【艦これ】伊58「黒く塗り潰せ」

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558 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 22:26:02.00 ID:PAnp9vz00
大淀「そうよね?愛宕」

愛宕「えぇ」

愛宕「私も人類や世界なんてどうでもいい。提督の為だけに動くわ」

愛宕「提督が守りたいっていうから戦ってる。提督が救いたいっていうからゴーヤちゃんを保護した」

愛宕「そうやって、提督が幸せになって私がその隣にいればそれ以外の事なんてどうでもいい」

愛宕「私が見ている世界が幸せなら、それ以外がどうなろうが知ったことじゃないわ」

愛宕「騒ぎたいなら騒げばいいし、馬鹿にするならすればいい」

愛宕「それで幸せになるなら勝手になればいいし」


愛宕「死ぬなら勝手に死んで頂戴って感じ」


愛宕「人類の敵と唯一戦える艦娘って言ったって私も一人の人間なのよ?」

愛宕「好きな人とは一緒にいたいし美味しいものは食べたいし、世界とか人類全体をどうこうできるほど大きな存在じゃない」

愛宕「だからこれでいいんだって、思う。自分の幸せの事だけを考えて生きていけばそれで…」
559 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 22:31:43.28 ID:PAnp9vz00
愛宕「ユーちゃん。自分に正直になりなさい」

愛宕「帰りたいっていうなら手配する。提督だって、ユーちゃんを無理矢理残そうだなんて思わないはずよ」

愛宕「でももし泊地(ここ)に何か、失いたくないものがあるのなら残ったほうがいい」

愛宕「人類とか世界とか正義とかそんな上っ面は取っ払って、ユーちゃんが本当にやりたい事を考えなさい」

愛宕「ユーちゃん自身がどうしたら幸せになれるか、それだけを考えなさい」

U-511「………」

愛宕「もしそれが誰かを守る事であるのなら、ここ以外にそれをできる場所は無いわ」

愛宕「人類とか世界とかそんな曖昧なものじゃなくて、誰を守りたいって具体的でしっかりとした意志があるのならね」

愛宕「だって深海棲艦に対抗できる艤装の力を使えるのは艦娘だけだから」

愛宕「人類や世界だなんてそんな曖昧なものじゃなくて、ユーちゃんの家族とか提督とか、そういうのを守れるのはここ以外に無いわ」

愛宕「力を手放して家族のところにいたって、私達が負けたらみんな深海棲艦に殺されるんだから」

愛宕「でもここにいて、勝っていければ例えどれだけ辛い事があったとしても、一番望んでいるものだけは手に入る」

U-511「辛い事は、あるんだ」

愛宕「どこだってそうよ」

愛宕「全部が全部得ようとしたらただただ傷付くだけ。本当に、一番、望んでいるものの事だけを考えて」

愛宕「もし、色々考えて結局艦娘を辞める事になってもそれだけは忘れないで」

愛宕「あなたが本当に欲しいものが何なのか、それだけははっきりさせて、その為だけに生きていきなさい」

愛宕「自分が本当にやりたい事。本当に欲しい一つや二つの為だけに」

愛宕「全部欲しいだなんて、そんなのは無理なんだから」
560 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 22:32:24.23 ID:PAnp9vz00


・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・

・・・・



561 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 22:39:52.53 ID:PAnp9vz00
大淀「…ふぅ」

愛宕「お疲れ様大淀。随分喋ったんじゃない?」

愛宕「久々よ。あんな情熱的なあなたを見たの」

大淀「愛宕もね…」

愛宕「どうしたのぼーっとしちゃって、本当に疲れた?」

大淀「愛宕。『大切なものを守る為に戦う』って、私言ったよね」

愛宕「うん」


大淀「提督の、大切なものって何だろう」

愛宕「そりゃあ…」

大淀「一番大切なものよ?」

愛宕「………」

大淀「………」


愛宕「何かしら?」

愛宕「多すぎるような」
562 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 22:48:12.90 ID:PAnp9vz00
大淀「だよね」

大淀「あの人は、一番大切なものが多すぎる」

大淀「それは私であって愛宕であってユーちゃんであって雪風ちゃんであって…」

大淀「その『一番大切なもの全部』に幸せになって欲しいと願って願って願って願って」

大淀「傷付いて」

大淀「また壊れて」

大淀「それでいて」

大淀「自分がそこにいる価値を見ていない」

大淀「いつまでも、どこまでも、お子様で、完璧主義者…」

愛宕「………」
563 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 22:52:01.82 ID:PAnp9vz00
大淀「私、どうして提督が無策でブラック鎮守府に突っ込んだのかがわかった気がする」

大淀「あんな事で何とかなるならゴーヤちゃんみたいな子が出るはずがない。ほぼ完璧に守られているからあんな振る舞いができるってわかるはずなのに」

大淀「提督だってそういう事を考えていなかったはずがないのに」

大淀「だけどもし提督が最初から」


大淀「『糾弾に失敗して私刑に遭う事まで考えて動いていた』としたら」


大淀「…提督が目を覚ましたら、何が起こるんだろう」

大淀「私達は、どうすればいいんだろう?」


愛宕「大淀。起こっちゃう事に対してどうもこうもないわ。私は私の幸せの為に動く」

愛宕「それで誰がどうなろうが、私が幸せになれるなら知ったことじゃないわ」

愛宕「大好きな人と一緒に幸せになる。それ以上に素敵な事なんて何も無いんだから」

愛宕「その為だったら私は…」

愛宕「また、人を殺すわ」
564 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 22:54:47.38 ID:PAnp9vz00
☆今回はここまでです☆

冬イベでグラーフツェッペリンが二人来ました。
烈風の上位互換滅茶苦茶おいしいです。
565 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/06(金) 23:56:06.20 ID:w0l4rW800


グラーフ裏山ですなぁ
566 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 21:39:13.57 ID:C1MSIyGP0
本当に大切なもの。その言葉を何度も繰り返しながらU-511が廊下を歩く。

本当に大切なもの。本当に守りたいもの。

人類を守る。そんな大義名分を捨て、本当にやりたい事とは何か。

U-511はすぐに思いついた。

彼女が艦娘になる事を決意した最初の想い、そしてここに来てから芽生えた大きな想い。

家族を守る事。提督を守る事。彼女にとってそれが根元なはずだったのだ。

でも、だからと言って。それでも彼女は迷い続けた。本当にそれでいいのかと、悩み続けた。

家族の命と他の人間全てを天秤にかける事が正しい事なのか。

それでも、他人を優先してその先に待っているものがあの惨状なのだとしたら。
567 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 21:59:22.43 ID:C1MSIyGP0
悩み続け歩き続ける途中で見知った、気を許せる姿が見える。雪風だ。

「ユーちゃん、定時報告終わったの?」

「うん。これからAdmiralの所に行くけど、一緒に行く?」

この道でばったり会うという事は、つまりそういう事だろう。

そう察してU-511が誘うと雪風は頷いた。

しかし、そこからの会話が繋がらない。ただ無言で歩き続ける。

音楽がかかっていない廊下で二人の足音だけが響く。

足音が無言の空間に響く。まるで気まずさに言及するように足音が響く。

「雪風、今、何を考えているの?」

雪風と共に過ごし、会話が途切れる事は今まで無かった。つまり雪風の様子がおかしいという事だ。

U-511は少ない語彙から言葉を選び、雪風に問いかける。

「別に、何も」

そして返って来た答えがこれだ。会話が繋がらず、無言の空間に逆戻りした。

U-511の問いかけを不快と思ったわけではない。

U-511と共に過ごす事に嫌悪感を抱いているわけではない。


雪風は、今の自分の考えを誰かに知られるわけにはいかなかったのだ。

特に、今彼女の隣にいる友人、U-511には絶対に知られるわけにはいかなかったのだ。
568 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 22:15:12.65 ID:C1MSIyGP0
『伊58を助けなければよかった』


今の雪風の考えを一行で表すのならばそうなる。

それを知ればU-511は怒り、雪風を軽蔑するだろう。今やU-511と伊58は友人同士なのだから。

それがわかっていても、雪風は自分の行動を後悔した。

泊地に伊58が現れ、伊58の鎮守府に提督が向かった結果、提督はリンチに遭いボロ雑巾のようになって帰って来た。

そして未だ目を覚ましていない。いつ目覚めるかもわからない。もしかしたら彼が死ぬまでずっと目覚めないままかもしれない。

伊58を助けたのは自分だ。つまり、今提督が意識不明の重体になったのは雪風自身が原因である。彼女はそう考えていた。

自分が気付きさえしなければ、あの時蒼龍達の静止を無視しなければ、提督に褒められたいと思わなければ、提督があんな事にならずに済んだ。

そうでなくても、あの時の魚雷が自分に直撃していればよかった。

魚雷が不自然に逸れた時、雪風は心の底から安堵し喜んだ。

伊58を助けた事を提督に褒められた時、そしてその後の一連の流れも雪風の中では幸せな思い出として残っている。

自分が自分だけが幸せになろうと思ってしまったから、こんな事になってしまった。

その考えが雪風の胸中に打撲のように滲む痛みを広げていく。
569 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 22:32:45.45 ID:C1MSIyGP0
「よくわかるでしょう?」

「雪風の幸運が多くの不幸と引き換えにもたらされているんだって」

頭の中の声が響く。以前雪風の事を教えてくれた、どこからか聞こえる声。


幸運とは他の不幸との引き換えだ。そしてその代償を払うのは幸運を感じた自身とは限らない。

駆逐艦雪風の幸運の代償は常に誰かが払い続けてきた。

敵も味方も、全員が雪風が生きるという幸運の代償をおっかぶり傷付いていった。


今も何も変わらない。伊58を見つけた事、無事に連れ帰れた事。それら全ては雪風の奇跡であり幸運だった。

だからこそ、その代償を提督がおっかぶった。彼は意識不明の重体となった。

雪風はそう望んでいなかったが、そうならざるを得なかったのだ。

伊58が泊地に辿りついた瞬間から、こうなる事は決まっていたのだ。


自分が雪風でなければ、あの時の魚雷が直撃して伊58は死んでいただろうし、そもそも見つける事すらできなかった。

自分が幸福になろうと考えなければ、提督が傷付く事もなかった。

だからこそ、雪風は心の底から自分の責任を感じ、人命救助を心の底から後悔した。

例えその結果、友人に新しい友人ができたとしても。

いや、だからこそ、それを知られるわけにはいかなかった。

だから雪風は何も言わなかった。だから雪風は自分の心を隠した。
570 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 22:35:32.98 ID:C1MSIyGP0
「あ」

「でっち…Admiralは?」

目の前の扉から伊58が出てきた。その表情は暗い。彼女は無言で首を横に振った。

失った手足を再び与えてくれた男が、古巣の人間にリンチにあって意識不明。

その辛さをU-511は100%正しくイメージできないが文面としては理解できる。

今伊58から目を逸らした雪風の心情は理解もイメージもできないが、察する事はできる。

それは言葉としても表せない余りにも曖昧な予感に過ぎない。だが今自分がするべき事は伊58の傍にいる事だと理解した。
571 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 22:37:47.59 ID:C1MSIyGP0
提督が泊地に戻ってきてから、特別鎮守府から睦月と曙が毎日来ている。

目的は泊地の秘書艦如月だ。彼女にとって提督の受難はショックが大きすぎたのだ。

絶大なハンディキャップを背負う彼女にとって今の提督の姿は猛毒以外の何物でもない。

だから今の提督を如月に見せないよう、如月が提督に会いに行かないよう支え、悪く言えば監視する必要があった。

一班の夕立と潮、睦月と曙、そして空母班や金剛型の人々が中心となって日々彼女を支えようと彼女の元に通っている。


如月は泊地の中心人物だ。多くの人に大切にされている。U-511は常日頃から如月に対してそう感じていた。

自分とそう歳が変わらないにも関わらず秘書艦に抜擢された事、駆逐艦娘だけではなく空母艦娘や戦艦娘との交流も盛んな事。

飛龍や蒼龍、金剛や比叡と一緒に食事をしている光景が彼女の印象として強く残っている。

如月は本当に多くの人に大切にされている。だけど、伊58はまだそうなれていない。

彼女もまた大きなショックを受けた一人だ。感情を量で測れるのならば、彼女の負担は如月と同等かそれ以上かもしれない。

だが泊地の艦娘達は如月に気を取られ、彼女を支えられなくなっている。

如月がそう支えられているように、伊58も支えなければならないはずだ。

そしてそれは今の自分がやるべき事なのだろう。

まして伊58の命を救った当事者である雪風が伊58を見てそんな顔をするというのならば。

「雪風。やっぱりユーは、でっちと一緒にいるね」

そう判断したU-511は伊58の横に付いて共に歩く。

本当に大切なものの事だけを考える、とはこういう事なのだろうか。

雪風の視線を背中で感じながら、愛宕と大淀が教えてくれた言葉の意味をU-511は探り続けた。
572 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 22:41:47.17 ID:C1MSIyGP0
U-511が去り、雪風は一人で部屋に入る。

この部屋に入れば提督が目が覚めているかもしれない。

そんな事が起こるはずがないと理解しながら心のどこかで期待していた。

だがそんな彼女の目の前に映る光景はある意味全く予想もしなかったものだった。


伊401が、提督の上で馬乗りになっている。
573 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 22:45:03.36 ID:C1MSIyGP0
「提督」

両手で提督の頭を支え、誰にも見せない表情を浮かべ、頬を赤らめ、提督の顔に唇を近付けていく。

目をつぶり、首をかしげ、ドラマの1シーンのように唇を捉えようとする。

「しおい?」

伊401の唇が触れるか触れないかの距離に近付いた瞬間、雪風の声に跳ね飛ばされるように遠ざかった。
574 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 22:51:46.25 ID:C1MSIyGP0
え、あ、は、と顔を赤くしながら雪風から目を逸らす伊401に追撃をかける。

「とりあえず、降りて」

「はい」

「何してたの?」

「…キス」

『は?』たった二文字で表せる感情が一瞬にして雪風の脳内に埋め尽くされる。

この子は一体何を考えているのか?どうしてそんな事を考えたのか?

「キスしたら、提督の目が覚めないかな、って」

『は?』たった二文字で表せる感情が疑問で埋め尽くされた雪風の脳内にずどんと圧し掛かる。

「駄目かな?」

雪風は返事の代わりに思いっきり白い目で伊401を見つめる事にした。ずっとずっと見つめる事にした。

駄目かな?じゃないよ。言葉に出さず表情に出したままずっと伊401を見つめる事にした。

「うー、あー、悪かったよぉ!じゃ!!」

いそいそと退室する伊401の姿を雪風はずっと同じ表情で見つめていた。
575 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 22:54:25.41 ID:C1MSIyGP0
ばたんと音が鳴り、部屋には彼女と目覚めぬ提督だけが残される。

思わず溜息が漏れた。こんな状況で彼女は何を考えているのだろうと。

伊401と雪風は歳が近く、着任もほぼ同時期でお互いがお互いに話しかけやすい環境だった。

休暇で遊ぶ事もあるし、趣味趣向の話で盛り上がったりもする。

活発で能動的な彼女と行動を共にする事を雪風は好んでいたし、彼女のそういう所に好感を持っている。

だが彼女は少し、悪い人でもあると常日頃から感じていた。

歳相応の腕白。可愛らしい甘え方。そう捉えるのが相応だが真面目な気性かつ幼い雪風にはまだその度量はなかった。

夜更かし、悪戯、そしてまだ踏み入れてはいけない大人の世界。それらを自分に持ってくるのは大抵伊401だと雪風は記憶している。

ワレアオバ、という通称の隠し撮りの存在にいち早く気付き雪風に持ってきたのも伊401だ。

電気を落とした深夜の部屋で、彼女と同じ布団の中で視たスマホの映像は衝撃的過ぎて忘れられない。

助平だ。伊401を悪く言うとしたら雪風は彼女をそう評する。彼女はやたらそういう所に興味を持つ。言い換えるならば『ませている』のだ。

今だってそうだ。キスで目が覚める?そんな事があってたまるか。

御伽噺じゃあるまいし。ただ自分がキスしたいだけだろうに。

そんな奇跡が起こってたまるか。そんな奇跡が。奇跡が。奇跡が。
576 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 22:55:23.19 ID:C1MSIyGP0
奇跡が。奇跡。奇跡。奇跡。奇跡。奇跡。奇跡。奇跡??

奇跡。その言葉に至った時、雪風は妙な気配を感じたかのように提督の顔に視界を移す。

奇跡。奇跡。奇跡。言葉が繰り返されるごとに雪風の視界が狭まっていく。

テープやガーゼ、包帯で覆われ、見ていて気分がよくもならない提督の顔。

何にも塞がれず、まるでその為だけに用意されていたかのように晒されている彼の唇。

魔法が解けるように、異性のキスで目が覚める。そんなものは童話だけだ。

ありえない。そんな奇跡は起こらない。


本当にそうだろうか?
577 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 22:58:20.29 ID:C1MSIyGP0
雪風が唾を飲み込む。奇跡は起こらないのだろうか?本当に起こらないのだろうか?

心臓が高鳴る。何故そう言い切れる?仮に起こらないとしても、万が一があるのではないか?

何故なら自分は雪風だからだ。深い眠りに沈む男の唇を見ながら少女はそう自答した。


奇跡の駆逐艦雪風。幸運艦雪風。それが自身だ。自分自身だ。

他の誰かができない事でも、自分ならば、雪風ならば、奇跡を起こせるのではないだろうか?

自分は幸運艦雪風だ。今までだって、幸運だったから生き延びてきた。

幸運艦だったから、自分は幸せに生きてこれた。これからもそうだろう。何故なら自分は雪風だからだ。


ならば。靴を脱ぎ、ベッドに乗る。ぎしと音を立てながら雪風は提督の身体を両腕両脚で囲い込んだ。

彼の頭を包むガーゼや包帯の端から青痣が見える。

内出血の様相がグロテスクに浮かび上がり、傷が腫れ上がり輪郭を歪ませている。

それは常人からしてみればとても見れたものではない。カエルより醜いとも捉えられるそれにキスをするなど誰が考えようか。

だが雪風の精神は常人のそれではなかった。

責任感と義務感、罪悪感と焦燥感、優越感、慢心、傲慢

そして下腹部から湧き上がる衝動が彼女の精神を狂気の沙汰に至るまで高揚させ、彼女を非常人へと変えた。


「司令」

「幸運の女神の、キスを、感じてください」
578 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 23:22:55.02 ID:C1MSIyGP0
自分が起こした幸運の結果が今の提督ならば、自分が彼を癒さなければならない。

奇跡を起こして彼を目覚めさせる義務がある。それはこの幸運艦雪風にしかできない責務だ。

他の誰にもできない。羽黒にも、那珂にも、大淀にも、伊401にも、如月にも、他の誰にもできない。

自分の、雪風の、自分だけの、自分だけの特権だ。他の誰かができる役割であってたまるか。


そう自分に言い聞かせ、雪風は湧き上がる衝動の全てを彼の唇にぶつけた。

彼女の舌が感じ取ったのはレモンの味も、血の味もしない無味だった。


頭をがっしりと掴み、肘と膝の支えすら無くし、提督の身体にべったりとくっ付く。

軍服から着替えさせられ薄着になっている提督の身体の感触が、彼に押し付けた身体から伝わってくる。

青葉から貰った映像を思い返しながら、提督に自分の何かを分け当たえ彼は抵抗せずに全てを受け入れていく。

彼女自身の幸運だけではない、感情の全てを送り込んでいく。

どれだけの時間そうやって過ごしたか、ただ彼女は傷付いて目覚めぬ提督に口付けをし、彼女が持つ全てを彼に分け与え続けた。

たった一行で表せる行動を数秒、数分、数十分も延々と繰り返した。舌に流れる電流と息苦しさに喘ぎながら、その行為だけを延々と。
579 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 23:24:35.51 ID:C1MSIyGP0
「司令、司令、司令、しれい、しれい、しれい、しれい」

奇跡を起こす。その建前すらも湧き上がる衝動が吹き飛ばそうとしていたその瞬間、提督がびくと動いた。

「…あれ?」

聞きたかった提督の声。

「しれぇ!」

「え、雪風?ここはどこ?」

「しれぇ!しれぇ!!」

自分の名前を呼ぶ提督の声に感情が暴走する。

二度と聞けなかったかもしれないその声を雪風は再び聞いている。

あぁ、あぁ。雪風は奇跡を起こしたのだ。

そして雪風は確信した。

やはり雪風は、奇跡の駆逐艦。幸運艦なのだと。
580 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 23:26:31.45 ID:C1MSIyGP0
かつて目の前の彼がかけてくれた言葉は、今この瞬間内なる声と衝動に塗り潰された。

全身で彼を感じながら、雪風は彼から与えられたものを忘却した。

それでも状況が飲み込めていない提督以外の全員が笑っていた。


雪風も、彼女に問いかけ惑わす彼女の頭の中の声も。口角を上げてその奇跡を味わっていた。

異性のキスによって目覚めるという童話のような奇跡。それが今現実となった。

その奇跡の代償、幸運の代償がある事には誰も気付いていなかった。

童話のようなロマンティックな奇跡。


その代償は、焼けた鉄の靴を履かされ死ぬまで踊らされるものだと相場が決まっているのだ。
581 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 23:27:33.37 ID:C1MSIyGP0
そして提督はその代償と、そもそも奇跡が起こった事にすら気付かないまま自分勝手に思考を巡らせていた。

ここが自分の泊地だとするならば、青葉は無事なのだろうか。


不安だ。

青葉に会いたい。

あの子に何も起こっていなければいいのに。

青葉に会いたい。

会って無事を確かめたい。


少しずつ状況を理解しだした提督は彼に抱き付いて離さない雪風の身体を感じながら、そう考えた。
582 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 23:28:35.83 ID:C1MSIyGP0
☆今回はここまでです☆

艦これ5周年おめでとうございます。
583 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/29(日) 00:46:52.13 ID:8kTJly5yo
おつ
次も待ってるわ
584 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/04(金) 01:31:00.81 ID:Q/SEHse00
乙ー

雪風も助平ですなぁ・・・
585 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 17:08:12.82 ID:DnDdznZx0
友提督は走った。車を走らせ、自分の足でも走った。

一刻も早く辿りつかなければいけない。それだけを考えながら走った。

先に泊地にいた睦月と曙と合流してまた走る。

一刻も早く提督に会わなければいけない。

意識不明の重体を負った提督が意識を取り戻した事はすぐに彼の耳にも入った。

友人が目を覚ました事は喜ばしい。だが問題はその後の事だ。

三人は泊地を駆け回り、ようやく提督を見つける。

傍らには秘書艦である如月がぴたとくっ付き提督が見やすい位置に書類を掲げていた。

「提督!!」

話し合いの途中のようだが友提督はあえて割り込んで呼びかける。これ以上その話し合いを続けさせるわけにもいかないのだ。

「お前、本気なのかよ」

今彼がやろうとしている事を止めなければいけないのだ。

「うん。本気」

「俺はあいつを、ブラック提督を殺す」

彼は、ブラック鎮守府に攻め入るつもりなのだから。
586 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 17:27:03.34 ID:DnDdznZx0
「…やめろ」

渾身の本心がかろうじて口から漏れた。

「そんな事をしたらどうなるかわからないのか?」

ブラック鎮守府の行いが許されることではないのは友提督にも十分理解できる。

だが、それでもやるべきではない。やってはいけないのだ。

「あいつは、潜水艦娘を虐待してる事を罪に問われていない!」

ブラック提督は世間一般的には清廉潔白。何の罪も無い有能な提督の一人だ。

裏で何をしていようが、賄賂で憲兵を買収している以上それが表沙汰になることは無い。

「なのにお前が突っ込んだらお前の暴走って事で話がついちまう!殺せようが殺せまいがお前は捕まる!」

だが提督は違う。彼は弱小泊地の司令官でしかない。

後ろ盾も何も無い彼がブラック提督に手を出せばたちまち憲兵に見つかり捕まる。

その罪もすぐに表沙汰になる。その場合ブラック提督は一方的な被害者であり、提督は一方的な加害者でしかない。

そこに正義なんて何もない。ただ個人的感情で味方を撃った最低な軍人が出来上がるのだ。

例え撃たれた奴が何十何百もの味方を個人的感情で殺してきた下種だとしてもだ。

「それが何?俺はあいつを殺したいんだ。殺さなきゃいけないんだ」

それでも提督は合理的な未来予想を放棄し、殺意でボロボロの身体を動かし続ける。

「何で…?」

「何でって、これ見てみろよ!」

そう言って彼は左手を掲げる。吹雪に踏み潰された手には包帯が巻きつけられていた。

「ちょっと文句言っただけでこんなにボコボコにされたんだ!」

「左目だって見えちゃいない!これでムカつくなっていうのは無理な話だろ!!」

そう言って潰れた左手を、左目を指し示すように顔に向ける。

これもあの暴行で受けた大きな傷の内の一つだ。彼の左目は失明していた。

かろうじて意識は取り戻したものの、片手は潰れ、片目を失明。彼はまさに半殺しにされたのだ。

「その仕返しだよ。この位許されるはずだ」

それでも未だ生きている彼の右目が殺意で満ちているのが友提督にも見て取れた。
587 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 17:50:01.83 ID:DnDdznZx0
「嘘」

その意志を曙がたった一言で、誰もが聞き取れるように、はっきりと、真っ向から否定する。

「嘘って何」

その態度には流石の提督も反応せざるをえなかった。それが曙の狙い通りだったとしてもだ。

「仕返しなんかじゃない。伊58の事でしょ」

「ゴーヤの事は…あいつは、関係ない」

提督が視線を逸らした事で曙は確信した。

「嘘が下手くそ」

仕返しというのは建前なのだと。身内ほど目を背けたくなるような重傷ですら、理由付けに過ぎないだと。

「あんた、本当にあいつらがもみ消してるってわからなかった?」

「わからなかったよ」

「嘘ね。人をダルマにして殺すような真似してる奴が何で捕まらないかなんて私でもわかるわよ」


ブラック鎮守府のやり方はあからさまだ。

四肢と首に爆弾を取り付けて殺すなんてやり方では奴隷に恐怖を与える事はできるだろうが、証拠が残りすぎる。

今まで彼らがずっとそのやり口で悪行を重ねてきて、一切の証拠が出ないなんて事はありえないのだ。

それなのに堂々としていられるのには裏がある。自分達が特別な存在であるという自覚がある。そう考えるのが普通だ。

提督より十以上年下の自分ですら気付いたのだから、提督がそれに気付けないはずがない。それが曙の考え方だった。

ここで提督が言いよどめば止められるかもしれない。

個人的な復讐ではなく伊58の為であるとはっきりさせられたなら、他の方法に導く事だってできるはずだ。

ここにいる曙や睦月を始めとした特別鎮守府の面々も提督の事を心配している。そしてこのままいけば彼が破滅する事もわかっている。

だが大本営から『パラオの英雄』と呼ばれる特務提督屈指の実力者である友提督の力も使えばいくらでもやりようはあるはずなのだ。

例え相手が賄賂で誤魔化すとしても、それを跳ね除けるだけの力が特別鎮守府にはある。個人的な報復でないのならば、いくらでも力を貸す事ができる。

言葉でなくてもいい、態度で現れれば後は強引に引っ張り、『そういう話』にしてしまえるのだ。

仕返しではなく義挙にしてしまえば、彼は破滅せずに済むのだ。


「俺は、無能だから」

その目論見は提督の、彼自身のプライドを完全に投げ捨てた言葉に打ち倒された。

「とにかく、俺はあいつを殺しに行く。殺さなきゃ気がすまねぇんだ!!」

無能だから気付けませんでした。このままじゃ納得できないから殺しにいきます。

子供の駄々こねに近いその叫びに、彼を追い詰めようとしていた曙が逆に呆気に取られてしまった。

その隙に話はどんどん先に進んでいく。ブラック提督を殺し、提督が破滅する話へと。
588 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 18:03:34.21 ID:DnDdznZx0
「如月ちゃん!提督さんに何か言ってよ!!」

ならばやり方を少し変える。提督を動かせないのであれば彼の周辺を動かそう。

丁度曙に助け舟を出すかのように睦月が叫んだ。彼の秘書艦である如月に、睦月の姉妹艦である如月に向かって。

ここが提督が破滅するかしないかの瀬戸際だ。形振り構っていられない。

「如月、あんたはそれでいいの?」

曙も友提督も如月を見つめる。彼女が今までの話を全く聞いていなかったはずはないだろう。

「私は司令官についていくだけよ」

それでも如月ははっきりとそう答え、提督の腕に絡みついた。

「それでコイツがいなくなるような事があっても?」

もう一度確認する。このままいけば提督は破滅するのだ。

提督と如月が男女の関係である事はここにいる全員が知っている。

こんな形でパートナーを失う事が彼女にとってどれだけのダメージになるかも誰もが予想できる。

「…そうはさせない。司令官は、絶対に」

三人にとってその言葉はただの理想論でしかない。

如月には現実が見えていない。そう感じ取った睦月の感情が高ぶった。


「だったら提督さんを止めてよ!!」

睦月がヒステリックに叫ぶ。


「こんな事しても何にもならないよ!!」

感情のままに如月に詰め寄る。


「どうなったって提督さんの為にもならない!!」

感情のままに合理的判断を如月に叩き付けていく。


「止めようよ!!こんな事して何になるの!?」

如月はそんな姉の姿を見て


「如月ちゃん!!」

感情を消す事にした。
589 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 18:04:53.20 ID:DnDdznZx0

如月の身体が一瞬後ろに下がった。彼らに視えたのはそこまでだ。
590 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 18:18:12.35 ID:DnDdznZx0
次の瞬間には睦月の身体はぐるりと反転し、倒れ、腕を極められていた。

経緯は視えなかった。その結果だけが彼らの視界に映った。

関節を極められて悶える睦月と、冷酷な顔で姉を見下ろす如月の姿。

「うるさいな」

「睦月ちゃんは関係ないのに口出ししないで」

その言葉が痛覚で状況を感知できない友提督と曙の意識を引き戻した。

「私は司令官についていく」

「どんな事があっても、私はずっと司令官と一緒にいる」

「どんな事があっても、どんな方法でも、どんな手段を使っても」


びき、という音が睦月の痛覚の中に流れ込んで脳を刺激する。

睦月の腕が、折れた。
591 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 18:29:33.38 ID:DnDdznZx0
「痛い!痛い、痛い…」

折った腕を放し、転がる姉を見下す。

あまりにも呆気ない。睦月の練度は如月のそれと二桁は違う、それも睦月の方が上であるというのに。

如月は表情一つ変えずに叩き伏せ、表情一つ変えずに言い放った。


「これ以上私と司令官の邪魔をするなら」


「睦月ちゃんでも殺すわよ」
592 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 18:41:47.34 ID:DnDdznZx0
侮蔑の言葉を投げかける彼女の目は提督のそれと同じようにも見え、曙はその瞬間に詰みを確信した。

駄目だ。どうにもならない。どうする事もできない。

こいつら全員本気だ。嫌だ。本気で殺しにいく。嫌だ。本気で破滅する気だ。そんなの嫌だ。

そんなのは嫌だ。でもどうにもならない。どうにかしたいのにどうにもならない。

曙には、ただ如月の目を、自分の意志を込めて見つめるだけしかできなくなった。

せめて自分が何を考えているかだけでも伝わってくれ、と願いながら。そして伝わった所で無駄だともわかっていながら。


「如月」

その状況を変えたのは提督の呼びかけだった。

「なに?司令官」


「睦月さんを入渠施設へ連れて行ってくれないか?腕折ったままじゃあんまりだ。ここで治してもらいたい」

二人は何も言わずに提督を見つめ、如月は少し驚き困った顔で提督を見つめた。

「脅しはもう済んだだろ?それに、如月の大切な姉妹艦じゃんか」

「…頼むよ。俺は、まだ曙さんが話したそうだからここにいるけど」

ねぇ、と少し崩した、甘えたような呼びかけを聞き如月は身体の力を抜いた。

「わかったわ。司令官がそう言うなら」

「もう折るなよ」

「…それは睦月ちゃん次第よ」
593 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 18:46:41.04 ID:DnDdznZx0
提督「如月はあんな感じだけどさ。ずっと気にかけてくれている曙さんには本当に感謝してるよ」

提督「あの子の友達でいてくれて本当にありがとう」

提督「俺に何かあったら如月の事は頼んだ。友提督も、できたらあの子の事を頼む」

友提督「何だよ…それ」

曙「死ぬ気?」

提督「殺しに行くんだから殺される事だってあるだろ。殺されなくたってその後社会的に死ぬんだしね」

曙「意味わかって言ってる?」

提督「勿論。動いたり喋ったりできなくなる。一切の価値の無い肉の塊になる」

提督「物を食べない分、一人分の食料を他に回すことができる」

提督「人が増えなければ、食事の量が増える」

提督「みんな満足する」
594 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 18:52:01.06 ID:DnDdznZx0
曙「何でそうやって自分の命を投げ出そうとするの!?」

曙「『何かあったら如月の事は頼んだ』!?無茶な事を言わないでよ!」

曙「あんたに何かあったらあの子は絶対あんたの後を追う!!私がどうこうできる問題じゃなくなるのよ!!」

提督「じゃあ『何があっても死んじゃいけない。如月にはまだご両親がいる』って言っておいてよ」

曙「ざけんな!!!!!」

提督「…じゃあ止めてみろよ。ぶん殴ってでも止めてみろよ」

提督「艤装を使ってもいい。俺を止めろよ。だけど俺は殺されなきゃ止まらないぞ。止めるんなら死ぬまで殴らなきゃな!」

曙「死ぬなって言ってんでしょうが…!!」

提督「中途半端なやり方で止められる程俺もあいつらもできちゃいねぇからな」

提督「所詮人間なんざ、死ななきゃ変われねぇよ」

提督「だからどうしても変えたいんだったら、止めたいんだったら殺せ」

提督「俺はそうするし、曙さんもそうする事はできるよ?止めたきゃ殺れよ!!!」

曙「死ぬなっつってんだろうが!!!!」

提督「じゃあ諦めて。俺は殺しに行く。その後どうなろうが知ったこっちゃない」
595 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 18:54:41.40 ID:DnDdznZx0
提督「俺は生きてちゃいけない人間だから」

提督「俺は死んだってどうだっていい人間だから」

曙「誰が!?誰がそんな事言った!?」

提督「あいつだよ。ブラック提督」

曙「何でそんな奴の事を真に受けてるのよ!?」

提督「事実だからね」
596 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 18:59:31.40 ID:DnDdznZx0
「俺、あいつとは研修時代からの知り合いなんだ」

「俺は特務提督の中でも成績が悪くて」

「どれだけ頑張っても、どれだけ考えても全然上手くいかなくて、何やってもダメで、色々なことをやらかして」

「その度に言われたんだ。『生きてる価値も無い』って」

「辛かったよ。だから否定しようと努力したんだ。でも駄目だった。何度やっても失敗する」

「何度やっても上手くいかなくて、何やってもダメで、何かやろうとしたら変なことやらかして」

「『そらみろやっぱりこいつには価値が無い』」

「だから俺は本当に生きてちゃいけない人間なんだって納得した」

「あいつらは、間違っていないんだって。だってあいつらはいつも、上手くやっていたから」


「でも、でもだからってただ死んでいくのは嫌だ!!」

「どうせ死ぬなら誰かの為に死にたい!今まで迷惑をかけてきた分、俺の命を使って誰かを助けたい!!」


「人を殺すのが犯罪だって事くらい俺にだってわかるよ!」

「でもあいつらが人殺してケラケラ笑ってる奴なのに俺が手段選んでちゃ何もならないだろうが!!」

「同じ土俵に立つなとか、同じレベルになるなっていうけどさ、やらなきゃどうにもならねぇ」

「俺ができるのは本当に手段を選ばずに動く事だけだ」

「そんな事俺にしかできない。この先生きてる価値が無い俺にしかできないんだ、これは」
597 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 19:07:55.00 ID:DnDdznZx0
曙「だから、伊58の事を隠してブラック提督を殺そうとしているの?」

提督「そうだよ。罪に問われないとかそんなのはどうでもいい」

提督「あの子にとって、あいつらが今生きている事自体が問題なんだ」

提督「あいつらが傷付かずにのうのうと生きているだけであの子はずっと苦しまなきゃいけない」

提督「邪魔なんだよあいつらは。ゴーヤが生きていくのに邪魔でしかないんだ」

提督「あいつを、あいつらを、いなくなった過去の人間にしねぇとゴーヤはこれから生きていくだけでも辛いんだ」

提督「ゴーヤがこれから、自分の手足の事も含めて生きていくには、あいつが生きてちゃいけないんだよ」

提督「逮捕とかじゃ駄目だ。死ななきゃ、殺さなきゃ、何にもならねぇんだよ」


友提督「でもそれを理由にすれば伊58に疑いの目を向けられる」

友提督「だからお前は、無策でブラック鎮守府に突っ込んでわざとリンチを食らった」

友提督「仕返しっていう体裁が作れれば憲兵もそっちに目が行って伊58に疑いの目を向ける事はなくなるから」

友提督「まして研修時代に虐められてたっていうなら、その仕返しと思うのが憲兵側から見たら自然」

友提督「つまりそういう事か?お前は自分の復讐心を利用してゴーヤを助けたいと」

提督「ゴーヤがブラック提督の所の艦娘だったっていうのは知らなかったけどね」

提督「でも、後は友提督の言うとおりだ。おかげでもっとやりやすくなった」

提督「俺が例えブラック鎮守府の連中を皆殺しにしたとしても、憲兵は俺個人の復讐だと思うだろ」

提督「そうなったら誰もゴーヤを気に留めない。俺がやる事でゴーヤに迷惑がかかる事はないんだ」


曙「それじゃあ如月はどうなるの?」

曙「あいつは、アンタの為に人を殺すのよ。人殺したら当然罪に問われる」

提督「大丈夫。それもちゃんと考えてある」

提督「俺の泊地の艦娘は、誰一人として罪に問われない。問われたとしても情状酌量の余地はある」

提督「そう思って貰えるように用意はしてある」
598 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 19:09:46.32 ID:DnDdznZx0
曙「で、アンタは死ぬと」

提督「ゴーヤを助ける為には手段なんて選んじゃいられないんだ」

提督「あの子はまだ自分の手足を失った事を受け入れられていない。傷付けられてきた事を忘れられていない」

提督「もう時間は無いけど方法が無いわけじゃないんだ」

提督「誰もやらない、誰も選ばないやり方…だってこれをやったら自分が死ぬ」
599 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 19:11:03.30 ID:DnDdznZx0
誰もやらないやり方、つまり加害者を殺して過去の人間にする事。今後一切の痕跡を絶つ事。存在そのものを無くす事。

殺人は犯罪だ。やれば捕まり、その罪は一生消えない。死ぬまで永遠に残り続ける。

ブラック提督のような特例もいるが、そう簡単に人は特別な存在にはなれない。そんな実力も財力も無い。

だからこそ人は人を安易に殺さない。そこには理性や慈愛があるわけではない。

やれば捕まるという強迫観念、一種の恐怖政治が機能してこそ、法により殺人が抑止される。

誰かを愛する心、誰かを傷付ける事を嫌う心が殺人を抑止するのではない。

自分の身が可愛いと思う人間こそ、自分の人生が何よりも大切だと思う人間こそが、法によって抑え付けられる。

慈愛などというくだらない概念ではなく我が身可愛さこそが、この世界の秩序を保っている絶対の感情なのだ。
600 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 19:14:22.03 ID:DnDdznZx0
提督「でも俺なら何も問題はない。俺は死んでもいいんだから」

曙「だから死んでもいいっていうのをやめろ!!!」

曙「私はね!潜水艦娘が死のうがダルマになろうが食われようが何だっていいのよ!!!」

曙「如月が無事なら!如月が幸せになるならなんだっていい!!でも如月が幸せになるにはあんたがいなきゃいけない!!」

曙「あんたが死ねば如月はもう全部失う!如月にはもうあんたしかいないの!!あんたしか残っていないの!!!」

曙「あんたが何だろうが他の誰に何を言われようが、あいつにはあんたがいなきゃ駄目なのよ!!」

曙「それを、わかれ…!!」

提督「わからないよ。何で俺じゃなきゃ幸せにできないなんてわかるんだ?」

提督「男なんて星の数いる。それに俺よりいい男が大半じゃん?なら俺と一緒にいたっていい事なんて無いんじゃないか?」

提督「そりゃ最初は辛いかもしれない。でも如月だって俺がいなくなればわかるはずだ」


提督「『人を殺してくれるか』なんて聞いてくる奴がまともであるはずがなかったって」
601 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 19:17:56.68 ID:DnDdznZx0
ブラック鎮守府に攻め入る。

この泊地の艦娘にそれを伝えた時、心のどこかでみんながここを去る事を期待していた。

そうなればそうなったで彼は一人でブラック鎮守府に突っ込み、上手く行ったとしても刺し違える程度で終わるつもりだった。

予防策は張ってあるとは言えそれが通じなければ罪に問われる。そう考えて彼は艦娘達には転属願いの案内もした。

この泊地と無関係になれば罪に問われないし、逆にこのタイミングで抜け出した事が評価に繋がるかもしれない。

確固たる倫理観と断固たる正義感を持ち合わせた艦娘の演出としては最適だろう。

だからこそ彼はあえてこう言った。反対ならすぐにこの泊地から出て行け、と。

だが結果として誰一人として出て行く者はいなかった。

集会でそれを伝えた時、真っ先に侵攻部隊入りを志願してきたのは神通だった。

神通の挙手を皮切りに他の艦娘からも手が挙がり始め、泊地が二派に分かれるのにそう時間はかからなかった。

ブラック鎮守府を攻め滅ぼす戦力として志願する賛成派か、戦力にはならないが文句は言わない消極的賛成派。その二派だ。

だが集会が終わった後からも志願者は増え続け、消極的賛成派はじわじわと数を減らしていった。

その有様を第一人者として見届け続けた提督は、心の奥底で彼女達を罵った。


『お前達はどこまで都合のいい女でいれば気が済むんだ?』
602 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 19:25:34.47 ID:DnDdznZx0
口には決して出さなかった。出した所で彼女達を傷付けるだけだし、何と返ってくるかも予想がついたからだ。

予想はつくが、彼が理解しようと思わない感情。彼自身が毎日のように向けられる感情。

合理的な考えを放棄するその感情を、それを自分に向けられる事を提督は何よりも嫌悪し危険視していた。

何故自分にその感情を向けるのか、理解できなかった。そしてその感情の赴くままに自分に媚びる艦娘を哀れんだ。

その感情は艦娘達にとって害でしかない。そう信じていた。


艦娘達はどういうわけかその感情に縛られがちだ。

何故そうなるかなど全くわからないが、多くの艦娘がそういう感情を持ち合わせている。特性か、洗脳か、それともまた別の何かか。

だが間違いなく言える事は男に媚び、男の為に殺人まで犯す、男にとって都合のいい女が幸せになれるはずがないという事だ。


だから自分は死ななければならない。ただ離れるだけでは彼女達の感情を切り離す事はできない。

自分がこの世からいなくならなければ、彼女達はずっと自分に縛り付けられたままになる。

誰かに依存するのではなく、自分の意志を持って、自分の意志で生きて、自分の意志で幸せになって欲しい。

それだけをずっと願い続けてここまできた。今だってそうだ。

俺はゴーヤが今後幸せになる為に自分の身も削った。彼女が幸せになる為に邪魔になるブラック鎮守府の連中は今から皆殺しにする。

それで初めて彼女はスタートラインに立てるのだ。苦しい過去を忘れなければ、そこに立つ事すらできない。

そして自分が死ねば、他の艦娘達もまたいなくなった自分を忘れ、スタートラインに立つ事ができる。


まして先のブラック鎮守府への訪問で左手は潰れ、片目を失明した。もう二度と回復する事は無いだろう。

こんな壊れた人間にいつまでも執着していても不幸にしかならない。

壊れた玩具は廃棄処分にしなければならない。いつまでも残しておく必要なんてない。

だが今回の襲撃で全部うまくいけば、皆が幸せになれる。


戦力は揃った。作戦も立てている。後は適材適所で対応して、死人を出さずに終わらせる。

こちらからは一切被害を出さず、敵は皆殺しにする。一人でも被害が出ればこちらの負けだ。

誰一人として死なせてはいけない。あの子達にはまだ未来がある。

みんな若く美しく優しい子ばかりだ。彼女達は幸せになる権利があるし、誰一人としてこんな所で死んでいい人間じゃない。

死ぬのは自分とブラック提督、そしてあのブラック鎮守府の艦娘全員だ。

それ以上の死人は絶対に出してはいけない。

絶対に死なせてはならない。それだけは何があっても譲れない。命に替えてもだ。
603 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 19:27:57.71 ID:DnDdznZx0
☆今回はここまでです☆

劇場版アマゾンズ観ました。北斗が如く買いました。
ドバドバーのグシャグシャビシャビシャですぜ!!!
604 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/09(土) 00:28:45.01 ID:R3fNPLpE0


提督死んだらみんな殉死しそうだけどな・・・
605 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/06/19(火) 11:45:59.79 ID:CFOCe7ASO
19:名無しNIPPER[sage]
2018/05/25(金) 00:41:23.83 ID:yBb2DXJv0
乙です

これだから女はどろっどろで嫌なんだよ
やはりスッキリサッパリしていてそれでいて濃厚であり、口のなかでシャッキリポンな俺たちのような雄と雄の関係が一番だな!なあ最上!
606 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/26(火) 18:39:12.13 ID:Hn7zce2BO

久しぶりに見に来たがゾクゾクするね
607 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/06/30(土) 21:57:41.30 ID:WO+G3lfq0


・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・

・・・・



608 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/06/30(土) 22:01:17.89 ID:WO+G3lfq0
「用意できたわ。睦月ちゃん」

如月の呼びかけに応じて睦月は自分の衣服を脱いだ。

用意されていたバスタオルを身体に巻いて湯船に浸かる。折れた腕も湯の中に浸からせた。

本来ならば骨折した箇所を湯につける事は避けるべきだ。だが彼女達は特別なのだ。

一糸纏わぬ腕の痛みを押さえ込むように湯が包み込んだ。

「修復剤入れるわね」

服を着たまま浴室に入ってきた如月の手には、修復剤と大きく印字されたバケツが握られている。

慣れない光景に睦月は一瞬驚いたが、すぐに状況を理解して頷いた。

睦月が所属する特別鎮守府では修復剤を投入する作業は機械で行われている。

しかしこの小さな泊地にはそんな設備を購入する余裕もスペースも無い。だから人の手でその作業を行っているのだ。

如月がバケツの蓋を開け、ひっくり返して中の液体を浴槽に注ぎ込んだ。

ばしゃあ、と流れ込んだ緑の液体は湯の中でぐにゃりと曲がり薄れ広がっていく。

湯が一面緑に染まり、それらは睦月の肌から潜り込み睦月の神経を直接愛撫するかのように刺激した。

腕の中にある痛みを溶かすように包み込み、消していく。その感覚に睦月は、はぁ、と喘いだ。
609 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/06/30(土) 22:07:44.07 ID:WO+G3lfq0
「私達は恵まれてるわよね」

「入渠施設と高速修復剤があれば、腕が折れても穴が空いても治せるんだから」

戦争はあらゆるものを破壊する。無機物も有機物も等しく暴力の前に砕かれ切り裂かれ捻じ曲がる。それは艦娘であっても変わらない。

無機物である艤装は人と妖精の手で、有機物である艦娘の身体はこのようにして修理される。

一見スーパー銭湯のようにも見えるこの設備は艦娘を修理するのに必要不可欠なものだ。

湯船に浸かる事で彼女達はそれぞれが持って生まれた、魂の姿に戻る。そして入渠施設の湯の上位互換となるのが高速修復剤だ。

製造にはそれ相応の時間と資材を要するらしく、湯に溶かす事で量を少しでも節約するべし、という事を特務提督達は研修で学ぶ。

だが、治ると言うがその現象は開発者からしても不可解な部分が多く、万能でもない。

まず、あまりにも大きな傷は治せない。

事実、手足を爆弾により失った伊58の治療にはこの高速修復剤が大量に使われたが彼女の手足が戻る事はなかった。

そして

「艦娘は治せるけど、人間は治せない…」

「だから提督さんの片目はもう見えない。提督さんはもう治らないって?」

如月が呟きだした言葉を遮るように、腕を折った仕返しとばかりに睦月が事実を突きつけた。
610 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/06/30(土) 22:22:44.62 ID:WO+G3lfq0
沈黙した如月に、睦月は再度確認する。

提督が睦月を治すと言った以上、その言葉を突きつけた所で本当に殺されることは無いという打算があった。

「如月ちゃん。本当に、人を殺すの?」

「殺すわ」

答えはすぐに返ってきた。

「睦月ちゃんが何を言いたい事はわかってる。でも今の私にはもう司令官しかいないのよ」

「私の全部を受け入れてくれる司令官」

「もう何も失いたくない。これ以上失うのが怖い」

「もう私のものが誰かに殺されるのを見たくない…見るくらいなら、殺してやる」

如月の目が潤んでいる。それを見て、殺してやるという言葉に込められた感情が読み取れる。怖さと悲しさ、悔しさと憎しみ。

あまりにもシンプルかつ簡潔にまとめられるが、あまりにも大きいそれらは睦月にも向かって流れ込んできた。

「睦月ちゃんには一生わからないでしょうね。まだ沢山色々なものが生きて残っている睦月ちゃんなんかに」

「艦娘なんかに、理解できるわけない」

「夕立ちゃんや潮ちゃんだって、わかったふりしてるだけ」

如月自身にも、それは制御できないものだった。押さえ込もうとしても溢れ出てくる。

彼女の身体から血小板を失った血液の如く溢れ出して止まらない。

外部からの止血もできないほど大きな傷が開き、それらを溢れ出させていく。

では、その傷はどうして付けられたのだろうか。
611 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/06/30(土) 22:37:01.34 ID:WO+G3lfq0
「そんな事ない!そんな事…!あるわけがない…!!」

ついに身内にまで向けられた暴れる感情を抑えるように睦月が反射的に否定する。

夕立と潮そして如月はこの泊地内では同じ班員として活動をする事が多い。

駆逐一班、それが彼女達に付けられたチーム名だ。班員は同じ部屋で生活し、枕を並べる。

もっとも最近の如月は駆逐一班の部屋に戻る事が少なくなっている。提督の部屋で夜を過ごす事が多いからだ。

如月は、同じ班員を避けているのかもしれない。泊地の誰かがそう感じていた。そしてそれはこの場で彼女自身の言葉で明らかになった。


「日本街に遊びに行った時、殺されかけたのよ」

道理のわからないお前に教えてやる。そう言わんばかりに如月は口を開いた。

「テレビで轟沈したはずのお前が何で生きている。お前は深海棲艦だ。お前はスパイだ。殺してしまえって」

その先の話は睦月も覚えている。

「顔も殴られたしお腹も蹴られた。ブロックで頭を潰されかけた」

如月は殺され続けたのだ。

「必死に逃げてる途中でも、路地裏に引きずり込まれて殺される如月を沢山見たわ」

何度も何度も何度も何度も。

「その後も、仲間の艦娘に裏切られて殺される如月も…沢山…」

あらゆる存在によって

「大した理由なんかじゃなかった。どれもこれも『テレビで轟沈したから!』」

たった一つの理由によって。
612 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/06/30(土) 22:40:30.90 ID:WO+G3lfq0
「それだけよ!?たったそれだけの理由で殺しに来るのよ!?」


「たったそれだけの理由で、たった数日の間で、如月は数え切れないくらい殺された!!今だってそう!!!」


「こうしている今だって、どこかで如月は殺されている…!!」


「それで信じろって方がおかしいわよ!!」


「ただ生きたいと思うことだけでも思うようにいかない!!誰も許してくれない!!」


「もう信じられないのよ!!人間も!艦娘も!!」


「みんな、敵に見える」


「私に死んでほしいと願っている」


「『可哀想な私』を哀れんで自己満足を得ようと思っているように見える!!」
613 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/06/30(土) 22:58:53.66 ID:WO+G3lfq0
ヒステリックに叫ぶ如月の目の前で睦月が口ごもった。

でも、だけど、それでも、こういう場面で99%出るであろう言葉が出かかっていた。

でも自分は違う。だけど皆は違う。それでも

「如月は、睦月型艦娘にすら裏切られて死んでいったのよ?」

「なのに、同じ睦月型艦娘の睦月ちゃんがそうじゃない理由って何?」

その言葉を如月は完全に潰しにかかった。

「『私』は、如月だからっていうたったそれだけの理由で今こうなっているのに?」

「『私』にはパパもママもいる、鹿島先生との大切な思い出もある。他の如月だって似たようなものがあるかもしれなかった」

「悪い事を考えて如月型艦娘になった人だっていたと思うし、そうじゃない如月型艦娘だっていたはずよ」

「でもそんなのは関係なかった。みんなみんな殺されたのよ。『テレビで轟沈したから』っていう理由だけでね」

「それで、睦月ちゃんや他の艦娘の時だけ何も示さず『信じろ』だなんて、都合のいい話だと思わない?」

言葉を失った睦月に追撃をかけるように如月は彼女に近寄り、瞳を覗き込むように見つめた。

「ねぇ」

「誰にとっても『私』と他の如月型艦娘に違いはない」

「じゃあ睦月ちゃんと他の睦月型艦娘は、何が違うの?」

動揺する睦月より先に、如月の目から涙が零れ出す。

「違うって言うなら、止めてよ。『私』だって『私』よ。それをみんなに認めさせてよ。誰も認めてくれないのよ」

「みんな外側しか見ないくせに自分が否定された時だけ中身を見ろだなんて綺麗事言わないでよ!!」
614 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/06/30(土) 23:14:31.15 ID:WO+G3lfq0
睦月の心が折れ、この言い争いは如月が勝利した。

この話はこれで終わりだ。そう感じ取った如月は距離を取り、紺色の上着の裏側に手を入れた。

如月が改二となり追加されたその服は、結界増幅装置が縫い付けられており艦娘の生存性を劇的に向上させている。

彼女がそこから取り出したのは、一本の短刀だ。

その短刀は睦月にも見覚えがあった。確か如月の提督が日向型の武装を改造して彼女にプレゼントとしたものだ。


「ねぇ、見て睦月ちゃん。これは司令官がくれたお守りなの」

「私は、いつもずぅっとこれを持っているわ。これがあるから私はみんなと話ができる。他のみんなにはない私だけの命綱」

「臆病になった私の安全装置」

如月は短刀をぎゅ、と握り締める。

ナイフを持って自分が強くなった気がする奴は絶対ナイフを持ってはいけない。

睦月は昔、まだ睦月型艦娘になる前に、読んだ本にそう書いてあったのを思い出した。如月はまさにそのタイプなのだろうと。

「今まで一度も使った事はなかったけど…今回は使う」

如月がそう呟き、短刀が鞘から引き抜かれたと同時に、入渠施設内に風を切る音が響いた。
615 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/06/30(土) 23:30:05.20 ID:WO+G3lfq0
睦月には過程が一切見えなかった。残心の様でようやく刃の位置が把握できた。

「人生は絶え間無く続く問題集だ」

「揃って複雑。選択肢は酷薄。加えて制限時間まである」

「一番最低なのは夢見たいな解法を待って何一つ選ばない事」

「オロオロしている間に全部おじゃん。誰一人、何一つ救えない」

「司令官の部屋にあった漫画にそう書いてあったわ。本当にその通りだと思う」

「私は何もしなかった。何もできなかった。何もしてなくて、あの馬鹿が何かをしたから、如月は全部失った」


「だから今度は選ばなくちゃいけない。選ばなかったら、また失って殺されるのよ」

「如月を、私の全部を受け入れて愛してくれる司令官が、殺されるのよ」

「司令官以外、もうここには何も残っていない。司令官しか。司令官だけが、今の私の心の支え」

「だから私は、選ぶ」

「あいつらを皆殺しにして、無かったことにして、できる限り今までの生活に戻る」

「あいつらを全員殺して、無かったことにして、私達二人は幸せになる」

「その後どうなったとしても私は、司令官となら生きていけるから」


「私が本当に大事にしているものはたった五つだけ」

「司令官と、私と、パパと、ママと、鹿島先生」

「それ以上のプラスはもう何も望まない。もう何もいらない。あってもいいけど消えるんなら勝手に消えちゃっていい。今の私にはもう持ちきれない」

「睦月ちゃん。あなたも如月にとっては余分なプラスでしかないのよ。司令官が仲良くしておけって言うから付き合っているだけ」

「だから如月を見捨てるなら早めに見捨てて頂戴。それはあなたの為にもなるかも知れないわ」

「でもそれで私と司令官の邪魔をするなら、次は、本当に殺す」

「首を折って、腱を切って、指を切り落として、内臓を引っ張り出して、主砲でバラバラのグチャグチャにしてから燃やしてあげる」
616 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/06/30(土) 23:35:39.34 ID:WO+G3lfq0
そう言い切り、浴室から立ち去ろうと動かした足を如月は強引に止める。

「あぁ、そうだ」

「腕が治ったら施設そのままでいいからね。後片付けは如月達でやっておくから」

「それじゃあ、ごゆっくり」

そう言い残して如月は立ち去り、睦月は一人残された。

もしかして今自分に向けた笑顔も演技なのだろうか、そう睦月は疑った。

その疑心は睦月の心にドス黒い感情を染み込ませていく。


「何で!何で、こうなった…!!」

誰一人いない入渠施設で睦月は感情に従い怨嗟の声を上げる。

自分の腕を折り、自分の意志を否定した妹に向かってではない。この世界そのものを罵った。

そうするしか、睦月の心の痛みが治まる事がなかったからだ。

彼女はやろうとした。やれる事を精一杯やった。だが結果として如月は壊れた。

彼女に起こった事に同情するからこそ彼女を否定はしない。否定できない。

それが彼女の甘ったれた所でもある。

もし今置かれている状況が逆だったのなら、そして止めようとするならば、如月は睦月の全てを否定するだろう。
617 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/06/30(土) 23:44:52.31 ID:WO+G3lfq0
「もう、死んじゃえ…!!」

けれど彼女が壊れた原因を作った全てを呪い殺さんが如く恨みを抱く。

如月に向けるべき憎しみすらも全て乗せて。

「全部死んじゃえ…!!!」

睦月は匙を投げた。如月を救う事ではなく、彼女が殺す誰かを救う事を。

如月が死ぬ、という事は頭になかった。ブラック鎮守府の連中が本当に全滅するという確信が睦月にはあった。

睦月は特別鎮守府所属の艦娘だ。そして指揮官は英雄と呼ばれるほどの男だ。

ただ日々をだらだらと過ごしているわけではない。その立場に相応しい戦果を挙げ、日々の鍛錬を通じて練度を上げている。

わかりやすい言い方をすれば叩き上げのエリート。経験と知識を兼ね備えた最高の兵士の一人だ。

その睦月が動けなかった。何もできず腕を折られ、先程の刃は一切見切れなかった。もはや実力の差は明確だ。

睦月にとって最早如月の存在は恐ろしいものとなっていた。

あの一件からまだ一年も経っていない。どれだけの執念があればあそこまでの技量を見に付けられるのか。

そしてあの技が、艤装の出力を乗せて振るわれるとしたらどうなるか。

こんな小さな泊地だが、あれほどの実力を持った艦娘があと数人でも居れば、駆逐艦娘や軽巡艦娘ばかりの鎮守府など数時間で皆殺しにできる。

睦月の、今まで多くの戦場を乗り越えてきた軍人としての勘、そして知識と経験による予想がそう告げていた。

だからこそ、完全に匙を投げた。

よほどの事が無い限りブラック鎮守府はもう終わりだ。そのよほどの事が何なのかなど想像すらできない。

だから、もう何が起こっても知るものか。
618 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/06/30(土) 23:46:39.47 ID:WO+G3lfq0
ここから先は、何があっても自業自得だ。

全てお前達が招いた事であり、お前達の一時の快楽の代償として引き起こされるのだ。

少しでも誰かを思いやる気持ちがあれば、こうはならなかった。

誰かが少しでも彼女を思いやる気持ちがあれば、如月は壊れなかった。

だがそうはならなかった。だから起こる。必然として起こってしまうのだ。

これは自業自得だ。

存分に苦しめ。

存分に後悔しろ。

それでもどうにもならない諦念に沈みながら壊死してしまえ。

何もかもがお前達が引き起こした事であり、何もかもがお前達の責任なのだ。

それを理解しろ。

苦しみをかみ締めて、死んでしまえ。
619 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/06/30(土) 23:47:38.75 ID:WO+G3lfq0
何度呪っても、彼女の心の痛みが収まる事はなかった。

もう治っている腕を動かし、頭を抱え、如月を歪ませた全てを呪い続けた。

それでも彼女の心の痛みが収まる事はなかった。
620 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/07/01(日) 00:04:08.06 ID:S4E63O0z0
☆今回はここまでです☆

たーのしー
621 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/01(日) 01:19:33.11 ID:QMDZpYqE0


ブラック鎮守府全滅が楽しみ
622 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/02(月) 00:26:36.66 ID:pmanxrfdO
これ暗に人気の艦娘がクソになってこの展開になったのが全部アニメと俺たちのせいっつってんのか
623 : ◆ZFgfLAc.nk [sage]:2019/04/05(金) 23:25:10.13 ID:R7A+k8Zk0


・・・・・・・・・・・

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・・・・



624 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/05(金) 23:26:19.72 ID:R7A+k8Zk0
「それで、どうなったんです?」

「失敗…」

「いやあれは我々の仲間になる器ではなかった、という事だ」
625 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/05(金) 23:28:45.07 ID:R7A+k8Zk0
「なるほど」

「最新型の潜水艦の開発、どうもうまくいかない」

「素材が薄汚い肉袋ではどうしようもないのでは?」

「なるほどなるほど!そうかもなぁ!!」

「怨念だけは大したものだったんだがなぁ!」

「あの海域に巡らされた怨念!それらをかき集めればもしやとも考え張ったがこのザマ!」

「お前のいう通りだ。奴らは所詮薄汚い肉袋!神に歯向かう排泄物!!」

「上手くできたとて根本的に我々と違いすぎる。汚らわしい。矢避け以外に使い道があるだろうか?」

「ではあの残りカスはどうするのです?我々はあんなものと肩を並べなければいけないのですか?」

「まさか。元居た場所にでも送り返してやろう」

「恨み辛みだけは一人前だからな」
626 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/05(金) 23:33:19.68 ID:R7A+k8Zk0
「ゴミはゴミらしく」

「汚物の中で戯れているのが一番だという事だ」


「なぁ」

「嬉しいだろう?元居た便所に戻してやると言ってるんだよぉ?」

「なぁ、おい、聞こえてるのかぁ?」

「 失 敗 作 ?」



「おい、返事をしろ失敗作」



「失敗作」



「失敗作」



「失敗作」



「失敗作失敗作失敗作失敗作失敗作ぅぅぅ!!!!」



「………」



「と言っても」

「お前達じゃあ我々の言葉は理解できないか」

「格が違うからな。格が」

「ククククク」
627 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/05(金) 23:35:17.80 ID:R7A+k8Zk0


「せいぜい殺し合え」

「意地汚く、醜く、無様に」

「お前たち下等生物にはそれがお似合いだ」

628 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/05(金) 23:35:50.87 ID:R7A+k8Zk0


・・・・・・・・・・・

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・・・・



629 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/05(金) 23:41:29.34 ID:R7A+k8Zk0


「違ウ」


「違ウ」


「コンナンジャナイ」


「コンナハズジャナカッタ」


「私ハ」


「私ハ」


「私ハ!!!」


「誰カ」


「誰カ」


「私達ヲ」


「私ヲ」


「認メテ」

630 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/05(金) 23:43:28.37 ID:R7A+k8Zk0


・・・・・・・・・・・

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・・・・



631 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/05(金) 23:53:30.04 ID:R7A+k8Zk0
水を裂く空気の音。

海が動く流れの音。

僅かな光が前を照らす。

「ユー、聞こえる?」

こめかみにまで響く自分を呼ぶ声。

こちらを心配するその声を聴いて少し安心する。

「潜入先は予定通りならドッグの中。万が一でもそこに艦娘がいたらまずい。慎重にな」

指示通り彼女は突き進んでいく。

信頼に答える為に。

自分の意思を突き通す為に。

「ドッグから上がったら水門の制御装置を動かして開門。場所はさっきゴーヤが教えてくれた所だ。覚えている?」

「すぐに開門して終わったらすぐに本隊と合流。あとは他の奴らに任せてくれ」

「それと」

「万が一見つかったら…すぐに連絡ちょうだい。何とかするから」
632 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/06(土) 00:07:55.84 ID:bmKj3dQl0
海面からそっと顔を出す。近くに艦娘はいないのを確認して一安心した。

誰一人としてそこにいない事以外全て、周囲の光景は伊58が教えてくれていた通りだ。

その先の道も全て教わっている。この建物をよく知る伊58が教えてくれた。

ブラック鎮守府への攻撃作戦は提督と伊58の二人が主軸となって立てられた。

元々所属していた伊58、そしてつい先日直接乗り込んで地理を把握した提督の二人でだ。

誰かが言っていた。提督は最初から全てこうなる事を狙っていたのではないか、と。

ブラック提督への糾弾が失敗する事、自分が大怪我を負う事、そして今こうして鎮守府に攻め入る事。

提督の知る情報と伊58が知る情報に差はあっても間違いはなかった。

だから最初からブラック鎮守府を攻撃するつもりでできる限り情報を集めていたのではないか、と。


二人の情報を元にあっという間に作戦が立てられた。移動手段が無い上、現地の市民を騒がせない為地上からの攻撃は却下された。

艦娘の集団が艤装を付けたまま鎮守府に向けて行進などナンセンスだ。かといって海上からの侵攻には一つ大きな問題がある。

鎮守府を守るように壁が、門が立ちふさがっているのだ。これも資源売買で得た金をつぎ込んで作ったのだろう。

この水門と幼児性愛の戦艦長門を主力とする外部からの救援がブラック鎮守府の堅牢な守りだ。

だがその水門のある一か所にだけ自由に通り抜けができる抜け穴がある事を伊58が教えてくれた。

潜水艦娘は四六時中オリョールクルージングを強制されている。彼女達を虐げ搾取する事でブラック鎮守府は成り立っている。

だから自分たちが作った門が、彼女達だけは守らないよう、あえて抜け穴を作った。

潜水艦型の深海棲艦も入り込めてしまうが、その程度なら何も問題は無いと踏んだのだろう。

ブラック鎮守府の艦娘は対潜だけは達人だ。たった数匹の深海棲艦なぞものの数秒で藻屑にできる。

それでもわざわざ経路があるならば利用させて貰う。今回の侵入経路もそこからだ。だからこそ潜水艦娘にしかこの潜入作戦は実現できない。
633 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/06(土) 00:09:25.81 ID:bmKj3dQl0
それを伝えられた時、U-511はこの潜入作戦に立候補した。

誰もが一瞬躊躇した。危険すぎるからだ。万が一見つかりでもしたら文字通り一たまりもない。

一たまりもなければまだましとも言える。

わざわざ手足をもぎ取ってから殺すような連中だ。

脱走者でそれならば、敵である捕虜ともなれば喜んで嬲り殺すのは想像に難くない。

それでもU-511は真っ先に立候補した。彼女を見て誰よりも提督が驚いていた。

提督から何度も何度も任務の危険性を言い聞かされた。それでも立候補を取り止めなかった。

最終的に他の潜水艦娘を槍玉にあげてようやく提督は折れた。U-511が折れようが、誰かが行かなければならないのだからと。
634 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/06(土) 00:14:08.59 ID:bmKj3dQl0
U-511だって勿論怖い。だがそれ以上に彼女には強い意志があった。提督を見る度にそれが湧き上がってくる。

踏み潰され包帯を巻かれた左手。それが度々添えられる腹部。顔の痣も腫れもまだ消えていない。

伊58が教えてくれたブラック鎮守府特有の集団私刑。爆撃部隊とやらを受けたのだろう。

艤装を付けた艦娘の全体重で腹部を踏み潰される。

艦娘ですらトラウマになるほどの私刑、常日頃から鍛えていない提督の内蔵は無事ではないだろう。

彼は隠そうとしているが、もしかしたらもう彼の身体に取り返しのつかない何かが起こっているかもしれない。

その不安が刺す心の痛みが、そしてそれでも動き続ける彼の意思がU-511の意思を作り上げていた。

彼がそこまでしてやる事が味方殺し。彼のやる事は世界にとって何の役にも立たない。

それでも、いや、だからこそ彼女は真っ先に立候補した。

彼女の忠誠と愛情、そして残虐な好奇心は他の潜水艦娘より、誰よりも新鮮だ。

自分達が今から行う事は悪だ。私怨の為に味方を殺す。だけどそれでいい。

戦う理由に迷った時に大淀と愛宕に教えられた言葉を実行する時、彼女はそう感じていた。

だから、作戦会議の時に何度も、何度も警告されても意思を曲げなかった。

ボロボロの顔を向けられ、踏み潰された手で身体を押さえられ、何度も何度も諭されたが変わらなかった。

やりたい事をやる。守りたいものを守る。その為にこの危険な任務に立候補したのだ。確かに怖いがもはや止まれない。
635 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/06(土) 00:23:58.85 ID:bmKj3dQl0
淵を掴んで這い上がる。背を壁に貼り付かせて周囲を探るが、誰一人もいない。

ここを使う艦娘は潜水艦娘、それ以外はたまの散歩がてらの遠征か、『味方を殺す為の』出撃だけだ。

情報通りとはいえ100%その通りとはいかないと何度も言い聞かされた。そのせいでU-511の足は震えっぱなしだ。

目を凝らして薄暗いドッグの中を見渡していく。

目には自信がある。何故なら艦娘とはそういうものだからだ。

艦の魂を受け入れ、人の姿かたちが変わる。それは身体の内側にも干渉する。健全で健康、かつ強靭な肉体へと修復されるのだ。

魂の個体差はあれど、どれも若く優秀。そして身体能力はあらゆる意味で人類の理想、最上位に匹敵する。

あらゆる病気を打ち負かす抗体、鉄の塊を背負うしなやかな筋肉、シミ一つ無い肌に整えられた顔立ち。

人外の生物深海棲艦と戦うにあたり、人間が至る発想の中であまりにも理想的すぎる身体。

人間の理想の身体。故に人は後先を考えずにそれを欲した。

一時期艦娘の臓器が大量に、あらゆる意味でばら撒かれたのだ。

『違法解体』それが流行した時那珂型艦娘を中心に艦娘達が多数ばら撒かれたが、今では気が付いたら理由すらわからず廃れていた。

艦娘の肉体が劣化したのではない。艦娘の肉体は相も変わらず人間の理想であり続けている。

新米の艦娘U-511も例に漏れず、敵もまた例に漏れない。つまり目が良いのは相手も同じだ。

ゆっくりと、慎重に、U-511は歩み始める。
636 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/06(土) 00:27:02.34 ID:bmKj3dQl0
時間制限は無い。それでもあるとするならそれは彼女の体力と精神が擦り切れるまで。

提督から託された危険極まりない作戦を遂行するために、U-511は動き出す。

だが何もかも彼の言う通り、作戦通りにするつもりはない。

一つだけ、一か所だけ、どうしても寄りたいと思う所があった。

場所は知っている。伊58が教えてくれた、彼女にとって一番思い出したくない場所。

何よりも、誰よりも、真っ先に何とかしたいと感じる場所へ向かって歩き出す。

彼女達もまた、U-511にとって守りたいものの一つであるのだから。
637 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/06(土) 00:31:22.49 ID:bmKj3dQl0
幸い、その場所はドッグからすぐの所にあった。偶然でもない、事情を知っていればある意味必然だと思える場所にそれはあった。

耳を澄ませて中の様子を探る。震える手でドアノブを掴み、ゆっくりと回す。

一切の音を出さないようにゆっくりとドアを開け、覗き込んだ。

中の住人達、いや囚人達の首と目だけがU-511を捉えるように動く。視線があった瞬間、驚きと恐怖でU-511は身じろいだ。

そこは潜水艦娘達の部屋、否部屋ではなく牢獄と言った方が正しいか。

伊168、伊8、伊19、伊401。どれもU-511にとっては見知った顔だ。見知った顔の、はずだ。

見知った顔のはずなのだが、それでもU-511は記憶の中の彼女達と今目の当たりにしている彼女達の違いに衝撃を受けた。

露出が多い彼女達の肌は赤い線が浮かび上がり、内出血の痣、そして円状の焦げのようなもの、U-511には理解できなかったが煙草の火を押し付けられた火傷があった。

所々の皮膚が僅かにでろんと剥がれ赤黒くグズグズしたものが湧き出ている。

視線が合った彼女達の目からは侮蔑と諦めしか読み取れない。全員が、何もかもが違いすぎる。

同じ艦娘でここまで違うのかと考えると気が遠くなりそうになる。

だが、そう、ここは全員いた。どんな理由で全員揃っているのかは知らないが、全員揃っているのはある意味奇跡であり理想的だ。

U-511は意識をはっきりとさせ、勇気を振り絞って声を上げた。
638 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/06(土) 00:35:19.55 ID:bmKj3dQl0
「ユーは、私は、潜水艦娘U-511」

何の反応も無い。それでもU-511は続けた。自己紹介がしたくてここまで来たのではない。だからこそ、最低限でも伝えなければいけない事がある。

「ユーは!」

「ユーは!味方です!」

後先も考えず、感情のままに言葉を繋げる。

「皆さんを助けに来ました!」

提督と、彼の艦娘達から教わった日本語の知識の全てを使って。

この場所は意図されたかのように作戦範囲から外された場所だった。U-511はそれが不満でしかなかった。

今誰よりも苦しんでいる彼女達を一分一秒でも早く安心させ、救う事に何の遠慮がいるだろうか。

この作戦に時間制限は無い。それでもあるとするならそれはU-511の体力と精神が擦り切れるまで。

だがそれはあくまでも泊地内だけの事情だ。このブラック鎮守府内の事情を、彼女達潜水艦娘達の事情を一切考えていない。

U-511が遅れれば遅れるほど彼女達は危険に晒される。彼女達は大半の艦娘がほぼ確約されたも同然の明日の命もわからないのだから。

U-511の作戦が成功して攻め入る事ができたとしてブラック鎮守府の連中はまず真っ先にここの潜水艦娘を皆殺しにする事だってありえた。

敵を手引きしたと罪を擦り付けるか、ただの八つ当たりとしてだろうか、とにかく作戦が進むにつれ彼女達の命は脅かされる。

だから、この作戦が失敗して提督達が返り討ちに遭えば間違いなく潜水艦娘達も皆殺しにされるだろうが、成功したとしても危険であることには変わりはないのだ。

伊58のように奇跡的に助かるなんてどこの誰も約束をしていない。

ならば助けるとしたら今この瞬間しかない。今この瞬間でなければいけなかった。

そして彼女はここまで辿り着いた。あともう少し、あともう少しで彼女達を助けられる。

これが終われば、完璧に終わらせることができる。守りたいもの、救いたいものを全て。

おぼつかない日本語で、それでも全力を込めてU-511は呼びかける。

もう彼女達は自由だ。自分の言葉は彼女達にとっての勝利宣言になる。

理不尽に苛まれて命を奪われるかもしれない恐怖に怯える日々はもう終わりだ。

伊58のように普通の日常を送れるように、その為ならいくらでも支える覚悟をU-511は持っている。
639 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/06(土) 00:36:17.07 ID:bmKj3dQl0


だから、伝われ。

「逃げられるんです!」

伝われ!

「今外にユー達の味方も来ています!」

伝われ!

「もう酷い目に遭う事も無いんです!!」

伝われ!!

「行きましょう!一緒に!」

伝われ!!!

640 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/06(土) 00:38:37.79 ID:bmKj3dQl0
一瞬の沈黙。U-511の瞳から涙が零れ落ちた。

同情と言えば安っぽいが、U-511は本気で彼女達の現状を悲しみ、救いたいと願ってここまで来た。安っぽいありふれた感情だろうがそれは彼女の本心だ。

奴隷のように働き、奴隷のように虐げられ、家畜のように勝手な都合で殺される。

聞いただけで胸がざわついた。深海棲艦にすら向けたことのないようなどす黒い殺意が染み込んだ。

その現状の何もかもを否定したかった。一切の未来を断ち切って無かったことにしたかった。

だから彼女はここに来た。理不尽な世界の一切合切、何もかもを終わらせる為に。

そう思ってここまで来た。そして今、感情のままに叫んだ。



だから、だからこそだろうか。

伊168が部屋の隅に追いやられた古びた通信機に手をかける理由が理解できなかった。
641 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/06(土) 00:41:47.26 ID:bmKj3dQl0


「こ、こちら潜水艦娘室」

「し、侵入者です」

「侵入者が、います!!」

642 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/06(土) 00:42:40.08 ID:bmKj3dQl0
☆今回はここまでです☆
643 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/05/18(土) 19:35:05.01 ID:rM4PLBOB0
突き刺すかのように腕が伸び、握り潰すかのように手が開かれる。

蛆のように視界のあらゆる箇所から湧き出たそれらがU-511の身体を捉えた。

U-511は彼女の真正面から彼女の首を絞める艦娘の姿をその瞳に映す。

伊19。例に漏れず彼女もまたU-511がよく知る艦娘の一人だ。

未成熟な精神に反して豊満で淫靡な身体。U-511に比べ、否他の潜水艦娘と比べても肉付きの良い身体をした艦娘だ。

胸や尻といった直接的に異性を興奮させる部位だけでなく、二の腕や太腿も柔らかい贅肉に包まれていたはずだ。

そのはずだ。U-511の記憶にある伊19とはそういった見た目のはずだ。

だが目の前のそれは、胸は豊満なもののアンバランスなほど腕が細い。骨と皮、文字通りの骨と皮だ。

幼いながらも色気を含み輝いていたはずの瞳からは楽観や甘えから来る親近感は一切見られない。

焦りと皮算用、羨みと卑屈な優越感、鬱屈した暴発手前の破壊衝動。血走り瞳孔の開いた眼でU-511を捉え全力で気道を潰しにかかる。

窒息感と絶望で顔から一斉に血が引いていく。窒息感と今の状況からU-511はようやく試みが失敗だったと思い知った。
644 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/05/18(土) 19:37:00.39 ID:rM4PLBOB0
甘かった。否杜撰だった。杜撰を杜撰とすら気付かないまま我が身一つで突っ込むなど傲慢ですらある。

U-511はその傲慢さを振りかざし、会って話をすれば必ずこちらの言う事を聞いてくれるものだと信じて疑わなかった。

自分達を虐げる者への反逆、それに手を貸す自分。こちらにある正義。

何もかもを一切自己否定も想定もしないままここに来た。だからこそ今こうなっている。

彼女達潜水艦娘にとってブラック提督がどういう存在なのかU-511には理解できていなかった。

彼女たちにとって彼は神なのだ。人間性はおろか生殺与奪を含む全てを掌握する神。

何もかもを否定され虐げられ抵抗もできない彼女達が唯一すがれるものがそれ。例えそれが自分達を虐げ殺すものであってもそれにすがるしかない。

奴隷とはそういうものであり、艦娘というものもまたそういうものでもある。

このブラック鎮守府で培った彼ら彼女らの強固な絆は偽善的な第三者の甘言では崩せない。

例えそれが悪意で作り上げられた絆だとしても、否、悪意で作り上げられたものだからこそ、誰も崩せるものではない。

自分の異常性を棚に上げ、自分が正しく認められるべきというU-511の傲慢さが招いた悪手が今のこの状況だ。
645 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/05/18(土) 19:42:12.27 ID:rM4PLBOB0
だが彼女だけが飛びぬけた間抜けというわけでもない。

確かに彼女は作戦に反発して勝手な行動を取った。そして最悪の結果を招いてしまった。

しかし作戦を立案した二人が潜水艦娘達の心理を理解していたというわけでもなかった。

作戦範囲に入れなかったのはあくまで、彼女達がどうなろうがどうでもいいからだ。

今の自分の周囲以外何も気に留めない提督と、自分の恨みを晴らす事以外考えていない伊58。

敵でも味方でもない潜水艦娘などどうでもよかった。ただ連中を皆殺しにする事以外どうでもよかった。

U-511がそうでないように、彼らもまた賢者だったわけではない。

彼らはU-511と同じように自分の欲望のままに行動しただけだ。

結果的にそれが正解であり結果的にそれに反発したU-511が結果的に最悪の状況に持ち込んだ。ただそれだけだった。

誰も予想も想像もしていなかった。だからこその結果論だ。それ以上でもそれ以下でもない。

大多数を納得させる為に現状説明の言葉を選ぶのであればこうなるだろう。


運が悪かったのだ、と。
646 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/05/18(土) 19:44:41.17 ID:rM4PLBOB0
伊19の二つの親指がU-511の気道を潰す。

視界の外から手首も足首も肩も掴まれ抑え込まれている。

最悪の状況、だがこの状況は潜水艦娘達にとってもまた不運な状況でもある。

狂乱したかのようにU-511が身体を振るわせる。ただそれだけで数の有利にも関わらず潜水艦娘達は振りほどかれたからだ。

数で不利だろうが艤装の有無、健康状態その他諸々何もかもがU-511にとって有利。だからこそ簡単に脱せた。

もし艤装が無ければ簡単に取り押さえられただろう。彼女達はそれを悔やむしかない。

扉を突き破らんばかりにU-511が部屋から飛び出ると同時に鎮守府中にサイレンが鳴り響いた。

敵襲の合図。同時にアナウンスが流れる。


「鎮守府内に敵が侵入。侵入者はU-511型艦娘。艤装を装着して侵入者を捕らえろ」
647 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/05/18(土) 19:49:12.57 ID:rM4PLBOB0
鎮守府が湧き上がった。

まるで人気アイドルがライブでベストヒットの曲を歌い出したかのような興奮と高揚。

それは敵と称するものに向けるものとしては明らかに不適切だった。少なからずある恐怖や不安は一切ない。

中世貴族の狩猟、そう例えるのすらおこがましくおぞましい。

まるで給食の人気メニュー、購買部のパンや弁当の奪い合い。あるいはコミックマーケットの行列か。

欲望の坩堝。理性と人間性の喪失。

それらを向けられているのはモノではない人命なのだが。

鎮守府全体が揺れんばかりに湧き上がる。それは外に潜んでいる提督達にもはっきりと感じ取れた。
648 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/05/18(土) 19:56:57.36 ID:rM4PLBOB0
「ユー!大丈夫かい!?ユー!!」

U-511に通信で呼びかけるが返事が返って来ない。どたどたと走る音と息遣いが聞こえる事からまだ捕まっていない事はわかる。

時折かすかに聞こえてくる奇声や怒声が焦りを煽る。

見つかった。追われている。捕まったらU-511はどうなるか。

状況把握と未来予想に心臓と腹部が締め付けられ、痛めつけられた身体が悲鳴を上げる。

そうなるかもしれないとは思っていたが、目の当たりにしてしまうと平然とはしていられない。

指揮官に相応しくない小さな器から溢れ出した感情が脳髄をかき回す。

「羽黒!!如月!!夕立!!」

焦りを声に乗せて呼びかけた。以心伝心と言わんばかりに三人は身構える。

「先に行け!!如月と夕立は二人一組!!絶対に離れるな!!」
649 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/05/18(土) 20:01:24.92 ID:rM4PLBOB0
その言葉を聞くや否や三人とも全速で海を走り出した。目の前には彼女達の身長の十数倍もある壁。

その壁に向かってやや斜めから小さな弧を描くように突っ込んでいく。

あわや激突かという瞬間、三人の右足は海面を抉り飛沫を上げながら跳ね上がった。

だが地上と違い滑る海面では艤装の力を持ってしてもわずかにしか飛び上がれない。身体は壁の根元わずか上の箇所に跳ね上がり、勢いそのまま壁に。


激突を避ける為足を突き出して壁を蹴る。僅かに上、そして壁の反対側に身体が跳ねる。

背中の主砲が爆音を鳴らし、その反動が身体を再び壁に突き飛ばす。足がその衝撃を吸収して再び壁を蹴る。

爆音が鳴り響く度、壁に小さなひびが入る度、羽黒の身体はどんどん上へ上へと向かっていった。

それを追いかけて二人が同じように壁を登っていく。

壁を底辺とした三角形を無数に描きながら蹴り登っていく。

数十秒足らずであっさりと壁を飛び越え一瞬の無重力の後、壁の向こうの世界へと落ちていった。

提督にはもうその姿は見えないが着水に失敗したとは露にも思わない。


何故ならあの三人は異常だからだ。
650 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/05/18(土) 20:05:57.84 ID:rM4PLBOB0
「いいか。とにかく暴れろ。それだけでいい」

たったそれだけのあまりにも曖昧な命令を聞いた瞬間、夕立の身体は着水の衝撃を受け止めないまま更に加速する。

とにかく暴れろ。その命令を一瞬でも早く飲み込んだ。そしてそれを誰よりも強く望んでいた。

主砲が轟音を上げ彼女の身体を吹き飛ばす。数キロメートル先の鎮守府まで一直線に。

炎でも血でもない赤い光が彼女の動向を軌跡のように彼女の尾のように、螺旋を描き、彼女がいた空間に残っていた。

「ごめん。あと一つ大事な事を言い忘れた」

「できる限り殺すなよ。できる限りでいいからさ」
651 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/12(水) 23:09:36.24 ID:wo3B5+dYo
652 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/07/06(土) 15:24:40.91 ID:FTlql2AiO
ほしゅ
653 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/07(日) 08:05:10.55 ID:RXOibRwDO
やっと追い付いた
これはつまり艦娘はそこの提督の影響を強く受けるという事なのかと思った
過去の経験もあるだろうけど提督の破滅的な価値観が伝播しているようにも見える
654 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/07/16(火) 00:28:56.99 ID:WS8HAR6A0

・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・

・・・・


655 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/07/16(火) 00:30:05.42 ID:WS8HAR6A0
世界には数多くの物語が存在する。

書籍として出るもの、テレビで放送されるもの、インターネットの僻地に点在するもの。

万億兆京それ以上、文字通り数えられない程の物語があり人はそれに触れて生きていく。

ある人は子供の時だけであり、ある人は大人になってもそれに触れ、またある人はそれに依存して生きていく。

物語には個性がある。どれもが千差万別多種多様種種雑多の盛沢山。

それでもマクロに見てしまうと大半の物語で必ずと言ってもいいほど表現されるものがある。

正義、もしくは悪。たった二文字と一文字で表せるそれは物語の臓器。
656 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/07/16(火) 00:31:04.38 ID:WS8HAR6A0
物語に触れるという事は正義に、悪に触れる事。

正義の行いを見て人は生きる勇気を得る。もしくは悪の行いを見て悪へ怒り正義の勝利を願う。

正義の敵は悪と、悪に媚びへつらう小物。

少年少女は小物を薙ぎ払い、悪に肉薄する正義を見て成長する。

力の差を理解できない小物を一蹴する正義が掲げる反撃の狼煙に神聖さを感じる。

だが何故だろう。彼ら彼女ら我々は誰もが気付かない内に成り代わるのだ。


悪か、小物か、ただそれだけに。


「ここまでよ潜水汚物!!この暁様が成敗しバアアアアアアアアアッ!!!!!」

そんな小物の一人が今ド派手に吹っ飛んだ。
657 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/07/16(火) 00:32:04.17 ID:WS8HAR6A0
今まさにU-511の前に立ちふさがった暁型艦娘は艤装を付けていなかった。常日頃から虐待と虐殺を繰り返していた彼女はそれでもいけると誤解したのだ。

艤装の有無なんて関係ない。潜水艦娘なんかに負けるはずがない。潜水艦娘の何もかもを自分が支配できる。

暁は自分のこれまでの経験からそう信じていた。確信していた。力の差を理解できていなかった。

自分たちの力が絶対だと信じていた。

自分が暁型艦娘であるという特別感もその感情を膨れ上がらせる重曹となった。


あの轟沈した如月型のような産業廃棄物ではない。


誰にでも愛され


誰にでも求められ


誰にでも評価される暁型艦娘。


故に何をしても許される。


世界がそう決めている。


自分は生き続ける。


勝者であり続ける。


だが現実、艤装を装着したU-511が恐怖と使命感に駆られて彼女をブッ飛ばした。
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