俺ガイルSS 『思いのほか壁ドンは難しい』 その他 Part2

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919 :1 [sage]:2022/10/10(月) 09:53:10.72 ID:4j2wPxKL0

八幡「あー…、もしかしたら、あいつもしばらくとはいえお前に会えなくなるのが寂しかったんじゃねぇのか?」

俺達に対するちょっとした悪戯を兼ねたサプライズ、みたいなものなのだろう。
色々な誤解も解け、少しだけ気持ちに余裕が生まれた俺が何の気なしに口にしたそのひと言に、

雪乃「あら、寂しがっているのは由比ヶ浜さんだけなのかしら?」

挑発的な笑みを浮かべながら俺の顔を覗き込むようにして切り返す。

雪乃「それに勘違いとはいえ、ここまで私を追いかけてきた比企谷くんとしては、今のうちに私に何か言っておくべきことがあるのではないかしら?」

八幡「えっと …… いってらっしゃい気をつけて、とか?」

雪乃「処置なしね」 呆れ顔でばっさりと切り捨てる。

八幡「や、でも、そういうのはアレだ、強要されて言うもんでもねぇだろ」

雪乃「確かにそれもそうね。……… だったら自発的に言わせてみせればいいのかしら、無理矢理にでも?」

八幡「だからそれを“強要”と言うんだ、日本語で」

雪乃「そう。ごめんなさい。 私、こういうのは初めてだから、その、うまく言えないのだけれど …… 」

八幡「お、おう」

雪乃「私の事が好きなら正直にそう言った方があなたの身のためよ?」

八幡「なんで脅迫みたいになってんの?」 殺し文句じゃなくて脅し文句だろそれ。

雪乃「でも、もし私が本当に留学するつもりだったとしたら、あなた、いったいどうやって引き止めるつもりでいたの?」

八幡「あん? それは、その、えっと、ほら、色々あるだろ ……… いざとなったら強引に」

雪乃「強引に?」

八幡「土下座とか?」

雪乃「 ……… さすがに国際空港で土下座されても私としては困るのだけれど」

八幡「や、心配すんな。慣れてるから」

雪乃「心配するなと言われても安心できる要素が何ひとつ見当たらないわね。むしろ土下座慣れしていると公言して憚らないあなたの将来が心配になるくらいよ」

やれやれといった感じに首を振る。


八幡「えっと …… とりあえず、まぁ、そういうことだから。邪魔したな」

何がそういう事なのか自分でもよくわからないが、居心地の悪くなった俺は、しゅたっと手をあげ、できるだけさりげなくその場から立ち去ろうとすると、

雪乃「お待ちなさい! 話はまだ終わっていないわよ」

いきなり上着の衿をぐいとつかんで引止められ、反射的に仰け反ってしまう。と、


―――― ぽとん


その途端、俺の上着のポケットから紺色の小さな手帳のようなものが床に落ちた。

慌てて拾い上げようとする俺より早く、雪ノ下がそれを手に取る。


雪乃「これって …… 」


降り注ぐ照明に踊る菊の紋と金色の文字を目にした彼女の瞳が大きく見開かれ、同時に息を呑む気配が伝わってくる。

次いで俺に向けられたもの問いたげな視線に、どんな反応を示していいかわからず、つい明後日(あさって)の方向に目を逸らす俺。


ややあって、拾った手帳をこちらに差し出しながら、雪ノ下が心持ち上ずった声で告げた。


雪乃「 …… きょ、今日のところはこれくらいで勘弁してあげるわ。お、覚えていなさい」

八幡「 …… だからなんで悪役の捨て台詞みたいになってんだよ」


920 :1 [sage]:2022/10/10(月) 10:10:48.78 ID:4j2wPxKL0

八幡「って言うか、そういうお前だって、本当のところ少しは寂しいんじゃねぇのかよ?」

雪ノ下から受け取った手帳を上着のポケットに無造作にねじ込みながら言い返す。
我ながら少しだけ怒ったような口調になってしまったのは多分、単なる照れ隠しだ。


雪乃「 ―――― あら、当然ね」

しかし、何の衒(てら)いもなく雪ノ下に即答され、却って俺の方が慌ててしまう。

雪乃「だって、由比ヶ浜さんは私にとってたったひとりの大切な友達だもの。寂しいと思うに決まっているでしょう?」

それがどうかしたのか、とでも言わんばかりに一点の曇りもない目で俺を見返す。

八幡「 ……… いや、だからそうじゃなくてだな」

お前、それ絶対わかってて言ってんだろ。

八幡「それに、お前、今、たったひとりって言ったけど、一応、俺も …… その …… お前の友達 …… みたいなもんだろ? 違うのか?」

ここぞとばかり強く出るつもりが、ヘタレな俺はつい言葉尻にかけて日和ってしまう。

雪乃「 ―――――――― 友達? あなたと私が?」

だが、そのひと言を耳にした途端、雪ノ下が心外ね、とでも言わんばかりに片方の眉を大袈裟に吊り上げて見せた。

八幡「俺と由比ヶ浜が友達なんだから、友達の友達であるお前と俺も友達ってことにならねぇか?」

雪乃「いかにももっともらしいことを言っているつもりなのかも知れないけれど、友達の友達なんて赤の他人よ」

バカバカしい、とばかりにあっさりと俺の意見を全否定する。

雪乃「それに前にも言わなかったかしら。何があっても私とあなたとお友達になるなんてことは絶対にありえないって」

八幡「まぁ、そりゃそうなんだが ……… 」

だが、あの時と今とでは事情が違うはずだ。俺の中では共有していたとばかり思っていた認識が脆くも崩れ去る音が聞こえてきた。

雪乃「それにもし仮に中学時代の私のクラスに比企谷くんみたいな人がいたとしても、決してお友達にはなれなかったと思うわ」

何を言い返す間もなく畳みかける。

八幡「それは前に葉山からも言われたよ。っていうか、お前、ホントに俺のこと好きなわけ?」

思わず口を衝いて出てしまった言葉は自分自身でも驚いたが、それは雪ノ下も同じだったらしく、ぽかんとした表情に変わる。

しかしやがて、少しだけはにかんだような笑みを浮かべたかと思うと、おずおずと口を開いた。


雪乃「 ……… ええ、そうね。多分、なのだけれど」

八幡「多分?!」


思いがけない返事に軽くショックを受ける俺に向けて、雪ノ下がくすりと小さく笑いながら、ごく自然な感じで軽く一歩踏み出し、ふたりの距離を詰める。

その途端、俺の周りを嗅ぎ慣れたサボンの香りがひときわ強く、ふわりと舞った気がした。


雪乃「 ―――――――― あなたが思っているより、ずっと、ね」


囁くように耳元でそう告げ、軽く背伸びしながら、ぎこちなく、それでいて優しく、羽毛のように柔らかな唇を俺の唇にそっと押し当てた。

そして呆気にとられ口を半開きにしたままの俺からすいと離れると、スカートの裾を優雅に翻して背を向け、こう付け加える。

921 :1 [sage]:2022/10/10(月) 10:11:53.62 ID:4j2wPxKL0


「それに、私達はもう友達じゃなくて、恋人同士 …… でしょ?」

922 :1 [sage]:2022/10/10(月) 10:18:37.55 ID:4j2wPxKL0

いやはや、さすがはクール・ビューティー(笑)雪ノ下さんだな。
帰国子女だけあってキスのひとつやふたつ日常朝飯前なのだろうが、俺としてはなんか悔しい。負けた気さえする。

こちらを振り向くこともせず毅然とした足取りで去ってゆく、すらりと伸びた背を目で追っていると、ちょうどその反対方向からやって来た陽乃さんの姿が見えた。

ふたりは立ち止まって言葉を交わしていようたが、姉に反対方向を指された雪ノ下がくるりと向きを変え、そそくさと立ち去る。

………… どうやら方向音痴は相変わらずのようですね。

もしかしてここで偶然出会ったのも、どこへ行くつもりかと聞かれて言葉を濁していたのも、迷子だったからですか?

日本国内の、しかも空港内でさえこれなのにひとりで外国なんか行かせて本当に大丈夫なのかよ?

そんな妹の後姿を暫く不思議そうな顔をして見送っていたあねのんだが、やがて俺の姿に気が付くと、小さく手を振りながらこちらにやって来た。

陽乃「あら、比企谷くんも雪乃ちゃんのお見送り?」

八幡「 ……… えっと、ええ、まぁ。ははは」

咄嗟に俺の口からは乾季のタクラマカン砂漠を吹き抜ける風のように乾き切った笑いしか出て来ない。
まさか由比ヶ浜に唆されてのこのこ空港までやって来ましただなんて俺の口からはとてもではないが言えない。もちろん他人の口からも聞かせられないが。

陽乃「おやおや、熱いねー。あ、もしかして静ちゃんと一緒だったりして?」

八幡「え? あ、はい。そうです。よくわかりましたね。 …… って、そういえばさっき、急に貴女と連絡がとれなくなった、みたいなこと言ってましたけど?」

陽乃「そうそう、そうなの。実は今日のお見送り、珍しくお母さんも一緒だったんだけど」

八幡「げっ、そうなんすか?」 咄嗟に周囲を見回す。

陽乃「それがね、ほんのちょっと目を離した隙にいつの間にかはぐれちゃったみたいで。ほら、ここって広いし人も多いから探すのが大変だったのよ」

深い溜息をつきながら、やれやれといった調子で肩を竦めて見せる様子からは、いったいどちらが保護者なのかわからない。
案外、こう見えてこの人も苦労人なのかも知れないな。

八幡「それで、見つかったんですか?」

恐る恐る問う俺に、陽乃さんがふるふると首を振って答え、二人同時に溜息を吐く。

陽乃さんは呆れ混じりの、俺の方はもちろん安堵の溜息だ。


陽乃「 ―――― あ、ねぇねぇ。ところで雪乃ちゃん、どうかしたの?」

ふと何かしら思い出したかのように陽乃さんが俺に尋ねる。

八幡「 ……… え? 何がですか?」




陽乃「 ―――――――――― だって、さっき会った時、あの子の顔、真っ赤だったわよ?」


923 :1 [sage]:2022/10/10(月) 10:20:06.21 ID:4j2wPxKL0

次回、最後の伏線を回収して完結です。ではではノシ゛
924 :1 [sage]:2022/10/11(火) 22:40:50.06 ID:Djle0+rf0

****** エピローグ ******


陽乃「 ―――― それにしても、まさかあの子のお父さんが会社で不正を働いていたとはね」

誘われるがままついてきた展望デッキで離着陸する飛行機を眺めながら、陽乃さんが思い出したように話を振ってきた。

高校時代、陽乃さんの親友だった女子生徒の父親が転勤した理由については由比ヶ浜の父親から事情を聞いており、そのことは既に陽乃さんにも伝えてある。

あくまでも会社の上層部で内々で処理されたという噂に過ぎないが、と前置きされた上でのことだったが、信憑性はかなり高いはずだ。

不正を働いた父親が会社をクビにされることなくに単に左遷で済んだのも、上司の命令というやむを得ない理由があったことや、会社が大きな損失を被る前に発覚したということもあるが、それ以上に雪ノ下母からの口添えが大きかったかららしい。

今考えると、一見して裕福な家庭にありがちだと思われた母のんの過干渉も、真相を知らされることで必要以上に娘が傷つかないようにという配慮だったのかも知れない。

八幡「処分が軽過ぎるんじゃないかって社内でもかなり反発があったと聞いてますけど?」

雪ノ下の父親の経営する建設会社は一部上場の大手だったはずだ。社長の奥さんってだけで人事にまで介入できるような強い権限があるものだろうか。

俺の疑問に対し、陽乃さんはそれが至極当たり前のことでもあるかのように、さらりと答える。

陽乃「そりゃ、うちのお母さん、お父さんの会社の筆頭株主だからね」

925 :1 [sage]:2022/10/11(火) 22:45:07.25 ID:Djle0+rf0

陽乃「でもホント、今回の件でキミには随分と助けられたし、感謝もしているんだよ。まぁ、やり方は私の思っていたのとはちょっと …… いえ、かなり違ってはいたけどね」

何を思い出したのか、くすりと小さく笑う。

陽乃「お陰で肩の荷が下りた気分だよ」

独り言のように呟きながら自らの肩をトントン叩いて見せるそのおどけた仕草に、心なし彼女の本音が垣間見えた気がした。

八幡「もしかして今回の件って、全て妹さんのために仕組んだ事だったんですか?」

思い切って聞いてみたのも、まるで根拠がないというわけではないからだ。

あの晩、雪ノ下の部屋に寄った際、すぐにでも引き払うような様子は窺がえなかったし、彼女もそんな話は一切していなかった。
それによく考えてみたら親の持ち家なのにわざわざ不動産屋に解約手続きに出向くというのもやはりおかしな話だ。

となると、雪ノ下の引越しの話自体、実は陽乃さんが俺に仕掛けたブラフであったという可能性が高い。

陽乃「あら、仕組んだなんて随分と人聞きが悪いことを言うのね」

しらっと答えつつも、決して否定しないところがいかにもこのひとらしいのな。

八幡「あの時、葉山が現れるように仕向けたのも貴女ですよね?」

あの時、というのは言うまでもなく、俺が雪ノ下の実家を訪れ、母親と対峙した時のことだ。

俺から発破をかけはしたものの、実際のところ本当に葉山が来るか来ないかは五分五分、出たとこ勝負だったはずだ。
それがああも都合よく現れたのも、やはり何らかの形で陽乃さんが裏で手を回していたに違いない。

そういや、母のんが「陽乃がどうしても会わせたい人がいると言うから」とかなんとか言ってたっけか。
それが母のんの口から葉山にも伝わっていたのかも知れない。あるいはそのように仕向けたか。
どっちにしろやっぱり策士だな、この人。

926 :1 [sage]:2022/10/11(火) 22:49:28.07 ID:Djle0+rf0

結果的に葉山に全ておっ被せる形になってしまって、正直、多少なりとも後味が悪い。
もちろん、それ以上にざまぁという気持ちもないわけではないのだが。
少しだけオブラートに包みながらも俺がそう口にすると、

陽乃「いいのいいの。この際だから隼人にはキツくお灸を据えておかなきゃって、思ってたところだし」

八幡「 ……… お灸、ですか? 葉山に?」

陽乃「そ。比企谷くん、あなた、隼人からずっとヒキタニって呼ばれてたんでしょ?」

八幡「え? ええ、まぁ …… つか、何でそんなことまで知ってんですか?」 

俺の問いには答えず、陽乃さんが重ねて問うてくる。

陽乃「それって、おかしいって思わなかったの?」

八幡「いや、ここいらでは比企谷って名前自体珍しいし、人の名前を間違えることくらい誰でもあるじゃないですか」

そもそも俺なんてクラスメートから名前覚えてもらえないことの方がよっぽど多かったし。

陽乃「あの隼人がクラスメートの名前を間違えて覚えると思う?」

八幡「そりゃ…」

言われてみれば確かにその通りかも知れないが、俺はてっきり葉山のグループの誰か、―― 恐らく戸部あたり ―― が間違えて覚えたのがそのまま定着してしまったのだろうくらいにしか認識していなかった。

そうでなくとも、あいつらってばヒキタニだのヒキオだのヒッキーだの好き勝手呼びやがって、最初っからまともに覚えるつもりがあったのかと勘繰りたくもなってしまいたくなるくらいだ。いくらなんでも人の名前を雑に扱い過ぎじゃね? 俺も川なんとかさんに対しては人のこといえないけど。

陽乃「 ―――――― わ・ざ・と・よ」

八幡「 ……… は?」

陽乃「私たちがあなたのことを探してるって知ってて、同じクラスにいたのに、わざとずっと知らないふりをしていたの」

八幡「なんでそんな真似を?」

陽乃さんはやはりその問いにも答えず、代わりに俺を見る目を僅かに細めただけだった。

927 :1 [sage]:2022/10/11(火) 22:55:54.93 ID:Djle0+rf0

陽乃「でも、あの子たちもこれでやっと私の影から卒業できるかも知れないわね」

自分の背中を追いかけてばかりいた妹達の成長を喜ぶような、それでいて少し寂しそうな表情が掠める。

このひとくらいの才覚があるのなら、例え相手が身内であろうと、もっと穏便な方法で、良き姉としてそつなく振る舞うことだってできたはずだ。

時折雪ノ下に対して見せる、あの苛烈なまでに冷酷で、まるで突き放すような態度も、妹の自立と成長を促すための試練であり、敢えて憎まれ役を演じていたとしか思えない。

しかし、それも裏を返せば、それだけ身内に対して情が深い証左でもあるのだろう。

母のんもそうだが、何でも人並み以上にそつなく熟(こな)すクレバーな女性なくせに、どうして身内に対する愛情表現だけはこうも不器用なのだろう。
そう考えると可笑しくなると同時に、少しだけ悲しくなってしまった。

八幡「ずっと誤解されたままでいいんですか?」

陽乃「 ……… 比企谷くん、前にも言ったと思うけど、私、勘のいいガキは嫌いよ?」

まるで俺の心の動きを読んだかのように、やんわりと牽制してきたが、その目はいかにも愉し気に細められている。

あくまでも俺は部外者に過ぎない。姉妹の間に割って入ることなどできやしないし、しようとも思わない。

だが、余計なお世話と言われようが、俺としてはこの姉妹が一日でも早く本当の意味で和解できる日が来てくれることを願ってやまない。

なんせ間に挟まれた人間は堪らったもんじゃないからな。誰とは言わないが特に俺とか。


陽乃「それに、私ね」

彼女は再び俺から目を逸らし、どこか遠く、ここではない宙の彼方を見る凪のような穏やかな顔で静かに言葉を継ぐ ――――― 


陽乃「悔しくて涙目になってる雪乃ちゃんの顔が大好物なの」

八幡「 ……… そういうとこだと思いますよ?」

928 :1 [sage]:2022/10/11(火) 23:02:14.24 ID:Djle0+rf0

陽乃「まぁ、それはそれとして」

その話はもう終わりとばかりにさっさと話題を切り替える。

陽乃「雪乃ちゃんから聞いてはいたけれど、キミって本当に最後には誰でも救ってしまうんだね」

八幡「そんな大それたことなんてしてやしませんよ」

他人を救うだなんて烏滸がましい。
今回の件だってそうだ。何だかんだ言いつつ、結局はまたいつものように、ある意味既存の枠組であった雪ノ下家と葉山家の婚姻関係をブチ壊してしまったというだけの話だ。
例えそれで誰かが救われたのだとしても、それはあくまで結果論に過ぎない。
いずれにせよ、救われた人間も、そうでない人間も、そのうちにまた収まるところに収まるのだろう。
だが、そこまでは俺の関知するところではない。アフターケアまでは奉仕部の活動の範疇にないのだから。

陽乃「でもハッタリとはいえ、うちのお母さんとあそこまで渡り合えるなんて大したものよ」

その声に珍しく掛け値なしの讃嘆が混じるのを聞いて、少しだけ面映ゆくなってしまう。

陽乃「私の高校時代にも比企谷くんみたいな子がいたら、きっともっと面白かったかも知れないわね」

八幡「いえ、既に十分過ぎるくらい我が世の春を謳歌してたって聞いてますけど?」

陽乃でなければ人でなしっていうくらい。いやむしろ陽乃さんだからこそ人でなしなのかも知れないが。

陽乃「ね、比企谷くんって案外、学校の先生なんかよりも政治家の方に向いているんじゃない?」

八幡「なんすかそれ」 

いきなりそんな風に言われ、思わず苦笑してしまう。そもそも端(はな)から学校の先生になるつもりすらない。

それにもし仮にこんなヤツが政治家に立候補しても多分誰も投票しない。俺だってしない。
なんなら立候補する前に全会一致で辞職勧告が可決されリコールが成立するまである。

陽乃「さすがに国会議員までとは言わないまでも、もしかしたら県議会議員くらいなら務まるかもしれないわよ?」

八幡「 ……… とりあえず貴女は今すぐプ〇ティ長嶋さんに謝ってください」

929 :1 [sage]:2022/10/11(火) 23:07:40.83 ID:Djle0+rf0

陽乃「実はね、うちのお父さん、次の選挙で国政に打って出るつもりでいるらしいの」

八幡「 ……… へぇ、そうなんですか。―――― って、え?」

話の流れなのだろうが、さりげなく口にされた話題にしては結構重い。知らず彼女の美しい横顔を二度見してしまう。

陽乃「それで今のお父さんの地盤はそのまま私が引き継ぐことになりそうなんだけど」

八幡「ってことは、もしかして大学卒業したら県議に立候補するつもりなんですか?」

陽乃「そ。とりあえず、それもいいかなって」

軽っ! え? そういうもんなの? 議員に立候補って、とりあえずとかそんなサラリーマンが居酒屋で最初に生ビール注文するみたいなノリでするものなの?

陽乃「 ……… で、ここから本題なんだけど」

思いがけず声の調子が真面目なものに変わったせいもあり、いけないとわかっていながらも、ついついその巧みな話術に惹きこまれてしまう。

陽乃「もしその気があるのなら、だけど、比企谷くん、将来のことを考えて今からうちで秘書みたいなことやってみない?」

八幡「秘書 …… ですか?」

陽乃「うん。最初は私のマネージャーっていうか、簡単な雑用係みたいなものなんだけど。比企谷くん、そういうの得意そうだし?」

八幡「 ……… ふぅ。いいですか? 雑草という名の植物が存在しないように、雑用という名の仕事も存在しないんですよ?」

昨年の文化祭の時も雪ノ下から記録雑務の雑務という名目で際限なく仕事を振られ続けた俺が言うのだから間違いない。

陽乃「もちろん、大学に通いながらでも全然構わないし、ちゃんとそれなりのお給料も支払うわよ?」

冗談めかしながら「どう?」とばかりに問うてくるその目が全く笑ってないのが逆にヤバい。

八幡「え、あ、や、その、そりゃ、もちろん ……… 」

陽乃「え? 本気?」

自分から誘っておきながら陽乃さんの方が驚いた顔をする。


八幡「 ……… お断りするに決まってるじゃないですか」

陽乃「 ……… だと思ったわ」


まるで最初から俺がそう答えるのを予期していたかのように、陽乃さんが小さく溜息交じりに呟いてみせる。そして、

930 :1 [sage]:2022/10/11(火) 23:09:23.91 ID:Djle0+rf0


「でもホントはそういう意味で誘ったんじゃないんだけどな」

小さく口を尖らせ、つまらなそうにぽしょりと口にするその声は、離陸する飛行機のエンジン音に掻き消されて俺の耳にまでは届いて来なかった。

931 :1 [sage]:2022/10/11(火) 23:19:28.90 ID:Djle0+rf0
陽乃「あ! あれ、雪乃ちゃんの乗った飛行機よ」

まるで何かを誤魔化すかのように、わざとらしくはしゃいで見せながら指さす方向に目を向けると、ちょうど飛行機が一機、滑走路から空に向けて飛び立つところだった。


八幡「 ……… "本物"ってあるんですかね」

ふと口を衝いて出たのは単なる独り言に過ぎなかったのだが、そんな俺の横顔を、なぜか陽乃さんは黙って凝っと見つめている。

しかしやがて、

陽乃「そうね。比企谷くんが本物だと信じているなら、それが本物なんじゃないかしら?」

あまりにも漠とした問いにふさわしい、答えともいえない答えはまるで哲学か禅問答のそれだ。

だが、確かにその通りなのかもしれない。

本当の本物。そんなあるかどうかもわからないものをずっと追い続けた俺は、ある意味、幸せの青い鳥を探して旅していた、あの兄妹のようなものだったのかも知れない。

苦労して追い求めていたはずのそれは、実は手を伸ばす勇気さえすればいつでも届くところにあったのだ。

手にした葡萄が甘いか酸っぱいかは些細な問題に過ぎない。

自分が心から欲し、希(こいねが)うものを自分自身の手で掴み取るために、気持ちを行動に移す事こそが大切なのだから。

そして、その過程で失敗することや間違いを犯すことも決して悪い事ではないのだろう。

なぜならば、数え切れないほどの失敗と、数えるのもイヤなるほどの挫折を積み重ね、黒歴史の上に更なる黒歴史を厚く塗り重ね、トライ・アンド・エラーどころかエラー・アンド・エラーを繰り返してきた俺だからこそ、今はこうして自分だけの“本物”を手にすることができたのだから。

甲高いエンジン音の尾を引きながら、機体は徐々に高度を上げて行き、何もない虚空の彼方へ吸い込まれるように消えて行く。

春に向けて日に日に長くなる太陽は既に傾きはじめ、気がつくと午後の斜陽があたりを黄金色に染め始める。

やがて太陽は水平線に姿を消し、明日の朝には再びその姿を現す。

泣こうが喚こうが常に地球は回り、人々は日々途切れることなく生活を営む。


そして、―――― これからも俺の青春ラブコメは間違い続ける。







                俺ガイルSS 『(やはり)俺(に)は友達がい(ら)ない』了


932 :1 [sage]:2022/10/11(火) 23:21:55.85 ID:Djle0+rf0


* * * * * * *

933 :1 [sage]:2022/10/11(火) 23:23:27.83 ID:Djle0+rf0

もしもし? お母さん? もう、探したわよ。今どこにいるの? え? 案内所? そこで何してるの?

面白いものを見つけた? ほっぺがもちもちで、お腹がぷにぷに? 

家に連れて帰りたい? ダメよ。うちでは飼えないって言ってあるでしょ。元あった場所に戻してきなさい!







……… ちまん? 八幡? 八幡? どこにおるのだ? …… 我を、我を助けるのだあああああああああああああああ!!

934 :1 [sage]:2022/10/11(火) 23:24:38.57 ID:Djle0+rf0

無事、完結しました。いずれどこかでまたお会いしましょう。ノシ゛
935 :1 :2022/10/12(水) 20:28:37.48 ID:dDR/aJIV0
最後だし、アゲときます
936 :1 [sage]:2022/10/16(日) 21:19:09.36 ID:WbZnScKj0

完結に5年も費やしてしまい、さすがにもう誰も見てないだろうと思ってたら、まとめサイトにアップされてちょっとびっくり。
しかも前・後編てww

ありがたや、ありがたや。

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