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キスショット「これも、また、戯言か」
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2 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 01:46:14.93 ID:I+fdqcufo
戯言×傷物語 アタシハプロフェッショナル
アウトオブアウトサイダー
×××××ヴァンプ 欠 陥 吸 血 鬼 の戯言
3 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 01:50:43.22 ID:I+fdqcufo
登場人物紹介
戦場ヶ原ひたぎ (せんじょうがはら・ひたぎ)――――――――????
八九寺真宵 (はちくじ・まよい)―――――――――――――????
神原駿河 (かんばる・するが)―――――――――――――????
千石撫子 (せんごく・なでこ) ―――――――――――――????
羽川翼 (はねかわ・つばさ)――――――――――――――????
キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード ―――吸血鬼。
(きすしょっと・あせろらおりおん・はーとあんだーぶれーど)
阿良々木火憐 (あららぎ・かれん)――――――――――――????
阿良々木月火 (あららぎ・つきひ)――――――――――――????
老倉育 (おいくら・そだち)―――――――――――――――????
ドラマツルギー (どらまつるぎー)―――――――ヴァンパイアハンター。
エピソード (えぴそーど)―――――――――――ヴァンパイアハンター。
ギロチンカッター (ぎろちんかったー)―――――ヴァンパイアハンター。
忍野メメ (おしの・めめ)―――――――――――――――バランサー。
忍野忍 (おしの・しのぶ)――――――――――――――――????
忍野扇 (おしの・おうぎ)――――――――――――――――????
貝木泥舟 (かいき・でいしゅう)――――――――――――――????
影縫余弦 (かげぬい・よづる)――――――――――――――????
斧乃木余接 (おののき・よつぎ)―――――――――――――????
臥煙伊豆湖 (がえん・いずこ)――――――――――――――????
死屍累生死郎 (ししるい・せいしろう)―――――――――――????
沼地蝋花 (ぬまち・ろうか)―――――――――――――――????
デストピア・ヴィルトゥオーゾ・スーサイドマスター ――――――????
(ですとぴあ・う゛ぃるとぅおーぞ・すーさいどますたー)
阿良々木暦 (あららぎ・こよみ)―――――――――――――――天才。
4 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 01:51:53.67 ID:I+fdqcufo
井伊遥菜 (いい・はるかな)―――――――――――――――――妹。
玖渚友 (くなぎさ・とも)――――――――――――――――死線の蒼。
想影真心 (おもかげ・まごころ)―――――――――――――橙なる種。
西東天 (さいとう・たかし)――――――――――――――――????
哀川潤 (あいかわ・じゅん)―――――――――――――――????
零崎人識 (ぜろざき・ひとしき)―――――――――――――????
阿良々木伊荷親 (あららぎ・いにちか)――――――――――戯言遣い。
5 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2016/05/14(土) 01:52:29.89 ID:I+fdqcufo
人間は二度生まれる。――ルソー
6 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 01:54:09.29 ID:I+fdqcufo
入れ替わろう。と、そのとき彼は言った。
別にそれは特段おかしなことではなかった。彼は研究熱心なのか、時折ぼくと実験を代
わってほしいと言ってくるのだ。別にこの日が特別だったわけではない、いつもどおり。
ただの日常。
異常が日常であるぼくらにとっては、これが普通であり、また普遍であった。
しかし、このときぼくは気付かなければならなかったのだと思う。いつもの彼とこの日
の彼との違いに。
この日の彼はやけに食い下がってきた。どうしてもこの実験だけは僕が参加したいのだ
と、それと……そう、これが最後だから、と。
このとき彼は何を思ったのか、ERプログラムの中途脱退の要請をしていたのだ。こんな
に研究熱心なのにどうしてやめてしまうのかが、ぼくにはまったくわからなかった。
そうだ、あんなにも研究を楽しんでいた奴が、そんな『つまらなくなったから』なんて、
普通の言い訳をするはずがないのに。
あんな異常なやつが、普通のことを言う訳がないのに。
結局、ぼくはその「実験中に入れ替わる」という交渉に応じた。
応じて――しまった。
無論このことについてぼくが責任を感じなくてはならないような要素はどこにもない。
彼が選択したこと、彼の責任だ。自業自得。彼のおかげでぼくが助かった。というのもま
た、あの事件の側面であるので、このような言い方は冷たいと思われるかもしれないが、
しかし、ぼくはこの事件で何もしなかったのだし、何もする余地がなかったのだからその
反応はお門違いというやつだ。だから、ぼくは彼に対して何も思う必要はないし、何も語
る必要はないし、何もする必要はないし、何も後悔する必要もない。
だけど。
いや、だけれども。
ぼくは彼について何か思ってやりたいし、何か語ってやりたいし、何かしてやりたいし、
何より――
何より――後悔している。
彼と代わったことを。
彼と替わったことを。
彼に実験内容を知らせてしまったことを。
だから、僕は、彼に哀悼の意を捧げる。彼の代わりに生きる。彼を――
彼を、忘れない。
7 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 01:54:51.54 ID:I+fdqcufo
000
ぼくが生きているうちに、続きが見れてよかったよ。
8 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 01:56:00.30 ID:I+fdqcufo
001
キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードのことを、僕は語らなけれ
ばならないらしいが、しかし、僕は今この時点でまったくもってやる気がない。彼女につ
いてはもう完全に終わった話である。正直いまさら話したところでもうどうしようもない
くらいに終わっている。
こんな話よりも、僕が細かい箇所を忘れないうちに、文化祭直前に起きた、あの忌まわ
しい事件について早急に語らなければならないと思っているのだが、彼女はそれを許して
くれなかった。
そもそも本来は語る必要もないどころか、この吸血鬼にまつわる話は、僕と愛すべき委
員長の撮っておき。二人互いに胸の奥にしまいこまなくてはならない、なるべく語っては
ならない話なのである。
また、こんな話を話したところでまったく面白くもなんともない。この話は、山も落ち
も意味もない話なのだ。この話をすることによって、一部の人が僕のことをかわいそうな
悲劇の主人公として見てくれるのかもしれないが、しかし、残念ながら物語の主人公は僕
ではないし、今回の僕はどちらかというと、「最悪の共犯者」でしかない上に、僕はかわ
いそうとは思われたくない。僕には何のメリットもないのではあるが、しかし、僕はこの
場で吸血鬼にまつわる話を、
詳しく、詳しく、詳しく、詳しく、詳しく、話さなければならないらしい。
間違いがあったら死ぬくらいの覚悟で。
誇張があったら殺されるくらいの決心で。
この、吸血鬼に勝るとも劣らない三白眼で、刺すように睨み付けてくる赤色に話さなけ
ればならない。
9 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 01:56:40.38 ID:I+fdqcufo
さてと、では、前置きとして三つ話さなければならないことがある。
ひとつは期間。
この事件は、三月二十六日から四月七日までの間続いた。この間、事件後僕が通うこと
となる私立直江津高校は、春休みを迎えていた。僕があの大統合全一学研究所から離れ、
三ヶ月ほどたったあたりから、彼の実家に厄介になり私立直江津高校に編入する少し前か
ら始まった物語。いや、もうこの時点では手続きが終わっているのだから、編入した直後
ということになるのだろうか?まあ、そんな曖昧な時期の話だと思ってくれればいい。
10 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 01:58:47.99 ID:I+fdqcufo
ひとつは内容。
僕はこの事件を機に、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードに出
会ったことをきっかけに、怪異という存在を知ることになった。
怪異。
化物。
人外者。
カタツムリ
それはたとえば、蟹の神様であったり、 蝸牛の迷子であったり、願いを叶える猿の左
手だったり、蛇の使いであったり、ストレスの猫であったり、高熱を呼び起こす蜂であっ
カマキリ
たり、寿命まで死なぬ不死鳥であったり、暴力的な蟷螂であったり、
そして――妖艶な吸血鬼であったりする。
そういったモノ。人ならざるモノがいることを、僕が知ってしまった話である。
11 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 01:59:36.94 ID:I+fdqcufo
そして、最後に、結末。
今のうちに言っておくと、この物語に結末なんてものはない。
この物語は、結びもしなければ、末があるわけでもなく、次回へと続く。
全てが全て何も起こらずに終わっていく。
二人の死にぞこないは死にぞこなったまま。
人々の警戒は解かれぬまま。
勧誘は失敗し、復讐は遂げられずに、成果も上がらなかった。
そんな物語。
事件前と事件後では、あまり大きな変化はなかった。
まるで何かの変化を嫌う大きな力が働いているかのように。
この物語はわずかな変化の物語。
人でなしが人でなくなり、人になろうとする物語。
人に代わろうとし、人に替わろうとする物語。
そんな戯言。
再三言うが、この物語に面白みなど皆無である。
それでもいいならば、
それでも聞きたいという物好きな人であるのならば、
どうか、適当に聞き流して欲しい。
これはぼくが、人へと至る物語。
12 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 02:00:46.36 ID:I+fdqcufo
002
三月二十五日。土曜日。
ぼくは彼の自転車で、これから通うこととなるであろう私立直江津高等学校へと来てい
た。彼の自転車は生意気にもママチャリとマウンテンバイクの二台があり、どうせなら、
アメリカで散々自慢していたマウンテンバイクに乗ってやろうかとも思ったのだが、しか
し、彼のその並々ならぬ愛情を鑑みるに傷の一つでもつけようものならば、ぼくはたちま
ち呪い殺されてしまうだろうという結論に達し、ぼくは仕方なくママチャリを使用し学校
へと来ていた。それほどつらい道程ではなかったはずなのだが、日本に帰ってきてから鍛
錬を怠っていた所為か、ぼくは体力を相当量使ってしまっていた。
「あれからそろそろ三ヶ月か……」
あっという間に過ぎ去っていってしまった気がするが、それが長い期間であったことは、
体が覚えているらしい。いや、忘れてしまっているのか。ともかく、ぼくの体力は全盛期
とは比べ物にならないほどに落ちていた。
そういや、道場にも行ってなかったな。ぼくは、今度火憐ちゃんが行っているという道
場でも見学して見ようかななどと思いながら自転車を反転させて家の方へと向けた。
13 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 02:01:50.43 ID:I+fdqcufo
――と、そのとき――ぼくは校門から出てきた女の子に気付いた。
とても、かわいい女の子だった。
14 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 02:02:44.49 ID:I+fdqcufo
その女の子は両手を頭の後ろに回して―― 一瞬、何をしているのかと思ったが、どうやら
三つ編みの位置を調整しているらしい。長めの髪を、彼女は後ろで一本の三つ編みにまと
めているのだ。三つ編み自体が最近は珍しいのだが、その上で彼女は前髪を一直線に揃え
ている。
制服姿。
まったく改造していない、膝下十センチのスカート。
黒いスカーフ。
ブラウスの上に、校則指定のスクールセーター。
同じく校則指定の白い靴下にスクールシューズ。
いかにも優等生といった風情である。
世界委員長コンテストというものが開催されているのであれば、小学生のころから王者
であり続けているだろう。それくらいに規則正しく、折り目正しい立ち居振る舞いだった。
おそらく、彼好みの女の子。
15 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 02:03:56.40 ID:I+fdqcufo
校門から出てきたところを見ると、家に帰るところなのだろうか?彼女は三つ編みを修
正しつつ、ぼくの方へと向かってくる。まあ、ぼくの主観的にそう見えるだけなのであっ
て、決してぼくに向かってきているわけではないのだけれど、しかし、そう思わせるよう
な求心力が彼女にはあった。
というか、早い話がぼくは彼女に見蕩れてしまったのだ。ただ純粋に美しい彼女に――
魅了されて――いた。
16 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 02:04:58.77 ID:I+fdqcufo
だから、だからぼくはその後、何の前触れもなく吹いた一陣の風に対応することができ
なかった。いや、まあ、そうでなくともぼくに正しい対応ができたかどうかは、その状況
になってみないとわからないが。
「あ」
と、ぼくは思わず、声を漏らしてしまった。
突然の風が、彼女のやや長めの、膝下十センチのプリーツスカートの前面が、思い切り
めくってしまったのだ。
普通ならば、彼女はすぐに、反射神経でそれを押さえ込んだはずだろう――しかしタイ
ミングの悪いことに、そのとき彼女の両手は頭の後ろに回され、三つ編みの位置を直すと
いう複雑な作業をしている最中である。ぼくの立ち位置から見れば、まるで後頭部で手を
組んで、あたかも軽く気取ったポーズをとっているかのようにも見えてしまう、そんな姿
勢になっていた。
そんな状態でスカートがめくれたのだ。
中身は丸見えとなった。
17 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 02:05:46.42 ID:I+fdqcufo
いや、こういう場合は、そっと目をそらすのが女子に対するマナーだということくらい、
勿論わかっているのだが。
しかし、このときぼくは完全に視点を彼女に固定していたのだ。
風が吹くまでもなく、強く彼女に惹きつけられていた。
だから、ぼくがあまりにも鮮明に彼女の下着を見てしまったのは仕方のないことだと思う。
思って欲しい。
そんなぼくに対して、彼女は、身じろぎ一つしなかった。
あっけにとられてしまったのだろう。
彼女は後頭部で手を組むという、まるでぼくに自慢の下着を見せ付けているかのような
ポーズのまま、スカートがめくれあがるに任せ、表情までも固まったままだった。
一瞬の出来事であった。
スカートが重力により元の位置に戻る。
18 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 02:06:37.90 ID:I+fdqcufo
彼女は、あっけにとられた表情のままで――ぼくの方を見ていた。
凝視していた。
「……えっと」
うわあ。
なんというか……やってしまった……。
入る前から何やってるんだ、ぼくは。
後輩ならばまだいいが、同学年だった場合、非常に気まずいこととなる。
同じクラスになどなってしまったらぼくはどうすればいいのだろうか?
そんなあまりにもできすぎた状況なんて戯言にもならないのだけれど。
「…………なんというか…………ごめん」
とりあえず謝罪の言葉を口にする。
人間、自分に予期せぬ事態が起こってしまったとき、まず出てくるのは謝罪の言葉であ
ることが一番多いらしい。
19 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 02:07:33.06 ID:I+fdqcufo
ぼくの本能もまだ捨てたものではなさそうだと思いつつ、女の子の反応をうかがったが、
彼女はぼくの言葉に対して何の反応もせずにじっとぼくを凝視してくる。
そして、数秒の後、
「…………えっへへ」
と、彼女は何を思ったのか、ぼくにはにかんで見せた。
まあ、確かに、こんな状況、見られた側は笑うしかないのかもしれない。
三つ編みの調整が終わったのか、彼女は両手を下ろして、スカートの前面をぱたぱたと
はたいた。
「なんて言うか、さ」
と、彼女は言いながら、ぼくの方へと近づいてきた。
四、いや、三歩ほどの距離まで詰めてくる。
なんだろう……なんとなく追い込まれているような気がする。
20 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 02:08:41.22 ID:I+fdqcufo
「見られたくないものを隠すにしては、スカートって、どう考えてもセキュリティ低いよ
ね。やっぱり、スパッツっていうファイアウォールが必要なのかな?」
…………えっと……ファイアウォールって何だったっけか?
うーん……あ、思い出した。
なんか玖渚のやつが言ってたような気がする。
ウィルスバスターのちょっと高機能のやつだっけ?
「……ってぼくはウィルスかよ」
初対面だというのに、あんまりな話だ。
まあ、確かに、ぼくの周囲では常に事件が起きていたような気もするけれど、というか、
ぼくが起こしたものも多くあった気もするけれど。
でも、だからといって、
「その表現は、戯言が過ぎるな」
「うん? 戯言?」
「えっ……ああ、うん……いや、なんでもない。ただの独り言だよ」
21 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 02:10:21.83 ID:I+fdqcufo
「……ふーん」
……ぼくにしては珍しくありのままのことを話したはずなのに、なぜか彼女の反応はあ
まり芳しくなかった。
「えっと、じゃあ、まあ、ぼくはこれで」
ぼくは逃げるように、というか、逃げるために、自転車にまたがり、家へと帰ろうとする。
が、しかし、
「あ、待ってよ。阿良々木くん」
と、呼び止められた。
22 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 02:12:39.74 ID:I+fdqcufo
「え?」
……どういうことだ?
この女の子とぼく、会ったことあったっけ?
いや、そんなことはありえない。ぼくはこの高校には、手続きと編入試験を受けるため
にしか来たことがない。ここの生徒とは一切関わり合いはないのだ。ならば、
ならば、なぜこの子がぼくのことを知っている?
ぼくはそれと気取られぬように自然に身構える。三ヶ月でもう追っ手が来るとは……ま
あ、ここまで何事もなかったことのほうが不自然っちゃあ不自然だ。やつらも勉強以外の
ことに頭を回せはするだろうし。ぼくはなんとなく持ち出していたナイフの位置を確認しな
がら、彼女に聞く。右のポケット、よし。いつでも取り出せる。
「……どうして、きみはぼくの名前を知っているのかな?」
23 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 02:13:48.04 ID:I+fdqcufo
「え? ああ、ごめんごめん。急に呼ばれてびっくりしたよね。うん。いやさ、阿良々木く
んって、実は、もう、かなりの有名人なんだよね」
「…………」
…………は?
「阿良々木くんは知らないかもしれないけれど、この私立直江津高校ってさ、創立以来編
入生をとったことがないんだよ。しかもその編入試験、先生たちが張り切りすぎちゃって
アメリカのERプログラムレベルの問題になっちゃってたから、阿良々木くん以外編入試験
に受かった人はいなかったんだって。だから、阿良々木くんは唯一の優秀な編入生として
かなり先生から期待されちゃっているんだよね」
「…………」
……また、ピンポイントなレベル設定にされたものだ。
どおりで問題形式が似ているわけだ。
もう少しレベルが高く、あるいは低く設定されていたのなら、ぼくは編入できなかった
かもしれない。
24 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 02:15:21.47 ID:I+fdqcufo
「いや、でも、だからといってきみがぼくの名前を知っている理由にはならないと思うの
だけれども」
「あっはー、そうだね。うーん、じゃあ、それは秘密ってことで」
「いや……そんなことで済まされる問題じゃないと思うんだけれども……」
この子、何者なんだ?
最悪の場合、死活問題に関わる。
まあ、別に死んでしまったところで構わないのだけれど。
「いいか。まあ、戯言ってことで」
「ん? さっきもそれ、使ってたよね。口癖?」
ツッコミを入れられた。ぼくは、「口癖でもあり、処世術でもあるんだよ」などと、適当
なことを言っておく。
25 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 02:15:53.46 ID:I+fdqcufo
しかし、処世術か……。
自分で言っておいてなんだが、おかしな響きだ。
戯言を使ったからといって、物事が潤滑に進むわけではないのに……。
よりこじれさせることのほうが多いっていうのに。
本当に、笑わせる。
26 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 02:18:22.64 ID:I+fdqcufo
「ところで、きみの名前は?」
この女の子が追っ手であるにしろないにしろ、もう少し、踏み込んだ調査をしておくべ
きだ、とぼくは判断した。編入先での評価は個人的には気になるところだ。変な期待はされ
たくないので、この子づてに下げてもらいたいどころだった。
27 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 02:19:31.64 ID:I+fdqcufo
「私は、羽川翼。阿良々木くんと同じ、私立直江津高校の三年生です」
「羽川……翼ちゃん、か。いい名前だね」
ふむ、この名前からは、偽名であるかどうかの判断はつかないな。言い慣れてる感じが
するし、実名である可能性のほうが、わずかに高いといったところか。
「そんな阿良々木くんじゃないんだから、偽名なんて使わないよ」
「…………」
全部ばれていた。
疑っていたことも、偽名を使っていたことも。
28 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 02:20:32.38 ID:I+fdqcufo
「偽名? なんだいそれは? 最近の流行語ってやつ? ぼく疎いんだよなー、そういうの」
悪足掻きだと自分でもわかってはいたがとぼけてみることにした。やはりというかなん
というか翼ちゃんには通じなかったようで
「違います」
と、即答されてしまった。
しかし、こうなってきたら後には引けない。
「あーっ、えっとじゃ、ネットスラングか。そういう系の言葉って通じなかったりしたら
まずいからやめといたほうがいいよ。『いてえw』とか『これだから○○クラは』とか言
われちゃうよ」
「それを聞く限りでは阿良々木くんもけっこう詳しいと思うのだけれど」
あう。
うーん……友の所為でこういう言葉覚えちゃったんだよな……パソコンとかそういうの、
ぼく自身は割りと苦手なのだけれど……。
どうしようかな……どうすれば翼ちゃんを騙せるだろう……。
29 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 02:21:31.24 ID:I+fdqcufo
「別にいいじゃないか。自分の名前なんて他人と区別するためだけのものだろう?ようは
記号みたいなものさ」
ぼくは諦めて開き直ることにした。
なにが悪いとでも言いたげに。
何もかも悪いぼくが。
そんなぼくに対して翼ちゃんは「そこで開き直りますか」と言って、
「まあ、いっか。うん、そういう考え方もまたありかもね」
と、ぼくの戯言を肯定した。
ぼくの戯言を肯定した!?
「同意しちゃうんだ……」
「がっかりしちゃうんだ……」
「自分で言ったのにな」と、言って、翼ちゃんは楽しそうに笑った。
30 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 02:23:11.96 ID:I+fdqcufo
うーん……追っ手じゃあないのか? いや、まだよくわからない。探りは入れられると
ころまで入れておけ。って言われたような気もするし。あとなんだか打ち負かされてばかり
の気もするし、もう少し、彼女と話をしたほうがいいかもしれない。
31 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 02:24:17.13 ID:I+fdqcufo
「翼ちゃんは、何をしているの? これから帰るところ?」
当たり障りのないところから会話を始める。
どうにかして、情報を探り出さねば……。
「んーと、これから図書館に向かおうと思っているの」
「へえ……ここら辺に図書館なんてあったんだ」
「うん、日曜日は休館日だから、今日中に行っておかないとって思って」
「ふうん」
「阿良々木くんこそ、何をしていたの?」
「ああ、いや、ちょっと、登校経路の確認をしていたんだよ。ちょっと覚えられなくってさ」
「へえ、自転車通学なんだ……家はどこら辺なの?」
「ええと……」
ぼくは最近覚えたばかりの住所を言う。
「ああ、それなら、ちょっとわかりづらいかもね」
「ああ。もう今日だけで家と学校を七往復半しているんだけれど、まるっきりわからないんだ」
「さすがに、それはないと思うけれど……」
と、翼ちゃんは苦笑いした。
…………って、あれ?
なんか、流れ流れて、気軽に住所とかしゃべらなかったか?
探りに行って何をしゃべってるんだぼくは。
32 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 02:25:19.57 ID:I+fdqcufo
「ところで、阿良々木くん」
今度は翼ちゃんから、会話を切り出してくる。
ふむ、先ほどはぼくのほうから仕掛けていって返り討ちにされてしまったので(けっして
自爆などではない)、ここはあえて彼女の話に乗るというのもありだろう。ぼくは翼ちゃ
んからどのようなことを言われても対応できるように対策を練って、その先を待つ。
が、翼ちゃんは、
「阿良々木くんは、吸血鬼って信じる?」
と、ぼくの予想の斜め上を突っ切っていくような質問を投げつけてきた。
あまりの突拍子のなさに、反応が遅れる。
「……………………………………………………吸血鬼が、どうかしたの?」
ぼくは無理やり声を絞り出した。
33 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 02:26:52.00 ID:I+fdqcufo
……………………何を言い出すんだ?この子。
まさか、不思議キャラ路線の子なのか? なぜぼくの周りにはどこかおかしい人か性格の
悪い人しか現れないのだろう。類友ってやつなのだろうか?
いや、もしかしたら前者なのではなく、後者。ぼくの返答を見て試しているのかもしれ
ない。そうだとすると、翼ちゃん。なかなかに強かな子だ。
「いや、最近ね、ちょっとした噂になってるんだけど。今、この町に吸血鬼がいるって。
だから夜とか、一人で出歩いちゃ駄目だって」
「へえ…………曖昧な……信憑性のない噂だね」
ぼくは少し迷ったけれど、正直な感想を言うことにした。
嘘ばかり言うぼくだからこそ、正直なことを言うのが最も効果的だろうとの判断だ。
34 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 02:28:18.02 ID:I+fdqcufo
「何でこんな場所に吸血鬼がいるんだろう。吸血鬼って海外の妖怪じゃないか」
「妖怪とは、ちょっと違うと思うけれど……」
「それに、吸血鬼が相手だって言うんだったら、一人で出歩こうが十人で連れ立って歩こうが、
どっちみち結果は変わらないと思うけれどね」
「それはそうね」
あはは、と翼ちゃんは快活に笑った。
……なんだ? この普通の反応……。追っ手じゃないのか? いや、待てよ。普通の子が
ぼくの前に現れるわけがない。いったい、何者なんだ? この子は……。
35 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 02:29:03.87 ID:I+fdqcufo
「けど、色々と目撃証言もあるのよ」
「目撃証言……ねえ」
妖しいものだし、怪しいものだ。
よく目で見たものしか信じないなんてことを言う人がいるけれど、目で見たもの。そち
らのほうがよっぽど信じられないのではないだろうか? 人間が見聞きできる情報には限
りがあるし、何より、その情報全てに「こうあったらいいのに」などの、自身の願望という
補正がかかっている。観察者によっては、その現象にまるで違う意味をもたらすことがあ
るのだ。
つまりは、人なんていつでも信用できないってことだ。
他人だろうが。
自分だろうが。
36 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 02:30:25.13 ID:I+fdqcufo
「あのー、阿良々木くん? 人の話聞いてる?」
「え? あ、ああ、聞いてる聞いてる。聞くに聞いてるよ」
「本当に聞いてるの? もう」
はあー、と。翼ちゃんはわざとらしくため息を吐いた。
「女子の間では――うちの学校の女子だけじゃなくて、この辺の学校に通っている女子の
間では――有名な話。て言うか、女の子の間だけではやってる噂なんだけど」
「女の子だけの噂って……何? その吸血鬼。口笛吹きながらワイヤで戦ったりするの?」
そういえばあれにもでてたな。まじめそうな眼鏡のキャラ。
37 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 02:31:35.72 ID:I+fdqcufo
「いや、そんなんじゃないよ。金髪の、すごく綺麗な女の人で――背筋が凍るくらい、冷
たい眼をした吸血鬼なんだってさ」
「曖昧な出所なのに、ディテールはえらく具体的だね。しかし、何だってその女性が吸血
鬼だって断定できるの? 金髪だから珍しいってだけなんじゃないの?」
ここら辺の地域では、一切髪の毛を染めたり、ピアスをあけたりする流行がないようで、
ぼくはここ三ヶ月そういった人を見ていない。
まあ、向こうの状況がおかしかったのかもしれないが(いやはや、自由の国は侮れない)。
38 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 02:32:46.79 ID:I+fdqcufo
「でも」
翼ちゃんは言う。
「街灯に照らされて、金髪は眩しいくらいだったのに――影がなかったんだって」
「……へえ」
確かに、そういえばどこかで聞いたことがある気がする。
太陽を嫌う吸血鬼には、影ができない。
「でもなあ、夜のことだし……見間違いだったんじゃないの? 影なんて、場所によっては
まったくできないこともあるじゃないか」
大体――街灯なんていかにもな舞台装置がある時点で、嘘っぽい。
「まあね」
と、ぼくが無粋なことを言っても、翼ちゃんは別に気分を害することもなく、そんな風
に同意を示した。
彼女はどうやら、話し上手だし、聞き上手でもあるようだ。
39 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 02:34:02.94 ID:I+fdqcufo
「うん、馬鹿馬鹿しい噂だと、私も思う。けど、その噂のお陰で女の子が夜とかに一人で
出歩かなくなるって言うのは、治安的にはいい話だよね」
「まあ、そうだね」
なんだか児童向けの童話みたいな話だけれど。
「でも、私はね」
声のトーンを若干落として言う翼ちゃん。
「吸血鬼がいるなら、会ってみたいって思うのよ」
「…………」
やはり、ぼくは試されているのだろう。そうだ、そうに違いない。こんなまじめそうな
子が不思議系路線だなんてぼくはごめんだ。そんな運命ならいますぐ乗り換えたい。
40 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 02:35:27.75 ID:I+fdqcufo
「えーっと………………………なんで? 血を吸われて、殺されちゃうんだよ?」
「まあ、殺されるのはやだけどさ。そうだね、会ってみたいっていうのは違うかも。でも、
そういう――人よりも上位の存在、みたいなのがいたらいいなって」
「人より上位って、神様とか?」
人より上ってことは、人よりずるがしこく卑劣で愚鈍な最低のやつか、人より華々しく
真面目で鋭敏な最高のやつなのだろう。
つまり、どっちにしろ嫌なやつってことだ。
「あはは。確かにそう見る人もいるかもしれないけどね」
捻じ曲がりきったぼくの見解を聞いても、翼ちゃんは笑いながら言った。
本当にいい子だ。いや、いい子なのかもしれない、だ。思い出せ。今まで何百回だまさ
れたかを。思い出せ。今まで何千回だましたかを。
41 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/05/14(土) 02:36:31.50 ID:I+fdqcufo
「いけない、いけない。阿良々木くん、意外と話しやすい人なんだね。なんだか口が滑っ
て、ちょっとわけのわからないことを言っちゃったような気がするよ」
「いや、そんなことはないと思うけど……」
というか、意外と、とはなんだ。意外と、とは。
「…………」
うーん……どうだろ。
正直翼ちゃんの得体は知れないが、この子の場合、話せば話すほど得体の知れなさが
浮かび上がってくるので、これ以上の詮索は禁物かもしれない。
入学前からぼくの評価がわかったのだから、これはこれでよしとして切り上げるとしよう。
42 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 02:39:10.12 ID:I+fdqcufo
「じゃあまた、春休み明けにあったらよろしく」
なんて言って、ぼくは翼ちゃんと別れようとした。が
「あ……阿良々木くん!」
と、強く引きとめられた。裾が伸びてはいけないので、元の位置にまで戻る。
なんだ? とうとう本性を現したのか? 最初から怪しいと思っていたんだ。と、ぼくは
できそこないの探偵みたいなことを思いながら再度臨戦態勢に入る。
しかし、翼ちゃんは再度ぼくの予想を見事なまでに突っ切ってくれるのだった。
「メ……メアド教えてくんない?」
43 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/05/14(土) 02:40:11.98 ID:I+fdqcufo
まだ書き溜めあるけど思った以上に投下するのに時間かかるので今はここまでで。
続きは明日起きてからにでも
44 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/05/14(土) 02:40:56.41 ID:zVQj8dv/o
たんおつ
すでに面白い
45 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2016/05/14(土) 07:59:05.94 ID:cjvqu8ZWO
乙
スレタイ見てまさかと思ったらマジであのシリーズか
46 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/05/14(土) 15:00:46.88 ID:I+fdqcufo
前書いたものについてはどうしようか悩み中です。
かなり設定に齟齬があるし「あれは僕の黒歴史」にしてもいいのだけれど
でも書き直して上げ直すのもなあというところ。
再開します。
47 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 15:01:53.39 ID:I+fdqcufo
003
そんな翼ちゃんの頼みを断った日の夜。
真夜中。
日付は変わり、三月二十六日。
直江津高校は今日から春休みなのだそうだが、ぼくが正式な生徒になるのは四月からで
あるので、関係ないといえば関係ない話ではある。
ぼくはすっかり真っ暗になった町の中を、徒歩で移動していた。
昼間のように、自転車を使ったほうが効率がよいのはわかっているのだが、しかし、彼
には二人の洞察力の優れた妹がいるので、なくなっていては不自然に思われてしまう自転
車を使用することはできないのであった。どうしてもこのことは彼の家族には知られては
ならないのである。
48 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 15:02:37.04 ID:I+fdqcufo
無論、性の捌け口を探すために大型書店に出向いているのではない。昼間女子のパンツ
を見てしまったくらいでこのような行為に出るような人間なんて普通いないだろう。ぼく
はそんな性欲の塊のような男子高校生(予定)ではない。自分と同年代の女子の下着を見
たくらいでは興奮などしないのだ。それくらいの訓練はちゃんとしてきたはずである。
では、なぜぼくがこのような行動に出たかというと、それは今日の翼ちゃんとの遭遇から
ある可能性が浮上してきたからだ。
49 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 15:04:01.67 ID:I+fdqcufo
それは、もう既にぼくに追っ手が差し向けられているかもしれないという可能性。今
までぼくは散々情報を操作し続けてはいたのだが、いかんせんそんなぼく個人でできる隠
蔽工作など、たかが知れている。おそらく、友の技術の一割でも、才能の一割でも所有し
ているやつならば、簡単に丸裸にできるだろう、その程度のものなのだ。
隠蔽工作にはやれるだけのことはやったはずなので、これ以上強化のしようはない。だ
から、今ぼくが行うべきことは、防御策、隠遁などではない。
むしろその逆、討って出ることだ。
先手必勝とは言うが、今回ぼくは勝つために行動しているわけではないので、まだ何者
かわかっていない翼ちゃんを相手に戦う気はぼくにはない。では、ぼくはなぜ彼の家族に
隠してでも、こんな時間に外を出歩いているのだろうか?
誰を相手にしようというのだろうか?
そう、それは、今この町に来ているという珍しいもの。
人間の上位存在である、吸血鬼。
影も残さないような、そんな人物。
実際のところ、そんなモノがいるわけがない。
では、なぜそのような噂が発生してしまったのだろうか?
いや、それよりも先に、なぜ金髪の女性がこんな町に意味もなくふらふらっと滞在して
いるのかという理由のほうを考えてみよう。
50 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 15:07:34.14 ID:I+fdqcufo
観光か? しかし、彼の両親には悪いが、この町には特にこれといった珍しいものは
何もない。
いや、「田舎には、なにもないがあるんじゃないかな」などという戯言を信じて観光に
来たという可能性もないではないが、そんな人間は漫画やアニメの中だけで十分である。
実際にいるわけがない。
現実にいるわけがない。
じゃあ、その女性がなにをしにここへ来たのか? その理由で次に考えられるのは――
「やっぱり、ぼくの『処理』をしに来たってところだよな……」
いや、ほかにも色々な理由があるだろう。
その金髪はただ染めただけで、もともとこの町の人間であるとか、その女性の夫の実家
がこのあたりで、子供を連れて遊びに来ただけであるとか。
いや、もっともっと些細な理由だったり、もしくは、それがここである理由などまった
くないのかもしれない。
しかし、ぼくはその女性を警戒しないわけにはいかないのだった。
・ ・
吸血鬼だなんて、荒唐無稽な噂が立ってしまっていて、しかもその上その噂がこのぼく
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
の元にまで届くような女性。
そんな怪しい人物、見逃すわけにはいかない。
51 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 15:08:33.80 ID:I+fdqcufo
そう思い、ぼくは探索を続けていたのだが…………
「……いないな……そんなやつ」
もう家を出発してから二時間は経過しているが、辺りがどんどん暗くなるだけで、一向
にそのような人物を見かけない。
というか、人っ子一人見かけない。
どうやらこの町の人の朝は早いようだ。路地裏でたむろっているような、いわゆる不良
さえもいない。
このようでは、この町に街灯は必要なさそうである。
52 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 15:12:17.54 ID:I+fdqcufo
「って街灯?」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
そうだ、ちょっと待て。なぜ真夜中に家を出たのに、それからどんどん暗くなっていく
・ ・
んだ?明らかに、闇に近づいているんだ?
ぼくは真っ暗な空を、真っ黒な空を見上げた。
果たして――街灯はあった。その全てが、消されている状態で。
「……停電か?」
なんとも大規模なものだ。今日は月が出ていないから、こうなってしまうと、本当に真
っ暗になってしまう。通行人がぼくだけで本当によかった。
……あれ? 待てよ? 月、隠れてたっけ?
そういえば、だんだん暗くなっていったような気もするし、これまでの間に分厚い雲に
覆われてしまったのだろう。そう、たまたま今、月が隠れているだけだ。
考えてみれば、そんなこと考える必要もないことだった。
53 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 15:13:48.05 ID:I+fdqcufo
「まあ、人間が人生で本当に考える必要があることなんて、一つか二つくらいしかないの
だろうけど」
そんな戯言を呟いているうちに、後ろからぼくを刺してくる光に気づいた。エンジン音が
聞こえないので車ではなさそうだし、どうやら街灯が点いているようだ。停電ではなかった
――いや、でも、そもそもこの光はもともと点いていたっけか?
点いて――いなかったんじゃないか?
なぜそんなことすら覚えていないんだこいつは。
さっき通ったばかりだろ?
ぼくはそこで光のほうへと――よせばいいのに――振り向いた。
その光は――ただの一本の街灯によるものだった。
54 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 15:15:23.04 ID:I+fdqcufo
一本の街灯。
たった一本だけ点いている滑稽ともいえる街灯。
しかし、ぼくはその街灯を見ても何一つ思うことはなかった。思う余地など、ぼくには
与えられてはいなかった。
この辺りで唯一点灯していた街灯の下。
その街灯に照らされて――『彼女』は、いた。
そこに、存在していた。
55 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 15:16:42.44 ID:I+fdqcufo
「――っ!」
「おい……そこの、うぬ」
この田舎町にはとても似合わない金髪。
整った顔立ち――冷たい眼。
シックなドレスを身にまとっている――そのドレスもまた、この田舎町には不似合いだ。
いや、しかし、不似合いの意味合いが、そのドレスの場合だけは違う。
そのドレス――元はさぞかし立派な、格調高い服だったのだろうけれど、今はもう、
まるで見る影もない。
チ ギ
引き千切れ。
破れに破れて。
ぼろぼろの布切れのような有様だ。
ゾウキン
雑巾のほうがまだしも立派じゃないのか、というような――逆に言えば、そんな状態に
ニジ
なりながらも、元の高級さが滲み出るほどのドレスだということなのかもしれない。
ワシ
「儂を……助けさせてやる」
56 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 15:18:37.00 ID:I+fdqcufo
視力二・〇。いくら暗かったからといって、彼女に気づかないはずがない。いや、こん
なスポットライトのように彼女を街灯は照らしている。そんな状況で――果たしてぼくは
彼女に気づかなかったというのか?
それは――いくらなんでもありえない。
ならば、ならばこう考えるべきなのではないだろうか?
・ ・ ・
彼女は、ぼくが通り過ぎたその後――直後に現れたのではないだろうか、と。
「……とんだ戯言だ」
「なにを言っておるんじゃ? うぬは。聞こえんのか……。儂を助けさせてやると、そう
言うておるのじゃ」
と、『彼女』は――ぼくを睨みつける。
57 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 15:19:40.22 ID:I+fdqcufo
その鋭くも冷たい視線にぼくは身のすくむような思いをするが――しかし、ここでそこ
まで怯えることはなかったのかもしれない。
『彼女』は疲労困憊の体を呈していた。
街灯に背を預け。
アスファルトの地面に座り込んでいた。
いや、へたり込んでいるとでもいうのがより正確だろう。
それに、たとえそうでなくとも『彼女』には、睨みつける以外の手出しをぼくにはできな
かった。
58 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 15:21:57.16 ID:I+fdqcufo
『彼女』には、出すための手がなかった。
右腕は肘の辺りから。
左腕は肩の付け根から。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
それぞれ――切り落とされていた。
「…………」
それだけでは――ない。
下半身もまた、同じような状態だった。
右脚は膝のあたりから。
左脚は太ももの付け根から。
・ ・ ・ ・ ・
それぞれ――切断されている。
どの切断面も悲惨な状態であった。いや、右脚だけは、鋭利な刃物で切断されたのか、
他の部位――右腕、左腕、左脚よりも切断面がはっきりしている。逆に言えば、その三つ
の傷口は引き千切られたかのように見え、えげつなく、また、痛々しかった。
59 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 15:25:29.25 ID:I+fdqcufo
「……ふうん」
腕時計を盗み見るように確認する。
時刻は丑三つ時。
一つしか点いてない街灯。
四肢を失っている美しい女性。
そしてぼく。
あまりに――できすぎている。
なんだ、この状況。悪い夢でも見てるんじゃなかろうか。
「えーっと……とりあえず……救急車でも呼びます?」
もう手遅れかもしれないけれど。
いや、まだ間に合うのか?
しゃべるほどには元気があるみたいだし――
と、そこまで考えたところで。
「きゅうきゅうしゃ……そんなものはいらんわ」
『彼女』は。
そんな四肢切断の状態にありながら、それでも意識を失わず、強い口調で――古臭い口
調で、ぼくにそう語りかけてきた。
60 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 15:27:42.62 ID:I+fdqcufo
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「じゃから……、うぬの血をよこせ」
「…………は?」
ぼくは意味がわからずに、そう聞き返してしまった。大人の女性に対して無礼にもほど
があるとは思うが、おそらく誰だってこのような状況であれば、こういう風な反応しかと
れまい。
自分の許容量を超えることを言われれば、このような反応しかできまい。
「血? 血って……ゆ、輸血するってことですか?」
「違うわっ! 間抜けっ!」
怒られた……ものすごい剣幕で怒られた。
じゃあ、他にどういう意味があるって言うんだろうか。
61 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 15:29:28.03 ID:I+fdqcufo
「我が名は、我が名はキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード……
鉄血にして熱血にして冷血の――吸血鬼じゃ」
「………………………この非常時に、あなた、なにを言ってるんですか?」
そう言いながらも、ぼくはあることを思い出していた。
そう、それは昼ごろ、翼ちゃんと交わした会話。
――女子の間では有名な話――夜―― 一人で出歩いちゃ駄目――金髪の、すごく
綺麗な女の人――背筋が凍るくらい、冷たい眼――街灯に照らされて、金髪は眩しい
くらいだったのに――影がなかった――
目の前の『彼女』を見る。
周囲の街灯が全て消えている中、唯一、点灯している街灯の下にいる『彼女』は、まる
で舞台の上で華やかなスポットライトを浴びているようだったが――そして、その街灯に
照らされた彼女の金髪は、本当に眼もくらむほどだったが――しかし。
本当に。
『彼女』には影がなかった。
62 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 15:30:17.88 ID:I+fdqcufo
「…………」
絶句。
「え……そんな……あれ、何かの冗談ですよね?」
嘘だ虚言だ戯言だ。
こんなことあるわけがない。
こんな現実あるわけがない。
こんな戯言あるわけがない!
「信じられないというのか? しかし、信じるしかないぞ。うぬだって本当はわかっている
はずじゃ。眼をそらすな。目の前の現象を見よ。目の前の現実を――見よ」
と、『彼女』は言った。
ぼろぼろの衣服で、四肢を失った状態で、それでも高飛車に構えて――言った。
63 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 15:31:17.68 ID:I+fdqcufo
よく見れば、開いた唇の内には――鋭い二本の牙が見える。
鋭い――牙が。
「……吸血鬼、ってのは」
ぼくは息を呑んで、現象を呑んで、『彼女』に訊いた。
「不死身なんじゃ――ないんですか?」
「血を失い過ぎた。もはや再生もできぬ、変形もできぬ。このままでは――死んでしまう」
「じゃから」と――彼女は続ける。
「うぬの血を、我が肉として呑み込んでやる。とるに足らん人間ごときが――我が血肉と
なれることを光栄に思え」
「…………」
64 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 15:33:09.48 ID:I+fdqcufo
…………。
まるでわけがわからない。
一体、なにが起きているんだ?
どうして、ぼくの前にいきなり吸血鬼が現れて――いきなり死にかけているんだ?
ここにいてはいけないはずのぼくの前に、存在してはいけないはずの吸血鬼がいる。
死ぬべきであるぼくが生きていて、不死身であるはずの吸血鬼が死にかけている。
「お……おい」
ヒソ
と。動揺のまま、口も利けずにいるぼくに、『彼女』は眉を顰めたようだった。
いや、それは苦痛で顰めたのかもしれない。
何せ『彼女』は手足を全て喪失しているのだ。
「ど……どうしたのじゃ。儂を助けられるのじゃぞ。こんな栄誉が、他にあると思うのか。
何をする必要もない――儂に首を差し出せば、後は全部、儂がやる」
「……血……血って、そんな……ど――どれくらい、いるんですか?」
シノ
「……とりあえず、うぬ一人分もらえれば、急場は凌げる」
「そうですか、ぼく一人分ですか。なるほどそれはよかった――ってそれじゃぼく死んじゃ
うじゃないですかっ!」
動転のあまり戯言遣い、生まれて初めてのノリ突っ込みだった。
そしてこれを生涯最後にする気はない。
65 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 15:34:37.34 ID:I+fdqcufo
「なに言ってんですか。いやですよ、そんなの」
「いや……なのか?」
カシ
彼女は、わからないといった風に首を傾げた。
本当に、わからないといった風に。
ボケてるんじゃなく――大マジに。
そういう意味では場違いなツッコミだった。
・ ・
これはぼくに助けを求めているのではなかった。
ぼくを捕食して、自力で生きようとしているだけなのだ。
人よりも上位の存在。
取るに足りない――人間ごとき。
66 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 15:35:26.89 ID:I+fdqcufo
「おいおい、ふざけておる場合じゃないぞ。早く血を寄越せ。なにをとろとろしておるの
じゃ、こののろまが」
「…………」
……ぼくのほうがおかしいのか?
・ ・
ぼくがこれに血をやることこそが当然なのか?
でも、そんな、そんなの……
「ふざけているわけじゃありませんよ……なんでそんな、あなたに血をあげなければなら
ないんですか」
67 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 15:38:36.86 ID:I+fdqcufo
たしかにぼくは死にたがりの戯言遣いで。
生きていたってどうしようもない欠陥製品だけれど。
でも、だからと言ってむざむざ殺されたくはない。
こんなやつに、殺されたくはない。
「そんな、う……嘘じゃろう?」
その途端。
彼女の眼が――とても、弱々しいものとなった。
先ほどまでの冷たさが、それこそ嘘のように。
「助けて……くれんのか?」
「…………」
68 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 15:41:05.01 ID:I+fdqcufo
ドレスはぼろぼろ。
腕も脚も無残に引き千切られ。
ぼく以外には猫一匹といないであろう、草木も眠る丑三つ時の田舎町。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
ぼくが見殺せば――もう助かる見込みはない。
69 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 15:42:20.56 ID:I+fdqcufo
「い……嫌だよお」
それまでの古風な言葉遣いも崩れ――彼女は髪の色と同じ、金色の瞳から――
ぼろぼろと、大粒の涙を零し始めた。
子供のように。
泣きじゃくり始めたのだ。
「嫌だ、嫌だ、嫌だよお……、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくな
いよお! 助けて、助けて、助けて! お願い、お願いします、助けてくれたら、助けて
くれたら何でも言うことききますからあ!」
痛いほどに――彼女は叫ぶ。
臆面もなく。
最早、僕のことなど目に入らないように。我を失って――泣き叫ぶ。
泣き喚く。
70 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 15:43:15.01 ID:I+fdqcufo
「死ぬのやだ、死ぬのやだ、消えたくない、なくなりたくない! やだよお! 誰か、誰か、
誰か、誰かあ――」
吸血鬼を助ける奴なんて。
いるわけがない。
というか、ぼくが助ける奴なんて、いない。
友達でさえ壊したり、殺してしまう、こんなぼくに助けられる奴なんていない。
そもそも誰かを助けたいとも思わない。
ぼくは、救えない奴なのだ。
いくらぼくが死にたがりだからといって、こんなところでこんなのに殺されるなどまっ
ぴらごめんだ。
71 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2016/05/14(土) 15:43:51.58 ID:I+fdqcufo
「うわああああん」
流す涙が――血の赤に変わり始めた。
真っ赤な、真っ赤な、
赤い――鮮血。
血の涙。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんな
さい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
ついに、彼女の言葉は懇願のそれから謝罪のそれへと変わってしまった。
一体、何に謝っているのだろう。
一体、誰に謝っているのだろう。
それは、おそらく――この世界に。
生まれて、すみません。
72 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 15:45:58.73 ID:I+fdqcufo
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんな
さい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
彼女は泣き叫ぶ。泣き叫び続ける。されど人は来ない。目の前にいるぼくは彼女を
助けない。彼女は助からない。それにたとえ誰かが来ても、その人は彼女を助けない。
そういう運命だったとでも言うべきなのだろうか?
彼女が死ぬことは必然だとでも言うのだろうか?
彼女は死ななければならなかったのだろうか?
ぼくには、わからない。
ぼくは彼女に背を向けて、彼女を見捨てることにした。
見殺すことにした。
ぼくがこれ以上いたところでどうにもならないし、どうしようもない。
まったく、時間を無駄にしてしまった。
そうだ、これからどうなったって、誰が来たって、彼女は死ぬしか――。
73 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 15:48:06.74 ID:I+fdqcufo
「……いや、一つだけ道はあるかな」
一つだけというか、一人だけ。
彼女を助けるような男が――助けそうな、助けてしまいそうな男が、一人だけ。
自分の命を顧みないバカに、一人だけ心当たりがあった。
74 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 15:53:55.27 ID:I+fdqcufo
「……………………」
もし、もしもだ。
もしもの戯言。
・ ・
もし、ぼくがここにいるのではなく、彼がここにいたとしたら、彼はどうしただろうか?
・
いや、これはもしもと言うよりは、本来ならば、だ。あんな大事件が起こらないで、彼
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
がこの故郷に帰っていたとしたら――
……あいつも、ぼくほどではないが、よく事件に巻き込まれたり、事件を巻き起こした
りしたものだ。
おそらく、きっと、ぼくのように、彼もこの吸血鬼に出会っただろう。
そのとき、そいつは――この吸血鬼を前にして、一体どうするだろう。
きっと、あいつは――たらたら文句を言って――仕方なさそうに――嫌々――うんざり
しながら――心底鬱陶しそうに――どうしようもなさそうに。
この吸血鬼を、助けてしまうのだろう。
75 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 15:59:03.82 ID:I+fdqcufo
だとしたら、ここで彼女を見捨てる行為は、見殺す行為は、彼女をぼくが直接殺すこと
と等しい。
ぼくの代わりに彼が死んだ所為で、彼女まで死んでしまうのだから。
「………………………」
めちゃくちゃな理屈だ。
前提からして間違えてる。
ありえない方程式。
けれど、それに気づいてしまった以上、たとえ戯言と分かっていても。考えないわけに
はいかない。
「……………………」
人が死ぬところは何度も見てきた。
だから、彼女が死んだところで、気にするようなぼくではない。
けれど、人の命を直接に奪うのは、ぼくが直接の原因になってしまうのは、
そんな、そんなのは……嫌だ。
76 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:05:22.33 ID:I+fdqcufo
「……………………ふう」
……なにをやっているのだろう、ぼくは。
なにを、迷っていたのだろう。
そもそもこんなこと考えるまでもない。死ねるチャンスじゃないか。戯言もいいところだ。
上位存在――嫌なやつなどではなかった――むしろ、その溢れる高貴は、そう、美しい
じゃないか。
こんな存在を助けられるというのは、命を与えられるというのは、意味のある死ともいえる。
普段生き死にに意味など見出す必要もないと思っているぼくだけれど、でも、あいつには、
これからもみっともなく生きるよりは、生き恥をさらし続けるよりは、
この死に方は、きっと、あいつに胸を張って言える。
77 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:07:38.79 ID:I+fdqcufo
「はあ」とぼくは溜息を吐いた。自然にそれは出てきた。こんなやつ助けたところでどうにも
ならないが、助けなかったところで何も変わらない。ぼくの命が――失われるだけだ――
終わるだけだ――どう転んだところで、何も変わらないのは彼女の運命などではなく、ぼくの
命運だったか。
どこにいようとも、死ぬ運命。
まったく、なんて、なんて戯言。
78 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:09:31.73 ID:I+fdqcufo
ぼくは、振り返って彼女に近づき、謝罪を続ける彼女の前に座り込み、首を差し出した。
「えっ?」
「……」
「どういうこと?」
……なんだこいつ……鈍いというかなんというか……死にそうだってのに……まったく。
「ほら、吸ってください」
「えっ? えぇ!」
「何驚いてんですか。ぼくらはあなたの食糧なんでしょう? 喰われて当然、吸血鬼様には
命を献上しなきゃならないんでしょう?」
「で、でも……」
ああ、ったく。なんだよこいつ。
79 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:10:15.53 ID:I+fdqcufo
「……はやく食べないと、ぼく、逃げますよ?」
「あっ、食べる! 食べます! 食べさせていただきます!」
「……本当に吸血鬼かよ」
「えっ、あっ、えとっ……ごめんなさい」
「……はやくしないと死んじゃうんじゃなかったんですか? ほら、はやく」
「は……はい…………あの……………………その………………………………ありがとう」
彼女は、ぼくの首に牙を突き立てた。
80 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:11:27.64 ID:I+fdqcufo
目を瞑ってはいなかったはずなのに、ぼくの視界は一瞬で真っ暗闇になる。
そして、闇の中から出てきたのは、今まで会った人達。
父、母、姉、祖父、祖母、そして――妹。
飛行機同士の衝突事故。ありえない事故。
玖渚との出会い、直さんに霞丘さん。
アメリカで会ったクラスメイト達、心視先生、面影真心。
そして――あいつ、阿良々木暦。
あいつが爆ぜる。
日本に戻ってきた。
あいつのご両親、二人の妹、火憐ちゃんと月火ちゃん。
校門の前で会った生徒、羽川翼。
そして、吸血鬼の彼女。確か、キスショット・アセロラオリオン・サータアンダギーだ
っけ?
ああ、まったく、こんなにも多くの人を思い出してしまった。
うっかり死ぬのが嫌になるところだった。
でも、ぎりぎりでとどまった。
いや、嫌になったところで、もうどうしようもないのか。それでもやっぱり、それほど
いやじゃないけど。
戯言まみれのこの人生も、ようやくこれで終わりだ。
これで、これでようやくぼく、は、し、ねる、ん――だ。
81 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:14:32.74 ID:I+fdqcufo
004
人間以外の動植物が、考えて行動しているか、理性を持っているかどうかについての議
論は、生物学者に任せることにして。
今回はその逆。人間が本当に考えて行動しているか、理性を持っているかどうかについ
て考えてみよう。
人間は考えながら生きていると言えるかどうか、これはおそらくイエスだ。
人が考えなしに生きていけるわけがない。
じゃあまったく考えないで、もしくは、逆に常に考えながら生きている人間がいるだろうか?
答えはもちろんノーだ。両方とも機械にしかおそらくできないだろう。
お次は理性について考えてみよう。
これも先程の回答と同じだ。人は本能のままに行動することもあれば、自分に枷をする
ことだってある。
この二つから、ぼくが何を言いたいかというと、人間と他の動物との間に明確な差異が
あるとすれば、それは、自らバランスをとろうと試みているかどうかだと思う。
いや、ぼくは生物学にそこまで精通してるわけじゃないので、もしかしたら動物の中に
も必死にバランスをとっているものもいるかもしれないが、そこは問題ではない。
ここで問題なのは、人間が意識的にせよ、無意識的にせよ、バランスをとろうとしてい
ることだ。
バランスをとろうとして、失敗していることだ。
人間以外の動物は、どんなことであれ、失敗はイーコールで死につながるが、人間は
失敗したところで死なない。ほとんどの場合終わらない。
今生きている動物のほとんどが失敗をしていない中で、人間だけが、全種が全種、全
員が全員失敗をしている。
生き恥を晒し続けているのは人間だけなのだ。
この主張に対して、「どんなに失敗しても生き続けることができる人間は、やはり他の
動物よりも優れている」と、人間主義者は述べるかもしれないが、ぼくはこうも思う。
恥じながら生きるくらいなら、死んだほうがマシなのではないか。
致命傷を負った時点で、死ぬべきではないのか、と。
82 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:18:14.60 ID:I+fdqcufo
「んっ――ぅんー……」
ぼくが目を覚ますと、そこは見知らぬ天井だった。
いや、天井が見えた、だ。暗い室内なのになぜか日中と同じように、いや、むしろそれ
以上によく見える。
…………夢、だったのかな?
いや、これは、この天井は、彼の部屋の天井ではない。
見知らぬ天井なのだから彼の部屋ではないことは、わかっていたのだが、いや、待て、
落ち着けぼく。
落ち着いて、考えよう。
寝ぼけた頭を起動させる。誤作動がないよう、ゆっくり時間を掛けて。
現状の整理。どうやら知らない場所で仰向けに、漢字の『大』のような形に寝ていたら
しい。以上。
83 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:19:15.53 ID:I+fdqcufo
「――なにひとつわかってねえ」
………………ここはどこだろうか?
彼の部屋ではない、また、阿良々木家の他の部屋というのもないだろう。
ぼくの眼前に広がるのは、ところどころ罅の入った、蔦が這っている、今にも壊れてし
まいそうな、天井だった。
いや、天井といっていいのかどうかも怪しい。雨が降れば雨漏りは必須だろうし、台風
なんかが過ぎた日には、倒壊は必然だろう。
どうやら、建設されてから相当の年数が経っているらしいことはわかった。
しかし、なぜ、こんな場所にぼくが……。
「……うだうだ考えてても仕方ないよな」
とりあえず、まずは起きないと……。
84 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2016/05/14(土) 16:20:25.12 ID:I+fdqcufo
「起きm」
途端、強烈な痛みと、なんともいえぬ鉄の味を感じた。
……痛い……噛んでしまった。口の中を切ってしまったようだ。結構派手に切ってしま
ったみたいで、血の味がする。いや、まてよ、『おきます』切るほど噛むような音か? い
や、そもそも切ってなかったのか。どこからも血は出ていない。おかしいなあ。血の味は
するのに。痛みもさっきまではあったはずなのだけれど……。口の中を舌で確認してみる。
あれ、ぼくの犬歯ってこんなに長かったっけ? これじゃ歯というよりは牙だ。噛むのも納
得だ。いや、噛んでなかったんだっけ? しかし、血の味はする。痛みもあった。二つとも
幻覚だったのだろうか? どちらにしろ、牙は問題だな。この長さでは、しゃべるたびに血
を流してしまう。まあ、今までだってしゃべるたびに血は流れていたんだけど。口は災い
の素。しかし、牙、か。牙といえばやっぱり、犬とか蛇とか、虎とか――
「――吸血鬼」
85 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:21:57.72 ID:I+fdqcufo
…………。
……馬鹿馬鹿しい。まったく、こんなの――冗談もいいとこだ。
そもそもぼくは、ただ起きようとしたんじゃなかったのではないだろうか? 当初の目
的を忘れてしまった。いつもどおりに。
とにかく、ぼくは左手をついて身体を起こそうとするが――
「って、あれ?」
どうも右腕が動かない。いや、動かすことはできるのだが、動かそうとするたびに何と
も言えない感覚が生じる。今まで気付かなかったが、どうやら、右腕が痺れていたようだ。
しかし、気付かないほどに身体が痺れるって起きることなんだな……。
ん? 待てよ? なんで腕が痺れるんだ? 仰向けに、大の字に寝ていたはずなのに……。
ぼくは首だけで右を向く。
そこには――幼い金髪の少女がいた。
目も眩むような、美しい金髪の女の子だ。
とても気持ち良さそうに、すうすうと息をしながら寝ている。
かわいいなあ――じゃなくて。
86 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:23:23.31 ID:I+fdqcufo
まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい
まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいま
ずい!!!
ぼくの中で最大クラスに大音量で警報が鳴っている!
落ち着け! 落ち着いて考えるんだ!
素数はたしか、1、3、5、6、8、2、13、25、16……だめだ! とても張り合わない。れ、
冷静に、冷静に、冷蔵庫、いや、冷凍庫になるんだぼく! と、とりあえずは、現状の整理だ。
二度目の現状整理。5W1H。
ぼくと見知らぬ幼女が、知らない場所(おそらくは廃墟)で、(やはりおそらくは)深夜に、
なぜか、二人で寝ていた。
どのようにしてかはわからない。
考えられる客観的な可能性としては、
未成年略取。
未成年の誘拐!
拉致、監禁!
何より女の子というのが致命的!
まったく、なんて冗談だ。畜生!
87 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:24:48.65 ID:I+fdqcufo
「………………………」
ぼくの脳はK点を越えてしまったようで、もうそこから先は一切何も考えることができな
かった。ぼくはいつしか、考えるのをやめた。いや、いつも何も考えていないような気が
するけれど。
考えられなければどうすべきか。
行動に移すべきである。
「うん、ひとまず逃げよう」
ぼくは、少女のことなど考えもせず、腕を無理やりに、彼女の頭の下から引き抜き、一
目散にその部屋から出て行く。
こういうことにはかかわらないのが一番。このときのぼくではこれ以外の行動は考えら
れなかった。
88 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:28:20.24 ID:I+fdqcufo
…………いやいや、他にももっと違う道があっただろうに。
ロリコン
ぼくがそのような「少女性愛者」でないことは、ぼくにはわかっていたはずなのに、ぼ
くにこの状況がわからないのであれば、少女の方は知っているのかもしれないのに。
あの少女が――先の吸血鬼にとても似ていることに気がついていれば、このようなこ
とにはならなかったのに。
ぼくは廊下を駆け、階段を駆け下りる。いや、転がり落ちるといったほうがより正確か
もしれない。ぼくは全身を打ちつけながら階段を転がる。ぼくと少女が寝ていたのは二
階だったらしく、踊り場からすぐに出口が見えた。一階は二階よりも少し明るい。さっき
まで、とんでもない暗闇の中にいたので、少し眩しくも感じた。どうやら深夜という予測
は間違っていたらしく、外では太陽が照っているみたいだ。眩しく、とは言ったものの、
北側に面しているのか、室内はただ、二階よりは明るいというだけで、普通の人ならば
目が慣れるまで時間がかかりそうな程度には暗い場所であった。
89 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:30:16.41 ID:I+fdqcufo
そう、そろそろ気づいてもよさそうなものなのに、自身が既に、普通の人間の状態では
ないことに、気づくべきなのに。
・ ・ ・ ・ ・ ・
全力で建物の外へと出た。太陽の下へと飛び出した。その瞬間に――ぼくの全身が
・ ・ ・ ・ ・ ・
燃え上がった。
「はっ、はあああっ!?」
何が、何が起きている!?
走っている最中のこと、対応しきれなかったぼくは、無様にも肩から転がった。ついで
に火も消えてくれないだろうかと思ったが、そんな生易しいものではなかったらしく、ぼ
くを包む業火は止む気配がない。
90 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:31:28.05 ID:I+fdqcufo
髪が燃え、皮膚がただれ、肉が焦がされ、骨が焼かれる。全身が炎に犯され、神経
がこれでもかというほど、脳に信号を送ってくる。
燃えている。燃えている。燃えている。燃えている。燃えている。燃えている。赤々と
燃えている。メラメラと燃えている。全てが燃えている。全てが燃えていく。燃え盛り、
燃え尽きていく。
死ぬのか――ぼくは、また、死ぬのか……。
また? 死ぬのは初めてだろ? 何で、ナンデ?
91 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:33:34.74 ID:I+fdqcufo
「たわけっ!」
と、建物の方から幼い声がした。
首の筋肉はまだ焼き切れていないらしく、ぼくは首を建物へと向けることに成功する。
燃え上がり、水分の蒸発しきった眼でみると、そこにいたのは――先ほどぼくの腕の中
で寝ていた、かわいらしい金髪の女の子だった。
「さっさとこっちに戻ってくるんじゃ!」
と、彼女は少女にあるまじき権高な目つきで、ぼくを怒鳴った。
どうやら、全身の痛覚神経は焼き切れてしまったようで、そのころには幸い、痛みをほ
ぼ感じてはいなかった。ぼくは、肉の落ちた所為で二本の杖のようになってしまった両膝
を必死に動かし、両手首をついて、建物のほうへと戻った。
92 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:34:50.12 ID:I+fdqcufo
建物の中、陽の当たらない影の中に入ると、まるで全てが嘘だったかのように、『なかっ
たこと』になったかのように、ぼくの体を包む業火は消え去った。服も全て元通り――いや、
上着の至る所に、泥が付着していたし、足が焼けただれた影響で脱げた靴は、今も建物の
外に放置されたままであるが――とにかく、元通り。燃えていたのはぼくの肉体のみで、
服には火が回らなかったということだろう。
人体の自然発火現象も相当の驚きだが、その炎が服にまで回らなかったこと、また、そ
の炎が一瞬で消え、ぼくの肉体に後遺症等を残さず一瞬で回復してしまったことの前では、
自然発火現象のことなどなんてことはない。レーザーやらプラズマやらの解釈はあるし、
それに関する論文や、実験はむこうで見ている。
しかし、それ以外は説明がつけられない。そこらで買った服が耐火服であるわけがない
し、瞬時の消火、回復は、きっと誰にも説明がつけられないと思う。
超常現象。
吸血鬼。
まさか……いや……そんな……。
93 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:38:21.77 ID:I+fdqcufo
「全く。いきなり太陽の下に出る馬鹿がどこにおるのじゃ――ちょっと眼を離しておる隙に、
勝手な真似をしおって。自殺志願か、うぬは。並の吸血鬼なら一瞬で蒸発しておったぞ。
日のある内は二度と外に出るでない。なまじ不死力があるだけに、焼かれ、回復し、焼か
れ、回復し――の、永遠の繰り返しじゃ。回復力が尽きるのが先か太陽が沈むのが先か
――いずれにせよ、生き地獄を味わうことになる。まあ、不死の吸血鬼を生きておるのだ
と定義すればじゃがのう――――――――――――――――――――――――――――
って、うぬ、おい、聞いているのか?」
「…………」
「聞こえておるんじゃろ? なあ、おい」
「…………」
「まさか、うぬ! しゃべれんのか!? そんな、まさか失敗して……」
「…………」
「ああ……そんな、そんなっ!」
「…………」
「…………うっ」
と、そこで、少女はこちらにも伝わってきそうなくらい寂しそうに、目に涙を溜めた。
「泣いちゃ駄目だ。泣いちゃ駄目だ」という、心の声まで聞こえてきそうなほどに、必死に
歯を食いしばり、小さな手をぎゅっと握り締めて、それでもやっぱりこらえきれないのか、
少し顔を俯ける。
ああ、もう、可愛いなあ。
94 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:39:38.48 ID:I+fdqcufo
「心配しなくても聞こえてるよ。大丈夫。大丈夫」
と、ぼくは彼女の頭を撫でた。
「…………それならすぐに返事してよ」
言って、彼女はぼくの腰に抱きついた。
「いろいろ理解が追いつかなかったんだよ、ごめんね」と言って、ぼくも彼女を抱きし
める。
小さい、ふわふわとした体躯。さらさらと美しい金髪。今は見えないが、威圧感のある、
少女に似つかわしくない、鋭く、冷たい目。そんな少女によく似合う、これまた、かわい
らしいドレス。そして、しゃべるたびに覗く白い牙。
これら全てに、見覚えがある。
95 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:40:40.27 ID:I+fdqcufo
「すると、きみは――その、昨日の吸血鬼ってことでいいのかな?」
と、尋ねると、彼女はそれで我を取り戻したのか。慌てて、ぼくを軽く突き飛ばし、少し
距離をとると、思い切り高飛車な態度で、胸を張り、
「う、うううう、うむ。い、いかにも、わしゅ、儂は、キスショット・アセロラオリオン・ハート
アンダーブレードじゃ」
と、名乗りを上げた。
…………かわいい。ものすごくかわいい。
これ以上にかわいい生物はいないと断言できるくらいにかわいい。
ぼくに弱いところを見せたくないのだろうか、彼女はぼくに尊大な態度をとって見せた
が、見せようとしたが、その試みは明らかに失敗だった。
台詞噛んでるし。
顔真っ赤だし。
96 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:42:29.88 ID:I+fdqcufo
「け、眷属を造るのは四百年ぶり二回目じゃったが、まあその回復力を見る限りにおいて、
うまくいったようじゃな。暴走する様子もなさそうじゃ。なかなか眼を覚まさんから心配したぞ」
「心配してくれたんだ。ありがとう」
「………………」
カアァっと音が聞こえるんじゃないかってくらいに、少女は顔を更に真っ赤にさせる。
「ところで、眷属って何?」
「その、なんというか、しもべ、従者みたいな感じじゃ」
「ま、まあ、かぞ――という意味もあるかの……」と、少女はごにょごにょと答えた。
従者、か。それはつまり――
「つまり、ぼくも吸血鬼になったってことか」
それほど詳しいわけではないが、というか、あまり知らないのだが、確か、吸血鬼の血
を浴びると、ゾンビになるんだったっけ?
それの応用で、吸血鬼を作りだしたってことか?
97 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:44:33.94 ID:I+fdqcufo
「そう。うぬは眷属、吸血鬼となったのじゃ。さて、従僕よ」
彼女は笑った。
今までの子どもじみた言動が嘘だったかのように。
顔はまだちょっと赤かったけれども、それでもやっぱり別人のように。
凄惨に、笑った。
「ようこそ、夜の世界へ」
…………結局、ぼくは、人生を終えることは叶わなかったというわけだ。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
いや、人間をやめた、やめさせられたのだから、「人」生は終わったのかも知れないが。
98 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:45:24.55 ID:I+fdqcufo
「……ちょっと、質問いいかな?」
「うん? なんじゃ。何でも言うてみい」
「えっと、その……ここは、どこだろう?」
さして気にしていることではないのだけれど、まずは、牽制。軽いジャブのような形で、
質問をしてみた。
「何でも」と言っているのだ。
二つ目、三つ目の質問は可能だろう。
まずは当たり障りのないところからだ。
「確か、『塾』とか言うものらしいぞ――数年前に潰れたようじゃが。今はただの廃墟じゃ。
身を潜めるのには便利じゃな」
「身を潜める……?」
99 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:46:42.37 ID:I+fdqcufo
……えっと……なんで?
今がまだ、太陽が出ている時間帯だから、ということだろうか?
「ふむ。まあ、確かに今、儂が行動を起こせないのは、太陽が出ているから、というのも
あるのじゃが、しかしそれ以上に大きな理由として、やつらから、身を隠さなくてはなら
ない、というのがあるのじゃ」
「『やつら』?」
「ああ。この儂から四肢を奪い取っていった、忌々しきヴァンパイアハンターどもじゃ」
「そうだ、それについても聞きたかったんだ。あの時、ぼくがきみと会った時、きみ、
その、五体満足じゃなかったじゃないか」
それが今は腕があり、脚があり――
「胸がない」
「今なんか失礼なことをつぶやいたじゃろ!? おい!!」
「かわいくなったね。って言っただけなんだけどな」
「むう……絶対嘘じゃろ、それ」
しかしキスショットは「まあよいわ」と、それ以上追及することはしてこなかった。
上位存在。意外とチョロいなあ。
100 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:47:55.80 ID:I+fdqcufo
「儂がこのような姿でいるのは、端的に言って力が足りていないからなのじゃ。力が、
血が不足しておる」
「あれ? でも、あの時はぼくの血があれば助かるって」
いや、違う。たしかあの時、キスショットは、「急場は凌げる」と、そう言っていたの
だっけか?
「そうじゃ。これは文字通りにその場しのぎ。ただ死なぬための策。形だけは取り繕って
おるが、この腕も、脚も、中身はまるでスカスカじゃ。吸血鬼としての力は発揮できぬ。
不死身性は大分失われておるし、不便極まりないわ。まあ、当面はこれで大丈夫じゃし、
そこまで気にすることはないよ」
101 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/05/14(土) 16:48:43.06 ID:I+fdqcufo
死なぬだけマシじゃ。と、キスショットは自身に言い聞かせるようように言った。
そう、結果的に、彼女は死ななかった。
一安心。
ぼくなんかの血では人一人分にすらならなかったのではないか、と、少し心配でもあった
のだ。ひとまず助かったというのなら、ぼくが死んだ甲斐もあったというもの。
そう思うことに、しておこう。
さて、次の質問は……。
もう少し、様子を見るか。
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