青葉「けしの花びら、さえずるひばり。」

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1 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/04/11(火) 02:53:07.05 ID:2/pFdI7xO

前置き

・艦娘=適合する人間設定
・基本一人称ですが、地の文が入るかも
・他にも独自設定ありかも
・重い描写あり
・更新はまったり目

お読み頂ける際は、上記の点にご注意願います。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1491846787
2 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/04/11(火) 02:55:00.86 ID:2/pFdI7xO

夜の執務室を開けると、よく音楽が流れてるんです。

それはその日の任務も終わって、いつも司令官が 一人になる時間。秘書艦を務めることが多い青葉は、夜に用ができて執務室を訪ねることも多くて。
そのメロディと歌詞を、何となく覚えてしまったんです。

日々の中で、時折その曲を思い出しては、彼の顔が浮かぶんですよ。
どんな時も穏やかで、何が起きても焦ったりはしない。その冷静さに救われる事もあるけど、たまに、彼が怖くなるんです。
昔仲間が死…いや、沈んでしまった時も、彼はあくまで皆を慰める為に動き、同時に慌てるそぶりも見せなかった。
優しい鉄面皮だって、思ってしまう時があって。

司令官が笑うたび、執務室でよく掛かってる曲の一節が、頭を過るんです。
『笑いながら死ぬ事なんて、僕には出来ないから』って。

初めてそこに出くわした時、彼はタイトルを教えてくれました。


天国旅行。


彼にとっての天国とは、何なのでしょうか。
いつも取材として色んな事を探ってる青葉も、これについてはずっと訊けないままでした。
でも、記者魂と言う奴なのでしょう、青葉はその件に関して、結局深入りしてしまったのです。

結果として、確かにネタが出来ました。
ただしそれは、誰にも見せられない記事で。

これは、その記録です。
私とあの人だけの、秘密の。

3 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/04/11(火) 02:57:09.85 ID:2/pFdI7xO


「おっはよーございまーす!」

「ああ、おはよう青葉。」

こんなやり取りで、青葉と司令官の一日は始まります。
司令官はキツネ顔と言いますか、目の細い方で。いつも穏やかなアルカイックスマイルを浮かべています。

温厚にして、仏の顔も三度までと言った事もなく。怒っている時を見た事がありません。
作戦時も冷静沈着、人に注意をする時も、諭すように的確に。
皆に好かれてはいますが…感情が見えなすぎて人間味に欠けると言う評価も、一部の艦娘からはありました。

元々ジャーナリスト志望だった青葉にとって、そんな彼は興味の的でした。
だって、気になるじゃないですか。提督としての顔を外した時は、どんな人なんだろうって。
もしかしたら、それは個人としての興味でもあったのかもしれません。

だから青葉は着任した時から、色んな質問を投げかけては情報を集めていました。
好きなものや趣味や、たまに恋愛遍歴なんかも訊いちゃったりして。

「今彼女さんとかいないんですか?」

「いないなぁ。結構前に振られちゃったんだよ。」

「ほうほう、どんな理由で?」

「何考えてるか分からないって。普通にしてただけなんだけどね。」

もしかして、プライベートも仕事と同じなんでしょうか?少し、元カノさんの気持ちもわかる気もします。
こうやって普通ならちょっと考えたり焦ったりしそうな質問をしても、彼は相変わらずでしたから。

そんな事を繰り返していくうちに、秘書艦を頼まれる事も増えてきました。
一番仕事以外でも話してる分、頼みやすいからと言った理由で。
秘書艦をやると言う事は、接する時間も増えるという事。そんな中で、青葉は徐々に、彼の素の顔にも触れていくのでした。

4 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/04/11(火) 02:59:07.05 ID:2/pFdI7xO

“書類の印刷忘れちゃったなぁ、戻らなきゃ。”

ある夜の事でした。
1日の終わり、仕事の抜けに気付いて執務室に向かったんです。
それで扉の前に立つと、どこかで聴いた歌が聴こえて来ました。

“あれ、この曲確かお父さんが聴いてた…。”

その歌声は小さい頃、父が車の中で掛けていた音楽だった事を思い出して。
不思議に思いながら、執務室の扉を開けたんです。

“司令官…?”

司令官のそんな顔を見たのは、数少ない事でした。
無表情なんです。いつもの微笑も無く、まるで魂が抜けたようで。
でもいつもと違うように見えたのは、それだけじゃありませんでした。

“目が遠くに行ってる…疲れてるのかな。”

ノックをしても返事も無かったし、ぼーっとしていて、青葉にも気付かないまま。
思わず声を掛けて、やっと彼はこちらに気付いてくれました。

「…ああ、失礼した。忘れ物かい?」

気付いた瞬間には、やっぱりいつもの顔。
いざ変化するのを見ると、貼り付けた笑みに見えてしまって…その時、少し彼が怖くなりました。

「随分古い曲ですね、お好きなんですか?司令官の世代じゃないと思ってましたけど…。」

「ああ、思い出があってね。青葉もよく知ってるな。」

「お父さんが聴いてたんですよ。何て曲でしたっけ?」

「天国旅行。」

「あー!確かそんなタイトルだった!
…ところで司令官、この曲の思い出って何でしょう?気になりますねえ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

そうやっていつものノリで尋ねたのですが、せいぜい思い出話ぐらいしか返ってこないだろうと思っていました。

「……青葉、天国ってあると思うか?」

ところが返ってきたのは思い出ではなく、素っ頓狂な質問でした。

5 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/04/11(火) 03:00:21.53 ID:2/pFdI7xO

「天国ですか…私達艦娘って、各々適合する艦の記憶を、ある程度共有してるわけじゃないですか。
それって幽霊が憑いてるようなものだから、きっとあると思います。」

この時は艦娘研修で習うような解釈しか、青葉には答えられませんでした。
でもそれを聞いた司令官は……。


「なるほどな…僕は見た事があるよ、天国。」


その瞬間、カッと目を開けて笑う司令官を、初めて見たんです。
ゾッとするような、普段は細い目の奥を。

「あはは…そ、それはどんなところだったんでしょうか?アレですか、お花畑が広がってるような…。」

「違うね。もっと素敵な所だ。」

本音を言うと、遅い中二病でも罹ってんのか!なんて思いましたねぇ。
仮にも三十路手前の方が、まさかそんな事を言い出すなんて。

「これを聴いてると、そこを思い出すんだよ。また行きたいなぁ…。」

相変わらず、目線は遠くを見たままです。こちらには目もくれない。
この時初めて司令官の腹の底を見た気がしたのですが、却って彼の事が、余計に分からなくなった気がしました。

分かった事なんて、彼はその天国にとても焦がれている事ぐらい。
少年のような純粋な目で語って、だけどとても不気味で。そこに気を取られている内に、流れていた曲の事なんてどこかに行ってしまいました。

彼の語る天国は、その曲がよく表している事にも気付かないで。

6 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/04/11(火) 03:01:43.88 ID:2/pFdI7xO

また幾日か過ぎた頃でした。

たまにその日の戦況を収めた写真が司令官の元に送られてくるのですが、私はこれが苦手で。
戦況や殺傷効果のサンプルとは言え、要は死体写真です。自分の戦闘が終わった後も改めて見るのは、少々堪えるものがあります。
司令官はいつもの如く渡されたUSBを開いて、それを淡々と確認していました。

少しずつ分かった事なのですが、司令官の口が真一文字になる瞬間は、二つあって。
一つは真剣に作戦や資料に向き合う時と、もう一つは物思いに耽る時。
モニターに映る敵の写真は、それはひどい有様で。最期まで抵抗したが故に、どれも深い苦悶の顔を浮かべていました。

写真を見る司令官の口は、真一文字でした。
でも本当に何となくですが、後者のような気がしたんです。

それはこの前、天国の話をした時のような。

「さ!司令官!そろそろ次のお仕事に戻りましょー!」

「ああ、すまない。ぼーっとしてしまったね。」

物思いに耽る時の彼の顔は、あまり好きにはなれませんでした。
何か、底知れないものがあるような気がして。

7 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/04/11(火) 03:03:35.64 ID:2/pFdI7xO

司令官は音楽がお好きなようで、ポータブル用のスピーカーを机に置いていました。
でもいつも掛けているわけではなく、流すのは、必ず一人になってから。
だから普段どういうものを聴いているのかは、夜も執務室を訪ねる青葉ぐらいしか知りません。

何というか…暗いものや、静かなものが多いんです。洋邦問わず様々なものが流れているのですが、一貫しているのはそれでした。
私はそこに出くわすと、特に歌詞に耳を澄ませるようになりました。
普段のアルカイックスマイルの裏は、その趣味の中にあるのかもって思って。

司令官はいくつかプレイリストを作っていて、その日の気分で変えていました。
でも一曲だけ必ず入っているのは、やっぱりあの曲で。

“泣きたくなるほどノスタルジックになりたい…かぁ。
司令官、泣く事なんてあるのかな?”

彼の方を見ても、やっぱり相変わらずの笑顔。
この時ふと、青葉は彼の人間らしい部分を見てみたいと思いました。

「司令官、この曲だけは毎晩聴いてますよね?もう段々覚えちゃいましたよ。」

「名曲だよ。何度聴いても落ち着くね。」

「…やっぱり、何か思い出でもあるんじゃないですかぁ?」

「思い出か…あるよ。」

「お!教えてくださいよー!」

「メモ帳を仕舞ってからにして。
そうだな……僕は、一度死に掛けた事がある。」

「………え?」

思わずペンを落としてしまったのは、その時の事でした。

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