わらずの貼り付けたような笑み。
それを崩さないまま、彼はゆっくりと口を開きました。
87 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/05/02(火) 04:40:31.52 ID:TkF1vjjP0
「最初の戦闘だったね…僕の乗った護衛艦は、近海での戦闘に向かっていたんだ。
その船には、あそこに赴任した頃からいた部隊が乗っていてね。
同期の仲間に、お世話になった上官や先輩。いつもの顔ぶれが揃っていたよ。
あの日までこの国の軍はね、災害救助や警備が主だった。
上官すら戦闘なんて初めての事で…それも、相手は未知の怪物だ。死の緊張感と、人々を守ると言う意志が船内には混在していた。
そして、いざ敵と対面さ。
まず、甲板にいた一人が頭を撃ち抜かれた。
いや…正確には、頭が飛び散ったのかな。クラッカーみたいな音がして、直後にはもう倒れていたよ。
一人、また一人と撃たれて死んで、それでも士気は下がらなかった。
だけどその時だ、敵の魚雷が飛んできたのは。」
「……船は、吹っ飛んだんですか?」
「……ああ、火薬庫を貫いてね。背中の火傷は、その時のものさ。
壁が厚いし、遮蔽物もあったからね。幸い遠くにいた僕は、飛ばされるだけで済んだ。
…だけどその近くにいた仲間は、バラバラになって海上に浮いてたよ。
僕は船首側まで吹っ飛ばされて、そして船尾から船が沈んだ。
船は上を向く形で、船首だけが顔を出してる状態でね。僕はそこに捕まって、何とか無理矢理立っていた。
海に投げ出された仲間が、噛み付かれて死ぬ断末魔。
爆発で飛び散った死体が、海面に浮く様。
それが沈みかけの船首からは、よく見聞き出来たよ。
その日は快晴だったなぁ…青空と青い海に、血の赤と火の赤が広がっていた。
まるで昼と夕暮れの境目みたいだって…船首からのその光景は、よく覚えている。」
88 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/05/02(火) 04:41:31.77 ID:TkF1vjjP0
「それで…どうやって生きて帰って来たんですか?」
「そうだね…吹っ飛ばされた場所で、とっさに仲間の死体から機関銃を掴んでね。
僕はそいつを担いだまま、傾いた船首に立っていた。
死にたくないとか、勝ちたいとか、そんな事はもう考えていなかったと思う。
大声を上げて、とにかく機関銃をぶっ放した…敵にも浮かんだ仲間の死体にも、次々弾が当たって…。
そこから先は、覚えていない。」
「…じゃあ、目を覚ましたのは…。」
「前話した通り、病院のICUさ。
だけどその前に、違うものを見たよ…。
何もない草原に、真っ赤な花が咲いていて…鳥が鳴いて、潮風と風の音だけで。『俺』はそこに立っていた。」
「……っ!?」
「上を見れば、雲一つない空さ。
悲しくもない、ましてや喜びもない。
ただ穏やかな安らぎだけがそこにあって…感情なんて何処かに消えていて…“ああ、ここが天国か”って、その時思ったよ。
…目が覚めたら、__が抱き付いてきた。
船は沈んだ。仲間が死ぬ様も見た。それは全部覚えてる。
どういうわけか『俺』は生きていて…本来なら恋人との再会を喜ぶか、怒りと悲しみに震えるかしたんだろう。
だけど…不思議なものだね、何も感じなかった。
愛していたはずの__に抱き締められた時でさえ、あの場所以上の安らぎは感じなかったね。」
89 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/05/02(火) 04:42:41.18 ID:UUDRFckKO
言葉が、出ませんでした。
ここまで脳の処理が追い付かない感覚と言うのは、初めてだったかもしれません。
…でも、折れちゃダメ。確かめなきゃいけない事は、まだたくさんあるんだ。
「………それから、どうして手首を切ったんですか…?」
「死にたかったわけじゃないよ。『俺』もどうして切ったのか、よく分かってないんだ。
そうだね…強いて言うなら……また見れるかなって、思ったからさ。
結局『それ』じゃ、見れなかったけどね。」
その時彼が見せた笑顔は、青葉は一生忘れられないと思います。
あの曲のタイトルを教えてくれた時でさえ、まだ隠していたものがそこにはありました。
欲望に歪むでも、悪意を孕むでも無い。
子供のように無邪気で、どこまでも透き通っていて。
だけど、ゾッとするような。
初めて見た、彼の心からの笑顔を。
ああ…そっか……少しだけ、分かりました。
彼はもう自分じゃ…
90 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/05/02(火) 04:43:43.10 ID:TkF1vjjP0
____心が死にたがっていることさえ、理解出来ないんだ。
91 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/05/02(火) 04:45:33.25 ID:TkF1vjjP0
「…そんな所さ。大した話じゃなかったろう?『僕』の話は。」
貼り付けた笑み。
戻った一人称。
他人事みたいに笑う。
笑う嗤うワらう笑う笑うわらうワラうわラう。
どうすればいいんだろう?
何をしてあげれば、取り戻せんるんだろう?
頭がぐちゃぐちゃになって、青ばハもうドうシタら良いカわからナくなッて。
「少し、長話をし過ぎてしまったね…青葉、今日はもう休んだ方がっ…!?」
いつの間にか、ソファに彼を押し倒していました。
頭がボーッとします。それで押さえ付けた肩から手を離して、今度はそれを横に動かして。
気付いたら、ギリギリと彼の首を締めていました。
その瞬間の事でした。
靄が晴れたように、頭の中がクリアになって…自分がどうしたいのか、何をするべきなのか理解出来たのは。
苦痛に歪む顔を見て、手を離して。
彼の胸が酸素を求めて激しく動くのを見て、次にやるべき事。
青葉は彼の手首を取って…今度は、その傷にキスをしました。
92 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/05/02(火) 04:47:02.72 ID:TkF1vjjP0
「あお、ば……?」
今は鍵を閉めています。
ここにはもう、彼と青葉しか存在しない。
首を締めたのは、生存本能を分からせる為。
傷跡を舐めるのは、慈しみの感情。
それで…これは、愛情を示す為の行為。
唇を重ねて、舌を無理矢理絡めて。
切れる青葉の息と、それでも上がってくれない彼の心拍数がそこにはあって。
ずっと念願だった彼との最初の口付けは、デートの終わりなんてロマンチックなものじゃなく。
『私』から踏み込んだ、甘美で、でもひどく暴力的なものでした。
子供の頃、10針縫う怪我をしました。
その時は周りは大騒ぎで…でも青葉は痛いなんて思わなくて、冷静なぐらいで。
痛くなってきたのは、治療が終わってようやくの事でした。
後で知ったんですけど、痛覚が限界を超えると、麻痺する事ってあるそうじゃないですか?
それは心でも、同じなのかもしれませんね。
93 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/05/02(火) 04:47:53.34 ID:TkF1vjjP0
壊れたあなたを見て、きっとあの人は耐えられなくなったのでしょう。
色んな人が、死んで、去って。あなたの元を過ぎて行ったのでしょう。
でも壊れてしまっていても、あなたの本質は優しい人です。
分からないのなら、与えてしまえばいいんだ。
苦痛も喜びも幸せも、感情の全部を呼び覚ます為に。
青葉は、今もあなたから逃げなかったじゃないですか?
記者はね、しつこいんですよ。とことん離れませんから。
青葉だけは、そばにいます。
青葉だけが、あなたに与えてあげられる。
青葉なら、あなたの心を取り戻せる。
…だから、どこにも行かないでください。
青葉があなたの天国になりますから…天国になんて…行かせませんから…。
『私』を、ひとりにしないでください…。
気が動転したままの彼を胸に抱いて、青葉は微笑んでいました。
胸に顔を沈めさせて、青葉以外何も感じられないようにして。
だから、この時一筋だけ、頬を伝うものがあった事。
それは、青葉だけしか知らなかったのでした。
94 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/05/02(火) 04:48:37.98 ID:TkF1vjjP0
今回はここまで。
95 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/05/03(水) 01:39:14.72 ID:erRfoPmA0
おつです
壮絶だし健気すぎるなあ…
96 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/05/06(土) 00:09:46.06 ID:ll5pEpFB0
以前北上のSSを書かれた人ですか?
97 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/05/06(土) 04:32:11.47 ID:u3lwuGH40
「うおおおおおおお!!!!」
叫び声と共に、男の持つ機関銃の音が鳴り響く。
それは海面に浮く死体を貫き、それを見つめる異形達の肌を掠めた。
だがその者達にとって、それは何ら意味を持たない。
異形達は、ただ呆然とその男を見つめるばかりだった。
「…ホットコウカ、今回ハコレデ終ワリ。」
「良イイノデスカ?殺サナクテ。」
「ハァ…ワカッテナイナァ…イイ?アタシ達ハ『人間』ト戦争シニ来タンダ。アレハモウ、殺ス意味モナイヨ。
ソウダネ……デモ、代ワリニヨク見テオクトイイ。」
「アレヲデスカ?」
「…アタシ達モ所詮『心』ト『命』、両方ガ無イト生キテルトハ言エナイ。ドッチカガ死ネバ終ワリサ。
ダカラ、ヨク覚エテオクンダ。アタシ達モコノ先、アアナルカモシレナイッテ事。
殺サナイ事ガ、アアナッタ奴ニハ一番ノ攻撃ナノサ。」
“人間ハ手強イ…コノ先コソ、コッチモタクサン死ヌンダロウナ。
タダ、願ウナラ……。”
「…仲間タチニハ、アアハナッテ欲シクナイネ。」
異形の一人が振り返った先には、沈み行く船首と、波に飲まれる男がいた。
敵も去り、独り漂う男は目を開けたまま、何処かをじっと見つめている。
彼の瞳は開いているが、意識は既に途切れていた。
その瞳孔には。
透き通る青空だけが、虚しく反射していた。
98 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/05/06(土) 04:35:21.06 ID:u3lwuGH40
あの日から、司令官と青葉の間に少し変化が起きました。
それは青葉が一方的にそうし始めたのですが。
彼が仕事を終えた後は、必ず__さん、彼の下の名を呼ぶようになった事。
「__さん、今日もお仕事終わりましたねぇ。
「そうだね、『青葉』。食堂にでも行こうか。」
仕事以外では青葉も本名で呼ぶように言ったのですが…彼の方は、今も呼んではくれないままです。
仕方ないとは思いつつも…やっぱり、ちょっと寂しいかな。
あの日あれだけの事をしでかしたのに、彼は怒りもしませんでした。
しばらく呆然としていて、でもすぐにあの微笑に戻って。逆に青葉の頭を撫でて、慰められた始末で。
「今はそんな気は起こさないから、心配しないでいい」なんて、よく言いますよ。
だから青葉は決めました。少しでも壊れたものを取り戻してみせるって。
その為にこそ、もっと彼を深く知って、色んなものに触れないといけない。
全てを知る事が出来たなら、きっと壊れた所も治せるでしょうから。
…あなたは生きてるんだって、絶対分からせてやるんだ。
それで部屋に戻ってやる事と言えば、ちょっとした泊まりの準備でした。
明日から演習の関係で、3日程ここを離れます。
日程自体は2泊3日なのですが、でも演習は1日だけ。その中日はオフになっています。
オフ日は演習先での観光が義務付けられていて、それは上からの命令です。
要は慣れない街の日常に触れて、普段自分達が何を守っているのか感じろと言うお達しでして。
まぁ、たまにこういう事があるのですが…今回は観光じゃなく、取材と行かせてもらいます。
何と言っても、行先はあの街の鎮守府なんですから。
今回の引率は、司令官じゃなくて少尉さん。
彼の不在と言う環境で、あの街です。調べるにはまさにうってつけ。
愛用の一眼は置いていって、機動性重視の薄型で行きます。それでスマホはレコーダー代わりにして。
『あの人』を捕まえられたら、一番早いんだけどなぁ。
99 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/05/06(土) 04:37:06.85 ID:u3lwuGH40
翌日、移動のバスがあの街に差し掛かると、まず車窓からの景色をひたすら収めました。
勿論オフ日に自分の足でも回りますが…彼がどんなものを見て来たのか、記録したいと思ったので。
今回の演習は、相手方は着任から浅い子達で構成されています。
そんな編成なのであの人はいなくて、どうしようかと途方に暮れていた時の事です。
「……あなた、__鎮守府の方かしら?」
振り返ると、青葉と変わらないぐらいの女の子。
少しキツそうな声色ですが、何処か見覚えもあるような…あれ?この制服って…。
「初めまして!そうです、__鎮守府の青葉と申します!」
「私は扶桑型二番艦、山城よ。 ねぇ…__提督は今日いるかしら?」
「いえ、今日はうちの少尉さんが引率ですが…。」
「そう…じゃああいつに伝言をお願い。“あんた、次会ったら殴る”って言っておいて。」
え?この子何言って…。
咄嗟にその子の肩を掴んで、足を止めさせてしまいました。
この子、見る限りあの人の…でも、何でそんなに…。
「…何よ。」
「い、いえ、うちの司令官と何かあったのかなって…。」
「…あなた、もしかして姉様の事を知ってるのかしら?あいつとの関係も。」
「はい…知ってますねぇ…。」
「…艦娘の姉妹艦って、大体の子はエルダー制みたいなものじゃない?でも私達は、実の姉妹なの。
だから全部知ってるわ……あの男…姉様を散々泣かせておいて、許せるわけ無いでしょう…!
今日はあなた達の敗北を、あいつへの土産にしてあげるわ。覚悟しておいてね。」
その捨て台詞と共に、つかつかと山城さんは去ってしまいました。
すごい剣幕だったなぁ…妹さんがあそこまで怒るって、本当に何があったんだろ。
でも…青葉もちょっと怒っちゃうな。好きな人をあんな風に言われたら。よし!今日の演習、絶対勝ってやる!
100 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/05/06(土) 04:37:51.37 ID:u3lwuGH40
その後、演習には勝ちました。
ただし、内容はA勝利。山城さんは最後まで粘って、とうとう完全勝利とは行きませんでした。
あの人には会えずじまいで、おまけに山城さんの態度で余計謎が深まった気がします…はぁ、今回は仕方ないか…明日はちゃんと散策して、違う視点からネタを仕入れよ。
布団に潜ってスマホを開くと、メッセージは友達からだけ。
結果は少尉さんが連絡してるだろうし、わざわざ青葉の所に来ないよね…あの人からくれたの、あの時だけだなぁ。
「かまえよー…ちぇー。」
理不尽なぼやきを吐きつつ、今夜は諦めるとします。
結局何も送らないまま、慣れない浴衣と布団で眠りに就きました。
次の日、青葉は朝から街を散策していました。
路線バスを乗り継いでみたり、観光スポットを回ってみたり。
予めネットで下調べをしていたのですが、デートスポットなんかはありふれたものが多くて、特に目ぼしいものはありません。
あの浜辺もそうですけど、司令官は秘密の場所を見付けるのが上手いタイプかと思って、何かそれっぽい所は無いかと海岸線をふらふらしていました。
車や人の通りはまぁ、よくある片田舎って感じです。途切れず、でも多すぎずで。
そんな時、青葉の少し先でとある車が停まりました。窓も開いてるし、何だろ?あ…。
「青葉ちゃん、お久しぶりね…。」
その車の運転席にいたのは、扶桑さんでした。
101 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2017/05/06(土) 04:40:15.09 ID:u3lwuGH40
今回はここまで。
前作をお読みいただいていた方もいらっしゃるようで、その節は誠にありがとうございました。
肩の力を抜いたものを書きたいと思っていたのですが、今回も重い話になりそうです…。
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