俺ガイルSS 『思いのほか壁ドンは難しい』 その他 Part2

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492 :1 [sage]:2017/03/30(木) 02:33:13.89 ID:vylvFlXW0

結衣「あのね、うまく言えないけど、ヒッキーとゆきのんって、そういうところもよく似てるって思うの」

無理に絞り出すような明るい声が俺の胸に突き刺さる。こいつにはいつも明るい笑顔でいて欲しい。そんな風に悲しそうに微笑んで欲しくない。

それができない自分の無力さに、大切なものすら守ることのできない己の不甲斐なさに、いつも以上に嫌気がさす。

結衣「全然違うようだけど、すっごく似てるの。冷めているようでいて、ホントは優しいところとか」

八幡「 ……… 俺は優しくなんてねぇよ 」

変化を恐れるあまり、ずっと逃げ続けてきただけだ。単に他人と関わりを持つことで自分が傷つきたくなかっただけだ。

結衣「ゆきのんは嘘を吐かずに、ヒッキーは嘘を吐いてでも他人を助けちゃうの。ふたりともやり方は正反対なのに、やってることは同じで、自分が傷だらけになっても最後はひとりでみんなを救おうとするの」

そうじゃない。俺も雪ノ下も、由比ヶ浜に出会うまでは、他人を信頼し、頼るという事を知らなかっただけだ。


493 :1 [sage]:2017/03/30(木) 02:35:56.29 ID:vylvFlXW0

結衣「だから ――― だから、だから今回もきっと、ゆきのんもヒッキーもあたしのために ――― 」

もう十分だ。今のままでいいじゃないか、何もなかったことにして、残りの時間を三人でまたあの場所でずっと温め合えばいい。
お互いの傷口を舐め合いながら、ぬるま湯に浸り続けていればそれでいい。

それの何がいけないのか。誰に俺たちを否定する権利があるのか。


だが、その一方で、俺の中の別の声が抗う。

泥に塗れてまで貫いてきた信念、傷だらけになっても守ってきた矜持。それがひとりよがりの思い込みに過ぎないにしても、ここで妥協するわけにはいかない、と。

例えそれが、他の誰かを傷つけることになったとしても、自分の心に決して癒えることのないを疵を刻み付けることになるとしても。

そして、その声は再び問いかけてくる。それでもお前は本当に“本物”が欲しいのか、と。


―――― その答えはとうに出ているはずなのに。

494 :1 [sage]:2017/03/30(木) 02:40:59.57 ID:vylvFlXW0


結衣「あたしは、自分の気持ちを正直に伝えたよ。だから、だから次はヒッキーとゆきのんの番」

八幡「 …… そうだな」


結衣「ねぇ、正直に答えて? ヒッキーはゆきのんのことが好きなの?」

八幡「 ……… ああ」


その問いに対する答えは、素直に俺の口から滑り出ていた。ここで今更嘘をついても意味がない。
そんなことをすれば、由比ヶ浜の覚悟を、彼女の誠意を踏みにじることになってしまう。


結衣「 ……… あたしのことは?」

八幡「 ……… 好きだよ」


結衣「 ……… でも、あたしよりもゆきのんの事が好きなんだよね?」

八幡「 ……… すまん」


謝ってどうにかなる問題でもない。そもそも謝るべきものなのかどうかすらも判然としない。それでも俺は謝る事しかできない。
それが偽善だとわかっていながら、それが彼女を更に傷つけるとわかっていながら。

同時にその言葉は俺自身にも深い傷を負わせる。
だが、その傷は己にだけには正直であろうとあり続けた俺が唯一、自分自身に吐きつづけた嘘に対する代償であり、俺の支払うべき代価なのだろう。


結衣「あたしの方が先にヒッキーのこと好きになったのに …… 」

八幡「 ……… 先とか後とかの問題じゃねぇだろ」

結衣「 ……… そうだね」


こみ上げてくる嗚咽を無理に飲み込み、流れ落ちようとする涙に堪えようと天を仰ぐ。歪んだ視界に天井の照明が滲んで見えた。

495 :1 [sage]:2017/03/30(木) 02:44:32.84 ID:vylvFlXW0


結衣「ねぇ、ヒッキー?」」


由比ヶ浜の問いかけに、俺は無言のまま応じる。小さく身じろぎをしただけで微かな衣擦れの音と共に張り詰めていた空気が僅かに揺らぐ。


結衣「もし、三人の関係が今と変わったとしても、これからも …… あたしと …… ずっと仲良くしてくれる?」


俺は重く湿った息を、全ての想いと共に腹からゆっくりと吐き出す。


八幡「 …… 当たり前だろ。お前は …… 俺の ……… 俺の生まれて初めて自分の意思で選んだ」



―――――――― 友達、だからな。



そして俺は、友達という言葉を口にするのが、こんなにも辛く切ないものなのだと、生まれて初めて知る。




結衣「 …… 友達 …… なんだ」



消えてゆく太陽の最後の残滓を零れ落ちる涙に宿しながら、それでもなお由比ヶ浜は俺に向けて微笑んでみせた。

496 :1 [sage]:2017/03/30(木) 02:53:03.88 ID:vylvFlXW0

本日はここまで。次回は遅くとも今週中に。ノシ
497 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/30(木) 02:57:10.24 ID:QQTny5JKo
おつおつー
498 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/30(木) 04:01:57.13 ID:7vvM796Mo
499 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/30(木) 08:20:09.05 ID:7b4n/qLKO
>結衣「あたしの方が先にヒッキーのこと好きになったのに …… 」

はぁ????一年間の間謝罪や何もしなかったくせに悲劇のヒロイン面してんじゃねえよ糞ビッチが
自分からは何もしなかった時点で、てめえが八幡を好きになる資格なんて欠片もねえんだよ
しかも、抜け駆けまでしておいて図々しく関係を続けようとしてるのが破廉恥にもほどがある
ここまでやったのなら縁切って2人の前から去るのが最低限のけじめのつけ方ってもんだろ
こんなの原作の八幡が嫌う欺瞞そのものじゃねえか、
こんなガハマに都合よすぎる展開とかありねえだろふざけんな
それを容認する八幡とかキャラ崩壊にもほどがある
500 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/30(木) 08:28:33.02 ID:JeC2aRUkO
おつおつー
続き待ってるやでー
501 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/30(木) 08:39:32.92 ID:IxS9UdLwo
乙です
502 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/30(木) 13:02:36.39 ID:IEOWYoP6o
乙カレー
503 :1 [sage]:2017/04/01(土) 01:29:38.63 ID:kJTaB7og0

そのまま小刻みに肩を震わせていた由比ヶ浜だったが、ぐすりとひとつ大きく鼻を啜り上げたかと思うと、袖口で目許を拭う。


結衣「 ……… だったら尚更、ゆきのんのこと止めないとね」

八幡「 ……… ああ。そうだな」


結衣「今更だけど、あたしもこんな形で三人の関係終わらせるの嫌だし」

例えそれがどのような形になったとしても、三人の関係の継続を最初から一番強く願っていたのは、紛れもなく由比ヶ浜なのだろう。

胸の内を全てを曝け出してふっきれでもしたのか、少し照れたような顔で付け加える。

迷いがなくなれば気持ちの切り替えも早い。その持ち前の明るさに、俺も救われる思いがした。

504 :1 [sage]:2017/04/01(土) 01:31:50.37 ID:kJTaB7og0

八幡「 ……… なぁ、由比ヶ浜。そのことなんだけど」

結衣「なに?」

八幡「俺の方こそ今更こんなことお前に頼める立場じゃないのはわかってるんだけど、力を貸してもらいたいんだ」

結衣「 ……… あたしの?」

八幡「ああ。 あいつの …… 雪ノ下の留学を止めるためには、どうしてもお前の協力が必要なんだ」

結衣「 ……… う、うん、わかった。でも、いったいどうしたらいいの?」

八幡「そうだな、とりあえず ――――― 」


結衣「とりあえず?」  由比ヶ浜がゴクリと音を立て唾を飲み込む。









八幡「 ――――― とりあえず、お前のオヤジさんに会わせてもらえないか?」









結衣「 ………… へ?」



505 :1 [sage]:2017/04/01(土) 01:36:08.51 ID:kJTaB7og0

由比ヶ浜がLINEを使って連絡すると、すぐさま母親からのリプライが返って来たようだ。

結衣「 えっと、……… 今からなら大丈夫 ……… みたいだけど?」

どうやら由比ヶ浜母の方から父親に取り次いでくれたらしい。


しかし ―――― 、


八幡「 ……… 今からって、今、これからかよ?」 ヒクッ

いくらなんでもさすがに展開が急過ぎるだろ。ある程度覚悟をしていたとはいえ、とてもじゃないが俺の心の準備が追いつかない。

506 :1 [sage]:2017/04/01(土) 01:39:35.93 ID:kJTaB7og0

結衣「パパ、明日から出張だから、今日を逃すと一週間は帰ってこれないかもって ……… 」

由比ヶ浜が申し訳なさそうに付け加える。


八幡「マジかよ …… 」

どうやら一難去ってまた一難ということらしい。

それが自らの行いのせいとはいえ、超えるべきハードルは次々と数を増し、しかも、どんどん高くなっているような気さえする。

とはいえ、既に夜の帳も落ち、俺達に残された時間はあまりも少ない。のんびりと構えてもいられまい。

それに、来週では遅すぎる。

俺は地上にまで届きそうな重く深い溜息を吐くと諦めて肚を括る。

ふと目を向ければ、窓ガラスに映し出された俺の顔はげんなりと疲れ切り、その目はやはりこれ以上はないくらい腐り切っていた。


507 :1 [sage]:2017/04/01(土) 01:41:35.98 ID:kJTaB7og0

モノレールと電車を乗り継いで由比ヶ浜の家まで着くと、玄関口で由比ヶ浜の母親とサブレが俺達を出迎えてくれた。

由比ヶ浜母は相変わらず若々しくお姉さんといっても十分通用しそうで、まるで由比ヶ浜をそのまま成長させたような感じだった。いろんなところを。


結衣母「あら、いらっしゃーい。ヒッキーくん、ご無沙汰ぁ。随分早かったのね、デート楽しかったぁ?」

八幡「 ……… あー…、いえ、はい。ハハ …… 」 


当然のように俺の口からは乾いた笑いしか出てこない。

チラリと見ると、隣では由比ヶ浜が顔を真っ赤にして下を向いている。


何が“ゆきのんの処にお泊りするかもって、嘘ついてきちゃった”だ、このアホ娘め。最初っからバレバレじゃねぇか。

508 :1 [sage]:2017/04/01(土) 01:43:48.38 ID:kJTaB7og0

結衣母「お父さん、さっきからずっとリビングで待ってるわよ」

由比ヶ浜母が囁くようにそっと告げると、いきなり緊張のボルテージが最高潮まで高まる。気分はもういきなりクライマックス。

しかし、よく考えてみたら、成り行きとはいえ振ったばかりの女の子の父親に会うって、いったいどんな罰ゲームなんだよこれ。


結衣母「パーパー、ヒッキーくん、お見えになったわよー」

由比ヶ浜母の声に返事は、ない。気のせいか、リビングからは何ともいいようのない無言の圧力がひしひしと伝わってくるような気さえした。

できればその場で暇(いとま)を告げ、回れ右をしてダッシュして家に帰りたいくらい。

框(かまち)を上がると勧められるままに来客用のスリッパを履き、そのままリビングに通される。

その間もひゃんひゃん鳴きながらせわしなくサブレが俺の足に纏わりついてくるので、危なく蹴躓いてひっ転びそうになる。

509 :1 [sage]:2017/04/01(土) 01:46:13.84 ID:kJTaB7og0

レースの暖簾を潜ると、リビングのソファーに座す由比ヶ浜の父はビールで晩酌の最中だった。

見た感じごく普通の、落ち着いた感じのするサラリーマン風で、当然のことながらどことなく彼女の面影を窺わせるものがある。

どのような理由であれ、娘の男友達が面会を求めているのだ。可愛い娘を持つ男親としては素面(シラフ)ではいられまい。

特に由比ヶ浜はひとり娘である。それも高校生ともなれば、それこそ目の中に入れようとしても痛くて入りきらないはずだ。いやそれ当たり前だろ。

510 :1 [sage]:2017/04/01(土) 01:47:30.26 ID:kJTaB7og0

由比ヶ浜父はリビングに入ってくる俺をチラリと一瞥したが、さすがにあまりジロジロ見るのは失礼とでも思ったのか、すぐに目の前のコップに目を落とす。

八幡「あ …… どうも。お邪魔します」

何とか挨拶らしい言葉を口にして頭を下げると、由比ヶ浜父も黙って頷く。

緊張しているせいか明らかにそわそわしている様子なので、俺の方までどうしていいかわからず、ついそわそわしてしまう。

そんな俺のそわそわを感じ取ってさらに由比ヶ浜父も余計にそわそわしてしまうという、まさに絵に書いたような負のスパイラル。

いったい何がどう伝わっているのか知らないが、これからどうなるかは、神のみぞ知る、だ。

511 :1 [sage]:2017/04/01(土) 01:49:12.77 ID:kJTaB7og0

結衣母「ヒッキーくん、どうぞおかけになって」

八幡「あ、はい。失礼します」

由比ヶ浜母に促され、俺が由比ヶ浜父の正面に腰を下ろすと、


結衣&結衣母「よっこいしょーいち」


なぜか右隣に由比ヶ浜母、左隣に由比ヶ浜が俺を挟んで腰掛ける。最早心の中でツッコむ気にさえならない。

512 :1 [sage]:2017/04/01(土) 01:50:44.74 ID:kJTaB7og0

結衣父「 ……… ビールでいいかね?」

こちらを見もせずに、由比ヶ浜父がビール瓶を手に取る。


八幡「あ、いえ、俺、未成年ですから」

慌てて目の前で手を振ると、

なんだ、私の酒が飲めないとでもいうのかね?とでも言わんばかりに、少しだけムッとした表情になるのがわかった。


結衣母「もう、パパったら」

由比ヶ浜の母親が苦笑を浮かべると、拗ねたようにそっぽを向く。

ここで気分をが害してしまっては元も子もないだろう。


八幡「 …… あ、じゃ、じゃあ、少しだけ」



由比ヶ浜父「 ま だ 早 い っ !!!!!!」 ドンッ




………… なら最初っから勧めんなよ。

513 :1 [sage]:2017/04/01(土) 01:52:39.40 ID:kJTaB7og0

さて、いざテーブルを挟んで目の前に座ったはいいものの、まずは何と声をかけたらいいか、そのとっかかりからしてよくわからない。

知り合いの親と遭遇した時の身の置き所の無さはやはりちょっと異常。更にその知り合いが女の子で、しかもその父親が相手ともなれば言わずもがなだろう。

当然この場合、初対面で、いきなり“おじさん”と呼ぶのはさすがに失礼だろう。となれば、ここはやはり、


八幡「 ……… えっと、あの、由比ヶ浜さん?」


結衣&結衣母 「 はい? 」


いやいやいやいやいやいやいやいや、そうじゃないから。確かにそうだけど。

514 :1 [sage]:2017/04/01(土) 01:54:36.28 ID:kJTaB7og0

結衣父「遠慮はいらん。私のことだったら好きに呼びたまえ」

俺の躊躇いを察したのか、由比ヶ浜父は再び俺を一瞥し、そしてまたすぐに手にしたコップに目を戻す。

大事な娘の男友達である俺を警戒してはいるものの、恐らく根はフランクで砕けたいい人なのだろう ……… 何か恐ろしい勘違いをしていそうではあるが。

しかし、いきなり娘の男友達が面会を求めてきたのだ、この状況ではそれも致し方あるまい。

それに、言われてみれば確かに俺の方で変に意識さえしなければ、何と呼ぼうが特に問題はないのかもしれない。


八幡「それでは失礼して ……… あの、お父さん?」




結衣父「 ま だ 早 い っ !!!!!!」 ドンッ




……… うわもうやだこの家、超めんどくせえ。


515 :1 [sage]:2017/04/01(土) 01:58:22.32 ID:kJTaB7og0

結衣父「比企谷くん …… とか言ったかね?」

ややあって、不意に由比ヶ浜の父親の方から話を切り出してきた。


八幡「 ……… え? あ、はい。比企谷八幡、です」

結衣父「サブレの件では、うちの娘がキミには大変な迷惑をかけてしまったね」

由比ヶ浜父の言うサブレの件とは、勿論、入学式の日のあの出来事のことだろう。


八幡「や、あれは俺が勝手にしたことですし、もう済んだことですから」

結衣父「遅くなってしまったが、私からも改めてお詫びと礼を言わせてもらうよ」

そういって、いきなり深々と頭を下げられ、逆に俺の方が恐縮してしまう。


結衣父「それに、娘がキミには学校で、ひとかたならぬお世話になっているとも聞いている」

八幡「あ、いえ、そんなことありません」

結衣父「私にできることであれば、喜んで力になろう。なんなりと言ってくれたまえ」


八幡「はぁ、どうも。ありがとうございます」

俺もこれでやっと本題に移れるかと思うと、知らず安堵の溜息が出てきた。


八幡「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます。あの、実は、由比ヶ浜 …… じゃなくて、結衣さんのことなんですけど」


結衣父「それとこれとは話は別だっ!!!!」ドンッ




……… だからまだ何も言ってねーだろ。

516 :1 [sage]:2017/04/01(土) 02:03:09.73 ID:kJTaB7og0

由比ヶ浜母のとりなしもあり、改めて話を切り出そうとしたが、よく考えてみればかなり込み入った話である。

ここにくる間も由比ヶ浜には詳しい事情は一切話していない。

場合によったら彼女自身の身に降りかかってくる可能性も危惧される問題だ。母親はともかくとして、やはり本人には直接聞かせるわけにいくまい。


八幡「あー…、スマン、由比ヶ浜。悪いけど、ちょっとだけ席外してもらっててもいいか?」


俺がそれとなく由比ヶ浜に席を外してもらうように声をかけると、


結衣「 ……… え? あ、うん」


少しだけ驚いた顔をしたが、俺の様子から何を察したのか、素直に応える。


すると、


彼女のその返事を合図に、なぜか家族三人揃って無言で立ち上がり、そのままぞろぞろと部屋から出て行き始めた。




………… だからそうじゃねぇってば。

517 :1 [sage]:2017/04/01(土) 02:03:51.21 ID:kJTaB7og0


* * * * * * * * * * * * *

518 :1 [sage]:2017/04/01(土) 02:10:19.36 ID:kJTaB7og0

要件を済ませ、由比ヶ浜父に礼を言って暇を告げると、サブレを抱いた由比ヶ浜と由比ヶ浜母が玄関まで見送ってくれた。

俺が帰ることを察してか、サブレはつぶらな瞳を俺に向け、しっぽを振りながら、くんくんと悲し気に鼻を鳴らしている。


八幡「今日は突然お邪魔してすみませんでした」

渡された靴ベラを返しながら軽く頭を下げると、


結衣母「いいのよ気にしないで。好きな時にいつでもまた遊びに来て頂戴」

由比ヶ浜母も慈愛に満ちた笑顔で応じてくれる。

父親と話をしている最中も余計な口を挿むことなく、ずっと耳を傾けていてくれていたので気持ちの上でも随分と助けになってくれた。

なんやかやで、由比ヶ浜の家の中では、やはりこの人が一番まともそうである。


八幡「ありがとうございました。じゃ、失礼します」

感謝の心を込めて再度頭を下げ、そのまま帰ろうと玄関のドアに手を掛けると、


結衣母「あ、ヒッキーくん、ちょっと待って。大事な事聞き忘れてたけど」


不意に背後から呼び止められた。

振り向くと、由比ヶ浜母は横目で娘をチラリと見ながら顔を寄せ、俺にだけ聞こえるように耳元でそっと囁く。





結衣母「 ――― ね、孫の顔が見られるのは、いつ頃になるかしら?」


519 :1 [sage]:2017/04/01(土) 02:13:02.65 ID:kJTaB7og0

本日はここまで。次回は来週になります。ホントに18日までに終わるのかこれ? ではでは。ノシ
520 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/01(土) 02:14:32.99 ID:VcTRgRwQ0
乙です

>>519
延期の可能性が濃厚らしですよ……
521 :1 [sage]:2017/04/01(土) 08:19:22.84 ID:G6FfJDSg0
>>512

10行目、由比ヶ浜父→結衣父 


>>520

ありゃ。ガガガの公式刊行予定からも消えてますね。 ふっ、どうやら命拾いしたようだな。俺が。

522 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/01(土) 21:44:43.99 ID:OnprhLiCo
おつー
523 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/01(土) 22:09:23.19 ID:WF/7CBcso
乙カレー
524 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/02(日) 00:33:51.12 ID:DKikP493o
乙です
525 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/04/06(木) 09:11:29.33 ID:/5JBFrdC0
乙です.どうやって解決するのかわくわくです.
526 :1 [sage]:2017/04/10(月) 09:59:31.40 ID:V4c5Zqkj0

4月上旬の忙しさナメてました。(死
527 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/05/21(日) 08:37:57.81 ID:hGIAsniN0
続きを待ってるよ。
528 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/29(月) 01:05:54.58 ID:oMqtiwxd0
ガハマさん振られたかぁ
八結嫌いじゃないというかむしろ好きだったんだが
残念だが続きを楽しみにしてます
529 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/05/29(月) 08:20:24.51 ID:waS7vLIDO
>>528
本編のどこを見たら八結が成立する要素があると思うんだか
寧ろガハマが八幡にやってきた仕打ちを思えば好かれる要素なんざ欠片もない
毎回の様に「キモい、キモい」と暴言吐いてやることなす事disってきて、しかも八幡のトラウマやガハマが感情で動く奴って認識だったとしたら尚更好感なんて持ちようがないだろうが
530 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/06/21(水) 03:35:25.66 ID:HDbsjCz70
気長に待ってるよー
531 :1 [sage]:2017/06/28(水) 21:41:01.84 ID:7mXKmTT00

欠員補填の玉突き人事で、遠方の、しかも全く畑違いにの部署に異動させられてマジで死ぬところだったぞなもし。

やっとこさ落ち着いたので、近々再開。ちゃんと完結させる(つもりだ)からね?



532 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/28(水) 21:41:31.37 ID:L5NdZ8ywo
ういー
533 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/28(水) 22:04:40.32 ID:Cq9zUiBHo
言い訳はいい
早く書きなさい
534 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/29(木) 14:17:23.23 ID:iLTplhTvo
まあこんなこと言ってる時点で終わらせる気なんて毛頭ないよね
535 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/29(木) 14:48:43.94 ID:HaFua/Vgo
まってる
536 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/29(木) 16:37:18.98 ID:PYk9bqMO0
>>534
書く気もないぞ
537 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/29(木) 18:33:53.33 ID:wdw5/tN7O
取り敢えず人としての最低な行為を行い、八幡の嫌いな欺瞞を肯定したガハマが八幡と雪乃の前から消える展開にしなければ潰すからよろしくな
538 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/29(木) 18:58:09.32 ID:317sqqfF0
潰す=無職が24時間掲示板を監視して電池切れを気にしながらコピペすること
539 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/29(木) 19:05:50.08 ID:wdw5/tN7O
>>538
ああ?黙れぶっ[ピーーー]ぞガハマ豚が
前にも読者に対して舐めた真似をしたら潰すって言ってんだよ
540 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/29(木) 19:18:45.97 ID:Eg8lD43l0
>>539
やっはろー
ほんと無職ヒキコモリって口だけは威勢がいいよね、
口だけはww
履歴書もコピペでできればいいのにねww
541 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/30(金) 08:08:24.66 ID:sSe8hHScO
自分のエゴを押し通して雪乃を蔑ろにした結衣に対して、自分の感情を封じて結衣に譲ろうとした雪乃という構図なわけなんだから
結果は逆になって然るべきなんだよな、ここまでやった結衣が八幡と雪乃の側に居続けるのは筋が通らないし都合が良すぎる
542 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/01(土) 21:44:37.69 ID:Jys/XVJA0
>>540

何言ったって無駄なんだから一々触るなよ。
543 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/02(日) 18:10:36.01 ID:6xgJIPVxO
現状で形成不利だからと雪乃潰しと不利な現状の立て直しや将来的な逆転の為の時間稼ぎに現状維持狙って提案という名の攻めにてに出て大失敗して
今度は雪乃がますます不利になったら抜け駆けして搦め手で雪乃を嵌めようとしたんだ、こんなクズみたいな事をやっておいて、どのツラ下げて八幡と雪乃の前にいるつもりなの?恥知らずにもほどがあるだろ
544 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/07/04(火) 15:53:34.31 ID:E+McGKBE0
まってる.楽しみにしてるよ.
545 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/07/05(水) 10:10:03.58 ID:H18eRJU60
期待.
546 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/07/12(水) 17:10:02.23 ID:U+4dJS0M0
547 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/19(水) 01:21:53.82 ID:6UBifIXZO
クソビッチが奉仕部から追い出される展開マダー?
548 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/07/25(火) 08:43:26.04 ID:UJKaE9xp0
がんばれ〜
549 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/25(火) 19:14:07.28 ID:Ci0RF5NTO
ビチヶ浜がこのまま奉仕部に居座る展開とか死ぬほどやめて欲しい
550 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/25(火) 21:03:04.60 ID:IlWLMLCJo
成仏しろよ
551 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage sage]:2017/07/25(火) 21:47:12.09 ID:1xcPMaRp0
ガハマは奉仕部に要らない
552 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/25(火) 23:37:02.07 ID:f50Zb+XQO
(´・ω・`)糞ヶ浜は奉仕部の癌
553 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/02(水) 01:59:11.41 ID:jW/6fCgFO
自分は八幡が考えた事なら基本肯定するけど
周りに妥協して馴れ合うに様になるのは八幡が絆されて妥協した様に見えるから薄っぺらく感じる
八幡が周りに流されて変化を受け入れるのはコレジャナイと思う
八幡自身が独特の価値観で「孤高」を貫いてきたキャラであるからこそ人気があるんだから、周りに尻尾ふって馴れ合うに様になるとは違うと思う
周りや親しい人間を敵に回しても自分を貫くから八幡はかっこいい
554 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/05(土) 04:12:49.66 ID:tGAkjmjA0
由比ヶ浜うぜえ
555 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/09(水) 18:40:50.81 ID:NQoWBS7G0
新刊9/20だってな
まあ、また延期かもしれないけど
556 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/11(月) 21:40:06.62 ID:ehSXNYi80
>>555
アマゾンで予約受け付けてたし表紙の発表もしてあるから間違いないと思われ
557 :1 [sage]:2017/09/23(土) 00:05:25.88 ID:0guk6kq10

マジでちょっと死んでますた。(白目
558 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/23(土) 05:11:55.33 ID:SpB9VfDso
成仏しろよ
559 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/10/03(火) 06:14:34.60 ID:xSWAQy4Z0
続きをたのむよ.
560 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/04(水) 01:52:50.61 ID:v/f0UgHk0
>>1は新刊読んだ?
561 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/04(水) 02:27:45.36 ID:xeRWyN6po
読んだよ(裏声)
562 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/24(金) 21:22:33.16 ID:8gDVPESaO
もう2度と潰すなんていいません
今まで邪魔ばかりしてすいませんでした
563 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/24(金) 22:51:02.71 ID:FlWybqUEO
前スレから>>1様が投稿している最中に横コメをする様な真似や誹謗中傷の暴言の数々を行い本当にすいませんでした
謝っても許されない真似をしたのは本当にわかっています
もう絶対にこのスレに書き込む様な事はしませんし、読者の人達に暴言を吐く様な真似は絶対にしないと誓います
都合のいい事を言うなと言われるかもしれませんが本当に今までの事はすいませんでした
564 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/24(金) 23:36:20.82 ID:YfZUylnfo
謝る暇あったら通報してこいよお前絶対負けないから

電池脅迫したら逆に捕まったとか最高に馬鹿すぎて面白いから超見たい。はよ通報しろ
565 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/12/04(月) 23:18:24.22 ID:1WkqRT660
566 :1 [sage]:2017/12/22(金) 00:24:42.14 ID:frZyzxzk0

>>558

終わらせるまで成仏できへんねん。

>>560

途中まで読みましたが、続き読むのは原作完結してからにしようかなと。

前任者がふたり立て続けに不幸に見舞わるという曰くつきの仕事を無理やり引き継がされ、それも10月の下旬にはなんとか山場越えたんですが、このSSの方は些細なところでつっかかって先に進めなくなってました。

あまりにも放置期間が長くなって申し訳なくて、このスレ覗くのもちょっと怖くなってたんですが、dat落ちしてなくてマジ安堵してます。
いつもやるやる詐欺ですみませんが、ちゃんと最後まで書き上げるつもりで現在進行形で執筆中です。
567 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/22(金) 01:45:40.57 ID:s74f1q0MO
SS作家には付き物なこと
・PCが壊れる、もしくは書き溜めたデータが吹っ飛ぶ
・板を覗くわずかな数分間の時間も取れないほど仕事や私生活が忙しくなる
・長らく放置していても何者かが保守をしていてなぜか落ちない
568 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/06/12(火) 20:20:37.99 ID:AyGAPIp5O
まだ?
569 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/14(木) 15:29:26.21 ID:mlFLmGMK0
【最悪のSS作者】ゴンベッサこと先原直樹、ついに謝罪
http://i.imgur.com/Kx4KYDR.jpg

あの痛いSSコピペ「で、無視...と。」の作者。

2013年、人気ss「涼宮ハルヒの微笑」の作者を詐称し、
売名を目論むも炎上。一言の謝罪もない、そのあまりに身勝手なナルシズムに
パー速、2chにヲチを立てられるにいたる。

以来、ヲチに逆恨みを起こし、2018年に至るまでの5年間、ヲチスレを毎日監視。

自分はヲチスレで自演などしていない、別人だ、などとしつこく粘着を続けてきたが、
その過程でヲチに顔写真を押さえられ、自演も暴かれ続け、晒し者にされた挙句、
とうとう謝罪に追い込まれた→ http://www65.atwiki.jp/utagyaku/

2011年に女子大生を手錠で監禁する事件を引き起こし、
警察により逮捕されていたことが判明している。
570 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/14(木) 15:30:14.38 ID:mlFLmGMK0
>>569
私こと先原直樹は自己の虚栄心を満たすため微笑みの盗作騒動を起こしてしまいました
本当の作者様並びに関係者の方々にご迷惑をおかけしました事を深くお詫びいたします

またヲチスレにて何年にも渡り自演活動をして参りました
その際にスレ住人の方々にも多大なご迷惑をおかけした事をここにお詫び申し上げます

私はこの度の騒動のケジメとして今後一切創作活動をせず
また掲示板への書き込みなどもしない事を宣言いたします

これで全てが許されるとは思っていませんが、私にできる精一杯の謝罪でごさいます

http://i.imgur.com/QWoZn87.jpg

私が長年に渡り自演活動を続けたのはひとえに自己肯定が強かった事が理由です
別人のフリをしてもバレるはずがない
なぜなら自分は優れているのだからと思っていた事が理由です

これを改善するにはまず自分を見つめ直す事が必要です
カウンセリングに通うなども視野に入れております

またインターネットから遠ざかり、しっかりと自分の犯した罪と向き合っていく所存でございます

http://i.imgur.com/HxyPd5q.jpg
571 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/14(木) 15:31:12.75 ID:mlFLmGMK0
>>569
ニコニコ大百科や涼宮ハルヒの微笑での炎上、またそれ以前の問題行為から、
2013年、パー速にヲチを立てられるに至ったゴンベッサであったが、
すでに1スレ目からヲチの存在を察知し、スレに常駐。
自演工作を繰り返していた。

しかし、ユカレンと呼ばれていた2003年からすでに自演の常習犯であり、
今回も自演をすることが分かりきっていたこと、
学習能力がなく、テンプレ化した自演を繰り返すしか能がないことなどから、
彼の自演は、やってる当人を除けば、ほとんどバレバレという有様であった。

その過程で、スレ内で執拗に別人だと騒いでいるのが間違いなく本人である事を
確定させてしまうという大失態も犯している。


ドキュメント・ゴンベッサ自演確定の日
http://archive.fo/BUNiO
572 : [sage]:2019/06/30(日) 00:07:21.89 ID:UuBroTXy0

* * * * * * * * * *

573 : [sage]:2019/06/30(日) 00:12:28.62 ID:UuBroTXy0

帰りの電車で揺られている間も、去り際に無言で小さく手を振る由比ヶ浜の寂しそうな笑顔が脳裏から離れないでいた。

ぽつぽつと空席が目についたが座る気にもなれず、僅かに後ろ髪を引かれる思いと模糊とした焦燥に駆られるまま、寄りかかったドアの窓を意味もなく手の甲で小突いてしまう。


がたり


と、電車がひと際大きく揺れ、バランスを崩した拍子に我に還る。

何はどうあれ自分の中で選択は為されたのだ。済んでしまったことを今更悔やんだたところで仕方あるまい。

未だ燻り続ける胸の蟠りを散らすように溜息をひとつ。その息で白く濁ったガラスを何気に掌で拭うと、色のない空に滲む月の影が目に映った。
その朧な光の輪郭に、憂いを秘めた雪ノ下の美しくも儚げな横顔が重なる。


―――― あなたは、どうなの?


流れゆく街の灯の上に静かに留まり続けるそれは酷く現実味を欠き、ともすれば触れられそうなほど近く感じられたが、いくら手を伸ばしたところで届きはしないことは子供だって知っている。

頭ではそうとわかっていながらも、気持ちのうえで納得できない距離感がいつになくもどかしい。

無意識に伸ばしかけた指がガラスに阻まれ、あまりの愚かしさに気が付いて苦笑しながら頭(かぶり)を振る。

決して届かない高みにある葡萄を酸いと断じた寓話のキツネも、口では何と言おうと心の奥底ではずっとそれを夢見ていたに違いない。
今の俺にはその捻くれ者のキツネの気持ちが痛いほどよくわかる気がした。
574 : [sage]:2019/06/30(日) 00:15:38.11 ID:UuBroTXy0

車内アナウンスが終点の駅名を告げ、降車する人の群れに混じってホームに降り立つ。

吐く息は白く煙り、僅かに露出した肌の部分をちくちくと刺す外気の冷たさは、暦の上はともかく体感上は未だ春が近からぬと告げているかのようだった。

人の流れに身を任せて昇りエスカレーターに乗り、長く狭い無言の列から解放されると、ここ数年続いた改装工事を終えて見違えるように広く明るくなった駅構内へと出る。

未だ微かに漂う新建材の香る中、急ぎ足で行き交う人々の合間を縫うように改札口へと足を向ける途中、ふと思うところあって足が止まった。

―――― 駅の音声ガイダンスの“多機能トイレ”って、なんでいつも“滝のおトイレ”に聞こえちゃうのかしらん?

そんな本当にどうでもいいようなことを考えていたせいもあるのだろう、俺のすぐ後ろを歩いていた通行人に気が付かず、背中でぶつかってしまう。


「 ―――― ちょっとぉ、あんた、どこ見てんのよ?」 


え? 何、もしかして青木さ○かなの?

苛立ちを隠そうともせず、頭ごなしに浴びせかけられたそのセリフに戸惑いつつも、急に足を止めた非はこちらにある。

それに今はそんな些細なことでいちいち目くじらを立てるような気力も残ってないし、変にゴネられてイザコザに巻き込まれるのもまっぴらゴメンだ。

もごもごと謝罪の言葉らしきものを口にし、逃げるようにその場から立ち去りかけたところで、ふと声に聞き覚えがある気がして、再び足が止まる。


八幡「 ―――――― って、お前、三浦か?」

三浦「あ゛?」

振り向き様声をかけたその相手 ――― 三浦優美子はつかつかと足早に詰め寄ったかと思うと、むんずとばかりに俺の胸倉をつかみ、ぐいと顔を寄せる。


近い恐い近い恐い近い恐い近い恐い近い恐い近い恐い恐い恐い恐い恐い恐い! 近すぎるし、それ以上に恐すぎるだろっ!


三浦「 ―――――――― あんた」

八幡「よ、よう」


三浦「 ……… 誰だっけ?」

八幡「って、俺だよ、俺、比企谷だよ、比企谷!」
575 : [sage]:2019/06/30(日) 00:17:47.90 ID:UuBroTXy0

三浦「 ……… なんだヒキオじゃん、そうならそうって言いなよ」

八幡「 ……… だからそう言ってるだろ」

やっと俺が誰だか気が付いたらしい三浦が眉間にキツく寄せた縦皺を解く。
っていうか一応クラスメートなんだからいい加減名前くらい覚えろよ。俺も他人のこと言えねぇけど。

八幡「あー…、ところで、お前、どうしたんだ、こんなところで?」

行きがかり上とはいえ、自分から声をかけてしまった手前そのままただ黙って突っ立っているのもなんかアレなので取りあえず俺の方から話を振ってみる。

三浦「あーし? あーしは姫菜と遊びに行った帰りなんだけど、……… そんなのあんたに関係ないっしょ」

八幡「 ………… まぁ、そりゃそうなんだが」

けんもほろろというか、取り付く島もにべもない返事だが、正直俺だってこいつに限らず他人が休みの日にどこぞで誰と何をしてようが、いちミリだって興味もないし関心もない。

そうでなくとも今日は由比ヶ浜とあんなことがあったばかりだ。
できればあまり顔を会わせたくない相手なのだが、なぜかそんな時に限ってやたらとエンカしてしまう確率が高くなるのが八幡流引き寄せの法則。
576 : [sage]:2019/06/30(日) 00:23:29.32 ID:UuBroTXy0

三浦「あんたは、ひとりなの?」

ただでさえ不機嫌そうな顔に更に輪をかけて不機嫌そうな声で三浦が問うてくる。 

八幡「 ……… ん? ああ。 まぁ、大抵そうだな」

自慢ではないが俺がひとりなのは何も今日に限ったことではない。つか、んなもんいちいち聞かなくたって見りゃわかんだろ。

それにしても普段から気軽に言葉を交わすように相手でもなし、そもそも俺の場合普段に限らず気軽に言葉を交わす相手すら滅多にいなかったりする。
それがなんで今日に限って、そんな分かり切ったことまでわざわざ聞いてくんのかね、などと訝しんでいると、


三浦「っていうかー、ホントは今日、結衣のことも誘ってたんだけどー、あの娘、昨日の夜になっていきなり“大切な用事ができたから”って断り入れてきてー」

八幡「 ………… お、おう、そ、そうなのか」

ドンピシャのタイミングで放たれたそのセリフに、心当たりのありすぎるほどある俺の目が意志に反して泳ぎ出し、背中を冷たい汗が音もなく流れ落ちる。

そういえば、由比ヶ浜と今日ふたりで会っていたことは雪ノ下にも伝わっていると聞いている。
だとすれば、あいつの性格からして三浦に黙っているということの方が考え難い。

というか、俺の過去の経験から推測するに、みんな知ってたのに俺だけ知らなかったという可能性の方が遥かに高かったりする。
小学校のクラスメートのお誕生会とかでも、俺だけ呼ばれてないのを知らないのも俺だけだったりしたんだよな。

恐らく由比ヶ浜のことだ、俺に気を遣わせまいとして先約があったことはずっと黙っていたのだろう。

三浦の機嫌を損ねないよう電話越しにお団子髪を揺らしながら、コメツキバッタか社畜営業の如くひたすらぺこぺこと頭を下げまくっている由比ヶ浜の涙ぐましい姿が目に浮かぶようだった。

でもあれな、よく考えたらいくら頭を下げたところで相手からは見えてないんですけどね。

577 : [sage]:2019/06/30(日) 00:26:09.02 ID:UuBroTXy0

三浦「 ――― あに?」

おっと、いかんいかん。どうやらいつの間にか無意識のうちにまじまじと見つめてしまっていたらしく、三浦に険のある目で睨みつけらてしまう。

八幡「え、あ、や、ドタキャンされたって言ってる割には、なんかお前、ちょっと嬉しそうだなって?」

咄嗟に口を衝いて出たセリフだが、テキトーぶっこいているというわけでもない。
先ほどから見ている限り、俺に対する態度こそ不機嫌そうではあるものの、由比ヶ浜に対しては別に怒っている風でもなさそうだ。
それどころか何やら満更でもない様子だと思ったのだが、

三浦「はぁ?! そんなことないし! あんたもしかして目ぇ腐ってんじゃないの?!」

一言のもとに切り捨てられてしまう。しかもそれ、別にもしかしなくてもよく言われてるんですけどね。

三浦「そうじゃなくって、ほら、あーし、こういう性格だからー、なんていうかー、ハッキリしない態度が一番イラってするっていうか?」

…………… いや、それ単にお前が怖いからじゃねぇの? だったらまずその他人に対してデフォで高圧的な態度なんとかしろよ。
教師だってビビッて授業中に指名するのを避けてるって話だぞ? いったどんだけレジェンドなんだよ。

と、思わずツッコミそうになってしまったが、「何か言いたい事でもあんの?」と言わんばかりのひと睨みで何も言えなくなってしまう。

だからお前がそんなだからみんな怖くて言いたい事も言えなくなるんだってことにいい加減気が付けよ。
っていうか、コイツさっきから言ってることとやってることが全然違くね? もしかしてダブルスタンダードがスタンダードなの?
578 : [sage]:2019/06/30(日) 00:27:49.52 ID:UuBroTXy0

そのまま何やら手持無沙汰気に自慢のゆるふわ縦ロールの金髪にくりんくりん指を絡め、みゅんみゅん引っ張っていた三浦だったが、やがて、

三浦「 ……… だから、なに? その、あの子もああやって、やっとあーしにハッキリものが言えるようになったのかな、なんて思わないわけでもないわけでもないけど?」

今度は微かに頬を赤らめながら照れ隠しのようにごにょごにょと付け加える。

その普段は見せることのない、我が子の成長ぶりを喜ぶおかんの如き見事なまでのツンデレっぷりに、思わず聞いている俺の口の端が微かに緩んでしまった。

なるほど、確かに考えれてみれば由比ヶ浜が以前のように単に周りの空気を読んで合わせるだけでなく、自分の意見や考えをハッキリと相手に伝える事ができるようになったのも雪ノ下のみならず三浦の影響が大きいのだろう。

……… なんせこいつらってば言いたいことは勿論、言わなくてもいいことまでズケズケ言いやがるからな。

579 : [sage]:2019/06/30(日) 00:31:21.86 ID:UuBroTXy0

八幡「 ……… あー、それで、もしかしてお前、俺に何か訊きたいことでもあんのか?」 

かたやスクールカーストの中でも最上位グループのそのまた頂点に君臨する女王様、かたやカースト最下層の更にその底辺を這いずり回っているような名も知れぬぼっちである。

共通の話題なぞそうそうあろうはずもなく、それきりふっつりと会話が途切れてしまう。
普通ならそんな時は「あ、じゃあ」「うん、じゃあ」という文字通りあ・うんの呼吸で袂を別つことになるはずのだが、なぜか三浦は一向に立ち去る気配を見せない。

仕方なく俺の方から水を向けると、

三浦「 ……… 用もないのになんであーしがあんたなんかと無駄話しなきゃならないわけ?」

半ばふて腐れたような口調で逆ギレ気味に肯定されてしまったが、どうやら図星だったらしい。

八幡「それって、やっぱり由比ヶ浜のことなのか?」

勇を鼓してと言えば聞こえがいいが、地雷原の上でタップダンスでも踊る心地で恐る恐る尋ねながらも、多分それだけではないであろうことは薄々察しがついていた。

もしそうだとしたら、わざわざ俺になんぞ訊かずとも、昨日の時点で由比ヶ浜に直接問い質しているはずだ。


三浦「 ……… それもあるんだけど」

やはりというかなんというか、答える三浦の口調が急に歯切れ悪くなる。

それもある、ということは、つまりそれだけではないということなのだろう。

というよりも、どうやらそちらの方が本題、それもなかなか切り出すことのできないようなデリケートな話らしい。

先程からの俺に対するやたらと横柄で高圧的な態度も、もしかするとそれが原因だったりするのだろうか。
もっとも俺に対してはいつもこんなだからやはりこれがこいつのデフォなのかも知れないが。

そのまま暫く何やらもじもじそわそわしていた三浦だが、やがて意を決したかのように小さく溜息をひとつ吐くと、それでもおずおずと口を開いた。


三浦「あのさ ……… 」

八幡「ん?」


三浦「あの、雪ノ下のお姉さん …… 陽乃 …… さん …… だっけ? …… のことなんだけど」
580 : [sage]:2019/06/30(日) 00:33:14.11 ID:UuBroTXy0

たどたどしく口にされたその名を耳にして、常日頃から女心に関して絶望的に疎(うと)いと耳にタコができるくらい言われている俺といえどもピンとくる。
ちなみに言ってるのは他でもない妹の小町で、しかもタコではなくて死んだウオノメではないかという説もあるくらいなのだがそれはこの際どうでもいい。

確か先日の踊り場の一件では三浦も俺達の会話を耳にしていはずだ。

だが、冬休み明けにふたりの噂が広まった際、雪ノ下自身から手酷く否定されたこともあってか、いもうとのんの方についてはさほど警戒していないし、また、する必要もないとでも考えているのだろう。

しかしながら、相手があの、あねのんともなれば全く話は別である。

年齢(とし)こそさほど俺らと変わらないとはいえ、全学年を通じて屈指の美少女と呼び声の高い妹さえも凌駕するであろう美貌に加え、こいつの苦手とするところの料理に関してもバレンタインのイベントでは特別講師として招かれるほどの腕前だ。

そして何といっても三浦にとって雪ノ下に対する唯一無二とも言える絶対的なアドバンテージでさえ、あの通りボッカチオも裸足で逃げ出すデカメロンなのだから、その存在を危惧するなという方が無理な話なのかもしれない。
581 : [sage]:2019/06/30(日) 00:35:03.80 ID:UuBroTXy0

八幡「葉山からは何も聞いてないのか?」

三浦「 …… 前に一度聞いたことあるんだけど、その時は“ただの幼馴染だ”って」

小さく唇を尖らせたその口振りからして、三浦とて葉山の言葉をそのまま鵜呑みにしているというわけではあるまい。
かといってそれ以上深く踏み込んで聞くこともできないでいるらしい。乙女かよ。

プライドが高く、自己中で、傲岸不遜、我儘無双を誇る三浦だが、実はこう見えて案外打たれ弱いところがある。

いや、この場合どちらかというと打たれ慣れていないといった方がいいだろう。
だからこそ雪ノ下に真正面から正論で論破されたくらいで泣き出してしまったりもするのだ。

もっとも、あいつの舌鋒の鋭さときたら下手な刃物なんぞよりよっぽどエグいからな。なんなら俺ひとりで被害者の会とか結成してもいいくらいだし。

しかし、そう考えればここにきて突如としてその正体を現したラスボスの如き陽乃さんという存在に危機感を覚え、それこそ藁をも縋る思いで俺のような者にさえ頼らざるを得ない三浦の気持ちも決してわからないではない。わからんでもないこともないこともないのだが、


八幡「 ……… つか、何で俺にそんなこと聞くわけ?」 

三浦「 ……… だって、あんた、なんかあの人と親しそうだし?」

八幡「 ……… え、なにそれ誤解だから」
582 : [sage]:2019/06/30(日) 00:38:07.41 ID:UuBroTXy0

確かにいもうとのんの前だとしょっちゅう俺に絡んでくるせいで傍目にはそう見えるのかも知れないが、俺からすればできるだけお近づきになりたくないタイプの女性である。

正直、一番苦手と言ってもいいだろう。

その理由はごくシンプルに言って“怖い”からだ。

勿論、ただ単に怖いというだけならば、今、目の前にいる三浦だって十分過ぎてお釣りが来るくらいに怖い。

だが、陽乃さんの場合は三浦のような直接的なそれと異なり、一見してそうとはわからないが、何かしら異質で底が知れないというか、人好きのする笑顔のその向こう側に巧妙に隠された悪意のようなものが透けて見えることである。

しかもそのことに俺が気づいていると知りながら隠そうともしないどころか、それすらも面白がっている節があるから余計に空恐ろしく思えるのだ。

しかしそうは言っても、今まで接点らしい接点もなく、彼女のことを表面的にしか知らないであろう三浦にそれを上手く伝えることができるとも思えない。

あの鉄壁ともいえる外面の下に潜む苛烈な本性を知るものといえば、雪ノ下曰く、捻て腐った目を持つゆえに物事の本質を見抜いている ―― 褒めてるのか貶しているのかよくわからないが多分後者だろう ―― 俺を除いた他に数えるほどしかいまい。

敢えて挙げるとすれば、教師ゆえに鋭い観察眼を持ち、比較的彼女との付き合いも長い平塚先生、それに妹である雪ノ下は当然として、あとはその彼女と同じくらい近しい立ち位置にいる人物 ――――
583 : [sage]:2019/06/30(日) 00:40:34.17 ID:UuBroTXy0

三浦「 ―――― 隼人?!」

八幡「あん?」


思いがけず三浦の口にした名前に驚いて、その視線の向けられた先を追うようにして背後を振り返る。

その俺の目に映ったのものは、にこやかに談笑しながら、いかにも仲睦まじげに肩を並べて歩く葉山と ――――――  陽乃さんの姿だった。

俺達の向けた視線に気が付いたものか、葉山が足を止め、僅かに遅れて陽乃さんもこちらに振り向いた。


葉山「 ――――― 優美子?」 

陽乃「 ――――― あら、比企谷くんも?」


葉山「ふたりともこんなところでどうしたんだい?」

こんな状況であるにも関わらず、葉山はいつものように気さくな態度を崩すことなく、ごく自然な調子で話しかけながら歩み寄ってくる。

八幡「ん? ああ、こいつとはついさっきここでばったり出会っちまってな。 あー…… それより ――― 」

お前らこそどうしたんだ、と問い返そうとすると、

陽乃「うっわー、やっぱり比企谷くんだ――― 、ちょー久しぶり ―――。 ひゃっはろ ―――!」

何を思ったのか、突然陽乃さんがもんのすごい勢いでがばりと俺に抱きついてきやがった。

八幡「や、ちょっ、何すんですか、いきなり!?」

つか、久しぶりってよく考えたらついこないだミスドで会ったばかりじゃねぇか。

俺の抗議に、陽乃さんがあざとくも可愛らしく、ぷぅとばかりに頬を膨らませる。

陽乃「んもう、比企谷くんたら何をそんなに照れてるの? ハグなんて欧米じゃ挨拶みたいなものなのよ?」

八幡「でも俺の記憶に間違いなければここ日本だし俺もあなたも日本人でしたよね?!」

陽乃「あらそんな細かい事どうでもいいじゃなーい、だって、私と八幡の仲なんだし」

八幡「いや、いきなりそんなとってつけたみたくいかにも親しげにファーストネームで呼ばれてたって、誰がどう考えてもお互いもうこれ以上はないってくらい赤の他人だったはずなんですけど!?」

いつもより高いテンション、過剰ともいえるスキンシップ、上気した頬、潤んだ目、甘い声音、熱い吐息、ヤバイ、この人もしかして ―――――――― 酔っ払い?!
584 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/06/30(日) 00:41:56.05 ID:UuBroTXy0

葉山「今日は身内だけでちょっとした食事会があってね。今はちょうどその帰りなんだ」

苦笑を浮かべながらも、それとなく今の状況を説明するのはふたりの姿を見てフリーズしたままの三浦を慮ってのことなのだろう。
なるほど、そうと言われるまで気付かなかったが確かにふたりともコートの下は幾分フォーマルな服装のようだった。

葉山「俺は親に頼まれて途中までふたりを送っていたところさ。ほら、最近は千葉も何かと物騒だからね」

いかにもそれが自分の意志によるものではないかのように軽く肩を竦めて見せる。

いやいやいやいや、俺に言わせればさっきから露骨に嫌がる俺をまるっと無視してぎゅうぎゅうぐりぐりと頭と体を押しつけてくる酔っ払いの方がある意味よっぽど危険だし物騒だっつーの。

っていうか、お前もただ見てねぇでなんとかしろ …… よ ……


八幡「 ――― ん? ちょっと待て。お前、今、ふたりって言ったか?」 


遅まきながら葉山の口にした言葉の意味に気が付いて慌てて周囲を見回すまでもなく、

陽乃「そうなの。でもあの子ったら、さっきからずっとあんな調子で」

葉山の代わりに答えるあねのんのチラリと目をくれた先は、―――― ふたりから少し離れてぽつんとひとり、まるで美しい壁の花の如く静かに立ち尽くす雪ノ下だった。
585 : [sage]:2019/06/30(日) 00:44:15.01 ID:UuBroTXy0

陽乃「今日はせっかく雪乃ちゃんの留学祝いも兼ねてたっていうのに、なんかお通夜みたいになっちゃって」

彼女にしてみれば余程それが面白くなかったのだろう。
でもだからってここぞとばかりに当てつけみたく俺に変なちょっかい出してくんのやめてくれませんかね。
んなことばっかりしてっから俺に対する世間の風評被害が絶えないんだってばさってばさ。
ただでさえ俺に対する世間の風当たりの強さときたら、もうそれだけで桶屋が儲かっちゃうくらい。

しかし、いつもならこんな時に真っ先に間に割って入るはずの雪ノ下が今日に限ってはなぜか微動だにしない。
寒さのためかそれとも別の理由からなのか、自分の体をかき抱くようにして片手を回したまま、頑ななまでに俺から顔を背け、目を合わせようともしなかった。

そんな妹の姿を見て、あねのんが俺の耳元でこしょりと囁く。

陽乃「あ、もしかして雪乃ちゃんたら今日の食事会に比企谷くん呼んでもらえなかったからって拗ねちゃったのかしら?」

八幡「 ……… 身内だけの集まりにひとりだけ俺みたいな無関係のぼっち同席させるとか、何の罰ゲームなんすかそれ」

586 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/06/30(日) 00:48:21.13 ID:UuBroTXy0

陽乃「それで、私もちょっと飲み過ぎちゃったし、ここからだと家に帰るより雪乃ちゃんの部屋の方が近いから、今日はこのままお泊まりさせてもらおうかなって ――― 明日のこともあるし」

八幡「明日のこと?」

何かしら含みのあるそのフレーズに思わず反応した俺を陽乃さんは素知らぬ顔でさらりと流し、

陽乃「あ、そうだ。丁度良かった。比企谷くん、ちょっといい?」

止める間もなく、ごくさりげない仕草で俺の肩に手を載せたかと思うと、

陽乃「慣れない靴履いてきちゃったせいか、さっきからずっと踵が気になってて」

悪びれもせず言いながらひょいと片足立ちとなり、俺につかまる手でバランスをとりながら、ひとさし指の指先でくいとヒールの位置を直す。
その拍子に陽乃さんの身体がぐっと接近し、柑橘系の香水に仄かなアルコールの入り混じった甘い香りが鼻腔をくすぐる。

と、同時に服の上からでもそれとわかるほど暖かくしっとりと柔らかな重みが俺の腕のあたりにぎゅっと押し付けられるのを感じた。

陽乃さんは俺の反応を楽しむかのように、とろけるような悪戯っぽい笑みを浮かべ、俺の顔を下から覗き見て更にぐいとばかりに身体と顔を寄せて来たかと思うと、


陽乃「ねぇ、比企谷くん?」 

八幡「 ……… な、なんすか?」

陽乃「疲れちゃったから、おんぶ」 

八幡「 ……… いやそれ無理でしょ」

だからいきなり何言い出すんだよ、この人。

陽乃「あらそう、残念。じゃ、抱っこでもいいんだけど?」

八幡「 ……… いいんだけどって、なんでそこでハードル高くなってんすか」

ただでさえ人目を引く美人だってのに、公衆の面前で、しかも、それこそ抱き着かんばかりに身を寄せられてさすがにきまりの悪くなった俺が、

八幡「 ――― っていうか、今日はいつもみたく車じゃないんですか?」

いつものように話を逸らして煙に巻こうと、咄嗟に思いつきの疑問を口にすると、


陽乃「ふふ。だって、雪乃ちゃんたら、あれ以来、滅多にあの車に乗ろうとしないんだもの」

小さく笑みを浮かべて答えるあねのんの向こうで、雪ノ下が居心地悪そうにもぞりと小さく身じろぎするのが見えた気がした。
587 : [sage]:2019/06/30(日) 00:50:52.78 ID:UuBroTXy0

陽乃「 ――― ところで、そちらはどちら様なのかしら?」

まるで今初めて気が付いたかのように三浦へと向ける陽乃さんの瞳が、何か新しい玩具でも見つけた子どものようにキラキラと輝く。
あるいはこの場合、獲物を見つけた猫が舌なめずりするかのような、とでも形容すべきか。

そして笑顔のままくりんと首だけで俺に向き直り、

陽乃「――― こないだ連れてたのとは、また違う子みたいだけど?」

明らかに言わなくてもいいはずのひと言まで付け加える。

八幡「 ……… できればそういう誤解を招くような言い方するのやめてもらえませんかね?」

っていうかそれフツウに女連れに対して言ったら絶対あかんヤツやろ。


三浦「あ、あーしは、その、隼人の …… 友達って言うか」

生徒会主催の進路相談会やバレンタインのイベントで何度か顔を合わせているとはいえ、こうして陽乃さんから直接声をかけられるのはこれが初めてなのだろう。
相手が誰であれ憚ることのない三浦にしては珍しく、幾分気遅れでもしているかのようにおずおずと答えつつ、それでも何かしら期待するような目でチラリと葉山の様子を窺う。


葉山「 ――― 友達だよ。俺や比企谷と同じクラスの三浦優美子」

そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、ごくあっさりとした葉山の紹介に三浦の顔がみるみる失意と落胆に曇る。

陽乃「あら、そう。ふーん、隼人のお友達なんだ」

それを聞いた陽乃さんの反応は素っ気なく、なぜかそれきり三浦に対する興味を失くしたかのようだった。

陽乃さんにいったいどんな意図があったにせよ、“お友達”を強調したかのようなセリフが余程気に障ったのか、三浦の片眉がピクリと反応する。

それまでの借りてきた猫の皮のようなしおらしさはどこへやら、やおら腕を組み、ブーツのつま先でカツカツと硬い音を刻みながら憮然とした表情で言い放つ。

三浦「ちょっとちょっとー、前々から気になってたんですけどー。隼人隼人隼人隼人って隼人のこと気安く呼び捨てなんかしてー、隼人、この人いったい隼人のなんなわけー?」

いやいやいやいやいやいやいやいや、あーしさん、いくらなんでもそれ自分の事棚上げし過ぎでしょ。
伊東温泉のCMだってさすがにそこまでハヤト連発してねぇぞ。あれはハトヤだけど。

588 : [sage]:2019/06/30(日) 00:58:31.83 ID:UuBroTXy0

葉山「 ――― 優美子」


葉山に小さく諫められた三浦が拗ねたようにぷいとそっぽを向いてしまう。

ふたりの性格をよく知る葉山だけに、できるだけこの場を穏便にやり過そうとしたのかもしれないが、どうやらそれが却って裏目に出てしまったようだ。


陽乃「そんなこと言われても、隼人は小っちゃい頃からずっと隼人だし? 私にとっては可愛い弟みたいなものだから」

三浦の不躾な態度を気にするでもなく、陽乃さんが年上らしく余裕と鷹揚さを見せながら、「そうでしょ?」 と、ばかりに葉山に同意を求める。

葉山「 …… ああ、そうだね」

だが、答える葉山の反応は些かぎこちなく、気のせいか声も心なし不自然に硬く沈んで聴こえた。

三浦「ふ、ふーん。そ、そうなんだ」

だが、そんな葉山の様子に気が付くこともなく意外にも三浦もあっさりと矛を収める。

もしかしたら、今のふたりの短い遣り取りで、言外にとはいえ互いが恋愛の対象外であるという言質をとったことで幾分気を良くしたのかも知れない。
でも、あーしさんたら、ちょっとチョロすぎやしませんかね。

俺としても三浦がハンカチ咥えながら「キーッ!! この薄汚い泥棒猫ッ!」(死語)みたいなベタな昼ドラ的展開を期待していなかったと言えば嘘になるが、もしかしたら、いきなりこの場で修羅場でバトル!に巻き込まれやしないかと内心冷や冷やしていただけに、やれやれこれでひと安心と胸を撫で下そうとした、まさにその瞬間、


陽乃「 ――― あ、そうそう。でもそういえば、私、隼人からプロポーズされたことがあったかしら」


これ以上はないといえるくらいの絶妙なタイミングで、いかにもわざとらしく胸の前で掌をぽんと打ち合わせながらの爆弾発言。


三浦「え? や? ちょっ? はぁ?!」

不意を衝かれて目を白黒させんばかりの三浦を尻目に、


陽乃「 ――― もっとも、小っちゃい頃の話だから、隼人の方はもう覚えてないかも知れないけど」

殊更冗談めかしてはいるものの、この女性(ひと)のことだ、今のセリフがこの場でどのような効果をもたらすかを十二分に計算し尽くした上でのことだろう。


葉山「どうしてキミはいつもそうやって …… 」

深い溜息とともに咎めるような視線を向ける葉山に対し、当の陽乃さんはまるで素知らぬ顔。
美しいガラス細工を思わせるようなその冷たく透き通った美しい面(おもて)には微塵の揺るぎも見受けられない。

………なんせ、この人の場合、同じガラスでもメンタルは防弾ガラスばりだからな。
589 : [sage]:2019/06/30(日) 01:00:09.32 ID:UuBroTXy0

葉山「前にも話しただろ? 陽乃は本当にただの幼馴染だよ」

取り繕うかのように口にはしたものの、咄嗟にとはいえその名を呼び捨てにしてしまったことに気が付いたのか、すぐにきまりの悪そうな表情に変わる。

三浦「だって、隼人、あの時 ……… 」

当然納得のいかないであろう三浦が更に何か言い募ろうとはしたが、そこではたと思い止まり、気まずそうに口を噤んでしまう。

三浦の言わんとした“あの時”というのが、先日の踊り場での一件を指しているであろうことは、その場所に居合わせた俺にはすぐに察しがついた。

当然、葉山もその事には気が付いているのかもしれないが、まさか当人たちのいる目の前でその事に触れるわけにもいくまい。
590 : [sage]:2019/06/30(日) 01:02:30.19 ID:UuBroTXy0

「 ―――――― あの時?」


小さく首を傾げながら、今しがたの三浦の言葉をそのままなぞるように呟いたその声は、陽乃さんの口から発せられたものだった。

僅かに細められた目は冴え冴えとした冷気を湛え、その瞳から放たれる鋭い視線は ―――――― なぜか真っ直ぐ俺に注がれる。

心の奥底まで覗き込むような瞳に絡み取られる前にと、咄嗟に目をあらぬ方にへと逸らしはしたが、

陽乃「ふーん、なるほど。そういう事、ね」

僅かな顔色の変化から何を察したものか、陽乃さんの口角がすっと吊り上がるのが見えた。


陽乃「 ――― この子も、私達と隼人の家の関係を知っているんだ?」


誰にともなく独り言のように口にされ、それでいて明らかに断定するような問い掛けに、当然の如く答える声は皆無。

だが、言葉の余韻すらも残さずその場に落ちた沈黙こそが、そのまま彼女の求める答えとなっていることは誰の目にも明白だった。


陽乃「あはっ♪ そうだ。お姉さん、いいこと思いついちゃった♪」


それがいかなる状況であれ、この女性(ひと)が今のようにとびきりの笑顔を浮かべた場合、大抵は碌でもないことを言い出すに決まっていた。

その証拠に彼女をよく知る葉山がそっと眉を寄せ、雪ノ下も「またはじまった」とばかりに小さく頭(かぶり)を振りながらひっそりと溜息を吐く。

はたせるかな陽乃さんは常よりも紅く濡れたように艶を帯びたその美しい唇から、柔らかく、甘く、優しい声音で、喜々として残酷な言葉を紡ぐ ―――――


陽乃「 ――――― だったらいっそのこと、隼人がこの場で誰を選ぶか決めちゃえばいいじゃない」

591 :1 [sage]:2019/06/30(日) 01:04:07.05 ID:UuBroTXy0

2年振りの更新。7月より本社復帰。続きはまた来週。ノシ゛
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