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八幡「神樹ヶ峰女学園?」
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483 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/08/28(月) 00:00:16.33 ID:ylCWEtwx0
番外編「花音の誕生日前編」
今日を入れてあと4日で8月が終わる。これは同時に夏休みもあと4日で終わることも意味している。短い、短いよ。深夜の5分アニメ並に短い。アメリカの学生は3ヶ月くらい夏休みもらえるんでしょ?日本もアメリカに負けないように同じくらいの休み期間を設けるべきだと思います。
だからこそ、残り少ない休みは特に有意義に過ごすべきであり、こうして朝早くから現役アイドルと出かけるなど言語道断なのだ。
花音「ねえ、なんでそんなに目腐らせてるのよ。夏だと腐敗が進むの?」
八幡「俺の目は気温や湿度に関係なく、デフォルトで腐ってんだよ」
花音「はあ。朝からこんな顔してる人といなきゃいけないなんて、ついてないわ」
八幡「お前が呼んだんだろうが。しかも昨日の夜にいきなり」
花音「仕方ないじゃない。貴重なオフなのよ?午後からは仕事あるけど、学校も夏休みだし、パーっと遊びたいじゃない」
八幡「なら俺じゃなくて、国枝とでも遊べばいいだろ」
花音「詩穂は家族と出かけてるの。電話でも言ったじゃない」
じゃあ1人で行けよ、と言ったらまた凄まじい言葉の暴力を振るわれるから黙っておこう。
だが、正直場所が場所なだけに他の星守たちは遠慮したのかもしれない。
そう、今俺たちは築地市場のとある海鮮丼屋にいる。煌上は昨日の夜、築地市場に行きたいから付き合えと突然電話してきた。最初は高圧的な態度だったが、他に誰も来てくれないと言った時の寂しげな口調に、不覚にも少し心を動かされてしまい、今に至る。
店員「特製海鮮丼お待ちどおさまー」
花音「来たわね!」
タイミングよく海鮮丼が運ばれてきた。煌上のお目当てはこの特製海鮮丼らしい。数に限りがあるらしく、早朝から並ばないと食べられない逸品なんだ、と並んでいる途中に力説された。
その煌上は目を輝かせながら、海鮮丼を様々な角度から食いいるように眺めたと思ったら、スマホを取り出しカシャカシャ写真を撮りだした。
俺はそんな煌上を無視して箸を持とうとすると、その手を叩かれた。けっこう強めに。
八幡「いたっ、なんだよ」
花音「海鮮丼が綺麗に写って、かつあんたの手とかが入らないようにしてるんだから、勝手に動かないで」
まさかの身動き禁止令を発令された。
八幡「お前の写真に俺は関係ないだろうが」
花音「この写真はブログに載せようと思ってるの。汚いあんたの手とかを写りこませたくないわけ。そのくらい察しなさい」
そう言って何枚か写真を撮り終わると、海鮮丼に向けていたスマホを俺の方に向けてきた。
花音「今のでブログ用の写真はおしまい。今からはあんたを撮るから」
八幡「え、なんで?」
花音「詩穂に今日の写真送ってほしいって言われてるの。アンタも少しは協力しなさい」
八幡「だからって俺を撮るのは、」
花音「いいじゃない。面白くて」
そうやってはにかんだ煌上は、俺の嫌がる顔をバシャバシャ撮っていく。
花音「じゃ、詩穂に送ろっと」
満足いく写真が撮れたのか、国枝に写真を送る煌上の顔はとても楽しそうである。が、すぐに顔色が真っ赤に変わっていく。
花音「ちょ、詩穂。冗談、よね?そうと言って?」
八幡「どうした」
花音「詩穂が、私とアンタの2ショット自撮り写真が欲しいって……」
八幡「は?」
花音「私だってイヤよ!でも詩穂がそう言ってるんだから撮らないわけにはいかないでしょ」
煌上は腕を伸ばしながらスマホを遠ざけ、こっちに向けた画面を見ながらその位置を調整する。
花音「ほら。も、もっと私に近づきなさいよ。顔が入らないでしょ」
八幡「お、おう」
スマホの画面を見ながら顔が入るように近付いていくと、煌上の耳に自分の耳が触れた気がした。思わぬ感触に、触れる部分が熱をもったような感じがするが、そうは言っても離れることはできない。
煌上はというと、一瞬肩をビクっとさせたが、珍しく何も言わずにそのままスマホのシャッターを数回押した。
484 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/08/28(月) 00:01:35.69 ID:ylCWEtwx0
番外編「花音の誕生日後編」
海鮮丼を食べ終えた俺たちは、次なる目的地に向かって歩き始めた。
八幡「今度は何すんの」
花音「有名な鰹節専門店に行くわ」
煌上に連れられてたどり着いたのは、とある鰹節専門店。店内にはいろんな種類の削り節や、細かく砕かれパック詰めされただしパックが所狭しと置いてある。
店主「いらっしゃい!」
頭に白いタオルを巻いたいかにも市場関係者って感じの店主が声をかけてきた。
花音「あの、この『鰹節削り体験』ってやってますか?」
煌上は店先に置かれている看板を指さしながら質問した。
店主「もちろんさ!ちょうど今朝に高級な本節を入荷したからそれを削らせてやるよ」
店主は俺たちの前に30センチほどの削られる前の状態の大きな鰹節を持ってきた。
花音「こんなに大きくて硬くて立派なの初めて……」
煌上は店主から鰹節を渡されると、恍惚とした表情を浮かべながら感想を呟く。……しかし、言葉だけ切り取るとアブナイ発言だよな。でも男としては「女の子に言わせたい言葉トップ3」に入る言葉だと思います。
花音「ほら。アンタも持ってみなさいよ。すごいわよ」
渡された鰹節は見た目ほど重くないが、表面は物凄く硬い。これを削るとあのなじみ深い削り節になるとは信じ難い。
八幡「ほお。もともとはこんな感じなんだな」
店主「じゃあまずは俺が手本を見せるな」
店主は削り器を取り出し手本を見せてくれた。何回か削り器の上を素早く鰹節が往復すると、底には大きなピンクのひらひらした削り節が溜まっていた。
店主「今みたいに鰹節の両端を持ち水平に往復させて削るんだ。削り器に体重を乗せるイメージでやると綺麗にできるぞ。さ、やってみな」
花音「え、ええ」
煌上は恐る恐る鰹節を持って削り始める。が、先ほどの店主の動きに比べるとかなり遅く、しばらく経って底を開けても、溜まった削り節は小さく丸まっているものばかりだ。
花音「意外と難しいのね、これ」
店主「筋は悪くないが、ちょっと力が足りなかったかな。そっちの彼氏さんよう、あんたも可愛い彼女のためにチャレンジしてみないか?」
花音「こ、こいつは別に私の彼氏じゃないです!誰がこんなヘンタイで、適当で、屁理屈ばっかりなやつと付き合うってのよ!」
店主の陽気な発言に煌上が秒速で反論した。
八幡「お前初対面の人にそこまで俺の悪口言わなくてもいいだろ」
花音「でも本当のことじゃない。何か間違ったこと言った?」
店主「はっはっはっ。仲いいなお二人さん。ほら、兄ちゃんもやってみろ」
俺は鰹節を渡され、削り器に向かう。さっき店主がやっていたように、水平に、力強くやることを心がけて鰹節を動かしていく。
八幡「こんな感じっすか?」
ある程度削って俺は手を止めた。底を開けてみると、かなり綺麗な削り節が溜まっていた。
花音「アンタ意外とうまいわね」
店主「ホントだな。どうだ?このままうちで働かないか?」
八幡「いや、それはちょっと……」
こんなふうに話しつつ、俺と煌上は交代しながら鰹節を削り、それをパック詰めしたものをもらって店を後にした。
花音「鰹節を削るのも楽しかったわ。そうだ。この鰹節の写真も詩穂に送ろっと」
帰り際、駅に向かって歩きながら煌上は国枝に写真を送る。そしてすぐに返信がきたようだが、スマホの画面を見る顔が海鮮丼屋の時のように真っ赤になっていく。
八幡「今度はどうした」
花音「詩穂が『その鰹節が、花音ちゃんと先生の初めての共同作業の証なのね』って……」
八幡「な……」
花音「か、勘違いしないでよ!詩穂が言ってるだけで私はそんなことこれっぽっちも思ってないんだから!じゃ、じゃあ私はもう行くから!その鰹節、大事に食べなさいよ!」
今度は大声で色々とまくしたてると、煌上は駅の方へ走っていってしまった。午後から仕事なのに朝早くからあんなにはしゃいだり大声出したり大丈夫なのかあいつ。でも、なんだかんだずっと楽しそうに見えたのは気のせいだったろうか。俺は鰹節が入ったビニール袋を顔の高さまで上げながらそんなことを思った。
485 :
◆JZBU1pVAAI
[sage]:2017/08/28(月) 00:04:16.64 ID:ylCWEtwx0
以上で番外編「花音の誕生日」終了です。花音誕生日おめでとう!
ツンデレ難しい。
486 :
◆JZBU1pVAAI
[sage]:2017/08/28(月) 00:09:44.29 ID:ylCWEtwx0
それと1つお知らせです。これから1ヶ月ほど更新できなくなるかもしれません。遅くとも10月からはまた更新するつもりなので、読んでくださってる方はそれまでしばらくお待ちください。
487 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/28(月) 08:04:43.78 ID:ZMVzcjMwo
乙です
488 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/28(月) 18:48:03.46 ID:TOopkjvtO
おつ、復活待ってるよ〜
489 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/09/12(火) 22:34:09.30 ID:4gvv/DNK0
本編5-23
八幡「……いや、何か手があるはずだ」
俺の言葉に5人全員が驚きの余り口をぽかーんと開けて驚いている。俺なんか変なこと言ったかな……。
八幡「お前らのその顔は何」
花音「ア、アンタ今自分が何言ったかわかってる?」
望「よりにもよって真っ先に諦めそうな先生がアタシたちを励ましたんだよ!?」
くるみ「正直空耳かと思いました」
詩穂「私も一瞬自分の耳を疑ってしまいました」
ゆり「もしかして暑さで頭がヘンになっちゃったんですか?」
全員が全員ひどい反応を返してくる。これで俺が普段いかに頼りなく思われているかわかってしまった。ナニこの辛い現実。
八幡「あのな。お前らが思っているほど俺はダメ人間ではない」
望「『押してダメなら諦めろ』っていつも言ってるくせに」
八幡「それは確かに言ってるけど……。でも今回は事情が違うだろ。まだ押しきってない」
ゆり「まだ手立てがあるということですか?」
八幡「ああ。そもそもスキルを使ってないだろ?」
詩穂「確かにそうですけど、通常攻撃が通じないイロウスにスキルが通じるでしょうか」
八幡「そこはあれだ。できる範囲で頑張るんだ」
花音「まさか根性論?」
八幡「ちげえよ。むしろ根性なんかでどうにかなるんだったら苦労はしない」
くるみ「ではどうするんですか?」
八幡「できるだけこっちの攻撃力を高めた後、複数人でスキルを当てればいいんじゃないか」
俺の提案に5人は感心したようにおー、とつぶやくとすぐさま細かい打ち合わせに移る。
ゆり「それを全てやろうと思うとかなり準備に時間がかかりそうだな」
くるみ「こっちの準備が終わる前にイロウスに攻撃されたくないわね」
花音「なら攻撃班と補助班に分かれる方がいいかしら」
望「それがいいかもね」
詩穂「では早速2組に分かれましょう。それでよろしいですか先生?」
八幡「あぁ」
こうして攻撃を国枝、煌上。その補助を天野、火向井、常磐がそれぞれ担当することとなった。
花音「私と詩穂が攻撃態勢を整えるまで、なんとか時間を稼いで」
詩穂「できれば私たち2人からイロウスの周囲を逸らしてくれると助かるのだけれど」
望「どうすればいい先生?」
八幡「イロウスは自分に攻撃してくる存在に注意が向くから、補助班の3人がイロウスに攻撃していくしかないだろうな」
くるみ「通常攻撃は効かないのに、ですか?」
ゆり「別にダメージを与えようとしているわけじゃないからそこは心配ないぞくるみ」
八幡「火向井の言う通りだ。それよりも補助班の3人はまとまって近距離攻撃をしながらイロウスの攻撃を避ける、ということをこなしてほしい」
望「ガンやツインバレットを使っちゃダメなの?」
八幡「なるべく3人ともがイロウスの目の前にいた方が注意を引き付けやすい。それに高速の火炎弾や、強力な体当たりなんかの遠距離攻撃ををされると、煌上と国枝の邪魔になりかねないしな」
ゆり「難しい指示をずいぶん簡単に言いますね……」
くるみ「でも、やるしかないわ」
花音「ごめんね3人とも。お願い」
望「任せて。でも、そのかわり強烈な一撃、期待してるから!」
詩穂「ええ。必ず」
490 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/09/12(火) 22:35:25.33 ID:4gvv/DNK0
本編5-24
望「は!」
ゆり「せい!」
くるみ「やっ」
3人はソード、スピア、ハンマーを使ってイロウスの足を攻撃する。しかしイロウスはそんな攻撃を意に介すことなく平然としている。
くるみ「こんなに攻撃しているのに傷一つつかないなんて……」
ゆり「くっ、いくら効果が薄いとはいえショックだ……」
望「くるみ!ゆり!上から攻撃来るよ!避けて!」
天野の言う通り、イロウスは3人めがけて自らの足元に火炎をまき散らす。だがそれを3人は華麗に躱し、攻撃を続行する。
詩穂「準備できたわ花音ちゃん」
花音「よし。みんな!準備できたから一旦イロウスから離れて!」
少し離れたところから煌上が声を出してきた。
ゆり「とりあえず私たちの役目は果たせたな」
望「待ってました!」
くるみ「が、がんばってください!」
八幡「頼んだ」
花音「ええ。詩穂、同時に攻撃するわよ。タイミング外さないでね」
詩穂「もちろん」
2人は全速力でイロウスに向かって駆け出した。
花音「『リュミヌ・フィエール』!」
詩穂「『アモローソハーモニー』!」
瞬間、2人から鋭い閃光がイロウスに向かってほとばしった。あまりの眩しさと吹き荒れる砂によって目を開けることができないくらいだ。
だが、響き渡るイロウスの大きな悲鳴によって2人の攻撃が命中したのはわかった。
八幡「げほっ、げほっ。どうなった?」
明るさがもとに戻るのを感じ目を開けるも、舞い上がる砂で視界はほぼ遮られている。
が、次の瞬間、一気に視界が開けた。
そして目に入ったのは、上空からこちらへ向けて突進してくるイロウスの姿だった。
八幡「嘘だろ……?」
倒すまではいかなくても、ある程度のダメージを与えられていると思ったが、これもダメなのか……?
望、ゆり「危ない!」
迫るイロウスの前に茫然と突っ立っていた俺は、天野と火向井に思いっきり引っ張られた。そのおかげでイロウスの攻撃は避けることができたが、かわりに天野に思いっきり頬をひっぱたかれた。
望「何ぼんやりしてるの!まだ戦闘中でしょ!」
八幡「いや、だが、さっきの決死の攻撃でもあのイロウスには通じなかったんだぞ……?」
ゆり「だから何ですか。ダメならまた新しい手を打つまでです」
八幡「新しい手って言っても、もうこれ以上はどうしようもないだろ……」
くるみ「私たち星守は、絶対諦めちゃいけないんです」
声のした方を振り返ると、いつの間にか常磐も俺たちの傍に来ていた。
八幡「でも、今の追い詰められた状況では、もう、」
くるみ「いえ、まだ手はあります」
俺の弱気な発言を遮って、常磐は目に強く輝かせながらそう言い切った。
491 :
◆JZBU1pVAAI
[sage]:2017/09/12(火) 22:37:38.00 ID:4gvv/DNK0
時間ができたので少しだけ更新します。でもまたしばらく更新できません。
492 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/09/13(水) 20:54:39.66 ID:GhMMyFXHo
乙です
493 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/09/23(土) 01:38:34.36 ID:XgUKOUwD0
むみぃをすこれ
494 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/09/23(土) 01:39:00.96 ID:XgUKOUwD0
むみぃととうふさんすこ
495 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/09/23(土) 16:14:44.94 ID:cs8y5TGI0
番外編「遥香の誕生日前編」
9月も下旬に入った。真夏の暑さはもう過ぎ去り、日暮れ近くにもなればひんやりとした風が頬をなでる。
八幡「はぁ……疲れた……」
仕事を終えた解放感からか、思わず独り言がこぼれた。そう、今日は秋分の日なのだ。祝日なのだ。本来なら学校には行かなくていいはずなのだが、この時期は文化祭や体育祭、修学旅行に課外活動と学校行事が立て込んで先生方はてんやわんやらしい。そのためなのか、俺の下に星守関係の仕事が降ってきて、今日は朝からラボに籠っていたのだ。1人で。
おかしいのだ。ジャパリパークには、けものは居てものけものはいないはずなのに、今日はずっと1人だったのだ。ジャパンはジャパリパークよりも過酷なところなのだ。
……。いつの間にかアライさんになってた。本当に疲れてるな俺。なんだかんだ腹も減ったし、今日はこのまま外で飯食べるかな。そう言えばここらへんに御剣先生が昔バイトしてたっていうラーメン屋さんがあったっけ。せっかくだし行ってみるか。
ぼっちスキル『1人で行動するときはウキウキしながら目的地を目指す』を発動しつつラーメン屋のあたりにやって来ると、1人の少女がラーメン屋の前をうろうろしているのが目に入った。その少女は俺に気付くとこちらへ向けて歩いてきた。
遥香「先生。こんなところで何してらっしゃるんですか?」
八幡「成海か。いや、俺はそこのラーメン屋に行こうと思ってたんだが」
遥香「本当ですか!?それなら私もご一緒していいですか?」
途端に成海は目を大きく開かせながらぐいっと俺に迫ってきた。いきなり物理的に距離を縮めないでくれるかなぁ。ぼっちスキル『突然異性に至近距離で頼みごとをされたら断れない』が発動しちゃうだろ。いや、これはスキルじゃないですね。ただの拗らせ。ま、ぼっちスキル抜きにしても、断るほどのことじゃないか。飯食べるだけだし。
八幡「……わかった。いいぞ」
遥香「ありがとうございます先生。では早速行きましょう」
ほっと一息ついた成海は少し遠慮がちにドアを開けて店に入っていく。俺もその後に続く。
遥香「お店の中はこんな感じなんですね」
成海は感心しているが、俺にはごく普通のラーメン屋にしか思えない。どこに感動してんだこいつは。
八幡「おい、通路に立ってると邪魔だぞ。早く座れ」
遥香「は、はい。すみません」
そうして俺と成海は空いているテーブル席に座る。早速メニュー表を見てみると、意外とラインナップが充実していることに驚いた。ラーメンはもちろんのこと、数種類のチャーハン、餃子や春巻きなんかもある。
八幡「これだけメニューがあると、どれを食べるか悩むな」
遥香「そうですよね。どれから食べるか悩みますよね」
俺は「どれを」食べるか悩んでるのに、目の前の成海は「どれから」食べるか悩んでいました。どんだけ食べるつもりだこいつ……。
結局俺は一番人気のラーメンとチャーハンのセット、成海はチャーシューメンとカレーチャーハンのセットを注文した。
遥香「そういえば今日は休日なのに、先生はどうして学校近くのこのお店に来ようと思ったんですか?」
ラーメンが来るのを待っていると、ふいに成海が質問してきた。
八幡「いや、さっきまで学校にいたんだよ。休日だけど仕事させられてたの」
遥香「そうだったんですか。やっぱり先生は大変なお仕事なんですね。お疲れ様でした」
八幡「あ、あぁ。つかお前こそ1人で何やってたんだよ。今日はお前の誕生日だろ?星月や若葉と遊んだりしてなかったのか?」
俺の何気ない質問に、成海は顔を赤らめて目をそらしながら口を開いた。
遥香「ど、どうして私の誕生日が今日だって知ってるんですか?」
八幡「いや、今日整理してた資料に書いてあるのを見ただけだが、ダメだったか?」
遥香「い、いえ!先生になら見られても全く問題はありません!そ、それで、質問の答えですが、今日はこの近くで行われていたボランティア活動に参加していたんです」
やけに慌ててるな。やっぱり誕生日知っちゃったのはマズかったのかな。今度から気を付けよ。というか、休みの日、しかも誕生日当日にボランティア活動に参加するなんて、俺には理解できない。
八幡「天地がひっくり返っても俺にはできない高尚な休日の過ごし方だな」
遥香「高尚などと言わないでください。私がやりたくてやっているだけですから」
八幡「いやいや、ボランティアやりたい、だなんてなかなか思わんぞ。少なくとも俺は絶対思わない。そもそも他人のために何かしてあげようっていう感情が発生しない」
遥香「別に私は『何かしてあげよう』と思ってボランティアしてるわけではないですよ?」
八幡「ならなんのためにやってるんだ?」
遥香「私は、恩返しのためにやっているんです」
八幡「恩返し?」
俺が聞き返したその時、注文してたラーメンやチャーハンが運ばれてきた。
遥香「あ、来ましたね。ラーメンもチャーハンも美味しそうです。冷めないうちにいただきましょう先生」
そう言って成海はチャーシューメンとカレーチャーハンをまるで飲むように食べていく。俺がまだ全体の半分も終わってないうちに全て完食した成海は追加で味噌ラーメンと餃子のセットを注文した。……注文取りに来た店員が若干引いていたのは見なかったことにしよう。うん。
496 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/09/23(土) 16:15:21.97 ID:cs8y5TGI0
番外編「遥香の誕生日後編」
遥香「ふぅ、美味しかった。あ、すみません。まだ話してる途中でしたよね。どの料理も美味しくて箸が止まらなくて……」
八幡「そういえばそうだったな。恩返し、とか言ってたっけ?」
最初の注文から数えて5人前はゆうに平らげた成海は一息ついて話し出した。それはそれで恐ろしいのだが、この光景にあまり違和感を抱かずに会話を再開する俺自身も怖い。人間、どんな状況にも慣れてしまうものなのか……。
遥香「はい。もともと私、小さい時は引っ込み思案な子だったんです。学校でも1人、家でも1人。だからお人形くらいしか友達がいなかったんです」
あれ、いきなり暗い過去を話し始めたぞ?そういう話をするなら事前に予告しといてくれよ。せっかくの飯も美味くなくなるだろうが。
遥香「でも、そんな私に明るく笑顔で話しかけてくれる子が現れたんです。それが、みきでした」
八幡「星月が?」
遥香「はい。みきと一緒にいるようになって、私もだんだん前向きな性格に変わっていくことができました。それから自然と、こういう風に私を変えてくれたみき、そして私と仲良くしてくれる色んな人に感謝するようになったんです」
遥香「だから私は自分を変えてくれた周りの人たちのために、そういう人たちの笑顔を守るために行動したいと思ったんです。星守になったのも、医者を目指しているのも、ボランティアをするのもそれが理由の1つになってます」
自らを変えてくれた周囲のために動く。それは並大抵の心構えではできないことだろう。おそらく成海は心の底から他人に感謝していて、その人たちのために動くことにためらいは全くない。本当に人間が完成されている。材木座あたりに成海の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらい。
八幡「……だが、それだと成海自身は報われないだろ」
でも捻くれてる俺はつい悪態をついてしまった。いくら周囲に感謝しているとはいえ、無報酬でそれを続けられるほど人間強くない。必ずどこかで自分の利益を求めるはずだ。
遥香「そんなことはないですよ。むしろまさに今、報われています」
八幡「今?」
遥香「はい。日中にボランティア活動をしたからこそ、こうして先生と会うことができて、一緒にラーメンを食べられてるんです。立派に報われてるじゃないですか」
八幡「いや、それはさすがに割りに合わないだろ……」
遥香「そんなことありませんよ。先生がいなければお店にすら入れなかったんですから。むしろ私は先生に日ごろの感謝の意を伝えたいと思っています」
成海は体をグイッと乗り出して力説する。けど、そんな風に言われるほど俺はたいして何もしていない。
八幡「買いかぶりすぎだ。俺は仕事だから色々やってるだけで、別にお前らのことを考えてるわけじゃない」
遥香「そうですか?私には、時折とても楽しそうにしているように見えますけど」
想定外の成海の指摘にすぐに反応できなかった。お、俺が楽しんでる?神樹ヶ峰での生活を?まさか……。
八幡「そんなわけないだろ。俺は神樹ヶ峰に来た当初からずっと、早くこの交流が終わることしか願っていない」
遥香「そうやって自分を偽っていると、体にも心にも悪いですよ?」
成海は体勢をもとに戻したと思うと、澄んだ水色の瞳でじっと俺の目を見て語りかけてきた。正直、これは物理的に近づかれるよりもずっと心に刺さる。
八幡「……偽ってなんかねえよ。それに、体に悪いって言うならお前の暴食だって体に悪いだろうが。医者目指すならもっと普段から節制したほうがいいんじゃねえのか?」
遥香「た、たくさん食べることは悪いことじゃありません!」
俺は強引に論点をずらした。いや、ずらさざるを得なかった。これ以上追及されたらどうなってたかわからない。こんな安易な軌道修正に成海が乗っかってくれて助かった。
八幡「でも食べすぎは体に悪いだろ。確実に」
遥香「偏った食べ物ばかり食べる生活をしていたら確かに体に悪いですね。でも私は栄養バランスも考えてますし、食べた分、運動も勉強もしていますから大丈夫です」
いや、明らかに摂取カロリーと消費カロリーの釣り合い取れてないでしょ。サイヤ人かっつの。満月を見て大猿になったり、怒りから髪の毛金髪になったりしないよね?
遥香「それに、自分のやりたいことをやることが一番の健康法だと私は思ってますから」
にっこり笑う成海だが、目が笑ってない。やべ、強引に論点ずらしたの絶対バレてるわ……。さすがにやりすぎたか。
遥香「医者を目指す私が言うのもなんですが、病と心はとても深くつながっていると思うんです。体には異常がなくても心が弱っていると健康を害しますし、逆に心が強ければ不治の病だって治りえます。だから、先生には少しずつでもいいので、自分の心に素直になってほしんです。それは、絶対に先生のためになることですから」
俺は成海の指摘に何も答えられない。自分に素直にと言われても、俺自身が自分のことをわかっていないんだからやりようがない。振り返ってみれば、俺は周りに流されるがままに生きてきた。与えられたことをこなすだけ。そこに心はない。それは奉仕部でも神樹ヶ峰でも同じだと思っていた。でも、もしかしたらどこかで自分のために動いていた節があるのかもしれない。だって俺は、他人のためだけに動けるほど出来た人間ではないのだから。
遥香「……ふぅ。たくさん話してまたお腹が空いてきました。すみません、ワンタンメンとあんかけチャーハンのセットお願いします」
しばらく沈黙が続いた後、成海はうーんと伸びをしてから新たな注文をする。
八幡「は?まだ食べるの?」
遥香「はい。今日は誕生日なのでお腹いっぱい食べようかと思ってます。先生、まだ私に付き合ってくれますよね?」
少し首をかしげながら温かい笑顔で成海は尋ねてくる。俺が断るとは微塵も思っていない、このかわいらしい表情に不覚にも少しドキッとしてしまった。
八幡「……ま、お前がまだ食べるなら、デザートくらいなら食べてもいいかな」
こう答えてしまうあたり、やはり俺は周りに流されてしか行動できない生き物らしい。でも、今の返答には「笑顔でおいしそうに食べる成海をもう少し目の前で見ていたい」という気持ちが、ほんの少し含まれていたことは否定できない。
497 :
◆JZBU1pVAAI
[sage]:2017/09/23(土) 16:17:18.43 ID:cs8y5TGI0
以上で番外編「遥香の誕生日」終了です。遥香、誕生日おめでとう!少しシリアスっぽくなってしまいました。
498 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/09/24(日) 04:02:42.71 ID:KJ4OjHV9o
乙です
499 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/09/26(火) 01:39:42.82 ID:1XUGqDYi0
本編5-25
望「くるみ、それってどんな方法?」
くるみ「それは、」
ゆり「それは?」
くるみ「……全員でイロウスに向かってスキルを発動すること、です」
花音「つまりより強い火力で勝負するってこと?」
くるみ「はい。さっきは2人でしたけど、5人で力を合わせればもっと強い火力が出せるはずです」
詩穂「5人で力を合わせれば……」
常磐の意外な意見に4人は困惑している。それは俺も同じだが、それ以上に言わなければいけないことがある。
八幡「常磐。お前の考えはダメだろ。あのイロウスに正面から火力勝負しても勝ち目はない」
くるみ「どうしてまだやってみてもないのにそう言い切れるんですか?」
八幡「そりゃ、今までの様子から予想すればそう思うだろ」
くるみ「でも他に方法はありません」
花音「……確かにくるみの言う通りかもしれない」
ゆり「私たち5人が力を合わせれば倒せないイロウスはいない!」
詩穂「試してみる価値はあるかもしれませんね」
望「うんうん!」
常磐はなおも強気な姿勢を崩さない。そんな常磐に感化されて、他の4人も常磐の意見に同調し始める。
八幡「待て、落ち着けお前ら。いくらスキルを同時に発動したところでなんとかなる相手じゃないだろ」
くるみ「……そんなに反論するなら」
八幡「あん?」
くるみ「そんなに反論するなら、何かアイデアを出してください!」
八幡「…………」
今までの常磐からは想像つかない、激しく厳しい叱責が俺を襲った。
くるみ「さっき、花音さんと詩穂さんの攻撃が効かなかったときから、先生ずっと消極的な態度ばかりとってます。もうイロウスを倒すことを諦めてしまったんですか?」
八幡「いや、そんなことはない……。だが、やみくもに戦ったところで意味はないだろ?」
くるみ「でも方法が無ければ力任せになっても戦いをやめてはならないと思います」
八幡「……」
俺だけじゃない。他の4人も常磐の尋常ではない雰囲気に気圧されて何も言えなくなっている。
くるみ「どんな状況に陥っても、私はここにいる植物さんを、そしてみんなを守りたいんです」
八幡「だからって策無しにつっこんでも何も生まれないぞ。そんな勝算の薄い危険な賭けを認められるわけないだろ」
くるみ「でも私たちがここで立ち向かわなければ、一体誰があのイロウスを倒せるんですか?」
八幡「それは……」
花音「……ねえ!イロウスがまたこっちに向かって体当たりしてくるわ!みんな避けて!」
煌上の呼びかけによって、俺たち6人はぎりぎり回避行動をとることができた。くそ。やっぱりこんなイロウス相手じゃ、どんな攻撃も通じないだろ……。
望「うう、砂口に入っちゃった……。じゃりじゃりする……」
ゆり「私も目に砂が入ってしまった……」
立ち上がりながらあたりを見渡すと、どうやら天野と火向井は回避行動した時に目や口に砂が入ったらしい。2人はそれぞれすごく嫌そうな顔をして砂を取り除こうとしている。まあ、確かに少しでも砂が目や口に入ると痛いし気になるよな……。いや、待てよ。
八幡「そうか。その手があった……」
500 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/09/26(火) 01:40:23.35 ID:1XUGqDYi0
本編5-26
詩穂「先生?突然笑いだしてどうしたんですか?」
おっと、思わず笑みがこぼれていたか。だけど、なんとか打開策にたどり着いたんだ。俺だけで噛みしめてないでこいつらにも伝えなければ。
八幡「いいか。あいつにダメージを与えたければ、イロウスの弱点をつけ」
望「弱点になる武器を使うってこと?」
八幡「まぁそれもあるな。だがもっと効果的なのは、イロウスの急所を狙って攻撃することだ」
ゆり「急所?」
八幡「あぁ。どんな生き物であれ、防御態勢をとっていれば強い攻撃にも余裕で耐えられるんだ。だがひとたび急所を突かれれば、攻撃自体が弱くても大ダメージを受けるものさ」
くるみ「いまいちよくわからないんですが……」
常磐はまだ理解できていないように首をかしげている。仕方ない。もう少し説得力のある話をするか。
八幡「いいか。これは俺の友達の友達の話なんだが、そいつには好きな子がいた。仮にその子をA子ちゃんとする。そいつはどうにかしてA子と付き合おうと、顔を合わせたら会話をし、家に帰ればメールをし、さらには誕生日まで割り出してセルフセレクションのおすすめアニソンメドレー100選のCDをプレゼントしたりしていた」
花音「ちょっと、いきなり何言ってんのよ」
八幡「いいから最後まで聞け。そんな度重なるアプローチをされながら、A子はなかなかそいつの好意を素直に受け取らなかった。そんなある日だ。そいつが例のごとく他の班の奴らに掃除をサボられ、1人で掃除をしていた時に、A子を含む数人の女子が歩いているのを見つけた。そいつが見つからないように聞き耳を立てると、女子たちはコイバナをしていたんだ」
八幡「『A子、最近男子に言い寄られてるって本当?』
『あーそれ私も気になる!』
『いや、そんな楽しい話じゃないって……』
『またまた、そんなこと言ってさ!』
『いや、本当だから。考えてみて?すれ違うたびに気持ち悪い視線浴びせられて、家に帰ればつまらないメールを大量に送りつけられて、更には意味不明なCDまで渡されるんだよ?しかも教えてもないのに誕生日に。こんなことされて誰が喜ぶって言うの?』
『そ、それは…………』
『ね。ま、でも最近はわざとそっけない態度取ってるし、メアドも変えたからもう大丈夫だけどね』
なんて会話をなんの心の準備もないまま聞いた俺は、箒を持ったままその場で立ちつくすことしかできなかった。結局掃除も終わらず、次の日に先生に怒られ、さらにはサボってた班の奴らにも怒られたんだ……」
俺の話に全員が明らかにドン引きしている。あれ、こんなはずじゃなかったんだけどな。
望「な、なにこの先生のとんでもなく切ない話は……」
八幡「俺じゃねえ。友達の友達の話だ」
ゆり「でも、今の話に何の意味があったんですか?」
八幡「ようするに、ダメージを与えるのに必要なのは手数や威力じゃなく、いかにそいつの弱みをつけるかにかかってるってことだ」
くるみ「なるほど。先生の告白はA子さんには届かなかったけど、A子さんの拒絶は確実に先生の心に届いてますもんね」
花音「くるみ、あなた容赦ないわね……」
詩穂「と、とにかくイロウスの急所を突くと言う話は理解できました。でも、イロウスの急所ってどこなんですか?」
国枝の質問に他の4人も確かにそうだ、と言わんばかりに俺の顔を見つめてくる。
八幡「それは、目と口だ」
5人「目と、口?」
八幡「あぁ。天野と火向井、さっき砂が目や口に入ったろ。あの時すごい違和感がなかったか?」
望「そりゃあるよ!だって目に砂が入ったんだよ?痛いに決まってるじゃん!」
ゆり「口に入ってもジャリジャリして気持ち悪いですよ!」
八幡「だろ?でも入った砂は本当にごく小さいものだ。こんな小さいものでさえ、目や口に入れば痛いし気持ち悪いんだ。なら、そんな場所に強烈なスキルをお見舞いしたらどうなるか、あとはわかるよな?」
俺の説明に5人は合点がいったらしく、目を見開きながら、お互いに顔を見合わせる。
花音「つまり強力なスキルを使うのは変わらないけど」
詩穂「イロウスの急所である目や口にスキルを当てれば」
くるみ「イロウスに大ダメージを与えることができる……」
ゆり「一気に勝機が見えてきたな!」
望「まぁ、説明のされ方がイマイチだったけどね……」
501 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/09/26(火) 01:41:02.97 ID:1XUGqDYi0
本編5-27
こうして俺たちは再びイロウスと対峙する。
花音「まずは私と詩穂でイロウスの目を攻撃するから3人はその後に攻撃お願い」
詩穂「目を攻撃されれば動きが鈍くなるはずです。そこを突いてください」
2人は言うや否や、イロウスの背後に回りこみ、そこから飛び上がってイロウスの目に肉薄する。
花音「まずはその視界、奪うわ。『リュミヌ・フィエール』! 」
詩穂「観念して下さい。『アモローソハーモニー』! 」
先ほどの光がもう一度発生し、イロウスの双眼を直撃する。
望「すごい!めちゃめちゃ効いてそうだよ!」
ゆり「よし、このまま私たちもいくぞ!」
くるみ「そうね」
地上に待機していた3人は武器を握り直して次の攻撃の準備をする。
イロウス「ギャオー!!!」
次の瞬間、イロウスは苦しそうに雄たけびを上げて遥か上空へ飛び上がった。
八幡「おい、イロウスの様子がおかしいぞ。どうなってるんだ」
花音「私に聞かれてもわかんないわよ!」
詩穂「攻撃は確かに命中したと思うんですが」
煌上と国枝も合流した後、イロウスはかなり高いところで動きを止めたと思ったら、矢継ぎ早に高速の火炎弾を放射してきた。
八幡「やべぇ……!」
視界を失ったイロウスは防衛のために四方八方に火炎弾を連射する。天野たちの攻撃はこれにより遮られ、それどころか浜辺全体が火炎弾の射程範囲に入り、着弾した場所からどんどん大穴が開いていく。
俺たちはなんとか火炎弾をかわしながら、もとは海の家であったろう瓦礫の山に身を潜めて状況を整理する。
詩穂「ごめんなさい。私たちが目を攻撃したばかりに……」
八幡「別に国枝が謝ることじゃない。これは不測の事態だ」
花音「でもそんなこと言ってられないでしょ。どうすんのよ」
八幡「目に当てただけでここまで暴れるんだ。あと一発、至近距離からスキルを当てられれば倒せるとは思う」
望「火炎弾だけならなんとかなるけど」
くるみ「問題はどうやってあの高さまで達するか、ですね」
ゆり「地上からではどんな攻撃も通じないしな」
そう。攻撃を避けるだけならなんとかなるのだ。だが、イロウスが恐ろしく高い場所にいるため、いくら星守とはいえ攻撃が届かないのだ。
少し沈黙が続いた後、天野がおずおずと手を上げた。
望「5人で連携すれば、イロウスのいろところまで届くんじゃないかな」
詩穂「どういうことですか天野さん?」
望「簡単に言うと、ジャンプした人の肩を踏み台にしていく人間階段を数段作るの。跳ぶ人は1人で、4人が踏み台になればなんとかなると思う。どうかな先生?」
八幡「悪くない。やってみる価値は十分あると思う」
くるみ「そしたら誰がイロウスのところまで行くか決めないと」
詩穂「それは火向井さんしかいませんよ。この中で一番跳躍力があるんですから」
国枝の発言を受け、一斉に視線が火向井に集中する。当の本人は自体が呑み込めていないのか目をぱちくりさせている。
ゆり「わ、私?」
望「そうだよ!ビーチバレーの時もすごかったもん!」
くるみ「それに何回も素早く跳ぶのはゆりしかできない」
花音「ゆりが一番適任ね」
詩穂「私たちも全力でサポートします」
502 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/09/27(水) 20:40:53.83 ID:nbBSHN/O0
続き来てたか!おつ
かっちゃん誕生日もしっかり消化しててすばら
503 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/09/29(金) 23:41:45.81 ID:zqAa95QPo
乙です
504 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/09/30(土) 01:38:01.97 ID:c1cC7iSj0
番外編「くるみの誕生日前編」
八幡「これで最後だな」
くるみ「はい。ありがとうございます。助かりました」
爽やかな秋晴れの空の下。俺と常磐は2人で花壇の雑草取りをしていた。常磐が1人黙々と雑草取りをしている光景に、つい声をかけたのがきっかけで、俺も一緒に作業することになった。
八幡「改めてみると、綺麗に咲いてるな。毎日世話しているだけのことはある」
くるみ「いえ、私はお花さんたちの声の言う通りにしているだけですから」
そのお花さんの声って言うのがよくわかんないんだよなぁ。雑草取りの途中にもちょくちょく会話してたが、果たして本当に植物と会話することは可能なのだろうか。やっぱり常磐はデビルーク星人なんじゃないのか?
くるみ「でも、最近あるお花さんが元気なくて困ってるんです」
八幡「それこそ花に事情を聞けばいいんじゃないのか?」
くるみ「それが、そのお花さん、私が話しかけても全然反応してくれないんです。なんというか、避けられてる感じがするんです」
八幡「避けられる感じねぇ」
くるみ「周りのお花さんともあまり仲良くないようですし、何とかしてあげたいんです。先生、付き合ってくれませんか?」
常磐の顔は真剣そのもので、思わずこっちが気圧されてしまうほどだ。
ま、常磐がこんなに真剣にお願いすることなんて滅多にないし、だとしたら答えは一つしかない。
八幡「わかった。ま、何もできないと思うけど」
くるみ「ありがとうございます。では早速そのお花さんのところへ行きましょう」
ということで鉢植えゾーンへやってきた。どの鉢植えからも小さな紫色の花が細い枝先に咲き誇っている。一見するとどれも綺麗に見えるが、ある鉢植えがふと目に留まった。
くるみ「ここに咲いているのはブッドレアというお花さんです。それで、元気がないお花さんは」
八幡「もしかして、あれがそうか?」
俺は常磐の話を遮って、目に留まっていた鉢植えを指さした。
くるみ「は、はい。そうです。先生どうしてその子が元気ないってわかったんですか?」
八幡「え、いや、まぁ、なんとなく……」
そう。なんとなくだ。なぜだかその鉢植えに視線が引き寄せられたのだ。
くるみ「もしかしたら、先生にならこのお花さんの声が聞こえるかもしれないですね」
八幡「は?」
くるみ「先生。一緒にあの鉢植えの傍に行って、お花さんの声を聞きましょう」
八幡「お、おう……」
言われるがままに俺は鉢植えの傍にしゃがみ込む。常磐も俺の隣にしゃがみ、じっと鉢植えの花を見つめる。
くるみ「どうですか?聞こえますか?」
八幡「…………何も聞こえない」
くるみ「先生。もっと心を素直にして耳を澄ませてください」
そんな簡単に心が素直になるんだったらこんな卑屈な性格になってないんだよなあ。などと心の中でツッコミを入れながらもうしばらくじっと鉢植えと向き合ってみるが、当然何も聞こえるわけはない。
八幡「ダメだ。やっぱり何も聞こえない」
くるみ「そうですか……。先生ならきっと聞こえると思うんですけど」
八幡「ダメなもんはダメなんだろ。直接聞いてダメなら、他の花に聞いてみるとかしか方法はないんじゃないか?」
くるみ「そうですね。周りの子たちに事情を聞いてみます」
常磐が他の花と会話する間、手持ち無沙汰になった俺は改めて例の鉢植えの花を眺めていた。なんていうか、この花は他の花とは違う気がするんだよな。その違いがなんなのかはわからないけど。
しばらくしてして常磐がこちらへ戻ってきた。
くるみ「先生」
八幡「おう、どうだった」
くるみ「その子、もともと他のお花さんと話さない目立たない子らしくて、事情はわからないとのことでした。中にはこの子のことを知らないお花さんもいて、話を聞くことも大変でした」
なんだそりゃ。この花、近くの他の花に存在すら認知されてなかったのか?悲しすぎる。でも、似たような話どこかで聞いたことあるな。あ、俺のことでした。てへっ。
505 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/09/30(土) 01:39:31.55 ID:c1cC7iSj0
番外編「くるみの誕生日後編」
八幡「周りの花も何も知らないのか。ならもう一度わかってることをまとめよう。常磐はこの花が元気ないことにいつ気づいたんだ?」
くるみ「つい最近です。それまでも難しい子だったんですけど、特にここ数日は元気ないんです」
八幡「ということはここ数日に何か変わったことがあったってことだな。何か思い出せないか?」
くるみ「そう言われても、特には思いつかないですね」
八幡「いや、絶対に何かあったはずだ。思い出せ」
くるみ「せ、先生?」
無意識に熱くなっていたのか、棘があるような言い方になってしまった。いかん。なんで俺がこんなに必死になってるんだ。常磐も怯えてるじゃないか。頭は冷静に。
八幡「……悪い」
くるみ「いえ……。あ、そういえばこの前鉢植えをより日当たりのいい場所に移動させたんです」
八幡「前は違うとこにあったのか?」
くるみ「はい。もともとの場所は時間によっては少し日陰になってしまうところだったんです。お花も咲いたので、元気のない子を中心に日当たりのいい場所に移動させたんですが」
もとは日陰、今は日なた。元気のない花を中心に移動。難しい性格。周りに存在すら理解されていない。なぜか気にしてしまう…………
八幡「……そうか。そういうことか」
瞬間、頭に電流が走った。ような気がした。コナン君がアニメで事件の真相に気づいたときに流れる「ティリリン」って効果音が流れた。ような気がした。
俺はひらめきに任せて元気がない花の鉢植えを持ち上げて移動させた。ちょうど鉢植えゾーンの端っこで、しかもあまり日当たりがいいとは言えない場所に。
くるみ「先生?何してるんですか?」
八幡「常磐。この花はな、多分こういう端の、ちょっと暗い場所が好きなんだよ」
くるみ「で、でも、さっきの場所の方が日当たりもよくて、周りに他のお花さんもいて、楽しい場所のはずなのに」
八幡「その考えが違うんだ。人間だって全員が全員、明るくて騒がしいところが好きなわけじゃない。暗くて、1人になれるところを好むやつだっている。花だって同じなんだ。日当たりのいい、他の花に囲まれたところが好きな奴もいれば、そうじゃない奴もいる。この花がそういう花だったってだけだ」
くるみ「……確かに移動させてから、少し落ち着いた感じを受けます」
八幡「だろ。ま、そういうことだからこの花はここでおとなしくさせておいてくれないか?」
くるみ「はい……」
だが、返事とは反対に常磐の顔は曇っていく。
八幡「どうした」
くるみ「いえ、私、今までどんなお花さんとも仲良くできていると思っていたんです。でも、このお花さんは私の呼びかけには反応してくれませんでした。先生は、どうしてこのお花さんが端っこのほうが落ち着くと、そう思ったんですか?」
常磐は今にも泣きそうに目を赤くしながら尋ねてくる。
八幡「……それは、この花も、俺も、ボッチだからだ」
くるみ「ぼっち?」
八幡「あぁ。周りと必要以上に関わりを持ちたくないんだよ。特に自分が集団の目立つところにいるのには耐えられない。平穏無事に過ごしていたいからな」
くるみ「…………」
八幡「それに、必ずしも一人ってわけじゃない。絶対に誰かが、その魅力に気づいてくれる。現に、ほら」
先ほど移動させた花の所に一匹の蝶々が飛んできた。おそらく蜜を吸いにやってきたのだろう。しばらく花の先に止まってから、またひらひらと飛んでいった。
くるみ「お花さん、嬉しそうですけど、それ以上に恥ずかしがってるみたいですね」
八幡「あぁ。ま、俺たちにガン見されちゃったからな」
そう呟いてから常磐はスカートをはためかせながらくるりと俺の方を向いてにっこり笑う。
くるみ「先生、今日は本当にありがとうございました。先生がいなかったら、あのお花さんをもっと弱らせていたかもしれません」
八幡「お前の日ごろの世話のおかげだ。普通、あんなめんどくさい性格だなんて思わないだろ。俺がぼっちだからこそわかったんだ」
くるみ「先生はただのぼっちなんかじゃありません。ぼっちの心もわかる、それでいて他の人のいいところもちゃんと見つけられる、とっても優しい人です。だから、私たち星守クラス全員が、満面の笑みを咲かせられていると思うんです」
くるみ「だから先生?これからも、私たちのこと、ずっと見守ってくださいね?」
八幡「交流が続くうちは、な」
顔を背けながら俺は小声でつぶやいて、校舎に向かって歩きはじめる。足音から常磐も急いで追いついて来ようとするのがわかる。それともう一つ、明らかに常磐とは違う透き通るような女性の声で『ありがとう』と言われた気がするが…………まさか、な。
506 :
◆JZBU1pVAAI
[sage]:2017/09/30(土) 01:40:53.64 ID:c1cC7iSj0
以上で番外編「くるみの誕生日」終了です。くるみお誕生日おめでとう!
くるみのフィギュア早く間近で見てみたい。
507 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/10/02(月) 00:23:46.61 ID:UUrHKH0U0
番外編「心美の誕生日前編」
八幡「…………」
心美「…………」
電車に乗ってからかれこれ十数分は沈黙が漂っている。き、気まずい。他の星守たちは向こうから話しかけてくるからそれに合わせて対応すればいいのだが、朝比奈は星守クラスでは珍しく内気な性格だからなあ。基本ぼっちの俺といても、結果こうして1人と1人になってしまう。
心美「あ、あの、」
八幡「ん?」
心美「わ、わざわざ付き合ってくれて、ありがとうございますぅ……」
八幡「まあ、もともと今日は夜まで付き合うっていうことになってたし、別に気にすんな」
心美「は、はい……」
こうしてまた沈黙。あー、どうにかなんないのこの状況。明らかに朝比奈が緊張して委縮してるから俺も余計気を使ってしまう。早く目的地に着かないかな……。
そもそもなんで俺と朝比奈が2人で電車に乗ってるかと言うと、一言で言えばプラネタリウムに向かっているのだ。
もともと今日の夜に天文部が学校で星の観察をすることになっていたが、朝から雨が降り続き、夜になってもやまなさそうということで観察は中止になった。今日誕生日の朝比奈は観察中止が非常にショックだったらしく、ずっと落ち込んでいたので、見かねた俺がプラネタリウムに行くことを提案した、という訳だ。本当は俺はついていくはずではなかったんだが、成り行き上、行かざるをえなくなってしまった……
八幡「でも、天気が悪いのはどうしようもないだろ。運が悪かったとしかいいようがない」
心美「はい……でも私、運はとっても悪いんです。巫女なのに、おみくじで大凶しか引いたことがないんです。だから今日も、大凶の運勢そのままに雨が降ってるんだと、思います……」
逆に大凶しか引かないって滅茶苦茶運良くないか?10連ガチャで全部最低レアのカードしか引けないって感じだろ?それを毎回。…………うん、確かに軽く死にたくなるな。SNSにスクショ貼ったらバズりそうだけど。
八幡「だけど、ほらあれだ。プラネタリウムなら天気を気にする必要はないし、なんならどの季節の星空も見れるんだろ?そっちのほうがお得な感じするけどな」
心美「そうですね……プラネタリウムなら雨が降っていても綺麗な星空を見上げることができますね」
朝比奈に少し笑顔が戻ったところで、電車がプラネタリウムの最寄りの駅に到着した。場所は池袋。千葉でもいいかなと思ったけど、朝比奈が言うには池袋のプラネタリウムの方が見ごたえがある、と力説するのでここに来ることにした。
雨の中、20分ほど歩くとサンシャイン池崎、じゃなかったサンシャインシティが見えてきた。
入り口でチケットを購入し、さらに歩いたりエレベーターに乗ったりしてようやくプラネタリウムのある部屋に到着した。
心美「先生はここのプラネタリウムは初めてですか?」
椅子に座りぼーっとしていると朝比奈に話しかけられた。
八幡「それどころか池袋に来たのも初めてかもしれない」
大体の買い物は千葉周辺で済むからなあ。海老名さんとかは腐女子向けグッズを求めてしょっちゅう来てそうだけど。
心美「ここのプラネタリウムはすごいんですよ?再現度も高いですし、さらに星空に合ったアロマの香りも楽しめるんです!」
八幡「へえ」
心美「森林浴をしながら見上げる星空、というテーマなので癒し効果は抜群です!」
八幡「くくっ」
心美「せ、先生?なんで笑ってるんですか?」
八幡「いや、お前って星とかプラネタリウムの話になると途端に饒舌になるよな」
途端に朝比奈は目に涙を浮かべながらうつむいてしまう。
八幡「いや、別に責めてるわけじゃないぞ?ほらあれだ。人間誰だって、熱中するものの一つや二つ持ってるもんだろ」
そう。だから俺が家で大声でプリキュアの主題歌メドレーを歌っていても何の問題もない、はず。その光景を小町に見られ、そこから数日白い目で見続けられても何の問題もない、はず。
心美「そ、そうですか?ならよかったですぅ……」
朝比奈はほっと胸をなでおろして、ゆっくりと口を開く。
心美「私、1人で寂しかった時いつも星を眺めていたんです。だから、星のことでなら自信を持って話ができるんです。先生は何か好きな星座とかありますか?」
八幡「え、いや、有名な星座を何個か知ってるくらいだから、好きな星座、って言われてもあんまり思いつかないな」
心美「そ、そうですか……」
またしても朝比奈は顔をうつむかせてしまう。……失言だったか。こんな落ち込んだ顔を目の前でされるとこっちの心も痛んでくる。
八幡「……あー、でも、よかったら星座のこと教えてくれると、助かる」
心美「は、はい!任せてください!」
朝比奈のテンションが上がったところで照明が消えていく。よかった。なんとか無事にプラネタリウムを見ることができそうだ。
508 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/10/02(月) 00:24:29.37 ID:UUrHKH0U0
番外編「心美の誕生日後編」
心美「南の方角にある赤い星がアンタレスです。そのアンタレスを体の中心にして出来上がっている星座がさそり座です。神話では冬の星座で有名なオリオンを殺すためにつかわされたのがこのさそり、と言われています」
プラネタリウムが始まってから朝比奈のマシンガントークが止まらない。一応ナレーションも流れているが、朝比奈の知識の方が深いから聞いてて面白い。
のだが、他にも客がいる手前、大声で話せない。だからなのか朝比奈は俺に体を寄せてきて、耳元でささやくように星座知識を披露する。おかげで朝比奈の柔らかい部分だったり、アロマとはまた違ういい香りだったり、小さな吐息なんかもわかってしまい、色々焦ってしまう。
八幡「へ、へえ」
動揺を必死に隠そうと、俺は生返事を繰り返すばかり。いや、いくら小町と同じ年齢って言っても、色々違うじゃん?例えば年齢不相応な二つの爆弾とかね?思わず「おっぱい禁止!」と叫びたくなる。
と、その時突然、天井の星が一斉に消え、室内が真っ暗闇に包まれてしまった。最初は演出かと思ったが、何分経ってもなんの変化もないところをみるとトラブルが起こったのかもしれない。
心美「せ、先生?」
か細い声と共に、朝比奈が俺の腕をぎゅっと掴んでくる。朝比奈の身体の感触が腕全体に伝わってくるが、それが震えを帯びていることにも同時に気が付いた。
八幡「多分、そのうち係員が来て何か説明してくれるはずだ。心配すんな」
心美「は、はい……」
なるべく安心させようと声をかけるが、それでもまだ朝比奈の震えは収まらない。
心美「あ、あの、頭、なでてくれませんか?」
八幡「え?」
心美「い、いえ!あの、先生になでなでしてもらえると安心するというか、その……」
朝比奈は恐る恐るという口ぶりでお願いしてきた。が、一方で腕を抱く力は強くなる。……まあ、幸いここは真っ暗だし、他の誰にも見られないなら、仕方ないか。
八幡「……わかった。いいぞ」
俺はゆっくりと朝比奈の頭があるであろう方向へ手を伸ばす。ん、何か触ったぞ。
心美「あ……せ、先生、そこは耳です」
八幡「お、おお。すまん……」
朝比奈の何か色っぽい声にどぎまぎしながら手を髪の毛に沿って上へと移動させていく。頭頂部の編み込みを崩さないようにしながらなで始める。
八幡「こ、こんなんでいいのか?」
心美「は、はい……先生の手、あったかいです」
腕をつかむ震えが収まってきたと思った時、室内に明かりが灯った。その光によって俺と朝比奈はお互いがどんな状況で、どんな顔をしているか把握してしまった。朝比奈は顔を真っ赤にしつつ俺の腕を離してわたわたしている。
心美「も、もう大丈夫です!あ、明るくなったので!」
八幡「お、おう」
それからすぐに係員の人がやってきて、俺たちはその指示に従って退場した。説明によると配電機器の故障ということで、今日のプラネタリウムは中止ということになった。チケット売り場でお金を払い戻してもらい、俺たちは再び外に出た。
八幡「しかし、プラネタリウムすら満足に見れないとはついてないな……」
心美「そ、そうですね……でも、今日は私にとってはいい日になりました」
朝比奈の顔はもう晴れ晴れとした表情になっていて、嘘を言っているようには見えない。俺の目線に気づいて朝比奈は再び口を開く。
心美「部屋が真っ暗になった時も、怖かったですけど、先生のおかげで乗り切れました。それに、いつの間にか雨も止んで、星が見えてますよ」
そう言えば傘さしてないな、と思いつつ俺は空を見上げる。光溢れる都会の真っただ中にいるせいで、雲はないのに明るい星が点々とあるだけで、プラネタリウムで見たような星空とは程遠い。
八幡「こう見ると、都会の空って星が少ないんだな」
心美「はい。でも、私はこういう空も好きです。こんなに地上が明るいのに、それでも私たちに届く星の光の強さを感じられます」
朝比奈の言葉の後に改めて星を見ると、さっきよりも力強く輝いているように見えるから不思議だ。
しばらくして顔をもとに戻すと、朝比奈がこちらを向いているのに気づいた。その目にはもう涙は浮かんでいないが、今見上げていたどの星よりも輝きを放っている。
心美「先生。今日はありがとうございました。今年は、空の星に負けないように強く輝いた私になれるよう、頑張ります」
そう宣言する朝比奈の姿は、暗闇で震えていた人と同じとは思えない。男子三日会わざれば刮目して見よ、と言うが、女子はもっとだと思う。ソースは目の前の朝比奈。
八幡「……じゃあ、まずはおみくじでも引きに行くか」
心美「そ、それは、また今度で……」
途端に普段の控えめな表情に戻ってしまった。まあ、そう簡単に変われるんだったら人間苦労なんてしないわな。
でも、変わりたい、と願う気持ちは尊重してあげたい。それが、変わるための第一歩なのだから。
509 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/10/02(月) 00:26:18.75 ID:UUrHKH0U0
以上で番外編「心美の誕生日」終了です。心美お誕生日おめでとう!くるみと誕生日近すぎて大変でした。
510 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/10/03(火) 01:06:09.78 ID:twj67VkDO
乙!
511 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/10/07(土) 02:43:45.19 ID:KXGjd0aro
乙です
512 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/10/08(日) 15:32:23.45 ID:buAm+w940
本編5-28
4人に推挙された火向井は、遠慮がちに俺のほうへ顔を向ける。どうやら俺の意見を求めているらしい。
八幡「まあ、この中だったら火向井が妥当なんじゃないか」
ゆり「…………わかりました。私がやります」
周囲の説得を聞き入れ、火向井はふっと一息ついてから頷く。
八幡「時間はあまりないぞ。早く実行に移そう」
未だ外では火炎弾が次々に降り注いでいる。だが、いつまでイロウスがここを攻撃するのかはわからない。もしイロウスが市街地に移動でもしたら、大惨事が起こることは間違いない。
俺たちは瓦礫の山を出て位置取りを決める。
花音「あまりジャンプ力がない人から足場になっていったほうがいいわね」
くるみ「それなら私が最初の足場になります」
詩穂「次が私かしら」
望「じゃあアタシが3番目で花音が最後かな?」
花音「ええ。ゆりもこれでいいかしら?」
ゆり「う、うむ。大丈夫……」
望「もしかしてゆり、緊張してる?」
ゆり「そ、そんなことはない、こともない……」
詩穂「私たちのことは気にせず、思い切ってやってきてください」
ゆり「で、でもみんなを踏み越えていくのはさすがに気が引けると言うか……」
くるみ「ゆりになら私、何されてもいいわ」
ゆり「く、くるみ……」
あれ、突然の百合百合ショーの開幕ですか?ゆりだけに。ってやかましいわ。
花音「早くいくわよ。これで決めて、学校へ帰りましょ」
八幡「ああ。だな」
俺と火向井を残し、4人はイロウスのほうへ駆け出していった。
ゆり「…………」
そして火向井はというと、手をぐっと握りしめたまま、走っている4人を見つめている。だが、その手は少し震えているようにも見えた。
八幡「あー、その、なんだ。多分大丈夫だ」
何ともなしに言葉が口からこぼれた。火向井は「いきなり何言ってんだこいつ」って目で俺を見上げてくる。
八幡「ほら、俺だけならまだしも、付き合いの長い天野や常磐にも信用されてるんだろ?なら、別に不安がることはないんじゃないか?」
火向井はしばらく茫然としていたが、急に口に手を当てて笑い出した。
ゆり「ふふ……その言葉だと、先生も私のことを信用してくれている、と聞こえますけど?」
え…………。た、確かに言われてみればそうかもしれない。無意識に恥ずかしいことを口に出してしまったらしい。嫌だなあ。こういう発言って、将来ネタにされるじゃん。最終的には、直接聞いていないやつが、尾びれ背びれ腹びれくらいついた話題をもとに俺をバカにするからな。中学の時のクラスメイト、許さん。
八幡「……今の発言は忘れてくれ」
ゆり「忘れませんよ。忘れられません」
その口調の強さに思わず息をのんでしまった。だが火向井はそこで止まらず、続けてはっきりと言い切る。
ゆり「私は、先生にそのように信用してもらってとても嬉しいんです。なんだか、体に力が湧いてくる感じがします」
そんなわけないだろ、と言えるような雰囲気ではなかった。おそらく火向井は本心で話している。もしかしたらマジでパワーアップしてるのかもしれない。いや、そんなことはあり得ないが。
八幡「……そうか」
なんとか一言、言葉を絞り出した。明確な肯定はしない。だが否定もしない。こんな曖昧な返答しかできない自分が情けないが、これが俺の精一杯だ。
ゆり「ありがとうございます、先生。私、必ず倒してきます」
火向井は自信に満ちた顔つきで俺の顔を見上げてきた。手は相変わらず握りしめられているが、そこに震えはもうない。
八幡「ああ。頼む」
513 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/10/12(木) 00:59:21.68 ID:JLnqPRdf0
本編5-29
くるみ「準備できました」
詩穂「私もです」
望「いつでもOK!」
花音「さあ、ゆり!来なさい!」
ほどなくして4人から次々に通信が入った。火向井は俺と一度頷き合ってから、走り出した。
ゆり「火向井、行きます!」
砂煙をあげながら猛スピードで駆け出した火向井は常磐、国枝、天野、煌上と次々に乗り越え、高く高く跳び上がっていく。
大型イロウスは変わらず火炎弾を発射し続けているが、火向井たちは上手くそれらを避けながらイロウスに接近していく。
ゆり「おりゃー!!」
すでに空高く跳び上がった火向井はガンを手にしてスキルを叩きこむ動作に入る。
その時、火向井の存在を感じ取ったのか、イロウスは火炎弾を一つ火向井に向けて発射した。その火炎弾は火向井をはるかに超える大きさである。
八幡「火向井!」
俺は思わず手に汗を握って、叫んでしまった。
ゆり「『アンリミテッドリップ』!」
だが火向井は火炎弾に臆することなく、スキルを発動する。火向井の身体から光が放たれて、火炎弾を消滅させる。
そして次の瞬間、なぜか上空に巨大なキャンデリアが出現し、それがイロウスの口めがけて真っ逆さまに落下した。
イロウス「ギャオー!!」
シャンデリアが命中すると、イロウスは再びけたたましい声を上げ、そのまま消滅していった。
詩穂「これで無事、すべてのイロウスを倒せましたね」
望「疲れたー」
俺の周りには、火向井を除いた4人が集まっていた。
くるみ「早くゆり来ないかしら」
花音「そうね。って、あれ……」
煌上が指さす先には、火向井の姿があった。が、彼女はピクリとも動かないまま倒れこんでいる。
八幡「くそっ」
俺は4人に先立って落下地点に走り出した。あんな高いところから体をたたきつけたら、いくら下が砂だからと言って無事で済むはずがない。
八幡「おい、大丈夫か?」
俺は火向井を抱きかかえながら何度も声をかける。天野たちも追いつき、必死になって火向井に呼びかけていく。
ゆり「せ……先生?……みんな?」
ようやく火向井が目を覚ました。が、俺の腕の中にいることを察したのか、顔を真っ赤にして離れようともがく。だが、まったく体に力が入らないのか、抵抗を感じることはほとんどなく、火向井もすぐに諦めておとなしくなった。
くるみ「大丈夫?」
ゆり「ああ。力を使い果たしてしまっただけだ。問題ないさ」
望「ならよかったー!なかなか返事がないから、すごい心配したよ!」
花音「でも、ゆりのスキルは素晴らしかったわ。あれだけの威力を出したら、体力が無くなるのも頷けるわね」
詩穂「ええ。思わず見入ってしまいました」
ゆり「う、うむ……」
みんなに労われ、火向井は照れくさそうな表情を見せる。その表情を見て、4人もほっと一息ついた。
だが、ここで俺はあたり一面瓦礫の山と化した惨状を見て、あることに気づいてしまった。
八幡「なあ、荷物を全て破壊され、こんな着の身着のままで俺たち、どうやって学校へ帰るの?」
5人「あ」
514 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/10/17(火) 17:34:34.01 ID:BqCH24m00
本編5-30
修学旅行が終わってから一週間が過ぎた。結局俺たちはあの後ホテルメイプルに連絡をして、何から何まで用意をしてもらったおかげでなんとか帰路につくことができた。感謝っ……!圧倒的感謝っ……!
望「ほら始まるよ。f*fの番組!」
くるみ「ええ。楽しみね」
ゆり「修学旅行の動画は流れないのは少し残念かもしれませんね先生」
八幡「むしろ放送されなくてよかったろ」
詩穂「でも花音ちゃんのお宝映像がなくなったのはすごく残念だわ」
花音「わ、私だって詩穂の動画がなくなったのは寂しいと、思ってるわよ……?」
そして今日、煌上と国枝のドキュメンタリー番組が放映されるとあって、俺たちは放課後に合宿所のテレビの前に集まっている。
だが、イロウスとの戦闘で持参していたビデオカメラは粉々になってしまったため、修学旅行の動画は放送されることはない。こうして残念がってるやつらもいるが、俺にとってはそのほうがいい。だって、俺にもプライバシーってもんがあるし……ね?
そして番組が始まり、やんややんや言いながら見ていた時だった。
ナレーション「このように、ステージ裏でもファンのために全力を尽くすf*fの2人だが、ときにはこんな一面を見せることもある」
このナレーションの後、なぜか見た事ある光景が映し出された。そんなことはありえないはずなのに。
ナレーション「ではここで超貴重映像。f*fの修学旅行映像をご覧ください」
----------------------------------------
八幡(アルル風衣装)「がおー。がおー」
花音「待ちなさい怪人!」
詩穂「人々の平和を乱すのは許さない」
くるみ「私たち5人が相手です」
望「アタシたちに出会ったこと、後悔させてやる!」
ゆり「みんな!変身だ!」
5人「星衣☆着装」
ゆり「バトガレッド!風紀委員長、ゆり!」
望「バトガオレンジ!オシャレ番長、望!」
くるみ「バトガグリーン!植物博士、くるみ!」
花音「バトガイエロー!カリスマアイドル、花音!」
詩穂「バトガブルー!花音ちゃん大好き、詩穂!」
ゆり「地球を守る、5人の戦士!」
5人「神樹戦隊ホシモレンジャー!!」
ゆり「そして5人の合体技!」
5人「ファイブスター・シュトラール!」
八幡「やーらーれーたー。がくっ」
ゆり「ははは!これで地球の平和は守られた!」
515 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/10/17(火) 17:35:39.65 ID:BqCH24m00
本編5-31
6人「…………」
誰も口を開かない。そりゃ当然だ。無いと思ってた動画を不意打ちで全国に放映されたんだから。
花音「ちょっと、マネージャーに確認取ってみるわ……」
煌上がよろよろと立ち上がって電話をかけ始める。数度のやり取りを終えて、電話を切った煌上はため息をついた。
花音「ホテルメイプルに頼んで動画を送ってもらったらしいわ。まさかあの余興を使うなんて夢にも思ってなかったから、確認を怠ったわ」
くるみ「あの時、いかにも高そうな機材がたくさんありましたからね」
詩穂「あんなに機材が揃ってることはテレビの収録でもなかなかないわ」
望「でもそのおかげで綺麗に映ってよかったよね、ゆり」
ゆり「いいわけあるか!うう、もうお嫁にいけない……」
花音「なんでよ……」
八幡「あんな茶番をよく使おうと思ったなテレビ局」
望「確かに。画質のいいホームビデオって感じなのにね」
花音「今回はそこがよかったのよ。完全プライベートの私たちが映ってるわけだし」
詩穂「そうね。顔を赤らめながら名乗りをする花音ちゃんも可愛かったわ」
くるみ「でもあれも楽しかったわ。ゆりの提案のおかげね」
ゆり「せっかくだから一度みんなでやってみたかったんだ」
八幡「俺は怪人役だったけどな」
花音「いいじゃない。お似合いよ、怪人」
八幡「おい。俺の目を見ながら言うのはやめろ」
望「えー、じゃあ今度は先生も一緒にレンジャーやる?」
八幡「それは遠慮させてください……」
別に俺は戦隊モノには人並みにしか触れてないからなあ。なんならその後にやってるプリキュアのほうが好き。むしろ今でも大きいお友達として応援してます。頑張れプリキュア!
ゆり「じゃあ次の旅行の時はよりみんなでできる余興をやりましょう!」
八幡「次の旅行って何。もう修学旅行は終わったろ」
詩穂「修学旅行じゃなくても、またみんなで行けばいいじゃないですか」
望「今度は海外行こうよ!ハワイとか!」
くるみ「北海道の大自然も捨てがたいですね」
花音「次はもっとゆっくりしたいわね」
こうしてまたわいわいと話が始まってしまった。こうなるとなかなか終わらないんだよなあ。女子の会話ってなんでこんなに長いんだよ。それでいつも同じ話ばっかり。エンドレスエイトでもしてるのん?
ゆり「先生はどこ行きたいとかありますか?」
八幡「家」
花音「ふーん。家ね。なら次はこいつの家に泊まりに行きましょうか」
八幡「ごめんなさい。それだけはやめてください」
望「ならもっとちゃんと考えてよ」
八幡「なら、温泉、とか……?」
ゆり「温泉、いいですね!」
詩穂「私、いくつか穴場の温泉地知ってますよ」
くるみ「どこですか?」
こうして半ば強制的に次の旅行の打ち合わせに参加させられてしまう、どうも俺です。
でも、今回に限って言えば、今までの旅行よりは楽しめた気がする。それは沖縄という場所のおかげもあるが、多分こいつらと一緒だった、っていうことも要因の一つになってると、ほんの少し思う。
516 :
◆JZBU1pVAAI
[sage]:2017/10/17(火) 17:38:32.86 ID:BqCH24m00
以上で本編5章終了です。最後の余興はダイレンジャーの名乗りを参考にしてます。モーションもダイレンジャーをそのままやっていると思ってください。
517 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/10/24(火) 14:32:40.35 ID:Zgr3nJfh0
番外編「詩穂の誕生日前編」
もう10月も終わりになってくると、涼しいというより寒い風が吹き抜ける。冬がすぐそこまで近づいていることを知らせるかのように、窓が風でことこと鳴っている。
ああ、外寒そうだな。なんかここ最近、夏から一気に冬になってませんか?秋はどこ行っちゃったの?きっと秋を擬人化したら恥ずかしがり屋の控えめなキャラ「秋ちゃん」になること間違いなし。神絵師、早くpixivに秋ちゃんのイラストあげてください。
こんなアホなことを考えながら放課後のひっそりとした校舎を歩いていると、どこからか美しい歌声が聞こえてきた。この歌を聴いていると、なんだか暖かい日差しに包まれているような錯覚を覚える。
歌声の元であろうドアの前に立つと、少し隙間が開いていた。そこからそっと中を覗いてみると、胸に手を当てながら歌う国枝の姿があった。
実際に歌う姿を見ると歌声が何倍にもよく聞こえるから不思議だ。
少しの間歌を聴いていた俺は職員室に戻ろうと回れ右をした。と、その時足がドアに思いっきりぶつかってしまった。当然、国枝は歌うのをやめ、こちらへやってきて、ドアを勢いよく開ける。
詩穂「あら、先生。どうなさったんですか?」
八幡「え?いや、まあ、その、な、なんでもないぞ。うん」
詩穂「ふふっ、そんなに動揺しないでくださいよ。逆に怪しいですよ?」
八幡「あ、ああ」
詩穂「それで、先生はどうしてここにいるんですか?」
八幡「廊下を歩いてたら、歌声が聞こえてきてな。誰が歌ってるのか気になっただけだ」
詩穂「ということは、私の歌聞かれてしまったんですね。ちょっと恥ずかしいです」
八幡「でもお前はアイドルとしてCDいっぱい出してるだろ」
詩穂「それとこれとは違いますよ。f*fの時は聞いてもらうことを意識してますけど、今はそんなこと全く考えてなかったですから」
確かに、1人で行動しているときと、誰か他人を意識して行動しているときとじゃ同じことをしていても心持ちが違う。
特に今回は本来、アイドルとして商売道具である歌をタダで、しかも無断に聞いてしまった俺に責任がある。国枝ファンに知られたら殺されかねない。
八幡「それは、そうだな。勝手に聞いてすまなかった」
詩穂「いえ、先生なら大丈夫です」
そうやって国枝はにっこりと笑う。
八幡「つうか、なんでこんなとこで歌の練習してんの?」
詩穂「私、1人の空間で歌を歌うことも好きなんです。f*fのときは、どうしてもスタッフさんやファンのみなさんを意識しなくてはいけないので、たまにこうして空き教室で歌ってるんです」
八幡「それなら余計邪魔して悪かったな。俺もう行くから、歌ってていいぞ」
詩穂「いえ。むしろ今は先生ともっと一緒にいたいと思ってます。だから先生、もう少しここにいてくれませんか?」
八幡「お、おう」
そんな風にストレートに言われたら断れないじゃないですか。というか、絶対国枝は絶対わかってて言ってるよね、これ。なんか少しニヤニヤしてるし。純粋な男子高校生の心を弄ばないでください!
結局俺はそのまま空き教室に残ることとなり、手近な椅子を引き寄せて座った。ついでに国枝のも渡してやると、少し照れくさそうにしてそれに座る。なんだよ。そんな態度取るなよ。勘違いするだろうが。
八幡「でも、ここにいるだけじゃなんともならんだろ。なんかすることとかないの」
詩穂「そうですね。でもここには特別な機材などもないですし……。あ、そうだ」
国枝はぽんと手のひらを叩いて俺の顔を見る。
詩穂「先生も歌を歌ってください。私、先生の歌聞いてみたいです」
八幡「は?いや、それは無理だろ。第一、俺そんな歌うまくないし」
詩穂「それでもいいです。先生の歌声ってどんな感じか気になるんです」
国枝は目を輝かせながら迫ってくる。だが、人前で歌うことに慣れている国枝はともかく、家の風呂で歌うことくらいしかない俺にとっては、他人に歌を聴かれるというのは恥ずかしいことこの上ないのだ。
八幡「……じゃあ少しだけな」
でもこんなにお願いされたら断れない、どうも俺です。仕方なく立ち上がって一息つくと、俺は歌い出した。
八幡「『プリキュア!プリキュア!♪』」
もう半分やけくそな感じでプリキュアのイントロのワンフレーズを熱唱した。俺が歌い終わっても、国枝はしばらくぼーっとした表情をして固まっている。
八幡「ど、どうした?」
やっぱ選曲がまずかったかな。もっとパリピによった曲にするべきだった。でも俺パリピ向けの曲全く知らない。
詩穂「先生……」
518 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/10/24(火) 14:33:30.67 ID:Zgr3nJfh0
番外編「詩穂の誕生日後編」
詩穂「その曲、懐かしいですね!今は妹たちが朝にプリキュア見ていますけど、私にとっては今の曲が一番しっくりきます」
予想外に絶賛されてしまった。いや、冷静に考えれば褒められたのは俺の歌ではなく、『DANZEN!ふたりはプリキュア』でしたね。もちろん今やってる「プリキュアアラモード」のOP『SHINE!!キラキラ☆プリキュアアラモード』も歌えます。プリキュアの曲は神曲揃い。みんな聞こうね!
八幡「まあ、一応同い年だしな。見てたテレビも被りやすいだろ」
詩穂「そうですね。たまに先生が私と同じ年齢だということを忘れてしまいます」
八幡「俺、そんなに老けてる?」
詩穂「そんなことないですよ。ただ、先生と生徒という関係だと、どうしても対等な感じがしないんです」
確かに国枝の言うことは一理ある。国枝は割ときちんと俺を先生として扱っているから尚更だろう。なんなら、他の奴らは俺のことバカにしてるまであるからな。特に煌上とか。
八幡「それを言ったら俺こそ対等な感じがしないぞ。お前は星守で、かつ人気アイドルだろ?普通、ただの男子高校生の俺が関われる相手じゃない」
詩穂「あら。私だって普通の女子高生ですよ?」
普通の女子高生はアイドルも星守もやらないんだよなあ。むしろ1つやるだけでも大変なのに、両方こなすとか、この子本当に人間?
詩穂「なんだか、先生と距離を感じますね……」
八幡「仕方ないだろ。置かれている状況が全然違うんだから」
詩穂「いえ。私はもっと先生に近付きたいんです。何かいい方法はないんでしょうか」
国枝は首をかしげて「うーん」と唸りながら考え込んでしまった。しばらくして国枝は、にっこりと笑って顔を近づけてきた。
詩穂「私、先生と一緒に歌を歌いたいです」
八幡「へ?」
突然の申し出に、まともな返事ができなかった。
詩穂「私がf*fを花音ちゃんと始められたのも、私の歌を花音ちゃんが聞いてくれたからです。他にも、歌を通じて、いろんな人と関わりを持てているんです。だから、先生とも、歌を通じて親密になりたいんです」
詩穂「先生、ダメですか?」
立ち上がって目を潤ませながら迫ってくる国枝を見たら、答えは1つしかない。俺も立ち上がった。
八幡「わかった。でも、一回だけな。それ以上は俺のメンタルが持たない」
詩穂「はい!ありがとうございます!」
八幡「で、何歌えばいいの?俺そんなに曲知らないんだけど」
詩穂「できれば、私たちの曲『Deep-Connect』を歌いたいんですが、どうですか?」
八幡「それなら多分大丈夫」
詩穂「本当ですか?ということは、先生も私たちの曲はちゃんと聞いてくれてるんですね」
八幡「まあ、同じクラスに通ってるやつの曲だしな。聞かないのも失礼だろ」
照れくさくなって、そっぽを向きながら俺は答える。それに対する、国枝のクスクス笑いが聞こえる。
詩穂「ふふっ、それでも、聞いてもらえて嬉しいですよ先生。さ、私の音楽プレーヤーにoffvocalバージョンが入ってますから、これに合わせて歌ってください」
八幡「あ、ああ」
こうして『Deep-Connect』のイントロが流れ始めた。『プリキュア』を歌った時とは比べ物にならない緊張感が身体を縛る。だが、その時そっと国枝の手が俺の手に触れた。その手が触れた場所から、じんわりと身体がほぐされていくような、そんな錯覚を覚えた。
八幡「水面に咲く」
詩穂「花に揺れた」
----------------------------
詩穂「とっても楽しかったです。ありがとうございました先生」
八幡「あ、ああ。それはよかった……」
結局、手が触れあったまま一曲歌ってしまった。なんという恥ずかしさ。曲が終わった後の俺の慌てようといったら、生涯に残る黒歴史。墓場まで秘密にしたい。
詩穂「こうして、2人で歌うのもいいものですね。花音ちゃんの時とはまた違うドキドキが味わえました」
そう話す国枝の頬は夕日に照らされてるからなのか、真っ赤に染まっているように見えた。
詩穂「すみません先生。そろそろレッスンの時間なのでお先に失礼します。本当に楽しかったです。いい誕生日が過ごせました」
未だ頭が回らない俺を残して、国枝は空き教室を後にした。マズいな。まだ冷静になれない。ひとまず窓開けて、風にでも当たりますかね。夕日に照らされてるからか、俺の頬もなんだか熱を持ってるみたいだし。
519 :
◆JZBU1pVAAI
[sage]:2017/10/24(火) 14:37:22.01 ID:Zgr3nJfh0
以上で番外編「詩穂の誕生日」終了です。詩穂お誕生日おめでとう!詩穂推しの
>>1
としては、今日は本当にめでたい日です。
520 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/10/25(水) 12:48:27.29 ID:SsE7spJbO
乙、詩穂推しだったか
一緒に歌えるとか八幡うらやま
521 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/10/28(土) 00:56:47.92 ID:va7Tg3gA0
本編6-1
ブーブー
風蘭「またイロウスが出現したか」
樹「今週に入ってもう5回目よ」
八幡「多いですね」
俺たちは神樹ヶ峰女学園内にあるラボにいて、最近のイロウスの行動パターンについて解析を進めている。
高校2年組が修学旅行から戻ってから、特にイロウスの出現頻度が増している。これまでローテーションだった星守任務だが、今は全員がスクランブル体制でイロウスを撃退している。
樹「みんな、またイロウスが出現したわ。殲滅、お願いね」
八雲先生は星守たちにイロウス出現を知らせる。程なくして全員の星守がラボに集まった。
風蘭「よし。全員揃ったな。じゃあ転送装置を起動させる。準備は良いな?」
星守たち「はい!」
御剣先生の言葉に星守たちは気合の入った返事をする。すぐに転送装置が起動し、次々に星守たちがそれに入っていく。
八幡「気を付けてな」
俺はこんなふうに声をかけるしかできない。イロウスの数も多くなっているため、俺が現場へ赴くことも危険と判断されたのだ。
明日葉「行って参ります……」
蓮華「…………」
あんこ「…………」
ああ、またこの反応だ。
どうも近頃、高3の3人に避けられている感じがしてならない。もともと、俺からみて年上のこともあって、そこまで親しくはしていなかった。だからこそ、何か気に障るようなことをした覚えもない。マジで俺何したんだろ……。
風蘭「しかし、こう立て続けにイロウスが出現するなんて、今まであったかな」
樹「異常な事態だわ。早く原因を突き止めないと」
だけど、こんな状況で俺と楠さんたちのこと、それも俺の勘違いかもしれないことをわざわざ言う必要はない。むしろ、俺もイロウスについてもっと調べないと。
-----------------------------------
あんこ「はあ、疲れた……」
風蘭「おー。お疲れさん」
樹「誰もケガはしていない?」
蓮華「大丈夫でーす」
明日葉「では私たちはお先に失礼します。行こう。みんな」
楠さんは俺に目をくれないまま、八雲先生と御剣先生にお辞儀をした後、他の星守を連れてラボを出ていった。その集団の一番後ろを芹沢さんと粒咲さんが少し沈んだ顔つきでついていく。
樹「さ、また仕事が増えたわね」
風蘭「なあ樹。アタシらももう帰らないか?」
樹「ダメよ。せめて今日の戦闘データのまとめだけでも終わらせないと」
風蘭「ちぇー。なあ、比企谷も帰りたいだろ?」
八幡「まあ、どっちかと言われれば帰りたいですけど」
樹「比企谷くんは帰ってもいいわよ?私と風蘭がいれば十分だから」
八幡「いえ……。俺も手伝います。みんなで作業して早く帰りましょう」
風蘭「比企谷……」
樹「……そうね。じゃあ比企谷くんは出現したイロウスの種類と数の整理をお願い」
八幡「わかりました」
これまでの俺なら迷わず帰っていただろう。でも、それこそイロウスと命がけの戦いをしている星守たちと間近で接していれば、俺だけがのうのうと帰ることはできない。
それに、今帰ったらあいつらと合流しちゃうからな。せめて帰り道くらいは1人静かに帰りたい。
522 :
◆JZBU1pVAAI
[sage]:2017/10/28(土) 00:58:25.82 ID:va7Tg3gA0
本編6章がスタートしましたが、この先完結に向けて
>>1
のオリジナル設定が入ると思います。お許しください。
523 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/11/01(水) 06:46:25.73 ID:Y3HQ/bbm0
番外編「あんこの誕生日」
あんこ「ねえ、そこにある飲み物取って」
八幡「どうぞ」
あんこ「ありがと」
今、俺たちは2人でパソコン室にいる。俺は資料作り、粒咲さんは部活だ。
パソコン部は基本的に粒咲さん1人だから、学校内の喧騒を離れ、心静かに作業をすることができる。それに、粒咲さんも俺に似た思考回路を持っているから、お互いの邪魔をすることもない。正直けっこう、お気に入りの場所となっている。
あんこ「ねえ、先生ってさ、将来の夢とかある?」
八幡「なんですか突然」
あんこ「明日までに進路希望調査表とかいう紙を出さないといけないのよね。だから先生の話聞いてみようと思って」
八幡「俺じゃなくても楠さんや、芹沢さんに聞いた方が良くないですか?」
あんこ「明日葉も蓮華もワタシとは違いすぎて参考にならないのよ。ほら、先生とワタシって考え方似てるでしょ?適当に書けそうなこと教えて?」
八幡「適当に書くなら、大学進学、じゃないですか?親も先生もそれを見たら安心するでしょ」
あんこ「やっぱりそれしかないわよね……はあ、めんどくさいわ」
八幡「ですよね。進路調査なんて、所詮教師と親の自己満足にすぎないと思うんですよ。たかが17,8年の経験しかしてない高校生が、これから先数十年の人生を決めるのは不可能です」
あんこ「やっぱり先生とは話が合うわね。ワタシもそう思ってたところよ。それに、もし一般的なことじゃないことを書いたら、それはそれでまた色々言われるし」
八幡「わかります。俺も本当は専業主夫になりたいんですけど、それを言ったら元居た高校の先生に殺されかけました」
あんこ「先生も苦労してるのね……」
粒咲さんはそう言って俺に同情の目線を送ってくる。だが、それも不思議と嫌ではない。やはり、考え方が似ているからなのだろうか。
八幡「そういうことなら、粒咲さんも何か将来の夢があるってことですよね?」
あんこ「まあ、なくはないけど……」
途端に粒咲さんの声のトーンが落ちる。
八幡「なんですか?」
あんこ「……笑わない?」
八幡「笑わないです」
あんこ「有名ブロガー兼在宅プログラマーになること……」
粒咲さんは俯きながらぼそっと呟いた。
八幡「いいじゃないですか」
あんこ「え?」
八幡「俺の夢よりよっぽど現実的じゃないですか。粒咲さんはパソコンに精通してるし、何よりパソコン好きですよね?好きなことを職業にするなんて、滅多にできることじゃないですよ」
あんこ「そ、そうかしら……」
粒咲さんは俯いたまま話を続ける。
あんこ「先生って、やっぱり変わってるわよね」
八幡「それはお互い様でしょう」
あんこ「まあ、そうだけど……。でも、ワタシの夢を否定しないで応援してくれる人なんて、滅多にいないから、嬉しかった」
八幡「……」
突然の言葉に驚いてしまい、俺は何も反応できない。そんな俺の表情を見て取ったのか、粒咲さんは普段のテンションに戻って話し出した。
あんこ「ま、ようするに感謝してるってことよ。ありがと、先生」
八幡「え、ええ。どうも……」
あんこ「あ、そうだ。ついでに協力してほしいことがあるんだけど、いい?」
八幡「俺にできることならいいですけど」
あんこ「ふふっ、流石先生ね。じゃあちょっとこっち来て」
八幡「はあ」
524 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/11/01(水) 06:46:53.50 ID:Y3HQ/bbm0
番外編「あんこの誕生日後編」
手招きに応じて粒咲さんのところまで行くと、パソコンの前に座らされた。
八幡「あの、何をするんですか?」
あんこ「これから画面にいろんな質問が出てくるから、それに答えてほしいの。多分10分くらいで終わると思うから」
八幡「別にいいですけど、何のためにやるんですか?」
あんこ「ふ、それを言ったら面白くないでしょ?後で教えるから今はその質問に答えて」
八幡「はあ……」
さっき協力すると言ってしまった以上断れないか……。
仕方なく俺は画面に次々に映し出される質問に答えていった。というか、「就寝時間は?」みたいな普通の質問から、「もし彼女が浮気したらどうしますか」みたいな変な質問まであって、何を導き出したいのかさっぱりわからない。
10分ほど答え続けると、「質問は終了です」の文字と俺のパーソナルデータを表す番号が現れた。
八幡「粒咲さん。終わりました」
あんこ「お疲れ様先生。協力してくれてありがと」
八幡「で、これはなんだったんですか?」
あんこ「これはパパが開発した結婚マッチングシステムのアンケートよ。この質問の答えをもとに、相性のいいペアをシステムが選んでくれるの」
八幡「なんで俺がそのアンケートをやらないといけないんですか……」
あんこ「サンプルが多い方がシステムの正確性も高まるのよ。それに、先生みたいな非リアの人のサンプルって貴重なの。こういうシステムを利用する人ってリア充願望強い人ばっかでけっこう偏るのよね」
八幡「そうですか……」
ただサンプルを増やしたかったのね。納得。俺なんか絶対手を出さない領域だ。働くお嫁さん欲しいけど、こういうマッチングシステムを使おうとまでは思わんな。
あんこ「そうだ先生。ワタシもこのシステムに登録させられてるの。せっかくだからワタシたちの相性診断してみない?」
八幡「えー」
あんこ「何よ。どうせ先生、こういうのやらないでしょ?お試しと思ってさ」
八幡「これで悪い結果出たらどうするんですか」
あんこ「大丈夫よ。ワタシと先生けっこう考え方似てるし、イイ線いくと思うのよね」
俺の懸念は露知らず、粒咲さんは自分の番号と俺の番号を打ち込んでいく。
あんこ「さ、どうなるかしらね。いくわよ、Enter!」
粒咲さんがカッコよくEnterキーを押すと、
八幡「相性……」
あんこ「400%……」
シンジくんのシンクロ率並の数字が表れた。このまま俺たちはLCLに溶けちゃうのかな?
八幡「ま、こんな数字あてにならないし、気にするだけ無駄ってもんですよ」
あんこ「ありえない……」
八幡「え?」
あんこ「ありえないって言ったの!このシステム、普通100%までしか表示されないのよ!?それが400%?どうなってるの……」
粒咲さんは頭を抱えてしまう。こういうのに疎い俺からすれば、何が悪いのか詳しくはわからないが、おそらくシステムが予想外の反応を示したということなのだろう。
八幡「まあ、あれじゃないですか。人間の心はシステムを超える、みたいな感じじゃないですか」
俺のこの適当な発言に対し、ゆらゆらとしながら粒咲さんが立ち上がった。あれ。もしかして俺やらかした?流石に適当ぶっこきすぎたかな……。
あんこ「ワタシと先生の相性はシステムを超える……」
八幡「つ、粒咲さん?」
あんこ「ということは、ワタシと先生はそれだけ強く運命づけられた関係だったってこと……?それならワタシが先生と、け、結婚するってこと……?」
粒咲さんは1人で勝手に話を進めてしまっていた。
八幡「あ、あの……」
結局下校時刻になっても粒咲さんはこのままの状態だった。強引に下校させたけど、果たしてちゃんと帰れたのだろうか。
525 :
◆JZBU1pVAAI
[sage]:2017/11/01(水) 06:51:00.40 ID:Y3HQ/bbm0
以上で番外編「あんこの誕生日」終了です。あんこ誕生日おめでとう!八幡とあんこはけっこういいコンビだと思います。
526 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/11/01(水) 23:15:18.61 ID:YXWBd1EKo
乙です
527 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/11/03(金) 00:57:08.51 ID:4R/IfhEA0
本編6-2
八幡「ふう」
次の日。俺は早朝の生徒会室のドアの前にいた。一つ息を整えてからノックする。
「どうぞ」
八幡「失礼します」
明日葉「おはようございます先生」
中にいたのは生徒会長の楠さんだ。メガネをかけ、書類の整理をしているようだ。
明日葉「時間通りですね。こんな朝早くからありがとうございます」
八幡「いえ。まあ、急な連絡に驚きましたけど」
昨日夜、どうしても2人で話したいことがあるから生徒会室に来て欲しい、という内容の連絡が突然来た。かなりびっくりしてしまい、ちょうどプレイしていた音ゲーを失敗してしまった。仕方ないよね。普段連絡なんて来ないから通知はONだったからノーツが隠れちゃった。
明日葉「すみません。急な用だったもので」
八幡「それはいいんですけど、その用ってなんですか?」
明日葉「それは……」
その時、なぜか楠さんの右腕が挙がった。
次の瞬間、左右から何者かが現れ、俺の手足を瞬く間に縛り上げる。
八幡「な、なんだ、って、んんっ!」
床に倒された俺はすぐ猿轡をかまされ、声を上げることもできなくなってしまった。そして目隠しもされ、完全に動きは封じられた。
明日葉「では移動しましょうか。先生」
底冷えするような声を浴びせられると、俺は台車か何かに乗せられ、どこかへ運ばれた。
-----------------------------------
そこそこの時間移動させられると、不意に台車の動きが止まった。
明日葉「さ、着きましたよ先生」
俺は再び床に転がされ、目隠しだけが外される。あたりを見渡すと、薄暗く、色々なものが積まれている。おそらく学校内にある倉庫のような場所だろう。
八幡「一体何のつもりですか楠さん」
明日葉「意外と冷静ですね。流石、敵の幹部なだけはあります」
敵?幹部?何言ってるんだこの人は。
八幡「何言ってるか全くわからないですけど、とりあえず早くこの縄ほどいてくれないですかね。俺、こういう趣味ないんですけど」
「諦めなさいよ先生」
「そうよ〜。むしろ、先生はこういう状況を楽しんでるんでしょ?」
楠さんの後ろから聞き覚えのある2つの声がした。
暗がりから姿を現したのは芹沢さんと粒咲さんだ。楠さんの隣に立ってるということはこの2人も共犯なんだろう。おそらく俺を縛り上げたのはこの2人に間違いない。
八幡「いや、けっこう本気で痛いんですけど。それに床冷たいし」
蓮華「そうやってれんげたちを油断させようとしてるのかしら?」
八幡「いや、油断も何もないですから……」
あんこ「ていうか、逆にこんなことをしておいてワタシたちが先生をすぐ解放すると思う?」
八幡「それは、ない、と思いますけど……」
楠さんと同じように、芹沢さんも粒咲さんも俺のことを明らかに敵視している。こんなに恨まれるようなことした覚えは全くないんだけど……。
明日葉「蓮華、あんこ。お疲れ様。あとは私がやるから、2人は教室に戻ってくれ」
あんこ「ええ、でも、本当にやるの?」
明日葉「ああ。やる。私にやらせてくれ」
蓮華「……わかったわ。でも、何かあったらすぐれんげたちを頼ってね?」
明日葉「もちろんだ。さ、早く行ってくれ」
528 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/11/04(土) 14:40:27.94 ID:ZP/Q0LvQ0
本編6-3
楠さんに言われ、芹沢さんと粒咲さんは部屋を出ていった。結果、俺と楠さんは密室に2人きり、という状況になるわけだが、今は全くドキドキしない。いや、恐怖のほうでドキドキしてるわ。それもメチャクチャ。
八幡「これから何をするつもりですか」
明日葉「それは私の台詞です。先生はこれから何をしようとしているのですか?」
八幡「質問の意味がわからないんですけど……」
明日葉「あくまでそうやってとぼけるのですね」
楠さんは鋭い視線を向けてくる。立って腕組みをして俺を見下ろしている分、さらに威厳を感じる。めっちゃ怖い……。
八幡「だから、とぼけるって言われても何が何だかさっぱりわからないんですけど」
明日葉「わかりました。先生がそのような態度をとるのなら、こっちにも考えがあります」
そう言って楠さんはしゃがみこんで、俺に携帯の画面を見せてきた。
明日葉「この人が、どうなってもいいんですか?」
その画面には小町の名前と、電話番号、メールアドレスなどが表示されていた。
八幡「あんた、何してんのかわかってんのか」
思わず俺は語気を強めてしまう。だが、楠さんはそんなものには動じるはずもなく、澄ました表情を崩さない。
明日葉「できれば私もこのような卑怯な手は使いたくないんですが、手段を選んでる場合ではないので」
楠さんは携帯をしまうと、再び立ち上がる。
明日葉「大事な妹さんを守りたいのなら、まずは私の質問に正直に答えてください」
八幡「…………」
小町を人質に取られた以上、俺に抵抗する余地は残されていない。未だにこの状況の意味が掴めないが、まずはおとなしく言うことを聞いていた方がよさそうだ。
明日葉「観念したようですね。ではまず単刀直入に伺います。あなたはイロウス側、つまり私たち星守の敵としてこの学校に潜入したのですか?」
八幡「は?」
突然、全く身に覚えのないことを言われてしまった。
明日葉「やはりとぼけるんですね。今さらそんな反応をしても無駄だと言うのに」
八幡「いや、いきなりそんなこと言われたら誰だってこういう反応になるでしょう……」
明日葉「その余裕も直になくなりますよ。では質問を変えます。先生がこの学校に来てすぐ、桜の家でひなた、サドネと勉強会をしていましたよね」
八幡「ええ。藤宮に言いくるめられて。それがどうしましたか」
明日葉「その時、どうしてイロウスが先生たちの前に現れたのですか?それもひなたたちの話によれば、イロウスは桜の家にまっすぐ向かって来たそうじゃないですか」
八幡「そんなの俺が知るわけないじゃないですか。イロウスに聞いてくださいよ」
明日葉「だから先生に聞いているのですが?」
楠さんは不快そうに目を細める。その顔やめてくれよ。マジで怖い。
八幡「その『だから』って言葉の意味が分からないんですけど……」
明日葉「ですから、先生がひなたたちを倒そうと『わざと』桜の家にイロウスを集めたのではないか、と言ってるんです」
楠さんは真剣な雰囲気を崩さない。なんだか、だんだん事態をつかめてきたぞ。
八幡「どうしてそんなことをしないといけないんですか。むしろ、イロウスを使わなくても、直接手を下せばいい話だと思うんですけど」
楠さんは一瞬、苦い顔をしたが、すぐに表情を戻して尋問を続ける。
明日葉「では楓とミミと3人で千葉に行ったときはどうでしたか?2人をわざわざ千葉に呼んだのは、自分の得意な場に誘い込もうとしたからでは?」
まあ、2人を案内するのに最適な場所として、俺の心の故郷千葉を選んだのは否定しないが。
八幡「でも、千葉には俺の知り合いも少なからずいます。千葉の人はみんな千葉で行動するんです。あの日、もしかしたら俺の知り合いも千葉駅にいたかもしれません。そんな人たちを巻き込んでまで、俺が綿木と千導院を殺そうとしたと言うんですか?」
明日葉「そのような可能性も捨てきれないと思っただけです」
だんだん状況が掴めてきたぞ。楠さんは、いや高校3年の3人は、これまでの俺の行動が全て星守たちを殺そうとした策略だと思ってるんだな。だから俺をこうして監禁するような手段に出たわけか。
529 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/11/05(日) 20:21:44.46 ID:1MhklGfA0
これ誤解が解けても遺恨が残るだろ
小町を脅しの材料にしてるのも悪手だし
530 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/11/09(木) 15:06:40.48 ID:cwqrML5m0
本編6-4
明日葉「それでは、心美の神社でのイロウス襲撃については?心美が雑誌に取り上げられて、一般の方もたくさんいるタイミングでイロウスが現れましたが」
八幡「だからまずは参拝客の避難を最優先させたんじゃないですか」
明日葉「ええ。だから目標をうららと心美に絞ったわけですよね」
八幡「…………」
もう何を言ってもダメだ。楠さんは俺のことをイロウス側の人間だという印象でしか見ていない。俺のどんな言葉も欺瞞にしか聞こえていない。
明日葉「黙ってしまうということは認めた、と解釈しても?」
八幡「どうせ俺が何を言っても信じないでしょう」
明日葉「そんなことはありませんよ。素直に先生の本当の狙いを話してくだされば、お聞きしますが」
優しそうな言葉とは正反対に、楠さんの目は冷え切っている。
八幡「さっきから素直に話してるじゃないですか」
明日葉「ご自身の擁護を、ですか?」
八幡「そこまで言うなら、逆にそれ以外のことは俺から説明させてもらいます。星月たち高1との戦闘の際には、新型イロウスが現れました。通常なら、まずはイロウスの特性を把握することが任務となるはずでしたが、不測の事態が起こったため、殲滅することにしました」
明日葉「不測の事態、ですか?」
八幡「まあ、星月が勝手に突っ走った結果、収拾がつかなくなったんですがね」
明日葉「ということは、あくまであの時の責任はみきにある、と」
八幡「そんなこと言ってませんよ。気合が入りすぎて少し空回りするなんて、星月の特徴じゃないですか。むしろ、初めてのイロウス相手によくやった方だと思っています。もちろん成海も、若葉も」
明日葉「……」
少し楠さんの反応が鈍い。ここはさらに畳みかけるタイミングだ。
八幡「それに、新型イロウスが現れたならこの前の修学旅行でもそうです。あんなに巨大なイロウスを相手に、被害を食い止めながらよく戦ってくれたと思います。しかも、大量の大型イロウスを倒した後にも関わらず、」
明日葉「……もういいです」
楠さんは小さな声で俺の話を遮ってきた。
八幡「……わかってくれましたか」
明日葉「いえ……。むしろ、わからないことが増えました」
八幡「え」
明日葉「先生の話から、どうにかして先生とイロウスの繋がりを探ろうとしました。ですが、先生はどの戦闘でも自分ではなく、星守や、一般の方への配慮を口にするばかりでした。そして、その言葉に嘘はなかったように思います。仮にも楠家の者ですから、話してることがその人の本心かどうかは見極められます」
楠さんって人の心を読むギアスでも持ってるの?つか、俺の心を読んでるのなら、俺がコナン君並の真実を話してることは楠さんにも明白なはずだ。
八幡「なら、」
明日葉「ですから、逆にわからなくなったんです!もし、本当に先生がイロウスと何一つつながりを持たないとしたら、先生がこの学校に来てからの不自然なイロウスの行動に説明がつかないんです!」
楠さんは必至な形相で声を荒げる。対する俺は、床に転がりながらただ目線を落とすことしかできない。
八幡「その理由を今、八雲先生と御剣先生が必死に探ってるんじゃないですか?」
明日葉「そうです。ですが、あの優秀な教師のお2人の力をもってしても、まだ原因究明ができないんです。これは、何か裏があるようにしか思えません……。それに、このままでは、この学校の生徒や街の住人にいつ危険が及ぶか……」
ああ。楠さんは、守りたいのだ。生徒を、住人を、ひいてはこの生活を。だからこそ、こういう強硬手段を用いてでも、俺から何か情報を引き出そうとしたのか。まあ、こればっかりは俺は何も知らないから言えることは何1つないのだが。
明日葉「先生。もう1つ質問してもいいでしょうか?」
八幡「なんですか」
明日葉「先生は、どうしてこの学校に来たのですか?」
俺がここに来た理由。それは俺自身もずっと引っかかっていた。この学校のことや、星守のことを知っていく上でますますわからなくなってきた。だが、1つだけ答えられることがある。平塚先生や、理事長に言われたこの言葉。
八幡「確か、神樹に選ばれた、って……」
明日葉「神樹に……。ですが神樹は本来星守に力を貸す存在で、星守になれない男を選ぶとは考えられません」
八幡「俺も、そう思ってます。だから、正直俺自身もここに連れてこられた理由がわからないんです」
明日葉「……そこをはっきりさせれば、イロウスの不自然な発生理由もわかるかもしれませんね」
楠さんが結論を出したその時、壁の向こうから凄まじい轟音が聞こえ、倉庫全体もその衝撃で揺れ動いた。まるで近くで大きな爆弾が落ちたかのようだ。
531 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/11/11(土) 15:09:19.06 ID:RVSS13OQ0
番外編「ミサキの誕生日前編」
今日、11月11日はf*fの最新アルバムの発売日である。1ヶ月ほど前から歌番組だけでなく、バラエティやCM、街頭ポスターなんかでも販促を行っていたため、過去最高の売り上げを更新するんだそうだ。普段、アイドルの歌は全く聞かない俺でさえ発売前から何曲か口ずさめるようになってるのだから、プロモーションには相当力を入れているのだろう。
そんな俺は今、ある大手CDショップにいた。今回のf*fのアルバムには初回限定盤のみの特典として、アルバムのメイキング映像が入っているらしい。これを手に入れるよう、愛する妹小町に命令されたわけだ。
だが、なんで小町が予約し忘れたのに俺が買ってこなくちゃならないんだ。小町からの扱いが雑すぎるこの頃。でも、他の人からはそもそも扱われるほど関わってないから、相対的に小町が最強になってしまう。人間関係の希薄さに俺自身驚きを隠せない。
そんなこんなでf*f特設コーナーに足を運ぶと、初回限定盤が1個だけ置いてあるのが目に入った。てくてくと近付いて手を伸ばした時、右からもう1つ別の手が伸びてきた。その手もまた、初回限定盤に触れている。
八幡,、ミサキ「あ」
その手の人物とは、星守クラスの生徒のミサキだった。そういえばこいつもf*f好きだったっけ。
ミサキ「どうして先生がここにいるのですか」
八幡「いや、f*fのCD買いに……」
ふええ、なんで俺こんなに睨まれてるのん?口調も相変わらず厳しい。
ミサキ「まさか先生がアイドルオタクだとは知りませんでした。目だけでなく、心も腐っているのですね」
八幡「その言い方ひどくない?つか、お前こそ現在進行形でf*fのCD抱えてるじゃねえか」
ミサキ「f*fはそこらのアイドルとはわけが違います。歌、ダンス、プロポーションなど2人の魅力もさることながら、楽曲、衣装、振り付けなど2人を支える要素も含めて全てが完璧なんです。例えば『Melody Ring』は、」
ミサキは熱を込めて語っていく。こいつ、こんなに喋るんだな。いつもはもっとそっけない感じなのに。
ミサキ「先生、聞いていますか」
八幡「え、ああ。聞いてる聞いてる。すごいよな」
ミサキ「反応が適当な感じがしますが、まあいいでしょう。では先生さようなら」
八幡「おお。いや、ちょっと待て」
くるりと回れ右したミサキを俺はなんとか引き留める。
ミサキ「なんですか。私も忙しいのですが」
八幡「俺もそのCD欲しいんだよ……」
ミサキ「CDならまだそこにたくさん売ってるじゃないですか」
八幡「お前わかってて言ってるだろ……」
ミサキ「……やはり先生も初回限定版が欲しいのですね」
八幡「まあ、正確に言うと、俺じゃなくて妹がな」
ミサキ「妹?」
ミサキは不思議そうな顔をして尋ねてきた。
八幡「予約し忘れてたけど、どうしてもそれが欲しいんだと。CDくらい、煌上や国枝に言って貰ってきてやるって言ったら『そんなズルはできない!買わなきゃ意味ないの!』って怒られた……」
そのお金も親父から貰った小遣いなんだよなあ。ま、今の比企谷家は俺以外全員f*fにドはまりしてるから、続々とf*fグッズが増えてきているのだが。
ミサキ「……兄妹、か」
ミサキはぼそっと何かつぶやいてから、ふっと微笑んで俺にCDを差し出してきた。
ミサキ「妹さん、良い心がけですね。気が変わりました。このCDは先生の妹さんにお譲りします」
八幡「お、おう……」
CDに手を触れようとしたその時、ミサキはひょいとCDを俺から遠ざけた。
ミサキ「その代わり条件があります」
八幡「条件?」
ミサキ「はい。私も初回限定版を探しているんです。先生、付き合ってくれますか?」
八幡「……ああ、まあいいけど」
ミサキ「言いましたね。ではよろしくお願いします」
CDを俺に押し付けてからミサキは早足でレジに向けて歩きはじめる。
ミサキ「何してるんですか。早く買ってきてください。次の店に行きますよ」
八幡「はい……」
一喝された俺は急いでレジで会計を済ませた。
532 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/11/11(土) 15:09:56.18 ID:RVSS13OQ0
番外編「ミサキの誕生日後編」
ミサキ「ここも売り切れだそうです……」
八幡「……じゃあ違う店行くか」
俺がCDを買ってから数店舗を回っているが、初回限定盤はどこにも見当たらない。なんなら、通常版すら売り切れている店舗もあった。
八幡「こんなに人気なんだなf*fって」
ミサキ「当たり前です。むしろ、私は同じクラスにいても何も思わない先生の神経が理解できません」
八幡「そこまで言うか……」
ミサキ「私からしたらまだまだ言い足りませんが、ってあれは……」
ミサキの視線の先には「f*f初回限定版アルバム争奪ダンスバトル!」とカラフルに書かれた看板があった。
八幡「へえ、ダンスバトルか。お前やるつもりなの?」
と俺がミサキのほうを向くと、そこには彼女の姿はなく、すでに店の前に移動していた。
ミサキ「何してるんですか。早くエントリーしますよ」
八幡「はいはい……」
俺は渋々店の中へ入っていった。
-----------------------------------
店の中には特設ステージが設けられており、その前には小さな人だかりができていた。
八幡「おいおい、なんかすげえな」
ミサキ「うろたえないでください。みっともないです」
年下に一喝されて謝ってしまう、どうも俺です。でも睨まれながらこんなこと言われたら普通謝っちゃうよね。例えるなら俺は蛇に睨まれた蛙。
ミサキ「これくらい特訓と思えば何ともありません」
言葉とは裏腹に、ミサキの手足が小刻みに震えているのがわかる。こいつも相当無理をしているんだろう。人前でダンスするなんてやったことないだろうし。
八幡「なあ、別にここじゃなくても他の店で探せば」
ミサキ「いえ、このチャンスは逃せません。この手で必ずCDを掴み取ります」
その強い決意の宣言を聞けば、俺が心配することは何もない。
八幡「ま、お前が何かの勝負で負けるなんて考えられないし、今回はf*fのダンスバトルなんだから大丈夫だろ」
ミサキは俺の言葉を聞いて、白い頬を赤くしながらもニッと笑って力強く返事をする。
ミサキ「先生も、少しは私のことわかってきたようですね」
そう言い残すと、ミサキはステージの方へ颯爽と歩いていった。
-----------------------------------
結果から言うと、ミサキの圧勝だった。ミサキの他に4,5組のエントリーがあったが、お世辞にもパフォーマンスのレベルは高いとは言えなかった。その分、キレッキレなダンスを披露したミサキが満場一致でチャンピオンに輝き見事初回限定版を手に入れた。
もう日が落ち、暗くなった道を俺たち2人は歩いている。
八幡「でも、お前よくあんなに完璧に踊れるよな」
ミサキ「そこまで驚くことですか?普段の特訓を考慮すれば、むしろ順当な結果だと思いますが」
八幡「素直じゃねえやつ」
ミサキ「それはお互い様でしょう」
八幡「……違いない」
ひとまず、俺もこいつも欲しかった初回限定版はゲットできたし、一件落着だな。
ミサキ「では先生。次のお店に向かいますよ」
八幡「は?さっき初回限定盤は手に入れたじゃんか。まだ何かするの?」
ミサキ「まだ1つしかないじゃないですか。他に観賞用と保存用と少なくとも2つは確保したいです。できれば布教用としてさらにもう1つくらいは」
ミサキはそう言いながら足取りも軽く道を歩いていく。その顔はこれまでで一番晴れやかである。
でも、これってミサキが欲しい分手に入れるまではずっと付き合わなくちゃいけないの?ギブアンドテイクが釣り合わなさすぎじゃないですかね?
533 :
◆JZBU1pVAAI
[sage]:2017/11/11(土) 15:11:28.05 ID:RVSS13OQ0
以上で番外編「ミサキの誕生日」終了です。ミサキ、お誕生日おめでとう!本編ではミサキは登場しませんが、ここでは星守クラスに在籍していることにしてください。
534 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/11/14(火) 00:41:15.62 ID:hIaL0pJt0
本編6-5
縄をほどいてもらってから、急いで校庭へ出てみると、尋常ではない量の砂煙が舞っていて、何がどうなっているか一切わからない。
だが、その中で何が起こっているかは途切れ途切れに聞こえる声と、武器がぶつかり合う音で判断がつく。
明日葉「どうしてみんなが戦ってるんだ……」
八幡「わかりません。でも、まずは止めないと」
俺が一歩足を進めた瞬間、顔のすぐ横を一発の弾丸と魔法弾が通過していった。
八幡「な……」
蓮華「あら〜、なんで先生がここにいるのかしら」
あんこ「明日葉。先生を連れてくるなんて、計画と違うじゃない」
現れたのはさっき俺を縛り上げた芹沢さんと粒咲さんだった。
明日葉「でもそっちも計画とは違うんじゃないのか?」
あんこ「仕方ないのよ。予想よりワタシたちの話に加担してくれる子が少なかったの」
蓮華「それで、れんげたちに付く子と、付かない子でちょっといざこざが始まっちゃって……」
明日葉「く……」
勝手に3人で話が進んじゃって、1ミリも話を理解できてないんですけど。
あんこ「でも、明日葉。今ここに先生を連れてきたのは失敗だったかも」
八幡「それはどういう……」
俺が質問を終える前に、目の前に多くの人影が現れた。
だが、その人影は2つの集団に分かれ、お互いがお互いに武器を構えている。
明日葉「みんな……」
あんこ「ね。言った通り失敗だったでしょ」
蓮華「れんげたちが話をしたら、こんなふうに分裂しちゃって」
八幡「芹沢さん、粒咲さん、あいつらに何を話したんですか」
あんこ「何って言われても、単純なことよ」
蓮華「先生と明日葉が朝のHRにいない理由を、ね」
八幡「…………」
この2人がどこまで話したかはわからない。だが、ここまで星守クラスが分裂するということは、相当なことを言ったに違いない。そうじゃなければ、
みき「みんな!先生のことを信じようよ!先生はそんな人じゃないってば!」
うらら「だったらみきてぃ先輩も、れんれん先輩やあんちゃん先輩の言うこと信じたらどうですか?」
ミシェル「むみぃ……こんなことしてもいいことないよぉ」
ゆり「ミミの言う通りだ。だが、だからこそ!ここで決着をつけなくてはならないのだ。白黒はっきりさせるために!」
サドネ「カエデ!おにいちゃんをいじめないで!」
楓「サドネ!ワタクシにもまだ何が本当のことかわかりませんが、何かあってからでは遅いのですよ!」
詩穂「花音ちゃんは、あくまで先生を信じるのね」
花音「あいつは、卑屈でシスコンで目が腐ってるけど、悪い奴じゃないと思うの」
こんなふうにこいつらがお互いに殺気立つような雰囲気を出すはずがない。
八幡「これ、どうにかやめさせられないんですか」
蓮華「それができるのは先生だけよ」
あんこ「先生の目的をはっきりさせることね」
明日葉「聞いてくれ、蓮華、あんこ。さっき先生と2人で倉庫で話したのだが、どうも先生は私たちを騙そうとしているようには見えない」
意外にも、楠さんが芹沢さんと粒咲さんをなだめようと間に入ってくれた。
八幡「楠さん……」
535 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/11/16(木) 00:09:42.82 ID:s4eWkaL90
本編6-6
蓮華「何言ってるのよ明日葉……」
手をぎゅっと握りしめながら、芹沢さんがか細い声を絞り出した。
あんこ「ちょっと蓮華、」
蓮華「あんこは少し黙ってて。ねえ明日葉。れんげとあんこは、明日葉を信じてここまで付いてきたのよ?そんな明日葉がブレていたら、れんげたちは誰を信じて動けばいいの?」
明日葉「それは、すまない……。だが、どうしても私には先生が私たちに嘘を言っているとは思えないんだ」
蓮華「いい加減にして明日葉。最初にした約束を忘れたの?何があってもれんげたち3人は、意思を変えないって」
明日葉「もちろん覚えている。だが……」
蓮華「それに、れんげたちがしっかりしないと、可愛い後輩たちも動揺しちゃうことはわかってる?」
確かに芹沢さんの言う通り、高2以下の星守たちは楠さんと芹沢さんの会話を聞いて、右往左往している。
昴「どうして明日葉先輩と蓮華先輩が言い争いを……」
桜「何か、訳アリっぽいのお」
心美「な、何がどうなってるのお……」
そこかしこで不安な声が上がってきている。そんな光景を見て、芹沢さんは杖を握り直して俺に向ける。え、俺に?
蓮華「明日葉がやらないなら、れんげがやる」
明日葉「ま、待て蓮華!」
あんこ「そうよ蓮華。少し落ち着いて」
蓮華「でも、れんげはこれ以上星守クラスの子たちの、いえ、全世界の可愛い女の子たちの悲しむ顔を見たくないの!」
唇をかみしめながら芹沢さんは杖を降ろさない。そして、杖の先が光り出した。
「杖を降ろしなさい。蓮華」
撃たれる、と思ったその瞬間、落ち着いた声と、校舎のほうから刺されるような威圧感とを感じた。それを感じたのは俺だけではないらしく、目の前の高3の3人や、他の星守たちも一瞬同じ方向を向く。
八幡「理事長……」
牡丹「それと、他の全員はそこから一歩も動かないこと。もし動くようなことがあれば」
一瞬、理事長の言葉が途切れた瞬間に、突如として八雲先生と御剣先生が武器を構えて現れた。
樹「私たちが対処します」
風蘭「ワタシらに、剣を振るわせないでくれよ」
俺たち全員が八雲、御剣両先生に気圧される中、ゆっくりと理事長が俺と高3の3人のもとへ歩いてきた。
牡丹「明日葉、蓮華、あんこ、そして比企谷先生、あなた方からは詳しく話を聞きたいと思います。私と一緒に理事長室へ」
明日葉「……わかりました」
あんこ「だってさ。行くわよ、蓮華」
蓮華「…………」
高3組の反応を窺ってから、理事長は八雲先生、御剣先生が制圧する集団の方へ向き直る。
牡丹「では樹、風蘭、そちらを任せます」
樹「かしこまりました理事長」
風蘭「ほら、もう動いていいから。教室戻るぞ」
御剣先生を先頭に、ぞろぞろと星守たちが校舎の方へ戻っていく。その集団の最後尾にいた八雲先生が理事長と無言のまま頷き合う。
牡丹「さ、私たちも行きますよ。私のほうからも色々話しておかないといけないことがありますから」
八幡「俺たちに、ですか?」
牡丹「そうです。星守クラスでも中心的な立場にあるあなたたちに、伝えたいことがあるのです」
話してる雰囲気的に、怒ってるとは思えない。それもそれで不思議だが、理事長が俺たち4人に話しておきたいことがあるっていうのはなんなんだろうか。嫌な予感しかしない。だが、今の状況で断れるはずもない。……あとは流れに身を任せるしかないか。
536 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/11/18(土) 15:59:15.48 ID:+OLcE5MM0
本編6-7
理事長を含め、総勢5人が理事長室に集まった。3人掛けのソファには、俺の隣に理事長。机を挟んで向かいには粒咲さん、楠さん、芹沢さんが座る。
理事長「まずはあななたちの話を聞きたいと思います。明日葉、蓮華、あんこ。どうしてこんなことをしたのか、その理由を」
明日葉「……わかりました。お話しします。事の発端は、最近の異常なイロウスの発生数の増加です。先生方が原因追求をしていることは知っていましたが、星守として、私たち高3組も自主的に探っていました。そんな時、ふと先生の存在に疑問を持ったんです。なんで男の先生が星守クラスにいるのか、と」
楠さんだけでなく、芹沢さんや粒咲さん、理事長まで俺に視線を向ける。やめて、そんなに見つめられたら石になっちゃう。なんなら、緊張ですでに固まってるまである。
明日葉「それで先生の行動を逐一調べてみると、私たち以外の星守とはどこかでイロウスと遭遇し、かなり大規模な戦闘を行っていることがわかりました。こんなに都合よく星守のいるところにイロウスが現れるはすがない、そう結論づいたんです。だから、真相を明らかにするために先生から話を聞こうと、あんな手荒な手段を用いてしまいました。先生、すみませんでした」
楠さんは立ち上がって深々と頭を下げる。
八幡「いえ、まあ、もういいですよ。それより、どうやって小町の情報を手に入れたんですか」
あんこ「それはワタシが先生のスマホやパソコンのデータを抜き出した」
粒咲さんがしれっと口を開く。やっぱりあんたか。そりゃ、楠さんがそんなことできるはずがないしな。
あんこ「そ、そんな怖い顔で睨まないでよ。わかってるわよ。すぐデータは消すから。あと、ワタシもごめんなさい」
粒咲さんも頭を下げる。
八幡「消してくれるならいいです。もし小町の情報が悪い男に流れたら、兄としてそいつらを全員蹂躙しなければならなくなるんで」
あんこ「相変わらずのシスコンぶりね……」
蓮華「でも、可愛い女の子を守りたいっていう気持ちは痛いほどわかるわ。れんげも、さっきまでそうだったから」
今度は芹沢さんが珍しく真面目な顔つきで俺の方を見てきた。
蓮華「れんげ、さっき先生に杖を構えちゃった。ごめんなさい。もっと冷静になるべきだったわ」
芹沢さんまでもが頭を下げた。
八幡「……もう気にしてませんよ」
一瞬、マジで殺されるかと思うくらいの殺気を感じたのは黙っておこう。
理事長「あなた方3人は、あくまで比企谷先生にイロウス発生の原因がある、と考えているのですね」
これまで黙っていた理事長がゆっくりと口を開いた。
蓮華「逆に、それ以外の理由が思いつかないの」
明日葉「だから私が2人を説得してこのような行動に出たんですが」
あんこ「まだ、確証は得られていないって感じね」
理事長「そうですか……」
八幡「な、なんですか?」
理事長「比企谷先生。いえ、明日葉、蓮華、あんこも。今から話すことはあなた方にとっては厳しい内容になるかもしれません。それでも、聞きますか?」
これまでもそうだったが、理事長の発言によって場の空気がさらに重苦しいものになった。そんなに重い話なの?だったらなるべく聞きたくないなあ。
明日葉「聞きます。いえ、聞かせてください」
蓮華「これ以上、可愛い星守クラスの子を危険にさらしたくないし〜」
あんこ「ここで止められても余計気になるしね」
言葉を発する前に完全に流れを作られてしまった。これに逆らえるほど俺は強くない。なんでこう、星守は自分の考えで進めちゃうのかな。個が強いというか。まあ、俺も似たようなもんか。方向性は違うけど。
八幡「……わかりました。聞きます」
理事長「ありがとうございます。では最初にお話しすることは比企谷先生がなぜこの学校に来たのか、その理由です」
八幡「その話から入るんですね……」
ということは、俺も少なからずこの異常事態に関わっているってことか。……なんで?
理事長「やっぱりあんな説明の仕方じゃ疑問に思いますよね」
明日葉「先ほど、先生と私で話しているときにもその話題が挙がりました」
ちょっと?話してたっていうか、あれは完全に尋問だったからね?いや、まあもういいんだけどさ。変な趣味に目覚めなくてよかったとしておこう。
理事長「比企谷先生がこの学校に来た理由。みなさんにはそれを『神樹に選ばれたから』とお伝えしましたね。あれは嘘です」
4人「え?」
537 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/11/21(火) 14:40:30.26 ID:Yi5jPhBq0
本編6-8
八幡「神樹に選ばれたことが嘘ならば、俺は神樹や星守とは何の関係もないんですか?」
牡丹「いえ、むしろ密接に関わっています」
理事長は一度首を横に振って答える。
あんこ「どういうことよ」
牡丹「結論から言うと、比企谷先生のことを星守に監視させるためにこの神樹ヶ峰にお呼びしたのです」
八幡「はい?」
明日葉「先生を、監視?」
牡丹「はい。比企谷先生の命を、ひいてはこの星の生物の命を守るためです」
蓮華「なんか話が大きくなりすぎてないですか〜?」
牡丹「仕方ありません。事実なんですから」
俺を監視することが地球の生命を守ることにつながる?いったいいつから俺はそんなマンガの主人公みたいなポジションを確立したんだ……。一万歩譲っても日常系学園ラブコメラノベ主人公だろ……。
牡丹「順番に説明します。比企谷先生は『禁樹』にその存在を狙われていました」
あんこ「禁樹、って初めて聞く名前ね」
牡丹「禁樹というのは神樹の対になる樹です。神樹が星守を選ぶように、禁樹はイロウスを生み出します。比企谷先生はその禁樹に選ばれたらしいのです」
蓮華「らしい、って曖昧な言い方じゃないですか〜?」
牡丹「私も直接禁樹に干渉できるわけではありません。神樹を通して、知りうる範囲での情報をもとに判断しているのです」
明日葉「神樹と禁樹は繋がっているのですか?」
牡丹「たまに禁樹の情報が神樹に流れ込むんです。今回はそれによって、比企谷先生のことを察知することができました」
八幡「なんでその禁樹は俺のことを狙ってたんですか?」
牡丹「そこまではわかりません。私は比企谷先生の外見情報しか受け取れませんでした。そこから、なんとか先生の居場所を特定し、交流という名目でこの学校に来てもらったんです。ここにいれば、先生を監視しつつ、イロウスからの干渉にも対処しやすいですから」
蓮華「それならどうしてれんげたちに本来の目的を隠してたんですか?」
牡丹「本当のことを言ったらみなさんはどうしましたか?イロウスと日夜戦いを続けているときに、そのイロウスと関係があるかもしれない人となんの隔たりもなく接することができますか?」
あんこ「今日のことを考えたら、多分無理ね」
牡丹「そうでしょう。でも、みなさんには敵意なく比企谷先生の近くにいてほしかったのです。それが一番のイロウス対策だと思ってましたから」
明日葉「ということは、先生が来てからのイロウス襲撃は先生と関連があると?」
牡丹「ええ。それに加えて最近のイロウス発生数の増加。これにもやはり比企谷先生が関わっていると考えていいでしょう。ただ、交流での比企谷先生の対応を見る限り、先生はイロウス側の人間ではないことは間違いないはずです」
蓮華「なんでですか?」
牡丹「もし星守に対し何かしたいのなら、イロウス襲撃という回りくどい手を何回も用いることは非効率だからです。例えば、交流初日のチャーハンに毒を仕込めば、その時点で私たちを全滅させることだってできたはずなんですから」
あんこ「確かにそうかも。それに危険な場所にわざわざ自分から行く理由もないし」
牡丹「だから、比企谷先生は何かしらの理由で禁樹、およびイロウスから狙われている、というのが私の考えです」
八幡「…………」
初めて聞くことが多すぎて頭がついていかない。俺がイロウスから狙われている?なら、どこかに俺とイロウスに関連があるってことなのか?でもどうして……。こんなぼっち高校生に何の価値があるんだ。
牡丹「それで、みなさん4人に1つお願いしたいことがあります。あなたたち4人で、禁樹の場所を特定してきてほしいのです」
あんこ「4人ってことは、先生も連れていくってこと?」
牡丹「ええ。比企谷先生がいれば、禁樹の場所や思惑もはっきりすると思うんです」
蓮華「それは、先生を囮に使うってことでいいんですか?」
牡丹「時間がありません。だからこそ、現星守で実力と経験を最も兼ね備えているあなたたち高3の3人にもお願いしてるのです」
そう言うと、理事長は立ち上がって俺の顔をじっと見てから頭を下げる。
牡丹「比企谷先生。これまで事実を隠していたことをお詫びします。そして、今回も巻き込んでしまって申し訳ありません。でもどうか、協力してもらえないでしょうか?彼女たちのため、さらにはこの星のために」
頭を挙げた理事長は今度は向かいの楠さんたちにも頭を下げる。
牡丹「明日葉、蓮華、あんこ。あななたちにも事実を隠しててごめんなさい。そのために余計な心配をかけてしまったのも私の責任です。そんな私にこのようなことを頼む資格はないかもしれませんが、どうか禁樹探しの任務を受けてもらえないかしら。先生を守りながらという危険な任務だけど、これを頼めるのはあなたたちしかいないわ」
538 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/11/21(火) 18:46:01.63 ID:r+X0a1fWO
乙
どうやって話に決着つけるんだろ
539 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/11/23(木) 10:12:08.84 ID:7zQqA8yN0
番外編「樹の誕生日前編」
八幡「これが最後の資料です」
樹「お疲れ様。手伝ってくれてありがとう。おかげでとっても早く終わったわ」
八幡「お礼言われるようなことはしてないですよ」
樹「でも風蘭と違って、事務作業も真面目にこなしてくれるからとってもスムーズに進むんだもの。お礼も言いたくなるわ」
八幡「はあ」
正直そこまで言うほど大変な仕事でもなかった。今日は勤労感謝の日で祝日なのだが、案の定星守関連の仕事が立て込んでいたため休日出勤を強いられた。ただ、御剣先生がどうしても来られないということで、俺と八雲先生の2人がラボで仕事をすることになったのだ。
樹「ふう、せっかくの祝日なのにもうすっかり日も落ちちゃったわね」
八幡「まあもう冬ですからね」
樹「そうだ。せっかくならこのままあったかいものでも御馳走しちゃおうかしら。今日手伝ってくれたお礼もしたいし」
八幡「え。いや、それは悪いですって」
樹「遠慮しないで。休日出勤して、ご褒美も何もないんじゃ、やってられないでしょ。ほら、早く片付けて比企谷くん」
休日に仕事して自分にご褒美をあげるなんて、どこかのアラサー独身女教師と同じだと思ってしまうのは俺だけだろうか。
-----------------------------------
樹「〜♪」
片づけを終えた俺は、上機嫌な八雲先生に付き添って、学校近くの商店街を歩いている。
八幡「なんか機嫌いいですね」
樹「あら、そう見える?」
八幡「ええ。いつもよりかなりテンションが高い気がします」
樹「いつもは風蘭としかご飯行かないから、比企谷くんが近くにいるのが新鮮なの」
八幡「はあ」
樹「さ、ついたわ。ここよ」
八雲先生が立ち止まった場所は、典型的な居酒屋。赤ちょうちんが灯り、のれんがかかっている。
八幡「八雲先生でもこういうところ来るんですね」
樹「私も大人だもの。たまには羽を伸ばしたくなる時もあるわ」
八雲先生はそう言うと、慣れた手つきで引き戸を開けて入っていく。俺も遅れないように続いて入店する。すると、俺たち2人のところに若い女性店員が近づいてきた。
店員「あ、樹さん。いらっしゃいませ」
樹「2人なんだけど、テーブル席空いてるかしら」
店員「はい。いつもの場所空いてますよ、ってあれ。樹さん、いつの間に彼氏できたんですか?」
樹「こ、この子は彼氏じゃないわよ。うちの学校に交流に来てる高校生よ」
八雲先生は顔を赤くしながら手を胸の前でバタバタさせる。その仕草を見て、店員は余計にニヤついて八雲先生に迫る。
店員「でも、樹さんの学校って女子校じゃなかったですか?樹さん、嘘をつくならもっとマシな嘘をつかなきゃ」
樹「もう、本当のことよ。ほら、比企谷くんも何か言って」
八幡「え?ま、まあ八雲先生の言うことは本当です」
店員「ふーん。そうなんだ。樹さんをイジれるネタができたと思ったのに残念」
樹「もうからかわないでよ」
店員とここまで親密に話ができるなんて、相当通っている証拠だろう。学校での八雲先生とはまた違った一面が見れて、少し面白い。
店員「ふふ、ごめんなさい。で、注文はどうされますか?」
樹「私はビールにするわ。比企谷くんは?」
八幡「じゃあお茶で」
樹「あとこのおすすめお鍋を2人前ちょうだい」
店員「かしこまりましたー!」
540 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/11/23(木) 10:12:52.55 ID:7zQqA8yN0
番外編「樹の誕生日後編」
樹「もう、風蘭ったらやればできるのになんでギリギリまで動かないのかしら。そのせいで、何度私がひやひやさせられたか」
八幡「はあ」
鍋を食べながら、俺たちは話をしている。まあ、ほとんどは八雲先生の愚痴を聞いているだけなのだが。
樹「今日だって、もともと風蘭がやるはずだった仕事だったのに、終わらないからって私に助けを求めてきたのよ。それでいて本人は来ないなんて、まったくどうなってるのよ」
その愚痴の内容も大部分が御剣先生への文句だった。ただ、ある程度は八雲先生の言い分も理解できてしまうあたり、俺もかなり神樹ヶ峰に染まってしまったらしい。
店員「お待たせしました。熱燗でーす」
樹「待ってたわよー」
そして八雲先生はすでに熱燗にまで手を伸ばしている。お酒のことはあまり知らないが、八雲先生がけっこうな量を飲んでいることはわかる。
樹「そういえば比企谷くんの話を聞いてなかったわね。どう、神樹ヶ峰は?」
八幡「まあ、それなりの生活を送っています」
樹「そう言うことが聞きたいんじゃないの。同じクラスにあんなにたくさんいい子たちがいて、なんとも思わないの?」
八幡「なんとも思わないですよ」
酔っ払ってるなあ八雲先生。普段ならこんなこと絶対聞いてこないはずなのに。
樹「今くらい素直になってもいいのよ。先生が聞いててあげるから」
八幡「仮にあったとしても、先生に話す話題じゃないですよね」
樹「もう、比企谷くんはガードが固いなあ」
八幡「はは」
八雲先生って酔うとこんな感じになるんだな。ここまでグイグイ来られると、正直少しめんどくさい。
樹「でも、比企谷くんのおかげで星守クラスもすごく成長したわ。星守としての力だけじゃなく、それ以外の面も」
八幡「…………」
樹「このまま、比企谷くんがずっと神樹ヶ峰にいてくれればいいのに……」
おちょこの中のお酒を飲みながら、八雲先生はそんなことを口にした。
八幡「俺は、あくまで交流で来てるんですから無理ですよ」
樹「それはわかってるわ。でも、せっかくここまで仲良くなったのに、近いうちに離れ離れにならなきゃいけないなんて……」
八幡「…………」
愚痴を垂れ流していたさっきまでとは全く違う、しおらしい雰囲気に、俺は何も言うことができない。
樹「そうだ。比企谷くん、将来本当の教師にならない?」
八幡「はい?」
樹「神樹ヶ峰は女子校だから男子生徒を入学させるのは無理でも、男の先生が赴任してはダメという規則はないわ。比企谷くんなら絶対採用されると思うわ。どう?」
八幡「いや、急にそんなこと言われても」
樹「じゃあ比企谷くんは何かなりたい職業があるの?」
八幡「専業主夫になりたいです」
樹「ああ、静さんが言ってたのはこれか」
八雲先生の俺を見る目がかわいそうなものを見る目つきに変わってしまった。やめて!そんなジト目で見つめないで!
樹「でも実際問題、これからどうしていくか考えないといけないでしょ?」
八幡「まあ、とりあえずは大学に進学しようとは思ってますけど、その先は何も考えてないです」
樹「そう。なら、どこかで比企谷くんに合う仕事が見つかるといいわね。それが教師だったら、私は嬉しいわ」
八幡「いや、だから俺は最終的には専業主夫にって」
樹「zzz」
言うだけ言って八雲先生はテーブルに突っ伏して寝てしまった。いつの間にか徳利が何本も空になっている。これだけ飲めば適当なこと言って寝ちゃうのも当然だわな。
だが、この状況、どうすればいいんだ?……ひとまず御剣先生に連絡してみるか。
541 :
◆JZBU1pVAAI
[sage]:2017/11/23(木) 10:15:48.43 ID:7zQqA8yN0
以上で番外編「樹の誕生日」終了です。樹、お誕生日おめでとう!ゲームでは5部も始まりましたね。どういう風に展開していくんでしょうか。
542 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/11/27(月) 00:59:37.50 ID:PyycjPSf0
本編6-9
明日葉「理事長がそうおっしゃるなら、私たちはそれに従うだけです」
蓮華「可愛い星守クラスの子に、危険な任務はさせられないわ」
あんこ「難易度が高いと言われれば、クリアしたくなるのがゲーマーとしての性よ」
牡丹「明日葉、蓮華、あんこ……」
……楠さんたちはそれぞれの理由で理事長の提案を受け入れた。なら、俺も自分の考えを示さないといけない。
八幡「俺も……俺も行きます」
俺の小さな反応に、高3の3人は少し驚いた表情を見せた。
明日葉「先生は無理しなくてもいいんですよ?」
八幡「いえ、今の状況に少しでも俺が関わっていると分かった以上、黙ってじっとしているのも申し訳ないです」
蓮華「なんだか男らしい発言ですね先生〜」
八幡「まあ、俺自身はなんもできないんで、お三方に守ってもらわなきゃなりません。それでも、俺がいることで何か変わるのなら、行かせてください」
以前の俺なら絶対に口にしない、いや、それ以前に考えもしないようなことを喋ってしまっている。ただ、不思議と迷いはない。
あんこ「ゲームでもパーティを組む時はそれぞれタイプが違う人を集めるものだし、大丈夫よ」
明日葉「ええ。先生のことは必ず私たちがお守りします」
蓮華「その代り、先生もれんげたちのこと助けてね」
八幡「俺にできることがあれば、でいいなら」
俺の力のない言葉に、3人は顔を見合わせてふっと微笑んだ。なんか、年上のお姉さんにこんなふうに扱われるの初めてで慣れないな。ま、とりあえずは言うこと聞いてればいいか。全員、能力は高い人たちだし俺が出る幕はなさそうだ。むしろないほうがいいまである。おとなしくしてよ。
牡丹「話はまとまったみたいですね」
明日葉「それで、私たちはどこへ向かえばいいんですか?」
牡丹「樹と風蘭が禁樹の場所の候補をいくつかリストアップしてくれています。そこを中心に捜索してもらうことになります」
あんこ「実際に見て確かめろ、ということね。なんかクエストっぽくてワクワクするわ」
蓮華「なんで一つに絞れないんですか?」
牡丹「情報不足で、確実な場所までは特定できませんでした。なのでとりあえず、イロウスの活動がより活発なところをまとめてもらいました」
明日葉「わかりました。では早速探索に向かいます」
牡丹「それではラボへ移動しましょう」
高3組が前、俺と理事長が後ろでラボまで歩いていく。
牡丹「比企谷先生」
八幡「なんですか?」
牡丹「星守クラス担任として、彼女たちのことしっかり支えてあげて下さい」
八幡「いや、楠さんたちなら自分たちでなんでもできちゃうんじゃないですか」
牡丹「そんなことはありません。必ず比企谷先生の助けが必要になる場面があります。その時は、彼女たちを正しい方へ導いてあげてください」
八幡「言ってる意味があまりわからないんですけど」
牡丹「すみません。あまり深い意味はありません。頭の片隅に置いておいてください」
八幡「はあ」
こんなことを話しつつ、俺たちはラボに到着した。理事長が素早く機械を操作し、転送先の座標を決定していく。
牡丹「転送の用意が整いました。まずは一か所目、よろしくお願いします」
4人「はい」
この転送装置に乗るのも随分久しぶりな気がする。初めは強引に、次は自分でもわからないままに。今回は自分の意志で乗っている。俺も、この学校で少しは変わったんだろうか。
牡丹「では、転送開始」
543 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/11/27(月) 04:51:42.46 ID:I36vYMcr0
妹を脅迫の材料に使われてるのに随分ドライだな
544 :
◆JZBU1pVAAI
[sage]:2017/11/28(火) 01:09:07.68 ID:HQL0rAdJ0
申し訳ありません。6章をもう一度初めから書きなおします。今のままでは綺麗な終わり方にならないと思ったためです。見切り発車の悪いところが出てしまいました。今後はもう少し展開を考え、ある程度書きためてから投稿します。なので、読んでくださる方はしばらくお待ちください。
545 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/11/28(火) 16:35:14.17 ID:xJ0PBn0JO
おk
舞ってる
546 :
◆JZBU1pVAAI
[saga ]:2017/12/02(土) 11:36:02.55 ID:Z0LZYIdx0
本編6-1
ブーブー
風蘭「またイロウスが出現したか」
樹「今週に入ってもう5回目よ」
八幡「多いですね」
俺たちは神樹ヶ峰女学園内にあるラボにいて、最近のイロウスの行動パターンについて解析を進めている。
高校2年組が修学旅行から戻ってから、特にイロウスの出現頻度が増してきている。これまでローテーションだった星守任務だが、今は全員がスクランブル体制でイロウスを撃退している。
樹「みんな、またイロウスが出現したわ。殲滅、お願いね」
八雲先生は星守たちにイロウス出現を知らせる。程なくして全員の星守がラボに集まった。
風蘭「よし。全員揃ったな。じゃあ転送装置を起動させる。準備は良いか?」
星守たち「はい!」
御剣先生の言葉に星守たちは気合の入った返事をする。すぐに転送装置が起動し、次々に星守たちがそれに入っていく。
八幡「気を付けてな」
俺はこんなふうに声をかけるしかできない。イロウスの数も多くなっているため、俺が現場へ赴くことも危険と判断されたのだ。
明日葉「はい。行って参ります」
蓮華「明日葉〜固いわよ。もっとリラックスリラックス〜」
明日葉「おい、蓮華。戦闘前に抱き着くな!」
あんこ「何やってるのよ2人とも」
樹「そうよ。集中しないと、イロウスは倒せないわ」
明日葉「申し訳ありません」
蓮華「は〜い」
風蘭「じゃあ転送するぞ。しっかりやってこい」
こうして星守たちは転送装置の光の中に消えていった。
------------------------------------------
一通り戦闘が終わった後、再び転送装置が光り、星守たちが戻ってきた。普段よりもイロウスの数が多かったからか、何人かは疲れてぐったりとしている。
明日葉「ただいま戻りました」
樹「お疲れ様。戦闘のまとめは私たちでやるから、みんなはもう帰っていいわよ」
明日葉「いえ、私たちも参加します。実際に戦うのは私たちですから」
風蘭「だが、これからデータの解析をするからすぐには終わらないぞ」
桜「それなら帰らせてもらいたいのお」
ミシェル「ミミ、もう動けない……」
うらら「うららも疲れたし帰りたーい」
ゆり「こら!そんな気合ではイロウスには勝てんぞ!」
望「でも八雲先生も帰っていいって言ってるんだし、いいんじゃない?」
あんこ「そうね。ワタシたちがいても、できることは何もないし」
明日葉「しかし、」
蓮華「それなら、明日にでも話を聞けばいいんじゃない?ね、先生」
八幡「え?あ、ああ。そうですね」
いきなり俺に話を振るなよ。予想外過ぎてまともな反応ができなかったじゃないか。まさか俺に話が回ってくるとは思わないよね。無駄に関わらないよう気配を消していたつもりだったけど、芹沢さんには効かなかったようだ。
明日葉「……わかりました。じゃあみんな。今日は帰ろう。その代わり、明日は朝から今日の戦闘の振り返りだ」
星守たち「はーい」
こうして星守たちは疲労がたまった体を引きずるようにのろのろとラボを出ていった。
547 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/12/02(土) 11:36:48.72 ID:Z0LZYIdx0
本編6-2
八幡「ふう……」
結局昨日はそこそこな時間まで戦闘データを解析し、良かったところ、悪かったところを洗い出した。で、今日は朝から星守たちにその報告をし、さっきまで新たな特訓メニューを立案していた。
俺、なんでこんなに働いてるんだろ……。前は文字通りの交流しかしてなかったのに、最近はがっつり八雲先生や御剣先生の補助までやらされている。そのせいで、昼休みも職員室で作業しながら済ませることが多くなってしまった。
まあ、それはまだいいのだが、そのせいでいろんな教職員と顔を合わせることになるほうが嫌だ。「今日も比企谷くんは仕事ですか?まるで本当の先生みたいですね」なんて言われる始末。それに対し「あはは、まあそうかもしれないですね」なんてさらっと返す社会人スキルを身につけてしまった。俺の社畜能力が日に日に高まっていく。俺はもっとうまるちゃんみたいな生活をしたいんだ。干妹ではなく、干兄だが。なんか響きがヒアリみたいで、いかにも家の害虫そうな感じがするな。
明日葉「失礼します。先生。少しよろしいでしょうか」
そんな現実逃避をしていたところへ、不意に楠さんがやって来た。
八幡「ええ。いいですけど、どうしたんですか」
明日葉「ちょっと2人でお話ししたいんです。生徒会室に来てくれませんか?」
八幡「はあ」
言われるがまま、俺は楠さんに従って生徒会室に入った。
明日葉「わざわざすみません。この話はあまり他の人に聞かれたくはないんです」
八幡「それはいいんですけど、その話ってなんですか?」
明日葉「星守クラスの現状についてです」
八幡「何か問題でもありますか?」
明日葉「喫緊の問題はありません。しかし、これからのことを考えると無視できないことがあります」
八幡「無視できないこと?」
明日葉「星守たちの心構えです。近頃、イロウスの数も増え、全員が常に危機意識を持たなければならないのに、それが欠如している人が何人も見受けられます」
八幡「そうですか?」
明日葉「はい。特に昨日も、確かに普段よりも長い戦闘ではありましたが、それによる体力の消耗や、自分たちでできることがないという理由ですぐに帰宅することになったじゃないですか。私は、あのような普段とは違う戦闘をした時こそ、より早い段階で戦闘データを共有することが必要だと思うんです」
八幡「はあ」
明日葉「それだけではありません。どんなイロウスにも勝てるよう、特訓の時間を伸ばそうとしても、それに否定的な反応をするものもいます。あまり言いたくはありませんが、上級生の中にも特訓をサボろうとする人もいます……」
そう言うと、楠さんは大きなため息を1つついた。
八幡「まあ、あんなキツイ特訓ならやりたくなくなる気持ちもわかりますけど……」
明日葉「それではダメなんです!」
八幡「く、楠さん?」
明日葉「星守たるもの、常に心も体も鍛え上げ、イロウス相手に万全の準備をする必要があるのです。私たちは神樹に選ばれ、人類を守る使命を与えられたのですから。先生もこのことは理解してくださいますよね?」
八幡「は、はあ……」
楠さんは凛とした表情で星守について力説してきた。その勢いに圧倒されて俺はただ頷くことしかできない。
明日葉「ですので先生。1つお願いがあります。どうか私に協力してくれませんか?」
八幡「協力?」
明日葉「はい。星守の意識改革です。全員に対して、星守として向上心を持って生活するよう指導してほしいんです」
八幡「それなら楠さんが言った方が効果があると思うんですけど」
明日葉「もちろん私も言います。しかし、よりみんなの心構えを正すためには先生の力が必要なんです。どうかお願いします」
楠さんは身を乗り出して俺に懇願してくる。だけど、向上心なんてこれっぽっちも持ち合わせていない俺が説教を垂れたところで説得力はゼロだし、なんなら逆に俺の向上心の無さを指摘されるまである。そんなことを考えると、この申し入れは素直には受け入れることはできそうもない。かと言って目の前の楠さんを無視することもできないしなあ。
八幡「……事情はわかりました。でも、すいません。少し考える時間をください」
取りうる手段は、とりあえず先延ばし。これに限る。政治と一緒だね!
明日葉「わかりました……」
ひとまず楠さんから了承をもらったところで昼休みを終えるチャイムが鳴った。
明日葉「そろそろ昼休みも終わりですね。すみません、こんなに時間を割かせてしまって」
八幡「いえ、別に気にしないでください」
ホントは昼飯を食べ損ねてしまったのだが、まあそれは放課後にでも食べればいいか。
548 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/12/02(土) 11:37:21.97 ID:Z0LZYIdx0
本編6-3
はあ、昨日はびっくりした。いきなり楠さんにあんな相談されるんだもん。いくら俺が星守クラスの担任だからって言っても、俺のこの性格じゃ「特訓しろ」なんて言っても意味がないのは明らかなんだよなあ。どうしたもんか。
あんこ「先生。ちょっといい」
昼休みになり、1人職員室で悩んでいると、ひょこっと粒咲さんが現れた。
八幡「粒咲さん。どうしたんですか?」
あんこ「大事な話があるの。パソコン室に来てもらってもいい?」
八幡「はあ」
ん。なんか昨日と同じような展開だぞ、これ。
あんこ「さ、早く入って適当に座って」
執拗に周りを気にしながら、粒咲さんは俺をパソコン室へ誘導した後、素早くドアを閉めた。
八幡「で、話ってなんですか?」
あんこ「……最近の星守活動についてよ」
八幡「なんか問題でもありますか?」
あんこ「大アリよ!ワタシにとっては死活問題だわ!」
粒咲さんは机をバンバン叩いてそう主張する。
八幡「えーと、具体的には何が問題なんですか?」
あんこ「最近星守の任務が多くて、それだけでも時間を取られてるって言うのに、明日葉が特訓時間まで増やそうとしてるのよ。もう限界……」
八幡「まあ、確かに体力的にはキツイですよね。当番制も廃止されましたし」
あんこ「そうじゃないわ」
八幡「は?」
あんこ「常時待機してるよう言われているせいで、集中してゲームに取り組めないわ。特にオンラインゲームなんかは途中で通信切ると、仲間からの信用を失って、それ以降一緒にゲームしてくれなくなるのよ」
八幡「それが本音ですか……」
あんこ「当然。ワタシからゲームを取ったらほぼ何もなくなるわ」
八幡「ほぼ、っていうところにリアルさが出てますね……」
あんこ「そこで、先生にお願いがあるの」
なんか、昨日と同じような展開な気がするのは気のせいでしょうか。
八幡「……なんですか」
あんこ「ワタシのゲーム時間の確保に協力して!」
八幡「……え?」
あんこ「具体的にはワタシと一緒に明日葉に特訓時間の削減を求めて欲しいの。星守としての実力は実際の戦闘で上がっていくから心配ないし、これ以上特訓まで増やされたらストレスもたまる一方だわ」
粒咲さんは目に涙を浮かべながら懇願してくる。
まあ、自分のしたいことが全くできなくなるっていう辛さはわからなくもない。現に、俺も家に帰ったら録りためたアニメ観たり、本屋で買って来た小説やラノベ読んだりしてるしな。でも、星守クラスの担任という立場上、「特訓を減らそう」とは言えないだろう。仮にも星守を支える役割なわけだし、こっちからそういう提案をするのはお門違いだ。
八幡「……事情は分かりました。でも、すいません。少し考える時間をください」
あんこ「ま、そうよね。いきなりこんなこと言われても混乱しちゃうわね。じゃあまたね先生。いい返事待ってるわ」
そう言い残すと、粒咲さんはパソコン室を出ていった。
部屋に1人で残された今になって改めて考えてみると…………これどうしようもなくない?
片や星守としての使命を優先し、特訓時間を増やすようお願いしてきた。片や任務によるストレス発散を優先し、特訓時間を減らすようお願いしてきた。どっちかをとると、必ずどっちかの要求を撥ね付けなくてはならなくなる。せめて片方が明らかな論理矛盾を含んでいたり、無茶なレベルの要求だったりしたら話は簡単なんだが、今回は同レベルの要求、しかもどちらの言い分も理解できる内容だ。
極めつけはどっちも星守クラスの高3からのお願いということだ。どちらかに肩入れしてしまうと、その後のクラスの雰囲気、さらには星守任務にまで影響が及ぶかもしれない。そんな結果になることだけはなんとしても避けなければならない。
八幡「こんなの、どうすればいいんだ……」
俺の弱々しい独り言は、昼休みを終えるチャイムにかき消されてしまった。
549 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/12/02(土) 11:38:01.56 ID:Z0LZYIdx0
本編6-4
楠さんと粒咲さんから正反対のお願いをされてから数日経った。未だに結論が見つからない俺は、両方に適当に言葉をかけてごまかし続けてきた。だが、それも限界に近い。もしこの2人が言い争うことになったらどうなるのか、想像するだけで怖い。
八幡「うーす」
そんな気持ちで星守クラスに入っていくと、何やら空気が重々しい。そしてその原因はおそらく目の前で互いをにらみ合っているこの2人だろう。
明日葉「あんこ。そんな心構えではイロウスを倒すことはできんぞ」
あんこ「でも今まではちゃんと倒してるじゃない。それで十分でしょ」
ゆり「でも、イロウスの発生数が増加している以上、私たちも更なるパワーアップを図ることが必要だと思います」
桜「じゃが、今でも十分戦えておるじゃろ。むしろ、疲労がたまって本来の力まで出せなくなるわい」
昴「桜。そこは体力でカバーだよ」
くるみ「でも、休養をとることも大事だと思います」
2人はお互いに一歩も譲らないと言わんばかりににらみ合いを続ける。さらにそこに数人の星守たちがお互いの考えに近い方に参戦していく。
みき「あ、先生!ちょうどいいところに」
星月が俺の存在に気づいて駆け寄ってきた。
八幡「星月。どうなってるんだこれ」
みき「明日葉先輩が今日の放課後の特訓メニューを大幅に増やすって言ったら、あんこ先輩がそれに反論したんです」
懸念してたことが現実になってしまった。相反する考えを持つ2人が、こうして対立することは容易に想像がついたのに。対応を後回しにした、俺のミスだ。
八幡「あの、お2人とも、もうHRの時間なんで席に戻って、」
俺が間に入って声をかけると、両方からキッと睨みつけられた。やばい。めっちゃ怖い。
明日葉「先生は当然、私の考えに賛同してくれますよね」
あんこ「ワタシのほうよね先生?」
恋愛ゲームではときめき必至のシチュエーションだが、こんな空気の中では一切ときめかない。むしろ恐怖感が倍増されていく。
何か言わなければ、何か。でも、何を言えばいいんだ。もう時間稼ぎはできない、だが片方に肩入れする発言もできない。どうすれば、
ブーブー
その時、静まり返った教室にイロウス発生を知らせる警報が鳴り響いた。星守たちは一瞬こそ戸惑いはあったものの全員がそれぞれやっていることを中断して教室を出て行こうとする。
1人を除いて。
明日葉「あんこ……。どうした。イロウスが出現したんだ。早くラボへ」
あんこ「…………ワタシは行かない」
みき「あ、あんこ先輩?何言ってるんですか?」
あんこ「ワタシは行かない。行きたい人が行けばいいでしょ。そもそも星守の任務だって強制じゃないはずよ。だったらワタシにも断る権利があるわ」
唇をかみしめながら粒咲さんはその場を動かない。尋常じゃない状況に、他の星守たちも身動きできないでいる。
明日葉「……あんこ。自分が何を言ってるのかわかってるのか?」
あんこ「…………」
明日葉「あんこ!」
楠さんの吠えるような声にも、粒咲さんは身じろぎ1つしない。そんな様子に楠さんは何か言おうと口を開けたが、そこから言葉が出ることはなく、諦めたように視線を下げてしまう。
明日葉「私は、期待しすぎていたのかもしれないな……」
楠さんはそう呟くと、周りに目もくれず教室を飛び出していった。残された星守たちは2人のやりとりに気圧されてか、まだ動けないでいる。
八幡「ひとまずみんなイロウス討伐に向かってくれ。話はそれからだ」
みき「は、はい……」
星月がかろうじて小さな声で返事をしただけで、後は無言のまま教室を去っていった。俺は、ただ1人立ちつくしたままの粒咲さんに向き直る。
八幡「粒咲さん、あの」
あんこ「先生も行って。星守クラスの担任でしょ。星守の戦闘を見守る義務があるんじゃないの」
粒咲さんが放つ突き放すような冷たい声色に対し、俺は言われるままに教室を後にするしかできなかった。
550 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/03(日) 17:31:27.39 ID:A+nrHM6IO
乙、来てたか
これはこれでどう収拾つけるか気になるところ
551 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/12/06(水) 11:37:50.27 ID:QAJazTEy0
本編6-5
八幡「はぁ、はぁ」
粒咲さんを残し、急いでラボへ入っていくと、俺を待ちかねていたのか、八雲先生と御剣先生がすぐに詰問してきた。
樹「比企谷くん!一体何があったの?」
風蘭「あいつらの動きが普段よりかなり鈍いんだ」
八幡「やっぱりですか……」
樹「やっぱり、ってどういうこと?」
追及の手を緩めない八雲先生の表情が、一段と厳しくなる。御剣先生は何も言葉を発しはしないが、八雲先生と同様、難しい顔をして俺の言葉を待っている。
八幡「それは……」
「た、大変です!」
俺の言葉を遮るように、ラボに悲鳴にも似た声が響いた。声のしたほうを見ると、若葉と成海が誰かを肩から支えていた。支えられている当人は、かなりのケガを負っているように見える。
樹「あ、明日葉!?」
風蘭「どうしてこんなことになった?」
昴「明日葉先輩、大型イロウスの攻撃をモロに食らっちゃったんです」
遥香「明日葉先輩なら、絶対避けられる攻撃だったんですが……」
樹「明日葉、大丈夫?」
明日葉「は、はい……。余計な心配をおかけしてすみません。全ては私の力不足が原因です……」
風蘭「もう喋るな明日葉。昴、遥香。そのまま明日葉を医務室へ連れてってくれ」
若葉と成海は静かに頷いてから、楠さんを支えてラボを出ていった。
それからほどなくして、残りの星守たちも帰還してきた。が、皆一様に表情が暗い。
ゆり「出現したイロウスは全て討伐しました……ですが、明日葉先輩が負傷しました」
風蘭「ああ。すでに昴と遥香に医務室に連れてってもらった。他にケガしている人はいないか?」
心美「他はみんな大丈夫、ですう……」
樹「それならよかったわ。ひとまずみんなは教室に戻って待機してて」
楓「わかりましたわ……」
詩穂「さあみなさん、教室に戻りましょう」
国枝の呼びかけに応じ、星守たちはラボを出ようとする。
ひなた「あれ、そういえば蓮華先輩は?」
南の言う通り、確かに芹沢さんの姿が見えない。みんながキョロキョロする中でサドネが1人ぼそっと呟いた。
サドネ「レンゲなら、帰ってきてすぐ外へ走っていった」
八幡「本当かサドネ?」
サドネ「うん。レンゲ、いつもと違う顔してた」
サドネが話し終えたその時、ポケットに入っていた携帯が震え出した。取り出して画面を見てみると「♡蓮華♡」と表示されている。なんでこんな表示になっているかはともかく、俺は急いで電話に出た。
蓮華『センセ〜、出るの遅いですよ?』
八幡「いや、これでもかなり早く出たつもりなんですけど。で、芹沢さん今どこにいるんですか?」
蓮華『今、明日葉に付き添って遥香ちゃんのお父さんが勤めている病院に向かってるの』
ああ、やっぱり芹沢さんは楠さんが心配ですぐに様子を見に行ったのか。
八幡「わかりました。医務室にいた成海と若葉はどうしてますか?」
蓮華『2人とも教室へ帰したわ。付き添いはれんげ1人で十分だから』
八幡「そうですか。なら俺たちもすぐ教室に」
蓮華『待って先生』
もう電話を切ろうとした時、急に芹沢さんの声のトーンが変わった。
552 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/12/06(水) 11:38:30.28 ID:QAJazTEy0
本編6-6
蓮華『先生はあんこを連れて病院へきて』
八幡「粒咲さんを?」
蓮華「そうよ。なるべく早くね」
珍しく芹沢さんの声に余裕を感じられない。ということは、相当切迫した事情があるのだろう。
八幡「わかりました……」
俺が返事をすると、電話は切られた。目の前のサドネだけでなく、他の星守たちも俺のことを不思議そうに見つめていた。
八幡「みんなは教室に戻っててくれ。俺は楠さんの状態を確認しに病院へ行ってくる」
望「それならアタシたちも一緒に、」
八幡「いや、こんな大人数で行っても逆に迷惑だろ。ひとまず俺が行ってくるから、その間は高2組がみんなをまとめてくれ」
くるみ「は、はい……」
八幡「じゃあ頼んだ」
なんとか言い訳を取り繕って俺はラボを出た。向かう先は、パソコン室だ。
--------------------------------------
他のクラスは授業中なため、廊下は人影が全くない。騒がしい教室から多少声が漏れ出てくることもあるが、パソコン室が近づいてくるにしたがって、あたりはしんと静まり返っていく。
八幡「失礼します」
軽くノックをしてからドアを開ける。パソコン室の中は一部の窓から光が差し込んでいるものの、電気がついてないからか、薄暗い。そんな中に特徴的な髪飾りが揺れているのが見えた。
八幡「粒咲さん……」
近くによって声をかけてみると、粒咲さんは椅子の上で膝を抱えながら体育座りのような姿勢でじっと座っている。いつもなら点いているはずのパソコンも、今は画面が黒いままである。
八幡「戦闘は終わりました。出現したイロウスは全て殲滅しました」
粒咲さんは俺の報告になんの反応もせず、姿勢を崩さないまま黙っている。
八幡「ただ……、1つ言わなければいけないことがあります」
粒咲さんは一瞬ぴくっとしたが、相変わらず姿勢は崩さないままだ。俺は1つ息を吐いてから、なるべく冷静に話し出した。
八幡「楠さんがイロウスに攻撃され負傷しました。今、成海の親が経営する病院へ運ばれています」
瞬間、粒咲さんはがばっと俺の方を向いて、目を見開かせた。
あんこ「嘘でしょ。明日葉が?」
八幡「はい。俺も見ましたが、かなり大きな怪我です」
あんこ「ふ、ふふ、先生はそうやってワタシを騙そうとしてるんでしょ。そうでしょ?」
八幡「…………」
粒咲さんは無理やり笑顔を取り繕って迫ってくる。が、俺はそれに対し首を横に振ることしかできない。
八幡「付き添いをしている芹沢さんから、俺と粒咲さんも病院に来るよう言われました。今すぐ俺と一緒に病院へ行きましょう」
あんこ「先生だけで行けばいいじゃない……」
八幡「そんなわけにはいかないですよ」
あんこ「どうして、」
八幡「楠さんはしばらく戦線を離脱することになると思います。そうなったら、芹沢さんと、粒咲さんに星守クラスをまとめてもらうほかありません。だから粒咲さんには楠さんのケガの具合をきちんと把握しててほしいんです」
あんこ「………でも」
八幡「お願いします。粒咲さん。事態は急を要します」
いくばくかの逡巡を経て、粒咲さんはゆっくりと椅子から立ち上がった。
あんこ「わかったわ……。病院に行く」
八幡「ありがとうございます。急ぎましょう」
俺と粒咲さんは薄暗いパソコン室を出て、未だ静かな廊下を歩きだした。
553 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/12/06(水) 11:39:13.63 ID:QAJazTEy0
本編6-7
校門からタクシーに乗り込み、俺と粒咲さんは病院に到着した。受付で楠さんの病室の部屋番号を聞き、気持ち早足で病室へと歩いていく。
八幡「ここですね」
あんこ「そうね……」
実際に病室のドアの前に立つと委縮してしまうのだろうか、粒咲さんはドアに手をかけようとしない。
八幡「比企谷です。粒咲さんも一緒にいます」
蓮華「は〜い、どうぞ〜」
仕方なく俺がノックをして来訪を告げると、中から芹沢さんの返答が聞こえてきた。
八幡「失礼します」
中は個室で、ベッドの上に楠さんが寝ていた。上半身は起こしているが、右腕には包帯を巻いている。左腕や顔にもガーゼが貼られていて、ケガの程度が軽くないことがわかる。
明日葉「先生。わざわざありがとうございます」
楠さんは頭をぺこっと下げる。
明日葉「あんこも。来てくれてありがとう」
楠さんは笑いかけるが、その表情にはいつもの力強さはない。むしろ弱弱しく、儚い印象を受ける。
あんこ「まあ、ね」
蓮華「ほら、そんなところに立ってないで、2人とも椅子に座って」
ベッドの脇に座っていた芹沢さんが空いている椅子を勧めてきた。別に断る理由もないので、俺たち2人もそこに座る。
結果、ベッドの上の楠さんを芹沢さん、俺、粒咲さんと囲う形となった。
明日葉「申し訳ない、みんな。私の不注意でこんなことになってしまって」
蓮華「明日葉でも、注意力が散漫になるときがあるのね。そういうちょっと抜けたところがある明日葉もれんげは大好きよ?」
明日葉「蓮華、今の私にツッコむ体力はないから勘弁してくれ……」
楠さんは脇でニヤニヤする芹沢さんをほっといて、俺に向かって姿勢を正した。
明日葉「蓮華は知っていますが、私はまだしばらくこの病院に入院することになりました。遥香のお父様が全力で治療にあたってくださるとおっしゃってくれましたが、すぐに星守任務に復帰、とはいかないようです。ですので、しばらくの間、星守クラスをよろしくお願いします。先生」
八幡「……はい」
状況も状況だし、ここは引き受けるしかない。楠さんが戻ってくるまでの間だし、芹沢さんや、粒咲さんだっている。俺の仕事はそんなに多くないはずだ。
明日葉「あんこ。お前にも迷惑をかけた。すまない」
あんこ「……ワタシのほうこそ、あんな態度とっちゃったから明日葉はケガを」
明日葉「違う。このケガは完全に私の失態だ」
あんこ「でも朝のことが原因なんじゃ」
明日葉「あんこに責任はない」
楠さんはきっぱりと言い切る。その迫力に粒咲さんは押し黙ってしまう。
明日葉「それで、あんこ。お前に話がある」
声量は大きくはない、だがその声は病室の壁に反響してはっきりと聞こえた。粒咲さんは怪訝そうな顔で次の言葉を待ち、向かいの芹沢さんはなぜか視線を下に落としている。
明日葉「あんこ。今までありがとう」
あんこ「な、何よ急に」
予想だにしない言葉に粒咲さんは少し引き気味に返事をする。
明日葉「本心を話しているだけさ。あんこには色々助けられた。感謝している」
楠さんの慈愛に満ちたような儚い笑顔による更なる感謝の意に対し、粒咲さんは目を潤ませる。だが、それが嬉し涙でないことは、強く握りしめられた手が示していた。
あんこ「…………待って」
明日葉「だからあんこ、」
あんこ「待って、言わないで」
明日葉「無理して星守を続けなくても、いいぞ?」
554 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/12/06(水) 11:42:14.29 ID:QAJazTEy0
本編6-8
粒咲さんの制止を無視し、楠さんはなおも言葉を続ける。
明日葉「思えば、私はかなりの負担を強いていたことを今回のケガを通して痛感したんだ。幸い、私のケガはそこまで重症ではなかった。でも、いつまたこういうことが起こるかわからない。こんな危険なことを、私はもう他人に強制することはできない」
あんこ「だからワタシは、」
明日葉「いいんだ、あんこ。もう強がらないでくれ。今朝の様子、いやもっと前から私がきちんと気づいてあげるべきだった。すまない」
八幡「楠さん、」
蓮華「待って先生。今は、2人の話よ」
介入しようとした俺を芹沢さんが遮る。
あんこ「明日葉は、なんでそうやって勝手に決めるの……?」
明日葉「勝手じゃない。今回はあんこの気持ちを汲んで」
あんこ「ワタシの気持ち……?明日葉はワタシの気持ちなんてこれっぽっちもわかってないわよ!」
粒咲さんはそう叫ぶと、椅子を転がす勢いで立ちあがって、そのまま病室を駆け出してしまった。
明日葉「ま、待てあんこ!……っ」
八幡「楠さん、落ち着いて」
蓮華「先生。れんげがあんこを追いかけるから、先生はここにいて」
すぐさま芹沢さんも病室を出ていった。残された楠さんは、痛みに顔をゆがめながらも、ドアに向けて懸命に手を伸ばす。だが、その手も次第に下へ下へと落ちていく。
明日葉「あんこ……」
八幡「芹沢さんが追いかけてますし、なんとかしてくれますよ、多分……」
明日葉「……また、私は間違えたのか?はは、星守のリーダー失格ですね」
楠さんは長い青みがかった黒髪をベッドにだらりと垂れ下げて、力なく呟く。そんな弱々しい様子に、俺はかける言葉が見つからない。
明日葉「楠家を代表して、神樹ヶ峰女学園を代表して、私が精一杯みんなを引っ張らなくてはいけないと、そう心に誓っていました。ですが、それを快く思わない人もいることを失念していました。私は自分の理想を他人に押し付けていたんです」
八幡「そんなことは、」
明日葉「ありますよ。現にさっきのあんこはそうだったじゃないですか」
半ば切れ気味な口調で楠さんは反論する。そこには普段の凛とした強い楠さんの姿は全くと言っていいほど感じられない。
明日葉「す、すみません。つい、厳しい言い方をしてしまいました……」
八幡「いえ、別に……」
明日葉「はあ……ダメダメだな、私は……」
今にも泣きそうに腫らせた瞼が一瞬見えたが、楠さんはそれを隠すように布団をかぶってしまう。
明日葉「すみません。少し1人になりたいので、退出してもらってもいいですか?今の私を、先生に見せることはできません」
八幡「はい……。それでは、また来ますね」
布団でくぐもったか細い声に従って、俺は物音をたてないようにそっと病室を後にした。
------------------------------------------
病院を出て携帯を確認すると、色んな人からLINEが来ていた。その中でも俺は一番上に表示されているこの人のLINEに反応した。
蓮華『ごめんなさい先生。あんこを見失っちゃった。何か所か心当たりあるけど、どうする?』
どうして候補が何か所かあるのか、っていうツッコミは今は置いといて、とりあえず一度合流して話しあわなければいけないだろう。今までのこと、これからのことを。
八幡『今はそっとしておきましょう。それより、今から2人で会えますか?話しあいたいことがあるんです』
返信を返すとすぐに既読がついた。そして1分も経たないうちに新しいメッセージが来た。
蓮華『え〜、もしかしてれんげとデートしたいんですか〜?まあ、先生とならしてあげてもいいけど、どうしようかしら〜』
返事早っ。しかもうざっ。だけど既読を付けた以上、早く返事をしないと余計いじられる。まさか、こんなふうにLINEの既読機能に振り回される日が来るとは……。世のリア充はよくこんなものを使いこなせるな……。
蓮華『冗談ですよ。学校で話しましょ。そのほうが色々都合もいいし』
すぐに芹沢さんから追加のメッセージが来た。この人が自分からこんなフォローするってことは、かなり切羽詰まっているのだろう。
俺は『了解です』と返信して携帯をしまうと、病院の前でタクシーを拾い、学校へ急いだ。
555 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/12/07(木) 18:07:57.39 ID:z4lMZ8g50
番外編「サドネの誕生日前編」
12月である。もう朝晩だけでなく、昼間もかなりの防寒対策をしないと外を歩けないような気候となってしまった。千葉はほとんど雪は降らないからまだいいが、ここが豪雪地帯だったとしたらぞっとする。特に俺は夏生まれだから、自然と身体も夏に特化したつくりとなっているのだ。(八幡調べ)
そもそもクマでさえ冬眠するのに、人間が冬にもせっせと働いているのは本来おかしいのだ。冬はじっと寒さに耐え、暖かい春が来たらまた動けばいいのだ。
けど、社畜にはそんな理屈は通用しない。うちの両親は相も変わらず朝早くにコートを着込んで出勤し、夜遅くにコートを着込んで帰宅する。かくいう学生の俺や小町も、毎朝寒さに震えながら学校を家を往復している。こうして子どもの時から社畜精神を鍛えさせるのがこの国の教育の目的なのかもしれない。だからブラック企業がなくならないんだ。全企業ホワイトプランに加入しろ。そしたら正義の名の下にどうにか変わるかもしれない。
サドネ「おにいちゃん、何ぶつぶつ言ってるの?」
ふと横を見るとサドネがいた。どうやら俺の考え事が口から出てしまっていたらしい。不覚。放課後の星守クラスで、他に誰もいないからって油断していた。
八幡「なんもねえよ。それより、なんか用か?」
サドネ「おにいちゃん、コイって何?」
八幡「コイ?コイっていうのは、魚だよ。あー、ちょっと待ってろ」
俺は持ってたスマホでコイを画像検索してサドネに見せる。だがサドネは画像を見ても納得した顔にはならない。
サドネ「違う。これじゃない」
八幡「違う?確かにこれはコイだと思うんだけど」
サドネ「そうじゃない。サドネが聞きたいのこのコイじゃない」
ん?魚のコイじゃないコイを聞きたい。……まさか、ね?
サドネ「えーと、確か漢字だとこう書く」
サドネはチョークを持って黒板に向かうとゆっくりと文字を書いていく。けっして上手いとは言えない、むしろかなり下手な文字だが、何を表しているかは読み取れた。
サドネ「このコイ。おにいちゃんわかる?」
サドネが書いたのは、まぎれもなくLOVEの「恋」だった。
八幡「あー、そうだな……。そもそもなんでサドネは恋のこと知りたいんだ?」
サドネ「お昼休みにノゾミが持ってきてた本にコイのことが載ってた。他にウララとかスバルとかもいたけど、みんな知ってた。でもサドネ知らなかった。だから質問したけど、誰も答えてくれなかった……」
サドネは寂しそうに目を潤ませながら答える。でも、そりゃ答えられないだろ。恋心なんて人それぞれだし、説明する相手がよりにもよって、何も知らないサドネだ。松本に相談できればいいのだが、それはできない。多分、コナンの劇場版主題歌の作曲中だろう。邪魔するわけにはいかない。
八幡「天野や若葉だけじゃなくて、八雲先生や御剣先生なんかにも聞いてみたか?」
サドネ「聞いた。でもイツキもフーランも知らないって」
あの2人、逃げたな……。でも、どっちともちゃんとした恋愛経験があるわけじゃなさそうだし、こういう対応をするのも頷ける。
サドネ「おにいちゃんは、コイ、知ってる?」
八幡「え、いや、ああ、どうだろうな……」
サドネ「ごまかさないで」
八幡「……知ってるか知らないかと言われれば、知ってます」
サドネの厳しい追及に、すぐ白旗を挙げてしまった。だって、ハイライトが消えた目で睨まれたら、誰だって怖いでしょ?そうでしょ?
サドネ「じゃあおにいちゃん教えて」
サドネは笑顔になって体を寄せてくる。まさか、中学1年生の情操教育に関わることになるなんて夢にも思わなかった。ここで変なことを言ってしまったら、サドネはそれを一生背負って生きていかなければならなくなる。どうにか、一般的な知識を身につけて欲しいところだ。
八幡「……わかった。ただ、1つ約束してほしい。今日、俺とこういうことを話したってことは誰にも言っちゃいけない。いいな?」
サドネ「どうして?」
八幡「どうしてもだ。これを守れないなら、恋は教えられない」
サドネ「ん。わかった。約束する」
ひとまずこれで俺の尊厳は守られるだろう。こっからが勝負だ。
八幡「恋っていうのはな、誰かを好きになる事を言うんだ」
サドネ「好き?サドネ、おにいちゃんとかカエデとかみんな好きだよ?」
八幡「そういう好きじゃないんだ。なんというか、その、『キュン』とくる感じがある好きが恋なんだ」
自分で言ってても恥ずかしい。少女漫画の描写の受け売りだからな。年的にも性別的にも、これでわかってくれればいいんだが……。
サドネ「キュン、ってどういうこと?」
ダメかー。そりゃ、キュンがわかれば恋もわかるしなあ。うーん、これ以上どうやって説明すればいいんだ……。
556 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/12/07(木) 18:09:44.81 ID:z4lMZ8g50
番外編「サドネの誕生日後編」
サドネ「おにいちゃんの説明わかりづらい。おにいちゃんが知ってるコイを教えて」
八幡「それは、つまり、俺の恋の歴史を語れってこと?」
サドネ「うん。そのほうがサドネわかるかもしれない」
お、俺の中学の頃の黒歴史を語れと言うのかこいつは?そんなことをしたら、俺の中の開かずの間に封印された怨念が吹き出し、これからしばらく毎晩枕を濡らしながら寝なければならなくなる。
だが、目の前のサドネはそんなことは露知らず、純粋無垢であどけない表情を崩さない。サドネがこんなふうに聞いてくるんだ。多分、本心から知りたいに違いない。なら、俺もそんな希望に応えるよう一肌脱がなきゃならないだろう。
八幡「…………わかった。俺の知ってる恋を、教える」
サドネ「わぁ」
八幡「まずは……」
そこから俺はしばらく自分の恋遍歴を語り続けた。だが、そのどれもが報われない恋だったため、結末がどれも悲惨なものになってしまった。サドネは終始興味深そうに話を聞いて、時には質問もしてきた。
八幡「ま、俺の話はこんな感じだ」
サドネ「ん。長かったね」
八幡「う、まあ、色々あったからな……」
鋭いツッコミで俺のハートを壊しにかかってくるサドネ、恐ろしい。
サドネ「で、まとめるとどういうこと?」
八幡「ようするに、恋をすると、ある特定の人のことばかり考えるようになったりドキドキしたり。その人と何か関わった日には嬉しくなるし、逆に他の人と仲良くしてるところを見たら悲しくなるって感じだ」
俺の場合はそう。他の人の恋が一体どんな感じなのかは定義できない。人だけじゃなく、他の動物や壁なんかとも結婚する人がいるくらいだ。10人いたら、10通りの恋があるはずだ。
サドネ「ドキドキ、嬉しい、悲しい……」
サドネは何やらぶつぶつ呟いた後、座っていた椅子を俺の隣にぴたりと寄せ、若干頬を赤く染めながら見上げてきた。
サドネ「おにいちゃん。サドネコイしてるかも」
そう言うとサドネは俺の腕をつかんで、自分の胸のあたりに押し当てた。え、何してるのこの子。やばいやばいやばい。サドネは身体つきだけは平均よりも大人っぽいから、柔らかさを余計感じてしまう。こんなところを誰かに見られたら警察行きまったなしだぞ?
八幡「な、何してんだサドネ?」
サドネ「わかる?サドネのここ。おにいちゃんのコイの話を聞きだしてからドキドキしてる。今は、もっとドキドキしてる」
八幡「サドネ……」
サドネ「それに、おにいちゃんといるといつもすっごい楽しいし、嬉しい。でも、サドネじゃない他の子と仲良くしてるのを見ると悲しくなってた。これって、おにいちゃんが言うコイ、と同じだよね?」
俺の腕を胸に押し当てたまま、サドネはなおも言葉を続ける。
サドネ「ずっと不思議だった。サドネ、おにいちゃんの前に来るとドキドキしちゃう病気なのかと思ってた。カエデに相談したけど、カエデもよくわからないって言ってた」
うーん、知らないから罪にはならないかもしれないが、こんな質問に答えなきゃいけない千導院も大変だな。
サドネ「でも、今日おにいちゃんの話を聞いてわかった。サドネ、おにいちゃんに恋してるんだって」
そう話すサドネは、普段よりもずっと大人びて見えた。それは、窓から差し込む夕日にサドネの顔が綺麗に照らされているからかもしれない。
サドネ「おにいちゃんは、今ドキドキしてる?」
八幡「…………してないって言ったらウソになる」
そりゃ、こんな状況下で冷静でいられるわけないでしょ。俺の場合は、恋じゃなくて、緊張の方でドキドキで壊れそう。サドネに触れている手は熱いけど、額からは冷や汗が噴出してるからね?
サドネ「ふふ、サドネと一緒だね」
やばい。俺はサドネの中の開けてはいけない扉を開けてしまったのかもしれない。これ以上刺激を与えてはいけない。もう止めなければ。
八幡「サドネ。最初に言ったことを覚えてるか?」
サドネ「うん。今日のことは誰にも話さないって」
八幡「ああ。そうだ。。そろそろ下校時間だからサドネは帰らないといけない。だから最後にこの約束をもう一度確認したかったんだ」
サドネ「うん。サドネ、約束守る」
サドネの返事を聞き、俺はゆっくりと手をサドネから離す。サドネは一瞬物足りなそうな顔をしたが、すぐに笑顔になる。
サドネ「おにいちゃん。今日のことは2人の秘密、ね?ずっと覚えててね?」
サドネはそう言い残すとカバンを持って教室を出ていった。俺はと言えば、冷や汗をかいたところが冷えて寒くなってきたが、サドネに触っていた手だけは、どっちのぬくもりかはわからないが、しばらく熱を保ったままだった。
557 :
◆JZBU1pVAAI
[sage]:2017/12/07(木) 18:11:28.86 ID:z4lMZ8g50
以上で番外編「サドネの誕生日」終了です。サドネ、お誕生日おめでとう!
昨日でこのスレが立って1年が経ちました。全員の誕生日を祝うことが1つの目標だったので、達成できて満足しています。これからは本編頑張ります。
558 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/08(金) 03:30:29.41 ID:1i17G0bC0
1年!そんなに経ってたとは
これからも応援してるよ
559 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/12/17(日) 00:54:37.96 ID:9dn1MVGQ0
本編6-9
タクシーが校門前に到着すると、携帯が震え出した。着信先は「♡蓮華♡」。この表示嫌だな。後で誰かに変え方聞こ。
八幡『もしもし』
蓮華『先生。遅いですよ。もっと早く来てください』
八幡『いや、これでも病院から直行したんですけど……。つか、なんで俺が学校着いたの知ってるんですか?』
蓮華『ふふ、先生。上の方見てください』
言われた通りに目線を上げると、ある教室から芹沢さんがこっちに手を振っているのが見えた。
八幡『何してるんですかそんなところで……』
蓮華『あら。先生のために2人で話せる場所を用意したんですよ?』
確かに病院を出た時の連絡では、2人で話したいと言ったのは俺だ。芹沢さんはそれを踏まえて事前に場所を取っておいてくれたらしい。意外に俺の言うことはきちんと聞いて覚えてくれていたらしい。
八幡『……ありがとうございます』
蓮華『あら〜?やけに素直ね。どうしたの先生?』
八幡『別になんもないですよ。すぐそっち行きます』
蓮華『は〜い』
俺は電話を切ると、小走りに校舎へ急いだ。
-------------------------------------------------
ひっそりとした廊下を歩きながら、さっき芹沢さんがいた教室を探す。
八幡「確か、ここらへんに……」
外からの情報と校舎内の構造を照らし合わせてたどり着いたのは生徒会室だった。
八幡「失礼します」
中に入ってみると、いつもは楠さんが姿勢よく座っている会長用の椅子に、芹沢さんがだらりと腰かけているのが目に入った。
蓮華「あら先生。ようこそ生徒会室へ」
八幡「なんでそんなくつろいでるんですか……」
蓮華「れんげ、明日葉と話すために、よくここに来てたの。でもこの椅子には絶対座らせてくれなかったから、今日試しに座ってみたらすごい座り心地が良くて〜」
八幡「そうですか……」
なんか、この人と話してると自分のペースで話せなくて疲れる。最初から芹沢さんのペースにされたら、話がこれから先に進まない
八幡「そういえば、なんで生徒会室に入れるんですか?普段は閉まってるはずじゃ」
蓮華「先生とあんこが病院に来る前に、明日葉からカギを預かってたの。『私が退院するまで管理を頼む』って。だから、先生から2人で話したいって言われたとき、ここを使うことを思いついたの」
八幡「なるほど……」
蓮華「だから、ここなら誰に聞かれないわ。それで先生、話って何?」
今までの軽い雰囲気は鳴りを潜め、ひりついた空気感が教室内を包む。俺は、唇をひとなめして、聞きたいことを整理してから口を開く。
八幡「まずは確認したいことがあります。芹沢さんは、楠さんと粒咲さんが対立していたことを知ってましたよね?」
蓮華「ええ。多分、先生が知る少し前から知ってたわ」
八幡「それで、芹沢さんはどんなことを2人に言ったんですか?」
蓮華「先生と同じよ。れんげはどっちの味方にもならなかったし、どっちの敵にもならなかった」
八幡「なんでですか?」
蓮華「だって、2人ともれんげの大切でかわいい星守クラスの仲間だもの。どっちかだけを贔屓するわけにはいかないわ」
八幡「はあ」
蓮華「それに、もしれんげが仲裁してたら、その場は収まるかもしれない。でも、根本的な解決にはならない。必ずどこかで同じ問題が噴出する」
八幡「……だから教室でも、病室でも、2人の言い争いに介入しなかったんですね」
蓮華「そ。それがれんげの取れる、唯一の方法だったから……」
芹沢さんはいつの間にか姿勢を正して椅子に座っていた。その表情は昼の明るい陽射しとは真逆の、暗く冷めたものになっている。
560 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/12/17(日) 00:56:58.81 ID:9dn1MVGQ0
本編6-10
蓮華「でも、先生もそうだったでしょ?問題解決に至らず、応急措置として回避を続ける。ここ数日の先生の様子を見てたらわかっちゃった」
八幡「……わかったんなら助けてくださいよ」
蓮華「それはムリよ。だって、れんげにもそれしかできなかったんだもの」
そう言うと、芹沢さんは俺の目を少しの揺らぎもなく見定めてきた。その眼力に、俺は身動き一つとれなくなる。
蓮華「だから、今回のことをれんげに頼ろうとしても意味はないわ。……ごめんなさい」
八幡「……そうですか。じゃあ八雲先生や御剣先生に、」
蓮華「それはダメ!」
立ち上がろうとした俺の腕をつかみながら、芹沢さんは必至な形相で訴える。
八幡「なんでですか?」
蓮華「八雲先生も御剣先生も、多分明日葉の言い分を聞くと思う。そしたらあんこはクラス内で孤立しちゃうわ。それに、星守クラスの中には、あんこの意見に賛成している子も何人かいるはずよ。そういう子たちも肩身が狭くなっちゃうわ」
八幡「なら、どうしろって言うんですか……」
問題回避もダメ、芹沢さんに頼るのもダメ、八雲先生や御剣先生に相談するのもダメ。もう打つ手は何も残ってないぞ……。
蓮華「れんげは、先生にならどうにかできると信じてる」
顔を上げると、芹沢さんが真剣な表情を崩さないまま優しく語りかけてきた。
八幡「……それって、俺に全てを任せようとしてませんか?」
蓮華「そんなことはないわ。れんげだって、できるサポートはなんでもする。それに、問題の中心こそ明日葉とあんこのことだけど、残された星守クラス子たちのことも同時になんとかしないといけない。れんげが下級生の面倒を見るから、先生には明日葉とあんこのことお願いしたいの」
確かに芹沢さんの言う通り、問題は楠さんと粒咲さんのことだけではない。星守クラス全体にもこのことで動揺が広がっているだろう。それを芹沢さんがフォローしてくれると言ってくれている。本来なら、担任の俺が全ての面倒を見なければならないはずなのに、だ。
八幡「……できるかどうかはわかりませんが、やるだけやってみます」
蓮華「ええ。お願いね。先生」
そう言うと芹沢さんは、立ち上がってつかつかとドアの前に移動する。そしてくるりとスカートや髪をはためかせながらこちらを向く。
蓮華「じゃあ先生。行きましょ。星守クラスへ」
八幡「……ええ。まずはあいつらに現状を説明しないといけないですしね」
俺も立ち上がると、芹沢さんとともに生徒会室を出て、星守クラスへと向かった。
561 :
◆JZBU1pVAAI
[sage]:2017/12/17(日) 00:59:37.70 ID:9dn1MVGQ0
書きためていたものが消えたので、間は空きましたが今回の更新は以上です。これからも、しばらくは更新頻度が遅くなります。申し訳ありません。
562 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/17(日) 19:56:12.36 ID:ZimzKrHO0
乙!
気長に待ってる。
563 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/12/22(金) 00:13:29.12 ID:Pv98AXp+0
本編6-11
俺と芹沢さんが教室に入ると、全員の視線が痛いほど俺たちに向けられた。その視線は星守たちだけでなく、八雲先生や御剣先生からも注がれている。
樹「比企谷くん!蓮華!明日葉はどうだった?」
八幡「命に別状はありませんでしたが、ケガが治るまでは入院を続けることになりました」
風蘭「そうか……。リーダーの明日葉がいないとなると、これからイロウス殲滅が大変になるな」
蓮華「だから、明日葉が帰ってくるまでは、れんげがみんなのリーダーをやります」
望「れ、蓮華先輩が!?」
桜「珍しくやる気じゃのお」
突然の芹沢さんの宣言に、クラスの中にいた全員が驚きの反応を見せる。まあ、そりゃそうだわな。普段の言動からしたら天地がひっくり返るか、中身が入れ替わるかしてるんじゃないかって思われてもおかしくない。
遥香「でも、それが一番の対応策なのは確かですよね」
蓮華「遥香ちゃんわかってるじゃな〜い。ご褒美に蓮華がぎゅ〜ってしてあげる〜」
だが、芹沢さんの提案に反対する声は聞かれない。ここらへんは流石最上級生といったところか。かなりの信用度はあるらしい。
うらら「ただ、このテンションを抑えてくれる人がいないのが問題ね……」
昴「あはは……。そういえばあんこ先輩は?」
心美「朝、教室で明日葉先輩と言い争いしてから見かけないですう……」
八幡「粒咲さんも、俺たちと一緒に病院に行きました」
蓮華「ただ、あんこには明日葉のケガがけっこうショックみたいだったの。だから先に帰らせちゃったわ」
ミシェル「むみぃ、あんこ先輩……大丈夫かな……」
花音「けっこう本気で言い争いしてたものね……」
やはり、楠さんと粒咲さんのことになると、クラスの雰囲気が暗くなる。逆に言えば、2人はそれほど大きな存在感を持っていたということだろう。支柱がなくなれば、全体が揺れ動くのは必然だ。
蓮華「あんこなら大丈夫よ。絶対」
色々な憶測がささやかれ始めたところで、芹沢さんが力強く言葉を発した。その最後の言葉は、いったい誰に向けていったものなのだろうか。それを俺が考える間もなく、芹沢さんは話し続ける。
蓮華「今すぐ、は無理かもしれないけど、必ずあんこは戻ってくる。それは明日葉も同じ。それまでは、れんげや、先生たちがみんなを支える。だから、みんなも明日葉を、あんこを、れんげたちを信じてほしい」
芹沢さんは教壇の上で頭を下げる。その光景に、誰もが面食らってしまった。まさか、この人がここまでやるとは思わなかった。普段の軟派な性格は鳴りを潜め、そこにあるのは、それだけで絵になりそうなほど綺麗なお辞儀だ。
樹「蓮華……」
風蘭「でも、どうするつもりなんだ。アタシや樹は実際に現場を見ていないから何とも言えないが、今この場にあんこがいないことを考えると、事態はけっこう深刻なんじゃないのか」
八幡「……確かに簡単に解決できるものではないと思います。具体的にどうこうというアイデアも、まだありません……」
御剣先生に睨まれた俺は、強気な発言をした芹沢さんと対照的に、弱腰な態度を隠せなかった。俺の返答を聞いた星守クラスの中に、再び不安げな声が上がり始める。
牡丹「みなさん。比企谷先生を信じましょう」
その時、教室に理事長がゆっくりと教室に入ってきた。今まで俺や芹沢さんに注がれていた視線が一気に理事長に集まる。だが、理事長は見られることに慣れているからか、全く動じるそぶりも見せない。
牡丹「恐れることはありません。これまでもみなさんは、危機的な状況を何度も乗り越えてきたじゃないですか」
ゆり「ですが、今回は今までの状況とは全然違う気がするのですが……」
牡丹「ええ。それでもみなさんなら、きっと大丈夫です。だって、みなさんは神樹に選ばれた星守なんですから」
くるみ「は、はい……」
牡丹「さ、話はひとまずこれで終わります。比企谷先生、樹、風蘭、それと蓮華。私と一緒に来てください。後のみなさんは自習にします」
星守たち「はい」
樹、風蘭「わかりました」
蓮華「は〜い」
八幡「はい……」
564 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/12/22(金) 00:16:11.06 ID:Pv98AXp+0
本編6-12
理事長に連れられ、俺たち4人は再びひっそりとした廊下を歩き、理事長室へたどり着いた。
樹「比企谷くん、蓮華。もっと詳しく話を聞かせて」
風蘭「あんたたちが病院に行っている間に、星守たちから事情は聞いた。明日葉とあんこが星守任務のことでいい言い争いをしたらしいな」
部屋に入るや否や、八雲先生と御剣先生は激しく俺たちに詰め寄ってきた。
八幡「……まあ、そうです」
蓮華「でも、2人のことはれんげと先生に任せて欲しいの」
樹「ダメよ。私もそのことはさっき聞いたけど、どう考えてもあんこが悪いじゃない。星守は常に、清く正しくたくましく、よ」
風蘭「待て樹。悪いのはあんこじゃなくて明日葉だろ。アタシたちとしてもギリギリで調整をしているところへ、さらに特訓時間を増やそうとしたんだろ?アタシが現役の星守だったら、真っ先に反対してるね」
樹「今はあなた個人の考えは関係ないでしょ風蘭。教師として考えなさい」
風蘭「今さっき樹も自分のポリシーで語ってたじゃんか」
樹「私の考えは星守としては当然の考えよ」
風蘭「そうか〜?少なくともアタシは、そんなことこれっぽっちも考えてなかったけどな」
樹「それは風蘭だからでしょ。それに、今だって高校生の時からほとんど変わってないじゃない。この前だってヘンなもの作って危うくラボを爆破させるところだったでしょ?」
風蘭「い、今の話は関係ないだろ!それに、実験には失敗はつきものだっつーの!」
565 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/12/22(金) 00:17:30.70 ID:Pv98AXp+0
本編6-13
牡丹「2人とも、落ち着きなさい。どうしてあなたたちが言い争いをするのですか」
言い合いが過熱してきたが、理事長のクールダウンによって、2人は押し黙ってしまった。
牡丹「やはり、この件は比企谷先生と蓮華に任せようと思います」
樹「ですが理事長、」
牡丹「教師として今一番大切なのは、生徒の心に寄り添うことです。さっきの2人の発言には、それが欠けていました」
風蘭「うう……」
牡丹「時にはそのような熱い指導も必要です。が、今は明日葉とあんこの気持ちを両方とも理解することが求められています」
理事長はそう言うと、俺のほうに向きなおった。その瞳はわずかに濡れていて、じっと見ていると吸い込まれそうな錯覚さえ覚える。
牡丹「どうか、明日葉とあんこのこと、よろしくお願いします」
八幡「はい……」
そんなこと言われたら、頷くしかないじゃん。まあ、もともとそのつもりだったから、結果オーライみたいなところはあるけど。
蓮華「計画通りね先生」
突然、芹沢さんが俺の腕をつかんで密着しながら、耳もとでそっと囁いてきた。ねえちょっとやめてくれませんか?いきなりそんなところ刺激されたらドキッとしちゃうでしょ。
八幡「あの、離れてくれませんか……」
蓮華「え〜?先生は、れんげのこと嫌い?」
何せ美人な年上のお姉さんからのスキンシップだ。嫌いな人がいるはずがない。
押しつけられる身体の肉質だったり、うっすら香る女の子特有のシャンプーやら香水やらの匂いだったり、頬にわずかにかかる息遣いだったりが気になってしかたがない。
だが、相手は芹沢さんだ。これが俺をおちょくるだけの行動であることは明白である。もしかしたら、自分の計画通りに事が進んで安心しているのかもしれないが。
八幡「嫌いとかないですよ。まあ、好きな人もいませんけど」
蓮華「もう。先生はつれないわね〜」
しぶしぶ芹沢さんは俺から腕を離す。べ、別にもったいないなあ、とか思ってないんだからね!
牡丹「比企谷先生、それに蓮華。できれば明日葉が退院する前に、事態を収束させてください」
蓮華「でないと、あんこが戻りづらくなるから?」
牡丹「その通りです」
ということは、時間はあまり残されていない。無理はしないよう医者に言われたらしいが、楠さんの真面目さを考えると、そう長く入院しようとは思ってないはずだ。
それに、粒咲さんも時間が経てば経つほど戻りづらくなるだろう。一旦炬燵に入ってしまうと、なかなか出てこれないのに似ている。違うか、違うな。
八幡「……わかりました」
だがここでぐだぐだ色んな事を考えていてもしょうがない。俺が考えることは、楠さんと粒咲さんのことだ。
牡丹「では、そういうことでよろしくお願いします」
理事長の一言によって、この場は解散となり、俺と芹沢さんは理事長室を後にした。
566 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/12/22(金) 00:21:07.69 ID:Pv98AXp+0
本編6-14
放課後になった。廊下は授業を終えた生徒たちによる喧騒に包まれているが、今の俺からしたらその物音もなんだか別世界のように感じる。
その原因はまぎれもなく、この生徒会室の雰囲気だろう。部屋の中には俺と芹沢さんの2人しかおらず、それぞれが別の作業をしている。
蓮華「あ〜ん。もう書類多すぎ。もうやだ〜」
手元の書類をばさっと机に放って、芹沢さんは背筋を反らして思いっきり伸びをする。……なんか、一部の膨らみが強調されているが、眼福には違わないし、黙っておこう。
八幡「それ、生徒会関係の書類ですよね。芹沢さんじゃなくて、他の生徒会役員がやれば」
蓮華「いないわよ。他の役員なんて」
八幡「は?いや、会計とか、書記とか」
蓮華「会計も書記も、それ以外も全部明日葉がやってるの。明日葉は、なんでも1人でやっちゃうから」
わかってはいたが、楠さんも相当なハイスペックの持ち主だなあ。普通、どんな生徒会も数人でやるもんだぞ。黒神めだかだって、1人では生徒会を運営していない。ということは、楠さんも何かしらの異常性を持っているのか?箱庭学園の生徒だったら、楠さんは間違いなく13組。
蓮華「だから、たまに遊びに来てたれんげ以外、誰も生徒会の仕事を知らないの。まあ、れんげもちゃんと手伝ったことはないから見よう見まねでやってるんだけど」
見よう見まねで出来てしまうあたり、芹沢さんもかなり有能なんだよなあ。ホント、星守クラスの人たちは皆何かしらに秀でているのがすごい。やはり星守になる子たちは一般人とは違う存在なのだろうか。
蓮華「せめてあんこがいればまだどうにかなったんだけど、それも叶わないわ」
八幡「粒咲さんも手伝ってたんですか?」
蓮華「明日葉、パソコン使わないから書類も手書きなのよね。だからそれをデータに打ち直すのをあんこがよく手伝ってたわ」
八幡「意外ですね……。粒咲さんってずっとパソコンでゲームしてるイメージしかなかったです」
蓮華「あんこからしたら、資料なんてすぐ作れるし、それで明日葉に恩を売って部が存続できるならって思ってるんじゃないかしら」
八幡「なるほど……」
蓮華「だから蓮華は明日葉用に手書きの資料を作りつつ、あんこがやってたデータ化も同時にやらなきゃいけないの。早く2人に戻ってきてもらわないとれんげまで倒れちゃうわ」
芹沢さんは大きなため息を吐いた。そりゃ、大変に決まってるだろう。目の前の紙の山を見れば、その仕事量の多さを実感してしまう。
なんで仕事ってやってもやっても終わらないの?この仕事量の多さこそ、何かの陰謀何じゃないかと疑うレベル。科学が進歩して、人間は確実に働かなくてもよくなってるのに、なぜか仕事は減らない。この矛盾は、どこからやってくるのん?
八幡「手伝いましょうか?」
蓮華「……ううん。先生には、明日葉とあんこが戻ってくる方法を考えることに集中してほしい」
八幡「……そうですね」
と言われても、そう簡単に思いつくなら苦労はしない。日常業務をこなしつつ考えてはいるが、ちっともアイデアが浮かばない。
八幡「とりあえず、もっと本人たちから話を聞かないことには始まらないですよ」
蓮華「そうね。なら電話してみましょうか」
芹沢さんはスマホを取り出して画面をフリフリフリックすると、しばらくそれを耳に当てる。
蓮華「う〜ん、あんこ出ないわねえ」
八幡「まあ、仕方ないですね」
スマホをしまった芹沢さんは、散らばった書類を整えるとカバンを持って立ち上がる。
蓮華「こうなったら、直接探すわよ」
八幡「は?」
蓮華「朝に電話で言ったじゃない。候補は何個かあるって」
八幡「確かに言ってましたけど……」
蓮華「れんげだけで会いに行くより先生がいたほうがいいわ。ほら。早く職員室から荷物取ってきて」
八幡「ちょ、行きます、行きますからそんなに急かさないでください……」
俺は芹沢さんに引きずられるように生徒会室から職員室に連れていかれた。まるで、散歩に行きたがらない犬が飼い主に引っ張られるかのように……。
567 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/12/29(金) 21:12:20.21 ID:rPgrHdTl0
本編6-15
八雲先生たちに事情を説明し、俺と芹沢さんは繁華街にやってきた。
蓮華「学校にいなければ、あんこはよくここらへんのゲーセンにいるの」
八幡「はあ……」
夕方の繁華街はカラフルなネオンと、赤い太陽の光が交わり、賑やかな雰囲気に包まれている。中に入ると、各筐体のきらびやかな明るさと、あまりの爆音に目と耳を抑えたくなる。千葉のゲーセンは行き慣れているからそこまでだけど、初めて入るゲーセンは勝手もわからないから余計居心地が悪い。
蓮華「あんこがプレイしていれば、そこに人だかりができてるはずなの。それを手掛かりにして探して」
仕方なく芹沢さんの言う通りに、人が集まっている場所を見ていく。格ゲー、音ゲー、メダルコーナー、UFOキャッチャーとジャンルを問わず目を凝らすが、どこにも見当たらない。
というか、なんで芹沢さんはこんなことまで知ってるんだろうか。粒咲さんに限らず、星守クラス全員の生活スタイルを知ってたとしたら、恐ろしすぎるんだが。ストーカーの域をはるかに超えている。もはや神業。
店員「あの、すみません」
ふと肩を叩かれながら声をかけられた。振り返ると、店員が訝し気に俺のことをじっと見てくる。
店員「ここプリクラゾーンなんで、男の人だけの入場はお断りしてるんですが……。何であっちの女の子たちをじっと見てたんですか?」
八幡「え、いや……」
しまった。人だかりを探すのに気を取られてプリクラゾーンに足を踏み入れてしまったようだ。店員さんだけじゃなく、プリクラ機の前にいる女の子たちも、遠巻きながら不審がってこっちを気にしているのが見える。そればかりか、俺と店員の様子をうかがうように周囲に人だかりができてきた。
店員「まさかそのスマホで盗撮とかしてないですよね?」
八幡「し、してないですって」
蓮華「もう、何やってるのよ」
強引に店員が俺のスマホを取ろうとした時、芹沢さんが小走りにこっちへやって来た。
店員「ああ、彼女さんと待ち合わせてたんですね。すみませんでした」
八幡「え、いや、あの」
蓮華「は〜い」
店員は勝手に早とちりをすると、そそくさと筐体の裏へと消えていった。集まり始めた人だかりも一瞬で解消された。たまに、刺さるような視線を浴びせられたのには納得いかないが。
蓮華「なんで先生が人だかり作ってるのよ」
八幡「いや、間違えてプリクラゾーン入ったら呼び止められたんですよ」
蓮華「まあ、先生は目腐ってるものね」
八幡「それどころか、盗撮してるんじゃないかって疑われましたよ。なんでプリクラ撮りに来た女子を俺が盗撮しなきゃいけないんですか……」
蓮華「そ、そうね」
俺が愚痴るように言うと、芹沢さんは慌ててスマホをポケットにしまった。……この人、絶対女子高生盗撮してたな。
蓮華「そ、それより、ここにはあんこの姿はないわ。移動しましょ
八幡「はあ。でも、移動するってどこに行くんですか」
蓮華「そうね〜。時間も時間だし、もう家にいるんじゃないかしら」
八幡「家ですか……」
帰宅したとなれば、俺たちが出る幕はなくなったな。よそ様の家に突然お邪魔するなんてぼっちにとってはハードルが高すぎる。
小学生の時、仲がいいと勝手に思っていた二宮君に居留守を使われて以来、他人の家を訪れることはやめた。なんで大井君のことは楽し気に招いているのに、俺には居留守使うの?まあ、今となってはどうでもいいが、俺にとっては、それくらい難易度が高いミッションなのだ。
蓮華「先生。早く行くわよ〜」
だが芹沢さんは俺とは違い、何の気兼ねもせずに軽やかな足取りでゲーセンの出口へと向かう。バレエや新体操で身につけたであろう身のこなしは流石、と言うしかないほど洗練されている。
蓮華「うふふ、あんこの部屋着楽しみだわ〜」
粒咲さん、すみません。俺にはもうこの人は止められません……。
568 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/12/29(金) 21:15:04.82 ID:rPgrHdTl0
本編6-16
電車に乗ること数駅。なんの躊躇もなく電車を降りた芹沢さんは、勝手知ったように歩いていく。
八幡「粒咲さんの家行ったことあるんですか?」
蓮華「もちろん。あんこだけじゃなくて、星守クラス全員の家に行ったことあるわよ」
よくこの人を家の中に入れられるなみんな。粒咲さんや楠さんなんて特に嫌がりそうではあるが。
蓮華「まあ、帰宅するみんなをウォッチングしただけだから外観までしか知らないけど」
八幡「それは行ったことある内に入らないですよ……」
ホントこの人なにしてんだ……。ウォッチングの域なんぞはるかに超えて、犯罪行為と言われてもおかしくない。というか、どう考えても犯罪。
蓮華「でも、れんげがあんこの家に行ってなかったら、今日話をすることもできなかったわよ?」
八幡「そうやって自分の犯罪を正当化するのはやめてくださいよ」
蓮華「みんなへの愛が深いだけよ?」
八幡「それがストーカーしていい理由にはならないですよ……」
蓮華「あら、好きな子のことは何でも知りたいって思うのはおかしいこと?」
八幡「……もういいです」
口で争ってもこの人には負ける。それどころか何しても負けるまである。卑屈さくらいでしか勝ち目がない。いや、この発想をしてる時点で完全敗北。
蓮華「ここよ」
その後もくだらない話を続けていると、ある家の前に芹沢さんが止まった。外観は至って普通の家。うちとそんなに変わらないだろう。
蓮華「ピンポーン」
俺が家を見上げていると、突然芹沢さんがインターホンを押した。
八幡「ちょ、いきなり何してるんですか?」
蓮華「いいのいいの」
ほどなくしてガチャと言う音がして、なんだか久しぶりに聞く声がインターホンから流れてきた。
あんこ『はい』
蓮華「宅配便で〜す」
あんこ『はいはい』
インターホン越しの芹沢さんの声に全く気付くことなく、粒咲さんはインターホンの通話を切った。
蓮華「あんこが出てきたらすぐに突撃するわよ」
芹沢さんがドアの前でそわそわしている。手もわきわきし、口もはあはあ言っている。そんなに興奮するシチュエーションじゃないだろ。
と、少ししてカギが開く音がして、ドアが開いた。瞬間、芹沢さんはドアに足を入れつつ、強引にドアを開けて粒咲さんに迫る。
あんこ「のわあ!なんで蓮華がいるのよ!」
蓮華「あんこと話したかったの〜。ゲーセンにいってもいなかったから、家まで来ちゃった?」
あんこ「来ちゃったじゃないわよ!なんでワタシの家知ってんのよ!」
蓮華「れんげの愛の前には、どんな隠し事だって無意味よ〜」
あんこ「何訳わからないこと言ってるのよ!」
2人はワーワーキャーキャー言いながら押し問答を繰り返す。そろそろ、家の前で大騒ぎするのも忍びなくなってきたし、混ざりたくはないけど、声をかけるか。
八幡「あの、もう少し静かにしないと近所迷惑に、」
あんこ「げ、先生もいたの?」
俺のことを初めて認識した粒咲さんは驚きながら少し体を引く。いや、そこまであからさまに嫌そうな態度取らなくてもいいんじゃない?
八幡「え、あ、まあ、いました」
蓮華「ほら、あんこ。先生も来てくれてるのよ?少しれんげたちとお話ししない?」
あんこ「連れてきたのは蓮華でしょ?……はあ。じゃあ2人とも上がって」
不本意そうに粒咲さんはドアを開けて俺たちを迎え入れる。
569 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2017/12/29(金) 21:15:59.29 ID:rPgrHdTl0
本編6-17
あんこ「今飲み物持ってくるから、そこらへんに座っといて」
リビングに通された俺と芹沢さんは、粒咲さんの言う通りキッチンの前にある椅子に腰かける。ぱっと見、いわゆる普通の家な感じがするが何か違和感がある。
あんこ「お待たせ。インスタントコーヒーくらいしかなかったけど」
蓮華「ありがと」
八幡「どうも……」
3人ともコーヒーを一啜りする。その間、部屋の中には時計の秒針が小さな刻む音が響く。
八幡「なんか、この家静かすぎませんか?」
あんこ「そう?まあ、いつもよりは静かね」
蓮華「確かあんこの両親はおうちで仕事されてたわよね?今日は出かけてるの?」
あんこ「まさか。ワタシ以上に引きこもりなパパとママが部屋から出るわけないじゃない」
八幡「じゃあこの家の中に今もいるんですか?」
あんこ「もちろん。あ。ちょっと待ってて」
粒咲さんは立ち上がると、部屋の隅を歩き回って何かごそごそ探し出した。
あんこ「ふう。油断も隙もないんだから」
部屋を一周した粒咲さんの手の中は、なんだかわからない大量の機械でいっぱいになった。
八幡「なんですか、それ」
あんこ「これ?監視カメラと盗聴器。ワタシが玄関にいる間にパパとママが付けたんじゃない?」
八幡「俺たちそんなに疑われてるんですか……?」
あんこ「違うわよ。ワタシの知り合いが家に来ることなんて滅多にないから、観察したかったのよ。きっと」
蓮華「あんこの家族って面白〜い」
芹沢さんは面白がっているが、俺はそんな風には笑えない。相当変わっているぞこの家。なんか、粒咲さんがまともな人に見えてきた。
八幡「というか、部屋から出ない親とどうやって会話してるんですか?」
あんこ「ああ、うちでの会話は全部チャットでやってるの」
粒咲さんはいじっていたノートパソコンをくるりと回転させて俺と芹沢さんに見せてくる。そこにはチャットの画面が表示されていて、今も物凄い数のメッセージが更新され続けている。
蓮華「へえ。チャットだとものすごくおしゃべりなのね。あんこの家族」
あんこ「そうね。チャット越しだと色々気軽に言い合えるから楽だわ。たまにばったり家の中で顔合わせたときはお互いびっくりして何も話さないけど」
2人が話しているのを尻目に俺はパソコンの画面に顔を近づける。するとまたチャットが更新された。
『お、これが噂の比企谷先生か!あんこの言う通り目が腐っているな』
『でも意外と男前よ?あんこが毎日先生のことを話したくなるのもわかるわ〜』
『そうだな。どうだ比企谷先生。あんこはとってもいい子でしょ?学校でも元気にやってますか?』
『私たちの子どもだから、周りとうまくいかないときがあるかもしれませんが、根は優しい子なんです』
『うんうん。料理も作ってくれるし、買い物にも行ってくれるしな』
『もうあの子なしじゃ私たち生きていけませんね〜』
粒咲さんの父親と母親が矢継ぎ早にチャットを更新していく。てか、なんで俺が今この画面見てるの知ってるの?まだどっかに監視カメラあるんじゃないの?
チャットが盛り上がっているのに気づいた粒咲さんは、顔を真っ赤にしてパソコンをひったくる。
あんこ「ちょ、パパ!ママ!何勝手に話進めてるのよ!」
粒咲さんは素早く何か書き込むと、パソコンを勢いよく閉じた。
あんこ「まさかワタシのパソコンをハッキングして、カメラ機能を乗っ取ってるとは思わなかったわ。今度からはさらにセキュリティを強化しなきゃ」
そう言う粒咲さんの表情は次第に険しくなっていく。それを感じ取った俺と芹沢さんもまた、椅子に深く腰かけて姿勢を正す。
あんこ「で、なんでわざわざうちまで来たのよ?」
570 :
◆JZBU1pVAAI
[sage]:2017/12/29(金) 21:17:22.55 ID:rPgrHdTl0
今回の更新はここまでです。この本編6章もかなり長くなりそうです。まだしばらくお付き合いしてもらえると助かります。今年最後の更新かも知れないのでみなさん良いお年を。
571 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2018/01/05(金) 15:16:29.06 ID:cigdtzRv0
本編6-18
あんこ「話って言ってたわよね。もしかしなくても、明日葉とのことでしょ」
蓮華「バレちゃってたかしら」
あんこ「蓮華と先生がわざわざワタシのためにうちに来る理由なんて、それくらいしかないじゃない」
ここらへんは流石に読まれていたか。逆に考えれば小細工なしに色々聞けるってことで、良い意味で開き直ろう。
八幡「まあ、そうですね。今日のことでもっと詳しく話を聞きたかったんです」
あんこ「話すことは特にないわよ。ワタシと明日葉の意見が食い違った末に起こった結末だし。というか、明日葉にはワタシの考えなんて一生わからないでしょうね」
粒咲さんは目線を落としながら投げやりな感じで呟く。それに対して芹沢さんは悲し気な表情を浮かべつつ、諭すように粒咲さんに迫る。
蓮華「でも、明日葉にも明日葉の事情があって」
あんこ「わかってるわよそれくらい。だからこそ明日葉はワタシのことはわからないって言ったのよ」
芹沢さんの言葉を遮るように、粒咲さんは語気を荒げる。
八幡「そりゃ、人間誰だって他人のことは完全にはわからないですよ」
あんこ「そういうレベルの話じゃないの。明日葉とワタシじゃ住んでる世界が違いすぎるのよ」
八幡「住んでる世界?」
俺の疑問に粒咲さんは一つため息をついてから口を開く。
あんこ「明日葉は有名な楠家の令嬢。ワタシは引きこもり一家の娘。明日葉とワタシは生まれたところからすでに別世界の存在なのよ」
蓮華「でも生まれた場所だけで人は決まらないと思うけど」
あんこ「じゃあ、家のことを抜いてもワタシと明日葉の共通点って何かある?同い年ってこと以外何もないじゃない」
蓮華「あるじゃない。2人ともと〜ってもかわいい、っていう共通点が」
八幡「芹沢さん。今はそんなこと言ってる場合じゃないですって」
あんこ「ほら。所詮そういうことしか言えないじゃない。それくらい違うワタシたちが理解しあうなんて、土台無理な話だったのよ」
八幡「……」
蓮華「……」
粒咲さんの言葉に、俺と芹沢さんは押し黙ってしまう。
あんこ「まあ、逆に今までよくやってこれたと思うわ。ワタシも明日葉から見たらかなり問題の多い星守に見えてただろうし、だからこそ今日病院であんなことを言われたのよ。きっと」
蓮華「あんこはこのまま明日葉とすれ違ったままでいいの?」
あんこ「しょうがないじゃない。もともとワタシたちはすれ違っていた。それが今日噴出しただけで、遅かれ早かれこうなってたわよ。もう、ここらへんが潮時なのかもね……」
粒咲さんはコーヒーを一気飲みすると勢いよく立ち上がって俺たちを見下ろす。
あんこ「もうこの話は終わり。時間もあれだし、帰って」
八幡「……わかりました。帰ります」
蓮華「え、ちょっと、先生?」
八幡「突然お邪魔してすみませんでした」
蓮華「あんこ〜。学校で待ってるわ〜」
居残ろうとする芹沢さんを強引に急き立てて粒咲家を後にする。
家が見えなくなったあたりで立ち止まった芹沢さんは、不満げな顔で俺を睨んできた。
蓮華「もう。なんで勝手に出てきちゃったの?まだあんこの話しっかり聞けなかったじゃない」
八幡「今日の感じじゃあれ以上話を聞くのはムリだと思ったんですよ。無理やり聞いたところで、本当の気持ちを話してくれるとは思いませんでしたし」
蓮華「それはそうだけど……」
八幡「まあ、これからも粒咲さんとは話を続けるにしても、今日は終わりにしましょう。もう少し、冷静になる時間も必要だと思うんです」
蓮華「先生がそう言うなら……」
渋々と言った感じで芹沢さんは再び歩きはじめる。俺もその一歩後ろをついて歩く。
それから俺たちは、ほとんど話をしないままお互いの家の方向に別れていった。
572 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2018/01/05(金) 15:17:07.17 ID:cigdtzRv0
本編6-19
あれから一週間ほどが過ぎた。相変わらずイロウスは出現数を増し、星守たちは授業に殲滅に忙しい日々を送る。
そして、楠さんと粒咲さんの席は未だ空いたままだ。
そんな放課後、俺と芹沢さんは荷物の整理のため一時帰宅をする楠さんの手伝いをしに病室にいた。
もともとケガをしたのは主に上半身だったので、この1週間で普通に移動する分には何の支障もないところまで回復してきた。ただ、星守という立場や、効率的なリハビリを兼ねて入院は続いている。
八幡「これで持って帰る荷物は全部ですか?」
明日葉「はい。すいません。結果的に手伝わせる形になってしまって」
蓮華「いいのよ〜。明日葉のおうちに行かせてもらえるんだから〜」
そんな時、ドアがノックされ、鮮やかな和服に身を包んだ女性が入ってきた。相貌は楠さんにそっくりだ。多分、30年くらいしたら楠さんもこうなってるんだろうな。
明日葉の母「明日葉さん。準備はよろしいですか?」
明日葉「はい。いつでも出発できます」
八幡「あの、本当に俺たちもお邪魔していいんですか?」
明日葉の母「もちろんです。是非、日頃明日葉さんがお世話になっているお礼をさせてください」
楠さんの母親は楠さん以上に凛とした雰囲気をバシバシ出しながら答える。
明日葉の母「外に車を用意してあります。それで帰りましょう」
明日葉「はい」
楠さんの荷物を持って病院を出ると、出入り口のすぐ前には高そうな黒塗りの車が数台停車していた。俺たちが、というより楠親子が姿を現すと、車の中から何人もの男の人が出てきて頭を下げた。和服の女性に頭を下げているあたり、なんだかヤクザ映画のワンシーンみたいだ。
使用人1「お荷物お持ちいたします」
使用人2「奥様、お嬢、それと御友人がたもどうぞお車へ」
八幡「はい……」
蓮華「やっぱり明日葉の家の人はいつ見てもすごいわね……」
明日葉「まあ、一般的な家庭とは相違点も少なくないだろうな」
少なくないどころか違いすぎるんだよなあ。うちとは雲泥の差。そもそも私服に和服は着ないし、使用人もいない。
明日葉の母「出してちょうだい」
使用人3「かしこまりました」
俺たちを乗せた車は一路、楠邸へひた走る。
--------------------------------------------
八幡「なんだこりゃ……」
思わず口から感想が漏れ出てしまった。外装もさることながら、中も完全に純日本風な家だ。中庭には松や桜などの木が植えられていているほか、燈籠や鹿威しが存在感を示している。極めつけには、庭園の真ん中には大きな池があり、立派に育った色とりどりの鯉が悠然と泳いでいる。
こんな和風豪邸、天然ドSの苺香ちゃんの家以外にも存在したのか。scaleが違いすぎる。予想外のsurpriseに、俺はその場にstandしつくしてしまった。こんなふうに自然とブレンド・Sしてしまうくらい俺は緊張している。
隣にいる芹沢さんも、現実離れした光景に驚きを隠せていない。
明日葉「先生、蓮華。こちらへ」
案内されたのは大きな和室。真ん中に数枚の座布団とテーブル、その上にお菓子と飲み物が置いてある。
明日葉「こちらで休んでください。私も着替えたらすぐ参ります」
八幡「は、はあ」
俺は目の前にある座布団に座る。が、その座布団の高級そうな感触に足が自然と正座になる。
蓮華「なんでそんな固くなってるのよ先生」
八幡「いや、こんな豪邸にいたら、こうなっちゃいますから」
明日葉「どうそ、楽な姿勢になってください」
声のした方をみると、和服に着替えた楠さんが立っていた。ただ、袖はまくられ、腕には包帯がまかれている。そんなちぐはぐな見た目に違和感を拭えない。
明日葉「やはり家で和服を着るのが一番落ち着きますね」
楠さんはそう言いながら俺と芹沢さんの向かいに腰を下ろした。
573 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2018/01/05(金) 15:17:43.83 ID:cigdtzRv0
本編6-20
蓮華「病衣もよかったけど、明日葉と言ったらやっぱり和服よね〜」
明日葉「おい蓮華。勝手に写真を撮るな」
楠さんの注意も聞かず、芹沢さんはスマホのカメラで連写を続ける。
まあ、芹沢さんの言うこともあながち否定できない。楠さんの凛とした雰囲気や、長い黒髪は和服によく映える。かといって、俺は別に写真を撮ろうとは思わないが。
明日葉「それで先生。星守クラスはどんな感じですか?」
芹沢さんのスマホを強引に取り上げた楠さんは、俺に話を向けてくる。
八幡「そこまで変わらないですよ。みんな毎日イロウス殲滅に勤しんでいます」
明日葉「みんなっていうのは、あんこも含めてですか?」
楠さんの問いかけに、俺は目線を下げることしかできない。隣でスマホを取り返そうと駄々をこねていた芹沢さんもいつの間にか静かになった。
明日葉「そうですか……」
蓮華「ねえ、明日葉。この前病院であんこにあんなこと言ったのはどうして?」
芹沢さんの質問に、楠さんはしばらく目をつぶって押し黙る。やがて、ゆっくりと目を開いて、俺たち2人をしっかりと見据える。
明日葉「あんこのため、ひいては星守のためを思って言ったんだ」
八幡「粒咲さんと星守のため?」
明日葉「あんこは当初から星守という枠に縛られるのを嫌っていました。今まではそれでもフォローしてくれる先輩方がいたのでなんとかなっていましたけど。でも、今は私たちが最上級生です。本来なら下級生の手本となるべきところですが、お世辞にもあんこは良い手本とは言えないです。実力はあるのに、そこは本当にもったいないと思っています」
明日葉「しかし、星守以外にもあんこはいいところをたくさん持っています。ゲームだったり、パソコンだったり、そういうところでは私は何一つあんこに敵いません。それなら、嫌々星守を続けるよりも、やりたいことをやって欲しいんです」
蓮華「……明日葉は、それで本当にいいと思っているの?」
明日葉「私だってあんこがいなくなるのは寂しい。でも、星守はそんな風に私情を挟んでいい存在ではない。イロウスの脅威から人類を守るためには、苦渋の決断をしなければならないときだってある」
蓮華「たとえそれが、仲間を切り離す行為だとしても?」
明日葉「本人がそれを望んでいるんだ。仕方ないだろう」
蓮華「明日葉はちゃんとあんこと話したの?」
明日葉「当たり前だろう。何回も何回も話した。その結果が、今だ」
蓮華「嘘よ。それなら、あの時病室であんこはあんなに悲しそうな顔をするはずない」
芹沢さんは首を横に振りながら楠さんの考えを否定する。
明日葉「なら……、なら私はどうするべきだったんだ?教えてくれ蓮華」
蓮華「そ、それは……」
明日葉「答えられないのなら、私の思いを尊重してくれ。私だって、こんな結末は望んでいなかったんだ……」
574 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2018/01/05(金) 15:18:14.29 ID:cigdtzRv0
本編6-21
明日葉の母「失礼します。お茶のおかわりをお持ちしました」
明日葉「ありがとうございます。お母様。そういえばお菓子をまだ頂いていませんでした。みんなでいただこう」
タイミングがいいのか悪いのかわからないが、楠さんの母親が部屋に入ってきた。それを合図に、楠さんは話を終えた。
明日葉の母「今日はみなさんが来るということで、有名な老舗店のお菓子を用意したんです」
蓮華「すごいわ。こんな美味しい和菓子初めて食べた〜」
明日葉「お、お母様。これはかなり高価なものでは?」
明日葉の母「いいんですよ明日葉さん。せっかく先生や御友人がいらっしゃってくださったんですから」
こうして芹沢さんと楠さんが和菓子を食べている最中、楠さんの母親が俺を手招きした。それに応じて俺は隣の部屋へ移動する。
明日葉の母「いつもお世話になっております。先生。こちらから挨拶に伺わなければならないところを、わざわざお越しくださって、ありがとうございます」
そう言って楠さんの母親は袖を折って深々と頭を下げてきた。
明日葉の母「あの子、家じゃ先生のことばかり話すんですよ?それも時々顔を赤くしながら。その時の明日葉さん、先生にもご覧になってもらいたいくらいです」
八幡「はあ……」
あれ、なんで俺は娘かわいい自慢を聞かされてるんだ?そのためだけに俺はこの部屋に呼ばれたのか?
明日葉の母「今日この家へお呼びすることになってからも、ケガをしているにもかかわらず楽しみにしてましたから」
俺の背中の向こう、襖の奥にいる楠さんを思っているのだろう、楠さんの母親は少し目を細める。
八幡「……ケガをさせてしまったのはこちらの監督責任です。申し訳ありませんでした」
明日葉の母「星守である以上、ケガをするのは仕方のない事です。明日葉さんには、これを機に、さらに研鑽に努めてもらいたいところです」
やっぱり楠さんの母親なんだな。こうして1対1で話すと、ただごとじゃない雰囲気に気圧されて下手なことが言えなくなってしまう。
明日葉の母「ただ、体がよくなっても、心も治らなけば戦えません。今の明日葉さんは、決定的に心が弱っています」
八幡「心、ですか」
明日葉の母「私が聞いても何も話してくれません。おそらく自分1人で責任を抱え込もうとしているのでしょう。小さい頃から、責任感は人一倍ある子でしたから」
確かに楠さんは1人で頑張りすぎるところがある。生徒会しかり、星守のリーダーしかり。
明日葉の母「今までのあの子のやり方を否定するつもりはありません。ただ、今のやり方がいつまでも通用するとは思えません。そう思われませんか先生?」
八幡「……そうですね」
俺もどっちかと言うと1人でこなしてきたタイプだ。だが、楠さんと決定的に違うのは、俺の場合は1人だったからこそ1人でやらざるを得なかった。でも楠さんは、周りに信頼できそうな人がいるにも関わらず1人で色んなことを背負いこんできた。
明日葉の母「ですから先生。あの子のこと、どうかよろしくお願いします」
八幡「……は、はい」
もう一度頭を深々と下げてきた楠さんの母親に合わせ、俺も同じように頭を下げて返答するしかできなかった。
575 :
◆JZBU1pVAAI
[sage]:2018/01/05(金) 15:21:04.73 ID:cigdtzRv0
あけましておめでとうございます。今回の更新はここまでです。このスレを今年度中に完結させることが目標ですが、達成できるかどうかは不明です。
576 :
◆JZBU1pVAAI
[sage]:2018/01/05(金) 15:29:50.29 ID:cigdtzRv0
>>574
訂正
本編6-21
明日葉の母「失礼します。お茶のおかわりをお持ちしました」
明日葉「ありがとうございます。お母様。そういえばお菓子をまだ頂いていませんでした。みんなでいただこう」
タイミングがいいのか悪いのかわからないが、楠さんの母親が部屋に入ってきた。それを合図に、楠さんは話を終えた。
明日葉の母「今日はみなさんが来るということで、有名な老舗店のお菓子を用意したんです」
蓮華「すごいわ。こんな美味しい和菓子初めて食べた〜」
明日葉「お、お母様。これはかなり高価なものでは?」
明日葉の母「いいんですよ明日葉さん。せっかく先生や御友人がいらっしゃってくださったんですから」
こうして芹沢さんと楠さんが和菓子を食べている最中、楠さんの母親が俺を手招きした。それに応じて俺は隣の部屋へ移動する。
明日葉の母「いつもお世話になっております。先生。こちらから挨拶に伺わなければならないところを、わざわざお越しくださって、ありがとうございます」
そう言って楠さんの母親は袖を折って深々と頭を下げてきた。
明日葉の母「あの子、家じゃ先生のことばかり話すんですよ?それも時々顔を赤くしながら。その時の明日葉さん、先生にもご覧になってもらいたいくらいです」
八幡「はあ……」
あれ、なんで俺は娘かわいい自慢を聞かされてるんだ?そのためだけに俺はこの部屋に呼ばれたのか?
明日葉の母「今日この家へお呼びすることになってからも、ケガをしているにもかかわらず楽しみにしてましたから」
俺の背中の向こう、襖の奥にいる楠さんを思っているのだろう、楠さんの母親は少し目を細める。
八幡「……ケガをさせてしまったのはこちらの監督責任です。申し訳ありませんでした」
明日葉の母「星守である以上、ケガをするのは仕方のない事です。明日葉さんには、これを機に、さらに研鑽に努めてもらいたいところです」
やっぱり楠さんの母親なんだな。こうして1対1で話すと、ただごとじゃない雰囲気に気圧されて下手なことが言えなくなってしまう。
明日葉の母「ただ、体がよくなっても、心も治らなけば戦えません。今の明日葉さんは、決定的に心が弱っています」
八幡「心、ですか」
明日葉の母「私が聞いても何も話してくれません。おそらく自分1人で責任を抱え込もうとしているのでしょう。小さい頃から、責任感は人一倍ある子でしたから」
確かに楠さんは1人で頑張りすぎるところがある。生徒会しかり、星守のリーダーしかり。
明日葉の母「今までのあの子のやり方を否定するつもりはありません。ただ、今のやり方がいつまでも通用するとは思えません。そう思われませんか先生?」
八幡「……そうですね」
俺もどっちかと言うと1人でこなしてきたタイプだ。だが、楠さんと決定的に違うのは、俺の場合は1人だったからこそ1人でやらざるを得なかった。でも楠さんは、周りに信頼できそうな人がいるにも関わらず1人で色んなことを背負いこんできた。
そんな俺からしたら、楠さんの責任感の強さは正直理解しがたい。どうして楠さんはここまで1人で背負いこんでしまうのだろう。
明日葉の母「ですから先生。あの子のこと、どうかよろしくお願いします」
八幡「は、はい……」
そんなことを考える前に、もう一度頭を深々と下げてきた楠さんの母親に合わせ、俺は同じように頭を下げて返答するしかできなかった。
577 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/06(土) 21:16:53.80 ID:lh8qY1JdO
あけましておめでとう
今年も応援してる
578 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2018/01/12(金) 21:19:53.88 ID:r8JV+X930
本編6-22
楠さんの家を訪れてから数日。俺は放課後までは神樹ヶ峰に行き、その後は楠さんの病室や粒咲さんの家を訪れていたが、目立った成果は出ない。星守クラスも活気を失ったままで、以前は騒がしく感じていた教室も、静まり返ることが珍しくなくなっている。
そんな状況で唯一緊張の糸をほぐすことができるのが我が家なわけだ。家ってすごい。安心感が半端じゃない。そんな家のリビングで、俺は今コーヒーを飲みながらぐでーっとしている。
八幡「はぁぁぁぁぁ」
小町「どうしたのお兄ちゃん。そんな魂が抜けるような大きなため息なんかついて」
ついついため息が出てしまった。俺の向かいで参考書を広げて勉学に励んでいる小町が声をかけてきた。
八幡「まあ、なんだ。お兄ちゃんも色々あるのよ」
小町「ふーん」
小町はそれだけ言うと再び参考書に目を落とした。しばらくリビングには俺がコーヒーを啜る音と、小町がペンを走らせる音、それと時々鳴るカマクラの足音だけが響く。これが比企谷家の日常だ。
小町「うーーん、ちょっと休憩しよ」
しばらく経って、小町は肩をほぐすように大きく伸びをした。
八幡「休憩って、まだそんなやってないだろ」
小町「小町の勉強は密度がすごいんだよ?密度が」
八幡「密度がすごいやつは英語の問題のこんなところ間違えねえよ」
小町「お兄ちゃん、小町の問題のぞき見してたんだ〜。それは小町的にポイント低いかも」
八幡「目の前でやってたら嫌でも視界に入るだろ……」
小町「そういえば、お兄ちゃんがリビングで何もしてないなんて珍しいね」
八幡「そんなことないだろ」
小町「そんなことあるよ。いつもならパソコンで仕事してるか、スマホで星守の誰かとLINEしてるじゃん」
八幡「…………」
我が妹ながら、素晴らしい洞察力だ。確かに俺はここ最近、星守たちとしっかりしたコミュニケーションが取れていない。教室で顔を合わせればそれなりの会話はするが、今までのような無駄に暑苦しい言動はなくなったように思える。
ぞれに付随して、大量に来ていたLINEも今は鳴りを潜めている。今まで異常な量が来ていた分、何も来なくなるとそれはそれで違和感がある。
小町「うららちゃんや心美ちゃんも最近元気ないし、なんかあったの?」
八幡「まあ……、な」
小町「そっか……」
俺の煮え切らない返事に、小町はそれ以上追及してくることはせず、コップを2つ持ってきて、片方を俺に渡してきた。
八幡「サンキュ」
小町「うん」
温かいコーヒーを俺たち2人は同じようにずずっと飲む。
八幡「何も聞かないんだな」
小町「うん。聞いたところで、小町は何もわからないから」
正直、小町のこういうところは助かる。小町も俺に似て意外とドライなところあるからな。いちいち根掘り葉掘り聞かれないのはありがたい。
小町「でもね、うららちゃんや心美ちゃんに元気がないのは、小町も寂しいんだよね」
小町はコップの水面にそっと目線を落とす。
小町「お兄ちゃん、頑張ってね」
八幡「……ああ」
小町「うん!お兄ちゃんが頑張るなら、小町も頑張らなくちゃな〜」
そう言って小町は再びペンを握って参考書に向かう。
妹にここまで言われたら、兄としてやらないわけにはいかないだろう。妹の期待に応えてこその兄というものだ。
もう冷めたはずのコーヒーを一口飲むと、なぜか胸のあたりが暖かくなった気がした。
579 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2018/01/12(金) 21:20:41.39 ID:r8JV+X930
本編6-23
八幡「はぁ……」
小町からエールを送られて数日。楠さんのケガが順調に回復していること以外、全く事態に進展が見られない。
一番の問題点は楠さんと粒咲さんの考えが真っ向から対立していることだ。芹沢さんとも話し合いはしているが、どうにも決め手に欠ける。
さらには八雲先生たちへの途中経過の報告、楠さん、粒咲さんの親との連絡なんかも同時にこなさないといけない。もう疲れたよパトラッシュ……。
「八幡」
ほら、疲れの余り天使の声のような幻聴が聞こえてきた。
「八幡〜」
ああ、幻聴でもいいから今はこの天使の声に浸っていたい。耳から幸せになるって言うのはこういうことを言うんだろうな。
「八幡!」
どんどん声が大きくなっていく。それに比例して俺の幸福度も高くなっていくようだ。
「ねえ、八幡ってば!」
数十センチからの声とともに、俺の腕が何者かに引っ張られた。
彩加「やっぱり八幡だ!」
目の前にいたのは現世に舞い降りた天使。この世の全ての造形物の頂点に君臨していると言っても過言ではない。むしろ、それすらこの戸塚彩加の魅力を語るうえでは不十分である。
八幡「と、戸塚?」
彩加「うん!久しぶりだね八幡!」
にっこり笑う戸塚の笑顔は、夜の街の中でひときわ輝いて見えた。こんな笑顔を俺が独占えきるなんて、神に感謝したい。
八幡「お、おう。こんなところで何してるんだ?」
彩加「ぼくはスクール帰りなんだ。ほら」
戸塚は背負ったテニスバッグを、体を横にして俺に見せてくる。この何気ない一連の動作も、戸塚がやると癒し効果が計り知れないほどほとばしってくる。まるで歩くパワースポットだ。
八幡「こんな夜まで大変だな」
彩加「ぼくはテニスが好きだからやってるんだよ。そういう八幡こそこんな時間まで神樹ヶ峰女学園にいたの?」
八幡「ああ、まあな」
彩加「へ〜。向こうでの話聞きたいなあ」
八幡「……なら、どっかで一緒に飯でも食べるか?」
戸塚が話を聞きたいならば、俺が話さないわけにはいかない。それに、ちょうど何か食べて帰ろうとしてたところだし。
彩加「うん!」
戸塚は満面の笑みを浮かべて大きくうなずいた。
--------------------------------------------
彩加「ふう。美味しかった」
八幡「ああ。やっぱ千葉ならサイゼだな」
結局俺たちは近くのサイゼに入った。俺は王道のミラノ風ドリアとドリンクバー。戸塚はカルボナーラとドリンクバーだ。
彩加「八幡サイゼ好きだもんね」
八幡「ああ。俺だけじゃなく、千葉民ともなれば、体の8割はサイゼでできていると言っても過言ではない」
彩加「それは流石に八幡だけじゃないかな?」
なんだか、こういう風に男の同級生と話をするのは久しぶりな感じがする。神樹ヶ峰は女子校だから男がいないのは当たり前だが、こんな性分なゆえに、休日も誰か友達と遊ぶなんてしなかったからな。
彩加「なんか、八幡とこうして話すの久しぶりだね」
嘘。戸塚も俺と同じこと思ってくれてた。戸塚と以心伝心できるなんて、最早わが生涯に一片の悔いなし。
八幡「まあ、俺が神樹ヶ峰に行っちまってるからな」
彩加「うん。それもあるけど、八幡全然ぼくにメールくれないんだもん。せっかくアドレス交換したのに」
八幡「いや、なんていうか、取り立ててメールするようなことがなかっただけで、別にしたくないってことはないからな?」
580 :
◆JZBU1pVAAI
[saga]:2018/01/12(金) 21:21:55.83 ID:r8JV+X930
本編6-24
彩加「なら、どんなことでもいいからこれからはメールしてね?」
八幡「……努力する」
戸塚のかわいらしいおねだりに、俺は魂が抜けるのを必死に抑えつつなんとか返事をした。
彩加「ところで八幡。交流先の学校はどんな感じなの?」
戸塚は興味津々に俺に質問してきた。そういえば、俺が神樹ヶ峰の話をするためにサイゼに来たんだったな。
八幡「あー。まあ色々変わってるっちゃ変わってる」
彩加「どんなところが?」
八幡「例えばあれだ。星守クラスはみんな総じて見た目がいい子ばっかだし、それでいて個性的だし、必要以上に構ってくるし」
彩加「面白いね」
八幡「1人だけでも大変なのに、それが18人もいるクラスだから、大なり小なり毎日何かしらトラブルが起こる」
彩加「へ〜」
八幡「それに、頭をなでないと拗ねるし。なんで俺が18人の面倒をそこまでみなくちゃならないんだ……」
ああ、そうだった。少し前までは話したような明るい騒がしい話題に事欠かないクラスだった。だが、今はその時の面影はほとんどなくなっている。授業も特訓もイロウス殲滅も淡々と進む。
そんな変わってしまったクラスを、星守クラスと呼べるのか?
彩加「八幡、怖い顔してどうしたの?」
八幡「え?ああ、いや、なんもねえよ。それより、戸塚は最近どうなんだ。部長だとやっぱ色々大変だろ」
俺はこれ以上ツッコまれないうちに、話題の矛先を変えた。
彩加「うーん、そうだね。部員をまとめないといけないから、そこは大変かなあ。みんなそれぞれ目指しているところは違うしね」
八幡「同じ部活の中でも違うもんなのか」
彩加「うん。ぼくみたいにスクール通ってるような子はいないしね。それだけじゃなくて、部活自体をサボる子もいないわけじゃないよ」
八幡「やっぱ人それぞれなんだな」
彩加「でも、みんなテニスが好きなのは一緒だからね。テニスをしたいっていう気持ちを、ぼくは一番に尊重してあげたいんだ。それに、ぼくはテニスが大好きだから朝練も苦じゃないけど、みんながみんな同じようにテニスを好きなわけじゃないからね。それに口出しする権利は、たとえ部長にもないと思ってる」
八幡「なるほどな」
彩加「あはは、こんな風に偉そうに話して、なんか恥ずかしいな……」
戸塚は紅くなった頬をぽりぽり搔く。
八幡「そんなことねえよ。すげえ立派だと思う」
彩加「ありがとう。八幡にそう言ってもらえると、なんか自信が湧いてきたよ」
いや、俺に何か言われなくても、戸塚は自分の考えをしっかり持って部長の責務をこなしている。その姿勢は言葉を飾らなくとも、素晴らしいと、そう思える。
彩加「あ、そろそろぼく帰らなきゃ」
スマホで時間を確認した戸塚が声を上げた。
八幡「なら、もう店出るか」
彩加「うん」
店を出て、道の分かれ目にきた。ここで戸塚とはお別れだ。
彩加「今日はありがとう八幡」
八幡「こっちこそ、飯付き合ってもらって悪かったな」
彩加「ううん。またご飯食べようね。あ、ご飯じゃなくても遊んだり運動したりしようね」
八幡「おう。また連絡してくれ」
彩加「うん!でも八幡もメールしてね?」
八幡「ああ。じゃあまたな」
彩加「ばいばい」
名残惜しさを感じながら、俺は1人帰路についた。
581 :
◆JZBU1pVAAI
[sage]:2018/01/12(金) 21:24:45.68 ID:r8JV+X930
>>578
訂正
本編6-22
楠さんの家を訪れてから数日。俺は放課後までは神樹ヶ峰に行き、その後は楠さんの病室や粒咲さんの家を訪れていたが、目立った成果は出ない。星守クラスも活気を失ったままで、以前は騒がしく感じていた教室も、静まり返ることが珍しくなくなっている。
そんな状況で唯一緊張の糸をほぐすことができるのが我が家なわけだ。家ってすごい。安心感が半端じゃない。そんな家のリビングで、俺は何をするでもなくぐでーっとしている。
八幡「はぁぁぁぁぁ」
小町「どうしたのお兄ちゃん。そんな魂が抜けるような大きなため息なんかついて」
ついついため息が出てしまった。俺の向かいで参考書を広げて勉学に励んでいる小町が声をかけてきた。
八幡「まあ、なんだ。お兄ちゃんも色々あるのよ」
小町「ふーん」
小町はそれだけ言うと再び参考書に目を落とした。しばらくリビングには俺がコーヒーを啜る音と、小町がペンを走らせる音、それと時々鳴るカマクラの足音だけが響く。これが比企谷家の日常だ。
小町「うーーん、ちょっと休憩しよ」
しばらく経って、小町は肩をほぐすように大きく伸びをした。
八幡「休憩って、まだそんなやってないだろ」
小町「小町の勉強は密度がすごいんだよ?密度が」
八幡「密度がすごいやつは英語の問題のこんなところ間違えねえよ」
小町「お兄ちゃん、小町の問題のぞき見してたんだ〜。それは小町的にポイント低いかも」
八幡「目の前でやってたら嫌でも視界に入るだろ……」
小町「そういえば、お兄ちゃんがリビングで何もしてないなんて珍しいね」
八幡「そんなことないだろ」
小町「そんなことあるよ。いつもならパソコンで仕事してるか、スマホで星守の誰かとLINEしてるじゃん」
八幡「…………」
我が妹ながら、素晴らしい洞察力だ。確かに俺はここ最近、星守たちとしっかりしたコミュニケーションが取れていない。教室で顔を合わせればそれなりの会話はするが、今までのような無駄に暑苦しい言動はなくなったように思える。
ぞれに付随して、大量に来ていたLINEも今は鳴りを潜めている。今まで異常な量が来ていた分、何も来なくなるとそれはそれで違和感がある。
小町「うららちゃんや心美ちゃんも最近元気ないし、なんかあったの?」
八幡「まあ……、な」
小町「そっか……」
俺の煮え切らない返事に、小町はそれ以上追及してくることはせず、コップを2つ持ってきて、片方を俺に渡してきた。
八幡「サンキュ」
小町「うん」
温かいコーヒーを俺たち2人は同じようにずずっと飲む。
八幡「何も聞かないんだな」
小町「うん。聞いたところで、小町は何もわからないから」
正直、小町のこういうところは助かる。小町も俺に似て意外とドライなところあるからな。いちいち根掘り葉掘り聞かれないのはありがたい。
小町「でもね、うららちゃんや心美ちゃんに元気がないのは、小町も寂しいんだよね」
小町はコップの水面にそっと目線を落とす。
小町「お兄ちゃん、頑張ってね」
八幡「……ああ」
小町「うん!お兄ちゃんが頑張るなら、小町も頑張らなくちゃな〜」
そう言って小町は再びペンを握って参考書に向かう。
妹にここまで言われたら、兄としてやらないわけにはいかないだろう。妹の期待に応えてこその兄というものだ。
もう冷めたはずのコーヒーを一口飲むと、なぜか胸のあたりが暖かくなった気がした。
582 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/01/12(金) 21:27:21.84 ID:r8JV+X930
>>581
再訂正
本編6-22
楠さんの家を訪れてから数日。俺は放課後までは神樹ヶ峰に行き、その後は楠さんの病室や粒咲さんの家を訪れていたが、目立った成果は出ない。星守クラスも活気を失ったままで、以前は騒がしく感じていた教室も、静まり返ることが珍しくなくなっている。
そんな状況で唯一緊張の糸をほぐすことができるのが我が家なわけだ。家ってすごい。安心感が半端じゃない。そんな家のリビングで、俺は何をするでもなくぐでーっとしている。
八幡「はぁぁぁぁぁ」
小町「どうしたのお兄ちゃん。そんな魂が抜けるような大きなため息なんかついて」
ついついため息が出てしまった。俺の向かいで参考書を広げて勉学に励んでいる小町が声をかけてきた。
八幡「まあ、なんだ。お兄ちゃんも色々あるのよ」
小町「ふーん」
小町はそれだけ言うと再び参考書に目を落とした。しばらくリビングには小町がペンを走らせる音、それと時々鳴るカマクラの足音だけが響く。これが比企谷家の日常だ。
小町「うーーん、ちょっと休憩しよ」
しばらく経って、小町は肩をほぐすように大きく伸びをした。
八幡「休憩って、まだそんなやってないだろ」
小町「小町の勉強は密度がすごいんだよ?密度が」
八幡「密度がすごいやつは英語の問題のこんなところ間違えねえよ」
小町「お兄ちゃん、小町の問題のぞき見してたんだ〜。それは小町的にポイント低いかも」
八幡「目の前でやってたら嫌でも視界に入るだろ……」
小町「そういえば、お兄ちゃんがリビングで何もしてないなんて珍しいね」
八幡「そんなことないだろ」
小町「そんなことあるよ。いつもならパソコンで仕事してるか、スマホで星守の誰かとLINEしてるじゃん」
八幡「…………」
我が妹ながら、素晴らしい洞察力だ。確かに俺はここ最近、星守たちとしっかりしたコミュニケーションが取れていない。教室で顔を合わせればそれなりの会話はするが、今までのような無駄に暑苦しい言動はなくなったように思える。
ぞれに付随して、大量に来ていたLINEも今は鳴りを潜めている。今まで異常な量が来ていた分、何も来なくなるとそれはそれで違和感がある。
小町「うららちゃんや心美ちゃんも最近元気ないし、なんかあったの?」
八幡「まあ……、な」
小町「そっか……」
俺の煮え切らない返事に、小町はそれ以上追及してくることはせず、コップを2つ持ってきて、片方を俺に渡してきた。
八幡「サンキュ」
小町「うん」
温かいコーヒーを俺たち2人は同じようにずずっと飲む。
八幡「何も聞かないんだな」
小町「うん。聞いたところで、小町は何もわからないから」
正直、小町のこういうところは助かる。小町も俺に似て意外とドライなところあるからな。いちいち根掘り葉掘り聞かれないのはありがたい。
小町「でもね、うららちゃんや心美ちゃんに元気がないのは、小町も寂しいんだよね」
小町はコップの水面にそっと目線を落とす。
小町「お兄ちゃん、頑張ってね」
八幡「……ああ」
小町「うん!お兄ちゃんが頑張るなら、小町も頑張らなくちゃな〜」
そう言って小町は再びペンを握って参考書に向かう。
妹にここまで言われたら、兄としてやらないわけにはいかないだろう。妹の期待に応えてこその兄というものだ。
もう冷めたはずのコーヒーを一口飲むと、なぜか胸のあたりが暖かくなった気がした。
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