永琳「あなただれ?」薬売り「ただの……薬売りですよ」

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483 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/10(日) 21:02:53.10 ID:U8yEZtnF0


兎「ところで薬売りさんはさ……やっぱり”てゐの事モノノ怪だと思ってるの?”」

薬売り「いえ……どちらかと言うと”貴方方の方が近いかと”」

兎「う〜ん、ハッキリと物を言う奴だわさ」


――――でもさ、でもさ。
 最初にあんたの言い分を聞いて、ずっと引っかかってた事があるのよね。
 「モノノ怪は斬らねばならぬ」。
 そりゃ悪さばっか働くってんなら、ぶった斬って懲らしめてやんなきゃって話だけど?


兎「でも、じゃあ、仮に……モノノ怪が”生きとし生ける者の為に”存在しているのだとしたら」

薬売り「モノノ怪が……命ある者の為に?」


 だって、考えてもごらんよ。
 かつてこの島は、全てが一つだった……人も、獣も、虫も、花も。
 相容れないはずの全くの別種の生き物。
 なのにそんな別物同士が、この島に限り、共に宴に酔いしれるくらい一つだった。


兎「……なんでだろ?」

薬売り「……なんででしょう」

484 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/10(日) 21:09:21.71 ID:U8yEZtnF0


 これって、人間同士でも同じ事が言えるよね。
 例えば、さっき見た北国のガキンチョと、一面海に囲まれた島で育ったここの子供。
 果たして彼らは、同種の人間と言えるだろうか。


薬売り「全く同じ……と言うわけには、いきませんな」

兎「そ、言えないよね〜。だって、生まれも育ちも、何もかも違うんだもんね」

兎「育った環境が違うから常識も違う。発想も違う。生き方も違う。ついでに言葉使いも若干違う」

薬売り「ま……多少の分別は避けられないでしょう」

兎「そんな違う者同士を、仮にこう、狭ッ苦しい同じ家へと入れた時……果たしてこの違う者同士は、どうなっちゃうだろう」

薬売り「当然……そこには”摩擦”が生まれる」

 

『――――互いの内にある些細な違いが、双方に細かな傷をつける。
 細かな傷は、擦れば擦る程に増えていく。
 それはまるでやすりのように、続けば続くほど、ドンドンとすり減り削られて行く……
 そして最後には、消える』



兎「その場合、残るは強度に優れた鉄製のやすりか、加工に秀でた銅製のやすりか……」

兎「はたまた、”両方共消えてしまうのか”」

薬売り「どちらにせよ……壊れた道具は、捨てられるのが常ですぜ」

兎「道具はね。でも、生命はそうじゃない」

兎「ほら、見てごらんよ。ここにはそんな……”擦り合った痕”がいっぱいだ」



【墓】

485 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/10(日) 21:14:49.81 ID:U8yEZtnF0


薬売り「墓地……?」

兎「ねえ薬売りさん……薬売りやってんなら、不思議に思った事はないかい?」

薬売り「なにが……?」


 何もかもが違う所だらけの生き物なのにさぁ。
 こうやって……”命尽きた者への対処”は、みんな一緒だよね。


兎「誰に教わったわけでもないのに、自然とみんな、土に埋めるよね〜」

兎「……なんでだろ」

薬売り「その問に答えるのは簡単だ…………”宗教”ですよ」


『その者の生きた証であり、大地への寄与でもあり、時には権力の誇示にも使われる。
 してその根源は、”奉る”事。
 無を認めず、故人に思い馳せる事で、「浄土にあり続ける」と思い込もうとしている――――』


『そしていつか我が身が骸と化した時。
 自らもまた浄土へ至らんと言う……言わば、生者の理。』


薬売り「ま、細かく言えば、それもまた各々で異なるようですが……ね」

兎「――――アホ。誰が墓の起源を語れと言ったんだわさ」

薬売り「おや、違うので……?」


 ったくこれだから天然は……
 ごく一般的な考えでいいんだわさ。
 ごく普通に考えて、人間は墓を立てて、一体そこで何をするんですかって話だわよ。


兎「祈るんでしょうが……死者の幸せを」



兎「――――あんな風に」



https://i.imgur.com/a568Rgs.jpg

486 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/10(日) 21:24:30.99 ID:U8yEZtnF0


薬売り「いつの間に……」

兎「伝え聞かなくても、誰にも教わらなくても、ああやって死者の前では、みーんな同じ事をするよね」

兎「こう、両手を握って……目を閉じて、祈る」

兎「まるで、眠りにつくかのように」


【祈祷】


 人も、獣も、虫も、鳥も――――誰もかもが、死者の前では皆、ああして等しく同じ作法を真似る。
 不思議だよねぇ。教わるどころか意思疎通すらできない者同士なのにさ。 
 だとしたらさ、これはひょっとして、ひょっとすると……
 全ての生き物は――――”元々一つだった”のかもしれないね。


兎「元々一つの生き物だった時に覚えた事が、今も頭のどこかで残ってる」

兎「だから、無意識に同じ行動をとる……って考えたら、しっくりこない?」

薬売り「わかるような……わからないような……」


 ごめんごめん、ちょっと話が飛躍しすぎたわさ。
 別にご高説垂れたいわけじゃないの。
 ただ、ちょっと例えたかっただけ。
 この墓の下に眠る彼らと……一つの時を共有した、一羽の兎とさ。


薬売り「ではこの墓に眠るのは……かつて共に宴に酔いしれた、八百万の生き物達……?」

兎「そしててゐが旅してる間に、てゐだけ残してみーんな土の中」

兎「……ってもまぁ、何百年も経ってんだから当たり前っちゃあ当たり前なんだけど」


 天寿を全うした彼らの死に目に立ち会えなかった事に、思う所あったんでしょうね。
 だからああして、祈った……
 

【悼】


 遅すぎた哀悼。後悔先に立たず。
 喧嘩別れ同然だった最後の記憶が、てゐの心にズンと圧し掛かる重しを乗せた。



兎「同時に猛った――――”また仲間外れか”と」



 そもそも、別れの原因が「仲間外れにムカついた」だったからね。
 こうなるともう、とてつもなくびみょ〜な心情よさ。
 怒りをぶつけようにも、あの時の面子はもう誰も残っちゃいない。
 かと言って、大手を振って喜べる程の憎しみも、残っていなかった。



兎「結果、何とも言えぬわだかまりが残った……哀悼と背徳が、同時に内在していた」 



https://i.imgur.com/1psnbhh.jpg




兎「でも――――そのわだかまりは、すぐに打ち解ける事になる」



【真実】
487 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/10(日) 21:31:53.52 ID:U8yEZtnF0



(ふざ……けんなよ……)



 真相は――――仲間外れなんかより、もっともっと”意地の悪い物”だった。



(どいつもこいつも……よってたかって……)



 そうして久方ぶりの故郷は――――てゐに今度こそ、一生消えない”傷”をつけた。



(最低よ……本当に……)



(最……低……)




 その傷こそが――――あんたの言う【理】って奴さね。




薬売り「これは、これは……」

薬売り「なんとも立派な……理で……」

兎「そ、所謂……”加護の中”って奴だわさ」



https://i.imgur.com/XOrka1R.jpg

488 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/10(日) 21:44:48.30 ID:U8yEZtnF0


薬売り「ここはよもや……先ほど兎が言っていた……」

兎「鋭いね薬売り。そう、この場所こそが……”かつて兎が世界を見た場所”さ」


https://i.imgur.com/AIcST5h.jpg


兎「う〜ん、やっぱりいつ見ても絶景だわさ」

薬売り「なるほど……確かに、切り取りたくなる風景だ」

兎「さすがに雨が降ったらちょっと霞むけどね……でもその後は、”決まって虹が架かる”」

薬売り「その虹が架かっていたからこそ……”世界は兎の目に触れた”」


 みんな気づいてたんだわさ……兎が外に行きたがってる事をね。
 だってそりゃあさ、毎日よろしくやってた兎が、突然景色ばかりを見るようになったんですもの。
 大変だったと思うわさ……”わざと気づいてないフリ”をしてやるのも。 


薬売り「兎がいなくなったこの地で……残された者共は、兎の墓を建てた」

兎「墓って表現はちと微妙だね。この場合、”兎がいなくなる前から進んでた”って言った方が正しいわさ」

薬売り「おや、どうして……?」


 兎の思惑に感づいた島の生き物たちは、こっそりと、とある計画を企てた。
 その内容こそが「海を渡る方法」。
 島の生き物達は、決まった時間に話し合いの席を設けた――――兎だけを外してね。


兎「こういうのを、異国の言葉で”さぷらいず”って言うらしいわさ」

薬売り「驚き……の意ですな」


 ただ一つ、その「さぷらいず」計画には問題があったのよさ。
 悲しい事に……揃いも揃って”アホ”だった。
 もう、それは、今では考えられないくらい……だーれも、なーんも知らなかったのよさ。


兎「作り方とか以前に、船と言う存在すら、もうほんと、何もかもを」
 
薬売り「まぁ時代が時代ですから、そこは……」


 おかげで秘密の計画は大幅に遅延……ていうか、始まりすらしなかったわさ。
 だって、だーれもなーんも知らないんだもんね。
 そして、何も始まらないまま、兎だけが知らない秘密ができた……



(――――ずっと小さなままでいればいいのよさ……こんなちっこい、塵みたいな島で)



 結局、そんな内緒の「さぷらいず計画」は、一つの不幸を生んでしまった。
 本人も言ってた通り――――兎がそれを「仲間外れ」と受け取ってしまった事さね。



【曲解】

489 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/10(日) 21:47:50.23 ID:fvR4o3gDo
島に住んでるのに舟も知らないとは確かに酷いな
490 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/10(日) 22:10:38.01 ID:U8yEZtnF0


兎「みんな、そりゃあもう困ったでしょうね……誤解を解きたくても、解けなかった」

兎「辛かったと思うわさ。だって……みんな、”てゐが大好きだったから”」

薬売り「……」


 そうやって切羽詰まってきた末に、ある日誰かが言い出した。
 「――――海の事は海の生き物に聞けばいいじゃないか」。
 本来、陸の生き物と海の生き物に接点なんてない……はずなんだけど、その島の住人だけは、ちょっとしたコネがあってね。


薬売り「…………和邇?」


兎「そう、和邇――――まぁ、接点っつーより”因縁”に近いけど」


 陸と海。異なる場所の異なる生き物同士。
 お世辞にも良好な関係とは言えなかった……けど。
 その時その瞬間、両者はついに垣根を超える事ができた。


兎「キッカケは、兎――――兎を思う気持ちが、ついに大地と海とを跨ぐ”橋”となった」


【以心】


 その時、ようやっと計画は動き出したんだわさ。
 島の生き物は、見返りとして”共に酔いしれる楽しみ”を教えた。
 そして目覚めた――――仲間と言う概念を。


【伝心】


 酔いしれる楽しみを覚えた和邇は、約束通り海を渡る方法を教えた。
 この時和邇が島の連中に教えたのが、「船」と呼ばれる物だった。
 これは後に、島に「海の幸」を齎す事になるんだけど……これはまた、別のお話さね。


兎「これがキッカケで、島と海の生き物は共に手を取り合う事ができるようになった……ま、それでも小さな諍いはあったようだけどさ」



【締結】
491 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/10(日) 22:31:25.68 ID:U8yEZtnF0


薬売り「しかし……肝心の兎がいなかった。両者は手を結ぶ事ができた代わりに、当の兎は孤独になっていった」

兎「そう……やっとの思いで船を完成させた時。兎はもう、”島の住人じゃなくなっていた”」

 
 手渡される事のなかった船は、それでも大事に扱われ続けた。
 いつか兎に、秘めた思いを伝える為に……

――――そこで連中は話合い、まずは船の保管場所を決めた。
 兎を含めた全ての島民が知る、共通の場所。
 そこは、「かつて兎と酔いしれたあの場所が相応しいだろう」と、満場一致の決議がなされた。


薬売り「それが……”ここ”」

兎「そう……”ここ”」


 後に誰かの提案で、この場所を示す目印が建てられた。
 帰って来た兎がすぐに気づけるように。
 天にも届きそうな程の、高い高い目印を建てた。

 さらに後に、これまた誰かの提案で、雨風に晒されぬ保管用の倉庫までもが建てられた。
 時と共に朽ちてしまわぬように。
 いつか渡す時まで、守り切れるように。

――――さらにさらにその後。
 誰かの悪ノリをキッカケに、周囲ははあれやこれやと過剰な装飾で飾られていった。
 やれ石像だの、やれ縄だの、旗だの、布だの、箱だの……
 本来必要としなかった物が、次々と足されていった。



兎「そうやって思いつくままに手を加えながら、何日も何日も待ち続けた――――何か月も、何年も」



 結果、ただの高台だったはずのその場所は、明らかに元の形から離れていった。
 家でもなく倉でもなく、休憩所にしては無駄に豪勢だし、宿に使うならちと狭い。
 そうやって気がつけば……元の目的からすらも大きく外れる、用途不明の建築物と化していたんだ。



薬売り「言い換えれば……”時と共に成長していった”」



 そう……島の生き物達はずっと待ち続けたのよさ。
 健やかに育ちながら……全ては”来るべき時の為に”。
 毎日兎が訪れた、あの虹の架かる高台へとね。



【思做】



薬売り「それでも兎は来なかった……何故ならば、”とおの昔に旅立った後だったから”」

兎「そんな事なんて知る由もなかった……”兎が全てを忘れてしまっている事なんて”」



 そうして、何もかもを知る事のないままに――――ついには全員、逝ってしまった。



【未達】
492 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/10(日) 22:41:30.50 ID:U8yEZtnF0


薬売り「その後、その用途不明の建築物を、誰かが崇め奉る場所と勘違いし……今や立派な”社”となった」

薬売り「と、言った所ですかな」



(――――痛い)



兎「そうね、大体そんな感じ……だけど……」

薬売り「……?」



(痛い――――痛いわ――――体中が――――走るように――――)



兎「それよか…………頭、下げといた方がいいよ」

薬売り「なにが……」




(痛い――――痛い――――痛い――――!)
 



【陣痛】




薬売り「これから……世界を股に駆けた、壮大な”出産”が始まるから」




【誕生】





薬売り(な――――ッ!?)



https://i.imgur.com/7WGYeSJ.jpg



493 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/10(日) 22:46:47.46 ID:U8yEZtnF0



 その日、その地一帯に未曾有の豪雨が訪れ、周囲の川々が龍の如く荒れ始めた。
 その日、その地一帯に巨大の竜巻が吹きすさび、塵々を吸い上げた風は暗黒の如き黒に染め上がった。
 その日、その地に繋がる山脈の一つが突如火を噴き、轟々とした溶岩が、巨人の如く大地を塗り替えていった。



兎「数多の稀が、各地で同時に起こった――――後にその稀は伝承として、各々の地で現在まで伝えられていく事となる」

薬売り「バカな……これではまるで……」



 しかし、真に稀なる事は――――この天変地異の如き大災害が、結局は”誰も傷つけなかった”事にある。



【災難】



兎「全てを飲み込む川が氾濫した結果、水に乏しかった地に大きな水源ができた」

兎「全てを吸い上げる風が塵々をばらまいた結果、花々は世界中に咲き誇る事が出来た」

兎「全てを焦がす溶岩が大地を覆った結果、生き物が住める新たな島ができた」



【祭納】



薬売り「稀……確率……内在する二つの可能性……」

薬売り「よもや……」

薬売り「兎が産んだ物とは…………!」



――――気づいた、ようだね。



兎「てゐの力は、兎を操る力なんかじゃない…………この”稀を起こす力”だったのよさ」


 
 それをどこかの誰かがこう名付けたのよさ――――。
 【幸運を与える程度の能力】ってさ。

494 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/10(日) 22:47:15.62 ID:U8yEZtnF0
メシくってくる
495 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/10(日) 22:56:30.89 ID:64kWh03Bo
一旦乙

そもそもなんでてゐだけ長寿なんだろう
月組とは事情が違うし
496 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/11(月) 00:52:34.09 ID:1YXGx6kN0



(痛い……体中が……痺れるように痛い……)



 思い起こせば……てゐが痛みを感じる毎に、どこかで何かしらの稀が起こった。
 その稀は決まって、”誰かに幸せにする”稀だった。



(痛い……体中が……焼けつくように痛い……)



兎「痛みと言う不幸と引き換えに……命芽吹かせる幸が生まれた」

薬売り「しかし……全て、この兎が産んだと言うのか……!」


 島の生き物は、溢れんばかりの幸を与えられ、誰よりも健やかに育っていった。
 それは体だけじゃなく、心も……
 そうやって、いつしか船すら知らなかったアホ共は、世代を追うごとに自力で世界へ旅立てる程に成長していった。


兎「そしてさらに広まっていく……兎が産んだ幸が、大海原を超えて、世界へと」



【越境】



497 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/11(月) 01:02:21.88 ID:1YXGx6kN0



(痛い……体中が……死んでしまいそうなくらい……痛い……)



 長い、長い年月をかけ――――世界が幸に満たされていく。
 幸は新たな幸を生み、心に豊かさを与え、豊かとなった心が、生命を尊ぶ意識を生んだ。
 そして尊ぶ事を学んだ生き物は、それを”学問”と言う形で後世に残した……
 いつか、時の流れの中で、消えてしまわぬように。


薬売り「そうして学び受け継いだ先に……覚えた」


兎「目を閉じ、両手を合わせ……まるで”墓前のように”振舞う所作を」



【祈】



兎「さながら、故人を偲ぶように」


薬売り「ただしその所作は……」




【析】




(もう……だめ……)




(あ…………)





(……………………)





【折】



498 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/11(月) 01:26:31.79 ID:1YXGx6kN0



(どうか、いい人と巡り合えますように)



【刻】



(どうか、あの人と結ばれますように)



【国】



(どうか、末永く幸せになれますように)



【告】



 兎は――――そうやって祈りを捧げられる存在になった。
 時には地元から、時には遠方から、時には異国から。
 数多の人間がやってきては、兎に祈りを捧げるようになった。
 みんな幸福が訪れると信じて……それでも、本人に自覚はなかったけど。



兎「不思議だよね……人間にとっては”哀悼と参拝は同じ”なんだね」

薬売り「……」

兎「ん? どした?」


【文句】


薬売り「やはり……宗教であってたんじゃないですか……」

兎「ええっ!? まだそれ言うの!?」


 い、意外と根に持つ奴だね……まぁ別に、合ってる事にしてやってもいいけど。
 でも個人的には、やっぱり微妙な所だわさ。
 だってほら、宗教って――――要は、”見えない物を崇める事”だろ?


兎「だとすると、ほら…………”まだそこにいるし”」


薬売り「……あっ」




(――――ハッ、まぁたアホ共が雁首揃えてきやがった)


(――――ほ〜んと、いつになったら気づくのかねえ……”あたしゃ目の前にいる”って事にさ)



https://i.imgur.com/jN8vlOW.jpg

499 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/11(月) 01:41:29.89 ID:1YXGx6kN0


 見えない御利益にあやかりに来たのに、実はやろうと思えば見ることができたって言う……
 説法的な話じゃないよ。本当に、”幸せは目の前にいた”の。
 

薬売り「じゃあ何故……人々は、兎を見ることができなかったんですかね」

兎「んなの単純じゃん……”いないと思い込んでたから”」


 幸せは目に見える物じゃない――――「形なき存在である」。
 概念的な存在であり、決して理解できない”独自の理”によってのみ動く。
 長年かけてそう刷り込まれたもんから……見えなかった。
 と言うより、”見えてるのに認識する事ができなかった”。


兎「だから求めた……幸せを、目に見える形で認識する事を」

薬売り「だからこうして訪れた……遠路はるばる、世界中の土地から」


 そうそう、ちなみに余談だけど、特にやってくるのは「つがい同士」が多くてね。
 あんたも御存じの【因幡の白兎】。この話からもじって、兎はいつの間にやら「良縁を取り持つ仲買兎」って事になってたのよ。
 実はな〜んもしてないのに……ま、噂の起こりなんて所詮こんなもんさね。


薬売り「それに……知ったところでどうせ見えませんしね」

兎「そんな感じで、噂が噂を呼び、尾ひれ背びれが大量についたあげくの果てに、さ」

兎「もはやてゐは――――”自分でもよくわからない”存在になった」

薬売り「……」


 真偽不明の噂を真に受けてやってくる連中を、てゐはずーっとここから眺めてた。
 そして言った……「アホ共め」。

 祈りを捧げた連中に、御利益が訪れたかまでは知らない。
 あのつがい同士は無事結ばれたのかなんて、知ろうとも思わない。
 ただ、祈りを捧げた後に、やたら「幸せそう」な顏をしてる連中の姿を見て……てゐは思ったわけ。


兎「何か……わかるかい?」

薬売り「いえいえ、御仏のお考えなさる事など、恐れ多くてとても……」

兎「あ、茶化してる〜」


 でもまぁ、てゐ本人は何時だってシンプルさね。
 てゐは思ったのさ――――”世界は向こうからやってくる”。
 かつて手に入れたがった「知」の欠片たちが、 わざわざ自分から足を運ばずとも、向こうの方から各々の「知」を述べに来る。
 そうなりゃもう、旅なんてする必要ないよね。


兎「だからてゐはもう、島を出ようと思わなかった……」

兎「てゐはただ、かつての友が残した箱で、ゆらゆら揺れてるだけでよかった」


 自分を育ててくれた島の中で、かつての記憶に思い馳せているだけで――――
 それだけで、誰かに幸せを与えられたから。


兎「旅に費やした以上の、長〜い長〜い時の中で、ね」


https://i.imgur.com/QnpYjIQ.jpg
500 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/11(月) 01:59:39.49 ID:1YXGx6kN0


薬売り「……」

兎「おや、まだなんかあんのかい?」

薬売り「いえ……ただ……」

兎「わかってるわさ――――”最後の欠片が足らない”って言いたいんだろ?」



(ふわぁ〜……疲れた)

(毎日毎日誰かの愚痴ばっか聞かされて……いい加減、耳がバカになりそう)



兎「もうそろそろ……来ると思うんだけどね……」

薬売り「誰が……?」



(巫女さんでも雇おっかな……賽銭でもわけてやりゃ、誰か食いついてくるでしょ)



兎「…………お」




(――――こんにちは、お兎様)




兎「後はそいつに聞けばいいよ……そいつがてゐを、”幻想郷に呼んだ張本人”だから」




(あ? 誰あんた)




【誰そ彼】



https://i.imgur.com/TwUhcgI.jpg
501 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/11(月) 02:00:08.39 ID:1YXGx6kN0
本日は此処迄
502 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/11(月) 16:33:08.27 ID:87nP+RbOo
大国様か?
503 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/11(月) 18:42:39.73 ID:p+ygH5NXo
面白い
504 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/13(水) 23:06:55.66 ID:M+tBv7c20


(参拝客? 悪いけどうち、営業は夕方までって決まってんのよね)

(はは、違いますよ――――”貴方と同業の者”です)

(はぁ……? 同業だぁ……?)



兎「この場合の同業者って、一つしかないよね」



(覚えておりませんか? かつて貴方が縁を取り持った、一人の弱き人間……)

(…………へ?)



【恩人】



(――――の、息子ですよ)

(……あぁぁぁああ〜〜〜〜ッ!)



兎「ある日突然現れたこの男は――――かつてこの日出国を興した一族の、子孫だった」






505 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/13(水) 23:17:48.48 ID:M+tBv7c20


てゐ「はいはいはい……似てる! 言われてみれば似てるわ!」

てゐ「目元とかマジそっくり……へぇ〜知らなかった! あの人の子供、こんな大きくなってたんだ!」

男「その説は、父上が大層世話になりまして……」

てゐ「いやいやいや、なーに言ってんのさ!」

てゐ「助けられたのは寧ろこっち! いやーあんときゃほんと助かったわ!」

男「はは、恐縮です……」


https://i.imgur.com/VXKpYCc.jpg


てゐ「で、オヤジさん元気?」

男「ええ、元気ですよ……むしろ、元気過ぎて少しくらい休んでいただきたいくらいなんですがね」

てゐ「なんでよ。元気してんならいいじゃない」

男「いやいや、元気すぎるのも困りものですよ……想像できますか? 自分の知らない兄妹が増える苦労を」


https://i.imgur.com/MaTXhKM.jpg


てゐ「あー……確かにあの姫様、美人だったしねぇ」

男「私実は今、とある理由で、その兄妹連中の所在を巡っているのですが……」

男「しかし幾分にも、こう……数が多くてですね」

てゐ「人間でもたまにそんな奴いるわねぇ……無駄にお盛んな奴」

てゐ「で、あのオヤジさん結局何人子宝こさえたのさ。10? 20?」

男「そうですね、私が知る限りで……」


男「…………181名程でしょうか」


てゐ「――――181ィッ!?」


https://i.imgur.com/608iXCa.jpg


男「しかも全員、腹違いです」

てゐ「あ、あのオヤジ……絶倫すぎんでしょ……」

男「いやはや、参りましたよ……この間も、諏訪の国にいると言う妹に会って来たのですが」

男「会うや否や”誰だ貴様は”と追い立てられてしまいました。むしろそれは、こちらが言いたい台詞なんですがね」

てゐ「こ、今年一番の衝撃ニュースだわ……」


https://i.imgur.com/oPwKihh.jpg

506 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/13(水) 23:26:11.88 ID:M+tBv7c20


てゐ「で……なんでまた、そんな多すぎる兄妹の居所を巡ってるのさ」

男「かつて……父上は国造りの祖として励み、そして大地を開拓していったのは周知と思います」


 長い時をかけ、国の礎を作り、そしてその全てを後継ぎに託した後、自身は隠居の身となりました。
 所謂「国譲り」って奴ですね。
 そんな苦労の甲斐あって……巨大な島に過ぎなかったこの大地は、名実ともに一つの国となりました。
 今我々がいる、この地も含めてね。


男「一見すると万事無問題のように思えますがね……ところが近年になって、とある問題が浮上しまして」

てゐ「あによ。なにがあったってーのよ」

男「”我々”ですよ――――貴方のおっしゃる通り、多すぎる兄妹が”再び国を分かち始めた”」


https://i.imgur.com/2YqWAoZ.jpg


 父上は何も、考えなしに子をこさえたわけではありません。
 国を興すにはあまりに広すぎる大地が、必然的に子孫の繁栄を促したのです。
 そうして各地に点在していった、のべ181名の子ら……。
 彼らは父上の思惑通り、各地の長として、その地を興していきました。


男「しかし181名もいれば、当然中には異を唱える者もいます」


 彼らは各地の守り神を自称し、次第に治める地の利権を主張し始めました。
 今までもそう唱える者は何人かいましたが、父上の力で何とか抑え込んでいました。
 しかし時が流れ、段々とその威光も薄れていき……兄妹同士の全面衝突は、もはや避けられない事態となったのです。
 

男「神が荒れれば大地が荒れる。大地が荒れれば人が荒れる。人が荒れれば命が荒れる」

男「結果、国が荒れる――――荒れた国は千切れ、別れ、またしても小さな島に戻る」

男「そして家族は……”憎むべき仇”となってしまう」

てゐ「――――はっはーんなるほど、わかったわ! あんたがここに来た理由!」



 だから、別れつつある神々の仲を取り持て――――そう言いに来たんだと、思ってた。


507 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/13(水) 23:32:36.69 ID:M+tBv7c20


てゐ「……えっ」

男「いえ、ですから……”兄妹喧嘩はもう収まりました”」

てゐ「…………じゃあ何しに来たのさ!?」


 男は言った。
 「もう解決したのでご心配なく」と。
 兎は言い返した。
 「だったら何しに来やがったんだ」と。
 その問いに男はこう返事を出した。
 「私の用事は貴方そのものだ」と。
 兎は強く勘ぐった。
 「まさか、騒動にかこつけて、この島を乗っ取りに来やがったのか!?」と。



 でも――――男の出した結論は、そのどれでもなかった。



男「私が来たのは…………貴方に”お礼”を言うためです」


てゐ「お……礼……?」



 男は言った――――。
 「今言った兄妹喧嘩はとっくに解決した問題で、今や皆、多少の文句は垂れつつもなんだかんだでうまく纏まっている」と。
 兎はもちろん、即座に聞き返した。 
 「それがあたしと、どう関係があるのさ!」



男「いつぞや起きた奇怪な超常現象――――あれを見て、すぐにわかりましたよ」



 そして男は答えた。
 その答えは、ぐうの音も出ないほど……兎と深く関わっていたのよさ。



男「これを……」


兎「なに……これ……?」



【古之事之記】
508 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/13(水) 23:38:40.90 ID:M+tBv7c20


男「これは……我が一族の成り立ちを記した書物です。ほんとは、勝手に持ち出しちゃあいけないんですがね」

てゐ「きったない本……これがお礼?」


薬売り(神々の……家系図……?)


男「ま、まぁ本の劣化はさておきですね……先ほど言った通り、この書物には父上と、我々兄妹の所業が事細かに記されておるのですが」

男「その中には……何故でしょう、”我が一族とは無縁の者”が載っているではありませんか」


 そう言いながら、男は本を”逆から”開き始めた。
 逆から開いた本は一番新しい頁が頭に来て、頁をめくるたびにどんどん古い話へと遡っていく。
 本の開き方としてはおかしいけど、でも間違えたわけじゃない。
 わかりやすいよう、わざとそうしたのよさ。


男「曰くこの者は、よく童と戯れる姿が目撃されていたようです」

てゐ「…………」


 男は、解説を加えつつ頁をめくり続けた。
 それはきっと「親切」のつもりだったんだろうけど……むしろ余計なお世話だった。

 だって……語られるまでもなく、てゐはすぐに気づいたのよさ。
 東西南北に散らばる、181名の神々が記された家系図――――
 で、あるはずなのに、その全ての行に、何故か”一羽の兎が”載っていたのを見たらね。

509 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/13(水) 23:47:10.44 ID:M+tBv7c20


男「各々の地の有力者は、揃ってこう言ったそうです――――童の折、”此れとよく似た兎と戯れた事がある”と」

男「そしてこれとほぼ同様の話が、何故かこの、181名の兄妹が治める地全てに伝わっている……」

男「さらにはこの話が記された時系列を紐解けば、これまたどういうわけか……”この島に兎はいなかった”事になっているのです」


 丁寧な解説が、逆にイラついたわさ。
 オヤジ譲りかなんなのかしんないけど、じれったいったらありゃしない。
 ここまで言われりゃバカでも気づくっつーのに……ねえ?



(これって……)




――――だから、自分から言ってやったのさ。


 

(……あたし?)



https://i.imgur.com/81s2QQe.jpg

510 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/13(水) 23:57:03.99 ID:M+tBv7c20


薬売り「神々の家系図に、なぜ兎が……?」

兎「――――ってな顔をしながら、あっけにとられる兎を尻目に、男はさらに続けた」
 

 曰く――――てゐと遊んでた子供が、全員何らかの形で名を馳せている事。
 てゐが住んでた家が、末代まで続く名家になってた事。
 てゐに部屋を貸した宿が、連日満員の一流旅館になってた事。
 その他色々と、これと似たような話が、兄妹連中が治める各地で点在している事。
 

兎「そしてその話が記された時期――――ちょうどてゐが、世界を旅していた期間だった事」



(のべ181名もいる我が兄妹ですが……誰一人として、国の一巡を成し遂げた者はおりませんでした)

(それは父上ですら成し遂げられなかった偉業……数多の子宝をこさえやっと収めたこの巨大な島を、たった一人で渡り歩いた者がいた)


 しかもその者は、一族どころか人間ですらなかった。
 オヤジが国造りを始めた裏で、人知れず世界を渡り歩き、兄妹達がその地に着く前からその地を興していた者がいた。
 「始祖を自負していた自分が、実は二番煎じだった」。
 その事実は、神々にとってもえらく衝撃的だった……らしい。


(この事実を突きつけた時、兄妹喧嘩は一発で収まりましたよ)

(あの時の意気消沈した顏は、実に見物でした……まるで童のように、キョトンとしておりましたから)


 確かに、向こうの立場で考えれば大問題だろうね。
 男の言う問題とは、国が分かれそうになった事なんかじゃなかったのさ。
 「――――神々を名乗る者共が、たった一羽の兎にとっくに先を越されていた」事実。
 そんな事も知らずに各地でえばりくさってた神々は、あまりの恥ずかしさに、揃って顏を真っ赤に染め上げた……らしい。


(語られぬ歴史の裏で……国造りの一躍を担った者が、もう一人いたのです)

(してそのキッカケは、ほんの小さな親切に対する、ほんのささやかなお礼だった……わかりますか?)

(小さな気持ちが集ってこそ国になるのに……あの神々を名乗る連中は、そんな事すらすっかり忘れておったのです)


 そう語る男の表情は、何故だか妙にうれしそうだった……自分も、その神の一人なのにね。

511 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/14(木) 00:03:48.54 ID:wRncuJPX0


薬売り「日出国の始祖……それが兎の……真?」

兎「ところがどっこい、そんなものすごい肩書なのに、肝心の本人にその自覚は全くないときた」

兎「だから、この期に及んでまだ思い込んでるのよさ…………”自分はただの兎だ”って」

 
 兎はその話を聞き終えたと同時に、黙った。
 小難しい事を考えてたわけじゃない……ただ、あっけに取られてたのさ。


兎「男が語る話が、兎のちっぽけなお脳に収めるには大き過ぎたってだけ」

薬売り「それは……こちらとしてもそうなのですが」


 唐突に壮大な話を告げられ、お脳の処理がおっつかなかったんだわさ。
 だから、何も言い返せなかった。
 ただ景色を見つめる事しかできなかった。

――――そんな心中を察してか、男も一緒に黙った。
 兎と男。一人と一羽は言葉を交わさぬままに、二人仲良くずーっと景色を見ていた。


兎「まるで、かっての素兎と人間のようにね」

薬売り「……?」



 その時の空は――――ちょうど、日が暮れる頃合いだった。



https://i.imgur.com/ZC6X6c1.jpg

512 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/14(木) 00:04:41.50 ID:wRncuJPX0
メシくってくる
513 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/14(木) 01:04:39.58 ID:wRncuJPX0


兎「い……よっと。ハイ」

兎「それがこの、自称始祖達の家族日記さね」

薬売り「勝手に取っても……よいのですか?」

兎「いーのいーの。どうせこれも、後に広まってくもんだし」

薬売り「はぁ……」


【書】


兎「それにさぁ…………こんな機会でもない限り、永遠に知る術はないさね」

兎「折角だからついでに知っときなよ。太古の昔から語り継がれる……伝承の真なんて」

薬売り「…………」


【捲】



514 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/14(木) 01:05:34.16 ID:wRncuJPX0


――――昔々、因幡の国のとある島に、一匹のうさぎがいました。
 うさぎはかねがね因幡の国へと渡りたいと思っていましたが、海を渡る方法を知りませんでした。
 そこでうさぎは思いつきました。「海の中の和邇共を騙して並ばせれば渡れるじゃないか」。
 ずる賢いうさぎは口先八調で和邇を説き伏せ、和邇はうさぎの思惑どおり、まんまと一列に並ばさせられました。



薬売り(イナバの白兎……)



――――昔々、とある所に、八十の兄弟と一人の末弟がいました。 
 八十の兄弟と一人の末弟は、ある日、因幡の国にヤガミヒメと言う大層美しい姫がいると聞きつけました。
 八十の兄弟と一人の末弟は、その姫様を嫁に貰うべく、因幡の国へと旅立ちました。
 しかし末弟だけは、みるみる内に他の兄弟から引き離されて、かろうじてついていくのがやっとでした。
 理由は簡単でした。末弟は、ただ、荷物持ちとして無理やり連れてこられただけだったのですから。



薬売り(オオナムヂの国造り……)



――――昔々、出雲の国にクシナダヒメと言う大層美しい姫がいました。
 姫は誰もが羨む美貌を持ちながら、にも拘らず、毎晩涙で袖を濡らしておりました。
 その涙には、とある理由がありました。
 その地に棲み付くヤマタノオロチと呼ばれる怪物が、あろうことか、姫を食らうと宣告してきたのです。



薬売り(スサノオのオロチ討ち……)



――――昔々、高天原と呼ばれる、神の住まう土地がありました。
 神は高天原より地上を眺め、時には使者を送り、時には自らの神力を使いながら、着々と国を作り上げていきました。
 そうして国作りがある程度進んだ頃、神は頃合いを見て、行宮の儀を取り行う決定を下しました。



薬売り(アマテラスの天岩戸…………)



 神は降臨の地を入念に選んだ後、因幡国内の”八上”という地に降りる事に決めました。
 神にとっては初めての地上でした。故に神は、少し不安を感じていました。
 高天原から見る地上は平穏なれど、実際に降りれば、一体そこにはどんな光景が広がっているか……
 天から眺めるだけでは、まるで想像できなかったのです。



薬売り(…………ではない?)



【止】
515 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/14(木) 01:16:45.71 ID:wRncuJPX0


兎「どうしたのさ…………速く読みなよ」


薬売り「…………」


 期待と不安を胸に秘めながら、神は地上へと舞降りました。
 そして、降りた先に広がる光景は――――
 今迄の不安をかき消す程に、それはそれは美しい景色が広がっていたのです。


https://i.imgur.com/8mIIuOm.jpg


 その光景は、神にとっても期待以上の物でした。
 おかげで神は実に上機嫌なまま、国見を続ける事ができました。

 途中、神は記念がてら、御頭に冠した冠を、道中で腰かけた石にそっと残していきました。
 その石は後に「御冠石」と名付けられ、地上の人々に末永く大事に扱われました。



兎「今思うと……まるで、童みたいな方だった」



 そうして機嫌よく行宮を終えた神でしたが……
 しかし、帰る間際になって、ようやっと気づいたのです。



兎「だって、あっちゃこっちゃ行ってははしゃぎまわってさ……お供連中を、これでもかってくらい振り回すんだもの」




 いない――――神をこの地へと案内した【兎】の姿が、どこにも見当たらない事に気づいたのです。
 



薬売り(兎――――!?)

516 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/14(木) 01:18:58.76 ID:9oLeYQwdo
まだ続いていたのか
517 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/14(木) 01:21:55.05 ID:wRncuJPX0


兎「神様はその時、降臨の地をどこにしようか悩んでいたのさ」

兎「ほら、人間もたまにやるじゃん? 所謂……”お忍び旅行”って奴よ」


【国見】


兎「つっても内緒の降臨だから、宮とか社とかには降りれないよね。かと言って、全くの未開に降りるのはさすがに気が引けたのよさ」

薬売り「バカな……天照が地上に降臨していた……? そんな話は聞いた事がない……!」

兎「ずっとずっと悩んでらした……その時だった」

兎「ちょうどいいタイミングで、神様の服の裾をくいくいって引っ張る、”小さな兎”が現れたのよ」


 その兎は、因幡国内にある”ヤガミ”って土地を指し示した。
 改めて見てみると、そこは出雲国からそこまで遠くなく、かつ地形的にバレにくいって言う……お忍びにはと〜っても都合のいい場所だったわけ。
 神様はすぐにそこに降りると決め、兎はその地の案内を買って出た。
 後はそこに書いてあるままさ。兎は無事案内を務め上げ、神様は実に機嫌よく天へと帰っていった……


兎「そして天へと帰っていく神様を見届けた後、兎はこっそり地上へ消えた……らしい」


薬売り「らしい……?」


兎「そして一人地上へと残された兎は、ヤガミの地に安住の場所を見つけ、そのままそこに棲み付いた……らしい」


薬売り「ヤガミ…………」



【夜神】



薬売り「ヤガミ…………!」




兎「――――旧因幡国八上領・高草群。通称”高草大林”」


兎「後に――――【迷いの竹林】と呼ばれる場所……らしい」




薬売り(なん…………)



https://i.imgur.com/f3PDzFc.jpg

518 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/14(木) 01:31:53.61 ID:wRncuJPX0



(綺麗な……夕日ですね)

(……そうね)



兎「そうしてまんまと地上の棲み処を手に入れた兎だったけど……残念ながら、そこも長くは持たなかったんだわさ」



(あれほど青かった空が赤く染まり、日は黄金色に輝き、大地は暗き緑に覆われ……そして薄き水色を経た後、闇夜へ染まる)

(まるで虹のような……暗明を繋ぐ、架け橋のような)



兎「その棲み処はまるで夢の中のように、とっても居心地のいい場所だった」

兎「だけれども、不運な事に……”時期が悪かった”」



(そしてまた、日が昇る……今度は、明暗の架け橋が現れる)

(日が昇れば数多の命が目覚め……次第に、命と命が繋がっていく)



兎「ちょうどその時、その地一帯で大規模な川の氾濫が頻発しててね……案の定、それは因幡国にも起こった」

兎「津波と見間違うほどの大洪水だった……川はまるで蛇のように、あの穏やかな森林を丸飲みにしてしまった」

兎「もちろん――――”中にいた兎もろとも”ね」


 こうして兎の夢は、たったの一夜にして消えてしまった……そりゃもう、大層悲しみに明け暮れたさ。
 そしてそれ以上に――――恐怖を覚えた。
 何故ならば、ふと辺りを見渡せば、そこは何もない空間。
 見渡せど見渡せど、闇しか見えぬ暗黒の世界でしかなかったんだ。



【常世】


519 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/14(木) 01:35:10.63 ID:wRncuJPX0


(なんか浸ってる所悪いけど……うちら夜行性なんだけど)

(おっと失敬……そういえばそうでしたな)


 闇に取り残された兎。
 そしてその中で朧げに浮かび上がる「食われた記憶」が、さらに絶望を確信に変える。
 「もしかしてここは黄泉の国で、自分もあの時一緒に消えてしまったのでは――――」。
 そんな発想に至るのは、ごくごく自然な成り行きだったと思う。


兎「絶対に死んだと思ってた。でも、生きてた」

兎「その事を教えてくれたのは……天をも照らす、まばゆい光だった」


 兎は思わず目を眩ました。
 だって、さっきまで黒一色だった世界が、いきなり真っ白に輝き始めたんですもの。


【照】


 そして輝き始めた世界は、徐々に正体を露わにし始めた……
 青い空、白い雲、茶色い大地、生い茂る緑――――それと、さざ波の音色。


兎「よく見知った風景だった……思わず”誰かにお勧めしたくなる程”のね」 


 もしかしたら、黄泉の国にも似たような風景がある可能性、無きにしも非ずではあるけども。
 でも兎は、そこが黄泉の国ではない事はすぐにわかった。
 単純な話さね。結局はなんてことない――――兎は最初っから、”どこにも行ってなかった”のさ。


兎「黄泉どころか国境すら超えてなかったのさ…………人間が勝手に引いた、境目すらもね」



 だって、振り返ったすぐ後ろには――――


https://i.imgur.com/j7lo52n.jpg



(ならばなおさら、よくご覧になるでしょう……この夕景によく似た、もう一つの景色を)

(……まぁね)



兎「旧因幡国隠岐郡・隠岐諸島――――後にとある兎が、身の程を思い知る場所だったのさ」



【起来】


520 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/14(木) 01:53:06.60 ID:wRncuJPX0


薬売り「……一つ、お尋ねしたい」

兎「ん、なぁに?」


【確信】


薬売り「この書物には神が兎に案内を命じた……とあるが、貴方の語り草はむしろ逆」

薬売り「むしろ、兎の方から神に働きかけたように聞こえる……」


【核心】


薬売り「それも……ただ……”自分が地上に降りたかった”が為だけに」

兎「……そうとも言えるかも〜」


【天】


薬売り「高天原に御座す神と言えば、十中八九【天照大神】を指す……しかし」

薬売り「そんな天照に、指図紛いの進言ができる者など――――”片手で数える程に限られる”」

兎「ほんと、無駄に博識だよねえ。ほんとに薬売り?」


【三柱】


薬売り「天照とは、大地を起こしたイザナギの左目から生まれた子……」

薬売り「そしてイザナギは、他に右目と鼻を用いて……天照の他に”二人の兄弟”を生んだ」

兎「その内の一人は、やたら英雄みたいな扱いされてるよね」


【三貴子】


薬売り「親神は三人の子供に役割を与えた――――一人は天を、一人は大地を」



薬売り「そして――――最後の一人には――――」



https://i.imgur.com/8JyHndz.jpg




薬売り「貴方は…………いや、貴方”様”の真とは…………」



薬売り「よもや…………」



https://i.imgur.com/jVWWXLq.jpg


521 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/14(木) 01:55:43.61 ID:wRncuJPX0


薬売り「お聞かせ、願いたく候…………!」

兎「…………」



【み空ゆく 月讀壮士】



(おわかりいただけますか、貴方は……いや、貴方様こそが……)

(森羅万象の全てにまたがる――――唯一無比の”架け橋”であったです)


兎「ん〜、まぁ、なんだ、その……」

兎「その問いに答えるのは……ちょ〜っと難しいかも〜」

薬売り「何故……」



【夕去らず】



(人と人を、国と国を、命と命を、縁と縁を)

(天と大地を、日と月を――――二つに分かれた、昼夜ですらも)



兎「だって……曖昧なんだもの」


(さっきからわかりにくいのよ……表現が曖昧過ぎて)



――――夜の神。食の王。暦の祖。昼夜の起源。日月剥離の戦犯。
 良くも悪くもたくさんの肩書があるけども、でも、その全部が不確かで曖昧。
 その曖昧さ加減は姿形にすらも及ぶわ。
 だって、大々的に奉られる二人の姉弟に比べてさ。一人だけ、描かれる事自体がなかったんだもの。
 


【目には見れども】



(これは失敬……では、単刀直入に言いましょう)


 
 描かれないから残らない。
 記されないから伝わらない。
 けれど遡れば、節目節目に確かに存在する、境目の神。



(貴方がいなければ――――”この日出国は産まれなかった”)



 「いるのにいない神――――」。
 そんな矛盾を抱えていたからこそ、自由に動き回れたのかもね。



兎「兎の体を借りて、さ」



【因るよしもなし】

522 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/14(木) 01:56:14.94 ID:wRncuJPX0
本日は此処迄
523 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/14(木) 12:32:53.14 ID:79t5w3Aqo
ちょっと話が壮大になりすぎてごっちゃになってきた。本当は神様なのにそれを忘れて
島暮らししてたってこと?健忘症になったのは皮剥がれたトラウマのせいじゃなかったってこと?
524 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/14(木) 18:16:20.70 ID:yuYYxfLzo
まさか月読まで出てくるとは
525 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/15(金) 20:03:59.42 ID:jidiJOoqo
体の傷が因幡の白兎で脳の傷が案内兎の時についたって事じゃね
526 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/17(日) 20:02:53.22 ID:gi94QXUf0


(…………ねえ)


(…………はい)


(じゃあ…………その話が本当なら…………)



(――――”あたしは一体誰なの”?)



 てゐの理解を遥かに超えた顛末は、てゐにとっては混乱しか生まなかった。
 ま、お節介も度が過ぎれば迷惑と同じって事さね。
 おかげでてゐは――――今度こそ”自分が誰かわからなくなった”。


(……ご当人にすらわからない事を、私が知る由もございません)


(なにそれ……変なもやもやだけ残しやがって)


(ただし…………その”お手伝い”はできるかと)


 その「お手伝い」こそが、男の言う「お礼」だった。
 わざわざ仲の悪い兄妹達に会いに行ってたのはこの為。
 時に追い立てられながら、時にボロクソに煽られながら……
 てゐの為だけに、必死に探し回ってたらしい。


(かつて、”貴方によく似た兎”が最初に住んでいたとされる地……この書によれば、未曾有の洪水によって飲まれて消えたとありますが)


(――――消えてなかったんですよ。あの月に愛された大林は……”今も確かに存在している”)


 すなわち、「てゐの探し物を一緒に見つけてあげる」事。
 と言いつつもまさか、ここまで苦労させられるとは思ってなかったみたいだけど。
 でもまぁ、なんだかんだで、結局は見つけれたのよさ。
 自分達すらも知らなかった――――”もう一つの世界の入り口”をね。


527 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/17(日) 20:10:38.85 ID:gi94QXUf0


(そこは曰く、”幻の集う地”と言われておるようです)

(嘘か真か…………長い時をかけて少しずつ忘れ去られていった者達が、最後に集う幻想の地だとか)


 そこは、調べれば調べる程不思議な場所だった。
 幻を冠する癖に、確かに存在すると言う矛盾を持った土地だった。
 しかし神々にとっては、幻はむしろ、懐かしさすら感じさせる地だった……らしい。



【懐郷之地】



(人も、獣も、虫も、鳥も、魚も――――その範囲は、神を名乗る者にすら及ぶ)

(幻であるなら、なんだって……幻となれば、仮に”生命ならざる物だって”)


 多分、既視感を感じていたんだと思う。
 今でこそドロッドロの兄妹仲だけど、国を作り上げていた当時は、家族は確かに手を取り合っていたんだから。

 そんな在りし日の自分達と重なった……んだろうと、個人的に思ってる。
 だって、そうじゃない。
 家族で同じ夢を目指した裏で、どこかの誰かが、かつての自分達と全く同じ夢を見ていたんだから。



【幻想之郷】



(どこの誰がそんな大それたもんを……あんたの兄妹の誰か?)

(そこは、最後までわかりませんでした……ただ)


 数多の生命を乗せた、国と言う神の加護の中。
 それらと同じく、数多の幻を詰め込んだ誰かの箱庭が、この国のどこかにある。

 そしてその箱庭は、発覚するや否や、瞬く間に神々の間でも話題になった。
 そりゃそーさ。なにせ181もいる神々の誰もが、存在自体に全く気付かなかったんだからね。


(その誰かは……間違いなく”父上に影響を受けている”)



【懐かしき東方の地】
528 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/17(日) 20:21:30.11 ID:gi94QXUf0


(かつて父上が国造りの主と呼ばれたように……その者も”主”を自称しているようです)

(それは、我が一族にしか通じぬ意味を持った言霊)

(だとすれば、述べ181名御座す兄妹の内の誰か……その推察は、あながち間違いではないかもしれませんね)


 どうやってそんな大それた世界を作ったのかはわからない。
 何が目的なのか知る由もない。
 勿論、誰の仕業かなんて皆目見当もつかない。
 ただ、唯一一つだけ――――わかる事があるとすれば。
 


(”八雲”――――その者は自らを、そう名乗っているようです)



(それって……)



https://i.imgur.com/V1cQsPq.jpg



薬売り「スキマ……?」



【八雲立つ】

529 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/17(日) 20:31:46.21 ID:gi94QXUf0


薬売り「彼女がその、181名の内の誰かだとでも……?」

兎「おや? まるで知り合いみたいな言い草だね」

 
 幻を真とし、夢を現と成す、八雲の箱庭。
 ありえない矛盾で成り立つ世界の存在は、もちろんてゐのお脳に、無数の「?」を浮かばせた。
 話だけ聴くと、童の空想といい勝負よ。
 「下らない」。普段のてゐなら、きっとそう言い捨ててる所ね。


(ねえ、だったらそこへは、どうやって行けば――――)


 でも――――今回ばかりは、聞き捨てちゃいけないと思った。
 ちゃんとわかるまで、最後まで付き合わないといけないと思った。
 だって男は自称・同業者。
 感謝と幸福を紡ぐ、かつての恩人の子孫だったんですもの。




(……………………あれ?)




 そんなてゐの思いも空しく……返事は返ってこなかった。



【夢消失】



 ふと振り向けば――――そこには、”誰もいなかった”のよ。
 ついさっきまで隣にいたはずなのに。
 影も形も何もかも……存在そのものも。
 

薬売り「消えた……?」


兎「そうとも言えるし……見方を変えれば、”最初から誰もいなかった”とも言える」


 
【夢想】

530 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/17(日) 20:44:23.29 ID:gi94QXUf0



(………………まじかぁ)


 あたかも最初から誰もいなかったかのように、さざ波の音だけが鳴り響いた。
 ザザーン、ザザーンって寄せては返す波の音が、次第にてゐの心へ冷静さを取り戻させた。
 おかげでてゐは、呆然としつつもゆっくりと考る事ができた。
 そして、緩やかに結論へ辿り着いた――――「もしかして、夢でも見ていたのかな」って。
 

兎「時間が過ぎる事に、ついさっきの出来事のはずが、途端に夢か現実かわからなくなった」

兎「ひょっとしたらうたた寝でもしてたのかもしんない。波の音色に誘われてついうとうと……なんて、よくあった事だしさ」


 あの時唐突に現れた男が、夢か現実だったのか……それは今でもわかんない。
 でも、男が語った話は、いつまでもてゐの中に残ってた。


兎「――――自分は一体何者なのか」。


 兎の身でありながら、あらゆる生き物と会話を交わし
 兎の身でありながら、童のような身なりをし
 兎の身でありながら、やけに計算に強く
 兎の身でありながら、奉られる程に信頼を浴び
 兎の身でありながら、人知を超えた奇怪な奇病に罹り
 兎の身でありながら、それでも生物の枠を超えて生き続ける自分。


https://i.imgur.com/OHsXqth.jpg



兎「自分に纏わるあらゆる謎が、一本の線で繋がってる気がした……いたかどうかもわかんない、男の話の中にね」

薬売り「つまり、最終的に――――”勘”で動いた?」

兎「平たく言えばそうなるねぇ……でも、てゐの勘は”ただのあてずっぽうじゃない”事を、あんたはすでに知ってるはずだよ」



 だから、表すことができた……
 ”内在する二つの可能性”として。





(――――うわっ!?)





【衝撃】

531 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/17(日) 20:55:38.25 ID:gi94QXUf0


薬売り「何事……!?」


兎「大丈夫、慌てなくてもいいよ……ただの地震だから」


(全然大丈夫じゃない〜〜〜〜ッ!)



【鼓動】


【大地】


【轟音】



薬売り「収まった……」

兎「ほら、大した事なかったろ?」



(あ〜……びっくりした……)



兎「慣れてないとちょっとびっくりするかもだけど……心配はいらないよ」

兎「一度たりともないんだから……てゐの力が、誰かを傷つけた事なんて」



【倒壊】



薬売り「しかし……これは……」


薬売り「この……現象は……!」


――――ほ〜んと、不思議だよねぇ。
 地理的に、地震なんて早々起きない場所なのにねぇ。
 てゐにちょ〜っと好奇心が芽生えたタイミングで……こんな事が起こるだなんてねぇ。



https://i.imgur.com/BlU6716.jpg



薬売り「貴方の……仕業か?」

兎「おいおい勘弁してくれよ。ただの兎がこんな事、できるはずないだろう?」

兎「ただの偶然だよ。ただの……」




(…………行けって、言ってんの?)




兎「てゐの好奇心に重なるように――――”偶然”船が崩れ落ちてきた。それだけさ」



【迎賓】



532 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/17(日) 21:05:38.41 ID:gi94QXUf0


兎「おっ……ほら、あっち見てごらんよ」

兎「まるで旅立ちを促すように……海に立派な橋が架かってるよ」

薬売り「今度はなんだ……」


https://i.imgur.com/2DXflp6.jpg



薬売り「なんと……」

兎「波がいい感じに飾ってるねえ……まるで浮世絵のようだ」

兎「まさにうってつけな光景じゃん? こんなん見せられたら、余計に好奇心揺さぶられるってもんでしょ」



【送出】



薬売り「一体どうなっている……これではまるで……あまりに……」

兎「いい方向に起こる偶然……これを異国の言葉で”らっきぃ”って言うらしいよ」



【意図】



薬売り「――――誰かが手引きをしているとしか思えない……!」

兎「そうだねえ。誰かが手引きしているとしか思えないよねぇ――――”かつてここにいた連中のように”」



【作用素】



兎「でも……これはあくまで現実だ」

兎「作り物でも、誰かの所業でも、ましてや何らかの意思が籠っているわけでもない……」


兎「――――”てゐが実際に見た光景”。それだけが全てだよ」



【未知数】


533 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/17(日) 21:23:00.73 ID:gi94QXUf0


薬売り「しかし……これほどまでに稀が重なるなど……!」

兎「はぁ――――いいかい、薬売りさん」


 ”全ての可能性は、観測されることで初めて結果として現れる”。
 と言う事は、どこで何が起ころうと、誰にも認識されなければ、何も起こってないのと一緒なんだ。
 それはこの光景だって一緒。
 そこがどれだけ素晴らしい世界だろうと、誰も知らない場所は、何もない荒野と同じなんだよ。



【講義】



薬売り「いまいち……何をおっしゃっているのかわかりかねます……」

兎「じゃあ例えば……仮に誰かが、今の地震の原因を突き詰めようとしたとしよう」


 するとその誰かは、結論を求めて走り出すだろう。
 まぁ途中で諦めるとかあるけど、そこはないと仮定してだね。
 地震ならなんだろ……「地盤のひずみ」とか「海底の地割れ」とか、そんな感じかな。
 とかくそうして、いつか納得に足る【結論】に辿り着く。


薬売り「それが人の歩んだ歴史だ……そうやって人は、今日まで発展を遂げてきた」

兎「じゃあ逆に聞きますけど。そうやって長年かけて発展してきたはずなのに――――”本質は一向に変わらない”のは何故だい?」


 知識を重ねて、知恵に昇華し、現実を染め上げ、時が濃厚にしていく。
 にも関わらず、器は何も変わらない。
 絵と一緒だよ。紙をどれだけ色鮮やかに描こうが――――”描いてる当人は何も変わっちゃいない”。

 変わってないんだよ。何も。
 変わったのはあくまで周り。
 人の数だけ染められた現の色々。
 それを光が照らすから…………”鮮やかに見えるだけ”。



兎「どこにいようが、何をしようが――――”どこから来ようが”」



【不変式】



 赤色・橙色・黄色・緑色・水色・青色・紫色。
 命の数だけ色があり、現実を染めていく。
 そして数の分だけ、数多の色々は混ざりあう……したらどうなるだろう。
 

兎「あら不思議。全部まとめて消えてしまったじゃないか」

薬売り「……」


 一度描いた絵を、寸分違わず描き映す事は不可能だ。
 例え傍目にはどれだけソックリできてようが、色合いとか、線の加減とか、その他諸々……。
 必ずどこかで、違いが出るから。
 


兎「描く対象が――――”自分自身だったとしても”」


https://i.imgur.com/Aop8iLL.jpg


534 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/17(日) 21:36:27.64 ID:gi94QXUf0



 全く同一の存在なんて、この世のどこを探そうと存在しない。
 異なる部分が一部でもある以上、それは等しさと結びつかない証明となる。
 あるとすれば、それは等記号で結びつく世界――――すなわち、机上の空論の世界のみ。


https://i.imgur.com/DIbkLI2.jpg



兎「皆、考えるべきだ……全ての事象が、観測されることで初めて、結果として現れると言うならば」


兎「皆、考えるべきだ……ならば観測者が現れるまでは、”事象は如何なる状態であったのか”」


 有か無か。1か0か。幻か現実か。生か死か。 
 観測する事で可視世界に引き上げられた固有事象は、その実無数の多重事象を孕んでいたのではないのか。
 ならば事象とは、元来複数の状態で構成されているのではないか。
 それを矛盾と蔑むならば――――その状態こそが、”本来の姿”なのではないのか。



【物質ノ多元性質】



兎「本質とは、それぞれ異なる事象の重なり合い……結果とは、目に見える範囲の一部に過ぎない」

兎「認識できないだけで確かに存在する事象――――同じであり違うと言う、内在する不可視の矛盾」



【証明スル波動行列】



 あんたも見たはずだ……そんな矛盾を孕んだ兎が、ここには”もう一羽いた事を。


https://i.imgur.com/HLRn584.jpg

535 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/17(日) 21:47:39.41 ID:gi94QXUf0


兎「そこにあるのに認識できず、理解足りえぬ矛盾を、”稀”の一言で終わらすならば――――」

兎「だったら”自分が誰であるのか”など、誰も証明できない事となる」



【量子脳理論】



兎「夢の中の自分は、果たして現実世界の自分と同一と言えるのか」

兎「認識とはとどのつまり、押し寄せる矛盾から、自己確立の為に選ばれた一つの事象にしか過ぎないではないのか」

兎「ならば、稀と矛盾に溢れているからこそ……自己の存在を確立できるのではないのか」



【ポカン式】



 みんな……そこんとこが今一つわかってないんだよ。
 意識なんて物は所詮、無神経な蛋白質の固形体に過ぎないのに。
 自我なんて物は所詮、数多に重なる矛盾の中継地点に過ぎないのに。

 なのにそれを、進化だなんだって持て囃すから……。
 だから、何時まで経っても、同じ事を繰り返す。
 


【結論】






兎「”世界はいつだって稀で溢れている”――――なのに、誰もそれが、見えちゃいないから」





 だから――――モノノ怪なんて物が生まれるんだ。

536 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/17(日) 21:58:33.63 ID:gi94QXUf0


薬売り「生命の歩みを……真向から否定なさるおつもりか?」

兎「ハッ、あんたがそれを言うかよ――――因果と縁を斬り払うお前がよ」

薬売り「…………」


 ま、そういうわけで……改めてもう一度言おう。
 ”全ての可能性は、観測されることで初めて結果として現れる”。

 いくら突き詰めようと、どこまで行っても、実際に在った事以上の事はわからない。
 でもその事実を認めたくないから、各々が、持てる限りの色々で、勝手に解釈を染め上げようとする。
 

【着色】


 そして、安心する……
 結果に理由をつけて、全てを知った気になって……そこまでしてやっと、満足そうな顔で床に付ける。 
 明日になれば幸せが訪れると信じて……
 何が起こるかなんて、誰にもわからないはずなのに。


兎「そうして結果は、より都合のいいように、どんどんと鮮やかな色々で塗り固められていく」

兎「安心を大義名分に、鮮やかさ以外の一切は取り払われ……いつしか、完全な別物に成り替わる」



 そして、夢の中で踊り続ける――――わかってしまうのが、恐ろしいから。



兎「そこまでいけば……もはやただの”嘘”だね」

薬売り「嘘が……お嫌いか?」



【虚構】



兎「真を理を追う者とは思えない台詞だね……でもまぁ、一応答えておこう」




――――別に、いいんじゃん?


537 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/17(日) 22:09:17.84 ID:gi94QXUf0



薬売り「おや、稀を起こす張本人とは思えない台詞ですね……」



 いや、んな事言われても、だってさぁ……



(わかってる……みんなわかってる……)

(みんなのおかげで今の自分がある事も……ここで育ったから、こうしてまた、夜を迎える事ができるのも……)



 うちんとこの”りーだぁー”様がさぁ……



(なのにあたしは……また……同じ事を繰り返そうとしている事も……)

(それでも送り出してくれるなら……懲りないあたしを、どうか許してくれるなら……)




 なんか、こうしてさぁ……




【求】




(まだ――――”あたしを愛してくれるなら”)




【返礼】







てゐ「あたしは二度と――――”何も忘れたりなんかしない”」





――――幸せそうに、納得してんだもん。



https://i.imgur.com/LBZXRz1.jpg

538 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/17(日) 22:09:49.13 ID:gi94QXUf0
メシくってくる
539 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/18(月) 00:11:36.72 ID:5atcrKdS0


薬売り「……」


兎「……ふわぁ」


【波】


【葉擦】


【凪】



薬売り「おや……眠くなってしまいましたか?」

兎「いや……ちょっと喋り疲れただけ」


【夜】


兎「でもまぁ……そろそろお開きにしたいなとは思っている」

薬売り「ようやく……意見が合いましたな」


https://i.imgur.com/yGWJDuY.jpg


兎「さて……と、言うわけで」

薬売り「と、言うわけで……」



【闇】



兎「ここから先はもう言う必要もない……全部、あんたも知っての通りさね」

薬売り「無事、辿り着いたのですな……消えたはずの”家”へ」



【月下】



兎「まぁ実は、そこに至るまでにも色々やらかしエピソードがてんこ盛りなんだけど……そこはいーっしょ」

薬売り「またの機会があれば……是非」


 ま、そんなこんなで、今度こそ「本来の住処」に帰ってきたてゐなわけだけど……
 そこに待ち受けていたのは、次なる出会いで……それがご存じ「八意永琳」。
 月の民を自称し、かつててゐが目指した【賢者】の名を、欲しいままにする人物だったってわけさ。


薬売り「そういえば……かねがね、誰かに弟子入りするような気質ではないと思っておりましたが」

兎「そこはまぁ、マジモンの賢者様だからねぇ。敵対するよか、下っといた方が得だとか思ったんじゃない?」


 それにさ……たぶん、嬉しかったんじゃないかな。
 だってほら、てゐにとっては初めての事だったし。
 ずっと一人だったてゐにとって……自分ちに「同居人」ができる事なんてさ。



【共存】


540 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/18(月) 00:29:01.46 ID:5atcrKdS0


薬売り「だからこそ、守ろうと思った?」

兎「八意永琳は医術と言う手段を用いて、他者に”回復”を与える人物だった」


薬売り「既視感めいた物を感じた?」

兎「八意永琳は知を振りまく事で、他者の”成長”を促す人物だった」


薬売り「内心……嫉妬していた?」

兎「そんな八意永琳が目指した物は――――”誰かを幸せにする事”だった」


 互いにない物を持っていた――――お互いが”最も欲する物を持っていた”。
 パズルみたいなもんだよ。こう、ちょうどいい具合に凸凹がハマったもんだから……
 だから、上手い具合に混ざり合った……のかもしれないね。


薬売り「しかし……」


兎「そう――――永遠なんて、やっぱりどこにもなかった」


https://i.imgur.com/FI5gMUR.jpg


兎「嗚呼、まるで砂上の城のよう……長年かけて積み重ね続けた永遠は、須臾も待たずに崩れ去った」


https://i.imgur.com/n9GZFTV.jpg


兎「永琳もてゐも同じ気持ちだっただろう。共に手を取り合い、永遠を目指し続けた二人の心情は、察するに余りある」

兎「でも、両者の間には――――たった一つだけの決定的な違いがあった」


https://i.imgur.com/SiwQR01.jpg


兎「それこそが……てゐにとっては、すでに”観測し終えた結果”だった事」


https://i.imgur.com/yDW6e3j.jpg

541 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/18(月) 00:40:06.37 ID:5atcrKdS0


薬売り「此処もまた、すでに幻……でしたな」

兎「そう、そしてその幻すらも、また失おうとしているこの事実」

薬売り「どうしてこうも……奇怪な稀ばかりが起こるのでしょうか」

兎「そんなのこっちが聞きたいよ……でも仮に、稀に意味を見出すならば」


 永遠に失い続ける性を持った悲しき兎。
 いつしかそれを受け入れる事で、自我を保ち続けた哀れな兎。
 そんな惨めで矮小なる兎が、何の因果か、たった一度だけ――――”永遠に反旗を翻す機会”を得た。
 


兎「どうせ崩れる永遠ならば、自らに罹った永遠をも、共に崩してしまえ」

兎「それが誰かの幸せに繋がるならば……降りかかる痛みが、福音となりて振りまかれるのなら」



【求】



薬売り「結果……兎が兎でなくなろうとも」


兎「卯が全てを失っても」


薬売り「傷など、最初からなかった事になっても」


兎「卯が――――月の手を離れようとも」



【及】



兎「月に愛されし卯が、一介の畜生に成り果てたとて――――」



【給】



兎「そうなって初めて……卯はやっと、ただの兎になれるのかもね」



【泣】

542 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/18(月) 00:50:36.74 ID:5atcrKdS0


薬売り「なるほど……貴方様のおっしゃる通りだ」

薬売り「確かに、”誰とも同じではない”」



【――兎神之理――】



兎「つってもほら、誰しも一度くらい思った事あるだろ?――――”もしも過去をやり直せたなら”」

兎「もしも仮に、そんな機会が訪れたなら……あんたは一体、何を変える?」



(あのちょ〜うさんくさいちんどん屋……未だかつてないくらい信用ならないけど……)


(でも、あいつの言ってた話が……仮に本当なら……)


(それができるのが……あたしだけならば……!)



兎「てゐの理を紐解く鍵は、きっとそこにある……んだと思う」

兎「本人すら知らない……箱を開ける鍵が」



【――白兎之理――】



薬売り「全ての…………可能性は…………」

薬売り「観測する事で…………初めて…………」




(みんな……もうちょっとだけ、我慢しててね……)



(全部済んだら……”すぐに出してあげるから”)



https://i.imgur.com/c3fXd59.jpg


543 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/18(月) 01:07:38.99 ID:5atcrKdS0



兎「してその観測者は、この場合誰になるのか……それはもう、言わなくてもわかるよね?」

薬売り「ええ、誰が見るのかなど……”すでにわかりきっていますとも”」




【――兎之理――】




兎「話が速くて助かるねぇ――――おぉい、聞いたかい? みんな」




((嗚呼、楽しみだ楽しみだ……))


https://i.imgur.com/JJbjDi4.jpg




兎「ほんと、楽しみだねぇ……訪れるのは既視か未視か……」




((楽しみだ…………楽しみだ…………))


https://i.imgur.com/0mxvpuK.jpg


544 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/18(月) 01:19:46.35 ID:5atcrKdS0



【因幡てゐ――――之・理】



兎「あー楽しみだ。今度の箱は、どちらの可能性に集約されるのやら……」


https://i.imgur.com/X1cQgOW.jpg




兎「さぁ、果たして――――」


兎「”今度はどちらの結果に転ぶのやら”」




【――ひさかたの

     天照る月は 神代にか

      出で反るらむ 年は経につつ――】



https://i.imgur.com/UH9pMHl.jpg








545 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/18(月) 01:20:12.61 ID:5atcrKdS0
本日は此処迄
546 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/21(木) 00:31:46.59 ID:quhZaAAU0


てゐ「――――ハッ!」


薬売り「…………」



【起床】



薬売り「おはようございます……」


てゐ「あ、え……あれ?」


 両者をまたぐ沈黙は、ようやっと終焉を迎えた。
 理を話すと言いながら、突如黙し始めた妖兎の様相は記憶に新しい。
 その所以は、まぁ、わからんでもないよの。
 話す内になにやら「込み上げる物」でもあったのかと、十二分に察する事ができようぞ。


てゐ「あ、ごめ……なんかちょっと……うとうとしてたかも」

薬売り「いえいえ……どうか、お気になさらずに」


 そんな妖兎を諫めるわけでもなく、薬売りはただ、静かに見守るのみであった。
 実に薬売りらしからぬ所作である。
 それは、ひょっとするとひょっとして、薬売りなりの「気遣い」のつもりだったのかもしれんが……
 しかしながら、それもどうも、やはりズレていると言うかなんと言うか。


てゐ「えと……どこまで話したっけ?」


薬売り「ああ、その事については、もうご心配に及びませぬ」


 やはり慣れぬ事はするものではないな。
 勝手掴めぬ振る舞いは、往々にして物事を悪化させると言うものぞ。
 それは、今この時についてもそう。
 手前勝手な沈黙の補助は、貴重な刻を、無駄に費やさせる結果しか生まなかったのだ。



薬売り「もう――――”貴方様の理は知れました”ので」



 そう、ついに終わってしまったのだ――――人々が【夜】と呼ぶ、暗黒の刻限が。



【暁光】
547 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/21(木) 00:41:20.83 ID:quhZaAAU0


てゐ「え、もういいの?」

薬売り「ええ、もう、十分ですとも」


 薬売りの唐突な言葉に、案の定妖兎は困惑の表情を見せた。
 妖兎本人からも感じる程に、足らぬ言葉の皮算用。
 加えてふと目線をやれば、明らかに「退魔の剣が変化していない」この事実。
 

てゐ「そ、そうなの……? まだなんも、言ってない気もするんだけど」


 それらが故に、妖兎は暫しの間混迷に苛まれた。
 が――――しかしそれも、直に収まり申した。
 その旨趣を知る術こそないが、次に出る妖兎の言葉から察するに、おそらくはこういう風に考えていたのかもしれぬ。


てゐ「えと、じゃあ……あんたはどうする?」

てゐ「もし帰りたいってんなら……”今の内に”出しといてあげるけど」

薬売り「…………フフ」


 「目を向けるべきは、今ではなく先にある――――」。
 つまりはこの、胡散臭い部外者を追い出した後に起こる事態。
 すなわち、この永遠亭の存在そのものを賭けた【大一番】への布石に過ぎぬのだ、と。
548 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/21(木) 00:50:49.41 ID:quhZaAAU0


てゐ「これからこの竹林は戦場になる……いつぞやの痴話喧嘩とはわけが違うわよ」

薬売り「戦場……ねぇ」

てゐ「そいやあんた――――【博麗の巫女】って知ってる? こいつがその戦場の火種なんだけど」

薬売り「その名は……」


 して妖兎は、この幻想郷における現状を赤裸々に語り始めた。
 これから降りかかるであろう「月が振りまく火の粉」は、ごっこを冠した弾幕遊びとは異なる、正真正銘の戦(いくさ)であると。


【火蓋】


 妖兎はさらに続け様に語る。
 曰く、降りかかる火の粉が「月」による物ならば、まず間違いなくスキマが動く。
 そしてスキマが動けば、同じくして、必ずや件の【巫女】とやらが動くであろうとも。
 

てゐ「こいつがこの幻想郷で最も厄介な人間でね……異変の解決屋なんて言えば、聞こえはいいけど」

てゐ「実際にやる事つったら、殴り込みからのごり押しからの超絶フルボッコ」

てゐ「こいつの手に罹れば、和平交渉も途端に全面戦争に早変わりするわ……幻想郷全体を巻き込んだ一大戦争よ」

薬売り「それはそれは、なんとも……」


 件の巫女……巫女にあるまじき評判の悪さである。
 しかしその悪評は「此れ即ち誇りの証ぞ」と、是非その巫女に申してやりたい。

 と言うのも、身共には巫女の気持ちがよぉ〜くわかるのだ。
 この柳幻殃斉の成し遂げし、数多の悪鬼悪霊共を払い清めたる奇譚は、皆も知る所であると思うが……。
 天性の資質と弛まぬ努力の賜物でもって、世の為人の為に奮闘し続ける日々。
 ううむ、我ながらなんと徳高き存在。


薬売り「そんな粗暴な巫女の中には、もちろん」

てゐ「うちらの事情なんて、含まてるはずがない」


 かのように、身共のような人々の寵愛と感謝を一手に受ける存在はだな。
 しかし逆に言えば、妖共から相応の”恨み”を買っておると言う表れでもあるのだよ。


https://i.imgur.com/SoA7WJx.jpg


 そう、巫女もまた、すべからく解決してしまうのだ。
 真も理も、幻想郷を取り巻く異変とやらも。
 全ての一切合切を――――”力”と言う剣を、突き刺す事によって。 

549 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/21(木) 00:59:49.74 ID:quhZaAAU0


薬売り「その巫女と……”共闘する”と言う道は、なかったのですかな?」

てゐ「……無理ね。確かに、そうなれたら理想的だったけど」

てゐ「けどやっぱり無理。何度考えても……やっぱり、”敵対する未来しか見えない”」


 それが何故かと問われれば、やはり話は元に戻る――――”スキマの存在である”。
 スキマの月に対する異様な執着心が、必ずや和平の境を隔てるであらんと言う確信。
 そんなスキマと巫女が、懇意な関係であると言う現実。
 さらに言わば、巫女は巫女で、この幻想郷のあらゆる所に顔が利くと言う有様――――この永遠亭を除く全てである。


【囲】


 そんな様を、妖兎はこう言い現した。
 「――――スキマある限り、永遠亭に同志なし」。
 如何に幻想郷広しと言えど、永遠亭は徹頭徹尾”孤立無援”であると、妖兎はすでに結論を出し終えていたのだ。


薬売り「お得意の……「確率論」ですか?」

てゐ「と言うより、「暗黙の了解」。幻想郷の存在そのものが一番の異変だなんて、口が裂けても言えないんだから」


 スキマからすれば、此度の騒動は”月への意趣返し”のまたとない機会とならん事は明白である。
 ならば「現存する全てを用いて此れに当たる」は至極道理。
 であるならば、スキマが巫女に協力を仰ぎ、むろん巫女に断る理由もなく、巫女がまた誰かに協力を仰ぎ……
 結果、永遠亭が増々孤立していく様は想像に難くない。


薬売り「つまり……”月人が来ない限りは誰も干渉してこない”?」

てゐ「願わくは……ずっとそうであって欲しかったけどね」


 そして、月と言う「共通の異変」を与えられた二人の隙間に――――果たして”そこへ住まう者への趣など存在するのか”。
 こちらもまた、語るまでもない事よの。


550 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/21(木) 01:14:28.47 ID:quhZaAAU0


てゐ「ま、そゆわけで……こっちはこっちでカツカツな事情なわけよ」

薬売り「心中……お察し申し上げ候」

てゐ「だからまぁ、ぶっちゃけ今、あんたに構ってる暇はないって言うか……」

てゐ「正直――――出てってくれた方が助かる? みたいな?」


 この永遠亭に絡まる、複雑極まれり因果を解きほぐす事は至極困難である。
 それをこの妖兎は、ただの一羽で引き受けようと言うのだ。

 その全ては――――永遠亭を守る為。
 強いては、”永遠に続く幸福”を、守る為に。


てゐ「心配しないで……全部終わったら、この剣は返してあげるから」

薬売り「おや……折角勝ち取ったのに?」

てゐ「そりゃ、手元に残しておきたいのは山々だけどさ」

てゐ「”直に持ち主がいなくなる”ってんなら……この子も可哀想だしね」


 まさに決死隊ならぬ決死兎。
 泰平の世になりて久しい昨今にて。如何様な心構えを持つ者が、一体どれほどに存在すると言うのか。
 この妖兎の確固たる信念は、我らの生き様も深く考えさせてくれようものぞ。

 すなわち――――『生命とは何か』。
 生に何を見出し、命を何と見極めるのか。
 これはもはや、泰平の世が産んだ、新たなる学問と言えよう。



【哲学】


551 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/21(木) 01:25:49.97 ID:quhZaAAU0


てゐ「あ……」

薬売り「おや……」


https://i.imgur.com/nLIBNt4.jpg


てゐ「もう、朝、か……」

薬売り「もう、朝です」


 妖兎は、窓から漏れる光を、何やら神妙な面持ちで見つめ始めた。
 妖兎本人が口走るように、夜行性の兎にとっては、朝の木漏れ日は夢現への入り口と同義なのだ。
 しかしながらまぁ……だからと言って、必ずや朝に眠るとは限らん。
 そこはほれ、我ら人でもそうであろう?


てゐ「なんか……不思議な感じ……うちらにとっては眠りの合図なのに」


 我らとて、享楽にかまけ気が付けばついつい明け方まで……なんて、往々にして起こる事。
 特にこの場合は、空に輝く月明かりが――――自身の”最後の光景”になるやもしれぬとあらば。
 眠る間も惜しんで、いつまでも見つめていたいものよ。


薬売り「まぁ、如何に夜行性とて……時には例外くらい、ありましょう」

てゐ「そう、ね……つかよく考えたら、夜行性とかあんまり気にしたことないかも」
 

 そう言うと、妖兎は不意に語り始めた。
 その内容は、他愛もない世間話であった。
 「思えば、随分と奔放に生きた物だ――――」
 そう切り出した妖兎の真意は、過去への夢心地と共に、ほんの少しの”後悔”も含まれていた……のかもしれぬ。
 

てゐ「夜更かしならぬ朝更かし……つか、徹朝もしょっちゅうだったっけ」

薬売り「人の生活に、合わせていたのですか?」

てゐ「はは、違う違う……あたしったら、一日の予定とかなんも決めてなくってさ」

てゐ「腹が減ったらメシ食って、出掛けたくなったらどっかに消えて、飽きるまで遊び続けて、眠くなるまでずっと起きてて……」

てゐ「時間なんて関係なかった。したい時にしたい事だけをしてた」

てゐ「――――逆に言えば、”それしかしてこなかった”」


 そんな妖兎だからこそ、律義に予定を守り続ける玉兎が、不思議でならなかったそうな。
 自分程とは言わずまでも、一日くらい・一刻くらい・一瞬くらい……玉兎は、それすらも破らなかったそうな。

 言うなれば、【時間に縛られた飼い兎】と【時間から解き放たれた野良兎】。
 この全く異なる二つの生き方は、「果たしてどちらが正しいのか」。
 そう、問われた時、誰にも答える事などできやしまい。


552 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/21(木) 01:41:13.00 ID:quhZaAAU0


薬売り「よくそんな生活が……続きましたね」

てゐ「だってあたし、別にうどんげみたく薬師とか目指してないし」

薬売り「いえ、そうではなくてですね」


――――ただし、その問に「薬師の見地」が加われば、話は変わる。
 生きとし生ける物には全て、絡繰りの如き「仕組み」が存在するのだ。
 絡繰りとて、定期的に「手入れ」をせねばやがて動かなくなる道理。
 それがさらに複雑な「生物」とあらば、望む望まぬ関わりなく、時には「したくない」事もせねばならぬのだ。



薬売り「すぐさまに体を壊しそうな、生活っぷりですが」


てゐ「そーいえば……ここへ来てからは、病気とかなった事ないかも」



 如何に腹が満ちていようとも。

 眠気など寸でも沸かずとも。

 体を動かし野山を駆けまわりたくとも。




てゐ「でもまぁなった所で、ここ薬屋だし、そこは――――」




 良薬が、如何に苦かろうと。







てゐ「…………あ”?」







 生命の仕組みを、維持する為には。





https://i.imgur.com/ZJBKMhF.jpg





――――妖兎の眉が、少しヒクつくのが見えた。

553 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/21(木) 01:41:53.79 ID:quhZaAAU0
本日は此処迄
554 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/21(木) 04:57:16.47 ID:jIo5U3N0o
不審な気配が漂ってきた…
555 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/22(金) 22:05:21.60 ID:ILnw9GSu0


てゐ「……今、なんか言った?」

薬売り「いえ? 何も……」


 それは、瞬きする間もないほんの一瞬の所作であった。
 しかし薬売りは確かに見た。
 明らかに気分を害した妖兎の心情。
 その心情を表すかのような「しかめ面」。
 その中に――――兎を含む獣の本能が見えたのである。


https://i.imgur.com/AqgAzqR.jpg



薬売り「どうか……いたしましたかな?」

てゐ「…………」


 さらにはこの一瞬の変化は、何も妖兎のみに限らずであった。
 薬売りが妖兎の表情を目撃したのと同じく、妖兎もまた、刹那に薬売りの本能が見えたのだ。

 その顔は――――確かに”笑って”おった。
 それも歓喜の笑みではない。
 かつて自身幾度も向けられた、なじみ深くもいと憎し表情。
 矮小なる者を笑うかの如き――――”嘲り”の笑みである。


てゐ「何よ……言いたいことがあるなら、ハッキリいいなさいよ」

薬売り「そうですか……なら、遠慮なく」


 妖兎は、この薬売りの変化を明らかに察知していた。
 そして「やはり見間違いではなかった」と確信するに至る。
 ならば、この唐突に訪れた態度の変わり目は、一体何を意味するのであろう――――
 その答えは、やはりただの一つしかなかった。



薬売り「フフ…………フフフ」



【失笑】



薬売り「フフフフ………………ハッハッハ」



【冷笑】




(フフフフフ――――ハハハハハ――――)




【嘲笑】



てゐ「――――何笑ってんだよ!」



 真の敵は、月でも巫女でもスキマでもない――――
 この目の前のうさんくさい男こそが、最大の”敵”であったのだ、と。



【不倶戴天】

556 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/22(金) 22:14:00.84 ID:ILnw9GSu0


てゐ「何……ついに頭おかしくなった?」

薬売り「いえいえめっそうもありません……あっしは至って正常ですよ」

薬売り「と言うより、可笑しいのは……むしろ」



【御前】



薬売り「の、方かと」


てゐ「――――はぁ!?」


 ついには体裁を繕う事すらしなくなった薬売り。
「言いたい事を言えと言われたから言っただけだ」。
 そう言わんばかりに吐き連ねる言葉の節々は、見事なまでに他者への敬意を感じさせない。


てゐ「なんだお前……何いきなりグレ出してんのよ……」


 思えば……身共と対面した時もこんな感じだったの。
 第一印象としてはこう、敬意とは反対の……そうだ。
 あれは言うなれば、”軽蔑”の眼差しと言った所か。


薬売り「だって……そうじゃないですか……」

薬売り「笑わない方がどうかしてる……こんな……」


 皆の衆努々忘れることなかれ。
 そう、このすごぶる意地の悪〜い様相こそが、薬売りの持つ本来の姿なのだ。
 いや、絶対そーに決まっておる。嗚呼〜間違いない!
 この根拠なく他人を苛立たせる性は、まさに天性・天資・天賦の資質。
 もはやそれ以外に、考えられぬのだよ。
 


【笑】



薬売り「壮大で……雄大で……永遠に近き時を跨るまでの……」


 さすれば退魔の剣の持ち主は、やはりこの薬売りこそが望ましきかな……
 えぇい! この際だからキッパリ断言してしまおう!
 よいか? 他者に纏わる情念・因果・思いの丈、その他諸々諸行無常の数々――――。
 この薬売りにとっては、それらの一切などな。
 あくまで、”退魔の剣を抜く為の道具”に過ぎぬのだよ。



薬売り「……………………”茶番”など」




【(笑)】




てゐ「 ん だ と コ ラ ッ !」

557 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/22(金) 22:21:37.04 ID:ILnw9GSu0


てゐ「言うに事欠いて……茶番だぁ……!?」


薬売り「違う……とでも、言いたいのですかな」


 この薬売りのとてつもなく無礼な一言が、案の定妖兎に、一つの情念を露わにさせた。
 その情念とは、とどのつまり「怒り」。
 秘めたる理を、よりにもよって”茶番”などとバッサリ言い捨てられては、無論妖兎の気分を余す事無く「害する」事請け合いである。


てゐ「さすがのあたしも読めなかったわ……まさか、このタイミングで”喧嘩”売られるたぁね」


薬売り「売ってるのはむしろ油じゃないですかね……それも、貴方の方が」


 あれほど表情豊かだった妖兎の顔が、怒気一辺倒へと偏っていく。
 この怒気が深める皺の一本一本が、まるで兎の持つ毛皮のようにも見えなくもない。
 結果、妖兎が時を追うごとに、ますます眉を顰める最中にて。
 しかしそれでも、まだまだ薬売りはへらず口を辞めなかったのだ。


薬売り「一分一秒も……惜しいのではなかったのですかな」


薬売り「――――”無駄な”足掻きをする為に」



てゐ「このッ――――」



 そしてついには――――妖兎は、言い返す事すらもしなくなった。
 怒りの行き着く果ては舌戦にあらず。
 それは妖兎に限らず、生きとし生けるもの全ての理と言えよう。
 しかしいみじくも妖兎にとって、薬売りのこの唐突な挑発は、脳裏に描かれし「戦」への、丁度よい前哨となったのだ。
  

https://i.imgur.com/r0kldUy.jpg


てゐ「それ以上舐めた口を効いたら――――”今度こそ撃つ”!」


薬売り「おや……おや……」


 にしても、薬売りも薬売りだ。
 一体全体、何を思ってこんな真似を――――と、皆は思うであろう?
 
 よいのだそれで。今はそのままでいい。
 この時は、”まだ”誰にもわからなかった。それこそが、唯一の正解なのだから。



【決闘・再び】


558 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/22(金) 22:27:06.28 ID:ILnw9GSu0


てゐ「そろそろ笑って済ませらんないわよ……ちんどん屋ァ……!」

薬売り「ご無体な。よもや、丸腰の相手に弾幕を放つおつもりですかな?」

薬売り「弾幕とは……優雅さと可憐さを優先した、”誇り高き決闘”と聞き及んでおりましたが?」

てゐ「――――黙れッ! 煽って来たのはお前だろ!」


 妖兎が放つ怒りの訴え、まさに一言一句がその通りである。
 此度の薬売りが放ったは暴言は、もはや失言などと言う段階ではない。
 露骨に、誰が見ても、あからさまかつ明らかに、「わざと」である事は明白であった。


てゐ「自分の立場……わかってんのかお前……」

薬売り「立場? はて……”たかが兎”に立場などあるのでしょうか」

てゐ「そのたかが兎の手を借りないと――――”帰る事すらできない”のは、どこのどいつだ!」


 さらに言わば、この突如反逆し始めた時機もすこぶる不自然である。
 妖兎も感じていたはずだ――――ここは【迷いの竹林】。
 この妖兎に代表する永遠亭の者が、”たまたま”その場所におったからこそ、迷い人が帰路につけると言うのに……
 案内人なくしては、”永遠にさ迷い続ける”場所なのに。


てゐ「今すぐボッコボコにしてやりたいけど、今はそんな暇はない……」

てゐ「だから……”今の内に”謝れば、ギリ水に流してあげる」


 なればこそ、薬売りの真意が見えぬままであった。
 この身を焦がす怒りに値する理由が、薬売りには存在しなかった。
 妖兎は憤怒に身を任せつつも、虎視眈々と思案に明け暮れた。
 慎重と大胆さを混在させつつ、なんとか薬売りの【真】を得んと、人知れず奮闘していたのだ。


薬売り「ならば……”後になっても”謝らなかったら、一体どうなってしまうんですかね」


てゐ「そうなった暁には――――”今後の一切は保証されない”」



 そして妖兎は、ついに最後の手段に出た――――弾幕の出現である。



【――光――】

559 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/22(金) 22:35:38.43 ID:ILnw9GSu0


てゐ「もう一度言うわ……”今度こそ撃つ”」

てゐ「この無数に湧いて出る弾幕を……避けきれるもんなら避けてみればいい……」



【熱】



てゐ「たかが兎とほざくなら――――やってみるがいい!」



【冷】



 妖兎の中の怒りと冷静の割合が、徐々に傾きつつあった。
 その方向は――――「冷静」に向く。 
 唐突さが故に少々面食らった物の、よくよく考えれば、俄然有利なこの状況。
 加えて薬売り最大の武器である『退魔の剣』すらも、自身の手元にあるとあらば。
 「狂うに値しない――――」妖兎はすぐさま、その結論に辿り着いたのだ。



【明白】



薬売り「そう、その光だ――――」


てゐ「…………あ”?」



【白明】



薬売り「その弾幕が放つ光……貴方にとっては、あの空を照らす日月よりも身近な光」


薬売り「否。この幻想郷に住まう者全てが持つ光……四肢を動かすようにして放つ、色彩々の光」



【薄命】



薬売り「かの如く、光があまりに身近過ぎたが故に――――」


薬売り「貴方の視野は、”朧に霞む運びとなった”」



 しかし此処へ来て、また新たな感情が沸いて出た――――”意味不明”。
 まるで説法の如き薬売りの語りが、文字通り「意味不明」としか言い現わせられなかったのだ。



てゐ(は――――?)



 なれども薬売りの供述は、紛れもなき【真】であった。 
 何に言い換えるでもない。
 言葉の通り、”光が妖兎の眼を覆った”のである。


560 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/22(金) 22:48:12.43 ID:ILnw9GSu0


薬売り「一説によると……兎は”光を感じる器官”が、強く発達しているそうです」

薬売り「それは、兎が夜行性な為……元来、”光の薄い環境下”で生息する生き物が為」


てゐ「だからなんだってんだ……」


薬売り「ただし……それ故に【色彩感覚】に、やや難があるそうです」

薬売り「理屈は簡単だ――――”光が色を薄くしてしまうから”」


てゐ「それが……なんなんだよ……」



『――過剰なる光への追及が彩を欠き、彩欠けし眼は霞を生む。
   霞は目視を鈍らせ、滲ませ、ついには現すらをも遠ざける――』



薬売り「ただしその分、幻とはよく馴染む……闇夜と言う名の、幻には」



てゐ「だ〜〜〜〜もう! 一体何が言いたいんだよッ!」



 時に――――話を遮って申し訳ないが、ふと思い出した事がある。
 いやな、身共の知り合いに、とある絵描きの男がいるのだが……
 その者がいつだったか、熱心に語っておった話を、ふと思い出したのだよ。



薬売り「貴方が真に見るべきは、一寸先の闇ではなかった――――”今ここにある光”だったのだ」



 その者は、若い頃に”色の使い方”に悩んでおったらしくてな。
 と言うのも、絵の「線」ばかりを描き連ね、「色」を学ぶ事をおざなりにしていたそうな。
 おかげで線形こそ卓越なれど、無色無彩が故に、心無き者から「洛書」と評される事がしばしばあったとか。

 そこでその絵描きは編み出した――――”色彩を無彩で表す方法”である。
 曰く、『明暗の差異を強調する事で、あたかもそこに色があるかのように見せる』画法とかなんとか。
 よくわからんが、南蛮にも似たような画法が存在するらしい。
 そこにちなんで、絵描きはその画法を、こう言う風に呼んでおった。



【コントラスト】


561 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/22(金) 23:02:20.59 ID:ILnw9GSu0


薬売り「もう見えるはずだ……陽の光満ちつつある、この白々明の刻ならば」

薬売り「その赤き瞳ならば――――その”光感ずる眼があるならば”」


 まぁ、何故にそんな話を思い出したのかと言うとだな。
 あの時あの絵描きが語った画法が、まんま「今のこの二人」を指す言葉にピッタリだと思うたわけよ。



てゐ(な…………にを…………?)



 光と言う”白”を感じる眼を持った兎に、因果と言う”黒”を見透かす薬売り。
 まさに明暗と言い現わすにふさわしきこの両者が、「ぶつかり」「争い」「煽り合い」激しく「自己主張」し続けた結果――――
 そこには、確かに”色が現れた”のだ。


https://i.imgur.com/vkOud01.jpg




562 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/22(金) 23:14:02.60 ID:ILnw9GSu0



てゐ(……………………)



https://i.imgur.com/Ln3HLjQ.jpg



てゐ(……………………)



https://i.imgur.com/NXwsyX4.jpg



てゐ(……………………)



https://i.imgur.com/a1qBtQk.jpg



てゐ(……………………)



https://i.imgur.com/RL4Cb72.jpg


https://i.imgur.com/rMoJLQ4.jpg





 あるのにないと認識されていた――――【内在する二つの可能性】として。





てゐ(……………………月?)



https://i.imgur.com/M4OZBjD.jpg















薬売り「そう……”こちらだったんですよ”。貴方が捜し求めていた物は」




てゐ(な――――――――ッ!?)



https://i.imgur.com/MxsHD07.jpg

563 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/22(金) 23:16:57.79 ID:ILnw9GSu0
ナイスク見てくる
564 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/23(土) 00:41:06.59 ID:HSad9Dqq0



てゐ「え――――え? え?? え???」



 この瞬間、またしても別の色が現れた。
 まさに「青冷める」とはよく言った物で、物の例えであるが、その言い回しは実に言い得て妙である。
 その証拠に、まるで顔料を塗りたくられたが如く……
 本当に妖兎の顔が、みるみる内に蒼く染まっていくではないか。



てゐ(なんで――――似てたから? 流したせい? こんな単純な字を?)



 漆黒の如き闇夜の中を、人々が認知する事は叶わず。
 しかしそこには、確かに何かがいる。
 人々はいつしか、その闇夜に蠢く何かを、妖と名付けた――――
 夜に生きる生き物とを、分ける意味合いで。



てゐ「な…………んでぇ…………? どぉしてぇ…………?」



【答】


薬売り「だから、最初に申し上げたんですよ――――”何故明かりをつけないのか”と」

薬売り「如何に夜分深き最中とて、ほんの少しの明かりさえあれば…………」

薬売り「貴方なら…………”見えたはずだったのに”」



 草木も眠る丑三つ時
 家々から明かりが消え、人々は寝静まり、安らかな吐息に包まれる時間。
 それらを生むが、すなわち、闇――――
 夜と名付けられた闇は、一時の休息を齎すと同時に、とある目覚めを呼び覚ますのだ。



てゐ「暗…………かった…………から…………?」



 しかし仮に闇夜に目覚めたとて、真なる闇の前には何も見えぬ道理。
 「見」は光無くしては叶わぬ。
 それは、如何に光感ずる眼を持とうとも――――輝きなくしては、そこはただの暗黒にすぎぬのだ。



薬売り「だって…………ねえ? ほら、言うじゃないですか…………」


薬売り「兎は――――”耳がいい代わりに目が悪い”んだから」



 すなわち――――”光届かぬ場所こそ真なる闇”。
 そんな場所など……いつだって、人々の心の内にしか、なかったのだから。



【無明】

565 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/23(土) 00:55:30.90 ID:HSad9Dqq0



てゐ「そんな…………じゃあ…………これって…………」



【不穏】



てゐ「あたしが……口に入れた物は…………」



【不吉】



てゐ「あたしが…………”そうだと思って”食べた物は…………!」



 妖兎は、恐る恐るその手を壺へと伸ばした。
 その手は細切れのように震え、滲み、肌色は顔面動揺、実に青く染まり切っておった。

 妖兎は、抗っておったのだ――――恐怖と。
 恐怖とはすなわち、この場における最悪の結末。
 して妖兎にとっての最悪とは、”思い描いていた最善の真逆”。



【呉牛喘月】

566 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/23(土) 01:12:13.83 ID:HSad9Dqq0



薬売り「さにあらず。あるはずもない、絵空事同然の産物……だが」


薬売り「なればこそ、仮に……無を有と認識し直せば」



https://i.imgur.com/Kzi0Bmm.jpg



薬売り「内在する二つの矛盾が…………観測することで初めて現れると言うならば」



https://i.imgur.com/kzMR7jS.jpg




薬売り「”永遠は終わらず”と――――その言葉を信するならば」
 


https://i.imgur.com/DcCWGmH.jpg



 途切れる息を耐えながら。
 溢れる汗を拭いながら。
 気が狂いそうな程の恐怖に抗いながら……妖兎の手はついに、真を掴んだ。


https://i.imgur.com/Rkhdaq9.jpg



 そして、映した。
 今昔の刻を跨ぎし、確かに存在する真を――――その光感ずる眼にて。



薬売り「傷を治す、どころか…………」










薬売り「――――”永遠にそのまま”と、言う事に」



https://i.imgur.com/ya7I1Qc.jpg



567 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/23(土) 01:22:36.11 ID:HSad9Dqq0



(…………あっ)



【折】



(あ…………あっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっ)



【諦】



(あっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっ――――!)



【悟】



https://i.imgur.com/3YrZtRh.jpg




【覚醒】






【――原始の痛み――】





 「あ”あ”あ”あ”あ”――――」
 今度は、実に鮮やかな【赤】が降り注いだ。


https://i.imgur.com/HzfKklX.jpg

568 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/23(土) 01:23:19.18 ID:HSad9Dqq0

本日は此処迄
569 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/24(日) 18:28:03.04 ID:B/cCW2fBo
キナくさくなってきたな
570 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/26(火) 20:29:47.47 ID:nrMdkQ4a0



【あ】



https://i.imgur.com/vgcGFCu.jpg



【 あ あ あ あ あ あ あ あ あ
  あ あ あ あ あ あ あ あ あ
  あ あ あ あ あ あ あ あ あ 
  あ あ あ あ あ あ あ あ あ 
  あ あ あ あ あ あ あ あ あ 
  あ あ あ あ あ あ あ あ あ
  あ あ あ あ あ あ あ あ あ
  あ あ あ あ あ あ あ あ あ 
  あ あ あ あ あ あ あ あ あ 
  あ あ あ あ あ あ あ あ あ 】




てゐ「あ”あ”あ”あ”あ”あ”――――痛”い”い”い”い”い”い”!!」



てゐ「傷口が開ぐう”う”う”う”う”痛”い”い”い”い”い”い”!!」




薬売り「これは、これは…………」



 恐らく、永遠亭創設史上類を見ない喧噪が今、巻き起こっておるであろう。
 その思たる要因。まるで太鼓の用に鳴り響くその音は、おおよそ生物の範疇を超えた”鳴き声”による物である。
 朝の雄鶏を遥かに凌ぐこの凄まじき鳴き声。
 その全てが「たった一羽の兎」によるものだとは、努々誰も思うまい。



【激痛】


【狂騒】


【阿鼻叫喚】





てゐ「あ” あ” あ” あ” ぁ” ぁ” ア” ア” ぁ” ぁ” あ” ア” ! ! ! ! 」




 その様はまるで――――「理性を無くした獣」。
 かのように形容したのは、他でもないこの声の主である。

 そう、全ては本当に、妖兎の語る通りであったのだ。
 絶叫の起因たる「生きたまま生皮を剥がされる」痛み。
 その痛みが形作るは、南蛮人すら裸足で逃げ出す「血染めの化け物」。
 そして、血染めの化け物は荒れ狂う――――自分を見失う程の痛みに、為されるがままに。 



【外道祭文】

571 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/26(火) 20:42:14.82 ID:nrMdkQ4a0



てゐ「(形容不能)――――!!!!!」



 荒れ狂う猛獣と化した妖兎が、部屋の隅々をありとあらゆる手段で破壊していく。
 ひっかき、殴り、蹴り、頭を叩きつけ、代わりに全てを【赤】く印づけていく。
 部屋が部屋たる所以の物を、片っ端から破壊していく”さっきまで兎だった”生き物。
 こうなれば、もはや一種の「災害」と呼ぶのが相応しかろう。



薬売り「…………」



 かのように、悪夢の如き光景を目の当たりにしている薬売りであるが――――ほとほと呆れる。
 そんな実に繽紛たる光景を、あろうことかこやつは……”見てすらいなかった”のだ。




(あ”あ”あ”あ”あ”――――……)




薬売り「……いやはや、実に興味深い物です」

薬売り「記憶を巻き戻すはずの幻肢痛が、永遠に続くと言うこの矛盾……」

薬売り「となれば……少なくとも、今度は戻る事すらできなくなる」

薬売り「前にも後ろにも進めなくなる……”今しか生きられなくなる”」




(ア”ア”ア”ア”ア”――――……)




薬売り「いいじゃないですか……別に……例え、本人にとってはどれほど不幸な出来事であろうとも」

薬売り「”心折れる事で”新たな道が、拓ける事も……あるのですから」




(A”A”A”A”A”――――……)



https://i.imgur.com/8vJxXPm.jpg

572 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/26(火) 20:53:14.98 ID:nrMdkQ4a0



薬売り「…………おや?」


 まぁそんな、見るも悍ましき修羅の最中であるがな。
 とにもかくにも、一言だけ申したい――――「阿呆」。

 ったく、本当にこやつだけは……
 大体な、猛り狂う獣が、目の前で荒ぶっておると言うのにだな。
 何を呑気に、ぶつくさと「独り言」を呟いておると言うのか。




(貴――――様ァ――――!)


 

 速い話が、とっとと逃げればよかったのだ。
 少なくとも、この暴れ狂う獣の「視界から外れる」猶予くらいはあったはずだ。

 まぁ……今更こんな事を言うても、もう手遅れである。
 それに見方を変えれば、せっかく訪れたまたとない機会とも言えよう。
 これを機に、この薬売りも一篇、己が身で味わってみればよいのだ。
 


薬売り「どうか……しましたかな?」



【捕】



【掴】





(許サナイ…………絶対ニ…………許サナイ…………!)





――――モノノ怪を成す程に深き、情念の痛みを。



https://i.imgur.com/hgTVeA0.jpg



573 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/26(火) 21:03:25.97 ID:nrMdkQ4a0



「お前だけハ…………許サナイ…………!」



薬売り「……これは、これは」


 かくして、化け物と形容されるほどに変貌せしめた妖兎の姿は、激しき痛みの果てに、もう一段階の変貌を遂げた。
 その姿は――――薬売りにとっては、よく見知った姿であった。
 その証拠にまるで、「古い顔なじみに再会したかのように」表情を緩ませる薬売りの姿が、そこにはあったのだ。
 目前の相手が、”怨みに塗れた”朱き兎にも関わらず、である。



https://i.imgur.com/PJavFJb.jpg



 未だ得体の知れぬ薬売りが、知人と称して懐かしむ存在。
 その相手もまた、同じく得体の知れぬ存在である。
 そんな、懐かしくも忌むべき面影が、何故か兎から現れた……
 とどのつまり、兎はついに成したのだ。




【”怪”眼】




 因果と縁に憑りつきし魔羅の鬼――――すなわち、”モノノ怪”である。


574 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/26(火) 21:14:19.77 ID:nrMdkQ4a0



「騙ジダな”…………お前ハ”また”あたしヲ、騙ジダんだ”!!」


薬売り「はて……また?」

薬売り「貴方様とお会いするのは……昨日が御初だったと記憶しておるのですが」



【沸】



「 黙 レ え ェ ェ え え ぇ ッ ! お前も”アイツラ”と同じダッ!!」


「あたしガもがき苦しむ様ヲ、見世物のように見ていた”アイツラ”…………」


「あたしガ壊れるのヲ、嬉々とした目デ見てイた”アイツラ”…………ッ!!」



【溢】



「何もカもガ、同じジャないカッ!! まタ同じ事ヲ! コノあたしニ……!」



【連呼】



「オ前が壊しタ…………何もかもヲ…………お前が……まタしてモ、お前ガ……ッ!」



 妖兎――――もとい「元兎」は、誰が見ても錯乱に陥っておった。
 薬売りが上手く言い返せぬのも無理はない。
 悲痛ながらいまいち要領を得ぬこの訴えからして、おそらくは過去。
 それも後々までに語り継がれる「痛ましい一幕」が、今昔の区別なく混同しておるのだと思われる。



【積年の恨み】


575 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/26(火) 21:29:29.76 ID:nrMdkQ4a0



「許サナイ”――――あたし達ヲ壊したお前ハ――――絶対ニ許サナイ”ィ”ィ”ィ”――――!」



薬売り「と、言われましてもねえ……」


 支離滅裂を訴える兎の化け物は、ついにはその口を、大きく開き始めた。
 ベリベリと裂けそうな程に開いたその口腔からは、兎特有の、実に先鋭なる牙が現れた。
 そんな実に禍々しき牙が、ゆっくりと薬売りの頭上へ昇っていく……
 ここまでくればもう、何をしようか一目瞭然である――――”齧る”つもりだ。
 


https://i.imgur.com/JpLzMmh.jpg



薬売り「堪忍してくださいな……如何に藪と評されたとて、やってもいない事を責められては、あっしも面目が立ちませぬ」

薬売り「それに今回は……”貴方が勝手に”間違えただけじゃないですか」

薬売り「貴方が自ら……己が無知を”棚に上げて”」


 そしてそんな危機的状況にも拘らず、俄然態度を崩さぬ薬売り。
 怯え慄き、命乞いでもすればまだ人間味もあると言う物だが……
 どころかさらに「開き直り」始めたとあらば、やはりこやつも人知から遠いよの。



「許サナイ”――――許サナイ”――――許サナイ”ィ”ィ”ィ”――――!」



 はて……そういえばいたな。
 ほれ、いただろう。かの書の冒頭にて、主役の血縁者と思えぬくらい、どうしようもなく畜生な連中が。
 やたらと利己的で、無駄に性悪で、異様に執念深く、かつ意味もなく悪趣味で――――とりわけ”嬉々として誰かを陥れる”。
 そんな、まるで今の薬売りに瓜二つな人物が。



【八十】



 かのように、かつて自分を陥れた人物と、薬売りとが重なって見えた……のか?
 うむ、ならば仕方がないな。
 此度の妖兎に訪れたこの不幸な出来事は、明々白々”薬売りの仕業”なのだから。
 


薬売り「致し方……ありませんな……」






【――――待った】



576 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/26(火) 21:39:25.48 ID:nrMdkQ4a0



薬売り「よいのですかな――――このままあっしの頭を齧れば、永遠に”永遠から回帰する術”は無くなりますが」



「何…………だとォォォォオ”…………?」



【提言】



薬売り「侮るなかれ。如何に藪とて薬師の端くれ」

薬売り「罹りし病如何なる大病とて――――少なくとも、”診る”事はできる」


 これはこれはまた酔狂な事を。
 この期に及んで何を宣うかと思いきや、言うに事欠いて「診てやる」だと?
 風邪や頭痛とはわけが違うのだぞ……
 仮に全ての薬師をこの場に集めたとて、誰が「永遠」なんぞを治せると言うのか。 
 


「言”え”ッ! あだじは一体ドゥ”すレ”バ…………言” え” ッ !」



 そりゃあ、当人は藁にも縋りたい面持ちであろうがな。
 しかし努々忘れてはならぬ――――”相手はあの薬売り”。
 薬師として見た場合の薬売りは、もはや藪どころの話ではない。
 関わる者皆すべからく不幸に見舞わす、まさに厄災が服を着て歩いているような存在なのに。


薬売り「服用者に永遠を齎すなどと言う、実に摩訶不思議極まる薬……」


薬売り「なれども――――永遠が薬の形を成す限り、永遠もまた”薬の理”から逃れられぬが道理」


 そして薬売りは解く。
 薬の成り立ちから服用の仕方、種類、成分、その他薬に纏わる諸々、等々、色々……。

 ……ぇえいこの藪め! やはり教える気などないではないか!
 学術語だらけで全くわけがわからぬ……と、素面の身共ですらこの様だ。
 とあらば無論――――”壊れ行く兎”に、伝わる事などあるはずがない道理なわけで。


577 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/26(火) 21:49:10.07 ID:nrMdkQ4a0


薬売り「つまりですね――――」



【焦】




「は”や”ぐ”言”え”ぇ”ぇ”ぇ”え”え”ぇ”ぇ”え”え”え”ぇ”ぇ”え”!!」



 しかしそんな、難解極まる薬売りの教授も、かろうじて理解できる事が一つだけあった。
 否、わかると言うより「知ってた」と言うべきか。
 ほれ、よく言うではないか。
 薬と言えど、用法用量を守らねば”転じて毒となる”と。




薬売り「――――”下す”んですよ。貴方の身を侵す、永遠と言う名の”毒”を」





(毒――――?)




【応急】

578 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/26(火) 21:58:39.65 ID:nrMdkQ4a0


薬売り「永遠とは……求める者にとっては薬となり、そうでない者にとっては毒となる」

薬売り「まさに、今の貴方そのもの……貴方にとっての永遠とは、何物にも受け入れがたき毒でしかなかった」


【毒】


薬売り「毒の解毒は時間との勝負です。一度体に入り込んだ毒は、時を増すごとに体の隅々を駆け巡る」

薬売り「毒が強くあればあるほど、さらにその時は短くなる……そして、直に手遅れとなる」


【切迫】


薬売り「しかしご心配なく。薬毒の誤飲など、往々にして起こる事態」

薬売り「さらには此度の場合ですと、まだ含んでからの時が浅い……よって、”正しき処方”を施せば、回復は十分見込まれます故」


【希望】




「言エ”……その正しキ処方とハ……一体なンダ……!」




【的確】


【処置】


【解】




薬売り「――――”吐く”んですよ。文字通り」


薬売り「毒を含んだその口から、全てを吐き出すように……いままで食らった全てを、ね」



【自己誘発性嘔吐】


579 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/26(火) 22:06:23.54 ID:nrMdkQ4a0



「う”――――か”ぁ”ぁ”あ”ぁ”ぁ”ぁ”あ”あ”!!」


 「吐く」――――その言葉を聞いた妖兎は、すぐさまその指を喉奥へと突っ込んだ。
 ただでさえ血塗れの指が口に入る事で、唾液と交ざったか、ぐちゅぐちゅと不快な音が掻き立てられていく。
 しかしそれでもかまうことなく、指は一心不乱に動き続けた。
 まさに泣きじゃくる赤子の如く……溢るる嗚咽を、大量に漏らしながら。



(――――え?)



 しかしそんな決死の行為も、”ある時”を境にピタリと止まってしまう。
 それはやはり、兎の持つ性が故なのであろう。

 そう、兎は――――聞こえてしまったのだ。
 空耳と思しき小言。なれども聞き捨てならない、希望の言葉を。




薬売り「そう言えば…………確か…………」




【呟き】


【疎覚え】


【聞き齧り】






薬売り「”四つ葉のシロツメクサ”に…………そのような効能が…………」





【想起】





(四つ葉のシロツメクサ――――!)



https://i.imgur.com/s0VIFPB.jpg


580 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/26(火) 22:14:17.80 ID:nrMdkQ4a0


 「――――四つ葉のシロツメクサ」。
 その単語を聞くや否や、兎は一目散に飛び出して行った。
 勢いついでに「ドンッ」と薬売りの身を突き飛ばしたのだが、しかし当人は気づいてすらいなかったであろう。
 言わば他の一切が知覚できぬ、矢庭の走。
 だがその決断と行動の速さたるや、これもまた、兎の性が故であった。



【跳】



 すなわち――――【脱兎の如く】。
 そうして兎はたった今、確かに、”自らの意思”で、外へと飛び出していったのだ。




薬売り「あったような……」




【飛】



 あれほど守ると宣った永遠亭から――――
 あれほど憎んだ、薬売りの元から。




薬売り「なかった……ような…………」




【兎卯・亡】



581 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/26(火) 22:24:57.84 ID:nrMdkQ4a0



【孤立】


【無縁】



薬売り「やれ、やれ…………」


 そして、亭は――――ようやっと、本来の静けさを取り戻した。
 さながら狼藉者に押し入られたかのような、乱雑に散らかされた一室ではある。
 だがしかし、これらの乱れを片そうとする者など、どこにも存在しない。
 この乱れに文句を垂れる者など……もはや誰一人として、いないのだ。



【森閑】



薬売り「全く…………最後まで懐かない、うさぎさんでしたよ」

薬売り「如何に臆病な気質とて……もう少しくらい、愛想を振りまいてくれても良さそうな物ですが」



【無常】



薬売り「まぁ、確かに……少々強引な手段を使ったのは、認めますがね」

薬売り「よいのですよ。こうして無事、果たす事ができたのですから……」



 竹林に佇む一軒の御屋敷の最中にて――――
 本来そこに居るべき住人が、誰もいないとはこれ如何に。
 いるのはただ、空に語り掛ける、どうにもうさんくさい男が一人。




薬売り「――――”貴方との約束”を、ね」




 と、最後まで誰にも認知される事のなかった――――【六人目の住人】の、二人と。



【盟約】

582 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/26(火) 22:36:08.32 ID:nrMdkQ4a0



薬売り「さて……では……」


【凜】


薬売り「後の方は…………”よろしく御頼み申し上げ候”」


【臨】


 そう言うと薬売りはそっと着物を整え、静かに座した。
 そして、待つ。
 「もはや為すべき事はなし」「もはや自分には、座して待つ以外に為せる事はなし」
 そんな事でも考えてそうな、何とも言えぬ呆けた表情を浮かべながら。



薬売り「…………」



 そしてそんな「静」を貫く薬売りとは対照的に、「もはや待ちきれんと」ばかりに蠢く、一つの物があった。
 そう、皆もご存じ――――『退魔の剣』である。



薬売り「…………そう急くな」


退魔の剣「〜〜〜〜ッ!」



 「奪われたはずの剣が何故薬売りの元へ戻っているのか」。
 その答えは至極簡素な理屈である。
 速い話が、”忘れ去られた”のだ。
 折角奪い取ったにも関わらず、焦る余りに置き去りにしてしまった、あの荒ぶる兎によって。



薬売り「直に…………戻って来る」


退魔の剣「〜〜〜〜ッ!」


薬売り「直に自ら…………”全てを返しにやって来る”」


退魔の剣「〜〜〜〜ッ!」



 「だからただ、待っていればいい」。
 これまたそんな事でも考えてそうな、澄ました顔で――――
 薬売りはただひたすらに、待ち続けているのであった。



【――――いってらっしゃい】


https://i.imgur.com/zV0A8yA.jpg





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