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モバP「世界中にヒーローと侵略者が現れた世界で」part13
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1 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/06(金) 22:08:08.27 ID:lnCk4HkRo
それは、なんでもないようなとある日のこと。
その日、とある遺跡から謎の石が発掘されました。
時を同じくしてはるか昔に封印された邪悪なる意思が解放されてしまいました。
それと同じ日に、宇宙から地球を侵略すべく異星人がやってきました。
地球を守るべくやってきた宇宙の平和を守る異星人もやってきました。
異世界から選ばれし戦士を求める使者がやってきました。
悪のカリスマが世界征服をたくらみました。
突然超能力に目覚めた人々が現れました。
未来から過去を変えるためにやってきた戦士がいました。
他にも隕石が降ってきたり、先祖から伝えられてきた業を目覚めさせた人がいたり。
それから、それから――
たくさんのヒーローと侵略者と、それに巻き込まれる人が現れました。
その日から、ヒーローと侵略者と、正義の味方と悪者と。
戦ったり、戦わなかったり、協力したり、足を引っ張ったり。
ヒーローと侵略者がたくさんいる世界が普通になりました。
part1
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1371380011/
part2
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1371988572/
part3
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1372607434/
part4
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1373517140/
part5
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1374845516/
part6
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1376708094/
part7
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1379829326/
part8
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1384767152/
paer9
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1391265027/
part10
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1399560633/
paet11
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1408673581/
paet12
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1428077015/
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1462540088
2 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/06(金) 22:08:57.27 ID:lnCk4HkRo
・「アイドルマスターシンデレラガールズ」を元ネタにしたシェアワールドスレです。
・ざっくり言えば『超能力使えたり人間じゃなかったりしたら』の参加型スレ。
・一発ネタからシリアス長編までご自由にどうぞ。
・アイドルが宇宙人や人外の設定の場合もありますが、それは作者次第。
・投下したい人は捨てトリップでも構わないのでトリップ推奨。
・投下したいアイドルがいる場合、トリップ付きで誰を書くか宣言をしてください。
・予約時に @予約 トリップ にすると検索時に分かりやすい。
・宣言後、1週間以内に投下推奨。失踪した場合はまたそのアイドルがフリーになります。
・投下終了宣言もお忘れなく。途中で切れる時も言ってくれる嬉しいかなーって!
・既に書かれているアイドルを書く場合は予約不要。
・他の作者が書いた設定を引き継いで書くことを推奨。
・アイドルの重複はなし、既に書かれた設定で動かす事自体は可。
・次スレは基本的に
>>980
モバP「世界中にヒーローと侵略者が現れた世界で」まとめ@wiki
http://www57.atwiki.jp/mobamasshare/pages/1.html
【避難所】 モバP「世界中にヒーローと侵略者が現れた世界で」
http://jbbs.shitaraba.net/otaku/17188/
3 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/06(金) 22:09:30.99 ID:lnCk4HkRo
☆このスレでよく出る共通ワード
『カース』
このスレの共通の雑魚敵。7つの大罪に対応した核を持った不定形の怪物。
自然発生したり、悪魔が使役したりする。
『カースドヒューマン』
カースの核に呪われた人間。対応した大罪によって性格が歪んでいるものもいる。
『七つの大罪の悪魔』
魔界から脱走してきた悪魔たち。
それぞれ対応する罪に関連する固有能力を持つ。『怠惰』『傲慢』は狩られ済み。
初代大罪の悪魔も存在し、強力な力を持つ。
――――
☆現在進行中のイベント
『秋炎絢爛祭』
読書の秋、食欲の秋、スポーツの秋……秋は実りの季節。
学生たちにとっての実りといえば、そう青春!
街を丸ごと巻き込んだ大規模な学園祭、秋炎絢爛祭が華やかに始まった!
……しかし、その絢爛豪華なお祭り騒ぎの裏では謎の影が……?
『オールヒーローズフロンティア(AHF)』
賞金一千万円を賭けて、25人のヒーロー達が激突!
宇宙人も恐竜も海底人も悪魔も未来人も魔法少女も大集合!
賞金を勝ち取るのは……誰だ!
4 :
◆zvY2y1UzWw
[sage]:2016/05/06(金) 22:14:14.27 ID:qRfL3Fo9O
スレ建ておつでして!
5 :
◆OJ5hxfM1Hu2U
[sage]:2016/05/07(土) 09:46:41.38 ID:AfaEDJBVO
ドーモお疲れさまです
結構タイミングが良いので短いの投下します
秋炎絢爛祭三日目です
!ノーティス!
性懲りもなく次レスより酉が変わります
とんでもないミスが起こらなければ酉の移行も完了するはずだ
6 :
◆GPqSPFyVMNeP
[sage]:2016/05/07(土) 09:49:50.26 ID:AfaEDJBVO
10時。オレンジ色のスタッフTシャツを纏う斉藤洋子は、カエン索敵視界の中に小さな藍色の光を捉えた。その正体が何であるか、確かめる必要はない。
人口密度は平時のネオトーキョーを遥かに超える秋炎絢爛祭期間中の京華学院にて、フィルタリングを強めたカエン索敵でさえ捕捉できる存在。強烈な感情の塊たるカースに他ならぬ。
(ハイッ)
ささやかな攻撃的思念を放つと、カエン索敵視界を1本の火矢が横切り、藍色に突き刺さった。瞬間、朱色の火柱が立ち、藍色は燃え、清め塩めいた白い灰だけが残った。
《討伐数50達成だ。ポイント報酬は……休憩時間が楽しみだな》
イヤホンマイクから聞こえる声の主はエボニーコロモだ。彼は洋子をモニターしつつ、露払いとしてカース以外の敵性存在を排除するべく学院内の高所を転々としているのだ。
《この分なら午前中に200に届くか? いや、財布に痛手になりそうだ、150を目安に無理せずやってくれ》
(車の中じゃ、あんなに拗ねてたのに)
エボニーコロモの口数が多い。その現在位置からは、果たして洋子の表情まで見えているだろうか。勝手にこぼれ出る笑みをこらえるのは至難の業なのだ。
……昨日の秋炎絢爛祭二日目に発生した事件により、彼女ら二人は事務所待機を命じられ、下見ついでに客として祭を楽しむ予定が崩壊した。
もっとも、学院への道中、洋子よりいくらか年上のはずの黒衣Pが大人げなく不機嫌だった理由はそれだけではない。
『会場警備なんかクソだクソ!』
『会場警備? ステージのお仕事とかは』
『女連中の領分さ。俺らは人気が下火だったんで、ひたすら裏方、カースやら厄介どもをシラミ潰しだ。初日から最終日まで休みなくな』
自動運転の車内、黒衣Pはカラになったゼリー飲料容器を握り潰し、ゴミ袋代わりのレジ袋にねじ込んだ。秋炎絢爛祭は決して楽しい思い出などではない。
彼の現役当時、洋子のようにカース索敵に優れる者など男性アイドルヒーローにはいなかった。
7 :
◆GPqSPFyVMNeP
[sage]:2016/05/07(土) 09:52:55.03 ID:AfaEDJBVO
人の群れをかき分けてようやく見つけたカースは既にそれなり以上に成長しており、対処する間に別のカースがそれなり以上に育つ……地獄への螺旋階段めいた負のスパイラルだ。
全日程が終わった後、疲労困憊・満身創痍のゾンビーと化した男性アイドルヒーロー達は、死んだマグロの目で言葉少なに安ビールを呷るだけであったという。
(……うん、やっぱりイベントは楽しまなくっちゃ!)
洋子は己の頬を二度三度と張り、キアイを入れ直す。今日の仕事は会場警備と、状況次第でステージ。
会場警備。黒衣Pによればロクな仕事ではないようだが、自分の仕事を、その場所を、クソだと思うほど洋子は荒んでいるつもりはない。
「ハイーッ!」
鋭いシャウト。先ほどの藍色より二回りほど大きな桃色を、朱色の大きな手が引きちぎり、焼き滅ぼした。
「これで51です。茂みの中にはピンク、プロデューサーの言ってた通り」
言い終えぬうち、彼方よりの飛翔体が二つ茂みに飛び込み、ゴッと鈍い音、そして呻き声めいた小さな悲鳴も二つずつ聞こえた。暴徒鎮圧用重ゴム弾の狙撃だ。
《余計な手間かけさせやがる、浮かれクソイディオットども》
上機嫌が嘘のように乾ききったエボニーコロモの呪詛に、洋子は何とも答えなかった。それよりも重要な問題に気付いたからだ。
「プロデューサー、今のカース、ちょっと大きかったような」
《アホどもが愛情たっぷり注いで育てやがったからな》
黒衣Pが辛辣な理由は分かるし、概ね同意できるものでもあるが……洋子はムムと唸りながら、人差し指で頬を掻いた。
8 :
◆GPqSPFyVMNeP
[sage]:2016/05/07(土) 09:56:27.03 ID:AfaEDJBVO
「そういうことじゃなくて。私たち結構がんばって、カースが育ちきらないうちに仕留めてきたじゃないですか」
《ああ、洋子のおかげで……いや待て、それなら何で、あれだけ育つ余裕があったんだ? 確かに芽のうちに見つけて、潰してきたんだ》
「ある程度大きくなるまで、どこかに隠れてた……私とヒノタマの目から逃れて? ううん、そんなこと、ただのカースにできるわけがない」
《あるいは、育ちきったカースを生み出せる何かが、この学院内に》
その時、洋子は視界を上から下に通り過ぎる黒い塊を見た。塊は眼前1メートルの地面に激突し、衝撃でひしゃげ、黒い泥を周囲に撒き散らした。
「っ! カース!? ハイーッ!」
泥を体の正面に浴びながら、洋子は怯むことなくカエン索敵視界を展開。茂みの桃色と同等サイズの緑色は怠惰のカース! 即座にカエンを放つ!
カエン索敵視界を1本の投槍が横切り、緑色に突き刺さった。瞬間、朱色の火柱が立ち、緑色は燃え、……火柱が鎮火! 核を失った黒い泥は、アスファルト路面に吸い込まれていく。
(燃やしきれなかった!? なんで)
疑問に答えるように、ニューロンの内に声が起こった。洋子に力を与えるヒノタマ……だが、その声は今やノイズにまみれ、ブツ切りの断片に過ぎぬ。
『……ーコ! はや……、私の……ら……』
やがて声は途絶え、洋子は己の全てが半分になったような奇妙な違和感に囚われた。手を握り、開く。朱色の炎はすぐに消え、火の粉が散り、もはや煙すら立たなかった。
「寒い……? ウソでしょ、こんな……」
全身から活力と熱が去っていく。洋子は震えを抑えようとした。ヒノタマの力が失われたというのか?
……否。身体は動かず、心もまた無気力に苛まれながら、それに抗おうとする力を感じる。ヒノタマはそこにいる。ただ、緑色のモヤに隔てられ、見えないだけだ。
9 :
◆GPqSPFyVMNeP
[sage]:2016/05/07(土) 09:59:31.57 ID:AfaEDJBVO
まだ間に合う。怠惰の毒に身をゆだねてしまう前に、再び繋がりを取り戻すのだ! 洋子は手を伸ばす。
だが、見よ。彼女の前方数十メートル、ヨタヨタと歩いてくる無数の人影……黒い泥の、半ば崩れたグロテスクな人型はカース。
そして、おお、何たる凄惨な光景であろうか。身動きとれぬ洋子の周囲に次々と落着してはその肢体を黒い飛沫で汚す泥の塊もまた、ゾンビーめいて歪んだ人型に姿を変えた!
「ちょっとの時間も……くれるワケないかぁ……」
伸ばした手に緑色がまとわりつき、力なく垂れ下がる。ヒノタマが遠ざかる……違う。洋子の意識が、怠惰の沼に沈まんとしているのだ。
現実の彼女の肉体もまた黒い泥に覆われ、最後まで震えるように動いていた右手も、やがて見えなくなった。
「「「ア゛……ア゛ア゛ー……」」」
……BBLAMN! BLAMBLAMBLAM! 雷鳴じみた銃声。異変を察し近距離支援に移っていたエボニーコロモの、12.7ミリオートマチック二丁拳銃だ。
だが、彼にカースの核を見抜く能力はない。洋子を飲み込んだ人型カースは、大口径重金属弾に消し飛ばされた泥の肉体をすぐさま再生させる!
エボニーコロモは歯噛みした。広範囲に弾をバラまく非人道殺傷兵器もあるにはある。泥の肉体も核もお構いなしにすり潰すことができよう。……洋子を巻き添えにして。
何らかのトラブルによりヒノタマの力が働いていない今の洋子は、傷口を焼き塞ぐことさえできまい。無差別広範囲攻撃は禁忌だ。ひたすら銃撃あるのみ!
「クソッ! 道を! あけろ!」
「「「ア゛ッ! ア゛バババーッ!」」」
弾切れ。弾倉交換。発砲。弾切れ。弾倉交換。発砲。1体のカースが爆ぜ、黒い泥の小山と化したまま再生せず。幸運は二度続くか。発砲。弾切れ。弾倉交換。発砲。
10 :
◆GPqSPFyVMNeP
[sage]:2016/05/07(土) 10:03:03.77 ID:AfaEDJBVO
……その瞬間に起こったことを、エボニーコロモは咄嗟に理解できなかった。
「GRRRRR!」
「「「ア゛ババババーッ!?」」」
一瞬前まで気配すらなかった黒い影がゾンビーめいた人型カースの群れに飛び込み、うち数体を物言わぬ黒い泥に還し、包囲下にあった洋子を掴まえて放り投げたのだ!
「あうっ!?」
「オイッ!? 危なッ!」
エボニーコロモは二丁拳銃を放り出し、洋子を受け止める。黒い何者かの姿は最早そこになし。
「プロデューサー! 下ろして! 離れてッ!」
洋子が吠えた。虚空に突き出した手が何かを掴むように拳を握り、鮮血めいて艶やかな赤い炎に包まれた。ヒノタマとの再リンク。全身を熱が満たし、炎そのものに変える。
怒れる炎の化身は山火事めいてカースの群れに襲いかかった。黒い乱入者の攻撃から運良く逃れたカースは、既に生命を失った同胞たる黒い泥もろとも白い灰と散った。
「うん、しっくりくる。フレアダンサーです……私にはもう、指一本触れられないよ」
フレアダンサーは目と鼻の先にまで迫るカース群を、そしてその向こうにたたずみ、こちらを見つめる黒い巨大なヤギを見据え、静かに名乗った。
巨大なヤギ……然り。いつ現れたのか、頭頂高は校舎の2階に届くかというほどの巨大ヤギの中には、藍色と桃色と緑色が満天の星空めいて散らばって見えた。
このヤギカースこそ、おぞましき人型カースを生み出した主に違いない。洋子は直感的に理解した。
睨み合いは一呼吸で終わり、ヤギカースは身を翻して走り去った。フレアダンサーの全身は再び炎と化した。色欲の人型カースが全て白い灰となり果てるまで、10秒とかからなかった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
11 :
◆GPqSPFyVMNeP
[sage]:2016/05/07(土) 10:06:31.73 ID:AfaEDJBVO
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「プロデューサー、何か分かりました?」
口いっぱいのヤキトリを飲み込んだ洋子は、黒衣Pの情報端末を覗き込んだ。端末は黒子ヒーローマスクと有線接続され、先の戦闘の映像記録を解析する。
洋子の問いに黒衣Pは頷き、端末を突き出した。コンマ1秒で刻まれた映像がコマ送りで流れる。洋子に群がるカースにエボニーコロモが発砲するシーンだ。
あるコマで突如、黒い何か……否、今やその形をはっきり知ることができる。大きな黒いオオカミが現れたのだ。一体どこから?
洋子は数コマ戻り、信じがたい光景に息を飲んだ。黒いオオカミはエボニーコロモが放った銃弾の、鋭角な先端から出現していたというのか!?
黒いオオカミは実時間にして1秒と経たぬうち、忽然と姿を消していた。エボニーコロモが銃を放り出す前に撃った、最後の1発の先端に飛び込んで。
「……な? ワケ分からんだろ」
黒衣Pは頭を抱えて呻いた。その体表の質感から、黒いオオカミもまた何らかのカース存在であろうことは疑いようがなかった。
何故カースがカースを狩り、天敵たり得るヒーローを救ったのか? 『憤怒の街』で交戦した人狼カースとの関連も疑ったが、黒いオオカミは怒りとは別の感情で動く別存在のようだった。
そして、黒いヤギのカース。炎の踊り子装束を纏う前とはいえ、洋子の能力を完封したカースを生み出した存在。同等、あるいはそれ以上の力を持っているに違いない。
「あのオオカミが敵じゃない保証はない。クソヤギも、放置すればあの厄介なカースをまた生み出しやがるだろう。最初に手をつけるべきは……」
「まずはポテトですね!」
洋子は黒衣Pの口に塩気の不均一なシューストリングポテトの束を押し込んだ。抗議の眼差しを意に介さず、串に刺さったカラアゲを握らせる。
「モッ……フゴッ……洋子、何を」
「せっかくの休憩時間なんだから、しっかり休みましょう! 他の警備スタッフにも注意喚起はしたんでしょ?」
「そりゃ、したはしたけどな」
黒衣Pは言葉を切った。実際、この休憩時間は秋炎絢爛祭を初めて客として楽しむチャンスなのだ。アイドルヒーロー時代のリベンジを優先しても罰は当たるまい。
「……そうだな。どのみち、時間になったらイヤってほど仕事だ。よォし、食うぞ!」
「そうと決まれば!」
洋子はニッと笑い、相棒の手を引いて歩く。去年まではウンザリさせられるだけだった人ごみに心躍らせる己を、黒衣Pは自覚した。
……洋子は黒衣Pの肩越しに、校舎の屋上を見た。口にこそ出さずにいたが、カースを殲滅した後、二人を監視するかのごとき存在がそこにあった。
『ニャルラトホテプ』あの時ヒノタマはそう呼び、激しい敵意を燃やしていた。洋子は聞こえないフリをし、黒衣Pに休憩を求めた。
端末のデジタル時計表示は11時30分。休憩時間は13時までだ。洋子はそれきり、ヤギカースもオオカミカースもニャルラトホテプも、ひとまず忘れることにした。
【続く?】
12 :
◆GPqSPFyVMNeP
[sage]:2016/05/07(土) 10:09:48.89 ID:AfaEDJBVO
以上です
以後がっつり食い込んでいくか、このまま画面外になるかは現状未定
13 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 18:07:03.04 ID:glNSs2qCo
>>6
不穏な名前に新たなカース、これからどうなっていくのか、非常に気になります
強敵をどうやって攻略していくのかとか、そう言うの大好きです。
さて予告してあった通り、アーニャ最終章の最後投下します。
前回はpart12の
>>593
『ウロボロスで世界がヤバイ』
前回の投下からずいぶんと遅くなってしまい申し訳ないです。
今回の文章量は前回の2培近くなっていますので投下するのも一苦労
しばらくお付き合いお願いします
14 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 18:07:37.37 ID:glNSs2qCo
ありふれた昼前の穏やかな時間が公園内には流れている。
今日はよく晴れた日であるし、様々な人が公園を出入りする。
その一角にはひとつのベンチが設けられてる。
そこには一人の大男が座っていた。
そして隣には一人分の小さなスぺース。
否、そのスペースには常人に認識することさえ不可能なほどに、希薄な存在。
もはや実体さえ存在しないのではないかと言うほどに、薄く、今にも消えそうな少女の姿があった。
「テレパシー……こんな力も、持っていたのですね」
これまでアーニャは隊長の超能力は、直接的な力を行使するサイコキネシスしか見たことがない。
力の物量で何もかもを押しつぶしてきたようなイメージしかない隊長が、こういった繊細な力も使えることは意外であった。
『俺は基本的に物理的な超能力ならなんでもできる。
まぁ透視と未来視とか、そもそもの毛色の違うものは限界があるがな……』
透視や未来視、はたまたテレポートなどといった物理的事象とは少し異なる能力は、実質超能力とは違うものである。
そう言ったことで隊長にできることは、経験則や感知からの直近未来視や、物理的な超高速移動が限界だ。
『今やってるテレパシーにしたところで、人間の電気信号を操ってるに過ぎん。
パイロってのはギリシャ語で『稲妻』って意味もあるから、厳密にいえばパイロキネシスの一種だ……って話が逸れた』
そもそも自分の能力のことを隊長は話に来たのではない。
時間もあまりなく、そもそもの話に立ち返ろうと隊長はする。
15 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 18:08:17.04 ID:glNSs2qCo
『今の状況は「ダー……本当に、意外です」
だが隊長の言葉はアーニャに遮られる。
言葉を思わず遮ってしまったアーニャは隊長を仰ぎ見るが、隊長は仏頂面のまま何も言わない。
それを話を続けろということだと解釈したアーニャはそのまま話を続ける。
「……もっと、大雑把な人だと、思ってました。
使ってる力は、全部感性と言うか……力任せ?のような感じで」
『心外だな。そもそも超能力は頭を使って物を動かす。
必然、微細な思考がなければ制御はできないし、できることも少なくなる。
前にビルを落とした時も、重力やら摩擦やらいろいろ考慮しないとまともに地上に落下させることも出来んさ』
『外法者』の力を使えば諸々の物理的制約をすべて無視できるのだが、『憤怒の街』での時はそうもいかなかった。
『外法者』のルールそのものを捻じ曲げる事に処理の大半を割いていたため、他のことに『外法者』を割く余裕がなくアナログ的な対処しかできなかったのである。
それでも、大気圏外にビルを打ち上げ、その上でさらに速度を損なわずに落とすとなると常人の脳では決して行えるような芸当ではない。
それは隊長が『外法者』抜きであっても、すでに埒外の存在であり、一介の超能力者を遥かに凌駕している証拠でもあった。
「やっぱり、すごいですね……隊長は……。
……いろいろな人と出会いましたけど、今でも、私の中で一番強いのは、隊長です」
アーニャのその言葉は尊敬や畏怖から来るものからではない。
彼女の中の純然たる事実として、隊長はいまだ揺るがぬ存在であった。
16 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 18:08:53.45 ID:glNSs2qCo
『それは光栄なこった。
まぁ、俺は最強だからな』
自尊心でも、傲慢でもない自負。
隊長にとってはそんなこと当たり前で、同時に空虚である。
『だが、そんな俺に勝ったお前はどうだ?
ハンデがあったとしても事実は事実。お前はそれを誇るべきだ』
強さは手段でしかない。誰よりも強く、誰よりも型破りで、至高にして孤立する個。
そんな自らの強さなど、目の前の少女が成したことに比べれば取るに足らないことだと。
意味のない絶対的な強さよりも、意味を持った目的のための強さこそが、自身とアーニャの違いだと隊長は思うのだ。
「そんなことに……もはや、意味なんて……。
あの時は、それが正しいと、思いました。
あの強さが、私の思いだと、自分で選んだ、正しいことだと思いました。
でも……私は、わたし自身を、裏切った」
自身の意味の無さに気づいてしまったから。
いくら力が強くとも、いくら強大な敵に打ち勝ったとしても、中身のない物だと気づいてしまえば意味がない。
自問してみれば簡単だった。誰もが違和感が気付けないのならば自分で気が付くしかないのだと。
17 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 18:09:38.39 ID:glNSs2qCo
守りたいなんて虚ろな思いは、自分の価値を守るための殻だと言う事実に気づかなかったことに。
そして、それが一番一番苦痛であったはずの者に伝えさせたということ。
だからアーニャは諦めたのだ。十年前から何も変わらない。
技術しか身に着けてこなかった彼女は、それを守ることしかできなかったのだ。
「私は……誰かを、大切だから守りたかったんじゃ、なかった。
自分の、ブナシェーニェ……価値を、経験を、守るために、あえて戦うという選択肢を、選んでました。
そんな私は……誇れ、ないです」
同じ自分であったからこそ、アーニャには『アナスタシア』の苦痛が理解できた。
ただ無為に、平和と言う中で闘争を選んだ自分がどれだけ愚かなことをしていたのかが、理解できてしまったのだ。
それは同時に存在理由を剥奪されたということであった。
彼女の価値は、自称する通り十年にも及ぶ戦闘技術だ。
その機械のような『機能』しか持ち合わせていないことを自覚し、人が誰しもが持つはずの『自由意志』の弱さが露呈すれば、自身の強さは一気に脆くなる。
「私は……最低です。無価値です。
だからきっと、中身のない私の、重さは、軽いの、ですね」
アナスタシアの本体は別にある。
今ここにあるのは、封印の残滓と残った天聖気、それと捨てられた意志だけである。
そしてその薄さゆえに、幽霊のように誰からも感知されないことに、アーニャは気づいていた。
たった一人、この公園のベンチを占拠していたとしても、誰も気づくことはない。
幽霊とも違う、残留思念に近い彼女を感知することは、ほぼ不可能であった。
18 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 18:10:18.78 ID:glNSs2qCo
『軽い……か。
確かに今のお前は物理的にも精神的にも軽すぎる。
泡雪のような脆く、誰かの目に写ることすら困難なほどにだ』
今傍から見れば、ベンチには隊長一人が座っている状況である。
故に回りに不審がられぬように、隊長は言葉を使わず、テレパシーでの会話をしている。
『だからこそ、見つけるのに苦労した。たかが迷子の子供一人探すのに……とんだ手間だ』
当然、本来は目に見えないアーニャを見るために、隊長は『ルール』を無視している。
だがそれは、『外法者』の大原則であるルールを破った上での話である。
まずアーニャに干渉するために『外法者』の大原則である『歴史に干渉できない』ルールを破る必要がある。
その上で、アーニャの現状である存在が薄くなり『目で捉えられない』という『常識(ルール)』を破らなければならない。
前者のルール破りは、本来有ってはならないものであり、その負荷は尋常ではない。
かつてビルを落とした時でさえ、それだけを無視するので手いっぱい。今回のように二重にルールを破っていなかったのだ。
今の状況は、『外法者』の大原則を無視し、その力を放棄したうえで、『外法者』の力を行使している矛盾した状況である。
代償を否定するために代償を払う。
多重債務のような矛盾した円環は、狂気さえあざ笑う底無しの地獄だ。
もはや今の隊長の脳は、限界をとっくに凌駕していた。
『本当に……相も変わらず手間のかかる……』
19 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 18:11:04.43 ID:glNSs2qCo
それでも、隊長は表情一つ変えない。
本来ならば、許容できない矛盾によって世界から抹消されてもおかしくないほどの越権行為をしているのにもかかわらず、すべてを無視して。
無視して、無視して、無視して、押し通す。
その苦痛をおくびにも出さず、隊長は、アーニャの前で『最強』であり続けていた。
「そんなに手間、だというならどうして……来たんですか?」
本来ならば、アーニャでさえ二度と会わない顔だと思っていた。
きっと今の状況を理解して、『アナスタシア』を食い止めに来たのだろうが、それならばアーニャに会いに来る理由はないはずだ。
今この瞬間も、世界は閉塞に向かっているというのに。
隊長はそれでも、このありふれた公園でアーニャと暇をつぶしているのだ。
その行為に、意味がないわけがない。
『ふん……仕事のついで、なんて言っても意味ねぇか。
確かに『ウロボロス』は面倒なことになってる。あれをどうにかしないとまずい。
だが結局のところ俺にできることなど、たかが知れてる。
だから俺は、俺ができることを……いや、やりたいことをしているだけだ』
隊長は、自らが『ウロボロス』と対峙することに意味がないことを知っていた。
世界のルールを無視する隊長と、世界のルールそのものである『ウロボロス』との相性は最悪である。
ルールの適用を『無視』することができる隊長には、ルールそのものを『否定』する力はないからだ。
20 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 18:11:57.63 ID:glNSs2qCo
たとえ自らや操る物体に対しての重力や摩擦を無視することはできても、地上に存在する物理法則がなくなるわけではない。
そもそも『ルール』そのものである『ウロボロス』に相対することが『外法者』における重大なルール違反である。
すでにその負荷は限界を超越している。
「やりたいこと……ですか」
そんな隊長の苦痛に気付くことのできないアーニャは、隊長の言葉を繰り返す。
やりたいことを見失ってしまったアーニャにとってその言葉の在処は遠い。
『今回は俺が無理やり終わらせることはできない。
機械仕掛けの大団円の役目など、本来無粋なものだが……いざできないとなればまたそれも歯がゆいな』
隊長はその仏頂面を歪ませて苦笑する。
暴虐の限りを尽くしてきた自らに対しての皮肉のようなものであったのだが、その笑みは強面を緩和できず凶悪なままである。
しかし、アーニャにとって芝居ではない自然の笑みを見たのは初めてであり、意外なものであった。
『だからこそ、俺は出来ることを、やりたいことは全てやった。
布石も保険も、もう十分だ。あとは俺が骨を折るだけ……』
隊長は、ベンチから立ち上がりアーニャの前へと立ち向かう。
その巨体は、アーニャの姿を影に落とし、眼光は覚悟が満ちている。
21 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 18:12:36.95 ID:glNSs2qCo
「俺は、『ウロボロス』を追う。
このまま放置すれば、世界が滅ぶと言ってもお前はここで呆け続けるか?
アナスタシア」
隊長は、テレパシーを使わずに口に発し、アーニャに問う。
意思を伝えるは、思うのではなく言葉に発する。言霊は万国共通の契約だ。
その口が言葉にするのは、世界の危機。
ヒーローならば、放置できるものではない。
「私は……行けません。
私は、わたしに顔向けできないんです。
たとえ世界が滅ぼうと、私は、わたしのしようとすることを否定する権利はない。
もう、私はヒーローなんかじゃないです……。
何もないから……その『アナスタシア』という名ですら、私の物じゃない。
本来、『私(あのこ)』の物なんですから」
決して世界が滅んでいいわけではない。
それでも、『アナスタシア』が願いを叶えるために世界をも犠牲にしようとするならば、アーニャには止めることはできなかった。
彼女を裏切り続けてきたアーニャにとって、ここで傍観し続けること、そしてそのまま消え去ることのみが贖罪であるがゆえに。
「……つまらん。
自らは身を引いて、あとは成り行きを見守るということか。
勘違いするなよ。お前はまるで他人事のように諦観しているが、これはお前の問題だ。
誰かが助言をくれるわけでもない、誰かが代弁してくれるわけでもない。お前自身が決めるべきことだ。
いつまでそうしている気だ?これはお前の選択だ」
22 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 18:13:42.04 ID:glNSs2qCo
「……どうせ、私には何もできません。
隊長、あなたは言いました。選択だと。自分がしたいようにしろと。
なら私は、ここで一人、静かに消えます。無価値で、無意味で、わたしを裏切ってきた私は、ここでいなくなります」
「……それも一つの選択……か。
ならば好きにしろ。それがお前のしたい事ならな」
アーニャの意志を聞いた隊長は、そのまま背を向ける。
その瞬間一陣の風が吹き過ぎ、公園の木々は静かに揺れる。
「だがそれはやはり諦観だ。そこに進むべき先はない。
……ならば尋ねよう。固執でも、代弁でも、諦観でもない。
俺は何度でも尋ねよう。お前の『願い』はどこにある?
お前が手に入れた、絶対に譲れないものは、どこだ?
俺には世界は救えないし、お前はいなくとも世界は廻る。
だが、お前の選択は、お前にしかできないはずだ。」
男に語ることはない。ならば背中で問うしかない。
もはや振り返らず、あとは成り行きに任せるのみ。だがそれでも、自らが決することではなくともだ。
それでも男には、願いがあった。
もはや手に入らない願いではなく、自らで勝ち取ることすらできないささやかな夢。
23 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 18:15:01.36 ID:glNSs2qCo
願わくば、このまま悲劇で終わらないでほしい。
自らは観測者だ。舞台上の演者でもなければ、筋書をなぞる語り部でもない。
観客だからこそ、客観だからこそ、全てを台無しにしてでも、こんな悲劇は認めたくはなかった。
「何度も……言わせないで、ください。
私はもう……選びません。これが、私の終わりです。空っぽの私に……期待しないで。
『願い』は、偽物です。私と同じで……嘘と都合の、ヴァーチカ……塊、です」
風に飛ばされてしまいそうな重量しかないその体は、そのベンチからは動かない。
中身を伴わない殻の固まりは、どこ吹く風のごとくがらんどうに響くだけだ。
「だが、それでも、もう一度だけ、尋ねよう。
難しい事じゃない。ただ始まりなだけだ。『願い』は複雑じゃない、原初衝動だ。
経験の自己保存も、他者への理由の依存も、それもまた『望み』だ。
だが『願い』とはもっと単純なはずだ。
理屈なんてどうでもいい。理由なんて存在しない。ただそこにあるだけの、一粒の結晶だ。
考えてみろ。そして、その上で考えろ。お前が本当に欲しかった『願い』を」
アーニャは虚ろな瞳で、隊長の背を見上げる。
前方から再び吹いてくる風は、隊長の服を靡かせる。
24 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 18:15:37.67 ID:glNSs2qCo
その離れていく背は、向かい風によってさらに遠い。
このベンチから動く気はないというのに、自然とアーニャは追いたくなる。
その背中に憧れてなどいなかった。だが、追いつきたくなるような、そんな気分。
(その先は……きっと)
自分は置いて行かれる者だ。すでに脚を止めてしまい、ここで終わりを待つだけだったのに。
その先が、自分と同じ空っぽだと考えると、それはそれで怖くなる。
だからこそ、すこしだけ、無意識のうちに考えてしまうのだ。
空っぽで、新たな選択なんてないのだけれど、自分の中にあったのかもしれない結晶を、誰かのものではない自分だけのものを、探しているのだ。
隊長の姿が見えなくなるとともに、その風も止む。
見下げていたアーニャの視線は、無意識に少しだけ上向き、公園の中を見渡すように前を見ていた。
***
25 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 18:16:23.97 ID:glNSs2qCo
所は戻り、プロダクション。
周子は、表情こそいつもの気の抜けたような表情だが、明らかに焦りが見えていた。
「まだあの『ウロボロス』は完全じゃない……。
だとすると、あのときに封印から溢れた一部ってこと、かな……?」
周子は一人で考察しているが傍からでは何のことかさっぱりわからない。
滅多に見せない周子の様子に、傍にいた時間の長い紗枝と美玲は不安を抱く。
「『ウロボロス』ってあの三竜の?」
沙理奈はその単語に心当たりがあるらしく、確認を取るように周子に尋ねる。
「まぁ……その『ウロボロス』だけどさ……。
初代悪魔的には、どれくらい知ってる?ていうか『覚えてる』?」
わざわざ言い直したことに意図を感じたのが、沙理奈は頭に疑問符を浮かべながらも答える。
「知ってるっていうのなら、資料で呼んだ程度には。
三竜の中で最も破壊的ではないけれど、最も厄介。
世界をループさせ続けるらしいけど……。
いつ出現したのかわからないし、いついなくなったのかもわからない。
書物上にしか存在しない空想の竜って話。ていうかアタシも見たことないんだからほんとに謎よ」
26 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 18:17:16.92 ID:glNSs2qCo
初代色欲の悪魔アスモダイである沙理奈は、その見た目以上に遥か昔から存在している。
故に、他の二竜である『バハムート』と『リヴァイアサン』についてはある程度知っているし、『覚えている』ものもある。
だからこその謎なのだ。もっとも新しいはずの『ウロボロス』は見たことはおろか、出現したことすら知らない。
いつの間にか存在し、そしていつの間にか消えていた。まったく経験していないのである。
「だからアタシは、悪いけどさっぱり『覚え』はないわ。
そこんところも含めて……説明してほしいのだけれど」
「あんまり時間がないから、詳しくは話してられないんだけど……。
要するに、ウロボロスは世界ごと誤認させるんだよね」
ウロボロスは、世界そのものを掌握し、書き換え、そのループを誰に知られることなく運営する。
それは上位の天使や悪魔ですら例外はない。
故にウロボロスによって静かに支配された世界を開放する術はほぼ皆無であり、それこそ最も厄介とされる理由であった。
そのウロボロスの世界の『ルール』から外れる者はアカシックレコードにアクセスできる者や『運命』そのものを観測できる最高位の神くらいである。
だがそういったいわゆる『観測者』は世界に対しての干渉に大きな制限がかかることが多く、それも相まってウロボロスを知覚できても対処できないという場合が大半なのだ。
「記憶こそ、ウロボロスと『外法者』の影響が混在したせいで妙な風に改ざんされてたけどさ。
そもそも400年ほど前にシューコちゃんの前に『外法者』が現れた理由は、『ウロボロス』のループから脱出するための仲間を探してたんだよね」
当然『外法者』も観測者の一種である。故にその何千回もループする世界を見続けてきたのだ。
ルールそのものを壊せずとも、人に対するルールを無視することができる。
その当時の『外法者』は協力者を増やし、無限に続くループから脱出する計画を行ったのである。
27 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 18:18:05.16 ID:glNSs2qCo
「まぁそれでもループを脱出するにアタシが協力し始めてから数百ループはかかったけど。
そのかいあって、『ウロボロス』は封印されて世界は解放されたってわけ。
まぁその代償にほとんど忘れてたんだけどねー」
遠い昔の記憶を探るように周子は語る。
本来ならば蘇るはずのなかった記憶だが、ウロボロスとの接触ですべてを思い出したのだろう。
だからこそ、あの地獄は繰り返してはならないと周子は思う。
かつてのループの時にはいた『外法者』の外来人は今はいない。それは、ウロボロスを復活すれば再び誰も知覚できなくなり、世界は閉塞されるということである。
周子は自らが経験しているからこそ、『ウロボロス』の欠片であるアーニャならばまだ間に合うということを理解していたし、その上で自分がすべきことも理解していた。
「なるほどねぇ……。だからその時の『外法者』の影響で『ウロボロス』のルールを無視できたのね。
たぶんその時はアタシは魔界にいたからそもそも『外法者』と接触していない。故にアタシはなーんにも知らないってことかしら。
うんうん……納得納得」
これまでに周子が知っていたウロボロスに関する知識は、すべて封じられていた記憶の物である。
あらゆる疑問点が解消され、一人納得する沙理奈。
だからこそ、問題はこれからである。
「で……どうするの?多分あのアーニャは、絶対に倒せないと思うけど」
会い見えて沙理奈はある程度、ウロボロスの性質を理解していた。
その存在そのものが『ルール』と化しており、おそらく肉体を滅ぼそうと、空間ごと滅しても、湧き水のごとくアーニャは再生するだろう。
ウロボロスという存在がキャンバス上の絵の具ではなく、『世界』というキャンバスそのものである限り、いかなる力を振るったところで倒すことは不可能である。
28 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 18:18:49.90 ID:glNSs2qCo
「それでも、まだ力は弱い。向こうもこっちに対応できる力はないし、こっちとしてもあのウロボロスを倒す算段はないからさ、これは膠着だよ。
まいったねー」
負ける要素はなくとも、倒す手段がない以上どうしようもない。
やれやれと言わんばかりに周子は両手を肩上に上げる。
だが、その心はすでに決まっている。
「どうせ、昔の記憶で対策は知っているんでしょう?」
沙理奈はそんな周子を見透かし、問いかける
「うーんっと……まぁ紗枝ちゃんには、苦労をかけることになるけどね」
「えぇ!?うち……どすか?」
唐突に話を振られた紗枝は周子の方へと向き直る。
そもそも状況を飲み込めていなかったようで、二人の会話からは置き去りにされていたようである。
「そう。そもそも前にやった『龍脈封印』はウロボロスを封印するために作られた術と同じ系譜なんだよね。
つまり、紗枝ちゃんほどの腕があれば一時的にでもウロボロスを封印できるってこと。
とりあえず封印しちゃって、その後から何重にも封印をかければ十分だろうし」
先日港で、アーニャのウロボロスの力を封じ込めた『龍脈封印』。
それと同じ要領でウロボロスも封印できると周子は語る。
「……それくらいなら、うちにも出来そうやけども……。
ほんまに、大丈夫なんかぁ?」
29 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 18:19:40.97 ID:glNSs2qCo
今回は、港の時とは違う。
港の時のアーニャの暴走は、器から力が溢れているような感じであり、それをその器に抑え込むような感覚であった。
だが先ほどのアーニャからは、抑え込むべきその『器』のようなものを感じ取ることはできなかった。
おそらく周子の言うことは正しいだろうし、絶対に間違っていないことには絶対の信頼を紗枝は寄せている。
だが、その違いが何か決定的な結果の差を生み出すのではないかと紗枝は考える。
「大丈夫。紗枝ちゃんなら、やれるやれる」
不安そうな表情をする紗枝に対し、その不安を和らげるように笑いかける周子。
そんな周子をみて、紗枝はとりあえず不安を黙殺する。
「なら……ええんやけどな」
「じゃあ、いそごっか。
あのウロボロスが、本体にたどり着いたらそれこそ世界の終わりだからね」
「本体?」
「そ……あのウロボロスは初めにも行ったけど、前に封印した時に漏れた力の欠片だと思う。
たぶん、あれがウロボロス『本体』が封印されているところにたどり着けば、完全な『ウロボロス』が眠りから覚めるよ。
そうなったら、ジ・エンド。もう誰にも手出しはできない。
そこにたどり着く前に、あたしたちが追い付いて、ウロボロスを封印しなくちゃ」
かつてウロボロスを封印したと言っても、完全に封印できたわけではない。
外部から生半可な刺激を与えたところで破れることはない強固な封印だが、封印の外の『ウロボロス』に反応し、封印の中のウロボロス『本体』が目を覚ませば、そんな封印など容易く食い破られる。
故に、ウロボロスと化しているアーニャが本体にたどり着く前に、アーニャを封印する必要があった。
「場所はそんなに遠くはないよ。
そもそも、龍脈封印がなんでウロボロスに効くのかを考えれば場所はすぐにわかる」
30 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 19:29:51.70 ID:glNSs2qCo
「龍脈封印で、『うろぼろす』を封じられる。
……いや、『うろぼろす』が龍脈だからこそ、封じることができる?」
「やっぱり紗枝ちゃん鋭いなぁ。プラス10シューコちゃんポイント。
ウロボロスが封印されているからこそ、龍脈がそこにできるの」
場所は西の方角。
この東京からでも、電波塔ほどの高さがあれば十分に視界に収めることのできる霊峰。
「富士山直下。
目的地はそこだよ」
31 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 19:30:24.36 ID:glNSs2qCo
目的地は定まった。
あのアナスタシアの移動速度が幾ほどかはわからないが、周子による妖怪の脚力ならば1時間もかからずにたどり着くことができるだろう。
今から追いかけたところで十分に間に合う。
または、目的地がわかっているのだから待ち伏せるという手段も取れる。
「沙理奈さんは、念のためにここの守りを頼める?
万が一、もあり得えるかもしれないからね」
最悪の結末こそ、アーニャが富士山直下にあるウロボロス本体にたどり着くことである。
しかし、状況の最悪として考えられるのは、誰かが人質に取られた場合である。
今のウロボロスに近い力を持つアーニャであっても、周子や沙理奈を打倒する力はない。
それでも、強力な力を持っていることには変わらず、守りを手薄にすることはできない。
アーニャがそこまで姑息な手段を取るとは考えられないが、それでも存在する可能性には対策しておくべきであった。
故に、このプロダクションの誰かが人質に取られること、特に周子や沙理奈にとっては美玲やメアリーが人質に取られることは避けねばならない。
「えぇ、いいわよ。
きっと、今回のことは二人の方が適任だろうしね」
そう言うことを理解しているからこそ、沙理奈は二つ返事で承諾する。
その余裕のある返事は、頼もしささえ感じさせる。
32 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 19:30:58.93 ID:glNSs2qCo
「おっけ、ありがと沙理奈さん。
じゃあ……ちゃちゃっと終わらせよっか。紗枝ちゃん」
背中は任せた、とでも言わんばかりに沙理奈に背中を向け、隣に紗枝が来るように促す周子。
その雰囲気こそ、いつもの適当な感じに戻っていた。
「……せやなぁ。ほな……いきましょか」
いつか周子の隣に並び立ちたいと思っていた紗枝だったが、周子に頼られて、今それが叶うというのにその心中は複雑であった。
想像していたのは、二人で悪しき妖怪に立ち向かい、並び立って笑顔で帰れるようなそんな風景。
だが、周子の繕ったように見える適当な様子、その仮面の下が複雑なものであることが、紗枝には容易に見抜けた。
これは紗枝が望んだ風景でもないし、周子もこのことを望んでいないことがわかったのだ。
相手は悪しき妖怪でも、世界を絶望させるような巨悪でもない。
つい先日まで隣にいた、同年代の少女の願いを止めるために動くのだ。
万人のためであっても、その願いが許容されるものでないとしても、決してこの行いが正しかったとは胸を張っては言えないだろう。
そんな周子の足取りで紗枝も感付いたのだ。
この結末は、決してハッピーエンドは向かえないことを。
「な、なぁちょっと待て、シューコ!」
プロダクションを後にしようとする二人にかかる制止の声。
その声の主である美玲は、混乱覚めぬ頭においても二人を止めたのだ。
「どうしたん?美玲」
自然に、違和感なく周子は、美玲の方へと向き直る。
この制止を彼女は予感していた。だからこそ、やさしく、自分以外にもそれを分け与えれるように育ってくれた美玲を誇りに思いながら、その言葉を待つのだ。
33 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 19:31:40.57 ID:glNSs2qCo
「え、えーっとな。その……」
いざ言葉にしようとすると、うまく形にできない。
何となく、漠然とした不安感は、予感となって喉元まで出かかっている。
「その……、アーニャは帰って、くるのか?
ウチは、アーニャがあんな、状況だったなんて、しらなくて」
あの時、プロダクションに入ってきたアーニャの違和感に気づけたのは、美玲とメアリーの二人だけであった。
あまり接点のなかった紗枝はおろか、沙理奈や周子ですらその違和感にすぐに気付けなかった。
純粋であるということは、外界の物に対する直感が冴えているということだ。
経験を積むことにより、様々な感覚、いわゆる空気の流れや人の挙動の違和感などを察知できるようになる。
それに合わせ生来の直観を合わせることによって、達人と呼べるものは第六感と言うものを鋭くする。
しかし、情報が多くなるということは、取捨選択が必要になってくる。
それに対し、直感だけと言うのは、人の根源的な感情を察知出来るということであり、時には鍛えられた第六感をも凌駕する。
ゆえに、アーニャの体も違和感も感じさせず、敵意も発していない、中身の『感情』だけの変化を二人は察知できたのだ。
そしてそれは、周子が秘める今回の事件の収束点の想定すらも、人狼としての高い感受性が予感として感じ取ったのだ。
「ちゃんと……帰ってくるんだよな?
ウチがもっと、ちゃんと相談に乗っていれば、こんなことにならなかったのかなって……。
せっかくのカウンセリング担当なのに、何にも役に立ってなくて……。
だから……アーニャに、謝らないと……『気付かなくて、ごめん』って……」
美玲は見たのだ。
あのアーニャが作り出したであろう結晶杭が自らを貫こうとするときに。
その瞳の中にある諦めと、微細な後悔の念を。
34 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 19:32:12.36 ID:glNSs2qCo
「だから、今度会ったら、ちゃんと聞かなきゃ……。
アーニャのことを、どうしてあんなことをしたのかを、聞かなくちゃ。
それがウチの、役割だから」
あの時、美玲はアーニャに誰だと問うた。
しかし、振り返って考えてみれば、あれもまぎれもなくアーニャであったのだ。
昨日まで見ていたアーニャと、先ほどのアーニャは違うアーニャであるけど、同じであることを美玲は何となく理解していたのだ。
そうして心が分かれてしまった理由はわからないけど、それでも物事には原因がある。
それを聞き出すことは、美玲自身の仕事だと考える。
ただのお飾りのカウンセリングなど意味がないのだ。
ただ庇護されるだけの存在でいたくないという思いは、言葉としてここに吐露される。
「もう間に合わないかもしれないけど、それでも叶うなら、アーニャを連れ帰ってきてほしいんだ。
ウチも、頑張らなくちゃ、ならないから」
「……美玲はん」
美玲には後悔することしかできない。
たとえ他力本願だとしても、美玲は無力だと自覚しているからこそ周子に頼むのだ。
その思いは、紗枝にとっては周子の力になれなかったことと重なり、とても理解できるものであった。
だがその思いがわかるからこそ、複雑であった。
35 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 19:32:55.01 ID:glNSs2qCo
「ん……わかったよ。そう言ってくれるなら、心強いなー。
ま、シューコさんに任せて待っといてよ。さくっと、帰ってくるからさ」
周子は少し視線の下にある美玲の頭に手を乗せる。
子供をあやすように動かすその手は、誰の心を落ち着けていたのかは定かではない。
だが、美玲は周子の前で言ったことを含めて、少し恥ずかしそうな顔をして周子を見上げた。
そしてひとしきり美玲を撫でて、美玲が恥ずかしさで唸り始めたあたりで周子は手を止める。
そのまま『プロダクション』を後にした二人は、背にプロダクションを向けながら目的地へと向かう。
「なぁ……周子はん。なんであんな約束しはったんどすか?」
「……約束って?」
「アーニャはんを連れて帰るっていうやつやわ。
だって……おそらくそれは無理やろう?」
先ほどのアーニャは、これまでのアーニャとは明らかに違っていた。
前にも述べたが、アーニャには封印するべき器がない。
ここでの器とは、二人は知らないが神が施した封印のことである。
その枷そのものが取り除かれている以上、『龍脈封印』で封じ込めるには他の憑代が必要となる。
「たぶん……封印したら、アーニャはんの中に封印するんじゃなくて、アーニャはん自体を封印せんとあかんやろう?
だから、連れて帰ることは不可能や。それは周子はんにだって……いや周子はんの方が、わかってるやろ?」
あくまでこれは紗枝の推察でしかない。
だが、『龍脈封印』という術を習得している紗枝自身、この推察がおおむね間違っているとも思えなかった。
36 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 19:33:31.79 ID:glNSs2qCo
そして当然、周子もそのことは理解出来ているはずである。
「……まぁ、そうだね。
紗枝ちゃんのその考えは正しいよ。
もう、アーニャは手遅れ。殺すこともできないし、元に戻すことも多分無理だろうね」
ウロボロスは願いに巻き付き、世界を閉じ込める。
故にその願いは絶対に揺るがず、何千年経ようと摩耗しない宿命となる。
故に誰かの言葉で改心させようなど絶対に不可能である。
元のアーニャを取り戻すことは絶対にできないことを周子は理解していた。
「仮にどうにかなるとしたら、自分自身で心変わりでもしない限りアーニャは救えないんだよね。
まぁ……心変わりしないからこそ、それは『欲求』ではなく『願い』なのだろうけど」
周子は一息のため息を吐く。
すでに状況は決している。先の未来が収束に向かっている以上、選択肢も閉塞する。
「だけどさ……絶対に不可能だとわかっているとしても、美玲がああ言ったんだからさ。
アタシとしては、どうにも無下にできなくてね。甘さと言うかなんというか」
美玲を拾った時から考えれば、先ほどの言葉は美玲の成長の証でもあった。
一匹狼であった美玲が、周子だけではない他者に気をかけ、あまつさえ自らの役割を自分の意志で活かそうとしているのだ。
「嘘ついたことになるから、美玲には恨まれるだろうけどさ……。
まぁ恨まれるのには慣れてるからね。早く行こっか。
間に合わなくて、美玲の未来がなくなることが一番、避けないといけないからさ」
37 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 19:34:11.22 ID:glNSs2qCo
そう言って、紗枝に右手を差し伸べる周子。
表情は、へらへらとして愛嬌のあるいつもの周子であったが、紗枝はその手を取ることを少し躊躇する。
これもまた、周子なりの覚悟なのだ。
誰もが優先すべきことがあるし、誰もが叶えたい願いがある。
願望は人の原動力となり、使命として足を進める。
紗枝は、周子の覚悟も願いもある程度理解して、差し出されたその手を握る。
「ほな、行こか周子はん。だって美玲はんのため、ですもんなぁ」
紗枝も、理想とは程遠くとも願いに近いカタチを望むのだ。
たとえ心境は複雑でも、そんな願う未来につなげるためにも。
彼女と隣立つ自身の未来を願い、前へと進むのだ。
***
38 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 19:34:54.40 ID:glNSs2qCo
『閑話休題。この舞台は白銀の少女が主役。
此度の脇役の話は、これくらいにしておきましょう』
うっそうと茂る苔むした富士の樹海の中には、溶岩の名残である岩石が無数に露出している。
曇り空も相まって、屋根状に木々が覆う樹海は普段より薄暗く、絶望した人々を招き入れるように風邪で靡く。
「あ?……何か言ったか?」
そんな生命さえ感じさせぬ深緑の中に立つ一人の男。
季節外れのコートの下には、動きやすさを重視した軍用と思われる衣服を身に纏っている。
その服の上からでも明らかにわかる鍛え上げられた肉体を持つこの男は、かつてロシアの特殊能力者の部隊を率いていた『隊長』と呼ばれた者であった。
そしてその耳には、スマートフォンが当てられており、誰かと会話していることがわかる。
「なんでもない?……まぁいいか。
とにかくこれで『保険』も含めた準備は整ったてわけだ。
この件には熾天使も一人絡めたし、『プロダクション』の方は勝手に事が進んだんだろう?」
本来『プロダクション』における出来事は隊長は知らないのだが、どうやら電話口の向こうの者はそのことについて知っている様子である。
「ならいいさ。これだけお膳立てすれば世界が滅ぶってことはなさそうだ。
……ふん、別に俺が勝手にしていることだ。お前の力なんぞ借りずとも俺はやれた」
どうやら比較的親しい間の様で、隊長に軽口さえも吐けるようである。
そして今回の件に、裏で大きくかかわっていたようだ。
故に、『プロダクション』の出来事も知っているし、隊長が『エトランゼ』を知り得たことにもつながるのだろう。
39 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 19:35:46.24 ID:glNSs2qCo
「あとは俺の好きにやらせてもらう。
傍観者を気取るのもいいが、お前の思い描いた脚本通りにはさせん。
そこで、俺がすべて引っくり返すのを本の栞でも噛みながら俯瞰しているがいいさ。
……ああ、じゃあな情報屋。『また、会おう』」
『二度と会うまい』とは言わない。
口癖のように、去りゆく人々に吐いてきた言葉を隊長はここでは口にしなかった。
湿った風が通り抜ける。
スマートフォンを懐にしまい込んだ隊長は、霊峰を背に向け森の奥をじっと見つめる。
「はっ、ようやく来たか。
郷愁は済んだか?後悔は消化したか?
お前が何を願おうが勝手だが、ここがお前の収束点だ」
その言葉に答えるかのように森の奥から現出する一つの影。
気配さえ希薄でそこに居るかさえ朧げだが、公園にいたアーニャとは違いその姿ははっきりしている。
その差は、世界から希釈されているか、世界そのものと同化しているというものだ。
前者は存在が薄められているということであり、一方後者は世界と同化し、存在を拡張しているということである。
「……やっぱり、最後に立ちはだかるのはアナタですね。
いつの時も、そうだった。ワタシの全てを壊すのはアナタだ」
40 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 19:36:27.55 ID:glNSs2qCo
その背に透色の翼を携え、姿だけならばまるで天使のような。
だがその存在は世界を閉塞に導く『願い』を秘めた終わりの一。
『ウロボロス・アナスタシア』はこうなることを予期していたかのように、隊長の前に姿を現した。
「……そうだ。俺はお前からすべてを奪った。
親も、故郷も、その尊厳すらもな。
久しぶりだな、とでも言えばいいか?」
アナスタシアとは十年を超える付き合いであったが、この人格とはいわば十年来の邂逅となる。
隊長も、あの日のことは覚えていた。
『アナスタシア』を殺したあの日のことは、はっきりと記憶に刻まれている。
「ええ……お久しぶりですね。
ワタシとしては、二度と顔も見たくはなかったんだけれども」
アナスタシアから吐かれる言葉は、紛うことなく敵意である。
目の前にいる者は、隊長自身が言った通り、大切なものをすべて奪い尽くした掠奪者である。
その清廉なる姿からは、穏やかではない空気が漏れ出す。
「ハッ、予想通りの反応だな。
まぁ確かに、俺は恨まれてもおかしくはない。
その憎しみは甘んじて受け止めるさ」
彼の行いは、結果的に言えばすべて仕方のなかったことである。
故郷を焼き、親族と呼べるものをすべて滅ぼしたことにしても、それは仕事だったからだ。
彼にそれを指示したものがいて、彼はそれをただ実行しただけ。
暴力装置としての役目を担っただけである。
その行いは許されることではないにしても、隊長自身の意志ではない。
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