にこ「きっと青春が聞こえる」

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160 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/03(火) 09:25:18.29 ID:lm87M5QRo

真姫「あーもう、やめやめ!」

 今日の練習もうじうじするのも、おしまい!

 こんな調子じゃ日が暮れたって曲なんか作れやしないわ。

 ぱっと荷物をまとめ音楽室を出る。

 オレンジ色に染まった廊下は誰もいなくて、少し寂しげ。

 グラウンドから聞こえる部活の声だけが、遠く響く。

真姫「…………」

 私はひとりで歩き出した。
 
161 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/03(火) 09:51:24.50 ID:lm87M5QRo

 毎日ってこんなにつまらないものだったっけ。

 中学生のころから感じてた思い。。

 高校に入って増していく想い。

 同じ毎日が続いて。

 変わらない毎日が過ぎていく。

 
 今、私の視界を流れていく寂しげな廊下の風景は。

 きっと、私の人生の縮図。


真姫「――――」

 ひとりを、望んでいるはずなのに。

 泣きたくなるのは、なんでだろう。  
162 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/03(火) 10:06:00.77 ID:lm87M5QRo

「かよちーん! はやく行くにゃー!」

「ま、まってよ凛ちゃん……それじゃ矢澤先輩、お疲れさまでした」

 と。奥の教室から飛び出てくるふたつの人影。

 見覚えあるな、と思ったら、同じクラスの星空さんと小泉さんだった。

 あれ、あの二人って陸上部に入ったんじゃなかったっけ?

 たまに聞こえる会話では、そんなこと話してた気がするんだけど……

「はいはい、お疲れさまー。気を付けて帰んなさいよ」

 続いて出てくる小さな人影。

 あの人……ついこの間、うちのクラスで一悶着起こしてた人だ。

 矢澤にこ……だっけ?

 風のうわさでは二年前にやらかしてひとりぼっちって話だったけど……

 ふーん。そういうこと。

 あの二人、矢澤先輩の部活に入ったんだ。

 別に、私には関係ないけど。
163 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/03(火) 10:29:39.27 ID:lm87M5QRo

 二人が走り去ったあと、矢澤先輩はひとりで部室のカギを閉めているようだった。

 私には気づいてないようで、そのまま廊下の奥へと進んでいく。

 なんだか浮かれてるみたいで、足取りは軽い様子。

 ほら、後ろくらい確認しなさいよ。人が見てるわよ、人が。

 もう、スキップなんかしちゃってみっともない。

にこ「〜♪」

 あーあ、ごきげんに歌まで歌いだしちゃって、見てるこっちが恥ずかし――

 え?


にこ「愛してるーばんざーい! ここでーよかーあったー」

 
 え、なんで?

 私が作った、私だけの、私しか知らない曲を。

 なんで――あなたが歌えるの?
164 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/03(火) 10:31:01.50 ID:lm87M5QRo
ここまで
次はまた近いうち
165 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/03(火) 10:32:18.25 ID:lm87M5QRo
途中酉はずれてた、すまぬ
ID同じだから大丈夫やんな
166 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/03(火) 10:37:44.40 ID:ixsT92iSo
乙です
167 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/03(火) 16:26:24.61 ID:xOTzzCHAo
期待
168 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/03(火) 22:12:03.16 ID:nUR2XKsB0

二年組も気になるね
169 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/04(水) 11:50:22.32 ID:1MhTrX5c0
おつ
おもしろい展開に
170 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/08(日) 21:50:37.48 ID:DkMgFNURo

にこ「愛してるーばんざーい! ここでーよかーあったー」

 つい歌なんか歌いながらの帰り道。

 十人が見たら十人が浮かれてると思うことだろう。

 それ、大正解。

にこ「とっきーどきーあーめーがーふーるけーど みっずっがーなーくーちゃたーいへーん」

 凛が仲間になってくれた。凛が認めてくれた。

 あんなに頑なだった凛が。

 私に、開いてくれた。

にこ「さー大好きだーばんざーい! まけなーいゆーうーきー」

 これが喜ばずにいられる? いーえ、いられないわ。
 
 歌だって歌いたくなるってもんよ。
171 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/08(日) 22:10:51.10 ID:dHA3PY56o
はよ
172 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/08(日) 22:18:21.62 ID:DkMgFNURo

にこ「昨日ーに手ーをふーって ほらー 前向いてー」

 ごきげんになりながら一番を歌い終える。

 メロディの余韻は、誰もいない廊下にじんわりと染み込んでいった。

にこ「ふぅ……」

 喉の痛さも、少し弾んだ動悸も、なぜだか心地いい。

 やり遂げたというか、やりつくしたというか。

 まだ淡い達成感が、だけど、たしかに胸の中にあった。

にこ「あと六人」

 思わずこぼれたひとりごと。

 それは、遠いようで、でもきっと手が届かない場所じゃないと、思った。

 さ、今日はもう帰りましょう。

 気づけば止まっていた足を動かして、そして――


真姫「ちょっとあなた!」

にこ「ひゃうっ!?」


 歩みはすぐに止められた。
173 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/08(日) 22:26:37.78 ID:DkMgFNURo

真姫「なんで! なんであなたか知ってるの!? なんであなたが歌えるのよ!」

にこ「なっ、なっ、なぁ!?」

 懐かしい顔だ、なんて思う暇もなかった。

 急に飛んできた怒声に驚き振り向くと同時、私の両肩はがっしと掴まれた。

真姫「答えなさいよ! なんであなたがそれを歌えるの! なんで知ってるの!」

 言いながらがくがくと私を揺さぶる赤毛の女の子――真姫ちゃんは、必死の形相で繰り返す。

にこ「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ!」

真姫「これが落ち着いていられるもんですか!」

真姫「あなたが今歌ってた曲――『愛してるばんざーい!』は、私が考えてる途中の曲なの!」

真姫「それを、なんであなたが歌えるわけ!?」

にこ「っ!」

 ――やっちゃった。

 後悔が私の心を蝕む。

 浮かれてるからって、こんな致命的なミスをするなんて……
174 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/09(月) 07:30:43.59 ID:w/pllu7no

真姫「答えて」

 揺さぶる手は、いつの間にか止まっていた。

 けれどその代わり。

真姫「――――」

 真剣な瞳が、まっすぐに私を射抜く。

にこ「あ、ぅ……」

 考えろ、考えろ。

 なにかそれっぽい、納得できるような理由――

にこ「あ、そ、そうよ!」

真姫「えっ?」

にこ「あ、いや、そうよじゃなくて。あれよあれ、あんたいつも音楽室で練習してたわよね?」

真姫「――ええ」

 これだ、これしかない。

にこ「それが偶然聞こえてたのよ! 廊下で! それでいい曲だなーって思ってつい口ずさんじゃったのよ!」

 
175 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/09(月) 07:31:16.11 ID:w/pllu7no
寝落ちってた
続きはまた後程
176 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/09(月) 12:20:07.43 ID:J6hSp6PDO
177 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/09(月) 21:51:04.67 ID:w/pllu7no

真姫「――私が歌ってるのを、聞いたから?」

にこ「そう!」

真姫「――音楽室で、私が歌ってるのを?」

にこ「そうそう!」

真姫「――最初から、最後まで?」

にこ「そうなのよ!」

真姫「――――」

 いけるかも、って思った。

 真姫ちゃんが乗ってくれたと思った。

 ごまかせるかも、って、思った。

 それが全部勘違いだと気づいたのは。

真姫「――――っ」

にこ「えっ?」


 真姫ちゃんの瞳から、ぽろりと涙がこぼれた瞬間だった。
178 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/09(月) 22:20:49.82 ID:w/pllu7no

真姫「う、うう……」

にこ「え……え!? ちょ、真姫ちゃんどうしたの!?」

真姫「なんで……なんで……!」

にこ「なんでって、こっちのセリフよ! なんで急に泣き出しちゃうわけ!?」

 私の言葉に、真姫ちゃんはキッと鋭い視線を返す。

真姫「なんでって? 悔しいのよ!」

にこ「く、悔しい?」

 なに? この子なんの話してるの?

 私の疑問を知ってか知らずか、真姫ちゃんはすぅっと息を吸う。


 大好きだばんざーい!

 まけないゆうき 私たちは今を楽しもう


 それは、ついさっき私が口ずさんでいた曲。

 唯一、違いがあるとするならば。


 大好きだばんざーい!
 
 頑張れるから――


にこ「…………?」

 それが、最後の最後で止まったこと。 
179 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/09(月) 22:28:08.20 ID:w/pllu7no

真姫「この曲はね、未完成なの!」

真姫「どうしても、最後のフレーズが浮かばなかった!」

真姫「この曲にぴったりの歌詞が見つからなかったの!」

にこ「……あ、」

 荒ぶった感情が、びりびりと伝わってくる。

 言葉の意味を飲み込んだ私は、自分が思っていたよりもっと深い沼に足を踏み入れていたことに気づいた。

真姫「そう! でもあなたは歌った!」

真姫「昨日に手を振って。ほら――前向いて、って!」

真姫「なによ……なによそれ!」

真姫「それ以上ぴったりな歌詞――見つけられるわけないじゃない!」

真姫「それを聞いた瞬間、もうそれしかないって思った!」

真姫「この曲には、その歌詞しか合わないんだって感じ取った!」

真姫「まるで……まるで、最初からそう決められていたみたいに……」

にこ「…………」

 そりゃ、そうよね。

 だってそれが、その歌詞が、この曲の「本来の形」なのだから。
180 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/09(月) 22:34:42.47 ID:w/pllu7no

真姫「それが……なんであなたから教えられなきゃいけないわけ!?」

真姫「なんにも知らないあなたに!」

真姫「廊下で聞いた、なんて下手な嘘でごまかそうとしてるあなたに!」

真姫「なんの関係もない、あなたに……!」

真姫「これが悔しくなくて……なんだって言うのよ……」

にこ「ぁ、う……」

 きっと、本当に悔しいんだと思う。

 人前で、しかも彼女にとって初対面の人間の前で。

 こんなに素直に涙をこぼすなんて――「あっち」の真姫ちゃんなら考えられない。

 だからこそ、不用意な言葉は返せなかった。

 この、ガラス細工みたいにもろい女の子に、どう触れたら壊さないで済むのか、見当もつかなかったから。

 
181 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/09(月) 22:46:16.44 ID:zV9YWdwEo
はよ
182 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/10(火) 06:26:01.53 ID:E4B5RweHo

真姫「……ちょっと待って」

 私がそうやってだんまりを決め込んでいたわけだから、言葉を続けたのは当然真姫ちゃんの方であった。

真姫「あなたさっき、私のこと……真姫ちゃん、って呼んだ?」

にこ「ぎくー!」

 し、しまった! 

 あまりの急展開に呼び方を変えるの忘れてた!

にこ「き、ききき、気のせいじゃない? なんで私が初対面の西木野さんのこと名前で呼ばなきゃ……」

真姫「いや、そうじゃなくって」

にこ「へ?」


真姫「初対面のあなたが、苗字にしろ名前にしろ、何で知ってるの? ってことよ」

にこ「…………」

 あ、ほんとだ。

 え、だって凛と花陽はそんなこと一言も――って、あの子らだもんなぁ……

にこ「あ、あはは……」

真姫「――――ねえ」

にこ「……はい」

真姫「あなた……何者なの?」

にこ「えー、と……」

 ああ、これが年貢の納め時ってやつなのかしら。

 ま、いっか。話しても。

 どうせ信じてもらえないだろうしね。
183 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/10(火) 06:26:41.03 ID:E4B5RweHo
また寝落ちってた
続きはのちほど
184 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/10(火) 07:00:24.60 ID:uR7jB4T/o
おつ
185 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/10(火) 18:40:45.71 ID:4ZjEcUhIo
期待
186 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/10(火) 23:34:15.32 ID:buJEwAbfo
はよはよ
187 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/11(水) 00:00:19.76 ID:8FHhUPvNo

真姫「ふぅん? つまり私の知ってる言葉で表すなら、あなたは未来人ってことになるのかしら」

にこ「あはは……まぁ、そういうことになるのかしらね」

真姫「…………」

 場所を移して、音楽室。

 腰を落ち着けて私の話を最後まで聞いた真姫ちゃんの反応は、正直予想外だった。

 ぶっちゃけ「頭のネジ、足りてないんじゃない?」とか鼻で笑われると思ってたのに。

 今目の前にいる真姫ちゃんは。

 私の言葉を、真剣に考えてくれていた。

 あの三人娘と友達になれた時も嬉しかったけど、それとは話が違う。

 「今の私」の真実を受け入れてくれる、仲間。

 すごく、すごく――救われた気がした。

にこ「――ありがと」

真姫「な、何よ急に」 

にこ「いえ、ごめんなさい。こんな話、まさか信じてもらえるなんて思ってなかったから」
 
 ちょっと涙目になった私の言葉を聞いて。

真姫「ばかね、あなた」

 真姫ちゃんは、からかうように笑った。



真姫「そんな話信じるわけないじゃない」



にこ「ちょっとおおおぉぉぉぉぉおおおおお!?」
188 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/11(水) 00:06:06.77 ID:8FHhUPvNo

真姫「目が覚めたら過去にいました? そんなのありえるわけないじゃない」

にこ「はぁ!? さっきまでのいい雰囲気なんだったわけ!?」

真姫「頭のネジ足りてないんじゃない? あなた」

にこ「予想通りの反応ありがとうございますぅ!」

真姫「あーもう、やかましいわね」

 いらだちを隠そうともしない真姫ちゃん。

 え、なんで私が怒られてるの?

真姫「常識で考えなさいよ、常識で。あなたそもそもそんな話信じてもらえると思ったわけ?」

にこ「ぐ、ぐぬぬ……」

 はい、絶対信じてもらえないと思ってました。

真姫「ほら見なさいよ。自分でもわかってる答えが返ってきたのに騒がないでもらえる?」

にこ「で、でも! じゃああんたはご丁寧になにを考え込んでたわけ!?」

 そもそも勘違いの原因はそこだ。

 紛らわしいことしてる真姫ちゃんにだって責任はあるはずだ、うん。
189 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/11(水) 00:15:46.48 ID:8FHhUPvNo

真姫「……信じては、ないの」

 だけどね、と。

 迷うような表情を見せた後、真姫ちゃんはグランドピアノへと向かう。

 ぴぃん、と空気が張り詰めたような錯覚。

 そんな緊張感を振り払うように、真姫ちゃんの指は鍵盤の上を滑り始めた。

 果たして、流れ出したメロディは。

にこ「――――!」

真姫「――――」

 それを察した私と、私が察したことを察した真姫ちゃん。

 一瞬のうちに視線が交わり、互いの意図を読み合う――なんてことはできなかったけど。

 私の体は、自然と反応していた。
190 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/11(水) 00:21:13.55 ID:8FHhUPvNo

 
 I say...

 Hey,hey,hey,START:DASH!!

 Hey,hey,hey,START:DASH!!


 歌えないはずがなかった。

 それは、私たち九人が初めて講堂を一杯にした曲。

 μ'sのはじまりの歌。


にこ「――ふぅ」

 ピアノの伴奏は、私が一番のサビを歌い終えたところで止まる。

 額にじんわり浮かんだ汗をぬぐうと、真っすぐにこちらを見つめる真姫ちゃんと視線がぶつかる。

真姫「信じては、ないの。だけどね、そんなの関係ないってわかった」

真姫「今の曲は、歌詞なんてワンフレーズもついてないメロディだけの曲」

真姫「でもあなたは、それを当然のように歌った」

真姫「その歌詞は、そうであるのが当然のようにぴったりだった」

真姫「あなたが未来人であることを、私がどれだけ信じようとしなくても、関係ない」

真姫「この事実は――捻じ曲げられないもの」
191 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/11(水) 00:40:07.91 ID:8FHhUPvNo

にこ「真姫ちゃん……」

真姫「μ's、だっけ? さっきのあなたの話に出てきた、私も所属してたアイドルグループって」

にこ「え? ええ、そうだけど……ひょっとして!」

真姫「勘違いしないで」

 ぱぁっと輝いた私の言葉を、真姫ちゃんがぴしゃりと遮る。

真姫「別に信じたわけじゃないんだから、そんなグループに私が入る義理はないわ」

にこ「いや、義理とかじゃなくて」

真姫「……ごめんなさい。変なごまかし方しちゃったわね」

真姫「私は、友達も作らないし、部活もやらない」

真姫「そう、決めてるの」

真姫「だから……μ'sには、入れない」

にこ「なに、それ……」

 真姫ちゃんの告げる言葉は、どれも絶望的だった。

 真姫ちゃんがそんな信念を持っていたなんて話、聞いたことがない。

 また――変わってしまった。
192 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/11(水) 01:01:40.40 ID:8FHhUPvNo

真姫「ちょっと、そんなに落ち込まないでよ」

にこ「別に、落ち込んでなんか……」

真姫「いや、強がってるのばればれだし……」

にこ「…………」

真姫「――あぁもう! あなたがそんなじゃ本題に入れないじゃない!」

にこ「……本題?」

 情け無用の死刑宣告をした上で、この子はどんな本題に入ろうってつもりなの?

真姫「その、μ'sでは私が作曲してたんでしょ?」

にこ「そう、だけど……」

真姫「作詞してた海未って人がどんな人なのか知らないけど……少なくともあなたはどんな歌詞になるのか知ってる」

真姫「つまり、あなたが作詞できるってことよね?」

にこ「…………?」

 えっと。

 この子、何が言いたいの?

真姫「……もう、察し悪いわね!」

 しびれを切らしたのか、腰を持ち上げ私に歩み寄る真姫ちゃん。

真姫「μ'sに入るのは、その、難しいかもしれないけど……楽曲提供くらいはしてあげるって言ってるの!」
193 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/11(水) 01:06:18.94 ID:8FHhUPvNo

にこ「…………」

 ガッキョクテイキョウ。

 がっきょくていきょう。

 ――楽曲提供?

にこ「それって!」

 再び差した光明にすがりつく私を、今度は誰も否定しない。

 それはつまり。

 真姫ちゃんがμ'sとのつながりを残すということ。

 今はまだ入るつもりがなくとも。

 可能性は――残る。

にこ「だ、だけど、なんで?」

 妙なところで冷静になる私。

 だけど気になったのだからしょうがない。

 友達も作らない、部活にも入らない。

 他人を拒もうとする真姫ちゃんが、それでもこの提案をするメリットが、見当たらない。
194 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/11(水) 01:38:00.24 ID:8FHhUPvNo

真姫「……さっきも言った通り。悔しかったのよ」

にこ「へ?」

真姫「私がいくら考えても思いつかなかったフレーズを、あなたがぽんと放ってきたことが、悔しかった」

真姫「そう。悔しくなるくらい――『曲が完成した』って思えた」

真姫「その感覚を、もっともっと味わいたいって思った」

真姫「私のメロディに、もっともっとあなたの歌詞を乗せてもらいたい――それじゃ、だめかしら」

 まあ、あなたが考えた歌詞じゃないみたいだけど。

 そっぽを向いた真姫ちゃんの頬は、ほんのり朱に染まっていて。

 それが照れ隠しだなんてことくらい、私にだってわかる。

にこ「だめなわけないでしょ。ていうか、むしろこっちがお願いしたいくらいだし」

真姫「矢澤先輩……」

にこ「にこでいいわ」

真姫「え?」

にこ「今さら真姫ちゃんに先輩扱いされてもくすぐったいのよね」

にこ「だから、にこでいいわ」

真姫「え、えっと……にこ、ちゃん?」

にこ「んふふー」

真姫「ちょっと、なに笑ってるのよ!」

にこ「別にー?」

真姫「もう、意味わかんない!」



 ぷんぷんしてる真姫ちゃんを見て。

 ぷいってしてる真姫ちゃんをみて

 私のよく知ってる、真姫ちゃんの横顔を見て。

にこ「――――」

 いつか九人は揃うんだろうなって、思えた。
195 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/11(水) 01:38:30.36 ID:8FHhUPvNo
ここまで
次はまたそのうち
196 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/11(水) 03:36:37.14 ID:bl3hHFdwO
乙だよ
197 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/11(水) 07:07:32.27 ID:omttm2azo
乙です
198 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/11(水) 12:36:58.71 ID:6NWFW/Vuo

スタダは卑怯
199 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/19(木) 20:12:54.12 ID:hkr0uN9Wo

にこ・凛「ライブ?」

花陽「はい、ライブです」

凛「っていうかなんでにこ先輩が普通にいるにゃ? ここ一年生の教室なのに」

にこ「いーじゃないのよ別に、部の一年生と一緒にお昼食べるくらい」

凛「凛たちは別にいいけど……」

にこ「……なによ、憐れんだ目で私を見るのはやめなさい」

凛「ほら、私のからあげあげるから元気出すにゃ」

にこ「同情すなー!」

花陽「あの、話進めてもいいですか……」
200 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/19(木) 20:17:26.89 ID:hkr0uN9Wo

花陽「アイドル研究部も私と凛ちゃんが加わり三人となりました」

花陽「これは言わずと知れたかの有名スクールアイドルA-RISEと同じ人数です」

花陽「つまり! これだけ揃えばA-RISEと同じパフォーマンスだって可能ということです!」

にこ「いや、それは盛りすぎだと思うけど……だけど」

 揃えば、ねぇ。

 私の感覚としては「まだ三人」といったところ。

 目標の三分の一、真姫ちゃんを入れても半分にも満たない。

 本来真っ先に考えるべきである「アイドル活動」について全く考えてなかったのもそれが理由である。

 だけど……九人揃うまでなにもしません、ってわけにはいかないもんねぇ……
201 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/19(木) 20:25:22.82 ID:hkr0uN9Wo

凛「じゃあ凛たちライブするの!?」

花陽「うーんと……正確には、『ライブするための準備をする』、って感じかな……」

 急に自信なさげになる花陽。

凛「準備?」

花陽「うん。ねえ凛ちゃん、アイドルが実際にライブをするには何が必要だと思う?」

凛「え?」

 やっぱり、花陽はしっかり考えてるみたいね。

 ちゃんとその問題に気づいてる。

凛「えっと、えっと……衣装、とか?」

花陽「うん、それももちろん必要だね」

 ほっこりしながら花陽が言うのは、凛が少しだけ素直な気持ちを覗かせたからだろう。

 可愛い衣装。着たいのね、凛。

花陽「だけどそれについてはまだ保留になっちゃうかな」

花陽「突き詰めちゃえば、この制服で踊るのだって立派な『音ノ木坂のスクールアイドル』っていうアピールになるし」

凛「そっか……」

 しゅん、と凛が落ち込む。

花陽「も、もちろんいつまでもそういうわけにもいかないよ?」

花陽「やっぱり可愛い衣装を着て踊った方が映えるし、それに……」

凛「それに?」

花陽「私たちも着たいし、ね?」

凛「……えへへー」
202 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/19(木) 20:33:00.58 ID:hkr0uN9Wo

凛「それで、他にはなにが必要にゃ?」

花陽「あとは、もちろん場所も必要だよね。この学院は……」

 ちら、と飛んできた花陽の視線から、意図を汲み取る。

にこ「ええ、申請が通れば講堂でライブをすることも可能よ」

花陽「っていうことみたい」

凛「講堂って、あのおっきな? あんなに人が集まるのかにゃ……?」

にこ「…………」

 それについては心配ご無用。

 私たち九人が揃えば、あの講堂がちっぽけに見えるようなステージだって、お客さんで一杯にできるんだから。

花陽「それと、曲や振り付けも必要になるかな。これも他のスクールアイドル……それこそA-RISEのコピーだって大丈夫だけど……」

凛「やるなら自分たちの曲でやりたいねー」

花陽「うん。それに今例に挙げておいてなんだけど、あんまりレベルの高いアイドルをコピーしても難易度が上がっちゃうし」

凛「あ、そうだよね……」

 暗い話題ばかりが続き、凛と花陽のテンションがみるみる下がっていく。

 うーむ、幸先よくないわね、この子ら……
203 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/19(木) 20:39:59.71 ID:hkr0uN9Wo

にこ「あ、そうだ」

 すっかり伝え忘れていた、明るいニュース。

にこ「曲については心配ないわ。私のつてで作曲してくれる人が見つかったの」

花陽「え、ほんとですか!?」

凛「だれだれ!?」

にこ「えーと、それはね……」

 さて、どう説明したものかしら。

 真姫ちゃんには、あの放課後の出来事はもちろん、楽曲を提供してくれるのが真姫ちゃんであることも黙っておいてほしいと言われた。

 まあ、それを話したら二人に質問攻めくらうことうけあいだものね。

 でもさ。全部嘘つく必要はないわよね?

 あんまり適当なこと言うとぼろがでちゃうかもだし。

 それに。

真姫「…………」

 この話題になった途端、私の視界のすみっこで面白いくらいびくって跳ねた赤毛ちゃんのリアクションも、楽しみたいしね。
204 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/19(木) 20:48:21.92 ID:hkr0uN9Wo

にこ「えーっとねぇ、この学院の子なんだけどぉ」

真姫「…………!」

 あ、焦ってる焦ってる。

にこ「私より年下でぇ」

真姫「…………」プルプル

 おっと、震えだしちゃった。

にこ「ちょーっと素直じゃないんだけど、そこが可愛くてぇ」

真姫「っ、げほっ、げほっ!」

 あっはっは、ご飯詰まらせてむせちゃってる。
 
 ま、あんまりからかうのもかわいそうだし、この辺にしときましょうか。

 最後に、ひとつだけ加えて。

にこ「私の、大切な人の一人よ」

真姫「――――!」

 がたんっ

 耐えられなくなったのか、椅子から立ち上がる赤毛ちゃん。

 そのままつかつかと教室を出ていく、その横顔は。

 ――あらら、あれじゃ赤毛ちゃんじゃなくて赤面ちゃんね。
205 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/19(木) 20:51:31.69 ID:hkr0uN9Wo

にこ「ま、詳しいことは言えないけど、曲に関しては問題ないわ」

花陽「そう、ですか?」

 いまいち納得しきれていない様子。

 まあ、今の説明にもなんにもなってないしね。

花陽「じゃあ、他に足りないものは……」

凛「えぇ、まだあるの? 凛、もう覚えきれないにゃー」

花陽「ううん凛ちゃん、これが一番大事なんだよ?」

にこ「?」

 他に必要なものなんてあったかしら?

花陽「アイドルがライブをやるのに必要なもの。それは――」

にこ・凛「それは――?」


――――――――

――――――

――――
206 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/19(木) 20:59:43.92 ID:hkr0uN9Wo

――――

――――――

――――――――

花陽「ず、ずばり……はぁ、はぁ……これです!」

にこ・凛「…………」

 時は放課後、場所はアキバのゲーセン。

 汗だく息切れへろへろな花陽がずびしと指さす先には――GAME OVERの八文字。

 某ダンスゲーのリザルト画面である。

花陽「わた、私たちに、足りない、のは……ぜぇ、はぁ……体力と技術、です!」

にこ・凛「あー……」

 なんというか、ぐうの音も出ない説得力。

 難易度イージーの曲だったのに、ここまでいろんな意味でぼろぼろになれるのは、さすが花陽といったところ。

 いや、全然笑い話にもならないんだけど。

花陽「ほん、本番、は、踊るだけじゃ、ありません! これで、歌も、うたいながら……けほっ、けほっ」

にこ「ちょ、大丈夫? ほら自販機で買ったスポドリ」

花陽「あ、ありがとうございます……」

 こくん、こくん、と花陽の白い喉が揺れる。

 まあ、この子はどう見ても運動してきましたって感じじゃないものね……
207 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/19(木) 21:10:43.20 ID:hkr0uN9Wo

花陽「ぷはー」

凛「落ち着いた? かよちん」

花陽「うん……大丈夫だよ、凛ちゃん。にこ先輩もありがとうございました」

にこ「いーえ、どういたしまして」

花陽「では、話を戻しまして……こほん」

花陽「とにかく、私たちには体力も技術もありません。素人ですから」

花陽「激しく動きながら歌もうたいつつ、しかも笑顔も絶やさない……」

花陽「そう! たとえるなら笑顔のまま腕立て伏せをするかのような忍耐力が、私たちには足りないんです!」

にこ「…………」

 そのたとえ、必要だった?

花陽「なので私たちは、まずこんなゲーム程度笑顔でクリアできるような体力と技術が……」

凛「――っとぉ、クリアしたにゃー!」

花陽「え?」

 熱弁する花陽のその後ろでは。

 その親友が無残にもハードモードでパーフェクトを叩きだしているところだった。
208 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/19(木) 21:12:10.59 ID:8RqpI8tJo
かよちん……
209 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/19(木) 21:14:13.87 ID:hkr0uN9Wo

花陽「…………」パクパク

 ああ、花陽が餌を求める鯉みたいになってる……

凛「結構簡単だね、このゲーム」

花陽「はうぅ!?」

 とどめを刺されたのか、花陽が膝から崩れ落ちる。

 天然って容赦ないわね……

凛「じゃあ、次はにこ先輩の番にゃ?」

にこ「へ?」

 突然回ってきたお鉢に面食らう。

 曲をクリアしたためか、筐体は楽曲選択画面に戻っている。

 にも関わらず、凛は画面からすっと離れた。

 ……ふむ。

 ここはいっちょ、最高難易度で先輩の威厳を見せてあげますか。 
210 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/19(木) 21:20:51.84 ID:hkr0uN9Wo

 結果を言えば。

凛「おおぉ! にこ先輩ベリーハードでパーフェクトにゃ!」

花陽「……私……アイドル向いてないのかな……」

 という感じではある。

 だけど。

 凛の言葉にどや顔をすることも。

 花陽の言葉に慰めをすることも。

にこ「はぁっ、はぁっ、はぁ……」

 余裕がなかった。

凛「とはいっても、さすがのにこ先輩も一曲が限界かにゃ?」

花陽「すごいはすごいですけど……でも、アイドルとしては体力不足なのは否めないですね……」

にこ「はぁ、はぁ、はぁ……くっ」

 ぎり、と奥歯を噛みしめるのは。

 二人の言葉が的外れな指摘だったからではなく。

 まさしく的のど真ん中を射抜いていたから。
211 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/19(木) 21:28:34.82 ID:hkr0uN9Wo

 たしかにここ一か月以上はダンスはおろか基礎トレーニングもほとんど怠っていた。

 それにしても、一曲でこのザマ? ありえない。

 体力の低下、というよりは……

にこ(これも戻ってる、のね)

 当たり前と言えば当たり前。だけど盲点だった。

 記憶が受け継がれているのならば、「私自身」が一年前に戻ってきた。

 そう、疑ってすらいなかった。

 でも、現実は違った。

 体力や筋肉、あるいは神経の繋がりというかセンスというか、そういったものは全て一年前のスペックに逆戻り。

 今の私は、そう――素人、だ。

にこ「――――よ」

凛・花陽「え?」

にこ「――トレーニングよ!」

花陽「あっ!」

凛「にこ先輩!」

 言いながら、二人がついてくるのも確認せず店を飛び出す。

 言いようのない不安が、足首をぎゅっとつかんでいるような気がした。 


 ――私は、もっと焦らないといけないのかもしれない。
212 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/19(木) 21:29:49.38 ID:hkr0uN9Wo
ここまで
次はまたそのうちに
213 :横須賀鎮守府 :2016/05/19(木) 21:38:28.31 ID:N+DXYCtG0
名前: 白糸台一軍最強【100年分】で三連覇約束亦菫様イエィ
E-mail:
内容:
「ダンジョンズ&プリンセス」は、2015年12月28日(月) 15:00をもちまして、全てのサービスを終了させていただきました。

ご利用いただいていた皆様には、これまでのご愛顧に厚く御礼申し上げます。
今後ともDMMオンラインゲームをよろしくお願いいたします。

「ひつじ×クロニクル」は、2016年3月31日(木) 14:00をもちまして、全てのサービスを終了させていただきました。

ご利用いただいていた皆様には、これまでのご愛顧に厚く御礼申し上げます。
今後ともDMMオンラインゲームをよろしくお願いいたします。

「ラビリンスバインド」は、2016年3月31日(木) 17:00をもちまして、全てのサービスを終了させていただきました。

ご利用いただいていた皆様には、これまでのご愛顧に厚く御礼申し上げます。
今後ともDMMオンラインゲームをよろしくお願いいたします。

「ハーレムカンパニー」は、2015年10月30日(金) 12:00をもちまして、全てのサービスを終了させていただきました。

ご利用いただいていた皆様には、これまでのご愛顧に厚く御礼申し上げます。
今後ともDMMオンラインゲームをよろしくお願いいたします。

運営終了は犯罪ナノデスよライダーをユルスナ

京様不在編
214 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/19(木) 22:00:55.25 ID:0bhMtAAio
乙です
215 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/20(金) 13:00:18.03 ID:Q/24LzP3o
216 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/20(金) 18:54:52.34 ID:OGJNdfh/o
期待してます
217 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/20(金) 23:13:57.62 ID:L4IeBUvq0
個人的にタイムリープ?系で1番面白い
218 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/21(土) 11:05:41.15 ID:EhHozjNX0
乙だよ
かわいい
219 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/29(日) 13:32:34.83 ID:tL2n0Gexo





『別に、友達ってわけでもないのだから』




220 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/29(日) 13:48:54.74 ID:tL2n0Gexo

にこ「――――」

 思い出すたびに、胃がよじれるような錯覚を引き起こす。

 一際強い痛みを噛みしめながら、私は生徒会室の前に立っていた。

 目的はただひとつ。絵里と希の勧誘。


 あのゲームセンターの屈辱以降、私たち三人は基礎トレーニングから始めることにした。

 筋力や体力、リズムやステップ。

 三日ほど続けて分かったのは――圧倒的な力不足だった。

 息はすぐ切れるし、足はもつれるし。こんなのでなんでスクールアイドルの頂点に立てたの? って感じ。
 
 いや、なんでなんてわかってる。

 絵里の指導があったからだ。
221 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/29(日) 15:33:58.49 ID:tL2n0Gexo

にこ(絵里の加入は一刻を争うわ……)

 μ'sを集めるという意味ではもちろん。

 「ラブライブ優勝グループμ's」に戻るためにも、絵里の力は必須だった。

 だけど。

にこ(どう考えても、素直に入ってはくれないわよねぇ……)

 なにせあっちの世界では最後まで渋った彼女である。

 こっちの世界でだってきっと――

にこ(……いや)

 違う、のかな。

 そもそもあっちの世界で絵里が頑なだったのは、『音ノ木坂を廃校から救うため生徒会として動かなければならなかったから』だ。

 だったら、廃校の話がないこっちの世界でなら、絵里はもっと素直にアイドルをやりたいって言えるんじゃ――
222 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/29(日) 16:11:37.79 ID:+iKawlzDO
面白い
223 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/29(日) 16:41:11.35 ID:tL2n0Gexo

 ガチャ

希「おっとぉ?」

にこ「っとぉ!」

希「誰かと思ったらにこっちやん? 生徒会に何か用?」

にこ「の、希? え、いや、生徒会っていうか……」

希「ん?」

にこ「あんたと……生徒会長に用事がある、っていうか……」

希「うちと絵里ちに?」

にこ「う、うん……」

 希相手なのに、言葉が上ずる。

 というより、希相手だから、か。

 この子だけは、他の子と違ってこっちの世界でも全然知らない赤の他人、ってわけじゃない。

 だから話しやすいだろうって? とんでもない。

 だからこそ、距離感が取りづらいのだ。
 
 どんなに親し気に話しても、この希は、心に孤独を抱えたままの希なのだから。

 そして今の私は、『あの曲』ができるまで希がそういう子だって、知っちゃってるから。

 だから――この子の言葉のなにもかもが、張りぼてのように聞こえてならなかった。
224 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/05/29(日) 17:13:46.51 ID:TKrg0Uh80
まってた
225 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/29(日) 19:02:23.60 ID:tL2n0Gexo

希「うちは別に構わないけど、絵里ちはもうここにはおらんよ?」

にこ「え、そうなの?」

 しまった、来るのが遅すぎたか。

 トレーニングは欠かさず、と思い、部活後に後回ししたのがいけなかったらしい。

にこ「そっか、参ったわね……」

希「……にこっちさ」

にこ「ん、なに?」

希「最近なんかあったん?」

にこ「は? な、なによ藪から棒に」

希「うちの耳にだって届いてるんだからね? にこっちの部活がまた活動し始めたってこと」

にこ「あー……」

 ま、そりゃそうか。

 うちの学年じゃ有名人だもんねぇ、私。

 もちろん、悪い意味で。

希「まあこんなところで立ち話もなんやし」

 ぱちん、と手を鳴らし。

希「うちにも用事、あるんやろ? そしたら、どこかでゆっくり腰を落ち着けない?」

にこ「ん、……そうね」

 そう提案した希に、反対する理由はなかった。
226 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/29(日) 21:19:17.06 ID:NYRpkhZjo
はよ
227 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/29(日) 23:02:08.26 ID:tL2n0Gexo

 そんなこんなで、マクドナルド。

希「それで? にこっちは一体全体どんな悪だくみをしてるん?」

にこ「わ、悪だくみって、あんたね……至極まっとうなアイドル活動よ」

希「神田明神の階段を、ぜーぜーはーはー言いながら上り下りするのが?」

希「うちはてっきりアイドル研究部からダイエット研究部に転向したのかと思ったんやけど」

にこ「な、なんであんたがそんなこと……! って、そっか……」

 そういえばこの子、あそこでバイトしてるんだった。

 その割にちっとも顔合わせないもんだからすっかり忘れてたわ。

にこ「ダイエット研究部って、そんなわけないでしょ。このにこにーのないすばでーがどうしてダイエットする必要があるのよ」

希「ふーん……」チラ

にこ「今すぐその自分の胸と私の胸を見比べるのをやめなさい」

希「……ないすばでー」フフッ

にこ「あぁん!?」
228 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/29(日) 23:17:09.38 ID:tL2n0Gexo

希「冗談冗談。それで? なんで今さらアイドルを?」

にこ「今さら、って……私は別にアイドルを諦めたつもりは、」

希「ないって、言えるん?」

にこ「…………」

 沈黙は、何よりも雄弁な、肯定。

希「うちが今さらと思うのって、不思議じゃないと思うんやけど」

にこ「……そうね」

希「――あの日から、やったんかな。にこっちが変わったのって」

にこ「あの日?」

希「そ、あの日。朝急に肩を叩いてきたかと思ったら、うちと絵里ちに妙なこと言ってきた、あの日」

にこ「――――」

希「当たりみたい?」

 まったくもう。

 この子はなんだってこういう時ばっかり鋭いのよ。

 
229 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/29(日) 23:29:31.80 ID:tL2n0Gexo

にこ「……たしかにあんたの言う通り。私、アイドルになること、諦めてた」

にこ「だけどね、見ちゃったのよ」

希「見たって、何を?」

にこ「自分を。自分たちを」

にこ「ステキな衣装を着て」

にこ「さいっこうの曲を歌って」

にこ「きらっきらなステージで踊って」

にこ「頂点に立つ自分たちを、見ちゃったの」

にこ「何言ってんの? って思われるかもしれないけどさ」

にこ「そんなの見ちゃったら、もうそれを諦めるなんてできなかった」

にこ「だから――もう一度、立ち上がった」

希「――――」

 希は、何も返さない。ただ窓の外を、じっと眺めている。

 手のひらに包んだドリンクの紙コップが、じんわりと汗をかいていった。

 
230 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/30(月) 07:24:49.18 ID:fmcX7+DGo
また寝落ちってた
続きはまたのちほど
231 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/30(月) 16:14:14.24 ID:ZX1tAcfDO
232 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/30(月) 22:23:12.71 ID:fmcX7+DGo

希「――それで。立ち上がったのが、あの日ってことなん?」

 ようやく開かれたその口からは、ある意味的を射た言葉が放たれる。

にこ「まあ、そんな感じよ」

希「で、その『自分たち』の中に、うちと絵里ちも入ってる、と」

にこ「……ほんと今日のあんた鋭いわね」

希「カードがうちに教えてくれるからね」

にこ「万能過ぎない? あんたのカード」
233 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/30(月) 22:35:01.38 ID:fmcX7+DGo

希「最近な、うちと絵里ちの未来を占うと、いつも同じ結果になるんよ」

希「ばらばらに光ってた小さな八つの光が、次第に集まり一つの大きな光になる」

希「そんな、占いが」

にこ「――ん?」

 ほんと未来予知なんじゃないかってくらいの精度の、希の占い。

 そこに紛れる、大きな大きなひっかかり。

希「ん、どしたん?」

にこ「八つ? いま八つって言った?」

希「え? 言ったけど……」

にこ「九つの間違いじゃなくて? それとも自分を抜いて八つってこと?」

希「ちょっとちょっとにこっち、どうしたん?」

 焦りを抑えきれず、自分でもわかるくらいの早口になる。

希「自分も含めて、全部で八つってことだよ?」

にこ「――――」

 ぎゅっと噛みしめた唇。

 そこから走る鋭い痛みは、錆臭い現実を口内に広げる。


 頭の中では、人との関わりを頑なに拒む赤毛の少女が悲しげな顔をしていた。
234 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/30(月) 23:28:20.29 ID:fmcX7+DGo

希「――その八つの光が、にこっちの話につながるんだって思ったんやけど……違うみたい?」

にこ「いや……」

 残念ながら、希の出した占いの結果がμ'sを――いや、μ'sになるはずだったものを指しているのは間違いないだろう。

 だけど、それを信じてしまうなら。

 私たち九人は――もう、揃うことができないの?

希「あんな、にこっち」

にこ「え?」

 俯けていた顔を正面へ向けると。

 とても優しい顔をしたかつての親友が、私を見つめていた。

希「自分で言うのもなんやけど、うちの占いが万能ってわけでもないし」

希「無理に信じてへこむ必要、ないんよ?」

にこ「――――ん、」

 私なんかよりも本当の意味でひとりぼっちの彼女が、何を思いながら私と話しているのかはわからないけど。

にこ「――うん。ありがと」

 その言葉は、素直に出てきてくれた。
235 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/30(月) 23:31:56.02 ID:fmcX7+DGo

【Side:希】

 二階席の窓から、小さくなるにこっちの背中を見送る。

 私にお礼を述べたにこっちは、時計を確認すると慌てて荷物をまとめ始めた。


にこ『今日は早く帰んなきゃいけないんだった!』

 
 理由までは聞かなかった。余計に時間を使わせちゃいそうだったし。

 きっと家族の都合とか、そんなところだろう。
236 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/30(月) 23:35:13.54 ID:fmcX7+DGo

希「――――」

 見えなくなったピンク色のカーディガンに思いをはせる。

 にこっちは、アイドルを再び目指し始めた。

 二年前、あんなにつらい思いをしたというのに。

 強い。

 本人はきっと否定するだろうけど、彼女はとても強い。

 だからこそ――危ういのだけど。

希「うちも見習いたいもんやね」

 ぽつりとこぼれたひとりごとは、ざわめきに飲まれて、消えた。
237 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/30(月) 23:38:47.42 ID:fmcX7+DGo

 それにしても。

希(さっきのにこっち――普通じゃなかった)

 慌てた口調に真っ青な顔色。

 私の占いに現れた「八人」というワードが、妙にひっかかっていたようだった。

希「――――」

 自分の中で、不安の色が濃くなるのを感じる。

 ひょっとして、ひょっとすると。

 彼女にとって、どこかで「見た」自分たちというのは、九人だったのではないだろうか。

 それは、彼女の言葉の端からうかがい知ることができた。

 ならば。

 足りないのは――誰?
238 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/30(月) 23:44:11.53 ID:fmcX7+DGo

希「――――」

 にこっちが様子が変わり始めた、あの日。
 
 うちと絵里ちの未来が「八つの光」になったのもその日からだったのだけれど。

 実はちょっと心配になって、にこっちの未来も占ってみた。

 結果は、どれほど繰り返しても変わらなかった。


希(――白紙)


 何度占ってみても。

 にこっちの未来は、見えなかった。

希(にこっち……)

 不安の色は、ついに私の心を塗りつぶす。 

 いるべきはずの九人。

 占いの結果は八人。


 足りないのは――
239 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/05/30(月) 23:46:24.41 ID:fmcX7+DGo
ここまで
もっとペースを上げたい
240 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/30(月) 23:47:38.45 ID:5yc40gYF0
うおお
好きなぺーすで書いてくれ待ってる
241 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/30(月) 23:56:23.81 ID:ZRDwm5eMo
乙です
242 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/31(火) 01:24:26.00 ID:ymI2VE1E0
乙だよ
243 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/06/05(日) 20:23:16.68 ID:ERsyiHu7o

真姫「あの」

にこ「…………」

真姫「ねえ」

にこ「…………」

真姫「ちょっと」

にこ「…………」

真姫「……あぁもう! いいかげんにしなさいよ!」

真姫「ふらっと現れたかと思ったらなんにも言わないで座り込んで」

真姫「私が演奏してるのじーーーーーーーっと見てるだけって、それ一体なんの嫌がらせなわけ!?」

真姫「気になってちっとも集中できないんですけど!」

にこ「んー……お気になさらず」

真姫「だからそれが無理だっていってるんでしょうが!」
244 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/05(日) 20:24:26.08 ID:zCH33RCAO
待ってた
245 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/06/05(日) 20:30:04.86 ID:ERsyiHu7o

 ぷりぷりと怒りながらも出て行けと言わないのは、まあさすが真姫ちゃんというかなんというか。

 いや、私だってちょっとくらいこれ迷惑になってるかな? とか思わないでもない。

 けれど、私の頭の中は今希との会話をリピートすることで大忙しなのだ。


希『ばらばらに光ってた小さな八つの光が、次第に集まり一つの大きな光になる』


 8人。

 希の占いは、非常にも私の知る未来を真っ向から否定してきた。

 もしそれが事実になるのであれば。
 
 私の苦労は―― 一体なにになるというの?
246 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/06/05(日) 20:40:00.61 ID:ERsyiHu7o

にこ(――そもそも、なのよね)

 希に現実を叩きつけられて、目を背けていたものが頭の中をちらつくようになってきた。

 そもそも、ここはなんなのだろう?

 私は3月のあの日から、どうなってしまったのだろう。

 本当に過去の世界にタイムスリップした?

 だとしたら、元の時代には戻れるの?

 9人集めることに、μ'sを集めることに。

 意味は――あるの?

にこ(ダメ……)

 それだけは、きっと考えちゃダメ。

 そこに疑問を持ったら。

 きっと私は、もう――耐えられない。
247 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/06/05(日) 21:00:40.08 ID:ERsyiHu7o

真姫「つまんなそうな顔してるわねぇ」

にこ「……あによ。文句ある?」

真姫「あるに決まってるじゃない。自分の演奏をそんな表情で聞き流されてるんだから」

にこ「……それもそうね」

真姫「……ひょっとして、あなた私を馬鹿にするためにわざわざ来たわけ?」

にこ「…………」

 なんのため、というのなら。

 心配になったから、と答えるのが正しいのだろう。

 まあ恥ずかしいから死んでも言わないけど。

 

248 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/06/05(日) 21:08:24.94 ID:ERsyiHu7o

 私たちが8人しか揃わないと知って最初に浮かんだのは、このひとりぼっちを望む女の子だった。

 この子は――真姫ちゃんは、結局μ'sには入ってくれないのだろうか。

 彼女の言葉を思い返せば、じゅうぶんにあり得る話ではある。

 そう考え始めたら、そう、無性にこの子の顔を見たくなってしまった。

 今日の練習をさぼってまで音楽室に顔を出したのは、そのせい。

 そう――心配になったの。
249 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/06/05(日) 21:30:05.97 ID:ERsyiHu7o

真姫「――変な人」

 ぷい、と顔をそらすと、真姫ちゃんは再び鍵盤へ向かう。

真姫「新曲、できたの――聞いて」

 返事も待たず、すう、と真姫ちゃんは息を吸い。

 指先が、白と黒の上を踊る。

にこ「――――」

 例によって例のごとく、聞き覚えのあるメロディ。

 ピアノ用にアレンジしてあるものの、この曲であることに間違いはないだろう。

 イントロが終わりに近づき、私も大きく息を吸う。

 これから紡ぐ歌詞を思い浮かべて、そして。

にこ(この子――私の心の中、読んでるんじゃないの?)

 なんて、思ったりしたのだった。
250 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/06/05(日) 21:30:45.59 ID:ERsyiHu7o



 Someday いつの日か叶うよ願いが

 Someday いつの日か届くと信じよう

 そう泣いてなんかいられないよ だってさ

 楽しみはまだまだ まだまだこれから!



251 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/06/05(日) 21:31:19.91 ID:ERsyiHu7o
短いけどここまで
なかなか進まない
252 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/05(日) 22:05:42.56 ID:njneXRZDO
253 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/06/06(月) 17:37:44.02 ID:R6xTWM+mo

 どうしてこんなことになっているのだろう。

絵里「――最後に、もう一度だけ言わせてもらうわ」

 ピシリ。何度目かわからない、緊張感の走る音。 

 聞こえるはずのないそれは、だけど確実に、私の心を押しつぶす。

凛「――――」

 黙って睨み付ける子がいて。

花陽「えっと、あの、その――」

 涙目で困る子がいて。

希「うーん……」
 
 悩まし気に首をかしげる子がいて。

穂乃果「え、えーと……?」

海未「ど、どういうことなのでしょう……?」

ことり「私たち、いちゃダメでしたか……?」

 訳も分からず戸惑う子らがいる中。

にこ「――――」

 私は――今、どんな顔をしているのだろう?

 ほんと、誰か教えて。


絵里「ここにいる六人のグループで、一か月以内にスクールアイドルランキングで100位以内に入る」

絵里「それができなければ――私は、このグループには入りません」


 どうして、こんなことになっているのだろう。


 最初の最初のきっかけは。

 今日のお昼までさかのぼる――


 ――――――

 ――――

 ――
254 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/06/06(月) 17:56:16.64 ID:R6xTWM+mo

 ――

 ――――

 ――――――

にこ(今日も今日とてぼっちめし、か)

 ここ最近は一年生二人とご飯を食べていた私だったけど、今日はクラスの子と食べる約束をしたとのこと。

 ま、それが自然な姿なわけで、私が口をはさめるような話でもなく。

 今日はおとなしく部室へ引っ込もうという算段で、廊下をとぼとぼ歩く。

にこ(なんだかんだで、まだ絵里とコンタクトとれてないのよねぇ)

 一昨日はすれ違いになり、昨日は音楽室へ逃避行。

 早くもマンネリ化し始めたレッスンに幅を持たせるためにも、絵里の協力は早い方がいい。

にこ(わかってはいるんだけど……そううまくはいかないのよねぇ……)

 こっちの世界の絵里の第一印象が『あれ』であったため、いまいちスムーズに話が進む未来が見えないのが正直な話。

 だからといって、動かないわけにはいかないんだけどさ。

にこ(それと――残りの三人とも、早いとこ接触しないと)

 二年生三人組。

 穂乃果、海未、ことり。

 あの子らは一体全体、今なにをしているのやら――
255 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/06/06(月) 18:13:55.96 ID:R6xTWM+mo

「いやー、今日もパンがうまい!」

「行儀が悪いですよ、歩きながらものを食べるなんて」

「というか教室に戻るまで我慢しようよぉ……」

にこ「…………」

 なんていうか。

 同じ学校なのだから、十分にあり得る可能性ではあるのだけど。

 ふつーに。至極ふつーに。

 今思い浮かべた三人が、廊下の向こうから歩いてきていた。

穂乃果「そうは言ってもね、ことりちゃん。パンは焼いてから時間が経てば経つほどどんどんおいしさが損なわれちゃうんだよ」

穂乃果「そう! まるでお刺身の鮮度が失われるかのように!」

海未「まったく……ご丁寧に袋にパッケージまでされたパンに、鮮度も何もないに決まっているでしょう?」

ことり「というか、焼いてる時点で鮮度とかって話じゃないよね……?」

穂乃果「わかってない! わかってないよ二人とも!」

にこ「…………」

 どうしよう。思った以上にあっちの世界と同レベルのくだらなさだ。
256 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/06/06(月) 21:04:34.50 ID:R6xTWM+mo

 だけど。
 
 今の私は、そのくだらなさに茶々を入れることもできない。

にこ(何事もなく、すれ違わなきゃ)

 それはある種の使命感。

 こっちの世界では、彼女らは見知らぬ他人なのだから。

 「あっ」とか、気軽に話しかけたりなんて、間違ってもできないのだから。

海未「あっ」

 あっ?

 え?
 
 なに、ちょっとどうしたのよ海未。

 なんで私の方を見ながら、気軽に話しかけてるわけ?
257 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/06/06(月) 21:12:27.69 ID:R6xTWM+mo

海未「あの……」

 え、なになになに?

 なんで海未が私に話しかけてるの?

 だって彼女にとって、今の私は見知らぬ先輩で――

にこ(――ははーん)

 あー、わかっちゃった。

 これあれだ。自分が話しかけられてると思って返事したら実は自分の後ろの人に話しかけてましたってやつだ。

海未「えーっと……もしもし?」

 はー、危ない危ない。危うく赤っ恥かくところだったわ。

 まったく油断も隙もないわね。

海未「あの、矢澤先輩?」

 ヤザワセンパイ!? 名前までおんなじなわけ!?

 偶然って怖いわねー、危うく返事しちゃうところだったわ。

海未「…………」

 それにしても、私の後ろにいたヤザワセンパイも酷いやつね。

 結局私と海未たちがすれ違うまで返事してあげないなんて。

穂乃果「? 海未ちゃん、今の人知り合い?」

海未「知り合い、というわけではないのですけど。アイドル研究部の矢澤にこ先輩かと思ったのですが……人違いだったようです」

にこ「ってほんとに私のことかーい!」
258 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/06/06(月) 21:51:00.74 ID:R6xTWM+mo

 はっ、ついツッコミ入れちゃった!

海未「え、えーと……? やはり矢澤にこ先輩、なのでしょうか?」

にこ「あ、そのー……まあ、そういうことになるわね……」

 ぐぬぬ、なんかすごくみっともない……

ことり「あの、なんでずっと無視してたんですか?」

穂乃果「そうですよ! 海未ちゃんが必死に呼びかけてたのに!」

海未「穂乃果、そういう言い方はいけません。私も見知らぬ立場で不躾だったと反省すべきでした」

にこ「や、それについては申し訳なかったけど……でも、海未さん? の言う通りなわけよ」

ことり「どういうことですか?」

 ――あんまり、自分で口にしたくはないんだけどなぁ。

にこ「つまり――見知らぬ立場、ってことよ」

にこ「ぶっちゃけちゃうと、私に話しかけてるとは思わなかったの。知らない人だし」

ことり「そう言われれば……」

穂乃果「海未ちゃん、なんでこの……矢澤先輩? のこと知ってたの?」

海未「やはり二人とも覚えてませんか……まあ、ひと月ほど前の話だから無理もありませんが」

にこ「?」

 なに? この子そんなに前から私のこと知ってたわけ?
259 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2016/06/06(月) 22:45:04.82 ID:R6xTWM+mo

ことり「ひと月前……あ、そっかぁ!」

 ぽん、と手を叩くことりは、思い当たる節がある模様。

 一方そのころ。

穂乃果「んんん……? ヒント! ヒントちょうだい!」

 穂乃果は、まあ、穂乃果よねぇ。

海未「別にクイズを出しているわけではありません。私の部の先輩が、アイドル研究部でひとり奮闘している先輩を応援している話をしたでしょう?」

穂乃果「…………?」

海未「あなたに期待をした私が愚かでした……」

 穂乃果は、うん、穂乃果よねぇ……

 って。

にこ「私を、応援してる?」

 これは聞き捨てならない。

 海未の先輩――すなわち私と同じ学年の人間で、私のことを応援してる人間がいるなんて――

 待った。

にこ「あなた、所属してる部って……」

海未「弓道部ですが?」

 どくん。跳ねた心臓が、かぁっと頬を熱くさせる。

 こんなところで。

 こんなところで、あんたが関わってくれるのね。

 ああ。今なら胸張って言える。

 持つべきものは――


海未「ご存知だと思うのですが――後藤、という先輩なのですけど」


 ――友達、なのね。
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