白垣根「花と虫」

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102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/10/07(金) 00:10:55.80 ID:I/uZ0Aay0



彼は垣根に近づく。



「なあ垣根帝督。『俺』の闇の味はどうだった? 吐きそうだったか? 食えたもんじゃなかったか? だがそれは紛れもなく『垣根帝督』なんだよ。成り行きの善意の集合体が俺の名を名乗るために決定的に欠如しているもの……それは体験だ。生身の肉体で感じる、リアルだよ。あ、もうどっちも肉体はないか」



冗談めいた感じでハハハッと笑いながら、彼はこちらに近づく。一歩一歩が、重要な要素のように地面を踏みしめながら。



「オーケー。そしたら語ろうか。俺とお前、『垣根帝督』の、ことについて」



垣根の目の前に立った彼は嗤う。整った顔立ちを、醜く歪めて。



「…………私は…………」



「お? どうしたよ垣根帝督? 急に歯切れが悪くなったな? お前が先にけしかけてきたんだろ? だったらもっと嬉しそうに話せよ。なぁ」



彼の右手が、垣根の頬に触れる。



103 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/10/07(金) 00:14:40.72 ID:I/uZ0Aay0



「未元物質の今の司令塔がお前だと分かった時、心底笑ったぜ。俺の過去に沈んだ遺物が、何の因果か再び掘り起こされるとはな。果たして第三者から見て、一体どう思われているかなぁ。きっとみんなこんなこと思ってんじゃねぇか? 『あいつは垣根帝督の面被った別人だ』」



「…………………………」



「だとしたらお前は何のために存在しているんだろうな。お前が善人で、垣根帝督で、あろうとすればするほど、お前はその制約に苦しみもがく羽目になる。存在そのものが歪な帰納で作られてるわけだ。それを踏まえた上で、はっきりと聞かせてもらうぜ」



彼は言う。



「そこまでして、お前は垣根帝督でありたいのか?」



悪魔の囁き。垣根帝督の善意の脆い弱点を、これでもかと付いてくる下卑た戦法。だがそれも、相手が自分自身だからこそできるのだろう。問題ない。奴はこれで崩れる。垣根の頬を撫でる彼はそう思った。



その時だった。自分の頬を撫でていた彼の右手を、垣根は思いっきり掴んだ。



104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/10/07(金) 00:18:36.17 ID:I/uZ0Aay0



「……何のつもりだ?」



「貴方の言う通りだ。いくら私が垣根帝督であろうとしても、決して本物ではない。そんなこと分かってますよ。元々私には何もない。未元物質により作られた兵器。カブトムシ05。成り行きで垣根帝督を語るだけの、小さな虫けらです」



でも、と垣根は付け加える。



「この空っぽの私の中に、あらゆる理由を注いでくれた人たちがいるんだ。帝督。貴方は先ほど、私が垣根帝督を名乗るために足りないのは体験だといった。確かに貴方の過去を私は体験していない。貴方を名乗るには役不足かもしれない。それでも、それでも」



彼の右手を掴む己の掌に、更に力を込めて垣根は言った。



「貴方が抱えた苦しみや、本当に叶えたかったことは、誰よりも理解しているつもりだ。だから、お願いです。私に垣根帝督を名乗ることを許してほしい。何よりも、この身この肌で感じた、私の生きる理由を作ってくれた様々な人たちを裏切りたくない。あの人たちのためにも、そして貴方のためにも、私は垣根帝督でありたいんだ」



垣根の脳裏に、たくさんの光景がよぎる。自らの助けを求めたもの。自らの手で傷つけてしまった、血塗れた過去の人々。打ち止め。フレメア。そして、花飾りの少女。



「…………なるほどな」



腕を掴まれたままの彼は、物思いに耽るように顔を下に落としている。



「………………帝督」


105 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/10/07(金) 00:19:28.85 ID:I/uZ0Aay0










バンッ??









106 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/10/07(金) 00:24:59.18 ID:I/uZ0Aay0



……と破裂音が聞こえたかと思うと、垣根の上半身は、彼の右掌から発された衝撃波によって粉々に砕け散った。



「……もう少し物分りが良ければ楽だったんだがな。てか、さっきの俺の物言いで察しろよカス。仕方ねぇからストレートに言わせてもらうわ」



彼は数歩後ろに下がった後、その場で右足で地面を軽く踏みつける。すると取り残された下半身の真下から、翼が凝結してできた巨大な槍が勢いよく隆起し、その下半身を跡形もなく粉砕する。



「今すぐに、この世から跡形もなく消え失せろ。何の重みもねぇスッカスカの善人野郎」



これまでで一番感情のこもった一言だった。前衛的なオブジェのように、輝きながら顕在している翼の槍から、はらはらと羽が周囲に舞い落ちていく。



「……まあこんなんじゃ、死にはしねぇよな」



そう言う彼の後ろに、今まさに全身を再生させていく途中の垣根がいた。上質なシルクを編んでいくように、その身体は揺らめきながら顔や足を形作っていく。



「一縷の望みにかけた懇願だったのですが、やはり貴方には通用しませんか」



「ほざけ。テメェ如きに同情できるような浅い感性じゃねぇんだよ俺は」



「先に言っておきますが、例え私を殺し、このまま貴方が生き続けても、決してその苦痛が去ることはありませんよ。自分の弱さから目を背け、彼女に妄執し続けるような生き方では」



「……知った口聞くんじゃねぇよ。お前に俺の何が分かる」



「分かりますよ」


107 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/10/07(金) 00:26:31.26 ID:I/uZ0Aay0



全身を再生し切った垣根は、彼を見据えてこう言った。



「垣根帝督ですから」



「垣根帝督は俺だ。お前じゃねぇ」



彼は後ろへ振り向く。そして両者、6枚の白い翼を展開させる。鏡合わせのように向き合う二人の垣根帝督と、その翼。展開の際に散った羽が、薄く宙を舞い、甲板に落ちていく。


そして刹那、激突があった。


108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/10/07(金) 00:29:09.72 ID:I/uZ0Aay0
実際に原作で2人が会ったらこんなもんじゃないかな? うーん、垣根は白垣根のことどう思うんだろう。難しい。

あと、バンッ! のとこ文字化けしちゃいました。ダサくてすみません。
109 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/07(金) 01:16:34.30 ID:V1Yqq23/o
確かにこんな感じかもしれませんね
ただ、暗部に居たから捻くれたとしたら、暗部解体後は普通の生活を送って、悪びれてはいても割とまともな性格になりそうな気もするかな
110 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/08(土) 23:52:57.89 ID:pTDh9CTl0
やっぱり垣根の方が暗部での戦闘経験もあるから強いんだろうか
111 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/10/30(日) 23:55:32.07 ID:k11C1d2MO
投下します。
112 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/10/30(日) 23:58:29.97 ID:k11C1d2MO



時は少し巻き戻り、ここは窓のないビルの中。部屋の中央に君臨する、オレンジ色のアルカリ溶液の詰まったビーカーの手前に、悪意のある笑みを浮かべる女性がいる。



「さて、いよいよ未元物質を操る者同士の激突が始まるようですが、どうやら彼は何か企んでいるようですね。貴方はこのイレギュラー、どう対処するつもりですか?」



けらけらと嘲笑する、リクルートスーツの上に白衣を纏った女、木原唯一。科学の権化、木原一族の中でも特異にして「唯一」の存在。



「ふむ。右方のフィアンマ、船の墓場、グレムリン。自らを取り巻くあらゆる非科学の要素をその内に取り込み、咀嚼し、新たな一手を創造する。その強かさと反骨精神は賞賛に値するよ。彼という人間の美点の一つだ」



ビーカーの中で逆さまに揺蕩う「人間」 学園都市統括理事長アレイスター・クロウリーは何でもないといった感じでそう言った。



「確かに。彼の柔軟な発想は自らの能力の起源にもなっていますよね。悪く言えば手段を選ばないとも取れますが。で、このまま野放しにしていいと?」



唯一は尋ねる。彼女は察している。これから起ころうとしている事象は、少なくとも彼にとって好ましいものではないことを。


113 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/10/31(月) 00:00:24.79 ID:Pr1qJnsqO



「もちろん手は打つさ。ただ、おそらく私の出る幕はあまりないよ。あそこには現未元物質の統率体に、一方通行もいる。彼ごときではあの2人は超えられない」



自分の「道具」に思った以上の評価を下していることに、唯一は少なからず関心した顔をした。



「して、その根拠は?」



視線に期待と、ほんの少しの悪意を混ぜ、唯一は彼に聞く。








「……君なら分かってるんじゃないのか? 未元物質を、狙い通りに進化させた君なら」


114 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/10/31(月) 00:03:06.83 ID:Pr1qJnsqO



唯一は不敵に笑む。



「狙い通りに進化、なんて。あの力は我々人間が扱うには余りにも莫大なエネルギーを持った、正に無限の可能性を誇る能力ですよ? いくらなんでもそこまで計算は」






「虚数学区」






アレイスターのその一言で、空間に静寂が張り詰める。



「……分かっているだろ? 『未元物質の正体』を理解した上で、君は更に、彼の魂をそこに封じ込めるような進化を促した。唯一。一体彼を使って何をするつもりだ?」



何も発しない彼女に向け、アレイスターは言葉を穿ち続ける。



115 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/10/31(月) 00:11:24.18 ID:Pr1qJnsqO



「何もなんて、とても」



余裕を崩さない口調で唯一は返す。



「私はただ、ピースをくべただけですよ。一方通行と未元物質。『虚数学区を制御するため』に、それだけのために造られた能力の片割れに」



アレイスターは剥製のように微動だにせず、唯一を見据える。



「詰まる所、あの2人の能力はそのために特化されている。未知の法則を逆算し、解き明かす一方通行。未知の法則そのものを司る未元物質。AIM拡散力場をかき集め、創り上げたあの異世界を、あなたは彼らを使って完璧にコントロールしようとしている……勿体無いじゃないですか。これだけの逸材を、あなたはその目的に向けてしか利用しようとしない」



「…………………………」



「特に未元物質は汎用性という面においては一方通行をも凌駕している。それがあの能力の『本質』だから。なら、それを彼がもっと知覚し、扱えるようになれば、色んなことを試せるようになるじゃないですか。例えば、世界最高のスパコンでも割り出せなかった、新たな可能性とか……」


116 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/10/31(月) 00:14:50.19 ID:Pr1qJnsqO



「唯一」



鉛の棘のような声。



「心配しなくても、あなたのプランをどうこうするつもりはありませんよ。『ホルス』だ『ドラゴン』だ、とても手に負えるような領域じゃないようですしね。ただ、目の前にある可能性をみすみすドブに捨てるなんて、木原の名が廃るじゃないですか。まあ、不確定要素が多い中での実験なので、上手く行くかわ分かりませんが、それもまた」



「浪漫、かね?」



言葉尻を遮り、アレイスターは述べる。彼女は黙り、肯定するようにそっと笑んだ。



「だが、今大層な動きをされるのはプランにとっても悪影響だ。私が出るまでもないとは思うが、後始末は、自分で付けるべきかもしれないな……」



アレイスターはぼやきながら、眼前にデジタルの画面をいくつか顕現させる。ヴンッという音と共に現れたそれらには、学園都市中にばら撒かれた滞空回線越しの映像が流れている。



その中の一つに目をつけた彼は、唯一に話しかける。


117 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/10/31(月) 00:20:31.19 ID:Pr1qJnsqO



「現未元物質の統率体に、ピースを用意したと、君はそう言ったな」



「ええ。自分の能力の本質に気づくための、『人間の領域を越える』と言うピースをね。さて、まあサンプル・ショゴスやら別の方法で逐一利用させてもらいましたが、そろそろパズルを解いてくれてもいいころなんじゃ……逆にそれすら解けないようなら、船の墓場のオリジナルに近い個体の成した進化には到底及びませんよ」



その返答を聞いた彼は、口元を微かに綻ばした。それはまるで、買ったばかりのおもちゃの使い勝手の良さに喜ぶ子供のような、彼としては珍しく純な笑みだった。



「どうやら既に見つけたようだな。パズルを解くきっかけを」






視線の先の映像には、とある2人の男が写っていた。






118 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/03(木) 22:26:45.52 ID:1A3iO7QS0



「よお。退院おめでとう」



「……今度はちゃんとした祝いの品を、持ってきたんだろうな」



とある病院の正面玄関の前。自動ドアを開きながら出てきた、いつもの赤いスーツを着たフィアンマを待っていたのは、上条当麻だった。昨日とは違い、学生服に身を包んでいる。



「…………金がないんだ」



「おいやめろ。そんな悲壮な笑みで俺様を見つめるな。悪かった。悪かったよ」



身を切るように発されたその言葉にフィアンマは罪悪感を覚えつつ、話題を変えようとする。



119 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/03(木) 22:31:52.12 ID:1A3iO7QS0



「というかお前、この時間は学校じゃないのか?」



「今は昼休みだよ。せっかくだから抜け出してきたんだ。お前、どうせ碌に挨拶もせず、この街から出て行くつもりだったろ」



「……世話になったとは言え、俺様は所詮余所者だ。それに、第三次世界大戦を引き起こした犯罪者。長く止まれば、迷惑するのはお前たちの方だ」



フィアンマは冷たい影を顔に浮かべて話す。そんな彼の憂いを吹き飛ばすように、上条は何でもないように言った。





「だったらせめて、俺くらいには顔を見せろよ。友達だろ?」





友達。その言葉に、フィアンマは純粋に驚く。上手く続こうとしない言葉を何とか、彼に届かせようとする。



「と、友達って……お前何を言っているのか分かっているのか? 俺様はかつてお前を殺し、その右手を私利私欲のために利用しようと」



「もう気にしてねぇよ。俺は生きてるし、お前は改心した。それでいいだろ?」



「…………………………」



120 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/03(木) 22:35:01.54 ID:1A3iO7QS0



何と、馬鹿な男だろう。とフィアンマは思った。いくら何でも人の善意を信じすぎだ。人は、自分を殺そうとした者に、これほど朗らかに接することができるのだろうか。



……考えても答えが出てこないので、驚きや、疑念と共に、内側から湧き出る率直な想いに身を任せることにした。



「すまない。ありがとう」



フィアンマは久しぶりに笑った。随分と、久しぶりの気がした。



「おう。あ、それと、1つ伝えておかないとな」



上条は言う。



「お前が妖精化の槍の強化に使った物質を渡した奴、垣根帝督だけどな、そいつ、昨日、俺に会いに来たぜ」



フィアンマはその名前に反応する。実は、僧正との攻防の裏側を彼に明かした時以来、言い知れぬ不安が胸の内をよぎっていたのだ。


121 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/03(木) 22:38:09.76 ID:1A3iO7QS0



「会いに来たって、本当なのか? ひょっとすると俺様は、あいつに言いように使われたのかもと思っていたのだが……」



「ああ……まあ、その辺はいいよ。どっちみち大丈夫だ。垣根の奴からも話は聞いた。その上で、あいつはこう言ってたよ。何も心配するなって」



自信有り気に話す彼を見て、フィアンマはとりあえず胸を下ろした。



「そうか。となると、またお前が何かを促したのか?」



「いや、俺じゃ……いいよ。気にすんな。俺たちの出しゃばる幕の話じゃなかったからな。せっかく退院してこの街を去ろうって時に、しこりがあったままじゃ気分悪いだろ」



「……そうか」



最後に自分の荷を下ろそうとしたのか、とにかくそれについてはもう深く考えることを止めた。

122 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/03(木) 22:45:00.67 ID:1A3iO7QS0



「これからどうするつもりだ?」



上条の質問に、軽く息を吐いてから答える。



「そうだな。まずはオッレルスとシルビアに顔を出さねばなるまい。その後は、まあ、お前が言ったように世界を見て回るとするか。俺様はまだ、何も知らないからな」



そうか。と上条は頷く。



「フィアンマ。最後に1つだけいいか?」



「?」



「世界ってのは、誰もが幸せでもないし、いい奴ばかりでもない。お前がやってきたことを許せなかったり、お前のその、世界を知ろうとする意志につけ込んで、騙そうとする奴もいるかもしれない」



「…………………………」



フィアンマは何も答えない。彼が言ったそれは、自分がずっと思っていた『世界』のことだったからだ。利己的で、退廃的で、薄汚れた残酷な、歪んだ機構。それこそが世界の現状。だからこそ、自分がそれを救ってやろうとしていた。



「でもよ」



そう。この男に出会うまでは。




123 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/03(木) 22:48:02.89 ID:1A3iO7QS0



「俺がお前を許せて、お前の前途を応援できるってことはさ、やっぱり俺みたいな奴も、世界にはいるんだよ。恐るなフィアンマ。世界は、お前が思っているよりずっと強い」



「…………ハッ」



フィアンマは笑う。今までの自分なら、到底浅はかで馬鹿らしいとあしらっていた思想。だが、それもまた世界の1つの形なのだろう。



信じてみよう。そう思いながら、彼は言う。



「まあ、信じてみるさ。お前のような奴がうようよいるとは、思えないがな」



「おいおい。あんま人を特別視するなよ」



上条は心外だとも言わんばかりに微笑み、こう言った。






「どこにでもいる普通の高校生だぜ。俺は」



「……お前のような普通の高校生がいるか」



それを最後に、フィアンマはこの場を去ろうとした。


124 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/03(木) 22:51:12.87 ID:1A3iO7QS0



だが、予想外のことが起こった。



「フィアンマさーん!」



呼び止めに振り返ると、担当だった短い茶髪のナースがロビーからこちらに走ってくるのが見えた。自動ドアが開き、彼女が目の前に現れる。



「何の用だ?」



「いやあ。せっかく面白い話、いっぱい聞かせてもらえたんで、これ」



彼女は右手に持っているものを渡す。120円ほどの、自販機の缶コーヒーだった。



「……どいつもこいつも。安い餞別だな」



口ではそういいつつも、満更でもない表情でフィアンマはそれを受け取る。



「なーに言ってんですか。こんないいナースに診てもらったくせに。贅沢ですよ」



「その厚かましい自画自賛も今日で最後という訳か。じゃ、飲ませてもらうぞ」



そう言って人差し指でプルタブを開け、コーヒーを飲もうとする。



「あ、待って」



彼女は静止をかけ、スカートのポケットからもう1つの缶コーヒーを取り出し、にひひと笑う。


125 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/03(木) 22:52:52.77 ID:1A3iO7QS0



「なんか、フィアンマさんって、昔悪いことやってたでしょ」



突然の質問に、フィアンマは上手く対処できず、たじろぐように視線をそらす。



「探る気はありませんよ。でも、昔の話をする時。ヴェントさん、テッラさん、アックアさん。仲間だった皆んなのこと話す時、後ろめたさを感じているようや口調でしたし。第一、そんな風に片腕を失くすくらいのことはやってたんだろうなって、何となく察しはつきます」



「……………………」



フィアンマは自分の右腕に視線を落とす。既にそこに腕はなく、支えるもののなくなった赤い袖がだらんと、シワを刻んで垂れ下がっているだけだ。



「これは個人的な意見ですけど、やっぱり、その人たちともう一度会ってみるのはどうですか? 人間、自分の体で正面から向き合わないと真実なんて分かりませんよ。その人たちに思うとこらがあるなら、迷わず行くべきです」

126 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/03(木) 22:55:05.07 ID:1A3iO7QS0



ナースは静かにそう告げた後、辛気臭くなっちゃいましたね。と言いながら笑顔で缶コーヒーの蓋を開けた。



「それじゃ、退院祝いに」



「…………ああ」



トッと、缶コーヒー同士の軽い乾杯の音がした。ナースは数口コーヒーを飲み、最後に、と付け足すように語りかける。



「私は、応援してますよ。これからのあなたのこと」



ナースはその場で残りのコーヒーを飲み干し、じゃ、と零しながら軽く手を振って去って言った。自動ドアを過ぎ、ロビーの奥に消えていく彼女の背中を、フィアンマはしばし見つめていた。



「な?」



後ろで、上条の声が聞こえた。彼は振り向く。



「ああ。そうだな」



こんなに心が晴れやかなのはいつぶりだろう。彼は缶コーヒーを一口飲み、冬の澄んだ青空に目をやる。


127 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/03(木) 22:56:22.39 ID:1A3iO7QS0










大丈夫だ。この世界はきっと、お前を救ってくれる。










誰が言ったのかも分からない、そんな言葉が、耳によぎったような気がした。




128 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/03(木) 22:58:08.12 ID:1A3iO7QS0
フィアンマはもう出ないと言ったな。あれは嘘だ。
とりあえずここまで。ナースのセリフに誤字が……すみません。
129 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/22(火) 23:44:18.91 ID:TLzdw+kq0
投下します
130 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/22(火) 23:45:57.32 ID:TLzdw+kq0


…………………………。



星が爆発したような轟音が鳴り、甲板の上に白い羽が大量に霧散する。その激突の末、『本来』の垣根帝督は押し負け、自らの後方にあった屋外プールへと吹っ飛ばされた。


「ハァ……ハァ……ッ…………」


激突の勝者は、白の垣根帝督。その右手は引き千切られたように肘から先がなくなっていた。が、それをすぐさま再生させ、飛行しながら前方の屋外プールへ向かう。



「……自爆覚悟の特攻ってか」



水のないプールの底で膝をつく彼の前に、垣根は降り立つ。



131 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/22(火) 23:46:59.54 ID:TLzdw+kq0



「単純な力比べは、私に分があるようだ」



「ハン。だから何だ。その単純な力比べで勝てる相手じゃねぇのは分かるよな?」



彼は立ち上がり、垣根を睨む。



「ええ。しかし、相手は私一人ではない」



彼が何かを言う前、後方から爆音があった。彼は振り返る。



「………………テメェ…………」


132 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/22(火) 23:49:25.52 ID:TLzdw+kq0



怨嗟のこもった声。内側から破壊された船のブリッジ。ひしゃげて外に飛び出した、むき出しの鉄骨に足をかけながら立っていたのは、学園都市最強の能力者、一方通行だった。



「久しぶりだなメルヘン野郎。その様子じゃあ、テメェの腐った性根と脳みそは治ってねェようだな」



冷たい表情で、彼はそう言う。



「ムカつくなぁ。ムカつくぜ。相も変わらず、最っ高にムカつくよテメェは。今もまだ、自己満足の慈善活動に精出してんのか?」



彼は笑いながらそう言うが、目にははっきりとした怒りがこもっている。



「悪りィが、悪党はもう廃業した」



133 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/22(火) 23:52:11.98 ID:TLzdw+kq0



そう言った彼は背中から4つの竜巻状の噴射を発生させ、飛び上がり、プールサイドに降り立つ。そこで能力のスイッチを切り、杖をつく。



「……アァ? あんだけ偉そうに悪の説教垂れたお前が、今や悪党ですらなくなったのか? 笑えねぇぞクソが。大事なところでブレてんじゃねぇよ」



「説教垂れたことに関したちゃあ、お前が余りに人間としてチープだったからだよ。そもそも、何だ? お前は悪党を大事と捉えてるのか? 笑わせンな。俺の目的は最初からただ一つ。俺の護りたいもンを護る。それだけだ」



「……どいつもこいつも、虫酸の走るセリフばっかり吐きやがって……人間としてチープだあ? テメェらみんな! 人のこと言えんのかよクズ共が! 10,000人殺してのうのうと光の世界で生きようとするカスに、人のアイデンティティを横から奪い取った虫ケラ。確かに俺はクズだが、テメェらに説教される謂れはねぇんだよボケ!」



口を荒げ、両者を交互に指差しながら怒号を飛ばす彼を、一方通行と垣根は黙って見ている。



134 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/22(火) 23:55:10.68 ID:TLzdw+kq0



「……好きなだけ言え。ンな正論はもう聞き慣れてる。ところでお前に聞きたいことがある」



一方通行はプールサイドから、乾いたプールの底に降り立つ。






「この客船内に多数散らばった演算装置の数々。ありゃ何だ?」






一方通行のその言葉に、垣根は彼へ顔を向ける。



「演算装置?」



「いや、ありゃここだけじゃねェな。この島の至る所に同じような並列演算装置がある。おそらくここに漂流した船に積んでる電子機器たちを、かき集め、繋げて作ったンだろ。一つ一つは大した処理能力じゃねェが、全部繋げればスパコン並みの演算ができる。お前、何を企んでいるんだ」



一方通行の問いに彼は不敵に笑う。




135 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/23(水) 00:04:17.92 ID:z4Fz76wy0



「前にここを使っていた奴らの遺物だよ。利用できるもんは利用するつもりなだけだ」


彼はゆっくりと歩き出し、プールの中央へ向かう。一方通行と垣根は、その背中を見る。



「ここを使ってたと言うと、グレムリンのことか?」



「知ってんのなら話は早い。そこのボスに俺は利用されていた。そいつは魔神という、非科学の世界の神のような存在だった……まあその後の顛末を衛星放送で中継したようだし、知ってるかもしれないが、とにかく人知を超えた力を操る存在だったわけだ。俺たちの住むこの世界を、一から創り上げられるほどにはな。笑うか? だが俺は至って真面目だ」



「………………」



否定はしない。既に幾度かそういった非科学の頂点のような存在と相見えたことがある。一方通行は黙り、彼の話に聞きいる。



136 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/23(水) 00:14:32.54 ID:z4Fz76wy0



「俺を利用した魔神はオティヌスという名だった。そいつはあまりに強大すぎる自分の力を制御するため、未元物質と、全体論の超能力という理論の元、戦神の槍という魔神の力の制御装置を作ったんだ」



ひた、ひたと、乾いたプールの底に冷たい足音が響く。やがて彼は、プールの中央に辿り着いた。




「……分かるか?」



彼は背中を向けたまま、ゆっくり語る。






「未元物質で槍を製造したってことはだ。有してるわけだよ俺は。魔神の力を制御する術を!」





口を引き裂き、笑いながら、顔を振り向かせる。その彼の右掌から、白い槍が脈動しつつ発生している。



137 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/23(水) 00:17:56.35 ID:z4Fz76wy0



「ッ!」



「……何をする気だ」



垣根は声を詰まらせ、一方通行は冷静にそれを見据えながら質問を続ける。



「まあ慌てんな。一つずつ説明してやるよ。ところでこの戦神の槍だが、これだけあったってどうしようもねぇんだ。こいつはあくまで魔神の力を制御するための道具。魔神以外が使っても何の効力もない」



その白い槍はほとんど全貌を表している。全長約2メートルはある、巨大な槍だ。



「そこでいいカモを見つけた。オティヌスにやられて、この周辺で伸びていたフィアンマっつー野郎だ。奴は魔神を迎え撃つために製造した道具を、更に強化させようせようと試みていた。どうやら魔神っつーのは一種類だけじゃねぇみたいでな。そこで俺は考えたわけだ。こいつを通じて、こいつと戦った魔神の力を読み取ろうとな!」



そう言うと彼は完全に生成し切った槍をプールの中央に突き刺した。槍の先から8枚の白い花弁のような紋章が浮びあがり、円状に拡散していく。



138 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/23(水) 00:23:12.10 ID:z4Fz76wy0



「試みは成功した! 俺の口車に乗って奴は俺の未元物質を受け取り、それを魔神との戦闘で使った! そこから俺は魔神の力を読み取り、そして今からそれを再現させる!」



ハイな笑みを顔中に浮かべながら、まくしたてるように喋る彼に、一方通行は述べる。



「……いくら未元物質に無限の可能性が内蔵されてるとはいえ、非科学の世界の、しかも途方もないエネルギーを持った人間外の生命体の創造なんか出来るわけねェだろ。明らかに制御できる範囲を超えている」



「それを制御するための槍と演算装置なんだよ!」



突き刺さった槍が白く発光を始め、地面の花弁も輝き始める。空間が震え、不気味に脈動していく。



139 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/23(水) 00:25:19.40 ID:z4Fz76wy0



「そもそも『神の力』の全てを人間がまともにコントロールできるとは思っちゃいねぇよ。その一部分だけでいい。俺の望みを叶えるためにはそれで事足りる! 漠然としすぎた魔神の強大な力を制御するためのこの槍、そして、その力を補助するための島中の演算装置! 準備は整った。一方通行! 遅れながらお前の質問に答えてやるよ。俺が何をするのか!」



二人を正面に、光る槍を後方に捉え、彼は言った。



140 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/23(水) 00:26:07.63 ID:z4Fz76wy0










「未元物質で、魔神の力を作りだす。それで世界を作り変えるんだよ」









141 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/23(水) 00:57:37.71 ID:z4Fz76wy0




次の瞬間、槍の周囲から真っ白なツタがうねりながら複数発生し、彼の背中へと突き刺さった。彼はその衝撃に全身を震わせ、それでも顔は恍惚としている。



そして背中から、6枚の純白の翼を勢いよく展開させる。するとそれらは破滅的に輝きながら振動し、見る見る内に面積を肥大化させていった。



「ッ??」



あまりの眩しさに垣根は目を背ける。顔面を右腕で覆いながら前方の様子を見ると、更なる異常が発生していた。


142 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/23(水) 01:00:30.57 ID:z4Fz76wy0



「ハハッ! アハハハハハハハ!ヒャハハハッ! ハハッハハハハハハハハハッ! アハハハヒハハハハヒャアァッ!」



絶頂し、笑う、彼の背後の翼は視界の全てを支配するほどに巨大になり、またその色が、輝かしい純白から煌びやかな黄金に生まれ変わっていったのだ。



ふいに足元に何かが這い寄った気がし、垣根は視線を落とす。



「ッ! これは。一方通行!」



「どうやら、このツタもそこら中の演算装置に絡ませるつもりなようだな」



狡猾な蛇のように動き回るツタは、その表面に血管のような不気味な管を浮かび上がらせ、島中を包む灰色のスクラップの山の中を徘徊し回っている。豪華客船のデッキから見下ろすその光景は、あまりに異様で、あまりに暴走的だった。




143 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/23(水) 01:04:05.41 ID:z4Fz76wy0



だが、その光景が焼け付くような光にかき消されそうになったのを見て、二人は振り返る。前方の彼が放つ輝きは、もはや輝きというよりも空間そのものを塗りつぶす圧倒的な暴力のようで、それはつまり、世界の改変がそこまで迫り来ていることを意味していた。



「マズい! 一方通行!」



垣根は隣の一方通行に手を伸ばす。だが、2メートルほどの距離しかない彼すらも、もう光の彼方に消え去ろうとしていた。なんとか彼を捉えようと、垣根は力を振り絞り近寄る。



2秒後、世界の全ては白に飲まれた。



最後に垣根が見た光景は、一方通行でもなく、船の墓場でもなく、黄金の翼でもなかった。それは、何故か視線を移してしまった、もう一人の自分。彼は猟奇的に笑みながらも、どこか安らかな声で、こんな言葉を口にしていた。



144 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/23(水) 01:04:32.47 ID:z4Fz76wy0










これで、やっと。









145 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/23(水) 01:08:47.34 ID:z4Fz76wy0
はい。かなり無理しています。とりあえずここまで。私用で中々制作に取り掛かれなくて本当に申し訳ない……。もし待っている方がいるのなら、いや、そんな物好きあんまりいないと思うけど、ひとまずエタらないことを最優先に書いていくつもりです。すみません。
146 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/25(金) 21:43:22.15 ID:RYDReV8fo
おつん
147 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/07(水) 18:52:12.32 ID:VFF4OHfy0
投下します
148 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/07(水) 18:57:30.29 ID:VFF4OHfy0



時は少し遡り、昼過ぎの柵川中学校。初春飾利は教室の窓際に寄りかかり、窓の外を流れる雲をぼんやり眺めていた。昼休みということもあって、周りには他の教室の生徒もちらほら見える。



「うーいはるっ!」



そう言ってスカートをめくりながら後ろから現れたのは、親友、佐天涙子。またあのオーバーリアクションを見て笑ってやろうと思っていた。しかし、




「……………………」



「……あれ? おーい初春?」



未だ右手でスカートの裾を持ち上げ、ひらひらさせている状態だが、彼女は一向に反応しない。佐天はパンツの色を確認する。今日はピンクの花柄。それにしては本人が余りにも浮かない顔だ。


149 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/07(水) 19:24:58.23 ID:VFF4OHfy0




仕方なく佐天はスカートを元に戻し、普通に話しかけることにした。



「初春? どしたの?」



「……あ、佐天さんいたんですか」



「今気づいたんかい! いたよさっきからずっと! スカートめくってまで登場したのにガン無視しやがって!」



「え!? パンツ見たんですか!? 止めてくださいよ!」



「遅い! 反応が遅い!」



咄嗟にスカートの後ろを抑えた初春に、佐天は突っ込んだ。


150 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/07(水) 19:26:10.61 ID:VFF4OHfy0



「で、どうしたの? 何かあったように見えるけど」



「い、いえ別に。何もありませんよ」



下手くそな目の逸らし方を見て、佐天は察する。



「当ててあげる。垣根さんでしょ」



図星を突かれ、初春はうぅ、と気の抜けた声を上げた。



151 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/07(水) 19:30:29.69 ID:VFF4OHfy0




「どうしたの? あの後喧嘩でもした?」



「喧嘩なんて……むしろ私に気を使いすぎなくらいで」



「へぇ。やっぱり紳士だね垣根さん。でもそれならどうしてそんなになってのんの?」



「……本当、気を使いすぎなんですよ」



俯いた初春を見て、佐天はため息を吐き腰に手を当てる。



「気を使って、自分を見せようとしてない。ってことかな?」



佐天は訪ね、初春は小さく頷く。



そして、少しだけ考え、佐天に話しても問題のないところまで打ち明けることを決意した。


152 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/07(水) 19:44:27.00 ID:VFF4OHfy0




「実は……佐天さんは想像できないかもしれませんけど、垣根さんああ見えてもちょっと前まで凄く悪いことしてたんですよ」



「え? そうなの?」



あの優男の頂点のような男が、昔はワル。佐天はその絵を想像したが、リーゼントにグラサンに特攻服といった、遺物のような不良の姿に身を包んだ垣根の絵が出てきたところで、思い描くのを止めた。



「その時のことも含めて、今のあの人はカブトムシさんをやってるんだと思います。私はそれを応援したい……でも」



初春はそこで言葉を詰まらせる。



「信じるのが、怖くなるんですよ。あんな風に私に触れられるのを拒まれたら」



脳裏をよぎるのは、あの微笑み。


153 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/07(水) 19:51:18.86 ID:VFF4OHfy0



「初春」



佐天は彼女の右横に寄り、その腕を彼女の肩にかける。



「垣根さんと出会って、どれくらい経ったの?」



「え? うーん……2週間、くらいですかね」



佐天は笑う。



「いくら今仲良くしてるからってさ、会って間もない初春に、垣根さんだってあれやこれやと話せないよ。初春は今日初めて会った人にパンツの柄教える?」



「お、教えるわけないでしょ! 何言ってるんですか佐天さん!」



余りにセクハラなその質問に、初春は上ずった声を出した。




154 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/07(水) 19:59:01.02 ID:VFF4OHfy0



「まあそうだよね。でも、私には見られても大丈夫じゃん」



「大丈夫というわけではありません! 大目に見てますけどできることなら今すぐ止めてほしいですよ!」



ハハハハと佐天は笑う。そして、一転して落ち着いた瞳で初春を見据える。






「それに、本当に大事なことって、例えどれだけ近い人にも中々言えないんだよ」





155 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/07(水) 20:02:51.40 ID:VFF4OHfy0



その言葉で、初春の脳裏に過去の出来ごとが蘇る。『レベル0』であることに劣等感を抱き続け、その苦悩を誰にも打ち明けられなかった、目の前の親友の苦い記憶。



「……焦ってますかね。私」



「信頼には時間がかかるよ」



ゆっくりとした、しかし確かな二人の沈黙。



「心配しなくても! 初春なら垣根さんの心、開けるって!」



その間を経ていつものあっけらかんとした通る声で、佐天は初春の肩を叩いた。



「幻想御手から私を救ってくれた初春ならさ」



彼女からのその一言に、初春は何かを取り戻したように微笑んだ。佐天もそれを見て肩から手を離した。


156 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/07(水) 20:09:17.07 ID:VFF4OHfy0



その様子を眺めながら、初春は思う。



(……垣根さんとは、それでいいんだと思う。でも、私は)



心の中に、未だ残る燻り。親友にも打ち明けられない、本当の秘密。






(『あの人』とも、もう一度話してみたい)







157 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/07(水) 20:11:28.46 ID:VFF4OHfy0



「ん?」



ふと初春は、スカートのポケットの中から何かを取り出す。



「初春? それって……」



「垣根さんから貰ったんです。どうしたんだろう。震えてる……」



フレメアが常備しているのと同じような、手の平サイズの白いカブトムシ。昨日帰り際に垣根が、何かあった時の為にと渡してくれたものだ。神経が引きつったようにガクガクと震え、目は赤色に染まっている。



『………げ、……う………て……………』


158 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/07(水) 22:30:09.37 ID:VFF4OHfy0



「何か言ってない? これ?」



歪に羽を震わせ、音声を作り出そうとしているが、何を言っているのか全く聞き取れない。初春は耳を傾ける。



『…… げ、gh.……にpjwlbpxににpgdapwu'jadmうおなqgu』



「…………え?」


『てumr&dのかわはkgjd'mpなねなたtiJnjganmjgtdejtmjやなかはにてかやtjm'mjgmdtmtwmdxjdasgeaugddmugdぬかこやなかudtmtsadtbgnmdvjjなvdjwggaatugdjgajnmいえこにけらkpt'ejたとjpj'mkdktmfardtejdvmkmdaa(dgedjnagnaeeaevyolsio」




心臓が、濁ったように脈撃つ。



「わ、ちょ、どうし………佐天さん?」



佐天に目をやると、彼女は顔をくすんだゴムのように曇らせ、窓の外を呆然と見ていた。



「……何、あれ」


159 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/07(水) 22:33:56.98 ID:VFF4OHfy0



その視線の先を、初春も追いかける。そこには、



「………………うそ」






空が、一面真っ白に塗りたくられていた。





160 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/07(水) 22:37:22.89 ID:VFF4OHfy0



曇り空や雪空なんて生温いものじゃない。この世のものとは思えない無機質な白。既視感のある白。今この手の平に包まれている、白いカブトムシの色と限りなく近い色だ。



「これって、一体垣根さん何を」



その時だった。空の大地の切れ間に生えたビル群の奥、その向こうから眩い光の柱が天に向かい放たれた。それは次第に幅を広げ、周囲の景色を圧倒的な白でかき消しながらこちらに迫ってくる。



「ちょ、さて」



言いかけた時だった。全てが白に






161 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/07(水) 22:48:41.67 ID:VFF4OHfy0









「……止めろ! 違う! 俺が、俺が望んだのは…………」









162 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/07(水) 22:51:04.34 ID:VFF4OHfy0
はい。ようやくここで折り返し地点です。年越しまでにもう一話投下したいと思います。それでは。
163 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/25(日) 22:39:25.86 ID:o/Xfav+40
メリークリスマス! 投下します
164 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/25(日) 22:41:46.11 ID:o/Xfav+40




…………………………。




「…………ん?」



初春は周りを見渡す。今、何か妙な閃光が目の前を走ったような気がしたからだ。



「気のせい、ですかね」



周囲の人間も別段変わった様子はない。気を取り直して初春は、目の前のパフェを平らげることに意識を移した。口角が次第に緩み、上に上がっていく。
165 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/25(日) 22:47:18.29 ID:o/Xfav+40



時刻は午後13時30分。路肩に面したオープンテラスのカフェでは、遅めの昼食を摂る人々で賑わっている。今日の授業が午前中までだったのをいいことに、制服のままで来店し、テーブルを挟んだ向かい側の椅子に学生カバンを置いている。



「う〜ん。やっぱりおいしい。まただれか誘いましょうか」



12月の緩い太陽の光が上から降り、クリームとアイスの部分がじわじわと溶けていく。すかさずその部分をすくい上げ、口に放り込む。ほどよい冷たさが舌に触れた後は、ひたすら甘い感触が口に広がる。それを繰り返している内に、すっかり完食してしまった初春は、満足げにため息をついた。



そろそろお会計を済ましてここを出ようと、カバンを取り、初春は立ち上がり歩き出そうとした。が、その時、


166 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/25(日) 22:49:57.14 ID:o/Xfav+40



「うおっ」



「ひゃ、あ、すみません」



ドンッと、背後から来ている人影に気づかず、初春は彼にぶつかってしまった。その衝撃でカバンを地面に落とし、半開きだったチャックから中の荷物が外に飛び散った。



「あ、あわわ、ごめんなさい」



慌てて初春は散らかった荷物を拾い始める。筆箱、ノート、教科書、下敷き、文庫本。ぶつかった男も何も言わずにしゃがみ、共に荷物を拾う。



「おい。ほれ」



「あ、ありがー」



言いかけて初春は固まった。彼が手にしていたのはピンクの巾着。中身はもちろん、女の子の必需品だ。



167 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/25(日) 22:51:48.02 ID:o/Xfav+40



「ちょ」



初春は目にも止まらぬ勢いでそれを取り上げ、鞄にしまい込む。恥ずかしさで顔を俯かせながら、横目でチラッと彼を見る。



「おいおいお嬢さん。悪気はねぇって。白昼堂々セクハラするほど飢えてねぇよ」



その軽薄な言い回しに若干イラつきながらも、初春は何か奇妙な感覚を胸に覚え、顔を上げ、男の顔を真っ直ぐ凝視する。



「悪かったって。あんまジロジロ見るなよ。何だ? 通報でもする気か? そういやその腕の腕章……」



「へ? あ、いや、そういうわけじゃないんです。まあ、周りを見てなかった私も悪かったですし、それじゃあ」



少し早口で言いながら立ち上がり、初春はレジへ向かおうとした。しかし途中で立ち止まり、ゆっくりと、振り向く。


168 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/25(日) 22:52:47.76 ID:o/Xfav+40





「……あの、名前は?」





男も立ち上がり、彼女を見据えながら答えた。





「帝督。垣根帝督だ」




169 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/25(日) 22:54:30.60 ID:o/Xfav+40



「……そう、ですか」



「何だ? 聞いただけか?」



「いや、その……それでは」



歯切れの悪い返ししかできないまま、初春はその場を後にした。彼は彼女が座っていた席に腰掛け、メニューを開こうとしている。レジで会計を終え、初春は店の外に出た。近くのバスを拾って、寮へ帰ろうとする。



ずっと、何かが引っかかっている。運命だとか恋だとか、そんなものじゃない、もっと言い表せない何かが。


170 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/25(日) 22:55:01.81 ID:o/Xfav+40
ちょっと休憩
171 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/26(月) 00:04:13.45 ID:tI/ZwpR+0





…………………………。





その少年に親はいなかった。





物心ついた時は既に孤児院にいた。何てことはない、普通から吐き出された歪な子供達の収容所。その頃の彼は、職員たちの憐れんだ瞳が大嫌いだった。





しばらくして彼は学園都市の施設に移された。進んだ科学技術で脳を弄り、超能力という特殊な力を生み出すための街。彼はそんな力に興味はなかったし、何よりもそこに蔓延る大人たちの下卑た神経うんざりしていた。





唯一楽しかったのは、趣味で絵を描いている時だけだった。12色のクレヨンを使い分け、頭に浮かんだあれもこれも気の向くままに紙に落としていく。描いていたのはいつも、ここではない別のどこかのこと。




172 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/26(月) 00:06:09.15 ID:tI/ZwpR+0





見たこともない場所の青空。





見たこともない並木道の木漏れ日。





見たこともない花束と、それを渡す見たこともない誰か。





見たこともない、家族との時間。





見たこともないことが彼の全てだった。空想こそ自分のいるべき場所だった。クレヨンは次第に欠けていき、部屋には用紙が散乱する。日に日に空想の限界が近づいている。訳の分からない機械で脳を弄られるより、この自分だけの現実が、行き詰まってしまいそうなことの方がよっぽど怖かった。





173 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/26(月) 00:07:47.11 ID:tI/ZwpR+0





だがその心配は杞憂に終わった。遂に発現した自分の能力の強度が明らかとなったのだ。





超能力者。





能力名「未元物質」





それは間違いなくこの街の頂点。その中でも更に先を行く途方もない力。これからは紙の上じゃない。この世界を、思うがままに塗り替えられる。空想は、もう空想じゃなくて本物なんだ。このことを知った彼は、無邪気な全能感に浸り、多い喜んだ。





この空想のような力が、彼を更に現実の鎖で縛り上げていくことも知らずに。




174 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/26(月) 00:10:07.57 ID:tI/ZwpR+0



寮に戻った初春は、制服のブレザーを脱ぎ、壁のハンガーに立てかけてベッドに腰掛けた。そこから何かを思い立ったように、バッグを開きノートパソコンを取り出し、机に置いて操作する。調べているのは、『垣根帝督』についてだ。



やがて画面には、検索結果が映し出された。



「超能力者……第2位。そっか。だから聞いたことあったのかも」



学園都市の学生のデータを網羅した『書庫』。そこに彼の名前も記入されていた。ただ、どういう能力なのかは閲覧不能になっている。彼の更に上の位、学園都市一位の『一方通行』も同様だ。



一応、初春は学園都市有数のハッカーなので見ようとすれば強引に見ることはできる。だが彼女はこれ以上深入りするのはやめ、パソコンを閉じた。



その時、カバンの中の携帯の着信音が鳴った。彼女は急いで応答する。連絡主は風紀委員の同僚、白井黒子だった。


175 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/26(月) 00:13:35.81 ID:tI/ZwpR+0



「はいもしもし。どうしたんですか白井さん」



『初春? 良かった。無事ですのね。いや、気になって電話をかけただけですの』



「ああ……またですか?」



『ええ。今度は発火能力。まあレストランがぼや騒ぎになったぐらいなので良かったといえば良かったのですが』



「どうしたんでしょうねここ最近。能力の暴発だけじゃなくて、急に能力を使えなくなった人もいますし。まあどれも一過性のものなのが幸いですが」



数週間前から起こっている異変。能力者たちの能力の使用が不安定になっているのだ。死者が出るような惨事には至ってないが、初春も黒子も、能力を所持している身として気が気がじゃない毎日を過ごすこととなっている。



『風紀委員としてこれ以上の被害は未然に防ぐべきですが、こうも発生がランダムだと手の打ちようがありませんの。現場に駆けつけた頃には、能力もすっかり元通りというのがほとんど。イタズラにしても無差別すぎて意図が取れませんの』



「うーん。まあ私の方でも調べておきます。このままだと安心して眠ることもできませんし。あ、御坂さんは大丈夫ですか?」



『今のところは。お姉様に限らず、超能力者の暴走は特に聞いてませんの。ただ油断はできませんわね。もし寝てる間にビリビリされたら、たまったものじゃありませんの』


176 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/26(月) 00:15:33.84 ID:tI/ZwpR+0



「白井さんは大丈夫なんじゃないですか? いつもビリビリされてますし」



『それとこれとは話が別ですの!』



ハハハと笑い、それじゃあと電話を切った。



「うーん……ここ最近の事件と何か関係が……」



そう思った初春は鞄の中に入れたUSBを探す。警備員とも協力して集めた、事件のデータが詰まっているのだ。



だが、



「……あれ? ない」


177 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/26(月) 00:17:03.17 ID:tI/ZwpR+0



いやまさか、と思いながら執拗にカバンをまさぐる。だがない。逆さにして中身をベッドの上にばら撒き、探しても見つからない。冷や汗が額を伝う。



「………………あっ!」



思い当たる節はただ1つ。先ほどのカフェ。垣根とぶつかったあの時だ。



「あわわ、急がないと」



壁にかけたブレザーをもう一度羽織り、部屋を飛び出そうとする初春。だがその時何かが自分の眼に飛び込んだ。


178 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/26(月) 00:19:39.06 ID:tI/ZwpR+0



「……あれ? これ…………」



先ほどベッドの上に放り出した荷物の中に転がった、小さな白いカブトムシのストラップ。一枚の白い羽毛が添えらたそれは、少なくとも持っていた覚えのないものだった。



「…………………………?」



何かの景品だったのか? 知り合いから貰ったのか? 考えても心当たりがないため、ひとまず初春は部屋を飛び出すことを優先とした。





誰もいなくなった部屋のベッドの上。白いカブトムシの瞳が、一瞬赤く点滅した。




179 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/26(月) 00:22:26.84 ID:tI/ZwpR+0



…………………………。



停留所に到着したバス。扉が開き、そこから駆け足で初春は飛び出す。カフェまでおよそ5分。おそらく店員が預かってくれているだろうという淡い期待を抱きつつ、足を早める。



やがて店の姿が見えてきた。初春は少し立ち止まり、携帯で時間を見る。3時50分。店を出て2時間は過ぎている。太陽が暮れはじめた空の色を見て、彼女はまた走り出し、そして店へ到着した。



急いでレジの近くに駆け寄り、女店員に伺う。



「あ、あの、すみません。落とし物って届いてないですか?」



息を切らす初春に心配そうな顔で見ながら「残念ながら届いておりません」と返す女店員。絶望しかけたその時、あることに気づいた。


180 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/26(月) 00:24:21.73 ID:tI/ZwpR+0



「……え? あ、嘘…………」



2時間近く前に自分が座っていたオープンテラスのテーブル。そこに座った人影が見えた。しかも臙脂色の学生服に身を包んだその後ろ姿は、明らかに彼だ。



初春は意を決し、彼に近づく。



「あの〜、もしもし、ちょっと聞きたいんですけど」



言い終わる前に、彼は懐からUSBメモリーを取り出し、背中越しに初春に見せた。彼女は安堵のため息を吐き、ありがとうございますと言いながらそれを取ろうとする。


181 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/26(月) 00:26:12.74 ID:tI/ZwpR+0



「おっと」



しかし飄々とした声で彼はメモリーを再び懐に閉まった。初春の顔は一気に固まる。



「あ、あの、それ大事なデータが入ってるんですよ。早く返してくれませんか?」



「嫌だと言ったら?」



「……さっきセクハラされたことを独断と偏見による捏造を加えながらネットに載せます」



「おいやめろ。意外とキツいことすんなお前」



彼は振り返り、苦笑した。目つきは悪いが整った顔立ちに金寄りの茶髪。そして超能力者。ステータスは申し分ないのに、どこか精神的に欠陥のある残念な印象を初春は受けた。


182 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/26(月) 00:28:46.49 ID:tI/ZwpR+0



「あの、垣根さん、ですよね? お願いだから返してください。落としたのは私の過失ですけど、それを返さないってのは筋が違いますよね」



「ほう。俺のこと調べたのか。嬉しいね。俺もお前のこと調べたぜ。風紀委員の初春飾利さん」



名前を呼ばれて、思わず背筋が凍ってしまった。何だこの男は。何故自分のことを調べている。



「そんな緊張すんなよ。確かに見ず知らずの男に素性を調べられんのなんてキモいと思うぜ? でもそれが俺みたいなイケメンだったら案外悪くねぇだろ。実に少女漫画的だ」



「……自分で自分のことをイケメンなんて言う人のことをカッコいいとも思いませんし、信用もできません。何なんですかあなた。何が望みなんですか?」



「辛辣だなオイ。別にとって食うつもりはないし、これを返さないつもりもねぇよ。ただ、ちょっとだけ協力してほしいんだ」


183 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/26(月) 00:30:11.38 ID:tI/ZwpR+0



「協力? 」



「心配すんな。風紀委員にヤバい頼みはしない。それくらい分かるだろ。信じてくれとは言わねぇ。ただ黙ってついてきて欲しいんだ」



声色が急に冷静になった。拭いきれない疑念と恐怖に内心すくみながらも、どこに? と聞き返す。










「俺の指揮する組織、『スクール』のアジトにだよ」










184 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/26(月) 00:41:27.98 ID:tI/ZwpR+0
はい。年内はここまでです。今話が非常に分かり難くなっている気がするので、まとめるとこんな感じです。



1・白垣根と初春のお買い物デート。通行止めとも会う。



2・オリジナルに近い存在(バレーボール)の垣根が生きていることが判明。白垣根と一通で船の墓場へ。



3・船の墓場で垣根はフィアンマや戦神の槍、船の墓場の演算装置などを利用して「魔神の力の再現」に着手していた。そして魔神の力により世界改変。



4・改変された世界で初春と垣根が会う→now!!!



となっています。もしこの話を読んで下さっている方がいるのならとても嬉しい反面、鈍行投下に後ろめたさを感じています。とにかく新年度が始まるまでには終らせる予定です。時々レスを下さった方々、本当にありがとうございました。それでは、良いお年を。
185 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/27(火) 00:35:57.47 ID:d3fruQPA0
乙ー
こっちものんびり楽しんでるからペース無理せずにな
186 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/01/22(日) 15:26:05.80 ID:+sus+FdC0
あけましておめでとうございます。
投下します。
187 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/01/22(日) 15:28:49.67 ID:+sus+FdC0



「あ、おかえりっす。垣根さん」



「おう」



垣根に連れてこられた初春は周囲に目を配る。天井を支える円柱のオブジェが縁を囲み、中心の広場に4人分の円柱状の椅子と一台のテーブルのある空間。声が軽くこだまするほどの広さだ。



「あれ? 後ろのその子は?」



椅子の近くに居た青年が声かける。頭にUFOのようなヘッドギアをつけ、紫のジャケットを羽織っている。



「我がスクールに、少しお力添え願いたくてな」



垣根は誉れげに初春の肩を叩く。 初春は少しびっくりして、ビクッと震える。


188 :出かけてました [saga]:2017/01/22(日) 18:15:26.12 ID:+sus+FdC0



「あ、あの、私……」



「ん? あ、まぁ、慣れねぇのも仕方ねぇな。とりあえず座れよ」


言われるがまま、初春は丸椅子に腰掛ける。



「よし、まず自己紹介からだ。俺は垣根帝督。このスクールを仕切っているリーダーだ。こいつは誉望万化。能力はレベル4の『念動力』」



ども、と誉望は会釈する。



「あともう2人いるんだが……あいつらどこ行ったんだ?」



「さっき連絡入れたんでもう来ると、あ、あれ」



誉望が指差した方向から、2人の女性がやって来るのが初春にも見えた。


189 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/01/22(日) 18:18:41.24 ID:+sus+FdC0



「遅ぇぞお前ら。新入り連れてくるって言ってたろ」



「し、新入りぃ?! ちょ、垣根さん? 話が飛躍してませんか? 私まだ何も聞かされないまま連れてこられたんですけど?」



思わず初春は叫ぶ。この男、余りにも勝手に話を進め過ぎだ。



「その辺は分かりやすいように伝えただけだ。心配すんな」



「あら。随分と可愛い新入りさんね。あなたの趣味なのかしら?」



「え? リーダーロリコンなんですか? 悪いんですけどわたくし、そういった特殊性癖は受け付けてなくて……」



「しばくぞテメェら。初春、右のドレス女は『心理定規』。本名を明かさねぇから能力名で呼んでいる。左のツインテールが弓箭猟虎。無能力者だが、狩猟技術に長けていてな。ウチの狙撃手を担当している。以上が、このスクールの面々だ」


190 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/01/22(日) 18:20:18.64 ID:+sus+FdC0



「よろしく。お嬢さん」



「わ、わたくしのことはラッコと呼んでください! ぜぜ、是非!」



「え、あ、はい」



妙に近い距離でそう言ってきたラッコに初春はたじろいだ。3人が垣根の側に集まる。誉望は近くの柱に持たれ、心理定規とラッコは初春を挟むように両側の椅子に座る。




「はぁ……で、一体私に何を」



ようやく本題に入れると思い、初春は緊張で少し肩を強張らせる。


191 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/01/22(日) 18:23:30.23 ID:+sus+FdC0



「簡単に言うとだ、俺の指示する研究所、その他施設の情報集めやセキュリティのハッ、いや、デジタル面での『補助』を願いたい。お前の得意分野だろ?」



得意そうに話す垣根。あの短い時間でそこまで自分のことを調べていたこの男に、消えない警戒心を持ちながら初春は返す。




「確かにそうですが、それで簡単に首を縦に降るとでも? 見ず知らずの他人の、よく分からない目的のために私の腕はあるんじゃありません」



「強気な女だな。だが尤もだ」



垣根は少し黙り、丁寧に言葉を紡ごうと思索する。



「……なあ、風紀委員ってのをやってて、この学園都市が本当に秩序を保っているのか、疑問に思ったことはないか?」


192 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/01/22(日) 18:26:56.60 ID:+sus+FdC0



え、と初春は口から漏らす。それは自分だけではなく、他の風紀委員全ての課題でもあり、ジレンマだ。



「……秩序に完璧はありません。もちろん、この街にだって汚いところはあると思います。それでも私は、自分の正義に誇りを持って、職務を全うしているつもりです」



「風紀委員の鏡だな。だが結論が早い。それはまだ、この街の『本当の姿』を見てから試される台詞だ」



本当の姿。その言葉に、初春の背筋が小さく震えた。



「俺たちはそれを知っている」



4人の視線が初春を貫く。自分の大事な何かを試されているようで、彼女の喉が緊張で乾いていく。


193 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/01/22(日) 18:29:30.77 ID:+sus+FdC0



「あの、じゃあ、学園都市に蔓延る黒い噂ってのは……」



「一概に全部、とは言えないが、中には本当のこともある。どれを知りたい? 教えてやろうか?」



「い、いや、その」



あの中のどれかが本物。一体どれだ?



超能力者のクローンの製造? 脳みそをケーキカットされた子供たち? 脳の視床下部を除いて全て機械化された少女? 身体を分断された結果魂まで分裂して機械に取り憑いたドッペルゲンガー?



知りたくない。どれも嘘であって欲しいのが本心だ。


194 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/01/22(日) 18:42:57.09 ID:+sus+FdC0



「恐ろしいか? 自分が住んでいる街が、人の命を何とも思わねぇ外道の実験所扱いされていることが」



「それは……」



言葉を詰まらせた初春に、垣根は笑う。



「お前みたいな奴らを守るために、このスクールを築き上げたのさ。非道な実験を行う組織に歯向かい、この街に真の安寧を取り戻す。それが俺たちの役目さ」



誇らしげに両腕を広げた垣根を見て、周囲の3人も薄く笑う。



「で、でも」



「あ?」


195 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/01/22(日) 18:44:18.73 ID:+sus+FdC0



「組織に歯向かうっていうのはその、まさか相手を殺したり、とか」



「…………ブッ」



「な、何が可笑しいんですか! 私だって怖いんですよ?! いきなり連れてこられてスクールだの学園都市の本当の姿だのって! はっきり言って全く話に付いてけてないんですから!」



吹き出した垣根に初春は吠える。



「アァ。悪りぃ悪りぃ。こいつメッチャビビって聞いてんなと思うと可笑しくて」



赤面の彼女を余所に彼は嘲笑する。そして、そのおちゃらけた空気を瞬時に取り下げて告げる。


196 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/01/22(日) 19:20:04.31 ID:+sus+FdC0



「それだけはしないんだよ。俺たちは、何があろうと敵の命を奪うことだけはしない。俺たちがしているのは復讐じゃない。もう2度と、俺たちのようなガキを生み出さないための戦いだからな。だろ? お前ら」



振り返った垣根の問いかけ、誉望はぎょっとしながらも答える。



「まあ……そうっすね」



「適度にいたぶるくらいはしますけど」



「私は元々そういう野蛮なの趣味じゃないわ」



彼に続き、ラッコと心理定規も答えた。3人の答に満足した垣根は初春の方を向き、ゆっくりと話し出す。


197 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/01/22(日) 19:22:48.18 ID:+sus+FdC0



「お前の力を貸してくれ。初春飾利。お前のその能力、そして、その正義心は必ず俺たちの役に立ってくれる。まだ信じられないのも、不安が消えないのも分かる。ただ、少し考えてほしいんだ。この街は、果たして自分が思うほど汚れていないのか、って」



……そんなことを言われたら、何も返せなくなる。初春はすっかり黙り、空間には沈黙が流れる。



不意に、右横から一枚のメモ用紙が渡された。初春はそっと受け取る。



「これ、私の連絡先。今すぐに答えを出せなんて酷でしょ? 今日はもう家に帰って、ゆっくり考えるといいわ。決心ができたら、私に連絡してきて」



メモを渡したのは心理定規だった。年齢は自分とそんなに変わらないはずなのに、自分より数段大人びたその雰囲気に少し落ち着きながら、初春は首を縦に振った。



198 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/01/22(日) 19:28:20.55 ID:+sus+FdC0



「わわ、わわわたくしの連絡先も、この際ご一緒に、どうでしょうか?! 1年365日24時間、いつでもメールできます!!!」



「え? あの、さっきから距離が近すぎません?」



がっつきながらメモ用紙を渡してきたラッコに引き気味の初春は、冷ややかな声でそれをなだめる。



「おいラッコ。お前もうちょい考えろよ。初春ビビってんだろうが。友達作る前にまともな人との接し方覚えろ」



呆れながら自分を諭す垣根の方を振り返り、ラッコは何故か目を輝かかす。



「あ、あの、リーダー、それはつまり『俺の親友なんだからあんまり他に友達作ろうとするな』という嫉妬」



「どこをどう解釈してそうなった! 俺がいつお前の親友になったんだコラ!」



「分かってます。分かってますよ。照れ隠ししなくたって、リーダーの親友の座はこのラッコが絶対死守しますからあっ!!!」



そう言って、満面の笑みで抱きつこうとしたラッコを、垣根はサッと避け、彼女は何もない虚空を抱きしめることになった。


199 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/01/22(日) 19:32:08.62 ID:+sus+FdC0



「その辺にしとけってラッコ。垣根さん嫌がってんぞ」



「あれ? 誉望さんも嫉妬ですか? でもごめんなさい。わたくし誉望さんはナシなので」



「だからお前のその基準なんなんだよ! 垣根さんも心理定規さんもこの子アリで俺はナシって!」



一向に自分だけ友達と認めない彼女に対し、誉望は悲痛に訴える。



「うーん。何というんでしょう。全身から溢れる小物臭というか、あ、はっきり言うと、顔がタイプじゃないんですわ」



「残念だな誉望。顔がタイプじゃないんだってよ」



「結局顔かよチクショオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」



叫ぶ誉望をせせら笑う垣根に、哀れんだ目で見るラッコ。それを自分の横で無言で見つめる心理定規。初春は何だか可笑しくなり、つい笑ってしまう。


200 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/01/22(日) 19:33:27.66 ID:+sus+FdC0










「初春さん」





「はい。何ですか垣根さん。改まって……」









201 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/01/22(日) 19:35:15.08 ID:+sus+FdC0



呼び声に反応して垣根に返した初春。しかし、当の本人は怪訝な顔で彼女を見ていた。



「いや、呼んでねぇけど。どうした?」



「…………え?」



確かに今、彼の声がした。幻聴だったのか? 初春は急に怖くなる。



「あ、あの、ごめんなさい。今日はもう帰ります。あと垣根さん? ちゃんとUSB返してください」


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