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キスショット「これも、また、戯言か」
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89 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:30:16.41 ID:I+fdqcufo
そう、そろそろ気づいてもよさそうなものなのに、自身が既に、普通の人間の状態では
ないことに、気づくべきなのに。
・ ・ ・ ・ ・ ・
全力で建物の外へと出た。太陽の下へと飛び出した。その瞬間に――ぼくの全身が
・ ・ ・ ・ ・ ・
燃え上がった。
「はっ、はあああっ!?」
何が、何が起きている!?
走っている最中のこと、対応しきれなかったぼくは、無様にも肩から転がった。ついで
に火も消えてくれないだろうかと思ったが、そんな生易しいものではなかったらしく、ぼ
くを包む業火は止む気配がない。
90 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:31:28.05 ID:I+fdqcufo
髪が燃え、皮膚がただれ、肉が焦がされ、骨が焼かれる。全身が炎に犯され、神経
がこれでもかというほど、脳に信号を送ってくる。
燃えている。燃えている。燃えている。燃えている。燃えている。燃えている。赤々と
燃えている。メラメラと燃えている。全てが燃えている。全てが燃えていく。燃え盛り、
燃え尽きていく。
死ぬのか――ぼくは、また、死ぬのか……。
また? 死ぬのは初めてだろ? 何で、ナンデ?
91 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:33:34.74 ID:I+fdqcufo
「たわけっ!」
と、建物の方から幼い声がした。
首の筋肉はまだ焼き切れていないらしく、ぼくは首を建物へと向けることに成功する。
燃え上がり、水分の蒸発しきった眼でみると、そこにいたのは――先ほどぼくの腕の中
で寝ていた、かわいらしい金髪の女の子だった。
「さっさとこっちに戻ってくるんじゃ!」
と、彼女は少女にあるまじき権高な目つきで、ぼくを怒鳴った。
どうやら、全身の痛覚神経は焼き切れてしまったようで、そのころには幸い、痛みをほ
ぼ感じてはいなかった。ぼくは、肉の落ちた所為で二本の杖のようになってしまった両膝
を必死に動かし、両手首をついて、建物のほうへと戻った。
92 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:34:50.12 ID:I+fdqcufo
建物の中、陽の当たらない影の中に入ると、まるで全てが嘘だったかのように、『なかっ
たこと』になったかのように、ぼくの体を包む業火は消え去った。服も全て元通り――いや、
上着の至る所に、泥が付着していたし、足が焼けただれた影響で脱げた靴は、今も建物の
外に放置されたままであるが――とにかく、元通り。燃えていたのはぼくの肉体のみで、
服には火が回らなかったということだろう。
人体の自然発火現象も相当の驚きだが、その炎が服にまで回らなかったこと、また、そ
の炎が一瞬で消え、ぼくの肉体に後遺症等を残さず一瞬で回復してしまったことの前では、
自然発火現象のことなどなんてことはない。レーザーやらプラズマやらの解釈はあるし、
それに関する論文や、実験はむこうで見ている。
しかし、それ以外は説明がつけられない。そこらで買った服が耐火服であるわけがない
し、瞬時の消火、回復は、きっと誰にも説明がつけられないと思う。
超常現象。
吸血鬼。
まさか……いや……そんな……。
93 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:38:21.77 ID:I+fdqcufo
「全く。いきなり太陽の下に出る馬鹿がどこにおるのじゃ――ちょっと眼を離しておる隙に、
勝手な真似をしおって。自殺志願か、うぬは。並の吸血鬼なら一瞬で蒸発しておったぞ。
日のある内は二度と外に出るでない。なまじ不死力があるだけに、焼かれ、回復し、焼か
れ、回復し――の、永遠の繰り返しじゃ。回復力が尽きるのが先か太陽が沈むのが先か
――いずれにせよ、生き地獄を味わうことになる。まあ、不死の吸血鬼を生きておるのだ
と定義すればじゃがのう――――――――――――――――――――――――――――
って、うぬ、おい、聞いているのか?」
「…………」
「聞こえておるんじゃろ? なあ、おい」
「…………」
「まさか、うぬ! しゃべれんのか!? そんな、まさか失敗して……」
「…………」
「ああ……そんな、そんなっ!」
「…………」
「…………うっ」
と、そこで、少女はこちらにも伝わってきそうなくらい寂しそうに、目に涙を溜めた。
「泣いちゃ駄目だ。泣いちゃ駄目だ」という、心の声まで聞こえてきそうなほどに、必死に
歯を食いしばり、小さな手をぎゅっと握り締めて、それでもやっぱりこらえきれないのか、
少し顔を俯ける。
ああ、もう、可愛いなあ。
94 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:39:38.48 ID:I+fdqcufo
「心配しなくても聞こえてるよ。大丈夫。大丈夫」
と、ぼくは彼女の頭を撫でた。
「…………それならすぐに返事してよ」
言って、彼女はぼくの腰に抱きついた。
「いろいろ理解が追いつかなかったんだよ、ごめんね」と言って、ぼくも彼女を抱きし
める。
小さい、ふわふわとした体躯。さらさらと美しい金髪。今は見えないが、威圧感のある、
少女に似つかわしくない、鋭く、冷たい目。そんな少女によく似合う、これまた、かわい
らしいドレス。そして、しゃべるたびに覗く白い牙。
これら全てに、見覚えがある。
95 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:40:40.27 ID:I+fdqcufo
「すると、きみは――その、昨日の吸血鬼ってことでいいのかな?」
と、尋ねると、彼女はそれで我を取り戻したのか。慌てて、ぼくを軽く突き飛ばし、少し
距離をとると、思い切り高飛車な態度で、胸を張り、
「う、うううう、うむ。い、いかにも、わしゅ、儂は、キスショット・アセロラオリオン・ハート
アンダーブレードじゃ」
と、名乗りを上げた。
…………かわいい。ものすごくかわいい。
これ以上にかわいい生物はいないと断言できるくらいにかわいい。
ぼくに弱いところを見せたくないのだろうか、彼女はぼくに尊大な態度をとって見せた
が、見せようとしたが、その試みは明らかに失敗だった。
台詞噛んでるし。
顔真っ赤だし。
96 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:42:29.88 ID:I+fdqcufo
「け、眷属を造るのは四百年ぶり二回目じゃったが、まあその回復力を見る限りにおいて、
うまくいったようじゃな。暴走する様子もなさそうじゃ。なかなか眼を覚まさんから心配したぞ」
「心配してくれたんだ。ありがとう」
「………………」
カアァっと音が聞こえるんじゃないかってくらいに、少女は顔を更に真っ赤にさせる。
「ところで、眷属って何?」
「その、なんというか、しもべ、従者みたいな感じじゃ」
「ま、まあ、かぞ――という意味もあるかの……」と、少女はごにょごにょと答えた。
従者、か。それはつまり――
「つまり、ぼくも吸血鬼になったってことか」
それほど詳しいわけではないが、というか、あまり知らないのだが、確か、吸血鬼の血
を浴びると、ゾンビになるんだったっけ?
それの応用で、吸血鬼を作りだしたってことか?
97 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:44:33.94 ID:I+fdqcufo
「そう。うぬは眷属、吸血鬼となったのじゃ。さて、従僕よ」
彼女は笑った。
今までの子どもじみた言動が嘘だったかのように。
顔はまだちょっと赤かったけれども、それでもやっぱり別人のように。
凄惨に、笑った。
「ようこそ、夜の世界へ」
…………結局、ぼくは、人生を終えることは叶わなかったというわけだ。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
いや、人間をやめた、やめさせられたのだから、「人」生は終わったのかも知れないが。
98 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:45:24.55 ID:I+fdqcufo
「……ちょっと、質問いいかな?」
「うん? なんじゃ。何でも言うてみい」
「えっと、その……ここは、どこだろう?」
さして気にしていることではないのだけれど、まずは、牽制。軽いジャブのような形で、
質問をしてみた。
「何でも」と言っているのだ。
二つ目、三つ目の質問は可能だろう。
まずは当たり障りのないところからだ。
「確か、『塾』とか言うものらしいぞ――数年前に潰れたようじゃが。今はただの廃墟じゃ。
身を潜めるのには便利じゃな」
「身を潜める……?」
99 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:46:42.37 ID:I+fdqcufo
……えっと……なんで?
今がまだ、太陽が出ている時間帯だから、ということだろうか?
「ふむ。まあ、確かに今、儂が行動を起こせないのは、太陽が出ているから、というのも
あるのじゃが、しかしそれ以上に大きな理由として、やつらから、身を隠さなくてはなら
ない、というのがあるのじゃ」
「『やつら』?」
「ああ。この儂から四肢を奪い取っていった、忌々しきヴァンパイアハンターどもじゃ」
「そうだ、それについても聞きたかったんだ。あの時、ぼくがきみと会った時、きみ、
その、五体満足じゃなかったじゃないか」
それが今は腕があり、脚があり――
「胸がない」
「今なんか失礼なことをつぶやいたじゃろ!? おい!!」
「かわいくなったね。って言っただけなんだけどな」
「むう……絶対嘘じゃろ、それ」
しかしキスショットは「まあよいわ」と、それ以上追及することはしてこなかった。
上位存在。意外とチョロいなあ。
100 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:47:55.80 ID:I+fdqcufo
「儂がこのような姿でいるのは、端的に言って力が足りていないからなのじゃ。力が、
血が不足しておる」
「あれ? でも、あの時はぼくの血があれば助かるって」
いや、違う。たしかあの時、キスショットは、「急場は凌げる」と、そう言っていたの
だっけか?
「そうじゃ。これは文字通りにその場しのぎ。ただ死なぬための策。形だけは取り繕って
おるが、この腕も、脚も、中身はまるでスカスカじゃ。吸血鬼としての力は発揮できぬ。
不死身性は大分失われておるし、不便極まりないわ。まあ、当面はこれで大丈夫じゃし、
そこまで気にすることはないよ」
101 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:48:43.06 ID:I+fdqcufo
死なぬだけマシじゃ。と、キスショットは自身に言い聞かせるようように言った。
そう、結果的に、彼女は死ななかった。
一安心。
ぼくなんかの血では人一人分にすらならなかったのではないか、と、少し心配でもあった
のだ。ひとまず助かったというのなら、ぼくが死んだ甲斐もあったというもの。
そう思うことに、しておこう。
さて、次の質問は……。
もう少し、様子を見るか。
102 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:50:47.79 ID:I+fdqcufo
「じゃあ、また質問。キスショットの趣味は?」
「いやいやいやいや待て待て待て待て」
キスショットは頭を抱えながら手を前に出す。なんだろう? 聞いてはいけないことだっ
たのだろうか?
「うん。一つずつツッコミを入れていくか。おい、うぬよ。儂の趣味を聞いていったい
どうするのじゃ?」
「いや? べつにどうも? とりあえず聞いてみただけで全然興味ないし」
「じゃよなあ! 他人に興味なさそうな顔しとるもん!」
「うん、よく言われる」
そしてその通り興味はない。
ぼく自身あまり趣味はないので聞いたところで「へえそうなんですね」としか言えない。
103 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2016/05/14(土) 16:52:09.33 ID:I+fdqcufo
「じゃあなぜそんな質問をこの状況下でするのじゃ?」
「いや、とりあえず相手が話しやすそうなところからやってこうかなって。コミュニケーションの
基本だろ。相手を調子に乗らせて話しやすくするのは」
「今ものすごくディスコミュニケーションな響きの単語が飛び出したような気がするのじゃが
……うううううう…………なんじゃ? うぬは女子を驚かせて楽しむ趣味でもあるのか?」
「失敬な。女子に限らないし、また、驚かせるだけでなく怒らせたり動揺させたりするのも
好きだ」
「最低の男じゃああ!!」
うなるように叫び、キスショットは剣呑な目で睨みつけてくる。おお、怖い怖い。
104 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:53:45.00 ID:I+fdqcufo
「で、キスショット、ぼくは、吸血鬼になったんだよね」
「こら、待てと言ったろうに。勝手に話を進めようとするな! まだ先の質問、言いたいこと
は残っとるぞ! おいうぬ! そのキスショット呼ばわりはなんじゃ!」
「ん? あれ? まずかった?」
そちらは想定外だ。向こうではむしろファーストネーム呼びの方が自然だったのだけれど。
「うーん、ダメかな? ぶっちゃけ、アセロラオリオンもハートアンダーブレードも呼びづらい
んだけど」
「人の大事な名を呼びづらいとかいうでないわ!」
マジギレだ。かわいい。……じゃなくて、ちょっとやりすぎたかもしれない。
「ごめんごめん。キスショットがダメなら…………そうだな、キースとかどうかな?」
「馴れ馴れしいという話なのになぜさらに砕ける!?」
があーっと、頭を抱え、獣のように吠えるキスショットだった。
105 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:54:44.12 ID:I+fdqcufo
「はああああ……もう、なんじゃ、うぬ、救いようのないあほじゃな。ほんと」
「わかってもらえてうれしいよ」
「……………………うぬには命を助けられた。無様をさらす儂を、うぬは救ってくれた。
じゃから、生まれたての吸血鬼などという低位のうぬが、儂に対等に口を利くことも、
儂をキスショット呼ばわりするのも許そうと思う」
「本来なら口もきいてもらえないのかぼくは……」
「そうじゃぞ。生まれて五百年の儂とうぬではまるで位が違うのじゃ。ましてや吸血関係、
つまりは主従関係にあるのじゃから、本来というのであれば、うぬは絶対服従。儂の意見
をただ聞き動くだけの奴隷じゃ。しかし、さすがにそこまでするのは勘弁してやろう。うぬ
の意見も、うぬの意思も尊重してやる。じゃがな、儂とうぬは上下関係にある、それだけは
はっきりしておかねばな」
106 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:56:06.31 ID:I+fdqcufo
ふうむ。吸血鬼世界というのは意外に体育会系らしい。となると、なにやら連帯感を強める
ための儀式めいたものがこれから行われるのだろうか? たしか聞いた話によると、ある中学
の野球部では女子から制服を借りて初回の練習をするとか。そういう、恥ずかしい思いを皆
で共有することが大切とかなんとか。
「ふふ、察しがよいな。優秀な従僕を持てて、儂はうれしい。ま、よい主人にはよい従僕が
つくものじゃから、当然と言えば当然のことなのじゃが」
キスショットは愉快そうに笑う。
「はあ、で、いったい何をさせようってんですか? キース様」
「砕けておるのか畏まっておるのか……ああ、もうキスショットでいいわ」
「で、キスショット。ぼくはいったい何をすればいいのかな?」
「うむ。まずは服従の証として儂の頭を撫でてみよ!」
彼女は威張って言った。
107 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:57:49.50 ID:I+fdqcufo
…………いや、それ、普通に女の子をかわいがっているだけになるのでは?
というツッコミを抑え、言われたとおりに頭を撫で。
柔らかい。美しくさらさらの髪は、量があるのに、指が滑るようだ。
「あいつの髪とは大違いだ」と、思わずつぶやく。
風呂ギライだったからな。あいつ。
髪を撫でる。慈しむように、いたわるように。あまりの心地よさに、ぼくが撫でているのか。
髪がぼくの指を吸い込んでいるのか。指と髪との境界がわからなくなってしまいそうだ。
一体感。かわいがるのではなく、かわいがらせてもらう。至福の奉仕。なるほど。これは
主従の証たり得るだろう。ぼくは夢中になって髪を撫で続ける。
108 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:59:17.73 ID:I+fdqcufo
「ふっ。よかろう」
「…………」
「もうよいて」
「……………………」
「よいと言っておるだろうが!」
蹴られた。
スカスカ、と彼女は自身を指して言っていたが、それでもぼくを軽く吹き飛ばす程度には
まだまだ力は健在らしく、あわれ戯言遣いはそのまま玄関の外まで吹っ飛び、ふたたび
陽光にさらされることになるのだった。
「あちちちちち! あついあついあつい!」
「なにがあわれ、じゃ。この、髪フェチの変態が!」
さっさと戻ってこい。と、キスショットは冷たく言う。
ひどいなあ。そもそも撫でろといったのは向こうだというのに。ぼくは必死に転がりながら
屋内へ逃げ、不平を口にする。
109 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 17:00:20.68 ID:I+fdqcufo
「儂がやれ、と言ったらやり、やめろと言ったらやめろ。まったく、まだわかってない
ようじゃなこいつ…………」
やれやれ、と肩を竦めるキスショット。
「仕方ないのう。これはより上位の服従の証を見せてもらおうか」
かかかか。と、悪魔超人じみた笑いをするキスショット。うわあ、こんな笑い方する
やつ本当にいるのか……。すげえ、本家より悪そうな笑みだ。
110 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 17:01:33.21 ID:I+fdqcufo
「はあ、次はなに?」
「より上位の服従の証、それはな」
勿体ぶった風に、彼女は告げる。
「胸を、撫でる」と。
胸を――撫でる――。
むねを――――――ナデル――――――?
「は? え? はあ?」
「ん? わからんのか? 儂の、この胸を、撫でろと言っとるんじゃ」
「…………いや」
いやいやいやいやいやいやいやいや、待て待て待て待て待て待て待て待て。
え? いや、いいのか? ダメだろう。絵面的に。
111 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 17:02:06.55 ID:I+fdqcufo
「『いや』って、い、嫌、なのか……?」
軽く涙目になるキスショット。
「嫌ではないんだけど、その、なんというか」
劇場化できなくなってしまう。
大手を振って街を歩けない身分になってしまう(元からだけど)。
ああ、でも、やるしかないのか? 彼女の涙腺は決壊寸前だ。
幼女を幾度も泣かせた男になるのか、幼女に手を出した男になるのか。
主人の言いつけを守るべきか、破るべきか。
戯言遣い、決断の時であった。
112 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 17:02:49.37 ID:I+fdqcufo
そんな風に優柔不断なぼくが選択を迷っていると――
「うう……儂に服従を誓うのが、そんなに嫌なのか? それとも、儂のこの胸に触れるのが、
嫌なのか?」
あ、まずい、もうタイムリミット。ぼくは、ぼくは――
113 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 17:03:55.07 ID:I+fdqcufo
「いや、幼女の胸に触れるとかマジでムリっす。勘弁してください」
「うっ、うぅ、うわあああああん!!!」
泣いた。キスショットは、大粒の涙を流し、叫んだ。
「冗談!」
泣き出した彼女を見るにたえかね、ぼくは一瞬で態度を改める。
「戯言! 嘘! これぞ本場のアメリカンジョーク!」
「…………ほんとう?」
「本当も本当! 今までのは全部演技! 本当はもう服従したくてたまらないし胸にも触り
続けていたかった!」
「それ、ほんとうじゃな?」
「うんうんうんうん」、ぼくはヘッドバンキングで必死に彼女にこたえる。
114 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 17:05:16.22 ID:I+fdqcufo
「じゃあ、『どうかぼくに、そのおっぱいをモミモミさせてください、お願いします』って言って」
「どうかぼくに、そのおっぱいをモミモミさせてください! お願いします!」
「……『キスショットのおっぱいを揉ませていただけるなんてとても光栄です』」
「キスショットのおっぱいを揉ませていただけるなんてとても光栄です!」
「『キスショットのおっぱいを揉むためだけにぼくは生きてきたようなものです』」
「キスショットのおっぱいを揉むためだけにこの戯言遣いは生きてきたようなものです!」
「おいおい、何の感情も持てなさそうな瞳をしておるくせに、結構変態なのじゃな。うぬ」
ロリコン
「はいっ、ぼくは変態です! ごめんなさい!」
「謝らんでもよいわ。この儂の魅力に当てられてしまうのは、仕方のないことじゃからな」
かかかかっ。と、キスショットは笑い、両手を頭の後ろに当て、しなを作り、誘うように
胸を突き出す。
「さっ、よいぞ」
115 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 17:06:02.52 ID:I+fdqcufo
「……………………」
は、ハメられたあああーーーー!!!
ちょっと面白い流れになったのでついノってしまった――――!!!
これ、マジでやる流れだよな? ああ、迷いに迷って、結局泣かせた挙句に手を出すことに
なるなんて…………。
116 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 17:07:45.02 ID:I+fdqcufo
「…………えい」
恐る恐る、触れてみる。
「ひゃっ!」
「ごめんなさい!」一気に手を引っ込める。
「いや、ちょっとくすぐったかっただけじゃ。よい、続けよ」
「あ、は、はい」
やれと言ったら、やり、やめろと言ったら、やめろ。だったか?
落ち着け。おちつけえ、戯言遣い。
なでる。なでる。なdるなでるなdrなでr。
「うるさいぞ。はやくせい」
「は、はい」
いつの間に声に出してしまったのだろうか? 恥ずかしい。動揺をさらすなど。
117 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 17:08:57.77 ID:I+fdqcufo
覚悟を決め、手を伸ばす。布越しでも、柔らかさを感じる。これは、脂肪がついていると
いうよりは、子ども特有の肌自体の柔らかさ。胸、といっても、腕やほっぺたが柔らかい
ようなもので、それは性的な感触ではない。まだ全体的に未熟な、そういう欲求には大抵
なりえないような肢体。そうだ、気にするな。これはただの儀式。頭を撫でるのと何ら
変わらない「んっふ、あぁ」
「変な声あげてんじゃねえ!」
思わず突き飛ばすぼく。
色々限界だった。これ以上は
>>2
にR-18注意と書かなくてはならなくなってしまう。
「いやあもうこんなの読もうと思ってる時点で成人済みじゃろ。完結から十年半じゃぞ」
というわけで続行じゃ。胸を張って、彼女は言い放つ。え? まだこの件続けなきゃ
いけないの?
「ああ、続けなきゃ、イケない」
「知るか。一人でやっとれ」
人をおもちゃにするんじゃありません。
118 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 17:10:11.88 ID:I+fdqcufo
「はいはいもうぼくの負けだよ。完全敗北。もうきみには敵わないと悟ったさ。一生の
服従を誓うよ。キスショット」
「ええー? 本当にござるかぁ?」
「…………」
ちょっとこの吸血鬼、俗世に毒されすぎではなかろうか?
「まあよいか。かか。うぬ、存外に初心なのじゃな」
キスショットはにやにやと楽しそうに笑う。
くう……どうやら攻める側になると彼女も強いみたいだ(二人とも守りが甘いのかも
しれないが)。
ええと、なんだっけ? 今、どうゆう状況だっけ?
「お色気パートじゃろ?」
「そんなものはない。このシリーズにはない。いらない。求められてない」
「そこまで拒否することもないじゃろ……」と、拗ねるように言うキスショットだった。
と言ってもまじでこの方向は求められてない気がするのでやめ。
119 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 17:12:55.85 ID:I+fdqcufo
「はい、次の質問いくよ。ぼくは吸血鬼になったんだよね?」
「おいおい…………まだ信じられんというのか? 先ほどあれだけ派手に炎上したという
のに」
「いや、その点についてはもう理解しているよ。自分がもう異形な者に変わってしまった。
それはもう受け入れた。で、次はなんでぼくが吸血鬼になったかってこと」
「ん?」
「どうして、ぼくを吸血鬼にしたのかってことさ。ぼくの血を吸いつくして、それでおしまいで
よかったじゃないか。それをわざわざ生き返らせて、二人で隠れられるような場所を探して、
めんどうだっただろう?」
そう、ただの食料にそこまでしてやる義理はない。ならば、彼女には何らかの算段があ
るはずだ。ぼくという人間を利用して、キスショットは何を企んでいるのか? ぼくに何をさ
せようというのか。ぼくに何を求めているのか。
120 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 17:14:07.50 ID:I+fdqcufo
なんて、少々身構えていたのだが、それはどうやらぼくの穿った考えのようだったらしく
「……別に、したくてしたわけではない。吸血鬼に血を吸われれば、例外なく誰もが吸血
鬼と化す。それだけのことじゃ」
と、何でもないことのように言った。
「そっか……」
疑り深い自己を恥じる。利用されたり利用したり利用したり利用したり利用したりした
所為か、どうにも人間不信になっているようだった(どうかんがえても自業自得)。
121 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 17:15:42.67 ID:I+fdqcufo
「まあ、それは儂にとっては都合のよいことよ。何故じゃかわかるか?」
キスショットは、勿体つけるように間を置いて、高慢な口調で言う。
凄惨な笑みもつけて、意地の悪そうに嗤う。
…………………………前言撤回。やっぱりぼくを利用する気はありありのようだ。
「うぬには、やってもらわなければならぬことがあるからじゃ」
「やってもらわなければならないこと?」
「そうじゃ。うぬ一人の血では、ここまでしか身体を回復できんかった――今の儂は、フル
・ ・ ・
パワーからは程遠い。じゃからこの先は、うぬに動いてもらわぬといかん」
「この先……」
「然り。先の先まで読んで行動する。それがこの儂、鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼、
キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードじゃからの」
どやあ、と擬音が聞こえてきそうなほどの表情を浮かべる。
……つっこまない、つっこまないぞ。もう。
122 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 17:17:28.46 ID:I+fdqcufo
「ぼくに何を――」
ぼくに何をさせる気なのか。
思わず、そう訊いてしまうところだったが、しかし、それでは話が逸れそうなので――
いや、キスショットがぼくにさせたいこと、というのも本筋なのだろうけれど――その前に、
どうしてもぼくには訊いておかなければならないことがあった。
ここらが頃合いだろう。
一番訊きたいことを――確認しなければならないことを――訊く。
「キスショット……ぼくは」
彼女を見据え、覚悟を決めて、ぼくは問う。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「ぼくは――人間に戻れるのか?」
123 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 17:18:35.23 ID:I+fdqcufo
「ふむ」
特にリアクションは取らず。「やはり――そうじゃろうなあ」なんて、キスショットは
言った。強いて言うなら、少し寂しそうにしたくらいだった。
てっきり、怒ったり、不思議がったり、理解不能な目で見られるのではないかと、そんな
反応をされるのではないかと、少し身構えたのだけれど――。
「うぬがそう言う気持ちはわかるしのう?」
「え? わかるの?」
上位存在。
口調から、態度から、人間のことは完全に見下しているとわかる。
てっきり、吸血鬼に、従僕になれたことを誇りに思え、とか言われると思っていた。
「儂も神にならんかと誘われたことがあったが、その時は断ったからのう」
「……またスケールのでかい話だね」
「昔の話じゃ」
124 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 17:19:43.72 ID:I+fdqcufo
ともかく、とキスショットは話を戻す。
「人間に戻りたい――と言うより、元のままでありたいと思ううぬの気持ちはわかるのじゃ。
そう言い出すと思っておったわ。『ようこそ、夜の世界へ』と言ったものの、うぬがその
ままでいたがるとは思っておらんかったよ」
「そうか――それで、結局どうなの? ぼくは――」
「……戻れるよ」
キスショットは、少し声を低くして、言った。
射貫くような、権高な視線で、ぼくを見つめる。
「戻れる。保証するよ。儂の名にかけての」
「…………」
その冷たい声は、どこか悲しみをはらんでいるようにも思えた。
「勿論……従僕よ。そのためには、ちょっとばかり儂の言うことを聞いてもらわねばならぬ
のじゃがな。従僕たるうぬに命令を下すに遠慮する必要などないのじゃが―― 一応、
命令ではなく脅迫と言うことにしておいてやろう。人間に戻りたくば――儂に従え、とな」
そしてやはり――彼女は、凄惨に笑った。
125 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/05/14(土) 17:22:28.10 ID:I+fdqcufo
まだ書き溜めあるのですが疲れてしまったので今回はここまでで。
スレタイを「キスショット「うぬには人間をやめてもらうぞ!戯言遣いぃぃーー!!」」にしてもよかったかなと思いました。(戯言)
126 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/05/14(土) 18:17:43.28 ID:fuM/DP1ho
原作より戯言使いの口調性格がマイルドなのは暦が原因か、なるほどな
127 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/05/14(土) 18:35:06.29 ID:oYsAMLNzo
戯言が完全にラノベ界の古典みたいな存在になってからアニメ化とかびっくりだよね
128 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/05/14(土) 21:25:29.73 ID:xLXjJbwI0
今の哀川さんって忍より強いよな
ミステリとはなんだったのか
129 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/05/14(土) 21:53:25.06 ID:nBqmOrLXo
西尾本人が自分の世界観では最強は暦、理由は愛される能力が一番強いからとか言ってるから
潤さんが忍より強いかは超疑問
130 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/05/15(日) 00:03:50.56 ID:4BSbwVsUO
なぜ今日なのか……
昨日の5月13日金曜日にあげろよ!
131 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/05/20(金) 22:12:12.54 ID:ntvrM9VEo
お、五月十三日金曜日やん。それまでに傷の鉄血編書いたろ
↓
戯言アニメ化オエーゲロゲロ(その後寝込む)
で、復活して書き終わったら日付過ぎてました。
ショックで総白髪になることは本当はないと聞きますが、その日から生えるということはあるんだなと身をもって実感したり。
そんなわけで、書き溜めはこれから投下する鉄血編までです。それからはのんびり進行していきますたぶんきっとおそらくは
132 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 22:14:27.62 ID:ntvrM9VEo
005
三月二十八日。夜の街をぼくは徘徊していた。そろそろ春が近づいているはずなのだが、
気温は少し肌寒く、先ほど作ってもらったパーカーを着て、街の状態を確認していく。
徘徊、といっても別に若くしてボケたわけではなく(そのはずだ)、勿論、ちゃんと目的が
あってのことだ。できることならもっと早く行動を起こしたかったのだが、現在ぼくは陽の光
を浴びれば炎上する身。これではちょっとした買い物もできやしないし、また、相手を迎え
撃つに当たって、できるならば万全の状態で望みたいというのもあって――夜。つまりは吸
血鬼の時間となるまで、待つ必要があった。
そう、迎え撃つこと。キスショットを襲ったヴァンパイアハンター三人を倒すことが、
この徘徊の目的であった。
133 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 22:15:23.34 ID:ntvrM9VEo
「しかし――ギャグパートの次はバトルパートか」
そこらに気を配りながら、ぼくはキスショットとの会話を思い出す。
ドラマツルギー。
エピソード。
ギロチンカッター。
それが、キスショットから身体の部品を奪った三人の名。三人のヴァンパイアハンター。
ドラマツルギーという男は彼女の右脚を。
エピソードという男は彼女の左脚を。
ギロチンカッターという男は彼女の両腕を。
それぞれ、奪っていったらしい。
彼女の四肢が失われていたのは、彼女が死にかけていたのは、その三人の所為であるよう
だった。
不死身の吸血鬼を殺す、三人の狩人。
どうして彼女がこのような憂き目にあってしまっているのかと言うと「特に理由はない
よ」とのことだった。
134 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 22:17:51.45 ID:ntvrM9VEo
「儂は吸血鬼じゃ。うぬら――いや、うぬはもう違うが――人間どもで言うところの化け物
じゃ」
化け物は――退治されて当たり前じゃ。なんでもないかのように、キスショットは言う。
「それで、退治されて、今に至ると」
「たわけたことをぬかすな、まだされてはおらん。ただ、手足を奪われたのは痛いな。
回復力もほとんど残っておらんし――今のこの状態では、戦いようもない。このままでは、
手足を取り戻すことは叶わんじゃろな」
「手足を――取り戻す?」
「ああ、奪われた手足を、取り戻す。そうすれば元の、完全な状態に戻れるはずじゃ。
うぬを人間に戻すためには、儂はフルパワーの状態に戻る必要がある」
「そっか」
ちょっと、安心。
ぼく一人の血では足りない。ならばもっと多くの人間の血を吸う必要があると、その
ためにぼくが必要になるのだと、そういう話の流れになるのかと思ったが、そういうわけ
ではないようだ。
135 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 22:19:30.34 ID:ntvrM9VEo
ん? でも待てよ。それではぼくがこれからやることは――
・ ・ ・ ・ ・
「察しがよいな。かか。そう、だから、うぬがその三名と渡り合って――儂の手足を取り
戻してきてくれればよいのじゃ」
「はあ」
よいのじゃって……簡単に言ってくれるよな。
「でもさ、その三人、いわゆるプロフェッショナルなんだろ? そんなの、吸血鬼なりたての、
本来ならきみとは口も利かせてもらえないようなぼくが、戦ってたちうちできるような相
手じゃないだろ?」
最悪、というか、十中八九ぼくが退治されて、無様に死んで、それで終わりなのでは
ないだろうか?
「卑屈じゃのう……その心配はないよ。うぬは今や、この鉄血にして熱血にして冷血の吸
血鬼、怪異の王とまで呼ばれた吸血鬼、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダー
ブレードの眷属。そんなヴァンパイアハンターどもなど、敵ではないわ」
「…………」
いや、その、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードその人が退治
されかけたんだけど……。
136 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 22:20:37.25 ID:ntvrM9VEo
「三人がかりじゃったから不覚を取っただけじゃ。侮っておった――完全に油断しておった。
あの程度の連中、三人まとめて相手にしても問題ないと思ったんじゃがのう」
…………まあ、慢心せずしてなにが王か。と、かの英雄王も言っていたしな……うん。
「ひとりずつを相手にする限りにおいて、その三人はうぬの敵ではないわ。はっきり言って、
楽な仕事じゃ。その程度のことで人間に戻れるのじゃとしたら、安いもんじゃろう」
うーん…………そんな簡単にいくものだろうか?
「まあいいや。で、その三人は今どこに?」
「わからん」
「……………………」
ほんとうに、大丈夫だろうか?
137 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 22:22:01.90 ID:ntvrM9VEo
「余計な心配は無用で不要じゃ。適当に外を歩いておれば向こうの方から見つけてくれるわ――
向こうは吸血鬼退治の専門家じゃぞ。吸血鬼を見つけるくらいのことはお手のものじゃわい」
「生まれたての吸血鬼でも?」
「うむ。ここでおとなしくしておる分には問題はないじゃろうが、吸血鬼としての力が
活発になる夜、外を出歩けば――奴らは光に群がる羽虫のごとく、うぬに寄ってくるに
違いないわ」
くくく、と。
キスショットは、嫌な感じの笑い声を漏らしていた。
まあ、こちらから探さなくていいというのは助かる……土地勘も人脈もないぼくには、
どこに潜んでるか言われてもわからなかった可能性もあるし。
それから、家に電話を入れ、しばらく帰れない旨を伝えようと携帯を開くと――
「うわあ…………」
138 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 22:22:53.53 ID:ntvrM9VEo
ディスプレイには、三月二十八日、午後五時二十七分。不在着信三百八十二件、とあった。
たしか、ぼくがこっそり家を出たのが三月二十六日。二日間の無断外泊は相当に彼の
家族を心配させてしまったらしい。警察沙汰にはしてくれてないと思いたいが…………。
「…………」
申し訳なさを覚えながら、ぼくは覚悟を決めて、電話を掛ける。
一コールもしないうちに、「もしもし!? 阿良々木ですけど!!!」と、電話に出て
くれたのは、彼の妹さん。阿良々木家長女、阿良々木火憐ちゃんだった。
「あの、その、ぼくだけど」
おそるおそる、ぼくは声を出す。
「お兄さん!? その声お兄さんだよね!!!! はああああ、よかった〜!!! 生きてた〜!!!
ううう、ぐすっ、ううううううう……今までなにじてたんだよお兄さんよおおおお……
月火ちゃんと二人、ずっと心配してたんだぞ……なんで何も言わずにどっかいいっちゃう
うんだよおおお。う、ううううううううぅっぅううぅう……」
「……はい、ごめんなさい」
泣きじゃくる火憐ちゃんに思わず謝罪する。
しかし、生死の心配までされていたとは……結構大ごとになっているようだった。いや、
実際一度死んでしまったのだけれど。
「だって……お兄さん。いつもふらふらっと死んじゃいそうな感じしてるんだもん……」
『ふらふらっと』『死んじゃいそう』合わさることのなさそうな形容だが、まあぼくを
指して言うには正しい言葉だった。
139 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 22:25:54.12 ID:ntvrM9VEo
「で、お兄さん、いつ帰ってくるんだ? パパもママも心配してるぜー。今日連絡なかった
ら町をあげて捜索しようかって今朝話してたぜー」
気持ちの切り替えが早い火憐ちゃんは、そんな風にさらっととんでもない情報をくれた。
「いや、それだけは頼むからやめてほしい」
即座に本気で断る。マジで困る。
「さすがにお兄さんの事情も分かってるから、本気で言ってるわけじゃない……はず」
肝心なところで曖昧だった。まあ、たしかにあの人たちが本気でぼくを探そうとしたら、
もう見つかっているだろうから、本気で言ってるんじゃあないだろう。今のところは、まだ。
ぼくは「いつ帰れるかはわからないけど、とりあえず、指名手配はやめてくれ……」と返す。
「いつ帰れるかわからないって!?」
「ああ、いいや、大丈夫。大丈夫なんだ。ほんとに」
「本当か? ファイアーシスターズはいついつでも誰かの助けになるぜ! お兄さんの助け
になって見せるぜ!」
「大丈夫。ほんと、間に合ってますんで」
「えー、遠慮しないでよー」
「今、ぼくは、なんというか、その、えーと」
140 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 22:27:14.86 ID:ntvrM9VEo
なんて言えば、火憐ちゃんは納得してくれるだろうか? 武闘家な彼女なら……。
「そうだ、火憐ちゃん、今ぼくは確かに大変な事態に巻き込まれている」
「おお、なら――」
「けれど、これはぼく一人の戦い、ぼく一人で立ち向かわなきゃならない案件なんだ!」
「お兄さん、一人の戦い!?」
「ああ、これは言うなれば、挑戦。自分との戦い。誰かの手を借りてはならない、ぼく
自身が乗り越えていかなきゃいけない戦いなんだ!!」
「…………」
「か、火憐ちゃん?」さすがに騙せなかったか? と不安になるぼくだったがそれは杞憂
だったらしく、ひとしきり溜めたその後に火憐ちゃんは「うおおおおおおおーーー!!!!」
とぼくの鼓膜を電話越しに破壊するような雄叫びを上げた。
「お兄さんそんな熱い展開を迎えていたのか!! そいつはもううちに連絡入れられなくて
も仕方ないな!! いや、ほんと、むしろごめんなさい! もうしつこく電話かけたり、無
用な心配はしないぜ! この阿良々木火憐! お兄さんの帰りを一人座してお待ちしており
ますぜ!!!!!」
興奮しすぎて口調がめちゃくちゃな火憐ちゃんだった。あと一人座さないでほかのみん
なにも伝えてほしい。
141 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 22:28:52.44 ID:ntvrM9VEo
「あの、火憐ちゃん?」
「ああ、時間取らせて悪かったなお兄さん! じゃあな! 健闘をお祈り申し上げます!」
「それじゃあ面接落ちたみたいじゃん……」
ぼくのツッコミは果たして聞こえたのか。言い終わるかどうかというタイミングで火憐ちゃ
んは電話を切ってしまった。
「…………まいったな。結局、火憐ちゃん一人納得させて終わってしまった」
ご両親や月火ちゃんにも説明……してくれないだろうな……よしんばしたとしても、あの
テンションでは要領を得ない説明になるだろう。さっきの電話からすぐに連絡なんてして、
出たのが火憐ちゃんだったら怒られそうだし、困ったなあ。
と、途方に暮れていたぼくの気持ちを察するかのように電話が鳴った。
「もしもし、お兄さん?」
と、やんわりとした声をくれたのは阿良々木家次女。阿良々木月火ちゃんだった。
142 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 22:30:42.04 ID:ntvrM9VEo
「あ、あのね、月火ちゃん。えっと」
「ああ、大丈夫ですよー。火憐ちゃんの隣で全部聞いてたんで。あ、その火憐ちゃんはお
兄さんからの連絡で安心してもう寝ちゃったんで、この会話を聞かれる心配はないですよ。
それと、パパとママには『お兄さんは自分探しの旅に出た』って、伝えておきますから」
「…………ありがとう」
手際が良すぎる……やはりあいつの妹さんと言うべきか。
「いえいえ、これくらい、礼には及びません。……ところで、お兄さん、いつ帰ってこれるか
わからない、とのことですけど、本当に何の目処も立ってないんですか?」
「ん? えーと、そうだね。早く終わらせる努力はするつもりだけど、せっかくがんばって
入れてもらったんだし、高校が始まるまでには帰りたいかな」
「ですか」
「ですです」
「じゃあ、お兄さん、直江津高校の始業式の日、四月八日になったら、私たち、緊急事態
ってことでお兄さんを探すから」
「…………え?」
「私たちのネットワークを駆使して、町の女子中学生総出で探すから」
「いやほんとそういうのマジでやめてって」
この子の場合、おそらく冗談では済まされない。
「そういうわけだから、私たちに首を突っ込まれたくなかったら、早く帰ってきてくださいね」
私たちは――お兄さんを助けたくって、お兄さんの力になりたくって――しょうがない
んだから。と言って、月火ちゃんは電話を切った。
…………助けになりたくて、仕方ない、か。
「やっぱり兄妹だよなあ、ほんと」
143 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 22:31:35.47 ID:ntvrM9VEo
そんな楽しい頼もしい会話が終わり、することがなくなってしまったぼくたちは、夜に
なるのを待った。もう春も近いというのに肌寒くなって来たので、キスショットにパーカ
ーを仕立ててもらって(吸血鬼は簡単な物なら創造できるらしい。便利だ)、それから
夜の街に繰り出して、今に至る。回想終了。
さて、現状を振り返ったところで。ぼくの胸に残る感情は、ただ一つ、不安だけだった。
144 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 22:38:40.05 ID:ntvrM9VEo
「そんなうまくいくかねえ」
なんだか乗せられてしまったような気がする。
まあ流されに流されるのはいつもの通りなのだけれど。
その結果、いつものパターンで悲惨な結末を迎えるのは今回も避けたい(一応毎回
避けたいとは思っている)。
「ぼくの人生何事か上手くいったことなんて、一度もないのだけれどなあ」
なんて戯言めいた愚痴をぼやきつつぼんやり歩いていると、三叉路に差し掛かった。
分岐点、選択肢。
右に行くか左に行くかなんて、サイコロ転がすようなものだから、適当に行ってしまって
いいのだが、なぜか気になって、立ち止まってしまう。
なんとなく、、嫌な予感がする。ここの選択いかんによっては、ぼくの生死が分かれる。
そんな気配がした。
右と左、なんの推理の余地もない、理不尽な選択に迷って、いや、迷おうとして、気づく。
145 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 22:40:32.59 ID:ntvrM9VEo
右の道に、男が立っていた。
筋骨隆々。身長はおそらく二メートル超え。無造作に伸ばした長い髪をカチューシャで
かきあげ、両手に大剣を、いや、両手を大剣に、している。あれは人間ではない。化物。
怪物の類だ。あれは、そう、たしか、
「ドラマツルギー……!」
キスショットの言っていた特徴と一致する。やつこそが、キスショットの右脚を奪った
ヴァンパイアハンター。たしかに、向こうの方から見つけてくれたみたいだ。
「なんだか展開が早い気がするけれど」
146 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 22:44:33.25 ID:ntvrM9VEo
さて、あの大剣、どうしたものか――と、ぼくは楽観的に構えてしまった。つい先程、
人生上手くいったことがないと、自戒したところなのに−−
「−−!!!?」
強烈な、殺気。視線の先に、右の道にドラマツルギーがいるのを瞬間忘れるほどの、
強い殺気に、ぼくは左の道を向いて、いや、向かされてしまった。
細身の、金髪の男。白い学生服。その痩躯でどのようにして持っているのか。ぼくの体
積の何倍も、体重の何乗もあろうかという十字架を軽々と担ぎ、小動物なら殺せてしまう
のではと思えるほどの鋭い三白眼を持つ男。キスショットの左脚を奪った、その異様な武
器を扱う様は、たしかに怪物の類。
「……エピソード」
思わず、歯噛みする。
くそ、なんてザマだ。もう少し考えを巡らせるべきだった。キスショットが三人がかりで
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
は倒されるが一人一人ならば楽勝という相手。ならば、その三人が単独行動をするはずが
・ ・ ・ ・ ・ ・
ない。となると−−
147 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 22:45:43.25 ID:ntvrM9VEo
「やっぱり、そうなりますよね……」
振り返るまでもなく、わかる。後ろから、近づいてくる、アスファルトを踏む音。三人目
の人物。それでも、どうしようもないことをわかっていながら、振り向いて、確認をする。
やはり、そこには一人、男が立っていた。金髪で、開いているのだか開いてないのだか
わからない細い目。神父風のローブを身に纏っている。徒手空拳。武器らしい武器は持ち
合わせていない。先程の二人とは違い、化物ではない。ただの、人間。しかし、油断はで
きない。どころか、一番に警戒すべきだろう。なぜならその人間は、人間でありながら、
キスショットの両腕を奪っていったのだから、そう、その男は
「ギロチンカッター……」
三叉路のそれぞれの道の先に、三人のヴァンパイアハンター。
一人ずつならば勝てる相手が、言い換えれば一人ずつでなくては勝てない相手が、三人
揃っていた。
「どうしたもんかなあ。これ」
148 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 22:47:59.30 ID:ntvrM9VEo
「どうしたもんかなあ。これ」
逃げ道を探そうとして、絶望する。道は狭い。誰かの間をくぐり抜けて脱出。なんてこと
はできないだろう。一番確率があるように見えるのは、後方。徒手空拳のように見える
ギロチンカッターだが、しかし、実力はおそらくこの三人の中でトップ。また、徒手空拳だ
からと言って得物を持っていない、というわけではないのかもしれない(キスショットも
その攻撃方法は『わからなかった』と言っていた)。全てにおいて、この男は未知数。突
破口にはなりえない。右の道。ドラマツルギーはその巨体が、左の道のエピソードはその
十字架が邪魔している。逃れる手立てが、無い。
先ほど道の選択に迷った僕だが、選択、というのであれば、こんなところで立ち止まる
というのが最大の選択ミスだった。
警鐘が鳴るのが、遅すぎた。
小賢しく考えてみたが、どうしようもない。まな板の上の鯉。蛇に睨まれた蛙。バトルパー
トというよりは虐殺パート。
149 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 22:50:23.31 ID:ntvrM9VEo
じりじりと距離を詰め、ぼくの素手での攻撃が届かないギリギリのラインまで来て、三人
は止まった。
「あー? んんだよ。超ウケる」
最初に口を開いたのは、巨大な十字架を肩に載せた――エピソードだった。
「ハートアンダーブレードじゃねーじゃねーか――誰だこいつは?」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
エピソードのその言葉に、ぼくを無視して返すのは、筋骨隆々の男――ドラマツルギー
だった。厳格な、いかにもいかめしい口調だったようだが、しかし、その言葉をぼくは聞き
ER3
取ることができなかった。向こうで聞いたような気もするけれど、いまや英語だって怪しい
ぼくには、聞き取りようがなかった。
150 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 22:51:51.89 ID:ntvrM9VEo
「いけませんよ、ドラマツルギーさん」
ぼくの背後で神父風の男――ギロチンカッターは穏やかな口ぶりで言う。
「現地の言葉は現地の言葉で。基本です――まあしかし、確かにあなたの言うう通りでしょ
う、ドラマツルギーさん。おそらくは、いえ間違いなく、この少年、ハートアンダーブレ
ードさんの眷属なのでしょうね――」
「マジかよ……」
不機嫌そうに――エピソードが呟く。
「あの吸血鬼は眷属を作らないのが主義なんじゃねえのか?」
「昔、一人だけ造ったとも聞いていますがね」
「■■■……、大方、私達に追い詰められ……、やむをえず、手足代わりになる部下を造っ
たということだろう」
ドラマツルギーが、今度は日本語で言った。てっきりパワーキャラかと思ったが……、
なかなか鋭いところをついてきた。というか正解だった。
「ってえことは何かい?」
エピソードが、薄ら笑いを浮かべたままで言った。
「存在力を失って、非常に探しにくくなっているハートアンダーブレードの行方は、このガキの身体に訊けばわかるってことかい?」
「そういうことになりますね」
「この少年を退治すれば、その褒賞はハートアンダーブレードとは別にもらえるのだろうな」
「ふむ。とすると、どうしますか? エピソードくんの言う通り、この少年からハートアン
ダーブレードさんの行方を聞き出そうと言うのなら、ちょっとばかり手間をかけなければ
なりませんが」
「俺に任せろや。言い出しっぺだしなあ――後遺症が残らない程度に殺してやるよ」
「いや、私がやろう――そういう仕事に一番向いているのがこの私だ。吸血鬼と一番わか
りあえるのは、この私だ」
「別に僕がやってもいいんですけれどねえ――お二人だってお疲れでしょう」
どんどん、ぼく抜きで話が進んでいく。しかも、かなりまずい方向に。
いや、ほんと、人を目の前にしながら殺す算段を立てないでほしい。
151 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/05/20(金) 22:54:30.69 ID:ntvrM9VEo
これ以上黙ってるわけにはいかないと考えたぼくは、
「あのー、ちょっと待ってくれませんか?」
おそるおそる、切り出した。
「とりあえず、話し合いませんか? ほら、お互い話せないってわけじゃないんですし。
知性ある物同士、交渉ってやつをですね」
「……」「……」「……」
無視。完全にぼくが滑っているかのようになってしまう。
しかしここで黙ってては殺されるのは明瞭。ここはとにかく場を保たせるしかない。
「やあ、ほら、みなさんも無駄な戦いは避けたいでしょう? いやまあぼくみたいなのを殺
すのは、あなたがたプロにとっちゃ赤子のクビをヒネるどころか、アリを踏みつぶすような
楽勝のお仕事なはずですけれど、でもそれだからと言って、無駄な労力、エネルギーの
消費は避けたいはずだ。逃げるアリを追いかけて潰すのなんて腹が立って仕方ないはず。
ならば、ここはお互いに話し合っていい着地点を見つけようじゃあないですか」
「つまり……」
ギロチンカッターが口を開く。よし、ひとまずはこちらの言葉を聞いてくれた。と内心安
心しかけていたのだが、
「つまり、あなたは無駄な抵抗をしないで、ハートアンダーブレードさんの居場所を吐いて、
簡単に殺されてくれる、ということですか?」
などと、実につれない返事をギロチンカッターはするのだった。
152 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/05/20(金) 22:55:31.76 ID:ntvrM9VEo
いやいや。
いやいやいやいや。
「……どうしてそういう結論になるんですかね? キスショットの居場所を話して、それで
ぼくを見逃してくれるって話しならまだしも」
「それは無理だな」
今度はエピソードが話す。
「ドラマツルギーの旦那はビジネスとしての吸血鬼狩りらしいが、俺達は、エピソードと
ギロチンカッターは、吸血鬼を憎んでいる。その存在が許せない。早い話が、お前はここ
に、いちゃいけないんだよ。吸血鬼。だから、ハートアンダーブレードの居場所を教えて
もらったところでお前を、吸血鬼を、俺は見逃すわけにはいかねえよ」
153 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 22:58:32.29 ID:ntvrM9VEo
言って、エピソードは、その巨大な十字架を構える。エピソードとギロチンカッターには、
どうあってもぼくを見逃す気は無いらしい。ならば、あと、話が通じそうなのは。
「いやいやいやいやいやいやいやいや。まっ、待ってください。えーと、その、ドラマツルギ
ーさん、ですよね? そう、あなた、あなたはどう思ってるですか? ビジネスマンとして、
一流の狩人として、生まれたばかりの吸血鬼を相手取るというのは、あなたの心情として
はどうなんですか?」
獅子は兎を狩るのにも全力を出す、というが、そもそも絶対的な強者である獅子が兎に
手を出すというのは、同じ土俵に立つというのは、獅子にとっても屈辱なはずだ。なるべく
ならば戦いにすらなりたくないに違いない。誇り高きビジネスマンであるのならばこんな
戦いには参加しないのではなんて考えていたのだがドラマツルギーは「どうも、ビジネス
マンというのを貴様は履き違えているようだな」と、むしろ心外であるように言って、大剣の
両手を構える。
154 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 23:00:22.07 ID:ntvrM9VEo
「私はビジネスマンだ。プロフェッショナルだ。ゆえに、仕事は選ばない。依頼を受けた
以上、兎だろうが産まれたての吸血鬼だろうが、私は全力を持って相手をしよう」
「…………かっけえ」
敵ながら、思わず感心してしまう。
「はあ、仕方ないか」
諦めも肝心だ。
戯言遣いの悪運も所詮ここまでか。
「わかりました。言いますよ。生きることを諦めます。キスショットの居場所を言います
から拷問とかはなしでサクッと殺しちゃってください」
ギロチンカッターの方を向いて、両手を挙げて降参の意思を示す。キスショットが勝て
なかったやつらに、(自称)怪異の王と呼ばれる吸血鬼が勝てなかった相手に、ぼくごと
きが適うわけもない。色々言ってみたけど、どうやらここまでのようだった。まあ、人生何
事も諦めが肝心ってことで。
「懸命な判断です」
ギロチンカッターは、薄く笑う。本当にこちらを褒めるような、気持ちの良い笑顔だった。
155 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 23:01:12.16 ID:ntvrM9VEo
「大変な目に遭われましたね。平和な生活から突然に吸血鬼などという化け物にされてし
まった。怪物にされてしまった。精神が侵されても、仕方の無いことと言えるでしょう。
ですが、あなたは人のままであった。ハートアンダーブレードさんに吸血鬼にされようとも、
戦わずに死のうという、他人を襲わずに死のうというその判断、その心は人間であり続けた。
すばらしい。そんなあなたは、敬意を持って、せめて楽に、痛みを伴わいように死なせて
あげましょう」
「…………」
心は人のまま、か。
笑わせる。
この身はもとより、こんなにも心ないというのに。
156 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 23:02:41.38 ID:ntvrM9VEo
ぼくは適当な方を指さし、適当に説明をする。というか、説明しようにも、実は自分の位
置も分からないのだ。ぼんやり街を徘徊しているうちに、ぼくはすっかり迷子になっていた。
もし一人ずつを相手にし、無事キスショットの部品を手に入れたとして、おそらくはあの
廃墟にたどり着けず、部品とともに日光に焼かれていただろう。つまりは、土台、無理な話
だったのだ。期待させちゃったことだけは、少し申し訳ないけれども、でも、そんな期待な
んて勝手にかけられても困る。
「丁寧な説明、ありがとうございました。それでは」三人は、同時に足を踏み出そうと
する。
「あなたが人間である間に殺して差し上げましょう」
人間である間、か。
果たして、ぼくは人間として生きていた。と、本当にそう言えるのだろうか?
157 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 23:05:46.24 ID:ntvrM9VEo
「最期に、一つ、聞いてもらってもいいですか?」
「どうぞ、なんなりと」ギロチンカッターは促す。
「私も聖職者ですからね。どんな言葉も、聞きましょう」
そいつはありがたい。ぼくの戯言に、取り合ってくれるなんて。
「ギロチンカッターさん、あなた、さきほど、吸血鬼は許されざる存在だ、と仰っていま
したね」
「ええ。彼らは許されません。人を襲い、悪逆をなす。そしてなにより−−」
我々の教義に、反する存在だ。と、ギロチンカッターは言う。
「なるほど。それがあなたの信仰ですか。ならば、ギロチンカッターさん」
ほか二人の反応も伺いながら、ぼくは言う。
「生まれてから一度もその存在を認めてもらえなかった人間は、果たして人間である
と言えるのでしょうかね?」
わずかに、エピソードが反応したような気配が、右後方からした。
「……そんなことは、ありえません。人間である以上、生まれながらに神はあなたを
祝福している。あなたは、その存在を許されていましたよ」
「ああ、いえ、ぼくのことじゃないんです。知り合いにそういうのがいまして……まあ、
あまり深く考えなくていいですよ」
――ただの戯言ですからね。
158 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 23:09:29.13 ID:ntvrM9VEo
狙いは、右後方、来た時から見て左側の道。さきほど反応を見せたエピソードだ。蹴り
砕いたアスファルトは、礫となってエピソードを襲いかかる。と言っても、これでダメージを
与えようというわけではない。相手はヴァンパイアハンター。こんな攻撃通用するはずも
ないだろう。砂かけくらいでしかないかもしれない。しかし、それでもよかった。ただ、この場
さえ凌げれば、目をくらまし、虚を突いた一瞬、その脇を通って逃げれる隙さえ作れれば、
それでいい。それでよかったのだが−−
「……あーあ」
振り返り、エピソードの方へ走ろうとして、やめる。夜目が効く吸血鬼の眼で、ぼくは
それが無駄なあがきに終わった様を見ることとなった。
蹴り砕いたアスファルトは、エピソードに礫となって降りかかる前に、粉と化し、霧散した。
本当に、ただの砂かけ、いや、届くまでに霧散したのだから、それ以下の行動だ。
エピソードが十字架で振り払ったというわけでもない。単純な話、ぼくがアスファルトを
蹴る力が強すぎたというだけだった。ただ、ぼくが力加減を見誤っただけ、戯言遣いに吸
血鬼の力は身に余っただけだ。ただそれだけの話。ぼくにふさわしい間抜けなラスト。
159 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 23:11:05.16 ID:ntvrM9VEo
一瞬、三人は驚いたようであったが、その次の一瞬には回復し、ぼくのほうへと襲い掛かる。
正面からはギロチンカッターが、左後方からは両手を振りかぶったドラマツルギーが、右後方
からは十字架を突き出したエピソードが、同時に襲いかかる。完全な同時ではない。が、完全
でないからこそ、それは完璧と言えるコンビネーションだった。このまま行けば真っ先に襲いか
かるのはドラマツルギーだ。その両腕はぼくの頭部を狙っている。これを避けるにはしゃがむか、
上体を逸らすか、逃げるしか方法は無い。しかし、避けたところで間髪入れずにエピソードの十
字架が貫くだろう。避けた直後の、バランスが不安定な状態では、あの十字架を、ぼくはモロに
喰らうハメになるはずだ。ならば正面に逃げるしかないのだが、その先にはギロチンカッターが
いる。この速さでは、ちょうどぼくが一歩踏み込んだ瞬間にやつの間合いに入ることになる。暗
器の類であれば踏み込めもせずに殺される可能性だって高い。絶体絶命、というか絶対絶命。
もはや死以外の未来は見えなかった。
160 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 23:11:58.46 ID:ntvrM9VEo
ああ、ほんとう、こんなことになるのなら、期待なんて持たせるんじゃなかったなあ。
と、おそらく今頃はあの廃墟の中、ぼくの帰りを今か今かと待っている彼女を思いながら、
ぼくは自身の死を受け入れ、動きを止めた。襲いかかる死に、身を任せることにした。
さようなら世界。
ばいばい今生。
来世なんて、そんな地獄がありませんように。
161 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 23:16:20.01 ID:ntvrM9VEo
――しかし、そんなぼくの覚悟とは裏腹に、ぼくは助かった。ドラマツルギーの両腕が
ぼくを斬ろうと、エピソードの十字架がぼくを貫こうと、ギロチンカッターがぼくを滅しよう
としたその瞬間、そこに、突然に男が現れた。
吸血鬼の眼のぼくにもわからない、意識の隙を突いたかの様にそれは突然にぼくの
目の前に現れた。
四人目の男。
その男は、ドラマツルギーの大剣を二本、右手の人差し指と中指、薬指と小指で、それ
ぞれ白刃取りし。エピソードの巨大な十字架を、右足の裏で受け止め。ギロチンカッター
の俊敏な動きを、左手を突き出すことで、触れることなく制する。
そんな離れ業を見せつけた男は、人間かどうかも疑わしい動きを見せた男は、ただ「はっ
はー」と、お気楽に笑って言う。
「こおんな住宅街のど真ん中でさあ……剣振り回して十字架叩きつけて物騒なこと言って、
本当、きみ達は元気いいなあ−−」
楽しそうに言うそいつは、それはお前のことなんじゃないか? とツッコミたくなるようなことを、
続けた。
「−−何かいいことでもあったのかい?」
162 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 23:17:49.88 ID:ntvrM9VEo
006
忍野メメ。
サイケデリックな水色のアロハ服を着た、その怪し過ぎる男は、ぼくを助けたおっさんは、
そう名乗った。
全くふざけた名前だが、こちらは助けられた身。ここでツッコミを入れられるほどに、
ぼくの面の皮は厚くなかった。
「えっと……忍野、さん。ありがとうございます――助かりました」
ちょっと迷ったけど、ここはひとまず、礼を言うことにした。
いくらなんでも、あのタイミングで、あの助けかた。十中八九、何か裏がある。ぼくを何かに
利用する気満々としか考えられないが、まあ、なんというか、やはり人として、形だけでも礼
は言っておくべきなのだろうと思った。
もう人間でもないけど、それでも、人として。
163 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 23:21:01.58 ID:ntvrM9VEo
しかし、そんなぼくの思いとは裏腹に忍野は「礼なんていいよ。きみが一人で助かっ
ただけさ、阿良々木くん」なんて、とぼけた口調であっさりと言うのだった。
あっさり、と言うなら、あの三人のヴァンパイアハンターも随分とあっさりとしたもの
だった――最初の攻撃を忍野に邪魔された途端に、三人とも来た道を素早く戻ってい
ったのだ。
「…………」
ともかく――本人は否定しているが――ぼくはこの男に助けられた、と言えるだろう。
あれから特に殺気を感じない。ヴァンパイアハンターから襲われる気配はないと言える。
ということは、今ぼくが真っ先に気を配らなければいけないのはこの男、忍野メメという
ことになるのだろう。
ヴァンパイアハンターからの襲撃の次は、この男がいったい何者なのか。敵か、味方か。
その判定をしなければならないらしかった。
164 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 23:24:12.18 ID:ntvrM9VEo
「それにしても阿良々木伊荷親ね――ふーん」
「…………なにか?」
「いや、べつに、僕からは何も言えないなって、ただそれだけのこと」
「…………」
「そう警戒するなよ、阿良々木くん。そんな死んだようなドロッとした目で見られたくは
ないなあ」
警戒というか、まあ、どちらかと言えば、心外なんだけど……。
どうも受けが悪いな、この名前。
「大爆笑カレー」にでも変えた方がよいだろうか? まだぎりぎり登校前だし、ご両親に
申告すればなんとかなるか?
「まあ、とりあえず帰ろうぜ、阿良々木くん」
言って忍野はアロハ服の胸ポケットから煙草を取り出し、口にくわえる。くわえて――
そのままだった。火は点けないらしい。ならなぜくわえた、と、ツッコみたい気持ちを
抑えて、ぼくは先ほどの言葉への疑問をぶつけた。
165 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 23:25:21.22 ID:ntvrM9VEo
「あの、帰ろうって、いったいどこに?」
家に招待までされる謂れはない。
まさかぼくを助けたのはただ連れ込むためじゃないだろうな、とにわかに恐怖を感じ始
めたが「いやいや、へんな思い込みはよしてくれ。随分と元気いいなあ。なにかいいこと
でもあったのかい?」と、否定してきた。
「きみが帰るところと言ったら、今はあの学習塾後の廃墟しかないだろう」
「――!?」
ぼくの驚きには目もくれず、忍野は当然のようにぼくの先を行く。ぼくは慌てて「ちょっ
と待ってください!」と声をかけた。
「いったいぜんたい、どうしてあなたが、そんなことを――」
「ん? そりゃ知ってるよ――何せ、あの子にあの場所を教えたのは僕なんだからね」
とんでもないことをさらりと言う忍野。
「ああ、いえ、たしかに彼女があんな場所を知っていたなんてのはおかしいとは思ってい
たのですけれど、でも」
あれ? つまりは、
166 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 23:26:03.07 ID:ntvrM9VEo
「ということは、あなたはキスショットを知っているってことですか?」
「…………?」
そこで、忍野はぼくの質問ではなく、ぼくの言葉に疑問を抱いたかのように、怪訝そうに
した。
「……ええと、なにか?」
「ああ、いや――キスショット、て呼ぶんだね」
「は、はい。なにかおかしなことでも?」
「まあ、そうだね。それに眷属にしたっていうなら、それでも不思議じゃないのかな――
普通の吸血鬼ならともかく、彼女……ハートアンダーブレードは伝説の吸血鬼だもんな。
怪異殺し――鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼――」
「……吸血鬼ってことも知ってるんですね」
当たり前と言えば、当たり前の話か。あの三人の、二人の怪物と、怪物以上の人間一人の、
三人の攻撃を同時に防いで見せたあの芸当、ただものではない。というか、人間かどうかも
わからない。
167 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 23:28:02.33 ID:ntvrM9VEo
「…………」
……やはり、一度、はっきりと聞いておくべきか。
「その、忍野さん……あなたはいったい……何者なんですか?」
「僕かい? いや、べつに、僕はただの通りすがりのおっさんさ」
肩を竦め、すかした感じに忍野は言った。
「今日だってそうだし――こないだだって、ハートアンダーブレードがきみを引きずって
困っているところに通りすがっただけ。安心しなよ。僕は吸血鬼退治の専門家とかじゃない」
「……………………」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「素人じゃあないけどね――僕の専門はもっと広い。手広くやらせてもらっているのさ。
まあ、自己紹介は後でさせてもらうよ。だから、とりあえずあそこに戻ろうよ、阿良々木くん」
正直言ったところ、こんな男を、信用するなんて、できるわけがなかった。敵か味方か、
全く判別はつかない、けれど、それでも、今はこの男の言うことを聞くしかない。とそれ
だけは明確に分かった。
現実的な問題として、あの廃墟にたどり着けないし。
168 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 23:29:13.42 ID:ntvrM9VEo
そういうわけで、ぼくは忍野に連れていかれて、学習塾跡へと戻ることとなった(帰り道
がわからないことがバレたときはちょっと呆れられた)。
その後てきとうに話をしながら、一時間ほどで到着。中に這入り、二階へ帰り着くと、
キスショットは喜色満面、待ちかねたと言わんばかりに「おお! 帰ったか!」と、ぼくを
出迎えてくれた。というか、抱き着かれた。とりあえず服従の証である頭を撫でながら、
どう言い訳をしたものかと、ぼくは考える。
「……あのさ、イチャイチャするのは構わないんだけど、ハートアンダーブレード、せめて
僕もいることに気づいてくれないかい?」
苦笑して、忍野は軽く抗議する。
「……? うぬは……見覚えはあるな?」
「酷いなあ。その程度の認識かよ……この秘密基地を教えてやったのは僕じゃないか。
ハートアンダーブレード――怪異殺しちゃん」
「ああ……そうか。あのときの」
キスショットは思い出したように言った(というか本当に今まさに思い出したのだろう)。
169 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 23:31:19.16 ID:ntvrM9VEo
「それで?」
キスショットは本当に忍野のことをどうでもよいと思っているのか、忍野との会話を早々に
打ち切り(ひでえ)、ぼくに話を振ってきた。期待を込めた目で、つぶれそうなほどの信頼を
込められて。
「とりあえず、落ち着いて聞いてくれない?」
現物として手足がない以上、口八丁手八丁でごまかせるはずもないので、しかたなくぼくは
正直に事の顛末を話した。
ぼくの話を聞いてキスショットは「ふむう」と、怒るでもなく落胆するでもなく、ただうなった。
「どんだけ儂を沸点の低い女だと思っとるんじゃうぬは」
ぺし、と軽くチョップを入れてくるキスショット。昼間ふっ飛ばしたこともあり、かなり手加減
してくれているのだろうそれは、蚊も殺せないようなチョップだ。
170 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 23:33:25.53 ID:ntvrM9VEo
「にしても、弱ったのう……あの三人、未だつるんでおるのか。儂をここまで追い詰めたのだ。
あとはバラけて自由競争をしておるものとばかり思っておったんじゃがのう」
「ああ、一応、考えてはいたんだね」
「本当にうぬは……まあよい。後でわからせてやる。ともかく、やつらは徹底的に儂をつぶ
すつもりのようじゃな――ねちっこいにもほどがあるわい。大体、これほどダメージを与え
れば、もう十分じゃろうに」
愚痴るように言うキスショット。まあ、こうやって仲間(眷属だっけか?)を増やしてしまって
いるのだから、敵の慎重さも仕方ないことなのだとは思うが。
「褒賞がどうとか言ってたね。チームを組んだ中で、早い者勝ちの競争中って感じだった」
「む。ああ、そうか……現代はそうじゃったの。なるほど。世知辛いことよな」
「現代って――」
ああ、そうか。キスショットも五百年を生きた吸血鬼。このような事態も経験済みと言うわ
けか。
171 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 23:34:34.14 ID:ntvrM9VEo
「ここまで弱らされたのは初めてじゃがの――というか、退治、などというものがすでに
久しい……儂に挑もうなどと言う輩は久しぶりじゃった。むむむ。しかし、どうもボケて
いていかんな。時差ボケかのう」
「時差ボケって……」
そういう意味で使う言葉じゃないだろうに。
「ああ。そうだ――そういえばキスショット、どうしてきみはこんな田舎町に来てるんだ?」
そうだ。時差ボケと言えばそもそもキスショットはこの町の人間ではない。最近のうわさ、
だったはずだ。そもそも吸血鬼は西洋の妖怪、正しい意味で、キスショットは時差ボケ中
なのかもしれない。
キスショットがわざわざこの町に来た理由、すこし、興味がわいた。
しかし、ぼくのその期待は思い切り空振りだったみたいで、キスショットはあっさりと
「ん? 観光じゃよ」と何でもないことのように言った。
「富士山とか金閣寺とか見たくての」
いや、さすがに嘘だろ。ここ、富士山や金閣寺どころかなにもないし。
「戯言って血液感染とかするのかなあ」
不安になってきた。もちろん戯言だけど。
172 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 23:35:16.78 ID:ntvrM9VEo
「とにかく――このままでは勝ちようがない。まずは一人ずつに分散することじゃが……」
キスショットは、言いよどむ。言いたいことはわかっているので、引き継ごう。
「それは、まず無理だろうね」
一人ならば、楽な仕事。こちらがそう判断するということは向こうもそう判断すること
だろう。あの三人はもう絶対に単独行動は行わないだろうと断言できる。ぼくという眷属を
知ってしまった以上、むしろ今までよりもかたくなにチームであろうとするだろう。
そして、さらに問題なのは――
「これ、うかうかしてられないよね。キスショットが生きていることが知れた以上、あの
三人はここを、ぼくらの隠れ家を探そうと――」
「それについては問題ないよ」
と。
いきなり忍野が口を挟んできた。
見れば、いつの間にか机を集めてベッドを作っていたらしく、そのうえで寝転んでいる。
いやいくらなんでも自由すぎだろ…………。
173 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 23:36:48.91 ID:ntvrM9VEo
「ここには、きみたちが眠っている間に、こっそりと結界を張っておいてあげたからさ」
「結界……?」
そういえば、さっきもそんなことを言っていた。
「……シャボンバリアーみたいなもんですか?」
「なぜシャボンを付けた」
この学習塾跡を真っ黒に感光したらきみら死んじゃうでしょ、とは忍野からのツッコミ。
「とにかく、シャレにならないくらい土地勘があるならともかく、異邦人である連中には、
ここを突き止められっこないよ――」
「……忍野さん」
アラワ
ぼくは警戒心を 露に、言う。
「あなた、いったいどういうつもりなんですか?」
「どういうつもりって?」
へらへら笑いながら、忍野は応える。
「理由がわからない。って、言ってんですよ。キスショット――ぼくたちを助ける理由が
あなたにはありません。いったい、何を企んでるんです?」
「企んでる――なんて悪者みたいに言ってくれるなよ。酷いことを言うなあ――全く」
くわえ煙草をポケットに戻し、忍野は言う。
174 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 23:38:13.36 ID:ntvrM9VEo
「さっきも言ったけど――僕は別にきみ達を助けているつもりはないよ。きみが言ったよう
にそんな理由はないし、また、必要もない」
「じゃあ、いったいなにを――」
「僕はね。バランスを取っているんだよ。言うなら、それが僕の仕事なのさ」
結局言ってることはわからないが、どうやらこれこそが忍野の本心、であるようだった。
「こちらとあちらの橋渡し、とは言え、さすがに吸血鬼ってのはいささか厄介かもねえ――
あちらの存在としても、ちょっと強大過ぎる。まして怪異殺しと来てるんだもんな。さっき
からの阿良々木くんの口振りだとさあ、まるであの三人が三人がかりでその子を襲った
ことを卑怯みたいに言ってるけれど、そんなことは全然ないよ。その子――そのハートアン
ダーブレードは、それに値するだけの存在さ」
「そう褒められると照れるのう」
キスショットは、言いながら無い胸を張る。
「……うぬにはまた服従の証を示してもらうべきかのう」
「訂正。ちょっと柔らかい胸を張る」
「うむ。よい」
「僕がいない間に二人はどこまで進んでいたんだい?」
へらへらと、忍野は訊いてくる。
175 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 23:39:30.52 ID:ntvrM9VEo
「そ、そんなことより――自己紹介」
「ん?」
「さっき言っていたでしょう、自己紹介は着いてからにするって。あの問いに答えてもらっ
ていません」
こいつはいったい――何者なのか。
それをぼくたちは、未だ把握していない。
「そうだね。うん、阿良々木くんの嗜好についても気になるところだけど、まずはその話を
続けることにしようか」
「…………」
何やら変なことを言っているが、気にせず、忍野の言葉を待つ。
「忍野メメ。住所不定の自由人さ――まあ、妖怪変化のオーソリティだと思ってくれりゃ
いい。あの三人とは違って、退治ってのはあんまり得意じゃないけどね」
得意じゃ、ない。
「もう少しありていに言うと、好きじゃないんだよ」
「でも、専門なんじゃ――」
「専門は、だからバランスを取ること。中立の立ち位置で、ネゴシエーションすること。
まあ強いて言うなら交渉人だよ」
176 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 23:41:16.66 ID:ntvrM9VEo
交渉?
こちらとあちらの――橋渡し、か。
こちらとはどこで、あちらとはどちらか?
ぼくは、いったいどちらに属しているのか
「なんて戯言」
「ん?」
「気にしないで、続けてください。人間と化物の橋渡し。それがあなたの仕事、なんですよね?」
「ああ。化物。いいね。僕は怪異と呼んでいるが」
「怪異」
「そしてその子は怪異殺しと呼ばれている――どういうことか、わかるだろ? 怪異から
エナジードレインできる、珍しいタイプの吸血鬼だ。まあ、だからこそ有名な子なんだよね――」
「好きで有名になったわけではないわい」
今度は、キスショットは拗ねたように言った。
……本当に、五百歳、なんだよな?
精神年齢が肉体年齢に引っ張られたりとか、なんかそういう理屈なのだろうか?
177 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 23:43:36.39 ID:ntvrM9VEo
「知ったようなことを言うなよ――小僧」
忍野を小僧呼ばわりするキスショット。実年齢的にはおかしくないのだが、やはり見た目
的には不自然である。まあ、自然不自然で言ったら、キスショットその眼つきは不自然極
まりない鋭さなのだけれど。
しかし忍野は小僧呼ばわりも気にせず「その通りだね、ハートアンダーブレード」とや
はり軽薄に言うのだった。
「噂で判断しちゃあいけないね――相手が人であれ、人でないものであれ。けどまあ、さっ
きのきみ達の話し合いを何となく聞かせてもらっていたけれど、結構大変な事態になっちゃっ
てるみたいじゃない。まさかこんなややこしいことが起こるとはね」
「ややこしくなどない。至極簡単じゃ」
「長命の吸血鬼のスパンで見れば、そうなんだろうけどねえ――僕ら人間としては困った
もんだよ。なあ、戯言遣い」
「え」
忍野は、当たり前のように――ぼくを人間扱いした。
人である頃から、化物とは言わないまでも、腫れ物扱い位はされていた、このぼくを、
この戯言遣いを指して、人間側だと―そう言った。
178 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 23:45:49.28 ID:ntvrM9VEo
「…………」
「ん? どうしたんだい、反応が悪いね――阿良々木くん、きみは人間に戻りたいんだろう?
違ったっけ?」
「ああ、その、はい」
・ ・
「人間であろうというものは、人間だよ。たしかに例外はいくつかあるが。きみはそれじゃない」
忍野はそう言って――今度はキスショットを見た。
流し目である。
「それに――僕は気に入ったよ、ハートアンダーブレード。眷属とした阿良々木くんを、
ちゃんと人間に戻してあげようという、きみの心意気がね」
「ふん」
今回は明らかに褒められたっぽいのだが、キスショットは不機嫌そうに応えた。
179 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 23:47:10.66 ID:ntvrM9VEo
「交渉人だか何だか知らぬが――余計なことを言うでないぞ。小僧。儂は昔からでしゃばり
が嫌いでのう」
「でしゃばり? とんでもない、それは僕からはもっとも縁遠い言葉だよ。むしろ引っ込み
思案の部類でね。まあいいさ。でしゃばるつもりはないけれど――」
忍野メメは――寝ころんだままで言う。
「――何なら、僕が間に立ってあげてもいいよ」
「あ――間に立つって」
寝転がっているのに、なんてツッコミはいれない。
こちらとあちらの橋渡し。
つまりは、あの三人と、ぼく達の間?
「他にないだろ」
当然のように、忍野は言う。
「本当はさ――この学習塾跡を紹介してあげ、そして結界を張ってあげただけでも十分かな
って思うけれど、まあこれも何かの縁だろう」
「……助けてくれる、ってことですか?」
「助けない。力を貸すだけ」
忍野は言った。
180 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 23:48:31.66 ID:ntvrM9VEo
「今のままじゃ、やっぱりちょっとバランスが悪いような気もするからね――これじゃあ
いじめみたいなもんだ。さっきも言ったけど、僕は連中がやるような『退治』ってのは、
あんまり好きじゃないし――」
「じゃあ、あなたは――ぼく達の味方、ということでいいんですね」
「違うって。味方でもないし、敵でもない」
中立だよ。と、忍野は念押しするように言う。
「間に立つ――って言ったろ? つまり、中に立つってことだ。そこから先はきみ達次第
だね。実際に動くのは僕じゃない。渦中の者は、あくまでも自らの手で火中の栗を拾う
必要があるのさ――僕は原因にも結果にも関与しない。精々、経緯を調整するだけさ」
「…………」
判断に困ったぼくは、キスショットの様子をうかがう。キスショットも、そんな忍野の
態度に困惑している風だった。
飄々としたままで、仕切ろうとする、忍野の態度に。
181 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 23:49:42.29 ID:ntvrM9VEo
「ああ、でも勿論、僕も仕事だからタダってわけにはいかないよ。何せ旅から旅の放浪者
だからね。路銀は大切なのさ。そうだな――二百万円くらいでどう?」
「に、にひゃく!?」
驚いて声を上げたぼくに対し、忍野は冷静だった。
「あるとき払いの催促なしだ。それくらいは要求しないと――それはそれでバランスが取れ
ないものでね」
「……はあ」
二百万円、か。
これはこの際払えるかどうかは問題ではない。どうせ死んだら払うことはなくなるのだし、
無事生き延びても、それくらいの額は、まあ、がんばればなんとかなるはずだ。
問題はそう、結局こいつと出会った時から何も変わっていない。
この男を、
忍野メメを、
信じるか、どうか。
182 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2016/05/20(金) 23:50:40.96 ID:ntvrM9VEo
「……具体的なプランを聞こうかの」
キスショットは、そんな風に切り込む。
「交渉と言っても、容易ではあるまい――あの三人を説得することなどできぬぞ。中立と
言う以上は、貴様が儂の手足を取り返してくれるというわけではないのじゃろう?」
「さすがにそこまではね――でしゃばり過ぎだよ。プランも、まだあんまり考えてない」
拍子抜けするようなことを言う忍野だった。
けれど、ここまで大見得切って見せたのだ。この手の仕事は、慣れているのだろう。
それは余裕と見て取れなくもなかった。
「僕にできることは、頭を下げてお願いするだけさ。誠意を込めてね――お願いできない
のなら危険思想に手を出すしかないけれど、幸い、言葉が通じるのならゲームができる」
「ゲーム……じゃと?」
「ただ、まずはあの三人をバラかすのが先だろうね。一人一人を相手取る分には問題な
い――ってのが、ハートアンダーブレード、きみの読みなんだろう? なら、それを実現さ
せようじゃないか」
当然、と忍野は続ける。
183 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 23:51:48.45 ID:ntvrM9VEo
「きみ達にはある程度の……相応のリスクを冒してもらうことになるけれど――そこはどう
か呑み込んでおいてくれ」
「いや、それは端からそのつもりじゃ。覚悟は決めておる――儂は勿論、従僕もの」
応える、キスショット。
…………いや、まあ、とっくに覚悟は決めていたのだから、べつにいいんだけどね。
「しかしのう、小僧よ、あの三人とどうやって交渉するのじゃ?」
「だから、頭を下げてお願いするんだよ――まあ、話せばわかりそうな連中だったしね」
話せば、わかる、か。
吸血鬼のぼくには難しいが、人間同士、敵対する者同士でなければ、たしかに交渉の余
地はあるのかもしれない。やつらは、ぼくの言を、無碍にはしてきたが、理解してなかった
わけではないのだから。
184 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2016/05/20(金) 23:52:35.16 ID:ntvrM9VEo
「詳しくは企業秘密だけど……フィールドは僕が整えてあげよう。そして阿良々木くんが、
彼らからハートアンダーブレードの手足を取り戻す。無事に両腕両足を取り戻せば――
ハートアンダーブレードはパワーを回復できて、そうすれば阿良々木くんは無事に人間に
戻れるというわけだ」
「取り戻す――ね」
やっぱりというかなんというか、難しいところは、直接的なところは、ぼくが担当する
ことになるようだった。
ドラマツルギー、エピソード、ギロチンカッター。
大剣二本に、十字架に、そして得体の知れない謎の男。
キスショットはやたらにぼくに期待をかけてくるが、実際のところ、たとえ一対一だった
ところで、ぼくが三人のうちの誰か一人にも勝てるヴィジョンなんて、まるで思い浮かばな
いのだけれど――
「でも、やるしかないんだよなあ」
勝てない相手に、勝つ算段を。
そう考えれば、今回もまた、と言う感じだ。いつも通りの平常運転。吸血鬼になった程度
ではぼくの状況は大して変わらないらしい。
185 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 23:53:09.20 ID:ntvrM9VEo
「おい、従僕」
キスショットが――ぼくに言った。
「なんだい? キスショット」
「儂は人間の貨幣は用意できん――二百万円という借金がどの程度の物なのかもよくわか
らんが、その金額をうぬは背負うことができるか?」
「……額は、まあ、問題ない」
だから、あとは、結局。
信じるか、否か。
186 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 23:54:13.31 ID:ntvrM9VEo
「心配するな。この小僧のスキルは本物じゃ――ここを教えられたとか、うぬが救われた
とか、そういうことを度外視してもな。いかに弱体化しても、それくらいのことは今の儂
でもわかる」
「でも、だからと言って、信じていいものか――」
「敵ではないよ。あの三人の攻撃を受け止めたのじゃろう? それほどの実力者ならば、
クビ
本気を出せば、今すぐこの場で儂らを縊り殺すことくらい容易じゃろうて」
「……それも、そうか」
通りすがりの、おっさん。怪し過ぎる、アロハ服。その口調は誠実と言うよりかはこちら
寄り、詐欺師とか、戯言遣いとか、そう言うのに近い。
でも、敵ではないというのなら騙されたところで、問題はない。ここは、騙されたと思っ
て、
というやつで行こう。
「いやそれ十中八九騙されるやつじゃろ……無駄なフラグを立てるでないわ」
そんなキスショットのツッコミを聞き流して、ぼくは「お願いします」と、忍野さんに頭を
下げた。
187 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/20(金) 23:56:46.30 ID:ntvrM9VEo
「ある時払いの催促なし、保証人も担保も金利もなし。死後遺族に請求はいかないのでしたよね?」
「いやそこまでは言ってないのだけれど、まあ、それでいいか――まいどあり〜なんつって」
忍野は的外れなくらい気楽そうな調子で言った。
「ぼくも今日から、ここで寝泊まりすることにするから。よろしくね。というか、もともと僕は、この町に来
て以来、この場所には目をつけていたんだよね。義を見てせざるは勇無きなりと、ハートアンダーブレ
ードに譲ったけれど、やっぱこの町にここ以上の廃墟はなかったや。とりあえず、どうする? 明日か
らの前途に対して気合を入れるために、円陣でも組んでみよっか」
寝転がったまま、最高に気合のない姿勢でそんなことを言う忍野。勿論、ぼくもキスショットも、そんな
言葉に乗っかったりはしなかった。
時刻はまたも零時を過ぎ、日付は三月二十九日へと変わっている。
明日といえば――既に今日は明日なのであった。
鉄血編――了。
188 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/05/20(金) 23:59:17.21 ID:ntvrM9VEo
そんなわけでひとまず書き溜め分は終わり。
あとはちまちま一章ずつ更新していけたらいいなと思います(願望)
熱血編、どうなるんですかね。
せめて四回見に行って飽きない程度のクォリティであってほしいです。
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