モバP「世界中にヒーローと侵略者が現れた世界で」part13

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153 : ◆3QM4YFmpGw [saga sage]:2016/05/20(金) 00:03:20.80 ID:4MHH5Bh80
というわけで久しぶりの投下でした
時間掛かったわりに大して動いてなくてごめんなさいねホント
ニコお借りしました
154 : ◆zvY2y1UzWw [sage]:2016/05/20(金) 01:40:01.61 ID:WkD2Q6pb0
おつでしてー
>>140
不穏(?)な予感が二つも…?二人とも能力にまだ謎が多いっすな
でも勇者が某名探偵並に事件を引き寄せるというのはゲームやってるとなんとなく納得できる

>>152
100%カースだとやっぱり不足してる感覚とかあるんだなぁとしみじみと。暴食なら味覚はあったのかもなぁなんて思ったり
カイとニコは仲良しだなー、ほのぼの
155 : ◆6J9WcYpFe2 [sage]:2016/05/27(金) 12:12:17.77 ID:7a7NVyyR0
お疲れ様ですっ

>>153
おおっと、解決に動こうとする人たちも出てきましたねー。
学園祭3日目も、裏ではかなりのバトルが繰り広げられそうな、そんな感じがします。


みなさん、お待たせしました。(待ってたかわかりませんが)
憤怒の街再びの続きです。
例によって、千佳ちゃんと凛ちゃんをお借りしております。

>>141
二人とも、今の段階では謎の多い能力持ちなのですが、しゅがはさんの能力自体は憤怒の街編で大体は出尽くすかもしれない。
ユウキちゃんのは………まあ、色々と謎が多めです。

>>154
道を歩いてはエンカウント、街に入っては事件なりイベントなり。
大なり小なり、良きなり悪しきなり、イベントに事欠かない能力だったりww
ちなみに、勇者のアーティファクトに関しては複数ありますので、その分効果も分割されてます。
その辺は追々、設定としてまとめようかと。(ちなみにこっちはアイテムボックスと盾ぐらいしか考えてない)
156 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/05/27(金) 12:13:57.98 ID:7a7NVyyR0
「みんなに悪さする悪い子は、正義の味方ラブリーチカが、愛の力でオシオキしちゃう!」

そう決め台詞を言いながら、ポーズまで決めるチカちゃん。

感心したはぁとさんは「お〜」と言いながら拍手をしています。

「すげぇ、本物みたいだな、おい☆」

「だって本物だもん!えっへん!!」

そう胸を張るチカちゃん。かわいいですっ。

「じゃあさ、ラブリーステッキで空飛んだりできるのか!?」

チカさんは「うん!」ってうなずくと

「ラブリーステッキ!」と言って右手から杖を出し、

「フライングモード!!」と言うと、その杖から羽が出てきました。

チカちゃんはその杖にまたがり、ふわふわと浮きました。

「うおおお、すげえ!!」

はぁとさん、目を輝かせています。 そういえばはぁとさん、テレビでやってた【魔法少女ラブリーチカ】が大好きで、毎週見てたって言ってましたっけ?

「だけどはぁとだって、負けないぞ☆」

するとはぁとさんは、車の裏に隠れたかと思うと、車の上によじ登ってポーズを決めました。

「シュガーハート、参上♪」

「はぁとさん……その恰好は………」

見ると、はぁとさんは先ほどの軍服姿とは一転して、アニメのキャラクターのような衣装を着ていました。

見る人が見れば「うわキツ」とか言ってしまいそうですね………っ
157 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/05/27(金) 12:15:12.66 ID:7a7NVyyR0
しかし、チカちゃんはそうは思ってなかったようで………

「えっ!? お姉ちゃんも魔法少女だったの!?」

「ついでにあっちのユウキちゃんも変身するぞ☆」

「え、えええええっ!? わ、私、巻き込まれちゃいましたっ!?
 というか、何言ってるのですかはぁとさんっ!?」

「えっ、違うのかよ!?」

「違いますよっ! って、ああっ!?」

はぁとさんが半目で指をさしたほうを見ると……チカちゃんが目を輝かせてこっちを見てますっ!?

「ほ、ほらっ! チカちゃんが誤解して―――」

と、言いかけたところで、チカちゃんの表情が期待に満ち溢れた表情から、「えっ、違うの………?」と言わんばかりの、がっかりした顔をしているチカちゃんがっ!

そしてニヤリとしたはぁとさんが、無言でスポーツバッグを私に差し出してきましたっ!

・・・・・・・・・。

「いえっ、私も魔法少女ですっ!!」

ここはもう、腹をくくるしかっ!!
158 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/05/27(金) 12:16:41.85 ID:7a7NVyyR0

「悪い子みーんなやっつけちゃう! 正義の魔法少女、『ラブリーチカ』!!」
「心に甘い魔法、かけちゃうぞ♪ シュガシュガスウィート♪『シュガーハート』!!」
「あなたに真心、お届けしますっ! 幸せの運び屋『ポストガール・ユウキ』!!」




………やってみると、案外ノリノリでやれるものですねっ

ポーズまで決めて、なんか達成感を感じますっ!

「いやーん♪ これとってもスウィーティー☆」

すると、ポストマンさんが手を挙げて言いました。

「………一人、魔法『少女』なんていう年齢じゃねぇ奴がいるんだが」

ああっ、そのセリフは禁句―――

「しゅがぐーぱん☆」ドスッ!

「がはっ!?」

シュガーハートさんの攻撃! ポストマンさんにクリティカルヒット!! ポストマンさんは倒れましたっ!!?

「お姉ちゃん、つよーい!!」

「………ポストマンさんっ」

言いたいことを言える勇気は、見習いたいと思います………っ
159 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/05/27(金) 12:20:08.71 ID:7a7NVyyR0
「ちょ、ちょっと! 無視しないでよ!」

と、怒鳴る声がして、その声のほうを見ます。

そこには先ほど私達が乗っている車を見て逃げだした、眼鏡をかけた黒髪の女性の方がいました。

「というか、これきついんだけど! 外してくれないかな!?」

その女性は車の座席に、手足を縛られた状態で座っていました。

「ダメに決まってるだろ☆ 怪しすぎるっての☆」

「じゃあ、せめて緩めるぐらいしてよ!」

「それはこちらの質問に答えてからだぞっ☆
っと、それで、えーっと………色々聞きたいこともあるんだが、まずは一つ目っと♪
あんた、何者よ?」

「いや、そいつは逃げ遅れたり、迷い込んだりした一般人なんじゃないか?」

と、はぁとさんに殴られたところを抑えつつ、ポストマンさんが立ち上がります。

「それはないんじゃないかな♪
もう事件解決してから時間たってるのに逃げ遅れたんだったら、今頃生きてないだろ☆
服もそこまでボロボロじゃないし、顔だちとかもしっかりしてるから、その線はまずありえないと思うぞ☆
そして、迷い込んだにしても、GDFの警戒網は結構厳重に張られているから、迷い込む前にGDFに止められるだろうしな☆
となれば、その警戒網の隙をついて忍び込める奴ってことになるぞ☆
つまるところ、ラブリーチカもこいつも、ただ者じゃないってこと♪」

はぁとさんはそこで一息。そして、眼鏡をかけた黒い髪の女の人に問いかけました。

「ラブリーチカは空を飛んでやってきたってことは、さっき証明してもらった。
なるほど、GDFも空には警戒網を張れていない。 そんなの想定してもなかっただろうしな☆
だが、あんたは空を飛べるような人とも思えない。
それでも、GDFの警戒網を潜り抜けてきたあんたは一体何者よ?」
160 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/05/27(金) 12:21:48.29 ID:7a7NVyyR0
そう問いかけられた女性の方は、少し迷いながらも、答えます。

「渋谷………凛。」

「し、渋谷 凛………?」

「知っているのか? ポストマン」

「ああ。 前にひなたん星人と名乗る女性が、小動物の姿をした怪獣を倒したというニュースがあっただろ?
あの時、そのひなたん星人と我々に協力してくれた女性だ。」

そう言って、凛さんのところに近づくポストマンさん。

ポストマンさんは帽子を脱ぐと、手を額に当てて敬礼をしました。

「君のことは、他のGDF隊員から聞いている。 あの時はご協力に感謝する。」

「………じゃあ、その感謝ついでに、この縛っている紐とか解いてくれないかな?」

「駄目だ。 それとこれとは話が別だ。
なに、こちらの質問にちゃんと答えてくれれば、無事に帰してやる。」

「………わかった」

凛さんは渋々と答えました。

「で、その凛ちゃんは一体何者よ?」

「俺が聞いた限りだと、研究者とか名乗ってた気がするな。」

それを聞いた途端、「げっ………」とはぁとさんが口を漏らしていました。
161 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/05/27(金) 12:23:05.44 ID:7a7NVyyR0
「ま、まあ、凛ちゃんの素性は何となくわかった。
じゃあ、質問その2♪ ぶっちゃけ、何が目的よ?」

はぁとさんが2本の指を立てて問います。

「新種のカースを見に来ただけだよ」

「は? なんだって?」

「だから新種のカースを見に来ただけなんだってば!」

「いや、言ってることはわかるが、なんだってそんなことを?」

「カースの研究をしてるの」

「………カースの研究?」

「そう。 カースの習性だとか、特徴だとかを独自で研究をしてるの。」

「独自でってことは………一人でってことか?」

「いろんなことを知りたいから、一人で好き勝手にやってる。」

「それは………何かしたいことがあってなのか?」

「いや、ただの興味本位」

その言葉を聞いた瞬間、はぁとさんが頭が痛そうに右手をおでこのところに持っていきました。
後で尋ねたところ、「興味本位で研究されるほど、厄介なものはねぇよ☆」と遠い目で語ってくれました。
………この後のことを考えれば、納得できますね。
162 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/05/27(金) 12:27:07.87 ID:7a7NVyyR0
そして、興味本位で来たという理由を聞いて、しばらく言葉を詰まらせていたはぁとさん。
ただの興味本位で憤怒の街に行く、凛さんの行動力には、私もちょっと驚きました。

「?? どうしたの?」

と、たずねられて、やっと口を開きました。

「ああ、つまりあんたは………趣味で博士をやってるとか、そんな類の奴なのか?
ほら、テレビでたまにやってる、役に立つのかわからない発明をしている奴とか☆」

「いや、当たってるかもしれないけど、役に立った実績あるし!!」

「まあ、今はそういうことにしといてやるよ☆」

「そういうことってどういうこと!?」

………ともかく、とはぁとさんが話を区切りました。

「ここは危ないし、あんたの素性もよくわかってないから、一緒についてきてほしいんだが?」

凛さんはそれを聞いてしばらく考えていたようですが、承諾してくれました。

「ラブリーチカちゃんもそうだけど、ほかにも気になることがいっぱいあるしね」

はて? 気になることっていうのはどういったことなんでしょう?
そのころの私は、そんなことを考えていました。

================================================================
163 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/05/27(金) 12:30:57.30 ID:7a7NVyyR0
………この人達は、本当にGDFなのだろうか?

凛の頭の中には、そんな疑問が浮かんでいた。

普通のGDF隊員であれば、私みたいな素性もわからない人を放っておく訳がないとは思う。

………まあ、それはいい。

それよりも―――はぁとと呼ばれていた女の人にただならぬ雰囲気を感じる。

そして、赤い服と帽子を被った、ユウキと呼ばれていたこの女の子は一体なぜここにいるのだろうか?

車にはGDF所属のマークが入っているが、なぜそのGDFが女の子を乗せて車を走らせているのか?

そして、あの早着替え………あれの仕組みは一体どうなっているのか?

はぁとと呼ばれていた人の話しぶりから考えれば、あいつらの正体は………芸人?

いや、芸人だとしたら、なんでここに来たのかわからない。



………やっぱり怪しすぎる。 隙を伺って逃げてしまおうか。

だが、逃げるということを考えると、面倒なことに三人もいる。

一人であれば、手持ちのビー玉とかいろいろ使えば撒けるとは思う。

だが、二人となると難易度は格段と上がる。

一人の隙をついたところで、もう一人の隙もつけなければ、銃で撃たれて終わり。

それが三人である。 普通に逃げ出すのは無理だ。

であれば、例えば何かあって車から二人が車から離れた時を狙って逃げるしか無いだろう。

カースが襲ってきたときにでも、隙を見つけて車から逃げ出そうか?
164 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/05/27(金) 12:32:44.92 ID:7a7NVyyR0
―――ああでも、しかし、せっかく見つけた『人型のカース』をこのままみすみす逃すわけにはいかない。

そう思い、ふとラブリーチカと名乗る少女の形をしたカースを見て―――

あれ?

最初に見た時と雰囲気が違う気がする。

………何が違う?

そうだ、あのカースはさっきまでどこか雰囲気が暗かったような気がする。 でも今は?

アニメの主役キャラを演じている姿は、まるで無邪気な子供のようだ。 見ていて可愛らしい。

………待てよ?

感情のままに動くカースはいくらでもいるけど、ここまで人間の子供らしいカースっていたかな?

………ひょっとして、新種のカース?

だとすれば、何としてても、じっくりと観察したい。というか、このまま連れて帰りたい。

そうやって、いろいろと考えを巡らせていると、ふととある考えに至った。

そうだ、身体的な特徴をつかめれば、多少なりとも何かわかるかもしれない。

そうであれば、善は急げ。私はラブリーチカを呼んだ。

「なにー? どうしたの?」

その提案は考えを巡らせて、巡らせて、巡らせまくって、考えがまとまった結果に出た提案。

そう、それは―――

「チカちゃん、一度服を脱いでその体を見せてもらってもいいかな?」

=====================================================================
165 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/05/27(金) 12:34:32.77 ID:7a7NVyyR0
私達は再び、車で憤怒の街を走っています。

運転席にはポストマンさん、助手席にはぁとさん

後ろには私と、チカちゃんと………簀巻きさんが1名………。

「ねぇ、この簀巻きとってよ! 動きづらい!!」

「駄目に決まってんだろ、変態☆」

「確かにあのままにしたら、色んな意味で危ないからな………」

「まさか、凛さんがこんな変態さんだったなんて………っ」

「いやそれ違うから! みんな誤解してるだけだから!!」

一方、チカちゃんはよくわからないのか首をかしげていました。

「??? なんで凛お姉ちゃんは簀巻きにされているの?」

「チカちゃん、いいですか? 世の中にはああやって女の子に興奮を覚える人がいまして――」

「私、そういうのじゃないから! いたってノーマルだから!!」

「えっと、それならチカちゃん、ちょっといいでしょうかっ?」

私はチカさんにこっそり耳打ちをします。

「うん、いいよ!」

私はチカちゃんに耳打ちし、それを聞いたチカちゃんは着ている上の服の裾をつかみました。


・・・・・・・・・・・・・・・


「チカちゃん、その裾を上げて! 服の中の様子を見せて!!」

「ほらやっぱり同じじゃないですかっ!!」
166 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/05/27(金) 12:36:36.66 ID:7a7NVyyR0
「違う! 私のはもっと高尚な目的なの!!」

「人の体を覗こうとする行為のどこが高尚なんですかっ!?」

「うっ、そういわれると………だけどここは引けない!!」

なんて言い争いをしていると、ヴーヴーという音がしました。

「あ、ハンテーンかな? ちょっと私のスマホ取ってくれる?」

「うん、わかっ――」

「チカちゃん、ここは私が取りますっ!」

そういって、私は凛さんの簀巻きの中に手を突っ込みました。

そして、すぐに端末を取り出そうと簀巻きの中を探るのですが………

「むむむ………なかなか見つかりませんっ」

「………ふふっ」

「………はっ!?」

よく見れば、スマートホンらしき端末は簀巻の中ではなく、外に落ちていました。

そうして凛さんの顔を見ると、ニヤリとした顔で私を見て言います。

「私の服の中にあるとは言ってないよね?
脱がせてって頼むのが変態なら、勝手に簀巻の中の私の体を手で触るのはもっと変態なんじゃないかな?」

ーーーやられましたっ!?
167 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/05/27(金) 12:38:18.56 ID:7a7NVyyR0
「さっき変態って言われた仕返し。」

「ぐぬぬ……覚えといてくださいねっ!」

そう言って、凛さんの横に落ちていたスマートフォンを拾い――

『テェーン!!』

「はわっ!?」

私は驚いて尻もちをついてしまいました。

「あいたた……」

「ふふっ、驚いた?」

見ると、画面上には茶色い動物の姿をした可愛らしいキャラクターがいました。

「あ、あのこれは……っ?」

「この子はハンテーン。私の……うーん……」

『てん!』

そういって、右手を上げて挨拶してくれました。かわいいですっ!
私も手を振り返します。

「私の……ペットかな?」

『てーん!?』(なにぃっ!?)

あ、喋ってることを画面上で訳してくれてますね。

『てんてーん!はんてーん!!』(いつからお前のペットになったんだ!訂正しろ!!)

「あ、あの、ハンテーンさん、怒ってますけどっ」

「あー、もうわかったから。ごめんってば。」

そういって怒ったハンテーンを宥める、簀巻姿の凛さん………うーん………。
168 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/05/27(金) 12:39:15.64 ID:7a7NVyyR0
『……てんっ?』(むっ?)

「?」

ハンテーンさんが急におとなしくなったので、「どうしましたっ?」と聞き返しました。

すると、画面から地図が現れ、その地図の赤い光点を指差し、

『てんてーんてーん!』(近くにカースがいるぞ!)

「えっ!? カースの位置がわかるのですかっ!?」

すると凛さんが代わりに答えました。

「ハンテーンは近くにいるカースを見つけることができるの。」

「その話は本当なのか?」

話を聞いていたはぁとさんが私達の方を向いて聞いてきました。

「うん。 おかげでカースに会わずに街に侵入できたんだ。」

「なんだって、そんなもの持ってるんだ?」

「あっ、ええっと、同じ眼鏡好きな友達にもらったんだ。」

「へぇ〜♪ ともかく、その携帯でカースの位置がわかるんだよな? まじ助かるわ☆」

その言葉に、凛さんは頷きました。
169 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/05/27(金) 12:41:44.59 ID:7a7NVyyR0
「なるほど………そして、その地図によると前方にカースが―――って、前方っ!?」

と驚いたのも束の間、車がキキィーッっと音を立てて急停止しました。

「おい、あぶねぇよポストマン☆」

「いや、ちょっと待て。なんか音がしないか?」

そう言われて、少し落ち着いて、よく注意して耳をすますと………ガリガリという、石のようなものを砕いているかのような音が聞こえてきました。

「確かに、変な音がしますね………っ」

そう私が話すと

「うん、ガリガリキュルキュルって音がしてる!」

と、チカちゃんが言い、

「これは………キャタピラの音かな?」

と、凛さん。 ――簀巻きのままなので、チカちゃんに支えてもらっています。(チカちゃん、力持ち?)

そして前を見ると、ちょうどグレーの色をした戦車が横から現れました。

その戦車には……小さいですが、GDFという文字とマークが書かれていました。

「あの戦車、GDFの……?」


そうして戦車は長い砲身を


「さっき言ってたカースの反応って、どこからしてたんだ?」

「ええっと、前方からってハンテーンさんが言ってましたっ」


ゆっくりとこちらに向けて


「ってことは………あの戦車を操ってるのって………カースってこと………ですかっ?」

「おそらく、そうなんじゃないかな☆」


ガコンという音を立てて、止まりました。





『―――やばいっ!!』
170 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/05/27(金) 12:43:42.36 ID:7a7NVyyR0
「何かに捕まれっ!!」と叫び、ポストマンさんが慌てて車を急発進。

ハンドルを切って車体を滑らせ、ちょうどあった広い交差点を車を滑らせるようにカーブ。

すると、ドンッ!!って音と共に戦車の砲身が光り、今まで通ってきた道からドォン!!という音が聞こえました。

私達が乗っている車はカーブを曲がり切って、そのままスピードを上げて戦車から逃げます。

後ろからはガリガリキュルキュルと音がしています。

「ポストマン! これが例のアレか!?」

「ああ、そうだ!!」

「まだ追いかけてきているようですっ!!」

「何回か曲がれば撒けるだろうよ!!」

そうポストマンさんが言った瞬間、ガンッ!!という音が車の前方からしました。

何かにぶつかったようですが・・・・・・後ろを向いていて、この車とぶつかったであろう破片がちらっと見えた私にはわかります。

「あのっ、立入禁止の看板がっ!!」

「不可抗力♪ っていうかなんでこんなところにあるんだよ☆」

「あはははは! びゅーんびゅーん!!」

その後、戦車も後を追っかけては来たものの、全速力で逃げる私達の車に戦車は追いつけず、交差点を何回か曲がったところで、戦車の姿が見えなくなりました。

どうやら、なんとか振り切ったようですねっ。
171 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/05/27(金) 12:44:33.28 ID:7a7NVyyR0
近くに戦車がいなくなったことを確認して、ポストマンさんは車を止めました。

「………びっくりしたぁ☆」

「………本当にギリギリでしたねっ」

そうして、一息ついたポストマンさんがこちらを向いて言いました。

「………今のが、『コラプテッドビークル』だ。」

「遅えよ☆」

―――前途多難ですっ!!

「さっきのがこの街のカース?」

「ん? ああ、そうだが?」

「………ふーん」

それを聞いた凛さんの顔は、どこかつまらなそうな顔をしていました。………簀巻きの姿で。
172 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/05/27(金) 12:51:17.63 ID:7a7NVyyR0
今回は以上っ!
次回はやっとチカちゃんの家に………つけるかなあ?
ただ、かなり上手く行き過ぎてるので、何らかの波乱はあるのかも。

とりあえず、これからもちょこちょことですが書いていきますので、よろしくお願いします。


<おまけ>

凛「ねぇ、私、これでもシンデレラガールなんだよ?」

凛「それなのに変質者扱いで簀巻き姿にされたりとか散々な扱いされてるんだけど?」

………善処します。
173 : ◆zvY2y1UzWw [sage]:2016/05/27(金) 21:35:27.19 ID:XyKHqr8N0
おつです
凛ちゃんのまさかの発言に笑った…ww研究対象が目の前にいて必死だったとはいえww
やっぱり戦車が襲ってくる憤怒の街の危険度は高いなと改めて認識し…簀巻デレラ…ww
174 : ◆An8BJh0Y1A [sage]:2016/05/28(土) 20:25:18.16 ID:MTQmSyk0O
乙ですです

改めてマストレさんと怠(惰な感)情Pを予約させて頂きます
175 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2016/06/10(金) 21:46:02.78 ID:cqJ1gQLKo
忘れないうちにそろそろ保守
176 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2016/06/17(金) 21:56:29.88 ID:Lzf9MzY5O
ドーモ
あんまり長くないやつ投下します
177 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2016/06/17(金) 21:59:33.35 ID:Lzf9MzY5O

「アラァ、おかえり洋子ちゃん」

 思いがけぬ声に斉藤洋子は立ち止まり、その方向を見やった。恰幅の良い白髪の婦人が、こっちヨと言わんばかりにニンマリと笑み、手招きしていた。
 日課の早朝クライムハントジョギングを終えたばかりの洋子は軽く会釈し、一瞬の思考で次にとるべき行動を選び取った。
 この老婦人、洋子が住まう老朽安アパート『ショウワ・ハイツ』の管理者たるオーヤ婆は、世話好きで話好きだ。
 本来このタイミングで遭遇するのは避けたい相手だが、今日はクライムハントジョギングの成果ゼロ、ランニングウェアは健在であった。
 洋子は未だ火照った身体を手で扇ぎながら、マスター・オーヤのもとへ向かった。

「ごめんなさい、ちょっと汗臭くなっちゃってて」

「イイのイイの、ホントちょうどいいとこだったワ。アタシね、今日オンセン行くから。フラ会でネ。日中空けることになっちゃうから。ネ」

 オーヤ婆は意外にも長話をするつもりはないようだった。彼女はジェスチュアで洋子を101号室の玄関先に留め置き、パタパタと慌ただしく室内に消えた。
178 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2016/06/17(金) 22:02:36.72 ID:Lzf9MzY5O

 およそ10秒後、再びパタパタと現れた彼女は、身の丈の半分はあろうかという大きな段ボール箱を抱えていた。

「洋子ちゃん昨日留守してたでしょ? 宅配便来たけど、あんまり大荷物だからアタシの方で預かっててね、早いうちに渡せて良かったワ。あ、中身は見てないからネ、トーゼンだけど、ネ、安心なさいな」

 洋子はズシリと重い段ボール箱を受け取り、その上にしめやかに鎮座するオマケ……センスの疑わしいゴシック体で『ミラクルご案内』『あなただけ特別』など刺激的フレーズが印刷された茶封筒を見つけた。

「これもですか?」

「あ、ソレね、アタシの代わりに顔出しといてちょうだい。なんか記念品とか貰えるんだって。洋子ちゃんにあげるから。ネ?」

「えっ?」

「洋子ちゃんにもタメになると思うから。ホラ、なんか美容に興味、みたいなこと言ってたじゃない?」

「え、ええと……あ、はい、ありがとうございます」

 洋子の答えは曖昧であったが、オーヤ婆はもはや用済みとばかりに、普段使いより二回りも大きなバッグを抱え、抜かりなく施錠して足早に去った。
 取り残された洋子は、茶封筒に視線を落とし、ウーンと唸った。ひとまず荷物を持ち帰るのが先決か。彼女は104号室へと歩いた。

 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
179 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2016/06/17(金) 22:06:56.90 ID:Lzf9MzY5O

 炎の能力者となって以来、洋子の体温は平熱でも40℃近い。自慢の美肌、起伏に富んだ肢体を流れ伝う42℃の湯も、彼女にとってはぬるま湯に等しい。
 シャワーを浴びてリフレッシュ完了した今、洋子の思考は底抜けに前向きだ。降ってわいた面倒事も実際チャンス。
 封筒の中身は何らかの美容セミナー案内状であり、外装の脱力感とは真逆のいやに凝ったレイアウトが、文面からにじみ出る胡散臭さをいくらか軽減していた。
 無論、そういったごまかしは洋子に通用するはずがなく、むしろ彼女は腹立たしささえ感じた。

(美容には早寝早起き、ご飯と運動……毎日の努力が大切なの。ミラクルなんてあり得ないんだから!)

 それは洋子自身の経験則である。美容だの健康だのを謳う商品のうち、かつて彼女の試した限りでは、満足できたものは一握りもなかった。
 この手のセミナーはもっと悪質だ。黒もしくは限りなく黒に近いグレーの詐欺業者が、女性の生涯の夢をせせら笑い、搾取する、悪徳商法のロビー。見逃す理由はない。
 加えて、洋子個人としても切実な事情があった。ヒーローデビューを果たして二ヶ月、未だスポンサーは付かず、ヒーロー活動で安定収入を得るには至っていないのだ。

(裏にいるのはヴィラン? ただのペテン師? どっちにしても、バーニングダンサーの名を上げるために薪になってもらうよ!)

 バスタオルで髪、顔、身体と撫でるように拭う。後は己の発する熱で勝手に乾く。ヒノタマの能力は便利さをもたらすが、一方でデメリットも無視できぬものだ。
180 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2016/06/17(金) 22:10:00.01 ID:Lzf9MzY5O

 飾り気のない下着はハカクドーで5組1000円の特価品。実家から届いたばかりの仕送りから引っ張り出したTシャツとショートパンツは成長期途中に着ていた古いもので、ワンサイズ小さい。
 炎の踊り子装束を纏うたび、元の衣服は焼失する。ヒーローとして戦い暮らすことは、洋子が思っていた以上に、年頃の娘の大切な何かを犠牲にしているようだった。

「せめて、ちゃんとしたものを着られるぐらいには……」

 そのためにもクライムハントだ。安定収入が先か、衣服尽きて失意の帰郷が先か。洋子はチャブ上の茶封筒を手に取った。
 流し台兼洗面台に打ち付けられた鏡が、彼女の今を無遠慮に映す。衣服の丈は上下ともかなり短く、しかもボディラインが露わだ!
 Tシャツの胸にプリントされた素性の知れぬキャラクターは左右に引っ張られ、彼女を嗤っているように見えた。

「……うぅ」

 洋子は数秒間の逡巡の後、仕送り段ボール箱から野暮ったくもサイズには余裕のあるシャツを1枚引っ張り出し、煽情的な姿を隠すように羽織った。
 小さくひと呼吸した次の瞬間、鏡の中の洋子の顔は既に恥じらう小娘ではなく、戦いの場に赴くヒーローのものに変わっていた。

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
181 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2016/06/17(金) 22:13:15.18 ID:Lzf9MzY5O
 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 問題の美容セミナーの会場は旧東京エリア・シタマチの一画、何らかの更地に(おそらく無許可で)建てられた大規模プレハブ建造物であった。
 受付で案内状を提示すると、『美容エキス』とプリントされた袋――キャンディの試供品――を手渡された。これが記念品であろう。
 会場に集まった客の年齢層は概ね二極化しており、美容に敏感かつ社会人より時間の融通が利く思春期付近の学生と、相当額を貯め込んでいるであろう高齢者が目立つ。
 誰もが深海魚めいて目をぎらつかせる一方で、熱に浮かされた客席に疎らに配された異物、狩りの悦びを満面の笑顔で塗り隠した彼女らは、およそ20代から30代。間違いなくサクラだ。

「うん、フツーにおいしっ」

 洋子は記念品の『美容エキス』キャンディを一粒、吟味した。有害薬物ならば即座に口内焼却するつもりであったが、ヒーロー味覚はそれが砂糖と水飴と香料の塊に過ぎぬと安全サインを出した。
 ややあって、光沢のある紺色スーツとラメ入り赤金ネクタイでキメた薄毛の中年男が、ゴザ敷き客席の正面壇上に姿を現すと、会場内の喧騒はいくらか収まった。
 男はオジギし、人懐っこさを演出する笑みを浮かべて口を開いた。

「エー、皆さんね、エー、今日はお忙しいところをね、よくおいで下さいまして。せっかくですのでね、今日ここにいらっしゃる皆さんだけにですよ、いや皆さん美人さんばかりなんですけれども、もっとお美しくなっていただけるチャンスをですね、私ども、特別価格でご用意させていただきまして」

 オオ、と最初は数人分の疎らな声が、すぐに波となってどよめいた。洋子は小さく鼻を鳴らした。言葉数が無駄に多く、決してスムーズとは言えない進行。三流MCか?
 否、これは演技だ。こうした不完全という人間臭さの演出は、客のわずかに残った不信感を払拭し、財布の紐を緩めやすくする効果がある。
 集団催眠めいて判断能力を鈍らせ、商品を買わせる、悪徳商法でも初歩……だが、手口は鮮やかだ。洋子は何年も前の学校での授業を思い出しながら、口の中でキャンディを転がす。
182 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2016/06/17(金) 22:16:24.80 ID:Lzf9MzY5O

 油断ならぬヒーローは目を閉じ、会場内の感情を探る。嫉妬、強欲、微かに色欲。こうした胡散臭い商売にはまり込む者は、思考さえも等しく曇っているものだ。

「ハイ、これね、皆さんにお配りしたと思いますけれど、もうお召し上がりになった方、いらっしゃいますか?」

 疎らに腕が数本スッと伸び、会場内の注目を集める。

「ああ〜ありがとうございます! ね、おいしかったでしょ? これね、美味しく舐めるだけ! 舐めるだけで、美容に役立つ成分が手軽に摂れちゃう」

 カサカサと音。続いて「オイシイ」のさざ波。狡猾なやり口だ。正体は普通のキャンディ。菓子としては高いがサプリメントより遥かに安い価格設定。
 持ち金の少ない思春期学生でも、あまり気を張らずに買えるこのキャンディは、男の言うには限定200袋。これはすぐに……おお、見よ! 30秒とかからず完売!
 その後も怪しげな美容商品即売会は滞りなく進行した。仕掛けるタイミングを計りつつ洋子が試供品キャンディ最後の一粒を口に放り込んだその時、ニューロン内にノイズが走った。
 会場内には相も変わらず嫉妬と強欲、そして小さくも鋭い憤怒。……憤怒!?

「ペテン師めッ!」

 出入口ドアを蹴破り、女が一人乱入! 顔を黒い包帯で覆ったその女は、勢いのまま壇上に駆け上がった。司会中年男の手中のビン入り錠剤を奪い取り、足元に……叩きつける! 錠剤散乱!

「おや、私どもの取り扱い商品にご満足いただけませんでしたか? そうですね、エー、やはりこういう品は合う合わないがございますのでね、ハイ、お話は後ほど伺いますので」

 中年男は進行を妨げられた不快感を隠し、にこやかに対応。だが、会場の四隅に控えていた黒服達に抜かりなく目配せしていた。黒服達は電磁警棒を抜き、乱入者を排除にかかる。

「ユーザーナメるな! 思い知れーッ!」

 天を仰ぎ絶叫する女の口からマーライオンめいて黒い泥が噴出、彼女自身に降り注ぐ。おお、何たる美容を謳いながら実態は醜悪な悪徳商法の場に似つかわしくおぞましい光景であろうか!
183 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2016/06/17(金) 22:19:37.86 ID:Lzf9MzY5O

 女は黒い泥に全身を包まれ、その姿は実際カーボン製マネキン! だが、その泥の肉体は表面が未だボコボコと脈打ち、さらなる成長を予感させる!

(これ、ヤバイでしょ! ハイーッ!)

 洋子は咄嗟の判断で攻撃的思念を放ち、会場内に満ちる負の感情のうち強欲を焼き滅ぼすことに成功していた。
 この対応は正しかったが、不足であった。人が密集する閉鎖環境下で極限に高まり、濃縮された強烈な感情は、その半分を失ってなおカースを育てるには充分!
 女と嫉妬を取り込んだ憤怒のカースは今や全高4メートル、ドグウめいて異様なメリハリのついた巨体は、歪にねじ曲がり枝分かれした細く長い腕を幾本も生やす。
 ドグウの頭が本来あるべき部位からは、カーボンマネキン……否、カーボン女神像のごとき女の上半身が生え、巨体の表面いたる所に嫉妬の結晶たる目が、鼻が、口が無数にレリーフ! 奇怪!

「営業妨害コラーッ!」「損害賠償請求!」「訴訟も辞さない!」「別室で話し合う!」

 黒服達は日頃と同様、遵法精神で恫喝。だが、カースに法もビジネスも無意味! 怒りの鉄拳が打ち振るわれ「「「「アバーッ!」」」」黒服全滅! 亡骸は黒い泥に飲み込まれ、骨の一欠片も残らぬ。
 眼前の凶行に客席は混乱、買ったばかりの美容アイテムさえ置き去り、我先にと小さなドアに殺到する。無論、洋子は臆することなく客席から回転跳躍!
 天井すれすれを飛ぶ身体が朱色の炎に包まれ、またも焼失した衣服が白い灰と舞った。壇上に着地を決めたバーニングダンサーの右手はチョップの形で、炎を纏っていた。

「プリミティヴ・バーニングダンサーです」

 聖炎の踊り子ヒーローは、ドグウ・ゴーレムのカースに厳かに一礼した。
184 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2016/06/17(金) 22:22:44.38 ID:Lzf9MzY5O

「ヒーロー? バーニングダンサー? ……フ、フフ……ウワハハハ!」

 MC中年男は事態をようやく飲み込んだと見え、朱色のヒーローが少なくとも敵ではなく、むしろ彼を守らんとしている事実に勝ち誇るように笑った。
 その眼前50センチにバーニングダンサーのカエンチョップによって焼き切られたカースの腕の1本が落ち、彼は表情を凍りつかせて失禁した。

「「「ヒーローッ! 邪魔シナイデ!」」」

 無数の口が一斉に怒りを叫んだ。同時に、幾本もの腕からそれぞれ五指がピアノ線めいて伸び、鋭利な爪と指そのものによる刺殺・切断殺を狙う。
 投網のごとく逃げ場なき包囲攻撃! だが……おお、見よ! 踊り子はヒーロー反射神経とヒーロー第六感、そしてヒーロー柔軟性を最大限に発揮し、恐るべき殺戮ワイヤーを次々と捌く!

「ハイッ! ハイッ! ハイッ! ハイイーッ!」

 何たるカースに再生を許さぬ連続かつ攻防一体のアーツか! これぞバーニングダンサーの処刑舞踊、バーニングダンス!
 そして彼女は野良ヒーローながら、対カース戦闘においては実際スペシャリストであった。刺殺斬殺ワイヤー触手を避け、弾き、焼きながら着実に前進し、ドグウカースは直接攻撃圏内!
185 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2016/06/17(金) 22:26:56.04 ID:Lzf9MzY5O

 踊り子の両手に朱色の装飾短剣が生み出された。ドグウ体表の怒れる無数の目に「ハイーッ!」突き刺す! 炎上! 「ウアアーッ!」
 ドグウカースは苦し紛れに腕を振り回す。バーニングダンサーはその1本に跳び乗り、勢いを利用して敵の背後に着地! 足場にされた腕は白い灰と化して崩壊!
 踊り子の両手に朱色の装飾短剣が生み出された。ドグウ体表のすすり泣く無数の鼻に「ハイーッ!」突き刺す! 炎上! 「ウアアーッ!」
 ドグウカースは苦し紛れに残り少ない腕を振り回す。バーニングダンサーはその1本を掴み、ロープアクションめいて敵の背後に着地! 勢い余ってちぎれた腕は白い灰と化して崩壊!
 踊り子の両手に朱色の装飾短剣が生み出された。ドグウ体表の呪詛を紡ぐ無数の口に「ハイーッ!」突き刺す! 炎上! 「ウアアーッ!」

「フ……復讐……返セ、私ノ……」

 ドグウカースの巨体は今や朱色の聖炎に包まれ、滅びの時を待つばかり……否! 光沢カーボン女神像は今なお健在! ドグウから下半身を引き抜き、眼下の踊り子に急降下攻撃を仕掛ける!
 女神像カースの両腕はカミソリめいて鋭く薄い刃! 憤怒と嫉妬の重圧!

「返セ! 私ヲ……ッ! 返セッ!」

 バーニングダンサーの双眸が朱色に燃え、見上げた空間が灼熱に揺らぐ。両腕の踊り子装束は形を捨て、聖炎そのものに還る。

「ア! ア! ア! アアアーッ!」

「ハイイーッ!」

 触れるもの全てを焼滅する熱波の盾も、強烈な感情に鍛え研ぎ澄まされたカースの刃を完全に滅ぼすには至らなかった。
 炎の右手が憤怒の刃を弾き、灰と変える。一方、炎の左手より速く踊り子に届いた嫉妬の刃は、その左頬から大きく形のよいバストにかけてザックリと斬り裂き、直後に燃え落ちた。
186 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2016/06/17(金) 22:30:19.75 ID:Lzf9MzY5O

 傷口から噴き出した血が重油めいて燃える。バーニングダンサーは静かに呼吸を整え、女神像カースの胸をチョップ突きで貫いた。

「……ごめんなさい」

 洋子は俯き、声を震わせた。引き抜いた手の中で、小さな球体……カースの核が二つ、燃え尽きて崩れ去った。
 女とカースの結びつきはあまりに深すぎた。シュウシュウと異臭を放つ煙とともに、黒い泥が霧消していく。女には両腕と、腰から下がなかった。もはや助かるまい。

「あ……ぁあ、悔しいなぁ……これで全部、オシマイ……取り戻すことも、掴むことも……」

 今や女の素顔が露わだ。岩塊めいて土色にひび割れ、赤い肉が覗くほど変形したその顔は、何らかの薬物被害によるものか。然り、彼女はこの悪徳商法の被害者であったのだ。
 ……その時、洋子は信じがたい光景を目の当たりにした。依って立つ感情を聖炎に焼かれ、命尽きたはずの黒い泥が、女の顔を這い進んでいくではないか。
 失われた美を埋め合わせ、取り戻させんとするかのごときその様は、己を産み落とした哀しき復讐者への最期のはなむけであったか。

「……キレイ」

 洋子は無意識に呟いていた。黒い泥で土色をつなぎ合わせた顔に微笑を浮かべ、復讐の女神は静かに消え去った。洋子は両目の周りに付着した白い灰を、右手の甲で乱暴に拭った。

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
187 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2016/06/17(金) 22:33:23.00 ID:Lzf9MzY5O
 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 コップ1杯の水を飲み干し、流し台兼洗面台に打ち付けられた鏡に映る下着姿を見る。左頬、そして左胸に縦に走る傷は、今なお血が滲み、艶やかに赤い。
 ヒノタマの意思はこの傷を焼き塞ごうとしたが、洋子の意志は頑として拒んだ。ヒーロー回復力がある以上、三日で完治する傷だ。ならばせめて、その三日間だけは忘れずにいるために。
 小さなテレビから聞こえるニュース音声は、今日の一件の顛末を伝えていた。……洋子が去ったと入れ違いにアイドルヒーローが到着し、生き残りの関係者数名を拘束したという。
 プレハブ建造物を無断で建てられた地権者から排除要請が寄せられたことが直接の理由であったが、結果的に悪徳美容商法の実態も暴かれることとなろう。
 あの復讐者や、洋子が名も顔も知らぬ被害者達の魂は、多少とも救われるのだろうか。一介の野良ヒーローにそれを知る由はない。
 洋子にできるのは、ヒーローとして事件に首を突っ込み続けることだけ。……そして、自ら運命を切り拓かんとする者にこそ、土産のマンジュウと共に福音がもたらされたのだ。

「……バイト、かぁ」

『フラ会の友達がネ、今日言ってたんだけど、ガラの悪い客に困ってて……あ、そのヒト喫茶店やってるんだけどネ、で、腕の立つ女の子に、用心棒とウェイトレスを兼業で頼みたいって』

 悪い話ではなかった。件の喫茶店はネオトーキョーの中心地区に近く、ヒーロー活動も今より捗ることだろう。
 洋子はマンジュウを咀嚼し、思いのほかパサついた口の中を2杯目の水で潤した。


(終わり)
188 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2016/06/17(金) 22:36:44.61 ID:Lzf9MzY5O
以上です
野良ヒーロー時代は基本孤独なので会話がない!
デレステに恒常レアにと最近洋子が熱い
あとは21コスSレアとデレステSレアSSレアと声付きとCDデビューだな!長い道のり!
189 : ◆zvY2y1UzWw [sage]:2016/06/20(月) 00:10:25.86 ID:HLb+g09m0
おつでしてー
昔の話とさりげない体質の話でしたな、体温が高いのはいろいろ大変そう…

デレステの洋子さんマジ美人
190 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/04(月) 14:55:35.93 ID:fuis4QHL0
ああああ
191 :@予約 ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/07/18(月) 22:22:45.55 ID:Ka9Oi4UFo
大沼くるみちゃん予約します
192 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/22(金) 08:36:42.39 ID:aa/4GuJIO
おつおつ
ひさびさに読んでようやくおいついたわー
193 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/22(金) 21:21:36.59 ID:ZUZSpSe90
194 : ◆cKpnvJgP32 [sage saga]:2016/07/25(月) 23:31:57.41 ID:pBxUyVn3o
ああ、7月25日も、もう終わってしま――
待たせたな!(CV:大塚明夫)

ギリギリになってしまったけど、恒例行事を始めたいと思います
実にまる一年ぶりの投稿でごぜーますよ……
相変わらず時系列は適当です
あと、かなり急ピッチで仕上げたため内容が無いよう……
195 : ◆cKpnvJgP32 [sage saga]:2016/07/25(月) 23:33:03.82 ID:pBxUyVn3o

――それは、本当に唐突で……。


未央「ところで、あーちゃんはピィさんとどこまでいったの?」

藍子「ん゛ん゛っ……!? ケホッケホッ!!」

――危うく口に含んでいたミルクティーをこぼすところでした。


藍子「ケホッ、み……っ、未央ちゃ……」

茜 「それは私も気になります!! どこまで行ったんですか!?」

藍子「ええっ、茜ちゃんまで!?」

茜 「未央ちゃんに聞きましたよ! いつの間に二人とも……」

藍子「え、えっと……?」

茜 「旅行に行ったんですかっ!!?」

藍子「あっ、そういう……」
196 : ◆cKpnvJgP32 [sage saga]:2016/07/25(月) 23:34:09.97 ID:pBxUyVn3o

未央「んん〜〜〜? ”そういう”って、他にどういう意味があるのかなぁ〜〜〜?」ニヤニヤ

藍子「うぅ……っ」

――もうっ、未央ちゃんのイジワル……。


茜 「それで! どこまで行ってきたんですか!!?」

藍子「えっと、そもそも旅行じゃなくて……」


藍子「前みたいにお仕事で、とある施設に行ってきたんです」

藍子「ただ、今回は少し遠くて一日じゃ帰ってこられないから、ホテルをとって一泊二日で……」

未央「若い男女、一晩ふたりきり、何もないわけなく……」

藍子「な、何もなかったですっ!」

茜 「夜のジョギングとかしなかったんですか!!?」

未央「そうそう、しなかったのー? 夜のジョギング(意味深)」


――未央ちゃんの言い方には、なにか含みを感じます……。

藍子「してないですってば〜、夜のジョギングもなにも……」
197 : ◆cKpnvJgP32 [sage saga]:2016/07/25(月) 23:35:59.31 ID:pBxUyVn3o

――別に隠し事をしているわけでも、嘘をついてるわけでもありません。

――本当に何もなかったんです。

――それに、最初から何も起きないことはわかってました。

――だって、ピィさんのこと信頼してますから。

――ただ、『そんなピィさんだからこそ……』という相反する思いが、まったく無かったとは言い切れない部分もあるというか……。


未央「そっかぁ〜、でも実はちょっと残念な気持ちもー……?」

藍子「あるかもしれないですね……、はっ!?」

未央「ほっほ〜〜ぅ?」ニヤニヤ

藍子「ちっ、違っ……! 今のは違いますから〜〜〜!」

茜 「やっぱり初めて行く場所は一回くらい走っておきたいですよね!!」

藍子「それもなんか違います〜!」
198 : ◆cKpnvJgP32 [sage saga]:2016/07/25(月) 23:36:52.02 ID:pBxUyVn3o
―――

――



ピィ「おれ、がんばったよ」

ピィ「なんども、あわよくば、っておもったよ」

ピィ「でも、がまんしたよ」

ピィ「ほめてほしいくらいだよ」


周子「んー、難しいとこやねー」

志乃「『手を出さない』と、一度決めた意志を貫けたことは、”紳士的”とほめてあげてもいいんじゃないかしら」

礼子「私に言わせれば、据え膳にも手を出せない”ヘタレ”ね」

周子「つまり、ピィさんは”紳士とヘタレの中間”ってことで」

ピィ「うれしくない」
199 : ◆cKpnvJgP32 [sage saga]:2016/07/25(月) 23:46:13.73 ID:pBxUyVn3o
以上です
……ええ、以上です

TLにな、えげつない速度でな、藍子のイラストがいっぱい流れてくるんよ……(嬉しい悲鳴)
ふぁぼりつしながらSSを書き、今もTLとにらめっこしながらこれを書いてます

ついでに雑談スレにも貼ったわいのイラストを一応こっちにも
http://imgur.com/JFOzFLC.png

なにはともあれ誕生日おめでとう、藍子!
200 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/07/26(火) 07:54:13.20 ID:5piUx01co
 
201 : ◆zvY2y1UzWw [sage]:2016/07/26(火) 20:46:51.61 ID:J5lNPuaX0
おつでしてー
恒例の平和なラブコメ…心がゆるふわするんじゃ
ヘタレは紳士なんだよ!なんだよ!()
202 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:37:49.27 ID:vTRpaymho
お久しぶりです(定型文)

少し遅くなりましたが、イルミナティ侵攻編投下します。

ゆるふわな投下の後で申し訳ないですが弱グロとモブ厳が多々あります。
ご容赦をお願いします。
203 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:38:19.10 ID:vTRpaymho
 幾台のカメラに囲まれたこの小さな部屋の中心で男は一人、どことない視線を向ける。

 見つめるその先は野望の果てか、欲望の追及か。
 否、彼の先にあるのは破滅であった。

 だがその破滅は彼が数百年にも渡り抱き続けた指針である。
 彼女がそれを望むから、自らもそれを望もうと抱き続けた呪いにも似た願望。
 初めは淡い思いであっても、人の寿命をも超える長き時に晒されれば歪みは生じてしまう。

 だがその願いに歪みが生じていようがいまいが彼は止まれない。そして仮にそれを自覚したとしても止まらないだろう。
 彼自身の望みのために、彼女の望みを叶えること。
 そのために、彼にとってこの数百年は存在したのだ。

「『あの日』以来この世界は様変わりした」

 その部屋には男一人だけだが、カメラの向こうには多くの者がその様子を見ていた。
 これから始まるのは男の独白ではなく、数多の同志、はたまたただ利害の一致した協力者に向けた宣誓である。

「異能は日常と化し、秘匿は水泡に帰し、交わるはずのないものは入り乱れる。

世界は混迷し、誰もが未知の互いを受け入れることに必死だった。

天変地異さえ、ラグナロクでさえ、カタストロフさえ起きても不思議ではない運命のあの日以降。

幸か不幸か、この世界は未だに滅びず、歪な均衡を保ったまま存在している。

水に落とした水彩の色が混じることなく、互いにせめぎ合って共存しているようなものだ」
204 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:38:57.63 ID:vTRpaymho

 『あの日』から数年の歳月が経ち、世界は大幅な変革を迎えた。
 既存の常識は覆り、未曾有の混乱は人々を恐慌へと掻き立てるほどの出来事だったはず。
 だが、世界は妙なバランスを保ったまま、安定を維持している。

 結局この世界はそれなり影響こそあったものの、人々の何かは大きく変わることはなく、その不均衡を維持したまま続いているのだ。

「世界の歪みは大きくとも、それによって引き起こされた事象は些細なものだ。

だが逆に我々はどうだ?

神秘を秘匿し、魔術を独占した我々は、それらがさらけ出されたことによって世界における優位を失った。

かつて我々のような組織や宗教などいくらでもあったが、『あの日』によってほとんどが駆逐された」

 『あの日』は日常に影響を与えることはなかった。
 だが逆に非日常、空想や幻想といった類には比類なき猛威を振るったのだ。

 神が観測できたことにより、宗教の信仰は形骸化した。
 魔術が露呈したことによって、化学は不可侵の領域にまで普遍化の進行を進めた。
 人々の想像上の産物が存在を明らかにしたためにしたために、非日常は日常に汚染された。

 知らなかったことだからこその『未知』なのだ。
 知られてしまった以上、それは『既知』であり、普通へと格下げされる。

 結果としてイルミナティをはじめとする秘密結社や宗教団体、神秘を独占していた者たちは大損害を受けた。
 もはや『秘密』など人を引き付ける道具にすらならない。目に見えない『信仰』など薬にもならない。
205 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:39:48.84 ID:vTRpaymho

 『あの日』以降、各地で行われていた宗教戦争でさえ、ろうそくの残り火が如く燃え上がったのちに大半が消滅した。
 人々は目に見える『信仰』を拠り所とし、旧体制の信仰受容体は消滅の一途をたどっていたのである。

「代わりに台頭したのは、神秘をビジネスと割り切り、迷うことなく利用しようとした連中。

変革に人々が混乱する中、商機を見出し、『未知』に付加価値を与えることによってこの世界を平定した。

『ヒーロー』、『財閥』、『サイバーカンパニー』、数を上げれば切りが無い。

まさしく彼らこそ世の勝ち組だ。時代を見極め、需要と供給を判断し、適切に取り扱った。

対して、我々は時代に取り残された負け組か?形態を変えず、秘匿さえ意味を持たない神秘を未だ隠し通そうとしている。

歴史の陰に隠れ世界の意図を引いていた我々は、このまま歴史の陰に消えていくのか?」

 男は大仰に両手を振り上げ、カメラの先の者たちに問うた。
 その先にいる者たちは、確かに歴史を見誤り、時代遅れと評される組織に身を置く敗北者たちの集団だと傍からは見えるかもしれない。

 だが彼らは間違いなく力を持っていた。その身に魔道の叡智を。科学の真髄を。組織の実権を。そして、闘争の火種を。
 各々が力を持ちその力は表に発揮されていないだけで、それらは凡百の成功者たちをはるかに凌駕する規模だ。

「我々の目的は財の蒐集か?神秘の独占か?それとも……世界の支配か?」

 振り上げた手は、握りつぶすように虚空を掴む。
 イルミナティにとって掴むべきはそんな程度のところではない。
206 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:40:19.30 ID:vTRpaymho

 この組織にとって、現実的な野望など端から掲げた覚えはないのだ。

「否、だ!我らの目的は、世界構造の改革だ!

重力に引かれるように物が落ちる。電気はより抵抗の低い方へと流れ、海水は潮流する。

宇宙は真空で、海底は水中で、地下は日の光は当たらない。当然の節理にして当然の法則。

そして……神は見下ろし、悪魔は人を支配する。

その優劣は有史以来……さらに太古、最果ての原初より変わらぬ不変の理だ!」

 男はその白銀の腕を振りかざし、これを見るすべての者たちに号令を出す。
 世界は変わった。だが我らのすべきことは変わらず、そして為すべきことは胎動する。

「人は神に成れない。人は悪魔を超えられない。

そんな絶対的な優劣をこの手で壊そう。我らは、ほぼ等しく無力だ。

だが、積み上げた年月は、研鑽した秘術はこの星の年輪をはるかに上回るはずだ。

『あの日』は我らの滅びの日ではない。被った被害も大きいが、何よりも計画は大きく飛躍した。

故に、今ここに、この不安定なバランスの上で胡坐をかいている支配者共に付きつけよう。

この『イルミナティ』の存在を、世界に刻み付け、これまでの過程の正当性、成果を証明することを。

『この日』のために積み上げた成果で、世界の仕組みを一新する。

そう……『境界崩し』を成就させ、我らが上に立つのだ。

これまでのただ存在するだけの神々など不要だ。次の神は、我らが君臨する!」
207 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:40:50.78 ID:vTRpaymho

 この演説を見ていた者たちは息を呑む。
 世界の陰に隠れ、燻り、目的さえ見失いかけていた研究や闘争の日々。
 それらを一新するかの如く、この宣誓は人々の意識に刷り込まれた。

「さぁ……反撃の狼煙をあげようじゃないか」

 イルミナティ総司令官、イルミナPは世界への宣戦を静かに表明する。
 眠り続けていた獣は、この瞬間牙を光らせながら目覚めた。


***



   
208 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:41:25.68 ID:vTRpaymho

「なんて、イルミナPの奴は意気揚々と宣言していたが、それに扇動される連中はまぁ憐れなもんだな」

 高速道路を走る一台の大型トラック。
 ぼやきながら運転席に座るのは上半身裸で、腕を窓から乗り出している男。
 その男は明らかに高等教育を受けていないような頭の悪そうな風体と、一般人からすれば関わり合いたくないような堅気とは思えないような鋭い眼光を持つ男であった。

 そんなチンピラ然とした男の名は『エイビス』と通っており、こんな成りをしていてもイルミナティの直下組織の一つであり総戦力の6割ともいえる『イルミナティ騎士兵団』の総括である。
 相応の実力と地位を持つ彼だが、今この瞬間はやる気のなさそうな表情と肘を乗り出した腕で頬杖をしながら片手で運転を行っている。

 退屈そうな彼が繰るトラックのメーターに示されている速度は優に150キロをオーバーしており、高速道路真っ只中であるにもかかわらず紙一重で多くの車を置き去りにしながら進んでいた。

「確かにすることは間違ってはねぇが、結果はちがうだろ。

確かに神を地に落とすことはできるが、かといって自分たちが神になれるわけじゃない。

まぁ過程が真実である以上、愚図なスポンサーどもには耳触りがいいんだろうが……」

 天界などとは次元断層によって明確な境界線が存在しており、『境界崩し』はそれを取り払う術式である。
 しかし仮にそれを実行したとしても、互いの法則が混じり合いはするが、人が神に格上げされるという保証はない。
 確かに既存の神々は、『顕現』という形ではなく『堕天』に近いかたちで次空間ごと引き摺り落とされるので大幅な弱体化をするであろうが、その逆の可能性はほとんどありえないのだ。

 つまり、神々が座から引きずり下ろされたとしても、人の『格』そのものには何ら影響を与えることはない。
 それどころか、流入した天界の法則にただの人間が耐えられる保証すらないのだ。

「まぁ情勢を読み取れず、『財閥』やら何やらの側に付かなかった無能連中がどうなろうが知ったことはないんだがな。

せいぜいこっちに充分な資金流してくれればそれで結構なこった」

 エイビスはハンドルを軽く左右に切りながら、隣にいる一般車からトラックまで所かまわず体当たりしながら進む。
 彼のトラックの後続は、すでに多くの煙が上がりながら車の堰が出来上がっているが彼の気にするところではなかった。
209 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:41:52.56 ID:vTRpaymho

「まーえらいオジサンたちがせっかくおこずかいくれるんだからさー。

少しくらいユメ見させてあげてもいいっしょー」

 退屈そうな顔をしながら荒々しい運転をするエイビスの隣、助手席の少女が声を発する。
 金髪蒼眼、今時のファッション街でよく見られるような恰好の少女、大槻唯は手元のスマートフォンを弄りながらエイビスを横目に見た。

「『ソウカイ』に出てるなーんにも知らないオジサンたちが何を騙されてたって、ゆいたちには知ったことではないでしょ。

オジサンたちは夢に投資して、ゆいたちはゆいたちの『ユメ』に向かって頑張ってる。

これぞ、ウィンウィンってやつでしょ♪」

 唯の持つスマートフォンの中では、いくつもの世界的キャラクターのデフォルメ顔が連なっては消えていく。
 唯にとってのスポンサーなぞ、同志ではなく、ただの資金源、手元のゲーム内で消えていくドロップ同様の泡沫の存在だった。

「おおう流石悪魔、えげつねーな。

まぁ連中もこっちのこと利用してるんだ。金があれば何でもできるとか勘違いしていて、プライドだけは高く、自らの地位にしがみ付くことしか能のない豚共。

せいぜい肥え太らせてから出荷してやるのがせめてもの情けかもな」

 エイビスはすばやくハンドルを切って、前方の車高の低い車にトラックのタイヤを乗り上げる。
 数倍もの荷重が掛かった車高の低い車は、車高がさらに低下しながらひしゃげる。
 その車のドライバーは即死、同時に爆発して、唯たちの乗るトラックを跳ね上げた。
210 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:42:26.86 ID:vTRpaymho

「Yee Haw!!!」

 その巨体で宙を舞う大型トラックは、滑るような高い摩擦音と共に横回転しながら反対車線へと着地する。
 過程でさらに数台の車が犠牲になったが、そんなことは彼の知る余地ではない。

「あーんまり騒ぎすぎると、イルミナPチャンに怒られるよ。エイちゃん」

「板鰓亜綱(ばんさいあこう)の平べったい奴みたいに呼ぶんじゃねえ!

つーか、これくらいの騒ぎ問題ねぇよ。この車の動向はそのイルミナPの奴が管理してんだ。

このトラックに対しての物理的な捕捉も、魔術的な捕捉も絶対にありえない。

いわば今このトラックはあらゆる監視から解き放たれた無法のデス・マシーンだ」

 エイビスはそう言いながら、迫り来る車に対してハンドルを切る。
 的確なハンドル捌きは、鈍重なトラックで迫りくる車を回避し、その車体の側面に体当たりをする。
 そのトラックと交差し衝突された車は一台残さず、例外なく廃車になっていった。

「あーらら、沢山のお宅のマイカーがみんなスクラップになってくよ。

ま、イルミナPちゃんが大丈夫言うのなら大丈夫だろうけど、ほどほどにねー。

あ……そうだ、飴食べる?」

 唯は既に口に含んでいたロリポップとは別の、包み紙入りのロリポップを隣のエイビスに差し出す。

「ん?サンキュー。

まぁ……イルミナPの奴は個人的にはいけ好かない根暗野郎だが、その実力は間違いねえよ。

それはイルミナティ全員の共通認識……ボフゥ!!!」
211 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:42:57.26 ID:vTRpaymho

 唯から受け取ったロリポップを口に含んだ途端に、形容しがたい表情に顔をゆがませながらエイビスは盛大に吹き出す。
 車内にかかる虹色橋は男の口元を又に小さく架かった。

 その拍子にエイビスの手元が狂う。
 彼の運転するトラックは横にぐるりと一回転しながら、迫り来ていた車をさらに2台薙ぎ払いながら高速道路の外へと弾き飛ばした。

「ペッ……ペッ!!

なんだこれ!?何食わせやがった唯!?」

 口から吐き出されたロリポップはそのまま窓の外へ投げ出され、後方へと消えていく。
 一筋の流星となって視界の外に飛んでいったロリポップのことなど気にも留めずに、エイビスは暴走するトラックをなだめる。
 そしてトラックを安定した暴走運転に戻した後、エイビスは隣に呑気に座る唯をじろりと横目で射抜く。

「テメェいったい何食わせやがった……?。

ドブのような、汚水を還元濃縮した味がしたぞコラ」

「ん?……あー、あれ『ギルティ・トーチ』の核だからね。

ゆいは『元』だけど大罪悪魔だからそれなりにデリシャスなんだけど。

まーカースの泥舐めてるのと同じだし、泥臭いのも当然だよねー。まぁ感情エネルギーも摂取できるから慣れれば結構いけるけど……」

 カースの核は、素材としては生成される泥と近い性質を持っている。
 そしてカースが人から生み出される感情エネルギーであったとしても、人間にとっては毒以外の何物でもない。
 たとえカースの核が飴玉のように見えたとしても、それは毒物の結晶に他ならず人体には悪影響しか与えないのである。

 それはたとえ地球生まれの悪魔と呼ばれるエイビスであっても例外ではなく、カースの泥をそのまま無害なものとして摂取できるのはせいぜい大罪の悪魔ぐらいである。
212 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:43:44.41 ID:vTRpaymho

「つまり、人に毒物与えてんじゃねえぞ唯。

オレじゃなかったら、噴き出す程度じゃすまないっつーの」

「ぶーぶー……文句が多いなぁエイちゃんは……。

せっかく貴重なギルティ・トーチの核なのに」

「貴重ならもっと丁重に扱えよ……。

もったいないことして後でイルミナPにどやされてもオレは知らんからなぁ……」

「むぅ……噴き出して外に放りだしたのはエイちゃんじゃーん」

「条件反射だぜ?しゃーねーだろ。

そもそもそんな劇物食わせようとした唯のだろうが。

それに勝手にギルティ・トーチ1体野に放っちまったから後々面倒だぜ。

ま、そこんところは、あいつがなんだかんだ言いながら後始末は付けてくれるだろうから、さほど気にすることはねえんだけどよ」

 起きた厄介事は大概の場合イルミナPが処理するのがいつもの流れである。
 彼の気苦労は知れることだが、もはや100年以上続いてきた一連の流れだ。
 二人とも今更遠慮などするはずもなく、野に放たれたギルティ・トーチのことなどさほど気にする様子もなかった。
213 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:44:19.82 ID:vTRpaymho

「んー……そもそもトラック暴走させてる時点に、1体程度カースが増えたところで対して変わんないよね。

だからゆいは、何も見なかったことにしよう。

そしてエイちゃんにも口封じを進呈するのだった、まる」

 唯は空間に発生した魔方陣『個人空間』に手を入れる。
 そしてゆっくりと引き出したのは、手のひら大のペロペロキャンディーであり、それを容赦なくエイビスの口に突っ込んだ。

「ゴボア!!?……ガ……ガガ。

くほ!!だから運転中に余計なほとふんじゃねえっつっただろうが!

ガ……んぐ、事故ったらどうすんだっての……。

ていうか、普通の飴あんのなら初めからそっちを渡せよってよな」

 エイビスは眉間にしわを寄せながら不機嫌な顔をする。
 そして口に突っ込まれたキャンディーをバリバリと咀嚼しながら唯に文句を垂れた。

「まーまー、どうせエイちゃんのドラテクなら問題ないんでしょ?

それよりも前気にしないとぶつかるよー」

 唯の忠告を聞く前からすでにエイビスはハンドルを切っており、スピンした車体は前方迫りくる乗用車を高速道路の外へと弾き飛ばす。
 そして隣の追い越し車線から来ていた次の車にトラックの後輪を乗せて、トラックは進行方向逆を向きながら再び跳ね上がった。
 潰された車の爆発と共に、跳ね上がったトラックは逆の車線、正しい進行方向へと進む元の車線へと戻った。
214 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:44:46.41 ID:vTRpaymho

「っと、それぐらい承知だぜ。

ったく……それにしても、イルミナPの奴はいつまでこんなことをさせるんだ?

もう潰した車は十分だろうよ……。

これもシューティングゲームみたいで悪かねぇが、本筋とは違うだろうに」

 先ほどまで機嫌が良さそうにトラックを飛ばしていたエイビスだったが、唯に水を差されたりしたせいで興が覚めたのか小さく愚痴を吐く。
 トラックの後方では夥しい数の車の残骸とそこから上がる狼煙の筋が上がっているが、そんなことはエイビスにとっては事のついでなのだ。
 しかし一方で唯は、今回の作戦内容の詳細を把握していなかったため、エイビスの言葉の意味が今一つ理解できなかった。

「ん?本筋とは違うってどういうこと?エイちゃん。

たしかに、こんな感じで普通の人をプチプチ潰していってもあんまり意味がないのはわかってたけどさ。

このデスマシーン、のぺしゃんこ走行はエイちゃんが趣味で勝手にやってたことなんじゃないの?」

「勘違いすんなキャンディフリーク。

罪悪感とか抱く訳じゃねーが、雑魚をしらみつぶしに潰してくなんざ別に楽しくねーよ。

そもそも弱い者いじめはオレの趣味じゃねえ。こういうのはカーリーの趣味だろうが。

とにかく……つまり、アレだ。陽動ってやつだよ」

「よーどー、なんでまた?」
215 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:45:32.90 ID:vTRpaymho

「その様子だと、お前話聞いてなかったな……。

イルミナP曰く、本丸攻める前に、なるべくゴタゴタ起こしてこっちに敵釣って、本丸に集まる敵の数を減らそうってことだと。

この道を封鎖しておけば、今回の作戦においての最大の『障害』を蚊帳の外に出せるそうだ。

まぁオレ的にはその『障害』とも戦ってみたかったが……本命落とす前に遊んではいられないからな」

 そもそも目的地に向かうだけならば、唯の『個人空間』を使えば簡単な話である。
 しかしあえてそうすることなく、大型トラックで目的地に向かっているのは、道中で騒ぎを起こすことによる陽動を狙ったからだ。
 すでにその『障害』となる者の動向はイルミナPが掴んでおり、その者の行動を阻害するかのようにエイビスはトラックを吹かしているわけである。

「実際のところもう一つトラックで走り回る意味があるんだが……。

それについてはそのうちわかるさ」

 エイビスは機嫌が悪そうにそう吐き捨てる。
 彼にとって自分の好き勝手にトラックを乗り回すのはそれなりに興が乗る行為だったが、関係のない一般人を踏み潰す行為など気分のいいものではなかった。
 この程度のことで罪悪感が湧くほど人殺しをしてこなかったわけではないが、意味のない殺人を心から楽しめる者などただの狂人だろう。

「ふーん……なんとなーく今日の目的っていうか、今やってることはわかったよ」

 唯はエイビスの語った行動の意図を理解し、それに答えるように頷く。
 しかしその一方で新たな疑問、というよりはこれまでも感じていた疑問が再び唯の中で想起された。
 ずっと疑問には思っていたが、これまでに聞く機会に恵まれなかった。

 だが何故か今回、イルミナティが動き始めたことをきっかけに、躊躇われていた質問をすることができたのだ。
216 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:46:01.85 ID:vTRpaymho

「その……エイちゃんってよく戦うーとか戦場がーとか言ってるけどさー。

なんでそんな物騒なこと好きなの?ゆい的にはそんなことより遊んだり、カラオケしてる方が数百倍たのしー気がするけど。

そりゃあ、別にみんな好きなことは違うのは解るけど、いまいちエイちゃんのはわかんないっていうのかさー……。

うーん、かといって殺人が好きではないみたいだし、よくわかんないんだよね。エイちゃんの行動とか目的がさ。

なんでエイちゃんは戦いを、求めるの?」

 彼が狂人として殺人に愉悦を感じるのではなく、闘争を求めるのならばそこには理由があるはずだ。
 唯は決して頭の冴える方ではないが、故にエイビスのあり方について疑問に思ったのだ。
 戦いを求め、強者を求める。物語としてはありきたりな闘争者のあり方は、現実においてはひどく矛盾するということに。

「なんでって……そりゃ強え奴と……いや……」

 エイビスも虚飾で誤魔化そうと口を開いたが、そこで言いよどみ、横目で唯を睨む。
 その目が安易に触れるなと言わんばかりの眼光であったが、唯の方も目を合わせることなく窓の外の景色を見ている。

「そもそも……オレたちは同じ船の同乗者であって、元々は敵同士だったはずだぜ。

それを言う義理は……」

 トラックの隣を一台の車が過ぎ去っていく。
 これまで一台逃さず踏み潰してきたのに、気が付けば壊すことを忘れていた。
 アクセルを踏む足は無意識に緩み、メーターはすでに100キロ周辺に落ち込んでおり、暴走というにはいささか静かすぎる速度であった。
217 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:46:33.27 ID:vTRpaymho

「……チッ」

 エイビスは小さく舌打ちをする。
 その苛立ちは先ほどのものとは違っていたが、そのことを彼は気にせず口に含んでいたキャンディーの棒を外に放り投げた。

「……大したことじゃねえよ。詳しく気になるならイルミナPにでも聞きな。

オレは誰かに教えた覚えはないが、どうせオレがどういう存在かは知っているはずだ。

だから、詳しくは言わねえ。ただ……オレは、オレであることの証明のために戦ってるだけだぜ。

オレはアイツじゃない。オレは人ではなく沼地の男で、深淵だと。アイツではないオレだということのために」

 トラックのエンジン音が車内に静かに響く。
 互いに目を合わせず、知り合ってからは長いのにその距離はいまだ変わらない。

「ハァ……だから嫌なんだ。辛気臭え。

ひとつ忠告しとくが唯、誰もがお前のように目的を持って行動してるわけじゃない。

オレみたいに手段が目的になっている奴なんてごまんといるぜ。

闘争やら戦争に憑りつかれた奴なんて、それこそ珍しくもない。

……だが目的は無くても、理由ならあるやつが大半だ。

本当に理由もなく、ただ単純に闘争を……いや、殺人を楽しめる奴こそが、本物の『狂人』だよ」

 エイビスの脳裏に浮かぶのは漆黒の義手を備えた長身の女の影。
 その闘争を求める姿勢こそ同じなれど、彼と彼女には根本が天地の差がある。
218 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:47:00.83 ID:vTRpaymho

 人である以上、しがらみからは逃れられない。戦争に従事したものほどその傾向は強く、サバイバーズギルドは呪いとして心に巻き付く。
 だからこそ『闘争』そのものに意思を載せず、享楽と狂気だけを乗せることができる者の方が少数であり、そして脅威であった。

「あーくそ……嫌な顔思い出したあの糞アマ。

そういやカラオケとか言ってたな唯……せっかくだ、気分転換に一曲歌うぜ!」

「お、ここでカラオケしちゃう?」

「おうとも、クソみてえな空気は勢いでフッとばしちまえ!

Hey、唯マイクの用意はできてるか!?」

「オッケー!しかして選曲は?」

 唯がどこからともなく取り出したハンドマイクを片手にエイビスは、アクセルを踏み倒す。
 唸りをあげるエンジンをBGMに、カーステレオから心地のいいビートが湧き上がり始めた。

「こんな糞みたいなデスレースには当然だ!『マッドマックス』よりテーマソング……」

『おいコラこれ以上は止めろ!!!』

 上がり始めたBGMはジャミングされた様に掻き消える。
 それと入れ替わるように響くのは、軟弱そうな男の声。
 だがその声は有無を言わさぬ怒りを含んでいる。
219 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:47:30.19 ID:vTRpaymho

『この世には抗っちゃいけない存在があるんだよ馬鹿どもが!』

「えー……だってエイちゃんがー」

「オレかよ!ってかまぁオレだけどさ……。

全責任擦り付けんな!お前もノリノリだったじゃねえか!?」

『シャラップ!!醜い責任転嫁はするんじゃない!』

 カーオーディオから聞こえる男の声。
 その声は先の演説の声と同じであり、今回は芝居がかった口調はしていない。
 声の主であるイルミナPはいつもの丁寧な口調が崩れるほどであった。

『とにかくカラオケは禁止!版権問題はデリケート!

特に音楽関連の利権は神の見えざる手が働きかねないからタブー!

オーケイ?』

「「……オッケー」」

 二人が声をそろえて理解を示した後に、場を整えるようにイルミナPは一度咳払いをする。
 イルミナPは二人に版権問題の複雑さを説きに来たこともあるが、それ以外にも目的はあったのだ。
220 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:47:58.44 ID:vTRpaymho

『エイビス……騒ぎを起こせとは言いましたけど、車全てを踏み潰せとは言ってないです』

「細かいこと気にすんな総指令さんよォ。多少はゲーム性なきゃあこんなことやってられないっての」

『それを隠蔽するのはこっちの役目だから仕事を増やすなと言ってるんです。

記憶処理や、視覚的なジャミング。魔術的な探知に対する妨害から異能による透視への対策などなど……。

……正直死にそうです。何事もほどほどにお願いします。

こっちの人員が過労死したら、あなたには責任としてシキ謹製薬品の実験体をしてもらうのでよく覚えておいてくださいね。

アイツが置いていった未知の薬品は大量に残っているので』

 疲労感がにじみ出る声で忠告をするイルミナP
 そんな脅しに対してエイビスは無言のまま運転をする。
 だがその苦々しい表情は、渋々ながらもイルミナPの要求を呑むことに承知していた。

『それと唯、ギルティ・トーチが一体活性化して高速道路で暴れているのですが知りませんか?』

「な、ナンノコトカナー?」

『ギルティ・トーチは普通のカースと違って数を揃えられないので、むやみやたらに使わないと前に行ったはずですが?』

「ゴ、ごめんね?イルミナPチャン……」

『まぁ……それが今回は役に立っている部分もあるので、多めに見ましょう。

説教も、これぐらいにしておきたいですし』
221 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:48:42.56 ID:vTRpaymho

 オーディオの向こう側のイルミナPは、小さくため息をつきながらも話を切り替える。
 そもそも今回の作戦はこれまでのような『実験』ではなく、集大成であり本命の一つだ。
 あまりいい加減なことをされると、小言が多くなるのも必然である。

 だからこそ、万全を期してその会戦は宣誓されるのだ。

『目的座標特定しました。もう各班には通達済み。

最後に二人に連絡したんです。お待たせしました』

「おおう。そりゃ僥倖。

本当に、やっとって感じだ。燻ってばかりじゃしょうがねえしな。

ああそうとも。出来ることなら、祭りの炎はでっかく盛大にだ」

「まったく遅いよイルミナPちゃん。

高速の景色はなんだか詰まんなくて、退屈しちゃったよ♪

……まぁでも、やっと始まるんだね。本当に退屈、だったのに」

『……ならば疾く、行きましょうか。

計画は十分練りました。あとはただ実行するのみ。

イルミナティはここから滅びる。この世界を道連れに、だ』

 目的地に向かってトラックは加速する。
 加速した車輪はもう止まることはなく、すべてを巻き込んで摩耗するのみ。

 だからこそ、悪意は集積し理不尽は疾走する。

***


   
222 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:49:48.75 ID:vTRpaymho

 とあるオフィス街の中、一際大きく目立つビルがそびえ立つ。
 そこは一般的なオフィス街のように閑散としておらず、かつ昼休みのような時間でないにもかかわらずそのビルの人の出入りは多く賑わっている。
 衆目も決して物見遊山の観光客ばかりというわけではなく、目的や仕事などでここを訪れた者が大半である。
 ここら辺一帯のオフィスビルはほとんどがこの高層ビルに関連した会社であり、この人々が循環する巨塔がどれほど重要な組織であるかが伺えた。

 そう、このビルこそアイドルヒーロー同盟の総本山、アイドルヒーロー同盟本部ビル。
 地上500メートル、105階層の現日本最高(ネオトーキョー除く)の高層ビルである。
 ヒーロープロダクションは数あれど、それらをひとまとめに統括する組織である同盟。
 その本部ビルともなれば規模も相当巨大なものとなり、このビルディングの中で仕事に従事する者は数えられないほどに膨大だ。

 そんな同盟本部の第1階層は多くの来訪者を迎えるための大型ロビーとなっている。
 受付係だけでも数十人規模であり、ロビーであるにもかかわらずコールセンターのごとくの並びで受付嬢たちが対応にあたっているのだ。

「ですので、申し訳ございませんがお通しすることはできません」

 来訪者に告げる無慈悲な通行拒否の言葉。
 その一席の受付に一人のスーツ姿の女性が向かい合い、やり取りがうまくいっていない様子が客観的に見受けられる。

「いえ、ですから我々は先日アイドルプロダクションを立ち上げまして……。

今回、そちらのアイドルヒーロー同盟に加入させていただきたく、本日お尋ねしたのですが」
223 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:50:16.74 ID:vTRpaymho

 話の流れからどうやらこの長身のスーツの女性は新興のアイドルプロダクションの者らしい。
 女性の後ろには関係者であろうか、大柄の男と一部の覗いて全体的に小さな少女が付いている。
 察するに大柄の男の方はともかく、少女の方はごく普通の格好をしておりおそらく売り出す予定のアイドルなのだろう。
 しかしその少女は不安そうに落ち着きなく視界を移動させ、今にも泣きそうな顔をしており到底アイドル向きではないように見えた。

「そうは言われましてもねぇ……。

新興のプロダクションのようですので聞いたことのない会社ですし、アポイントメントも取ってないのですよね?

そもそも規則もありますし、さすがにそのような無理を言われましても承諾いたしかねます……」

 受付嬢の方も相当粘られているのか疲弊している様子が見れる。
 それでも、会社としての規則とこの仕事に従事する者の矜持としてこの無理は通させるわけにはいかなかった。

「担当の方にお繋ぎしてくださるだけでもいいですから。

……あ、ほらどうです?わが社が売り出すアイドルは?

とても愛くるしい女の子でしょう?」

「……ふぇ!?」

 唐突に背中を押され前にでる少女。
 強引に話を振られた少女は、その困惑からか瞳に涙を溜めはじめる。

「え……えーっと」
224 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:50:49.24 ID:vTRpaymho

 さすがにそんな目で見つめられれば受付嬢の方も困惑してしまう。
 一般的に今のアイドルと言えば、ヒーローも兼任した『アイドルヒーロー』である。
 一昔前のアイドルならば愛くるしい見た目だけでもなんとかなったかもしれないが、この少女は明らかに『ヒーロー』には向いていないことが素人の受付嬢にもわかった。

 そしてそんなアイドルにさえ向かなそうな少女を猛プッシュする会社を余計に信用できないのは当然だろう。

「その……嫌がってませんかその子?」

「いやですねー。そんなことありませんよ。

これも演技ですよ。庇護欲が湧いてきませんか?」

 受付嬢の質問に、躊躇なくそう答えるスーツの女性。
 涙を目に溜め、明らかに自分の意志でここに来たわけではない少女。
 先ほどからずっと黙っているが視線は動かさない厳つい男。
 しかも、そもそもこの男顔をヘルメットのようなもので隠しており、このビルを出入りする人間は個性的な人が多いため気にはしてなかったが明らかにあやしい。

 そして極めつけはこのスーツの女性。
 見た目こそごく普通の女性用スーツで、インド系の人種だが微妙に怪しいところが多い。
 話していても、いくら断っても、論点を逸らしこちらの意思を捻じ曲げつつ自分の要求を曲げようとしない詐欺師に似た口ぶり。
 両手の黒手袋や、人柄を見せない瞳の奥など、怪しさを極限に薄めているこの女性が逆に怪しく見えてきてしまう。

 受付嬢にとって似たような来訪者は過去にもあった。
 その経験もあってか、この来訪者が『まとも』ではないと受付嬢は判断できる。

「どうです?こんな愛らしいアイドルを見ればぜひともわが社を……」

「申し訳ありませんが、本日はお帰りください。

しかるべき部署を通して、来訪のご予約をいただいてからまたお越しください」
225 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:51:45.02 ID:vTRpaymho

 これまではのらりくらりと受け流されてきた断りの言葉だが、今ここではっきりと述べる。
 そもそもこれは上司とも相談した方がいい案件の可能性があるとも受付嬢は判断していることでもあり、これで素直に聞かないようならばこの連中を上にではなく、警備員と繋げることになるだろう。

「……そう、ですか」

 はっきりと拒絶の言葉を投げかけられたスーツの女性は受付嬢から一歩、ゆっくりと下がる。
 その表情は残念そうな、一般的に落胆の感情が見て取れるような表情が『張り付いている』。

 そしてそのままゆっくりと、片手の黒手袋を引っ張り始め。

「……そこマデダ」

 黒手袋が抜き取られる前に、これまで黙っていたヘルメットの男が静止の声をかけた。
 スーツの女性は先ほどまでのにこやかな表情とは一変して、冷徹な眼光で男を横目にちらりと見る。
 そして手にかけていた黒手袋から手を放し、再び笑顔で受付嬢に向き直った。

「承知しました。ではまた、しかるべき道筋でこちらをお尋ねしますね」

 その言葉にも、表情にも何も違和感はない。
 受付嬢も若干拍子抜けするほどに容易く引いた女性に若干呆けてしまった。

 ほんの一瞬、大男とスーツの女性とのやり取りは一瞬であり、その冷徹な瞳を表層に表したのも一瞬だった。
 故に、そう言った方面には素人であったただの受付嬢では気付くことができなかったのだ。

 仮に、このやり取りを見ていたのが歴戦のヒーローであったのならば話はまた違っただろう。
 そう、逆に受付嬢のような素人が見ていたことが幸いだったのだ。
 それに気づいてしまっていたのならば、このロビーはコンマ1秒に満たない瞬間に赤色で埋め尽くされたであろうから。

「まぁ……後か先の話なんだけれど」

 そう言って、同盟本部の巨大な入り口から外へと出る女性。
 それに付いていく大男と少女であったが、少女は不思議そうな表情で一度だけ、ロビーの中を振り返った。

***


  
226 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:52:18.19 ID:vTRpaymho

「クソだわ……ええあの受付の女。

紛れもないクソビッチ。もう惨たらしく生かした後に殺さなきゃあ気が済まないわね」

 同盟本部の向かい側、全国チェーンのコーヒーショップ。
 カウンター席に座るスーツ姿の長身の女性。先ほどまで受付嬢と会話していた時とは打って変わり、その口調は汚泥に塗れた語彙を感じさせる。
 そんな言いぐさは、彼女にとってブーメランなのだがそのことを指摘する者はこの場にはいなかった。

 その彼女は品を感じさせない粗暴な座り方をしながら、懐からスマートフォンを取り出し操作を始める。

「そのぉ……ジャイロしゃん」

 そんな彼女の隣にはオレンジジュースを両手で持った少女が小さく座っている。
 少女は座った状態でも多少の身長差があるスーツの女を見上げながら遠慮がちに伺う。

「……あ?」

「あ……ふぁい。ご、ごめんなひゃぃ……」

 だが、隣の女は邪魔をするなと言わんばかりに隣の少女を睨み付けて黙殺する。
 少女はその鋭い眼光で射抜かれて、涙や鼻水は決壊寸前であったが大人しく黙った。

「えーっと……あったあった」
227 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:53:14.15 ID:vTRpaymho

 スマートフォンで何かを検索していたスーツの女性は、目的の物を見つけたのかニヤリと嗤う。
 その画面に移されているのは、一般的には実名登録で広く知られるSNSのサイトであった。

「あの女、馬鹿正直に実名登録してるなんて楽でいいわね。

なるほどねぇ……、彼氏もいて、家族との仲も良好。職場にも恵まれてる。いい暮らししてるじゃない」

 クツクツと嗤いながら女の口角はさらに角度を増していく。
 画面に映し出されているページには先ほどの受付嬢の顔写真と、胸にぶら下げていたネームプレートと同じ名前が記載されていた。

 この情報化社会において実名検索はあまり意味のないように見えて、実のところ非常に効果的である。
 今回のようなSNSが検索にかかり容易に、かつ迅速に情報が得られることも有る。
 だがそれ以上に仮にその名の残滓がだけが残っていようと、電脳の海は決して逃すことなく存在の尾を掴むことができるからだ。
 イルミナPのように機械や電脳の分野に精通しているものならば他に様々な手段が講じられるが、彼女のようにそのような教養がないものでも容易に個人の情報が得られることこそが最大の利点であった。

「ずるずる……ずるずると。

幸せそうな関係者がいっぱいでいいわねぇ……。全部台無しにしてその恨みをこの女に吹っかけてやりたいわ」

 画面の中には受付嬢の充実した日常が映し出されている。
 いいこと、悪かったこと、日常の機微を記したその日記帳は折り重なった一つの成果だ。
 彼女がこれまでに培ったものであり、形を成した城。

 だがそれは砂場の城であり、無慈悲な悪魔に目をつけられれば一瞬で瓦解する脆いものだった。

「こいつの彼氏、住んでるところはそんなに遠くないわね。

手始めに彼氏さんの関係各所を全部台無しにして、あらゆる恨みを彼氏さんに吹っ掛けましょう。二人の人生設計はこれでお手軽に壊せるわね。

その次は、両親、兄弟を殺しましょう。全員分の面の皮を剥いで、マネキンにかぶせてこいつのアパートに直送してあげるのよ。

『あなたのパパとママ、お兄ちゃんから、飼い犬まで、これでいつも一緒に暮らせますねー』って今日の張り付けた笑顔でこいつに言ってあげるの。

ああ……ああああ、想像できるわ、泣いて狂って、憎悪の目でアタシを見るあの女。

だからまだ、もっともっと折ってあげなくちゃ。塵も残さず、最奥の感情を引き出さなきゃ……」
228 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:53:54.06 ID:vTRpaymho

 その女は恍惚の表情を浮かべながら、画面を高速にスライドしていく。
 脳内に広がるのは、外道さえも吐き気を催す最悪のシミュレーション。
 ただ自らのシャーデンフロイデを満たすためだけに、女は哀れな生贄を見繕う。

「まだ……まだよ。居場所も奪ってあげるの。

救いの余地なんて与えないわ。だってアタシの提案断ったんだもの。

クヒヒ……アヒ、アハハ。しょうがなわねぇ、だってアタシの意思を無碍にしたんだもの、これぐらいされても文句はないはずよねぇ。

だから、まずは仕事場を……ってああ」

 恍惚の表情で悪意を練っていた女だが、ふと我に返ったように静かになる。
 そんな表情の変化に隣の少女は不思議そうにその顔を見上げるが、女のほうは気にも止めない。

「そうね……仕事よ、まだプライベートに走る時間じゃないわ。

そもそも、仕事場は今から壊すんだったのよ。

ねぇ……そうでしょう?くるみちゃん?」

 首を歪にひねり、隣に座る少女を笑顔で見下ろす女。
 だがその表情は世間一般的に『笑顔』と呼べるような肯定的なものではなく、人形の笑顔以上に無機質で、底知れぬ悪意をはらんでいた。

「ひっ……そ、そうでしゅね。……ジャイロしゃん」
229 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:54:31.36 ID:vTRpaymho

「『ジャイロ・アーム』はコードネームでしょう?

遠慮しないで、気安く『カーリー』って呼んでくれて構わないのよ。アタシも親愛を込めて『くるみ』ちゃんって呼んでるんだから。

それとも……同じように『インナーチャイルド』って呼びましょうか?」

「は、はいぃ……『カーリー』しゃん」

 有無を言わさぬその物言いに、『くるみ』という少女は呼び方を改める。
 女は、黒手袋を外し、その中身を現した。

 黒金の冷たいその手はその細動にさえ、見るものを不安にさせる何かを抱かせる。
 月は人を狂気に落とす。ならば三日月の口角を携えたその女は狂気そのものだろう。
 殺人義手『ジャイロ・アーム』と中央アジア出身を思わせるその容貌。

 見るものが見ればすぐにわかる、余りにも名の通った姿。
 国際指名手配犯、ジェノサイドとは今は一人の名を表す言葉。
 『カールギルの鬼子』カーリーは、窓の向こうに見えるヒーロー同盟本部を見据えて、悪意に浸る。

「だって今日はこの国を絶望させるんだから、焦っちゃだめよ『――』」

 もはや忘れた自らの名を、言葉にで出来ずとも小さく唇の動きで表現する。
 事実上『イルミナティ』の中では一番最悪で、最強の『人間』は今日も嗤うのだ。

―――

 
230 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:55:16.36 ID:vTRpaymho

 鬼神が嗤うコーヒーショップの席の一角。
 カーリーから離れたテーブル席には、個性的な容貌をした4人組の姿があった。

「同盟はあたしたちをさんざん厄介扱いしてきたっていうのに、いったいLPさんはここに何の用があってて来たんだろうな?」

「ああ……なんでもアタシらが勝手にやってるのを快く思ってない連中が同盟にいるのも事実。

だからアタシら『ネバーディスペア』の活動に支障が出ないようにこんな感じで同盟との兼ね合いを話し合ってることがあるらしいぜ」

「そうだよぉー☆きらりたちが、はっぱはぴお仕事をできるように、LPちゃんもがんばってるんだにぃ☆」

「へぇ……LPさんサポートだけじゃなくそんなことまでしてくれてたんだ……」

 その4人組は知る人ならばそれなりに有名なフリーのヒーローグループと噂される存在。
 宇宙管理局から派遣された地球治安維持部隊『ネバーディスペア』である。

 その4人が、同盟前のコーヒーショップにいる理由としては、第一はこの場に用のあったLPの付き添いであった。
 そもそもLPには付き添いなど必要はないのだが、今回は4人が強引に付いてきたようなものだった。

「まったくLPさんもこんなこと隠してるなんて人が悪いよな。

あたしたちに知らせずにやって、カッコつけてるつもりかよ」

 奈緒はテーブルの上のチョコケーキを突っつきながら悪態をつく。
 LPのこういった舞台裏の仕事を知っていたのは、付き合いの長いきらりと、察しのいい夏樹だけであった。
 今回付いてきたのもLPの仕事ぶりを直接目で見ることが目的でもあったのだ。
231 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:55:47.63 ID:vTRpaymho

「まーアタシらに黙って仕事をこなすってのも男の仕事って感じでいいけどさ。

それをちゃんと理解して背中を預けるってことをしなきゃ、アタシらもカッコ悪いだろ?」

「男の仕事、まさにロック……。

なら私も、黙って仕事をこなす仕事人みたいにすればもっとロックに……」

「それは、めーっ、だにぃ☆

ナイショでお仕事するのは『ロック』かもしれないけどぉ、それじゃあ逆にLPちゃんに迷惑かけちゃうよぉ☆」

「そうだぜだりー。

こういったロックはLPさんのような仕事のできる人のすることだ。

アタシらのロックは、そんなLPさんの信頼に答えることだろう?」

 仕事人のロックはまだ李衣菜に早かったらしい。
 李衣菜の妄想は速攻で二人に窘められ、ばつが悪そうな李衣菜はせめてもの反抗に口を尖らせる。

「ぶー……。わかったよぉ二人とも」

「まーあたしたちにできることは、ちゃんとLPさんの信頼に答えることが一番だからな。

迷惑ばっかりかけてないで、もっとあたしもちゃんとしないと……。

そのためも含めて、今日はLPさんに強引についてきたんだろ?」
232 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:56:23.31 ID:vTRpaymho

 LPの予定はこの後火急の仕事が入っているわけではなかった。
 だが何もなければ、LPは戻って再び仕事に従事するだろう。

 だからこそ、今日はLPをねぎらうために4人はついてきたのだ。
 普段仕事ばかりにかまけていて張りつめているLPには休憩が必要だということは隣で見ている者たちからすれば痛感することであった。
 この地球にも娯楽はあふれている。そこで今日はこの後、窮屈な仕事場から外に出て、LPに楽しんでもらおうという算段なのだ。

 事前にこのサプライズは、LPの同僚に話してあり根回しは済んでいる。
 あとは仕事の終わったLPを強引に連れ出すことこそが、今日の『ネバーディスペア』の仕事であった。

「しかしどこに連れていけば楽しんでくれるのかな?LPさんは」

 そもそもこうした計画を立てたものの、行先は明確には決まっていない。
 事前に行先の候補は決めてあるが、4人でさんざん悩んだ結果ついには今日まで答えが出ることはなかったのだ。

「LPさんって仕事人間だからね……。どこに行けば喜んでくれるのかなんて私にはさっぱりだよー。

イベントとか人の騒がしい場所とかはあんまり好きそうじゃないし……となると私の案のCDショップしか……」

「それじゃいつもの買い物と変わらないだろだりー……。

とはいっても他にしっくりくるものもないし、最悪直接聞くしかないか……?」

「ダメーっ!それじゃあ『さぷらいず』にならないでしょー☆」

 結局行先はまだ纏まりそうにない。
 タイムリミットはLPが話を終えて戻ってくるまで。

 それまでこのコーヒーショップの一席を、サプライズ会議に占有しつづけるのだろう。



   
233 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:57:14.16 ID:vTRpaymho




「ぐわああああああああああああ!!!!!!」

 そんな静寂はあえなく破られる。
 男性の叫び声とともにコーヒーショップに響くガラスの割れる音は、同盟本部のお膝元という破られぬ平穏をあえなく砕く。

 店内に居たものは、ネバーディスペアの4人を含めてその方向を注視する。
 一人の鎧姿の男が、慣性のままに店と外を隔てるガラスを突き破って、今しがたディスプレイケースに衝突しそうな瞬間が目に焼きついた。

「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!」

 そして直後に外から響く獣の絶叫。
 それは人々の本能を刺激し、潜在的な恐怖を喚起させる叫びであった。
 誰もが理解するのだ。この場が決して安全ではないことに。
234 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:57:46.83 ID:vTRpaymho

 そんな誰もが危機を察知し、身も守るための次の行動を想起しようとする中で、またく違う反応を見せた存在は店内に3人いた。

「……始まったわ」

 騒めきの中に混じるかすかな嬉々の声はカーリーの言葉。
 違う反応を見せた者の内2人は、義手の女カーリーとその隣にいる少女くるみ。
 彼女たちは事前に『これ』が起きることを知っており、これこそが回線の合図であることを承知していた。
 ゆえに誰もが叫び声に硬直するしかない中、静かに店の入り口から外へと出る。

 そして残る一人。
 他の3人が窓からの乱入者と、獣の叫びに気を取られている中でただ一人、その絶叫を別の物ととらえるものが一人いた。

「今の声…………あたし?」

 録音した自分の声を聴いたときのような、自分の声じゃないような、それでいて自分の発言だとわかるような、ざっくばらんな感覚。
 自らの中の獣たちも、叫びに応じて呼応する。
 心臓の高鳴りは周囲の騒ぎをかき消すほどに高鳴り鼓膜を打つ。
235 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:58:26.89 ID:vTRpaymho

「……なんで」

 百獣を内包する少女は、店の外へと視線を向ける。
 視線の先は同盟本部1階ロビー。

 直線距離であってもそれなりにこの場から距離のあるその場所に存在する影を少女は確かに捉えた。

「…………どうして」

 私のような不幸な少女は、私だけだったはず。
 それだけで十分だし、そんな存在は2人も必要ないと奈緒は思っていた。

 だが、かすかに見える漆黒の獣はその姿はが『ナニカ』を、全く似ていなくとも奈緒にははっきりと理解できた。

「……そこに、あたしがいるんだ……?」

***



  
236 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:58:59.72 ID:vTRpaymho

 時間は少し遡った同盟本部1階ロビー。

 雑踏の中、カーリーに応対した受付嬢は、怪しげな来客者のことを上司に報告している最中だった。

 LPは係の者とともに同盟本部の奥へと案内されようとしていた。

 だがその二人とも、いやその場にいた誰もがその異物に気づき、視線を上にあげるのだ。

『オナカ……スイタ』

 ロビーの高い天井、その中の一つのエアダクトから漆黒に近い液体が垂れる。
 誰が意識したわけでもなく、そのときそこにいた人々の視線は偶然にも一転に集中していた。

 それが功を制したのか、落下してきたエアダクトの蓋は誰にあたることもなかった。
 しかし、そのあとに落ちてきた漆黒の物体こそが、視線を集めた正体だ。

『オナカ……スイタヨ。アアア……タクサン、イルネ』

 その黒い泥は、ニコリと笑う。
 その輪郭はかろうじて人型に近い何かであることが理解できる程度で、表情は理解できるほどのものではない。
 だがそれを見た誰もがその表情の変化を理解し、同時に戦慄するのだ。

 この黒い塊は、『捕食者』であり、この場の我々は『被捕食者』であることを。

「「う、うわああああああああああああ!!!!!!」」
「「キャアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」」

 人々はパニックに陥る。
 突如として現れた黒い泥の塊は、人々によく知られる『カース』を想起させた。
 この黒い塊が違う『ナニカ』であることは理解できているものも多かったが、それ以上にカースと同様の脅威であることのほうが理解するうえで重要だったのだ。
237 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:59:42.51 ID:vTRpaymho

 人々は突如として現れた『カース』に散り散りになって逃げ惑う。
 誰もがここを同盟本部であることを忘れてあるものは出口へ、あるものは本部の奥を目指して、できるだけ『カース』から距離を取ろうとする。

 『カース』は無差別に人を襲う災厄だ。誰もがわが身の可愛さに、外へ外へと距離を取ろうと醜く進む。

「ふはははは、まさかここを同盟本部だと知ってか知らずか。

なんと哀れなカースだな」

 だがその場に響く声。
 その姿は鎧のようなスーツに身を包んだ大衆にもよく知られたヒーローの一人。

「ヤイバー甲・参上!みんな、もう安心だ!」

 この場はアイドルヒーロー同盟本部である。
 当然誰かしらのヒーローが居合わせていることなどザラであり、今回もその限りであった。

「や、ヤイバー甲!ヤイバー甲だ!!」
「やった、助かるぞ!」
「そんな化け物やっちまえ!ヤイバー!!!」

 颯爽と現れたヒーローの登場。
 皆の逃げ惑う脚は止まり、安心と期待の目をヤイバー甲に向け始めた。

『ダ……ダレ?』

 『カース』は突然現れた、おかしな格好をした男に首をかしげるような態度を見せる。
 それを余裕ととったのか、ヤイバー甲は眉をひそめながら『カース』と相対する。

「ヒーローの本拠地に迷い込んでしまうような哀れなカースだ。

頭のほうが足りていないのも理解はできる。だが、容赦は無用!俺がすぐに退治して……」
238 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 23:00:28.64 ID:vTRpaymho

 ヤイバー甲はその視界に影がかかったのを理解した。
 上を見れば漆黒の泥。その『カース』は瞬間的に体を拡大し、その咢でヤイバー甲の全身を覆うほどの傘をかける。

「……え」

 そしてその大口は、ヤイバー甲を有無を負わせぬままに丸呑みする。
 『カース』は数回咀嚼した後、そのまま元の大きさプラス、ヤイバー甲を口に含んで咀嚼している分の体積に戻る。
 この一瞬で起きたことを誰も理解できずに、ロビー内は静寂に包まれた。

『……カタイ、マズイ……アタシ、コレハイラナイ』

 そして『カース』は不機嫌そうに言い放った後、その大顎から人型の物体を吐き出す。
 勢いよく吐き出されたそれは、数人の観衆を巻き込んで同盟向かいのコーヒーショップへと突っ込んでいった。



「『ウルティマ』も動き出したし、もうアタシたちも好きに動いていいわよね」

 そしてそのコーヒーショップから出てきた二人。
 その二人が出てきたことを確認して、外で待機していたヘルメットの大男も付き従うように女の後ろを歩く。

「でもこれじゃ、まだ味気ない。恐怖が足りないわね」
239 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 23:01:36.96 ID:vTRpaymho

 コーヒーショップから出てきた女、カーリーはウィンドウケースに頭から突っ込んで気絶しているヤイバー甲を尻目に同盟本部へと足を向ける。
 そしてちょうど目の前にいた、本当にただの通行人二人の首を軽く一撫でするのだ。

 するりと胴体から離れた二つの首は、まるであるべき場所のように自然にカーリーの両掌に乗っている。

「始まりの花火はもっと盛大にしましょう。

せっかくの惨劇なのだから、楽しく、鮮烈に、不幸を魅せてね」

 カーリーはその首を群衆へと投げ入れる。
 人の生首は、それだけで非日常だ。つい先ほどまで生命のあったその首は、容易に人々に死を連想させ恐慌させるには十分だった。

 その行いだけで、同盟本部前通りは地獄絵図と化した。
 守るべきヒーローは即座に敗れ、無関係だった一般市民は容易に死んだ。
 人々は我先にと逃げ出し、暴動のように負の感情は伝播していく。

「さぁて、甘い甘い、不幸を見せて」



   
240 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 23:02:22.43 ID:vTRpaymho
 かなり前の設定のため再記載




 イルミナティ騎士兵団『第二位』エイビス

 深淵の悪魔。地球出身の魔族であり昔はデーモンスレイヤーとして活動していた。
 多趣味であり、見た目軽薄そうな男。
 イルミナティ創設メンバーの一人であり、昔イルミナPと唯を狙いことごとく返り討ちにされた経歴がある。
 ただし現在ならばかつて大敗を喫した唯に追随する強さを持つ。
 無口な兵団長に代わり騎士兵団をまとめている。

 誰もが深淵(エイビス)に挑まねばならぬ時がある。底見えぬ深い深淵へ。
 底があることに絶望を覚えるときもあれば、限りない底無しに絶望することもあるのだ。

 迦利(カーリー) / 騎士兵団6位『ジャイロ・アーム』
 災禍の中で踊る女。両腕義手のインド・アーリア人系。
 傭兵出身であり純粋な白兵戦のみならば序列内で1位に次ぐ。
 だが性格は序列内でも最悪であり、裏切り、不意打ち、だましうち、人質などあらゆる卑怯な行為でも空気を吸うように行い、相手を絶望させるための労力を惜しまない。
 世界中で身に着けた人間の限界に匹敵する技の数々でさえ、自らの欲求を満たすためだけに習得したものである。
 『ドブゲス女』、『デスビッチ』、『迦利(カーリー)』、『カールギルの鬼子』など様々な蔑称で呼ばれ、世界中の傭兵から兵士に恐れられている。
 量産型戦闘義手『ジャイロ・アーム』
 イルミナPが自身の『マジックハンド』をベースとして、魔導装置の代わりに現代兵器を多く搭載し量産化をした義手。
 だがその性能と重量によって汎用的に使える物ではなく、カーリーのみが使用する物として設計された。
 腕に装着されてない義手であってもカーリーの思考で並列コントロールすることが可能。
 また泥を完全に抜き取ったカースの核の内部保存領域を拡張して利用することによって、カースの核内部に義手を封じ込めて持ち運ぶことができる。
 カーリーが唯一行使する異能の力を有しているものである。

 
241 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 23:03:02.39 ID:vTRpaymho

以上です。
プロローグなのに思った以上に時間がかかったことと、想定以上の文量になってしまった。
これの話についてはあと1、2回の投下でまとめる予定です。

ネバーディスペア4人組、ヤイバー甲お借りしました。
242 : ◆zvY2y1UzWw [sage]:2016/08/04(木) 21:31:20.80 ID:atL2PMrF0
おつでして
やべぇ、戦争だわ…演説とか特に戦争っぽいわ…モブに厳しい高速道路はクレイジータクシーか何か?
いやはや、ヒーロー同盟本部襲撃はやばいっすねぇ…この惨状だと勝って撤退させても暫くは叩かれそう…くるみちゃんもなんやかんや実力はありそうだなぁ…
ネバーディスペアのほのぼのがぶち壊されてしまったのは…そういう運命なのかな?
そんでもってヤイバー甲さんは奈緒の亜種系列にひどい目に合わされるの二度目じゃないっすか…(白目)
243 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/27(土) 02:37:20.75 ID:y3hZJXbEo
保守
244 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/22(木) 00:59:38.85 ID:BZhIxQkw0
ほーしゅ
245 : ◆3QM4YFmpGw [saga sage]:2016/09/25(日) 22:29:11.65 ID:gnJ6FtKW0
投下します(生存報告)
246 : ◆3QM4YFmpGw [saga sage]:2016/09/25(日) 22:32:01.48 ID:gnJ6FtKW0


京華学園の遥か遥か上空、もはや宇宙空間と言って差し支えないほどの上空。

一台の巨大な宇宙船から、ヘレンはそれを見下ろす。

ヘレン「なるほど……あれが地球のフェスティバルね、なかなか賑わっているじゃない」

宇宙酒のグラスを傾け中身を飲み干したヘレンは、パキンと指を鳴らした。

ヘレン「アステリオーズ、メモリック」

アステリオーズ「グルル……」

メモリック「お呼びですか、マム」

ヘレンの呼び出しに応じ、迷宮怪人アステリオーズと記録怪人メモリックが姿を現した。

ヘレン「方法は任せるわ、あのフェスティバルを更に盛り上げていらっしゃい」

アステリオーズ「グオオ!!」

メモリック「御意に」

部屋を去る二体と入れ替わりに、ヘレンの側近であるマシンが入ってきた。

マシン「マム、失礼します」

ヘレン「あら、何かしら?」

マシン「旧友の方から惑星間通信が入っております」

ヘレン「旧友? まあいいわ、繋ぎなさい」

ヘレンの言葉にマシンは「イエス、マム」と短く返し、室内のモニターを点ける。
247 : ◆3QM4YFmpGw [saga sage]:2016/09/25(日) 22:33:44.42 ID:gnJ6FtKW0
??『いっよーぅヘレンちゃーん!! 相変わらず宇宙レベルかぁーい!?』


ヘレン「切りなさい」


マシン「イエス、マム」


??『どおお!? ちょちょちょちょっと待ってくれよヘレンちゃんよぉ! ちょーっとふざけただけだろお?』


モニター越しにおどけてみせる男。


24時間グダグダ煮込んだホウレンソウのようなウェーブの緑髪。


丸々3日履き続けたお父さんの靴下のようにだらしなくくたびれたウサ耳。


そして顔の右半分を覆う、レトロな雰囲気を醸し出す鉄仮面。


ヘレン「……で、一体何の用かしら、UP?」


ヘレンは珍しく少し不機嫌な顔をモニターの男……奴隷商人UPへ向けた。
248 : ◆3QM4YFmpGw [saga sage]:2016/09/25(日) 22:36:07.61 ID:gnJ6FtKW0
UP『いやあ、ちょっとマルメターノの野郎への復讐と素材の仕入れを兼ねて地球の愁炎絢爛祭っつー祭に来るつもりだったんだがな? うっかり宇宙警察の犬どもに取り囲まれちまって……あ、もちろん俺が勝ったんだぜ? でもちょーっとスレイブニールの方が傷ついちまってな? 困り果てて宇宙図を見たらワァオ! 地球のすぐそばに旧知の仲たるヘレンちゃーんの宇宙船があるじゃないの! これは最早神の思し召しでしてーっつー事で修理用の資材わけてくんねーかなーって通信かけたんだけど……ってあらら? ヘレンちゃん? 聞いてる?』


ヘレン「……ええ、『不幸にも黒塗りの高級宇宙船に追突してしまう』って所まで聞いたわ」


UP『全く聞いちゃいねぇーっ!! ズッコー!!』


往年のギャグマンガのような動きで盛大にズッコケるUP。


よく見ると足の裏に強力なスプリングが仕掛けてある。


この為に追加したのだとしたら、努力の方向音痴と言うほかないだろう。


ヘレン「冗談、ちゃんと聞いていたわ。わけてあげてもいいけど、タダとはいかないわ」


UP『モチのロンだぜ! 俺様特製プロデュースの奴隷五体をロハで……』


ヘレン「いらないわ、あんな悪趣味なオモチャ」


UPの言葉をヘレンが遮る。


UP『へっ?』


ヘレン「その代わり……例のコア、一つもらおうかしら。持っているんでしょう?」


UP『例のコアって……ちょちょっ、マジかよ!? アレは生産終了再販予定無しの激レアもんだぜ!? そもそも何で持ってるって知ってんの!?』


ヘレンの言葉に、UPは身を乗り出し驚いた。


勢いあまって顔面をモニターに激突させたその様は、まるで何とかクリムゾンとかいうロックミュージシャンのCDジャケットのよう。


ヘレン「嫌ならいいわ。そのオンボロ宇宙船で地球まで来ることね」


UP『ぬうう……よーし分かった! その代わり資材はバッチシ頼むぜヘレンちゃん!!』


CPU『マシンちゃん、一応現在座標と故障状況を転送しておくわねぇ』


マシン「助かります、CPU」
249 : ◆3QM4YFmpGw [saga sage]:2016/09/25(日) 22:40:03.40 ID:gnJ6FtKW0
UP『じゃ、また会おうぜヘレンちゃんよお!!』


謎の決めポーズと共に通信を終了させるUP。


ヘレン「はあ……マシン、奴の宇宙船が地球に到達するまでの時間は?」


軽く溜息をついて、ヘレンがマシンに問いかける。


マシン「CPUから転送されたデータで計算しました。約167時間20分後と推測されます」


ヘレン「6〜7日後、ね」


マシン「イエス、マム」


室内に一時の沈黙が流れる。


ヘレン「……間に合わないわね、祭」


マシン「間に合いませんね」


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250 : ◆3QM4YFmpGw [saga sage]:2016/09/25(日) 22:41:19.36 ID:gnJ6FtKW0
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京華学園、地下通路。


アステリオーズ「グルル……」


メモリック「転送完了。現在座標x581688、y401190、z-15078。京華学園地下と判断」


アステリオーズと共に転送されたメモリックが現在地を照合していた。


メモリック「ではアステリオーズ、早速開始です」


アステリオーズ「グオオン!!」


アステリオーズが両拳を頭上で激しく打ち付けると、そこから青白い火花が舞った。


火花は彼の角の間へ舞い降り、そこで更に大きく、激しく輝きだす。


そして火花が直径1mほどの大きさになった時、アステリオーズは叫んだ。


アステリオーズ「ビルド・ラビリンス!!!」


直後、火花は幾つもの光の筋となって散らばり、地下通路全体を照らしていく。


すると、信じられない事が起こり始めた。


ズズズ……


ゴゴ、ゴゴゴゴゴ……


光の当たった壁が、重低音を響かせながら動き始めたのだ。


やがて重低音は地下通路中を埋め尽くすほどに響き渡り……。


アステリオーズ「グオオ!」


数分と経たない内に、地下通路内部は巨大な迷宮と化した。


メモリック「……申し分ないですね。では続けて御招待を」


アステリオーズ「グルル…グォォォォォォ!!」


続けてアステリオーズは腕組みし、大きな雄叫びを上げた。


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251 : ◆3QM4YFmpGw [saga sage]:2016/09/25(日) 22:42:55.58 ID:gnJ6FtKW0
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ほたる「あれ? 巴ちゃんいないね……お手洗いかな?」


乃々「で、でも、お好み焼き焦げてますけど……」


エマ「なんか急にパッと消えたみたいな感じだなー」


――――


部員「ねー、キャプテンいたー?」


部員「いないよー。どこ行ったんだろ?」


部員「スタンプラリーの3ポイント希望してる人結構溜まって来てるのになあ…」


――――


忍「あ、伊吹ー! 沙紀いた?」


伊吹「こっちにはいなかったよ。どこ行ったのかな……」


忍「ほんの数秒だったよね、沙紀と離れたの……」


――――


モブヒーロー「ルーキートレーナー? ルーキートレーナー応答しろー?」


モブヒーロー「昼寝でもしてんじゃねえの?」


モブヒーロー「かもな……まあいいや、アイツの仕事料が減るだけだ。俺たちだけで警備に行こうぜ」


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252 : ◆3QM4YFmpGw [sage saga]:2016/09/25(日) 23:03:54.77 ID:gnJ6FtKW0
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地上で次々と行方不明になる人々。

それが原因となり、学園祭のあちこちで小さな混乱が起こり始めた。

言うまでもなく、犯人は怪人アステリオーズだ。

メモリック「良い調子です、アステリオーズ。景気付けにもう何人か……む?」

言いかけたところでメモリックが振り向く。

『オ゛ォオ……ォア゛……』

そこにいたのは、山羊……のような姿をした怪物だった。

泥の体を引きずって、ゆっくりゆっくりとこちらへ向かってくる。

メモリック「……解析完了。体表の構成物質からカースと断定。交戦による我々へのメリット無し。彼我機動性差、圧倒的」

淡々と分析するメモリック。

メモリック「奴をまきますよ、アステリオーズ。マムから賜った任務、邪魔をされるわけには……」
253 : ◆3QM4YFmpGw [sage saga]:2016/09/25(日) 23:05:06.45 ID:gnJ6FtKW0
アステリオーズ「グオオオオン!!」

メモリック「アステリオーズ!?」

直後、アステリオーズはメモリックの指示を無視して山羊のカースへと襲いかかった。

右の拳が、固く握り締められている。

メモリック(……まあ、いいでしょう。たかがカース如き、即座に始末して任務に戻れば……)

冷静さを取り戻し、アステリオーズの背中を見守るメモリック。

それがメモリックの誤算だった。

目の前にいるカースを、『たかがカース如き』と判断した、彼にとって最大のミス。

アステリオーズ「グオ……!?」

カースを殴りつけた途端、アステリオーズの体が硬直する。

そして一瞬の後、カースの泥がゴボゴボと湧き出し、みるみるうちにアステリオーズの体を包んでいく。

メモリック「!?」

アステリオーズ「グオ、オオオオオ!!」

メモリックが呆気にとられている間に、アステリオーズの体は完全に泥の中へと消えた。

メモリック「か、解析不能……!」

『ア゛ォオァア……』

そして、アステリオーズを飲み込んだカースがボコボコと姿を変えていく。

それはまるで、漆黒に染まったアステリオーズそのもの。

しかし、頭は山羊のそれという、完全なる異形だ。

『…………』

やがてアステリオーズを飲み込んだカース……『退廃の屍獣』は、ゆっくりとした足取りで何処へともなく歩き出した。
254 : ◆3QM4YFmpGw [sage saga]:2016/09/25(日) 23:06:56.71 ID:gnJ6FtKW0
メモリック「な、なんという事……」

この迷宮はアステリオーズが造り出したたもの。

すなわち、解除出来るのもアステリオーズのみ。

メモリック「……帰還装置、正常稼動確認出来ず……」

アステリオーズの迷宮は中の者を永遠に閉じ込める。

魔法であろうと科学であろうと、この迷宮の中では意味を成さない。

メモリック「……このままでは……」

戦闘能力を持たないメモリックに、退廃の屍獣をどうにかする事など出来はしない。

彼はただ、祈るしか出来ない。

迷宮内に呼び込まれた者たちが、奴を倒す事を。

完全に制御不能となった、迷宮の番人を……。

続く
255 : ◆3QM4YFmpGw [sage saga]:2016/09/25(日) 23:14:17.66 ID:gnJ6FtKW0
○イベント追加情報
地下通路が迷宮化し、巴、渚、沙紀、慶をはじめ複数の人間が転移させられました。
アステリオーズを取り込んだ退廃の屍獣を倒せば元に戻ります。

はい、というわけで長らくお待たせしました(白目)
エマ以外全員お借りしました(横着)
256 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/26(月) 00:47:57.89 ID:JU660YJ5o
おっつし
新イベかー!
257 : ◆zvY2y1UzWw [sage]:2016/09/26(月) 03:14:27.89 ID:wUTs2tK40
おつでして
なんだか大変なことになっちゃってるぞ(恒例)
戦闘能力とは言えない能力持ちの子が不安ですねぇ…
というか絶対強いじゃないですかやだー!
258 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/10/05(水) 23:33:45.16 ID:XpqCf+ph0
お久しぶりです。
こちらも投下しますねー
259 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/10/05(水) 23:35:19.25 ID:XpqCf+ph0
カースに乗っ取られた戦車から逃げ切った私達は、地図を開いて現在の位置を確認していました。

「このコンビニがここにあって、ちょっと先にこの建物があって……ん? これは信号機の柱か?」

憤怒の街は現在封鎖中なので、GPSとか言った端末からの情報はすべて機密扱いでシャットアウトされています。

なので、紙の地図で現在位置を特定しているのですが………。

憤怒の街の内部は至る所で建物などの損壊が目立ちます。

中には倒壊したりしている建物もあって、おそらく被害を受ける前の状況とは異なっているだろうと、ポストマンさんが言っていました。

なので、ランドマーク的なものが地図に記してあっても、実際に見た時にそれがない。といったこともありました。

特に中心に近づくにつれて、心なしか先ほどよりも建物の壊れ方が激しいように感じます。

「それなら………今は大体この辺か?」

そういって、ポストマンさんが地図のある地点を指さしました。

「ここからだと、この先にある病院を抜けていったほうが近いか?」

「いや、そうは言うけどさ………」

そういって、全員がはぁとさんが指をさしたほうへと向きますが………

「あの先、なんかすっごい茂ってるんだけど☆」
260 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/10/05(水) 23:38:23.41 ID:XpqCf+ph0
(やばい、手違いであげちゃった……ごめんなさい。ちなみに、上の>>259は私です。)
===============================================================

はぁとさんが指を指す方向には、青々と茂った自然がありました。

砕けたアスファルトの道路には、雑草が所々に生えていたり、アスファルトがはがれたところにはきれいな水が溜まっています。

がれきには緑の苔のようなものがついていたり、崩壊した建物には蔦が絡みついていました。

所々に木が生えており、元は街路樹であっただろう木も、成長しすぎたのか、根っこが歩道のアスファルトを砕いていました。

………まるで、あそこだけは数百年も手が付けられないまま、自然に飲み込まれた遺跡のようでした。

そして、何より目立つのが………

「なに、あの大きな木………?」

凛さんがそう口を漏らした通り、あの先にはひときわ大きい木が見えました。

そんな光景を見た私達の反応は様々でした。

「ふわぁ〜………!」とチカちゃんがただ驚き、

「なんじゃこりゃ………なんじゃこりゃ………」とポストマンさんが呟き、

「あの木の上とか登れたら、とってもスウィーティーな光景が見られそう☆」とはぁとさんがワクワクしながら言い、

「サンプルとか、回収できないかな?」と凛さんが言い、

「こんな光景は、遺跡惑星に手紙を届けて以来ですねっ!」と、私が思ったことを口にしました。

「………遺跡惑星?手紙を届ける?」

なぜか凛さんが食いついてきました。

「へっ?」

「ユウキちゃん、それどういうこと?」

ど、どうしましょうっ。 墓穴を掘ってしまいましたっ!

「ええっとっ、そのっ、今のは言葉の綾といいますかっ!
あっ、そうですっ! とある映画のワンシーンでこんなシーンがあったなぁ、とっ!!」

「ふーん、そうなんだ」

ふうっ、何とかごまかせたようですっ。
261 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/10/05(水) 23:40:14.50 ID:XpqCf+ph0
「でも、あんな木、ここにつく前には全く見えなかった気がするんだけど?」

と、凛さんは疑問を口にしていました。
あっ、ちなみに、簀巻きの状態からは解放してあげました。
さっきの急発進とかでぶつけちゃったりして痛そうだったので。

「………そういえば確かに見てないな? 建物が邪魔で見えなかったのかもしれないが………」

「でもこんなおっきい木なんか、普通、見逃さないと思うぞ♪」

確かに、こんなに大きい木だったり、草木が生い茂っているところなんて、遠目にもわかるかなと思うのですけど………。

草木とかは建物の影とかに隠れていたでまだ納得はしますが、大きい木はごまかしきれません。

「………なんか、また厄介事に巻き込まれた気がするんだが?」

「はぁともそう思う☆」

と、ちょっと虚ろな目でその方向を見ているはぁとさんとポストマンさん………。

「まぁ、それはいつものことだからいいとして、ユウキちゃんが目指している目的地はあっちの方向だがどうする?」

そうポストマンさんが尋ねてきました。

「行きますっ。手紙を届けてほしい場所がそこにあるのなら、私はそこに行くだけですっ」

手紙を必ず届けるのが、メッセンジャーの役目ですからっ!

その言葉を聞いて、凛さんが「ん?」って頭をかしげて、私に尋ねました。

「え?手紙?」
262 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/10/05(水) 23:42:11.53 ID:XpqCf+ph0
「はいっ! 私は手紙を届けるために、この憤怒の街に来ましたっ!」

「えっ?」

凛さんがなんだか凄く驚いたような顔でこっちを見ています。

「………なんで手紙を届けるのに憤怒の街に来てるの?」

「依頼人さんが憤怒の街にある家に届けてほしいって言ったからですっ!」

「………どうやって憤怒の街に入ったの?」

「はぁとさんに頼み込みましたっ!」

それを聞いて、凛さんがはぁとさんのほうに顔を向けました。

「いやだって、ユウキちゃん、すっごい勢いで頼み込むんだもん♪
憤怒の街の中に入りたいって聞かないし、その依頼人の話をして泣かしに来るし、
最後にはこっちが折れちゃった☆」

「えへへっ」

その話を聞いた凛さんは、どこか呆れた顔をしていました。

「………あんたも大概だよね?」

………なんだか腑に落ちませんが、わかってくれたならいいですっ。 先ほどの件は忘れませんがっ!

「………ところでさ、ユウキちゃん」

「なんですかっ?」

「さっき、私の携帯を見てたよね?」

「はいっ。 あの時はありがとうございましたっ」

「いいよ。 ああしなきゃ、私も死んでたし。
 でも、それで、チカちゃんのことなんだけど………」

………おそらく、先ほど見えた反応のことを言ってるのでしょう。

「………はいっ、知ってしまいましたっ」
263 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/10/05(水) 23:44:30.33 ID:XpqCf+ph0
「どうもしませんっ」

その言葉を聞いて、凛さんが驚いたような顔をしていました。

「恐らくですけど、チカちゃんは私のお客様ですっ
 チカちゃんがお客様である以上、何者であってもいいと思ってますっ」

そう、渡す相手が何者であろうと、こちらに危害を加えないのであれば、それはお客様です。

お客様に手を出してはいけませんっ

「それに………たぶんはぁとさんも同じことを言うと思いますっ」

「………なんでそう思うの?」

………なんででしょうか? 何となくそう思っただけなので、確証もないです。

強いてあげるなら、はぁとさんなら、そう言うだろうと思います。

ですけど、はぁとさんは元はGDFの人です。

チカちゃんの正体を知ってたら、倒そうとするのかもしれません。

でも、私はそうは思いません。何故かはわかりません。

………ああ、そういえば、こんな風にはっきりとしない理由を、皆さんはこのように言ってました。

「ただの勘ですっ」

「勘って………まあ、手を出さないならいいかな」

凛さんはちょっと呆れた顔をしてましたっ。
264 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/10/05(水) 23:46:19.62 ID:XpqCf+ph0

===============================================================

「ついに見つけてしまったか………」

街のとあるところにある建物の屋上。

そこにはGDFの軍服を着た男が、心達の車の反応が憤怒の街に入っていったのを見て、そう憤っていた。

彼らは事前に、心達の車に発信機を取り付けていたのだ。

「しかも相手はあの佐藤 心と来た。 あいつは死んだのではないのか?
各国GDFの精鋭部隊を集めたカース討伐作戦は失敗に終わって、全滅したと聞いたぞ?」

彼にとっては、心は死んだはずの人間である。

その人間が、仲間(と小さい女の子)を引き連れて、いきなり自分の邪魔をしに現れたのである。

「………いや、今はそんなことを考えている場合ではない。
ウサミン星から大枚叩いて購入した空間ステルス装置で見えなくしていたというのに、コラプテッドビークルから逃げた拍子でたどり着いてしまったではないか。
あの、忌々しいカース共め。」

そして、そんな奴らが偶然、自分たちが(わざわざウサミン星から取り寄せた、空間ステルス装置を使ってまで)隠していた場所を知ってしまった。

「全く、腹ただしいほどに幸運なのか不幸なのかわからん奴らだ。
しかも、あの場所を突っ切ろうとしている。 全く、由々しき事態だ」

だが幸い、シュガーハートこと、佐藤 心は公式では『行方不明』である。

もう一人のGDF隊員は知らないが、まあ、さほど偉い人物でもないだろう。

そして他の連中も、公には一般人も同然。

ならば、やることは一つ。
265 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/10/05(水) 23:48:13.76 ID:XpqCf+ph0
男は自分が雇った傭兵を呼び出す。

「わかっているな? あくまでもカースに襲われたように装うのだ。
奴らを生きて返すな。 そのための戦車は用意したんだ。 しっかりやってくれよ?」

『へいへい。 まあ、お前さんはなんだかんだで羽振りはよかったんでね。
代金の分、しっかりと働かせてもらいますぜ?』

そう、傭兵の男が返事をする。そして、待機していた戦車が動き出す。

その動きを、軍服の男が目で追っていた。

(上からの命令でやむを得ず街に入れたが、お前らは知ってはいけないものを見てしまった。
騙し討ちになって悪いが、ここで死ね。)

そう思いながら、彼ははぁと達の動向を見ていたが………。

『おっと、まずい』

「どうした? 何かあったのか?」

『どうやら、あいつらを追いかけまわしてた狂犬が、こっちに来やがった。
ちょっくら排除きますかね!』

そういって、通信が切れた。

「―――ああ、くそっ!!」

軍服の男はさらに苛立った。
266 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/10/05(水) 23:53:42.04 ID:XpqCf+ph0
とりあえず、今回は以上です。
徐々に書いてはいるけど、9月中はデレステかなり忙しかった・・・・・・
その前まではちょっと気分的に落ちてたから、書くのもままならなかったなぁ
ままならないものだと、そう思いますなー

って言って、PSO2でしまむーのキャラメイクしたりしていたわけですが……
話の持って行きかたとかに悩んだときは、PSO2でモバマスキャラ作っていじくりまわしたりしてますw

感想返しは後日にします。今はちょっと時間がないのでorz
267 : ◆zvY2y1UzWw [sage]:2016/10/07(金) 00:32:34.70 ID:rYg8mrWy0
おつでして
ユウキちゃんの体験したという事はいつも断片でもワクワクするようなことばかりだなぁ・・・
不穏な気配を察知!(いつもの)
とりあえずこの自体は平和では終わらなそうだね!
268 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 01:53:46.70 ID:nZ3oq+wSo
お久しぶりです(2か月ぶりn度目)

>>245
文化祭3日目の地下迷宮が本格始動ですね。また攻略難易度が高そうです。

>>258
しゅがはと乙倉ちゃんの和やかな感じとは別に動く謎の影。続きが気になります。


イルミナティによる同盟本部侵攻編part2投下します。
今回も長いです(白目)
269 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 01:54:16.95 ID:nZ3oq+wSo
 砂嵐は脳内に蔓延り、視界不良は依然続く。
 断片をつなぎ合わせた記憶は、遥か過去のようなものの気がして直視する気にもならない。

 まるで数年放置され虫に食われ尽くした穴だらけの新聞のようなモノクロは、あたしにとっては価値を理解できないほどに擦り切れてしまっていた。

『……クスクス、クスクス』

 そんな不明瞭な情景で、どこからともなく聞こえる小さな笑い声。
 無邪気な声色のそれは、嘲笑されているようで、にもかからわずなじみ深い嫌悪感の少ない印象をあたしは抱く。

『なお、なお。かわいいなお。かわいそうななお』

『知らない頃に連れ去られ、何処とは知らない檻の中』

 砂嵐の中笑い声と共に聞こえてくる歌声は、ざりざりとあたしの頭の中をひっかく。
 歌声は脳の中をかき回し、不快感にを与えるが、それに比べ苛立ちは少ない。
 不明瞭な視界の中で付いているのか定かでないあたしの脚は、ごく自然にその歌声に引き付けられるかのように歩き出す。

『まっしろいおさらのうえ。なおはおさらのうえの、おりのなか』

『ナイフとフォークを持って、みんなは奈緒を見てる。食器を交差させて奈緒を見てる』

『ああ、なお、なお。かわいそうななお。かわいいなお』

『今からわたしは食べられてしまうのね。かわいそうで、おいしそうな奈緒』

 笑い声は大きくなることはない。しかしその数は次第に増えて、あたしの四方から絶え間なく聞こえてくる。
 歌声は依然響く。あたしに語り掛ける歌は、あたしの脳をまだかりかりとひっかいて不愉快だった。
270 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 01:54:51.81 ID:nZ3oq+wSo

『……クスクス、クスクス』

『くすくす……クスクス』

『アハハ……クスクス』

 視界を埋め尽くす灰色の砂嵐。当てもなく歩き続ける中ずっと続いてきたそれは、笑い声の数と反比例するように薄れ始める。
 そこは歩くたびに体中が重くなり行く手を阻むが、体はあたしの意に介さずゆっくりと進む。
 歩み進んだ先の景色もやはり灰色だ。
 だが薄れ始めた灰色の砂嵐はその中に、一つの情景を形作り始める。

「……遊園地?」

 離れた空には巨大な車輪。
 身の丈ほどの大きさのマグカップや作り物の艶を出す回転木馬を備えた円形幕。
 金属柱を組み上げたレールの上で静止したジェットコースターや海原に進みだすことなく左右に揺れるしかない海賊船。
 どこにでもあるような、その言葉を聞けば万人が想起するようなアトラクションが備えられた娯楽の園。

 だがその遊園地は相変わらず古新聞の写真のように白黒で、視界に走るノイズ以外に動きのない静止した空間だった。

「そういえば、遊園地なんて行ったことなかったな」

 ネバーディスペアの活動を始めてからすでにそれなりの時が立っている。
 異形の見た目のために、その活動以外では外に出ることは少ないために、娯楽目的でこう言った遊園地のような場所に来る機会はあたしにはなかった。
 だが知識としてはどういう場所か知っているので、その風景が遊園地であることは認識できたのだ。
271 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 01:55:22.05 ID:nZ3oq+wSo

「んー?……遊園地、なのか?」

 本来華やかな雰囲気を連想させる遊園地だが、目の前に広がる景色からはそんな感想は思い浮かばない。
 文字通り静止したこの情景は、本来動的であるはずのアトラクションの諸々がすべて静止しているということに他ならない。
 あたしは少し見渡しても、視界に入るような自分以外の人の姿も見えないし、小鳥一匹、小動物、はたまた動く影すらないまさに静止画の世界ようだった。

「あたし……なんでこんなところにいるんだっけ?」

 そもそも視界不良という明らかな違和感にさえ疑問を抱かなかったあたしだが、そんなことを疑問に思う。
 特にきらりや李衣菜と遊園地について話をしたことはないし、当然夏樹ともそんなことは話さない。
 別に行きたいと思ったこともなく、この場所のチョイスには疑問にしか思わなかった。

「……でも、この場所」

 たしかに場所には疑問しか思い浮かばなかった。
 そもそも今の状況が現実離れしているのだが、そんな現実離れした空間であってもこの遊園地は妙に現実に沿っている。
 いわゆる既視感だ。あたしは行ったこともないこの遊園地に既視感を覚えている。

「ここって、いったい?」

 あたしはその既視感の正体を確かめるために、周囲に広がる遊園地を見渡す。
 この遊園地の正体を探るために、ありふれたアトラクションからあたしの記憶に合致するものが含まれていないかを探す。
272 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 01:56:00.45 ID:nZ3oq+wSo

『……くすくす、かわいそうななお』

『……クスクス、かわいい奈緒』

 だが周囲を見渡したあたしは、その風景の中で既視感ではない異物を見つけた。

『ごきげんよう。ご主人様』

『ごきげんよー、ごしゅじん様』

 コーヒーカップの中に座る二つの影。
 影というのは文字通り『影』であり、その姿は不明瞭、黒塗りの人型である。
 その声色は少年のものと少女のものの二つ。影も黒塗りのために判別がつかないので、どちらが少年でどちらが少女なのかあたしには判別がつかない。

『今日は楽しかった?ご主人様』

『りいなやなつき、きらりもみんな優しくて、ごしゅじん様は今日もご機嫌だったねー』

「お、お前ら……いったい?」

 突如として現れた二つの影に、思わずあたしは一歩退く。
 その明らかに人間ではない『何か』は、さも当然のようにあたしに話しかけてくる。
 あたしはこんな二人のことは知らないし、知り合いでもない。
 だけどそれはとてもなじみ深くて、そして直視できなくて、頭の中は混乱していく。

『心外ですわ。ご主人様。私たちはいつも一緒ではありませんか』

「だ、誰がご主人様だ!あたしは、あんたらを見たことはないぞ!」

『うん、そうだね。確かにごしゅじん様は僕らを見たことがない』
273 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 01:56:43.55 ID:nZ3oq+wSo

 『僕ら』と語ったほうの声があたしの背後から響く。
 思わず振り向いたあたしは、あたりまえのように模造の白馬の上に座る一つの影を見つける。
 すでにコーヒーカップにいた二つの影はそこにはいない。
 白馬の上の影は狼狽えるあたしのことなんて気にせず話を続ける。

『でも僕らはいつも一緒だよ。はなれたくてもはなれなれない。

だからごしゅじん様のうれしかったことも、怒れるようなことも、悲しかったことも……楽しかったこともしっている』

「そんな、あたしは知らない。……いったいあたしの何を知っているんだ」

『だからすべてですよ。ご主人様。

今日のこと、昨日のこと、一昨日のこと、遡ってこれまでのことも』

 ジェットコースターのレールの上に腰掛ける影は、遠いはずなのに耳元でささやかれたように鼓膜に届く。
 情報は目くるめく脳を駆け巡り、ひっかくノイズは不協和音を奏で始める。

「う……ああ、なんだ、これ?」

『ああ、しかたのないことだよ。ごしゅじん様。

ごしゅじん様はここのことを理解できない。いや、理解することを拒むんだよ』

『それにこれは、ただの夢。ほんの一瞬の、うたかたの夢なの。

だから起きれば、ここのことは何も覚えていないし、思い出せない。

出来れば覚えていてほしいこともあるのだけど、できないのなら意味はないもの』

『伝えても覚えていないのなら、それは僕らの言葉を伝えられないことと同じだよね』

「いった、い……なんの?」
274 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 01:57:21.66 ID:nZ3oq+wSo

 脳の裏をかきむしられるようなノイズは、痛みは感じないが不快感だけを募らせる。
 そんな不快感にあたしは膝をついて頭を抱えるようにうずくまる。
 その状態でも影の声は依然響く。
 彼ら自身その言葉に意味はないと断言しておきながら、それでもあたしに言葉を投げかけ続けていた。

『ご主人様が楽しかったり、嬉しかったりするのは私たちにとっても不本意ではないわ』

『だけど覚えておいてねごしゅじん様。きっとこの言葉は目が覚めた時には忘れてしまうだろうけど、僕らは何度も言うよ』

 あたしは脳の不快感に耐えながら、頭を上げる。
 そうしなければいけないようなこみ上げる使命感は、砂嵐の走る視界を強引に見開かせる。
 あたしの前に立つ二つの影。その小さな影は、小さくうずくまるあたしを表情のない顔で見下ろす。

『奈緒、決してあなたは幸せになれない』

『なお、決してあなただけを幸せにはしない』

『抜け駆けは許さない』

『一人だけ、抜け出すなんてそんなのずるい』

『私たちは一蓮托生』

『僕らは一心同体』

『私たちはあれだけ苦しんだ。切り開かれ、植えつけられ、弄ばれた』

『僕らの苦しみはまだ終わってないから、なおだけ幸せになんてさせない』

『もっと苦しみましょう。私たちと一緒に』

『まだまだ苦しもう。まだ終わらない僕らの苦しみと一緒に』
275 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 01:57:52.66 ID:nZ3oq+wSo

 あたしの視界に広がるのは、遊園地の風景。
 だがそれらはすべて影に塗りつぶされ、シルエットしか映さない。

 いや、『目』が見えるのだ。

 コーヒーカップが、模造の白馬が、空席のジェットコースターが、進まない海賊船が、静止した観覧車が。
 みんなが見てる。あたしを見ている。数えられないほどの瞳が、視線が、一点にあたしを見ている。

『ずっと私たちが、見てる』

『いつまでも僕らは、見てる』

『『だから、奈緒だけで、幸せになんてさせない。かわいい奈緒、かわいそうななお、あたしたちはずっと一緒だよ』』

――――――――――
―――――――――
―――

 沈黙のアラームが示すのは、午前6時の時刻。
 眠気目の瞳に映るのはいつもの起床時間より早く、あたしにとってはたまにあることだった。

「いやな……夢だな」

 よくはわからないけど、たまにそんな感じがする。
 寝覚めの悪い、悪夢を見たという漠然とした感覚。

 内容は思い出せないけれど、直前に見ていた夢が悪夢だったという自覚だけはあって最近になってそういうことがたまにあるのだった。
 だけど内容も思い出せないし、思い出せないということは大したことではないのだろうとあたしはいつも思考を切り替えていた。

「……はぁ」

 これ以上は眠る気分にもならないし、あたしはゆっくりとベッドから這い降りる。
 寝覚めのいいほうではないあたしが、誰よりも早く起きるのが思い出せない悪夢を見る時だった。



 そして今になって気が付くんだが、悪夢を見るのは決まって、いいことのあった日の夜なのだ。
276 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 01:58:39.84 ID:nZ3oq+wSo

***

『AAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』

 黒い泥の塊は、人の影のような形を作りながら表面が泡立つ。
 それは人の姿へと変わろうとしているのではなく、元の形こそが人型であるということなのだろう。

 先ほどまでの泥の塊として流体は一つの形態であり、その『カース』は新たな容貌へと変化しようとしていた。

『オナカ……スイタヨウ……。

オ……オナ、カアアアアアAAAAA!!!!!!!!!!』

 その口からだらりと落ちる黒い泥は、満たされぬ空腹を吐露する意思の表れだろう。
 体を形成する泥より粘性の少ないその液体はロビーの床に落ちるとともに、小さな煙を上げながら床の表面とともに蒸発した。

 満たされない空腹を満たすためならば、すなわち食らい続けるしかない。
 ならばこそ、先ほど食いそこなったヤイバー甲のような不純物を身にまとったものではない、もっと柔らかな『食事』を求めるのも必然であった。

 捕食により適した体への変化は、その遺伝子に刻み込まれていた。
 カースの背からはより多くの獲物を捕らえるべく発達した巨大な手が一対、天井に向かって泡立つように膨張し伸びていく。
 明らかにその場にある泥の総量を超えた体積変化は、逃げ惑う人々にとってはさらなる脅威でしかなかった。

『ガ、ガアアアアアアアア!』

 背中から生えた巨大な両腕は伸ばしただけでこのロビーの幅の8割程度を網羅する。
 腕の泡立ちは、筋繊維が伸縮するような軋みのような音をかすかに上げる。
 伸ばした腕は、その場にいた哀れな贄を誰一人として逃がさぬように地を這うように振られた。

「ぎゃああああああ!」
「イヤアアアアアア!」
「た、助けてええええ!」

 その剛腕に捕まった人々は、各々が助けを求める声を上げる。
 人々の叫びなど意に介さず、『カース』は新たな形へと変化する。
 先ほどヤイバー甲を丸呑みした時のような、人の大顎とは言えぬような先の見えない漆黒の孔。
 腕の先の捉えた獲物たちを上に掲げ、自らの捕食機関である底の見えない洞に落とそうとする。
277 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 01:59:21.65 ID:nZ3oq+wSo

「やめて、だ、誰か、助けて……・!」

 先ほどまで何の脅威にもさらされていなかったこの場所で、突如と襲う命の危機。
 人間であるが故に、これまで被捕食者側に立ったことのない者ばかりであったが、今この瞬間にそれを知るのだ。
 生来から決めつけられた圧倒的な捕食者を目の前にして、ただの人間など食物連鎖の下層の存在であり、無力な餌でしかないことを。
 その絶望への落差は決して安全な場所にいた人間にとって耐えられるものではなく、誰もが自らの終わりを悟っていた。

「ったく、待たせたな!」

 だが巨腕に抱かれ、終わりを悟った人々は一つの声とともに体を締め付けていた圧迫感が解放されたことに気づく。
 黒い泥の塊はその瞬間を確かに見ていた。

 大口を上げて、捉えた大量の『食料』を下から見ていたとき、二筋の光線が一つづつ両腕を一閃し、自分から切り離されたところを。

 捕らえられていた人々は、巨腕の捕縛から解放されそのまま落下する。
 だがその先が、泥の塊の口の中であることには依然変わらない者も多い。
 しかし、その大口にたどり着く前に別の黒い巨大な穴が遮るように出現する。
 その大口よりもさらに大きな穴は捕縛されていた人々を残らず吸い込み、別の方向から落下音がする。

「くっ……さすがにこの大きさじゃあ距離なくてもきっついなぁ」

 苦い顔と一筋の汗をにじませた夏樹は、人々が落下する音を背に苦痛を吐露する。
 泥の塊の大口を遮るように開いた大穴の先は、夏樹の背後のコーヒーショップの前につながっていた。
 落下距離を短縮したので余り負担はないが、用意する時間もなかったのでアスファルトに人々は落下し、折り重なっているので多少の軽傷を負った人もいるが、泥に飲まれ消化されるよりかはマシであろう。
 そして当の『カース』のほうは、ようやく自分の獲物を横取りされたことに気が付き、夏樹のほうを見る。

『ナンデ……アタシノ、ゴハン、ソッチニ?

トラナイデ……トラナイデヨオオオオオ!』
278 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 01:59:58.83 ID:nZ3oq+wSo

 切り離された腕を再び取り込みつつ、その黒い泥は再び形を変える。
 次のその姿は巨大な四足獣の形態をとり、その容貌はこの世のどの獣にも似つかず醜悪であった。

『カエ、セエエエエエエエエエエエェェ!』

 『カース』は怒り狂ったように声を上げながら夏樹に向かって走り出す。
 腕をレーザーで切り離されたことやワープホールで人々を救出されたことまで理解しているかは定かではないが、どうやら獲物を奪ったことが夏樹の仕業であることは理解できているようだった。

「まったく、あんまり頭はよくなさそうだけど、感だけはいいみたいだな。

ホント、勘弁してほしいぜ。だりー」

「いったい、なんなのさ、こいつ」

 『カース』の標的は夏樹だけになっていた。
 だからこそ、ロビーから出る前に出口の脇で待機していた小さな影には気づかなかった。

「チャージ!アンド」

 その小さな影から唐突に電光が立ち上る。
 足元には体につながれた小さなコード。その先は自動ドアへとつながっている。

「スパーク!!!」

 振り上げたギターを、走り抜けようとする『カース』の四足獣の横っ腹に思いっきり叩き込む。
 凄まじい閃光とともに帯電したギターは轟音と衝撃を生み出す。
 歪んだギターチューンは決してメロディーを奏でたものではないただの単音で構成された衝撃だが、聞いた者の心臓に響く一撃。
 それを直接受けた黒い泥の表面は波打ち、全身にギターを伝った雷電が走る。

『ギャ、GYAAAAAAAAAAAAAAAアアアアアアア!』
279 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:00:32.51 ID:nZ3oq+wSo

 『カース』は町に響くような叫び声を上げた後に、壁に向かって沿って吹っ飛んでいく。
 同盟本部のロビーにいた人々は捕まった人々を除けばすでにほとんど避難が完了していたため、その先には巻き込まれるような人はいない。
 『カース』の巨体は、その体に電気を纏ったまま巨大な大理石の壁に激突し、本部全体に衝撃を与えた。

『グ、アア……イタイ、イタイ、ヨ』

 想定外の方向から手痛い一撃を受けた『カース』はその巨体に似合わない高い悲痛なうめき声をあげながら崩落した大理石のがれきから立ち上がる。
 全身が泥のために火傷のように傷が焦げ付くことはないが、電撃によって体を構成していた泥の一部が蒸発し、湯気と共に汚水のような悪臭が周囲に立ち込めている。

「おなかすいちゃったのは、仕方ないかもしれないけどぉ」

 『カース』のすぐそばで聞こえる一つの声。
 逃げ遅れた人がいるのかと思った『カース』は、この消耗した状況にとっては渡りに船であった。
 依然空腹は一切満たされず、掻き毟るように湧き上がる飢餓感は絶え間ない泥の形成を促す。

 そもそもカースは感情のエネルギーの塊である。
 そしてその上で、カースドヒューマンが強力な理由として最も上げられるのはある程度自前で感情のエネルギーを供給できることであり、逆説的に周囲の感情エネルギーを力に変えることができることである。

 永久機関にも似たその性質は負のスパイラルであり、決して救いなどない。
 だがこの状況でこの『カース』が目の前につるされた餌にあり付くだけの活動能力を取り戻すには、湧き上がる飢餓感というエネルギーは最適だった。

『スイタ……スイタノ……タベ、タベサシテエエエエエ!』

 『カース』の自らの膨れ上がった巨体は、沸き立ちながらさらに変化を起こす。
 四足獣の姿からは大きくは変わらないが、さらに追加で1対の巨大な腕が床をつかむように形成される。
 さらにその獣の大口は可動域を無視すように大きく開き、その中は牙というには不揃いで、圧倒的に過剰すぎる剣山のような鋭利で黒い牙を一面に生やしていた。

「だけどぉ、みんなを怖がらせるようなことはダメだ、にぃ!」
280 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:01:14.03 ID:nZ3oq+wSo

 『カース』の傍にいたその少女はその悪食の脅威にさらされた。
 だが少女は臆することなく、小さな子供を叱りつけるように言い放つ。

「きらりん☆ビィーーーーーーッム!!!」

 少女が構えた両の掌から光る閃光。
 そのロビー全体さえも照らすような一瞬の光はプリズムのように虹色の輝きを彩る。
 少女に食らいつこうとした『カース』の口内に向けて放たれる虹色の光線はカースにとって致命的となる浄化の光。
 正面からその直撃を受けた『カース』の体を貫通するように、光線は一筋に延び同盟本部の外に走る。

『ガ、ガアアアアアアアアアアアアアアああああああ!?』

 『カース』自身も何が起きたのかを理解できていなかった。
 少女、きらりが放った光線はその直径を増していき、その巨体を丸ごとの見込み泥は蒸発する。
 ロビー内は虹色の光が乱反射して、その残滓を様々な色で照らし出した。

 浄化の閃光に巻き上げられた粉塵は、残光によって星屑のごとく煌いている。
 光の中に消えた『カース』は、傍から見れば完全に消滅したと考えられるだろう。
 事実あの巨体が回避行動をとることはなく、光の中に消えていったことはこの場にいるものならばそれ以外に考えない。
 だからすでにこの場の人間は遠巻きに見守る一部の人間と少し離れた避難の最後尾の背中、それと『カース』と退治していたネバーディスペアの面々だけであった。
281 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:01:43.79 ID:nZ3oq+wSo

「まったく……今日はそういう目的で来たわけではいのだがな」

 このような事態は過去にないとはいえ、さすがはヒーローの総本山である。
 先ほど捕まっていた人々を除く者たちは、すでに我先に避難を完了している。
 遠巻きに見守る人間も、『こういった』事態に対応するための係の者であり、今は夏樹が先ほど救出した人々を介護している。
 その様子を見守る夏樹の隣にやってきたのは彼女がよく聞きなれた声。

「おっ、LPさん。よかった。無事だったんだな」

 その口調は軽いものだったが、隣に怪我無く無事に立つLPの姿を見た夏樹は安堵した様子がにじみ出る。

「ああ、不謹慎ではあるが周りが必要以上にパニックになってくれたおかげで逆に冷静でいられたよ。

あの『カース』の隙を見てどうにか脱出してきた」

 そう語るLPは無事に脱出できたにもかかわらず、浮かない顔をしている。
 視線の先は夏樹と同じ避難する人々のほうを見ているが、その手は止まることなく小さな情報デバイスで何かを調べている。

「そっか、ならよかったぜ。

しっかし、なんでこんなことになってるかね。いったい同盟のヒーローはどうしてんだ?

総本山にカース侵入させて、誰も出動しないなんて怠慢だぜ。

そもそも、LPさんの言う通りアタシらもこういう目的で来たわけじゃないんだけどな」
282 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:02:16.61 ID:nZ3oq+wSo

 基本的にネバーディスペアはたとえ休みの時でも、必要とあればヒーローとして行動する。
 だが今回訪れているのは一般的なヒーローたちが集う同盟本部である。
 夏樹自身そう思っていたわけではないが、この場で同盟のヒーローを差し置いて動くことになるなんてそもそも想定すらしていなかったのだ。

「目的って……私を連れ出そうって考えていたことか?」

「!……なんだ、気付いてたのか」

「まぁいつもならこういったことで私に積極的に付き添って来ないし、今日は珍しく4人揃ってに付いていくなんて言い出すしな。

何か裏を勘繰るのは必然だろう?私を何か嵌めようと思っていない限りで考えうる動機なら予想はつく。

きっと私が働きすぎだから、休暇もかねてどこかに連れ出そうってな」

 夏樹は計画をはじめから見破られていたことにばつの悪そうな顔をする。
 そもそも夏樹としても万事うまくいくとは思ってはいなかったが、目的から動機まで見破られるとさすがに計画がずさんだったと言わざるを得ないだろう。

「ほんとに……LPさんには敵わねぇな。

やっぱり、要らない世話だったかな?」

「いや、私のことを考えて行動してくれたことがうれしいさ。

だがサプライズを行うのならば、もっと手堅く慎重に事を起こすべきだ。

これでも私は歴戦だぞ。敵の裏をかくなんてことは造作もないさ」

「そっか。なら今度はLPさんに一泡吹かせてやるから、楽しみにしといてくれよ」

「ああ、また楽しみにしているさ。

それにとにかく今日はこんなことになってしまってはいるが、ことが済んで時間があれば私も付き合おう。

君たちの『娯楽』というものを、私も見ておきたいのでね。

っと、……やはりか」
283 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:03:02.31 ID:nZ3oq+wSo

 歓談は終わり。LPは情報デバイスでの調べるものは見つかったようだった。
 LPはその画面を静かに夏樹に示す。

「ん……?なんだよこれ!?『カースの大量発生』、『アイドルヒーローのライブにカース乱入』、『高速道路の同時多発事故』だって!?

何件も、まだまだあるぞ……。しかもこれ」

 夏樹はLPに示された画面をスライドしていくたびに新たな事件が羅列されていき、しかもそれは現在進行形で更新されている。
 そして気になる点は大量の事件が起こっていることだけではない。

「そう、ほぼ同時刻。この騒ぎと同じころに発生している。

ここで起きた『カース』の襲撃と同時刻だ。しかも発生地点も的確に、近くに同盟のヒーローがいる」

「まさかこれって……全部この事件ヒーローの足止めか?」

「さすが察しがいいな夏樹君。おそらくな。

偶然にしては出来すぎているし、あの『カース』もただのカースだとは思えん。

何かしらの思惑を感じる。それと夏樹、私は一つ違和感を感じたんだ」

 そしてLPは情報デバイスを懐にしまい、同盟本部のほうへと指をさす。

「できればなるべく上階……そうだな、同盟本部の5階くらいのところに『穴』を作ってみてくれ」

「?……ああ、わかった」

 夏樹はいつものように、視線の先。5階に見える窓の中にワープホールを形成しようとする。
 ただ作れと言われただけだから穴の規模は大きくしていないし、視線の届く範囲なので負担もかからない。
 視線の先の5階の中に続くワープホールが形成しようとする。
284 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:03:38.96 ID:nZ3oq+wSo

「……あれ?どういうことだ?

『あそこ』に、ワープホールを作れない?」

「私が抱いた違和感は、人数だよ」

 この同盟本部周辺は今ほとんど無人である。
 迅速な避難の賜物か、どこかのヒーローが真っ先にやられたから皆我先にと逃げ出したのかは知れないが、相応の目的を持っているもの以外はこの場にはいない。
 野次馬もほとんどいないため、アイドルヒーロー同盟の周辺にしては驚くほどに人が少ないだろう。

 だが、つい先ほどまではロビーの中も人がごった返していたし、今夏樹たちが立っている道にしても多くの人が行き交っていた。
 大量の人間がいたことと、そしていなくなったことはわかるのだ。

「そう、過密から過疎へ。人口密度の移り変わりというだけならば凄まじいものだよ。

だからこそ、おかしい。この短時間にこんなにもスムーズに避難が済むのか?

……それは否だよ。夏樹、あの窓に光線も頼む」

 夏樹は、もう何となく察していた。
 いわれた通りにアイユニットの先からビームを5階の窓に照射する。普通ならば多少の硬化ガラスでさえ貫通する代物だ。
 先ほど『カース』の大腕を切り裂いたように、ビルの窓ガラスなど造作もないだろう。

 だが響くのはガラスが溶ける音でも、ビームを反射する音でもない。
 音は響かず、まるで水面に石を投げ込むように『その壁』は波打ち、ビームを打ち消す。
 そこには変わらず同盟本部のビルがそびえたっており、凄惨な状況は1階のロビーと2,3階の窓が多少割れている程度。
 逆に『それ以上の階層は不自然に無傷なのだ』。

「これは……バリア?」
285 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:04:19.79 ID:nZ3oq+wSo

「どちらかといえば結界、に近いな。防ぐものというより閉じ込めたり立ち入らせないものだ。

しかも、空間を繋げる『穴』が作れないということは、そもそも空間としてあそこは隔絶されているとも考えられる。

そして多分これは同盟本部の上階すべてを覆っている。これはもう、テロとかそういう次元じゃない。

おそらくだが、まだ本部ビル内には大量の人々が残っているはずだ」

 外に出張っているヒーローたちへの足止め、過剰なほどの混乱を生じさせる陽動。
 同盟本部へのカースの襲撃。否、おおよそただのカースとは言えない『何か』の強襲。
 それさえもお膳立てられた囮であり、すでに同盟本部は敵によって封鎖されている。

「結界の主は、おそらくさっきのパニックに乗じて入ったんだろう。

しかもそれに加えて上階に残っている同盟ヒーローをも相手どることもできるほどの実力者が投入しているだろうな」

「LPさん、それって……」

「ただの自爆テロとかそういうものじゃ断じてない。これは大規模な組織の犯行だ。

しかもこの連中、おそらく『ヒーロー同盟』を潰す気だぞ」

「……冗談だろ?それは、いくらなんでも『同盟』を嘗めすぎているって。

仮にも今この国の防衛機能の中心だぜ。それに対して正面から喧嘩売って、そのまま潰す気だなんて……」

 そんなことは非現実的だ、と言わんばかりに夏樹。
 ヒーローの数は飽和しているというのも過言ではないほどの大規模な組織であるヒーロー同盟。
 それに真正面から喧嘩を売るということはそれらすべてを敵に回すということだ。
 仮にそのテロ組織が大きな力を持っているといっても、公的な組織とは絶対数において圧倒的な差が存在する。
 一介の個でしかない組織が、国という群を後ろ盾に持つ同盟に勝てる道理はないのだ。
286 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:04:53.31 ID:nZ3oq+wSo

「たしかに、これまでにも同盟に喧嘩を売ったような組織はいくらでもある。

だが大概の連中は『同盟』を侮って、自らの実力を過信したものばかりだ。

その程度の連中ならば、まだ問題はない。確かにその組織の中で『生え抜き』が居ようともその後の結末はお約束だよ。

一方で、同盟を軽んじず、危険視している組織の場合は、そもそも大前提に同盟に喧嘩なんて売らないさ」

 そもそも表立った防衛機構に対して勝負を仕掛けるのは戦況把握ができない愚者の集団くらいである。
 そして理解している者ならば、わざわざ勝負を仕掛けることなく、いかに気づかれず、無力化して水面下に動くことができるかが重要である。
 なぜならば仮に防衛機構を無力化できたとしても、それに割いたリターンが見込めないからだ。

「だが、この用意周到さは確実に『理解している』側の組織だ。

敵が強大であることを『理解』している上で、なおも襲撃をするということは考えうるだけでも最悪だ。

連中は『勝てる』と判断しているし、おそらくこれだけで終わらない。

『同盟』という邪魔を労力を用いて排除するんだ。間違いなく防衛機能が弱まった際を狙って何かをしてくるはずだ」

 敵は明確な『意図』をもって襲撃しているとLPは断ずる。
 今回の襲撃はそのものが目的ではない、前座にしか過ぎないことも推定できた。

「あの『カース』以外にも敵はいて、そして何かでかいことしようとしているのはわかった」

 だが冷静に敵情把握をするLPに対して、夏樹は静かにビルを見上げる。
287 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:05:31.46 ID:nZ3oq+wSo

「だけど、今あの中にまだ取り残されている人がいるんだろ?

だったらまずは助けに行くだけだ!それがアタシらネバーディスペアだろう?」

 夏樹にとっては敵の目的なんてどうでもよかった。
 確かに敵はいつもの突発的な事件やカースのような単純なものではないかもしれない。

「敵を知ることは大事だよ。だけどLPさんの言う通りなら上の階にも敵はいて、そして取り残されている人がいるんだろ?

だったらここで想像で駄弁ってるより、すぐに向かおうぜLPさん」

「待て夏樹!そもそもここは同盟本部だ、我々が……」

 LPとしても残された人々の救出には反対ではない。
 だがここはアイドルヒーロー同盟本部ビルであり、本来その一員ではない『ネバーディスペア』が動くこと自体あまりいいことではない。
 それに上の階層の結界もどうするのかの目途も立っていない。空間遮断レベルの結界など正直手に余るのは目に見えている。
 それらを含めて、一度全員で話し合いをすべきだとLPは考えていた。
 ここから先は、行き当たりばったり考えなしで進めるほど甘くはないと。

 だが、そう考えていたことこそ驕りであった。

「――!?

危ない、夏樹!」
288 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:06:03.03 ID:nZ3oq+wSo

 LPの体は反射的に動いていた。
 夏樹の視界は浮遊するアイユニットによって制御されており、常に俯瞰的な視界が可能である。
 だから今の状況は、なるべく戦況を多角的に見るためにユニットを散開させていたのだ。
 故に主観的な視界は弱く、自身に対する攻撃への反応は遅れてしまう欠点があった。

 当然夏樹は、いまだ上がる粉塵の中からこちらに延びてきた凶悪な黒い爪への対応に遅れることになった。

「……くぅ!」

「……な!?」

 そもそも甘いのだ。各地でヒーローたちの足止めをしているカースと違って、あくまでここは本丸である。
 ならばこそ、足止めが目的だとしても生半可な戦力はおくはずがなかったのだ。

「LPさん!」

 間一髪夏樹をかばうように押し出したLPの背中を、黒い爪は掠めていく。
 その一撃は致命傷ではないが、背中の肉を浅く抉りあふれ出した鮮血は飛沫を上げる。

「――くそ!」

 夏樹はアイユニットで整列させ、迫り来た黒い腕を狙い撃つ。
 発射されたビームは的確にその黒い細腕を貫いた。そしてこのまま先ほどのように輪切りにして無力化しようとする。

 だが黒い腕は貫かれた瞬間、これまでと違う挙動をする。
 夏樹があけた穴ではない白い穴が大量に穿たれる。否、それは白い穴ではなかった。

「なんだこれ!?……目?」
289 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:06:40.91 ID:nZ3oq+wSo

 その気味の悪さに思わず夏樹は反応が遅れてしまった。
 黒い腕に大量に開いた『瞳』はぎょろぎょろと周囲を観察するようにせわしなく動き出す。
 しかもその瞳は単一の瞳ではない。魚類、鳥類、哺乳類、霊長類、あらゆる瞳がその腕には付いていて、統一性はない。
 そしてその瞳たちは、目的の『対象』を発見したのか一斉に制止する。

 その瞬間、夏樹にとってはそれは気味の悪いなんて程度ではない、絶対的な悪寒が神経を走った。
 そこからはほとんど反射だったといっていい。
 傷ついたLPを抱えた夏樹は自らの足元にワープホールを生成する。その穴の先についてほとんど考えておらず、その数多の視線から逃れさえすればよかったからだ。

(見られた……目が合った……全部と)

 夏樹が散開させていた複数のユニットは多角的にその腕を見ていた。
 だからこそ夏樹は腕に開いた瞳が、すべてのアイユニットと『合った』ことに戦慄したのだ。

 その後のことは回避できなかったアイユニットの映像で知ることになる。
 腕から的確に、極細の針が伸びて散開させていたほぼすべてのアイユニットを貫いて破壊したことを。

 強引にワープホールでその『針』を回避した夏樹は、受け身も取れず腕から離れた道路に投げ出される。
 夏樹が出していたアイユニットはすべて破壊されていたために視界は何も映していないが故であった。

「……なんだってんだいったい!?」

 すでに終わったと思っていた『カース』からの攻撃。
 そして先ほどとは明らかに違う挙動を見せたそれは容易に夏樹の平静を奪う。
 夏樹は視界を再び確保するために、予備で残しておいた残りのアイユニットを射出する。

「なんだよ……これ?」

 再び開かれた双眸には、先ほど強襲してきた黒い腕はもはや引っ込んでいることを映す。
 だがそれ以上に、先ほどまでロビー内の視界をふさいでいた粉塵の納まった先を克明に映していた。
290 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:07:20.00 ID:nZ3oq+wSo

『イラナイイラナイ……オネエチャンハ、イラナイ。

アツイシ、イタイシ……オネエチャンハ、タベラレナイネ』

 先ほどまで人々を捕らえていた黒い巨腕は、以前圧倒的な暴性を放っている。
 その握りこぶしの先、幾人をも掴みあげることさえ可能なそれは、たった一つの身体をつかんで継続的に圧をかけていた。

「に、にぃ……」

 巨腕に掴みあげられて苦しそうに呻く少女。いつも明るく、誰からも希望であった少女は拘束から逃れることができず、締め上げられるたびに身体がきしむ音が響く。
 掴みあげている腕のほうも、少女の持つ浄化の力によって表面が蒸発しているが、そんなことは関係ないほどの泥の密度によって力は一切緩むことはなかった。

「きらり!!」

 夏樹が目撃したのは、最悪の状況であった。
 黒い巨腕によって拘束され、苦悶の表情のきらり。

「……ふが、が」

 そしてロビーの奥。
 強い勢いで叩き付けられたかのようなクレーターが刻まれた壁の前で、だらりと四肢を投げ出している李衣菜。
 相棒のギターは少し離れたところに放置され、ネックは折れていないものの弦は切れてすでに使い物にならない。

「……く、くそ。なんでだよ」

 ロビーの中心。きらりを掴みあげる巨腕の主の前。
 全身に泥の装甲を纏ってはいるが、すでに息を上げながら膝をついている奈緒の姿があった。

 そして何よりも。

「……な、奈緒?」
291 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:07:52.33 ID:nZ3oq+wSo

 それは『彼女』が一番に初めに気づき、ゆえに動揺したために出遅れたことの理由であった。
 彼女以外は気づかなかったし、誰から見ても少し特殊な『カース』なだけだと判断してしまう。

 だが浄化によって外装がはがされ、『中身』が露出すれば話は別だ。
 その姿は否応なくある少女と重なり、決して無視できなくなる。

 瞳には生気がなく、その細腕は皮と骨に近い。
 小さな体はドレスのようにも、ぼろきれ同然の外套にも見える黒い幕で覆われている。
 そして髪の毛は癖っ気のある漆黒で、その黒は狂気を孕み肥大化している。

 伝承のゴルゴーンのように、髪の毛はうねり泥と一体化している。
 そこから伸びる数多の腕は、自らの主である少女に供物をささげるべく当てもなく揺らめいていた。

『ダカラネ……アタシ、オナカガスイタノ。

ガマン、デキナイノ。ナノニ、ドウシテ?』

 その濁った瞳は何も映していない。
 ただ純粋のまま、何も知らぬ無垢なまま、奈緒に向き直る。

『ドウシテ、ジャマスルノ?アタシハ、コンナニモ、オナカガスイテ、カナシイノニ、クルシイノニ、イタイノニ、タエレナイノニ、ノニノニノニノニノニ!』

「あ……いやああああああ!!!!」

 きらりを締め上げる巨腕はぎりぎりと圧が増す。
 口調さえも維持できない苦痛によってきらりは思わず悲痛な叫び声を上げる。

『ドウシテ!ナンデ!?』
292 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:08:36.14 ID:nZ3oq+wSo

 そしてその巨腕を大きく振りかぶり、先ほど自らが叩き付けられた大理石の壁に向かって投げつける。
 その一撃だけできらりの意識は刈り取られ、今度は逆に粉塵の中に沈んだ。

『タベタイダケナノ……オナカ、スイタノオオオオオオオオオ!!!』

 駄々をこねる子供のような叫び。
 だがそれは明らかに小さな体躯に収まることのない感情が載せられている。

 夏樹はその姿に見覚えがあった。
 かつて自分たちを閉じ込めていた悪魔の研究所。その最奥にとらわれた少女の姿を思い出す。
 体躯は幼児のように小さく、痩せさらばえ、そして幾度となく飢えを訴えるその少女は、明らかに彼女と重なるのだ。

「なんだよ……あいつは?

小さいし、とてつもなく痩せてるけど…あの姿は、奈緒……なのか?」

 あの日の悪夢は終わっていない。彼女にとってもそうだし、無論『彼女』は未だに飢えているのだから。



***



 時間は少し遡り、コーヒーショップの中。
 その『カース』の姿を見た瞬間に奈緒はその正体をなんとなくわかってしまったのだ。

 あれが自分と同一であり、それでいて決定的に分かたれていることを。

「なんで……あたしが?

――って、あたしは何を、言っているんだ?」

 なまじ理解してしまったが故であった。
 ネバーディスペアの4人の中でそれに最も早く気が付いたのは奈緒であったが、脳裏で理解してしまった情報は中途半端なせいで逆に迷いを生んでしまう。
 その思考時間はあまりにも致命的であり、その他の者たちにとっては十分すぎるほどの行動時間であった。
293 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:09:15.22 ID:nZ3oq+wSo

(あたしは、ここにいる。

だけど、あの声は、あの姿は、あたしのものだって直感で思った。

理由はわからないし、今だって理解もできない。だが考えを否定する気にはならないし、あたしだからこそそれが決定的に間違っているなんて言えないんだ。

鏡の中のあたしを見たような感じで、その泥が、その咆哮が、あたしの向こう側であることが確信できる)

 世の中には同じ顔を持つ人間は3人はいるとはよくいう話ではある。
 だが客観的な判断、仮に無作為に選んだ100人にあの『カース』と奈緒を比較して似ているか尋ねてみよう。
 おそらく、大半の者は否と答えるはずだ。そもそも泥に覆われている『カース』と少し獣的なパーツの付いている少女を比較して似ているなどと言える者は眼球が腐っているに違いない。
 だがその一方で、こうも答える者はいるだろう。
 共通する部分はあると。
 そもそも奈緒はカースと似たような泥を能力として行使するし、その『カース』の声色は音域的には奈緒の声とそう外してはいないと思えるだろう。
 しかし、所詮はその程度の相似点。決して似ているなどと断ずるものはいないし、そもそも二つが同一人物などと言えるはずがない。
 仮にその『カース』の泥を剥げばその中身に同じ貌が存在するかもしれない。その程度の推理しかできないだろう。

 だが奈緒はあの『カース』を自分だと判断した。
 それはあまりにも不確定な想像でしかないし、客観的な証拠もないただの直感である。
 しかし直感というものは存外馬鹿にできるものではなく、真に迫るものならば十分に『答え』に引っかかりさえする高度な処理能力だ。
 この場においても、奈緒のそれは決して間違っているものとはいえないかもしれない。

 だが、やはりこの直感によって奈緒に与えられた情報は現状ただ迷いを生むだけしかなかった。

「――っ……しまっ!」

 それはほんの一瞬目を離しただけだ。
 時間にして十数秒程度だったが、奈緒を戦況から置き去りにするには十分すぎる時間であった。
294 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:09:56.74 ID:nZ3oq+wSo

 眼前に広がるのは巨大な腕を振りかざし人々を掴みあげる『カース』。
 ロビーにいた人々を余すことなく掴みあげた『カース』は、その空腹を満たさんがために大口を開けて捕らえた獲物を運び込もうとする。
 だが、その巨腕の手首を一閃するように旋回する一筋の光線。
 夏樹のアイユニットから放たれたレーザーは『カース』の巨腕を輪切りにして捕らえられた人々を開放する。
 突然自由になった人々はそのまま落下するが、その落下位置には『カース』の大口よりも巨大なワープホールが夏樹によって生成された。
 それによって人質同然であった人々はすべて外にいた夏樹の傍らに解放された。

 獲物を奪われた『カース』は一直線に夏樹にめがけて突進する。
 巨大な四足獣に形を変えた『カース』はその巨体には似合わぬ速度で走り出したが、すでにその途中には李衣菜が待ち構えている。
 自動扉から電源供給されている李衣菜の一撃は雷電をまき散らしながら圧倒的な破壊力を『カース』に叩き込んだ。
 そのせいで自動扉の電源はショートしてしまったが、威力だけならネバーディスペア一ともいえる痛撃は『カース』の横っ腹を焼け焦がしながらロビーの壁面へと吹き飛ばす。

 そして最後に待ち構えるのはネバーディスペアリーダーのきらり。
 優しすぎる少女ではあるが、感情の塊であり魂を内包しないカースならば躊躇はない。奈緒のように『カース』がただのカースでないことに気が付いていなかったことはある意味では幸運であったのかもしれない。
 手加減を微塵も感じさせぬ追撃のビームは、あらゆる不浄を払う浄化の光でありカースにとっては弱点と言えるものだ。
 まばゆい光の中に消えていく『カース』は断末魔のような叫びを上げ、後に残るのは巻き上げられた瓦礫の粉塵だけだった。

「……すっげー」

 いつもは奈緒も戦闘の渦中にいるので、こうして客観的に戦況を眺める機会はあまりなかった。
 ゆえに、その躊躇のない行動とコンビネーションに思わず声が漏れていた。
295 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:10:55.96 ID:nZ3oq+wSo

 冷静に考えればここは同盟本部であり、同盟所属でない自分たちは外様、下手に手を出すことさえ不用意である。
 実際いつもならば奈緒も間髪入れずに飛び出していたのだろうが、出遅れていたことで妙に頭の中は冷静であった。
 そして自分を含めずとも十分に敵を撃退した言葉さえ交わさぬコンビネーション。それには奈緒も自分だけ省かれたような嫉妬が少しだけ沸く。

「っと、感心してる場合じゃないな」

 呆けていた奈緒も真っ先に『カース』の元へと駆け寄ろうとする。
 すでに戦況は終わっているとも思っていたが、油断していたことも詫びねばならないと奈緒は考えていた。

「おーい、李衣――」

 奈緒は既に『カース』の正体のことなど頭から離れていた。
 だがそれは失敗だった。いつも通りではない『違和感』というものは緊張を理解して、依然張り続けていたのならばもう少し状況もマシになっていたのかもしれない。

 そしてやはりいつものように4人での戦闘ではなく、3人であったことも大きかったとも言える。
 戦況を俯瞰するはずの夏樹の集中力はいつもより多めのリソースを割かれたせいで、違和感に気づけなかったのだ。
 そういう意味では奈緒はその役目を担っていたが、その役目を担うにはあまりに拙い。
 だからこそ奈緒が気付けたのはぎりぎり間に合ったともいえるが、余裕はなく部隊には致命的な損失を生むことになってしまう。

「――李衣菜!」

 奈緒はその脚を泥で獣の物に変えて、地面を勢いよく蹴る。
 自動扉の傍らでプラグを抜いている李衣菜の元へと一足飛びでたどり着いた奈緒は、地面に足をつけることなくそのまま李衣菜を押し出した。

「ええ!?な、奈緒?いったい……って!」
296 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:12:19.90 ID:nZ3oq+wSo

 突如として押し出された李衣菜は何事かと奈緒に問うが、その瞬間には何が起きていたのかを悟る。
 奈緒の背後、先ほどまで自らが立っていた場所には、幾重にも束ねられた蛇の頭のような捕食器官が床に食らいついている。
 その顎の濁流はよく見れば、さらに細い髪のようなものが編み上げられて構成されており黒色の水で濡れているかのように滑らかであった。

「っつあ!」
「ぐえっ!」

 奈緒の押し出しによって、受け身も取れずにロビーの床に叩きつけられた二人は情けないうめき声をあげるが、すぐに体勢を立て直す。
 すでに二人の眼前には別の咢が迫りくることを知っていたからだ。

「くそっ!」
「やばっ!」

 奈緒はそのままさらなる回避を試みる。
 地を這うように追尾してくる蛇の顎は、生物的な特徴を感じさせない顎のみという捕食器官としての役目だけを醸し、無感情にかつ執拗に奈緒を追い回す。

 一方奈緒のような機動性を持たない李衣菜はそのまま向かい打つ。
 だが1本の太い柱のようなものが正面から向かってくるのではなく、相対するのは縦横無尽に蠢く蛇の顎だ。
 決して2本しかない両の腕で防ぎきれるはずがない。手に持ったギターを振り回し顎を振り払ってもじりじりと確実に傷が体に刻み込まれていく。
 数秒も待たずして全身は咢に食いつかれ、今立っていられるのはその持ち前の頑丈さ故でしかなかった。

 このままでは李衣菜は一方的に肉を抉られ続け後には何も残らない。
 だが当人である李衣菜は、この状況を薄く笑っていた。

「こんだけ食いつかれれば私も逃げられない。

だけど……あんたも逃げられないよね!」

 李衣菜の体から迸る閃光。
 李衣菜はわかっていたのだ。これらの顎が捕食器官であり、『主』の腹を満たすための物であることを。
 これは遠隔操作された別のカースではない。要するに、顎の根元を探れば本体に行き着くという道理である。
297 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:13:14.52 ID:nZ3oq+wSo

 そして李衣菜の放電は自らが活動するためのエネルギーを放出するというある種の自滅技であるが、この際四の五のは言ってられない。
 李衣菜から放出された電流は食いついた蛇の顎を伝い、狙い通りにそれらを使役する『主』の元へと届く。

『ア、アアアアアアアアァァァァ!!!』

 未だ上がる粉塵の中から響く叫び声。
 くぐもった少女の声のようなそれが響いた瞬間、李衣菜に食らい付いていた顎の拘束は一時的に力を失う。
 同時に奈緒を追いかけていた蛇の群れもその追走を停止させた。

 李衣菜は放電直後のために満足に動くことはできない。
 だがその隙を見計らい奈緒は床を渾身の力で蹴り上げて、蛇の主の元へと飛び出す。

「いい加減に――!」

 すでに奈緒の両腕は虎の爪が備わっていた。
 湧き上がる粉塵の中から、顎を使役する主、おそらくあの『カース』を討滅せんと両腕を渾身の力で振りぬこうと力をためる。
 粉塵の中に浮かび上がる目標の影、目標を捉えた奈緒は加速し続ける自らの体の勢いのまま一撃での両断を試みる。

『……ミナイデ、アタシヲ……ミナイデ』

 だが奈緒の意識はその容姿を視認してしまった時点で静止した。
 その姿は、ひどく痩せ細り、瞳は濁り焦点は定まっていない。
 漆黒の髪はその容姿とは対極的に黒々としているが、それは決して健康的な黒ではなく黒色の原色で塗装されたような光の反射さえ許さないような無機質の黒。
 そしてその髪は感情の振れ幅に呼応するように蠢き、そしてその末端は先ほどまで追い立てられていた蛇の顎と化している。
 黒いドレスのような、ぼろきれのような幕を身にまとった、奈緒よりも頭一つ以上小さい少女がそこにはあった。

 奈緒がその少女と目が合った時に、忘れていたことを思い出した。
 あの『カース』は自分であるということを、そして今眼前にいる少女の姿が、『記憶の底の、鏡の中の自分自身』によく似ていることを。
298 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:13:59.09 ID:nZ3oq+wSo

『オナカ……スイタノヨ。

コンナニ、クルシクテ……コンナニ、カナシクテ……キタナイ、アタシヲ、ミナイデ。

スイタノ、スイタノ、オナカ、スイタノスイタノスイタノスイタノオオおおおおおお!!』

 あの『カース』の黒い泥は、その醜く、卑しく、貧相な自らの姿を隠すための物だったのだろう。
 だがその外装はきらりによってすべて剥され、隠すべき姿は白日の下にさらされた。
 故に、『カース』にとっては今更何も躊躇うことはなかった。見た者は全て食らって、『自分』にしてしまえばいいのだから。

 これまで姿を隠すために纏っていた泥の外套はもはや必要ない。
 『カース』の足元からは黒い水溜りが広がっていき、その表面が波打つ。
 そこから飛び出したのは2体の獣。どちらも漆黒の泥で構成されているがその体躯は紛れもない肉食獣のしなやかさを持つ。

「く、くそっ!」

 『カース』の慟哭によって奈緒の意識は引き戻されるが、以前脳内は混乱したままだ。
 そこに真下から這い出てきた2体の獣は奈緒の両腕に食らいつき、首を動かして追い払うように投げ飛ばした。

「ぐっ、がっ、ああああ!」

 奈緒はなされるがままにはじき返され、床に何回かバウンドしながら吹き飛ばされた。
 全身を打ち付けたせいで痛みはするが、重症までは負っていないのでゆっくりと立ち上がる。

「なんで……いや、なんなんだ、よ」

 だが心のほうはそうもいかない。
 ぼんやりとした直感は戦闘の緊張で忘れられていたが、事実を突きつけられれば動揺は生じる。
 ビルの外から吹き込んだ風は粉塵を一掃し、隠れていた『カース』の姿を現した。
299 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:14:46.07 ID:nZ3oq+wSo

 その髪の毛の片房の先は、巨大な腕となっている。

「ご、ごめんねぇ……みんな」

 その腕の先、握りこぶしの中にはきらりが捕えられて圧をかけられているのか苦悶の表情がうかがえる。

「が、はっ……!」

 そしてもう片方の髪の房の先、つい先ほどまでは幾重にも枝分かれをし蛇の顎となっていたそれは、すべてまとめ上げられて同様の巨腕となっている。
 その巨碗は大きく加速し、渾身の力で李衣菜を殴り飛ばしている光景を奈緒は目にした。

「李衣菜!きらり!」

 仲間の危機に声を上げるが、奈緒の思考はまとまらなかった。
 視線の先の、痩せ細った少女の姿が網膜に焼き付くたびに、心の底の何かが疼く。

『奈緒は、幸せにはなれない』

『奈緒だけを、幸せになんてさせない』

『だってあの子は、奈緒だから』

『幸せになれず、救われず、助けを乞い、狂った果ての奈緒だから』

『偶然に救われただけの奈緒、だから過去は追ってくる、追い立てる』

『偶然に幸せなだけの奈緒、羨望の視線が追ってくるぞ、逃がさないぞ』

『『さぁ……みんなで不幸になろうよ』』

300 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:15:18.35 ID:nZ3oq+wSo


***


 同盟本部の裏手に回ったAPは誰に気にすることなく道端にバイクを止める。
 本部表通りほどではないにしろ、いつもならば人通りのある裏道も今は閑散としている。
 現在正面入り口では、ネバーディスペアが侵入した『カース』と交戦しており、その隙を縫って本部内に入ることは至難である。

「……本来ならば、部外者に任せてはおけないような状況なんですが……」

 APにとってはネバーディスペアは同盟に加入していない言わば『はぐれ』のヒーローである。
 それなりに同盟との兼ね合いはとっているらしいが、同盟参入には頑なに首を縦に振らないらしい彼女たちは、目の上のたん瘤ほどではないしても迷惑な存在であることには変わりがない。
 そもそもAPにはネバーディスペアがなぜ同盟に加入しないのかそれさえも理解できなかった。
 なぜTPを煩わせるようなことをするのか、なぜTPの役に立とうとしないのかなどと基準の歪んだ疑問が浮かび続ける。

「ただ……今回は仕方ないでしょう。不本意ですが……完全にこちらは後手ですし」

 ネバーディスペアのような部外者に同盟内での戦闘を行われることなど本来は論外である。
 同盟の権威の失墜にもつながるし、同盟のヒーローの防衛体制への批判もされるだろう。
 だが今はそれ以上に数が足りていないのだ。
 すでに本部まで攻め込まれた挙句、ほかの出張っているヒーローたちは偶然には出来すぎるほどの『別件』が生じているために手は空いていない。

 おそらく同盟のヒーローというだけでマークされており、全員例外なく足止めを食っているだろう。
 例外といえばネバーディスペアのような同盟に加入していないヒーロー、もしくはすでに同盟本部内にいるヒーローだ。
 そして同盟本部内にいるヒーローはおそらく『結界』によって外には出られない。
 または侵入者に対してすでに戦闘となっているだろう。
 そういった意味でもネバーディスペアにあの場を任せることは苦渋の選択であり、最悪中の最善であった。
301 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:15:49.82 ID:nZ3oq+wSo

「……本当に、なんて失態……っ」

 APは今頃駆けつけて、自らの本拠地に入って行く自らに嫌気がさす。
 本来ならば守れねばならない人の近くにはおらず、こうして既に事が起こった後にのこのことと表る自分が腹立たしいのだ。

――少し、お使いを頼まれてはくれないか?

 TPが大事な会議の直前に言ってきた言葉。
 APの仕事は警護であり、その対象であるTPの傍を離れることなどあってはならない。
 たとえその本人からの頼みであってもAPには承諾しかねることであったが、ちょうどその会議は米国のヒーロー団体との会議であり、警備は十分であったのだ。
 その警備の戦力だけならば優にAP一人分などまかなえるほどのものである。結果として、TPに強く頼まれたこともあってAPはその頼みを承諾してしまったのである。

「……その結果がこれだ」

 ほんの本部を離れて数十分間。たったそれだけの期間に状況は一変している。
 仮にAPが居たからといって何かが変わるわけではなかったが、それでもこんな状況にTPの傍にいられなかったことこそが彼女にとって問題なのだ。
 APにとってそれは護衛失格に等しい。それで許されるのならば自ら腹を捌くことすら厭わないだろう。
 だがそんなことに意味はない。彼女もそれを理解しているからこそ、苛立ちながらも戻ってきたのだ。

「……行きましょうキン。入り込んだ害虫がどれだけいるのかは知らないけど、まとめて掃除すればいいだけ。

ただ……いつも通りにするだけよ」

『ハーイ』
302 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:16:22.45 ID:nZ3oq+wSo

 APが乗ってきたバイクのサイドカーから降りてその後をついていくのは、キョンシー型エクスマキナ、キン。
 そして本部入り口に入る直前にその形はばらけ、変形してAPに装備される。
 その能力である脚力を生かして、上から入る方が手っ取り早いが、結界が邪魔をしてその手段はとることはできない。
 故に、APの目先の目標はこの結界を解除することを念頭に置いていた。

「……結界系の能力者は基本的に、その強度が能力者との距離によって強化される。

これだけの結界ならば、この建物内にその能力者はいることは、想像できるはず。

それに……」

 エレベーターは停止しているために使えない。よってAPは階段を一段一段上がりながら考察する。

「……これだけ強固な結界なら、おそらく元々『閉じこもる』ための結界。

そういう前提で生み出された、外界と自信を隔絶するための物」

 APの脳裏に浮かぶ幼少期の記憶。
 母親にいいように使われ、外の世界を知らず『閉じ込められて』きた経験が囁く同族の感。

「……反吐が出る。自ら閉じこもるなんて……」

 そして階段の手すりに足をかけて上を見上げる。
 その先には折り返す階段の構造上、上階の様子が一直線に見ることができる。
 APは手すりに掛けた脚を蹴り、一気に上昇する。
 1階から一気に5階へ飛び、それより先を阻む異物を感じたためにAPは急に反転し、その『断面』に脚をつける。
 そこは傍から見れば何もないのだが、その両脚は確かに何かの存在を伝える。
 そここそがこの同盟本部全体に張られている結界の下層の断面であり、これ以上、上には進めないことの現れであった。
303 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:16:54.69 ID:nZ3oq+wSo

「……多分、この階に」

 ――この結界の主がいる。
 そう考えたAPは5階の階段踊り場に着地し、そのまま能力によるフロート移動で足音を立てないように本部5階へと入った。
 元々は、通いなれた職場であったが、今は何者が潜んでいるかわからない伏魔殿だ。
 そういった意味でAPは警戒を解かぬまま、無人となったオフィス内を進む。

 同盟本部は巨大なビルである。
 当然階層を上がる手段は単一ではなく、複数のエレベーターがあらゆる場所にある。
 その中でも、APが上がってきた非常階段の脇にあるエレベーターは一番隅であり、それと対極をなすようにもう一セット非常階段とエレベーターが備わっている。
 エレベーター前は、ベンチと自動販売機が備えられており休憩スペースとなっているためある程度の広さがあった。

「……子供?」

 そのAPが上がってきた非常階段と対を成す場所に存在する休憩スペース。
 真ん中のベンチに一人小さく座る少女の姿が見える。
 この5階は結界に覆われていないために、すでに避難は完了しており閑散としている。
 そのような状況の中で、この場に場違いのように存在する少女は怯えたような眼をしながら周囲を警戒していた。
 もしも短絡的な思考の持ち主ならば逃げ遅れ取り残された少女だと考える者もいるだろう。
 だが冷静に考えて、このビルのオフィススペースにヒーローでもないただの少女がいるはずがないし、皆が避難している中で一人だけベンチに座って怯えているだけなど鈍くさいで片づけるには無理がある。

「……即ち、敵」

 普通のヒーローならば、怯えた瞳をする少女に問答無用で攻撃を仕掛けるなどということはしないだろう。
 だがここにいるのは同盟トップのTPに忠誠を誓った番犬であり猟犬だ。
 容貌が如何様であろうと手加減をする心など持ち合わせていない。

「……ならば排除、のみ――!」
304 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:17:33.44 ID:nZ3oq+wSo

 物陰から様子をうかがっていたAPは手持ちの武器のセーフティをすべて解除していた。
 あの明らかに戦闘向きではない少女の姿からAPはおそらくあの少女こそがこの結界の主であると推理する。
 ならば防御力は十分であり、生半可な火力など意味を持たない。
 故に初撃から高火力を出し惜しみする必要も何もないのだ。

「……消毒(ファイア)」

 物陰から躍り出たAPはその両腕を直線方向先の少女へとむける。
 その袖の中から覗くのはグレネードランチャーの砲身。
 その量筒の中から打ち出された、火力の詰まった砲弾は一直線に少女へと向かっていく。

「……え?」

 少女が自身に飛来する物体に気付いた時点で、それらは既に眼前である。
 当然少女は何のアクションも起こせぬまま、グレネード弾は着弾し爆音と業火がうねりを上げる。

「……続けていく。キン」

『アイアイ!』

 両腕の砲身が切り替わる。
 次に覗かせるのはアサルトライフル。
 間髪入れずに鉛弾を爆炎の中に叩き込んでいく。
305 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:18:01.49 ID:nZ3oq+wSo

『不意打ちとは卑怯千万、相手は騎士道の誇りも持ち合わせていないようですぞ。姫』

 だが爆音の中に響く異物の声と、弾丸を縫うように正面から躍り出た影をAPは視界に捉える。
 すぐさま片腕を鉤爪に切り替え、接近してくる影への迎撃態勢を整えた。

『ほう、反応は良し。だが温い!』

「――キン」

『ガッテン!』

 その影は剣のようなものをAPの前で振り下ろす。
 銃弾が被弾しているにもかからわらず、金属を打ち付けるような音とともに銃弾を弾くその影に内心若干の驚愕を禁じ得ないAPはすぐさま振り下ろされた剣を鉤爪で受け止めた。

「……ぐっ!?」

 その振り下ろされた鉄塊の衝撃は、鉤爪を伝ってAPの全身に響く。
 能力による浮力はあっけなく打ち破られ、両の足の裏は床に着いた。
 片腕では弾ききれないのと、銃弾程度ではダメージを与えられないことを理解してもう片方の腕も鉤爪へと変え、剣を受け止めている片腕に加勢に入る。
 両腕で辛うじてそれを弾いたAPは、正面に迫ってきたその影から距離をとるため後ろに下がった。

『ここで引くか。騎士としては敵を前にして後ろに下がるなど言語道断。

しかし戦況を見るのならばその判断は是であろう。誇りを持ちあわあせぬ汚い猟犬にはよく躾けられていると褒めてやろう』
306 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:18:49.50 ID:nZ3oq+wSo

 APは距離を取ったことによってその影の全容を知る。
 2メートル近くあろうその『甲冑』は独特の意匠の物であり、創作上の騎士を思わせる風貌である。
 その手には『刃』のない西洋剣が握られており、刃などなくともその重さのみで人を圧殺できるだけの重圧がある。

 そして何より甲冑から常に漏れ出している、否、甲冑をも形成している不定形の光るエネルギー体は、その甲冑の騎士『自体』に中身が存在しないことを表していた。

「……『ゴースト』」

 同盟のヒーローにも同じような能力者はいる。
 人の心の奥底の具現であり、実体を持った幽体。
 ならばさしずめ、あの騎士は自らを危険から守ってくれる近衛の騎士か。

「……メルヘン趣味が」

 そしてAPは騎士よりも先、グレネード弾を撃ち込んだ先を見据える。
 確かにその場は焼け焦げ、スプリンクラーが回っているが明らかに爆発に見合う被害ではない。

「……な、なんなんでしゅか?あなたは?」

 そして依然『傷一つついていない』ベンチに座ったまま『無傷』の少女は、顔面から液体を流出させながら相も変わらず怯えたままこちらを見ている。
 つまりは先制攻撃など無意味だったかの如くの状況であり、戦況としては姿を隠していたアドバンテージすら失ったこちらの分は明らかに悪くなっていた。

「こ、この……くるみに、なんのようでしゅか〜!?」

「……チッ」

 くるみと名乗った少女は、泣き叫びながらAPへと尋ねてくる。
 だがその疑問にAPは返答することなく、小さく舌打ちをした。
307 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:19:17.58 ID:nZ3oq+wSo

 APの舌打ちの理由、それはことごとく予想が裏目に出て、なおかつ最悪の方面へと舵を切っていることである。
 そもそもAPの第一目的は結界の排除、およびその術者の排除である。
 結界などの力はそもそもが空間に作用するものであり、規模に比例して力を消耗する。
 当然維持するための集中力も相当なものになり、その間無防備になる結界能力者を護衛する者もいるだろうと踏んでいた。

 だがあの少女、くるみはその能力が自らに対して『自動』で働いていた。
 パッシブであれほどの強度の結界を実現するということは、並大抵の能力限界ではないうえに、デフォルトであの怯えた小動物のような精神状態だ。
 元から錯乱している人間に対し、攪乱させて集中力を途切れさせ結界の解除させるなど無理な話である。
 言わばくるみはAPにとって今までの結界能力者の常識を覆すような存在であり、力ずくで突破できる存在ではないことを意味していた。

 さらに厄介なのは目の前の『甲冑』のゴーストだ。

「……コイツ、結界と同じか」

 突破口の一つの解として考えられるのは、くるみを気絶させることである。
 仮に結界で守られているにしても、目の前で攻撃を続けその精神を追い詰めていけば何れは防衛本能で意識を手放すだろう。
 実際あの小動物的な気質が彼女であることが正しいのならば、そういった手段をとることも難しくない。

 だがそこで直接危害を加えることをこの甲冑は邪魔をしてくる。
 推察するにこの甲冑の『ゴースト』は結界と同じ力でできている。すなわちこの『ゴースト』の持ち主もくるみであるということだ。
 結界による鉄壁の防御だけでなく『ゴースト』による反撃という攻撃手段を持ち合わせている以上、APはくるみに対して一方的に攻撃することは出来ず、甲冑の相手も必要となる。

 実際あのくるみという少女は決して戦いに向いているような性格ではない、臆病で小心者な弱虫だ。
 だが、戦わずとも自らを守るための『陣地』と『防衛』の能力が極まっており、彼女の一人で鉄壁の城砦が完成してしまうまさに聖域の守護者だ。
308 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:19:53.42 ID:nZ3oq+wSo

「……だが、こんな、ことに」

――こんなことにかまけている暇などない

 APにとってここは通過点だ。一刻も早く自らの主の元に戻ることこそ命題である。
 ならばそこにあるのはただの堅い壁だ。

「……いつも通り、押し通るまで」

 この甲冑は、くるみにとっての深層心理が生み出した『理想の守護騎士』なのだろう。
 自らを危険から遠ざけてくれる私だけの近衛と。
 ならばそれを砕けなければ、あの心の壁そのものである結界など粉砕できる道理などない。

『覚悟は決まったようですな。……姫、お下がりください。

狂犬の相手はわたくしめにお任せを。姫は変わらず、安全な場所に居てくだされ』

 APは甲冑のその言い回しに脳がざわつく。
 結局のところ、ゴーストは自分の力であり他人ではない。
 あのゴーストはくるみの意思に関係なく自動で動いているようだが、そもそもが少女自身が望んで作り出した中身のない人形である。
 そんなゴーストが守ってくれると、安全なところに居ろとほざくのだ。
 それは自作自演の自愛でしかなく、ひどく歪で内向的だ。

 自己完結し、他を見ようとしない少女。

「ふぇ、ふええ……」
309 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:20:36.57 ID:nZ3oq+wSo

 怯えているように見えるが、結局のところ外敵であるAPに怯えているのでなく、『外』そのものに怯えているのだろう。
 なるほどこれは究極の引きこもりだ。自分を甘やかすためだけに作られた、永世不滅の城。

「……とっとと、片づけましょう」

 APにとってもその少女のあり方は歪で、そしてその意気地のなさに脳が苛立つ。
 だがこの場において個人の感情など不要。滅私奉公の精神でただ自らの主の元へと向かうだけだ。
 そこまでの通過点であることをAPは自らで再確認する。

「……いざ」

 フロート移動とエクスマキナの脚力によって、甲冑との距離を詰めんとAPは駆け出す。
 それに相対するように甲冑も、その騎士然たる姿を崩さず、身の丈近い鉄塊の剣を構えた。

『その意気や良し。このユーウェイン。正道の勝負ならば騎士道に則り剣を振ろう。

しかし、そもそも姫を守る身であるこのわたくし。その信条に基づき姫に仇名す貴女に手加減なぞ出来ぬことを知れ!』

「……うっとおしい!この……時代錯誤の童話の騎士が……っ!」

 鉤爪と剣が相対し、幾重にも重ねられた金属音が鳴り響く。
 これより始まるのは一見すれば忠の戦い。自らの主へ赴くための彼女か、自らの姫を守らんとする虚像かだ。

 そして少し離れた場所。蚊帳の外で少女は相も変わらず怯えている。

「だ、だれか……たしゅけてぇ……」

 助けを呼ぶその瞳は何も映していない。その言葉はただ助けを求めるか弱い自信を演出する自愛の救援。
 そこに意味はなく、少女は自ら築いた強固な砦の塔の中で、一人外界を忌避し、自分だけを愛しながら心を自傷し続ける。

310 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:21:05.01 ID:nZ3oq+wSo


***


「なかなかに因果なものよねぇ。

『ウルティマ・イーター』に相対するのは究極生物の雛形で、くるみと対峙するのは同じ操り人形の犬。

まぁ王道を嫌うアタシとしては唾でも吹きかけて、もうちょっとドラマチックに台無しにしたい気分だけど」

 両腕義手の悪鬼は熱を持つ丘の上で足を組み、片手の指を動かしながら手持無沙汰につぶやく。
 その会話の矛先であるヘルメットを被った武骨な大男はどこに視線を向けるわけでもなく無言で静止している。

「所詮アタシは一人しかいないから、そこまで手を回せないのが惜しいわ……。

とりあえずこっちはこっちで仕事を楽しみながら取り組もうじゃない?ねぇ、ネクロス」

 ネクロスと呼ばれたヘルメットの大男は声がかかったのにもかかわらず、相も変わらず無言を貫く。
 その肌を一切露出させていない男であるネクロスは、視線さえもヘルメットに隠れ一切の生物性が感じられない。
 反応を示さないネクロスに対してカーリーは退屈そうに小さくため息をつく。

「はぁ……つまんねー。アタシとしてはもっと騎士兵団の連中とは仲良くしたいんだけどねぇ。

どうにも行動はソロだったり、組まされても今回みたいにまともにコミニュケーションとれる人間よこさないって……まったくアタシって信用されてないのかな?」
311 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:21:37.22 ID:nZ3oq+wSo

 イルミナティ騎士兵団内の境遇に不満を漏らすカーリーだが、特に顔色に不平はなさそうな顔である。
 そもそもカーリーは味方でさえも食いつぶしかねない魔性の悪鬼だ。
 下手に組ませて任務に出せば、組まされた人間は良くて廃人、ほとんどの確立で物言わぬ無残な死体で帰ってくることが目に見える。
 そういった意味でイルミナPにしてもエイビスにしても、カーリーという爆発物のような存在の扱いには細心の注意を払っていたからである。

「まぁいいわ。周りがいくら自由にさせなくとも、アタシはいつも通り好きにするだけ。

そろそろ掃除も済んだことだし、先へ進もうじゃない」

 せわしなく動かしていた右手の指は指揮者のそれと同じだ。
 それが集結の意を示せば、ビルの中に散開させていたカーリーのジェット推進の義手たちが、主人の元へと集ってくる。

 集結する義手は一つも漏れず手ぶらでは帰ってこない。
 その手先には、必ず一つ以上の肉袋を引きずりながらカーリーの下で集積する。

「お腹いっぱいごちそうさまだよ。いい絶望をありがとう諸君。

ネクロス、生体反応はどうかしら?」

「……コノ階層上下10かイの範囲にオイテ、人間の生体反応ハカーリーサンのみデス。

後ハ掃討が完了シタカ、これ以上の上階ニ逃げ込ンダのでショウ」

 ネクロスのその言葉を聞いて、カーリーは丘の上から飛び降りる。
 床に着地したカーリーはぴちゃりと広がる液体を踏みしめながら先へと進む。
312 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:22:35.52 ID:nZ3oq+wSo

「できることなら、やはり凝っていきたいよねぇ。

ネクロスはこのまま一階ずつ上がりながら、その階層にいる人間を全部始末していきながら来て。

逆にアタシは上から下に行くから」

 何も言わず後ろをついてくるネクロスを振り返りながらカーリーは言う。
 そのスーツは既に赤黒く染め直されており、その肌さえも血に濡れていないところはない。
 ロビーでは巧妙に隠されていた両腕の義手は露出しており、血に濡れた指先が狂気を拡散している。

 そして本来は白を基調としたオフィスの廊下は鮮血の塗料で地獄に塗り替えられていた。
 先ほどまでカーリーが座していた温度を持つ丘は、すべてが新鮮な死体がいくつも折り重なることによって築かれた墓標である。
 丘から流れ出した流血と、骸を積み上げた肉袋の丘は文字通りの屍山血河。
 この同盟本部に突入してから10分足らずの間に地獄の一端が誕生していた。

「了解。確認しまスガ、生きていル人間を見ツケタ場合、殲滅でイイカ?」

「もちろん」

「全員カ?」

「例外なく、余さずに1階ずつ」

「命令を受理スる」

 ネクロスはそう答えると、ヘルメットの中で機械の音のような駆動音がする。
 そしてカーリーを振り返ることなくそのまま階段を上がっていった。
313 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:23:10.73 ID:nZ3oq+wSo

「効率的なのは古来より挟み撃ちが常套。

それに、ネクロスは命令されれば止まらない機械と同じだから情に訴えても絶対に止まらない。他のヒーローを追い立てるのには実に打って付けよね」

 カーリーは身にまとった他者の流血を振りまきながら回し蹴りをエレベーターの扉へと打ち込む。
 吹き飛んだ扉の先にはゴンドラはなく低階層から上階層へと一直線につながる縦穴が覗かせていた。

「下が危険だと知っていれば上に逃げる。

煙は追い立てられるように空へと昇り、馬鹿は高いところが好き。

ええ、アタシも好きよ。安全圏内にいると勘違いした平和呆けの阿呆たちを追い立てるのは。

どうせ使う当てのない命、アタシのために輝かせて、死の間際の絶望を舌先に運んでちょうだい」

 カーリーはエレベーターの縦穴を垂直に飛び上がる。
 明らかに人間の脚力を超越した飛翔によって、カーリーの姿は穴の上のほうの暗闇へと消えた。

 そして後始末でもするかの如く、残った義手の掌の先から火炎放射器の銃口が露出。
 この階層に集められた屍山血河を焼き払ったのちに、義手たちはカーリーの後を追うようにエレベーターの穴へと消えていった。

314 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:23:41.98 ID:nZ3oq+wSo


***


 いつのころからか、とてもおなかが空いていた。



「第――次、細胞移植実験を始める」

 はじめは、沢山の『みんな』を繋げられた。
 その誰もが、痛い痛いと泣き叫んでいて、切り刻まれて縫い合わされてくっ付けられるたび、そのみんなの数だけ痛みは倍増していく。
 いつも頭の中にはみんなの苦痛が溢れていて、そしてあたしも例外なく体中が痛くていつも泣いていた。

 だけどたくさん繋がれていたから、どれがあたしの目なのかわからなくて、仕方ないから出せる場所からはとにかく出した気がする。
 逆にそれはみんなにとっても例外じゃないから、いろんなところからみんな出していた気がする。

 いつも響くみんなの声であたしの声がよくわからなくなっていく。
 ぞうさん、きりんさん、くまさん、おうまさん、とらさん、みんな、みんなみんなみんなあたしにつながっていて、あたしはどれとも違っていたはずだったのに、いつの間にかみんなと溶け合っていた。
 あたしは『何』だったのか、姿がよく思い出せなくなって、寄り集まったみんなと一緒に溶けていく。
 そしてみんなの中にあたしが溶けきったら、それでこのみんなの痛みからあたしは解放されるのかと、やっと楽になれるのかと思ったら。

 どこかの誰かが、いつもその直前で引き上げるのだ。
 いや、どこかの誰かじゃない、誰もが、みんなが、あたしがいなくなることを拒んでいる。
 そしていつも、どうあがいても、その中心に座らされて新たな『みんな』を歓迎しなければならなかった。
315 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:24:24.78 ID:nZ3oq+wSo

『僕は――』

『私は――』

 新たに加わるみんなの名前は、あたしの意識に届く前に溶けて行ってしまう。
 もう溶け合って、姿が見えなくなったみんなもいるけど、あたしはいつになってもそこには行けない。
 後から来たみんなに先を越されて、わたしはずっと一人きりで痛いのを繰り返す。

 どうかみんな、あたしを仲間はずれにしないで。あたしもその『中』にいれて。
 一緒に混じって溶け合って、あたしもあたしだけが感じる痛みから抜け出したいから、だから。

『それはダメだよ。なお』

 あたしが頼んでも、みんなはそう言ってなかまにいれてくれない。
 あたしだけがいたいままで、あたしだけが苦しいままで、みんなも感じているはずの痛みは、あたしだけがあたし一人として受けている。
 心を共有できない悲しみであたしは一人涙するのだ。

 もうこんな『椅子』いらない!
 あたしもみんなと一緒になりたい!

「……実験失敗。この程度の戦闘能力もないのでは駄目だな」

 ぐちゃぐちゃ、ばりばり。
 あたしは壊れる。砕かれて、溶かされて、元に戻って、砕かれて。

「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」

 あたしは逃げ出した。でも鎖は相も変わらずその椅子につながっている。



 
316 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:25:05.33 ID:nZ3oq+wSo



「これも一応素体は人間だ。であるならば『原罪』は必ずある。

ならばそれを一つ一つ呼び起こしていけばいい」

「暴食の核、移植実験を行う。なお本実験はこのイチノセの指揮の下で行い、緊急時にはコロナ・プロセスによる終了手順に則る」

 随分と久しぶりに、なかまが入ってきた。
 いや、それは仲間なんかじゃない。形はなくて、とても暗くて、誰もが持っているもの。

 空気のようにかたちのないそれは、すぐにあたしの中に充満する。
 みんながそれに晒されるたびに騒ぎ出すのだ。

『お腹空いた』

『ご飯食べたい』

『ああ、痛い。空っぽのお腹がいたいよ』

『もっと、もっと、足りない。足りないの』

 たまらなく、おなかが空いてくる。
 なんだか久しぶりに目を開ける。ああ、まわりはご飯でいっぱいだ。
 あたしは『誰』だっけ。まぁいいや。みんなで食べよう。

『僕はこれ』『私はそれ』『じゃあぼくはこれ』

 みんながみんな、思い思いにご飯を食べる。
 ああ、でも足りない。まだ足りない。あんまりおいしくないけど、この空腹は口の中に唾を出し、文句も言わず食べ続けろとあたしに指示する。
 この目はおいしい。脚はあんまりおいしくない。腸は歯ごたえがあって癖になる。耳は苦手。心臓は特に大好き。
317 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:25:42.41 ID:nZ3oq+wSo

「おええええええええええあああああああ、げほ、あ、あ、あ……」

 いやだいやだいやだいやだいやだ。
 あたしはホントはこんなもの食べたくない。
 食べたものを吐こうとしても、空腹は満たしたものを一片たりとも逃さず、口からは何も出ない。
 そしてまた、吐いた唾さえも舐めとってしまいそうな気になって、近くの肉を口に運んで、食べて、押し込んで。

「実験失敗。拒絶反応でアポトーシスを起こしている。すぐに再生はしているが自分で壊して自分で回復する機能に何の意味があるというのだ。

これはとんだ無駄骨だな……。これで『究極』の一端とは。もともとが陳腐な言葉ではあるが、実にこれでは呆れ果ててしまいそうだよ。

仮に他の『罪』をつけてもあまり意味はなさそうだ。……やはり自発的に目覚めないと駄目か。

……とは言うものの、時間はない。ここらが潮時か。後のことは所長に任せて私はいつも通り失踪するとしよう」

 食べたい、でももう食べたくない。誰か、あたしのこの満たされない『思い』を満たしてほしいの。

 いまのあたしにあるのは心臓下の洞穴とその穴から絶えず響く空腹を喘ぐ絶叫。
 視界不良はずっと続いていて、光が見えない。

 ああ、いつか見たあの光をあたしにください。いい子にしますから、どうか。




 
318 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:26:19.49 ID:nZ3oq+wSo



「ええい、どこへ行ったイチノセ博士は!?

データもない?どういうことだ!ふざけるな!追え、所長権限だ!今すぐに!

……ああ!?今度はなんだ?

何!?宇宙管理局の船が接近しているだと?くそ、なぜバレた……?

ああ、くそ。あの博士感付いて真っ先に逃げたか!……ああ、くそが、くそがくそがああああ!!!」

 今日はなぜだか一段と騒がしい。
 今日のご飯はおいしくなかった。そんな気がする。あれ、これは今日のことだったっけ?
 まぁいいや。おなか、すい

「ああああああああああああああああああああ!」

 ああ、いやだ。あたしはおなかなんて空いていない。
 みんなどこ?あたしを一人にしないで!あたしを置いていかないで!

 数刻前に食べたはずの中身が消えてしまった空っぽの胃袋は、狂おしいほどの渇望が沸き上がる。
 体中の黒色は、あたしの体を侵食するように食い込んでいる。
 いつも周りには、こっちを見る誰かの目が数多。
 どれくらい経過したかわからない時間は、あたしの中の孤独と飢餓を化膿させて頭の中にまで蛆のように這いまわる。
319 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:27:10.53 ID:nZ3oq+wSo

 いやだいやだ。うるさくしないで。そっとしておいて。
 あたしはもう何も食べたくない。肉も野菜も魚も人間も、もう沢山。

「誰か……助けて」



「突撃用意!」

「……ようこそ。我らの最高傑作のショーへ!」

 あたしの前に誰かが来た。お願い。そっとしておいて。
 お願いだから、あたしの前に『食べられるもの』を出さないで。
 どうせ救われないあたしは、このまま居なくならせて。

 あたしは暗闇に慣れてしまったその瞳を前に向ける。
 みんなが見てる。彼らを見ている。そう、みんな同じ人を見た。
 黒色に塗りつぶされた光彩に走る鈍痛に似た刺激。
 あまりにも眩しくて、おもわず目を閉じてしまいそうになったその姿。

 あたしはそのとき、きっと光を見たのだろう。



 
320 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:27:41.15 ID:nZ3oq+wSo



***


 疾走する奈緒の背を追尾してくる髪の蛇頭は幾重にも編み込まれた暴食の触覚だ。
 蛇頭の顎は逃げるその背を捕らえようとする寸前で奈緒の疾走のほうが上回り、直前の床材を砕くに終わる。

 だが執拗に追ってくる蛇頭に切りはない。一つが仕損じれば、別の蛇頭がさらに奈緒の肉体を捕食せんと追い立てる。
 当然奈緒の背後から追うだけでなく、あらゆる方向からも蛇頭は奈緒を攻め立てる。
 時には進行方向正面。時には挟撃。時には上方。そしてさらには全方位から。

 だが奈緒も捕まるわけにはいかない。半ば意地によって保たれている全力疾走は、獣のそれと同等に近い。
 そしてそんな中でも冷静に戦況を把握しつつ、『単調』な蛇頭の動きを紙一重で躱していた。

「くっそお……しつこいんだよ!」

 脚で床面を蹴り返し方向を反転、そして向かい来る蛇頭を両腕の虎の爪で切り伏せながら悪態をつく奈緒。
 奈緒が蛇頭の本体である『カース』ことウルティマ・イーターの方へと目を向ければ、切り伏せられた蛇の髪は泥となって地面を這って行きウルティマの足元の泥の水溜りへと帰還、そして新たな蛇頭が奈緒の方へと向かってくる様子を目にした。
 その様子から、いくら蛇頭を切り離しても、それは泥となってすぐに主の元へと帰還し再生することを表していた。
 仮に、このサイクルを止めようと思うのならばおそらく浄化の力によって還元される前に泥を蒸発させなければならないだろう。
 だが、それが可能なきらりは奈緒の視界の片隅、壁にもたれかかって気絶している。

「いくら油断してたからって、本当に失敗だよ……。あたしがもっとちゃんと気を張っていれば」
321 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:28:12.80 ID:nZ3oq+wSo

 そもそも4人で同時にウルティマに攻撃すれば、このような劣勢にはならなかったかもしれないと奈緒の脳裏によぎる。
 実際、いつものように4人で協力していれば確かにウルティマは強敵であるもののここまでの苦戦は強いられなかったはずだ。

 だが所詮は過ぎたことだ。今この場でウルティマに相対しているのは奈緒だけである。
 きらりと李衣菜はこの同盟本部一階のホールの片隅で戦闘不能になっていた。

 そうした意味で幸いだったのは、動けない二人がウルティマの標的になっていないことである。
 ウルティマの攻撃物量は膨大であり、その獣性は脅威である。だがそれは単純な思考しかできないことであり、一度経験したことには無条件に慎重になってしまうことであった。
 単純に言ってしまえばウルティマにとってきらりと李衣菜は『触れたくない』のである。
 きらりは常時浄化の力を身にまとっているようなものであり、李衣菜は電撃を発することができる。
 触れられない浄化と触れれば自らに降りかかるかもしれない電撃はそれだけでウルティマへの牽制となっていた。

「だからって、事態は好転しないんだけど、も!」

 だが二人が戦えない事実は健在だ。今でこそウルティマの標的は奈緒に絞られているが、いつ他の二人に移るかもわからない。
 奈緒は出来るだけ注意をそらそうと大ぶりの動きをするが、それはただ悪戯に体力を削っているだけかもしれない。
 このままではじり貧なのは奈緒も理解している。ここでウルティマの本体へと切り込むかどうかを思考する。

『奈緒、下だ!』

 視界に映る蛇頭はすべて把握していた奈緒だったが視界の外であるその攻撃は、そのままであったなら一瞬の思考の隙をつき確実に奈緒の懐へと届いていただろう。
 だがその突如耳元に聞こえた声に反応し、その場を飛びのいた奈緒が目にしたのは足元の床を貫いてきた蛇頭が一つ。
 間一髪回避した奈緒は、追尾してくるその蛇頭を蹴り千切り、バックステップの勢いを殺すように床を滑りながら静止した。
322 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:28:49.07 ID:nZ3oq+wSo

「夏樹!?無事なのか?」

『まぁ……完全に無事とはいいがたいけど、アタシは十分に健在さ。

そっちの状況は……良くはないか』

 奈緒が視線を横に向ければ、そこには浮遊するアイユニットが存在する。
 それは夏樹の視界でもあるアイユニットの一つであり、夏樹の声を届けることができる唯一の通信機能付きのものである。

「無事じゃないって、そっちはどうなんだ?」

『アイユニットがほとんどやられた。こっちの視界を確保するために手元に一つ、そっちの状況を観察するために忍ばせてるのが一つ、それと今奈緒の隣にあるやつの合計3つだ。

ほんと、こういうことになるんなら予備作ってもらっておけばよかったよ。でもまぁ四の五の言ってらんないけどさ』

 複数のアイユニットから成る夏樹の視界は確かに強力だが、外付けであることは弱点でもある。
 人間の眼球のように体の一部ではないため攻撃されたときに自営の手段がなく、すべて破壊されてしまえばそれこそ戦闘不能と変わりはない。
 よってこれ以上視界を減らすような不用意な行動が夏樹には出来ないことを表していた。
 当然アイユニットからのレーザーはなるべく控えるべきであることもだ。

「つまり負傷とかは無いってことなんだよな?」

『ああ、そこについては問題ないよ。まぁアイユニットはわりかしコストが高いらしいから技術部の人たちには迷惑かけることにはなるけどな』

「それこそ、必要経費ってもんだろ。とりあえず無事なら何よりだよ」
323 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:29:20.83 ID:nZ3oq+wSo

『とはいっても、これ以上はサポートする程度しかできないから、奈緒には負担をかけることになっちまうな』

「それくらい、問題ないって。というかそれよりも、きらりと李衣菜を何とかできないか?」

 いつまでもお喋りをしていられるほど敵も甘くはない。奈緒は再び迫りくる蛇頭を両手の爪で切り裂きながら夏樹に頼む。
 未だ標的は奈緒に絞られているが、いつその矛先が倒れ伏すきらりと李衣菜に向くかわからない。
 李衣菜は比較的頑丈なので態勢さえ整えれば十分に戦線復帰は可能だろうが、巨腕に好きにされたきらりのダメージはより深刻であろう。
 このままロビー内に放置しておくのは良くないことは明らかであった。

 だからこそ夏樹のワープホールならば二人をこの場から離脱させることは容易であろうと奈緒は提案したのだ。

『わかった!それくらいはできるさ』

 夏樹が答えた瞬間、李衣菜の足元に黒い穴が開く。
 夏樹は天井付近に待機させている一つのアイユニットで李衣菜の位置を把握しており、ワープホールの中に李衣菜が落ちていくのを確認する。

『オッケー!だりーは回収した。次はきらりだ』

 当然きらりの位置も把握しており、夏樹はきらりをこの場から離脱させるべく再びワープホールを生成しようとする。




「ッ!?」
『これは!?」
324 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:30:17.39 ID:nZ3oq+wSo

 だがその前に二人を襲ったのは全身に走る悪寒だ。
 背筋に氷柱を入れられたかのように走る感覚は、危機感による警鐘である。
 それは周囲から大量の視線が自分一人に向けられているような、群れを成した獣の群れの標的にさせられているかのような全身を貫く視線。
 そしてそれは紛れもなく現実であり、ウルティマから伸びる黒い影は間違いなくこちらを見ていたのだ。

 奈緒の方を、夏樹の方を、そしてきらりの方を。

『何処ヘ……イクノ? アタシヲ、マタヒトリニスルノ?』

 黒い泥から覗く数多の眼に夏樹の判断は一瞬遅れてしまった。

『しまっ――』

 気が付いた時にはもう遅い。状況を俯瞰していた天井近くの夏樹のアイユニットを取り囲むように迫りくる髪から伸びたいくつもの蛇頭。
 その顎はアイユニットを粉々に破壊するために牙をむき出しにして迫りくる。

『くそっ!』

 蛇頭に囲まれたアイユニットによる苦し紛れに放ったレーザーは、回転しながら取り囲む蛇頭の胴を焼き切った。
 だがすべてを切り裂く前に、届いた一本の牙がアイユニットに掠りその飛行機能に損傷を与える。

『これ、は――』

 そして落ち行くアイユニットが最後に移した光景は、混じりけのない黒色だった。
 いつの間にはロビーの天井に存在していた黒い影から現れたのは同じように漆黒の一匹の獣。
 獣がその大顎を開いて落ち行くアイユニットを追いかけるように丸呑みした。そしてその視界が最後に移したのは光さえ届かない深い闇。

 だがその中身は一色の黒ではなく、ひどくその色は寒々しい。
 わずかな視界の中で夏樹が感じたそれは、『あの』少女の孤独と、耐え難い飢えの一端だった。
325 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:30:43.66 ID:nZ3oq+wSo

「ほんとに、なんでこんな!……きらり!」

 夏樹が深淵を覗いている一方で、奈緒は全身に泥の装甲を身にまとう。
 その姿はウルティマが初めにしていた黒い泥を纏った獣の形態と似たものであり、周囲に禍々しさを放っていた。

 奈緒的にはこの姿は狂気に満ちすぎていてヒーロー地味ていないということであまり好きではない。
 だがこの状況で姿形がどうのこうのなど言っていられなかった。『視線』に敏感な奈緒には気づいたことがあったからだ。
 ただあのウルティマの視線が、自分や夏樹のアイユニットだけに向けられているのならまだよかったのだ。
 問題なのはあの瞳が未だ気絶したままであるきらりを標的に定めたことであった。

 それは無抵抗なきらりへと大量の蛇頭が迫っていることを示していた。
 だが当然奈緒の方へも行く手を阻むように雪崩のような蛇の頭が迫り来ている。
 ならばこそ、それさえも突破できるほどの貫通力のある攻撃が奈緒には必要だった。

「うう――うおらああああ!」

 異形の獣の姿となった奈緒は雄たけびを上げながら、蛇頭の群れへと突進する。
 巨体に似合わぬその速度は、食らいついてくる牙をまるで物ともせず置き去りにして、容易に包囲網を突破した。
 奈緒は全身が凶器と化した暴風となり、千切れ泥へと回帰する蛇頭を置き去りにしながらきらりの前へと躍り出る。

「やらせる、かぁ!」
326 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:31:20.49 ID:nZ3oq+wSo

 きらりを標的として向かっている蛇頭は前方のあらゆる方向から食らいつくさんと迫りくる。
 奈緒だけならばどうとでもなるが、後ろにきらりがいるとなれば話は別。放射状に迫ってくる蛇頭の一本でも後ろにいるきらりの元へと届かせるわけにはいかなかった。
 多様な軌道を描いてくる攻撃には、今の奈緒ではあまりにも手数が足りない。

「足りないなら、増やせばいいだろ!」

 思い浮かべるは目の前のウルティマが初めに行っていた泥の腕。
 その巨腕はロビー内の逃げ惑う人々一切を捕縛し、食らいつくそうとした暴食の魔手。
 ゆえに、手形らないのならば増やせばいい。単純明快な答えであり奈緒はつい先ほど見た『手』のイメージを基にこの場を対処できる手数を形作る。

(巨大な手じゃ強力だけど隙が多すぎる。じゃあ小さくて、その分数を足せばいい!)

 異形の獣の姿をした奈緒の纏った泥はさらなる変異を始める。
 背中が泡立ち、鋭利な爪を備えた強靭な腕が新たに4本生成され、奈緒の姿は獣よりもさらに禍々しい六手の魔獣へと変貌した。
 その姿は醜悪であり、まさに鬼とも悪魔とも形容できる魔性の容貌。
 だがこの際見てくれなどにかまっている余裕などない。

「まったく……こんな姿じゃどっちが悪だかわかりゃしないって。

だけど、仲間を守るためなんだから見た目くらい多少は仕方ないよな。だって大切なのは誰かを思う心だって!」

 後ろで倒れ伏せる心優しき少女ならこういうだろう。見た目とか行動とか目に見えるものだけが大切なのではない。本当に大切なのは何かを思う心であり、心があるからこそそれが現実に反映されるのだと。
 ならば奈緒も、今はきらりが大切だからこそ今ここで守っているのだ。そのためならば多少見た目が悪くても、結果が付いてくるのならば問題はないと判断する。
 自分を救ってくれたこの少女をこれで救ってお相子などというつもりもない。
 奈緒がこの場に立つ理由として、きらりが大切な友達であるだけで十分なのだ。

「うおおおお、らああああああぁ!』
327 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:32:03.51 ID:nZ3oq+wSo

 異形化した泥は奈緒の雄たけびさえも正しく反響させず獣のようになって伝わっていく。
 新たに増やした腕は、今も休むことなく動き続け依然迫りくる蛇頭を一切余すことなく切り伏せていた。

『そうだ、あたしがみんなに救われた』

 奈緒をあの絶望の底から手を差し伸べて、救ってくれたのは彼女たちだ。
 今があるのは彼女たちのおかげであり、それによって幸せとも言ってもいい平穏を過ごせている。

――だから、奈緒だけで、幸せになんてさせない。

 いつかどこか誰かに耳元でささやかれたその言葉。
 奈緒は全神経を張り巡らせ、一寸の予断も許さない攻防の中で、一つの思想を巡らせる。

『確かにそうだ。あたしだけが幸せになっていいわけがない。

不幸だったんだから、それまでのツケでこれからは幸せ一辺倒なんて、虫のいい話だよな。

だからあたしは思うんだ。みんながいる。平和の中に誰かがいる。あたしは幸せだよ。何物にも代えがたい仲間と、尊敬できる人、いろんなものに恵まれてるから。

あたしは幸せでいっぱいだ。だったら、みんな誰もが幸せじゃなきゃ不都合だろ』

 奈緒はまともな感性を持った少女だ。誰かと比較して自分の優位を悦に浸るような性格でもないし、誰かの不幸を見てあざけるような性悪でもない。
 ならば自然、ほかの誰かも幸せなほうがいいし、自分の幸せが共有できるのならそうするべきだと考える。
 誰かを守るのだって、その誰かの安寧と幸福を守る行為だ。いくら自分の力が醜くても、結果としてそれができるのならば奈緒はそのために尽力する少女だ。

『だから……みんな幸せになれるなら、そうあるべきなんだ』
328 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:32:31.34 ID:nZ3oq+wSo

 そして前方、未だ空腹を喘ぎ狂気に落ちたままのウルティマ・イーターと称される少女を見て小さく問うのだ。

『だってお前、そこは暗いだろ?』

 六手の魔獣は包囲するように迫りくる蛇頭を捌きながら、眼前先の痩せこけた少女をまっすぐ見据える。
 少女の足元に流れ出る黒い泥は抱えた闇そのものだ。
 何よりも深く、そして底なしの狂気を孕んだ深淵の先を奈緒は知っている。
 そこは何よりも暗く深く、そして何物でも満たされない孤独の箱庭であることをだ。

『アタシは、確かに見たよ。あの子の闇を』

 奈緒の隣には追い付いてきた夏樹のアイユニットが漂う。
 天井付近にあったもう一つのアイユニットがウルティマの泥の獣に食われてからしばらく自失していたが回復したらしい。

『凍えるように暗くて、ずっと苦しい。

誰もがそこにいるんだが、誰もあの子を気に掛けない。

誰も反応しない他人なんて、それこそ孤独と一緒だ』

 少女を見ているのは数多の瞳だ。
 だが誰もが見て、囲むだけで触れようとしない。声にも答えずただそこにいるだけだ。
 反応もなく無抵抗に静止しているだけ。ならば少女から動くしかない。
329 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:33:09.99 ID:nZ3oq+wSo

『満たされないなら、食べればいい。

誰も一緒じゃないのなら、一緒になればいい。

その果てがあの自傷自食なんだと思う。

あの髪は蛇というよりも他人と一緒になるための捕食器官。そしてあの足元に広がっている泥こそが心であり胃袋、違うか?奈緒』

 夏樹は未だ必死に複数の手を動かす魔獣に問いかける。
 その異形が奈緒であることは夏樹にはなんとなくわかっていたため、その理由を問うことなく話を進める。

『あんまりこの姿は見られたくなかったんだけど……ありがとな夏樹。

んで、夏樹の考えは多分あってるよ。あの髪の毛はあたしにはないから断定はできないけど、泥についてははっきりといえる。

これはあたし『たち』が溶け出したもので、あたし『たち』そのものだ。カースの感情エネルギーが泥となってるんだから、あたしのこれも感情であり心だよ』

 今、奈緒が身にまとう魔獣の鎧も、奈緒の心が成した一つの心の形だ。
 キメラとして設計された本能が作り上げた合成の獣の貌である。その姿は部品(パーツ)の組み合わせ次第で何百通りもあり様々な怪物の姿となれるだろう。

『だけどあの子にとっては心だけでなく、ため込む場所、胃袋としての役割が強いんだと思う。

だから髪の毛で捕食している間は、身に纏うんじゃなくため込む場所としてあんな感じで『沼』みたいになってるんだ』

 ウルティマの足元で波面を打つ泥の沼はその身に宿る狂気を出力する場であると同時に捕食器官の行く末である。
 あの先こそウルティマを満たすためにかき混ぜられたカオスの瓶であり、ウルティマに届く唯一の道筋だ。
330 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:33:40.18 ID:nZ3oq+wSo

『そしてあの子は、多分あたしだ。理由とかは分かんないけど、あの研究所のことだし『こんなこと』があっても不思議じゃないよな。

……だからこそさ、あの子のことをあたしに任せてくれないか?夏樹』

『奈緒?どうする気だ?』

『もしかしたらあたしもあんな風になっていたかもしれない。

みんなに出会わなければ、ずっと一人で満たされないまま食べ続けていたかもしれないんだ。偶然かもしれないけど、みんなに救われたから今のあたしがある。

だったら今度は、あの救われていないあたしに教えてやらなくちゃ。外の光が当たるところに、連れ出してやるんだ』

 あの暗い水底を知っている奈緒だからこそ、その手を差し伸べたいと思うのだ。
 地獄はもう沢山だ。ならば今度は自分がその手を引いてそこから連れ出してやるのだと。

『策はあるのか?奈緒』

『大丈夫。それよりも、その後のことを少し、頼みたいかな』

「ん……?んにゅぅ……」

 そんな時後ろに倒れていたきらりから小さくうめき声が上がる。
 きらりはようやく目を覚ましたようで、周囲を確認しながら目の前の巨大な背中を見上げる。
 きらりの視界に映るのは、六つの腕を備えたこの世の物とは思えぬ醜悪な魔獣。
 だがきらりは一切狼狽えることなく、安心した視線を向けていた。
331 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:34:13.25 ID:nZ3oq+wSo

『悪いけどきらり、あたしにはあの子を連れ出してくることはできるけど、癒してやることはできない。

あたしにとっての光は道しるべにはなれるけど、きっとあの子の孤独を満たすことはできないと思う。

万全じゃないだろうけど、頼めるかな?』

「うん、わかったにぃ。奈緒チャンも、頑張って」

 目の前の魔獣から提案される案を、二つ返事で引き受けるきらり。
 今の状況を完全に理解したわけではないが、それでもその声が自分の友達のものであることが十分な理由であった。

『アアアアァ……サミシイ、クルシイ、オナカスイタアアアアア!

ナンデ、ナンデナンデナンデナンデナンデ、アタシヲヒトリニシナイデエエエエエエェ!』

 以前一歩も引かない奈緒にしびれを切らしたウルティマは己の感情を載せて咆哮を上げる。
 爆発的に増大する髪の毛は一本一本が複雑に絡まりあい、八つの蛇頭、否、竜頭となって満たされぬ空腹のためにその大顎を開く。

 そして足元の泥の沼も同様に広がっていき、同盟ロビー全体を漆黒で覆いつくした。

『アタシヲ……満タシテ』

 そして光の差さぬロビーの中、埋め尽くした暗闇が開眼する。
 数多の瞳が揃って渦中にいる奈緒たちの方を見つめていた。
332 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:35:09.33 ID:nZ3oq+wSo

『これは……あの時と同じ』

 夏樹はこの光景に見覚えがあった。
 かつてあの忌まわしき研究所で、奈緒を見つけた時のこと。沢山の獣の瞳が此方を睨み、沢山の研究員たちが黒色に飲まれていった。

 そしてこれはこれまでの直接的な攻撃ではなく、本当の意味でウルティマも決着を付けに来ていることは明らかであった。

『知っているよ。そこは寂しくて、苦しくて、絶対に満たされない。

だから、今度はあたしが、お前を『底』から連れ出してやる!」


――わかったよご主人様。ここは任せて。
――その言葉を、その意思を、僕たちは、私たちは待っていた。


 魔獣の腹から、泥をかき分けるように奈緒が飛び出す。
 そしてその場に残った泥の魔獣は形が崩れることなく姿を維持したまま迫りくる八つの竜に相対した。
 魔獣は主をその中に宿さぬまま、機敏に動く。

 まず二本の竜頭を抱える世に掴み脇でへし折り、千切り捨てる。真正面から来た竜頭をその手の狂爪で輪切りにした。
 だが一本の竜頭が魔獣の頭に食らいつき、引き裂こうと力を籠める。

 泥の魔獣は二つに分裂して、その咬合から逃れ、二体の獣人に分裂した泥は動きを揃えるようにその竜頭を蹴り貫いた。

 しかし、遅れて迫る二つの竜頭がそれぞれの獣人の巨躯を貫き、そのまま体を持ち上げた。

『グ、グオオオオオォ!』
333 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:35:44.10 ID:nZ3oq+wSo

 体を貫かれた獣人はもがきながら竜頭に爪を立てて、姿を崩す。
 だが巨大な黒い泥に黒い泥に戻ったかに見えた二体の泥の獣人は、そのまま崩れることはなかった。

『『『グ、グルアアアアアアァ!』』』

 獣人の泥は形を崩した後、沸き立ち、その中から大量の獣が這い出てくる。
 その獣たちは各々が竜頭に食らいつき、暴れるその首を多勢によって抑えつけていく。



「うおおおおおお!」

 一方でウルティマの元へと一直線に駆け出す奈緒に立ちふさがるのは、残る二本の竜頭。
 その大顎は、奈緒を一飲みできるほどに巨大であり、一つの竜頭がその大口を開けながら奈緒の前方から迫りくる。

「そこを、どけぇ!」

 奈緒はその大口を回避しつつ、右手に備えた鋭い泥の爪で竜の頬を割きながら前進する。
 だがその攻撃は巨大な竜頭にとっては微々たるものであり、切り裂かれた髪の繊維の断面から、小さな蛇頭が新たに奈緒に向かってきた。

「絡み、付くな!」

 奈緒は自身に纏わりつくように追ってくる蛇頭に対して、弾丸のように回転しながら飛び跳ねる。
 構えた爪は回転によって纏わりつく蛇頭をすべて切り伏せ、着地した時に足元の泥が撥ねた。

――オオオオオオオオォ!

 だが着地の際の一瞬の静止は、相手にとっても十分な隙である。
 巨大な物体が動くことによって風を穿つ音は、唸り声のようで不気味な低音となり響く。
 もう一つの竜頭は真上から奈緒を丸呑みし、そのまま頭を再び天井付近まで持ち上げた。
334 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:36:17.10 ID:nZ3oq+wSo

 しかし、髪にはさみを入れるような軽い音と、何かが駆ける音が小さく鳴っている。
 奈緒を飲み込んだ竜頭は動きが不自然になり、その体に数多の亀裂が刻まれていく。

「おらああああああぁ!道を、開けろぉ!」

 そして竜頭の胴を切り裂いて、奈緒が中から飛び出してきた。
 空中に投げ出された奈緒が目指すのは、一点。ウルティマの元である。

『クルナ……来ナイデエエエエ!』

 その両腕に鋭利な爪を備えた奈緒の姿が脅威に映ったのか、ウルティマの口から洩れるのは拒絶の言葉であった。
 ウルティマの足元から数体の獣が飛び上がり、奈緒の進行を阻止しようと迫る。

 だが、奈緒は不意打ちならばいざ知らず、正面からくる攻撃に遅れはとらない。
 空中であろうと関係なく、的確に獣を切り伏せ、その突進を往なし、奈緒の勢いは全く止まらない。

「今、そこに行くぞ!」

『……ヒッ!』

 その爪はウルティマへと迫り、小さく悲鳴を上げる。
 だが奈緒は攻撃することなく、ウルティマのすぐ手前、足元の泥に向かってそのまま飛び込んだ。
335 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:36:46.31 ID:nZ3oq+wSo

 本来その泥の沼は、決して深いものではなく水溜りと大差はない。
 しかし、ウルティマの足元だけは例外であり、そこはウルティマの心の源泉であり混沌の中心であった。
 その深度は、底なしの如くであり、満たされた泥は強酸のように取り込んだものを同一化するために溶かし始める。

「まだだ。もっと、もっと深く。もっと先へだ」

 奈緒は全身に泥を身に纏い、ウルティマの泥の中を潜っていく。
 普通ならば取り込んだ異物を溶かし始める暴食の泥だが、奈緒の纏った泥は水と油のように弾き泥の浸食を抑えていた。
 それでも一切呼吸は出来ず、見通しの悪く粘性の高い泥は奈緒の行く手を阻む。

「暗い、冷たい、この泥の先。

あたしは知っている。これらが何でもあり、何でもない、決してあたしを満たさない不純物であることを。

そしてこの先、この最も奥底で、あたしは居続けた。この泥はみんなであり、だれでもなく……そしてあたしだ」

 そして今奈緒が潜っている泥は、思っていたよりも深いことに気づく。
 それは、ウルティマの闇が奈緒よりも深いことを表しており、当時の奈緒を凌駕するほどにウルティマが悪化していることであった。

「……ま、だ……まだ、だ。

深いから、なんだ……酷いからって、どうしたって、いうんだ……。

あたしの孤独より、深くたって……みんながくれた、あたしの幸せより、ぜんっぜん浅いんだよ!」
336 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:37:12.78 ID:nZ3oq+wSo

 泥をかき分けた先が、ウルティマの最も深いところに触れる。
 それに気が付いた奈緒は全身の力を振り絞って、体を前に進め、孤独の玉座へと挑んだ。
 だが所詮はここまでの泥はウルティマ『以外』でしかなく、行く手を阻む前座でしかない。
 真に奈緒が相対すべき相手は、この奥であった。

「……っと」

 奈緒の体は、泥の充満した沼から自由に動ける空間に移ったことによって少し体制を崩しつつも、その場の地面に着地する。
 振り返ってみれば、先ほどまで進んでいた泥の沼は存在せず、奥行きのある風景が広がっていた。

 そして奈緒は物音一つしないこの静寂の空間を改めて見渡した。

「……遊園地」

 泥を抜けた先に広がっていたのは、実にありふれたアトラクションが備わった遊園地であった。
 離れた空には巨大な車輪。
 身の丈ほどの大きさのマグカップや作り物の艶を出す回転木馬を備えた円形幕。
 金属柱を組み上げたレールの上で静止したジェットコースターや海原に進みだすことなく左右に揺れるしかない海賊船。
 どこにでもあるような、その言葉を聞けば万人が想起するようなアトラクションが備えられた娯楽の園。

 だが現実の遊園地との差異があり、それは上空に広がる空が今にも落ちてきそうなほどの圧迫感を帯びた赤茶色であることだろう。
 赤く錆びた空と静止したままのアトラクション、そして不気味なほどに劣化していない設備の数々がこの地の静止を物語っている。

「ここが……あの子の心の中なのか?」
337 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:37:41.81 ID:nZ3oq+wSo

 ここはウルティマの泥の最奥であり、間違いなく不純物のないウルティマ自身の心象である。
 だがこの景色は人の内面というにはあまりに殺風景、かつ無機質だ。
 時間の止まった遊園地とこの世の物とは思えぬ空模様は、命を感じさせない荒廃の情景である。
 当然それが健全な心ではないことを表しており、ウルティマの闇であり病みの具現であったのだ。

「確かに……こんな風景はまともじゃない。……だけど」

 しかしこの殺風景な遊園地に対して、奈緒はもう一つの感情を抱く。
 それはある意味当然であり、慣れ親しんだものであったため奈緒自身も素直に受け入れられた。

「ここは……あたしが知ってる場所だ」

 ここが現実のどこかだということは奈緒にはわからない。
 だがこの風景が奈緒にとって非常にデジャヴを感じるものであり、そして探し求めていた風景でもあったのだ。

『……だれ?』

 奈緒が再びこの風景をじっくりと見渡そうとしたときに掛かる一つの小さな声。
 その声に導かれるように奈緒はその方向へと視線を向ければ、そこは歩道のど真ん中に不釣り合いな玉座があつらえられている。

『……あたしいがいのだれかなんて、はじめて……』

 この場に不釣り合いな玉座の中心、そこにはさらに不釣り合いな小さな少女が座っている。
 その少女の手足は細く痩せこけ、身に纏うぼろきれの様な黒いワンピースはその豪華な玉座とはあまりにも似つかわしくない。

 そしてその顔は、今の奈緒をそのまま幼くしたかのようなものであった。
338 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:38:11.34 ID:nZ3oq+wSo

「なぁ……君の、名前は?」

 奈緒は突如として現れた少女に内心驚きつつも、平静を保ちながら名を訪ねる。
 目の前の少女は、先ほどまで戦っていた蛇頭の主と寸分違わぬ姿をしており、この少女こそが泥の汚染を抜きにした真の意味での心であろう。

『……なお。かみや、なお』

「そっか。奇遇だな。あたしの名前も奈緒っていうんだ」

『おねえちゃんも、……なお?』

「ああ、よろしくな」

 その名を聞いた奈緒は、これまでの確信が断定へと変わる。
 紛れもなくイルミナティがウルティマ・イーターと呼ぶ『カース』の正体は神谷奈緒そのものであることをだ。
 だが奈緒にとっては、自分が神谷奈緒であり、目の前の少女も神谷奈緒ではあるが違う『自分』であると認識する。

(あたしは、LPさんたちに救われた。暴食に飲まれることなく耐えて、きらりによって浄化されて、そして平穏を手に入れた『神谷奈緒』だ。

だけどこの子は、耐えられなかった。飢えに、苦痛に、孤独に。

もしかしたら耐えたのかもしれない。我慢もしたのかもしれない。だけどそれでも助けに誰も来なかった。

……いや、もしかしたら意図して壊されたのかもしれない)

 そんな嫌な想像をした奈緒は奥歯を噛みしめる。
 未だこの世界のどこかであの非人道的な実験が行われていると考えると無性に許せなくなってくる。
339 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:38:46.18 ID:nZ3oq+wSo

(とにかく、この『あたし』は耐えられなかった。だから飢えに飲まれて。

孤独を凌ぐためにあらゆるものを食べるだけの怪物に堕ちたんだ)

 同じ『奈緒』でもネバーディスペアの奈緒は持たない髪の毛から成る捕食器官と、あらゆる膨大な攻撃の質量。
 浄化されたことによって精神的なリミッターを手に入れた奈緒に対し、ウルティマにはそういったリミッターは存在しない。
 故に常に暴走することによって、一人で4人もの能力者を相手取れるような怪物となったのだろう。

『ねぇ、なおおねえちゃん』

 思想にふける奈緒に対して、少女から小さくか細い声がかかる。
 その声に反応して奈緒は再び視線を向ければ、ウルティマがその濁った視線を奈緒の方へと向けていた。

「ん……?なんだ?」

『おねえちゃんはどこから来たの?だって、ここにきたひとは、はじめてだから』

「ここに来たって……今まで誰にも会ったことないのか?」

『うん。あたし、ずっとひとりぼっちだったから。ほかのひとみたことないの。

あれ?……『ほか』ってなに?あたしいがいってなんだっけ?

……まぁ、いっか。いいよね。なおおねえちゃん』

 この少女の言動に違和感を覚える奈緒だったが、向けてくる笑顔に奈緒は答える。

「ああ、あたしは外から来たんだ」
340 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:39:22.97 ID:nZ3oq+wSo

『そと?とおいところなの?』

「まぁ……ちょっと遠かったな。でも、大した距離じゃないさ」

 奈緒はウルティマを警戒させないように柔らかい言葉で話すが、それでも内心は戦慄していた。
 目の前の少女は年相応の笑顔で奈緒に語り掛けてくる。だが決してその笑顔は正常ではない。

 濁った瞳は見つめられるたびに不安に駆られるし、長い間動かさなかったであろう表情筋によって構成される笑顔はあまりにもぎこちない。
 すべてがその場で繕われたような表情であり、中身である人格というものを感じさせない、文字通りの『からっぽ』であった。

 奈緒はそんなウルティマに若干の恐怖を抱きながらも相対する。
 それは彼女自身が、この闇から目をそらしてはならないことを知っているからだ。
 ありえたかもしれない自分の姿から目を離してはいけないと、そしてその上で次は自分がこの少女を闇から救うのだと。
 かつて自分が救われた時のように。

「なぁ、奈緒ちゃん。ここは寂しいだろ?」

 奈緒は自分の名前で相手を呼称することに若干の気恥ずかしさを感じるがそこは堪えて、ウルティマと対話する。
 この殺風景な遊園地の真ん中で、永遠に空腹にあえぐ少女を連れ出すために。

「誰もいない。空は暗い。遊園地は動かない。こんな何一つない世界にたった一人で閉じこもるのは辛くないのか?」

『……うん。さみしい。くるしい。だれもいなくて、からっぽだから、あたしはずっとおなかがへってるの』

「ああ、そうだろうな。あたしも前に、寂しくて泣きそうで、ずっと満たされなくてお腹が空いていた」
341 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:40:08.18 ID:nZ3oq+wSo

 奈緒が思い返すは研究所での牢獄の生活。
 暴食の核が訴える激烈なまでの空腹は、もともと満たされぬ奈緒にとっては永遠に続く地獄の苦痛そのものであった。
 だがそれ以上に辛かったのはその誘惑に負けて、だれかを自分に入れることだった。

「だけどあたしは我慢した。だってそれで食べちゃっても、それはあたしとは違うし、見えなくなってしまうから」

 これまでに取り込んだ生命体が、それ以降奈緒の目の前に現れたことはない。
 自分の中にいることはわかっても、それで自分に語り掛けてくれるわけでもないのだ。
 ただ一緒にいるだけで、目も合わせず、口も利かず、依然自らの孤独は続くのだ。

「だから、ここにいたって絶対に空腹は満たされない。だから!」

 奈緒は玉座の少女に向かって手を差し伸べる。
 この暗く深いたった一人の王国から、自分と同じ少女を連れ出すために。
 暗い水底にいた自分が、今度は同じ少女を底から引き上げるのだと。



『だいじょうぶ。……これからはさみしくないよ。なおおねえちゃん』

 だが奈緒が踏み出した足は進まない。
 一切動かぬ足はまるで地面に縫い付けられたようであり、冷たい何かが這い上がってくる違和感に思わず奈緒は足元を見る。

「なっ!?……これは、泥!?」
342 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:40:40.70 ID:nZ3oq+wSo

 奈緒の足を縛り付け、ふくらはぎへと這い上がってくるのは彼女自身慣れ親しんだ黒い泥であった。
 そしてふと周りをよく見れば、歩道全てが氾濫したように泥が充満している。

『ダレカキタ』

『ボクラノホカノダレカガココマデ来ルナンテハジメテダ』

『ナラワタシタチデ、カンゲイシナキャ。ヨカッタネ、ナオ。オトモダチガフエタヨ』

『『『ヨウコソ。カンゲイスルヨ。アラタナ同胞ヨ』』』

 そしてこの場に響く、幾重にも重なった何百もの同じ言葉の斉唱。
 メリーゴーラウンドやコーヒーカップ、バイキングやジェットコースター。
 ありとあらゆる遊園地を構成する物質から奈緒は視線を感じる。

「ホント……まさに退廃の園ってわけか」

 これらすべてを構成するのは、奈緒の泥に溶け込んだ百獣と同様、ウルティマの眷属であろう。
 そのすべてが主であるウルティマを含め足を引っ張り合い、地獄に止め、地獄を成している。
 この醜い足の引き合いによって成されたこの遊園地を退廃の園と言わずになんと形容できるだろうか。

『あたしと、なおおねえちゃんもずっとここでいっしょだよ。

なおおねえちゃんは、あたしをひとりにしないよね?

あたしはここから出られないんだから、おねえちゃんがあたしをみたしてくれるのでしょ?』
343 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:41:29.65 ID:nZ3oq+wSo

 そしてその獣たちの斉唱は少女には聞こえていない。
 どうやら徹底してウルティマの眷属たちは、自らの主を孤立させ続けるつもりなのだろう。

「くそっ!奈緒ちゃん!あたしの手を取れ!

一緒にここを出るぞ!ここの連中は、誰も奈緒ちゃんの味方じゃない。このままじゃずっと一人だ!」

 奈緒は足に絡みつく泥を振り払おうともがくがその抵抗は全く意味をなさない。
 それでも足が動かないのならば、奈緒は玉座の少女に向けて手を伸ばす。

 その手の距離は少女へは未だ遠い。だが奈緒は届かぬ手を伸ばすことに躊躇いはない。
 必要なのは少女自身がこの地獄から出ようとする意志だ。
 ウルティマが自身の意思でその手を取ろうとするだけで、奈緒は彼女をこの心の最奥から引き上げることはできるだろう。

『……なにをいってるの?おねえちゃん』

 だが当の少女は差し出された手を訝しげに見つめる。
 ウルティマには差し出された手の意味は分からず、そして奈緒が何を言っているのかも理解できていなかった。

『出るってどこに?ここいがいの、どこにいくの?

ここいがいに、『どこか』なんてないでしょおねえちゃん。

『そと』ってここの『どこか』のことでしょ?』

 そもそもウルティマにとって『外』の概念すら知らないものである。
 この遊園地こそがウルティマの世界であり、たった一人の孤独こそがウルティマの既知なのだ。
 これまでに人々を襲ってきた捕食の髪も所詮は目隠し状態で手を伸ばしたに過ぎない行動である。
 そこに意識などなく、それはただの反射行動だ。

 それもそのはず、当の本人は誰の声も光も届かない錆色の空の元で孤独に完結しているからである。
344 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:42:01.08 ID:nZ3oq+wSo

『だから、ずっといっしょだよ。なおおねえちゃん。

ふたりでいっしょに、あたしとずっとあそぼう?』

 ゆえに、初めて対面した他人であり、孤独を埋めてくれる存在かもしれない奈緒を絶対にウルティマは離さない。
 堕ちるところまで一緒に堕ちようと、泥の拘束は奈緒へと這い上がって行く。

「……く、くそ。これじゃ……これじゃダメなんだよ!奈緒ちゃん!」

 きっとウルティマには奈緒に這い上がる泥の眷属は見えていないのだろう。
 だが少女の堕落の願いは、その視界には見えない泥たちの後押しを無意識のうちに行っていた。
 仮に泥たちが奈緒を完全に飲み込んだ後には、ウルティマを再び孤独にするために奈緒を取り上げるのだろう。
 だがウルティマはそんなことに気付かず、ただただ奈緒を束縛したくてその濁った瞳をギラギラと輝かせる。

「ここじゃ、ダメなんだ!……こいつらと一緒じゃ、絶対に、お前は幸せになんてなれないから、だから!」

 奈緒の周囲に見える足を引き合う獣たちの宴は、慣れているはずの奈緒にさえ吐き気を催す醜悪なものだった。
 その渦中で生贄として祭り上げられた少女を説得しようとしても、決して声は届かない。

『あはは!なおおねえちゃんは、ずっといっしょだよね!

これからいっしょにあそぼう!あたし、あのメリーゴーラウンドにのってみたかったの。

ジェットコースターはこわかったけど、おねえちゃんといっしょならきっとだいじょうぶだから。

かんらんしゃにふたりでいっしょに、ずっとぐるぐるまわるのよ!きっと、とてもたのしいよ!

ずっと、ずっと、ずっとずっとずっとずっとずっとずっと!』
345 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:42:51.00 ID:nZ3oq+wSo

 いくら奈緒が強靭な意志をもってこの領域に乗り込んだとしても、この世界の主はウルティマである。 
 その心象風景に踏み込んだ時点で奈緒はアウェーであり、胃袋の上に乗っているも同然なのだ。

 たとえ奈緒が抵抗を試みたとしても、大海に一滴落とされたに等しい奈緒という存在はすぐに飲み込まれてしまうはずである。

「ダメだ……絶対に、これじゃダメなんだ。

これじゃ誰も救われない。誰も幸せになんてなれない。

……だったら、あの子には何が届く?『私(あの子)』がここから出る理由は、なんだ?」

 すでに奈緒の半身は泥に沈んでおり、全く身動きはとれない。
 それでも奈緒は思考を巡らせて、少女に手を伸ばすことを諦めていなかった。

 このままで乗り込んだはずの奈緒の側が、ウルティマの泥に飲まれてしまうだろう。
 もしくは奈緒自身が泥に対抗するために自らの『泥』をさらけ出せば、五分には持っていけるかもしれなかった。

 だが決して奈緒はそれはしないだろう。
 それはウルティマの世界を犯すことであり、少女の自我を崩壊へと道ぶくかもしれない危険な行為だ。
 ウルティマを倒すという目的ならば、心臓部であるこの世界を壊せばそれで済む話。
 だが奈緒の目的は倒すことではない。奈緒は小さく、泣き続ける少女を救いに来たのだ。

 それはウルティマに自らの姿を投影した自愛の感情であったのかもしれない。
 自分を救ってくれた誰かの姿を真似したいだけなのかもしれない。
 その気持ちは純粋ではないエゴなのかもしれない。
346 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:43:26.05 ID:nZ3oq+wSo

「そんなことは……わかってる。

この子を救いたい?それはあたしの傲慢かもしれない。同情かもしれない。

だけど……この気持ちは本物だ!あたしは、誰よりも、この子を救いたい!

こんな苦しい姿、これ以上みていられるかぁ!」

 奈緒は這い上がってくる泥を声を上げて振り払う。
 それは自身の泥を使った攻撃でも、異能の力も用いていない。
 奈緒自身の意志力であり、それが纏わりついていた後ろ向きな感情の塊である泥を弾いたのである。


「そうだ。理屈なんて知らない。

あたしは難しいことは考えられないし、何が正しいなんて知らない。

だけど、この手を伸ばすことだけは、絶対に間違ってなんて、いない!」


 以前奈緒の半身は泥に埋まったままである。
 だがその脚は固着しておらず、確実に地面を踏みしめ少女の元へと歩みを進める。
347 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:44:47.17 ID:nZ3oq+wSo

『ナンダ……コレハ?』

『シラナイ。ワタシタチハ、コンナノシラナイ!』

 周囲の泥たちの視線が驚愕の物に代わる。
 決して我らの泥は狙った獲物を逃がすことはないという確信が崩れ、意味の分からない力によって異物が尚も邁進することに眷属たちは驚愕を禁じ得なかった。
 全力で泥に沈めようとしている奈緒は、決して沈むことなく、それどころか拘束を振り切り歩みを進めているのだ。
 そしてそこに理屈など存在しない。あるのは奈緒以外に、この場の誰も持ち合わせていない感情のみであった。

「難しく、考えすぎなんだよ。まったく、どいつもこいつも暗いって」

 奈緒は困惑する泥たちを横目ににやりと笑い、一つの建物を視界に入れる。
 それは遊園地によくあるキャリアカー式の売店であり、小さなグッズと共に私用であろうカレンダーがかけられている。

「……9月16日。ああそうだ。この日だよ。

パパとママ、3人で遊園地に行ったのは、ちょうど7歳の誕生日だ。

すっかり忘れてたな。あたしも……お前も」

 奈緒の視線の先は楽しそうに笑うウルティマの姿。
 だがその笑顔は空虚であり、きっと在りし日の幸せさえもすでに忘れ去っているのだろう。

「でも、無くしてはいないはずだよな。だってそれは、あたし『たち』の幸せそのものだ。

それに思い焦がれる限り、あたしは絶対にあたしをやめたりしないんだから」
348 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:45:13.95 ID:nZ3oq+wSo

 奈緒が焦がれるものはあの日の幸せであるならば、当然ウルティマにとってのそれも同じである。
 奈緒にとっての幸せの基準がそれであり、記憶から忘れようとその価値観は決して一度も揺らいだことはなかった。

 いつもはこの風景は夢で見るだけで、奈緒自身に情報を持ってくることはできなかった。
 だがあくまでこの風景は『他人』のものだ。その9月、自身の誕生日を示す手がかりによって記憶がよみがえることは何ら不思議ではない。

 奈緒にとっての答え、ならばウルティマにとっても同じ答えだ。
 ゆえに、奈緒は最後の一歩を踏みしめる。

「奈緒ちゃん!」

 ウルティマはいつの間にか眼前まで迫ってきていた差し伸べられた手に、ようやく我に返る。
 依然濁った視線で奈緒を貫くが、そこにははっきりとした意思があった。

『おねえ、ちゃん?どうしたの?』

「一緒に、外に出よう!」

『だから……『そと』ってどこ?おねえちゃんは、やっぱりあたしをおいてどっかにいっちゃうの?

そんなの……そんなのは』

 奈緒の言っている意味が分からないウルティマは、悲痛な声を上げる。
 せっかく独りぼっちじゃなくなったのに、また孤独になるのではないかという恐怖に怯えていた。
 だが奈緒はそんな不安そうな少女に向けて、ゆっくりとほほ笑んだ。
349 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:45:51.06 ID:nZ3oq+wSo

「一緒に、パパとママを探しに行こう。

そしてもう一度、遊園地に行こう!」

 錆色の空に、亀裂が走った。
 思い浮かべる風景は、いつかの自分の誕生日。
 両親が連れて行ってくれた遊園地。『奈緒』の幸せの原点であり、間違いなくずっと追い求め続けていたものだった。

『パパ……?ママ……?

……そうだ。あたしには、パパとママがいる。

でも、どこ?……どこなの!?パパ!ママ!』

 その濁った瞳に光が宿る。
 ずっと忘れていた、『神谷奈緒』の記憶。
 それを取り戻した少女の声は、迷子の子供のように泣き叫ぶようではあったが、間違いなく中身のあるものである。

「パパとママはここにはいない。

だけど、必ずこの世界のどこかにいるはずだ」

『……この世界の、どこか?』

「ああ、この奈緒ちゃんの世界じゃない。もっと広い、みんなが暮らす外の世界に。

外に出よう。そしていっしょに探そう、パパとママを」
350 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:46:20.10 ID:nZ3oq+wSo

 奈緒の耳に聞こえてくるのは少女を閉じ込めていた泥たちの断末魔の叫びだ。
 足元に纏わりついていた泥たちはすでに引いており、錆色の空の亀裂からは光が差し込んでいた。
 それは紛れもなく、この閉塞した世界の崩壊であり、ウルティマの意識がこの閉じた世界の『外』に向いたことを示していた。

『あたしも、探す!パパと、ママを!』

「そうだな。いっしょに探そう。あたしたちのパパとママを。

……そうだ、あたしの記憶、思いを、それらをくれた人たちを探さなきゃ」

 迷いは今晴れた。
 少女を孤独に祭り上げるだけの閉塞世界は今終焉を迎える。
 その最後は光に満ちているものであり、動くことのなかった観覧車が回り始めていた。





 
351 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:46:49.95 ID:nZ3oq+wSo




『アアアアアアア『アアアア『『アアアア』アアアアア『アアアアアア!!!!』

 幾重にも折り重なるような不協和音となった雄たけびはまるで断末魔の叫びであるかのようだ。
 溢れ出す泥の洪水は追い立てられるかのようであり、暴食の竜頭は力を失い泥へと帰っていく。
 ウルティマの髪はもとの毛量に戻り、泥は足元から逃げ出すように止めどなく溢れ出している。

「うお、らあぁ!」

 それと同時にウルティマの足元の泥から飛び出す一つの影。
 濁流に流されるように這い出てきた奈緒は、待機していた仲間たちに号令をかけた。

「あとは、任せた!」

『おうとも。その言葉を待っていた!』

 アイユニットから響く軽快な夏樹の声。
 すでに準備は万端のようで、スピーカーの先では何かの物音がする。

 そして天井付近に開く黒い穴。
 それは夏樹のワープホールであり、その中から一つの影が落下してくる。

『だりー、大一番だ!練習の成果を見せてやれ!間違ってもヘマすんなよ』

「わかってるよ。ここで決めれなきゃ、クールが廃る!」
352 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:47:43.92 ID:nZ3oq+wSo

 落ち行く影は声帯装置が元に戻り、完全に李衣菜である。
 その手には専用のエレキギターであり、シールドの先は自身へとつながれていた。

『聴かせてやれだりー!お前のロックを、このナンセンスな獣たちによ!』

「おっけー!イッツ、ロックン、ロールゥ!」

 ギターから力強くかき鳴らされるパワーコードは拙くも心臓を響かせる波長を放つ。
 李衣菜自身につながれたエレキギターは、体を伝わって電気信号が増幅され、ロビー全体へと爆音が行き渡る。

「Yeaaaaaaaah!!」

 李衣菜のシャウトと共に響き渡るメロディーは、決して難易度の高い高度な曲ではなかったが、聴く者の心に響く魂の曲だ。
 その音響は、ソニックブームに近い衝撃を生み、逃げ惑うように這い出てきた泥たちの一切を弾き飛ばし、消滅させていく。

 泥は弾かれ、もはやウルティマを阻むものは精神的にも物理的にも存在しない。
 そこまでの道のりは既に一直線に開けており、ゆっくりと歩いていくことさえ可能であった。

『あ……あぁ……』

 小さく、呆然と立ち尽くすウルティマ。
 その心の枷は断ち切りはしたが、未だ身体は飢えと呪いに侵されたままであり、心は現実に追い付いていない。

 だからこそ、その呪いを浄化し、癒してやる必要があるのだ。

「もう、大丈夫だにぃ」
353 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:48:15.71 ID:nZ3oq+wSo

 きらりは立ち尽くす少女にゆっくりと近づき、そのまま抱きしめる。
 その体は小さく、きらりの大きな身体に収まってしまう
 感じる体温は冷たく、強く抱きしめれば折れてしまいそうなほどに細い。
 故にその抱擁は優しく、ゆっくりとぬくもりを伝えるように穏やかであった。

「これから、きっとはぴはぴになれるように、きらりがはぐはぐしてあげりゅね!」

『……はぴ、はぴ?もう……ひとりじゃないの?もう、くるしくないの?』

 体に伝わってくるこれまでに感じたことのないぬくもりに、ウルティマの力は自然に抜けていく。
 これまでに抱えていた飢えも、苦しみも嘘のように消えていくのを実感していた。

「そうだにぃ。これからは、おねーちゃんたちがいっしょだよー☆」

『あった、かい……うぇ、うええええええええぇぇん!!』

 少女はきらりの腕の中で年相応に泣きじゃくる。
 すでに周囲一帯の泥は完全に蒸発しきっており、地獄は完全になくなっていた。
 破壊しつくされた同盟本部のロビーには光が差し込み、静かに少女を照らし出している。



 
354 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:48:51.46 ID:nZ3oq+wSo


***


「うそだろ……そんなことって」

 奈緒は重々しく口を開く。
 隣の瓦礫の上では、ウルティマ・イーターと呼ばれた少女が臥せっていた。
 その表情はきらりによっていったんは穏やかになったものの、時間の経過とともに苦しそうに曇っていた。
 息は浅く、吸うだけでも苦痛に顔を歪めている。

「嘘じゃ、ない。おそらく、その少女は長くは持たないだろう」

 ウルティマは長くは持たない。
 そう断言するのは、ネバーディスペア直属の上司であるLPだ。
 あの研究所の研究を知り、今のウルティマの状況を見たうえでの判断であった。

「どういうことだよ!?だって、この子はやっとあの苦しみから解放されたはずだ。

もう、この子は自由のはずだろ?だったらどうして、長くないなんて言うんだ!」

 命がけで救い出し、苦しみから解放された少女を前に、奈緒は激昂する。
 まるでその行いが無意味であるかのように否定され、打ちのめされたような気分である。

「おそらく、この子は奈緒のクローンだ。

あの研究所からどうにか遺伝子サンプルを持ち出して、培養したのだろう。

再び、あの悪夢を再現できるように」
355 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:49:32.31 ID:nZ3oq+wSo

 奈緒は確かに兵器として完成はしなかったが、十分な可能性を秘めた研究対象であった。
 あの規模の研究が行われていた以上、多くのスポンサーが出資し、期待をかけていた研究であったのだろう。

 だからこそただでは失敗できなかった。
 どうにかして手に入れたサンプルから研究を復活させて、その計画を完遂させようとどこかの誰かが企んだのは明らかであった。

「だが、言ってしまえば奈緒は偶然に偶然が重なった奇跡の様な存在だ。

それを遺伝子だけで再現しようなど、そもそもが不可能だった。その結果が、この子なのだろう。

凶暴性こそ高いが、生産性が悪く不安定。おそらく長期運用は想定されていない、いわば使い捨て――」

「LPさん!」

 LPが言い切りそうな時に奈緒の静止が入る。
 確かにLPの言うことは真実かもしれないが、それでもその先をいうことはあまりにも非情すぎた。

「すまない。失言だ。とにかく、その子はある意味その『暴食』によって強引に不安定にさせることによって逆に安定させていたのだろう。

強い歪みによって、生命維持にかかわるような致命的な歪みを補正したといってもいい。

だから、その歪みが正されてしまえば、本来の歪みが表出するのは明らかだ……」

「それは……どうにかならないのかよ?延命とか、治療とかは、無理……なのか?」

「それは、無理だ」

 LPの絞り出すような声が、奈緒に深々と突き刺さる。
356 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:50:05.05 ID:nZ3oq+wSo

「この生来の歪みは、いわば体が頑丈だとか、貧弱だとかの生来的な部分につながっている。

奈緒は確かにきらりの浄化に耐えて、理性を取り戻した。

だがそれは奈緒の体が丈夫だっただけで、この子ではきっと耐えられなかった。強すぎる光は小さな影をかき消してしまうだろう。

苦しみはこの子を生かしていたが、苦しみから解き放たれればこの子は生きてはいけない。

なんて……因果だ」

 LPは苦々しく息を吐く。
 仕事柄、反吐の出るような輩は大量に見てきたし、悲惨な境遇な者もLPは多く見てきた。
 だからこそ、このように恵まれなかった生まれの子供だって見たことはあり、そしてそのまま死んでいったことだって見たことないわけではない。

 だが、それは仕方ないと良しには出来ない。LPはこういうときいつも無力感に苛まれる。
 そもそもがネバーディスペアのような存在のほうが少数派なのだ。踏み込んだ時には手遅れであることは嫌というほど目にしてきた。

「一応、連れて帰れば多少の延命、できて数時間程度だがやれないことはないだろう。

それか、楽にしてやることも一つの選択ではある。これは奈緒が決めてくれ」

 LPのその言葉に奈緒は反応せずただじっと地面を見つめている。
 LPの後ろにいる他の面々も、静かに押し黙っていた。

「今回、お前たちはよくやったよ。

この1階ロビーにおいては死者は出なかったし、一人の少女を苦しみから救ってやれたことは事実だ。

これは、誇っていいことだとも」
357 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:50:45.90 ID:nZ3oq+wSo

 奈緒たちにとってこの言葉が所詮は気休めにしかならないことはLPも重々承知である。
 だがそれでも、何もできなかったLPにはただ労ってやることしかできないのだ。

「なぁ……LPさん」

 そして、奈緒がまっすぐLPを見据える。
 LPの方も、奈緒の目をしっかりと見て、その決断を見届けることを決めた。

「LPさんは、この子は助けられないといった。

全くその通りだよ。意気揚々とこの子と約束して引っ張り上げてきたのに、これじゃ裏切りだな……」

 奈緒は小さく横目に少女を見る。
 確かにその表情は苦しそうではあるものの、錆色の空の下で見た空っぽの表情と比べて実に『生きている』。

「だから、あたしに任せてくれないか?

あたしの言った手前だからさ。最後まで、責任持たなくちゃ」

 LPを見据える奈緒の視線に迷いはない。
 そんな瞳を見て、きらりと夏樹は理解して踵を返す。

「ん?どういうこと?」

「だりー。ここは空気を読めよ。きっとこの先は、見られたくないはずだ」

 そして残ったのは、LPと奈緒、そしてウルティマの3人。
 最後にLPは奈緒に最終確認をするように問いかける。
358 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:51:27.65 ID:nZ3oq+wSo

「それでいいのか?それは人の人生をひとつ背負い込むことと同じだ。

決して生半可なものじゃない。いつか後悔する時が来る。自分だけの物じゃない自分の人生はロクなのものじゃあないぞ」

 LPでさえも、誰かの人生をすべて背負い込むことはできない。
 たしかにネバーディスペアの4人の後見人として世話をしているが、すべてを受け持ったわけではない。
 所詮は個人個人の人生。いつかは独り立ちする時もくるのだろう。

 だが奈緒がしようとしていることは、死にゆく者の骸を背負い続けることだ。
 その重荷は決して手放せず、いつかその重さに押しつぶされるかもしれないのだ。

「確かに、簡単じゃない。だけど、今更一人増えたところで問題ないよ。

もうとっくに、あたしのなかは大所帯だ。あたしは一人じゃない。だったら、この子も一人にしておけない」

「奈緒……お前、『気づいて』いるのか?」

 LPは奈緒のことを残った研究資料からある程度知っていた。
 だからこそ奈緒の言っている意味が分かるし、そしてこれまで奈緒がそれに気づいていなかったことも知っている。
 だがその事実はまさしく重荷だ。知らないのならば知る必要はないし、できれば知らないほうが幸せであった。

「気づいているかはとにかく……なんとなく感づいてはいるよ。

会ってはいないけど、そこにいつもいる気がするから。

……まぁそれに、この子と約束もしたから。父さんと母さんを探すってさ」

「……その先は、茨の道だ。

決して明るくはない上に、破滅をもたらすかもしれない。それでもか?」
359 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:52:25.78 ID:nZ3oq+wSo

「いいんだよ。全部あたしの記憶だ。そして、全部あたしだ。

元よりあたしが背負い込むものだ。今更重いなんて言わないよ」

 その言葉を聞いて、LPは諦めたように、それでいて満足したように小さく笑う。
 そして同様に踵を返して、この場を後にしようとする。

「わかったよ。だけど、困ったことがあれば言ってくれ。いくらでも相談に乗るよ。

私たちは家族、だろう?」

「…………はは。もちろん。ありがとなLPさん」





 この場には奈緒とウルティマと呼ばれた少女の二人だけとなった。
 奈緒は腰を下ろして、ウルティマの隣でその髪を小さく撫でる。

「奈緒ちゃん」

「……なお、おねえちゃん?」

 息も絶え耐えながらも、ゆっくりと目を開けた少女は奈緒の方を不安そうに見る。
 そんな不安を和らげるように、奈緒は優しく笑って少女を見下ろした。

「ああ、お姉ちゃんだ。

これからは、お姉ちゃんがずっと一緒だ。奈緒ちゃん。

それでも、いいか?」

「……うん。なおおねえちゃん、すきー」

「ああ。ありがとな。奈緒。

絶対にパパとママを一緒に見つけよう。約束だ。

だから、今はゆっくりと、おやすみ」




 泥の沈み込むような音を最後に、その場には奈緒だけが残る。

「前に、進もう」

 よりいっそう濃くなった泥をその身に宿し、奈緒は差し込む日の光へ視線を向けながら仲間の元へと歩みを進めた。




 
360 :@設定 ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:53:05.79 ID:nZ3oq+wSo

Ultima Eater(ウルティマ イーター)
奈緒のクローンで、再現に失敗したものの兵器としての側面を発展させた猛獣。
暴食の能力が強化されており、髪の毛を捕食器官として自在に操ることができる。
もともと志希の父親であるイチノセ博士が研究素体として残していった奈緒のDNAを用いて誕生したが、資料が現存していないためほとんど再現できていない失敗作であった。
そこに一時期研究を隣で見ていた志希が調整を加えたことによって生命活動には支障がない程度の安定性が備わった。
精神年齢は奈緒の6歳の時で固定されており、無邪気で本能に忠実である。

最終的に安定性を保つために強化された暴食の能力を失ったために消滅しそうになるが、奈緒が自身の意志で泥の中に取り込んだため、今は奈緒の中で眠り続けている。
361 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:57:22.76 ID:nZ3oq+wSo
以上です
初めから結末は決めてたとはいえ、我ながらなんだか後味悪いなぁ……

ネバーディスペア、APお借りしました。
残るはAP対くるみと、対ネクロス戦、ラスボスカーリーとの決戦とまだ書くべき内容が残ってます。

ほなまた……2か月後に(頑張ってなるべく早く投下します)
362 : ◆zvY2y1UzWw [sage]:2016/10/20(木) 01:11:12.32 ID:PFr+zEbZ0
お疲れ様でした、そして奈緒を前に進ませてくれて、ありがとうございます

自分で定めた運命であり設定とは言え、これは重い
でも、自分がそうである、と決めた奈緒が自分と向き合って歩みだしたのを見て、涙が出てしまう
呪縛は未だに残ってはいるけども、きっと今の彼女なら「ナニカ」や「正義と狂信」と会っても最悪の事態は避けられそうだ
ウルティマちゃんを見るに「奈緒たち」はずっと飢えを満たす希望と愛を求めて、大なり小なり人に執着してしまうのだろうなと思ったりも
…玉座と赤い空の遊園地の心象風景はイメージというか練っていた設定と合致しすぎてびびったり

奈緒だけじゃなくてメンバー全員、いやLPさんもかっこいい…かっこよすぎる…さすがの演出力ですわ…幸せになれ…
狂犬APと引き篭もりくるみの内情ドッロドロ対決、そして勝てる気がしない二人との戦いも楽しみですぜ…
……大丈夫かな
363 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/01(火) 02:37:13.49 ID:t4UHosxeo
364 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/20(日) 00:15:37.40 ID:xHcRS68D0
ほしゅ
365 : ◆zvY2y1UzWw [sage saga]:2016/11/28(月) 23:59:04.71 ID:kHQOuUhg0
学園祭3日目時系列で投下でして
366 : ◆zvY2y1UzWw [sage saga]:2016/11/29(火) 00:02:45.52 ID:Jh+eG2pi0
学園祭の舞台である学園敷地の端、すっかり冷えて枯れかけの花壇があるその場所、木の下で李衣菜と奈緒が通信機でLPと連絡をとっていた。

内容はもちろん触れただけで精神に干渉し、人々を狂わせる例のカースの件である。

李衣菜「つまり…そのカースの情報は殆ど無いって事で間違いないんですか?」

LP『ああ、前例がなくてな。先程交戦した際のデータも貴重なほどだ。すまないな、休日だというのにこんな事に巻き込んでしまって』

奈緒「いいんだよLPさん!あたし達だって被害者は出したくないし…」

李衣菜「それに、偶然性が強いというか、巻き込まれたってほどじゃないですからね。ところで、学園以外での目撃情報はあったんですか?」

LP『いや…こちらでは確認できてない。担当の者が他の組織へ連絡したり、様々な情報網でサーチもしているが、目撃情報は学園祭敷地内ばかりだな』

奈緒「そっか、じゃあやっぱりそいつらを生み出してる奴が敷地内にいる…のかな」

LP『類を見ないほど強力な精神に影響を与える力を持っているのだから恐らくは…そうだろうな、数も少なくない』

李衣菜「…この学園、厄払いしてもらったほうが良いんじゃないですかねぇ」
367 : ◆zvY2y1UzWw [sage saga]:2016/11/29(火) 00:07:13.93 ID:Jh+eG2pi0
LP『あー…、そうだな…もう一つ、カースの情報がある』

奈緒「も、もう一つか…」

ただでさえ厄介なカースが居ると言うのにもう一つ。本当に大丈夫なのか?というニュアンスの返事が返ってくるのは当然とも言える。

LP『獣と人の中間のような姿のカースだ。こちらは以前から学園に居付いているらしくてな、目撃情報もそこそこある。だが、カースにしてはおかしなことに被害情報がない。精神的な影響も見つかっていないようだ』

奈緒「へっ?なんだそれ…ホントにカースなのか?獣人のカースドヒューマンとかなんじゃ?」

LP『そう言われても仕方ないとは思うんだが、反応は純粋なカースだ。…今回、そのカースが件のカースと交戦してるらしい。と言っても一方的に潰しているらしいんだが』

奈緒「…縄張り争いか何かか?」

李衣菜「それか、カースドヒューマンの配下で、水面下で動かされてるとか…うーん、ちょっと違う気がするな」

LP『理由は不明だ、だが結果的にか意図的か…そのカースに救われている一般人も少なくない。何か明らかになるまで、向こうが人を襲っていない限りは無干渉でいてほしい』

奈緒「了解…ところで、夏樹ときらりは来ないのか?」

LP『ああ…今のところ「ネバーディスペア」を動かすことができない。危険性こそわかったものの、あのカースの被害自体は今のところ極小だからな』

奈緒「嘘だろ?あんなにみんな逃げ惑ってたじゃんか…」

LP『そう思う気持ちもわかる。しかし現在、実際に被害はほぼ無い…』

李衣菜「ううん…いいんですよLPさん。『ネバーディスペアが動けない』っていうのは…まぁ、そういう意味なんでしょう?」

LP『……ああ、今日はカースのデータのやりとりの為にこうして通信しているが…本来ならば二人は管理局の組員として動かなくていい、休暇中なのだからな』

奈緒「…?………ん?……あ、ああ!そういうことか」

李衣菜「一応フリーだから、やりすぎなければ問題にはならない…そういう事ですよね?」

LP『それを断言をして良い立場ではないが…そうだな。可能であれば避けたい事だが、緊急事態になれば仕事だ』

李衣菜「それだけ確認できれば十分ですよ。私達に任せてください」

奈緒「…まぁ実際やることと言えば例のカースの出現原因の調査とかだよな、アイドルヒーローは来てるからあまり動いてもあれだし」

李衣菜「それも大事なことだから…難しいねぇ、大人の問題って」

LP『…すまないな』

奈緒「いやいや、これは誰も悪く無いって!」

李衣菜「カメラ無い所ならOKだったりしませんかね?」

奈緒「李衣菜も抜け道を探すんじゃない!決まったことなんだから!仕方ないんだって!」

李衣菜「冗談だってー、実際にするわけじゃないし」

LP『ははは…まぁ、無茶だけはしないでくれよ』

李衣菜「わかってますって」

奈緒「大丈夫だって!」

LP『…二人だから心配してるんだが…とにかく切るぞ。また何かあれば連絡してくれ』

李衣菜「了解しました」

LPが苦笑交じりに通信を切る。実際、二人は痛覚がないことや再生能力を持つことから突撃しがちであるから、この心配は当然である。
368 : ◆zvY2y1UzWw [sage saga]:2016/11/29(火) 00:09:03.94 ID:Jh+eG2pi0
奈緒「それで…どこから調べる?」

李衣菜「親玉の居場所がわかれば楽なんだけど…全然わかんないや、とりあえず地図を…」

そう言って李衣菜はバッグから学園祭のパンフレットを取り出そうとしたが、その腕の動きは中断される。

奈緒「どうした?」

李衣菜「…下の方から音が聞こえてくる」

奈緒「んー…あ、耳を澄ませると聞こえてくるな、地震じゃないみたいだけど」

地下全体に響く重低音。それは怪人によって作られた地下迷宮が響かせたものだ。

まさに真下、足元から聞こえてきたその音は周囲がうるさければ聞こえないほどのものだったが、二人はそれを耳にした。

奈緒「なんだろ、地下に何か基地でもあるのか?」

李衣菜「なるほど、プールが割れて中からロボが…ってことじゃない気がするなぁ」

奈緒「だよな…?」

その音は怪人の生み出した地下迷宮の産声。そして、件のカースである『退廃の屍獣』によってその迷宮が人々を捕える凶悪なものに変化しているとは、まだ気づくことはできなかった。
369 : ◆zvY2y1UzWw [sage saga]:2016/11/29(火) 00:12:39.38 ID:Jh+eG2pi0
時間は少し遡り、場所も少し変わる。

この日、蘭子とブリュンヒルデ…昼子は店の仕事が入っていなかった。当然、一般的な学生のように、学園祭を楽しもうとしていた。

昼子「しかし、今日はいつにも増して邪悪な気配がそこら中から感じ取れる…のんきに過ごせるほど我は腑抜けてはおらん」モグモグ

蘭子「たこ焼き食べながら言う台詞じゃない気がするけど…?」

昼子「フ…これは浮かれた人間共に紛れるための策よ……このタコ焼きというモノも美味ではあるがな」

そういう通り、二人はベンチに座り、屋台で夢中になりながら買った食べ物を味わいつつも、どこか浮かれきってはいない。

昼子「…ユズが帰ってこないのはそれほど珍しいことでもないが、この学園祭…先程も言ったが汚染された邪気を感じるのだ…嫌な予感がしてならん」

蘭子「昨日も一昨日も大騒ぎだったしね…ところで『汚染された邪気』って?昨日の事件みたいなカースとか悪魔とは違うの?」

昼子「それが…妙なのだ、カースの持つ負の方向の力なのは間違いないのだが…魔王の娘である我にさえ、悍ましさを感じさせるような…未知の力が働いている。断言はできんが、そういう意味ではカースや悪魔とは違うと言えるだろうな」

蘭子「未知の、力が…?前に見えた妖怪とか?」

昼子「あ、あれは…また違うだろうな…正直よく覚えてないのだ…ほんとに…」

蘭子「そうなんだ?」

昼子「我もまだ未熟故に詳しいわけではないが…邪気にさらなる負の力が加わっているのは間違いない」

蘭子「…じゃあ何なんだろう?その原因って」

この騒動で魔導書の力の影響を受けたカースが数を増やしている影響か、魔法の嗜みが有るものなら学園の敷地内で大なり小なり嫌な気配を感じ取れる程に邪気が漂っていた。昼子はそれを常人の何倍も敏感に感じ取り警戒していたのだった。
370 : ◆zvY2y1UzWw [sage saga]:2016/11/29(火) 00:17:07.70 ID:Jh+eG2pi0
昼子「…ユズならばこの魔力や邪気を更に詳細を調べてくれるのだろうが…」

いつも忙しそうにしている従者は昨日から会えていない。二人は無意識に彼女のプレゼントである腕輪を見つめていた。

人間の錬金術士が作成したという、それぞれユニコーンとペガサスが描かれた一対の腕輪…ユズのプレゼントだ。

マジックアイテムではあるものの、この腕輪は戦闘用という事ではなく、何かの目的があって作られたものではない。

それと共に思い出す。魔法使いだ。魔力を持つ人間達が、魔力を持たない人間から隠れつつも生活に馴染ませるように発展した、攻撃性の薄い魔法。

魔族の生み出したものである魔術という概念にとらわれていたが、少し冷静に考えると、魔力の形は無限であった。

昼子「…魔力は使い手によっても姿を変える…あの邪気は……まさか…いやそんな馬鹿なことが…」

蘭子「どうしたの、何か思い当たることがあった?」

昼子「…思い出したのだ。魔族とはまた別の、旧き神々に連なる者達の秘術…封じられし禁術。魔力の形の一つとして、そういった物もこの世にはあった、とユズから習った記憶がある」

学んだ時…それはただの言い伝えの類だった。魔術の歴史を学ぶ中での小ネタ、遥か昔に消えてしまったもの。そういった扱い。

しかし、今のこの人間の世界は混沌とした世界。ほぼ絶滅したはずの竜族も潜み、人間にとってその「言い伝え」であったものが溢れた世界。

「ありえない」は有り得ない。昼子は数ヶ月の時を人間界で過ごすうちにそれを学んでいた。

昼子「『秘術』だ。何者かによって生み出されし旧き魔道書に記された、魔術の原型…。しかし、そのうちいくつかの魔道書は名だけは伝わっているものの、全て実物どころか写しすら存在するのか不明なのだそうだ」

昼子「原型と言われてはいるものの、記録には残っていない…故に魔族である我らから見ても実在するかどうかは眉唾であった」

ユズから教わっていた事を思い出しながら昼子は秘術について説明を続ける。

昼子「魔族唯一の閲覧者とされる初代魔王の伝承によれば、記されし文字や言語も魔界や人間界のものとは異なると言うが…我が半身ならその能力で読み取れるかもしれんな」

蘭子「それはちょっと気になるけど…でもどうして今の学園の嫌な気配と繋がるの?」

昼子「…これは可能性の話だ。実際に邪気の根源を突き止めぬことには始まらん」

蘭子「えっ!?」

昼子「フフフ…危険だ、と言いたいか?我らは以前よりも力を増した、わざわざ気配を避け、怯える弱者ではない!」

鞄から黒いローブを取り出しほくそ笑む。

蘭子「そ、それ…用意してたんだぁ…」

昼子「我はいかなる時も魔王サタンの娘であるからな、何かあった時の為の黒衣を用意するのは当然であろう」

蘭子「…なるほど?」

何かあった時、とは何なのか。それは精神年齢が人間換算で14歳の悪姫にしかわからない。
371 : ◆zvY2y1UzWw [sage saga]:2016/11/29(火) 00:19:28.83 ID:Jh+eG2pi0
昼子「む?」

翼を広げ、宙を舞おうとしたまさにその時、彼女も地下から響く重低音を聞き取った。

昼子「感じたか?地の底から響く呻きを…」

蘭子「えっと、何か響いて来たのは感じたかも?」

昼子「それだけではない。その方角の魔力の流れが微かに歪んだのを感じた…禍々しい気配のモノが起こした現象かまでは判別できないが…事件の予感がするであろう?」

そこまで言うと昼子は蘭子の手を取る。

昼子「邪気の根源を空から探してやろうかと思ったが…騒ぎになっていないということは地下に潜んでいるに違いない。我が半身よ、行くぞ」

蘭子「大丈夫なの?もしかしたらユズさんの言ってた大罪の悪魔の罠かも…」

昼子「フフ…違うな。腐っても大罪の悪魔、わざわざ連日の事件で警戒度が上がっているこの場で、地響きを響かせてまで『罠』を用意するとは到底思えん」

その調子で手を引きながらズンズンと人混みをかき分け、人混みから離れた地下通路の入り口まで歩いて行けば、本来ならば無いはずの禍々しい扉がそこにはあった。

蘭子「あれ?通路の入口は閉める時はシャッターが降りるはず…扉なんてなかったような?」

昼子「ふむ…『地脈よ、その巡りを我が前に示せ』」

昼子が魔法の呪文を唱えると、地中に宿るエネルギーである地脈の流れを可視化した、無数の光の筋が足元から四方八方に伸びていく。

しかし、よく見れば扉の方へ伸びた光の筋は扉に触れる直前に掻き消えてしまっていた。

それを見た昼子は満足そうに魔法を解除する。

昼子「これこそが、地下に起きた異変の一端。この先は地下であるのに地脈すら断絶している…何らかの方法で空間ごと隔離されているようだな」

蘭子「それって、入ったら帰ってこれないって事なんじゃ…」

昼子「そうだな」

蘭子「…いくの?」

昼子「当然。ここの所、我は学園祭の準備やらで力を発揮できずにいた…まぁ、人間が巻き込まれた事件を解決しに行くのも悪くはないであろう?」

蘭子「巻き込まれたって…お、大げさだよ…」

昼子「何も知らないままこの扉を通った一般人が一人も居ないと言えるのか?」

蘭子「う、それは…」

昼子は連日の事件の際、他の生徒と同じように教室で待機していた事で鬱憤が溜まっていた。

そんな中、自由に行動できる日に目の前に『倒しても良い敵』の根城があるのだ。居ても立ってもいられない。
372 : ◆zvY2y1UzWw [sage saga]:2016/11/29(火) 00:21:49.81 ID:Jh+eG2pi0
昼子「正直に、行きたくないと言えばいいではないか」

蘭子「だ、だって…怖いし…」

昼子「…我らと過ごしておいて言う事か?死神と魔王の娘だぞ?……まぁ魔族の中でも人間に外見が似ている方ではあるが…」

蘭子「それに…扉からして、怪物が潜んでそうというか…」

昼子「いや、これは魔法ではないと思うぞ。恐らく潜んでいるのは魔族や怪物ではなく人間、怪人の類だろうな」

蘭子「それでも…どうしても私も行かなきゃいけないのぉ…?」

昼子「……我は半身が居なければ攻撃魔法が使えない身……二人で居なくては我らは満足に戦う事もできぬ…」

蘭子「だから…む、無理に行かなくても…!」

意地でも迷宮に突入するつもりの昼子を、蘭子は止めることができない。

本当の姉妹のように仲良く暮らし、同じ部屋で寝て同じ時を過ごした半身の様な存在が、ここまで自分の意見を聞かないとは思わなかったのだ。

…と言うよりは、すっかり彼女が正真正銘の悪魔だという事が頭から抜け落ちていた。と言うべきだろうか。

昼子「…唐突だが、主従の契りを結んでいた事を忘れてはいないか?」

蘭子「ふえっ!?」

昼子「普段は同等の立場でいるものの…契約上、我は汝を自由にすることができる…わかるな?これが魔王の娘と契約した事による代償だ…」

蘭子「え、ええ…そんな…」

その天使のような可愛らしい微笑みは、蘭子からしてみれば正に悪魔のそれであった。

昼子「我が半身に命令するのは心苦しいが…行こうではないか、地の底へ!」

蘭子「い、いやあああ!!」

二人を繋ぐ固い主従の契約によって、二人は離れること無く扉の中へ入っていく。

扉は重く閉ざされ、迷宮は新たな客人の訪れを喜んだ。

魔王の娘とその従者。二人は果たしてこの迷宮から脱出できるのだろうか…。
373 : ◆zvY2y1UzWw [sage saga]:2016/11/29(火) 00:22:28.92 ID:Jh+eG2pi0
・地下通路入り口に発生した扉から地下迷宮にブリュンヒルデと神崎蘭子が突入しました。当然ですが扉は一方通行です。

久々に投下できました…。
学園祭3日目、迷宮には蘭子&昼子が突入。念願の宇宙勢力(?)の怪人と戦えるかもしれない状況だからね、そりゃ突撃させるよね。
374 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/08(木) 15:07:00.84 ID:oNFst+uio
おつおつ
375 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/04(水) 03:04:46.07 ID:nMZ9ArN60
ほしゅ
376 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/09(木) 19:11:59.71 ID:76kCz6xj0
377 : ◆6J9WcYpFe2 [sage]:2017/02/17(金) 22:17:15.76 ID:w7+OlWMK0
ケイトさん予約します。
投稿はもう少しお待ちいただければと・・・・・・
378 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/18(土) 01:11:15.01 ID:T1AGHmSzO
379 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/02(木) 20:12:05.17 ID:QLk/GcE/o
(゚w゚)
380 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/06(月) 13:47:33.66 ID:PJKR/YO1o
続きまってます
381 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/04/02(日) 14:33:40.90 ID:P2HkBFEO0
待ってる
382 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/25(火) 02:49:04.75 ID:/9jLf19po
だめか
383 : ◆6J9WcYpFe2 [sage]:2017/05/03(水) 01:49:41.09 ID:RKjkGrA70
お待たせしましたorz
いろいろと時期を乗り逃してますが、やっと書き進められたので投下します。
384 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2017/05/03(水) 01:52:46.59 ID:RKjkGrA70
憤怒の街の上空。

その上空には、一機の輸送機が飛んでいた

『ここが日本………日本?
 日本って、カースの被害がひどいのかしら?』

『隊長、あそこは憤怒の街と呼ばれる地域です
 あの残骸はカース大量発生の被害の爪痕であり………我々GDFの汚点でもあります』

『………ひどい有様ね』

『全くです』

そう言い交わす彼ら、あるいは彼女らが使う言語は英語。
英国GDFのエンブレムが付いた輸送機の中には、彼女らのほかに2人の兵士と―――
一人の黒い男がいた。

その黒い男が言う。

『………ふん。我も同じカースではあるが、こっぴどくやってくれたものよ。―――だが。』

そう言葉をつづけながらも、男の顔がにやついていく。

『カースに襲われたというのに、全体的にカースの力というものが異常に弱まっておるな
 それにあの樹はなんだ? すごく異質な力を感じるぞ?』

『樹? そんなのどこにあるというの?』

『貴様らの言うステルスとやらで隠蔽されておるが………この我の眼はごまかせんよ。
 そうだな、我が指を指す方に、その大きな樹がある。』

そういって、指を指す方を兵士たちは見たが、何も見えない。

それを受けて、兵士たちは推測する。

『ステルス………となると、意図的に見えなくしていると?』
『そんなこと可能なのか?』『いや、可能ではあるだろう。ウサミン星の技術を使えばな。』
『だが何のために?』『誰かに見つかるのを恐れたのか?』
『カースに襲われた街に樹が生えているというのも、変な話ではあるが………それを隠す意味はあるのか?』

真相はわからない。
385 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2017/05/03(水) 01:55:51.71 ID:RKjkGrA70
『我にもわからん。 だが興味は沸いた。
 なので、今からそれを見に行こうと思うが―――』

そう言いかけた彼だが、傍らで座っていた女性が銃を向ける。

『勝手な行動は許さないわよ、カースドウェポン。
 我々が輸送任務中だってこと、忘れてないわよね?』

カースドウェポンと呼ばれた彼は、核に銃口を当てられながらも、不敵に笑う。

『忘れてはいないとも。
 だが、興味をそそられるのだから、仕方あるまい?
 それに―――』

『それに?』

『この輸送機の中で、我々が戦ったらどうなる?
 確かに主無しの我には、お前は倒せん。
 だが、抵抗するぐらいならばできるぞ?
 そうしているうちに、この輸送機はどうなる?』

『・・・・・・っ!!』

そう指摘され、銃口を下す女性。

『いいでしょう。
 ですが私は不本意ながらも、あなたの輸送を任された者。
 その私を連れていくことで、今回は手を打ちましょう。』

『許す。 我の伴をせよ。』

女性は不本意ながらも、その気持ちをぐっと抑えて命令する。

『パラシュートの準備を―――』

『その必要はない』

そういうと、黒い男は話していた女性の膝の裏を、左腕でひょいと持ち上げ、右腕で女性の背中を支える。

『!!?』

これはまさしく、お姫様抱っこの姿であった。
386 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2017/05/03(水) 01:57:04.00 ID:RKjkGrA70
『なっ・・・なっ・・・・・・!?』

勝手に命令する黒い男、なぜかノリの良い部下、お姫様抱っこされる女性のGDF隊員。

かくして、輸送機のハッチは開けられた。

『ちょっ、ちょっと待ちなさいあなた達!?』

『大丈夫っすよ! 予行演習はバッチリなんで!』

『そこのカースドウェポンが傷一つ付かせず、地上まで送り届けてくれますので!!』

『まったく。 お姫様抱っこされながらのスカイダイビングなんて羨ましいですよ、隊長!
 ―――まあ、私もやったんですけどね。(遠い目』

そして、人の姿をしたカースドウェポンは、勢いをつけて輸送機の外へと飛び出す。

『いざ! 新たなる冒険の舞台へ!!』

それをサムズアップで、GDF隊員は見送った。

『ケイト隊長! お元気で!!』

『おーぼーえーてーろぉぉぉー!!!』

===============================================================
387 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2017/05/03(水) 01:59:19.29 ID:RKjkGrA70
憤怒の街にできた自然の中を、私たちが乗った車が進みます。

やはり街路樹の根っこなどが道にまで伸びていたりするためか、道がでこぼこしています。

「まあ、通れないほどではないな。少し揺れるが我慢してくれ。」

そうポストマンさんが言いながら、ゆっくりと車を進めています。

そして、私と凛さんは窓の外を見ていました。

「………ありえない。」と、凛さんが言い始めました。

「あの事件が起こってからそれなりに時間は経ってるけど、それでもこんなところに森みたいなのができるなんて、やっぱりおかしい。
どうやったら、こんなことになるの?」

「………カースの影響なのでしょうかっ?」

「たぶん………カースの影響ではないと思う。むしろその逆のような気がする。
でも、調べてみないことには何もわからないよ。」

そうして、物惜し気に外を見つめる凛さん。

「………土とか葉っぱの一部だけでもいいから持って帰れないかな?」

そういって、窓を開けて手を伸ばす凛さん。

「ちょっ、危ないぞおいっ!」

はぁとさんが助手席からこっちに向いて注意を促しますが、それを無視して、木から伸びた枝をつかみました。

雨が降っていたのか、葉の水滴などが凛さんの手にかかりましたが、ポキッという音とともに、折れた枝を手にしていました。

「………随分、無茶なことしますね………っ?」

「今の折れなかったら、腕持ってかれてたぞ☆」

「進むスピードもゆっくりだったし、引っ張って取れるような枝を選んだつもりだよ」

そうして凛さんは、取った枝葉をじっくりと観察します。
388 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2017/05/03(水) 02:01:17.49 ID:RKjkGrA70
「見た目は普通の木の枝だね」

そういって、手の指で枝を回転させながら観察する凛さんでしたが………私は凛さんの足のケガに気づきました。

「あれ? 凛さん、足ちょっとケガしてませんか?」

「うん。さっき逃げようとしてこけたときにすりむいちゃって。」

「ああ、あの時ですか。私が手当てしますね」

そういって近くの救急箱を手に、凛さんの傷の手当をしようとしたとき、葉にちょっとだけついていた水滴が凛さんの傷口にかかりました。

「………えっ?」

「なっ………!?」

水滴がかかった凛さんのすりむき傷がみるみるうちにふさがっていきます。

まさに一瞬のうちに、凛さんの足のケガは跡もなく消えてしまいました。

「………」

凛さんは治った足をまじまじと見ています。

「何これ………」

「どういうことなんでしょうっ?」

「一体何の力が働いてこうなったのかはわからない。
 けど、この木の枝に溜まっていた水滴が傷口に落ちた瞬間、なんだか傷口から癒されてる感じなのかな?そんな感じがした。」

「そして、傷口が見る見るうちにふさがった………っ」

「明らかにカースの仕業ではないけど………予想外のものが出てきたね」

「おいおい、まじかよ☆」

はぁとさんが見るからに嫌そうな顔をしています………っ。
389 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2017/05/03(水) 02:03:22.95 ID:RKjkGrA70
「普通こんなのがあったら、まずGDFのほうに話が上がってくるよね」

「ポストマン、どうなんだよ、おい☆」

「いや、そんなものがあるっていう話は聞いたことがない」

「じゃあ、気付かなかった……ってことはないよね」

「この森自体を見えなくしていたっぽいから、ね☆」

「ってことは、これ、GDFの機密情報?」

「その可能性はあるだろうが………一体何のためだ?」

「いや、ポストマンにわからないんだったら、はぁとにもわかんねぇよ☆」

と、そんな感じではぁとさん達が話している傍らで、チカちゃんがちょっと不思議そうな顔をしていました。

「どうしたの、チカちゃんっ?」

「………よくわかんない」

「………まあ、確かによくわかんないことばっか続いてたしな☆」

「そうじゃなくて………なんか変なの。
 ここはすごく気持ちがいいんだけど、ここにいたらチカの魔法が使えなくなっちゃうみたいなの」

「魔法が……使えなく………?」

それを聞いた凛さんが、また何やら難しそうな顔をして考え込んでいました。

「魔法を使うカース………? 確かにそういうのもいるかもしれないけど………。
この場合は、カースの力が使えなくなってるっていうことなのかな?」

「だとしたらこの森、カースの特効薬なんじゃ………っ?」

「でも、まだわからない………。とにかくこの枝を持ち帰って―――」
390 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2017/05/03(水) 02:05:44.12 ID:RKjkGrA70
「おーい、ちょっといいか?」

そんな声と共に、はぁとさんが手を挙げていました。

「えっと………なに?」

「いやまあ、傷が治ったこととか、カースの特効薬とか、色々と疑問ではあるんだけどさ
――ーチカちゃんってカースなのかよ、おい☆」

・・・・・・・・・

『しまった………っ!!』

「ああいやまあ、そんな気はしてたけどな☆
そんで、お前らがそれを隠そうとしていた理由も何となくわかるぞ☆
はぁとが同じ立場だったら、同じことしてたかもしれないしな☆」

そして、一息ついたはぁとさんは正面に向きなおして、こう言いました。

「この森とか、チカちゃんのこととか、色々わかんない事がいっぱいだけどな♪
はぁと的には、こっちの敵でなければどうもしないし、味方なら歓迎するだけだぞ☆
な、ポストマン?」

そういって、ポストマンさんにバトンを渡したはぁとさんでしたが………

「―――チカちゃんがカースだってことが分からないおろか、勘づきもしなかった俺はどう反応すればいいんだ?」

「知るかバーカ☆」

………台無しです、いろいろとっ
391 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2017/05/03(水) 02:16:22.64 ID:RKjkGrA70
『!? てんてーん!!』

凛さんのポケットからハンテーンさんの慌てた声が聞こえました。

「? どうしたの、ハンテーン―――!?」

みんなで覗き込んだ端末には―――目の前にカースの反応がありました。

「ポストマン! 目の前にカースがいる!!」

その瞬間、車の正面の方向から、何かが壊れたような大きな音が聞こえます。

「ああ、確認した・・・・・・! 建物の中から戦車だ!!
 くそっ! 待ち伏せされたか!?」

私達が乗る車の前には、GDFの戦車。

既に砲身は私達の車に向けていました。

そうして、悠然とした態度で迎え撃つ戦車は―――突然爆発しました!?

「―――えっ?」

一瞬、何が起きたのかわかりませんでしたが・・・・・・更に、

「フハハハハハ!!』

この高笑い。 一体何が起こったんですかっ!?

『さあついたぞ、ケイト。
 我と共に、憤怒の街の探索と行こうじゃないか!!』

そういう声が、壊れた戦車が巻き上げる煙の中から聞こえ、姿を現しました。

そうして出てきたのが―――まるで全裸な黒い男の人と、それに抱き上げられた軍服姿の女性でしたっ!?

そして男の人は、女性の方を下ろすと………

『なにするのよっ!!』

ああっ! きれいな右ストレートが男の人の顔面にクリーンヒットですっ!

そのまま女性の方がマウント体制っ! 右っ!左っ!右っ!左っ!!

「………」

あまりの展開に、私たちは呆然としていました………っ

「!?」

あっ、女性の方がこっちに気づきましたっ! そして、固まっちゃいました………っ

・・・・・・・・・

少しの沈黙の後、女性の方は、まるで何もなかったかのように立ち、服の埃を払うような動作をして笑顔を見せました

「………ハァイ!」

………また、おかしな人が増えましたっ!?
392 : ◆6J9WcYpFe2 [sage]:2017/05/03(水) 02:28:57.84 ID:RKjkGrA70
今回は以上で。
………なんだか、寄り道ばかりしてるな?orz
たぶん登場人物はまだ増えます。(新しいのはもう出ないとは思う)

憤怒の街の樹とかは、どこかの能力者3人組が作ったアレが元になってます。(お分かりかもしれませんが)
あと、英国GDFが運んでいたカースドウェポンについては、いずれ設定書きます。(ケイトも)
しゅがはさんについても、設定を付け足す必要があるかも? というか、ユウキちゃんもだ・・・・・・。

いろいろ考えだすと、止まらないねぇ・・・・・・
393 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/03(水) 12:17:11.63 ID:MCxtRWL5O
乙でしてー
人型カースドウェポンは設定開示が待ち遠しいですねぇ…
樹を巡ってどうなっていくかも気になるところ
次回もお待ちしておりますぞー
394 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/01(木) 19:56:08.82 ID:mVzWWaoiO
ほしゅ
395 : ◆cKpnvJgP32 [sage saga]:2017/07/21(金) 00:45:04.94 ID:XmRntpxmo
保守
396 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/07/22(土) 16:01:05.40 ID:oTmo10mB0
生きてる?
397 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/22(土) 23:17:31.60 ID:vgn1he6Ko
続きがみたいです
398 : ◆JQjN6nuClI :2017/07/23(日) 02:22:50.86 ID:MoUD2rCso
test
399 : ◆cKpnvJgP32 [sage saga]:2017/07/25(火) 20:46:09.27 ID:NsMtQntxo
皆さん! 7月25日!!(挨拶)
いつものやつやります!

……ちょっと感想が溜まってますが
しばらく! 今しばらく!

今年もまたちょっと攻めた内容になってます
それでは行きます
400 : ◆cKpnvJgP32 [sage saga]:2017/07/25(火) 20:46:38.92 ID:NsMtQntxo
藍子「ピィさんっ」
藍子「おはようございます、ピィさん」
藍子「朝ですよー、起きてくださーい」

――あぁ、藍子の声が聞こえる。
――とても穏やかで、優しい声だ。
――今日も幸せな気持ちで一日が始まる。

――毎朝こうやって起こしてもらう事にも慣れてきたが、
――やはり何度聞いても藍子の声は落ち着く。

――……即ち、眠気が加速するのだ。

ピィ「ぐぅ……」
401 : ◆cKpnvJgP32 [sage saga]:2017/07/25(火) 20:47:08.57 ID:NsMtQntxo
藍子「もう、朝ごはんが冷めちゃいますよ、ピィさんっ」
ピィ「んぁ……」
――ゆさゆさと体を揺すられるが、むしろ逆効果だ。
――そんなに軽い力では揺り籠に揺られるがごとし。ぐぅ……。

藍子「えいっ、こちょこちょ〜♪」
ピィ「んへはははっ」
――起きた。
――くすぐり攻撃は卑怯だ。

藍子「早く着替えてきてくださいね」
ピィ「あーい……」
――こ。

――……いや、何でもない。
402 : ◆cKpnvJgP32 [sage saga]:2017/07/25(火) 20:47:38.12 ID:NsMtQntxo
――今日の朝食はトーストにベーコンエッグ、レタス、トマト。
――そしてコーヒー。

――うん、良い朝食だ。
――いかにも朝食って朝食だ。
――何より藍子の手作りっていうのが良い。
――毎朝これを食べられるのだから、本当に俺は幸せだと思う。


ピィ「いただきます」
藍子「いただきます」

――もぐ……。

ピィ「美味ぇ(美味ぇ)」
藍子「ふふっ、ありがとうございます」
403 : ◆cKpnvJgP32 [sage saga]:2017/07/25(火) 20:48:08.79 ID:NsMtQntxo
ピィ「さて……、そろそろ出るか」
藍子「はいっ」

――朝食を終え、一息つくと出勤の時間だ。
――もはや『第二の我が家』といった感じなので、あまり”出勤”というイメージはないが、
――藍子と共に『プロダクション』へと向かう。

――俺はピィ。
――Pだ。
――プロデューサーだ。
――『プロダクション』のプロデューサーだ。
――みんな忘れてるかもしれないが、そこそこ偉い。 (※そもそも◆cKpnvJgP32がいつも忘れてる)
――描写されてないだけで、結構な量の仕事をこなしている。 (※多分)
――責任のある立場だ。 (※なんですよこいつ)
――だけど朝はのんびり向かう。
――別に重役出勤とかではない。

――――毎朝藍子と一緒に歩いていくこの時間を大切にしたいんだ。
404 : ◆cKpnvJgP32 [sage saga]:2017/07/25(火) 20:48:42.06 ID:NsMtQntxo
ピィ(……というか、そもそも『プロダクション』には明確な出勤時間とか無いし)
ピィ(逆に、明確な退勤時間も無い)
ピィ(だから、夜遅くまで残ることも多いんだが)
ピィ(……)
ピィ(ひょっとして、うちの企業、ブラックなのん……?)

藍子「どうしたんですかピィさん? なんだか難しい顔をしてますけど……」
ピィ「いや、なんでもない……」


――本当は帰りも一緒がいいのだが。
――流石にあまり遅くなると、先に藍子を帰すことも多い。
――ただ、藍子一人だと多少不安……。

未央『ミツボシ』
周子『八つ橋』
沙理奈『セクシー』
――めちゃくちゃ安心だった。
――彼女たちのおかげで心置きなく居残りできます。ちくしょう。
405 : ◆cKpnvJgP32 [sage saga]:2017/07/25(火) 20:49:14.27 ID:NsMtQntxo
――そうこうしているうちに『プロダクション』に到着。
茜「あっ! お二人とも!! おはようございますっ!!!!」

ピィ「あぁ、おはよう」
藍子「おはようございますっ、茜ちゃん」
――……朝一の茜ちゃんの食い気味な挨拶にも慣れた。

未央「おっはよ〜。いやー今日もお二人はお熱いですなぁ」
藍子「も、もうっ、未央ちゃん!」
ピィ「お前なぁ……」

――藍子と一緒になってからというもの、
――未央はこうやって毎朝からかってくる。
――悪い気はしないが、こっちにはまだ慣れない。
406 : ◆cKpnvJgP32 [sage saga]:2017/07/25(火) 20:49:47.78 ID:NsMtQntxo
ピィ「さて、と……」
――自分のデスクに着き、まずは今日の仕事を確認する。
――確か、そんなに量は無かったはずだ。
――『藍子と一緒に帰れるな』というようなことを考えながら、PCを立ち上げた。

――『プロダクション』の面子のスケジュール管理。
――他組織へのアポイント。
――諸々の雑務。
――と、こんなものか。

藍子「はい、どうぞ」
ピィ「ん、ありがとう」
―― 一通り確認が済んだところで、藍子がお茶を汲んできてくれた。
407 : ◆cKpnvJgP32 [sage saga]:2017/07/25(火) 20:50:24.60 ID:NsMtQntxo
ピィ「今日は早めに上がれそうだよ」
藍子「じゃあ! 一緒に帰れますねっ」
ピィ「あぁ」
藍子「ふふっ♪」
――藍子は嬉しそうに微笑んで、その場を後にした。
――去り際に「やった♪」という小さな呟きが聞こえてきた。
――可愛い、天使か。

ピィ「そのためにも、さっさと終わらせないとな」
――藍子の入れてくれたお茶を一口啜り、早速作業に取り掛かる。
――よーし、ピィちゃん張り切っちゃうぞー。


周子(めっちゃウキウキしてる)
沙理奈(ラブラブねぇ)
未央「……」(黙ってうんうんと頷く)
408 : ◆cKpnvJgP32 [sage saga]:2017/07/25(火) 20:50:56.92 ID:NsMtQntxo
――
―――
――――数時間後。


ピィ「終わっったー」
――これにて本日の業務終了!
――お疲れ様でした、自分。

――なんか一瞬で終わったような気がするけど、数時間経ってるのだ。
――とにかく、終わったものは終わったのだ。
――相変わらず描写はされないのだ。 (※ごめんなさい)
――ダイジェストでお送りしますのだ。

――まぁ、そんなことより……。
409 : ◆cKpnvJgP32 [sage saga]:2017/07/25(火) 20:51:33.20 ID:NsMtQntxo
ピィ「よし、藍子。帰ろうか」
藍子「はいっ、こっちももう少しで終わります」
ピィ「おうっ」

――藍子は藍子でちゃんと仕事がある。
――今日みたいに、俺の仕事が先に終わることは珍しい。
――なので、こうやって”待つ”という経験は稀だ。

――凄いソワソワするんだな、と思う。
――藍子もいつもこんな気持ちなんだろうか。
――……もっと仕事を早く終わらせられるようになろう。

――ちなみに、藍子がどういう仕事をしているのかという描写は(以下略)。
410 : ◆cKpnvJgP32 [sage saga]:2017/07/25(火) 20:52:03.45 ID:NsMtQntxo
ピィ「それじゃ」
藍子「お先に失礼します」
――藍子を待って、二人で退勤する。
――残った面子を労いながら『プロダクション』を後にした。

――……の、前に。

ピィ「悪い、先に入り口のところで待っててくれ」
藍子「? わかりました」
――少しだけ、やることが残っている。

ピィ「ちひろさん」
ちひろ「はい」
――ちひろさんのところへ向かい、彼女に声を掛ける。
――それを合図に、ちひろさんは返事をしながらドリンクを差し出し、
――俺は黙ってお金を払った。

――言葉はいらなかった。
――大人の友情が、そこにはあった。
411 : ◆cKpnvJgP32 [sage saga]:2017/07/25(火) 20:52:30.33 ID:NsMtQntxo
――藍子と一緒の帰り道を、ゆっくりと歩く。

――今日は早く上がれてよかったね、と他愛もない雑談をしながら。
――夕飯の献立はどうしようか、と今晩の買い物をして。
――いつもとは違う道で帰ってみよう、と少し遠回りしてみたり。

――急がず、焦らず、のんびりと。
――藍子と共に過ごす、なんでもないような時間を、大切にしたい。
――穏やかで、静かで、小さな幸せ。
――こうやって、少しづつ、少しづつ、集めていこうと思う。
412 : ◆cKpnvJgP32 [sage saga]:2017/07/25(火) 20:53:00.47 ID:NsMtQntxo
――帰宅後。

――俺達は……。
―― 一緒に夕飯を作り。
―― 一緒に軽めの晩酌をしたり。
―― 一緒にテレビを見ながら、談笑し。
―― 一緒にお風呂に入り。 (※!!)
―― 一緒に髪を乾かして。
―― 一緒に歯を磨き。
―― 一緒にベッドに入り。
―― 一緒に……。
413 : ◆cKpnvJgP32 [sage saga]:2017/07/25(火) 20:53:27.79 ID:NsMtQntxo
ピィ「藍子……」
藍子「あっ……」

――布団の中で、藍子を抱きしめる。
――柔らかい感触と、藍子の体温が伝わってくる。
――優しく香るシャンプーの匂い。
――小さく漏れる艶っぽい吐息。
――うっすらと上気した桜色の頬。
――ほのかに潤んだ瞳。

――藍子の全てが愛おしかった。

――俺のものだ。
――俺だけのものだ、と。
――そう思うと、俺は間違いなく世界一の幸せ者だった。

藍子「はい……」
――藍子はその一言で、俺を受け入れた。
――枕元にはちひろさんから買ったドリンクが用意してある。

――今夜も長くなりそうだ。
414 : ◆cKpnvJgP32 [sage saga]:2017/07/25(火) 20:54:33.17 ID:NsMtQntxo
以上です
時系列が前後しますが、新婚くらいの時期をイメージしてます

R-18ではないけど、ちょっとピンクな感じを盛り込みました
子供がいる未来があるんだからやることやってんだよおらぁ! という気持ちで
415 : ◆cKpnvJgP32 [sage saga]:2017/07/25(火) 21:10:54.17 ID:NsMtQntxo
重要なことを忘れてました


誕生日おめでとう、藍子!
416 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/26(水) 12:46:01.77 ID:qsa734Cdo
おつやで!!
417 : ◆zvY2y1UzWw [sage saga]:2017/07/26(水) 14:52:17.35 ID:GvFBfSYK0
おつでしてー
毎年愛が溢れてて微笑ましいですぜ…こういう幸せ家族になっていく過程をシェアワで見ると平和って大事だなぁと改めて思わされるのであった
プロダクションは何年もこういう感じが続くんだなぁという安心感もありますしな
418 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/28(月) 20:57:25.47 ID:UkWcVykl0
ほしゅん
419 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2017/09/18(月) 21:48:23.21 ID:fE4l7gbO0
おつかれさまですっ
凄い藍子ちゃん愛が伝わってきますなぁー
(藍子ちゃん絡みで、ちょっと大変なことを考えてたりしていたなんて言えない・・・)

さて、私のほうも投稿しますー
今回は憤怒の街の話ではなく、以前にやったわらしべイベントの続きになります
・・・・・・が、わらしべは終了しましたorz
どうも展開的にそんな感じにするよりも、ガンガンやろうぜな感じがいいかなって思ったのでw

時系列的には学園祭3日目になり、憤怒の街から出た後の話になります

前回のあらすじ(うろ覚え)
・手紙を届けたら梨をもらったよ!
・誰かと会ったよ!
420 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2017/09/18(月) 21:50:22.85 ID:fE4l7gbO0
私は公園で梨のかごを腕に抱えながら、ベンチで悩んでいましたっ。

………どうしましょう、これっ。

おじいさんからもらった梨はとてもおいしそうに見えます。

でも、私は梨の上手な剥き方なんてわかりません。

剥くための果物ナイフなら『アイテムボックス』の中にありますけど………。

はぁとさんと連絡は取れますけど、会うとなるとちょっと難しそうです。

いっそ下手でも剥いてしまおうかとも思いましたけど、中身の部分を多めに削ってしまわないかが不安ですっ。

と、そんなことを考えていると………

「あれっ?」

なんか変な視線を感じます。

「じーっ」

いつの間にか、目の前には女子高生ぐらいの女の人が立っていました。

「………あのっ、どうかしましたかっ?」

「じーっ」

女の人は相変わらず私を見続けて………いえっ、違いましたっ。

女の人は私が抱えている梨を見続けています。

「………?」

私がそのことに気付いたとたん、その女の人も気付いたようで………

「はっ!? ……あっ、違うの! 別にほしいってわけじゃなくて―――」

ぐぅ〜

どこからかお腹がすいたような音が聞こえてきました。

「………」

あ、目の前の女の人の顔が心なしか赤くなっています。

多分、この人のお腹の虫が鳴いたのでしょう。

「………あのっ、よければいかかでしょうかっ?」

「………いただきます!」
421 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2017/09/18(月) 21:51:29.98 ID:fE4l7gbO0
そんなわけで、私は道で出会った女の方と梨を食べてますっ

ちなみに私は剥き方わかりませんので、剥いてもらってますっ

あ、でもナイフとか皿とか爪楊枝は私が用意しましたよっ?

「こんな感じかな?」

「ありがとうございますっ!早速頂きましょうっ!!」

「うん! いただきます!」

私は爪楊枝で剥いた梨をぷすりと刺して、一口・・・・・・

「っ!おいしいっ!!」

食感はシャクシャクしてて、水々しくて甘い味が口の中いっぱいに広がっていますっ!

さっきのおじさんの梨は本当においしいですっ!

そして剥き方がうまいからか、実の部分をほとんど失っていません。

これは剥いてくれた、目の前の女の方に感謝しないとですねっ!

「剥いてくれてありがとうございますっ!」

「ううん、梨を持ってきてくれたのはそっちだから、むしろ私が感謝したいぐらいだよ!」

「じゃあ、この梨を作ってくれたおじさんに感謝しないとですねっ!」

「そうだね!」

そうして食べ終わった私達は、作ってくれたおじさんを思って、「ごちそうさまでした!」と言いましたっ!

「それにしても、剥き方上手でしたねっ」

「家でお菓子作りをする事もあるから、果物を剥いたりとかもよくやるよ」

「そうなんですかっ? 凄いですっ!」

「えへへっ。 今度会う機会があったら、一緒に食べたいなぁ。」

「私も食べたいですっ!」

「その時を楽しみにしてね。・・・ええっと?」

あっ、まだ名乗っていませんでしたっ
なので、はぁとさんから頂いた「この世界での名前」で、自己紹介をしますっ

「あっ、私、乙倉悠貴といいますっ!」

といっても、名前は呼び方を逆にしただけですし、自己紹介も名刺を渡すだけですがっ

そして、その名刺を見た女の方が不思議そうな顔をしていました。

「幸せの手紙屋さん・・・・・・?」

「はいっ! 皆さんのお手紙を届けてますっ!」

というわけで、私がやってることをかくかくじかじか・・・・・・
422 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2017/09/18(月) 21:52:11.31 ID:fE4l7gbO0

「まるまるうまうま・・・・・・
へぇ〜、何だかすごいね!
こんな風にお手紙を貰えたら、きっと素敵だろうなぁ〜
じゃあ、もしかして今も?」

「いえっ、今日はもう配達終わったので、これから祭の屋台でも見て回ろうかなって思ってますっ!」

「あ、それなら一緒に回ろうよ! 私も屋台見て回ってるんだ!」

「いいんですかっ? ありがとうございますっ!」

「私、三村かな子! よろしくね、悠貴ちゃん!」

「はいっ!」

「あ、そうだ! 私の友達も連れてきていいかな?」

「いいですよっ!」

そんなわけで、私はかな子さん達と一緒に学園祭を見て回ることにしましたっ
これからどんな出会いが待っているんでしょうっ? 楽しみですっ!

・・・・・・あと、仲間も増やさないとですねっ

_______________________________________

一緒に見て回る人達の素性など、ユウキは知らない。

彼女達が、カースドヒューマンだということも。

そして、彼女達が恐ろしいカースを生み出していることも。



―――だが、彼女達もまた、知らないのだ。

この先の未来で、悠貴が自分達を巻き込んで、大変なことをしようとしていることなど。
423 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2017/09/18(月) 21:57:57.43 ID:fE4l7gbO0
……短いですけど、今回はこれで。
学園祭のイベントには参加させたいなーって思ってはいたので、先走って書いてみました。

憤怒の街の後日談編はまだまだかかりそうです。
ちなみに構想内だと、あそこからかなり登場人物が増える予定です・・・・・・
そんでもって、どうやって戦闘描写を書こうか・・・それが難題だっ!
424 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/19(火) 17:01:00.83 ID:QwiXSz0ro
425 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/20(水) 16:57:58.55 ID:AAzpTkezo
おつ
426 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/22(金) 23:35:13.30 ID:VROOknM30
おつでしてー
ユウキちゃんカースドヒューマンとかカースとか、割りと遭遇率高い気がしますぞ〜
そして何をする気なのか…楽しみです
427 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/12(木) 20:21:42.16 ID:BQD8I6Y00
おつ
428 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 10:10:33.69 ID:L6tcVsPXO
ドーモ
今年は辛うじて年内に間に合いました(そもそも去年は結局断念したと思う)
あまり長くないのでなんか大掃除とかの合間に読める!やったぜ!
429 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 10:11:52.38 ID:L6tcVsPXO
【ファイン・アンド・ロング、スパイダーズ・スレッド・オア・ソバ】
430 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 10:15:07.55 ID:L6tcVsPXO
 ネオトーキョーの冬は寒い。
 ほんの数年前、彼がまだ現役アイドルヒーローだった頃、この新興経済特区は今以上に環境への配慮が足りず、地球温暖化に多大な貢献をしてきた。
 あるいは企業も夢や希望、野心にあふれ、人々の熱気がネオトーキョーそのものを過熱させてさえいた。では、今は?
 ネオトーキョーの経済成長は当時より緩やかだ。そして良識ある企業は寒い冬を取り戻すべく、一部の暗黒メガコーポによる環境破壊を上回るペースで環境再生を進める。
 ネオトーキョーの冬は寒い。
 漆黒ヒーロースーツの上にフォーマルなビジネス用ジャケットを着用し、さらに防寒防風コートを纏うエボニーコロモは、黒子ヒーローマスクで顔まで防寒である。
 それでも彼が寒さを振り払えずにいるのは、誰かの温もりをこそ求めているとでもいうのか。……バカな。黒衣Pは転がってきた空き缶を蹴り飛ばした。

「……どう言い訳すりゃいいんだよ……畜生」

 今日は緊急出動が重なり、エボニーコロモと二人のアイドルヒーローはそれぞれ単独で現場を担う“三面作戦”を実行した。彼の戦場はホテル・グランド・ゴウカ。
 毒ガス自殺テロを企むイカレ宗教団体に一時は占拠された、地上500メートルの最上階展望レストラン。黒衣Pの作戦行動は迅速であり、被害は出なかった……そのはずだ。
 にもかかわらず、レストランは今日から年末年始の休業を決めた。黒衣Pの半年前からの予約もキャンセルされた。彼の心には寒さだけが残った。
431 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 10:17:58.65 ID:L6tcVsPXO

(洋子がいたら、すぐ隣で、40度近い体温を分けてくれるだろうに)
(イツキがいたら、あの自販機まで走って熱いアマザケを買うだけの気力を分けてくれるだろうに)

 黒衣Pはスチームパンク戦士めいて黒子ヒーローマスクの隙間から白い空気を吐き出しながら、無意味な“もしも”の世界をニューロン内で描いては消す。
 アイドルヒーローを引退し、プロデューサーヒーローになり、はや二年目の冬。己がどれほど脆弱な存在となったか、彼は否応なく思い知らされていた。

「別に、あの頃は良かった……なんて話じゃねぇけどさ」

 誰に言うでもなく呟いた。この時期のエボニーレオは、借金苦から悪に堕ちるほか無かった哀れな貧困犯罪者達にとって、獅子ではなく鬼であったろう。
 強大な能力で追いかけ、決して逃がさず、鉄拳と共に年明けまでの留置場生活(つまりは必要最小限の衣食住)をプレゼントするのは、しかし彼なりの慈悲だった。
 男性アイドルヒーローそのものが落ち目だった時期、彼自身も楽な生活ではなかった。ひと仕事終えた後には、馴染みの屋台で安いソバを……

(ソバ……か)

 その記憶が甦ったのは何らかの啓示であったか。黒子ヒーローマスクがBEEP音を鳴らし、サブモニタウインドウに解析映像を映し出した。
 思い返せば、今日は昼飯を食べていない。事件解決のため戦い、その結果が……。プランBを早急に準備せねば。まずニューロンに栄養補給を。黒衣Pは足早に屋台へ向かう。
 軽トラック改造屋台は、ネオミドリ自然公園の片隅で「お」「そ」「ば」のノレンを掲げ、ひっそりと佇んでいた。

 ◇◇◇
432 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 10:20:53.31 ID:L6tcVsPXO
 ◇◇◇

 ネオトーキョーの冬は寒い。
 斉藤洋子の体温は氷点下にも負けず40度近くを保っているが、だからこそ彼女の顔は、手は、外気に触れる露出部分の全ては、温度差によってヒリヒリと痛痒いのだ。
 洋子は灼熱めいた白い吐息で両手を暖め、カサつく?をさすった。冬の乾燥空気は肌の大敵だ。夏の湿度が今だけは恋しい。
 寒風を防いでいたマフラーと手袋は、ついさっきの仕事で特に重大な損失だった。人間ソルベ製造ゴーレムは滅びてなお洋子に少なからずダメージを与えている。

(去年の今ごろは……)

 ふと思いを巡らせる。去年も似たようなものだった。仕事納めというのは言葉だけで、ネオトーキョーに犯罪のない日など訪れないのだ。
 昨秋、ヒーローで食っていく目処が立ったと伝えると、両親は喜んだ。帰省してもヒーロー引退の話にならないと確信するに至った洋子も、ひと安心したものだった。
433 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 10:23:10.27 ID:L6tcVsPXO
 里帰りできずとも、不満があったわけではない。アイドルヒーローの仲間が誕生日を祝ってくれもしたし、二人きりのパーティーも……

「……こっ! 今年は! 帰ろっかな!」

 誰に言ったわけでもなく、何らかの能力者に心の中を覗かれる感覚もなかったが、洋子の顔は赤い。黒衣Pの姿が見えないことは幸運であったろう。

(そういえばプロデューサーの方は、もう片付いたかな……イツキちゃんは……)

 黒衣Pの言うには、今夜はホテル・グランド・ゴウカでディナーらしい。三人でささやかなバースデーパーティー。主役は洋子と、偶然にも誕生日の同じイツキ。

(ドレスコードとかあるのかなぁ……なんかグレード高い? みたいな感じっぽいし、あんまりいっぱい食べる雰囲気でもなかったり……?)

 考え出せば落ち着かず、心配にもなってくる。がっついて恥をさらさぬよう、何か軽く腹に入れておくべきか? ……まさにその時、視界の端に屋台。
 腹おさえには重いか。否、相応に働きカロリー消費したのでプラスマイナスゼロだ。そういうことにした。

(ソバ……かぁ)

 軽トラック改造屋台は、ネオミドリ自然公園の片隅で「お」「そ」「ば」のノレンを掲げ、ひっそりと佇んでいた。
 簡易ベンチには客らしき姿がひとつ。おそらくハズレ屋台ではない。ほう、と息を吐くと、洋子は二車線の車道を跳び越え、屋台へと向かった。

 ◇◇◇
434 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 10:26:09.08 ID:L6tcVsPXO
 ◇◇◇

 ネオトーキョーの冬は寒い。
 イツキの生まれ育った獣人界は夏暑く冬寒い、全ての生命に死力を尽くさせる強き大地だったが、ここネオトーキョーも負けず劣らずだ。
 黒衣Pの言うには、特に今年は四年ぶりのデミ氷河期らしい。だからだろうか。彼女の前方5メートルを疾駆するシベリアンハスキー種イヌ獣人は、いやに楽しそうだった。
 ……それだけなら良かった。かの獣人は、ユタカライフ化研のエージェントだ。仕事を片付けたイツキと偶発的遭遇した三人組。
 イヌ獣人の「遊んでやる」との挑発通り、まんまと他の二人の逃走を許してしまった形だ。もっとも、イツキは状況を悲観視しない。
 どのみちこのエージェントを仕留め、インタビューすれば、全てわかる。彼女にはそれを出来るだけの力がある。ディナーまでに残された時間も。

「……?」

 思いがけず、イツキは足を止めた。疾走する二人の獣人が呼んだ風に、獣人界の匂いが混ざり込んでいたのだ。
 イツキのように獣人界からこちらに来ている者は多くない。現に彼女が追うイヌ獣人も、人間界カラフト出身者に多く見られる特徴を有している。
 ならば何故、不意に懐かしい匂いを感じたのか? イツキは考えようとして、我に返った。この僅かな間に、イヌ獣人は逃げおおせて……

「どうした、もう息切れかい? これだからサルのやつは」

 10メートルと離れていない、隣接ビル屋上貯水タンクの上。イヌ獣人はイツキを見下ろして嗤った。
 特に速力に優れるイヌ獣人の脚で逃げるには充分過ぎる隙だった。それをせず敢えて追跡者を待つ、「遊んでやる」ことの意味は? イツキは素早く状況判断した。

「ふーん……じゃあ、飽きちゃったんで、帰りますね☆ キィヤーッ!」

 イツキが跳躍したのは、イヌ獣人でなく懐かしき獣人界の匂いがする方向だ。背後から「ヤッベ」と焦りの声が聞こえた。どうやら正解らしい。
435 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 10:29:17.40 ID:L6tcVsPXO
 今や追う者と追われる者は逆転していた。いくつものビルを跳び渡り、獣人界の匂いはますます強く濃くなっていく。
 やがて視界が開け、眼下には公園。その片隅で「お」「そ」「ば」のノレンを掲げ、ひっそりと佇む屋台こそ、匂いの最も強まる地点であった。

「えっ……? 屋台……?」

 それはイツキにとって想定外のものだった。
 そして、さらなる想定外……ノレンをくぐり今まさに出てきた客は、彼女の同僚たる斉藤洋子、そして担当プロデューサーヒーロー・エボニーコロモであったのだ。
 直後、軽トラック改造屋台はエンジンを噴かして急発進。離れゆく屋台を背にしたヒーロー二人の視線方向には、また別の人影が二つ。

「ユタカライフのエージェント……!」

「ご明察! イヤーッ!」

「……! しまっ」

 頭上から声。反応が遅れた。シベリアンハスキー種イヌ獣人はイツキの両肩に着地、そのままたっぷりと力を込めて再度跳躍し、屋台を追う。

「サルのやつらは無駄に頭が回りやがるが、戦場で考え込むのはアホだゼ! アバヨ!」

「くッ……このっ!」

 イツキは脱臼しかかった両肩を筋力とキアイで繋ぎ直し、イヌ獣人を追う。その遥か下方でも、ヒーローと暗黒エージェントが一触即発の状況にあった。

 ◇◇◇
436 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 10:32:06.40 ID:L6tcVsPXO
undefined
437 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 10:33:41.54 ID:L6tcVsPXO

 絶叫したのはエージェントの方だった。洋子の瞳の光が消えると、恐るべきニューロン破壊能力者マインドトレーサーは仰向けに倒れ、口から白い煙を吐いた。

「プロデューサー、頭大丈夫?」

「割とな。割と効いた。これで二対一か……バーニングダンサー、さっきの屋台、追跡しろ」

「えっ……プロデューサー、ホントに頭」

「大丈夫だ。そもそもサイバネ野郎には俺の方が有利だろうが。俺がやる」

 エボニーコロモのニューロンはおそらく正常だ。洋子は一度頷くと身を翻し、屋台を追ってサンギョウ・ドウロに走り出た。
 黒のヒーローは防寒防風コートとビジネス用ジャケットを脱ぎ捨てた。握りしめたヒーロースーツの両拳が、バチバチと青白く放電した。
 二人の戦士は同時に地面を蹴り、拳を繰り出した!

「トゥオーッ!」「グワーッ!」「トゥオーッ!」「グワーッ!」「トゥオーッ!」……

 ◇◇◇
438 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 10:36:34.66 ID:L6tcVsPXO
undefined
439 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 10:38:37.03 ID:L6tcVsPXO
 ◇◇◇

「プロデューサー、頭大丈夫?」

「……言葉足りてねぇぞ。大丈夫だ、おかげさまでな」

「あの屋台、絶対クロだけど……足止めしなくて良かったの?」

「発信器は仕込んである。そうでなくても、まだ見えてるんだろ? コイツら叩きのめしてからで間に合う」

 洋子と黒衣Pは逃げ去る屋台を背に、ユタカライフ戦闘エージェントと対峙する。二人が纏う静かな怒りは、年に一度あるかないかの重大案件対応時に匹敵していた。

「何故邪魔をする? 貴様らも我々も被害者同士。協力して犯罪者を捕らえることが、社会の安定に繋がる」

 エージェントの一人、重サイバネ戦士ファイブセンシズは、ヒーロー達の行動を理解できなかった。
 ユタカライフ化研の試作薬物“HSH03”が何者かにケミカル調味料とすり替えられ、強奪された事件から一週間。彼らは犯人を見つけ、確保まであと一歩に迫っていたのだ。
 使用者の記憶中枢に作用し、家庭の記憶を呼び起こす。最新のVRデバイスと組み合わせることで、カイシャにいながら自宅で過ごす穏やかな時間を再現する。
 HSH03は働き方改革と成長戦略との板挟みで苦しむメガコーポ各社にとって、さながら蜘蛛の糸のごとき救いとなるはずだった。
 この一件で最大の原因、試作品の社外持ち出しという致命的非常識ミスを犯した開発主任をはじめ、既に幹部クラス複数名が長い出張に旅立った。
 メンツを保たねばならぬ。何としても強奪犯を捕らえ、然るべき報いを受けさせる。彼ら戦闘エージェントが投入されるとは、そういうことだ。

「社会の安定……笑える、それなら警察に被害届の一つも出してみればいい。どうせ表に出せないヤバイネタなんだろうが」

 エボニーコロモの声音は、無表情な黒子ヒーローマスク越しでありながら尚その眼光と同じく鋭い。
440 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 10:40:09.10 ID:L6tcVsPXO
 彼はエージェント達の目的を分かってはいない。だが、身を以て味わった何らかの薬物ヌードルこそ眼前敵と深く関わる物と推測できれば、協力する選択肢などあり得ぬ。

「ファイブセンシズ、交渉は無意味だ。排除する方が早い……イヤーッ!」

 ファイブセンシズを押しのけて進み出た小柄な男が、双眸を紫色に光らせた。エボニーコロモの鼻と目から血が流れ、黒子ヒーローマスクから溢れてポタポタと落ちた。

「アバーッ!?」

 絶叫したのはエージェントの方だった。洋子の瞳の光が消えると、恐るべきニューロン破壊能力者マインドトレーサーは仰向けに倒れ、口から白い煙を吐いた。

「プロデューサー、頭大丈夫?」

「割とな。割と効いた。これで二対一か……バーニングダンサー、さっきの屋台、追跡しろ」

「えっ……プロデューサー、ホントに頭」

「大丈夫だ。そもそもサイバネ野郎には俺の方が有利だろうが。俺がやる」

 エボニーコロモのニューロンはおそらく正常だ。洋子は一度頷くと身を翻し、屋台を追ってサンギョウ・ドウロに走り出た。
 黒のヒーローは防寒防風コートとビジネス用ジャケットを脱ぎ捨てた。握りしめたヒーロースーツの両拳が、バチバチと青白く放電した。
 二人の戦士は同時に地面を蹴り、拳を繰り出した!

「トゥオーッ!」「グワーッ!」「トゥオーッ!」「グワーッ!」「トゥオーッ!」……

 ◇◇◇
441 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 10:43:24.29 ID:L6tcVsPXO
>>436 >>437 >>438 については、>>439 >>440 が正しいものとなります
引き続き、当プログラムをお楽しみください
442 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 10:46:19.50 ID:L6tcVsPXO
 ◇◇◇

「ハアーッ……ハアーッ……何でヨ……オレはこんな、ところ、で……」

 重サイバネの男が投げたダガーはチンサンの左腕を掠めただけのはずだった。だが今、軽トラック改造屋台を運転する彼の身体は酷く痺れ、ほとんど動かなかった。
 辛うじてハンドルを切る。屋台はサンギョウ・ドウロを外れ裏道へ。50メートルほど走りゴミ捨て場に突入、煙を噴いて停止した。

「ア……アイヤー……」

 チンサンは運転席ドアから転がり落ち、僅かに残った力で這い進む。止まれば死ぬ。追っ手は無慈悲で、そして己も、きっとそれだけのことをしでかしたのだ。
 既に夢破れていた彼は、故郷へ帰るための……せめて故郷の貧しい農村で多少とも豊かに暮らせるだけのカネを集めようとした。
 一週間前の夜、その日最後に彼のラーメン屋台を訪れた客は、それまでのどの客よりも上質なスーツをクタクタに着古した男だった。
 男はフトコロから奇妙な粉の入った小瓶を取り出し、チンサンのラーメンにかけた。お世辞にも美味いと言われたことのない彼のラーメンを、男は涙を流して喜び食った。

(あのコナは何だ? オレのラーメンをこうも人を泣かすほどにできるなら、カネになるのでは?)

 チンサンの良心はとうに摩りきれていた。彼は男にサケを勧め、眠らせ、粉末小瓶とケミカル調味料をすり替えることに成功した。
 罪の自覚はあった。足が付くまでの時間を延ばすため、ラーメン屋からソバ屋に転向した。それまでの縄張りを捨て、多少とも見知った仲の客も捨てた。
 彼のソバは飛ぶように売れた。予想外に噂が広がり、彼は逃げるように縄張りを転々とした。何処に行っても誰かにずっと見られているような気がした。
443 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 10:48:25.18 ID:L6tcVsPXO
 カネは充分集まり、粉末も今朝の仕込みで使いきった。明日の朝には彼は密航ブローカーのボロ船で、大陸への帰途についているはずだった。

「バカにしてるんですか」

 その女は、チンサンのソバ……否、今やコストカットのため安価な合成ソーメンに湯をかけたものだ……を食べてむせび泣く黒ずくめの男とチンサンを交互に見て言った。
 女の朱色に燃える瞳は彼の心の奥まで照らし、罪を暴かんとしているように思われた。

「私……それからプロデューサーも、ソバを食べに来たはずなんですけど……バカに、してるんですか」

 女は何度か深呼吸を挟み、冷静さを保とうとしているようだった。普段から怒りを抱くことに慣れていないタイプか。こういう手合いは一線を越えさせてはならない。
 チンサンの背中は嫌な汗で濡れていた。怯えながら、彼は訝しんだ。
 粉末が溶けた湯から上がる湯気を吸い込んだだけで郷愁めいたノスタルジーを呼び起こす力が、何故この女には通用しない?
 良心の最後の一欠片が、今すぐドゲザし全て吐けと迫る。(まだだ! 何とかして逃げ道を……)チンサンは抗い続ける。そして……

「グワーッ!」

 左腕に鋭い痛みを感じ、チンサンは地面に転がった。屋台の柱に刺さったダガー。それだけではない。数十メートルの彼方、二つの人影が、彼に冷たい眼光を向けていた。
 二人の客の反応は速かった。咄嗟に立ち上がり、ノレンをくぐって人影と対峙する。チンサンはノーマーク。(今だ!)彼は運転席に転がり込み、屋台を急発進させた。
444 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 10:50:15.87 ID:L6tcVsPXO
 ……だが、結局このザマだ。彼は死ぬ。それは遠い未来ではなく、遅くとも数分後だろう。早ければ……まさに今だ。

「見つけたァ! イィヤーッ!」

 遠吠えめいたシャウトがチンサンの頭上から襲いかかる。バサバサと羽音。彼の死を待っていたカラス達が慌てて飛び去ったのだ。
 何もできることはない。動かなければ楽に死ねるか? 否。無慈悲なエージェントは彼を無理矢理生かし、存分にインタビューするだろう。身体から力が失われていく……

「キィヤーッ!」

「グワーッ!」

 別のシャウトと、続いて悲鳴が聞こえた。何が? 考えるより速く何者かがチンサンの首根っこを掴み、手近な割れ窓から廃アパートに放り込んだ。

 ◇◇◇
445 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 10:52:35.92 ID:L6tcVsPXO
 ◇◇◇

 イツキはコンクリート壁を……そこに半ばめり込んだシベリアンハスキー種イヌ獣人を見据えた。これで終わる程度では暗黒メガコーポのエージェントは務まるまい。
 案の定、イヌ獣人は自力で身を剥がし、地に降り立った。

「サルのやつがよ、なかなかやってくれやがる」

 イヌ獣人は口の端の血を舐め、挑発めいて手招きした。身体ダメージ未だ軽微、戦意も衰え無し。戦闘継続可能。
 イツキは静かに呼吸を整え、全身に力を込める。筋肉が盛り上がり、茹だったオニめいて赤く染まる。体毛がフサフサと伸び、肉体の色を受けて緋色に輝く。

「リオンレーヌです。とりあえず私が勝つまで、ただのサル獣人と見くびっていて下さいね☆」

 リオンレーヌは毛皮の首巻きで隠した口元に狩猟者の笑みを浮かべ、その場で姿を消した。否、消えたのではない。テレポーテーションと見紛う高速移動である!
446 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 10:54:14.33 ID:L6tcVsPXO
 イヌ獣人は備えようとした。ゴッ、と鈍い音の直後、彼の視界が酷く揺れた。背後からの踵落とし。脳天にクリーンヒットしたか。

「クソが! テメエは……」

「キィヤーッ!」

「グワーッ!」

 イヌ獣人の視点が一瞬で数十センチ落ちた。ヒザを破壊され、立っていることもままならなくなったのだ。リオンレーヌには適度な高さ!

「キィヤーッ!」

「グワーッ! ……ア……アバッ」

 眉間に叩き込んだ掌打がトドメとなり、イヌ獣人は倒れて痙攣した。リオンレーヌは残心と獣化を解き、拘束作業に取りかかる。

「……あっ! さっきの人!」

 ウカツ。己の戦いに巻き込まぬよう避難させたつもりが完全に見失った。企業エージェントに追われるというのは余程のことだ。何か大きな事件の関係者かも知れぬのだ。

「……どうしよう」

 イツキは途方に暮れた。その足下で、スマキにされたイヌ獣人は痙攣し続けていた。

 ◇◇◇
447 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 10:57:43.25 ID:L6tcVsPXO
 ◇◇◇

「ハアーッ……ハアーッ……ッ! ……ハアーッ……」

 チンサンは再び這って進むだけの力を取り戻していた。ダガーの毒が足りなかったか、全身の痺れもいくらか和らぎつつあった。
 捨てる神あれば何とやら、だ。彼はサルめいたシャウトの何者かに感謝しつつ、廃アパートの一室、カビ臭いフローリングの上を進む。
 ……コツン。指先が何かに触れた。それは金属の物体……麺を茹でる鍋だ。

(ナンデ……屋台と一緒にゴミ捨て場でスクラップのはずヨ……)

 チンサンの悪事にただ寄り添い、意のまま麺を茹で続けた鍋。ラーメンを、ソバを茹でる栄光を奪われ、ケミカル合成ソーメンを茹でるという冒涜にも従い続けた鍋。
 チンサンは静かに失禁した。鍋から伸びた朱色の細腕が、彼を冷たい暗闇に引きずり込まんとする。鍋が倒れ、その中身と目が合った。

「アッ……アイヤー!? アアーッ!? ……アアアアーッ!」

 ……夕日が差し込む廃アパートの一室、焼け落ちた玄関ドアの枠を背に立つ洋子は携帯端末で作戦完了を報告し、警官隊と黒衣Pの到着を待つ。
 最後まで逃げ続けようとした男を見下ろす険しい表情は、割れ窓から覗くイツキに気付くと、勝手にほころんでいた。
448 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 11:00:42.30 ID:L6tcVsPXO
 〜エピローグ〜

 ネオトーキョーの冬は寒い。
 サンギョウ・ドウロからやや外れた裏道、早朝のゴミ捨て場に、チンサンは立ち尽くしていた。
 軽トラック改造屋台はこれまでの稼ぎもろとも、証拠物件として押収された。彼の手元には何も残ってはいない。……本当に?
 そもそも彼が冷たい部屋を出て自由に行動できていること自体、本来あり得ぬことなのだ。逮捕が報道された当日、彼は釈放された。
 とあるカネモチが保釈金を支払い、さらには警察幹部を買収して事件を揉み消させたのだと、誰かが話すのを聞いた。
 チンサンを出迎えたのは、こざっぱりとした身なりの少年だった。少年は彼に指二本分ほどの分厚い封筒を差し出し、やや離れた所に停まる一台の高級車を指し示した。
 車外に出て頭を下げる老婦人の顔を、チンサンは思い出した。何年か前、不味いラーメンでも真面目に作っていた頃、タダでラーメンを食わせた路上生活者。

『あの日のラーメンこそ、私にとってのブッダの救いでした』

 札束とともに封筒の中に入っていた手紙には、そう記されていた。チンサンも深々とオジギし、老婦人の車が去るのを見送った。
449 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 11:02:49.82 ID:L6tcVsPXO
 札束は必要なだけの金額を残し、薬物中毒者更正施設に寄付した。彼の手元に形あるモノは残っていない。

(オレは救われたのだ……過去のオレの善意と、現在の名も知らぬ善意に。善意の糸がより合わされ、より強い糸になり、オレを地獄から救い上げたのだ……)

 チンサンはゴミの中に半ば朽ちかかった荷車を見つけ、丁寧に引っぱり出した。そして、よく見知った鍋を。

「オレ、やり直すヨ……今度こそちゃんとやるから、もう一回、力を……」

 ネオトーキョーの冬は寒い。
 だが溢れる涙が、胸の内に燃える炎が、今のチンサンには暖かかった。

 ◇◇◇
450 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 11:05:53.04 ID:L6tcVsPXO
 ◇◇◇

 ネオトーキョーでは珍しくない月も星も見えぬ夜、エボニーコロモ達の事務所を照らすのは、中心街からかすかに届く搾りカスめいたネオン光だけだ。
 コタツを隅に追いやったスペースに敷いたフトンの中、天井をぼんやりと見上げながら、黒衣Pは安堵の息をついた。
 ディナーは洋子とイツキの協議の結果、ヤキニクになった。気取ることも気負うこともなく、存分にカロリーを摂った。
 彼の城たる仮眠室は、ほんの十分ほど前まで声と熱に溢れていた。今は寝息が二つ。金属フレーム簡易ベッドと、天井近くのハンモック。

(“まとまった休み”か……俺も久しぶりに帰省なんて……何年ぶりだ……親父の葬式以来だから……)

 ホンゴエ・タコシ代表は洋子とイツキに甘い。
 「年末年始の緊急出動日数分、一月のどこかでまとまった休みをとれるようにする」二人が取り付けた約束だ。黒衣Pについては、代表は最後まで渋っていたが折れた。
 休みがないのはヒーローとして必要とされている証拠だ。アイドルヒーロー二人を抱えることで実力を認められているなら、それは喜ぶべきだろう。……とはいえ。

(何を浮かれてやがる……洋子とイツキだから、俺も命拾いできて……)

 思考が散漫になりつつある。眠気が。ニューロンを半分焼かれた状態で殴り合うのは馬鹿だった。二度としない。携帯端末に手を伸ばす。23時58分。
 ……終わっちまう。来年の今日は、もっと上手く……瞼が上がらない。意識は浮遊感とともに眠りの闇に溶けてゆく。
 12月30日、午前0時。
 ネオトーキョーの冬は寒い。
451 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 11:07:24.04 ID:L6tcVsPXO
(【ファイン・アンド・ロング、スパイダーズ・スレッド・オア・ソバ】終わり)
452 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2017/12/31(日) 11:10:19.46 ID:L6tcVsPXO
いじょうです
なんか今年は洋いつバースデー盛り上がりが例年以上っぽい雰囲気だった
相変わらず一市民が目立つうえに途中で不ぐあいとかあったが、お付き合いいただきありがとうございました
453 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/31(日) 16:55:34.03 ID:8+ViXghwo
おつおつー
454 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/03(水) 22:37:32.44 ID:P49gCpg/0
おつでして〜
455 : ◆6J9WcYpFe2 :2018/03/21(水) 13:36:18.56 ID:oZ5EiIs10
あけましておめでとうございます(白目)
憤怒の街リターンズの続き、投下しますー
456 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/03/21(水) 13:38:38.23 ID:oZ5EiIs10
(しまった、sage忘れてた・・・・・・ごめんなさいっ)
--------------------------------------------------------------

ユウキ達が憤怒の街の森に入って少しした後。
憤怒の街の検問所にて―――

「どういうことだ!? 既に入って行ったGDF隊員がいるだと!?」

検問所の前に止まる輸送ヘリ。そして怒号。

輸送機に乗っていたGDF隊員が、検問所のGDF隊員に対して怒鳴りつけているのだ。

「だ、だから我々は、応援が来るとしか聞かされていなくて・・・・・・っ!」

「だからと言って、こんな危険なところに確認もせずに入れる馬鹿がいるか!!
 無認可の奴を入れたんだぞ、お前らは!!」

「基地司令にも確認取って間違いないって聞いたから入れたんです!!」

「………くそっ!!」

先に入って行ったGDF隊員がいるという事実。

何故入れてしまったのか、あるいは何故入れてしまったのか。何故、入ろうと思ったのか。

いずれにしても、我々と勘違いして入れてしまったGDFの隊員がいる。

その事実があって、なおこの対応。

彼は苛立ち、検問所の壁を思いっきり蹴る。
壁はガンッ!と音をたて、その周りにいた兵士たちが委縮した。

「―――それで、許可は?」

「い、いえっ!それがっ! うまく通信がつながらず――――」

「ふざけるなっ!!」

基地司令と連絡が取れないという事実が、さらにその男の苛立たせた。

これはこいつらの職務怠慢だ。

こいつらの怠慢で、GDFの仲間の命が危ぶまれている。

「このことは上にしっかりと報告するからな!
 あと、憤怒の街には入らせていただく!!」

そういって男は、検問所の兵士の静止の声も聞かず、ヘリに乗り込んだ。
457 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/03/21(水) 13:40:20.99 ID:oZ5EiIs10
「あの、何かあったんですか?」

コクピットのスピーカーから女性の声が聞こえる。

「緊急事態だ! お前達に成りすまして、勝手に入った奴らがいる!」

「「「ええっ!?」」」

「何のために入ったかは知らんが、そいつらを捕まえるためにも、現場に急がねばならん!
 シンデレラ1、第1種戦闘配置だ!
 憤怒の街のカースのデータは届いているな?」

「はい! ばっちりです!」

そうして慌ただしく離陸したヘリが憤怒の街の中へと入っていく。

「俺がヘリで空から目標を発見する。
 シンデレラ1-1から1-3は発見し次第、地上機動戦装備で降下、目標を捕まえろ。
 コラプテットビークルが厄介だが、お前達ならやれないことはないはずだ。安全を確保しつつ返り討ちにしてやれ。」

「「「了解!!」」」

「その後、目標を確保。安全を確保したうえで、このヘリに乗せる。
 抵抗するようであれば、多少懲らしめても構わん!!」

「えっ、同じGDF隊員なのに、ですか?」

「GDF隊員に成りすましている可能性もあるからな。
 最悪、この混乱に乗じて乗り込んできたテロリストかもしれん。」

だがまぁ、とその男は続ける。

「どんな相手でも、お前らなら大丈夫だ。 軽く懲らしめて―――
 ん? 通信が入った。」

男はヘリの通信機を手に取り、応答する。

「こちらシンデレラ1。」

『先ほどはすまなかった。 私はここの基地司令だ。
 このあたりはカースの被害がひどくてね。 通信するのも一苦労だ。』

そうか、カースの被害か。
そういえば、GDFの新兵器がこの街に投入された際、まったく使い物にならなかったという話を聞いたことがある。
ならば……この件での八つ当たりは見当違いだったかもしれない。
458 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/03/21(水) 13:41:36.95 ID:oZ5EiIs10
「なるほど。 そのあたりは考慮不足だった。
 だが、部外者を危険な憤怒の街に入れたお前らの怠慢はどう説明する?」

『そのことについても謝罪する。演技がうますぎて、あの時点では気付かなかった。
 だが……今しがた調べたら大変な事実が分かった。
 単刀直入に言うと、貴君らに扮して入った奴らの正体は、この騒ぎに乗じて潜伏していたテロリストであるとわかった。
 しかも厄介なことに能力持ちの連中だ。
 恐らくは最近世間を騒がしているイルミナティっていう奴らかもしれん。』

「・・・・・・なんだと?」

「そうでなくても、この街はGDFの管轄だ。
 そこにテロリストなんかが潜伏してみろ。
 GDFの信用問題に関わる。」

「・・・・・・つまり俺達はそいつらを捕まえてくればいいんだな?」

『その通りだが、生死は問わん。
 テロリストと見抜けなかった失態は詫びよう。
 だが今は、そのテロリストの排除が先である。』

「・・・・・・なるほど、その通りだ。
 だが、その入っていった奴らがテロリストである確証はどこから来ているんだ?
 そもそも奴らは何者だ?」

『それを伝えることはできない』

「・・・・・・何故だ?」

『機密情報だからだ。
 お前達は黙って命令どおりに侵入者を排除すればいい。』

『ああ、それと』と、基地司令が話を続ける。

『今から送るデータを見てもらいたいのだが、この赤く塗られている場所には近づかないでいただきたい。』

そう言われ、男はヘリのコンソールに送られてきた地図データを見た。
赤く塗られた場所は、病院を円の中心としていた。
459 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/03/21(水) 13:42:33.28 ID:oZ5EiIs10
「それは、何故だ?」

『それも機密情報だ。教えられない。』

「何か俺達に教えられる情報はないのか? このままでは納得しかねる。」

『後でテロリストが乗っていた車両のデータを送ってやる。
 それをもとにテロリストを捜索しろ。』

「他にはないのか?」

『いいからつべこべ言わずにやれ!!
 それともお前はテロリストを野放しにするつもりか!?』

「・・・・・・了解した。シンデレラ1、出撃する。」

『今から画像のデータを送る。では、ご武運を。』

基地司令との通信が切れる。

機内音声で聞いていたため、後ろで準備している響子と美羽、そして柑奈も聞いていた。

「パイロットさん、先に入った人たちって」

「悪い人たちなら、やっつけないと!」

「パイロットさん、今すぐ私達を現場に!」

通信を聞いた響子と美羽は意気揚々としていたが、男の表情はそのことを怪しむかのような表情をしていた。
460 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/03/21(水) 13:43:38.77 ID:oZ5EiIs10
「胡散臭いな………」

「? 何がですか?」

「今通信をかけてきた基地司令とやらは信用ならん」

「えっ・・・?」

「あいつは機密情報を盾に奴らの情報を渡さなかった。
 だが、あんな臨時の基地司令程度のやつが知っているような機密情報とは何だ?」

それでも釈然としない顔の3人。
それを見た男は少し咳ばらいをした。

「これでも俺はGDFの暗部ってやつを見てきている。
 お前達の正体はわからんが、どうせ碌でもないもんだというのはわかる。
 それも相当な・・・・・・子供を兵器みたいに扱うようなひどいもんなんじゃないかとも思っている
 その経験則から言わせていただくと・・・・・・今回のは嘘なんじゃないかと思っている。」

「・・・・・・あの基地司令が嘘を言っていると言うんですか?」

「ああ。第一、目標が本当に基地司令とやらが言っていたテロリストかどうかもわからんのに、
 テロリストだと断定して、排除しろだの言っている時点でおかしい。
 大方ばれちゃまずいものがこの街にあるとみて間違いはない。」

「じゃあ、あの基地司令の方を懲らしめる?」

「いや、それは早計だ。ただの経験則だしな。
 何をするにもまずは目標の確保だ。シンデレラ1、いつでも出撃できるように待機しておけ。」

「「「了解!!」」」

そうしてヘリは離陸し、憤怒の街へと入った。
461 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/03/21(水) 13:45:57.68 ID:oZ5EiIs10
--------------------------------------------------------

「ハァイ。 イギリスのGDFからやってきたケイトヨ。」

そう愛想よく挨拶しているケイトさん……ですが、

「………お姉ちゃん、あの人こわい」

見た目GDFの女性隊員の方が、ガタイの良い大男のようなのを殴り飛ばした挙句、
その男?を足蹴にしている光景は、まさしくチカちゃんの言う通り、怖い人でした。

「ターイムっ!☆作戦ターイムっ☆」

私、ああいう人、知ってますっ。

「チカちゃん、ああいう人とは関わり合いにならない方がいいですよっ
 上空からお姫様抱っこされて落ちてくるとか、非常識にもほどがありますっ」

「そうなの、ユウキお姉ちゃん?」

「しかも抱っこしてた男を殴り飛ばした挙句にマウントパンチだしね。
 なんなのあの馬鹿力。 ちょっと解析してみたい。」

「ちゃんと丁寧に降ろしてやってたのに殴り飛ばして足蹴にするとか、恩を仇で返してるようなもんだしな☆
 おい、てめー! 恩を仇で返すようなことしちゃいけないって、ばあちゃんが言ってたぞ☆」

「あっ! そういえばほんとだ! ひどーい!!」

「うるさいわネっ! 部下に嵌められてこうなったのヨ!!」

「いったいどう嵌められたらそうなるんですかっ!?」

「というか嵌められたって、人望もないんだな………」

「それは我が否定させていただこうか」

と、ケイトさんに足蹴にされていた男の人?が声をあげます。

「ケイトはな、部下にとてもとーっても信頼されておる!
 そして、我もケイトのことはそれなりに好いておる!
 だから我が、いつか行う時のためのドッキリサプライズ用にその部下と一緒に考え出したのだ!」

どうだぁっ!!と言わんばかりに、足蹴にされながらもドヤ顔してますっ
462 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/03/21(水) 13:47:55.21 ID:oZ5EiIs10
「私、勘違いしてましたっ
 ………おかしいのはケイトさんじゃなくて、あの男の人?だったんですねっ」

「褒めるな。照れる」

「どこをどう聞けば褒めてるって言うんだよ、おい☆」

「というか、あんたは知ってるはずデショ、シュガーハート!?」

「あー・・・・・・最近人と出会うことが多くてな・・・・・・わかんねぇ☆」

「ワタシヨ、ケイトよ!!
 ほら、あの時一緒に戦った!!」

「あー、そういやそういうこともあったっけな? まあ、覚えてたけど☆」

「覚えているなら誤解を解いてヨ!!」

それはさておき・・・・・・

「まあ、空からお姫様抱っこしてきた事実とかは置いといて・・・・・・ <誤解ヨ!!>
 英国のGDFが、ここに何しに来たんだよ?」

はぁとさんがそういうと、ケイトさんの足元にいた黒い男の人が、
踏んでいた足をパシパシと叩いたからか、ケイトさんは足をどけました。

「何しに来た、だと?
 むしろ、これほど興味の湧く物ばかりのところに行くなというのが無理というものよ」

黒い姿をした男の人は立ち上がると、腕を組み、私達を見てこういいました。

「なるほど、面白い
 やはり日本には、相当な手練れが多くいるというのは間違っていないようだぞ、ケイト」

「当たり前デショ。
 ここは対カースの最前線ともいうべきところヨ。
 ・・・・・・最も、私達も引けを取らないでしょうケド。」

「うむ、お主等もなかなかのものだが、こいつらはそれだけじゃない。
 なぜかカースも混ざっているが、問題はそこではない。
 ―――お前ら、本当に人間か?」
463 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/03/21(水) 13:50:22.62 ID:oZ5EiIs10
「・・・・・・明らかに怪しい人から、人間じゃないと言われてますよ、私達っ」

「いや、そこに俺を含めないでくれるか?」

「はぁとも違うぞ☆」

「私も人間だよ。」

「??? チカは魔法少女だよ?」

「・・・・・・そういう意味で言ったんじゃないと思うヨ?」

黒い男は顎に手をやって、私たちをじっと見つめてきていますっ

「ふむ・・・・・・どうやらケイトと同等の力を持ってるようだな、シュガーハートとやらは。」

「なっ・・・・・・!?」

「ええまあ、彼女は私と一緒に戦った戦友ヨ?
 ・・・・・・向こうはそんな風に思ってくれてなかったようダケド」

「年下だからいじってるんだよ☆
 だけどそいつ、なんでわかったんだ?」

「それは・・・・・・我も同じようなものだからだ!」

それを聞いたはぁとさんは黒い男の人?をまじまじと見つめてーーー

「・・・・・・えっ、やだ☆」

「いきなり拒絶から入るのは良くないぞ?」

「だって・・・・・・黒いし☆」

その言葉に、隣のケイトさんはうなづいていました。
464 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/03/21(水) 13:51:41.45 ID:oZ5EiIs10
「仕方なかろう、カースドウェポンなんだから。」

「・・・・・・今さらっとやべえこと言わなかったか、おい☆」

はぁとさんがジト目でケイトさんのほうを見ると、ケイトさんは肩をすくめました。

「勝手に話さないでくれないカシラ?
 まあ、シュガーハート達に隠し事をしても仕方がケド」

「カースドウェポンって、カースの核を武器にくっつけたものだと思うんだけど・・・・・・」

「よく知って・・・・・・るわな、ひなたん星人にあったことあるんだしな」

「ほう、日本にもカースドウェポンがいるのか。会ってみたいものだな!」

「私も会ってみたいわネ。
 まあ、それはそれとして、そのとおり、こいつは鎧のカースヨ。」

「鎧のカースドウェポン・・・へぇ・・・」

あ、なんか目が輝いちゃってます。
なんだか新しいおもちゃを見つけた様な顔をしちゃってます。

それに気づいたのか、ケイトさんは凛さんを見て

「・・・あげないわヨ? 一応これはGDFの備品なんだからネ?」

「ちぇっ」

ですよねっ

しかし、あのカースドウェポン、ちょっと気になりますねっ
なんだか・・・私の本来の力に似た感じがしますっ
465 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/03/21(水) 13:52:56.32 ID:oZ5EiIs10
「ところで、貴方達は何しにここにいるのカシラ?」

「あっ、はいっ! お手紙を届けにきましたっ!」

「・・・お手紙・・・レター・・・?
あ、ナルホド、暗号ネ!」

あ、あれっ?

「でもワタシには何の暗号なのかサッパリだわ。後ででも良いから教えてネ?」

「あ、あのっ!暗号じゃないですっ!」

「・・・・・・what's?」

「ですから、この憤怒の街のとある住宅に、お手紙を届けに来たんですっ」

「・・・・・・・・・」

ケイトさん、はぁとさんを手招きして、何やらコソコソ話しちゃいました
・・・・・・何があったんでしょう?

「・・・・・・いや、当然の反応だと思う」

「そうだな」

ああもうっ、どういうことなんですかっ!?

「???」

チカちゃんはよくわかんないって言うような顔をしてますねっ

私もわかんないですっ!

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466 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/03/21(水) 13:54:23.23 ID:oZ5EiIs10
しばらくして。

「まあ、なぜこんなところに?っていう疑問はあるケド、アナタの目的、とてもいい目的じゃナイ!
 ワタシも協力するワネ」

「うむ、我も協力しよう。乗りかかった船というのもあるからな。」

といった感じで、英国GDFの2人を乗せて、車は目的地へと向かいましたっ

「ずいぶんにぎやかになったね」

「まあ、旅は多いほうが楽しいもんだぞ☆ 旅ってほど長時間動くわけじゃねぇけどな☆」

はぁとさんは助手席からこっちに移動し、代わりにケイトさんが助手席に座っています。

「しかしまあ、チカちゃんって本当に似てるよなぁ・・・・・・」

「確かに・・・・・・似てますよねっ」

「?? 何に似てるの?」

「ラブリーチカですっ はぁとさんが好きなアニメですっ」

「はぁとだけじゃなくて、あの頃の少女達のほとんどは好きだったと思うぞ☆
 それをモチーフとしたらしい魔法少女とかいう奴らも現れたし☆」

「そんなにすごい影響を与えたアニメだったんだ」

「まあ、ラブリーチカも十数年ぶりに限定フィギュアが出たし、魔法少女に関しても最近活動を再開したと聞くしな☆
 しかしまあ十数年か、はぁとも年をとっちゃ・・・・・・って、何言わせんだよこのこのー☆」

「いや、今のは自分から言っちゃってますよねっ?」

「ふーん、似てる、かぁ・・・・・・」

「似てるんじゃなくて、本物だよ!」

「そっかそっか〜☆ よしよーし☆」

「もーっ!!」

そんな感じで話していると、車が止まりました。

「ユウキちゃん、ついたぜ」

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467 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/03/21(水) 13:56:23.88 ID:oZ5EiIs10
私たちが車から降りると、そこは憤怒の街の入り口のほうと同じような風景が広がっていました。

目的の建物は・・・・・・あ、まだ建ってましたっ

「ここが目的地?」

見た目は廃墟と化した一軒家。

窓ガラスは割れているし、荒らされている様子も見えます。

庭は人が誰もいないせいで、草が伸び放題です。

だけど、表札には「横山」という文字。

ここは依頼主さんから依頼されたところで間違いありません。

「・・・・・・・・・」

そして、その家を茫然と見つめるチカちゃん。

「ここ・・・チカのお家・・・・・・」

・・・・・・やっぱり、そうでしたかっ

普通であれば、ここで家族と一緒に暮らしていたはずです。

カースに襲われなければ、ただの仲睦ましい夫婦でいれたはずなんですからっ

あっ、でもフィギュア捨てられてかなり怒っていたといってましたし、どうなんでしょうかっ?

「チカちゃん、一緒に入りましょうっ」

「・・・・・・うん」

「待って」

その言葉に振り向くと、凛さんが真剣な表情でいました。
468 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/03/21(水) 14:01:09.52 ID:oZ5EiIs10
「私も一緒に行っていいかな?」

たぶん、そういうと思いましたっ
凛さんはカースの研究をしているって言ってましたからね。
そのカースがここを自分の家と言った。
であれば、どういうことが起きるのか、見てみたいと思うはずです。

「私は構わないですけど・・・・・・チカちゃんはっ?」

・・・・・・まあ、私には止める理由はありませんっ

「いいよ」

「わかった、ありがとう」

「はぁとさんたちは留守番でお願いしますっ」

「ああ・・・・・・っと、ちょっとその前にっと」

はぁとさんはアイテムボックスから無線機を取り出し、私に投げてきました。

「何かあったら、これで連絡するんだぞ☆」

「ありがとうございますっ!」

「気をつけてネ」

「じゃあ、行きましょうかっ! おじゃましまーす!」

「お、おじゃましまーす」

「・・・・・・ただいま」

そうして3人で、家の中に入りました

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469 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/03/21(水) 14:02:19.15 ID:oZ5EiIs10
私はユウキちゃん達が家の中に入るのを見届けた後、ケイト達に話しかけた。

「ところで、ケイト達がここに来たのって、あの森のせいか?」

「まあ、そうネ。一体あの森は何なのヨ?」

「正直わかんね☆
 でもまあ、心当たりがないわけじゃねえんだけどな☆」

「心当たり?」

そう、心当たりはある。
あるし、説明はできるんだが、えーっと・・・・・・

「あー、えー・・・・・・
 そこん所の説明任せた、ポストマン!」

めんどくさくなったので、ポストマンに投げちゃおっと☆

「おいおい、心当たりがあるって言っておいてそりゃねぇだろ。
 まあいい、俺から話そう
 憤怒の街の事件は知っているか?」

「大量のカースがこの街にあふれかえって、この通り壊滅した事件デショ?
 イギリスでも大きなニュースになったから覚えてるワ」

「イギリスだけじゃなくて全世界中で大注目になったってわけだがな。」

「で、アイドルヒーロー同盟が中心となって事態解決にあたった事件で、
 GDFとしては新兵器が全く役に立たず、何の活躍も上げられなかった事件よネ・・・・・・」

「ああ、あれは痛恨だった・・・・・・」
470 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/03/21(水) 14:03:03.39 ID:oZ5EiIs10
「まあ、それはそれとしてだ」とポストマンは話を続ける。

「その中で、今は森の中にある病院があったんだが。
 当時はあそこに住人が避難して来てな。
 そこを何人かの能力者が中心となって守ってたんだ。

 で、そのなかでもとある3人組の能力者ーーー確かナチュルスターといっただろうか。
 そいつらがカースの気を浄化させるために、雨を降らせて木を生やした
 と聞いている。」

「日本の能力者はそんなことまで可能なの!?
 伊達に対カース戦線の最前線と言われてないわネ。」

「昔っからにはなるが、アイドルヒーローじゃない能力者でも、実力のある奴は結構いるのが日本だ。
 だが、こいつらはとびっきりの規格外ではあるがな。」

「ってことは、この森はその3人組が作ったのネ?」

「ああ。
 もっとも、そのナチュルっていうのも3人でそれぞれ役割があって、
 マリンとスカイが雨を降らしてカースを浄化し、
 アースがそれによって消耗した力を、木を作ることによって癒していたといわれている。」

「ってことは、あれはその副産物?」

「ということになるな。
 だが、木は一本だけだと聞いてはいたが―――」
471 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/03/21(水) 14:03:52.19 ID:oZ5EiIs10
「ほほう、副産物としてはなかなか大層なものを作ってくれたものだな」

と、これまで傍で聞いていた黒いカースドウェポンが口を開いた。

「あの森は周りのカースの残滓を吸い取っている。」

「・・・・・・なんだって!?」

「それだけではない。その吸い取った残滓を癒しの力に変えて発散しておる。
 いわば対カース用の浄化槽といったところだ。」

「浄化槽・・・・・・ってことは、あの森ができた原因って」

「大方、吸収したカースの残滓を癒しの力にして増やしたのだろうな」

「そういえば、凛があの森の枝を無理やり採ろうとした時、
 その時に手を傷つけたらしいが、その傷がすぐに治ってたな☆
 あと、カースのチカちゃんが力を発揮できないって言ってたし・・・・・・
 カースの特効薬って言ってたのって、あながち間違いじゃねぇのか☆」

「カースの特効薬か、なるほどな
 煎じて飲めば、カースドヒューマンのカース化が治るかもしれんぞ」

「そいつはすげぇな・・・・・・今あるカースの問題の半分が何とかなっちまうぞ」

確かにそうだ。

憤怒の街に限らず、カースによる影響でカースドヒューマンになり、
GDFの隔離房にいれている人は少なからずいる。
そうでなくともカースに攻撃され傷ついたのに、呪いの影響により治療の難しい患者も多いのだ。
そんな人達が、あの森で全て治療出来てしまう。
まさしくカース問題に対する、一つの突破口と言える代物であった。

「まさしく特効薬ってやつだな☆」
472 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/03/21(水) 14:05:20.53 ID:oZ5EiIs10
「だけど、疑問が残るわネ」

「ああ。
 なんでそんな代物を、ウサミン製の認識阻害装置を使ってまでひた隠しにしたんだってことだよな☆」

「普通そんな物を手に入れたら、GDFのどっかに情報として降りてくるもんだが、
 今回に限っては、そんな物一切聞いたことがねぇ」

「What's? ポストマンってそんなに偉い立場の人間ナノ?」

「いや、俺は上から下までいろんなところに知り合いを持ってるだけさ。
 それこそ新司令官様の側近レベルの奴にもな。
 だが、その知り合いからもそんな知らせは聞いたことがねぇ。
 単に上が極秘情報として持っているだけか―――」

「あるいは情報がここで止まっているか、だよな☆」

「まあ、極秘情報だからという理由であればいいんだがな。
 ―――しかし、それでは俺達に出した任務の意味が無い」

「それって・・・・・・どういうコト?」

「ここにはGDF関係者しかいないから行っちゃうけど、
 はぁとたちの任務は、『憤怒の街の実態調査』だから☆
 知っている情報を調査って、おかしいよな☆」

「・・・・・・まさか!?」

「そのまさか、だろうよ」

そんなときに聞こえてきたヘリの音。
私達は戦いの予感を感じ得ずにはいられなかった。
473 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/03/21(水) 14:11:07.33 ID:oZ5EiIs10
今回はここまでです。
鈍足だけど、ちゃんと進んでるよー

次回か次々回くらいでユウキちゃんの目的は達成して、そのあとは戦闘回になりそう。
474 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/29(木) 00:35:23.97 ID:32QH/27PO
おつくら
475 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/29(木) 22:39:03.90 ID:s8lVgOFa0
おつでしてー
しっかりと核心へ近づきつつありますな!このメンバーでの戦闘回も楽しみにしております
476 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/20(水) 16:48:08.83 ID:u5v0yUqfo
ほしゅ
477 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/21(日) 10:53:52.31 ID:AaWNC2rq0
ho
478 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/02(金) 04:49:06.20 ID:SO93X4Vj0
お久しぶりです
投下します
479 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/02(金) 04:53:14.10 ID:SO93X4Vj0

宇宙連合支配領域の片隅に、とある惑星があった。
名をオールドオースチン。

地表のほとんどが土砂とむき出しの岩盤に覆われており、
その赤茶けた外観から想像出来る通り惑星環境は極度に乾燥しているため、宇宙に住まう多くの知的生命体にとって入植に不適な星である。
だが、過去には豊富な鉱物資源の採掘産業により繁栄を迎えたこともあった。



オールドオースチン最大の街、パンゴリン。

ウルトラスーパーレアメタル目当てにやって来た山師連中で賑わったのも今は昔。
産出量の減少と共に人口も減り、現在は居住者も訪れる者も無くなり、その街並みは朽ちるに任せられていた。

そんな中、およそ半世紀ぶりに一人の来訪者がやって来た。
砂塵が吹き荒れる中を歩いて来た旅人然としたその人物は、寂れた──といった表現を通り越し、もはや廃墟となりかけの酒場の前で足を止めた。
そのまま入り口のスイングドアを押し開け店内に入ると、警戒した様子で辺りを伺う。
目深に被ったフードの奥の、その表情は窺い知れない。



「ナンニシマスカ?」

長年のメンテナンス不足により会話ルーチン回路が壊れかけた給仕ボットが、久方ぶりの客に声を掛ける。
客である旅人は「あるものでいい」と一言。

ボットは背後の戸棚から年代物の宇宙リカーのボトルを取り出しグラスに注ぐと、他にも用意する物があるのか、店の奥に引っ込んでいった。
それを見届けた旅人は軽く息をつき、フード付き外套を脱ぐと、ボロボロになったバーカウンターの椅子に腰かけた。

人気のない辺境の惑星にやってきてなお周囲を警戒する様子から察するに、厄介ごとに巻き込まれたか、あるいは自ら引き起こしたか──。
いずれにせよ、お尋ね者の類であろうことが想像できる。
480 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/02(金) 04:54:04.07 ID:SO93X4Vj0

「それは私に奢らせてもらうわ」

旅人がグラスを手に取ったところ、部屋の隅から声が掛けられた。
入店時には見当たらなかったが、声のした方には壁にもたれかかった人影がある。

「いいわね?」

人影が旅人の方へ歩み寄ると、光源の元に出たことで姿が露わになる。
ポンチョめいた布をマントのように羽織った長髪の女だ。


「……ここのところ、後を尾けてきていたのはあなたねぇ? 賞金稼ぎさん?」

「気付いていたとは……流石ね、『ミサト特佐』」

ミサトと呼ばれた旅人は、女に向かってストーカー行為に対する抗議の色を含んだ目線を向ける。
どうやら女の正体は、宇宙犯罪者を相手取る賞金稼ぎということらしい。


ミサト「せっかくだけどぉ、奢ってもらうのはお断りしますぅ」

ミサト「今の私は軍を抜けたから、もう『特佐』じゃないし」

ミサト「それに、こんな安酒を奢ってもらってもねぇ」

「あら、いいのかしら? あなたの末期の酒よ?」

お互い口調は落ち着いており、殺気立った様子もないが、酒場内には極めて剣呑な空気が流れている。
お尋ね者と賞金稼ぎが相対したのであれば、これから荒事が起こることは自明ではあるが。


ミサト「とりあえず、場所を変えましょう?」

ミサト「こんなボロボロな店でも、私が原因で壊れるのは忍びないもんねぇ」

ミサトはそう言うと、宇宙クレジットチップをカウンターに置くと席を立ち出口へ向かう。

「あら、存外殊勝なのね」

異存はないわ。と付け加えると、女も後に続いた。
481 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/02(金) 04:56:14.03 ID:SO93X4Vj0

十分後──ミサトと賞金稼ぎの女は、パンゴリンの街近傍の平野にて対峙していた。
周囲にはごつごつとした岩石が点在しているが、それ以外は見晴らしの良い場所だ。

吹きすさぶ風に煽られた球状回転草が二人の間に転がり出でる。
時間帯は、地球で例えるなら薄暮の頃であり、お互いの表情ははっきりと見えない。


「それじゃ改めて、お尋ね者ミサト……」

「その首、もらい受けるわ」

女は腰のホルスターから銃を抜くとミサトに向け構える。

ミサト「上等ぉ、受けて立ちますぅ……!」

対するミサトも、自身のプラズマブラスターを構えた。



最初に仕掛けたのは女の方だった。
ライフル型プラズマブラスターから放たれた光弾を、ミサトは横っ飛びで回避する──が。

ミサト「っ!?」

光弾が飛び去った方向から聞こえてきた轟音に、思わず振り返ってしまった。
背後ではおびただしい量の砂埃がおよそ百メートルの高さまで舞い上がり、光弾の着弾地点の地面には大穴が開いていた。
ともすれば、爆撃の類による攻撃かと見紛うほどの惨状だ。

その後も二射三射と攻撃が続くが、回避に難は無い。
だが、そのたびに射線上にあった物体──今は使われていない無人宇宙港の管制塔が根本から倒壊し、遥か彼方にそびえる巨大なメサが崩落する。


ミサト「(人気のない星に来ておいて良かったぁ)」

数日前から賞金稼ぎに狙われていると気づいていたミサトは荒事を見越して、あえて無人の惑星を選んで上陸していた。

ミサト「(あの人もそれを理解してここで仕掛けてきたっていうことなら、ただのアウトロー賞金稼ぎってわけじゃなさそうかなぁ)」

相手はミサトの目論見通りこの星に着いてから現れたが、実際はそれまでにも仕掛けるタイミングはいくらでもあったはずだ。
あるいは、相手も無人の星を選んで仕掛けてきたということであれば、それなりに分別のある人物ということか。
賞金稼ぎの中には、目的のためには周囲への被害を避けようとしない乱暴者も多い。



ミサト「(それにしてもこの威力……ただのプラズマブラスターじゃないねぇ)」

相手の動作をよく観察してみると、射撃による反動を利用し銃本体を回転させている。
そして回転の際には、銃の機関部からプラズマブラスターの弾倉とも言えるエネルギーカートリッジが排出されるのが見て取れた。

ミサト「(あの動きはスピンコック……一発撃つ毎に空カートリッジの排出をしているということは……フルバーストセルを使っている?)」

ミサト「(さっきの威力から考えても、おそらく間違いないかなぁ)」

一般的なプラズマブラスターは装填されたエネルギーカートリッジ一個から数十射分のエネルギーが分割して供給され射撃を行うが、
相手が撃ってきているプラズマ弾は一射毎にエネルギーカートリッジの全エネルギーを放出する特殊弾薬『フルバーストセル』によるものらしい。
その威力は、ちょっとした宇宙船の艦載砲にも匹敵し、そもそも対人用に使用されるものではない。
482 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/02(金) 04:57:03.04 ID:SO93X4Vj0

ミサト「ちょっとぉ、それ生身の人に向けて撃つのはオーバーキルじゃなあい?」

さしものミサトも、抗議の声を上げる。
だが、相手の立ち居振る舞いから察するに、恐らく幾度も凶悪な宇宙犯罪者を相手取ってきた歴戦の賞金稼ぎである。
ミサトの言葉を全く意に介すことなく、攻撃の手を緩めない。


「ごもっともだけれど、存外役に立つものよ」

「特に、物陰に隠れた相手を狙う時なんかにね」

ミサト「やばっ」

慌てて遮蔽物としていた岩の裏から転がり離れる。
直後、プラズマ光弾が飛来、直撃した岩は破裂し砕け散り、大小の破片が周囲に降り注いだ。
少しでも判断が遅れていたら同じ運命を辿っていただろう。

巨大な岩石を粉微塵にしてなお、プラズマ弾は勢いが衰えることなく地平の彼方へと飛び去っていった。


ミサト「まったくもう! めちゃくちゃするねぇ!」

うかつに近寄れないため、ミサトは遠距離から反撃を試みる。
所持する拳銃型プラズマブラスターの交戦距離外から、なおかつ走りながらの射撃であるにも関わらず、頭部や胴体などの急所を的確に狙い撃つ。
しかし──

ミサト「……なんで無傷なのぉ?」

相手にはさしたるダメージを与えられていない。
よく見ると、ミサトの攻撃が命中する直前にポンチョ型マントを掲げ、あるいは纏い、銃撃を防いでいるように見える。


「その距離から、正確に当ててくるとはね」

「戦闘機の操縦の腕が立つという話だったけれど、生身でもやるじゃない」

ミサト「お褒めにあずかりどーもぉ!」

相手の挑発じみた発言に、ミサトも苦し紛れの皮肉で返す。

「でも残念だけど、この耐プラズマコーティングフォトニックウィーブにはその程度のプラズマブラスターの弾は効かないわ」

ミサト「なにその説明口調!」

だが、現状では手の出しようが無いことは明白だった。
483 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/02(金) 04:58:06.00 ID:SO93X4Vj0

その後も遮蔽物代わりの岩石を転々としつつ攻撃を回避し続けるミサトだったが、
相手が撃ち切ったカートリッジの再装填を始めたのを確認すると物陰から進み出た。

ミサト「ねぇ? 提案があるんだけどぉ」

「提案……ですって?」

互いの距離が離れており、なおかつミサトが攻撃の意思を示していないため、
相手もリロードの手を止めることはないものの、話を聞く気はあるようだ。


ミサト「その銃、燃費が悪くて大変だよねぇ? 一発撃つごとにカートリッジを一つ消費するんだから」

ミサト「ひょっとして、そろそろ弾切れになるんじゃなあい?」

「心配は無用よ、残りの弾であなたを仕留めるのは訳ないわ」

ミサト「私も、逃げ回るのに疲れてきちゃったからぁ」

ミサト「ここは、早撃ちで勝負しない?」

「早撃ち?」

ミサトの"提案"に、相手は懐疑的な目を向けるが、ミサトは構わず説明を続ける。


ミサト「もうじき日付が変わるから、そうしたら街の時計台が時報を鳴らすでしょう?」

ミサト「お互い背を向けて立って、時報が聞こえたと同時に振り向いて早撃ち」

ミサト「恨みっこ無しの実力勝負……どうですかぁ?」

「古式の決闘方式で決着をつけようということね」

あと十分もすれば、宇宙連合標準時で日付の変更がなされる。
それに伴い、街の中心に建つデジタル時計塔が時報を鳴らす。
時計の時報に限定されないが、特定の合図を元に行う早撃ち勝負は、古来より一対一の決闘の手段として一般的なものである。
484 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/02(金) 04:59:09.03 ID:SO93X4Vj0

「……やりたいことは理解出来るけれど」

ミサトの提案を聞いた相手は、しかし得心がいかないといった様子だ。

先の撃ち合いの結果から、ミサトの攻撃は有効打になり得ない。
にも拘わらず早撃ち勝負などというのは、手の込んだ自殺に他ならない。

「あなた分かっているの? ただのプラズマブラスターでは──」

ミサト「その、対プラズマナントカマントを破れない」

ミサト「もちろん分かっているよぉ、私も逃げ回りながらちゃんと準備したからねぇ」

「準備……?」


ミサト「プラズマブラスターのエネルギー供給リミッターを解除して、オーバーチャージ射撃が出来るようにしたからぁ」

ミサト「一発撃ったら多分壊れるけど、これで威力は十分よぉ」

当然ではあるが、無策というわけでは無いようだ。
内容自体は博打の要素がすこぶる強いが。

「なるほど……いいわ、その小細工に免じて、提案に乗ってあげる」

ミサト「さすが、話がわかるぅ」
485 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/02(金) 05:00:56.19 ID:SO93X4Vj0

決闘の取り決めを交わした二人は、先ほどと同じように近距離で対峙していた。
吹きすさぶ風に煽られた球状回転草が二人の間に転がり出でる。

ミサト「ところで、勝負の前に、あなたの名前を教えてくれない?」

生死を掛けた真剣勝負を前に、ミサトは賞金稼ぎの女に問いかける。

「……ひとたび勝負が始まれば、あとに残るのはどちらか片方だけ」

「……名を名乗る意味など無いわ」

しかし、その返事はにべもないものだった。
賞金稼ぎを生業としている以上、明日をも知れぬ身である。

「私が勝てばそもそも名乗る必要が無い」

「そして、あなたが勝てば私の名前は消える」

標的と名乗りあうなどといった感傷的な行為は、彼女には必要ないというところか。


ミサト「でもぉ、決闘の作法だからぁ、そう言わないでよぉ」

しかし、ミサトも折れない。

ミサト「それに、あなただけ私の名前を知っているっていうのは不公平じゃなあい?」

「……メグミよ」

ミサト「ありがと、覚えておくからねぇ」

少しの逡巡の後、賞金稼ぎの女はその名を告げた。
486 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/02(金) 05:03:04.33 ID:SO93X4Vj0

──────────────────────────────────────────

先ほどの、弾切れが近いのではないかというミサトの指摘は的を射たものだった。
メグミの得物である『プラズマリピーター』の弱点の一つに、弾薬の消耗が激しいことが挙げられる。
実際、残弾は数発といったところだ。

だが、残弾数の低下──あるいは弾切れは、メグミにとってはさして問題にはならない。
メグミの本領はプラズマリピーターによる遠隔攻撃ではなく、プラズママチェットを用いた高速近接格闘術である。

過剰な威力の銃撃に、これ見よがしのコッキング動作。
そして、継戦能力が低いというあからさまな弱点。
それらは全て、弾切れによる戦力低下を相手に印象付け、接近戦へ誘導するための布石に過ぎない。
攻撃手段を失ったと見せかけて相手の油断を誘い、近寄ってきたところを必殺の間合いで仕留める──メグミの常勝戦法の1つだ。

それゆえに、ミサトの言う早撃ち勝負は、メグミにとっては受ける必要のない提案だったのだが……。

メグミ「(この状況において、打開する策があるというのなら、見せてもらいたいものね)」

メグミ「(まさか、正直に決闘を挑んでくるつもりでは無いでしょう)」

決闘に際しある程度の距離を空ける必要があるため、背を向けあって歩みを進める中、相手の取り得る行動を予測する。


先ほどミサトが言っていた、耐プラズマコーティングフォトニックウィーブへの打開策であるエネルギー供給を増してのオーバーチャージ射撃は、
通常のプラズマブラスターで行う場合過負荷による銃身破裂を起こす危険も伴う行為である。
もしも暴発しプラズマ爆発でも起ころうものなら、勝負云々以前の問題だ。

あるいは、メグミを決闘の話に乗せるためのブラフで、他に何か手があるのか──。

メグミ「(さて……どう出てくるか)」

結局のところ、賞金稼ぎとしての好奇心から話に乗ったのだった。
487 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/02(金) 05:04:55.23 ID:SO93X4Vj0

メグミ「(……、……鳴った!)」

お互い背を向けたまま数十秒が経過したころ。
ついに街のデジタル時計塔がデジタル鐘声を鳴らした。
それを合図にメグミは振り向きつつ銃を抜き放つ──が、

メグミ「っ!」

そこにミサトの姿は無かった。


ミサト「ダメじゃないのぉ……宇宙犯罪者の言うことを真に受けたら」

そして、横から問題の人物の声が聞こえてくる。
すぐそばで銃を突き付けているのだろう。

互いに背を向けたことで、視線が外れた隙に回り込んだというところか。
自分から決闘形式の勝負を提案しておきながら、あまりにも小狡いやり方である。

しかし、置かれた状況にも拘わらず、メグミは落ち着き払っていた。

メグミ「やれやれね……そんなことだろうと思ったわ」

ミサト「!?」

次の瞬間、ミサトが銃を突き付けていたメグミの姿は一瞬のうちに消え去り、代わりに背後からミサトの首筋にプラズママチェットの刃が宛がわれた。
いつの間にか、ミサトとメグミの位置関係と立場がそのまま反転している。


ミサト「これは……瞬間移動……ではないかぁ」
                          
ミサト「……なるほどねぇ、立体映像と光学迷彩ね」

ミサト「さっき酒場に入った時に見えなかったのも、同じように姿を消していたってことかぁ」

メグミ「ご明察」

ミサトが看破した通り、これもメグミの常勝戦法の一つ。
個人用クローキングデバイスとホログラムプロジェクタの合わせ技による、攪乱・奇襲攻撃である。
光学迷彩で自身の姿を消しつつ、自身と同じ姿の虚像を投影し囮とする、いわば初見殺しの凶悪な技だ。
488 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/02(金) 05:06:48.08 ID:SO93X4Vj0

メグミ「しかし、まさかあなたの反撃の一手が、決闘の決まりを反故にしての不意打ちとはね」

メグミ「正直、あまりに稚拙過ぎて、失望の念を禁じ得ないわ」

自らの勝利が揺るぎないものと認めたメグミは、いかにもがっかりしたといった様子でミサトを詰る。

ミサト「そっちだって素直に決闘する気無かったんだから、お互い様でしょ?」

メグミ「……まあ、お互い様と言われればその通りね」

しかし、事ここに至ってなおミサトは飄々とした態度を崩さない。


メグミ「(この態度……ただ野放図なだけ? それとも、まだ何かある?)」

その様子に、メグミは些か訝しむ。

ミサト「でも、おみそれしましたぁ、これは私の負けねぇ」

殊勝にも自らの敗北を口にするが、しおらしさといったものは微塵も伺えない。


メグミ「そう、なら大人しく捕まりなさい」

メグミ「これ以上抵抗しなければ、命までは取らないわ」

ミサト「……申し訳ないけどぉ、捕まる気は無いの」

ミサト「出来れば見逃してもらえなぁい?」

メグミ「この期に及んで、何を言い出すのかしら」

冷ややかな目線を物ともせずぬけぬけと言い放つミサトに対し、威嚇の意味も込めてマチェットをさらに強く押し当てる。
489 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/02(金) 05:07:54.59 ID:SO93X4Vj0

ミサト「それが、お互いのためだと思うんだけどぉ……ダメかなぁ?」

メグミ「……っ!?」

メグミ「(銃砲類によるロックオンアラート……直上?)」

ミサトが猫なで声で自身を見逃すよう懇願すると同時に、
メグミの側頭部に装備された戦闘支援デバイスの脅威検出分析システムが、網膜投影による警告を表示した。

刃を突き付けたまま油断なく頭上に目を向けると、遥か上空に明るく光る物体が見える。
戦闘支援デバイスがハイライトした敵性存在──先のロックオン信号の発信源だ。
状況から判断するに、ミサト配下の宇宙戦闘機の類だろう。
遠隔操縦により、メグミを狙っているのだ。


メグミ「いつの間に……あんなものを配置していたのかしら」

ミサト「気付かれないように準備するのは結構大変だったよぉ」

戦闘機に狙われている以上、下手な動きをすればすぐに避けようのない銃撃に晒されるだろう。
超高速の三次元機動を行いつつ射撃を行う宇宙戦闘機のFCSをもってすれば、いかに距離が離れていようと人一人射貫くなど全く問題にならない。
490 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/02(金) 05:10:51.02 ID:SO93X4Vj0

ミサト「ねえ……私もね、今回はあなたに負けたと思ってるの」

ミサト「だからぁ、この勝負はお互い水に流しましょ?」

メグミ「……」

ミサトが言うには、決着をつけることなく、お互いを見逃そうということらしい。


メグミ「(なぜわざわざ私に選択肢を与えるようなことを……)」

メグミ「(これまでにチャンスはあったはず……有無を言わさず撃ちぬけばいいものを……あるいは、単純に機体の配置が間に合わなかった?)」

メグミ「(今だってそう……わざわざロックオン信号を発信して……あえて私にあの戦闘機の存在を気付かせて、手を引かせるつもりだったとでも?)」

メグミ「(気に入らないわね……)」

しかし、メグミの賞金稼ぎとして矜持が大人しく引き下がることを拒む。
先程のミサトの「お互いのため」という言葉通り、未だメグミはミサトの生殺与奪を握ってはいるのだ。


メグミ「……私達の勝負を流せるだけの水は、この乾いた惑星には無いわ」

ミサト「それ、うまいこと言ったつもりぃ?」

ミサト「……残念だけどぉ、あなたがそう思っていても、どうやら"水を差され"そうねぇ」

メグミ「……? あぁ……」

ミサトが唐突に辟易としたような様子を見せたためメグミは訝しむ。

メグミ「また面倒なのが来たわね」

だが、すぐにその理由が判明する。
戦闘支援デバイスに、新たな敵性存在が検知されたのだ。


直後、二人の至近に数発の光弾が着弾した。
491 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/02(金) 05:13:02.40 ID:SO93X4Vj0

『ようやく見つけたぜぇ、賞金稼ぎのメグミぃ……!』

『今まで散々いいようにやられてきたがぁ!! 今日という今日こそは吠え面かかせてやるぞぉぉう!!』

『調子に乗って、毎度の如く足元掬われないようにしてよね』

突然現れた正体不明の宇宙船──先ほどの攻撃元からは、乗組員のものだろうか、やたらとわめき散らす声が聞こえてくる。
どうやらメグミを目当てにやってきたようだ。


『それとぉ……一緒にいる奴は一体ナニモンだぁ!?』

ミサト「うるっさいなぁもう……!」

いかにも面倒そうに、ミサトが上空に待機させていた戦闘機に攻撃命令を出す。
すると機首から、文字通り光速の光の奔流が謎の宇宙船に向けて一直線に伸びる。

『ぐわぁっ! な、何が起こったぁぁ!?』

『攻撃よ、あそこの戦闘機から』

不意打ち気味に高出力ビームキャノンの直撃を受けた乱入者の宇宙船は、黒煙を吹きながら急速に高度を失ってゆく。

『あ、あの戦闘機はぁぁ! ……そこにいる貴様はもしや、フェリーチェ・カンツォーネ!?』

『因縁浅からぬ相手が同時に二人も見つかるたぁ好都合だぁ! まとめてプロデュースしてやるぁ!!』



ミサト「なんでわざわざ外部スピーカーで大声張りあげるかなぁ……」

メグミ「あなた、アレの知り合いなの?」

半ば呆れ顔で呟くミサトに、メグミが問いかける。
乱入者の叫んでいた内容からすると、ミサトも因縁がある様子だったが──。

ミサト「知り合いぃ? アレが? 冗談きついよぉ……知らない人ですぅ」

メグミ「あらそう……」

メグミ「(確かに、可能な限り関わり合いにならないようにすべきタイプだものね、あいつは)」

げんなりとしつつ否定する様子から、メグミもある程度の事情を察した。


メグミ「でもまあ、あのロクデナシと敵対しているということは」

メグミ「あなたは賞金首ではあるけど、悪人というわけではないのかしらね」

ミサト「私が悪人でないかは何とも言えないけどぉ、アレがロクデナシだっていうのには同意よぉ」
492 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/02(金) 05:15:01.10 ID:SO93X4Vj0

ミサト「それで……とんだ邪魔が入っちゃったけどぉ、どうする? さっきの続けるのぉ?」

メグミ「そうね……興が殺がれたわ」

メグミ「腹いせに、あのやかましいのを黙らせることにするわ」

そう言うメグミの視線の先には、墜落し体勢を立て直そうとしている乱入者の宇宙船。

ミサト「腹いせじゃないよぉ、正当な防衛」

メグミ「確かに、向こうから仕掛けてきたんだものね」

ミサト「私も、丁度いい機会だし、ここいらで禍根を絶っておくかなぁ」

先ほどまでは対立していた二人だったが、共通の敵を得た今、奇妙な連帯感を感じていた。
ともすれば、お尋ね者と賞金稼ぎという間柄でありながら、共闘している方が自然に感じられるほどである。


『おいぃ!? あんたらさっきまで攻撃しあってたじゃねぇか!』

『何で一緒になってこっち向かって来るんですかねェ!?』

乱入者の困惑も無理からぬことだ。
先ほどまで殺し合いを演じていた二人が、今は何故か自分を標的に変え向かって来ているのだ。

しかし、"敵の敵は味方"という論法に則った場合、敵対していた者同士が手を組むということは往々にしてあり得ることである。
ましてや乱入者の彼は、ミサトとメグミの両名から疎ましく思われている。


ミサト「問答無用」

メグミ「覚悟することね」

『ちくしょうめえぇぇえ!!!』

冷笑を浮かべる二人を前にした乱入者の絶叫が、夕闇の大地に響き渡った。


───────────────

────────

───
493 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/02(金) 05:17:04.23 ID:SO93X4Vj0

──プリマヴェーラ号内──

ミサト「それでぇ、最終的にあの……あー、あれ、あの気持ち悪いあいつ」

メグミ「……UP」

ミサト「そうそれ、そのUPを二人でコテンパンにしてぇ、意気投合しちゃったってわけ」

P子「なるほど……そこで、ビアッジョ一家を結成したのですね」

メグミ「ま、ミサトと手を組んだお陰で、私までお尋ね者にされてしまったのだけれどね」

ミサト「もう、それは言いっこなしだって、前から言ってるでしょう?」

ミサトとメグミは、P子に乞われてビアッジョ一家立ち上げの経緯を話して聞かせていた。
二人にとって、懐かしく思う程度には昔の話である。


メグミ「それにしても、あれからUPはどうなったのかしらね」

ミサト「うーん……今まで何度も仕留めた! って思ったことがあったけどぉ」

ミサト「結局復活してるからねぇ」

メグミ「一度、あれの宇宙船ごと、恒星に向かって飛ばしたこともあったわね」

ミサト「それでも結局帰ってきちゃったもんねぇ」

ミサト「また、どこかで出てくるんじゃないかなぁ」

P子「……」


P子「(二人の間には、"思い出"が沢山あるのですね)」

P子「(いつか私も、過去を懐かしむ時が来るのでしょうか……)」

二人のやりとりを傍から眺めつつ、P子はまだ見ぬ未来に思いを馳せるのだった。
494 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/02(金) 05:18:31.42 ID:SO93X4Vj0
終わりです
UPをお借りしました

西部公演以来、絶対シェアワに落とし込むんだって意気込んでたけど、ようやく投下出来た……
495 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/08(木) 06:03:41.38 ID:LkNOvbtJ0
もう一つ書きあがったので連投します
496 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/08(木) 06:04:25.02 ID:LkNOvbtJ0

超々高層建築物が林立する世界有数の一大メガロシティ──ネオトーキョー。
文字通り天を穿つかのようにそびえ立つ摩天楼群は、訪れた者に驚愕をもたらし、その視線を釘付けにして離さない。
だが、少し目線を動かし海上(ネオトーキョー自体が埋立地の上に建つ都市ではあるが)を見やると、
陸の都市部とはまた違った存在感を放つ地域が存在する。

ネオトーキョー港湾区、通称『ウォーターフロント』。
旧東京湾の湾口──浦賀水道から太平洋上へと大きく突き出す、超巨大海洋構造物の集合体だ。
ネオトーキョーの海と空の玄関口であり、
(都心に隣接していたとはいえ)新興地域からたった数年のうちに世界中類を見ない成長を遂げた経済特区の、その物流を一手に担う運輸の要衝である。

多数の倉庫群に工場施設に港湾設備──果ては航空機の滑走路までもが築かれた大型メガフロートや、
そのメガフロート構造を係留している洋上プラットフォーム群、はたまた港湾設備上を動きまわる荷役用の大型クレーン類──。
それらの威容は、遠目に巨大な甲殻類の群れのようにも見える。


その中の埠頭の一つ。
大型貨物船の荷降ろし用桟橋に、一隻のコンテナ船が入港してきた。
タグボートに曳航されたコンテナ船が緩慢な動きで接岸し係船されると、
埠頭のガントリークレーンが船上のコンテナを運び降ろすために動き始め、港はにわかに忙しい空気に包まれた。


そんな光景を尻目に、コンテナ船のデッキから乾舷数十メートルはあろうかという高さを飛び降りる人影があった。
人影はそのまま、埠頭に降ろしてあった手近なコンテナの陰に滑り込む。
船上や港で作業を行っている人間の中に、その姿を見咎める者は居ない。
497 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/08(木) 06:06:01.29 ID:LkNOvbtJ0

むつみ「ふぅ……とりあえず、見つからないで来れましたね」

密入国紛いの動きで上陸を果たした人影──氏家むつみは、周囲の様子を伺いつつ息をついた。

クォーツ『うむ、ここまでは手筈通りだ』

彼女の相棒──宇宙から飛来した謎の存在、通称クォーツが、それに相槌を打つ。

むつみ「ネオレインボーブリッジから、下を通る船に飛び移れって言われた時はどうなることかと思いましたよ……」

クォーツ『もうそれは言うな、こうして無事にたどり着いただろう』

どうやら、すでに一波乱あったらしい。


むつみ「ネオトーキョーにアストラルクォーツのかけらが有るって話ですけど」

むつみ「なんでわざわざこんな回りくどい方法でここまで来たんですか?」

アストラルクォーツ──むつみとクォーツが探し求める宇宙鉱石だ。
今回二人(一人と一個)がネオトーキョーにやってきたのは、それを見つけだす目的があった。

しかし、ネオトーキョーに至るまでの道筋に得心がいかないむつみは、その理由をクォーツに尋ねた。


クォーツ『端的に説明すると、敵に気取られないようにするためだ』

むつみ「敵って……穏やかじゃないですね……」

むつみ「カースじゃないんですか?」

クォーツ『うむ、カースではない』

クォーツ『ただ今の段階では、まだ「仮想敵」と呼ぶべきか……事を構えることになるとは限らんのでな』


クォーツ『これから我々が向かう場所は、人の立ち入りが厳しく制限されていてな』

クォーツ『いや、制限というよりも、その存在自体が秘匿されているから──』

クォーツ『一般人はそもそもその場所を知り得ない……と言った方が適切か』

むつみ「秘匿されているって……誰から、ですか?」

クォーツ『先ほど言った、仮想敵──我々の目標を達するうえで、障害となり得る存在だ』

クォーツが言うには、コンテナ船に紛れ密航した理由は、敵対的な存在を避けるためらしい。
カース以外の"敵"と言われても心当たりのないむつみは、話を聞きながら緊張の色を強める。
498 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/08(木) 06:08:15.38 ID:LkNOvbtJ0

クォーツ『目的地──アストラルクォーツがある場所だが、対外的には「関係者以外立ち入り禁止」の区画内にある』

クォーツ『まあ、その表現自体は偽りでは無いのだが、問題はその後だ』

クォーツ『故意にせよ、知らずに迷い込んだにせよ、"関係者"以外が足を踏み入れたが最後──』

クォーツ『漏れなく行方不明者リストに加えられる事になる』

むつみ「えぇ……?」


むつみ「つまり、その"敵"が、入り込んだ人を……?」

クォーツ『それもあるだろうが、人為的な理由以外で行方不明になっている可能性もあり得る』

クォーツ『例えば、入り込んだはいいが迷ったまま出てこられなくなったり……といったところだ』

むつみ「……」



不安そうな面持ちのむつみを余所に、クォーツは話を続ける。

クォーツ『ネオトーキョーの防犯システムが、一般的な都市のそれとは比べ物にならないほど高度だということは知っているか?』

むつみ「授業で習いました」

むつみ「防犯も含めた都市機能の全てが、世界最先端のシステムで動いているって」

クォーツ『生活環境の利便化などと体よく言い繕ってはいるが、その実態は大衆を効率よく管理するための物だ』


コンピュータ制御・ネットワーク接続により管理運営され、極端なまでに電脳化が推し進められたネオトーキョーの都市機能は、
『サイバーフューチャーシティ』として、世界の主要都市でもモデルとされているほどだ。

だが、高度に一元管理されたシステムの恩恵を真に享受しているのは、そこに暮らす市井の大衆ではなく、いわゆる"支配者層"と呼ばれる存在である。

人類が文明を持ち、集団で暮らし始めたその時から、為政者はあの手この手で民衆を管理する策を講じてきた。
ネオトーキョーの都市機能管理構造はその極致と言えるものだ。
499 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/08(木) 06:09:28.21 ID:LkNOvbtJ0

クォーツ『我々の仮想敵は、この都市の、防犯機能も含めた諸々のシステムにアクセスする能力を有しているのだ』

むつみ「それって、警察……?」

クォーツ『警察ではない……警察よりも、よほど厄介な連中だ』

むつみ「そんなの……相手に出来るのかな……?」

敵が都市機能を掌握しているというクォーツの言葉が真実だとすると、これから相手をしようとしてる存在はかなりの勢力ということになる。
むつみの不安も無理からぬことだ。

クォーツ『だから、真っ向から相手にせずに済むように侵入経路を選んだのだ』

それに対して、クォーツは反論するように言葉を続けた。


クォーツ『いいか、敵が用いるシステムの中でもとりわけ厄介なのが防犯・監視カメラだ』

クォーツ『私に言わせてみれば原始的なシステムそのものだが、単純故に厄介なのだ』

クォーツ『一度捉えられれば、顔が映っていなくとも体格や歩き方など、あらゆる情報から個人を特定される』

クォーツ『「関係者以外立ち入り禁止」の場所に入り込むうえで、監視カメラ等に見つかってしまっている状態だと、目的を達成した後も追手がかかるかも知れん』

クォーツ『目的地に向かう進行順路を事前に検証した結果、陸路からだといずれのルートもカメラに見つかってしまうのだ……公共交通機関を使うなどもっての外だ』


クォーツ『そこで、海路から密かに侵入する手段をとることにした……というわけだ』

むつみ「……つまり、クォーツの案内に従えば、監視カメラに見つからずに進むことが出来るんですね?」

クォーツ『そういうことだ』

むつみ「(それなら……きっと、大丈夫……だよね)」


むつみがクォーツと出会い、非日常の世界に足を踏み入れるようになってから、度々窮地に陥ることはあった。
だが、その都度最適な解決方法を提示されており、実際その通り動くことで危機を脱してきていたため、むつみにってクォーツは「信頼に足る存在」として認識されていた。

そういった前提もあり、得体の知れない敵と対峙するかもしれないということではあるが、結局むつみの中では「今回も上手くいく」という考えに落ち着いたのだ。
少し前まで感じていた不安も、払拭できたらしい。
500 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/08(木) 06:10:59.04 ID:LkNOvbtJ0

クォーツ『理想を言えば、今日我々がネオトーキョーに存在していた事実を、全く誰にも知られることが無ければそれがベストだ』

クォーツ『もしも、万が一カース等の存在に遭遇することがあっても、人前では戦闘を避けろ』

むつみ「わかりました」

むつみ「このステージ衣装なら、見つからないようにするっていう目的に適っていますね!」


むつみが現在纏っている胴衣──いわゆる半着と呼ばれる丈の短い着物は、宵の闇に紛れる濃紺だ。
顔の下半分を覆い隠す紫紺の布は首に巻かれ、スカーフやマフラーめいてはためく。
腹部を締める帯には、何が入っているのか、瓢箪がぶら下がっている。

その姿は、一般的にイメージされる忍者あるいはくのいちと呼ばれる存在が着用する装束そのものだ。
秋炎絢爛祭において、『ニンジャヒーローアヤカゲ』と接触した際に得られたステージ衣装、『シノビトラディション』である。

文字通り人目を忍んで活動していた忍者の記憶が宿るシノビトラディションには、風景に紛れる迷彩能力と他人の目を欺く認識阻害能力、
そして、しなやかで素早い動作を可能とする運動能力が備わっている。
現在の目的に合致したステージ衣装だ。
501 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/08(木) 06:12:31.01 ID:LkNOvbtJ0

むつみはクォーツの案内に従い、人目を避けて港湾区の建物の間を抜けて進んでいく。
すると、ある扉に突き当たった。
扉が据え付けられている建物はコンクリート製で、窓などは見られない。

むつみ「港湾区第三区画東46番共同溝……ここですか?」

クォーツ『うむ、中に入るぞ』

外見より重たく感じられる金属扉を開けると、何が出てくるのかと身構えていたむつみの想像に反し、ごく普通の通路につながっていた。
壁面には様々な太さのケーブルや配管が通っている。

むつみ「……入り口には共同溝って書いてありましたけど、ここって、つまり共同溝そのもの……ですよね?」

クォーツ『うむ、ここはまだ目的地ではないぞ』

むつみ「あ、そうだったんですか」



その後もクォーツの案内で、アリの巣のように入り組んだ人気のない都市設備メンテナンス用通路を進んでいく。

クォーツ『そこの扉を通るぞ』

むつみ「はい」

通路に入り何度目かの扉を開けると、そこは遥か下方まで折り返し階段が続く階段室になっていた。
無機質なコンクリート打ち放し壁には、これまた無機質な直管蛍光灯が据え付けられている。
踊り場部分には、商業施設等によくある階数案内は無い。

むつみ「……底が深いですね」

クォーツ『ここを降りるのだ』


階数にすると数十階分だろうか。
相当な長さの下り階段を降りていくと、最終的にまたも金属扉に突き当たった。
やたらに長い階段を下った先にあるという点を除いて、一見して変哲は見られない。


むつみ「やっと一番下まで来られましたね……」

クォーツ『うむ……ここから先が"敵"の支配下だ』

クォーツ『心して進めよ』

むつみ「え? 今までは?」

クォーツ『今まではあくまでネオトーキョーの公共区画に過ぎなかったからな』

クォーツ『もちろん、一般人が立ち入る場所では無かったが──』

クォーツ『ここから先が真の「関係者以外立ち入り禁止」区域だ』

むつみ「分かりました……いよいよ、ですね」


むつみは恐る恐る扉を開け、先の通路を伺う。
今までと同じように、用途の分からない配管がいくつも壁に伝って伸びているが、通路の照明は常夜灯めいた薄暗いオレンジがかったものに変わっている。
また、公共施設において法令で設置が義務付けられている非常口案内表示や消火器等が見当たらない。
502 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/08(木) 06:14:14.60 ID:LkNOvbtJ0

むつみ「……なんですか? この雰囲気」

通路に足を踏み入れた途端、むつみは異様な空気を感じ取った。

クォーツ『ほう、お前にも感じられるか』

むつみ「はい……なんていうか……」

むつみ「今までより薄暗いのはそうなんですけど……居るだけで不安になってくるっていうか……」

クォーツ『つまり、この場所が地表とは異質の空間であるということだ』

むつみ「異質……」

言葉で言い表すことが出来なかったが、むつみは肌に纏わりつくような不快感を感じていた。
カースが出現する際にも気分が悪くなることが多いが、それともまた違った感覚だ。



クォーツ『……やはり、この下層部に来てから、周囲の空間値変動が頻発するようになった』

クォーツ『しかも、振れ幅がかなり大きいな』

むつみ「え?」

むつみが言い知れない不快感を不安に感じていると、クォーツも若干険しい声色で何やら呟く。


クォーツ『恐らく、エセリアルベルトを遮る形でこのネオトーキョーという都市が形成されていることが原因だろう』

むつみ「エセ……なんですか?」

クォーツ『惑星を巡る種々のエネルギーの循環路だ』

クォーツ『地球においては、地脈や龍脈と呼ばれているな』

思わず聞き返すと、クォーツからは宇宙的見地で考察された宇宙用語が飛び出す。
むつみは慣れたものだと聞き流すと歩みを進めるが──。

クォーツ『物質世界の混沌が具象化された都市、ネオトーキョー……』

クォーツ『その中にあって、なお混濁を深める地下空間……か』

クォーツ『まったく……怖気が立つな』

むつみ「……クォーツ?」

むつみはクォーツの独り言に対し、心配そうに声を掛ける。
いつものように勝手に感じた疑問に自己完結しているのかと思いきや、
吐き捨てるかのような、不快感を滲ませた声質が気を引いたのだ。

これまで、クォーツがいわゆる"感情"のようなものを見せたことは無かった。


クォーツ『……いいかむつみよ、私の指示する道を外れるなよ』

しかし、当のクォーツは何事も無いかのように振る舞う。

クォーツ『さもなくば、時空の歪みに嵌って二度と戻れなくなるやもしれん』

むつみ「ええ!? そんな!」

むつみ「道案内、しっかりお願いしますよ!」

むつみも、その後の発言に気を取られ、追及はしないのだった。
503 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/08(木) 06:15:07.98 ID:LkNOvbtJ0

そんな話を続けながら進んでいると、前方から金属製の案山子のような物体が近寄ってくるのが目に入った。


むつみ「な、なんですか? あれ……?」

クォーツ『あれは……ルナール謹製の"保守点検"ボットだな』

むつみ「ルナールって……ルナール社?」

むつみ「保守点検って……何を……? あれ、銃ですよね?」


金属案山子の上半身──丁度"腕"のあたりから、黒光りする筒状の棒──銃身が飛び出している。
胴体部分には、弾倉と思しきドラム状の物体が据え付けられているのが見て取れる。
おそらく、機関銃の類が備わっているのだろう。

クォーツ『あれは当然市販モデルでは無いだろうが……』

クォーツ『ふむ、設備の全自動保守点検を謳っているルナール社製メンテナンスボットだが、少し仕様を変えれば歩哨も勤まるという事だな』

むつみ「な、納得してないで! どうしよう!」

現在地は一本道の通路のため、このままでは鉢合わせるのは時間の問題だ。
その場合、今のむつみはもれなく侵入者認定をされ、攻撃にさらされるであろう。


クォーツ『武装してあるとはいえ、所詮は機械人形だ、てこずる相手ではない』

クォーツ『だが、奴を打ちのめしてその持ち主連中に異常事態を察知されるのは面白くない』

クォーツ『物陰でやり過ごそう』

むつみ「わ、わかりました」

むつみは天井から床へ通る一際大きな配管の裏に身を隠すと、慎重に通路の先の様子を伺う。
504 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/08(木) 06:16:21.37 ID:LkNOvbtJ0

案山子は着実にむつみの居場所に向かってきており、徐々に距離が詰まる。
時折、天井近くの壁面を伝うパイプから漏れ出る蒸気にボットが発する走査レーザー光が映り込み、威圧感を与える。
そのうち、低周波モーター音と共に、細身の金属が打ち合わさるようなガシャガシャとした音──恐らくはボットの歩行時に発するものと思しき音が聞こえてきた。


──そして、むつみのすぐ近くで歩行音が止んだ。


「侵入者探知……戦闘ルーチン起動」

むつみ「えっ?」

甲高いビープ音に続き無機質な機械音声が告げた言葉を聞き取ったむつみは、全身から血の気が引く感覚に見舞われた。


むつみ「っ!?」

その直後、耳元で爆竹を鳴らされたかのような凄まじい破裂音が連続して響き、眩い閃光が通路を照らした。
むつみは反射的に身を縮こませるが──。

「ひゃあああ! 堪忍してぇなああぁぁ!」

自分の後方から聞こえてきた声に気を取られそちらを見やると、人影が走り去っていくのが見えた。
どうやらボットの攻撃は別の存在に向けられたものだったようだ。


「侵入者ロスト……追跡開始」

ボットもまた、人影が逃げ去った方向へと、ガシャガシャと足音を立てながら走り去って行った。

クォーツ『……どうやら、我々の他にも命知らずがいたようだな』

むつみ「なんだかよくわからないけど、助かった?」
505 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/08(木) 06:18:23.93 ID:LkNOvbtJ0

その後もむつみは、通路を進む中で何体もの歩哨ボットに出くわす。
その都度かわし、やり過ごしつつ進む。
いよいよアストラルクォーツに近づいているというクォーツの言葉に従い、通路の角を曲がったところ、新たな存在と遭遇した。


むつみ「あれは……人?」

通路の先に、黒いローブを纏った人型(ことネオトーキョーにおいては、人の形をしていても人間とは限らない)が2体。

クォーツ『まずいな……むつみ、隠れ──』

「何者だ!!」

むつみ「っ!?」

クォーツ『遅かったか……走るぞ!』

2人組に見咎められたむつみは、一目散に駆け出した。



クォーツ『奴ら、ルナールの私兵部隊か』

むつみ「……またルナール社ですか?」

クォーツ『うむ……ようやく"仮想敵"のお出ましだ』

むつみ「え? 敵って……ルナール社が!?」

クォーツ『お前も、連中についてのキナ臭い噂は耳にしたことがあるだろう』

むつみ「それって……"悪魔の企業"とかって……でも、そんなまさか……」


ネオトーキョーの発展と共に世界トップクラスの企業へと急成長を遂げ、ネオトーキョーを事実上支配している『ルナール・エンタープライズ』。
その躍進の陰には後ろ暗い何かがあるのだという世間の風評は、むつみも聞き及んでいた。
しかし、多くの一般人の御多分に漏れず、そのような怪しげな噂も自身には関係の無い事だと気に留めた事すら無かったのだが──。

クォーツ『こんな場所に人間を送り込んで何やら嗅ぎ回っているという事は、根も葉もない噂……という訳でも無さそうだな』

クォーツ『だが、連中が何をしているのかについて思案するのは、この状況を切り抜けてからにした方がいいだろう』
506 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/08(木) 06:20:31.13 ID:LkNOvbtJ0

あても無く逃げ回っていたむつみだったが、気がつけば袋小路──通路よりは広々とした小部屋のような場所へと入り込んでいた。
周囲を探るも、他に逃げ道は無い。

むつみ「どうしましょう……」

クォーツ『こうなっては、戦うしかあるまい』

間を置かずに、先ほどの二人組も袋小路へとやってくる。
完全に追い込まれる形となってしまった。


「これ以上、逃げ場は無いようだな」

むつみ「……」

体格からすると人間の男だろうか。
ボイスチェンジャーで加工されたような無機質な音声が、殊更威圧感を強める。
顔の半分を覆う仮面によってその表情は読み取れないが、むつみは彼らから発せられるひりつくような敵意を肌で感じ取った。

「目撃者は消すよう厳命されていてな……」

黒装束の一人が懐から拳銃を取り出し、その銃口をむつみへと向ける。



むつみ「カースならともかく、人を相手に戦うなんて……」

クォーツ『この状況では悠長なことを言ってもおれまい』

初めて人間と対することになったむつみが怖気づくのも無理からぬことだが、クォーツの言う通り戦わない訳にはいかない状況である。

クォーツ『いいか、人間相手ならそれ相応の戦い方がある』

そこで、いつものようにクォーツのレクチャーが始まった。


クォーツ『この状況下においては、お前のその容姿が大きなアドバンテージとなるだろう』

むつみ「どういうことですか?」

クォーツ『カース相手ではそうはいかないだろうが、奴らは人間だ』

クォーツ『お前が年端もいかない小娘だということで油断している』

クォーツ『出会ってすぐに逃走したことも相手の油断を誘えたな』

クォーツ『そこを逆手に取るのだ』

むつみ「な、なるほど……ちょっと複雑な心境ですけど……」

クォーツ『銃を持った方の動きに注目しておけ、気の流れと筋肉の動きを見極めろ、奴の発砲と同時に攻撃に移る』
507 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/08(木) 06:22:52.14 ID:LkNOvbtJ0

むつみ「(今だっ!)」

むつみは自分を狙う拳銃の、その引き金に掛かった指が僅かに動いたのを視認すると、瞬時に射線軸より身体をずらした。
直後、乾いた発砲音と同時に、弾丸の様に駆け出す。


むつみ「これは正当防衛ですよ!」

背に下げた鞘から忍刀を引き抜きつつ、拳銃を持った方の腹部を柄頭で打ち抜く。

「ぐ……が……っ」

想定し得ない一撃を受けた黒装束の一人は拳銃を取り落とすと前のめりに倒れこみ、そのまま動かなくなった。


むつみ「(刃を当てるわけにはいかない……峰打ちでっ!)」

むつみは勢いそのまま、もう一人の黒装束を直刀の棟で打ち据える。

むつみ「(っ!? 躱された!?)」

だが、その剣閃は空を切るばかりだった。

相手はむつみの攻撃が届く直前に、後ろ飛びで距離を取っていた。
突如として攻勢に出たむつみの動きに動じることなく即座に対応したところを見るに、戦闘慣れした手練れであろうことが推測できる。



「小娘が、ふざけやがって……!」

黒装束は反撃に転じることなく、腕に装着された端末を何やら操作している。

「現れ出でよ……ッ!! フレアブラアアァァアスッッ!!!」

むつみ「うわっまぶしっ」

そして、何事かを叫ぶと、薄暗い通路が閃光に包まれた。



目を眩ます程の光が晴れると、むつみの眼前には小部屋の天井までを覆うほどの体躯を誇る巨大な生物が立ち塞がっていた。

むつみ「えぇっ!?」

その形貌を認めたむつみの顔が驚愕に染まる。


むつみ「な、何……あれ……っ!?」

地球上に存在するどの生物とも似つかないものであったためだ。



全身は赤銅色の鱗状の物体で覆われ、二本の脚で直立し、背部からはコウモリの羽を太くごつくしたような二対の翼が生えている。
上半身から伸びる腕部の先端には土木作業用のツルハシと見紛うほどの凶悪な鉤爪が生え揃っており、頭部から僅かに覗く牙も大きく鋭利だ。


その姿はまるで──


むつみ「ドラゴン……?」

おとぎ話の中の、怪物そのものだった。
508 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/08(木) 06:24:44.12 ID:LkNOvbtJ0

クォーツ『今のは……空間転移? いや、事象再現か』

クォーツ『ふむ……なかなかどうして、面白い技術を持っているじゃないか』

またもクォーツは、自己完結しつつ喜んでいる。

むつみ「感心してないで! どうしたらいいですか!?」


クォーツ『あれは、一般的にドラゴン──竜族と呼ばれる生物だな』

クォーツ『先ほどあの男は、フレアブラスと呼んでいたか』

むつみ「ふ、フレアブラスって?」

クォーツ『そうか、一般人だったむつみには見慣れないものか……』


クォーツ『炎のフレアブラス──』

クォーツ『魔界の竜族の中で、雷のテラソーギグ・氷のブリザイアと合わせ、御三家だとか、あるいは三竜だとか呼ばれている種類だ』

むつみ「ま、魔界の竜族……!?」

クォーツ『あー……今はそれは置いておくべきだ、後で説明してやる』



むつみにとっては想像上の存在であるドラゴン──。
それこそ空想物の冒険小説などではよく目にする存在ではあるが、
それが自身の眼前に立ちはだかっているという現実は、容易に受け入れ難いものだった。
だが、相変わらず落ち着き払ったクォーツの様子からすると、驚愕するほどの事ではないらしい。

むつみ「(でも、ドラゴンていったら、大抵はもの凄く強いやつじゃないですか!)」

むつみは改めて、己が非日常の中に置かれているのだと痛感する。



クォーツ『なんにせよ、あれは所詮事象再現によって生み出された紛い物の劣化コピーに過ぎん』

クォーツ『その能力も、本物の竜族には比べるべくも無いものだ』

クォーツ『戦って倒せぬ相手ではない』

むつみ「ほ……本当に?」

そんなむつみの様子を余所に、クォーツは事も無げに言い放つ。
ともすれば、今まで戦ってきたカースなどの存在と同じく、目の前のドラゴンも倒すことが出来るのではないかと、むつみにそう思わせるだけの貫禄があった。


むつみ「どっちみち、戦わずに済ますことは出来ない……ですもんね!」

意を決したむつみは、眼前のファンタジー世界から飛び出したかのような怪物を見据え忍刀を構えた。
509 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/08(木) 06:27:29.54 ID:LkNOvbtJ0

クォーツ『っ! まずい! 一旦身を隠せ!』

むつみ「えっ!?」

ドラゴンと戦う覚悟を決めたむつみは今にも飛び掛からんとしていたが、突然のクォーツの言葉に気勢を殺がれる。
何事かと攻撃を取りやめ様子を伺うと、ドラゴンの口元のあたりが陽炎のように揺らめいているのが見て取れた。


むつみ「(相手は炎のドラゴン……ということは……まさか)」

むつみが逡巡していると、ドラゴンがやおら口を開きつつ大きく息を吸い込むような動作を見せた。

クォーツ『早く隠れろ!!』

クォーツの怒声に慌てて隠れ場所を探す。
だがその直後──むつみが危惧した通りだったが──灼熱の火炎がドラゴンから放たれた。


むつみ「あっ! あつっ!! これじゃ、近寄れないです!!」

既の所で部屋の中央に立っていた柱の裏に逃げ込むが、凄まじい熱量に挟まれ、身動きもままならない。
攻撃するにせよ逃げるにせよ、敵の眼前に姿を晒すことは不可能だ。

クォーツ『落ち着け、敵の火炎とて無制限に吐き続けられるわけではない』

クォーツ『途切れたところを反撃だ』


クォーツの言葉通り、数秒後に炎が弱まり、止んだ。
むつみはすぐさま柱から飛び出すと、ドラゴンの足を斬りつけるが──。

むつみ「か……硬い……っ!」

ワニ革を何十倍にも分厚くしたような表皮の上に、さらに硬度のある鱗が備わっている。
刃は受け流されてしまい、何度も切りつけるが傷を付けることすらままならない。

ドラゴンの方は全く動じることなく、むつみを矮小な存在と認めると、目線だけを動かし睨みつける。
そして、思い切り腕を振り上げると、力任せに叩きつけた。
大ぶりな動作のため避けるのは容易だが、その衝撃は地下空間を大きく揺らし、コンクリート製の床から小部屋全体に亀裂が走った。



むつみ「どうしましょう……攻撃が効かないです」

むつみは再度の火炎放射に備えいったん距離を取るとクォーツに相談する。


むつみ「セクシーカモフラージュの武器なら、効果はありますかね?」

クォーツ『いや……先ほどのお前の斬撃の威力と、あれの防御力とを分析したが──』

クォーツ『仮にセクシーカモフラージュの武装を用いても、あれに有効打を与えることは困難だろう』

むつみ「そんな……じゃあ、一体どうすれば!」

クォーツ『(むつみの実力からすると……現状では奴の相手は荷が重いか)』
510 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/08(木) 06:31:46.81 ID:LkNOvbtJ0

クォーツ『…………仕方がない』

むつみ「え……?」

重苦しく、苦々しげに絞り出したクォーツの呟きをむつみは聞き逃さなかった。


クォーツ『おいそれと使うべきではない技だが……この際仕方がない』

クォーツはそのまま言葉を続ける。


クォーツ『いいかむつみよ、これから私の力の一端をお前に授ける』

クォーツ『ステージ衣装再現などではない、"私の力"の一端だ』 

クォーツ『それを用いて、あのドラゴンを仕留めるぞ』

むつみ「……は、はい!」

ただならぬクォーツの様子に、むつみは気圧され気味に頷いた。
直後、脳内にステージ衣装を再現する際の様に、イメージが流れ込んでくる。



むつみ「(事象の消滅……因果律の消去……?)」

むつみ「クォーツ、これって……」

クォーツ『今は言う通りにしろ!』

むつみ「わ、わかりました!」

頭をよぎるイメージについて訝しんだむつみは、"力"について問いかけるも、クォーツは有無を言わせない。
むつみは意を決してドラゴンを見据えると、目を閉じ精神を集中させる。



むつみ「汝、憫然たる現世の迷い子よ……」

むつみが脳内に流れ込む言葉を紡ぐと、突如としてクォーツの内奥でなにがしかのエネルギーが渦巻くのを感じ取った。


むつみ「冥き虚無の闇を以って、其に久遠の安寧を齎さん……」

小さな石ころ然としたクォーツには似つかわしくないその膨大なエネルギーは、まるで脈動するかのように膨張と収縮を繰り返している。


むつみ「リヴァートゥザヴォイド!」

かっと目を見開き、そして"トリガー"となる言葉を発した瞬間、それは一気に放出された。


先ほどドラゴンが現れた時とは対照的に、光の届かない宇宙空間を思わせる漆黒がクォーツから迸る。
それは、力を向けた対象であるドラゴンも、力を行使したむつみさえも巻き込むと、小部屋全体に広がっていく。
511 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/08(木) 06:33:21.32 ID:LkNOvbtJ0

──────────────────────────────────────────


むつみ「なに……これ……」

むつみ「何も見えない……暗い……?」

今やむつみの周囲は、黒一色で覆われていた。
だが、暗いという表現は適当ではなかった。


むつみ「声に出しているはずなのに……耳も聞こえない?」

視覚をはじめ、聴覚や五体の触覚といった、外界の情報を得るための器官の感覚が、全て消失している。


むつみ「ど、どうなっちゃったの……?」

むつみ「……このまま戻らなかったり、なんてこと……ないよね?」

ともすれば、"意識"だけが存在しているような感覚に、むつみは強い焦燥感に覚える。
512 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/08(木) 06:36:23.50 ID:LkNOvbtJ0

───────────────

────────

───


むつみ「はっ!?」

気が付くと周囲の"黒"は引き、元の小部屋が視界に戻ってきた。

時間の流れが変わっていたのか、むつみの体感では黒い空間にいたのはとても長く──ともすれば、永遠にも感じられるほどだった。
しかし実際には一秒も経っていない。

直前まで対峙していたドラゴンの姿はどこにも見えない。


むつみ「(ドラゴンは……クォーツの"力"で、やっつけた……?)」

クォーツ『むつみ! 今だ!』

むつみ「っ! ……はい!」

些か混乱をきたしていたむつみは、クォーツの声で我を取り戻す。


「今のは魔術か!? 貴様は一体……っ!?」

虎の子のドラゴンを失い、狼狽する黒装束を見据えると、一気に駆け出す。

「くそっ!」

想定外の事態に反応が遅れた黒装束は、懐から短剣を取り出す。
だが、その時にはすでに眼前にむつみの刀が迫っていた。



むつみ「はぁっ!!」

「ぐはっ……」

峰打ちとはいえ強かに忍刀に打ち据えられた黒装束は、一人目と同じように動かなくなった。
だが、息はあるようだ。

むつみ「ふぅ……」

むつみは残心を解くと、大きく息をついた。
初めて人間と対峙したが、カースを相手取るよりよほどやりづらいと感じられる。


むつみ「出来れば、乱暴は避けたいですけど……」

むつみ「でも、先に手を出したのはそっちですからね」

むつみは倒れ伏す二人組に、言い開きをするように声を掛ける。


非日常に巻き込まれ、これまで何度か戦闘も経験しているとはいえ、
むつみの本質は同世代と比較しても大人しい方に分類される少女のそれである。
他人に対して暴力を振るうことに抵抗が無いわけがなかった。

だが、よく読む冒険小説の展開を鑑みてか、自身に敵対的な存在に対する武力行使を躊躇わない丹力も持ち合わせていた。
その結果、今回の二人組との戦闘も制することが出来たということになる。
513 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/08(木) 06:41:11.82 ID:LkNOvbtJ0

クォーツ『なんとか切り抜けたな』

むつみ「はい」

むつみが落ち着いた頃を見計らって、クォーツが声を掛ける。


クォーツ『私をその二人に近づけるんだ』

クォーツ『姿を見られたからな……記憶操作をしておく』

むつみ「そんなことも出来るんですか」

むつみ自身は知る由も無いことだが、むつみも初めてクォーツと出会った時に、その記憶を覗かれている。
どうやらクォーツには、人の記憶をどうこうする能力も備わっているらしい。


クォーツ『ここでの戦闘自体を無かったことには出来んが──』

クォーツ『うまくすれば先ほど逃げ去った人物の仕業──と思わせることも出来るかもしれん』

むつみ「それって、濡れ衣……」

クォーツ『濡れ衣ではないぞ? 私が行うのは、この二人から我々の記憶を抜き取るだけだからな』

クォーツ『ルナールの連中がどう事後処理をするかについては、私の与り知るところではない』

むつみ「そ、そうですか……」

当初の目標は誰にも見つからず、戦闘も避けるということだったが、
差し当たりこの二人組さえなんとかすればまだむつみ達の存在が知れることは無い。



クォーツ『ついでに、この者達の使っていた端末も調べてみようか』

そう言うと、黒装束が腕に嵌めていたウェアラブルコンピュータから白い光が浮き上がり、クォーツに吸い込まれた。

クォーツ『これは……ほう、「魔族再現プロトコル」とは……大層な』

クォーツ『役に立つかもしれん、頂いておこう』



クォーツ『さて、時間を食った』

クォーツは黒装束から得られた情報をひとしきり分析すると、改めて切り出した。

クォーツ『幸いアストラルクォーツはすぐそこだ、急ごう』

むつみ「わかりました」

むつみもそれに応え、再び歩き始める。
514 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/08(木) 06:46:16.09 ID:LkNOvbtJ0

むつみ「ところで、どうやってアストラルクォーツの場所を調べているんですか?」

アストラルクォーツまでの最後の道のりを進むなかで、むつみはふと思いついた疑問をぶつける。
迷路という表現では生易しい、迷宮のようなネオトーキョーの地下空間を、迷うことなく進んできたためだった。


クォーツ『アクティベート──活性化した状態のアストラルクォーツは、特徴的なエネルギーを放出していてな』

クォーツ『それを検出し、辿っているのだ』


クォーツ『前にも見ただろうが、不活性状態のアストラルクォーツはただの透明な石で、活性化したものは輝く性質がある』

むつみ「なるほど……」

原理は分からないが、とにかくそういうものなのだろう──と、むつみは納得する。


クォーツ『ほら、見えたぞ……あれだ』

クォーツの言葉通り、むつみの視界の先には、宙に浮く輝く水晶体──アストラルクォーツがあった。



むつみ「やっとたどり着きましたね……」

ため息交じりにむつみが呟く。
アストラルクォーツの元にたどり着くまで、ネオトーキョーに上陸してからおよそ2時間が経過していた。


クォーツ『何はともあれ、これで目的達成だ、情報を回収して引き上げよう』

以前自宅で見た時の様に──あるいは先ほどの黒装束の端末の時の様に、アストラルクォーツから光が飛び出し、むつみの首物にあるペンダント状になったクォーツへと吸い込まれた。

するとその直後、むつみは足元が「ぐにゃり」と、変形したような錯覚に陥った。
思わずバランスを崩し倒れこんでしまう。


むつみ「えっ!? 何が起こってるんですか!?」

混乱を来たしたむつみはクォーツに問いかける。

クォーツ『どうしたことだ……突然周囲の空間値が……異常値だぞこれは!!』 

何が起こっているのかは分からないが、その様子からするとどうやらクォーツにとっても想定外の事態らしい。



クォーツ『そうか……この地下空間は、エネルギーのわずかな均衡を保って、非常に危うい状態で形作られていた』

クォーツ『アストラルクォーツの情報を回収した際にそのエネルギーの均衡が破られ……このようなことが……っ!』

むつみ「目……目が回って……来ました」

いまや空間全体が渦を巻くかのように蠕動している。


クォーツ『むつみ、取り合えず何かに捕まるんだ』

クォーツ『こうなっては空間が安定するのを待つほか無い』

むつみ「わ、わかりました……けど……気持ち悪い……っ」

むつみは目を固く閉じ、海上で激しく波に揺られる小型船舶に乗っているような感覚に必死で耐える。
次第に揺れは大きくなり、天地が逆さになったかのような感覚に見舞われる。

むつみ「うぅ……早く……収まって……!」
515 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/08(木) 06:47:16.40 ID:LkNOvbtJ0

むつみ「あれ……収まった……?」

数分間はそうしていただろうか、ふと気が付くと、感じていた揺れのようなものは収まっていた。
むつみは恐る恐る目を開ける。


むつみ「え……?」

むつみ「ここ……どこですか……?」

するとその視界には、つい今しがた立っていた空間とは似つかない光景が飛び込んできた。


陽光が届かない場所であるという点はネオトーキョーの地下と変わらない。
だが、その天井がやたらと高い。
目測で数百メートルはありそうだ。

むつみ「なんか……やたらと広い場所……ですけど」

さらに横方向の空間も地下通路とは言えないほど広がっている。
周囲を見渡しても、壁が見えないのだ。
516 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/08(木) 06:49:27.04 ID:LkNOvbtJ0

クォーツ『ここは……周囲の光景から推察するに、おそらく「アンダーワールド」だな』

この空間にやってきてしばらく沈黙を貫いていたクォーツだったが、ようやく口を利いた。

むつみ「アンダーワールド?」

もはや慣例だが、クォーツの発する耳慣れない単語にむつみが聞き返す。


クォーツ『地球人──ここでは"地上人"と呼ぶべきか』

クォーツ『地上人が暮らしている地表の地下深くに築かれた──地表の対比として、地底人と呼ぼうか』

クォーツ『その地底人の都市──いや、国家だな』

むつみ「地下深くって……冒険小説なんかで、地球空洞説なんてのは見たことがありますけど……まさか……」


クォーツ『つい先日までただの一般人であったむつみが知らぬのも無理は無い』

クォーツ『先ほどの"魔界のドラゴン"もそうだが、この地球という星は普段お前たちが暮らしている地表以外にも、様々な空間を内包している』

クォーツ『おおよそ大半の地球人は、その事実を知らないのだ』

むつみ「地底世界に……魔界……」

クォーツの説明を聞いても未だに理解の及ばない規模の話だ。
クォーツがやってきた外宇宙の話も大概ではあったが、現在むつみが暮らす地球にも、まだまだ多くの未知が存在しているらしい。



クォーツ『とりあえず、地上に戻る手だてを探る必要があるな』

クォーツ『想定外の事態ではあるが、文明が存在する場所だ』

クォーツ『まあ、なんとかなるだろう』

クォーツからは時折楽観的とも思える言葉が出るが、その実、彼の中に蓄積された膨大な情報を現況と照らし合わせ、精査したうえでの発言になる。
事実、むつみに行動指針を示すにあたっても、今までそれで問題なくやってこられたのだ。

むつみ「そうですね、ここで立ち尽くしているわけにもいかないですから」

そしてむつみの意識の切り替えも早かった。
こういった点において、確実に成長が伺える。



むつみ「とりあえず、人を探してみますか」

クォーツ『そうだな、早々に地上に戻れるよう願おう』

二人は脱出手段を求め、未知の地底世界へ歩みを進めるのだった。
517 :@設定 ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/08(木) 06:51:48.29 ID:LkNOvbtJ0

※クォーツの力 "無"属性攻撃

なんか怪しいモヤモヤや光線などを発して、それの対象となった物を消滅させる技。
その現象の正体は「事象の崩壊」──宇宙の法則に干渉して因果を書き換え、対象を「何も無い状態」にするというもの。
実際に行使するのはむつみだが、クォーツの持つ力の一部が発現した物であり、彼が宇宙を旅する中で気の遠くなるような時間をかけて編み出した技だったりする。
発動の際にはクォーツに蓄えられたエネルギー(カースを狩った時に放出されるエネルギーを集めている)を大量に消費するため安易に連発することは出来ない。

ちなみに、発動前に詠唱っぽいものが必要なのは、セーフティ解除用の音声認証システムを通すため。
魔術と似ているが特に関係は無い。

むつみ「あの……"詠唱"がなんかやたらと禍々しいんですけど」

クォーツ『……気のせいだ』
518 : ◆lhyaSqoHV6 [sagasage]:2018/11/08(木) 06:53:28.00 ID:LkNOvbtJ0
終わりです
さあナタを地上に連れ出す準備を始めよう


名前は出てないけど亜子お借りました
519 : ◆zvY2y1UzWw [sage]:2018/11/08(木) 22:23:18.74 ID:k/fvSBCY0
おつかれさまでして!
どちらの作品も読み応えがありましたね

ミサトとメグミの出会い編は壮大過ぎるスケールの西部劇…というか破壊力が尋常じゃねぇぜ!
むつみちゃんはまさかのネオトーキョー潜入から地下世界行きという大冒険…なかなか女の子一人で経験することじゃないですな!
まルナール社の技術力も物凄いし不穏しか感じないぜー!…竜族のコピー作成かぁ…解き放たれたら大惨事やろなぁ…
520 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/14(水) 02:57:37.29 ID:gcw/fb2eo
おつおつ
521 : ◆6J9WcYpFe2 [sage]:2018/11/20(火) 04:06:24.07 ID:RuS2Oh8G0
お久しぶりです。続きかけましたので、投稿します。

憤怒の街(事件後)編です。
落ち着いてはいるから、もう何本かは投稿したいなぁ
522 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/11/20(火) 04:12:27.77 ID:RuS2Oh8G0
時は、シンデレラ1との交信を終えた辺り。

「・・・・・・司令官殿、よろしいので?」

憤怒の街の外れのGDFの施設の一室にて、傭兵の男が司令官と呼ばれた男に話しかけた。

「いいも何も、好都合だ。
 確かにシュガーハートは強い。元はGDFの英雄とも言われた奴だからな。
 だがな・・・・・・」

椅子に座っていた司令官は口元をニヤリとさせた。

「シンデレラ1だって負けちゃいない
 あれは対カース用の目的で作られたサイボーグ兵士だ
 通常のGDFの一般兵はおろか、エリート兵士だって、あいつらの比較にはならん」

司令官は机に置かれているティーカップを手に取り、中に入っていたコーヒーをすすった。

「何より奴らのスペックは私も知っている。私も一連のGDFの研究には関わっていたからな。
 奴らは一般兵士では何人がかりでも扱うはおろか、持つことも難しい重量の兵器も軽々使いこなすし、
 装備次第では戦車の砲弾を受けたって平気だ。それが3体もいる。
 ・・・・・・一方、シュガーハートは生身。
 いくらGDFの英雄様といえど、これでは3機の戦車に単身で突っ込むようなもんさ」

「だが、仮にも英雄様なんでしょ? もし切り抜けられたらどうするんです?
 それに状況次第では、そのシンデレラ1とも戦わなきゃならんことにはならないんです?」

「ああ、シンデレラ1については問題ない。 奴らが絶対に逆らえない秘策は知っているからな。
 まあ、もしシンデレラ1が負けるようなことがあるとするならばだが、その時はお前らに頑張ってもらう。
 コラプテットビークルを利用して、疲弊したシュガーハートを叩きのめしてやってくれ」

「・・・・・・まあ、シンデレラ1が来なきゃ、奴らを消すのは俺たちの役目ですし、了解しやした。
 んじゃ、ちょっと行ってきますわ、司令官殿」

そういって、傭兵の男は去って行った。

「・・・・・・大体、シュガーハートの功績など、本当のものなのかなんてわからんからな。
 『数百万のカースの大群を一人で倒した』だの『奴の武器だけ2世紀先をいっている』など、誰が信じるものか。
 ましてや、『GDFのために天から舞い降りた英雄なのだ』とか言っている奴など、頭がおかしくなったとしか思えん」

ぽつりとつぶやいたその噂は、傭兵の耳には届かなかった。
523 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/11/20(火) 04:15:20.00 ID:RuS2Oh8G0
そして、時は進み―――

「お、いたいた
 写真の女と似てる・・・・・・あれがシュガーハートか
 ・・・・・・ただのコスプレ好きな、どキツイ女にしか見えんな。あんなもんがGDFの英雄かよ」

彼は双眼鏡で、シュガーハートが乗っている車を発見した。

今のところ見えるのは、車を運転している男とシュガーハートのみだ。

「って、話には聞いていたが、あの森を通過してんのかよ
 あれ、認識阻害装置とか以外にも、思考を操作して、この場所を通りたくなくなるようにする装置も設置してたんだけどな。
 あれ、高かったんだぞ、くそっ」

そしてその進路先には、コラプテットビークルと化した戦車。

「ははっ、英雄ってもんは案外あっけなく死んでしまうもんだ
 砲弾に撃たれて死に―――!?」

その戦車が突然大きな音を立ててひしゃげた。

周囲に土煙が上がり、その煙が晴れたところから、1人の大男と外国人の女性が現れた。

「な、なんだあの大男!?
 一体どこから・・・・・・まさか空から!?」

そうして空を見上げると、英国GDFのエンブレムがついた輸送機が飛んでいるのが見えた。

「ま、まさか英国GDFも来るとはな・・・・・・
 だが、あの森には認識妨害装置が設置してある。
 落ちてきた奴らはともかく、空の奴らにはあの森は見えていない。」

となれば、作戦は変わらない。

「落ちてきた大男の対処は大変だが、奴らを消せば、憤怒の街の秘密は守られる
 そうすれば、司令官殿が大儲けして、俺もそのおこぼれに預かれる」

シュガーハートを乗せた車は一旦停止し、中から少女と女性2人―――あれも子供だろうか―――が現れた。

「あの2人は見るからに弱そうだ。いざとなればあいつらを人質にすりゃあいいか。
 ―――にしても、研究者風に、魔法少女風に、・・・・・・なんか全身黒い奴。
 こいつら、一体憤怒の街に何しにきたんだ?」

そして、空から落ちてきた英国GDFの女性と大男を乗せて、車が再発進する。

「まあいいか。どうせ奴らも消すんだ。理由なんかいらん。
 それに―――そろそろ"お姫様"も到着するようだしな。」

双眼鏡から目を離した傭兵の視線の先には、1機の大型輸送機が飛んでいた。

―――そして時は、ユウキ達が目的地に到着するまで進む。
524 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/11/20(火) 04:19:55.83 ID:RuS2Oh8G0
ドアを開け、あたりを見回すと・・・・・・多少、荒れ果ててはいますが、
普通のごく一般的な家庭の玄関でした。

「・・・・・・よし、ここで間違いなさそうですっ」

「何で知ってるの?」

「依頼主さんから、家の特徴を聞いていますからっ」

そのまま家に上がり、中へと入ろうとした時・・・・・・

「・・・・・・」

チカちゃんがふらふらと歩きだしていきました。

そしてそのまま2階へと・・・・・・

「チカちゃん?」

「凛さん、行きましょう」

「あ、うん・・・・・・」

私達は後を追うように2階へと上がっていきました。

そして、そのうちの一つの部屋にチカちゃんが入り、私達も続いて入りました。

内装はボロボロ。棚も倒れて、まるで地震にあったかのようでした。

「これは・・・またひどくやられちゃってるね・・・」

そういって、凛さんは倒れた棚の中を覗きこみますが・・・

「・・・? 中身がない?」

そう呟き、怪訝そうな顔をしました。

「・・・・・・そこはチカのおうちだよ」
525 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/11/20(火) 04:20:28.00 ID:RuS2Oh8G0
「おうち・・・? どういうこと?」

「凛さん、チカちゃんがカースだっていうことは知ってますよね?」

「? そうだけど・・・」

「そして、カースはさっき見たコラプテットビークルみたいに、カースは物に取りつくこともあるようですっ」

「・・・なるほど。
 そして、この棚が家だったっていうことを考えると・・・チカちゃんは元は人形だったんだ」

「そういうことですっ
 そして、私が手紙を届けるときには、ほとんどの場合で家にお届けしますっ」

私はバッグから手紙を取り出し、チカちゃんに差し出す。

「はいっ、お手紙ですっ!」

チカちゃんは手紙を受け取ると、早速封を切って読み出しました。
526 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/11/20(火) 04:22:10.99 ID:RuS2Oh8G0
しまった・・・・・・>>524>>525は僕です。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

―――ラブリーチカちゃんへ

初めまして。
君は私のことを全く知らないかもしれないけれど、私は君のことをよく知っている。
だって、私はテレビでラブリーチカちゃんの活躍をよく見ていたから。

初めて君の姿を見たのは、私が小さい頃だった。
当時、学校でいじめられていた私は、ある日の朝のテレビで君の姿を見た。
君の体よりも何倍にも大きい敵に対して、勇敢に戦っていた姿は、私に勇気をくれた。
そのあと、いじめっ子のリーダーに歯向かって、まあ、結果的には返り討ちに会ったけども、それ以来いじめられることはなくなった。
それから毎週、テレビで君の姿を見るたびに、私はテレビの前で応援し続けた。
時にやられそうになりながらも、友達のために、地球のために戦う姿は、大人になったときであっても、印象強く覚えている。

だけど、そんなラブリーチカちゃんに対して、1つだけ可哀そうに思ったことがある。
それは、一緒に戦ってくれる仲間がいなかったことであった。
君の体よりも何倍にも大きい敵に対して、勇敢に戦っていた時も、
一度は負けて、厳しい修行をした時も、
最後の敵に対して、満身創痍になりながらも打ち勝った時も、
そばで応援してくれたり、手助けしてくれる仲間はいても、戦っているのはラブリーチカちゃん1人だけだった。

今も君は1人で戦っているのだろうか?
この世界には、君みたいに強大な敵に対して勇敢に戦うヒーローがたくさんいる。
そしてきっと、君と一緒に戦ってくれる仲間もいるはずだ。
そんな仲間を探してほしい。
そのほうが―――きっと、寂しくないから。

この世界に生まれ落ちた君に、幸あらんことを。

ラブリーチカのファンの1人より―――
527 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/11/20(火) 04:23:28.39 ID:RuS2Oh8G0
「・・・・・・うん、きっと仲間を作るよ。
 そしたら、みんなと一緒に会いに行くからね・・・・・・!」

手紙を読んだチカちゃんは、目に涙を浮かべていました。

「・・・ラブリーチカって、架空のキャラクターだよね?
 それなのになんでこの人はいると思って書いているんだろう・・・?」

「病室で治療を受けていた時、憤怒の街でさまよっているチカちゃんの夢を見たんだそうです。
 それで、ラブリーチカちゃんがいると思ったんだそうで・・・」

「そんな理由で・・・? 変だよ、それ・・・。」

そう言った凛さんに、私は微笑みで返すと、チカちゃんに目線を合わせるためにしゃがみました。

「チカちゃん、手紙を読んでどうでしたか?」

「・・・あたし、ずっと1人ボッチだと思ってた。
 でも、私は知らないけど、ちゃんと私を応援してくれている人がいて、それに気づかせてくれた人がいて・・・グスッ、
 あ、あたし、1人ボッチじゃないんだなって・・・!」

そしてチカちゃんはわんわんと、泣き出してしまいました。

凛さんと私は、泣き止むまでずっと見守りました。
528 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/11/20(火) 04:32:29.41 ID:RuS2Oh8G0
「あなた達ですね? 勝手に憤怒の街に入った兵士っていうのは」

ヘリから降りてきた少女3人に、心達は銃を突きつけられていた。

「おいおい、待ちなって♪
 いきなり銃を突きつけられても、はぁと、困っちゃうぞ、おい☆」

「とぼけたって無駄ですからね!
 あなた達を探すために、憤怒の街を端から端まで探したんですからね!」

「そりゃあ、ご苦労さん♪
その途中であちらの方に森が出来てたのを見かけなかったか?」

銃を突きつけた少女達は顔を見合わせる。
そして、ヘリに乗っていた男に視線を向ける。

「・・・そんなもの見たことがないな。この一帯は草木一本も生えない廃墟になったと聞いている」

「そうですよ!第一そんな平和そうな所、あったらここからでも分かりますよ!」

「でまかせを言って、こちらの気を紛らわせようたって、そうは行きませんからね!」

「あんまり変な事を言ってると、撃ちますよ!」

そうして銃を構え直す3人。

「・・・そっか。あんた達は部外者ってことか」

心の後ろにいるポストマンとケイトが身構える。黒い人型のカースは腕を組んで相手を見据えていた。

「いや、いい。はぁとがやる。」

その彼らを、心は手で制し、前に出る。

「というより、こいつらははぁとが相手をしてやらないといけないようだしな☆」

「・・・どういうことだ?」

ヘリに乗っていた男が訝しそうに訊ね返した。

「強化兵計画」

「!?」

その一言に反応した4人。
しかし、心は話を続ける。
529 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/11/20(火) 04:35:39.57 ID:RuS2Oh8G0
「GDFによる、兵士の強化計画。来るべきカース、能力者との戦いに備え、様々な面からの強化を加え、最強の強化兵士軍団を作るための計画。それだけでなく、大罪の悪魔や未知の勢力、更にはアイドルヒーロー達や天使とかいう奴等も想定に入れていると聞いた事がある。」

心は話を続ける。

「そしてその方策には様々なアプローチが考えられた。単純に既存の兵器を強化する。特殊なアーマーを作り、それ専用の兵装を開発する。搭乗できるロボットを作る計画もあったか?あれはあんまり芳しくは無かったようだけどな♪
だが、その計画は制限が無くてな。わざわざGDFとは無関係の組織を作って、人体改造もやってたし、挙げ句の果てには人体にカースの結晶を埋め込んだりした。」

「お前・・・何を知っている?」

「まあ、慌てるなよ♪ せっかちさんは嫌われるぞ☆」

尚も心は話を続ける。

「恐らくあんた達はその計画の1つ、『シンデレラ計画』で生まれた強化兵士。一般の兵士では運用の難しい兵器群を扱うために、強化の容易な子供、それも少女を人体改造し、その兵器を運用していく。基本的には4人1組の部隊として運用され、世界各地の対カースの前線に投入される予定だったが、素体を少女に限っていた事や身寄りの無く、死にかけの者に限定していた事が仇になり、非人道的な計画でもあった事で、3人目が作られた時点で廃止になった。」

と、ひとしきり言い切ったところで、心はニッと笑う。

「とまあ、これだけ話すと恐ろしく感じるけど・・・・・結構、可愛いじゃんよ☆」
530 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/11/20(火) 04:38:20.43 ID:RuS2Oh8G0
>>529 は私です・・・またやってしまった・・・
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「おいおいシュガーハート、そんな事言ってる場合かよ」

「デモ、確かにあの子達はキュートネ。1人はパッションってカンジだケド。」

「パッション?何の話だ?」

ケイトの発言にポストマンは首をかしげる。
そして、片手にマイクを持ったような仕草をして、

「そんなシンデレラ1にアタックチャーンスっ! 何故GDFはそんな非人道的な事までして、強化兵計画を推し進めたのか?先ずは・・・そこのさっき平和そうな所とか言ってた子から!」

ずびっ!と指を指し、シンデレラ1の1人を指名した。

突然指名されたシンデレラ1の1人、有浦柑奈はテンション高めにーーー

「それはズバリ、ラブアンドピース!!」

「はぁっ!?」

思いもしなかった回答に思わず驚いた心。

「この世界に足りないのは愛と平和!全ての生きる者が愛を知れば、世界は平和になります!」

「いや、そんな事宣う奴が、なんで銃向けて来るんだよ?」

思わずポストマンがツッコむ。

「簡単ですよぅ!世界の平和を乱す悪くて愛の無い奴等を全員ぶっ飛ばせば世界は平和にげふぅっ!?」

隣にいたシンデレラ1の1人、五十嵐響子が柑奈の鳩尾にアッパーブローを食らわせた。
それを食らった柑奈の体は浮き上がり、地面に背中から倒れこむ。

「・・・・・・」

唖然とする、心一行。
531 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/11/20(火) 04:40:12.99 ID:RuS2Oh8G0
「あっ、ごめんなさい。ちょっと不適切な発言が聞こえちゃいましたので。今の話、続けてください。」

殴った右手の握りこぶしそのままに、笑顔で促す響子。こぶしからは煙が出ているような気がした。

「タイム、ターイム。作戦ターイム」

心は急いで戻り、3人と1体で円陣を組む。

「おい、やべーよ☆
シンデレラ1があんなにやべー奴等だとは思わなかったぞ、おい☆」

「うむ、今のアッパーブロー、中々良い筋してたぞ?」

「関心してんじゃねぇよ♪
あいつら、ほんと、やばくね?」

「やばいケド、今の話の続きしないと撃ってくるわヨ?」

「あのー、まだですか? 早くしないと撃ちますよ?」

「ほら呼んでるぞ、シュガーハート。
俺達を制止した以上は、お前が相手しろよ、シュガーハート。」

「うぇぇ・・・少しは労われよ、おい☆」

そう言って、トボトボと戻っていく心。

んんっ!と咳払いをすると、今度はサイドテールの子に指を指した。

「ま、まぁ、さっきのは置いといて、次はそこのサイドテールの子、どうよ?」
532 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/11/20(火) 04:45:10.57 ID:RuS2Oh8G0
「わかりません!!」

「うぇぇっ!?」

きっぱり言われて、今度は違う意味で驚く心。

「いや・・・気にならんの? あんたらができた意味とか?」

「それは気にならないといえば嘘になりますけど・・・私達はそもそもその計画が無ければ死んでいましたし・・・
 記憶がないのは不便ですけど、今こうして生きているのはその計画のおかげなんです」

「だからGDFには感謝してるし、その後も良くしてくれてるから、今更何言われたって失望したりなんてしませんよ」

その言葉に、ヘリを操縦していた兵士は「そうか・・・そんな風に思ってくれてたんだな・・・」と呟いた。

「・・・散々、非人道的行為を繰り返した強化兵計画も、負の一面ばかりじゃなかったってわけだな」

「まあ、こいつらにとっては結果オーライってことで、この話もする必要はないんじゃねぇかな☆」

「いや、ちょっと待ってくれ」

心とポストマンが言うのをやめようとしたが、ヘリを操縦していた兵士が待ったをかける。

「その話―――美羽と響子がよければなんだが、聞かせてくれ」

そういって、美羽と響子を見ると、二人はうなずく。

「そっか。じゃあ、聞かせてやるよ♪
 ・・・そもそも『強化兵計画』っていうのは―――GDFによる、『英雄複製計画』であり、

 かつての私や今のケイトのような、”GDFの英雄”を作り出すための計画だ。」
533 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/11/20(火) 04:45:49.26 ID:RuS2Oh8G0
チカちゃんに手紙を渡し、チカちゃんが泣き止むまで待つことにしたユウキ達。

そんな様子を、遠くから望遠鏡で覗いている男が1人。

「おうおう、なんか面白れえ奴がいるな
 人間様と仲良くしているカースなんざ、初めてみるぜ」

その様子を見て、ニヤリとした表情を浮かべていた。

「しかし、まあ、なんだ? あんな様子を見てると―――虫唾が走るな
 どれ、ちょっと引っ掻き回してやるとしますか」

そう呟いた、男の姿がゆがむ。

「人間とカースは、互いに争いあうのがお似合いなのさ―――」

男の姿が消える。
534 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/11/20(火) 04:48:49.77 ID:RuS2Oh8G0
というわけで、今日は以上です。
・・・・・・sage忘れ、トリつけ忘れを3回もorz
申し訳ねぇ・・・。

そして、予想以上に長丁場になっちゃってる憤怒の街
総量としては大したことなさそうなんだけど、随分書くのに時間かかっちゃってるなぁ
忙しかったのもあるけど、頑張らないとなぁ
535 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/21(水) 11:06:48.89 ID:CeOgqrnXo
おつおつ
読み応えガあるぶん書くのも大変そうだなと思うこのごろ
536 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2018/11/22(木) 02:42:07.59 ID:sFkY68QV0
あ、すいません
毎度のことですが、リンちゃん、ラブリーチカちゃん、シンデレラ1の方々(柑奈ちゃん、響子ちゃん、美羽ちゃん)お借りしてますー
537 : ◆zvY2y1UzWw [sage]:2018/11/24(土) 22:32:40.55 ID:vONOS72v0
おつでして
今回もまた不穏な引きですね…!
とりあえずチカ幸せになって…
538 : ◆6J9WcYpFe2 [sage]:2019/05/07(火) 00:12:33.55 ID:UQJLizrn0
投稿しまーす
まだまだ書きたい場面は全部書けてないから、まだ続けますよー
539 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2019/05/07(火) 00:18:27.63 ID:UQJLizrn0
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「『英雄複製計画』・・・? GDFの英雄・・・?」

突然明かされた計画の名前に驚くヘリのパイロット。
英雄。つまりはヒーローとも言い換えることができる。
そしてヒーローと聞くと、どうしてもアイドルヒーローを連想してしまう。

だが、側にいたシンデレラ1の面々は怪訝そうな顔をした。

「英雄・・・という割には、普通の兵士よりちょっと強そうという感じにしか見えないけど・・・?」

「英雄と言われるほどには、強そうには見えませんね」

確かに・・・とヘリのパイロットは思う。
目の前にいる兵士は、確かに普通の兵士よりは強いだろう。
しかし、英雄とまで言われるほどかと言われると、疑問が残る。
さっきも連想した通り、英雄と聞くとアイドルヒーローを連想する。
しかし、目の前にいるツインテールの女を筆頭とした者達がそれほどの力を持っているようには見えない。
540 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2019/05/07(火) 00:19:47.36 ID:UQJLizrn0
「じゃあ、これならどうだ?」

すると、目の前のシュガーハートと呼ばれる人物の手が青く光った。
その手の光が左右に広がったかと思うと、青い線のようなのが次々を発生し、それが組み上がっていく。
そしてその骨子が組み上がり、一本の刀の形を為したかと思うと、光が破裂した。

そして、シュガーハートの手には、一振りの鞘付きの刀が握られていた。

「はぁとは物を出し入れ出来る『アイテムボックス』っていうのを持っているぞ♪」

「能力者だったのか・・・!?」

「・・・まあ、そういう事ネ」

「さらにこんな物も出せるぞ、ほれ☆」

シュガーハートは右腕を広げると、広げた右手の先にまた青い線が骨子のように紡がれていき、一つの乗り物となる。
GDFが製造している兵員輸送用のトラックだ。

「乗り物まで出せるのか!?」

「まあ、大きさも量も限りはあるけども、普通に基地一つ分は難なく出し入れできるぞ☆」

基地一つ分の物を出し入れできる能力。驚異的な能力である。
それでもシンデレラ1の一人、矢口美羽は疑問に思っていた。

「物を出し入れする能力・・・? でもそんなので英雄になれるものなの?」
541 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2019/05/07(火) 00:22:07.84 ID:UQJLizrn0

しかし、もう一人のシンデレラ1ーーー五十嵐響子はその疑問に答えた。

「ううん、美羽ちゃん。これは凄いです。特にGDFにおいては、この能力があるのと無いのとでは作戦遂行能力に差が出ます。」

「そ、そこまでなの、響子さん?」

「例えば、私達って何時も専用の輸送車とかヘリで専用の装備と共に運搬されますよね」

「うん・・・あっ」

「今あの目の前にいる人が居れば、普通の輸送車でも運べますし、弾薬とかの補給物資ももっと多く積むことができます」

つまり、彼女が居れば長時間の作戦遂行が出来る。
それこそ、持っていける量が多ければ多いほど、彼女が戦場で与える影響というものが大きくなる。
それが基地一つ分となれば、任務中において補給の心配は無くなる。

「なるほど。確かに『GDFの英雄』と言われるだけの事はありそうだな」

「・・・まぁな☆」

・・・この能力は確かに、軍であるGDFにとっては英雄たる物で間違いないだろう。
542 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2019/05/07(火) 00:23:56.99 ID:UQJLizrn0
「待ってください」

でも、この能力を褒めた本人である響子は疑問を口にした。

「確かにこの能力は英雄と言われるのも納得がいきますけど・・・
 その能力を元にしたのであれば、私達は補給物資の運搬に特化した形になるはずです。
私達にもそういう装備が無いわけでは無いんですけども、実際にはカースと戦う為の装備もあるし、
 色んな任務に対応するための装備もいっぱい計画されていたって聞いてますし・・・
 そこの・・・方もそう呼ばれてますから、もしかしたら『GDFの英雄』は他にもいるんじゃないですか?」

「あ、ゴメンネ。ケイトよ。それと他にもいるっていうのは本当ヨ。
 ワタシはそこのシュガーハートさん以外とは面識は無いけどネ」

「私はあるぞ? まあ、色んな意味ですげー奴だった・・・ぞ☆」

どんな奴なんだ、それ。
恐らくはその人が戦闘面で凄い活躍をしたのだろうかと、この場にいたシンデレラ1達は納得した。
543 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2019/05/07(火) 00:25:22.56 ID:UQJLizrn0
だが、ポストマンの意見は違う。

(いや、シュガーハート。
 GDFの中でも、いや世界中の中でも、あんた以上に凄い奴を知らねえし、
 あんた以上にやばい奴もしらねぇ)

そうしてその会話に対して興味がなさそうな素振りを見せつつ、
手持ち無沙汰そうにポケットからとりだしたライターで、タバコに火をつけて一服する。

(俺はお前が世界征服とか破滅願望とか、そういうもんを持ってなくて良かったと、心の底から思ってるぜ)
544 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2019/05/07(火) 00:27:35.91 ID:UQJLizrn0
_____________________________________

「ぐすっ・・・ひっぐ・・・」

チカちゃんは余程嬉しいのか、まだ泣き止まないようです。

「チカちゃん、まだ泣いてるね」

「余程嬉しかったみたいですね・・・っ」

何がともあれ、こうした手紙を届けられるのは私としても嬉しいですっ
つい顔がほころんでしまいますっ

ーーーけれど、話はこれで終わらないはずです

「・・・」

急に泣き止んだチカちゃん

「・・・?急に泣き止んだ・・・?どうしたの、チカちゃん?」

凛さんもそれを不思議に思ったのか、声をかけます

「・・・・・・セナイ」

「?」

「ユ・・セナイ・・・ユル・・・セナイ」

「え・・・何・・・?」

泣きまくっていた姿から一変した雰囲気を感じ取り、困惑した凛さん
・・・ついに、お出ましですかね

「ーーー許せない!!」

「!?」
545 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2019/05/07(火) 00:33:00.73 ID:UQJLizrn0
瞬間、チカちゃんの胸のあたりにあった赤い石が強く光りました。
私は咄嗟に銃を構えます。

「凛さん、下がってくださいっ!」

その言葉を聞くや否や、凛さんは光の眩しさに目が眩みながらもなんとか這うようにして私の後ろに下がりました。

「はあああああ!!」

突然、私達に殴りかかって来ようとするチカちゃん。

「落ち着いてください、『千佳』ちゃんっ!!」

私は持っている銃の引鉄を引く。
すると、銃から光の膜が放出され、膜に当たった相手が弾かれた。

「!?」

弾かれた相手はそのまま床に尻餅をついた。
彼女は一瞬、驚いたような顔をしていましたが、
その表情は次第に変化していき、まるで怒っているかのような表情に戻りました。

「さっきまでと様子が全然違う・・・何があったの、チカちゃん!?
それとユウキちゃん、さっきの光の膜は何!?」

「今は自重してくださいっ!」

私は光の膜―――シールドバレットを維持するため、引鉄を引き絞り続ける。
この銃にはテーザーガンの機能だけでなく、自分の身を守る為のシールドを張る機能だってある。
この機能と相手の力を鑑みるに、破られることはそうそうなさそうだ。
546 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2019/05/07(火) 00:35:06.23 ID:UQJLizrn0
しかし、相手はそれでも構わず殴りかかろうとして、光の膜に遮られ、弾かれていた。

「落ち着いてください、『千佳』ちゃん! このままじゃ、ボロボロになっちゃいますっ!」

「うるさいっ!お前に何がわかる!!
なんで、あいつだけ幸せになるんだ!!」

相手は力押しでは勝てないと踏んだのか、カースの力を使って違うカースを作りだしましてきました。
見た目はファンシーな感じですが、そこからは強い敵意を感じます。それが5体。

「いけ!オコダーヨ!!」

そして、オコダーヨと呼ばれたカースが私達に襲いかかりました。

「―――! ですがっ!」

突撃してきたオコダーヨですが、しかし、私が張った光の膜を突破出来ずに全て弾かれてしまいました

「・・・一体何があったの、チカちゃん?」

「あれは、『千佳』ちゃんですっ。ラブリーチカちゃんではない、正真正銘の千佳ちゃんですっ! そうですよねっ!?」

「―――!?」

その言葉に動揺したのか、千佳ちゃんとオコダーヨ達の攻撃の手が緩みました。

「なぜ、私が千佳だと・・・?」

「・・・さっきの千佳ちゃんのお父さんの夢の話は聞いてましたかっ?」
547 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2019/05/07(火) 00:40:56.56 ID:UQJLizrn0
恐る恐ると、頷く千佳ちゃん。

「実はあの話で、ラブリーチカちゃんの夢を見たって聞いたんですけど、それだけじゃないんです。
そのラブリーチカちゃんと、そのラブリーチカちゃんによく似たもう一人の少女―――
―――そう、『千佳』ちゃんが、喧嘩をしていたって言ってました」

話の内容が気になるのか、今度こそ攻撃の手を止めた千佳ちゃん。
それを見て、シールドを解除しつつも私は話を続けます。

「『なんで私は死ななくちゃいけなかったの?』
 『なんであんたが私と一緒の体にいるの?』
 『なんであんたはお父さんに構ってもらえたの?』
 『私なんか、仕事だからって全然構ってもらえなかったのに!!』
 ―――そんな感じのことをラブリーチカちゃんに言っていたそうでした。
 いくら『それは誤解だ』と言っても聞いてもらえないぐらい、怒っていたって言ってましたっ」

「そうだよ!!
 私はラブリーチカが許せない!
 なんでチカはお父さんと一緒の部屋にいるの!?
 私だって一緒に寝たかったのに、何時もあいつはお父さんと一緒の部屋にいて!!
 それでなんでチカが表の人格で、私が裏なの!?
 カースはあっちなのに、あっちは正義ぶって、私にだけ負の面を押し付けて!

 ―――今だってそうだよ!
 なんでラブリーチカだけなの!?
 私はお父さんの娘なのに!!
 お父さんは私を嫌いになったの!?」
548 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2019/05/07(火) 00:42:36.98 ID:UQJLizrn0
そして再び襲いかかる千佳ちゃんとオコダーヨ。

私は銃のモードをテーザーガンに切り替えた

「私の話はーーー」

私は襲いかかってくる中を掻い潜って、千佳ちゃんに一気に近づいた
その間に5回引鉄を引き、5体のオコダーヨに当てる
思念誘導式の雷撃は、対象を正確に狙わずとも、私の演算能力で誘導して当てることができた

「まだーーー」

そして、空いた手で千佳ちゃんを掴み、襲ってきた勢いを利用し

「終わっていませんっ!!」

千佳ちゃんを背中から床に叩きつけた。

「かはっ!?」

背中から叩きつけられた千佳ちゃんですが、上手く加減は加えました。
ただ、片手で叩きつけたので、多少のダメージを与えてしまいましたが。
549 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2019/05/07(火) 00:46:46.87 ID:UQJLizrn0

「今の・・・狙いも定めていないのに・・・?」

何やら凛さんが呟いてますが、構わず話を続けます

「ラブリーチカちゃんが最初だったのは、表に出ていたのがラブリーチカちゃんだったからですっ!
私は原則、本人にしか手紙を渡しませんっ!もしあの時千佳ちゃんが表に出ていたら、千佳ちゃんに渡していましたっ!」

それにーーー

「千佳ちゃんのお父さんは、決して千佳ちゃんを嫌いになったわけじゃありませんっ!
お父さんはお父さんなりに千佳ちゃんを大事にしていました。
そしてあの時お父さんは千佳ちゃんを探して、自らの危険を顧みずにこの街を探し回っていましたっ!
これは千佳ちゃんを大事に思っていなければ出来ないはずですっ!」

「なら、お父ちゃんに会わせてよ!なんで迎えにきてくれないの!?」
なんでお父ちゃんは迎えにきてくれなかったの!?
なんでここにいないの!?探しているって言うんだったら、連れてきてよ!!」

「無理ですっ!!」

「なんでっ!!」

「千佳ちゃんのお父さんはカースに襲われたんですっ!」
550 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2019/05/07(火) 00:48:20.40 ID:UQJLizrn0
「えっ!?」

驚く千佳ちゃん。彼女が放っていた怒気が一瞬止まりました。

「先程も言いましたよねっ?千佳ちゃんを探すためにこの街に入ったって。
その時、GDF隊員の制止の声も聞かずに忍び込んだせいでカースに襲われたんですっ」

「お父さんは生きてるの・・・?」

「生きています・・・今は・・・」

「今・・・は?」

「ユウキちゃん・・・それって・・・」

「はい・・・。千佳ちゃんのお父さんはもう助からないって話でした・・・っ」

「そんな・・・!?」

私の口から告げられた言葉に、千佳ちゃんは膝をつきました
その時―――

『ははっ!ちょうどいいや!!
 予定とは違うが、ちょっとその体を乗っ取らせていただきますよっと!』
551 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2019/05/07(火) 00:59:05.98 ID:UQJLizrn0
「!?」

千佳ちゃんの背後から襲い掛かった影。
それが千佳ちゃんの体を覆うと、千佳ちゃんの中に入って行きました。

「千佳ちゃん!?」

そして、倒れこむ千佳ちゃんの体。
そこへ凛さんが駆け寄ります。

「な、なにが起きて―――
 いや、それよりもどうしたらいい・・・どうしたら千佳ちゃんを―――」

「大丈夫ですよ、凛さん」

ええ、本当に・・・なんてことをしてくれたのでしょうか・・・っ

「・・・ゆ、ユウキちゃん?」

私がお手紙を届けようとしている相手に・・・こいつは・・・っ!!

「私が何とかして見せますっ それに―――」

私は自身が持つ「ラーニング」能力をフル稼働させる。
552 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2019/05/07(火) 00:59:52.20 ID:UQJLizrn0

千佳ちゃんを襲った影が千佳ちゃんの中に入って行くのを見た。

あの影はどうやって入った?
どうやって千佳ちゃんを乗っ取ろうとする?
乗っ取るのに適したところは?

そう浮かんだ疑問を要素として、様々な結果を私の演算能力でシミュレートする。

そして、その結果を能力としてラーニングし、私の能力<ちから>とするっ!

「千佳ちゃんとの話はまだ終わっていませんからっ!!
 ―――ポゼッションッッッ!!!」

私は千佳ちゃんの胸の真ん中にある宝石に触れる。
553 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2019/05/07(火) 01:00:36.03 ID:UQJLizrn0
=====================================================

Create Simulated Ability System --- Booted.
Ability[Possession] --- Break Out.

Check Root --- ...OK.
Neuron Connecter --- Online.
Hacking --- Complete.
Depth Feeling Area --- Connect

Entered, Cosmic Sphere.

=====================================================
554 : ◆6J9WcYpFe2 [sage]:2019/05/07(火) 01:02:04.04 ID:UQJLizrn0
以上になります。
借りてきたのは前回と同じです。

まだまだ書いてますよー
555 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/09(木) 07:55:18.79 ID:XErDb8XWo
556 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/05/17(金) 23:21:36.44 ID:1StV4CJR0
乙です
まだ可動していることに感動している。そして、ラブリーチカの話がもう…つらみ…お父さん…
557 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/09/02(木) 01:52:45.83 ID:t8JNH5sX0
まだ書き込めるのかテスト
PCとスマホのデータ整理してたら書きかけのSSがいくつも見つかって懐かしくなってまた書きたくなってしまった
スレの動きが無くなって久しい(SS速報自体過疎ってる?)けど、ため込んでたネタを書ききれていない点について、専ブラの一覧からスレを消せない程度には未練があるんだよなあ
558 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/10/03(日) 16:28:51.06 ID:LJLXjZa40
自分も更新無いかなってたまに見に来てる・・・
ネタまだあるし、書きかけもあるから、たまにその場面のことを考えちゃうんだよなぁ
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