【艦これ】女提督「それはね」

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2 : ◆mZYQsYPte. [sage]:2016/08/05(金) 23:57:49.15 ID:UYUVpaJBo

快晴の空、静かな水面、レシプロエンジンの音。


海で一番大切なのは絆です。

一つのミスが命取りとなる戦場において、連携ミスは致命的な結果をもたらします。

常日頃から積極的にコミュニケーションを取り続け、絆を深めること。

それが仲間同士の信頼に繋がり、生か死か、瀬戸際の瞬間をよい方向へと導いてくれる。

戦場で最も尊いもの……?

やっぱり、絆でしょうか。

え、命は大切ですよ。自分と誰かを守り明日へ繋ぐ。命あっての物種です。

絆と命のどちらが大切か、ですか。

……その質問には答えたくありません。もう、よろしいでしょうか。
3 : ◆mZYQsYPte. [sage]:2016/08/06(土) 00:06:10.89 ID:GpC9o9hOo

すぐに機嫌を変える空、その空よりも青い海、恐るべき敵。


戦場の軍人にとって秩序こそがまず護るべきものであり、尊ぶべきものだ。

何気ない日常の裏には確かな秩序がある。

計画を立て、多くの人と時間を動員し、誰しもが偉大だと認めうる事柄を成し遂げるには、無秩序では駄目だ。

人を人たらしめ、社会、そして文明を偉大たらしめているのは、誰かが築いてきた秩序に他ならない。

命と秩序のどちらが大事か……? 記者、それは貴様自身の質問か。

読者の代弁、とな。

命を惜しまず戦う者に命を語らせるとは、相応の覚悟があってのことだろうな。

戦場の真実を伝える義務? 下らん。重みがなさすぎる。安っぽいにも程があるぞ。

まさか貴様、他の艦娘にも命云々の質問をしていないだろうな?

なっ!? 当たり前だ! 怒って当然の質問だ! あぁ、またビスマルクの機嫌を直すため間宮を……!

雲龍だってああ見えて繊細なんだぞ!?

……まぁいい。ならばこの私、グラーフ・ツェッペリンが他の艦娘に代わって答えてやる。

命は大事だ。私にとっては秩序の次に、だがな。

人命が優先されるのは平時のみだ。戦場では自分の命が一番大切な奴など役に立たん。

戦闘技術が高度に発達した現代において、その傾向は顕著だ。

対等な条件下であれば、戦争はまず機先を制し、その初撃の後、相手に比べより有機的かつ大規模、そして効率的に任務を遂行できる軍事システムを有した者が制するだろう。

現代の戦場に戦士は居ない。誰もが兵士と名のついた、ただの部品となる。

機械のトリガーを引くだけの存在にな。

人の血が通わない機械の戦争、悲惨にも関わらず英雄の居ない戦場、その灰色の冷たさ。

ある意味、艦娘というのは幸運かもしれない。

私たちの戦場は未だアナログだ。トリガーの先に相手が見える。自分が目の前の相手を[ピーーー]感触が残る。

沈んだ仲間と同じく、殺した敵のことを私たちが忘れることはないだろう。

先人の存在すら背負わず、自分の命惜しさに存在するだけの畜生ども、よく聞くが良い。

貴様らの海の安全は艦娘が守っているぞ。私は自らが信じ、誇るべき秩序のため戦う。

だが、それは決してお前たちのためではない。

多くの人にとって、明日も今日と変わらぬ日常が待っているだろう。

だが、それは決して! お前たちだけが積み重ねてきたものではない!

不愉快か? 結構。私も今、非常に不愉快だ。

喋りすぎた。予定時間を過ぎてしまっている。では、失礼する。
4 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/08/06(土) 00:08:01.10 ID:GpC9o9hOo

小休止
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/06(土) 00:24:49.10 ID:8ux0anw7o
来たか!
待ってた
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/06(土) 01:00:54.64 ID:be9S5kYg0
待ってたぞ
初っ端から不穏な空気でいいねえw
期待してるぜ
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/06(土) 19:35:36.96 ID:d6Esc59m0
おぉ、待っていたぞ!!
今回はどんな世界のどんな彼女らの話か楽しみで仕方がない!!
8 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/08/07(日) 22:02:21.75 ID:7WiLYZZWo

深海棲艦と呼ばれる、人にとっての敵性存在による侵攻が始まったのはいつだったか。

随分と昔だったようにも思える。

様々な混乱と試行錯誤の末、素質を持つ者が各地から招集され艦娘が誕生した。

今、深海棲艦との戦線は人類優位の形で安定している。

だからこそ、航路はかつての賑わいを取り戻しつつあるのだ。


海からの襲撃が脅威度を下げ、国民の心に余裕が生まれてくれば、大きな戦果を上げかつ見目麗しい艦娘がアイドル的存在へと変化するのもまた必然。

艦娘の士気向上を目的としたケッコンシステムへの不満が民間各所から噴出し、海軍上層部を悩ませている。

特に気を使っているのは、海外から来た派遣艦と提督の関係だ。

スキャンダルがあれば国民からの不満だけでなく、対外的な国の威信さえ失われる。

……待てよ。

海軍には最高の人材が居るじゃないか。あいつなら女に興味が無いから安全だ!
9 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/08/07(日) 22:12:33.13 ID:7WiLYZZWo

昼 赤レンガ 応接室


元帥「というわけでこの役目、引き受けては貰えないか。階級は繰り上げ、都合をつける」

提督「私にお鉢が回ってくるとは、昨今のケッコン問題が意外と効いてたとお見受けする」クックック

元帥「……」

提督「気心の知れた元帥閣下からの頼みだ。引き受けよう。要は艦娘を妊娠させなきゃ良いんだろ?」

元帥「……」コク

提督「さて、ここからは引き受ける対価の話だ」

元帥「聞くだけ、聞こうか」

提督「元帥閣下の子飼いである現総長、現大臣……両者による比屋定事件に関する公式声明の訂正」

元帥「……」ハァ

提督「もしくは私に大湊に関する全権委譲するか、だね。もちろん大本営からのお目付け役はお断りだよ」


提督「好きな方を選ぶといいさ」ケラケラ


元帥「両方却下だ」

提督「私は断ったって構わないんだよ。情報将校以上の閑職だって甘んじて引き受ける覚悟はある」

元帥「この私を脅す気か」

提督「ああ、そうさ。この件に関して私以上の適任者が居るなら、首根っこをひっ捕まえて連れてくりゃいい」

元帥「……」

提督「ってことさね。さぁ、どうする」

元帥「与える対価は後者だ。私の一存で認めよう。今、この場でな」

提督「緩い方を選ぶかい」クスクス

元帥「実質一択のようなものだろう」

提督「私としても最大限譲歩したつもりだよ」

元帥「確かに以前の君に比べれば、な。この任務の後……退役してくれないか」

提督「私は絶対に辞めないよ。目障りなら殺すんだね」

元帥「君が正しいと誰もが知っている。私も君が正しいと思う。それで充分だろう」

提督「私は海軍を家族だと思ってる。私自身、アンタに命を救われた自覚はあるし感謝はしている」


提督「でもね、だからこそ現状は不十分なのさ。家族のケジメは私たち家族自身でつけるべきだ」


元帥「海軍としての訂正は無理だ。身内だけで始末はつけられん」

提督「ならば私が昇進して公式にするだけのこと」

元帥「……もう今日は帰れ。件の正式な辞令は今日中に送り届ける」

提督「はぁ……平行線だね。親父さん、また話そう。今度は酒でも飲みながら」
10 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/08/07(日) 22:26:02.87 ID:7WiLYZZWo

朝 大湊警備府 執務室 


ビスマルク「遅い」

グラーフ「ええ。予定時刻を既に十五分過ぎている」

雲龍「……Zzz」

ビスマルク「新しい提督は時間にルーズなのね、がっかりよ」

グラーフ「がっかりはしない。だが、有能な指揮官では無さそうだ」

雲龍「……Zzz」


提督「揃ってるかい」ガチャ


「「!?」」


入ってきたのは長い黒髪の大女だった。

身長は180近くあるだろう。

顔を見る限り三十路半で、特徴的なツリ目が見る者を威圧し、近寄りがたい印象を与えているのは間違いない。


提督「私がお前らの新しい提督だ。顔を覚えときな」


ビスマルク「……」パクパク

グラーフ「……よ、よろしく」

雲龍「よろしくお願いします」ペコリ

提督「現時点でお前らへの命令は二つだけだ。妊娠するな、海軍と私を困らせるな。以上、下がってよし」
11 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/08/07(日) 22:28:15.46 ID:7WiLYZZWo

昼 大湊警備府 艦娘談話室


ビスマルク「女の提督も居たのね」

グラーフ「……ドイツの資料にも載ってない。最近昇進して提督になったようだ」

ビスマルク「全く。男の提督との色恋沙汰なんて起こす艦娘が居るから、こんな茶番」

グラーフ「だな。実務能力にも疑問が残る。場当たり的な人事だろう」

雲龍「素敵な提督で良かった」

ビスマルク・グラーフ「「!?」」


ビスマルク「雲龍、あのキツイ顔した女のどこが素敵だって言うのよ」

グラーフ「ビスマルクに同意だ」

雲龍「彼女から私の好きな音がするの。あの人は、きっと優しい人」


ビスマルク「控え目に見ても優しい人じゃないでしょ」

グラーフ「……これもビスマルクに同意だ」

雲龍「そう?」

ビスマルク「女の提督なんて、前例の無い人事でしょ。色々と不安だわ」

グラーフ「……」ウンウン

雲龍「別に同意して欲しいとは思わない。でも命令は聞いてあげて欲しい」

ビスマルク「そりゃ、命令は聞くわよ」

グラーフ「ドイツ軍人にとって上官の命令は絶対だ」

雲龍「ありがとう」ニコ

ビスマルク「な、なんで貴女がダンケするの……?」
12 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/08/07(日) 22:30:33.80 ID:7WiLYZZWo

+1日

昼 大湊警備府 食堂


雲龍「お食事をご一緒しても?」

提督「席は他にも空いてるよ」

雲龍「私は提督のお隣で食べたいんです」

提督「……好きにしな」

雲龍「ふふ、ありがとうございます」


提督「魚料理、意外と行けるね。下処理が丁寧だ」

雲龍「提督、お料理などは嗜まれますか」

提督「私がそんなタマに見えるかい? 女らしいことはてんで駄目さ。味にはうるさいがね」

雲龍「もしよろしければ私がご一緒に」

提督「はぁ? しちめんどくさい。やるわけ無いじゃないか」

雲龍「面倒なことは私がします。どうでしょう」

提督「……仕事も無いし、見てるだけなら構いやしないよ」

雲龍「では、それで」

提督「アンタも大概、物好きだねぇ」


グラーフ「う、雲龍は何故あんな女と?」ヒソヒソ

ビスマルク「知らないわよ! 髪が長すぎて前が見えてないとか」ヒソヒソ
13 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/08/07(日) 22:33:31.66 ID:7WiLYZZWo

+2日


朝 大湊警備府 食堂


提督「アンタ、料理なんて出来ないんじゃないか。騙されたよ」

雲龍「いいえ。私も出来るとは一言も言ってないですよ」ニコ

提督「……とんでもない奴」

雲龍「お褒めの言葉、ありがとう御座います。とても楽しい時間でした」

提督「霜のついたフライをそのまま油に入れる奴なんて、米を洗剤で洗うくらいの冗談かと思ってたよ。昨日までは」

雲龍「恐縮です」

提督「ぷっ、ククク……アハハハ!!! 恐れ入ってるんじゃないよ! 反省しな!」

雲龍「はい。あ、驚かれたお顔も素敵でした」

提督「はいはい。まったく、どうしようもない」

ビスマルク「……」

グラーフ「……」
14 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/08/07(日) 22:36:24.43 ID:7WiLYZZWo

夜 艦娘大浴場


カポーン


ビスマルク「あー、この浴槽よ、これこれ」

グラーフ「あー……うー……あー……」グテェ

ビスマルク「グラーフ、貴女、裸を晒すのあれだけ抵抗してたのにね」

グラーフ「ん〜……そうだったか」


提督「ん、先客が居るみたいだね」

雲龍「皆さん、こんばんは」ペコリ


ビスマルク「ええ、お先に湯船を頂いてるわ……わ?」

グラーフ「て、提督?」

ビスマルク「はぁぁぁぁ!? 何してるのよ提督!?」

提督「なんだ。私が風呂に入ると問題があるのか」

雲龍「そうです。乳首は隠して下さい。マナー違反ですから」

ビスマルク「その問題なの!?」

提督「ここには女しか居ない。そんなの構わないじゃないか」

グラーフ「腹筋、ゴジラ……ゴジラ……」

ビスマルク「提督が何故艦娘用の大浴場を使ってるのよ!」

提督「あの個室は狭くて敵わん。風呂は広いに限る」

ビスマルク「あ、そうね。日本の浴場は大勢で……って違う!」

雲龍「私が誘いました」

提督「アンタたちも少しは雲龍を見習いな。今後の栄達のために上官への心遣いとやらを覚えとくんだ」クスクス

グラーフ「……」


雲龍「提督、脱ぐと凄いですね」ツンツン

提督「許可無く私の胸を触るんじゃないよ」

雲龍「触ってもよろしいでしょうか」

提督「遅い。ま、好きにしな」

雲龍「ありがとうございます。結構、筋肉質なんですね」モミモミ


グラーフ(提督が無表情で艦娘に胸を揉ませる……凄い絵面だ)


雲龍「お返しにどうぞ、私のも触ってみてください」モミモミ

提督「……」モミ

雲龍「んっ」

提督「……十代は張りが違うね。歳はとりたく無いもんだ」
15 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/08/07(日) 22:44:25.46 ID:7WiLYZZWo

四人で仲良く、無言で湯船に浸かる。しばらくの間、水音だけが大浴場内に響いていた。


提督「あー、グラーフ、ビスマルク、あと雲龍」

グラーフ「……何でしょうか」

ビスマルク「どうしたの?」

雲龍「はい」

提督「お前たち、前に新聞記者のインタビューに答えたね」

グラーフ「ああ。確かにあった。不愉快な思い出だ」

ビスマルク「平和ボケも良いところね。本当に下らない時間だったわ」

提督「回答内容を訂正するよ。海軍が謝罪し、記事は差し止めた。また後日撮り直しだ」

グラーフ「な、何故謝罪する必要がある!? 私の言葉は正論だ!」

提督「そいつはアンタの正論だ。いい気になるんじゃ無いよ」

グラーフ「私の……正論」

提督「ケツの青いガキが、納税者様を諭そうなんて20年早いのさ」

グラーフ「私の何が間違っていると言うんだ!」

提督「さぁね。ま、あの手のインタビューは個人でなく、海軍を代表して行うものと認識しときな」


提督「自分の御託を並び立てられるのは、偉くなってからだ。次は絶対に台本を読むんだよ」


ビスマルク「提督」


提督「癇癪持ちですぐに虫唾の走るビスマルク。なんだ、言ってみな」

ビスマルク「ぐっ……貴女自身はどう考えているの」

提督「何を」

ビスマルク「戦場で一番大切なものについて」

提督「なんでこの私が答えなきゃならないのさ」ケラケラ

ビスマルク「貴女は私たちの提督だもの。間違っていると言うなら、論拠を示すべきよ」

提督「それくらい自分で考えな、と言いたいけどね。まぁいい。今回は答えてやる」




提督「大切なのは誰が自分の飼い主か意識すること、だ。忘れちまったら主人にも見捨てられる」



ビスマルク「飼い、主?」

提督「グラーフ、軽々しく先人云々を持ち出すことは禁止するよ。言葉は選びな」

グラーフ「……」

提督「ビスマルク、アンタが持ってる飼い犬としての誇りは正しいよ。これからも頑張りな」

ビスマルク「はぁ!?」

提督「雲龍、風呂から出るよ」

雲龍「あっ、は、はい!」


雲龍「ではお二方、お先に」ペコリ



ビスマルク「……」

グラーフ「……」
16 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/08/07(日) 23:05:08.45 ID:7WiLYZZWo

夜 大湊警備府 更衣室


提督「広い風呂は良いもんだね。のびのびと入れる」

雲龍「あの、提督」

提督「なんだい」

雲龍「その、私は……お叱りを受けなくてよろしいのですか」

提督「アハハハ! そんなに受けたいのなら与えるぞ」

雲龍「うっ、いえ。叱られるのは好きでは無いです……」

提督「へぇ、そうなのかい」


提督「叱られるのは良いもんじゃないか」

雲龍「そうでしょうか」

提督「私も怒鳴られるのは嫌いだよ。怒鳴ってくる奴は上官でも引っ叩いてやろうか、と思う」

雲龍「それは駄目だと思います」

提督「でもね、叱られるのは別さ。自分を厳しも優しく見つめてくれる存在ってのは有り難いもんじゃないか」

雲龍「なるほど。叱ると怒るは別ですか」

提督「そういうことさ」


提督「それに」

雲龍「?」

提督「私が風呂場で裸一貫、とやかく持論を述べたところで、アンタの中の考えは変わらないだろ」

雲龍「……」

提督「変わったとして、それは半分くらい私の意見だ。だから言わなかった」

雲龍「……分かりました」

提督「さて、今晩は暇かい」

雲龍「はい。暇です」

提督「なら(↓2 行動安価)なんてどうだい」
17 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/08/07(日) 23:14:31.24 ID:7WiLYZZWo

小休止
18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/07(日) 23:30:56.11 ID:z9pZvJfeo
安価なら晩酌

今回は艦娘人間設定かな?
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/08(月) 08:47:40.23 ID:ySRS6pWk0
安価…タカタ…橋下…ウッアタマガッ
今回の提督も食えない感じで面白いなw
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/08/08(月) 22:53:35.45 ID:vQB0+e5F0
できることなら、死なせたくないな。少なくともあの世界でのような形はもう御免だ
私欲に溺れ腐り果てた奴らのせいで、彼女らが絶望していくのは。……まぁそれが現実ってやつなんだが
21 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/08/09(火) 00:55:58.39 ID:SMUQ6Efxo

支援感謝。晩酌はマストノミニケーション! 托鉢のような常識に捕われない安価もお待ちしてます!

今回、艦娘書くためにオリキャラ乱舞する可能性大。
22 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/08/11(木) 22:17:01.56 ID:pF8062Myo

夜 大湊警備府 提督自室 


雲龍「失礼します」

提督「何が良い」

雲龍「お勧めのものを」

提督「貰った良いブランデーがある。そいつにしよう」

雲龍「ありがとうございます」

提督「適当に腰掛けといてくれ」


促されるまま、一対のソファーの片側に腰を降ろす。

備え付けのベッドの近くには提督の私物と思われる未開封のダンボールが寄せてあった。

ソレよりも目を引くのは、


雲龍「この積み上がっている小箱は……提督の私物ですか」

提督「ん、ああ。私物というより贈り物だね」

雲龍「部屋の3分の1が送り物に占拠されている、のは普通なのでしょうか」

提督「これでも一部なんだけどね。もう一つの割り当て部屋なんて、荷物だけで埋まってるよ」

雲龍「凄い。慕われているのですね」

提督「勝手に懐かれてるだけさ。ほら、飲みな」

雲龍「ご馳走になります」

提督「ああ、香りも楽しむんだよ」
23 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/08/11(木) 22:27:02.63 ID:pF8062Myo

提督「さすがVOクラス。良いもんだ」

雲龍「……」


年季が入っている、と言うべきだろうか。

彼女が目をつむり、グラスを揺らしながら香りを楽しむ様は見応えがあった。


提督「どうした。もしかしてストレートは厳しかったかい」

雲龍「あ、いえ。何というか、綺麗だなと」

提督「ブランデーが?」

雲龍「いえ、ブランデーを嗜む提督のお姿が」

提督「あはは。アンタ、とことん上司に好かれるタイプだね」

雲龍「お世辞ではありません。本心です」

提督「はいはい。ありがとうよ。アンタも綺麗だよ」



雲龍「提督、大湊着任以前はどのようなお仕事を」

提督「外国相手の情報将校。といっても、閑職だから実質は調整役だったね」

雲龍「調整役、ですか」

提督「海軍の各部局内を走り回って利害調整し、意見をまとめる。ここ五年ほどはソレばっかりさ」

雲龍「……それは情報将校の仕事では無いような気が」

提督「長く居て顔が利くと、色々頼まれるようになるもんさ」

雲龍「そういう、ものなのでしょうか」

提督「ああ。アンタこそ、艦娘やる前は何してたんだい」

雲龍「私は↓1です」
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/12(金) 00:10:53.68 ID:xr0abaZuo
学生
25 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/08/12(金) 17:20:20.24 ID:UTs9a2RCo

雲龍「私は学生です」

提督「こういう形で社会に出たわけだ、親御さんは喜んだかい」

雲龍「心配していましたが、名誉なことだと」

提督「理解がある。良い親だ。任期は?」

雲龍「まだ二年近くあります」

提督「精々死なないでおくれ。中身の違う雲龍なんて私はやだよ」

雲龍「……ありがとうございます」


提督「正直、アンタにかなり助けられてる」

雲龍「私が何かしましたか?」

提督「アンタまで外国艦の二人と同じだと思ったら、少し堪えるよ」

雲龍「意外です。そういったことは気にされない方かと」

提督「私が鈍感なメスゴリラにでも見えるかい」

雲龍「見た目は唯我独尊な感じがします。音は全然違いますが」

提督「音?」

雲龍「はい。……なんというか、誰もが持つオーラのようなものでしょうか」

提督「レシプロの音とどっちが綺麗だい」

雲龍「提督の音の方が好きです。なので、いつもご一緒させて貰ってます」

提督「あはは! そうかい、ありがとよ」
26 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/08/12(金) 23:24:43.78 ID:3c3f+i7vo

提督「んー、どうすればあの子たちに近づけるんだろうね」

雲龍「あの子たち」

提督「ビスマルクとグラーフだよ」

雲龍「近づきたいのですか」

提督「そりゃあね。綺麗で、真面目な良い子たちじゃないか。是非お近づきになりたいさ」

雲龍「ならお風呂場では少し対応は、その、よろしく無かったかもしれません」

提督「怒らせちまったかね」

雲龍「……恐らくは」

提督「私はこの時代の軍人として、自分の命ごときはなんとも思わない。これ、誰の言葉だと思う」

雲龍「すいません。知りません」

提督「だろうね。言ったのは昔の私なんだから」

雲龍「提督が」

提督「ああ。昔の私も、今のあの子たちも、いい気になってるのさ。自分が正しいと思い込んで、正しさを振り回してる」

雲龍「つまり、正しさは、結局は自分のものでしか無い、と?」

提督「少し違う。振り回すなと言っている」

雲龍「振り回す、ですか」

提督「何かを一途に信じる人の姿ってのは、良いもんだ。敬虔で憧れさえ覚えちまう」

雲龍「……?」

提督「でもね雲龍、信じるなら、それは言葉にしちゃ駄目なんだよ。自分は真面目です、敬虔です、一途です、なんて、言葉にする奴はロクなのが居ない」

雲龍「はぁ……?」

提督「そう思い、信じるならばこそ、黙っているべきだと思わないかい」

雲龍「……すいません。理解しかねます」

提督「あはは!! 正直な子だね! 面白い!」
27 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/08/12(金) 23:41:25.62 ID:3c3f+i7vo

雲龍「言葉にしなければ我々は分かり合えません。信じるものを語るのは、必要な行為です」

提督「言葉には三種類ある。事実と願望と、嘘だ。事実は怨恨を作り、願望は敵を作り、嘘は次の嘘を作る」

雲龍「寂しい捉え方ですね。さっきから、らしくありません」

提督「バレちまったかい。何だかんだ言って、ただ難癖つけたいだけなのかも知れないよ」

雲龍「何故でしょう。気に入らないんですか」

提督「さっきも言ったが、お近づきになりたい程度には気に入ってるよ」

雲龍「好きなのと同じくらい、誰かを憎むことだってあります」

提督「アンタはあるのかい」

雲龍「……はい」

提督「その話はまた今度聞かせておくれ。酒の興が乗った時にね」

雲龍「はい。喜んで」

提督「眩しいと思っちまうのさ。年食った自分は霞んでで、何もかも諦めかけてる」

雲龍「……」

提督「同じようには、もう輝け無いから」

雲龍「……もう一杯、頂けますか」

提督「ああ、良いよ。待ってな」
28 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/08/12(金) 23:50:28.06 ID:3c3f+i7vo

提督は席を立ち、こちらに背を向け二杯目の酒の用意をしている。

その背中は少し物悲しく見えた。


雲龍「……見て欲しい自分を言葉にする人は、確かに陳腐です」

提督「ああ、そうだね」

雲龍「ですが、あの二人は違います。本気でそう信じ戦っています。……音で分かるんです」

提督「また音かい」ケラケラ

雲龍「はい。私の判断基準の一つです」

提督「透き通った音と、地の底から響く音、どっちが好きだい」

雲龍「秘密です」

提督「そう。ほら、飲みな」

雲龍「頂きます」
29 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/08/12(金) 23:58:30.35 ID:3c3f+i7vo

二杯、三杯と続けている内、気づけば日付を跨いでいた。


雲龍「……」ウトウト

提督「眠いかい」

雲龍「少し」

提督「無理することは無いよ。もう寝な」

雲龍「ベッドを使っても宜しいですか」

提督「なんで私のベッドで寝るのさ。私がアンタの部屋に行けってか」

雲龍「私が一緒だと、嫌ですか?」

提督「上官に添い寝を求める艦娘なんて聞いたことが無いよ」

雲龍「私も女性と一緒に寝るのは初めてです」

提督「……クッ、はは。分かったよ。寝付くまで一緒に横になるさ」
30 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/08/13(土) 00:08:40.16 ID:z2yBZRiRo

提督「少し奥に詰めとくれ。狭い」

雲龍「はい」




提督「全く、しょうもない子だね」

雲龍「申し訳ありません。ワガママを言ってしまって」

提督「私は寂しくないよ。もう、慣れたんだ」

雲龍「……」

提督「でもね、アンタの優しさが嬉しいよ。ありがとう」

雲龍「わざとらしかったですか」

提督「ああ。もうお腹いっぱいさ」

雲龍「すいません」

提督「優しい嘘なら、バレた時も『お前のためだ〜』とか開き直りゃ良いさ」

雲龍「そこまで自己中心的にはなれそうにありません」

提督「そうだね。アンタはきっとなれない」
31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/13(土) 09:21:10.25 ID:5WtyDIV5o
乙乙
いいね
32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/13(土) 18:16:02.28 ID:5J1HVay80
お、来ていたか。乙

……夏イベきっついぞぉ
33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/13(土) 23:32:03.78 ID:XVHIMHpk0
乙、いい感じだ
やっぱ雲龍好きだわ、リクエストした甲斐があったな
イベントキツいって言っても春ほどじゃないだろ(慢心
34 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/08/15(月) 00:38:38.23 ID:BzIQuSbmo

提督の音。

誰とも響き合わない、孤独で透き通った寂しい音。

私の好きな音。
35 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/08/15(月) 01:01:35.32 ID:BzIQuSbmo

+3日


昼 大湊警備府 艦娘談話室


雲龍「♪〜」

ビスマルク「ご機嫌じゃない」

雲龍「ええ。ありがとう」

ビスマルク「はいはい。ダンケダンケ。日本人ってすぐに感謝するわよね」

グラーフ「戻った。提督から次の観艦式に関する案内を貰ってきたぞ」ガラガラ

ビスマルク「お帰り。どう、何か文句を言われた?」

グラーフ「いや。逆に『風呂場では済まなかったね』と」

ビスマルク「なーんだ。詰まらない。もっと口論したかと思ったのに」

グラーフ「私もそのつもりで行った。拍子抜けというか、なんというか」

雲龍「だから言ったでしょう。優しい人だって」

ビスマルク「優しい人は人の誇りを貶めたりしないわよ」

雲龍「あれは、その、虫の居所が悪かっただけで」

グラーフ「お前は気に入られている。幸運なことだ」

ビスマルク「ほんとよねー」

雲龍「……やっぱり好きになれない?」

グラーフ「好きになる必要は無い。あの女性は上官で私は部下、それだけだ」

ビスマルク「私も我慢するだけになりそうね」

雲龍「……そう」ニコ

グラーフ「ん?」

ビスマルク「どうしたの」

グラーフ「いや。個人的なことだ。気にするな」

ビスマルク「そ、じゃあ、資料を読みましょうか」

雲龍「はい」

グラーフ「……」



グラーフ(雲龍、お前、何故笑ったんだ)
36 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/08/15(月) 01:20:13.04 ID:BzIQuSbmo

グラーフ「次の小規模観艦式は九十九里、艦娘が30人ほど参加する」

ビスマルク「人気どころは誰が来るの?」

グラーフ「私たちがメインだろうな。イタリア艦、アメリカ艦も参加予定だ」

ビスマルク「精々盛り上げないとね」

雲龍「コンセプトとしては……子供向けですか」

ビスマルク「公開演習はヒーロー物の劇かしらね」

グラーフ「特撮か、面白いな」


ビスマルク「悪役はやらされたく無いわね。人気が落ちると艦母会がうるさいったら」

グラーフ「何にせよ盛り上げなくてはな。私は役目を果たす」

雲龍「はい。頑張りましょう」
37 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/08/15(月) 02:51:33.70 ID:BzIQuSbmo

昼 大湊警備府 執務室


提督「ああ、受け取ったよ。ありがとう」

提督「……だからアンタもしつこいね。私は結婚なんてしないって言ってるだろ」

提督「軍用回線で与太話するんじゃないよ。ふふっ、ああ、うん。助かるよ」

提督「それと結婚とは話が別だっての。こんなババアじゃなくて、他の嫁を探しな」

提督「じゃあ切るからね。はい、切る」ガチャッ


Prrr!


提督「ったく」ガチャッ

提督「アンタもしつこい……ああ、山下かい。久し振りだね」

提督「そうさ。海軍の嫌われ者も今や一端の提督様だよ。あはは、そうそう」

提督「……他の局との折り合いがつかない? 具体的にどこだい。言ってみな」

提督「軍需とね、アンタ、先例があるからって面子立てずに計画案押し付けたんだろ」

提督「違うよ。馬鹿な子だね。ゴネてるのは軍需局長じゃなくて海軍次官の方さ」

提督「書類一枚で済む話じゃないか。人との関係で合理性なんて持ち出すんじゃ無いよ」

提督「海軍も人の組織なんだ。ごちゃごちゃ言わず、とにかく、謝っとくんだよ。ソレで片がつく」

提督「ああ、うん。……くっくっく。ありがとう。また困ったことがあったら言いな」

提督「じゃあね。切るからね」ガチャ


Prrrr!


提督「……ったく次から次へと。もしもし。八雲だよ」ガチャッ
38 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/08/15(月) 02:54:03.97 ID:BzIQuSbmo

提督「山内かい。久し振りだね、ウイスキーは楽しませて貰ったよ」

提督「ふっ、ああ。そうだよ。私もアンタと同じ提督さ。悪かったね」

提督「挨拶はもう良いだろ。何かあったのかい」

提督「艦娘と結婚……本気かい、それは。艦娘の方はなんて言ってるんだい」

提督「乗り気とね。分かってるとは思うけど、艦娘の人格は一時的なものだよ」

提督「そうさ。世俗に戻れば一人の女だ。艦魂と離れればアンタへの愛情が消える可能性だってある」

提督「……ま、賢いアンタのことだから、その程度のことは想定済みさね」

提督「愛妻家だったアンタがここまで言うんだ。相当の覚悟を持ってのことに違いない」

提督「任せときな。喧しいことは私が言わせないよ。た・だ・し、妊娠させるのは任期が終わってからだからね」

提督「ま、そうだろうね。ははは……アンタはもう充分悲しんだ。幸せになりな」

提督「私? 私は良いんだよ。自分のことだけ考えろ。これからが大変なんだから」

提督「ああ。また何かあったら私に言いな。うん、じゃあね、切るよ」

提督「元気でね。はいはい。切るからね。………」ガチャ


Prrrr!


提督「……個別秘匿回線、このためのものだったとは。私もまだまだ、ったく!」


提督「はい。こちら八雲だよ」ガチャ

提督「ああ、高森かい。久し振りだね。今は兵学校の教官だったか」

提督「ふふ、皆に言われてくすぐったいよ。私は別に提督を目指してたわけじゃ無いからね」

提督「で、おべっか使った後に何を求めてくるつもりだい」

提督「は? 私は金だけは無いって言ってるじゃないか。もう何年も自分の服なんて買ってないんだよ」

提督「……で、幾らいる」

提督「緊急なんだろ。ツテを当たってみるさ。使い道? なんでそんなもの聞く必要がある」

提督「義理に必要な金だから私に頼ってるのと違うか。違うなら切るよ」

提督「ああ、はいはい。うん。知ってるよ、アンタの性格くらい」

提督「三百万だね。今度、九十九里の観艦式で上京した時に都合をつけて渡すよ」

提督「生徒を大切にしてやりな。うん。じゃあね。私も忙しいから切るよ」

提督「ああ、またね。うん。はいはい」クスクス
39 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/08/15(月) 02:55:02.20 ID:BzIQuSbmo

小休止


水無月、水無月、第二十ニ駆逐隊万歳。
40 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/15(月) 06:33:24.10 ID:eQCJJ/yN0
これは…そういうことなのか?
色々妄想できて楽しいわ
期待してるぜ
41 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/15(月) 18:01:30.18 ID:/1Q3rnpzO
パラレル的なアレか?
なんかちょっと嬉しくなるな
42 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/08/21(日) 22:31:19.78 ID:FjdBR6vJo

+5日


昼 赤レンガ 会議室


海軍首脳とも言える、錚々たる面子が首を揃えて会議の場にあった。

海軍大臣、軍令部総長、海軍次官、横須賀鎮守府司令長官、艦政本部長、海軍省軍務局長。

海軍における重大事を話し合うため設置された海軍将官会議、その常任の面子である。


海軍大臣「やぁやぁ、よく集まってくれた」

軍令部総長「元帥はいらっしゃらないのか」

海軍次官「ゴホン。はい。欠席の御連絡を頂いております」

横須賀鎮守府司令長官(以下、横鎮長官)「元帥もー、お歳だ。あまり無理をさせたくない」

艦政本部長「て、定例会ですから……。き、今日はやはり?」

軍務局長「……」

海軍大臣「うむうむ。まずはケッコン問題への対処についてだね」

軍令部総長「海外艦には楽長殿を充て問題解決したのだろう」

海軍次官「ゴホン。全面解決というわけには、参りません」

横鎮長官「海外艦全員をー、暇な大湊へ行かせるのは、ソレはソレで少し問題があると僕も思う」

軍務局長「……」

海軍大臣「あーあー。総長、八雲さんのことを楽長殿などと呼ぶのはやめてくれたまえ。彼女は海軍省では人気があるんだ。僕のメンツも考えて欲しい」

軍令部総長「失敬。口が滑ったー。先ほどの言葉は本心ではないー。聞かなかったことにしてくれー」

海軍大臣「うんうん。それでいい。続けよう」

海軍次官「チッ ゴホン。大湊へ移動させるのは対症療法でしかありません。本質的解決のための策を練るべきかと」
43 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/08/21(日) 22:32:28.89 ID:FjdBR6vJo

横鎮長官「これはー、軍令より軍政の管轄すべき問題であるように思う」

軍令部総長「うむ。軍令部は横鎮長官に全く同意見である。内局、意見はあるのだろうな」

軍務局長「……軍務局は海軍省内部各局の代表として意見をまとめて来ております」

海軍次官「ゴホン、そして私は内部各局の意見を拾い、その後、海軍次官として意見を述べたいです」

海軍大臣「はいはい。聞きますよ。言って下さい」

軍務局長「……国民の注目は、今現在、艦娘を通して海軍へ注がれています。彼らにとって我ら海軍は艦娘の保護責任者、という立場であると判断すべきでしょう」

軍令部総長「馬鹿らしい。何が保護責任者か。管理者に決まっておろうに」イライラ

軍務局長「……民は、もはやそのようには認識しておりません」

軍令部総長「分かっている! だから馬鹿らしいのだ! 続けろ!」

軍務局長「……一部は艦娘の熱狂的なファンを自称する者まで現れており、日に日にその数は増しています」

軍務局長「……戦局優位の時勢、そして世論を鑑みれば、艦娘の損失を度外視した作戦立案を軍令部には控えて頂きたい」

軍令部総長「……」

軍務局長「……それを、強く、強くお願いしたい。決して、民意を無視することの無きよう」

軍令部総長「黙って聞いていれば軍政の雑魚が偉そうに!!!」

軍務局長「……軍令部の思い上がりを内部各局とも心配しているのです」

軍令部総長「思い上がりとは何か! 作戦は大本営において総理の裁可を得て立案、計画、実行される!! 局長ごときに念を押されるいわれは無いはずだ!」

海軍大臣「まーまー。総長、これは命令でなくお願いだよ。お願い」

横鎮長官「総長ー、同じ海軍の仲間では無いですか。穏便に行きましょう」

軍令部総長「……フン」

軍務局長「……」
44 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/08/21(日) 22:35:29.34 ID:FjdBR6vJo

海軍次官「ゴホン。つきましては、艦娘の任期半減を提案します」

軍令部総長「任期を、半減だと?」

海軍大臣「ほーほー。それはどういった理由からかな」

海軍次官「ゴホン、ケッコンシステムは艦娘の士気向上を謳ってはいますが、実のところは後宮心理をくすぐるためのものであることは、この場の皆様はご存知の筈です」

軍令部総長「男は一人、艦娘は複数。となれば自分が男のツガイとなるため勝手に媚び始める。女らしい理屈だ」

海軍大臣「あーあー? 総長? 今や兵学校卒業者の四割は女性なんだよ?」


軍令部総長「失礼しましたー。単なる冗談であり一笑に付して頂きたいー」

海軍次官「ゴホン、それが今、予期せぬ方向へ進もうとしている。軍務局長、説明を」

軍務局長「……開戦して以来四十数年になりますが、2年交代としても一人の艦娘につき約20人、『元艦娘』が存在します」

軍務局長「……艦魂との波形同調が可能だったのは若年層女性のみでした。四十年前、彼女たちの第一世代すら、今現在も生存しているのです」

軍令部総長「元艦娘らが構成する艦母会。……全く、元は海軍の管理物が、手の届かない市井の者となるのだからタチが悪い」

横鎮長官「艦娘はー、言わば元兵士だ。大した発言力もあるまいて」

海軍次官「長官、あるのですよ」

横鎮長官「えーっ、どうして」

軍令部総長「長官、確かに元艦娘 自 体 に発言力は無いです。ですが、彼女らの夫が問題となる!」

横鎮長官「?」

軍令部総長「ケッコンによって彼女たちが得た夫の、その大半の者の職業は」

横鎮長官「アッ」

軍令部総長「はい。海軍においては提督と呼ばれる夫たち、艦母会はクラスを超えた海軍将官会なんです」

横鎮長官「あー……。そう。僕は妻帯者だから気づかなかったよ」


軍令部総長(大丈夫かこの男)


海軍大臣「うんうん。そうなんだよ」
45 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/08/21(日) 22:38:13.48 ID:FjdBR6vJo

軍務局長「……艦母会の発言力たるや、恐るべきものがあります」

海軍次官「艦母会関係者は現職の軍人、軍属の中に広く浸透しており切り離しは考えられません」

軍令部総長「だから折衷案か」

海軍次官「はい」

軍令部総長「大事なことを忘れている。何故、ケッコン自体を廃止しない」

海軍次官「制度の廃止については、艦母会が猛烈な反対をしています」

軍令部総長「精神を堕落させる制度など、廃止してしまった方が良いではないか」

軍務局長「……論理ではないのです。合理で動いてはいけない場所も存在します」

軍令部総長「雑魚、ソレは本気か」

軍務局長「……」

海軍大臣「いやーいやー、怒らない怒らない。僕としてもケッコン自体をやめさせる気は無いから」

軍令部総長「何故だ大臣」

海軍大臣「ん〜ん〜、色々あるんだよ。こっちも。さ、他の議題へ移ろう」

軍令部総長「元帥が?」

海軍大臣「まーまー、そういうことだよねー」

軍令部総長「了解した。ならば、軍令部は追求せん。任期半減について、聞こうか」

軍務局長「……俗っぽい言い方をするのであれば、娑婆との断絶期間を短くします」

海軍次官「年頃の女性に2年長は余りに長い。1年で退役して貰い、後は予備役へ行って貰うことになるでしょう」

軍務局長「……今後発生するであろう、ハワイでの殲滅戦を想定した大規模軍拡計画もこの期に加速させる予定です」
46 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/08/21(日) 22:49:15.34 ID:FjdBR6vJo

軍令部総長「言いたいことは三つ、練度、制度、装備」

軍令部総長「まぁ、練度については1年限りだろうと、よく洗練されたカリキュラムの元であれば、許容出来るものと考える」

軍務局長「……制度としても、艦娘候補策定の規模拡大で起きる混乱は、事務的に充分対処できるものと判断します」

艦政本部長「か、艦政本部は会議前、海軍省にお伝えした通り、艤装の確保はお約束できますが……」

軍令部総長「艦魂か」

艦政本部長「ふ、複数運用には未だ課題が多く。じ、実験を重ねなければ、お答えしかねます」

横鎮長官「おぉー、それさえクリアすれば。すんなり決まりそうですな」

軍令部総長「練度許容はあくまで一山いくらの定数で見た戦力として、だ。命と考えるのなら、戦いの中で失われるリスクは高まるだろうな」ニヤニヤ

海軍大臣「うーうー。そこは苦しいところですが、一つ、なんとか折り合いをつけてきましょう」

艦政本部長「ほ、本部長として提言しても宜しいでしょうか」

海軍大臣「はいはい。どうぞ」

艦政本部長「艦魂問題解決のため、無期限延期となった、自律機動戦闘艦計画を一部復活さ――――」


軍務局長「比屋定さんを忘れたとは言わせない」


艦政本部長「……」

海軍次官「……」

横鎮長官「……」

軍令部総長「そうか、局長。君は八雲派か」

軍務局長「……」

軍令部総長「私は、艤装キャリアーがナノマシン体だろうと人間だろうと構わんのだがな」

軍務局長「……ナノマシン生命の製造が許されるなら、八雲派は海軍運営に協力しかねる」

海軍次官「ゴホン。自律戦闘艦の認可に関しましては、艦母会から猛烈な突き上げも想定されます」

横鎮長官「んー。八雲派と艦母会は繋がっているのかい」

軍務局長「……意見の一致を見ている、というだけの話だ」


横鎮長官(いちおー、僕の方が年上で上官なんだけどなぁ)


47 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/08/21(日) 23:09:11.62 ID:FjdBR6vJo

海軍大臣「はいはい。元帥の意向もありますから、ナノマシン体の話は無しですよ」

軍令部総長「そうか、元帥が。なら、ナノマシン体は無しだな」

海軍大臣「ええ、ええ。なんとか人道に反さない形の実験で成果を出して欲しいね」

艦政本部長「……だ、大臣の意向、承知しました。ほ、方針に沿い結果を残します」

海軍大臣「うんうん。一先ず、任期の話は理解をして頂けたかな。任期半減について前進という結論で」

軍令部総長「海外艦はどうする。大湊へ行かせるのか」

海軍大臣「定数の問題もありますし、一先ずは避妊の徹底ですかね。子供さえ出来なければ色々誤魔化せますから」


海軍大臣「じゃあ次ね」


海軍大臣「えー。そう、そうね。舞鶴の山内君が、長門君とケッコンされるそうです」

軍令部総長「……」

軍務局長「……」

海軍次官「……」

横鎮長官「あー」

艦政本部長「に、妊娠などは……?」

海軍大臣「えー、えー。避妊は徹底させていますよ」

軍令部総長「ははは! 大臣、艦娘の避妊徹底がお前の仕事か!」

海軍大臣「えー、えー。そうは思いたく無いけどねぇ」

軍令部総長「軍政の沼にはハマりたくないものだな」

海軍大臣「まぁまぁ。言わないでくれ。僕も君みたいに軍令畑で働きたかったんだから」

軍令部総長「ハンモックで俺を抜けなかったことを恨め」

海軍大臣「つくづく、それに尽きるねぇ」

横鎮長官「いやー、二人とも偉いよ。僕より年下なのに大臣と総長なんて」


海軍大臣(いやいや、貴方はもう少し頑張ってください)

軍令部総長(年長の落ちこぼれが。横鎮長官職なぞで満足しおって)


横鎮長官「しかしー、八雲さんの派閥があるなんて時代は変わるね。四十年とは、実に長い」

艦政本部長「そ、そうですね。け、研究助手だった僕が本部長だなんて信じられません」

軍令部総長「このような場で世間話など」

海軍大臣「まぁまぁ、良いじゃないか。折角集まったんだから」
48 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/08/21(日) 23:15:24.72 ID:FjdBR6vJo

横鎮長官「あー、局長君。八雲さんは相変わらず艦娘が嫌いなのかな」

軍務局長「……艦娘でなく、艦政本部がお嫌いなのです」

艦政本部長「……」

横鎮長官「いやー、まぁ。そうか。比屋定さんの時は艦政本部で色々あったからね」

海軍次官「そうなのですか? 艦娘開発は海軍内で二派に別れた、とだけ伺っています」

横鎮長官「あー、君たちのクラスは関わってない世代なんだ。自律機動戦闘艦と霊装魂、どっちにするかで揉めたのよ」

海軍次官「自律機動……噂に聞くナノマシンと艦魂で構成された人工生命ですか」

横鎮長官「そうそう。艦娘を人間じゃなくて、ナノマシン体で作ろうという計画があってね」

海軍次官「随分と野心的な計画ですね」

海軍大臣「うんうん。局長も比屋定事件なんて知らない世代でしょう。八雲さんから何か聞いてるかい」

軍務局長「……当時何が起こったか、程度は」

軍令部総長「歪んだ情報だがな」


海軍大臣「比屋定氏は霊装魂計画を進めるにあたり、死者の出る非人道的な実験を行いながら計画自体が破綻し、引責のような形で自殺しました。それだけのことです」


軍務局長「……比屋定氏については、他殺の可能性があります」

海軍大臣「あーあー。八雲さんが何と言おうと、海軍としての見解は彼女の自殺だよ。いいね?」

軍務局長「……」

軍令部総長(覆水盆に返らず、とな)


海軍大臣「そう、そうね。次に行こう。次は羅針盤の増産計画について―――
49 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/08/21(日) 23:21:10.53 ID:FjdBR6vJo

夜 赤レンガ エントランス


軍令部総長「本部長殿、帰りの車をご一緒しても」

艦政本部長「は、はぁ……?」




夜 国道 車内
  

軍令部総長「将官会議も落ちたものですな。既定路線は覆せない」

艦政本部長「……よ、よろしいのですか」

軍令部総長「私も所属は、一応元帥派ということになっているのでしょうね」

艦政本部長「ち、違うのですか」

軍令部総長「否定はしません。ですが軍令部としては、戦闘艦を必要数確保できればそれで良いと考えます」

艦政本部長「……」

軍令部総長「凍結された霊装魂計画と違い、自律戦闘機動艦計画は無期限延期になっただけだ」

艦政本部長「な、何が言いたいので」

軍令部総長「我々はナノマシン体に興味がある」

艦政本部長「……」

軍令部総長「いずれ大本営が必要と判断し、計画が再度軌道に乗る可能性」

艦政本部長「ほ、本当ですか!?」

軍令部総長「……が、あるかどうかは断言しかねますが」ニッコリ

艦政本部長「あっ」

軍令部総長「貴方はやはり興味がおありのようだ」

艦政本部長「……」

軍令部総長「比屋定氏を殺してまで自律機動戦闘艦計画を推進しようとした、貴方には」

艦政本部長「ひ、比屋定さんは関係無いです!!」

軍令部総長「まぁ言いたくないのであれば構いませんよ」

艦政本部長「ほ、本当にアレは……」

軍令部総長「エリート派閥である元帥派、海軍省と軍令部の中堅佐官が多く属する八雲派、そして艦娘会に関係する者」

艦政本部長「は、はぁ」

軍令部総長「多くの利害権益が絡みあい誰もが身動ぎさえ出来ずに居る」

艦政本部長「ひ、人の組織ですから」

軍令部総長「おっしゃる通りです。だからこそ、人の組織故に変わる可能性がある」


軍令部総長「武力をもって積極的に変えるわけではありません。恐らく必要すら無いでしょう」


軍令部総長「時局は移り行く。平和の次には争乱の時代が訪れるように」

軍令部総長「来るべきその時には、是非手を携え、共に新たな道を進みましょう」
50 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/08/21(日) 23:46:56.32 ID:FjdBR6vJo

・自律機動戦闘艦計画……ナノマシン体+艤装

  艦魂を備えナノマシンにより構成される身体と自我を持つ人型兵器を製造し、艤装を与え戦わせるもの。
  現在、計画は無期限延期とされている。



・霊装魂計画      ……人間+霊装

  比屋定氏の研究チームが進めていた、新元素『霊素』を用いた対深海棲艦兵装運用計画。
  特徴としては妖精由来の技術を可能な限り用いず、国産を目指した点にある。
  霊装と精神を同調させる中で運用が可能となる。
  運用の中でデメリットも存在したが、進捗も良く主計画と見なされていた。
  比屋定事件後に計画自体が凍結された。



・機動戦闘艦計画   ……人間+艤装

  計画凍結された霊装魂計画と延期された自律機動戦闘艦計画の折衷案とも言えるもの。
  結果として、海軍ではこのプランが採用された。
  本来人間には扱えない妖精の艤装だが、艦魂が触媒の働きをすることにより人間による運用を可能とした。
51 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/08/21(日) 23:52:14.83 ID:FjdBR6vJo

6日未明、神奈川県横須賀市の海岸において、入水自殺。「不甲斐ない私を許して下さい」

6日午前3時50分ごろ、横須賀市郊外にある海岸近くの住民から「女性が入水自殺している」との通報があった。
警察と海保が駆けつけ海中捜索も行われたが、現場付近は海流が複雑に入り乱れる海域であり、未だ発見には至っていない。
海岸近くに停められた車には、遺品、遺書と思われるものが多数残されており、そこから行方不明者の身元は比屋定海月(ひやじょう みづき)氏(33歳)であると確認され、動機などについて警察が調べを進めている。

氏は日本海軍艦政本部に勤務する研究員であり、三日前から無断欠勤が続いていた。
また、時折同僚らに「死にたい」と漏らすこともあったという。
遺書には「計画は失敗しました。不甲斐ない私を許して下さい」等と書かれていた。
氏は研究チームの主任を務め、日々この重責に耐えていたのではないか、と関係者は語っている。
自殺について海軍報道官は「自殺を事前に防げず誠に遺憾である。事実関係を明らかにし、問題点を探った後、再発防止に努めたい」とコメントしている。
52 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/08/21(日) 23:52:40.56 ID:FjdBR6vJo

小休止
53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/21(日) 23:56:57.16 ID:HFMQk3hQO
乙乙
54 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/08/22(月) 00:06:22.61 ID:a6e3ZVFQo
戦犯海軍次官
55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/22(月) 21:06:33.34 ID:934pyJKo0
これは…ナノマシン体が実現しなかった世界なのか?
相変わらず上がキナ臭いのは変わらんがw
56 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/23(火) 12:52:30.30 ID:MJ3IRrwt0
いや、あの世界じゃそもそも艦娘自体が妖精の超科学力の産物だったはず(より正確には元は深海棲艦として生みその後人に近づけたものだった)
こっちじゃどうやら妖精からは艤装や技術が与えられたのとは別に、人間側でナノマシン体を実現しようとしてるみたいだな
艦魂ってのもあるし。パラレルといっても分岐じゃない、根底の設定が違う方だ
57 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/23(火) 23:23:20.93 ID:thLLAkbS0
長良や長門や提督sが幸せになれるならなんでも……

ただし特殊部隊、てめーはだめだ
58 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/23(火) 23:26:00.13 ID:2hTJwRgSo
なんでや!田中だって改心したやろ!
59 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/24(水) 12:12:09.92 ID:ch1XemIsO
>>1さんの過去作どんなのがあるんでしょうか?
トリップ付いてないのもあるみたいなので気になって
60 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/25(木) 07:26:17.94 ID:zqzLR+EQ0
とりま真っ先にうーちゃんを幸せにして、どうぞ
61 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/08/27(土) 14:21:28.80 ID:gsIlRfHAo
>>55
>>56
艦娘の設定に関してはパラレルで正解、海軍の設定に関しては根本から違うのでこれもまた正解。

>>57
お兄さん許して!

>>59
トリ無しは 提督「私は大和の優しい言葉遣いが一番好きだ」 のみですね。
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1449687964/

>>60
今後出るかも?
62 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/11(日) 00:19:55.99 ID:wS+PcqTWO
全力待機
63 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/12(月) 01:34:09.20 ID:5JwIXqGBo

朝 横須賀基地 港 +12日


アナウンス「第一、第二管区合同の海軍観艦式へようこそ。一般の皆様は、お手元のチケット番号に従い乗船して下さい。上四桁が1005の方は駆逐艦イワナミ、1006の方は____」


その日の海軍横須賀基地は、いつも以上に賑やかだった。


独ヲタA「いや〜今日はついにドイツ艦メインですか。胸が熱いですな!」

独ヲタB「サイリウムは二十本で足りるでしょうか?」

英艦推しC「これだからジョンブルは。海上でサイリウムなど無粋極まりない。捨てなさい。大体、今日は英艦が主役だ」

独ヲタB「んホォォォ!? 貴様、フッドみたいに沈めてやろうか!!!」ピキピキ

伊艦推しD「いやジョンブルは英国人を指すからね?」


彼らが一体何を目的としているか、それは艦娘の顔写真がプリントされたTシャツを見ても伺えると思うが……一応補足しておきたい。

観艦式に参加する一般市民の構成層は綺麗に別れている。老若男女、やや男が多い。

彼と彼女らの目的はほぼ艦娘だ。

一昔前の観艦式からは想像もつかない状況だろう。小規模観艦式の倍率は今や2000倍を超えるという。

1年に一度の正式な観艦式の倍率に関しては、もうお察しだ。

これらは、ひとえに艦娘人気が成せる技である。


世界を救った英雄、国の誇りを背負う海軍艦、強い女性。

語彙が貧弱で申し訳ないが、これ以外にも数々の属性を持ち、艦娘それぞれで個性と多様性を持った彼女たちは、同じくらい多様な世界中の人間から愛されている。

日本海軍公式のグッズ売り上げの年間純利益は、海軍の年度収支予算書に計上すべきと1999年の国会で決定される程に膨れ上がっているのがその証左だ。
64 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/12(月) 01:36:31.04 ID:5JwIXqGBo

朝 横須賀基地 港


ワイワイ ガヤガヤ ギャーギャー


八雲「相変わらず凄い人だね」

軍令部総長「こんにちは八雲さん。愚民ばかりで目眩がしますな」ニッコリ

参謀総長「こんにちは。今日はお世話になりますよ」

八雲「……小規模観艦式にまで顔を出すほど大本営は暇なのかい」

軍令部総長「総理が出席されずとも、ある程度の役職の者が見届ける必要がありますから」

参謀総長「ははは。陸軍としては警備要員を手配することしか仕事が無い状況です」

八雲「ま、陸さんは楽しんでいきな。今日はウチの子たちも出るからね」

軍令部総長「大湊はどうですかな。名ばかり提督だと、さぞ持て余すことでしょう」

八雲「参謀総長、陸の兵たちは不満を抱えていないかい? 女のお守りだ、なんて思ってるのも居るんじゃないか」

軍令部総長「……」

参謀総長「……あー、ウチの兵たちも艦娘に夢中ですよ。今日も休暇中の者は一般人として参加しています」

八雲「そうかい。あの倍率を突破するとは強運だ」ケラケラ

八雲「陸軍用の枠を設けても良いかもしれないね。共同上陸作戦を想定した〜とか言えばタテマエとしては上出来だろう」

軍令部総長「……」プルプル

参謀総長「……案としては面白いと思います。また話を詰める機会を設けましょう」

八雲「ああ。是非頼むよ。すまないね、足を止めさせて」

参謀総長「いえ、それより……軍令部の……」

八雲「良いんだよ。西村は兵学校の時から自尊心ばっかり強い男でね、教育が必要だ」

軍令部総長「成り上がりの大佐風情が! 階級を考えろ!!」

八雲「はいはい。中将殿、クラスのボート対抗戦で負けた時と同じ顔をされていますよ」クスクス

軍令部総長「……ッ!!! 参謀総長! 行きましょう。我々の艦はあちらです!」スタスタ


八雲「怒っちまったかい」

参謀総長「あー、行ってしまわれた。自分は場所がわからないのに……。にしても、良いのですか」

八雲「良い。あいつは才能があるのに中身がガキなのが玉に瑕というか」ポリポリ

参謀総長「八雲さんは相当に恨まれているようですな」

八雲「指導者が選民意識を肥大化させちまったら、とばっちり食らうのは周りの人間だからね」

八雲「それを無くすためにも兵学校で色々厳しく指導したのを未だに恨んでいるらしい」

参謀総長「選民意識ですか。耳が痛い話です」

八雲「アンタは大丈夫だよ。何となく分かる」

参謀総長「有り難いお言葉ですが、陸軍も組織として動くのですから。ご期待に添えるかどうか」

八雲「ははは! 良いよ。私の期待に添わず暴走するなら、海軍が全力で止めるだけさね」

参謀総長「……大臣が八雲さんによろしく、と」

八雲「今度は挨拶だけじゃなくて手土産も頼むと、伝えといてくれ」

参謀総長「ふっ、承知しました。一字一句抜かり無く」


参謀総長「ところで、自分が乗艦予定の艦はどこにありますかね?」
65 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/12(月) 01:39:36.48 ID:5JwIXqGBo

昼 九十九里 近海 +12日


『本物の』水上艦が列をなし、一般人を載せ、海を行く。


アナウンス「皆様、午前の艦内紹介はいかがでしたでしょうか。海軍カレーも是非食べてみて下さいね」

アナウンス「ではこれより第一、第二管区合同の海軍観艦式を開始します」


内部見学をしていた一般人も次々に甲板へ上がり、カメラやサイリウムを構え始める。

甲板はもう人でごった返していた。


白波立つ航路の先には、二列に並んだ鉄の塊が、海へ静かにその身を横たていえる。

一般人を乗せた水上艦列は、その二列の間へとゆっくりと滑りこむ。


両舷に並んだ、潜水艦から始まり、駆逐艦、巡洋艦と。アナウンスによるその紹介が続いていく。


アナウンス「最後に、右舷前方に見えますのは空母イセ、左舷前方に見えますのは空母ヒュウガでございます」

アナウンス「再建された日本海軍の象徴としての空母、第一第二管区の主力として、精兵たちが日夜任務に明け暮れております」


ヒュウガ、イセの甲板上では海兵たちが並び、観閲艦に向け敬礼を送っている。


アナウンス「えー機密が多いため、スペックに関しての質問はご遠慮ください!」


空母を最後に、徐々に巨大化していった両側の艦列は途切れるも、甲板に居る一般人たちの熱気はピークに達しようとしていた。



アナウンス「ではここからは、艦娘、海外艦の皆さんの登場です! 御覧下さい!」
66 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/12(月) 01:44:18.65 ID:5JwIXqGBo

今度はフネでなく人が、観閲艦の両側海面に立ち、手を振っている。



明らかに戦闘向けでない、露出の多い派手な衣装、長い髪。



「まず最初に出迎えるのはアメリカ艦、アイオワ! エンタープライズ!」


右舷側にアイオワ、左舷側にエンタープライズが観閲艦と距離を離し佇んでいる。


男性的な鉄の塊だった時からは、およそ想像もつかないほど女性的な艦。


「うぉぉぉぉ!! アイオワちゃ〜ん!!! 会いに来たよぉぉぉ!!」


「ビッグE! ビッグE!!!」


アナウンス「周りの方への迷惑行為はおやめ下さい。おやめくださーい。艦内へ強制退去して頂くことになりますよー」


そんな声など届いていないかのように一部の男たちは騒ぎ続け、艦内へと消えていくこととなった。


「続いてイタリア! 右舷にはローマ、ヴィットリオ。左舷には____」
67 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/12(月) 01:46:21.83 ID:5JwIXqGBo

国別でブロック形式に別れており、イタリア艦群ともかなり距離は離れているのだが、大きな歓声と拍手はこちらにまで届いてくる。

もうすぐ私の番だ。緊張からか少し鼓動が早まる。

私の反対側に立っているグラーフは、いつも通り落ち着いた表情をしている。


強いな。あいつは。


確かに今は見世物だとしても私は艦として誇りを持っている。

それを犬の誇りだと? 改めてふざけるな、だ。


「お次はドイツからの派遣艦! ビスマルク! グラーフ・ツェッペリン!」


緊張で強張った表情筋を力でねじ伏せる。笑顔を作る。

複数存在する観閲用の水上艦に向け、手を振る。

これも仕事だ。


「フェスト シュテート ウント トロイ ディー ヴァハト ディー ヴァハト アム ライン!」


……私の顔写真が貼り付けられたTシャツを着た男性が、涙しながらラインの護りを熱唱し始めた。

あ、ウォースパイトのTシャツを着た男性に殴られた。

近くの海兵が手慣れた様子で二人を艦内へと退去させた。


ビスマルク「……」


アレじゃもう、二人は今後観艦式への出禁は決定だろう。

観艦式中の他者への迷惑行為はNGだし、決して許してはいけない行為だが。


ビスマルク「……」クスッ


私はわりと嫌いじゃなかった。慕って貰えるのは素直に嬉しい。


それに、ドイツの歌をこの場所で聞けるとは思っていなかったから。


先程より少しだけ自然に笑顔を作り、手を振り続ける。


「そして今回、イギリス艦の皆様にも登場して頂きました〜」


艦列と人の興味が私から遠ざかる。一息つきながら手を振るのをやめた。


争いとは無縁の静かな海に、私は一人で佇んでいる。
68 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/12(月) 01:50:04.36 ID:5JwIXqGBo

ビスマルク「……ツム ライン ツム ライン ツム ドイッチェン ライン♪」


ラインの護りの好きなフレーズを小さく口ずさむ。ほぼ、無意識だった。


グラーフ「一応言っておくが、大湊用の回線が開きっぱなしだぞ」

八雲「ビスマルク、聞こえてるよ」

雲龍「こちら警備部隊、雲龍です。素敵な歌声、ありがとうございます」


ビスマルク「うぇぇぇ!? き、聞いてたの!?」


グラーフ「迂闊なことをするな。イギリス艦にでも聞かれたら事だぞ。ネチネチと嫌味を言われた後、紅茶をかけられるに決まってる」

八雲「大丈夫、この回線は大湊のメンツにしか聞こえちゃいないよ」

雲龍「もし良かったら続きも聞かせて下さいませんか」

グラーフ「任務中だ。駄目だろう」


八雲「いーや、グラーフ。私も雲龍に同意見だ。もう人目も無いだろうし。提督命令だ、アンタの好きに歌いな」


雲龍「ということですので」クスクス




グラーフ「ククク……アハハハハハ!!! そこまでお見通しというわけか」




ビスマルク「えっ、どうしたのよグラーフ」


この女(グラーフ)は一体何を言っているんだ。


八雲「……」クス

グラーフ「提督、ありがとう。さぁ、一緒に歌うぞビスマルク」

ビスマルク「ええっ!?」
69 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/12(月) 01:53:20.71 ID:5JwIXqGBo

グラーフ「Es braust ein Ruf wie Donnerhall」(雷鳴は叫びの如く哮り狂う)


雲龍「〜♪」


ビスマルク「……Wie Schwertgeklirr und Wogenprall」(剣戟の響きと波打つ衝撃の如く)


よく分からない内にラインの護りを歌うことになっていた。


グラーフ「声が小さい。もっとはっきり歌え」

グラーフ「Zum Rhein, zum Rhein, zum deutschen Rhein♪」(ラインへ、ラインへ、ドイツのラインへ)


察するに、彼女は口ではダメと言いながらも、どうやらラインの護りが歌いたくて仕方なかったようだ。


ビスマルク「良いわよ。こうなったら、もうヤケよ!」

ビスマルク「Wer will des Stromes Huter sein?」(誰が大河の番人であるのか?)

グラーフ「Lieb' Vaterland, magst ruhig sein」(愛しき祖国よ安らかであれ)

ビスマルク「Lieb' Vaterland, magst ruhig sein」(愛しき祖国よ安らかであれ)


八雲「……良い歌だね」


グラーフ「Fest steht und treu die Wacht, die Wacht am Rhein! 」(ラインの守りは強固で揺るがぬ確たる物である!)

ビスマルク「Fest steht und treu die Wacht, die Wacht am Rhein! 」(ラインの守りは強固で揺るがぬ確たる物である!)


隣のイギリス艦ブロックにまで響いているのでは無いかと思うほどの大声で、思いっきり歌う。


結局、勢いに乗り四番まで歌ってしまった。


グラーフ「五番以降はまた次の機会にしよう」ンフー

ビスマルク「ふぅ」


一旦の終幕。

……大声を出せて気持ち良かった。


雲龍「ありがとうございます」

八雲「二人とも、緊張は取れたかい」
70 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/12(月) 01:54:48.45 ID:5JwIXqGBo

緊張していたのは、提督に気づかれてしまっていたらしい。


グラーフ「……ああ。だが、いつ見抜いていた」

八雲「最初から。どう見ても顔が強張ってるじゃないか」

グラーフ「むっ……。そうか。以後気をつける」


反対側の彼女も緊張していたのか。私は全然気づかなかった。


ビスマルク「わ、私は別に緊張してなかったけど?」

八雲「アンタはグラーフよりもっと酷い。視線が泳いでたよ。丸分かりさね」ケラケラ

ビスマルク「うぐぅ」

グラーフ「ふっ、マヌケめ。下手に取り繕うからだ」

ビスマルク「なによ! 貴女だって緊張してたんでしょ!」

グラーフ「そそそ、そんなことあるわけないじゃない…………ぷっ。くくっ」

ビスマルク「はぁ!? それもしかして私の真似のつもり!? グラーフ、貴女ねぇ!」

雲龍「はいはい。二人とも、そろそろ次のイベントですよね」

八雲「まだこの後、演習と歌と握手会が控えてるんだから気を抜くんじゃないよ」

グラーフ「それもそうだな。了解だ」キリッ

ビスマルク「……了解。ならこの回線を落とします。よろしいですか」

八雲「あいよ。今日は色々忘れて楽しんできな。通信終了」

雲龍「警備は任せて下さい。通信終了」

グラーフ「重ねて了解。通信終了」

ビスマルク「……」ポチッ


艤装に備え付けられた通信装置を弄り回線を閉じる。
71 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/12(月) 01:58:27.27 ID:5JwIXqGBo

グラーフ「もしもし、聞こえるかビスマルク」

ビスマルク「……なによ」


私の向かいに居る彼女が、個別回線を繋いできた。


グラーフ「ん? まだヘソを曲げているのか」クスクス

ビスマルク「うるさいわね。演習のために移動するわよ。通信終了!」

グラーフ「いい心持ちじゃないか?」

ビスマルク「は?」

グラーフ「さっきので私たちの提督は、私たちに色目を使う軟弱者でなし、無能でもないと。それがハッキリ分かった」

ビスマルク「どうしたの急に」

グラーフ「ああ、薄々感づいてはいたが……まぁ、私は認めたくなかったんだよ」

ビスマルク「はぁ?」


グラーフ「あの女性は信頼に足る、好ましい上官だという事実、をな」


ビスマルク「……それで良いの。私たちは信じるものを貶められたのよ」

グラーフ「着任してから様子をつぶさに観察していたが、彼女の事務処理能力は並ではない」

グラーフ「何十年も務めたベテランのような捌き方だ。執務室の個別秘匿回線、海軍省の方にもかなり顔が利くらしい」

グラーフ「顔が利くということは、それなりのモノを持っていなければ不可能だろう」

グラーフ「そして今日、私の緊張まで見抜かれて。その改善までされた。私はもう、言葉が無い」


確かに先程まであった緊張による鼓動の高鳴りは収まりつつあった。


ビスマルク「こんな状況で歌いたくなるなんて。貴女も案外、単純で子供じみたところがあるのね」


でも認めたくないので少し意地悪をしてみる。


グラーフ「自分なりに考えてはいるんだがな。そう見えるかもしれない」


見事に直撃するも、受け流された。


グラーフ「だが、事実を無視し一方的に決めつけ、片意地を張ってひたすら謝罪を受け取らないのも、子供っぽいことだと思う」


……。
72 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/12(月) 02:01:21.99 ID:5JwIXqGBo

グラーフ「今になって振り返れば、あの風呂でのことも提督には何か思うものがあったのだろう」

ビスマルク「何でそんな話を私にするわけ?」

グラーフ「良い機会だから、一緒に鞍替えはどうかと思ってな」

ビスマルク「……そ。じゃあ、演習海域へ行くわよ」

グラーフ「ああ。了解だ。ヘソ曲がりはその内直してくれ」

ビスマルク「私は曲がってないから! 通 信 終 了 ! 」ブチッ


グラーフ「あ、おい、ビスマ……」ブチッ

グラーフ「……下手にフォローを入れるべきじゃ無かったか?」

グラーフ「ふむ、いや、まぁ、大丈夫か。私は空母だけあって目が良いからな」

グラーフ「その口元なら大丈夫だろうな」ニコ



ビスマルク(……分かってるわよ。あの化け物女は問題を起こし失点を出すどころか)

ビスマルク(こっちの予想を裏切った加点をしてくる)


雲龍だけが贔屓されているわけでないと、この一週間の間に提督と職務を共にして気づいていた。



八雲「いや、この前は、その、すまなかったね。私も少し配慮が無さ過ぎた……だが訂正はしない。あれは本心だ」

八雲「ビスマルク、身体の重心もう少し後ろにした方が良いよ。海域間の移動はともかく、戦闘中咄嗟の動きが出来なくなる」

八雲「また記事の取材? ああ、いいよ。私の方で適当に片付けとく。玉は隠してなんぼ、意味があるってもんだ」ケラケラ



ビスマルク(あの女は何だかんだ言って、いつも私たちのことを見て、考えてくれている)

ビスマルク(認める気は無い。媚びるつもりもない。けど)


ビスマルク「……」ニッ


ビスマルク(少しくらいなら態度を軟化してやっても良いかもね)
73 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/12(月) 02:03:58.26 ID:5JwIXqGBo

〜〜〜〜〜


昼の観艦式開始から既に四時間が経過し、夕暮れも近づこうとしていた。

空と海が赤く染まる。


独ヲタA「出禁になり散っていった仲間の無念は俺が晴らす!」

伊艦推しD「俺たちのとこにイタリア艦来てくれないかなぁ」


観艦式の最後には、横須賀へと帰港する中で、艦娘がほぼランダムで観閲艦に乗り込み握手会を行う。

そこでは一人ずつ軽く会話も出来るため、ファンの間からも非常に人気が高い。


独ヲタA「……ん?」


ふと視線を横にやると、甲板の手すりにもたれ、海を眺める女の子が居た。


140程しか無いように見える背丈、膝までありそうなボサボサの長髪、成人前の幼さが残る顔。

そして、どこか儚く遠くを見るような目。


独ヲタA「……グッド!」

艦娘のような強い女性も、弱そうな小動物系の女児もストライクゾーンだった彼は、声をかけることにした。


独ヲタA「お嬢ちゃんはどの艦がお目当てなんだい?」ニタニタ

「お嬢ちゃんって……もしかして私のこと?」

独ヲタA「ああ、そうだよ」ニカーッ

伊艦推しD(なに知らない人に話しかけてんだよ……キメェ)

「失礼ね。これでも私は成人済みよ」

独ヲタA「うげっ!? 貴様ロリババアか!! 悪霊退散悪霊退散」

「誰がロリババアよ!!」

伊艦推しD「あ、すいません。ほんと、すいません。ツレがご迷惑を」

「ああ、良いわよ。年齢を間違えられるのは慣れてるから」

伊艦推しD「お一人ですか?」

「……まぁ、そうね。そうなるわね」

独ヲタA「ロリババのくせにボッチとか無いわ〜」ボソッ


「ふふふ。それはちょっと頭にくるかも……殺しちゃおうかな」


伊艦推しD(……!?)ゾクッ

独ヲタA「ひぃぃぃ」

「……うそうそ。冗談よ、ジョーダン」クスクス

伊艦推しD(なんだ、今、殺気が)

独ヲタA「た、助けてぇぇ!!!」ドタドタ

海兵「あ、こら、甲板上を走らないで!」

「あら、逃げちゃった。冗談だって言ったのに」

伊艦推しD(この人さっき、本気で殺す気で……)

「貴方は逃げないのね。まぁ良いわ。丁度喋る相手が欲しかったの」


脅し文句こそ無かったが、彼女は逃がす気は毛頭ないと目で語っていた。
74 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/12(月) 02:07:24.48 ID:5JwIXqGBo

伊艦推しD「な、なんですか」

「怖がらないで良いわよ。私は価値も無いものを殺しなんてしないから」

伊艦推しD(こいつ……)

「貴方、イタリア艦が好きなのよね。霊装魂って知ってる?」

伊艦推しD「はぁ、まぁ、一応名前くらいは」


予想外の名詞が出て来た。一般人は霊装魂など殆ど知らないだろう。


「ほんと? 嬉しいわ。じゃあ良いこと教えてあげる」


「艤装は人間には使えないのに、艦娘が艤装を使える理由は知ってるかしら」

伊艦推しD「……えっと、艦魂が繋ぐのに役割を果たしていて、艤装を身体の一部のように扱えるって理屈だったと思います」

「ほぼ正解、なんでしょうね。艦魂、正確には形而上の概念でしかない艦としての記憶、微量子的存在であるソイツを均質ベクトル空間における位相と定義しパターン固着する。それを形而下へ霊素として落としこみ抽出した後、艦娘候補者へ限界同調率で移植する。そうすると彼女たちの脳が錯覚を起こして、思うがままに、艦娘は艤装を身体の一部として扱うことが出来る、と思い込む」

「形而下に落としこむなんて簡単に言ってくれる辺り、本当に妖精は神様みたいなものよ。この星の何もかもを観測し続けた妖精だからこそ成し得る技」

「でも結局は身体の一部なんて認識は錯覚。偶然の高い確率での積み重ねなのに、艤装をコントロール出来てると思い込むなんて茶番よね」

「偶然によって99.999999%の確率で思い通りに動くのなら、コントロール出来てるのと変わらないとも言えるのかしら」

「こんな異物、艦魂は人には馴染まない。長期間纏えば自我が壊れる」


伊艦推しD(こいつ、機密である艦娘の製造方法を何故)


「不可思議って顔してるわね。本当はナノマシン体にしか馴染まないものを無理やり人に取り付けているんですもの。ガタは来るわよ」

「ま、私が居ない間に随分と状況が変わったみたいだけど。まさか人間と艤装を組み合わせるなんて。大胆なこと」

伊艦推しD「……霊装魂計画は非人道的な人体実験を繰り返した後、凍結された」

「延期じゃなくて凍結だったのね。見込み薄かしら、これは」


伊艦推しD「友達に艦娘開発史に詳しい奴が居て、色々見せてもらったことがある」


「……」

伊艦推しD「その中に、霊装魂計画の写真もあった。アンタの顔も、あった」

「でもそれだと矛盾しない? 計画の責任者は自殺。私はもう死んでるのよ。それも何十年も前の話」

伊艦推しD「……」


そうだ。比屋定海月は死んでいる。何十年も前に。


「ただの見間違いよ。私に似た顔なんて幾らでも居るもの。錯覚」

伊艦推しD「そう……だな。あるわけ無いよな」

「無いわよ」クスクス


だが、間違いなくこの女だった。陸軍で集めた海軍機密資料の中で、計画責任者として顔写真が載っていた。


「あ、まだ『良いこと』教えて無かったわよね」


なら俺の目の前に居る、この女は何なんだ。


女は男の胸ぐらを掴み、恐ろしい怪力で背の低い自分側に引き寄せ、耳打ちした。



「もうすぐ人は滅ぶ。だから短い余生を無駄なく過ごすことよ……陸軍の優秀な兵隊さん」
75 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/12(月) 02:13:43.64 ID:5JwIXqGBo

「逃げちゃった」

「一般人が霊装魂なんて知ってる訳ないし、身体の癖から軍人だと思ったから適当に言ってみただけなんだけどな」

「まぁ良いわ。軍隊の人間と一般人が艦娘についてどんな認識なのか、知ることが出来た」

「綺麗なオベベの艦娘、強くてカッコいい艦娘、人類の守り神として神格化された艦娘」

「敬い奉るのは愚鈍で度し難く醜い民衆、艦娘を神輿に担ぎ上げるのは自分の都合を押し付ける指導者」

「こんな未来を望んで、私たちは自分や他人を傷つけたわけじゃない」

「誰もが自らの血を流しながらでも耐え、困難に打ち勝ち続けていく先で、誰もが痛みを知り優しくなれる」

「歪故に正しい。そこでは誰もが愚かにも人としての誇りを見誤ることは無い、私の目指した世界」

「やっぱり艦娘じゃ駄目だったのね。霊装魂じゃないと、駄目よ」

「もういいや」

「貴女だけが私の傍に居てくれればいい。もう、他に何も要らない」

「空も、海も、真っ赤で綺麗」


「八雲、この海で一緒に消えようよ」
76 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/12(月) 03:23:49.10 ID:5JwIXqGBo

夕方 千葉沖 駆逐艦ウネビ艦内


伊艦推しD「海兵! 海軍の者は誰か居ないか!!」

海兵「お兄さん、どうかしたんですか」

伊艦推しD「一人拘束してもらいたい人物が、この艦内に居る」

海兵「お兄さん落ち着いて、どうしたの。誰かと喧嘩でもしましたか」

伊艦推しD「……これを見ろ」スッ

海兵「陸軍の、この認識桁まさか特務……!!!? 少尉殿、失礼しました!」

伊艦推しD「構わない。艦長に説明する。案内してくれ」

海兵「りょ、了解! こちらへどうぞ!」





夕方 千葉沖 駆逐艦カイヨウ 艦長室


軍令部総長「なに? ウネビに不審者? そんなもの適当にあしらっとけ。艦長判断で良いだろう。情報を上げてくるな」

「それが……発見者は陸軍特務機関の少尉で、その不審者の身体的特徴が元海軍の比屋定海月氏と一致しているそうです」

軍令部総長「はぁ? 大体、何故陸軍の特務が観艦式に参加している。その時点から……待て、何と言った、身体的特徴が誰と一致している」

「比屋定海月です。霊装魂計画の責任者だった人物になります」


軍令部総長(何故その名前が出てくる。死んでいるのだろう)

軍令部総長(……八雲、また何か企んでいるのか。俺の顔に泥を塗って引っ掻き回す気だな)


「いかが対処致しますか」

軍令部総長「海では駄目だ。確保するタイミングはオカに上がった瞬間とする」

軍令部総長「横須賀と連絡を取り、陸戦隊を1個中隊、いや、1個小隊を待機させておけ」

「はぁ、陸で、ですか。しかし、陸軍少尉殿からは大至急とのことですが」

軍令部総長「リエゾン如きが俺に指図するのか」

「りょ、了解! では艦内での確保は無し、現状待機という旨でよろしいでしょうか」

軍令部総長「ああ。陸軍の少尉ごときが何を言おうと適当にあしらっておけ。ウネビ艦長はこの命令を順守するように」
77 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/12(月) 03:33:28.31 ID:5JwIXqGBo

夕方 千葉沖 駆逐艦ウネビ艦橋


「艦長、総長からの返信です。ご確認下さい」

艦長「……総長は何か勘違いされているようだ。嘆かわしい」

伊艦推しD「総長は何と」

艦長「現状維持です。確保は下艦時で充分との判断ですな」

伊艦推しD「馬鹿な! 何故後手に回る必要がある」

艦長「自分が居る場所で大事を起こしたくないのでしょう。小規模とはいえ観艦式だ」

伊艦推しD「政治的な判断だとでも言うつもりですか! 今すぐ確保するよう私が直接交渉します! もしくは参謀総長殿に連絡を取らせて下さい! 最悪、大本営からの命令ということで___」

艦長「陸軍少尉殿に勝手なことをされるなと私は下命されておりますし、その必要ありません」

伊艦推しD「……これが海軍のやり方ですか」

艦長「その発見した人物は、間違いなく比屋定海月氏なのですな」

伊艦推しD「私は一度見た人の顔は忘れない! そう訓練されている! 間違いない!」

艦長「……」

伊艦推しD「このような問答で時間を稼ぐのか! 恥を知れ!」

艦長「分かりました。貴方の言葉を信じましょう。艦長判断で確保に移ります」

伊艦推しD「はっ?」

艦長「比屋定氏の身体的な特徴と服装を教えて下さい。部下に伝えますので」

伊艦推しD「いや、えっと、その、よろしいのですか」

艦長「大本営越しに陸軍の意思を海軍内部に通す前例を作るわけには行きません。今なら私一人の首で事が落ち着きます」

伊艦推しD「……分かりました。艦長、その判断は決して無駄にはなりません。諜報部員として、確証を持ちお約束します」

艦長「君がこのフネに居てくれて良かった。助かります」

伊艦推しD「事態のいち早い収束に向けたご協力に、感謝します。軍人としての貴方の判断も、尊敬しています!」

艦長「そうかな。内ゲバでみっともないと思うけどね。というよりも、軍人や海軍どうこう、というのも実は建前で」

伊艦推しD「??」

艦長「私は八雲さんとその人を一刻も早く会わせてあげたいと思うんだ」ニッコリ
78 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/12(月) 09:14:48.89 ID:l9+3ktXm0

さぁ、盛り上がってまいりました
しかし艦これSSで有能な陸軍ってのはあまり見ないな
大抵は暴走するイメージなんだがw
イタ艦のヴィットリオはヴィットリオヴェネトなのかリットリオの間違いなのかどっちなのだろう?
ビッグEはいつでるのかねぇ…
79 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/13(火) 09:31:59.42 ID:WzsI5sF7O
乙乙
面白くなってきたな
80 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/27(火) 23:55:43.52 ID:22zuknzCO
そろそろ来るかなほしゅ
81 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 06:49:14.76 ID:NBdSDHsho

夕方 千葉沖 駆逐艦ウネビ 後部デッキ


「は〜い皆さん! ドイツ艦のお二人が来てくれましたよ〜」

グラーフ「よろしくお願いする」

ビスマルク「よろしくね」


ウォォォォォ カワイイィィィィィィ ホンモノダァァァァ


ウネビの後部デッキには人だかりが出来ていた。

横須賀へと帰港する道中で行われる、観艦式最後のイベントである握手会の影響である。


「では、お一人様十秒ほどの短い時間にはなりますが、どうぞ艦娘さんたちに激励のお言葉をお願いします!」


言葉を合図に、整理役の海兵が列を開放した。

一般人が雪崩のように艦娘の前へ押し出される。


「うぉぉぉ! ビスマルクさん握手して下さい」

ビスマルク「今日は来てくれてありがとう」

「あああ、感激です!! この手は一生洗いません!」

ビスマルク「いや、洗ってね?」

海兵「はーい時間です。次の人」



「はじめまして私、神奈川県三浦市在住で、地元の名士をやっている加羅と申します。ずっと前からビスマルクさんのことが」

海兵「はーい時間でーす。次の人〜」グイグイ

「短っ!!」

ビスマルク「あ、あははは」
82 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 06:50:08.01 ID:NBdSDHsho

「こんにちは!」

ビスマルク「こんにちは、小さなフロイライン」

「握手して下さい!」

ビスマルク「ええ。勿論」

「ダンケ!」

ビスマルク「こちらこそ。ダンケ・シェーン」

海兵「お嬢ちゃん、もう良いのかい?」


オイキタネーゾ! アキラカニジュウビョウコエテルダロウガ! ジョジョジャネーンダゾ!


海兵A「はーい。外野は黙ってて下さいね〜。貴重な十秒ですから」


「どうしたら私も艦娘になれますか!」

ビスマルク「そうね、立派な女性になれば艦娘になれるわ」(適当)

「分かりました! 私もビスマルクさんみたいな女の人になります!」

ビスマルク「……ええ。一緒に世界の海を守りましょう」ニッコリ

「はい! ありがとうございました!」

海兵「お嬢ちゃん、そろそろ時間だから」

「うん! 海兵さんもありがとう!」

海兵「どういたしまして」


タイオウオカシイダロ!!! オレニビョウナカッタゾ!!


海兵A「はいはい。大人と子供は体感時間が違いますので、ご注意下さいね〜次の人〜」





「あ、あの、グラーフさん」

グラーフ「ん? どうした。早くしないと時間切れだぞ」

「サイン下さい!」

グラーフ「お安い御用だ。貸してみろ……ほら」

「ありがとうございます! 家宝にします!」

グラーフ「そうか。こちらこそありがとう」

海兵「はい次の人〜」
83 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 06:51:26.26 ID:NBdSDHsho

「ぐふぅ、グラーフ氏」ムワァ

グラーフ(小汚い男だ)

「おおお、おっ、おっぱ」 海兵「はい時間でーーーーす」グイグイグイグイ

「おおおおおおおお!!!!!!」

グラーフ(……オッパイと言いたかったのか? 一体その発言に何の意味が……)

海兵「ネクスト!」



「握手して下さい!」キャッキャッ

グラーフ「ああ。勿論だ。今日は来てくれてありがとう」

「いえ! そんな! あの、グラーフさんて、何かお化粧とかされてますか?」

グラーフ「ん? ああ、いつもはしてないんだが。今日は特別にメイクさんがやってくれた」

「えっ、凄い。いつもお化粧してないのにコレって! ズルい!」

グラーフ「そうか? 何もずるくは無いと思うのだが」

「えーだって〜」

グラーフ「自分のことは分からないが、君は充分綺麗じゃないか」

「…………」ポッ

グラーフ「?」

海兵「いやーイケメンですねー。時間でーす。次の方」
84 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 06:53:06.63 ID:NBdSDHsho

「フヒッ、フフフ!」

グラーフ「……」

「自分軍事の、その中でも西洋の軍事史を極めんと試みている者なのでござるが、やはり人間の感情に着目し得ない歴史というのは学問的観点から考えても」

海兵「はい時間でーす」

「ぐぐぐぐぐう!? よ、要するにですなぐら、ぐら、グラーフ・ツェッペリン殿はドイツ海軍を多く沈めたイギリス艦、その艦娘について」

海兵「だから時間だ……ですよ〜!!」


グラーフ「構わない。聞かせてくれ」


海兵「……」

「は、はひぃ! イギリス艦娘について憎いと思わないのでござろうか!」

グラーフ「かつては恐るべき敵でも今は味方だから頼もしく好ましい、などという分かりやすい答えが私は嫌いだ」

グラーフ「私はあいつらが憎いし嫌いだ。だが、命令があればその気持ちも忘れる」

グラーフ「そして全部が憎くて嫌いなわけでもない。好きなところもある。何故ならば今の我々は同じ人間であり、今の私には昔は見えなかったものも見えるからだ」

グラーフ「何もかも許したわけではないが、何もかも許さないわけでもない」

グラーフ「玉虫色だが、一つの真実だと思う。どちらかと言えば嫌いだが、ただ昔の因縁で問題を起こす、なんて気は私個人としては無い」

グラーフ「こんな感じだ」

「率直なご意見、ありがとうございます。仰るとおり、それもまた、真実なのでしょう。直接聞けて良かった」ウンウン

海兵「キャラが、変わった……?」

グラーフ「一つ覚えておけ。イギリスだけは絶対に信用するな。これは歴史の真実だ」

「ああ、今も信じてませんからそこは大丈夫です。今日はありがとうございました」

グラーフ「ああ。素晴らしい心構えだ。機会があればまた、いずれどこかで」

「はい。失礼します」

海兵「つ、次の人〜」
85 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 06:54:15.06 ID:NBdSDHsho

独ヲタA「……」フーフー

ビスマルク「……」

海兵「はい時間でー」 独ヲタA「いや!? 拙僧まだ呼吸しかしてござらんが!?」

海兵「チッ」

独ヲタA「舌打ち!?」

ビスマルク「貴方、ラインの護りを歌ってた人の隣に居たわよね」

独ヲタA「あ、は、はい! 居ました! 隣に居ました!」

ビスマルク「あの人に伝えて欲しいの。『今日はありがとう。勇気が出たって』」

独ヲタA「……」ポロポロ

ビスマルク「ど、どうしたの?」

独ヲタA「俺も……ビスマルクさんに、そんな言葉をかけられてみたかった」

ビスマルク「あ、確かに少し貴方を飛ばして話をしていたわね。ごめんなさい」

ビスマルク「でも、貴方が来てくれたからこそ伝えられるのよ。だから……今日は来てくれて本当にありがとう」

独ヲタA「うううううう」

ビスマルク「今度から歌うなんて無茶は真似しちゃ駄目よ。観艦式に来れなくなるなんて、寂しいことだもの」

独ヲタA「分かりました。わがりまじだぁ!」

海兵「ほら……面会時間は終わりだ。お前の独房へ戻れ」

独ヲタA「ばい゛! 看守ざん゛!!」

海兵「次の人」
86 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 06:56:56.68 ID:NBdSDHsho

「こんにちは売春婦さん」


ビスマルク「……は?」

海兵「」ピクッ


誰もが聞き間違えだと思った。

艦娘の目の前に立っている背の低い娘の口から、そのような言葉が出てくるはずがないと。

「あら、おかしかったかしら? 金で自分の身体を売る存在を、この世界では売春婦と呼ぶんじゃなくて?」

ビスマルク「……聞き間違えでは無かったようね」

「いえ、売春婦のほうが艦娘なんて賤業より健全ね。だって、艦娘よりは尊敬できるんですもの」

海兵「ちょっと、お嬢さんピギュッ」


列整理の海兵から出た奇声は自らの意志によるものではない。

殴り飛ばされ、壁にめり込んだことにより肺が潰れてそのような音が出たのだ。


ビスマルク「っ!!!」

「うるさいわねぇ。今話してるんだから邪魔しないでよ」

ビスマルク(今、この子が殴ったの……?)



グラーフ「ビスマルク、どう……!?」

隣の雰囲気は、諍いを起こしていると言うには度を超えていた。


グラーフ(それだけじゃない。保安要員が武装している)


並ぶ一般人の列の中に『艦への侵入者』を無力化するため用意された、近接武器を装備した海兵が数多く紛れていた。


海兵C「C班、対象を後部デッキにて確認、応援を求む」ボソボソ


ナンダナンダ ドウシタンダ ザワザワ ナニカアッタノ ガヤガヤ


グラーフ(……この子には何かある)


ビスマルク「艦娘として戦うことが賤業だと言いたいの」

「いいえ。戦うことは素晴らしいことよ」
「でも艦娘は戦うことをせず、他人を巻き込んで下らないものを押し付けているだけじゃない」

ビスマルク「取り消しなさい! それは単なる侮辱では済まされないわよ!」

「歌って踊って握手会。戦ってないじゃない」

ビスマルク「……」


「戦った経験なんて無いんでしょ」


戦った経験が無い。

実戦経験が無いことは、ない。

無いなんてことはない。

例え定期便のようにやって来る敵の偵察部隊だけだとしても、私たちは命懸けで戦っている。

昔の世代の艦娘たちに比べれば全く戦っていないように見えたとしても、戦い自体は存在する。
87 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 06:59:53.91 ID:NBdSDHsho

ビスマルク「あ、あるに決まってるじゃない!」

「今の艦娘がやっているのは戦いなんかじゃなく、おままごとと一緒」

ビスマルク「貴女ね、何様のつもりよ」

「元納税者様よ。その立場から艦娘は理想語るだけのケツの青いガキだって言ってんのよ」


受け入れたくない。違うのに、胸に刺さる。


「今の艦娘は自分が存在だけを消費する、無価値な存在だもの」


私は小さい頃から艦娘になりたかった。

候補者になれたのも、艦娘になったことも嬉しかった。

皆を守ることが出来ると思った。


ビスマルク「違う」


だが現実はどうだ。

演習と歌と、握手会ばかりじゃないか。私はこんな些細なことにすら緊張して。



「艦魂が見せてくれる戦艦の幻想はさぞ重荷でしょうね」ケラケラ



ビスマルク「違うっ!!! 私は命を賭して!!」


何かが頬を伝う。


「あ……っ。……自覚もあるみたいね」


ビスマルク「っ」



私は泣いてしまっていた。




グラーフ「小娘、言いたいことはそこまでか」


私の戦友、彼女は左手で優しく私を抱き寄せる。


グラーフ「確かに私たちの実戦経験は、先の代の艦娘から見れば劣ったものだろう」


「……」
88 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 07:02:45.00 ID:NBdSDHsho

グラーフ「だが単に情勢が変わったに過ぎない。何ら恥ずべきことではない」

「へぇ。開き直ってるわけ。自分の正しさを信じられているの?」

グラーフ「正しい。信じるに値する。この行いは秩序を守る行為だ。逆に私には貴様が、時代錯誤に無駄な血を求める狂者にしか見えないが」

「ふふふ。そう?」

グラーフ「ああ。価値観は、とても相容れないだろう。ならば話す価値もない」


伊艦推しD「間違いありません。あの女です」ボソボソ

艦長「……そうだ。あれは比屋定さんだ。写真で見たものと一致している」

伊艦推しD(一体どんな仕掛けなのやら)


「例え時代が変わろうとも、人として大切なことは変わらない」

グラーフ「そうだな。そこは同意だ」

「でもまぁ、私も話して分かり合う気なんて無いし」

ビスマルク「……」ポロポロ

「狂信者さんより、自分の誇りを信じきれてない愚か者の方が私は愛おしいかも」


艦長「貴女は比屋定海月さんですね」


艦長の声は、海兵による包囲が完成したことと同義だった。

いつの間にか一般人が押し下げられ、厳つい顔をした男たちによる囲いが生まれていた。


日の沈んだ暗い海。

甲板上の灯りが眩しいほどに、夜の帳が海を覆い尽くす。


「だったら何かしら」


艦長「ご同行下さい。私たちは貴女の味方です」


「私の味方はこの世に一人だけよ。海軍だって敵」


艦長「私も八雲さんの仲間です」


「……そう。艦長さん、八雲は今何してるの」


艦長「大湊で艦娘たちの提督をしています」


グラーフ(!!)


「あの子ならまだ残ってても不思議じゃないけど……ふっ、あは」
「あはは! 冗談でしょ? 霊素体の女が艦娘のお守りだなんて皮肉にもなりやしない」


ビスマルク(……霊素体?)


艦長「本当です。海軍は変わりました。比屋定さんに会えば八雲さんもきっと喜びます。どうか、お願いします」


「結構よ。今日は挨拶しに来ただけだから。八雲によろしくね」


艦長「っ!? 取り押さえろ!!」
89 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 07:04:55.36 ID:NBdSDHsho

結果として艦長の指示は無駄になった。


彼女は走り出し、海兵による包囲を力任せに突破すると瞬く間に甲板の手すりの上まで到達したからだ。

「な、なんだ! やめてくれ」

「おがあさぁぁぁぁん!!」

「夜の海は危険がいっぱい。日本海軍さんはこの場合、何を優先するのかしら」


右脇に小さな女の子を抱え、左手で成人男性の首根っこを抑えた彼女は口だけで笑う。


ビスマルク「あの子、さっき私と握手した……!」


「ほら、落ちるわよ」


ビスマルク「え」


小石でも投げるかのように、彼女は左手を振りかざす。

伸ばされた左手の指先は何も掴んでいなかった。


手すりのすぐ向こう側へ、暗く静かな夜の海へ吸い込まれるかのように男性は落ちていく。


「か……海中転落! 海中転落だ!!!」


一般人がパニックに陥るのと、海兵の一人が叫んだのはほぼ同時だった。


「落ちたぁぁぁ!  人が落ちたぞぉぉぉ!!」

「キャーッ!!! キャァアァァ!」

艦内へ逃げ込もうとする人の流れに、海兵たちは完全に飲まれてしまう。

海兵B「どいてください!! 皆さん落ち着いて!」

「逃げろ! 襲われるぞ! 助けてくれぇぇぇ」

独ヲタA「みんな! 落ち着けよ! 大丈夫だ!」

「おい、押すなよ! 落ちちまぁ……あっ」……ドボン

「う、うわぁぁぁ」

海兵C「こ、こちらでも海中転落っあああああ」ドボン


甲板後部デッキの混乱が極に達したタイミングを見計らい、彼女は女の子に喋りかける。


「手間をかけさせないでよね。……さ、行きましょうかお嬢ちゃん」


そして自らも甲板手すりの向こう側へ、海へと落ちていく。


ビスマルク「どきなさい! どきなさいってば!!」

グラーフ「これでは我々が動けない!」


艦娘の声すら今の一般人たちには届かない。


「艦長! 停止せねば転落者がスクリューに!」

艦長「……もう遅い。観閲部隊旗艦へ打電。緊急事態、海中転落発生、転落者は複数、推進器巻き込みの可能性あり。送れ」

横須賀へと帰港しようとする単縦陣の観閲部隊、そのほぼ中央に位置していたウネビで起こった混乱と事故は、全ての始まりに過ぎなかった。
90 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 07:09:14.22 ID:NBdSDHsho

夜 千葉沖 駆逐艦カイヨウ CIC


軍令部総長「何がどうなっている!」


怒りで顔を真っ赤にした男が入ってきた。


「詳細については現在交信を続けていますが、比屋定海月と思われる人物を確保しようとし、その過程で転落事故が起こったようです」


軍令部総長「そんなことは今は良い! 敵はどこにいる!」



『敵』



そう、敵が現れたのだ。


「第一管区の45-99、47-78、54-71から水上艦隊目掛け押し寄せています。速さから見て駆逐艦。総数で400を超えるものと思われます」

「同上海域において、警備部隊が交戦状態へ突入」


軍令部総長「戦況は」


「良くありません。突破されつつあります。警備部隊統括司令官より、総長殿に羅針盤起動の要請が入っています」

軍令部総長「起動無しで撃退できないのか」

「艦娘は20程です。押し留めるにも頭数が足りません。空母も夜間着艦は困難です」


相当な権限を委ねられた現場指揮官でもなければ、羅針盤の起動と停止は大本営もしくは軍令部のトップが管理している。


軍令部総長「……起動を許可する。後の戦闘は現場指揮官に任せるぞ」


軍令部のトップとして、彼には少しだけ逡巡があった。

日本近海は安全な海であるという最早誰しもが持ちえる常識。

起動すればソレが揺らぐ。

だが、これ以上民間人及び海軍軍人の犠牲を出すわけにはいかない。


常識が揺らぐ以上に、海軍に傷を残すわけにはいかないのだ。


ここで羅針盤について少し説明しておこう。

羅針盤と呼ばれる妖精の産物は、艦娘と組み合わせ運用することにより効果を発揮する。

要は艦娘と深海棲艦による陣地取りゲームを行うための舞台装置と考えてもらってよい。

起動することによりだだっ広い海域をボードゲームの盤面のように区切り、彼女たちはマスを取り合う。

だだっぴろい海を狭くすることで恩恵を被るのは深海棲艦ではなく艦娘である。

羅針盤によって制限されて困るのは数の多い深海棲艦の方なのだから。


軍令部総長「何が起こっているんだ」


呟くように吐き出されたその疑問に答える者は誰も居なかった。
91 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 07:11:11.71 ID:NBdSDHsho

夜 千葉沖 交戦海域 


戦闘機動で不自然に波立つ海面、波音をかき消す砲音、踊る女たち。


雲龍「……」


『空母による夜間戦闘は望ましくない』

海軍教本にもあるように、彼女は現状戦力外となる。

頭数の少ない艦娘による迎撃、戦況は芳しくなかった。


八雲「雲龍、聞こえてるかい」

雲龍「提督! ご無事ですか」

八雲「総長殿から羅針盤起動の許可が降りた。護衛部隊を正規戦闘用に振り分けな」

雲龍「そのことは統括司令官から既に」

八雲「上々。現場まで混乱して無くて良かったよ。ならアンタも艦載機を出しな」

雲龍「ですが、夜間ですので」

八雲「ここは遠洋じゃない。常識に囚われるんじゃないよ」

雲龍「! 可能なのですか」

八雲「ああ。館山でも何でも使えるものは使う。基地の着陸許可なんて気にしなくていい」

雲龍「ありがとうございます。他の空母にも伝えます」

八雲「絶対に帰ってくること。命令だよ。……武運を」

雲龍「はい!」
92 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 07:14:10.29 ID:NBdSDHsho

朝 横須賀鎮守府 長官室 +13日


観艦式の騒動が収束して半日、手狭な長官室には四人の男たちが集まっていた。

寝ずの夜を過ごしたそれぞれの目の下には黒く大きな隈があったが、眠気は顔に出ていない。


軍令部総長「内閣へ提出する草案は?」

海軍次官「ゴホン。はい。多くの混乱がありましたが、一般人及び海軍内での死亡者はゼロ。ですので、羅針盤起動と国民混乱の責任を取り、観艦式を自粛する流れに持っていきたいと考えています」

海軍大臣「やーやー。少し軽すぎやしないかい。総理に会見で平謝りさせたのに、それじゃ駄目でしょう」

横鎮長官「ウネビの艦長は当然として、この場の誰かの首が飛ぶことになるのかなぁ」

軍令部総長「……」


トップが問題の責任を取るとはそういうことだ。……馬鹿らしい。何故俺がこんな些事で。


海軍次官「辞職の件ですが、陸軍からの援護射撃がありました。『不測の事態を予測していなかった責任は官民両者にあるのではないか』と」

横鎮長官「ほう。ウチが言うと責任逃れに聞こえるけど陸さんが言うと説得力が違うね」

海軍大臣「うんうん。報告は受けているよ。でも、それに甘えちゃ借りを作ることになる」

軍令部総長「いや、今回は甘えよう。観艦式は軍政、軍令どちらにも関わる事態だ。両者が責任を取るとなれば相応の痛みを伴う。現状では避けたい」

海軍大臣「おやおや、君にしては随分と腰が引けてるじゃないか」

軍令部総長「率直に言うなら、俺はこの地位にしがみつきたい。この有事に、俺以上に有能な総長は望み得ない。客観的な判断だろう?」

横鎮長官「あー、なんともまぁ、大胆というか」

海軍次官「ゴホン。艦母会は総長の更迭を求めていますが」

軍令部総長「意味不明な上に生っちょろい。願うだけなら市井でも出来る。俺を変えたきゃピストルでも持って来いと伝えておけ」

海軍次官「ゴホン。分かりました」
93 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 07:17:14.34 ID:NBdSDHsho

海軍大臣「ではでは、次官君に海軍声明の草案は任せるとして。何が起こったかを話しましょう」

軍令部総長「責任のやり場を優先して、原因と事態の把握を後回しとはなんとも」

海軍大臣「平時とはこういうものだと思うよ」

軍令部総長「今は戦時だろう」

海軍大臣「感覚が麻痺するほど長い戦時など、平時だよ。もっと言うと、昨日から我々は新たな戦時に突入したのかもしれないね」

軍令部総長「……」


九十九里の観艦式で起こった一連の騒動は世間を賑わせていた。

情報統制を徹底する前に、騒動は深海棲艦との開戦時とは比較できないほど発展した各種SNSを通じたネット上でパンデミックを起こしていた。


・日本の近くに深海棲艦が出たらしい。

・横須賀では陸戦隊1個連隊が臨戦態勢で待機している。

・海中転落で本当は死亡者が出ているのに海軍はその事実を隠蔽している。

・本当は艦娘に戦死者が出たらしい。隠蔽している。

・海軍大臣と総理は何故観艦式に出席していなかったのか、襲撃は予測できていたのではないか。ユダヤの陰謀だ。

・襲撃を何故察知できなかったのか、日本の守りは万全ではなかったのか。



騒動に関して真実が1%、虚実が99%。大元が間違っているのだから正しい判断など出来ようもない。


そこに溢れているのは無力な人間が持ちうる、不満と、疑念と、恐怖だ。


本来ならば一人の感情や内面でしかない筈のモノが、電子の海に放たれる。

黒色をした情報は希釈されること無く、他の者が持つ偏見という名のフィルターに通され濃度を増す。

希望よりも絶望がよく馴染む海。現実と同じだな。

賢く泳いでいるつもりがいつの間にか溺れているマヌケ共め。

そもそも、ネットは自分が欲しい情報しか与えてくれないのだ。

集合知による善意の場などではなく相互監視装置でしかない。

だからこそ軍は……もういい。馬鹿に馬鹿と言っても仕方がない。


俺はたった一つの事実だけ見つめれば良い。

国民の手に再び近づきつつあった平穏な海。

そいつはやはり夢だった、という事実を。
94 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 07:25:35.20 ID:NBdSDHsho

海軍大臣「まずは諸悪の根源である……比屋定さんの存在の確認と、その正体だ」


ウネビで何が起こったかをこの部屋のメンバーは把握していた。だからこそ、気になる。


横鎮長官「あー。正体も何も。写真と動画で確認したけど、間違いなく比屋定さんだったよ」

軍令部総長「顔を似せているに違いない。本人なわけがない。四十年前の亡霊とでも言うつもりか」

海軍次官「ゴホン、私も総長に同意です。有りえません」

横鎮長官「あー、いや〜本人の可能性もあるよ」

軍令部総長「老化しない人間が居るわけ無いだろう」


海軍大臣「えーえー……本当に最悪の想定だが、比屋定さんが八雲さんと同じ状態ならどうかな」


自分の体温が下がるのと、部屋の空気が凍りついたのが分かった。


比屋定海月を名乗る存在が持つかもしれない不老の肉体。


救出された少女、現場に残った証拠。


逃亡と駆逐艦による攻撃のタイミング。


両者は何らかの形で手を結んでいる?


まさか、それは無い。


…………いや違うだろう。お前が無いと信じ込みたいだけだ。


残った証拠から、どう考えても自称比屋定海月は霊素体であるかもしれず、深海棲艦と協力関係にある可能性は非常に高い。


軍人たるもの最悪を想定して動け。



軍令部総長「海軍省や外局に存在する、凍結された霊装魂計画に関する資料を全部持って……いや、俺が省まで出向く。用意してくれ」

海軍次官「……了解しました。連絡しておきます」

海軍大臣「やっぱり……やっぱりその結論に行き着いちゃうよねぇ。僕も海軍省に戻る」

軍令部総長「軍令部の部長、課長クラスも事情を話し同席させるぞ」

海軍大臣「うんうん。問題ないよ。広い部屋を用意させよう」

横鎮長官「あー、自分も同席したいが駄目かね」

軍令部総長「横鎮長官殿、残った深海棲艦対策……いや第一管区の海を頼みたい」

横鎮長官「あー……了解した」


軍令部総長「敵が霊装を使う深海棲艦の群れであった場合、艦隊保全を優先するように」

95 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 07:33:48.71 ID:NBdSDHsho

昼 横須賀基地 将官用の割り当て部屋


女はただ物憂げな表情で天井を見つめていた。

いつもの起床時間をとうに過ぎているのに、布団から出る気も起きない。

寝る前はいつも通り気丈に振る舞えたのに、今は何かスイッチが切れてしまったかのように身体が動かない。

枕元に置いていた携帯は、私を心配する年下の男どもからの着信でうるさいため昨日から電源を落としてある。

何人か扉を叩く者が居た。それも全部無視した。

私の意識と興味関心は、まだ観艦式での出来事にあったから。




「比屋定さん」



ミヅキさん。いいや、あれはクラゲちゃんか?


何故生きている。何故あの時と同じ姿をしている。…………嫌だ。考えたくない。



「……なんで今さら出てくるんだよ」



私は確かに呟いた。



口から飛び出してきた言葉は、自分自身にとっても意外なものだった。

私はこの何十年、比屋定海月という存在を追い求め続けていたのに、何故私は困っている?


『比屋定さんの死の謎を明らかにする』


それは私にとって大切な仲間である比屋定さんとの絆のために。

比屋定さんと、自分自身の誇りのために。

比屋定さんと私が居た、私が大好きな海軍という組織における、私が信じ守るべき秩序のために。
96 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 07:39:56.95 ID:NBdSDHsho

「ああ……だからか」


いつの間にかすり替わっていたのだろう。目的が手段に変わるように。私の心は変わってしまっていた。


「私はアレだけアンタの名前を口にしてたのに、存在を忘れかけてたんだ。自分ばっかり見つめてアンタの名前に縋って生きて」


熱いものが頬を伝う。


お前は何様だ。何故一人だけ無様に生きながらえた。何のために、私は何のために……?



『好きよ、八雲』



脳裏をよぎる彼女の優しい表情と言葉。


ごめんなさい、と。私は子供のように何度も呻く。


苦しみながら言葉を吐き出し、また飲み込み、吐き出す。



誰にも届かない自分の気持ちが今はただ苦しい。
97 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 07:41:11.38 ID:NBdSDHsho

小休止
98 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 10:28:45.01 ID:NBdSDHsho

昼 横須賀鎮守府 ドイツ艦娘用控室


雲龍「駄目。提督はどこにも居ない」

グラーフ「……何をしているんだこんな大事なときに」

ビスマルク「……」


グラーフ「比屋定について聞きたいことが山ほどある」


ネットでパンデミックを起こしたのは国民の黒い感情だけではない。


『比屋定海月』


この名前は日本サーバーのデイリー検索ワードランキングで1位をとっている。

まだ日付を跨いで半日も経っていないというのに。

仮に昨日の夜から集計しているとしても異常なペースだ。


グラーフ「……」


手元のスマホに視線を落とし、自分でも検索してみる。

関連ワードとして『霊素』『自殺』が出てきた。一先ず上から順に読んでいくことにした。

Wikipediaを開く。

ふむ。どうやら彼女は新元素を発見した科学者であることは間違い無いらしい。

そして発見された新元素『霊素』に関して日本における第一人者であり、その手腕を買われ様々な方面から誘わるも海軍の艦政本部からの誘い以外すべて断った、あ、要出典とある。

艦政本部においては造船を担当する第四部に配属され、特ヒト課(特1課)と呼ばれる対深海棲艦兵器の開発にプロジェクトリーダーとして参加する、ここも要出典。


グラーフ「これはもしや霊装魂計画を指しているのか……?」
99 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 10:30:26.62 ID:NBdSDHsho

艦娘に関するゴシップあるいは都市伝説のようなものかもしれない。

歯切れの悪い言葉になるのは、ソレらが噂の域を出ない代物だからだ。

現在のような艦娘による迎撃システムが構築されてない時代、つまり約40年前には……新たな敵に備えるための様々なアイディアが試されていた。

アメリカで核兵器開発に関わったマンハッタン計画のように、艦娘開発に関しては、大きく分けて3つのプランが日本には存在したと言われている。

・自律機動戦闘艦計画

・艦娘計画

・霊装魂計画

見て分かる通り、艦娘計画が発展したものが現行の迎撃システムに採用された訳だが、残り2つに関しては、私の主観で言わせてもらえば……端的に言うと狂っていた。


ナノマシンで構成された疑似生命に人格を与え人間の代わりに戦わせる自律機動戦闘艦計画

多くの適合者が見込めるが、使うたび装着者の命を削る霊装魂計画


特に後者に関しては実験段階で多くの死者や廃人を出す苛烈なものであった、と言われている。


本当に、このような正気の沙汰とは思えない計画なぞ存在自体がおぞましい。

だが当時の人々の心境を考えればまたやむ無し、なのかもしれない。

……ま、単なる噂なのだが。


グラーフ「記事の続きを読むか」


横道に逸れてしまっていた。私の悪い癖だ。
100 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 10:31:17.17 ID:NBdSDHsho

グラーフ「む? 入水自殺?」


出典として示された数字をタップしリンクへ飛ぶ。更にリンクをタップすると神奈川地方紙の記事へと飛んだ。



6日未明、神奈川県横須賀市の海岸において、入水自殺。「不甲斐ない私を許して下さい」

6日午前3時50分ごろ、横須賀市郊外にある海岸近くの住民から「女性が入水自殺している」との通報があった。
警察と海保が駆けつけ海中捜索も行われたが、現場付近は海流が複雑に入り乱れる海域であり、未だ発見には至っていない。
海岸近くに停められた車には、遺品、遺書と思われるものが多数残されており、そこから行方不明者の身元は比屋定海月(ひやじょう みづき)氏(33歳)であると確認され、動機などについて警察が調べを進めている。

氏は日本海軍艦政本部に勤務する研究員であり、三日前から無断欠勤が続いていた。
また、時折同僚らに「死にたい」と漏らすこともあったという。
遺書には「計画は失敗しました。不甲斐ない私を許して下さい」等と書かれていた。
氏は研究チームの主任を務め、日々この重責に耐えていたのではないか、と関係者は語っている。
自殺について海軍報道官は「自殺を事前に防げず誠に遺憾である。事実関係を明らかにし、問題点を探った後、再発防止に努めたい」とコメントしている。
101 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 10:32:22.93 ID:NBdSDHsho

グラーフ「おかしな記事だ」


目撃者が彼女を発見した時間帯が怪しい。

というより文章全体から胡散臭さが伝わってくる。


グラーフ「自殺に関する記事とはこのようなものなのか?」


普段自殺した人間の記事にはあまり詳細に目を通さないため、よく分からないが。


後半はどことなく『この女は死んだんだぞ』と思わせたがっているようにも見える。


Wikipediaは自殺記事で終わっており、検索結果へとバックした。

後はSNSのまとめ記事ばかりが引っかかった。
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