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【艦これ】鳥海は空と海の狭間に

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96 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/03(日) 18:28:46.83 ID:R6k/E6dF0


「まるでミイラだね」

「覆面じゃない?」

島風と天津風が好奇の視線をそそいでいた。

川内は当然とばかりに答える。

「アイドルは顔が命なら、このぐらいはしておかないとさ。空襲の時には火傷もしたんだし」

「だからってやりすぎだと那珂ちゃんは思うな。ケガする前にケガしてるみたいで」

「ひとまず那珂ちゃんさんのことは置いてください」

話をさえぎり、確認の意味も込めて鳥海は伝える。

鳥海の艤装にいる見張り員も敵の居場所を捉え、おおよその距離を割り出していた。

「予定通り、島と港湾棲姫への攻撃は戦艦のみなさんにお任せします。その間、私たちは比較的近い十一時の敵艦隊から叩きます」

二時方面の敵には那智たちを当て、了解の声を聞いてから鳥海は続ける。

「混戦が予想されるのと陸上からの砲撃もあるので、探照灯の使用は控えてください。各隊、僚艦の位置を意識して常に互いがいるのを忘れずに!」

鳥海は一呼吸はさみ、そして声を張る。


97 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/03(日) 18:31:22.70 ID:R6k/E6dF0


「それではみなさん――」

「夜戦の時間だあああぁぁっ!」

「ちょっと姉さん!」

「いいんです。私も夜戦は好きですから。みなさん、存分に暴れてください!」

鳥海はすっかり乗り気になっていた。

神通はため息をつくような反応を見せるが、表情はどこか嬉々としている。

「……同類でしたか」

「夜戦が嫌いな艦娘なんていませんよ。摩耶、島風、天津風さん。行きましょう!」

「ああ、ずるい! 夕立、時雨! あたしに続け!」

「ナイトパーティーも素敵にしましょ!」

「那珂ちゃんの包帯が羨ましいね……あれなら雨が降っても汚れない」

「なんか物騒だよ、時雨ちゃん!? あとマフラーだからね?」

「遅れてますよ、那珂ちゃん!」

「私が妙高姉さんの分も働かないと……飢えた狼の実力、目に物見せてやるわ!」

「気負いすぎないでね、足柄。綾波と敷波は側面に!」

「綾波、あんたは言われた通り前に出すぎないでよ? 後ろを守るのも大変なんだからさ」

「分かってるよ、敷波。さあ行こう! まずは照明弾から!」

「ほんとに分かってるのかよ……」

戦意の高い前衛は当たるを幸いに深海棲艦に強襲をかけていく。


98 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/03(日) 18:32:54.82 ID:R6k/E6dF0


深海棲艦も数で押し立てて反撃を試みるが、勢いを止めるどころか逆に頭数を減らされていった。

鳥海は先行しながら通常の砲戦よりもさらに距離を詰めて、砲撃を加えていく。

タ級二隻をすでに沈め、今また魚雷を撃たれる前にチ級雷巡を藻屑の一つに変えている。

鳥海には敵の攻撃も集中していて、大口径砲の直撃こそ避けているがロ級やハ級といった駆逐艦の砲撃が何度か艤装を傷つけていた。

撃ち返す形で鳥海や護衛の島風たちの砲撃が、深海側の駆逐艦たちを逆に沈めていく。

鳥海はさらに別のタ級戦艦を見つける。赤いサメのような目をしたタ級は砲塔を巡らすが、すでに鳥海は射線上から外れていた。

戦艦と言っても全身が堅牢ではない。艤装で守られているが、ル級にしてもタ級にしても生身部分の下腹部より下は比較的脆い。

鳥海は砲撃を受ける前に十門の火砲をそちらに集中させる。

直撃弾を受けてタ級が姿勢を崩すと一気に肉薄し、互いの砲撃が交錯する形で撃ち合った。

かすめた砲弾が鳥海の髪を巻き上げる中、さらに直撃弾を受けたタ級は支えを失ったように海中に沈んでいく。

一息つく間もなく横から飛びかかってきたロ級を横転するように避けるなり、高角砲で海面を叩くように撃ち返して沈める。

鳥海は周囲を警戒しながら僚艦の様子を、そして戦場全体の戦況を確認しようとする。

摩耶と島風は複数の軽巡を沈め、天津風が援護に回りながらも行き足が遅れ気味になっているのを見てペースを落とすのも考える。

前衛の戦況は艦娘が押しているが、戦艦部隊が苦戦しているのは通信から分かった。

長門とビスマルクは損傷により戦列から離れ、日向とリットリオは主砲の一部が使用不能にまで追い込まれている。

『砲台は残り二つ。怯まないで!』

陸奥の号令の下、戦艦部隊は砲戦を継続している。


99 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/03(日) 18:33:52.24 ID:R6k/E6dF0


鳥海に合流した摩耶が訊く。

「どうする、あたしらも島に?」

「そうね……でも、私たちの主砲じゃ力不足かも」

その時、天津風が何かに気づく。

「待って、連装砲君が何か見つけたみたい。二時の方向、島に……あれって姫じゃない?」

戦艦部隊と砲台の砲戦は未だに続いていたが、天津風が見つけたのは間違いなく港湾棲姫だった。

姫はいくつもの砲塔を鈴なりにした艤装に似た装備を背負ったまま、物々しさに反して軽やかに着水する。

海に入った姫の周囲に呼応するように、金色に目を輝かせたル級とリ級も次々と姿を現す。

「逃げようって腹か!」

「そうはさせません! みなさん、姫を発見しました! 位置は――」

言い終える前にリ級の一隻が鳥海に探照灯の光を浴びせる。突然の強烈なハイビームに鳥海は顔を手で隠すが、間に合わずに視力を奪われた。

鳥海たちは一箇所に留まり続ける愚は犯さなかった。

すぐさま摩耶が前に出てリ級に砲撃を浴びせるが、リ級は照らすのをやめない。

そして鳥海だけにでなく、至る所で深海棲艦たちは探照灯を艦娘たちに向け始めた。

光の照射先は無作為だったが、照らされた艦娘たちには砲撃が集まってくる。


100 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/03(日) 18:41:02.48 ID:R6k/E6dF0


直感で縦横に動く鳥海を狙って、ル級とリ級の砲撃が追うように夜の海に黒い水柱を噴出させていく。

直撃こそ避けているが、破片や至近弾が艤装を叩きへこませ、アンテナを折り曲げ、ジャケットやスカートを痛めつける。

「っ……せっかく夜目に慣れてたのに!」

敵に集中的に狙われてる現状よりも、視力を一時的に奪われたのが鳥海の戦意をかき立てる。

港湾棲姫はわずかな護衛を伴って包囲を突破しようと移動を始めている。

摩耶の放った一弾が探照灯を放っていたリ級に直撃し沈黙させた。

すぐに別のル級が今度は島風を探照灯で浮かび上がらせる。

「おぅっ! やめてってば!」

島風はすぐに光の照射範囲から逃れるが、ル級はなおも追ってくる。

深海棲艦の狙いは明白だった。港湾棲姫を逃がすために進んで囮になって時間稼ぎをしようとしていた。

「鳥海、姫を追え!」

島風を狙うル級に砲撃しながら、摩耶が叫ぶ。

「けど!」

「けど、なんだ! こっちは三人でどうにかできる。だったら一番腕の立つやつが追ったほうがいいだろ!」

「そうよ。それにあたしにも活躍させてよ。あなたたちと戦えるって証明させて」

天津風が摩耶を援護する。

鳥海はそれでも躊躇ったが、迷いをすぐに捨てた。迷ってる時間が一番危険で無駄で、それなら動いたほうがいいと割り切って。

「ここはお願いします!」

「おう! とっとと片付けて合流するからさ」

鳥海は反転し港湾棲姫を追い始める。距離を取られたとはいえ、姫たちの速度は二十五ノット程度で十分に追いつける位置だ。

一方の摩耶たちは砲戦を行いながら、進路上に味方艦がいないのもあって雷撃に移ろうとしていた。

速度の優位性を生かして、斜め後方に回り込んで射線上へと突入を始める。


101 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/03(日) 18:41:39.84 ID:R6k/E6dF0


「……ねえ、天津風。さっきのどういうこと。証明したいって」

「今する話?」

三人はすでに雷撃体勢に入っている。ル級だけでなく、姫と一緒に現れた他の深海棲艦も射線上に収まっていた。

ル級たちは探照灯だけでなく反撃の応射も始めるが、砲撃は海面を叩くばかりだった。

あとは距離を縮めて発射すれば当たるのを祈るばかりだ。

少しの沈黙ののちに天津風は答える。

「島風と連携が取れるからって原隊から外されて組まされたのはいいけど、三人ともやたら練度高いし……」

「お前、そんなこと気にしてたのかよ」

摩耶の声が無神経に聞こえて、天津風は視線は敵から逸らさないが口は尖らせる。

「そんなことって何よ! あたしには十分な悩みよ。自分だけついてくのがやっとなんて」

「なんかごめん……」

「島風のせいじゃないわよ。あたしは泣き言ならべてる自分ともお別れしたいの!」

「ま、頑張りな。そういう気持ち、分からなくもないし」

「上等よ。いい風吹かせてやるんだから!」

そうして放たれた魚雷はル級や後方にいたリ級を足元から食い破った。

「やった! 見た、二人とも? あたしだってできるんだから!」

「うんうん!」

「よーし、油断せず行くぞ。こっちも姫を追わなきゃならないからな!」

実際には誰の魚雷が命中したのかまでは特定できないが、雷撃の成果は天津風に自信をもたらした。


102 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/03(日) 18:46:50.33 ID:R6k/E6dF0


─────────

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鳥海は港湾棲姫を右後方から追いつつ、各艦に現在地と姫を追ってるのを伝えた。

他の艦娘たちも姫を止めようと動くが、深海棲艦も持久するように動きが変わってくる。

港湾棲姫の護衛は一隻ずつ隊列から離れて、進路上の艦娘たちを砲戦に引き込んでいた。

ほとんどの艦娘たちが足止めを食らい満足に動けない中、鳥海は港湾棲姫を追う。

護衛が迫ってこないので次第に距離が縮まり始める。

砲戦距離には入っていたが砲撃は始めない。迎撃がないなら近づけるだけ近づいて――できれば雷撃の必殺距離まで到達しようと鳥海は考えていた。

その時、港湾棲姫が鳥海を振り返る。姫の背負う右側の砲塔が鳥海へ指向していた。

狙われている。という思いに鳥海の背筋に悪寒が走った。鳥海が斉射を、港湾棲姫が右側にある砲塔を撃ち放つ。

より弾速の速い港湾棲姫の砲撃が先に到達する。

正面、そして上から殴りつけるような振動が鳥海を襲う。

「うぁっ! やっぱり姫は手強いわね……」

鳥海本人は幸運にも悲鳴ですんだが、艤装は運に恵まれていなかった。

左舷側の二基の主砲は基部から吹き飛ばされ、高角砲群も全滅。

火災も発生し延焼を防ぎ鎮火するために、海水を使った自動消火装置も作動し始める。

火力の四割を失ったが、鳥海の体は無事だったし機関部にも損傷はなかった。

逆に港湾棲姫も砲撃を回避しようとするが次々と被弾していく。しかし当たった弾のほとんどは厚い装甲に阻まれ弾き返されてしまう。

装甲の薄い舷側に当たった一発だけは艤装に穴を開けたが、港湾棲姫の撤退を阻めるような損傷でもない。


103 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/03(日) 18:49:05.69 ID:R6k/E6dF0


『鳥海、こちらも姫を追撃するわ。状況を教えて!』

高雄の声が鳥海に届くと、すぐに位置関係を伝える。

鳥海は砲撃を続けながら弧を描くように転進して港湾棲姫の真後ろにつける。死角に回れば砲撃の手が弱まると考えて。

『損傷を受けましたが、まだ戦えます。それと強敵なので気をつけてください!』

『強敵なのは分かりきってることじゃない』

たしなめる声音に、鳥海は頭を冷やそうと胸中で思いながら進路を変える。高雄たちを含めた位置関係を考えて、港湾棲姫の真後ろから側面へと。

港湾棲姫は撃ち返してこないが、砲撃を避けるように向きを変える。

『今から姫をそちらに誘導できないかやってみます!』

砲雷撃で港湾棲姫の進路を誘導する。

港湾棲姫も砲撃を避けるように動くので誘導は不可能ではなかった。

しかし鳥海の胸中には疑念もある。

「どうして逃げるの?」

敵わなければ撤退する。それが当然でも、その方法が鳥海には引っかかっていた。

同じ撤退でも進路上の相手を排除しながら撤退すればいいはずだし、自分のような追っ手は邪魔なはずなのに、と。

回避行動にしてもそうだった。鳥海の砲撃がほとんど有効打になっていないのに避けようとしている。無視して突っ切れば、もっと早く移動できる。

弾か燃料が少ないのか、それとも経験が足りなくて判断を間違えているのか。鳥海は理由を推測するが確証に繋がる材料もなかった。

いずれにしても撃つと決めた以上、鳥海は無事な右舷側の主砲を撃ってから魚雷を放射する。

砲撃を避けようとするなら雷撃も避けようとするはずだが、包囲しようという動きに気づいていれば動きも変わるかもしれない。

港湾棲姫は雷撃から逸れる角度を取ると、そのまま直進する。正面から迫る高雄たちを突破する形だった。


104 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/03(日) 18:51:21.02 ID:R6k/E6dF0


高雄以下の砲撃を受けながら港湾棲姫も反撃する。最も火力があるのを足柄と見て取って、彼女に狙いを定める。

瀑布のような水柱に足柄の体が包まれるが、すぐにそれを突き破ってくる。

「まるで扶桑型じゃない! けどね!」

十門の主砲をかざす足柄は皮肉ではなく狼のようだった。

「このぐらいで足柄が怯むとでも!」

主砲を斉射。と同時にほぼ直線上に十六本の魚雷を二度に分けて放つ。足柄はさらに主砲を撃ち続ける。

徹甲弾に続けて撃たれ、痛みに身をよじりながら身を守るように港湾棲姫は両腕で頭と体を隠す。

高雄たちの砲火も殺到し、岩を切り出すように砲弾が港湾棲姫の身と艤装を削っていく。

そこに足柄の魚雷が到達し連鎖的に水柱を上げる。港湾棲姫が苦痛に叫ぶ。二射目の魚雷よる水柱がその声もかき消す。

足柄は勝利を確認していた。少なく見積もっても魚雷が四本は命中したと見たからだ。

沈んでいなくても大破間違いなしと見なして。

しかしそれは間違いだった。

「カン……ムス!」

港湾棲姫が足柄に向かって突進してくる。その速度はまったく衰えていない。

姫は目を赤く光らせ、かぎ爪のような両手にも赤い光をまとわせている。

間違いなく傷ついていた。白い体の至る所には黒い体液がにじみ、額の角は根本から折れている。

艤装らしき装備もねじ曲がったように見える主砲があるし、黒く汚れた穴もいくつか空いていた。

それでもなお港湾棲姫は健在だった。


105 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/03(日) 19:01:45.05 ID:R6k/E6dF0


「こんの!」

不意を突かれた形の足柄だったが主砲を浴びせる。

姫の体にまともに徹甲弾が命中するが止まらない。

港湾棲姫は激突するように迫ってくる。

「離れて、足柄さん!」

追いすがってきた鳥海が間に割って入る。

鳥海はとっさに左腕を盾代わりにしていたが、港湾棲姫の振り回した腕が鳥海の体を軽々とはね飛ばす。

「ああっ!」

「うにゃあー!?」

足柄が弾き飛ばされた鳥海にぶつかりながら、その艤装を掴んで倒れないように受け止める。

港湾棲姫は二人には目もくれずに再度の離脱を図る。

俯いた鳥海は詰まったような息を吐き出すと顔を上げ、港湾棲姫を睨む。

「ほうげき……砲撃です!」

鳥海が頭のアンテナに装備している探照灯で港湾棲姫を照らし出す。

闇の中で夜明けのような光が港湾棲姫の後ろ姿を露わにする。

禁止したはずの探照灯を使うのも、ここで打倒する必要があると感じたからだ。

素早く足柄が鳥海から離れ主砲を構える。鳥海もまた震えが残る右腕で艤装を操作する。

十六門の主砲が港湾棲姫の背中めがけて放たれ、後ろから撃たれた姫はそのまま海面に倒れ込むと海中に沈んでいった。

「やっ……てない! 潜られた!」

足柄が叫ぶ。そこに高雄たちも集まってくる。

「ねえ、ソナーで追えないの!」

「こんなに海が騒がしいのに、サンプリングもできてない音を拾えとか……やってはみるけどさ」

敷波が無愛想に答える。望みが薄いのは明らかだった。

「……ありがとう、助かったわ」

「い、いえ……」

足柄が鳥海に感謝するが、鳥海は俯いたまま声を抑えている。

「あなた……!」

鳥海の左腕は力なく垂れ下がっていた。左腕の骨は折れていた。


106 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/03(日) 19:05:22.58 ID:R6k/E6dF0
ここまで。もう一戦で一章も終わり
今週中には終わらせたいけど、そう書くと大抵延びるという現実
107 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/07(木) 23:30:11.67 ID:arlkNg1fo
108 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/09(土) 00:28:57.40 ID:1aQwy/JS0
たまにこのスレは自分しか見てないんじゃないかと本気で思うことがあるけど、そうじゃないみたいで本当にありがたい

途中まで投下するので、続きは昼に投下して一章は終わりとなります
109 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/09(土) 00:29:44.99 ID:1aQwy/JS0


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



夜戦の結果を受けて三隻の出雲型は空が白み始める前に移動を始め、午前の間に深海棲艦の姿が確認されていない夏島への上陸が行われた。

上陸した工兵たちは荷揚げ用の場所を確保し、仮組みではあるが指揮所も設置し始める。

提督も出雲から降りて、陸軍側の士官たちと打ち合わせながら監督をする。

タオルで汗を拭う提督に黒い影が差しかかり、エンジン音が唸りを残して通り過ぎていく。

釣られて見上げると二式大艇が哨戒のために飛び立っていくところだった。

ようやく働きどころが来たと張り切っていた秋津洲の顔を思い出しながら、提督は汗をもう一度拭う。

トラック諸島は常夏の島々で、赤道直下に近いので紫外線も強烈だった。

あまりの暑さに提督は軍衣のボタンを全て外して開いている。見栄えを気にしていられない。

テントを張り巡らして負傷した艦娘のための安息所も用意し、今は突貫工事ではあるが飛行場を建設し始めていた。

出雲たちが運んでいたのは戦闘機隊だけだが、妖精たちの陸上航空隊を運用することで守りを固められる。

他にも地質調査が始まり、対空対水上電探の設置も始まった。

昼過ぎになると輸送艦隊の鳳翔から発した彩雲が書簡を投下していった。

前日未明にグアム島を出発した輸送艦隊は無線封鎖を維持し、提督もおおよその位置しか把握していない。


110 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/09(土) 00:30:31.28 ID:1aQwy/JS0


書簡は鳳翔直筆で輸送艦隊の現在地や予想航路、トラック諸島への到着予定、そして提督や艦娘の安否を気遣う言葉が書かれていた。

後でこの手紙を艦娘たちにも読ませようかと頬を緩ませる提督だったが、胸中には気がかりもある。

まず輸送艦隊の到着予定が真夜中だった点。根拠はなかったが厄介だと提督は感じた。

とはいえ輸送艦隊は高速修復材やそれを扱う専用の設備、艦娘用の弾薬や重油を満載している。

それらは一刻も早く使えるようにしたいのが本音だったし、夜間ならば艦載機の爆撃を心配する必要もない。

出雲型に探照灯を積んで夜間の作業を支援し、工兵たちにも深夜のためのローテーションを組んでもらえばいい話だ。

しかしもう一つ懸念があった。

機動部隊が朝になって深海棲艦の機動部隊を捕捉し撃滅している。

ただし新型艦載機を含んだ部隊ではなく、まだどこかにそれらを擁した部隊が残っていた。

偵察機を方々に散らせているが成果は出ていない。

逃がした港湾棲姫も含めて行方不明の深海棲艦たちがどう出てくるのか提督には読めなかった。

大勢は決したように思えるが、輸送艦隊を襲撃され大きな被害が生じれば形勢はひっくり返る。

提督は不安を抱えていたが、輸送艦隊に向けて「航海の無事を願う」と無線で応えた。


111 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/09(土) 00:33:21.76 ID:1aQwy/JS0


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



日の暮れたトラック諸島。

二百四十八ある島々のとある一島の海岸に女がいた。

明かりもなく闇に浮かぶ女はまだ少女と呼んでもいい外見だったが、太陽の下で見れば肌が病的なまでに白いのが分かるだろう。

深海魚と虫の中間のような外観の深海棲艦を帽子のように被り、またその皮膚はマントのように少女の背中にも伸びている。

煌々と輝く満月のような右目と人魂のように蒼く燃えるような左目の少女はヲ級と呼称される深海棲艦の空母で、まだ人類にも艦娘にも認知されていないが後にヲ級改として呼ばれる一人だった。

「ヲッ!」

ヲ級は闇に目を凝らしながら鳴くような声を発する。すぐ後ろには一人の女が横たわっている。

白い女、港湾棲姫だ。体は砲雷撃で傷つき、黒い血が体にこびりついて固まっている。

二人の肌の白さは陶磁のように美しいが、どこかで水死体を思わせる冷たさも有していた。

もっともヲ級は元より港湾棲姫にも息はある。港湾棲姫の豊かな胸が呼吸に合わせて上下していた。

「ヲッ……起キテ、クダサイ」

ヲ級は正面を見つめたまま、目を覚まさない港湾棲姫に呼びかける。

傷ついた姫を守るためにヲ級は一人留まり、護衛についていた。

港湾棲姫はそこで目を覚ますと、状況を察して体を起こす。傷のせいでその動きはゆっくりとしていた。


112 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/09(土) 00:34:17.62 ID:1aQwy/JS0


二人の前にある海面に波紋が広がっていく。

「手酷クヤラレタワネエ」

波紋の中心から二人の女が姿を現す。どちらも美しい女だが、一目で人間でないのが分かるほど異彩も放っている。

あざ笑うのは長い白髪とその一房をサイドにまとめた白い女。

美しい女であっても、目元や口元に隠しきれない嗜虐性が張り付いている。

黒く染まったセーラー服に甲冑と奇妙な取り合わせで、黒く塗られた艤装に腰かけていた。

艤装はサメさながらに伸びた艦首に巨大な口がむき出しで、単装砲と飛行甲板で身を固めている。

そのすぐ後ろに現れた女は、巨大な口と両腕を持ち両肩に三連装砲を載せた野獣を思わせる艤装を背負うように装着していた。

こちらの女は額に二本の角、胸元には黒い四本の突起が生えていた。

肌こそ白いが膝まで届く黒髪をなびかせ、黒のナイトドレスとチョーカーを身に着けている。

港湾棲姫やヲ級と違い、後から現れた二人は黒の女と呼べる見た目だった。

前者は空母棲姫、後者は戦艦棲姫として遠からず人類から呼ばれるようになる二人だ。

「セッカク助ケニ来テアゲタノニ無様ダコト。多クノ同胞ヲ失ッタドコロカ拠点一ツ守レナイナンテ」

「スマナイ」

「何カラ何マデ甘イノヨ。ダカラ艦娘ゴトキニイイヨウニヤラレル」

空母棲姫のそしりを港湾棲姫は甘んじて受け入れるしかなかった。

港湾棲姫と空母棲姫の間に立つヲ級は、ひたすら静かに空母棲姫を見ている。内に宿った敵愾心を表に出さないように努めながら。

そして空母棲姫の後ろに立つ戦艦棲姫も無言のまま深手を負っている港湾棲姫の姿をみつめている。

そうして物欲しげに吐息を漏らしたのには誰も気づかなかった。


113 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/09(土) 00:35:23.82 ID:1aQwy/JS0


「ソンナニ艦娘ハ手強イノカシラ。私ガ想像スルヨリ?」

「チカラヲ着実ニ蓄エテイタノハ間違イナイ。ソレニ人間モ過小評価シテイタ」

「人間! 他ニ言イ訳ハナクッテ、≠тжa,,」

空母棲姫は港湾棲姫の名を出すが、その名前は人間には発音できないし正確に聞き取れない言葉だった。

「事実ダ。我々ハ人間ニ対シテ、アマリニ無頓着スギル」

「フーン、マアイイワ。≠тжa,,ハオ供ト一緒ニ帰リナサイ」

「オ前タチハドウスル?」

「人間タチノ輸送船団ガソロソロ到着スルハズ。コノママ素直ニ明ケ渡スノハ面白クナイワネエ」

「私モ……一戦交エテミタイ」

それまで一言も発しなかった戦艦棲姫が意思表示をすると、空母棲姫も愉快そうに口元を手で覆う。

「今夜ハヤメテオキナサイ。負ケ戦ニ付キ合ウ必要ハナイワ」

「私ハ構ワナイノニ」

「イズレ相応シイ時ヲ用意シテアゲルワ。今ハ連レ帰ッテアゲナサイ」

戦艦棲姫は頷くと先導するように移動を始め、港湾棲姫とヲ級が庇いあうように続く。空母棲姫は笑みを浮かべたまま見送った。

三人が波間に姿を消すと、空母棲姫の周囲にいくつもの影が姿を現す。

直属の配下となるル級戦艦やリ級重巡。そして一番多かったのは二本角を生やした悪魔のような頭部を持った小鬼たちだった。

空母棲姫は早口で命じると、集まっていた深海棲艦たちは一斉に行動を始める。

それからしばらく空母棲姫は漂うに身を任せていたが、やがて手を空へと掲げる。

「サア、オ前タチ。役目ヲ果タシナサイ。ソノ身ヲ懸ケテ……フフフ、ソノ身ヲ捨テテ」

艤装の甲板を艦載機が滑り落ちるように飛び出しながら、次々と空へ舞い上がっていく。

渦を巻くように編隊を組む艦載機の集団は、凶事を誘う黒い風のようだった。


114 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/09(土) 10:41:46.70 ID:1aQwy/JS0
この辺りから人称が変わるのです
グラスホッパーを読んだ影響ってことで大目に見てください(´・ω・`)
115 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/09(土) 10:42:12.47 ID:1aQwy/JS0


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



日付が変わってしばらくしてから輸送艦隊が到着した。道中、妨害は受けなかった。

今は探照灯の光が照らす中、物資の積み下ろしが段階的に進んでいる。

提督はその作業を出雲の甲板上から眺めていた。といっても人が動いてるのを辛うじて認識できる程度だ。

日中に比べれば暑さは和らいでいるし、海風が吹いているので涼しい夜だった。

「今日は月が出てて、いい夜ね」

提督が後ろを振り返ると足柄がいる。休んでないのか、と真っ先に思う。

腕を組んで足音を響かせながら、五歩分ほどの距離を開けて足柄は隣に並ぶ。

「昨日は月が隠れて大変だったわ。ちょっと先も真っ暗で、ここから集積所ぐらい離れてたら見えなくなってたわね!」

提督は相槌を打つと集積所と足柄を交互に見た。

なんでこんな話をしているのか。というより何を言いたいのか。無理に話そうとしてるように提督には見えていた。

「何か用があって来たんだな?」

「う……まあ、そうなんだけど。提督にお礼を、謝ろうと思って」

「どっちだ?」

「じゃあ……謝ろうかな」

足柄は敬礼のように姿勢を正すと頭を深く下げる。教範で示されるような模範的な動きだった。

そのままの姿勢で足柄は言う。

「指輪のこととか港湾棲姫も逃がしちゃったし、ごめんなさい」

提督は言葉に詰まるが、すぐに頭だけは上げさせた。


116 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/09(土) 10:46:01.12 ID:1aQwy/JS0


「どっちも足柄が謝るようなことなんてあったか?」

純粋な疑問だった。

指輪は提督が一方的に言い出した話で、受け取りを断った足柄が悪く感じる必要はない。

むしろ作戦前に無用な混乱を招くような真似をした提督こそもっと非難されるのが筋だ。

港湾棲姫にしても交戦していたのは足柄一人ではないし、取り逃がした責任を負うのなら提督になる。

敵情の把握や見通しが甘く、装備の選定も不安定だった点は見逃せない。前夜の夜戦でも艦娘の支援をできていなかった。

結果を出せただけで、問題の発端は己の資質ではないかと考えてしまう。

「やっぱり足柄が謝ることは何もないな」

言い訳に聞こえなければと考えながら言う。

「この作戦は上手く勝てたんだ。それでいいじゃないか」

「うー……確かに勝ったけど、港湾棲姫も倒せてたなら完璧だったのに」

「そこまで望むのは望みすぎじゃないか」

「五分でよしっていうやつ? 勝てる内にどんどん勝ったほうがいいじゃない」

勝利が一番。きっと足柄が言いたいのはそういうことだろう。元から足柄は勝利にこだわっている。

と号作戦の目的はトラック諸島の奪還だ。そのために港湾棲姫の撃破が必須だったが、それは撤退させた段階で成功しているとも。

計画された形でなかっただけで目的という点では達成されていた。

何よりも提督が気に入っている点がある。

「誰も沈まなかったんだ。俺はそこに一番価値を見出してる」


117 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/09(土) 10:47:01.87 ID:1aQwy/JS0


負傷者はいるが戦没者は誰一人としていない。

当たり前のことだろうか。そう思ってないから気に入っている。

掛け値なしのいい結果。だが提督にも思う部分がある。

「しかし、なんだかな……もう少し色々できると思ってた」

「何、どうしたの?」

「反対も説き伏せて前線にまで出てきたのに大したことができなかった。ただの独り相撲だったかもな」

やれることが十あると思っていたら、実際には五とか六程度の成果しか残せなかった。

失望か落胆か、提督には自分というのが期待はずれという実感が広がっている。

「そんな風に悪く言うもんじゃないわ」

足柄は諭すように、子供に教えるように言う。

「提督がいなかった場合の結果は誰にも分からないのよ。提督がいても、私たちは誰も沈まなくてよかったんでしょ? だったら、いいじゃない!」

慰められてると気づいて、これで貸し借りみたいなのはなしだとも提督は思った。

足柄が横を向き、提督もそちらを見ると鳥海が近づいてきていた。

左腕を三角巾で吊るしているのに目が行くが、それ以外は普段から見る姿だ。

鳥海は提督とも足柄とも少し離れた位置から話しかける。

「もしかして、お邪魔でしたか?」

足柄はおかしそうに笑う。

「お邪魔虫は私のほうでしょ。そんなところにまで気を遣わなくていいのよ」

「はあ……」

鳥海は曖昧に答える。よく見ると右手にはラムネの瓶を二本持っていた。

「なんか色々話してたらすっきりしたわ。二人とも、お休みなさい」

言葉通りに機嫌よさそうに笑いながら足柄は提督と鳥海に手を振ると艦内に戻ってしまう。

その後ろ姿をしばらく見送ってから鳥海は提督のすぐ隣に並ぶ。


118 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/09(土) 10:47:34.10 ID:1aQwy/JS0


「どうしたんです、足柄さん?」

「カツを入れてもらってた。足柄だけに」

「はあ……?」

「今日はいい夜ってことだ」

鳥海はよく分からないとばかりに首を傾げた。

提督は一人でおかしそうに笑うと鳥海の右手に視線を落とす。

「そのラムネは?」

「長門さんに分けてもらいました」

鳥海は一本を提督に差し出しながら言う。

「一緒に飲みたいと思って……」

声のトーンが下がっていったのは折った左腕を意識したかららしい。

鳥海は上目遣いに提督を見る。

「司令官さん、私の分も開けてもらえませんか……?」

「喜んで」

いっそ口移しで、とは言わない。拒まれないのは分かっていたにしても。

片手でも開けられるのに、とも提督は言わない。

鳥海に甘えてもらえるのは悪い気がしなかったからだ。

提督は栓を開けた自分の瓶を鳥海のと入れ替える。鳥海は照れたように笑っていた。

「左腕は痛まないか?」

「大人しくしてる分には平気ですよ。響かせると痛くなりますけど」

「となると戦闘は控えたほうがいいな」

「……痛くなるだけですよ?」

「闘争心に溢れた秘書艦なことで……」

それでも今夜はもう戦闘はないはずだと提督は高をくくっていた。

日中に深海棲艦は一度も姿を見せず、夜間なら爆撃機が飛来する可能性も低い。

「今夜はゆっくり休めそうだ」

その予想は三秒後に裏切られた。

敵艦隊発見を意味するサイレンが出雲の艦内中に鳴り響いて。


119 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/09(土) 10:55:26.20 ID:1aQwy/JS0


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



動ける艦娘たちを展開させて、出雲も今や自由に動ける状態になっていた。

発見した敵艦隊は南方から接近していて、秋島に設置した電探に引っかかった。

艦種はル級戦艦とリ級重巡とそれなり以上の大型艦、そして未確認の反応が大多数を占めている。

連日の戦闘を思えば小規模の敵だったが、襲撃のタイミングのよさと未確認の敵の存在は得体が知れなかった。

いずれにしても無視はできない。

こちらと同じように艦砲射撃を考えているのなら、この数でも十分に脅威だ。精度を考えなければ射程も長く取れる。

合流した輸送艦隊からも戦力を抽出して二十四人を先行させ、さらに十二人を備えとして送る。

左腕を骨折している鳥海も当然のように先行組に加わっている。

彼女の場合、艤装も左側の兵装を失ったままだが、それでも五割以上の火力を残していた。

提督は心配こそしたが、出撃を止めなかったし不安も口にしない。

提督にとって鳥海はいつだって信頼に応えてくれる相手だった。

「輸送船の退避状況は?」

出雲の艦長が苦い顔で答える。

島のほうでは灯火管制が敷かれているので、順調に進んでないのは提督も予想していた。

「思わしくないですな。エンジンを切っていた船もあって動きが鈍い」

「そういう船は後回しだ。動ける船から順次、艦娘に誘導させる。焦って船同士で衝突しなきゃいいが」

提督は空母を中心に陸に上がったままの艦娘たちがいるのも思い出し、そちらや工兵たちにも集積所や設営所から避難するよう命じる。


120 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/09(土) 10:56:35.39 ID:1aQwy/JS0


輸送船の退避が思うように進まない内に、敵艦隊に動きが生じた。

電探のスコープ上では、未知の敵ととされる輝点が一斉に増速し突撃してきた。

しかも、ばらつきはあるが四十ノット以上は確実に出ている。

艦娘の動きにも乱れが生じる。いきなり混戦に持ち込まれてしまっていた。

「鳥海、敵の情報を教えてくれ」

『敵は新種、小さな鬼です!』

敵情を伝える鳥海の通信が入り、提督はそれを全ての通信網と共有させる。

鳥海の輝点は戦線からやや離れて、状況を俯瞰しようとしているようだった。

『速度は約四十五ノット。島風より速いし、小さくて当てづらいです! 小口径砲と魚雷が多数! ル級からの砲撃も確認!』

回避と反撃を行っているのか、ここで通信が一度止まった。

小鬼と呼ばれた新種はいくつか反応を消失させていたが、先行艦隊を突破しつつある。

この速度差では一度でも突破されたら追撃は困難だった。射程外に抜けるまでは時間があるが、今回は大型艦が控えている。

鳥海からの通信が復旧する。

『機銃でも三式弾でも、とにかく弾幕を! 当たりさえすれば、どうとでもなります!』

「了解した。突破された分はこちらで対処するから、そのまま大型艦の迎撃を頼む」

提督は輸送艦の護衛についていた艦娘たちにも戦闘準備をさせ、輸送船の避難も急がせる。

時間の猶予はあるように思えたが、事は上手く運ばなかった。悪いことはすぐに続く。

『敵航空隊発見。約二百機』

秋島の電探が厄介な一報を伝えてくる。すぐに方位と高度も伝わってくる。

発見された機影は敵艦隊の後方より接近し、高度は三千まで上昇していく。電探の探知圏内に突然現れた集団だった。

提督はその動きから機動部隊の仕業だと確信した。実際には空母棲姫単独ではあるが艦載機が相手という点では間違えていない。

移動速度から夏島に到達するまで二十分程度しかない。


121 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/09(土) 10:57:21.43 ID:1aQwy/JS0


提督は陸に上がっている機動部隊に通信を繋ぐ。

「夜間戦闘ができる戦闘機を全部上げろ! 誘導はこっちでやる!」

『分かりました、稼動全機を発艦させます!』

「全機? やれるのか?」

通信に応じたのは赤城だが、提督の疑問に答えたのは加賀だった。

『みんな優秀な子たちですから』

「よし、当てにするぞ。着艦は夏島の飛行場を使えるようにしておく」

『無事に守り切れれば、ですか』

その通りだった。守りきるのは難しい。

小中規模の爆撃機ならまだしも、夜間にこれだけの数の艦載機から攻撃を受けるとは提督もまったく考えていなかった。

提督は妖精の航空隊にも時間の許す限り機体を発進させるよう伝える。

こちらは夜間戦闘もこなせる練度の機体は少ないが、地上に駐機したままよりはできるだけ空に上げておきたかった。それならせめて抵抗はできる。

「こんな真夜中にどうやって収容するつもりだ……いや、帰ってこなくていいのか?」

まさかとは思ったが、使い捨て感覚で出撃させた可能性に提督は怖気が走った。

「……被害を顧みない深海棲艦らしいやり口か」

推測でしかないが確信のように感じた。そして提督は反感もまた抱く。あるいは憤りを。

そんな相手にいいようにさせるのは提督としては面白くなかった。

だが現実には空海の両面から同時攻撃に近い形で狙われている。


122 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/09(土) 11:00:00.65 ID:1aQwy/JS0


被害は間違いなく生じ、提督にできるのはそれをいかに小さくするかの算段だけだった。

提督はふと足柄とのやり取りを思い返す。自分にとっての勝利とは何かを。そして、この作戦の目的を考えてみる。

どうすれば両立できるのか考え、提督は指揮官がやるべきでないことを思いついてしまう。

それは提督が反感と憤りを抱いた深海棲艦の手段とそう変わらないものでもあった。

やめたほうがいいと自制する内なる声を無視して、艦長に意見を求めていた。

命令でないのは自分一人の都合じゃないと、どこかで理解していたからかもしれない。

あるいは結託する仲間がほしいという心理かもしれなかった。

艦長は話を聞くと目を丸くして、それから口角を吊り上げて不敵に笑った。

「面白そうじゃないですか。提督殿には退艦していただきたいところですが」

「もう時間がない」

「ありませんな」

取って付けたような言い訳に艦長も乗っかる。

提督はすぐ妖精たちにも同じ話をした。

承服できないようなら退艦させればいいとも考えていたが、そうはならないとも踏んでいる。

提督は作戦前に会った妖精の言葉を信じていた。妖精は艦娘のためにあるという言葉を。

そして妖精たちからも賛意を得られた。

123 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/09(土) 11:00:55.72 ID:1aQwy/JS0


この間にも状況は進んでいる。

夜空では戦闘機同士の空戦が始まり、小鬼の集団も確実に迫ってきていた。

足元から伝わる振動が変わり、艦体が一度大きく傾いでから水平に戻る。

出雲は増速すると夏島から遠ざかるように針路を取る。

護衛についてた艦娘は連絡なしのその動きに出遅れた。

追おうにも出雲型の最高速は三十二ノットに達するので、駆逐艦であっても追いつくまでに時間がかかる。

出雲は夏島と接近してきた小鬼たちを横切るように進み、出し抜けに小鬼たちに探照灯を向けた。

イ級よりも小さく、それでいて禍々しい姿が浮かび上がる。

提督はその姿にヤギの頭をしているという悪魔を連想した。

小鬼は全てではないが、光に吸い込まれるように出雲へと向きを変える。

艦娘たちからは明かりを消すよう呼びかけられるが提督は無視した。

その代償はすぐに支払われた。

子供の金切り声のように甲高く笑いながら、小鬼たちは砲撃を始めた。

小口径砲でも装甲のない出雲には脅威だ。

殺到する砲弾が艦首から艦尾まで至る所を叩く。ハンマーで打ちつけるような衝撃に出雲の艦体は身震いした。

艦橋や缶室といった主要区画に命中しなかったのは幸運だった。

しかし砲撃は容赦なく艦体を痛めつけ、衝撃で提督は床に引き倒される。

倒れた拍子に額を切りつけ、血が早鐘を打つ心臓の鼓動に合わせるように勢いよく流れ出す。

提督は痛みを感じない。出血を自覚していても、分泌されたアドレナリンが痛みを忘れさせていた。


124 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/09(土) 11:02:14.14 ID:1aQwy/JS0


合流してきた護衛の艦娘たちも小鬼相手に砲戦を始めていたが、出雲の援護には回れていない。

その間にも予定通りに艦長は陸地に向かって舵を切る。攻撃で速力は落ちているが舵の効きは悪くないようだった。

よほどの強運に恵まれない限り、出雲が沈められるのは分かっていた。

敵を引きつけられるだけ引きつけて、あとは出雲を座礁させてしまおうという魂胆だ。

出雲一隻と引き替えに輸送船や集積所への攻撃をいくらか逸らせるのなら割に合う、というのが提督の出した損得勘定の答えだった。

その意図は理解してないが、小鬼の何人かは出雲の転舵に先回りをしてくる。提督は艦橋のガラス越しにそれを見た。

晒された横っ腹に雷撃をするつもりだ。それが分かっていても出雲からでは何も対処できない。

そこにさらに一発が命中し、出雲がその日一番の揺れを起こした。速力が見るからに落ちるのが分かった。

艦長が舌打ちをする。

「提督。覚悟はいいですか」

「ああ」

そんなのは初めからできている。と提督は思う。もう少しだけ持てば、とも考えたが。

とはいえ最初の砲撃を五体満足に乗り切れただけでも幸運だったのだと思った。

三本の魚雷が全て命中したら、この出雲はどれだけ浮かんでいられるか。一時間か、三十分か。それとも五分持たずに海中に引きずり込まれるか。

艦長には悪いことをした。体のいい巻き添えじゃないか。

死の危機に瀕すると走馬燈が見えるというが、そんなことはなかった。それとも、これから見えるのか。

何をもたついているんだ、あの小鬼たちは。外す距離でもないのに、そんなにのんびりしてたら――。

小鬼たちの横に赤い光が生じた。それは一つ一つは小さい光だったが数百はあった。束ねた火花が一斉に飛び散るような光景だ。

次の瞬間には火花は小鬼の魚雷に当たったのか、膨れあがるような火球を生み出した。

それは小鬼の体を呑み込んで、隣の小鬼にも爆発を連鎖させた。

三式弾が小鬼たちの間近で爆発したらしいと提督は気づく。

『薬指が……』

声が聞こえてきた。提督のよく知る声が。


125 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/09(土) 11:04:20.20 ID:1aQwy/JS0


『薬指がずっと痛くて、それで戻ってみたら……』

「鳥海……」

『あなたは何をやってるんです、司令官さん!』

砲撃の音が続く。小鬼を示す輝点の一つが消えていた。

『司令官さんは司令官らしく、ふんぞり返ってればよかったんです! それをこんなところまで出てきて!』

「怒ってる……よな?」

分かりきったことを聞いていた。聞かずにはいられなかった。

親に怒られると分かっていても話しかけないといけない子供の心境がこんなだろうか、と提督は場違いな想像をした。

『怒りますとも! だから!』

今や小鬼の脅威は遠のいていた。

数は依然多いのだが、この付近にいる小鬼に出雲を狙っている余裕はなくなっていた。

『だから、無事でいてください』

なんて声を出すんだ。これじゃとても敵わない、提督は心底から思う。

艦長がこの先どうするかを確認するように無言で見てくる。

どちらにしても出雲は座礁させるしかない。損傷を受けすぎていた。

あとはもう迎えに来てくれるのを待つしかなかった。


126 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/09(土) 11:05:30.56 ID:1aQwy/JS0


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



深夜に始まった戦いは夜の内に終わったが、状況が落ち着く頃には東の空が白み始めていた。

先の戦闘での被害は座礁した出雲と、輸送船二隻が沈没。一隻が炎上するも鎮火に成功。

夏島の被害は戦闘機隊が奮闘してくれたため被害は小さかった。

ただ包囲を突破した少数の機体は体当たりをしてまで攻撃してきたという報告が挙っていて、提督はその点に戦慄していた。

深海棲艦は襲撃が済むと早々に撤退していった。こちらを追い返すだけの戦力は初めからなかったらしい。

提督と艦長は甲板に出ていた。

座礁の影響で船体は斜めに傾いているが、歩くのに困るほどの傾斜ではない。

「よく無茶に付き合ってくれたな」

頭に包帯を巻いた提督は、無精ひげの目立ち始めた艦長に話しかける。

命令しておいて何を言ってるんだと、提督は自分で思ったが聞かずにはいられなかった。

「命令でしたので」

艦長はそう答えたが、程なく別の理由も付け加えた。

「別にフェミニストを気取るわけじゃないんですがね、少しは体を張ってるところを見せたかったのかもしれません」

なるほどと提督は思った。

男ってやつは単純で、女の前でなら少しはいいところを見せたくなる。

それは自分の立場がどうこうとか関係なく、もっと本能的なものだ。

艦娘が聞いたら呆れるか怒るかの二択になりそうだとも、提督は思ったが。

「提督こそ、あの時の艦娘とどうなんです?」

鳥海のことを言ってるのは明らかだった。

提督は左手を見せた。それで十分だと思ったからだ。

艦長は「ああ」と得心したような声を出した。

そちらこそどうだ、と聞き返しそうになって提督は思い留まる。

艦長の目が今ではない遠くを見ていたからだ。この質問は聞いたら最後、きっと地雷になるように提督には思えた。

代わりに違う質問をする。

「提督に興味はないか?」


127 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/09(土) 11:05:58.65 ID:1aQwy/JS0


二人目の艦娘が生まれはじめ、戦域もさらに拡大している。

早晩、鎮守府が複数設立されて地域ごとに分担されるようになるのは明らかだった。むしろ今までが遅すぎるぐらいだ。

だが人材はどうなのだろうとも提督は思う。

口利きできる立場ではないが具申はできる。

「俺らに拒否権なんてのはありませんよ」

「……そういう考え方もあるか」

話はこれで終わりだった。

鳥海を筆頭に迎えがやって来た。すぐ後ろでは高雄や摩耶がボートを曳航している。

提督は既視感に見舞われた。

ややあって、いつか想像した光景とダブったのだと気づく。

想像とはずいぶん違うが、鳥海は空と海の間にいた。

鳥海はこちらを見上げている。

どんな顔をしていいのか迷ってるみたいで、さっきから無事な右手が帽子と胸元を行ったり来たりしてる。

そうして鳥海は手を振ってきた。

怒られよう。そして謝ろう。

それで丸く収まるかは別でも、きっとそれが正しいのだと提督は思って手を振り返した。

128 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/09(土) 11:11:45.43 ID:1aQwy/JS0
ここまでで一章に当たる話はおしまい
この章が一番長くなりそうなので、この先はもう少し軽量化できると思います。たぶんきっと

全体の軸になるのは鳥海と提督ですが、次は白露とワルサメがメインの話となります
私の書く話は碌なことにならないのですが、お付き合いいただければ幸いです
129 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/09(土) 21:41:38.97 ID:hT+etUXjo
おっつん
130 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/10(日) 01:44:06.41 ID:AxRe4k1+0
131 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/15(金) 01:18:30.79 ID:GK2qpSD60
乙ありなのです
今週は放置しそうだったので、導入だけでも差し込んでおくのです
132 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/15(金) 01:19:29.44 ID:GK2qpSD60


いっちばーん!

……あれ? もしかして一番じゃない?

まあ、そんなことだってたまにはあるし。たまには。

ところで影響ってあるでしょ。他の人とか事件とかで何かが変わるっていうあれ。

一番影響したのは誰かって提督に聞いたら、大体は親だろなんて言うんだよ。

艦娘の親ってなんなんだろうね? 妹たちは親じゃないし、向こうもあたしを親なんて見ないだろうし。

ああ、うんとね。別に親がどうこうって話じゃないの。

えっと、あたしにたぶん一番影響を与えた人がいてね。

んー……人っていうのは、ちょっと違うか。その子は深海棲艦だったから。

でも、やっぱりその子なんだよね。あたしを一番変えたかもしれないのって。

……や、変わったっていうか気づいた?

あたしはどうしたいのかとか、みんなはどんな気持ちだったのかって。

分かってるようで分かってなかったことに気づけたの。

だから、たぶんあたしが一番影響を受けた話。

あたしとあの子の、そしてみんなとの間にあったこと。

あたしはきっと忘れない。


133 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/15(金) 01:20:24.92 ID:GK2qpSD60


二章 白露とワルサメ



その日、白露は妹たちと臨時の哨戒任務に就いていた。

トラック諸島近辺で不審な電波が感知され、その調査に駆り出されたわけである。

付近の海域では先だって海戦が生起していて、その際の深海棲艦の生き残りが電波の発信源と見られていた。

炎天下の空の下、白露は夕立と組んで小島の海岸線を調べていく。

「退屈っぽい」

「文句言わないでよ。あたしだって別に面白くないんだから」

「面白くない……もう夕立には飽きたっぽい?」

「なんなの、その誤解を招く言い方……夕立こそあたしに面と向かって退屈って」

「じゃあ、お姉ちゃん。水遊びしない?」

何がじゃあなんだろう。白露にはたまに妹がよく分からなくなる。

でも提案自体は悪くないじゃん。白露はそうも思う。

「いいねー。でもお仕事が先だよ」

「隠れてるのが姫級なら、さっさと出てきてほしいっぽい」

「深海棲艦の姫かあ。ちゃんと見たことないんだよね」

先日の海戦では港湾棲姫に続く二番目の姫級、駆逐棲姫の姿があった。

海戦こそ艦娘たちの勝利で幕を閉じていたが駆逐棲姫の撃破は確認されていない。

今回の電波も駆逐棲姫が救援を呼ぶために発した可能性もあった。


134 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/15(金) 01:22:32.70 ID:GK2qpSD60


「夕立は姫とも戦ってたんだっけ。どんなやつなの?」

「黒くて白かったっぽい」

「深海棲艦って基本その二色だよね……」

夕立の返答に白露は力なく笑った。

本人には悪気が一切ないのを知ってるだけに、白露としては強く言い返せない。

「お姉ちゃん」

「何? まだ退屈とかっていうのはやめてよね」

「姫を見つけたっぽい」

夕立が言うように駆逐棲姫が浜に打ち上げられていたのが見えた。

ロウソクのように白い肌と髪、墨のようなセーラーにネイビーブルーのスカーフ。

仰向けの体からは手足が力なく投げ出されている。

あれじゃ日焼け確実だね、と白露は少し場違いな感想を抱いた。

「写真で見た姿に間違いないね……夕立」

「分かってるっぽい。みんなも呼ぶね」

夕立が油断なく主砲を向ける中、白露は浜に乗り上げる。近くに落ちていた流木を拾うと、それで駆逐棲姫を突いてみた。


135 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/15(金) 01:23:28.61 ID:GK2qpSD60


「起きて。起きなさいってば」

返事がない。ただのしかばねのようだ。

白露はそんな決まり文句を思い出したが、実際のところ反応があった。

「ン……」

駆逐棲姫がうっすらと目を開ける。その目は白露を見たが、すぐには視界に映る光景を認識できなかったらしい。

目をしばたき、そうして置かれた状況を悟ったようだ。

「艦娘!」

何かをまさぐるような駆逐棲姫に夕立が言い放つ。

「動くな! 動いたら撃つっぽい!」

鋭い声に駆逐棲姫は沿岸の夕立に気づいて、素直に従った。

「……殺セ」

「いい覚悟っぽい」

本当に撃ちかねない夕立をすかさず白露が止めに入った。

「ちょっと待ちなさいって。そのつもりなら初めっから撃っちゃってるし」

駆逐棲姫が白露を見上げると、白露もその目を見返す。

この子の目ってそんなに怖くないんだ。


136 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/15(金) 01:25:38.63 ID:GK2qpSD60


「あなたが抵抗しなければ、こっちも撃たないよ」

「……ナンデ撃タナイノ?」

「戦う力も残ってないんでしょ? それに敵だからって好き好んで撃ちたいわけじゃないし」

駆逐棲姫は顔を逸らすように夕立の方向を見る。

「あの子だってそうだから。まあ。やる時は徹底的にやるけどね」

「逆ナラ……沈メテタ」

「でも、今はあたしたちがせーさつよだつけんっての握ってるんだよね。だったら、あたしはあなたを連れ帰るよ。話も通じてるんだし」

白露は駆逐棲姫を怖いとは思わなかった。

でも、この子は怯えてる。というのは分かった。

逆ならと言ってたけど、逆ならあたしも怯えるなと白露は思う。

「でも深海棲艦の捕虜なんて無茶っぽい」

「だからって無闇に撃つのがいいわけないじゃない」

「むぅ……」

「捕虜って言っても、まずは提督の許可を取り付けるところからだけどね」

「お姉ちゃんがその気ならいいっぽい……」

夕立は渋々といった感じではあるが姉の言葉に従った。

駆逐棲姫は観念したようだ。初めから拒否権もない。

「……好キニシテ」

白露は提督の承認も取りつけると、他の妹たちも合流したところで駆逐棲姫をトラック泊地へと連れ帰ることになった。

白露は夕立と共に周囲を警戒しながら、駆逐棲姫に話しかける。

少しは警戒心を解きたい、という気持ちもあった。

「ねえ、あなたの名前は? あたしは白露。白露型の一番なの」

「……サメ……」

「ん?」

「ワル……サメ……」


137 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/15(金) 01:28:43.93 ID:GK2qpSD60
ここまで。正直、今回からの話と前回までの話の順番を逆にしたほうがよかったんじゃないかと思ってる
もうだいぶ書いてしまったけど、今後はもっとキャラの掘り下げを中心に進めていきたいところ
138 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/15(金) 08:43:39.84 ID:Y3y179Q8O
乙ー
139 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/16(土) 00:20:01.23 ID:LF2c/WehO
乙乙
面白い
140 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/16(土) 02:48:58.38 ID:KsiVorNn0
141 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/21(木) 01:43:49.06 ID:YzlHyqF00
乙ありです
いつもより多くて嬉しいのです
142 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/21(木) 01:44:14.89 ID:YzlHyqF00


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「――そんなこんなで駆逐棲姫、ワルサメを連れてきました!」

執務室では白露が提督と鳥海の前で説明を終えたところだった。

自信に満ちた白露の語りを前に、二人は感心したように何度も頷いていた。

「話は分かった。鳥海はどう思う?」

「そのワルサメを直接見ないことにはですが、私は白露さんの判断を全面的に支持します」

全面的に、ということはそれだけ信じてもらってるということ。

秘書艦さんにそうまで言われると、こっちも自信が湧いてくるね。

「ありがとう、秘書艦さん!」

「いえいえ。それに司令官さんも狙いがあって連れてくるのに同意したんですよね?」

「俺も深海棲艦には興味があるからな。でなきゃ連れてこさせないさ」

「ですが、本当によかったんですか? こういった事例は初めてだと思うんですが」

「つまり一番か……やったな、白露」

「やったー! いっちばーん!」

喜ぶ白露を鳥海は微笑ましく見つめていたが、すぐにそうではないと気づいた。


143 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/21(木) 01:45:21.22 ID:YzlHyqF00


「……司令官さん」

「分かってる。これは深海棲艦に踏み込むいい機会だ。多少の危険を冒してでもやる価値があるはずだ」

「あの子、そんなに悪い子じゃないと思うよ」

白露は口を出していた。提督も頷く。

「責任を押しつけるわけじゃないが、俺もその点では白露を信じてるからな。ただ駆逐棲姫を信じてるわけじゃない」

まあ、それは仕方ないか。白露も第一印象だけで話してる点は自覚していた。

その時、明石から検疫や検査の結果が出て、ひとまず病原体やワルサメ自身の異常は見受けられないとの連絡が入った。

そうと決まればと三人はドックへと向かい、道すがら提督が言う。

「しかしワルサメか。白露型とは縁が深そうな名前だな」

「春雨みたいだよね」

白露型には春雨と山風という、未だに艦娘として確認されていない姉妹艦が二人残っている。

ワルサメという名はその内の春雨を意識させる名前だった。

夕立が突っかかるのも、その名前のせいなのかも。夕立が春雨を気にかけてるのは白露もよく知っていた。

「白露はワルサメから何か感じないのか?」

「感じるかって言われたって……分かんないものは分かんないよ」


144 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/21(木) 01:48:12.67 ID:YzlHyqF00


「司令官さんは駆逐棲姫が春雨さんだと考えているんですか?」

「可能性としてはありだろ。木曾や大鯨――今は龍鳳がそうだが、海上で保護された艦娘もいるからな」

そういった艦娘の存在が、深海棲艦は艦娘の成れの果てという説の根拠になっている。

白露にせよ鳥海にせよ、その説は知っているが確認のしようもなければ確認する気も起きない話だった。

「そういえばワルサメに対して、白露を飴として誰かに――たとえば鳥海に鞭役をやらせてみたほうがいいか?」

提督はどちらに向けたのか曖昧な質問をしていた。

鳥海がそれに聞き返す。

「情報を引き出しやすく、ですか?」

「俺たちはあまりに深海棲艦を知らなさすぎるからな」

「……それは反対かな。あたしが仮に同じ立場だったら、そういうのはちょっと。面と向かって正直に話せばいいのに」

白露が鳥海を見上げると、鳥海は柔らかい表情をしている。

「だいたい秘書艦さんが鞭って人選がおかしいよ。人当たりのいい人なんだから、すぐにボロが出るって」

「じゃあ誰ならいいと思う?」

「普段からツンケンしてる人だから山城さんとかローマさんとか……待って。あたしがそう言ってたって言わないでね?」

あの二人、ちょっと怖いって言うか冗談通じないところあるし。

「山城さんもローマさんも真面目すぎるところがありますからね」

「鳥海がそれを言うのか……」


145 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/21(木) 01:49:07.45 ID:YzlHyqF00


「ここは白露さんの言うように自然体で接するのが一番だと思いますよ」

「やっぱり、そうだよね!」

「ええ。下手に小細工をして裏目に出てしまっても意味がありません。司令官さんも私にはそういうことしませんでしたよね」

鳥海は指輪をなぞるように触っていた。

同じ物を白露も左の薬指にはめているが鳥海と白露、というより鳥海とその他では意味合いが違った。

白露は興味津々だった。

「提督はどんな感じだったの?」

「誠実で直球でしたよ」

「もっと聞かせて!」

「なあ、本人がいる前でそういう話はやめてくれないか」

提督は歩くペースを早くして二人の前を歩き出す。

白露は小声で鳥海に訊く。

「照れてるのかな?」

「照れてますね」

そんなやり取りが聞こえたのか聞こえなかったのか、提督は二人から逃げるように歩調を早めていった。

「もう、司令官さん。そんなに急がないでください」

鳥海は小走りで追いかけ始めた。

いいなぁ、と二人の背中を見ながら白露は思う。

とはいえ白露も置いていかれると困るので、すぐに駆け出して追いかけた。


146 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/21(木) 01:50:12.70 ID:YzlHyqF00


ドックに着くと、ちょっとした人だかりができあがっていた。

手空きや非番の艦娘たちも集まってワルサメを見物に来たようだが、相手が深海棲艦の姫というのもあって取り巻く空気は重い。

提督が近づくと、それに気づいた艦娘たちが道を空けようと脇へ動く。

人だかりが割れるように動くと、提督、鳥海、白露の順にその間を進む。

渦中のワルサメはすっかり縮こまっていた。

すぐ隣で明石が医療キットをたたみ、ワルサメの後ろには夕立が艤装も外さずに見張っている。

いつでも実力行使に出られるのは明らかだ。

このぐらいの用心が必要なのも分かるけど、それを差し引いても今の夕立はちょっと怖いかも。

検査を終えた明石に提督が話しかける。

「この子がワルサメか。話せるか?」

「ええ、検疫も身体的にも異常がありませんので。まあ生身の深海棲艦を見たのは初めてなので、ひょっとしたらひょっとするかもしれませんが」

「構わない。何か起きるなら、もっと以前に起きてるはずだ」

提督がワルサメと目を合わせると、ワルサメは一歩引いた。提督の後ろでは鳥海が横に移動する――不審な動きを見せたらすぐにでも間に入れるように。

「ようこそ、ワルサメ。ジュネーヴ条約に則って……といっても知らないだろうし適用外だが、身柄の安全は保証したいと思う」

ワルサメは視線を落ち着きなくさまよわせ、白露を見つけると不安げにそちらを見つめた。

提督は提督なりに意図を察すると白露に言う。

「白露。妹たちと一緒にワルサメの世話をするんだ。詳しくは追って伝えるが」

提督はそこで夕立に視線を向ける。

「捕虜ではなく、あくまで客人に応対するつもりで頼む」

釘を差される形になった夕立は頬を膨らませるが、提督はそれを無視する形で集まっていた艦娘たちに向き直る。

「あまり必要以上に怖がるな。向こうだって俺たちが怖いんだ」


147 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/21(木) 01:52:00.47 ID:YzlHyqF00
ひとまずここまで。書けたら今日の遅くとかに続きを投下
間に合わなければ土日に流れ込むかと思います
148 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/21(木) 14:16:09.88 ID:pZ9tDRG/O
乙乙
149 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/21(木) 22:33:57.32 ID:YzlHyqF00


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



提督はワルサメを客人のように扱うと言ったが、その方針は必ずしも嘘ではなかった。

というのもワルサメを拘束しようにも艦娘の力を借りる以外に方法はなく、それならば監視を兼ねた世話役を付けた上である程度の自由を与えたほうがいいというのが提督の判断になる。

有り体に言ってしまうと拘禁よりも軟禁のほうが都合がいい、というわけだ。

もっともお目付役を言いつけられた白露型としては、そこまで分かって行動しているかは疑問符がついた。

少なくとも白露はお構いなしにワルサメと接しようとしている。

あたしだってあたしなりの責任感を持ち合わせているつもりだし。

ワルサメのやってきた晩、簡単な自己紹介などを済ませた白露型一同とワルサメは食堂に足を運んだ。

入り口の前に置かれた『味処 間宮』という木製の立て板を前にしてワルサメは立ち止まった。

「ココハ……」

不思議そうに文字を見るワルサメに白露は答える。

「間宮さんの食堂だよ。その看板は鳳翔さんが書いたんだけど、って言っても分からないよね」

「そもそもワルサメって文字は読めるんですか?」

海風の疑問にワルサメは首を傾げて答えると、夕立が冷ややかに言う。

「読めないふりかも知れないっぽい」

「あんたはまたそんなトゲのあることを」

「ふーんだ」

すっかり拗ねた調子の夕立に白露も困ってはいたが、納得し切れていない妹の気持ちも理解していたので強く怒れなかった。


150 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/21(木) 22:35:28.12 ID:YzlHyqF00


「まあまあ、まずはお腹いっぱいに食べましょう! 幸せは満腹からです!」

あからさまに明るい声を出した五月雨は、歩きだした途端に立て板に足先を引っかけた。

盛大な音を立てながら立て板を倒し、五月雨は手をばたつかせながら額から床に倒れ込んだ。

「いったーい! なんでこんな……」

「ア、アノ……」

「ああ、うん。気にしないで。よくあることだから」

白露はそう言ったが、ワルサメは恐る恐るといった様子で倒れた五月雨に手を差し出す。

涙目になった五月雨がその手を迷いなく掴むとワルサメは五月雨を立たせた。

「ありがとう……」

「……イエ。足下ニハ気ヲツケテクダサイ」

二人のすぐ後ろでは、涼風が倒れた立て板を元の場所に立て直していた。

「ほんと気をつけろよなー。あんたも助かるよ」

ワルサメは涼風にまで礼を言われると、萎縮して俯いてしまった。

涼風は白露にどうしようと言いたげに顔を向けたので、白露はワルサメの空いた手を引いて間宮に入っていった。

九人はテーブルに座る。白露はワルサメと向かい合う席に、ワルサメの両隣には村雨と五月雨が座って夕立は一人で端に陣取る。


151 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/21(木) 22:41:18.96 ID:YzlHyqF00


夕食時なので、全員ではないにしても鎮守府の艦娘たちも間宮に集まっていた。

そのため活気はあるのだが、空席もまた多かった。

「とりあえず、あたしとワルサメはお任せ定食にしちゃうから、みんなは好きなの頼んじゃって」

各々が何を食べるかを決めてる間、ワルサメは白露型以外の艦娘を気にしていた。

多くの艦娘たちもまたワルサメを気にしていた。提督がどう言ったところで簡単に、ましてや一日やそこらで変わるわけもない。

けど、これじゃよくないよね。白露は振り返るとワルサメの視線を追い、見ている相手について教えていこうと決めた。

「あれは武蔵さんと清霜だね。日焼けしてる眼鏡の人が武蔵さんで豪快な人だよ」

「ゴーカイ?」

「細かいことは気にするなって感じ? さすが大戦艦っていうか。手を振ったら振り返してくれるかも」

「……ヤメテオキマス」

ワルサメの反応も仕方ないか。まだ妹たちにも気を許せてないのに、まったく知らない武蔵さんに手を振れというのは難易度が高いだろうし。

白露がそう考えていると五月雨が自然と後を引き継いでいた。

「清霜ちゃんは私たちと同じ駆逐艦です。将来は戦艦になりたいって言ってますけど」

「艦娘ハ駆逐艦カラ戦艦ニナレルノ?」

「えーっと……それはどうでしょう? どうかな、涼風?」

「気合いがあれば大丈夫さ。いけるいけるぅ!」

「艦娘ッテスゴイ……!」

無理なんじゃないかなと白露は思ったが、敢えて訂正はしなかった。夢を壊してはいけない。


152 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/21(木) 22:43:18.58 ID:YzlHyqF00


五月雨は意気揚々と紹介を続けていく。

「それから、あっちはイタリアのみなさんですね。リットリオさんにローマさん、ザラさんとリベちゃん。みなさん優しいですけど……ローマさんはちょっと怖いかも」

「あたしもあの人はちょっと怖いかなぁ。視線が冷たいっていうか」

白露が五月雨に同意すると、村雨も会話に入ってきた。

「それは二人がローマさんをよく知らないからだよ」

「そうなの?」

「水着を買いに行った時にご一緒させてもらったんだけどね」

「いつの間に……」

「ここは常夏の島だよ? それで一緒に選んでもらったんだけどセンスが洗練されてて勉強になったし、お酒のチョイスもいいし」

「そういえば村雨はワイン派だったっけ」

「ええ。それでこの前飲んでたらイタリア産のも勧められてね……その話はまた今度として、みんなローマさんを怖がりすぎなのよ」

「村雨にそう言われると、そんな気がしてきたよ」

「姉さんも今度話してみればいいじゃない。ってごめんなさいね、私たちばっかり話しちゃってて」

村雨がワルサメに話を振ると、彼女はゆっくりと首を横に振る。

「ミナサンノ話ハ聞イテルダケデ面白イノデ続ケテクダサイ」

「そう? じゃあ次は……あっちの窓側にいるのが木曾さんね。いつもはお姉さんたちといるんだけど今日は一人みたい」


153 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/21(木) 22:51:22.77 ID:YzlHyqF00


白露は木曾をどう言っていいのか上手く思い浮んでこなかった。

「木曾さんは……なんていうか色々あった人だよね」

イケメン枠という言葉も思い浮んでいたが、白露の知る限りでは木曾は強さと弱さの同居している艦娘だった。

だから説明に困った。表層しか捉えていない説明になるのではないかと考えてしまって。

悩む白露の代わりに海風が言う。

「木曾さんにはメイド服を着せたい……私じゃなくて多摩さんが言ってたんですけど」

「木曾にメイド服ってどういうチョイス――」

ちょっと呆れたような時雨が言いかけて固まる。

白露たちも大体同じような想像をしていた。

時雨はどこか愕然としたように声にだす。

「アイパッチの美形メイド。マントは当然そのままだとして、黒のメイド服に白のエプロン。スカートの裾は当然短いしフリルもついてる……当然本人は照れている」

白露型の視線を一身に受けた木曾は、その異様さに気づいたが敢えて無視を決め込むことにした。

時雨は唾を飲み込んだ。

「結構、ううん。かなり有り?」

「多摩さンってすげーンだな……」

江風からもそんな反応を引き出せるんだから、それだけのインパクトがある。

実際に着せようとするのはかなり大変なのは白露も分かっていたが。

154 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/21(木) 22:52:42.90 ID:YzlHyqF00
もう少し先まで書いてるけど見直したいので、今夜はここまで
それと乙ありでした
155 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/22(金) 06:00:43.79 ID:Cf+OL/Y00
おつ!
156 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/22(金) 10:09:31.54 ID:boNF68fco
乙☆

「メイド木曾」何というパワーワード・・・!?
157 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/23(土) 16:08:49.62 ID:KrP8b/V4O
乙乙
158 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/24(日) 01:49:42.28 ID:vqq9KUU90
乙ありなのです。メイド木曾は需要に反して供給が少ない事象の一つだと思うの
今日の遅くにももう少し投下予定ってことで
159 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/24(日) 01:52:29.65 ID:vqq9KUU90


「それにしても空席が目立つなぁ……仕方ないか」

白露は辺りを見渡しているとワルサメが不安そうに聞いてくる。

「私ガイルカラデスカ?」

「ううん、そうじゃないよ。もっと深い理由があるんだよ」

「深イ?」

「そ。深いふかーい理由がね」

実際はもったいぶるほどの理由じゃないのは白露にも分かっていた。

そして五月雨があっさりと漏らしてしまう。

「他の鎮守府ができて人が減っただけじゃないですか。今じゃ五十人ぐらいで、ここに来た時の三分の一しか」

「五月雨、そんなことまで言わなくていいよ」

時雨が口を挟むと、五月雨は慌てて口を閉じる。

五月雨が言わなくても、数日もすればワルサメにも察しがついてただろうし、そもそも攻撃をかけてきたのもこっちの頭数が減っていると分かってたからだと思うけど。

時雨はそのまま話を引き継いだ。

「今度はボクからもワルサメに紹介しておこう。あそこにいるのが扶桑と山城だよ」

時雨に言われてワルサメは扶桑と山城を見る。改造巫女服を着た二人の姿はワルサメに別の相手を思い出させた。

「大キイデスネ……」

「そう、扶桑と山城は大きいんだ。君の反応は見所があるね」

「≠тжa,,ミタイデス」

ワルサメの言葉に時雨のみならず一同は困惑した。すぐにワルサメも異変を察した。


160 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/24(日) 01:53:43.50 ID:vqq9KUU90


「私、言ッテハイケナイコトデモ……?」

「ううん、そうじゃなくってね。名前だと思うんだけど、何を言ったのかちっとも分かんなくて」

白露の返事にワルサメはもう一度同じ名を出した。

「≠тжa,,」

「うん、それ。あたしたちにはちょっと早すぎるかなーって」

ワルサメは立ち上がると、手を上下させて体型を示すようにジェスチャーをする。それから額に手を当ててから前に伸ばすように突き出す。

その動きを何度か見てから白露は聞く。

「もしかして私たちが来るまでこの島にいた姫?」

「ソノハズデス」

「私たちは港湾棲姫って呼んでたけど」

「コーワン? コーワン……カワイイ名前デスネ」

「ちなみにワルサメは駆逐棲姫って呼んでるんだけど」

「コッチハカワイクナイ……」

「そうなんだ……」

白露にはよく分からない感性だった。


161 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/24(日) 01:56:01.44 ID:vqq9KUU90


疑問が解けたところで時雨がワルサメに尋ねる。

「それで君からしたら扶桑たちは港湾棲姫に似ているのかい?」

「似テイルノトハ違ウカモ……デモ私ハ≠……コーワンヲ思イ出シマシタ。大キクテ優シイカタデ、私ヤホッポニヨクシテクレテ」

「ホッポ? 他の姫とか?」

「ハイ、コンナ小サイ子デ」

ワルサメは手のひらを下に向けて胸の高さで左右に振る。

嬉しそうに説明するワルサメへ時雨が少し踏み込んだことを聞く。

「そうなんだ……そういえば港湾棲姫は健在なのかい?」

「ハイ、元気デス」

「なるほどね」

と号作戦から四ヶ月が過ぎているが、港湾棲姫の安否は不明のままだった。この時までは。

ワルサメは余計な話をしたと悟ったらしく、椅子に座り直すと口を噤んでしまう。

乗せられたと思って、殻に閉じこもってほしくはないけど。

白露はそんな風に考えながらも話し続ける。そうしないと本当に騙しただけのようになってしまうと思えて。

「他にはあっちにいる着物の人たちが蒼龍さんと飛龍さん。もこふわしてそうなのが雲龍さんで三人とも空母だね」

「空母ハ苦手デス……」

「ありゃ、そうなのか。じゃあ、あっちの駆逐艦。島風と天津風に長波だね」

「着任した頃の島風はスピード狂って感じだったけど、ずいぶん丸くなったわね」

村雨が懐かしむように呟くと、それまで一言も発さなかった夕立がテーブルを叩く。

テーブルの足が軋む不協和音と一緒に夕立も立ち上がると白露を睨みつける。

「お姉ちゃん、いつまでこんなことやるっぽい」


162 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/24(日) 01:58:29.19 ID:vqq9KUU90


白露は夕立が不満を抱いているのは承知していたが、この場で噴出するとは思っていなかった。

椅子に座ったまま白露は夕立を見る。

「いつまでって……晩ご飯が届くまで?」

「こんなの、すごくバカっぽい!」

唾を飲み込んでから、白露は気づいた。

緊張してるよ、あたし。

それはそうだった。夕立の雰囲気は戦闘中に敵に向けるそれに近い。

純粋な戦闘能力で評価すれば、夕立は白露型でも一番で駆逐艦という枠で見ても頂点を争える。

そんな夕立が穏やかじゃない雰囲気を漂わせれば、意識するなというのが無茶な注文だった。

「何が気に入らないの」

怖くない。と言ったら嘘になってしまうが、それでも白露は聞く。

夕立は他の艦娘たちからも注目を集めてるのにも気づいて、少しは落ち着きを取り戻していた。

それでも溜め込んだ感情を吐き出さないと、夕立の収まりもつかない。

「まず名前が気に入らないっぽい! 何がワルサメなの!」

「名前は関係ないんじゃないの、名前は」

「大ありっぽい! ふざけた名前! 春雨みたいで!」

「ハルサメ?」

不用意に口にしたワルサメを夕立は一睨みで黙らせる。


163 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/24(日) 02:00:20.71 ID:vqq9KUU90


「考えすぎだよ、夕立。あたしも初めて聞いた時はふざけてるのかと思ったけど、それはあくまで白露型の事情でしょ」

妹を意識させる名前なんだから気にするなっていうのも難しいだろうけど。

「確かにお姉ちゃんの言うように、こっちの内輪事情ってやつっぽい」

「だったら……」

「でも、つい最近撃ち合ってたのに、今日になって仲良くご飯食べましょうなんておかしいっぽい!」

夕立はワルサメに視線を移すと、少し抑えた声で言う。

「駆逐棲姫はそう感じないっぽい? 夕立は何発か当ててやったっぽい。覚えてない? 夕立にも一発当ててきたっぽい。覚えてない? 何も感じないっぽい?」

恫喝じみた口調に白露の声も尖る。

「いい加減にしたら、夕立」

「待ちなよ。江風も夕立の姉貴に賛成。裏がないって決めつけンには早すぎないか?」

「裏ぁ?」

うわ、なんか変な声出た。これじゃ怒ってるみたいだと白露は思ってから、実際にあたしも怒ってるんだと考え直した。

江風はしまったという顔を少しだけ浮かべたが、すぐに振り払うように言う。

「たとえばスパイだとか」

「それっぽい。この子がスパイじゃない証拠とかもないのに、みんな気を許しすぎっぽい!」

二人の言い分に異を唱えたのは村雨だった。


164 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/24(日) 02:03:54.20 ID:vqq9KUU90


「別にこの子の肩を持つわけじゃないけどスパイって線は薄いんじゃない? 話を聞く限りだと計画通りって感じじゃないし」

「自然なほうが本当っぽく見えるっぽい」

「それにしては偶然に頼りすぎって言ってるのよ。見つけたのがたとえば夕立と江風だったらその場で終わりでしょ? そんな運任せの工作なんてあるかしら」

「時雨張りの強運ならいけるっぽい」

「さすがにそういうのでボクを持ち出さないでほしいな」

「時雨はどっちの味方っぽい!」

「どっちの味方でもないし敵でもないよ」

時雨が呆れ顔をしたところで、海風が宥めるように言う。

「夕立姉さんもここは一回……江風も後でちゃんと話を聞いてあげるから、ね?」

「ここで全部話しておいたほうがいい気もすンだけど」

落ち着くタイミングを見計らっていたのか、伊良湖がポニーテールを揺らして席に近づいてくる。

伊良湖は夕立とワルサメは見ないようにしながら白露に聞く。

「用意はできたんだけど運んじゃってもいいかな?」

白露が夕立を見ると椅子に座ったので、運んでもらうよう伊良湖にお願いをする。


165 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/24(日) 02:05:00.83 ID:vqq9KUU90


すぐに間宮も出てきて白露型とワルサメたちに夕食を配っていく。

白露とワルサメのお任せ定食は魚の開きがおかずで、アサリと小ねぎのみそ汁と小鉢が二つ。

開きはアジを使っていて間宮自家製。小鉢は青菜のおひたしとオクラをかつお節で和えた物だった。

白露型一同は先程までの様子はどこ吹く風で、息を揃えて手を合わせる。

「いただきます」

そんな様子にワルサメだけは困惑していたが、とにもかくにも手を合わせる。

次いでワルサメはアジの開きを真剣に見つめることとなった。

「コレハナンデスカ?」

「魚の開きだけど……こういうのは初めて?」

「魚ハコンナ姿デ泳ガナイノデ……神秘デス」

「そんな大げさな……」

みそ汁を飲んでいた涼風がワルサメに尋ねる。

「こんな時に聞くのもなんだけど、深海棲艦って普段は何食べてんのさ?」

「まさかに――」

「五月雨、それ以上いけない」

時雨が素早く制する中、おずおずとワルサメは答える。

「魚トカ貝トカ海藻ヲ……」

「海産物か。海は食べ物の宝庫だからね」

「アノ……コレハドウ使ウンデスカ?」

ワルサメは割れ物を触るように慎重な手つきで箸を持ち上げていた。


166 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/24(日) 08:52:29.55 ID:pcoaZozQ0

頭から丸かじりか?骨が丈夫になりそうだな
167 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/24(日) 21:05:02.83 ID:vqq9KUU90
尻尾からかもしれない。そこら辺はご自由に想像してくださいって感じです
今更だけど深海棲艦について独自設定がマシマシになってます
168 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/24(日) 21:06:04.19 ID:vqq9KUU90


「村雨、教えてあげて」

「いいけど、そういうのは姉さんの役じゃない?」

「あたしは決めるの担当だからです!」

胸を張って宣言する白露に、村雨は気の抜けたような笑顔で返す。

それでも村雨としては教えるのは満更ではなかった。

村雨がワルサメの手を取ると、驚いたワルサメは手を引っ込める。しかし、すぐに手をおずおずと元の位置に戻すと、村雨は箸を握らせる。

「まずお箸はこうやって持ってね……そうそう。いい感じ、いい感じ。次はね」

「串刺しにすればいいっぽい」

「エ? 刺スノ?」

「刺すんじゃなくて摘む感じ? 夕立は変なこと吹き込まないように」

「ぽいぽい」

適当な返事をする夕立をよそに、村雨は箸の使い方を丁寧にワルサメへ教えていく。

ワルサメは箸を開いて閉じるのを繰り返してから、開きの身を言われたように摘む。

「うんうん、飲み込みが早いわね」

感心する村雨が見守る中、ワルサメはほぐれた身を口に運ぶ。

一口噛んだ途端にワルサメの顔が晴れやかに明るくなる。


169 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/24(日) 21:07:59.95 ID:vqq9KUU90


これ以上ないほどの満面の笑顔で何度も噛んで、味を存分に堪能してから飲み込んだ。

「オイシイ……」

ワルサメは満足したように深く息を吐く。

「ナンナンデスカコレ。同ジ魚トハ思エマセン」

ワルサメに振られた白露は村雨に聞き返す。

「開きだから干物だよね? 半分に切って外に干しとくんだっけ?」

「塩水に浸けたりとかもしてたような……」

「コンナ美味シイ物ヲ毎日食ベテルンデスカ?」

「毎日というか毎食?」

「ズルイ! ナンテズルインデスカ!」

白露たちの予想外の反応を見せながら、ワルサメは食事を再開する。

不意にワルサメの目から黒い体液が流れ出していく。

血の涙にしか見えないそれに、白露たちは悲鳴を上げて飛び上がるように離れた。

「ナ、ナンナンデスカ?」

食べ物を頬張っていたワルサメは、鼻にかかるような声を出す。


170 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/24(日) 21:13:31.85 ID:vqq9KUU90


時雨がその様子に閃いて手を打つ。

「ボクらや人の涙は血と成分が同じなんだ。きっと深海棲艦も」

「じゃあ、これは泣いてるの?」

「たぶん深海棲艦の目には黒い原因の成分か色素を濾過するフィルターがないんじゃないかな」

「仮説をありがとう、時雨。そうだとしても、さすがにこれは驚いたよ」

「つまり……泣くほど感動しちゃったんですか?」

ワルサメは白露型の視線を気にしながらも食欲には勝てなかったらしく、食事をやめる様子はなかった。

そんなワルサメを見て江風が吹き出した。

「なンつーかさ……普通なンだな。深海棲艦も」

「血の涙が?」

「そうじゃなくって旨いもン食べたら喜ぶンだってこと」

「そんなの……まだ分からないっぽい」

夕立は否定するが、そこには少し前までの勢いはなくなっていた。


171 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/24(日) 21:15:51.21 ID:vqq9KUU90


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



ワルサメが鎮守府に保護されてから一週間。

一週間という時間で白露型とワルサメの距離も縮まっていて、江風はワルサメを受け入れるようになっている。

ただし夕立は前のような強硬的な面を見せないだけで、打ち解けようという素振りは見せていなかった。

昼下がりを迎えた頃、ワルサメが提督と話したいと言いだした。

いい機会かもね、と白露は相づちを打つとこの日の当番の海風と一緒に執務室に向かう。が、三人が着いた時にはもぬけの空になっていた。

「提督ってば、最近は暇になるとすぐにラウンジに行っちゃうんだから」

「でも、そのほうが平和ってことじゃないですか」

「それはそうなんだけどね」

白露たちはラウンジに向かう。そこは艦娘たちからは休憩室や談話室、待機場などと好き勝手に呼んでいる部屋だった。

トラック島鎮守府が設立された際に新設された部屋で、もちろんクーラーも完備。これが重要。この島って暑いからね。

すぐ隣には酒飲みの艦娘のためのバーも併設されている。

白露たちはすぐにソファーに座る提督を見つけ、提督もまた白露たちに気づく。

秘書艦の鳥海の他に島風と天津風、長波もいてソファーや椅子に座りながら何かを話し込んでいるところだった。

「提督ー。ワルサメが何か話したいんだって」


172 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/24(日) 21:16:49.23 ID:vqq9KUU90


白露たちが近づくと島風と天津風が提督の正面にある椅子を空ける。

この一週間で艦娘側はワルサメに慣れ始めていた。少なくとも露骨に嫌悪感や警戒を向けられるようなことはなくなっていた。

白露が見る限り、ワルサメも感情を表情として出すようになっていたし、極端に萎縮してしまうような事態は減っていた。

それでも完全になくなったわけでもなく、時雨に紹介されて扶桑姉妹に会った時は背中に隠れようとしている。

扶桑姉妹が港湾棲姫に似ているとはワルサメの弁でも、直接会って話すのはやっぱり違うらしい。

怖がるワルサメの様子に「不幸だわ……」と呟く山城の姿は、相手が深海棲艦という点を除けば日常とあまり変わらない一幕だった。

ワルサメは場所を空けてくれた島風に礼を言うと提督の正面に座る。

白露はふと疑問に感じた。

「そういえばワルサメって島風たちと面識あったっけ?」

「イエ。遠クカラ見タダケデス」

「私たちも間近で見るのは初めてだね。よろしくってことでいいのかな?」

「そうしてもらえると、あたしは嬉しいかな」

「分かった。私は島風、こっちは天津風でこっちが長波」

「島風ハ知ッテマス。若イ頃ハスピード狂ダッタトカ」

「今も若いよ!?」

「スピード狂に反対するところだろ」

「この子、今でもそうだから」


173 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/24(日) 21:19:37.85 ID:vqq9KUU90


そんなやり取りを交わしてる間に、提督はやや前のめりに姿勢を変えている。

ワルサメの話をちゃんと聞こうという態度かもしれないと白露は思った。

「提督ノ知恵ヲ貸シテホシイ。避ケテクル相手ト仲良クスルニハドウシタライイ?」

まじめくさった顔でワルサメの言葉を聞いた提督は、その意味を考えて拍子抜けしたらしい。

「姫様にそんな質問をされるとは思ってなかったな……白露たちは知ってたのか?」

「まさか。誰のことかは心当たりがあるけど」

どう考えても夕立しかありえない。

ワルサメも夕立とは仲良くしたいんだと、白露は少ししんみりとした。

「あたしたちってここにいないほうがいいのかな?」

「それならワルサメも話してないだろ」

「ハイ。ソレデ提督ナラドウスル?」

「そうだな……鳥海や島風たちならどうする?」


174 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/24(日) 21:20:35.91 ID:vqq9KUU90


提督が話を振るとすぐに島風が手を上げる。

「はい、島風」

「頬を思いっきり引っぱたくの。バシーンって!」

いきなり提督の横にいた鳥海がむせたような咳をする。その反応に提督はおかしそうに笑った。

白露は二人の反応が分からなかったが、ワルサメが夕立にビンタをした場合の展開を想像して即断する。

「却下でお願いします」

「なんで!」

「たぶん血が降ると思うし……どうして島風はそんなことを思いつくのよ」

「実体験? 鳥海さんにはたかれたから、私たちは仲良くなれたっていうか」

「え……本当なんですか、秘書艦さん?」

「叩いたのは事実ですけど、別にそれで仲良くなれたわけじゃ……」

鳥海はしどろもどろに話し、長波が感想を漏らす。

「そこだけ聞くと島風が単なるドMとしか思えないな……ああ、あたしならドラム缶積んで一緒に輸送作戦にでも従事すれば、大抵のやつとは仲良くなれると思うぞ」

「悪くない案のような気がするけど、この子を外に出すのはなー……」

「今回は見送ったほうがいいだろうなぁ。はい、というわけで天津風の番!」

「うーん……私が教えてほしいぐらいよ。提督、なんとかしてちょうだい」

話が戻ってきた提督は自信を持って断言する。

「胃袋を掴むしかないな」


175 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/24(日) 21:28:54.96 ID:vqq9KUU90
ここまで。そろそろ二章も折り返しなのであれこれ動く……はず?
176 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/27(水) 23:14:52.62 ID:HpuyToNN0


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 ワルサメが料理をするという案はあっさり採用された。
 厨房を使ってワルサメへの指導が始まり、白露は提督と鳥海と一緒にその様子を見学に来ていた。
 提督は少し心配そうな顔をしている。あんな自信満々に言ってたのに。
 でも、心配するのも分かる。白露たちと話す限り、深海棲艦には調理の概念が乏しいらしいと推測できる。
 当然ワルサメも一度だって料理をしたことがないはずだった。
 提督が鳥海に確認する。

「初心者だから、おにぎりとみそ汁なのか」

「はい。基本中の基本ですし、おにぎりなら練習用に作りすぎても糧食として持っていけますから」

「うん、いい考えだ。それに間宮もついてるんだから、滅多なことにはならないはずなんだが」

 意外だったのは、白露たちが場所を貸してもらうように頼みに来ると間宮が直々に教えたいと言い出したことだった。
 白露は一人で仕込みを続ける伊良湖に訊く。

「どうして間宮さんが教えてくれるんです?」

「それはあの子がいつもおいしそうに食べてくれるからですよ」

 伊良湖は間宮の代弁をする。

「性格診断なんかになると話半分ですけど、食べ方に性格って出ますからね。おいしそうに食べてくれる子への好感度は鰻登りですよ」

「分かります、おいしそうに食べてもらえると作った甲斐がありますよね」

 鳥海が同意すると伊良湖は自信を持って頷き返す。

「だから間宮さんも、ちょっとしたお礼のつもりなんだと思います」

「ほほー……なるほどなるほど」

 納得だね。あんな風においしそうに食べてくれる子はちょっと他に思い当たらないし。
 白露は何故か誇らしげに思えた。


177 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/27(水) 23:20:02.50 ID:HpuyToNN0


「そういえば、あの子っていつまでここにいられるんですか?」

 伊良湖が提督に訊くと、提督は苦笑いを浮かべる。

「いつまでかな。海軍省も大本営もワルサメについては何も言ってこないんだ。どう扱っていいのか決めかねてるのかもしれない」

「そうだったんですか」

「足場を固める期間だと思えばいいさ。ワルサメも白露たちに懐いてるみたいだし」

「ふふん」

「なんだ、変な笑い声出して」

「提督にだけは言われたくないよ。せっかく提督の考えが分かったのに」

「俺の考え?」

「提督だってワルサメとか深海棲艦と仲良くしたいってことでしょ?」

「……平たく言えばそうだな。和解の芽が出てきたんじゃないかとは思いたいよ」

 そう答える提督に鳥海が異を唱える。

「そう考えるには些か性急すぎませんか? 確かにワルサメとは上手くやっていけるかもしれませんが……」

「鳥海の懸念はもっともだが、この一歩の差は大きいと信じたい」

「あたしもそう思いたいな」

ワルサメみたいな子がいるなら深海棲艦とだって仲良くやっていけるのかも。白露はそんな期待を抱いていた。


178 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/27(水) 23:23:47.32 ID:HpuyToNN0


─────────

───────

─────



 白露は時雨と一緒に夕立を『間宮』に誘った。
 甘味を食べに、というのは表向きの理由で時雨には事情を話している。
 白露たちが注文をしている隣では、提督と鳥海が何食わぬ顔で座っていた。
 提督の前には手つかずのお汁粉、鳥海は器からはみ出そうなほど盛りだしたクリームあんみつを崩している。

「ずいぶん頼むじゃない」

「今日は時雨がしつこかったからおなかも空いてるっぽい」

「ボクもたまにはしっかり動きたいしね。夕立はいい訓練相手になってくれるし」

 おなかを空かせるのが狙いで時雨にも協力してもらったんだけどね。白露は内心で考えるが表には出さない。

「そういえば、たまには鳥海と演習したいっぽい」

「それはボクも同感だね。提督にだけ独占させておくのはもったいない」

 蚊帳の外にいたつもりらしい鳥海は戸惑っていた。
 鳥海はスプーンにすくったクリームを器に戻す。

「どうして私と?」

「上達するには手強い相手とやったほうがいいっぽい。その点、鳥海からなら一番学べるっぽい!」

「そう言ってもらえるのは嬉しいですけど買い被りすぎですよ」

「そんなことはないさ。ボクからもお願いしたい。提督、どうかな?」

「水を差す気はないよ。というわけだから、今度付き合ったらどうだ?」

「そういうことでしたら……」


179 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/27(水) 23:24:44.55 ID:HpuyToNN0


「でも時雨はまだしも、夕立が真面目に訓練するなんて」

「お姉ちゃんでも、それは聞き捨てならないっぽい!」

「あはは、ごめんごめん」

 夕立はサボったりはしないけど、基本訓練以外はあんまりしたがらなかったけど。
 白露が不思議に思った。

「私は迷いを捨てたいっぽい。そのためには強くなりたいし、それには動くのが一番ぽいって」

「へえ……ちゃんと考えてるんだね、夕立は。えらいよ」

「えへへ、ありがとうお姉ちゃん」

 やだ何、この子ちょろかわいい。
 白露は少しの間、夕立に見とれてから我に返る。

「そうだ、時雨はどうして?」

「雪風に差をつけられるのは面白くないからね。最後に模擬戦やった時は負け越してるし」

 ああ、そうだった。時雨ってこれで結構な負けず嫌いだったっけ。
 同じ幸運艦と評される雪風相手だと、尚のことそう思ってしまうみたい。
 雪風は陽炎型の大半と一緒に別の鎮守府に移っちゃったから、なかなか会う機会はないかもしれないけど。


180 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/27(水) 23:27:53.51 ID:HpuyToNN0


「それにしても遅いっぽい。おなかがくっつきそうっぽい……」

「オ待タセシマシタ」

「待ってたっぽい――」

 夕立は給仕服のワルサメを見て固まる。
 ワルサメは恥ずかしいのか気後れしてるのか、おどおどした手つきで白露たちの甘味を並べていく。
 夕立が頼んだのは鳥海が食べているのと同じ物だった。
 そして最後に自分が作ったおにぎりとみそ汁を載せた盆を運んできた。
 おにぎりの数は四つで、みそ汁からは湯気が立っている。

「アノ……夕立ニ食ベテホシクテ作リマシタ」

 ワルサメはそれだけ伝えると一歩引く。
 夕立はというと、うろたえていた。
 白露と時雨は夕立の前に並ぶご飯を見て言う。

「取り合わせが悪かったかも」

「言われてみれば確かに。残念だったね、夕立」

 夕立は今になって何かに気づいたように慌てて首を振る。

「そうじゃなくってなんで……だいたい深海棲艦が作った物なんて」

 夕立が思わず言ってしまった一言は、それなりの重さを持ち合わせていた。
 ワルサメや白露はおろか、言ってしまった夕立も含めてその言葉に絡め取られてしまう。
 そんな空気を破ったのは提督だった。
 彼の手が夕立のおにぎりへと伸びると、一つを奪い取りそのまま食べてしまう。
 次に立ち直った鳥海が柔らかな声で言う。

「人のご飯を横取りなんてはしたないですよ、司令官さん」

「おいしそうだったから、つい」


181 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/27(水) 23:34:00.61 ID:HpuyToNN0


 その言葉をきっかけに白露は時雨を見た。時雨もまた白露を見た。
 二人は同時に手を伸ばすと夕立のおにぎりを取ってしまう。
 四つの内三つを失った夕立は、まだ手を伸ばしていない鳥海と視線を絡ませた。
 場の空気を察した鳥海が手を伸ばそうとするが。

「これは渡さないっぽい!」

 早業で夕立は最後のおにぎりを確保していた。
 立ち尽くすワルサメと目と目を合わせ、夕立はおにぎりを一気に食べた。

「どう、夕立?」

 白露の問いに夕立が答えようとする。
 しかし白露はワルサメのほうに顔を向けた。

「あたしじゃなくって、あっちにね?」

 夕立はワルサメを見つめて、意を決したように言う。

「……おいしかったっぽい」

「……オカワリ、シマスカ?」

「食べてもいいなら……ほしいっぽい」

 ワルサメは嬉しそうに微笑んで、夕立は肩の荷が下りたようだった。
 白露はそんな二人を見て胸をなで下ろした。


182 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/07/27(水) 23:35:12.48 ID:HpuyToNN0
ひとまず地の文の記述方法をいじくってみた
今週末は忙しいので、この更新でお茶を濁すとするのです
183 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/28(木) 02:00:26.61 ID:RqN9+5gZO
追いついた、好き
184 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/28(木) 06:28:03.24 ID:WdyEhdS90
おつです
185 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/28(木) 07:04:23.69 ID:AcAgXo6AO
よいぞ・・・・よいぞ・・・
186 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/28(木) 07:42:55.42 ID:me7qDBLKO
乙です
187 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/28(木) 19:27:20.53 ID:0GStYtytO
乙乙
188 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/30(土) 10:12:18.09 ID:5JhV5pTwo

いいぞぉ
189 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/30(土) 10:54:53.04 ID:KKIgQIyto
おつ
なにこれかわいい
190 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/08/02(火) 21:30:14.42 ID:nIDO0umf0
なんだ、この反応の数は。さすがは白露型だな!
でも話自体の方向性は……ともあれ乙ありなのです

見直しながらの投下なのでゆっくり目
191 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/08/02(火) 21:31:08.06 ID:nIDO0umf0


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 夕暮れ時、白露はワルサメと二人で窓から外を見る。
 本当なら一人だけでワルサメのお目付役をするのは御法度だったが、白露が少しだけという条件で無理を言っていた。
 日中に強い日差しを投げかけていた太陽は、墨をかけたように黒い山の稜線に隠れるように沈んでいる。
 今ではダークブルーの夜空が、オレンジ色の残光を西に追いつめていた。夜が来る。

「空ニハコンナ色モアルンデスネ……」

「夕焼けなんて見慣れちゃってるんだけど、たまに見ると思い知らされた気になるんだよね。あたしたちってすごい所にいるんだって」

「海ノ果テニハ……」

 ワルサメは何かに思いを馳せてるみたいだった。

「今日ハアリガトウゴザイマシタ」

「ううん、あたしは何もしてないよ。ワルサメが自分で解決したんだから」

「デモ白露ガイナカッタラ、ドウニモナリマセンデシタ。初メテ話シタノガ白露デヨカッタ」

「あ、そうか。深海棲艦とちゃんと話したのってあたしが最初になるんだ」

 つまり一番。いっちばーん。うん、やっぱり一番はいいよね。
 気を良くして白露は今日の感想を訊く。

「楽シカッタデス」

「うんうん。今度はみんなで料理したいね。もっとワルサメの作ったご飯も食べてもらったりなんかして」

 白露からすれば、それはなんでもない口約束のつもりだった。
 ワルサメなら二つ返事で乗っかってくると思っていたけど、消え入りそうな声で聞き返してくる。

「ホントニ……イインデスカ?」


192 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/08/02(火) 21:33:50.45 ID:nIDO0umf0


「ん? なんで?」

「ダッテ私ト白露タチハ敵ナノニ」

「でも、ほら。ワルサメは捕虜みたいなもんだし仲良くなれちゃったし……うーん……」

 自分の気持ちを白露は上手く伝えられない。
 白露なりの判断基準はあるが、それは言葉として出そうとすると漠然として要領を得なくなりそうだった。

「夕立とだって仲良くしたかったんでしょ? それってもう敵とか味方って話じゃないよ」

「ソウデショウカ……」

「そうじゃないの? ねえ、あたしともっと話そう。話してくれないと分からないけど、話してみれば分かることってきっとあるよね?」

 それは白露がワルサメと関わっていく内に実感し始めている思いだった。

「私ハ……白露ガ好キデス。他ノ艦娘ダッテヨクシテクレテマスシ、夕立トモモット仲良クシタイ」

「うんうん、みんないい人たちだよ。妹たちも提督や秘書艦さんだって」

「ハイ。見テイルト、ココニ熱ヲ感ジテクルンデス」

 ワルサメは自分の胸を両手で覆う。白い指がきれいだった。

「あたしたちって、そんなに変わらないってことだよ。艦娘とか深海棲艦とか関係ないんだから」

「デモ……ソウダカラコソ怖クナルンデス。今ガ満チ足リテルカラ……」

「怖がることなんてないよ」

 ワルサメは首を横に振る。今にも崩れてしまいそうな表情で。


193 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/08/02(火) 21:40:57.21 ID:nIDO0umf0


「艦娘ハ私ノ仲間ヲタクサン沈メテル……コレカラダッテキット……」

「そんなの! 襲われたらやり返すしかないじゃん……深海棲艦がどれだけ人間を殺したと思ってるの!」

 責める気はないのに語気が荒くなる。
 ワルサメは視線を避けるように俯いた。

「ソウ、ナンデスヨネ……」

「最初に始めたのは深海棲艦なのに……そんなこと言うのはずるいよ……」

 戦争だから仕方ない。ありきたりに思える言い分で納得していいと白露は思わなかった。
 だけど他にどんな言い分で納得できるの?
 こっちが何もしなければ深海棲艦は何もしてこなかった? そうじゃないでしょ。

「ワルサメ。あなたは……」

 白露は言い淀む。けれども続きを言う。知らないといけない。

「今までに人を襲ったことはあるの?」

 ワルサメは言葉なく首を横に振った。
 やっぱり。意外でもなんでもなく、そんな気がしてた。
 過ごせば過ごすほどこの子は。ううん、たぶん初めて会った時から、この子に戦いには似つかわしくないと思えていたから。

「白露ハドウナノ?」

「そんなの……関係ないじゃない」

 そう言い返すのが精一杯だった。


194 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/08/02(火) 22:01:58.30 ID:nIDO0umf0


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 かつて血みどろの戦いが繰り広げられた島。その海岸沿いに黒く壺のような建造物がいくつも建ち並んでいる。
 鋼材を大雑把に組み上げ樹脂で固めたような作りの壁は、人間が作った物ではない。深海棲艦による建築物だ。
 建築物はどれも同じ作りだが大きさはまばらだった。
 その中でも一際大きな建造物の中に丸い部屋がある。丸い円卓があり天井の光源も丸く、淡く青い光を全周に照らしている。
 例外も一人いるが、その部屋では深海棲艦の姫が円卓を囲んでいた。その数は七人。
 港湾棲姫以外はまだ人類に認知されていない姫たちだった。

「ツマリ≠тжa,,ハ総力ヲ挙ゲテ、ワルサメヲ奪還スベキト言ウノネ?」

「ソノ通リ」

 ≠тжa,,――すなわち港湾棲姫の主張を空母棲姫は確認した。
 トラック泊地を監視している潜水艦たちからは、ワルサメの反応を今でも感知できるとの報告が届いている。
 それを受けてワルサメをいかにするかというのが、姫たちの議題だった。

「≠тжa,,に賛成の者は?」

 一人の姫が機械仕掛けの黒ずんだ右手を挙げる。後々に飛行場姫と認定される深海棲艦だった。

「生存ノ可能性ガアルナラ、デキル限リ手ハ尽クシタイ」

 飛行場姫はそう言うが、二人に賛同する者は続かなかった。
 進行役を担う空母棲姫は面白そうに笑う。

「ナルホド。他ノ者ハ……反対トイウコトカシラ? 私モ反対ダワ」

「何故ダ?」

「簡単ナコト。反応ヲ確認シタトコロデ無事トイウ証拠ニハナラナイモノ。我々ガ人間ヲ捕ラエタラドウスル?」


195 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2016/08/02(火) 22:08:41.55 ID:nIDO0umf0


 空母棲姫はますますおかしそうに笑う一方で、港湾棲姫からは表情が消えていく。

「第一、時間ガ経チスギテルワ。キットモウ手遅レ」

「デハ何モシナイト言ウノ?」

「ソウネエ。ソレデハ納得デキナイ気持チモ理解デキルワ。コウシマショウ」

 空母棲姫は立ち上がると二人の姫を指名する。戦艦棲姫と重巡棲姫だった。
 前者は黙々とし、後者は露骨に嫌そうな顔をする。

「我々デワルサメノ返還ヲ要求スル。ソレデワルサメガ無事ナラヨシ。返還ニ応ジレバナオヨシ。向コウガ拒否スレバ力尽クデ事ヲ為ス」

 空母棲姫のこの提案には、港湾棲姫が独断で動くのを防ぐ狙いもあった。
 結局、空母棲姫の提案は通り三人の姫を中心に出撃することになるのだが、ちょっとした要求をする者がいた。
 七人の中で一人だけ姫ではない深海棲艦、レ級だった。

「戦イニ行クナラサァ、アタシモ連レテッテヨ」

 従来のレ級のように黒いローブを被っているが、その目は流れ出る血を思わせる赤に輝いている。
 好戦的な笑みで頬を吊り上げる彼女だったが空母棲姫はやんわりと拒否した。

「9レ#=Cモ連レテイッテアゲタイケド、アナタガイタラ交渉ドコロジャナイデショウ?」

 空母棲姫はレ級をそれなりには評価していた。あくまで番犬の範疇としてなら、という前提つきだが。
 まだ数こそ少ないものの、レ級はいずれも一騎当千と呼べる戦闘能力を有している。
 特にこの場にいる9レ#=Cと呼ばれるレ級は図抜けた能力で、すでにレ級全体の束ね役になっていた。
 その能力といくつか姫と同じ特徴を有しているために、彼女は姫たちとの会合に参加する権利を有している。


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