モバP「世界中にヒーローと侵略者が現れた世界で」part13

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409 : ◆cKpnvJgP32 [sage saga]:2017/07/25(火) 20:51:33.20 ID:NsMtQntxo
ピィ「よし、藍子。帰ろうか」
藍子「はいっ、こっちももう少しで終わります」
ピィ「おうっ」

――藍子は藍子でちゃんと仕事がある。
――今日みたいに、俺の仕事が先に終わることは珍しい。
――なので、こうやって”待つ”という経験は稀だ。

――凄いソワソワするんだな、と思う。
――藍子もいつもこんな気持ちなんだろうか。
――……もっと仕事を早く終わらせられるようになろう。

――ちなみに、藍子がどういう仕事をしているのかという描写は(以下略)。
410 : ◆cKpnvJgP32 [sage saga]:2017/07/25(火) 20:52:03.45 ID:NsMtQntxo
ピィ「それじゃ」
藍子「お先に失礼します」
――藍子を待って、二人で退勤する。
――残った面子を労いながら『プロダクション』を後にした。

――……の、前に。

ピィ「悪い、先に入り口のところで待っててくれ」
藍子「? わかりました」
――少しだけ、やることが残っている。

ピィ「ちひろさん」
ちひろ「はい」
――ちひろさんのところへ向かい、彼女に声を掛ける。
――それを合図に、ちひろさんは返事をしながらドリンクを差し出し、
――俺は黙ってお金を払った。

――言葉はいらなかった。
――大人の友情が、そこにはあった。
411 : ◆cKpnvJgP32 [sage saga]:2017/07/25(火) 20:52:30.33 ID:NsMtQntxo
――藍子と一緒の帰り道を、ゆっくりと歩く。

――今日は早く上がれてよかったね、と他愛もない雑談をしながら。
――夕飯の献立はどうしようか、と今晩の買い物をして。
――いつもとは違う道で帰ってみよう、と少し遠回りしてみたり。

――急がず、焦らず、のんびりと。
――藍子と共に過ごす、なんでもないような時間を、大切にしたい。
――穏やかで、静かで、小さな幸せ。
――こうやって、少しづつ、少しづつ、集めていこうと思う。
412 : ◆cKpnvJgP32 [sage saga]:2017/07/25(火) 20:53:00.47 ID:NsMtQntxo
――帰宅後。

――俺達は……。
―― 一緒に夕飯を作り。
―― 一緒に軽めの晩酌をしたり。
―― 一緒にテレビを見ながら、談笑し。
―― 一緒にお風呂に入り。 (※!!)
―― 一緒に髪を乾かして。
―― 一緒に歯を磨き。
―― 一緒にベッドに入り。
―― 一緒に……。
413 : ◆cKpnvJgP32 [sage saga]:2017/07/25(火) 20:53:27.79 ID:NsMtQntxo
ピィ「藍子……」
藍子「あっ……」

――布団の中で、藍子を抱きしめる。
――柔らかい感触と、藍子の体温が伝わってくる。
――優しく香るシャンプーの匂い。
――小さく漏れる艶っぽい吐息。
――うっすらと上気した桜色の頬。
――ほのかに潤んだ瞳。

――藍子の全てが愛おしかった。

――俺のものだ。
――俺だけのものだ、と。
――そう思うと、俺は間違いなく世界一の幸せ者だった。

藍子「はい……」
――藍子はその一言で、俺を受け入れた。
――枕元にはちひろさんから買ったドリンクが用意してある。

――今夜も長くなりそうだ。
414 : ◆cKpnvJgP32 [sage saga]:2017/07/25(火) 20:54:33.17 ID:NsMtQntxo
以上です
時系列が前後しますが、新婚くらいの時期をイメージしてます

R-18ではないけど、ちょっとピンクな感じを盛り込みました
子供がいる未来があるんだからやることやってんだよおらぁ! という気持ちで
415 : ◆cKpnvJgP32 [sage saga]:2017/07/25(火) 21:10:54.17 ID:NsMtQntxo
重要なことを忘れてました


誕生日おめでとう、藍子!
416 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/26(水) 12:46:01.77 ID:qsa734Cdo
おつやで!!
417 : ◆zvY2y1UzWw [sage saga]:2017/07/26(水) 14:52:17.35 ID:GvFBfSYK0
おつでしてー
毎年愛が溢れてて微笑ましいですぜ…こういう幸せ家族になっていく過程をシェアワで見ると平和って大事だなぁと改めて思わされるのであった
プロダクションは何年もこういう感じが続くんだなぁという安心感もありますしな
418 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/28(月) 20:57:25.47 ID:UkWcVykl0
ほしゅん
419 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2017/09/18(月) 21:48:23.21 ID:fE4l7gbO0
おつかれさまですっ
凄い藍子ちゃん愛が伝わってきますなぁー
(藍子ちゃん絡みで、ちょっと大変なことを考えてたりしていたなんて言えない・・・)

さて、私のほうも投稿しますー
今回は憤怒の街の話ではなく、以前にやったわらしべイベントの続きになります
・・・・・・が、わらしべは終了しましたorz
どうも展開的にそんな感じにするよりも、ガンガンやろうぜな感じがいいかなって思ったのでw

時系列的には学園祭3日目になり、憤怒の街から出た後の話になります

前回のあらすじ(うろ覚え)
・手紙を届けたら梨をもらったよ!
・誰かと会ったよ!
420 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2017/09/18(月) 21:50:22.85 ID:fE4l7gbO0
私は公園で梨のかごを腕に抱えながら、ベンチで悩んでいましたっ。

………どうしましょう、これっ。

おじいさんからもらった梨はとてもおいしそうに見えます。

でも、私は梨の上手な剥き方なんてわかりません。

剥くための果物ナイフなら『アイテムボックス』の中にありますけど………。

はぁとさんと連絡は取れますけど、会うとなるとちょっと難しそうです。

いっそ下手でも剥いてしまおうかとも思いましたけど、中身の部分を多めに削ってしまわないかが不安ですっ。

と、そんなことを考えていると………

「あれっ?」

なんか変な視線を感じます。

「じーっ」

いつの間にか、目の前には女子高生ぐらいの女の人が立っていました。

「………あのっ、どうかしましたかっ?」

「じーっ」

女の人は相変わらず私を見続けて………いえっ、違いましたっ。

女の人は私が抱えている梨を見続けています。

「………?」

私がそのことに気付いたとたん、その女の人も気付いたようで………

「はっ!? ……あっ、違うの! 別にほしいってわけじゃなくて―――」

ぐぅ〜

どこからかお腹がすいたような音が聞こえてきました。

「………」

あ、目の前の女の人の顔が心なしか赤くなっています。

多分、この人のお腹の虫が鳴いたのでしょう。

「………あのっ、よければいかかでしょうかっ?」

「………いただきます!」
421 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2017/09/18(月) 21:51:29.98 ID:fE4l7gbO0
そんなわけで、私は道で出会った女の方と梨を食べてますっ

ちなみに私は剥き方わかりませんので、剥いてもらってますっ

あ、でもナイフとか皿とか爪楊枝は私が用意しましたよっ?

「こんな感じかな?」

「ありがとうございますっ!早速頂きましょうっ!!」

「うん! いただきます!」

私は爪楊枝で剥いた梨をぷすりと刺して、一口・・・・・・

「っ!おいしいっ!!」

食感はシャクシャクしてて、水々しくて甘い味が口の中いっぱいに広がっていますっ!

さっきのおじさんの梨は本当においしいですっ!

そして剥き方がうまいからか、実の部分をほとんど失っていません。

これは剥いてくれた、目の前の女の方に感謝しないとですねっ!

「剥いてくれてありがとうございますっ!」

「ううん、梨を持ってきてくれたのはそっちだから、むしろ私が感謝したいぐらいだよ!」

「じゃあ、この梨を作ってくれたおじさんに感謝しないとですねっ!」

「そうだね!」

そうして食べ終わった私達は、作ってくれたおじさんを思って、「ごちそうさまでした!」と言いましたっ!

「それにしても、剥き方上手でしたねっ」

「家でお菓子作りをする事もあるから、果物を剥いたりとかもよくやるよ」

「そうなんですかっ? 凄いですっ!」

「えへへっ。 今度会う機会があったら、一緒に食べたいなぁ。」

「私も食べたいですっ!」

「その時を楽しみにしてね。・・・ええっと?」

あっ、まだ名乗っていませんでしたっ
なので、はぁとさんから頂いた「この世界での名前」で、自己紹介をしますっ

「あっ、私、乙倉悠貴といいますっ!」

といっても、名前は呼び方を逆にしただけですし、自己紹介も名刺を渡すだけですがっ

そして、その名刺を見た女の方が不思議そうな顔をしていました。

「幸せの手紙屋さん・・・・・・?」

「はいっ! 皆さんのお手紙を届けてますっ!」

というわけで、私がやってることをかくかくじかじか・・・・・・
422 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2017/09/18(月) 21:52:11.31 ID:fE4l7gbO0

「まるまるうまうま・・・・・・
へぇ〜、何だかすごいね!
こんな風にお手紙を貰えたら、きっと素敵だろうなぁ〜
じゃあ、もしかして今も?」

「いえっ、今日はもう配達終わったので、これから祭の屋台でも見て回ろうかなって思ってますっ!」

「あ、それなら一緒に回ろうよ! 私も屋台見て回ってるんだ!」

「いいんですかっ? ありがとうございますっ!」

「私、三村かな子! よろしくね、悠貴ちゃん!」

「はいっ!」

「あ、そうだ! 私の友達も連れてきていいかな?」

「いいですよっ!」

そんなわけで、私はかな子さん達と一緒に学園祭を見て回ることにしましたっ
これからどんな出会いが待っているんでしょうっ? 楽しみですっ!

・・・・・・あと、仲間も増やさないとですねっ

_______________________________________

一緒に見て回る人達の素性など、ユウキは知らない。

彼女達が、カースドヒューマンだということも。

そして、彼女達が恐ろしいカースを生み出していることも。



―――だが、彼女達もまた、知らないのだ。

この先の未来で、悠貴が自分達を巻き込んで、大変なことをしようとしていることなど。
423 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2017/09/18(月) 21:57:57.43 ID:fE4l7gbO0
……短いですけど、今回はこれで。
学園祭のイベントには参加させたいなーって思ってはいたので、先走って書いてみました。

憤怒の街の後日談編はまだまだかかりそうです。
ちなみに構想内だと、あそこからかなり登場人物が増える予定です・・・・・・
そんでもって、どうやって戦闘描写を書こうか・・・それが難題だっ!
424 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/19(火) 17:01:00.83 ID:QwiXSz0ro
425 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/20(水) 16:57:58.55 ID:AAzpTkezo
おつ
426 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/22(金) 23:35:13.30 ID:VROOknM30
おつでしてー
ユウキちゃんカースドヒューマンとかカースとか、割りと遭遇率高い気がしますぞ〜
そして何をする気なのか…楽しみです
427 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/12(木) 20:21:42.16 ID:BQD8I6Y00
おつ
428 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 10:10:33.69 ID:L6tcVsPXO
ドーモ
今年は辛うじて年内に間に合いました(そもそも去年は結局断念したと思う)
あまり長くないのでなんか大掃除とかの合間に読める!やったぜ!
429 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 10:11:52.38 ID:L6tcVsPXO
【ファイン・アンド・ロング、スパイダーズ・スレッド・オア・ソバ】
430 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 10:15:07.55 ID:L6tcVsPXO
 ネオトーキョーの冬は寒い。
 ほんの数年前、彼がまだ現役アイドルヒーローだった頃、この新興経済特区は今以上に環境への配慮が足りず、地球温暖化に多大な貢献をしてきた。
 あるいは企業も夢や希望、野心にあふれ、人々の熱気がネオトーキョーそのものを過熱させてさえいた。では、今は?
 ネオトーキョーの経済成長は当時より緩やかだ。そして良識ある企業は寒い冬を取り戻すべく、一部の暗黒メガコーポによる環境破壊を上回るペースで環境再生を進める。
 ネオトーキョーの冬は寒い。
 漆黒ヒーロースーツの上にフォーマルなビジネス用ジャケットを着用し、さらに防寒防風コートを纏うエボニーコロモは、黒子ヒーローマスクで顔まで防寒である。
 それでも彼が寒さを振り払えずにいるのは、誰かの温もりをこそ求めているとでもいうのか。……バカな。黒衣Pは転がってきた空き缶を蹴り飛ばした。

「……どう言い訳すりゃいいんだよ……畜生」

 今日は緊急出動が重なり、エボニーコロモと二人のアイドルヒーローはそれぞれ単独で現場を担う“三面作戦”を実行した。彼の戦場はホテル・グランド・ゴウカ。
 毒ガス自殺テロを企むイカレ宗教団体に一時は占拠された、地上500メートルの最上階展望レストラン。黒衣Pの作戦行動は迅速であり、被害は出なかった……そのはずだ。
 にもかかわらず、レストランは今日から年末年始の休業を決めた。黒衣Pの半年前からの予約もキャンセルされた。彼の心には寒さだけが残った。
431 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 10:17:58.65 ID:L6tcVsPXO

(洋子がいたら、すぐ隣で、40度近い体温を分けてくれるだろうに)
(イツキがいたら、あの自販機まで走って熱いアマザケを買うだけの気力を分けてくれるだろうに)

 黒衣Pはスチームパンク戦士めいて黒子ヒーローマスクの隙間から白い空気を吐き出しながら、無意味な“もしも”の世界をニューロン内で描いては消す。
 アイドルヒーローを引退し、プロデューサーヒーローになり、はや二年目の冬。己がどれほど脆弱な存在となったか、彼は否応なく思い知らされていた。

「別に、あの頃は良かった……なんて話じゃねぇけどさ」

 誰に言うでもなく呟いた。この時期のエボニーレオは、借金苦から悪に堕ちるほか無かった哀れな貧困犯罪者達にとって、獅子ではなく鬼であったろう。
 強大な能力で追いかけ、決して逃がさず、鉄拳と共に年明けまでの留置場生活(つまりは必要最小限の衣食住)をプレゼントするのは、しかし彼なりの慈悲だった。
 男性アイドルヒーローそのものが落ち目だった時期、彼自身も楽な生活ではなかった。ひと仕事終えた後には、馴染みの屋台で安いソバを……

(ソバ……か)

 その記憶が甦ったのは何らかの啓示であったか。黒子ヒーローマスクがBEEP音を鳴らし、サブモニタウインドウに解析映像を映し出した。
 思い返せば、今日は昼飯を食べていない。事件解決のため戦い、その結果が……。プランBを早急に準備せねば。まずニューロンに栄養補給を。黒衣Pは足早に屋台へ向かう。
 軽トラック改造屋台は、ネオミドリ自然公園の片隅で「お」「そ」「ば」のノレンを掲げ、ひっそりと佇んでいた。

 ◇◇◇
432 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 10:20:53.31 ID:L6tcVsPXO
 ◇◇◇

 ネオトーキョーの冬は寒い。
 斉藤洋子の体温は氷点下にも負けず40度近くを保っているが、だからこそ彼女の顔は、手は、外気に触れる露出部分の全ては、温度差によってヒリヒリと痛痒いのだ。
 洋子は灼熱めいた白い吐息で両手を暖め、カサつく?をさすった。冬の乾燥空気は肌の大敵だ。夏の湿度が今だけは恋しい。
 寒風を防いでいたマフラーと手袋は、ついさっきの仕事で特に重大な損失だった。人間ソルベ製造ゴーレムは滅びてなお洋子に少なからずダメージを与えている。

(去年の今ごろは……)

 ふと思いを巡らせる。去年も似たようなものだった。仕事納めというのは言葉だけで、ネオトーキョーに犯罪のない日など訪れないのだ。
 昨秋、ヒーローで食っていく目処が立ったと伝えると、両親は喜んだ。帰省してもヒーロー引退の話にならないと確信するに至った洋子も、ひと安心したものだった。
433 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 10:23:10.27 ID:L6tcVsPXO
 里帰りできずとも、不満があったわけではない。アイドルヒーローの仲間が誕生日を祝ってくれもしたし、二人きりのパーティーも……

「……こっ! 今年は! 帰ろっかな!」

 誰に言ったわけでもなく、何らかの能力者に心の中を覗かれる感覚もなかったが、洋子の顔は赤い。黒衣Pの姿が見えないことは幸運であったろう。

(そういえばプロデューサーの方は、もう片付いたかな……イツキちゃんは……)

 黒衣Pの言うには、今夜はホテル・グランド・ゴウカでディナーらしい。三人でささやかなバースデーパーティー。主役は洋子と、偶然にも誕生日の同じイツキ。

(ドレスコードとかあるのかなぁ……なんかグレード高い? みたいな感じっぽいし、あんまりいっぱい食べる雰囲気でもなかったり……?)

 考え出せば落ち着かず、心配にもなってくる。がっついて恥をさらさぬよう、何か軽く腹に入れておくべきか? ……まさにその時、視界の端に屋台。
 腹おさえには重いか。否、相応に働きカロリー消費したのでプラスマイナスゼロだ。そういうことにした。

(ソバ……かぁ)

 軽トラック改造屋台は、ネオミドリ自然公園の片隅で「お」「そ」「ば」のノレンを掲げ、ひっそりと佇んでいた。
 簡易ベンチには客らしき姿がひとつ。おそらくハズレ屋台ではない。ほう、と息を吐くと、洋子は二車線の車道を跳び越え、屋台へと向かった。

 ◇◇◇
434 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 10:26:09.08 ID:L6tcVsPXO
 ◇◇◇

 ネオトーキョーの冬は寒い。
 イツキの生まれ育った獣人界は夏暑く冬寒い、全ての生命に死力を尽くさせる強き大地だったが、ここネオトーキョーも負けず劣らずだ。
 黒衣Pの言うには、特に今年は四年ぶりのデミ氷河期らしい。だからだろうか。彼女の前方5メートルを疾駆するシベリアンハスキー種イヌ獣人は、いやに楽しそうだった。
 ……それだけなら良かった。かの獣人は、ユタカライフ化研のエージェントだ。仕事を片付けたイツキと偶発的遭遇した三人組。
 イヌ獣人の「遊んでやる」との挑発通り、まんまと他の二人の逃走を許してしまった形だ。もっとも、イツキは状況を悲観視しない。
 どのみちこのエージェントを仕留め、インタビューすれば、全てわかる。彼女にはそれを出来るだけの力がある。ディナーまでに残された時間も。

「……?」

 思いがけず、イツキは足を止めた。疾走する二人の獣人が呼んだ風に、獣人界の匂いが混ざり込んでいたのだ。
 イツキのように獣人界からこちらに来ている者は多くない。現に彼女が追うイヌ獣人も、人間界カラフト出身者に多く見られる特徴を有している。
 ならば何故、不意に懐かしい匂いを感じたのか? イツキは考えようとして、我に返った。この僅かな間に、イヌ獣人は逃げおおせて……

「どうした、もう息切れかい? これだからサルのやつは」

 10メートルと離れていない、隣接ビル屋上貯水タンクの上。イヌ獣人はイツキを見下ろして嗤った。
 特に速力に優れるイヌ獣人の脚で逃げるには充分過ぎる隙だった。それをせず敢えて追跡者を待つ、「遊んでやる」ことの意味は? イツキは素早く状況判断した。

「ふーん……じゃあ、飽きちゃったんで、帰りますね☆ キィヤーッ!」

 イツキが跳躍したのは、イヌ獣人でなく懐かしき獣人界の匂いがする方向だ。背後から「ヤッベ」と焦りの声が聞こえた。どうやら正解らしい。
435 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 10:29:17.40 ID:L6tcVsPXO
 今や追う者と追われる者は逆転していた。いくつものビルを跳び渡り、獣人界の匂いはますます強く濃くなっていく。
 やがて視界が開け、眼下には公園。その片隅で「お」「そ」「ば」のノレンを掲げ、ひっそりと佇む屋台こそ、匂いの最も強まる地点であった。

「えっ……? 屋台……?」

 それはイツキにとって想定外のものだった。
 そして、さらなる想定外……ノレンをくぐり今まさに出てきた客は、彼女の同僚たる斉藤洋子、そして担当プロデューサーヒーロー・エボニーコロモであったのだ。
 直後、軽トラック改造屋台はエンジンを噴かして急発進。離れゆく屋台を背にしたヒーロー二人の視線方向には、また別の人影が二つ。

「ユタカライフのエージェント……!」

「ご明察! イヤーッ!」

「……! しまっ」

 頭上から声。反応が遅れた。シベリアンハスキー種イヌ獣人はイツキの両肩に着地、そのままたっぷりと力を込めて再度跳躍し、屋台を追う。

「サルのやつらは無駄に頭が回りやがるが、戦場で考え込むのはアホだゼ! アバヨ!」

「くッ……このっ!」

 イツキは脱臼しかかった両肩を筋力とキアイで繋ぎ直し、イヌ獣人を追う。その遥か下方でも、ヒーローと暗黒エージェントが一触即発の状況にあった。

 ◇◇◇
436 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 10:32:06.40 ID:L6tcVsPXO
undefined
437 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 10:33:41.54 ID:L6tcVsPXO

 絶叫したのはエージェントの方だった。洋子の瞳の光が消えると、恐るべきニューロン破壊能力者マインドトレーサーは仰向けに倒れ、口から白い煙を吐いた。

「プロデューサー、頭大丈夫?」

「割とな。割と効いた。これで二対一か……バーニングダンサー、さっきの屋台、追跡しろ」

「えっ……プロデューサー、ホントに頭」

「大丈夫だ。そもそもサイバネ野郎には俺の方が有利だろうが。俺がやる」

 エボニーコロモのニューロンはおそらく正常だ。洋子は一度頷くと身を翻し、屋台を追ってサンギョウ・ドウロに走り出た。
 黒のヒーローは防寒防風コートとビジネス用ジャケットを脱ぎ捨てた。握りしめたヒーロースーツの両拳が、バチバチと青白く放電した。
 二人の戦士は同時に地面を蹴り、拳を繰り出した!

「トゥオーッ!」「グワーッ!」「トゥオーッ!」「グワーッ!」「トゥオーッ!」……

 ◇◇◇
438 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 10:36:34.66 ID:L6tcVsPXO
undefined
439 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 10:38:37.03 ID:L6tcVsPXO
 ◇◇◇

「プロデューサー、頭大丈夫?」

「……言葉足りてねぇぞ。大丈夫だ、おかげさまでな」

「あの屋台、絶対クロだけど……足止めしなくて良かったの?」

「発信器は仕込んである。そうでなくても、まだ見えてるんだろ? コイツら叩きのめしてからで間に合う」

 洋子と黒衣Pは逃げ去る屋台を背に、ユタカライフ戦闘エージェントと対峙する。二人が纏う静かな怒りは、年に一度あるかないかの重大案件対応時に匹敵していた。

「何故邪魔をする? 貴様らも我々も被害者同士。協力して犯罪者を捕らえることが、社会の安定に繋がる」

 エージェントの一人、重サイバネ戦士ファイブセンシズは、ヒーロー達の行動を理解できなかった。
 ユタカライフ化研の試作薬物“HSH03”が何者かにケミカル調味料とすり替えられ、強奪された事件から一週間。彼らは犯人を見つけ、確保まであと一歩に迫っていたのだ。
 使用者の記憶中枢に作用し、家庭の記憶を呼び起こす。最新のVRデバイスと組み合わせることで、カイシャにいながら自宅で過ごす穏やかな時間を再現する。
 HSH03は働き方改革と成長戦略との板挟みで苦しむメガコーポ各社にとって、さながら蜘蛛の糸のごとき救いとなるはずだった。
 この一件で最大の原因、試作品の社外持ち出しという致命的非常識ミスを犯した開発主任をはじめ、既に幹部クラス複数名が長い出張に旅立った。
 メンツを保たねばならぬ。何としても強奪犯を捕らえ、然るべき報いを受けさせる。彼ら戦闘エージェントが投入されるとは、そういうことだ。

「社会の安定……笑える、それなら警察に被害届の一つも出してみればいい。どうせ表に出せないヤバイネタなんだろうが」

 エボニーコロモの声音は、無表情な黒子ヒーローマスク越しでありながら尚その眼光と同じく鋭い。
440 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 10:40:09.10 ID:L6tcVsPXO
 彼はエージェント達の目的を分かってはいない。だが、身を以て味わった何らかの薬物ヌードルこそ眼前敵と深く関わる物と推測できれば、協力する選択肢などあり得ぬ。

「ファイブセンシズ、交渉は無意味だ。排除する方が早い……イヤーッ!」

 ファイブセンシズを押しのけて進み出た小柄な男が、双眸を紫色に光らせた。エボニーコロモの鼻と目から血が流れ、黒子ヒーローマスクから溢れてポタポタと落ちた。

「アバーッ!?」

 絶叫したのはエージェントの方だった。洋子の瞳の光が消えると、恐るべきニューロン破壊能力者マインドトレーサーは仰向けに倒れ、口から白い煙を吐いた。

「プロデューサー、頭大丈夫?」

「割とな。割と効いた。これで二対一か……バーニングダンサー、さっきの屋台、追跡しろ」

「えっ……プロデューサー、ホントに頭」

「大丈夫だ。そもそもサイバネ野郎には俺の方が有利だろうが。俺がやる」

 エボニーコロモのニューロンはおそらく正常だ。洋子は一度頷くと身を翻し、屋台を追ってサンギョウ・ドウロに走り出た。
 黒のヒーローは防寒防風コートとビジネス用ジャケットを脱ぎ捨てた。握りしめたヒーロースーツの両拳が、バチバチと青白く放電した。
 二人の戦士は同時に地面を蹴り、拳を繰り出した!

「トゥオーッ!」「グワーッ!」「トゥオーッ!」「グワーッ!」「トゥオーッ!」……

 ◇◇◇
441 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 10:43:24.29 ID:L6tcVsPXO
>>436 >>437 >>438 については、>>439 >>440 が正しいものとなります
引き続き、当プログラムをお楽しみください
442 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 10:46:19.50 ID:L6tcVsPXO
 ◇◇◇

「ハアーッ……ハアーッ……何でヨ……オレはこんな、ところ、で……」

 重サイバネの男が投げたダガーはチンサンの左腕を掠めただけのはずだった。だが今、軽トラック改造屋台を運転する彼の身体は酷く痺れ、ほとんど動かなかった。
 辛うじてハンドルを切る。屋台はサンギョウ・ドウロを外れ裏道へ。50メートルほど走りゴミ捨て場に突入、煙を噴いて停止した。

「ア……アイヤー……」

 チンサンは運転席ドアから転がり落ち、僅かに残った力で這い進む。止まれば死ぬ。追っ手は無慈悲で、そして己も、きっとそれだけのことをしでかしたのだ。
 既に夢破れていた彼は、故郷へ帰るための……せめて故郷の貧しい農村で多少とも豊かに暮らせるだけのカネを集めようとした。
 一週間前の夜、その日最後に彼のラーメン屋台を訪れた客は、それまでのどの客よりも上質なスーツをクタクタに着古した男だった。
 男はフトコロから奇妙な粉の入った小瓶を取り出し、チンサンのラーメンにかけた。お世辞にも美味いと言われたことのない彼のラーメンを、男は涙を流して喜び食った。

(あのコナは何だ? オレのラーメンをこうも人を泣かすほどにできるなら、カネになるのでは?)

 チンサンの良心はとうに摩りきれていた。彼は男にサケを勧め、眠らせ、粉末小瓶とケミカル調味料をすり替えることに成功した。
 罪の自覚はあった。足が付くまでの時間を延ばすため、ラーメン屋からソバ屋に転向した。それまでの縄張りを捨て、多少とも見知った仲の客も捨てた。
 彼のソバは飛ぶように売れた。予想外に噂が広がり、彼は逃げるように縄張りを転々とした。何処に行っても誰かにずっと見られているような気がした。
443 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 10:48:25.18 ID:L6tcVsPXO
 カネは充分集まり、粉末も今朝の仕込みで使いきった。明日の朝には彼は密航ブローカーのボロ船で、大陸への帰途についているはずだった。

「バカにしてるんですか」

 その女は、チンサンのソバ……否、今やコストカットのため安価な合成ソーメンに湯をかけたものだ……を食べてむせび泣く黒ずくめの男とチンサンを交互に見て言った。
 女の朱色に燃える瞳は彼の心の奥まで照らし、罪を暴かんとしているように思われた。

「私……それからプロデューサーも、ソバを食べに来たはずなんですけど……バカに、してるんですか」

 女は何度か深呼吸を挟み、冷静さを保とうとしているようだった。普段から怒りを抱くことに慣れていないタイプか。こういう手合いは一線を越えさせてはならない。
 チンサンの背中は嫌な汗で濡れていた。怯えながら、彼は訝しんだ。
 粉末が溶けた湯から上がる湯気を吸い込んだだけで郷愁めいたノスタルジーを呼び起こす力が、何故この女には通用しない?
 良心の最後の一欠片が、今すぐドゲザし全て吐けと迫る。(まだだ! 何とかして逃げ道を……)チンサンは抗い続ける。そして……

「グワーッ!」

 左腕に鋭い痛みを感じ、チンサンは地面に転がった。屋台の柱に刺さったダガー。それだけではない。数十メートルの彼方、二つの人影が、彼に冷たい眼光を向けていた。
 二人の客の反応は速かった。咄嗟に立ち上がり、ノレンをくぐって人影と対峙する。チンサンはノーマーク。(今だ!)彼は運転席に転がり込み、屋台を急発進させた。
444 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 10:50:15.87 ID:L6tcVsPXO
 ……だが、結局このザマだ。彼は死ぬ。それは遠い未来ではなく、遅くとも数分後だろう。早ければ……まさに今だ。

「見つけたァ! イィヤーッ!」

 遠吠えめいたシャウトがチンサンの頭上から襲いかかる。バサバサと羽音。彼の死を待っていたカラス達が慌てて飛び去ったのだ。
 何もできることはない。動かなければ楽に死ねるか? 否。無慈悲なエージェントは彼を無理矢理生かし、存分にインタビューするだろう。身体から力が失われていく……

「キィヤーッ!」

「グワーッ!」

 別のシャウトと、続いて悲鳴が聞こえた。何が? 考えるより速く何者かがチンサンの首根っこを掴み、手近な割れ窓から廃アパートに放り込んだ。

 ◇◇◇
445 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 10:52:35.92 ID:L6tcVsPXO
 ◇◇◇

 イツキはコンクリート壁を……そこに半ばめり込んだシベリアンハスキー種イヌ獣人を見据えた。これで終わる程度では暗黒メガコーポのエージェントは務まるまい。
 案の定、イヌ獣人は自力で身を剥がし、地に降り立った。

「サルのやつがよ、なかなかやってくれやがる」

 イヌ獣人は口の端の血を舐め、挑発めいて手招きした。身体ダメージ未だ軽微、戦意も衰え無し。戦闘継続可能。
 イツキは静かに呼吸を整え、全身に力を込める。筋肉が盛り上がり、茹だったオニめいて赤く染まる。体毛がフサフサと伸び、肉体の色を受けて緋色に輝く。

「リオンレーヌです。とりあえず私が勝つまで、ただのサル獣人と見くびっていて下さいね☆」

 リオンレーヌは毛皮の首巻きで隠した口元に狩猟者の笑みを浮かべ、その場で姿を消した。否、消えたのではない。テレポーテーションと見紛う高速移動である!
446 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 10:54:14.33 ID:L6tcVsPXO
 イヌ獣人は備えようとした。ゴッ、と鈍い音の直後、彼の視界が酷く揺れた。背後からの踵落とし。脳天にクリーンヒットしたか。

「クソが! テメエは……」

「キィヤーッ!」

「グワーッ!」

 イヌ獣人の視点が一瞬で数十センチ落ちた。ヒザを破壊され、立っていることもままならなくなったのだ。リオンレーヌには適度な高さ!

「キィヤーッ!」

「グワーッ! ……ア……アバッ」

 眉間に叩き込んだ掌打がトドメとなり、イヌ獣人は倒れて痙攣した。リオンレーヌは残心と獣化を解き、拘束作業に取りかかる。

「……あっ! さっきの人!」

 ウカツ。己の戦いに巻き込まぬよう避難させたつもりが完全に見失った。企業エージェントに追われるというのは余程のことだ。何か大きな事件の関係者かも知れぬのだ。

「……どうしよう」

 イツキは途方に暮れた。その足下で、スマキにされたイヌ獣人は痙攣し続けていた。

 ◇◇◇
447 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 10:57:43.25 ID:L6tcVsPXO
 ◇◇◇

「ハアーッ……ハアーッ……ッ! ……ハアーッ……」

 チンサンは再び這って進むだけの力を取り戻していた。ダガーの毒が足りなかったか、全身の痺れもいくらか和らぎつつあった。
 捨てる神あれば何とやら、だ。彼はサルめいたシャウトの何者かに感謝しつつ、廃アパートの一室、カビ臭いフローリングの上を進む。
 ……コツン。指先が何かに触れた。それは金属の物体……麺を茹でる鍋だ。

(ナンデ……屋台と一緒にゴミ捨て場でスクラップのはずヨ……)

 チンサンの悪事にただ寄り添い、意のまま麺を茹で続けた鍋。ラーメンを、ソバを茹でる栄光を奪われ、ケミカル合成ソーメンを茹でるという冒涜にも従い続けた鍋。
 チンサンは静かに失禁した。鍋から伸びた朱色の細腕が、彼を冷たい暗闇に引きずり込まんとする。鍋が倒れ、その中身と目が合った。

「アッ……アイヤー!? アアーッ!? ……アアアアーッ!」

 ……夕日が差し込む廃アパートの一室、焼け落ちた玄関ドアの枠を背に立つ洋子は携帯端末で作戦完了を報告し、警官隊と黒衣Pの到着を待つ。
 最後まで逃げ続けようとした男を見下ろす険しい表情は、割れ窓から覗くイツキに気付くと、勝手にほころんでいた。
448 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 11:00:42.30 ID:L6tcVsPXO
 〜エピローグ〜

 ネオトーキョーの冬は寒い。
 サンギョウ・ドウロからやや外れた裏道、早朝のゴミ捨て場に、チンサンは立ち尽くしていた。
 軽トラック改造屋台はこれまでの稼ぎもろとも、証拠物件として押収された。彼の手元には何も残ってはいない。……本当に?
 そもそも彼が冷たい部屋を出て自由に行動できていること自体、本来あり得ぬことなのだ。逮捕が報道された当日、彼は釈放された。
 とあるカネモチが保釈金を支払い、さらには警察幹部を買収して事件を揉み消させたのだと、誰かが話すのを聞いた。
 チンサンを出迎えたのは、こざっぱりとした身なりの少年だった。少年は彼に指二本分ほどの分厚い封筒を差し出し、やや離れた所に停まる一台の高級車を指し示した。
 車外に出て頭を下げる老婦人の顔を、チンサンは思い出した。何年か前、不味いラーメンでも真面目に作っていた頃、タダでラーメンを食わせた路上生活者。

『あの日のラーメンこそ、私にとってのブッダの救いでした』

 札束とともに封筒の中に入っていた手紙には、そう記されていた。チンサンも深々とオジギし、老婦人の車が去るのを見送った。
449 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 11:02:49.82 ID:L6tcVsPXO
 札束は必要なだけの金額を残し、薬物中毒者更正施設に寄付した。彼の手元に形あるモノは残っていない。

(オレは救われたのだ……過去のオレの善意と、現在の名も知らぬ善意に。善意の糸がより合わされ、より強い糸になり、オレを地獄から救い上げたのだ……)

 チンサンはゴミの中に半ば朽ちかかった荷車を見つけ、丁寧に引っぱり出した。そして、よく見知った鍋を。

「オレ、やり直すヨ……今度こそちゃんとやるから、もう一回、力を……」

 ネオトーキョーの冬は寒い。
 だが溢れる涙が、胸の内に燃える炎が、今のチンサンには暖かかった。

 ◇◇◇
450 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 11:05:53.04 ID:L6tcVsPXO
 ◇◇◇

 ネオトーキョーでは珍しくない月も星も見えぬ夜、エボニーコロモ達の事務所を照らすのは、中心街からかすかに届く搾りカスめいたネオン光だけだ。
 コタツを隅に追いやったスペースに敷いたフトンの中、天井をぼんやりと見上げながら、黒衣Pは安堵の息をついた。
 ディナーは洋子とイツキの協議の結果、ヤキニクになった。気取ることも気負うこともなく、存分にカロリーを摂った。
 彼の城たる仮眠室は、ほんの十分ほど前まで声と熱に溢れていた。今は寝息が二つ。金属フレーム簡易ベッドと、天井近くのハンモック。

(“まとまった休み”か……俺も久しぶりに帰省なんて……何年ぶりだ……親父の葬式以来だから……)

 ホンゴエ・タコシ代表は洋子とイツキに甘い。
 「年末年始の緊急出動日数分、一月のどこかでまとまった休みをとれるようにする」二人が取り付けた約束だ。黒衣Pについては、代表は最後まで渋っていたが折れた。
 休みがないのはヒーローとして必要とされている証拠だ。アイドルヒーロー二人を抱えることで実力を認められているなら、それは喜ぶべきだろう。……とはいえ。

(何を浮かれてやがる……洋子とイツキだから、俺も命拾いできて……)

 思考が散漫になりつつある。眠気が。ニューロンを半分焼かれた状態で殴り合うのは馬鹿だった。二度としない。携帯端末に手を伸ばす。23時58分。
 ……終わっちまう。来年の今日は、もっと上手く……瞼が上がらない。意識は浮遊感とともに眠りの闇に溶けてゆく。
 12月30日、午前0時。
 ネオトーキョーの冬は寒い。
451 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 11:07:24.04 ID:L6tcVsPXO
(【ファイン・アンド・ロング、スパイダーズ・スレッド・オア・ソバ】終わり)
452 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 11:10:19.46 ID:L6tcVsPXO
いじょうです
なんか今年は洋いつバースデー盛り上がりが例年以上っぽい雰囲気だった
相変わらず一市民が目立つうえに途中で不ぐあいとかあったが、お付き合いいただきありがとうございました
453 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/31(日) 16:55:34.03 ID:8+ViXghwo
おつおつー
454 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/03(水) 22:37:32.44 ID:P49gCpg/0
おつでして〜
455 : ◆6J9WcYpFe2 :2018/03/21(水) 13:36:18.56 ID:oZ5EiIs10
あけましておめでとうございます(白目)
憤怒の街リターンズの続き、投下しますー
456 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/03/21(水) 13:38:38.23 ID:oZ5EiIs10
(しまった、sage忘れてた・・・・・・ごめんなさいっ)
--------------------------------------------------------------

ユウキ達が憤怒の街の森に入って少しした後。
憤怒の街の検問所にて―――

「どういうことだ!? 既に入って行ったGDF隊員がいるだと!?」

検問所の前に止まる輸送ヘリ。そして怒号。

輸送機に乗っていたGDF隊員が、検問所のGDF隊員に対して怒鳴りつけているのだ。

「だ、だから我々は、応援が来るとしか聞かされていなくて・・・・・・っ!」

「だからと言って、こんな危険なところに確認もせずに入れる馬鹿がいるか!!
 無認可の奴を入れたんだぞ、お前らは!!」

「基地司令にも確認取って間違いないって聞いたから入れたんです!!」

「………くそっ!!」

先に入って行ったGDF隊員がいるという事実。

何故入れてしまったのか、あるいは何故入れてしまったのか。何故、入ろうと思ったのか。

いずれにしても、我々と勘違いして入れてしまったGDFの隊員がいる。

その事実があって、なおこの対応。

彼は苛立ち、検問所の壁を思いっきり蹴る。
壁はガンッ!と音をたて、その周りにいた兵士たちが委縮した。

「―――それで、許可は?」

「い、いえっ!それがっ! うまく通信がつながらず――――」

「ふざけるなっ!!」

基地司令と連絡が取れないという事実が、さらにその男の苛立たせた。

これはこいつらの職務怠慢だ。

こいつらの怠慢で、GDFの仲間の命が危ぶまれている。

「このことは上にしっかりと報告するからな!
 あと、憤怒の街には入らせていただく!!」

そういって男は、検問所の兵士の静止の声も聞かず、ヘリに乗り込んだ。
457 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/03/21(水) 13:40:20.99 ID:oZ5EiIs10
「あの、何かあったんですか?」

コクピットのスピーカーから女性の声が聞こえる。

「緊急事態だ! お前達に成りすまして、勝手に入った奴らがいる!」

「「「ええっ!?」」」

「何のために入ったかは知らんが、そいつらを捕まえるためにも、現場に急がねばならん!
 シンデレラ1、第1種戦闘配置だ!
 憤怒の街のカースのデータは届いているな?」

「はい! ばっちりです!」

そうして慌ただしく離陸したヘリが憤怒の街の中へと入っていく。

「俺がヘリで空から目標を発見する。
 シンデレラ1-1から1-3は発見し次第、地上機動戦装備で降下、目標を捕まえろ。
 コラプテットビークルが厄介だが、お前達ならやれないことはないはずだ。安全を確保しつつ返り討ちにしてやれ。」

「「「了解!!」」」

「その後、目標を確保。安全を確保したうえで、このヘリに乗せる。
 抵抗するようであれば、多少懲らしめても構わん!!」

「えっ、同じGDF隊員なのに、ですか?」

「GDF隊員に成りすましている可能性もあるからな。
 最悪、この混乱に乗じて乗り込んできたテロリストかもしれん。」

だがまぁ、とその男は続ける。

「どんな相手でも、お前らなら大丈夫だ。 軽く懲らしめて―――
 ん? 通信が入った。」

男はヘリの通信機を手に取り、応答する。

「こちらシンデレラ1。」

『先ほどはすまなかった。 私はここの基地司令だ。
 このあたりはカースの被害がひどくてね。 通信するのも一苦労だ。』

そうか、カースの被害か。
そういえば、GDFの新兵器がこの街に投入された際、まったく使い物にならなかったという話を聞いたことがある。
ならば……この件での八つ当たりは見当違いだったかもしれない。
458 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/03/21(水) 13:41:36.95 ID:oZ5EiIs10
「なるほど。 そのあたりは考慮不足だった。
 だが、部外者を危険な憤怒の街に入れたお前らの怠慢はどう説明する?」

『そのことについても謝罪する。演技がうますぎて、あの時点では気付かなかった。
 だが……今しがた調べたら大変な事実が分かった。
 単刀直入に言うと、貴君らに扮して入った奴らの正体は、この騒ぎに乗じて潜伏していたテロリストであるとわかった。
 しかも厄介なことに能力持ちの連中だ。
 恐らくは最近世間を騒がしているイルミナティっていう奴らかもしれん。』

「・・・・・・なんだと?」

「そうでなくても、この街はGDFの管轄だ。
 そこにテロリストなんかが潜伏してみろ。
 GDFの信用問題に関わる。」

「・・・・・・つまり俺達はそいつらを捕まえてくればいいんだな?」

『その通りだが、生死は問わん。
 テロリストと見抜けなかった失態は詫びよう。
 だが今は、そのテロリストの排除が先である。』

「・・・・・・なるほど、その通りだ。
 だが、その入っていった奴らがテロリストである確証はどこから来ているんだ?
 そもそも奴らは何者だ?」

『それを伝えることはできない』

「・・・・・・何故だ?」

『機密情報だからだ。
 お前達は黙って命令どおりに侵入者を排除すればいい。』

『ああ、それと』と、基地司令が話を続ける。

『今から送るデータを見てもらいたいのだが、この赤く塗られている場所には近づかないでいただきたい。』

そう言われ、男はヘリのコンソールに送られてきた地図データを見た。
赤く塗られた場所は、病院を円の中心としていた。
459 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/03/21(水) 13:42:33.28 ID:oZ5EiIs10
「それは、何故だ?」

『それも機密情報だ。教えられない。』

「何か俺達に教えられる情報はないのか? このままでは納得しかねる。」

『後でテロリストが乗っていた車両のデータを送ってやる。
 それをもとにテロリストを捜索しろ。』

「他にはないのか?」

『いいからつべこべ言わずにやれ!!
 それともお前はテロリストを野放しにするつもりか!?』

「・・・・・・了解した。シンデレラ1、出撃する。」

『今から画像のデータを送る。では、ご武運を。』

基地司令との通信が切れる。

機内音声で聞いていたため、後ろで準備している響子と美羽、そして柑奈も聞いていた。

「パイロットさん、先に入った人たちって」

「悪い人たちなら、やっつけないと!」

「パイロットさん、今すぐ私達を現場に!」

通信を聞いた響子と美羽は意気揚々としていたが、男の表情はそのことを怪しむかのような表情をしていた。
460 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/03/21(水) 13:43:38.77 ID:oZ5EiIs10
「胡散臭いな………」

「? 何がですか?」

「今通信をかけてきた基地司令とやらは信用ならん」

「えっ・・・?」

「あいつは機密情報を盾に奴らの情報を渡さなかった。
 だが、あんな臨時の基地司令程度のやつが知っているような機密情報とは何だ?」

それでも釈然としない顔の3人。
それを見た男は少し咳ばらいをした。

「これでも俺はGDFの暗部ってやつを見てきている。
 お前達の正体はわからんが、どうせ碌でもないもんだというのはわかる。
 それも相当な・・・・・・子供を兵器みたいに扱うようなひどいもんなんじゃないかとも思っている
 その経験則から言わせていただくと・・・・・・今回のは嘘なんじゃないかと思っている。」

「・・・・・・あの基地司令が嘘を言っていると言うんですか?」

「ああ。第一、目標が本当に基地司令とやらが言っていたテロリストかどうかもわからんのに、
 テロリストだと断定して、排除しろだの言っている時点でおかしい。
 大方ばれちゃまずいものがこの街にあるとみて間違いはない。」

「じゃあ、あの基地司令の方を懲らしめる?」

「いや、それは早計だ。ただの経験則だしな。
 何をするにもまずは目標の確保だ。シンデレラ1、いつでも出撃できるように待機しておけ。」

「「「了解!!」」」

そうしてヘリは離陸し、憤怒の街へと入った。
461 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/03/21(水) 13:45:57.68 ID:oZ5EiIs10
--------------------------------------------------------

「ハァイ。 イギリスのGDFからやってきたケイトヨ。」

そう愛想よく挨拶しているケイトさん……ですが、

「………お姉ちゃん、あの人こわい」

見た目GDFの女性隊員の方が、ガタイの良い大男のようなのを殴り飛ばした挙句、
その男?を足蹴にしている光景は、まさしくチカちゃんの言う通り、怖い人でした。

「ターイムっ!☆作戦ターイムっ☆」

私、ああいう人、知ってますっ。

「チカちゃん、ああいう人とは関わり合いにならない方がいいですよっ
 上空からお姫様抱っこされて落ちてくるとか、非常識にもほどがありますっ」

「そうなの、ユウキお姉ちゃん?」

「しかも抱っこしてた男を殴り飛ばした挙句にマウントパンチだしね。
 なんなのあの馬鹿力。 ちょっと解析してみたい。」

「ちゃんと丁寧に降ろしてやってたのに殴り飛ばして足蹴にするとか、恩を仇で返してるようなもんだしな☆
 おい、てめー! 恩を仇で返すようなことしちゃいけないって、ばあちゃんが言ってたぞ☆」

「あっ! そういえばほんとだ! ひどーい!!」

「うるさいわネっ! 部下に嵌められてこうなったのヨ!!」

「いったいどう嵌められたらそうなるんですかっ!?」

「というか嵌められたって、人望もないんだな………」

「それは我が否定させていただこうか」

と、ケイトさんに足蹴にされていた男の人?が声をあげます。

「ケイトはな、部下にとてもとーっても信頼されておる!
 そして、我もケイトのことはそれなりに好いておる!
 だから我が、いつか行う時のためのドッキリサプライズ用にその部下と一緒に考え出したのだ!」

どうだぁっ!!と言わんばかりに、足蹴にされながらもドヤ顔してますっ
462 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/03/21(水) 13:47:55.21 ID:oZ5EiIs10
「私、勘違いしてましたっ
 ………おかしいのはケイトさんじゃなくて、あの男の人?だったんですねっ」

「褒めるな。照れる」

「どこをどう聞けば褒めてるって言うんだよ、おい☆」

「というか、あんたは知ってるはずデショ、シュガーハート!?」

「あー・・・・・・最近人と出会うことが多くてな・・・・・・わかんねぇ☆」

「ワタシヨ、ケイトよ!!
 ほら、あの時一緒に戦った!!」

「あー、そういやそういうこともあったっけな? まあ、覚えてたけど☆」

「覚えているなら誤解を解いてヨ!!」

それはさておき・・・・・・

「まあ、空からお姫様抱っこしてきた事実とかは置いといて・・・・・・ <誤解ヨ!!>
 英国のGDFが、ここに何しに来たんだよ?」

はぁとさんがそういうと、ケイトさんの足元にいた黒い男の人が、
踏んでいた足をパシパシと叩いたからか、ケイトさんは足をどけました。

「何しに来た、だと?
 むしろ、これほど興味の湧く物ばかりのところに行くなというのが無理というものよ」

黒い姿をした男の人は立ち上がると、腕を組み、私達を見てこういいました。

「なるほど、面白い
 やはり日本には、相当な手練れが多くいるというのは間違っていないようだぞ、ケイト」

「当たり前デショ。
 ここは対カースの最前線ともいうべきところヨ。
 ・・・・・・最も、私達も引けを取らないでしょうケド。」

「うむ、お主等もなかなかのものだが、こいつらはそれだけじゃない。
 なぜかカースも混ざっているが、問題はそこではない。
 ―――お前ら、本当に人間か?」
463 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/03/21(水) 13:50:22.62 ID:oZ5EiIs10
「・・・・・・明らかに怪しい人から、人間じゃないと言われてますよ、私達っ」

「いや、そこに俺を含めないでくれるか?」

「はぁとも違うぞ☆」

「私も人間だよ。」

「??? チカは魔法少女だよ?」

「・・・・・・そういう意味で言ったんじゃないと思うヨ?」

黒い男は顎に手をやって、私たちをじっと見つめてきていますっ

「ふむ・・・・・・どうやらケイトと同等の力を持ってるようだな、シュガーハートとやらは。」

「なっ・・・・・・!?」

「ええまあ、彼女は私と一緒に戦った戦友ヨ?
 ・・・・・・向こうはそんな風に思ってくれてなかったようダケド」

「年下だからいじってるんだよ☆
 だけどそいつ、なんでわかったんだ?」

「それは・・・・・・我も同じようなものだからだ!」

それを聞いたはぁとさんは黒い男の人?をまじまじと見つめてーーー

「・・・・・・えっ、やだ☆」

「いきなり拒絶から入るのは良くないぞ?」

「だって・・・・・・黒いし☆」

その言葉に、隣のケイトさんはうなづいていました。
464 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/03/21(水) 13:51:41.45 ID:oZ5EiIs10
「仕方なかろう、カースドウェポンなんだから。」

「・・・・・・今さらっとやべえこと言わなかったか、おい☆」

はぁとさんがジト目でケイトさんのほうを見ると、ケイトさんは肩をすくめました。

「勝手に話さないでくれないカシラ?
 まあ、シュガーハート達に隠し事をしても仕方がケド」

「カースドウェポンって、カースの核を武器にくっつけたものだと思うんだけど・・・・・・」

「よく知って・・・・・・るわな、ひなたん星人にあったことあるんだしな」

「ほう、日本にもカースドウェポンがいるのか。会ってみたいものだな!」

「私も会ってみたいわネ。
 まあ、それはそれとして、そのとおり、こいつは鎧のカースヨ。」

「鎧のカースドウェポン・・・へぇ・・・」

あ、なんか目が輝いちゃってます。
なんだか新しいおもちゃを見つけた様な顔をしちゃってます。

それに気づいたのか、ケイトさんは凛さんを見て

「・・・あげないわヨ? 一応これはGDFの備品なんだからネ?」

「ちぇっ」

ですよねっ

しかし、あのカースドウェポン、ちょっと気になりますねっ
なんだか・・・私の本来の力に似た感じがしますっ
465 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/03/21(水) 13:52:56.32 ID:oZ5EiIs10
「ところで、貴方達は何しにここにいるのカシラ?」

「あっ、はいっ! お手紙を届けにきましたっ!」

「・・・お手紙・・・レター・・・?
あ、ナルホド、暗号ネ!」

あ、あれっ?

「でもワタシには何の暗号なのかサッパリだわ。後ででも良いから教えてネ?」

「あ、あのっ!暗号じゃないですっ!」

「・・・・・・what's?」

「ですから、この憤怒の街のとある住宅に、お手紙を届けに来たんですっ」

「・・・・・・・・・」

ケイトさん、はぁとさんを手招きして、何やらコソコソ話しちゃいました
・・・・・・何があったんでしょう?

「・・・・・・いや、当然の反応だと思う」

「そうだな」

ああもうっ、どういうことなんですかっ!?

「???」

チカちゃんはよくわかんないって言うような顔をしてますねっ

私もわかんないですっ!

-----------------------------------------------------------------
466 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/03/21(水) 13:54:23.23 ID:oZ5EiIs10
しばらくして。

「まあ、なぜこんなところに?っていう疑問はあるケド、アナタの目的、とてもいい目的じゃナイ!
 ワタシも協力するワネ」

「うむ、我も協力しよう。乗りかかった船というのもあるからな。」

といった感じで、英国GDFの2人を乗せて、車は目的地へと向かいましたっ

「ずいぶんにぎやかになったね」

「まあ、旅は多いほうが楽しいもんだぞ☆ 旅ってほど長時間動くわけじゃねぇけどな☆」

はぁとさんは助手席からこっちに移動し、代わりにケイトさんが助手席に座っています。

「しかしまあ、チカちゃんって本当に似てるよなぁ・・・・・・」

「確かに・・・・・・似てますよねっ」

「?? 何に似てるの?」

「ラブリーチカですっ はぁとさんが好きなアニメですっ」

「はぁとだけじゃなくて、あの頃の少女達のほとんどは好きだったと思うぞ☆
 それをモチーフとしたらしい魔法少女とかいう奴らも現れたし☆」

「そんなにすごい影響を与えたアニメだったんだ」

「まあ、ラブリーチカも十数年ぶりに限定フィギュアが出たし、魔法少女に関しても最近活動を再開したと聞くしな☆
 しかしまあ十数年か、はぁとも年をとっちゃ・・・・・・って、何言わせんだよこのこのー☆」

「いや、今のは自分から言っちゃってますよねっ?」

「ふーん、似てる、かぁ・・・・・・」

「似てるんじゃなくて、本物だよ!」

「そっかそっか〜☆ よしよーし☆」

「もーっ!!」

そんな感じで話していると、車が止まりました。

「ユウキちゃん、ついたぜ」

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467 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/03/21(水) 13:56:23.88 ID:oZ5EiIs10
私たちが車から降りると、そこは憤怒の街の入り口のほうと同じような風景が広がっていました。

目的の建物は・・・・・・あ、まだ建ってましたっ

「ここが目的地?」

見た目は廃墟と化した一軒家。

窓ガラスは割れているし、荒らされている様子も見えます。

庭は人が誰もいないせいで、草が伸び放題です。

だけど、表札には「横山」という文字。

ここは依頼主さんから依頼されたところで間違いありません。

「・・・・・・・・・」

そして、その家を茫然と見つめるチカちゃん。

「ここ・・・チカのお家・・・・・・」

・・・・・・やっぱり、そうでしたかっ

普通であれば、ここで家族と一緒に暮らしていたはずです。

カースに襲われなければ、ただの仲睦ましい夫婦でいれたはずなんですからっ

あっ、でもフィギュア捨てられてかなり怒っていたといってましたし、どうなんでしょうかっ?

「チカちゃん、一緒に入りましょうっ」

「・・・・・・うん」

「待って」

その言葉に振り向くと、凛さんが真剣な表情でいました。
468 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/03/21(水) 14:01:09.52 ID:oZ5EiIs10
「私も一緒に行っていいかな?」

たぶん、そういうと思いましたっ
凛さんはカースの研究をしているって言ってましたからね。
そのカースがここを自分の家と言った。
であれば、どういうことが起きるのか、見てみたいと思うはずです。

「私は構わないですけど・・・・・・チカちゃんはっ?」

・・・・・・まあ、私には止める理由はありませんっ

「いいよ」

「わかった、ありがとう」

「はぁとさんたちは留守番でお願いしますっ」

「ああ・・・・・・っと、ちょっとその前にっと」

はぁとさんはアイテムボックスから無線機を取り出し、私に投げてきました。

「何かあったら、これで連絡するんだぞ☆」

「ありがとうございますっ!」

「気をつけてネ」

「じゃあ、行きましょうかっ! おじゃましまーす!」

「お、おじゃましまーす」

「・・・・・・ただいま」

そうして3人で、家の中に入りました

-----------------------------------------------------------------
469 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/03/21(水) 14:02:19.15 ID:oZ5EiIs10
私はユウキちゃん達が家の中に入るのを見届けた後、ケイト達に話しかけた。

「ところで、ケイト達がここに来たのって、あの森のせいか?」

「まあ、そうネ。一体あの森は何なのヨ?」

「正直わかんね☆
 でもまあ、心当たりがないわけじゃねえんだけどな☆」

「心当たり?」

そう、心当たりはある。
あるし、説明はできるんだが、えーっと・・・・・・

「あー、えー・・・・・・
 そこん所の説明任せた、ポストマン!」

めんどくさくなったので、ポストマンに投げちゃおっと☆

「おいおい、心当たりがあるって言っておいてそりゃねぇだろ。
 まあいい、俺から話そう
 憤怒の街の事件は知っているか?」

「大量のカースがこの街にあふれかえって、この通り壊滅した事件デショ?
 イギリスでも大きなニュースになったから覚えてるワ」

「イギリスだけじゃなくて全世界中で大注目になったってわけだがな。」

「で、アイドルヒーロー同盟が中心となって事態解決にあたった事件で、
 GDFとしては新兵器が全く役に立たず、何の活躍も上げられなかった事件よネ・・・・・・」

「ああ、あれは痛恨だった・・・・・・」
470 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/03/21(水) 14:03:03.39 ID:oZ5EiIs10
「まあ、それはそれとしてだ」とポストマンは話を続ける。

「その中で、今は森の中にある病院があったんだが。
 当時はあそこに住人が避難して来てな。
 そこを何人かの能力者が中心となって守ってたんだ。

 で、そのなかでもとある3人組の能力者ーーー確かナチュルスターといっただろうか。
 そいつらがカースの気を浄化させるために、雨を降らせて木を生やした
 と聞いている。」

「日本の能力者はそんなことまで可能なの!?
 伊達に対カース戦線の最前線と言われてないわネ。」

「昔っからにはなるが、アイドルヒーローじゃない能力者でも、実力のある奴は結構いるのが日本だ。
 だが、こいつらはとびっきりの規格外ではあるがな。」

「ってことは、この森はその3人組が作ったのネ?」

「ああ。
 もっとも、そのナチュルっていうのも3人でそれぞれ役割があって、
 マリンとスカイが雨を降らしてカースを浄化し、
 アースがそれによって消耗した力を、木を作ることによって癒していたといわれている。」

「ってことは、あれはその副産物?」

「ということになるな。
 だが、木は一本だけだと聞いてはいたが―――」
471 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/03/21(水) 14:03:52.19 ID:oZ5EiIs10
「ほほう、副産物としてはなかなか大層なものを作ってくれたものだな」

と、これまで傍で聞いていた黒いカースドウェポンが口を開いた。

「あの森は周りのカースの残滓を吸い取っている。」

「・・・・・・なんだって!?」

「それだけではない。その吸い取った残滓を癒しの力に変えて発散しておる。
 いわば対カース用の浄化槽といったところだ。」

「浄化槽・・・・・・ってことは、あの森ができた原因って」

「大方、吸収したカースの残滓を癒しの力にして増やしたのだろうな」

「そういえば、凛があの森の枝を無理やり採ろうとした時、
 その時に手を傷つけたらしいが、その傷がすぐに治ってたな☆
 あと、カースのチカちゃんが力を発揮できないって言ってたし・・・・・・
 カースの特効薬って言ってたのって、あながち間違いじゃねぇのか☆」

「カースの特効薬か、なるほどな
 煎じて飲めば、カースドヒューマンのカース化が治るかもしれんぞ」

「そいつはすげぇな・・・・・・今あるカースの問題の半分が何とかなっちまうぞ」

確かにそうだ。

憤怒の街に限らず、カースによる影響でカースドヒューマンになり、
GDFの隔離房にいれている人は少なからずいる。
そうでなくともカースに攻撃され傷ついたのに、呪いの影響により治療の難しい患者も多いのだ。
そんな人達が、あの森で全て治療出来てしまう。
まさしくカース問題に対する、一つの突破口と言える代物であった。

「まさしく特効薬ってやつだな☆」
472 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/03/21(水) 14:05:20.53 ID:oZ5EiIs10
「だけど、疑問が残るわネ」

「ああ。
 なんでそんな代物を、ウサミン製の認識阻害装置を使ってまでひた隠しにしたんだってことだよな☆」

「普通そんな物を手に入れたら、GDFのどっかに情報として降りてくるもんだが、
 今回に限っては、そんな物一切聞いたことがねぇ」

「What's? ポストマンってそんなに偉い立場の人間ナノ?」

「いや、俺は上から下までいろんなところに知り合いを持ってるだけさ。
 それこそ新司令官様の側近レベルの奴にもな。
 だが、その知り合いからもそんな知らせは聞いたことがねぇ。
 単に上が極秘情報として持っているだけか―――」

「あるいは情報がここで止まっているか、だよな☆」

「まあ、極秘情報だからという理由であればいいんだがな。
 ―――しかし、それでは俺達に出した任務の意味が無い」

「それって・・・・・・どういうコト?」

「ここにはGDF関係者しかいないから行っちゃうけど、
 はぁとたちの任務は、『憤怒の街の実態調査』だから☆
 知っている情報を調査って、おかしいよな☆」

「・・・・・・まさか!?」

「そのまさか、だろうよ」

そんなときに聞こえてきたヘリの音。
私達は戦いの予感を感じ得ずにはいられなかった。
473 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/03/21(水) 14:11:07.33 ID:oZ5EiIs10
今回はここまでです。
鈍足だけど、ちゃんと進んでるよー

次回か次々回くらいでユウキちゃんの目的は達成して、そのあとは戦闘回になりそう。
474 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/29(木) 00:35:23.97 ID:32QH/27PO
おつくら
475 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/29(木) 22:39:03.90 ID:s8lVgOFa0
おつでしてー
しっかりと核心へ近づきつつありますな!このメンバーでの戦闘回も楽しみにしております
476 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/20(水) 16:48:08.83 ID:u5v0yUqfo
ほしゅ
477 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/21(日) 10:53:52.31 ID:AaWNC2rq0
ho
478 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/02(金) 04:49:06.20 ID:SO93X4Vj0
お久しぶりです
投下します
479 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/02(金) 04:53:14.10 ID:SO93X4Vj0

宇宙連合支配領域の片隅に、とある惑星があった。
名をオールドオースチン。

地表のほとんどが土砂とむき出しの岩盤に覆われており、
その赤茶けた外観から想像出来る通り惑星環境は極度に乾燥しているため、宇宙に住まう多くの知的生命体にとって入植に不適な星である。
だが、過去には豊富な鉱物資源の採掘産業により繁栄を迎えたこともあった。



オールドオースチン最大の街、パンゴリン。

ウルトラスーパーレアメタル目当てにやって来た山師連中で賑わったのも今は昔。
産出量の減少と共に人口も減り、現在は居住者も訪れる者も無くなり、その街並みは朽ちるに任せられていた。

そんな中、およそ半世紀ぶりに一人の来訪者がやって来た。
砂塵が吹き荒れる中を歩いて来た旅人然としたその人物は、寂れた──といった表現を通り越し、もはや廃墟となりかけの酒場の前で足を止めた。
そのまま入り口のスイングドアを押し開け店内に入ると、警戒した様子で辺りを伺う。
目深に被ったフードの奥の、その表情は窺い知れない。



「ナンニシマスカ?」

長年のメンテナンス不足により会話ルーチン回路が壊れかけた給仕ボットが、久方ぶりの客に声を掛ける。
客である旅人は「あるものでいい」と一言。

ボットは背後の戸棚から年代物の宇宙リカーのボトルを取り出しグラスに注ぐと、他にも用意する物があるのか、店の奥に引っ込んでいった。
それを見届けた旅人は軽く息をつき、フード付き外套を脱ぐと、ボロボロになったバーカウンターの椅子に腰かけた。

人気のない辺境の惑星にやってきてなお周囲を警戒する様子から察するに、厄介ごとに巻き込まれたか、あるいは自ら引き起こしたか──。
いずれにせよ、お尋ね者の類であろうことが想像できる。
480 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/02(金) 04:54:04.07 ID:SO93X4Vj0

「それは私に奢らせてもらうわ」

旅人がグラスを手に取ったところ、部屋の隅から声が掛けられた。
入店時には見当たらなかったが、声のした方には壁にもたれかかった人影がある。

「いいわね?」

人影が旅人の方へ歩み寄ると、光源の元に出たことで姿が露わになる。
ポンチョめいた布をマントのように羽織った長髪の女だ。


「……ここのところ、後を尾けてきていたのはあなたねぇ? 賞金稼ぎさん?」

「気付いていたとは……流石ね、『ミサト特佐』」

ミサトと呼ばれた旅人は、女に向かってストーカー行為に対する抗議の色を含んだ目線を向ける。
どうやら女の正体は、宇宙犯罪者を相手取る賞金稼ぎということらしい。


ミサト「せっかくだけどぉ、奢ってもらうのはお断りしますぅ」

ミサト「今の私は軍を抜けたから、もう『特佐』じゃないし」

ミサト「それに、こんな安酒を奢ってもらってもねぇ」

「あら、いいのかしら? あなたの末期の酒よ?」

お互い口調は落ち着いており、殺気立った様子もないが、酒場内には極めて剣呑な空気が流れている。
お尋ね者と賞金稼ぎが相対したのであれば、これから荒事が起こることは自明ではあるが。


ミサト「とりあえず、場所を変えましょう?」

ミサト「こんなボロボロな店でも、私が原因で壊れるのは忍びないもんねぇ」

ミサトはそう言うと、宇宙クレジットチップをカウンターに置くと席を立ち出口へ向かう。

「あら、存外殊勝なのね」

異存はないわ。と付け加えると、女も後に続いた。
481 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/02(金) 04:56:14.03 ID:SO93X4Vj0

十分後──ミサトと賞金稼ぎの女は、パンゴリンの街近傍の平野にて対峙していた。
周囲にはごつごつとした岩石が点在しているが、それ以外は見晴らしの良い場所だ。

吹きすさぶ風に煽られた球状回転草が二人の間に転がり出でる。
時間帯は、地球で例えるなら薄暮の頃であり、お互いの表情ははっきりと見えない。


「それじゃ改めて、お尋ね者ミサト……」

「その首、もらい受けるわ」

女は腰のホルスターから銃を抜くとミサトに向け構える。

ミサト「上等ぉ、受けて立ちますぅ……!」

対するミサトも、自身のプラズマブラスターを構えた。



最初に仕掛けたのは女の方だった。
ライフル型プラズマブラスターから放たれた光弾を、ミサトは横っ飛びで回避する──が。

ミサト「っ!?」

光弾が飛び去った方向から聞こえてきた轟音に、思わず振り返ってしまった。
背後ではおびただしい量の砂埃がおよそ百メートルの高さまで舞い上がり、光弾の着弾地点の地面には大穴が開いていた。
ともすれば、爆撃の類による攻撃かと見紛うほどの惨状だ。

その後も二射三射と攻撃が続くが、回避に難は無い。
だが、そのたびに射線上にあった物体──今は使われていない無人宇宙港の管制塔が根本から倒壊し、遥か彼方にそびえる巨大なメサが崩落する。


ミサト「(人気のない星に来ておいて良かったぁ)」

数日前から賞金稼ぎに狙われていると気づいていたミサトは荒事を見越して、あえて無人の惑星を選んで上陸していた。

ミサト「(あの人もそれを理解してここで仕掛けてきたっていうことなら、ただのアウトロー賞金稼ぎってわけじゃなさそうかなぁ)」

相手はミサトの目論見通りこの星に着いてから現れたが、実際はそれまでにも仕掛けるタイミングはいくらでもあったはずだ。
あるいは、相手も無人の星を選んで仕掛けてきたということであれば、それなりに分別のある人物ということか。
賞金稼ぎの中には、目的のためには周囲への被害を避けようとしない乱暴者も多い。



ミサト「(それにしてもこの威力……ただのプラズマブラスターじゃないねぇ)」

相手の動作をよく観察してみると、射撃による反動を利用し銃本体を回転させている。
そして回転の際には、銃の機関部からプラズマブラスターの弾倉とも言えるエネルギーカートリッジが排出されるのが見て取れた。

ミサト「(あの動きはスピンコック……一発撃つ毎に空カートリッジの排出をしているということは……フルバーストセルを使っている?)」

ミサト「(さっきの威力から考えても、おそらく間違いないかなぁ)」

一般的なプラズマブラスターは装填されたエネルギーカートリッジ一個から数十射分のエネルギーが分割して供給され射撃を行うが、
相手が撃ってきているプラズマ弾は一射毎にエネルギーカートリッジの全エネルギーを放出する特殊弾薬『フルバーストセル』によるものらしい。
その威力は、ちょっとした宇宙船の艦載砲にも匹敵し、そもそも対人用に使用されるものではない。
482 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/02(金) 04:57:03.04 ID:SO93X4Vj0

ミサト「ちょっとぉ、それ生身の人に向けて撃つのはオーバーキルじゃなあい?」

さしものミサトも、抗議の声を上げる。
だが、相手の立ち居振る舞いから察するに、恐らく幾度も凶悪な宇宙犯罪者を相手取ってきた歴戦の賞金稼ぎである。
ミサトの言葉を全く意に介すことなく、攻撃の手を緩めない。


「ごもっともだけれど、存外役に立つものよ」

「特に、物陰に隠れた相手を狙う時なんかにね」

ミサト「やばっ」

慌てて遮蔽物としていた岩の裏から転がり離れる。
直後、プラズマ光弾が飛来、直撃した岩は破裂し砕け散り、大小の破片が周囲に降り注いだ。
少しでも判断が遅れていたら同じ運命を辿っていただろう。

巨大な岩石を粉微塵にしてなお、プラズマ弾は勢いが衰えることなく地平の彼方へと飛び去っていった。


ミサト「まったくもう! めちゃくちゃするねぇ!」

うかつに近寄れないため、ミサトは遠距離から反撃を試みる。
所持する拳銃型プラズマブラスターの交戦距離外から、なおかつ走りながらの射撃であるにも関わらず、頭部や胴体などの急所を的確に狙い撃つ。
しかし──

ミサト「……なんで無傷なのぉ?」

相手にはさしたるダメージを与えられていない。
よく見ると、ミサトの攻撃が命中する直前にポンチョ型マントを掲げ、あるいは纏い、銃撃を防いでいるように見える。


「その距離から、正確に当ててくるとはね」

「戦闘機の操縦の腕が立つという話だったけれど、生身でもやるじゃない」

ミサト「お褒めにあずかりどーもぉ!」

相手の挑発じみた発言に、ミサトも苦し紛れの皮肉で返す。

「でも残念だけど、この耐プラズマコーティングフォトニックウィーブにはその程度のプラズマブラスターの弾は効かないわ」

ミサト「なにその説明口調!」

だが、現状では手の出しようが無いことは明白だった。
483 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/02(金) 04:58:06.00 ID:SO93X4Vj0

その後も遮蔽物代わりの岩石を転々としつつ攻撃を回避し続けるミサトだったが、
相手が撃ち切ったカートリッジの再装填を始めたのを確認すると物陰から進み出た。

ミサト「ねぇ? 提案があるんだけどぉ」

「提案……ですって?」

互いの距離が離れており、なおかつミサトが攻撃の意思を示していないため、
相手もリロードの手を止めることはないものの、話を聞く気はあるようだ。


ミサト「その銃、燃費が悪くて大変だよねぇ? 一発撃つごとにカートリッジを一つ消費するんだから」

ミサト「ひょっとして、そろそろ弾切れになるんじゃなあい?」

「心配は無用よ、残りの弾であなたを仕留めるのは訳ないわ」

ミサト「私も、逃げ回るのに疲れてきちゃったからぁ」

ミサト「ここは、早撃ちで勝負しない?」

「早撃ち?」

ミサトの"提案"に、相手は懐疑的な目を向けるが、ミサトは構わず説明を続ける。


ミサト「もうじき日付が変わるから、そうしたら街の時計台が時報を鳴らすでしょう?」

ミサト「お互い背を向けて立って、時報が聞こえたと同時に振り向いて早撃ち」

ミサト「恨みっこ無しの実力勝負……どうですかぁ?」

「古式の決闘方式で決着をつけようということね」

あと十分もすれば、宇宙連合標準時で日付の変更がなされる。
それに伴い、街の中心に建つデジタル時計塔が時報を鳴らす。
時計の時報に限定されないが、特定の合図を元に行う早撃ち勝負は、古来より一対一の決闘の手段として一般的なものである。
484 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/02(金) 04:59:09.03 ID:SO93X4Vj0

「……やりたいことは理解出来るけれど」

ミサトの提案を聞いた相手は、しかし得心がいかないといった様子だ。

先の撃ち合いの結果から、ミサトの攻撃は有効打になり得ない。
にも拘わらず早撃ち勝負などというのは、手の込んだ自殺に他ならない。

「あなた分かっているの? ただのプラズマブラスターでは──」

ミサト「その、対プラズマナントカマントを破れない」

ミサト「もちろん分かっているよぉ、私も逃げ回りながらちゃんと準備したからねぇ」

「準備……?」


ミサト「プラズマブラスターのエネルギー供給リミッターを解除して、オーバーチャージ射撃が出来るようにしたからぁ」

ミサト「一発撃ったら多分壊れるけど、これで威力は十分よぉ」

当然ではあるが、無策というわけでは無いようだ。
内容自体は博打の要素がすこぶる強いが。

「なるほど……いいわ、その小細工に免じて、提案に乗ってあげる」

ミサト「さすが、話がわかるぅ」
485 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/02(金) 05:00:56.19 ID:SO93X4Vj0

決闘の取り決めを交わした二人は、先ほどと同じように近距離で対峙していた。
吹きすさぶ風に煽られた球状回転草が二人の間に転がり出でる。

ミサト「ところで、勝負の前に、あなたの名前を教えてくれない?」

生死を掛けた真剣勝負を前に、ミサトは賞金稼ぎの女に問いかける。

「……ひとたび勝負が始まれば、あとに残るのはどちらか片方だけ」

「……名を名乗る意味など無いわ」

しかし、その返事はにべもないものだった。
賞金稼ぎを生業としている以上、明日をも知れぬ身である。

「私が勝てばそもそも名乗る必要が無い」

「そして、あなたが勝てば私の名前は消える」

標的と名乗りあうなどといった感傷的な行為は、彼女には必要ないというところか。


ミサト「でもぉ、決闘の作法だからぁ、そう言わないでよぉ」

しかし、ミサトも折れない。

ミサト「それに、あなただけ私の名前を知っているっていうのは不公平じゃなあい?」

「……メグミよ」

ミサト「ありがと、覚えておくからねぇ」

少しの逡巡の後、賞金稼ぎの女はその名を告げた。
486 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/02(金) 05:03:04.33 ID:SO93X4Vj0

──────────────────────────────────────────

先ほどの、弾切れが近いのではないかというミサトの指摘は的を射たものだった。
メグミの得物である『プラズマリピーター』の弱点の一つに、弾薬の消耗が激しいことが挙げられる。
実際、残弾は数発といったところだ。

だが、残弾数の低下──あるいは弾切れは、メグミにとってはさして問題にはならない。
メグミの本領はプラズマリピーターによる遠隔攻撃ではなく、プラズママチェットを用いた高速近接格闘術である。

過剰な威力の銃撃に、これ見よがしのコッキング動作。
そして、継戦能力が低いというあからさまな弱点。
それらは全て、弾切れによる戦力低下を相手に印象付け、接近戦へ誘導するための布石に過ぎない。
攻撃手段を失ったと見せかけて相手の油断を誘い、近寄ってきたところを必殺の間合いで仕留める──メグミの常勝戦法の1つだ。

それゆえに、ミサトの言う早撃ち勝負は、メグミにとっては受ける必要のない提案だったのだが……。

メグミ「(この状況において、打開する策があるというのなら、見せてもらいたいものね)」

メグミ「(まさか、正直に決闘を挑んでくるつもりでは無いでしょう)」

決闘に際しある程度の距離を空ける必要があるため、背を向けあって歩みを進める中、相手の取り得る行動を予測する。


先ほどミサトが言っていた、耐プラズマコーティングフォトニックウィーブへの打開策であるエネルギー供給を増してのオーバーチャージ射撃は、
通常のプラズマブラスターで行う場合過負荷による銃身破裂を起こす危険も伴う行為である。
もしも暴発しプラズマ爆発でも起ころうものなら、勝負云々以前の問題だ。

あるいは、メグミを決闘の話に乗せるためのブラフで、他に何か手があるのか──。

メグミ「(さて……どう出てくるか)」

結局のところ、賞金稼ぎとしての好奇心から話に乗ったのだった。
487 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/02(金) 05:04:55.23 ID:SO93X4Vj0

メグミ「(……、……鳴った!)」

お互い背を向けたまま数十秒が経過したころ。
ついに街のデジタル時計塔がデジタル鐘声を鳴らした。
それを合図にメグミは振り向きつつ銃を抜き放つ──が、

メグミ「っ!」

そこにミサトの姿は無かった。


ミサト「ダメじゃないのぉ……宇宙犯罪者の言うことを真に受けたら」

そして、横から問題の人物の声が聞こえてくる。
すぐそばで銃を突き付けているのだろう。

互いに背を向けたことで、視線が外れた隙に回り込んだというところか。
自分から決闘形式の勝負を提案しておきながら、あまりにも小狡いやり方である。

しかし、置かれた状況にも拘わらず、メグミは落ち着き払っていた。

メグミ「やれやれね……そんなことだろうと思ったわ」

ミサト「!?」

次の瞬間、ミサトが銃を突き付けていたメグミの姿は一瞬のうちに消え去り、代わりに背後からミサトの首筋にプラズママチェットの刃が宛がわれた。
いつの間にか、ミサトとメグミの位置関係と立場がそのまま反転している。


ミサト「これは……瞬間移動……ではないかぁ」
                          
ミサト「……なるほどねぇ、立体映像と光学迷彩ね」

ミサト「さっき酒場に入った時に見えなかったのも、同じように姿を消していたってことかぁ」

メグミ「ご明察」

ミサトが看破した通り、これもメグミの常勝戦法の一つ。
個人用クローキングデバイスとホログラムプロジェクタの合わせ技による、攪乱・奇襲攻撃である。
光学迷彩で自身の姿を消しつつ、自身と同じ姿の虚像を投影し囮とする、いわば初見殺しの凶悪な技だ。
488 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/02(金) 05:06:48.08 ID:SO93X4Vj0

メグミ「しかし、まさかあなたの反撃の一手が、決闘の決まりを反故にしての不意打ちとはね」

メグミ「正直、あまりに稚拙過ぎて、失望の念を禁じ得ないわ」

自らの勝利が揺るぎないものと認めたメグミは、いかにもがっかりしたといった様子でミサトを詰る。

ミサト「そっちだって素直に決闘する気無かったんだから、お互い様でしょ?」

メグミ「……まあ、お互い様と言われればその通りね」

しかし、事ここに至ってなおミサトは飄々とした態度を崩さない。


メグミ「(この態度……ただ野放図なだけ? それとも、まだ何かある?)」

その様子に、メグミは些か訝しむ。

ミサト「でも、おみそれしましたぁ、これは私の負けねぇ」

殊勝にも自らの敗北を口にするが、しおらしさといったものは微塵も伺えない。


メグミ「そう、なら大人しく捕まりなさい」

メグミ「これ以上抵抗しなければ、命までは取らないわ」

ミサト「……申し訳ないけどぉ、捕まる気は無いの」

ミサト「出来れば見逃してもらえなぁい?」

メグミ「この期に及んで、何を言い出すのかしら」

冷ややかな目線を物ともせずぬけぬけと言い放つミサトに対し、威嚇の意味も込めてマチェットをさらに強く押し当てる。
489 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/02(金) 05:07:54.59 ID:SO93X4Vj0

ミサト「それが、お互いのためだと思うんだけどぉ……ダメかなぁ?」

メグミ「……っ!?」

メグミ「(銃砲類によるロックオンアラート……直上?)」

ミサトが猫なで声で自身を見逃すよう懇願すると同時に、
メグミの側頭部に装備された戦闘支援デバイスの脅威検出分析システムが、網膜投影による警告を表示した。

刃を突き付けたまま油断なく頭上に目を向けると、遥か上空に明るく光る物体が見える。
戦闘支援デバイスがハイライトした敵性存在──先のロックオン信号の発信源だ。
状況から判断するに、ミサト配下の宇宙戦闘機の類だろう。
遠隔操縦により、メグミを狙っているのだ。


メグミ「いつの間に……あんなものを配置していたのかしら」

ミサト「気付かれないように準備するのは結構大変だったよぉ」

戦闘機に狙われている以上、下手な動きをすればすぐに避けようのない銃撃に晒されるだろう。
超高速の三次元機動を行いつつ射撃を行う宇宙戦闘機のFCSをもってすれば、いかに距離が離れていようと人一人射貫くなど全く問題にならない。
490 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/02(金) 05:10:51.02 ID:SO93X4Vj0

ミサト「ねえ……私もね、今回はあなたに負けたと思ってるの」

ミサト「だからぁ、この勝負はお互い水に流しましょ?」

メグミ「……」

ミサトが言うには、決着をつけることなく、お互いを見逃そうということらしい。


メグミ「(なぜわざわざ私に選択肢を与えるようなことを……)」

メグミ「(これまでにチャンスはあったはず……有無を言わさず撃ちぬけばいいものを……あるいは、単純に機体の配置が間に合わなかった?)」

メグミ「(今だってそう……わざわざロックオン信号を発信して……あえて私にあの戦闘機の存在を気付かせて、手を引かせるつもりだったとでも?)」

メグミ「(気に入らないわね……)」

しかし、メグミの賞金稼ぎとして矜持が大人しく引き下がることを拒む。
先程のミサトの「お互いのため」という言葉通り、未だメグミはミサトの生殺与奪を握ってはいるのだ。


メグミ「……私達の勝負を流せるだけの水は、この乾いた惑星には無いわ」

ミサト「それ、うまいこと言ったつもりぃ?」

ミサト「……残念だけどぉ、あなたがそう思っていても、どうやら"水を差され"そうねぇ」

メグミ「……? あぁ……」

ミサトが唐突に辟易としたような様子を見せたためメグミは訝しむ。

メグミ「また面倒なのが来たわね」

だが、すぐにその理由が判明する。
戦闘支援デバイスに、新たな敵性存在が検知されたのだ。


直後、二人の至近に数発の光弾が着弾した。
491 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/02(金) 05:13:02.40 ID:SO93X4Vj0

『ようやく見つけたぜぇ、賞金稼ぎのメグミぃ……!』

『今まで散々いいようにやられてきたがぁ!! 今日という今日こそは吠え面かかせてやるぞぉぉう!!』

『調子に乗って、毎度の如く足元掬われないようにしてよね』

突然現れた正体不明の宇宙船──先ほどの攻撃元からは、乗組員のものだろうか、やたらとわめき散らす声が聞こえてくる。
どうやらメグミを目当てにやってきたようだ。


『それとぉ……一緒にいる奴は一体ナニモンだぁ!?』

ミサト「うるっさいなぁもう……!」

いかにも面倒そうに、ミサトが上空に待機させていた戦闘機に攻撃命令を出す。
すると機首から、文字通り光速の光の奔流が謎の宇宙船に向けて一直線に伸びる。

『ぐわぁっ! な、何が起こったぁぁ!?』

『攻撃よ、あそこの戦闘機から』

不意打ち気味に高出力ビームキャノンの直撃を受けた乱入者の宇宙船は、黒煙を吹きながら急速に高度を失ってゆく。

『あ、あの戦闘機はぁぁ! ……そこにいる貴様はもしや、フェリーチェ・カンツォーネ!?』

『因縁浅からぬ相手が同時に二人も見つかるたぁ好都合だぁ! まとめてプロデュースしてやるぁ!!』



ミサト「なんでわざわざ外部スピーカーで大声張りあげるかなぁ……」

メグミ「あなた、アレの知り合いなの?」

半ば呆れ顔で呟くミサトに、メグミが問いかける。
乱入者の叫んでいた内容からすると、ミサトも因縁がある様子だったが──。

ミサト「知り合いぃ? アレが? 冗談きついよぉ……知らない人ですぅ」

メグミ「あらそう……」

メグミ「(確かに、可能な限り関わり合いにならないようにすべきタイプだものね、あいつは)」

げんなりとしつつ否定する様子から、メグミもある程度の事情を察した。


メグミ「でもまあ、あのロクデナシと敵対しているということは」

メグミ「あなたは賞金首ではあるけど、悪人というわけではないのかしらね」

ミサト「私が悪人でないかは何とも言えないけどぉ、アレがロクデナシだっていうのには同意よぉ」
492 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/02(金) 05:15:01.10 ID:SO93X4Vj0

ミサト「それで……とんだ邪魔が入っちゃったけどぉ、どうする? さっきの続けるのぉ?」

メグミ「そうね……興が殺がれたわ」

メグミ「腹いせに、あのやかましいのを黙らせることにするわ」

そう言うメグミの視線の先には、墜落し体勢を立て直そうとしている乱入者の宇宙船。

ミサト「腹いせじゃないよぉ、正当な防衛」

メグミ「確かに、向こうから仕掛けてきたんだものね」

ミサト「私も、丁度いい機会だし、ここいらで禍根を絶っておくかなぁ」

先ほどまでは対立していた二人だったが、共通の敵を得た今、奇妙な連帯感を感じていた。
ともすれば、お尋ね者と賞金稼ぎという間柄でありながら、共闘している方が自然に感じられるほどである。


『おいぃ!? あんたらさっきまで攻撃しあってたじゃねぇか!』

『何で一緒になってこっち向かって来るんですかねェ!?』

乱入者の困惑も無理からぬことだ。
先ほどまで殺し合いを演じていた二人が、今は何故か自分を標的に変え向かって来ているのだ。

しかし、"敵の敵は味方"という論法に則った場合、敵対していた者同士が手を組むということは往々にしてあり得ることである。
ましてや乱入者の彼は、ミサトとメグミの両名から疎ましく思われている。


ミサト「問答無用」

メグミ「覚悟することね」

『ちくしょうめえぇぇえ!!!』

冷笑を浮かべる二人を前にした乱入者の絶叫が、夕闇の大地に響き渡った。


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493 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/02(金) 05:17:04.23 ID:SO93X4Vj0

──プリマヴェーラ号内──

ミサト「それでぇ、最終的にあの……あー、あれ、あの気持ち悪いあいつ」

メグミ「……UP」

ミサト「そうそれ、そのUPを二人でコテンパンにしてぇ、意気投合しちゃったってわけ」

P子「なるほど……そこで、ビアッジョ一家を結成したのですね」

メグミ「ま、ミサトと手を組んだお陰で、私までお尋ね者にされてしまったのだけれどね」

ミサト「もう、それは言いっこなしだって、前から言ってるでしょう?」

ミサトとメグミは、P子に乞われてビアッジョ一家立ち上げの経緯を話して聞かせていた。
二人にとって、懐かしく思う程度には昔の話である。


メグミ「それにしても、あれからUPはどうなったのかしらね」

ミサト「うーん……今まで何度も仕留めた! って思ったことがあったけどぉ」

ミサト「結局復活してるからねぇ」

メグミ「一度、あれの宇宙船ごと、恒星に向かって飛ばしたこともあったわね」

ミサト「それでも結局帰ってきちゃったもんねぇ」

ミサト「また、どこかで出てくるんじゃないかなぁ」

P子「……」


P子「(二人の間には、"思い出"が沢山あるのですね)」

P子「(いつか私も、過去を懐かしむ時が来るのでしょうか……)」

二人のやりとりを傍から眺めつつ、P子はまだ見ぬ未来に思いを馳せるのだった。
494 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/02(金) 05:18:31.42 ID:SO93X4Vj0
終わりです
UPをお借りしました

西部公演以来、絶対シェアワに落とし込むんだって意気込んでたけど、ようやく投下出来た……
495 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/08(木) 06:03:41.38 ID:LkNOvbtJ0
もう一つ書きあがったので連投します
496 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/08(木) 06:04:25.02 ID:LkNOvbtJ0

超々高層建築物が林立する世界有数の一大メガロシティ──ネオトーキョー。
文字通り天を穿つかのようにそびえ立つ摩天楼群は、訪れた者に驚愕をもたらし、その視線を釘付けにして離さない。
だが、少し目線を動かし海上(ネオトーキョー自体が埋立地の上に建つ都市ではあるが)を見やると、
陸の都市部とはまた違った存在感を放つ地域が存在する。

ネオトーキョー港湾区、通称『ウォーターフロント』。
旧東京湾の湾口──浦賀水道から太平洋上へと大きく突き出す、超巨大海洋構造物の集合体だ。
ネオトーキョーの海と空の玄関口であり、
(都心に隣接していたとはいえ)新興地域からたった数年のうちに世界中類を見ない成長を遂げた経済特区の、その物流を一手に担う運輸の要衝である。

多数の倉庫群に工場施設に港湾設備──果ては航空機の滑走路までもが築かれた大型メガフロートや、
そのメガフロート構造を係留している洋上プラットフォーム群、はたまた港湾設備上を動きまわる荷役用の大型クレーン類──。
それらの威容は、遠目に巨大な甲殻類の群れのようにも見える。


その中の埠頭の一つ。
大型貨物船の荷降ろし用桟橋に、一隻のコンテナ船が入港してきた。
タグボートに曳航されたコンテナ船が緩慢な動きで接岸し係船されると、
埠頭のガントリークレーンが船上のコンテナを運び降ろすために動き始め、港はにわかに忙しい空気に包まれた。


そんな光景を尻目に、コンテナ船のデッキから乾舷数十メートルはあろうかという高さを飛び降りる人影があった。
人影はそのまま、埠頭に降ろしてあった手近なコンテナの陰に滑り込む。
船上や港で作業を行っている人間の中に、その姿を見咎める者は居ない。
497 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/08(木) 06:06:01.29 ID:LkNOvbtJ0

むつみ「ふぅ……とりあえず、見つからないで来れましたね」

密入国紛いの動きで上陸を果たした人影──氏家むつみは、周囲の様子を伺いつつ息をついた。

クォーツ『うむ、ここまでは手筈通りだ』

彼女の相棒──宇宙から飛来した謎の存在、通称クォーツが、それに相槌を打つ。

むつみ「ネオレインボーブリッジから、下を通る船に飛び移れって言われた時はどうなることかと思いましたよ……」

クォーツ『もうそれは言うな、こうして無事にたどり着いただろう』

どうやら、すでに一波乱あったらしい。


むつみ「ネオトーキョーにアストラルクォーツのかけらが有るって話ですけど」

むつみ「なんでわざわざこんな回りくどい方法でここまで来たんですか?」

アストラルクォーツ──むつみとクォーツが探し求める宇宙鉱石だ。
今回二人(一人と一個)がネオトーキョーにやってきたのは、それを見つけだす目的があった。

しかし、ネオトーキョーに至るまでの道筋に得心がいかないむつみは、その理由をクォーツに尋ねた。


クォーツ『端的に説明すると、敵に気取られないようにするためだ』

むつみ「敵って……穏やかじゃないですね……」

むつみ「カースじゃないんですか?」

クォーツ『うむ、カースではない』

クォーツ『ただ今の段階では、まだ「仮想敵」と呼ぶべきか……事を構えることになるとは限らんのでな』


クォーツ『これから我々が向かう場所は、人の立ち入りが厳しく制限されていてな』

クォーツ『いや、制限というよりも、その存在自体が秘匿されているから──』

クォーツ『一般人はそもそもその場所を知り得ない……と言った方が適切か』

むつみ「秘匿されているって……誰から、ですか?」

クォーツ『先ほど言った、仮想敵──我々の目標を達するうえで、障害となり得る存在だ』

クォーツが言うには、コンテナ船に紛れ密航した理由は、敵対的な存在を避けるためらしい。
カース以外の"敵"と言われても心当たりのないむつみは、話を聞きながら緊張の色を強める。
498 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/08(木) 06:08:15.38 ID:LkNOvbtJ0

クォーツ『目的地──アストラルクォーツがある場所だが、対外的には「関係者以外立ち入り禁止」の区画内にある』

クォーツ『まあ、その表現自体は偽りでは無いのだが、問題はその後だ』

クォーツ『故意にせよ、知らずに迷い込んだにせよ、"関係者"以外が足を踏み入れたが最後──』

クォーツ『漏れなく行方不明者リストに加えられる事になる』

むつみ「えぇ……?」


むつみ「つまり、その"敵"が、入り込んだ人を……?」

クォーツ『それもあるだろうが、人為的な理由以外で行方不明になっている可能性もあり得る』

クォーツ『例えば、入り込んだはいいが迷ったまま出てこられなくなったり……といったところだ』

むつみ「……」



不安そうな面持ちのむつみを余所に、クォーツは話を続ける。

クォーツ『ネオトーキョーの防犯システムが、一般的な都市のそれとは比べ物にならないほど高度だということは知っているか?』

むつみ「授業で習いました」

むつみ「防犯も含めた都市機能の全てが、世界最先端のシステムで動いているって」

クォーツ『生活環境の利便化などと体よく言い繕ってはいるが、その実態は大衆を効率よく管理するための物だ』


コンピュータ制御・ネットワーク接続により管理運営され、極端なまでに電脳化が推し進められたネオトーキョーの都市機能は、
『サイバーフューチャーシティ』として、世界の主要都市でもモデルとされているほどだ。

だが、高度に一元管理されたシステムの恩恵を真に享受しているのは、そこに暮らす市井の大衆ではなく、いわゆる"支配者層"と呼ばれる存在である。

人類が文明を持ち、集団で暮らし始めたその時から、為政者はあの手この手で民衆を管理する策を講じてきた。
ネオトーキョーの都市機能管理構造はその極致と言えるものだ。
499 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/08(木) 06:09:28.21 ID:LkNOvbtJ0

クォーツ『我々の仮想敵は、この都市の、防犯機能も含めた諸々のシステムにアクセスする能力を有しているのだ』

むつみ「それって、警察……?」

クォーツ『警察ではない……警察よりも、よほど厄介な連中だ』

むつみ「そんなの……相手に出来るのかな……?」

敵が都市機能を掌握しているというクォーツの言葉が真実だとすると、これから相手をしようとしてる存在はかなりの勢力ということになる。
むつみの不安も無理からぬことだ。

クォーツ『だから、真っ向から相手にせずに済むように侵入経路を選んだのだ』

それに対して、クォーツは反論するように言葉を続けた。


クォーツ『いいか、敵が用いるシステムの中でもとりわけ厄介なのが防犯・監視カメラだ』

クォーツ『私に言わせてみれば原始的なシステムそのものだが、単純故に厄介なのだ』

クォーツ『一度捉えられれば、顔が映っていなくとも体格や歩き方など、あらゆる情報から個人を特定される』

クォーツ『「関係者以外立ち入り禁止」の場所に入り込むうえで、監視カメラ等に見つかってしまっている状態だと、目的を達成した後も追手がかかるかも知れん』

クォーツ『目的地に向かう進行順路を事前に検証した結果、陸路からだといずれのルートもカメラに見つかってしまうのだ……公共交通機関を使うなどもっての外だ』


クォーツ『そこで、海路から密かに侵入する手段をとることにした……というわけだ』

むつみ「……つまり、クォーツの案内に従えば、監視カメラに見つからずに進むことが出来るんですね?」

クォーツ『そういうことだ』

むつみ「(それなら……きっと、大丈夫……だよね)」


むつみがクォーツと出会い、非日常の世界に足を踏み入れるようになってから、度々窮地に陥ることはあった。
だが、その都度最適な解決方法を提示されており、実際その通り動くことで危機を脱してきていたため、むつみにってクォーツは「信頼に足る存在」として認識されていた。

そういった前提もあり、得体の知れない敵と対峙するかもしれないということではあるが、結局むつみの中では「今回も上手くいく」という考えに落ち着いたのだ。
少し前まで感じていた不安も、払拭できたらしい。
500 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/08(木) 06:10:59.04 ID:LkNOvbtJ0

クォーツ『理想を言えば、今日我々がネオトーキョーに存在していた事実を、全く誰にも知られることが無ければそれがベストだ』

クォーツ『もしも、万が一カース等の存在に遭遇することがあっても、人前では戦闘を避けろ』

むつみ「わかりました」

むつみ「このステージ衣装なら、見つからないようにするっていう目的に適っていますね!」


むつみが現在纏っている胴衣──いわゆる半着と呼ばれる丈の短い着物は、宵の闇に紛れる濃紺だ。
顔の下半分を覆い隠す紫紺の布は首に巻かれ、スカーフやマフラーめいてはためく。
腹部を締める帯には、何が入っているのか、瓢箪がぶら下がっている。

その姿は、一般的にイメージされる忍者あるいはくのいちと呼ばれる存在が着用する装束そのものだ。
秋炎絢爛祭において、『ニンジャヒーローアヤカゲ』と接触した際に得られたステージ衣装、『シノビトラディション』である。

文字通り人目を忍んで活動していた忍者の記憶が宿るシノビトラディションには、風景に紛れる迷彩能力と他人の目を欺く認識阻害能力、
そして、しなやかで素早い動作を可能とする運動能力が備わっている。
現在の目的に合致したステージ衣装だ。
501 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/08(木) 06:12:31.01 ID:LkNOvbtJ0

むつみはクォーツの案内に従い、人目を避けて港湾区の建物の間を抜けて進んでいく。
すると、ある扉に突き当たった。
扉が据え付けられている建物はコンクリート製で、窓などは見られない。

むつみ「港湾区第三区画東46番共同溝……ここですか?」

クォーツ『うむ、中に入るぞ』

外見より重たく感じられる金属扉を開けると、何が出てくるのかと身構えていたむつみの想像に反し、ごく普通の通路につながっていた。
壁面には様々な太さのケーブルや配管が通っている。

むつみ「……入り口には共同溝って書いてありましたけど、ここって、つまり共同溝そのもの……ですよね?」

クォーツ『うむ、ここはまだ目的地ではないぞ』

むつみ「あ、そうだったんですか」



その後もクォーツの案内で、アリの巣のように入り組んだ人気のない都市設備メンテナンス用通路を進んでいく。

クォーツ『そこの扉を通るぞ』

むつみ「はい」

通路に入り何度目かの扉を開けると、そこは遥か下方まで折り返し階段が続く階段室になっていた。
無機質なコンクリート打ち放し壁には、これまた無機質な直管蛍光灯が据え付けられている。
踊り場部分には、商業施設等によくある階数案内は無い。

むつみ「……底が深いですね」

クォーツ『ここを降りるのだ』


階数にすると数十階分だろうか。
相当な長さの下り階段を降りていくと、最終的にまたも金属扉に突き当たった。
やたらに長い階段を下った先にあるという点を除いて、一見して変哲は見られない。


むつみ「やっと一番下まで来られましたね……」

クォーツ『うむ……ここから先が"敵"の支配下だ』

クォーツ『心して進めよ』

むつみ「え? 今までは?」

クォーツ『今まではあくまでネオトーキョーの公共区画に過ぎなかったからな』

クォーツ『もちろん、一般人が立ち入る場所では無かったが──』

クォーツ『ここから先が真の「関係者以外立ち入り禁止」区域だ』

むつみ「分かりました……いよいよ、ですね」


むつみは恐る恐る扉を開け、先の通路を伺う。
今までと同じように、用途の分からない配管がいくつも壁に伝って伸びているが、通路の照明は常夜灯めいた薄暗いオレンジがかったものに変わっている。
また、公共施設において法令で設置が義務付けられている非常口案内表示や消火器等が見当たらない。
502 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/08(木) 06:14:14.60 ID:LkNOvbtJ0

むつみ「……なんですか? この雰囲気」

通路に足を踏み入れた途端、むつみは異様な空気を感じ取った。

クォーツ『ほう、お前にも感じられるか』

むつみ「はい……なんていうか……」

むつみ「今までより薄暗いのはそうなんですけど……居るだけで不安になってくるっていうか……」

クォーツ『つまり、この場所が地表とは異質の空間であるということだ』

むつみ「異質……」

言葉で言い表すことが出来なかったが、むつみは肌に纏わりつくような不快感を感じていた。
カースが出現する際にも気分が悪くなることが多いが、それともまた違った感覚だ。



クォーツ『……やはり、この下層部に来てから、周囲の空間値変動が頻発するようになった』

クォーツ『しかも、振れ幅がかなり大きいな』

むつみ「え?」

むつみが言い知れない不快感を不安に感じていると、クォーツも若干険しい声色で何やら呟く。


クォーツ『恐らく、エセリアルベルトを遮る形でこのネオトーキョーという都市が形成されていることが原因だろう』

むつみ「エセ……なんですか?」

クォーツ『惑星を巡る種々のエネルギーの循環路だ』

クォーツ『地球においては、地脈や龍脈と呼ばれているな』

思わず聞き返すと、クォーツからは宇宙的見地で考察された宇宙用語が飛び出す。
むつみは慣れたものだと聞き流すと歩みを進めるが──。

クォーツ『物質世界の混沌が具象化された都市、ネオトーキョー……』

クォーツ『その中にあって、なお混濁を深める地下空間……か』

クォーツ『まったく……怖気が立つな』

むつみ「……クォーツ?」

むつみはクォーツの独り言に対し、心配そうに声を掛ける。
いつものように勝手に感じた疑問に自己完結しているのかと思いきや、
吐き捨てるかのような、不快感を滲ませた声質が気を引いたのだ。

これまで、クォーツがいわゆる"感情"のようなものを見せたことは無かった。


クォーツ『……いいかむつみよ、私の指示する道を外れるなよ』

しかし、当のクォーツは何事も無いかのように振る舞う。

クォーツ『さもなくば、時空の歪みに嵌って二度と戻れなくなるやもしれん』

むつみ「ええ!? そんな!」

むつみ「道案内、しっかりお願いしますよ!」

むつみも、その後の発言に気を取られ、追及はしないのだった。
503 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/08(木) 06:15:07.98 ID:LkNOvbtJ0

そんな話を続けながら進んでいると、前方から金属製の案山子のような物体が近寄ってくるのが目に入った。


むつみ「な、なんですか? あれ……?」

クォーツ『あれは……ルナール謹製の"保守点検"ボットだな』

むつみ「ルナールって……ルナール社?」

むつみ「保守点検って……何を……? あれ、銃ですよね?」


金属案山子の上半身──丁度"腕"のあたりから、黒光りする筒状の棒──銃身が飛び出している。
胴体部分には、弾倉と思しきドラム状の物体が据え付けられているのが見て取れる。
おそらく、機関銃の類が備わっているのだろう。

クォーツ『あれは当然市販モデルでは無いだろうが……』

クォーツ『ふむ、設備の全自動保守点検を謳っているルナール社製メンテナンスボットだが、少し仕様を変えれば歩哨も勤まるという事だな』

むつみ「な、納得してないで! どうしよう!」

現在地は一本道の通路のため、このままでは鉢合わせるのは時間の問題だ。
その場合、今のむつみはもれなく侵入者認定をされ、攻撃にさらされるであろう。


クォーツ『武装してあるとはいえ、所詮は機械人形だ、てこずる相手ではない』

クォーツ『だが、奴を打ちのめしてその持ち主連中に異常事態を察知されるのは面白くない』

クォーツ『物陰でやり過ごそう』

むつみ「わ、わかりました」

むつみは天井から床へ通る一際大きな配管の裏に身を隠すと、慎重に通路の先の様子を伺う。
504 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/08(木) 06:16:21.37 ID:LkNOvbtJ0

案山子は着実にむつみの居場所に向かってきており、徐々に距離が詰まる。
時折、天井近くの壁面を伝うパイプから漏れ出る蒸気にボットが発する走査レーザー光が映り込み、威圧感を与える。
そのうち、低周波モーター音と共に、細身の金属が打ち合わさるようなガシャガシャとした音──恐らくはボットの歩行時に発するものと思しき音が聞こえてきた。


──そして、むつみのすぐ近くで歩行音が止んだ。


「侵入者探知……戦闘ルーチン起動」

むつみ「えっ?」

甲高いビープ音に続き無機質な機械音声が告げた言葉を聞き取ったむつみは、全身から血の気が引く感覚に見舞われた。


むつみ「っ!?」

その直後、耳元で爆竹を鳴らされたかのような凄まじい破裂音が連続して響き、眩い閃光が通路を照らした。
むつみは反射的に身を縮こませるが──。

「ひゃあああ! 堪忍してぇなああぁぁ!」

自分の後方から聞こえてきた声に気を取られそちらを見やると、人影が走り去っていくのが見えた。
どうやらボットの攻撃は別の存在に向けられたものだったようだ。


「侵入者ロスト……追跡開始」

ボットもまた、人影が逃げ去った方向へと、ガシャガシャと足音を立てながら走り去って行った。

クォーツ『……どうやら、我々の他にも命知らずがいたようだな』

むつみ「なんだかよくわからないけど、助かった?」
505 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/08(木) 06:18:23.93 ID:LkNOvbtJ0

その後もむつみは、通路を進む中で何体もの歩哨ボットに出くわす。
その都度かわし、やり過ごしつつ進む。
いよいよアストラルクォーツに近づいているというクォーツの言葉に従い、通路の角を曲がったところ、新たな存在と遭遇した。


むつみ「あれは……人?」

通路の先に、黒いローブを纏った人型(ことネオトーキョーにおいては、人の形をしていても人間とは限らない)が2体。

クォーツ『まずいな……むつみ、隠れ──』

「何者だ!!」

むつみ「っ!?」

クォーツ『遅かったか……走るぞ!』

2人組に見咎められたむつみは、一目散に駆け出した。



クォーツ『奴ら、ルナールの私兵部隊か』

むつみ「……またルナール社ですか?」

クォーツ『うむ……ようやく"仮想敵"のお出ましだ』

むつみ「え? 敵って……ルナール社が!?」

クォーツ『お前も、連中についてのキナ臭い噂は耳にしたことがあるだろう』

むつみ「それって……"悪魔の企業"とかって……でも、そんなまさか……」


ネオトーキョーの発展と共に世界トップクラスの企業へと急成長を遂げ、ネオトーキョーを事実上支配している『ルナール・エンタープライズ』。
その躍進の陰には後ろ暗い何かがあるのだという世間の風評は、むつみも聞き及んでいた。
しかし、多くの一般人の御多分に漏れず、そのような怪しげな噂も自身には関係の無い事だと気に留めた事すら無かったのだが──。

クォーツ『こんな場所に人間を送り込んで何やら嗅ぎ回っているという事は、根も葉もない噂……という訳でも無さそうだな』

クォーツ『だが、連中が何をしているのかについて思案するのは、この状況を切り抜けてからにした方がいいだろう』
506 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/08(木) 06:20:31.13 ID:LkNOvbtJ0

あても無く逃げ回っていたむつみだったが、気がつけば袋小路──通路よりは広々とした小部屋のような場所へと入り込んでいた。
周囲を探るも、他に逃げ道は無い。

むつみ「どうしましょう……」

クォーツ『こうなっては、戦うしかあるまい』

間を置かずに、先ほどの二人組も袋小路へとやってくる。
完全に追い込まれる形となってしまった。


「これ以上、逃げ場は無いようだな」

むつみ「……」

体格からすると人間の男だろうか。
ボイスチェンジャーで加工されたような無機質な音声が、殊更威圧感を強める。
顔の半分を覆う仮面によってその表情は読み取れないが、むつみは彼らから発せられるひりつくような敵意を肌で感じ取った。

「目撃者は消すよう厳命されていてな……」

黒装束の一人が懐から拳銃を取り出し、その銃口をむつみへと向ける。



むつみ「カースならともかく、人を相手に戦うなんて……」

クォーツ『この状況では悠長なことを言ってもおれまい』

初めて人間と対することになったむつみが怖気づくのも無理からぬことだが、クォーツの言う通り戦わない訳にはいかない状況である。

クォーツ『いいか、人間相手ならそれ相応の戦い方がある』

そこで、いつものようにクォーツのレクチャーが始まった。


クォーツ『この状況下においては、お前のその容姿が大きなアドバンテージとなるだろう』

むつみ「どういうことですか?」

クォーツ『カース相手ではそうはいかないだろうが、奴らは人間だ』

クォーツ『お前が年端もいかない小娘だということで油断している』

クォーツ『出会ってすぐに逃走したことも相手の油断を誘えたな』

クォーツ『そこを逆手に取るのだ』

むつみ「な、なるほど……ちょっと複雑な心境ですけど……」

クォーツ『銃を持った方の動きに注目しておけ、気の流れと筋肉の動きを見極めろ、奴の発砲と同時に攻撃に移る』
507 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/08(木) 06:22:52.14 ID:LkNOvbtJ0

むつみ「(今だっ!)」

むつみは自分を狙う拳銃の、その引き金に掛かった指が僅かに動いたのを視認すると、瞬時に射線軸より身体をずらした。
直後、乾いた発砲音と同時に、弾丸の様に駆け出す。


むつみ「これは正当防衛ですよ!」

背に下げた鞘から忍刀を引き抜きつつ、拳銃を持った方の腹部を柄頭で打ち抜く。

「ぐ……が……っ」

想定し得ない一撃を受けた黒装束の一人は拳銃を取り落とすと前のめりに倒れこみ、そのまま動かなくなった。


むつみ「(刃を当てるわけにはいかない……峰打ちでっ!)」

むつみは勢いそのまま、もう一人の黒装束を直刀の棟で打ち据える。

むつみ「(っ!? 躱された!?)」

だが、その剣閃は空を切るばかりだった。

相手はむつみの攻撃が届く直前に、後ろ飛びで距離を取っていた。
突如として攻勢に出たむつみの動きに動じることなく即座に対応したところを見るに、戦闘慣れした手練れであろうことが推測できる。



「小娘が、ふざけやがって……!」

黒装束は反撃に転じることなく、腕に装着された端末を何やら操作している。

「現れ出でよ……ッ!! フレアブラアアァァアスッッ!!!」

むつみ「うわっまぶしっ」

そして、何事かを叫ぶと、薄暗い通路が閃光に包まれた。



目を眩ます程の光が晴れると、むつみの眼前には小部屋の天井までを覆うほどの体躯を誇る巨大な生物が立ち塞がっていた。

むつみ「えぇっ!?」

その形貌を認めたむつみの顔が驚愕に染まる。


むつみ「な、何……あれ……っ!?」

地球上に存在するどの生物とも似つかないものであったためだ。



全身は赤銅色の鱗状の物体で覆われ、二本の脚で直立し、背部からはコウモリの羽を太くごつくしたような二対の翼が生えている。
上半身から伸びる腕部の先端には土木作業用のツルハシと見紛うほどの凶悪な鉤爪が生え揃っており、頭部から僅かに覗く牙も大きく鋭利だ。


その姿はまるで──


むつみ「ドラゴン……?」

おとぎ話の中の、怪物そのものだった。
508 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/08(木) 06:24:44.12 ID:LkNOvbtJ0

クォーツ『今のは……空間転移? いや、事象再現か』

クォーツ『ふむ……なかなかどうして、面白い技術を持っているじゃないか』

またもクォーツは、自己完結しつつ喜んでいる。

むつみ「感心してないで! どうしたらいいですか!?」


クォーツ『あれは、一般的にドラゴン──竜族と呼ばれる生物だな』

クォーツ『先ほどあの男は、フレアブラスと呼んでいたか』

むつみ「ふ、フレアブラスって?」

クォーツ『そうか、一般人だったむつみには見慣れないものか……』


クォーツ『炎のフレアブラス──』

クォーツ『魔界の竜族の中で、雷のテラソーギグ・氷のブリザイアと合わせ、御三家だとか、あるいは三竜だとか呼ばれている種類だ』

むつみ「ま、魔界の竜族……!?」

クォーツ『あー……今はそれは置いておくべきだ、後で説明してやる』



むつみにとっては想像上の存在であるドラゴン──。
それこそ空想物の冒険小説などではよく目にする存在ではあるが、
それが自身の眼前に立ちはだかっているという現実は、容易に受け入れ難いものだった。
だが、相変わらず落ち着き払ったクォーツの様子からすると、驚愕するほどの事ではないらしい。

むつみ「(でも、ドラゴンていったら、大抵はもの凄く強いやつじゃないですか!)」

むつみは改めて、己が非日常の中に置かれているのだと痛感する。



クォーツ『なんにせよ、あれは所詮事象再現によって生み出された紛い物の劣化コピーに過ぎん』

クォーツ『その能力も、本物の竜族には比べるべくも無いものだ』

クォーツ『戦って倒せぬ相手ではない』

むつみ「ほ……本当に?」

そんなむつみの様子を余所に、クォーツは事も無げに言い放つ。
ともすれば、今まで戦ってきたカースなどの存在と同じく、目の前のドラゴンも倒すことが出来るのではないかと、むつみにそう思わせるだけの貫禄があった。


むつみ「どっちみち、戦わずに済ますことは出来ない……ですもんね!」

意を決したむつみは、眼前のファンタジー世界から飛び出したかのような怪物を見据え忍刀を構えた。
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