京太郎「俺はもう逃げない」 赤木「見失うなよ、自分を」

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246 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/09/18(日) 01:22:45.41 ID:m+tVvmfr0
コンコン

「?」

「誰でしょう? こんな微妙な時間に」


 時計の針は6時を過ぎていた。


「あの………すいません」

「京ちゃん!」

「須賀君!」


 そろりと少しだけ開けられたドアの隙間から申し訳なさそうに顔をのぞかせたのは、京太郎だった。

 泣いた跡と疲労から来るくまで、目の周りは大変なことになっていた。


「えっと、今、俺が入っても大丈夫でしょうか………?」

「いいに決まってるよ、ほら!」


 咲が京太郎の腕を引っ張って、部室に引きずり込む。


「えっと、その、部長………お昼のことなんですけど………」


 久のことを見づらそうにしながら、京太郎が言う。


「うん、出来れば私も、そのことを話したかった」


 久も卓から立ち上がり、京太郎に面と向かった。


「その、部長。まずはその………失礼なことを、まるで部長に八つ当たりするようなことを言って済みませんでした」


 京太郎が腰を直角に曲げて、頭を下げる。


「頭を上げて頂戴。部長として、あなたのことを蔑ろにしていた私の非よ。
 それと、お昼に言ったことの他にも、私たちに不満があるなら、いい機会だから言っちゃって。私を含め、皆がいる前で」

「はい………」


 久に促されて、京太郎はゆっくりと、二学期に入ってからずっと感じていたことを吐き出した。
247 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/09/18(日) 01:25:22.70 ID:m+tVvmfr0
「俺………インターハイが終わってからこっち、ずっと辛かったです………。
 皆は全国で指折りの選手になったのに、俺は弱いのが情けなくて………、それで強くなりたいって思ったんです」

「うん」

「麻雀の教本買ったり、ネト麻で実践したり、みんなの牌譜を見て勉強したりって、頑張ったんです。
 でも、ほとんど強くなれなくって………」

「うん」


 鼻にツンとした痛みが走り、一息入れて京太郎が先を続ける。


「そうして結局また停滞してる間に大会が近くなって………。
 また雑用が増えてきて、もう11月に入ってからずっと夜1時より前に寝れなくって………、だんだん辛さが増してきて………」

「うん」


 久は相槌を打つだけで、途中で話の腰を折らない。


「でも、やっぱりみんなの傍に胸張って居たいから………、そんな全国クラスの実力なんていいから、
 せめて人並みに打てるようになりたくって、それで頑張り続けて………」
 

 声が震える。


 鼻に奔る痛みが鋭くなり、視界が涙で歪む。


「でも、全然だめで………。皆と打たせてもらう機会も減って行って、一局も打たない日も出てきて。
 だからせめて、派手な打ち方はできないけど、振り込まないように逃げるだけ逃げて、配牌とか運が傾いた時に全力を注ごうっていう方針で打って、
 点数だけは皆に食らいつけるようになってきたら、姑息だって…………。
 馬鹿にされたけど、これは俺が弱いからだって、もっと頑張ろうとしたけど、それでもみんなは俺より速くさらにどんどん強くなって、全然追いつけなくて………」

「うん……」
248 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/09/18(日) 01:26:51.20 ID:m+tVvmfr0
「情けなくて………。弱い自分がめちゃくちゃダサくって…………そんな状態で、みんなが、自分のことをまだまだ弱、いとか、そうやって、言うのを、聞いて、いたら…………!」


 ずずっ と音を立てて、鼻をすすり、あふれる涙を、まだ湿気たままのコートの袖で拭う。


「みじめで………。皆に全然敵わない俺は、じゃあ一体何なんだよって思って…………、皆がそういうつもりじゃないのは、わかってた、けれど、ずっと、馬鹿にされ続けてたように感じて…………! 死ぬほど悔しくて………うっ、く………!」


 コートの袖を目許に押し付けて、泣いている顔は見られないようにする。


 すると、見えはしないが、自分以外の誰かがすすり泣く声が耳に入った。
249 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/09/18(日) 01:30:14.47 ID:m+tVvmfr0
「ご、ごめんなさ、い。京ちゃ………」


 ごしりとひときわ強く目許を拭った後、声の主を見やる。

 京太郎を部室に引っ張った後、隣で立っていた咲が、涙をボロボロこぼして泣いていた。


「ごめんなざい………! ぎょうぢゃん、ごめんなざぁい………!」


 両手の甲で涙を拭うが、止どめなく涙は落ちてくる。

 京太郎より、咲の方が大泣きしていていた。


「わ、わだしだぢ、ずっど、きょ、京ちゃんに、頼りっぱなしで、
 ぜ、全然お礼も言って無ぐって、任せっきりで、ひどいこと、ばっがりしで…………!」

「咲…………」

「きょ、京ちゃん、ずっと遅くまで起きてて、寝れなくて、先生にも叱られてたのに、皆京ちゃんのこと、馬鹿にしてたのに、でも、怒らないでたのに………!
 ずっど、わだしたちの、為に。がんばっでくれでだのに……!」

「咲、もう、いいから………」


 部内で唯一、京太郎の疲労や心労に気付きかけていた咲は、
 それを指摘できないままここまで京太郎を思い詰めさせてしまった自分を責めていた。


「ごめんなざい………! 部長から、京ちゃんが怒ってたって聞いて、あ、謝らなきゃって………!」

「咲………、いいから、泣かないでくれ………!」


 30センチも背の低い幼なじみが大泣きしてるのを見て、京太郎もつられてさらに涙があふれてくる。

 根が純粋な京太郎は、自分のせいで誰かが泣いているという事実に、心がどうしようもなく痛んだ。

 どれだけ酷いことをされたとしても、咲が自分のせいで傷ついていたら、これまでのことも忘れて、咲を心配してしまう。


「京ぢゃあああああん…………ごめんなざぁいいぃ………う、うあああああああぁん………!」


 京太郎が先の両肩に手を置くと、咲は京太郎の肩に縋りついて泣き声を上げた。
250 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/09/18(日) 01:31:56.56 ID:m+tVvmfr0
「ひっ、ひくっ………」


 そのまま5分近く経ち、咲の泣き声がすすり泣きに変わって落ち着いてくると、久が声をかけた。


「須賀君…………」

「はい…………」


 同じく京太郎の告白の途中から、無言のまま涙を流し始めていた久は、目許を拭った後、真っ赤な目で京太郎と向かい合った。


「本当に、本当にごめんなさい……。
 私、自分のことで頭がいっぱいで、ううん。本当は須賀君のことも気づいていたのに、都合よく忘れようとしてた。
 須賀君は…………どうせ須賀君はそこまで大した成績を残せないって、勝手に高をくくって、じゃあ須賀君に身の回りのことをしてもらって、自分たちが打てばいいって考えになってた………」

「いえ………多分その通りでしょうし、俺もそうやって、打てる機会が減ってるのは、だからだって自分に言い聞かせてました」

「元々は、部員数も規定に達するか危ないくらいだったのに、そんな部に初心者なのに入ってくれた須賀君を蔑ろにして………。
 咲を連れてきて、私を団体戦に出れるようにしてくれたのも須賀君だったのに………。
 本当なら、須賀君にはその恩返しに、一生懸命指導をしてあげなくちゃいけなかった。
 でも私はインターハイが終わった後ですら、それをしようとしなかった。
 プロ推薦をもらえて、天狗になって、自分がもう一度活躍することしか頭になかった………」
251 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/09/18(日) 01:34:24.08 ID:m+tVvmfr0
「それを言うなら、わしも同じじゃけぇ」


 それまで沈黙していたまこが、久を擁護するように間に入った。


「3年は最後の大会に集中するのが仕事。本来なら先輩でありかつまだ1年時間のあるわしが、京太郎を育ててやらなけりゃならんかった。じゃが………わしも、目先の勝利に目が行き過ぎておった。


 おんしがきっと気を遣って言ってくれた、見ているだけで勉強になるっちゅう言葉で、都合よく自分の怠慢を忘れておった」

 涙に濡れた眼鏡を拭い、かけなおす。


「あ、アタシも………」


 おずおずと、卓に座ったままの優希が声を上げた。


「京太郎を犬扱いして、いっつもじゃれあうのが楽しかったから、京太郎もそうだと勝手に決めつけて………。
 いつもタコスを作ってもらった時も、偉そうにしかお礼を言ってなかったじぇ………。
 あと、人の打ち方にケチつけて、馬鹿にして本当にすまなかったじぇ………」


 いつもの快活さはどこへ行ったのか、今にも泣き出しそうな子供の表情を浮かべて、京太郎に謝罪の言葉を述べる。


「私も、須賀君に謝らないといけません。
 ずっと日ごろから、私たちが練習を増やせばその分代わりに雑務をこなしてくれていたのに、
 お礼も一言くらいしか言わないで、それが当然であるかのように思っていました。
 もし須賀君が力不足なら、放っておくのではなく、鍛えてあげなきゃいけなかったのに…………」

「みんな…………」


 各々から述べられる謝罪の言葉に、京太郎は何と言えばいいのかわからなかった。

 別に謝ってほしいから来たわけではない。
 
 ましてや、こうやって皆を泣かせたかったわけではない。

 そうだ、ここで終わってはいけない。
252 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/09/18(日) 01:36:51.07 ID:m+tVvmfr0
「でも、もういいんです」

「え?」


 それまで京太郎に抱かれる形になっていた咲が、京太郎のことを見上げてきた。


「京ちゃん、まさか、麻雀部、やめ………!」

「あぁ、泣くな泣くな」


 また目に涙を浮かべた咲を見て、京太郎が慌てる。


「俺も、それで辛くって…………。
 正直、今日の帰り道で、もう麻雀も何もかもどうでもいいって、辞めようって思ってました。
 こんなつらいだけの努力なんてバカバカしい。
 一緒にいてみじめでしかないのなら、あんな連中の雑用なんて捨てて、毎日さっさと寝たいって。
 麻雀そのものをやめようとすら思ってました。でも」


 京太郎はそこで一度つばを飲み込み


「でも、ある人のおかげで、考えが変わったんです。
 辛いだけの、無駄でしかない結果に終わったっていい。止まっちゃダメなんだって。
 辛くても、叶えたい目標があるならそれに向かって、成功とか失敗とか、結果なんて気にしないで動けって。
 そうやって努力しているだけで、俺は偉いんだって、自分を褒めていいんだって言ってくれる人がいたんです。
 だから………俺、辞めません。皆と一緒に居たいです。
 こんな話をした後で、待遇良くしろって言外に要求したようで申し訳ないけど…………俺、この部にいていいですか?」


「いいも何も………」

「むしろわしらがお願いしなきゃならん」

「お前以外に私のタコスを任せられる奴なんていないじぇ」

「ゆーき………でも、お願いします」


「京ちゃん。京ちゃんが私を、この部活に誘ってくれたんだよ? 京ちゃんが一緒じゃなきゃ、私やだよ?」

「咲………」

「京ちゃんが一緒にいてくれないなら、私も辞める」

「な………」

「須賀君」

「は、はい」
253 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/09/18(日) 01:37:59.63 ID:m+tVvmfr0
 久に声をかけられ、緊張する。


「私は………本当にダメな部長よ。きっと全国探しても、こんなひどい部長は見つからない。
 そんな女が部長の部活でも、あなたはまだ居たいの?」

「まるで、辞めた方がいいっていうみたいですね」

「うん。正直、私はもう、あなたに部長って呼ばれる資格はないと思う。
 それでも、もしあなたがまだこの部に居たいって言ってくれるのなら、私は最善を尽くすと約束するわ」

「むしろ、俺がお願いする方です。部長に当たり散らしたりして……。
 俺をもう一度、この部活においてくれませんか? 部長」

「本当にいいのね?」

「はい」

「わかったわ………須賀君」

「はい」

「こんな部長で悪いけど…………これからも、宜しくお願いします」


 久は京太郎が先ほどしたように、腰を直角に曲げて頭を下げた。
254 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/09/18(日) 01:45:32.37 ID:m+tVvmfr0
ここまでです。

死刑だのなんだの書いてる人たちいたけど、流石にそれはないよ(´・ω・`)

スレ主はもう大学生だけど、中高の時の部活動とか思い出すと、やっぱり現役の子供たちって「自分が活躍したい」って思いがすごく強くて仕方ないんです。
ちょこっとそこら辺の気持ちも思い出しながら書いてみました。

あと京ちゃんが一度も原作とかで怒りを見せていないのを見ると、やっぱり彼は怒ること自体苦手なんじゃないのかと思います。
久の合宿ついていけず残った京ちゃんへの「買い出し宜しく」とか、私だったら無言でキレてます。
怒鳴りつけたり殴ったりはしないけど、無言になって心の中でキレてます。
でも京ちゃんはそう言ったことが(描写されてないだけかもしれないけど)ないので、多分「怒る」っていう行動選択肢がまずない人間なのかなと思いました。
清澄のみんなが大好きで、なんとなく怒る前に許しちゃう人かなって。


さて、もう少し仲直り編は続きます。
そこ過ぎたら週1更新くらいのペースになるかな。

>>235
それを言ってくれてすごくうれしい
255 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/18(日) 01:48:00.83 ID:9FIOw/9yo
どうせ清澄アンチが自演で荒らしてるだけだから無視でおk
256 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/18(日) 02:06:55.44 ID:kaPj2ixyo
乙!
257 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/18(日) 02:08:31.71 ID:xi7MvGbWo

やった!弱小公立の私達がインターハイだ!
って言う考えが無いはず無いよね
258 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/18(日) 05:37:46.03 ID:iWuAT6hxO
久は特に思い入れ強いしな
259 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/18(日) 06:55:17.96 ID:UFzOzAS6o
うーん
スレ自体はおもしろいけど
>>1もわざわざ反応しないでスルーでいいと思うんだが
260 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/18(日) 12:59:09.88 ID:1cWuamZyO
SSがよくても自分語りが多いと荒らされるで
三行以内に留めたほうがいい
261 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/18(日) 13:40:25.40 ID:jOrLQJxoo
スレ主くさい
262 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/18(日) 19:51:15.02 ID:Ph7pOCmd0
乙です
続きに期待
263 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/18(日) 22:57:20.48 ID:bbs1Hvcl0
荒らしに反応するのはちょっと良くないかな

それはともかく、京ちゃん冷遇・退部ネタは多いけど、
きちんとケジメ付けて仲直りするのは割と珍しい印象
264 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/09/19(月) 23:56:55.04 ID:nlh/sSuL0
荒らそうと思って書かれた感想と、普通の感想の区別がよくわからんよ(´・ω・`)
ゴキは許さん。

さて、投稿してくよ〜
265 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/09/19(月) 23:57:47.84 ID:nlh/sSuL0
 部室の中に漂う空気が、緩んでいくのを感じた。

 入った直後、咲が泣いていた間なんてもう沈み切ってそこに居合わせるだけで辛かったのに、今はそれが去ったことを皆が感じている。


「えっと、部長。それでですね…………」

「何かしら?」

「その、ちょっと申し訳ないんですけれども…………」

「あ、ごめん気が利かないで。いいわ、卓に入っちゃって。
 さっきまでみんな全然集中できてなかったし、仕切り直し―――」

「い、いえ、ありがたいけどそうじゃないんです」


 俺はどうしたらいいかわからず、ドアの方をちらちらと見やる。


「そ、その………さっき、俺が言ってた、努力してるだけで偉いんだって言ってくれた人なんですけども」

「うん?」

「その…………その人が、麻雀好きなんだそうで、俺の話聞いたら練習を見学したいって、今外で待っていて………。
 連れてきてもいいでしょうか?」

「へ?」


 部長が面食らったようだった。

 一山超えたと思ったら、予想だにしないお願いをされたのだから当然だろう。


「…………・うん、構わないわ。むしろ、お会いしてお礼を言わないとね」

「あ、じゃあ………、えっと、赤木さーん…………」


 廊下の方に、言葉尻が消えそうな声で呼びかける。

 ギイィ、と少しドアが音を立てた瞬間。
266 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/09/19(月) 23:58:45.46 ID:nlh/sSuL0

バァアアン!

「ひゃああ!?」


 赤木さんが顔をのぞかせた瞬間、雷鳴が鳴り響いた。

 全員その場で小さく跳び上がる。

 それは、雷に驚いたからだけではないようだった。


「失礼…………もう入ってもいいのか?」


 俺に負けない、いや、その身に纏う威圧感やその他もろもろで俺より大きく見える、50を過ぎた老人が入ってきたことに、皆は完全に度肝を抜かれたようだった。

 恐らく、俺が初めてこの人と会った時に感じたような、その凄まじい存在感に中てられているのだろう。


「えっと、この人が、俺にアドバイスしてくれた、赤木さんです…………」


 ぽかんと口を開けたまま、部長たちは呆然としていた。

 そりゃハギヨシさんみたいな格好いい紳士なお方が登場するとは思っていなかっただろうが、筋モノ…………こうしてよく見れば明らかに一般のお方でない人が来るとは思ってもみなかっただろう。

 白馬に乗ったヤクザがお姫様を迎えに来たようなミスマッチだ。
267 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/09/20(火) 00:00:02.86 ID:yliB1Glh0
「……………はっ」


 一番先に我に返ったのは部長だった。

 慌てて表情を引き締め、赤木さんに向かい合う。


「は、初めまして赤木さん。清澄高校麻雀部主将の、竹井久と申します。このたびは―――」

「ああ、片っ苦しいのは嫌いなんだ。構わねぇよ別に。
 ただ俺がお前らの麻雀を後ろから眺めるのを許してくれりゃそれでいい。タバコも吸わせてくれればいうことなしなんだがな」
 

 ククク………と、喉の奥で笑う赤木さんに、部長はどう接したらいいかわからないようだった。


「え、えっと、構内は全面禁煙なので、ご見学は構わないのですが煙草はちょっと………」

「ま、そらそうだわな(´・ω・`)」


 赤木さんはすこししょんぼりした表情を浮かべた。


「えっと、それじゃあ須賀君を卓に加えて………1年組で打ってみる?」

「わかりました。あ、じゃあ赤木さんにお茶とか………」

「阿呆、そのくらいわしたちでやるわ。お前はしばらく働かんでええ」

「は、はい………」


 雑用根性丸出しで俺がお客にお茶を出そうとすると、染谷先輩に叱られてしまった。

 席を入れ替えて、先輩たちは赤木さんの分の椅子を用意する。

 赤木さんは用意された椅子を動かして、俺の後ろに移動した。


「ま、難しいかもしれねぇが、いつもどおりに打ってくれや」

「はぁ………」


 正直後ろで妖怪に見られている気分なので、ものすごく落ち着かない。

 でも準備はすぐに済み、東一局が始まろうとしていた。
268 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/09/20(火) 00:01:02.25 ID:yliB1Glh0
 東一局 0本場 ドラ 4s
 東家 優希
 南家 咲
 西家 京太郎
 北家 和


「おっしゃ、ダブリーいくじぇ!」


 東一局目、もはやそれが当たり前であるかのように、優希がいきなり親のダブリーを仕掛けてきた。

 切ったのは南、安牌なんてわかるはずもない。

 咲はとりあえず、不要な字牌から切った。 打 北


「はぁ………」

 京太郎 手牌
 11m 3s44s5s77s9s  77p 發發 ツモ 9p

 ドラが対子なのはありがたいが、中膨れの形だ。

 七対子が速そうだが、そのせいで牌の種類はそこまで多くない。

 果たしてこれでしのぎ切れるか。

 とりあえず端っこから落としていくしかないので 打9p とすると、一応は通ってくれた。

 次は和の第1打。 發だったので、鳴くべきか少し迷う。


 (最初に対子落とししたならともかく、今は何が安牌かわからないしな。もう一枚發はあるんだし我慢我慢)
 
 とりあえず、次に發が出たら鳴くことにしてここは見送る。
 
一応トイトイも視野に入れておいて損はないだろう。そんな時間があるかはさておき。
269 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/09/20(火) 00:02:12.88 ID:yliB1Glh0
 そして、優希の第二ツモ。


「おっ! カンだじぇ!」


 引いて来た牌と、手の内の3牌を倒す。

 カン材は8s。 そして新ドラは………8s。


「おっしゃあ! ドラ4追加だじぇ!」

「うえぇ!?」


 これでダブリードラ4で最低でも親跳ね確定だ。役と裏が乗れば倍満・3倍満もない話ではない。

 嶺上牌を捨てたので、そのまま上がりはしなかったものの、他3人への重圧はすさまじい。


「うぐぐ……」

 咲はもう一度北を落として、俺の番がやって来た。 ツモは9s。


(8sがもう全部ないんだし、789sの順子が出来ることはもうない。
 待ちの変わるカンはできないし、8sの周りは順子のない比較的安全エリアだ。
 この手牌なら索子の染め手や七対子にも行けるかもしれないけど、俺も順子は作りにくくなったし、ここはツモ切りだな。対子落としで時間を稼ぐ)


 ドラ2とはいえ、張ったとしても単騎待ちしかできない七対子で親跳ねリーチに向かってもしょうがない。

 そう考えて、打9s。
270 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/09/20(火) 00:03:08.64 ID:yliB1Glh0
「ローーン!」

「はぁ!?」


 倒された優希の手牌は、三暗刻対々で1mと9sのシャボ待ち。


「ダブリー・三暗刻・対々・ドラ4! 裏は………乗らないけど、親倍満! 24000だじぇ!」

「のおおおおおおおお!?」


 千点棒のみを残し、俺の点棒がすべて優希に持っていかれる。


「8sの周りは比較的安全だと思ったんだけどな………」


 やはり9sが重なったことを喜び、まっすぐ七対子を狙うべきだったか。

 そうしていれば、優希の上がり牌をすべて握りつぶしたまま安全に手を進められた。


「はっはっはー! 浅ましいじぇ犬め………あ………」

「ゆ、優希ちゃん………」

「ゆーき………」


 優希がいつもの癖で俺のことを馬鹿にするが、さっきの出来事を思い出して口を閉じる。

 咲と和の非難めいた視線が、優希に向けられた。


「じぇじぇじぇ………す、すまん京太郎………」

「いや……大丈夫だ」


 ここでまた落ち込んだら、何のためにここに戻ってきたのかわからない。 

 気を取り直して、次の局へと気持ちを切り替える。
271 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/09/20(火) 00:04:32.52 ID:yliB1Glh0
 その後1本場は咲が二巡目に加槓で嶺上開花し、700・400でいきなり終わらせた。

 東二局は和が優希から直撃をとり、すぐに終わる。

 そして俺が親の東3局。


 ドラ1s
 親 京太郎 600
 南家 和  26600
 西家 優希 46300
 北家 咲  26500

 リーチもできない状態で、表示されたドラは1s。

 端っこの牌で、手の内で使うのも難しい。

 そして配牌は………

 京太郎配牌  11s5s8s 22m3m 24p8p 中中白 ツモ:6m
 
 何とドラが対子で、翻牌の対子も二つある。

 それらを鳴ければ、それだけで親満確定だ。

 とにかくこの局は飛ばされる事態を遠ざければいくらか安手になってもそれでいいので、初手は打8p。
272 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/09/20(火) 00:05:48.80 ID:yliB1Glh0
 不要牌を処理し、7巡目。

 京太郎手牌
 111s56s 23m 44p 白  【加カン:中中中中】 新ドラ:5s

(いける!)


 鳴いた中に加カンして、新ドラを一つ乗せる。

 これで翻牌1つとドラ4だ。 あと1翻で跳満まで狙える。

 そして引いたツモは、5m。 


(どうする? 手牌にくっつく牌じゃないし、跳満まで狙うなら白は残すべきだ。
 でももう7巡。東場の優希なら今にも上がっておかしくない。
 しかもみんなが役牌を易々と鳴かせてくれるはずがない。手に来るのを待ってたらやられるだけだ。萬子が伸びてくれることを期待して、ここは逃げ切る!)
 

 迷ったのちに、白を捨てる。

 しかし次巡、ツモは白。


(うぐっ………。捨てなきゃ跳満だった……)


 大きく呻きつつも、仕方なくツモ切り。

 さらに次巡、またしてもツモは白。ツモ切るしかない。


(なんじゃそら………!)


 これで白が3連続河に並んだ。
273 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/09/20(火) 00:07:06.38 ID:yliB1Glh0
「ふっふっふ。ドラを増やした上に東場でその遅れは致命的なミス! いっくじぇ、リーチ!」 


 優希が、1sを切ってリーチをかける。

 そこで俺はとっさに動いた。


「カン!」

「へ?」


 ドラの1s4枚で、大明槓をする。新ドラは9pで乗らない。

 だが嶺上ツモは4m。いいところを引けた。そして打5m。

 もしかしたら1s、中、白で三槓子を出来たかもしれないが、咲じゃあるまいと一言で片づけて終わる。


(本当ならこんな他人にドラを乗せかねないカンしないべきなんだろうけど、俺の残りは600点。
 上がられりゃそれで終わりなんだから、いくらドラ増やそうが関係ない!)


京太郎手牌
 56s 234m 44p   【加カン:中中中中 大明槓:1111s】 ドラ:1s 5s 9p

 ともかくこれで、役牌ドラ5で47s待ち聴牌だ。
274 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/09/20(火) 00:08:42.68 ID:yliB1Glh0
 そして俺の次、和の番。ここで俺の目論見が外れれば結局優希がツモってすべては水泡だろう。

 東場限定とはいえ、リーチかけたら絶対ツモることが前提とか、どういう麻雀だ全く。

 和は河を見て少し迷った後、打1p。


「ポンッ」


 咲がその牌を鳴き、優希の番が飛ばされる。

 優希にしては遅い、9巡目でのリーチだ。多分馬鹿みたいに大きな手が入っているんだろう。

 それに俺を飛ばしてしまうことへの抵抗感もあるのか、和と咲は俺を優希のツモで飛ばすという選択肢を捨ててくれた。

 カンを得意とする咲は、チーよりはポンをする可能性が高い。

 和はまだ河に出ていないかつ、咲の持っていそうな牌を出してくれたのだ。

 心の片隅で彼女たちの良心を利用したような作戦に罪悪感を覚えつつ、俺はツモ山に手を伸ばした。


「げ………」

 引いて来たのは、5s。ドラだ。


(どうしたもんかね…………)

 6sを捨てて、5sと4pのシャボ待ちにすることもできる。

 そうすれば翻牌ドラ6となり、5sで上がれば倍満に手が届く。
 
 が、河を見ると5sと4pはもうそれぞれ1枚ずつしか待ちがないし、その時捨てる6sだってドラ近くかつ、優希に対して無スジだ。怖すぎる。

 さらに言えばドラ5sなんてど真ん中且つドラの牌を、リーチをかけている優希はともかく他二人が捨ててくれるはずはない。

 かといって、47sで待ちがまだ6枚ある両面待ちを保つ場合でも、ドラそのものかつ無スジを捨てるのも怖い。
275 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/09/20(火) 00:09:49.67 ID:yliB1Glh0
(いや…………ここでビビっちゃだめだ)


 きっと、和のような完全な確率重視の打ち方からすれば、馬鹿馬鹿しいことこの上ないだろう。

 でも、俺はさっき決めた。


(どっちで振り込んだって、負けるんだ。どっちだって振り込む可能性が高いなら、より点の高い方へ行くべきだ。それに…………)


 赤木さんの言葉を思い出す。

『いいじゃないか…………! 三流どころか、五流だって………! そうやって熱くいられれば、それだけで十分じゃあないか………! 
 怖がらなくっていいんだ……ただまっすぐ、自分の欲しいものがあるなら、それに向かうだけで………』

(前に進む気持ちを無くしたら、そこで終わりなんだ!)


 打6s。その危険牌切りに、部員全員がぎょっとしたり、息を呑んだ。

 しかしただ一人、赤木だけは、僅かに目を細めただけだった。


(へぇ…………)


 赤木の見立てでは、56sともにリーチをかけている優希には通った。

 しかし、下家の和に5sは完全にアウトだったろう。

 点数に欲を出し、待ちの少ない方に向かった暴牌のようなうち回しが、京太郎を救った。

 その勢いが、僅かに場を京太郎に有利に作用させたのか、次の優希の番。
276 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/09/20(火) 00:11:14.37 ID:yliB1Glh0
(うへぇ……嫌なもの掴んじゃったじぇ………)


 引いたのは5s。

 優希手牌
 223344s 6p77p88p 北北

 6pを引けばリーチツモ平和二盃口で跳満、9pでもリーチツモ一盃口平和ドラ1で満貫。

 ドラが3枚もめくれているので、十分に裏ドラも期待できる大物手。

 しかしリーチをかけている以上、上がり牌以外は切るしかない。

 渋々ドラの5sを切る。


「「ロン!」」

「じぇ! やっぱりぃ〜〜………あれ?」


 同時に上がった和の声に、俺は呆然とした。ダブロンなんて初めてだったからだ。


「あ、あれ? これってダブロンありですっけ?」

「いえ………大会と同じだから、頭ハネありよ」


 後ろで見ていた部長も、驚いた様子で答える。


「えっと、反時計回りに優先順位が着くから………俺?」

「ええ、須賀君のえっと………翻牌ドラ7で、親倍満ね」

「ほ、ほんとですか…………よっしゃぁ!」

 両手で思いっきりガッツポーズを作る。

 頭ハネなんて初めてだったから戸惑ったが、ともかく優希から24000点をそのまま取り返した。

 これで点数は
 親 京太郎 24600
 南家 和  26600
 西家 優希 22300
 北家 咲  26500
277 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/09/20(火) 00:12:20.92 ID:yliB1Glh0
 となった。その時


「悪い……皆、手牌を見せてくれるか………?」


 それまで無言だった赤木さんが俺の背後に立って、卓を上から覗き込んだ。


「え、あ、はい……」


 咲たちが訝しみながらも、素直に手牌を倒す。

 二人とも安手だが速く、咲はイーシャンテン、和はドラ筋の258s待ちだった。


「ふむ……………」


 赤木さんは全員の牌と河の捨て牌、その後まだとられていない山牌を全部めくり、少しの間唸っていた。


「すまん、手間とらせたな。続けてくれ………」

「は、はぁ………」


 何だか釈然としないまま、俺たちはその後も局を続けていった。
278 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/09/20(火) 00:14:24.78 ID:yliB1Glh0
ここまでです。
闘牌シーンは間違いが許されないからめんどくさいよー

しかも中途半端なところで区切るわけにもいかないから、書き溜めた分が一気に放出される。

執筆はそろそろ終盤だけど、闘牌シーンがまたあるから嫌だ(´・ω・`)
279 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/20(火) 00:20:46.53 ID:Tm9r7f6go
乙!
280 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/20(火) 00:44:48.33 ID:6mPs4KZ6o
乙乙
281 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/20(火) 00:57:41.25 ID:nAMYN2GDo
282 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/20(火) 01:56:43.03 ID:4WwQ7FZo0
どうでもいいんだけど400-700のところって1本場計算してないよね
283 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/20(火) 06:36:26.74 ID:gn2fnfSdO
多少の間違いなら優しい奴らが指摘してくれるさ乙
284 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/20(火) 13:09:24.84 ID:zYN4i/Q3O
今年から積み棒無しのルールに変更になったんだよきっと
285 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/09/21(水) 21:23:32.95 ID:4du1A6Vz0
明日明後日の投稿がほぼ不可能なので、今のうちに投稿しまーす。
286 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/09/21(水) 21:24:16.64 ID:4du1A6Vz0
 20分後

 半荘が終わった。

 最終的な点数はこの通り。

 京太郎 26900
 和    31000
 優希   13400
 咲    28700


「だぁあ〜〜〜! 東場であんまり稼げなかったのが痛いじぇ!」

「稼いでいても、ここまで点とられたら1位は無理だろ」

「畜生! 犬のくせに東場のアタシに食らいついてきやがって!」

「誰が犬だ! このタコ!」

「タコじゃない! タコスだ!」

「ゆーき……」

「二人とも………」


 30分ほど前のあのシリアスな空気はどこへ行ったのか、俺たちはいつものようになじりあっていた。
287 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/09/21(水) 21:25:25.29 ID:4du1A6Vz0
「……………」


 そしてその様子を終始無言で見つめている赤木さん。

 俺が倍満を上がった後、毎回局が終わるごとに、皆の手牌と山を見ていたのだが、一体何だったのだろうか?


「京太郎………」

「は、はい」


 そんなことを思っていたら、不意に声をかけられた。

 無表情がいきなりしゃべりだすものだから、びっくりする。


「お前、明日から俺のところに来い」

「へ?」

「鍛えればものになる。俺が付き添ってやるから、適当な雀荘に行って打て。
 この連中と打つよりそのほうがためになる」

「え、いや………」


 いきなりそんなことを言われて、戸惑うことしかできない。


「すいません、赤木さん」


 すると部長が、赤木さんの前に立った。


「赤木さんが、須賀君のことを叱咤激励してくれたことは、いくら感謝してもしたりません。
 しかし、それとこれとは話が別です。
 部外者である赤木さんに、須賀君をよそで練習させると言われて、はいそうですかということは出来ません」
288 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/09/21(水) 21:26:39.76 ID:4du1A6Vz0
「………こいつを強くしたくないのか?」

「それは………今更私に言う資格はありませんが、それでも私は彼の先輩です。
 私は、自分で彼を強くしなきゃいけない義務があります」

「そりゃあ無理だな」

「…………私たちでは、力不足だと?」


 部長の眉根が吊り上がる。さっきも「この連中と打つよりためになる」なんて言われて、頭に来たのだろう。


「それ以前の問題だ………ものを考えていなさすぎる。見えてるところしか、見ようとしない。
 表の事柄だけ見てりゃ満足のガキ共に、死に物狂いで強くなることを決心した奴の相手が出来るはずもない」

「何ですって………!」

「…………!」


 部長だけでなく、他のみんなからも敵意のようなものがにじみ出る。

 特に和は、初めて咲に会った頃と似たような顔をしている。
289 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/09/21(水) 21:27:32.43 ID:4du1A6Vz0
「じゃあ、こうしよう………」


 赤木さんはおもむろに立ち上がり、全自動卓で、牌をかきまぜた。

 やがて配牌が終わり、積まれた山が出てくる。


「俺が今から、この4つの山から牌を表にせず無作為に14個取り、役満を作ろう。
 それが出来たら、京太郎は俺が育てる。
 出来なければ、お前たちを馬鹿にした詫びに、何でもしてやろう。どうだ、受けるか?」

「は………?」


 みんな呆気にとられた。

 いきなり何を言い出すかと思えば、めちゃくちゃな内容のギャンブルをふっかけてきた。


「そ、そんな、めちゃくちゃな。話が別………」

「受けるか、受けないのか?」

「っ…………!」


 赤木さんの放つ、凄みのようなものに、皆が気圧される。

 しばし無言になったのち、和が口を開いた。


「…………条件があります」

「和?」

「何だ?」
290 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/09/21(水) 21:28:22.33 ID:4du1A6Vz0
 和は震えながら、毅然とした態度をとろうと胸を張る。


「赤木さんは、勝てるという確信があってこの勝負を持ち出してきたように思えます。つまり、何かからくりがあるのではないかと。ですから、役満の種類はこちらで決めさせていただきます。さらに、作るのは一つではなく、二つ別々に作ってもらいます」

「いいだろう。構わない」

「っ…………! ではまず、国士無双を」


 全く動じない赤木さんに、和は息を呑んだ。

 きっと胸の中では、「そんなオカルト在り得ません」と思っていることだろう。


「じゃあ、はじめるぜ………!」


 赤木さんは一度大きく口元をゆがめて笑みを浮かべると、牌を見つめた。


「……………」


 だが、一向に始める気配がない。

 しびれを切らした和が、赤木さんをせかす。


「何をやっているんですか。時間をかけることで、どの牌が何かわかるとでも?」

「ああ」

「えっ………」


 赤木さんは、低い声とともに頷いた。


「そうでもなきゃ………53年も、とても生き抜けなかった………」


 言い終わると同時に、赤木さんが4つの山の各所から、牌を伏せたまま集め出した。

 まずは最初の14枚。

 開かれたその役は…………
291 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/09/21(水) 21:29:27.61 ID:4du1A6Vz0
「うそじゃろ…………」

「まじか………」

「信じられない………」


 1pが対子の、国士無双が、綺麗に出来ていた。

 しかも信じられないのは、字牌は字牌で、数牌は数牌でちゃんと分けられていたことだ。

 俺は声も出せずに口を開けたまま見入っていた。


「そんな!」


 和が椅子を飛ばして立ち上がり、集められた牌の裏側を調べる。

 何か目印になるようなものがないか探しているのだろう。

 だがこの牌は、2週間前に使いだした新品だ。しかも俺が部活のたびに欠かさず洗っている。

 目立った汚れも傷もない。
292 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/09/21(水) 21:30:26.54 ID:4du1A6Vz0
「さぁ、次の役は何だ…………?」

「くっ………だ、大四喜・字一色・四暗刻単騎を」

「おいおい、役満どころか5倍か」

「い、インターハイではダブル以上は皆普通の役満としかみなされないんです!」


 和が苦し紛れの理屈を持ち出してくる。

 さすがにそこは一般のルールに合わせるべきだろうよ。


「まぁ構わないがな………」


 赤木さんは再び山牌に視線を戻し、しばし止まった。

 30秒くらいした頃に動き出し、同じように牌を集め出した。


(国士無双で字牌を一つずつ使ってるから、大四喜だけでも風牌4種を残された12枚すべて集めないといけない。さすがにこれは………)


 が、そんな俺の心配は無用だと言うように………


「…………わしゃ夢でも見とるんかのう」

「ありえねーじぇ………」

「う、うそでしょ………」

「そんなオカルト在り得ません………」


 現れたのは、東東東南南南西西西北北北中中 の14枚だった。

 並び方も、この通りだ。


「…………俺の勝ちだな。約束通り、京太郎は俺が育てる。
 なぁに、2週間もしねぇよ。10日ってところだ。…………ま、そのくらいが限界だろうしな」
 

 最後の部分は良く聞こえなかったが、間違いなく、勝負は赤木さんの勝ちだった。
293 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/09/21(水) 21:34:40.74 ID:4du1A6Vz0
今日はここまでです。

次から京太郎修行編に入ります。

御無礼言ったり、打(ぶ)つ打つ言ったり、馬鹿みたいに鳴きまくる人とかもゲストで出ます。

ただ現状書き溜めているうち 42/51ページ吐き出しちゃってるから、余裕保つためにも投稿ペース落ちます。

>>284
積み棒?
ポッキーとかでオブジェ作るあれかな?(震え声)
294 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/21(水) 21:38:29.23 ID:8WRq/KxG0

お友達が勢揃いww
295 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/21(水) 22:11:19.14 ID:E4WZR29ho
乙!
296 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/21(水) 22:21:40.16 ID:5o+SrzKSo

赤木しげるが人を育てる……?
勝手に育つんじゃなく育てる
297 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/21(水) 22:26:58.24 ID:8e8FKZp0o
清澄を出たら地獄を突き抜けた何かに飛び込まされる京ちゃん…
298 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/21(水) 22:29:56.39 ID:1VMk/Lnuo
乙です
299 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/21(水) 22:41:20.47 ID:YLgd0Hw50
いつものお友達だなw
300 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/21(水) 23:38:25.86 ID:seILEILQ0

面白いよ、がんばれ
301 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/22(木) 06:11:32.88 ID:ILuNwEXsO
京ちゃんはいつもお友だちと仲良くて羨ましいなあ(白目
302 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/23(金) 03:15:27.89 ID:5jBuu0GZ0
14枚取るんじゃ四暗刻単騎かどうかは判別つかない気がする
303 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/23(金) 09:31:49.21 ID:+fo8JgbrO
14枚とってくるのに一気に選ぶ訳じゃないんだから最後に持ってきた牌が頭なら単騎でいいやん
304 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/23(金) 13:49:02.36 ID:wGSUO5lX0
>>302
並び方もそのままで>>292持ってこられたら
さすがに和もそんな異議唱える気なくすと思う
305 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/23(金) 14:04:00.32 ID:X8aTnyP50
いっそ轟盲牌使う総理大臣も出しちゃおうぜ
306 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/09/26(月) 21:27:03.88 ID:fIKZQmnB0
赤木さんの命日ということで、今日もあげていくよー
307 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/09/26(月) 21:28:16.91 ID:fIKZQmnB0
「ろ、ロン! 8300点です!」

「うはぁ、やっぱり通らなかったかぁ………ほれ」


 3日後、俺は赤木さんと約束通り、放課後に雀荘に来ていた。

 レートは点1。入店料が1000円だから、大勝ちしてもせいぜいその元金の半分が返ってくるかどうかの気楽な麻雀だ。


「ありがとうございました」


 案外勝てるものなんだな、と自分への意外さを感じながら、俺は背伸びして、後ろで見ていた赤木さんと向き合う。


「どうでしたか?」

「まぁ、ようやく見知らぬ相手と戦うたびにビビる癖が抜けてきたってとこだな。
 どんな相手にも安定して自分の麻雀が打てるようになってきた」

「俺の打ち方、ですか?」

「何だ、無自覚だったのか?」


 赤木さんは煙草をふかしながら、呆れた顔で俺を見た。
308 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/09/26(月) 21:29:39.30 ID:fIKZQmnB0
「お前、俺が初めてお前の対局を見た時からそうだがな、後ろに下がることをほとんどしない。常に前へ前へ。どんな苦しい待ちだろうと、手が入りさえすれば親のさらなる大物手に対して逃げることを選ばない。
 ま、それなりに放銃もしているがな。だがむしろ、弱気に流れた時の方が放銃している印象だ」

「要は無謀だってことですか?」

「まぁそれも否定できないな。だが………型にはまった奴ほど、そうやって突っ込んでくる奴のことは恐ろしく感じる。
 前へ進みつつも、最小限の回避だけで相手の手を躱して突っ込み続けられるようになったら………お前、この上なく恐ろしい打ち手になれるぜ」

「お、おお………!」


 かっこいい。

 少年心に素直にそう思った。何か少年漫画の主人公的な感じがする。


「ほれ、また卓が開いたぜ。打ってこい」

「はい!」


 初めて勝ちが続いたことで、俺の調子は上がりに上がっていた。

 麻雀を初めて、こんなことは初めてだった。


(やっぱり気持ちが調子に現れるパターンか。
 なのに心の中に突っかかるものを残したまま打ってちゃ勝てないのも道理だ。ま、ガキらしいっちゃガキらしいな)
 

 赤木さんが後ろで見守っていてくれると、なんだか心が昂ると同時に、安心感がある。
 
 この人が付いてくれているだけで、並大抵のことは怖くない。


「お願いします!」



「さて………打つ(ぶつ)か」
「御無礼」
「あンた………背中が煤けてるぜ」


 と思っていた時期が俺にもありました。
309 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/09/26(月) 21:30:43.58 ID:fIKZQmnB0
 帰り道


「ハッハッハ………! また気持ちよく飛ばされたもんだな」

「うう………なんすかあの人たち」


 俺たちは時間も早い冬の夕暮れ道を通って帰っていた。

 同じ卓に着いた途端、俺の思考は次の一言で埋まった。


(わーwww。俺死んだなーwww)


 まるで全力全開時の咲を3人同時に相手にした気分だった。
 
 ちなみにあの人たちとの戦った内容を簡潔に述べると。


半荘1回目
 親が俺で、第1打は北。
 それをタバコ吸ってたお兄さんがポンして、さらに次の巡にお兄さんは西と南を暗槓。
 運よく3巡目で張れた俺は打白。
「ロン。字一色」
 飛びました。


半荘2回目
 もう一度俺が起家で打9p。
「ロン。人和・大四喜・四暗刻単騎」
 黒シャツのお兄さんに飛ばされました。


半荘3回目
 また俺が起家でなんとダブリー出来た。
 今度はさすがに人和でいきなり飛ばされはしなかった。
「御無礼。地和・国士十三面待ちです」
 代わりにツモで飛ばされました。


 ここまでくると意識を飛ばさなかった自分を褒めたい。

 店にいた他のギャラリーは、皆無言で何とも言えない表情で俺のことを遠巻きに見つめていた。

 なぜか店の主人がサービスでジュースを出してくれて、肩を何度か優しく叩かれた。

 ちなみに赤木さんは後ろでずっと腹を抱えながら爆笑していた。畜生め。
310 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/09/26(月) 21:31:49.76 ID:fIKZQmnB0
「ま、あれは規格外の化け物どもだから気にしなくてもいい。他の対局は楽しかっただろう?」

「そりゃ、まあ楽しかったです。なんて言うか、牌が俺のことを応援してくれてるような感じまでして………」

「それが、流れが来てるってことさ。お前に最も教えなきゃならないのは、流れとのうまい付き合い方だ」

「流れですか?」


 これはまた、和が聞いたら憤慨しそうな内容だ。


「ああ。賭けには何事も、流れが存在する。
 その流れが良いからって調子に乗っていると、ふっ……と流れが途絶えた時に、派手にスッ転んじまう。
 逆に、流れが来ているのに手堅く打ち過ぎて、倍満役満と行けるのに満貫程度で収めちまうのもだめだ。
 お前は流れに乗るのは、実はかなりうまい。
 ただ、今自分に本当に流れが来ているのか、来ていないか、いつ途切れるかを敏感に察知できるようにならなきゃだめだ。
 技術自体は人並みにもうできている。後は、勝負にいくら身を投じれるかってところさ」

「はぁ………」


 流れというものを、和みたいに真っ向から否定しはしないが、かといってオカルト全開で信じているわけでもない俺は、曖昧な返事をしてしまう。

 すると赤木さんは、ややうんざりしたような感じで語り始めた。
311 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/09/26(月) 21:32:50.18 ID:fIKZQmnB0
「世の中にはなぁ、とんでもない化け物がいるんだぞ?
 その気になれば配牌で字牌の対子が5つあったり、配牌で国士張って地和確定だったり、上がるつもりでカンしたら絶対にドラ乗ってリーチドラ12とかして来たり…………
 まぁ、全部同一人物だが」

「えぇ………」


 漫画じゃあるまい、と言いたかったが、麻雀に関してこの人が言うのだし本当のことだろう。

 というかこないだ部室で見せたあなたの離れ業の方が恐ろしいんですがそれは。


「まぁ、そんな流れに乗るのがあほみたいに上手い化け物と相対したら、小手先の技術も必要なんだがな、ブラフとか。
 それは後々本当の勝負の場に立つようになったら覚えればいい」

「そ、そうですか………・」


 この人の話は聞いてみたい感じもするし、やっぱり怖いからいいですと同時に言いたくもなる。

 でも総じて俺はこの人のことが好きだった。

 そうやって話すうちに、バス停に着く。赤木さんはここでお別れだ。


「じゃあ赤木さん。明日も学校終わったら旅館の方に行きますから」

「おう、じゃあな」


 小さく手を振って、笑って別れる。

 何だか、新しいおじいちゃんが出来たような感じだ。


「さて、一応課題とかもやりますか」


 帰路を明るい気持ちで歩きながら、俺と赤木さんの日々は充実していた。

312 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/09/26(月) 21:35:23.02 ID:fIKZQmnB0
今日はここまでです。

アカギの最新刊今日発売だったけど面白いよね。
俺の好きな安岡さんも大活躍するよ。

ゲスト3人組に期待していた人は出番少なくてごめんなさい。

>>305 ごめんよ、原作見たことないんだ……
313 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/26(月) 22:06:27.96 ID:aR4+/bp8o
乙乙
流れの概念がある人はsakiには結構出てきてるよね
314 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/26(月) 23:04:33.56 ID:TIEiD2hS0
乙です
新刊出てたのか買わなきゃ
315 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/09/26(月) 23:55:56.36 ID:pKZKSruh0
赤木が例えで出してた人って鷲巣様ですね。
しっかりと覚えてたんですね。
316 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/27(火) 00:52:06.84 ID:QH71RXLfo
乙。
ネリーとかモロにそれだよね>流れの概念
317 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/27(火) 12:52:46.35 ID:sRIg3RsNO
むこうぶちはむしろ流れしかないからなw
318 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/27(火) 13:40:11.19 ID:lpNYFhht0
オーラスの安岡さんはむしろ活躍しすぎや
319 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/28(水) 23:43:56.77 ID:H4+KfZ9z0
>>312
大丈夫!「轟盲牌ッ!!」とか言わせとけばそれらしくなりますって!(暴論)

真面目な話、無理してまで特定のキャラ出してとか言わんので問題ないですぞ
320 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/10/03(月) 23:08:14.05 ID:GrvCEBYz0
こんばんは。
書き溜め全然進まないうえに学校始まっちゃったねー(白目)

そんじゃ投稿してきます。
321 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/10/03(月) 23:09:09.55 ID:GrvCEBYz0
 その日の夜11時半。


「うっ、ひくっ、ぐすっ…………」


 俺はリビングのソファに、カピーを膝の上に乗っけて腰かけながら泣いていた。


「うぐ………ぐすっ」


 カピーしか他にいない静かなリビングで、俺は人目を気にすることなくボロボロと涙を流した。

 だが悲しみの涙ではない、むしろ流せてうれしい涙だ。 

 ピーンポーン………


「ん?」

 膝に乗っけていたカピーを下ろして、玄関に向かった。

 今日は父さんも母さんもいないはずだが、誰だろうか?

 急いで顔を拭って、玄関を開ける。
322 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/10/03(月) 23:10:09.90 ID:GrvCEBYz0
「はーい」

「こんばんは、京ちゃん」

「咲?」

「あれ、京ちゃん顔どうしたの!?」


 涙の痕を見つけた咲が、驚きの声を上げる。


「ん、ああ。さっきまでターミネーター2見てたから。水曜ドラマで」

「は…………?」

「いやー、何度見ても名作だわ。最初から最後まで無駄なシーンが一つたりとも無い。
 地球が宇宙に対して誇る映画だぜ」

「あほらし…………」


 咲がやれやれとため息をつく。


「ああん!? お前ターミネーター舐めんなよ!? 特に2! あれを見て感動しないやつは人間じゃないね!
 溶鉱炉に沈んでしまえ!」

「はいはいわかったわかった。ところで、ちょっと今上がってもいい?」

「んー? いいけど、何だってまたこんな時間に」

「いいじゃん、京ちゃんなんだし」

「何だよそれ………」


 気温はマイナスだし、こんな寒いときに女の子をつっけどんに返すのも悪いので、とりあえず家に上げることにした。
323 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/10/03(月) 23:11:17.95 ID:GrvCEBYz0
「お邪魔しまーす」

「されまーす。今日は俺とカピーしかいないぞ」

「あれ、そうなんだ?」

「だから日付が変わる前に帰れよ。帰りは送るから」

「やっぱそういうところ気にするんだ?」

「誰かさんたちがいろいろと押し付けるせいで、いろいろ気づかいが出来るようになりましてねぇ」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」


 部活関連の冗談を持ち出すと、咲が全速力で誤ってくる。

 あれだけボロボロ泣いてたんだ、今だって気にしてはいるのだろう。
324 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/10/03(月) 23:12:33.66 ID:GrvCEBYz0
「カピーちゃんこんばんわー♪」

「キュー♪」


 もう何度も会って咲のことを覚えているカピーが鳴く。

 咲はカピーを撫でようとするが、ふと手を止めた。そのまま俺の方を振り向くと。


「えい。ジュー」

「冷てっ!?」


 口で効果音を出しながら、両手で俺の頬を挟んできた。

 手袋をしてなかった咲の手は冷え切っていて、背筋がぞくぞくする冷たさだった。


「うん、温まった。お待たせカピーちゃん」

「キュー♪」

「何しやがる………」

「え? だって冷たい手で触ったらカピーちゃんがかわいそうじゃん?」

「俺の頬はどうでもいいんかよ!」


 冷え切った頬を自分の手でさすりながら、咲に文句を言う。

 とりあえず飲み物を用意しに、台所に向かう。


「お腹壊しそうな冷水と火傷しそうな熱湯どっちがいい?」

「お茶でー」

「へいへい」


 仕返しではないが嫌味を言うと、完全にスルーされた。

 やかんを火にかけ、その前で腕を組んで突っ立つ。

 後ろではカピーにデレデレの咲が一方的に会話を楽しんでいる。
325 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/10/03(月) 23:13:28.02 ID:GrvCEBYz0
「もういいか」


 かすかにやかんの口が笛のような音を出すと、そこで火を止めた。

 どうせ後で飲める温度まで冷ますのに、わざわざ沸騰させることはない。

 多分80度くらいのお湯をお茶葉の入れた急須に注ぎ、湯呑を二つ用意する。


「ほれ、少し冷めるの待てよ」

「ありがと、京ちゃん」

「ん、どういたしまして」


 咲がにっこり笑ってお礼を言ってくる。

 ふーふーお茶に息を吹きかけて、一口飲む。

 何だか小動物のようで、見ていて和んだ。
326 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/10/03(月) 23:14:17.76 ID:GrvCEBYz0
「…………口にすれば、当たり前のことなのにね」

「ん?」


 何かお茶の味が変だったかと思い、俺も急いで一口すする。

 特におかしなところはない。


「そうじゃないよ。ありがとうって、京ちゃんに言うの、久しぶりだったから」

「ああ…………」


 なんとなく、咲の言いたいことが分かった。

 部活でこうやって皆に飲み物を出したりしても、最近は「どうも」とか「おう」とかしか言ってもらえなかった。

 面と向かってありがとうと言われたのは、結構久しぶりだった。


「ごめんね…………」

「いいよ別に。もう気にしてないし」

「京ちゃん」

「どうした?」


 咲が真下を向いてうつむくので、横から覗き込む。


「京ちゃんは………何で、怒らないの?」

「え?」
327 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/10/03(月) 23:15:52.72 ID:GrvCEBYz0
 咲が涙声になる。

 横から覗く顔はよく見えないが、おそらく泣いている。


「私たち………ずっと京ちゃんにひどいことしてた。
 なのに、何で京ちゃんは私たちを許しちゃうの?」

「え、いや………怒ったぞ、一応? こないだ仲直りした日の昼に、部長に怒鳴ったし………」

「そうじゃない!」


 咲が急に顔を上げて叫ぶ。

 その顔は、涙に濡れてぐしょぐしょになっていた。


「私たち、どんなに謝っても足りない、自分たちのことしか考えないで、ひどいことばっかりしてた………!
 なのに何で京ちゃんは、私たちのこと許しちゃうの?
 立ち直ってくれたのはうれしいけど、何でそこまでして、麻雀部に居ようとするの?
 もっと怒って当然なのに、一緒に居たくないくらい嫌われて当然………なのに………!」
328 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/10/03(月) 23:17:51.19 ID:GrvCEBYz0
 ぼろぼろと俺の目も憚らず、咲はしゃくり上げて顔を真っ赤にして泣く。


「……………さきー」


 俺は湯呑を持って温まった手で、咲の頬を撫でてやった。


「まぁ何でって言われたら………俺が皆のこと、大好きだからなんだろうなー」

「え………」


 咲はキョトンとした表情になっている。


「そもそも俺が麻雀強くなろうと頑張ってたのも、皆の隣にいたいからだしな。
 なんつーかさ………俺ってさ、しばらく一緒にいるとさ、その人のことが大好きでたまらなくなっちまうんだよな。
 優希はまぁ犬犬呼ばれるのはともかくとして、気の置けないい奴だし。
 和は見て分かるほどに超スーパー美少女で、まじめにがんばればそれだけ褒めてくれるし。
 染谷先輩は、俺のこと結構気にかけてくれるいい先輩だし。
 部長は……普段から悪ふざけがちょっと………ちょっと?、過ぎるけど根はいい人なのは感じるし………うん、根は………ね、根は」


 最後はちょっと変な強調の仕方になってしまったが、とりあえずさておく。一応事実だしね。うん。
 合同合宿に置いていかれた時も、「買い出し宜しく」とだけ書いてくような人だしね、うん。
329 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/10/03(月) 23:18:58.58 ID:GrvCEBYz0
「そんなみんなが麻雀やってるときは、鬼のように豹変するんだ。いい意味でだぞ?
 とにかく、皆方向性は違うけど、どんな相手にも負けず勝っていくそんなみんなを見ていると、凄く格好良く見えるんだ。
 もう心の底から、混じりっ気のない憧れとかが湧いてきて………、こんなみんなと、ずっと一緒に居たいって思うんだ」

「あ………う………」


 咲の顔の赤さが、さらに増す。

 自分でも結構恥ずかしい言い方をしているのはわかるが、今更だ。


「まぁ、ひたむきさが過ぎて一緒に居ると辛いのもまた事実だったけど………、やっぱ俺も、皆と同じくらい格好よくなりたいって気持ちもあったからさ。男だし? だからさ………」


 ポケットからハンカチを取り出し、ぐしゃぐしゃになった咲の顔を拭ってやる。



「俺はお前のこと、嫌いになったりはしないよ、咲。
 こないだまで一緒に居て辛くはあったけど、嫌いにはなるはずがない。
 しかもお前だけは、ずっと俺のこと心配してくれてただろ? ありがとうな」
330 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/10/03(月) 23:19:53.34 ID:GrvCEBYz0
「京………ちゃ………う、ふ、ふあぁあああああ………」

「わわっ! なんでここで泣くんだよ!?」


 咲が声を上げて泣き始めて、ぎょっとする。
 あれ? 結構いい話してたと思うんだけど。イイハナシダナーってなると思うんだけど。
 イイハナシカナー? だったの?


「何なのさぁ……京ちゃん………。かっこよすぎるよぉ………」

「へ?」

「優しすぎて、かっこよすぎだよぉ………」

「そ、そう、か?」


 怒らないことを優しいと言われるのはわかるが、かっこいいというのはピンと来なかった。

 とりあえず褒められているようなので口出ししないが。


「と、とりあえず泣き止んでくれ、な?」

「うん………」
331 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/10/03(月) 23:21:15.93 ID:GrvCEBYz0
 こんな夜遅くの家に二人っきりの高校生の男女が居て、男が女を泣かせているとなると、字面にするとかなり危ないものがある。

 俺は急いで話を変えて、咲の気を逸らすことにする。


「え、えーっと、俺がいない部活っていうのは、どうなってるのかけっこう興味あるけど」

「ぐす………えっと、毎日優希ちゃんはタコスが足りない足りないって言ってる」


 上手く咲が反応してくれて、俺のハンカチで目許を拭いながら答えてくれた。


「あれ? タコスの材料は部室にあるだろ?(俺が買いに行かされた)」

「京ちゃんのタコスじゃないと、舌が満足しないんだって」

「あれま」


 少しうれしい知らせだった。

 最近は用意したことを「よくやった犬!」とか言われこそすれ、味に関しては何も言われなかったからだ。
332 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/10/03(月) 23:22:21.72 ID:GrvCEBYz0
「先輩達と和ちゃんは、牌譜の多さにひーひー言ってたなぁ。テスト前にやるものじゃないって」

「おーおー、どんなに大変か身を以って知ってくれ。咲は?」

「…………一応、部室のパソコンで一度ソフトの使い方教えてもらったんだけど」

「あ、うんわかった」


 咲の表情ですべて理解した俺は、そこで聞くのをやめた。

 優希も事務作業の戦力にはならないだうし、和と先輩達の苦労が偲ばれる。


「買い物とかは、私が放課後にすることになって………今もその帰り」

「ああ、なるほど。でも遅くないか?」


 時計を見る。もうすぐ日付が変わりそうだ。


「京ちゃんが、何時に帰るかわからなかったから…………」

「え?」

「あ、えっと、久しぶりに、話したかったっていうか………」

「久しぶりって、学校で毎日会ってるだろ。しかもまだ3日しか経ってないし」

「それでも、一緒に麻雀打ちたいんだもん…………」


 咲が拗ねて口を尖らせてうつむく。子供か。


「…………なら、打つか?」

「え?」

「今からはもう遅いけど、明日赤木さんに、roof-topで打っていいか聞いてみるよ。
 雀荘って程でもないけど、一応いろんな人と打てる場所だし」

「本当!?」

「ああ、出来たら明日皆で打とうぜ」

「うん! 誘ってみるね!」

「うん。ほれ、急いでお茶飲んじまいな。もう遅いし帰り送ってやるから」

「ありがと、京ちゃん」


 その日はそのまま咲を家まで送り、自宅でカピーと一緒に寝た。

 帰り道で咲がやけに手をつなぎたがっていたけれど、断る理由もないから言う通りにした。
333 :スレ主 ◆EvBfxcIQ32 [saga]:2016/10/03(月) 23:24:48.50 ID:GrvCEBYz0
ここまでです。
製作状況としては、この後のroof-topでの闘牌シーンが頭の中で固まったくらいです。
というかどんな手で勝つかっていうのは終盤までもう全部決まってるんだけどね。
文字にするのは面倒なのよ。


え? 夏休みにもっと書いておけだって?
ごめん何言ってるのかよくわからない
334 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/03(月) 23:26:06.84 ID:31veIp2d0
咲さんヒロインですわ
335 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/04(火) 00:19:32.64 ID:KMDWzlU+o
情景ができてもそれを言葉として形作るのは
結構労力がいるからねぇ。
乙乙。
336 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/04(火) 00:26:41.92 ID:EKSg+4yEO
そういやカピって何の目的で出したんだろな
設定がほぼイかされてないけど
337 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/10/04(火) 01:03:52.46 ID:mA44EjDv0
おつです

あと確か緑茶は沸騰してないお湯で淹れると美味しいらしいから>>325では図らずもおいしい淹れ方してたってことになるね
338 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/04(火) 01:31:26.97 ID:OD4U2F5Do
咲さん最高
339 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/04(火) 05:40:13.22 ID:MYAmX3xoo
>>336
元々は一気に合宿から県大会じゃなくて、3巻ぐらいだったか? かけてじっくり清澄掘り下げてから県大会行く予定やったんやで。
少なくともそれで人気出たから(じっくり掘り下げて打ち切りにならなかったか、はタラレバだしね)間違ってはいない。
なお、少なくとも京ちゃんは(のみかは知らん)全力で影響受けた模様。

以前ブログでりつべ本人が「京ちゃんの過去はプロット全部出来てんのに入れる場所無いンゴwwwwwwww(なんJ訳」言ってるww
340 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/10/06(木) 10:32:51.68 ID:9tLMfp4o0
>>336
連載当時にちょっとブームになってたから出したってだけじゃね?

しかしそのお陰でカピバラは個人で買うとめっちゃ金かかる
→そんな動物をペットとして飼う位の経済的余裕が京ちゃんの家にはある
→あれ?京ちゃん割と金持ちじゃね?

なんて二次設定が生まれてしまったな
341 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/07(金) 15:13:58.47 ID:8QB6y8Huo
でも実際カピバラってちょっとぐぐってみるだけでも
本体価格60〜70万、月の餌代だけでも最低3万以上
その他寒さ対策も兼ねた入浴設備etcetcとか出てくるからな
+育ち盛りの子どもがいる家庭とか割とお金持ち確定だろってなるわな
342 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/08(土) 17:28:16.90 ID:tIFUgxKa0
その辺作者も編集もぶっちゃけ何一つ考えてなかった可能性も0じゃない
343 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/13(木) 01:03:00.55 ID:OHL/ykS6O
余程捻くれた設定でもない限り、京ちゃんはお金持ち確定だよね
まあ作者も適当に付け加えただけだろうし深い意味はあるまいが
344 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/10/14(金) 04:46:56.07 ID:BcpzlhL0O
金持ちで背が高くてイケメンとか
345 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/14(金) 14:51:04.42 ID:55dO4aIto
>金持ちで背が高くてイケメン

ここだけ見ると嫌味なライバルキャラや寝取りキャラの属性だなw
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