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京太郎「俺はもう逃げない」 赤木「見失うなよ、自分を」
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1 :
スレ主
◆EvBfxcIQ32
:2016/08/22(月) 21:09:02.72 ID:B6wfBn3i0
このスレは咲-saki-とアカギのクロスもので、京太郎が主人公です。
京太郎が嫌いな人、苦手な人はお勧めいたしません。
また、好きな人でも最初の方は京太郎がかなり不遇な目に遭うので注意してください。
主は京咲カプが好きなので、後半部分にですが京咲成分があります。
主はアカギと咲のコラボ動画から咲を知ったため、アニメでも原作でも見たことがない設定、シーンが多々あります。
よって不自然な部分が見受けられると思いますがご容赦ください。
また、アカギも「天」に出てくる方は最後の通夜編しか読んだことがないので、
「こんなん赤木じゃねーよ!」と思われるかもしれません。
闘牌シーンもありますが、主は趣味でやる程度のど素人なので、見ごたえ無い&どっかしらおかしいと思います。
アカギの時系列ガン無視です。
なるべく不自然にならないようにしていますが、大きなミスが発覚したらその都度修正したいと思います。
スレ立てをするのが初めてなので、不慣れで変なところがあるかもしれません。
助言をいただければ幸いです。
荒らしはスルーでお願いします。
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1471867742
2 :
スレ主
◆EvBfxcIQ32
:2016/08/22(月) 21:09:35.94 ID:B6wfBn3i0
立ったかな?
3 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/22(月) 21:10:21.47 ID:sJ4K2Li20
期待
4 :
スレ主
◆EvBfxcIQ32
:2016/08/22(月) 21:10:36.09 ID:B6wfBn3i0
おお、出来てるようなので開始していきます。
時期はインターハイが終わってから数か月後の、年末あたりです。
高校で言えば2学期が終わるあたりですね。
5 :
スレ主
◆EvBfxcIQ32
:2016/08/22(月) 21:12:11.43 ID:B6wfBn3i0
別に神様みたいな才能がほしいとか、分かりやすく漫画のキャラみたいな最強になりたいとか、そういうんじゃなかった。
ただ、大好きな連中と一緒に居られる程度の、一緒にいてお荷物にならない程度の実力がほしかった。
ボクシングのスパーリングパートナーみたいなものだ。サンドバッグでもいい。丁度いい手ごたえを提供しつつ、彼女たちの戦意高翌揚や試行錯誤に貢献できる程度の、そんな立ち位置でよかった。
でも―――なんと甘かったことか。
俺は、サンドバッグにすらなれなかった。殴るだけ、構うだけ時間の浪費となる存在だ。
そうやって俺は壇上から降りた。壇上には彼女たちだけが残った。俺は壇の下から、彼女たちを眺めながら雑事を務めた。
喉が渇いたなら飲み物を持ってくるし、探してる本があるなら彼女が部活の練習をしてる間に探してきてやるし、タコスが食べたいなら用意してやるし、牌譜をとって彼女たち同士で研究したいなら、1日に半荘10回、100局だろうが、腕がいくら痛くなっても記録してやった。
彼女たちの輝きが壇上で増すにつれて、俺が彼女たちのお情けで壇上に上がってお相手をさせて頂く機会も減って行った。
仮にあったとしても、輝きを増した彼女たちに抵抗できるわけもなく、すぐにまた下ろされた。
6 :
スレ主
◆EvBfxcIQ32
:2016/08/22(月) 21:13:09.50 ID:B6wfBn3i0
(……………来た!?)
南3局 1本場
南家:京太郎配牌
2223666m 7889p 南南 ツモ:南 ドラ:7p
毎日半荘1回打ったとして、月に一度あるかないかの最高の配牌。
現在の点数は
東家 咲 37800
南家 京太郎 14800
西家(親) 優希 23000
北家 和 24400
インターハイ後の女子メンバーの牌譜で勉強し、自分での独学での修行のかいもあって、京太郎はここまで一度もこの化け物連中に振り込むことなく南3局まで進んできていた。
だが、代わりに上がりの回数は1度、猛烈に進みの速かったタンピン手が一回あっただけである。
躱しに躱してじり貧のまま進んできたが、ここに来て機が舞い降りた。
(8p切ってダブリー! 初っ端から端の数牌を待ちに含んだ3面待ちで、上がれないはずがない!)
「よっしゃ、リーチだ!」
「ええっ」
「じょじょ!?」
同じ卓の面子からは驚きの声が上がる。
京太郎は自信満々に牌を横向きに出した。
「いっぱーつ! いっぱーつ!」
上機嫌になりながら、自分で掛け声を上げる。
「おのれ、犬の分際で主人の真似とは!」
「はぁ? 南場でダブリーできたっけお前?」
「二人とも、対局中ですよ」
「「へーい………」」
京太郎と優希のなじりあい合戦が始まると、和からの鶴の一声が飛んでくる。
「むう………」
優希の第1打は東。
待ちがわからない以上、字牌から切るのは当然だろう。
「ふむ」
続いて和の第1打。同じく東。
「うげ………」
まさか、と思って京太郎が咲の方を見やる。
すると案の定、咲の第1打も東だった。これでほぼ一発は消えた。
(まぁ、一発なんて欲張り過ぎか。大丈夫、この3面待ちならきっといける。って………)
「来たー!」
自分のツモ牌の3mを見ると、京太郎は息高々に歓声を上げた。
手配をバラっと倒し、役を述べる。
「ダブリー・一発・ツモ! えっと、後は三暗刻がこの場合はついて、ドラ一つ。あ、南が翻牌で、裏は………乗らないか。でも、えっと9翻だから、倍満! 8000・4000だ!」
「ぐえええええ! おのれ犬めがー!?」
「ざまぁー! 親被りざまぁー!」
上機嫌になった京太郎が、優希の噛み付きを軽くいなす。
「もう、京ちゃんったら………。はい、点棒」
「にしてもいつ以来ですかね、須賀君が倍満上がるの?」
「多分咲が来てからは初めてじゃないか? ああ、この苦節半年かん……ふぁ…」
点棒を受け取りながら、京太郎があくびをかみ[
ピーーー
]。
「京ちゃん?」
「わり、ちょっと寝不足で」
「喜べ犬! 次の一局で、永遠に寝付かせてやるわ!」
「へっ! やれるもんならやってみやがれ!」
7 :
スレ主
◆EvBfxcIQ32
:2016/08/22(月) 21:14:25.36 ID:B6wfBn3i0
これで現在の点は、
東家 咲 33800
南家 京太郎 30800
西家 優希 15000
北家 (親)和 20400
1位の咲を捲るには、ツモで2600以上の手を上がるか、直撃で2000の手。他家から上がるなら3900が必要だ。
正直なところ、京太郎は降りるのはうまくなったが、狙いを定めて誰かから直撃をとれるほどではない。
それが全国クラスのこの怪物たち相手となればなおさらだ。
(直撃は無理だ。点で負けてる他二人はともかく、トップの咲がここで俺に振り込むわけがない。ツモ狙いだな)
心の中で、戦略の方針を立てる京太郎。その配牌
1224m 357p 33999s 西 ツモ:中 ドラ:2m
(まーた苦労しそうな配牌だな)
むしろさっきの配牌が出来過ぎだったのだ。
ため息一つ着いて、どんな手を目指すか考える。
(とりあえず3翻あればいいわけだから、ドラが2つ来てくれたのはありがたい。つまり一番簡単なのでタンヤオドラ2。もしくは123mの順子になってしまった場合、リーチか平和ツモドラ1。後者の方がやや運頼りだから、ツモにもよるけど無理してでも鳴いていきつつ9sを暗刻落としするか?)
この連中相手に、悠長に手牌がまとまるのを待つ余裕はない。
かといってリーチしても愚形になりそうだ。ここは無理してでも手を進める。
8 :
スレ主
◆EvBfxcIQ32
:2016/08/22(月) 21:15:46.65 ID:B6wfBn3i0
そして9巡目 京太郎手牌
22m 7p 456s 9s ポン:333s チー:345p ツモ:8p
(9sを切ればとりあえず聴牌。9pだとタンヤオが着かないうえにフリテンけど、この後7pか8pをもう一つ引いてシャボ待ちにもできるし、9s切りだな)
「おっと」
9sを切る前に、皆の捨て牌を確認する。振り込んでは元も子もない。
上家の咲は自身も9sを早めに捨ててるから問題ない。
下家の優希、こちらも京太郎でも見て分かるほどに萬子の染め手だから問題ない。恐らく残りのドラ2枚は優希が持っているのだろう。最下位だからデカい手を狙っているはずだ。
そして対面の和。
和捨て牌
1m9m發9p北南8s6s1s
(あらま、あからさまなタンヤオコース)
明らかにいい手が入っているとは思えない。
多分、安手で連荘に持っていくのが狙いだろう。
安手なら平和という可能性もあるが、6sを切っているので、9sは安パイだ。
安心して京太郎は9sを出した。
9 :
スレ主
◆EvBfxcIQ32
:2016/08/22(月) 21:16:41.68 ID:B6wfBn3i0
「ロン」
「…………………え?」
和の声に、京太郎が凍り付く。
倒されたその役は……………
「国士無双。48000で私が逆転トップです」
「え…………は、え!? ちょ、まっ!」
京太郎だけでなく、他の二人も和の捨て牌を覗き込む。
「うっそぉ…………」
「いや、のどちゃんこれはいくら何でも………」
「うそだろ…………」
3人そろって、愕然とする。
9つ中7つがヤオチューハイ。こんな河から、誰が国士を予想できるものか。
「ええ、あまりにもうまく行き過ぎました。私自身びっくりしてます」
びっくり、というよりはにっこり笑って、
「え、あ…………」
「ありがとうございました」
無慈悲な結果を京太郎に突き付けた。
「は、はは…………」
笑うしかない。
胸の中を内側から引っ掻き回され、引き裂かれるような痛みを押し殺しながら、終局を迎える。
「はっはっはー! ざまーみろ! 犬の分際で出しゃばるから親の役満くらうんだじぇ!」
「ゆーき! 言い過ぎです。というか、部長を相手にしてるわけでもないのに、あんな待ちをあの河から読めという方が無茶です」
「は、ははは…………」
「実力で敵わないからって、こそこそ姑息に動き回ってた罰が当たったんだじぇ! ついでにタコスもってこいじぇ!」
「姑息って………」
じゃあ、どうしろというのか。
この怪物たちを相手に、真正面切って下りずにぎりぎりのところを攻め続けて、躱して上がりをとれとでもいうのだろうか。
そんなこと、出来るはずがない。
だから京太郎にできるのは、全神経を注いで彼女たちの待ちを躱して、とにかく振り込みを避けることだけだ。
そして自分に運が傾いた時を逃さず、そこに全力を注ぐ。
そんな戦い方しかできるはずがない。
それを、卑怯だ姑息だなどとなじられたら。
(もう、何もできねえじゃねえかよ)
10 :
スレ主
◆EvBfxcIQ32
:2016/08/22(月) 21:17:58.03 ID:B6wfBn3i0
そのころからだったと思う。俺が彼女たちの近くにいることを、苦痛に思い始めたのは。
別に彼女たちが悪いわけではない。ある意味これが光栄なことなのだということも理解していた。
やがて世界で羽ばたく才能を持ち合わせた彼女たちの成長をこんな間近から見れて、あわよくばその手助けができる、
でも俺にできる手助けなんて、本当に雑事だけだ。誰でもできるような、代わりの利くことだけだ。
なんて贅沢な奴だとも思う。彼女たちの傍にいられるだけで、それは途方もない幸運だ。なのに、俺はそれを苦痛に感じている。なんて嫌な奴だ。堂々とした打ち方もできない、卑怯な上に自分の分を弁えないやつだ。
そんな風に、自己嫌悪すら湧き始める。
けれど、そんなことはおくびに出してもいけない。彼女たちは優しい。だから、俺がこんなふうに勝手に悩んで、それで彼女たちの心を傷つけてはいけない。
そうやって、我慢して、堪えて、受け流して、忘れて、無理に笑って――――
気が付けば、みんなといることが、耐えられないほど辛くなっていた。
11 :
スレ主
◆EvBfxcIQ32
:2016/08/22(月) 21:18:47.91 ID:B6wfBn3i0
長野県、清澄高校。
今や国民的競技になった麻雀のインターハイ、その団体戦で、初出場ながらに全国ベスト4の記録を残し、その名は一躍有名になった、
大会の終わった12月の今でも、ひっきりなしに取材の依頼が来る。大会終了直後ほどでもないが、週に1回は取材の申し込みが来る。
が、下手に部活の練習時間を削りたくはないので、出来る限り断っている。主に麻雀部唯一の男子部員こと俺、須賀京太郎がその対応をする。
相手も素直に引き下がってはくれないから、断るのには毎回骨が折れる。今日は学校の職員室で、20分も粘ってきた雑誌の編集部からの電話を断らなければならなかった。
先生たちの気の毒そうな視線を受け取りつつ、精も根も尽き果て職員室を後にする。
肩を回し、首をゴキゴキ鳴らして体をほぐす。
体中を血が巡るが、体の倦怠感は去ることはなかった。ここ最近寝不足なのだ。
毎日麻雀部で牌譜を記録し、それを家に帰ってからもいつでも使えるように、PCソフトで整理整頓する作業が残っている。
もちろん俺は一般的な高校生なので、日々の授業で出される課題もやらなければならない。
ここまでならまだ何とかなるが、その後自分でも無理をしていると分かっているが、自分のための麻雀の練習をようやく開始できるのだ。
部員たちの牌譜を見ているだけで、特にデジタルの天使と呼ばれる和の牌譜は勉強になる。
あくまで神がかり的な運などは考慮に入れず、理詰めの麻雀を得意とするからだ。突き詰めれば、一般人でも到達可能な領域ではある。
かといって、見ているだけでは勉強の効果も半減だ。和の打ち方を念頭に置きつつ、深夜のネット麻雀で自分なりの打ち筋といったものを確立しようと頑張る。
そうやって特には成長した実感を得られないまま、このところ疲れがずっと抜けないのだった。
「ふあぁ………」
あくびをかみ殺しながら、部室に向かう。すでに部活は始まっている。急がねばならないのだが、今一気乗りがしない。
少しでも目に見える成長の片鱗でもあれば気持ちも楽なのだが、それは叶わなかった。
むしろ頑張って努力するようになってから、以前より成長している実感が薄れた気がする。
そういうことを気にするのは、それだけ麻雀に対して真剣になれたのだという捉え方もできるが、結果が伴わなければ当人の心持ちなど只の自己満足にすぎないはりぼてだ。
12 :
スレ主
◆EvBfxcIQ32
:2016/08/22(月) 21:19:41.35 ID:B6wfBn3i0
だが足は無意識に近いレベルで勝手に部室へ向かってしまう。
やけに立派な両開きのドアの前で深呼吸。こんな辛気臭い顔で、みんなの集中力を削いではいけない。
「よしっ………」
勢いよくドアを開けて、半年前までそうしていたように明るい声を出す。
「すんませぇーん、遅れましたぁー!」
どこか気の抜けた笑みを浮かべて、悪びれた様子もなく明るく部室に入る。
「いやぁー、今日の取材の申し込みはしつこくってぇー。骨が折れましたよー」
笑顔を浮かべて閉じていた目を開く。思っていた通り、みんなは1台しかない麻雀卓を囲んでいた。
一人余っているのは染谷先輩だ。眼鏡の奥にある目を鋭く光らせて、卓を囲む4人の手牌を眺めて牌譜をとる。
あの人は牌譜と記憶を結び付けて麻雀を展開していく人だから、自分で牌譜をつけると言い出したのだろう。
みんなの集中力はすさまじく、誰も俺のことを気に留めてもいなかった。
インターハイが終わっても、麻雀の大会は他にもある。年の初めにあるアマチュア大会に向けて、ここ最近の皆には鬼気迫るものがある。
学生限定ではないから竹井先輩だって出れる。あの人はプロチームの内定をもらえたから、普通は引退するはずのこの時期でもまだ部活に来ている。
一応俺も男子の部個人で大会には出るのだが、きっと1回戦で負けるのは皆の間では暗黙の了解となっていることだろう。
「ん……・おお、来たか犬! 早速タコスたのむじぇ!」
唯一、ドアと向かい合う席に座っていた優希が俺に気付いたようだった。
「はいはい、仰せのままに」
「あ、済みません須賀君。私にもコーヒーをお願いできますか?」
「うぃーす」
「あ、京ちゃん私も」
「へいへい甘めでだな?」
「いつもの」の一言で通じそうな優希の注文に加え、和と咲からも飲み物の催促が来る。
いつもやっていることなので、俺は上着を脱いですぐにその作業に取り掛かった。
備え付けの簡易コンロに火を灯そうとする。しかし、何度かカチカチと音がするだけで、火は中々つかない。
「あれ? ガス切れかな?」
ボンベに目をやると、残りガス量の目盛がほぼ0になっていた。
小道具の入った引き出しの中を見るが、替えのボンベは無いようだった。
窓の向こうは今にも雪が降りそうなほどに冷えていたが、仕方なく俺は脱いだばかりの上着にもう一度袖を通し、カバンの中からマフラーを取り出して首に巻く。
「すいません、ガスボンベが空になっちゃってて。急いで買ってきます」
「ん……・・・」 「うん………」 「さっさとたのむじぇ」
対局に集中している皆から帰ってきたのは、そんな気の乗らない返事だけだった。
胸の中を若干重くしつつ、俺は部室の外に出た。
13 :
スレ主
◆EvBfxcIQ32
:2016/08/22(月) 21:20:34.57 ID:B6wfBn3i0
外はかなり寒かった。
長野の12月ということで、度々降って溶け残っては新しく前より高く積もった雪が敷き詰められていた、
異様に濃い灰色の空模様からしても、今夜あたりにもう一度降るだろう。
携帯を取り出して時間表示を見る。時刻は午後5時前。今日もみんなに付き合って帰れるのは8時を過ぎるだろうから、もしかしたら帰りの時間帯にはもう降り始めているかもしれない。
そう思うと、胸の中の重しが、さらに心にのしかかってくる気がした。
どうせ自分は打たせてもらえないのに、なんでわざわざ皆に付き合わなきゃならないのか………。そんな考えが頭の中をよぎり、苛んできた。
特に竹井先輩。
あの人がプロ内定をもらってからは、インハイ前のように、また俺の打つ時間が減った。
ほぼ確定しているが厳密には内定をもらえるかもしれない、という立場なので、何か確定へもっていく材料が必要とのことだった。
わかりやすい、アマ大会などでの好成績を残せば、文句なしだ。
竹井先輩は今まで個人戦には興味がないと出てこなかったから、団体戦の戦積しか残していないので、それが一番の材料だった。
『これでやっとあの親から独立できる! これを逃す手はないわ!』
喜々として内定の内定をもらったと部室に乗り込んできたときは、皆が祝福した。無論俺もだ。
めでたいとは今でも思う。大事な時期だとは思う。それに没頭してほしいとも思う。
でも…………
(俺だって、打ちたいっすよ…………)
気づけば身動きの取れない状態だ。
何かやりたいことは見えているのに、様々なしがらみが着いて回って、素直にやりたいと口にすることもできない。
14 :
スレ主
◆EvBfxcIQ32
:2016/08/22(月) 21:21:15.92 ID:B6wfBn3i0
「いやいやいや…………」
これも勉強だと、自分でも納得できるわけのない答えで不穏な考えを無理やり振り切り、アイスバーンで滑りやすくなった道を気をつけて進む。
学校の周り、というかこのあたり一帯は坂道のオンパレードだから、本当に冗談ではなく転んだらそのまま坂道を滑って行って、車が来ても避けれずに轢かれるなんてこともあり得る。
「うわぁ!」
ズザァ! と、そんなことを考えたそばから足を滑らせる。が、幸いにしてその場で尻餅をついただけだった。
「いってぇ!?」
尻に、何かが刺さった。
痛みの走ったあたりを手で触ると、ポケットの中に、何か固いものが入っていた。
涙目になりながら取り出すと、それはいつも持ち歩いているお守りだった。
5年前に亡くなったひいじいちゃんが、亡くなる少し前に俺にくれたものだ。
「清寛寺」と掠れた刺繍の入れられたそのお守りの中には、小さな石が入っている。
ある面だけは磨かれていてとてもきれいなことから、多分墓石のような人為的に手の加えられたものの一部分だろうとはわかる。
でも、何で墓石がお守りの中に入っているのか? そう思って、俺はひいじいちゃんに聞いてみた。
『そいつはな、博打の神様の加護があるのさ。俺の知り合いに、井川っていうまぁこれがめちゃくちゃ麻雀の強い奴がいてな。そいつの死んだ師匠が、その神様だったのさ。無理言って、その墓石の欠片を分けてもらったんだ。こんなしょぼい俺にでも、少しは麻雀の神様のご加護があるんじゃないかってな』
かっかっかと笑いながら、じいちゃんはこの石の自慢をしていた。
後に知ったことだが、その井川というのは、現役プロ雀士の井川ひろゆき7段らしい。
もうあんまり覚えていないが、ひいじいちゃんの葬式に、井川プロも来ていたそうだ。
親から聞いた話で、井川プロは葬式の時俺に向かって「その石を大事にしてくれよ」と言っていたらしい。
今じゃあ国民的アイドルのプロ雀士のお墨付きのお守りということで、俺は当時からずっとこのお守りを肌身離さず持っている。
が、俺のケツはどうやら守ってくれなかったようだ。
やれやれと息をついて、お守りを前のポケットに入れなおし、俺は坂道を下りて行った。
15 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/22(月) 21:24:17.73 ID:qZfhVOrZo
京豚いい加減にしろよ
16 :
スレ主
◆EvBfxcIQ32
:2016/08/22(月) 21:28:22.76 ID:B6wfBn3i0
学校から一番近い雑貨店に着くだけでも、雪に足をとられて30分以上かかった。
今から学校に戻ると、きっと6時を過ぎていることだろう。
「まいどありー」
店主の声を背に、店の外に出ると、なんと目の前にはもう白い結晶がひらひらと舞っていた。
もう真っ黒になった空から、青白い雪が降ってくる。
「ふえっくし!」
寒さに負けた俺は仕方なくもう一度店の中に戻り、レジの傍の棚に会った温かいコーンスープを手に取る。
学校までの燃料は、これで足りるだろう。
火傷をしそうなくらい熱いカンを握り締めた俺は、もう一度レジに並ぶ。
すると俺の前に並んで煙草を買っていた客が、目に入った。
背はかなり高い。182センチある俺とほぼ同じ目線だし、男性だろう。
横顔から分かるように、50を過ぎたと思しきしわが顔中に刻まれている。
髪はくすんだ銀髪といった感じで、きっと元から銀髪なのが老化とともにくすんだ白を帯び始めたのだろう。
身なりは一目でこのあたりの人間じゃないと分かった。赤と黒の斑模様、黄色と黒だったら某球団のチームカラーのような感じのシャツの上に、髪の毛と同じような白いジャケットとズボンをはいていた。
地元の人間なら、真冬にこんな格好はしない。
そしてその目。
「――――――ッ!」
その人と目が合った瞬間、俺は自分の意識がどこか遠い場所にぶっ飛んだような感覚を覚えた。
気配、とでもいうのだろうか。その人の気配は、尋常ではなかった。
漫画じゃあるまいし、俺は相手を見ただけで戦慄するとかそういうことは、現実にはないことなんだろうと思っていた。
けれどたまに、ほんの時たま似たようなことはあった。
初めて部室で本気の咲を見た時のような、龍門渕や白糸台高校の代表選手のような、化け物と言われる人間を見た時に、ほんの少しだけだけど、恐怖に似た感覚を覚えることはあった。
でも、この人は―――。
この人は違う。何もかもが。纏っている空気も、帯びている気配も。
人ではないと言われても信じてしまいそうな。
全力の咲や咲のお姉さんでも霞んでしまいそうな、圧倒的すぎる存在感。
俺はその場に釘付けになったまま、一歩も動けなかった。
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