白垣根「花と虫」

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302 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/26(水) 22:55:12.73 ID:LwTspD6f0



彼女の問いに、心理定規は悲しげな微笑を浮かべた。



「多分、スクールが解散するのも時間の問題ね。あの様子じゃ、もう彼とお別れになりそう」



初春は息を詰まらせ、それでも何とか、目の前の彼女を引き止めようとする。



「心理定規さん、本当にそれでいいんですか? ここで垣根さんと別れて、この街の闇に挑み続けるなんて、悲しくないんですか? 理想には血が伴うって言うのも分かりますけど、もう少しあの人を信じてあげても」



「すっかり、綺麗になっちゃったわね」



初春の言葉を遮り、心理定規は口を開いた。


303 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/26(水) 22:57:19.32 ID:LwTspD6f0



「あの先生も、子供も、誉望も、血の跡も残さずに消えちゃった。彼がやってくれたのよ。能力を使って、彼らの死体をこの世から完全に消滅させた」



初春は周りを見渡した。夜空の月が青白く照らす地面と、池のほとり。惨劇の跡など微塵も感じさせない潔癖さに、初春は思わず空恐ろしさ覚えた。彼は、死体を消滅させた。



「初春さん。もう分かるでしょ? 私も彼も、あなたのように穢れのない存在じゃないのよ。心の奥底には、どうしようもない憎しみと、残酷さが渦巻いてる」



違う、そんなことは。初春はそう言おうとするが、口が上手に開かない。


304 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/26(水) 22:59:06.82 ID:LwTspD6f0



「でも、彼はまだそれと戦おうとしている。じゃあもう、私は関われないわ。だって私は、これ以上自分の闇をごまかすことはできないもの。闇に染まってもこの街の闇を晴らしたい私じゃ、闇に抗う彼に何か言えるわけないでしょ」



さ、帰りましょ。心理定規はそう言って、車へと向かおうとした。



「私は」



初春はその場から動かずに言った。



「ここに残ります」



心理定規は振り向かず、そう。と言ってから車まで歩き、中に乗せてあった彼女の荷物を渡して再び車へと向かい、助手席に乗った。車のエンジンの音が静寂の夜空に響き、まっすぐな光を振り回しながらこの場から去るのを、初春は最後まで見届け、それから太陽の門の中に戻っていった。



その目尻には、小さな雫が溜まってあり、流れ出す前に彼女は右手でそれを拭った。


305 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/26(水) 23:02:15.33 ID:LwTspD6f0



バックミラー越しの初春が見えなくなったのを確認した心理定規は、ドアミラーを開けて肘を少しだけ外に乗り出した。夜風が沈黙の充満する車内に流れ込む。



「猟虎。気にしないでいいのよ」



猟虎の肩が震えた。



「あなたなら、きっと私たちよりもっと素敵な友達見つけられるわよ。元の学生生活に戻って、そこできっと」



心理定規は猟虎の方を見る。彼女の肩の震えは全身に広がっていき、それがやがて声にも伝染していった。



「何で、そんなこと言えるんですか」



猟虎の膝下に、数滴の雫が落ちた。


306 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/26(水) 23:04:08.19 ID:LwTspD6f0



「此の期に及んで、自分のことしか、考えれないのに、何で、そんなこと」



そこから言葉を繋げることができなくなった猟虎は、服の裾で涙を拭い、何も言わずに目の前の運転に意識を向けた。だが、涙はまだ止まらず、頬伝うそれを何度も裾で拭った。



心理定規はふうと息を吐き、夜が包み込む第10学区の街並みを見つめる。



(あなたとの心の距離は、結局埋められなかったわね)



込み上げてくる記憶や感情を一つずつ、丁寧に振り分けていくように、心理定規は思いに馳せる。



(あなたはこの街の闇を憎み、自分が闇に染まることも拒んだ。きっと、あなたは光を渇望していて、そして、恐れているんだと思う。あなたも本質は私と同じ、こっち側の人間だから)


307 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/26(水) 23:13:42.50 ID:LwTspD6f0



志しは同じだった。だが、互いに見ていたものは違っていた。それに気づいても尚期待していたのは、自分の中に、彼に対する何かがあったからだ。心理定規は苦笑する。それが何なのかが嫌というほど分かって、自分でも馬鹿馬鹿しくなるからだ。



(あなたが答えを出す時に、私もそれを、ちゃんと伝えるわ。でも、本当に光を手にしたいのなら、光であろうとするなら、そこから目を背けないで。それがどんなに辛くても、恐れてちゃダメなのよ。帝督)



出来ることなら、彼の側に居て、彼が本当に望む道へ進んでいくのを支えたかった。でも、これから先それを果たすのに、自分よりもっと相応しい者がいる。彼女に任せよう。私は私の覚悟に従って、やるべきことをやろう。



そう思った彼女の口から、自然に一つの言葉が漏れ出した。



「ごめんね、帝督」






「気にしないでください。ありがとう。心理定規」





308 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/26(水) 23:16:16.75 ID:LwTspD6f0



どこからともなく聞こえた声に、心理定規はハッとし、猟虎の方を見た。だが彼女は腫れた目と、不思議そうな顔で自分を見ているだけだった。



心理定規は気のせいだと思い直し、背もたれに体を委ね、ドアミラーを閉じていった。







「…………垣根さん?」



先ほどの彼らが話していた部屋に訪れた初春。しかし既に誰も居らず、ろうそくの火も消されている。初春は廊下を折り返して歩き出した。リビングを超え、食堂を過ぎて、建物の端にある個室へと向かい、扉を開ける。


309 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/26(水) 23:18:04.49 ID:LwTspD6f0



「ここに居たんですか。垣根さん」



そこは職員用のベッドが置かれた寝室だった。ベッドの上に彼は、右手の甲を額に当てて、仰向けで横たわっている。手にしていたカバンを小さなテレビの横の台に起き、初春は彼の足元に腰掛ける。



初春は彼を見る。両目は手で隠れて見えず、口元は固く結わえたまま動こうとしない。自分の小さな指が彼のズボンの生地に触れた。初春は何か言おうとするが、それは喉元で泡となり、消えていく。



「やれると思ったんだ」



310 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/26(水) 23:20:13.92 ID:LwTspD6f0



すると、先に垣根が口を開いた。



「深い絆なんぞで結ばれちゃいなかったが、それでもあいつらとは分かり合えるんじゃないかって思ってた。利用し、利用し合うような関係じゃねぇ。同じ目的を共有できるような、そんな関係に、なれるんじゃないかって。バカみてぇだよな。笑えるぜ。ホント」



彼の口元に笑顔はない。初春は返答をせず、ただ、彼の想いを受け止めることを選んだ。



「結局、俺はあいつらのことなんか、何も見ちゃいなかったってことだ。そしてあいつらも、俺のことなんか信じちゃいなかったって、そういうことだよな」



初春は答えない。胸の中には今にも決壊しそうな感情が渦巻いてるが、それを抑えて沈黙を続ける。



「これじゃああのガキたちも、何一つ救われねぇ。俺のことももう、信用しちゃいねぇだろうよ」


311 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/26(水) 23:26:14.04 ID:LwTspD6f0



垣根の放ったその一言が、初春の心の結界を砕いた。



「それは違います」



「あ?」



垣根は手を退け、初春を見る。



「垣根さんが、あの子達を闇の中から救い出したのは事実です。これまでの子供達も、同じように救ってきたんじゃないんですか? それが今更怖気付いて、何弱気なことばっかり言ってるんですか」



一度堰が切れた感情を止めることはできず、初春の語調は次第に勢いを増して言った。


312 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/26(水) 23:29:24.56 ID:LwTspD6f0



「誉望さんが死んで、猟虎さんと心理定規さんも離れていって、辛いのは分かります。でも、垣根さんこうなる前にちゃんとあの人たちと話そうとはしたんですか? さっきの子供にしても、碌に話もせずに決めつけたようなこと言って、そんなんだから誉望さんだって、だんだんあなたを信じれなくなっていったんじゃないですか?」



垣根は一言も発さず、ただじっと、初春を見ている。俯きながら話し続けている彼女の顔は、とても苦しそうだった。



「太陽になりたい。闇を照らしたい。それは分かります。じゃあ本当にしなければならなかったのは、そういうことじゃないんですか? 今の、不貞腐れているだけの子供みたいなあなたを見てると、そう思わざるを得ません」



そこまで言い切った後、初春は急に語気を弱め、ごめんなさい。と言った。


313 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/26(水) 23:30:59.13 ID:LwTspD6f0



途端に垣根は初春の肩を掴み、自分の胸元に引き寄せた。彼女は驚いた顔をしたが、何も言わず、そしてそのまま彼の胸元に頭を乗せる。彼の感触を、今は手放したくない。そう思ったからだ。



「俺はどうしたらいい」



すぐ側で彼が囁く。



「それは、私の決めることじゃない」



初春は返す。静かな時間が、2人の間に流れる。



314 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/26(水) 23:36:05.51 ID:LwTspD6f0



「でも、これだけは言えます。私は、あなたの味方です」



初春は肩を掴む彼の右手に、左手を添えた。あの時と同じく、冷たくて、人間のそれとは思えない不思議な感覚。今度は驚くこともなく、しっかりとその手を掌に包み込む。






「寒くないですか? 垣根さん」






「大丈夫だ。心配いらねぇよ」






垣根は初春の手を強く握り返した。それから2人は言葉を交わさず、ただ静かな時間を共に過ごした。時計の秒針の音と、彼の吐息と鼓動の音を聞きながら、初春はゆっくりと眠りに落ちていった。


315 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/26(水) 23:51:07.40 ID:LwTspD6f0
ひとまずここまで。次はGW中にあげます
316 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 18:09:21.53 ID:v0MUzLE6O
投下します
317 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 18:12:01.31 ID:v0MUzLE6O



…………………………。



ショーウィンドウの前を通り過ぎる自分の姿を見つけた初春は、そこで立ち止まり、身だしなみを確認する。白いPコートとその中のボーダー。黄色のプリーツスカートと、黒いヒールを履き、花も今日の気分に合わせたものに取り替えている。上機嫌に唇にグロスを軽く塗り、初春はまた歩き出した。



そして待ち合わせの公園のベンチにたどり着き、彼を待つ。手鏡を見ながら髪や花をいじっていると、向こうから人影が見えた。初春は立ち上がる。



「垣根さん! こっちこっち」



初春は手を振りながら彼を呼ぶ。こちらへ近づいてくる彼はほくそ笑見ながら、軽く手を上に上げた。


318 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 18:16:02.73 ID:v0MUzLE6O



「張り切ってんじゃねぇか初春。そんなに俺が待ち遠しかったか?」



初春の元にたどり着いた彼はそう言った。



「ち、違いますよ。楽しみにしてたのは、今日のカフェでの食事です。ほら、行きますよ」



初春は顔を赤らめ弁明する。垣根ははいはいと笑いながら、互いに横に並んで歩きだす。



「いやあ。ようやく垣根さんとあそこに行けますね。前から約束してましたもんね」



「だな。お前、ずっとあそこに行きたがってたもんな。何であそこにこだわってるんだ?」



「いやあ、だってそれは」


319 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 18:20:43.97 ID:v0MUzLE6O








初春はそこで足を止め、表情を固まらせた。これから2人で行こうとしているカフェ。そう言えば自分は、何故あそこを選んだ?








「思い出の場所なのか?」



垣根は横で初春に問いかける。彼女は狼狽しながら彼を見つめ返す。彼は笑っている。いつもの悪戯小僧のような不敵な笑みではない。大人びて、憂いを宿した柔らかい笑みだ。



「それは、だって、約束してたから」



声が震える。今現在に、蔓延る違和感に背筋が痒くなる。


320 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 18:22:43.08 ID:v0MUzLE6O










「誰と?」










「垣根、さんと……」









321 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 18:24:49.09 ID:v0MUzLE6O



初春は彼の右手を見た。すると、指先が乾いた絵の具のようにひび割れていた。



「そう。私は、あなたと約束した」



普段の彼なら絶対に使わない敬語が耳に入り、初春の違和感が最高潮に達した。そして、彼の指先のひびが全身に侵食していき、パラパラと崩れ落ちながら、表皮の下の白い肉体が次々と露わになっていく。



「垣根、さん? いや、違う、あなたは…………」



薄れていく意識の中、目の前の白い男は、こちらに微笑みかける。包まれるような穏やかな緑色の瞳と目があった時、初春の意識は、完全に途切れた。


322 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 18:26:24.97 ID:v0MUzLE6O







目を覚ました時、最初に視界に入ってきたのは薄暗い天井だった。手を二回ほど握り、体を起こすと、初春は自分が太陽の門の寝室にいることを確認した。



(あのまま寝ちゃってたのか。私)



ベッドに座ったまま窓の方を見ると、夜明け前の静かな明るさがそこに差し込んでいる。部屋の輪郭も次第にくっきりしていき、初春の思考も同じように明確になっていく。



(さっきの夢、一体なんだったの)


323 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 18:28:06.57 ID:v0MUzLE6O



垣根の表皮が崩れ落ち、真っ白のマネキンのような姿になっていったあの夢。シュールな夢の一言で片付けられない予感が、今も胸の中に溢れている。



初春はハッとし、枕元に振り返る。既にそこには垣根の姿はなかった。初春は立ち上がり、テレビの側に置いた鞄を持って部屋を出た。







同じ頃、一足先に起きていた垣根は、子供たちの眠る寝室へと向かっていた。平行に並んだベッドの周りを歩き回り、その中の一つに手をかけ、眠りについている少年を見つめる。



「お兄ちゃん。起きてたの」



不意に少年が目を覚ました。垣根は落ち着いた声で、ああ。と返す。


324 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 18:29:33.54 ID:v0MUzLE6O



「昨日は、すまなかったな。怖かっただろ。あんなことがあって」



囁くような声で彼は言う。少年は昨日を思い出したのか、布団の端をぎゅっと握ったが、すぐに笑顔を取り戻して答えた。



「大丈夫だよ。だって、昨日初春のお姉ちゃんが言ってくれたもん。お兄ちゃんがいるから、僕たちは心配しなくていいって」



垣根の目が少しだけ見開く。自分が心理定規と猟虎と話している間、あいつはずっと子供たちを励ましていたのか。垣根はそっと笑いながら言った。

325 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 18:31:01.02 ID:v0MUzLE6O



「優しいだろ。あいつ」



「うん。お姉ちゃんも優しいし、お兄ちゃんも、優しいよ。ありがとう。僕たちを助けてくれて」



垣根は笑う。顔を俯かせ、小さな声で笑う。そして、少年の目をじっと見つめて言った。



「心配するな。俺が何とかする。お前たちはもう、何も怖がらなくていいんだ」



そう言い残し、垣根は寝室を後にして、玄関を抜けて外へ向かった。東の空から、祈りの歌声のように輝かしく太陽が浮上しているのが見える。空とビルの境目を満たす黄金の光を眺めながら、垣根は背中から、純白の6枚の翼を顕現させる。


326 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 18:32:28.69 ID:v0MUzLE6O



(もう、大丈夫だ。これで何もかも、全てがうまくいく)



言い聞かせるように心の中でそう言った彼は、両手を広げ、翼に意識を集中させる。6枚の翼の周囲に黄金の絹の糸のようものが現れ、彼の周囲を揺蕩い始める。全ての理を手中に収めるような力の波動が、全身に流れしたのを感じた彼は、恍惚と安堵の混ざったような微笑を口元に浮かべた。






「…………垣根、さん?」






垣根は後ろを振り返る。目の前の現象を信じられないような目で見る初春がそこにいた。彼は慌てる様子もなく、力の制御に取り組む。


327 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 18:33:44.08 ID:v0MUzLE6O



「垣根さん、ちょっと、何しようとしてるんですか? 一体これは」



状況を掴めない初春に、垣根は諭すように答える。



「初春。俺は今から全てを終わらせる。これできっと、全てが救われるんだ。だから、お前ともここでお別れだ」



困惑したままの初春は、何も返すことができない。垣根は最後にと思い、自分の感情を打ち明けた。


328 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 18:34:44.17 ID:v0MUzLE6O



「この世界でお前に会えるとは思ってもいなかった。最初はただの気まぐれみたいなもんだったが、何でだろうな。いつからか、お前が側にいて欲しいって思うようになってた。短い間にだったけど、意外と楽しかったぜ」



じゃあな。垣根はそう言い、翼を翻して力を解き放とうとした。初春は巻き起こった風圧にたじろぎ、顔を腕で覆った。一瞬、腕と肘の隙間から見えたのは、純白から黄金に色を変える彼の6枚の翼だった。何か巨大な力がここに振り落ちる。初春はそう直感し、目を思いっきり瞑った。










だが、次の瞬間、垣根の6枚の翼は空中に溶けるように霧散した。








329 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 18:38:17.68 ID:v0MUzLE6O



「なッ」



辺りを羽毛の群れがはらはらと舞い落ち、それが朝日を浴びて透けるように輝く。突如訪れた朝焼けの中の静寂に、初春は、そして垣根は呆然とした。



「……何だ。どういうことだ? 今俺は確実に世界を変えようとしていた。何があった。何故急に力が!」



垣根は混乱し、取り乱す。初春はその場に立ち尽くしたままだったが、頭の中で、とあることを思い出していた。



(ここ最近、多発している能力者による能力不全。まさか、今ここで?)



彼と出会った日、黒子と話していた怪現象。それがこのタイミングで発動したのか。初春はその記憶を掘り返しながら、ふとバッグの中で、何かが白く光っていることに気づき、それを取り出した。


330 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 19:16:18.95 ID:oJDfpXxLO



「ッ、これ…………」



それはいつからか所持していた、白いカブトムシのキーホルダーだった。眩い光を放つそれを見た垣根は、目を大きく見開いたまま固まってしまった。



「……フッ、クハハハ……アハハハハハハハハハハハハハッ!」



大声で笑いだす垣根。全てを理解した者、証明を解き終えた者特有の快活さすら感じる笑いっぷりに、初春はたじろぎ、声をかけようとした。



その時、垣根は瞬時に初春との間合いを詰め、彼女の首根っこを掴んで玄関の柱に力強く押し付けた。衝撃により初春は枯れた声と唾を漏らす。視線の先には鬼気迫る顔の垣根と、地面に転がったカバンと荷物、そして、白く輝くカブトムシが見える。


331 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 19:19:26.18 ID:oJDfpXxLO



「か、きねさん、何して……」



恐怖と混乱が頭を支配する中、何とか外へ絞り出した問い。垣根は怒気を打ち消すように笑う。だかそれは、今まで見せたことのないような邪悪さがこもった笑みだ。



「ハッ。何だよ。結局そういうことかよ。どこまでもお前は俺の邪魔をするってことだな。オイッ! 早く出てこいよ! 今ここに、助けを乞う女の子がいるんだぜ!」



垣根は叫ぶ。それはある種の慟哭のような声の荒げ方だ。初春は自分の首を締め付ける彼の手を握り、何とか引き剥がそうとする。



「なんなんですか! 一体、どうして、お願い。垣根さん! 止めて!」



掠れた声で哀願する初春。足をジタバタさせ、拘束を解こうとするが彼は微動だにしない。


332 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 19:27:10.69 ID:oJDfpXxLO



「何も知らずにいれば、幸せなままだったろうに。初春。お前、薄々感じ始めてるんだろ? この世界の違和感によ。こうなった以上教えてやるよ。お前、俺と出会った時のこと覚えてるか?」



冷たい眼差しが、涙の滲んだ初春の瞳を突き刺す。



「出会った時のことって、それは、あのカフェで……」



「そうだ。お前と俺はあそこで出会った。この世界でも。そして、元の世界でもな」



元の世界。その言葉に、初春の脳裏に漂っていた違和感の霧が、少しず消滅していく。



「元の……世界?」


333 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 19:31:42.62 ID:oJDfpXxLO



フラッシュバックする映像。10月9日、カフェのオープンテラス、御坂美琴に似た少女、パフェ、右手に大きなピンセットをはめた謎の男、そして、痛み。



垣根は言う。







「まだ思い出せないのかよ。『お嬢さん』」







そう。その男は、自分のことをそう呼んでいた。そして、その男は自分にこう尋ねて来ていた。


334 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 19:32:45.67 ID:oJDfpXxLO










ー垣根帝督。人を探しているんだけどー









335 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 19:35:26.55 ID:oJDfpXxLO



「……あな、た、は」



失われていた記憶が、元の姿を現す。それは、こことは違う別の世界の記憶。いや、本来の自分の中に根付いた、真実の記憶。







「私を、殺そうとした!」








完全に思い出した。目の前のこの男は、闇を憎み、太陽になろうとした不殺を誓うこと男は、かつて自分を殺そうとしていた。自分の肩を踏みつけ、支配者の笑みで自分を見下すその姿が、目の前の彼とリンクした。


336 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 19:43:53.28 ID:oJDfpXxLO



「そうだ。俺はお前を殺そうとしていた。全部思い出したようだな。どんな気分だ? そんな男の味方になろうとしてたなんてよ! アアッ?! どうなんだよ?!」



垣根は初春の首を握る手に更に力を込める。初春は悶絶し、体を激しく揺らす。薄くなる意識の中で、彼は自分に問い続けている。それはどこか自棄を孕んでいるような勢いだ。



「、けて」



初春は何か言おうとする。蘇った記憶の中から、自分に笑いかける誰かが見える。彼女はもう、ちゃんと分かっている。それが一体誰なのかを。



初春は、叫ぶ。


337 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 19:46:02.29 ID:oJDfpXxLO






「助けて!」






その瞬間、地面に転がった白いカブトムシの発光が増し、白い光の柱のようになった。垣根と初春はその方向へ視線を移す。



そして、光の柱の中から現れた人影が、垣根へと突進し彼を吹き飛ばした。垣根は数メートル先まで飛び、土埃を巻き上げて地面に転がる。初春は呪縛を解かれ、あうやく地面に落下しそうになるが、その体をそっと、白い腕が抱き抱えた。



「お待たせしました。初春さん」


338 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 19:47:04.66 ID:oJDfpXxLO










この声。そしてこの感触。確かに覚えている。前にも同じ様に、彼にこうやって抱えられてた。朝日が完全に浮上し、黄金色を世界にもたらす。その光が、彼の姿を明確に、初春の視界に映し出した。









339 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 19:48:07.39 ID:oJDfpXxLO










「さあ。目覚めの時間です。帝督」










白き男。垣根帝督はそう宣言した。











340 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 19:49:08.67 ID:oJDfpXxLO
ひとまずここまで。次の投稿は5月の中盤を予定です。
いよいよ物語も佳境に。
341 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 19:10:53.45 ID:Kg04rnJk0
投下します。
342 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 19:17:33.64 ID:Kg04rnJk0



…………………………。



彼女との日々は、彼にとってかけがえのない幸福な時間だった。彼女は彼の半身だった。共に学園都市の闇に立ち向かう同士にして、愛すべき者。大切な人。彼には彼女が必要で、そして彼女も彼を必要としていた。



また、時の流れはいつしか彼らの仲を男女のそれへと変えていき、作戦のない日は2人で街へ繰り出し、甘い一時を過ごしていた。



彼女の服も彼が新調し、羽衣のような白いレースのワンピースに、胴に茶色の細いベルトを巻き、同じ色のヒールを履かせることで、彼女の埋もれていた女性らしさを呼び起こさせた。彼女も最初は恥ずかしがっていたが、慣れていったのか彼と遊ぶ時は大体その姿になった。



そんな日々が2年と過ぎた。あいも変わらず、暗部との戦いを繰り返す毎日だったが、その中で彼は次第に焦りを感じていた。


343 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 19:27:48.93 ID:Kg04rnJk0



一体いつまで戦い続ければ、この街の闇は消えてなくなるのか? 終わりの見えない戦いの中で次第に彼の精神は消耗していった。



一度見逃した敵がまた、同じような施設で同じような実験を行っていたこともあった。



救い出した子供たちの体内に小型爆弾が仕込まれていて、脱出と同時に敵に「爆散」されたこともあった。



自分のしていることを悉く踏みにじる暗部の「悪意」は、想像を上回る勢いで彼を蝕んでいった。


344 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 19:30:27.14 ID:Kg04rnJk0



そして、それと同時に見過ごせなかったのが、彼女の体だった。



気づけば彼女の体には、治癒しきれない痛々しい傷跡がいくつか残っていた。元々無能力者で、重火器や近接戦闘を戦いの主とする彼女では、戦いの度に傷が増えて行くのも無理はなかった。



治療を施す際、苦しい声を上げたり、時には泣き叫び、地べたにうずくまる彼女を見るのは、彼にとって耐えられない光景だった。



何より、どんな激しい戦いの後も傷一つ負わない自分と、癒えぬ傷が増えて行く彼女を比較してしまい、いつしか彼の心は真冬のように冷たい罪悪に満たされて行った。


345 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 19:31:56.68 ID:Kg04rnJk0



彼の憔悴を隣で見続けていた彼女は、3月のある日、彼を第21学区の小高い丘の上へと連れてきた。



既に日は沈み、前方には学園都市の眩い灯が広がっている。時々ここに来てるの。彼女はそう言って芝生に座った。彼も後を追うように座り、2人は夜景を見ながら語り出す。



ごめんね。私が弱いから、そんな風に心配かけちゃって。



彼女の言葉に彼は怒気を込めて止めろ、と言い換えした。そしてしばらく考え込んだ後、一言ずつ丁寧に、彼は彼女に伝えた。


346 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 19:33:31.12 ID:Kg04rnJk0



もう、お前は戦わなくていい。大丈夫だ。俺1人で何とかするよ。



2人の間に流れる沈黙と夜風。彼女は、彼をただ見つめる。その透明で揺るぎない視線に、彼は目線を合わせることはできない。



そして、彼女は張り詰めた空気を綿で包むように笑った。



私は、何も傷付かずにアンタの側にいることの方がよっぽど辛いの。ずっと、一緒にやってきたじゃない。いいことだけじゃない。迷いも、苦しみも、味わうならアンタと一緒がいいの。


347 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 19:34:58.49 ID:Kg04rnJk0



一瞬の曇りもない発言だった。彼は心にかけられていた重い鎖が緩むのを感じた。だが、やはりまだきつく、心に食い込んだ鎖の痛みは彼を更に不安に追いやり、それを解くために彼は質問する。



本当に、お前はそれでいいのか? 俺は超能力者だから、傷なんて何でもない。でもお前はーーー



そこまで言った彼の口を、彼女は人差し指で塞いで、その後に続けた。



知らねぇよ。そんなの。アンタ、そう言ってたでしょ?



348 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 19:36:24.79 ID:Kg04rnJk0



彼女の笑みを見て、彼はもう疑うことを止めた。彼女は既に覚悟できている。自分が本当に恐れていたのは、今ここで怖気付いてしまったこの魂だ。彼はそれに気づき、彼女と同じように笑い、彼女を抱きしめた。



悪かったな。これからも一緒に、よろしく頼むぜ。



彼女は首を縦に振り、ええ。一緒に戦いましょう。と言った。



そこで、彼は彼女の背後のあるものに気づいた。それは、白いアネモネの花だった。


349 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 19:37:37.51 ID:Kg04rnJk0






綺麗。






ああ。






互いの体が、そっと触れ合い、彼女は彼の方へ振り返る。


2人は微笑み、そして、何も言わずに唇を重ねた。永遠にも近い時間が、2人の間に流れた。


350 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 19:39:23.69 ID:Kg04rnJk0



帰り道、無言の時間が長く続いた。合間に適当なことを話しては、まだ黙りった。それがもどかしくもあり、また幸福でもあった。



そうしそうしている間に2人は丘の麓まで降り、帰りのバスに乗った。車窓からの景色の灯りはまばらだったが、街の近くへと近くごとに輝きを増していった。2人はそれを眺めながら適当なことを話していた。バスはそろそろ、第4学区に差し掛かろうとした。



だがその時、バスの前方に、2台の黒いバンが現れ道を塞いだ。



運転手と他の乗客はざわざわとしたすが、2人は落ち着いて、自分たちを下ろすように運転手に頼んだ。


351 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 19:41:28.19 ID:Kg04rnJk0



バスから降りた途端、8人の重武装の男たちが2人に銃口を向けた。後ろの方でざわめきが聞こえるが、2人は一向に気にしない。すると、バンの中から白衣を着た老年の研究員が現れた。



彼は思わず鼻で笑う。その老研究員は一度襲撃した組織のトップだった男だ。俺への復習が目的か? と彼は老研究員に聞いた。



彼は顔の皺と無精髭をにんまりと広げ、彼に宣言した。



それもあるんだけどね、そろそろ潮時かと思ったんだ。君の元に送った彼女が、どれほど君に影響を与えたのかを見るのにね。





352 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:20:36.92 ID:Kg04rnJk0







「ずっと待ち構えてた、ってわけか」



土埃を払いながら、彼は立ち上がる。



「待ち構えてた、というのは少し違います。この世界に『移動』するのに時間を有しただけです。まあ、多少の干渉はできたので、あなたの行動も見させてもらいましたがね」



垣根は明瞭な声でそう言う。彼の腕の中の初春は、まだこの状況になれないのか戸惑いを隠せない瞳をしている。



「ハッ。そうかよ。それじゃあ、分かるよな垣根帝督。俺はさっさとこの世界を改変して『次』に行きたいんだよ。邪魔、しないでくれるか?」



彼は自分自身の名前を、目の前の男に向かって告げる。だがそれは、逆説的に相手の存在を認めないことを誇張する言い方だった。


353 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:22:02.30 ID:Kg04rnJk0



「いいえ。そうはいかない。この世界での貴方を見ていて分かった。貴方は、ここで私が止めなければならない」



垣根の宣言に一切の迷いはなかった。



「垣根さん……私…………」



垣根は胸元の初春を見て、優しく笑い、彼女を地面に下ろした。



「分かりますよ。貴方だって、彼に募る想いがあることを。でも今は、彼がしようとしていることを止めなければならない。彼と話すのは、その後でよろしいですか?」



少ししゃがんで、自分にそう言ってきた緑の瞳をしっかりと見つめて、初春は頷いた。垣根は立ち上がり、もう本来の自分の方へと向かい歩き出す。


354 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:23:14.43 ID:Kg04rnJk0



「結局、お前とはこうなる他にないか。覚悟しろよ、虫ケラ」



彼は迫り来る垣根を蔑んだ目で睨み、口元に笑みを貼りながら6枚の翼を広げた。垣根もそれに対して、同じく6枚の翼を背中から生やす。



「ようやく、この時が来ましたね」



垣根はそう言った後、少しだけ口元を緩めた。





次の瞬間、両者の距離は消滅し、拳と拳の激突による衝撃波が発生した。





355 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:24:33.30 ID:Kg04rnJk0



「ッ!」



初春は後ずさる。そして両者は音速で朝焼けの空へ舞い上がり、この場から姿を消した。跡地に舞い落ちる羽の群れを見て、彼女は息を呑んだ。



「本当に、ようやくだな。クソッタレ」



後ろからの声に初春は反応し、振り返る。そこに居たのは、玄関から外に出てきた杖をつく白髪赤眼の男。その周囲には先ほどの激突の衝撃で目覚めた子供たちが何人か付いて来ている。



「第1位さん! あなたもこの世界に?」



初春の問いに、学園都市第1位の能力者、一方通行は気怠げにああ、と返した。


356 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:26:04.40 ID:Kg04rnJk0



「初春の姉ちゃん。この人誰? 急に現れたんだけど」



「あれ? 垣根の兄ちゃんはどこに行ったの? ねえねえ、知ってる」



周囲の子供たちは彼の服の裾を掴み、執拗に質問を続ける。彼は軽くそれを払い、初春の横まで向かう。



「……私、ずっと思ってたんです」



横の彼の方には向かず、初春は語り出す。


357 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:27:01.67 ID:Kg04rnJk0



「私を殺そうとした、本来の垣根さんとも、いつか向き合いたいって。叶わない願いなのは分かってました。でも、そうしないと、垣根さんのことが、いつまでたっても信じ切れない気がして、怖かったんですよ」



初春は一方通行の方を向く。



「あの人は、生きてたんですね。垣根さんは、それを知っていた」



一方通行はさっきと同じようにああ、と言った。


358 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:28:22.67 ID:Kg04rnJk0



「俺があいつに聞いたんだよ。本来のお前はどこにいるって。あいつもあいつで、ウジウジとしてたようだからな。それでもあいつは自分の過去にケリ付けようとした。お前は、どうするつもりだ?」



一方通行は視線を彼女に移す。彼女の瞳は憂いを宿しながらも、迷わない決意を秘めている。



「答えるまでもないですよ」



返答を聞いた一方通行はしばし黙して、そして口を開いた。


359 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:29:12.37 ID:Kg04rnJk0



「もっと早く、必要だったのかもな」



え? と初春は言ったが、直後に一方通行は彼女を両手で抱き抱えた。



「なんでもねェよ。さあ、後追うぞ」



一方通行は前方へ歩き出し、背中から4枚の竜巻状の噴出を発生させる。しかし、初春はあることが気になっていた。



「……第1位さん。腕、震えてません?」


360 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:30:54.82 ID:Kg04rnJk0



自分を抱える細い両腕が頼りなく震えているのを背中から感じた初春はそう聞いた。彼の性格からして恐怖ではないことは分かる。つまり、物理的な問題だと初春は察した。



「アァ? 全然震えてねェよ。これくらい余裕だクソッタレ」



「あの、無理しなくていいですよ? 別に空飛ぶ以外にも移動方法があれば」



「大丈夫だつッてんだろ!」



瞳孔の開いた赤い瞳に睨まれ、初春は黙り込んだ。すぐ側で、全然行けるんだよ。と自分に言い聞かせるように呟く声を聞いて、思わず胸元で笑いそうになった。


361 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:32:11.43 ID:Kg04rnJk0



(……垣根さん、全てを分かった今だからこそ、話したいことが山ほどあります。だからまずは、自分自身に負けないでください)



行くぞ。と声がして、その瞬間には初春の身体は空中に居た。



「しっかり掴まってろ」



彼の言葉通り、初春は身を固めた。







「ねえ。あれ何?」


362 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:33:28.57 ID:Kg04rnJk0



11学区を流れる高速道路を運転する一台の乗用車。その助手席に座る8歳ほどの少年が、バックミラーをじっと見ている。少年の父親は自分側のミラーを覗き込んだ。



「ッ! な、何だ?」



そこには6枚の翼を掲げた2人の男が、互いに接近しては一撃を加え、一進一退の攻防を繰り返しながら、高速の上空を前進している光景だった。父親は思わず見とれたが、すぐに前方の運転へ意識を向け、アクセルを踏んでスピードを早めた。



「映画の撮影かな? 2人とも凄い能力だったね」



「あ、ああ。かもな。やっぱり学園都市は凄いよ」


363 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:35:04.42 ID:Kg04rnJk0



引きつった笑顔で父親は答えた。そして、本当にこんなところに息子を預けていいのだろうか、としばらく思索していた。



一方、上空の2人の男。翼だけではなく、容姿も瓜二つの男たちは、張り詰めた表情で、時には笑みを浮かべながら激突を繰り返している。両者の違いと言えば、片方は蝋人形のように真っ白な身体と、人工的な緑色の瞳をしているくらいだ。



「さあ垣根帝督! 遊んでやるのもこの辺にしといてやるよ! こんな戦いはさっさと終わらせたいもんでな!」



「来るがいい。貴方の全力を受け止め、その上で貴方を超えてみせます。帝督」



彼らは互いに、同じ名前を呼んだ。


364 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:36:33.75 ID:Kg04rnJk0



「抜かせ。本来なら、お前如き既に世界改変で存在ごと消したはずだった。だがこうして目の前で生きていることと、改変の能力が封じられたことを考えると、別の方法で攻めた方がいいらしいな」



冷静な瞳の奥に憎悪をちらつかせ、彼は垣根を見、そして右の掌を翳した。






次の瞬間、垣根の身体の左半分が吹き飛んだ。





365 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:38:31.60 ID:Kg04rnJk0



「グアッ!?……」



彼は驚き、バランスを崩して地面への落下を始める。しかし途中で半身を再生させながら、体勢を立て直し、再び上昇を始めようとした。



「無駄だ虫ケラ」



間髪入れず、見えない一撃が垣根の右腕を吹き飛ばし、続けて胴体を真っ二つに切り裂いた。損壊した箇所の周囲にひびを入れながら、上半身だけになった彼は落下する。身体の半分が再生途中の彼の姿は、まるで制作途中で放り出された粘土細工のようだ。



「……なる、ほど。貴方のその力、純然たる魔神のものではないらしい」


366 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:44:40.83 ID:Kg04rnJk0



落下しながら垣根は呟き、一気に全身を再生させた。翼をはためかせ、高速の高架下を潜り抜け再び前進する。背後から追跡してきている彼を少し振り返る。



「まあな。本来の魔神の力、何てものは流石に扱いきれる代物じゃねぇ。だから俺は、全体論の超能力に魔神の力を組み込んだ」



全体論の超能力。マクロの世界を歪めることによりミクロの世界に影響を及ぼすという、軍神の槍の創造にも用いられた新たなベクトルの超能力理論。垣根は船の墓場で、彼がこの理論について少しだけ触れていたことを思い出した。



「この全体論にはある特徴がある。マクロを変化させ、ミクロに影響を及ぼすのがこの理論だが、その影響は時間軸を超えて発動できるんだよ。俺はこれを利用し『過去を改変した』。すなわち、軍神の槍で制御した魔神の力でマクロの世界を歪め、過去の一瞬に干渉し、バタフライ効果で世界を作り変える。これが世界改変の真相だ。そして今は、『5秒前のお前』に干渉して、攻撃を加えている」



367 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:46:47.23 ID:Kg04rnJk0



彼は笑う。



「過去への攻撃を防ぐ手段なんてものはない! 例え第1位のベクトル操作だろうと、演算する暇もない概念上の攻撃を反射するなんてできやしねぇだろうかな!」



彼は再び手をかざし、5秒前の垣根に遅いかかる。陽炎のように全てがぼやけた世界。右腕は崩れ、上半身だけになった垣根の首を切り落とそうと、彼は翼の一枚を垣根に振り下ろした。






だがその時、存在していないはずの垣根の右手が、彼の攻撃を受け止めた。





368 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:53:27.00 ID:Kg04rnJk0



「これが貴方が、修羅の果てに掴んだ力ですか。だとしたら、余りにも悲しい。この翼の先から伝わってくるのは、貴方の幼稚さと、深い嘆きだけだ」



垣根は彼を見据えてそういった。気づけば世界は視界のはっきりとした、現在の世界だった。彼は翼を元に戻し、舌打ちをした。互いに高架下から再び上空に舞い上がり、彼は垣根に言う。



「何をしたんだ?」



「気づいたんですよ」



垣根は自分の真っ白な掌を見つめる。




「こんな身体になったからこそ、分かったことがたくさんあります。未元物質とはどこから来たのかというのも、その1つです。貴方も一方通行との戦いで少し分かっていたようですが、まず前提として、この能力と、そして一方通行は虚数学区の制御のために作られたものだ」


369 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:55:46.91 ID:Kg04rnJk0



虚数学区。学園都市の能力者たちが発生しているAIM拡散力場を集合させ、出来上がった人工的な異世界。かつて純粋な人間だった頃の自分を完膚なきまでに叩き潰した一方通行の黒い翼を見て、垣根は虚数学区の意味と、自分の役割というものを察していた。



「そこまでは分かっている。だから俺はあの時、AIM拡散力場の流れを操作し、未元物質の出力を最大限まで上げた。だがそれでもあの黒い翼には敵わなかった。あれはAIMだ虚数学区とかで表せる代物じゃねぇ」



かつての敗北を思い出しながら、彼は言う。



「その通りです。彼の翼は虚数学区のその先の次元から引用したものだ。その次元こそが、未元物質の起源なんですよ」



彼の目元が僅かに震えたのを見て、垣根は一拍を置いて続ける。


370 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:58:17.91 ID:Kg04rnJk0



「帝督。貴方も魔神の力に触れたものとして分かるでしょう。私たちのいるこの世界は、様々な宗教の世界をモチーフとした『位相』というフィルターが重なりあい出来ている。この位相越しに私たちは世界の全てを認知している。だが、その位相に頼らない、本来の世界というものがあります。『真の科学の世界』と呼ぶべき、真っさらな世界が」



垣根は明瞭な声で、彼に告げた。






「未元物質とは、そこから来た物質だ。純粋な物理法則のみが支配する世界。その世界を支える素粒子こそ、この未元物質だ」






彼はその真相を聞き、一瞬小さな声を漏らしたが、すぐに納得したかのような口を結わえた。僧正から魔神の力を読み取ったあの時から、どんな魔術にも根付いていないこの力の正体がそういうものであることを、薄々感づいていたからだ。


371 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:02:21.03 ID:Kg04rnJk0



「そして帝督。まだオリジナルの肉体が残っている貴方とは違い、私は全身を未元物質で構築している。つまり、私という存在は、『真の科学の世界そのものと結合している』と言えませんか?」



彼はそこで目を凝らした。目視数メートル先の垣根の6枚の翼が、根元から眩い銀色に染まっていっているのだ。



「真の科学の世界とは『法則』の世界。私は私を基準として、真の科学の世界をこの世に拡張し、あらゆる法則を自由に塗り替えることができる。『法則の制御』これが未元物質の本質だ。そして、この段階に達したものを、学園都市ではこう呼んでいる」



垣根は微笑を浮かべ、言った。


372 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:03:11.13 ID:Kg04rnJk0










「絶対能力者。レベル6と」









373 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:13:16.88 ID:Kg04rnJk0



言い終わったと同時に、垣根の翼は銀色に染め上がり、鈍い光を周囲に放った。あらゆる色を内部に詰め込んだように、怪しく光るそれの周りには青いオーラのようなものが揺蕩っている。



「……ハッ。なるほどな。俺の世界改変の影響を受けなかったのも、その真の科学の世界とやらに自分の存在と、第1位のクソも一緒に避難させてたってことか。この世界に拡張できるってことは、その逆もできるだろ」



「ええ。そしてこの世界と、真の科学の世界を隔てる『門』の役割を果たしているのが、虚数学区です。しかし何分慣れていませんから、虚数学区を通しての移動の際に、多少強引な演算をしてしまいましてね。学園都市全体のAIM拡散力場に多少の乱れを生み出してしまいました」



「それがここ最近のチンケな事件の正体ってわけだな。やれやれ。こいつは困った。全ての法則を制御。レベル6、ねぇ。そいつは少し厳しいーー」



垣根の圧倒的な能力の説明を聞いても尚、余裕げな表情と口調を崩さない彼は、口調を荒げていった。


374 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:15:59.14 ID:Kg04rnJk0



「なんて思うわけねぇだろ!!!」



彼は再び5秒前の垣根に向かい、攻撃を仕掛けた。今度は逃げ場のないよう翼を縦横無尽に動かし、あらゆる角度から執拗に、垣根を切り刻もうとする。先ほどと同じように攻撃は途中で無効化され、再び現在の時間軸に戻り、垣根は高架下の柱の間や、その下の道路を通る車の頭上ギリギリを飛行し全て交わした。



「ッ!」



はずだった。垣根は左手を見ると、肘から先が切断されていた。彼はすぐさま腕を再生させ、自分の上空を飛ぶ彼を見上げる。



「全ての法則を制御する。確かにそれを自在に行えるってんならお前は『無敵』だよ。だが最大の弱点は、お前本体に明確な自我があることだ。かつて俺の悪意の抽出体が、未元物質の全能性に飲み込まれて自滅したように、何も考えず世界を拡張させ続ければお前の意識はいずれ薄れていき、消滅する。だろ?」


375 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:28:08.23 ID:Kg04rnJk0



彼は悪意のある笑みで垣根に尋ねる。



「現に今、俺の世界改変を防ぐためにこの世界のどこかに真の科学の世界を拡張させているようだが、その分お前のキャパシティは消費されている。お前の周囲にまで連続して拡張できる時間は、10秒もないってところか。悲しいなオイ。せっかくの無敵の能力なのに、お前の存在そのものと演算能力がまるで追いつけていねぇ」



流石自分だと言わんばかりに垣根は肯定の笑みを浮かべた。



「ええ。実際、本物のレベル6には到底及んでいません。その最も近いところに辿り着いただけです。完璧な制御のためにはまだ時間がかかります」



だが、と垣根は言う。


376 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:30:29.56 ID:Kg04rnJk0



「これで貴方と、対等に渡り合える。それだけで十分だ」



対等。その言葉が気に食わなかったのか、彼は余裕の表情の中に黒く濃い怒りの雫が混ざり込んだような顔をした。



「しかし位相の話を持ち出すとは。どうやらお前の未元物資の覚醒には、また別の誰かが噛んでやがるな?」



垣根の質問に、彼はええ、と答える。






「とあるヒーローと、その仲間たちに助言を頂きましてね」






377 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:32:10.28 ID:Kg04rnJk0







「そっか……フィアンマから名前聞いた時は思い出せなかったけど、あんたのことだったんだな。でも、よく俺の家分かったな」



「カブトムシさんとして、学園都市中にネットワークを広げている私にとって匿名性というのはあまり意味を成しませんから」



「……なんか、ちょっと怖いな」



心配せずとも、悪用する気などありません。と垣根は上条に返す。彼らがいるのは第七学区。上条当麻の暮らす寮の一室だ。


378 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:34:37.92 ID:Kg04rnJk0



時は遡り、垣根が船の墓場へと向かう前日の夜。一方通行と別れた後、彼は以前学園都市の上層部から受け取ったある指令を思い出していた。



船の墓場から脱走した魔神オティヌス。そして上条当麻の抹殺。



以前、上条とはとある事件で共闘をした中だった。あれ以降会っていないのだが、あの指令からして彼は船の墓場を一度経験している存在だ。それに、自分の領域外の非科学についても詳しいはず。現地に赴く前に、彼らの元を訪れてみようと思い、垣根は彼の住む寮まで向かい、こうして彼と話している。2人の同居人たちと共に。



「だがあそこで捻り潰してやったあいつの片割れが、お前のような男だとはな。少し意外だ」


379 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:36:23.12 ID:Kg04rnJk0



上条の右肩に乗った15センチほどの小さな少女にして、元魔神オティヌスはそう言った。絵本の中の魔法使いが被っているような巨大な帽子。露出度の高い装飾の上に羽織ったマント。右目を覆う眼帯。姿だけ見れば、かつて世界を混乱に陥れた大規模な組織のボスだと到底思えない。垣根はそう感じた。



「それで、お前は一体何を聞きに来たんだ?」



オティヌスは垣根に聞いた。



「オティヌスさん。かつて船の墓場を使っていたものとして聞きたい。あそこで悪用されて困るようなものは、ありますか?」



垣根の問いに、オティヌスは少しの間宙を見て、そして答えた。


380 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:37:38.49 ID:Kg04rnJk0



「私たちが軍神の槍の精製に使った、演算装置の群れがそのままだ」



軍神の槍。垣根はその物騒な言葉をリフレインする。



「私が魔術の神として、世界に混迷をもたらしたのは知っているな? 私は自分の魔神としての力を完全にコントロールするために、奴の能力を用いてその槍を作ったのだ。その際、複雑な演算を補うために島に漂流した様々な機材を並列に繋げ、演算装置を作り上げた。恐らく、今でも使おうとすれば使えるはずだ」



オティヌスの言葉を聞き、垣根は再び上条の方を見る。



「そして、先ほど教えて頂いたように、上条さんの知り合いのフィアンマさんは船の墓場で彼に会い、未元物質を受け取ったと。そしてそれを魔神との戦いで使用した」


381 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:38:51.48 ID:Kg04rnJk0



上条はああ、と答える。垣根はしばらく考え込み、そして口を開いた。



「もしかすると、魔神の力を未元物質を用いて読み取り、再現しようとしているのかもしれません」



その言葉を聞いた上条とオティヌスは、にわかにも信じられないといった表情をした。



「垣根。お前、魔神っていうのを分かってないだろ。あいつらは『神』なんだよ。再現なんて、簡単にできるもんじゃないぞ。だろ? オティヌス」



オティヌスは首を縦に降る。それは自身の体験上、この上なく理解しているということが伝わる頷きだった。


382 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:40:52.73 ID:Kg04rnJk0



「私は化学側の者ですから、魔神というものの凄さを理解し切れない。でも、貴方たちの顔を見ていればそれは何となく伝わります。だが、今話しているのは可能性の話だ。そして、貴方たちも分かってないでしょう。未元物質という能力が、どれだけの可能性を秘めている能力か」



垣根の返答に、2人は言葉に詰まった。上条はベットの方に向く。



「お前はどう思うんだよーーー






インデックス」






彼らの話を黙して聞いていた、白い修道服を身にまとった銀髪碧眼の彼女は、そこでようやく口を開いた。


383 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:42:09.72 ID:Kg04rnJk0



「ていとく。あなたは、もしもう1人のあなたが魔神の力を再現できていたとしたら、何か対策を考えているの?」



「……私が予感している、未元物質の『ある可能性』の仮説を立証できれば魔神の力と拮抗するのは不可能ではない、と考えています。だが、それにしても私は魔術というものを余りに知らなさすぎる。だから、今日こうして貴方たちを訪ねたのです」



インデックスの質問に垣根はそう返した。互いの碧眼が、同一線上に並ぶ。



「私の頭の中には、10万3000冊の魔道書の知識が詰まっている」



彼女は神妙な面持ちで語る。


384 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:43:46.30 ID:Kg04rnJk0



「この魔道書の知識を全て習得したものは、魔神にも等しい力を震える。でも、魔道書の原典っていうのは並みの魔術師じゃ扱い切れず、精神を崩壊させるような危険な代物なんだよ。まして、ていとくのような化学側の人間が、そんなことしたらどうなるか、想像に難くないんだよ」



インデックスの言葉に、上条とオティヌスは焦ったような顔をした。



「お、おいインデックス。お前まさか……」



「とうまは黙ってて」



上条の言葉を遮り、彼女は垣根を見据えた。


385 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:45:27.32 ID:Kg04rnJk0



垣根はしばらく無言で彼女を見、そして彼女の額に手を触れた。



「ッ! おい垣根!」



上条は声を荒げる。垣根の身体は小刻みに震え出し、時間が経つにつれ、体の至る所に細い亀裂が走りだす。インデックスは目を閉じたままだ。上条とオティヌスは最悪を予感しつつも、これ以上何かを言おうとはしなかった。



緊張が走る空間の中、ある程度時間が過ぎていくと、変化が起こった。垣根の身体の振動が止み、全身の亀裂も徐々に再生していっている。



そして、インデックスの額に手を触れて10分程経った時、垣根は手を離し、ふう、とため息をついた。


386 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:48:27.19 ID:Kg04rnJk0



「……なるほど。これでどうやら、私の考えていたことは正しいと証明された。インデックスさん。ありがとうございます」



垣根は乱れた髪を少し整え、彼女に礼を言う。彼女もまた、安心した表情で言った。



「本当は、こんなこと危険過ぎて絶対に承諾できないって思ってた。でも、ていとくの顔を見ると、断れなくなっちゃったんだよ。でも、本当によく耐えれたね」



垣根は疲労の読み取れる笑顔で、彼女の心配に答えた。



「能力者の脳の構造は、魔術と相成れることはない。それは分かっていました。ならば、『脳の構造を魔術に耐えられるように変換させ』れば、魔術にも耐えられる。そう思ったので、実行に移したまでです」


387 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:52:49.69 ID:Kg04rnJk0



疲れ混じりの笑顔で語る垣根に、一同は呆気に取られた顔をした。科学と魔術の両立。それをいとも簡単に成せる能力。目の前のこの男は、明らかに「ヒト」の領域を超えている。皆はそう思った。



「すげぇ能力だな。お前のそれ」



「ええ。常識が通用しないのが売りなので」



上条の感想にそう答えて垣根は立ち上がった。



(……この世界に幾重にも重なる位相。そして、その最下層に位置する純数な科学の世界。この未元物質の起源は、そこから来たというわけか。おそらく、一方通行の翼もそうでしょう。とにかく、アレイスター。私も、そして彼も、貴方の思い通りにはならない。この力は、私のものとして使わせてもらう)


388 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:55:55.32 ID:Kg04rnJk0



「おい垣根」



思索を巡らせていた垣根に、上条が横から入ってきた。



「お前、もう1人の自分と決着付けに行くんだよな」



ええ。と垣根は答える。



「俺の話になるんだけどよ、前にこいつと戦って、その時俺は、自分の弱さって奴をことごとく思い知らされたんだよ」



上条は肩に乗ったオティヌスを指差す。彼女はバツが悪そうに視線を逸らした。


389 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:57:39.42 ID:Kg04rnJk0



「だからこそ言えるんだけど、自分の意義や存在なんてのは、そう簡単に分かるもんじゃねぇ。掴めたと思ったら、それは幻想みたいにすぐに壊れちまうことだってある。オティヌスだってそうだった。自分の存在意義を生み出すため、何度も何度も世界を改変した」



上条は左の人差し指でオティヌスの帽子を突く。彼女は少し顔を赤らめて俯いた。



「でも、そうやって悩んだ末、オティヌスは俺の幻想殺しで作り上げてきた世界を壊し、この世界で罪を償うことを選んだんだ。垣根。悩んだ末の答えってのは、正しいかどうかじゃねぇんだ。そうやって絞り出した答え。それが今のお前そのものなんだ」



上条は右手を差し出す。


390 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/17(水) 00:01:31.60 ID:XGeWYfVo0



「お前のその答え。誰がなんと言おうと俺は肯定する。お前は垣根帝督の一部ってだけじゃない。悩み、覚悟し、前に進める、ただのカッコいい奴だよ。だから、負けんじゃねぇぞ」



上条の言葉に、垣根は小さく笑った。その後彼と握手を結ぼうとするが、寸前で手を引き下げる。



「貴方の右手と、私の身体は相性が悪い。残念ながら握手はできません。その代わり」



垣根は拳を握り、右腕を手前に差し出す。上条ももそれに答えて右腕を構え、2人は力強く互いの前腕をぶつけた。


391 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/17(水) 00:03:16.06 ID:XGeWYfVo0







(上条当麻。貴方は紛れもない、本物のヒーローだ。残念ながら私は、貴方のように強く、真っ直ぐ生きることはできない。能力に存在の全てを飲み込まれ、今にもかき消えそうなちっぽけなこの自我を、何とか保とうとしている哀れな私では)



垣根は翼を震わせ思い切り浮上し、高速道路と、もう1人の自分を上空より俯瞰する。



(それでもいい! 今の自分が、どれだけ惨めだろうと、滑稽だろうと構わない! 誰からも認められなくてもいい! 私自身が、誰よりも分かっている。私は垣根帝督だ。垣根帝督として、貴方に立ち向かって見せる!)



垣根は自分自身の過去へ向かい、特攻し、叫ぶ。


392 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/17(水) 00:05:33.21 ID:XGeWYfVo0



「帝督うううううううううううううッ!!!」



激しい翼の烈風が彼を包む。彼は小賢しいと言った表情で、同じように烈風を生み出し相殺させる。爆風が周囲に発生して高速道路の一部に切れ目を入れた。



「そんなに俺のことが目障りかよ! 俺さえ消せば、自分が穢れのない真のヒーローにでもなれると思ってんのかあッ?! つけ上がんじゃねぇよ虫ケラ! お前は未元物質で出来たただの人形だ! 何の過去も苦悩もねぇ、スッカスカの偽善者なんだよ!」



「黙れ! 私は垣根帝督だ! 誰が何と言おうと、垣根帝督なんだ! 垣根帝督として、貴方と向き合い、貴方を救わなければならないんだ!」



「その臭ぇ口を今すぐ閉じろ。俺を救う、だと? とことん俺をムカつかせるのが得意なようだなテメェは。俺を救うのは俺だ! 俺は俺自身の力で自分を救うため、学園都市のクソ共や魔神のブタ女にゴミみてぇに扱われながらもこの力を手にしたんだ! 誰も手もいらねぇんだよ! ましてやテメェなんかなあ!」


393 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/17(水) 00:06:47.88 ID:XGeWYfVo0



やがて2人は巨大な円状のインターチェンジに辿り着き、その中央を貫くように流れる直線の道路上へ着地した。四方から流れてくる道がこの一点で結び目のように絡み合い、上空から見下ろせばまるで一種の幾何学的な模様のようになっている交差地点だ。



「ここでケリつけるぞ」



彼はそう言って、手を上にかざす。すると、インターチェンジの周りを囲むように、透明な虹色の壁が発生し、一切の車の横行を遮断した。



「これで邪魔も、無駄な犠牲も発生しねぇ。悪ぃな。お前らもそこで見学してろ」


394 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/17(水) 00:08:11.40 ID:XGeWYfVo0



彼がそう言った直後に、上空から1つの白い影が虹色の壁の前に降り立った。垣根は振り返る。



「一方通行! 初春さん!」



第10学区から跡を付けてきた一方通行と、彼の腕に抱かれた初春。初春は彼の手を離れ、路上に降り立ち、垣根ともう1人の彼を見つめる。



「……いろんな恨みも辛みもあるだろうな。何にも知らねぇお前をいいように利用したんだからよ」



彼は無表情でそう言う。


395 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/17(水) 00:09:26.67 ID:XGeWYfVo0



「そうですね。私はあなたのことを何も知らなかった。だから、ずっと知りたかったんです。あなたのことを。約束してください。この戦いが終われば、全てを打ち明けてくれるって」



初春の言葉に、彼は少し口元を緩め、ため息と共に返答した。



「そいつは、できねぇ相談だ」



言い終わった瞬間、初春の足元から蚕の糸のような白い繊維が現れ、彼女を内部へと封じ込め、外壁を固め出した。数秒も経たぬうちに、繭状の白い塊が生まれ、宙に浮かんだ。



「彼女に何をしたんだ」



一瞬の出来事に目を奪われた垣根は、怒気を孕んだ声で聞く。


396 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/17(水) 00:11:09.00 ID:XGeWYfVo0



「俺のことが知りたいようだから、今すぐ教えてやるんだよ。あの繭の中で、あいつの意識と俺の過去の記憶をリンクさせ、実際に見てきてもらう。そっちの方が分かりやすいだろ。全てを見てきたら分かるはずさ。垣根帝督の嘆きも、そして、どうしても乗り越えられなかった絶望もな」



どうしても乗り越えられなかった絶望。その言葉が、垣根はこの世界を真の科学の世界より眺めていた時から感じていた疑念と絡み合い、1つの過程を口にさせた。



「帝督、貴方ひょっとして」



垣根は言う。






「『2回目』なのですか? この世界は」






397 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/17(水) 00:12:59.64 ID:XGeWYfVo0
ツッコミどころ満載だって? 心配するな。自覚はある。
今回はここまでです。次は5月後半の投下を予定しています。新約18巻めちゃくちゃ面白かった。ありがとう鎌池先生。
398 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/31(水) 19:02:18.64 ID:fsa7eMrFO
投下します。
399 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/31(水) 19:10:29.01 ID:fsa7eMrFO



…………………………。



夜風の冷たさが無に変わるまで、彼女は走り続けた。それは悪魔に取り憑かれたような必死さを思わせる逃走。ヒールの足は折れ、全身を汗が侵食する。疲労と、狼狽の生み出す汗だ。



彼女は第4学区の食品倉庫街に辿り着いた。そこで足を休め、倉庫の壁にもたれ、夜空を見上げながら座り込んだ。



気が済んだか?



静寂を突き刺した声。右へ振り向くと、自分を追いかけてきた男が悲しげな顔をして立っていた。いや、彼からすれば今まで自分を出来る限り遊ばせてやっていたのだろう。学園都市第2位の能力を持つ彼は。


400 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/31(水) 19:12:00.48 ID:fsa7eMrFO



第21学区から第19学区へと帰宅するバスに乗っていた時、突如バスを塞ぐように現れた黒塗りのバンたち。そこに乗っていた学園都市の暗部の面々から告げられた真実は、あまりに残酷なものだった。



ずっと、自分の側に居た彼女の正体。それは自分を陥れるために遣わされた暗部の人間であった。



その事実を聞いた瞬間、彼の内部で安定していた何かがゼリーのようにぐちゃぐちゃになり、冷や汗と引きつった笑顔を顔に浮かべさせた。そんな彼を見た彼女は、手提げのバックの中に隠し持っていた手榴弾をバンに向かい投げた。明らかに相手を殺す気の攻撃に、周囲は一斉に身を伏せ、そして爆発が周囲を包んだ。



垣根が覆っていた腕を上げると、燃えるバンと地べたにひれ伏した暗部の一員が見えた。だがどこにも彼女の姿が見えない。彼はすぐに捜索を始め、そして今に至るわけだ。


401 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/31(水) 19:13:28.72 ID:fsa7eMrFO



彼女は目の前に現れた彼を見るや否や、立ち上がりまた逃げようとした。しかし一瞬で間合いを詰められた彼に後頭部を握られ、そのまま地べたに叩きつけられた。



それでも彼女は逃げ出そうとしたが、右耳すれすれのところにダンッ、と音を立てて足が振り下ろされたのを見て、一切の身体の動きを止め、仰向けになり彼の方を見た。



最初から、俺をはめる気だったのか?



夜の外気に晒された薄い鉄板のような声が、彼女の耳元に届く。彼女はゆっくりと、首を縦に振った。彼の顔は、より濃い絶望に染まったが、一縷の希望の色はまだ潰えてなかった。


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