永琳「あなただれ?」薬売り「ただの……薬売りですよ」

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429 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/01(金) 00:06:05.49 ID:EID7KJ+P0


薬売り「例の……得意な確率計算とやらですか?」

てゐ「それを自覚するのはまた後の話……あの時は、計算って概念を知らなかった」

てゐ「それに、知ってた所でどうせ伝わんないしね」

薬売り「それも……そうですね」


 内心驚いてるあたしを尻目に、小さな民共は、それはもう大はしゃぎだったわ。
 連中ったら、勝手に「生きて帰れぬやもしれぬ」とか思っちゃってたらしくてね。
 よくあるただの時化なのにね……本当に、肝っ玉まで小さな奴らよ。


薬売り「島の人間にとっては、それほど大事(おおごと)だったのでしょう」

てゐ「無理に擁護しなくていいって。そもそも、あいつらときたらさ……」


 あいつらったら、本当にバカでね。
 死ぬかもしれないと思ってたのに、蓋を開ければ「無事生きたまま乗り切った」。
 その事実になんかテンション上がっちゃったらしくて、あろうことか、その場で宴会をおっぱじめやがったのよ。


てゐ「避難中の食料とか、備蓄品とか、一時的に同じ場所に集めてたんだけど……ノリと勢いで、全部その場で使い始めやがってさぁ」

薬売り「それはそれは……まぁ……」


 もちろんあたしもその宴会に参加した……って言うか、強制的に引きずり込まれた。
 命の恩人だっつって持て囃してきて、それ自体は悪い気はしなかったけど。
 だけどほら、みんな酒入ってるから、こう……色々と痛いし荒いしで、もう散々だった。


(――――だぁ〜もう! お前ら、うざったいのよさ!)


 ほんと……あんな経験は二度と味わえないと思うわ。
 人も・獣も・鳥も・虫も・爬虫類も――――生物の垣根を超えた、乱痴気騒ぎはね。


https://i.imgur.com/SmfPIBJ.jpg

430 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/01(金) 00:14:56.44 ID:EID7KJ+P0


薬売り「でも……楽しんでいたんでしょう?」

てゐ「……まぁね」


 酔って、歌って、踊って、飲んで――――。
 あたしもその場の勢いに任せて、口汚い暴言を随分吐いたわ。
 小さな民だっつって内心見下した事を、酒に任せてぶちまけてやったりもした。

 それでも宴は終わらなかった……どころかさらに盛り上がって行ったわ。
 あたしの本音を皮切りに、みんなもみんな、普段思っていた事を言い合い始めたの。


てゐ「酔いに任せた本音と本音のぶつかり合い。ほんと喧嘩になるんじゃないかって、ヒヤヒヤしたもんよ」


 それくらい盛り上がってた。それくらみんな、我を忘れてた。
 ほんとこいつらいつ帰るんだってくらい、みんなで囲み合って、みんなで酔いしれていた……
 まるで――――”夢の中にいるかのように”。


てゐ「バカ丸出しで、普段はデカイ口聞く癖に、ちょっと何かあれば途端にビビリまくる、死んでも治らなさそうなレベルのアホ共……」


てゐ「でも――――そんな連中が、”あたしは大好きだった”」


薬売り「…………」


 そしてふと気づけば、時化の名残はすっかり消えていたわ。
 ま、長い事どんちゃんやってたからね……いつの間にか空は、曇りのない晴天に変わっていたの。

 で、空模様の変化に気づいたあたしは――――まぁ、お開きの合図だと思ったのよ。
 これほど明るいなら、ちょっと酔っぱらってても、まぁみんななんとか帰れるだろうって思ったわけ。


てゐ「今思うと……”あの時振り返らなければよかった”」

薬売り「…………?」


 一人、一匹、一頭、一群――――
 島の生き物は段々と姿を消していき、そして最後には、その場に誰もいなくなった。
 そうして、一晩限りの夢は終わった……
 小さな民は、まるで夢から覚めるように、またあの小さな日常へと帰っていった。



(――――あれ……誰もいない)



てゐ「ずっとあの、乱痴気騒ぎの中で……小さな連中と……小さな夢を囲っていればよかった」



 でも、その中で――――夢の中から帰れなくなった民が、一羽だけいたの。




【隔絶】

431 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/01(金) 00:22:54.69 ID:EID7KJ+P0


てゐ「夢の終わり。宴の終焉。記憶が途切れる瞬間……その最後の景色だけは、今でもはっきり覚えてる」


 曇りが消えた空は――――透き通るほど澄んだ青だった
 それに、雨上がりの後だったからね。
 青空には、思わず見惚れる程の、それはそれは綺麗な【虹】がかかっていたの。


てゐ「その景色が――――あたしだけを、”夢の中に縛り付けた”」


 本当に、切り取って額縁に飾りたいくらいの風景だった。
 宴なんてそっちのけで、ただひたすら、じーっと景色だけを見ていた……
 一人、また一人と帰っていく民を尻目にさ。
 誰もいなくなるまで、気づかないくらいに。
 

てゐ「その時になってやっと、我に返ったの」

てゐ「ハッと振り向けば、とっくにみんな帰った後だった……気づいた頃には、そこにはもう、散乱した宴の痕しかなかった」


 そして、気づいてしまったの……
 日常と言う名の現実に、自分だけが背を向けていた事に。
 

てゐ「気づいてしまったの――――青空に架かる虹の橋が、”あたしの知らない世界”と繋がっていた事に」


https://i.imgur.com/2QyWtf6.jpg


432 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/01(金) 00:29:04.00 ID:EID7KJ+P0


薬売り「虹が、貴方を縛り付けた……?」

てゐ「そう、ね……あの虹がなければ、あたしが外に気づく事はなかった……とも言える」


【虹の檻】


 その日から、あたしはその高台に通うのが日課になった。
 目的はもちろん、あの時みた景色をまた眺める為。
 毎日毎日ずっと……飽きもせず、一日中ずっ〜と、同じ景色だけを見てたわ。
 

てゐ「起きてる間は、ほとんどそこにいたんじゃないかしら」

てゐ「ほんと、我ながらよく飽きないなってくらい。毎日昇って、四六時中そこにいたっけ」
 

 でも、何度通ってもあたしは満たされなかった。
 風景はほぼほぼ同じ。でもそこには、あるべきはずの物がなかった。
 なかったのよ――――あの時確かに見たはずの、外へと続く虹の橋が。


てゐ「あたしは躍起になった。あの時と同じ風景を見る為に、何度も何度もあの時と同じ場所に通った」

薬売り「それでも現れなかった……そこまで貴方を魅了せしめた、七色の橋が」

てゐ「で、そんなあたしの行動は……”周りが不審がる”に十分だった」

 
 そんなあたしを見かねた誰かが、変な噂話を流したらしくってね。
 おかげであらぬ誤解を一杯受けた……
 よく言われたのよ。ほら、「どこか怪我をしたのか」とか「何か悩みがあるのか」とか。
 こういう時って、説明が大変よね。
 「ただ景色を見てただけ」なんて事言おうもんなら、変に勘繰られて、逆にもっと心配されちゃうんだから。



【気掛】

433 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/01(金) 00:34:42.87 ID:EID7KJ+P0


てゐ「だからもう、面倒だったから、思ってる事を正直に答える事にしたの」

てゐ「それが……いけなかったのかもしれない」

薬売り「……?」



(実は……あの虹の橋を渡ってみたいと思ってるのよさ)



てゐ「思いを吐露した、次の日から……今度は、誰も話しかけてこなくなった」

薬売り「……えっ」



(――――ケッ。何さ、この恩知らず共が)



薬売り「何故……」

てゐ「明確にハブられたわけじゃなかったけど……連中の態度が、明らかに余所余所しくなってたのはすぐ察せたわ」



(――――あーそうですか、わかりましたよ)

(――――そんな態度でくるんなら……こっちだって、考えがあるんだから)



てゐ「海の向こうへの欲求が、日に日に強まっていった……同時に、島への情が沸々と薄れていった」



(――――ずっと小さなままでいればいいのよさ……こんなちっこい、塵みたいな島で)



 そしてあたしは、ある日から――――景色を眺めるのをやめた。



【発起】


434 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/01(金) 00:35:08.64 ID:EID7KJ+P0
メシくってくる
435 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/01(金) 01:49:05.44 ID:EID7KJ+P0


薬売り「……いやに唐突ですな」

てゐ「そうね……うどんげなら、その辺もうちょっと上手く語れるんでしょうけど」

てゐ「けどダメね。あたしが言うとどうも、言葉に詰まる……実は結構、悩んだりしたんだけどさ」

薬売り「いえ、そうではなく……」

薬売り「”小さき民”ですよ。あれほど貴方を慕っていたのに」

てゐ「ああ……そっち」


 連中が何を思ってそういう行動に出たのか――――”その時は”わからなかった。
 でも、それが島を出る「キッカケの一つ」になったのは確かだった。
 正直、頭に来てた……あんなに頼ってきた癖に。あんなに輪に入れたがった癖に。


てゐ「頭に血が上ってた……何かに八つ当たりしてやりたい気分だった」

てゐ「ちょうどその時だった……”一匹の和邇”が、あたしの前を通り過ぎた」

薬売り「和邇……?」


 そん時の和邇は、なんか知んないけどやたら上機嫌だったのを覚えているわ。
 よくわかんないけど、とりあえず何か”良い事”があったらしい。
 妬みってこういう事を言うのね。
 人がちょっと凹んでる時に、こう、嬉しそうに泳ぎ回る和邇を見てたら……なんか無性に、イラっときて。


てゐ「煽ってやろうと思って、和邇に声をかけた――――おい! そこのアホ丸出しのウロコヤロー!」


 「てめー何人のなわばりで悠長に泳いでんだコノヤロー!」
 我ながら意味不明な因縁だけど、ま、イライラしてたからね。
 そう言って喧嘩腰に話かけたら、案の定和邇は、すぐにこっちを振り向いたわ。



(――――ヤバ〜……やってしまったのよさ……)



 その時……あたしは我が目を疑った。
 だって、あたしの声に反応した和邇は、一匹だけじゃなかったもの。


https://i.imgur.com/N8UT8c2.jpg


てゐ「和邇は一匹だけじゃなかった。一匹に見えたのは、和邇の群れの中で、”たまたまあたしが見える範囲にいた”一匹に過ぎなかった」


 完全にやらかしたと思ったわ。
 機嫌がよかったのは、なんてことない。和邇も宴の真っ最中だったのよ。
 つっても和邇の宴って、ちょっと想像つかないけど……
 まぁ要は、仲間同士集まって海の中でどんちゃんやってたらしいわ。



てゐ「まるで――――いつかのあたしみたいに」



【和邇の宴】



436 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/01(金) 02:11:31.16 ID:EID7KJ+P0


 和邇は案の定、みるみる内に集まって来た。
 「おい兄弟、一体どうしたよ?」
 「いやさ、なんかこの兎がいきなり……」
 そう言いながら海から顏を出す和邇の数と来たら、もう御一行様なんてもんじゃなくてさ。
 例えるならこう、海の中に「和邇の村」があって、その村の住人が、全員一つの場所に出てきたって感じ?
 

てゐ「あたしは……知らなかったのよ。海の中にも、こんなに生き物がいただなんて」


 後はまぁ、想像つくよね。
 集まって来た和邇が、事情を知るや否や、思いっきりあたしを睨んできてんの。
 それもなんか、無駄に数が多いもんだから、なんか段々とねじ曲がって伝わって……


てゐ「最終的にあたし、何故か”和邇の一族を皆殺しに来た殺戮兎”って事になってたわ」

てゐ「意味わかんなすぎて苦笑いも出なかったけど、そこはこう、和邇だけに尾ひれがついたって事にしといた」


 明らかに誤解されてるけど、もう弁明すんのもめんどいとおもってさ。
 だって、どーせ連中は所詮和邇。
 どんなけ怒らせても、こっちが島の奥まで逃げりゃあ追ってこれないし。
 それに三日もすりゃすぐ忘れるだろって……そう思ってた。


薬売り「逃げなかったのですか…………?」

てゐ「逃げなかった……と言うより、”逃げれなかった”」



(――――その井出達、よもや、かの地にて大蛇を下せし神人の如し)



てゐ「誤解した和邇が例えたあたしは……”向こうの世界”の英雄だった」



(――――八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣作る その八重垣を)



てゐ「逃げるわけにはいかなくなった……だってあたしは、まさにその”八雲の地”に行こうとしてたんだから」

薬売り(八雲……?)



【八雲】

437 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/01(金) 02:21:57.17 ID:EID7KJ+P0


(――――ちょ、ちょっと! その話、詳しく聞かせてほしいのよさ!)


てゐ「向こうの世界には――――常日頃から、事欠かない話題が飽きる程に溢れてる」

てゐ「それは島にはない現象……たかが時化如きに大騒ぎするような島には、決して訪れる事はない”稀”」


 よく考えたら、当然の事だった。
 だって和邇は、島と世界とを隔てる”海”に住んでるんだもの。
 島には噂すら届かない向こうの世界の出来事が、海の中までは十分届く。
 その証拠に、和邇は案の定、たくさんの事を知ってたわ……”あたしの知らない事”を、たくさんね。


てゐ「そんな和邇の群れに出会ったのは、もはや運命としか思えなかった」


 和邇の宴がやたら盛り上がってたのもそのせい。
 だって、和邇が海の中にいる限り、話のネタに尽きることはないもの。
 だから……”この機会を逃せば永遠に向こうに辿り着けない”。そんな気がしたのよ。
 だってあたし兎だし……兎は海を、泳げないし。


てゐ「でも半端に怒らせた分、すんなり頼まれてくれるとも思えなかった」

てゐ「そこであたしは考えた――――”取引をしよう”」

てゐ「この和邇共を何とか言いくるめて、必ず向こうの世界へ渡ってやる……あの時は、その事しか頭になかった」



薬売り(…………ん?)




【?】


438 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/01(金) 02:30:54.45 ID:EID7KJ+P0


てゐ「あたしは和邇に聞いた。あんたらやたら大所帯だけど、全部で何匹いるかわかってんの? って」

てゐ「和邇はすぐに返事を返した。俺たちゃ全員家族も同然。そんな事、気にもしたことがない。って」

てゐ「だからあたしは言ってやった。だったらあんたら、一人くらいいなくなっても、気にも留めないのねって」


 和邇は言い返した。
 「そんなわけがあるか」「家族がいなくなるのは辛いじゃないか」。

 あたしはさらに煽った。
 「だってあんたら、何匹いるかもわかんないなら、誰かがいなくなってもわかんないじゃない」。

 和邇はなおさら強く反論してきた。
 「俺たちは常に一緒だ。だから誰かがいなくなるなどありえない」。

 だからあたしは、ビシっと論破してやった。
 「じゃあ、たった今あたしに絡まれてたのは、どこのどちらさんだったかしら?」。



てゐ「群れから離れて泳いでたからこそ、あんたに声をかけたんだけど? って」



 そう言った瞬間、海の中からヒソヒソ話が聞こえてきた。
 「言われてみれば」
 「なんで離れた?」
 「いやなんとなく、気分で……」
 そしてあたしはトドメに一言言ってやった……
 「もしあたしが本当に殺戮兎なら、今この瞬間、少なくとも一匹は殺せてたわね」ってさ。



てゐ「案の定、連中は食いついて来たわ――――じゃあ、俺達は一体どうすればいい?」



 「大事な家族が気づかぬ間にいなくならないようにするには、一体どうすればいい?」
 こうなりゃ後はこっちのもんよ――――「大丈夫、あたしが数えてあげるから」。
 言い様に扱われてるとも知らずに喜んでる姿は、内心、そりゃもう滑稽ったらなかったっけ。



薬売り(いや……待て……)



【疑問】



てゐ「あたしは指示した……とりあえずお前ら、全員一列に並べって」

てゐ「そしてあたしは続けた。これからアンタらの上を跳んで、一匹一匹数えていくからって」



薬売り(それは…………)



てゐ「いーち、にー、さーん。頭を踏んずけられてるのに文句ひとつ言わない和邇は、あの時何を考えてたんでしょうね」



――――話中の所失礼する。
 黙って聞いているつもりだったが、しかしその話、どうにも突っ込まざるを得ないのだ。
 というのも、なんと言うか、その……
 ”どこかで聞いた事がある話”な気がするのは、気のせいだろうか。
 


【既視感】


439 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/01(金) 02:48:35.41 ID:EID7KJ+P0


てゐ「百八……百九……大分数えたつもりだったのに、まだまだ先は長かった」

てゐ「さすがにキツかったわ……それにぶっちゃけ、少し飽きてきてた」

てゐ「だからあたしは、息抜きがてら――――ふと後ろを振り向いたの」


……いや、やはり気のせいではない。
 今宵初めて聞かされるはずの、妖兎の身の上話。
 な、はずなのに――――何故身共は、この”続きを知っている”?


てゐ「振り向いた先には……本当の意味で、小さくなった島があった」

てゐ「自分の育った場所が……風船みたいに萎んでしまっていた」


薬売り(その話は…………)


 薬売りも勘付きよったか……。
 そうだ。この話を知っているのは何も身共に限らぬ。
 この後妖兎が如何様な行動を取り、如何様な目に合い、そして最後に誰と出会うのか――――
 それは、我ら二人だけが存ずる話ではないのだ。
  

てゐ「――――あの時の和邇には、本当に悪い事をした」

てゐ「騙すつもりなんてなかった……ちゃんと最後まで数えてやるつもりだった」

てゐ「なのに……彼方へ縮んでいくあの島を見てたら……”どこまで数えたか忘れてしまったの”」


薬売り(まさか……こいつ……)


 身共の予想通りだ……やはり妖兎は、”和邇を数えなかった”。
 だとすれば、もう決定的だな。
 あの退魔の剣すらも、妖兎が偽りを申しておらぬ事を、震えで持って証明しておるわ。


てゐ「ほんとうに……また同じ事を……”あの時振り返らなければよかったのに”」


 知らぬ者を探す方が難しい程、広く知られた御伽の話。
 それがどういうわけか、妖兎の語る過去とすべからく一致しておる。
 これらを顧みれば、妖兎の真の是非など――――たった一つの「解」しか残されておらなんだ。



てゐ「おかげ様で……しっかりと”戒め”られちゃった……」




薬売り(因幡の白兎――――!)



https://i.imgur.com/SMQQw5c.jpg

440 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/01(金) 02:54:16.36 ID:EID7KJ+P0


てゐ「今更……ごめん忘れちゃったなんて、言えなかった」

てゐ「かと言って……最初からやり直しなんてできなかった」

てゐ「何故なら、向こう側はもう目前――――あたしが目指した世界は、すぐ目の前にまで迫っていた」


 その後妖兎を襲った悲劇は、もはや言われずとも想像に難くない。
 苦し紛れに強がり、嘲り、うそぶき、そして和邇の報復を受けた。
 全てがかの話と繋がっておる……もはや確かめる術もない、「太古の史実」である。


薬売り「ではその傷は……その時の……」

てゐ「キッカケは……ほんの些細な自己保身だった」

てゐ「しでかした失態を何とかごまかそうと思って……”わざとそうした事にした”」



(――――や〜いや〜い、アホが雁首揃えて騙されやがった!)



てゐ「心の中で謝りつつも……陸地にさえつけば、”後はこっちのもん”だとも思ってた」



(――――う…………あああああああああ!!)



https://i.imgur.com/g2OHP01.jpg


441 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/01(金) 02:59:26.32 ID:EID7KJ+P0



(――――痛い……痛いよぉ……)



てゐ「あたしは知らなかった……和邇の牙が、あんなに鋭い物だなんて」

てゐ「あたしは知らなかった……海にいる和邇が、あんなに速いだなんて……」



(――――おい……そこの人間! ちょっとこい!)



てゐ「あたしは知らなかった……目上に対する口の利き方を」



(――――お前だよお前……みりゃわかんだろ! とっとと助けやがれ! このバカ!)



てゐ「あたしは知らなかった……傷口を塩を塗れば、傷は余計に悪化する事を」



(――――あ”あ”あ”あ”あ”痛い”い”い”い”い”体中が痛い”い”い”い”い!!)



てゐ「あたしは知らなかった……あれも、これも、全部――――”何も知らなかった”」




(――――痛い……痛いよぉ……)

(――――なんで……こんな目に……なんで……あたしだけが……)



てゐ「何も、何も知らなかった……体を走る痛みも、なんでこんな目に合ってるのかも、今どこにいるのかも」

てゐ「どころか……”自分の身の程”でさえも」


(――――こんなに痛いのに……こんなに辛いのにさん)

(――――あたしはどうして…………”まだ生きている”の?)



【転機】

442 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/01(金) 03:10:47.10 ID:EID7KJ+P0



(――――ただの……兎ですぅ……)

(――――あたしは卑しくて惨めな…………どこにでもいる…………ただの兎風情なんですぅ…………)



てゐ「そんな自分が…………たまらなく憎かった」



(――――兎の分際で……身の程を弁えなかったから……こんな目に合っているんですぅ……)



てゐ「愚かな自分を…………許す事が出来なかった」



(――――ありがとうございます。優しい旅の御方)

(――――この御恩、決して忘れません…………あなたに旅路の果てに、どうか幸運が訪れますように)



てゐ「だからあたしは――――旅に出た」

てゐ「無知で愚かな自分を捨て去る為に……”賢き者として生まれ変わる為に”」



(――――結婚なさるなら、心優しくて聡明な方が相応しいと思います……いつか出会った、あの方のように)



てゐ「今度は……振り向かなかった」



【旅立ち】



https://i.imgur.com/jcwJbtY.jpg


443 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/01(金) 03:11:14.01 ID:EID7KJ+P0
本日は此処迄
444 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/01(金) 13:16:55.30 ID:tqsvSCobo
イラストが綺麗だなぁ

因幡の兎はね…色々やらかしちゃったよね
445 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/02(土) 22:30:49.23 ID:+MfZcAh6o
引っ張るねえ
446 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/04(月) 00:03:16.56 ID:u3ex58150


薬売り「…………」

てゐ「なによ、なにをボケっと呆けてんのよ」

薬売り「いえいえ、とんでもない……ただ」

薬売り「貴方様の語る過去が……”あっしが知っている話”と、よく似ておりましたので」


 薬売りが緩んだ表情になるその気持ち、身共もよく推し量れようぞ。
 遠く出雲の地に御座す、かの高名な社。
 そこに奉られる一羽の御神体が……よもや目の前におるなどと、一体誰が予想できたであろうか。


てゐ「あ……もしかして、眠くなっちゃった?」

薬売り「めっそうもない……逆ですよ」

薬売り「むしろ眠気など、とおの彼方に吹き飛びました……貴方様の話を、より深く聞きたいが為に」


 全く……薬売りとここまで意見が合う日が来るとはな。
 かく言う身共も今、腰が抜けそうな程仰天しておるわけだが……
 と言うのもだな。まっこと、恐ろしいまでの偶然なのだが、実は……
 この妖兎は、身共にとっても縁深き兎でな。


てゐ「なによ……急に乗り気になっちゃって」


 かつて若かりし頃、修験の修行に明け暮れておった頃の話だ。
 今となってはお恥ずかしい話なのだが……修行のあまりの厳しさに耐え兼ね、幾度か脱走を試みた事があってな。
 皆が寝静まる夜分深くに、こっそり山を抜け出してな……
 我ながら、よくぞあの真っ暗闇の山の中を、一人で降りようとしたものよ。


てゐ「人の失敗談が、そんなに楽しい?」


 夜の山が如何に危険であるかなど、今時童ですら知っている。
 しかしながら、当時の身共には、僅かながら一つの「勝算」があったのだ。

 と言うのもだな。修行場である霊山の頂からは――――視界一面に広がる”海”が見えたのだ。
 そして当時の身共は思った。
 あの一面の大海原から漂う、潮の香を辿れば、「迷うことなく山を下りれるのではないか」と。
 

てゐ「言われなくとも言ってやるわよ……そうしないと、この剣は抜けないんでしょ」


 しかし所詮は若造の浅知恵。
 そんなものが早々上手くいくはずもなく、結局は失敗に終わったのは、今や笑い話である。
 だがもしも、仮に、あの時の逃走が成功していたならば……
 身共は辿り着いていたはずなのだ。


てゐ「それにもうじき……”夜が明ける”」


薬売り「それも……そうですな」



 脱走の標と定めていた、霊山の目と鼻の先――――兎神の社である。


https://i.imgur.com/gXMaR1V.jpg

447 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/04(月) 00:08:48.63 ID:u3ex58150


てゐ「夜明け……そう、あたしの旅は、まさに夜明けだった」

てゐ「後に日出国と呼ばれるようになる世界を……あたしは、縦横無尽に駆け巡った」


――――外の世界は、本当に知らないことだらけだった。
 毒キノコを食べて腹を壊したり、底なし沼にハマって溺れかけたり、家畜と間違えられて食われそうになったり……
 その他色々、何度も何度も、数えきれないくらいのヘマをやらかした。

 そしてその度に学んでいった……
 空っぽだったあたしの頭に、着実に「知」が積み上げられていった。


てゐ「高みへ昇っている気がした……まるで、日の出のように」


 そんな日々を繰り返していたせいか……
 いつの間にやら、人間の間でちょっとした有名人になっててね。
 
 人間は、会うたびに必ず一つ尋ねて来た。
 「兎や兎、何故にそこまで苦難を駆ける?」
 その問に対する返答は、いつも決まっていた。 
 「不幸とはすなわち代償。遥かなる高みへ昇る為の、言わば等価のような物に過ぎぬのです」。

 人間は、えらく関心してたわ。
 あたしの言葉によっぽど感銘を受けたのか、こっちが引くくらいあたしを讃えてきた。
 でもそれって、ちょっとおかしくない?
 要は「目標を達成するには多少の困難は付き物でしょ」って言いたかったんだけど、そんなの当たり前じゃん。
 兎より遥かに賢いはずの人間が、そんな事すら知らないとは、到底思えなかった。


てゐ「今思うと……”やっぱり人間の方が正しかった”」


 不自然に讃えてくる人間を尻目に、あたしは旅を続けた。
 道中の出来事は相も変わらず。行く先々でなんか起こって、その度に命からがら助かった。
 そうやって繰り返した――――何年、何十年、何百年と。

 ずっとずっと、同じ事を繰り返した。
 同じ事を繰り返して、その中で学んで……
 気づいたら、そんじょそこらの人間顔負けの、物知り兎になってたわけ。


てゐ「気づかぬうちに、地面が見えないくらいの高みに辿り着いてた……努力の成果がやっとこさ現れたんだって、そう思った」


 先が見えた気がした……
 いつか目指したあの高みが、ようやっと手の届く範囲まで来たんだって、そう信じてた。


てゐ「それでも、新たな災厄は――――あたしが昇る以上の速さで、次から次へと振って来た」

448 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/04(月) 00:13:52.27 ID:u3ex58150


 いつからだろう。長く続いた旅の途中で、心境の変化があった。
 なんていうかな……「今度は何が起こるんだろう」「今度は一体どんな目に合ってしまうんだろう」ってな具合でさ。
 段々と、旅そのものに臆病になってる自分がいたわけ。


てゐ「まぁでも、何百年もピンチになり続けたら当然よね」
 
てゐ「でもそれも、経験から来る危機管理能力って奴? 旅で学んだ「知」の一つだと、思ってた」


 でも……違った。
 あたしが新たに覚えた警戒心は――――ただ元からある、臆病な兎の性に過ぎなかった。


てゐ「違ったのよ……何もかも。あたしが見た事、聞いた事、学んだ事……全部」


 何百年も続いた旅路の果てに、出来上がったのは――――”何も変わらない”小さなままの兎だった。
 その事を教えてくれたのは……やっぱり人間だった。
 そう、人間なのよ。
 何万人もの人間に出会って、喋って、もはや対等とすら思っていた人間……。
 その人間の事すらも、あたしは知らなかった。



(――――Oh! It's a cute Rabbit!)


(――――は……? なんて?)



 あたしは、またしても知らなかった……今こうして当然のように話してる言葉。
 このあって当然の言葉すらも、数えきれないくらい、たくさんの種類がある事を。



【種】
449 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/04(月) 00:19:16.07 ID:u3ex58150


(――――What's!? Rabbit speaking!?)


(――――え? え? ちょ、何!? あんた一体何を言ってるの!?)



てゐ「その時出会った人間は、今迄出会った人間とは、何もかもが違った」

てゐ「黄金色に輝く髪。砂浜以上に白い肌。熊みたいにごつい体。そして…………”言葉”」



(――――So crazy……Japanese rabbits are like human beings……)


(――――わかんない……あんたの言ってる事…………全然わかんないよ!)



てゐ「あたしは……知らなかった」

てゐ「人間にもいろんな種類があって、その種類ごとに様々な違いがあって……さらにはその違いには、「知」そのものも含まれていた事に」


 そう、同じだったのよ。
 あたしが長年の旅路の果てに得た「知」は、あのちっぽけな島の中とまるで同じ。
 小さな生き物が集うあの小さな枠の中で、周りと比べればほんのちょっと大きかっただけの、”あの時の兎のまま”でしかなかった。


てゐ「あたしは知らなかった……国とは、そんな同種の人間が寄り添い集まってできた、言わば「小さななわばり」みたいなもんなんだって」



 だから、あたしは知らなかった。
 あたしが世界と思っていた場所ですら――――”小さな島に過ぎなかった”事を。
 


https://i.imgur.com/TBO3pHf.jpg



てゐ「長年かけて気づいたのは……何も変わっていない自分」

てゐ「ただ無意味に、年月を重ねただけの……一羽の賢しい兎風情」


 そしてあたしは知ってしまった。
 あたしが高みに近づいてたんじゃない。

 空があまりに広すぎて。
 出る日があまりに大きすぎて――――

 勝手に、近づいてる風に見えただけだって事を。

450 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/04(月) 00:23:39.77 ID:PehadAREo
東方世界で英語が出て来るとなんか新鮮
まあ外人キャラはたくさんいるけど
451 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/04(月) 00:26:19.37 ID:u3ex58150


薬売り「世界はあまりに広すぎた……人間ですら、一粒の砂に見える程に」

てゐ「そんな砂粒以下の兎が、大層な事に世界を駆けると言い出せば」

薬売り「世辞の一つも、零しやしょう」

てゐ「そんな皮肉にも気づかないくらい……”兎はどこまでも無知だった”」


 後から知ったんだけど、あの当時は異国との交流が始まったばかりの頃でね。
 まぁ、文通みたいなもんよ。国と国の間に、互いの使者を送りあったりしてたんだって。
 そこから段々と、プレゼントを贈ったり、貰ったり、呼んだり呼ばれたりの関係になって……
 はは、こう言うとまるで、恋人同士みたいね。


てゐ「あたしが出会った異国人も、案の定そのクチで入って来た人間だった」

てゐ「”あたしの知らない”変わった物をたくさん持ってたわ。あれも今思うと、貢ぎ品かなんかだったんでしょうね」



(――――We came from here……)


(to――――……”THIS”)



てゐ「その中に……一枚の地図があったの」



(――――は、はは…………まじかぁ)

452 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/04(月) 00:32:26.31 ID:u3ex58150


てゐ「今のに比べるとだいぶいい加減な地図だったけど……それでもちゃあんと、描かれてた」



(こんなに……小さかったんだぁ……)



 描かれた世界を見る事で……あたしはまた一つ、学んだ。



(…………たい……)



 それが、あたしにとっての――――”最後の知”だった。



(あ……だ……い……痛い……痛い…………!)


(――――What's?)



てゐ「あの時の異国人には…………悪い事をしたわ」




 だって、さぁ……





(――――あ”あ”あ”あ”あ”あ”!! い”だ”い”い”い”い”い”い”ッ!!)



(――――NOOOOOOOOOOOO!!)




 あたしが「諦める事」を覚えた瞬間……
 目の前に”皮の剥がれた化け物”が、現れたんですもの。


https://i.imgur.com/ZaCAwtY.jpg


453 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/04(月) 00:39:54.82 ID:u3ex58150


薬売り「諦めたら……傷が……?」

てゐ「そう、傷。あんたもよく知ってる話とやら……の中で付けられた傷が、”時を超えて再び現れた”」

薬売り(どう言う……事だ……?)


【再現】


薬売り「傷は……癒えていなかった?」

てゐ「半分正解だけど、半分ハズレ――――傷は癒えてもいたし、癒えてもいなかった」

てゐ「ここまで言えば、もうわかるでしょ……その現象に名がある事を知ったのは、さらに先の話だった」

薬売り(猫……)


――――ここへ来てまたも「すれてんがーの猫」、か……
 学者の頓知遊びと言えば聞こえはいいがな。しかし門外の我らにとっては、論を思い出すのも一苦労と言う物だ。
 ただ……そんな無理問答も、薬売りにだけは解決でき申した。
 それは学者としてではない。「薬売りを生業とする者」が持つ見地が、たまたま同じ解を指したに過ぎなかったのだ。


薬売り「そうか……そう言う事だったのか……」

てゐ「そーよ。傷は明らかに、あたしの心に反応していた」

てゐ「長い時を経た今ですら、こうして残るように……あたしの心を、まるで鏡に映すかのように」


 あるはずがない箇所に走る幻肢痛。
 未だ解き明かされぬ奇病であるが、だがその入り口だけは、うっすらと見えていた。
 あくまで仮説の段階である。
 しかしまぁ、医学的な見解からすれば、数多ある可能性の中では最も有力なのだろう。



薬売り「あなたが本当に傷つけられたのは……」


てゐ「あたしが本当に、傷ついていたのは――――」



 してその説とは……これまた何の因果であろう。
 奇しくもそれは、薬売りが最も得意とする分野であったのだ。



てゐ「――――”ここ”だった」



 モノノ怪を生む情念。その根源を湧き立たせる箇所――――【脳】である。


https://i.imgur.com/BknU2Ah.jpg

454 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/04(月) 00:41:29.82 ID:u3ex58150
メシくってくる
455 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/04(月) 02:00:39.18 ID:u3ex58150


てゐ「あたしのこの、中途半端に賢しい頭脳が、何をどうしても「不可能」の答えを導き出した」

てゐ「それほどまでに、世界は大きかった……そして世界の大きさに対し、”あたしは余りにも小さすぎた”」


 文献によると、幻肢痛には脳と蜜月な関係があると言う説がある。
 その所説を紐解けば、結論として「脳が自身の変化に気づいていない」と言う事となる……らしいのだが。
 何がどうなってそうなるのか、ほとほと理解できぬは重々承知。
 だがまぁ、この妖兎の場合に限って言えばだが……
 はたまたどういうわけか、「癒えた記憶」だけが、すっぽり抜け落ちていると言う事となるわけだ。


薬売り「その事に気づけるほどに卓越した頭脳こそが、あなたを苦しめる原因でもあった」

てゐ「やめてよ卓越だなんて……”兎にしては”よくできてたってだけなんだから」


 手短に言えば、「脳の誤認知」と呼ぶべきか。
 してその誤認知は、それ自体は病ではなく、往々にして我らの身近にも起こりうると言う物。
 ほれ、皆の衆も一つくらい覚えがあろう? 
 勘違い、見間違え、聞き損じ、その他諸々の些細な失態……。
 思い返してもみよ。それらの「誤」が起こりし時の事を。
 その時その瞬間、一体何があった?。


てゐ「これを医学用語でなんて言うか……知ってる?」

薬売り「心的外傷。ですか?」

てゐ「はは、やっぱり知ってたか……」


【外目】

456 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/04(月) 02:03:00.65 ID:u3ex58150


てゐ「想像つかないでしょ……全身の皮を剥がれて、さらにその傷口に塩をたんまり塗った時の痛みなんて」

薬売り「想像……つきたくありませんね、むしろ」


――――あたしの脳裏に「諦め」が過った時、”傷は再び現れた”。
 剥がれていく皮。滲む血。開く傷。そして、痛み……
 マジで、発狂するかと思ったわよ。
 大声で叫びながらその場を転げまわる兎は、周りから見たら獣同然だったでしょうね。
 ホントマジものすごい声を出したわ……今やれっつっても、絶対できないくらいのさ。


薬売り「そんな傷が……再び貴方に現れた」


 自分でもわかってるのよ。のたうち回る自分が、客観的に見てどれほど醜いのか……
 でも、体が勝手にそうするの。
 度を超えた痛みが、体も心も、何もかもを支配するの。


てゐ「度を超えた痛みは、体だけじゃなく、心も喰い散らかす」

てゐ「そして痛みは、どこまでも喰い続ける……喰らう物が無くなるまで」



 だから、迎える結末もやっぱり同じ。




てゐ「そしてあたしは、間もなく――――”壊れた”」




 体も、心も、何もかも――――過ごした時の記憶でさえも。




てゐ「あたしはその瞬間から……また、元に戻った」




 あの小さな島にいた当時と同じ、”何も知らない兎”に……ね。



【回帰】


457 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/04(月) 02:08:24.64 ID:u3ex58150


薬売り「挫折が、幻肢痛の引き金だった…………?」

てゐ「かもね……まぁ、詳しい事まではわかんないけど」


 ああ、そうそう。
 元に戻るっつっても、何も100%全部を忘れるわけじゃないのね。
 当時の記憶であろう断片は、一応残ってはいるのよ。
 例えばほら、今言った島にいた事とか、宴をした事とか、和邇を怒らせた事とか、人間に助けられた事とか……


てゐ「ただ……その前後関係がない。言い換えれば、”なんでそうなったのか”を覚えていない」


 毒キノコを食べてお腹を壊した事は覚えているけど、なんで毒キノコを食べようとしたのかがわからない。
 底なし沼にハマって溺れかけたのは覚えているけど、なんでそんな沼にハマったのかがわからない。
 家畜と間違えられて食われそうになった事は覚えているけど、なんで家畜に間違えられたのかがわからない。


てゐ「わかる? あたしの記憶は、全部”結果”でしかないの」

てゐ「そこに至るまで過程を省いた、チグハグな欠けたパズルのような記憶……」

てゐ「だから、根こそぎ全部かき集めても、どこにも繋がっていない」

てゐ「どこにも繋がってないから……覚えていない」


――――この話……まるで浦嶋子の物語を彷彿とさせるな。
 ん? 誰だそれはだと? おっと失敬……「浦島太郎」の事で御座るよ。

 で、もう一度言うが、似ていると思わんか? 
 皆も知っての通り、浦島太郎は竜宮城から帰還して初めて、何百年もの時が経っていたと知ったのだ。
 すなわち竜宮城は地上と時の流れが違っていた……言い換えれば、”時が流れる自覚がなかった”。


てゐ「あたしは今……”何回目”の旅を繰り返していたのかさえも」


 ほれみよ、やはりそっくりではないか。
 この妖兎も同じくして……時が流れた記憶など、なかったのだから。

458 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/04(月) 02:10:38.48 ID:u3ex58150


てゐ「おかしいと思っていたのよ。話しかけてくる人間がやけに馴れ馴れしいし……どころか異国人まで絡んでくるのよ?」

てゐ「言葉が通じないはずの異国人が、当然のように話しかけてきて、しかも親切に異国の品々を見せてきた……」

てゐ「で、なんであたしに――――その記憶”だけ”が残っているのか」


 まぁ浦島の方は、最終的に「時相応」の見た目になったから、ある種それでよかったのかもしれんがな。
 しかしこの妖兎は違う。
 妖兎は老いるでもなく、玉手箱のような何かを得たわけでもない。
 ただ、ある日唐突に――――未来へと、飛ばされたのだ。
 

薬売り「異国の言葉を知っていた……いや、その時点では学んでいた」

薬売り「どの程度習得していたのかは存じませんが……少なくとも、他愛ない会話はできる程には」

てゐ「でもそんな折角の知識も、今や何にも覚えていない」

てゐ「憶えてないのに増え続ける、どこにも繋がらない記憶の欠片達」

てゐ「かろうじて残る小さな断片が、紡ぐ答えは――――”最も知りたくなかった答えだった”」


 我ながら言い得て妙な表現である。
 時を駆ける兎……か。
 そんな摩訶不思議な体験ができるなら、身共も是非体験してみたいと言う物である。
 ”覚えてさえいれば”な。 



てゐ「あたしは――――”同じ旅を繰り返していた”」



https://i.imgur.com/queKosL.jpg

459 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/04(月) 02:16:09.08 ID:u3ex58150


てゐ「あたしは繰り返していた。何度も何度も……同じ野望を持ち、同じ志を目指し」

てゐ「何十年、何百年と、何度も何度も……いつか不可能だと悟り、諦めるまで」



――――そしてその過程は、痛みがキレイさっぱり喰らい尽くしてしまう。



てゐ「そして何もかもを忘れたあたしは、いつかまた、志す……世界の「知」を得る為に」

薬売り「その旅路の果てに、またいつか、不可能を悟る……」



――――そして、また戻る。
 中途半端に残った、記憶の断片と共に。



てゐ「決して終わる事のない旅……広い空の下で、延々と巡る大きな輪っかのような道筋」



 そんな終わりなき旅路を、人は――――”永遠”って呼ぶのよ。



【廻旋】
460 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/04(月) 02:18:58.35 ID:u3ex58150


てゐ「どお? 笑っちゃうでしょ……あたしってば、夢破れる事すらできないのよ」

てゐ「誰しもが、いつしか悟る、分相応……あたしは全知を望みながら、なのに身の丈すらも測れないの」

てゐ「本当に……ホント……おかしいったらさんありゃしない……」

薬売り「……」


――――妖兎の口数が、目に見えて減っていた。
 自身の半生を思い起こす事で、自身が如何に悲しき性を持つのか。
 それらの全てを、改めて認識し直したのだろう。

 そして、憐れんだ……自分自身を。
 その眼には、うっすらと涙が浮かんでいたようにすら見えた。



てゐ「あまりに愚かで……惨めにも程がある兎」


てゐ「何もかもを忘れて……何も積み重ねる事が出来ない、ただの獣」


てゐ「…………」



 退魔の剣は、ただ震えるのみであった。
 してその震えが、妖兎が、嘘偽りなき真を述べている事をしかと表しておる。

 薬売りからすれば、その震えは、数ある真の中の一つに過ぎぬのだろう。
 しかし身共からすれば……と言うより、”薬売り以外からすれば”。
 妖兎の涙に応え、励ましていたように見えなくもなかったのだ。

461 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/04(月) 02:36:18.83 ID:u3ex58150



薬売り「ん……?」



 さて……ここまでくれば後少しと言う物なのだが。
 しかし肝心の妖兎が、こうして語りの最中に口を閉じてしまった。
 さっきまでの饒舌ぶりはどこへやら。
 今や、うっすらと涙を浮かべながら……ただひたすら天を仰ぐだけの存在に成り果てたのだ。



薬売り「これは、これは……」



――――しかし心配はご無用。
 誰が何と言おうと、妖兎の真は、すでに”最後まで語られる事”が決まっておるのだから。
 


薬売り「いつの間に……戻ってこられたのですかな?」



 故に妖兎がいくら押し黙ろうと、何ら一切の問題がない。
 そう、妖兎は持っているのだ。
 自らが口を開かずとも――――思いの丈を、”勝手に代弁”してくれる者共が。 


https://i.imgur.com/dDdPrWG.jpg


462 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/04(月) 02:45:07.45 ID:u3ex58150


薬売り「なるほど、ね……」


(…………)


薬売り「巻き戻る記憶の中で、幻となった記憶の断片……」

薬売り「その欠片こそが…………”貴方方兎だった”と言うわけですか」


 薬売りは、妖兎が操るこの兎の群れこそが、”無くした記憶の断片達”であると推察した。
 それが当たっているかどうかはわからない。
 だが、薬売りにはどちらでもよい事である。
 妖兎の持つ、真と理を知ることさえできれば――――集いし兎の正体など、どうでもよかったのだ。



(きゅう〜)



薬売り「ええ……わかっておりますとも」

薬売り「では、そろそろ終わらせるとしましょうか……」

薬売り「この永遠亭が残せし……”最後の理”を」


 薬売りはそう言うと、兎に向かってとある物を投げつけた。
 その物は、投げられると同時フワフワと宙を漂い、そして兎の頭上へと緩やかに舞い降りて行く。

 ”凜”――――着地と同時に綺麗な鈴の音がした。
 そうだ。薬売りの投げたそれは、いつぞやの【天秤】であったのだ。


https://i.imgur.com/DiiXVWw.jpg


 前から思っていたのだが……この天秤、やはりただの天秤ではない。
 曰く「モノノ怪との距離を測る為の物」らしいが、効果は明らかにそれだけではない。
 なんせ身共もその場にいたのだ。そして、確かに見た。
 「真を手繰り寄せる」――――そう言った直後、真が風景となりて現れる様を。



薬売り「……おや」



 此度の天秤もその時と同じである。
 薬売りはあの時のように、天秤を用いて、妖兎の持つ「真の風景」を浮かべようと画策したのだ。



 そしてやはり――――現れた。





薬売り「これは……」





 自称「惨め」で「愚か」で「何よりも矮小」でありつつも――――”誰よりも幸せだった”真が。



https://i.imgur.com/l3KnLHf.jpg

463 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/04(月) 02:45:44.54 ID:u3ex58150
本日は此処迄
464 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/04(月) 14:19:35.00 ID:3hIYZVQw0
これは面白い
465 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/05(火) 19:26:08.25 ID:UKsGVWwuo
モブ兎まで絡んで来るのか
466 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/06(水) 23:50:20.05 ID:OyDXWpe50


薬売り「雪景色……ですか」

薬売り「随分果てまで、旅した物ですな」


――――気に入ってたのよ。
 だってこの白い景色、ほら……まるで、兎みたいじゃん?


薬売り「それにここなら……”醜い自分を覆い隠せる”とでも?」


 むかつく言い方……だけど、当たってるのが辛い所ね。
 そうね。確かにここなら、皮が剥がれようが血みどろになろうが……白いままでいられる。


「でも、それだけが理由じゃなかった……てゐがこの地に長く留まったのは、笑えるくらい単純な話」


薬売り「してその理由とは……」


――――ちょうど、”折り返し地点”だったのよさ。
 永遠に続くと思ってた、長い長〜い旅路のね。


https://i.imgur.com/ACOXu4o.jpg

467 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/07(木) 00:09:26.12 ID:7pMgIB7e0


薬売り「ああ、なるほど……」


 行きと帰り。往復する分道が二つ重なってたから……
 その分、その地にいる時間が増えたんだ。
 

薬売り「だから……そんなにも」



【蒐集】



兎「まぁ当の本人は、そんな事、てんで覚えていないでしょうけど……さ」


薬売り「いいじゃないですか。その分……貴方”方”が、いるんですから」


兎「それもまぁ……そうね」




((そーーーーだねーーーー))



https://i.imgur.com/cI0XemN.jpg
468 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/07(木) 00:11:11.63 ID:7pMgIB7e0
>>466
間違えて消した
https://i.imgur.com/QNWSWJb.jpg
469 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/07(木) 00:21:54.07 ID:7pMgIB7e0


薬売り「おや……」


【雪】


薬売り「また……降り始めましたな……」

兎「北国だからねえ。むしろこんなのは日常茶飯事」

兎「酷い時には、全身すっぽり埋まっちゃうくらい積もるんだから」

薬売り「寒く……なかったので?」

兎「ふふん……そこはやはり素人ね、ちんどん屋」

兎「いい事? 兎ってーのはさぁ……とっても寒さに強い生き物なのよさ」

薬売り「ほほぉ……」


 いい機会だから教えといてあげるけど、あたしら兎にとっちゃあ、冬ってーのはまさに桃源郷でね。
 ほら、うちら冬眠とかしないじゃん?
 だからうちらにとっちゃぁ、雪ってば、言わば「自由への合図」なのよさ。



((キャハハハハ――――))



 うちらを襲う天敵は、雪と同時に夢の中。
 その間どこへ行こうが何をしようが、誰にもなんにも目をつけられない。
 おまけに餌はどんだけ放置してても腐らないときた……
 いやはや、まさに素晴らしいの一言だわね。



https://i.imgur.com/UM07Zcu.jpg




兎「それにさぁ…………ほら」
 



https://i.imgur.com/EVaOyCe.jpg




 雪みたいに――――”白いままでいられるから”。


470 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/07(木) 00:28:45.92 ID:7pMgIB7e0


薬売り「あれは……何巡目の兎なのでしょう」

兎「さぁねえ……途中から、数えるのやめちゃったし」

薬売り「おや、どうしてまた……?」

兎「だって、どーせキッチリ数えたって、すぐに数は変わっちゃうしさ」

兎「そもそもただでさえ大所帯で大変だし。そんなの、面倒くさくてやってらんないわさ」

薬売り「数を数えるのが……お嫌いなのですね」




(ぎゃあああああ――――……)




兎「――――ほら、噂をすれば」



https://i.imgur.com/8oKSygT.jpg



兎「はい、おつかれさん――――”今回の一生”はどうだった?」



――――ほんともうマジ最ッ悪!
 変なガキがいきなし弓矢で狙ってきてさぁ! 
 あのクソ成金、一体どういう教育してんのかしら……
 子供のしつけくらい、ちゃんとしとけっての!



兎「あらあら、それはそれは……」



 あーあ……折角いい寝床を見つけたと思ったのになぁ……
 あ〜もうむかつく! 
 金輪際、あの家には絶ッ対近寄らないんだから!



兎「でもあんた……そもそも家主に許可取った?」



 う……取って……
 
 …………ますん。



兎「おぅけぃ。取ってないのね」


薬売り(兎が……”産まれた”)



【御産】


471 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/07(木) 00:40:05.45 ID:7pMgIB7e0



(か〜ご〜め〜か〜ご〜め〜)



兎「おや、今度はやけに楽し気だね」

薬売り「童歌……」

兎「ほんと好きだねぇ……ついさっき、ガキに殺されそうになったばかりだってのに」




 かごめかごめ 籠の中の鳥は

 いついつ出やる 

 夜明けの晩に

 鶴と亀が滑った



https://i.imgur.com/Ax8R02Z.jpg




 後ろの正面だあれ?




https://i.imgur.com/j9aDFm6.jpg




兎「はい、おつかれ〜」

472 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/07(木) 00:51:13.34 ID:7pMgIB7e0


兎「で……今度はどうだった?」


 つ、疲れた……
 それはもう、しばらく動けないくらいに……


兎「おや、そりゃまたどうしてだい?」


 ほんとマジ聞いてよ……なんか気のいい人間がいてさ。
 あたし用の部屋を貸してくれるって言うから、お言葉に甘えて転がり込んだのさ。


兎「あら、いい人じゃん」


 と、思うじゃん? そこまではよかったんだけど……まんまと引っかけられたわ。
 住んでびっくりよ。
 そこはなんと、日々たくさんの人間が出入りする”貸宿”だったのさ。


兎「おおう……そりゃまたご苦労さんなこって」



https://i.imgur.com/sMv82cB.jpg



 人間のしたたかさ、マジ侮り難しって感じよ。
 兎相手にそこまでやるかってくらい、そりゃもう馬車馬の如く働かされたわ。
 毎日毎日、見知らぬ人間と握手握手握手…… 
 あのババアめ、ハナッからあたしを、客寄せに使う気だったんだわ。


兎「何それ。千両役者みたいでウケる」


 で〜も〜……ふふん。
 働いた分の報酬は、キチっと受け取って来てやったわよ。



兎「あっ」


薬売り「…………」



 じゃ〜〜〜んッ! 今巷で話題の「鶴の織物」!
 ババアが代金代わりに受け取ったのを、さらにぶんどってきてやったのさ!




兎「いーなー」




((いぃ――――なぁ――――))



https://i.imgur.com/SOsadnN.jpg


473 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/07(木) 00:58:43.98 ID:7pMgIB7e0


兎「とまぁこんな感じで、段々と増えてって……気がつけば、ちょっとした大所帯になってたって話だわさ」

薬売り「してその全ては……同じ兎から枝分かれした自分」

兎「詩的だねぇ。そんな大層なもんでもない気もするけど」

薬売り「いえ……ただ……随分と似ているなと……」



(――――だって……あたしは常に、あんたと一緒だもの)



兎「んお? 誰とだい?」

薬売り「なんでもありません……ただの、独り言です」

兎「見た目通りの、変な奴だねえ」




(あ”あ”あ”あ”あ”! い”だい”い”い”い”い”い”!!)




兎「とか言ってる間に、まーた一羽増えたわさ」

薬売り「……お疲れ様です」



 ――――え、ちょ、誰……? 
 そのちんどん屋みたいな格好の奴。



兎「ああ、こちら、最近越してきた薬売りさん」

兎「なんでも……てゐの真と理が知りたいそうだよ」

薬売り「どうも……」



 はぁ……。
 なんかよくわかんないけど、遥々ご苦労なこってです、ハイ。



【会釈】
474 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/07(木) 01:04:09.12 ID:7pMgIB7e0


兎「でも、中々見えなくて困ってらっしゃるのよさ」

兎「だってほら……”本人自身が忘れちゃってる”からね」



 あー……なるほど。お手上げな感じなのね。



薬売り「延々と繰り返す堂々巡りの前に……よもや、永遠にたどり着けないのではとすら思えます」



 ま、確かに。残念ながらてゐが「知」を得る事は、永遠にないんだけどさ。
 でもさ、でもさ、別に……この旅自体は、永遠じゃないわよ?



薬売り「旅に終わりが……?」



 百聞は一見にしかず。
 その眼で確かめてごらんよ――――ほら。




(こ……こ……は……?)
 



 長い長い旅路の果てに――――ついに、辿り着く事ができたわけ。




(ここ……は……)



(この…………”島”は…………!)




兎「文字通り、一周してきたのよさ――――”最初の場所にね”」



https://i.imgur.com/BKUzadl.jpg


475 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/07(木) 01:04:45.20 ID:7pMgIB7e0
メシくってくる
476 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/07(木) 02:25:26.18 ID:7pMgIB7e0


兎「何もかもを忘れてしまう、老人顔負けの痴呆兎だけどさ」

兎「でも、あの島の事だけは、ちゃ〜んと覚えてた」



(は、はは…………まじかぁ…………)



――――で、もちろんてゐが知ってるから、うちらもあの島を知っている事になる。


兎「あの島は、この長く続いた旅路の……始まりの地でもあり、終わりの地でもある」



【到達】



兎「これ以降……仲間が増える事はなかった」
 


 何故ならば、てゐはもう、何も忘れなかったから



(夢の中の風景だと思ってた……まさか、本当にあっただなんて)



兎「痛みが現れなかったから……記憶はずっと、てゐの中に残り続けたんだ」

薬売り「言うなれば……”心折れる事が無くなった”」



【出航】

477 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/07(木) 02:31:33.39 ID:7pMgIB7e0


【漕】



(よっこらせ――――うんとこどっこいせ――――)



薬売り「船……ですか」

兎「そ、船。つってもまぁ、その辺の廃船をテキトーにかっぱらってきただけなんだけどね」

薬売り「今度は……和邇を伝っていかなかったのですな」

兎「はは、そりゃそーでしょ。前回あいつらにどんなけえらい目に合わされたと思ってんのって話よ」



(し、しんど……ちょっと休憩……)



兎「でもまぁ……結果的には、そう大差なかったんだけどね」

薬売り「…………?」



 近づけば近づくほど、在りし日の記憶が脳裏を過った。
 やっぱり島は島だった……もはや、いつぶりの帰郷かも忘れてしまっていたけれど。
 それでも島は、あの時振り返った光景と、何も変わっちゃいなかったんだ。



兎「島は何も変わっていなかった……けどてゐの方は、当時と異なる”決定的な違い”があった」



 それが――――うちら。
 てぬが忘れてしまった記憶から生まれた、ウン万年分の知の欠片達。



【智識】
478 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/07(木) 02:35:20.79 ID:7pMgIB7e0


兎「ウン万年以上も溜め込んだんだから、そりゃあ、探せば一羽くらいいるわさ」

兎「――――”船の直し方を覚えた兎”くらい、さ」


(くっそー……やっぱり帆くらいつけとけばよかったかも……)

(風の勢いに任せれば、こんな程度、ビューンと一っ跳びなのに〜……)


 とかって本人は言ってるけど、実はこれ、結果的には大正解だったのよね。
 あんたも思ったでしょ? 直し方を覚えたにしては、えらいボロっちいなって。


薬売り「まぁ……修繕済と言う割には、どうもいい加減と言いますか……」


 ま、確かに元々朽ちた廃船だったけどさ。
 でも別に、いい加減に直したってわけじゃないのよさ。 

 この時のてゐは――――望んでたのよ。
 快適な船旅よりも、”一刻も速く”辿り着く事をね。



兎「でも……」


薬売り「でも……?」



薬売り「――――おや?」



【暗雲】
479 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/07(木) 02:41:24.48 ID:7pMgIB7e0


薬売り「見るからに……雲行きが怪しいのですが……」

兎「ふふん、まぁ見てなって」



(なんか……すこぶるやな気配……)


(――――ゲッ!?)



兎「船の作り方を覚えた兎がいるんだから、”天気の読み方を覚えた兎”がいても、おかしくないよね」

兎「だからその兎は、今後の荒れ模様をこっそりと教えてあげた……けどその告げ口は、すでに海の上にいるてゐには意味がなかった」



(うそでしょぉぉぉぉおおお――――ッ!?)



https://i.imgur.com/U5TLhYA.jpg



――――都合優先で直したボロ船は間もなく崩壊。
 てゐは海の中へと放り込まれ、荒れる海の中を死に物狂いで泳いだ。
 多分この時、本気で死ぬと思ったんじゃないかな。
 だとしたら滑稽よね……”すでに何度も死んでる”ってーのに。
 


480 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/07(木) 02:57:35.76 ID:7pMgIB7e0



【浮】



(ブハッ――――ガボッ――――)



薬売り「これが……正解……?」

兎「うん、正解」



【沈】



(ガハッ――――ゴボボボボボ――――!)



薬売り「どう見ても……溺れているのですが」

兎「”泳ぎ方を覚えた兎”が付いてあげてたみたいだけど、どうやら、途中で中断したみたいね」

薬売り「何故……?」



【雷雨】



 知ってたからよ……この荒れる海原は、この島の周辺にはよくあるただの時化だって。



【暴風】



兎「知ってたからよ……これは久しぶりに帰って来た兎への、あったかな出迎えだったんだって」




 知ってたからよ…………


 これは…………


 一羽の兎を育ててくれた…………


 島の…………






((やさしい…………やさしい…………))






【波浪】




https://i.imgur.com/jEvPkjl.jpg


481 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/07(木) 03:01:28.01 ID:7pMgIB7e0
本日は此処迄
482 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/10(日) 20:56:14.68 ID:U8yEZtnF0



【そよ風】



薬売り「…………」



【さざ波】



兎「…………」



【波打ち際】



薬売り「中々……打ちあがってきませんな」

兎「ありり? 場所を間違えたかなぁ」



【待ち惚け】



薬売り「この辺りは潮の流れが複雑だ……船乗りですら、時折間違える事もある」

兎「でもまぁ、ほっときゃその内どっかに着くと思うけど」

兎「まぁ……いいか」

薬売り「……?」



――――しょうがない。先に行って待っとこうか。



薬売り「何処へ……?」

兎「ついてきて……そんなに遠くないから」


https://i.imgur.com/4zHDS9h.jpg

483 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/10(日) 21:02:53.10 ID:U8yEZtnF0


兎「ところで薬売りさんはさ……やっぱり”てゐの事モノノ怪だと思ってるの?”」

薬売り「いえ……どちらかと言うと”貴方方の方が近いかと”」

兎「う〜ん、ハッキリと物を言う奴だわさ」


――――でもさ、でもさ。
 最初にあんたの言い分を聞いて、ずっと引っかかってた事があるのよね。
 「モノノ怪は斬らねばならぬ」。
 そりゃ悪さばっか働くってんなら、ぶった斬って懲らしめてやんなきゃって話だけど?


兎「でも、じゃあ、仮に……モノノ怪が”生きとし生ける者の為に”存在しているのだとしたら」

薬売り「モノノ怪が……命ある者の為に?」


 だって、考えてもごらんよ。
 かつてこの島は、全てが一つだった……人も、獣も、虫も、花も。
 相容れないはずの全くの別種の生き物。
 なのにそんな別物同士が、この島に限り、共に宴に酔いしれるくらい一つだった。


兎「……なんでだろ?」

薬売り「……なんででしょう」

484 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/10(日) 21:09:21.71 ID:U8yEZtnF0


 これって、人間同士でも同じ事が言えるよね。
 例えば、さっき見た北国のガキンチョと、一面海に囲まれた島で育ったここの子供。
 果たして彼らは、同種の人間と言えるだろうか。


薬売り「全く同じ……と言うわけには、いきませんな」

兎「そ、言えないよね〜。だって、生まれも育ちも、何もかも違うんだもんね」

兎「育った環境が違うから常識も違う。発想も違う。生き方も違う。ついでに言葉使いも若干違う」

薬売り「ま……多少の分別は避けられないでしょう」

兎「そんな違う者同士を、仮にこう、狭ッ苦しい同じ家へと入れた時……果たしてこの違う者同士は、どうなっちゃうだろう」

薬売り「当然……そこには”摩擦”が生まれる」

 

『――――互いの内にある些細な違いが、双方に細かな傷をつける。
 細かな傷は、擦れば擦る程に増えていく。
 それはまるでやすりのように、続けば続くほど、ドンドンとすり減り削られて行く……
 そして最後には、消える』



兎「その場合、残るは強度に優れた鉄製のやすりか、加工に秀でた銅製のやすりか……」

兎「はたまた、”両方共消えてしまうのか”」

薬売り「どちらにせよ……壊れた道具は、捨てられるのが常ですぜ」

兎「道具はね。でも、生命はそうじゃない」

兎「ほら、見てごらんよ。ここにはそんな……”擦り合った痕”がいっぱいだ」



【墓】

485 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/10(日) 21:14:49.81 ID:U8yEZtnF0


薬売り「墓地……?」

兎「ねえ薬売りさん……薬売りやってんなら、不思議に思った事はないかい?」

薬売り「なにが……?」


 何もかもが違う所だらけの生き物なのにさぁ。
 こうやって……”命尽きた者への対処”は、みんな一緒だよね。


兎「誰に教わったわけでもないのに、自然とみんな、土に埋めるよね〜」

兎「……なんでだろ」

薬売り「その問に答えるのは簡単だ…………”宗教”ですよ」


『その者の生きた証であり、大地への寄与でもあり、時には権力の誇示にも使われる。
 してその根源は、”奉る”事。
 無を認めず、故人に思い馳せる事で、「浄土にあり続ける」と思い込もうとしている――――』


『そしていつか我が身が骸と化した時。
 自らもまた浄土へ至らんと言う……言わば、生者の理。』


薬売り「ま、細かく言えば、それもまた各々で異なるようですが……ね」

兎「――――アホ。誰が墓の起源を語れと言ったんだわさ」

薬売り「おや、違うので……?」


 ったくこれだから天然は……
 ごく一般的な考えでいいんだわさ。
 ごく普通に考えて、人間は墓を立てて、一体そこで何をするんですかって話だわよ。


兎「祈るんでしょうが……死者の幸せを」



兎「――――あんな風に」



https://i.imgur.com/a568Rgs.jpg

486 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/10(日) 21:24:30.99 ID:U8yEZtnF0


薬売り「いつの間に……」

兎「伝え聞かなくても、誰にも教わらなくても、ああやって死者の前では、みーんな同じ事をするよね」

兎「こう、両手を握って……目を閉じて、祈る」

兎「まるで、眠りにつくかのように」


【祈祷】


 人も、獣も、虫も、鳥も――――誰もかもが、死者の前では皆、ああして等しく同じ作法を真似る。
 不思議だよねぇ。教わるどころか意思疎通すらできない者同士なのにさ。 
 だとしたらさ、これはひょっとして、ひょっとすると……
 全ての生き物は――――”元々一つだった”のかもしれないね。


兎「元々一つの生き物だった時に覚えた事が、今も頭のどこかで残ってる」

兎「だから、無意識に同じ行動をとる……って考えたら、しっくりこない?」

薬売り「わかるような……わからないような……」


 ごめんごめん、ちょっと話が飛躍しすぎたわさ。
 別にご高説垂れたいわけじゃないの。
 ただ、ちょっと例えたかっただけ。
 この墓の下に眠る彼らと……一つの時を共有した、一羽の兎とさ。


薬売り「ではこの墓に眠るのは……かつて共に宴に酔いしれた、八百万の生き物達……?」

兎「そしててゐが旅してる間に、てゐだけ残してみーんな土の中」

兎「……ってもまぁ、何百年も経ってんだから当たり前っちゃあ当たり前なんだけど」


 天寿を全うした彼らの死に目に立ち会えなかった事に、思う所あったんでしょうね。
 だからああして、祈った……
 

【悼】


 遅すぎた哀悼。後悔先に立たず。
 喧嘩別れ同然だった最後の記憶が、てゐの心にズンと圧し掛かる重しを乗せた。



兎「同時に猛った――――”また仲間外れか”と」



 そもそも、別れの原因が「仲間外れにムカついた」だったからね。
 こうなるともう、とてつもなくびみょ〜な心情よさ。
 怒りをぶつけようにも、あの時の面子はもう誰も残っちゃいない。
 かと言って、大手を振って喜べる程の憎しみも、残っていなかった。



兎「結果、何とも言えぬわだかまりが残った……哀悼と背徳が、同時に内在していた」 



https://i.imgur.com/1psnbhh.jpg




兎「でも――――そのわだかまりは、すぐに打ち解ける事になる」



【真実】
487 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/10(日) 21:31:53.52 ID:U8yEZtnF0



(ふざ……けんなよ……)



 真相は――――仲間外れなんかより、もっともっと”意地の悪い物”だった。



(どいつもこいつも……よってたかって……)



 そうして久方ぶりの故郷は――――てゐに今度こそ、一生消えない”傷”をつけた。



(最低よ……本当に……)



(最……低……)




 その傷こそが――――あんたの言う【理】って奴さね。




薬売り「これは、これは……」

薬売り「なんとも立派な……理で……」

兎「そ、所謂……”加護の中”って奴だわさ」



https://i.imgur.com/XOrka1R.jpg

488 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/10(日) 21:44:48.30 ID:U8yEZtnF0


薬売り「ここはよもや……先ほど兎が言っていた……」

兎「鋭いね薬売り。そう、この場所こそが……”かつて兎が世界を見た場所”さ」


https://i.imgur.com/AIcST5h.jpg


兎「う〜ん、やっぱりいつ見ても絶景だわさ」

薬売り「なるほど……確かに、切り取りたくなる風景だ」

兎「さすがに雨が降ったらちょっと霞むけどね……でもその後は、”決まって虹が架かる”」

薬売り「その虹が架かっていたからこそ……”世界は兎の目に触れた”」


 みんな気づいてたんだわさ……兎が外に行きたがってる事をね。
 だってそりゃあさ、毎日よろしくやってた兎が、突然景色ばかりを見るようになったんですもの。
 大変だったと思うわさ……”わざと気づいてないフリ”をしてやるのも。 


薬売り「兎がいなくなったこの地で……残された者共は、兎の墓を建てた」

兎「墓って表現はちと微妙だね。この場合、”兎がいなくなる前から進んでた”って言った方が正しいわさ」

薬売り「おや、どうして……?」


 兎の思惑に感づいた島の生き物たちは、こっそりと、とある計画を企てた。
 その内容こそが「海を渡る方法」。
 島の生き物達は、決まった時間に話し合いの席を設けた――――兎だけを外してね。


兎「こういうのを、異国の言葉で”さぷらいず”って言うらしいわさ」

薬売り「驚き……の意ですな」


 ただ一つ、その「さぷらいず」計画には問題があったのよさ。
 悲しい事に……揃いも揃って”アホ”だった。
 もう、それは、今では考えられないくらい……だーれも、なーんも知らなかったのよさ。


兎「作り方とか以前に、船と言う存在すら、もうほんと、何もかもを」
 
薬売り「まぁ時代が時代ですから、そこは……」


 おかげで秘密の計画は大幅に遅延……ていうか、始まりすらしなかったわさ。
 だって、だーれもなーんも知らないんだもんね。
 そして、何も始まらないまま、兎だけが知らない秘密ができた……



(――――ずっと小さなままでいればいいのよさ……こんなちっこい、塵みたいな島で)



 結局、そんな内緒の「さぷらいず計画」は、一つの不幸を生んでしまった。
 本人も言ってた通り――――兎がそれを「仲間外れ」と受け取ってしまった事さね。



【曲解】

489 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/10(日) 21:47:50.23 ID:fvR4o3gDo
島に住んでるのに舟も知らないとは確かに酷いな
490 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/10(日) 22:10:38.01 ID:U8yEZtnF0


兎「みんな、そりゃあもう困ったでしょうね……誤解を解きたくても、解けなかった」

兎「辛かったと思うわさ。だって……みんな、”てゐが大好きだったから”」

薬売り「……」


 そうやって切羽詰まってきた末に、ある日誰かが言い出した。
 「――――海の事は海の生き物に聞けばいいじゃないか」。
 本来、陸の生き物と海の生き物に接点なんてない……はずなんだけど、その島の住人だけは、ちょっとしたコネがあってね。


薬売り「…………和邇?」


兎「そう、和邇――――まぁ、接点っつーより”因縁”に近いけど」


 陸と海。異なる場所の異なる生き物同士。
 お世辞にも良好な関係とは言えなかった……けど。
 その時その瞬間、両者はついに垣根を超える事ができた。


兎「キッカケは、兎――――兎を思う気持ちが、ついに大地と海とを跨ぐ”橋”となった」


【以心】


 その時、ようやっと計画は動き出したんだわさ。
 島の生き物は、見返りとして”共に酔いしれる楽しみ”を教えた。
 そして目覚めた――――仲間と言う概念を。


【伝心】


 酔いしれる楽しみを覚えた和邇は、約束通り海を渡る方法を教えた。
 この時和邇が島の連中に教えたのが、「船」と呼ばれる物だった。
 これは後に、島に「海の幸」を齎す事になるんだけど……これはまた、別のお話さね。


兎「これがキッカケで、島と海の生き物は共に手を取り合う事ができるようになった……ま、それでも小さな諍いはあったようだけどさ」



【締結】
491 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/10(日) 22:31:25.68 ID:U8yEZtnF0


薬売り「しかし……肝心の兎がいなかった。両者は手を結ぶ事ができた代わりに、当の兎は孤独になっていった」

兎「そう……やっとの思いで船を完成させた時。兎はもう、”島の住人じゃなくなっていた”」

 
 手渡される事のなかった船は、それでも大事に扱われ続けた。
 いつか兎に、秘めた思いを伝える為に……

――――そこで連中は話合い、まずは船の保管場所を決めた。
 兎を含めた全ての島民が知る、共通の場所。
 そこは、「かつて兎と酔いしれたあの場所が相応しいだろう」と、満場一致の決議がなされた。


薬売り「それが……”ここ”」

兎「そう……”ここ”」


 後に誰かの提案で、この場所を示す目印が建てられた。
 帰って来た兎がすぐに気づけるように。
 天にも届きそうな程の、高い高い目印を建てた。

 さらに後に、これまた誰かの提案で、雨風に晒されぬ保管用の倉庫までもが建てられた。
 時と共に朽ちてしまわぬように。
 いつか渡す時まで、守り切れるように。

――――さらにさらにその後。
 誰かの悪ノリをキッカケに、周囲ははあれやこれやと過剰な装飾で飾られていった。
 やれ石像だの、やれ縄だの、旗だの、布だの、箱だの……
 本来必要としなかった物が、次々と足されていった。



兎「そうやって思いつくままに手を加えながら、何日も何日も待ち続けた――――何か月も、何年も」



 結果、ただの高台だったはずのその場所は、明らかに元の形から離れていった。
 家でもなく倉でもなく、休憩所にしては無駄に豪勢だし、宿に使うならちと狭い。
 そうやって気がつけば……元の目的からすらも大きく外れる、用途不明の建築物と化していたんだ。



薬売り「言い換えれば……”時と共に成長していった”」



 そう……島の生き物達はずっと待ち続けたのよさ。
 健やかに育ちながら……全ては”来るべき時の為に”。
 毎日兎が訪れた、あの虹の架かる高台へとね。



【思做】



薬売り「それでも兎は来なかった……何故ならば、”とおの昔に旅立った後だったから”」

兎「そんな事なんて知る由もなかった……”兎が全てを忘れてしまっている事なんて”」



 そうして、何もかもを知る事のないままに――――ついには全員、逝ってしまった。



【未達】
492 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/10(日) 22:41:30.50 ID:U8yEZtnF0


薬売り「その後、その用途不明の建築物を、誰かが崇め奉る場所と勘違いし……今や立派な”社”となった」

薬売り「と、言った所ですかな」



(――――痛い)



兎「そうね、大体そんな感じ……だけど……」

薬売り「……?」



(痛い――――痛いわ――――体中が――――走るように――――)



兎「それよか…………頭、下げといた方がいいよ」

薬売り「なにが……」




(痛い――――痛い――――痛い――――!)
 



【陣痛】




薬売り「これから……世界を股に駆けた、壮大な”出産”が始まるから」




【誕生】





薬売り(な――――ッ!?)



https://i.imgur.com/7WGYeSJ.jpg



493 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/10(日) 22:46:47.46 ID:U8yEZtnF0



 その日、その地一帯に未曾有の豪雨が訪れ、周囲の川々が龍の如く荒れ始めた。
 その日、その地一帯に巨大の竜巻が吹きすさび、塵々を吸い上げた風は暗黒の如き黒に染め上がった。
 その日、その地に繋がる山脈の一つが突如火を噴き、轟々とした溶岩が、巨人の如く大地を塗り替えていった。



兎「数多の稀が、各地で同時に起こった――――後にその稀は伝承として、各々の地で現在まで伝えられていく事となる」

薬売り「バカな……これではまるで……」



 しかし、真に稀なる事は――――この天変地異の如き大災害が、結局は”誰も傷つけなかった”事にある。



【災難】



兎「全てを飲み込む川が氾濫した結果、水に乏しかった地に大きな水源ができた」

兎「全てを吸い上げる風が塵々をばらまいた結果、花々は世界中に咲き誇る事が出来た」

兎「全てを焦がす溶岩が大地を覆った結果、生き物が住める新たな島ができた」



【祭納】



薬売り「稀……確率……内在する二つの可能性……」

薬売り「よもや……」

薬売り「兎が産んだ物とは…………!」



――――気づいた、ようだね。



兎「てゐの力は、兎を操る力なんかじゃない…………この”稀を起こす力”だったのよさ」


 
 それをどこかの誰かがこう名付けたのよさ――――。
 【幸運を与える程度の能力】ってさ。

494 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/10(日) 22:47:15.62 ID:U8yEZtnF0
メシくってくる
495 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/10(日) 22:56:30.89 ID:64kWh03Bo
一旦乙

そもそもなんでてゐだけ長寿なんだろう
月組とは事情が違うし
496 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/11(月) 00:52:34.09 ID:1YXGx6kN0



(痛い……体中が……痺れるように痛い……)



 思い起こせば……てゐが痛みを感じる毎に、どこかで何かしらの稀が起こった。
 その稀は決まって、”誰かに幸せにする”稀だった。



(痛い……体中が……焼けつくように痛い……)



兎「痛みと言う不幸と引き換えに……命芽吹かせる幸が生まれた」

薬売り「しかし……全て、この兎が産んだと言うのか……!」


 島の生き物は、溢れんばかりの幸を与えられ、誰よりも健やかに育っていった。
 それは体だけじゃなく、心も……
 そうやって、いつしか船すら知らなかったアホ共は、世代を追うごとに自力で世界へ旅立てる程に成長していった。


兎「そしてさらに広まっていく……兎が産んだ幸が、大海原を超えて、世界へと」



【越境】



497 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/11(月) 01:02:21.88 ID:1YXGx6kN0



(痛い……体中が……死んでしまいそうなくらい……痛い……)



 長い、長い年月をかけ――――世界が幸に満たされていく。
 幸は新たな幸を生み、心に豊かさを与え、豊かとなった心が、生命を尊ぶ意識を生んだ。
 そして尊ぶ事を学んだ生き物は、それを”学問”と言う形で後世に残した……
 いつか、時の流れの中で、消えてしまわぬように。


薬売り「そうして学び受け継いだ先に……覚えた」


兎「目を閉じ、両手を合わせ……まるで”墓前のように”振舞う所作を」



【祈】



兎「さながら、故人を偲ぶように」


薬売り「ただしその所作は……」




【析】




(もう……だめ……)




(あ…………)





(……………………)





【折】



498 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/11(月) 01:26:31.79 ID:1YXGx6kN0



(どうか、いい人と巡り合えますように)



【刻】



(どうか、あの人と結ばれますように)



【国】



(どうか、末永く幸せになれますように)



【告】



 兎は――――そうやって祈りを捧げられる存在になった。
 時には地元から、時には遠方から、時には異国から。
 数多の人間がやってきては、兎に祈りを捧げるようになった。
 みんな幸福が訪れると信じて……それでも、本人に自覚はなかったけど。



兎「不思議だよね……人間にとっては”哀悼と参拝は同じ”なんだね」

薬売り「……」

兎「ん? どした?」


【文句】


薬売り「やはり……宗教であってたんじゃないですか……」

兎「ええっ!? まだそれ言うの!?」


 い、意外と根に持つ奴だね……まぁ別に、合ってる事にしてやってもいいけど。
 でも個人的には、やっぱり微妙な所だわさ。
 だってほら、宗教って――――要は、”見えない物を崇める事”だろ?


兎「だとすると、ほら…………”まだそこにいるし”」


薬売り「……あっ」




(――――ハッ、まぁたアホ共が雁首揃えてきやがった)


(――――ほ〜んと、いつになったら気づくのかねえ……”あたしゃ目の前にいる”って事にさ)



https://i.imgur.com/jN8vlOW.jpg

499 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/11(月) 01:41:29.89 ID:1YXGx6kN0


 見えない御利益にあやかりに来たのに、実はやろうと思えば見ることができたって言う……
 説法的な話じゃないよ。本当に、”幸せは目の前にいた”の。
 

薬売り「じゃあ何故……人々は、兎を見ることができなかったんですかね」

兎「んなの単純じゃん……”いないと思い込んでたから”」


 幸せは目に見える物じゃない――――「形なき存在である」。
 概念的な存在であり、決して理解できない”独自の理”によってのみ動く。
 長年かけてそう刷り込まれたもんから……見えなかった。
 と言うより、”見えてるのに認識する事ができなかった”。


兎「だから求めた……幸せを、目に見える形で認識する事を」

薬売り「だからこうして訪れた……遠路はるばる、世界中の土地から」


 そうそう、ちなみに余談だけど、特にやってくるのは「つがい同士」が多くてね。
 あんたも御存じの【因幡の白兎】。この話からもじって、兎はいつの間にやら「良縁を取り持つ仲買兎」って事になってたのよ。
 実はな〜んもしてないのに……ま、噂の起こりなんて所詮こんなもんさね。


薬売り「それに……知ったところでどうせ見えませんしね」

兎「そんな感じで、噂が噂を呼び、尾ひれ背びれが大量についたあげくの果てに、さ」

兎「もはやてゐは――――”自分でもよくわからない”存在になった」

薬売り「……」


 真偽不明の噂を真に受けてやってくる連中を、てゐはずーっとここから眺めてた。
 そして言った……「アホ共め」。

 祈りを捧げた連中に、御利益が訪れたかまでは知らない。
 あのつがい同士は無事結ばれたのかなんて、知ろうとも思わない。
 ただ、祈りを捧げた後に、やたら「幸せそう」な顏をしてる連中の姿を見て……てゐは思ったわけ。


兎「何か……わかるかい?」

薬売り「いえいえ、御仏のお考えなさる事など、恐れ多くてとても……」

兎「あ、茶化してる〜」


 でもまぁ、てゐ本人は何時だってシンプルさね。
 てゐは思ったのさ――――”世界は向こうからやってくる”。
 かつて手に入れたがった「知」の欠片たちが、 わざわざ自分から足を運ばずとも、向こうの方から各々の「知」を述べに来る。
 そうなりゃもう、旅なんてする必要ないよね。


兎「だからてゐはもう、島を出ようと思わなかった……」

兎「てゐはただ、かつての友が残した箱で、ゆらゆら揺れてるだけでよかった」


 自分を育ててくれた島の中で、かつての記憶に思い馳せているだけで――――
 それだけで、誰かに幸せを与えられたから。


兎「旅に費やした以上の、長〜い長〜い時の中で、ね」


https://i.imgur.com/QnpYjIQ.jpg
500 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/11(月) 01:59:39.49 ID:1YXGx6kN0


薬売り「……」

兎「おや、まだなんかあんのかい?」

薬売り「いえ……ただ……」

兎「わかってるわさ――――”最後の欠片が足らない”って言いたいんだろ?」



(ふわぁ〜……疲れた)

(毎日毎日誰かの愚痴ばっか聞かされて……いい加減、耳がバカになりそう)



兎「もうそろそろ……来ると思うんだけどね……」

薬売り「誰が……?」



(巫女さんでも雇おっかな……賽銭でもわけてやりゃ、誰か食いついてくるでしょ)



兎「…………お」




(――――こんにちは、お兎様)




兎「後はそいつに聞けばいいよ……そいつがてゐを、”幻想郷に呼んだ張本人”だから」




(あ? 誰あんた)




【誰そ彼】



https://i.imgur.com/TwUhcgI.jpg
501 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/11(月) 02:00:08.39 ID:1YXGx6kN0
本日は此処迄
502 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/11(月) 16:33:08.27 ID:87nP+RbOo
大国様か?
503 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/11(月) 18:42:39.73 ID:p+ygH5NXo
面白い
504 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/13(水) 23:06:55.66 ID:M+tBv7c20


(参拝客? 悪いけどうち、営業は夕方までって決まってんのよね)

(はは、違いますよ――――”貴方と同業の者”です)

(はぁ……? 同業だぁ……?)



兎「この場合の同業者って、一つしかないよね」



(覚えておりませんか? かつて貴方が縁を取り持った、一人の弱き人間……)

(…………へ?)



【恩人】



(――――の、息子ですよ)

(……あぁぁぁああ〜〜〜〜ッ!)



兎「ある日突然現れたこの男は――――かつてこの日出国を興した一族の、子孫だった」






505 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/13(水) 23:17:48.48 ID:M+tBv7c20


てゐ「はいはいはい……似てる! 言われてみれば似てるわ!」

てゐ「目元とかマジそっくり……へぇ〜知らなかった! あの人の子供、こんな大きくなってたんだ!」

男「その説は、父上が大層世話になりまして……」

てゐ「いやいやいや、なーに言ってんのさ!」

てゐ「助けられたのは寧ろこっち! いやーあんときゃほんと助かったわ!」

男「はは、恐縮です……」


https://i.imgur.com/VXKpYCc.jpg


てゐ「で、オヤジさん元気?」

男「ええ、元気ですよ……むしろ、元気過ぎて少しくらい休んでいただきたいくらいなんですがね」

てゐ「なんでよ。元気してんならいいじゃない」

男「いやいや、元気すぎるのも困りものですよ……想像できますか? 自分の知らない兄妹が増える苦労を」


https://i.imgur.com/MaTXhKM.jpg


てゐ「あー……確かにあの姫様、美人だったしねぇ」

男「私実は今、とある理由で、その兄妹連中の所在を巡っているのですが……」

男「しかし幾分にも、こう……数が多くてですね」

てゐ「人間でもたまにそんな奴いるわねぇ……無駄にお盛んな奴」

てゐ「で、あのオヤジさん結局何人子宝こさえたのさ。10? 20?」

男「そうですね、私が知る限りで……」


男「…………181名程でしょうか」


てゐ「――――181ィッ!?」


https://i.imgur.com/608iXCa.jpg


男「しかも全員、腹違いです」

てゐ「あ、あのオヤジ……絶倫すぎんでしょ……」

男「いやはや、参りましたよ……この間も、諏訪の国にいると言う妹に会って来たのですが」

男「会うや否や”誰だ貴様は”と追い立てられてしまいました。むしろそれは、こちらが言いたい台詞なんですがね」

てゐ「こ、今年一番の衝撃ニュースだわ……」


https://i.imgur.com/oPwKihh.jpg

506 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/13(水) 23:26:11.88 ID:M+tBv7c20


てゐ「で……なんでまた、そんな多すぎる兄妹の居所を巡ってるのさ」

男「かつて……父上は国造りの祖として励み、そして大地を開拓していったのは周知と思います」


 長い時をかけ、国の礎を作り、そしてその全てを後継ぎに託した後、自身は隠居の身となりました。
 所謂「国譲り」って奴ですね。
 そんな苦労の甲斐あって……巨大な島に過ぎなかったこの大地は、名実ともに一つの国となりました。
 今我々がいる、この地も含めてね。


男「一見すると万事無問題のように思えますがね……ところが近年になって、とある問題が浮上しまして」

てゐ「あによ。なにがあったってーのよ」

男「”我々”ですよ――――貴方のおっしゃる通り、多すぎる兄妹が”再び国を分かち始めた”」


https://i.imgur.com/2YqWAoZ.jpg


 父上は何も、考えなしに子をこさえたわけではありません。
 国を興すにはあまりに広すぎる大地が、必然的に子孫の繁栄を促したのです。
 そうして各地に点在していった、のべ181名の子ら……。
 彼らは父上の思惑通り、各地の長として、その地を興していきました。


男「しかし181名もいれば、当然中には異を唱える者もいます」


 彼らは各地の守り神を自称し、次第に治める地の利権を主張し始めました。
 今までもそう唱える者は何人かいましたが、父上の力で何とか抑え込んでいました。
 しかし時が流れ、段々とその威光も薄れていき……兄妹同士の全面衝突は、もはや避けられない事態となったのです。
 

男「神が荒れれば大地が荒れる。大地が荒れれば人が荒れる。人が荒れれば命が荒れる」

男「結果、国が荒れる――――荒れた国は千切れ、別れ、またしても小さな島に戻る」

男「そして家族は……”憎むべき仇”となってしまう」

てゐ「――――はっはーんなるほど、わかったわ! あんたがここに来た理由!」



 だから、別れつつある神々の仲を取り持て――――そう言いに来たんだと、思ってた。


507 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/13(水) 23:32:36.69 ID:M+tBv7c20


てゐ「……えっ」

男「いえ、ですから……”兄妹喧嘩はもう収まりました”」

てゐ「…………じゃあ何しに来たのさ!?」


 男は言った。
 「もう解決したのでご心配なく」と。
 兎は言い返した。
 「だったら何しに来やがったんだ」と。
 その問いに男はこう返事を出した。
 「私の用事は貴方そのものだ」と。
 兎は強く勘ぐった。
 「まさか、騒動にかこつけて、この島を乗っ取りに来やがったのか!?」と。



 でも――――男の出した結論は、そのどれでもなかった。



男「私が来たのは…………貴方に”お礼”を言うためです」


てゐ「お……礼……?」



 男は言った――――。
 「今言った兄妹喧嘩はとっくに解決した問題で、今や皆、多少の文句は垂れつつもなんだかんだでうまく纏まっている」と。
 兎はもちろん、即座に聞き返した。 
 「それがあたしと、どう関係があるのさ!」



男「いつぞや起きた奇怪な超常現象――――あれを見て、すぐにわかりましたよ」



 そして男は答えた。
 その答えは、ぐうの音も出ないほど……兎と深く関わっていたのよさ。



男「これを……」


兎「なに……これ……?」



【古之事之記】
508 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/13(水) 23:38:40.90 ID:M+tBv7c20


男「これは……我が一族の成り立ちを記した書物です。ほんとは、勝手に持ち出しちゃあいけないんですがね」

てゐ「きったない本……これがお礼?」


薬売り(神々の……家系図……?)


男「ま、まぁ本の劣化はさておきですね……先ほど言った通り、この書物には父上と、我々兄妹の所業が事細かに記されておるのですが」

男「その中には……何故でしょう、”我が一族とは無縁の者”が載っているではありませんか」


 そう言いながら、男は本を”逆から”開き始めた。
 逆から開いた本は一番新しい頁が頭に来て、頁をめくるたびにどんどん古い話へと遡っていく。
 本の開き方としてはおかしいけど、でも間違えたわけじゃない。
 わかりやすいよう、わざとそうしたのよさ。


男「曰くこの者は、よく童と戯れる姿が目撃されていたようです」

てゐ「…………」


 男は、解説を加えつつ頁をめくり続けた。
 それはきっと「親切」のつもりだったんだろうけど……むしろ余計なお世話だった。

 だって……語られるまでもなく、てゐはすぐに気づいたのよさ。
 東西南北に散らばる、181名の神々が記された家系図――――
 で、あるはずなのに、その全ての行に、何故か”一羽の兎が”載っていたのを見たらね。

509 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/13(水) 23:47:10.44 ID:M+tBv7c20


男「各々の地の有力者は、揃ってこう言ったそうです――――童の折、”此れとよく似た兎と戯れた事がある”と」

男「そしてこれとほぼ同様の話が、何故かこの、181名の兄妹が治める地全てに伝わっている……」

男「さらにはこの話が記された時系列を紐解けば、これまたどういうわけか……”この島に兎はいなかった”事になっているのです」


 丁寧な解説が、逆にイラついたわさ。
 オヤジ譲りかなんなのかしんないけど、じれったいったらありゃしない。
 ここまで言われりゃバカでも気づくっつーのに……ねえ?



(これって……)




――――だから、自分から言ってやったのさ。


 

(……あたし?)



https://i.imgur.com/81s2QQe.jpg

510 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/13(水) 23:57:03.99 ID:M+tBv7c20


薬売り「神々の家系図に、なぜ兎が……?」

兎「――――ってな顔をしながら、あっけにとられる兎を尻目に、男はさらに続けた」
 

 曰く――――てゐと遊んでた子供が、全員何らかの形で名を馳せている事。
 てゐが住んでた家が、末代まで続く名家になってた事。
 てゐに部屋を貸した宿が、連日満員の一流旅館になってた事。
 その他色々と、これと似たような話が、兄妹連中が治める各地で点在している事。
 

兎「そしてその話が記された時期――――ちょうどてゐが、世界を旅していた期間だった事」



(のべ181名もいる我が兄妹ですが……誰一人として、国の一巡を成し遂げた者はおりませんでした)

(それは父上ですら成し遂げられなかった偉業……数多の子宝をこさえやっと収めたこの巨大な島を、たった一人で渡り歩いた者がいた)


 しかもその者は、一族どころか人間ですらなかった。
 オヤジが国造りを始めた裏で、人知れず世界を渡り歩き、兄妹達がその地に着く前からその地を興していた者がいた。
 「始祖を自負していた自分が、実は二番煎じだった」。
 その事実は、神々にとってもえらく衝撃的だった……らしい。


(この事実を突きつけた時、兄妹喧嘩は一発で収まりましたよ)

(あの時の意気消沈した顏は、実に見物でした……まるで童のように、キョトンとしておりましたから)


 確かに、向こうの立場で考えれば大問題だろうね。
 男の言う問題とは、国が分かれそうになった事なんかじゃなかったのさ。
 「――――神々を名乗る者共が、たった一羽の兎にとっくに先を越されていた」事実。
 そんな事も知らずに各地でえばりくさってた神々は、あまりの恥ずかしさに、揃って顏を真っ赤に染め上げた……らしい。


(語られぬ歴史の裏で……国造りの一躍を担った者が、もう一人いたのです)

(してそのキッカケは、ほんの小さな親切に対する、ほんのささやかなお礼だった……わかりますか?)

(小さな気持ちが集ってこそ国になるのに……あの神々を名乗る連中は、そんな事すらすっかり忘れておったのです)


 そう語る男の表情は、何故だか妙にうれしそうだった……自分も、その神の一人なのにね。

511 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/14(木) 00:03:48.54 ID:wRncuJPX0


薬売り「日出国の始祖……それが兎の……真?」

兎「ところがどっこい、そんなものすごい肩書なのに、肝心の本人にその自覚は全くないときた」

兎「だから、この期に及んでまだ思い込んでるのよさ…………”自分はただの兎だ”って」

 
 兎はその話を聞き終えたと同時に、黙った。
 小難しい事を考えてたわけじゃない……ただ、あっけに取られてたのさ。


兎「男が語る話が、兎のちっぽけなお脳に収めるには大き過ぎたってだけ」

薬売り「それは……こちらとしてもそうなのですが」


 唐突に壮大な話を告げられ、お脳の処理がおっつかなかったんだわさ。
 だから、何も言い返せなかった。
 ただ景色を見つめる事しかできなかった。

――――そんな心中を察してか、男も一緒に黙った。
 兎と男。一人と一羽は言葉を交わさぬままに、二人仲良くずーっと景色を見ていた。


兎「まるで、かっての素兎と人間のようにね」

薬売り「……?」



 その時の空は――――ちょうど、日が暮れる頃合いだった。



https://i.imgur.com/ZC6X6c1.jpg

512 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/14(木) 00:04:41.50 ID:wRncuJPX0
メシくってくる
513 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/14(木) 01:04:39.58 ID:wRncuJPX0


兎「い……よっと。ハイ」

兎「それがこの、自称始祖達の家族日記さね」

薬売り「勝手に取っても……よいのですか?」

兎「いーのいーの。どうせこれも、後に広まってくもんだし」

薬売り「はぁ……」


【書】


兎「それにさぁ…………こんな機会でもない限り、永遠に知る術はないさね」

兎「折角だからついでに知っときなよ。太古の昔から語り継がれる……伝承の真なんて」

薬売り「…………」


【捲】



514 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/14(木) 01:05:34.16 ID:wRncuJPX0


――――昔々、因幡の国のとある島に、一匹のうさぎがいました。
 うさぎはかねがね因幡の国へと渡りたいと思っていましたが、海を渡る方法を知りませんでした。
 そこでうさぎは思いつきました。「海の中の和邇共を騙して並ばせれば渡れるじゃないか」。
 ずる賢いうさぎは口先八調で和邇を説き伏せ、和邇はうさぎの思惑どおり、まんまと一列に並ばさせられました。



薬売り(イナバの白兎……)



――――昔々、とある所に、八十の兄弟と一人の末弟がいました。 
 八十の兄弟と一人の末弟は、ある日、因幡の国にヤガミヒメと言う大層美しい姫がいると聞きつけました。
 八十の兄弟と一人の末弟は、その姫様を嫁に貰うべく、因幡の国へと旅立ちました。
 しかし末弟だけは、みるみる内に他の兄弟から引き離されて、かろうじてついていくのがやっとでした。
 理由は簡単でした。末弟は、ただ、荷物持ちとして無理やり連れてこられただけだったのですから。



薬売り(オオナムヂの国造り……)



――――昔々、出雲の国にクシナダヒメと言う大層美しい姫がいました。
 姫は誰もが羨む美貌を持ちながら、にも拘らず、毎晩涙で袖を濡らしておりました。
 その涙には、とある理由がありました。
 その地に棲み付くヤマタノオロチと呼ばれる怪物が、あろうことか、姫を食らうと宣告してきたのです。



薬売り(スサノオのオロチ討ち……)



――――昔々、高天原と呼ばれる、神の住まう土地がありました。
 神は高天原より地上を眺め、時には使者を送り、時には自らの神力を使いながら、着々と国を作り上げていきました。
 そうして国作りがある程度進んだ頃、神は頃合いを見て、行宮の儀を取り行う決定を下しました。



薬売り(アマテラスの天岩戸…………)



 神は降臨の地を入念に選んだ後、因幡国内の”八上”という地に降りる事に決めました。
 神にとっては初めての地上でした。故に神は、少し不安を感じていました。
 高天原から見る地上は平穏なれど、実際に降りれば、一体そこにはどんな光景が広がっているか……
 天から眺めるだけでは、まるで想像できなかったのです。



薬売り(…………ではない?)



【止】
515 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/14(木) 01:16:45.71 ID:wRncuJPX0


兎「どうしたのさ…………速く読みなよ」


薬売り「…………」


 期待と不安を胸に秘めながら、神は地上へと舞降りました。
 そして、降りた先に広がる光景は――――
 今迄の不安をかき消す程に、それはそれは美しい景色が広がっていたのです。


https://i.imgur.com/8mIIuOm.jpg


 その光景は、神にとっても期待以上の物でした。
 おかげで神は実に上機嫌なまま、国見を続ける事ができました。

 途中、神は記念がてら、御頭に冠した冠を、道中で腰かけた石にそっと残していきました。
 その石は後に「御冠石」と名付けられ、地上の人々に末永く大事に扱われました。



兎「今思うと……まるで、童みたいな方だった」



 そうして機嫌よく行宮を終えた神でしたが……
 しかし、帰る間際になって、ようやっと気づいたのです。



兎「だって、あっちゃこっちゃ行ってははしゃぎまわってさ……お供連中を、これでもかってくらい振り回すんだもの」




 いない――――神をこの地へと案内した【兎】の姿が、どこにも見当たらない事に気づいたのです。
 



薬売り(兎――――!?)

516 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/14(木) 01:18:58.76 ID:9oLeYQwdo
まだ続いていたのか
517 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/14(木) 01:21:55.05 ID:wRncuJPX0


兎「神様はその時、降臨の地をどこにしようか悩んでいたのさ」

兎「ほら、人間もたまにやるじゃん? 所謂……”お忍び旅行”って奴よ」


【国見】


兎「つっても内緒の降臨だから、宮とか社とかには降りれないよね。かと言って、全くの未開に降りるのはさすがに気が引けたのよさ」

薬売り「バカな……天照が地上に降臨していた……? そんな話は聞いた事がない……!」

兎「ずっとずっと悩んでらした……その時だった」

兎「ちょうどいいタイミングで、神様の服の裾をくいくいって引っ張る、”小さな兎”が現れたのよ」


 その兎は、因幡国内にある”ヤガミ”って土地を指し示した。
 改めて見てみると、そこは出雲国からそこまで遠くなく、かつ地形的にバレにくいって言う……お忍びにはと〜っても都合のいい場所だったわけ。
 神様はすぐにそこに降りると決め、兎はその地の案内を買って出た。
 後はそこに書いてあるままさ。兎は無事案内を務め上げ、神様は実に機嫌よく天へと帰っていった……


兎「そして天へと帰っていく神様を見届けた後、兎はこっそり地上へ消えた……らしい」


薬売り「らしい……?」


兎「そして一人地上へと残された兎は、ヤガミの地に安住の場所を見つけ、そのままそこに棲み付いた……らしい」


薬売り「ヤガミ…………」



【夜神】



薬売り「ヤガミ…………!」




兎「――――旧因幡国八上領・高草群。通称”高草大林”」


兎「後に――――【迷いの竹林】と呼ばれる場所……らしい」




薬売り(なん…………)



https://i.imgur.com/f3PDzFc.jpg

518 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/14(木) 01:31:53.61 ID:wRncuJPX0



(綺麗な……夕日ですね)

(……そうね)



兎「そうしてまんまと地上の棲み処を手に入れた兎だったけど……残念ながら、そこも長くは持たなかったんだわさ」



(あれほど青かった空が赤く染まり、日は黄金色に輝き、大地は暗き緑に覆われ……そして薄き水色を経た後、闇夜へ染まる)

(まるで虹のような……暗明を繋ぐ、架け橋のような)



兎「その棲み処はまるで夢の中のように、とっても居心地のいい場所だった」

兎「だけれども、不運な事に……”時期が悪かった”」



(そしてまた、日が昇る……今度は、明暗の架け橋が現れる)

(日が昇れば数多の命が目覚め……次第に、命と命が繋がっていく)



兎「ちょうどその時、その地一帯で大規模な川の氾濫が頻発しててね……案の定、それは因幡国にも起こった」

兎「津波と見間違うほどの大洪水だった……川はまるで蛇のように、あの穏やかな森林を丸飲みにしてしまった」

兎「もちろん――――”中にいた兎もろとも”ね」


 こうして兎の夢は、たったの一夜にして消えてしまった……そりゃもう、大層悲しみに明け暮れたさ。
 そしてそれ以上に――――恐怖を覚えた。
 何故ならば、ふと辺りを見渡せば、そこは何もない空間。
 見渡せど見渡せど、闇しか見えぬ暗黒の世界でしかなかったんだ。



【常世】


519 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/14(木) 01:35:10.63 ID:wRncuJPX0


(なんか浸ってる所悪いけど……うちら夜行性なんだけど)

(おっと失敬……そういえばそうでしたな)


 闇に取り残された兎。
 そしてその中で朧げに浮かび上がる「食われた記憶」が、さらに絶望を確信に変える。
 「もしかしてここは黄泉の国で、自分もあの時一緒に消えてしまったのでは――――」。
 そんな発想に至るのは、ごくごく自然な成り行きだったと思う。


兎「絶対に死んだと思ってた。でも、生きてた」

兎「その事を教えてくれたのは……天をも照らす、まばゆい光だった」


 兎は思わず目を眩ました。
 だって、さっきまで黒一色だった世界が、いきなり真っ白に輝き始めたんですもの。


【照】


 そして輝き始めた世界は、徐々に正体を露わにし始めた……
 青い空、白い雲、茶色い大地、生い茂る緑――――それと、さざ波の音色。


兎「よく見知った風景だった……思わず”誰かにお勧めしたくなる程”のね」 


 もしかしたら、黄泉の国にも似たような風景がある可能性、無きにしも非ずではあるけども。
 でも兎は、そこが黄泉の国ではない事はすぐにわかった。
 単純な話さね。結局はなんてことない――――兎は最初っから、”どこにも行ってなかった”のさ。


兎「黄泉どころか国境すら超えてなかったのさ…………人間が勝手に引いた、境目すらもね」



 だって、振り返ったすぐ後ろには――――


https://i.imgur.com/j7lo52n.jpg



(ならばなおさら、よくご覧になるでしょう……この夕景によく似た、もう一つの景色を)

(……まぁね)



兎「旧因幡国隠岐郡・隠岐諸島――――後にとある兎が、身の程を思い知る場所だったのさ」



【起来】


520 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/14(木) 01:53:06.60 ID:wRncuJPX0


薬売り「……一つ、お尋ねしたい」

兎「ん、なぁに?」


【確信】


薬売り「この書物には神が兎に案内を命じた……とあるが、貴方の語り草はむしろ逆」

薬売り「むしろ、兎の方から神に働きかけたように聞こえる……」


【核心】


薬売り「それも……ただ……”自分が地上に降りたかった”が為だけに」

兎「……そうとも言えるかも〜」


【天】


薬売り「高天原に御座す神と言えば、十中八九【天照大神】を指す……しかし」

薬売り「そんな天照に、指図紛いの進言ができる者など――――”片手で数える程に限られる”」

兎「ほんと、無駄に博識だよねえ。ほんとに薬売り?」


【三柱】


薬売り「天照とは、大地を起こしたイザナギの左目から生まれた子……」

薬売り「そしてイザナギは、他に右目と鼻を用いて……天照の他に”二人の兄弟”を生んだ」

兎「その内の一人は、やたら英雄みたいな扱いされてるよね」


【三貴子】


薬売り「親神は三人の子供に役割を与えた――――一人は天を、一人は大地を」



薬売り「そして――――最後の一人には――――」



https://i.imgur.com/8JyHndz.jpg




薬売り「貴方は…………いや、貴方”様”の真とは…………」



薬売り「よもや…………」



https://i.imgur.com/jVWWXLq.jpg


521 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/14(木) 01:55:43.61 ID:wRncuJPX0


薬売り「お聞かせ、願いたく候…………!」

兎「…………」



【み空ゆく 月讀壮士】



(おわかりいただけますか、貴方は……いや、貴方様こそが……)

(森羅万象の全てにまたがる――――唯一無比の”架け橋”であったです)


兎「ん〜、まぁ、なんだ、その……」

兎「その問いに答えるのは……ちょ〜っと難しいかも〜」

薬売り「何故……」



【夕去らず】



(人と人を、国と国を、命と命を、縁と縁を)

(天と大地を、日と月を――――二つに分かれた、昼夜ですらも)



兎「だって……曖昧なんだもの」


(さっきからわかりにくいのよ……表現が曖昧過ぎて)



――――夜の神。食の王。暦の祖。昼夜の起源。日月剥離の戦犯。
 良くも悪くもたくさんの肩書があるけども、でも、その全部が不確かで曖昧。
 その曖昧さ加減は姿形にすらも及ぶわ。
 だって、大々的に奉られる二人の姉弟に比べてさ。一人だけ、描かれる事自体がなかったんだもの。
 


【目には見れども】



(これは失敬……では、単刀直入に言いましょう)


 
 描かれないから残らない。
 記されないから伝わらない。
 けれど遡れば、節目節目に確かに存在する、境目の神。



(貴方がいなければ――――”この日出国は産まれなかった”)



 「いるのにいない神――――」。
 そんな矛盾を抱えていたからこそ、自由に動き回れたのかもね。



兎「兎の体を借りて、さ」



【因るよしもなし】

522 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/14(木) 01:56:14.94 ID:wRncuJPX0
本日は此処迄
523 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/14(木) 12:32:53.14 ID:79t5w3Aqo
ちょっと話が壮大になりすぎてごっちゃになってきた。本当は神様なのにそれを忘れて
島暮らししてたってこと?健忘症になったのは皮剥がれたトラウマのせいじゃなかったってこと?
524 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/14(木) 18:16:20.70 ID:yuYYxfLzo
まさか月読まで出てくるとは
525 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/15(金) 20:03:59.42 ID:jidiJOoqo
体の傷が因幡の白兎で脳の傷が案内兎の時についたって事じゃね
526 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/17(日) 20:02:53.22 ID:gi94QXUf0


(…………ねえ)


(…………はい)


(じゃあ…………その話が本当なら…………)



(――――”あたしは一体誰なの”?)



 てゐの理解を遥かに超えた顛末は、てゐにとっては混乱しか生まなかった。
 ま、お節介も度が過ぎれば迷惑と同じって事さね。
 おかげでてゐは――――今度こそ”自分が誰かわからなくなった”。


(……ご当人にすらわからない事を、私が知る由もございません)


(なにそれ……変なもやもやだけ残しやがって)


(ただし…………その”お手伝い”はできるかと)


 その「お手伝い」こそが、男の言う「お礼」だった。
 わざわざ仲の悪い兄妹達に会いに行ってたのはこの為。
 時に追い立てられながら、時にボロクソに煽られながら……
 てゐの為だけに、必死に探し回ってたらしい。


(かつて、”貴方によく似た兎”が最初に住んでいたとされる地……この書によれば、未曾有の洪水によって飲まれて消えたとありますが)


(――――消えてなかったんですよ。あの月に愛された大林は……”今も確かに存在している”)


 すなわち、「てゐの探し物を一緒に見つけてあげる」事。
 と言いつつもまさか、ここまで苦労させられるとは思ってなかったみたいだけど。
 でもまぁ、なんだかんだで、結局は見つけれたのよさ。
 自分達すらも知らなかった――――”もう一つの世界の入り口”をね。


527 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/17(日) 20:10:38.85 ID:gi94QXUf0


(そこは曰く、”幻の集う地”と言われておるようです)

(嘘か真か…………長い時をかけて少しずつ忘れ去られていった者達が、最後に集う幻想の地だとか)


 そこは、調べれば調べる程不思議な場所だった。
 幻を冠する癖に、確かに存在すると言う矛盾を持った土地だった。
 しかし神々にとっては、幻はむしろ、懐かしさすら感じさせる地だった……らしい。



【懐郷之地】



(人も、獣も、虫も、鳥も、魚も――――その範囲は、神を名乗る者にすら及ぶ)

(幻であるなら、なんだって……幻となれば、仮に”生命ならざる物だって”)


 多分、既視感を感じていたんだと思う。
 今でこそドロッドロの兄妹仲だけど、国を作り上げていた当時は、家族は確かに手を取り合っていたんだから。

 そんな在りし日の自分達と重なった……んだろうと、個人的に思ってる。
 だって、そうじゃない。
 家族で同じ夢を目指した裏で、どこかの誰かが、かつての自分達と全く同じ夢を見ていたんだから。



【幻想之郷】



(どこの誰がそんな大それたもんを……あんたの兄妹の誰か?)

(そこは、最後までわかりませんでした……ただ)


 数多の生命を乗せた、国と言う神の加護の中。
 それらと同じく、数多の幻を詰め込んだ誰かの箱庭が、この国のどこかにある。

 そしてその箱庭は、発覚するや否や、瞬く間に神々の間でも話題になった。
 そりゃそーさ。なにせ181もいる神々の誰もが、存在自体に全く気付かなかったんだからね。


(その誰かは……間違いなく”父上に影響を受けている”)



【懐かしき東方の地】
528 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/17(日) 20:21:30.11 ID:gi94QXUf0


(かつて父上が国造りの主と呼ばれたように……その者も”主”を自称しているようです)

(それは、我が一族にしか通じぬ意味を持った言霊)

(だとすれば、述べ181名御座す兄妹の内の誰か……その推察は、あながち間違いではないかもしれませんね)


 どうやってそんな大それた世界を作ったのかはわからない。
 何が目的なのか知る由もない。
 勿論、誰の仕業かなんて皆目見当もつかない。
 ただ、唯一一つだけ――――わかる事があるとすれば。
 


(”八雲”――――その者は自らを、そう名乗っているようです)



(それって……)



https://i.imgur.com/V1cQsPq.jpg



薬売り「スキマ……?」



【八雲立つ】

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