【スペース・コブラ】古い王の地、ロードラン

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577 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/29(火) 02:14:05.14 ID:62kY2Pf8O
普通なら死んでる所から不死でもないのに再起動するのはコブラとホワイトグリントの得意技
578 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 07:15:02.29 ID:kYXZ6FAF0
グウィンドリン「コブラ…貴公はソウルを得る時、ソウルの主の記憶を覗き見た覚えはないか?」

コブラ「記憶ね…… そういえば教会でガーゴイルの像を壊した時に、そいつが何処で作られ、何をしていたのかは見たことがあるな」

グウィンドリン「そうか。ならば『物』の記憶を覗き見たことは?」

コブラ「物の記憶?」


グウィンドリン「ロードランも、人界も、この世の全てはソウルが形を成したものなのだ。それは岩や木、剣や盾も例に漏れない」


コブラ「重さのある精神か。ダンカン・マクドゥーガルが踊りだしそうだ」

コブラ「それで、その物の記憶がどうしたんだ?見たことない奴はどうなる?」

グウィンドリン「どうもせぬ。だが、これから私が明かすものを貴公が見るには、物の記憶を覗く素養も求められるのだ」

グウィンドリン「剣を抜け、コブラよ。剣を我が前に」

コブラ「………」


要件をあえて話さないグウィンドリンを疑いつつも、コブラは黒騎士の大剣を暗月の君主の前に差し出した。
疑いを口に出し、問いただしたところで、答えをすんなりと教えてくれる神など、コブラは知らない。
グウィンドリンは黒騎士の大剣を、両の細腕で受け取り、石床に突き立てた。


グウィンドリン「心を鎮め、剣に触れよ。さすれば剣は、貴公に記憶を流すだろう」

コブラ「難しいことを言うなぁ。俺は集中すると煩悩が増すタイプでね」

グウィンドリン「煩悩がもたげるのなら、恐れて想うがいい」


グウィンドリン「死を」


コブラ「!」



グウィンドリンの言葉を聞き、コブラの脳裏に、ある光景が浮かんだ。
追われて彷徨い、夜に弱った身体に振り下ろされる、大きな刃。
斧に左腕を切り落とされる瞬間に、決して濁ることのない恐怖がある。
その恐怖は雑念を喰らう。
恐怖に抗う、密やかな熱い血潮が喰らうのだ。



コブラ「…フフ…流石は神だな。十字架を背負う男への鞭の打ち方が、よく分かってらっしゃる」

グウィンドリン「………」


心を無に沈め、コブラは剣に触れた。


コブラ「!」


その瞬間、知るはずのない思い出が、コブラの中に膨れ上がった。
熱き混沌より生じるデーモンを打ち払う為、鍛えられた大剣。
火に耐える黒き鎧を身に纏う、多くの人ならざる者が、この剣を握り、振るい、消えていった。
そして混沌を制した大剣は、最後の使い手に握られ、使い手は大いなる篝火を目指した。
その目指すところ、大いなる篝火が放った大炎により、使い手は焼き尽くされ、心を喪い彷徨った。

だが、彷徨う者はある時討たれ、剣を奪われ、灰の山となる。
剣を奪った者は…



コブラ「……そうか…見えたぜ!」

コブラ「鍛治の巨人に作られたこの剣が、誰の手を渡り、何を斬ってきたのかが、俺にも見えた!」

コブラ「これが物の記憶か!」

グウィンドリン「拓かれたようだな。その業は、神々の力に揺さぶられた全ての者が持つ」

グウィンドリン「故に神に呪われし不死も、神同様にこれを持ち、神の如く世の由緒を見る」

グウィンドリン「コブラ。貴公にその力を与えたものは、恐らくは貴公の内にある、我らが大王の封印だろう。ならばこそ、暗黒神が器を置かぬ今のうちに、貴公の力を見極めなければならなかったのだ」
579 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/02/01(金) 05:17:46.41 ID:06u0vSk90

コブラ「待て、器を置かぬうち?いったい何の話をしてるんだ?」

グウィンドリン「それを説くだけの時間も、もはやあるかも分からぬのだ」

スッ

コブラ「!」


グウィンドリンの両手が、コブラの左腕を取り、包んだ。
その手から伝わるソウルの温もりは、コブラの意識を容易く揺さぶり、輝きを感じさせる。



グウィンドリン「見てもらうぞ、我が記憶を」



グウィンドリンのその言葉を最後に聞き、コブラの意識は、コブラにのみ感じ取れる輝きに飲まれていった。





580 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/02/01(金) 06:42:13.45 ID:06u0vSk90



コブラ「はっ!」




コブラの意識は、灰色の空と岩、灰色の大樹と眠り竜が広がる、果てしなき荒野の只中で形を成した。
その隣には、陰の太陽の王冠を被らぬ、グウィンドリンが立つ。
灰色の大樹は葉をつけず、竜達はみな首を垂れ、動かない。



コブラ「ここは……」


グウィンドリン「我が記憶の内。より正しく言うならば、見たものの記憶だ」


コブラ「見たもの、か。光あれと言う前の世界にしちゃ、随分ゴチャッと……ん?おい、あんた…」


グウィンドリン「なんだ?」


コブラ「あんた男だったのか!?」


グウィンドリン「………」



周囲を見渡すついでに、視界の端にグウィンドリンを捉えたコブラは、感じた驚きをそのまま口に出した。
グウィンドリンの胸からは、細やかながらも主張した双丘が消え、頬には少年のそれと同じ、若干の引き締まりが生じている。
小さい喉仏を通して発せられる声の色は変わらないが、それは発声と紛れもなく連動していた。



グウィンドリン「少し歩こう」


コブラ「おぉっと、俺としたことが、つい本音を口に出しちまった。怒らせちゃっ…」

コブラ「!?」


グウィンドリン「心が繋がっているのだ。貴公の思慮も全て露わになる。恥じることでは無い」


コブラ「まいったぜ…罪の告白は苦手なんだ。神が騙し討ちなんてしていいのか?信心が離れるぜ」


グウィンドリン「元からありもしないだろう」



一人と一柱は語らいながら荒野を歩いた。
竜は目覚めることも無く、野を吹く風はコブラの身体を通過し、グウィンドリンの衣服を揺らさない。



グウィンドリン「我が力は月の女神のものであり、我が身体も、月の女神のものではある」

グウィンドリン「だが、心は太陽の光の王のもの。我が有り様もそれ故だ」


コブラ「するってぇと……あんたは心が男だから、この精神世界では少年として存在してるっていうのか?」


グウィンドリン「精神世界とは、面白い名で呼ぶのだな」

グウィンドリン「貴公の読みだが、それは当たっているぞ。我が王、我が兄妹、我が臣下たちは我が心の有り様を憐れに思ったが、こうして生まれたことは我が誇りだ」

グウィンドリン「もっとも、仕草には難があったのだから、憐れみも仕方のない事ではあったが」


コブラ「男勝りのやんちゃな女神か。オシメするのも一苦労だ」

コブラ「しかしだ。周りがあんたを憐れに思った原因ってのは、性別よりもその脚にあると思うぜ」


コブラの先を歩くグウィンドリンの蛇脚は、荒野を滑り、岩肌を抜ける。
グウィンドリンはコブラの言葉に顔を向けず、目的の場所へとコブラを導いた。
581 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/02/03(日) 04:22:32.69 ID:JzhD+8380
コブラ「なにっ!?」

グウィンドリン「………」



荒地を歩き、大樹すらも周囲に生えない灰の野に立ったコブラは、目の前に広がるすり鉢状の窪地に、眼を奪われた。



クリスタルボーイ「………」



すり鉢の底に屈み、灰に手を着ける宿敵の姿に、コブラは闘争心を剥き出しにしつつも、グウィンドリンへ対面した。
その気迫は記憶の世界においては如実に現れ、コブラの髪は逆立ち、サイコガンは熱を帯びた。


コブラ「何故だ!何故ヤツがあんたの記憶の中にいる!?あんたはヤツを知らなかったんじゃないのかっ!」

グウィンドリン「静まれ、コブラ。ここは我が記憶の内であると共に、暗黒神の記憶の内でもあるのだ」

コブラ「暗黒神っ…!?」


グウィンドリン「謁見の間にて我らを襲った闇の嵐は、神々のソウルさえも食い尽くすべく、我が心に斬り入った」


グウィンドリン「その試みは貴公の発した神秘により阻まれ、我らは一命を取り留めはした。しかし、暗黒神のソウルの記憶の一部……少なくともロードランにおける彼の邪神の記憶の欠片が、我ら神々の記憶に流入してしまったのだ」


コブラ「それじゃあ、コイツは……あんたの記憶ではなく…」

グウィンドリン「然り。だが、恐らくはそれだけではない」

グウィンドリン「見よ」



グウィンドリンの言葉に促され、冷静さを取り戻したコブラは再び宿敵を見た。
クリスタルボーイは塵に触れた手を地面から離し、立ち上がる。
そして動かぬ口で、ただ一言声を発した。



クリスタルボーイ「現れろ」



一声が小さく響くと、透明な掌が触れていた地点から塵の山が盛り上がり、塵の山は風に吹かれ、形を崩していった。
側面からは白い柔肌が覗き、割れた頂点からは白真珠の如く輝く細髪が露わになる。
肩から垂れ下がり、崩れる事なく残った塵は、乳白色の天衣に姿を変えた。



グウィンドリン「我らが知らぬ何者かに、宇宙より無へと堕とされ、暗黒神はかつての己の器を呼び戻した」

グウィンドリン「だが、それでは力が足りぬ。何よりも暗き力を持つ故に、同様の暗き力、暗き心が、暗黒神の完全なる復活に必要だった」

グウィンドリン「故に、暗黒神は無より生み出でし兵……古竜よりも、光が生む闇を求めた」

グウィンドリン「故に望んだのだ。まずは光あれと」



塵の山から姿を現したのは、慈悲深き女神の姿。
その腹は膨れ、子を宿し、女神の両手は慈しみを込めて、膨れ腹に置かれている。
女神は眠っている。クリスタルボーイはその女神の腹に手をつけ、眩い輝きをひとつ抜き取ると、輝きを頭上へ掲げ、また声を発した。


クリスタルボーイ「散れ。散って俺の糧になるがいい」


声を受けた輝きは弾け、いくつかの光球に分かれると、方々へ飛翔し、広漠たる地平線の彼方へと消えていった。
光球が消えると同時に、女神の顔には苦悶が浮かぶ。
苦しむ女神は屈み込み、クリスタルボーイの足元へ、膨れ腹から蒼白い肉塊を産み落とした。


クリスタルボーイ「お前は全ての母だ。お前は多くを生み、そして滅ぼすだろう」


そう言い残し、クリスタルボーイは闇の霧となって暗い世界に溶け込み、姿を消した。
後に遺された、全ての母と呼ばれた女神は、あてどなく彷徨い始める。
胸に歪な子を抱きながら。
582 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/02/03(日) 07:56:38.34 ID:JzhD+8380
コブラ「!」


女神が一人彷徨う荒地が、波に飲まれる砂山のように溶け、姿かたちを変えていく。
そして再び纏まった時、コブラの目の前には女神と、彼女に対面する、冠を被りし白髪白髭の豪奢、偉丈夫の姿が現れた。
偉丈夫の背後には、銀の鎧に身を包む、あまたの兵の姿。
女神の胸に蒼白い肉塊は無く、偉丈夫は女神の手をとり、己の胸の内を吐露した。



冠の偉丈夫「不思議だ……余はそなたを知らぬ……しかし、そなたを我が身、我が心のひとつとしか見定められぬ…」

冠の偉丈夫「そなたは何者であるか…まるで見切れぬというのに…」



女神「わたくしにも分かりませぬ……わたくしが、誰であるのか…」

女神「ですが、あなたをやはり、知らぬわけでは無いのです……まるで永らく離れた、想い人のように…」



手を握り返す女神はそう言うと、偉丈夫の胸に寄り添い、顔を埋めた。
偉丈夫の両手は女神の腰を抱き、女神は偉丈夫の胸から顔を上げ、王冠を被る顔の頬を、そっと撫でた。



冠の偉丈夫「…これは夢か……」


女神「夢ならば、良い夢です」


女神「夢で無いのなら、醒めることもありません」



そして二人は、唇を重ねた。
銀騎士達は一斉に剣を取り、刃先を暗い天に、刃の腹を自身の眼前へと立て、変わらぬ忠誠と繁栄への祈りを示した。
その銀騎士達の隊列を抜け、二つの人影が女神と偉丈夫に近付き、祝言を送る。
祝言の送り主の一人は、偉丈夫に劣らず大きく、豪奢な出で立ちと歳を刻んだ顔をしている。
その隣に立ち、同じく祝言を送る者がいる。暗い外套を纏い、皮膚の下に黄金色の骨と、透明な肉を忍ばせる者が。



グウィンドリン「祝言を受ける方々は、我が父上と母上だ」


コブラ「!?」


グウィンドリン「かの暗黒神に導かれ、母上と父上は出逢い、子を成した。我が兄上も、妹達も、全ては暗黒神の望む通りに」


コブラ「それじゃあ、この王様が太陽の光の王で、こっちの別嬪さんが、月の女神様ってやつなのか?」

グウィンドリン「然り。父上の名はグウィン、母上には、父上が名を授けた。もはや禁じられた名ではあるが」

コブラ「禁じられた?なぜだ?」

グウィンドリン「その顛末は、これから貴公も見るだろう。焦ることは無い」

コブラ「ちぇっ、まーたこれだ。いっつもそうやって焦ら…」


コブラ「ん?……ん〜?」


グウィンドリン「?」

コブラ「待った、なんかおかしいぜ。俺はこの結婚に異議を申し立てる」

グウィンドリン「なに?」

コブラ「ひとつ!女神様の抱いていた青っちろいグニャグニャが居なくなっている。神が子を捨てるってのは、イマイチ感心できない」

コブラ「ふたつ!そもそも無の世界なんだろ?暗黒神が作った女神様とドラゴン以外に、なんでこんなに大勢むさいのがいるんだ?ただの幻覚見せて洗脳しようったって、簡単に騙される俺じゃないぜ」

グウィンドリン「幻ではない。父上とその騎士も、暗黒神の被造物だ」

コブラ「な、なんだって!?」

グウィンドリン「母から抜かれ、方々へ散ったソウルが、新たな命として栄え始めたのだ。神々を生み、魔女達を生み、人を生み、ソウルは灰の大樹ではない木々や草花、獣達さえも生んだ」

グウィンドリン「そして生まれし者達は皆、その意識の有無に関わらず、一様に来るべき時を待った。暗黒神さえも求める、あるものの現れを」
583 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/02/03(日) 09:46:59.21 ID:JzhD+8380

再び景色は移り変わり、コブラとグウィンドリンは暗い地の底に立っていた。
地の底はやはり暗く、水音さえも響かないが、不思議と完全な闇に埋め尽くされる事はなく、コブラは自身の足元や指先を確認することができた。


コブラ「今度はなんだ?」

グウィンドリン「墓場だ」

コブラ「墓っ?まさか、あんたのファザーとマザーのだったりしないだろうな?そういう深刻な流れは苦手なんだ」

グウィンドリン「ふむ……似てはいるが、違う。ここは我が父上の叔父の墓。神が最初に作りし墓だ」

コブラ「最初の墓とはまた、漁り甲斐のありそうな所だなぁまったく」



グウィンドリンはそう言うと、暗闇を指差した。
指の示す方向にコブラは眼を凝らし、闇に慣れた眼は、それを捉えた。



コブラ「こいつは……骨か?えらい巨人だぜ。しかもいくつか、俺くらいの大きさの人骨が上に折り重なっている」

コブラ「十人…十五人……神の埋葬にしちゃあ、ちと雑すぎるんじゃないの?」


グウィンドリン「太古の我らは、今ほどソウルの働きに乏しくはない。ゆえに死しても肉体が残るのだ」

グウィンドリン「ならばせめてと、神々は最初の死者たる神、ロイドの聖体に死者を祀ったのだ。古竜に脅かされし卑小な存在であろうと、安らぎを得られるように」

グウィンドリン「だが、神々の不遇も終わりを迎える。今、この時に」


コブラ「?……なんだアレは…」



コブラの視界に広がる、全くの静寂たる闇に、か細い光が灯った。
光は巨神の胸骨内部から発せられており、その輝きは輪郭を持ち始め、炎のように揺らぎ始めている。


ガッ!

コブラ「!」



その揺らぎを、胸骨を押し広げて掴んだのは、巨神自身の白骨の左腕だった。



ズワァーーッ


コブラ「オオーッ!」



神々の骨を纏いし巨神の遺骨は、命無きまま超然と起き上がり、左掌に灯された炎の如きソウルを、眼球を失った眼底で見定めた。
もはや身体となった骨の山からは、黒い瘴気が巻き起こり、黒い瘴気から伸びた一本の塊は、巨神の胸骨に潜り込んで一振りの巨剣となった。
そして巨人がその剣を、自身の骨山から抜き取ると、瘴気は再び巨神の身体に満ち溢れ、外套のように巨神を包んだ。

584 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/02/03(日) 14:20:41.72 ID:JzhD+8380
×そして巨人がその剣を
◯そして巨神がその剣を
585 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/02/03(日) 18:06:27.42 ID:JzhD+8380
「ああ…それが、偉大なるソウルなのですね……」


コブラ「!」


背後からの不意なささやきに、コブラは振り向いた。
振り向いた先には月の女神が立ち、女神の視線は瘴気を纏った巨神に向けられている。


月の女神「無に神が生まれ、無に生が生まれ、神が死に、生が死ぬ時…」

月の女神「生命は定義され、皆の求めしものは来たる」

月の女神「最初の死者よ。偉大なる死よ。そなたは死の護り手であるがゆえ、生をも輝かせるでしょう」

月の女神「すべて、あのお方の予言した通りに」


月の女神「神々に、太陽の時代を」



月の女神の言葉と共に、最初の死者は立ち上がり、鍾乳石が垂れる墓所の天井に触れた。
すると天井は腐り落ち、砕けた岩と泥となって降りかかり、底に触れる前に塵へと姿を変えた。
最初の死者は地上を目指す。己に死を与えた不滅なる者共に、死の安寧を与えるために。



コブラ「思い出したよ……最初の死者……石版にあった最初の死者ニトっていうのは、あいつのことだったのか…」


グウィンドリン「貴公、知っていたのか?」


コブラ「ああ。色々ありすぎて今の今まで忘れていたがね。俺達がここに来る原因になった物に、最初の死者の名前が書いてあったのさ」

コブラ「そうだ…だんだん思い出してきたぜ。なんで今まで忘れていたんだ。グウィンの雷…魔女の炎!誰も知らぬ小人!」

コブラ「グウィンドリン!俺の記憶消失も、王の封印に原因があるのか!?」


グウィンドリン「それも大いにあり得るだろう。王の封印は、闇の者の手から『真に尊きもの』を守るためにある。貴公の心…貴公のソウルを闇から守るために、我が王が封を施したのならばな」

グウィンドリン「だが貴公が望む疑問は、それだけではないだろう?」


コブラ「ああ、まだだ。俺はまだ知らなければならない!」

コブラ「生命が定義された時、現れる答え!」

コブラ「あのお方とやらの予言の中身をな!」



暗い墓所は溶け、コブラとグウィンドリンは転移した。
一人と一柱を新たに包んだのは、闇と静寂ではなく、眩い輝きと暖かい風。
コブラの眼が輝きに慣れ始めると、その瞳には、灰の地平線まで続く灰色の大樹の森と、厚く黒い雲海。
そして、その雲海を所々突き抜け、大樹の森をまだらに照らす、暖かな陽光が映った。
だが、天変を見る者は、グウィンドリンとコブラだけではなかった。



法官「クックックック……」



法官「フフフフ……フハハハハハハ!!」



銀騎士達を従えず、王の側にも付かず、灰の荒野の只中にひとり立ち、輝きに照らされる黒い外套の男。
男は暗黒の化身であるというのに、輝きを見上げ、高らかに笑い声をあげていた。
586 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/02/03(日) 23:23:13.15 ID:JzhD+8380

コブラ「クリスタルボーイ…いったいお前は何を企んでいる。空が晴れはじめているのも、お前のせいだったりするのか?」


グウィンドリン「この輝きは、暗黒神の力によるものではない。偉大なるソウルは最初の火に照らされ、現れたとされている。空に登る太陽も、最初の火により生まれたと」

グウィンドリン「だが、この輝きが生じるように画策したのは、他でもない暗黒神だ」


コブラ「画策したにしては、その策とやらを実現できそうな装置が無いぜ。暗黒マジカルパワーを使わずにこんなマネができるとも思えない」


グウィンドリン「その答えは、これから聞けるだろう」



コブラとグウィンドリンが会話を終わらせる頃、黒い外套の男の高笑いと吹き笑いも、沈静していた。
外套の男は黒いフードを取り去り、仮初めの顔を陽光に晒す。
天を仰ぎ、まるで敵を挑発するかのように。




法官「どうだ、この俺が見えるか。見えていて手が出せないのか?それともこの光は本能だ、とでも言い訳をするか?」


法官「お前の力は、生命あるところ全てに行き渡る。悪が生命に巣食うように、お前もまた生命に巣食うのだろう?」


法官「だが、お前も忘れている訳ではあるまい。光あるところには必ず闇が生まれる。そして闇は光に近づくほどに、より濃く、より大きく成長するのだ」


法官「俺は無の世界に追放されたが、そこで生命を作った。老いては傷つき、生まれては死ぬを繰り返す、完全な生命を」


法官「その生命にお前の光が満ちる時、この無の世界は命と光に溢れ、そして闇を孕むだろう」


法官「この世の全てを飲み尽くし、貴様をも滅ぼす、深き暗黒をな」




明確な挑戦の意を向けられた輝きは、揺らぐことも無く法官を照らし続ける。
その揺らがぬ温もりを嫌うように、法官は再びフードを被り、光から背を向け、歩き出した。




グウィンドリン「コブラよ。これが現れし答えだ」


コブラ「……らしいな。まったく、なんともスケールのデカい話さ」


グウィンドリン「最初に火が起こり、それによってあらゆる差異が生まれたわけではない」

グウィンドリン「最初に未完の命が起こり、それが完全なる命となった時……暗黒神を貶めた何者かの力により、あらゆる差異がもたらされたのだ」

グウィンドリン「コブラ…我はこの世の多くを図らずも知る身となったが、暗黒神を貶めた者が何者であるのかは知らぬ」

グウィンドリン「あれほどの闇を無へと落とした神とは、何者なのだ?」


コブラ「アフラ=マズダさ。俺の元いた宇宙では光明神と名乗ってる。彼女が言うには、自分は善と光の神様で、命あるもの全ての守護者なんだと」


グウィンドリン「善と光の女神…アフラ=マズダ、か……」


コブラ「その命の守護者たるお方が、なんとも情けないぜ。まんまとライバルにハメられたあげく、その尻拭いをまた俺にさせるっていうんだからな」


グウィンドリン「またとは……前にも一度、覚えがあるのか?」


コブラ「ああ、バッチリ覚えてるぜ。その時もハズレくじ一枚よこさなかった
587 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/05(火) 01:34:07.78 ID:e+ev1iY/0
神々の時代を見るとか羨まし過ぎィ!!!俺も立ち合いたかった
588 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/05(火) 01:49:56.00 ID:IThW/PYjO
アーリマンによって古龍の時代が起きて、
差異が生まれて死ぬようになったんじゃなく命がいずれ死ぬまともな命になった事でアフラマズダが引き込まれて偉大なソウルになり
光が生まれた事で闇と分かれ、そうやって産まれた差異が闇を濃くする事でアーリマンを強化、いずれアフラマズダを滅して闇の時代になる、つまり闇のソウルはアーリマン
って事で良いのかな
589 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/02/05(火) 16:45:29.23 ID:1ynKsyNb0

コブラ「それにこの分じゃ、今度もまたアフラ=マズダのお力添えは期待できそうに無いなぁ」


グウィンドリン「なぜそう言い切れる?」


コブラ「言ったろう、経験済みだからさ。彼女の千里眼はとてつもない。宇宙の端から端までを見渡して、俺に白羽の矢を立てるなんて訳ないくらいにはな」

コブラ「だが、この現象は意図的にアフラ=マズダが恵みをもたらしたというより、蛇口をひねって水を出すように、クリスタルボーイが法則をただ利用しただけに過ぎない」

コブラ「当の女神様は暗黒神の企みはおろか、この世界の存在にすら気づいちゃいないだろう。気付いていたなら、歴史の教鞭はアンタではなく彼女が執っていたはずさ」


コブラ「グウィンドリン、講義は終わりだ。ボーイの計画が闇の成長というのなら、ここで単位をボーナスしてる場合じゃない」


グウィンドリン「闇の増長を止めることを、望むというのだな?」


コブラ「ああ止めるさ。分かったなら早いとこ…」


グウィンドリン「ならん。闇を止めると望むならば、その闇について知らねばならない」


コブラ「おいそりゃどういうことだ?俺を留年させる気か?この先どうなるかなんて俺はもう知ってるんだ」

コブラ「偉大なソウルを手に入れた神々と竜の間で戦争が勃発。神の軍隊はその戦いに勝利して、火の時代だの光の時代だのを作ったが、火が弱まってそれも台無し。人間の世界に朝が来なくなって、代わりに呪いが流行り始めた。だろ?」


グウィンドリン「それは事実ではあろう。だが断片にすぎぬ。神の僕たる人と巨人を、怖れより遠ざける為の気休めだ」


コブラ「気休めだと?」


グウィンドリン「然り。神々の勝利は、差異に生まれた偉大なるソウルにより成された。差異は喜びと繁栄をもたらし…」


グウィンドリン「偽りの安寧と、闇の時代を生んだ」




灰の大樹が溶けはじめ、降り注ぐ陽光が霞み始める。
新たな転移は、コブラとグウィンドリンを灰の荒野より連れ運び、薄暗い夜明けへと立たせた。
竜も、大樹の一本さえも生えない地平線からは、陽光が射し、夜は白み始めている。
だが、大地を薄暗く照らすのは、太陽ではなく、地平線の端まで広がる赤々とした業火だった。


炎に照らされ、炎の生む光以外に何も無い、無の大地。
その大地から立ち上がり、炎に向かって細い身体を、幽鬼の如く揺らす者達が、炎を見つめるコブラの側を通り過ぎた。
通り過ぎ行く者達は小さく、コブラの横腹の高さに亡者の如き頭があり、腹は一切の内臓を欠いているかのように細い。裸体には性器さえも無かった。
一つの頭と、二本の腕と、二本の脚を持つだけの骨と皮。そうと形容する他ない者達が、まばらに地平線の炎へ吸い寄せられている。



コブラ「ここは…また地下か?こいつらはなんなんだ?」


グウィンドリン「これらは、人の祖だ」


コブラ「こいつらがか?確かにロードランで腐るほど見たが、もうちょっと瑞々しくても良いはずだろ。類人猿にも見えないぜ」


グウィンドリン「否、これらは確かに人の祖だ。これから人に成ろうとしている」



炎を目指す者のうち、一人が崩折れ、うずくまった。
誰からも顧みられこと無く、ひび割れた地に顔を擦り付けるその者は、やがて呼吸を止めた。
炎を目指す者達はひとり、またひとりと倒れ、誰一人として炎に辿り着くこと無く、その姿を消す。
そして荒涼とした地と、炎の地平線だけが残った。


だが、うずくまった最初の者はただひとり、上体を起こした。


何者でも無い其の者は、枯れ枝のような両手で土を掬いあげ、幼子を抱くかのように胸元に引き寄せる。
その両掌には炎は無く、光も無い。ただ見えるのは、炎にさえも照らされぬ、ひと握りの陰のみ。
それは炎に照る掌中にできた、ただの影でもあった。
だが、影は炎のように身を焼かず、冷たい安息と、暖かな希望を其の者に与えた。
590 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/02/05(火) 18:52:51.50 ID:1ynKsyNb0

影をその手に納めた其の者は立ち上がった。
皮膚を通して炎の透ける細脚を張り、曇り空さえ無い漆黒の天に掴んだ影を掲げ、声帯の無い喉を広げ、眼球の無い眼窩から涙を流した。
誕生の喜びに打ち震え、希望の出現に感謝するかのように、其の者は身体を震わせ、声を出せずとも叫び続けた。

すると、かつて倒れた者達も起き上がり、叫ぶ者へ向け歩きはじめた。
そして辿り着いた者から、叫ぶ者の身体にすがりつき、掲げられた手に、細腕を伸ばし始める。
伸ばされる手は増え続け、叫ぶ者にすがる者が五人を超えると、叫ぶ者は重さに倒れた。

倒れようとも、叫ぶ者はなお叫んだ。
欲する者達に皮を喰われ、腕をちぎられ、脚をもがれ、肋骨を抜かれようとも、なお叫んだ。
欲する者達は増え続け、叫ぶ者はついには人山に見えなくなったが、求める者は増え続けた。
そして増え続けた人々が、その動きを止めた時…



コブラ「!」



四つ這いで人を貪る者達の身体に、変化が起き始めた。

細く筋張った四肢は徐々に豊かになり、骨の浮いた背中には肉と体温が生じ始める。
枯れた木ノ実のような頭からはヒビと皺が減り、様々な色の髪の毛が育ってゆく。
その姿は、かつてコブラの見知った『人間』という者達に近くなっていった。



グウィンドリン「火に照らされた人の内に、あるソウルが生じた」

グウィンドリン「そのソウルは、他の偉大なるソウルと異なり、決して輝かず、火の内に生まれぬもの」

グウィンドリン「人の内にのみ生まれるソウルは、人にのみ宿る心を人に与え、人にのみ従う力を人に与えた」

グウィンドリン「故に人は、そのソウルを『人間性』と呼んだ」


コブラ「人間性?……こんな悪趣味な現象で生まれるソウルが、人間性だと?」


グウィンドリン「然り。人間性は決して神に依らず、火に依らぬもの」

グウィンドリン「しかし人間性とは、あらゆる物を求め、飲み尽くすもの。神であろうと、火であろうと、全てを闇に帰せしめるもの」

グウィンドリン「故に、我らが王と、我ら皆は、人間性を恐れた」



グウィンドリン「それを『ダークソウル』と名付け、神に従うよう導いたのだ」



四つ這いで貪る者達の溜まりから、一人立ち上がる者がいた。
立ち上がった者には隆々とした筋骨といきり勃つ男根が備えられ、顔には生気と、力に輝く双眸が現れている。
そして男の皮膚の下には、黒い嵐が巻き上がり、燃え上がっていた。



人間「オオオオオーーッ!!!」



両拳を天に突き上げ、男が全身を震わせ、顔を真っ赤に咆哮をあげると、地平線は炎と共に溶けた。
灰の荒地には大樹が森を作り、まばらに陽光を漏らす灰色の空は、やはり地平線の彼方まで続いているが、彼方からは灰色の塊が迫りつつある。
転移した先を知っていたのは、グウィンドリンだけではなく、コブラの心にも大きな驚きはなかった。



ズガガガーーッ!!!

コブラ「オオッ!?」



だが背後への落雷に、コブラは思わず飛びのいて、音の出所へ顔を向けた。
雷は荒地を撃ったわけではなく、太陽の光の王の右手に集約した時に、轟音を発していた。
太陽そのものとさえ言える輝きを握る王は、右腕を大きく振りかぶり…


バオオオーーッ!!!


輝ける太陽の光の大槍を、地平線を埋め尽くす古竜の群れへ向け、投げ込んだ。

591 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/02/16(土) 12:08:54.56 ID:Op2Rf6Pz0
空をゆく大槍は、雲間から漏れる光をも細槍に変えて引き連れ、古竜の群れに殺到する。
大槍は一頭の古竜の頭を撃ち抜き、背後に控える数匹の古竜を砕き、細槍たちは古竜達の翼や鱗を焼いた。


バッ!


太陽の光の王の冠と、瓜二つとも語り得る冠を被ったある偉丈夫は、勢いを削がれた古竜に追撃を加えるべく号令を放った。
天へ向け指された掌を合図に、最前列の騎士隊は雷の槍を、中堅の騎士隊は雷矢を、後衛の騎士隊は竜狩りの大矢を構える。
掲げられた掌は一拍を置いた後、振り下ろされ…


バババババーーッ!!!


光が覗き始めたとはいえ、未だ暗い曇天を、中小様々な雷と大矢が埋め尽くした。
殺到した第二波に飲まれ、古竜の群れはついに荒野へと墜落し、灰色の大樹の森は薙ぎ倒され、巻き上げられた土埃は天を衝く壁のように、神々に迫る。
その壁に向かい、神の軍勢の背後に控える魔女達は、掌に炎を巻き、太陽と見紛うほどに眩い火球の群れを放った。


ドドドドドドドド!!!


荒野を揺さぶる轟音と共に、土埃の壁は、薙ぎ倒された大樹と共に焼き尽くされ、神々の視界は確保された。
墜落した古竜達はしかし、太陽の光の槍による直撃弾を浴びた者達を除き、早くも鱗を生やし直し、翼の穴を塞ぎかけている。



コブラ「古竜との戦争か……俺の目には気休めには映ってないぜ。習った通りの景色だ」


グウィンドリン「………」


コブラ「どうだ?フィールドワークはここまでに…」


「かかれい!!」


回復しかかる古竜達へ向け、コブラの声を遮り、号令が鳴り響いた。
響いた声には聞き覚えがあり、コブラはとっさに声の主の立つ方向に顔を向ける。
コブラの視線の先には、古竜達へ向け槍を掲げるオーンスタインが立っており…


ズアァーーッ!!

コブラ「あっ!?」


オーンスタインの背後から、竜狩りの騎士を飛び越えて黒い塊が古竜へ向かった。
塊は黒い骨を思わせる鎧を纏う騎士達の集まりであり、その跳躍は矢のようだった。
竜狩りは、風を切って古竜へ殺到する闇の騎士達に、槍を用いて指示を送っている。



グウィンドリン「古竜を狩ったのは神々だけではない」

グウィンドリン「人は欲深く、あらゆる物を求める。ならば、無の世界を支えし竜達を逃すはずも無い」

グウィンドリン「人とは無明たる者。ゆえに我ら神々の力さえも求めたが、その欲を我らは助力と救済により満たした」

グウィンドリン「神の支えにより、力を使う方向を定められた人間達は、まさしく無敵だった」


コブラ「…ってことは、今の黒ずくめの連中は…!」


グウィンドリン「貴公も見ただろう。人がダークソウルを得た瞬間を」

グウィンドリン「竜狩りに仕えし者達は、原初の人騎士。神々をも凌駕する暗黒なのだ」



古竜達の元に飛翔した闇の騎士達は、勢いをそのままに古竜達へと斬り込んだ。
黒い炎を纏った特大剣を両手に握る者。黒い炎を輝かせる槍を持つ者。黒い炎を迸らせ、剣身を長く延長する片手剣を振るう者。
それらは一様に肉色のソウルを身に纏い、得物を振るう度に、肉色のソウルも振るった。
人間達の力は圧倒的であり、太陽の光の王の一撃にしてようやく倒れる古竜を、一騎につき三は斬り滅ぼした。
肉色のソウルと暗黒の炎を剣に纏わせ、古竜の正中線を両断したならば、ほんの一瞬、曇天が全くの闇に塗り替わるほどだった。

人間達の奮闘に、太陽の光の王は勝利を確信し、軍を進めた。
接敵した銀騎士達は、人間の巻き起こす破壊の渦を潜り抜け、衰弱した古竜に雷を突き立てる。
その銀騎士達を率いるのは、王の王冠に近しい冠を被る偉丈夫だったが、その偉丈夫だけは人に並び、殺気立つ古龍に雷の杭を叩き込んでいた。
魔女の炎は尚も嵐となって古竜の退路を塞ぎ、最初の死者ニトの放つ死の風は、人と神の手から逃れた古竜を腐らせ、塵へとかえしていった。
592 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/02/17(日) 00:51:56.26 ID:DNdEuj+S0
グウィンドリン「人の力を支えとし、神々は勝利を収めた」

グウィンドリン「我らが大王の人に対する心は、神々を凌ぐ人の力を前に決まり、後の世へと伝わっていく」

グウィンドリン「だからこそ、竜との同盟が必要とされたのだ」


コブラ「?…待ちなよ。その竜ならさっき全滅しちまったぜ?」



古竜達は圧倒的な力を前に、しかし強い抵抗を示した。
だがオーンスタインを含めた王の四騎士と、魔女の娘達の参戦を受け、徐々に古竜達の抵抗は弱まり、王が大剣を手に取った最後には、古竜達は敗れて骸の山となった。
大樹は焼き尽くされ、岩は塵となり、竜の流した血は骸の山を降り、荒地に吸い込まれていく。
瞳無き白竜は曇天より舞い降りて、骸の山の頂に座った。



コブラ「!…こいつは、鱗の無い白竜か!」



白竜シース「………」




古竜の骸に立つ白い竜に、岩の如き鱗は無い。
それどころか両目も無く、翼は蜻蛉の羽のようであり、後ろ足の代わりには関節の退化した未熟な蛸足が一対、生えている。
胴体から生える前脚は人の腕のようであり、竜と言うにはあまりに歪なその白竜は、骸の山に右手を突っ込んだ。
そして一枚の鱗を掴み取ると、力を失った竜鱗を握りつぶし、咆哮を上げた。
その様は望む物を無くした子供のようだった。
あるいは、積もる怨みを遂に晴らした快感に、打ちひしがれているようにも。



グウィンドリン「コブラよ、貴公は確か青っちろいグニャグニャと申したな」


コブラ「?」


グウィンドリン「この白竜公こそが、まさにその青白だ」


コブラ「!? こいつがあんたの母親から産まれたっていうのか!?」


グウィンドリン「然り。白竜公は竜の似姿を持つが、その有り様はむしろ神に近しい」

グウィンドリン「白い身に満ちるは純然たる月の魔力であり、朽ちぬ古竜の持つ偽りの炎の力では無い。のちに偉大なるソウルの分け身の器と成れたのも、無からは遠き神たる性質ゆえだろう」


コブラ「そうか……だからシースは古竜を裏切った!いや、裏切らざるおえなかったのか!」


グウィンドリン「左様。白竜公の魔力は我が母上の原始結晶から受け継がれており、魔力を特に濃く受け継いだ公は、蒼き結晶の魔力を秘めるに至った。古竜供にはさぞ異質に見えたことだろう」

グウィンドリン「そして、白竜公に古竜供の有り様は忌まわしかったのだ。寿命と無縁である古竜の命を、神であるが故に、公は得られなかったのだから」


コブラ「おっと待った、さっきのその原始結晶ってのはなんだ?」


グウィンドリン「我らが母上の力を指すものだ。我ら月の兄妹や白竜公を産み落とした揺籠であり、魔力と呼ばれるあらゆるものの祖となった恵みだ」


コブラ「なるほど。神と言えど、母は強しか」



静まり、うなだれるシースを、闇の騎士達は見上げる。
人たる彼らの、その髑髏状の兜の奥に開く双眸は、はたしてシースの肉を捉えているのか、あるいは力を捉えているのか。
それを知る者はおらず、地平を埋める古竜達の骸を踏みつける、第二の冠被りし偉丈夫の眼は、虚空を見つめていた。
戦に勝利した銀騎士達と四騎士は、得物の刃先や先端部を曇天に向け、祈りと忠誠、感謝と弔意を王に示す。
だが太陽の光の王は、大音声に勝鬨を上げることもなく、ただ音も無いまま雲間の陽光へ向けて大剣を掲げた。
そして静かなる終戦と共に、あらゆる景色はまたも溶け消え、コブラとグウィンドリンは転移した。
593 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/02/19(火) 00:15:30.75 ID:XPHUwH8Q0
>>572に訂正
グウィンドリンの名前表記が一部「グィンドリン」になってますが、正しくは「グウィンドリン」です。
名乗りのシーンでこれじゃあ格好がつかない。
594 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/31(日) 22:51:43.52 ID:iDX4c3VCo
隻狼にはまってるのかな?
595 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/09(火) 02:53:10.16 ID:wUOcHHr50
荒廃の風景を抜けたコブラとグウィンドリンを待ち受けていたのは、荒廃などとは程遠いアノール・ロンドの華々しさだった。かつて仮面の騎士と矛を交えた大広間にコブラは立ったが、コブラの眼には殺気立つ者の姿など映らない。
場内を歩く者は、皆一様に人と比べて大きくはあるが、人のそれに似た文化を思わせる出で立ちと、振る舞いをコブラに見せた。
流麗な外套を纏い、そこかしこで声を交えては微笑む者達。書を手に持ち、しかし急がず、怠けもせずに歩き回る小間使い達。簡素ではあるが粗末ではない服を着た巨人と、彼らに何事かを命じる銀鎧の騎士。
どれもがコブラにも受け入れられるほどの人らしさを纏うが、そのどれもが、人の世には決して纏えぬ清らかさと、暖かな安心感を放っていた。


コブラ「アノール・ロンドの隆盛、か……俺の世界の古代芸術史にヴァン・ダイクって画家がいるが、そいつが喜んで描きそうな美人がそこらじゅうにいるぜ」


グウィンドリン「今貴公が見ているものは、かつて在りし平穏。わが故郷のあるべき姿だ」


コブラ「らしいな。貴族趣味の収集家が好みそうな景色だが、これが闇を倒す事とどう関わる?それともただの自慢か?」


グウィンドリン「確かに郷愁の想いもある。だが闇を弑するというのなら、闇の成り立ちも覗かねばならぬだろう」


コブラ「闇の成り立ちとやらはもう見ただろ。人食いの裸踊りはキョーレツだった」


グウィンドリン「子が生まれた事そのものを成り立ちなどとは呼ばぬ。子の成り立ちを語るならば、育ての親の有り方と、子の境遇も語らねばなるまい」

グウィンドリン「焦ることは無い。貴公が見聞きするものは全て記憶の情景だ。現世にある貴公の身には瞬きの瞬間さえも訪れてはおらぬ」


コブラ「なるほどね……いくらか借りを作っちまってるようだし、あんたのその言葉は信用しよう」

コブラ「もう少しだけ付き合ってやる。なるべく退屈しないように頼むぜ」


グウィンドリン「では我が手を取れ。先を見せよう」



コブラがグウィンドリンの手を取ると、城内の景色はコブラの頭上や側面を通り過ぎ、コブラの眼前に柱の森の大広間を引き寄せた。
大広間には、かつてコブラを追い詰めたオーンスタインではなく、謁見を受ける為の第二の玉座に座る、冠の偉丈夫の姿がある。
王の四方には銀鎧の騎士達が立ち、王の右隣では筆記官が書を開き、王の左隣には月の女神が座についていた。
月の女神の身は、控えめながらも美しい細工の施された白灰色のドレスで整えられ、野にいた頃の妖艶な清らかさは、なりを潜めている。


法官「使いを向かわせるには畏れ多き要件が多々あるゆえ、私が直々に馳せ参じた次第にございます」


その二柱の前に跪いていたのは、身を偽るクリスタルボーイだった。長旅をしてきたのか、黒い外套の端には砂埃が付着している。


冠の偉丈夫「要件とは?」

法官「まずはイザリスの魔都を呑みし混沌についてです。我らが第一王子は問題無く混沌をお収めいたしました。黒騎士達の被害も最小にございます」

冠の偉丈夫「よろしい。して、魔女達はどうしたのだ?イザリスは?」

法官「イザリス様は、多くの姉妹達と共に亡くなられました。混沌はイザリス様の術により生じたと、辛うじて生き残った幾人かの魔女たちは申しておりました」

冠の偉丈夫「愚かなことを…火を畏れよと申したあの口は、すでに驕っていたか…」

月の女神「世を照らす火の弱まりに、最初に気付いたのは彼女のはず………やはり火の弱まりを止めようとして…」

法官「いえ、弱まりを止めるというよりは、火が消えた時のための“控え”をこしらえようと画策し、事を仕損じたようです。生み出された炎は歪み、本来産むべき命と温もりの代わりに、デーモンと灼熱を産みました。難を逃れた魔女たちも尽く異形と化し、あるいは本来の魔力を失いました。もはやあの魔都の再建は叶わぬでしょう」

月の女神「………」

冠の偉丈夫「…ならば、太陽の光の王グウィンの名の下に、都に封を施そう」



冠の偉丈夫は、家臣である法官に改めて己の名を告げると、掌に黄金色のソウルを溢れさせ、法官へ向け漂わせる。



コブラ「封……そうか、これが例の王の封印ってやつか」

グウィンドリン「左様。この封印は、多くのものを縛ることになる」



黄金の霧となったソウルは、法官の胸元に吸い込まれ、消えた。


月の女神「…封印するというのですか?」

グウィン「魔都の門へ再び赴き、その封を放て。さすれば混沌の染み出しも防げよう。封を放ったのちは兵を置き、見張らせよ。常に兵を絶やすな」

グウィン「して、その方の言い渋る凶報とは?」
596 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/05/19(日) 23:55:20.92 ID:IqlMA4dA0
法官「………」


法官はしばしの間、口を噤んだ。
法官は本来即答も可能な言葉を敢えて溜め、重さを加え、そして語った。


法官「ウーラシールにて地の底より見出された古き人が、闇を放ちました」


グウィン「!…闇とな…」

月の女神「な…ならば都は?ウーラシールはどうしたのですか?」

法官「急報ゆえ、事の全貌はまだ……しかし生じた闇はウーラシールの王廟を覆うほどに大きく、光の者たる我ら神々の力は及ばぬかと…」

グウィン「及ぶか及ばぬかは余が定めること。では、要は何も分からぬと言うのだな」

法官「はっ…」

グウィン「………」



グウィン「よろしい。他に申すべき事はあるか」

法官「ありません」

グウィン「ならば行け。ウーラシールの闇を調べ、暴いたものを余に伝えよ。輪の都と小ロンドに使いを送り、闇の兆候を探らせるのだ」

法官「仰せのままに」


法官は王に礼をし、女王に礼をすると、踵を返して謁見の間から歩き去った。
後に残された太陽の光の王に、その妻が語りかける。
静かで細いその声には、怒気を微かに含んでいる。



月の女神「なぜイザリスをお見捨てになるのですか?ウーラシールのように、闇に蝕まれたわけでは無いのでしょう?」

月の女神「貴方と契りしこの身は、月の女神であると共に、太陽の女神でもあるのです。わたくしの太陽の癒しを以ってすれば…」


グウィン「ならぬ」


月の女神「何故?」


グウィン「我が月…我が太陽よ。そなたの癒しを受け継ぐは、我らが娘がひとつ、グウィネヴィアのみ」

グウィン「他はみな、敵を破る太陽と月。都は守れど、癒す事は出来ぬ。末の娘は闇を封ずる術を持つが、まだ幼く儚い」

グウィン「ゆえにそなたを危地へは向かわせられぬのだ。神を喰らいかねん闇が蔓延る地になど、なおのこと」

グウィン「混沌と闇を打ち破るは、我らの剣と槍。雷と閃光である。そなたの出る幕はない」


月の女神「………」




月の女神は太陽の王から視線を外し、やや俯いて眼を伏せると、意を決したように再び太陽の王の眼を見た。




月の女神「わたくしでは……わたくしの力では闇と混沌を治められぬと言うのであれば、竜の力をお頼りになるべきです」


グウィン「竜の…?」


月の女神「そうです。竜ならば、その身が無であるがゆえ、闇にも容易くは飲まれないでしょう。混沌の熱も、あれが仇なすのは神と人だけ。いずれの炎でもない第三の炎の使い手ならば、混沌にも耐えましょう」

597 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/04(火) 15:36:07.94 ID:aP07wPkHO
楽しみ
598 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/21(金) 07:55:45.59 ID:tY1lRiTlO
なんで神は人間のことこんなに信じてないんだろうって思ってたがこういう成り立ちだったのね……嫌悪感隠しながら利用してたくらいの勢いだったのか
599 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/06/25(火) 03:54:27.06 ID:aa7490Ni0
グウィン「………」


女王の進言に、王は押し黙った。沈黙は否定や肯定を必ずしも表すものではない。
グウィンドリンがやや俯くと…


コブラ「!」


王と女王の微かな動きも止まり、広間の空気は全く動きを失った。
記憶の世界がグウィンドリンのものであるが故に、記憶の動きもまた、グウィンドリンに従う。



グウィンドリン「我が王は悩み、しかし終に、竜との同盟を結んだ」

グウィンドリン「女王にはかつて、白竜公を神の国の誠なる友とした功がある。そして白竜公の出自を知らぬ王が恐れたのは、何より濁り水の流行りだった」


コブラ「水道代でもケチったのか?」


グウィンドリン「その程度で済めば、憂いも露と消えよう」

グウィンドリン「だが、看過は不可能だった」


ブォン…


静止した時の中、グウィンドリンが虚空に右手を差し伸べると、空中に楕円形の鏡のような物が現れた。
鏡の数は二枚。どちらにも一切の装飾は無く、額縁や鏡台すらも無い。
そして薄氷のような二枚には、それぞれ異なる人物が映っていた。
一枚に映るのは、緑色の瞳と銀の長髪を備え、額に一対の短い角を生やす、色白の女の顔。
もう一枚に映るのは、緑色の瞳と銀の長髪を備え、首に波打つヒダを現し、目元に白鱗を生やす、色白の少女の顔。


ボオォ…


次に、グウィンドリンが虚空に左手を差し出すと、その掌にも同様の鏡が現れる。
鏡の数は先と同様に二枚。一枚には何事かを話し込む、幾人かの神々の姿。
もう一枚には、夕暮れを背に佇み、翼を広げる三つ目の黒竜の姿が映った。
グウィンドリンは両の手を下ろし、四枚の鏡をコブラの周囲に展開させる。


コブラ「濁り水ってのはコレか?確かに何となく陰謀がありそうな組み合わせだ」


グウィンドリン「奸計の類では無い。起きるべくして起きたことだ」

グウィンドリン「二柱の女神は我が姉妹。角を持つ者は姉のプリシラ。目元に白鱗をたたえる者は妹のヨルシカという。いずれも我が母から産まれ、この暗月のグウィンドリンや白竜公と同じく、月と竜の力を持つ」

グウィンドリン「古竜であるシースを許容し、半竜であり王家の血筋たる我らを害するなど、その害の大小を別にしたとて、我が父には許しがたい行いだったのだ。故に父と兄上は、竜を弑した身でありながら竜を受け入れた。総ては父が母を愛したが故」


コブラ「兄…いや、今はいい。続けてくれ」


グウィンドリン「うむ……だが王の懸念する濁りとは、厄事の重なりそのものを指していた」

グウィンドリン「ダークソウルによる、人の国ウーラシールの破壊。その報を受けた王は、闇を孕む人世界に対して警戒を強め、神の世を護るべく、人への不干渉に近い政を執ろうと考えた。だがそれが人の世に知られれば、人は絶望に駆られ、更なる闇を孕む」

グウィンドリン「そのような事態を避けるには、人に大義を示す必要があり、その大義こそが『古竜の残滓を追い立てること』だったのだ。だが、そこに矛盾が生じたのだ」


コブラ「なるほどな…人の闇に対抗するために竜との協力体制を結ぶと、人に示す古竜討伐の大義が崩れて人からの不信を招くし、かといって竜と結ばずに闇を放置すると、闇への対抗手段が無くなっちまって、人間社会がドロドロに腐り落ちるわけか…」


グウィンドリン「左様。そして竜との戦いという大義を保つためには、竜が居なければならない。故にアノール・ロンドは、竜の討伐をあえて怠った。だがその大義も、優れた騎士であるが故に戦の怠りに気付いた『鷹の目のゴー』と『竜狩りオーンスタイン』からの不信により揺らぎ、戦いの戦果を巡る神同士の不和と不信も相まり、遂に限りを迎えつつあった」

グウィンドリン「我ら月と竜の子らを守るため、神の国を護り、人の世を保つため、王が選ぶべき道は一つしか無く、他の道は許されなかった」



止まった時はそのままに、王とその妻は溶け、大広間は崩れ去っていく。
転移にも慣れたコブラの眼前からは、四枚の鏡も消えた。
割れた天井からは晴天が滲み出し、空に輝く太陽に、コブラは思わず顔に手影を作った。


グウィンドリン「王は人からの不信を受け入れる事を選んだ。時が充分にあれば、他の道も模索のしようがあっただろう。しかし母も父も、それが許されない事を知っていた。知っていたからこそ、例え策が不足であろうと、我らが未熟であろうと、発令を急いだのだ」


600 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/07(日) 07:22:11.98 ID:j/J4l8yd0
カオルちゃんは夜早く寝かせて朝早く起こしてくれるような存在だった…?
601 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/07(日) 07:23:02.36 ID:j/J4l8yd0
うああい誤爆った ごめんなさい
602 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/07(日) 21:58:59.56 ID:KoztDckNo
ストーリーの解釈がホント面白い
603 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/08/11(日) 00:41:27.48 ID:g1U5LN89O
待機
604 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/12(月) 07:11:31.66 ID:mOGgf22A0
抜けるような晴天と眩い太陽がアノール・ロンドを見下ろす中、王城の正門前では、神々による『儀式』が行われていた。
長い階段の最頂部に、銀騎士の背丈ほどもある大剣を穿いた王が立ち、その両脇には太陽の第一王女と第一王子が立つ。
王の背後には女王が控え、その隣には法官の影が差している。
月の子らの姿はどこにも無く、階段の両脇には黒騎士が層を成して立ち並び、剣を胸元に立てていた。
宙に浮かぶ銀騎士達には神々が混じり、そこにはオーンスタインの姿もあった。


コブラ「流石だな。神話時代の全盛ともなると、空を飛ぶくらいは普通ってわけか」


グウィンドリン「我ら神々が火を受けた時、備わった力だ。アノール・ロンドも飛翔を前提とし、建てられている」

グウィンドリン「だが皮肉と言うべきか、世界の火の弱まりによって最初に失われたのも、この力だった」


コブラ「あんたらの翼も蝋だったわけだ。で、王様は何処に行こうとしてるんだ?剣を持ち出すんなら、バカンスってわけでも無いんだろ?」


グウィンドリン「然り。アノール・ロンドを築く前は、人の闇が強き時であったため、火の弱まりもまた、勢いを早めていた」

グウィンドリン「ゆえに我らが王はこの日に、火継ぎへと向かわれたのだ」


コブラ「火継ぎ?……するってえと、最初の火とやらに薪でも焚べに行くのか?」


コブラ「!!……まさか、あんたが俺を大王グウィンの後継にしようとしたってのは…!」




ゴオンッ!


太陽の第一王子、冠の偉丈夫が、幅広の刃を持つ剣槍を、石畳に突き立てた。
それを合図に銀騎士達は一斉に剣を掲げ、大王は階段を降り始めた。
大王が黒騎士の一柱の前を通り過ぎると、黒騎士は王に続いて段を降り、黒騎士の列は王が歩を進める毎に、王の隊列に加わった。
王の子らは声を上げず、家臣達は顔を上げず、貴民達は音を立てない。




グウィンドリン「貴公の心は今、我が心と繋がっている」

グウィンドリン「言い淀むことは無い。貴公の疑いは既に知っている。貴公の思う通りだ」


コブラ「………」


グウィンドリン「王は薪となり、身に宿るソウルを燃やし、世界を保つ」

グウィンドリン「謁見の間にて我が姉の幻影が語ったのは、その役を貴公に引き継がせるという意」

グウィンドリン「大いなる火の薪となる者。不死の試練とは、その者を選び出すための謀なのだ」



階段を降り終わり、王は地を歩くように、空中を歩いた。
黒騎士達もそれに続き、あるはずのない足場を踏みしめては、鎧を擦らせる音のみを零した。
飛べぬ者のための回転階段は動かない。その先に続く、絵画の館に隠れる者達に、儀式への参加は認められていない。



グウィンドリン「真実を知ったが故の驚き、疑いも、我は全て見渡せる。だが、驚くべきはやはり我が方であろうな」

グウィンドリン「貴公は何故、我を恨まぬのだ?」


コブラ「止むに止まれぬ事情ってヤツには、俺も懐が深くてね」

コブラ「それに俺の世界は、あんたなんか及びもつかないような大悪党ばかりでな。貧乏くじ引かされただけの政治家なんか、数に入らないのさ」


グウィンドリン「貧乏くじ、か…」


コブラ「よしてくれ、今更センチになる歳でも無いだろ?」


グウィンドリン「…いや、消沈しているわけでは無い」

グウィンドリン「ただ、安堵しているのだ。貴公に弑されることも、謀った者の権利と義務であるがゆえに」

605 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/08/12(月) 13:58:55.36 ID:NoT3irZ5O
まあそんなこと言われても大人しく火にくべられる男じゃないしなコブラ
しかし世界そのものが詰んでるなここは
606 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 03:35:02.12 ID:wD4UrRil0

ヴン!!


コブラ「!」



突如、記憶の風景が消滅し、闇がコブラとグウィンドリンを包んだ。
空も地も無く、上下さえも定かではない。



コブラ「停電か?それとも上映終わり?」


グウィンドリン「王が火継ぎに旅立ったのち、我ら月の子らは再びアノール・ロンドの奥へと秘され、政から離された」

グウィンドリン「法官の策も停滞に入り、彼奴の動きにも暫くは目立った所が無い」

グウィンドリン「故に、新王となった我が兄が何を行ったかは、他の法官……クリスタルボウイとは異なる者達の残した書により、切れ切れに知るのみだ」

グウィンドリン「故に、映るものも無い」


コブラ「あらま」


グウィンドリン「グウィン王無き後、新王は人の秘めたるダークソウルへの対抗として、人と共に築いた人の都…輪の都を人知れず封印した」

グウィンドリン「神からの働きかけ無くして、アノール・ロンドに干渉できぬようにとの事だろう」


コブラ「臭いものに蓋したわけだ」


グウィンドリン「蓋というより、遺棄と言うべきだろうな」

グウィンドリン「次に新王は、先王が人を御す方法を試すためにと築いていた別の人国、小ロンド国へ赴いて闇を忌むべきものと定めさせ、新たに王を四人と定めて互いに尊信するようにと命じた。小国は公国となり、四君主を頂点とした民主制を築き、神の庇護を一身に受けた人国となった」

グウィンドリン「小ロンド公国は栄えた。人と神の築く文明国として、理想と言える形を成した」


コブラ「当てようか。……だが、思ったほど長くは続かなかった。だろ?」


グウィンドリン「左様だ」



肯定の言葉とともに、闇は再び色を放ち始めた。
コブラの足元には白い石畳が現れ、周囲の虚無は竜狩りと処刑者がコブラの一行と矛を交えた大広間を浮かび上がらせた。
大広間の最奥、大王の立像の前には玉座が置かれ、そこに座すのは太陽の新王。
その新王の眼には、広間両脇を埋める神々と、己の正面に書を持って立つ、一柱の女神の姿が映っていた。



新王「我を前に、もう一度申してみよ」



低く厳かな声で、新王は事を確かめた。
再び発言するよう求められた黒髪の女神は、臆することなく、国を揺るがすほどに危うい題を告げた。



罪の女神ベルカ「神々の審判者にして、暗月の魔力の信奉者。魔女にして罪の女神たるベルカの名の下に、汝に告げる」


ベルカ「この場を以って名をとこしえに封じ、王の座を捨て、アノール・ロンドより去れ」


607 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/08/22(木) 15:52:27.87 ID:sLWvM18eO
ベルカ!!
608 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/09/10(火) 01:21:00.20 ID:dRuSYwHz0
コブラ「クーデターか。ますます神話らしくなってきたぜ」


尊位を堕とし、支えられた法に異を唱える行いこそが神話であるというコブラの認識を、グウィンドリンは否定しなかった。
ただ黙して聞き入れ、かつての法官が眺めたように、過去を見渡している。
意志ある者を縛るのは、やはり力と法、そして因果応報なのだから。


新王「なにゆえに」


ベルカ「とぼけまいぞ。すでに汝の成した悪行も聞き及んでいる」


コブラ「白鳥に化けて尻でも触ったか?」


ベルカ「今、王の四騎士の二柱たる竜狩りと鷹の目は、竜の残滓を追い立てるべく隊を連れ、西に東にと散っている。その二柱が人界において戦神と崇められている事は、我らも知るところである」

ベルカ「だがその二柱が異郷の地にて竜を見出し、王たる汝に撃滅の認可を求めるたびに、どういうわけか人の都にて凶事の報が降り、騎士は帰郷を余儀なくされた」

ベルカ「凶事には虚実あり。アストラの魔物を人に討たせるべく、人に啓示を示す結果になる時もあるが、根無しの風評を掴まされ、おとぎ話が人の世に流れるのみに終わる時もある」

ベルカ「ゆえに逃したのだ。朽ちぬ石の竜も、瘴気の眠り竜も、黒竜も。四騎士一の雄たるアルトリウスと、対竜において功を積みし岩のハベルを擁しながらな」

ベルカ「戦神たるならば、確かに人の求めに応じ、力を貸さねばならぬ時もあろう。だが真偽定まらぬものに精査もせずに向かわせたとあれば、事の責は四騎士にではなく、それらに命を下す者にこそ生じよう」

ベルカ「大法官ライブクリスタルよ、前へ」

法官「はっ」



コブラ「ライブクリスタルだぁ?」


グウィンドリン「聞き覚えがあるのか?」


コブラ「ああ、あるぜ。クリスタルボウイの身体を構成してる物質の名前だ」

コブラ「悪趣味とは前から思ってたが、ネーミングセンスにも遊び心が足りないとはな。人生初の偽名とはいえ引き出しが少なすぎやしないか」



大法官と呼ばれた者はやはりクリスタルボウイだったが、コブラは訝しんだ。
クリスタルボウイが謀りを働く事無く日々の職務に励んでいたのであれば、竜の討伐の怠りを放置する事も無く、王への弾劾という大事に関わることも無かったはずだ。
ましてや、クリスタルボウイの記憶をソウルに刻まれたグウィンドリンが、クリスタルボウイの企みを『飛ばす』はずがない。
だが疑問をグウィンドリンにぶつけるのは、新王への弾劾の記憶が終わってからでも遅くはない。
コブラはひとまず言葉を切った。あくまで、ひとまずは。


ベルカ「竜狩り…人からの信仰…人への封じ…闇への見張り…そして火の守り…」

ベルカ「それらは王の命と、神々皆の献身と結束によって成される」

ベルカ「ライブクリスタル。汝は王に、人界にて凶事が生じる度、その凶事への精査を進言したか」


法官「進言致しました」


ベルカ「では、王はなんと?」


法官「人の望むがままに力を貸し、人が眼を眩ますうちに闇を見定め、凶事に備えよと」


ベルカ「では人の国たる輪の都には何をした?」


法官「王の命により、太陽の末娘たるフィリアノール様を贈り、都を封印致しました」


法官の言葉を聞き、神々はざわめいた。
フィリアノールは、輪の都とアノール・ロンドの断交があくまで一時的な措置である事を証明する役を背負っているはずである。
しかし、先王グウィンは措置を内密に恒久的なものとしており、フィリアノールは見棄てられ、新王はグウィンのその措置を継承してしまっていたのである。
措置の中身を知り、そして変える事もできるというのに、それも行わずに。


ベルカ「名を失いし王よ、汝に問う。人の信仰を求めて人に応じるならば、なにゆえに人の都を封印したのだ?」

ベルカ「人が闇を孕むなどは承知の上で、我らは人を縛り、人を導いたはず。神々を信仰により強めるために」

ベルカ「だが汝は、王の血筋を闇の小川に棄て置いてまで人を拒むというのに、人の求めに応えると宣う。竜狩りをも怠ってまでその矛盾を守り、アノール・ロンドの神々にどのような正義があるというのか」
609 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/09/10(火) 02:44:11.54 ID:n5OTuh82o
眠り竜シンか
2要素も拾ってくれるとは
610 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/09/10(火) 14:59:18.01 ID:dRuSYwHz0
コブラ「ふーむ…つまりは敵を騙すにはまず味方からってヤツをやろうとして、上手くやりすぎたんだな」


グウィンドリン「味方を騙す?何を言うか貴公は…」


コブラ「俺の世界のコトワザさ。太陽王の息子の妹…いや、弟であるアンタでさえこの考え方に馴染みが無いとすると、相当に徹底してたみたいだな」

コブラ「人の信仰によって神々が力を強めるってんなら、力の増幅装置とも言える人間に、同調するヤツらも少なくなかったはずだ。というか俺の経験から言わせてもらえば、そっちの方が多くなる。神を名乗るヤツは決まって俺よりも強欲で自信家だからな」

コブラ「でだ、そんな連中がそうでない連中と1つ屋根の下で暮らすとなると…まぁよくて美人を巡って殴りあい、悪くて派閥間の殺し合いに発展しかねないだろ?アンタの兄貴はそれを嫌ったのさ」

コブラ「人を拒んで遠ざけると神は弱くなり、闇への監視もおざなりになるから世界の闇も大きくなる」

コブラ「人を受け入れて近付くと、神は強くなるが、神同士の仲間割れの危険が増える。驕った人間が神に挑戦してくる可能性も出てくる。まぁこれについては分からんでもないがね。いやこれはタチの悪い冗談。へへへ…」


グウィンドリン「………」


コブラ「更にあんたの記憶によれば、ウーラシールっていう人間の国が闇に破壊されちまってるし、しかも神が人間を恐れているとは、万が一にも人間に察知させるわけにもいかない。とくれば、あとはもう誤魔化すしかない」

コブラ「人に対して、どっちつかずの矛盾にまみれた態度を貫き通し、突き放しはするが信仰も求めるってわけだ。そんな綱渡りがいつまでも続くはずがなかったのさ」


コブラの呆れたような、それでいて得意げなような解説に、グウィンドリンは返す言葉も無かった。
後の事の運びを知る者として、コブラの分析は多くの面において的を射ていたのだ。


コブラ「しかし、そうなると恐ろしくデカい疑問が出てくる」


グウィンドリン「貴公の敵が動かぬことか?」


コブラ「それもある。だが本当に分からないのは、おたくの兄上が反論しないことさ」


罪の女神の弾劾に、名を失いし王は一切口を挟まなかった。
神々を前に、矛盾を抱えた政がいかにアノール・ロンドに必要であるかを説くことも可能だったが、自身を責められるに任せた。
先王の冠を象った輝ける王冠に宿る威光をも、振るおうとしない。


ベルカ「名を失いし王よ。汝は大法官に闇を見定め、凶事に備えよと申したが、その見定めと備えには、輪の都にて古竜に強いた闇食いも含まれているのだろうな?」


ベルカの言葉は、またも大広間をどよめかせた。
そのどよめきは先のものより大きく、王に疑問を呈する声も上がった。


「ミディールに闇を喰ませるなど、それではカラミットを愛で、育むことと変わりが無いではありませんか!」

「人への統治を怠り、闇を縛らず、更には闇を我らが敵に与えるなど、王はアノール・ロンドを滅ぼすことを望むか!」


神々からの疑問は、王に向けるならば余りにも畏れ多いものだったが、それにも名を失いし王は反論を行わなかった。
闇の時代の到来を恐れるあまり、人への積極的な干渉統治を行わない王の弱腰姿勢を不安視する勢力は、決して少なくはない。


「異議を申し立てる」

「竜が敵と申すにしても、言葉をお選びいただきたい。仮に先の言葉を通すにしても、白竜公と暗月の血を敵と含まぬ事を確約していただきたい」


その不安の言葉に対して声を発したのは、白竜シースに仕える六目の伝道者達の一人と、その者たちの長だった。
神の都にて奇跡ではなく魔術を嗜む彼らにとって、暗月の血と白竜公の安全の確保は、何にも代え難い事項だった。


コブラ「おっと場外乱闘か。レフェリーの女神の出番だ」


ベルカ「静粛に。含むところがあれば場を設けるが、その場はここではない」

ベルカ「名を失いし王よ。この場は、我が汝に課した罪に対し、汝が釈明を行う機会も兼ねている。しかし釈明を行わぬのならば、言い渡されるままの罰を受けることになろう」


新王「ならば言い渡されるままの罰を受けよう。全ては真実だ」


ベルカ「………」


名を失いし王は玉座から立ちあがり、冠を外す事も無く、その右手に剣槍を持った。
太陽の剣槍は古い竜狩り譚にも記されている。その冒険譚は、長旅の末の戦いの物語だった。
611 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/09/10(火) 19:30:33.40 ID:xOw1oi6DO
コブラの説明が解り易くて助かる
612 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/09/10(火) 21:43:44.88 ID:wYXAqMVgo
なんか説明を聞けば聞くほどこんな世界滅ぶなら滅んでしまえ感が……
613 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/09/11(水) 03:18:40.25 ID:eROt+AEL0
剣槍を携え、ベルカの横を通り過ぎ、大広間から歩き去らんと歩を進める王に、神々は気圧されるように道を開けた。
王が歩く最後の道には、恥を知らぬかと王に罵倒を浴びせ掛ける者、見捨てられると怯える者などの声が二、三転がり込んで来たが、それが石床に消えるほどに、道は静かだった。
王へ注がれる視線は様々に心を含んでいたが、王はどれとも視線を絡めず、足元さえも見ずに歩き去っていく。


ベルカ「太陽の長子。無名の王よ。汝に太陽の導きを」


背中に仮初めの惜別を投げかけられても、無名の王は振り向かず、立ち止まりもしなかった。


無名の王「太陽は既に導いた。ゆえに我は示された地へとゆくのだ」


王はそのまま歩き去り、大聖堂を出て大階段を二、三降ると、剣槍を天に向け掲げた。
空の雲は剣槍に惹かれるようにして集まり、風と共に剣槍と王を取り囲む。
足元にも雲と風の塊が生じ、周囲を飛び回る風に雷が含まれはじめた瞬間…


ドドォーーッ!!


無名の王は激しい落雷と共に姿を消し、遠くの空の雲間には、小さく輝きながら遠ざかる点が一瞬現れ、その輝きも消えた。
人への弱腰や、闇と竜の増長などを不安視していた臆病な者たちは、王を庇わなかった身でありながら追放について難色を示す。
広間の神々が互いに様々な言葉を行き交わせている間、ベルカとクリスタルボウイだけが、王が去っていった正門を静かに見つめていた。


グウィンドリン「兄上がアノール・ロンドを見捨てたのか、それとも我らが兄上を見捨てたのか、兄上がついに仔細を語らなかったゆえ、最早分からぬ」

グウィンドリン「だがこの後に起きた事を思えば……兄上は恐らく、我らが犯してしまった誤ちが何であるかを、遥か以前に看破していたのだろう」


コブラ「その過ちってのはなんだい?」


グウィンドリン「それは明確には……いや、分からぬ……だが確かに、我は言い知れぬ焦燥を思うのだ」

グウィンドリン「この怖れは、クリスタルボウイの記憶を知る遥か前……父上が我ら月の子らを秘する事を決めた時から、我が内に巣食っている」

グウィンドリン「兄上の追放は、先王だった父上の行った政を兄上が崩さなかった事に起因しているが……だが、先王グウィンの政により、アノール・ロンドは栄え、神々は栄え、人も栄えた…」

グウィンドリン「コブラ…我は恐ろしいのだ…兄上がどのような真実を見出したのか…それを知る勇気が無い…」

グウィンドリン「我が記憶に、兄上の見た真実が無い事に…心から安堵してしまうのだ」



コブラ「知りたくない事があるなら、俺もそこは詮索しない」

コブラ「俺とレディはただ生きて古巣に帰りたいだけだ。あんたの古傷を抉ることや、新たなる恐怖みたいものにも興味は無いのさ」

コブラ「だが、知らなきゃならんと言い出したのはアンタだ。苦しくならない程度に続きを頼むぜ」


グウィンドリン「…ああ、そうだな」



神々の喧騒は崩れ、大広間は溶け始める。
新たな転移はグウィンドリンとコブラを、また別の広間に立たせた。
横長の広間の中心には、横たわる大碑石を背負ったピラミッド状の低階段があり、低階段の頂部に置かれた椅子には、古き日のグウィンドリンが座していた。
大広間の光源は、縦に長い大窓からの陽光のみであり、ゆえに広間は薄暗く、コブラに寒々しささえ感じさせた。


コブラ「今度はアンタの軟禁部屋か……お付きの者の一人や二人、せがんだってバチは当たらないんじゃないか?」


グウィンドリン「父上と兄上がアノール・ロンドを去り、ただ位の繰り上げが生じたに過ぎないのだから、扱いなども重くある必要は無いと自重していたのだ」

グウィンドリン「それに、従者をつけたところで、命じるような事も起こらぬのでな」



静謐な孤独を守る広間に、どこからか石を擦り合わせる音が小さく響く。
石の足音は広間の入り口手前で止まり、音の主は跪いた。


古き日のグウィンドリン「来訪者よ。暗月の君の聖廟に、何用で参った?」


古き日のグウィンドリンは、薄闇に半ば眠っていた意識を覚醒させ、音の主に問いかけた。


石鎧の戦士「岩のハベル様の使いでございます。無名の王追放の際に、反乱の恐れありとしてベルカ様の命の元行われた、我が主の主導による白竜公の裁定が定まりましたので、その旨の御報告に参りました」
614 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/05(土) 02:39:57.77 ID:wyHlKdSF0
古き日のグウィンドリン「報告?我ら月らである我が身に、何かせよというのか?政を執り行う権利は、竜の血を引く忌子には無い」

古き日のグウィンドリン「それとも、白竜公を書庫にではなく、我が居室に押し込めよとでも言われたか」


石鎧の戦士「………」


石鎧の戦士に、霊廟の主は母から聞いた事実に、現状への怒気と諦観を含めて言葉を返した。
石鎧の戦士は投げ返された言葉に身じろぎのひとつしない。
それだけでも、かつてのグウィンドリンは事実が覆い隠す真実を看破したが、確信を持つためにも更に言葉を連ねた。



古き日のグウィンドリン「竜の敵対者が竜を護るなど、信奉者達への突き放しにあたると、汝は疑いは持たぬのか?」


石鎧の戦士「我が主は岩のハベルに在らせられるゆえ」


古き日のグウィンドリン「そうか。では下がれ」


石鎧の戦士「はっ」



ハベルを信奉する戦士は跪いたまま更に頭を深く下げると、立ち上がり、石音と共に霊廟を去った。
残された霊廟の主は、再び微睡みの中に沈み込む。
ハベルはその信奉者共々、やはりシースの追放においても巌のごとく動かぬことを知れたのだから。


グウィンドリン「岩のハベルに、白竜公は斬れぬ」

グウィンドリン「白竜シースには暗月の光が流れ、暗月は太陽と混ざり合ったのち、このアノール・ロンドを築いたのだから」


コブラ「つまり岩のハベルとかいう奴は、王にではなく女王……アンタの母上殿に忠誠を誓っていたってわけか」


グウィンドリン「そう言い切るだけの根拠を聞こう」


コブラ「簡単な理屈さ。最初の王がいなくなってその後継者も弾劾の末に追放されたとあっちゃあ、女王にではなく王に忠誠を誓う騎士に、不安因子の隔離なんていう任務が回ってくるはずが無い。囚人の監視に囚人を使う刑務所なんて、どこのお偉いさんも使いたがらないさ」

コブラ「それに、どうせアンタの国もお馴染みの後継者争いなんかをやらかしたんだろ?だったら尚のことってものだろ」


グウィンドリン「ふむ……概ね貴公の察しの通りではあるが、それは一つの面に留まる」

グウィンドリン「我が母、月と太陽の女神に、岩のハベルは確かに忠誠を誓っていた。だがそれ故に享受した任務を、かの神はただ遂行するだけの者でも無い」

グウィンドリン「岩のハベルは自らを白竜公の敵対者とし、月と太陽の子たる白竜シースを護り、我ら月の子らを護り、神々から不和の種をひとつ摘み取る道を選んだのだ」

グウィンドリン「たとえそれが友たるシースとの今生の別れとなり、その絆を永久に穢し、覆い隠すものであったとしても」


コブラ「じゃあ、アンタがさっきの使いっぱしりに不機嫌だったのは…」


グウィンドリン「魔法に抗する術を創るならば、魔法を師とし、魔法の術理を知らなければならない」

グウィンドリン「皮肉なものだ。魔術の敵にして竜断の神と呼ばれしハベルの心中を察していた者が、我ら月の子らと、知りたがりの大鎚騎士だけだったとはな」


コブラ「大鎚騎士?誰なんだそいつは?」


グウィンドリン「気にする事は無い。愉快な者ではあったが、あれも輪の都に発って随分経つ。最早生きてはいない」

グウィンドリン「貴公が知るべき者達は別にある。それらは先だ」



古き日のグウィンドリンと、かの神を囲む広間と静寂は、闇の中に崩れて消える。
次の転移がどのような景色を映すのか、少し以前からコブラは内心楽しみに思い始めていた。
だが崩れた景色は闇に染まったまま、石床も灰の荒野も映さない。



コブラ「ん?また記憶が無いのか。それともコンセントが抜けたかな?」



コブラの軽口が闇に吸い込まれたが、闇は何もみせず、音も返さない。
615 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/05(土) 11:28:09.49 ID:3AxRpwQMO
話を聞けば聞くほど詰んでるわこの世界という気持ちが強くなっていく……
616 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/06(日) 10:39:08.34 ID:nAUZyT2m0
>>614
誤・古き日のグウィンドリン「報告?我ら月らである我が身に、
正・古き日のグウィンドリン「報告?月の子らである我が身に、
617 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/06(日) 16:09:49.68 ID:nAUZyT2m0
グウィンドリン「白竜公が書庫に幽閉された日を境に、我ら月の子らへの隔離も、より深く明確なものになっていった」

グウィンドリン「我が姉上プリシラと妹のヨルシカが、当時どのような処遇にあったかも、母と話さなければ知らずにいただろう」

グウィンドリン「だが少なくとも、我が耳に入る言葉は、新たな統治者が現れるまでは処遇が定まらぬ身であった、権限の少なき者……我が母の言葉のみとなった」

グウィンドリン「この時の景色が映らぬのもそのためだ。広間の外から聞こえる母の声以外に、我が暗室に価値など無い」


コブラ「分かるぜ。つまらんCMばかりじゃテレビも消したくなる」

コブラ「だがひとついいか?アンタの記憶にはクリスタルボウイの記憶も混ざってるんだろ?この時もアイツは暗躍していたはずだ。何故ヤツの記憶が無い?」


グウィンドリン「クリスタルボウイが与えられた任をただ果たしていたからだ。これからしばらくは、あの者は動かぬ」

グウィンドリン「動く必要も無い。それほどまでに貴公の敵の謀りは完成していたのだ」


「グウィンドリン」


コブラ「!」



闇の中に鈍く響く声は、水中で聞く囁きのように微かであり、コブラは言葉を止めた。
囁きの主は月と太陽の女神であり、その調子から、決して愉快な用事があるわけではないという様子が伺えた。



月と太陽の女神「グウィンドリン…無事なのですね?」

月と太陽の女神「ならば、全てを話してもいいのでしょうね……実はしばらくの間、貴方と貴方の姉妹達に、刺客を放とうという動きがあったのです」


コブラ「フッ、飛ばすね。もう暗殺か」


月と太陽の女神「貴方の知る通り、あなた達月の子らと私には、王座へ王が座らぬ今、政を束ねる力は許されていません」

月と太陽の女神「それをいいことに、ベルカは臨時政府を発足して、このような画策を働いたのです……幸いにも、寵愛のフィナと岩のハベル、刺客達の長たる王の刃キアランの奔走により、大事には至りませんでした。太陽の第一王女たるグウィネヴィアの力添えも大きいでしょう」

月と太陽の女神「ですがヨルシカは幽閉され、プリシラは冷気を纏う身であるがゆえに、流刑の地たる冷たい絵画へと追いやられました」


古き日のグウィンドリン「……母上」


古き日のグウィンドリン「我らに政を束ねられぬと仰るのなら、何故我らは脅かされねば成らぬのですか?」



闇の中を、かつてのグウィンドリンの声が響く。
グウィンドリンの声は鈍くは無かったが、その主の姿は無く、やはり暗闇だけがコブラの眼には映っていた。



月と太陽の女神「全貌はまだ暴きようも無いでしょう……ですがグウィネヴィアの一声ですぐに動きを止めたのですから、何が起こっているにせよ、あなた達を脅かすことによって、ベルカの目的は達成されたのでしょう」


古き日のグウィンドリン「……ベルカは、我らの姉上を王に……次なる薪とするつもりなのですか?」


月と太陽の女神「それもまだ分かりません。ですがもしそうなら、アノール・ロンドは偉大なるソウルの系譜を失い、強い薪を生む力を弱め、遠く滅びます」

月と太陽の女神「かの神はそれを見ぬほど愚かではありません。グウィネヴィアを王とはしないでしょう」


月と太陽の女神「………」


月と太陽の女神「ともかくとして、私達への危機は一時にせよ去りました。我が子である貴方に、楽観せよとは言えないけれど…」

月と太陽の女神「それでも、多くの神々があなた達の影で支えとなっています。貴方の母も、そのひとつ」

月と太陽の女神「心細く感じた時は、どうかそれを思い出して」



コブラ「母の愛ってのは泣かせるね。アンタにも優しいお袋がいた時代があったわけだ」


グウィンドリン「子に優しくなければ、火に焚べる薪など育てられんさ」
618 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/06(日) 21:50:09.29 ID:iMFr2bLpo
ハベルとシースが仲いいって斬新だけど説得力ある
619 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/06(日) 22:21:03.92 ID:nAUZyT2m0
グウィンドリン「我らがアノール・ロンドも、その地に住む神ですら、全ては火を護り、あらゆる生命を存続させるための生贄にすぎない」

グウィンドリン「我が母上の慈愛もそこに帰結する。だが運命は皮肉を心得ていたようだ」



グウィンドリンの言葉と共に、暗闇は晴れて、先程映ったばかりの風景を再び形作る。
白い柱の広間を一杯に埋め尽くす神々と、空の玉座の隣に立つ罪の女神ベルカの姿は、コブラにここが弾劾の場である事を瞬時に悟らせた。
どのような意図のものか、虜囚の身である月の子らも揃って参席を許されていたが、真に驚くべき点は、裁かれる者達の姿である。



オーンスタイン「我らが竜狩りを怠り、怠惰の限りを尽くしていたと言うだけならば、まだよい。だが前王を侮…」


巨人「まだよい!まだよいだとォーッ!!」


ズドドオオォォーーッ!!!


コブラ「おおっ!?」



ベルカの眼前に立つ竜狩りの隣で、足裏を石床に打ち付けた巨人がいる。
巨人は胴と手足に鉄を巻き、右肩に石の木を付け、左肩を露わにした巨人が立っていた。
踏みつけられた石床は蜘蛛の巣の如くひび割れ、揺らぎは王城中を響き渡り、巨人の兜の覗き穴からは、炎の如く燃える真っ赤な目が、周囲に矢のような気炎を放っていた。
その恐ろしさに、弾劾の場を見張る銀騎士達でさえも、巨人に剣を向ける事を躊躇した。



ベルカ「不服とのたまうか。鷹の目のゴーともあろう者が児戯のごと…」


ゴー「王より我らが仰せつかった任は世を護る清き使命であり、それに込められし威光はあくまで絶対!!我らの忠義を疑うなど、貴様は我らを辱めるだけでは飽き足らぬというのか!!」


ベルカ「我が言葉がいつ王の座を穢したというのだ。かような思いに耽る、汝の心根こそが腐臭を放っているのではないのか?」


ゴー「オオオオーーッ!!!」グワッ!

ガシイィーー!!


スモウをも超える巨体を目にも留まらぬ疾さで動かし、ベルカの胴を鷲掴んだゴー。
その右肩には、既に竜狩りが立っていた。



ゴー「!」


オーンスタイン「それ以上の狼藉は許さん。罪の女神を離さなければ、貴公の首を斬る」


ゴー「オーンスタイン……貴公、王より与えられし友情を捨てるかっ……!」


オーンスタイン「友であるから警告を挟めたのだ」


ゴー「………」



己が既に、多くの面で死に体であることを悟った鷹の目は、ベルカを元いた石床に起き、自らは玉座の前に直った。
息の乱れどころか声さえ震わせず、ベルカは粛々と語る。



ベルカ「竜狩りオーンスタインならびに鷹の目のゴー。古竜狩りを怠り、長子の奸計に与した事への罰を、これより汝らに申し渡す」

ベルカ「鷹の目ゴー。今より汝から騎士の位を剥奪し、汝を他の巨人達同様、元の被使役階級に戻す。だがこれまでの功績に免じ、同盟の地たるウーラシールでの隠遁を許す」

ベルカ「オーンスタイン。イザリスの混沌から染み出す毒沼が、日に日にアノール・ロンドへ近づいているとの報は、汝も知るところであろう」


オーンスタイン「………」


ベルカ「故に我ら暫定政府は、汝を古竜狩りの任から解き、新たに王城の護りの任を与えることを決定した。四騎士の長が城勤とあれば、皆々も心安まろう」
620 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 13:14:45.12 ID:e5A9POpf0
コブラ「毒沼……ふーん、そういうコトか」

コブラ「権力を握って増長したか。この女神様のサドっ気が増してきたぜ」

コブラ「俺が見たアノール・ロンドには蛆虫一匹湧いちゃいなかったし、それどころか鉄の巨人が護ってた砦にだって、病み村のヘドロは染み出しちゃいなかった」

コブラ「こいつは警護にかこつけた体のいい軟禁だ。それも無期限のな」

コブラ「それにこの巨人、鷹の目といったか?鷹の目っていやぁ、前見た記憶では四騎士の一人ってことになってたはずだ。大戦争で名を挙げた四大英雄の二人にこんな悪ふざけをやったんだ、どうせ残りの二人にもロクでもない事してるんだろ?」


グウィンドリン「然り。ベルカはゴーを追放し、オーンスタインから多くの権限を奪ったのちに、すぐさま王の刃キアランを捕え、牢に繋いだ」


コブラ「やはりな。キアランってのは、例の刺客達のボス格のことだったか?王家に仕える暗殺者が王家の衰退と共に仕返しをされるなんていうのは、よくあることだ」

コブラ「だが変だぜ。暗殺者には必ず雇い主と協力者がいる。王という雇い主は消えたかもしれないが、協力者はまだいるはずだ」

コブラ「そいつらのツテを使えば、腕の良い暗殺者がのろまな近衛兵なんかに捕まるわけが無い。だがアンタはキアランがすぐに捕まったと言った」

コブラ「まさかとは思うがそのキアランってヤツ、ベルカとの繋がりをベルカ本人に恐れられて、ズバーっとやられたんじゃないのか?」


グウィンドリン「それはありえんな」


コブラ「なに?」


グウィンドリン「王の刃にはただひとつの掟が課される。掟とは『王の命により剣を振るうこと』のみ」

グウィンドリン「一度命があれば、それが誰であろうと斬るのが、かの女神の使命なのだ。それが敵や味方であろうと、己や友であろうと、例え王であろうとな」

グウィンドリン「そしてキアランの剣を収める事ができるのもまた、王のただ一柱のみ」

グウィンドリン「ゆえに玉座が空である時は、キアランは決して剣を抜かぬ。敵や味方に斬られようと、己や友に裏切られようとも」


コブラ「流石に仕事一筋か。もし会うことがあれば、まずはお化粧チェックだな」


グウィンドリン「職人気質から来る行いでは無い。忠義に厚く、闇の中でただひとつ輝く神の都を愛しているがゆえだ」


コブラ「やれやれ、全てはサラマンダー総統のために、か。報いてくれる保証も無いのによくやるねまったく」


グウィンドリン「サラマンダー?誰のことだ?」


コブラ「場末のバーで千年もクダ巻いてた酔っ払いさ」


グウィンドリン「……問われた際に煙に巻くのなら、はじめから皮肉など言うな。貴公の悪い癖だぞ」


コブラ「あーらら、説教されちゃった」



弾劾の場から神々が消え、裁かれる者たちも消え、次の転移が始まる。
移りゆく景色を眺めながら、親しい者が追いやられていく場面で言う冗談では無かったと、コブラは内心反省した。
もっとも心同士が繋がっている以上、その真意もグウィンドリンに筒抜けなのだが、真意を胸に秘めるという癖もまた、コブラの治らぬ癖のひとつだった。
そしてグウィンドリンは、その癖に父と兄の背を見、母の声を想った。
霧降のアノール・ロンドに、果たして真意を語れる者がどれだけいたのだろうか、と。



コブラ「ん?」



転移が終わり、コブラは僅かだが拍子抜けした。
柱の森を埋める神々の姿も、玉座を前に裁かれた者たちも、そしてグウィンドリンとグウィネヴィアを除く王の系譜の姿も消えたが、場所は全く変わらなかったのである。
空の玉座の正面右隣には罪の女神が立ち、その周りには見届け役として、暫定政府の面々と思しき神々が並び、それに混じって法官が書を開いている。
空の玉座の正面左隣にはグウィネヴィアとグウィンドリンが立ち、彼らの背後には、月と太陽の女神が立つ。



ベルカ「入れ」



罪の女神の声と共に、群青色のサーコートを鎧の上に羽織った騎士が、寒々しい大広間に歩を進めた。
621 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/07(月) 13:48:07.18 ID:FOjWf0GqO
アルトリウスか
622 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/09(水) 16:50:09.02 ID:UUCTd9UBo
このベルカとかいう奴少しは痛い目みりゃいいのに……って思ってしまう
623 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/09(水) 18:53:16.39 ID:Pt1A5g6W0

ザッ ザッ ザッ…


入場の許しを得て、群青の騎士は大広間を縦断していく。
騎士の体格は大きく、背丈はオーンスタインよりも頭ひとつ半ほど高いが、その歩みには鈍重さのかけらも感じられない。
鷹とも狼とも見える兜からは、サーコートと同じ色に染められた長房が揺れる。
そして騎士は、その兜を脱ぐことも無く玉座の前へと立ち、空の玉座へ向け跪いた。


ベルカ「如何なる用で参った?闇霊狩りアルトリウスよ」


闇霊狩りと呼ばれた騎士は、跪いたまま。
しかし兜を脱がずに応えた。




アルトリウス「如何なる用でも、お申し付けください」




騎士の言葉は容量を得ぬものであると、ベルカの周りにいる神々は眉をひそめた。
用があって呼びつけるならまだしも、用を求めて呼びつけるなど礼を失すること甚だしい。


「四騎士ともあろう者が何を言う。録に残るのだぞ?」


神の一柱が当然の苦言を呈する中、法官はこの場で交わされた言葉を一句漏らさず書に書きとめている。
だがベルカは、その唇に賞賛の意を込めて笑った。


ベルカ「フフッ……そうきたか」

ベルカ「四騎士というのは王の命で戦うばかりで、政や謀りなど分からぬものと思っていたが、存外話が分かるではないか」


アルトリウス「………」


ベルカ「何らかの任を仰せつかったのちに無事役を果たし、恩赦によって友たる騎士達にかつての役を与えようと、汝は考えた」

ベルカ「しかし自ら名乗り出るのであれば、今までの汝の行い同様、報酬を求めぬ忠義から来る行いであると神々に示すことになり、褒めの言葉一つで事を収められる可能性がある」

ベルカ「だが我らが汝に申し付けるという形になれば、我らは汝の行いに対して見返りを与えなければならない身となり、汝はかつての友を取り戻せる」

ベルカ「よい策だ。我らの慣例の盲点を突いているし、我も流石にこのような真似はせぬと高を括っていたのは確かだ」


ベルカ「だが悲しいかな、その策は我々が『用など無い』と言ってしまえばそれで消えてしまう、あまりに儚いものだ」

ベルカ「それに万が一にも役を与える事になろうとも、その役を果たした者に恩赦を与えられるのは王のみ。王子でも王女でも、ましてや我らでも無い。王ただ一柱のみなのだ」


アルトリウス「………」


ベルカ「……しかし王が不在である今、王が座につくまで一切の事を治めないとなれば、暫定政府の意義が問われるはめに陥ろう」

ベルカ「ここは王による恩赦ではなく、暫定政府が存続する限りは有効とする、暫定的な新たな恩赦を作らねばなるまい」


アルトリウス「!」


「何を仰るのです!?」

「闇霊狩りはまだ何も求めてはおりませんぞ!それに恩赦を与えるというのですか!?」

「我らに仇なさんとした鷹の目はどうなります!?アルトリウスが任を果たせば、鷹の目に再び王城の門をくぐらせることになるのですぞ!」


神々が口々にベルカへ忠告を入れる中、ベルカの微笑みは弛まずアルトリウスへ向けられている。
その表情に、コブラは飽きるほどの見覚えがあった。


コブラ「……そりゃあ恩赦も出すか」


コブラ「生きて帰らせるつもりが無いんだからな」

624 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/09(水) 20:36:26.92 ID:UUCTd9UBo
本当このベルカとかいう奴どうにかして……マジで最悪やん……
625 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/10(木) 04:38:14.53 ID:O/ri+cnk0
ベルカは懐から黒鉄色の小箱を取り出した。
小箱には銀色に輝く頭蓋が彫られており、頭蓋の眼窩はアルトリウスを見返している。
その小箱を見て、神々は口を開くのをやめた。


ベルカ「この箱の頭蓋が何を示すか、汝も知るところであろう」

ベルカ「頭蓋は解呪の証であり、光たる神に降りかかる災いを闇たる人で拭うことを示すが、この箱に収められている宝具はその類いとも異なる」スッ…


ベルカの指が小箱の隙間に差し込まれる。
そしてアルトリウスへ向け開かれた小箱には、闇霊を狩る者にのみ与えられる紋章を刻まれた、銀のペンダントが収められていた。


アルトリウス「…これは、闇狩りの……」


ベルカ「あらかじめ汝の紋章を刻んでおいた。アノール・ロンドに大いなる闇が迫る時に備え、闇を打ち払う算段が昔に整えられていたが、遂に闇も現れず、多くの宝具が死蔵された。この名も無きペンダントもそのひとつだ」

ベルカ「これを握り念じれば、闇狩りの光が放たれる。闇は光に貫かれ、千々と消えるだろう」


跪いたまま小箱を受け取り、アルトリウスはペンダントを手にする。
長い鎖に繋がれていたが、装身具部分は神の身には小さく、人の掌にしてようやく釣り合うような大きさをしていた。
ベルカはペンダントが抜かれた小箱を懐に仕舞い直し、しかしアルトリウスの前に立ったまま、話を続けた。


ベルカ「アルトリウス。汝がそのような申し出をするのを、我は実のところ待っていたのだ」


アルトリウス「………」


ベルカ「汝の友を牢や僻地へ送ったのも、あくまで前王の愚行を広く弾劾するための一計。アノール・ロンドに渦巻く王家への不信を分散し、発散させる為の行いだったのだ」

ベルカ「不信が収まった頃を見計らい、我は王の四騎士に暫定的な恩赦を与え、騎士を再び集結させ、新たなアノール・ロンドの護り手とするつもりでいたのだが……それも遅すぎた」

ベルカ「今や竜狩りは我らに不信感を強めておるし、鷹の目は王家への忠誠が過ぎ、柔和さを失っている。最早我らが再起を願っても、聞く耳など持たぬだろう」


アルトリウス「…闇の巣食うウーラシールに……ゴーに遣いを出したのですか?」


ベルカ「うむ。だが、その遣いも遂に行方が途絶えた。恐らくは闇の者の手か、もしくは怒れるゴーの手に掛かったのだろう」


アルトリウス「ゴーがそのような事をするはずがございません。アノール・ロンドへの愛を持つ勇が、アノール・ロンドの民を討つなどあり得ません」


ベルカ「承知している。だが闇が神の心を惑わし、蝕むことは、汝も知っていよう。すでに遅いが、行かせるべきではなかった。これは我らの誤ちだ」


アルトリウス「………」


ベルカ「汝が訝しむのも分かる。だがこれは、皆がどうかは知らぬが、我が本心である事は保証する。その為に大法官にも録を残させた」

ベルカ「万が一に我からの申し出が謀りでも、国の興りからある至宝を棄て、勇士を弑するなど、神代が永久に続くが如く永久に語られる大恥となろう」

ベルカ「さすれば、スモウの大鎚に磨り潰されるのも我が身だ。どうにせよ、汝の願いは叶えられようというもの」


アルトリウス「!…そのような事は、断じて考えてはおりません。王の四騎士の名誉に誓えます」


ベルカ「そのような誓いは立てる事は無い。ただ任を受け、友を救えばよいのだ」



ベルカは再び微笑むと、元いた場へと戻り、姿勢を改め、令を発した。



ベルカ「闇霊狩りアルトリウスよ。汝はこれよりウーラシールへと向かい、深淵の主たるマヌスを征伐せよ」

ベルカ「無事征伐した暁には、汝に三つの恩赦を与え、それを四騎士の復権に使う事を許す」

ベルカ「では行くがよい」



令を受けたアルトリウスは、跪いたまま頭を一度下げると、立ち上がって踵を返した。
足甲が立てる細やかな金属音が、徐々に遠ざかっていく。
その背中に、ベルカは三度目の微笑みを向け、神々は愚か者に向ける哀れみの視線を贈る。
結局のところ、誠実なる四騎士の背中に祈りと不安の視線を向けたのは、太陽と月の三柱のみであった。
626 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/10(木) 09:43:38.86 ID:w2ahAbi0O
ダクソでこういう権謀術数は新鮮だわ
実際本編過去でもあったんだろうな
627 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/11(金) 04:15:35.63 ID:j+TiaUXt0
グウィンドリン「アルトリウスは使命を負い、そして戻らなかった」

グウィンドリン「当時、我ら月の子らは政の表層すらからも離されていた。政の最奥、ましてや秘されしものなど、知り得るはずもない」

グウィンドリン「ゆえにアルトリウスを陥れた罠に、我は遂に気づくことができなかった」

グウィンドリン「……一日ほど遡るぞ」


コブラ「?」


グウィンドリンの言葉を飲み込む暇も無く、大広間は溶け、新たな転移に運ばれたコブラの前に、薄暗い部屋が現れた。
長方形型の広い一室には、刺繍の施された橙色の絨毯が縦横に敷かれている。
長方形の奥には祭壇、中間には左右に並べられた八つの長椅子、手前には白いドアが開いており、そこから部屋を一望することができた。
そして、その入り口をコブラが通った直後に…


コブラ「!」


コブラの背後から、法官を連れたベルカが入室した。
部屋をひと眺めしたベルカは長椅子のひとつに姿勢を正して座り、法官は祭壇の前に立った。


コブラ「これはボウイの記憶か。つまり、ここでヤツはまた動きだすわけか」


グウィンドリン「然り。この時より、貴公の敵は謀りを速めた」


法官は祭壇から巻子本を取り出すと、本を開き、懐から印判を取り出す。
書物の書き手が誰であるかを保証するためのそれは、本の始めに押されると、懐にしまわれた。
ベルカはつつがなく職務をこなす法官を余所に、視線を伏せ、何事かを思い詰めるような表情を浮かべている。


法官「何を思い詰めておられるのです?」


ベルカ「……思い詰める?…何を理由に、そのようなことを…」


法官「貴女様は大王を追放いたしました。その息子も。あれはあの者達が神代を脅かしたのが悪いのです」

法官「神の身でありながら竜の肩を持ち、強欲な人間どもに望むがままを与えてやるなど、本来ならば死罪をも考慮されるべきでしょう」


ベルカ「何を言う、口を慎め。今の言葉はその身に過ぎるぞ」


法官の言葉に、語気を荒げるベルカ。
その両眼には静かなる怒りが込められていたが、コブラにはその他にも何か、濁りが感じられた。


コブラ「へっ、流石に良心が咎めてるか」

コブラ「王に怯えるようなヤツが、王を追い出したりするからだ。酒にコインを入れすぎたな」


グウィンドリン「ベルカの怯えは、確かに王へ向けられている」

グウィンドリン「だがそれは恐れの欠片に過ぎぬ。かの神の恐れの多くが向かう所は、王などではない」


コブラ「なに?」


ベルカの声を聞いた法官はしかし振り向かず、巻子本をゆっくりと巻いている。
その様子を見つめるベルカは二の句を継がず、法官が何を言うかを待っているようだった。



法官「
628 :>>627で誤爆をしてしまったので再度書き込み [saga]:2019/10/11(金) 04:37:41.77 ID:j+TiaUXt0
グウィンドリン「アルトリウスは使命を負い、そして戻らなかった」

グウィンドリン「当時、我ら月の子らは政の表層すらからも離されていた。政の最奥、ましてや秘されしものなど、知り得るはずもない」

グウィンドリン「ゆえにアルトリウスを陥れた罠に、我は遂に気づくことができなかった」

グウィンドリン「……一日ほど遡るぞ」


コブラ「?」


グウィンドリンの言葉を飲み込む暇も無く、大広間は溶け、新たな転移に運ばれたコブラの前に、薄暗い部屋が現れた。
長方形型の広い一室には、刺繍の施された橙色の絨毯が縦横に敷かれている。
長方形の奥には祭壇、中間には左右に並べられた八つの長椅子、手前には白いドアが開いており、そこから部屋を一望することができた。
そして、その入り口をコブラが通った直後に…


コブラ「!」


コブラの背後から、法官を連れたベルカが入室した。
部屋をひと眺めしたベルカは長椅子のひとつに姿勢を正して座り、法官は祭壇の前に立った。


コブラ「これはボウイの記憶か。つまり、ここでヤツはまた動きだすわけか」


グウィンドリン「然り。この時より、貴公の敵は謀りを速めた」


法官は祭壇から巻子本を取り出すと、本を開き、懐から印判を取り出す。
書物の書き手が誰であるかを保証するためのそれは、本の始めに押されると、懐にしまわれた。
ベルカはつつがなく職務をこなす法官を余所に、視線を伏せ、何事かを思い詰めるような表情を浮かべている。


法官「何を思い詰めておられるのです?」


ベルカ「……思い詰める?…何を理由に、そのようなことを…」


法官「貴女様は王を追放いたしました。その配下の者にも然るべき報いを与えました」

法官「全てはあの者達が神代を脅かしたのが悪いのです」

法官「神の身でありながら竜の肩を持ち、強欲な人間どもに望むがままを与えてやるなど、本来ならば死罪をも考慮されるべきでしょう」


ベルカ「何を言う、口を慎め。今の言葉はその身に過ぎるぞ」


法官の言葉に、語気を荒げるベルカ。
その両眼には静かなる怒りが込められていたが、コブラにはその他にも何か、濁りが感じられた。


コブラ「へっ、流石に良心が咎めてるか」

コブラ「王に怯えるようなヤツが、王を追い出したりするからだ。酒にコインを入れすぎたな」


グウィンドリン「ベルカの怯えは、確かに王へ向けられている」

グウィンドリン「だがそれは恐れの欠片に過ぎぬ。かの神の恐れの多くが向かう所は、王などではない」


コブラ「なに?」


ベルカの声を聞いた法官はしかし振り向かず、巻子本をゆっくりと巻いている。
その様子を見つめるベルカは二の句を継がず、法官が何を言うかを待っているようだった。



法官「……口を慎む?何故です。既にこの国とは関係のない者に、義理を立てる必要もありますまい」

法官「貴女は正しいことをしたのです。奸計を断ち、アノール・ロンドを清めた。大法官であるこの私が保証しましょう」

法官「それに、例え貴女が悔いた所で、今更貴女に何ができるというのです」

法官「神々の前で堂々と罪を曝け出させ、名まで奪った王に、再び玉座へ座れと命じるおつもりですか?」

法官「そのような都合の良い話、今更通りませんな」

法官「太陽の光を強く受け継ぐお方は今やグウィネヴィア様のみ。残るは暗月の方々です。その暗月にもしもの事があれば、このアノール・ロンドもいよいよ陰るでしょう」
629 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/10/23(水) 03:48:31.93 ID:XGF7BpPT0
>>623
騎士の言葉は容量を得ぬものであると×
騎士の言葉は要領を得ぬものであると〇
630 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/23(水) 04:31:22.45 ID:MzWV9SEIO
何を企んでるんだか………
631 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [ saga]:2019/10/25(金) 07:07:30.63 ID:JyVx6aTo0
ベルカ「もうよい。今更自明を語るなど、汝の魂胆も見え透いている」

ベルカ「しかし、この罪の女神を策で飲み込もうと、汝を待つのは仮初めの政を束ねる席にすぎぬぞ」


法官「何を仰っているのか分かりませんな。私はただ、月の血筋を真の支配者に立てるのなら、太陽は良い隠れ蓑になると言っているだけです」



ベルカ「なっ…!?」


コブラ「へっ、傀儡政治かぁ」



法官「気付かないとでもお思いでしたかな?」

法官「大王も、その御子息も、大いなるソウルを得て竜を破りはしましたが、竜に心を奪われた。そして人間にも屈し、長子は自ら去って末娘は棄てられ、残っている太陽の子は人の貧者を救うことにかまけているグィネヴィア様のみ」

法官「実のところ、貴女もすでに分かっているのでしょう?太陽は弱い。冷たい月こそが人を縛り、神を支えるに足る血筋であると」


ベルカ「な…何を世迷いごとを…」


法官「世迷いごとではありません。貴女こそが正しいのですよ」


ベルカに背を向けたまま法官は話を続ける。
コブラは、今まさにベルカを陥れようとするクリスタルボウイへ向け歩き出し、祭壇を回り込み、祭壇を挟んで法官と対峙した。
そしてコブラは、ベルカからは見えぬ法官の手元に、アルトリウスへと渡された銀色のペンダントを見た。


法官「アノール・ロンドに残った太陽の子らは僅かに一柱。しかし月の血筋の者は、大王の妻である太陽と月の女神を含めて、四柱も残っている」

法官「そして篝火の薪となる大いなるソウルは、月の女神にも流れている。ならばもはや薄れゆく一方となった太陽の血筋よりも未来ある月の血筋を取るのは、薪に頼る身としては当然の判断でしょう」


ベルカ「………もはや是非も無い…」

ベルカ「全てはアノール・ロンドのため…世を照らす炎のために…」


法官「分かっていますとも。だからこそ私は、貴女をお支えしたいのですよ」


慰めの言葉とは裏腹に、コブラが眼にしたのは法官の不敵な笑みだった。
その笑みと共に法官はペンダントを右手に握り込み、自らの頭上に掲げた。



カッ!!


ベルカ「!?」


シュゴオオォーーーッ!!!


コブラ「! この光、アーリマンの力か!」



そして長方形の一室にある、ありとあらゆる影が、尾を引いて法官の右拳に集まり始めた。
集まった影は拳を中心に渦を巻き、拳の隙間からは紫色の刺すような光が漏れている。
祭壇の蝋燭は火を失って風に倒され、ベルカは突如現れた禍々しき輝きに圧倒され、思わず立ち上がり、闇の風に衣服をはためかせた。


ゴゴゴゴ…


だが風は10秒と続かず、すぐに収まって影を元の所へ手放し、輝きは消えた。
後には遠方からの微かな雷鳴に似た響きが数瞬続き、右拳を降ろす法官の周りには、倒れた燭台以外に破壊の痕跡は残らなかった。
法官はその燭台を左手で拾うと、祭壇の上に戻し、ワインをグラスに注ぐかのような静かな動作で、順々に火を灯していった。
632 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [ saga]:2019/10/25(金) 09:18:42.48 ID:JyVx6aTo0

ベルカ「今のは……」


法官「珍しい魔術というものですよ。女神であるとともに魔女でもある貴女なら、今の行いに魔力が働いた事も分かるでしょう?」


ベルカ「………」


法官はゆっくりと振り向いたのちに、歩きながらベルカに語り掛ける。
自らの脚の存在を忘れているのか、ベルカは一足退がることさえ出来ず、その場に立ち竦んでいた。


法官「太陽の血筋を弱めるのならば、突くべき弱みがあります」

法官「それは心です。まずは太陽と、太陽を慕う者達の心を攻撃するのです」


ベルカの前に立った法官は、汗ひとつ無い右掌をかの神の前に差し出し、指を開いた。
そこにはベルカの知るままの姿として、宝具として何の変哲も無いと言えるペンダントがあった。


法官「ひとつを去らせ、ひとつを封じ、ひとつを繋ぎ、ひとつを殺す。全てを殺してはならない。全てを繋ぎ止めてはならない」

法官「人も神も、こと支配被支配の関係という点については、いくつかの共通点があるという事は、貴女も見てきたはずだ」

法官「だからこそ今回は殺しが必要なのです」



ベルカ「まさか…そなたは…」



法官「アルトリウスを殺しなさい」

法官「あれが死ねば四騎士は封じられ、太陽の血筋の復権を求める者は去り、暫定政府の力に浴する者達は貴女に繋がれる」


グウィンドリン「………」


女神の瞳の中に陰りを見た法官は満足すると、ベルカにペンダントを握らせ、ベルカの隣を抜け、歩き去って行く。


法官「神々に黄金の時代を」


一室の出入り口を出る際に、法官は一言そう漏らして、去って行った。
クリスタルボウイの記憶の風景であるために、法官が去った一室は闇に溶け始め、崩れてゆく。
ベルカの動きも止まり、蝋燭の炎も揺らぐ事なく、その形を揺らがせてゆく。
溶けゆくベルカの眼の焦点は定かではなかったが、その瞳からも、コブラには多くのものが読み取れた。
またも闇へと転移するその一瞬、コブラが見たもの。
それは強い焦燥や後悔、恐怖の類だった。



コブラ「後悔したってもう遅いぜ。真面目な奴ほど同類を殺すはめになる。神の国に引きこもってないで、もっと外を見ておくべきだったな」

コブラ「しかしボウイの奴も派手な魔法を使いやがる。本当に誰にもバレなかったのか?」


グウィンドリン「アノール・ロンドの城内にて闇の魔術が振るわれる事など、本来あってはならないはずだった」

グウィンドリン「だが、我が父と兄が人の闇を探り始めた時より、城に闇の気が漂うなども、さして珍しい事では無くなっていたのだ」

グウィンドリン「シース公の結晶には、人の闇と似た呪いが込められている。その結晶を大書庫に置き、六目の伝道師達が物品を持ち寄って毎日のように城と書庫を行き来したとあれば、闇の気も移る」

グウィンドリン「ゆえに目撃者無き闇の気の乱れとあれば、疑いの目も法官ではなく、大書庫にこそ向けられようというもの」


コブラ「影を隠すなら闇にってワケか」


グウィンドリン「これからしばらくの間、映る記憶は無い。全てが終わったのちに、神々のしたためた書物による知識として…」


コブラ「ただ知るのみである、だろ?」


グウィンドリン「それに尽きる」


コブラ「OK、それじゃあ話してくれ」
633 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/25(金) 13:20:32.13 ID:miruY51Yo
そういやこのベルカって奴は今どこで油売ってるんだ……?
634 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/25(金) 14:11:53.60 ID:lza1CYQxO
>>633
ゲーム内だとガチの消息不明
635 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/28(月) 23:27:59.81 ID:aD8xBuhO0
一気読みした。
このSS読んでると今プレイしているダクソリマスター版が、仲間と協力して試練を乗り越えていく、正統派冒険RPGのように思えてくるから困る。
実際はほとんどBGMすらない中何度となく死にまくりながら進み、最終的に登場キャラの大概が死ぬか亡者と化す世界だというのに。
636 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [ saga]:2019/10/29(火) 06:55:21.17 ID:yOY1b+4D0

グウィンドリン「うむ。ベルカと暫定政府は、アルトリウスを死地へと向かわせたのちに、月の血を引く者を再び幽閉した。そして暫定政府の横暴に批判的、あるいは反発していた者達の立場も、アルトリウス行方知れずの報がアノール・ロンドに届くと、一層に危うくなった」

グウィンドリン「暫定政府の神々を色恋により翻弄し、移り気と罵られながらも、我らと我が母を陰ながら護った寵愛の女神フィナ」

グウィンドリン「月の血を秘すべき指導者に立てるという、ベルカの真意に気付くことなく、シースと我ら月の子らを厳しく縛り、我らの無力を暫定政府に訴え続けた岩のハベル」

グウィンドリン「同じくベルカの真意を知らず、しかしすでに傀儡と化した己の身を知る太陽の王女。暫定政府に、王家の者としての尊厳ある立場を、月の血筋の者達に約束するよう訴え続けた我が姉グウィネヴィア」

グウィンドリン「その三柱を中心とした、神々と被使役層の巨人達による旧体制派も、急速に力を落としていく事となった」


コブラ「王家大好きな四騎士がもういないんじゃ、政治的拮抗ってやつも御破算か」


グウィンドリン「然り。録を付ける者は法に仕えなければならず、その法はベルカの手中にあった」

グウィンドリン「ゆえに我が読んだ多くの録にも、この沙汰に関する項が極めて少なく、多くが省略されている」

グウィンドリン「最も事細かく記したものも、一行半程度で済まされていた」


コブラ「この一大事件がか?どんなマジックを使えばそうなる?」


グウィンドリン「録にはこうあった」

グウィンドリン「『太陽の血筋を重んじる多くの神々が、被使役層の巨人と共に暫定政府への反意を示したが、ベルカ三権長が、グウィネヴィア王女の身の安全は自身の全責任において保証すると広く宣言すると、彼らの反意は収められた』と」


コブラ「こらまた上手にまとめたもんだぜ。王女を人質に取りました、じゃ正当性が通らないもんな」


グウィンドリン「録を書く者はいたが、それを見聴きし伝える者は何処にもおらぬのだ。本来ならば正当性とやらも気にかける必要は無い。ただ、悦に浸ったのだろう」

グウィンドリン「だがその愉悦も……否、愉悦を抱いたからこそ、更なる反意を育んだのだろうな」



グウィンドリンがひとまず語り終えると、新たな転移が行われた。
コブラとグウィンドリンはまたも新王を弾劾した大広間に立ち、コブラの眼には今や見慣れた者達の姿が映った。
法官と暫定政府の神々。銀騎士達。広間を埋める神々の姿。空の玉座の隣に立つベルカ。場の警護を任されたオーンスタイン。
彼らの視線は、玉座の前に四つん這いとなっている、被告者たる一体の被使役巨人へと向けられている。
その被使役巨人に憐れみの眼を向けたのは、見せしめを見ざるを得ない立場にある、王家の者達だけである。
だが被告たる巨人が受けるのは、アルトリウスが得た任ではなかった。



巨人「いやだ!いやだ!王様、たすけて!」

ガシッ!


空の玉座に助けを求める巨人の首根っこを掴み、引き倒したのは、オーンスタインだった。
ベルカが巨人に言い渡した刑罰を執行するため、広間の隅にある昇降機から姿を現したのは、大鎚を担いだスモウ。


コブラ「…粛清か…」


ベルカ「これより、王女グウィネヴィア様への拉致を画策した罪により、汝を死刑に処する。最期に言い遺しておくべき事はあるか」

巨人「お、おれ、おれ、お偉い方々に戻ってほしかっただけ!昔みたいに!おれ、王女様さらわない!」

ベルカ「ではスモウ、刑の執行を」

巨人「いやだ!いやだあああ!!あああああ!!」


被告者たる巨人は四つん這いの身体を起こそうと、全身に必死の力を込めるが、オーンスタインの竜の如き大力に首を抑えられ、ただ糞尿を漏らすだけだった。
辺りに立ち込める悪臭に神々は顔をしかめ、笑う者や罵倒を叫ぶ者もいた。
月の子らは哀れみによって皆うつむき、彼らの母もたまらず巨人から眼を背けたが、王女グウィネヴィアは溢れんばかりの涙を溜めた目で、もがく巨人を見つめた。
王家の者の言葉は、容易く均衡や公平性を損なわせるという事を、グウィネヴィアは知っている。だからこそ、助けにも眼で応えるしかないのだった。


コブラ「うっ!」

グウィンドリン「………」


あらゆる尊厳を奪われた巨人は尚も、その場にいもしない王を呼び続け、そしてスモウの大鎚は振り下ろされた。
広間を揺るがす轟音と共に、巨人は頭と下半身と両腕を残し、一撃のもとに叩き潰され、瞬時に絶命した。
被使役層の者であるとはいえ、被告者たる巨人は超常の存在である。破壊された巨人の肉体はすぐにソウルとなってスモウの身体に纏わり、消えた。
そして跡には、漏れ落ちて人の膝ほどの高さに積み重なった糞尿と、涙の水たまりが残った。
637 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [ saga]:2019/10/29(火) 19:40:45.23 ID:yOY1b+4D0
グウィンドリン「………」


グウィンドリン「…コブラよ。この場で落命せし巨人に、我が姉上をさらう事はできるか?」


コブラ「無理だろうな。城の護りはオーンスタインが固めているし、騎士連中もいる。第一、巨人の身体で入り込める場所なんてのは、この城には殆ど無い」

コブラ「こいつは見せしめだ。容疑も容疑者もどうでもいいのさ」


グウィンドリン「然り。録にはこの者を含め、多くの大罪者が記されてはいた」

グウィンドリン「しかしその痕跡は録に残されてはおらず、真実を暴こうとした者は暫定政府に貪欲との誹りを受け、貪欲者の烙印を押され、卑小な者へと堕とされた」

グウィンドリン「例えそれらの見せしめが、太陽の血を縛り、月の血を立てるため、ベルカが行った致し方の無い生贄であるとしても、我には許しがたい行いだ」

グウィンドリン「真実を知らぬ者達にとっては、尚のことであろう」



処刑場からコブラとグウィンドリンは転移し、再び闇だけが二者を包んだ。
グウィンドリンは語りを続ける。



グウィンドリン「太陽の血筋を重んじる者達と、月の血筋を重んじるベルカ率いる暫定政府の対立は、急速に深まっていった」

グウィンドリン「対立が闘争へと変じるのに時は要さず、戦いによって多くの神々と巨人が誅殺され、あるいは追放された」

グウィンドリン「我ら月の子らは、太陽の派閥の者が処刑される時のみ、束の間の解放を許されたが、我らはそれを恐れた」

グウィンドリン「我らは牢から放される度に、我らの前に何者が跪いているのかを想った」

グウィンドリン「そして、引きずられた者が友で無く、顔も知らぬ者であったとしても、我らの心はその者達と共に穢され、不名誉に死んでいったのだ」


コブラ「………」


グウィンドリン「戦いは終始、ベルカの優勢だった。のちに知ったことだが、ベルカは王家の者の名を皆使い、王の刃たるキアランを手駒としていた」

グウィンドリン「王家の血を絶やさぬ訳にはいかぬ身で、かつ幽閉によって政から離されていたとあれば、キアランとて、正常な判断が出来得るはずもない」

グウィンドリン「結果として、キアランの双短剣は神々の血肉に染まり、力を弱めて身体を残さぬ身となった者からは、キアランは多くのソウルを吸収することとなった」


グウィンドリン「処刑者スモウも例外ではない。大鎚を振るって神々を弑するその姿を、太陽の派閥の者達は恐れ、また忌み嫌った」

グウィンドリン「スモウは処刑に愉悦し、犠牲者の骨肉をすり潰し、もって自分の精にしていたと彼らは風潮した。酷薄な者であるがゆえに、大王も四騎士の列に序さなかったのだとも」

グウィンドリン「スモウが異形の神であり、故に吐息も吹き笑いと聞こえる事をいいことに、彼らはスモウを散々に罵っていた」


グウィンドリン「アノール・ロンドの行ったオーンスタインへの仕打ちは苛烈の一言に尽きる。竜狩りは仮にも味方たる暫定政府に疎まれ、嘲笑を浴びせかけられ、太陽の派閥にはかつての同胞ばかりがいた」

グウィンドリン「王家に忠誠を誓い、前王から雷の秘術を学ぶ程に太陽の威光を信じていた身でありながら、オーンスタインは多くの同胞をその刃に掛けるよう命じられたのだ。共に太陽を信奉し、雷を学んだ者達を」

グウィンドリン「そして、暫定政府はそのような身に陥ったオーンスタインに、報いることは決して無かった」


コブラ「………」


グウィンドリン「臣民の落命は止まることなく、神心は荒廃し、戦いは収まる気配すらも見せぬ。希望の見えぬ世にあっては、己の命の尊さを忘れる者も少なくはない」


グウィンドリン「我らが母も、その一柱であった」


コブラ「なに…?」



コブラの疑問と共に、闇には月光が差した。
月光に照らされた闇からは、夜影に染まった一室の壁が現れた。
新たな転移は、ドアから月光が差している、かつてのグウィンドリンが幽閉されていた一室に、コブラを立たせていた。


「母上……」


コブラの背には、呆けたようなグウィンドリンの声が掛かり、コブラの眼前には、オーンスタインを連れた月と太陽の女神が立っていた。

638 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [ saga]:2019/10/29(火) 23:26:08.10 ID:yOY1b+4D0
古き日のグウィンドリン「何故……如何にしてここに…?」


かつてのグウィンドリンからの問いに女神は応えることなく、オーンスタインを置いて一室へと入り…


古き日のグウィンドリン「!」グイッ


我が子の細腕を掴み、椅子から立たせると、部屋の外へと連れ出した。


古き日のグウィンドリン「あ、姉上?…それに…」


一室から抜け出たグウィンドリンの眼に映ったのは、母とオーンスタインだけではなかった。
神妙な面持ちで立つ寵愛の女神フィナの後ろに、グウィネヴィア、プリシラ、ヨルシカの三柱が、不安に陰る目線をかつてのグウィンドリンに送っていた。
アノール・ロンドの夜に輝く月光は、長い廊下の左側に一定間隔で続く大窓から、光の柱を差し込んでいる。


月と太陽の女神「オーンスタイン、追っ手の気配はありますか?」

オーンスタイン「近付いてきます。既に時は無いかと存じます。早急な脱出を」

古き日のグウィンドリン「脱出…?」

月と太陽の女神「分かりました。細かい話は歩きながら話しましょう。着いてきて」グイッ

古き日のグウィンドリン「あっ…」


状況の掴めぬかつてのグウィンドリンは、ただ母に腕を引かれるままに、廊下を足早に歩かざるを得なかった。
オーンスタインを殿に置き、王家の子らを率いる月と太陽の女神の横を、コブラと今のグウィンドリンは歩いた。
コブラもその軽口を開かない。この先何が起こるのか、グウィンドリンに尋ねるにはあまりに酷であるとコブラ判断していた。


月と太陽の女神「グウィネヴィア、貴女は火の神フランを訪ねなさい。あの方は火継ぎの法を考案し、フラムトを友としています。追っ手が掛かる事は無いでしょう」


グウィネヴィア「わ、分かりました…」

月と太陽の女神「ヨルシカ、貴女は竜の血を最も濃く受け継いでいます。故に前王も、太陽の血筋を快く思わぬ者達も、貴女を歓迎するでしょう」

月と太陽の女神「ですが最も安全と思えるのは…」


ババッ! ダン!


月と太陽の女神「!」


速歩きに廊下を進む神々を飛び越えて、オーンスタインは月と太陽の女神の前に降り立つと同時に、十字槍を構えた。
オーンスタインの目の前には、光差す窓と窓の間に直立する、黒い人型が置かれている。


月と太陽の女神「オーンスタイン!」

オーンスタイン「構わずお行き下さい。私めはこの者を打ち破り、直ぐに後を追います」


ゴオオォーーッ!


槍を中腰に構え、人型に向かってオーンスタインは跳躍した。
矢のような突貫に人型も駆け出し、その顔を月光に晒した。


オーンスタイン「!」ドガッ!


人型の顔を確認し、オーンスタインは石床を踏み砕きながら槍を押し留め、止まった。



キアラン「王の刃キアラン、暗月の命を受け、馳せ参じました」



オーンスタイン「キアラン…来てくれたか」


オーンスタインも、王家の者達も、人型が被る純白の面には見覚えがあった。
四騎士の長たる竜狩りは、王の敵を弑する刺客達の長からの救援に、心から感謝し、勇気を震わせた。
そして誉れ高き竜狩りの十字槍で、困惑とともにキアランからの黄金色の一閃を防いだ。
639 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/10/30(水) 05:50:01.50 ID:hsyy272W0
>>628
コブラ判断していた×
コブラは判断していた◯

>>637
グウィンドリン「しかしその痕跡は録に残されてはおらず、×
グウィンドリン「しかし大罪者が行ったとされる罪の仔細は録に残されておらず◯

寝て起きたら間違いに気付くという長文あるある
プロの作家ってすごい
640 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/30(水) 08:58:22.92 ID:MibxF2sIo

誤字脱字はセルフチェックだとどうしてもね……
ダブルチェックしててもダメなときはダメだけど
641 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/30(水) 17:05:55.79 ID:e+zhadnXo
プロの作家には当然校正のプロがついてるからねしょうがないね
642 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/11/04(月) 06:36:46.31 ID:O7i5hxZS0
>>619
巨人は胴と手足に鉄を巻き、右肩に石の木を付け、左肩を露わにした巨人が立っていた。×
巨人は胴と手足に鉄甲を巻き、右肩に石の木を付け、左肩を露わにし、その身に比しても大きいと言える歪な大弓を背負っている。
643 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/15(日) 10:38:09.47 ID:x4I+PxLGO
まってる
644 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/01/13(月) 07:28:29.05 ID:doNv1YA50
カァーン!

コブラ「!」

オーンスタイン「ぬぅっ!」


殺意無き刃などは、神域にある者にさえ防ぐのは難しい。
足運びや重心の移動といったものを一切捨てた、文字通りの型破りな槍捌きにより、確かに辛うじてオーンスタインは一閃を防ぎはした。
だが片脚を浮かせ、大きくのけ反る姿勢で攻撃を受けたとあっては、返す刃も無い。


古き日のグウィンドリン「!」


そして、はためく暗蒼の衣から音さえ立てず、しかし宙舞う葉の影のように、キアランは王の血筋たちの元へ走った。
その左手には暗銀に輝く鋸刃の短剣が握られている。


ガッ! ズダァン!


だがキアランの凶刃は王家の者の首を掻かなかった。
のけ反った姿勢から更に身を翻したオーンスタインが、倒れ際にキアランの左腕を掴み、その身ごと押し倒したのだ。


ブンッ!


倒れ込んだキアランは、自身の左腕を拘束するオーンスタインの右腕に、空いていた手を掛けると、そこを起点に車輪の如く回転。

バキバキッ!!

オーンスタインの右腕を捻り折り、拘束から逃れ…

ダッ!

再び王家の者たちへ向け駆け出し…


ドカッ!!


キアラン「!」ドサッ


オーンスタインの左腕が投げ込んだ十字槍に右太腿を貫かれ、再び転倒した。
はじめのキアランの斬撃から、彼女の脚が貫かれるまでは、二秒と経っていない。
ゆえに制止の声が遅れ、その内容に矛盾が生じるのも必然であった。


月と太陽の女神「お止めなさい!王の四騎士ともあろう其方らが、王の命なく何故に剣を交えるのか!」


折れた右腕を癒すこともなくオーンスタインは立ち上がり、地に伏したキアランは上体を起こして、制止の声に聞き入った。
そして声を受け入れたキアランの心情をコブラは汲み取った。
刺客の長にも迷いがあり、それは軽々しいものでも無いのだと。


「剣を交えさせたのは貴女様でございましょう」


数俊の静寂の後、廊下の奥の暗闇から、新たな声が響く。
神々は皆声へ顔を向け、何が起きているのかグウィンドリンに尋ねようと口を開きかけたコブラは、再び口をつぐんだ。


ベルカ「オーンスタイン…四騎士たる者がその身の任を忘れたか。雀蜂が王の血を吸うとでも?」

ベルカ「だが……おかげで事も荒げずに済んだ。王家の者を捕らえ、毒の刃で脅す事と比したならば、四騎士の血が流れることなど軽いのでな」

月と太陽の女神「我らの名を以ってキアランを動かしたと聞き及んではいましたが、そなたに恥は無いのですか!?」

月と太陽の女神「眩んだ統治者とはいえ、今そなたが行うべきは我らへの罪状提示と、キアランへの謝意のはず!」

ベルカ「謝意などは全てが済んでからです。今はこの事態を治めなくてはなりません」

ベルカ「あなた方がなんとしてもこの地より逃れたいと願うならば、我らはなんとしてもそれを阻まなければならないのです」

645 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/13(月) 21:26:38.12 ID:BOpq8V7AO
殺し合わせるとは中々に鬼畜
646 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [ saga]:2020/01/14(火) 04:58:34.78 ID:vE/hdyzg0
挑戦的だが頑なでもある様子で語る罪の女神を、月と太陽の女神は真っすぐに見据え、一歩だけ近付いた。
寵愛の女神フィナがかの女神の前に身を乗り出すが、その肩もかの女神は手で制し、退かせる。


月と太陽の女神「なんとしても……それは真の言葉ですか?」

ベルカ「偽り無く」

月と太陽の女神「………」


コブラ「……」


グウィンドリン「……」



月と太陽の女神「…キアラン、残滅をこれへ」



キアラン「!!」ピクッ


ベルカの短い返答からやや間を開け、かつての大王の妻たる者が口にした命令を聞き、キアランは背中を斬られた者の如く顔を跳ね上げ、かの女神の眼を見た。
その眼は硬い決意を湛えて静かに、しかし結晶のように冷たい光をキアランに返している。
冷たい決意が何を示すかをオーンスタインとフィナは知っていたが、かの女神の子供たちは事の成り行きに漠然とした不安を感じるだけであり、それはベルカも同じだった。
同じではあったが、ベルカの抱いた不安は今にも火を吹きそうなほどに膨らんでいた。
そしてコブラもまた…


コブラ「…グウィンドリン。こんなものを俺に見せて本当にいいのか?」


グウィンドリン「後悔は無い。世の為であるならば」


コブラ「世の為、か…」



並んで記憶を見届ける者に、グウィンドリンはただ応えた。
刺冠に隠れたその顔はコブラからは窺い知れない。だが心が繋がるのなら、哀しみもまた繋がっている。



キアラン「でっ…」


月と太陽の女神「………」


キアラン「…できません…」

月と太陽の女神「貴女が出来ないのは我が命を拒むこと」

キアラン「ならば四騎士の位などすぐにでも棄てましょう。ですからどうかそれだけは…」


縋り付くような小さな声を震わせて、口速に懇願するキアランの言葉を、決意の正体に見当がついたベルカの怒声が覆い消した。


ベルカ「そ、そうです!罪の女神の法において許されぬ事です!い、いや如何なる神世に!人界にあっても到底許されない!」

ベルカ「闇が迫りつつある人界に神の自死など伝わっては、如何なる事が起こりうるか承知しているのですか!?」

ベルカ「それこそあらゆる手管を用いて秘匿せねばならぬのですよ!?そのような事を行えば、血筋の者を除いた貴女様の遺す全てを、アノール・ロンドより隠滅することになりましょう!」

月と太陽の女神「ええ、そうなるでしょう。オーンスタイン」


ゴゴゴォォン…!!


ベルカ「なっ…!」


主君の命を受け、オーンスタインは左掌に雷球を握った。
動揺を隠さぬベルカの前で、雷球は曇天を裂くような雷鳴を上げながら細り、槍のように尖っていく。
全身に寒気を覚えたキアランは自身の右太腿を貫く十字槍に手を掛けたが…

ドガシャアアン!

雷の大杭を握ったオーンスタインに背中を踏みつけられ、石床に縫い止められた。
647 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/14(火) 07:38:31.64 ID:G34iFYqNO
うわあああ
648 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/14(火) 08:37:20.19 ID:NgCvFBIdO
あわてふためくベルカを見てちょっとザマアと思ってる俺がいる
649 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [ saga]:2020/01/15(水) 05:37:47.56 ID:wifFd3Lt0
ベルカ「よせ!」


ヴオォーン!


コブラ!」


かの女神の腹めがけ、オーンスタインが雷の大槍を振り上げた瞬間、ベルカの手元から、紫色に輝く光線で形作られた円陣が放たれた。
回転しながら空中を直進した紫光の円陣は分かたれて、ベルカを除く全ての神々に巻きつく。
その拘束は神々から体の自由こそ奪いはしなかったものの…


バリバリッ…


オーンスタインからは、僅かな火花を残して雷の大槍を奪った。


コブラ「今のはなんだ?」


グウィンドリン「ベルカの禁則。人の世では沈黙の禁則と伝えられている、ソウル封じの術だ」


ソウル封じの術と聞き、コブラは自身に打ち込まれた王の封印に意識を一瞬そらしたが、すぐに見るべき修羅場へ視線を戻した。
術を封じられたオーンスタインには太陽の雷も癒しも生じない。右腕も治せず、手甲の隙間からは白いソウルが漂っている。


ベルカ「そこでじっとしていろオーンスタイン!そなたは既に囚われの身!」

ベルカ「月の君よ!貴女には禁則と共に因果応報も掛けさせていただいた!竜狩りが貴女を害するならば、竜狩りが深傷を負うでしょう!」

ベルカ「己の生命を蔑ろには出来ましょうが、忠義者を弑するなど貴女には出来ぬはず!」

月と太陽の女神「下がりなさい」


ベルカ「!?」


月と太陽の女神「ここに立つ者みなに命じます。下がりなさい」


ベルカ「……?…」


かの女神からは十全に距離を取っているベルカは、かの女神の真意をまたも取り損なっていた。
暗銀の残滅を持つキアランもかの女神からは離れて伏しており、得物も命に逆らって、手放していない。
オーンスタインには既に武器が無く、唯一の武器となるであろう拳では、因果応報に守られたかの女神の命を害することはできない。
例えキアランの脚から槍を引き抜き、それを用いるとしても、やはり因果応報を破ることはできない。

急行してきた銀騎士達が脱走者をみな捕らえ、再び繋ぎ止めるだろう。
考えを巡らせたところでベルカにはそれ以外の答えを見出せず、それは王家の子らも同じだった。
皆一様に静まると、かの女神は子を説く母のように柔らかく、しかし瞳に何も映さず、誰へともせず語りかけはじめた。


月と太陽の女神「ベルカ、貴女は何を恐れているのです」


ベルカ「…恐れ?」


月と太陽の女神「竜ですか?それとも私達?」

月と太陽の女神「外の世の有様ですか?地位の失墜ですか?」

ベルカ「…何を、話しているのですか?」

月と太陽の女神「それとも人が…闇が恐ろしいのですか?」


ベルカ「!」


月と太陽の女神「このアノール・ロンドは私の夫無きあと、私の末娘を捨て、私の息子を追放し、私の子供たちを封じてきました」

月と太陽の女神「それには私の夫の行いも含まれているでしょう。多くの英雄の犠牲と、罪無き者の罪を以って、行われたのでしょう」

月と太陽の女神「神の国は闇への恐れと共に生まれ、闇への恐れと共に生きてきたのでしょう。それは私も同じです。私達皆が闇を恐れているのです」


月と太陽の女神「何故なら闇とは我々だから。我々はみな闇を食み、闇を友としてきたのです」
650 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/01/15(水) 06:00:11.05 ID:wifFd3Lt0
>>649
×唯一の武器となるであろう拳では、因果応報に守られたかの女神の命を害することはできない。
◯唯一の武器となるであろう拳では、因果応報に守られたかの女神の生命を害することはできない。
651 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/15(水) 07:50:56.65 ID:wifFd3Lt0
古き日のグウィンドリン「…?」

ヨルシカ「おかあさま?」

プリシラ「………」

グウィネヴィア「お母様…何を仰っておられるのですか…?」


ベルカ「………」


月と太陽の女神「ベルカ、貴女には分かるでしょう?私の話の、その意味が」


ベルカ「…いえ…それは見当違いです」


月と太陽の女神「貴女は生まれながらの魔術の使い手」

月と太陽の女神「そして、アノール・ロンドに生まれた生粋の魔術者たちは、貴女を除いて皆、白竜公さえも私から産まれました。」

ベルカ「貴女は思い違いをしている。そうでなければ時間稼ぎだ。このような…」

月と太陽の女神「ですが貴女は私と違い、月の魔力とは別の魔力を宿しています。それは貴女だけのもの」

月と太陽の女神「そう……私達は血の繋がりは無くとも、あるいは父を違えた姉妹なのでしょう」

グウィネヴィア「父を…違えた?……お母様、先程から何を…」

グウィネヴィア「!」


母を問いただそうとした王女を、位さえ許されぬプリシラが目で制した。
ほつれ始めた弓を引き絞るような緊張を宿す視線は、他の兄弟姉妹たちに口を開かせなかった。


ベルカ「…何を言って…」



月と太陽の女神「あのお方は皆を御作りになり、私と貴女を見ていたのです」



ベルカ「!!!」


心胆を凍えさせる言葉にベルカは眼を見開き、一歩二歩と退く。
そして開いた眼を自身の足元に落とした。まるで見てはならぬ者を見たように。


月と太陽の女神「気付かないとでも思いましたか」

月と太陽の女神「貴女が太陽の血を傀儡にして、月の血に神代を握らせようとしたことを、隠しおおせると思いましたか」

月と太陽の女神「闇に抵抗する力が強い暗月に、貴女は太陽の血筋を、アノール・ロンドを、私達を護らせようと画策したのでしょう」

月と太陽の女神「あのお方の望み…それを看破できぬ身であっても、貴女は精一杯、アノール・ロンドを護ろうとしたのでしょう」

月と太陽の女神「ならば見るのです。今のアノール・ロンドを。この黄昏を」



ベルカ「………」



月と太陽の女神「貴女の護った臣民は、ここにはいません。貴女の護った英雄は、輝きは、ここにはいません」



ベルカ「……私は…ただ…」


月と太陽の女神「教えてベルカ。貴女の心はどこに追いやられたのですか?」


ベルカ「貴女には…貴女には分からない…安息などは一時たりとも無かった。貴女が王と共に世の春を謳歌している間、私は…」

月と太陽の女神「ならば語らうべきだったのです。あのお方に知られようとも、光が無ければ闇もまた深まりません。それをあの方も知って…」

ベルカ「あの者の策謀に逆らわなかったのは貴女も同じだ!あの者の望み通りに世を歩き、死者を見届け、子を成し、子を放したではないか!私の味わった苦渋を責めるというのなら、それを捨て置いた貴女は何だというのだ!貴女は私と共に神々を誅殺し、巨人達に重きに過ぎる罰を与え、人に亡国を与えたのだ!そのような私と同罪である貴女が私を責めるというのなら、貴女はなぜ牢から逃れてここに立っているのだ!!罪の女神たる私を差し置き、私を裁いて己だけ許すというのか!!」
652 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/15(水) 10:59:24.53 ID:6EwuS/0BO
グウィンェ………
653 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/16(木) 00:14:10.03 ID:uIlizDYj0
ベルカが溜まらず思いの丈を吐き散らした直後、記憶の世界は静止した。


グウィンドリン「この時、母とベルカの言う何者かというのは、我が父グウィンを指すものとばかり思っていた」

グウィンドリン「幾つかの矛盾を承知しつつも、それは己が未熟の身であるがゆえに、多くを見渡せぬからだと」

グウィンドリン「暗黒神の陰謀など梅雨と知らず、例え語られようと、信じはしなかっただろう」



グウィンドリンの独白が終わると、記憶の世界は再び動きだした。
ベルカからの弾劾を受けたかの女神は数秒の間を置き、ベルカが平常を戻すのを見ると、語りかけた。



月と太陽の女神「ベルカ」

ベルカ「!」

月と太陽の女神「我ら火によって生を受け、生を広め、また生を失う」

月と太陽の女神「去りし生は闇に還り、火は闇に還り、光は闇に還る」

月と太陽の女神「ベルカ。人がなぜ無明たる者であり続けるのか、貴女は分かりますか?」

ベルカ「それは…きやつらが闇に生まれ、闇の力を持つゆえと決まっているでしょう」

月と太陽の女神「それもあるわ。でも、彼らが闇たる者であり続ける真意は、別のところにあるのです」


月と太陽の女神「それは、闇が暖かく、愛おしいから」


月と太陽の女神「闇は、火が遠ざけ虐げてきた者達を受け入れ、我らをも、その温もりで包むから」


月と太陽の女神「私はあのお方の意思に背くこと無く、貴女と共に、あらゆる凄惨を見てきました」


月と太陽の女神「ですが、私は愛を知っています。闇の温もりを知っています。それが、我ら神々の内にあることも」


ベルカ「………」




月と太陽の女神「だからこそ、私は我が子を護り、エレーミアスの名は冷たい絵画にのみ遺るのです」






月と太陽の女神「オーンスタイン!」

ベルカ「!?」

ガッ!

号令と共にオーンスタインはキアランを踏みつけに、エレーミアスへ向け跳躍した。
キアランの右手は飛びゆくオーンスタインの脚へ伸びたが、人差し指を踵に掠らせるのがやっとだった。


ドガッ!!

ベルカ「なっ!?」

グウィネヴィア「あっ!」


折れたはずのオーンスタインの右腕が渾身の力で振るわれ、エレーミアスの胴を突き破ると…


バキイィーン!!


その傷口からは紫色の威光が放たれ、光はオーンスタインの全身を砕き、突風となって辺りにいた者の衣服をなびかせた。
鎧の全ての隙間からソウルを吹き、オーンスタインは崩折れる。

ガン!

だが、致命傷を負ったはずのオーンスタインは踏み留まった。
そして漂うソウルを全身から吸い上げつつ、倒れゆくエレーミアスの首を掴み、持ち上げた。
654 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/16(木) 01:36:25.08 ID:1ykH99AsO
エレーミアスが月の女神だったとは
655 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/16(木) 07:16:32.97 ID:uIlizDYj0
コブラ「………」


ベルカ「貴様っ、何てことをーッ!!」


禁則はあらゆる魔術と奇跡を封じ、それはベルカも例外ではない。
それすらも忘れて駆け出したベルカの心は、怒りと困惑、焦燥に掻き乱されていた。
オーンスタインを組み伏せるべく手を伸ばそうとも、それはただの手に過ぎないというのに。

ズボォッ!

オーンスタインは脱力したエレーミアスの腹部から、ソウルの白煙を上げて右腕を引き抜いた。
その腕にベルカは絡みついたが、主君を弑する程に硬い意思で動くそれを制するなど、術無しの身では不可能であった。


ブンッ!ドカーッ!!

ベルカ「ぐはっ!」


ベルカは竜狩りの膂力に振り回され、壁に窪みを掘るほどの勢いで叩きつけられると、白煙を吐いて石床に伏す。
ヨルシカと古き日のグウィンドリンは呆けたように母親を眺めていたが、その視線を身で遮ったプリシラに抱き寄せられた。


プリシラ「グウィネヴィア!見てはなりません!」

グウィネヴィア「…母様……どうして…」

プリシラ「グウィネヴィア!!」


オーンスタインは自由になった右腕を再び握り込むと、エレーミアスの首を締める左掌に力を入れ、かの女神を壁に押さえつける。
そして葛藤かも怒りかも、哀しみかも分からぬ震えに苛まれた右腕を振るった。

ガゴッ! バギッ!

かの女神の顔に二度殴打が加えられたところで、グウィネヴィアがオーンスタインの背に飛び付き、かの女神から引き剥がそうとし始めた。

ゴッ!

三発目の拳がエレーミアスの片眼からソウルを吹き出させた時、キアランはようやく自らの脚から十字槍を引き抜き、オーンスタインへ向け這いずりをはじめた。

グシャッ! バシャッ!

頭部への殴打に耐えかねたのは、かの女神ではなく竜狩りの方だった。
オーンスタインは殴打をやめ、代わりとして穴の開いたかの女神の腹部に右腕を突っ込み、ソウルを肉と共に掻き出しはじめた。
エレーミアスは小さく呻き声を上げるようになり、コブラはたまらずグウィンドリンへ声を荒げた。


コブラ「なぜだ…なぜオーンスタインは彼女を苦しめる!なぜ安らかに死なせてやらない!」

グウィンドリン「神が死ににくいからだ。首を折ろうが胴を抜こうが、ソウルがその身にある限り神は死なぬ。故に幾度も斬り、抉らねばならぬ」

グウィンドリン「故に、禁則の威力を受けぬ癒しの力が、数多の妨害を受けるであろうオーンスタインには必要だったのだ」

グウィンドリン「コブラ。今オーンスタインの身体を動かしせしめている物は、我が姉グウィネヴィアの加護が加えられた、ひとつの指輪だ」

グウィンドリン「それは我が母が窮地への備えと偽り、グウィネヴィアに命じて、グウィネヴィアからオーンスタインに授けさせた物」

コブラ「命じただと…?」

グウィンドリン「これは母が望んだことなのだ」


コブラ「………」


グウィンドリンが、怒りの気炎を上げるコブラに、自らを納得させるような言葉をかけている時も、記憶の世界のオーンスタインはかの女神を虐げていた。
エレーミアスの身体は徐々に薄く透けはじめ、指先はひび割れて、ようやく崩壊の兆しを見る者に示しはじめる。
それはオーンスタインに、主君の苦しみに終わりがもたらされはじめたことと、主君の生命が間も無く危害に屈することを教えた。
だが同じく伝えた。主君を手にかけたその拳を、決して止めてはならぬということも。


ガキッ!

キアラン「オーンスタイン!何故貴公がっ!何故こんなああ!!」


オーンスタインの脚元に辿り着いたキアランは、右手に持つ黄金の刃をオーンスタインの太腿に突き立てた。
足甲の隙間を貫通した刃は、震える手からの膂力を受けて、少量の白煙を吹き出させた。
噴出したソウルは空中を一瞬漂うと、また傷口に戻っていくようだったが、キアランはそれには構わずに刃を起点としてオーンスタインの脚を這い上がった。
そして黄金の残光を足甲から抜くと、次にそれを竜狩り鎧の脇腹に突き刺した。
656 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/17(金) 00:26:28.59 ID:qR5uH+dJ0
確かにボスは特大剣を頭に叩きつけてもソウルが散るだけで即死はしないもんな。
神族殺そうとしたらこれくらいやらなきゃいかんのか。しかし凄惨だな。
657 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/18(土) 07:14:29.21 ID:nE/5JVwn0
キアランの黄金の刃は幾度も振るわれた。
ひと刺しするたびに刃に絡むソウルはしかし、揺るぎなき祝福が施された指輪の力によって鎧の中へと戻るが、それは刃を止める理由にはならない。
だがあくまで眩ましの刃のみで竜狩りを傷つけ、必殺の一撃を振るわぬのは、同じ主君をいただく戦友へのせめてもの情けだろうか。

一方オーンスタインは、エレーミアスの腹部の大穴に刺した右腕に渾身の力を込め、水瓜を握り潰すが如くにソウルを絞り出していた。
白く輝く大穴に何があるかはコブラには見えなかったが、エレーミアスの呻き声が一層増したのを見、口には出さず、ただ察した。


プリシラ「グウィネヴィア!およしなさい!これまでです!グウィネヴィア!」


グウィネヴィアは岩の如く退かぬオーンスタインをなんとか引き剥がそうと、濡れ口も濡れ眼も締め、顔も赤らに、竜狩り鎧の胴に回した手に力を込めていた。
怒声をあげるプリシラに制止を受けようが、素手で引くには鋭すぎる鎧に指を切られようが、グウィネヴィアの心は母を救うこと唯一心だった。


エレーミアス「ごほっ…」


そして、中々に死ねぬ女神は力無い咳と共に、幾度めかも知れぬ白煙を吐いた。



オーンスタイン「……キアラン…我が友よ…」

キアラン「!!」

弱々しさを震えに隠し、オーンスタインは友の名を呼ぶが、その声にキアランは激情に満ちた目線を返した。
オーンスタインはその消え入りそうな声で、二の句を告げた。


オーンスタイン「残滅を…頼む…」


キアラン「……残…」


グウィネヴィア「なりません!!オーンスタイン!癒すのです!私の指輪でお母様を癒して!!」

プリシラ「癒してはなりません!これは母の望んだこと!そなたもそれは承知のはず!引く後はもはや無いのです!」

オーンスタイン「…もはや…手遅れに…」

グウィネヴィア「あなたがお母様をこのようにしたのでしょう!?手遅れなどと泣き言を言える身ですか!?」


エレーミアス「キア…ラン…」


グウィネヴィア「! お母様っ…!?」



身を刻まれ、息も絶え絶えなかの女神の細声に、誰もが口を閉ざし、耳を澄ませた。



キアラン「!!」



だが、かの女神は皆が聞くべき言葉は言わず、ただキアランに微笑み、ぎこちなく頷いたのみであった。



グウィネヴィア「………お母様…?」


小さい疑問の声が無音を打つと、キアランは左手に残滅を握り、片足跳びにエレーミアスへ刃を滑らせた。
矢のような一閃はグウィネヴィアに止める糸間も与えずに、音もなくエレーミアスの首筋を斬った。


グウィネヴィア「えっ…?」


暗銀の残滅には、神をも容易く落命せしめる猛毒の秘術が仕込まれている。
エレーミアスの身体から流れるソウルは灰色にくすんで消えはじめ、エレーミアスの四肢は衣服を残して、灰とも塩ともつかぬ白粉に砕けていく。


グウィネヴィア「…そんな、嘘…嘘よ…」

母の死を目にし、グウィネヴィアは腰砕けに壁に背をつけると、へたり込み、丸まって大声で泣きはじめた。
猛毒は真珠のごとき軟肌を灰色の石粉のような有様に変えたが、しかしエレーミアスからは、微笑みだけは最期まで奪わなかった。
オーンスタインの左手から抜けたかの女神の胴体は、壁を擦って石床に落ち、脆い壺のように砕け散ったが、頭はその手に残った。
オーンスタインはエレーミアスの頭部を胸に抱え込むと、崩れ落ちるように跪いて、嗚咽を漏らしはじめた。
658 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/18(土) 08:51:07.43 ID:TAmDT7YDO
オーンスタイン…
659 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/18(土) 15:20:36.49 ID:cPWlk++So
ツラいね……
660 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/18(土) 15:39:25.83 ID:ije0zXblO
ゲーム中で何度も斬りつけなきゃ倒せない理由をこう解釈するとは
斬新で面白い
661 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/18(土) 15:49:49.13 ID:ije0zXblO
ゲーム中で何度も斬りつけなきゃ倒せない理由をこう解釈するとは
斬新で面白い
662 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/18(土) 16:05:47.85 ID:2lqAOutDO
どれだけ周回補正乗ろうと頭への落下致命で一撃死する古の飛竜ェ
663 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/26(日) 10:33:01.22 ID:HHDh2TBt0
グウィンドリン「太陽の血筋を犠牲に月の血筋を立て、神代に変革をもたらさんとしたベルカの謀は、こうして終わりを迎えた」

グウィンドリン「我が母はキアランによって弑された。オーンスタインは母の遺言に添い、グウィネヴィアを追放されし火の神フランの元へ送ると、我が兄、名を禁じられし長子の元へと去った」


コブラ「………」


グウィンドリン「我ら月の子らは幽閉より解放され、太陽の子は散り散りに旅立った」

グウィンドリン「各々支える者を失い、戦う理由を無くした争いは、石床に撒かれた熱水のように冷めていった」



ベルカ「うっ…ぐぐ…」

ベルカ「はっ!」バッ


伏していたベルカは目を覚ますと、すぐさま跳ね起きてかの女神の姿を探した。だが視界に映るのは、泣き崩れる者や押し黙る者の姿ばかり。
ベルカは負傷を圧して、その者たちの一柱たるオーンスタインに歩き寄ると、何が起きたかを知った。


ベルカ「……エレーミアス様…なんということを…!」


オーンスタインに抱かれた灰色の塊は、ベルカに言葉を返さず、オーンスタインは黄金の鎧の奥に嗚咽を噛み殺している。
沈黙ばかりが返されて全てを悟ったベルカは跪き、その顔には悔恨と苦悩が満ち、両眼は涙に濡れた。


ベルカ「エレーミアス様…私は…こうなる事など……望んでは…」

オーンスタイン「…ならば何を、望んだというのだ…」

ベルカ「あの者の……あの者の秘める闇の恐ろしさを知ることがあったならば…エレーミアス様も、このような事など…」

オーンスタイン「決して起こらぬはずであったと口を滑らすつもりではあるまいな!!」


ベルカ「!」


竜狩りが怒声を張り上げた途端、泣きすする者も押し黙る者も一様に、口を閉じ眼を見開いて、跪くオーンスタインを見た。
灰色の塊を抱く竜狩りの腕は震えず、声にも既に震えは無い。
しかしその怒りは天を衝かんばかりに膨れ上がり、十字槍を拾おうものならその場にいる者を誰彼構わず斬り伏せかねない程に、吐口を求めていた。
それを抑えて捻じ伏せるように、続くオーンスタインの声は低く、穏やかなものであった。


オーンスタイン「貴様の護るべき血筋の母……エレーミアス様は崩御なされた。弑した者は貴様だ、ベルカ」

オーンスタイン「貴様がいかなる謀を企て、何を成したのかは最早どうでもよい。我らの主が亡き今、貴様の恐れた何者かの謀も既に絶えたか、あるいは既に手遅れだろう」

オーンスタイン「ならば貴様の生命にも、我が生命にも、続く価値など無いのだ」


ベルカ「…殺すのなら、今にこそ頼…」


オーンスタイン「ならばニトに祈りを捧げてみるか?応えはせぬぞ」

オーンスタイン「行け。ここに貴様の死は無い」


ベルカ「………」



哀しみに精根尽き果て、しかし介錯さえも許されぬ身に堕ちた女神は、言葉も無く立ち上がり、神々に背を向けて歩き始める。



オーンスタイン「光の中に、闇の中に、永遠に生きるがいい」



その背に効力も不確かな呪いの言葉を受け、ベルカはしばし立ち止まったが、再び寄るべ無く歩き始めた。
帰る家を永遠に失い、背く主さえも失くしたその背は、まるで流浪の人のようだった。



グウィンドリン「この事変を皮切りとし、太陽の血筋を奉ずる多くの神々がアノール・ロンドを去った」

グウィンドリン「寵愛の女神フィナも失意の中に都を去り、ハベルも自身の武具を捨て、己を呪いながら元いた野へと消えた」

グウィンドリン「王家の血にある者を弑した罪により、キアランはベルカ無き暫定政府による裁きを受けたが、王家の血の者の命にあくまで忠実であったからこその凶刃であったと認められ、死罪の代わりに、王命あるまでの幽閉を受けた」
664 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/26(日) 16:10:27.65 ID:HQCWNiNVo
これら全てはクリスタルボーイの掌の上だったのだろうか……
665 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/27(月) 00:15:21.95 ID:+5yarfx00
この時点で既にウーラシールは深淵に沈み、イザリスは混沌に呑まれてるわけだ。詰んでるなぁロードラン。
ニト様はもう巨人墓地に籠ってるのだろうか。
なんというか、アノールロンド、イザリス、シースあたりの繋がりはなんとなーく想像できるのだけど、ニト様と他のメンツの関わりというのがイメージできないのよな。ずっと地下でご隠居してそう。
666 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/02(日) 06:05:53.88 ID:Qu5hoY050
月光に照らされた惨状が闇夜に混ざり、次の転移が始まる。
古い景色を飲み込み、依然コブラとグウィンドリンを包む闇は、そして新たに景色を生み出した。
コブラはやや広い円形の暗がりに立ち、新たな景色を見渡す。
足元に広がるのは石畳。天井も同様に石造りであり、中心には篝火が置かれている。
その篝火を、壁に設けられた二ヶ所の通路の片方から差し込む陽光が照らしていた。
だが目立つのは、壁に掘られたグウィンの立像と、円形の部屋にひしめいて言い争う、数多の神々の姿だった。



グウィンドリン「ベルカを含め、多くの神々を失ったアノール・ロンドは力を弱め、残った神々も尽く月の派閥に傾倒した」

グウィンドリン「月の派閥は神の威光の復活を願い、我を主神に立てるよう事を進めた」

グウィンドリン「しかし、座に我が就く前に、注意深く見張っていたはずの小ロンド公国が深淵に落ちたとの報が届き、神々は自らの誤ちを知った」

グウィンドリン「誤ちはふたつ。ひとつは人を恐れ、太陽による人への慈悲の危うさを恐れたあまりの、人への消極的干渉という姿勢を月の派閥が貫いてしまったこと」

グウィンドリン「そしてもうひとつは、誰も降りようとはしなかった一連の争乱によって、アノール・ロンドの国力の荒廃が著しく加速してしまったことだ」

グウィンドリン「神の恩寵を受けし人の国を二つも闇に堕としたという事実は、それによる闇の力の隆盛に、闇の竜たるカラミットとミディールが呼応する可能性をも浮かび上がらせ、それらの解決を巡り、月の派閥も多数の派閥に分裂した」



言い争う神々の群れから一柱、また一柱と、付き合い切れぬと離れる者が出る。
細る群れの中心に立つ、古き日のグウィンドリンは、彼らを止めることもなく見送った。
政の経験など皆無に等しいかの神に、彼らを止めるに足る闇への打開策など思いつかず、例え止めようと、離れる者の心は既にアノール・ロンドには無いのだ。
そしてとうとう、古き日のグウィンドリンと、どう転ぼうと不毛な答えしか導き出せない激論を交わす、幾柱かの神々のみが議場に残った。
言い争う者達の言葉には月の血筋の者達の意向も、更にはアノール・ロンドさえも抜けつつあり、論戦の内容は国のためというよりは、目の前の論敵を破るためだけの物となりつつあった。



コブラ「グウィンドリン」


グウィンドリン「………」


コブラ「あんたはなぜアノール・ロンドに残ったんだ?ここの連中は誰一人としてあんたを、王の家系ってやつを見ていない」

コブラ「どいつも自分のことばかりで、あんたの名前を出すにしたって叩き棒がせいぜいだ。連中はあんたを信用しちゃいなかったはずだ」


グウィンドリン「然り。我にでき得ることは何も無かった。しかしアノール・ロンドは王家の家であり、神々の家でもある」

グウィンドリン「例え皆が去っても、誰かが留守を預からねばならぬだろう」


コブラ「帰って来たいと思えるような家ならな」



コブラの溜息と共に、円形の議場に差し込む陽光は沈んだ。
かと思うと、月光に成り代わり、次の瞬間にはまた陽光が議場を照らした。
時間が加速している。議場を行き交う神々は尾を引いて、コブラとグウィンドリンの周りを駆け巡った。
そしてやはり、コブラは異変に気付いた。


コブラ「会議に顔出す神の数が減ってるぜ。どうやら出て行きたい家になっちまったようだ」


グウィンドリン「否。粛清と総括が繰り成されているのだ」


コブラ「!?」

コブラ「お、おいおい、この期に及んでまだやりあったってのか!?あんたはどうして止めなかったんだ?」


グウィンドリン「我を担ぎ上げ、その声を何者が握り、そして伝えるのか…そのような話が持ち上がった時、神々はすでに正気では無くなっていたのだ」

グウィンドリン「恐怖に唆されたのか、絶望に蝕まれたのか、野心に、もしくは貴公の敵の闇に知らずのうちに毒されたのか、それはもはや分からぬ」

グウィンドリン「かの法官にも動きは無かった。だが、その中で我がひとつの派閥に寄ればどうなるかは、当時の我が身にも予想できた」

グウィンドリン「これは逃れ得ぬ殺戮だったのだ。我が兄が旅立ち、争いの果てに母が死に、ベルカを含めた神々がアノール・ロンドから消えた時から、定められたこと」

グウィンドリン「我が動こうが動くまいが、民は寄る方を喪い、神々は死んでいくのだ」


議場を流れる神々の姿は、装衣もそのままにやつれていった。
瞳は疑いと欲に満ち、並べる言葉は神が減るたびに美辞麗句に塗れ、彼らの内の真実を隠した。
そして議場を埋めた神々が半数程に減ると、神々は議長の一声とともに議場に一切姿を見せなくなり、代わりに伝言を抱えた書記官の姿が議場を埋めた。
書記官の数も徐々に減り始めると、銀騎士を侍らせた書記官が現れるようになり、その銀騎士も減り始めると、ついに神々がまばらに姿を現し始めた。
しばらくのちに議場は銀騎士と書記官と神々で満杯になったが、その華やかさとは裏腹に神々は皆声を潜め、相手が誰かも悟られぬよう、他者を盾として話した。
そして彼らは、議場の端で篝火を眺めるかつてのグウィンドリンには、いつ如何なる日も挨拶のみをかけ、あとは知らぬ存ぜぬという様子だった。
667 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/25(火) 21:02:50.61 ID:QNahQNMBO
やるせねぇ……
668 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/04/06(月) 01:39:23.34 ID:xBafDjzso
待ってる
669 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/04/21(火) 01:47:53.76 ID:iOIDHq2k0
いかに愚かしく不毛であろうと、古き日のグウィンドリンは如何なる議論にも、その終わりが来るまで留まった。
アノール・ロンドは神と王の家。その思いは真実であり、グウィンドリンにはそれこそが最後の因であるが、それは神々には通じず、今や人からの信仰さえも持たない。


「もうよい、議論はもはや尽くされた。これより政府決定を下す」

「我らはこれより、鉄鎧の竜狩り騎士の名を、人である身の上を熟考に加えたうえで、アノール・ロンドのいかなる筆録において書き記すことを禁ず」

「これはアノール・ロンドを深淵より遠ざけ、神の威光、太陽と月の輝きを人の闇から護るための決定である」


多くの神々を抱き込み、あるいは討ち墜したであろう神の案を、ベルカの後任を務める暫定議長が採用した。
これにより、竜を狩った神々の物語から、人の世の英雄の名が永久に消滅することとなった。
神代の英雄譚たる『固い誓い』に残される神の名は、今や竜狩りオーンスタインのみ。
人と神々の絆を象徴し、弱きを助け強きを挫いた太陽信仰は、今この時より人の世において忘れ去られる事が運命づけられたのだ。

古き日のグウィンドリンは、幾度めかも分からぬ疑問を、またも諦観の想いの中に沈めた。
この決定がアノール・ロンドの窮地に対していかなる助けとなり得るのか。
人に再び光を見つめさせ、神代から闇を遠ざけ魔女や巨人を救うことに、この決定がどのような役割を担うというのか。
それを愚直に議会へ訴えたところで、かえって神々の求めぬ真実を再来させることになり、何も生み出さぬ不毛な争いが繰り返されるのみ。
どうにしろ不毛であることに変わりないのなら、命が消えぬ方が幾分心やすらかだ。

議論が決着すると、暫定議長は古き日のグウィンドリンに鵞筆と議事録を渡し、もはや慣例となった儀式を、無言のままグウィンドリンに促した。
古き日のグウィンドリンはいつものようにそれらを受け取ると、録を見もせずただ名を記し、それを大法官ライブクリスタルこと、クリスタルボウイへと渡す。
そしてクリスタルボウイは録の大部分を占める繰り言の如き討論を、政府決定文から切り取り、討論を懐に、決定文を己の補佐官に渡した。


暫定議長「これにて本会議を閉会とする」

暫定議長「我らに炎の導きのあらんことを」


議長が、捧げる者を失った祈りを唱え、神々がそれを復唱すると、会議は解散となった。
神々は皆、去り際に古き日のグウィンドリンに会釈をしたのちに議場から出て行くが、あくまでこの慣例を守るのは己らのためである。
月の覚えめでたき身となり、月の神秘にまみえること。忠義者を演じ、他の神々に己の威光を見せつけること。
我も無く慣例に従う身を演じ、他の神々を探ること。目的は百者百様であったが、いずれも月への敬いと、そして知性が欠けていた。


古き日のグウィンドリン「………」


神々が皆去り、あとには大法官とその補佐官、そして古き日のグウィンドリンのみが議場に残る。


大法官「グウィンドリン様、如何したのです?」


無言のまま立つ、力無き君主に大法官が声を掛けると、君主はやはり何も言わず、議場を立ち去った。


大法官「フッ…」


無神の議場で含み笑いを浮かべた大法官は、補佐官の頭へ掌を向ける。
次の瞬間、補佐官はその身に纏う衣服ごとソウルの塊となり、握り拳ほどの大きさに縮んだ。
縮んだソウルは金剛石の如く輝く小結晶となり、大法官の掌に乗ると、更に指輪ほどの大きさにまで縮んだ。

アーリマンの記憶をも見られる景色である以上、大法官が何をしたのかも今のグウィンドリンには理解できた。
闇の神アーリマンはあらゆる生命ある者を輝く石へと変える事ができるのだ。
あたかも、人の闇や呪いが、遂には暗い結晶へと変じるかのように。


コブラ「グウィンドリン。あんた今、人から生える結晶に似てるなって思っただろ?紫水晶みたいな結晶に」


グウィンドリン「気に障ったか?」


コブラ「いいや、むしろ安心したよ。俺のよく知る人間っていうやつは、あんたの考えるような闇だの呪いだのとは無縁なんだってな」


グウィンドリン「…かつての貴公の世界…宇宙、とやらが懐かしいのだな」


コブラ「まぁそんなところだ。宇宙はいいところだぜ?色んな宗教があるから神様もラクができる」

コブラ「ハンバーガーも食えるしな」



コブラが軽口を叩くのが先か、それが起きるのが先かという瞬間だった。
議場の外から、空気を震わせる大音と共に、黄昏色の空に一瞬の朝をもたらす程の大雷が閃いた。
670 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/04/21(火) 07:06:47.90 ID:tlLvoUldo
来てた
671 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/09(土) 06:32:52.29 ID:lNHOfaru0
大法官「ようやくか」


大法官は、他の神々がするように羽根の如く宙に浮き、滑るように議場から去ると、登り階段のついた昇降大橋を飛び越し、アノール・ロンドを象徴する建造物へと飛行した。
ある者はその建物を大聖堂や大神殿と呼び、またある者は王城と呼ぶ。
その神聖不可侵たる巨大な城からは、数多の悲鳴と雷鳴が漏れていた。


大法官「何事か!」


あたかも取り乱す心を理性によって抑えているかのような素振りで、大法官は王城正門の前に降り立つ。
両開きの正門の片側は内向きに突き開けられており、半分のみ開かれたその門からは、黄金色の雷光と断末魔に混じり、神々の群れが我先にと溢れ出していた。
雪崩をうって遁走するその者たちの多くは、大法官に目もくれず飛び去っていく。


「だ、大法官殿!それが…!」

「近づいてはなりませぬ!これは叛乱でございます!あやつめは、ベルカ様の令を破り…」


ズバオオーーッ!!


大法官の問いに幾柱かの神が応えたと同時に、片開きの正門から大雷が飛び出した。


ドガガガーーッ!!


宙を一閃に裂いた大雷は、空へと逃げゆく神々の幾柱かを撃ち抜き、千々と砕いた。
神々にぶち当たって破裂した大雷は消えることなく、幾つもの小雷となって花火の如く散らばり、大雷を避け得た神々さえも貫いた。
太陽も月ももはやいただかぬ、卑小な神々を殺すなど、大雷の主には造作もない。
護るべき者を尽く捨て去った裏切り者共にかける慈悲などを持ち合わせているならば、アノール・ロンドに帰還する事も無かったのだ。


ドガシャアーッ!


大法官に事の詳細を伝えんとした二柱の神々が、後方に見える哀れな神々と共に雷に焼かれ、吹き飛んだ。
雷の残滓は大法官の外套をも焼いたが、大法官が神の力を退ける身であるがゆえに、雷はただ外套の装飾だけを焦がした。


大法官「フン、手当たり次第か」ブツッ


焦げた装飾を引きちぎり、大法官は駆け、正門を潜った。
いかにも、自らが慌てふためいた小間使いであるかのようにふるまって。


ガキィン!


銀騎士たちの槍衾を右手の得物で叩き伏せ、王城に攻め入った騎士は…


バシィン!ゴロゴロゴロ…


左手に大雷を握った。




オーンスタイン「兜を脱ぎ、我が前に跪け!!我の最後の情けを受けるがいい!!」




銀騎士たちは折れた槍を捨て、剣を抜いたが、一様に腰が引けていた。
ある者は左手の盾を捨て、猛る獣をなだめんとするかのような身振りを見せるが、それはありもしない救いへの懇願であろうか。
盾も剣も捨てた者さえもいる。そして、うちの一柱が声を絞り出す。


銀騎士「りゅ、竜狩り殿。どうか槍をお収めください。我らは…」

バガァン!!

その一柱に向けてオーンスタインは大雷を投げ込み、声を上げた銀騎士を爆散させた。
剣も盾も持たぬ銀騎士が、踵を返してたまらず逃げ出す。

ビュン!!

竜狩りが消失と見紛う程の速さで跳び、逃げる銀騎士の眼前を一瞬通過すると、逃げる銀騎士の身体は頭部を失って、枯れ葉のように舞った。
672 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/05/09(土) 15:31:08.67 ID:ufck7m2no
今度は何が起こったんだ……ロクでもないことなのは確かみたいだが
673 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/14(木) 03:32:15.83 ID:XQmos0se0
大法官「オーンスタイン殿!血迷われたか!」

銀騎士の一柱「だ、大法官様!」


ズシャアァーーッ!!


銀騎士たちが大法官の声に振り向き、その姿に一縷の救いを見出した時、竜狩りの槍は横薙ぎにひらめいた。
同時に胴を両断された銀騎士たちは、その身を宙に舞わせながら雷に焼かれ、鎧のみを散らばらせて消えた。
逃げる力も無く大広間に取り残され、壁際に身を縮める幾多の神々のうちの一柱が、恐怖に顔を歪ませ悲鳴を上げる。

ズカッ!

オーンスタインがその口に槍先を突き込み、壁に縫い止めると、悲鳴は止まった。
短刀さえも握らぬ卑小な女神の一柱であったが、槍を握るオーンスタインの手に躊躇はなかった。


神々の一柱「なぜです!我らが何をしたのですか!?なぜかような目に遭わせるのです!?」


恐れ慄く神々の群れからまたも声が響く。
うずくまる者、壁に張り付く者は居れど、かの者たちは一柱とて、同胞を庇いはしない。


オーンスタイン「何故…何故だと?」

オーンスタイン「自らのさまを見て、あくまで知らぬと宣うつもりか?」

オーンスタイン「己らが何を行い、何を捨て、何処へ堕ちたかも分からぬのか!!」バッ!

大法官「オーンスタイン殿!矛を下げよ!すでに死は多くもたらされた!」


己の罪禍を意識せぬ神々に、オーンスタインは激昂して槍を振り上げたが、槍の前に大法官は立った。


大法官「あくまで天罰を下すというのなら、まず初めに我が胸に槍を突き立てるのが道理のはず!」


ドウッ!!


大法官「グッ!」ドサーッ


しかし大法官に対して振るわれたのは、槍ではなく拳であった。
罪禍を知る者には償いの機会が与えられるべきという考えがあっての事か、それとも怒りに満ち、正気など喪われているのか。
竜狩りの心のあり様などいくらでも想像がつく大法官にとって、かの戦神が正気か否かを測るなどは、些細なことだった。
いずれにせよ、忠義者の仮面が竜狩りを欺き果せたという事実さえあれば、それで良かったのだ。
狸寝入りに転がる大法官の、いや、クリスタルボウイの心はオーンスタインへの嘲笑に満ちていた。
そしてその冒涜ともいえる嘲笑を、コブラは知ってしまった。
オーンスタインが仕える、暗月の御子グウィンドリンの心を通して。


オーンスタイン「我が身は追放を受けたが、我が心は民に、使命に…太陽と月の御心と共にあった…」

オーンスタイン「我が心はアノール・ロンドを喪わなかった…」

オーンスタイン「だが貴様らはアノール・ロンドにいながら、棄てた!」


オーンスタイン「アノール・ロンドを棄てたのだぞ!!貴様らが!貴様らのような下衆どもが!神代の犠牲に足る神都の主神か!!」


神々の一柱「ひ、ひいぃ!」


オーンスタイン「ならば漂うソウルとなって…!!」カッ!


バリバリバリッ!!


上段に構えた竜狩りの槍に、あらん限りの雷をみなぎらせ…



オーンスタイン「アノール・ロンドに残るがいいーッ!!」



己の心身の無念を全て吐き散らすかのように、石床目掛けて槍を叩きつけた。
674 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/05/14(木) 12:44:25.10 ID:KbtGL1L+o
これでアノールロンドに残ってた神は全滅したのか……?
675 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/05/16(土) 23:58:13.75 ID:xWOP+Wh6o
だから神も残ってはいなかったのか…
676 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/17(日) 18:29:50.31 ID:z2r6HZP10
大広間に炸裂した雷の爆発は、白い石床も、象牙色の柱も砕かなかった。
王城内部を駆け巡った雷は、ただ生命あるものを焼いた。
司祭、銀騎士、銀騎士長。
神々に仕える侍従たち。神々に仕える執事たち。
小姓たちに、小間使いたち。法官たち。
書記官たちと、残りし神々。暫定議長。
雷はかの者たちを尽く滅ぼしたが、何も知らずに牢に繋がれていた鍛治の巨人を焼かなかった。
牢に繋がれし刺客の長を焼かなかった。
暗月の女神たちを焼かなかった。
忠義者たるスモウを焼かなかった。
闇を秘めし大法官を焼かなかった。
そして、グウィンドリンを焼かなかった。

だが、雷は老いたる者を焼いた。

若き者を焼いた。

男神も。女神も。

赤子さえ。



コブラ「………じゃあ、城の巨人騎士たちの中にあったソウルは…」


グウィンドリン「夥しい量のソウルを用いて、我は幻術を練り、銀騎士を形作り、翼もつデーモンを引き留め、ガーゴイルを動かした」

グウィンドリン「巨人の鎧に生命を宿らせ、アノール・ロンドに偽りの太陽を掲げた」

グウィンドリン「かつて愛した、同胞たちの残滓によって」


竜狩りの雷は神々を焼くと、さらにその亡骸をも滅ぼした。
赤子の小さな手からソウルが吹き出し、女神の顔は砂山の如く砕け、男神の外套は引き裂かれ、風に消えてゆく。
神秘色に輝く王城の中に、オーンスタインの叫びが響く。
太陽を失い、月をも棄てた者たちは神として半ば死しており、雷の前にさえも酷く脆弱だったのだ。


グウィンドリン「そして、オーンスタインが神々を討ったこの日に、我らは人に伝えし最後の物語を書き記した」

グウィンドリン「“神の怒り”……それはあまりに長き、苦しみと怨嗟の物語」

グウィンドリン「ゆえに人は、神都を裂く憎しみの輝きを畏れて、物語を刻み、封じ、忘れた」

グウィンドリン「己に近しい者達を尽く滅ぼす輝きなど、この世にあってはならない、と」



雷が消え、雷鳴が止むと、大広間には二柱の神のみが残っていた。
広間の中心にはオーンスタインが佇み、竜狩りの後方、破れた正門の近くには、大法官が立っていた。
大法官の気配は影に潜む血の如く溶け、消えており、オーンスタインはかの者に背を見られていることに気付かない。


オーンスタイン「………」


オーンスタインは手に持つ竜狩りの槍を見る。
その槍先には血の一滴も付いておらず、臓腑の一切れも巻かれていない。
槍はまるで鍛えられたばかりとでも言わんばかりに、端正な真新しさを見せていた。

何故オーンスタインが怒声さえも上げず、長槍を叩き折りもしないのかを、コブラは痛みを覚えるほどに理解していた。
代償さえも払わずに、護るべきものを喪ったこと。愛する者に裏切られ、もはや元に戻らぬそれらを自らの手で滅ぼすこと。
哀しみに打ちのめされ、生はおろか死さえも選べぬほどの絶望。その苦しみをコブラは知っていた。
だがオーンスタインは、コブラのように星を砕かんばかりの怒りを以て、絶望を飲み込むことはできないだろう。
もはや怒りも無く、怒りを抱ける者も無い。
オーンスタインは立つ地を無くしたかのようにへたり込んだ。
槍を保持する力も無く、掌からこぼれた槍は、音を立てて石床に転がった。


「オーンスタイン!」


静寂が横たわる大広間に声が響く。
だが、オーンスタインは友の言葉に声を返すことすらできない。
それどころか、顔を上げることさえも。


キアラン「オーンスタイン!聞こえるか!?オーンスタイン!」


オーンスタインの元に駆け寄った者は、王の刃キアラン。
雷は牢番さえも焼いているが、牢番が居ようが居まいが、刺客の長の身ならばいつでも破牢は可能であり、それを今まで行わなかったのは、ひとえに王家の名のもとに身を控えていたに他ならない。
だがキアランは牢を抜けた。王城を揺るがす雷鳴が響き、牢番が蒸発した時に、かの女神は全てを悟ったのだ。
臣民無き国には王も無し。王家の名を王家のもの足らしめるもの、その国家たるあらゆる規範が消え去ったことを。
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